THE IDOLM@STER アイドルマスター part6
1 :
創る名無しに見る名無し :
2010/10/06(水) 22:32:23 ID:DcumqbqD
2 :
創る名無しに見る名無し :2010/10/06(水) 22:34:28 ID:DcumqbqD
┏ ━ゝヽ''人∧━∧从━〆A!゚━━┓。
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┠──ム┼. f'くん'i〉) ’ 》┼刄、┨ ミo'’`
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○ ┃ `、,~´+√ ▽ ' ,!ヽ◇ ノ 。o┃
┗〆━┷ Z,' /┷━'o/ヾ。┷+\━┛,゛;
話は聞かせてもらいました! つまり皆さんは私が大好きなんですね!!
公式サイト
ttp://www.idolmaster.jp/ 【アイドル】★THE iDOLM@STERでエロパロ22★【マスター】 (18禁)
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1286107502/ 【デュオで】アイドルマスターで百合 その25【トリオで】 (18禁)
http://babiru.bbspink.com/test/read.cgi/lesbian/1285143781/ SSとか妄想とかを書き綴るスレ8 (したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/13954/1221389795/ アイマスUploader(一気投下したい人やイラストなどにご利用ください)
ttp://imasupd.ddo.jp/~imas/cgi-bin/pages.html マナー的ななにか
・エロ/百合/グロは専用スレがあります。そちらへどうぞ。
・投下宣言・終了宣言をすると親切。「これから投下します」「以上です」程度でも充分です。
・「鬱展開」「春閣下」「961美希」「ジュピター」などのデリケートな題材は、可能なら事前に提示しましょう。
・上記のとおり一行には最大全角128文字書けますが、比較的多数の人が1行あたり30〜50
文字で手動改行しています。ご参考まで。
・「アドバイスください」「批評バッチコイ」等と書き添えておくと、通常より厳し目の批評・指摘を
含んだ感想レスが投下されるようになります(実際んとこ書かんでも充分キツry)。熱く語り
合いたい方や技術向上に適しますが、転んでも泣かないこと。
・(注:読み手の皆さんへ)批評OKの作品が来ても大切なのは思いやりですよ、思いやりっ!
3 :
創る名無しに見る名無し :2010/10/06(水) 22:36:24 ID:DcumqbqD
知っていると便利なSS執筆ひとくちメモ このスレの1レスあたりの容量制限 ・総容量4096バイト(全角約2000文字) ・改行数60行 ・1行制限256バイト(全角128文字) バイバイさるさん規制について 短時間での連続投下は10レスまで、11レス目はエラーが返され書き込めません。 アクセスしなおしてIDを変えるか、時間を置いて投下再開してください。 (検証したところ毎時0分に解除されるという噂はどうやら本当。タイミングはかるべし) その他の連投規制 さるさん回避してもtimecount/timeclose規制があります。「板内(他スレを含む)直近 ○○レス内に、同一IDのレスは○○件まで」(setting.txtでは空欄なので実際の数値は 現状不明)というもので、同一板で他所のスレがにぎわっていれば気にする必要は ありません。とは言え創発は過疎気味ですのであまり頼ってもいられませんが。 上記のさるさん回避後合計12レスあたりで規制にかかった事例がありました。
スレ立て終了。テンプレは前スレのものを一部変更して仕様させていただきました。 何か不備があったら申し訳ありません。 今度は落ちないと良いなあと思いつつ、即死回避の小ネタを投下。 ・注 前スレのアレと同じで「わかる人だけわかればいーや」的なネタとなっております
はぁいこんばんは。気だるい夜いかがお過ごし? ミル姉さんよ。 あのね、この間新宿歩いてたら昔の仲間……ウシ美っていうんだけど、その子とばったり会ったの。 こんなトコでなにしてるのって聞いたら、ご主人様とはぐれちゃってモウどうしていいかわかんないって言うじゃない。 当然、一緒に探してあげたわ。すぐにご主人様も見つかってアタシもホッと一安心。 それでウシ美がね、ありがとうって何度も言うから、こう言ってやったの。 同じ桶の草を反芻した仲だもの、当然じゃないって。 それで、ウシ美のご主人様。我那覇響ちゃん。今、アイドルをしてるんですって。 小柄だけど、とっても元気そうな娘だったワ。思わずギュウって抱きしめたくなっちゃった。 ただね、ひとつ気になったのが、響ちゃんと一緒にいた高槻やよいちゃんっていう子、この子もちっちゃくて可愛いかったんだけど、アタシの方を見て、 「うし……うしを使う」 って呟いてたの。何の事だったのかしら。誰かワカル? それで、今日紹介するのは映画じゃなくてゲームなんだけどコレ。アイドルマスター。 プレイヤーがプロデューサーになって、女の子達をトップアイドルに育てていくの。 担当したアイドルと二人だけの思い出とか、ファンが増えた喜びを分かち合うって、とっても素敵だと思わない? 特に、お別れコンサートなんて武道館で公演やった時を思い出し……今のは忘れて。ミル姉からのお願い。 アタシはプロデュースしないのかって? やりたいのはヤマヤマなんだけど、アタシがやっちゃうとテレ朝の人に怒られちゃうの。ゴメンナサイ。 それじゃ、今日は短いけどこの辺で。え? 物足りない? 昨日もやったから勘弁してちょうだい。それじゃ。
次(いつになるかはわからない)はもっとマトモな物を書きますので。 以上、投下終了これにて失礼。
小ネタ クロスネタなので一応注意 律子がローソンのイメージガールを降ろされた!? 混乱する765プロ! ……主に律子が。 律子に替わり、イメージキャラクターになったのは「放課後ティータイム」 京都ミュージックプロダクションが誇る超新星ガールズバンドであり、人気も律子より上。 結論から言うと、起用は大成功。しかし、律子はそれによって自信を喪失してしまう。 そんな中、ローソン広報部で持ち上がる「律子×HTTコラボキャンペーン」企画。 果して、キャンペーンの行方は……? 形になったらいいな!
クロスネタはあるんだ。スレたったのならガンガラねば。 というわけで1乙とだけ
即死・・・・・・はしなくなったんだっけ? とりあえずウシ美はワシの嫁
>>9 響「ワシ雄〜!きみのごはんを食べちゃったことは謝る!
だから異種交配とか無茶するのはやめてくれ〜!」
ともあれ
>>1 乙
ミル姉も懐かしかったよ
いま頑張ってます
>>10 「いや、ご主人の頼みでもコレはきけないでござる」
決意を含ませた目でワシ雄は言った。
「ごはんが無いときに助けてくれたのは、うし美でござる。
我輩は、この愛を抑えることができないのである」
・・・・・・とりあえず保守
12 :
無題 0/4 :2010/10/11(月) 10:15:07 ID:tWuPxxVo
新スレ記念という事で半ば習作ですが投下させて頂きます このレスとあとがきを合わせて5レスお借りします。
13 :
無題 1/4 :2010/10/11(月) 10:15:32 ID:tWuPxxVo
―――そうね、あれは私が小学校に入ってすぐだったかしら 夜中に目が覚めて、全然眠れなくなった時があったの なんで目が覚めたか?そんな事まで覚えてる訳無いじゃない、10年近く前の話よ? それはともかく、全然眠くならなかったから眠るのはあきらめて布団を出たの まあ、ちょっとした探検気分ね、今思えば何かが変わる訳でも無いけど あの時の私には夜中の家はお化け屋敷みたいに思ってた……と思うわ。 ……想像したら震えて来た?あなた、お化けが苦手って言っても限度があるでしょう? 落ち着いた? それじゃあ、続きだけど……まあ、そんな訳で夜中の家を探検してたんだけど 誰もいない家がだんだん怖くなってきたの、ママもパパも別の部屋で寝てたから 何笑ってるのよ……ママをママと呼んだら悪い? 確かに意外って言われるけど、あなたに笑われるのは気に入らないわね いつまで笑ってるのよ!これ以上話の腰を折ると帰るわよ? ……うん、わかればよろしい。 それで、怖くなってきた私は近くのテレビをつけたの、 今から思えばホラー映画とかをやってたらどうするんだって思うけど その時の自分はとにかく自分以外の声が聞きたかったのよね。 ……その通り、その時に見た番組が「オールド・ホイッスル」よ
14 :
無題 2/5 :2010/10/11(月) 10:16:15 ID:tWuPxxVo
正直な話、見た瞬間の印象はあんまり良くなかったわ その時のゲストが何故だか好きになれない人だったの。 歌番組とかにも良く出てくる新進気鋭のシンガーだったはずだけど、 妙に甘ったるくて媚びた歌い方が気に入らなかった記憶があるわ。 ……そのゲストの名前?とっくに忘れちゃったわ あの頃は一山いくらで「新進気鋭のシンガー」が出ては消えてたから 歌の印象だけだと手がかりが無いのと一緒だし、もう思い出す事は無いでしょうね それで、丁度トークが終わって歌に入るところだったから チャンネルを変えようとしたの、媚びたような歌は聴きたくなかったしね でも、リモコンを探してる間に歌が始まって、その瞬間私の手は止まったの。 なんていうか、凄かったわ。他の記憶はおぼろげでもこれだけははっきり覚えてる 歌番組で歌っていたのと同じ曲、歌番組で見るのと同じ衣装、歌番組で見るのと同じダンス…… なのに全然違う歌だったの、甘ったるさも媚も感じない、すごく透明できれいな歌声だった。 ダンスも、表情も、歌う事が楽しいって事を全身で伝えてて、衣装まで輝いて見えた その時までは嫌いなくらいだったのに、曲が終わった時にはすっかり虜になっていたわ まあ、当然の疑問だけど黙って続きを聞いてなさい、そうしたら分かるわ。 番組が終わった後はすぐに眠くなってきてベッドに戻ったけど、 次の日になってもその時の感動はちゃんと覚えてたわ。 それでいつも見てた歌番組にその人が出るって聞いたから楽しみにして見たけど 彼女はいつもどおりの甘ったるい媚びた声で、私の嫌いな歌のままだったわ。 あの時の歌は夢じゃないかとも思ったけど、夢では無いのは分かってたから色々考えて、 その時に彼女の隣にいたお兄さんと、その時言っていた事を思い出したの。 「いつもの彼女の歌とは少々趣が違いますが、これこそが彼女本来の姿だと僕は考えています」ってね。 多分、彼女はわざと甘ったるいキャラ付けをしていたのね、自分の意思か事務所の意思かは知らないけど。 でも、武田さんはその彼女の本当の歌唱力に気づいてて、 キャラ付けでそれが潰されるのを勿体無く感じて本当の彼女の歌を知らしめる手助けをしたって事だと思うわ。 まあ、その時の私がそこまで考えてた訳じゃないけど、あのステージはあのお兄さんの手腕って事は分かったわ。 その時点で、私の中で彼女よりもお兄さんの印象の方が強くなっちゃったからあのステージ以外の彼女の印象が薄くなっちゃったのよね これがさっきの疑問の答え、分かった?
15 :
無題 3/5 :2010/10/11(月) 10:16:32 ID:tWuPxxVo
彼女が輝いたのはあのお兄さんの力、そう結論が出てから それを確かめるためにもう一回あの番組を見ようと思って頑張って起きてたけど結局は無理だったわ、 番組自体今よりも遅い時間で日付が変わってからだったし、私も9時くらいには寝てたからね それで、三週間位した後にママに事情を話したら番組を録画してくれてやっと見れるようになったの、 オールド・ホイッスルと武田蒼一の名前を知ったのもその時よ。 その時のゲストは大物の男性歌手で、彼女の時みたいなすごい印象の違いは無かったけど 普通の歌番組に出てる時よりもとても楽しそうで、やっぱり輝いて見えたわ。 そうやって毎週いつもよりもステージで輝いているゲストの人を見てて思ったの。 武田さんは魔法使いみたいにみんなを輝かせてくれる、だったら私が魔法をかけられたらどれだけ輝けるのかなって。 それ以来、オールド・ホイッスルを見る度に自分が魔法にかけられる様を考えてたわ。 武田さんが魔法を使ったら私がいきなりドレスを着てすごい歌を歌う、そんな下らない妄想だったけどね。 ……初恋?言われてみたらそうかもね、でもその初恋はすぐに終わったわよ、妻子持ちだって事がわかったから え、知らなかったの?武田さんは奥さんに娘さんが二人いて、愛妻家でも有名なのよ? と、ともかく、しばらくはそうやって妄想してるだけだったけど、何度も番組を見てる内に分かってきたの 番組の中で彼らが輝いてるのは元々それだけの実力を持っているからで、それだけの実力を持った人した武田さんは呼ばないって それで、そのことに気付いた私はどうしたと思う? ……正解、私がこうしてる時点で答えは一つしか無いけどね。 だったら番組に出てる人みたいに実力をつければ私も出られる!そう思ってすぐに歌の練習を始めたわ、 元々歌ったり踊ったりは好きだったし、練習しても怒られない場所は知ってたしね。 我ながら無茶な話だと思うわ、小学生がちょっと練習したくらいで武田さんの目に止まる訳が無いのに でも、二年位経ってその事に気付いた時にはもう練習する事が当然になってたし、 学年でも一番歌が上手いって評判だったからこのまま続ければいけるかもって思える位には実力がついていたわ そのまま練習を続けて、高校に入ったのをきっかけにアイドルデビューをして今に至るってわけね。
16 :
無題 4/5 :2010/10/11(月) 10:17:16 ID:tWuPxxVo
この事を人に話したのは初めてね、お姉さまは由来についてまでは聞かなかったし。 まあ、これが私の夢の原点、オールドホイッスルに出たい理由よ。 下らない妄想に聞こえるかもしれないけど、今でも私は思ってるわ 武田さんに魔法をかけてもらったら、私の歌はどれだけ輝けるんだろうって ……あなた、よく真顔でそういう事を言えるわね、こっちまで恥ずかしくなるじゃない。 これで私の話は終わりだけど……何か言いたそうね? えっ?あなたオールド・ホイッスルに出てた彼女に心当たりがあるの? そうね、言われてみたらそんな名前だったような……ううん、その人で間違い無いわ! でも、なんであなたが彼女を知ってたの? ……オールド・ホイッスルに出た程の人が名前すら引っかからないなんておかしいと思ってたけど 彼女、ミュージカルの世界に移ってたのね、それであなたは彼女の歌を聴いてどう思った? そう、透明できれいな歌声だったのね……良かった、挫折でもしたのかと心配してたけど、彼女もちゃんと輝いているんだ。 そうだ!あなた、座長なんだし関係者チケットくらい用意出来るわよね、良かったら今度話をさせてくれないかしら? 今まで名前も忘れてたけど、彼女も間違いなく私の夢の原点だから…… さて、色々話したけど今度はあなたの番よ、秋月涼。 あなたの夢の原点、全部話してもらうわ。 私にここまでをさせてつまらない理由だったら許さないわよ?
17 :
無題 5/5 :2010/10/11(月) 10:17:34 ID:tWuPxxVo
以上、独白風の習作です、アドバイス等があれば遠慮なくお願いします。
タイトルは無題にしてますが、あえてタイトルをつけるなら「Cast a spell on me!」といった所でしょうか。
独白をしているのは夢子、聞いてる相手は涼です、流石に分かるとは思いますが夢子の方は名前を出してないので一応
同人誌とかで結構見かける夢子がオールド・ホイッスル出演を目指す理由。
行動の全てがその夢に向かって進もうとしていて小さい頃からの夢と言い切るその理由は
こんな小さなきっかけからじゃないかな?というお話でした。
後は箇条書きで余談をいくつか
・個人的な時系列は涼のCエンド後のイメージで、涼は舞台俳優としての道を進み
夢子は改心後、今までの行為がバレずにオールド・ホイッスル出演に王手と言ったイメージです。
普通にAエンド後で座長云々はミュージカルの仕事が入ったって事でも良いのですが
りょうゆめはCランク時位の距離感が好きだったりするのでそんな感じで。
・夢子が最初にみた番組に出てた彼女、一番最初は小鳥さんで考えていたのですが
オールド・ホイッスルに出演したアイドルは千早のみという事を思い出してあえなく断念しました。
・武田さんが奥さんと二人の娘がいる〜と言うくだりは荒木飛呂彦先生をイメージしてます、
いると聞いた時はいても全くおかしくないのに本当におどろきました。
後、エロパロ板のスレで一月前位に書いたら建てるって言ったのは自分です
例の騒動とは特に関係なく、普通に書けなかったので建てるのを見送っていました。
そんな訳で建てて頂いた
>>1 氏には最大級の感謝を送ります
それでは、また何か書けた時にはよろしくお願いします。
>>17 いいSSだった。掛け値なしに。
(ここまでテンプレ)
面白く読ませていただきました。口調が一瞬伊織かと思ったのですが
数行読んで行くうちにちゃんと特定できました。夢子はサブキャラゆえ
人となりの細かい部分が不明なので、こういった補完話が出てくると
とても楽しいです。オールドホイッスルの番組性が夢子の「アイドル」
という職業とずれているというのは時々出てくる話題でしから、この
解釈はなかなか巧いと思いました。
そして武田夫人をぜひ見てみたいw
ともかくすげえいい人なんだろうなーと思います。
創発スレがこうやっていつもどおりだとやはり安心します。そろそろ
無駄なスランプ抱えてるこちらにも火を入れねばと奮起する所存。
ではまた。
>>17 いいね〜 オレ気に入っちゃったよ〜
いや、面白かったですよ。
私は、かなり後まで話し手が誰だかわからなかった。
オールドホイッスルに出ていたアイドルは、千早でもそれ以外でもいいような気がする。
ここは、DSの設定にこだわらなくてもいいとおもたですよ。
個人的には
>>17 見るまで、歌手はりっちゃんだと思ってた。
どうも、千早は普通に歌手になる未来ばかり想像しているもので、
ミュージカル畑に行くとは予想外。
コレはコレでいいね。妄想が広がりんぐ。
おお!いつの間に復活スレが?!
ありがたい・・・
>>17 面白かったです。
強烈なプロデューサーというものの存在価値のアピールになってますよね。
そう、アイドル(に限らず)を生かすも殺すもプロデューサー次第、と・・・。
なんだか、夢子をプロデュースしたくなりました。
そして、こんな妄想まで・・・
「話は聞かせてもらったよ。桜井夢子さん、だね。いいことを教えてあげよう。魔法を使えるのは、武田さんだけじゃあないんだぞ。」
「は?あんた、何言ってるの?まさか・・・」
「そのまさか、だ。君のことを、プロデュースさせて欲しい。」
「ふうん・・・。あんたが、この私に魔法をかけて見せる、っていうわけ?」
「まあ、武田さんほどの強力な魔力は、ないかもしれないけどな。」
「なかなか正直じゃない。・・・でも、謙遜する必要はないわよ。あなた、あの如月千早を育てたプロデューサーなんだから。」
「え?知ってたのか?」
「ひとつ、条件があるわ。」
「なんだ?言ってみてくれ。」
「私を、オールドホイッスルに出演できるようにして。一年以内に。」
「・・・かなり難しい条件だな。」
「じゃあ、決まりね。よろしくお願いします、プロデューサー。」
「お、おい。俺は、まだ条件をのんだわけじゃないぞ?」
「無理だ、とは言わなかったでしょ?」
「・・・わかった。よろしくな。」
書いてみてわかった。
確かに夢子は台詞で伊織と書き分けるのが難しい・・・。
えー、レシP@まだ生きてたのかお前でございます。創発スレは1月以来です。 長いこと筆が止まっていましたがようやく1本、春に書いてたのが完成しましたんで 投下しにまいりました。なので物語の時期も初夏です。時期外れ申し訳ないです。 絵理で『オフライン』、本文5レス。 ひとつよろしくお願いします。
爽やかに晴れ渡った初夏のある日。水谷絵理のこの日の営業は、室内での写真撮りだった。 PC用デュアルディスプレイの誌上広告。絵理のキャラクター性を余すところなく活用した、 新製品のPR記事とその販促写真の撮影である。 ネットアイドルとしても動画投稿者としてもファンの多い彼女にとって得意分野の仕事で 仕上がりもよく、スポンサーや雑誌編集部の高評価を得て撮影は予定より早く終了した。 「ありがとう、ございました」 「絵理、お疲れ様」 クライアントに挨拶を終えた頃、プロデューサーの尾崎玲子が彼女に歩み寄ってきた。 「いい仕事だったわ。モニターに映っていた方の表情なんか本当に電子世界の住人のよう」 「このシリーズ、私も使ってる。だから、感情移入?」 「それはラッキーだったわね。広報部のかたも満足してらしたわ、うまくすれば他の製品も 引き受けさせてもらえるかも」 「ほんとですか」 「可能性の問題だけれどね。個人的にはもっとアクティヴなグラビアも入れたいところ なんだけれど」 「アクティヴ?」 「だって夏じゃない。せっかく若い子がパソコンの宣伝ばっかりじゃね。キャンプとか、海とか」 「海って、水着?む、無理っ」 今までも水着の仕事はあったがまずなにより恥ずかしいし、自分には日の光が似合わないと いつも思ってしまう。仕事として受けることがあれば精一杯努力するし、仕事相手からの評価も 悪くないものの、やはり自分はインドアの方がのびのびとやれる、と絵理は思う。 「ああ、無理にとは言わないわ、そういうジャンルは876プロでは日高さんが得意だし」 そんな絵理の受け答えも予想の範囲内なのだろう、プロデューサーは笑顔を見せて話題を 終えた。 「私自身がハイテク苦手だから、ときどきね。絵理にもそういうアナログな場面を楽しんで 欲しいかなって」 「アナログ、ですか」 「ええ。自分の足で山登りしたり、釣りとかスイカ割りとか、絵日記とか」 「……私のこと、小学生扱い?」 「え?そ、そんなわけじゃ」 ビックリさせられたお返しとばかりに、絵理はプロデューサーににっこり笑いかけた。 「冗談です。そういうのも、楽しそう」 「……絵理」 「時期的にはレジャーの企画も多いから、なんでもOK。いっぱいお仕事入れていい、です」 「そ、それは心強いわね」 「あ……でも、あんまり恥ずかしいのは……」 「ええ、もちろんそこは守ってあげる。まかせて」 プロデューサーのこの言葉は信頼がおける。実際彼女は、絵理を辛い立場にしたことは 一度もない。 「この後掲載位置の詰めがあるから私は残るけど、絵理は今日の仕事はこれで終了。送って いきたかったけれど……」 「だいじょぶ。帰れます」 「……そう。まあ、そうよね、まだ明るいし」 尾崎プロデューサーは何かにつけ絵理の世話を焼きたがる。絵理をプロデュースしている のだから当然だろうという思いと、子供扱いされているのではという感情が交錯する。 「尾崎さん、私、失礼します」 「あ、はい。お疲れ様、明日はダンスレッスンね、17時にスタジオで」 「はい。お疲れ様でした」 写真スタジオを出るが、まだ日が高い。デビューしたての頃は春先ですぐ暗くなっていた のに、最近は季節を強く感じることが多くなった。 「……そういえば、前は外の天気とか、無関係だったし」 ぼんやりとそんなことを思う。学校に行った日も帰ってくればすぐ自室にこもり、PCの前に 座り込んでいたのを思い出した。 「そうだ、携帯」 思わぬ余暇をどう使おうかと考えていて、携帯電話に思い当たった。そろそろ年季が 入ってきた彼女の端末はときどきストライキを起こす。ちょうど新機種が出揃ったところでも あり、買い替えを考えていると母に相談したところだった。
ライトブルーの筐体に控えめなデコレーションを施した電話を両手で開く。 「え?」 事務所の3人で撮った――正確には愛の発案に後の二人が巻き込まれて撮った――待ち受け 画面が出るはずの液晶が暗転していた。首をかしげ、端末を閉じ、また開く。もう一度。スイッチも いじってみるが、状況は変わらない。 「……D.O.A?」 思わず眉間に皺が寄る。真っ先に頭に浮かんだのは、『ゆうべバックアップを取っておいて よかった』ということだった。 **** 「申し訳ありません、只今の時間、開通まで1時間くらいかかってしまうのですが……」 「あ、はい、わかりました」 公衆電話で家とプロデューサーに連絡し、ショップで手続をする。今や商売道具でもある 携帯電話が我が手に戻るまではしばらくのタイムラグが出来てしまった。時刻を確認し、街でも ぶらつこうかとショップを出たとき、プロデューサーの言葉が蘇った。 ――絵理にもそういうアナログな場面を楽しんで欲しいかなって。 繁華街の坂を登りきったところに、日本有数の神社がある。海や山よりは手近でもあるし、 たまにはそういう散歩もいい。そう思って絵理は進行方向を変えた。 神宮の橋のあちらとこちらでは世界が違う。橋から下ってゆく道にはパフォーマーが並び キャラクターショップが続き、ブランド街が形づくられている。それがこなた橋を超えると一転、 緑と静寂の霊場だ。こんな平日の夕刻でも向こう側と大差ない数の観光客で賑わっている のに、その質があちらとは明らかに違っている。 「少し、不思議かも」 巨大な鳥居の足元で小さくつぶやく。そう言えば、何年か前の初詣で来たのが最後だったと 思い当たる。 しゃり、という足元の感触も不思議と心地よい。小さく深呼吸して、太い柱をくぐった。 この広大な敷地には、花らしい花がほとんど植わっていない。宮参りをするための場所では 心を落ち着けることが肝要で、そのためには心浮き立つ艶やかな花卉は不似合いとの由 である。その代わり草木の緑の厚みは壮観で、わずか数百メートルの脇を電車が通って いることすら忘れさせる植相を呈す。 「都心なのに、マイナスイオン……なんだか、贅沢」 マイナスイオンなどという横文字言葉じたい似つかわしくないと、絵理ですら思う鬱蒼。一人の 道行きを声に出す習慣もなく、あらためて口をつぐんで進んでゆく。 "リアルアイドル"としてはまだまだ知名度の低い絵理は、特段のカムフラージュをしないでも 周囲の人は気づかない。ネットアイドル・ELLIEを知っている者はいるかもしれないが、その類の 人物は現実世界では声をかけてこない。せいぜい一言ブログに『意外なところでELLIE発見なう』 などと書き込むのが関の山だろう。こういう状況に唯一割り込めるのは携帯電話の着信で あったがそれも今は存在せず、結果、相応の人ごみの中で彼女は誰にも干渉されることなく、 樹々と玉砂利の空間に没入することができた。 いつも街を歩く時のように道の端を小股で進んでいたが、この環境が気に入った。少し勇気を 出して、背筋を伸ばしてみる。 「……ってた?この先にね」 「ああ、あのナントカの井戸」 「なんか、すっごいパワースポットだって……」 脇を通り過ぎる見慣れない制服の集団がそんなことを言いながらはしゃいでいる。以前出演した 情報番組でも同じ話があったのを今さら思い出す。しかし、そこは確か……。 「あれ、でも整理券要るんだって」 「えー?先に調べといてよー」 観光雑誌にも書いてあったようだ。絵理も少し興味を引かれたが、今のこの場で充分と考え直す。 ここの風や緑の香り、ほの暖かい陽光で充分癒されているし、それに。 「そんな場所、入り込んだら、鼻血とか、出ちゃうかも?」 誰にも聞こえないようにつぶやいてみるが、笑える要素がないばかりかティッシュを鼻に詰めた 自分の顔が思い浮かび、さらに小さくため息をつくこととなった。 「お嬢さん」 自己嫌悪にしばし立ち止まっていたところ、絵理は後ろから声をかけられた。 「……私?」 「ああ、すみません。お尋ねしてもよろしいですか」
振り返ると、白髪の老人が立っていた。普段なら目を伏せてかぶりを振るところであるが、つい 相手の顔をのぞき込んでしまった。 「本殿へ行きたいのですが、どちらへゆけばいいのでしょうかな?」 「あ、えと……えと」 自分も詳しくないのだ、と言えばよかったのだが、なんとなくタイミングを崩されたようになって しまう。心のどこかで、この問いに答えねばならないような気持ちになっていた。 道筋のヒントを求めて辺りを見回す。と、老人の肩越しに地図とおぼしき案内板が見えた。 「あの、ちょっと、待っていて、ください」 断りを入れて案内板へ駆け寄り、現在位置と目的地を確認する。なるほどちょうど丁字路で、 初めて来たのなら戸惑うかもしれない。神社に参る経験などわずかだが、参道と本殿は 一直線につながっているものだと思っていた。 「あの、わかりました。こっちの道、です」 「こちらですか、ありがとうございます」 元の場所へ駆け戻って老人に指を指して説明する。老人はにこやかに礼を告げたあと、 不意に絵理に聞いた。 「お嬢さんもお参りに?」 「は、はいっ?」 「お嫌でなければ、そこまでご一緒してはいただけませんかな」 「あ……」 そもそもぶらりと立ち寄っただけであって、参拝など考えていなかった。誰にも関わられずに 一人でいられたのが心地よかったはずだ。この申し出にしても、黙って首を横に振れば済んだろう。 しかし、なぜか。 「……は、はい」 なぜか絵理はそう言い、老人が頬をほころばせるのを見て自分も笑顔になったのを感じた。 「こちらへは初めてですか」 「いえ、でも、ほとんど」 「私は近所なんです。よくこのあたりをぶらぶらするんですよ」 「いいところって、思いました」 「そうですか、地元が褒められると嬉しいものですな」 老人の世間話は控えめで、普段ネットワークの中でやりとりされるあからさまな危険語や、 マスコミュニケーションの世界で耳慣れ始めた思惑と戦術の錯綜するレトリックとは次元が 違っていた。ごくふつうの語句をごくふつうに放ち、ごくふつうに受け止めてごくふつうに 投げ返す、そんな言葉のやりとりを見知らぬ相手とするのはずいぶん久しぶりのような気がする。 地元と言うだけあって老人はここに詳しく、神宮の成り立ちやあちこちの施設のことなどを 説明してくれた。その話しぶりも観光ガイドやレポーターのようにくどくも早口でもなく、その 感触が絵理には新鮮だった。いつもなら、情報は手元の端末からオンラインで不必要なほど 入ってくる。老人の口から語られる言葉たちは、腹八分目の情報を絵理にゆっくりと咀嚼 させていた。 「ああ、あの井戸ですか。この5年ほどで急に観光の方が増えましたね」 「パワースポット、って、みんな言ってます」 「そうだそうですね。昔から霊験があると言っていて、以前は水も飲ませていたのですが、今は いろいろと決まり事も多くなりました」 ふいと視線を右に逸らせ、森の奥を指差した。 「あちらに菖蒲園があるのですが、そこの水が井戸からの湧き水です。あとでご覧になるといい」 「あ、ありがとうございます」 「ちょうど時期です。今年も見事ですよ」 いくつめかの鳥居をくぐると、正面に神社の本殿が現れた。テレビやネットで映像を見るのと 変わらないはずなのに、記憶のそれよりはるかに大きく、古く、荘厳で、そして優しかった。 「わ……」 「着きましたね」 手水舎で老人に教わりながら手を洗い、口をすすぐ。この水も今は水道水なのだと残念そうな 笑顔で教えられ、こっそり味を確かめたのを見透かされたのではと頬が熱くなる。 大木戸をくぐろうという時になって、老人はこう言った。 「お嬢さんに謝らなければならないことがひとつ、あるんです」 「?」 「話しかけたとき。うっかり近づきすぎていて、あなたの言葉を聞いてしまった」 「……え」 「あなたの負担になりはしないかと、少し心配してしまったのです。つい出すぎたことをして しまいました」
どの言葉かは、一瞬後に舞い降りた。 ──鼻血とか、出ちゃうかも。 「ここから先は少々『強い』ですが、どうか心配なさらぬよう。あなたは充分に元気だ、少し 毒抜きが要るかも知れないが、大丈夫ですよ」 「あ、ありがとう……ございます」 自分でもつまらないと感じた冗談を聞かれていたと解り、むしろ今こそそのことで鼻血でも 噴けばいいと自棄ぎみに思った。どう対処していいかわからずともかく頭を下げてみたが、 そこで反撃をひらめいた。 「でも、楽しかったです。本殿の場所、ご存知だったのにわざわざ声をかけてくれたんですね」 「……気付いておられましたか」 「地元の人で裏の菖蒲園まで知ってたら、道に迷うほうが難しい、ですよね」 老人は楽しそうに笑い、謝ることはふたつありましたなと深々と頭を垂れた。 「本当に申し訳ないです。決してからかうつもりではありません、勘弁してくれませんか」 「大丈夫、です。来てよかったって思いました」 「そう言ってくださってありがたいです」 老人の表情はあくまで穏やかで、絵理がこのことを責め立てるつもりがないことも承知して いたようだった。 ただ絵理も、この人物には全部お見通しなのだとなんとなく感じていた。ごく自然に会話が できたのもむしろそのおかげだとありがたく思う気持ちの方が強かった。 「さて、私はそろそろ失礼せねば」 「え……お参り、しないんですか」 「本殿に来たのは仕事のためでしてね。あなたと一緒に行きたいが、私はここまでです」 「あ、そうだったんですか」 意外な言葉に聞き返すと、これまた楽しそうにそう言った。 「じゃあ、私の方が案内して貰ったっていうことですか。お礼をいうのは本当に私の方、 でしたね」 「いえいえ、私の務めのうちですから。では」 「さようなら。ありがとうございました」 どうやら神職のいずれかか、ここで働いている人物であったらしい。本殿の建物の方に ゆっくり立ち去る姿に、あらためて礼を告げた。 と。 「……あれ?」 顔を上げると、かの人物の姿が消えていた。見通しのよい境内で、まだ数メートルと離れて いない筈だ。視線を落とした数秒のうちに、老人は人ごみにまぎれてしまったらしい。 しばらくあたりを見回すが、やはり老人は見当たらない。絵理にかまけていて仕事の時間が 迫っていたのかもしれないと、少し悪く思いながらも諦めた。 「でも、なんか、よかった」 境内に立ち尽くしたまま、あらためてつぶやく。プロデューサーの言う『アナログ』も、たまには いいものだと思える時間を過ごせたのは、やはりあの老人のおかげだろう。 明日はまたプロデューサーにも会えるので、そのときにでもこの話をしようと決めた。 ゆっくりと過ごしたので、携帯電話が開通するのももう間もなくだ。またデジタルデバイスと 一緒の生活ということになるが、それはそれで悪くない。最後に本殿に参拝して戻ろうと、 前方へ歩いてゆく。 そして本殿の少し手前で、ふと体に異変を感じた。 「……わ、わっ」 慌ててポケットを探る脳裏に、老人の声がこだまする。 ――少し毒抜きが要るかも知れないが、大丈夫ですよ。 準備がいるならいると、教えてくれておいてもよかったのに。 絵理は老人を、ほんのちょっとだけ恨んだ。 **** その夜、いつもの深夜チャット。今日の話を、絵理は友人のサイネリアにしてみた。 『あはははは、センパイ、それマジでスカ』 「うん、本当。正直、びっくり」
『服とかだいじょぶでシタか?』 「ティッシュ、間に合ったから。でも、さすがにそのままお参りしたのは、ちょっと恥ずかしかった?」 『行ったんデスか鼻ティッシュのまま!さすがセンパイ、そこにしびれるあこがれるぅ!』 「だって、それで帰るの、なんだか申し訳なかったし」 『つか、そのジイさんの言ってた毒抜きって!それで鼻血噴くとか男子中学生っスかセンパイ』 そう、絵理は本殿にたどり着く直前に突然、鼻から出血をしてしまったのだ。自分の考えて いたことといい老人の言葉といい、その符合のよさに思わず出してしまった話題だった。 『神宮のドコにそんなに興奮したんデスかセンパイ。神社萌えとはさすがレベル高いデスよ』 「サイネリア……言いすぎ?」 『あっあっ、ごめんなさいセンパイ怒らないで』 自分で振った話題とは言え相手が面白がりすぎである。ここまでバカにされるようでは トークの仕事では使えないかも、とリアルアイドルなりの考えも浮かぶ。 PCの前でむくれていると、モニタの向こうでなにやら操作していたサイネリアが声を上げた。 『あ、ねえねえセンパイ、調べたら書いてありまシタよ』 「え……なに?」 『あそこのパワースポット。井戸だけじゃなくて、あのあたりで一番パワーがあるのは、本殿の 10メートル手前、なんだそうデスよ』 「……え」 ちょうど絵理が鼻血を出したあたり、ということだ。老人はそこまで見抜いていたという ことなのだろう。 『ということはあれですよねセンパイ、笑い話とかじゃなく、ELLIEセンパイは今日、そこの 本殿でスピリチュアルパワーを身に着けて、それまでの悪い毒を体内から追い出して、 スーパーELLIEセンパイに生まれ変わったっていうことデスよね』 「う、生まれ、変わった?」 『ハイ。これからのセンパイは今までの3倍はパワー出せマス』 「赤く塗って、ツノつけるほうがいい?」 『ひゃはははは、やめてセンパイそういうの真顔で即レスとかやめて』 あの老人は、いったい誰だったのだろう。絵理はPCを上の空で操作しながら考えた。 地元の者と言っていたが、神社のことをよく知っていた。最後には本殿に仕事で来たと 絵理に告げ、目を離した隙に姿をくらました。それこそ、消えるように。まさか……まさか。 いやいや、と首を振る。鼻血の話は偶然の可能性もあるし、オカルトじみた考えをするのも 少しおかしい気がする。 なぜだか絵理は、このことは単に不思議な話、として終え、深入りしない方がいいと感じた。 なんだか不思議な、親切な人に会った、それでいいではないか。それこそプロデューサーの言う、 アナログのよい部分なのだろう。 いま向き合っているオンラインではおそらく、絶対に出会えない相手。それが、あそこにはきっと こんな風に存在しているのだ。 そこで絵理は、こう決めた。モニタに向かって言ってみる。 「ね、サイネリア」 『なんデスかセンパイ』 「今度時間あったら、サイネリアも行ってみる?」 『え、いいんデスか?』 「そのあとで赤いツノ、一緒に選びに行く?」 『ちょ、センパイっ』 サイネリアだけでなく、プロデューサーや事務所の友人も、別々に誘ってみよう。 何度か行けばひょっとして、またあの老人に会えるかもしれないから。 また会えれば、今度はもっとはっきりお礼が言えるかもしれないから。 絵理はぼんやりとそんな風に考えながら、キーボードを叩く手を動かし続けた。 おわり
以上です。ありがとうございました。 筆が止まってたのは複数の要因が絡み合ってのことですが、まあこれを言い訳しても見苦しい だけですね。ともかくひとつは書き上げることができましたので、この成功体験を糧に一から やりなおす所存です。 これまでに複数の方に不義理、無粋を働いてしまいましたがもとより難しいことができるような 脳味噌は持ち合わせておりません。この上はせめて楽しく読めるSSを書いてお返しできればと 思います。 世間(アイマス)に吹く風はたいそう厳しくなっておりますが頑張れる方は頑張りましょう。 それではまた。
>>27 >実際彼女は、絵理を辛い立場にしたことは
>一度もない。
えっ
いや、低ランク時の話ではあるし、高ランク時やクリア後でも文脈から読み取れる意味で辛い立場にした事は無いはずですが
見た瞬間に思わず声に出して言ってしまいましたw
それはそれとして、良いお話でした、基本的にデジタルの申し子な絵理ですが
現実から切り離されたような雰囲気の神社での少し不思議な体験は
低ランク時の現実離れしてやや浮いたような存在感の彼女にこそ似合うのかなぁと感じました。
サイネリアの程良いウザ可愛い感じも素敵で楽しませていただきました。
個人的には見せなければ顔も素性も見えないネットの世界にこそこっそり「いる」のではないかとも思ってたり。
>>27 お久です。
あー、なんかこのスレでは久しぶりにこの手の文章見た気がします。
情景描写が綺麗ですね。
絵理と彩ちゃんのやりとりも、すごくらしさがあって、しかもホントにチャットっぽくていいです。
なるほど。DSキャラは低ランク時には、緑は汎用型のやられ役で、
青の高性能ぶりや赤のパワーに圧倒されてますねえ(違)
こんばんわ。 いろいろあって一時期自粛気味でしたが、その間にスレが消失し、落胆しておりました。 しかし、復活してくれたので、ようやく書くことができました。 とは言え、実は今回、ネタが微妙です。アイマス2設定注意! でも、このスレなら、きっと受け入れてくれる! というか、このスレ以外にはネタ的に書き込む勇気が出ません。 では、4レスほどお借りします。 タイトルは「another year around」
♪ハートをロックオン! するの♪ 曲の終了と同時に、会場は地響きの様な大歓声に包まれた。観客は総立ちで拍手を送り、中には声を限りに ステージ上のアイドルの名を叫び続ける者や、感極まって涙を流している者もいる。 まばゆいばかりの照明が煌々と照らしだすステージの中央、天海春香は、チラリと隣を見やる。律子がいる。 その逆の隣には伊織。二人とも、満足そうな笑顔だ。 二人ともすごく素敵な顔!と春香は思った。 私も今、こんな顔してるのかな?だったらいいな・・・。 アイコンタクトでタイミングを計り、三人で広いドームスタジアムのステージの最前部まで歩み寄る。 春香が、マイクを持って口を開く。 「みなさーん!今日は、本当に」そこで一拍おいて、三人で息を合わせて「ありがとうございました!」 再び地鳴りの如き歓声。 その中、三人はステージを後にする。 まっすぐ、振り返ることなく。 これで、このユニットでの活動は終わりだけど、今日のステージで、全てを出し尽くすことができた。 春香は心からそう思う。悔いは全くない。 鳴りやまない拍手と歓声が背中越しに聞こえる。 アイドルになって良かった。 ステージを降りると、一人の男が、興奮した様子で三人の帰りを待ち受けていた。 「最高だったぞ!」三人に声をかける。 「ありがとうございます!・・・・・・・さん!!」 パチッ 春香は浅い眠りから覚めた。 「・・・夢?」 夢にしては、妙にリアルな感触だった。客席からは見えないステージ上の立ち位置表示や、ステージ裏の 蛍光で示した動線表示まで、ちゃんと記憶に残っている。 「でも・・・あんな大きなステージに、あんなにたくさんのファンの人たち、それに、私が伊織や律子さんと ユニットを組んでるなんて・・・やっぱり、夢に決まってるよね・・・」 意識を現実に戻す。 「いけない!早くしないと、遅刻しちゃう!」 いつもの様に、電車で事務所に向かう、その長い道中、春香は今朝の夢のことを考えていた。 夢だったことは納得した。でも、一つ腑に落ちないことがあるのだ。 私たちの帰りを、ステージ裏で待っていた、あの人のこと。 知らない人だ。少なくとも、顔も名前もこれまでの記憶にない。 なのに、はっきりと、夢に出てきた声も顔も、覚えている。 知らない人なのに、はっきりとした姿で、重要そうなキャストで夢に出てきたのだ。 春香はもう一度、現実界の記憶の糸を辿ってみるが、思い当たる人はいない。 「う~~~ん・・・。記者さんでも、スタイリストさんでも、スタジオのスタッフさんでもないし・・・。」 春香は、隣の席に座った通勤途中の会社員が怪訝な顔を向けるのも気付かずに、無意識に声を上げながら 考え込んでいた。
「おはようございます・・・」 春香は事務所に入る。 「おはよう、春香。今日はどうしたの?いつもみたいな元気がないんじゃない?」 「あ、律子さん・・・伊織も。」 「おはよう。ま、春香だって、いつもいつも能天気に大声あげてるわけじゃないわよね。」 「あの、今日は二人で、どうかしたんですか?」 「別に。どうもしてないわよ。あずささんと亜美を待ってるだけだけど?」 言われてみれば、そうだ。別に二人は特段普通と違ってるわけではない。とは言え、今朝の夢のことが あるから意識せずにはいられないのだ。 「だいたい、あずさも亜美も、ようやく私たちがアイドルとして売れてきたところだ、って言うのに、全然 自覚が足りないんだから。」 「伊織、まだ時間になってないんだから、二人だって遅刻と決まったわけじゃないでしょ?」 「前のスケジュールが押してるわけでもないのに、遅刻ギリギリじゃあ、この先もっとハードスケジュール になった時にはどうなるのよ?」 「うん。いつもながら、伊織のその自覚と自信は、褒められるわね。」 「自覚と自信だけ?」 「はいはい、伊織ちゃんはトップアイドルになるにふさわしいくらい可愛いです。」 「なんか引っかかる言い方だけど・・・まあいいわ。その通りなんだから。後は、プロデューサーの腕の問題 よね。」 「わかってます。・・・ってあれ、春香?どうかしたの?なんかぼーっとしちゃって。」 律子が、二人の会話を聞きながらじっと立っている春香に水を向けた。 「あ、実は・・・あ、いえ・・・」 「なによ?言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」 伊織の言葉にせかされ、春香は話す気になった。 「今朝、夢を見たんです。」 「夢?」 「夢の中で、私と律子さんと伊織と、三人でステージをやってたんですよ。」
瞬間、律子と伊織が驚いた顔を見合わせた。 「春香も見たの?」 「え?春香も、って?」 「私たちも見たのよ。ドームみたいな大きなステージで、三人で歌ってた夢。」 「それも、この伊織ちゃんを差し置いて、春香がセンターに立って、ね。」 「そ、そうです!おんなじです・・・。」 三人が、神妙な面持ちになった。 「実はさっきまで、伊織とその夢の話をしてたのよ。・・・それにしても、春香まで同じ夢を見てるとはね。 正直に言って、驚きよね。」 「不思議ですよね・・・。」 「でも、私にとっては、いずれ立つはずのステージの様子が事前にわかっただけでも、儲けものだけどね。」 「さすが伊織!その言葉、忘れるんじゃないわよ。」 「律子こそ、しっかりしてよね。」 「わかってますって。まあ、私は今はプロデューサーだから、さすがにあのステージに立つ、とは言えない けど、伊織と、あずささんと亜美を、あそこまで連れていく決意と覚悟は出来てます。」 「春香もよ。」 「え?」 「春香のことだから、どうせ、本当に夢の様な世界、とか考えてたんじゃないの?そんなんだから、いつまで たっても泣かず飛ばずなのよ。」 伊織の言葉が、春香の胸に刺さる。 「春香。さっき伊織にも言ったんだけど、私は、こうやって同じ夢を見た、ってことは、きっとどこかで、 そういう未来が、ううん、そういう現実が存在する世界があったんじゃないか、って思う。」 「そういう現実が・・・?」 「そうよ。春香が、この私や伊織をサブに追いやって、センターを張ってドームで歌っている、そんな現実。 つまり、春香は、今でもそれだけのポテンシャルと可能性を秘めているんだ、ってことでもあるの。」 「認めるつもりはないけど、そうかもしれない、ってことよ。だからとにかく、自信を持ちなさい。なんか 最近のあんたたち見てると、元気と気合はあるんだけど、負け犬根性が染みついちゃって見えるのよね。」 強烈だった。 この二人は、実績と自信だけじゃない。これほど周りが見えている。 そして、自分のユニットだけではなく、これほどまでに、事務所の他のメンバーのことを気にかけている。 春香自身は、そのことに気付かないばかりか、自分のことで手いっぱいだった。 しかも、手いっぱいである自分にすら、自信を失っている。 このままでいいはずがない。 「うん。わかった。私、トップアイドルになる!」 「お、言ったわね。それは、我らが竜宮小町を蹴落としてでもトップになる、って覚悟と受け取るわよ。」 「蹴落とす、っていうのとはちょっと違うかもしれないですけど、私も負けません!」
「あの、お話し中ごめんなさい。」 口を挟んできたのは、事務の音無小鳥だった。 「あ、いいですよ、小鳥さん。ちょうど話が一段落したところですから。」 律子が答える。 「そう。じゃあちょうどよかったわ。春香ちゃんに用があるんだけど。」 「あ、はい。私ですか?」 「社長がお呼びなんだけど、社長室まで来てもらえるかしら?」 「天海春香です。失礼します。」 そう言って社長室のドアを開ける。 春香は大いなる驚きを持って、部屋の中を見た。 そこには、社長と、もう一人の人が・・・「あの人」が、いた。 間違いない。 今朝の夢に出てきた、あの人だ。 そうだ。 この人は、私の・・・ 「ああ、紹介しよう。彼は・・・」 社長が話し出すのも構わず、春香は彼に駆け寄った。 「あなたが、私のプロデューサーさんですか? 私、天海春香、17歳、トップアイドル目指してます!」 /Fin.
以上です。 以前、SPのPVで、春香がこんなことを言っていました。 「あなたが私のプロデューサーさんですか?私、天海春香です!」 おいおい。春香、もしかして、知らない人に、いきなり私のプロデューサーさんですか、とか聞いてるのか? そう突っ込まずには、いられませんでした。 だって、どう考えても不自然ですよね? 私のプロデューサーさんですか、とか聞いておいて、しかもその後で自己紹介するって。 それ以前に、「あなたが私のプロデューサーさんですか?」って質問自体、普通ならあり得ない。 それ以来、この台詞が自然に出てくるシチュエーションと言うのを、考えるようになりました。 実は以前の拙作、「春香エンジェル」にも、その一例を使ってみました。 で、今回思いついたのがこれです。 ところで、全体にアイマス2を認めて楽しみにしているかのような内容になっていますが。 正直なところ、俺自身は、まだ認められていません。 内容的に、律子と伊織の立ち位置が、ディレ1の示唆した通りになっているのが、正直癪です。
>>35 少し違う未来での自分と運命の人の夢
無印の中だけで見ても前の周回の記憶は完全に消えてしまう彼女達ですが、人によっては何十回、何百回と積み重ねた記憶だし
パラレルな未来の2でもこういう形で少しでも残ってくれていると考えると少し嬉しくなりますね
楽しく読ませて頂きました
後、アイマス2についてはノーコメントと言う事で
肯定派と否定派で言い争いになるのも、愚痴や批判で雰囲気が重くなるのも望むところでは無いので
>>35 みなとP復活バンジャーイ
楽しく読ませていただきました。
無印の頃から『彼女らは過去のPの記憶を持っている』だろうか、
ということをいろんなPが(創作に限らず)書いていますが、
それと逆に本編のように『これから来るPを予感している』かも
知れないと言うことも同じく、Pの一人としては期待してしまいますね。
実際には律子や伊織はプロデュースできないと明言されてしまって
いますが、僕もこんなふうに、将来はキャラ間の垣根を取っ払った
状態でみんなをプロデュースできればいいのに、と思います。
未来に希望ある締めでワクワクできました。GJ!
>ところで、〜
アイマス2についてはおそらくみんな言いたいコトあると思います。
だから関連各スレがあの有様なわけで。
せめてSS読み書きするのが好きな人ばっかのこのスレでは、大概
過疎ってるこのスレでは、2論争は避けたいですね。僕も竜宮小町で
考えているのがあるんですが(完成しないかもですケド;)、竜宮や
ジュピターで投下する方は注意書きをしっかり書いて、純粋に
二次創作を楽しみたいものですね。
>>36 , 37
えっと・・・すみません。
別に、2についての愚痴を言うつもりは全くありませんでした。
ただ、このSS読むと、ラストの台詞をPVから取ってきたりしてるし、
どう見ても「この作者は2を本当に心から楽しみにしてるんだな」と思えるので、
そういうある種の誤解をされないように、と思っただけなのです。
妙な誤解を与えてしまい、申し訳ありませんでした。
それと、感想ありがとうございました。
39 :
37 :2010/10/20(水) 22:58:46 ID:hLyJUYT4
>>38 2に限らずSPでもそうでしたが、なんらかの設定を下敷きにした作品は
「その設定を許容している」と思われがちですよね。
35の後書きで「みなとPは現時点でアイマス2を認めているわけでは
ない」ということは読まれた方お判りかと存じます。
ただ、この手の話題が出た時でないと堂々巡りになるので、「せっかく
みなとPがアイマス2の話題を振ってくれたから」、その是非に関しては
ノーコメントにしたい、論争は避けたい、などと自由に言い合う機会だと
僕は考えて、上記のようなコメントをしました。
上でも書いたとおりで、僕もひょっとしたら2ベースの話を投下するかも
知れない立場ですので、心中お察しします。竜宮にしてもジュピター
にしても全国行脚とかも、エッセンスひとつひとつはすげえ面白いん
ですよねー。
保守
保守カキコがあったので来てみた。 即死判定30超えたら止まっちゃったけど、まあ 板整理でdat落ち→2発表で盛り上がり→918発表で 盛り下がり→長らく時間空けて復活→イマココ のスレとしてはまあまあの進行速度……かもw 今度は小ネタくらい手土産に来ようと思います。
>>41 今、前スレのログ見て来たけど、一応2発表直後まで前スレは存在してたぞ。
や、別にだからどうってわけじゃないんだけどw
アイマス関連スレに木枯らしが吹き荒れる中、みなさまご健勝のこととお喜び申し上げます。 レシP@ネガるの飽きたでございます。 軽めのお話がひとつできましたので投下します。 りょうゆめで『メロディ』、本文4レス。 やってみたいことがあったので、ちょっと読みづらいかも知れません。ご容赦くださいまし。 ではまいります。
僕と彼女の手の中に、ひとつひとつのレジ袋。 中に入った買い物は、タマネギ人参、肉・お芋。レシピを訊ねてきた時は内緒だよって言ったけど。 まあ、わかるよね、これならば。カレーのルーも買ったから。 「カレーって、けっこう家によって味違うわよね。私、割とうるさいわよ?」 「へえ、どんなのが好きなの?夢子ちゃん」 「美味しいのが好きね」 「……あ、そう」 答える顔は自慢げで、自分がなにを聞かれたか、そうしてなにを答えたか、カケラも気にしてないみたい。 もっともそれが隣の子……肩で風切り機嫌よく僕より先を歩いてる桜井夢子のいいところ。 今日は彼女と収録で、お互い午後はお休みで、これから何かしようかと誘った時の会話では。 『お腹すいちゃったわね、なにか食べない?』 『うん、僕もどうしようかって思ってたんだ。今日は予定なかったから家で何か作ろうかって思って たけど――』 『へえ、いいじゃない。お邪魔してもいいの?』 『――えっ?』 普通はどこかで外食か、ぎりぎりテイクアウトかな、そういうつもりで応じたら、こんな返しが待っていた。 僕の気弱が悪いのか、心の悪魔が囁くか、家には誰もいないのにああそうだねと誘う僕。 なにかを期待するじゃなし、彼女と長くいられたら……そんな程度の下心、隠して歩く帰り道。 「でも、さっきの現場、けっこうしんどくなかった?」 「え、そう?」 「だって全員参加のクイズコーナーとか、クイズって言ってたのに体力使うやつばっかだったし」 「ああ。でもほら、僕途中で脱落しちゃったし」 「あー!思い出した!1問目のマルバツでアウトだったわよね」 「たはは。あれ、姉ちゃんが放送見たらお説教だよ」 「簡単なヒッカケ問題だったのにね、おばかさん」 「ひどいよ夢子ちゃん、カレー作ってあげないよ?」 「そんなこと言う口はこれかあっ?」 「ひて、ひててて」 ふざける隙もあらばこそ、帰途は彼女の独壇場。 いつも彼女はご機嫌でいろんなことを憶えてて、今日の現場の話から、クラスの仲間のうわさやら、 先週見てきた映画とか、次から次へと話しだす。こちらはこちらでただそれを、聞きつつ歩く習い性。 いつしか持ってた買い物も、ふたつ揃えて僕の手に。 手足の振りや表情や、声の高さや大きさを、自在に変えていくつもの話題を振りまく夢子ちゃん。 僕は彼女のその顔に、見とれて返事をするだけで……そのうちこんな風景が、僕の心をノックした。 彼女の向こうの風景に、気づいて楽しくなってきて、含み笑顔で相槌をただ打つ様に気づかれて。 「……涼?」
「え、うん、なに?夢子ちゃん」 「なによ」 「なにが?」 「なにがじゃないわよ!急に黙り込んでこっちの方ずっと見つめて。なんか、変だわ」 「そんなことないでしょ?だいたい夢子ちゃんが喋ってる時は僕は口を挟むヒマなんか」 「なんですって?」 「……いやその、ね」 あっという間に降参し、僕の視線のその先にさも一幅の絵のごとく映る景色を指差した。 「あそこの、電線がね」 「電線?……ああ、あれ」 「夢子ちゃんの向こうにさ、横に張ってあるのが見えて。それが、まるで五線譜みたいに見えるん だよね」 「五線譜?楽譜の?ふうん、言われてみるとそうかもね」 「譜面を背景にして、きみが楽しそうに話しているのを見てたら、なんだかいい曲でも浮かんで きそうでさ」 ここ最近では珍しくほの暖かい太陽に、彼女の頬も照らされて赤くなるのは錯覚か。しばらく っと僕の目を見つめ続けていたけれど、さすがになにか呆れたか、ボソッと言って横向いて。 「……キザ」 「えええ?」 「武田さんじゃあるまいし、アイドル風情がぽんぽん曲なんかできてたまるもんですか」 「べ、べつにそんなにいっぱい思い浮かぶわけじゃ」 「いいわ、聴かせてごらんなさいよ、そのあんたのオリジナルソング」 「え?こ、ここで?」 「曲が浮かんだんでしょ?聴いてあげるわよ、嘘じゃないんならね」 「お……思いついたところだけ、だけど」 睨みつけられ挑まれて、こちらも引くに引けなくて、さっき記憶の片隅に、録ったかけらを紡ぎ出す。 歌と言うには歌詞もなく、曲と言うには短くて、まるで今ある僕みたい、中途半端なメロディで。 だけど確かに言えるのは、今この僕の口を出て、君の耳まで届いてる音に織り込む感情は、 ほかの誰かのものじゃなく、まごうかたなきこの僕が、今すぐ横で目を閉じるきみに捧げるメッセージ。 ラララで綴ったアカペラがどんな形に映ったか、僕には予想もできぬまま、ミニコンサートは幕を閉じ、 夢子ちゃんはと目をやれば、きょとんとしたまま固まって、ここにいるのは僕じゃないおかしなものでも 見てるよう。 うまくは伝わらなかったか、あるいはまるで的外れ?彼女はあたりを見回してなにか言葉を探してる。 ……歌い手なのにこの仕打ち。 僕は自信を失って、肩も落として気も落とし、後悔ばかりが浮かんでる。 「あは、あはは、あんまりうまくないね、やっぱり。ごめんね、つまんなかったよね」
「……早く案内してよ、あんたん家」 「あ、そうだね、長く外にいたら体にもよくないしね」 軽くうつむく体勢で小さく僕につぶやいて。これは機嫌を損ねたか、慌ててフォローに取りかかる。 「ごめんね夢子ちゃん、自分ではわかんないものだね。そこまでひどいとは思ってなかったんだ、 ごめん」 「……」 「ほら僕これでも歌手だしさ、センスのかけらくらいあるんじゃないかなって思っててさ。き、気分 悪かったならもうしないから」 「……くよ」 「うん?」 「逆よ!もうっ!」 大きな声でそう言ってキッと見据えるその顔は、予想だにせぬ表情で今にも涙があふれそう。 赤い目をした震え声。普段は強気一点の彼女の意外な一面にドキンと胸が高く鳴る。 「よ、よかったわよ、すごくいい曲だった!」 「……よかった?」 「バカにするんじゃないわよ。それを言うなら私だって歌手だわ、いいメロディかそうでないかくらい、 ちょっと聴けばわかるわよっ」 「え、あ、そっか、そうだよね」 「不覚にも震えが来たわよ。許されるなら耳コピして武田さんに電話して、新曲作ってもらいたいくらい」 息を整え気を締めて、一言ずつを丁寧に僕に伝えるその声はなぜか怒っていたけれど、中身と言えば 予想外、僕のつたない手すさびに、彼女の心のスイッチを入れる何かがあったよう。 「ティッシュ貸してよ、出てこないわ」 「あ、ハイ」 僕が余所見をしてる間に溜まった涙を拭き取って、メイクも軽く整えて、彼女は再び喋りだす。 「ふう。まあ、そんなわけには行かないわよね。武田さんなら人の作ったメロディなんか使わないだろうし、 まして涼のネタだなんて知れたら」 「うーん、そうかもね」 「だからね、涼。あんたが今の曲、完成させてよ」 「はい?……って、ええっ?」
「AメロBメロとサビができたら、編曲と歌詞は武田さんや、他の誰かに相談してもいいわ。それなら正真正銘、 『作曲:秋月涼』でクレジット打てるし」 「ちょっと夢子ちゃん?ほ、本気なの?」 彼女の語るその夢は、今聴かされたメロディをひとつの完成形にしていつか舞台で歌う夢。自分に宛てた 曲ならば、歌いこなしてみせようと、3分前とはうらはらな自信に満ちたいい笑顔。 「なに言ってるの。私を見てて浮かんだ曲なんでしょう?」 「う、うん、そうだけど」 「なーら完成させられるわよね?まさか『夢子ちゃんにはテキトーでいいや』なんて思ってないでしょうね、涼?」 「そんなこと!」 さっき見たよな挑発に二度もまんまと乗っかって、できる見込みはあるものの、自分で逃げ場を閉じてゆく。 「うん、わかったよ。いい曲作るから、夢子ちゃんも協力してくれる?」 「もちろん」 「ありがと。これから、いろいろ相談させてもらうね」 「でも、その前にやることあるでしょ?」 「え?」 「大声出したらお腹すいちゃったわ。曲よりまず、お料理の方を早く作ってよね」 「あ、そか」 「買い物袋、一個持つわよ。いつの間にか持たせちゃってたわね」 そう言いながら僕の手の荷物をひとつ預かって。 僕の手をとる右の手は、そのまま力をそっと込め。 「……あの」 「さ、さー、早く行きましょ!」 頬を赤らめやぶ睨み。 僕の手を引きずんずんと踏み出す足も勇壮に、まるで自室に帰るよう。 「ゆ、夢子ちゃん?」 「なにのろのろ歩いてるのよ、早くしないと夕食までご馳走になっちゃうわよ」 「じゃなくて、この角曲がるんだよ、僕んち」 「!……は、早く言いなさいよっ!」 「ご、ごめぇんっ」 そんなこんなのドタバタも、気づいてるのかな?夢子ちゃん。 僕の中ではこれさえも……。 素敵な曲に、なるんだよ。 おわり
以上でございます。夢子が涼を召喚する某動画を観て以来りょうゆめにハマって(いや前から好きな
カップルなんですけどね)おりまして、たまらずリア充結婚しろSSを書いてしまいました。
買い物袋とか電線が五線譜といったシチュをコブクロの『million films』という曲から借用しております。
お判りかと思いますが、やってみたかったことというのは『本文まるごと七五調』です。セリフを除けば
水戸黄門の主題歌で歌えますハイ。どんぐりころころでも可。
以前から要所要所にはこういう仕掛けをしている(頭の中で言葉にすると読み取りやすいと考えており、
クライマックス直前の地の文とかに織り込んだりしています)のですが、
……全文やったらどうなるかなドキドキ?
という欲求がついに爆発したカタチに。かえって読みづらかったらすいません、このSSのテーマとも
絡みそうだったし一度やってみたかったこと、でしたのでまた普通の文章に戻します。
そして前作『オフライン』感想ありがとうございます。
>>28 >えっ
ツッコミ早!
そうなんですw DS一巡したユーザーの間では尾崎さんは絵理に不審がられている前提みたいな
雰囲気なんですよね。このお話では尾崎さんはマダオではないし、そもそも本編に絡んでこないので
ややこしい背景すっとばしてもらうための説明文として書きました。かえってお邪魔だったようです反省。
>>29 自分自身が実際に行った場所だと情景にもチカラ入りますねやはり。もとヒキコモリでデジタル信奉者
である絵理に生の木々や砂利の上を歩く感覚を味わってもらうべくがんばりました。
もうじきクリスマスがくるおorz
またなにか書けたら来ます。
皆様お元気で。
>>48 ナイスバカップル♪
> 『本文丸ごと七五調』
講談も出来ますな。ベンベン♪
>>48 やっぱりりょうゆめは良い物だなぁ、乙でした
りょうゆめ物だと夢子が言動まで完全にデレデレなのも多いけど
本編を見てると割と皮肉とか言い合ってたりしてる悪友っぽい関係だったりするから
そんな雰囲気のまま恋人になった感じですごくニヤニヤできました、幸せになれよバカップル共w
>>48 まあ、ここぞの畳み掛けにリズムを使うのは、レシPの常套手段。
むしろこちらは、過去それで書き手を特定していた部分もあるわけでw
で、今回は本文全てですかw
試みとしては面白いと思うけど、読む側のテンポの強弱を意図的に操作する手段を失うのは、ちょっと痛いかも。
特に、リズムを良くすると、読み込まずに通り過ぎがちになるから、
全体の中で、台詞が主、地の文、が従の関係が読み手の中に生まれる感じ。
これが、レシPの様に、どちらかと言うと地の文の味が強い書き手にとっては、逆効果な気がしました。
にしても、それが作品を損なっているとかそういうことは、全くありません。
とても面白かったです。特に、いつもながらの台詞まわしの良さは冴えてます。
レシPが書くと、気の強いキャラほど活き活きしてると思えるのは気のせいw?
