「
>>1乙。お前なかなか目端が利くな、鹿馬ロ入るか?」
「GJだよ
>>1くん!御褒美にこの“生キャラメル(?)”をあげるよ!」
「やめろよサン……
>>1、それ多分ジンギスカンキャラメルだからな。コーヒー置いとくぞ」
「
>>1さん手際良いっス!怪我したらこの保健委員を呼んで欲しいっス!手厚く看護するっス!」
「中身を見たい生き物がいたら持って来ると良いっス。僕がヤってあげるっス……うふふ」
「白倉先生、保健委員とキャラ被ってますよ」
「……ぼそぼそ(跳月先生こそキャラ立ってなくて埋没してまスよ)」
「
>>1おつ。おい塚本、お前《馬鹿ロリータ》とかいうチーム作って小学生襲ったらしいな。指導室来い」
「塚本……君はハルウララだと思っていたのに。少年院でも達者でな。僕は祈ってるよ、別名祈り虫だけに」
「お前も馬鹿ロリータの一味だって聞いたぞ鎌田。指導室来い」
「ナ、ナンダッテー>Ω ΩΩ」
「
>>1おっつー。私がハルカ特製肉じゃが作ったげる」
「……お前マジでおかんみたいだぞ」
「うっさい爬虫類、タバコ食べさせるぞ☆」
「持つべきものは友ニャ。そして乙するべきは
>>1なのニャ」
「おお、さすがクロにゃ、シャコージレイをわきまえてるニャ」
「あの、えっと……
>>1さん、乙かれさま、ニャ」
「ニャー!コレッタ、おまえ天然ぶりっこするなニャ!」
「ひゃっほーー!!雪ゆきユキ!え?
>>1?僕は雪で頭がもうなんかもうひゃっほーー!」
「コラ犬太!待て!ステイにゃ!」
「うおー!何処だ冬将軍!!寒いだろーが!!」
「確かに寒いなー。それに探しても全然冬将軍て居ないなー。ちょっとベンチで休むかー」
「そうだな!もう何か月も探してるから、焦ってもすぐには見つからないのかもしれない!」
「へー、そんなに探してるのかー、大変だなー。とりあえず
>>1乙しとくかー」
「雪ゆきユキ〜〜!あれ、こんな所に雪だるま?……うわ!でっかいカマキリが死んでる?!」
「こら犬太!虫の死骸食べるんじゃないニャ!」
「ぐえっ、食べてないってばっ、り、リード緩めてっ、ぐえっ
「よ…葉狐ちゃーん…」
「もたもたしてると置いてくでー。こっちや、こっち。」
「ちょ、ちょっと待ってってば、ふぅ」
「しっかりしいや、香苗姐ちゃんは体力ないなァ。
なんやまだ
>>1乙もやっとらんやないの。ほんなら私が済ませてまおか」
「あんまり年上からかっちゃダメよ。レイギっていうのがあるでしょ」
「そうよ、店長さんなんだから敬意払わなくちゃ」
「はーい、メイドのお姉ちゃん。」
「「私はメイドじゃないの。ウェイトレスなのよ」」
「ふーん、どっちかわかんないや」
「はぁ、はぁ(こ、こいつ………!)」
「それじゃ私たちも
>>1乙やっておきますかー うふふ」
「(あぁ!息あげてる間にタイミング逃した!)」
「ほら、ソウイチ! 何をそんな所でぼさっとしてるのよ、
>>1乙しなくちゃ行けないでしょ!」
「うっせーなー、そんなに尾羽広げて急かさなくたって
>>1は逃げ出したりしねーだろ?」
「何言ってるのチビ助! 何事も手早く行動するのが一番なのよ!」
「なっ……! い、言ったなぁぁぁっ!? 誰が豆粒ドチビだこの白髪頭!」
「そ、そっちも言ったわねぇぇぇっ!! アンタみたいなチビ助に言われたくないわよ!」
「風間部長も空子先輩も落ちついてください、それより早く
>>1乙しないと行けませんよ?」
「「鈴鹿さんは黙ってろ!(黙ってて!)」」
「ちょ、風間部長、空子先輩!?」
「あらあらぁ、お二人ともほんまに仲がよろしおすなぁ、うちの部員にも見習わせたいくらいどすぇ」
「あ、烏丸さんも見てないで二人を止めてくださいよ!」
「いややわぁ…夫婦喧嘩は犬も食わぬと言いおりますし、うちは
>>1乙だけしてお暇しておきますぇ」
「え? あの!? そんな烏丸さん!? 帰らないでくださいよ!?」
「誰が超マイクロドチビだっ!!」
「誰が白髪葱みたいな頭よっ!!」
「……ああもう済みません、私が風間部長と空子先輩の代わりに
>>1乙しておきます」
祝・8スレ新設!
祝・8スレ新設!
>>1〜
>>5さん スレ新設かなり大変だったみたいだね〜(^0^)
かおもじきもちわるいです
>>9 まあ確かにありえんかおもじかもしれんがみのがしてくれぃや。 すんまそん。
通報しました
何を?
ギャラリー同士の馴れ合いは他所でやれってこと。
ああぁぁ
新スレ一発目。本当は前スレで出したかったんだ。
「妹の街」のある一文から思い浮かんでしまったネタなので。遅っせぇ…
『生徒指導帆崎の憂鬱』
はああぁぁぁー……
色素の抜けたような顔に、だらんと垂れた尻尾。
生徒指導の腕章を手首までずり落としながら、帆崎は深い深い溜息をついた。
「…今度はどうしたよ帆崎」
そんな帆崎に接触を試みたのは白。
正直あまり関わりたくはなかったが、これはさすがに同僚として放置というわけにもいくまい。
鬱々とした空気に感染しないよう、あくまでドライに、濃く淹れたコーヒーを片手に話しかける。
「…ルルの風邪が治らねーんです」
やはりそんなところか。
以前に噂を耳にした頃からなら、随分と長引いている。
ん?しかし手作り弁当は復活してなかったか?
「治ったと思ったらぶり返したんすよ…」
「症状は?」
「熱あってだるくて吐き気がして鼻乾いてて」
「いや人間だから鼻湿ってたらかえって駄目だろ」
「はあぁぁぁ……」
…駄目だこりゃ。
典型的な風邪。しがない保健医から、特にアドバイスできるものでもない。
直接診れば何か言えるかもしれないが、それは正規の医者の役目だろう。
「まぁ…なんだ。あんまり長引くようなら医者に診せたほうがいいんじゃないのか」
「…そうします」
「ここで心配したって何も変わらないぞ。あの娘が病気ならせめてオマエは元気でいろって。な」
「…うい」
慣れない言葉を探して帆崎を元気付けてみる。こんなの自分の柄に合わないな、なんて思いつつ。
…というかこれはサンの役目だろ常識的に考えて。どこいったあの犬っころは。
「ほら!しゃきっとしろ生徒指導!」
腕章をグイと引き上げて背中をパンと叩く。ビクンと帆崎の尻尾が跳ねた。
とぼとぼと教室へ歩きだす帆崎の背中を、若干の諦めを感じながら見送った。
…熱とだるさと吐き気…か。
「ただいまー…」
半ば祈るような気持ちでマンションのドアを開ける。
予想に反して、台所に立ったルルが包丁を置いて帆崎を迎えた。
「あ、せんせ、おかえりー」
「ルルお前大丈夫なのか!?」
「あー…うん、もう平気。熱もほとんどなくなったし、普通に動けるから」
「本当か!? 無理してないか?」
ルルの額に肉球で触れてみる。確かに、以前のような高い体温は感じない。
「もう大丈夫だよ、せんせ!」
「そう…か。よかったぁ…」
心の底から安堵の息が漏れた。倒れるように愛用の座布団に腰を落とす。
「心配かけてごめんね。おわびに今日は腕振るっちゃうからさ」
「病み上がりなんだから無理はしなくていいんだぞ?」
「だーいじょぶだってー。もう少しでできるから待っててね」
向き直り再び包丁を手にする。
「う…」
直後、包丁を置くルル。
口に手を当てて台所を離れるルルを、帆崎は慌てて追いかけた。
涙目で荒い息をするルルの背中を帆崎は必死でさすっていた。
ルル以上に、今にも泣きそうな顔をしているのは帆崎だ。
「やっぱり駄目だ。無理しないで寝てろって」
「でも…」
「いいから!」
「う…うん…そうする」
薄明かりの寝室で、ベッドに横になったルルの枕元で帆崎はしゃがみこんだ。
「やっぱり明日、病院行こうな」
「ええぇ、大丈夫だよ。ほとんど治りかけだしさ…」
「長引きすぎだ。ただの風邪じゃないのかもしれないだろ」
帆崎は電話の子機を取って番号を押し始める。
「どこに…」
「学校。明日休む」
「だっダメだって!」
慌ててその手から子機を取り上げた。不服な顔の帆崎をルルが諭す。
「教師がそんな簡単に学校休んじゃダメだって」
「でも病院行かなきゃ」
「病院くらいひとりで行けるから!せんせは普通に仕事行って。これ以上せんせに迷惑かけたくないの」
「迷惑なんて…」
消え入りそうな声で俯く帆崎を、ルルはギュッと抱き寄せる。
「心配してくれるのはとっても嬉しいよ。その気持ちだけで十分だからさ」
「ルル…」
震えるように触れる毛並みが、どこまでも愛おしかった。
翌日はさらに仕事が手につかなかった。
自分でもまずいとわかってはいるのだが、どうしても弱ったルルの姿が頭から離れない。
白先生が何か言っていたがまるで頭に入らなかった。
あれで英先生に呼び止められなかったのは運が良かったと言うべきか。
最低限必要な仕事だけをこなし、走るように帰宅。
少し立ち止まって息を整え、ドアを開けた。
「ただいま」
「おかえり」
立ちあがって出迎えるルルの無事な姿を見て、帆崎はほっと一息ついた。
「体の具合は!?」
「大丈夫」
「病院は行ってきたのか」
「うん、ちゃんと行ってきたよ」
「それで病気は」
「うん…その…それなんだけどさ…」
指を突き合わせて言い淀むルル。極力平静を装っていた帆崎は途端に真っ青になる。
「まさか変な病気とか新型インフルとかっ!!?」
「ちょっ落ち着いてせんせ!そういうんじゃないからっ!」
掴みかからんばかりの勢いの帆崎をルルは必死でなだめた。
肩を掴んで押し込むように座らせ、自分も向かい合って座る。
「とりあえず座って。落ち着いて聞いて」
「あ…ああ…」
ルルは姿勢を正して、大きく深呼吸をした。つられて帆崎の背筋も自然と伸びる。
「妊娠したの」
「………へ?」
川がせき止められるように、思考が一瞬、停止して。
「妊娠って…え?」
「赤ちゃんができたの」
「誰の…?」
「せんせの」
「エイプリルフール?」
「まだ一月だから。本当だってば」
理解すると同時に一気に解放された様々な思考に帆崎は翻弄される。
思考がぐるぐるとまわって言葉が出ない。何か言わなければと思いつつ。
「せんせ…」
不安げに俯くルルに対する言葉が出せない。
「その…迷惑…かな…」
「そっ!?」
言葉より先に体が動いていた。
小さな体を包み込むように優しく、強く抱きしめる。
「そんなわけあるか!迷惑なんてこと!」
「せん…せ」
「嬉しいよ!俺すげー嬉しいよルル!」
「…うん」
お互いの体温を感じて、ふたりは限りない幸せに包まれていた。
「ごめんなルル。自分が親になるなんて想像したこともなくてさ」
「私だって。ただの風邪かと思ってたからすごくびっくりしたよ」
「こういうとき…なんて言ったらいいかわかんなくてさ…」
ルルはふふっと小さく笑い、帆崎の胸を離れる。
「じゃあヒントあげる」
悪戯っぽく笑うルルと、不思議そうに見る帆崎。
「『あ』で始まる言葉」
一つの言葉が浮かんで、帆崎の顔がカッと熱くなる。
居心地悪く尻尾が揺れる。そんな帆崎に期待の眼差しを送るルル。
「あ…」
熱い視線に耐えられず、帆崎はつい目を逸らしてしまう。
「ありがとう、ルル」
やれやれ、と、ルルは首を振る。両手で頭を掴んでグイと向き直らせた。
「もー。せんせのばか。ヘタレ。鈍チン」
そのままギュッと頭を抱きしめて、呟く。
「ほんとはわかってるくせに」
反応してビクンと跳ねる尻尾が、ルルの言葉を肯定していた。
頭を解放して、もう一度向き合う。
「もう一回。ちゃんと言ってよ、せんせ」
「あ、ああ」
今度は目を逸らさない。ふたりの視線がまっすぐに重なる。
「あ……」
「愛、してるぞ、ルル」
胸に飛び込んできたルルの勢いに押されて倒れる帆崎。
「わたしも。愛してるよ、せんせ」
真冬の夜は長かった。
ふたりの物語は続いていく。
これからもこの幸せは続くのだろう。
きっと一生続いていくだろうと、確信めいた予感をふたりは感じていた。
<おわり>
そろそろいいんじゃね?って思って今回も独断先行。
やっちゃったZE☆
ついにこの時がきたか。ザッキーが「愛してるぞ」なんて・・・!? よくいった!
23 :
Phantom:2010/01/12(火) 20:47:04 ID:AMfJdwbL
御堂卓の大晦日
「ったく!なんで冬休みの宿題ってこう多いんだ!」
道を歩いている人がビクッと反応する。おどろいて持っている荷物をすべて道にぶちまけたウサギの獣人はせっせとぶちまけたものを拾いながら開いたままの窓をみつめる。声の主は、それに気づき窓から顔をだし
「すみません」
と顔わ赤らめながら謝ると再び宿題を始めた。
あああ、計算の答えわすれちまったじゃねえか。どうしてくれんだ
「利里はいいよな、数学は終わって後は倫理の調べ物すればいいだけとかよ。」
「ぜんぜんよくないさ。倫理が一番面倒くさいんだぞー。」
それを言うなー!!俺はまだその段階にすらいってねーんだよ。
「ホントにみんなだらしないわね。あたしはとっくにおわっているのよ!」
とかいいながら朱美はなにか布に縫いつけをしている。また誰かに服を贈るつもりだ。つーか何で宿題会なのにいるんだよ。
おっと集中しねえと。
カリカリカリ
チクチクチク
という音と共に時間はすぎていく。
バサバサバサ
「クロ!コレッタのリュックあけたニャ!?」
「やーい、のろまコレッタがひっかかったー」
そんな会話が聞こえた気もした。
続きます。しばらくお待ちを
前スレ梅完了
>>25 とっても気持ち良さそうなクロがカワユス
つか、ガキの頃に神社の楠に登った事を思い出した。
まあ、そん時は自分で降りれなくなった挙句、バランス崩して落っこちて足挫いた上、親にめちゃくちゃに叱られたがw
ご、ご懐妊ダトー!!?
>>25 風が気持ち良さそう!
昨日の暴風とは大違いだw
>>27 >>21 キャラの作者さんが避難所の>250で御懐妊について書いてたよ
キャラの産みの親の意向優先ということで、
スレ全体としてはルルさんご懐妊は無かったことにして、
あのSSはパラレルということで辻褄合わせましょ。
SS書きさんは、キャラの重大な部分を書く時は質問しようね。
キャラの作者さんは、どうしても譲れない部分や設定は開示しようね。
とか、こんな感じの大岡裁きで如何ですか皆さん。
ほとんどROMってるだけだから偉そうなこと言えないけど。
ちと避難所に一言書いてた俺が通りますよ……。
今回は前スレ
>>861-866に投下したある人の日記の後編を投下します。
ちょいとキャラ借りまくってます。そして相変わらず長ったらしいです。
次レスより投下開始
2009 12/26(土) 天候:曇のち血の雨(実際は曇)
私が懸念していた事が遂に現実になった。
姉さんのファンが増えた理由が、姉さんの知る所となったのだ。
その理由と言うのも何てことはない、来年の年賀状の素材に姉さんがうってつけだったのだ。
ただ、それを姉さんがファンが増えた物と勘違いしていたのだ。
虎族の中でも珍しい白虎で、しかも来年の干支の引継ぎ式にも出ていた姉さんを素材に使いたいのも分かる。
だが、姉さんにとってこれが面白い訳がない。どうせなら私を使えば良いのに……。
当然、怒り狂った姉さんは頭の毛を逆立てて「あいつら! 今すぐ叩きのめしてやる!」と、飛び出そうとする。
今の姉さんをみすみす見逃す事は、怒り狂った野獣を野に放つのと同じ。私は決死の覚悟で姉さんの前へ立ちはだかる。
「お前は私の邪魔するつもりか! 鈴鹿!」と、更に猛り狂う姉さん。しかし私も皆の為、一歩も引く気はなかった。
……結局、今年最後の姉妹喧嘩は何時もの通り、お互いにへとへとに疲れて戦意を喪失した事で終了した。
2009 12/27(日) 天候:曇のち晴
昨日、姉さんと大喧嘩した事もあって今日は家に居る気にもなれず、朝から自己トレーニングをしに何時もの場所へと向う。
以前から私は、姉さんに「お前は文科系のクラブに入ってから弱くなった」と良く言われ、その度に聞き流していた。
しかし昨日の大喧嘩の中で、私は自身のカンの鈍りを嫌でも認識する事となった。
避けられる筈の攻撃を食らい、当てられる筈の攻撃を避けられる、それは格闘家にとって致命的な物。
昨日の大喧嘩の時こそは、姉さんから正常な判断力が失われていた為、何とか引き分けに持ち越せたが、
今のこの調子では次もそう行くとは限らない。下手すれば、またあの姉さんの言い様にこき使われる暗黒時代へ逆戻り、
――いや、それどころか風間部長や空子先輩にも迷惑がかかってしまう……そう、弱くなった私の所為で。
……そう言えば、姉さんは私に対してこうも良く言っていた、
「虎は孤高だからこそ強くある。しかし、一度虎が群れてしまったら最後、虎は虎ではなくなる」と。
……私は、風間部長と空子先輩と一緒にいるから、弱くなってしまったのか?
私が弱くなってしまったら、風間部長も、空子先輩も、そして彼らと過ごす暖かく優しい時間も、守れなくなってしまう。
……ならば、私はどうすれば良いのだ? いっその事、彼等から離れた方が良いのか……?
そう私が、心の内で自問自答しながら、己の拳を部室裏の樫の木へぶつけていた矢先、
私の背に「ねえ、そんな無理にやったら拳痛めるよ」と、誰かの声が響いた。
声の方へゆっくりと振り向き見ると、其処にいたのは以前、遊歩道から私のトレーニングを眺めていた瀬戸さんだった。
はて? 彼女はいったい私に何の用だろうか? 頭に目一杯の疑問符を浮かべる私へ、瀬戸さんは真剣な面持ちで言った。
「鈴鹿さん、今日はどうかしたの? 何か悩みがあるのなら私が相談に乗るよ」と。
……瀬戸さんは何故、私が悩んでいるのが分かったのだろうか? この時の私にはそれが分からなかった。
確かに、瀬戸さんとはお互いに珍しい種族のケモノだという認識はあったが、
それこそ交友なんて、たまに校内で顔を合わせる程度の浅い物しか無かった筈だ。
当然、私が悩んでいる事を誰かに打ち明けた覚えも無い。……ならば何故?
そうやって私の心中で浮かんでは消えて行く疑問、それが私の尻尾に見えていたらしく。
若干慌てた様子の瀬戸さんの説明によると、彼女は以前から部室傍の築堤上の遊歩道をジョギングコースにしており。
その遊歩道から自己トレーニングに励む私の姿を良く見掛け、その度に私の様子を眺めていたと言う。
(1週間前に私を見ていたのも、恐らくはそれなのだろう)
更に瀬戸さんが言うには、何時もの私は動きも鋭く、穏やかながらも覇気に満ち溢れていた、らしい。
しかしこの時の私はと言うと、何処か動きに精彩に欠け、今まで感じていた覇気もまるで感じられなかったと言う。
それで瀬戸さんは、多分私に何かがあったのかと思い、勇気を振り絞って話しかけたのだそうだ。
……私はなんと情けない。本当に情けなくて自分自身で悲しくなる。
自分が不甲斐ないばかりに、何ら関係のない瀬戸さんにまで心配を掛けさせてしまうとは……。
もし、この時の私の目の前の地面に大きな穴が口を開けていたなら、私は迷わず中へ飛びこんでいた事だろう。
無論の事ではあるが、私とて気高い虎である。瀬戸さんに心配かけさすまいと「私は大丈夫、気にしないで」と気丈に振舞う。
しかし、それがどうも余計に彼女の心配を煽ってしまったらしく、「良いからわたしに何でも話して、鈴鹿さん」と私へ迫る。
結局、私は彼女の勢いに圧される形で、今の悩みを打ち明けてしまった。
未だに続く姉さんとの確執。自分の強さへの不安。風間部長、空子先輩に対する想い……。
瀬戸さんは最後まで、尻尾をくねらせる事も無く真剣な面持ちで私の話を聞いていた。
しかし、私が話し終わった後も彼女は黙っている物だから不安で仕方が無い。
たっぷり十秒ほどの沈黙の後、瀬戸さんは「大丈夫、鈴鹿さんは全然弱くないよ」と笑った。
瀬戸さんは言う、自分自身の弱さに向き合えるのも、それは「強さ」なんだと。
そして、大切な何かを守りたいと願い、努力する鈴鹿さんはとってもとっても強い、と。
それに、こんな太く大きな木を斜めに傾けてしまう鈴鹿さんが弱い筈がない! と樫の木を指差す。
……言われてようやく気付いたが、樫の木は彼女の言う通りに、横から見ると約15度ほど斜めに傾いていた。
確か、私がここでトレーニングを始めた時は真っ直ぐに立っていた筈だが……私がやったというのか。これを。
そして更に瀬戸さんは言う、私もちょっと前に小さな事で悩んでて全てが嫌になった事があった、と。
けど、そんな時、たまたま出会ったある人に励まされ、わたしはとっても助けられた、と。
だから、あの時のわたしと同じ様に思い悩んでいる誰かを、今度はわたしが助けてあげたい、と。
……やれやれ、ここまで真っ直ぐな瞳で励まされてしまった以上、私も何時までもうじうじと悩んでいる訳にも行かない。
早速、私はもう大丈夫だと言うことを瀬戸さんへ分からせる為、私は樫の木への全力タックルを披露して見せる。
だが、流石に樫の木も怒ったのか、タックルすると同時に落ちてきた枝が頭へ直撃、痛かった。瀬戸さんは笑っていた。
2009 12/28(月) 天候:晴
今日は終業式の日。わが校舎へ足を踏み入れるのも今年は今日で最後。なんだか感慨深い。
とは言え、この日にやる事といえば、体育館で校長の長話を聞いて、泊瀬谷先生から通知票を貰うだけ。なんだか味気ない。
私の通知票の結果は上々、前より成績が上がっていた。対する姉さんはと言うと、通知票を前に尻尾をくねらせて難しい顔。
この様子だけで、何が書かれてたかが分かり易い。多分、もっと落ち付きましょう、くらいは書かれていたのだろう。
その帰り道、大通りを歩いてると何処からか聞こえる騒ぎ声。
見ると、裏路地へ入る脇道に見えるは同級生と見られる兎の少女、そしてそれを囲む見るからにガラの悪そうな男達数名。
様子を見る限り、男達はナンパ目的、あるいはそれ以上の事をするつもりで少女に絡んでる模様。全く、迷惑な。
無論、放っておく訳にも行かないので声を掛ける。男達が喧嘩を売ってきた。買った。軽く叩きのめし路地裏に積んでおいた。
その後、大丈夫かと少女に声を掛けようとして、私は驚いた。
何せ、絡まれている少女は、学校では真面目で通っている委員長の因幡さんだったのだ。
しかも、その時の彼女の格好はと言うと、コンタクトなのかメガネを着けていない今風の小洒落た格好。
おまけに、その手にはキャロットブックスと印刷された紙袋が……。
何時もは地味なイメージしかなかった因幡さんの意外な姿に、思わず言葉を失う私。
その間に因幡さんは耳の内側を赤く染め、文字通り脱兎の如く走り去っていってしまった。
……余程恥かしかったのか、私へ助けてもらった礼すら言う事もなく。
はてさて、あれは一体なんだったのだろうか?
来年、学校が始まった時に如何言う事かを直接本人に聞きたい気もするが、
あの時の因幡さんの態度から見て、あれは彼女にとって他の人に知られたくない一面なのだろう。
この日の事は本人から接触でもされない限り、私の心の内にしまっておく事にする。
2009 12/29(火) 天候:曇、風強し
家で大掃除がてらのストレッチに励んでいる最中、私の携帯にメールが届く。
差し出し人は空子先輩。題は『緊急事態発生!』、本文は『今すぐ部室に来て!』との事。
一体何事だろうか? 余りに危急的なメールの内容に若干の不安を覚えつつ、私は部室のある河川敷沿いへ急ぐ。
部室前に到着すると、其処には困惑顔の空子先輩と難しい顔の風間部長。
そして、風間部長と睨み合う美弥家さんと忍者同好会の伊賀野さん。その傍で呆れ顔で佇む三島さんと張本君。
……なんだこの状況は? 何が如何言う事があってこんな事になったんだ?
早速、私の到着に気付いた空子先輩へ今の事情を聞いてみると、
空子先輩が言うには、何も風間部長と空子先輩が部室の大掃除をしていた所、
美弥家さんと伊賀野さんが「飛行機同好会だけ立派な部室を持ってて不公平よ!(ニャ!)」と、直談判しに来たのだそうだ。
更に張本君の話によれば、事の発端は先週の爆発事故によって狩猟同好会と忍者同好会の部室が半壊した事で。
両同好会は半壊した部室の補修が完了するまでの間、当分は部室無しで部活動をせざるをえない状態となり、
それから数日間は、伊賀野さんは部室半壊の原因となった美弥家さんと良く言い争っていたのだと言う。
しかし、そんな言い争いが六度目となった時、何故か槍玉に上がったのがわが飛行機同好会の事。
同好会にも関わらず、他のクラブとは比べ物にならない規模(建坪約50坪)の部室を持つ飛行機同好会。
部室が半壊した事で寒風吹きすさぶ中、部活動をしている美弥家さんと伊賀野さんにとってそれが面白い筈も無く、
気がついた時には、二人の言い争いは飛行機同好会に対する愚痴へと切り替わっていたと言う。
そして、何時しか二人は意気投合、その場の勢いとばかりに飛行機同好会に殴り込み、もとい直談判しに行ったのだそうだ。
(尚、三島さんと張本君は二人を止めるべく追って来ただけとの事)
……なんと言うか、完全なまでにとんだとばっちりである。
そもそも、忍者同好会と狩猟同好会の部室が半壊したのは、全て美弥家さんが持ち込んだ爆発物が原因。
おまけに、その爆発物を起爆したのも美弥家さんなのだ。張本君と三島さんが呆れるのも当然である。
しかし、例え私がそれを指摘したとしても、この一触即発の空気が漂う中で二人が話を聞き入れてくれるとはとても思えない。
だが、だからと言ってここで私が迂闊に動いてしまえば、それこそ話が余計にややこしい事になりかねないだろう。
結果、その時の私に出来る事は、今の状況が悪い方へ傾かない事を天に祈るしか他が無かった。
それぞれ大剣とクナイを構え、尻尾をピンと立てて風間部長と睨み合う美弥家さんと伊賀野さん。
何時でも二人を止めれる様に身構える張本君。何があっても良い様に携帯を用意する三島さん。
不安げに尾羽を広げる空子先輩。ずっと沈黙を守りつづける風間部長。
そして、何も出来ず事の成り行きを見守るしか出来ない私。
そうやって、永遠とも思える時間が流れた後、風間部長が遂に沈黙を打ち破って口を開いた。
「別に部室使っても構わねーぜ、どうせ広すぎて持て余し気味だったし」、と。
思いもよらぬ言葉に、美弥家さんと伊賀野さん呆然、空子先輩は唖然、呆気に取られる張本君と三島さん。
私が如何言う心変わりかと風間部長へ尋ねると、部長は「困った時はお互い様ってやつさ」と笑っていた。
そんな風間部長の寛大さに私が感動したその矢先、部長は美弥家さんと伊賀野さんをピシィと指差し、言う。
「その代わり、部室の大掃除は手伝ってもらうからな?」
……結局、その場にいた全員が部室の大掃除を手伝わされた。
2009 12/30(水) 天候:晴時々曇
今日、来年に向けた御節作りの最中、宅配便の小包が届く。
年末にも関わらず、こんな寒い中働く配達員さんには毎度頭が下がる。
それにしても、こんな時に誰からだろうと思いつつ、荷札に書かれている差し出し人の名前へ目をやると、
其処には「飛澤 朱美」の四文字が……。
一瞬、私は小包の中身を見ずに窓から放り捨てたくなったが、
流石にそれは飛澤さんに悪いだろうと寸での所で思い止まり、半ば嫌々ながらも小包を開封する。
中に入っていたのは、何やら丁寧に折り畳まれた艶やかな模様の布のような物。
恐る恐るそれを広げてみると、それは私のサイズに合わせて作られた振袖の着物!
