254 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 02:10:09 ID:KVzciOtR
というわけで第12話を投下しました。
地獄の壁編はここまで。次の13話目で前半、1クールが終わります。
(26話の2クール予定)
勢いに任せすぎて燃え尽きた感もありますが、とにかく残りも頑張りますんでw
255 :
創る名無しに見る名無し:2011/02/16(水) 23:17:29 ID:NAeXSl64
てすと
256 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:19:15 ID:NAeXSl64
第13話 「うつろいゆく世界」
雫は病院のベッドに寝かしつけられていた。
肩口から根こそぎ失われた左腕は、高温で熱せられたために細胞が壊死して云々で、結局くっつけることさえ出来なかった。
雫を押し退けて蜂の巣にされた美香子は、機体が頑丈だったおかげで何とか一命は取り留めたものの、全身に深い傷を負っていて医者の話では完治したとしても日常生活は送れないらしい。
歩くこともままならないし、手の神経もボロボロなんだとか。
如月グループの経営する病院へと搬送された二人は緊急手術&集中治療室入りのコンボを食らって、今は隣り合う病室に押し込められているのです。
「学校のみんな、どうしてるかな?」
思ってもいないことを口にしてみる。
考えてみれば、あの激戦から一ヶ月しか経っていなくて、戦場の舞台となった街では今も復旧のためか封鎖が続いている。
情報規制があるのか新聞とかニュース番組に目を通してもそれっぽい記事は無くて、だからといって人の口に戸は立てられないせいかネットで色々な情報とか映像が飛び交っている。
ネットでは街を襲撃したAMSが米軍所属の機体だという見解でほぼ統一されている感じだった。
米軍が日本再占領に向けた足がかりとして街を襲撃したんじゃなかろうかって。
でも、それにしては政治的な雲行きがおかしいってところ。
米大統領が1500兆ドルという、国家予算を遥かに上回る資金援助を申し出て、こちらの首相がごく当然のように受諾したなんて事件が数日前にあった。
資金援助は100年だか200年だかの間、継続して行われるらしい。
米国が攻撃したのであれば次は「攻撃されたくなければ要求を飲め」とか言ってくるハズ。
少なくとも、たとえば中国が攻撃を仕掛けたなら必ずそういった外交を展開するだろうし、だったら米国のこの対応はなんだといった疑惑が持ち上がっていた。
信憑性の高い情報では、そもそも米国軍の攻撃は国内にあってさえ予測不可能な物で、反政府団体が勝手に行った行為らしい。
いや、というか米政府はこの攻撃が行われることを事前に知っていて、団体を一斉検挙するためにワザと見逃した。という説まである。
まあ、何をどうしたところで失われた命が戻ってくることはないし。
死に物狂いで戦った現場の人々の死が全く報われないものであることに変わりはないのだけれども。
窓の外では幾分か寒さの和らいだ風が吹いていて、春の到来を予感させる。
雫は四苦八苦しながらベッドから起き出すと、片方しかない手で窓を全開にしてみる。
この時期の風が一番好きだった。春ほど湿っぽくなく、運動したって汗をかくほど暑くないから。
コンコン、とドアをノックする音が聞こえて振り返ると、そこに見慣れた青年の顔があった。
「元気そうだな」
「うん、腕がないのを除けば肋骨のヒビも治ったみたいだし、調子は良いよ」
卯月冬矢はこの一ヶ月間、毎日ここに顔を出している。
同じ病院で治療を受けている妹さんの見舞いついでと、あと雇い主の容態が気になるからってのと。
年頃の雫ちゃんとしては妹さんの次ってのが悔しいところだけど、まあ、雇い主より身内が大事ってのは当たり前だししょうがないよね。
冬矢は手にした見舞い用の花束を病室の脇にある花瓶に差した。
「ああ、そうだ。お前の爺さんからの伝言だ。腕が出来たから数日以内に手術になるだろうとの事だ」
「うん、分かった」
257 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:20:54 ID:NAeXSl64
この一ヶ月で源八爺さんが訪れたのはたった一度きりだった。
しかも生還した孫娘に泣きつくでも安堵の息を漏らすでもなく、淡々と残っている腕の大きさとか重さを計測して去っていくなんて変態ぶり。
爺様の話ではAMS技術の応用で機械の義手を作って雫の左腕の所にくっつけるつもりらしい。
雫としてはか弱い乙女の左手が鋼鉄の機械って、どんだけ中二病全開な流れだよって言いたくもなったけれど、それで日常生活の不便が無くなるのなら仕方が無いかなあ、なんて納得するしかない。
とはいえ、肝心の美香子に関してはベースになる生身の損傷箇所が多すぎるために手術を延期せざるを得ない状況だった。
最終的に身体の7割を人工的な物にすげ替えることになるらしいけど、部分ごとの手術ともなればそりゃあ膨大な時間を要するだろうし躊躇いもするさ。
美香子の祖父。虎太郎爺さんはちょくちょく孫娘に会いには来ているけれど、そんな彼女を見るのがつらいと雫に愚痴った。
虎太郎さんは美香子の願いを全て叶えるつもりでAMSに乗って戦うことを許していたけれど、傷つき倒れたとなれば話は別で源八爺さんを相手に怒りを顕わにする一面もあって、今は険悪な関係になっている。
「そういえば私の機体は?」
「もうじきロールアウトの予定だ」
「そう……」
一方で、雫の機体であるシューティングスターは修理もされずに格納庫の肥やしになっていた。
限界値を遥かに超えた機動を可能とするオーバードライブは、タイムリミットを越えると内部の人工筋肉が崩壊を起こす。
また黒機体の放った必殺技は超高温の熱波と衝撃を放出する物であり、これを食らっている機体は電気系も含めて全て動作不能に陥っていた。
つまり、手の施しようがない鉄くず状態なのです。
なので、源八爺さんは新たな機体の作成に取りかかった。
AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』。
完成すればそのように銘打たれる機体。これまでの実戦データを元に根底から改変・再構築されるシステムと内部機構。
新たに実装される駆動炉は常識を覆す膨大なエネルギーを機体に供給する。
それはもはや、次世代型と呼び習わしても遜色のない代物だった。
「美香子はあんなだし、私たちは一体いつまで戦い続けたら良いのかな?」
「それを決めるのはお前だ、雫」
とはいえ雫は戦うことに嫌悪するようになっていた。
銃弾に身を晒し打ちのめされたされた友人の姿。もぎ取られて宙を舞う自分の腕。
何度も何度も脳裏にフラッシュバックする戦場の光景。
普通の女子高生として学校に通ったり、部屋に引きこもってアニメとか観ていたあの頃に戻れたらどれだけ素晴らしいか。
けれど、それは許されないこと。
美香子が再起不能の重体になった今。そしてこの手が知らない誰かの血で赤く染まっている今となっては、自分だけ何事もなかったかのように平穏な日常に戻ることなんてできるワケがない。
もちろん終わらせることはできる。
でも、そうしてしまえば自分の為に傷ついた人も、この手で失われた命も、その全ての行為が否定されてしまうように思える。
だから今さら降りるなんてできない。死ぬことさえ許されない。
それが今ここに在る如月雫なのだ。
「お前は俺の雇い主だ。だからお前の決めたことに俺は口を挟まないし、やれと言われたことは必ず実行する。
だが、それらを決定するのは他の誰でもなく、お前の意思でなければいけない。それが最低限のルールだ」
「そっか、そうだよね」
卯月冬矢さんは、自分にも他人にも厳しい人だった。
雫は今さらながらに痛感して、弱気になっている心を奮い立たせる。
「冬矢くん、……ありがとね」
「気にするな。クライアントが心置きなく戦えるようサポートするのも仕事の内だ」
礼を述べれば返って来るのはこんな言葉で、雫は思わず苦笑いと溜息を零してしまう。
彼がバカの付く真面目人間だってのは分かったし、その真面目さと冷静な対処能力がどれだけ助けになるかも知っている。
けれど仕事仕事と一本筋なのは、年頃の娘さんとしては息が詰まるというか何というか。
「明日、また来る」
「うん、じゃあケーキとか持ってきてよ。病院のご飯は不味いのよ」
「了解した。では焼きたてのアップルパイを出前しよう」
「うん、とびっきり美味しいのをお願いね!」
258 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:21:52 ID:NAeXSl64
冬矢さんはこの後、喫茶店の仕込みがあるからと部屋を出て行った。
時間外ともなれば如月邸の地下であれやこれやしなきゃいけないみたいだし、本当に忙しい男だ。
雫は誰も居なくなった病室で一人身震いし、思い出したように開けっ放しだった窓を閉めた。
+++
マリィはAsの本部ビルと軒を連ねる医療施設、その病室の一つに収容されていた。
前回シューティングスターとの戦いで負ったのは肋骨の骨折と右手の火傷だったけれど、それも今では完治に近づいている。
本来なら全治三ヶ月のハズなのだけど、マリィの身体は異常なまでに怪我の治りが早いのです。
身体の具合が良ければ動き回りたくなるのが患者というものだけれど、マリィの場合は何かと暇を見つけてやって来る副主任が「完治するまでは安静にして下さい」と押さえ込むものだから息苦しくて仕方が無かった。
その日、ベッドの上でぼんやり長い髪を弄んでいた少女は急な来客に驚くことになる。
スライド扉を開けて病室へと入ってきたのは背の高い、白衣ならぬ黒衣を身に付ける男だった。
男の顔は死人のように真っ白で、そのくせ眼にはギラギラとした光が宿っている。
「……お父様?」
「許可は取ってある。少し付き合え」
その男の顔を少女は知っている。
これまで何度会おうとしても会ってくれなかった父親。
現政府、つまりはすでに世界を掌握している組織の最高幹部であり、そして狂気の科学者としてマリィを造ったヒト。
男はマリィにめかし込む時間さえ与えないまま連れ出すと、いかにも高級そうな黒塗りリムジンに押し込めて自分もその向かいに座る。
車の走行中、男は何度も咳き込んでいて、顔色と合わせて心配したけれど気遣う言葉は出てこなかった。
やがて車は地下に向かうトンネルに入り、しばらくすると巨大な鉄製のゲートが出現。
門は自動認識なのか独りでに開くとリムジンを迎え入れて再び閉ざされてしまった。
「お父様。どこへ、向かっているのですか?」
「俺の研究所。いや、SXS……サクセスの要塞基地とでも言うべき所だ」
男は咳き込みながら答える。
その姿が、なぜかとても痛々しいものに見えた。
ゲートの奥には斜め下に向けて稼働する巨大な昇降機があって、リムジンが停車するのを見計らって下へ下へと降りてゆく。
昇降機が停止したとき、男はリムジンから降りて少女を促した。
259 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:22:51 ID:NAeXSl64
「お父様は、ずっとここで……?」
「ああ。家に帰るのは年に一度、妻の墓参りの時だけだ」
壁も床も天井も、全てが金属で覆われた廊下を迷うことなく突き進む黒い背中。
マリィが尋ねると、だからどうしたとでも言わんばかりに答える男。
それまで気付かなかったけれど、科学者の後頭部はかなりの割合で白髪が混じっている。
彼の家に何度出向いても門前払いを受けたのは、そもそも家の主が不在だったから。
これまでの不満が少し溶けるのを感じた。
それから男は一つの鉄製扉の前で立ち止まった。
ID式でカードキーを通すとスライドする扉。
足を踏み入れた先は、緑色の液体の詰まった円柱形の水槽がどんと真ん中を占拠する部屋で、辺りには何に使うのかも分からない機材や書類の束が無造作に積み重なっている。
時折見かける空の缶ビールがなんとも哀愁を漂わせていたけれど、そこはさておき。
男はさらに奥へと続く鉄製扉を押し開き、中に入ってしまう。
慌てて追いかけるマリィ。
「――ここだ」
入った先は真っ暗だったけれど、男がスイッチを入れると照明が眩しいくらいの光を放ち、部屋の全容を描き出す。
そこには二つの台座があって、それぞれにAMSが鎮座していた。
AMSは双方共に漆黒色の装甲を持ち、赤い筋が仄かに瞬いている。
「左の機体は俺の専用機。お前のは右のヤツだ」
「これを、わたしに?」
「AMS−X05、ファントムナイト。Xシリーズとしては最後の機体になる。
GTXは魔法少女専用機として試験的に開発した物だが、そのシステムを再構築して搭載したのがソイツだ。
駆動炉に双極魔導動力炉『α2500』を搭載しているから必殺技はもとよりAMフィールドの展開も行える。
装甲はオリハルコン合金。中身にも繊維式オリハルコンを編み上げた人工筋肉が入っている。パワーも耐久力も折り紙付きだ。
お前が使っていた機体とは造形も操作手順も似ているから戸惑うことは無いだろうが、出力はケタ違いに上がっているから気をつけろ」
淡々と解説してから男は機体と同じ色のスクエアを手渡した。
受け取ったマリィに彼は告げた。
「こいつはM.A.R.Yシステム搭載機として、お前と同時に産まれたお前の半身だ。……乗りこなしてみせろ」
男の眼はずっと黒機体に注がれている。
いや、それ以外は何も見ていない瞳。
マリィは悲しくなって、スクエアを握り締めたまんま俯く。
「お父様は、私のことがお嫌いですか?」
ずっと考えていた。
父親は亡くした姉を愛するあまり、同じ血を持つ自分を嫌悪しているんじゃないかと。
さっき妻の墓参りがどうとか言っていたけれど、彼の言動から奥さんに対する愛情はあまり感じられないから、やっぱり姉であるミリィこそが彼にとっての最愛のヒトなのだと思う。
科学者はマリィの問いかけを受けて初めて少女を真っ直ぐ見据えた。
「なぜそう思う? お前は最高傑作だ。嫌いになる理由がない」
なるほど、科学者らしい物言いだ。でも、と思う。
「娘としては見ていただけませんか?」
産まれた時から実験動物のように扱われてきた。
人間らしく扱われたのはAsに放り込まれてからのことだし、それでも部下の幾らかは今でも彼女に化け物でも見るような目を向けてくる。
だからせめて、父親にくらい普通の女の子として見て欲しい。娘として接して欲しい。そう願う事がそんなに悪い事なのか?
なのに創造主は懐からタバコを取り出すと悠長にくゆらせるばかり。
260 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:24:52 ID:NAeXSl64
「俺はとうの昔に悪魔に魂を売り渡している。普通の父親であることを望むな」
それからこうも言った。
「お前の身体には戦う変身ヒロインとして無数の命を刈り取った妻の遺伝子情報と、獣魔の体細胞と、そしてミリィが命を賭けて奪い取った延命技術が組み込まれている。そんな生き物を造った俺に父親を名乗る資格があるとでも思っているのか?」
え、今なんて――?