連投になってしまったw こんにちわ、それでも気にしないレシP@規制中orzです。 冬めいてきた今日この頃、あったかいものでも食べたくなってまいりました。てなお話を 書きましたので投下します。なんとなくキャラスレ向けな気もしますが、保守も兼ねてw 雪歩で『親友』、本文3レスです。はじまりはじまり。
彼女には親友がいました。 「……っていうことがあって」 「あはははは!ほんと?あのビッグアイドルがねー。意外だわ」 「あっでも、他ではこんなこと」 「え?いい話なのにー。でももちろんだよ、雪歩が嫌なら言わないから」 友人の多い彼女でしたが、この話し相手だけが唯一、『親友』と呼べる相手でした。他の 『仲良しの友達』とは違う何かで、彼女とは繋がっている気がするのです。 「でも、なんか久しぶりだね、雪歩と一緒に帰るの」 「ごめんね、かずちゃん。なんか、近ごろ急に忙しくなっちゃって」 「ううん、いいことじゃん!雪歩、テレビ出ることも多くなったもんね」 「新曲、評判いいみたいで。なんか、ようやくプロデューサーや事務所に恩返しできる ようになったっていう感じ」 親友は人気のアイドル歌手で、忙しい仕事の合間を縫って学校に来る毎日が続いて いました。タレントを始めた頃は放課後のサークル活動程度といった感覚だったのですが、 最近は授業が終わると話す間もなく迎えの車に乗り込むような日が増えました。時には 早退する日もあります。 「頑張ってるよねー」 「そ、そんなことないよ、私なんて今でもお仕事のたびにプロデューサーに叱られるし、 歌もダンスもトークもちゃんとできないし」 「うわっ、ゆ、雪歩?」 「いまだに初対面の男の人いると逃げちゃうし、この前なんかせっかくプロデューサーが 取ってきてくれたペットバラエティも収録順が変わって犬が出てきたからその場で硬直 しちゃったし、ああ!そういえば昨日の歌番だって」 「雪歩落ち着きなって、どーどー」 「あああん、かずちゃんの前でダメダメなところ思い出して落ち込むなんて私、ますます ダメダメだよう」 親友は昔から、自分を低く評価する癖がありました。彼女はだから、そうなる度に 親友に、やさしくこう告げるのです。 「雪歩はダメじゃないよ。雪歩はちっとも、ダメじゃない」 「かずちゃん」 「雪歩はさ、アイドルになって、テレビや雑誌出て、かわいい歌いっぱい歌って素敵な 笑顔でいっぱい笑って、たっくさんのファンを幸せにしてる」 「え、でも」 「やってる本人の雪歩はさ、自分のことだからうまく行かなかったとか思うこともあるん だろうけど、見てる私たちには、それが全部『アイドル・萩原雪歩』の魅力に映るんだよ。 笑う雪歩だけじゃなくて、泣いてる雪歩も怖がってる雪歩も、全部かわいいなあって 思えるんだよ」 しばらく言葉を重ねると、親友もだんだんと落ち着きを取り戻してきました。今は あまり一緒に帰れないので、彼女は親友が一人ぼっちの時に、こうなってはいないかと 心配になります。 「ね、だから自信もちなよ、雪歩」 「かずちゃん、ありがとう。私、かずちゃんにたくさん助けてもらってるって思う」 「いーえ、雪歩のファン1号ですから」 「ファンっていうより、プロモーターな気もするけど」 「……言い返すようになったねキミ」 「ああっ?ごめんね、かずちゃんごめんね」 親友にアイドルを勧めたのは彼女でした。かなり強引なやり方でしたが、親友は 彼女の言うことならと一念発起してくれたのです。 「今日も仕事なんでしょ?いいの、のんびりしてて」 「あ、今日はね、駅前でプロデューサーと待ち合わせなの。西口に制作プロダクションの 事務所があって、今そこで打ち合わせしてて」 いつからでしょうか。 プロデューサー、と親友が言う時の表情が以前とは変わってきていることに、彼女は 気づいていました。
親友の芸能活動をサポートしてくれている人物。デビューの時から迷惑をかけどおし だった、と親友は言います。 「え、プロデューサーさん来てるの?って、こんなトコに制作プロダクションなんか あったんだあ」 「うん。前にも一緒にお仕事したところでね、プロデューサーも信頼してるみたい だし、安心かなって」 仕事が忙しくなった親友は、今や彼女よりもプロデューサーと一緒にいる時間の方が 長いでしょう。彼女も何度か会っていて、いい人だとは思います。 「前の時のって話したっけ、ほら、果樹園のレポートで、プロデューサーが」 「ああ!雪歩のこと助けようとして自分だけ落っこちた」 「ち、違うよう、ちゃんと着地してたもん」 男性と関わるのがとても苦手だった親友がこの男性のことだけは特別に思っている、 と彼女が気づいたのはそんなに前のことではありません。ですが、ふとした会話の時に 彼の名が出ることや、そうなった後はしばらく彼の話題が続くことが、だんだんと 増えていました。 「んで、そのあと雪歩が持ってたリンゴが籠ごとプロデューサーさんの頭の上に」 「い、1個だけだようっ」 引っ込み思案な親友のことですから、ひょっとしたらまだなにも伝えていないかも しれません。それでも、親友の想いがこうして育っていることが、彼女はとても 嬉しかったのです。 「じゃあ、その打ち合わせが終わってから合流?」 「4時ごろ終わるって言ってたから、そのあと、今日はダンスのレッスン」 時計を見ると、あと10分ほどです。それにもう駅は目の前で、あまり寄り道の 余裕はなさそうでした。 「ダンスかー。体力使うね」 「今練習してるのはライブの曲なんだけど、難しいの多くてプロデューサー困らせ ちゃって」 その時、彼女は気づきました。ロータリーのあちら端、改札へ続く階段の近くに立つ 人影に。 「ねえ、ちょっとコンビニ寄っていい?」 「えっ、うん」 親友が気づかないうちに、すぐ横にある店に引き込みました。向こうもこちらに 気づくことはなかったようです。 「どうしたの?かずちゃん」 「私思うんだけどさ、雪歩」 「うん」 「これからダンスの練習なら、スタミナつけなきゃじゃない?」 「スタミナ?」 「とゆーわけで、私から差し入れ」 「……ええっ?」 急展開についてゆけない彼女を放っておき、レジで中華まんをふたつ買いました。 肉まんと、あんまんをひとつずつ。お金を払って、親友の手を引いて小走りで店を出ます。 「行こっ」 「きゃあっ」 コンビニを出ながら、ほかほかとあたたかいレジ袋を渡します。ふたつとも入ったまま。 「はいこれ。これ食べて、レッスン頑張ってね!」 「え?だって、かずちゃんの分は?」 「なに言ってんの。私ダイエット中だし」 「聞いてないようっ。じゃ、じゃあ、どうして2個?私こんなに」 「さーねっ。ほら、行って行って」 くるりと後ろに回り、今度は背中を押しながら進みます。二人だての電車ごっこが ロータリーを回り始めた頃、駅前の彼が気づきました。テレパシーでも通じ合っている のでしょうか、親友も同時に彼に気づきました。 「……あ。プロ……デューサー?」
「えーうそどこどこ?あーほんとだあ」 「……!」 棒読みが過ぎたようです。親友が物問いたげな顔を振り向かせましたが、それには構わず もうひと押し。 打ち合わせが早く終わったのでしょう。プロデューサーは予定よりもかなり早く、 待ち合わせ場所に立っていたようです。 「かっ、かずちゃん?」 「じゃあね、私はバスで帰るから。雪歩、それ食べてレッスン頑張ってね」 「じゃなくて、ねえっ」 親友が言いたいことはわかります。と言うより彼女は、親友が差し入れが2個あることの 意味に思い当たったことに感心していました。 ──あらあら、立派に育っちゃってまあ。 「また学校でね。プロデューサーさんにもよろしく」 「あの」 まだ踏ん切りのつかない親友に、最後にもう一度顔を近づけます。 「雪歩……頑張って、ねっ!」 その頬がみるみる赤く色づくのを見て、さっきとは別の『頑張れ』を、親友が理解した のを確信します。 「う……う、うんっ」 もじもじしながらですがはっきりそう応じたことで、確かにこのかけがえのない友人が、 新たな一歩を踏み出しているのを心から感じました。様々な感情が胸に渦巻きます。 こちらを見る目にこもった力の頼もしさや。 二人がこれから紡ぐ絆の温かさや。 友の成長に対する嬉しさや。 親友に大切な相手ができたことへの安心や。 一抹の……羨ましさや、寂しさや。 「じゃ、またね、雪歩。行ってらっしゃい」 「う、うん。かずちゃんありがとう、またね」 途中で一度、名残惜しげに振り向きましたが、あとはプロデューサーに向かって 一直線に駆けて行きます。遠くの彼が親友に手を上げ、それからこちらに会釈しました。 彼女もプロデューサーににっこり笑い、ぴょこりと頭を下げました。 「……雪歩のこと、よろしくお願いしますね」 つぶやく言葉はもちろん、彼には届きません。でも、もし聞こえたとしてもきっと、 まかせとけ、と言ってくれるでしょう。 彼女の親友はきっともう、一人ぼっちで泣くことはないのでしょう。 顔を上げると、親友はプロデューサーまであと少しです。プロデューサーも視線を、 自分の担当アイドルの方に戻していました。 彼女はふうとひと息ついて、バス停の方に向きを変えて歩き出します。 親友はプロデューサーに、なんと言って差し入れを渡すのでしょう。真っ赤な顔で、 視線を下げて、しどろもどろで袋を差し出すでしょうか。さっきの刹那の、温かく優しく 強いまなざしで『あの、友達がくれたんです。ひとつ、召し上がりませんか?』と 口に出して言うことができるでしょうか。想像するだけでどきどきします。 彼女の前を北風が吹き過ぎました。手に持っていた中華まんの熱さや、親友の手や 背中のぬくもりがない今は風がなおさら冷たく感じ、思わず肩をすくませます。 「あーあ、カレシ欲しいなあ……ぷっ、ぷくく」 小さく声に出してみて、あまりの現実味のなさに笑ってしまいました。 どうやら自分は本気で恋人が欲しいわけではなさそうです。きっと、今のところは、 キューピッド役で充分なのでしょう。彼女はくすくす笑いながら、軽い足取りで バス停へ向かってゆきました。 おわり
以上です。要するに雪歩と肉まん食べたいSSでございますありがとうございました。
またも書きつけない今度は『ですます調』でやらせていただきました。この語調を使う
書き手さんには大名人がいらっしゃいましてお恥ずかしい限りではあるものの、
雪歩+ですます調ってなんと言いましょうか……合いますねw
アイマス世界に何組かいる『親友』のひとつ、雪歩とかずちゃんですが、かずちゃん
自体は詳細が不明で、どんな子なのだろうと常々。
雪歩と正反対で活発な子なんだろうなとか、引っ込み思案の雪歩をせきたてる
役割になるだろうからさぞ面倒見がいいんだろうなとか、そんな感じの妄想でした。
前作『メロディ』、感想ありがとうございました。無茶してスイマセン。
>>49 いえーす、グッドバカップル♪
この二人書いてると胸が熱くなるんですよナニシロ。春香とPとはまた違った
味わいです。
>>50 夢子は内心デレデレですがw それをそのまま出せるならツンデレじゃありません。
時系列的にはDS後で、涼も夢ちゃんの心には気づいてる頃合、でも涼は涼で
こういう方面苦手、夢ちゃんのツンにみごと惑わされて互いの想いが微妙に
的中しない、と。
こんな関係大好物ですハイ。
>>51 まいど詳しくありがとうございます。おおむねおっしゃるとおりかとw 個人的には
リズムに気づいてもらえる前提で漢字表記を増やし、一句一句に目が留まるように
考えながら書いてみました。まー今回は短めですし、実際『セリフが主』になって
欲しいと思った部分もあってのアレです。
>気が強いキャラほど
べ、別に強気の相手にリードして欲しいってわけじゃないんだからねっ!
>>52 涼「僕はようやく登りはじめたばかりだからね、 このはてしなく遠いバカップル坂をね」
夢子「わかってるならとっととゴールさせてよ、ばかぁっ!」
頑張れ超頑張れ夢子。
ではまた。失礼します。
>>57 よくも悪くも、かずちゃんが「内気な主役の女の子の親友」のテンプレですねw
キャラクターにもうひと捻り欲しいかな、と思う反面、明らかに理解しやすく話に入りやすいのも確か。
この長さの作品ながら、すっと話の中の状況や環境に入り込め、楽しく読めました。
彼女が、雪歩が他人との関係に設定しているハードルの高さ、と言うものを正確に把握しているのが、
二人の関係を暗示していてとてもいい感じです。
ただ、今回はですます調で、しかも扱っているキャラが雪歩。
最初は話そのものが雪歩視点であるかの様に誤解してしまいました。雪歩にはですます調が似合うだけに。
このかずちゃん、ルックスはどんな感じなんでしょうねえ。
ショートカットで、活発でスポーツが得意、そしてそれが雪歩の好みのタイプの女の子だったりするのか・・・
とか、そんな妄想をしてしまいました。
その辺りにも、一言触れて欲しかったかもしれません。
いずれにせよ、そういう妄想が広がると言う事は、話やその背景に浸らせてもらったことは事実。
GJでした。
>>57 雪歩って二次創作だと(割と公式でも)百合キャラっぽい言動が多かったりするから
こういう友人らしい友人関係は新鮮、と言うのもおかしな話ですがさわやかで素敵でした。
かずちゃんは一抹の寂しさを感じてるけど、雪歩はどれだけ変わっても親友であり続けるんだろうなぁと
同じ男を取り合ってる訳じゃないからねw
蚕Pと申します。念願のDSを手に入れたぞ! ということで、新参ですが一本投下させて頂きます。 もし絵理に尾崎さんが訪れないまま時間が過ぎたら、どうなるだろうという考えの下、書きました。 元は某スレに投下したものなのですが、今回にあわせて改変しています。 どことなく暗い上に、百合っぽい描写がありますので、 ご不快に思われたら、スルーして下さい。
今日も自宅に帰ると、すぐさまパソコンを起動。Skypeを開いて、センパイにコンタクトを取る。 センパイと会ってからというものの、それが日課になっている。彼女と話すと心が和らぐ。 リアルでは電波扱いされているアタシを受け入れてくれる唯一の存在。画面越しとはいえ、 顔の見える、実在する存在、ネットアイドルとして尊敬できるだけでなく、愛おしい人だ。 だが最近はどういうわけか、寝落ちしているのか繋がらない。一日ならそれもあるかと納得するが、 二日、三日と続けば、だんだん心配になってくる。 「ん?ポップアップ?」 Skypeの通話画面が画面上に浮かび上がっていた。 「ELLIEから着信中」 センパイから掛けてくるなんて珍しい。一体何事だろう? 「センパイ、おっひさー。電子の妖精サイネリアちゃんが貴方のお悩みをズバッと解決しちゃいマス!」 「サイネリア、久しぶりだね……」 「心配したんですよ、もう!急に繋がらなくなって」 「サイネリア、ごめん……」 「いや、そんな謝るようなことでも。センパイにも色々事情があると思うし」 「うん、そのことでね、サイネリアに言っておきたいことがあって」 「何です」 「さようなら、って言おうと思って」 世界がひび割れた。 「ど、どういうことですか!アタシが嫌いになったんですか!?だったら、謝ります。 アタシ空気とか読めなくて、ごめんなさい」 「そうじゃないの、サイネリアは悪くない」 「じゃあ、もしかして引退するんですか。みんなセンパイを待ってるのに、なんで……」 「もう、ネット使えなくなるから」 「えっ」 「ずっと引きこもっていたから、父さんと、母さんがとうとう愛想を尽かしちゃった。 だから、引きこもりを『更正』する施設にわたしを入れるつもりみたい。 そしたら、ネット、もう使えない」 「そんな……」 「本当は、今だってネット使うこと、禁止されてる。けど、友達にお別れしないといけないって言って 何とか許してもらった」 「そんな」 どうしてセンパイにはこんな運命しか残されていないのだろうか。 「センパイ、そんな親、ひどすぎデス!そんなの親じゃありません!家出しちゃいましょう!」 「でも、どこへ?」 「だったら、アタシの家に来てください。すごく狭いですけど、ネットだって使い放題ですし」 「でも、わたし邪魔だから」 「そんなことないです!センパイがいてくれるだけでいいんです」 「でも、わたし、いらない子」 「何でそんなことを言うんですか!じゃあ、センパイを信じてるアタシや信者はなんなんですか!」 「それは……」 「親に何言われたか知りませんけど、センパイの動画を見て癒されている人がいるんです! ヒッキーやニートやニコ厨にとってセンパイみたいなネトアは救いなんです。 そんな自分に価値が無いなんて言わないでください」 「でも、わたしじゃ、救えない……」 「無理に救う必要は無いんです。ニコ厨なんて勝手に人の動画を見て、勝手にコメントしていく だけなんですから。センパイも気ままにやればいいんですよ」 「それでも……サイネリアに迷惑かけられない?」 「迷惑だなんて、アタシが好きでやってるんですから、そんなこと気にしないでください」
「じゃあ、何でサイネリアはそこまでしてくれるの?」 「えっ……それは……センパイが凄い人だから」 「じゃあ、わたしが凄い人じゃなかったら捨てるの?」 「あっ……それとこれとは話が」 「わたし、人に捨てられるのもう嫌。親にもわたし捨てられちゃった。誰かに捨てられるぐらいなら、 人ともう関わりたくない。サイネリアにはいい友達のまま、思い出に残しておきたかった。 わたしを捨ててほしくなかったから、貴方とも話したくないと思った。わたしはただの引きこもりだから。 けれど、黙って行ってしまったら貴方が悲しむから、声をかけた。でもこれで最後」 「待って下さい!切らないでください!違うんです!そうじゃないんです! センパイが凄い人じゃなくたっていいんです。ただの引きこもりだっていいんです。 アタシにはセンパイが必要なんです。ただ、ただ、いてほしいだけなんです。 好きです。愛してます。一緒にいてください!」 「……」 「アタシだって、リアルではどうしようもない子だって言われてます。 けど、センパイは優しく受け入れてくれる。それがどんなに嬉しいことか。 友達とかそういうのじゃなくて、センパイが欲しいんです。アタシ、レズビアンですから」 「そう……」 「だから、センパイを失いたくないんです。このままだと、センパイが どこか遠くにいっちゃいそうで……こんな話をしてスイマセン。気持ち悪かったですよね?」 「サイネリア」 「はい」 「サイネリアはわたしを必要としてくれてる?」 「はい」 「本当に?」 「ホントにホントにです」 「そう……わかった、じゃあ、サイネリアの言う通りにするね」 勝った……アタシは一世一代の賭けに勝った。気が緩み、力が抜けて椅子に倒れこむ。 告白した?そう、これは告白だ。それも、世間から後ろ指を指されるかもしれない性癖の告白だ。 それが通った。受け入れられた。センパイが受け入れてくれた。本当によかった…… 「サイネリア」 「へ?」 「なにか、緩んだ顔してた。いわゆるヘブン状態?」 「エヘヘ、センパイが家に来てくれるってだけで、うれしくて、うれしくて」 「そう?ふふっ、ありがとう」 「い、いやあ、そんな照れちゃいマス」 「いつ、行ったら、いい?」 「いつでもいいですよ。センパイの好きな時間で」 「そう、でも、詳しい時間はわからない?どのぐらい、離れてるか、知らない」 「ああ、住所は、後でメールで送りますから」 「もし留守でも、来るまで、待ってるから」 「えっ、そんなの悪いですよ」 「時間、あまり残されてない。もうすぐ施設に入れられちゃう」 「あっ……じゃあ、電話番号も一緒に送りますんで、いなかったら電話してください」 「わかった。できるだけ、急ぐから、今日はお休み」 「センパイ、アタシ待ってますから、気をつけて。お休みなさい」 通話は落とされた。急いで、自分の住所と電話番号を送る。 返信はすぐ来た。 「こんなわたしのために、ありがとう」 メールにはそう書かれていた。アタシは興奮冷めやらぬ中で眠りについた。 時は丁度、八月の始まりで、連日猛暑日が続いていた頃だった。
翌日の目覚めはチャイムの音で始まった。今、何時だ? 5時30分。デジタル時計はそう表示している。誰だこんな朝早くに…… 「センパイ?」 まさか。こんな時間に来るとは予想外だ。慌ててベッドから降りる。寝巻き姿のままドアを開けた。 「おはよう……ございます?」 「センパイ、どうしたんですか!?すっごい調子悪そうですけど……」 センパイの顔は酷く青ざめていて、肩で息をしていた。 「夜中から、ここまで、歩いてきた」 「なんでそんな無茶を」 「親が寝てる時しか、抜け出す、タイミング、無かったから」 そう言うと、アタシの方に倒れこんだ。 「大丈夫ですか!?センパイ」 「今日は、寝てない。もう、だめ」 センパイはアタシの胸元で喘いでいる。荒い息遣いを身に感じながら、背負っていたリュックを外し、 少女の体をおんぶして、どうにかベッドまで運んだ。 「ありがとう……」 弱弱しい声に不安が煽られる。 「センパイ、今はゆっくり休んでください。後のことはアタシがなんとかしますから」 「うん……」 センパイは布団の上に寝そべると、すぐに目を閉じた。 少女は死んだように眠りについた。寝息すら立てないほどに。 そうだ、後のことはアタシが何とかせねば。まずは、リュックサックの中身を確かめる。 携帯電話、財布、それだけだった。それが全てだった。 服や化粧品もなかった。そういえば、今センパイが着ている服も、 もう通っていない高校の制服だった。まともな服は無かったのだろうか? そんなものすら買い与えられなかったのか。アタシは初めてセンパイの両親に嫌悪を覚えた。 センパイは8時を回っても、眠り続けた。か細い体で休むことなく、熱帯夜の空の下を歩き続けた、 その辛苦は想像を絶する。汗をかかない体質のせいで、却って熱が引かずに辛かっただろう。 アタシは、センパイがまた元気に笑えるようになれることを祈るだけだった。 しかし、それは、携帯の着信音によって中断された。自分のじゃない。センパイの! 「はい、もしもし?」 「絵理、絵理なの?一体、貴方どういうつもり!」 女性の切迫した声が聞こえてきた。 「いえ、違います」 「えっ、じゃあ、まさか、貴方が絵理の言っていた友達……」 「そう、サイネリアです」 「私は絵理の母よ。でも、何で貴方が絵理の携帯を持ってるの?絵理はどうしたの」 「セ……絵理さんは、今寝ています」 「は?寝てる?」 「夜通しここまで歩いてきたんです。今朝まで一睡もしてなかったんですから、当然でしょう」 自然と慇懃無礼な口調になる。 「まさか、そんな……」 「蒸し暑い外をずっと歩いてきたんですよ。さぞかし大変だったでしょうねえ」 「それは、貴方が絵理を唆したからでしょう!」 唆す、だと?この母親らしきものは何を言ってるんだ。 「唆したというのはいささか心外ですね。こうなったのは貴方たちが 絵理さんを追い込んだからでしょう?」 「私たちは追い込んでなんか……ただあの子に立ち直って欲しかっただけで」 「それが、娘を牢獄みたいなところに入れるということなので?」 「でも、これしかなかったのよ!もう私たちには打つ手なんか……」 「手を尽くしたと言う割には、娘さんを愛していなかったように見えますが」
「な!一体、何を根拠に……」 「服、ですよ」 「服?」 「彼女の私服、多分高校の制服だと思いますが、それしか見たことないんですよ。 この年頃で制服しか着るものが無いなんて考えられないんですよ。 けれど、外着に使えるのがそれしか無かった。貴方方が服を買ってあげなかったからです。」 「それは……あの子、部屋に閉じこもってるし、買ったって着る機会がないもの」 「そういう、現金な発想が絵理さんをうんざりさせたんでしょう? 貴方たち親は、彼女が引きこもりになった原因を考えもせず、解決もせず、 ただ部屋に放置していた。それじゃあ、引きこもりが治るはずがないでしょうね」 「そんな、こっちにだって事情が……」 「言いたいことはわかります。でも、もうそういう段階じゃないんですよ。 監獄に放り込もうとしている所に、私は彼女を送り返すことはできませんね。 絵理さんのことは私が面倒を見ます。どうぞご安心を」 「そういうわけにはいかないのよ!もし絵理の身に何かあったら私たちだって責任というものが……」 結局それか。腐っている。この親どもは。 「くだらない」 「は?」 「貴方たちの都合とか体面は私には全く関係が無い。私は絵理さんを愛していますので、 そもそも、ご心配するようなことにはならないと思います」 「愛してるって、女同士でおかしいんじゃない!?」 「じゃあ、男だったらよかったんですか?」 「そ、それは」 「実の娘を『更正』施設に叩き込んだと言うよりは、女友達とルームシェアしていると 言ったほうが、波風が立たないと思うのですがねえ」 「……」 「まだ、何か?」 「わかったわ……とりあえず、今はそういうことにしておく。けど、夫とも相談しないといけないし、 絵理と直接話したいからまた後で連絡するわ」 「そうですか」 溜息が電話越しに聞こえた後、回線は切れた。自分も溜息を吐く。 渡さない。センパイは絶対に渡さない。こんな人たちに、センパイを渡すわけにはいかない。 施設などに入れさせはしない。アタシはそう固く決意した。
センパイが目覚めたのは、正午を過ぎた頃だった。 「おはよう、ございます?」 第一声は、いつものセンパイだった。 「センパーイ、すっごく心配したんですから、あんまり無茶しないでクダサイネ!」 「うん、サイネリア、心配かけて、ごめんね」 「あ、いやあ、謝ることないですよ」 アタシはキッチンへ向かう。もう自分のおなかも限界だ。センパイもそうだろう。 「昼ごはん、ちゃっちゃっと作っちゃいマスから」 「ありがとう」 「ああ、それと」 「ん?」 「センパイのお母さんから電話が来てましたよ」 「それで?」 「起こしたら悪いと思って代わりに出たんですけど、センパイが家出したことにびっくりしてたみたいで、 物凄い剣幕でまくしたてられました。けど、アタシが娘さんの面倒を見ますって言ったら とりあえず引き下がりました。ただ、また後で電話するって言ってましたけど」 「それなら、わたしが電話、するから」 「えっ、いいんですか?」 「大丈夫」 センパイは微笑んだ。 「あんまり、無理は……」 「サイネリア、大丈夫だから、大丈夫」 「センパイ……」 「これは、わたしが、ケリをつけないといけないから」 もう一度、センパイは笑った。 アタシはただ見守るだけだ。それしかできることはない。
「もしもし、わたし、だけど」 センパイの顔が険しくなる。 「嫌……」 内容は窺い知れない。しかし、穏やかなものでないことは確かだ。 「もう、嫌なの」 「どうして今更、わたしを見捨てたくせに」 「わたし、サイネリアと一緒に生きていくことにしたから、もう戻るつもり、ないから。 戻っても、施設に入れるんでしょ?」 徐々に声のトーンが下がり、口ぶりが冷たくなっていく。 「もう、いい加減にして。貴方たちはもうわたしの親なんかじゃない」 センパイのこんな冷酷な声は初めて聞いた。 「警察?警察に何をしてもらう気なの?」 「警察を呼んだら、わたし、自殺するから」 冷え切った声。鳥肌が立つ。 「センパイ!?」 センパイは左手の人差し指を唇につけた。黙るしかない。 「わたし、本気だから、貴方がそんなことを考えているなら、自殺するから。絶対。」 自殺するだと?何を考えているんだセンパイは。 「もうわたしたちは親子じゃないの。そんな関係は終わったの。だからもう二度とかけてこないで。 わかった?それが守れないようなら、ここで今すぐ自殺するから」
沈黙が部屋を支配する。 センパイが携帯を閉じた。 「もーう、センパーイ、自殺だなんて、はったりにしても言いすぎですよー。 アタシ心臓が止まるかと思いましたよ」 「えっ?」 センパイは実に意外という顔をしていた。 「えっ?」 「ふふっ、そうだね、サイネリアを心配させちゃったね」 「も、もう、ほんとーですよー」 アタシは笑顔を作った。 「でも、これで、サイネリアだけになっちゃったね。ふふっ、うふふっ、あはははっ」 センパイは乾いた笑いをあげる。 「セ、センパイ、どうしたんですか、急に」 「あはは、あはは、くう、ふう、ふふふふふ、あははははは!」 息切れを起こしながら、センパイは笑い続ける。 「な、何がそんなにおかしいんですか」 「ねえ、サイネリア、キス、して」 「へ?キ、キス?そ、そんなの早いですよまだ」 今度は、一体なんなんだろうか? 「センパイ、何か変ですよ。急にそんなこと言い出すなんて」 「ふふっ、変?わたし変?でも、サイネリア、わたしに告白したじゃない」 「いや、あれは、その」 「レズビアン、だよね?」 「はい、で、でも、そんな邪な目的で呼んだんじゃ……」 「いいの、我慢しなくても。こんなわたしでも必要としてくれるなら……わたしはサイネリアのもの。 だから好きにして、いい」 「でも……」 「たんと、召し上がれ?」 タガが、外れた。 目の前の少女を抱きしめ、唇を奪う。すると、舌が絡み付いてきた。 センパイは本気だ。自分も舌を差し出し、互いに唾液を味わう。 「ん、ふう」 「ぷふう、はああ」 長い長い接吻の後、思わず溜息が漏れた。 「センパイ、本気にしちゃいマスヨ」 「いいよ、わたしをサイネリアだけのものにして」 センパイはするすると服を脱ぎだす。自分もつられて生まれたままの姿に還る。
胸が高鳴る。だが、目にしたのは、幾つも赤い線が走ったセンパイの左腕。 「どうしたんですか、それ!まさかリスカ……」 「うん、こうすると、あの人たちは黙っててくれたから」 センパイは笑って答えていた。 「そ、そんな……嘘ですよね」 冗談と言って笑ってほしい。だが、センパイは曖昧な笑みを浮かべるだけ。 「どうしたの?サイネリア。ちょっと腕を切っただけ。別に大したことじゃない。 それよりも、続き、しよ?」 ちょっと?いや、ちょっとどころではない。 無数の傷痕は、傷の上に傷を重ねたことを意味している。 それは、彼女の凄絶な家庭環境を如実に物語っていた。 「サイネリア……早く、来て」 「センパイ……やめましょう、こんなこと……」 「どうして?」 「こんな傷だらけのセンパイを抱くなんてできませんよ!」 「あなたも」 センパイの声が、また冷えていく。 「あなたも、わたしを捨てるの……?」 「そんな、つもりは」 「わたしに、魅力、ないから?傷だらけだから、要らないの?」 「違います!そうじゃなくて……」 「なら、わたしを、犯して。お願い。サイネリアにしてあげられること、それしかないから。 誰にも必要とされない人生なんて、もう嫌。あなたの欲望を満たすことで、 わたしに『役目』を与えてほしい。そうじゃないと、生きている、意味、無いから。 だから、わたしに、生きる実感を頂戴」 センパイは、泣いていた。涙が頬を伝い、雫となって滴り落ちる。 サイネリア、腹を括れ。 「センパイ、愛してます」 「ありがとう……」 アタシは、センパイを、押し倒した。 夏の暑い昼間に、アタシたちは大人への階段を上った。 蝉が鳴く声が部屋まで響いていた。
以上です。 仄暗い耽美的な雰囲気が出せたでしょうか? 絵理は尾崎さんが見出さなければ、ずっと引きこもりのままだったと思うんですよね。 けれど、そんな生活が無限に続くはずもなく、いつかは破局が訪れる。 その破局の後、絵理がどんな人生を歩んでいくかに興味を持って書きました。 後、お借りするレス数を言い忘れていました。申し訳ありません。
>>69 鬼才キター(゚∀゚)!
新参とおっしゃいますが書きなれていらっしゃるご様子、落ち着いて堪能できました。
しかし仄暗いというか薄暗い汗でむせ返るような青春像です。サイネリアの男子高校生臭が
たまりません。これは作中同様の真夏にでも読んだら気持ちよかったかも。
絵理が引きこもりのままであったら、という流れはまさに二次創作の醍醐味で、実に
ありえそうな未来を提示していただいた気がします。両親との溝が深まるばかりで
自分の肉体を人質にするようになった絵理、破れかぶれになった両親が選んだ決断、
抱えている秘密をカムフラージュするかのようなダメ生活を送るも、どうやら社会には
溶け込んでる様子で面識のない相手とも会話をこなし、その上愛するセンパイのため
言うことは言うサイネリア。三者の中で一番地に足がついてるのがサイネリアという
ものすごい面白構図(あっ、いい意味ですよ)は引き込まれました。
キャラスレに限らずサイネリアはコメディリリーフとしての役割ばかり与えられており、
コミュなどでも本来の性質が語られることが少ないので、こういう作品は貴重です。
語り口も個人的に好みでして、とんとんと会話でストーリーが進んでゆくお話は
スピード感も心地よく、よいサイズで読み終えられたと思います。
ただまあ、やはり個人的趣味なんですが救いがある方が好きなんでw、サイネリアには
絵理が成人するくらいまでには指導オブラブで社会復帰させて欲しいところですな。
ネットがないと生きていけない二人ですから、両親や警察など追っ手に追われ地の果て
まで逃避行の挙句手に手を取って……なんてことにはならないと思いますけどね。
いいお話を読みました。ありがとうございました。
>>69 いやいやいやいや。このスレ的には新参とは言え、相当にこなれたお手並み。
面白いです。内容的には文句なし。詰まるところもなく一気に読めました。
絵理は、現実界にはなかなか踏み出せないでいるけれど、
踏み出したい気持ちは持っているので、サイネリアがきっと上手く導いてくれるでしょう。
さて、相応の書き手とお見受けした上で、愚見をば。
舞台は真夏。背徳の耽美感を出すのには非常にいい設定と思います。
ならば、その設定をもう少し使い込んでもよかった気もします。
早朝、ドアを開けた途端、この時間にも関わらず流れ込む生ぬるい湿った空気とか、
その後のシーンでも、外を照らす容赦ない日差しとか、陽炎に揺らぐ街並みとか、
耳障りなアブラゼミの鳴き声とか、そういった描写を挿むと、
部屋の中の情景が余計に引き立つのではないか、と思いました。
特にラストで使った蝉の声は、事前に何度か使っておいた上で、
ラストにもう一度持って来る方が効果的だと思います。
批判めいたこと書きましたが、とにかくGJ!
ぜひまた何か読ませて下さい。
嬉しくなってアホみたいに長い感想書いてゴメンねって書きにきたら 似たヴォリュームの感想が投下されててワロタ
73 :
71 :2010/12/13(月) 21:18:47 ID:eOqvwK0A
え? アホみたいに長い…? 普通でしょw?
>>69 誰かに認めてもらう事でしか自分の存在を認められない。
そして、自分を認めてもらうためにサイネリアの所有物になる事を求める絵理の描写が痛々しくも魅力的でした。
絵理は自分と共に歩んでくれる人が居るから羽ばたける、という描写はDS本編にもありましたし
尾崎さんに出会わず、極端に狭い人間関係の中で追い詰められて行ったら……
と言うIFの話として読みごたえのある話でした。
絵理がサイネリアの所有物としてでは無く、自分自身として彼女の隣に立つ日が来る事を祈っています。
>>72 キャラスレとかでは憚られますが、ここは創発板ですしどれだけ長くても問題無いと思いますよ。
GJ!とか萌えた!の一言でも嬉しいものですが、
作品の内容や表現に関して突っ込んだ感想を見れるのはここの魅力だと思いますし。
お久しぶりです。島原薫です。 前スレがdat落ちでしばらく立ち寄らなかったのですが、無事に復活されていたようで安心しました。 早速、投下したいと思います。 タイトルは「聞いてマダオリーナ」。6スレ+締め、お借りします。 近藤聡美を出しておりますが、若干、漫画版とは違います。ご了承ください。
入り口を開くと、相変わらずアロエが歓迎してくるのに尾崎は思わず吹き出しそうになった。 狭い店内、通路の邪魔になるんではないかと心配してしまうほどのそれの横を慎重に避けて通ると、これまた相変わらずの声が出迎えてくれた。 玲子ちゃーん。 店の一番奥、赤い房状の花をつけたアロエを背に彼女は手を振っていた。 年老いた店主以外には誰もいない店内、尾崎はカツカツとヒールを踏みしめながら、だから、と言い掛ける口をつむぐ。 名前で呼ぶことは別段、友人関係としてはおかしいことはないのだけれど、彼女にそう呼ばれることに慣れることはなさそうだった。 久しぶりね。 飲み込んだ代わりに出てきた言葉は意外と軽くて、受け取った彼女もまた、長めのボブカットの髪と柔和な笑みを揺らしながら頷いてみせた。 彼女の名前は近藤聡美。 尾崎の旧友にして忌まわしい過去を共有する、とっくの昔に置きざりにしてきたものだ。
それにしても、と尾崎は椅子に腰掛けながら首だけで店内を見回す。 23区内では絶滅しつつある純喫茶にして、店主の趣味が高じて集められた多種多様なアロエの数々になんとも言いようもない空間が広がっていた。 反省会に連日のように使っていた場所が残っていたなんてある種の奇跡のように思え、 同時に尾崎にとって消し去りたくても拭いきれない物理的な事実が四方八方から押し寄せてくるようだった。 ダメ。今日はもう今日より前のことを話したいわけじゃない。 手に胸を置いて呼吸する癖は以前からのもの。 聡美も覚えていたのか、「なにか頼む? 玲子ちゃん」と心配そうにメニューを差し出してきた。 聡美の手元には既にコーヒーとアロエのヨーグルトが置かれており、尾崎はうんざりしてしまう。 「やっぱりその組み合わせはどうかと思うわ」 少し視線をスライドさせれば、すぐそこにはモソモソとした手つきでコーヒーカップを磨いている年老いた店主が一人。 アイドルだった頃と全く変わらない置物のような彼に関して疑問に思うことは多かったけれど、ついぞそのどれもが解決したことはなかったと記憶している。 「そう? とっても美味しいのに」 そう言って聡美は小さなスプーンでヨーグルトを掬い取り、口に運ぶ。 まるでどこぞのCMのように綻んだ顔を見せる彼女に、あの頃の煌きのようなものを思い出す。そう、思い出はいつだって便利なもの。 頬に添えた手からチラリと見える指輪で現実に引き戻されるまで、尾崎はこの店の思い出と共に記憶にもたれ掛かろうとした。 けれど、その作業はいつも目覚ましで起こされる不快な朝のように心を重くさせる。 メニューに視線を落とし、やっぱり変わらないアロエ尽くしのそれに嘆息し、結局、尾崎はアロエ茶を頼むことにした。
アロエ茶がゆるゆるとした速度でテーブルに着陸し、また店主が元の場所に置かれるまで、二人は何も話そうとはしない。 ただ旧友との再開であれば話の切り出し方など無限にあるように思えるのだけれど、彼女たちの過去が覆いつくす闇がひたすらに無言を強いるようだった。 「聡美。あなた、結婚したのよね」 口から出た言葉を引っ込められるはずもなく、少しだけ返答に困ったように聡美は浅く頷く。 旦那と子供の三人で仲睦まじく写っている年賀状までは覚えていた。それ以上は知る必要もなかったし、知りたくもなかった。 そうでないと、やっと人並の幸せを見つけた彼女を口汚く罵ってしまうのではないのか。尾崎はそんな自分に怯えている。 結婚の二文字すら容易に想像できない尾崎にとって子供なんて考えられるはずもなく、「子供は可愛い?」と、お茶を濁すような話題しか触れない自分が滑稽にすら思えた。 そんな彼女の心情を知ってか知らずか、聡美は「うん。可愛い」と控えめに答える。それ以上、お互いに続く言葉が出てこない。 どう転んでも自分たちの過去に繋がってしまいそうな恐怖は簡単に拭いきれるものではなく、経過した時間は二人が織り成す環境の違いを認識するには十分すぎるほどだった。 もう私たちは、以前のような私たちではない。 必死に守っていた積み木の城を崩された幼子の自分は泣きそうで、それを抱き上げてくれる母親の温かみすら、もう共有することもないのだろう。 ここに来る折、言葉にならない何かを期待していたものは全くの幻想で、逆にそれは踏ん切りをつけるチャンスだと、尾崎は自分の言い訳に細かく頷いてみせた。 もうこれで、私には絵理しかいない。願ったりなことではないか。 大丈夫? と心配そうな顔を覗かせる聡美。尾崎にとって、見た目よりもずっと芯の強い彼女は都合の良い逃げ場所だった。 いざとなったら逃げれば良い。そうして縮こまって、嵐が過ぎたらまたケロっとした顔で外に出れば。 甘く囁いてくる自分を何度も殺し、尾崎は気丈に振舞うようにバッグから一枚の写真を勢い良く取り出す。 「この子のことなんだけど」 尾崎が写真を見せると聡美は少しだけ、年よりも幼く見えるその顔に陰を落とした。
何度も消そうと思ってたアドレスの相手からメールがやってきたことは聡美にとって代えがたい喜びだった。 その日はずっと気持ちが落ち着かず、後日、夫から心配だったと感想を頂くほどだった。 断片的にしか知らない過去を聞こうともしない夫には感謝しているが、彼女との再会までの間、何度も打ち明けようか迷った。 なにより聡美以上に、聡美の過去に対して良い顔をしない彼に余計な心遣いをさせたくもないと、結局は打ち明けなかったことは妻として、ようやく保育園での生活にも慣れてきた我が子を守る母としての防衛線だったのかもしれない。 後悔するか否かなどは結果次第なのかもしれないが、思っていた以上に当時を苦々しく感じていたいことを聡美はその時になって自覚した。 再開場所はあれこれメールのやり取りを繰り返すうち、お馴染みの喫茶店にすることにした。 再会なのだから、と当時の記憶を引っ張り出すのに丁度良い場所であったし、なによりそれ以上に良い過去というものが他の場所で見当たらなかったのも事実だ。 子供と夫が寝静まった後、聡美は密かに当時の写真を眺める。 もう二度と会うことはないと思っていた旧友の再会は心躍るものであり、自分も含め、彼女にとって悪夢のような過去を掘り起こしてどうするのか、という不安がせめぎ合っていた。 再会予定の喫茶店の写真を見つけ、まだあの老主人は元気だろうか。 相変わらずアロエばかりの店内なのだろうか、と過去と空想の誤差を埋めていく。 店の奥、季節になると大きな赤い花をつけるアロエを背にしていつも二人で話し込んでいた。 出てくる話題はけして、華やかなものではなかったけれど、それでも過去というものは美しく彩られている。 ねえ、玲子ちゃん。今日は駄目だったけど、明日は良いことがあるかもしれないわ。 子供が用足しに起きるまで、聡美は動かない写真の中の二人を眺めていた。 だから、といってはなんだけれど、尾崎が差し出した写真が自分と尾崎のものではなかったのに聡美は落胆した。 わざわざ思い出話をするために呼び出したわけではないことは承知しているのに、悔恨しか残さなかった別れを惜しんでいたのは自分だけだったのかと、見当違いの文句ばかり出てくる。 しばらく、視線を写真に落としながらもそこに写るものにまでは頭がいってなかった。 訝しげに尾崎がこちらの顔を覗き込み、気づいた聡美は慌てて写真の中の少女へと意識を移す。 写っているのは、テレビで観ない日がないというぐらいに売れっ子のアイドル。 まさか、という疑念を口にする前に言葉は勝手に出てきた。
「この子がどうしたの?」 「今、私がプロデュースしてるの。聡美も知っているでしょう? 水谷絵理」 知らないわけがない。 絵理が出演しているピアノのCMを見て、聡美の子供はピアノが欲しいとねだり、主人が買ってくる雑誌の表紙を何度か飾っていたことも記憶に新しい。 そんな、スターへの道を順調に昇っている少女のプロデューサーとは。 すごいじゃない。 そう言おうとしたところで、その言葉はいかに聡美を含め、尾崎には辛い言葉であるか。 二人がどれほどに憧れ、でも手が届かなかった理想へと順調に進んでいる少女。 本来なら嫉妬の一つでも覚えるのが普通かもしれないが、今の尾崎にはその少女が全てであるかのように話す。 「この子はいずれ、Aランクアイドルにもなれる逸材よ。私たちが叶えられなかった夢を叶えられるの」 二の句が出ない聡美はそのまま押し黙り、打って変わって尾崎はいかに絵理がアイドルとして素晴らしい才能の持ち主であるかを語った。 まるで過去の傷痕に塩を擦り付けるような行為でさえ、尾崎は喜んで続ける。 玲子ちゃん。 思わずついて出た言葉を取り返せるはずもなく、「どうしたの?」と語り口に熱を帯びていた尾崎はアロエ茶に手を伸ばした。 ねえ 聞いて。玲子ちゃん。 戦慄く唇を必死におさえつけ、聡美は搾り出すように尾崎に尋ねた。 「それで、用事ってなに? 玲子ちゃん」
「それじゃ私、子供を迎えにいかないと」 席から立ち上がると、尾崎は「本日はありがとうございます」と他人行儀に聡美を促す。 納得はしたけれど、どうも腑に落ちないという顔を浮かべている少女を聡美はなるべく見ないように出口まで足早に歩いた。 自動ドアを抜けると、嫌みったらしいくらいの青空とガラガラの駐車場が聡美を出迎える。 ちらつくのは尾崎と絵理の二人。 まるで当時の自分たちのようにデコボコでちぐはぐなコンビなのになかなかどうして、良い組み合わせかもしれないとは思ってしまった。 おそらくもう尾崎の目に自分は映っていないと、聡美はため息を空に向かって飛ばす。 結局、riolaの陰を全て背負ってしまったはずなのに、それなのにその呪縛から解き放たれた様に聡美の心は軽くなっていた。 きっと、背負ったのは自分ではなく尾崎のほうなのだ。 最後の最後で彼女の救いを求める手をこのような形で振り払ったことに後悔は少なからずある。 もうあのアロエばかりの喫茶店でお喋りに夢中になることはないし、尾崎からの連絡を心密かに待つこともなくなるだろう。 さきほどからひっきりなしに揺れていた携帯を手に取り、聡美は我が子を迎えに車へと急ぐ。 あの少女の為を思えばこれで良いのかもしれない。今はただ、あの二人の行き先を祈ることで聡美は涙をこらえた。 聞いて 玲子ちゃん ねえ 聞いて あなたはもう そこまで辛くなる必要なんて 聞いて 玲子ちゃん 玲子ちゃん
ここまでとなります。お読み頂きありがとうございました。 またこのスレの発展を祈りまして、失礼いたします。
>>82 よかったです!
聡美さんがどんな気分で絵理と対面したのか、精緻に書かれていました。
それと、アロエwww
友人との再会に期待しすぎた、その空虚な気持ち……か。 絵理シナリオのあの場面からそういう方向に想像を広げられる、その展開力に一本取られた感じです。 今は幸せになっている、だからといって心の傷は無かったことにはならない。 仕方ない話ではありますけれど、辛いもんですね、人生って。
>>82 まずは、復活に感謝。
こう、いろいろな人が出て来てくれることが、スレ的には何よりです。
内容的には、相変わらず人の内側と言うか裏側と言うか、そっちがお好きなようでw
話としては非常に良く出来ていると思います。
ただ、構成について、ちょっと思う所がありました。
完全にキャラ視点で進んでいるにも関わらず、感情の表現がちょっと的確過ぎで且つ凝り過ぎに思えました。
自分の感情を、あまりにもそのまま言葉に表し過ぎている感じがするのです。
そのせいで、ちょっとキャラへの感情移入がしづらく、また逆に感情にリアリティが欠ける様に感じました。
一人称で語っているキャラの感情は、言葉によって頭で理解するよりも、共に感じられた方が感情移入もしやすいのですが、
言葉になり過ぎていることで、ちょっとそのキャラとの距離を感じてしまう、という感覚です。
もう少し、淡々と情景表現をする部分などがあった方が、話に、キャラに入り込みやすいと思います。
上記、これまでの島原Pの作品では、あまり感じなかった部分で、
また自分でも、言いたい事がうまく言葉になっているかわかりません。
実際、感じた違和感を突き詰めて上記の言葉にするまでに、数日を要してしまいました。
もし上手く伝わってなかったり、的外れに感じられたら申し訳ありません。
もし絵理の許に、おざりんがこなかったらシリーズ第二段です。何故続いたし。 今回は、新しい生活を絵理が始めるに当たって、必要な作業について淡々と書き綴ったものなので、 話がやや平板かもしれません。 8スレほどお借りします。
汗の記憶、肌の記憶、脳裏でその映像がめくるめくる煌く。バスタオルの下で生温かい熱が体を火照らす。 真夏の暑さは部屋にまで入り込み、浮き上がった汗で互いの体を濡らす。邪魔なタオルを蹴飛ばす。籠った余熱が解放される。 明け方の薄明かりが仄暗くセンパイの肢体を露にする。 酷く痩せた体の所々についた赤い斑紋。アタシがセンパイに残した痕。首筋のそれに深くキスする。 「んん、んっ」 センパイが僅かに反応する。浮き出る汗を吸うだけでなく、舌を出して舐め取る。もっと強く強く抱きしめたい。 自分の欲望が赴くまま穢してしまいたい。けれども、寝ているセンパイに手を出してしまうのはあまりフェアとは言えないだろう。 だから、センパイの味を感じるだけに留めよう。舞い上がった体を鎮めるために床を発つ。すると、腕が絡みついてきた。 「待って、サイネリア」 「センパイ」 「一人にしちゃ、嫌」 そう言われたら、我慢などできない。センパイを布団に押し倒し、唇を奪う。 「アタシはいつだって、センパイを欲しいって思っていマスヨ」 「そう、よかった」 そしてまた体を突き合せる。女子の情欲は無尽蔵だ。こんな時ばかりは、女に生まれてよかったと思う。 アタシは腕の傷痕を見ないようにしながら、目の前の少女を貪った。 日は明け、赤みがかった光が部屋に洩れてきても、寝床から出ようとは思わない。これは学生の特権だ。 それにしても、どうして今センパイと寝ているんだっけ。センパイを片腕に抱きながら、今までに起きたことを整理する。 一昨日、センパイがSkypeで別れを告げてきた。自分はやけっぱちになって、隠していた自分の想いを告白した。 センパイはそれを許してくれて、アタシの家に来ると言った。 昨日、朝にセンパイが死にそうな顔をして家まで歩いてきた。その後、母親と名乗る女がセンパイの携帯に電話を掛けてきて、 私が啖呵を切った。その後、センパイが起きて実家に電話を掛け直して、自殺するとまで言って親を引き下がらせたんだっけ。 その後、センパイが急に笑い出して、抱いてほしい言い出したんだ。自分にできることはこれしかないからって言って。 アタシが躊躇っていたら、今度は泣き出したから、こちらのタガも外れて押し倒したんだ。丁度、真昼間だった。 それからというものの、風呂上りに一回、寝るときに一回、明け方に一回、獣のように交わったんだ。 冷静に考えれば、家出少女の弱みに付け込んで、体で宿代を払わせたようにしか見えない。いや、事実そうか。 その事に罪悪感が首をもたげてくる。けれど、やっと自分の手中にセンパイが来たのに、手放してたまるかという気持ちも強い。 アタシはセンパイを愛してる、センパイが欲しいという感情に嘘偽りは無い。天地神明に誓って。 アタシがセンパイを手放せば、彼女は監獄に幽閉され、二度と戻ってこない。でも、自分の立場を傘に着て、 センパイを押し倒す事だって望んではいなかった。もし結ばれるなら、無償の愛を捧げあう関係であってほしかった。 葛藤と自己矛盾が、巡り行く脳内世界を歩きながら、徐々にまどろんでいった。
日は上がり、空は青い。時刻は9時を回ったが、センパイは連戦で疲れたのか、あれからずっと眠っている。 自分も明け方に一戦交えてから暫く寝入っていたのだが、朝食の準備をしなければならないから、こうして起きている。 これからはアタシがセンパイを支えねばならない。 食パンを焼き、小麦色の表面に苺ジャムを塗る。トーストの芳醇な香りにジャムの甘い香りが部屋に広がる。 「センパイ、そろそろ起きてくださーい」 肩を揺する。 「んん?」 「もう朝御飯できましたから。パンが冷めちゃいますよ」 「うん……ありがとう?」 センパイはゆっくりとベッドを降りる。まとっていたバスタオルが落ち、生の肢体が曝け出される。 しまった。昨日脱いだままだったんだ。 「わ、わ、センパイ、早く着替えてください」 慌てて顔を背ける。 「サイネリア、ちょっと変?昨日、散々、わたしの裸、見たのに」 「あ、あれは、場の雰囲気というか、流れで」 「なら、今更、恥ずかしがること、ない?」 「だ、駄目ですよ。もう夜も明けちゃいましたし」 「わたしは、サイネリアの『モノ』なんだから、服なんて、着てなくても、別に恥ずかしいこと、ない?」 「アタシが恥ずかしいですから!」 「ふふ、ちょっと言ってみた?サイネリアがそう言うなら、着替えるね」 こっちの気持ちを知ってか知らずか、センパイは微笑むと衣装棚から、アタシの下着とパジャマを取り出し、着替える。 そうアタシのだ。うふふ。 場を仕切り直し、ちゃぶ台の前に座り朝食を摂る。何でもない食卓、何でもない風景、何でもない日常、 けれど、今のアタシにとってはかけがえのないものだ。人生の傍にセンパイがいてくれるだけで、幸せは二乗される。 思えば、ネットでどれだけ活動しても、信者は得られたが、アタシを理解してくれる人は来なかった。 電子の世界でいかに人気を博そうとも、現実世界ではただのイタイ子、それが女子社会の評価だった。 けれど、センパイと話すようになって、女子だってアタシのことを理解してくれる人がいるんだってわかった。 それでも、付き合いはSkypeを通してだけで、実際に対面することはなかった。 それが、今アタシの目の前にいる。それだけじゃなくて、こうして抱きしめることもできる。 それはそれは夢のような出来事だった。
「暑いね……」 センパイが呟く。起きてすぐにエアコンを点けたけれど、熱気は部屋に籠ったままだ。 「今年の夏は暑いデスカラネ。備え付けのぼろいエアコンじゃ仕方ないデスヨ」 蝉の啼く声が響く。夏の風物詩といえば聞こえがいいが、ここまで鳴り響くと騒音に近い。 コンクリートの塊しかない都内のどこに蝉の住処があるのだろうか? 日はじりじりと大地を焦がしている。カーテンは昨夜から引かれたままだが、布の切れ目から、 光が差し込んでいる。敢えて開けようとは思わない。部屋の電灯はもう点けてある。 たとえ電気代がかさもうとも、熱線を浴びるよりはましだろう。 アパートのワンルームには網戸といった便利なものは存在しないので、窓を開けて換気するとか、 流れる風で体を冷ますとかいうことはできない。もっとも、この暑さでは、風が来ても熱波だろうけど。 朝食を終え、皿を洗う。昨日の夜から、洗う皿が増えた。こうして、家事をしていると、 自分は少女を囲っているのだと実感する。センパイの生活は私が支えなければならないのだ。 当のセンパイは、どこか申し訳なさそうに部屋の隅で体育座りをしていた。 「あっ」 センパイが不意に声を上げる。 「どうしたんデスカ?センパイ」 「パソコン、置いてきちゃった」 それはそうだ。着の身着のまま家から逃げてきたのだから、パソコンなんて重いものを持ってこれるはずは無い。 ノートならともかく、センパイのはデスクトップで、しかもディスプレイが二つもあったんだっけ。 「んー、しばらくはアタシのを使うといいですよ。後でパソコンくらいアタシがプレゼントしちゃいます!」 「サイネリアに悪い?」 「いやー、そんなの気にしなくてもいいんですよ。これでも、アタシ太っ腹って大学でも評判なんデスカラ!」 「それに……あの人たちに、ハードディスク見られるの、嫌。作りかけの動画とかもあるし……」 「あっ」 まずい、それはまずい。自分でも、親にDドライブの中身見られるとか悪夢だ。 冷静に考えればすべきことはある。保険証をセンパイは持っていない。このままでは病院に行くのもままならない。 だが、あっちに送ってもらうにしろ、啖呵切った手前、今更どの面下げて親に連絡できるだろうか。 センパイには無理だ。余計な負担になりかねない。不本意であるが、自分がやるしかない。 人の娘を掻っ攫おうというのだから、多少の労苦は惜しむべきではないだろう。 「アタシが話をつけます。大船に乗った気分でいてクダサイ!」 「いいの?」 「サイネリアちゃんにお任せ!」 「ふふっ、じゃあ、お願いするね」 「じゃあ、センパイの携帯貸してください」 「うん、けど、送ってもらう時、この家の場所は言わないで。お願い」 「あっ……はい、わかりました」 センパイは親をはなから信用していないのか。だが、それも止むを得ないのかもしれない。 もう親子関係は壊れてしまっているのだ。
意を決して、電話帳からセンパイの実家の電話番号を選択する。 「もしもし、どなたですか」 聞き覚えのある女性の声が聞こえた。 「サイネリアです。今日は絵理さんのことで、相談があって来ました」 「そう、今日は何の用件かしら?」 「絵理さんはここで暮らすことになるんですけど、それに必要な作業があるので、その件についてです」 「作業……」 「まずは、絵理さんの私物をこちらに引き渡して頂きたいんです」 「えっ」 「着の身着のままで来たんですから、生活に困るんですよ」 「そんなこと言われても」 「貴方の娘さんを預かろうというのですから、ある程度の配慮はあってしかるべきだと思います」 「……わかったわ。なら住所を教えて頂戴。後で送るから」 「その必要はありません」 「えっ」 「私たちとしては、こちらの住所を貴方たちに教えるわけにはいかないんですよ」 「どういうこと?」 「貴方たちが心変わりして、警察に通報されれば、絵理さんは再び施設に送られてしまう。 そんなこと、私たちは望んでいないんですよ」 「信用されてないのね……」 「疑われる原因を作ったのは、貴方たちだと思います。それに、絵理さんは理屈抜きで、 貴方たちに自分の居場所を知られたくないと思っています。私は友人としてその意思は尊重したいと思います」 「それじゃあ、どうしたら」 「私が取りに行きます」 「そんなの無理よ」 「台車に荷物を載せて、集配所に持っていきます。何往復かすれば送ることはできます」 「そんな無茶な」 「無理を言っているのは、自分でも重々承知しています。けれど、私の意見を聞き届けて頂く事が、 事を荒立てずに、貴方たちの家庭の問題を解決する唯一の方法だと思います」 「それは……」 「頂くものは他にもあります。」 「……そう。じゃあ、いつ来るのかしら」 「昼食の邪魔はしちゃいけないと思いますので、10時半には伺います」 「そう。おもてなしもできないけど、その時間で待ってるわ」 「ありがとうございます」 溜息とともに、電話は切れた。振り向くと、センパイは相変わらず、部屋の角で丸まっていた。 「というわけで、センパイのお家にお邪魔することになりました」 「そう」 「ただ、アタシ、住所知らないんですよね」 「携帯、貸して」 センパイは携帯を手にすると、何やら操作をし始めた。すると、自分の携帯が鳴り始めた。 「あれ、メール?」 メールを開いてみると、センパイの住所が書かれていた。 「ああ、そういうことデスネ。わかりました」 さあ、一仕事だ。収納からここに引っ越す際に使った折り畳み式の台車がある。それを掴んで持って玄関に向かう。 それから、小物類を仕舞うためにリュックサックを取り出す。その中に、財布、携帯、ガムテープ、はさみを入れる。 おっと、センパイを一人にするんだっけ。 「ああ、センパイ、2時までには戻りますんで。お腹がすいたら、棚のお菓子や冷蔵庫の中身、勝手に食べちゃっていいですから。 それと、昼ご飯は買ってきますけど、何か食べたいものはありますか?」 「サイネリアの、好きなもので、いいよ」 「わかりました。じゃあ、いってきます」 「いってらっしゃい?」 扉を開けると、分厚い熱気が体を包んだ。
電車を降りると、またもや熱風に包まれた。がんばれ、サイネリア。センパイの家はもうすぐだ。 背後では、列車が駆け抜ける轟音がする。2、3時間前は人でごった返していたであろう駅のホームは、 通勤ラッシュを過ぎて人もまばらになっていた。 センパイも都民だったのかと思えば、不思議な気分になる。画面越しの付き合いばかりだったのに、 実際にはこんな近くに住んでたなんて。 「暑い」 愚痴がひとりでに零れる。それにしても暑い。自分のポリシーなんて捨てて、シャツと短パンで行けばよかった。 いくら夏仕様にしているとはいえ、ゴズロリファッションは暑さに弱い。何か飲まないと茹で上がりそうだ。 駅構内のニューデイズに入り、ペットボトルのポカリスエットを買う。すぐに蓋を開けて飲む。 「はあ」 キンキンに冷えたジュースが喉を潤す。椅子に腰掛けそのまま飲み干す。それでも汗は止まず、額から頬を伝って落ちる。 ハンカチで顔を拭う。布地がじっとりと湿る。すると、立て掛けていた折り畳み式の台車が滑り落ちた。 大見得を切ったはいいが、これに重い荷物載せて郵便局と何往復もすると思えば、些か憂鬱である。 「さあ、行きマスヨ!」 自分に発破を掛けて、地上への階段を下りていった。 センパイの実家は駅の西口を出て、街道から路地裏に少し入った所にあった。表通りでは、雑居ビルや商店が並んでいたが、 少し奥に行けば、一戸建てが延々と並んでいる。同じ都内でも、秋葉原のような都会のイメージとは異なる風景だった。 意外と駅から近かったことに内心感謝しながら、インターフォンを押した。 「はい、どなたですか」 先ほど聞いた女性の声だ。 「サイネリアです。荷物の受け取りに来ました」 「ああ、今開けるわ」 蝉が鳴いている。ガチャガチャと鍵が開く音の後にドアが開いた。 「いらっしゃい、あら、その格好……」 相手が口を手で押さえる。この瞬間を見るために、夏にわざわざこんな服装をしているのだ。 「まあ、仕事着ですから」 周囲の奇異な物を見る目は、反発という点で、アタシに一つの生きがいを与えてくれる。 オタク文化を認めない世間の態度は、逆に自分の特別さを引き立ててくれる。 普通じゃないって思われることで、自分は他人と違うんだって証明できる。 「何か問題でも?」 「いえ……ともかく上がって」 「おじゃまします」 玄関に上がると、引き摺っていた台車を開いて玄関に置く。すたすたとあちらが歩いていくので、 急いで靴を脱いでついていく。中は広々としていて、自分の部屋とは大違いだ。 「絵里さんの部屋は?」 「あら、すぐに運び始めるのかしら?」 「絵里さんを部屋に待たしているので」 「そう。絵理の部屋は二階の突き当たりにあるわ」 「ありがとうございます」 心なしか、駆け足で階段を上がる。センパイの部屋、どんなのだろう。はやる心を抑えながらドアを開けた。 途端に湿った熱気が漏れ出てきた。当然だろう。エアコンを点けないまま、日光で温められるままだったわけだから。 しかし、部屋に足を踏み入れ、中を見回してみると、むしろ寒気を覚えた。 驚くほど生活感の無い部屋。部屋の奥に、二つのラック。その上に、パソコンの本体、ディスプレイ、キーボード、 DVDレコーダ、プリンタがそのまま積まれていた。ラックの上段にはソフトウェアのケースが敷き詰められている。 後はベッドが窓辺に放置されていた。カーテンは閉め切られていて、日の光はほとんど入ってきていなかった。 部屋にそれ以外の私物は見つけられなかった。本も服もテレビもゲーム機も何一つ無かった。ゴミさえも無かった。 ただ、床には電子機器を梱包していたと思しき段ボール箱が雑然と積み上げられていた。酷く非人間的で無機質な光景だった。 これがセンパイの生きていた空間、センパイの世界。
だが、今は感慨に耽っている時間は無い。とりあえず冷房を点ける。 まず電子機器に繋がっているケーブルを外す。それから、対応するダンボール箱に戻していく。 正直、重たい電子機器を運ぶのは辛い。空調の温度設定を18度にしたのにもかかわらず、重労働に汗が吹き出る。 「ううー、重い」 されど、助けは無し。自分でしなければならない。しかもデリケートな電子機器。乱暴に扱うわけには行かない。 のっそりと慎重に、慎重に段ボール箱へ詰めていく。それが終わったら、箱の中に残っていた緩衝材を機材の周りに巻く。 仕上げに、ガムテープで段ボール箱を閉じる。 「ふう」 思わず溜息が漏れる。だが、これで終わりではない。今からこのデカブツを玄関に運び、台車に乗せて郵便局まで運ぶ。 これを何回も繰り返す。大変だ。大変だがこれも愛するセンパイのため。 台車の車輪がでこぼこしたアスファルトと擦れる音が、日輪の下に鳴り響く。 「うー、あぢい」 女子らしからぬ声をあげてしまう。暑い、重い、だるい。大見得を切ったはいいものの、炎天下の作業を甘く見ていた。 唯一救いといえるのは、郵便局まで比較的近いということか。 のろのろと荷物を押していく。体力を瞬く間に使い果たし、急いで向かう力が湧いてこない。 道の先には陽炎が揺らめいている。蝉はゲラゲラとこちらを嘲笑う。 目的の郵便局は、横に広い建物で、裏手ではトラックや集配の車がひっきりなしに往来していた。 「やっと着いた」 これで冷房に入れる。自動ドアが開くと冷気がひたひたと吹き出てきた。さ、寒い!鳥肌が立つ。 いくら涼しいほうがいいからといって、急な気温変化は考え物だ。 「いらっしゃいませ」 最近の郵便局は客商売になったのだろうか。それとも規模の問題だろうか。 周りの奇異なものを見る目を背に台車を押していく。ゆうパックの申込用紙を手に取り、自分の住所を書き込む。 それをちょこんと荷物の上に乗せて、窓口まで歩く。空いていてよかった。 「ゆうパックでしょうか?」 「はい」 「では、お荷物をお願い致します」 「はっ、ふぬう、はあ」 またもや女子らしからぬ声をあげ、荷物をカウンターに持ち上げる。局員は段ボール箱の寸法をメジャーで測った。 「わかりました。少々お待ちください」 局員は用紙を受け取ると細かい手続きをして、控えを返してきた。代金を払い、控えをリュックに仕舞う。 「ありがとうございました」 「ありがとうございました」 軽く礼をして郵便局を後にする。が、これはほんの始まりに過ぎない。後、7、8回は同じ作業を繰り返す。 気が遠くなりそうだ。
手が痛い、腕が痛い、肩が痛い、腰が痛い。最後の荷物を送り終えた時、体はだるだるになっていた。 携帯を見ると、時刻は12時を回ったところだった。 センパイの部屋に戻り、最後の確認をする。 パソコンが無くなったセンパイの部屋。最早、無機質ですらなかった。ここには何も残っていない。 形に残るモノも形に残らないモノも。 アタシはカーテンを開けた。先ほどまで鬱陶しかった日の光が、この部屋に生気を与えてくれる唯一の存在だった。 「センパイ、日の光浴びないと体に悪いデスヨ……」 言葉は壁にぶつかり、跳ね返って消える。 アタシは階段を降りた。リビングのドアを開けて入る。 「これで全部運び終わりました。ありがとうございました」 一応、相手に頭を下げる。あちらは安堵の表情を見せていた。厄介な来訪者がようやく帰るのだ。 「それと、保険証を頂きたいのですが」 「えっ、保険証」 「それがないと、病院に行けないですから。身分証明書もありませんし」 「そう、わかったわ」 相手は棚を弄り始めた。やがて、カード状のものを持ってやってきた。 「わざわざ、ありがとうございます」 慇懃に礼を述べる。 「それじゃあ、お邪魔します」 背を向ける。後ろから溜息をつく声が聞こえた。それで終わりだった。 帰りの車中、センパイの母親が見せた表情や態度が引っかかっていた。 いくら手を焼いていたとはいえ、実の娘がいた痕跡を跡形もなく消されて平静でいられるのだろうか? 自分の両親は、半ばアタシを見放しているとはいえ、それでもちゃんと仕送りしてくれるし、 電話をすれば答えてくれる。アタシの私物が見ず知らずの他人に持ち去られて平然としているはずがない。 けれど、センパイの母は、そんな素振りは少しも見せず、アタシが帰る姿に安堵の表情を見せていた。 結局、あの家では、センパイの価値はそれぐらいしかなかったのか。面倒見なくてすむなら、 赤の他人に譲り渡してもいい存在だったのか。 センパイの置かれた悲しい境遇に胸を馳せると、心が痛んだ。