それも、一人で着用できるワンタッチ着物と呼ばれるタイプの物だった。
小包に同封されていた手紙によると、
『以前、空子ちゃんから、自分に合うサイズの着物が無い事に鈴鹿ちゃんが悩んでいると聞いて。
先日に取った採寸を元に、鈴鹿ちゃんのサイズに合うように作りました。喜んでくれると嬉しいです』
……どうやら、この着物は十日ほど前の身体測定を元に、飛澤さんが自作した物のようである。
以前に作ってもらったゴシック&ロリータファッションの服といい、そしてこのワンタッチ着物といい、
このような複雑な構造の服を、あの翼の手で作り上げる飛澤さんの技術と器用さには、ある種の感服を憶えてならない。
そして私は、部活に行っている姉さんがまだ帰ってない事を確認した後、早速とばかりに着物を試着してみる。
相変わらず飛澤さんの採寸は精確らしく、何処かが緩かったり締め付けられたりする様な着苦しい物を何ら感じさせない。
幼稚園の頃の七五三に着て以来の着物に、心踊る感覚を感じた私は上機嫌に尻尾立てつつ鏡の前でポーズ。
直後、「鈴鹿、お前……何してるんだ?」 家に帰ってきた姉さんの声が私の背中を叩いた。
……この日の夕食が気まずい物になったのは、最早言うまでも無いだろう。
2009 12/31(木) 天候:快晴
行く年来る年。今年2009年は今日で最後。そう思うとなんだか……と、これは前も書いたな。
そんな大晦日である今日の夕方、私は飛行機同好会部室改め、忍者・狩猟・飛行機同好会共同部室へ足を運ぶ。
着ている服は何時ものジャージではなく。昨日、飛澤さんから送られた着物。手には肉などの鍋の食材の入った手提げ鞄。
私がこんな格好で部室へ赴いた理由、
それは大晦日は部室で楽しく年越しをする事で親交を深めようと言う、部長の発案による年越し会に参加する為である。
参加資格は部室を利用している人。そして持ち込む物は鍋の材料、年越し蕎麦、皆で出来るゲーム等など。
会の内容は参加者達で鍋パーティーを行った後、楽しくゲーム大会を行い、そして年越し蕎麦を食べて年を越す予定で、
去年の今頃は一人寂しくテレビを見ていた私にとって、今年の大晦日は特に楽しい物となること間違い無しだ。
(尚、姉さんはと言うとプロレス部の皆と大晦日恒例の闇鍋パーティーを行うそうだ。……果たして、犠牲者は何人出ることか)
私が到着した頃には、先に到着していた風間部長と空子先輩が鍋の準備を始めようとしている所であった。
二人は大晦日と言う事もあってか、風間部長は古風な袴姿、空子先輩は鳥人用の着物姿をしていた。二人ともお似合いです。
私は早速とばかりに、到着して早々、部長達の手伝いを行う事にする。
それから少し経って鍋の準備が整う頃、狩猟同好会の美弥家さんと三島さんが到着。
如何言う訳かごてごてとした装飾の鎧姿の美弥家さん、そしてその隣で恥かしそうに耳を伏せる着物姿の三島さん。
何ソレ? と呆れ顔で問う空子先輩に、美弥家さんは「年末の晴れ着と言ったらこれに決まりニャ!」と、胸を張る。
恐らく、ここに着くまで鎧姿の美弥家さんに付き添った三島さんは相当恥かしい思いをしたのだろう……同情します。
因みに、三島さんが言うには「狩猟同好会には他の部員が何人か居るけど、その人達は用があって来れないニャ」との事。
他の部員とやらが如何言う人なのか、顔くらいは見ておきたかったのだが、来れないとは少々残念である。
それに少し遅れて忍者同好会の張本君、そして伊賀野さんが到着。
何処か動き易そうな感じをさせる着物姿の伊賀野さん。そして黒の紋付袴が良く似合っている張本君。
ここで私は、張本君が若干疲れ気味に尻尾を垂らしているのに気付き、如何したんですかと問いかけてみると。
何も伊賀野さんは忍者装束で会に行こうとしたそうで、数時間に渡る説得の末に何とか思い直させた、との事。
と、其処まで話した所で、張本君は同じく若干疲れた様子で炬燵に入る三島さんに気付き、
「お互いヘンな部員もつと大変だな」 「お互い苦労してるニャ」と、互いの境遇に共感しあっていた。
そして、部室の休憩室に全員が揃った所で、風間部長が年越し会の開始を宣言、
……する前に鍋が茹で上がったらしく、殆どなし崩し的な形で第1回目となる年越し会はスタートとなった。
早速、思い思いに鍋を突付き始める年越し会の参加者達。
張本君は鍋奉行なのか、勝手にモチを入れようとする伊賀野さんへ「それを入れるのはまだだ」と尻尾を立てて一喝。
その隙を見計らって美弥家さんが肉へ箸を伸ばすも、直前で三島さんの箸でブロックされ、美弥家さん毛皮を逆立て憤慨。
それを横目に風間部長はうどんを取ろうとするが、取る傍からうどんが箸から滑り落ち、眉根寄せて悪戦苦闘、
結局、見かねた空子先輩に「仕方ないわね」と取るのを手伝ってもらい、風間部長はばつの悪そうな表情一つ。
そんな目の前で繰り広げられる光景を微笑ましく思いつつも、私は手早く自分の分を確保してゆく。
多人数のケモノとの鍋物や焼肉は弱肉強食、うかうかしていたら自分の取り分は無いと思え。
これは今までの経験則による私の教訓である。この教訓を得るまで私は過去に何度、鍋物や焼肉の度に涙を流した事か。
……しかし、そんな私の予想とは裏腹に、何ら諍い無く和気藹々と進行してゆく鍋パーティー。
どうやら、肉一切れで血みどろの争奪戦を繰り広げていたのは、私達姉妹と女子プロレス部だけの事だった様で。
そうして皆が満腹になった所で鍋パーティーは終了。お次はゲーム大会へ移り変わる。
やる事はやはりトランプゲーム。五目並べに大富豪、そして基本中の基本のババヌキに少々カルトなインディアンポーカー。
開始前、美弥家さんが「お年玉を賭けるニャ」と言い出すも、即座に全員から「賭け事はダメ」と返され、尻尾をしょんぼり。
ババヌキ中、三連続でババを引いた伊賀野さんが「煙遁の術」と煙幕を張って即座に張本君に叱られ、同じく尻尾をしょんぼり。
風間部長、背が低いから横の私から見るとカードが丸見え、だけど私は敢えてババを取る。そしたらドンケツになった。
結果、罰ゲームとして顔中に洗濯バサミを付けられる事になってしまった……優しさが仇になったか。
けど、私が尻尾をしょんぼりさせていたら、風間部長が「済まんな」と私の背中をさすってくれた。やっぱり優しくして良かった。
と、そうしている間に時刻も夜の11時を周ったのでゲーム大会は終了。結果は三連勝した張本君が総合優勝。
その賞品として工具セットを授与されて、張本君は「こんなの、何に使うんだ…」と微妙そうな顔。けど尻尾は振っていた。
いよいよカウントダウンが近づいて、私と空子先輩は台所で慌しく年越し蕎麦の準備に入る。
台所を見て「調合が一杯出来そうニャ」と美弥家さん。部室の壁を前に「どんでん返しがあったら面白そう」と伊賀野さん。
美弥家さん、部室で爆弾を作らないでください。そして伊賀野さん、勝手にどんでん返しを付けないでください。お願いします。
そんな祈りを心の内で捧げている内に年越し蕎麦は完成。そばつゆのカツオ出汁の香りが辺りに広がる。
蕎麦を載せたお盆両手に、私と空子先輩が休憩室に戻ると、張本君と風間部長が何やらひと悶着。
三島さんに事情を伺ってみると、何も二人は年越し蕎麦を何時に食うかについて言い争っていた模様。
風間部長は「年越し蕎麦は年越し直後に食う物」と主張、伊賀野さん、三島さんがそれに賛同。
対する張本君は「年越し蕎麦は年越し直前までに食う物」と反論する。これには空子先輩、美弥家さんが賛同。
そんな中、私はと言うと、どちらの味方になる事も出来ず、只おろおろとうろたえる事しか出来ない。ああ、情けなや。
そうして白熱する議論、深まる対立、このままでは年越し会が年越し前にご破算になるかと思われたその時。
付けっぱなしのTVの年末特番が『年越し蕎麦は年越し直前までに食う物』と豆知識を披露。これにより議論は終結。
「俺が間違ってた!」と、全面的に非を認めて謝る風間部長。「分かれば良いさ」と尻尾を振る張本君。
やれやれ、一時は如何なるかと……。場合によってはどっちかを締め落さなければならなかったかもしれない。
そして差し迫るカウントダウン、皆は年越しまでに年越し蕎麦を完食するべく蕎麦を啜る。
しかし、そばつゆの熱さが容赦無くネコ科の私、美弥家さん、三島さんの舌を蹂躙する。熱い、辛い!
その様子を見かねたのか、風間部長が私や美弥家さん、三島さんへ冷たい水の入ったコップを寄越してくれた。
そんな風間部長の心遣いに感動しつつ、コップの水を一気に呷ったら激しくむせた。皆笑っていた。
やがて遠くから響く除夜の鐘の音。部室に満ちる穏やかで優しい空気。
ふと、私は身体に重みを感じて目を向けると、横に座っている風間部長が私にもたれ掛り、寝息を立てていた。
私がどうする事も出来ず、思わず空子先輩へ目をやると、空子先輩は苦笑しつつ「そのまま寝かしときなさい」との一言。
そして部室の皆がカウントダウンを始めるTVに釘付けになる中、私は風間部長のぬくもりを嫌が応に意識してしまう。
分かっている筈だった、私の想いは決して通じない事を。
既に覚悟した筈だった、私にとっての初めての感情が無駄に終わる事を。
なのに如何して、そのぬくもりと、優しさを身体に感じる程に、私はますます風間部長へ恋してしまうのだろうか?
空子先輩を愛している風間部長へ私が恋した所で、確実に無駄に終わるのが目に見えて居ると言うのに。
……しかし、それでも私は願ってしまう。
今感じているぬくもりが、少しでも長く感じていられる事を。
そんな私の煩悩へ染みいる様に、除夜の鐘の音は深く、遠く響いていた。
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「ほらソウイチ! 佳望神社に初詣行くわよ!」
「あー、分かってるよ白頭……けど、まだ少し眠たくてな……」
「ソウイチったら、あれだけ寝ておいてまだ眠る気なの? もう少ししゃきっとしなさい!」
「ほらほら、風間。彼女が怒ってるぜ? 目なんか擦ってないで早く行ったら如何だ?」
「わーってるよ、張本。流石にアイアンクローはご免だしな…ふぁ…」
「飛行機部の部長さんは寝ぼすけだニャ! お目覚めすっきりなボクを見習うニャ!」
「そりゃ真っ先に寝てれば、目覚めもしゃっきりするのも当然だニャ。加奈ちゃん」
「あー! 瑠璃ちゃん、それは言ったらダメニャ!」
「あれ、所で虎宮山さんは何処なの? さっきから姿を見ないけど」
「虎宮山って…ああ、あの大きな白虎の鈴鹿さんの事か? さっきまで何か書いてたみたいだが」
「済みません、皆さん。待たせてしまったみたいですね」
「鈴鹿さんったらもう、何してたのよ! 皆待ちくたびれちゃってるわよ!」
「まあまあ白頭、そんなにトサカ立てるなって。鈴鹿さんにもやる事があったんだろ?」
「む……まあ、ソウイチに言われなくたってそれは分かってるわよ。ほら、初詣に行くわよ、鈴鹿さん」
「ええ、それじゃあ皆さん、初詣に行きましょうか」
2010 1/1 天候:晴
謹賀新年。西高東低空高く。朝から青空広がる一日。
……この日、私は夢を見た。
それは、私が風間部長と空子先輩、そして皆と何時までも楽しく笑い合って過ごす、何ら特別な事の無いごくありふれた夢。
だけど、一歩足を踏み外せば、たちまち泡の如く壊れてしまいそうな、儚い夢。
この夢を壊したくない、失いたくない、と願う私がいる一方。
この夢が何時までも続くとは限らないと、何処か覚悟している私もいる。
……果たして、それらのどっちが正しいのか。
それは今も、そして今後も分からないままだろう。
ただ、一つだけ言える事がある。
……今の、この私の想いはこの日記帳の中だけに留めておく。
それが今の私に出来る、最良の選択である事だと。
追記:尚、女子プロレス部の大晦日恒例闇鍋パーティーは姉さんを含めた5名の犠牲者を出して終了した。
ほぼ全員が入院を余儀なくされた2008年に比べ、だいぶマシな結果である。
―――――――――――――――――了――――――――――――――――――――
以上です。
今回の前後編は日記形式でお送りしました。
初挑戦の所為か思ったより時間がかかってしまい、
年末に投下する予定が結局は成人式を超えてようやく出来あがった次第でorz
筆が進まん時は進まんなぁ……('A`)
41 :
代理:2010/01/14(木) 18:03:01 ID:Lab4qBDT
43 :
Fist:2010/01/14(木) 23:27:42 ID:rXq2jH0j
初めて鈴鹿さんの日常を見た…。
バトったり、なんか見ちゃったり、…彼女も大変だ。
>>41 ルイカも少しずつ変わってきているのかな?
龍ヶ谷エプロンww
カルカン、根暗なのに意外と紳士
そして英先生に叱られたい
>>40 みんなで年越し、楽しそうでいいねいいね
ソウイチもてるじゃねえかちくしょうばかやろうこのやろう
>>41 かるかん…そりゃあやさぐれるよな
このまま打ち解けてってもらいたい
>>42 やっぱ美人だよなぁ
あなたの授業を受けたいです
連投申し訳ない。これが最後(例によってファイル大きいのですんません)
ttp://loda.jp/mitemite/?id=773.jpg 淺川が運転するバイク(2ケツ)で学園に来る→木島さんがバイク乗って淺川
置いてけぼりで帰る→帰りはまた迎えに来てもらって2ケツ地獄。
淺川はハーフなんで横文字の名前が入ってます。両親はモモが亡くなってからは
海外へ引越し。なんで淺川のみこちら側に一人暮らしというチラ裏。
ヒカルきゅんはほんま人たらしやで!(良い意味で)
おとなしい犬ってヤケに構いたくなりますよね
いきなり部室が手狭になったな、飛行機同好会。
問題児二人を相手にこれからどうなる事やらw
>>46 この様子だけ見ると仲の良い姉妹に思えてくる不思議w
>>47 案外ヒカルって流されにくそうに見えて、いったん流され始めたらトコトンまで流されてそうw
にしても、いきなり人が減ったような気が……
ROMってる人が居るなら遠慮せず感想を書いてもいいのになぁ。
「雨が降ると流石に寒くってさ。屋根の有るのが欲しかったんだよね」
「でもボクの身長だと足届かなかったり前見えなかったりで、運転できるのが無
くってさぁ」
「うっわ…それにしたって、これはなぁ」
「でも、あにはからんや、これが雨が降るとエンジンが不機嫌になって全然使い
物にならないんだよ」
「…ってことは、まさか」
「うん、ミナ、調子見てよ」
「いや、こんなの見たこと無いし、よく判んないし、そもそもマニュアルとか有
るのか?」
「んー、無いけどミナなら何とかなるよ、ね?」
「あのなぁ…」
「機嫌良いと結構走るんだよ。学園の坂だってちゃんと登ってくし」
「そうは言ってもなぁ」
「そーだ、ちゃんと直ったらふたりでこれに乗ってドライブ行こうよ」
「え?」
ttp://loda.jp/mitemite/?id=775.jpg
>>50 メッサーシュミットのカビネンローラーですな。
またコアな車種に乗るなぁ、サン先生w
飛行機メーカーの作った車だから惣一に頼んだら直せる……かな?
三輪車、すごい三輪車!
リライアント・リーガルとかイセッタとかが連想されるなあ
なんとも微笑ましい
ふたり乗りってかなり密着するぞこれw
ミナはりきりそうだね
さーて今回は。登場回数多いくせに実は少ないこのひと視点
で、書いてみたこんなお話。
『小さな旅館で』
ぱたり、ぱたり。尻尾が揺れる。
ガラガラと、木製の引き戸はゆっくりと開かれて…
ぱたん。
尻尾は力なく地に垂れた。
凍える風が柔らかな毛並みも強張らせる、そんな季節。
佳望学園の教師達は、とある旅館に慰安旅行にやってきていた。
日々苦労をかけている教師達のために校長自ら企画した、一泊二日の慰安旅行。
実は校長、趣味の盆栽コンテストのどこぞの大会で優勝したらしい。絶好調な校長が、あれよあれよという間に企画した突発旅行だ。
基本的な仕事はほとんど、しっかりものの八木教頭がこなしてくれる。故に彼はこういう行動は早いのだ。
個人の負担は格安。旅費の大部分はその賞金から出ているという話だ。実際の賞金がどの程度だったかは定かではないのだが…
細かいことはいいのだ。なんにせよ、校長は非常に上機嫌だった。
校長の知り合いが勤めているというそこは、旧世代の面影を色濃く残す昔ながらの小さな温泉旅館だった。
佳望学園教師一同が宿泊すれば、残る部屋は片手で数えられる程度。別の宿泊客もいるらしいが、半ば貸切のようなものである。
特に企画はない。ただ、忙しい日々を忘れ、美味しい料理に舌鼓を打つ。慰安旅行としては申し分ないものだった。
この旅館の目玉は、高地からの絶景と広い星空を望む露天風呂。
目玉というだけに敷地は広くとってあり、男湯女湯に区別されていない。
ただし男女平等に味わってもらうために、時間で区切って男湯女湯が切り替わる配慮がなされていた。
時は深夜。静かな廊下を尻尾を揺らして歩く影がひとつ。
「うーん…不覚だ。ぼくとしたことが…」
小さな影の主、サンはポツリとひとりごちた。
佳望学園の名物教師、サンはいつだって元気はつらつに見える。
しかし最近の彼は、彼自身が思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。
部屋に着いて少し休むつもりが気が付いたら眠っていて、露天風呂に入れる時間を逃した。
それは仕方ないと黙って体を休めておけばいいのだが、彼の信念として旅館の基本中の基本、温泉卓球に参加しないわけにはいかず。
夕食後にも時間があったのだが、一体どこからか、記憶が抜けている。そちらも完全に寝過ごしてしまったらしい。
彼にとって、あの場所は非常に居心地が良かった。
思えば、誰かの膝枕で寝ていたような…
…いや、無い無い。
サンの脳裏にある人物の顔が浮かんだが、彼は小さく首を振ってそれを否定した。
風呂場もやはり誰もいない。男湯で軽く体を洗って、夕方に一度浸かった浴槽は素通り。目的の露天風呂に直行する。
タイミング逃した結果のこの時間だが、いいこともある。この深夜、露天風呂には男女の指定がない。つまり混浴なのだ。
この時間、同僚の教師が入ってくることはまずないだろう。まあ、彼に邪な考えなど毛頭無い。毛頭無いが、彼とて健全な男性である。
別に宿泊しているらしい、若い女性客とか。昼間に見た美人の仲居さんとか。もし入ってたら嬉しいな、なんて、彼は密かに期待していた。
「…そりゃ、そうだよね」
お湯の流れる音だけが響くガラリとした露天風呂で、サンはひとり、小さな溜息をついた。
少し熱い湯に浸かり岩に腰かけて、大きく息を吐いた。見渡せばなるほど、目玉と言うだけのことはある。
電燈の淡い光が、自然石を多く使用した浴槽を幻想的に照らし出す。
一方に見上げる山には、どこまでも続く雄大な自然。反対側に見下ろす山々の、遥か遠くにぽつぽつと見える町の明かり。
自然と人工の見事な調和。男湯女湯に分かれていては、この壮大な風景は見られないだろう。
真上にぽっかりと浮かんだ満月の光が、その全てを包み込んでいた。
ただただ、見惚れるばかりのその光景。
来てよかった。純粋に、そう思った。
突然。
パッと電気が消えたかのように、視界が黒に染まる。
「だーれだ」
すぐ背後から、誰かの声がした。
普段の彼なら、誰が来ようと即座に相手を言い当てただろう。
だが今の彼にとっては、この事態は完全に想像の外。晴天の霹靂だった。
彼お得意のよくある悪戯なのに、今回は状況の理解にすら時間がかかった。
やがて状況は理解したが、相手がわからない。今、自分の目を塞いでいるのは柔らかい肉球のある手なのだが。
はて、一体誰の声だったか。同僚の教師のその誰とも違う気がした。もう一度聞けばわかるかもしれないが…
「うーん…ごめん、降参」
わからないものは仕方ないと、早々に降参して答えを求めると、程なくして視界は解放された。
サンが振り向いたそこには、白い毛並みに、揺れる金髪。悪戯にはにかむ意外な人物の顔。
「えへへ、わたしでしたー」
「え!? ミナ!?」
そう、そこにいたのは同僚の教師ではなく、彼の友人の白ネコ、杉本ミナだった。
「どうしてミナがここ…に……っっ!!!!?」
バシャン!と、慌ててサンはミナに背を向けた。垂れた耳が遠心力でひゅんと浮き上がる。
この温泉は透明度が高い。そして湯にタオルを浸けるようなマナー違反は無く、
タオルの下は水着でしたー、なんてよくあるがっかりサプライズも無かったわけで……
「ちょっ!! なんてカッコしてんのさーっ!」
そう叫びながらバシャバシャと移動して、浴槽内にあった大岩の向こうへ。
「なんてって言われても…温泉だし」
ミナは反対側に来ているのだろう。声は近いがサンから姿は見えなくなった。
「もう! なんでミナがこんなとこにいるのさ!」
背中あわせで大岩越しの会話。
動揺を隠そうとして怒ったような調子になるサンに、ミナはからかうように答える。
「偶然だよ、ぐーぜん」
「偶然って…ええぇ…」
「父さんが福引きで当てたの、この旅館のペアチケット。久々の家族旅行だって張り切っちゃって。
母さんと行けばいいのにわたしの分までチケット買っちゃってさ。行かないわけにはいかないでしょ?」
「でもなんでこんな時間なのさ」
「こんなときに限って急な仕事入っちゃって。でも二泊三日だよ」
「ならこんな夜中に来ないでも明日でいいじゃん」
「やーよ。だってさ……」
「こーんなに綺麗なお月さま。もったいないじゃない。今夜は満月だしね」
言葉につられてサンは天頂の月を見上げる。岩の向こうのミナも同じようにこの月を見ているのだろう。
「…ふぅ。まったく、ミナも困ったもんだね」
口ではそう言いながらも、ミナの行動にサンも一応は納得していた。
しばし黙って、ふたりは美しい満月を見上げていた。
「こんな夜は相棒と思いっきり走りたいなーなんて」
「ミナはバイクばっかりだねー」
「いーじゃん、仕事なんだからさ」
「そんなことばっかり言ってると行き遅れちゃうぞ」
「…なっ!!」
深い意味はない。ただ、昼の卓球で異様な強さを見せた同僚を思い出して、
同じ白ネコの友人にほんの軽い気持ちで言ってみただけ。消毒液の臭いが一瞬鼻をついたのは気のせいだろう。
「何言ってんのよもうっ!! 失礼だなあっ!」
そんな軽い一言だったが、相手はかなり驚いたようで。
ミナの反応が面白くなって、いつもの悪戯心がむくむくと湧き出してくる。
「エストレヤと結婚するわけにはいかないもんね。あははは」
「平気だもん! バイク好きなやつがいるもんね!」
「お、なるほどー。そっちからいくわけかー」
おおよそ想定していた反論にニヤリとサンの口元がゆるみ、用意していた言葉を放つ。
「浅川君バイク好きだよね」
「ちょっ!!」
くっくっと、サンは必死で笑いをこらえていた。
大岩の向こうで慌てるミナの顔が目に浮かぶようではないか。
「何言ってんのよっ!! 浅川君はっ!!」
「お似合いだと思うんだけどなぁ、バイク好きの旅人で写真家ってさ。かっこいいじゃん」
「浅川君はそういうんじゃないの!!」
「それにミナの好きな年下タイプで」
「そもそもっ!!」
強制的に打ち切られてしまった。まあ、さすがに少しからかいすぎたか。
次の言葉は黙って聞こうとサンは耳を傾けた。
「他に…好きなひと…いるし」
「…お?」
予想外の言葉。付き合いは長いが、ミナの口からそんなことを聞いたのは初めてだ。
そもそもミナはそういうことを言う、女の子ってタイプではない。
もっとも、これはあくまでサンから見れば、の話。実際のミナはサンの認識よりずっと女の子らしいのだが。
「へー! 意外だなー。ミナもそういう女の子らしいこと言うんだ!」
「意外言うな! 男勝りとか言うな!」
「誰誰、ぼくの知ってるひと? バイク好きっていうとえーっと…」
「変なこと考えるなーっ!」
岩の向こうからバシャンとお湯が飛んできたが、狙いの定まらないそれはサンの耳を少し濡らすだけだった。
「誰か教えてくれたらぼくが恋のキューピッドになってあげるのにー」
「やだよっ。大きなお世話だね」
「はっ!? もしかしてぼくの生徒っ!? それはさすがにマズいよミナ!」
「違うっ!!」
「でも年下でしょ」
「年上っ! ……一応」
「あれ? そうなんだ、そりゃまた意外な」
「もー、やめようよこの話」
ミナの疲れたような声に、少し悪いことをしたな、とサンは小さく反省する。
問答は十分。友人の意外な一面も見れた。これ以上追及するの野暮だろう。
温泉に浸かって疲れるなんて本末転倒だ。サンとしても望まないところ。
話の締めのつもりで、友人を気遣う言葉を言ってみる。
「まあ、ミナが誰が好きでも自由だし、ぼくも追及しないよ。でも相談には乗るからさ」
「…お? う、うん、ありがと」
「いつまでも若くないんだからさ、行き遅れないように気をつけなよ。あははは!」
「相談ってどんなのでも?」
「どんなさ」
「もし行き遅れたら…サンが貰ってくれる?」
「ははは、変な冗談言うなよ」
「…ふふ、そうだね」
お互いの笑い声に混じって、ミナが何か呟いた
「………かな」
「ん、何か言った?」
「んーん、別に」
ように聞こえたが、気のせいだったようだ。
新たな話題はミナが出した。
「サンたちは慰安旅行なんだってね。ばったり英先生と会ってびっくりしちゃった」
サンは少し驚いたように言葉を返す。
「へー、英先生に会ったんだ」
「サンも疲れてるんだねぇ」
「へ? 何のこと?」
「ふふ。なんでもないよ」
思わせぶりなミナの言葉に少し疑問を感じたが、特に聞き返すことはしなかった。
「サンは疲れてても態度に出さないんだからさ。こういう休めるときにはしっかり休まなきゃダメだよ」
「自分の体調管理くらい自分でできるってば。ミナに言われるまでもないね」
「フリスビーキャッチの特訓してた時」
「え?」
「元気なフリして人知れずぶっ倒れてたのをおぶって帰ったのは、さて、一体誰だったでしょうかー」
「ちょっ!? なんでそんなの覚えてんのさっ!!」
ハハハと楽しげに笑うミナの声。さっきまでの反撃といったところか。
ここがプールならばその顔に思いきり水をかけてやりたいところだ。
そんな思考パターンは承知しているミナが、岩の向こうからサンを挑発する。
「ほらほらサン、反撃しにこないのー?」
「行かないってば、もー」
それができない今回は仕方ない。反撃は甘んじて受けておこう。
「ふーん…そっか…」
一息ついて、ポツリと呟くミナの声が耳に届く。
「…ねえ、サン」
「なにさ」
「そっち…行っていいかな?」
「……へ!?」
意外な質問に、まず驚いた。
そう言うなら…と一瞬思いかけて、いやいや馬鹿な、とサンは首を振る。
「何言ってんだよ。そんなのダメに決まってんじゃん」
「そっか…」
おかしい。今日のミナは何か変だ。
そもそも混浴に普通に入ってきてる時点で…いや、そんな機会は過去にはなかったけれど。
それにしたって、ミナの行動には問題があると思う。
「ぼくが言うのもなんだけどさ」
サンはなだめるような声でミナに語りかける。こんなの自分のガラではないな、なんて思いつつ。
「ミナはもっと慎みってものを持たなきゃダメだよ。ミナだって一応女の子なんだからさ」
「一応って何よ、一応って」
「混浴なんてどんなのが入ってくるかわかったもんじゃないんだよ?」
「それはそうだけどさ…いいじゃん夜中だし、結局誰も入ってこないわけだし」
「……ぼくが入ってたわけだけど」
「平気だよ、だってサンだもん」
額に手を当てて大きな溜息をひとつ。少々声が大きくなる。
「あのねえ、ぼくを子供扱いしないでくれよ。これでもれっきとした教師なんだぞ。年だってミナより上だし…」
「…知ってるよ、そんなの」
……!!? 声が…近い!?