言葉を詰まらせる娘さん。
蒼白な顔の科学者はあくまで冷たい物腰だった。
「お前は産まれる前から普通の人間ではない。俺がそのように造った。分かるか、その意味が?」
いつしかマリィの面持ちも蒼白になっていた。
過去に戦った獣魔がどうして攻撃してこなかったのか。なぜ長い間実験動物として扱われてきたのか。
それら全ての疑問が氷解してゆく。けれどその奥にあるのは底知れない絶望感だけ。
自分の身体には、昆虫の細胞が入っているんだ。
なぜ、と問い掛けようとするマリィは、しかし男が大きく咳き込んで血を吐くのを見て言葉を失う。
タバコの火が自分の血液で消されてしまうのを無感情に見下ろしながら、呼吸を整えて黒衣の男が口を開いた。
「俺には時間がない。だから俺という存在が消えて無くなる前に伝えておく。
――数年前、異世界から大型の肉食昆虫が大量に湧いて出てくるという事件があった。
当時は変身ヒロインも数多く居てな、SXSは彼女らと協力することで撃退に成功した。我々はこれを獣魔大戦と呼んでいるが……。
その後、我々は肉食昆虫『獣魔』の再来を予期してAMSの本格的な開発に乗り出した。
米国に劣化版AMSの開発コードを流したのも、獣魔に対抗しうる戦力を期待したからだ。
もちろん『M.A.R.Yシステム』の研究もこれに準じている。
――ほどなくして、組織が保有している監視衛星が隕石群の落下を観測した。
異世界からではなく地球外からというのが予想外だったが、概ね睨んだとおりになった。
隕石内部から這い出してきたヤツらは地中深くに巣(ネスト)を形成し、今も繁殖を続けている。
この国は、いや世界はもうじきヤツらとの全面戦争に直面するだろう。
どちらかが完全に死に絶えるまで続く、長い戦争だ。
――しかし、今のままでは人類は滅ぶ。なぜなら個体数が圧倒的に違うからだ。火力も弾数も全く足りていない。
そもそもヤツらがどういった社会を構成し、どういった目的を持ってここに存在しているのか、全く分かっていない。
地表を覆い尽くす数の虫けら共と張り合うには、足りない物が多すぎる。
――マリィ、お前はその人類に足りない部分を穴埋めするために造られた。
Asは最終的に、ヤツらの巣に乗り込み掃討する先兵となるために組織されている。
だが、今の戦力ではAsは壊滅する。戦力比は推定で1500倍。勝てる道理が見つからない。
だからマリィ、仲間を募れ。優秀な人材も兵器も、形振り構わず全て掻き集めろ。
時間が無いという点では俺もお前も、人類全てにも共通している事だ」
長い説明を終えて科学者はもう一度咳き込んで血を吐いた。
マリィは思わず駆け寄って、崩れ落ちそうな体を支えようとする。
そんな少女の頭を男は愛おしそうに撫でた。
261 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:25:55 ID:NAeXSl64
「機体は朝イチで本部に届けておく。怪我が治り次第、試運転と微調整に取りかかると良い」
「お父様……」
「俺が憎いか。お前に理不尽で過酷な責任を押しつけている俺が恨めしいか?」
「そんなこと」
「憎んで貰って結構だ。それでお前の生存確率が少しでも上がるのなら、俺は喜んで憎まれよう」
「憎くなんか、ないです」
黒衣の科学者は半身をマリィに支えられ、もう半身を黒い機体にもたれかけて、ヒューヒューと苦しそうな息を吐きながら言った。
「次の仕事が終わり次第、俺は自分の機体に身体をくれてやるつもりだ」
彼はデッキの左側に鎮座する、見るからに禍々しい悪魔的造形の機体を拳で小さく叩く。
「ルシファーは人間の血と肉を喰い、脳と神経組織を取り込むことで起動する生体兵器だ。
コイツを目覚めさせることが科学者としての俺に残された最後の仕事になる」
そして少女を突き放す。
「もう会うことも無いだろう。……さあ、行くんだ。行って、お前に与えられた仕事を全うしろ」
だけどマリィはすぐには立ち去らなかった。
患者服の裾をギュッと握り締めて、今にも泣き出しそうな顔で父親を見つめている。
彼は娘に優しい言葉なんて掛けたことがない。愛情たっぷりに抱き締めることさえ無かった。
それでも、少女にとって彼は大切な人だった。だから、せめてその最後の輪郭を瞼に焼き付けておこうと思った。
科学者は蒼白な顔で、口端から血の筋を垂らしながら、それでも微笑んでいる。
「では、行って参ります、お父様」
「ああ。達者でな」
「はい、お父様も……」
数分か、数十分かも分からない時間の中で交わされたのは、たったこれだけの会話だった。
やがて意を決して踵を返したマリィ。
少女は自分が何者で、何を成せばいいのかを理解した。
だから一歩を踏み出す。
振り返ることはしない。泣きじゃくって踞ることもしない。ただ前へ、前へとつま先を押し出す。
「父親らしいことなんて何一つしてやれなかった。本当にダメな男だな、俺は……」
他に誰も居なくなった部屋で、そんな戯言が微かに空気を震わせていた。
+++
262 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:27:07 ID:NAeXSl64
その日。田嶋署の刑事、高橋と前原は地下を走る巨大な下水道に足を踏み入れていた。
主に殺人事件を取り扱っている刑事課の二人がなにゆえこんな所にいるのかと言えば、それは逃走した容疑者が下水道に逃げ込んだとの情報を掴んだから。
強烈な臭気のおかげで鼻は麻痺しているし、ヌメった床に足を取られて何度も転んでいたしで、若い前原だけでなくベテランの高橋だってウンザリしていた。
「クリーニングで臭い落ちますかね? このスーツ高かったんですよ」
「諦めた方が良い。俺も帰ったら背広を捨てるつもりだ。しかしこれは手当付けてもらわんとワリに合わんぞ」
口々に愚痴を垂れ流す。
いや、というか、本心ではスーツの汚れや薄給なんてどうでも良かった。
ただ、懐中電灯がなければ足下さえ見えない暗闇に薄気味悪さを感じていたから、何か喋っていないと不安に苛まれてしまうわけだ。
特に人食い巨大昆虫の解剖場面を見学していた二人であれば尚更のこと。
「――しかしアレは、一体何だったんだろうな?」
「獣魔、とか呼ばれていたアレですか」
「生物学なんぞサッパリだが、あれは素人が見てもこの世の物じゃないって事くらい分かる代物だったな」
「エイリアンとか、そういった類では?」
「映画の見過ぎと言いたいところだが、残念ながら俺もお前と同意見だ。どちらにせよ街の中で会いたくない物であることに違いはない」
「そのためにAsがいるじゃあないですか」
若手刑事にしてみれば、人外の相手はもうAs頼みの一択になっていた。
年の頃もあどけない少女が鋼の装甲を身に纏い戦うなんて格好良いじゃないか。なんて思いもしている。
懐中電灯で足下を照らしながら、今年で勤続20年のベテランはしばしの沈黙の後に呟いた。
「……前原、お前は不思議に思わないか? 十年前まではAMSなんて機械服は無かったし、化け物が街を闊歩することもなかった。
それが今じゃどうだ。米軍だかAsだかが街ん中で戦争やってるわ、片や化け物が人間を喰ってるわで地獄の窯が半分開いてるような状態だ」
「世界の終わり、という事なんですかね?」
「それが自然な流れっていうなら納得もするんだが」
「不自然な流れ、ですか。……もしかしたら政府は最初から虫の存在を知っていたのかも知れませんね。
だからAMSなんてロボットを作って、その技術を向上させるための実戦テストとして戦争が起こるよう仕組んだ」
「政府が裏で糸を引いている、か? 本当にSFじみた話だな」
「そういえば、前の一件で動いていた赤いAMSはどこの所属なんです? Asと揉めていたみたいですけど」
「ん、お前あの現場に居たのか、休暇中だったんだろう?」
「ええ、家内と買い物に出かけて、その途中で」
「それは運が悪かったな。奥さんに怪我は無かったのか?」
「ええ、物陰に隠れてやり過ごしましたから」
前原は半年前に結婚した新婚ホヤホヤだった。
高橋は仲人を務めた手前、嫁さんが無事だと聞いてホッとせずにはいられない。
「あの赤いAMSは一般企業の物だ。色々と事情があって警察に協力している」
「企業の機体がAsとやりあっているんですか? そいつは凄いですね」
「しかもパイロットは女子高生ときたもんだ。まったく、子供に戦争させるとは世も末だな」
「マジですか?!」
「これは一部の関係者しか知らない事だから他には言うなよ。といっても大概の人間は知っている事だが」
街で戦争が行われたあの日。
Asに包囲されたシューティングスターを助け出したのは機動隊の方々だった。
おかげで中の少女達は一命を取り留めたし、機体のデータを渡さずに済んだとも聞いている。
けれど、その引き替えにAs、つまり政府側と警察側との激しい軋轢が浮き彫りになってしまった。
政府側は警察に情報の開示と機体の引き渡しを要求したが警察は断固としてこれを拒否している。
とはいえ、この騒動に関わったと目されている防衛庁の人間は根こそぎ連行され尋問を受けているから如月の情報が長く守られることは無いだろう。
もしも一般企業にも関わらず戦闘行動に荷担している如月の事が政府に知られれば、彼らは武力で押し包んで殲滅しにかかるに違いない。
相手が老人であろうと年端もゆかない子供であろうと、気に入らなければ殺してしまおうというのが今の政府のやり口だった。
「まあ、俺達みたいな所轄は黙ってホシを挙げ続けるしかないってこった」
「本当に嫌な世の中ですね」
「それが気に入らないなら成り上がって根本から変えてみろ」
263 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:30:51 ID:NAeXSl64
軽口でも叩く勢いで会話にオチを付けた高橋は、懐中電灯の先に照り返しとは違う妙な光を見つけた。
後輩と顔を見合わせてそちらに足を進める刑事。
側溝を流れる汚水を無視して歩くうちに、ふと足下を照らした前原が「うっ」と顔をしかめる。
「なんだコレ。ネズミの死骸が……!」
「多いな。野犬でも住み着いているのか?」
床の上におびただしい数の食い散らかされた小動物が転がっている。
麻痺しているはずの鼻が、汚物の臭いに混じって肉の腐敗臭を嗅ぎ取っていた。
吐きそうになるのを堪えてさらに通路の奥へと進む二人は、そこで想像を絶する光景を目の当たりにする。
「これは……!!」
床にも天井にも、薄緑色に発光する卵が無数に張り付いていた。
どれもこれもが人間の子供くらいの大きさで、中でカブトガニみたいな幼虫が胎動している。空気は生ぬるく、しかし二人は恐怖から寒気を感じていた。
「おい、帰るぞ」
「しかし容疑者が見つかってません」
「アレを見ろ」
高橋刑事が言って懐中電灯を壁の一点へと向けた。
壁を伝う鉄管の開閉弁に何かが引っ掛かっている。よく見るとそれは血塗れになった人間の上半身だった。
「ここは危険だ。早く出よう」
「マリィさんに連絡しましょう!!」
至る所に転がっている小動物の死骸も、衣服を着た肉の塊も、おそらく全て昆虫に咀嚼された跡なのだろう。
ということは、この下水道には今もって肉食昆虫が住み着いていて、肉を喰いつつ卵を産み付けているということになる。
小さな拳銃くらいしか携帯していない二人にとって、その場所はあまりにも危険すぎた。
「――ひっ!」
慌てて振り返った二人は、しかしすぐには身動きすることが出来なかった。
彼らの前に一匹の巨大な甲殻昆虫が立ちはだかっていたからだ。
解剖ショーで見たのと同じクモ型の獣魔。そいつは顎からシャキシャキと奇妙な音を立てていた。
「……前原、お前射撃の腕は上がったか?」
「いえ。銃はどうも苦手で」
「そうか、じゃあ俺が囮になるから、お前は脇を抜けて行け」
「え、でも、それじゃあ!」
「奥さんを泣かす気か?」
小声で囁き合う男達。泣きそうな前原に、中年刑事はニヤリと笑って見せる。
「幸い、こっちはおふくろも死んじまってるし、女房も逃げている。悲しむ家族は居ない」
「高橋さん……」
「お前も男だろ。覚悟決めろ!」
「……分かりました。絶対に、仇は取ります」
「ああ、後は頼んだぞ」
高橋が懐から取り出したのは、所轄に配備されている拳銃だった。威力が小さいから、見るからに堅そうな甲羅を抜くことは出来ないだろう。
でも、それでも相手の気を引くには十分な刺激になるはずだ。刑事は両手でゆっくりと構えて、引き金に指を掛ける。
264 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:34:59 ID:NAeXSl64
「行けっ!!」
鋭い掛け声と同時に反響する銃声。
同時に駆け出した若い刑事。
今まさに襲い掛かろうとしていた巨大昆虫は思惑通りに高橋へと飛び掛かり、その隙を縫って前原は駆け出す。
二発目の銃声が響いても彼は振り返らなかった。
何度か転びそうになったが踏ん張って堪えた。
少ししてから野太い叫び声が堂内の空気を震わせたが、だからといって足を止めることをしない。
悔しさからか恐怖からか、目に涙が伝う。
それでもただひたすら出口を求めて走り続ける。
そんな前原の前に、やがて外界の光が見えてきた。
おわり
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
設定
【AMS:アーマード・マテリアル・スーツの基幹概念】
開発初期の頃はアンチ・マジスティック・スーツと呼ばれ、絶対守備領域であるAMフィールドと合わせて対魔法少女戦闘を想定した物だった。
それは当時、まだ悪の秘密結社として活動していたSXS(サクセス)が敵対する魔法戦士を駆逐するために行った研究開発であり、ゆえに対人もしくは対獣魔戦闘は想定されていない。
しかし、結果としてAMSを使用することなく彼女らを取り込むことに成功した組織では、同時期に出現した獣魔を新たな仮想敵として開発を推し進めるより他に手段が無い。
なぜなら其処に至るまでに費やした膨大な資金に大義名分を与えなければ開発者が責任を負わされてしまうからだ。
それから様々な戦闘データを蓄積し、新たに判明したのは当の魔法少女に装着させると機体性能が飛躍的に上昇するという事だった。
名称を現在の呼び方に改訂したのも将来的に魔法少女を搭乗者とする機体(GTXシリーズ)の製造を考慮してのこと。
また、開発中期からは中央処理装置にラピッド・ストーンと呼ばれる物質が採用されたが、この派生としてM.I.R.Yシステムが研究されていた。
これはSLI技術により複数個のラピッド石を並列に接続することで機体性能と搭乗者の魔力レベルを極限まで乗算することを目的としており、機体と、これに適合する素体(搭乗者)をワンセットで生成する事を基本概念としていた。
とはいえ、研究対象であったマテリアルナンバー30『ミリィ』が戦闘中に死亡したため、この計画は一時凍結になっている。
M.A.R.Yシステムはこの後継として立案・着手された計画である。
【AMSと『魔装』の関連性】
魔装とは別次元世界にて製造された、ラピッドコアを組み込んだ鎧甲冑を指している。
魔装の製造技術がこちら側に渡る前から組織はAMS開発に着手していたが、
内部システムの構築や次世代型ラピッドの生成には多大な影響を与えている。SLI技術もその一端である。
注釈)SXS内ではラピッドストーンをデバイスと呼び、これを連結させる技術を『クロスファイア』と呼んでいた。
魔装の開発者はエリファス=プレシアス。別次元世界で『黒竜』と呼ばれる戦闘部隊に所属していた。
当組織がこちら側の世界に宣戦布告するという出来事があったが、殲滅・解体後はAs内の開発局長に収まっている。
彼女は魔装の他に高度なクローン生成技術を研究しており、その技術がMARYシステムに反映されている。
265 :
天使ノ要塞:2011/02/17(木) 00:13:54 ID:z/egG/5w
【AMS:Xシリーズ概要】
SXSの最高幹部である科学者が作ったAMSは、それ以外とは性能的にも規格的にも逸脱しているため『Xシリーズ』と呼ばれている。
ちなみにマリィや柊川七海の操るGTXシリーズは魔法少女専用機として作られた試験機体であり、Xシリーズに近い構造ではあるがオリハルコン合金を装甲とはしておらず、また駆動炉として霊子力機関も搭載していないため同シリーズには含まない。
(天使ノ要塞の時点での各機体の状態)
X01『ダークナイト』 ……科学者自らが駆った機体。度重なる改装を経て『ダークナイト・アサルト』となった。今はお蔵入り。
X02『デスサイズ』 ……ダークナイトの欠点だった機動性を強化し、静音性に特化させた機体。現在は組織内の人間が運用している。
X03『メテオランサー』 ……規格外の大きさを持つ機体。重装鬼神の名を冠する最終決戦兵器として開発された。近々改装予定。
X04『ルシファーナイト』 ……一応の完成はみたものの未調整のまま放置されている。Xシリーズの集大成的な要素を持つ。
X05『ファントムナイト』 ……ロールアウトしたばかりの機体。性質的にダークナイトの正統後継機に当たる。
X00『セイタン』 ……最初期のAMS。組織内の使われていない格納庫に封印されている。細胞浸食型の機体。
【天使ノ同盟&天使ノ創世(天使ノ学園を含む)の登場キャラの現状】
片瀬姫乃(エンジェル・ランス)
半狼半人のSXS幹部ウォルフ師匠と共に山ごもり。妖怪を倒しつつの日々ではあったが、ある日師弟の一線を越えてしまい、これを発端として結婚。
今は上京して主婦になっている。子供は二人。それぞれ犬耳、犬尻尾がついている。
蒼井聖(エンジェル・ハープ)
姫乃が山ごもりで居なくなった後、何者かの手により家族が惨殺され、聖は行方不明。現在、事件の重要参考人として全国指名手配されている。
景山日和(EXレイヤー)
獣魔大戦後、父である景山宏明と共にSXSの研究機関に移籍。現在は博士号取得のため猛勉強中。
ヒカル(魔法少女)
SXS最高幹部Dr.カンザキの助手として活躍中。個人では魔法と科学の融合についての論文を発表。博士号を取得し、カンザキの後釜と目されている。
綾並静佳(ラファエル・ブルー)
営んでいる薬屋は今も繁盛しており、また現在に至っても裏ルートで劇薬を取り扱っている。変身ヒロイン家業からは完全に足を洗っている。
Dr.エビル(科学者)
繊維式オリハルコン・スーツの開発後、諸々の特許を持って渡米。GMA900とA−GMA3の開発に成功する。
高岡水瀬(ミスティ・アーク)
魔法戦士養成学校であるミルフィールを卒業後、女神近衛騎士にならずに行方を眩ませている。
風の噂では黒竜騎士団の残党に招集をかけているらしい。
幾島真琴(ドラグナー)