我が借家に戻ってくると、ひんやりとした空気にほっとする。 「センパイ、ただいまデス」 「おかえり」 センパイは相変わらず、リビングの隅で体育座りしていた。ひょっとして帰ってくるまでの間、ずっとそうしてたのだろうか? 「ご飯買って来ましたから、食べましょう」 「うん……」 サラダパスタが二パック、ミニケーキが二つちゃぶ台の上に置かれる。 「いただきます」 出来合い品だが、どう反応するだろうか?センパイはまずケーキにスプーンを射した。甘党なのだろうか。 それから、パスタに全く手をつけることなく、ケーキを食べ終えてしまった。 「ごちそうさま?」 「え?」 いくら甘党だとしても、これは極端すぎる。 「センパイ、パスタ嫌いなんですか?でしたら、すみません」 「いや、そうじゃ、ないんだけど」 「むむむ、ダイエットですか?でも、食べないと、体に悪いデスヨ?」 「心配かけて、ごめん……」 「いや、謝るようなことじゃ」 「わたし、やっぱり、だめな子」 急にセンパイの声が沈む。 「ええっ!食欲がないなら食べなくて大丈夫ですから。そんなこと、気にしないでくださいよ」 「ごめんね、サイネリア……」 センパイはこんなにすぐ謝ったりする人だっただろうか。Skypeで話している時、都合が悪くなったら、 アタシに何の遠慮もなく、回線切ってたような気がするのだが、気のせいだろうか? その瞬間、頭にセンパイの傷だらけの腕が浮かんだ。 「センパイ、パソコンとかですけど、明日の昼までには全部届く予定です」 慌てて話題を変える。 「サイネリア、暑い中、ありがとう?」 センパイはぎこちなく微笑む。 「いやあ、ホント暑かったデス。でも、女サイネリア、センパイのためなら火の中、水の中、どこにでも行きマス!」 敢えておどけてみせる。 「ふふっ、ありがとう」 曖昧に微笑むセンパイ。その顔がぐんぐん近づいていって、頬に柔らかい感触がした。 「セ、センパイ!キ、キ、キスですかー!」 「感謝の印?」 どうしたことだろう。センパイ、やけに積極的だ。昨日といい、今日といい。いや、それも当然か。 「も、もう、真昼間から熱すぎですってばー。こういうのは、雰囲気というものが」 「だめ、かな」 もじもじとセンパイが聞いてくる。 「いや、だめじゃないですけど、やっぱりそういうことは夜にしたほうが」 「サイネリアがそう言うなら、そうするね」 センパイは曖昧に笑った。
昼食を終えてからも、やるべきことは多かった。それには、センパイも一緒に来てくれないといけない。 人一人が住居を変えるというのは、中々大変なことだ。しなければならない雑務が多い。 だが、センパイがわざわざ外出してくれるかどうか。 「あの、センパイ、一つお願いしたいことが……」 意を決して話しかける。 「なに?」 「ア、アタシと一緒にお出かけしてくれませんか?」 言ってしまった。恐る恐るセンパイの顔を見る。 「いいよ」 「えっ、いいんですか?」 「サイネリアがしたいなら、いいよ」 その時、内心小躍りしたい気分だった。あれだけ引きこもっていたセンパイが、アタシの頼みで外へ出る。 アタシと一緒に行動してくれる。それは以前では考えられないことだった。 センパイを連れ立ってまずしたことは、戸籍をこっちに移すために、区役所を梯子して、転出届けと転入届を出すことだった。 その為の手続きは本人が行わなければならない。センパイの実家と完全に縁を切るためにどうしても必要だったし、 現在住所に戸籍が無いのは、行政のサービスを受けるのに何かと不都合だった。 それから秋葉原へ向かい、電気街でルータを買った。一つの回線で複数のコンピュータをネットに繋げるようにするためだ。 電子部品の群れに唾を飲み込むのもそこそこに、駅近くの洋服店でセンパイの服を見繕った。 何せセンパイの私服は、通っていない高校の制服しかない。おめかしする服もなければ、パジャマも無い。下着すらない。 服を選ぶ時、センパイは「サイネリアが選んだものなら何でもいいよ」と言って、持ってくる服全部にOKを出すものだから、 センパイを着せ替え人形にしているような気がして、こっちが困ってしまった。 最後に、秋葉原UDXのレストランで夕食を摂った。
こうした日常の営みで、時間が過ぎていった。他所から見れば、何の変哲も無い日常に過ぎないのだけれども、 あのセンパイと一緒にアキバでショッピング、アタシにとっては夢のような出来事だった。 帰ってきた時、時刻は7時を回っていた。 「いやあ、今日は大変でしたネ」 「サイネリア、ご苦労様」 センパイは淡く微笑む。 「いやあ、それほどでも」 センパイに褒められると、背中が痒くなる。今日は大分遅くなったけど、パソコンを点けないと。 「じゃあ、今日もネットの世界にダーイヴ!」 OSが起動すると、Firefoxを開き、迷わずブクマからニコニコ動画に飛ぶ。今日も日課のランキングチェックだ。 アタシたちは、ニコニコ動画を舞台にネトア活動をしているわけだけども、その主戦場は「やってみた」カテゴリーだ。 「今日のランキングは、あれ?」 トップの動画のサムネには、何やら見慣れない人物が映っている。 「『少女がデスメタルを弾き語ってみた〜Cryptopsy編』って、なんぞこれ!」 デスメタルがランクトップだと。ニコ動は一体どうなってるんだ。 「セ、センパイ。何かデスメタルが『やってみた』のトップになってるんデスケド」 「カガリビ」 「へ?」 「音楽プロジェクト。ミュキがリーダーしてる、メタルを演奏するチーム?」 「バンドみたいなものデスカ?」 「うん」 「結構詳しいんデスネ」 「前から、知ってたから」 センパイがメタルを聴くなんて意外だ。だが、そこまで言うなら、聴いてみよう。 動画を開いてみると、投稿者コメントにはこう書いてあった。 「みなさん、こんばんわ、ミュキです。今回は、CryptopsyのPhobophileに挑戦しました。 いつも通り、リードギター、ボーカルは直録りで、サイドギターとベースは別録り、ドラムは打ち込みです。 至らない所も多々ありますが、平にご容赦を」 やけに謙虚だな。再生ボタンをクリックして再生した。 プレイヤーの画面に、亜麻色の髪をした少女が現れた。髪が、女性にしてはかなり短く切り上げられており、 タイトルで少女と知らなければ、少年と言われても気づかないかもしれない。 顔立ちは、センパイには劣るとはいえ、なかなか整っていると思う。ネトア業界も日に日にレベルが上がっているのか。 彼女はギターを持つと手馴れた手つきでイントロを引き始める。そのメロディは、やけに穏やかなので拍子抜けした。 だが、イントロが終わった時、アタシに電流が走った。突如、画面の少女が金切り声をあげたのだ。 何と歌っているのか、さっぱり見当がつかない。自分のデスメタルのイメージは、 顔を白塗りにした金髪の男が汚らしい言葉を吐くというものだったから、悪い方向に期待は裏切られ、唖然とする。 異様に速くギターを弾きながら、頭は激しく上下に振り、絶叫している。はたから見れば、その姿は、 少女がヒステリーを起こして錯乱しているようにしか見えない。なんなんだこれは。 演奏が終わった時、どうセンパイに反応すればいいか困ってしまった。どう評論しろというのか。そもそもあれは音楽なのか。 「センパーイ、こんなの音楽じゃないデスヨ。ニコ厨も何考えてんですかね?」 「たまに聴くと、ストレス解消?」 「ま、まあ、そうかもしれませんケド」 しかし、どういうことだろう?センパイはこのバンドについてそれなりに知っていた。つまり、この手の動画を見ていた。 いくらなんでも荒みすぎではないか。つい最近まで、確かに心が荒むような環境にいたかもしれないけど。 不意にセンパイの傷だらけの腕が頭に浮かんだ。 「あ、そうだ。センパイの動画のコメをチェックしマス。荒らしがいたら、バンバン運営に通報しちゃいます。 ネット警備員サイネリア出動!」 アタシはこうしておどけるのだった。その姿を夏の虫がけらけらと笑っていた。
以上になります。 生活感が出せたでしょうか? もし続きがあれば、次回からELLIEのネトア活動が本格的に始まります。 それと、行数制限を忘れていて、必要なレス数を間違っておりました、申し訳ございません。 このスレの、文士の皆様、このような私の未熟な文を評論頂き、どうもありがとうございます。 ご意見は、精進の糧になります。どうぞよろしくお願いします。
>>82 ぬう、切ないですねえ。
前半が尾崎さんパート、後半が聡美さんパートですね。
尾崎さんにとってはriolaが排除された芸能界は自分の現在の現実ですが、聡美さんにとっては
『まあ、いろいろあったし辛いことばっかだったけど、でも、楽しかったよね』となる思い出の世界
なのですねえ。
一般人になった聡美さんにとっては尾崎さんは例えば郷里の学校のクラスメートで、いつかまた
会って昔の事を懐かしく話せれば、と思っていた。でも久しぶりに会ってみたらそのriolaに自分が
いなかったことにして説明してほしい、とあんまりな願い事。それが彼女の生き方なのだ、とは
聡美さんも理解しているからこそ絵理に姿を見せることに応じたのでしょうが、尾崎さんがその辺の
内実に疎そうなのがなお切ないですね。
尾崎さんが絵理と共に歩む道の先に、これまでこうして過去に置いてきてしまった絆が再び
繋がっているようにと願わずにおれません。
楽しく読ませていただきました。
しかしタイトルこれでええのかw
>>97 なにこれずっと読み続けたい。
わたくしの好みにジャストフィットですありがとう。
生活感の演出は申し分ありません。むしろ少々リアルというか生々しすぎて、若かった頃の無茶で
馬鹿だった自分を思い出して冷や汗がっw
役柄上の要請もあるのでしょうが、初回に引き続いてサイネリアの対人スキルの高さがうかがえて
大変頼もしいです。オタ、ネトア、性的嗜好と日の当たるところに出てこれない性癖の結晶のような
彼女が、絵理と違って引きこもらずに(どころか日の当たるところで誇示して回ってるぐらいの)生活
している証でしょうかね。この調子なら仕送り生活だけじゃなくアルバイトなんかもしてるんじゃないで
しょうか。本作のサイネリアの人となりにワクワクを禁じ得ません。
絵理のセリフの端々などにいくつも伏線張ってるということですし、もしなどと言いつつまだしばらくは
続けていただけるということでしょうか。エピソード自体は各話ごとにきっちり切っておられるようですが、
心ひそかに楽しみにさせていただきます。
楽しゅうございました。
しかし「そうアタシのだ。うふふ。」とかダメだこのサイネリアおっさん可愛い
こういう作品続くと絵理ってどんな人生歩んでも基本幸せだよなあと思います。
年末保守 いよいよ大晦日ですね、みなさま年越しにまんが祭りにと各々充実した 年の瀬をお送りのこととお喜び申し上げます。 年末までにもう一本くらいあげたかったが家族サービスに忙殺されたわw 来年もよろしくお願いいたします。
さて・・・三ヶ日も終わったし リハビリも兼ねて何か書きますか・・・ ≪太陽女帝≫ とある昼下がり、めずらしく午後は仕事が入ってないので、春香は千早と一緒に 事務所で待機と言う名のお茶でもしようかと二人で廊下を歩いていた そんな時 片隅に置いてあった、春香の背丈ほどもある観葉植物の鉢に目が止まった。 「あれ?なんだかこの子元気無いみたい・・・」 田舎住まいで普段から木々を目にしているからだろうか。春香の目には、 廊下の片隅に置かれたその木が、何となく萎れて見えた 「そう?別にいつも通りだと思うけど・・・水も音無さんがあげてるみたいだし・・・」 「う〜ん。きっとお日様の光が足りてないんだね。よ〜し・・・!」 「ちょっと!?春香?」 「ごめん千早ちゃん先に行ってて!私ちょっと屋上に行ってくる!」 そう言い残してふらつきながらも、鉢を抱えて春香はエレベーターに乗った。 「ふう・・・重かった〜」 屋上に着いた春香は、日の当たる場所を選んで鉢を置いた。 「さあ!いっぱい光合成をして元気になってね。」 学校で習った単語を使うと、少しだけ頭が良くなったように感じた。 心なしか木も喜んでいるように見える 「おや・・・こんな所に人が来るとは珍しいと思ったら、天海さんでしたか。」 「ひゃあ!?」 いきなり後ろから声を掛けられた春香は、驚いてつんのめりそうになった。 まさか自分以外の人がいるとは思わなかったのだ。驚いて後ろを振り返ると、一人の男の人が立っていた。 背丈は180程度だろうか?太っているわけでもなく、痩せてもいない。青年と中年の間、おそらく30代くらいだろうか。 (プロデューサーさんより少し年上なのかな?) そんな風に考えながら春香は困っていた。 声を掛けてきた青年に見覚えが無かったのだ。特別顔を覚えるのが得意というわけでもないし、 これと言って特徴の無い顔立ちの男だったから、忘れてしまったという可能性もある。 この屋上にいる以上、おそらく765プロの関係者だろうが・・・ そんな思考を読みとったように、少しだけ口元をゆるめて男は告げた 「僕の事は知らないと思いますよ。事務所の稼ぎ頭の貴女達と違って、裏方・・・経理の方を担当してるものでね・・・。」 「そうなんですか・・・」 自分の倍は生きているであろう目の前の青年が、自嘲気味の笑いを浮かべて敬語で話しかけてくる。 そんな風に接されるのは実は初めてで、上手い返し方を考えつくには春香はまだ、少々子供だった 「木と一緒に日光浴ですか?しかし・・・マズイ所を見られてしまいましたね。」 「えっ?」 「トイレに行くふりをして仕事を抜け出してきたんですよ。」 「あっ・・・サボりですか?」 「返す言葉もありませんね。」 そう言う彼の眼は、年齢に似つかわしくなく疲れきっているようにも見えた
そんな彼に、春香は少し興味を覚えた ひょっとしたら彼が纏っている雰囲気が、 密かに彼女が片思いしている彼に似ていたからかもしれない。 だから日光浴の間、話を聞いてみることにした。 「ここにはよく来るんですか?」 「ええ、晴れてる日は大抵来ますよ。東●タワーとはいきませんが、中々の眺めですし、それに・・・」 「それに?」 「ここは一番太陽に近いですからね。」 「太陽・・・」 「おっと失礼。本物の太陽のように輝かんばかりのアイドルを前に無粋でしたか。」 「えっ!?そんな・・・私なんてまだまだですよ・・。」 春香自身は、特に決まったキャッチフレーズが有るわけではない。 だからそんなことを言われて再び戸惑った。それは逆にお世辞ではなく、 良くも悪くも彼の本心から出た言葉だったからかもしれない。 「ご謙遜を。“太陽のジェラシー”聞かせていただきましたよ。あれはとてもいい曲だ。 流石は社長が推薦し、彼が選んだだけのことはありますね。」 「えっ!?プロデューサーさんのこと知ってるんですか?」 「ええ・・・まあ色々とね。」 そこで彼は何かを思いついたような表情をみせ、次に迷うような顔になった。 しばらくの沈黙の後、一度空を・・・いや太陽だろうか? とにかく上を見上げてかれは唐突に語り始めた。 ところでせっかくです。木が元気になるまで、昔話を聞いて行きませんか?」 春香は頷いた。元よりそのつもりだったし、プロデューサーの昔の話を聞けるかもしれないと思ったからだ。 「今から数年前、あるアイドルグループがいました。一人一人の力量は精々C程度でしたが、 とても仲のいいコンビで、ユニット名を“THE SUN”といいました。」 「“THE SUN”・・・ですか。」 「聞いたことは無いかもしれませんね。」 「なんでですか?活動期間が短かったとか、あんまり売れなかったからとかですか?」 冷たい言い方をすれば、芸能界ではそれくらいは日常茶飯事だ。春香とても、 一回オーディションで顔を合わせてから、二度と合わなかったユニットもいる。 「・・・・・いえ、そうではありません。」 「えっ・・・じゃあなんで?」
「彼女達は“消えていった”のではありません。“消された”のですよ。」 「け・・・消された・・・ですか?」 春香はプロデューサーに言われた言葉を思い出していた。 『いいか春香。芸能界にはいろんな人がいる。中には人を引きずり落としてでも、 上に行こうとする人間も、残念ながらいるんだ。だから、あんまり弱みを見せないようにな。』 そのアイドルユニットの娘達も、そんな陰謀に巻き込まれたのだろうか。 「ただ消されたのではありません。我々プロダクション業界・TV局・CD会社・・・ ともかく当時の関係筋が必死になって彼女達の所属していたプロダクションごと 痕跡すらも残さないよう、徹底的に抹殺したんですよ。所属アイドルがまだ彼女達しかいない、 新興の会社だった事も災いしたようですね。」 「そんなこと・・・」 「信じられないでしょうね・・・なにせこの件に関しては、数年前の事とはいえ、 ある程度の勢力を持ってるプロダクションの幹部級の者達しか真実を知りません。」 「何が・・・・何があったんですか。それにそんな事したら絶対に噂に・・・」 「天海さんは、今の総理大臣をご存じですか?」 春香の言葉をさえぎる様に、彼は言葉を重ねた。 「えっ、総理大臣ですか?たしか●●総理ですよね?」 「そうです。では、あの人がかつて国家公安委員会の委員長だったことは?」 「・・・・知りませんでした。でも、それが一体何の関係が。」 そこで彼は直ぐには答えず、煙草を胸ポケットから取り出し、しかし、 春香を見て再び懐にしまった。深いため息をついて。彼は語り出した。 「●●総理には息子が一人いるんですが、これがまた相当な男でね・・・ 元々女癖が酷いことは有名だったんですが、ある時、経済パーティーに 招かれていた、とあるプロダクションの社長に付き添っていたユニットの アイドルの片方に手を出しましてね。それも半ば無理やりに近い形でね。」 「そんな・・・」 「無論、いくら父親の権威があるとはいえ、本来なら大問題です。 しかし・・・時期が悪かった。」 ちょうどそのころ、●●は総理大臣の席を手に入れる為の第一歩となる、 大事な選挙を控えていた。 「事が公になればただで済むわけがない。●●はそのプロダクションの社長と交渉し、 大金と、その他色々な破格の条件を付けて事を内密に収めようとしました。 そして、社長はその条件を呑んだ・・・・。しかしユニットのもう片方の娘が・・・ そう彼女はまさに太陽のような娘でした・・・・。」 彼はまた空を見上げていた
『そんな交渉には応じられません。あの娘がどれほど傷ついたかお分かりですか? あの人には、きちんと裁きを受けてもらうべきです。』 「彼女は全てを公にすると言い、そして・・・・」 まだ殆どファンも居ないような場末のアイドルが、国家機関とそれをバックにした 芸能界に勝てるわけがなかったのだ。偽りの太陽は海に沈み、空に太陽は一つになった。 3日後、近所の海で彼女の亡骸が引き上げられたが、事故と断定された。 「彼女は・・・本当に、強くて、美しくて、輝いていて・・・それは、 冷たくなっても同じでした。むしろ美貌は氷の女帝ような鋭さを帯びて、 揺るがぬ心は太陽のようで・・・。幼い頃から何も変わっていなかった。」 春香は、その話し方で理解した。きっとこの人はその人の事が好きだったのだろう。 「全てが終わった後、当時の公安委員会の執行部の委員の一人が職を辞して、 何処へともなく消えました。」 そこで彼はポケットから懐中時計を出して、蓋を開いて中を眺めた。 「≪太陽女帝≫。僕には、最早彼女の名前を呼ぶ資格も無い。」 春香の中で、全てのピースが嵌った気がした。 「ひょっとして・・・・。」 「おや、日も傾いてきましたね。昔話もこの辺にしましょう。」 みれば、太陽がビル群の陰に消えつつあった。きづかない内に、 随分と時間がたっていたようだ。 「あら春香。何処に行ってたの?随分遅かったわね。」 「う・・・うん。ちょっとね。」 別れ際彼は最後に告げた。 『僕が生き恥を晒しながらも高木社長に頼んで此処に居させてもらっているのは、 彼女が唯一この世に残した、彼を守るため。彼は、自らの姉の死の真実を知りません。』 「お、やっと帰ってきたか春香!ダメじゃないか連絡も無しに何時間も! 心配したんだぞ!?」 隣の部屋からプロデューサーが入ってくる。若干口調が怒り気味だ。 『天海さん。貴女はどこか彼女に似ている。こんなことを私から頼むのは、 筋違いだと分かっていますがどうか・・・。』 「ごめんなさいプロデューサーさん・・・。」 「分かればいいんだよ。次からは気を付けてな。さあ、春香も来たし、 次のライブの打ち合わせといこう。」 「「はい!」」 こうして765プロの一日は過ぎていく。 『どうか・・・彼女の夢を・・・。』 今日も太陽は全てに平等に降り注いでいた。 終わり 作者より・・・新年そうそうお目汚しでした。何だか、ベタベタな展開と言えば展開でしたが 久しくSSなど書いてなかったもので。どうかお許しを m(*_ _*)m
>>100 あけおめGJ。
印象深うございました。765プロって会社の陣容がよくわからないんで
社長と小鳥さん以外の社員がどんなふうに存在してるかはけっこう
ナゾなんですよね。
そんな中、少し不思議な雰囲気を持つ彼と、春香とのひとときの邂逅。
プロデューサーの過去がほの見えて、春香の芸能活動にも力が入り
そうです。
こういうのはベタではなく黄金率と言うのですよw
よい感じでした。ありがとさまー。
>>100 うん。内容もよくあるものだけど、話としてはうまくまとまってると思う。
ただ、P的な視点として、春香にこういう話を聞かせるというのは、どうにも嫌なものに感じる。
765プロ的に、こういう話を所属アイドルに聞かせること自体、どうかと思うし、
それもよりによって春香というのは、一番聞かせたくない子じゃないかと思える。
その辺で、胸に嫌なものが残りました。
やっばり、嫌な大人の話をアイドルには聞かせたくないなあ・・・。
「貴音せんせー!私、転校なんかしたくないです!それもアメリカなんて!」 「落ち着くのです天海春香。親御さんのご都合なのでしょう?」 「ううっ、ホントはこの学校でみんなとずっと一緒にいたいのに」 「あなたはまだ学生の身、意に染まぬこともあるでしょうがこれも人生。 春香とともに過ごした友たちはあなたを決して忘れはしないでしょう。 あなたも強く生きてゆきなさい。あなたのことをわたくしと、多くの級友たちが いつでもここから見守っているのですから」 「先生……ありがとうございます、私、頑張ります!」 「今からホームルームであなたのことを伝えましょう。天海春香が 家庭の事情でアメリカに行くことになった、と。クラスのみなが春香を 忘れぬよう、そしていつかまた相まみえる日を願いましょうと」 ガラッ 「これよりホームルームを始めます。その前に天海春香、こちらへ」 「はい……」 「突然の報告となりますが、今までみなと共にこの学校で学んできた 天海春香が、家庭の事情により……」 「……ううっ」 「アニメ化することになりました」 「えっ」 「えっ」 ほしゅ。アニメ化決定と貴音様(中の人含む)お誕生日おめでとうございます。 筆は進んでるかね諸君。
筆、進んでないっすよ。 3Dに再度降臨した春香が、前髪がサラサラになっててPの記憶がないとか、 そんなおかしな妄想ばっかりだ・・・
保守
貴音の家庭って、原作でも不明なんですよね。 まあ、月の王女っていう見方もできると思うんですけど、 また違う見方もできると思うんですよ。 折角の二次創作ですし、もっと突っ込んだ考察があってもよかったのかなあと思います。
もし絵理の元に、おざりんが来なかったらシリーズ第三段です。シリーズ名は"Keeping"とします。 今回、鬱展開がましましなので、不愉快な方は、トリップでNG指定してください。 絵理の輝くネトア生活が待ってたはずなのに、どうしてこうなった。 6スレほどお借りします。
空が赤い。うだるような暑さはようやく去り、あれほど恨めしかった太陽も、今は鮮やかな夕日として地平線に浮かんでいる。 月日は九月の下旬に入っていた。 こうして黄昏に家路を歩くと、侘しさを感じる。朱が滲んだ空。長い影。見知らぬ他人の往来。声を掛けられるでもなく、 振り向かれるのでもなく、ただ一人、我が家へひたすら歩く。けれども、アタシは一人じゃない。あそこには待っている人がいる。 「ただいまー」 「おかえり、なさい」 こうして、新妻のようにセンパイが出迎えてくれる。 「ちょっと、寂しかった?」 センパイは体を寄せ、腕を絡みつかせてくる。いつもの光景、いつもの日常。 「むちゅう、はあ」 そして深い接吻。ここに転居してからというものの、以前では想像もできないほど、センパイはスキンシップをしてくるようになった。 キスだけでない。もっと深いものも。 センパイは舌で首筋をなぞる。そのまま顔をアタシの胸に沈める。 「あ、や、センパイ……」 「ねえ、抱いて。サイネリアで、わたしを満たして」 「まずいですよ、センパイ!まだ夜になってないのに」 この一月で体を重ねる回数は増え続けた。夜に慰めあうのは当然として、しばしば帰宅直後に体を求めてくる。 画面越しに話をしていたころとは、大違いだ。センパイ、どうしちゃったんだろう。 「やめてください。いくら気持ちいいことでも、限度ってものが」 つい、口調が厳しくなってしまう。すると、みるみるセンパイの顔が暗くなっていく。そんな顔、見たくはないのに。 だから、センパイが求めるままに抱いてきた。けれど、さすがに色に狂った生活ばかり続けてもいられない。 アタシがセンパイを支えなければ。言うべきことはきちんと言わないと。 「いらないの?わたし、いらないんだ」 「違うんです!けど……」 「わたし、これしか、してあげられること、ないのに」 どうしてセンパイは自分を貶めてしまうのか。 「そんなことないですよ。センパイはネトアのクイーンじゃないですか」 「ネット……?うん、そうだった」 センパイはとても意外そうな顔をした。そうだ、センパイがネトアから離れて随分経っているのだ。 両親との関係がこじれてからというものの、親と対峙しなければならず、動画製作にじっくり取り組めなくなっていたのか、 ここ最近はブログも動画投稿も滞っていた。ここに移ってきてからも、その傷は深く、なかなか活動を再開できなかった。 茫洋とネットサーフィンするか、そうでなければ、すまなさそうに部屋の片隅で体育座りしていた。動画の撮影もままならない状況で、 ネトアに復帰しろとは口に出しづらかった。 「ねえ、サイネリアは、ネトアの『わたし』が見たいんだよね?」 センパイはネトア演じている時が、一番輝いていると思う。 「勿論デス!アタシだけじゃない。ネットのみんなが待ってマスヨ」 「そうだね。そうだよね」 ようやく、センパイの顔が明るくなった。ひょっとして、いよいよネットアイドルELLIEの復活か? 「わかった。わたし、頑張るから」 センパイは手を離した。アタシは明るい未来を想像した。
その日から、センパイの生活は変わった。情交の回数は目に見えて減り、代わりにセンパイは歌に情熱を注ぐようになった。 次の日、帰ってきたら部屋で一人腹筋していた時は、流石に驚いた。本人曰く「声が出ないから、お腹から出すことにした」とのことだった。 あれほど嫌がっていた歌に取り組むようになったのは、びっくりするやら嬉しいやら。 恐らく、アタシが大学に行ってる間に、ボイストレーニングもしているんだろう。 ELLIEセンパイ始まったな。アタシは内心ワクワクしながら、センパイを見守っていた。 そんな感じで日常が過ぎていた、中秋のある日、大学から戻ると、センパイがやけにもじもじしていた。 「どうしたんデスカー?センパイ。何か言いたげな顔してマスケド」 「サイネリア、笑わないで、見てほしい?」 「えっ、そんなー、アタシとセンパイの仲じゃないですかー、笑ったりしませんよ。それで、何を見るんデス?」 「これ、書いたの。新しい動画の、曲の歌詞」 「スゴイじゃないですかセンパイ!曲だけじゃなくて、歌詞も書けちゃうんデスネ!どれどれ」 内容は以下の通りである。 生きること、その意味は何処 与える者無く、示す者無く 零れる涙、滴る血 花は赤く咲き誇る 鋭い痛み、生の証 苦しむことしかできないの? 明けない夜は 空を隠して 闇の中へ わたしを沈める 駆け巡る苦痛 壊れてしまえばいいのに ねえ、お願いだから わたしを 壊してよ、壊してよ、壊して…… 「センパーイ、ネトアのクイーンが、こんな鬱ソング歌ったら、儲も流石にドン引きですってばー」 これでは、センパイが復活することにはならない。もっと、儲の道を照らすような灯りにならなければ。 「やっぱり、駄目、かな?」 そんな顔しないでほしい。 「駄目じゃないですけど、これじゃあ、歌って踊ってていうのは、やりづらいんじゃないかと。 やっぱり、ネトアは妖精みたいにピュアピュアじゃないと、いけないと思いマス」 多分、こんな歌詞を書いたのは、ボカロの鬱曲に影響されたからだろうけど。 「うん……わかった。そうするね」 センパイは儚げに笑った。不意に、センパイの手首の傷が脳裏に蘇る。否、そんなことはさせない。 アタシがセンパイを立て直して見せる。そう心で固く誓った。 しかし、楽曲はなかなか仕上がらなかった。センパイは一日中、パソコンの前に座って、エディタで歌詞を作成したり、 シーケンスソフトで作曲したりしていた。難しい顔をしていることが多く、少々声が掛けにくかった。 これがクリエーターの顔なのかもしれない。素人がおいそれと口を挟めるものではなかった。 とはいえ、家に籠ってばかりでは、体にも心にも悪いと思ったから、暇を見てセンパイを外に連れ出したりした。 といっても、一緒に遊びに行くってことはできなかったけど。センパイは遊園地とか、 ゲーセンとかそういう俗世の娯楽にはほとんど興味が無かったから。それで、結局、駅前で食事をする程度。 それでも、話の種ぐらいにはなったらしく、更新が滞っていたブログのほうはぼちぼち再会され、アタシとのツーショットが上げられたりした。 記事のコメント欄には、ブログ再会時に発表された、更新が滞っていた理由に挙げた「私事」について心配する声や、 新作の投稿を期待する声で溢れていた。ネットの人たちはこんなにも温かい。アタシはようやくセンパイが自分の居場所を取り戻したと感じた。 けれど、それはあまりにも浅はかな考えだった。センパイがここに来た意味をもっと考えるべきだったのに。
「おわったぞー!」 らしくない大声を上げた、十二月二十四日の夕べ、冬季休業前の最後の授業が終わり、すっかり肩の荷が下りた気分だった。 後はケーキを買ってセンパイと一緒に食べよう。本当は、昭和通りにでもデートに行こうかと思ったけど、 センパイは人ごみが大嫌いだったから、今日は家で愛を深めようではないか。駅前でケーキを買い、センパイの待つ家へ、足取りも忙しなく舞い戻った。 「センパーイ、ただいまデス!」 反応が無い。センパイ、クリスマスなのに、まだ曲を作っているのだろうか?ケーキを冷蔵庫に仕舞い、リビングに向かう。 部屋の隅には、いつものようにセンパイがいた。壁に寄りかかり、すまなそうに座っている姿が。けれど、顔は青白く、苦しそうな吐息を漏らしている。 「センパイ、大丈夫ですか?なんか、すっごく調子悪そうですけど」 返事は無い。 「センパイ、ちょっと、しっかりして……ひ、ひああああああああ!?」 センパイの足元に浮かんでいる赤い斑点。何で床に赤黒い染みがあるんだろう。センパイ、ケチャップでも零したのかな? でも、ケチャップはもっと綺麗な赤なんだけど。センパイの服も赤茶けている。センパイの左腕には、どす黒い線が何本も走っている。 「センパイ、どうしたんです、それ?」 「ちょっと、切っちゃった。床、汚しちゃって、ごめん」 そう、ちょっと怪我したなら仕方が無い。でも、怪我?腕に、服に、床に、沢山血が零れてる。これが、ちょっとした怪我? いや、そもそもひとりでに切り傷なんてできないんだけど。だったら、どうしてセンパイは血を流してるの? 「まさか、リスカしたんじゃないですよね」 「うん」 センパイは淡く笑った。どうして、こんな時に微笑むのか。 「な、なんでですか!アタシがいるのに、なんで!」 「ねえ、サイネリア」 「は、はい」 「血が流れる時、わたしは生きてるんだって、強く……感じることができるの」 わけが、わからない。リスカと命に何の関わりがあるのか。センパイの思考についていけない。 「そんなことしなくたって、センパイは生きてるじゃないですか」 「誰が、それを、保障してくれるの?」 「アタシがします、しますから!」 「じゃあ、わたしを、抱いて」 「そ、そんな……どうして」 「それが、わたしのできること?」 「他にできることなんて、山ほどあるじゃないですか。ネトア活動だって……」 「サイネリア」 センパイは顔を逸らす。まるで怯えているかのように。 「サイネリアは、わかってない」 「えっ?」 「わたしは、サイネリアが望むような、人間にはなれないの」 「何を言って……」 「でもね、人間にはなれなくても、ペットにはなれる」 センパイは独り言のように呟く。 「ペットの役割、人間に可愛がられること、愛玩動物、欲求の捌け口」 アタシの問いには何一つ答えない。 「なら、ヒトを人間の、ペットにするなら、どう?」 独白は続く。 「性欲を満たすこと、現代の奴隷の役目」 センパイはこちらに向き直る。 「だから、サイネリアに、抱いてもらえないと、ペットにすら、なれない?」 その顔には、満面の笑みを浮かべていた。 「お願い、わたしを、犯して。わたしは、サイネリアのモノだって、体で示して」 アタシは、アタシは、センパイを、ペットになど、したくはない。 「アタシはそんなこと望んでない!センパイはアタシのセンパイなんです、他でもない」 「ふふっ、そうだね。いきなりこんなこと言っても、わかってくれない、よね」 くすくす笑うと、センパイはポケットから何かを取り出す。カリカリと音がする。 「わたしの、気持ち、ここで見せるから」 「やめて!」 一緒にケーキを食べるつもりだったのに。アタシの悲鳴も空しく、センパイは右手を一閃する。瞬く間に、また一つ赤い線が左腕に浮かび上がる。 「い、いやああああああああああああああああああ」 アタシは無力だった。そして無知だった。センパイの言うとおり、アタシは何もわかっていなかったのだ。 だから、目の前の少女の唇を奪った。それが、センパイに対してできる唯一のことだった。
後は、情欲の沼に沈んでいくだけだった。冬休みの間、幾度と無く体を重ねた。それが未来を閉ざすことも知りながら、 寄る辺の無い少女の体を貪り続けた。正月は、日の出まで体を交えた。そればかりか、通販で見慣れない器具を買い、センパイを犯すことまでした。 その初夜、慣れない行為に戸惑いながらも、最後は欲望の赴くまま、センパイを貫いた。けれど、彼女はとても嬉しそうだった。 血は腿を滴り落ちていた。とても痛いはずなのに、快楽に乱れるその姿には、ネットアイドルの女王のカリスマは微塵も感じられなかった。 確かに、センパイの言うとおり、アタシが仰ぎ見た電子の妖精には、もう戻れないのかもしれない。 玩具の先に着いた赤い液体を舐め取ると、美味と感じた。アタシもまた、爛れた生活の共犯者だった。 しかしながら、半ば破綻した日常にも、徐々にアタシは慣れていった。日中は大学に行き、帰ったらセンパイを抱く。 時には、求められていない時でも、自分の気紛れで犯すことさえあった。一方的に少女を食い物にする背徳感に、良心が痛みながら、日々は過ぎていった。 このままでいいのか。その疑問は、何度も心の内に浮かび、度々口をついて出た。けれども、センパイは「大丈夫?」という曖昧な答えしか返さなかった。 一月の終わりに後期の期末テストがあったが、それもできないなりに、単位を落とさず切り抜けられた。結局の所、アタシの生活はさして変化は無かった。 アタシはセンパイを手に入れた。ただし、自分が望まない形で。変わったことは、それだけ、それだけだ。 二月の中旬、長い春休みに突入し、帰郷するでもなく、親の脛をかじる怠惰な生活が続く。 そんなある日の夜、アタシはというと、服も着ずに、センパイと布団でまどろんでいた。行為を終えた後の気だるい感覚を引きずりながら、ピロートークの時間に入っていた。 「センパイ」 「ん?」 「このままで、いいんですかね?」 「何で?」 「何かセンパイを一方的に犯してるみたいで」 今まで、幾度と無く口にしてきた問い。今まで、一度として答えの得られなかった問い。 「わたしは、サイネリアに必要としてもらえるだけで、十分?」 「まあ、それは、そうですけど。でも、こんなアタシに飼われるだけの生活で、センパイは満足なんですか?」 「大丈夫?」 そんな言葉を聞きたいわけじゃないのに。 「センパイ、またそうやって、何かはぐらかしていませんか?ネトアできない理由だって……ん」 センパイはアタシの頬にキスをする。 「サイネリアは、わたしのこと、嫌いになった?」 そんなこと言われたら、反論できなくなってしまう。ずるい。 「そんなわけないじゃないですか。けど、何かセンパイ、一人で苦しんでるみたいで。アタシは知りたいだけなんです。力になれることがあればと思って」 「ふふっ、そう」 暗がりに隠れて表情を窺うことはできないが、センパイは微かに笑ったと思う。 「なら、少し、お願いがある?」 「お願いですか」 「わたしが、必要じゃなくなったら、壊して」 「壊す?」 「捨てるぐらいなら、ちゃんと、壊して捨ててよ」 壊す。それって、前にセンパイが見せてくれた歌詞に載っていたことと同じ?あれは、センパイの本心だったのか。 「そんな、センパイを捨てたりしませんよ」 「サイネリア」 「はい」 「わたしだって、この生活が、永遠に続くとは思ってない。いつか終わるなら、サイネリアの手で、わたしを終わらせて」 アタシは返す言葉が見つからなかった。壊す、終わらせる、その意味をわからないほど、自分も子供じゃない。 「お願い」 センパイは、静かに、諭すように言った。有無などあるだろうか。 「はい。けど、捨てるなんてことしませんから。安心してください」 「ありがとう。でもね……」 「何です?」 「わたしはね、人間になんて、生まれたくなかった」 「はい?」 今度は何を言い出すのだろうか。 「猫に生まれればよかったのに。人の都合で生まれ、人の都合で飼われ、いらなくなったら捨てられて、最後は死ぬ。それでよかったのに」 「センパイ……」 人に、人生に、自己に倦んでいるのか。親に捨てられたことが、そこまで自分を否定することにつながるのだろうか。 よしんば、そうだとしても、アタシたちには、ネットがあるじゃないか。
「踊り下手すぎワロタwww」 「俺のほうがもっと上手く歌えるわwww」」 「こんなブサ面晒して恥ずかしくないの?」 それは違う。それは、悪意のある荒らしの嫌がらせで、ネットの総意じゃない。ネットはアタシたちに温かい声援を送ってきたじゃないか。 じゃあ、ずっと、永遠に再生数を稼ぎ続けることができるの? 動画をあげ続ける重圧や、粘着する荒らしに押し潰されて、失踪したネトアは数限りない。 頭の中で、考えないようにしてきた事実が脳裏に沸々と浮かび上がってくる。熱しやすく冷めやすい、敵にすれば恐ろしいが、味方にすると頼りない、 そんなネット住人の声に、自分の存在意義を見出すことは、とてもとても不安なことなのだ。定期的に動画を投下しなければ、すぐに忘れ去られるし、 些細な発言から大炎上することもある。我々、ネトアは、いつ移り気なユーザーに見捨てられやしないか、内心ビクビクしながら活動している。 なら、親に捨てられるという事態が、その恐怖の引き金となったら? だから、センパイは形のあるものが欲しかったのか。どんな形であれ、アタシという、顔の見える、触れることができる、「人間」の傍にいたかったのか。 それは、アタシも同じだったのだろう。センパイにあれほど恋焦がれたのも、手に入れたいと渇望したのも、激しい恐怖から逃れようと思ったからか。 結局、アタシたちは似た者同士だったんだね。 そう考えれば、どう足掻いても傷の舐めあいにしかならない以上、アタシが思い描いたような明るい生活、センパイがネトアとして再び輝く日常は、 得られるはずもなかったことがわかる。ネトアの女王として活躍してほしいなんて、随分無邪気で、そしてとても残酷なことを望んでいたんだ。 センパイは、もう十分すぎるほど傷ついていたから、誰かにすがることしかできなかったのに。そして、代わりに差し出せるモノは自分の体しか残っていなかったんだ。 それでも、死ぬまで傷の舐めあいを続ければいいのかという疑問を消し去ることはできない。 今の糜爛した日常は、アタシの両親の支援無しには成立しない。その援助は一体いつまで続くのか。 このままだと、そう遠くない未来、アタシがセンパイを支えられなくなる時が必ず来る。一つの暗い確信が、明瞭な形を持って心に浮かび上がる。 アタシは、そのうち、センパイを殺してしまう。 センパイはもう眠っていた。アタシは密かに頬へ接吻する。変えなければならないのはセンパイの生活だけではない、 アタシの生活も変えなければならない。行動を起こさなければ、破綻が待っている。だが、どうすればいい。どうすれば。 不安を胸にアタシは眠りについた。
ページ番号をミスってすいません。orz さて、こんな鬱展開を引きずったまま、第四話に進んでしまって申し訳ありません。 ただ、何でこんな展開にしたかというと、原作のサイネリアの性格を考えると、 初期においては、絵理を立ち直らせたいという感情よりは、絵理を自分だけのものにしたいという方向に、 意識が向いてしまっているところがあるんですよね。それに、理想のネットアイドル像を絵理に投影していて、 そのことも、人間不信に陥った絵理にとってかなりの負担になると思います。 だから、彼女一人では、絵理を救うということは、難しいのではないかと考え、このような展開になりました。 原作では、ランクBエンドで二人は助け合う関係になりますが、そこまで行くには、 尾崎玲子という外部の要素が働いて始めて、その段階へ進むことができたと思うのです。 絵理は他者との折衝を覚えて成長し、サイネリアはそれを見て自分の理想とは異なる絵理を受け入れるという 条件が必要だと思います。 ですので、第四話では、尾崎さんにあたる外部の要素が登場します。乞うご期待!
>>109 お久しぶりです(……よね?)。
アイドル活動を完遂し、「次の目標がある」とプロデューサーにすんごい申し出をする貴音、
でも恥ずかしいもんだからついつい血筋とか言い訳しちゃう貴音。
じいやの助言で思いを遂げたもののいきなりプロデューサーの一大事に30分もおろおろ
してた貴音。
プロデューサーに歌を歌ってあげる貴音も、サプライズコンサート仕込まれて新たな思いに
気づく貴音も、プレゼントに感激する貴音も勘違いしてテレッテレの貴音もその折々に応じ
カッコ良く、かわいく、愛らしゅうございました。
貴音の故郷に関する妄想は、僕はこんなもので充分と感じました。ゲームがなまじ壮大な
ぼかし方しちゃってるもんだから、普通サイズのSSでは手に負えないと思っております。
自サイトで連載を続けているある書き手氏がもっっっっっっっっっのすごい描写繰り広げて
いてちょっと憧れたりもするのですがね。
まだ使命とかが邪魔しちゃって恋愛上手とはいかない貴音、堪能いたしました。このままの
後日談で世間知らずのまま事務所のみんながアテられちゃうようなラブラブっぷりに
目覚めるお姫りんも見られたら嬉しーなー(チラッ
>>117 続いてた!嬉しいです。
……ってコレどうすんの(汗
サイネリアがなんだかんだ言って結局けっこう普通の人間だったことが明らかになって
まいりました。人の身では人を救うことはできないのでしょうか。恐らくは絵理の両親と
同じ脅迫に屈した形となっている彼女ですが、ひとつだけアドバンテージがあります。
両親が手放してしまった武器を、彼女はまだ持っているのです。その武器の名は……愛。
サイネリアの『反撃』を、彼女の力で絶望と無気力の檻から絵理を救い出す日を、二人が
影のない笑いを交わせる日を待っています。
予告までつけていただいたと言うことはもうちょっとは続けていただけそう。
お気軽にでかまいませんので、ぜひまたのお越しを。
119 :
118 :2011/02/01(火) 12:03:59 ID:GlpDf29t
移動中に投稿したから気づかなかった ……お姫りんって誰だorz
ごぶさたさまですレシPです。 最早恒例と言うより常態となった筆止まりまくりのなか、季節感ガン無視のお話が 一本できました。 響とあずさで『You're my destiny』、本文6レスお借りします。
それは、ある暖かい春の夜のこと。 いつものようにいぬ美と、人けのない公園で散歩をしていた響の耳に、女性の小さな 叫び声が聞こえた。 「きゃあ、と、とらたん、だめよ、待ってっ」 「ん?なんだ?」 どこかで聞いたことのある声の方を見やると、道の端の植え込みがガサガサと音を 立てている。ぎょっとして硬直した直後、茂みから黒い塊が飛び出してきた。 「おわ!?」 慌てて飛びすさると、その影は響の足元を縫うように走り、いぬ美に突進する。茶色の 毛むくじゃらの塊……犬だ、と判った。 響はこういう場面を以前にも見たことがある。近所の野良犬がいぬ美にケンカを しかけたのだ。今回もそれだと思い、とっさにいぬ美を制しようと引き綱を引いた。 視界の端に飼い主らしき人影を捉え、相手にも迷惑をかけてはいけないと鋭く声を発する。 「いぬ美っ、待て――」 「あら?響ちゃん?」 「――へ?」 ところがその相手が、自分の名を呼んだ。思わずそちらを見ると、そこには、よく 見知ったロングヘアの女性が立ち尽くしていた。 「ええっ?あずさ?」 服装や手に持った道具などを見ると、どうやらここにいる理由は自分と同じようで あるが……。 「なにしてるんだあずさ、こんなトコで」 質問というより確認のため聞いてみた。あずさは困ったような顔で肩をすくめる。 「ちょっと犬の散歩をしていたの。だけれど、急にこの子が走り出して……きゃっ」 視線を犬の方に向け、突然顔を覆う。どうしたのかと響も飼い犬を振り向き……その 光景に仰天した。 「……うわああ?いいい、いぬ美ーっ?」 「と、とらたんっ、だめよ、離れなさい、こら、もうっ」 まことに幸運なことに、二頭は喧嘩をしていなかった。 なにしろ二頭の犬は敵意ではなく……愛を交わしあっていたのである。 「こらいぬ美、ダメだ、その、あの、えと、離れろ!ストップ、ストップっ!」 「とらたんっ!やめなさい、おいたはだめよっ」 巨大ないぬ美と、とらたんと呼ばれた小型犬。自然界ではなかなか見られそうにない カップリングであるが、腰を低く構えるいぬ美にちょこんと乗っかり、爪先立ちで腰を 振るとらたんの様子は、秘め事と言うよりは微笑ましいという表現の方が似合いだった。 飼い主にとってはそれどころではないが。 「あ……あのぉ、響ちゃん」 「は、はいっ」 「ごめんなさいね、うちの子が。手術しているから大丈夫だと思うけれど」 「え、ああ、そっか。つか、これどう見てもいぬ美の方が積極的……だよね、は、はは」 二頭の体格差を見てもポジションを考えても、雌の側にその気がなければ雄犬は 振り払われておしまいだろう。ときおり肩越しに相手を窺ういぬ美も、ファーメイドの ヒップポシェットよろしくその腰にしがみつくとらたんも、互いを気遣っているから こそのマウンティングであるのは間違いない。 「……いぬ美ってさ、こういうの全然なかったからコイビト作らないのかと思ったぞ。 なんか、なんていうか、よかった」 「とらたんもね、家犬だからお友達が少ないの。わたしもうれしいわ」 どうやら「これ」は単なるじゃれ合いということで終わりそうだ。響はほっとした。 時間も遅く人のいない公園、相手も知り合いだ。 とは言え、さすがに二頭のありさまは正視するには恥ずかしすぎた。引き綱を離す わけにもいかず、あずさと二人で赤い顔を見合わせた。 「……こ、こういうのってどのくらい時間かかるの、かな?」 「えー……わたしも、よくわからないわぁ」 ハァハァと息を荒くして取っ組み合いを続ける犬たちを前に二人でなにもできない まま、しどろもどろに会話する。響の家には動物がたくさんいるがどれも一匹ずつで、 こういう場面には巡り会うことがない。あずさはとらたんの引きずってきたロープを 改めて手に巻きつけ、響もいぬ美を逃がさないように手に力を込める。互いに『現場』 には目を向けないように、しどろもどろで世間話を始めてみた。
「あずさも犬と暮らしてたのか、知らなかったぞ」 「あ、普段はいないのよ。実家の犬なの」 「へえ」 「母がね、同窓会の温泉旅行で。父はこういう世話、あまり得意ではないから、 わたしも久しぶりに会いたいって言ったら連れてきてくれて」 東京経由の旅行だったため、母親が一泊する間あずさが犬を預かったのだと言う。 「そっか、じゃあ今夜だけあずさの家にいるのか、この子」 「そうなの。わたしも明日はゆっくりだから、受け渡しがうまく行きそうでよかったわ」 「あずさ、預かる時迷わなかったの?」 「もう、響ちゃんたら。わたしだっていつでもどこでも迷ってるわけじゃないわよ?」 「あ、そか、ごめん」 「……待合室を通り過ぎるときに、とらたんが気づいてくれたから」 「って、迷ってるじゃないかぁ」 足元でとらたんのキュウンという声が聞こえ、二頭が体勢を変えた。 「あら、デートが終わったかしら」 「そ、そうみたいだね」 ようやく見ることの出来る状況となり、響はいぬ美を撫でてやった。いぬ美は とらたんの体を、いとおしげに舐めている。 「ゴメンなあずさ、迷惑かけちゃって」 「いいえ、こちらこそ。それより響ちゃん」 「うん?」 「この後予定、あるかしら。もしよかったら……」 うちに来ない?と彼女が最後まで言い終える前に、響は首をタテに振っていた。 **** 巨大な犬をあずさのマンションへ運び入れるのは冷や汗ものだったが、彼女は響の 言うことをしっかり聞き、一声も発することなくエレベーターに乗り込んでくれた。 他の住人に会わずに済んだのは偶然というより奇跡だと響は思わず天を仰いだ。 「女らしい部屋だなー、あずさんちって」 「ちゃんとしてないと母からお小言が来るのよ、この年になるとね」 「うちなんかジャングルみたいだぞ」 「うちの母に見せるといいわ、その日のうちに見違えるから」 「ホント?」 「あら、響ちゃんが片付けさせられるのよ?」 「うへ」 他愛ない話に応じながら紅茶を入れてくれる。家で紅茶など、響はペットボトル 以外から飲んだことがなかった。 「どうぞ」 「ありがと。ねえあずさ、あずさとゆっくりするのって久しぶりだね」 「そうね、響ちゃん忙しいから」 「あずさだってぜんぜん事務所来ないじゃないか」 響が事務所に来た頃、あずさはしばらく彼女の教育係のようになっていた。先に デビューしていたことやタレントの中で年長者だったことから自然とそうなったので あるが、互いに東京で一人暮らしであったことで、響はあずさに親近感を増すように なっていた。 しばらく世間話を続けたあと、響は聞いてみた。 「あずさは一人暮らし、さびしくないか?」 「うーん」 あずさは少し考えたあと、こう言った。 「楽しいことの方が多いもの。だから、寂しくないわ」 「ふーん」 「響ちゃんは寂しい?」 「んー、自分もいぬ美たちいるし、楽しいかな。でもさ、夜寝る時とか、ときどき 『ああ、一人なんだなあ』って思ったりして」 響の家には夜行性の動物も多く、夜中でも静寂は訪れない。ただ、それがかえって、 風の音や木々のざわめきが漏れ聞こえる実家の夜を思い出させることがある。
「だから、あずさみたいに一人でいる人を見ると、さびしくないのかなって思うんだ」 「……わ、わたしだって好きで一人でいるんじゃありませんっ」 「え?あ!わわ、そういうわけじゃないんだ、ゴメン」 「それは確かに20歳にもなってアイドル始めるとかいろんな人に正気の沙汰じゃない って言われたし、お母さんも運命の人探すならこんなことするよりお見合い写真 見たほうが早いわよって言ってたしお父さんだって披露宴やるなら俺が子会社に 移る前にしろってせっつくし、ぶつぶつ」 「あずさぁ、ゴメンてばー」 事務所ではあまりしない話題だったが、どうやらあずさの痛いところを突いて しまったようだ。響は彼女のテンションを戻すのに苦労させられてしまった。 「くすんくすん、響ちゃんのいじわるー」 「もう勘弁してよー」 「……うふふ、それもそうね」 「えっ」 「響ちゃんがへっこんでるの、珍しいからちょっとからかっちゃった」 知らないうちに彼女の機嫌は直っていた。慌てふためく響が面白く、つい余計に ショックを受けたふりをしていたのだと言う。途中からかつがれていたということに なるが、それを聞いても響は怒る気にはなれなかった。 「ええ?なんだよー、あずさの方がいじわるだ!」 「それじゃおわびに、とっておきのもの出しちゃおっかな」 せめて一矢報いようと口ではふてくされた風を装ったところ、あずさがキッチンへ姿を 消した。しばらくすると、手に持ってきたのは小さな紙箱である。 「ん、なに?それ」 「うふふふ、いいもの」 箱の横には聞いたことのある店名が印刷されている。少し以前、あずさがグルメ番組で 訪れた高級洋菓子店だ。 少しもったいぶってゆっくりと蓋を開くと、指の間から甘い香りが広がった。 「母がお駄賃にって買ってきてくれたの。わたしが前にテレビで紹介したの、観ていて くれたみたいで」 「ふわ、おいしそう!自分も観たぞ、食べてるあずさ、すっごく幸せそうだった!」 「自分ではなかなか買いに行けなかったから、今日はずっとこのことばかり考えてたの。 響ちゃんが来てくれてよかった」 「なんで?あずさが食べちゃえばよかったんじゃ?」 「一人で食べても楽しくないもの。響ちゃんと二人で味わったら、きっと美味しさも 二倍になると思うわよ」 「えへへ、そう言ってくれるんなら嬉しいな。じゃ、遠慮なく頂きますっ」 「ところで響ちゃん、こんな時間だけれど、大丈夫かしら?」 「……コレ目の前に出してからその質問はどうかと思うぞ、あずさ」 二杯目の紅茶と、ひとつずつ二種類のケーキ。ちょっとふざけて『あーん』として みたら、あずさは笑いながらタルトを口に運んでくれた。 「んふ、おいし」 「響ちゃん響ちゃん」 「なに?」 「わたしには?」 ますます楽しそうにまあるく口を開くあずさに、苦笑しながら手元のガトーショコラを フォークに刺して差し出した。 ティーカップとケーキ皿を二人で洗い、リビングに戻って響は気づいた。ドアの脇で 控えていたいぬ美が、胸元にとらたんを抱え込んで眠ってしまっている。 「ありゃ、図々しいなあもう、こらいぬ美──」 「あ、待って響ちゃん」 「──え」 後から来たあずさに止められて振り返る。あずさはそっと首を横に振り、人差し指を 口元に持って行く。寝かせておいてあげよう、という合図。 「でも」 「ご近所さん同士じゃない。一晩くらいお預かりするわ」
「あずさがメーワクだろ?」 「平気よ、いぬ美ちゃんもおとなしくしてるいし。せっかく運命のひとと出会えたん だから、一緒にいさせてあげましょう?」 運命のひと、とあずさは言った。いつだったか、響も聞いたことがある。あずさは、 運命の人と出会うためにアイドルを目指したのだそうだ。 「運命のひとか……っつか、イヌだけどな」 「あら、そうだったわね」 「あずさは、いぬ美ととらたんが運命の相手同士だって思うのか?」 「どうかしら。わたしにはわからないけれど」 響が聞いてみると、あずさは困ったように笑った。 「わからないけれど、でも、さっきは二匹とも『そうだ』って思ったに違いないわ」 「まあ、あのはしゃぎっぷりは、たしかに」 「とらたんは明日には帰ってしまうし、それならせめて今夜は、二匹を一緒に居させて あげたいな、って、そう思ったの」 ほとんど見ていられなかったが、普段はあそこまで熱を持たないいぬ美の行動。いま 寄り添って眠る二頭の様子。自分にはまだ経験のない感情であるが、誰かと好き同士に なれたら、きっと1秒たりとも離れたくないと思うだろう。 「……そっか。そうだな」 「だから、心配しないで。わたしは午後まで家にいるし、いぬ美ちゃんはそれまでに 引き取りに来てくれればいいから」 「それじゃ、お願いする。自分も明日はゆっくりなんだ」 「とらたんと一緒でよければごはんも余分にあるから、響ちゃんも心配しないでね」 「ん……と」 と、そこまで会話して、響はふと考えた。 運命の人。 「ねえ、あずさ?」 「なあに?響ちゃん」 「……あの……自分も」 「はい?」 「自分も、あずさんち……泊まっていいか?」 困った顔をするかも、と思ったが、そんなことはなかった。さっき響がしたように あずさは、響の言葉を最後まで待たずに大きくうなずいてみせた。 **** 一人ずつバスルームを使い、パジャマ代わりにあずさのTシャツを借りた。時間は 遅かったが翌朝に余裕のあるもの同士、とりとめのない話をした。 「あずさは、運命の人って一人しかいないって思う?」 「どうかしらねえ」 そんな話のきっかけは、ずっとつけっ放しにしていたテレビから流れてきた深夜の リバイバル映画だった。既婚者の主人公が浮気相手に本気になり、君こそ運命の人だ、 と叫んで番組はCMに変わった。 「運命の人って、いつ現れるかわからないわけじゃない。そのときにもう結婚してたら、 困っちゃうよね」 「うーん……でも」 「でも?」 「運命の人なら、そんなことないんじゃないかしら」 「えっ?」 響が聞き返すと、あずさは少し考えながら、こう続けた。 「わたしも今はいないから想像で言うだけだけれど、運命っていうのは、『もうこれしか ない』っていう感じになるから運命なんじゃないかって思うの。たとえば、恋人がいない からこそ出会えるとか、結婚していた人なら離婚や、死別したあとで巡り会うのだったり」 「ふーん」 「いぬ美ちゃんも、これまで恋人、いなかったのよね?とらたんもそうだったわ」 「あ、そか、うん」 「今の映画みたいに、事情はどうあれ結婚していた人の前に現れるくらいなら……それでも なお、きっとみんなを幸せにしてくれるって、わたしは思うわ」
「どうやってさ」 「うーん……奥さんの方にも『運命の人』が現れるとか、どうかしら」 「都合よすぎだよー、あずさ」 「でもね、そんなのこそ運命だって思わない?」 響を見つめる瞳はにこやかで、それでいて強い確信を秘めていた。なにか冗談を 言っているのではなく、あずさは運命をそう受け止めているのだと判った。 「みんなを幸せに、かー。そんなにうまいこと行くもんかな」 「恋人や結婚に限らなくて、みんな幸せになりたくて生きているわけでしょう? なら、運命の人がそれをねじ曲げるはず、ないと思うわ」 「それはそうかもだけど」 「わたしはみんなとは少し違う目的でアイドルになったけれど、こうしてずっと活動して きて、アイドルになれてよかったって感じているわ。ファンのみんなも私の歌で元気に なってくれたり、 わたしのステージで生きがいを持ってくれたりしている。死ぬまで、 なんておこがましいことは言わないにしても、ファンのみんなのためにも、わたし自身の ためにも、なるべくアイドルを続けていきたいって今は思っているのよ。だから今、 わたしに運命の人が現れるとしたら、その人は『アイドルなんかやめてくれ』とは 言わないと思うの」 「自分のコイビトがファンの男の子に手を振ったり、水着写真集出したりしてもヘーキ だってこと?」 「たとえばそういう事情をわかってくれる相手だったり。そうね、例えば、その…… ぷ、プロデューサーさん、やってる人、とか」 「ああ、業界人か、そんならそうかも」 「だからね、響ちゃん」 言葉に熱が入ったのか、少し顔を赤らめながらあずさは、なお頭をひねる響にこう 言った。 「そんなふうにうまくいくから、運命なんじゃないかしら」 ぐうの音も出ない響にあずさは、もう遅いし寝ようと誘い、話を終わらせた。 あずさのクイーンサイズのベッドは寝床というよりまるで布とクッションの海で、 二人どころかいぬ美たちさえ一緒に眠れそうだった。そうそうに安らかな寝息を 立て始めたあずさのすぐ隣で、響はしかし寝付けずにいた。 ……運命の人。 あずさはそれを信じているようだし、さっきの映画の主人公も――言わば、 あずさの予想通り――妻の方にも恋人が現れて双方大団円を迎えた。本当に 『運命の人』は、周囲をすべて幸せにするパワーを持っているのだろうか。 しばらく考えていて響は、だんだんばかばかしくなってきた。運命の人か どうかなんて、周囲にはわからないではないか。映画のように目と目が合った瞬間 背景がホワイトアウトし、壮大なテーマソングをバックに映像がスローモーションに なるわけではない。漫画のように左右ぶち抜きの大きなコマで描かれるわけでも ないし、小説のようにモノローグが『──ひと目で、わかった。』などと記される わけでもないのだ。 ただ、その本人同士は、きっとそうなるのだろう。だからこそ映画の主人公は それを感じたし、いぬ美も駆けてくるとらたんにそれを確信したのだ。結局のところ、 それは自分で感じなければわからないものなのだろう。 「……ひょっとして、あの人も……」 隣の寝息を妨げぬようにごく小さな声で、そっとつぶやいてみる。言葉にして みても、やはりピンとこない。実際に会わなければ感じないのだろうか。 もそりと体を回転させ、枕代わりのクッションを抱いて腹這いになる。 「いぬ美ー。お前、とらたんを一目見て、そうだって思ったのかぁ……?」 この位置からはリビングの巨体は見えないが、きっと今も2匹なかよく寄り添って いるであろう姿を想像しているうちに、彼女のまぶたは次第に重くなっていった。 響は夢で、母親に会った。 二人は故郷の自宅で、なにか楽しい話をしているようだった。音声がないので 内容はわからないが、響が喋り笑ってみせると、母親もにこにこと微笑みながら応える。 もともと陽気な母だが、このように女らしく笑う顔を、響は見たことがない。 彼女の母は南国育ちということもあったのだろう、言ってみれば豪気な女傑で、 女らしさとは無縁の人柄だった。兄が大黒柱となってからはずいぶん変わったが、 それでもあずさのように『うふふ』などとは笑わない。 その母が、穏やかに笑っているのだ。
響は夢の中で、母の楽しげな雰囲気に心当たりがあるのに気づいた。 しかし、それがいつ、どこでのことなのかを思い出す頃には、響自身もそのまま 深い眠りの底へと降りていってしまっていた。 **** 翌朝、響は早朝から目を覚ました。もともと寝覚めはいい方だが、オフや仕事が 遅い日は自宅でならけっこうな時間まで布団の中で過ごしている。この日は非常に 幸せそうな寝息をたてているあずさを起こさないようにベッドを抜け出し、それに 気づいたいぬ美が吠えそうになるのを素早く制し、二頭の犬に餌をやり、続いて 冷蔵庫を物色して自分たちの朝食を作った。フレンチトーストができあがる頃には その香りであずさが起きて来て、二人で紅茶とサラダを用意した。 「ほんとにもう帰っちゃうの?ゆっくりしていけばいいのに」 食事を終えていとまを告げると、あずさは残念そうに引き止めた。 「ごめんねあずさ。ウチで待ってるんだよね、朝の散歩の順番を楽しみにしてるのが」 「そうだったわね、響ちゃんちにはお友達がたくさんいるものね。急に泊めちゃったり してごめんなさいね」 「ううん、すっごく楽しかったぞ!それに、あずさのおかげで思い出したことも あったんだ」 二人で話しながら、二頭の犬を連れてマンションの玄関まで降りる。あずさが 謝ると彼女は両手をぶんぶんと振って言った。実際響にとっては、こういう成り行き でもなければなかなか友人宅へ泊まるなどということもないのだ。 「思い出したこと?」 「あ、うん、こっちの話。じゃ、帰るね」 「ええ、また事務所で」 「……それから、あずさ」 響は歩きだそうとして、足を止めて言った。 とらたんの顔をなめているいぬ美にリードを引き留められたのだ。 「とらたんがまた遊びに来ることがあったら、いぬ美、連れてきてもいいかな?」 「もちろん。真っ先に響ちゃんに知らせるわね」 会話の内容がわかったのか、名残惜しげながらも歩き出すいぬ美を伴って、響は あずさと別れた。 「さてと」 角を曲がってあずさのマンションが見えなくなった頃、響はポケットを探り、 携帯電話を取り出した。ボタンを確認もせず操作し、電話をかける。 ……運命の人。 「あ、もしもし?自分。響さー」 それは、相手も周囲の人も、みんなを幸せにするという。そんなうまい話が あるのだろうか。 「うん、うん、元気でやってる。そっちは?」 あずさは言った。『そんなふうにうまくいくから、運命なんじゃないかしら』、と。 「そっか、よかった。……あのね母さん、自分、来月あたり顔見せに帰れそう なんだけど」 ならばその運命は話もせずに切って捨ててしまうものではなく……せめてそれが どういうものか、見定めてみてもいいのではないか。 「うん、二、三日かな。だからね」 ──『今度帰ることがあったらね、響に紹介したい人……いるんだけどね』 母の穏やかな、初めて聞くはにかんだ笑い声は、その時のものだった。 「その時に、こないだ話してた人……会ってみたいな、自分」 先日、ぶっきらぼうに電話を切った時のような不機嫌な声ではなく……。 今回は、響は心から期待と祝福をこめて、そう母に告げることができた。 おわり
以上です。お目通しいただければ幸いです。
夏に絵師さんが「あずひびないか」みたいなことを呟いていた時に、犬という共通点
を見つけてインスピレーションを得たのですがもう半年かorz
もともとは単に「いぬ美ととらたんがキャンキャンワフワフしてあずひびが恥ずかし
がる話」だけだったのですが、いつものように物足りなくなりまして後半が加わった
といった流れです。
響のコミュの選択肢の中に、「父さんは自分の小さい頃に……」というのがあるん
ですね、もうご存知の方多いでしょうが(つかネタバレじゃんか)。
具体的にどうなったとは明かされていないのですが、この部分に関わる我那覇家の
風景を想像してみました。
そして前作『親友』ご感想いつもいつも感謝しております。
>>58 雪歩視点を思わせる書き筋は若干ハンドリングを誤ったきらいがありますが(汗)
なかば故意でした。ですます形の大家である寓話Pが、冒頭で主人公を明かさない
パターンをいくつかなさっているのでリスペクトしてみたのです。
……えっと、慣れないことをするもんじゃない、と。
かずちゃんのキャラクター描写がないのは、こちらは完全に意識的です。ゲーム上に
登場しない割に雪歩ファンには有名なキャラなので、この場合はビジュアルを排除して
読む人それぞれの心の中のかずちゃんに動いてもらう方がよかろうと考えました。
>>59 百合歩って呼び名もあるくらいの子だからなのか、僕の中の雪歩はむしろノンケ風味が
強いです。真の方が雪歩を好きになる話も書いたりしたくらいで。
雪歩とかずちゃんには何十年たってもこんな関係でいて欲しいなあと思う次第。
ちなみにレシん中のかずちゃんはあんまり背が高くなくて肩くらいまでの髪をポニテに
した体育会系少女でございます。たぶんテニスかラクロス部(〃▽〃)
ではまた。ありがとうございました。
聞きたいことがあるのだけどいいかな アイマスのSSスレのwiki借りて、SSをまとめる所を作ろうと 思ってるんだけど作った方がいい? 直接wikiに載せることでも続きが早く載せることもできると思うし
>>128 個人的意見です。
過去作品も読みたいし、まとめてもらえるのならお願いしたいですが、
自身のサイトを持っている方も結構いらっしゃるので少し他の方の意見も聞いてからの方が良いかと。
それから、その文面を読む限り既存のアイマスwikiにこの板の作品を追加するということでよろしいのでしょうか?