異変に気づくと同時に、視界の左右から白い手が伸びる。
つい振り返りそうになる顔を無理矢理止める、その少しの硬直の間に、二つの手は首の前でしっかり組まれてしまった。
湯から出た両肩に、白い両腕が乗る。
「えへへ。来ちゃった」
さすがのサンも鼓動が高まる。今までよりずっと近くで響く声。
今触れているのは肩だけだが、尻尾を振れば当たる位置にいるミナは…一糸纏わぬ姿なわけで。
「ちょちょっとミナ!? あのちょっとこれマズイって!?」
「知ってる」
下手に動けず慌てるサンと対称的に、ミナは静かに声を出す。
「サンは大人だよ。子供扱いなんかしてない」
「うんだからマズイってば」
「わたしは平気。サンだから」
「ちょ…ミナってばぁ……」
ミナは動く気配がない。下手に動けないサンは困り果てた声を出すしかなかった。
ミナが黙って、少し時間がたった。
動けない状況は変わらないが、サンはだいぶ落ち着いて考える。
やはり今日のミナは変だ。これは何かあったと見るべきか。
「あのさ…ミナ。もしかして何かあった? ぼくでよければ相談には乗るよ?」
「ふふ、サンは優しいね。大丈夫だよ。わたしは…何もないから」
「じゃあ何でこんな」
「ただ…サンと同じ場所でこの風景を見たかったんだ」
ミナの言葉を受けて、見るのをすっかり忘れていた風景に視線を移す。最初と寸分変わらず美しい光景。
背後のミナの動きを感じて、同じく見上げるは、天頂から少し傾いた満月。
「君といると…月が綺麗だね」
それは、どんな意味で言った言葉だったのか。
ミナが感嘆の言葉を漏らすのもわかる。確かに今夜の月は見事だ。しかし…
「そうだけど…ぼくは関係なくない?」
少しの沈黙の後、ふぅ、とミナが小さく息を吐いたのがわかった。
「…うん…そうだね」
「あれ…もしかしてミナ酔ってる?」
鋭い嗅覚を持つも温泉の匂いで今まで気付かなかった酒気を、近くで吐かれた息に感じたのだ。
また少しの沈黙の後でミナがポツリと言う。
「…そうかも」
なるほど、と、サンは内心で納得する。
これで合点がいった。バイク好きで普段はあまりお酒を飲まないミナが、
たまの家族旅行でオヤジさんの晩酌に付き合った、といったところか。
様子が変なのは慣れないアルコールの影響だろう。
「ごめんね。困らせちゃって」
考えていると、腕が引いてサンの体は解放された。
ミナのほうを見ないようにそそくさと岩の反対側にまわる。
「なんかのぼせてきちゃったし、ぼくはそろそろ出るよ」
「…うん、またね」
「ミナもあんまり長湯はしないほうがいいよ。酔っ払いのお風呂は危ないから」
「…わかった。ありがと」
最後に注意喚起をすると、振り返らずにサンは室内浴室へ戻っていく。
木製の引き戸は閉ざされ、再び露天風呂は、お湯の流れる音だけが響く静かな空間へ。
「…ばか」
それは誰に向けたものだったのか。
ポツリと響いたミナの言葉は、寒い寒い冬の夜空へと消えていった。
<おわり>
はいミナ借りてこんなん出ましたー。ごめんなさ(ry
64 :
Fist:2010/01/19(火) 17:39:36 ID:ZiNILRp/
もしや、ミナさんの「お酒の力で言っちゃえ作戦」!?
…なわけないか。
ぶっ倒れる、て…サンも疲れる事ってあるんだなーw
サンのフリスビーくわえるところが目に浮かぶ・・・
あーーー
またも規制食らって(´・ω・`)な俺が通りますよ……
持っててよかったお試し●。つかビクロブ規制食らい過ぎだろ常考orz
それはさておき、今回はBlue sky 〜この青い空に春を呼ぶ〜の前日譚的な話を投下します。
そしてある人をお借りします。キャラ崩壊してないか正直不安です。
次レスより投下開始。
どんよりとした曇り空の下、其処にあるのは骸(むくろ)の山。
しかし、それは生物の物ではなく、金属と樹脂で構成された機械の骸。
古いオイルのすえた臭いが漂う其処は、国道沿いにあるジャンク屋裏手のジャンク置き場。
積み上げられた車のフレームは骸骨の様にも見え、地に染み付いたオイルは血液を思わせ、
その上に並べられた錆まみれのエンジンは打ち棄てられた臓(はらわた)の如く。
其処はまさしく機械の墓場と言っても良い場所と言えた。
そんな機械の墓場の一角でうずたかく積まれた小さな機械部品の山。
命を、意識を持たぬ筈のそれが、まるで身じろぎをする様に2度3度、もそもそと左右に揺れる。
やがて山の頂上辺りのクラッチの為れの果てが、重力に従って転がり落ちると同時に、機械の山が弾け飛んだ。
「いぃぃぃぃぃぃぃやっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
機械の山の中から出てきたのは、オイルまみれのモーターを両手に掲げ、奇声に近い歓喜の声を上げる惣一の姿。
古いオイルで黒く汚れた彼の表情は如何言う訳か喜びに満ち溢れていた。
「ジャンク屋のオジさんの情報をアテに探しに探して一週間! 遂に見つけたネオジム磁石式の高性能モーター!
こいつを見つけるまでどれだけ苦労した事か……っとと、ああ、この重みでさえも嬉しく感じる」
喜びの余りモーターへ頬摺りしようとして、その重量で思わずよろめく惣一。
しかし、今の彼にとってはその重みでさえも望みの物を見つけ出した実感でしかなく、
自分の服が古いオイル塗れで見るも無残な有様だったとしても、何ら気にならなかったのであった。
「こいつさえ……こいつさえあれば、ブルースカイは飛べる!」
そう、この時の惣一は幼馴染との『自作飛行機で空を飛ぶ』と言う約束を果す為、
自作飛行機『ブルースカイ』の製作の重要な要となるモーターを見つけ出した所である。
図書委員に変な目で見られながらも、『ブルースカイ』の動力にこのモーターが一番向いていると検討をつけるのに約一週間。
そして、方々駆けずり回って情報を集め、目的のモーターが眠っているであろうこのジャンク屋を探り出すのに更に一週間。
更に、毎日の様にジャンク屋に通いつめて、ジャンク屋の店主と親しい関係になるまで約二週間。
最後に、泥とオイルまみれになりながら、山と積み上げられたジャンクの山の中から目的の物を見つけ出すまで1ヶ月。
と、ここに至るまで相当な苦労を強いられた事もあって、発見した時の惣一の喜びはまさにひとしおであった。
「さて、と。暗くなる前にこいつを早く部室に持ちかえらないとな……」
言って、惣一は抱えていたモーターをベンじいから借りたリアカーの荷台へよっこらせと載せる。
一見、小柄で力が無さそうに見える惣一ではあるが、実は祖父に鍛えられていた事もあって意外に力持ちだったりする。
しかし、その事を知っている者は惣一の家族と幼馴染の空子だけしか居ないのだが……。
「おう、惣いっちゃん! その様子からすると目的の物は見つかったって所かい?」
モーターを載せたリアカーを引き始めた惣一に声を掛けたのは、
レンチ片手の作業着姿の毛皮の所々に白い物が混じる初老のブチハイエナの男性。
彼はこのジャンク屋の店主で、ここ通いつめてた惣一とはもう顔なじみと言っても良い関係の人である。
「うん、オジさんの言っていた通りだったよ。これで『ブルースカイ[(エイト)』を飛ばせるぜ」
「おお、そいつは良かった! こいつももう一度役に立てると喜ぶ事だろうな!」
言って、リアカーに載せられたモーターを撫でつつ豪快にがはは、と笑って尻尾を揺らす主人。
と、そこで惣一はある事に思い当たり、少し不安混じりに主人へ問う。
「所でさ……オジさん、このモーターの代金は……」
「ああ、それだったら同じ重さの鉄屑と同じ代金で構わんよ!」
「え? それで良いの!?」
惣一が驚くのも無理もない。このモーターは本来ならば、高校生の小遣いではとても手が届かない位の価値の物なのである。
しかし、それが同じ重量の鉄屑と同じ価格で良いと言うのだ。これはまさに破格といっても良い値段であった。
店主は荷台に乗せられたモーターを撫でながら朗らかに笑う。
「どうせこいつも使い道がなかったら、他の鉄屑と同じく錆に埋もれるだけだったろうしな。
だったら、使ってくれる人に買って行ってもらう方が、こいつにとって幸せってモンだろう?」
「サンキュっ、オジさん!」
惣一は喜びの声を上げて、主人の薄汚れた毛皮に飛び付いたのであった。
「いや、モーターが見つかって良かった良かった。おまけに思ったよりも安く済んで本当にオジさん様々だよ」
暫く後、モーターの代金の支払いを済ませた惣一は、気分良くジャンク屋の出口へと向かっていた。
今の良い気分の為か、心なし手に感じるリアカーの重みも何処か心地良く感じる。
ひょっとすれば、無意識の内に鼻歌を吹いているかもしれない。歩む足取りも軽く感じる。
まあ、兎に角言えば、今の惣一はハッピーな気分であった。
「後は、こいつを『ブルースカイ[』に組み込んで、飛行試験を行うだ……」
しかし、ある物を目にした惣一は、自分の言葉が窄んで行くと同時に、ハッピーな気分が消し飛ぶのを確かに感じた。
惣一が目にしたある物、それは……
「おっかしいなぁ……前見た時には、確かにここに良さげなモーターがあった筈なのに……」
白い毛皮や衣服をオイルで汚れさせながらも、それを一切気にする事なくジャンクを物色する兎の男性の姿。
学園で何時も見る白衣こそは着てはいない物の、掛けている眼鏡と長い垂れ耳は見間違い様がない。
そう、其処に居たのはモーター(磁石)マニアの化け学もとい科学教師、跳月 十五だった。
「マズイ……もし、これがはづきちに見つかったら大変な事に……」
惣一は自分の背に嫌な汗が流れるのを感じていた。
恐らく、跳月先生は惣一と同じ目的でこのジャンク屋に訪れたのだろう。それは彼の漏らしていた独り言でも明らかである。
しかし、その跳月先生の求めている物は今、惣一の引くリアカーに載せられている。
つまり今の状況は、跳月先生の獲物を目の前で惣一が掻っ攫っていくような物。
其処でもし、跳月先生が惣一 ――いや、リアカーに載せられたモーターに気が付いたら如何なるか……。
多分、いや、絶対に跳月先生は惣一へ詰め寄る事だろう。何せ、跳月先生はモーター(磁石)狂で有名なのだ。
恐らく生徒相手であっても、この教師は形振り構わずに来る筈だ。最悪、モーターを取り上げられる事になるやも知れない。
「くわばらくわばら……見つかる前に退避退避っと……」
取り敢えず、惣一は跳月先生に気付かれる前に、彼の死角になる位置へ退避する事に決めた。
幸い、堆く(うずたかく)積み上げられた廃車のお陰で隠れる場所に苦労する事はない。
耳の良い兎族に気付かれない様、静かに、そして慎重にリアカーを押して積み上げられた廃車の陰へと隠れる。
「……ふぅ……ここに隠れればもう大丈夫かな?」
程無くして、惣一は跳月先生からは完全に死角になる位置に隠れる事が出来た。
後は、そのままじっと息を潜めて、跳月先生が探すのを諦めて帰るのを待つだけである。
隠れる事に成功したのに安心したか、惣一は思わず安堵の溜息を漏らす。
「おーい、惣いっちゃーん! 悪いけどモーターの代金間違ってたー!」
――その直後。ジャンク屋の主人の無遠慮なまでのダミ声が惣一の背を叩いた。
思わず振りかえってみれば、ジャンク屋の主人が手と尻尾を振りながらこちらへ駆け寄る所。
当然、惣一は大いに慌てふためき、手をばたつかせながら、
「ちょwwwwオジさん! 今はちょっと静かに……」
「……? 何を慌ててるんだい? ほら、そんな事より多く貰ってた分の百円」
しかし、惣一の事情なんぞ知る由も無い主人は、何時もの様に肉球に握っていた百円を惣一へ手渡そうとする。
「いや、だから、今は少し声を小さく……いや、もう良いです」
無論、惣一は主人に事情を知らせようと努力する物の、結局は素直に百円を受け取らざる得なかった。
「んじゃ、また何か入り用だったらここに来てくれよな!」
「……」
言って、豪快に笑いながら事務所へと去って行くジャンク屋の主人。
それを前に、惣一はただ苦笑いを浮かべて見送るだけだった。
……彼がそうなってしまうのも無理も無かった。
「…………」
そう、気まずそうに振り向いた惣一の視線の先には、にこやかな笑顔を浮べる跳月先生が立っていたからだ。
しかし、表情が笑顔だからと言って、今の跳月先生の心も笑っている訳ではないのは確かだ。
何せ、オイルで薄汚れた惣一の格好とリアカーに載せられたモーターを見れば、
惣一が先生の獲物を掻っ攫った事は一目瞭然。これで憤慨するなという方が無理だろう。
そして、跳月先生は笑顔を崩さぬまま、惣一と目を合わせる様に中腰になって問い掛ける。
「さて、惣一君。こそこそと僕から隠れていた様だけど、一体如何言う事か説明してくれないかな?」
「………」
聞かなくても分かってるだろうに。と言う跳月先生に対する文句を喉元に留め、惣一は沈黙を守り通す。
苦労して折角手に入れたモーター、それをここで奪われる訳にはいかない。惣一は運命と闘う事を決心した。
そして、惣一は跳月先生に視線を合わせないようにそっぽ向いて、わざとらしい丁寧口調で突き放す様に答える。
「はづきちには関係ない事でしょう?」
「そうは行かないなぁ。生徒がこんな場所でオイルまみれになって何やってたのか気になるじゃないか。教師として」
と、言う跳月先生のその目線は、明らかにリアカーの荷台のモーターへ向けられていた。
……如何見ても狙いがモーターなのがバレバレです。ありがとうございました。
「俺は部活で必要な部品を探しに来てただけ。別にはづきちが気にする程の事じゃないですよ」
「へぇ、部品かぁ。それ、どんな物か先生に見せてくれないかな?」
飽くまでも白々しい態度で迫る跳月先生に、惣一は心の内で若干イラッ、とくる物を感じた。
しかし、それを表に出す事無く、惣一は飽くまで平静を装って跳月先生へ返す。
「駄目です。はづきちに見せたら折角の部品を分解されそうですから」
「ははは、惣一君ったら嫌だなぁ。君は僕の事をそう見ているのかい?」
「はい。そう見えます」
笑顔できっぱりと断言する惣一。一瞬だけ跳月先生の笑顔が引き攣り、垂れ耳が揺れる。
しかし、跳月先生は何とか心の内で感情の平衡を保てたらしく、口の端を若干引き攣らせながらも言い返す。
「生憎だけど、それは誤解と言っても良いよ惣一君。
確かに僕は、科学的好奇心を向けた対象を隅々まで調べたくなる事もある。
だけど、幾ら何でも人の物まで分解するとか言う真似だけはしないよ?」
「でも、この前、いのりんの新しい携帯を分解しようとしたって話を聞きましたよ?」
「それはバイブレーションモーターが気になっただけの事、それに未遂だからやってはいないよ?」
「未遂でも、やろうとした事は確かですよね?」
「でも未遂は未遂だ。やっていない事には変わりは無い」
飽くまで笑顔を崩さず、論戦し合う二人。
この時、跳月先生も惣一も、互いに1歩も引く気が無い事を改めて認識した。
「…………」
「…………」
そして沈黙、睨み合う訳でもなく、ただ、二人はお互いににこやかな表情を浮かべて沈黙しているだけ。
しかし、見る人が見れば、二人の視線の間にバチバチと電撃が走っているのが見えたのかもしれない。
曇天の下のジャンク置き場に異様な空気が満ちる中、先に動いたのは惣一だった。
「兎に角、もう時間も遅いのですので話はまた後で、と言う事で。それじゃ”先生”、さようなら!」
「あ! ちょっと惣一君!?」
妙な敬語で言うだけ言って話を無理やり切り上げ、踵を返した惣一はリアカーを引いてそそくさとジャンク屋の出口へ向かう。
ここで押し問答した所で何ら得られる物はない。それどころか逆にモーターを取り上げられる危険性が増すだけ。
そう心中で賢明な判断を下した惣一は、ニンジンならぬモーターに飢えたウサギから逃げる事に決めた。
「待ちたまえ、惣一君!」
後で跳月先生が何か叫んでいるが当然、無視。
「そのモーター、君一人で組みつける事が出来る思ってるのかい!?」
「え?―――ぐへっ」
しかし、次に言った言葉で惣一は思わず足を止めてしまい、
そのまま引っ張られた事で勢いのついたリアカーに押し倒され、前のめりに地面に突っ伏した。
そして、数秒ほどの間を置いて、土とオイルまみれの惣一がリアカーの下から這い出る様にふらふらと立ち上がり、聞く。
「…そ…それ、如何言う意味だ?」
「ふふ、君が持って帰ろうとしているモーターはね、三相交流を用いた永久磁石同期電動機と言ってね
ラジコンとかに使われている直流モーターと違って、組み付けが難しい上に動かすには専用の機器も必要なんだ。
そう、僕みたいな専門的な知識を持っている技術者じゃないと、とてもじゃないけど動かす事すら難しいだろうね?」
「…………」
やたらと自慢気に言って、掛けているメガネをくい、と人差し指の先で持ち上げて見せる跳月先生。
惣一はただ、何も言わず夕日を照り返すメガネを睨みつけるしか出来ない。
それも当然だった、何せ、跳月先生に言われるこの時まで、
惣一は自分が手に入れたこのモーターの事を高性能なモーター位にしか考えていなかったのだ。
ましてや、組み付けに専門的な技術が必要であるなんて、それこそ知る由すらなかったのだ。
悔しいが、跳月先生の言っている事は事実だった。
「……だから、このモーターを俺が持って帰っても無駄になる、と言いたいのか。先生」
「まあ、しいて言えばそうなるだろうね」
再び、キラリと夕日を照り返す跳月先生のメガネ。揺れる垂れ耳もヒクヒクと動く鼻も何処か自慢気に見える。
自然と、跳月先生を見る惣一の眼差しは睨み付けるような物へと変わって行く。ぐぬぬと声を漏らしていたかもしれない。
しかし、それに気付いているのか気付いていないのか、跳月先生は先程とは打って変わって明るい調子で言う。
「其処で提案なんだが、僕がそのモーターの組み付けを手伝ってやろうと思うんだが、如何だい?」
「……はぁ?」
余りにも唐突な提案に、思わず目を点にして間の抜けた声を漏らす惣一。
「君がこのままモーターを持って帰っても、君の腕では使う事は出来ない。
そして、同時に僕はモーターを触る事も出来ない。これではお互いにメリットは何にもない訳だね?」
「ああ、そうだな」
「けど、君が僕の提案を飲めば、僕の技術によって君はこのモーターを使う事が出来る様になる。
そして同時に、僕も思う存分このモーターを触る事が出来る。そう、お互いにメリットがある訳だ」
「…………」
惣一は考える。
……はづきちの言っている事が事実か如何かは、その時になってみないと分からないだろう。
ひょっとすれば。モーターを手に入れたいが為に、その場で考えついた虚言と言う可能性もある。
しかし、万が一、はづきちの言っている事が事実だったとすると、
知識も何にもない俺一人では、このモーターの組み付けに相当苦労する事になるだろう。
まあ、ベンじいの手を借りればひょっとすれば出来るかもしれないが、彼が何時も手を貸してくれるとは限らないのだ。
そうなると、下手すれば何時まで経っても『ブルースカイ[』が完成しない可能性すらありうる。最悪、モーターを壊す可能性も。
そうなってしまったら、アイツとの約束も守れないまま、そしてアイツはずっと飛べないままになるかもしれない。
……暫く考えた末、惣一は苦渋の決断を下す事にした。
「……分かった。先生の提案、飲む事にするよ」
「本当かい!? いやぁ、惣一君も話が分かるね」
「――ただしだ!」
「――…っ?」
惣一の了承の言葉に、思わず垂れ耳をぴくりと若干動かして喜びの声を上げる跳月先生。
しかし、その喜びの声を遮って、惣一はピシィと跳月先生の鼻先へひとさし指を突き付ける。
当然、いきなり指先を突きつけられた跳月先生は言葉を止めざるを得ず、驚いた様に鼻をヒクヒクさせた。
そのまま暫く互いに静止した後、惣一は念を押す様に声を低くして言う。
「分解するのだけは、本気で止めてくれよ?」
跳月先生は、きょとんとした表情を浮べ、垂れ耳を揺らして頷くだけだった。
その後、跳月先生を伴ってモーターを部室へ持ち帰った惣一は、
跳月先生の協力の元、『ブルースカイ[』へのモーターの組み付け作業を行った。
途中、『ブルースカイ』に使う太陽電池に興味を示した跳月先生が、「何枚か分けて欲しい」と惣一へせがんだり、
説明を聞き間違えた惣一が回路を組み間違え、危うくショートを起こしかけて跳月先生を慌てさせたり、
徹夜作業で眠りそうになった惣一を、跳月先生がウサギ式キックで文字通り叩き起こしたり、
その後で睡魔に負けそうになった跳月先生の垂れ耳を、惣一がお返しとばかりに思いっきり引っ張り上げて起こしたり、
と、様々な紆余曲折を経てモーターの組み付けは完了。試運転の後、試験飛行は後日行われる事となった。
その後、『ブルースカイ[』は飛行試験を行うも飛行失敗、墜落して翼が折れる事故を起こすが
直ぐに惣一の手によって、折れた翼の修復及び徹底的な改修が行われ、『ブルースカイ\』へ生まれ変わる。
そして、『ブルースカイ\』は念願の初飛行に成功し(若干の問題はあった物の)、惣一は幼馴染との約束を果す事になった。
それから時もたって……。
※ ※ ※
1年近くの歳月を経た今、『ブルースカイ』シリーズも初飛行に成功した\(9番目)から代を重ねて]U(12番目)。
\では何処か危なげだった飛行も、今や]Uでは限定的ながらもアクロバティックな飛行も行える性能を持つに至った。
そして今日、惣一らはまだ建造中である新型『ブルースカイ』に使用する新型モーターの性能評価の為
本来使われているモーターから新型モーターへ換装した『ブルースカイ』]Uを駆り、空を吹く一陣の風となっていた。
「空は西高東低、雲一つ無く風も穏やか。やっぱりこう言う日は空を飛ぶに限るな」
蒼く晴れ渡った空には邪魔する物は何も無く、遠く美山連峰の純白の頂上まではっきりと見通せる。
それはまるで、空を往く者にしか分からない絶景を一人占めしたような感覚。惣一はこの光景が好きだった。
しかしこの時だけは、周囲に広がる大パノラマを楽しんでいるのは惣一一人ではなかった。
「確かにね、今日のこの日は寒冷前線も日本海上へ離れてるから、風も少なく寒さも穏やかになってると言って良い。
とは言え、モーターの性能のデータを取る点に於いては、もう少し外乱があった方が良いとは僕は思うんだけどね」
吹き付ける風に垂れ耳を棚引かせ、眼鏡の代わりにゴーグルを光らせるのは、『ブルースカイ』の後部座席に座る跳月先生。
何故、跳月先生が搭乗しているかと言うと、本来なら部員の鈴鹿がデットウェイトとして搭乗する予定であったのだが、
この日は生憎、当の鈴鹿が親戚の法事に参加して不在の為、急遽代役として彼が選ばれ、いや名乗りをあげたのである。
……尚、この二人の会話は、後でモーターの駆動音が激しく響く中でも会話が出来る様、インカムを介して行われている。
「生憎だけど、今日の飛行試験で確かめるのは、この新型モーターで飛行機をどれくらい飛ばせるかを確かめるだけで。
はづきちの言う外乱だかなんだかを確かめるのは、今製作中の『ブルースカイ』]W本体が完成してからの事だって」
「ああ、そう言えばそうだったね。…確か、その『ブルースカイ』]Wはようやくフレームが出来た所なんだって? 惣一君」
「まぁな、今はまだこれから胴体フレームの前部と尾部を繋ぎ合わせるってとこだから、はづきちの出番も当分先になるな」
「…僕の出番が当分先って、どう言う事だい?」
惣一の何気ない一言に、キラリと輝く跳月先生の眼鏡…ではなくゴーグル。
「いや、バッテリーとかモーターの電装関係の作業はまだ後の事だから、そう言う意味で言ったんだけど……?」
「ああ、そう言う意味か、まあ、確かに僕が居なければ君達の飛行機は完成しないからね。
いや、むしろ君達の飛行機は僕が居てこそようやく完成するといっても過言ではない訳だ」
「…………」
いや、確かにあんたの言ってる通り、電装系の取り付け作業が出来なかったら『ブルースカイ』は完成しないけど、
流石に自分が居なければってのはちょっと言い過ぎなんじゃね? 別に電装系の作業はベンじいでも出来る訳なんだし。
そう、様々な反論が頭の中で思い浮かぶが、流石に相手が教師である上に一応恩人である以上、惣一は黙るしか他がない。
しかし、惣一が反論しない事を良い事に、跳月先生は上機嫌な調子で続ける。
「いや、それどころか、君の飛行機がこうやって飛べるのも、すべては僕の技術があるからこそなんだよね。
まあ、其処を惣一君には少しでも良いから、僕に感謝して貰いたいと常々思うんだよ」
「…………」
その瞬間、惣一の頭の中で何かがカチーンと音を立てた。
……ほほぅ、言うに事欠いて、すべて自分の技術のお陰と言いやがりますかこの垂れ耳ウサギは?