ミルフィール学園の三年生。12匹のドラゴンと契約を結び、女神近衛騎士団に反旗を翻す機会を窺っている。
スコット=レイヤード ハインツ=オックスフォード アキーム=ブルダニン(リュンクスの隊員達)
リュンクスは解体されたもののAs所属であることに変わりは無く。今も柊川七海を隊長として世界を飛び回り、AMS部隊の育成に務めている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
なお、これらの設定は今作に関してはほとんど意味を成さない。
266 :
天使ノ要塞:2011/02/17(木) 00:22:35 ID:z/egG/5w
というわけで13話を投下しました。
冗長な設定を付け足したのは、半分は単なる自己満足で、もう半分は最終シナリオへの布石です。
まあ、今のところは作者はこんな設定でキャラを動かしているんだくらいに思っていただければ十分です。
後半の13話は如何にして獣魔の巣を叩くかっていうのが主軸になるから
キャッキャウフフな展開はまず有り得ないので、そこんとこはヨロシクです。
投下乙
268 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:07:04.36 ID:DypvaHts
第14話 「仄暗き戦場」
息も絶え絶えの刑事がAs本部の玄関口に辿り着いたのは午後5時の事。
そろそろ帰り支度を始めようかという頃合いに雪崩れ込んできた刑事は汚臭を放っていることなんてお構いなしに受付嬢の前に立ち、半べそかきながらマリィとの面会を求めた。
受付の局員はあからさまに嫌な顔で彼女が入院中である旨を告げたが、前原は必死で食い下がり、そんな押し問答が続く中で現れたのは局長の室畑だったという次第だ。
「一体何の騒ぎかね?」
「あ、局長」
その呼び名を耳にして、弾かれたように顔を上げた若い刑事は襲い掛かる勢いで室畑に詰め寄った。
「あんた、マリィさんの上司なんだよな? 頼む! 話を聞いてくれ!!」
汚物まみれの手で掴み掛かってくる前原をさらりとかわして、ついでに足を引っ掛けてみる局長。
彼は不機嫌そうに襟元を正して、みっともなく転んでそれでも立ち上がろうと藻掻く男を見下ろした。
「それは話をする側の態度ではないだろう。さらに言わせて貰うなら身だしなみに気を使った方が良い」
あくまで冷たく鋭い双眸の局長。それでも前原は立ち上がって、睨み付けるような態度で行く手を阻む。
彼は息を整えると懐から警察手帳を取り出して突き付ける。
「下水道に獣魔がいた。先輩が死んだ。あんたらが動かないのなら機動隊と自衛隊に頼むだけだ!!」
それ以上の言葉なんて思いつかなくて、一歩も通さない姿勢を崩しもしない。
冷静に考えてみれば、所轄の刑事一人に機動隊やら自衛隊やらを動かす権限はないし、また動いてくれたとしても準備を整える時間が必要になってくる。
でもそれは、どちらかといえばそれらと軋轢のある組織への脅しの意味合いが強い。
機動隊と自衛隊で獣魔絡みの事件が解決できるようであれば、Asそのものの存在意義が大きく失われるのだ。
彼の必死さが伝わったのか、室畑局長の顔がみるみる厳しい物へと変わってゆく。
「……話を聞こうか」
建物から出ようとしていたつま先を翻して室畑局長は刑事を促し、同じエレベーターに乗り込んだ。
ヘドロに塗れたスーツからは絶えず臭気が滲み出しており、目的の階に到着するまで局長は吐き気と戦っていたが、どうにか耐え抜いたらしい。
大企業の会議室を彷彿とさせる部屋に案内された刑事は、そのあと二十分程度話し合うことになる。
「――事情は分かった。後は我々に任せてもらおう」
「お願いします」
一通りの話を聞き終えて局長は席を立った。
促されて前原刑事もそれに倣った。
「高橋刑事の殉職についてはこちらから警察庁に話を回しておく。署内での事情聴取は免れないだろうが、一般の人間にはこういった話はしないよう頼む」
「ええ、分かっています」
獣魔の存在は一般には全く公表されていないことだし、だからといって迂闊に口を滑らせてしまえば最悪で国を挙げての大パニックを引き起こす結果に繋がる。
刑事としてもそれくらいのことは理解していたし、だから局長の刺した釘にもあっさり頷いた。
「では私はこれで失礼する。これから緊急のミーティングを開かなければならないからな」
「じゃあ自分は帰ります」
「ああ、そうしてくれ」
そして部屋を出た二人は別々の方へと歩き出した。
刑事には刑事の仕事があって、同様にAsにはAsにしか出来ない事がある。
だから別々の道を征く。ただそれだけの話。
前原にしても、室畑にしたって、互いにもう会う事はないだろうと決めてかかっていた。
+++
269 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:09:10.99 ID:DypvaHts
こんな経緯があって、午後六時のAs本部は喧噪に包まれていた。
退院間近のミリィも緊急の呼び出しを受けて馳せ参じている。
直接戦闘に関わる実働部隊は元よりオペレータや救急班といったバックヤードスタッフの皆さんも準備を整えていたし、警察や消防への協力要請で地下下水道への侵入口は全て封鎖。
突入体勢は着々と進んでおり、問題が起こらなければ深夜0時が作戦開始時刻となる段取りだった。
「主任、そのお体で大丈夫ですか?」
「問題無いわ。私の身体は特別製なのよ、機体と同じでね」
人員の輸送は装甲車両で行われる。
その先頭車にはマリィと副主任の稲垣、それから四人の隊員が乗り込んでいて出発の時を今か今かと待ち侘びていた。
「稲垣のおかげでベッドから出られなかったから、余計に怪我の治りが早かったしね」
白いワンピースの上からAs仕様のジャケットを着込んだミリィと軍人を思わせる出で立ちの稲垣。
二人居並ぶとどうしたって違和感ありまくりなのだけれど、今さらといった感じにしか周囲の目は向けられていない。
というよりも、少女が部隊にやってきてからずっとこのスタイルが続いているものだから仲間達としてはごく普通の景色でしかなかった。
「それより作戦のおさらいをしましょう」
マリィは下水道の見取り図を取り出して示唆する。
もちろん後続車両に積み込まれているAMSにもマップは入っていてモニタで自分の居場所まで明示されるのだけれど、戦場ではいつ何が起こるか分からないから操縦者の頭の中にも入れておかなければいけない。
少女の膝の上に乗っている紙切れを覗き込む稲垣副主任だけど、その顔は僅かに赤みを帯びていた。
なぜだか分からなくて問い質そうとしたけれど、彼は曖昧な咳払いで誤魔化してしまうのです。
今回の作戦は部隊を4つの班に分けての行動となる。
3機を1班とする攻撃隊が3部隊、加えて出入り口を封鎖する機体が2機。合計で11機での出撃だ。
作戦では、攻撃班はそれぞれ別ルートから侵入し、遭遇する獣魔を排除しつつ目的地を目指す。
獣魔は一匹とは限らない、むしろ複数いると考えられている。
また一匹でも残すといくらでも増殖するから、やるときには残らず駆除しなければならない。
地下下水道は迷路のように入り組んでいて、しかも狭苦しい空間内での機動が前提になるから大所帯では返って足を殺してしまう。
なので指揮する人間と、前と後ろとをカバーする人間がいればそれで十分。
上手くいけば挟み撃ちする格好で合流できるワケだし、限りのある機体を効率よく運用しようと思うならこれ以外の作戦など考えられなかった。
「でも本音を言えば、私の班は私だけでも十分なのだけれど……」
「ダメですよ主任。一人で突っ走ってまた怪我でもされたら困りますから」
溜息混じりのマリィと渋い顔でたしなめる稲垣くん。
マリィとしてはまだ慣らし運転さえしていない新機種で遊んでみたくて仕方が無い。
機体と一緒にやって来た取扱説明書によれば、スペック的に隊員の操るJ602『ミヅチ』の十倍以上の性能ということになっているし、それが本当なら稲垣ともう一人の隊員をそれぞれ他の班に振り分けてもまだ余裕がある。
ミーティングの席でもそういった発言はしたが、今の稲垣の主張と全く同じ理由で却下されていた。
とはいえ確かに伝説とすらされる『Xシリーズ』の攻撃能力はとても魅力的なので、班の指揮は稲垣が担当してマリィは先行するといった並びになっている。
少女はジャケットのポケットから漆黒色のスクエアを取り出して愛おしそうに撫でてみたり。
「お父さんとの確執は無くなりましたか?」
「うん」
頷くお嬢さんの顔は柔らかくほころんでいた。
やがて出発の時間になって、準備も万端、各車両が発進する。
下水道への侵入口は繁華街の外れにあるけれど、距離にするとそう遠くはないから予定の一時間前には到着できた。
工業地帯に差し掛かる場所という事も手伝って車の流れも無ければ人通りも無いわけだし、隊員達は急かされることなくAMSを装着して、さらに一服までする余裕があった。
270 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:11:54.56 ID:DypvaHts
『CP(コマンドポスト)よりアルファ・ゼロへ。――作戦予定時刻になりました。速やかに所定の位置について下さい』
そして指揮車両のオペレータが時刻を告げるのと同時にその作戦が幕を開けた。
「――凝結」
不気味に口を開ける侵入口の前に立ち、黒いスクエアを手に少女が囁く。
足もと一杯に展開される青い魔方陣。そこから溢れ出した原油よろしくの液体が彼女の肢体を包み込み、まるで影が蠢くように赤い筋を描き出す。
液状の影が床に吸い込まれたとき、残されていたのは銀色のランスを手にした漆黒の機械甲冑。
その造形は以前の物と比べてさほどの違いしかなかった。
しかし前機体とは比べものにならない力が隅々まで漲っているのが分かる。
【Multitask.
Active.
Rapid.
Yeager.
SYSTEM.........Drive Ignition】
「AMS−X05、ファントムナイト。スターティング・オペレーション!」
モニタの中で踊る文字を見つめながら、マリィが宣言する。
周囲にはAMS用の大型自動小銃を提げる群青色の機体達が彼女を取り巻き、現場主任の命令を待っている。
いかにも悪の幹部といった趣の凶悪な面具の下でつい微笑んでしまうマリィは、それでも次の瞬間には表情を引き締め声を張り上げた。
「作戦を開始します。総員、突撃!」
こうして少女を先頭に疾走を始めた狩人達。
征く先は戦場。生と死が交錯する地獄のような戦場。人々の目はどれもこれもギラつき、ただただ引き金を引く瞬間を欲していた。
+++
下水道へと侵入した9体のAMS部隊は、その後、作戦通りに三方向へと分かれて前進する。
敵、――クモ型獣魔はやっぱり一匹だけではなくて、10メートルと進まないうちに孵化したばかりの子蜘蛛も合わせて100匹以上がお出迎えしてくれた。
「くぅ、このっ!」
自慢のランスで、もう何匹目かも分からない敵を刺突するマリィ。
少女の後方では群青色の機体が絶えず銃口を轟かせている。
『主任! 弾倉が尽きそうです!!』
稲垣が泣き言を口にする。
そりゃあそうだろう。獣魔の情報が入ったのは本日の夕刻であり、そこから6時間ほど後にこの掃討作戦は開始されている。
情報にあった目撃報告では一匹の親と無数の卵だったから、仮に最初から十数匹の群単位で下水道に住み着いていたとしてもこの短時間で増殖した数というには不自然すぎる。
通信の相手先も同じくらいの数を相手取っているようだし、さすがのマリィも事態の深刻さに気付き始めていた。
「まさか……」
可能性の一つ。というか一番ありえそうな話として。
そもそも獣魔は下水道で繁殖していたわけではなくて。獣魔の巣が地下下水道の下にあって、拡張しきれなくなった巣の住人達が壁面を食い破って下水道に侵入。そこを第二の繁殖場所としたという可能性がある。
もしそうだった場合。下水道内に産み付けられている卵を処理するだけでは問題は解決しない。
侵入した人々はさらに下層にあるネストの中心まで潜らなければいけないし、そうなると頭数だけでなく弾数も全く足りないとかいう状況に陥ってしまうのだ。
少女は血の気が引いていく思いで、それでも襲い掛かって来た一匹に得物を突き立てる。
「アルファ1よりCPへ。敵の数が予想を遥かに上回っている。作戦の中止と即時撤退を提言します!」
突っ込めと言われたらどんな状況でも行かなきゃいけないのが兵士というもの。
けれど、だからといって犬死にして良いはずがない。人間を限りある資源の一つと考えるなら尚のこと、この状況下での突撃は完全な無駄と言えよう。
だったら引くべき時には潔く引く。それがマリィの結論だった。
『CPよりアルファ1へ。作戦の中止は認められない。繰り返す、作戦の中止は認められない』
「くっ!」
271 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:14:05.49 ID:DypvaHts
返ってきた血も涙もない回答に少女は呻き声をあげる。
『クソッタレ! 地獄だぞまるで!!』
『ひぃ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!』
『泣きごと言ってんじゃあねぇ! さっさと撃ちやがれ!!』
『ファック!! ファック!!』
別ルートを行った仲間達の怒声が鼓膜を震わせる。
彼らも持ってきた弾薬のほとんどを失っているようだ。
このまま愚直な前進を続ければ、ほどなくして全滅するだろう。
そう思った少女は手近にいた一匹を刺殺して身を翻した。
「アルファ1より各機へ。ポイントAまで後退しましょう。合流して体勢を立て直すのよ!」
『『了解っ!!』』
ランスを逆手に持ち直して、背中に向けて飛び掛かってきた巨大蜘蛛へと突き立てる。
仲間達からの返答は待ち侘びていたかのように愛想が良くて少女はつい笑みなど浮かべてしまう。
「アルファ1よりCPへ。現場の判断により作戦を修正します。異論は認めません」
『こちらCP。了解しました。では修正案を提示して下さい』
語気が荒かったせいか、それとも中止を修正と言い換えた効能か、今度は許可が下りた。
そこでマリィは戦闘中に思いついた戦法を試そうと試みる。
「侵入口で待機している機体に補給物資を持たせてポイントAまで前進させて下さい。それから彼らには火炎放射器を装備させて下さい」
『CP、了解しました。ただちに手配します』
よし、上手くいった。
来た道を全速力で返しながらマリィ主任は密かに拳を握る。
やがて、来るときに三隊が別れた分岐点ポイントAに到着した三人は他の面々とも合流して、そこへ加わった待機要員から補給の弾薬を受け取った。
「ここからの作戦だけど、B班とC班はそれぞれ火炎放射器を装備した機体を先頭にして再突入。
私たちはこのまま行きます。卵を発見したら爆薬をセット、周囲に味方が居なければそのまま起爆して構わないわ。
全ての敵と卵を処理したら、次は周囲に異状がないか確認して。もしもネストへの入り口があったら、その座標を送って待機。
中から虫が出てくるようなら爆薬を活用して凌いで下さい。何にしても最重要事項は全員の生還だから、そこを履き違えないで」
てきぱきと指示を下す。
当初指揮系統を一任されていたはずの稲垣はちょっぴり不満そうだけど、だからといって反対意見を述べることなどしない。
少女の主任としての能力は間違いなく優秀で、今や誰よりも厚い人望を獲得しているのだ。
だから稲垣としては溺愛する妹を見守るお兄ちゃん的な心境で、少女の言葉に聞き入るより手立てが無い。
やがて通路の奥から微かにカサカサと音がこだまして、辺り一帯に戦闘再開の臭いが漂い始める。
装備を調えた人々は返り討つために陣形を整える。
まずは三叉路から溢れ出した虫けら共に、炎の洗礼を食らわしてやろう。
漆黒の機械甲冑がかざしたランスは、奥から這い出してきたおびただしい蜘蛛の群が二メートル手前まで迫った瞬間に、振り抜かれた。
「攻撃開始!!」
272 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:15:35.10 ID:DypvaHts
ヴァッと横一文字に炎柱がそそり立つ。
一番手前にいた数匹が瞬間的に火だるまになってつんのめる。
後列は突然の火の手に驚いたのか急ブレーキを掛けようとしたけれど、後から後からやって来る波に背中を押されて次々と焼かれていく。
火炎放射器は、人間に対して使用するのならとても残忍な凶器だ。しかし、人食い昆虫に使用するのであればそれはとても効果的な道具だった。
辺りに何とも言えない臭気が漂うが、有毒ガスの充満する中での活動をも考慮して設計されているAMSにとっては大した問題ではない。
大小合わせて50匹あまりの虫けらを駆除した頃になって、獣魔の群は文字通り蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出した。
焼き焦げた骸を踏み分けて追いかける人々。
彼らは少女の下す号令を待っている。
「アルファ1より各機へ。――入り口に門番は居ないわ。だから一匹も逃がしてはダメ。全て駆除するのよ。……突撃開始!!」
そして三叉路から再び各々の戦場へと舞い戻った兵隊達。
Asのプライドに賭けて今度はもう引かない。命尽きる時まで、敵を殺して殺して殺しまくる。
瞳に灯った決意の光が、腕の中で鈍く光を照り返す銃身が、機体の足を前へ前へと押し上げている。
彼らはもう狩人ではなかった。そこに居たのは本物の戦人達だった。
+++
――約20分後。
今度こそ迫り来る巨大甲殻昆虫共の殲滅に成功した人々は、通路のそこかしこに卵が産み付けられている一角に到達。
そこへ持ってきた爆薬をセットして、避難すると同時にこれを起爆。巣の一掃に成功した。
『……主任の読み通り、ありましたね』
「そうね。みんな、弾薬はどれくらい残ってる?」
『火炎放射器のおかげでかなり温存できました。あと一戦はやれそうな感じです』
起爆の轟音が過ぎ去って15分。一行は重大な問題に直面していた。
壁面の一部が崩れ落ちており、奥には下層階へと続く急な斜面がポッカリと口を開けている。
マリィの睨んだ通り、下水道の真下に獣魔の巣があったのだ。
「アルファ1よりCPへ。ネストの入り口を発見した。指示を請う」
『CPよりアルファ1へ。……しばらくお待ち下さい』
指示を仰げばこんな回答が返ってきた。
各AMSのカメラは指揮車両とも繋がっていて、隊員の見ているのと同じ映像を車両の人々も見ている。
今回、室畑局長は車両に乗り込んで指揮を執っているワケだけど、突き付けられた光景に何を思うのか答えが出ない。