あ、すまない。 文章おかしかった。 アイマスSSスレを載せるためのwikiを借りてくるんだ。 新しくwikiを作るつもりです。 すぐには立ち上げませんので、サイト持ちの作者さんの意見も 聞きながら検討していくつもりです
自保管庫も持ってる書き手ですが賛成。
アイドルマスターエロパロ・百合SSまとめサイト
http://wiki.livedoor.jp/yadoran17/d/ が思い浮かんだんだけど、あんな感じ?
以前はちょっと違う考えを持っていましたが、今はスレ保管庫を作るのもいい考えだと
思っとります。理由はいくつかありますが、現状アイマスSSというマーケットが縮小傾向
……というより個人の企画サイトやピクシブ小説などで分散傾向にあることや、アニメや
アイマス2からの新規参入者があるかもしれないこと、が大きいです(サイトやピク等は
ポータルサイトを企画してくれてる人がいます)。個人的には「無印と2を分け隔てなく
語れる場」を2ちゃんねる上のどこかに残しておきたいのでこのスレにはなんとか存続を
頑張って欲しいという思いもありまして、そのためにもキャラスレSSとは一味違う切り口の
創発スレをアピールできる場を少し増やしたいかなと。
なので、
>>128 さんがやってみたいとおっしゃるならぜひ頑張っていただきたい。
念のため言っておくと、上記のエロパロ・百合保管庫は複数の協力者がいて現状を
維持しているけれど、そうなるまで半年だか収録作品もぽつぽつでがらんどうのままの
wikiだった。おどかすつもりはないし、いざスタートしたら協力もするつもりだけれど、
走り出しは管理人さんのお力が大事ですよ。
お寒うございますレシPです。ちょうどアイマス絡みの新譜も発売されましたが 皆様心穏やかに過ごしておられるでしょうか。 さて、保管庫談義の最中で申し訳ありませんがまた書き上がりましたので投下します。 今回の書き出しは2010年12月。2ヶ月か、早い早い。 響で『ハミングライフ』、本文3レスで参ります。
夕方4時。 俺はいつものように、細く開けてある窓からベランダに出た。 檻はどうしたって?鳥や犬猫が開けられる程度のもの、俺ができない筈がなかろう? 下の段に前足をかけて、歯で持ち上げて下に隙間を作る。隙間にもう一方の前足を 差し入れて、広がったら今度は鼻面を突っ込む。そして首の力を頼りに格子を持ち 上げれば完成だ。以前に檻が落ちたとき針金がゆがんで、ちょっとしたコツで入口が 開けっ放しにできる。俺が檻を出入りできると彼女に知れたらコトなので、彼女が 戻るまでには必ず檻の中に帰ることにしているのだ。……え?俺は誰だって? 俺の名はハム蔵。我那覇ハム蔵、あるじの響に飼われているハムスターだ。 今日は昼まではいい陽気だったが、さっき突然夕立が始まった。あるじの響は今朝 たまっていた洗濯物を一気に干して出て行っており、これは少々残念なことになり そうだ。俺の力ではどうしようもないことであるし、横風でも吹いて洗濯物に雨が 当たらないことを祈っておくとしよう。 窓があけてあるのは俺ではなく、同居している他の連中が散歩に出られるように との響の配慮だった。山のような体を持ついぬ美やブタ太はともかく、ねこ吉や へび香は好き勝手に家を出入りしているのだ。もっともヘビ香のほうは先日近所の 住人に発見されてちょっとしたパニックになったので、現在は謹慎中である。 肉食の二匹は妙に気が合うようで『ずっと家の中にいるなんて滅入っちゃう。たまには 狩りもしたいわ』『そうだろうとも、狩りはいいよ』『丸々と太ったネズミに牙を立てる 瞬間とかね』『ああ、ネズミはいいねえ』などと俺をちらちら見ながら話をするので、 こちらは生きた心地がしなかった。普段は友達づきあいのできる気のいい連中だが、 欲求不満の時と月の照る晩は理性が吹っ飛ぶので注意が必要なのだ。 今はへび香はケージの中で昼寝、ねこ吉は朝から出かけていて姿が見えない。 今日の猫集会は廃工場の中庭と聞いているので、雨が当たらない場所で俺には理解 できない話に花を咲かせているのだろう。いずれにせよこういうときは俺も安心して 外の空気を吸うことができる。 ここにきて、もう1年になる。1年前の今頃、捨てられていた俺を響が拾ってくれたのだ。 『おー、ハムスターだ』 あの時の響の言葉は、今でも憶えている。 『どうしたんだ、捨て子なのか?そっか、かわいそうになー』 不心得な前の飼い主が、生まれた子鼠を手に負えないと考えたらしい。箱に入れて 河川敷に置いておかれたのだが、突風が吹いて俺以外の兄弟たちは姿が見えなく なってしまった。一匹きりになってどうしようか思案に暮れていたところ、大荷物を 抱えた響が駆け寄ってきたのだ。 『きみ一人だけか?まだちっちゃいな。ねえきみ、自分のとこ、くるか?』 俺を抱き上げてそう訊ねた時には彼女の心は決まっていたのだろう。そもそも 子鼠だった俺には拒否権などないし、常識で考えて人間と動物は意思を交わし 得ない。響は俺を抱き上げると、そのまま荷物を抱えて歩き始めた。 『自分、我那覇響。ちょうどこっちに越してきたところでさ、きみ一人なら一緒に 暮らせるぞ』 こちらも食い扶持が与えられるのは助かる。ここは温情にすがろうとそのまま ついてきたのがこの部屋で、一目見た瞬間ここはノアの箱舟かと我が目を疑った。 きみ一人なら、という言葉はすなわち、ハムスターの一匹くらい増えたところで 大差ないという意味だったようだ。 『ようこそ、ハム蔵。きみにみんなを紹介するぞ』
家に着く頃にはもう俺に名前がついていた。仲間を紹介され、この娘のネーミング センスというものが非常にシンプルにできているのがわかった。友達同士だったら 捕食者と被捕食者を同居させても大丈夫だ、という思考回路のシンプルさ加減も 冷や汗と共に思い知った……幸い、仲間は(少なくとも理性的でいる間は)この 能天気な飼い主を悲しませることだけはすまいとおのおの心に決めているようで、 ジャングルと大差ない緊迫感はあるものの寝る場所と食い物に困らない、という 奇妙な共同生活を、その日から俺は満喫することとなった。 あるじの響は、アイドル歌手だ。物知りのオウ助が教えてくれたのだが、人間の 世界でも相当有名な仕事なのだそうだ。夜になって帰ってきてから時々、部屋の ビデオで自分の番組をチェックするのを眺めることがあるが、部屋の中央に座り 込むあるじが黒い箱の中で歌い踊っているのはなんとも妙である。 人間は金がないと生きてゆけず、それは俺たちの餌代にも繋がるもので、響は その金を得るためにあの小さな箱の中でも踊っているのだとオウ助に聞き、少し 切なくなったのを覚えている。 なにしろ響は、俺たちと共に居たいが為に、俺たちから離れて仕事をしていると 言うのだ。俺たちを自由にさせてくれるのなら自分の食事くらい調達できるし、 大型獣のいぬ美たちなら響の分だって狩って来られるだろうのに……と。 まあ、そういう問題ではなかったのだということは今では了解していて、とうに 無謀な考えは捨てた。この世界の人間が、飼い主と同行していない動物に ああも無慈悲だとは知らなかったのだ。 幸い、響自身も自分が手がけている仕事を楽しんでいるようで、決してつらい 思いをしているのではないとも理解した。人間には人間なりのルールがあり、 彼らはそれに従って生きている。我々がそれぞれ自然界のルールに属して いるのと同じことなのだ。 響と暮らしているうちに、なんとなく気付いたことがあった。我々ペットの立ち居 振る舞いは、あるじに種々の影響を及ぼしているようだと。 ねこ吉がいぬ美とひどい喧嘩をしたことがあった。響は体全部を使って二匹の 諍いを止めたのだが、その直後のオーディションでは仕事を得る機会を失して しまったと後になって聞いた。 人間は自分の生まれた日を大切にしているのだが、そう教えられたその日に オウ助とヘビ香が協力して野の花をひと抱えも採ってきた時は、オウ助による たどたどしい人間語での祝辞に涙ぐんで喜んでくれた。 ブタ太の具合が悪かったときは夜通し看病してくれたし(彼はその食い意地を 悔い改めるべきだ)、彼女が郷里に置いてきた鶏に新しい家族が出来たという ニュースからしばらくは、毎日のように仕事の朗報を聞かされたし我々の餌も 少しだけ豪勢になった。 世間一般でも愛玩動物とされている犬猫はともかく、家畜や飼育に許可の要る 猛獣まで自室に引き入れるあるじの心が時々解らず、俺のような矮小な存在が 彼女に何の足しがあるのかと自問したこともある。 だが、それに気付いてからは、考え方を改めることができた。 響の思い描く幸せの形とは、俺が考えていたことなどよりもっと単純で、もっと 身近な、なんでもないことなのだと解ったからだ。 その日に打ち込める仕事があって。 翌日の生活の心配が要らなくて。 毎日笑って、たまには泣いて。 仕事場に仲間が、郷里に家族が、そしてここに俺たちがいて、みなでそれぞれの 日々をハミングしてゆける生活が、響の考える至福なのだ。 俺にできることは少ない。だが、そのことで響を癒すことはでき得ると信じて いる。たまには羽目を外しもするが、俺の生涯は響とともにあると言っていい。
「ただいま、みんなー!いい子にしてたか?」 檻に戻り、格子戸を下ろすと同時にあるじがドアを開け、元気な声を出した。 「いぬ美、あとで散歩行こうな。へび香はずっと寝てたのか?仕方ないな。おっと オウ助待て騒ぐな、今ごはん用意するからストップ!おーシマ男、今日はクルミ もらってきたぞ!モモ次郎はウオーミングアップか?散歩もいいけど人に見つかる なよー。うさ江、ごはんのあとでベッド新しくしてやるぞ。ねこ吉は、あれ? また帰ってないな、まったくもう。……おっ」 帰宅すると必ず仲間に一言ずつ声をかけるのも、あるじの習慣だ。ターコイズ ブルーの瞳がこちらを向き、にんまりと細まった。 「ただいま、ハム蔵!」 人間の言葉が喋れる訳でもなく気の利いた芸の持ち合わせもない俺は、せめて 俺が元気であることを伝えるべく、跳ね車を力いっぱい回してみせる。カラカラと 小さく軽く小気味良い音が部屋を満たし、彼女の帰着を讃える拍手か音楽のようだ。 「今日も楽しそうだな、ハム蔵!今ごはん用意してやるからな!」 それに応えるかのように右手を挙げ、玄関先に荷物を置いたままでキッチンへ 走り去る後ろ姿を見やり、俺は感慨にふけった。 どんな言葉より、どんな優しさより、その笑顔にかなうものなどない。 どんな痛みより、どんな悲しみより、その涙ほど切ないものはない。 だから俺はこのあるじに体一杯なついてやり、心を尽くして楽しませてやり、 生涯をかけて癒やしてやりたいと、そう願ってやまないのだ。 ……と。 我々の餌を用意し終え、いつもなら自分の食事を作り始める筈のあるじが、 違う動きをしている。じっと見てみると普段の服の上から別の服を当てたり、 鏡の前でくるりと回転したりしている。こちらの部屋と服を置いている隣室を パタパタと行き来しながらポーズをとるさまはさながらファッションショーだ。 「……ん?ハム蔵、どう?どっちが似合う?」 跳ね車が止まっているのに気づいて振り返り、手に持った二着を俺に掲げて みせる。 「明日はプロデューサーとミニライブの現場打ち合わせなんだけど、場所が 遊園地なんだ!夕方ちょっと時間あるから、遊んでいってもいいんだって!」 なるほど、デート気分というわけか。 「うー、でもどうしよ、一応仕事で行くんだしあんまりチャラチャラしたカッコじゃ だめだよね、でもせっかく遊べるんだし、ちょっとくらいはかわいい服着たいし……」 響は、どうも現在の仕事のパートナーを憎からず思っているようだ。次から 次へと服を出しては合わせてみ、俺だけでなく他の動物たちにまで意見を聞いて いるがもちろん的確な回答があるはずもない。もともと考え事をするときの癖で あるし、放っておけばよかろう。 なにしろ響が楽しそうなのだ。 俺には、それだけで充分なのだから。 「うぎゃー、いっぱい出しすぎてわかんなくなってきたしおなかすいてきたしーっ!」 一人で熱を上げるあるじを横目に、俺はまた跳ね車に乗り込んだ。 彼女の楽しみの時間に、珠玉のBGMでも奏でてやろうと思いながら。 「うー、でももう一着だけ出してみようかな、こないだ買ったヤツ!よいしょ」 ……しかし響よ。 いくら最短距離だからといって、そんな短いスカートのままで俺の檻をまたいで 行くのはよすんだ。 俺だって、一匹のオスになることもあるんだぜ? おしまい。
以上です。よろしければご覧いただきたく。 てなことで響SSと言うよりハム蔵SSです。しかも、とっとこ行くような子や おるちゅばんする子とは一線を画した硬派なキャラづけを施すこととなり、 書いてるこっちが「……なぜこんなことに」と首を捻りつつの完成でございました。 お話の流れはレシ的おなじみコブクロの『HUMMING LIFE』を借用して おります。実話か創作かカノジョんちに転がり込んでそれでも夢をあきらめない ギタリストの煩悶を歌うものでして、クライマックスのタハハ感たらもう。閑話休題。 きっと響は、家に帰るとみんなに声かけてると思うんですよね。それから みんなのごはん作って、その後自分の分で。でも途中でお腹空いちゃって ヒマワリの種とか摘んじゃうとハムが家出するとこーいう寸法。 ではまた。
<おまけ>連投規制情報 以前の創発スレは1レス投稿すると30秒だか書き込めませんでしたが、 どうも2ch全体にLevelという規制をかけられたらしいです。 さきほど投稿途中で ERROR:修行が足りません(Lv=1)。しばらくたってから投稿してください。(48 sec) っていうエラーがでて「修行ってなんやねんムキーッ!」ってなりました。 うん、足りませんね修行。 投稿中に試したところ、「現在のこのスレでは」Lv1だと120秒経過しないと 連続投稿できないようです。 ってメーワクだよ! 長編準備してんのに! ……次回はデカい奴行きます。ほぼ完成したので推敲後投入予定。 乞うご期待とは言いませんが、「またお前か」くらいに思ってくださいまし。
>>120 >>132 レシP、響SS投下乙です。
自分もイヌ美やハム蔵になりたいと思わせる作品でした。ご馳走様です。
次の長編も期待してます。ゆっくり書いていってね!
>>132 投下乙でした。ハム蔵が男前過ぎて何故かさいとうたかを作画っぽいのが頭にが浮かんできた。
んで話は逸れるんですが、響の飼ってる動物たちってのは当然人間より寿命が短いわけで、
『その時』が来たら果たして響はどんな行動をとるだろうか。なんてのも少しばかり考えてみたり。
こんにちわ。またまた参りましたレシPです。他の書き手さんどころか感想もつかないとか
「……ひょっとして空気読めってことか?」とほんのり涙目ですがまだ心までは折れずに
いたところついに感想が!
>>138 >>139 ありがとうッ!そのレスだけで当分生きていけます。
さてアイマス2発売が目前に迫りましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。僕はとりあえず
「買ってから考える」!ことにしております。予約はしてないけど。
というところで、先に言ってたでっかいヤツ、投下します。まずは一言。
★★★★★ CAUTION! アイマス2ネタです! ★★★★★
いいですね?注意書き、しましたよ?では改めて。
・タイトル『4人のシンデレラ』、NG登録はこちらでどうぞ。
・アイマス2の世界観、竜宮小町のSSです。
・本文25レス、総容量100KB。
・作者レシPはアイマス2について評価を保留しております。
なお発売前妄想がベースですので、先日リリースされたCDのドラマともさっそく齟齬が
出ております(後ほど解説をorz)。こんなことならCD前に完成させとくんだった。
では始めます。
一応、複数の書き込みルートを確保した上でこのレスを書いておりますが、現在いろいろな
規制が出ておりますので中断したら失礼。
<律子> 「はーい、リハーサルご苦労様」 フロアディレクターの合図を待って、私は3人に駆け寄った。沸き立つ心を、早く みんなに伝えたくて。 「最高だったわ、3人とも!あずささん、伊織、亜美、みんなバッチリ噛み合ってた」 「お疲れさまです、プロデューサーさん」 ゆっくり呼吸を整えながら、あずささんがこちらに微笑む。私が感じたとおり、 当人も満足のいくリハーサルだったようだ。 「キメのショット、女の私でも息が止まりそうでしたよ。日が短かったのにさすがの 吸収力ですね」 「姉ちゃん姉ちゃん、亜美も褒めて褒めて」 舞台の反対端から駆け寄ってきた亜美も、興奮で頬を赤らめている。普段は大概の ことをジョークにしてしまう彼女も、今日が何か違うと感じたようだ。 「いいわよ?いつもならリハの時はひとつふたつ嘘ステップ入れるのに、今日は 覚えた通りにやってたわね、偉かったわよ」 「うえ?バレてた?」 「律子さんを甘く見ないの。今まではそういうのも許容範囲だったけど、今日の 番組はちょっと勝手が違うのよ」 「ちょっとプロデューサー」 小さく舌を出す亜美の後ろからご登壇は伊織だ。 「どうしたのよ伊織」 「どうしたのじゃないでしょ、リハーサル褒めてどうするのよ。この後本番なんだから、 その詰めを指示するのがプロデューサーの役目でしょう?」 いささかご機嫌が傾いているのは、普段ならリーダーの伊織に、最初にひと褒め しているからだ。でも、これは作戦のうち。 「もちろんよ。でも、その前にどうしても伊織にお礼が言いたくて」 「お……礼?」 「昨日のオーディションの勝利も、今のリハーサルのコンダクションも、3人の息が ぴったり合っていたのは伊織のおかげだわ。今夜の収録だけは絶対に成功させたいの。 その足がかりを作ってくれた伊織にだけは、本番前にちゃんと感謝しておきたかった」 一気にまくしたてたおかげで、こちらも息が上がったけれど伊織もいささかならず 鼻白んでいる。呼吸を整えつつ、駄目押しの一言。 「あんたがいてくれてよかったわ、伊織」 「……っべ、べ、別にっ」 正面から瞳の奥を見つめると、一瞬で表情が沸騰した。タイミングはともかく 彼女に感謝したかったのは本当で、伊織はそれを見抜けるし事実こうしてわかって くれた。 「別にあんたのためにやってるんじゃないんだからねっ!私は一刻も早くトップ アイドルに上り詰めたいだけなんだからぁ!」 「わかってるわよ」 「ソロで売れるようになったら竜宮小町だろうがあんただろうがいつだって切り捨てて やるんだからねっ!今は利害が一致してるから一緒にやってるだけなんだって、 ちゃんと覚えておきなさいっ」 照れ隠しなのは知っている。そして、このパターンが出るときは伊織の機嫌が 相当いいのだ、ということも。 「ええー?いおりん亜美たちと一緒にアイドル続けてくれないのぉ?」 「あらあらぁ、そんなのわたし、寂しいな」 「あ、あんたたち聞いてたのっ?」
両脇の二人も承知していて、むしろ伊織にすり寄るように立ち位置を固める。 身長のあまり高くない伊織はこのポジションに押し込まれるのが癪に触るらしく、 あずささんと亜美は何かというとこの『包囲網』を敷くのだ。 「ねえいおりーん、いおりんは亜美のことがキライになったの?」 「わたしたち3人、トップの座を射止めるまでずっと一緒だって約束したわよね? 伊織ちゃん」 「べ、別に今すぐ解散するなんて言ってないでしょ!私だってまだまだ修行が足り ないし、晴れてトップアイドルになったらって意味よ」 「ホント?じゃあ亜美たち、まだいおりんと一緒にいてもいいの?」 「もちろんよ」 「わたしたちといるのが嫌になった訳じゃないのね?」 「当たり前じゃない」 そしてこの包囲網の最後は、必ずこういう形で終わる。すなわち。 「いおりん!」 「伊織ちゃん!」 「キャーっ!」 ……両側から、全体重を乗せた熱烈なハグだ。しばらくもみくちゃにされる伊織を 見物し、頃合で助け舟を出す。 「はいはいあんたたち、そのくらいにしておいてね。体力は本番で使ってちょうだい」 ぱんぱんと手を叩き、舞台の下からそう告げた。タイミングを心得ているあずささんが すっと身を引き、亜美の後ろに回って伊織からやさしく引き離す。 「ごめんなさいねプロデューサーさん。ついはしゃいでしまって。亜美ちゃんも、ほら」 「はぁい。メンチャイいおりん」 「まったくよ!髪が乱れちゃったじゃない」 そうは言っても、おもてづらほど内心は怒っていないのが見て取れる。伊織もこう 見えて、女の子同士ではしゃぐのは嫌いではない。 「収録開始まで50分あるわ。出番はもっとあとだし、少しゆっくりできるわね」 「メイク直してたら大して残りゃしないわよ」 「まあまあ、控え室に戻りましょ」 ぶつぶつ言いながらもすたすたと歩き出す伊織、疲れのかけらも見せずスタジオの ドアへ駆けて行く亜美、にこにこ笑いながら私と並んで、二人の後をついて行くあずささん。 これが765プロダクションのチーム秋月、ユニット名『竜宮小町』のメンバーだった。 **** この仕事で、ユニット結成後初めて個室の控え室を与えられた。前に歌番組に出た ときは10組もタレントがひしめく大部屋だったのだから、番組方針であるにしても 大した躍進と言える。なるべく個室を割り振るというのがここの番組プロデューサーの やり方だが、それでもそうはならない歌い手もたくさんいるのだ。 「ねえ、ちょっと聞いて欲しいんだけど」 3人が落ち着いた頃合で、システム手帳を開いた。 「どうしたの?プロデューサー」 「来週なんだけど、ドラマのオーディション、受けてみない?」 竜宮小町の活動は、私が営業活動をしてとってきた『アイドル歌手としての仕事』 には文句を言わない代わり、それ以外のバラエティ、ドラマなどのオファーや オーディション情報はみんなで話し合って結論を出すことにしている。まだまだ高い とは言えないランキングではわがままを言っている余裕などないけれど、せめて4人で 納得して仕事に打ち込もう、と結成当初に決めた約束ごとだ。 「ドラマ?」 「深夜だけど全国放送よ。しかも、ヒロイン役」 「マジ?姉ちゃんぐっじょぶ!」
「オファーじゃなくてオーディションだってば。亜美に合う役回りもあるけど、 自力で取ってこなきゃダメなのよ」 「あっそか」 「お芝居ですか……うまくできるかしら」 それぞれ反応は違うが、おおむね興味はあるようだ。ドラマの仕事は何本か 受けたことがあるがいずれもチョイ役で、主役のオーディションにエントリーする チャンスは初めてだった。 「ふうん、どんな内容なの?」 「タイトルは『4人のシンデレラ』、一言で言えば恋愛コメディね」 昨日のオーディションを絶好調で制し、事前の会議に参加したあとのことだ。 番組ディレクターに呼び止められた。 「シンデレラって、おとぎ話の?」 「そうです、あずささん。OL、大学生、高校生、中学生の四姉妹が、お互いに そうとは知らないまま同じ『王子様』を好きになってしまって、『告白』とか 『結婚を前提としたお付き合い』とかそれぞれ自分の理想のゴールを目指してゆく、 っていう筋書きなんだそうですよ」 「おーいおりん、チミこそボクチンのシンデレラだよっ!」 「なによいきなり」 「その態度、その目つき、ああサイコーだ!さあこのガラスの靴を履きたまい」 「……『あら王子様不思議ね、わたくしにぴったりだわ』」 「やはり!さあ、その靴でボクチンを踏んでおくれ!」 「はいよろこんでムギュ……ってなにやらすのよ馬鹿亜美っ!」 「んっふっふ、いおりんもウデを上げたのう」 「ノリツッコミの腕前上げても嬉しくないわ」 「……でですね」 亜美が伊織で遊ぶのを無視して説明を続けることにした。 「このドラマに、ここのディレクターが関わっているんですよ。昨日のオーディション 見て竜宮小町に興味を持ってもらったんです。あずささんたちの年齢差がいい具合だし、 ドラマのキャラクターイメージがあずささんたちに近いんですって。ユニットで 共演できれば番組自体の注目度も上がるから利害が一致しますしね」 「3人ひとまとめっていうことですか」 「もちろんオーディションは一人ずつですから確約が取れてるわけじゃないですけど、 話題性もコミで選考してくれるそうですよ」 「でも、ヒロインは4人なんですよね?」 「他の女優さんもエントリーするわけですし、みんなが合格できなければその分他の 人が入ることになります。出演する以上はあくまで一人のタレントとして、って いうことになりますね」 「相手役の方って、どんな方なのかしら」 「主演男優もオーディションで、まだ決まっていません。ドラマの趣旨から言うと 万人受けする、親しみやすい雰囲気の人になるんじゃないでしょうかね。中学生には 中学生なり、OLさんにはOLなりに『あ、素敵な人だな』って感じる部分がないと 成立しないですから」 他の情報も引き続いて説明する。深夜枠だが伝統のあるドラマ時間帯であること、 有望な新人女優を発掘する思惑も含む番組のためキャリアのあるライバルはエントリー してこないこと、脇役が充実しているので主演の4人が不安を持つ必要はないこと、 主題歌のオーディションもあるので、竜宮小町が選考に合格すれば多重アピールの 大チャンスだということ。ディレクターが個人的にあずささんのファンで、実は けっこう有利だという部分だけは伏せておいた。説明し終え、全員を見回しながら 締めくくった。 「どうかしら?みんな。ステップアップにも繋がるし、割と面白い仕事だと思うわ」 「そうですかあ」 「……なるほどね」 「んー、んんんー」
みんなが食いついてくる、そう確信して番組収録前に出した話題だったが……どうも 3人の反応が振るわない。 「あれ?なにかお気に召さなかったですか、あずささん」 「そんなことは、ないんですけどぉ」 「伊織は?」 「21世紀のこの世にシンデレラってのもねー」 「こんな時代だからシンデレラストーリーが求められてるのよ。それとも伊織は 悲恋が好み?」 「そうは言わないけど。面白そうだって思ってはいるのよ?だけど、なんだか…… ねえ」 「あ、亜美も亜美もー。メッチャやりたいんだけど、なんかが『ちっくと待って つかーさい』みたいな」 「なんで土佐弁よ」 これまでに見たことのない反応だった。 ユニットを結成して以来、いろいろな営業に対する3人の反応はきっちり二通り しかない。すなわち『全員乗り気』か『全員乗り気でない』かだ。みんながやろうと 思っているときはもちろん全力攻勢、逆の時は手を尽くして撤退していた。断る余地の ないこともあったが、そういうときは仕事の後のテンション回復にひどく苦労する。 しかし。 「ふうん、みんながみんな煮え切らないなんて初めてね。断った方がよかったかな」 「あ、待ってくださいプロデューサーさん」 「あずささん?」 「お断りするのも、なにか違う気がするんです」 「ええ?」 「あ、伊織ちゃんや亜美ちゃんが嫌だったら、それでもいいのだけれど」 「……私もそんな感じなのよね」 あずささんが視線を向けた伊織もこんなことを口にする。隣で亜美もうなずいていた。 「うまく言葉にできないんだけど、何かが足りない気がするの。それが何なのか わかったら、オーディション受けるにしても断るにしても結論は簡単に出ると思うわ」 「ふうむ。『何か』、ねえ」 3人の考えていることがつかめない。当人たちも同じ気持ちらしいが。私は腕を 組んで考え込んだ。 「……うん、とりあえず忘れましょう」 「え、プロデューサーさん?」 「ああ、違いますよ、いま決めるんじゃなくて後でもう一度話し合おうっていう ことです」 顔はあずささんに向け、全員に説明する。 「私は面白いって思ったし、みんなが乗ってくればこの後の収録も気合いが入るかも って考えたからこうやって相談したんだけど、かえって悩ませちゃったわね、 ごめんなさい」 「え、そんな」 「だから、まずは歌の録りに集中してね、みんな。この案件はオーディションの エントリー期限までまだ3日あるから、収録が終わってからごはんでも食べながら 話しましょう」 「こっちこそ悪かったわね、プロデューサー。確かにいつもなら即決してたかも。でも」 みんなを見回しながら説明すると、伊織がこちらに応じた。 「でもね、なんでかテンションは上がってる気がするわ」 「それは、ありがたいけど」 「あれよね、ついにこの水瀬伊織ちゃんもドラマの主演女優に手が届くところまで 上り詰めたって言うことよね、にっひっひ」 伊織だけでなく、あずささんも亜美も今の話に煩わされた風ではなく、なんにせよ それだけはありがたかった。
と、高笑いする伊織に亜美が笑い声をかぶせた。 「んっふっふー。でも亜美は知ってるのだ。なんでいおりんがテンション上がってるか」 「なによそれ」 「いおりんはオーディションの話より、さっき姉ちゃんが言った『みんなでごはん』に スイッチ入りまくってるのだ!」 「なっ?」 「あらあら伊織ちゃん、お腹すいてたのねえ」 伊織の顔がみるみる真っ赤になる。 「そっ、そんなことあるわけないじゃない!これから本番だからダンスのキレが 落ちないように食事を控えめにしてただけよ!」 「姉ちゃんが『ごはん』って言った瞬間、いおりんの顔がハンターになったのだ」 「亜美ーっ!」 「わわ、亜美ちょっとトイレ行ってくるっ」 伊織が一喝し、亜美が部屋を逃げ出した。 「あの小娘ったら!ムカつくったらありゃしない」 「まあまあ伊織ちゃん。わたしは伊織ちゃんとお食事できるの、楽しみよ?」 あずささんは笑いながら伊織をなだめている。まあ、これもいつもの流れで、 3人の仲も収録も不安はないだろう。 「あんたたち見てたら私までお腹すいてきちゃったわよ。伊織、お店考えといてね、 ただし収録のあとで」 「ふん!おもいっきり食べてやるんだからね、覚悟しなさいよ?」 「はいはい、お手柔らかにね」 この後はディレクターと現場の最終打ち合わせだ。さっきのオーディションの 回答も持って行ければなお良かったが、これはみんなで話し合ってから、と今決めた。 資料をかき集めていると、あずささんがすいと立ち上がったのがわかった。 「あれ、あずささん、どちらへ?」 「さっきメールを頂いたのだけれど、最近仲良しになったアイドルの子が隣のスタジオに 来ているんです。ちょっとご挨拶、してきますね」 「大丈夫ですか?このスタジオ初めてですよね」 「通路を挟んだすぐ隣ですよ、いくらわたしだって」 「そうですか……せめて携帯、持って行ってくださいね」 「はい」 「私は打ち合わせ行ってきますから。戻ってくるつもりですけど入り時間間違えないで くださいね。伊織もよろしく」 「わかってるわ、10分前になってもあずさが戻らなかったら捜索隊を組織すれば いいのよね?」 「ええ?伊織ちゃんたらぁ」 「言っとくけど私、本気だからね?」 「たはは、あずささんホントお願いしますね」 そうならないことを割と本心から祈りつつ、ドアを出る。 「じゃ、頼んだわね」 「はいはい」 「いってらっしゃい」 控え室を出て、打ち合わせ事項を反芻しながら調整室へ向かう。ふと、3人の さっきの様子が脳裏に蘇った。 ――何かが足りない気がするの。 実は、私も感じていた。でも、それが何かがわからない。 いやいや、まずは打ち合わせ。私は首を振り、通路を歩く速度を速めた。 ****
<亜美> トイレ行って、戻る前にスタッフのみんなに挨拶しようって思った。この番組は 初めてだけど、撮影プロダクションとメイクさんたちが何度もお仕事してる事務所で、 仲良しの人もいるのだ。 「おっはよーん!兄ちゃん、姉ちゃん」 「おっ亜美、今日この現場か」 「あら、亜美ちゃんだ、おはよう」 「亜美ちゃんおはよう、今日よろしくな」 本番直前でスタジオはちょびっしピリピリしてたけど、亜美が挨拶したら元気に 返してくれた。現場ぐるぐる走り回ってみんなと笑いあって、あんまりジャマに なんないようにちらっとお話して。 「竜宮小町、この番組呼ばれたのか、すごいな」 「すごい?亜美チョーすごい?」 「すごいすごい、ビッグシンガーの仲間入りじゃんか」 「んっふっふー、サインくらい書いてやってもイイゾヨ?」 「真美ちゃんも早く来れるといいな」 「……うん!まかしてっ」 やべ、ちょっと返しが遅れちゃった。 今日は真美は、事務所でレッスンしてる。……きっと明日も、たぶんあさっても。 今あいさつした兄ちゃんは、亜美と真美が代わりばんこで活動してた頃からの友達。 亜美たちのデビューと兄ちゃんの入社が同じ日だったので、『同期』、って呼び合ってる 人。二人で一人だったことも知ってるし、中学生に上がったのをきっかけに亜美が 竜宮小町になって、真美が双海真美でデビューした時もいちばん喜んでくれた。 「ぶるるる、いかんいかんっ!」 どっちがどんな時もネガらない、って真美と約束してたのを思い出して、慌てて 顔をぶんぶん振る。今は別々のアイドルなんだから、ランキングも仕事も違ってて アタリマエなのだ。 スタジオから控え室まで、わざとジグザグに入り組んだ通路を急ぎ足で歩いて、 あちこちで知り合いを見つけて挨拶しながら、あの時のことを思い出した。律ちゃん ……姉ちゃんから、ユニット組まないかって誘われた時のこと。真美と3人で、 応接室で話し合った。 『……亜美は、やりたい?律ちゃんの新ユニット』 『うん、面白そう。でも、真美は?亜美、真美と一緒じゃなきゃ嫌だな』 『亜美、真美、このユニットはね、あずささんと伊織と、……私は、亜美を入れた 3人でやりたいって思ってるんだ』 姉ちゃんは、すっごく丁寧に説明してくれた。亜美と真美に好き嫌いがあるわけ じゃなくて、向き不向きがあるんだ、って。 『デビューしたての頃は二人で双海亜美をやってたけど、もう中学生でしょ?ファンの みんなも、そろそろ気づいてるわ』 『だよねー。真美、ちょっと思うフシあるもん』 『ええ?それマジで?』 姉ちゃんのブンセキによると亜美は正統派元気っ子で、男の子が一緒にはしゃぎたい タイプ。真美は、元気の中にほんのりカヨワさを持ってて、男の子が守ってあげたい タイプ、なんだって。
『言い方は悪いけれど、庇護欲はあずささんと伊織がいれば充分だわ。このユニット にはもう一人、元気一杯のダイナマイトエンジンが必要なのよ』 『なんか亜美バカだって言われてる気がするー』 『そうじゃないよ。やよいっちやまこちんみたいなムードメーカーってことでしょ、 律ちゃん』 『フォローありがと、真美。私の考えでは、真美は真美でなるべく別のタイプと組む方が 魅力が引き出せると思うのよね』 他にもいろいろ言われた。姉ちゃんが言うことはわかったけど、亜美はしばらく、 やっぱり真美と別々になるのはイヤで腕組んでうなってたっけ。でも。 『やりなよ亜美!そのユニット』 『……えっ?』 でも、最後にそう言ったのは、その真美本人だった。 『真美たち、実は双子でしたってプレス発表する予定じゃん。律ちゃんは、それと 新ユニットの発表いっしょにしたいんじゃない?』 『いい勘してるわね真美。正確には少しずらして、あの話題の亜美真美の一人が 新ユニット結成っ!っていうニュースを仕立て上げたいの』 『そっか、その方が学校とかで盛り上がるかも。でさ、そのユニットに入るんなら やっぱソロで名前使ってた亜美っきゃないよ!』 『そ、そっかなぁ?』 『そんでさ、亜美がばっちりユーメイになったら真美もアピールしやすいし! ねーねー亜美、これって亜美にも真美にもめちゃんこおトクな話だよー?』 双子の話題と亜美の名前を両方とも新ユニットで使ったら真美の売り込むネタが ないじゃん、っていうのはいくら亜美でもわかったけど、真美には真美なりに なんか思いついたんだなっていうのが感じられて、亜美は言い返すことができなかった。 それからも何回か相談して、結局、亜美は律ちゃんのユニットに乗ることにした。 その中で、亜美にもできることがありそう、って思ったから。 律ちゃんプロデュースであずさお姉ちゃんといおりんと組んだら、人気が出ない訳が ない。だから亜美はそのユニットでいっぱい頑張って、真美がブレイクするチャンスを 作ろうって思った。いつかまた、亜美と真美が一緒にアイドルできるように。 竜宮小町やってんのは楽しい。今はプロデューサーだから『姉ちゃん』って呼んでる けど、律ちゃんも、あずさお姉ちゃんも、いおりんも、みんな張り切ってる。765プロ ではユイイツちゃんと売れてるユニットで、雑誌や芸能ニュースでももっと伸びるって 言われてる。けど。 けど、なんか足りない。 さっきのオーディションの時に思ってたのも、それだった。でも、真美と一緒に やりたいのかなって考えてみたけど、それとも違うみたい。 駆け抜けかけた通路の脇道にもう一人、知ってる兄ちゃんを見つけて大きな声で 声をかけた。 「あ、兄ちゃんヤッホー!」 「おお、亜美……って、あぶねっ!」 「ふぇ?おわ!」 どっかーん。 亜美の進行方向を見て叫んでくれたのはよかったけど、亜美がそのことに気を 取られちゃった。亜美が走っていく方向に、人がいたのに気づけなかった。で、 どっかーん。 「い……ってえ。誰だぁ?大丈夫か?」 「むぎゅー」 亜美はそのヒト巻き込んで、通路の先にあった段ボールの山に突っ込んじゃった らしい。どうやら男の人らしいそのヒトがあお向けにはまり込んで、亜美はその上に 頭から突き刺さってるみたい。足の踏ん張り所がなくて体勢を戻せない。目の前が 兄ちゃんの体で真っ暗なまま、とにかくゴメンナサイする。
「ご、ごめんね兄ちゃん、亜美前見てなかったや。だいじょぶ?」 「あ、ああ、俺は平気で……って、え?双海亜美ちゃんか?」 「へーい、ゲンザイゼッサンウリダシチューの竜宮小町の亜美でーっす。ご迷惑 かけてゴメンナサイですー」 亜美のこと知ってる人だった。あわててそういうヒト向けのセリフを付け加え ながら、あれ?って思った。 あれ?この声、どっかで。 聞いたことのある、なんだか懐かしいような声。最近の知り合いじゃなくて、 もっと前からよく知ってるはずの、でも思い出せない、声。 「あ、カチューシャ」 亜美がどいてあげなきゃこの人は動けない。頭をひねりながらもぞもぞ動いて いたらそんな声と、亜美の頭にぽん、っていう感触。 「飛んじゃってたな。ごめんよ亜美ちゃん、こんなふうでいいのかな?」 「あ、ありがと……」 衣装のカチューシャが外れてたみたい。兄ちゃんはそれを片手で持って、亜美の 頭にぽん、って乗っけてくれたのだ。髪の毛を通して、手のひらのあったかい温度。 なんでか、ちょっとドキドキする。思いついたことがあったから、聞いてみた。 「あのさ、兄ちゃん?」 「うん?なに、亜美ちゃん」 「亜美のこと、ちょっと呼び捨てで呼んでみてくんない?」 「え……亜美、って?」 「……えへへ」 その声が、どこで聞いた声なのかは、やっぱりわからなかった。でも、こうやって 頭ぽんってしてくれて、『亜美』って呼んでくれると、なんだろ。なんだか、うれしい。 「うわ!亜美ちゃん、大丈夫か」 自力で起き上がるのをやめて兄ちゃんに寄りかかってニヤニヤしてたら、外から そんなふうに聞こえた。さっきの、声かけてくれた兄ちゃんが駆けつけてくれたみたい。 「あー兄ちゃん、いろんなことがあったけど亜美は元気でーす。足が浮いちゃって 出られないんだよー」 「あ、そうなのか。よし、足引っ張って助けてもいいか?」 「うん、お願い」 ちょっとナゴリオシかったけど、考えてみたらどうにも思い出せない兄ちゃんに いつまでも抱きついてたら向こうが迷惑だと思う。テレビ局って時間のある人いない し、この兄ちゃんだってなにか用事があってここを通りかかって、亜美が激突 しちゃった筈。両足に手がかかるのを感じて、目の前の胸板を押しやって、ずぽっ。 「よいしょっ!」 「ぷあー、兄ちゃんありがと。あと、中にもう一人兄ちゃんが」 「ああ、そうだな。そっちの人、大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ、ちょっと手を貸していただけますか」 亜美に続いて段ボールの山から出てきた兄ちゃんは……明るいとこで見ても、 やっぱり知らない人だった。 「いやあ、びっくりしたよ。亜美ちゃんはやっぱり超特急なんだな」 「ごめんね兄ちゃん、どっか痛くしなかった?」 「大丈夫だよ。亜美ちゃんこそ」 そうやって笑う声も、髪を直してくれる手のあったかさも、知ってる筈なのに 知らない人だった。 なんか、なんだかガッカリして、しょぼんてしながら謝って、ちょっと気づいて 聞いてみた。 「あのさ、兄ちゃんは番組スタッフの人?制作プロダクションとか?」 「ん、俺?ああそうか、はじめましてだもんな」
兄ちゃんは、亜美の質問にこう応えた。 「俺は──」 と。 「いた、亜美ちゃん!」 兄ちゃんを遮って、これまた顔見知りのTKの姉ちゃんが駆け込んできた。 「おひさっ、姉ちゃん……あれ?姉ちゃんこの番組じゃないよね?」 「亜美ちゃんのこと探してたのよ!あずささん、一緒なのよね」 姉ちゃんはこの局の人で、よく会うけど番組で一緒になることは少ない。その姉 ちゃんがすっごい慌て顔でこう言った。 「うん、竜宮小町のステージだもん。このスタジオでこれから収録」 「やっぱり!道路挟んだF棟に入っていくのが見えたの。あずささんが倉庫棟に用事 あるはずないから、もしやと思って」 「うえええっ?」 これはヤバい。つまりそれって、あずさお姉ちゃんの『ひっさつわざ:まいご』が 発動してるー! 「なんでそんなトコにー?」 「声かけられる距離じゃなかったし、亜美ちゃんたちが来てるのは知ってたから こっちに来たの。あずささん、移動するときは携帯持ってるわよね。今のうちに 連絡して」 「そ、そだね、って……おーまいがー」 「ど、どうしたの?」 「亜美、ケータイ部屋に置いてきちった」 「ええっ」 これはますますヤバい。あずさお姉ちゃんは見つけたときに何とかしないと、 すぐまたどっか行っちゃう。控え室に戻って、姉ちゃんに教えなきゃ。 「亜美、プロデューサーに知らせてくる!」 「わかったわ、お願い。あずささんは……」 「詳しい場所教えてくれ。俺が探してくるから」 亜美とTKの姉ちゃんとの話に割り込んできたのは、さっきの兄ちゃんだった。 「え?兄ちゃん、いったい」 「今なら俺の体が空いてるんだ。あなたの時間が大丈夫なら案内して欲しいところ ですが……?」 「あ、ごめんなさい、わたし仕事が」 「ですよね。うん、やはり俺の出番だ」 姉ちゃんは仕事中に抜け出してきてるみたいだし、これ以上迷惑かけるわけには 行かない。そうとなったら、この際誰だか知らないこの兄ちゃんにも力を貸して もらっちゃおう。アタマの中でそうひらめいた。 駆け出す前にそっちに向き直って、足をそろえて、ぴょんっておじぎした。 「んじゃ、兄ちゃん!ありがと、お願いしますっ」 「おし、初仕事だ、まかせとけ!」 「じゃあね兄ちゃん」 「ああ。また後でな亜美」 くるんってまた向きを変えて、控え室に向かいながら背中で会話した。……あっ。 えへへ。また、『亜美』って呼んでくれた。 なんでだろ。他にも呼び捨ての兄ちゃんはいるけど、今の兄ちゃんに『亜美』って 呼ばれると、なんか、じわわんってくる。 初仕事って言ってたから、この局の新人クンかも。なら、またここに来たら会えるかも。 ちょっと嬉しくて、ニヤニヤしながら、亜美はスピードを上げて――でも、もう 人にはぶつからないように――控え室に急いだ。 ****
<あずさ> 「……あららら」 壁の色がどんどん知らない色になってくるので、わたしは胸の内でふくれ上がる いやな予感を押さえ込むようにして歩いていました。 お友達としばらくお話をして、じゃあ戻りますね、ってお別れして、行きは3分 だった通路がもう10分ほど歩いているのにわたしたちの控え室が見えてこないのです。 この局は建物を用途ごとに落ち着きのあるパステルカラーで色分けしていて、わたしたちの いたブロックはきれいなピンク色だったはずで。少なくともこんな緑色ではなかった はずです。つまり、これは……。 「また、やっちゃった、かな」 表情こそ笑顔のままですが、胸のうちはすっかり曇り空です。こんなことでは、 またプロデューサーさんや伊織ちゃんに叱られてしまいます。 「これは……でも、うん、そうね」 しっかり持ってきた携帯電話にちらりと視線をやりましたが、心を決めてポケットに 戻します。 「わたしだってちゃんと自力で戻れる、って証明してみせるチャンスなのね、きっと!」 きっとこれは天の配剤で、そろそろわたしもみんなの足手まといにはならないと いうことを見せてあげる時期が来た、ということなのだと思いました。これで何事も なかったように控え室に戻り、みんなから『あずささん?迷わずに戻ってきたんですか』 『なんだかんだ言ってしっかりしてるじゃない、あずさ』『あずさお姉ちゃん、 やっぱりすごいや!』なんて言われて、明日からのわたしはこれまでとは違う、 頼れるお姉さんとして竜宮小町を引っ張ってゆけることでしょう。 「そうよ、そうでなければならないわ!」 なんという明確なビジョンでしょうか。これは、間違いなく無事に控え室にたどり 着ける吉兆に違いありません。 わたしは期待と決意に胸を膨らませ、そこから歩み始めました。竜宮小町の 取りまとめ役の地位を確立させるために。 ……竜宮小町。それが、今わたしが所属しているユニットの名です。リーダーは 伊織ちゃん、亜美ちゃんとわたしがバックアップ、プロデューサーさんは律子さん。 結成の時の話し合いを思い出しました。律子さんと、わたしが事務所で二人きりに なった時の内緒話です。 『あずささんですから本当のことを話しますが……765プロ、けっこう危ないんです』 初めはなんの冗談だろうと思って聞いていたのですが、律子さんの真剣な表情を 見るうちにことの重大さがわかってきました。 『駆け出しアイドルが13人。他の子たちはともかく、あずささんはご自分のギャラを ご存じですよね。お給料じゃないですよ、事務所に入る売上金です』 『え、ええ、まあ』 『私たちが今こなしている仕事を全部足しても、会社の運営費が出ないんです』 偶然なのですが、現在765プロに所属しているタレントは全員同じ時期にデビュー しています。わたしたちが候補生だった時期には先輩のタレントさんもいたのですが、 みんながデビューする頃には独立したり移籍、引退などが重なってしまいました。 ある意味新会社立ち上げだな、と社長が笑っていたのを憶えています。……ただ、 それはそうですよね、新人アイドルばかりで稼ぎ手がいなければ、わたしたちが どんなに頑張っても一企業を継続させるほどのお仕事はいただけません。 『これまでも、言ってしまえば先輩タレントの貯金で食べてたようなものです。 このまま私たちの仕事が増えなければ、事務所が危機です』 『でも……そのお仕事はどうやって増やせばいいのかしら』
『今の765プロには芸能ユニットプロデューサーがいません。あずささん、ご存じ ですか?』 『ええ、知っているわ。よその事務所で聞いたことが』 『社長が営業をして、私たちの仕事を取ってきて、というオーソドックスなやり方 では、どうしてもタレントのランクアップに時間がかかります。ユニットプロデューサーは、 担当する個別ユニットの育成と売り込みを統括して行なって、アイドルのステップアップを 計画的に効率化させる人物です』 ユニットプロデューサーの存在は他事務所でお会いしたこともあり、興味を持って いました。マネージャーよりも大きな権限を持ち、番組制作や野球チームのように アイドルユニットを自分で育成し、ランクアップに通じる仕事を自分で開拓して 売り込んでいく。事務所のほかのタレントには関与しない代わり担当ユニットとは 一蓮托生で、成功の見返りは大きいけれど失敗するとただ働き同然の処遇。言って みればそのユニット専用の事務所社長です。このシステムを採用する会社は 少しずつ増えていて、効果が上がった例では3ヶ月でミリオンセラーに手が届く タレントさんもいるという話です。 『私は……アイドルをお休みして、そのプロデューサーをやろうと思うんです』 『えっ』 びっくりしました。と言いましょうか、びっくりし通しです。 『律子さんは……いま、それこそセルフプロデュースの手法で活動をしていて、 765プロでは一番お仕事をしているわよね。そのことを踏まえて、そう言っているの?』 『だから、です。私なら、プロデューサーに転身をしても、メリットがあるんです』 今わたしが言った通り、秋月律子さんというタレントは765プロでただ一人、自分で 仕事を取ってこれる人物です。私たちが社長の指示で動くのとは違い、自分で食べて いける程度の知名度も実力もある人です。その彼女がタレント活動を休止して プロデューサーになり、新たなアイドルユニットを育成する……とてつもない 背水の陣です。 『この話、実は1ヶ月前から進んでます。ごく親しい何人かには、もういろいろ 伝えてあります』 彼女自身の人脈と高木社長のパイプ。アイドルとして、今の765プロでは一番の 知名度。このタレントが、セルフプロデュースから専任のプロデューサーに転身する となれば、おおきな話題になるのは間違いありません。 律子さんはそのニュースを起爆剤にして、新ユニットを話題に乗せようとして いました。芸能界は噂話が価値を持つ世界です。律子さんのプロデュースする アイドルは、それだけで他のタレントとは比べものにならない大きなアドバンテージを 得るに違いありません。 『律子さん……その話を、なぜわたしに?』 『あずささんを、プロデュースさせて欲しいんです』 正確には質問ではなく、確認でした。 『あずささんだけじゃないです。リーダーを伊織にして、そこに亜美を入れて、 トリオユニットを作りたいんです』 『トリオユニット、ですか』 『765プロはいま、全員がソロユニットです。でも、これだけ個性豊かなソロがいる 事務所も少ないんですよね。だから私はその中で、最強の布陣を組みたいんです』 アイドルランクのほぼ上から順、というメンバーでした。律子さんの他は正直、 どんぐりの背比べではあるのですが。 『伊織ちゃんはわたしと相性いいものね。わたしに背中を預けてくれるわ。亜美ちゃんも そうよね』 『……そこなんです、あずささん』 それに、わたしにもわかることがあります。 『わたしに、あの二人のお母さんをやれっていうことね?』 『イジワルですね、あずささん』 『あら、ごめんなさい』
この組み合わせであれば、伊織ちゃんのカリスマ性と亜美ちゃんの爆発力を武器に しない手はありません。それであれば二人がやりすぎた時の抑え役が必要ですが、 プロデューサーである律子さんはステージには上がりません。 だからあんなふうに言ったのですが、実際普段はわたしのことなんかお構いなしの 二人は、どういうわけかいざと言う時だけはちゃんと話を聞いてくれるのです。 そして律子さんは、いちばん肝心なことを口にしました。 『あずささんは、どうですか?』 『ええと……わたしは』 考えました。 わたしは……。 わたしは、運命の人に出会うのが目的でアイドルになった人間です。 これを知る人は多くありませんが、誤解を恐れず言ってしまえば、わたしにとって アイドル活動は目的ではなく、手段なのです。確かにアイドルを始めてその楽しさを 感じてはいますが、スタート地点が違っていたことは今となっては言い訳できません。 そんなわたしが律子さんを……事務所のためを思ってこのような提案をしてくる 律子さんを、どうして拒絶できるでしょうか。 『わたしは、律子さんについていきます』 『あずささん……!』 律子さんは、ほっとしたような顔を見せました。こういう彼女は珍しいです。 『運命の人のこと、話したことあったかしら』 『初めて会った頃、一度』 『その運命の人探しを、わたし、しばらくお休みします』 『え?』 『律子さんがアイドルをお休みするのと一緒よ。今までの活動があまりうまく いかなかったの、わたしが心のどこかで二足のわらじを履いていたからだと思うわ。 今こうして律子さんのプランに乗る以上は、そんな甘い考えではいけないものね』 『あずささん?でもそれは』 『こんな私を今まで置いてくれた765プロには、わたしも恩があるわ。でも、わたしは その恩の返し方が思いつかなかった。社長さんが用意してくれる仕事を一生懸命 こなす以外、わたしには何もできずにいたの』 765プロのタレントの中ではわたしは歌声を評価されているうちの一人ですが、逆を 言えばわたしには歌しかありません。イベントのMCで楽しいパフォーマンスができた こともありませんし、広報のインタビューで上手いことを言えた記憶もないのです。 でも、この歌を効果的に活用できる人が……プロデューサーさんがいると言うなら、 きっと事情は変わってくるに違いありません。 『律子さん、あなたの考えるありとあらゆるアピールを、わたしは……わたしたちは 必ずやり遂げてみせます。だから、ぜひわたしたちを使って、765プロに恩返し してください。律子さんだけじゃなく、わたしたちみんなの分も』 『みんなの……分?』 『わたしだけじゃなく、伊織ちゃんも亜美ちゃんも、ほかのみんなも、きっと765プロに たくさんのものを貰ってきた筈だわ。だからここで律子さんが動くなら、そのみんなの 分もまとめて恩返しを、ぜひ律子さんの手でしてあげて欲しいの』 『ありがとう……ございます。あずささんのお力、必ず役立てます』 竜宮小町はこのように結成されたのです。わたしたちの名前に水に関する文字が あったことでユニット名が決まりましたが、「恩返し」が隠されたキーワードの ひとつになっていたのは言うまでもありません。 そしてわたしは、ユニット発表の時に髪を切りました。 これもまた律子さんを驚かせてしまいましたが……これは、わたしなりのけじめです。 「……ところで」 ふとわたしは、我に返ってつぶやきます。ここは。 「ここは、どこかしら?」
気づけば壁の色が、無機質な灰色になっていました。ひいき目に見ても事務棟、 もしかすると倉庫ブロックかも知れません。 さすがに冷や汗が出ました。これで収録に遅刻など、あってはならないことです。 「はあ。仕方ないわね。プロデューサーさんに迎えに来てもらいましょう」 小さくため息をつき、ポケットから携帯電話を取り出しました。着信履歴を追い ながらプロデューサーさんの番号を探し始めた、そのときです。 「……ささん、三浦あずささん、こちらにいらっしゃいませんか?」 どきん、としました。 「は、はいっ、ここです」 「あずささん?よかった、少しだけ動かないでいてください。いま行きますから」 「はいっ」 この声はどなたでしょう。わたしは不思議な感覚にとらわれていました。 この声を、わたしはどこかで聞いたことがあるようなのです。でも、それがいつ だったか、どこでだったのか思い出せません。 「あれ、こっちの道じゃないのか。あずささん、俺、近くにいますよね?」 「はい、すぐそばで聞こえますよ。なんでしたら、わたしが」 「いやいや、待っていてください。俺があなたを迎えに来たんですから」 言葉を交わしながら考えても、記憶の奥底からその正体が浮かび上がってきません。 なにかの勘違いなのでしょうか。それとも、いま声だけの存在である彼の、その顔を 見たら全てが氷解するのでしょうか。 「あずささん、その辺りに何か目印はありませんか?俺のいる場所は壁に『F-108B』 と書いてあるんですが」 声が反響して、細い通路越しに近づいているはずの彼の位置がなかなかわかり ません。ヒントを与えられて周りを見回します。 「ええと……あ、ありました」 背中側の壁に、言われたのと同じ表示。 「ここはですね、『F-109B』と」 「えっ」 「きゃっ」 予期せぬ方向から……後ろから突然声が聞こえました。飛び上がって振り返り、 そして。 その後のわたしの行動は、自分でも上手く説明できません。 わたしは振り返ると、驚きの声を抑えようと手で口を押さえました。両手を 合わせて、口に当てて、肩と腕を上げて。別段、不自然なポーズをとったわけ ではありませんが……。 わたしは、頭の片隅でこう考えていたのです。 ──髪を切った姿を、この人に見せたくない、と。 「ああ、すいません、驚かせてしまいましたか」 「あっ、いえ、平気です、すみません」 そのポーズで数瞬。わたしを探しに来てくれた彼の顔をじっと見つめていましたが、 結局彼の正体はわかりませんでした。 「……あの、俺の顔、なんかついてますか?」 「あ、ああっごめんなさい、なんでもないんです。……ちょっと」 「?」 「ちょっと、以前の知り合いに似ていらしたので」 不意に口を突いて出た言い訳でしたが、言葉にしてみてほっとしたのを感じました。 その言葉は、不思議と彼を表すのに似合いと思えたのです。 「それは光栄だな。ではあずささん、控え室へ戻りましょうか」 「えっ、ああ、迎えに来てくださったんでしたね。お手間おかけします」 「いやいや、亜美ちゃんにも頼まれたことですしね。責任重大です」
「ええ?と、言うことは、わたしがまた迷子になっていたこと……」 「ええっと……今頃はプロデューサーの耳に」 「……あらら〜」 なかなかどうして、自分が変わるというのは難しいみたいです。少ししょんぼり しましたが、プロとしては収録時間に間に合うことの方が先決だと考え直しました。 「行きましょう、あずささん」 「そうですね」 彼のことを見失う訳には行かず、それからはほとんど会話もせず二人で並んで歩き ました。あらためて歩いてみると大きな車道を横切る以外はほとんど一本道で、 我ながらどうして迷子になったのか想像できません。ほどなく探していた壁の色が 見えて来て、わたしにも位置関係が把握できました。 ほっと一息ついたところで、肝心のことを聞いていなかったことに思い当たり ました。 この人は、いったいどこの誰でしょうか。 「おっ、あの部屋ですね、あずささんの控え室」 「ありがとうございました。ほんとうになんとお礼を言えばいいか」 「いいんですって、お役目ですからね」 「あの、そのことなんですけど」 ドアの前で立ち止まり、お礼を言ってから訊ねました。彼はそのまま首を傾げます。 「はい?」 「あなたは、どなたなんでしょう?こちらのスタッフさんですか?」 「おっと、これはすみません。またやってしまった」 わたしの質問で、自分が正体を明かしていなかったことにようやく気付いたようです。 少し照れたように笑い、頭をかきました。 「俺はですね、実は──」 がちゃっ。 彼の言葉を遮って、控え室のドアが開きました。部屋の中の誰かがノブを回し、 力いっぱいにドアを引いたのです。 「で?どこにいるのよプロデューサー!──えっ」 「あら」 ドアの向こうから現れたのは、携帯電話を握りしめて大きな声を出している 伊織ちゃん。プロデューサーさんと話をしているところやその様子から、……わたしの 話、よね、きっと。 「プロデューサー、あずさが帰ってきたわ。とりあえずは心配ないから。うん、 ええ、それがいいわね」 「あのう、伊織、ちゃん?」 電話を切った彼女んに、先手必勝とばかりに謝りました。 「ごめんなさいね、ちょっと迷っちゃったみたい」 「なにがちょっとよっ!」 彼女はもちろん笑って許すつもりはなく──こういう時、いつも一番心配して くれるのが伊織ちゃんなのです──文句の一つも言おうと口を開きました。 「あんたはいつもいつも懲りもせずよくもやらかすわね!これだけいつも人を 心配させるならそろそろ対処法の一つも身につけて欲しいわ!」 「でもほら、ちゃんと携帯電話は持っていたわけだしー」 「使わないならたくあんでも持ち歩いた方が役に立つわよ、非常食にもなるしっ!」 「うまいこと言うわね、伊織ちゃん」 「まーまーいおりん、今日はちゃんと余裕持って帰ってこれたしさ」 部屋の奥から亜美ちゃんも──彼に事情を説明して、ここで待機してくれていた のでしょう──顔をのぞかせ、取りなしてくれます。 「ここいらでヨシナにトリハカラッテくれたまい」 「むきー、帰ってこれりゃいいって話じゃないのよっ!……ってそういえばあずさ、 あんたよく帰ってこられたわね」 「ああ、亜美ちゃんから事情を聞いてくださって、この方が」