この『ブルースカイ』の設計の約9割を行い、更にそれに伴う部品の発注と加工もやってたのは誰だと思ってるんだ?
まあ、建造はベンじいや白頭、鈴鹿さんに手伝ってもらったりしてたけど……。
……だが、それでも惣一は反論をしなかった。
しかし、惣一が我慢強いと言う訳ではない。ただ、言葉の代わりに行動で示す事にしただけで。
「そうだ、先生。俺、ちょっと良いことを思いついたんですよ」
「…え? いきなりどうしたんだい、惣一君」
この時、跳月先生はぞわりと背筋の毛が逆立つ物を感じた。
何せ、さっきまでタメ口だった惣一が急に敬語口調に、しかも自分の事をはづきちではなく『先生』と呼び出したのだ。
後部座席からでは前の惣一が如何言う表情しているのか分からないが、恐らく、これまでにないイイ笑顔をしているのだろう。
だが、今更それに気付いたとしても今は空の上、しかも身体が『ブルースカイ』の座席にベルトで固定されてて逃れる筈も無い。
跳月先生は今になって、自分が不用意な発言をしてしまった事を激しく後悔した。しかし、もう時既に遅し、である
「せっかく先生が性能の良いモーターをつけてくれた事ですし、
それに今日は天気も良いですから、ここは『ブルースカイ』の運動性能のテストをしようと思うんですよ」
「え? 運動性能って……まさか!?」
もし惣一の言っている事が正しいのならば、多分、これからやろうとしている事は……!
脳裏に過る激しく嫌な予想に、頭からざぁっ、と血の気が引く音が聞こえる。マズイ、早く謝らなければ!
「い、いや。そ、惣一君、僕が悪かった、さっきの発言は取りk――――」
しかし、跳月先生が謝罪の言葉を言い切る間も無く、惣一は操縦桿とスロットルを握る手に力を込める。
複雑に可動する主翼と方向舵、唸りを増すモーター、反転する視界、無秩序に身体と垂れ耳を振りまわす遠心力と重力!
「そぉれ! 先ずは大宙返りニ回転! そして更に錐揉み3回てぇーん!」
「ちょ、やめくぁwせdrftgyふじこlp; !!」
……かくて、冬の空に跳月先生の叫び声が、何処までも木霊するのであった。
結局、このアクロバット飛行によって、当然の事ながら跳月先生は見事に気を失い。
その事で惣一は空子に3時間ほど説教される事となるのだった。
―――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――
以上です。
投下しようとしたタイミングで規制されると地味に凹む。
ちなみに、鳥人が平然と空を舞うこの世界では飛行法の制限が緩い事になっている設定です。
本来ならばウルトラライトプレーンの操縦技能者以外の搭乗は認められていませんので、あしからず。
それと、ウルトラライトプレーンでアクロバット飛行は大変危険です。
良い子も悪い子も惣一の様な真似は絶対にしないでください。命の保証は出来ません。
かかってる手間が半端ないw
ソウイチすげー奴だったんだな
77 :
Fist:2010/01/21(木) 17:41:15 ID:BLEteQQd
モーター1つで二ヶ月強…惣一、恐れ入りました。
…しかし、イヌもそうだが黙ってガブリは怖いなw
なんだか全員可愛くデフォルメされとるw
バンバちゃん美脚やのぅw
雪がちらつく中、葉を繁らせた常緑樹の生い茂る山道を、突撃銃片手の迷彩服姿の男達が行く。
ただ、道を進み行くだけだと言うのに、彼らは過剰と言える位までに目と耳と鼻を駆使して慎重に周囲に気を配り、
更に突撃銃の先で茂みを突つく事で周囲の茂みに危険が潜んでいないかを確かめつつ、1歩1歩確実に進軍して行く。
後もう少し進めば、敵の陣地の直ぐ側に辿りつく。そしてここから攻めてくる事に敵は気付いていない。
このまま奇襲を行えば、自分達は確実に勝利が出来る筈。
……そう、彼らは確信していた。
だが、彼らはまだ気付いていない。
もう、既に彼らは死神にに見入られていると言う事を。
最初の被害者は先頭を歩いていた歩哨――ではなく、一番最後尾を歩いていた者だった。
不意に叩きこまれた側頭部への一撃に、彼は何が起きたのかも殆ど理解できずに死体へと変わった。
「スナイパーだ!」
最後尾の仲間の異変に気付いた誰かの上げた声に、毛皮を逆立てた彼らの動きが慌しくなる。
彼らはすぐさま何処かに潜んでいるであろう狙撃手の存在を探し出すべく、或いは被害の拡大を防ぐべく、
先ほど撃ち込まれた方角へ耳を向け、意識を集中させ神経を張り巡らす。
しかし、彼らが行動に入った時には、
既に死神は別の位置へと移動を済ませ、新たな獲物へ狙いを定めていた。
次の被害者となったのは、先ほど難を逃れた歩哨であった。
唐突に放たれた額への冷酷な一撃に、彼は悲鳴すら上げることも出来ずに死体へと変わる。
「クソッ、何処から撃ってきてるんだッ!!」
「だ、駄目だぁっ! もう勝てっこないんだ!」
たった数分にも満たない時間に二人を屠られ、姿無き敵に対する恐怖はパニックへと変わる。
ある者は闇雲に突撃銃を乱射し、ある者は恐怖の余り文字通り尻尾を巻いてその場から逃げだし、
そしてある者はその場に蹲って事が過ぎ去るのを待った。
しかし、死神は彼らに対し、何ら容赦する事も、そして慈悲をかける事すらも無かった。
先ず、突撃銃を乱射する者へ死神は精確な一撃を額へ叩きこみ、死体へと変える。
その次に、逃げ出そうとした者へも死神は容赦無く後頭部へ一撃し、死体に変える。
そんな仲間達が上げる騒乱の中で、蹲る者は恐怖が過ぎ去るのを神へ必死に祈った。
――そして……どれくらいの時間が経ったのだろうか?
不意に騒乱が収まり、静けさを取り戻した森に、彼は不思議そうに顔を上げて周囲を見やる。
「……終わった、のか?」
――森は不気味なまでに静かだった。
動く者は何一つ無くなり、代わりに周囲にはかつては仲間だった死体が累々と横たわっている。
聞こえる音とすれば、時折、風に揺れる木々が鳴らす葉擦れの音と、何処からか聞こえる野鳥の鳴き声。
彼は暫く周囲を伺った後、自分のヘルメットの上半分を茂みから出す事で、狙撃手が撃ってこない事を確かめる。
もし、狙撃手がまだ近くに居るのならば、茂みからヘルメットを出すと同時にヘルメットへ一撃が叩きこまれる事だろう。
……しかし、待てど暮らせど、ヘルメットへ一撃が叩き込まれる事は無かった。
安全を確認した彼は安堵の溜息を漏らすと、伏せていた耳を立ててそっと茂みから立ち上がる。
一刻も早く自分の陣地へ帰還し、作戦を立て直さなくては。
そう思いつつ、彼が横をむいた。
――その次の瞬間、彼のその額へ一撃が叩きこまれた。
※ ※ ※
「やれやれ、今回も『白い死神』を前に我々は為す術無しだったな……もう、強すぎだよ。
結局、攻撃を受けてから我々が全滅する最後まで、奴の姿を見る事すら叶わなかったからなぁ
おまけに、俺の自慢の鼻で奴の臭いを探そうにも、奴は臭い消しまでばっちりしていた様だったから全然役にたたねぇし」
それから日も沈み始める頃になって、
森林近くの広場で、迷彩服姿をした垂れ耳のイヌの青年が、缶コーヒー片手に苦笑混じりに漏らす。
その横の、同じく迷彩服姿をした三毛のネコの青年が手にしたペットボトルのお茶を呷りつつ溜息混じりに返す。
「今度こそ奇襲が上手く行くと思ったんだけどなぁ……まさか『白い死神』があそこに居るなんて思っても無かったよ」
「全くだ、まるで『白い死神』は俺達の行動を読んでいたとしか思えないな。」
その呟きに垂れ耳が缶コーヒーをグイと呷り、相槌を打つ。
二人は何れも首に『死体』と書かれた看板を下げ、それぞれ額と側頭部に赤いペイントの華を咲かせていた。
良く見れば、話し合う二人の周りにいる人々もまた何れも首に『死体』の看板を下げ、
頭の何処かに赤いペイントを張りつけていた。
端から見れば滑稽な仮装をした彼らは、
サバイバルゲームを趣味とした者達の集まりで、東佳望町に本拠を構えるチーム『東第12軍』のメンバーである。
彼らはこうやって月に一度、西佳望町に本拠を構えるチーム『西方旅団』と佳望学園の裏山で対戦を楽しんでいる。
そしてつい先ほど、彼らは『西方旅団』によって見事なまでな敗北を喫し、今はその反省会の真っ最中である。
そんな中、キツネの少年がふと思い立った様に、垂れ耳のイヌの青年へ問い掛ける。
「あの、少し聞きたいんですけど、さっきから先輩達が言っている『白い死神』って一体何の事ですか?」
「ああ。そういやお前さんはこれに参加するのは始めてだったよな?
俺達の言う『白い死神』ってのは、先ほど俺達をフルボッコにした彼女に付けられた、いわば通称みたいな物だよ。
他にも『シモ・ヘイヘの再来』とか色々と言われているけど、『白い死神』ってのが一番良く通ってるな」
「はあ……それは分かりますが、その彼女って一体何者なんです?」
キツネの少年の更なる問い掛けに、
三毛と垂れ耳はお互いに顔を見合わせた後、二人そろって深い溜息を付いて話し始める。
「あ〜…それがわかりゃ苦労しないんだよなぁ……」
「彼女、って呼んでるのはチームの登録書類に記載されている性別が女だったから、そう呼んでいるだけで、
『白い死神』ってのも、白い外套を羽織ってたって言う唯一の目撃談から、皆が彼女の事を勝手にそう呼んでいるだけなんだ」
「その他にわかっている事と言うと、彼女はウサギである事と、それと年齢が高校生くらいである事くらいなんだよな?」
「そして更に言えば、姿を一切見せる事無く、必ずヘッドショットで敵を葬る凄腕の狙撃手ってのもあるな。
まあ、これは俺達を含めてお前さん自身も実際に身を持って知った訳だけどな?」
言って、自分の額の毛皮にべっとりと張りついたペイントを指差す三毛。
狭い事を指す慣用句にも使われている程、他の種族に比べて狭いネコ族の額のその中心へ正確に命中させている辺り、
彼らの言う『白い死神』の腕前の凄まじさが容易に窺い知る事が出来るだろう。
「ついでに言えば、彼女は何時の間にかゲームに参加していて何時の間にか帰ってるんだよ。まさに神出鬼没って奴」
「そのくせ、彼女はちゃんとゲームのルールは守ってるからな。腕前が腕前だから誰も文句を言えやしない。
それ所か、俺達の仲間ん中ニャ、何としてでも『白い死神』を討ち取るって息巻いている奴が居るくらいだしな?」
「ああ、『白い死神』にご執心なあいつの事だろ? 真偽は如何だかわかんね―けどロシア生まれだって言ってる奴。
って、そういやあいつ、今日は事情があるとかで参加してなかったみたいだけど」
「そうそう、なんかそいつの実家の方で……」
二人の話がそろそろ在らぬ方へ逸れてきたので、キツネの少年は会話を適当に聞き流す事にして、
今まで聞いた情報から元に、謎の狙撃手『白い死神』について色々と考察してみる事にした。
先ず、『白い死神』は女性の兎人で年齢は高校生くらい、つまりは自分と同じ位である。しかし、それ以上の事は不明である。
そして彼女が凄腕の狙撃手である事は、何よりも自分の後頭部に張りついたペイントが証明している。
更に、何時の間にか帰っていると聞く以上、今更それらしい人物を探した所で見つからない可能性が高いだろう。
しかし、それで居てサバイバルゲームのルールにちゃんと則って参加しているとも聞く。
(って事は、『白い死神』って凄腕な上に生真面目で、それで居て恥かしがり屋なケモノ……?)
ここまで考えた所でキツネの少年はいよいよ訳が分からなくなり、
痛み出した頭を休める為、一先ず思考を中断する事にして少しぬるくなったコーヒーを口に含んだ。
※ ※ ※
「ちょっと其処の! 学校に関係無い物を持ちこんじゃダメでしょ!」
所変わって、寒さが身体の芯まで染み渡るような、冬の朝の学園の正門前。
冬の寒さも何のそのと職務を果たすリオは、目の前を過ぎ行く生徒の持つ見慣れぬ物が目に止まり、反射的に引き止めた。
髪の毛を留めたレースのリボンが印象的な、何処と無く大人しい印象を抱かせるリオと同じウサギの少女である。
少女はゆっくりとした動きで振り向くと、鼻をヒクつかせながら自分を引き止めたリオへ不思議そうな眼差しを向けた。
「ねえ、わたしの話を聞いてるの?」
「……え? あ、はい」
再度声をかけるリオに、少女は驚いた様に目を丸めた後、蚊が鳴くようなか細い声で返事を返した。
ひょっとしてこの子はわたしをバカにしているのだろうか? 少女の態度に思わずムッとするリオ。
しかし、よくよく見れば少女はリオをバカにしている、と言うより本気で驚いている様であった。
なら、なんで声を掛けただけだというのに驚いているのだ、この子は? と、それより本題だ。
「その鞄からはみ出た長い包みはなんなの? 何に使う物なの?」
「え、えっと、その…これ、モシン・ナガンは…その…」
「もしん…? 何言っているのか良く分からないけど、もう少しはっきり喋ったら如何?」
しかし、リオの問いかけに対して、少女は恥かしそうにぶつぶつと繰り返すばかりで要領を得る返事を返してこない。
その少女の態度に、朝っぱらの寒い中で持ち物検査し続けていたリオのイライラが遂に爆裂しようかと言うその矢先。
「あら、如何しました? 因幡さん。何かこの子に問題でもありましたか?」
「あ、佐藤先生…」
後から掛かった声にリオが振り向くと、其処に居たのはメンフクロウの国語教師、佐藤 光代。
冬のこの寒い時期なのだろうか、彼女は何時もにも増して全身の羽毛がふっくらとしている為、一回りふt…大きく見える。
無論の事、リオは丁度良いタイミングに現れた教師へ、少女の持つ校則違反と思われる持ち物の事を報告する事にした。
「それがですね、佐藤先生。この子の持っている荷物に、学校への持ち込みが許可されてない物がありまして」
「ああ、それですか? それの事なら大丈夫ですよ」
「へ? 大丈夫って…」
佐藤先生から返って来た思わぬ言葉に、目を丸くするリオ。
その様子が滑稽だったのか、佐藤先生はホホホと笑いながら少女(と鞄)を翼先で指して説明する。
「その荷物は部活の練習に使う空気銃なんですよ。この子、私が顧問を務める射撃部もやっていますので」
「え、あ…そうだったんですか?」
……『射撃部も』? 佐藤先生のその言葉にリオは一瞬、引っ掛かる物を感じたが、
そうしている間にも他の生徒が次々と通り過ぎているので、ここは深く考えず職務に戻る事にした。
と、その前に自分の勘違いで引き止めてしまった少女に謝罪をしなければ。そう、風紀委員は誠実さも大事なのだ。
「ごめんなさい、わたしの勘違いで引きとめてしま――って、あれ?……いない??」
しかし、謝罪するべくリオが少女の方へ目を向けた時には、
さっきまで其処に立っていた筈の少女は、まるで幻か蜃気楼かの様にその場から姿を消していたのだ。
リオが驚くのも無理もない。何せ少女から目を離したのは佐藤先生と話した僅か数秒の事である。
それにも関わらず、少女は足音すら立てる事すらなくその場から姿を消したのだ。普通は驚く。
そんなリオの様子に気付いたのか、佐藤先生が不思議そうに首を90度傾けてリオへ問う。
「どうかしましたか? 因幡さん」
「い、いえ、さっきの子が居なくなって……あれ?」
「あらあら、あの子ったら相変わらず引っ込み思案ねぇ……。
因幡さん、後であの子には私から一言言っておきますので、この件に関してはご心配なさらずに」
「は、はぁ……わかりました」
「では、私はこれから授業の準備がありますので…。
と、そう言えば今日の私の一番最初の授業は因幡さんのクラスでしたね。
因幡さん、授業中に居眠りとかする生徒が出ない様に、あなたのその眼鏡でばっちりと見張っててくださいね?」
「了解しました、佐藤先生!」
「頼みましたよ」と言い残して校舎へ行く佐藤先生の後ろ姿を見送った後。
改めて職務に戻ろうとしたリオはふとある事に気付き、思わず言葉に漏らす。
「そう言えば、あのウサギの子……わたしと同級生の様だったけど、誰だったかな?」
「今日は本当にびっくりしたなぁ……。
まさか佐藤先生と利里君以外に、私に話しかけてくる人が居るなんて…やっぱり、同じウサギだから気付いたのかな?
あ、それより来週、隣街でサバゲの大会があったんだ。学校終わったらモシン・ナガンの手入れしておかなくちゃ……」
兎宮 かなめ。
狩猟同好会と射撃部を掛け持ちしている物静かなウサギの少女。
実は言うと彼女は西佳望町サバイバルゲームチーム『西方旅団』に所属しており。
更にはその界隈では『白い死神』と呼ばれ、敵味方共に恐れられている事を知っている者は、殆ど存在しない……。
―――――――――――――――――――――終われ――――――――――――――――――――――
たまたま目にしたウィキペディアのシモ・ヘイヘの記事を読んでいたらこんな妄想が出来ていた。
反省しt(ズキュ-ン
なんというステルス活用
シモヘイヘって兵士か何かかしら
ところで、「実を言うと」が全部「実は言うと」になってるのは何か意味があるん?
89 :
Fist:2010/01/23(土) 20:35:01 ID:sNImTEqX
かなめさん…つ、強…。
彼女の姿はサーモでもないと捉えるのは無理だな。
と、なにげにそのステルスさえ破る佐藤先生の索敵能力に驚嘆。
射撃部で使う銃にモシン・ナガン?珍しい銃を使うなー。
91 :
避難所から代理:2010/01/23(土) 21:46:53 ID:6bNL319n
いろんな部活があるケモ学楽しそうでいいねえ
女の子スナイパーかっこいいわ
しかし見えにくいウサギにもフクロウさんはきっちり気付くんだなw
さすが肉食鳥類
旅館。書いておきたかったショートエピソードです。
『小さな旅館で〜同日談』
佳望学園の教師一同は、とある旅館に慰安旅行にやって来ていた。
美味しかった夕食も終盤。気持ちよく酔っていた帆崎は何かに気づいて、隣で同じく酔っている猪田に尋ねる。
「いのりん、サン先生知らない?」
「あー…そういえば姿が見えないですね」
「うーい。じゃちょっと探してきまーす」
その場で見回すが、小さな身体で大きな存在感のサン先生の姿は見えない。
帆崎はトイレに立つついでに会場の外を探してみようと考えた。
襖を開ける前に振り向いて、もう一度座敷を見回す。
すると、先程は見えなかったサン先生の姿が…
ピシッ
帆崎は硬直した。それは見事に、石像の如く。
疑問に思った猪田が歩み寄り、同じ方向を見て…同じく固まった。
ふたりの目線の先には眠っているサン先生。そしてその場所が…
よりにもよって怒れる女帝。英先生の膝枕。
「えちょ…何…あれやばくないすか」
「…うん…まずいね」
何をどう間違ってあんな状況になったのかはわからないが、
普段の英先生を、特にサン先生とのやりとりを見ているだけに、恐ろしい状況。
下を向いて見えない英先生のあの顔には、一体どんな形相が浮かんでいるのか。
英先生の背後から底知れない怒りのオーラが立ちのぼっているような気がして。
正直関わりたくなかった。が、このままでは平和なはずの慰安旅行が
サン先生にとって恐ろしいトラウマと化してしまうかもしれない。
彼を助けなければ。ただの同僚ではない、かけがえのない親友として。
戦場に臨む漢たちの姿がそこにあった。
「あ、あのー…」
恐る恐る話しかけたのは帆崎。猪田もそれに続く。
「サン先生も決して悪気があるわけではなくてですね、ただ疲れて…」
ふっと、顔を上げる英。猪田はつい言葉を失う。
その目には意外にも
「ええ、寝てしまったわ。サン先生も疲れてるのね」
意外にも、穏やかな光が宿っていた。
全く予想外の言葉にふたりは少しの間、ポカンとしていたが、やがて思い出したように帆崎が声を出す。
「えっ…と、すぐ寝室に連れて…」
「いいわよ。気持ちよく寝ているから、もう少しこのままで…」
さらに愕然とする帆崎に、英先生が提案する。
「そうね、何かかけるものを持ってきてくれると助かるわ」
「え、あ、はい」
帆崎は慌てて寝室に走り、指示されるままに眠るサン先生に毛布をかける。
英先生にありがとうと言われて、帆崎はうろたえるばかりだった。
不思議なこともあるものだと、尻尾をくねらせながら戻る帆崎。
付き合いの長い猪田に聞いても、わからないと首をかしげるだけだった。
そんなふたりの近くで白が立ち止まる。サン先生に気付いて、ほぉと感心したような声を出す。
「ほほえましいな。まるで親子みたいじゃないか」
意外な感想を聞いて、猪田はふたりを見直した。なるほど確かに先入観を取り払って見てみれば
ああしている英先生と小さなサン先生は、まるで仲の良い親子のように見えるではないか。
「ああ、盲点だった。確かにそう見えますね」
「な。帆崎もそう思うだろ?」
「………」
「帆崎先生?」
「…え、あ、はい。そうですね」
帆崎の答えに満足したようにふたりは頷いた。
本当は帆崎には、白、猪田とは違うものが見えていた。
どこまでも優しく見つめる英先生。安心しきって眠るサン先生。
そんなふたりに、いつもそうしている、自分とあいつの姿が重なって。あれは、親子ではなく…
「って…ないない」
そんなことがあるはずない。まったく、何考えてるんだか。
帆崎は小さく肩をすくめるのだった。
<おわり>
旅館。
>>54-63でもういっちょ。
こっちは後日談。補足と言えるかも。
『小さな旅館で〜後日談』
ぼくは今、板書された数学の問題と戦っている。数学の苦手なぼくが自分で申し出たことだ。
サン先生とふたりきりの放課後の教室に、ペンを走らせる音だけが響く。
「生徒がみんなヒカルくんみたいに積極的なら、ぼくたちも助かるんだけどねえ」
そう言ってサン先生は快く相談に乗ってくれた。
ようやく問題が解けた。ペンを置いて前を見ると、サン先生は教卓に山積みにされたプリントを次々に捌いている。
「あ、解けた? こっちはあと5分で終わるからもーちょっと待っててね」
手を止めずに続けている、サン先生の本来の仕事だ。先生は忙しい。チクリと、少しの罪悪感。
「学年違うけどテストの丸付けだから、あんまり見ないでくれると助かるかな」
ぼくは慌てて解答用紙に目を落とした。空いた手でペンをとる。
さて、どうしよう。もう一度計算をやり直してみようか。正直あまり気が進まない。
そんなぼくに気付いたのか、丸付けを続けながらサン先生が話す。
「この間さ、教師みんなで旅館に慰安旅行に行ったんだ。
で、ぼくもびっくりしたんだけど偶然ミナに会ったんだよね」
「ミナ…杉本さん」
彼女のからっと澄んだ声が脳裏に浮かぶ。
「温泉で。混浴ね」
ボキ
しまった。シャープペンの芯が折れてしまった。
汚してしまった解答用紙を消しゴムできれいにする。
ミナも大胆なことをする。
でも、活動的な姿を思い出して、あのひとらしいな、とも思う。
「あのときはなーんか変だったんだよね。それでさあ…」
ぼくの興味は先生の話に集中する。とても仲が良い、楽しい会話が聞こえてくるようだった。
ん…?
途中で出たひとつの言葉に、ぼくの尻尾がぴくりと反応する。
「月が綺麗…?」
「え? うん…どうしたの?」
つい顔をあげたぼくと、キョトンとしたサン先生の目が合う。
「あ、いえ、なんでもないです」
慌てて机に顔を戻した。
ぼくはある小説家の言葉を思い出していた。
明治の世を生きた有名な小説家。数年前ならば、この国のきっと全ての人がその顔を知っている。
『あなたといると、月が綺麗ですね』
英語教師でもあった彼が、ある短文をそう訳したと言われている。
本が好きなぼくは知っていた。他には例えば、国語の先生も知ってるだろうか。
――あのとき、言っとけばよかったのね。今考えたらさあ――
続いて脳裏に浮かんだのは、いつかのミナが呟いた言葉。
あのときはよくわからなかったけれど、その意味が今になってわかった気がした。
「ヒカルくん、終わったよ。ヒカルくん?」
名前を呼ばれて我に返る。そうだ、今は勉強が大切。
考えていたことは、頭の隅に追いやった。
帰り道。冷たい空気を耳に受けながら、ぼくはミナのことを考える。
彼女には失礼にあたると思うけれど。彼女の想いを想像して、それが現実になることを思う。
それはきっと素敵なこと。だけど…なぜだろう。ぼくは少しだけ複雑な気分になった。
<おわり>
SSも絵もたくさん投下されてる!
サン先生はフラグ立てすぎではないのか!若いおなごとババアとなんて!
>>95の気になってググッてみたけど、漱石先生のことなのね。勉強になったわ。
カッコイイんだけど、帽子の左に耳をまとめてるのが可愛いw
発砲音で耳をやられないための措置なのかな?
100 :
Fist:2010/01/25(月) 05:21:29 ID:lIcrnnyK
お、ルイカの行動パターンに若干変化が!?
しかしどことなく気恥ずかしそうw
ザッキーの家族は…ある意味珍重するな。
ザッキーママとコレッタママがなんだか同類項w
ほんわか美人萌えるわー
_ _/|
rー-'´ !
ヽ _, r ミ
`彡 __,xノ゙ヽ
| ヽ
l ヽ
ねこだよ
サンマとかを食べてくれるすごいやつだよ
>>97 あ、あれは無力な狩られる側の目やない、飽くまで冷徹な狩る者の目や……
>>99 ルイカはいわゆるツンギレキャラだなw
>>104 ザwwクwwレwwロww
って、馬場さんってひょっとしてガンヲタ!?
それと、同じくツンデレの白頭に対しては同ジャンル嫌悪しないのか?w
いちいち自キャラ宣伝せんでも
感じ悪いこと言わない
ミサミサは今後活躍しそうな感じですなー
>ザクレロ先輩
そういえばルイカってタメじゃないんだっけ
転入してきてヒカルきゅんや塚本達と同学年だけど、留年してるから
実際は1個上……かな?