随分と待たされた後になって、無感情なオペレータさんの声がやって来た。
『こちらCP。突入を開始して下さい。ただし、データを持ち帰ることを最優先とし、無駄な戦闘は極力避けるようお願いします』
「了解しました」
少女は答えて仲間達を見渡した。
隊員達は面具の下でそれぞれに頷いている。士気は高い。
これならいけそうだ。そう判断したマリィは、やはり火炎放射器を装備している二機を先頭とする隊列を組ませて前進させた。
マリィは元より、隊の全員がネストへの侵入なんて始めての経験だ。
ここから先は何があるのか皆目見当も付かないから、部隊を分散させるような事もしない。
そういえばアメリカでは大規模な空爆で巨大ネストを処理したそうだが、内部構造に関する情報は全く伝わっていないワケだし、だからAsとしては今回撮れる映像がとても貴重な資料になるハズ。
これは何としてでも生きて返らないと。そう堅く心に誓う少女。
『こちらC――。映像が途切れ――、状況を報告し――い』
そんな中でインカム越しに寄せられた言葉。
指揮車両からの声だけど、どうもノイズが混じって聞き取りにくい。
自機の無線が壊れたのかと心配になったので確認してみる。
273 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:16:40.47 ID:DypvaHts
「みんな、無線機は大丈夫?」
『ええと。……我々の物は問題無いようです』
「じゃあ、向こうの故障? でもそれにしてはタイミングが良すぎるわね」
仲間達との遣り取りだって無線で行われているから、無線機が破損したら会話もままならないはず。
でも仲間の声は明瞭に聞こえているワケだしこちら側の故障を疑うのはナンセンスだ。
『主任! この壁なんですが、何か特殊な液体が付着しています!』
「分かったわ。一応採取しておいて」
部下の一人が指で壁面を削いで、何やらヌラヌラした緑色の物体を小さなガラス瓶に詰め込んでいる。
ひょっとしたら、その液体には電波を遮断する特性があるのかも知れない。
考えて少女は不安になる。
指揮車両との通信が閉ざされるだけならまだ良いが、索敵レーダーが通用しなくなれば一気に不利な状況になってしまうのだ。
「もう少し進んで敵と一戦交えたら帰りましょう」
本当なら今の時点で回れ右するのが一番賢いのかも知れない。
だけど、これから先もネストに侵入する機会があるというのなら、敵の本拠地でどれだけ戦えるのかを知っておく必要がある。
そうしないと作戦の組み立てができない。それが現場を任される立場としての意見だった。
隊列を維持したまま人々はさらに下へと突き進んでゆく。
穴の中は下水道内と同じくらいの広さで、輪っかを連ねたチューブ状の廊下が奥まで続いている。
視界は悪くない。どうやら壁面が僅かに発光しているらしくて赤外線暗視カメラを使えばさらにバッチリ周囲の光景が見て取れる。
歩き続けて二十分ほどが経過したが、ここに至るまで一匹の獣魔とも遭遇することがなかった。
「おかしいわね。敵が出てこないわ」
『下水道で全て駆除してしまったのでは?』
「どうかしら。ネストの広さで考えるともっと居たって不思議ではないのだけれど」
『主任は心配のしすぎなんですよ』
少女の不安をよそに隊員達が軽い調子で笑う。
いや、彼らも不安は感じているのだろう。ただ声に出して否定しないと押し潰されそうだから。
構内には絶えず地鳴りにも似た音が僅かに響いていて、これが余計に人々の不安を煽る。
押し寄せる不安に急き立てられる人々は、そこからさらに十分ほど進み廊下の終点へと行き当たった。
「……これは!?」
274 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:17:57.95 ID:DypvaHts
息を飲んで立ち尽くす面々。
廊下の向こう側は開けた空間になっていた。
天井までの高さは十メートルと少しと言ったところだろうか。
ドーム状の部屋には下水道にあったものなど比較にならない、おびただしい数の卵がそこかしこに産み付けられている。
それらが全て孵化したとしたら、幼虫だけでも五千匹は下らないだろう。
部屋全体が淡く光を帯びているから分かるが、それら卵の群生地帯の隙間を縫うように黒く蠢く影が点在していた。
黒い塊達は侵入者の気配を察知したのかこちらへと向かってくる。
そうか。とマリィは悟った。
この場所は獣魔達にとって公共の揺りかごで、そこにいるのは卵を守るガーディアン。
私たちは彼らにとってとても重要な場所に足を踏み入れてしまったんだ。
「ひっ!!」
誰かの切羽詰まった悲鳴を聞いて振り返る。
するとどこから湧いて出たのか、先ほど通った道から無数のクモ型獣魔が押し寄せてきているじゃあないか。
視線を前に戻すと、こちらはこちらで蜘蛛とは型の違う甲殻昆虫が集まってきている。
そいつは見るからに堅そうな殻で覆われていて、そのワリに動きが俊敏そうだった。
『オオエンマハンミョウ……』
仲間の一人が茫然自失気味に呟くのが聞こえた。
隊員達はどちらに向けて攻撃して良いのか分からないと言ったふうだ。
「火炎放射器は二機とも後ろに回って! 火力を後ろに集中させて退路を確保するわ!」
今回持ってきた武装は、火炎放射器や爆薬を除けば標準的な自動小銃しか無く、それらにも徹甲弾だの劣化ウラン弾だのは詰め込まれていない。
だったら表皮の硬そうな前方の敵より確実に通用することが分かっているクモ型に向けた方が効率が良い。
前からやって来る昆虫に対しては自分がどうにかするしかないと判断してマリィはランスを構えて前に出る。
『援護します!』
「うん、お願い」
後ろで銃を構えるのは稲垣と、最初から一緒だったもう一人の隊員。
他の戦力はすでに後ろ向きに得物を構えている。
「攻撃開始!!」
こうして第3回戦の火蓋が切って落とされた。
堂内いっぱいに鳴り響く銃声。吐き出された炎が肉を焼く臭い。
飛び出したマリィは甲殻昆虫の足の隙間を縫って懐に入り込み、手にしたランスで突く。
ガキンと手に感触が伝わった。
「やっぱり、堅い……!!」
275 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:19:05.18 ID:DypvaHts
稲垣たちも射撃は行っていたが、その銃弾はオオエンマハンミョウとやらの堅い殻に弾かれるばかりで相手にダメージを与えることが出来ない。
振り下ろされた前足をかいくぐりながら、少女は甲羅の隙間に狙い定めて突き上げる。
「関節部分を狙って! それ以外の部分だと弾が徹らない!」
『承知!』
遣り取りしつつ二匹目を始末するマリィ。
副主任は銃の構えを狙撃重視に切り替えたのか手数は減ったが命中精度は上がっていた。
前足を吹っ飛ばされた一匹が少女に迫ったとき、ふとした疑問が脳裏を掠めていく。
――私の身体には獣魔の体細胞が組み込まれているのに、なぜこいつらは攻撃してくるの?
そうだ。戦いによる興奮で気にもならなかったけれど、前に市街地で獣魔を攻撃したとき、相手は自分を仲間と思ったかのように反撃してこなかった。
なのに今回は、最初の突入から迷うことなく攻撃してきている。
前回と今回、一体何が違っているのだろう。
乗り込んでいる機体が違うから?
でも金属の装甲に覆われている事には違いはないから、それは理由にならない。
私自身の体質が変化した?
どう考えてもそれはない。食生活や一日の運動量だってさほど変わってはいないし、体調だって変わらず良好だ。
だったらなぜ?
考えて一つの可能性に思い当たる。
もしかすると獣魔はテレパシーか何かで情報を共有し合っているんじゃあないか、といった推測。
前回クモ型を仕留めたときに、そいつからマリィという個体が敵であるとの情報が出回ったんじゃあないか。
だから今回、敵と見なしている私に対して躊躇いもせずに襲い掛かっている。
つまり、極端な話、獣魔には構造こそ人間とは違うけれどちゃんとした社会構造があって、明確な意志と目的を持って行動しているといった話になる。
だとしたら戦いの長期化はマズイ。戦えば戦うほど相手にこちら側の情報を与えることになってしまう。
社会性があるなら問題には具体的な打開策をもって対応してくるだろうし、そうなると益々人類に勝ち目が無くなってしまうじゃない!
何匹目になるかも分からない敵にランスを突き立てながら、マリィは戦慄を覚えた。
『クソッタレが! キリが無え!』
『オーマイガッ!! ファッキン!! シット!!』
『イヤだ死にたくない、死にたくないんだ!!』
『弾が足りない、誰か持ってこい!!』
後ろの方では尚も銃撃が続いているけれど人々の声を聞くに限りなく劣勢らしい。
これは何としてでも早期に終わらせなければ、挟撃される格好のまま押し潰されるのは御免被りたい。
「くっ……。こんなことなら」
もっと早くに回れ右して帰るべきだった。
少女は自分の判断ミスを悔やむ。
新しいオモチャを手に入れて、遊んでみたいだなんて子供じみた欲求が今の結果に繋がっている。
父親がとにかく高性能な機械甲冑を作ろうとしていたのは、娘に喜んで欲しいからとかそういった理由ではなくて、単純にそこまで高レベルな機体を使わなければ恐るべき数の暴力を跳ね返すことができないと踏んでいたからだ。
それが理解出来なかったから窮地に立たされている。
こんなんじゃあの人の娘だと胸を張ることさえできやしない。
『ギャアアァァ!!』
やがて誰かが断末魔の悲鳴を上げ、レーダーから味方機の反応が一つ消えた。
今すぐ方向転換して仲間達の矢面に立ちたい。でもそれをすれば今戦っている甲殻昆虫たちが堰を切って押し寄せてくる。
だから、誰の命が失われようとも振り返ることは許されない。
少女は現場を預かる者に課せられた責任の重さを実感して、自分の無力さを痛感して、泣き出したい気持ちでいっぱいになった。
276 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:33:14.62 ID:DypvaHts
【設定言語:日本語 ――搭乗者との生体リンク最適化を完了しました。フル・パフォーマンス・モードに移行します】
そんな時に、急にモニタの真ん中に文字が出現して視界を遮る。
え、と思っていると急に身体が重くなって、思わずその場に踞ってしまう。
視界の真ん中に表示されていた文字は一度消えて、次にこのような羅列が浮かび上がった。
【双極魔導動力炉の駆動力を臨界値に設定。高次物質化システムの運用を開始します】
何が起きたのか分からない。
すぐ目の前に居る敵は、なぜだか恐れおののくように後退っている。後ろの射撃陣も何をしているのか援護を止めてしまった。
カコンッ、とギアの入る音がして、周囲に熱風が渦巻き始める。
【アルティメット・フォームを起動しました。――残360秒】
機体の装甲が瞬間的に黄金色へと染まった。背にある発動機は「キュゥゥゥ……ン」と甲高い悲鳴を上げている。
モニタからでは分からなかったけれど、機体の背に後光にも似た光の輪が出現していた。
何のカウントなのか分からないが数字がどんどん減っている。黄金の機体はマリィを乗せたまま立ち上がって、そして消えた。
『主任……?!』 稲垣の呟きが灼熱の空気に溶けてゆく。
いや、機体は消えたのではなく輝く軌跡を残して光の筋になったのだ。
証拠に、ファントムは瞬きほどの時間でドーム中央に立ち黄金色の光を纏っている。
その機体が手にする得物は、いつの間にか青く巨大な槍へと変化していた。
――スプリッド・シャイン・ブレイク!!
少女の声がそう告げた。
機体が手にした槍を天に向けて掲げると、そこへ光の粒子が集まって、一気に弾ける。無数の光の筋が弧を描いて現場にあった物体をことごとく撃ち抜いた。
少女はいつの間にか意識を失っていて、気が付けば辺りは静寂に包まれていた。突入時から続いていた地鳴りに似た音もすでに止んでいる。
少女の機体は気絶した搭乗者を中に入れたまんま、槍を掲げた格好のまんまで固まっていたのだ。
周囲を見渡すと朽ち果てた卵の残骸がドーム一杯まで広がっていて、所々に煙を立てる虫の死骸が転がっている。
機体の真の能力がこの光景を作り出すとこだったとするなら、それはとても陰惨な代物だと言わずにはいられない。
――仲間達は?
正気に返って通路の奥へと目を凝らすと、すでに戦闘を終えた人々がこちらの様子を窺っている。
なんだか妙に気まずい空気を感じつつ、マリィは声に出した。
「アルファ1より各機。被害状況を報告して下さい」
『主任!!』
声に反応して首を傾けると、そこにはAMS姿の稲垣が少女の機体を支える格好で立っている。
支えられている鋼の指を振りほどいて足を前に出そうとしたけれど機体が思うように動かなくて、転びそうになってまた支えて貰う事になってしまう。
どうやら先ほどの動作でファントムナイトの駆動電力はすっからかんになってしまったらしい。
『部隊の被害ですが、死者は2名、重軽傷が5名。弾薬はもう残っていません』
「そう、爆薬は?」
『全て合わせればこのドームを破壊することはできそうですが……』
「じゃあ、動ける人間で爆薬をセットして、速やかに待避しましょう」
『はい。了解しました』
遣り取りを聞いていた部下達は、一度命令があれば素早く行動に移した。
爆薬がセットされている間に、マリィは死者の機体のバッテリーと自機の物とを繋いで充電しておく。そうしないと脱出もままならないからだ。
やがて全ての準備が終わって、隊員達は獣魔に出くわさないことを祈りつつ来た道を返す。死者の身体は、その乗り込んでいる機体ごと引きずって持って帰ることにした。
誰も彼もが疲弊していたから万が一にも敵集団に襲われたら手も足も出ないまま全滅していただろう。しかし幸運にも帰り道で敵の集団には出くわさなかった。
行軍速度は来た時より遅くなっていたけど、人々はそれでもどうにか下水道まで辿り着く。CPが状況を聞いてきたけれど、返答は簡潔に済ませた。それから仕掛けていた時限式の爆薬が点火して、その轟音が下水道内を震わせる。
『終わりましたね、主任』
「うん。なんとか帰ってこれた……。みんな、ありがとうね」
少女がしおらしく礼なんて言うものだから、隊員達はちょっぴり照れた仕草で苦笑するばかり。
帰り道の空気は軽く、もうじき朝を迎える街並みと同様にその心も晴れやかだった。
おわり
277 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:38:47.37 ID:DypvaHts
というわけで14話を投下しました。
一見ただの戦闘シーン詰め合わせみたいな感じですが、意外と重要な部分だったりします。
というか、毎度の事ながら「改行が多すぎます」のエラーと格闘しておりますが、他の作者さんはそういうの無いのかな
とか思わずにいられない…。
278 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:00:16.03 ID:9Fu/JGBk
第15話 「強襲の夜」
その日は桜が舞っていた。
つい先日咲き始めたと思ったら、もう散り始めている。
街はどこもかしこもがピンク色にお化粧されていて、今も清掃業の人を困らせているに違いない。
「うん、良い調子!」
雫ちゃんは声を張り上げて、無骨そのものといった金属色の左手を閉じたり開いたりしてみる。
最初はどうなるものかと思ったし激痛と疼きとで眠れない夜が続きもしたけれど、この数日間はすこぶる快調だった。
完成した左腕を手術というよりはむしろ改造といった手順で肩の付け根にくっつけたのは半月以上も前の話。
今はリハビリと称した筋肉トレーニングで元の身体に戻しているところ。
機械の腕もそろそろ体に馴染んできて、痛みなどの感覚は無いけれど思うように動かせるようになってきた。
いや、というか、慣れると利き腕より扱いやすいのですけれど。
難点を言えば軽量化に限界があった都合で右腕よりも若干重たくて、おかげで普通に歩いているはずなのに左肩が下がっちゃう事くらいでしょうか。
あと二週間ほど様子を見て日常生活が送れそうだったらそのまま退院の運びになっていた。
「雫ちゃんは元気だね〜」
「まー、それだけが取り柄ですから」
お隣の病室に出張して、ベッドの上の美香子ちゃんとお喋りしてみる。
彼女は、傷そのものは治っているけれど一生ベッドの上で過ごさなければいけない寝たきり状態。
雫としては自分の身代わりになっての事だから後ろめたい気持ちもあるのだけど、そんな友人に「気にしないで」と笑ってみせる気丈さには感心を通り越して呆れ返ってしまう。
逆の立場だったらきっと恨んでいたに違いない。
……いや、自分で決断して砲火に飛び込んでの結果だから、それほどでもないのかな?
どちらにしても、小型の液晶テレビとブルーレイプレイヤー、そしてノートPCを執事に言って持ってこさせている雫ちゃんに死角は無いのです。
「ねえ、ミカ」
「ん〜、なあに、雫ちゃん」
「あんた、なんか幸せそうだね」
「うん、幸せだよ。雫ちゃんと一緒にいられるから」
怪我人のベッドに腰を落ち着けての遣り取り。
開けっ放しにしている窓から春の香りが差し入ってきて、ついつい眠くなってしまう。
でもここで寝入ってしまうと、寝たきりのハズの友人に襲われそうな気がしないでもないので、欠伸だけして我慢する。
平和だねぇ、なんて笑い合ってみるものの平和でない世間の実情を誰よりも知っている二人です。
――数日前。
長い黒髪の少女が二人の病室を訪れた。
お人形さんみたいに綺麗な肌と瞳の美少女だった。
黒いワンピースの上からAsと記されたジャケットを着込む、14か15の女の子。
雫はかつて一度だけその少女を見ている。例の黒いAMSの操縦者だ。
彼女は見舞いの花束も果物も持たずにやって来て、代わりに持ってきた写真入りの封筒を手渡した。
――私たちは獣魔と呼ばれる怪物と戦っている。手を貸して欲しい――。
要約するとそんな感じの話をされた。
手渡された封筒には『最高機密』なんて大げさな印が押されていて、入っていた写真にはこの世の物とは思えない巨大な昆虫が映し出されていた。
最初はSF映画から切り取ったのかとか勘ぐりもしたけれど、部隊の人間二人が胴体を食いちぎられて殉職したとか淡々と言われちゃうと、どうにも疑いきれなくなっちゃう少女達。
手渡された封筒は黒田さん経由で総司令の爺ちゃんの元まで届けられていて、今は真偽の確認中。
というかそれ以前に、雫や美香子がAMSのパイロットで、その素性や居場所が正確に知られているってのは物凄くマズい状況なのでは?
どういう経緯で漏洩したのかは分からないけれど、Asの人間が雫の病室まで足を運んでくるって事は、つまりそういう事でしょ?