「えっ?」 「ほら言ったじゃんいおりん、ちょうどそこにいた兄ちゃんに助けてもらったって」 全ての状況を心得ていたわけではなかったようで、亜美ちゃんが大きな身振りで 説明しているのが見えました。 「亜美あんた、関係ない人にあずさの道案内頼んだの?二重遭難しなかったなんて 奇跡じゃない」 「あのね、伊織ちゃん……」 わたしをここまで連れてきてくれたというのにこんな物言いをされる彼に申し訳 なくて、たまらず声をかけました。伊織ちゃんもそれで、普段のファン向けの キャラクターを思い出したようです。 「あっああ、そ、そうだったわね」 くるりと表情を変えて、にこやかなお嬢様の立ち居振る舞いになって、隣で 立ち尽くしていた彼に微笑みかけました。 「こちらの方が?お礼が遅れまして申し訳ありません、このたびは仲間が困って いたところを……」 「……伊織ちゃん?」 いつもの聞き慣れた、立て板に水の口上が突然止まりました。びっくりして 彼女を見ると、目を丸くして彼の顔を見ています。 まるでこの人に、どこかで会ったことでもあるかのように。 「……あの?」 「い、伊織ちゃん?」 彼とわたしが問いかけるのと、伊織ちゃんが両手で口を覆うのは同時でした。 そして。 「あんた……なんで……今ごろ……っ」 そう口にして、目から大粒の涙をこぼすのも。 「おっ、おい?」 「伊織ちゃん?どうしたの?」 なにがなんだかわからずに聞いてみますが、伊織ちゃんは動けずにただ彼を 見つめるばかりです。そのとき、私たちの背後から誰かの足音が聞こえてきました。 軽やかなローヒールの駆け足。 「待ちなさあいっ!」 「えっ?」 「きゃっ」 「まっ」 聞き覚えのある声。隣の彼は戸惑って小さく、振り向いたわたしは事態を把握して 高く、この先を予想した伊織ちゃんは涙声ながら鋭く、三者三様で叫びました。 「待って律子!これは」 そう、プロデューサーさんです。さっきの電話でこちらに向かっていた彼女は、 『見知らぬ男性に詰め寄られて泣いている伊織ちゃん』という構図を、ここに見たに 違いないのです。なぜって、彼女は……わたしたちをメッするためにいつも持ち歩いて いるハリセンを、力一杯振りかぶっていたのですから。 「そこの男!うちのタレントに──」 「ちが──」 「──なにをしたぁっ!」 すぱあん。 それはそれは見事な風切り音と共に白扇が振り抜かれ、目標である彼の頬に炸裂 しました。ちょっと見惚れるような放物線を描いて通路の反対側の壁にべしゃりと ぶつかった彼に、わたしはどれほどたくさん謝ることになるのだろうと一瞬気が重く感じ、 ……それから。 それから、これがきっかけでお近づきになれるかも、と、久しぶりに心が浮き立って いました。 ****
<伊織> 候補生からソロのアイドルとしてデビューした頃に、私は続き物のような夢を 見始めた。初めは職業病かノイローゼだと苦笑していたけれど、ある時期1週間連続で 夢を見たとき、少なくとも笑い捨てるのだけはやめようと心に決めた。 その夢は、私が芸能界で大活躍している夢だったから。 夢に出てくる私は今の自分とは少し違っていて、例えば私服のコーディネートは どこか少女趣味だし、なぜかいつも怒っていた。アイドル候補生として765プロに 入るときに変える前のヘアスタイルのままで活動していたし、隣にいるプロデューサーは 律子ではなく、顔こそ見えないものの間違いなく男性だった。 そしてなにより違うのは、私がそのプロデューサーに……恋をしていることだった。 社長……高木のおじさまにお願いしてアイドルデビューしたものの、事務所が 駆け出しアイドルのためにとってくる仕事の数は限られていて、みんなで仲良く やってはいても心の奥に不安や物足りなさを感じている現実世界に比べると、夢で 繰り広げられる『アイドル・水瀬伊織』の活躍譚はそれは楽しそうだった。もちろん 全てがとんとん拍子ではないけれど、成功も失敗も充実感に満ちていた。 夢の時系列はバラバラで、あるときはデビューしたて、別の晩には私はトップ アイドルとして振る舞っていた。夢の数が二桁になる頃それらをつなぎ合わせて、 夢の中での私の『設定』がわかった。 私は――以前の私と同じく――コネを使って事務所に入った人間で、ある時 プロデューサーに見出され、二人三脚で活動を開始したアイドルだった。デビュー曲を 貰う顔合わせで作曲家の先生にビビったり、初任給の安さに癇癪を起こしたり、 恥ずかしい衣装の仕事に腹を立ててドタキャンしたり、人気の出ないうちはひどい ものだったけれど……その度にそのプロデューサーが私を励まし、勇気づけ、時には 怒りの受け皿になってくれた。 やがてこのコンビはだんだんと行動の歯車が合ってゆき、活動3ヶ月目あたりから、 劇的な進化を遂げ始めた。指名オファーが増え、オーディションでは負けなくなり、 仕事に悪評がつくことなんかない、正真正銘のビッグアイドルへと成長しつつあった。 これはこれで仕事が忙しくなり、私の不満のタネにもなっていたけど、その頃には プロデューサーの言葉にいちいち耳を傾ける分別がついていた。 プロデューサーが夢の中の水瀬伊織にとってかけがえのない人物になってくる のが感じ取れて、夢を見た朝は決まって頬が熱くなっていた。顔も見えない、 声も聞こえないその彼のことを、夢の私がどれほど大切に想っているかが我が身の ようにわかって、少女小説でも読んでいるかのような高揚を感じていた。 ダンスのステップがうまくいかないとき、プロデューサーのなんてことない アドバイスで一発OKが出せたり。 一番の親友……うさちゃんの名前をそっと打ち明けた時、笑わずにちゃんと 聞いてくれたり。 キスというセリフが出てくる収録で『試してみるか?』なんて言われて、 真っ赤になって逃げ出したり。 CM撮影で私なりの意見を通させてくれた時には『大きくなったな』って不意打ちで 褒められて、その晩眠れなくてベッドでジタバタしていたり。 そんな、二人の思い出が貯まって行くのを、夢じゃない現実の自分に起きて いるかのようなリアリズムで見守っていた。 でも。 でも、振り返って見る現実の私は、いつまでたっても鳴かず飛ばずの、その他大勢の ままで。デビューして数ヶ月ならそんなものでもおかしくはないけれど、夢の中の 私が経験しているような仕事が一向に現れなくて、なんとも言えない焦りを感じていた。
事務所も……765プロ自体も、みんなは明るく仕事しているけれど、どう考えても 経営的にうまく行っていないのは明らかで。社長は『なあに、諸君らがランクアップ すれば大逆転だ、頑張ってくれたまえよ』と気楽に構えていて、経理書類を作っては 眉間に皺を寄せる小鳥や律子をなだめるばかりだった。後になって、経営トップとして モチベーション維持に頑張ってくれていたのだとわかったけれど、あの時の私には もう沈みかけの泥舟にしか見えなかった。 それで、パパに相談したことを憶えている。ほんの数分の交渉だったけど。 『そんなわけでね、高木のおじさまはパパの大親友なんでしょ?助けてあげて くれないかしら』 『いいとも、ただし伊織、お前がアイドルを辞めるのが条件だ』 まあ、聞いた私がバカだったと思う。こうなるのは目に見えていたもの。 執事の新堂に愚痴をこぼしたとき、一通り聞かされた。パパは、それでは誰一人 救えないと考えていたんだって。 『どういう意味よ。あんなの私に軽いおしおきでもしようって魂胆でしょ?』 『わたくしも、高木社長を存じ上げております。もちろんお父様との浅からぬご縁も』 『なら、今こそ高木のおじさまを』 『お嬢様、お嬢様にも大切なお友達がいらっしゃいますね』 『え……?ええ、そりゃ、一人や二人は』 『例えばそのお友達がお困りになっているとして、まだご本人が頑張っていらっしゃる のに、お金で済む問題だからとお嬢様が札束をお持ちになったら……お友達は 喜ばれるでしょうか?』 『えっ……』 『わたくしがお話を伺う限り、高木社長はまだ万策尽きたとはお考えでないご様子 です。お嬢様は、いかが思われますか』 そう言われて、自分が物事を軽く考えていたとわかった。大切な友達と言われて 思い浮かんだのはやよいのことだったけれど、たしかにあの子が困っているときに お金をあげても、きっと受け取ってくれないだろう。私はそれを、自分の友人では ないからっていう理由だけで社長とパパの関係で使わせようとしてしまったのだ。 『本当は秘密なのですが、お父様は765プロの実情にちゃんと目を光らせておいで です。いよいよの時には、どんなことをしてでも高木社長を手助けなさるでしょう。 ですから今は、その時ではないとお考えなのだと思いますよ、お嬢様』 最後に小声で打ち明けられるのを聞いて、強く感じた。ふたつのことが、私の心に 深く投げ込まれた。 ひとつは、親友という絆の力強さ。 そしてもうひとつは、765プロにできることがまだ残されているということ。 そう……つまり、私が見てきた夢が現実になればいいのだ。 社長の言っていたことはとてもシンプルで、とても正解に近い。このクラスの 芸能事務所は、稼ぎ頭が一人いれば存続できるのだ。ならば、今いるアイドルたちの 誰かがその一人になればいい。 このときうちのアイドルたちで一番売れていたのは律子で、彼女は社長の営業に 頼らない、自分で営業活動をして仕事を取ってくるスタイルをとっていた。言わば 社内に個人事務所を持ってセルフプロデュースしているようなものだ。仕事量は倍に なるけれど、自分に合った仕事を自分で探せて、結果的に自分の得意分野をクライアントに アピールできる頭のいいやりかただ。律子がもう少しステップアップできれば765プロは 少なくともひと息つけるし、律子もそのつもりで頑張っている。……少なくとも、 私にはそう見えていた。 その律子がある日、こんな話を持ってきた。パパとの交渉が決裂した直後のことだ。 『……ごめんなさい律子、なにか聞き間違ったみたい。もう一度言ってみて』 『伊織を、私がプロデュースしたいの』 『あんた頭おかしいんじゃないの?』 『この顔が冗談言ってるように見えるんなら、私ならあんたの視力の方を疑うわね』 ケンカ腰に聞こえるけど、彼女とはいつもこんな感じだった。でも、正気じゃないと 思ったのは本当……半分は。
『あんたがプロデューサー?アイドル辞めて?今うちの稼ぎ頭がお金引っ張って こなくなってどうするのよ!』 『辞めるんじゃなく一時休止。社長にも相談したわ。あと半年は大丈夫』 『なにそれ』 『余裕があるって意味じゃないわよ。あと半年は社長が頑張ってくれるから、その 間に売れっ子を1組作ってくれって言われたの』 律子の話は、彼女がタレント活動を休んでプロデュースに専念し、765プロの誰かを メジャーアイドルにするという計画だった。 『あんたがそのまま頑張ればいい話じゃないの?』 『二足のわらじは正直限界なのよ、肉体でも精神でもなく物理的に。私は自分の 仕事を自分でマネジメントしているけれど、それってつまり、自分が仕事中には 編成会議に出席できないっていうことなの。いま手を抜いてるつもりはないとは 言え、これも今の仕事量だからどうにか折り合いがついているっていうだけのこと だわ。ここより先に進むには、私はタレントかプロデュースか、どっちかを選ばざるを 得ない』 『プロデューサーを雇う余裕のない765プロでは、選択肢はないにひとしいってことね』 律子も私も、境遇や考え方が似ているからこういうときは話が早い。他の仲間と 違って現実的に、お金の話をできるのも都合が良かった。簡単に言えば、律子が タレントとしてこれ以上のランクアップをするには専任のプロデューサーが必要で、 今の事務所ではそれは無理だという話だ。 『まあね。アイドルでいるならランキングも今のまま。くやしいけど、今の私一人では 765プロのほかの子たちにまで仕事を回す余裕はない』 『そこで律子のこれまでのプロデューススキルを活かして、新しくアイドルユニットを 作り上げるっていうわけ』 『慈善事業をするつもりじゃないけど、そうすればトータルの人件費は変わらないわ。 私程度の経験でも、駆け出しアイドルを今の私くらいまでに引き上げることはできる』 『それを半年のうちに?』 『失敗したらあとがないわ。長くて3ヶ月ね』 『できるの?……って聞いたらダメなとこね』 『相談相手が伊織でよかったわ、ほんとに』 お互いの考えがまとまってきて、ここでようやく笑顔が出た。 律子の作戦は、いま活動しているアイドルから即戦力になるメンバーを集めて、 言わば企画ユニットとして知名度を上げるというものだった。なりふりを構って いられない今の状況なら一番妥当と言える計画で、先に知名度を上げて、メディアの 露出を増やしてからユニットの実力を認めさせようというものだ。そして、その リーダーが。 『そのリーダーが伊織、あんたよ』 『……』 『いやって言わないわね』 詰め将棋みたいなものだ。嫌だなんて言えやしない。 うぬぼれじゃなく、律子の次に名前が売れているのは私だった。家の事情で かさ上げされての人気でも、芸能界では実力のうち。少なくとも悪評は立って いないので、律子の考える作戦にももって来い、ってとこ。 『リーダーってことは、ソロユニットじゃないのね。デュオ?』 『トリオにしたいわ。まだOKはとってないけど』 『誰よ、あとは』 『あずささんと、亜美』 あずさはアイドルっていうカテゴリでは少し年齢が上だけれど、癒しの笑顔と 歌唱力では定評がある。亜美の方はちょうど中学生になって、実は双子だったと 大々的に発表したばかりで今一番ホットな人物。性格もキャラクターも全然かぶらない 3人、ということになる。
『見事にバラバラじゃないの』 『話題性重視だからこれでいいのよ。伊織、あんたならこの二人を制御できると 思うんだけど?』 『私に対する要望事項ってことね』 『違うわ。達成要求よ』 律子の計画は、半分は正気の沙汰じゃないって思った。 でも残りの半分で私は、チャンスが来たと考えていた。少し形は違うけれど、 夢に見ていた関係が……アイドルとプロデューサーでトップに上り詰めるという 絵図面が、このときはっきりと見えたから。 結局私はそのプランに乗り、あずさと亜美も合流して『秋月律子プロデュース ・竜宮小町』というユニットが活動を開始した。その当時の律子くらい稼げるように なるまでは2ヵ月で済んだ。そこからさらに時が経ち、今の765プロはこの何年かで 一番の業績を上げている。高木社長は人材探しの名目で役職を降り、社長の従兄弟の 順二朗おじさまが新社長に就任した。双子みたいにそっくりなので社内の雰囲気は 全然変わらず、小鳥によると来社したお客がびっくりするくらいだと言う。 そして私の見ていた夢は……。 ……今でも、変わることなく続いていた。 現実の私の境遇が混じることもなく、相変わらずおでこ全開のストレートヘアで、 ソロユニットで活動していて、プロデューサーは男性のままで、なにかにつけて その彼に文句を言って、……それでもいつも目は彼を探してる。 プロデューサーがいないときは仕事をそつなくこなしても明らかに精彩を欠いて いて、逆に彼がいる時は目を見張るようなポテンシャルを見せて、どうやら夢の中の 私は彼に気があることをいまだに打ち明けていないけれど、周囲のみんなには まるわかりのようだった。私がこの立場なら恥ずかしさで即死できるレベルだ。 喋っているのがわかりはしても、どんな声かは聞こえない。 こちらに笑いかけてはいても、どんな顔かはわからない。 私は、そんな彼のことが、夢の中の私と同じに、いつしか大好きになっていた。 どんな顔なのだろう。 どんな声なのだろう。 彼はなぜ、今ここにいないのだろう。 私はどうして、律子と仕事しているんだろう。 律子と手がけているユニットは大好きだ。自分の努力で上り詰めつつある充実感も ある。でもその一方で、『竜宮小町の水瀬伊織』には手に入らない、夢の中の人間関係が どうしても気になってしかたなかった。さっきのオーディションの話ではないけれど、 私はまるでシンデレラのように、まだ見ぬ夢の王子様を現実の人々の中に探し続けていた。 今、もし。 もし私が竜宮小町ではなく、他の子みたいにソロユニットのままでいたら、いつか 彼が765プロに来てくれるだろうか。 あの日律子が私を呼び止めるより前に、彼が765プロに入っていたら、私のパートナーは 変わっていたのだろうか。 そんなことを考えるようになっていた。 ……だから。 だから、そうなってしまったのだ。 あずさを連れ帰ってくれた人の顔を見た途端、『そう』だって思ってしまったのだ。 いつもの、一般人向けの笑顔を作ってお礼を言い、彼と視線を合わせた瞬間。 「あんた……なんで……今ごろ……っ」 顔も声も知らない相手を、この人だって思い込んで。 そこまで口をついたら、もう胸が詰まって喋れなくて。 迷子の子供が両親に会えたみたいに、ぼろぼろ泣くしかできなくなって。 私は、それを誤解した律子が彼を3メートルもぶっ飛ばすのを、ただ見ているしか なかったのだ。 ****
<律子> 「申し訳ありませんでしたっ!」 控え室の中で、頬に濡れタオルを当てている彼に、私は90度を大きく超える最敬礼で 謝罪した。 「私の早とちりで大切な恩人を邪な誤解して、怒りに目がくらんで怪我までさせて しまって、お詫びのしようがありません」 「あー、いやいや、だからいいんですってば」 「わ、私がいけないのよ、人違いで泣いたりしたから」 「あの、わたしが先に気づいていたのですから、わたしがちゃんと止めるべきだったん ですし」 「ごめんね兄ちゃん、痛かった?」 伊織たちも続いて頭を下げてくれる。 早とちり、暴力行為、担当ユニットにまで謝罪させるなんて。こんなの、 プロデューサー失格だ。 ハリセンはアイドル時代からの私のトレードマークのひとつで、プロデューサーに なってからも大小さまざまなものを持ち歩いている。もともと悪ふざけが過ぎる3人を 指導するのに便利に使っていて、動きや音が大きい割にダメージが少なく、言って みればネタ的にも美味しいアイテムだったから。私としてももう使い慣れたもので、 どう扱えばどのくらい痛いか、他人が見ていてギャグで済むのはどのレベルか、 研究も積んでいたし充分に使いこなしていた。ただ、今回は状況が違った。 あずささんが迷子になった、と聞いて駆け戻り、通路の角を曲がったところで見た 光景は、……おびえて泣く伊織に詰め寄る男。部屋の中にいた亜美は姿が見えず、 あずささんは二人の状況におろおろしていた……私の認識では、そうとしか思えなかった。 トリオでデビューしたてのころ、心得違いのファンモドキどもに何度か対応した こともあり、こういう時の覚悟はできていた。3人を守るためなら、自分はどんな ことでもしよう、と。今回はバッグに入っていた得物を取り出し、一番痛い角度で 相手のアゴに振り抜いたのだ。 ところが。 「今回のこと、言葉で謝罪しても足りるものではありません。この上は賠償や訴訟沙汰に なっても致し方ないと考えております」 ところが相手をぶっ飛ばして一息ついてみれば、亜美を助けてくれ、あずささんを 連れ戻してくれた功労者で、伊織など初対面で誰かと勘違いして泣き出しただけだと 言うではないか。みんなが無傷だったのが幸いだが、自分の失態を拭うにあまりある。 観念して訥々と懇願する。 「ですが、これは全て私の早合点、思い違いによるものです。3人には落ち度は全く ありません。私は彼女らのプロデューサーでもありますし、責めるのはどうか 私一人にしていただきたく」 「責める気はありませんてば。まあ俺の話も聞いてください」 「!……そうですか」 にやにやと笑う顔を見つめたら、背骨を冷たいものが流れた。……そうか、 そういう輩だったか。 弱小アイドルと高をくくった連中を相手に、これまでにもこういう流れになった ことがある。私にせよ彼女たちにせよ今まではうまく逃げてきたが、こちらに 落ち度がある今回は事情が違う。 『そういう方面』に話が行くようならせめて私一人で食い止めるしかないと考え、 目の前の相手を睨みつける。 「では、ど、どのようにお詫びを……?」 声がふるえるのも口惜しい。こういう手合いは涙にまで舌なめずりするようなのも いるので、そこだけはなんとかこらえた。
「うわ、恐いな、ちょっと待ってくださいよ」 男は笑顔でいるが、これさえ愉悦の笑みに見えて反吐が出そうだ。 「俺はそんなつもりじゃ」 「じゃあどんなつもりなんですか!」 「あー、その、だからですね」 なかばやけっぱちで叫ぶように問うと、彼が立ち上がった。さっきは夢中で 気付かなかったが、思ったより背が高い。私の視線も自然に上に上がる。 「今日から同僚なんだから、訴えるだの謝罪だのっていうおっかない話はやめて くださいってことです」 「……」 脳が、混乱した。鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔で相手の顔をまじまじと見つめる。 「へっ?」 視野の隅っこに入る横の3人も同じだ。漫画なら私たちの背後に『きょとん』と 大きく描かれているところだろう。あずささんが私の絶句を引き取った。 「いま……なんと?」 「ですから、同僚」 同僚とは、私の記憶が確かならば一般的には同じ職場に在籍する従業員を指す 言葉だ。しかし私はこの男性を見たことがない。かえって理解が遠のいて、彼の 言葉をオウム返しにした。 「ど、同、僚?」 「そうです、さっきまで高木社長と会ってたんですよ。あーそうそう、これ紹介状」 ポケットを探り、私に手渡したのは社長の名刺だった。裏にメモ書きがある。 ――この人物は我が社の新しいプロデューサーだ。律子くん、彼をよろしく指導して やってくれ、期待しているぞ。 私がメモを読んでいる間、3人もそれを覗き込んできた。筆跡や言葉遣い、日付に 時刻まで書き込むクセ、間違いなく社長のメモだ。つまり。 「今日付けで765プロのプロデューサーとして採用されました、これからよろしく。 ちょうど765プロ一番の売れっ子が仕事中だから、挨拶がてら見学に行ってこいと 社長から言われましてね」 「……」 「え」 「ええっ」 「ええええっ?」 言葉も出ない私と、トリオらしい素晴らしいコンビネーションで驚きの声を上げる 3人。この息の合いっぷりは彼にはさっそく勉強になったろう、いや違った、そうじゃなく。 目の前にいるこの彼は765プロに入社した、待ちに待っていた専任プロデューサーで。 スタジオに挨拶に来るなり走り回る亜美のタックルを受け止め。 迷子になったあずささんをエスコートして控え室にたどり着き。 自分自身にはまったく非はないのに顔を見せるなり伊織に泣かれ。 しかもそれを目撃して怒った私に、渾身のハリセンスマッシュを浴びた、ということか。 なんという偶然。なんというめぐり合わせ。なんという……運命。 私は名刺を握り締めたまま硬直し、意識の片隅で壁の時計に視線をやった。そして。 そして、竜宮小町の収録開始までまだ余裕があることを確認してから……目を回して ばったりと倒れたのだった。 **** 本当を言えば、アイドルをやっている方が面白かった。 当初こそ、自分なんかアイドルなんて柄じゃないって考えていて、社長に頼まれて 半ば強制的に活動を開始した仕事だったけれど。それでも、こんな私でも何人かは ファンがついて、CDショップのイベントやデパートの屋上で歌を歌うと応援してくれる のを見たら、彼らのために頑張らなければって思うようになった。
ユニットプロデューサーというシステムのことを耳にしたのもその頃で、調べてみたら セルフプロデュースをするタレントがいることもわかって、それならばと社長の 営業活動を他のアイドルに振り分けてもらった。手探りのうちは業界の慣習も基本的な 手続ごともわからず、ずいぶん失敗もしたけれど、それが役に立つようになるのも 早かった。 番組企画の話を聞きつけて、制作会社にコーナー企画を持ち込む。自分の キャラクターに合った番組を探して、アシスタントや出演枠、テーマソングなどの オーディションに自分を売り込みに行く。水着を着て笑っているだけの仕事や頭の 悪い振りをする仕事もあったけれど、だんだんと自分の得意分野をアピールできる 仕事を取るコツがつかめてきた。企画会議は面白く、その中で自分の意見が通れば 満足度も高い。そこらのアイドルだと内心バカにしていた制作スタッフが自分を 見直してくれるのは、とても嬉しかった。 このままセルフプロデュースアイドルとして活動を続けていてもいいかな、そう 思い始めた頃、事務所の存続が危うくなっていて。私は、私が765プロに入社したのは ……タレント活動をし、プロデューサーとしての経験を積んできたのは、まさに このためだったのではないかと思い当たった。 幸い、あずささんも伊織も亜美も会社の事情を理解してくれ、レッスンも営業も うまくこなすことができた。月日が経ち、765プロはまずまずの収益力を持てるように なり、とりあえず竜宮小町が活躍できている分には当面安泰と言えた。アイドルの 寿命は長くはないので、次のタレントを育成する必要はあったけれど。 そこで少し前から社長に、プロデューサーをスカウトして欲しいとお願いしていたのだ。 私が身に付けたプロデュース技術は、蓋を開けてみれば特別な技能ではなかった。 地味な作業を厭わず、タレントとの相性が良い人物が見つかれば一定の確率で成功 する。そんな人材を得て、事務所のアイドルの何人かを担当してもらい、うまく 育ててくれれば会社はずいぶん楽になる筈だ。それを何度か繰り返せば、中堅・大手 事務所の仲間入りだって夢ではない。そんなふうにしていつか765プロが余裕を 持てたら、私は……。 私はまたセルフプロデュースか、ひょっとしたら誰かプロデューサーをつけて もらって、もう一度タレントをやってみてもいいかも。 そんなことを考えていたのだ。 **** 「まったく、律子もだらしないわねえ」 「よくそんなことが言えるわね、目の赤みは取れたの?」 「だ、大丈夫だったらっ!」 10分後、控え室のソファで寝かされていたのに気づいたら、収録時刻が迫って いた。体を起こして笑顔を見せると安心したのか、3人もスタンバイにかかって くれた。 「彼、以前は撮影スタジオにいたんですって。時間配分のことも詳しかったし、 教える必要なしね」 「亜美の衣装のすんごい小さなシワとか気づいてくれたんだよ、けっこう使える 兄ちゃんかもー」 「今も現場を見ていただいて、照明の位置を変えてくださったんです。ディレクターさん、 感心してらしたわ」 みんなは準備万端、聞くと例の新人プロデューサーがいろいろ頑張ってくれたらしい。 同業でなくても現場経験者だと助かることは多い。3人がドアを開けるとちょうど、 その彼が部屋に顔を出した。 「おっ秋月プロデューサー、動いて大丈夫ですか」 「いきなり迷惑かけちゃいましたね、すみません」 大きな動きで笑いかける。落ち着いて見ると、なんとなく憎めない立ち居振る舞い で、亜美たちもこういうところを気に入ったのだろう。撮影畑の人たちは職業柄 なのかこんなタイプが多く、被写体である私たちを自然と安心させる才能に長けている。
「謝らないでください、俺が状況把握できてたらこんなことにはならなかったんですから」 「あの、ひとつ、いいですか?」 「うん?なんでしょう」 休んでいる間に頭の中で考えていたことを、彼に伝えることにした。 「私に、敬語を使わないでください」 「えっ?なんでまた」 「だってあなた、私より年上でしょう?なんだか居心地悪いです」 「しかし、秋月プロデューサーの方がキャリアがあるでしょう」 「タレントなら芸歴で先輩後輩が決まりますけど、プロデューサーというのは技能職 ではなく一般職です。つまり私も今は会社員ですから、キャリアはあまり重要では ありません」 「そうですか。うん、そういうことなら、そうしましょう」 「違ってますよ」 「……あ。えー、そういうことなら、そうしよう。これでいいかな?」 「オッケーです」 「ん、でも秋月プロデューサー」 「あ、それもナシで」 「ええ?だって」 「肩書きをつけるのはオフィシャルだけで充分ですよ。765プロって、社内はすごく フランクなんです。事務員さんのことだって下の名前で呼んでる事務所ですし、 私のことも律子でいいです」 「そうか……わかったよ、律子。こうでいいのかな?」 律子。 そう呼ばれたら、なぜか頬が熱くなった。親や同級生、アイドル時代のファンたち。 男性から呼び捨てで呼ばれるのは慣れている筈なのに。 彼の口から律子という名前が出たら、まるで……そう、まるで恋人から呼ばれたか のように胸が高鳴った。表情に出ていないことを祈りながら、指でマルを作る。 「う、はい、上出来です」 「きみは敬語のままなのか?」 「あなたの方が年上ですから。これはオフィシャルとかプライベートとかじゃなくて、 礼儀です」 「なるほどね、了解」 そろそろ本番だ。私も寝ているわけには行かない。両足に力を入れて立ち上がる。 「さあみんな、トラブってごめんね。気合入れて行くわよ」 「ねえ律子、その前に」 3人に呼びかけると、中から伊織が口を開いた。 「どうしたの?」 「さっきの話、オーディションのことなんだけど」 「え?でも決めたでしょ、今は収録を」 「すごいアイデア、思いついちゃったんだよねーん」 ゆっくり考えればいいと話し合った筈のオーディション。私が言い返そうとすると、 亜美が遮った。 「すごいアイデア?」 「何かが足りないって思う、あのときそう言いましたよね。わたしたち、さっき3人で 話し合ったんです」 今度はあずささんだ。 「ええ、そうでしたね。足りないもの、なんだかわかったんですか?」 「はい」 「なんだったんですか?」 「わたしたちに足りないのは……律子さんでした」 「……へ?」 素っ頓狂な声を出すのは、今日何度目だろう。 「そーなんよ。亜美たちには、律ちゃんが足りなかったんだよね」 亜美のこれは、楽しいことを隠しているときの笑顔。
「新しいプロデューサーさんに会って……わたしたち、同じことを考えたんです。 わたしたちは、やはりアイドルなのだ、と」 あずささんが言う。 「アイドルはステージで輝いてこそアイドルだわ。それがどんなお仕事であっても、 歌やダンスやお芝居や、ファンのみんなが喜ぶパフォーマンスで会場や視聴者を盛り 上げる。伊織ちゃん、亜美ちゃんだけじゃなく、春香ちゃんや雪歩ちゃん、765プロの アイドル全員が同じこと」 「そうよね。なにしろ私たちはそれぞれ女神の美貌と天使の歌声、そして妖精の ステップをその身にまとった歌の化身なんだから。にひひっ」 伊織が引き継いだ言葉は、さらに亜美へと手渡される。 「それは、律ちゃんも同じことなんだよ?今は亜美たちをプロデュースしてくれてる けど、それは世を忍ぶ仮の姿!しかしてその実態はっ」 「プロデューサーさんはきっと、私たちではなく765プロの他のアイドルのみんなを 受け持つのでしょう。でも専任のプロデューサーさんが来てくれたことで、事務所 全体のタレント運用には余裕ができる筈よね、律子さん?」 「そっ、それはまあ」 「アイドルというものは、周囲のスタッフさんたちとファンの力で大きく羽ばたく ものだわ。応援してくれる人、サポートしてくれる人、それがあってのアイドルだと わたしは思う。そう……シンデレラが美しく姿を変えたのはその真心を見続けていた ちいさな動物たちがいたから。彼女の恋を手助けする魔法使いさんがいたから」 あずささんの言っているのは、世界的に有名な例のアニメーション映画の筋書きだ。 民間伝承に始まる灰かぶり娘の物語はそのバリエーションが100を超える。あずささんは その中で、多分その映画が記憶に刻まれているのだろう……私と同じく。 アニメ映画のシンデレラは、王宮の舞踏会の前に王子と出会っている。継母たちに いじめられながらも明るく働く彼女をお忍びで街へ出た王子が見初めたから恋が 始まり、苦しい生活の中で小さな命を大切にする彼女の心根に惹かれたからこそ、 良き魔女がその恋を手助けしようと思ったのだ。孤立無援と思えたシンデレラにも 彼女を応援するサポーターたちがいたから、その彼らが馬車を引く馬になり御者に なって彼女を宮殿へと運んだのだ。 「私たちはみんな、魔法使いさんを待つシンデレラなの。プロデューサーさんや ファンのみんなが、私たちをトップアイドルという王宮へいざなってくれる日の ためにこつこつと準備をしているんだわ」 「それはね、律子もおんなじなのよ」 朗々と語るあずささんの隣で、伊織が笑った。 「あんたは私たちに魔法をかけてくれた。シンデレラの物語では、魔法使いの出番は これで終わりよね?今度は、あんたにも魔法をかけてあげなくちゃ」 「ちょ、ちょっと待って!みんないったい、なんの話をしてるの?」 思考を整理するためにこう言った。とある予感が、胸の底の方でうごめき始めている。 「だからぁ、律ちゃあん」 亜美がたたみかけるように満面の笑みを浮かべた。まるで『わかってるんでしょ』 とでも言うように。 ……そこで、気づいた。私を取り囲むように見つめる3つの笑顔が口にする名前に。 「律子」 「律子さん」 「律ちゃんっ」 嬉しそうに呼びかけるその言葉は『プロデューサー』や『姉ちゃん』ではなく…… アイドル時代の、仲間を呼ぶ名前だった。 そしてあずささんが……口を、開いた。 「いっしょにオーディション、受けましょ?律子さん」 「えっ?ええええっ?」 まさか、と思うのと同タイミングで、そのものずばりの誘いを受けた。これ以上 目を見開いたら、きっと私の目玉は外れて落ちるに違いない。 「だって、ドラマの主人公は4人いるっしょ?亜美たちだけじゃ人数足んないじゃん」
「中学生が亜美、高校生が私でOL役をあずさがゲットしても、大学生の役を他の誰かに 任せるなんて中途半端じゃない」 「だから、律子さん。一緒に主役、やっちゃいましょうっ」 「だっ、だっ、だって私、アイドル辞めて」 「一時休止って言ったわよね、あの時」 「ぶ、ブランク長いのに、そんなの」 「選考日まで少しあるから、ちゃんと勘を取り戻せますよ」 「そんな簡単に演技力まで復活するわけ」 「話題性もポイントになるって言ったっしょ?『秋月律子プロデューサーがタレント 活動再開』なんて、超すんごいニュースだよー?」 「それはそうだけど!私まで現場に入ったら全体を見てプロデュースする人がっ」 次から次へ言い訳をせき止められ、苦し紛れに叫ぼうとしたらとんとん、と肩を 叩かれた。 「……いなくなって……」 「どもー。新人ですけどプロデューサーでーす」 振り向くと、彼だった。一瞬、もう一度失神しようかと精神が傾く。 ……だが。だがしかし。 私は、気を失わなかった。 「そ」 「そ?」 「そんっ」 「そん?」 「そ、そ、そんなに言うならぁ……っ!」 気絶なんか、してられるもんですか。だって。 「そんなに言うなら、い、いいわよ!やーってやろうじゃないのっ!」 だってこんなに……こんなに、楽しい話をしてるのに。3人の笑顔が一斉に 花開いた。 「はいはいわかったわよ!ディレクターに言っておくわ、私も含めて4人で エントリーするって。ただしそのことで他の仕事の手なんか抜こうもんなら、 きっついお説教くらわすから覚悟するのよ?」 「いえー!」 「亜美イエーじゃないっ!それからぷっ、プロデューサー!」 呼ばれるのには慣れていたが、プロデューサーと人を呼ぶのはかなり新鮮だ。 「俺?」 「オーディションまでに、基本的なこと全部教えます。私の代行をやっていただく ことになると思いますから、かならずマスターしてくださいね」 「ああ、わかっ……あれ?俺巻き込まれた?」 「なにか不服でも!?」 「コレッパカリモゴザイマセン」 「よろしい」 一目でわかる。3人のテンションは最高潮だ。今日の収録はいいものができるだろう。 「じゃあみんな、行きましょう!」 「はい!」 きれいにそろったいい返事。意気揚々と部屋を出る。 向かってゆくのはスタジオの収録現場だけじゃなく、この道筋の先にある、 遥か輝く遠い果て。 こうして私たちは……4人のシンデレラと魔法使いは。 ──魔法使いは見習いだし、シンデレラの一人が魔法使い兼任だが── 王子の待つ舞踏会への道のりを、力強く歩き始めたのだった。 おわり
以上です。長のスレ占有すみません。 アイマス2、みなさまも驚いたことでしょうが、なんと4人のアイドルがプロデュース 不可ですよ。しかも律子が夢を叶えてPだとかあずささんが自己犠牲精神でとか、 キャラスレで爆発した連中ほどではないにせよ必ずしも首肯できない理由付けを してきている。 そこで、僕なりにつじつま合わせをしたくなったのがこのお話でした。 結局4人がずっと独り言並べる形式になってしまったのですが、彼女ら一人ひとり にも言いたいことはあるはずで、それは「アイマス1の世界」と「アイマス2の世界」 を何らかの形で補填するものごとのはずだ、と思ってのことです。 なにやらワケアリの新人くんも登場しますが、この世界では単に「順二朗社長に ティンとこられた人」でしかなく、別に前世の記憶やらパラレルの使命なんかを 持ってるわけではありません。あずささんたちも彼に感じるものがあったようですが、 少なくとも2の世界観ではそこから即座になにかが始まるわけでもありません。 『2のED後の世界』で、新しいなにかがあればいいな、とは思いますけどね。 そんな感じの話だったのですが、竜宮CDにドラマがつくと聞いてワクワクした のが失敗だった。これからCDを聴くという人に誤解を与えないためにもいくつか ネタバレさせていただきますが、 (以降「CDのドラマ」上の設定で、ゲーム『アイマス2』ではどうなるか不明です) ・竜宮の面々は律子をP呼ばわりせず、例えば伊織は「律子」と呼んでる。 ・竜宮小町はようやくCD1枚出したばかりで、他のアイドルたちとランキングは どうやら大して違わない。せいぜい半歩先くらいか。 ・律子も竜宮の仕事があまりないので内職的にアイドル稼業をやってる。 わたくしがSSに施した仕掛けがことごとく打ち壊されておりますが今さら修正も できず。ああ、いっそ気持ちいいともさ。 ま、このSSもレシの考えたパラレルのひとつとお考えください。 アイマス2について、ちょっとだけ書きます。 棲処のキャラスレでいろいろ書いたのですが、やはりプロデュースできないアイドルが いるとは言えアイマス新作です。キャラ改変とかSP準拠とかハネ金がどうとか言われて ますが、でもアイマスなんです。伊織が憎まれ口とか底の浅い言い訳とかワガママ 言ったりとかするんです。あずささんがあらあらって言ったり迷子になったりとかする んです。中学生になった亜美がデンジャラスな言動をするんです。律子がだらしない Pに説教したりするんです。 プロデュースできないけど、アイドルたちがすぐそこで動いてるんです。 僕がプロデューサーではなくなっても、彼女たちはそこにいるんです。 相手してやらないわけに行きませんよ。 その上で、冒頭に書いたとおりまだ評価は保留です。許せない改変があったら触れる こともなくなるかも知れません。意外によかったっつってどハマりするかも知れません。 その時は、その時の話です。 幸い、このスレの住人には類稀なる妄想スキルがあります。 無印だろうが2だろが、アケでも箱でもSPも、DS小説アニメに漫画、このさい例のロボットも。 なんでもかんでも飲み込んで、各々自由に考える理想のアイマスワールドを語れば いいんじゃないじゃろか。 ハイ、言うだけ言わせていただきました。 まだいくつか書きたいお話もありますし、この先も増えるかもしれません。 そのときまたお目にかかりたいと思います。 しからばこれにて。
167 :
おまけ情報 :2011/02/19(土) 15:37:27 ID:peOCyhHz
長文乙〜。 1/25て、なんで日付が入ってんだよと思いましたよ。ええ。 もし、各キャラ別々に書き上がっていたのなら、出来た時にUPしていたら良かったかもですね。>CDドラマとの乖離 > 相手してやらないわけに行きませんよ。 言いたい事はわかりますけど、ねぇ…………。 ああ〜、いっそ某可変ロボシリーズのように全ては劇中劇にしてしまえ!
>>140 1と2は同じ世界だけど微妙に違う、プレーヤーが同じでもプロデューサーはこれまた違う、
というゲームのジレンマをうまくいなしたアイディアに拍手。かわりばんこの一人称という
構成も、決して奇をてらってるわけでないところがさすがの貫禄でした。お疲れさまです。
失礼します。このスレは初めてですが……。 ごく短いSSを投稿させていただきます。
171 :
静かに貴き :2011/02/24(木) 11:26:43.20 ID:AJvkOPjk
その人はおおむね、いつも、似つかわしくない大きさの鞄を抱えてやってくる。 どこの生まれだか分からない。銀の髪を揺らして、鞄を開けて。 ほら、今日も彼女は、いつもと同じものを取り出した。 なんとも知れない本と、ぶ厚い国語辞書。 ……彼女の整った顔は、たぶん知らない人はそうそう居ない。 私の働くカフェーには、四条貴音がやってくる。 「わ、い、ぱ、あ。……ふむ、ありました」 単語を調べては、ペンで線を引いていく。 本は保存するのではなく、使うものだ。そこらへん、この人は分かっている。 四条貴音はケーキ類を頼んでこない。いつもコーヒーだけだ。 うちはアメリカンとエスプレッソ、それとカフェオレ、カプチーノしか出していない。 それでも最初の来店では、この人は目を白黒させていた。 「『あめりかん』、で、お願いいたします」 なるほど、男が狂うのも頷ける。笑顔の裏で私は感心していた。
172 :
静かに貴き :2011/02/24(木) 11:27:28.95 ID:AJvkOPjk
「おかわり、いかがでしょうか」 「有難きことです。さしさわりが無くば、ぜひ、お願いいたします」 うちではアメリカンはおかわり無料だ。マスターが道楽者なのである。 おかげで長々居座るには良いのだが、場所が辺鄙なのか、ヘンな輩が寄ってくる事はあまり無いようだ。 「はかどりますか」 「ええ、お蔭様でございます」 「それは重畳。ごゆっくりどうぞ」 一礼して、四条貴音のそばを去る。 テーブルを通り過ぎるとき、ちらりと常連のサラリーマンが目を流した気がした。 男性客だって、うちには居る。 ていうか、おっちゃんばっかりである。 でも誰も、四条貴音に話しかけたりしない。 じろじろ見る奴もいない。 「こっちだって忙しいのだ」てな具合に、めいめい、新聞やらノートやらと、にらめっこしている。 ……きっと皆さん、見栄を張っているのだ。 それに加えて、ほんの少しだけ、品がいいのだ。 私はよい場所に勤めている。 「御馳走さまでした。本日も変わらぬよき味で、つくづく感服いたしました」 「ご丁寧に、ありがとうございます。店主にもよく伝えておきますので」 四条貴音が店を出る。 彼女の残したドアベルの音は、いつも浮世を離れて聞こえる。 私はすぐにテーブルを片付ける。 私のバイトと高貴な世界が、ちらりと交わる一瞬。 たまに来る、不思議なアイドルの話である。 了
乙です。 こんな時期に貴音のSSを拝見できるとは、一服の清涼剤になりました。 とはいえ、こっちのスレでも2の話題について、どう扱うか考えないといけませんねorz
貴音? ああ、あの枕営業のアイドル? 気分が悪いわ
>>172 こういう文章大好き。 貴音の不思議ちゃん的な部分はほんとうによく似合います。
外の嵐はさておいて、心からあなたに「ありがとう」。
4月公開目標で、「春香が家にやってきた2」を書いていたのですが… 例によって満載のメタなネタが、本気で全くまるっきり笑えるものでは なくなってしまったので、もう封印することにしました…。 それ以前に、SSを読む、書くを含め、アイマス関連に触れること自体、 しばらく遠ざかりたい気分です。 個人的な内容の投稿、失礼しました。
>>170 いつぞや家庭用スレで現状こんなだけどそんなの関係なく
貴音のちょっとした話でもとか言ってた方かな?
>四条貴音はケーキ類を頼んでこない。いつもコーヒーだけだ。
だが、メニューに一瞬だけ走らす視線がすごく名残惜しそうだとか思ってしまうのは
自分が毒されてるせいでしょうかw
こういう面において自分の見栄で必要以上に大事にして我慢するタイプとも思えないだけに
いつもコーヒーだけである理由とか読み手が深読みしてみても楽しいかも?
よいお店のよい風景、ご紹介下さりありがとうございました
>>170 まったくの私事ですが……。
今まさに貴音が喫茶店でくつろぐシーン書いてた俺涙目www
主人公氏(嬢、のような気がします)も一筋縄では行かなさそうですが、その人物から見た
不思議な有名人の、ほんのひととき。
切り取ったという程でもなく、例えばコーヒースプーンでひとすくいしたような、そんな一場面。
褐色の芳醇薫る心地よさ。堪能させていただきました。ごちそうさま。
>>176 春香Pでもこの衝撃、ですか。
一住民である僕には去るものを追う力はありません。と言いますか、離れたいと感じる方は
ぜひそうすべきだと思います。ゲームをやるのは修行でも仕事でもなにかの罰でもありません。
まだ入手していませんので某巨大掲示板の書き込みから類推するしかありませんが、
少なくとも現在の情勢は既存のPにとっては厄災とでも言うべき事態になっているようです。
今は他のゲームでもやって気分を新たにリセットしておくのがよかろうかと存じます。
いつかまた、自分ちに担当アイドルが実体化して慌てるPの話を読める日が来ますように。
179 :
>>170 :2011/02/25(金) 19:31:50.42 ID:2ScmRXkp
あら、常駐板よりレスが多い。ありがとうございます。
アイマス界隈はやはりあったかい所だ。
>>177 本スレでこの板を勧められた者なら私です。
ケーキがっつり食べてる貴音さんも見たいですねえ。
>>178 貴音さんの喫茶店シーン見たいなあ(チラッ
―チラ裏―
『2』は無印のメインライターがクレジットされていないと聞きます。
(坂本氏はシナリオ協力のみ)
テキストを読むゲームなのにライターが交代=2次創作でしかない、と、私は考えます。
2次創作にいちいちショックを受けるのは馬鹿らしい、と思う律子Pの独り言でした。
>>179 よしゃ一本釣り成功〜w いや声は掛けてみるもの、いいもの読めました
のんびりした過疎スレではありますが、その分SSの読み書きには
さほどしがらみのない場ですので、よろしければぜひまたご投下のほどを
ていうか、むしろ創発板アイマススレは、いつでも君を待って(ry
>>180 乙〜。
このスレに投下した自作品を載せてみました。
シンデレラは長すぎって叱られたので後日分割して作りますorz
個人的には意見交換のページと、コメント欄が欲しいな。
今はこういう過去作編纂とかにとてもいい時期のような気がするw
頑張ってください。応援と協力は(できるかぎり)惜しみませんっ
保守。 スレが荒野だ・・・
パチにアイドルたちが売り飛ばされて どうやって夢や希望に満ちた物語を空想できんだよ…
宇宙人オチ&枕疑惑&いじめ発言が酷かったみたいだしな
書き手的には2はコミュがあんまりないのとアイドルの不機嫌な顔 見せられるのがちょっと辛くて妄想がうまく広がりません。も少し やり込めば変わるのかもですが、どっちにしても時間かかりそう。 いくつか並行して書いてますが(無印、SP、DSと揃ってんなw) しばらくはのんびりペースかな。 パチスロに突っ込むゼニはびた一文持ち合わせておりませんので 完全に別世界の話ですな。そもそもパチで素晴らしいオリジナル ストーリーが展開するとも思ってないし、某動画サイトまかせで可。 ファン/プレーヤー/プロデューサーとしては……ポジティブな 情報はついったと個人サイトで、ネガ情報はスレで収集してますw 俺は2ちゃんではこのスレさえ存続してればいいや。
ひとまず保守 もうすぐ絵理の誕生日ね
この板って過疎でdat落ちってあったっけ? 最近運営見てないから違ったらゴメンナサイ。 それだけだとアレなんで雑談代わりに クロスオーバーの相手として金魚屋古書店なんてどうかなーなんて。 始まりは番組の企画として評判の古本屋に訪れるアイドルでもいいし、 仕事帰りのプロデューサーを追いかけていったら金魚屋だったでもいいし。 「ここにある本って、私達よりずっと長い時を生きてきたんだね……」 「なんか、ちょっと不思議な気分」 なんて言ってみたり、 貴音にはやはりラーメン発見伝やばりごく麺だろうか、響なら動物のお医者さんかなあとか考えてみたり。 このキャラにはこの漫画を読んで欲しいなんてどんなのがあるかなぁ。
>>188 取りあえず真を連れて行って、古の少女漫画の山に埋もれさせてみよう。
>>188 絵理はブログで古書街巡りを楽しんでたしアリだな
まこりんは少女漫画読んでれば一日潰せそうねw
「もし876プロの女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」 というタイトルが浮かんだがまなみさんには荷が重いだろうかw
「もし876プロのアイドルがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の方が効果がありそうだw
涼「もしドラの方なら。姉ちゃんに勧められたんですけど面白かったですよ。 マネジメント論は正直よくわかんなかったけどドラマが感動的だよね、って 言ったら、『あんなお涙ちょうだいなシナリオにハマってるようじゃまだまだ よね』って言われちゃいましたよ。でもね、僕知ってるんです。姉ちゃんも クライマックスでボロ泣きだったんですよ」 絵理「……もう読んだ。ずっと家にいたとき、時間あったから。ううん、原書も」 愛「ママが持ってたんで借りたんですけど、読み始めて気づいたら朝に なってました!……びっくりですね、あんなに眠くなるなんて」
舞「ねえ、愛。お昼寝用の枕をだまって持ってかなかった?」
うーむ うまい
保守ですよ、保守!
保守、としか書けないことに謝罪
出来ることからやれば良いのだ
>>198 もっと雪歩っぽく言ってくれ
>>199 もっといおりんっぽく言ってほしい
律子「できることはたくさんあるんですよ、プロデューサー殿。被害の軽微な人たちが
一番しなければならないのは、ズバリ日常生活に復帰することなんです。私たちが
パニック起こしてたら被災地に迷惑かかりますからね。身近な話、私たちが自主的に
交通ルールを守れれば警察官を一人でも余分に向こうに回せるかもしれませんし、
怪我人や周囲の人が自分の容態を適切に判断できれば救急車の空きができるかも
知れません。仕事を持っている人、できる人は一生懸命仕事をして経済活動を盛りたて
れば、たとえば経済支援の余裕が社会に生まれるかもしれません。外国が日本経済の
底力を認めれば、株価や為替に好影響を与えます。このご時世ですから、自分の身の
周りのコンセントをひとつ抜くだけでも大きな効果があります。明らかに余分な買いだめ
に走っている人には『石油ショックかよ!』ってひとツッコミするだけで我に返るかも
しれません。パパママや先生など、小さな子どもと話をできる立場の人なら、ちょっとだけ
ニュースを消して絵本を読んだり抱き締めてあげたりしてください。子どもたちは周囲の
大人の表情を読んでます。眉間にシワよせたままだとヘンなトラウマ残しますよ。
動ける私たちは、それだけで動けない人たちよりアドバンテージがあるんです。まずは、
笑って日々を過ごしてみましょうよ」
P「脚ふるえてるぞ律子」
律子「……ちょっとだけ手、握っててください」
被害なしにつきわたくしは元気ですがSS思いつく余裕がありません。
よろしければネタください。フキンシンって言われないような奴。
ううっ、一週間も経ったのに「保守」としか書き込めません…… こんなダメダメな元SS書きの私は、穴を掘って埋まっておきますー!
202 :
創る名無しに見る名無し :2011/03/24(木) 11:32:48.97 ID:pE9hH9EZ
パチ、パチ ある日の午後、天気は晴れ、いや、快晴か。雲一つない空模様で、澄み切った青が 頭上を覆い尽くしている。陽射しが燦々と射すが、それは汗を流すほどではなく、た だ仄かな温かみをもたらすだけである。 パチ、パチ 俺はそんな昼下がりの陽だまりの中、たまたま社長室で、社長と将棋をしている。 パチ、パチ 「ま、待った!」 「…またですか?」 ちなみに、もう10戦目。お昼前から始めて、すでに社長の待ったの声も、飽きる ほど聞いている。 「なぜ、手加減してくれないんだね?」 「これ以上したら、俺が確実に負けますから」 最初は平打ちだったのだが、徐々に駒を少なくしていき、今では金銀と歩以外の駒 を落としている状態だ。だが、 「それでも、君は強いではないか」 「そんなことないですよ」 今の俺の手持ちに飛車角が揃っている。桂馬と香車も一枚ずつ持っている。 「むむむ………。どうすれば……」 「そこ、銀で取りますよ」 「な、なに、待ってくれ!?」 「はい、どうぞ」 大事な桂馬を、みすみす、俺の前に差し出す社長に、少し塩を送る。 「それにしても……」 「暇ですね……」 今、事務所にいるのは、俺と社長の二人のみ。 うちの事務所のアイドルたちは、今、人気上昇中で、営業やライブ、オーディショ ンなどに引っ張りだこで、忙しそうに各地を移動中だ。確か、あずささんは美希を連 れて、東北地方に出かけているし、響とやよいと伊織は沖縄あたりにでもいるんじゃ ないかな?律子は亜美と真美を連れて中国・四国地方を遠征中で、貴音、真、雪歩は 大阪・京都でTV番組に出演中。春香と千早は中部地方でライブをしている最中だろ う。音無さんは、あずささんと美希のサポート役で一緒に出掛けている。 そして俺と社長は、皆に来なくていいと言われ、書類作業も午前中にすべて終わり 、やることが無くて、将棋をしている。 ならば、アイドルについて行けと言われるかもしれないが、そのアイドルたちが俺 や社長を置いてさっさと仕事に行ってしまったのだから、しょうがない。 「まあ、今日はゆっくりする日ということで、いいではないか」 「…はぁ、そうですね」 ただ、俺は彼女たちが心配で心配で仕方がない。今も、たまに携帯を取り出して、 メールや電話の確認をしている。 「これで詰みです」 「うおっっ!?ま、待ってくれ」 「何手前まで戻しますか?」 「20手くらいまで戻してくれ」 「分かりました」 俺は、たまたま小学生、中学生のころに将棋にハマっていたのが幸いし、こうやっ て社長と将棋ができている。まあ、ちょっと社長が弱い気がするが……。 「まあ、こういった日があっても、いいではないか。いつも、君は頑張ってくれて いるのだから、今日みたいに、休む日も必要だと、私は思うのだよ」 はっはっは、と笑いながら、社長は駒を持って悩んでいる。 「確かに、そうなのですが……。でも、そんなこと言っても、手を緩めたりはしま せんよ?」 「ははは、手厳しいねぇ〜」 パチ、パチ 誰かが帰ってくるまでの間、また、社長室に音が響きだす。 彼女たちの笑顔が帰ってくるまで…………
203 :
202 :2011/03/24(木) 11:36:13.73 ID:pE9hH9EZ
高木順一郎社長役の、徳丸完さんのご冥福を祈るとともに、社長とPが登場する SSを書いてみました。 765プロがあるのも、社長のおかげです。 今まで、ありがとうございました!!! これからも、いつまでも、自分はプロデューサーであり続けます!!!
ただ保守するのもつまらんし… 駄ネタでよければ… P「ふむ…まさかサ〇ーからでるとはな…」 春香「Pさん何みてるんですか?パチンコ情報サイト?Pさんパチンコするんですか?」 P「うんにゃ。おれはもっぱらスロットだよ。でだな春香これを見たまへ」 春香「え〜と・・・『アイドルマスタースロット化!!』。へ〜アニメ化の次はスロットなんですね〜」 P「おいおい春香よ。そんな呑気なことでは困るぞ?」 春香「え?なんでですか?」 P「いいか春香よ。スロット打っててもな、バケとかハズレでも、演出で可愛い女の子が出れば許せるもんだ。 例えばバイ〇ハザードのレベッカとかエ〇レカセブンのアネモネとかな。(ただしアスカてめーはダメだ)」 春香「はぁ…」 P「だがな春香よ…考えてもみろ。仮に春香が絡む演出の当選期待度が全部10%以下とかだったら…」 春香「だったら…?」 P「間違いなく春香は液晶に出てきただけで舌打ちされる存在になる。それは嫌だろ?」 春香「それは確かに嫌ですけど…じゃあどうすればいいんですか?」 P「そりゃあ演出のバランス考えるのはサ〇ーさんだからな。サ〇ーさんに媚びる意味も込めて、基本的なAタイプ機とART機それぞれの 打ち方を教えてやるから覚えとけ。そうすれば春香はカヲ〇君的存在になり、出るだけでボナ確も夢ではないぞ。」 …数ヶ月後… 春香「Pさん聞いてくださいよ〜。昨日アクエリオンでバケの六択全部外しましたよ…あり得ませんよね!」 P「お前ハマり過ぎだろ…。といかまさかホールに行ったのか!?お前未成年だろ!!」 春香「まさか。親の名前で実機買いました。音がうるさいんで家の地下に専用の部屋も作りました。」 P「畜生!!このお金持ちアイドルめ!!俺の一生の夢を!!」 春香「あ〜あ早く二十歳になりたいな〜」 END 春香さんみたいな普通の娘ほど、一度覚えたらハマりそうだな〜と思って書いた。反省はしている。
随時収録していく予定です と言ってた管理人は、一度更新したきり放置プレイなのか?