111 :
Fist:2010/01/27(水) 04:52:39 ID:daUaJ3cM
うーん、こうして見れば全くもって普通なのだが…
つい、そこにサン先生や惣一を入れてみたくなる。
196cmで小柄に見えるw
クイーンサイズの会
参加資格:身長190cm以上の女性
主な活動内容:クイーンサイズの衣料品及び靴類等の普及の推進
という概要を幻視した。
雪が降っている。はらりと舞っては、音もなく白く積み重なって行く。
校庭で雪合戦をしているクラスメイトを教室から見下ろしながら、ルイカ・セトクレアセアは溜息をついた。
外の騒がしさを締め出すように、長い房毛の付いた耳をぺたんと折り曲げ、パーカーのフードを被る。
心の内では静かに後悔の念が渦巻いていた。
――腹が減った。
昼休みも終盤、他のクラスメイトは皆昼食を済ませて思い思いの時間を過ごしているというのに、
ルイカの腹はただ一人だけ、空腹を訴えていた。
原因は家に忘れた財布である。
ルイカは弁当派ではない。
前の学校では弁当を持参していたが、いつの間にかゴミ箱に投げ入れられていたり、
中に異物を混入されたりする事がしばしばあったため、ルイカは弁当を持ってくるのをやめた。
母親がまたそれについて何も言えない様子だったのも、嫌だった。
それ以来昼食は購買で済ましている。
食堂は他人が大勢いるため、あまり好きではなかった。
(畜生、何で俺がこんな目に……)
空腹を誤魔化すように、机に頭から突っ伏す。
暇つぶしの為の本などは持ってきてはいないし、済ますべき課題も無いはずだ。
昼飯がないのは辛いが、ルイカはそれ以上に、このことがクラスメイトに知られるのを嫌悪していた。
あと何分で昼休みが終わるのか確認しようと、顔を上げたときだった。
「あ、あの、ルイカ君……。お財布、忘れたの?」
目の前に白い毛皮の少女がいた。
長い耳を伏せがちにしながら、おずおずとルイカに話しかけてくる。
同じクラスの星野りんごだった。
「あぁ!?」
苛立ちからか、思わず声を荒げてしまった。
それを受けて、りんごの態度はさらに物怖じする。
「ご、ごめんなさい……!いつもルイカ君購買のパン食べてるのに今日は何も食べてないみたいだから……」
ルイカの心配も空しく、事は既に見抜かれているようだった。
それも、一番知られたくないお節介な人間に。
ルイカは強がり、舌打ちをする。
「別に……メシ一つ抜かしたからって何なんだよ。死ぬ訳じゃあねえし。第一星野には関係ねーだろ」
「だめだよ、ルイカ君!お昼ご飯ちゃんと食べないと午後の授業大変だし、体にもよくないよ!」
気の弱い彼女のことだ、適当にあしらっておけばすごすごと退散するだろうと思っていたが、
ルイカの予想に反しりんごは反論してきた。
意外な反応に戸惑っていると、りんごは箱を差し出してきた。
漆塗りで黒光りしており、かなり大きめだ。30センチ四方で高さ20センチといったところか。
「……何だ、これ」
「……お弁当、余ったから」
「は!?」
女子一人分の弁当箱にしては大きすぎる。
ルイカは何度かこの箱を見たことがあるが、それは大勢で食べる際に用いるものであり、
決して少女が昼食用の弁当箱として日常的に使用するものではない。
「お前、これ一人で食べてんのか!?」
「ううん、作ったのは私一人だけど、お料理の練習も兼ねてると、よくこのぐらいの量になっちゃうの。
いつもは男の子みんなに食べてもらってるんだけど、今日はみんな雪合戦で外に行っちゃったから……」
りんごがはにかみながら答える。
その大きさにルイカはしばし圧倒されていたが、やがて気を取り直して、
「……いらねぇ」
と呟いた。
弁当は魅力的だったが、まだ誰かの世話にはなるよりはマシ、という思いの方が強かった。
「でも、そのままだとおなか減って……」
「だから、いらねぇって言って……」
言いかけたところで、りんごの後ろから、刺さるような視線が投げかけられているのを感じ取った。
礼野翔子が、食わなければここから投げ落とすと言わんばかりの目で睨んでいるのだ。
「……頂きます」
「本当?ありがとう!」
渋々重箱を受け取ると、りんごは目を輝かせながら礼を言い、翔子たちの元へ戻っていった。
どちらかと言えば礼を言うべきなのはこちらではないのか、と思いながらもルイカは重箱の蓋を開けた。
唐揚げ、出汁巻き卵、豚の生姜焼き、筑前煮、と典型的で庶民的なおかずではあったが、
(どれも見たことはあるが食ったことは無い料理ばかりだ)
ルイカにはほとんど馴染みのない料理であった。
出汁巻き卵を箸で口の中に運ぶと、ほんのり甘くも塩辛い、優しい味がした。
怪我をした左手が、少しだけ痛んだ、気がした。
おわり
ルイカお借りしました!
やっぱり文章長く構成できない!畜生!
りんごちゃんやさしい子やのう
クラスメイトになりたい
119 :
創る名無しに見る名無し:2010/01/27(水) 20:48:35 ID:fcUcoewM
よっしゃー!
ドコモ規制解除記念
sage方も忘れちまったらしいな
たまには上げてもいいじゃない
>>117 祥子は純粋なりんごを保護してあげてるんだな
いい関係だね
翔子だった
祥子って誰だ
落ち着けw
125 :
Fist:2010/01/29(金) 23:59:50 ID:onCV7wtK
お、マッコイさんだ。
惣一は今でも時々世話になってるんだろうね。
そういや、ハイエナといえばハーフの部長がいたな…。
ダメだ。
どうしても「ツァ!」って
>ハーフの部長
確かババアのおっぱいに負けた人だなw
何作ってんすかハヅキチセンセーw
だが結局武器奪われてボロカスに負けるビジョンしか浮かんでこないw
>>129 俺の場合、最初こそは豆ガトリングガンの能力の力押しでモエを追い込むけど、
それに調子こいている内にコンセントがすっぽ抜けて逆襲食らうビジョンが浮かんだw
さ、最後甘ェ!!
133 :
Fist:2010/02/01(月) 23:48:24 ID:Koiru7r7
さてさて、タスクの運命やいかに!?
…ていうか死亡フラグ?
134 :
代理:2010/02/02(火) 05:31:23 ID:DOo8WUxA
りんごタン天然でかわいいなあ
そしてザッキーは相変わらずぶれねーなw
このふたりはいつまでも新婚さんなんだろーね
もげ(ry
「そう言う訳で、って如何言う訳か分からんけど。今回、はづきちに代わって俺が製作したのが、このM134マメガンだ」
「ソウイチったら、またくだらない物作って……一体何処からそんな金が出たのよ」
「うっせーな、静かに説明くらいさせろっての。白頭。
それはさておき、こいつは大きさ8mm±2mmの豆を、電動で高速回転する六連銃身から毎分4000〜6000発をばら撒く事が出来る。
まあ、命中したとしてもデコピン食らった程度のダメージだから、直撃したとしても大した事は無いだろう。
で、弾倉は約3万粒分の豆を収納可能なタンクから、小型コンプレッサーによって本体へ送りこまれる構造になってる。
これにより、約7分間の連続発射が可能だ。電源はリチウムイオンバッテリーで、役3時間の連続使用が可能
この高性能により、鬼が豆鉄砲を食らった顔をする間も与えず豆まみれにする事も出来るだろう。
まあ、自分で言うのもなんだけど、これこそ豆まき界のリーサルウェポンになるだろうな」
「所で風間部長……それだけの物ですから、重量はどれくらいになるのですか?」
「えっと、マメガン本体とフル充填した弾倉の豆タンク、そしてバッテリー込みでざっと40kg程かな?」
「……ねえ、それだと確実に重くて持てないわよ?」
「……うん、俺も今それに気付いた」
137 :
Fist:2010/02/03(水) 07:02:33 ID:8tk0BDdM
マメガト第二段は、固定砲台な感じだなw
そういえば今年も猫の日がくるね
>>139 帆崎家、和むなあ。
連投になります、申し訳ない。時期ネタですので。
loda.jp/mitemite/?id=831.txt
>>139 かわいい一家だねえ
母さんが和む
>>140 大人だなあ白先生。なんとも味わい深い
そしてリオはだんだん露骨になってきてないかw
最近避難所が賑わってるな
やっぱり規制の影響はでかいぜ
ぷるっぷるっぷるこぎ〜 ぷるっぷるっぷるこぎ〜
うおおおかわいいいい
これはにやける
コレッタといっしょにブリ(゚∀゚)ハマチを踊りたい。
とりあえず投下するのぜ。
佳望には変態分が足りない。
147 :
1/4:2010/02/07(日) 03:11:04 ID:EXGsm6bf
冬の雨というものは水滴が直接肌に触れずとも、体を表面からしんと冷やしてしまうものである。
「はぁ……」
家庭科室の喧噪の中、因幡リオは一人溜息をついた。
首筋から寒気の襲う、この雨の中での調理実習。
曇り空のためか、室内はその騒がしさとは裏腹に、どことなく重たい空気で満たされているように思えた。
リオは料理が得意な方ではなかった。
オムレツは焦がすし、スパゲティはうどんになる。
隣のテーブルで卵を器用に片手で割るりんごを横目に見て、同じウサギだというのに、何故ここまで腕に差が出るのか、と暗くなる。
「どした、リオ。溜息なんかついちゃって」
同じ班のモエが小麦粉をふるいながら声をかけてきた。
「いや、どうも料理って苦手だなぁー、って思って」
「それはアタシもだけどねー。でも今回はお菓子作りだから、それなりに楽しいかな、ってカンジだね」
「それはそうだけど……。なんか、この学校調理実習多い気がして」
「アタシはフツーに数学とか古文やるよりは実習多い方がイイけどな」
「そうかなぁ……」
お料理苦手仲間が作れず、渋々リオはバナナの皮をむく。
ちなみに今回の調理実習はバナナケーキだ。
粉の篩われる音が、外のぽつぽつという雨音が、妙に際だってリオの長い耳に響く。
どことなく、気分が悪い。
「あ、オーブン余熱しなきゃいけないみたいだから、リオお願い」
「……え?あ、わ、わかった」
ハルカの声で我に返り、リオは慌てて返事をする。
足を屈めてオーブンの扉に手をかける。
「えーと、180度で余熱か。その前に天板をとらな……」
148 :
2/4:2010/02/07(日) 03:11:46 ID:EXGsm6bf
顔があった。
目の前に。
最初は見間違いかと思った。
オーブンの扉を開けたら血走った瞳と目が合う、などということは、通常ならば起こっていい事ではない。
慌てて扉を閉じ、一呼吸ついてから、また手をかける。
汗で手が滑る。
心臓が脈打つ。
首筋の血脈を、冷たいものがつうと横切る。
年末のコミックマーケットで手に入れた同人誌の読みすぎに違いない。
目を閉じて、ゆっくり。
ゆっくりと、扉を手前に倒す。
何もない。
何もない。
はずだ。
リオは薄目を開ける。
149 :
3/4:2010/02/07(日) 03:12:27 ID:EXGsm6bf
リオが見たのは、金色だった。
ギラギラと金色で、充血した瞳。
そろりと目線を下に向ける。
白く鋭利な、剥き出しの牙。
喰われる。
本能で直感した。
目の前の獣は唸りに近い声を上げる。
「リンゴチャァァァァン……」
「ギャァァァァァ!!!!」
リオは気が付いたら叫んでいた。
腰が抜ける。
立てない。
モエのエプロンにしがみつく。
突然のことに驚くモエ。
「ちょっ、どうしたの、リオ!」
「オオオオオオオーブンのなかになんかいるぅ!食べられるぅ!」
リオは号泣寸前である。
モエがオーブンに目を向けると、狭いオーブンの取り出し口から、なにか黄色い物体がずるずると這い出そうとしていた。
なんだあれは。貞子か。
「リンゴチャンノオカシヲ……タベニキマシげふぅ!」
唖然とする面々の後ろから影が飛び出し、素早くオーブンの人間に踵落としを喰らわす。翔子だ。
「テメェ水前寺……またりんごのストーカーかぁ……?
わざわざアタシの目の前に姿を現すとは言い度胸してるじゃないか」
後頭部に鋭い一撃を喰らいながらも、オーブンの中の水前寺清志郎は反論する。
「なにを言う!りんごちゃんのためなら俺は例え火の中でも水の中でも白先生のスカートの中でも行くさ!」
「あ、水前寺君。どうしたの?今授業中じゃないの?」
白先生のスカートの中とは何だよ、と翔子は返したかったが、りんご本人が来てしまった。
「ああ、りんごちゃん!君は今日もかわいいなぁ!
俺は君の作るお菓子を食べに佐藤先生の授業を抜け出して来たんだ!」
「ええ、そうなの?でもケーキは焼きたてより少し冷ましてからの方がおいしいよ?
そんなことならわざわざここまで来なくても放課後届けてあげたのに」
「なんてこった!りんごちゃんのつくるお菓子はまだ食べられないのか!
でも俺はりんごちゃんに会えただけでも幸せさ!」
「水前寺君って変わった人だね」
二人のどこか噛み合わない会話を耳にしながら、翔子はあきれかえっていた。
150 :
4/4:2010/02/07(日) 03:13:51 ID:EXGsm6bf
清志郎がりんごを熱心に追いかけるようになったのは、昨年の春のことだった。
まだ新学期が始まったばかりの頃。
辺りはぽかぽかとした陽気にまみれている。
自分が猫だったら学校などほっぽり出して日向ぼっこしたいものだ、と翔子は思った。
あのときはりんご、翔子、悠里のいつもの3人で昼休みの弁当を食べていた。
確か校舎前の中庭だったはずだ。
そばメシパンを食べながら、翔子は桜吹雪を見つめていた。
普段は感傷的になることはあまりないのに、この桜と言う花の前では、不思議と物思いにふけってしまう。
ふと顔をあげると、屋上で丈と見知らぬチーターの男と一緒にいる透と目が合ったので、手を振って挨拶をした。
透につられて丈とチーターの男がこちらを見た。
チーターの顔に衝撃が走っているのが遠目からでも分かった。
何事かと思っていると、翔子が驚く暇もなく、男は手すりを乗り越えて屋上から身投げをしたのだ。
男は皆がただ唖然としている前で軽やかに着地し、こちらへ向かい、りんごに対して極めて紳士的な口調で自己紹介を始めたのだ。
「はじめまして、僕の名前は水前寺清志郎。
今日のような桜吹き荒れる麗しくも鮮やかな日に貴方と出会えたことを光栄に思います……。
貴方のお名前は?」
それ以来清志郎はりんごの行く先々に現れては猛烈な愛をアピールしている。
所謂一目惚れ、というもののようだ。
尤もりんごはそのことに気づいていない様子ではある。
お陰で翔子には悠里、りんご、清志郎と暴走を食い止める人物が増えてしまった。
目の前ではどこから取り出したのかバラの花束を無理矢理りんごに押し付けている清志郎がいる。
「悠里……佐藤先生呼んできて」
翔子は悠里に頼み、清志郎の暴走を止めに入った。
後で監視役の丈を吹き飛ばしてやらなければならない。
おわり
>>142 なにこれかわいい。
かわいい。
ついでにキャラ紹介。
水前寺清志郎
チーター。高等部。陸上部所属。
りんごへの愛で年中発情期。ただしりんご本人はそのことに気付いていない。
丈はその監視役である。
伊賀野ちとせ
柴犬。中等部。忍者同好会所属。
事あるごとに丈の目の前に現れては一方的に勝負を仕掛けてくる。
暴漢に襲われかけたところを丈に助けてもらった過去あり。
152 :
Fist:2010/02/07(日) 09:32:27 ID:XdQVVHHz
リオも災難だったなw
ん?…佐藤先生に気づかれてないという事は、授業前からか!?
なるほど、その頃にちとせは同好会に入ったんだな!
へ…変態だー!(AA略)
屋上から着地ってすげー奴だなw
>>154 予想外にかわいいなw
絶対喉ごろごろいってる。
解除
CVは福山潤か
実は元作品は知らない(マジコ!の漫画だけ)のですが(笑)
昨年同様トン子を描いてるのですが、ところで、皆さんはケモ学の誰からチョコが欲しい
のだろうか?とちょっとした興味が…
本命…りんご。
欲しいな…ハルカ。
もしかして?…はせやん。
え?…リオ。
俺は女子の誰からか一個貰えればそれで充分です……(´;ω;`)ブワッ
ルルちゃんから貰えたらたとえ義理でも人妻チョコと言う謎のプレミアが……
コレッタたそはガチ
ババアは自分で買って食ってそう
ピチピチの人妻チョコ……だと…
>ババアは自分で買って食ってそう
おい!夜道に気をつけろ!
なんだか憎らしいサン先生
そしてそこはかとなくセクスィー
ひでぇ。
翔子たんに踏まれ… って、こkは獣人スレでした。サーセン。
翔子GJw
水島先生辺りが同じ真似をして酷い目にあってそうだw
171 :
Fist:2010/02/14(日) 11:20:47 ID:qL82/2ya
踏むってオイw
翔子さん、ある意味…過激だ。
あれ?
箱踏む=チョコレート踏む=鉄人モードフラグ
じゃね?
なんというチャレンジャー…。
王道のバレンタインものを書きたかったのに、こうなった。
「おい、因幡。調理実習なら、家庭科教室でやれ」
「ここは、はづきちのご慈悲で!だって、家庭科教室で一人寂しくチョコレート作ってたら、なんだか冷たい如月の荒波が立つ
凍てつく海に放り出されたみたいでハートが折れそうなんですよ!うおー!混ざれー!混ざりやがれー!」
料理と実験は似た者同士。そんな言い訳をして、ウサギの因幡リオはボールの中で融けたチョコレートをがむしゃらにかくはんする。
冷蔵庫に、水道、レンジ。とかく機材が揃っているからと、昼休みを使って化学準備室でリオは、
にんじんのプリントが施されたエプロンをぎゅっと締めて、女の子フルスロットル。ただ、リミッターを付け忘れたのか、少々騒がしい。
ロップイヤーのウサギの跳月先生は、リオにこの部屋を貸したことを少し後悔していた。
「犬上。うるさかったら、因幡に文句言ってもいいんだぞ」
「……」
「はづきち!犬上を味方にしようとしたでしょ?オトナは汚い!」
「……」
一方イヌの犬上ヒカルは、部屋の隅で、跳月先生のイスに腰掛けてリオのことなど気にせずに、手持ちの文庫本のページを捲る。
背もたれからはみ出した白い尻尾は、季節外れな収穫の季節を思い起こさせる。
「……」
エプロン姿のリオをちらりと目を向けたヒカルは、幼い頃に見た母の姿を重ねていた。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××
ひとりあそびばかりしていた、ぼくの一日の終わりの楽しみは、かあさんの作る夕ごはんだった。
絵本をかかえて包丁の音がひびくお台所に行くと、かあさんが「もうすぐ出来るから待ってて」と答えた。
一つにしばった長くてゆるやかな白いかみの毛は、かあさんのとっておきのじまんなんだ。
なべをかきまぜると、かあさんのしっぽもいっしょにゆれる。ずっと見ていて、どうしてあきないんだろう。
ぼくもかあさんのしっぽといっしょにゆっくりとゆれると、ふしぎと楽しい気持ちになっちゃうんだよな。
「ごはんのあとで、この絵本をよんでよ。『チョコレートをたべたさかな』だよ」
「はいはい」
ぼくの一日の終わりの楽しみが、ひとつふえた。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××
「『チョコレート 作ってみたけど 相手なし』って、あーん!弟にやるのも癪だよなあ!」
「少しは黙って料理できんのか、因幡」
「黙ってられますか!はづきちはリア充だから、わたしの気持ちなんか……あーん!!」
カチンとボールにゴムベラが当り、リオは大人しく口を閉じると、呆れた跳月先生はメガネをくいっと指で突き上げた。
まだまだ温かいチョコレートの湯気が、リオの冷たいメガネを曇らせている。
「いいの!いいの!バレンタインは参加することに意義があるのよ。お祭りなのに、悲しい気持ちになるのは何で?」
ヒカルがすっと立ち上がり、リオの目の前を通り過ぎる。「犬上は相変わらずだ」と言いつつチョコレートの融け具合を確認したリオは、
指先にちょこっと付けて一足先につまみ食い。奇跡が起きるのを信じていたが、神の手には程遠い。
チョコレートは上質のココアのように、淀みなくボールの中でゆっくりと波打つ。
「跳月先生、この本」
化学準備室の本棚は、カラフルだ。
高校生には難しい物理学や工学の専門書、サブカルチャーのムック、何処で手に入れたか分からないマンガ。
そして、ヒカルが手にしている本もこの本棚の一員だった。
「小さい頃、良くこの本を母に読んでもらってたんです」
「懐かしいだろ。同じ本でも、小さい頃に感じることと、大きくなって感じることが違うってことは、けっこう大事だよな」
「なに?なに?何の本?わたしも見たいっ」
チョコレートが入ったままのボールを抱えたリオは、上靴を鳴らしながらヒカルに近寄る。
机の角にわき腹をぶつけボールを不意に傾けると、滴り落ちたチョコレートがヒカルの白い尻尾に垂れてしまった。
反射的にも避けるも、雪原に投げ込まれたチョコレートははっきりと足跡を残していた。
ゆっくりと真下に垂れたヒカルの尻尾は、言葉を話すことは出来ない。
「ごめん!熱くなかった……?」
「大丈夫」
濡れたタオルで懸命にヒカルの尻尾に付いたチョコレートを拭い去るが、完全に白さは戻らなかった。
さっきまでのかしましさは何処に行ったのか、リオは口をつぐみ続けると、ヒカルは「どうせすぐ元に戻るから」と慰める。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××
夕ごはんを終えたぼくは、ぼくが使ったお皿とおちゃわんを持って台所にはこんだ。
かあさんが「お仕事でかあさんがいなくても、きちんとお片づけできるように」と言っていたから、ぼくもきちんとする。
あぶら物は重ねちゃいけないって、何度も何度も言われてたんだけど、とうさんはついつい重ねてしまってる。いけないな。
「あ」
いけない。台所への段につまづいて、おちゃわんが空を飛んだ。床にすいこまれるようにおちゃわんはぼくの足元目掛けて、
どこかへ飛び立とうとしていた。だけど、いけないことだとおちゃわんは分かったのか、大きなさけび声を上げて
自分のからだを台無しにしてしまったんだ。なぜかその時間はゆっくりと過ぎていた。
「ヒカル、危ないから尻尾を向けちゃだめよ」
はへんを拾い、ぬれたぞうきんで床をふいているかあさんは、ぼくをしかりもしなかった。
はじめはとてもおこられるんじゃないかと思って、目がちょっと熱くなったけどかあさんは、ぼくの目を見てしかりはしなかった。
どうして、ぼくをしからなかったのだろう。かあさんの目はいつもと同じだった。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××
床にこぼれたチョコレートを雑巾で拭きながら、リオは沈黙を続けているので、時計の音しか聞こえなかった。
手にしている絵本を一旦机に置いたヒカルは、洗面台で雑巾を洗ってリオと同じようにしゃがみこむ。
「いいよ、犬上。わたしがやったんだから。それに、尻尾のこと、ごめん」
「……チョコレート、作ってるんだろ」
微かに茶色くなったヒカルの尻尾の先は、リオのちらりと見せた乙女心と同じように揺れていた。
髪を掻き揚げてリオは、再びチョコレートを混ぜ始めたが、いやに大人しい。
「もう、いいや。弟にやろう……」
「因幡、静かだと因幡じゃないみたいだな」
「おお、犬上もそう思ったか」
「はづきち!犬上!うるさいよ!あななたちには、ぜったいあーげないっ」
いつもの調子を取り戻したリオの小言を聞きながら、ヒカルはお茶碗のことで叱らなかった母親の気持ちが、今何となく分かった気がした。
おしまい。
短めだけど、投下はおしまい。
ヒカルの母ちゃんいいなぁ
はず吉は彼女さんにチョコ貰ったんかなー
俺なら!喜んで!リオのチョコをもらうぞジョジョー!
>>178 誰も貰って行こうとしないようなので俺が貰っていく!
>>180 落雁www
次の佳望学園のブームはRAKUGANで決まり!
おお!カッケェ!
三輪士郎みてーだ
清志郎がカッコ恐いw
「突然スが跳月せんせ、朝の歯磨きっていつもどのタイミングでしてます?」
「ほんと突然だね…僕はいつも食後にしてるけど」
「あ、やっぱりスか?」
「まー、歯磨きは食後が常識でしょう」
「…実はそれ、世間で間違って捉えられてる常識の一つなんスよ?」
「え、そうなんですか?」
「本当は朝起きてすぐの方がいいんス。夜寝てから朝起きるまでの口の中って乾いてるッスよね?あの状態が唾液もなくて菌にはとてもウハウハな環境なんスよ。
だから朝起きる頃なんかはそれがピークに達して、とっても汚いんス。…信じられるッスか?その時の菌の量が、排泄物10gと同じくらいっつー調査結果もあるんスよ!
10gっスよ、10g!そん時の自分の口ん中、マジカオスっスよ!そんな状態のままで朝食を食べている人がいると思うとっ!!…」
「白倉先生落ち着いてくださいっ!……でも、それを聞くと毎日歯を磨かずにはいられなくなりますね…」
「…ちなみに、食後の歯磨きはしなくとも唾液の作用で案外キレイなんだぞ。だから毎日起きた時と寝る前に磨いておけば大丈夫だ。」
「あれ、白先生?どうしたんですかこんな所へ?」
「いや、ちょっと因幡を探しててな…。ここに来てないか?」
「いえ、見てないっスけど」
「そうか…邪魔したな(…因幡の奴め、どこへ逃げた?)」
コッコッコッ…
「…あ、そろそろ次の授業の用意しないとマズイっス!…」
「あれ?えーと、確か次のクラスは教室で授業でしたっけ?…」
バタバタバタ…
…
ガタッ
「ふぅ、見つからずにすんだ〜…たくっ、白三十路もしつこぎるっての!……でもさっきの話、知らなかったなー、明日から起きたらすぐに磨こっと。」
〜
「って、ヤバ!?委員長が遅れちゃ洒落にならないよ〜!!」
タッタッタッタッ…
−終−
かっくいいー!
羽と手が別れてるパターンもかっこいいね!
流れるのが早いからそのロダはやめてー
つるつるのおん(怨)がえし
岡山市のはずれに住む狐の獣人、三宅房ノ介。御年87歳。
矍鑠としたじいさまで、84歳になる妻と二人で暮らしている。
ある日のこと、近所に住む孫娘夫婦とひ孫が遊びにやってきた。
「おじーちゃん。マルナカへ買い物行ってくるけー、こどもを見ててください。」
「拓海、いい子にしてるのよ」
「うん」
「うちは畑へ行ってくーけー、ひ孫の難儀を見とーてつかーさい。」
「ひーじいちゃん、お話を聞かせてよ」
「昔々のことじゃ。吉井川にヌートリアどもが住んどったんじゃ。
こんヌートリアは漁師の網から魚を横取りしたり、畑から野菜を盗みょーたんじゃ。
村人は「ちばけんなこのヌートリアどもが!胸糞がわりーのー」とえれー形相で怒っとったんじゃ
困った村人らーは、ヌートリアをつかまーて頭の毛を全部剃ってしもーたんじゃげな
頭をつるつるにされたヌートリアは泣きながら家にいんだそうじゃ。
ヌートリアどもは口々に「なんぼーにもひでー」「ねーわー」「風がわりーのー」となげーたそうじゃ。
ヌートリアどもは、村人に復讐したろーと、機会を待ったんじゃ。
翌月のことじゃ。
西大寺で村人らーがありがてー「しんぎ」を奪いあう祭があったんじゃ。
ヌートリアどもは人間に化けて祭に行ったんじゃ。
じゃけどな、頭は毛がのーてつるつるのままじゃし、服ものーて素っ裸じゃったんじゃ。
ヌートリアの主が「ええい儘よ!宝木を奪い取れ」とおらんで、総がかりで宝木を奪い取ってしもーたんじゃ。
せーから西大寺の祭は裸でやるよーになったんじゃ。」
純真な狐の少年拓海君は、この話を帰ってきたママに話してしまった。
ママは顔を真っ赤にしておじいさんに掴みかかってしまった。
「ゴルァじじい!孫にナニ嘘おしえよーるんなら!」
「ひぃぃー。こらえてつかあさい!」
きょう、ひーじいちゃんがむかしばなしをしてくれました。
それをママにはなしたら、ママがひーじいちゃんをカンカンにおこりました。
ひーじいちゃんはにげてしまいました。
とてもこわかったです。
−拓海君8歳の日記
なんか、スゲー。ローカルだけど、インパクトあるな。
創作発表板って岡山ブームなの?