マリィと名乗る少女も言っていたけれど、もしも協力を断ったとしたらAsをはじめとする政府の特殊な機関が出張ってくる可能性がとても高い。
雫としては不条理もいいところだし、上から物を言うその態度も気に入らない。
でも確かに政府が直々に潰しに掛かれば民間人なんてひとたまりもないわけだし、何より雫自身が戦える状態では無いから今は要求を飲んでおくのが正しい選択のようにも思われる。
ま、どちらにせよ物事の決定権は総司令にあるのだし、その孫娘としては流れに身を任せるしかないというのが実情です。
279 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:01:52.27 ID:9Fu/JGBk
「さて、と」
回想もそこそこに雫は友人のベッドから腰を上げた。
それからまだ春のそよ風の差し入っている窓を閉めて、入院患者の袂まで戻ってくると右手でその髪を撫でる。
「ちょっと行ってくる」
「腕の調整?」
「うん。それもあるし、機体の方も見ておきたいしね」
昨日、如月邸の地下施設から連絡があって、新しい機体が仕上がったのでその微調整に来いとのことだった。
また、装着している機械義手の検査。拒絶反応とかそういう数値的なデータを取るのは病院では出来なくて、だからどちらにしたって家には行かなきゃいけない。
もちろん、執事に頼んで仕入れておいた初回限定版のアニメを堪能するという、ごく個人的な用事も含まれていたけれど。
友人の部屋から出るとそこには黒服執事が立っていて、お嬢様に向けて慇懃に頭を下げる。
「じゃあ、行こっか」
二人して廊下を歩く際、執事はどうして分かったのかと聞いた。
そういえば彼はまだ扉をノックしていないし、声にも出していない。
雫はちょっと考えて「何となく分かったの」と告げる。
ここ最近、理由は分からないけれど感覚がとても鋭くなっているように思う。
冬矢くんなどが見舞いに来るときだって、彼が階段を登っている頃にはすでに到来を確信していたし、病院の前で車の衝突事故が起こった日などはその半日前からとてもイヤな空気を察知していたし。
別に超能力とか、そんな大層な代物ではないのだろうけれど、それでも今ならどれだけ銃弾の飛び交う戦場に放り込まれたって無傷で生還する自信があった。
「黒田さん、安全運転でお願いね」
黒塗りリムジンの後部座席に腰を落ち着けて、運転手に厳命する雫お嬢様。
しかし彼女は、実家の門をくぐるのと同時に物凄くイヤな感じを覚えるのだった。
+++
如月邸の地下施設では相も変わらず見慣れた面々が働いていて、久しぶりに訪れたパイロットにいちいち言葉を掛けていく。
「怪我はもう大丈夫?」と尋ねようとするスタッフの皆さんは少女の機械義手を見ると一様に言葉を詰まらせるけれど、それでも元気な笑顔で返せば納得の面持ちで去っていった。
黒田さんの随伴で司令室までやってきた雫は、そこで御神楽副司令と再会。
彼女に促されるままメディカル・ルームへと足を運び、予定されていた義手のメンテナンスを行って、計測結果が出るまで格納庫で過ごす事にした。
「冬矢くん!」
「ああ、来たのか」
格納庫のデッキには鉛色の機体を弄る卯月冬矢の姿があって、その隣にはフォローを被せた輪郭がある。
どうやらそちらが出来立てほやほやの雫ちゃん専用機らしい。
「お爺ちゃんは?」
「今朝早くに屋敷を出てそれっきりらしい。政府側と交渉しに行ったと聞いている」
「そう」
先日訪れたAs主任の言葉を思い返しつつ、雫が頷いてみせる。
視線を戻した先には『神威MkV』と肩装甲にペイントされた機体があって、その輪郭は以前ものより一回り大きくなっていた。
興味津々に覗き込んでいると、踞っていた青年が油まみれの顔を上げる。
「また改装してるの?」
「近接戦闘もこなせるよう厚めの装甲に切り替えた。抜けた穴を埋めるためには仕方が無い。
モーターも油圧シリンダもワンランク上の物に換装したが重くなるぶん機動性の低下は否めない。
爺さんに小型レールガンの開発を頼んではいるが、まだ少しかかりそうだし、しばらくはコレでやっていくしかないだろうな」
抜けた穴、というのは美香子の事だろう。
それにしたってと思うのは、レールガンと言えば電磁投射砲のことだけど、平均的な成人男性より一回り大きい程度のAMSにそんな物が積めるのかなんてことだった。
280 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:03:54.56 ID:9Fu/JGBk
「前回の戦いで分かのは、デカブツを仕留めるにはどうしても火力を重視しなければならないということだ。
とはいえAMSの積載能力は戦車のそれに遠く及ばない。ならばよりコンパクトな道具を新たに開発するしか手が無い。
幸い、この施設には技術屋が多く在籍している。時間は掛かるだろうが武装の開発は可能だ」
アメリカの武器商人とも繋がりがある彼の話では、AMS専用の武器というのはまだ発展途上の段階で、口径を大きくしただけの自動小銃や個人携帯のミサイルやロケットランチャーを無理矢理据え付けるのが精一杯といった感じ。
そこで彼が提案したのは腕に据え付けるようなレールガンの実装であり、これを最大限に生かす格好で装備を固めるという方向性だった。
「まあ、お前のは今回も近接格闘戦に特化させた機体だからあまり関係ないのだが……」
「そりゃあ、まあ、そうよね」
「それから、雫」
「ん?」
ふと冬矢さんは言葉を切った。彼の目と雫の目が重なり合う。
けれど青年は気まずそうに目を逸らし「何でもない」と言う。
「何よ、気になるじゃない」
「俺の口から言う事ではない。悪いが爺さんの口から直接聞いてくれ」
作業服の肩口を掴んで揺さぶってみるが、彼は口を閉ざしたまま。
けっこう頑固なところがあるのねと渋々ながら聞き出すことは諦めて、雇い主は自分の機体の方へと向き直る。
覆っている布きれを思い切りよく引っ張ると、見るからに鋼の装甲で覆われた彼女自身の機械服が鎮座している。
「あれ、まだ塗装してないの?」
それは隣に立て掛けられている神威より幾分か光沢のない鉛色で、しかし全体像は前の機体より少しばかり厳めしい。
連絡では完全に仕上がっているとの事だったけれど、後継機ともなればやっぱり紅色のはずだからこれはまだ塗装前の段階なのだろう。
ちょっぴり残念そうな娘さんに、油まみれの冬矢さんが言葉を添えた。
「塗装は終わっている。起動させたら色が変わる仕様だ」
「あ、そうなんだ」
どこぞのロボットじゃあるまいし…。
機械仕掛けの左手で装甲に触れてみる。
神経は繋がっているけど痛覚が無いので表面の冷たさも重厚感も感じ取ることが出来ない。そのはずなのに、なぜだかは分からないけど温もりを覚えた。
「そいつはお前のために造られた機体だ。他の誰にも使えないし、使いこなせもしない」
ふ〜ん、なんて曖昧な相づちを打って、ハッチを開けて体を収めてみる。
ぴったりフィットしていて居心地が良い。
早く動かしてみたいけれど起動テストともなれば色々とややこしい手順が必要になるだろうし、不具合があったとき対処するためにも源八爺さんの立ち会いは不可欠な要素だろう。
そう考えて差し入れた四肢を引き抜こうとする。
「ねえ冬矢くん、この機体とアンタの機体、戦ったらどっちが強いの?」
苦戦しつつもどうにか体を引っこ抜いた雫がふと聞いてみる。
それぞれ性質が違うから比べようもないのだろうけど、それでもやっぱり気になるじゃない。
なのに作業服の彼はあっさり言ってのけた。
「残念ながら俺の機体では手も足も出ない。レールガンを実装しても難しいだろう」
「そんなに違うの?」
「運動性は元より、耐久力も持続力も、さらに言えば武装もケタ違いの代物だからな」
「あんたの機体も同じようにしたら良いのに」
「それは無理だ。これ以上物を載せるには発動機の出力が足りない。何より俺が求めている美しさとは方向性が真逆だ」
「うあっ、美学語り出したよこのヒト……」
「けっこう重要だぞ。そういうの」
281 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:06:06.74 ID:9Fu/JGBk
だったらアンタの求めてる美しさって何なのさ。
問い質したい気持ちになったけど、へたに質問してしまうと彼の事だから難解な言葉を並べ立てて悦に入ってしまうに違いない。
なので軽はずみな問いかけは慎む。
「じゃあ、もう行くわ」
「ああ、アニメばっかり見てないで早く寝ろよ、まだ怪我人扱いなのだからな」
「は〜い」
軽口を叩き合って、元あったように自機にフォローを被せる。
冬矢さんは明日が喫茶店の休業日ということもあって今夜は貫徹で機体の整備をして、それから帰るような事を告げた。
そんな彼の元に、時間が合うようならサンドイッチの差し入れでも持っていこうかなんて画策しつつ背を向けた雫ちゃんです。
+++
深夜1時を過ぎた頃合い。
雫は録り溜めていた番組を消化して、明日病院に持ち帰る物品の選定などしていた。
病室は個室ではあるけれど、やっぱり大きな音を立てられないのでお気に入りのヘッドフォンは欠かせない。
その上で限定版のソフトを何本かチョイスしてリュックに詰め込んでおく。よし、これで完璧。数日間は持ちこたえることができる。
冬矢さんはああ言っていたけれど、やっぱり健全なオタクっ娘としては欠かせないプロセスなのよ。
そんな次第で一息入れた雫ちゃん。
時計を見て、ふと格納庫で四苦八苦している青年の姿を思い浮かべる。
「しょうがない。ひと肌脱ぎますか」
渋々といった表情を作ってみるものの、その動作は待ち焦がれていたかのように機敏だった。
パジャマ姿はとてもお見せできないので、それなりに見られる格好に着替える。
いそいそと部屋を出ると一階の厨房へと足を運び、巨大な冷蔵庫からパンとか卵とか、てきとうに引っ張り出して手際よく調理していく。
所要時間15分で完成したのはレタス多め、卵焼き多めのサンドと眠気を吹っ飛ばすブラック珈琲。
商用とまでにはいかないけれど味はそこそこイケるはず。トレイに載っけて向かった先は、お馴染み地下格納庫だった。
「やっほ〜」
「ん、なんだ、また来たのか」
「そこで溜息を吐くな!」
エレベータで下層階に降りたって長い廊下を進んだ雫ちゃんがいただいたのは、従業員のやれやれといった溜息だった。
半ば憮然として、それでもずっと手に持っていたトレイを差し出すと彼は驚いた顔で少女の前までやって来る。
作業服姿の体は、しかしあちらこちら油で黒ずんでいて、鉄の臭いがつんと鼻についた。
「あんまり根を詰めると体壊すよ」
青年に手を洗うよう指示してから、手近にあった折りたたみ椅子に腰を落ち着ける雫ちゃん。
対する冬矢さんは壁際の水道で手と顔を洗って雇い主の隣にもう一脚の椅子を立てる。
簡素な台に置いたトレイから珈琲の湯気が仄かに立ちのぼるのが見えた。
「他のスタッフさんに手伝って貰ったりはしないの?」
「自分の命を預ける機体だからな。なるべく触らせたくない」
「ふ〜ん」
「それに、彼らは爺さんの指揮で新装備に掛かりっきりになっているからな、こちらに回る余裕なんて無いんだ」
「そっか。大変だね」
他に誰も居ない格納庫は静寂に包まれていて、嫌が応にも二人っきりの状況を意識させる。
なのに冬矢君はあくまで淡々と珈琲を啜るだけ。
なぜだか小さな溜息が漏れてしまう。
「あ、そういえば妹さんの具合はどう? 私その辺のこと全然知らされていないから分からないの」
「ああ、おかげさまで順調だ。このぶんなら来月には手術を受けられるだろうと医者が言っていた」
「そっか、良かったね」
「ああ。お前には感謝している」
282 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:09:09.74 ID:9Fu/JGBk
感謝してるならお前呼ばわりすんな。とも思ったけれど、今さらと言ってしまえばその通りなので言葉にしない。
それに、不思議とイヤな気持ちにならないし。
そんな微妙な乙女心なんて知ったことかと言わんばかりの冬矢君は、サンドウィッチを一切れパクついて雫の顔を見た。
「ところで、何日か前にAsの服を着た人間がお前の所に来ただろう?」
「なんで知ってんの?」
「見かけたんでな。それで、何の話だったんだ?」
彼の言い様では、マリィが訪問したとき、その病室の表にはもう一人Asの人間が立っていたらしい。
冬矢さんは無関係を装ってその前を素通りしてみたそうだけど、その時気付いたのは、どうやらその男、懐に拳銃を隠し持っているということ。
これはただ事ではないと携帯電話で執事に連絡はしたが、結果として雫は無事だったし、関係者に危害が及ぶこともなかったので深く追求することをしなかった。
彼が今になって尋ねているのは、単なる興味本位といったところだ。
「あれ、聞いてないの?」
でも雫としてはその質問の方が意外だった。
というのも少女から受け取った写真入りの封筒は真偽を確かめるためにと執事に手渡しているし。
だったら作戦司令室に話の全てとはいかなくてもある程度の情報は行ってなければおかしい。
あ、そういえば封筒には極秘扱いを示す印鑑が押されていたし、だから黒田さんは源八爺さんや節子さんくらいにしか話を通していないのかな。
なんて都合良く解釈してみる。
卯月冬矢くんはあくまで雫個人の部下って位置付けになるし、だったらその上司から事の次第を告げるのが筋だろう。
そう考えて、雫は自分が見聞きしたことを彼に告げた。
「……なるほど。人食い巨大昆虫か」
「うん、冬矢君はどう思う?」
「かなりマズイ状況だな」
意見を求められて出した答えはコレだった。
「爺さんは朝に屋敷を出て、まだ戻っていない。
こんな夜中まで政府と何を交渉しているのかと疑問だったが、その情報に関わる内容であったならおおよそ見当が付く。
つまり情報の性質が国家機密に相当しているなら、拘束されている可能性が高いということだ」
「ちょ、いくらなんでも大げさなんじゃ……」
「封筒には最高機密とあったんだろ? Asは政府の特務機関だ。となれば、ここでいう機密とは国家の中枢に関わる情報ということになる。
もしお前が政府側の人間だったとして、ただの民間人が極秘情報を持っていると知ったらどうする?」
言われてから初めて気付いた雫ちゃん。
そりゃあそうだ。もしも自分が相手の立場だったら、そんな人間は不穏分子としてとっとと捕まえるに限る。
捕まえて尋問して、情報の出所を吐かせるのはスパイ映画じゃなくてもセオリーだし、だとしたらこの地下施設だって襲われる可能性があるじゃん!!