自分では書きたいけど人が書いてたら読みたくないテーマってあるよね
207 :
創る名無しに見る名無し :2011/04/20(水) 00:43:19.52 ID:tX3Kwzvl
保守代わりに一部の人にしかわからなさそーなネタでageてみる。 題して、「メタルの帯風キャッチコピーを考えてみた」 「プロデューサーさんプロデューサーさん。私たちのCDサンプルが出来上がったって聞いて飛んできたんですけど」 「おう。ちなみに帯のタタキ文句は俺が考えたんだぞ」 「えーとどれどれ……」 ”正統という理想、その未来がここにある……”(春香) ”聞く者を永き眠りへと誘う、圧倒的叙情美の結晶”(千早) ”どこまでも気高く、どこまでも美しく……”(貴音) ”明日への道を照らす小さな太陽、世界は今眼を覚ます……”(やよい) 「……一体いつコロムビアからマーキーのアヴァロンレーベルに移籍したんですか私たちは」 「え? 駄目?」 ・説明 ヘヴィメタル、ハードロック系CDの帯には、このような素面で見ると大変こっぱずかしい文面が堂々と記載されております アヴァロンレーベルとは国内有数のHM/HR系専門レーベル 興味のわいた奇特な方は是非CDショップにて確認してみませう ちなみに上のフレーズが、ラジオCMのあの微妙な掠れ声で脳内再生された人はわりと重症かもしんない
>>207 『そう返せるあなたたちもどうかしている』
と頭を抱えるピヨ助。
>>207 真「えっ?普通にカッコイイって思いましたけど」
雪歩「あ、ミサワさんリスペクトですか?∞さんのとか素敵ですよね」
美希「ミキ知ってる!ガイアが俺に囁いてるとかのやつ!」
と、本当に知らない面々。
と俺。いい保守だった。
>>209 を見てたら武田さんのSSを書きたくなったので投下。以下、お目汚し失礼
211 :
武田氏2.25 :2011/04/20(水) 22:27:37.80 ID:oBBEARgk
武田蒼一は何につけても凄いことで評判であった。 耳目をふさいで胸を掻き毟るような謂れなき中傷を浴びても、また、準備に3ヶ月かけたプロジェクトが頓挫しても、 あまつさえ男性ファンから熱烈な支持を受ける女性アイドルが実は男性であったとしても。 彼はいつも眉ひとつ動かさない。 ただ一言、呟くのみだ。 「ほう」と。 彼の人外じみた人格者ぶりは、話に聞くばかりではいかにも真偽を疑われそうなものだが、実際に彼に会った者はみな納得するという。 ……ああ、この人は凄いのだ、と。 なんだか分からないけど、この人は底知れぬ何かを知っていて、常人には考え付かぬ何事かを常に考えているのだ……。 そういう風に感じさせる風貌をしているのである。掛け値なしに。 さて、ある日の風景(こと)である。 武田蒼一はさる人物に会うため、とある芸能事務所へと足を踏み入れた。 ――ボエ〜 突然、声が聞こえた。彼は眉をひそめた。外見からは分からないが、心の中でひそめた。 武田蒼一は声の主に近づき、話しかけることにした。
「ちょっと、君」 「は、はい?」 声の主は振り返った。ボーカルレッスンを中断され、少し驚いている。 武田蒼一は静かに話を続ける。 「君は今……音取りに苦戦しているようだね」 「ど、どうしてそれを!?」 「やはり、そうか。……僭越ながら、軽く助言を」 「はあ」 武田蒼一は薄く微笑むと(外見からは分からない)、歌っていた少女の目の前の楽譜をつまんだ。 そしてそれを上下逆さにした。 「こ、これはっ」 「そう、逆だ」 少女は何度も頭を下げた。どうりで楽譜が読みづらかった筈である。 ――ボエ〜 声の源を離れながら、武田蒼一は微笑んだ。人を惹きつける歌が大好きであった。
213 :
_ :2011/04/20(水) 22:31:19.79 ID:oBBEARgk
数分後となる。 武田蒼一は水も滴るいい男だ。 というより濡れ鼠になっていた。 それは通った廊下が水風船の飛び交う戦場だったことが主な理由である。 廊下のあちらとこちらに分かれて、瓜二つな女の子ふたりが投げ合っていたのだ。 当人たちの言葉を拾うに、これは双子の戦いらしい。 どうしたものかと武田蒼一は考える。立ち止まって考える彼の後頭部に、流れ弾。 革靴の中まで水浸しである。 …そうこうするうちに調停者がやってきた。 ――亜美、真美!民間人を巻き込むなっていつも言ってるでしょう! ――わ、りっちゃんだー!真美、ここは一時休戦だよう。 ――合点だよ亜美!煙幕よォーい! ――おーまーえーらァァァァ 双子の放ったロケット花火が嵐のように室内を飛び交う。 それをものともせずに走り抜けるメガネの娘、かなりの美少女なだけにある種の残念さを武田蒼一は感じた。顔には出さない。
>>210 ですが連投規制にひっかかりました。携帯から失礼
もうちょっとだけつづきます…1時間とかで解除されるのかしら
215 :
_ :2011/04/20(水) 23:42:51.83 ID:oBBEARgk
ともかく彼女は割烹着に着替えたのだった。 「これは一体」 「わたくし、自主的にこの事務所のがーどをしておりまする」 「ほう」 「まずはこちらをお見舞い」 「ほう」 四条貴音がどこからか取り出してきたちゃぶ台に、湯気のあがる博多風ラーメンが置かれた。 「これは一体」 「召し上がれ」 「なるほど」 ちょうど小腹が空いていない所だったが、四条貴音には有無を言わせぬ迫力があった。 武田蒼一はちゃぶ台の前に座り、割り箸をとった。 紅しょうがの器を手に取り、ひとつまみ、ふたつまみ、ラーメンの上に載せる。四条貴音は対面に正座して固唾を呑んでいる。 一面の雲を割って差し込んできた日光のごとく、紅しょうがの朱色が眩しい。 スープの散るのも気にせず、豪快にずずり。 「ほう」 「いかがでした」 「ご馳走様でした」 「お粗末様でございました」 「いいスープだった、掛け値なしに」 「ほう」 四条貴音と名乗った女性は満足したように頷いた。 それから人知を超えた速度で引っ込んでいった。 ……彼女は本当に、あの有名アイドル四条貴音であったのか?妖怪変化か何かではあるまいか? 武田蒼一には判然しなかった。いくらなんでも妖しい女性であった。 しかし、豚骨スープのどぎつい香りだけはどうあがいても本物だった。 「いいラーメンだった、掛け値なしに」 気づけば濡れそぼった体は暖まっていた。 あの一杯は四条貴音風の女性の親切心だったのかもしれない。 ……しかし、いつまで歩けばいいのか。 これは試練かなにかだろうか。
騒ぎが遠のいてから、彼はふっと息をついた。それから呟こうとした。 「ほぅっくしょん」 びしょ濡れだ。すこし寒い。 「そこな、殿方」 また歩いていくと、武田蒼一は突然何者かに声をかけられた。そいつは気配をまったく感じさせず、そこはかとなく不気味である。 「ほう、誰だい」 だが彼の表情は動かない。武田蒼一だから。 「申し遅れました、わたくしは四条貴音。アイドル業を営んでおりまする」 「ほう、これはこれは」 「貴方様は」 「僕は武田蒼一。名乗るほどの者ではない」 「よく分かりました」 ひゅん、と風の切る音をさせ、四条貴音が目の前に移動した。 人間らしからぬ速度だ。だが武田蒼一は微動だにしない。 「面妖だね」 「お褒めに預かりまして」 それからいきなり、四条貴音は一瞬にして着替えをした。 目にも留まらぬ速さ。肌色が見えたか、見えなんだか。
* * * * * * * 如月千早がレッスンをしている所に、誰かが入ってきた。 見ると、武田蒼一氏ではないか。 服もなにもびしょ濡れ、それと、なんとも言えない旨そうなにおいをさせている。 ――これは一体? 千早が問うと、 ――今日は君の誕生日だそうだね。 そう言って武田氏は瓶詰めの何かを取り出した。 ――まあ、これは? ――喉飴だ。気に入るかは分からないが、まあ、どうぞ。 ――わざわざ、どうも……。 千早は深々と頭を下げた。 いろいろと面食らってはいたが、武田氏があまりに真面目なので、彼女は空気に流された。 武田氏が帰ってから、千早は瓶から飴を一粒取り出して、口に放り込んでみた。 ころりころりと舌で転がす。 「……紅しょうがの味がする」 呟いた言葉に、部屋に入ってきたプロデューサーが返事する。 「どうした、千早?」 「今しがた、誕生日プレゼントをいただいたのです」 「……2月だったと思うんだが、誕生日」 プロデューサーの言葉に、千早は頷いた。 でも武田氏のことだから、きっと何か意味があるのだろうと思った。 ――ボエ〜 遠くで誰かが歌うのが聞こえた。 負けじと千早も練習に戻る。 千早は軽く息を吸った。 飴が効いているかは分からないが、リラックスして歌えそうである。 終
よくわからないが兎に角まったりした
>どうりで楽譜が読みづらかった筈である ここで噴いた 全体的に面白いとか笑えるとかよりも「?」な気分は先に立つが >でも武田氏のことだから、きっと何か意味があるのだろう こんな感じの納得はさせられてしまう何かがあるようだ 狙ってやってるなら、お見事
さて…暇つぶしを兼ねて何か書こうか… つってもネタは無いんだが… 「お疲れのようで…」 その男はいつもの様に廊下の片隅に立っていた いつもなら気にしないという訳ではないが、今日は特にこの男の顔を見たくなかったので 普段はエレベーターで降りる所をわざわざ階段で下りようと思ったらこれだ そのまるで… 「『そのまるで“何もかもお見通し”という雰囲気が気に入らないのです、この下郎』と?」 男は煙草の箱に手を掛けながら薄ら笑いを浮かべて言う 「おっと、銀の女王様は煙草はお嫌いだったかね」 貴音「その呼び方はお止めなさい。大体貴方は人に“様”を付けて呼ぶような人ではありませんでしょう そういうことは人を少しでも敬える方がすることです。」 貴音はこの男の名前さえ知らない、知らされていないし、知ろうとも思わないが 分かっていることは黒井プロと何らかの契約を結んでいるということ それが専属契約ではないこと、そして貴音が知る限りまさしく“下郎”いや寧ろ ここまでくると“下種”という表現すら当てはまるかもしれない 噂によるとこの男は、積まれた金次第で大抵のことはやってのける 良く言えばある種のトラブルシューターらしい しかし実際の所は トラブルの元を文字通り“抹消”することが仕事だと聞く 実際、黒井社長と間に問題を起こしたアイドルが一人 彼によって業界から“消された”そうだ 何より貴音が気に入らないのは、この男は自分が嫌われていると知りながら まるでいつも自分がそこにいるのが当然だと言わんがばかりに唐突に現れ 慣れ慣れしく話しかけてくるそのその無神経さだ
「これは失敬。」 彼は大してこたえた様子もなく答え、話を続けた 「まあさっきのオーディションの後じゃ不機嫌になるのもわかるけどね。 なんともらしくない出来でいらっしゃる。相手が格下だったことが幸いでしたか?」 貴音「話はそれだけですか。失礼いたします。」 貴音はさっさと彼の前を通り過ぎようとする この男と長く話していて碌な目にあったことが無い その時、彼は視界の隅で確かに“笑った” 「765のあの男か。」 貴音は無視して行けばいいのに、足を止めてしまった これでは不調の原因を自白したも同然だ 「ククク…深夜のデートコースが屋台のラーメン屋とは何とも言い難いが まあ奴らしいと言えばそうかもな」 貴音「!!尾行けていたのですか!この下郎!」 「まあまあそう興奮しなさんな。別に俺はこれを黒井社長に報告しようとか 765に持って行って強請のネタに使おうとかは微塵も思ってない訳でね ただまあ人生の先輩としてご忠告をとね」 貴音「…何ですか」 貴音は馬鹿正直に聞いてしまった事を後悔した
「あいつはやめとけ」 急に口調を低く変えて男は告げた 「あの男はダメだ。金とか地位とかそんな問題じゃない。もっと根本的な そう、あんたが恋愛の対象として視界に入ってない。まあそれはあんたも分かってるんだろうが…」 こちらに顔も向けぬまま男は喋り続ける。何故か普段のこの男には無い違和感を感じたが 貴音は黙って聞き続けた 「世の中にはな、ダメな男の傍に居場所を見出して身を破滅させていく女がいる そういう人の為に血を流してる人間を踏み台にして俺達は生きてる それだけのことなら特に俺から忠告なんかしないけどな」 彼はまるでここに居ない誰かに話しかけている様に虚空を見つけている その眼にあったのは貴音の眼に間違いが無ければ、一抹の悲しさ・寂しさであろうか 「でもな…俺なら何とかしてやれる。 まあ端的に言えばだ、あの男の心と体をおまえさんにくれてやるってことだ」 初めて眼を合わせたそこにあったのは、異質な笑みだった 「代償は…そうさな…あんたの体でどうだ? 勿論、あいつにはバレないように上手くやる。それは保障してやる」
貴音「…前々から貴方に聞きたいことがありました」 「なんなりと?お姫様」 貴音「貴方には欠片も良心というものが無いのですか!」 貴音は気が付けば声を張り上げていた 男の下種な提案よりも、何より自分の心の奥底の欲望が よりそこまで見抜かれていたことがショックだったのだ そして一瞬「あの人の全てが手に入るなら」と考えた自分の浅ましさが許せなかった 「ま、あんたならそう言うよな。残念」 彼はそんな貴音の怒りも適当にあしらい その返答を予め予測していたように、踵を返して歩き始めたが ふと思い出した様に止まった 「質問に質問で返す様で悪いんだけども…」 彼は軽く振りむいて問うた 「良心とかって、時価でいくらぐらいあれば買えるもんなのかね?」 しかしそこに女王はもう居なかった 「…まあ、あんあんたの心は良心でも悪心でも高いよな 少なくとも俺の持つ全てを捧げても手に入らない程度には」 こんなにも愛しているのに、心も体も自分の物にはならない 「そんな苦しみは女王様よ、あんただけの物じゃないさ」 男は煙草に火を付ける、彼女と会ってから 心なしか煙草の消費量が減った気がする 以前ならきっちり2日で一箱吸っていたのに 一昨日買った箱の中には、煙草が一本だけ残っていた 「煙草一本分の愛情か、するとはさしずめ、俺の心はざっと2,30円ってとこか… ククク…勝てる訳がねぇな」
以上で終わりです ネタが無いからって 以前どこかで見た話を短くしてアイマス風にアレンジしてみようと思ったら いつの間にか原型が全く無くなっちまってたのは秘密なんだぜ
>>224 雰囲気Good
こういう固茹で風味の話は好きだ
その元ネタも知らないけどなんつうか、いい感じ
thanks
面白かったなあ こういう切り口も新鮮でいいね
人生においてどうしても忘れられない体験を挙げろと言われれば 伊織にとってのそれは初めて765プロを訪れた日であろうか 父親の紹介で来たプロダクションであったが 最初はその建物自体のボロさに若干引きつつ 事務員らしき女性に案内され面接の為にとある部屋の前で待っていた時だ 手持ち無沙汰にウサギの人形を弄びつつこの間行ったばかりのイギリスで見た橋を思いだし その鼻歌を歌っていた時のこと 「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady…. 」 突然綺麗な発音で歌が聞こえてきたので 伊織は心臓が飛び出るかと思った 横を見ると黒いロングコートを羽織った男が一人隣に立っていた 男は伊織の驚いた顔を華麗にスルーし、ポケットに手を入れたまま喋る 「この歌詞のMy fair ladyのladyって言うのはな、橋が掛けられるときに立てられた人柱のことらしいぜ」 伊織はこれにどう答えればいいのか分からず、ただ小声で「へぇ・・・」と言うしかなかった 今まで初対面の相手に会話のペースを握られたことは無かったため 伊織は少々以上に戸惑っていたのだ 男は何が可笑しかったのか、唇の端を少し持ち上げつつ伊織に改めて向き直った 「お待たせしたようだね。さて、こうしていても何だしさっそく始めようか」 「え…始めるって…何を?」 ようやくおさまってきた動悸を感じつつ 伊織は男に訪ねた 考えてみれば この状況で始めることなど一つしか無いというのに 男の外見と雰囲気から到底イメージと結びつかなかったのだ 「何って、受けに来たんでしょ?面接」 男は扉のノブを回しつつ応える 「ようこそ765プロへ、水瀬伊織さん。君の面接を担当する人事部の… まあ名前はいいや」 どうやら自分の面接の相手は相当の変人らしい こんなことなら親に頼らず、自分でプロダクションを見つけて応募すればよかったかと 既に伊織は落ち込み気味になっていた
「まあ面接つっても、聞くことなんて別に無いんだけどね」 部屋に入って椅子に掛けるよう促され、伊織が座っての相手の第一声がこれである とりあえず、相手が何を考えていて、この面接の合否がどうなるにせよ 一方的に言われっぱなしというのは伊織の癪にさわる 伊織は開き直った 聞くことが無いなら逆に聞いてやればいい 「それは…もう不合格が決まってるからってことかしら?」 「ん〜、別に?いや聞いて欲しいんなら聞くよ?“なぜアイドルになろうと思ったの?”とか “趣味・特技は何?”とかね。でもそんなの聞かれても困るだろうし、ぶっちゃけこっちも 聞かされても困るんだよね。寧ろ俺としては、そっちに色々聞いて欲しいかな。 そこから見えてくる物も多いからね」 「じゃあお聞きするけど、高木社長は来ないの?」 「ああ、社長は今、優秀な人材を探して三千里の旅に出てるよ」 「それじゃあ…貴方のお仕事は?」 「さっきも言ったけど人事部。つってもまだ振り分ける程人材居ないけどね まあ後は、一応プロデュース業もできないこともないよ」 「じゃあもし私がデビューしたら、貴方が担当になるの?」 「なって欲しいならそうするけど、君の担当は多分次にくる新人君じゃない?」 「そう…」 「他にもう聞きたいことは無い?」 「とりあえずはね」 「オッケー。じゃあ最後に俺から一つだけ質問するぜ」 伊織はさあ来いと身構えたどんな質問でもキッチリ答えてみせると 「俺はここに来る子に必ず聞く様にしてるんだけど…」 「アイドルにとって一番必要な物って何だと思う?」
「どしたの?そんな拍子抜けみたいな顔して?」 「だってねえ…あんだけ溜めといてそんな普通の質問って…」 「ん〜、そうかな?割合重要な事だと思うけどね」 「じゃあ答えてあげるわ。答えは一つ。“才能”よ!」 普段の伊織なら、仮にも面接の場でここまではっきりとは答えなかっただろう しかしこの男のペースに若干ながら巻き込まれ、つい本心が出たらしい 「成程“才能”ね。じゃあ才能がある人間は努力は要らない?」 「少なくとも私はね。デビューして3ヶ月後にはアイドルの頂点を極めてみせるわ」 「ん、了解。じゃあ面接の合否を発表しちゃうぜ」 「え…もう?」 「ん、取り合えずは合格という事でいいよ。た・だ・し」 「ただし?」 「ちょっち付き合ってもらうんだぜ?」
「ここって…」 男の車に揺られること10分弱 広い地下駐車場で止まった車から降りると 大手テレビ局の入口だった 「ん、テレビ局だぜ。これからお世話になるんだし、 迷子にならないようにな」 「子供じゃないわよ」 「これは失礼」 自動ドアを抜けてエレベーターで上階に昇り、受付を通って再びエレベーターで昇る ある階で降りるとそこは大きな廊下になっていた 歩いて行くと、壁の真ん中あたりの入口に座っていた係員がこちらを向いた するとその係員は傍目にも分かるほど動揺し慌ててこちらに走ってきた 「これはこれは…このような所に来られるとは思いませんで…」 「事前に連絡入れなくて済まなかったね。ちょっと見せてもらえる?」 「ええ勿論結構ですよ。」 係員に促され、伊織は男と一緒に中に入った
一時間後。男と伊織はテレビ局の近くの喫茶店 「さてと、とりあえず感想でも聞いとこうかな」 「アンタ…あんなもの見せて何のつもりよ…」 テレビ局の扉の向こうは大きなホールだった そこではなんとアイドルアルティメイトのオーディションが行われていたのだ 「何のつもりって、君の言う所の“アイドルの頂点”っていうやつを見せてあげようかな〜とね」 伊織は正直、打ちのめされた気分だった あの場の空気はは言葉で説明できるものではない あれはある種の異空間だった アイドル一人一人が生みだす世界の交差点だ テレビで見るアイドル達ともライブとも違う もっと生々しい意思の溜まり場 伊織はそれに完全に飲み込まれていた 実際、途中で逃げるように抜け出してきたのだ 「ねぇ、“アレ”は何なの?どうしてアンタはあんな部屋の中で平然としていられるの?」 「成程、あの部屋の気持ち悪さを感じ取れたか。それなら充分だ」 男は運ばれてきたコーヒーを啜りながら平然と答える 伊織は目の前にあるオレンジジュースを飲む気にもなれず ただコップに着いた雫が流れるのを見つめていた 「あれはね、アイドルの本当の姿だよ。あの異様な空気はあの場にいた アイドル達やプロデューサー達それぞれの感情の流れ、もっと言えば敵意とか嫉妬?」 伊織は成程と思った それならば実はあれと似た空気をどこかで感じたことがあったのも納得できる 父親に連れられて何度か行った社交パーティーと同じだ 隠された本心・何重にも上書きされた笑顔 しかしあの部屋の空気はそれの比ではなかった 「あの空気の源泉はね、コレさ」 男が指差した物を見て伊織は首を傾げた
「コーヒーカップ?」 「違う違う、その中身。」 そう言いながらもう一口コーヒーを口に含み、男は語り始めた 「コーヒーは好き?」 「あんまり。紅茶なら飲むけど」 「まあ紅茶でもいいよ。例えばの話だけどね、会社のオフィスとかで コーヒーとかお茶を煎れるのが上手い人が居るとするでしょ? でもそんな人でも、喫茶店なんかに足を踏み入れると大抵バイト以下なんだよね まあバイトだって、お金貰って仕事してるプロの端くれだからね。意識が違うんだよね」 「プロの…意識?」 「ん、もっと言うとプロのとしての自負?」 「…私にはそれが無い?それがアイドルとして一番重要な物?」 「さあどうだろね。ただ少なくとも、学芸会で歌って踊るのとは 背負わなきゃならない物も違うっていうのは確かでしょ」 最後の一口を飲み干して一呼吸置き、男は尋ねる 「最後って言っといて悪いけど、もうひとつだけ質問 君は自分がアイドルやっていけると思う?」 伊織うつむいたままニヤリと笑った答えなど、最初から決まっていた
「当たり前よ」 「ん、言うと思った」 椅子に深く腰掛け、背もたれに腕を掛けながら男は即答した 「随分あっさりしてるわね」 「こってりしたのが好みかな?まあ実際、君は才能はあると思うよ 少なくともビジュアル面はすこし磨くだけでもそこそこ以上のレベルだしね デビュー前から面接官に向かってタンカを切るだけはあるよ」 「小娘の背伸びかもしれないわよ?」 「背伸び大いに結構。人間背伸びしなくなったら、ほんとに背も伸びなくなるんだぜ?」 伊織は何となく目の前の男の事が、何がという訳ではないが、少し分かった気がした 「でも私が背伸びしたら、みんな見下すことになっちゃうわね」 「敵は正しく見下してやればいい。昔俺の育てた娘にも一人そういうのが居たけどね まああの娘は何と言うか、色々やらかしてもくれたけどね。 最終的にはアイドル業より恋を取った、本能に率直な女だったよ」 伊織は、少なくともそのアイドルの“正しく見下す”というのは 目の前の男譲りなのだと思った 考えてみればこの男は テレビ局のお偉いさんや、何者も侮ることを許さないトップアイドルを眼の前にして 何一つ揺らぐことなく、まるで自分が世界の中心だと言わんが如くに傲然と立っていた 「君の担当になる人の事とかは追って伝えるよ。なに、俺よりはマシな奴のはずだぜ? それと来週あたりから学校が終わった後は事務所に詰めててね?」 「分かったわ。それと私からも最後に質問」 「何なりとどうぞ」 「あんた実はこの業界で凄い偉い人なんじゃない?」 「…ノーコメントで」 この2ヶ月後に伊織はデビューを飾った ちなみに彼女はデビュー後も、よく人事部の部屋に出入りしていたとかいないとか END
234 :
忍法帖【Lv=1,xxxP】 :2011/05/30(月) 08:34:26.82 ID:rq5ps6vk
GJ!いおりんの背伸びマジさいこー 『面接官』の個性強すぎでこのあと担当するPが少々気の毒ではあるが この伊織はアイドル街道邁進するに違いない 月曜日の憂鬱をイイ感じに混ぜっ返してくれてありがとうw
アイドル事務所の仕事はアイドル達に関するものだけではない 故に、所属アイドルが休みであろうともPや事務員の仕事は続く 小鳥「…熱いわね〜」 P「今春香達は楽しい夏休みを送ってるんでしょうね…」 小鳥「ほんとにね〜」 P「まあ休日出勤は良いんですけどよ。けど問題は…」 そういってPが見上げた上には P「ウンともスンとも言わないクーラー」 小鳥「そろそろ危ないとは思ってたんですけどね〜」 P「社長がお金ケチって修理に出さないからかえって出費がかさむんですよね」 社長「ケチとはなんだね、ケチとは。清貧と言いたまえ、清貧と」 小鳥「ああ、そう言えば社長、コピー室のコピー機が壊れまして… 業者のヒトに見てもらったら、もう寿命だから新しいの買うようにって 込み込みで130万円だそうです」 社長「パソコンにつてるプリンタがあるだろう。あれで一枚ずつコピーすればいい」 P「ついでに社長、シュレッダーも3日前からいかれてますが」 社長「ハサミで切るか手で破けばいいだろう。」 P「アイドルの個人情報の危機だ…」 小鳥「これじゃあ清貧というよりも赤貧ね」
そして二人にとってようやく待ちわびた昼休みのこと Pと小鳥は喫茶店の木陰のテラスで涼みながら二人でアイスコーヒーを飲んでいた 小鳥「そう言えば去年も似たようなことがありましたね」 P「ああ、仮眠室(通称ねぐら)の空調ですね」 去年の今頃765プロは仮眠室のクーラーを買い変えたのだが ちょうど業者が休みに入ってしまって調整してくれず いたずらに指紋をつけるだけの日々が続いたのだ というのも、納品がお盆休み直前まで社長が買うのを渋ったからだ 小鳥「そもそも今日出勤してきたのだって元はと言えば」 P「社長のせいですよね」 社長の手違いで、一昨日来るはずだった諸々の備品や部品の配送が遅れたのだ おかげで大幅に予定を短縮し、急ピッチで作業が進められているのだ 小鳥「まあ社長のミスは兎も角として、機器類を入れるための設備投資予算が足りないってのは分かりますけどね」 P「予算か…どうせ俺がやってる仕事なんて300円くらいの価値しかないんだろうな」 ???「価値どころか仕事なんてしてないじゃないか。アイドルが育たなくて」
P「ああ誰かと思えば…」 小鳥「黒井社長じゃないですか」 いつの間にかP達の座っている机の横には 日焼けしていてもいなくても真っ黒な黒井社長が立っていた P「この熱い中、社長自ら営業回りですか?」 黒井「フン、馬鹿を言いたまえよ。局のお偉いさんと食事だよ 先方がうちの四条君のファンでね是非一緒にとおっしゃられてね まあ君達オンボロプロのアイドルなど局の人間に顔も覚えられて…」 P「小鳥さん、せっかくなんでパフェも食べますか。俺も口直しに何か甘いものでも」 小鳥「あら良いんですか?じゃあ遠慮なく」 黒井「人の話を聞け!!大体聞く所によると君達の事務所のアイドルは 夏休みにも関わらず仕事がロクに無いそうじゃないか」 P「はぁ…まあ貧乏暇無しというやつで」 小鳥「ホントですよねー(棒)お金持ちのプロダクションが羨ましいですわー(棒)」 黒井「それが昼間っからパフェを食べてる人間の言うセリフか!!フン、まあいい そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だ いずれ貴様ら765プロの連中を この芸能界から叩きd…」 P「ここの代金、こっそり経費で落としときましょうぜ」 小鳥「でもばれたらまた律子ちゃんに怒られますよ〜? この間なんてPさん危うく腎臓を…」 黒井「…コイツライツカツブス」
黒井社長の背中を、パフェを食べながら二人は見送った P「何かいつ会っても無駄に尊大な人ですよね」 ???「あの…」 小鳥「あの人は昔からそうですよ。少なくとも私の原液時代からは」 ???「あの…もし」 P「すると、小鳥さんはもう体液されてるってことですよね」 小鳥「その言い方止めてください。というか何でしょう、この凄いイヤな誤植されてるような感覚は」 貴音「あの〜…」 P「おやおやこれはこれは」 小鳥「人呼んで“961プロの貴重な良心”こと四条貴音さんじゃないですか」 貴音「そのような呼ばれ方をしたのは初めてですが…」 P「でもまあ意外と事実だしね。今日は社長のお付き合い?」 貴音「ええ。貴方様はお食事中でしたか?お邪魔をしてしまったようで…」 P「気にしなくてもいいよ。どうせ昼休みも長めに取るつもりだし」 小鳥「休日出勤なんだからこれくらいしてもいいですよね」 貴音「それよりも、先程の黒井殿の態度、申し訳ありませんでした」 P「ん?別に君が謝ることないよ。」 小鳥「765プロに1年以上いる人なら、あの人のあしらい方も大体分かってますしね。」 貴音「はあ…しかし。そうだ良ければこれを」 P「これは?」 小鳥「汚職事件?ってだから一体どんな変換を(ry」 P「これって有名な蕎麦屋さんの食事券だよね?」 貴音「知人から譲って頂いたものなのですが、私は行けませんので、よろしければどうぞ では御機嫌よう。」
再び時間は変わってその日のオフ 二人は天ぷら蕎麦を啜っていた 小鳥「蕎麦を食べてる場合じゃありませんよ」 P「やっぱり冷たいのが良かったですね」 小鳥「こんなことしていたら貧乏が板に着いたかまぼこになってしまいますよ」 P「確かに…黒井社長の挽肉…基、皮肉は兎も角、もう貧乏故の辛酸を舐めるのは沢山ですよね」 小鳥「こうなったら最後の手段…更衣室にカメラを仕掛けてアイドルの娘達の生着替え写真を(ry」 P「やめておきましょう。犯罪は割に合いませんよ」 小鳥「じゃあ善良な市民に打つ手は無いと言うの?」 P「サマー○ャンボ宝くじでも当たれば話は別ですが」 小鳥「寧ろ宝くじを買う為の資金をカンパしてもらわなきゃいけない状況ですもんね」 P「大体今だって、俺達傍から見れば、女子高生に晩飯たかってる大人ですよ」 小鳥「まあ良いじゃないですか、好意は受け取っておくものですよ」 P「でも黒井社長の態度は気にしなくていいって言ってるのに あの娘いつも俺達の事気にかけてくれてますよね。なんででしょう?」 小鳥「俺“達”ですか。そういう所だけは、高木社長の教え子だって分かりますよ、貴方は」 P「はい?」 小鳥「何でもないです。この後どうします?久しぶりに飲んで帰りますか?」 P「別にいいですけど、どうしたんですか?」 小鳥「何がですか?」 P「小鳥さんが俺を飲みに誘うの時は大抵、合コンの次の日とか友達の結婚式の次の日とかじゃないですか」 小鳥「人の色恋沙汰に当てられると、お酒を飲みたくなる年頃なんですよ」 P「また誰か同期の人が結婚でもしたんですか?」 小鳥「いいえ、女の子の気持ちに鈍い男の人と、若さ故に不器用な女の子の恋心に嫉妬しちゃいましてねー(棒)」 今日も夜は更け、否が応にも朝は来る でも夜は大人の時間。今くらい彼を独占したって罰は当たらないだろう 目の前の一見冴えない、でもよく知ればこれほど頼れる、優しい人も居ないと思える 彼を思う娘は果たして何人いるのだろうか 同僚故の付き合いと距離感を利用している卑怯な自分 でもこれくらいは役特として許してもらおう 少なくとも この夜が明けるまでは
240 :
(0/3) :2011/06/23(木) 00:55:27.27 ID:jby4+Baf
久しぶりに来てみたが過疎ってるな…… 今のキャラスレに落とす気には到底なれなかったので、こちらを借ります。 迷惑かけてしまったら申し訳ない。
241 :
(1/3) :2011/06/23(木) 00:55:55.52 ID:jby4+Baf
僕の、大切な君へ。 君とはじめて会った日のことは、僕は一生忘れない。 うら寂しい事務所の一室で、はじめて僕と顔をあわせたときのこと。 今も、僕は君から観れば、まだまだヒヨッコ同然なのだろう。 そのヒヨッコから観れば、あのとき君の話す言葉はまるで別の国の人の言葉のようで。 素人同然の僕。既に経験も積み、業務には一見識あった君。 そのときの僕にできるのは君の隣にいられるよう、走り続けることだけだった。 いや、それは今も変わらない。君を超えた、君を上回ったなんて今でも思ってない。 君の隣に居られる立場を守り続ける、せいぜいそれくらいで。 だから、時たま、君が僕に向けてくれる言葉ですらないメッセージ 「私のとなりに、あなたが居てもいい」 そのメッセージが伝わってくることが、僕を何より喜ばせてくれる。 朝の挨拶、仕事の後の言葉、プレゼンに上がる前のわずかなやりとり。 礼儀正しい社交辞令の言葉の中に見え隠れする、君のこころからの視線を感じ取れた瞬間。 その瞬間をもっともっと味わいたくて、僕は今日も仕事に励むのだ。 君に話した、君と交わした言葉が嘘になってしまわないように、今日も仕事に励むのだ。 覚えているかい、いつだったか、学園祭の仕事の前に二人で抜け出して祭の様子を見て回ったこと。 あの時ボツにした現代アイドル論の原稿、ごめん、読ませてもらった。 まだ世間的には高校生と呼ばれる年だった君が、一生懸命書いてたあの文章。 君の「アイドル」という仕事への熱意、読んでる自分までちょっと胸が熱くなったものさ。 君が、そう、僕の一番大切な君が、こんなに大切に思っている仕事なのだから。 僕もせめて君への想いに恥じずに済むような、そんな自分になろうと思ったんだ。 学園祭の雰囲気にはどう考えても合わないので、没にはさせてもらったけれど。
242 :
(2/3) :2011/06/23(木) 00:56:14.90 ID:jby4+Baf
だから、僕を見込んでくれたこと、僕を目標にしたい、と言ってくれたこと。 僕をそれ以上誇らしい気持ちにさせてくれることなんて、きっとこれからもないだろうと確信してる。 君にそこまで言わせてしまった以上、僕はもう後ろに下がることなんてできやしない。 君の口から「あんまり失望させないでください」なんて聞かされるくらいなら、消えてしまったほうがマシなくらいだ。 ……それで僕が本当に消えてしまったら、そのときこそ一番失望されるだろうけれど。 それくらいには僕も自信をもってはいるんだ。君に、僕が「居ていいよ」って思われてることについては。 調子に、のりすぎかな? だから。これからも、僕を君の隣に居させてほしい。 僕が君に望むのはそれくらい。 朝はもうちょっと寝ていたい、たまには休みで君をどこかに連れださせてほしい、そのときに「高すぎです」なんていわないでほしい、そりゃ小さな希望はたくさんあるけれど。 僕が君のとなりに居場所をつくれるのなら。 君が僕を、隣に立つ存在として想ってくれるのなら。 それが、僕が君からもらえる、一番のプレゼントなんだ。 仕事のうえでは望む未来を叶えるために、とことんまでやりあおう。 プライベートでは言いたいことを全部話そう。 君なら、君となら、やっていける。 いや、君とこれからもずっとやっていきたい。 律子、愛してる。 君に来年も、その次も、そのまた次も。 この言葉を胸張って贈れる自分でいるよ。
243 :
(3/3) :2011/06/23(木) 00:56:59.98 ID:jby4+Baf
「……ということでしたー! どうよ律っちゃん、この双海・アミーゴの愛と情熱に満ちた感動満載の朗読は!」 「そしてこの双海・マミーゴの、兄(c)の秘密文書を見事発見してのけた英知と機転に満ちた情報収集能力は!」 「折りしも今日は生放送、あの人はいま! 〜共に歩んだ仲間たちのその未来〜 4時間スペシャル……の目玉の目玉!」 「この兄(c)の愛の告白を、かつての仲間が律っちゃんに読み上げる、これで全国の視聴者も感動の嵐だよね! さあ律っちゃん、思う存分感謝の涙をながしたまえ!」 「……あ、」 「さあ、もう亜美も真美もあの頃のよーなひんそーばでぃじゃないもんね!」 「今や律っちゃんを泣かせるに充分なほどの、このナイスなムネに飛び込んできたまえ!」 「あんた達ぃぃぃぃっっっ!!! あ、ああああ、あたしの、ひ、ひさしぶりに用事があるって言うからスケジュールもあけて、 家の、準備までして、それがこの日本全国にこのこっ恥ずかしい公開なんちゃらタイムの、う、……もう勘弁ならなーいっ!! そこ、逃げるな、待ちなさぁーーーいっっ!!!」 「うん、真美、激怒律っちゃんのキレとコクは健在だね!」 「これなら今晩は見事な夫婦喧嘩とその後の『おたのしみでしたね』までばっちりだよ!」 「うんうん、愛しのダーリンとの熱い夜、これこそヒトヅマ律っちゃんへの最高のプレゼントだよね!」 「あんたらそれが現役トップアイドルの台詞か、いやそれよりさっさと成敗されなさぁーーーいいっっ!!!」 < しばらく おまちください > ……画面、暗転す。
しまった、改行ミスった……orz
>>220-223 うおっ、ハードボイルド。
悪党にこーいう代償要求される構図からのエロスがたまらんです。
>>227-233 面接官のいい男っぷりが素晴らしいのだけれど、
この面接官の後に出くわすことになるPに哀れみをどうしても感じてしまう。
他NPCか……居れば「こういう可能性」もあるよなあ、うん。
>>235-239 なんですかこのぐーたらな雰囲気でお似合いなPと小鳥さん。
このPはきっとアイドルは娶れない、うん、娶る必要がないw
投下があったのは存じておったのですが副業多忙に加え
SSらしい1フレーズすら浮かばず幾星霜。
いろいろいかんですな、むしろここは前に進まんと。
>>239 「なにも起こらぬある日の日常」とでも言うべきかw
ひたすらだらだらしてる(いや行の外では多分働いていたの
だろうと思ってはおります)Pと小鳥さんの風情はまさに今日この頃の
陽気のようで。まったく節電だなんだというのもわからなくはありませんが、
やはりここはガーっと冷えたビールでもやりたいところです。
なんか日々を無駄に過ごしてそうな二人に乾杯。あと面倒見よく
ちょっかい出しにくる黒井社長と尻拭いと称して765プロに現れている
であろう貴音さんにも。
>>244 ナイスバースデーSS。各キャラスレの状況に関してはいかんともしがたく
悲しいものがあります。一方ここがなんらかの駆け込み寺的な場に
なるならそれもアリでしょう。まあ過疎ってんのは事実w
トップアイドルになっても相も変わらずいたずらっ子で人騒がせで
律ちゃんと兄ちゃんが大好きな亜美真美のサプライズ生放送、
おいしく視聴した気分です。律ちゃん気苦労が絶えませんが
これからもよろしく、です。
246 :
創る名無しに見る名無し :2011/06/27(月) 15:14:07.60 ID:9gB1Zm/Y
質問なんですが、原作をなぞるだけのSSはOKなんでしょうか 二次でやる意味が無いと言われればそれまでですが
過疎だからこそヘンに主張のない場になってるのかなー
>>246 なぞるだけのレベルにもよるんじゃね?
コミュを書き写すだけ同然とかだったら論外だけど
やはり+αが必要みたいですね ありがとうございます
たとえば筋立てが既存コミュとまるまる一緒でも、 物語の視点が違ってて「違う視点から見たときに生まれる面白さ」があるなら それは充分独立したSSとして存在意義が生まれると思うのさ
視点が変わる以外にも例えばプロデューサーの心情を
もっと自分なりに掘り下げてあるとか、描写されてない部分を描写してるとかすれば
同じ素材で別の話を作ったことにもなろうしね
>>224 いろいろ時期的なもので汚れ仕事みたいな話はデリケートな気もしないでもないけど
こういうのはこういうので面白いのも間違いないとこですよね。
下郎というには飄々、堂々とした貴音としてもやりづらそうな曲者ぶりがおいしいとこ
けど、ククク笑いはかえってキャラ薄めちゃってるかな、という気もしないでも。好みの問題かもですが。
>>227 プロデューサー以外の765プロ社員に焦点を向けたところは面白い着眼
けど、同時に何故彼がPであってはならないのかというか敢えてPという位置に置かなかったのかが
今ひとつハッキリしないのがちょっと残念かも。その位置ならではの何かがなんかあればなって感じ
・・・人事部の一枚上手なアンちゃんを相談役にむしろ伊織側が新米のPを育てていく話、とかアリか?
>>235 黒井社長のコメディリリーフぶりが楽しい一作。ダメ大人たちのダメっぷりが
イイ感じに描かれた末になぜかイイハナシダナーで締められてしまう辺りが実に
きたないなさすがピヨちゃんきたないw
>>240 こちらは逆にイイハナシダナーで入ってイイハナシカナー?で落とすドタバタ劇
さて果たして何年後ぐらいの話でしょ?
いつになっても般若の面とハリセンは手放せそうにない律っちゃんです
あ、なんかこの律っちゃんってぷちますっぽい?
それはそうと君たち……こんなにいたのかね……
仲間だもんげ!
長期の規制くってる間に気が付けば秋 そしてあれ以来、どこもここもどーにも居心地悪くてのぉw たまの流れを感じて這い出てきたさ
さて…久々に何か書こうか 某ラノベのキャラのセリフが頭に残ってて それをどうしても使いたかった後悔はしている 「お酒ってホントにおいしんですか?」 「ん〜…どうだろうね?ただ…」 「ただ?」 「酒を飲む人間には主に3種類あってね」 そこで彼は一呼吸入れるように新しい氷をグラスに入れ 律子には読めない字で書かれたビンの中の液体を注ぐ 「一つは単純に味を楽しみたい人、一つは所謂“飲まなきゃやってられない”人…、そしてもう一つのタイプが厄介でね」 「と、言うと?」 「“隠す人”かな」 「隠す?」 「そう普段は勿論、酒の席でも本音と建前をアルコールに溶かしこんで喋るから本心が殆ど見えない」 「はあ…プロデューサーなんてその典型って気がしますけど」 「おいおい765プロで俺ほど裏表が無い人間も珍しいんだぜ?」
そんな会話を何とはなしに思いだしていた 某ホテルの最上階の雰囲気の良いバー 今日も今日とて夜景を肴に濃い酒を煽る 「そりゃあ人に聞かれちゃマズい話って言うのは分かるけど…」 あの日の会話から2年近い月日が流れた 2年も経てば引退したアイドルなど忘れ去られていると思っていたが 元アイドルで元所属事務所の子会社(もっとも半独立状態ではあるが)のPともなると なかなか世間は放っておいてはくれないらしい 話題作りと言う意味では無意味でもないが 「煩わしいわね」 と律子は思う ある意味現役時代よりマスコミに気を使う生活 そのせいだろうか、二十歳になってすぐに飲酒癖がついてしまった でもそれはきっとあの人の影響だ 今日ここに律子を呼び出した本人 「こっちから連絡しても殆ど居ないくせに…」 もっともあの人は会おうと思って会える人ではない 普段の行動からは想像もつかないが あれでも芸能界でも5人といない“アイドルマスター”の称号を持つPの一人なのだ その影響力・発言力は大手プロダクションの社長やTV局の重役達の比ではない 本来なら律子では会う事もできない雲上人なのだ 律子のプロデュースを終わらせた後は第一線から身を引いてはいるが 「まったくあの人はホントに…」 「何考えてる分からない?」
待ち人、遅れて来る。相変わらず、隣に立っても声を掛けられるまで気付かなかった 「人の思考に勝手に入ってこないで下さい」 「許可取れば良いってもんでもないけどね。まあ長い付き合いだし。」 そういうと彼はカウンターに座って律子の方を見る 「…何ですか?」 「いやね、美味しい酒の飲み方をするようになったな〜と思ってね」 「そんな話をするために呼び出したわけじゃないんでしょ?私が忙しいの知ってるくせに」 律子は社長であるが現役のPでもある 仮にもアイドルマスターから技術を盗んだ…基い、学んだ身だ それなり以上の結果を示し、引退アイドルの道楽だろうと嘲笑った連中を見返してきた しかし今回だけは、流石の律子も少々心が折れそうだった 「出来る限り、少なくとも今は鉢合わないように気を使ってたのにな〜」 「ん?ああ、舞ちゃんのことね」 「舞ちゃんって…あの天災であり天才をよくそんな知り合いにみたいに呼べますね」 現在律子が育てているアイドルはまだ精々Dランクだが 律子が見込んで直にスカウトした娘だ 律子自身、一応押しも押されぬSランクアイドルだったが あの娘ならそれ以上になる可能性も十分あると律子は見ている だから今は無茶をさせずに大事に育てたかった それなのにだ 「まあ考えて見れば、彼女の思考を読もうという方が無茶だったかしらね でもまさかあんな地方の仕事のオーディションに出てくるなんてね」 「…まあフリーダムという意味では彼女に敵う人間も珍しいからね それより頼んどいた例のブツ、持ってきてくれた?」 「ええ、はいどうぞ」 律子が渡したのは事務所所属で未だデビューしていないアイドル候補生の履歴書の束だ 「子会社から引き抜きとは流石師匠。素敵に手段を選びませんねと言いたい所ですけど こっちも人材・人手が足りないんですから渡しませんよ」 「知ってるよ。別にそんなつもりじゃないさ。こっちの方は建前でね」 「じゃあ本音は?」 律子はグラスを指さして言う それを見て彼は一瞬驚いたような顔をしたが直ぐにニヤリと笑った 「律子に会いたかったから…って言っても信じないだろうから本題に… どうするの?このままオーディション受けるの?あの娘は未だ知らないんでしょ?」
「勿論行くわよ」 氷が融けて良い感じに薄まったウィスキーを飲みながら答える 「貴方ならそうしたでしょう?例え、私がイヤだって言っても」 「…」 彼は何も答えなったが、少しだけ口角を吊り上げて 右のこめかみのあたりを指で掻くような仕草を見せた それは、彼の問いに律子が正解した時にいつも見せていた、律子にとっては馴染みの癖だ 「別に私の負けず嫌いとかメンツの為じゃないですよ ただ…負けて得る物は無くても、学ぶ事は山ほどあるってことも知ってるから」 「なるほど…じゃあこれは要らなかったかな?」 そいって彼が差し出したのは大量の紙と数枚のDVDだった 「これって…」 「見ての通り舞ちゃんのデビューから今までの全データ」 「こんな表になってない情報まで…いったいどこから?」 「オリジナルを持ってる人間が居るのさ。」 律子はそれが誰なのかは聞かないことにした どうせ知ったらロクでもない事になることも“長い付き合い”で知っているからだ それに当たり前だが、これがあった所で勝てる訳ではない 勝率が0%から…やはり0%だろうか…
「せっかくだから律っちゃん、久々にテストしてあげようか? 舞ちゃんの強さの理由って何だと思う?」 律子は答えに詰まった 何でと言われても、考えた事すらなかったのだ 台風をかき消すには核爆弾を何発も使う必要があると聞いたことがあるが それを聞いて凄いと思っても、普通の人間は理由を考えはしない 仕方なく律子は昔高木社長が言っていた事を思い出して言ってみた 「日本のアイドル史そのものを相手にする様なもの、なんでしょう?」 「ノンノン、仮にもこれからあの娘と競おうってアイドルのPが そんなどっかの社長みたいな抽象的な認識でどうするの」 バレバレだったようだ 「いいかい律っちゃん。確かに舞ちゃんはね、アイドルとしてはある意味異常な歌唱力と圧倒的なビジュアルに加えて 抜群のプロポーションとしなやかさを併せ持つ体から打ち出されるダンスと、およそアイドルに求められる物の全てを持ってる けどそんな事は彼女の強さの本質では全くないのさ。と言うより、あのレベルのアイドルにとっては、 その程度の事はある意味当たり前なんだよね」 目の前の男はPである以前に、現役時代は高木社長の右腕であり765プロでは戦術を担当する男だったのだ 「あの娘の凄い所はそれらを自由自在に組み合わせて、まるで手足みたいに…比喩じゃなくて ホントに手足を動かすのと同じ感覚で当たり前に、しかも本来ありえない程の多様性で表出できる所にあるのさ」 ここで彼は少しだけ目を細めた 律子にもう少し人生経験があれば、それは人間が昔を思いだす表情だと分かっただろう しかし目の前の男の表情から内心を読みとるには彼女はまだまだ若すぎた ここからは俺の想像だけど、と前置きして彼はつづけた 「おそらく幼いころ、それこそ幼稚園前の頃から、歌って、踊って、人を魅きつけられたんだろうね 彼女にとってはそれが当たり前で、だからどれだけ絶対強者を気取るトップアイドルだって 本能ではオーディションを避けるのに、あの娘にはそれが一切無い だから自分が面白そうだと思った仕事を、TV局に一言言ってやらせてもらうって選択肢と 真正面からオーディションで他のアイドルを叩きつぶす手間を天秤に掛けられるのさ」 普通の人は一輪車にのったまま階段を降りようとは考えないだろう しかし生まれつき一輪車に乗って生まれてきた人間ならどうだろうか? 自分ができるのが当たり前と認識しているから、時として彼らは常人には理解できない行動を示す 「だったら律っちゃん、君ならどうする?」
しかして、幸か不幸か律子も所謂ただの“常人”ではない 目の前の“天才”からあらゆる事を学んできたのだ 一つの世界の歴史の光そのものを背負っている者は 同時にそれによって生じた陰さえも抱え込んでいるものだ それは太陽のような翼に潜むほんの僅かな傷 「日高舞だって人間よ。弱点もあれば隙もできる筈… 何でも持てるからこそ、本来なら効率化して捨ててる物まで持ってる筈なのよ」 「ん〜、まだまだ抽象的だけど、まあ合格点だね」 例の仕草を見せながら、彼は珍しく嬉しそうだ 「まあ律っちゃんも“大人の女”なったってことだよね パパは嬉しいよ」 「誰がパパですか。それに貴方が大人代表みたいな事言わないで下さい」 「でもね真面目な話、今までは俺や社長に後ろ守ってもらって、前だけ見てればよかったかもしれないけど もう今は守るものあるでしょ?そろそろ考え方とやり方変えないとその内致命的なミスするよ?それと…」 そこで彼は急に真面目な顔になって言い放った 「仕事と恋愛、ちなみにどっちが大事なの?」 「全然脈絡無い!?」 END
乙です! キャラクターのそれぞれの解釈がすごくいい感じで面白かったです
ふむふむ律ちゃんのプロデューサーステップアップ会議といったところでしょうかGJ。 次の競争相手が舞さんではそら大変でしょうwこういうときにふらっと現れて 大切なヒントをよこしてくれる元P、頼りになりますな。 しかしまぜっかえすクセがある様子のこの御仁、最後の言葉が実はけっこう 勇気要ったのを相手に伝える術は持ち合わせていないのであった。合掌。 いつかちゃんと伝わるといいね、ととりあえずPの応援しておきます。 楽しく読みました。あんがとさま。
こんにちは。律子で一本書けたんで、投下しに来ました。 キャラスレに持っていこうか迷ったけど、このスレへの一滴の潤いにでもなればと思います。 NGはトリップを放り込んでください。
数ヶ月前、765プロに一通の電話があった。TV局のディレクターからの電話で、ドラマの配役に765プロ のタレントを使いたい、との用件だった。しかも、秋月律子をご指名だった。脚本の概要を説明されて、それ なら律子が適任だと納得するのに時間はかからなかったのだが。 律子が務めることになったのは、本人の年相応の、高校生の少女だった。物語が進むにつれ、始めは反目し あっていた少年と親密になっていく、という、言ってみればありきたりの青春ラブストーリーだが、昔の漫画 や2000年以前のドラマのリバイバルブームに乗っかる形で、あえて『古臭い要素』を盛り込んだ物語となる そうだ。 何度かの撮影を経て、収録に携わるスタッフとも、共演する俳優、タレントとも顔なじみになっていった頃、 脚本担当の監督から台本の変更をすることが、数週間前に伝えられた。 「キスシーン、ですか」 監督の話を聞いた律子の表情に緊張が走った。事前に一度話を聞いていた俺も、律子の表情を見て身が固く なる思いだった。 「ええ、撮影した映像を眺めているとね、『濃さ』が不足しているんです。まだ高められる。秋月さん、もう 一歩踏み込んだ演技をしてもらえないでしょうか」 監督は、映画やドラマの脚本家たちの中では新参ながら、大いに注目されている人物の一人だった。去年の ドラマ中最高視聴率を叩き出したストーリーの産みの親でもある。まず、この監督の提案することならば、外 れはない。あの実績と今までの経歴は、俺にそう考えさせるには十分だった。 「あなたのように若いタレントにキスシーンを演じてもらうとなると、今後様々な方面に様々な影響が出るか もしれません。一度、事務所サイドとも話し合いますが、まずは本人の意思を聞きたいのです」 監督の目は真剣だ。様々な方面、というのは、律子のアイドル活動も含まれているのだろうか。 律子の目もまた、真剣だった。膝の上では拳が形作られている。 「分かりました……よろしくお願いします」 律子は首肯した。
※ ※ ※ 「律子、いいのか」 「いいって、何がですか?」 帰り道の車の中、助手席に座る律子は、平然としていた。 「キスシーンの件だよ。随分あっさりOK出したと思ってな」 赤信号に捕まった所で、ペットボトルに残ったお茶をぐいと一飲みにする。口の中にほんのりと苦味が広が っていく。 「だって、いくらキスって言ったって、演技の一部じゃないですか。割り切って考えてしまえば、どうってこ とないですよ。どうせ一瞬で済むことなんですし、まぁ相手のタレントさんも、見た目は悪くないから」 「そうか……それなら、無用の心配だったな」 律子本人が大丈夫ならば、後はプロモーションにどう影響が出るかを考えればいい、ということだ。『ファ ーストキスがまだだったりするんじゃないか』という心配をする必要は、さすがにありえなかったか。『恋人 はいない』と以前本人から申告があったが、以前は普通の女の子していたということだろう。 信号が青くなった。アクセルを踏み込む。
※ ※ ※ 監督から要望のあった収録の当日。楽屋には、前例の無いほど重苦しい緊張感が漂っていた。まるで、ここ だけ重力が強くなっているみたいだ。用も無いのにお手洗いに行きたくなる。律子は、鏡の前で椅子に座った まま、何かを考え込むような顔でずっと固まっている。 「律子、収録開始までもう少しだけど、大丈夫か?」 沈黙したままの律子に声をかける。 「ええ、問題無いですよ」 椅子に張り付いたままの律子は、抑揚の無い声で答えた。 「……緊張してるのか?」 「いえ、緊張はしていません。いざとなれば撮り直しもあるわけですし、ライブの時よりは」 確かに、武道館でライブを行った時のような、動揺し続きで楽屋内を意味も無くプラプラしていた様子はそ こには無い。 「じゃあ、一体どうしたんだ」 「何でも無いですよ。ただちょっと、整理がつかないというか」 鏡の方を向いていた律子が、俺の方へ向き直った。 「整理って、何の?」 おもむろに、律子が椅子から立ち上がる。腕につけたブレスレットが透き通った音を立てた。 一歩、二歩。俺と律子の距離が詰まる。 「プロデューサー」 「おい、律子……?」 柑橘系の、甘酸っぱいコロンの香りがふわっと漂ってきた。 ごつん。 突然、視界がふさがり、顔に何かがぶつかった。 「あいたっ」 額に衝撃が走る。鼻の下にも何かぶつかったが、唇の辺りには何か柔らかいものが触れたような気もした。いったい何なんだ、と思っているうちに、視界が晴れる。 「あいたた……」 俺にぶつかってきたと思われる本人は、目の前で額を押さえていた。 あの衝撃の中にあった感触を探る。この楽屋の中で、その正体は一つしか無い。 「律子、どうして」 「……まぁ、何というか」 ずれたメガネを直しながら、ふう、と律子が大きく息をつく。 「別に……こんなのどうだっていいと思ってるんですよ。経験する相手がいなくたって申告しなきゃ分からな いんですから。自分が気にする素振りを見せなければ周りも気にすることはないし、仮にカワイソウだと思わ れたって、そんなの、無視しておけばいい。今までそうやってきて大丈夫だったんです」 次に使う言葉をいくつもの候補から絞って選択している。慎重な語り口だった。 「けど、いくらなんでも、思い入れの無い人間を相手に仕事のついでで、ってのは、ちょっと……。後々、尾を引きそうで」 長い睫毛に縁取られた瞳がくすんでいた。 「すみませんでした、ヘンなことして。気持ちの整理はつきましたから」 律子が自嘲する。ガラスの向こう側から哀しげな視線を俺に向け、そのまま力なく俯く。 「律子……」
見ちゃいられない。そう思った瞬間、俺は華奢な肩を抱いていた。 「え……っ」 「目、閉じろ」 顎をつかむ。 「じっとしてろよ」 「う、うん」 フレームの奥のシャッターが下りた。 「……ん」 時が静止する。 甘い? いや、分からない。とにかく柔らかい。 ゼロ距離の密着状態で、律子は身じろぎ一つせず、おとなしくしていた。 楽屋の壁にかかった時計の秒針の音が聞こえてきそうだ。 顎をつかんでいた手をゆっくりと離す。 「……」 律子は呆気に取られた、どこかぼんやりとした表情で、俺を見ていた。 「あんな投げやりなのよりは、この方がまだいくらかマシだろうと思って」 肩を解放した。言い終わってから、『マズかった』と感じた。ビンタで済むだろうか。 頬に浴びせられる痛みを覚悟していたが、衝撃は無い。 「……」 「気を悪くしたのなら、すまない」 すまないで済まされる訳が無いとは思うが、そう言わずにはいられなかった。 「……プロデューサー」 突然、肘の辺りが強い力で引っ張られた。咄嗟に目の前の相手を見る。 爪先立ちになるのが見えた。顔が近い。 「動かないで」 眉間に皺を寄せて何をするつもりだ、と感じた瞬間、唇同士が触れ合った。 再び、空気が固まる。 息がかかって少しこそばゆい。 律子は、きつく目を閉じていた。 手が離れていく。スーツの袖には皺が寄っていた。 「気を悪くしたらすみません。……これでおあいこ、ですよね」 律子は小さな咳払いをして、そのまま唇を指でなぞった。 「何の思い入れも無い相手よりはまだプロデューサーの方がマシ。それだけですからね。ヘンな勘違い起こし たりしないでくださいよ? あなたとはビジネスで繋がってるだけなんですから」 辛辣な口調で律子は言い放つ。しかし、その言葉は俺に向けてというより、律子が自身に向けたものである ように、俺には感じられた。 「分かってるよ」 けどな、律子。その台詞は、ほんのり頬を染めて言うものじゃないだろう。もうちょっとうまく隠せよ。 そう心に呟いて、一つ低い所にある頭を撫で回したい衝動に斧を振り下ろす。今は、まだ。
「そろそろ時間だ。行けるな?」 仕事に臨む凛とした表情に戻った律子は、黙ってうなずいた。俺もそれ以上は何も言わず、律子を送り出す。 ドラマの収録は、一発で監督の納得行く映像が撮れたようだ。キスに臨む男女の雰囲気としては今一つとい った所だが、役者の年齢を考えれば、却ってそのぎこちなさがいい、という評価だった。相手役の男性タレン トのマネージャーと一緒に、『何度もやり直すことにならなくて一安心ですね』と笑いあった。残された放映 回数もそう多くは無い。初めは予想を下回っていたが、回数を重ねるごとに視聴率は伸びてきている。そんな データを先日見せてもらった所だった。このまま、律子の人気も上がってくれるといいんだが。 「お疲れ様、律子」 スタジオから戻ってくる律子に手を上げて呼びかける。相手役のマネージャーも、俺に会釈をしてから、タ レントの方へ駆け寄っていった。 「よかったな、一度で終わって」 「NGでも出そうものならやり直しですからね。後からあのシーンでNG特集とか組まれるのも嫌ですし」 楽屋への廊下を歩きながら、律子が手をヒラヒラさせた。 「喉元過ぎれば熱さ忘れるっていうか、案ずるより産むが易しっていうか、ホッとしてますよ。今後、今回以 上のことは要求されないみたいですし」 「そいつは何よりだ」 もう少し収録は進行が滞るのではないかと心配だったが、それは俺の杞憂に過ぎなかったようだ。律子の表 情は涼しげだった。
※ ※ ※ ドラマの収録は全て終わり、テレビでも最終回の放送が先週行われた所だった。今までの傾向通り、ドラマ の視聴率は上昇傾向を続け、大きなプロモーションになった。知的で真面目な委員長キャラで通っている律子 がドラマで見せたぎこちないキスは、ファンにとってより身近さを感じさせる新しい一面として認識されたよ うで、CDの売り上げとライブの動員数、共に今までよりも上乗せとなった。危険な賭けかもしれないと思っ たが、良い結果に転んでくれたようで何よりだ。 「はい、プロデューサーもコーヒーどうぞ」 デスクのモニター脇に、そっとマグカップが着地した。 「何のデータですか、それ?」 「次のライブチケットの売り上げ数だ。まだ完売じゃないが、前回より初動が早いぞ」 「あっ、ホントだ」 そういいながら、律子が俺の両肩に手を置き、肩越しにモニターを覗く。 あの収録の日、楽屋であったことは、あれから二人の間で話題に上ったことはない。意図的に忌み嫌ってい る風ではないようだが、あの出来事に繋がるような話もしていない。記憶の底に封印しておいてほしいという 暗黙の要求……俺は律子の態度をそう解釈した。 「プロデューサー、後で時間あります? 使う衣装の方向性を一緒に考えて欲しいんですよ」 耳元で声がした。 「ああ、もうちょっとしたら来てくれって社長に呼ばれてるから、それ終わったらな」 「分かりました。待ってますね」 離れ際にグッと肩を押してから、律子はすたすたと歩き去っていった。背中が見えなくなった所でモニター に向き直り、ファイルを保存してからブラウザを閉じる。 「プロデューサーさん、コーヒー飲みます? って、あら」 日報へデータを打ち込もうとワードを立ち上げた所で、デスクへ本日二人目の来客があった。小鳥さんはよ く冷えていそうな缶コーヒーを二つ持っている。 「ああ、コーヒーならさっき貰ったんですよ」 「律子さんですね?」 「まぁ、そうですけど」 「だろうと思った。最近仲良しですもんね〜」 小鳥さんが目を細めて笑う。 「別に、前と変わらないと思いますよ」 「そうですか? 何かあったように見えますよ」 「うーん、思い当たる節はありませんけどね」 「怪しい、怪しいわ! 律子さんに聞いてみたら、『小鳥さん、妄想のしすぎで物の見方が歪んでますよ』とか言わ れたしっ! きっと、『律子、俺とドラマの予行演習をしておこう』とかなんとか口八丁で誘いをかけて、キ スのレッスンとかしたんだわっ! そして、そのまま若い二人は勢い余って……キタコレ!」 「小鳥さん、妄想のしすぎで物の見方が歪んでますよ」 引用をそのまま口にする。 「あっ、律子さんと同じこと言ってる! これはやはり……!」 自分と関係の無い話題の時はいいのだが、この人の相手をするのは疲れる。全くの見当外れとは言い切れな い辺り、気が抜けない。 「あっ、社長の所に行かなきゃ。小鳥さん、缶コーヒーは頂きますよ」 ちゃっかり小鳥さんの買ってきたコーヒーも頂戴しながら、デスクを離れて、早歩きにならないよう警戒し て社長室へ向かう。 今は、何も入れないストレートなコーヒーの苦味がありがたかった。 終わり
以上になります。コメディタッチなSSに憧れる今日この頃。 どこまで描写を詳細にして、どの程度想像の余地を残しておくか、さじ加減が難しいですね。 また適当に何か書きにきます。このスレが栄えますように。
いいなあいいなあ、甘酸っぱくて身悶えしてしまいましたよ。 不意打ちに不意打ちを返して、そこから更にリベンジがあるとは予想できなかった! 信号青でアクセル踏む、っていう場面転換も地味に好き。
おでこごっつんとか、ムードのないキスをやりかえす律子とか、ガバッといきそうな所なのに踏み止まるPとか、なんだかむず痒くなる雰囲気だったw いいもの読ませてもらったよ。ご馳走様。
面白かった! 王道とは良いものだ
唐突になるが、ペットを飼うにはお金がかかる。一人暮らしだと、なお、かかる。 自分を天才と信じて疑わないよう心がけているが、それでも私――間違えた、自分はただの新人アイドルだ。今はまだ。 しかし持つべきものは友人だった。ことに、同期の友人というのはいい。 同じような悩みを持ってると、これ以上は望めないくらい良いと言ってよかった。 「響、それでは」 「うん、ここにしよう」 四条貴音との話し合いが一区切りした。 7階建てマンション、ペットOK。 部屋は最上階、ベランダから南の空が望める。 「引越しだ!」 貴音と自分はルームシェアを始めたのだった。 * * * 数日後。 「おかえりなさいませ、あなた様」 レッスンから帰って我が家の戸を開けると、割烹着の銀髪が三ツ指ついている。 彼女は続けて言う。 「お風呂か、ラーメン。あと、たわし?」 「ただいま、いぬ美」 自分は愛犬に声を掛けた。いぬ美はこっちへ、ちょっとまぶたを向けた。そのあと寝た。 「いけずです」 貴音は妙に楽しそうである。自分はため息をついた。 今日のビジュアルレッスンが不調だったのが、今更しんどく感じる。 「帰るなり何だよ、貴音。そういうのは彼氏にやってろ」 「殿方とは、はや50年以上付き合いがありませぬゆえ」 こいつは未成年の筈である。どうやら、生まれてこのかた彼氏が居ないと言いたいらしい。 「……とりあえず、ご飯にしよう。今日の当番、貴音だったよな?」 「はい!」 どうせ、いつもの如くラーメンだろうなと思ってたら味噌ラーメンだった。 麺が手作りだった。こいつは馬鹿なんだと思う。 「貴音」 「はい?」 「おかわり」 貴音はにぱぁと笑った。悔しいけどうまいのだ。自分は育ち盛りだし、仕方ないのだ。 とことこと鍋に走っていく貴音はおっきい癖に、何だか童女のごとく艶めいている。
* * * 「へえ、演技の練習ねえ」 「ええ。少し、気になって参りまして」 食事の後、自分が食器を洗う。 貴音は夕刊を片手に白湯を飲んでいる。 「というと?」 「あの…わたくしは、いつもこんな風だと言いますか」 「ふん?」 「古風……と、よく言われます。そして、それ以外の振る舞いができませぬ」 振り向くと、貴音の表情は存外に真剣だった。苦しそうにも見えた。 平気そうに振舞っても、底辺仕事の疲れは溜まるものなのだろう。 「それで、演技の練習を?」 「はい」 さっきの割烹着はその一環だったらしい。コスプレして遊んでるだけじゃなかったんだ。 ――かちゃり 自分は最後のカップを洗い終わった。手を拭いて、貴音の向かいに座る。 それから「自分はさ、」と切り出した。 「はい」と貴音は相槌。自分は続けて喋る。 「誰も、貴音にはなれないと思うんだ」 「ふむ?」 「貴音の今までの人生は貴音だけのものだし、たとえば自分みたいなのが真似しても真似できるものじゃない」 「…。」 「もちろん、アイドルっていうのは演技をするもんだよ。でも本質はそこじゃないさ」 「アイドルの、本質?」 「うん。これは自分が信じてる事だけど――いちばん大事なのは、どれだけ自分を見せられるか」 貴音は顎を引いている。上目遣いでこっちを見てる。
「自分しか持ってない物を見てもらって、それでお客さんに嬉しいと思ってもらうこと。 ……たとえば、だけど。辛くてつらくて仕方ない誰かが、自分なんて何の価値もないと思ってしまった時。 自分の見るものが色あせて、全部似たようなものに見えちゃって……そういう時、あるだろ?」 貴音の瞳はどこまでも澄んでいる。 「そんな時に、誰かが頑張ってる姿が目に入る。街頭テレビで。インターネットで。サプライズのライブで。 …それって、きっかけになると思うんだよ。 ああ、あいつ頑張ってんなって。 ……歌は、歌手よりヘタかもしんない。 ダンスは、男の子達より迫力ないかもしれない。バック宙なんて出来ない。 偶像だから、家族みたいに寄り添ったりもできない」 でも、と自分は言う。自分に対しても、言う。 「女の子が、自分さらけ出して…やけくそみたいに笑って、声いっぱい歌って。 …口を開けばアホの子だの何だの言われるような、そんな普通の女の子が、だよ。 それでも私は私なんだって。私でいるのが、楽しくて仕方ないんだって伝えることができれば。 ……それって、疲れた誰かも、『大丈夫だ』って。『自分も悪くない』って。そう思うきっかけになると思うんだ」 だから、と自分は息を吸った。顔が赤くなってるのが分かる。 「いいんだよ、貴音。無理して自分以外になろうとするのは、いいんだ」 貴音の顔も赤かった。 * * * 月夜だ。 部屋にいないと思ったら、貴音はベランダに出て空を見ていた。 「何してるんだ?」 声を掛けると、貴音は振り向いて小さく笑った。 「故郷の母を……想っていました。その、」 貴音はまた月を見上げた。表情はこちらから見えなくなった。 「先ほどの響を見ていると、思い出してしまって」 またこっちを見た。 ふふ、といつもの微笑みに見えた。 「故郷、か」 自分の故郷は海の向こう。満月はどこから見ても丸いから、だから思い出すと言われるとそうかもしれない。 沖縄から見た月もこんなのだった。 ……貴音の故郷も、海の向こうにあるのだろうか? いつか聞いてみよう。月を見上げて、そう思った。
* * * 次の日、765プロ。 ――くしゅん! くしゃみの音が、揃って響いた。 「お茶、はいりましたよ。……二人とも、風邪ですか?」 同期の萩原雪歩の言葉に、自分は肩をすくめた。 「まあ、そんなとこ。でもレッスンはさぼらないぞ。自分も、貴音も」 「ええ」 自分も貴音も、ちょっと夜風に当たりすぎたらしい。反省。 ガタッ 「同居を始めたふたりが、同時に風邪をひいたですって……?」 声を上げたのはピヨ子。あいつはぶれないな。 「社長、事務員がセクハラ」 「ほう?」 ピヨ子は青くなった。 「セクハラだとっ!?」 ガタッ 「俺の響になんてことを。俺の響に」 「プロデューサーは座ってて」 こいつもぶれない。 765プロは、自分に正直な事務所である。 了
以上です。お目汚し失礼しました…
>>279 リアルタイムで遭遇した。
言葉のテンポが凄く良くて、楽しんで読めたよ。
GJ!
即レスとはありがとうございます SSスレ、いいなぁ
いいね。 ただ、書き出し2行目の1人称のいい間違いが不自然。 流れからして、響のモノローグだと思うんだけど、あそこでいい間違えるかなぁ? 貴音が響の真似をしてるってのなら判らなくもないけど、だとすると、今度はそう思わせるには情報が足りない。
たかまこ派の俺としてはけしからんと思いながら読んでたけど、手作り麺とこいつは馬鹿なんだで落ちたw
誤字でした。ぐやじい
×ラーメン ○らあめん
>>282 指摘ありがとうございます。
これはキャラアレンジの範疇と言い張りたい所です。
響は恥ずかしがる時に一人称が私になるという公式設定があった気がするので、
「自分は乙女らしさを出すキャラじゃない」と考え、普段の一人称を乙女らしくないように『自分』と言うように意識している…という設定です。
こんなん読む側からしたらどうでもいい事だけど、せっかくSS書きさんが集まる場所なので書いておきます。
>>284 >響は恥ずかしがる時に一人称が私になるという公式設定があった気がするので、
……なかったと思うぞ。
自己紹介ですら「自分、我那覇響!」の娘だぞ?