「natureって高いっスよねー」
「まぁ、ね。一冊9000円とかするもんね」
「でもね跳月せんせ、この雑誌超面白いんスよ」
「さすが白倉先生、生科学好きだね。僕はニュートンのが好きだな」
「サブカル物理おもろいっスよね。というか僕、実は最新研究とかどうでもいいんス」
「ネイチャーを年間購読してる人が何をおっしゃる」
「ホントにすごい記事なら読まなくても学生時代の友人とかが教えてくれるっスから」
「ああ、確かに。研究職付いた奴とはそれしか話題がなかったり」
「そうそう。で、僕は実験結果じゃなくて実験の方法と試料を読むんス」
「方法? まさか追試でもするの?」
「高校の設備じゃ無理っスよ。ほら、生科学では動物実験が不可欠じゃないですか」
「……嫌な予感してきたんだけど」
「例えば、マウスの膵液を使うって書いて在るとするでしょ。じゃあ、この試料を取るためには、
ネズミをどう解剖して、如何に膵液を集めたか。それを想像するんス。これがまた楽しくって」
「理解不能だよその楽しみ方」
「『幼若なウサギの視覚剥奪後に……』とか書いてあると、
どうやって視覚剥奪すんだろーなー、とか考えて楽しむわけっス。ははは」
「何故ウサギを例に出したんですか?」
「冗談ス。すいません」
「よろしい。でもあれだね、パンダってあまり実験材料にされないね」
「……絶滅しかかってまスから」
「あー…………」
ガラッ
「アンタら、そんな話ばっかりしてるな」
「また来たんスか白先生。もう口の細菌の話終わってるっスよ」
「うん、ちょっと、忘れ物だ。これを渡し忘れた、ずいぶん過ぎちゃったけど」
ぽすっ
「これは……チョコレートっスか?」
「ああ。跳月先生も、どうぞ」
ぽすっ
「ありがとうございます。へぇ、白先生がチョコくれるなんて珍しいですね」
「ありがとうっス!」
「いや、まぁ、何というか……白衣'sの、メンバーだから、かな? 義理だからね、義理。じゃあ私は帰る」
ガラッ
「……僕らのどっちかに気があるパターンっスかね」
「いやー、彼女に限ってそれは……茶菓子が余ったとか?」
「ありそうっスね。バレンタインフェアに自分で食べる用に買って、飽きたからお裾分け的な」
「あはは、有り得そうだ」
「くしゅん! あー、誰かが私の噂をしている」
「白先生、保健室のオバサンが風邪ひいてちゃカッコつきませんよ」
「リオ、おまえは過酸化水素水を浴びたいようだね」
「キャー、やめてー!」
終
ババア、俺にもオキシ…じゃなくって…いや!うわ!チョ(ry
数時間前まで規制されてたので、避難所に投下したのですが、解除された模様なので
改めて本スレに投下し直します。今年もこの時期になりました。
『2月22日のごめんなさい』
コレッタがクロに口を利かなくなってしまった。
いつも学校では仲良し子ネコのコレッタとクロ、そしてミケの三人。いつもの公園でいつもの様に遊びながら、今日だけの夜を待ちわびていたときのこと。
ちょっとのつもりで、クロがいつものようにからかっていたのだが、調子に乗りすぎたのか、笑みを忘れたコレッタはクロの手を叩いていた。
「もう、クロとは遊ばないニャ!!!」
同じ子ネコのクロは、金色の髪をなびかせながら公園から走り去るコレッタの後姿をじっと見つめることしか出来なかった。
いっしょに遊んでいたミケも、いつのコレッタの反応との違いが分かったのか、気まずいそぶりを見せていた。
『いよいよ今夜』だというのに、クロもミケも、コレッタの初めて聞くような声が脳裏に焼きついて、夜まで楽しむ余裕はどこへやら。
「クロ、いけないニャよー」
「だって、コレッタが……」
原因は些細なことだった。クロが、ほんのちょっとやり過ぎただけだった。覆水盆に帰らず、クロの足元をこぼれた水がじわりと濡らす。
もしかして、クロがこぼした茶碗の水は、じわじわと地面に吸い込まれて、再び姿を見せることはもう無いのかも。
そんなことはぜったい無いと信じたいけれど、世の中にぜったいなんか無いんだよ。と、意地悪な空の雲がクロを責める。
―――公園から夢中で走り去ったコレッタは、気が付くと街の真ん中の電車通りにまでに辿り着いていた。
コレッタの母親が生を受ける前より走っていた電車は、生まれながらの鉄輪をきしませ、なんでも無い一日の一場面を描く街の住人。
最近生まれたばかりの自動車と混じって、大きなモーター音を鳴らしながら電車はコレッタの目の前を通り過ぎる。
小さなコレッタには、通りを闊歩する電車が大きく見えた。もしも電車が話を聞けたなら、この街の昔話を聞きたいニャ!と言いたげに。
取り残された軌道敷を見つめるコレッタは、ここは自分の街なんだニャ。と、薄暗い街並みを眺めて手を握り締める。
でも、ちょっと怖い。大きな街の一人歩きはコレッタに早すぎた。いつも優しいお母さんがいないってだけで、ちょっと落ち着かない。
ただでさえちょっぴり不安を抱えているというのに、泣きっ面にハチではなく、コレッタの頬に微かな一滴が刺さる。
「わーん!傘を持って来ればよかったニャ」
そう言えば、出かける前に母親が顔をしきりに洗っていた。小粒だった雨は、走れば走るほど大粒に感じる。
かわいいフリルの付いたスカートも、水滴を吸い込むとコレッタに冷たさを晒す、底意地の悪い布にしかならない。
自慢の金色の髪も、体にまとわり付いて未だ出会わぬ『すてきな男の子』に見せびらかすことも出来ないくらい情け無い。
それに、これ以上濡れるのはいやニャ。雨を避けようと、一本の路地に入り込むと、雨宿りにお誂えの軒先が見つかった。
街を走る電車が生まれる前から建っているような民家。それを無理矢理店に仕立て上げ、長らく街に溶け込んできた存在感。
かすれかけた看板には『尻尾堂古書店』と、立派な毛筆が誇らしげにガンコ親父のような玄関を飾っている姿だが、店自体に威厳は余り無い。
「ふう、ちょっと一休みニャ。疲れたニャあ。ここはどこニャ?」
世間を余り知らぬ子ネコゆえ、コレッタには「昔の本が置いてある所」とぼんやりと理解した。
「本屋さん、ですかニャ……。入ってみるかニャ!こんにちはニャー!!」
ガラス戸の入り口が、子ネコの力でもぎこちなく開く。店内は薄暗く、入り口にカギが掛かっていないことだけで、
一応は商いを営まれていることが確認できる。ただ、乱雑に積まれた本でコレッタが一人通れるだけになっている通路は、
およそ客という客を歓迎する光景には、程遠いものであった。コレッタの目には、本棚が初めて来る街の建物に見えた。
知らない街は、心細い。知らない街は、冷たい。誰でもいいからいっしょに歩いてちょうだいニャ。
でもね、脚が凍えていつものように元気良く歩くことが、コレッタになかなかできませんニャ。
「誰かいますかニャー」
狭い通路のどん詰まりには、子どもの背丈ほどある大時計。正確に時を刻み続ける姿にコレッタが見入ると、
女の子に見つめられるのが恥ずかしがったのか、大時計は自分の鐘を鳴らしながら照れ笑いを始めた。
その音につられて、店の奥から本が崩れた音が、雨に晒されたコレッタのネコミミに聞こえた。
「ニャー!!!!!ニャああああ」
「誰だい?お客さんかね?返事しやがれ」
息ぴったりに大時計の鐘が鳴り終わると、しゃがれた老人の声が再びコレッタのネコミミに響く。
―――ミケと別れた意気消沈のクロは、小石を蹴りながら自宅まで帰っていくしかなかった。
お母さんに買ってもらった小さな自慢のブーツも、今は小石の小さな音を鳴らすだけ。
「どうして、コレッタとケンカしちゃったのかニャ」
クロの頭の中で、おまじないのように何度も何度も繰り返すセリフは、クロを解き放つことは無い。
本当は、こんなこと言いたくないだ。だけど、言っておかないと落ち着かないぞ。だって、わたしは女の子。
期待して振り返ってみても、当然コレッタの姿が見当たることはなかった。曇りだけだった空からは、余計な雨粒まで持ってきた。
そんなものいらないニャ。コレッタさえ来てくれれば、一言……クロも。クロは、雨がいっそう嫌いになった。
「いけない!早く帰えらないと、ずぶぬれニャ!!お姉ちゃんに怒られニャ!」
雨にからかわれたクロは、これ以上は勘弁ニャと小石をあきらめて、尻尾を立てて足早に自宅に戻る。
短いお子さまスカートを翻し、トタン屋根を雨音で鳴らす住宅街をクロは、冷たい空気を切って疾走する。
クロの顔に雨が当る。前髪から素敵が滴り、頬を氷のように冷たい冬の雨粒が伝わる。ニーソックスの隙間が冷たい。
クロが『佐村井』の表札掲げた玄関に付く頃には、小雨もすっかり立派な雨に姿を変えていた。
凍える手で扉を開けると、帰宅したばかりだったクロの姉である御琴(みこと)が、玄関にオトナのブーツを履いたまま腰掛けていた。
黒いダウンジャケットを羽織い、革の黒いブーツを履いた御琴の出で立ちに、クロには遠いオトナの香りがした。
「あら、玄子(くろこ)ちゃん。お帰りなさい。びっしょりじゃないの」
姉の御琴は、クロを『玄子ちゃん』と呼ぶ。彼女もまた、クロと同じくクロネコの少女。背はけっこう高い。
少女と言うにはオトナっぽく、オトナと言うにはまだまだ少女の愛らしさが残る佳望学園・高等部の女子生徒。
置き去りにされた玄関の傘立が濡れていないところを見ると、彼女も外出中に雨に遭遇して自宅に舞い戻ってきたようだ。
可愛らしいネコの足跡のプリントされたハンドタオルで、自慢の黒いボブショートを拭きつつ、色気漂う声で「ふぅ」とため息をつく。
尻尾の先からしずくを垂らすクロは姉の姿をじっと見とれて、いつかは訪れることであろう『オトナ』に憧れていた。
「玄子ちゃんもいらっしゃい、風邪引いたら大変。びっしょりじゃない」
「う、うん……。分かったニャ」
御琴の横にぴったりとくっついて座るクロは、小さいときからのクセだニャと、姉に照れ隠しをすると、
「甘えんぼ屋さんね」と、雨に降られた髪の毛を御琴の使っていたハンドタオルで丁寧に拭いてもらった。
ハンドタオルを通じて、姉の肉球がクロの頭を優しく撫でる。ダウンジャケットを着た姉に寄り添うクロに、くんくんと姉と雨の匂い。
雨に晒された御琴の黒いブーツからは、水滴がつるりと垂れていた。クロの前髪から垂れる水滴が何滴も何滴も、クロのふとももを濡らし続ける。
子ども向けのクロのブーツには、公園の土が付いていた。
黙っていたクロを見透かしているのか御琴は、妹の尻尾を跳ね上げさせるようなことを言う。
「あらら?まだまだ玄子ちゃんには、お姉ちゃんのブーツは早いかな。踵のある靴は、もうちょっとね」
「そ、そんなこと考えてないニャ!!わたしは……わたしのブーツでいいもんニャ!」
「そう?だって、お姉ちゃんのブーツをさっきから羨ましそうに見てじゃない。ほら、上がったら、シャワーをいっしょに浴びるよ」
「むー」
雨に濡れた革の黒いブーツは、クロには遠いオトナの色がした。
―――「お嬢ちゃんみたいな子が、こんな老いぼれの店に来るなんて、もしや雨でも降るんじゃねえのか」
「おじいちゃん。もう、降ってるニャよ。うわあ、ざんざん降りになったニャ!」
この場所だけ昭和の香りを漂わせた店の奥から、古びた本を掻き分けて一人の老猫がのっそりと現れた。
一見、身なりはそんなに悪くない。少し毛色をやつれさせた尻尾から、イヌハッカの煙草の匂いがする。
雨の日の古本屋は、インクの匂いがいっそう自己主張したがる。コレッタは、インクとイヌハッカの煙草の匂いに包まれて、
大きな瞳をしばしばと細めるしかなかった。それでも老猫は「お嬢ちゃんの手前、煙草を我慢しとるんだ」と、目を細める。
「こんなに濡れて、風邪引くぞ」と、老猫は頭を掻きながらコレッタに清潔なタオルを渡した。
「おじいちゃん。これ、全部おじいちゃんの本かニャ?天井に届きそうだニャ!」
「違う。こいつらの持ち主は、まだ居らん。もしかして、お嬢ちゃんが持ち主になるかもしれんな」
薄暗い店内に、拭いたばかりの白い毛並みのコレッタの姿が、森に迷い込んだ精霊のように光り浮かんで見える。
面倒くさそうに、老猫は大時計の蓋を開けると蓋に付いていたねじ回しを外し、時計板に開けられている小さな穴に差し込み、
ゆっくりとねじ回しを捻ると、大時計の中から機械の軋む音を立てて、自らの命の存在を伝えていた。
「もうこんな時間か。人が必死に机に向かってるというのに、好きなだけ針を回しおって。お前はのんきなヤツじゃのう」
「何してるニャ?とけいに何をしてるのかニャ?」
「お嬢ちゃん、ぜんまいを知らんのか。こうしてやらんと、この時計は止まってしまう。時間も日にちも教えてくれんようになってしまうんじゃ」
確かに時計板には時刻のほかに、小窓で日にちを示すようになっていた。
その日にちを確認すると老猫は、面倒くさそうにイスにしゃがむと再び大時計の姿を眺め始めた。
「なんじゃ。もう、今年もこんな日が来たんじゃな。尚武は、今年も来るのかのう」
「……わ、わたし、今年は行かないもんニャ!!」
「お嬢ちゃんたちの日じゃぞ。何があったか知らんが、寂しいこと言うない」
―――風呂上りの姉妹は、せっけんの香りがした。
部屋着に着替えたクロと御琴は、帰って来たときより強くなった雨音を聞きながら、姉妹の部屋で、かりんとうをお茶請けに緑茶を飲んでいた。
くんくんと芳しいお茶の香りは、のんびりと過ごす空間にとても似合う。姉妹が苦手な熱々な温度は避けた緑茶から、程よい湯気が上がる。
「かりんとうだよ。市場で安く売ってたよ」
「むー」
クロの机にはおしゃれに目覚めたお子たちのための本が並び、御琴の机の方はというと、可愛らしいぬいぐるみに混じって、
コレッタのパペットがちんまりと飾られていた。御琴の友人である、イヌの大場狗音がこっそり作ったものだった。
なぜか、御琴がそれを気に入って自分の机に飾っているのだという。
「せっかくの日なのに、止むといいね」
「……や、止まないほうがいいニャ!」
「あらあら。そんなこと言ってたら、コレッタちゃんが悲しむぞー」
かりんとうを摘んだ御琴は、クロの口元に近づけてみた。クロは鼻にかりんとうを近づけると、パクっと一口。
クロの幼い歯が姉の細い指先に触れるが、御琴はまんざらでも無いような表情を見せた。
(オトナを知らない子どもの牙って、実ったばかりの果樹みたいに甘酸っぱいのね)
妹に噛まれた人差し指を悟られないようにくちびるに近づけた御琴は、首を傾けたままの妹のご機嫌を伺う。
「2月22日の夜は、わたしたちネコにとってお祭りの日なのにね。もしかして、玄子ちゃんは、コレッタちゃんとなにかあったのかな?」
「あ、あ、あるわけないニャ!!!あんな子と!!」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、なーんにもなかったのね。ふふふ。コレッタちゃんとまた会えるんだ、嬉しいな」
ぽりぽりとかりんとうをかじる御琴は、大人びたワンピースからちらと見せた脚を自慢することなく、上品にお姉さん座りで雨の日を
日本晴れのピクニックのように楽しんだ。落ち着かないクロの方は、雨の降り具合を気にしながら、両脚を伸ばして手首を舐め続ける。
「コレッタちゃんと夜会に出られるから、今夜は楽しみね。そうだ。『連峰』で買ってきたシュークリームでも持っていこうかな」
「でも、今夜は雨やまないかもニャ」
「大丈夫。コレを作れば」
花の香りがする髪は、御琴の香り。その香りに包まれた机の脇に置いてあるリボンとティッシュを何枚か取り出す。
丁寧な手つきでティッシュを丸め、それをリボンでまるごと結ぶ。もう一枚のティッシュには二つ小さく穴が開けられ、
そこからリボンの先をピョコンと出す。ネコミミのような形に整えられると、『子ネコ』のような形のてるてる坊主が出来上がった。
「コレッタちゃん、そっくりだよ。ふんふんふん」
「むー」
クロは静かに音を立てながら、小さなかりんとうを口にしていた。
―――尻尾堂古書店の老猫は、雨打つ音を聞きながら酒瓶の蓋をひねり、微かに溢れるマタタビの香りに鼻を近づける。
恐らく先ほどまで満たされてたであろうグラスに老猫が、懲りずにマタタビ酒を満たそうとする姿に、コレッタは顔を曇らせながらも
その場からじっと動くことはなかった。口から酒の息が詰まった球体を吐き出した老猫は、子ネコに話を続ける。
「わしが若いころは、ネコの夜会はしょっちゅう開かれておったんじゃ。じゃが、最近は仕事だの、なんだの開かれんようになってのう。
まあ、時代の流れっちゅうものか、分からんが。それでも、この頃は夜会も増え出したみたいじゃな」
話し終わる頃には、グラスいっぱいにマタタビの香り漂う液体が満たされて、老猫はくんくんと鼻を鳴らしていた。
スカートをふわりと回して狭い店内の隙間を進み始めたコレッタは、ひもに結ばれた古書の束に手を掛けた。
ほこりがコレッタのまだ濡れた白い毛並みに引っ付くと、子ネコは立ち止まって、ぶんと片手を振る。
手に当った本の山が崩れ、慌ててコレッタはほこりを気にせず、手で押さえて雪崩を食い止め一安心。
危うく本の山に飲み込まれるところだったコレッタは、元通りにしようと本を重ねていると、棚の上部にある一冊の本が目に入った。
「おじいちゃん、あの本取ってニャ」
「なんじゃ、あの本か。取ってやるお返しにお嬢ちゃんの話を聞かせてもらおうかのう」
「か、隠しごとなんか、ないニャ!!」
体全体を使ってコレッタはウソを隠し通そうとしていたが、むしろウソをついていることを老猫にばらしているように見えた。
老猫がゆっくりと立ち上がり、本棚上部からはみ出したコレッタの言う本を取ってあげると、ウソをついたことを
悲しんでいた子ネコに「この本かのう?」と渡すと、ぴょこんとお辞儀をするコレッタの髪が薄暗い店内を明るくした。
「気に入ったか?」
「気に入ったニャ!」
「『100万回生きたネコ』か。お嬢ちゃん、選球眼がいいのう」
「?」
―――暖かいエアコンの元、佐村井姉妹の部屋では、ネコのてるてる坊主がいくつも作られていた。
大きなものから、小さな子。数からすれば、ちょっとした『てるてる坊主の街』が造れそうなくらい。
輪ゴムで形を整えている御琴は、ペンで目を書いているクロに優しく言葉をかける。
「この子、玄子ちゃんにそっくりよ」
「……」
「照れ屋さんね」
彼らを軒先にぶら下げだした御琴は、子ども以上にてるてる坊主作りを楽しみ、鼻歌がクロを呆れさせていた。
御琴が髪を掻き上げる姿が、クロの半分閉じた瞳に映りこみ、大きく頭を揺らしていた。
「眠いの?」
「……眠くないニャぁあ」
「いいよ。お姉さんの膝でゆっくりお休みなさい。玄子ちゃん」
雨に降られたことと、風呂上りで疲れたせいか、クロはまどろみながら姉の膝の中でゆっくりと眠りに落ちた。
暖かい姉の膝は、ケーキのように柔らかい。クロは甘くて幸せな気持ちになる洋菓子に包まれた気がする。
心地よく地面を打つ雨音が、クロを夢見心地の世界へと誘い続け、2月22日の夜を待つ。
―――老猫に取ってもらった本を大事そうに抱えたコレッタは、公園での出来事を話した。
マタタビ酒をちびちびと口に含み、頬を赤らめた老猫は耳を立てて子ネコの話を聞くと、尻尾をブン!と振る。
「それで、お嬢ちゃんはその子と仲直りしたいのかね」
「……だって、クロが」
「実はのう、わしもお嬢ちゃんと同じ年ぐらいの頃、友人とケンカしたんじゃ。そのときは、ついつい意地になってたんじゃが、
わしがそんなに偉いやつじゃないって分かって、晩にそいつに頭を下げてな。そいつもやっぱり寂しがってたんじゃな。確か、2月22日の……」
「今夜だニャ!!」
「ほれ、傘を貸してやるから、早くおふくろさんの待つ家に戻るんだな。蕗の森の公園で待っとるぞ」
お代は話を聞かせてもらっただけでいいと老猫は、コレッタの手にしている本を包装紙に包んで持たせ、家へと帰らせた。
老猫にお辞儀を繰り返しながらコレッタは、雨の降り続ける街へと消える。
「やれやれ……。わしも下手なウソばっかり言うようになってしまったな。こんなウソじゃ、どこの出版社に出しても一次落ちじゃ」
居間に引っ込んだ尻尾堂のオヤジは、コレッタに話した内容と全く同じ文章の書かれた原稿用紙を一瞥すると、
擦り切れた畳に布団を敷き、ごそごそといつもより早く床についた。夜が近い。
―――クロが目を覚ますと既に部屋は真っ暗だった。きっと時計は夕方をとっくに過ぎてしまったのだろう。
クロとてるてる坊主が残された部屋からは、いつの間にか姉の姿が見えなかった。
眠い目をこすりながらクロは立ち上がり、明かりをつけようとスイッチのある扉の方へと向かうと、部屋に入ってきたばかりの姉に止められた。
「今夜は、このまま」
「あ!そうだったニャ!!」
御琴とクロの声だけが響く、闇の中。
二人の足音だけが、じゅうたんを鳴らす。
街の音は何も聞こえず、ひんやりと冷たい空気が心地よく、間近に迫った春の日が待ち遠しい今宵。
姉に誘われて、窓のカーテンを捲る。
「すごいね」
「すごいニャ!!」
窓からの夜景は、一面の甘い星空だった。見ているだけで吸い込まれるような瞬きに、姉妹の言葉が奪われる。
おおいぬ座のシリウスも、今夜はネコの独り占めを許し、オリオン座のペテルギウスも心なしか控え目に光る。
ケモノたちが住む街の明かりも、今夜だけは我慢して、あまねく星座に明け渡す。お礼に空の星たちも、2月22日を祝福する。
「今年の『ネコの日』は、いつもより特別にきれいだね」
昼間の時と違うダウンジャケットをまとった御琴は「早く出かける準備をするよ」とクロを促す。
だが、じっとコレッタに似たてるてる坊主を見つめるクロには、迷うところがあったのだ。
「コレッタちゃんだって、玄子ちゃんのことを心配してると思うよ。ね?行こ」
「……お姉ちゃん」
クロは大時計の振り子のように揺り動かされた胸を押さえるのが精一杯で、その場を動くことが出来なかったのだ。
だが、姉の春風のような声は勇気になる。慌ててクロは、自分のクローゼットを開くと、よそ行きの可憐なコートを身にまとい、
コレッタが来ているかもしれない蕗の森の公園へと、姉といっしょに足を向けていた。そうだ、新しいブーツも自慢しようかな。
コレッタのヤツ、羨ましがるかも。そして、コレッタにごめんなさい。
今年のネコの日は、星空が眩しい。
おしまい。
避難所では、お騒がせしました。
投下おしまいニャア。
ヤッベーきゃわゆい……
なんかキュンキュンするぜ!
つーかミコト姉さん美しい!
ギリギリアウトかよ!
急に思い立って猫の時間に向けて描いてたわけですが間に合わなかったぜ('∀`)
>>201 相変わらず可愛らしくファンタジーに書くなぁ……
長ったらしく書く事しか能の無い俺には真似できんorz
>>203 大丈夫、まだ22:22:22があるじゃないか。
それと可愛らしいイラストGJだぜ。
さて、あれから1週間以上遅れているが……まだ完成しそうにギギギギ
>>203 かわえー!
なぜかコレッタよりクロより、
コレッタの頭にちょこんと手乗せてるミケに目が行きますた
あんまフィーチャーされないけど三毛かわいいよ三毛
>>201 あああかわいいい!ちっこいのみんな大好き。
尻尾堂の爺ちゃんは本当いいひとだ。
耳をすませばの地球屋だっけ?そこの爺ちゃんっぽいイメージだ。
>>203 おぉ、なんか前よりちょっぴり大人な感じがする。
みんな最高にかわいらしい。成長した姿見てみたいな。
うおー投下がー作品がーだいぶ増えちまったー
こりゃ別スレで遊んでる場合じゃねえなハハハ…
>>186 すみません、ご覧になっていたら再アップロードお願いできますか?