雫ちゃんの顔色がどんどん青ざめていく。
冬矢さんは顎を手でさすって、壁際まで駆け寄ると館内連絡用に察知されている受話器を手に取った。
「……ちっ」
苦々しげに舌打ちして受話器を叩き付ける冬矢さん。
彼はお嬢さんの所まで戻ってくると、低い声で告げる。
「回線が切断されている。最悪の状況を想定しておいた方が良い」
「そんな……」
言葉を失って立ち尽くす少女。
彼女を我に返したのは、どこかで鳴り響く爆発音だった。
「時間は無いが手立てはある。雫、俺は迎撃に向かうからお前はどこかに隠れていろ」
「どこかってどこよ!」
「見つからない場所ならどこでも良い。それから隙を見て逃げるんだ」
283 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:10:13.89 ID:9Fu/JGBk
そう言って彼の手が雫の頭を撫でる。
手の平の感触はとても繊細で、それでいて力強い。
見上げると、ハッとするほど優しい微笑みとかち合った。
「妹のこともあるし、お前を死なせるわけにはいかない。怪我人を戦わせるわけにもいかんしな。
……ああ、それと。サンドイッチ、美味かった。ありがとな」
言うだけ言って自分の機体へと乗り込む冬矢さん。
神威MkVと記された鉛色の機械甲冑が低く駆動音を響かせる。
「まずは武器庫、それから迎撃だ」
カシャリ、カシャリ。軽快な足音を鳴らしつつ、神威の背が遠ざかってゆく。
雫は遠ざかる輪郭にとても不吉な気配を感じたけれど、引き留めることができなかった。
「冬矢くん、絶対に、帰ってきてよね!」
声を張り上げると、出撃する背中が腕をかざして応えた。
+++
『ブラボーリーダーより各機へ。突入を開始する』
『ブラボー1、コピー(了解)』
『ブラボー2、コピー』
その夜は月もなく、夜襲には絶好のコンディションだった。
部隊は一個中隊、4機ひとくくりで2つの小隊といった編成だ。
作戦の指揮を執っているのは全身を黄色い塗装で包み込むAMS。A−GMA3『グラディウス』と銘打たれる機体。
女の抑揚のない声がそこから発せられていた。
『武装の有無に関わらず射殺せよ。掃討が完了し次第、爆薬を仕掛けて施設を破壊する。証拠は一切残すな』
『ヤー』
彼らは政府が創設したAMS部隊だった。
Asのような治安維持や人類の存亡をかけて戦う表舞台の人々とは違う、暗殺や破壊工作を主任務とする集団。
洗脳処置と薬剤の投与により痛みも悲しみも忘れ去った無敵の殺戮部隊。
部隊名『ヘルハウンド』。
今回彼らが命じられたのは、如月邸の地下にあるとされる秘密基地の破壊と、そこに携わる人間の抹殺だった。
つい先日、隊長の入れ替わった部隊としては最初の作戦だ。
部下の一人が照明弾を打ち上げたのが戦いの狼煙で、ロケットランチャーで鉄柵門を破壊した後は素早く突入する。
出迎えとばかりに短機関銃を手に黒服男達が駆け付けたが、機械甲冑を身に纏う人々は躊躇うことなく自動小銃をぶっ放しこれを排除した。
『ブラボー2は地上階を制圧しろ。ブラボー1は私と共に地下の制圧に向かう』
言った先から靴裏にくっついている小さな車輪を回し、火花を上げて前進する黄色。
深緑色の機械人形達が無言で後を追う。
部下が肩に掛けているバズーカで分厚い木製扉を吹っ飛ばすと、人々は勢い良く正面玄関内へと躍り出た。
284 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:12:25.67 ID:9Fu/JGBk
「襲撃だ!!」
フロアの奥で男が受話器を握り怒鳴るのが聞こえた。
黄色機体は何か言うでもなく、手にした小銃で狙い定めると引き金を引く。
屋敷を警備する人間なのだろう。男は頭部から盛大に血と脳漿を撒き散らして絨毯敷きの床に崩れ落ちる。
辺りに警報機が鳴り響いたが、そんなことはお構いなしに兵隊達は突き進む。
彼らは途中で出くわしたメイド姿の女性も、住み込みで働いている中年男性も、無差別に、瞬間的に殺害して奥へ奥へと輪郭を追いやる。
やがて一般の物と比べれば少しばかり仰々しいエレベータが彼らの前に出現して、そこで部隊は二手に分かれるのだ。
乗り込んで昇降ボタンを押すと、鉄の箱はほとんど無音で下層階へと降りてゆく。
チンッ、と音がして開いた先には上層階とは異なる趣の廊下が延びている。人の気配は無く、物音もしない。
前に出ようとした黄色機体は、しかし何を考えたのか部下を一人先行させた。
『――?!』
キュンとどこかで音があった。何か糸の切れるような音。
次の瞬間に壁から筒が迫り出して火を噴いた。
ドカンと音を立てて、先行させた機体が粉々になる。粉々に砕けた後に盛大に爆発した。
『対AMS徹甲榴弾……』
黄色機体の中で女の声が呟く。
しばらく対策を考えていると、いつからか廊下の先に人が立っているのを見つけた。
それは女性用のスーツを着込むスラリと背の高い輪郭で、彼女は豊満な胸の下で腕組みしつつ歩いてくる。
戦火にあっても涼しげな瞳が、襲撃者達を見つめていた。
「人の家で随分と派手なことやってくれてるじゃないの」
その音色は冷静だった。
AMSが銃口を向けてそのまま引き金を引く。
しかし女には当たらなかった。当たる寸前で赤い軌跡を描いた弾丸はそのまま床に突き刺さる。
兵隊達が驚きに目を見張ろうとも、女の歩調は変わらない。
「雫ちゃんには乗るようにけしかけたけれど、私はAMSって好きじゃあないのよ。だって、醜いじゃない」
女はそう言って立ち止まり、ついと指先を彼らに向ける。
すると足下にあった影が不自然なまでに伸びて、床から飛び出したかと思えば深緑色の機体を刺し貫く。
黒い塊が引き抜かれた機体は、腹の所から切断されて血飛沫と共に転がった。
『……』
「修羅の技、という物なのだけれど。こうも無反応で返されると逆にこっちが困るわ」
部下の死骸を一瞥しただけの黄色機体に苦笑して、女は次の攻撃を仕掛けようとする。
しかし黄色が銃を捨てるのを見て思い止まった。
「何のマネかしら。降参ってワケじゃあないわよね?」
『――ラピッド発動。リミット30秒』
何を言ってるのか問おうとした女は、しかし次の瞬間に身構えることになった。
機体の輪郭が青黒く色付いたかと思えば、瞬き一つの時間で女のすぐ目前まで迫って来たじゃあないか。
――オーバードライブに類似する高速移動。
女がそう理解する前に、鋼の拳がみぞおちを打った。
「かっ……!!」
軽く吹っ飛ばされ壁に激突する肢体。
床に墜落した後は敵機を憎々しげに見上げるしか能がない。
黄色は他に何か言うでもなく金属の掌を女にかざす。
するとそこに数珠繋ぎになった光の塊が出現して、気味の悪い甲高い音をがなり立てながら回転し始める。
見た事も聞いたこともないその攻撃手法に女の顔が歪んだ。
285 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:13:53.39 ID:9Fu/JGBk
『マジック・ミサイル。ファ――』
直後の事だった。
黄色の肩口が火を噴いて、真横から殴りつけられでもしたかのようによろめいた。
ハッと廊下の奥へと目をやると、そこに銃を構えた鉛色の機体が立っている。
『目標を捕捉した。戦闘行動を開始する』
肩の装甲には『神威MkV』の文字。
とても冷静な音色を紡ぎつつ、見慣れた機体は次にスプレー缶のような物を投げてきた。
缶は女の倒れている辺りまで転がると、ピンク色の煙を放出する。
それは改良に改良を重ねた如月のお家芸とも呼ぶべき煙幕弾であり、視界は元より赤外線も熱もレーダーに使用される電波さえも遮る優れ物だ。
『隙は作った。自分の足で離脱しろ』
まだ足下がおぼつかないであろう女に向けて、鉛色の青年が声に出す。
女は苦笑を漏らしつつ、這うようにして廊下の奥へと移動する。
彼女の輪郭が煙幕から抜け出す頃には天井のスプリンクラーが水を撒き始めており、煙は急速に沈静化していた。
「エスコートしてくれると嬉しかったのだけれど」
『俺が行っても格好の的にしかならない。共倒れは御免だ』
みぞおちを思い切り殴られると大の男でもそう簡単には動けない。
なのに彼女は神威のすぐ隣まで来る頃には普通に歩いていて、すれ違いざまに軽口まで言ってのける。
たぶん殴られる瞬間に自ら後ろに飛んだのだろう。そう考えなければ説明がつかない。
もちろんそんな芸当、冬矢にはできっこないが、でも彼女はやってのけた。ただそれだけの事なのだ。
『御神楽副司令』
「ん?」
『格納庫に雫を残してきている。最悪の場合、あいつを連れて逃げろ』
「あら、彼女には優しいのね。惚れちゃった?」
『馬鹿なことを。彼女は雇い主だ。雇い主の生命を第一に考えるのは当然のことだ』
「素直じゃないわね」
『というか、あいつは無鉄砲だからな。キレて出てきた挙げ句に殺されでもしたら、こちらとしても良い迷惑なんだ』
「ああ、そういう意味ね。納得したわ」
去り際に振り返ると、弾倉の数を確かめる後ろ姿が目に入る。
煙幕が取り払われた直後に両手のライフルで一斉掃射する腹づもりなのだろう。
「気をつけなさい。相手は魔法みたいな攻撃を仕掛けてくるわ」
『そのようだな。だが、それならそれで遣りようはある』
「じゃ、私たちが逃げ出さなくて済むよう、しっかり働いてちょうだいな」
『了解した』
青年の音色は淡々としている。
大丈夫、彼は十分に冷静だ。
女は安心して踵を返した。
+++
286 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:15:37.75 ID:9Fu/JGBk
下層階で戦闘が行われている頃、地上の如月邸では戦闘が終結しつつあった。
屋敷で働いている警備班の人達も、メイドさんも、使用人も、そのほとんどが射殺されて今は床に転がっている。
小隊としては一通り屋敷を巡回して動く物が無ければ、地下の援軍に向かう計画だった。
「おやおや、随分と好き放題やってくれたものですなあ」
その声は、4機が如月家頭首の書斎に足を踏み入れた際に起こった。
見るからに重厚な木製机は空席で、しかしその傍らに慇懃な物腰て立つ初老の男性。
黒いスーツを着込むのは執事の黒田だった。
小隊の面々は無感情に銃口を向け、引き金を引こうとする。
しかし弾丸が発射される瞬間、執事の輪郭が溶けて、次に背後からの声を聞いた。
「そのような無粋なオモチャで如月家の執事が肉片になるとでもお思いですかな?」
急いで方向転換した兵士達。
しかし振り返った先に執事の姿は無く、代わりに後ろの方から「コキリ」と骨の折れる音が立つ。
慌てて向きを返した人々。
黒服執事は先頭に立っていたAMSのすぐ背後にいた。
兵隊の首はへし折られたのかあらぬ方を向いている。
『こ、殺せ!』
残された三機が弾かれたように銃をぶっ放す。
銃口から飛び出した弾丸が死者の装甲を叩き、次々に破壊してゆく。
「おやおや。味方を撃つとは仲間意識の足りない兵士諸君ですな」
執事は銃声が止むのを待って、盾にしていたAMSを離した。
小隊の面々は急いで小銃に新しい弾倉をねじ込んでいる。
その隙に懐から十字型の手裏剣の束を引き抜いて無造作に投げる。
次の瞬間に、人々の間で無数の爆発が起きた。
『に、忍者だ……』
『ひっ、殺される!!』
「おや。ようやく人間らしい悲鳴を聞かせてくださいましたな」
洗脳によって恐怖を忘れ去っていたはずの兵士達。
しかし彼らは目の前の爆発をきっかけに軽くパニックに陥っていた。
執事はポケットから長くて細い針のような武器を取り出して、流れるような動作で手前にあったAMSの手首と喉元に突き立てる。
針は管状になっているらしく先端から真っ赤な筋を噴射しつつ、そいつは仰向けに倒れた。
「AMSといっても所詮は人が着る物。関節部分などは生身のそれと変わらない。つまりそういう事です」
恐怖に泣き叫ぶ兵士達とは対照的に、執事の物腰はなおも礼儀正しく冷静極まりない。
二人目の犠牲者を前にして銃を投げ捨てた一人が腰からナイフを引き抜いて迫る。
しかし突き出された腕は関節を極められて、手放したナイフはそのまま自分の首根っこに突き立てられた。
287 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:17:10.47 ID:9Fu/JGBk
『に、逃げ……』
血塗れで床に崩れ落ちたAMS。
ほんの数分間でAMSを着込んだ人間が三人も殺害された。
その事実から逃げだそうとした生き残りに、執事は冷たく言い放つ。
「残念ながら貴方には恐るべき拷問を受けていただかなくてはいけません。もちろん自殺も逃亡も許しません」
執事がくいっと指を折り曲げると、逃げだそうと回れ右した兵士の動きが止まった。
いつの間にか書斎の廊下側には無数の糸が張り巡らされており、やってきた兵隊を絡め取ったのだ。
「鋼鉄製のワイヤーです。そう簡単には切れません」
そう言って悠々と歩み寄る執事。
彼はAMSの腰にあったナイフを断りも無しに引き抜くと、背負っていた発動機と本体とを繋ぐケーブルを断ち切ってしまった。
「さあ、喋っていただきましょうか……」
そして被害者にとっては地獄にも等しい拷問が始まるのだった。
+++
地下施設の廊下は至る所に銃痕があり、三体のAMSが中に死体を収納したまま床に転がっている。
黄色機体は壁にもたれ掛かる格好で脱ぎ捨てられており、その近くには動かなくなった鉛色機体が、時折バチバチと電気ショートの火花を散らせている。
冬矢の機体は手合いの魔法攻撃で発動機を破壊され、また内部のコンピュータも深刻なダメージを受けていて戦闘続行が不可能な状態になっている。
中の人の安否など外側から見ただけでは分からない。
一方の黄色、グラディウスだって無傷では済んでいない。
何十発と弾丸を浴びていたし、直撃こそ免れてはいるが何度もミサイルの爆風と衝撃を食らっている。
おかげでレーダー機器は完全に動作不能。駆動部分も破損していて歩くことさえままならない状態だ。
だから操縦者は機体を捨てて廊下を進んだ。
数週間前にGMA900を暴走させ、挙げ句壊滅の憂き目に瀕した地獄の壁。
その生き残りであるクレール=J=サツキ。
彼女は捕虜となった後、洗脳され、脳に何かを埋め込まれ、気が付けばヘルハウンドの隊長として戦場に立っていた。
自分が何者で、何をしていたか。
全く思い出せないし、また考えようとする気持ちも無い。
ただ、言われたように殺害するべき相手を最速最短で殺す。そのための兵器、それが今のクレールなのだ。
「……」
無感情、無表情のまま、延々と続く廊下を歩き続けるクレール。
少女の脇腹からは大量の血が滲み出していて、時折床に血痕を残している。
それでも自身の怪我など気遣う様子もなく足を前に出すのは、打ち込まれた薬品が痛覚を殺しているから。
人間兵器として作り替えられた少女としては、手や足がもぎ取られでもしない限りは何の障害にもならない。
そんなクレールが行き着いた先。
長い廊下の終着点は広くて四角いフロアだった。
入り口には『格納庫』と記された表札が貼り付けられていて、その奥には一台のAMSが佇んでいる。
それは全身が鉄色をしていて、先ほど戦った神威よりもさらに繊細な容姿を持つAMSだった。
少女がフロアの中まで足を踏み入れた頃になって、そいつは目に光を灯し数歩前へと出てきた。
288 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:04:32.34 ID:9Fu/JGBk
『ついさっき上から連絡があってね。あなたの部下、全滅したそうよ』
「……」
『降伏してお爺ちゃんの居場所を教えてくれるなら危害は加えないけど、どうする?』
「……」
『そう、投降の意志は無いのね。私としてもその方が嬉しいわ』
部屋の隅っこでは次期頭首を逃がすことに失敗した節子さんが、苦笑い半分で見守っている。
館内の各所に設置されている監視カメラのおかげで侵入者が今は少女一人だということは先刻承知している。
そして冬矢君が激しい銃撃戦の末、敗れ去り動けない状態であることも。
過去に友人が目の前で蜂の巣にされた光景が脳裏にフラッシュバックして、だから雫は逃げ出すことを拒否した。
節子さんとしてはそんな武闘派な娘さんが心配でならない。
けれど機体性能と合わせて生身の少女にやられてしまうなんて事はまず有り得ないワケだし、
たとえ相手が魔法じみた攻撃を行ったとしても、これに相当する能力をこちらも有しているのだから問題無いと雫の出撃を許可したわけさ。
『じゃ、アンタのこと、今からボコボコにするけど、良いよね?
……私、本気でキレてるから、手加減とかはしないけど、それで良いよね?』
雫ちゃんの言葉は淡々としていた。
抑揚のない、けれど無感情ではない、噴出する怒りを腹の底に貯め込むような口調。
こうなってしまった彼女を止める術など地球上のどこにも存在しない。
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を9に設定。バッテリー残量、100%
――システム・オールグリーン。AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』、起動します】
キュオォォォォ……。
背にある薄型バックパックが柔らかな音色を響かせる。
鉛色だった機体装甲が見るも鮮やかな紅色へと染まった。
腕の装甲が開いて手に得物を握らせると閉じた。
その輪郭が、体躯の色よりも赤い光沢に包まれる。
『――オーバードライブ』
真っ赤なAMSがそう呟いて、次に残像を残して消え去った。
次に出現したのは生身の少女のすぐ真ん前。
突き出したトンファーは、しかし少女の手の平に受け止められていた。
少女は、クレールは感情のない瞳で敵の目を見上げている。
「無駄よ。現行のAMSでは魔力シールドを破れない」
『ふ〜ん。これが魔法の力ってヤツなんだ。……で、それがどうかしたの?』
受け止められていた腕を、それでもさらに前へと押し出す雫。
ガラスの割れる音があって、驚いた顔の少女がそのまま吹っ飛ばされる。
『魔力シールドとかいうものが鉄より固いって言うのなら、それ以上の力をぶつけるだけの話よ』
「……ちっ」
289 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:05:48.02 ID:9Fu/JGBk
腕は振り抜いたし相手の体も宙を舞ったけれど、だからといって手傷を負わせるには至らなかったようだ。
無事に着地したクレールは舌打ちして、指先をシューティングスターへと向けた。
「マジックミサイル、セットアップ。――ファイア!」
数珠繋ぎの光弾が出現して、間髪入れずに敵機へと襲い掛かる。
しかし繰り出された攻撃は赤い残像を射貫くだけだった。
機械甲冑は次の瞬間には少女のすぐ目の前に立っていて、握り締めたトンファーで殴りつけていた。
ベキリツ。
身を守ろうとしたクレールの腕が、至極あっさりへし折れる。
ズンッ。
思い切り蹴りつけた足裏が華奢な腹にめり込んで、少女は血を吐きながら吹っ飛ばされた。
ズシャ。
地面に激突する前の身体をさらに追いかけて上から殴りつけると、小柄な身体が床でバウンドして、もう一度落ちる。
クレールはそれっきり、ぴくりとも身動きしなくなっていた。
しかし攻撃は終わらず、トンファーの先っちょを動かない頭部に押しつけると、トドメとばかりに全体重を乗せて押し潰したのだ。
傍で見ていた御神楽副司令が、そのあまりに壮絶な光景に思わず目を伏せた。
少女は身体のあちこちを砕かれ、頭蓋を叩き割られて死亡している。
ここまでやれば、魔法とかいうものがどれほど強力であったとしても関係無いだろう。
立ち上がったAMSは同色の液体で濡れていた。
『……亡くなった人達のお葬式、やらなきゃね』
血塗れのままデッキまで戻った雫は、そこでAMSを脱ぎ捨てて格納庫から去っていった。
向かう先は、まずは冬矢君の所であり、次に屋敷の敷地内に転がっている亡骸を集めなければいけない。
彼らの遺族に連絡して、お葬式の準備もしなければいけない。
なぜなら源八爺さんが不在の今、実務的な事は全て雫が執り行わなければならないからだ。
雫は壊れそうな心を必死で抱きかかえながら長い長い廊下を突き進む。
朝の光が顔を出すまでにはまだ少し時間があった。
おわり
290 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:11:16.42 ID:9Fu/JGBk
というわけで15話の投下を完了しました。
291 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:05:15.07 ID:SGiy5ovQ
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。負傷により左腕が機械義手になった。
AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』(機体色は赤)の搭乗者。
中盤以降、かなり攻撃的な性格になっており、敵と見なせば容赦なく殺しに掛かる。精神感応力が異常に高い。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。シューティングスターの開発・改造に着手する総司令。現在、敵拠点にて軟禁されている。
弥生美香子……雫の友達。おっとり系。雫のことが好き。巫女さん。AMS−RH2870『アルティザン』(機体色は山吹色)の搭乗者だった。
戦闘で受けた怪我で再起不能状態だったが如月邸の襲撃と時を同じくして何者かに拉致された。消息は未だ不明。
密かに精神干渉能力を持っている。
卯月冬矢 ……喫茶店『KAMUI』のウェイター。23歳独身。自作AMS『神威MkV』(機体色は鉛色)の搭乗者。沈着冷静。
最初は難病を煩う妹(香苗)の治療費を稼ぐため裏家業に足を突っ込んでいたが、雫に雇われてからは重要な彼女の右腕となる。
御神楽節子 ……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。忍者の一族として訓練を受けており、暗殺技術は突き抜けて高い。
室畑 ……政府の特務機関Asの局長。冷酷非情。でもマリィ大好きなオッサン。魔装『鬼鴉』の所有者。
柊川七海 ……Asの隊長。元変身ヒロイン。元気だけどおっかない女性。19歳。たいていは海外出張(主に米軍基地)している。
AMS−GTX00/SLI『アレンデール』(機体色は白)の搭乗者。白い悪魔の異名を持つ。
高岡水瀬 ……七海の親友。正確は温厚で生真面目。素性は明かされない。
マリィ ……Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−X05『ファントムナイト』(機体色は黒)の搭乗者。七海を尊敬している。
M.A.R.Yシステムのコアとして製造された人造人間であり、システム発動中は超次元的な戦闘能力を発揮する。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』(機体色は群青色)。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。下水道内で獣魔に襲われ死亡。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
クレール=J=サツキ
……元『地獄の壁』の隊長。16歳で階級は准尉。ブロンドのウェーブ髪の少女。A−GMA3『グラディウス』(機体色は黄色)の搭乗者。
捕獲後、強化人間化。ヘルハウンド部隊の指揮官として如月邸を襲撃するものの、戦闘により死亡する。
マリア ……15歳。生き別れの姉を捜している。現在は傭兵部隊『アローヘッド』に所属している。
性格は大人しく、いつも何かに怯えている。でも長距離からの狙撃では神がかり的な命中精度を誇る。
水無月千歳……マリアの同僚で大親友。17歳。クールになりきれない性格。戦場では刀一本を手に突撃する戦闘狂。
一途で思い込みの激しい激情家。かつての同僚である卯月冬矢を今でも慕っている。
キース=ハワード
……同じく傭兵。25歳。老け顔の男。千歳に惚れている。隊内ではサブリーダー的なポジション。
292 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:07:01.54 ID:SGiy5ovQ
第16話 「傭兵たち」
如月邸が襲撃を受けてから数日間が経過した。
ライフル掃射は元より、ロケットランチャーや対戦車砲がぶっ放されているのだから、屋敷が半壊程度で済んだのはむしろ不幸中の幸いだったのだけれど。
一方で人的被害は最悪と言っていいレベルだった。
地下に居残っていた技術スタッフは避難していたから無事で済んでいるけれど。
地上階の警備スタッフは詰めていたほとんどが死亡したし、住み込みで働いていたメイドさんや庭の手入れなど敷地を管理していた使用人さんも、休暇などで屋敷から離れていた人間以外はほとんどが殺されていた。
だからお葬式ともなれば五十名以上の遺影を並べる合同葬儀になったし、参列した遺族の方々も百名近くの大所帯になっちゃったし。
遺族への連絡に始まり、彼らの食事など葬儀に関わる一切を取り仕切るハメになった雫ちゃんは、一段落付く頃には虚ろな目をしていた。
「どうしたら良かったのかな?」
犠牲者の親族は、よってたかって頭首代理である雫を責め立てた。
きっと彼らの中では極悪非道なブラック企業を束ねる大悪党。そんな図式で彼女に食って掛かったのだろうけれど。
だったら街の平和のために戦った行為は一体何だったのかと問わずにはいられない。
戦いの中で人を殺すことを覚えたし、左腕も失った。友人は再起不能になったし、もう普通の女子高生としての生活だって見込めない。
そんな雫が、何故さらに「お前が死ねば良かった」だの「一生恨んでやる」だのと言われなきゃいけないのか。
人の死を見るのも、誰かを殺すことも何とも思わなくなってしまったけれど、だから余計に疑問を感じる。
身内に起こった悲劇については鬼の首を取ったかのように糾弾するけれど、そんな彼らを守ろうと命懸けで戦っている人間がいることには知らないフリ。
安全なところから文句ばかりを言う、自分に都合の良い人々。
命を賭けてまで救う価値があるの?