つ〜か、真と一緒で、わざと『私』とか使うようにしないと言わない方のキャラ。
>「自分は乙女らしさを出すキャラじゃない」と考え、普段の一人称を乙女らしくないように『自分』と言うように意識している…という設定です。
>こんなん読む側からしたらどうでもいい事だけど、せっかくSS書きさんが集まる場所なので書いておきます。
その設定はあの一作だけでは伝わらない。特に書き出しでは。
貴音とのやり取りで響がずっと「私」を使い続けていれば印象は違ったかもね。
そうですか、どこかの2次ネタと勘違いしてたかな…恥ずかしい 表現力足りないなあ。ありがとうございます。
>>279 面白かったー。ルームシェアとか妄想爆裂する。
不意に本音が飛び出したり、なかなかかわいらしかったです。
響の「私」口調はMA2のトーク部分で美希に脱がされた響がパニクって
「私、はずかしいっ」かなんか言ったのがキャラスレで議論になりました。
エロパロスレで小ネタにしたのは俺ですがw
それはそれとして「キャラが普段と違う言葉遣いをする」とか大好物
なのです。書くのは技術いりますがぜひまたチャレンジをお願いしたい。
>>287 >響の「私」口調はMA2のトーク部分で美希に脱がされた響がパニクって
>「私、はずかしいっ」かなんか言ったのがキャラスレで議論になりました。
あー。MA2聞いてないから知らなんだ。
pinkでもこっちでも職人やってるのってどれぐらいいるのかな。ROM含めれば結構いそう。
あずささん誕生日おめでとう あずささんは永遠の二十歳 前世はマンボウ
まだセーフですよね!おめでとうあずささん
最近、週六出勤、12時まで勤務で瀕死になり、絶筆しているものです。 保守がてらに小ネタを書きましたので、よかったらどうぞ。2レスほどどうぞ。 「麗華様……今回ばかりは、我らの助けも通りますまい」 静かに右腕を上げ、制する。 「その通りだ。だから、親父の金は、レッドショルダーの連中に使ってやってくれ。 こいつはうちらだけで十分だ」 「ですが……」 「魔王エンジェルは決して負けない」 「……ご武運を」 執事は去っていった。自分の負けないという言葉に、一片の迷いも見せず従った。 後は、ただ、目の前のアイドル、いや、女王を倒すだけだ。 「あなた正気かしら?唯一の勝機を捨てて、自分の妹分を助けさせるなんて。 愚かね。自分だけが泥を被って他人を助けようだなんて、傲慢にもほどがあるわ。 アイドルは人々をかしずかせる唯一無二の存在。他人を倒すことでしか得られない地位。 それがわからないなら、自分に酔っている偽善者よ。まあ、それでもなお、 偽物の偶像を演じているところだけは褒めてあげるけど」 日高舞は三流喜劇を見たかのように笑う。 「偽物、偽善者か。別にそういうのも悪くないね。そもそもアイドルは偽物だからな」 自分が、裏切りと苦悩の果てに辿り着いた結論。だが、今は清清しい事実として受け入れられる。 「……勘違いしていた。私の音楽は、歌を作ることじゃない。 そもそも私にはそんな器用な真似なんてできないさ」 そう、あいつらも言っていた。私の心にはただその一つだけ。 音楽も舞踊も全てそこから生まれているのだと。 「……そうだ。私に出来ることは唯一つ。自分の心を形にすることだけだった」 すっと右腕を伸ばし、日高舞を見据える。
「―私は荒野で歌を歌う」 呪文を呟く。それは、東豪寺麗華の心を幾度となく奮い立たせてきた言葉。 「そう、とうとう空言まで言い始めたのかしら」 女王は悠然と笑う。 「―曲は怒りで、歌は嘆き」 取り出すものは唯一つだけ。思考にイメージの奔流が渦巻く。 「なに、かしら……?」 驚愕したのは、目の前の小娘が怯まないことか。あるいは、垣間見える幻想の群れか。 「―偶像を守るために、犯した罪は幾千 一筋の希望もなく、一欠けらの絶望もない」 決壊する。溢れ出る映像は、もはや自分の心に押し留めることは出来ない。 「歌姫は共に、願いの丘で声を歌へ紡ぐ」 イメージが体を貫く。だが、構わない。もともとこの体は、ある芸術を生み出すための機械だったのだから。 「ならば、我が道に後悔はなく」 脳を、心を、臓腑を、血脈を、幻想が駆け巡り、全てを爆ぜさせる。 「その歌は、荒野に咲く花だった」 自らの持つ固有の世界。その名を口にしたとき、景色は一変した 血のような夕日に彩られた世界。空には悲鳴のような声が延々と鳴り響く。 そして大地には、棘の生えた花が茂っていた。 その光景を、日高舞は視線で突き刺していた。 「……そうだ。歌を作るんじゃない。私は、魂の叫びが無限に木霊する世界を作る。 それだけが、東豪寺麗華に許された芸術だった」 ただ、赤い荒原に広がる無数の禍々しい花園。それが、東豪寺麗華の世界だった。 固有世界、アイドルが、自らの偶像を殺して初めて生み出せる、最大の禁忌。 そして、アイドルとしてではなく、芸術家として用いうる唯一の武器だった。 その半生を荒野の開拓者として、弱き少女たちを守るために、 更に弱気者たちを滅ぼし続けた歌姫が到達した境地。 「これはまた、随分大層な手品ね」 「驚くことはない。これは全て幻だ。現実の偶像には何ら関わりのないただの偽物だ」 片手で花を摘む。しかし、血は滲まない。滲むはずがない。この世界に見える全てが、 自ら作り出したものであり、幻なのだから。 「けどね、偽物が本物に敵わない、なんて道理はないんだ。 あんたが本物だというなら、全てを乗り越えて、その偶像を叩き潰そう」 虚空に木霊する嘆きが新たな歌の啓示を与える。目の前にそびえるは、幾千の僕の上に立つ偶像神。 「いくぞ、女王――歌の準備は十分か」 「ふふっ、思い上がるわね、お嬢ちゃん」 二人は静かに別れる。戦いの時はもう間近だった。
厨二!! おー、なんかいいですねえ。フラグ立たせまくりの麗華さんカコイイです。 それでもなお、神は神。繰り出す歌の、詞の、舞いの全てが受け止められ、 弾かれ、覆されてゆく。時機あらば虚像の王たりえたかも知れぬ 彼女の力は、それでも神とすら呼ばれる偶像の頂点には届かないのか。 「楽しかった。久しぶりに楽しかったわ。でも、これでさよなら、かな」 「……く」 神の肺腑に止めの旋律が溜め込まれてゆく。 この身が灰になろうともせめて最後の一太刀を、覚悟を決めたその刹那――。 「待ちなさいっ!」 いつの間に現れたのか。その小柄な体躯、長い栗毛の少女は……。 なんて続くやつキボン
なんかDS緑の巻末オマケ漫画が上のネタまんまでもうどうしていいのやら
296 :
wasted :2011/08/01(月) 04:28:19.01 ID:32KdlR/a
297 :
wasted :2011/08/01(月) 04:30:32.97 ID:32KdlR/a
赤い、赤い、夕焼け空に荒野が映える。地に生えるものは、茨だけ。 砂礫の隙間に棘を備えた木が生えている。葉も花も落ち、ただ茎だけが、 人間を拒絶するように立っている。そして、私は一人、茨の茂る地に佇む。 槍のように、剣のように生えた枯木たちに、守られ、囲まれ、捕らわれる。 針の原は無限に続き、決して抜け出せない。 これは夢だ。現実ではない。そう頭が理解していても、心は真実であると囁く。 これこそが東豪寺麗華の心象だと。そう思う限り、この風景から逃れる術はない。 無駄な抵抗と知りながら、静かに目の前の棘をつかむ。血が滴り落ちるにつれて、 繰り返し繰り返し、唱えた呪文が脳裏に蘇る。 ―私は荒野で歌を歌う I sing in the wasteland. ―身に纏うはあまたの茨、 Many thorns envelop me. ―偶像を守るために犯した罪は幾千 Sins have been committed to guard idols many times. ―世に耳目を集めるも、ただ一度の理解も得ない I am so popular , but never understood. ―歌い手は常に一人、流れた血で詩を書く The singer is alone and write lyrics with her blood. ―しかし、その手に得るものは皆無。 Yet, my hands gain nothing. ―故に、私は願う、この身は茨の園であれと。 So I pray I am the garden of thorns. もし私が茨なら、茨の群れそのものならば、きっとこの手は傷つかなかったのに。
298 :
wasted :2011/08/01(月) 04:33:00.47 ID:32KdlR/a
世界が白く開けていく。蛍光灯は点いたままだった。掛け時計は、午前7時を指している。 「また、点けたまま寝ちまった」 悪い癖だ。電気料金云々はさておき、ちゃんとした形で寝ていないということなんだから。 若い連中の指導内容を考えていたら、結局眠ってしまったという記憶がおぼろげに浮かび上がる。 人材の発掘とか、育成とかは唯一私に残された権限だった。あるいは、成人にも満たない小娘、 代表権すらないお飾りの社長には過ぎた権利なのかもしれない。 本当は、傀儡らしくもっと気楽に生きたっていいんだろうさ。ご令嬢らしく遊んで暮らすなり、 親の決めた旦那にぶら下がって日々を過ごしたって、非難なんかされないだろう。 けれども、社長の看板を背負う以上は、手を抜いてはいけないように思えて、 与えられた権限で最善を尽くしたくなる。そんな私の姿を見て、親父は笑っているのだろうか。 実際には、経営だの、事務だの、工作だのといった実務は、東豪寺財閥から派遣された連中が動かしている。 代表取締役の席には、家の忠臣たる大倉が座っている。そもそも、この会社、 東豪寺プロダクションの株式すら、自分は持っていない。全て親父が握っているのだ。 大体、娘が芸能活動に工作資金が要るから金をくれと言って、素直に金を渡す経営者がいるか。 そんな身内に甘い男が企業グループを切り盛りできるはずがない。そこだけは理解できる。 商売人が無駄金を払うはずがない。たとえ、相手が実の娘であったとしても。 親父のそういうところが、何より嫌で、何より頼りにできた。少なくとも、 私に投資することで利益が出るのならば、支援の要請もできるというもの。 下手に倫理観を持っていたりすると、娘を金で遊ばせてなるものかと、かえって支持を得られなくなる。 そう、今の伊織のように。 社長室を出ると、窓から日が射しているのがわかる。幸いと言うべきか、もう朝だ。 とりあえず、自分の家に戻ろうと、オフィスルームを抜け出て、通用口に出た。 はたと思う。そんな時間はあるのだろうかと。そもそも自分の家とは何だ。 親父に買い与えられた高級マンションは、生きた匂いがしない。 それは、さっきまで眠りこけていた社長室でも同じこと。生家を去ってから、決して少なくない月日が経っていた。 戻る。店へふらりと食べに行くわけにいかない。そんなことをしたら、 その日のうちに写真が流出してしまうだろう。勿論、悪いことではないが、 アイドルとしてのイメージを損なうことは間違いない。だから、屋外に出る際は必ず車を利用し、 番組収録を除いて極力公の場に出ないよう心がけている。途中、清掃の女性と会ったが、 伏目がちに挨拶すると、すぐに次の持ち場へ逃げ去った。 再び社長室に入る。出迎えがいるはずもない。ここは生垣で囲まれた私の庭なのだから。 冷蔵庫から飲み物を取り出す。不透明なミカンの果汁が、ビンの中で揺れる。 棚の中から、栄養食品とサプリメントを取り出す。栄養についても、 アイドルは気を配らなければならない。それができずに、体が劣化して消えていった人間もいるのだ。 机の上に無機質な食事が並ぶ。それでも、きっと、ともみとりんがいれば、変わるのかなと、 女々しい願望が頭をよぎる。そして、すぐに打ち消す。既に手遅れとはいえ、 自分の自己満足に、これ以上二人を巻き込むべきではない。否定するのは、過去の愚かな自分だけでいい。 カチ、カチと流れる時計の音だけを供に、乾涸びた食事を胃に押し込む。 「いただきます」とか「ごちそうさま」という言葉もない。聞く人のいない言葉に意味はない。 そして、もう一度作ったカリキュラムを見直す。歌やダンス、容姿だけではない。 普段の受け答え、所謂メディアリテラシーというものが、大変重要だ。 偶像は虚像。ならば、他人を騙し、自分を偽らなければ、成立しない。 己に嘘を吐いてでも、自分に良い印象を植え付ける。そのための努力も、 きっと努力に含まれるに違いない。文書ファイルとして書きあがった素案は、 レーザープリンタで印刷される。次の役員会で諮ってみよう。操業時刻が近づく中、目を瞑って心を休めようとした。 こんな「教育」とやらを考えている自分は大した嘘吐きだと思う。 重ね上げた虚偽が自分の立つ瀬だ。それで、自分は何を手にしたのだろうか。 答えは得ず、ただ時計の秒針が刻まれるごとに、自分が削られる錯覚がした。
299 :
wasted :2011/08/01(月) 04:35:12.53 ID:32KdlR/a
「では、社長からお言葉があるそうです」 役員会に、大倉の言葉が響く。午後の1時に始まって、滞ることなく、議論は進んでいる。 親父は別に窓際族を押し付けたわけじゃない。娘同様、本気で芸能界に参入したということだ。 現在の経営状況、今後の計画について、建設的な意見が交わされる。 「工作」についても、「メディア対策」というオブラートに包んで話されている。 しかし、その議論に私はあまり参加できない。まだ彼らの話が理解できる程度でしかない。 まだ、私の知力も知識も不足しているのだ。 「アイドルの教育方針は、事前に配った資料の通りだ。私としては、諸君の働きに甘えず、 所属アイドルの地力を伸ばしたいと思っている。そして、また、道を踏み外さないようにしっかりと教育を行うつもりだ」 言えるのは、こんな月並みな文句だけ。はなはだ滑稽だと思う。 それでも、役員たちは、次々に「異論はありません」と口にする。 ただ、その声音はどこか冷えている。敬意がないのではない。 だが、海千山千の彼らにとっては、総帥の娘といえど、彼の「作品」にすぎないのだろう。 私への尊敬は、その向こうに捧げられているのだ。 「それでは、全ての事案を決定しましたので、これにて閉会にしたいと思います」 大倉の物腰柔らかな声で、会議が終わる。しばらく、私は座ったまま目を閉じていた。 ドアが閉まる音を聞いて、ようやく重荷を下ろした気分になって、社長室に引き上げようと立ち上がった。 「お嬢様、話があります」 老人らしい枯れた声がした。他の役員は各々の職場に戻ったが、大倉、 かつての親父の秘書だけは、私の傍らに佇んでいた。 「どうした、大倉」 「765プロダクションの件ですが」 「何か不都合なことが起きたのか」 「そうではありません。ただ……」 「ただ?」 やつにしては珍しい。饒舌ではないが、歯切れの悪い物言いをする男ではなかったはずだ。 「765プロを追い落とすことは、伊織様を邪魔することになります。 それは、水瀬家を刺激することにつながりかねません。それでよろしいのですか?」 「親父に迷惑がかかるから止めろと?」 「そうではないのですが……」 違うのか。 「別に気にするな。水瀬家はご令嬢の芸能界入りに反対してきた。 もし、娘のわがままを終わらせることができれば、むしろ、感謝の手紙がもらえるだろう」 「そうかもしれませんが、765プロダクションが今後我々の脅威になるとは思えません」 はて、元執事は、こんな甘いことを言うやつだったか?それとも、親父の指示か? 「甘いな。あちらが心変わりすればどうなるかわからん。あの子が、もし親の力をあてにするようになり、 親が許せば、黒井よりもずっと脅威になるだろうよ」 嘘だ。 「そのようなことをなさるお方ではないと、お嬢様が一番ご存知なのでは?」 まあ、餓鬼の嘘が通る相手ではないな。しかし、別に主人の意図でないなら、今更食い下がっても、何の意味がある。 「……いえ、無礼なことを申しました。失礼いたします」 後は、靴音だけが響く。自分はもう一度瞑目する。 これでよし、などととは到底言えない。そんなのは大嘘だ。 私の心情をあいつが汲んだのか。いや、それは、傲慢にすぎるだろう。 やつは、親父と同じように、東豪寺家の娘として私を見てきたのだから。
300 :
wasted :2011/08/01(月) 04:38:53.09 ID:32KdlR/a
仕事が終わり、社長室で所属アイドルのトレーニング結果を眺めていると、 いきなり携帯が鳴った。表示名は「朝比奈りん」 「私だけど、どうした?」 「やっほー、あなたのりんちゃんだよー。ともみと一緒に来たからドアを開けてよお」 「おい、今日は、お前らオフだって言っただろ?」 「うーん、そうなんだけど、心配だから、つい来ちゃった、てへっ」 「てへって、お前なあ……」 りんに引っ張り出されたともみの姿が目に浮かぶ。 「冗談はそこまでにしてっと。今日は大事な話があるから、入れて」 りんの声音が低くなる。こういうときのあいつは、猫を被らない、 本気なんだって、短くない付き合いで知っていた。 「わかった、今開ける」 電話を置き、鍵を開ける。すると、扉が勢いよく開いた。 「こんばんわ、麗華」 二人の声がする。そこに浮ついた様子はない。 「おう、こんばんわ」 やれやれ、それにしても、今日はどうしたことだろう。一日に二回も話があると言われるなんてな。 「じゃあ、立ち話もなんだから、とりあえず、ソファに座って」 「別に体育座りでも私はいいけど」 ともみが言うと、冗談に聞こえない。 「うん、じゃあ、私もー」 「ああもう、ちったあ、見栄えに気を使えよ。アイドルなんだから」 「ああでも、わたしらもとは貧乏人ですし」 「こんなところまで、アイドルを演じなくてもいいでしょう?」 なんだか、ほっとする。二人は変わっていない。自分と違って。 「まあいいか。ともかく、茶、出すからさ」 冷蔵庫から、手製の冷製紅茶を取り出す。心を落ち着けるために、自分で作り置きしているのだ。 グラスに注ぎ終えると、先ほどのようにふざけた様子もなく、真剣な顔をしている二人を見る。 「で、話って何だ。それに、私を心配するって」 「心配ならするさ」 ともみがグラスに口もつけず、見つめてくる。 「そうだよ、麗華。心配しないなんて無理だよ」 話がつかめない。 「執事さんに聞いたけど、今日だって、ここに泊り込んだんでしょ? 最近、そういうの増えてるよね。ダメだよ、ちゃんと休まないと……」 大倉の野郎、後で家の倉にぶちこんでやる。 「大丈夫だよ。好きでやってるんだから。社長さんが働いてないと、社員はやる気が出ないだろ?」 「そうだとしても、麗華ばかりが居残りする理由がない。無論、私とりんは、社長でもなければ、役員でもない。 だから、麗華の業務を手伝えるわけじゃない。うちらにはわからない経営の話も、避けて通れないのも知っている」 「けどね、麗華が無理することはないんだよ。そんなの他人に任しちゃえばいいんだよ。なんのための部下なの」 「そうはいってもなあ」 こう言われると、結構辛い。けれど、そこまで親父の家臣団に、背を預けるわけにもいかなかった。 「麗華と他の役員の間に、微妙な温度差があるのも見ていてわかる。 けれど、私としては、アイドルとしての活動に専念してほしい。これはトリオを組んでる人間のわがままだけど」 わがまま、ね。一番わがままを振り回しているのは自分なんだけどな。 「それに……ううん、なんでもない。けど、麗華がなんだか辛そうで」 二人とも、頼むからそんな顔をしないでくれ。
301 :
wasted :2011/08/01(月) 04:40:59.17 ID:32KdlR/a
「後、もう一つ話があって」 ともみはようやく紅茶を飲んだ後、話を切り出してきた。 「765プロダクションの件だけど」 今日という日はとことんついてないな。身内が痛いところを突いて回る。 「うん、どした?」 「随分、あそこを気にしているようだけど、正直あんな甘い集団が、 私たちの敵になるとは思えない。それでも、潰すの?」 「当然。私たちと戦う相手には、平等に容赦しない」 「本当にそれだけ、なの?」 困るな。人生経験という点では、所詮お嬢ちゃんの私より、ずっと年を取っているんだから。 「水瀬伊織ちゃん……多分、麗華のお友達だったんだよね?うちらと会う前の……」 やはりばれちまうか。 「じゃあ、なんで潰そうとするの。そこまでして、無理に悪役気取らなくていいでしょ」 「いや、経営者としてそういう私情を挟むことはできない」 卑劣な言い訳を述べる。 「そんなのどうでもいい。伊織ちゃんを見てるときの目、明らかに辛そうだもん。 私情なんかいくらでも挟みなさいよ!」 「そこで一つ、これは推測に過ぎないけど」 ともみが、とんと空になったグラスを置く。 「むしろ、私情を挟むからこそ、潰そうとするのではなくて?」 「……!」 「例えば、自分と同じ道をたどってほしくないから、とか」 「それは……」 図星だ。りんまで驚いた顔をしている 「まあ、そういう面もなくはないかな。私がもう一人できたら、そうとうしんどいだろう?」 わざと笑顔を作ってみる。 「それで、自分が傷ついても?」 「別に傷ついてなんか」 「嘘。目が悲しそうだから」 作り笑いをしたことを悔いる。二人とも、お願いだからそんな悲しそうな顔をしないでくれ。 「これは私の問題だから、二人は心配しないでよ」 「それは無理。都合がいい話だけど、うちらは仲間だから。勝手に麗華だけ仲間はずれになるなんて許さない」 「そんなの絶対、ダメなんだから」 ため息が漏れてしまう。 「私の過去なんて、他人に傷つけられてばかりのろくでもない記憶しかないけど、 それでも無駄だったとは思ってない。水瀬伊織という子供も、あんたの過去の大事なピースなんでしょう。 だったら、自分の手で叩き潰すようなことをしてはダメ」 ともみは母親のように諭す。だが、私は聞かん坊だ。 「たとえそれでも、このままだと、絶対にあの子は傷つけられる……」 「もう、麗華。あんたは伊織ちゃんのママじゃないんだから。そんなこと考えなくてもいいのに」 りんが無理に笑っている。 「……それでも、やっぱ聞けないわ」 拒絶。仲間への拒絶。 もう一つ、私が伊織を潰さなければならない理由がある。かつて同じ夢を語り合った仲だからこそ、 倒さなければならない。そうでなければ、自分の愚かな夢を否定したことにならない。 つまり、私の気がすまないのだ。そんな理由で、伊織の運命を壊そうとする自分は最低の女だ。 その醜い姿だけは、二人に晒してはならない。私の勝手な願望だ。
302 :
wasted :2011/08/01(月) 04:43:01.36 ID:32KdlR/a
「まったく、麗華は頑固ね」 長い沈黙の後、それでも、ともみは笑顔でいてくれた。 「本当に頑固なんだから」 りんも笑顔でいてくれる。そんな二人に嘘を吐く麗華という女。 「けどさ、一つだけ言っておくと、うちらは絶対に麗華の味方だからね。 たとえ、麗華が何をしようとも、何を考えようとも」 「そう、本当の麗華が、どんなに酷い人間だったとしても、それでもあたしは麗華を信じるから」 「うちらはあんたを信じたんだから」 ありがとう。でも、その言葉は重い、重いよ。 「悪い……」 一方で、私は二人にかなり甘えているところがある。嘘を重ねながら。 「ううん、気にしないで。ちょっと重い話しちゃったかなと自分でも思ってるから」 「じゃあ、さ。うちらは帰るから。麗華もちゃんと帰るんだ」 「わかった」 「じゃあ、ね」 二人は名残惜しそうに帰っていった。扉が閉まると共に、ソファへ倒れこむ。 そして、幾分経ってから、内線で秘書を呼び出し、車を回させた。 すぐに迎えは来て、車へ乗り込む。帰路の車中、目を閉じて、心を落ち着ける。 自分の良心は傷ついている。魔王エンジェルを作ったとき、この手はいくら汚しても、 心は汚さないんだと思ったときもあった。それこそ、甘えだった。 他人に嘘を吐き、自分にまで嘘を重ねたせいで、他人の善意も受け取ることができなくなっている。 本心から心配してくれた二人に、それでも、ほんの少しだけうるさいと思ってしまった自分がいる。 それは、少なくとも、幸運エンジェルのときにはありえないことだった。 そして、今は、ともみとりん二人の大事な仲間、自分を信じて従うアイドルたち、 その存在は自分の救いであると共に、重荷でもある。けれども、私は社長の職を投げ出すわけにはいかない。 私が倒れれば、親父はためらいもなく、彼女たちを見捨てるだろう。あるいは、徹底的に利用しようとするだろう。 私は、東豪寺プロダクションを設立するにあたって、親父とある約束をした。 親父が設立後も全面的な支援を行う代わりに、私が東豪寺財閥のメディア戦略に協力すること。 それを破った場合は、全ての支援を打ち切り、所属アイドルの身分は保証されないということ。 親父は、社員が過労死しようが、自分の妻が浮気しようが、眉一つ変えない男だったが、 それでも、約束だけは絶対に守る。私が従う限り、アイドルは守られ、私が裏切れば、アイドルは捨てられる。 それだけは確かな未来だ。だから、絶対に投げ出すわけにはいかない。 故に、私がこの嘘の輪から逃れる術はない。 救わなければならない。見捨ててはならない。その感情だけが唯一残った真実だ。 それは良心を失おうとも、東豪寺麗華を定義し続ける。昔はあったかもしれないけど、 今はそれに理由はない。きっと理由なんて必要ないんだ。ただ、現実に否応なく押し付けられ、 他人を欺いて、騙して、自分にも嘘を重ねて、仕舞いには裏切って、どんどん自分は磨耗していく。 世に茂る茨に傷つけられていく。 アイドルを目指したこと自体が間違いだったと思うこともある。 そんなことをしなくても、人は救えたのだと。すくなくとも、二人については救えたはずなのだと。 自分は誰かを救わなければならない。その純真な思いが私を壇上へ誘ったのだとすれば、その心を切り裂こう。 もし、自分が過去へ戻れるのならば、刃を自分に突き立てて、幼稚な希望を葬ろう。 でも、この身が茨ならば、茨の群れそのものならば、どんなに他人を傷つけても、 きっと自分は傷つかなかったはずなのに。だから、自分は自分に祈る。 ―I am the garden of thorns...(この身は、茨の園であれ) その願いは決して届かないことはわかっていたのにね。
以上です。救いはないんですか! そもそも、妄想こめすぎて、三次創作ですらなくなっているんですが、それは大丈夫なのか? 麗華と伊織は目指すところは同じでも、出発点が違うだろうと思ったんですよね。 伊織が同じ立場になっても、同じことをするかといったら絶対しないだろうと思うのです。 それは、仲間云々よりも、両者の家庭環境の違いに起因するところが大きいと思います。 伊織の父は、水瀬プロを作りたいと言われても、絶対認めないでしょう。でも、麗華の父は認めた。 そこは、かかる金を考えれば、甘やかしでは片付けられない問題があります。 何か裏がなければ、経営者は投資をしないだろうという考えが頭に浮かんだんです。 誰かを救うという麗華の意識ですが、これは元ネタの衛宮士郎が抱いていたものだけでなく、 魔王エンジェルのメンバーから自分が感じ取ったものです。作中の台詞から、 りんやともみは本来麗華と親しくなるような家柄ではないことがうかがい知れます。 それなのに、親しく付き合い、同じ夢を描いた。そこには何らかの意図が麗華の側に働いたはずです。 少なくとも、ともみは、自身の名前の由来と、アケマスでのP名を考えれば、そうとうエグイ過去があると考えざるを得ませんね。 それを解放したのが麗華だったのではないかと妄想したり。 <これだけある、東豪寺麗華と弓兵の共通点> ・過去純粋な願いを抱いていた ・その願いを除けば、欲求らしい欲求が見られない ・多くの人間を背負っている ・他人に裏切られ、人間に絶望する ・自分の過去を否定し、叩き潰そうとする ・望まぬ悪行に精神が磨耗している ・目的のためなら手段を選ばない ・本物、偽者に執拗にこだわる ・最後は、自らの過去に破れ、答えを得る すいませんこじつけです。ごめんなさい。
……というタイトルでお察し願えれば幸甚にございますが、 アイドルマスター×宵闇眩燈草紙(八房龍之助) という珍しいクロスものを一本投下しに参りました。 諸注意 ・『宵闇〜』の世界観を拝借しました。クロス元の登場人物は出てきません。 知らぬが一応読んでやる、というありがたくも奇特な方がいらっしゃるなら ネタ元をウィキペディア様より引用させていただきますのでご参考に。 <大正時代の日本を思わせる場所を舞台に、もぐりの医者「木下京太郎」、 荒事の得意な「長谷川虎蔵」、古道具屋を営む妖しい女性「麻倉美津里」を 中心に繰り広げられるオカルト・ホラー・アクション作品> というジャンルになります。 ・キャラ改変あり、というかみなさん年齢も違うし別のお仕事されてます。 ニコニコ動画の架空戦記ジャンルを意識しています。ご存じない方でしたら 『ドリフの西遊記』とか『ダウンタウンの忠臣蔵』くらいのノリをお考えください。 ・オリキャラ出演あり。 ・バトルシーンがありますが人死にはありません。 ・少々長くなってしまいました。40KB、17レスお借りいたします。 お好みでない方はお手数ですがNGを願います。
さて本日は陽気もよく、風爽やかにて乾きまこと好日である。 「ふあ……」 縁側で老猫よろしく寝そべり、見るものが見れば目玉を飛び出させるに吝かでなかろう 稀覯本を枕に呑気な欠伸をご披露するは失礼、僕こと秋月涼太郎と言う。 齢二十歳過ぎ、現在の職業は医者……現在の、と言うには理由があるのだがそこは ひとつ気にされぬよう願いたい。医者ではあるが診療所を構えているわけでも大病院に 勤めているわけでもない。この街の物好きを飯の種にしている回診医、といえば まだしも聞こえが良いが、要するに自分の医院も持てずにこうして従姉の家に 上がり込み、その商売の手伝いをしながらちびちびと小銭を溜め込んでいるという、 そんな結構なご身分である。 「涼太郎、涼、涼の字」 斯くの如き立場であるから従姉殿にはすこぶる頭が上がらない。こちとら手前の 食い扶持ひとつ稼げない居候、かたや萬小間物商として江戸の昔から名の知れた 『秋月屋』の女主人である。 「従姉さん、ここです」 「おや、こんなところで布団干しの形態模写?」 「残念、今日は小春日和の木漏れ日を擬人化してみていたところです」 「ははあ、なるほど影が薄そうだわ」 「そりゃないよ従姉さん」 僕の従姉・秋月律子はこういう人物である。人が悪いわけではないがなんというか、 歯に衣着せぬところがある。まあ雑貨屋の傍ら古物商――当人のたまうにはこちらが 本業との由――を商っておれば、近所のお客筋ばかりでなく海千山千の売主買主も 相手にせねばなるまい、その副産物としてのこの人当たりである。これでも人を見る目は あり、その御眼鏡に適えば相応の相手もしてもらえる……この僕のようでなく。 「今日は従姉さんが店番だったよね?どうしたの、店を空けてて大丈夫?」 「お客が来たのよ。なんで今日は早仕舞い」 「うええ」 従姉さんがこういう物言いで呼ぶ『お客』はすなわち、雑貨屋の品を物色に来た人物 ではない。もう一方の商いの相談に来る輩である。 「じゃ、行くわよ」 「って、僕も?なんで?」 「そういう御用なのよ。仕事道具も持って来なさい」 わけが判らない、と言えれば良かった。わけが判るのが辛い。僕の……『都合のよい 医者』が必要な仕事なのである。 ところで僕の医者としての腕前であるが……薮ではない、と言っておこう。これでも 人の命を助けたこともあるし、街を歩けば嬉しそうに挨拶してくれる人だっている。 勉強もしたし腕の良い医師の先生について修行もした。試験を受けて免許を得て いない以外は知識も技術も応分にある、と自分では確信している。 まあ、律子従姉さんからは兎医者と呼ばれている。初めてそう聞いたときどういう 意味だと訊ねたら、『その心は、ちょいちょい薮に戻る』だそうだ。 「問題は兎なのよ」 「はあ?」 律子従姉さんのあとを歩きながらぼんやりしていたら、いつのまにか説明が 始まっていた。 「聞いてなかったの?しっかり頼むわよ」 「ごめん従姉さん」 「沼崎の大旦那がね、若旦那のお嫁さんが持っている兎の縫いぐるみを引き取って もらえないかと」
沼崎と言うのは近所のお大尽だ。昔からここいらの大地主で、大金持ち。まあ、 後ろ暗いところに片足を突っ込んでる僕あたりだと、世間の評判以外の噂話もいろいろ 聞こえてくる類の人だ。悪いとは言わないさ、こういう人がいてこそ世の中がうまく 回ることもある。でも、今の従姉さんの話は妙だ。 「兎の縫いぐるみなら従姉さんの仕事じゃないだろ?玩具屋を呼んで来ればいい」 「玩具屋で埒が明きゃ私は呼ばれないわよ」 「それはそうかもだけど」 「骨董だと言い張ってるんだけどね、どうも物憑きみたいのよ」 「……従姉さん」 「なによ涼」 「帰っていいかな」 「駄目」 結局、縫いぐるみの目利きと医者の相関については聞くことができなかった。 「秋月さん、よくいらっしゃいました。おや、涼太郎先生もわざわざご足労をおかけして」 「いいええ」 「あ、どうも」 律子従姉さんの名前はその筋にはそこそこ知れているが、僕はその輪から外れて いる筈だ。僕が診た相手でもなければ医者と知っている者も多くはなく、看板も出して いないのだから。 少なくとも僕はそう思っている。つまり、この御仁――沼崎巌――は、商売相手に 選んだ従姉さんのことを一通り承知しているということだ。 「先生のことは申し上げませんでしたのに」 「流れから言って必要と思いまして。こういうことには大層腕が立ちますので重宝して おりますのよ」 ほほほと笑って従姉さんが言う。ほら、なんとなく見えてきたぞ。 「とはいえ、先ほどの方のお話では少々見えないことが。沼崎さん、お手数なのですが、 ご本人の御口からお話を伺えますか」 「よろしいですとも。先は遣いの者をやりましたし、誤解でもあっては困りますからな」 「ありがとうございます。涼、お嫁さんは奥の間にいらっしゃるそうよ」 「え?」 「まず、診てあげて。あんたにはその方がわかるでしょう」 「あ、ハイ」 従姉さんが人の、いや、僕の足運びを指図する時は、それ以外の行動を許さないときだ。 僕は素直に席を立ち、家人に案内されて部屋を出た。 その間に、律子従姉さんが聞いた話をかいつまんでおこう。沼崎氏とはこんな話を したのだそうだ。 『私の倅……吾郎と申しますが、彼に先だって嫁をとらせました。以前から取引のあった 財閥の水瀬氏、そこのお嬢さんです。名前は伊織』 『男名前とは勇ましい』 『名前に似合わずしとやかな娘さんでしてね、お父上に頼み込んでようやく許されました』 『当人同士も喜んでおられるのでしょう?よかったではないですか』 『はあ、それはもう……ですが』 案内人が示した部屋は、屋敷の一番奥の客間だった。案内人が逃げるようにそこを 去った後、僕は恐る恐るその洋間に近づいた。 『今は我が家に預かりにしておるのですが、こちらに嫁ぐ時にちょっとした事故が』 『事故?』
『お嬢さんの可愛がっていた犬が突然気が触れたようになってしまって……伊織さん にまで危険が及んではと、やむなき羽目に』 『やむなき?』 『こちらも晴れの日に粗相があってはならないと、若い者を何人か連れて行ったのですが、 どうも力加減の利かない者がいて』 扉を叩こうとして、それが薄く開いているのに気づいた。中から、鈴の転がるような 笑い声がするのも。 「それでね、うさちゃん。私の見た夢の続きを聞きたい?」 「……」 「私が振り返ると、そこに男の人が立っているのよ。すらりとした背の高い人で、眼鏡を かけていたわ」 見とれてしまった。 扉の隙間から僕の目に飛び込んできたのは、和装の美しい少女だった。 腰までありそうな長い栗毛を後ろに撫でつけ、頭頂で飾り紐で押さえている。秀でた 額には意思のはっきりした眉が弓を引き、透き通るような肌と赤い唇は化粧でもして いるかのようだが、状況をかんがみるに素のままでこの美貌なのだろう。 「その方はね、私ににっこりと笑いかけて……どなた?」 「っ」 彼女が不意にこちらを向いた。人の気配に気づいたのだろう。 『水瀬家の者の手が引き綱から離れたので、仕方なく』 『殺した、と』 『仕方なく、です』 扉にかけていた手に力が入ってしまったのか、ゆっくりと内側に動いた。彼女と 僕の境がだんだんと開けてゆく。 「お客様?」 「ど……どうも、こんにちわ」 こういう時になぜ僕はこんなことしか言えないのだ、全く。 「こんにちわ。沼崎伊織と申します」 しかし彼女はそれを気にもせずふわりと首をかしげ僕に挨拶した。 先ほどまでの話し相手……兎の縫いぐるみを左腕に持たせかけて。 「それでどうかしら?涼」 「どうって?」 今日は済んだから帰る、そう言われるまでは大した時間ではなかった。僕はその間、 そのお嫁さんの話し相手になっていたのだ。 帰宅するなり従姉さんは僕を書庫へ連れ込み、自分は探し物を始めながらそう聞いて きた。 「そうね、例えば医者の見地から?」 「すこぶる健康。この家に来てふた月くらいだそうだけど、ほとんど外へ出して貰えない んだって?」 「らしいわね」 「庭に出たりはしているみたいだけれど、気になるのはそれくらいだね。ごはんも美味しいし 花嫁修業も優しくしてもらっているから毎日楽しいって言ってたよ。でも」
「でも?」 「旦那さんの吾郎さんに会えないのが寂しいって。怪我で療養中なんだって?」 「沼崎吾郎って聞いたことあるのよね。涼、ちょっとこれ持ってて」 「わ」 書架からひと抱えの束を寄越し、そこにできた穴にまた首を突っ込む。 「5、6年前の新聞だったかな。もう少し前かも。でさ、涼」 「うん?」 「なんか憑いてそう?」 「それは僕の仕事じゃないでしょ?」 「いいからいいから。予感とか、しなかった?」 「……何の変哲もないただの人形だよ。子供っぽくて恥ずかしいからって片付けちゃった んで、細かく見てる暇はなかったけど」 律子従姉さんが疑っているのは、その伊織さんが持っている兎の縫いぐるみについて だった。 先刻、沼崎家の使いが来たときの依頼内容は『家に嫁入りした若奥様が持参した 私物を整理したいと言っている、骨董の類もあるのでいろいろ見て欲しい』という話だ。 その使いを従姉さんが言葉巧みに誘導してみたところ、兎の縫いぐるみが人に 噛みつくのでついでにうやむやに出来ればいいのだが、と口走ったというのだ。 「小さな頃に母親から貰って、以来いつも一緒に居るって言ってた。十何年も扱って ほつれの一つもないんだ。布地も汚れていなかったし、大事にしてきたんだろうね」 「え?血で汚れてたでしょう?」 「血が、なんだって?」 「さっきの狂犬騒ぎの話、沼崎の若い者が犬を踏み殺したとき、その血しぶきが お嬢さんと縫いぐるみに盛大にかかったんですって」 従姉さんが振り返った。手に、古い新聞の綴りを持っている。 「多分これだわ。あっちで見ましょう」 律子従姉さんは物知りだ。多少知識に偏りはあるものの、専門分野である骨董や 本来の商売にかけては首を傾げるのを見たことがない。その源は専門書だけでなく、 日々発行される新聞や雑誌、本文ばかりか宣伝や折り込み広告の類にまで目を 通している。さすがに全てを諳んじているわけではないが、必要なときにこうやって 紐解くだけの技量を備えている。 「ああ、これだわ。ほら」 従姉さんが古新聞の束から指し示したのはごく小さな記事で、内容はこの近所で 起きた交通事故の件だった。7年前のある夜更けに、不詳未成年者の運転する 自動車が通りすがりの人を轢いて死なせてしまったという。 記事には未成年加害者の名前はもちろん載っていなかったが、脇に従姉さんの 筆跡で『沼崎吾郎』と書いてあった。 「なに?この記事」 「近所の事故だったから興味を惹いたのよね。調べてみたら沼崎の倅だったんで、 こうして覚書を」 「ふんふん、無免許運転かあ。父親の自動車を面白半分で乗り回した?」 「おおむね正解。その車には当時の彼の恋人と友人数名、大量の酒と御禁制の お薬が少々同乗していたけれどね」 「……そんなこと書いてないよ?」 「書いてないわね」 「ええっと……ふうん」 従姉さんと一緒にいると、こういうことが度々ある。いちいち詳しく訊いていたら きりがないし、それは自分で底なし沼に歩いていくようなものだ。僕はいつものように、 そこで話題を切り上げようとしてみた。上手くいったためしはないけれど。
「巌氏が警察に働きかけて、単なる未成年者の交通事故に抑えたのね。恋人だった 女性も顔を酷く怪我して結局行方知れずだし、ご友人たちの方は今や漏れなく お天道様の下を歩けない商売をしてるわ」 「……若気の」 「心にもないこと言うんじゃないわよ」 至り、とさえ言わせてもらえない僕の境遇を察していただきたい。僕としては物騒な 話を続けるのが嫌さに話を終わらそうとしたのであるが、もちろん見当はついている。 街の有力者の跡取り息子でありながら沼崎吾郎という人物は、父親が裏から手を 回さねばならぬ程度に厄介な男、というわけなのだ。 「そんな男にあの伊織お嬢さんも、よくお嫁に行くつもりになったものだね」 「全くだわ。娘を箱入りに育てると悪い男に惹かれるようになるって聞くことがあるけど」 「巌氏が日参して水瀬家のお父上にも許しを得たんでしょ?ならその吾郎さんも、今は 改心しているんじゃないかなあ」 「改心ねえ。涼、吾郎氏が怪我で伏せっているっていうのは聞いてるわよね」 「伊織さんが言ってた。でも詳しくは教えてくれなかったな」 「それはそうでしょ」 「どうして?」 聞いてしまってから気づいた。 「さあてねえ」 従姉さんがにんまりと笑う。……しまった。 「私もそれを知りたいのよ。お嬢さんから聞いてきなさい」 僕は彼女に、この件に興味などあるそぶりを見せてはならなかったのだ。 **** 「吾郎様は……いえ本当なら『主人』と呼ぶべきなのでしょうが」 数日後、夕刻。 結局僕は、伊織さんに会いに来た。少し遅い時刻だったけれど一人で訪れた僕を 巌氏もにこやかに迎え入れてくれ、伊織をどうか頼みますと固く手を握られてしまった。 「私には過ぎた方だと思います。お優しいですし、度量が広く、お顔だちも素敵で」 「そうですか」 「何度目かにお会いしたとき、東京見物に案内してくださったんですよ。それまであまり 遠くへ出ることもありませんでしたので、とても楽しい思い出になりました」 「へえ、ご家族で旅行などは?」 「父は忙しい人ですし、母はもっぱら留守を守る役でしたので……たまに、お芝居を 観に行って食事して帰る位でしたね、それも決まったお店が多くて」 「どちらのお店なんですか?……ああ、有名店じゃありませんか。予約もひと月は 空かないそうですね」 僕が医師として従姉さんに呼ばれたのは、沼崎氏の言葉が切欠だった。小さな独白を 拾ってそう仕向けたのは従姉さんの仕業だったけれど。 伊織さんは、飼い犬の一件から心に傷を負ってしまったのか、所々に物忘れをして いるようだというのである。痛々しい思い出のみを封じ込めているのなら手を出さぬ事も 考えたが万一日常に支障あるとなると本人も困るであろうし、沼崎家の嫁としての 体裁もある。彼女の病状はいかほどのものか見定めて欲しい、というのが今回の 僕の仕事だった。 「吾郎さんとはどちらでお会いに?」 「お義父様が、実父の催した宴席にいらしたのが初めです。丁度、私も父に連れ られていて」 「ははあ」
「私は恥ずかしくて録にお顔も拝見できなかったのですけれど、吾郎様が私のことを 憶えて下さって」 「一目惚れ、という奴ですか」 「嫌だ、私ったらこんな事を」 頬を染めて横を向く伊織さんは大層美しく、当の吾郎氏でなくともこの美貌に 吸い寄せられる男は五万と居るに違いない。この僕でさえ、こんなお役目でなかったら どうなっていたやら。 「そうですか。仲睦まじいご様子、僕ごときが口を出すのは野暮でしたね、すみません」 「……ですから」 「はい?」 「ですから、私は吾郎様にお会いできず心細いのです」 くるりと振り向き、伊織さんはしなやかな動きで僕の眼前に歩み寄った。 「ねえ先生、吾郎様のお加減はお悪いのですか?私がお義父様にお願いしても逢わせて 戴けないほど、お怪我が酷いのですか?」 「い、いや、僕は」 伊織さんはさらににじり寄り、両手で僕の手をとり訴える。 「先生のお力で、吾郎様にこっそりと逢わせていただく事はできないでしょうか?ひと目、 ひと刻でよいのです、あの愛しい方とまたお逢いすることは叶わないのでしょうか?」 「……そんなに、彼のことを」 真摯に懇願するその瞳は潤み、今にも泪が零れ落ちそうである。ここまで彼女は、 自分の良人を恋い慕っているのだ。いかな事情でどのような怪我をしているか 知らないが、彼を心配する伊織さんに逢おうとしない吾郎という人物に、僕は段々と 怒りが湧いてきた。 「そう、ですか……では――」 「一寸お待ち、涼太郎」 「――えっ?」 なんとかしましょう、と続けるはずの言葉を飲み込ませた声は誰あろう、律子従姉さんだ。 「従姉さん」 「まんまとほだされてるわね、ご苦労さん」 いつもの調子でこんな事を言い、したり顔で微笑んでいる。今日は知り合いに会いに 行くからと別行動であったのに、なぜここに居るのだろうか。 「失礼な。従姉さんは伊織さんの境遇をご存知ではないのですか?」 「知ってるわよ、その娘さんが亭主に逢いたいと望んでることも、家の者がそれを 拒んでる事も」 「可哀想だとは思わないのですか!夫婦は相身互い、望んで添い遂げようという 二人を引き裂くことなどあってはならないでしょう!」 「涼、吾郎氏の怪我の原因はもう伊織さんから聞いたかしら?」 「彼女は知らされていないと」 後ろから声をかけられて振り向いたので、僕は自然と伊織さんを庇うような体勢に なっていた。従姉さんの視線を遮るように半ば上げた右腕に、彼女がすがりつく力を 込めたのが判る。 「知らされていない。なあるほど、そう言えば言葉にも力がこもるわね、嘘は吐いて いないのだもの」 「従姉さん?何を言っているんですか?」 じりじりとにじり寄ってくる従姉の強張った表情を睨み返し、問い掛ける。もともとは 胡乱な買い取り相談の案件であって、他人の恋路をどうこうする話ではなかった はずだ。なぜこの人は伊織さんを傷つけるような物言いをしているのだろう。 その律子従姉さんが、ふいと視線を肩越しに振った。 「吾郎さん、お宅のお嫁さんは愛しいあなたが怪我をした理由を知らされていない のだそうですよ」
その視線の先……扉の陰から、ごそりと人の形が動き出た。 「ここは一つ、それを教えて差し上げてくださいませんか?吾郎さん」 「……あ……あ」 僕の知らないその男は、従姉さんの物言いからすれば間違い無く……。 「……吾郎……さま」 伊織さんが僕の後ろで、悲鳴にも似た囁きを放つ。僕の腕を握り締める手に一層 力がこもり、千切れそうな痛みを発した。 「いお……い、いやだ、く、来るな」 骨太な体つきの男はしかし、愛する妻の顔を見るとその図体に似付かわしくない、 か細い声で拒絶を表した。 「やめ……やめろ、やめて、やめてくれ!俺に近づくなあ!」 「吾郎さん?あなたは何を」 この怯えようは尋常ではない。しかも不思議なことに、沼崎吾郎はここまで取り乱して いながら、腰を抜かすでもなく逃げ出すでもなく、扉の脇から半身を覗かせて足掻く ばかりだ。 「なにが近づくなですか。あなたの大切な人なのでしょう?」 ずい、とさらに男の体が動き、その後ろから別の女性が現れた。僕も知っている 声の人物だ。 「……千早さん?」 「久しぶりね、秋月さん」 「従姉さん?知り合いに会うって、千早さんだったんですか」 吾郎氏が逃げなかった理由が知れた。この女性が片手で彼の腕を捻り上げ、 ここまで連行してきていたのだ。 「まったく、ちょくちょく行方をくらますもんだから探すこちらも大変よ。ちょっと力を 借りようと思ってね、連れて来たの」 「律子も人使いが荒いわね。私はもっとのんびりと暮らしていたいのだけれど」 「寄ると触ると厄介事に巻き込まれる癖によく言うわね。いつぞやの貸しはまだ有効よ?」 「はいはい、貴方のためならなんでもいたしますよ律子殿」 紺の背広に濃紺の外套を着込んだまま従姉さんと軽口を叩き合うこの女性は、 彼女の古い友人である。名を如月千早、職業は……流しの歌唄い、とでも言おうか。 「さて沼崎さん、私は詳しい話を聞いていないものですから、もし不調法があったなら 謝罪します。さしあたっていま律子が訊ねた次第、教えて戴けますか?」 「いやだあ!たす、助けてくれ!俺は、俺はお前を、俺は何もっ!」 片腕を後ろ手に締め上げられたまま、吾郎氏は今にも正気を失いそうだ……いや、 ひょっとすると、すでに。 「旦那はいろいろ考えることがあるようね。涼、吾郎氏の怪我はね、噛み傷なのよ」 「噛み傷?」 「伊織さんと夫婦になった晩にね、吾郎氏が叫び声を上げて巌氏の部屋に 逃げ込んできたって言うの。体のあちこちに歯形をいっぱいつけて。父親の前で 気絶する前に彼、こう言ったそうよ。『兎に噛まれた』と」 兎……待てよ、兎? 『兎の縫いぐるみが人に噛みつくので……』 僕は伊織さんを振り返った。肌身離さず持っているはずの兎の縫いぐるみを 目で探した。……ない。先ほどまで、彼女が優しく抱き撫でていた白い縫いぐるみが、 姿を消している。 「い、伊織さん?」 彼女は僕の手を強い力で抱き締めたまま、吾郎氏を見つめるばかりで僕に応えては くれない。
その時。 びゅお。 耳元を風が切り、僕たちのすぐ脇をなにかが飛び抜けた。白い、小さい、ふわふわの……。 「ひぃ!」 「千早っ!」 ばぐん。 飛んできたのは兎の縫いぐるみだ。ただの人形のはずのそれが、まるで生きて いるかのように……猟犬が獲物の喉笛に飛び掛るかのように、吾郎氏目掛けて 突進したのだ。それも、本来この人形には存在しない筈なのに、口を大きく開き、 涎でぎらぎらと光る牙を閃かせ、彼に食いつこうとしていたのだ。 兎の一噛みはしかし、吾郎氏の首の少し手前の動きを止めた。 「さすがにけだもの、辛抱ができないのね」 千早さんが吾郎氏の腕を捻り上げたまま、もう一方の手で兎の片足を掴み、 すんでのところで攻撃を凌いだ。そのまま、ぶんと腕を振って縫いぐるみを投げ捨てる。 「ち、千早さん……今、縫いぐるみが」 「まだ来るわよ秋月さん。少しの間下がっていて。律子も、この人をお願い」 兎から視線を外さぬまま言い、吾郎氏を従姉さんに預けて自身は部屋の中に 進み入る。 「涼、このご主人を怪我させたのは伊織さんの縫いぐるみよ。伊織さんが『理由を 知らされていない』と言ったのは、当人が知っているからね。嫁入りの日、晴れて 夫婦になった晩に新妻にのしかかろうとした途端、飼い兎に手を噛まれたっていう訳。 兎さんとしては喉笛にがぶりと行きたかったようだけれどね」 「……な」 「秋月さん、よけてッ!」 千早さんの鋭い声に首をすくめると、耳元に風切り音。次いで頬に小さな痛みを感じる。 ごおっ、ごすん。 吾郎氏ではなく当面の障害と判断したのだろう。兎はその牙を剥き出しにし、今度は 直接千早さんに突進した。人形相手に何を言っていると思うかも知れないが、事実だ。 兎の縫いぐるみが、それこそ肉食獣の体捌きを見せて襲いかかったのだ。 しかし、千早さんはそれより更に早かった。 「キイッ」 「あら、縫いぐるみの癖に喋るのね」 吾郎氏が扉の外に倒れているところを見ると気絶でもしたのだろう。両手が空いた 千早さんは懐から青い鞘の短刀を取り出し、刃を抜かぬまま兎を打ち据えた。一旦は 床で跳ねた兎だがすぐ体勢を立て直し、相手を威嚇する。 「キィアアアアア!」 「さあ、来なさいッ!」 だん、だだん。 床を、壁を蹴り縦横無尽に部屋を駆け回って兎は、幾度となく千早さんに襲い掛かる。 牙や、手足の先から突き出した鋭い爪を閃かせ、彼女に傷を負わせようとするが それらの攻撃は全て千早さんの蒼い鞘に止められ、抑えられ、弾かれるばかりだ。
「どうしたの?所詮はけだものね、人間様にはかなわないっていうこと?」 「涼、聞いて!沼崎吾郎は父親も手を焼くごろつきだわ。街で色々尋ねて回って、 全部親父さんが悪事を塗り隠していたことが判った」 千早さんの横で身を隠した従姉さんが声を張り上げた。 「大事な跡継ぎ息子を見捨てることはできなかったってところね、商売人にしては 甘い御仁だわ。伊織さんにしても吾郎の一目惚れっていうところまでは嘘ではない けれど、無理を頼まれた巌氏が水瀬の家を陥れて問答無用で嫁に取ったの」 「ええっ?」 「水瀬財閥はいま外国との貿易を手掛けていて、さしもの金持ちも全てには目が 届かない。傘下の会社をひとつ買収されて、縁談と引き換えに資金援助を持ち掛け られたのよ。国内のごたごたを貿易先に知られると財閥全体の危機になる勘どころを 押さえられて、水瀬の父上は泣く泣くお嬢さんを沼崎の家に嫁がせた……手口は 乱暴だけれど、ことと次第に限って言えば、そのお嬢さんも納得ずくの話だわ」 驚いた僕は隣の伊織さんを振り向く。彼女は相変わらず僕の腕を掴んだまま小さく なっていて、その表情は計り知れない。 「そんなことが……でも、それとこれに何の関係が」 この時代、市井のご婦人の人権は戦国時代のそれと大差ない。市井のと書いたのは うちの従姉上や千早さんのような女丈夫が僕の周囲にひしめいているからだが、 会社大事の為に嫁や娘が泣くなぞさして珍しいことではない。いま従姉さんが 明かしたような大金持ち同士の陰謀混じりという部分は置くとしても、当の伊織さんが ともかく心を決めたことなら、縫いぐるみの憑き物騒動は無関係の筈だった。 「伊織さんの結婚に大反対するのが一匹いてね。そいつが猛然と食いついたのよ」 「それは――」 彼女に恋人でも、と聞き掛けてはたと口を止めた。従姉さんは一人とは言って いない。一匹、と言ったのだ。 「小さい頃から伊織さんと一緒にいて、とても可愛がって貰って、自分は一生この人に 忠誠を誓おうと思った。その主人がどうやら意に染まぬ人物の元に連れ去られようと している……そいつはこう考えたの」 「律子、おかしいわ、手ごたえがなさ過ぎる」 千早さんが割り込んでこう言う。小太刀も懐に納め、皮手袋を嵌めた手だけで兎を 防いでいるが汗ひとつかいていない。 「獣妖獣魔の類なら脳味噌の出来はともかく、その念はとても強い筈、ものに とり憑くくらいなのだから。壊すなとあなたが言うから相手してるけど、これなら 子供が投げる石ころのほうがましよ」 僕には苛烈な攻防に映っていたのだが、当事者としてはそうでもなかったようだ。 「やっぱり?」 「どういう意味かしら」 「あなたを呼んでよかったっていう意味よ、千早。涼、話の行く末は察したかしら」 「……その反対してたっていうのは……つまり」 「ええ、殺された犬。人間様の御都合なんか関係ないからね、ご主人をさらいに 来た人間たちに食って掛かって、結局返り討ちってわけ」 犬。 伊織さんが可愛がっていた犬が、彼女の嫁入りの日に凶暴化し、沼崎の者に 蹴り殺された。 そしてその怨みを湛えた獣の血が伊織さんの縫いぐるみに降り注ぎ……おそらく。 「伊織さんの犬が兎の人形に……取り憑いた?」 「そしてその夜、己の肉欲を満たそうと伊織さんにのしかかった吾郎に」 「キキイイィィィッ」 千早さんと戦っていた兎が急に向きを変え、話を続ける従姉さんに牙を向ける。
「そっちはダメよ!」 しかし千早さんはすかさず回り込み、再び取り出した小太刀で兎を打ち据えた。 「ギュアアアア」 「!しまっ──」 床に跳ねた兎は跳ね飛ばされた勢いも借り、突如軌道を変えて従姉さんの奥、扉の 向こうに横たわっている吾郎氏へ向かった。計略に一呼吸遅れて気付いた千早さんは 舌打ちをひとつすると、左手を前に掲げ、小太刀を持つ右手で印を組んだ。 「射抜け神鳴る破鎚ッ!」 轟、という音と共に彼女の手から蒼白い炎のようなものが放たれ、宙空の兎を捉えた。 光と轟音の塊はそのまま吾郎の上を通り過ぎ、向こうの部屋の壁にぶつかって動きを 止めた。 「律子、大丈夫?つい間に合わなくて飛び道具を使ってしまったわ。耳や尻尾が焦げた かも知れない」 「仕方ないわね、命には代えられないもの」 従姉さんは壁の亀裂に一瞥を呉れたが、穴に嵌り込んだ縫いぐるみは動かない。 化け狗退治が終わったのだ。 「なんてことだ……そんな犯罪紛いがまかり通っているなんて」 「惚れた相手には、どんな事をしてでも想いを遂げたくなるものよ。たまたまその手口が 懸想文じゃなく金と暴力だっただけ」 律子従姉さんはそんなことを言い、視線を壁の穴から僕らに戻した。それで思い出し、 伊織さんに声をかける。 「もう大丈夫ですよ伊織さん。怖かったでしょう、あなたの飼い犬はあなたのことを思う あまり、御主人に吼え立てたのです。御主人にもあなたの犬にもほんの少しずつ 行き違いがあった、これが今回の出来事の原因だったのですね」 「……の……」 先日の、伊織さんの口から出た言葉に嘘はないだろう。伊織さんと吾郎氏は当初の 事情はどうあれ、互いを大切に思っているのだ。酷い目に遭い、怨みまでこもらせた犬は 不憫と言うほかないが、互いを想い合う二人であるならきっとこの痛ましい事件を 乗り越えてゆける、そう感じた。 「縫いぐるみはどうやら動きを止めたようです。伊織さん、立てますか?」 「……ノ……リヲ」 ぎしっ。 「ぐぁっ?」 軋んだ音を立てたのは骨だ。僕の腕の骨だ。 伊織さんが両手で抱きかかえている僕の腕が異様な力で締め付けられ、折れそうな 激痛に思わず呻く。 「……オリヲ」 「いっ……お、り、さん……?」 「ユルサヌ。オレノ」 「涼太郎!逃げなさいっ!」 従姉さんの声に従えるものなら、とうにそうしている。耳下に聞こえてきた伊織さんの 声はしわがれ、野太く、まるで暗闇の底から響く怨嗟の遠吠えのようなのだ。僕は 彼女に腕を、千切れんばかりの怪力で握られていて身動きひとつできずにいるのだ。 彼女が顔を上げた。 その目は赤く、顔のあらゆる場所に血管を浮きだ立たせ、まるで耳まで裂けたのかと 思わされる引き吊れた口からだらだらと涎を垂らしている。
「オレノイオリヲ。ユルサヌ」 赤い唇から漏れる声はすでに少女の鈴音ではなく、猛る野獣の咆哮そのものであった。 「ユルサヌ!イオリヲカナシマセルモノヲ!ユルサヌゾオオオオ!」 「ぐああああ!」 吠え声とともに腕を締め上げられ、たまらず叫ぶ。 その眼下に、濃藍の影。 「破邪斬断ッ!」 がづん、とでも書けばよいだろうか。異音の源は伊織さん――いや、見た目はともかく 中身は別物の――怪物の腕からだ。奴と僕の間に飛び込んだ千早さんが、小太刀 ではなく今度は黒重い長剣を抜き放ち奴の腕に叩きつけたのだ。 「ゴオオオオオ!」 「く、頑丈ね。念のひとつも乗せないと駄目かしら?」 だがしかし、伊織さんの腕には傷ひとつない。只相当痛かったのか大きく吠えると 身を一歩引き、僕を邪魔者の、すなわち千早さんの方へ投げつけた。 「わああ……っ!?」 がしっ。 こんな僕でも歴とした男だ、それを鞠のように投げ捨てる化け物も化け物だが……その 僕を易々と受け止める千早さんも大概ではある。この身を多少でも案じてくれている ならありがたいが、受け止めねばこの体が後ろの従姉さんと吾郎氏に激突する軌道で あった。 「大丈夫?秋月さん。下がっていて、危ないわ」 「は、はいっ」 振り向きもせずそう告げ、怪物に向け体を低くする千早さんは次いで眼前の敵に 口を開く。 「人語を解するなら話が早いわ、四つ足のけだもの。苦痛が好みでないのならその 人の体から出なさい」 「ジャマヲスルノカ。ジャマヲスルナ」 「あなたはとうにこの世のものではない。生者に割って入るなと言っているのよ」 「イオリヲナカセルモノハユルサヌ」 「罰は下すのは人間よ、あなたの出番はないわ」 「ヌシラハコヤツノムホウヲステオイタ。ヌシラニハユダネエヌ」 「く、ご存知っていう訳?」 「コヤツハ、イオリヲカナシマセタ!イオリヲコワガラセタ!イオリヲ、オレノタイセツナ イオリヲオオオオ!」 怪物が吼えた。少女の衣装、若い娘の体躯でありながら全くそうとは言い表せ得ぬ 圧のようなものを纏ったそいつが天に向かって放つ雄叫びはしかし、あたかも血を吐く かのような悲しみに満ちていた。 ごりごりと嫌な音を立てて怪物の首がこちらへ振り向き、真っ赤な瞳が千早さんを 睨む。次の瞬間、その姿がかき消えた。 「オオオオオオ!オマエモジャマヲスルノカアアア!」 「くっ」 ごわん、と千早さんのいた床がひしゃげ、木片が四散する。 怪物は目に捉えられぬ恐ろしい速度で千早さんに詰め寄り、強力の一撃を放った のだ。獣の右腕が床にめり込み、千早さんが着ていた外套の残骸が横たわっていた。 「ああ!千早さん!」 なんという速度、なんという威力。先程の兎の動きとは次元が違う。 殺された犬の怨みは縫いぐるみではなく伊織さんの方に取り憑いていたのだ。
あの獣は飛び散った血潮に紛れて伊織さんの肉体を乗っ取り、自分は正体を隠した まま、その念力で兎の縫いぐるみを操って吾郎氏を襲わせたのだ。嫁入りの晩に 吾郎氏を殺せなかったので大人しく新妻のふりを続け、人に会えば夫に会いたいと 請い願いその実、次こそ彼を咬み殺そうと虎視眈々と機会を狙っていたのだ。 「グルルオ」 当面の邪魔者を排除した化け物がゆっくりと首を廻らし、戸口の影の僕らを見つめる。 僕は腕の痛みを庇いながら顔をしかめて、律子従姉さんは目を細め、吾郎氏は意識を 失ったままその視線に晒されている。 「ゴロウサマア。オシタイモウシテオリマスウ」 先刻までの自分の芝居の劣悪な皮肉でも行なうかのように、鋳潰したような嗄れ声で 伊織さんの言葉を繰り返す。その貌は猛り狂っているようでもあり、哄笑っているよう でもあり。 「ゴロウサマア。ゴロウ、ゴロウ、ゴロオオオオオオオウ!」 太い腕を再び振りかぶる。これは、駄目だ。 「劫魔伏滅・殲灼招雷!」 その怪物の頭上に轟音と閃光。まるで……落雷。 「ギャアアアア!」 「ふう、少しは効き目があったわね」 肉の焦げる臭いと共に仰け反る化け狗と僕たちの間に降り立ったのは……。 「ち……」 先ほど殺されたと思っていた、千早さんであった。 「千早さん!」 「こう見えて私は慈悲深い方ではないわよ、死に損ないのけだもの。汝右の頬を 打たれなば万倍の痛打もて報うべし!」 「いっぱい間違ってるわ、千早」 「ともあれ此方は体が資本!それに傷負わされて引き下がれるものですか。律子、 少しやりすぎたら許して頂戴ね」 従姉さんとの掛け合いを聞く限り、化け物の一撃はかわしおおせたようだった。 恐らく咄嗟に外套を残して飛び逃れたのだろう。 ただ今の彼女は冷静な口調とは裏腹に無茶な事を言っている。小さな声で何か 呟いているがよく聞き取れない。声は次第に大きくなり、やがて耳に入ったのは このような呪文だった。 「……五行六甲の兵を成し百邪斬断万悪駆逐、破魔調伏の劫火もて一切を 平らげよッ!」 「いけない」 手袋をしたまま真上に挙げた右手に、青白い火花が自然発生しているのが見えた。 うずくまって呻く化け物を向こうに今や朗々と呪歌を唱える彼女に向かい、突然 律子従姉さんが駆け出した。何をと思う暇すらない。彼女が懐に手をやって走って ゆくのを為す術もなく見送る。 「急急如律令火雷轟、迅──」 「駄目よ千早!」 「痛ぁいっ!?」 ばしんという大きな音、続いて可愛らしい悲鳴が聞こえてその場の緊張感が途切れた。 律子従姉さんが懐からなにかを……あれは鉄扇だ……を取り出して、千早さんの お尻を手ひどくひっぱたいたのだ。 「なにするのよ律子っ!」 「こっちの台詞だわ!そんな大技使ったら屋敷ごと吹き飛ぶでしょうが!」 「獣の変化は灼き祓うのが基本なのよ」 「真っ当な人間は傷つけるなって言ったでしょう?あっちの馬鹿息子はともかく 水瀬の娘は守りなさいっ」
こちらが戸惑っているうちに話はついたらしい。どうやら大掛かりな術で化け物を 退治しようとした千早さんを律子従姉さんが制し、大惨事を避けさせたようだった。 千早さんは、少し昔の言い方をすれば修験者の端くれである……と以前、 律子従姉さんから聞いた。例によって話の雰囲気は仔細を訊ねてはならない 流れであったので、以来こちらからは立ち入らないようにしている。その千早さんに 行動を指示するとは、従姉さんはいったいいかなる術を持っているのか。 ともあれ千早さんは攻撃の手段を転じたようだ。発条仕掛けのように勢いよく 跳ね起きた化け物が再び拳を固めるのを、彼女も素手で受け始めた。風を切る音と 打撃の連弾が室内に響き、その度に空気が悲鳴を上げて振動する。先程の 攻撃は不意打ちだったのか、千早さんは化け物の動きについて行っているよう だ……ようだ、と言うのは二人の攻防は陽炎のように揺らぎ、僕の目には回転速度を 間違えた活動写真のようにしか判別できないからである。 「千早、お嬢さんの体が変化していないのは、狗がお嬢さんを取り込んでいない からだわ。うまいこと引き離して無事に助けてやって頂戴」 「勝手な事を!」 「人間は縫いぐるみと違って血が染み込んだりしないからね」 「そこまで見当がつくなら憑代を探しなさいっ!全部引き剥がして焼いている暇は ないのだから!」 律子従姉さんには彼らの事が見えている様子で首をあちこちに巡らしながら話し かけている。千早さんの返答があると言うことはその話が的を射ているということだろう。 「だそうよ。涼、狗が取り憑いていそうなもの、あるかしら」 「ええっ?なんですかそれ」 「彼女が肌身はなさず持っているものよ、なにか聞いてない?」 律子従姉さんの非常に簡潔な説明によると、狗の怨霊は先程の兎同様、伊織さんの 持ち物に取り憑いているのだという。狗が死んだときに持っていて、今なお身に つけているもの。 その現場に僕が居合わせたわけではないし判るはずが、と言いかけてふと考えた。 服や履物に血がつけばいくら上等なものでも着替えさせられるだろうし、まして 新しい嫁ぎ先だ、縁起の悪いものなら捨ててしまうに違いない。 巾着や鞄の類はどうか。外出先ならともかく、家の中で肌身離さずとは行かない だろう。 装飾品は?伊織さんは金持ちの娘とは思えぬほど飾り気のない人で、指輪や 髪飾りの類は何一つ……待てよ、髪? 後ろに梳き上げた長い髪、それをまとめていた臙脂の飾り紐。あれなら事件の後、 怨霊が肉体の主導権を握れば如何様にでも隠しおおせるのではないか。 「従姉さん、髪を結っている紐だ!」 「千早、聞こえた?」 「髪紐ね、わかったわ!」 「ゴオオウッ!」 千早さんが床に降り立ち、従姉さんに応える隙を化け狗は見逃さなかった。 「危ないっ!」 ずどん。鉱山に響く発破のようなくぐもった轟音とともに、化け狗の振りかぶった腕が 床にめり込む……が、千早さんはそれを紙一重でかわしていた。今の一手を誘った、 ということなのか。すかさず肩口を踏みつけ、その場に縫い止める。
「ゴ……」 「詰みよ、化け物」 言いながら左手で頭を押さえつけ、睨みつけるその頭に右手を伸ばすや、赤黒い 組紐を引き千切った。 ……その、次の瞬間。 刹那、僕の脳裏に閃いた情景は、いったい。 ──見てお父様、子犬が。まだ小さいのに、よしよし。 ──わざわざ車を止めさせたと思えば。よしなさい伊織、服が汚れるぞ。 ──可哀想に、これ、お母さんなの? ──血の跡が……通り向こうの事故か。ここまで逃げてきて力尽きたのだな。 ──あなたは怪我はないのね。ねえお父様、この子を飼ってもよくて? ──伊織?何を言い出すのだ。 ──母犬を亡くして、可哀想だもの。ちゃんと面倒は見るわ、お願い! ──まったく、しようのない。 ──ありがとうお父様!……ね、よかったわね。これからは、私と一緒に……。 今の彼女よりだいぶ幼い面影の伊織さんが心配そうに覗き込む、この視線の主は 誰だったのだろう。 それは、もしや。 「灼火雷・天つ槍にて滅せよ獣魔!」 しゅうっ。 千早さんの掌に小さな稲妻が走り、細い組紐は一瞬で灰に、そしてその灰も時を 待たず消えて失せた。 **** あれからひと月半もたったろうか、いや、まもなくふた月か。 沼崎邸の騒動は驚くほど人の記憶に残らなかった。新聞は一段記事に小さく『実業家 宅に落雷か』と記しただけであったし、警察もかの家の門をくぐらなかったと聞く。まあ 仔細に調査が及べば困るのは僕らも同様で、従姉さんと巌氏の『話し合い』がうまく 運んだということに他ならない。その証拠に店の蔵がずいぶん手狭になり、僕も中の 整理に駆り出された。
化け狗の呪縛から解かれた伊織さんは大変な怪我を負っていたが居合わせた 医師、すなわち僕の応急手当と、なによりあるじを思う飼い犬の最後の想いが傷を 癒したのであろう、程なく快方に向かったそうだ。僕はもうお役御免となっているので その先は不如意ながら、律子従姉さんによれば沼崎の家にいた期間の記憶が すっぽり抜けていたという。要するにあの間はすべて化け狗の操るがままであった ということらしい。 跡取り息子と家や会社を守るためとはいえ、これまでの悪事を暴かれた沼崎氏を 巧みに誘導した『誰か』がいたに違いない。結局彼女の縁談はなかったことになり、 伊織さんは水瀬の家に戻った。一連のごたごたのせいで籍も移していなかった とのこと、愛犬を失ったことは気の毒ではあるものの、まず帳尻はあったところでは ないだろうか。 一方吾郎氏は心傷癒えることなく外国へ療養へ発ったとの由、従姉さんの言を 借りれば『次に帰国する時は伊万里か有田の立派なお召し物でしょうねえ』だとか。 あの後数日逗留していた千早さんもいつの間にか姿を消し、僕の日常が以前と 同じように戻ってきた。この先もまた従姉さんの御用はあるだろうし、その度に なにか厄介事があるという嫌な予感は残るが、まあ言ってみればそれもまた僕の 日常の一面ではある。 そして僕はといえば、今日はあの気詰まりのする家から離れ、街の喫茶店で ぬるくなった珈琲を啜りながら先の出来事を反芻していた。一応医療行為を 行なったことでもあるし、その周辺の事情もなにかの形で書き留めておく必要が あると思ったのだ。 「……ふむ」 一通り回想を終え、ちょっとした束になった原稿用紙をぱらぱらとめくってみた。 「たはは。どこかの出版社が買い取ってくれたりしないもんかね」 記録や日記ではなく、一見読み物風の体裁にしたのは従姉さんの指示である。 『登場人物』も全て変名にしており、傍から見れば酔狂者が想像力を持て余して 似非文士を気取っているようにしか見えないだろう、というのだ。事実を記録して いるなどと言おうものならあんたの肩書きはその日をもって『医師』から『患者』に なるわよ、と。 「それなら、題名もいるかな。うーん、なんとか草紙、ってところかな」 夜の闇に紛れた、豪邸での化け物退治。魔物に取り憑かれた美少女と陰陽術を 操る男装の麗人の戦いの一幕。まあ、子供向けの紙芝居にはいいかもしれない。 「『暗闇草紙』……『宵闇草紙』……もう一声かな」 「こちら、よろしくて?」 不意に後ろから声をかけられ、思考を途切れさせる。相席の申し入れ?店は 閑古鳥が鳴いているというのに? 「えっ、って、あ……あなたは」 僕の返事も待たず、勝手に向かいの椅子に腰を下ろしたのは年若い美女である。 今日は洋装でだいぶ雰囲気が違うが、長い栗毛はそう、あの時と一緒だ。 「……伊織さん」 「秋月先生、ご無沙汰してます」 にこりと笑う表情も明るい。沼崎の屋敷で見た儚げな影は消えうせ、まっすぐ こちらを見返す瞳にも生気が篭っている。 「外を通りかかったらお顔が見えたので、一言お礼をと」 「お元気になったんですか、よかった」 「お蔭様で。ご熱心にお書きになっていらしたのね。私、窓越しにしばらく覗いて いましたのに」 「ええっ?」 「先日のことを書いてらしたのでしょう?失礼、拝見しますね」 返事も聞かず、原稿用紙を奪われた。現れた店員に紅茶を注文すると、細かい 文字に目を走らせ始める。 「ちょ、ちょっと、伊織さん?」 「ふうん、お上手な文章を書かれるのね。あら?名前は全部変えてあるの」
「……実名ですと、いろいろご迷惑もかかるでしょう」 まんまと主導権を握られてしまい、原稿を取り返すのは早々に諦めた。読み進み ながらところどころで質問してくるのに答えつつ、彼女の現在の身の上を知った。 「え、お仕事を?」 「家に居ても気が塞ぐばかりなので、父の口利きで雑誌社に入社を。今も取材の 帰りなんです」 「へえ、婦人雑誌かなにかですか」 「はじめはそういう話だったけれど、面白くなさそうだったから変えたわ。『帝都新潮』よ」 「……通俗誌じゃありませんか、なんでまた」 その雑誌は世間の下世話な話題を取り上げる低俗な週刊誌だ。誌面の三分の一には 政治経済や真っ当な記事も載るが、三分の一は有名人の下半身事情、残り三分の一は 有名でない人の下半身事情の記事である。なぜ知ってるか?聞かないでくれたまえ。 「ご婦人のあなたには気分のよくない取材もあるでしょうに」 「そうでもないわ、けっこう楽しいわよ。それに、あれだけの経験をしてしまうと大概の ことは怖くなくなるもの」 「はあ、そういうものですか……あれ?」 待てよ、なにかおかしい。 「あれ、ちょっと待ってください伊織さん」 「どうかしまして?」 「あなた、確か記憶を」 「ああ、そのこと」 そうだ、伊織さんは一連の事件の記憶を失っていた筈だ。 「先生と一緒ですわ。そういうことにしておいた方が、いろいろと都合がよろしいもの」 「……それも従姉上の差し金ですか」 「助言とおっしゃってくださいな。私、皆さんには本当に感謝してるんですよ」 思わずため息が出るが、今から僕のどうこうできる話ではない。重ねて言えば 従姉さんの『助言』は確かに正道である。 「まあ、あなたが納得しているならそれでいい話ですけどね」 「そういうこと。ねえ秋月先生、さっき、このお話の題名を考えてましたね」 そうこうするうちに一通り読み終えたらしい。原稿を束ねなおしてそう訊ねた。 「語り物と言い張るからには出版できる体裁だけは整えたほうが、とね」 「人形、とかどうかしら」 「人形?」 「このお話は私……じゃなかった、『水無月沙織』という娘と、犬の縫いぐるみが 悪霊に操られるという筋立てですよね。だからさっきおっしゃっていた『宵闇草紙』に、 人形とか、傀儡とか、そういう言葉を足せばいいと思うんです」 「なるほど。『宵闇人形草紙』とか?うん、さっきよりわかりやすいですね、これはいい」 「あ……偶像、っていうのは?」 「珍しい言葉を出しましたね。確かに人形なんかを指しますが、もっと宗教的というか」 「崇拝の対象物ですよね。犬の霊は飼い主への崇拝のあまり、命を失ってもなお あるじを守ろうとした。犬が飼い主に付き慕う風が出ていていいのではなくて?」 意気揚々と解説する表情は果たして、その物言いが自分を『崇拝の対象』に せしめているのに気づいているのだろうか。 「『宵闇偶像草紙』、いかがですか?」 「……そうですね、考えてみれば主要登場人物からの発案です。僕ではこれ以上の 妙案も浮かばなさそうですし、ありがたく拝借いたします」 「嬉しいわ。で」 伊織さんは笑顔を数割増してこう続けた。 「この原稿、うちの雑誌でお預かりできないかしら」 「えっ?」 「うちの読者はこういうのが大好きなの。ちょうど来月で連載小説が一本完結する ので作家さんに声をかけるところでしたし、編集部の者と少し筋を練れば娯楽作品と して充分成り立つわ!」 「ちょっ、ちょっと待って下さい伊織さん」 向こうの椅子から身を乗り出さんばかりにする相手を制して両手を上げる。
「これはあくまで僕の個人的な、その、手慰みで書いたものでして、世に出す積もりは ないんです」 正直、驚いた。数分前につぶやいた言葉に山気の一つもなかったと言えば嘘に なるが、正真正銘単なる覚え書きのつもりだったのだ。出版社に持ち込むどころか、 律子従姉さんにすら見せることなく机に仕舞い込まれる筈だったのだ。 「ええ?こんなによく書けているのに」 「ありがとうございます、でも僕としては今のところ、どちらかと言えば、こういう話に 触れたくない気分でして」 身振り手振りで自身の心境を説明した。目の前にいるのが被害者の一人でなければ もっとはっきり『こんな誰に話しても正気を疑われるようなたわごとには金輪際 関わり合いになりたくないのだ』と言いたいところだったが。 「ほら、けっこう痛い目にも遭ったものですから、記録のためでなければ思い出したく ないというのが正直なところで」 「あ……」 ばつの悪い顔になったのが幸いだ。誰あろう悪霊に取り付かれていた伊織さんこそ、 僕の腕の骨にひびを入れた張本人なのだから。 「またいつか気分が変わるかもしれませんし、その時は真っ先にご相談すると お約束しますよ。ですから、当分は、その」 「そうですか……残念ね」 少し思案げな表情だったが、どうやら今日のところは譲ってくれるようだ。おそらく 僕は物書きとしてはまだ研鑽が必要で、それはごり押しでは通用しない領域なので あろう。 「でも、いいわ。お約束は戴いたのだし、よい知らせをお待ちします」 「はあ。どうかあまり期待せずに」 「あら、そうはいかないわ」 原稿の束を返してもらい、とんとんと端をそろえながら逃げ口上を打つと、先と 変わらぬ笑顔のままできっちり矛を返してくる。 「こんなにわくわくするお話なんだもの、ぜひ読者の方にも読んでいただきたいし、 それにこの子が、ね」 「この子?」 突然の言葉を反射的に訊ねると、傍らの鞄の口金を外し、こちらに中を見せた。 「ええ。あ、今はもういい子にしてるの、大丈夫よ?それでもね」 暗い鞄の底に見えたのはふわふわの真っ白い毛皮と、きらりと光る目玉と……。 「オレノイオリヲカナシマセタラ、ツギハウデイッポンデハスマサヌゾ」 「って、言うものですから」 少し焦げた長い耳と、忘れたくても忘れられないその声音。 兎の縫いぐるみが、その中から僕に笑いかけた。人形にはあるはずのない牙を 剥き出して。 「よろしく頼むわね秋月先生?にひひっ」 「……は、はは」 嬉しそうに言い捨てて席を立つ伊織さんを見送りながら、僕は引きつった笑い声を 出すしかできなかった。 これはきっと、あのけだものに僕が気に入られてしまったのだ。 薮に縁ある兎医者の僕を、あの兎めはきっと友達だとでも思ったのだ。 「あああ。どうせ薮に縁があるなら酒でも飲んだくれていればよかったなあ」 僕は小さくひとりごちた。 「そうすれば兎ごとき近寄らせない、『虎医者』くらいになれたのに」 誰もいないところで言うくらいは容赦して欲しい。無理なのは百も承知なのだから。 間もなく夕焼けに燃え盛るのだろう、枯れ薮のような色に変わった窓越しの空を 見上げて、僕は肺腑じゅうのの空気という空気をため息に変えたのだった。 終
以上です。駄文占有申し訳ありませんでした。 実は1年近く前になりますがtwitterで「宵闇×アイマスでノベマス作ってください」と いう呟きを見つけまして、もうその瞬間に「麻倉律津美さん」と「木下シ京太郎くん」が 脳内に降り立った次第。動画?無理(キッパリ 普段書いてるほのぼのものと違い緊迫感とかスピード感とか(結局出てませんが)を 念頭に書くこと幾星霜、先日あずささん誕生日SSが座礁した隙にこちらが完成した という経緯にあります。あずささんごめんなさいいつかきっと完成させます。 さて元ネタの『宵闇眩燈草紙』、大好きな作品なのですがいざクロスに持ち込むとなると 知識不足に難渋いたしました。なにより雷法とか奇門遁甲とか知りませんし、いざ 調べてみるといきなり原文に頭突っ込めと言わんばかりの難解な資料の数々。 雰囲気を壊さぬことを祈りながら普段得意の厨二呪文を捏造し織り交ぜております。 それでもどうにか完成に至り、完成したならご覧に入れたく、こちらに馳せ参じたという 顛末です。もって回った台詞回し、漢字の多い(時代背景も加わってカタカナ排除 いたしました)読み辛い文面、大した盛り上がりもないテンプレ展開と誇るところのない 作品ではありますが、こんなのもあるのかとご笑覧いただければ幸いです。 ご批評ご指導ご鞭撻の類は大歓迎、ぜひ雑文書きの精進の糧とさせていだだきたく。 書きかけが完成したらまた参ります。 どうもありがとうございました。
>>303 GJ!よろしゅうございました。救いは上田先生が描いてくれてるから安心すればいいよ!