>>201 良い姉貴だなぁ
二人が仲直りできますように
甘噛同好会でロリ百合愛好で自身も百合寄りという倒錯っぷりが嘘のようだw
自分の遅筆ぶりに泣きたくなってる俺が通りますよ……。
今回は遅れに遅れてギリアウト?なバレンタインネタを投下します。
避難所でも書いてありますが、あるアラフォー教師をお借りします。
相っ変わらず長いですので、支援して貰えるととても有り難いです。
次レスより投下。
「あれって如何言う事でしょうね……?」
「もしかすると……何かの天変地異の前触れかもな」
「いやいや、ひょっとするとそれ以上の可能性もあるかも?」
「……あり得ない、とは言い切れないから怖いな……」
二月も中旬へと入り、そろそろ春の足音も聞こえ始める佳望学園の家庭科室前。
時刻も下校の時刻へ差しかかり、部活をしていない生徒達がオレンジ色の夕日に急かされる様に家路に付く中。
佳望学園の教師、泊瀬谷、帆崎、サン・スーシ、そして白の4人が、
何やらひそひそと話し合いながらドアの隙間から家庭科室の中を伺っていた。
教師が四人も揃って家庭科室をのぞきこむ様子は、端から見れば何かしらの異常があったとしか思えぬ光景ではあるが、
生憎、四人はそれを気にする事もなく、家庭科室を不安げに覗き込みつつ、互いにそれに至った経緯を推測しあう。
「しかし、一体何の考えがあってこんな事を……」
「さぁな、俺にも良く分からん……」
「うん、流石のボクもこればかりは良く分からないよ……」
「ああ、私も皆と同感だ」
そう、彼らにとっては今、家庭科室に広がっている光景はその異常とも言える事態が繰り広げられている最中なのだ。
「ほら、そんなに荒く削ってはチョコがきちんと溶けませんよ」
「む、むぅ…意外に難しい物だな…なんかコツは無いのか? 英先生」
「そうですね、こうやって包丁をゆっくりと押し付けて削り取る様に…分かりますか? 獅子宮先生」
「あ、あぁ、こうか?」
なにせ、四人が不安げな眼差しを向ける家庭科室には、
英先生の手ほどきを受けながら、難しい顔でチョコレートを刻む獅子宮先生の姿があったのだから。
※ ※ ※
事の始まりは、授業が終わって夕日が差し込むようになった職員室、
既に教師の何人かは帰宅し、残った教師たちも思い思いにこの日の残務処理に精を出す最中。
珍しく報告書を手早く仕上たにも関わらず、難しい顔で頬杖を付いていた獅子宮先生がやおら立ち上がった事から始まった。
「…………」
勢い強く立ちあがった為か、彼女の座っていた椅子ががたりと大きな音を立てる。
その物音に驚き、背筋と頭の毛を若干逆立てて獅子宮先生の方を見る職員室の教師たち。
しかし、彼女は同僚たちの視線を意に介する事無く、ただ無言でゆっくりとある方向へ歩みを進める。
その先には、本日の小テストを採点している最中の英先生が座る席。
そして、突然の獅子宮先生の行動に、にわかにざわめき始める職員室。
PCと睨めっこしていた泊瀬谷先生も、ルルへのメールを打ち込んでいる最中だった帆崎先生も、
余ったテスト用紙で紙飛行機を作ってたサン先生も、そしてたまたま職員室でコーヒーを注いでいた白先生も
今はその手を止め、ゆっくりと歩を進める獅子宮先生へ不安げな眼差しを向けるしか他がない。
――獅子宮先生と英先生。
この二人は佳望学園の教師達の中では、とても良好とは言い難い関係にあった。
元が不良な上に未だにアウトロー気質を貫き通す獅子宮先生。
そして、有名女学校出の生真面目で自分に厳しく他人にも厳しい英先生。
そんな対極とも言える気質を持つ二人が、同じ場所に尻尾を揃えればいがみ合うのも最早宿命みたいな物で。
時折、瑣末な事で英先生のお叱りを受けた獅子宮先生が席に戻る間際、憎憎しげに「ババァが」と漏らしている所や、
不真面目に仕事をしている獅子宮先生を前にした英先生が、苛立たしげに「全く、困った人」とこぼす所が良く見られた。
しかし、だからと言って目に見える形でいがみ合っている事は少なく、むしろお互いに干渉し合わない事の方が多かった。
そう、今の二人の関係は、言わば東西冷戦時代のアメリカとソ連のような関係にあった。
無論の事、今までにこの二人があわや衝突寸前に至る事は一度や二度ではなく、
その度に、校長先生をはじめとする他の教師たちの胃痛の種となるのは、最早珍しい事ではなかった。
(幸い、猪田先生の取り持ちもあって、本格的な衝突へ発展する事は過去に一度たりとも無かったのだが)
そんな二人の関係を知っている教師達からしてみれば、この突然の獅子宮先生の行動に不安を感じるのも無理も無く。
おまけにこの日の昼頃、獅子宮先生は授業を行う際の態度の事で英先生と言い合ってたばかりである。
それを考えれば、この状況で何も起こらないと楽観できる方がむしろおかしいと言えた。
しかし、かと言って迂闊にこの二人の衝突を止めようとすれば、間違い無く余計なとばっちりを食らう事になりかねず、
更に言えば、何時も獅子宮先生のブレーキ役となる猪田先生も、この日は出張の為、今の職員室に姿は無く。
その場の教師達に今、出来る事といえばただ、大事にならない様に天へ祈る以外に術が無かった。
「…………」
上機嫌でもなく、かと言って不機嫌でもなく、歩みに合わせる様にゆらりと揺れる獅子宮先生の尻尾、
その尻尾の動きからは、今の彼女の思考を読み取る事は出来ない。
やがて英先生も、足音で獅子宮先生の接近に気付いたらしく、耳をピクリと動かして獅子宮先生の方へ顔を向ける。
其処で、歩みを止めた獅子宮先生の尻尾が、立っているとも垂れているとも言えないポジションで動きを止める。
「…………」
「…………」
そして、獅子宮先生も英先生も、視線を交差させたまま沈黙する。
二人ともお互いに無表情に近く、更に尻尾に動きすらなく、これから何が起こるかは誰にも予想は出来ない。
そんな余りの不気味な静けさに、誰ともつかぬ唾を飲みこむ音がゴクリ、と聞こえてくる様な気もさせる。
そして、その場の教師にとって永遠とも言える数秒が過ぎた後、最初に口を開いたのは獅子宮先生の方だった。
「英先生、仕事中悪いが今から少し話をしても良いか?」
「……ええ、そろそろテストの採点も終わりですし、別に構いませんが…それで、話とは?」
「そうか…話と言うのはだな…その、先生に少し、手伝って貰いたい事があるんだ」
(…え?)
(う…うそだろ!?)
(あの獅子宮センセが……)
(英先生へ頼み事!?)
泊瀬谷、帆崎、サン、白の四人は思わず我が耳を疑った。
そう、あのアウトローで人の手を借りたがらない獅子宮先生が、あろう事か粗利の合わない英先生へ頼み事をしているのだ。
今起きている事が夢ではないかと髯を引っ張ったり頬を抓ったりしたが、感じた痛みも今の状況も紛れも無く現実であった。
と、そんな同僚四人の反応を余所に、獅子宮先生と英先生は話を続ける。
「手伝ってもらいたい事、ですか……物によっては私に出来る事と出来ない事がありますが?」
「ああ、いや…その、これは英先生だからこそ頼む話でな…」
英先生の問いかけに対し、獅子宮先生は何故か珍しく口を濁らせ、中々話そうとしない。
何時もの堂々とした彼女を知っている者ならば、今の彼女は明らかに何かあったとしか思えない態度である。
無論の事、興味津々な同僚四人は耳を二人の方へ目一杯に傾け、一語一句聞き逃さぬ様に神経を集中させる。
「……? 良く分かりませんが、その、獅子宮先生の言う『手伝ってもらいたい事』とは何ですか?
はっきりと声に出して言ってもらわないと私も分かりませんよ?」
「う、その……」
英先生の再度の問いかけに、
獅子宮先生の尻尾は困った様にくねり、隻眼の瞳は横へ逸らされ、耳は縮こまる様に伏せられる。
そして数秒ほどの間を置いて、ようやく意を決したのか獅子宮先生は唾を飲みこみ、ハッキリとした声で告げる。
「その、英先生、今からバレンタインの為のチョコレート作りを手伝って欲しいんだ」
…………。
――静寂。
今の職員室を包む空気を一言で言い表すならば、その一言に尽きた。
それだけ、獅子宮先生が言った言葉が、職員室にいる英先生を除く教師達には到底信じられなかったのだ。
泊瀬谷先生はPCの画面を『ああああ』で一杯にして硬直し。帆崎先生の手から零れ落ちた携帯がゴミ箱へジャストミートする。
サン先生は作り掛けの紙飛行機を思わず握りつぶし。白先生に至っては手にしたカップからコーヒーをどぼどぼと零していた。
そして、暫しのフリーズ状態が解けた四人は四者四様に、心の中で驚きの声を漏らす。
(…え? え? えぇぇぇっ!? うそっ!?)
(ま、マジかよっ!?)
(獅子宮センセがバレンタインのチョコだって!?!?)
(まさかあの怜子が……信じられん)
去年のバレンタイン、たしか獅子宮先生は「バレンタインなんぞ、軽々しい騒ぎは好まん」と言って関わろうとしなかった筈だ。
無論の事、そんな彼女がわざわざ自ら勧んで義理チョコを配るなんて真似もしない筈である。
そして、今まで知る限りでは、獅子宮先生に男の気配があったなんて話は、それこそ白先生以上に皆無だった筈だ。(失言)
なのにも関わらず、獅子宮先生のこの行動である。同僚四人が心の内で本気で驚くのも無理も無かった。
しかし、そんな動揺しまくる四人に気付く事も無く、獅子宮先生と英先生は更に話を続ける。
「バレンタインのチョコレート作り、ですか……何故、私に?」
「その……私が自分で作ろうとするとな、何故か焦げ付いたり変な色で固まったりで、中々上手く行かないんだ。
それでその、今回こそ失敗しない為、菓子作りが上手い英先生に手伝ってもらおうと、恥をしのんでお願いする訳だが……」
「獅子宮先生、それならば先日に行っていたチョコレート製作の講習に出席していれば良かったのでは……?
と、あなたの事ですから、大方恥かしくて出る気にならなかった、と言った所ですね?」
「う……その通りだ……」
図星を突かれ、ばつの悪そうに尻尾を垂らしてうめく獅子宮先生。
其処には、何時もの食わせ者な女教師の姿は無く、何処か気弱に振舞う年相応の女性の姿があった。
そんな不安げな彼女を前に、英先生は溜息一つ漏らすと、何か考え込む様に天井の方を見やる。
その動きを獅子宮先生は余り良い物として受け取らなかったのだろうか、何か諦めた様に英先生から視線を逸らし
「……いや、まあ、英先生が嫌だと言うなら、私も素直に諦める事にするよ。
今の私の頼みはどう考えても、先生にとってはただの迷惑にしかならないからな……。
英先生、くだらない事で時間を無駄にして悪か――」
「獅子宮先生、『今から』と言う事は、材料はもう用意しているって事ですよね?」
「――え? ……あ、ああ。そうだが……?」
謝罪の言葉を遮ってまで英先生が聞いた事の意が掴めず、獅子宮先生はきょとんとした表情で答える。
それを気にせず書類を纏めた英先生はゆっくりと丁寧な所作で立ちあがり、立ち尽くす獅子宮先生へ肩越しに言う、
「それならば、今からその材料を持って家庭科室まで来る事。良いですね?
……それと先に言わせてもらいますが、私の指導は結構厳しいので、獅子宮先生もあらかじめ覚悟して置いてくださいね」
「…………」
そして、職員室の鍵掛けから家庭科室の鍵を取って去って行く英先生の尻尾を見送った後。
獅子宮先生はようやく我に返ると、慌てる様に自分の机から何かの入った包みを取り出し、
そそくさと足早に英先生の後を追って職員室から出ていった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その後に残されたのは、呆然と成り行きを見守るしか出来なかった泊瀬谷を始めとする同僚達四人。
彼らはすばやい動きで職員室真中に据えられた石油ストーブ前に集まると、お互いの顔を見合わせながら口々に言う。
「……気に、なりますよね?」
「……ああ、あんな光景、それこそ滅多に無いからな」
「これで見逃したら、ボク達一生後悔しそうだよね?」
「よし、私達も行ってみるか」
直ぐ様やる事を決めると、彼らもまた、家庭科室へと足早に去っていくのだった。
そう、シャットダウンされる事無く付けっぱなしのPC、何やら着信したのかゴミ箱の中で必死にバイブレーションする携帯、
そして机の上でくしゃくしゃで放置されたテスト用紙に、机に零しっぱなしのコーヒーも片付けることも無く……。
※ ※ ※
そして、話は冒頭へと戻り家庭科室。
獅子宮先生は英先生の指導の元、なんとかチョコレートを刻み終え。
これからチョコレートを湯銭に掛けて溶かす所へと差し掛かっていた。
「チョコレートはこげやすいので直接火に掛けず、60度前後のお湯に浮かべたボウルに少しずつ入れて、
こうやって玉にならない様に気を付けながら、ヘラで丁寧に掻き混ぜる様に溶かして行く事。…分かりますね?」
「なるほど……湯銭なんて今まで全然知らなかったな……」
石油ストーブ上のヤカンがコトコトと小さな音楽を奏でる中。
英先生の手によって、硬い荒削りの粉から液体へ魔法の様に溶け行くチョコレート。
甘い香りを漂わせるそれを、まるでうら若き少女みたいに興味津々に尻尾を立てて眺める獅子宮先生。
そんな彼女を横目にした英先生は、心底意外に感じていた。
元ほ佳望学園のOBで、あの猪田先生も手を焼くほどだった筋金入りのライオンのスケバン。
それもあって教師になった今でもアイパッチに咥え煙草、そしてへそだしルックとアウトローなスタイルを貫き通し、
更にはプライド高いライオンなだけあって全然素直ではない上に口も悪く、時には暴力沙汰をも辞さない喧嘩っ早さが在る。
しかも年上相手だろうと保護者相手だろうと敬語を一切使わず、挙句に校長やPTA会長相手でもタメ口を聞く始末。
おまけにスロースターターなのか中々仕事を進めず、急かされたら文句漏らしながらのろのろと仕事を始める不真面目ぶり。
しかし、それでいながらも生徒の面倒はしっかりと見ており、何だかんだ言いつつも困っている人は決して見捨てず、
気がつけば仕事の方もやるべき事をしっかりとこなしている。
そんな自分とはある種正反対の経歴、気質を持っている彼女故か、如何してもサン先生の次に目に付いてしまう。
おまけに注意すれば明らかに反抗的な態度を取る為、如何してもこっちの態度も硬化しがちになってしまう。
これでもう少し素直になってくれれば……と常日頃から願ってやまない。
――それが、英先生の獅子宮 怜子と言う後輩教師に対する、今までの人物評であった。
しかし今、横で悪戦苦闘しつつも自分の教えを素直に聞き入れチョコレートを溶かしに掛かる獅子宮先生の姿は、
少なくとも自分の頭の中にあった『彼女の対する人物評』を少し改めなければ、と考えさせるには充分だった。
そう思うと、自然と彼女のマズルから漏れてくるのは笑い声、何処となく尻尾も左右に振られる。
それに気付いた獅子宮先生は手を止めて不思議そうな顔一つ。
「……英先生? 何かおかしい事でもあったのか?」
「ええ、ちょっとだけ昔の事を思い出しまして、それで思わずと言った所でしてね」
「……? そうか」
獅子宮先生は妙に腑に落ちない気分を感じていたが、すかさず「手が止まってますよ」と注意され、慌てて作業に戻る。
何だかはぐらかされた様な気もしないが、今は教えてもらってる以上は深くは突っ込まず、無理やり納得する事にした。
教え通りにやってきたお陰か、やがて獅子宮先生の手によって溶けたチョコレートが粘性を持った滑らかな液体へと変わる。
家庭科室を満たすはチョコレートの甘く優しい香り、ふと横を見やると優しい眼差しでこちらの手の動きを眺める英先生。
獅子宮先生は甘い香りを鼻腔一杯に感じながら、何処か不思議に感じていた。
元は校則厳しい女学校出身で、成績優秀容姿端麗才色兼備を絵に描いて立体化したような令嬢。
それは教師になって十数年経った今でも変わらず、自分は元より他人にも礼儀正しく規律正しくを貫き通し、
その手腕で何処か問題有り気な学園の教師達を纏め上げてきた事で、教師生徒問わずに恐れられ、または敬われてきた。
更に口も達者であり、下手に彼女を怒らせよう物なら、穏やかながらも辛辣な言葉で長時間に渡り責められる事となる。
しかも仕事の方も完璧と言っても良く、隙と言って良い隙が殆ど見当たらない。まさに才媛と言っても過言ではないだろう。
しかしだからと言って決して嫌味なケモノではなく、むしろある種の面倒見の良い母親的な(厳しい所もあるが)存在であり、
学園の教師や生徒は、良い意味でも悪い意味でも彼女の愛情を感じて過ごしてると言っても良いだろう。
だが、アウトローなスタイルを貫く元不良の自分にとっては、規律を重んじる彼女の存在は決して面白い物ではなく。
些細な事で注意されるたびに、何時かその上品な顔の丁寧に整えられた髯をこっそりちょん切ってやろうかと考えた物だ。
これでもう少し言葉の厳しさを控えてくれれば、こちらとしてもほんの少しは歩み寄り様もあるのに、と思えなくもない。
――それが、獅子宮先生の英 美王と言う先輩教師に対する人物評であった。
しかし今、チョコレート作りに苦戦している自分を、優しい言葉を交えつつ手取り足取り手伝ってくれる英先生の姿は、
何処か遠い記憶にある厳しくも優しかった母の姿と重なって見え、その所為かほんの少しだけ心を許せそうな気がした。
そう思うと、英先生へ一方的に反感を感じていた今までの自分が小さく思えて、思わず自嘲の笑みを零してしまう。
そんな獅子宮先生を、英先生は何も言うことなく優しい眼差しで眺めていた。
※ ※ ※
「……意外と和気藹々とやってますね?」
「てっきり、何かの切欠でいがみ合うかと思ったんだが……」
「ねえ、3人とももうちょっと詰めてよ、ボクからじゃ良く見えないんだけど?」
「シッ、静かにするんだ、サン。気付かれたら説教どころの話じゃないぞ?」
そしてその頃、ほのかにチョコレートの匂いが漂い出した家庭科室前の廊下にて。
こっそりと家庭科室の中を伺う同僚四人は、今も尚戦々恐々と言った面持ちで二人の様子を見ていた。
……ただ背の小さいサン先生だけはと言うと、邪魔な他三人の身体越しに見ようとピョンピョンと必死なようであるが。
「それにしても、気になりますよね」
「ん? 何がだ?」
そんな最中、ふと泊瀬谷先生が漏らした疑問に、ピクリと耳を動かした白先生が聞き返す。
泊瀬谷先生は尻尾を揺らしながら、何と気無しに答える。
「いえ、獅子宮先生は手作りしたチョコレートを誰に渡すのかなって」
『…………』
――静寂再来。
どうやら泊瀬谷先生以外の三人は、獅子宮先生がチョコを作ると言うかなり珍しい事態に目が行っていた事もあって、
肝心のチョコを渡す相手の事までは考えていなかったらしく、一往に毛を逆立て驚いた表情を浮かべて凍り付いていた。
そして数秒ほどのフリーズの後、四人はそそくさと家庭科室前から離れてヒソヒソと話し合う。
「言われてみれば、あの獅子宮先生が手作りチョコを渡すほどの相手って……何者なんだろうな?」
「そうですよね。あの獅子宮先生の事ですから…ひょっとしたら家族の誰か、とか?」
「う〜ん、それはないと思うよ? 確か獅子宮センセ、忘年会の時に『実家とはかなり昔に縁を切った』って言ってたし」
「ならば……多分あの怜子の事だ、ひょっとすると意外な相手の可能性もあるかもな。例えば校長とか」
白先生の何気に挙げた例えに、更に弾みが付く四人の会話。
「いやいや、ひょっとするとベンじいって可能性もあるかもな?」
「無い、とは言いがたいな……ああ見えて怜子はフケ専っぽい気がするからな。そうなると教頭の可能性もあるか」
「いえ、多分私の予想だと猪田先生って事もあるかと。
猪田先生は妻子持ちですけど、獅子宮先生にとってかつての恩師ですし」
「ここは大穴でドラキュラか水島先生が来るかも? かも?」
「ドラキュラ…大稲荷先生はまだしも水島先生は流石に無いだろ? ここははづきちか白倉先生かもな?」
「ザッキー、はづきちは彼女持ちだって」
「あ、そういやそうだったな」
四人の口から佳望学園の男性教師の名が次々と挙がる中、
一向にヨハン先生の名前だけが挙がらないのは、ヨハン先生の人と成りを表している何よりの証拠なのだろう。
まあ、そんな事はさて置き、話がある程度終息してきた所で。話題は再び獅子宮先生のチョコ作りの事へと移り変わる。
「けど、本当に意外ですね。
獅子宮先生って何でも出来そうな感じがしてたんですけど、まさかチョコレート作りが苦手だったなんて…」
「ああ、言っておくが泊瀬谷。怜子はチョコレート作りどころか料理自体が苦手だぞ? 同じマンションに住む私だから分かる」
「へぇ、さすが白先生。同じ独身のネコ科なだけは……ア゛」
「やっぱり、同じ穴のムジナだからこそ分かる物が……ヴ」
つい何気に言いかけて帆崎先生とサン先生は気付く。今、自分達は対戦車級の大型地雷を踏んでしまった事に。
ある方を見る泊瀬谷先生の表情が凍り付き、尻尾が膨れ上がってる事から見ても、その予感は確かな物であろう。
しかしそれに後悔する間も無く、とてもイイ笑顔を浮かべた白先生が懐から独特の匂い漂わせる瓶を取りだし、二人へ言う。
「お前ら二人とも、覚悟は良いな?」
※ ※ ※
同僚四人がちょっとしたひと悶着を起こしているその一方。
英先生と獅子宮先生は、溶かしたチョコレートを型に入れた後。
冷蔵庫へ入れたそれが固まるまで、英先生の用意した紅茶とクッキーを交えたティータイムを楽しんでいた。
ゆったりとした空気の中、チョコレートの香りの代わりに家庭科室を満たすは、質の良い茶葉の香りとクッキーの甘い香り。
それを鼻腔と舌で堪能していたその矢先、獅子宮先生が何かに気付き、耳を傾ける。
「如何しました? 獅子宮先生」
「いや、何か廊下の方から声が聞こえたが……?」
「声? 一体如何言う感じのですか?」
「いや、それが吹奏楽部の練習の所為で良く聞こえなくてな……」
だが、二人が声を良く聴こうと耳を傾けるも、生憎外の中庭では吹奏楽部が春のコンクールに向けての練習中。
幾ら耳を傾けようとも、肝心の声が吹奏楽部の見事な演奏に掻き消されてしまい、良くは聞こえなかった。
「部活をしている生徒の声、でしょうか?」
「それにしてはなんだか悲鳴も混じっていたような……気の所為か?」
獅子宮先生と英先生が首と尻尾を傾げている丁度その頃、
泊瀬谷先生が必死に止める中、帆崎先生とサン先生へ白先生の怒りのオキシドールが炸裂しまくっている所であった。
しかし、そんな騒ぎも吹奏楽部の演奏が終焉を迎えると同時に収まり、家庭科室は静けさを取り戻した。
再び流れる夕暮れ時特有のゆったりとした時間。窓から差し込む夕日が家庭科室を黄昏色に染める。
獅子宮先生は今の家庭科室と同じ色の紅茶をひと啜りした後、夕暮れに染まる窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
この時の彼女は珍しくトレードマークの咥え煙草をしてはおらず、夕日を眺める隻眼の瞳は何処か寂しげな物を感じさせる。
そんな彼女の横顔を眺めている内に、英先生はある事を聞きたくなった。
聞き出す理由は特に無かった。強いて理由を挙げるなら、ただ何となく、それだけだった。
「獅子宮先生、一つ聞いてよろしいですか?」
「……なんだ?」
「今作ってるチョコレート、獅子宮先生は誰に渡すおつもりで?」
「……英先生。この私が、素直に話すと思っているのか?」
言って、そっぽを向く獅子宮先生、少し不機嫌そうにくねる尻尾。
それは彼女の性格を知っている英先生にしてみれば、ごく当然の反応と言えた。
だから英先生は苦笑一つ返すだけにしておいた。どうせ元から良い返答に期待していなかったのだ。
しかし、そんな英先生に対して、獅子宮先生は少しだけ何か考えるように顔を俯かせた後、顔を上げて言う。
「だが、英先生はチョコレート作りの手伝いをしてくれている。
……これで教えないというのは、借りを作りっぱなしで私のスジに反してしまうな」
「……と言うと?」
聞き返す英先生へ獅子宮先生はふっ、と軽く笑い掛けて言う。
「話すさ。チョコレート作りを手伝ってくれた礼の代わりと言っては難だがな」
如何言った心変わりですか? と問おうとした所で、
英先生はある事に気付き、マズルから飛び出そうとした言葉を喉元へ押し留めた。
どうしようもなく悲しい色を湛えた獅子宮先生の隻眼の瞳、それを目にして理由を聞くことが躊躇われたからだ。
獅子宮先生はそんな英先生を一瞥すると、少しだけ俯き気味になって話し始める。
「実は言うとな……私の作ったあのチョコレートを贈る相手は、もうこの世には居ないんだ」
「……え?」
獅子宮先生の口から出た思わぬ言葉に、英先生は思わず戸惑いの声を漏らす。
ひょっとすると悪い事を聞いてしまったのだろうか? 英先生の心に満ちてくるそんな罪悪感。
それを尻尾の動きで察したのか、獅子宮先生は「気にするな、どうせ何時か話す事になる話だ」と言って、話を続ける。
「アイツは……高校卒業と同時に家を飛び出し、行く宛も無くさ迷い続け荒み切った私の心へ、再び暖かさをくれた人だった。
もし、私がアイツと出会わなかったら多分、私は何処かの道端で野垂れ死にしていた事だろうな」
「獅子宮先生にとっては、その人はいわゆる命の恩人、と言う訳ですか……?」
「まあ、そうだな……それと同時に、私の初恋の人でもあったんだが」
獅子宮先生はふぅ、と小さく溜息を漏らした後、
カップに残った紅茶をひと呷りで飲みきると、何処か自嘲するような笑みを浮かべて言う。
「けど、その初恋は実らなかった。……自分自身のやった、バカな事の所為でな」
「その、バカな事。とは……?」
「言うのもばかばかしい事だよ。止せば良いのに何も考えず一人先走りした結果、
やらなくて良い事をやってしまった、そのバチが当たったんだ。
それ以来……私は怖くなった、誰かを愛する事が、誰かと肩を寄せ合う事が。
また、自分の所為で全てを台無しにしてしまうと思ってしまって」
そう語る獅子宮先生の頭の中に浮かぶは、
もう物言わなくなった大切な人の身体が、自分の腕の中で徐々に体温を失っていくと言う、二度と忘れられぬ感触。
それは見えない足枷の様に彼女の心へ重く圧し掛かり。巻きついた茨の棘の様に常に彼女の心を苛んでいた。
幾ら後悔しようとも、幾ら反省をしようとも、あの暖かく優しかった日々はもう二度と返ってこない。
……だけど、それでも私は、前を向いて生きなくてはならない。
大切な物を失い、絶望に打ちひしがれた自分を、親身になって励ましてくれたダチ(親友の意)の為にも。
.
.
.
「……獅子宮先生?」
「―ーあ? ああ、済まん。私とした事が話の最中に考え事をしていた様だな」
英先生に声を掛けられて、獅子宮先生はようやく今、自分が感傷に入り浸っていた事に気付いた。
咄嗟に誤魔化しはしたが、こちらを見る英先生の眼差しから見て、今考えていた事を読まれている可能性は高かった。
その様子に、何だかばつの悪いものを感じた獅子宮先生が何か言う間も無く、英先生が真摯な眼差しで言う。
「獅子宮先生、あなたも……相当辛い過去をお持ちだったのね。
私にはその辛さの全てを理解する事は出来ないけれど、あなたのその顔と尻尾を見れば、どれ程の物だったかは分かる」
「……いや、英先生には分からないさ、あの時の私の絶望は……」
「いいえ、私には分かる。だって、私も自分の所為でたった一度きりの恋を駄目にしてしまった経験があるから。
獅子宮先生とは違ってあの人には今も会えるけど、もう二度と想いは通じないし、手の届かない存在にもなってしまった。
だから、それがどれだけ辛い事か、どれだけ悲しい事か、私には痛いほどに分かるのよ」
「…………」
儚げに笑う英先生を前に、獅子宮先生は何も言えなくなった。
昔に想い人と死別してしまった私とは違い、彼女の想い人は話によれば今も健在。
しかし、だからこそ余計に辛いのだろう。そう、幾ら想えどその想いが通じない事は、何よりも辛いのだから。
それに比べれば、死別はしたが想い人と一時でも通じ合っていた私はある程度諦めが付く分、まだマシと言えるのだろうか?