文句を言われるためにわざわざ戦場に赴くなんてバカみたいじゃない。
「なんだ、お前は感謝されるために戦っていたのか?」
少女が問い掛けると、腕にギブス、頭に包帯を巻いた冬矢さんが答える。
前回の戦いで彼もまた傷付いていた。
本人曰く大した怪我ではないとの事けれど、彼を看た医者の話では少なくとも二週間は安静にしていなければいけないらしい。
「別に感謝を求めてるわけじゃないけど。でも、私ってそんなに悪い事してるのかなあ、って」
ここ数日間、地下の格納庫は雫ちゃんの逃避場所になっていた。
地上階だとどこにいても落ち着かないし、窓の外に目を遣れば報道関係の人間が絶えず張り込んでいて鬱陶しいことこの上ないから。
逆に鉄と油の臭いが漂うこの場所が、引き籠もり場所になっちゃったわけです。
「どんな理由があったとしても人間を殺しているのだから悪い子には違いないだろ」
「でも、ねえ……」
「この国では生き残るためであっても相手を傷付けてはいけない。殺人鬼が襲ってきても大人しく殺されなければ罰せられる。
警察に頼るにしても彼らが駆け付けるまでのあいだ被害者は何もしてはいけないのだから結果としては同じ事だろう。
もちろんそれは法律を遵守するならの話だし、死ぬのがイヤなら法律など無視して戦うのが真っ当な思考だと俺は思うが。
どちらにしても『死ね』という法律を無視して生きるのだから、善悪でいえば悪人ということになる。違うか?」
前回の戦闘で大破している自機を、それでも修理しようと躍起の冬矢君。
彼の言い分はぶっ飛んでいるようにも思われるけれど、でも現状を鑑みるにあながち間違いでもないのが恐ろしいところだ。
屋敷から運び込んだ小さな丸型テーブルには電動ポットとティセットあって、雫は木製机に腰掛けながらぼんやり自分の機体を見つめる。
神威MkVはパーツをあれこれ交換すればどうにか動けそうだったし、自分の機体に至っては装甲に血糊が付着しただけなので拭き取りで十分だった。
如月家の執事さんは襲撃者の一人を拷問して如月家の現頭首が軟禁されているであろう場所を特定していた。
しかし爺様を救出するにしても頭数が足りないし、装備の類も調達しなければならない。
なので雫が葬式を執り行っている間、黒田さんには別の方向で奔走して貰っていた。
救出は、こちら側の準備が整ってからという段取りで話が進んでいる。
293 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:09:16.21 ID:SGiy5ovQ
「こんな時にミカが居てくれたら……」
ふと愚痴を垂れてみる。
弥生神社の娘さんが五体満足であったなら貴重な戦力になったろうし、病院のベッドで寝たきり状態であったとしても友人の心の支えにくらいにはなってくれただろう。
だけど、彼女の姿は病院に無かった。
襲撃の行われた夜に何者かの手によって拉致され、今に至っても行方が分からないのだ。
当直の看護師に聞いたところ黒ずくめの男達が銃を手に押し入ってきて、抵抗も出来ない少女を連れ去ったらしい。
もちろん誘拐犯達が撤収した直後に如月邸に電話したけれど、この時すでに回線が全て切られていて繋がらなかった。
だから事後報告という形でしか分からなかったという次第だ。
「助けなきゃね、絶対に」
でも、と雫達は思う。
一連の動きから察して美香子は敵の本拠地に監禁されている可能性がとても高い。
だったら爺様を救い出すのと同時に友人の身柄も確保すればいい。
問題なのは美香子が重要人物ではないことだった。
客観的に見て、少なくとも爺様は人質としての価値がある間は無事で済む。
けれど利用価値が無いにも関わらず拉致された美香子に関しては身の安全は保証できない。
犯人らが心底極悪非道だったなら、身動きできない彼女を散々嬲った挙げ句に殺害すること請け合いだ。
だから雫ちゃんとしては一刻も早く黒田さんに戻ってきて欲しい。
全てが手遅れになってしまう前に。
+++
如月邸の面々があれやこれやと忙殺されている頃。
遥か上空、高度3000メートル地点では白い筋を引く航空機が一つあった。
全面をステルス色で塗り潰された角張った飛行機体。
それは輸送機であり、地球の反対側から一直線に目的地を目指している。
搭乗者は十名あまり。操縦桿を握るのはある機関に所属する軍人であり、乗客は傭兵だった。
「千歳ちゃん。……気持ち悪いよぉ」
「お、おい。こんな所で吐くなよ!」
どこからどう見ても日本刀とおぼしき棒きれを杖代わりに、黒髪の少女が慌てふためく。
真っ青な顔色で、それでも必死で嘔吐感と戦っている少女は見るからに小さな肩を震わせる。
飛行機酔いで苦しんでいるのはマリア。
ポン刀を傍らに置いて心配そうに隣人の背をさすっている少女は水無月千歳。
二人はつい先ほどまで戦場のど真ん中にいて兵力差十倍の敵部隊と交戦、これを殲滅していた。
「けどよぉ、良いのか千歳? 戦場ほったらかして来ちまったけど、行き先は平和なニッポンなんだろ?」
「キース。詳しい話は私じゃあなく、そこのオッサンに聞いてくれ」
キース=ハワード。小隊の中じゃナンバー3に当たる老け顔の男が尋ねると黒髪少女はぶっきらぼうな返事を投げてよこすばかり。
彼の視線の先には黒いスーツに身を固めた初老の男が座っている。
「ミスタークロダ、だったか? それで俺たちゃ何のために平和な国に向かってんだ?」
彼らは傭兵で、傭兵が必要とされるのは戦場だけ。
なのに執事を名乗るこの男は8人で構成される小隊を丸ごと金で買い取って祖国に持ち帰ろうとしている。
冗談めかして声を掛ける男に黒服執事は小さく笑みを返す。
「ニッポンは貴方が考えているほど平和ではないのです」
Mr.黒田のごく端的な話。
現政府は政権を握る以前から根っから悪の秘密結社であり、公に出来ない軍事施設を多数所有しているらしい。
そして黒田の雇い主であり国内でも有数の資産家である如月源八はこれに対抗しようと極秘にAMSの運用機関を設立したものの、市街地でのイザコザが原因で発覚、軟禁状態に陥った。
傭兵の皆さんが請け負う業務はたった一つ。
屋敷に残されている装備と新たに買い付けた武器弾薬を駆使して捕らわれた老人を救い出すことだった。
294 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:11:12.14 ID:SGiy5ovQ
「詳細については屋敷に戻ってからブリーフィングを行いますので、その折に」
ひとしきり話して口を閉ざした執事さん。
けれど話を聞くうちに真っ青になったのは千歳ちゃんとキースくん。
「って、ちょっと待ってくれ。それじゃ何か? 俺たちゃ十人にも満たない小隊で大隊規模とやり合わなきゃいけないってのか?!」
キースくんの言葉はもっともだ。
雇われ隊員達はそこまで詳細な仕事内容について聞かされていなかった。
元クライアントの説明では今現在請け負っている仕事とさして変わらない内容とのことで。
このステルス輸送機が彼らを迎えに来たときにはすでに元クライアントと黒田との間で全て話がついていたから疑問にも思わず乗り込んだけれど。
だけど今の執事さんの話をまとめると業務内容からして全く違う種類の物なのです。
いや確かに銃を手にぶっ殺したりぶっ殺されたりの中へと飛び込んでいくことには違いないのだけれども、でも相手の性質がまるで違う。
今回の相手はAMS技術では世界の十歩くらい先を独走する国で編成された機械化歩兵部隊だ。
それはつまり私設であろうと公の物であろうと政権内で編成された軍事組織と事を構えるってことで。
さらに言ってしまえばその性質が独裁であろうと何であろうと一国そのものに反旗を翻すって所に違いはない。
どこぞ特殊部隊ならいざ知らず、こちとら旧式の小銃やら手榴弾やらで命を遣り取りしてきた真っ当な傭兵で。
最初から無謀と分かっている話に乗っかれるほど命知らずじゃあないのだ。
「俺は嫌だぜ? こんなつまんね〜事で人生を棒に振るなんてよ!」
キース君はとうとうそんな結論を口にして機内ハッチを手動でこじ開けようとした。
ところが彼はいつの間にか背後に忍び寄ってきた執事に首筋をチョップされてあっけなく崩れ落ちる。
仲間への攻撃を察知した千歳が腰を浮かせるが、その動きを冷静に制する執事さん。
「眠っていただいただけです。機内で暴れられると困りますので」
また黒田はこうも言った。
「あなた方を引き抜いたのは、あなた方に実績があるからです。
そして私どもにはあなた方に自らの命運を託す覚悟がある。ただ、それだけの話なのです」
「それは随分と自分勝手な話じゃあないか?」
「はい。自分勝手な話です。しかしそれを言い出すのなら、ご自分の都合で戦場を選り好みするというのも、また随分と勝手な話では?」
無表情で対峙する千歳嬢と黒執事。
「あなた方には素晴らしい戦績があります。しかし味方部隊を囮に敵を殲滅したり、行きたい場所にしか行かなかったりとかなりの我が儘ぶり。
雇い主としても扱いに困っていたようですね」
「私らは正規の軍人じゃあない。自分の生存を優先させて何が悪い?」
「ええ。何も悪くはありません。私どもも正規の軍人ではありませんから主人の生存を最優先にさせていただいております。
つまりは、あなた方には二つの選択肢しか無いということです。全員を死なせるか、全員を生かすか。お分かりですか、ミス千歳?」
「良い性格してるじゃないか。執事にしておくのは勿体ないな」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
このオッサン、大マジだ。
千歳さんは直感して、思わずニヤリと口端を歪める。執事は会釈して自分の席に座ってしまった。
青い顔のマリアちゃんが涙目で口元を押さえるのが見えた。
それまで中東の反政府ゲリラに雇われて独裁政権に銃を向けてきた傭兵部隊。
そのやり口は狡猾にして残忍。
敵にも味方からも恐れられるその小隊の隊員達は皆、肩口に矢を象った部隊章を貼り付けている。
『アローヘッド』。
それが、その小隊の通り名だった。
+++
295 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:13:02.24 ID:SGiy5ovQ
自衛隊が保有する滑走路に降り立ったステルス型輸送機。
航空機は燃料を補給するとそのまんまトンボ返りしてしまった。
降ろされた人達はここで如月グループの所有するトレーラーに乗り換えて、駐屯地内に保管させてもらっていた武器弾薬と一緒に屋敷を目指す。
五台にも及ぶ貨物運搬車が目的地に到着したのは、夜の十時を過ぎた頃合いだった。
「ただ今戻りました、お嬢様」
「お帰りなさい、黒田さん!」
地下の格納庫で慇懃に頭を下げた執事と、木製椅子から立ち上がって出迎えた雫ちゃん。
機体の修理をどうにか終わらせた冬矢君も、それまで別の業務に明け暮れていた節子さんもやって来て、久しぶりに関係者各位が顔を合わせる。
執事さんの後ろには海の向こうから引っ張ってきた三人の傭兵がいて、再開を喜び合った後はすぐさま彼女らの紹介に入る。
「彼女は傭兵部隊のリーダー、水無月千歳様。その後方の方はマリア様とキース様でございます」
「うん、分かった。ご苦労様」
他の隊員達は武器弾薬の搬入作業に手を貸していたし、その後は各々に割り振られた部屋で待機する予定でこの場には来ない。
でも今は主要人物と顔合わせするだけで十分なので問題は無い。
雫はちょっとだらしのない敬礼をしてよこす傭兵達とそれぞれに握手を交わした。
「じゃあ皆さん。私が頭首代理の如月雫です。よろしくね」
明るく笑いかけてみるけれど、そこにくっついている鋼鉄製の機械義手を目の当たりにして、三人はどうにも微妙な表情を返すばかり。
そんな中で、ふと視線を他所に向けた千歳嬢が急に大きな声を上げた。
「卯月……少佐?!」
「ああ、久しぶりだな」
え、知り合いなの?