元ネタの方を知らないもので、漫画リレの行間を描いた作品として楽しませていただきました。
魔王の3人の絆は確かに想像の余地がある部分なんですよね。りんとともみという二人は当初
麗華とともに幸運エンジェルとして活動していて、その後転身してからも彼女について行った。
このあたり大変わくわくする部分かと思います。
拙作からお察し願えるなら当方も中二大好物でございます。心のざわつく作品をまた拝見
したいです。お疲れ様でした。
>>322 リアルタイムGJ!
元ネタは知らないんだけどすごく面白かったです!
悪霊の犬にも救いがあって良かった
>>322 えーと、これはあれかな。律子さんPの脳味噌食ったと言うことで良いのかな。
ぜってー兎のぬいぐるみで若旦那の首は飛ぶと思ってたのに……
それは冗談として、原作知ってる人間も楽しめました。
元ネタより割とソフトになってる分、逆にアイマスらしくて良かったと思います。
続きの予定はあるのかわかりませんが、他の面子がどんな役どころで出てくるのか想像してみるのも一興。
それから知識不足はしょうがないというか、あの御仁かなり年季の入った濃いいオタだから……
以前は知る人ぞ知る的な作品だったけど、作者今スパロボ描いてるからそれなりに知名度あるんじゃないかしら。
うーむ、なんか感想が上手く纏まらんなー。失礼しました。
管理人じゃない人なんですが業務連絡ー、業務連絡ー。 保管庫wikiの索引にスレ別追加、とりあえず1スレ目の作品収録しました。 作者の方は確認、修正お願いします。(特に行間) 以後、順次追加予定。五十音順、キャラ、作者別の索引は他の方にお任せします。 もし、削除して欲しい場合は申し訳ありませんが各自で管理人の方に依頼して下さい。 ・「ある夜の居酒屋」はアップローダに挙げられた作品のためローカル保存している方にお願いします。 ・「くのいち雪歩〜」は容量が大きかったため勝手ながら前後編に分割しました。 コピペミスっておかしな具合になったので後日修正します。
327 :
創る名無しに見る名無し :2011/08/10(水) 00:42:17.17 ID:rlGc1dyk
追加ついでにage。 「relations.・悲話」もアップローダ作品の為、以下略。
>>326 激しく乙!管理人はどこ行ったんだ?w
今はちょっと手伝えないけど時間できたら助力します。
管理人じゃない人の業務連絡ー、業務連絡ー。 ・5スレ(前スレ)までの作品収録終了しましたー。作者の皆様は確認、訂正お願いします。 ・1,2スレの作品追加して下さった方ありがとうございます。 ・なお、アップローダ作品はタイトルの横に「アップローダ作品の為不明」と書いておいたので、持ってる人にお願いします。 ・5スレの「女プロデューサー尾崎玲子」は18禁のため、wikiの利用規約に抵触しないか確認してからにして下さい。もし18禁がNGだった場合、目次から削除しますので。 ・現行スレの作品は次のスレに移ってからにしたいと思います。流石に突貫で疲れました。 ・レシP様へ。4人のシンデレラはどのように分割したらよいでしょう? 御自身のサイトと同様に5分割すれば良いのでしょうけれど、そうすると勝手に転載したようにも見えてしまう気がするので…… ・宵闇偶像草紙の作者様へ。この作品も容量が大きい為どこかで分割が必要ですので、どのあたりで分けるか指定お願いします。前後編の2分割or前中後編の3分割どちらでも大丈夫だと思います。 ・出来ればで良いのですが、無題で投下した作者様方も何がしかのタイトルを付けて頂ければ幸いです。 現状、無題+投下した最初のレス番で作ってるのですが、この先のスレでレス番カブった時にどうしようかというのがありまして。(無題+スレ番+レス番にすれば解決するものの、ちょっと味気ないかなと)
>>329 乙ですー
タイトルが無いのも作品としての個性だと思うので
スレ番号+レス番号の形での収録でもいいんじゃないでしょうか
タイトルがあったほうが後で読み返すときに探しやすいですけどね
こんばんわレシPです。 あずささん誕生日おめでt ○| ̄|_ あずささんでおひとつ。本文5レスお借りします。 <ご注意> ・たるき亭の小川さんにキャラ付けしてます。公式ブログでの口調ともちょっと違います。
私の所属する芸能事務所の下に、小さな居酒屋さんがあります。ランチタイムも 営業しているお店で、その時間はアルバイトの女性が切り盛りしており、よくここで お昼をいただく私は彼女と顔見知りになりました。 私より少しお姉さんで、髪が長くて。目が悪いからとぶ厚い丸眼鏡をかけて いますが、時折見えるその奥の瞳は美しく輝いていて。体は小柄なのに私でさえ 見ほれるような、魅力的なボディラインをお仕着せの和服に隠して(そういうの、 けっこうわかるんです)。 しかも、私の事務所仲間と声がそっくりなその女性は……。 たるき亭の小川さん 「あ、ごちそうさまでした、小川さん」 「ありがとうございました、あずささん。お口に合いましたか〜?」 「おいしかったです、とっても。お野菜の煮物、私の好きな味だわ」 お料理の評判がよいこのお店は、お昼休みには近くのサラリーマンの人たちで ごったがえしてしまいます。ですから、私はピークから外れた時間帯に食事に 来ることに決めていて、おかげさまで小川さんとも世間話をする時間がとれる のです。 「ああ、よかった。今日の煮物、わたしもお手伝いしたんですよ〜」 「ええ?マスターさんがお鍋を任せるなんて、すごいじゃありませんか」 「任された訳じゃありませんけれど、今日はいいお魚が入ったそうで、朝から オーナーそれにかかりきりなんです」 「あら、そっちも興味あるわ。今晩のお献立かしら」 「イサキと鯛です、お刺身と煮付けをお出しする予定で……ああ、でもだめですよ、 あずささん」 「えっ?」 「今夜はせっかくのお祝いなんでしょう?」 「……あ」 おいしそうな話題が出てきたので楽しくなってき、夜は事務所に戻るので期待が 膨らんでいたのですが、小川さんはこんなことを言います。それで、私も思い出し ました。 「あずささん、お誕生日おめでとうございます」 「あ、あら……小川さんまで。ありがとうございます」 そう、私が事務所に戻ってくるのは……事務所の皆が私の誕生日を祝ってくれる からだったのです。
「これ、たるき亭からプレゼントです〜」 「ええっ?」 私の前に小さなグラスが置かれました。中身は涼しげな色合いのアイスクリーム。 「ラベンダーです。今夜から1週間限定の、『あずささんバースデースペシャル デザート』ですよ」 なんでも小川さんの発案にマスターさんが大乗り気になって、765プロのアイドル たちの記念日に絡めてスペシャルメニューを出すことにしたのだそうです。 「せっかく可愛らしいアイドルさんがすぐそばにたくさんいるんですもの、コラボ してみました〜」 「あらあら、なんだかすみません、宣伝していただくみたいで」 「こちらもただでお名前使わせていただくんですもの、おあいこです〜」 「それなら早く有名になってご恩返し、しなくちゃですね。うふふ」 お礼を言いながら薄紫色のアイスクリームにスプーンを差し入れます。舌に 乗せるとふわりと融ける食感、鼻から体に染み渡るような甘酸っぱい香り。 「おいしい!」 「そうですかぁ。よかったです」 ランチタイムはもうすぐ終わりで、お客さんは私のほかにはもういません。 わずかの時間でしたが手の空いた小川さんと少し話をできました。 「この間、CMでお見かけしましたよ〜。うちにも入れてるビールだったので、 さっそくポスター貼らせていただきました〜」 「ありがとうございます。でも、やっぱり少し恥ずかしいですね」 さすがは居酒屋さんです。お店に入ったときに、かなり大胆な水着でビアジョッキ を持つ私のポスターと目が合っていたのです。 「そんなぁ。お若いうちだからこそなんですから、胸を張っていいんですよ」 「そ、そうは言っても」 「いいじゃありませんかぁ。みんなのアイドルだからこそ、いろいろな経験が できて」 「そう、ですね。そうですよね」 小川さんの言葉で、朝の打ち合わせがフラッシュバックしました。興奮ぎみの プロデューサーさんの表情、ぶ厚い企画書のファイル、私の名前が先頭になって いるキャスト表。 「小川さん。私ね」 「はい」 「こんど、連続ドラマのオファーを頂いたんですって。今朝プロデューサーさん からお話を」 「ええ?あずささん、連ドラは初めてでしたよね」 「はい。火曜10時のキー枠で」 「プライムタイムじゃありませんか、おめでとうございます〜」 「ありがとうございます。頑張りますね」 こうして喜んでいただけるお話です。やはり、私はファンの方のためにも……。 「それにしては、あまり嬉しそうではありませんね?あずささん」 「……」 「オファー、ということはオーディションじゃなくて、もう出演が決まって いらっしゃるんですよね。いつも楽しそうにお仕事のお話をしてくださる あずささんが、こんな戸惑った声を出すなんて」 「……あは」 「何か、困り事が?」 「小川さんにはかないませんね」 以前にもこんな事がありました。小川さんは時々、驚くような観察力を見せる のです。普段はやわらかな物腰で、私が見てさえのんびりやさんに見える彼女 ですが、実はすごい人なのかも知れません。 「あの……誰にも言わないでくださいね?」 「もちろんですよ」 「このドラマ、恋人同士が結婚式を挙げるまでを描いたラブコメディなんです。 私はその主人公で」
「主役だったんですか、ますますすごいです」 「その……第2話で、相手役の俳優さんと……キスシーンがあるんです」 相手役の名前は、小川さんもご存知でした。まだ一般向けのキャリアは浅い ですが舞台のご出身で、演技力を各方面で認められている方です。 「あずささんは、ひょっとして……まだ、なんですか」 自分で振り出した話題なのに、そんな風に訊ねられて頬が熱くなります。 「い、いえ、そういうわけではっ」 「あらあらぁ、あずささんも隅に置けませんねえ」 思わず言わなくてもいいことまで口にしてしまいました。でもあのときの ことを……カウント、してもいいものなのでしょうか。 「いえその……あの、こういうとき、若いタレントさんだと『フリ』で済ます こともあるって聞いています。でも、私くらいの年齢だと微妙ですし、その、 い、今のような事情でもありますし」 「周囲の方がとりなしてくださるでしょうに。成人していても、アイドルと いうのはそういう存在なのでは?」 「私、主演ですからね。ご指名をいただいた制作サイドのみなさんのためにも、 腰の引けた態度ではいけないって思うんです」 「プロデューサーさんはあずささんが悩んでいること、ご存知なんですかぁ?」 「さあ、どうでしょう」 キスシーンがあることはもちろん彼から聞いたのですし、大丈夫ですかとは 心配していただいています。ですがそれは、プロデューサーが担当タレントに 当然するような行動なのではないでしょうか。 「プロデューサーさんにしても、事前に内容を承知して取り次いでくださったん ですし、私にとってチャレンジのできるお仕事だと考えてくださっているのも わかるんです」 「そうなんでしょうね。よくわかりませんけれど」 「そんなありがたいお話なのに、私が一人でこんなことで悩んでいるなんて。 アイドルと言うより、芸能人として潔くないですよね、こんなの」 「タレントさんとしてはそうでも、一人の女性にとっては大切なことですからね〜」 キスとは、互いが互いを想ってこそのものなのではないか、と思います。だから、 小さいときにお父さんにしたキスはファーストキスとは呼びませんし、その考え でゆけば友人にはやし立てられてのそれも同じです。たとえ……。 たとえ少なくとも片方が、相手に強い好意を持っていたとしても。 逆に言えば、お芝居とはいえれっきとした恋人同士が交わすくちづけを、今の ままの私がすることに、大きな戸惑いを感じるのです。 私はプロのタレントとして、このお仕事を成し遂げるべきなのでしょうか。 あのとき触れたぬくもりを自分だけの宝物にして、大人の女性として振舞うべき なのでしょうか。 そのときです。 「……でもぉ」 小川さんが突然、こんな話を始めました。 「ねえ、あずささん。あずささんは運命を信じていますか?」 運命。 小川さんはご存じないはずですが、それは私の芸能活動の中心にあるキーワード です。 「ええ、もちろん。信じていますよ」 「じゃあ、こういうのはご存知でしょうか。『運命は待つものではなく、自分で 掴むもの』」 「……えっ」 「運命の女神様というのは、とてもお忙しくしていらっしゃるそうですよ。いつ 見かけても、どこかへ歩み去る寸前」 きょとんと見上げる私に、小川さんはゆっくりした動きで笑顔を見せました。 「女神様は誰かの目の前に立つことなんてないんですって。ですから」 言いながら小川さんは、指を開いた両手を体の前で広げます。まるで、私に 抱きつこうとでもするかのように。
「忙しい運命の女神様は、呼び止めても止まってくれません。女神様を捕まえる には、通り過ぎてからでは遅いんです。自分の目の前にいる、って思ったら、 ひと思いに駆け出して、手を伸ばして、全身で掴まえるしかないんですよ〜」 「そう……なのかも、しれませんね」 彼女の言うことはよくわかります。私の運命の人のことを知らない彼女は一般論 として、このお話が大きなチャンスであるとアドバイスをしてくれているのでしょう。 ですが、それがかえって私を戸惑わせているのです。 私は一言つぶやいたあと、次の言葉が出なくなってしまいました。何かを 言おうとすると、それがせっかくの小川さんの助言をふいにしてしまいそうで、 どうしたらいいのかわからなくなってしまったのです。 ですが、次の瞬間。 「……あーもう、じれったいわね。だーからアンタはダメなのよ、あずさ」 うつむく私の頭の上に、こんな言葉が聞こえてきました。ぎょっとして顔を 上げます。 小川さんは、私に背中を向けて食器棚の整理をしていました。 「あずさ、アンタだって内心はひょっとしたら、って思ってるんでしょ?いっつも そうじゃない、答えが見えていればいるほど、アンタは道を決められなくなるのよね」 「……ふぁ」 今ここには私と彼女しかいません。しゃべっているとすれば、小川さんに違い ないのです。でもその物言いは、まるで……そう、まるで。 「大切な運命の人だものね、ドキドキしちゃう気持ちはわかるわよ。でも、アンタが そのまま立ち止まってたら、その運命はまたどこかへ歩いて行ってしまうわ、 きっと。今ならまだ、その人はアンタの手の届く場所にいる。そうじゃない?」 「お……小川……さん?」 「一生に一度でいいから、これだって感じたらガッと行っちゃいなさい! 信じていいわ、アンタの勘は絶対間違ってない。自分の運命なんでしょ? そんなの、あずさが自分で掴んじゃいなさいよ!にひひっ」 そこまで言って、ぴたりと動きを止めました。憑き物が取れたとでも表現したら いいでしょうか。 「あら、大変ですぅ」 くるりと振り向き、壁の時計を見ました。 「ランチタイム、終わっちゃいました。夜の準備始めなければです〜」 「え……え?もうそんな時間ですか?」 「ごめんなさいあずささん、お引き留めしてしまって」 「いっいえ、それは、でも、あの」 さっきのあれはなんだったのでしょう。私は小川さんが話したのだと思って いたのですが、彼女はそんなそぶりも見せません。ひょっとして私の空耳か 白昼夢で、彼女は単にお店の仕事をしていただけなのでしょうか。 そのことを確認できないものか、そう思って話しかけようとしたその時。 携帯電話の着信音。私のプロデューサーさんからです。大事なことを思い出し ました。 「……いけない、待ち合わせ時間が」 「あら〜、ますます申し訳ありませえん」 これはゆっくり話を聞いている場合ではありません。何度も頭を下げてくれる 小川さんにこちらも何度も頭を下げて、通話ボタンを押しながら店を出ました。 「すみません、お待たせしま……し……?」 「いえいえ。ここだって音無さんから聞いてましたんで、とりあえず車取って きました」 店の目の前に止まっていたのは765プロの営業車でした。その車の前に立っ ている人物から、電話の中の声と同じ声が聞こえてきました。 そこに立っていたのは、プロデューサーさんでした。携帯電話を構えたまま、 でも目は私を見つめて、にこやかに話しかけてきます。 「765のみんなは最近、ここの店員さんと仲がいいそうですね。楽しいお食事 でしたか?」 「あ……ええ、そうですね」
「それならよかった。そろそろ出発の時間ですがあずささん、出られますか?」 電話をしまいながら後部座席のドアを開けると、事務所に置いておいたお仕事用の バッグも入っています。 「あ、荷物まで?申し訳ありません、ありがとうございます」 「お安い御用ですよ。あずささんは俺の大切な人ですからね。だから」 「えっ」 「もっと営業やレッスン……あれ、どうしました?」 ――大切な運命の人だものね。 さっきの言葉が胸に甦ります。 あれは。 あれは、いったい。 「あの」 頭の中がまとまる前に、言葉が出ていました。 「あの……プロデューサーさん。まだ時間、大丈夫でしょうか。ほんの1、2分です」 「ああ、大丈夫ですよ、それくらいなら」 あれは、あれも、小川さんからのアドバイスの続きだったのでしょうか。 それとも私の空耳で、私の心の願望が、よく知る人の言葉を借りて響き届いたの でしょうか。 よくわかりませんし、わからなくてもいいのではないか、と感じました。 なぜなら。 「プロデューサーさん、朝うかがったドラマのオファーのお話、なんですけれど」 「ああ。でもあれはまだ時間がありますからね」 あの声が、私に聞こえたのは紛れもない事実なのですから。その内容も、 私には納得できることだったのですから。理由や原因ではなく、その意味する ところはひとつなのですから。 私を焦らせまいと言葉を継ぐ彼に、勇気を出してもう一歩近づきました。 ――これだ、って感じたらガッと行っちゃいなさい! 「私、あのお仕事、お受けしようと思うんです」 「……えっ」 まさか抱きしめるわけにはいきません。ですが、せめて態度で、言葉で、瞳で それが伝わるように。 「いろいろと戸惑うことも多いかもしれません。でも、このお仕事はせっかく プロデューサーさんが探してきてくださった大きなお仕事です。今日という日に プロデューサーさんからいただけた、とても嬉しいバースデープレゼントです」 「あずさ……さん」 「恋人とお付き合いをしている女性の気持ちも、相手方の男性の心の動きも わかりませんから、たくさん教えていただくことがあるかも知れません。それでも ……それでも私はこのお仕事を、やってみたいと思うんです」 私の感じていることを、彼にも感じてもらえたでしょうか。それはまだ、 わかりません。彼はプロデューサーで、私はタレントです。単にその気持ちが 現れただけなのかもしれません。ですが私の目の前で、驚いた表情がみるみる 笑顔に変わってゆくのを見て、私はとても幸せな気持ちになれました。 車に乗り込み、去り際にもう一度たるき亭に目をやりました。入口は閉じられて いて中をうかがうことは出来ませんでしたが……。 こんな素敵な誕生日プレゼントをくれた小川さんには、ぜひ今日のことを 報告しなければ。 私はそう、心にそっとメモを書きとめたのでした。 おわり
↑注目
以上でございます。勝手なことしてスイマセン。
伊織と声がそっくりな小川さんでなんかネタねえかなーとは以前から考えていた
のですが、小川さんがこの声を利用してスーパーアドバイザーやってたら
面白いじゃん、となったのがこのお話でした。
「ぼ、ボクの知ってる小川さんはこんな人じゃないやい!」
という方には申し訳ない。笑って許してくださいまし。
さて、某所では投下後ノーインターバルで素性がバレたという『宵闇偶像草紙』、
書いたのはわたくしレシPでございます。
隠すつもりはなかったのですが「だれかが死んじゃうお話は書かないもん」って
普段は決めてたものですから、このネタ元でそれは無理だろうとあらかじめ
別のトリップを考えておりました。名前こそ出しませんでしたが、伊織の飼い犬
(とくれば、ね)死なせちゃいましたし。ジャンバルジャンファンのみなさまには
伏してお詫びを。
>>324 >>325 感想ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸い。
次作は構想はあるものの文章能力と生産能力が底をついております。
宵闇のキャラクターと一対一で呼応しているのはメインの3人くらいで、あとは
世界観拝借しているだけで同一の元キャラはいない予定です。とか言いながら
いおりん&うさバルジャンは操さん&由貴彦さんを頭に浮かべながら書いてた
んですけどw
あと、春香さんを放っておくと馬呑吐化しそうだったので、百合スレでこっそり
朱乃さん役やってもらいました。
そして保管庫いぇい!
>>329 管理人代行ご苦労様です!
いちおう書いた人なりにロダ作品(居酒屋とエンジェルヘアのやつ)サルベージ
しておきました。あと僕の作ではありませんが「relations.・悲話」も発見できた
ので追加。誤爆した作者氏と当時精力的だったキャラスレSSまとめ人に感謝。
シンデレラは5分割でお願いします(つか自分でやれよ俺)。別の主義主張
お持ちの方もいらっしゃるでしょうが、僕はSSにせよレスにせよ、スレ投下した
ものの帰属関係はスレまとめ>自保管庫になると考えています。
宵闇はそうですね、8と9の間で二分割でいいのではと(だから自分d)。
作者名はとりあえず酉のみってことで。ホントに第二作が上がったら
なんか考えます。
本日はこんなところで。折りしもコミケの真っ最中、みなさまご健康にはご留意
の上楽しい夏をお過ごしくださいまし。それでは。
>>あと、春香さんを放っておくと馬呑吐化しそうだったので よし、じゃあ馬役を小鳥さんにしよう(えー) ついでといっちゃあ何だけど、白スーツ繋がりで真をムチュ役にして、 (銃を放り投げて) 「これあげるわ」 「あげるって、千早が貰ったんだから千早が使えば良いじゃないか」 「複雑なのは苦手なのよ」 「引金引くだけで複雑って……」 とかなんとか。
クロスオーバー物で出来が良くてもなんか腑に落ちない、もやもやすると思ってたけど、ようやく理由が判った。 『アイマスでなくて良いじゃん。アイマスがメインじゃないじゃん』て言う風に取れるからだ。 オチが夢オチだったり、劇中劇でしたとかならまたずいぶん違ってくるんだけどね。 と言うのを1週間前に書き込もうと思ったら規制されてたので今カキコ。
まったくおっしゃるとおりですね。
これまでこのスレで上がったクロスものだと、やよいのメルヘンメイズが筆頭かな?あれは
オープニングで「現アイマス界」とのつながりを語っているから入りやすい人が多いかも。
その他にも時代劇、落語、童話、CMなどとのクロスというかコラボ的な作品もいろいろある。
「好きなもの同士を合わせればもっと楽しいに違いない」という考えは正しいと俺は思うけど、
あわせ方による部分も大きい、ってとこでしょう。カレーライスとトンカツが好きな人がカツカレーを
作ることもあるだろうけれど、合わせるものがスパゲティとケーキだったらなんとする、っていう
イメージ。食べられるものを作れる人もいるだろうし、その味が好きだって人もいるかもだけど、
それを「パスタ」や「スイーツ」と呼ぶのに抵抗がある人も当然いるでしょう。
ただまあその一方で、クロスSSというのは「○○が見たい/書きたい」って欲求の延長線上に
あるものだとも思います。「バレンタインデーにプロデューサーのためにチョコを作ってきたけど
言い出せずに悶々とする千早を見たい/書きたい」、みたいな欲求と大きく違わないレベルで
「雷法の呪文で怪物を薙ぎ倒す千早を見たい/書きたい」っていう妄想が湧くことがあるのも
確かなんですよね。思えば忍者の時もそうでしたしw
苦手な人が出やすいのも事実だから、注意書きは念を入れないとならないですねー。
<業務連絡>
・まとめwikiやってくれてる方へ
シンデレラと宵闇収録しました。どちらもwikiモードだと文字数制限こえるんですが、テキスト
だけを表示するモードがあったんでそれ使ってみました。wiki使ってるほかのページと
変わらないようですんで、大物はこれでいいんじゃないかと。
それから作者別ページ、表形式で作ってみたけどどうでしょうか。
あと管理人氏は今でもここ見てくれてるのかな?管理人権限じゃないと出来ないこともある
から、生存表明だけでもお願いしたいです。
・投下規制(忍法帖)について
自分jane使ってるんだけど、投稿間隔の表示が120秒のままだったんですよ、創発は
忍法帖解除されてる筈なのに。
で、いま調べたらwritewait.ini自分で書き換えなきゃいけなかったんでした。
おんなじことで首ひねってる人がもしいたら、と追加。
参考
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/8173/1307458283/90-91
>>340 合わせるものがスパゲティとケーキだったらなんとする
人、それを名古屋名物マウンテンと言う……ってのは冗談として
苦手な人も居るでしょうけれど、私はクロス物好きですよーとだけ意思表明しておきます。
ここから業務連絡
・テキストモードだとプラグイン使えないようですが構いませんか?
他のページでもプラグイン使ってないので多分不都合は無いとは思いますが。
(当方プラグインってなーに? 状態なのです)
・利用規約見たらアダルトはダメよって書いてあったので5スレの「女プロデューサー尾崎玲子」は目次から削っておきました。
・ちなみに保管庫、試しにトップページにコメント欄入れてみました。意見、要望、話し合いにどーぞ。
残り容量的にそろそろ(短編or掌編一つぐらい)次スレなんだけど……
今このスレって書き手読み手問わずで何人ぐらい居るんだろ。ちょっと不安になってきたぞ。
>>341 ノ
・プラグインは勉強してから考えるです。個人的にはコメントフォームは
置きたいけど、わざわざこのwiki探して過去作読んでコメント残す
読み手がいるとは思えないw むしろ感想欲しいなら自分の保管庫
にでもリンク貼るほうがよさげかと思い直しておるところです。
・あっそれそれ、トップページに保管庫リンクとか貼らせていただきたいです。
(勝手に貼ればいいようなもんですが、指標を決めたほうがいいかな)
・エロパロ/百合まとめwikiもトップページで意見を述べる形式ですが、
意見がたまってくると少し見づらくなります。専用の意見交換ページを
設けるほうがいいように思います。
ノ しばらく何も書けてません、ゴメンナサイ
>>343 ・リンクって、自身のサイトに保管庫へのリンクを貼るという事でしょうか?
それとも、保管庫トップページに別サイト(保管庫)へのリンクを貼るという事でしょうか?
前者なら何も問題は無いでしょうし、後者ならドコへのリンクを春香にもよると思います。
・意見交換は……どうしましょうね。こっち(スレ)と向こう(コメント欄)どっちでやっても構わないぐらいのつもりでなんとなくつけた物ですから……
個人的には、別ページを作るのは見づらくなる程度に意見がたまってからでも遅くないのかなーと言う気もします。
一応言っておきますと、私は管理人じゃない人です。ってわざわざ言うのは自意識過剰かしらん。
サルベージ
ここに見てる人いるぞー
人はいるんだろうけど、昔に比べてレスは減ったな
書こう書こうと思ってて 実際ネタはある程度頭にあるんだが 中々それを纏められないのよね… 最近忙しいし もう少し時間があればね〜
今更新規ですw 楽しく読ませていただきました。
>>351 ようこそいらっしゃいませ。
アニメやPS3でご新規さん増えるといいなあ。
そしてもう480KBになんなんとしておりますな。
まもなく投下できそうなブツもあるのですが、とりあえずテンプレ案を出してみます。
と言ってもまとめwikiを加えただけですが。
こちらでご意見ありますか?
ttp://imas.ath.cx/~imas/cgi-bin/src/imas88218.txt >>346 いや単にトップページに書き手陣のリンクが並んでるほうがかっこいいかなってw
まあ保管庫持ちはほんの数名ですし、他のかたが同様に思うかが不明ですので
書くだけ書いてみた次第です。
管理人が活動している場合は本人に直接リンク申込をするのですが、現状すこし
特殊な状況ですので。
まあ別に慌てませんし、現状でも特段支障ないと思います。
意見交換ページは見解読ませていただいて、僕の意見の方を引っ込める
ことにしました。もっとゴチャってからでいいかもですね。
しかし管理人出てこないといずれ支障が出てきますね。もしや響が管理人の
ごはん食べちゃったのか?w
「……え?そういう意味だったんですか?」 「昔の文豪が言ったのだそうよ。夏目漱石だったかしら」 夕刻の事務所できょとんとした顔で聞き返すやよいに、小鳥はそう答えた。 「うっうー、なんだかステキですね!わたしだったら絶対考えつかないと思います」 「まあ、私も知らなかったんだけどね。プロデューサーさんから聞いたのよ、実は」 「プロデューサーが?」 「学生時代は文学青年だったんですって」 そう言えばプロデューサーは、よく難しいたとえ話をする。意味を量りかねて首を ひねっていると続けて解説をしてくれるのだが、その内容が腑に落ちるとともに ひとつ賢くなれたような気持ちになって、やよいはそれを密かな楽しみにしていた。 「あーあ、私もそんなことサラッと言えるようになってみたいもんね、ふふふ」 「あ、あはは、わたしもです」 そんな話をしているところに、聞きなれた声が聞こえてきた。 「お疲れさーん」 「あらやよいちゃん、王子様の登場ね」 「ふえっ?」 彼女のプロデューサーは今日、仕事終わりにやよいを自宅へ送る約束をしていた。 やよいはもちろんそれを楽しみにしていたが、小鳥にそんな言い方をされてしまい 自然と頬が熱くなる。 「そ、そんなんじゃないです小鳥さんっ!ぷ、プロデューサーはこれから打ち合わせで、 たまたまわたしの家がその通り道で、お仕事の途中でちょうどいいから送っていこうか ってプロデューサーがっ」 「はいはい、そうだったわね」 「んん?小鳥さん、いま俺のことをオジサマ呼ばわりした人がいませんでしたか?」 「お帰りなさいプロデューサーさん。やよいちゃんのエスコート、しっかり頼みますね」 「ありゃ、スルーですか」 「せっかく持ち上げてあげてたのにまぜっかえす人には充分でしょう?」 今の会話が聞こえていたようで、やよいに笑顔で片手を上げながら小鳥におどける プロデューサー、これまた笑顔でそれをいなす小鳥。やよいは二人の会話を聞いて いると、なんだか不思議な気持ちになる。 さっきの話をプロデューサーは、どういう意味合いで小鳥に伝えたのだろう。 電車を降り、住宅街を二人で並んで歩いてゆく。店明かりもなく街灯も少ないが、 おおきな月が頭上に輝いていて夜道はとても明るい。 世間話をしながら歩くプロデューサーに少し遅れて、やよいはぼんやり考えていた。 プロデューサーにとって自分は、どんな女の子なのだろう。 ソロユニットとして活動を始めて数ヶ月、やよいはいつしかプロデューサーのことが 大好きになっていた。恋愛か、と言われるとピンとこないが、やよいはプロデューサーを 素敵な人だといつも思っている。 しかし一方、自分はまだまだ子供だ。プロデューサーにとっては自分は、ただの 中学生の、たんなる担当タレントなのではないだろうか。 やよいは考えた。なにか大人びた発言のひとつもできれば、プロデューサーの 自分を見る目も変わってくるのではないだろうかと。たとえば……。 そう、たとえば、さっきの話のような。 「あ……あの、ぷ、プロデューサーっ」 「ん、どうした?やよい」 「その、あのっ……こ、『今夜は月がきれいですね』っ!」 「うん?」 プロデューサーは頭上を見上げ、やよいに微笑んだ。 「ああそうだな、今夜は十五夜お月さまってやつか。あっそうだやよい、あそこの コンビニで団子でも買って来よう。帰りながら一緒に食べるか……って、やよい? なんでそんな顔をする。あはは、そんなにぷ〜ってふくらんだら、まるでお前が 満月みたいじゃないか。あ、あれ?やよいさん?なぜそんな早足に?もしもーし!」 時は中秋。 頭上の月は、真っ赤な顔で頬をふくらませ、ずんずん歩いて行くアイドルと、 戸惑いながらそのあとをおろおろ従うプロデューサーを、そ知らぬ顔で照らし続ける のであった。
やよいちゃん可愛い これはよい季節ネタ、GJでした
乙 面白かったですよ さて人のを見てばかりじゃ申し訳ないし 俺も書かせて頂きますね 765プロに関わる人間は皆大抵知っているが 765プロは非常に貧乏である そのため所属しているプロデューサー達は 一日の内その殆どを本業とは別の仕事をして過ごしている事が多い その日、とある用事で別のプロダクションを訪れていた二人のPを待ち受けていたのは ある意味拷問とも呼べる仕打ちであった と言っても、別に弱小であることを理由に苛められたとかいうわけではない まず立派な建物 入口の自動ドア 笑顔で迎えてくれる受付嬢 広いエントランス 当然エレベーターも完備 事務室だけでビルの一階を丸々使い 最新のパソコンが一人一台用意されたデスク ピカピカの機材 おまけに福利厚生も充実 ○○P「違う…うちとは何もかもが違いすぎる…」 △△P「急いでここを出た方がいいな…これ以上ここにいたら765プロでやっていけなくなる」 こうして二人は用事を済ませ、命からがら逃げ帰ってきたのである ○○P「何て恐ろしい場所なんだ…あれならまだ真夜中に墓場に一人で行く方が幾分マシだ…」 △△P「いいか○○、このことはくれぐれも内密にするんだ。特に小鳥さんにはな…」 ○○P「ああ…あの人のことだ、間違いなく僻みだすからな」 小鳥「誰が何を僻むんですか?」 ○○P・△△P「!?」 小鳥「いや“!?”じゃなくて」 ○○P・△△P「!!?」 小鳥「吐かないと今月分お二人が申請した分の経費、落としませんからね」 ○○P・△△P「!!!?」
二人は見てきた事を小鳥に喋った 小鳥「なんですって〜!!たった5階で(765プロは驚きの2階である)エレベーター!?(765プロの入ってるビルにだってエレベーターはあるが、壊れていて使えない) うちなんて重いコピー用紙とか資材を階段で運ぶのよ!?パソコンだっていまだに2000だし!!おのれブルジョワめ〜!!」 ○○P「まあまあそう言わず小鳥さん。お昼ご飯でも奢りますよ」 △△P「さっき出かけた先で美味しそうな店をみつけましてね」 小鳥「残ってる仕事終わらせてくるわ」 ○○P・△△P「(ほっ…)」 二人はえげつない脅しに屈した振りをして、実は一番重要な事を隠し通した しかし運命とは大概にして残酷なものである 昼休み、食事を終えて事務所に帰る3人の前にスーツ姿の女性が通りかかった 「あら先程の」 ○○P・△△P「!?」 小鳥「お二人とも、こちらはどちら様?」 「初めまして私、◆◆プロで秘書をしております。先程はどうも」 ○○P・△△P「ああ…ああ…」
春香「おはようございまーす…ってあれ?」 小鳥「シクシク…」 ○○P「何も泣く事はないでしょう」 春香「プロデューサーさん」 ○○P「ああ春香、おはよう」 春香「小鳥さん、どうしたんですか」 小鳥「◆◆プロにね…秘書が居たの…」 春香「…え?」 ○○P「ほら、うちには秘書っていないから…」 春香「それでいじわるされたんですか?」 小鳥「ううん…優しくしてもらった。ケーキもくれたし」 ここ最近の積み重なった大量の仕事とバーゲン巡りで疲れていたピヨちゃんは 美人秘書の優しさに触れて、羨ましいを通り越して何だか悲しくなってしまったのだ 小鳥「どうしてうちには秘書がいないんですか!?」 ○○P「どうしてと言われても」 △△P「ただ伝統的に居ないんですとしか」 ○○P「そもそもそういう予算もありませんしね」 △△P「小鳥さんにはつい秘書的な仕事を頼んでしまって、申し訳ないとは思ってるんですが…」 小鳥「それはまあ良いんですけど、やっぱり秘書は…無理なんですね…」 ○○P「こうなると思ったから小鳥さんにだけは話したくなかったんだよな」 △△P「でもまあ小鳥さんの気持ちも分かるよな」 ピヨちゃんの手前、宥める側に回った二人ではあるが 実際の所、彼らとて現状に大差があるわけではない 二人も社長の秘書のような仕事をしているからだ 大体、考えてみればそもそも◆◆プロに言ったのだって社長のウッカリの尻拭いのためだったのだ
……………………回想始め…………………… ○○P「はい…はい…申し訳ありません。高木は只今取り込み中でして…。はい、伝えておきますので…。 …社長、雑誌の編集の人から催促です、もう5回目ですよ」 高木社長「おお、そうかね。仕方が無い、ボチボチ書くか………しかし……」 △△P「どうかしたんですか?」 高木社長「…テーマと枚数が分からん。原稿依頼の紙が無い。」 ○○P「捜したんですか?」 高木社長「捜す労力が惜しい。◆◆プロの社長にも依頼が行ってるはずだ。 スマンがちょっと行ってコピーを貰ってきてくれんかね」 ○○P・△△P「ああ…ああ…」 ……………………回想終わり…………………… 次の日、二人は事務所近くの図書館にいた 社長の原稿用の資料を借りに来たのだ ○○P「アイドル達が売れるようになるまでの辛抱とは言え、この扱いは余りに酷いのではないだろうか」 △△P「まあ確かに秘書のいる事務所が羨ましくないと言えば嘘になる」 ○○P「社長のような人にこそ秘書が必要なんだよな」 「あらこの間の」 駐車場でつかの間の休憩を味わっていた二人の前を、昨日の秘書が通りかかった ○○P「これはどうも」 「お仕事ですか?」 ○○P「ええ…社長のおつかいですよ」 「おたくの事務所は秘書が休みなんですの?」 △△P「765プロには秘書はいないんです。今までも、そしてこれからも」 「あら?へんですね…うちの社長が以前見たと言っておりましたが…」 ○○P・△△P「!!?」
小鳥「え!?うちの事務所に」 律子「秘書がいた!?」 小鳥・律子「「今何処にいるんですか!?」」 △△P「落ち着け律子…らしくもない」 律子「あ…スミマセン」 ○○P「大体秘書がいることを隠し通せる筈が無い。仮にこの話が真実だとして おそらく何年も前の話じゃないだろうか…」 小鳥「昔の話…」 律子「でも前例があったなら、必ずしも不可能というわけではありませんよね?」 △△P「まあ確かに実際問題、最大にしてほぼ唯一の壁は費用の問題だけではあるが…」 小鳥「この際伊織ちゃんに頼んで一人秘書を回してもらえないかしら」 伊織「無理言わないでよ」 真「でもお客さんが来たときとか、時々僕達もおつかいに行ってるよね。僕は別に構わないけど…」 千早「社長に頼んでみてはどうでしょう?」 △△P「まあ頼む分にはタダだからな。望み薄とはいえ、やってみる価値はあるかもしれん」 ○○P「でも社長は今日の昼から出張だぜ?」 小鳥「いえ、これは逆に好都合ですよ。社長が居ない間に私達で意見を固めてしまえば…」 皆夢を見たかったのかもしれない しかしながら、“うちの事務所に美人秘書が来てくれたら”という想像は アイドル達やプロデューサーとその他(ピヨちゃんのこと)の生活とお肌に張りと潤いを与えた △△P「ゴメン律子、お客さんだ。お茶頼める?」 例え仕事中来客にジャマされても 律子「了解です」 美人秘書が来てくれるまでの辛抱だと思えば(それほどは)辛くない ○○P「小鳥さん、これ醤油?ソース?」 △△P「小鳥さん、次の株主総会の資料どこです?」 律子「小鳥さん、お茶代持ってきましたよ」 小鳥(こういう面倒な仕事も秘書がやってくれるのよね…)↑さて間違っているのはどれか 小鳥「サービス残業(しかも徹夜)で疲れてるときでも、美人秘書がコーヒーを淹れてくれたりして 『大変ですね』と一言声を掛けてくれたら疲れも吹き飛ぶと思うのよ」 春香「そうですよね。プリンを作ってくれたり…」 亜美「宿題教えてくれたりとか?」 これまで秘書というものに縁が無かったせいか、どうも皆認識を誤っているようである ○○P・△△P「(それじゃまるでお母さんだよ…)」 ○○P「そもそも秘書っていうのは社長の秘書なんだよな」 そう、二人がしていることこそ秘書の仕事であろう
○○P「飛行機の搭乗券は持ちましたか?」 高木社長「うむ。持った」 △△P「12時10分の飛行機なので、10時59分発のJRに乗って下さい」 高木社長「うむ、分かっている」 ○○P「パソコンOK、資料OK」 高木社長「では行って来るぞ。留守を頼む」 △△P「はい」 ○○P・△△P「ふぅ…(やれやれやっと行ったか)」 ↑ この間僅か15分である ↓ 高木社長「ああ○○君かね、●●駅前に居るんだが、切符を間違えて持ってきてしまってね 何処かに空港行きのがあると思うから持ってきてくれたまえ」 ○○P「…車のキーはどこだったかな…ハァ…」
渋滞を潜りぬけ、ようやく戻ってきた後、二人のPは喫茶店で昼食を取っていた △△P「お疲れ」 ○○P「…ああ」 △△P「ところで秘書の話なんだが、社長は居たこと無いと言ってたよな」 ○○P「まあ高木社長は兎も角、◆◆プロの社長が嘘をつく理由は無いな」 △△P「だろ?おかしいよな。…っておいアレって」 ○○P「ん?おいおいマジか。噂をすればなんとやらだな」 ……………………………………………………… ◆◆プロ社長「秘書は二人いた。美人と呼べなくもないが一人はお茶を出すのが遅く もう一人は皿を片づけるのが早すぎた…」 ○○P「失礼ですが、本当に秘書でしたか?」 ◆◆プロ社長「皿を下げた方はあるいはアイドルの娘か…その候補生だったかもしれんが もう一人のほうは、あの落ち着き、事務所の事を知り尽くした様子 あれは秘書以外の何者でもない」 △△P「…それはひょっとして」 ○○P「緑色の事務員服を着ていて」 △△P「ショートカットの髪型で」 ○○P「インカムを付けた人でしょうか?」 ◆◆プロ社長「そのとおり!!」
そう、皿を下げるのが早い秘書とは律子のことで 律子「私も忙しいんですよ。大体残ってるエビのしっぽを食べるなんて思いませんよ」 △△P「それはまあ良いんだけど、エビって…一体何をお出ししたの律っちゃん…」 そしてお茶を出すのが遅い秘書とはピヨちゃんのことであったのだ←(年齢的にも絶対そうだと思われた。余計なお世話) 小鳥「私だって自分の仕事しながらなんですから多めに見て下さいよ」 ○○P「お茶くらい来てすぐにお出しして下さいよ…ましてや相手は社長さんなんですから」 律子「じゃあ結局秘書は無理なんですね…」 △△P「ゴメンな律子」 高木社長「なぁに気にすることはない。どうせ予算はなかったんだ」 ○○P「もう戻られたんですか」 △△P「あれだけドタバタして出かけられたんですから、もう少しゆっくりしてきて頂いてもよかったのに」 高木社長「そうだ!!当番制で秘書をすればタダじゃないか」 ○○P・△△P「ああ…ああ…」 その後、765プロでは社長の提案により当番制での秘書が試験的に導入された 小鳥「どうして私が10人分以上のプリンを作らなきゃならないんですか! 余計に忙しくなったじゃないですか」 765プロが秘書を雇える程の会社に成長するのはもう少し後の話である ≪Fin≫ P.S 某少女漫画を読んでたら急にやりたくなった 後悔はしている
>>356 GJ!
繰り返し読むこと3回目くらいから内容が掴めてきて、5回目以降はドタバタ劇の
情景が頭に繰り広げられるようになった。で、解ったら面白かった。
しかし悲しいかな、たいそう読みづらい(せっかく書いてくださったのに申し訳ない)。
いっそカギカッコの前の名前表示をなくしてもイケたんちゃうかなと思いました。
さて、490KBも超えたんで
>>354 でスレ立ててきますね。
>>363 この高木社長、ティンと来た!じゃなくて
きみはプロデューサーになる!このカシオミニを賭けてもいい!って勧誘するだろw
>>363 おもしろかったです
いつチョビ(役)が出てくるかとワクワクしてたら、結局出なかったw(やっぱりいぬ美が適任かな)
>>363 面白かった!
不覚にも3レス目まで気付かなかったがあの漫画か。良く出来てるw
しかしぴったり合うな〜。トレス漫画に出来るな。
>>365 のスレへ移行するにはまだ早いですか?作品をどちらへ投稿しようか迷ってるんですが
>>369 残り容量が大体3、4kbだからそれ以内に収まるならこっちでも良いけど、
即死回避とか感想書く事考えたら新しいスレの方が良いと思う
朝、広告用の写真を撮るためにスタジオへと向かえば、美樹が既に来ていた。 眠そうな目で、やる気はなさそうだが、時計を見れば私が指示された十五分前。やっと美樹にも自覚が出てきたのだろうか。 十五分、私からすれば気合いを入れ仕事モードに入るには十分だ。 「悪い、千早。かなり待たせる事になる」 訳が分からず戸惑う私への説明を保留し、美樹を隣の部屋へ押し込む。 慌ただしく指示を出すプロデューサーにわざわざ声をかけるのもはばかれ、開いている椅子に腰かけ楽譜に目を通し、フレーズを口ずさむ。 relations、美樹の持ち歌で新しく組むことになったトリオで歌う予定の曲でもある。 良い歌詞だと思うし、精一杯表現したい。それこそ美樹に負けないように。 やっと落ち着いたのかプロデューサーが説明に来る。 聞けば今回の撮影は和風がコンセプトらしく、衣装もそれに合わせたらしい。 とは言え、他のアイドルのロケもあるから衣装担当をここだけに何人も用意する余裕はなかったらしく、仕方ないから手間のかかる順にズラして時間を伝えたらしい。 そして美樹は十五分遅刻だったと。 その事実以上に私が気にするべきは、補正が必要ないと見られたことだろうか。 なぜか、男物の浴衣があるのと真がまだ来ていない事を考えればマシな気もするが、どうなのだろう。 悩んでいると騒がしくなり思考に集中出来ない。耳を傾ければ面倒くさいから補正しなくて良いとか言い出す美樹。 補正しなさい。さもないと『ポロリもあるよ』をさせるわよ。 ちなみにプロデューサーが私と真の八つ当たりを受けたのはどうでも良い話ね。
面白かったんだけど美希の字がまた間違ってます。(T_T) このスレとかエロとか百合とかでたまに美紀ちゃんとか美樹ちゃんとか出てくる気がするんだけど みなさん作品を書くときに資料って用意してます? 私はプロット(と言うほど大層なものじゃなくって書きたい話書くための必要な設定の塊)くらいは作って 矛盾点がないこと確かめて書き始めるんですが。
一人称を間違えるのはまだ許せることもあるが、 名前を間違うのは問題だな。
>>372 即興で作ると結構間違える。
そして投下前の読み直しで気づくかどうかが運命の分かれ道。
その美樹はデビルマン(漫画版)で俺のトラウマを抉った子だからやめてけれw 名前は相当注意するし、有志の作った呼称対応表はとても便利に使ってますよ。 あと誕生日や身長体重3サイズのリスト。キャラ間の目線の高い低いは間違うと シーンイメージを損なうので気をつけてます。
菊池真「美樹が指摘されたようだな……」 荻原雪歩「だが奴は我々の中でも一番の小物……」 高木順一郎「本当の間違い探しはこれからだ……」 ちなみに、投下終わったらその旨一言付け加えてくれると混乱せずに済むのでお願いしたいです。
公式も間違えるんだからちかたないよね……なんて言うと思ったかー!! 100辺見直せー!!特に公式アニメー!!!wwww 冗談はさておきなんか、みんなの意見みてると投稿する前に読み直すのが重要なのがよくわかるね。
春香もランクを上げて、久しぶりにオーディションで戦う事になった。悪いけど、負ける気はしなかった。 春香のアピール、どうやらボーカルをアピールするらしい。私に勝てるつもりなのか。 確かに、今回のオーディションはボーカルの比重が重い。だからこそ、春香には負けない。 イントロでは気づけなかった。歌詞を聞いて、気付かされた。蒼い鳥、それも私とは違う歌い方の。 同じ曲を二回審査員に聞かせる? そんなことしたら、直ぐに帰ってしまう。 ならダンス? ビジュアル? 私は何をアピールすれば良い? 混乱したまま、私は負けた。仮に私が先に歌っていれば。 そう思った。私には歌しかないんだ。逃げちゃ駄目だったんだ。 「春香、次のオーディション、負けないから」 明るく、待ってるよという彼女に背を向けてレッスンへ向かう。 私の翼は歌で、羽ばたけないなら死んでしまうしかない鳥だから。歌だけは、負けられない。 曲も変えた。『目が逢う瞬間』。蒼い鳥には思い入れもあったけど、歌で勝つためには仕方なかった。 春香は相変わらず蒼い鳥を歌うらしい。大丈夫、今度は迷わない。私の全てを歌に乗せるから。 空席に目をやる。二人、いや歌唱力のせいか他のアイドルもボーカルのアピールをしてきた。 結果がこれ。ダンスとビジュアルの勝負になり、流れを読みダンスアピールを多くした春香が勝った。 歌だけじゃ、駄目なのだろうか。遠くでプロデューサーが春香と話をしてるのが聞こえる。 怖い、けど聞かなくちゃ。 「千早ちゃんは蒼い鳥なんだよ? だからこうして、翼を折らないように……」 春香がなにを言いたいのか分からなかった。ただ勝ちに来たのではないのか。 「羽を一本一本抜いて、私のモノにするんです。鳥籠を用意したって翼を傷つけて飛び立とうとしますから」 春香は私の事を理解している。その上でこうして立ちふさがっている。 プロデューサーが何やら問いかける、その答えは予想を超えていた。 「当たり前ですよ。顔も声も胸もみーんな好きですよ。どんなに変わっちゃっても」 プロデューサーにレッスンの予約をお願いして、それから曲を変えるように頼む。 もし、もう一度プロデューサーに言った言葉を私に言えたなら。もう飛べなくても良いかも知れない。 でも、蝋でも良いから翼を作ってもう一度飛びたい。 だから、これがラストチャンス。多分、最後のボーカルアピール。 「聞いて下さい、『おはよう、朝ご飯』です」