肩越しに尋ねる雇い主に卯月冬矢は「傭兵時代の同僚だ」と答える。
キースが「チッ」と舌打ちするのが聞こえた。
「どうして、ここに?」
「成り行きだ。今は彼女に雇われている」
冬矢君は少佐と呼ばれることに抵抗があるのか、ちょっと顔をしかめている。
でも千歳さんは、どうにも切なそうな表情で駆け寄ろうかどうしようか逡巡している様子だった。
それは傭兵として戦場を駆け抜けた人間の顔とは思えない、どちらかといえば恋する乙女の目だ。
雫ちゃんはなぜだかムッとして二人の視線を遮る格好で身体を割り込ませる。
「とにかく。これで準備は出来たのだから、いつでも出られるわね?」
「はい。では細かい打ち合わせは明日の朝に行い、当日中に出撃するように致しましょう」
「うん。面倒な手続きなんかはお願いするわ」
「畏まりました。お嬢様」
きっとこの後、冬矢君と千歳さんは二人してどこかに行ってしまうだろう。そんな雰囲気が漂っている。
それは気にくわないけれど、これ以上人々を引き留めたところで大した言葉も出てこないし、何より自分自身が一刻も早く一人になりたいからという理由で話を終わらせる。
雫ちゃんは、腹の底に何やらモヤモヤした物を感じたけれど力ずくでねじ伏せた。
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296 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:16:10.81 ID:SGiy5ovQ
日付の変わる頃合い。
如月邸の庭はしんと静まり返っていて、梅雨を目前にしているにも関わらず肌寒い風が通り抜けていた。
少しだけ雲が出ているけれど、煌々と光を放つ満月と少しばかりの星が出ていて、周囲の野外電灯の光と合わせればさほど暗さを感じさせない。
そんな中で佇むのは卯月冬矢と水無月千歳。
青年はまだ僅かに血痕の残る石床に立って煙草など吹かしている。その数歩後ろを、鞘に収めた日本刀を胸に抱いて少女が追いかける。
会話はなかった。地下施設の廊下を歩くときも、エレベータに乗り込んでいるときも。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは千歳だった。ポニーテールにした長い黒髪を風に遊ばせたまま、少女は躊躇いがちに声を出す。
「お久しぶりです。少佐」
「そうだな」
「あの、少佐は今までどうしていらしたのですか?」
実のところ、冬矢はかつて傭兵部隊アローヘッドのリーダー役などやっていた。
千歳は戦災孤児で、彼に拾われて小隊の一員になった。もちろん戦い方を少女に叩き込んだのも彼だ。
だから千歳は6つ年上の青年を心底信頼していたし、それ以上の感情さえ持ち合わせていた。
ところが彼はある日突然居なくなってしまった。千歳に小隊を任せるだなんて身勝手な書き置きを残して。
仲間達は平和な故郷が恋しくなって逃げ帰ったのだろうとか噂していたし、裏切り者だなんて罵りもしたが。
少女としてはきっと止むにやまれぬ事情があったのだろうと信じ、ずっと彼の復帰を期待していた。
それが何年経っても戻ってこなくて、半ば諦めた頃になって思わぬ形で再開を果たしたのだ。
たくさん話したいことがあったはずなのに、いざ目の前に居るとどんな顔で何を話せば良いのか分からない。
千歳が返答を待っていると、かつてのリーダーは抑揚のない声を投げてよこした。
「俺のクライアントは如月雫であり、君の雇い主は如月源八だ。だから、同じ目的で動くにしても上下関係は発生しない。俺を少佐と呼ぶな」
「ごめんなさい」
「……妹が難しい病気になってな。悪いとは思ったが抜けさせて貰った」
「そう、ですか……」
指に挟んだ紙タバコが白い筋を描いている。作業服の背中はどこか疲れているように見えた。
「戻ってはいただけないのですか?」
「雫は……、雇い主からは十分すぎる報酬を貰っている。妹の治療にも手を貸してくれている。彼女を裏切ることはできない」
そう言って煙を吐く。千歳は衝動的に日本刀を床に落として、駆け寄ってその背中にすがりついた。
「私には貴方が必要です。戻ってきて、冬矢!」
激情が爆発したのか、少女の声は上擦っていた。
青年は煙草を床に落として振り返り、そして千歳の両肩を優しく掴むと引き離す。
「それはできない。なぜなら君以上に俺を必要としている人間がいるからだ」
「あの女のせいなのね?! だったら!!」
フルフルと首を振って、男から距離を離した千歳さん。彼女は一度は取り落とした日本刀を拾い上げると凄い勢いで踵を返した。
「ま、まて、君が何を思ったかは分からないが、その考えは恐らく間違いだ!」
慌てて叫んだ冬矢君。けれど彼女には届かなかったらしい。
身体半分だけ振り返った千歳の瞳には爆発寸前といった趣の光が宿っているじゃあないか。
「少しだけ待っていて下さい。障害を排除してきます」
「おい、ちょ――!!」
そして駆け出したお嬢さん。
冬矢君としては多少乱暴でも引きずり倒して言い聞かせようと足を前に出したのだけれど、肉食獣よろしく駆け出した身体を捕まえる事なんてできやしない。
「……まずい。非常にマズイ」
腕のギブスを吊っていた布を首から外して投げ捨てた青年は、青い顔で彼女の走り去った跡を見つめる。
元々大した怪我では無かったから多少の痛みしか感じないけれど、だからといって本気で刀を振り回す人間に太刀打ちできるのかと問われれば、実のところ全く自信がなかった。
とにかく千歳を取り押さえないと大変なことになる。どうにか阻止しなければ。ただその一念で来た道を駆け抜ける冬矢だった。
+++
297 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:18:14.58 ID:SGiy5ovQ
そんな次第で、日本刀を手に地下格納庫まで舞い戻ってきた千歳嬢。
一方の雇い主、雫ちゃんは木製椅子の上に三角座りして、テーブルに置いた小型液晶テレビで深夜アニメの観賞中。
自分の世界に浸りたいからとヘッドフォンを耳に掛けていたから、背後に忍び寄る影にも気付かない。
「如月雫。お前を殺す!」
声に出して日本刀を鞘から引き抜く。
本当は恐怖に目を見開く姿を期待していたけれど、何のリアクションも無い事が腹立たしくて、つい頭に引っ掛かっていたヘッドフォンを払いのけてしまうのだ。
ガシャリと音を立てて、雫ちゃん愛用の音響装置が床に落ちる。
「……私の唯一の楽しみを台無しにするなんて、アンタさ、根性あるじゃない」
落ちた塊をやけに緩慢な手つきで拾い上げた雫ちゃん。
椅子から立ち上がった少女の目は、この時点ですでに座っている。
「少佐の自由を奪っておいて、自分はアニメ観賞かよ! 許せんっ!」
「そう、謝罪も反省もしないワケね。分かった。よ〜く分かった。もう泣いて謝っても許さない。ボコボコにする。ただそれだけ」
プチンッ。
どこかで何かの切れる音があった。
少女の瞳に狂気じみた光が宿る。
千歳は恐怖を感じて咄嗟に飛び退いてしまった。
「お前、何者だ?」
尋ねながら、相手の出方を窺う千歳。
少女の考えでは、相手は戦うことなど知らない小娘で、何不自由なく育てられた非力で無力な温室育ちのお嬢様のハズだった。
機械義手の左腕だって、単なる飾りか何かだと思っていた。
けれど、怒りを顕わにするその姿は人間の輪郭を象った何か別の生き物。
どう猛で凶悪な一匹の獣を思わせる。
なんなのコイツは?!
背筋を這い回るのは銃弾の嵐をかいくぐった時よりも強烈な恐怖心。
中段に構えた刀の刃先が我知らず震えている。
ライオンの檻の中に放り込まれたような錯覚に陥りながらもすり足で距離を詰めていく。
「何してんのさ。殺すんでしょ? だったら早く掛かってきなよ」
挑発の言葉を投げかけるお嬢様は、武器らしい物も持たず、空手とか合気道とか武術的な構えをとるでもなく千歳と対峙している。
やがて、緊張の糸が切れたのか斬り掛かる暗殺者。
ガチンと火花が散って、千歳は信じられない光景を目の当たりにした。
「アンタさ、人のことナメてんの? そんなナマクラで私が殺せるワケないでしょ!!」
日本刀の刀身が、機械の手で掴み取られていた。
刀そのものが名刀とか呼ばれるほどの物ではないけれど、だからといって素手で掴めるほどの凡刀ではないし、何より素人ではかわすのも難しい速度で振り抜いたはず。
なのにあっさりキャッチされている。
この信じられない光景に一瞬だけ我を忘れてしまう千歳嬢。
しかしこの隙を相手が見逃すはずはなかった。
恐ろしい力で引っ張り込まれたかと思うと、間髪入れずに強烈な衝撃が腹部を直撃したのだ。
298 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:20:28.58 ID:SGiy5ovQ
「――がっ!!」
それから足を払われて、手で側頭部を押さえつけられながらコマのように一回転する四肢。
受け身を取る暇もなく床に転がされたのだと気付いたときには、相手はすでに奪った刀を持ち直して振り下ろす体勢に入っていた。
「そこまでだ!!」
殺されると思った瞬間、両者の間に見慣れた輪郭が割って入ってくる。
振り下ろされた刀はギブスの中に埋没している。
荒い息で雫を見上げるのは冬矢君だった。
「落ち着け二人とも!」
冬矢としては千歳に殺害され掛かっている雫ちゃんを想像していたから、形勢逆転しているこの構図はにわかに信じられないものがあったのだけれど。
それはさておき、二人を強引に引き離した後は説教タイムと言う事で千歳に向き直った。
「雫は俺の雇い主だ。彼女を傷付けるようなことがあれば俺が許さない。分かったか!」
一方のクライアントに対しても厳しい表情で声を掛ける。
「千歳は貴重な戦力だ。作戦前につぶし合ってどうする!」
少女二人は彼の剣幕に押されて我に返ったのかそれぞれ溜息を吐いていた。
「なんだかシラケちゃった。もういいわ。彼女には君の方から言い聞かせておいて」
そう言って背を向ける雫ちゃんは、背を向けて椅子に腰掛けると再びヘッドフォンを頭に引っ掛けてテレビを前にまた溜息。
「あ〜……。終わってる」
いや、まあ。放送は自室で録画しているから、見ようと思えばいつだって見られるのだけれども…。
座り直して膝を抱く雇い主の背中にはどこか哀愁が漂っている。
「お前は自分の部屋だ。異論は認めない」
「……はい」
この間に千歳をあてがわれている部屋へと連行する冬矢君。
黒髪の少女はしおらしく肩を落として彼の後を付き従っている。
長い廊下を歩く中で、不意に男は口を開いた。
「雫はああ見えて、とても繊細で心が弱い。それでも戦いに身を投じ、多くの命を奪ってきた。
街の平和のため、罪なく虐殺された人々のため、自分の命を守るため。理由は様々だったが、それでもどうにか生きて帰ってきた。
まあ、かく言う俺も最初は彼女とやり合ったクチだからあまり偉そうなことは言えないが。
今はクライアントにはなるべく平穏に過ごして欲しいと思う。だから、無闇なちょっかいは掛けるな」
千歳は聞き入るばかりで何も答えない。
冬矢は部屋の前までやって来ると少女を押し込めて自分は背を向けた。
「明日には奪還作戦が行われる。作戦が始まれば休む暇はあまりないから、今はゆっくり休んでおけ」
「冬矢、あの……」
「なんだ」
「あの子の事、そんなに大切なの?」
か細い声で呼び止めた千歳さん。
青年は背を向けたまま、疲れたように溜息を吐いた。
「大切だ。だが、君の考えているような感情とは違う。彼女は雇い主であり、無条件で守らなければいけない存在だ」
「じゃあ、恋人とかではないのですね?」
「……しつこいヤツだな君は」
299 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:22:45.40 ID:SGiy5ovQ
念を押されて辟易する冬矢さん。
どこかホッとした息を吐く千歳さん。
『もちろん君に対しても恋愛感情など持ち合わせていない』などと怖くて言えない男は、それ以上の会話を避けて格納庫への道を引き返す。
冬矢としては彼女の一本気なところは買っていたが、その感情的というか恋事を優先させたがる所が苦手だった。
「よぉ、裏切り者。調子はどうだい?」
愛機の最終調整に向かう途中、待ち構えていたキースに声を掛けられた。
筋肉質で金髪の青年は冬矢より2つ年上で気の合う仲間だったが、小隊を抜けた今となっては友好的な関係は望めないだろう。
冬矢は再三の溜息を吐いて、彼の前で立ち止まった。
「まあまあだ。……それより、見ていたのならなぜ彼女を止めない?」
「面白そうだったからな。ま、そんなことは俺にとっちゃどうだって良い事さ。それよりお前、アイツの気持ちも少しは考えてやれよ」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも。昔っからお前に惚れてたってことくらい知ってただろ」
「お前はどうなんだ? 好きなんだろ、千歳が」
「お、俺の事なんざどうだって良いんだよ」
「押し倒してでも自分のモノにするとか言ってたのにか?」
実のところ、冬矢が傭兵小隊を去る前日、キースとは幾ばくかの話をしている。
この時、ちょっとした殴り合いの喧嘩になっていて、彼は悪態つきながら見送ったものだ。
キースは千歳の事をとても大切に扱っていたから、今では良い仲になっているものとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「何度か口説きに掛かったんだが、斬り殺されそうになったから止めたんだ。お前でないとダメなんだとよ。一途というか何というか」
「胃がキリキリしてきた……」
いや確かに千歳は拾った当初から整った顔立ちだったし、数年ぶりに会ってみれば長くて艶やかな黒髪とか均整の取れた体つきとか美女と呼んだって差し支えないまでに成長していたけれど。
だからといって心がときめくというほどではなくて。ひょっとして俺って同性愛者の気があるんじゃあなかろうかと疑ってみたりするほどだ。
思わず胃を押さえてしまう元同僚に対して、キースは舌打ちをしてみせた。
「贅沢なヤツだぜ。……ええと、雫ちゃん、だっけ? あの子もお前のこと気にしてるみたいだし、両手に花だってのによ」
「クライアントが俺を? まさか、何の冗談だ」
「お前って本当に、ぶっ殺してやりたくなるくらいニブいんだな」
「というか、お前はそんな事ばかり考えているのか?」
本気でストレスを感じている冬矢は会話を切り上げようと歩き出す。
そんなかつての戦友に、背中から追い打ちする言葉があった。
「まあいいや、本題はそっちじゃねえし」
「?」
「ちょいとばかり頼まれて欲しい事があるんだ」
「千歳に関する事ならお断りだ。話がややこしくなりそうだからな」
「そうじゃねえ、マリアの事だ」
「ああ、あの小さい子か。俺が部隊に居た頃には居なかったが、新入りか?」
「まあな。あいつは生き別れの姉を捜していてな。まあ、この国に居る可能性なんてほとんど無いんだが、それでも一応捜索してくれないか?」
「分かった。俺の方から雫に頼んでおこう」
それからキースは胸ポケットから一枚の写真を取り出し、振り返る冬矢に手渡した。
300 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:23:49.59 ID:SGiy5ovQ
「名前はクレール=J=サツキ。日系人で年齢は、今は16になっているはずだ」
「この写真はどうしたんだ?」
「本人から頼まれてな。預かってんだよ」
話によるとマリアは廃墟になった街の中を彷徨い歩いていたらしい。
で、千歳達に拾われる際に写真を手渡して探して欲しいと泣きついたんだそうだ。
しかし受け取った写真に目を通した男はさらに陰鬱な気持ちになった。
如月邸を襲撃し、雫の手により殺害された少女。
魔法にも似た攻撃手法で冬矢を苦しめたあの女が、綺麗な顔で収まっているじゃあないか。
襲撃者達の遺留品はまだ地下の保管室に保存されている。
その中には認識票も含まれていたはずだ。
「分かった。結果はなるべく早く出すようにする」
「ああ、頼んだぜ」
まずは名前を確認しなければいけない。
他人のそら似ならそれに越した事は無いが、最悪の場合、狙撃の能力が高いという彼女を作戦から外さなければいけないし、万が一に備えて監視も付けなくてはいけなくなる。
いやいや、最も効率が良いのは「姉は見つからなかった」という結果を本人に提示して、あとは知らぬ存じぬを貫くことだ。
本人が知らなければ雫に危害が及ぶ心配も無いし、全てがすんなりいくだろう。
あれやこれやと考えながら、暗い顔の青年は廊下に靴音を響かせた。
おわり
投下と新スレ乙
ウメ子は魔法少女である。
使命はスレを埋めること。
彼女は今、フラストレーションが溜まりに溜まっていた。
「前スレは途中で落ちてしまって登場できなかった上に、このスレもあと1レスが限界じゃないのよっ!!
この女傑美少女メガネ才女淑女魔法少女美女のウメ子さまの出番がこれしか無いってどういうことなの!?」
「女女うるせぇよ! あと俺を肘掛けにするなっ!」
ウメ子にもたれかけられて、ペチャンコになりながら文句を言うのは使い魔子羊のメウたんだ。
「うっさい、このモコモコ枕が! 逆らうならこうよっ!」
「メウっ」
ウメ子が弱点の尻尾を捻り上げると、途端にメウたんは大人しくなった。
「あーあ、なんか面白いことないかなー」
缶麦茶をグイッと飲み干し、次なる缶に手を伸ばそうとするウメ子だったが……。
「ええっ!? 嘘、もう品切れ!?」
ヒマに任せてガブガブ呑みまくっていた彼女の命の水は、無数の空き缶を残してすっかりエンプティーになってしまった。
「ちっ、メウたん買って来なさいよ!」
「メウぅ」
しかし尻尾へのダメージですっかりフヌケになってしまったメウたんはまるで身動きができない。
「ちぃっ、使えないわね! 仕方ない、ウメ子さま自ら買いに行くとしますか!」
しぶしぶ近所のコンビニに繰り出したウメ子だったが……。
「な、なんでよ!? どうしてどこに行っても品切れなの!?」
時節柄、どこの店も缶麦茶がすっかりソールドアウトだったのである。
「そうよ、飲み屋に行けばいいんだわ! あそこならまだ缶b……麦茶があるはず!!」
ウメ子の目論見通り、近所の飲み屋はそれなりに営業しているようだった。
「へーい、マスター! 酒蔵で寝かせた梅酒をググッと!」
「はいはーい、梅ジュース一杯ね」
「ぬぐぐ……」
年々と厳しくなる法律の網が、モコモコ赤毛の小柄な魔法少女の前に立ちはだかる。
「こうなったら、大人の女性に変身よ!」
そう店中に叫び声を響かせながら、ウメ子はトイレに駆け込む。
「ショーチクバイショーチクバイ、ソーダワリハウススギルカラロックハッ!!」
懐から取り出した携帯小枝を振りかざし、ウメ子は呪文を唱える。
そうして軽い爆発の後に現れたのは、いかにも横柄そうなメガネ魔女(大人)。
赤毛もモコモコからモッサモサにバージョンアップだ!
「さぁマスター、今度こそ梅酒をよこしなさいっ!」
「ごめん、もう閉店の時間だよ。スレも終わるし」
「えっ!! ちょっと待t