そう思っている内に、獅子宮先生は自然と、英先生へ問いかけていた。
「なあ……英先生、私も、何時かは前の様に誰かを愛する事が出来るかな……?」
「そうね…獅子宮先生は私と違ってまだ若いから、幾らでも何とだって出来る。
それに、あなたは一度、絶望の淵に沈んだけれど、其処から立ち直る事が出来たじゃない。
それくらいの強さがあれば大丈夫よ。きっと、何時かは誰かを愛し、愛される事が出来ると思う」
英先生の優しい励ましの言葉、だけど、獅子宮先生は首を横に振る。
「いや、私は全然強くないさ……口じゃ何時も強がりを言ってるけど、その実際は怖がりの子ライオンなんだよ、私は。
それにだ……あの時の私は独りじゃ決して立ち直れなかった。もしあの時、お節介焼きのダチが居なかったら、私は――」
「獅子宮先生」
「――……!」
言ってる最中に割って入った強い調子の声に、驚いた獅子宮先生が思わず振り向き見れば
其処にはさっきまでの母親のような優しい表情から一転、何時もの厳しい表情へと戻った英先生の顔があった。
その刺すような厳しい視線を前に、まるで母親に叱られた子ネコの様に尻尾を丸め、耳を伏せる獅子宮先生。
だが、英先生は厳しい叱咤の言葉を投げ掛ける事もなく、ふっと優しく微笑みかけて
「独りでやるのが怖いのだったら、誰かを頼れば良いじゃない。無理して独りでやろうとするから怖くなっちゃうのよ。
そう、今の獅子宮先生には頼りになる人が一杯居る。私や猪田先生に帆崎先生、泊瀬谷先生や白先生、そしてサン先生、
その他にもいっぱいいっぱい頼りになる人が居るわ。だから何も独りで全部抱え込む事はないのよ。
誰かを頼りたい時は遠慮しないで良いの。そうすれば、あなたの言うそのダチ? の様に、あなたを助けてくれると思う」
「……だが、私は……」
「それに、ここの人達はお節介焼きが多いのよ。それこそもう鬱陶しいくらい。
多分、あなたが何も言わなくとも、何かに悩んでいると見れば、彼らは頼まれてもいないのに助けようとするでしょうね?」
「…………」
……そう言えば、私が全てを失い、死ぬ事ばかり考えていたあの時。
誰にも頼まれていないにも関わらず、ダチの織田が独り絶望に沈んでいる私の部屋へ勝手に上がり込み、
挙句には、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙声の所為で殆ど判別不能になった言葉で私へ叱咤激励していたな。
そんな織田の酷い顔を見ている内に、私は何だか死ぬのも馬鹿らしくなって、気が付けば少しだけ気が楽になっていた。
今の私が、困っている人を放って置けない性分なのも、それに影響されたからなのだろうか。
……多分、あいつらも私が何かに悩んでいると知ったら、頼まれてもいないのに私へアドバイスやら何やらしてくるのだろうな。
特にあの『とっつあんぼうや』なら、いきなり家に上がり込むなリ私への激励を名目にパーティーでもおっぱじめそうな気がする。
そう思うと、意地を張って独り抱えこんで居た頑なな自分が、なんだか馬鹿らしく思えてくる。
「だから獅子宮先生、悩んでいる時は――」
「もう良い。分かった」
「――……獅子宮先生?」
「私の負けだ、英先生。流石に頼んでも居ないのに一方的に親切を押し付けられるのは勘弁して欲しいのでな。
…だがその代わり、もしその時が来る事があったら、遠慮なくこき使ってやるから覚悟しろ」
「ふふ、その時は覚悟しておくわ」
何処かばつの悪そうに腕組をしながらそっぽを向く獅子宮先生。
そんな彼女の左右に揺れる房付き尻尾に向けて、英先生は安心した母親の様な優しい笑みをうかべた。
やがて、周囲を黄昏色に染めてた夕日も、その日の役目を終えて山の向こうへと消え。
家庭科室を満たしていたチョコレートの匂いもだいぶ薄まった頃。
頃合を見て冷蔵庫から取り出したチョコレートを、少し苦労しつつ型から取りだした獅子宮先生と英先生は、
そのハート型のチョコレートを箱へと詰め、ラッピングする所までに来ていた。
何時もの不真面目な態度とは違う、真剣な眼差しで丁寧にチョコのラッピングをする獅子宮先生。
英先生はその様子を横目で見ながら、もし自分に娘が居たなら、ひょっとするとこう言う事もしていたのだろうかと考える。
しかし、それは飽くまでif(もしも)の事でしかない。それに、かつて道ならぬ想いを抱いてた私がそんな事を考えた所で……。
と、彼女は独り心のうちで自嘲する。
「英先生」
「へ? 何でしょう、獅子宮先生」
考えていた所でいきなり声を掛けられ、英先生は思わず毛を逆立てて眼鏡をずらし、尻尾もピンと跳ね上げてしまった。
しかし、ラッピングに悪戦苦闘する獅子宮先生は英先生の様子に気付いてなかったらしく、手を動かしながら話を続ける。
「……もしも、そう、もしもだ。
英先生が誰かに恋心を抱き、その結果悩む事があるなら……私が勝手に手助けしてやる。
前も言ったが、借りを作りっぱなしなのは私のスジに反するのでな。だから何と言おうとも”勝手に”助けさせてもらうぞ」
「…………」
……誰かに恋心を抱く事。
そんな事、私にはもう二度と訪れない筈だ。そう、それはバレンタインのあの日から分かっている事だから。
――だけど、何故だろうか? 獅子宮先生に言われたその一瞬、私はあの小さな数学の教師の事を思い浮かべていた。
どうして彼の事を思ったのか、私自身にも良く分からない。以前のあの時、何時もとは違う彼の表情を知ったからだろうか?
そう、何処か遠い遠い手の届かない何かを見る様な、酷く物悲しい横顔の彼……――
「フリードリヒ…」
「……英先生? フリーが如何した?」
「っっ!? あ、いえ、来週の手芸部の講習はフリー素材で行こうかなと考えていたので」
「……?」
咄嗟の誤魔化しが通用したのか、それともラッピングに夢中になっていたのか、
獅子宮先生は不思議そうに首を傾げるも、英先生へ深く追求する事も無くチョコレートの梱包作業へと戻った。
危なかった……考えている内についつい思考がマズルから漏れ出していた様ね。これから気を付けないと。
ほんの少し耳が熱くなる感覚を感じつつ、英先生は先ずは言うべき事を言う事にした。
「獅子宮先生、言っておきますけど、恋をするにしても私はもうこんな歳よ?
誰かに恋をした所で相手にも迷惑だろうし、どうせ無駄に終わるのが目に見えているから」
「……さて、それは如何かな? この世の中は何が起こるか分かったもんじゃないんだ。
そう、ある日突然、って事も強ちあり得ない話とは言い切れないからな」
「そうは言ってもね……」
「英先生」
いきなり強い調子で名を呼ばれ、顔を向けた所でぷに、と英先生の額に押し当てられる獅子宮先生の柔らかい肉球。
突然の事で困惑する英先生へ、隻眼の鋭い眼差しでずいと詰め寄り、言う
「『この世に女として生を受けた以上、骨となる最期の一瞬まで女として全うせよ』
これは前にダチの織田に読めと押し付けられた、池上なんとかって作者の本に書いてあった一文だ。
英先生はなんだ? 男なのか? それとも両性か?」
「お、女ですが……」
「だったら、英先生も女として生まれたならば、墓場へ行く最期の時まで女として生きる決意をしておくんだ。
まだ人生の半分ちょいしか生きてもいないと言うのに、早々に女である事を捨ててしまって如何するんだ。
私へ偉そうに説教しておいて自分は駄目だって決め付ける、そんなムシの良い話は私には通用しないぞ。
とにかく、恋する事を諦めるな。諦めたら、其処で全部終わりなんだ」
其処まで言った所で獅子宮先生は腕組をしてそっぽ向いて、尻尾をくねらせながら「それに」と続ける。
「さっき、英先生がフリードリヒって呟くの、ばっちりと聞こえていた」
「っ!?」
どうやら、さっきの呟きをばっちりと聞かれていたらしい。これは拙い。
自分の耳がかぁっと熱くなる感覚を感じる、もし私が人間なら顔面を真っ赤に紅潮させている所だろう。
それに、あの話は彼から『みんなには内緒ですよ』と言われている、ここで話す訳には……。
「そのフリードリヒが英先生にとって何者かなんて私には分からんし、知ろうとする気も無い。
そもそも私はそう言う事には興味は無いんだ。更に言えば、私も色々と話したくない事を話している以上、
この事を誰かへ触れ回る事もしないから安心しろ」
そう言う獅子宮先生の尻尾は、明らかに何かを我慢する様にもどかしく複雑にくねっていた。
多分、彼女は彼女なりに聞き出したいのを必死に堪えているのだろう。其処が獅子宮先生らしいというか。
そう思うと何だか安心したと同時に、獅子宮先生の意外な心遣いを嬉しくとも思えた。
「それなら、この事はみんなには内緒ですよ」
そっぽを向く獅子宮先生に後ろ姿へ向けて、英先生は口に指を当てて合図する。
そう、あの時、彼が去り際にやっていた様に。
獅子宮先生はふんと鼻を鳴らし、尻尾を揺らして「当然だ」と小さく一言、つっけんどんに返した。
そして、夕暮れ色だった景色が星空きらめく夜の景色と代わり、生徒の声も全く聞こえなくなった頃。
英先生の手助けもあってラッピングも完璧、とは行かないが小奇麗に出来あがり。
二人だけの突発的な手作りチョコレート教室も終わり、人気の無い職員室で戻った二人は帰り支度を始めていた。
獅子宮先生は出来あがった完成品のチョコを後生大事に鞄へ仕舞いつつ、英先生に言う。
「所でさ…英先生。食べてもらう人も居ないのに、私がなんでチョコレートを作るんだって思うだろ?」
「そうですね……如何してですか?」
聞き返す英先生にふっと笑い掛けると、窓の外の星空を見やり、
「……約束、かな。毎年バレンタインデーには手作りチョコを贈るって言う。
ごく他愛も無く、守るべき必要も無いくだらない約束。だけど、私にとってはアイツと交わしたとっても大事な約束だ。
まあ、だけど英先生に教えてもらう今まで、ろくでも無い出来のチョコレートのような物しか墓へ贈れなかったんだがな」
そう言って苦笑する獅子宮先生は頭の中では、今までの出来損ないのチョコレート?でも思い浮かべているのだろう。
そんな出来では、獅子宮先生の言う『彼』も、困ったように苦笑いを浮かべるしか出来なかった事だろう。
だが、今回は違う。今、彼女の鞄の中に入ってるのはたっぷり想いの篭った美味しいチョコレート。
多分、天国に居る『彼』も喜び、そして満足してくれるに違いない。
「それで…一つ聞きたいんだが、英先生は何故、私へチョコレート作りを教える気になったんだ?
今までが今までだったからさ、多分、八割九分は断られるだろうと思ってたんだが」
「そうね…」
獅子宮先生の問いかけに、英先生は何処かもったいぶる様に職員室の天井を軽く仰ぎ見て。
数秒ほどの間を置いて優雅な所作で振り向き、柔らかな笑みを浮かべて言う。
「何となく、かしら。深い理由なんて特にないわね」
「ふっ、何となく、か……まあ、それもアリだな」
それに答える様に、獅子宮先生も穏やかな笑みを返した後、何時もの皮のコートを羽織る。
「随分と遅い時間までやってたんだな…英先生、こんな夜遅くまで付き合わせて済まなかったな」
「いえ、私も獅子宮先生と色々な話が出来た事ですし、こちらこそお構いなく」
「それと、紅茶とクッキーは美味しかった。機会があったらまたご馳走になりたい所だ」
「ええ、その時はまた」
「それじゃ英先生、私はお先に失礼する」
ヘルメットを片手に提げ、もう片手をひらひらと振って職員室を立ち去る獅子宮先生の後ろ姿を見送った後。
英先生は独り、窓の外の星空きらめく夜空を見上げ、心の奥で噛み締める様に呟く。
「恋する事を諦めるな…ね」
その呟きに星空は何も答える事無く、静かにきらめいていた。
※ ※ ※
「あ〜あ、結局分からずじまいだったなぁ」
「…如何したんです? サン先生。何が分からずじまいだったんです」
それから翌週の授業前の職員室、月曜日朝特有の何処か気だるい空気の中。
身体を椅子の背もたれへ預けて一人残念そうにぼやくサン先生に、たまたま通り掛った資料片手のヨハン先生が声を掛ける。
サン先生ははぁ、と溜息一つ漏らすと、尻尾を力無くだらりと垂らして話す。
「いやそれがね、先週の土曜日にさ、獅子宮センセがバレンタインのチョコレートを作ったらしいんだけど。
獅子宮センセってあれでしょ? 白センセ以上に男の気配がないからさ、誰に渡すのか全然分からなくってさ」
「はぁ……確かに、言われてみればそうですけど……って、手作りチョコを? あの獅子宮先生が?」
「ああ、しかもその時の獅子宮先生、英先生に作り方を教わってたんだよ。しかも意外にも喧嘩する事もなく和気藹々とな」
獅子宮先生の意外な行動にヨハン先生が驚いた所で、同じく通り掛りの帆崎先生が話に加わる。
と、其処でヨハン先生は二人の毛並みが若干おかしい事に気付き、二人へ問いかける。
「……所で、サン先生にザッキーも何で毛並みが荒れ荒れになってるんです?」
「え? あ、ああ、それは……ちょっとね?」
「少し言っては行けない事を言った結果と言うべきか……まあ、そんな訳だ」
ヨハン先生の問いかけに、引きつった笑みを浮かべてはぐらかすサン先生と帆崎先生。
その二人の様子に何となく事情を察したヨハン先生は敢えて深くは聞く事はせず、話題を元の物に戻した。
(実の所、帆崎先生はそれに加えて携帯を無くした事でルルに追求されたのもあったりするが)
「それにしても意外ですねぇ。あのバレンタインとは無縁だった獅子宮先生が手作りチョコレートとは。
しかもあまりソリの合わなさそうな英先生にチョコレート作りを教わるだなんて、彼女は一体如何したんでしょうね?」
「さぁな……もう何か悪い物を食ったとしか」
「それより気になるのは獅子宮センセが手作りチョコを渡した相手なんだ。
あれからボクもいろいろと可能性を考えたんだけど、どう考えてもさっぱりなんだよね」
「はあ、そうですか……でも、ひょっとしたら――」
ヨハン先生がある可能性を口にしようとした矢先、不意に誰かに肩をポンと叩かれる。
「おはよう男共、相変わらず雁首並べてる様だな」
「――あ、獅子宮先生。来てたんですか? 相変わらず朝からワイルドで美しいお姿で」
「おう」
振り向いてみれば其処に居たのは当の獅子宮先生!
突然の本人の登場に、ヨハン先生は内心驚きつつも、持ち前の機転の早さで何とか冷静を装って挨拶を返す事が出来た。
無論、サン先生も帆崎先生も獅子宮先生の接近に気付くや、即座に他人のフリを決めこみ素知らぬ顔で挨拶を返す。
その素早い対応のお陰か、獅子宮先生も何ら突っ込む事もせず、そのまま尻尾揺らしながらスタスタと通り過ぎて行った。
「あ、危なかったな……」
「う、うん、もしも獅子宮センセに話聞かれてたら、どうなってた事やらだね……」
ふう、と帆崎先生とサン先生の二人が安堵の息を漏らした所で、
サン先生はヨハン先生が何かを言いかけていた事を思い出し、振り向き様に問いかける。
「あ、それと話変わるけどヨハンセンセ、さっき言おうとした事って…――」
「ちょ!、二人とも……あ、あれを見てください!」
「――……え?」
だが、当のヨハン先生は何かに驚いた様子。
その目線の先へ二人が顔を向けてみると、其処にはあり得ない光景が広がっていた。
「英先生。昨日、ダチから映画のタダ券を二枚貰ったんだが、良かったら今週の日曜にでもどうだ?」
「そうね…その日はやる事も無いし、先生のお言葉に甘えましょうか」
「良し、決まりだ。今週の日曜の10時ちょうど、駅前の東口で待ってるぞ」
「ええ、その時を楽しみにしておきます」
獅子宮先生が英先生へ映画鑑賞の誘いをしている所だった。しかも友人相手に言うように。
おまけにここは断ってきそうな筈の英先生も、軽く尻尾を振って乗り気だったりする。
それは今までを知る者にとっては、まさにあり得ない光景だった。
「 」
「( Å ) ゚ ゚」
「…………」
それを前に三者三様に驚愕する男達三人。尻尾も驚きに逆立ち、膨れ上がっていた。
そして、何処かぎこちない動きでストーブ前に集まると、声を潜めてヒソヒソと話し合い始める。
「一体、あの二人に何があったんだ?」と……。
……それから春になるまでの僅かの間。
佳望学園の教師の間で、一つの噂がまことしやかに囁かれ始める事となる。
英先生が魔法を掛けて獅子宮先生を従順にした、と言う、
当人達が聞いたら間違い無く噴き出し、そして思わず苦笑いを浮かべる内容で。
その名は……『真・英先生 魔女説』
―――――――――――――――――――――了―――――――――――――――――――――
以上です。
初めて英先生を大きく動かしたけど、やっぱ人様のキャラを動かすのは慣れないなぁ……。
それと支援してくださった方々、本当に有難うございました!
長編投下乙です!
いい話の合間にコメディが入ってていいかんじw 乙でした。
好きだ英先生。獅子宮先生もイイ。
繊細な心理描写が素敵でした。超乙。
263 :
Fist:2010/02/25(木) 18:43:04 ID:ntalUX7s
電車内で読んでて、顔に表情が浮かばないようにするの苦労したw
とてもいい話でした。マジ乙ッス。
今初北産業
>>264 すげー
文章のイメージにぴったりですやん
こんないい話の後に……と思いつつ、投下しちゃうよ!
番場ミサミサをお借りします。
「ミサミサ、頼みがある……。わたしを救うために聞いてくれ」
「はい!因幡先輩のためなら、番場道産子(バンバ・ミサコ)は身を粉にする覚悟です!」
きょうもまた一日の疲れを癒そうと地上の寝床へ太陽が傾き始めた頃、ウサギとウマの少女のシルエットが紅の空に浮かび上がっていた。
佳望学園の中庭にて、ウサギの風紀委員長・因幡リオは寒風に長い耳を揺らしながら、汚れの無い後輩に相談を申し立てた。
風紀委員の後輩であるウマの番場道産子、通称「ミサミサ」は、敬愛なる先輩から呼び止められると脚をそろえて背筋を伸ばし、
濁り無くも清々しくもある声で明朗活発に先輩へ返事する。肩から掛けた武道用具を入れたバッグは、彼女を凛々しく見せる立役者。
褐色の肌のミサコは風紀委員として学園の乱れを正すと共に、なぎなた部の副部長として活躍する文武両道を地で行く少女。
2m近い身の丈は、他の生徒を圧倒する存在感を示し、高等部女子たちの憧れの存在でもあった。漆黒の長い髪が実に誇らしい。
相反して、背丈もそれほどでもなく、どちらかと言えば地味な子のリオは、いちおう『委員長』として小さな胸を張ってきた。
ミサコの武道仕込みの姿勢の正しさは、寸分のゆがみを許さない風紀委員としての誇りでもあり、先輩への尊敬のかたちであった。
風はミサコの滝のように流れる尻尾をいたずらにくすぐり、リオのスカートをふわりと揺らす。
「頼む……」
リオは普段、学園では『真面目のまー子』で通っている。
制服もキチンと着こなし、靴もきれいに磨き、スカートもほどほどの丈で止め、生徒たちの風紀を守ってきたつもりだった。
ミサコももちろん、そんなリオを目標に彼女を支えてきた。武道で鍛え上げられた心身は、ミサコを裏切ることは無い、はずだ。
「因幡先輩、わたしでよろしければ力になります」
「そう…ね」
光の影になったリオの横顔が、少女を美しく見せる。それは、何故か。光のまやかしなのか。
深く沈黙を溜めたリオは、そろえたばかりの髪の毛を揺らしてミサコの真正面に言葉を叩いた。
「わたしの先輩に会ってくれないかっ」
「因幡先輩の先輩ですか?!」
理由はリオにしか分からないが、何故かリオの両手はぐっと握り締められていた。
何かを隠しているかのように俯いたリオは、実の姉のようにミサコへと優しく言葉をかける。
「そう、わたしの憧れだった人。成績は優秀、『学園の白百合』とも謳われた風紀委員長・石見月子先輩。
わたしが風紀委員に参加することを決意させた、恩人でもあるの。わたしと同じウサギの石見先輩は、わたしの目標だった。
運命的な出会いを通じて、わたしは5つ上の石見先輩に追いつこうと必死に生徒たちに、正しい風紀を啓蒙してきたの。
そして、石見先輩はこの学園を卒業し、伝説から神話にへとかわったのね……。
だけど……かなわない人物は、誰にだっていることをわたしは忘れていたのね……。そんな先輩の頼みを叶えなければ、ね」
「わかりました。この番場、委員会活動の名にかけて!」
夕日を反射するリオのメガネの底は、ミサコには見えなかった。
詳しいことは、後日伝えるとリオはミサコに先輩との邂逅の約束をして、この日は学園から帰宅することに。
「そうだ。因幡先輩、わたしはちょっと部室に」と、ミサコは言葉を残すと、重い武道用具のバッグを軽々と肩にかけて走り去った。
―――「ちょ、ちょ!月子先輩ってば、こんなところで才能の無駄遣いしないでよ!麦茶噴いたー!」
その晩、因幡家の一室では奇妙なやりとりがPCを通じて行われていた。
実際にはキーボードやモニタには、麦茶なんぞかかっていない。それでも、彼女は「麦茶、麦茶」と呪文のように呟く。
ウサギの少女は、PCに映し出される2、3行の文を読んでは、怒ったり、笑ったり、リンク先の落書きに腹筋崩壊したり、そして一人で悶えていた。
感情のエネルギーは、少女の指先の動きに蓄えられた後に、同じくモニタ上の文字羅列に反映される。
「ふう、全く……。だから先輩の関わる作品は、ニ○厨からいじりコンニャクにされるんだよ。草生やしてやる!!」
だらしなく足を伸ばして、髪の良く言って無造作ヘア。大人し目なセーター姿のリオは、マウスを操作してウィンドウを動かす。
ニ○動から拾った、名作MADを鑑賞しようとFLVプレイヤーを立ち上げると同時に、フォローしていた相手から返事が来る。
ウサギ向けのヘッドフォンをモニタに繋げながると、メガネに短い文章が反射する。
『@megane_usagi 日曜日なら、もしかしてわたしは大丈夫だ!ミサコたんによろしくな!!
あと、わたしが原画を描いた作品がニ○動でいじりコンニャクにされていて、玄米茶噴いた』
画面を睨みつけながら、リオは返事を打つ。音楽をヘッドフォンから漏れる。そして、麦茶をごくりと口に含んだ。
その頃、ミサコは自宅一階にある、教室のように広い和室で静かに抹茶を嗜んでいた。
―――「申し訳ございません!その日はなぎなた部の朝錬がありまして!」
リオがミサコとの約束の日を伝えると、顔を曇らせたウマの少女がいなないた。
天を突くほどの背のお辞儀は、間近から見ると驚くほど迫力がある。そんな呑気なことを言っている場合ではない。
委員会が始まると言うのに、後輩を気落ちさせてしまうのは、先輩としてかたじけない。これでは話し合いが進まなくなってしまう。
廊下で真剣に頭を下げられても、どうしたものかと勘違いされまいかと、リオは冷や汗をかくことしかできなかったのだ。
何とかこの場を乗り切ろうと、胸に資料を抱いているリオは「とにかく、教室に入ろう、ね!」と猫なで声でミサコをなだめた。
「石見先輩だって忙しいんだって。でも、武道少女の姿を見たら、石見先輩だって喜ぶよ。『こんな頼もしい子が、風紀委員を支えているんだ』って」
「さようですか……」
「それに、その日一日なら石見先輩も大丈夫だって言ってたし。わたしの目を信じて!」
一瞬、リオはミサコの瞳に吸い込まれそうになった。どうして、わたしはミサコの瞳と違っているのだろう、と。
ミサコの澄んだ瞳は、リオの仕舞い込んだ隠し物を見透かそうとしている、と、リオは目を背けた。
「さ!委員会、始めるよ。きょうは『尻尾美化強化週間』の詰めだから、張り切っていくよ!小田くん!学年アンケートのCD-R!」
きれいに整えられたリオの尻尾をミサコは、優しい瞳でじっと見つめていた。
―――約束の日が来た。
「朝10時に正門前」と昨日の昼、石見月子からメールを受けて、リオは制服姿でのんびりした日曜日の街を歩く。
当たり前だが人通りが少ない。お日さまが間違って夜中に昇ってしまったのではないかという、無理な錯覚にリオは陥る。
いつもとは違う空気にも慣れないが、学園はいつものように丘の上に建っていた。
リオが一人で学園へと続く坂道を登っている頃、ミサコは学園の武道場でなぎなた部のかかり稽古をしていた。
相手は同級生のネコの女子・紫(ゆかり)。お互い、独特な袴から尻尾を伸ばし、相手に悟られないように無の境地に立つ。
体格に恵まれたミサコの持つなぎなたは、他の生徒のものよりも短く見えるが、これでもゆうに2メートルはある。
さらに、ミサコが振るなぎなたから受けたすねは、防具を通じても骨にしびれが届き、紫の動きを鈍らせる。
ミサコが床と垂直になぎなたを素早く振り上げると、怯んだ紫は一歩すり足で退く。相手が二歩目を出す前に、
自分のすねが痺れていることに気付いた。何故なら、ミサコのなぎなたの先は、床すれすれかすめて振り落とされた後だったからだ。
「これまでー!かかり稽古やめー!!」
主将の号令で、一同はかかり稽古を止めて、それぞれ防具を外していた。ミサコが面の紐を緩めると、冬の空気に
暖かい吐く息が上昇する。下世話なお話だが、ウマ専用の面は、他のものよりも特殊で、お値段もちょっとお高い。
「ミサコのすねは、ホント激痛だよー」
「……稽古とは言え、わたしはいつでも真剣勝負。手加減はしない主義なのでね」
ミサコの相手をするときは、相当の覚悟が要る。は、なぎなた部員の合言葉だ。ミサコと相手をしていた紫は、
音を立てずに相手に近寄る戦法を得意としていたのだが、ミサコの力にはどうしてもねじ伏せられてしまうのだった。
悔しさ反面、ミサコとなぎなたを合わせることが出来て、紫はちょっと嬉しかった。
休日の早朝から続いていた朝錬を終えると、彼女らは元の女子高生へと変身する。ミサコも言うまでも無い。
厳つい防具を部室の棚に仕舞いながら、お年頃にお似合いな甘いクレープの話で花咲かせる。
「ミサコも帰りに寄って行こうよ!佳望新聞に割引券が付いてたっけ」
「申し訳ない。この後わたしは、因幡先輩と約束があって……」
「そうなんだ。ミサコって、ここと風紀委員の掛け持ちだもんね」
「うん。ここでは、心身ともに鍛えられるし、委員の仕事もやりがいもあるし、因幡先輩も頼りになるし」
一足早く制服に着替えたミサコは、持参している武道用具のバッグを肩にかけて、扉の方へ踵を返すと、
漆黒の自慢の髪がふわりと宙を舞う。見とれて手を止めていた部員たちは、ミサコにまた明日と、挨拶をしていた。
ぱたん、と扉が閉まると一瞬水を張ったばかりのプールのように静まり、その後、子どもたちが飛び込むようにざわつき始める。
「ミサコったら!もう、カッコいいよねえ!!」
「こんな子に尊敬されてる因幡さんに嫉妬しちゃうぞ!」
袴からスカートに履き替えた少女たちは、百合の花の香りがした。
―――「きゃあああ!わたしの、わたしの嫁がぁぁ!!これはもう『公式は病気シリーズ』決定だね!」
学園中庭のベンチにて、PSPを両手でくいるように画面の2次元な幼女にのめり込むウサギがいた。
長い耳から伸びたコードにつながれたPSPは、彼女が拾った動画で蓄積されていたのだ。
「むっはー!これで勝つる!百合ゆりしろー!!なにこれ、かわいい」
じたばたと脚をばたつかせ、ぶんぶんと髪の毛を振りかざすリオは、正直言って休みの学園にはいらない子だ。
静かな空に、リオの奇声が響く。PSPで再生されていた動画は、エンディングを迎え、クレジットが流れる。
「あー出た出た!!『原画/スタジオ・サラブレッド 石見月子・天馬……』キタコレ!!原画マンかあ!」
アニメ制作で始めに元になる絵を描く『原画』。アニメーターは、まずここから第一歩を歩き始めると言う。
リオの携帯電話は空気が読めるのか、ちょうどPSPから『石見月子』の名前が消えた頃、携帯の液晶に『石見月子』の名前が浮かび上がった。
携帯電話の誘いを断ることの出来ないリオは、PSPを傍らに置いて通話ボタンに指をかけると、そのままのテンションで堰を切る。
「はいよ!『真面目のまー子』の因幡ですっ。月子先輩!これ以上、神作品創って、わたしたちをどうする気なんですの!
月子先輩の仕事は、全国のお子たちからお兄さまお姉さままで見てるんですよ。全国民が注目する仕事って何なの?」
「ご挨拶だね、リオ。実は……」
リオにとって、非常に耐えがたき知らせを月子先輩は、これから伝えなくてはならなかった。
その知らせを聞いたリオは、すっくと立ち上がりローファーで地面をたん!と鳴らした。
「この時間をどうしてくれるんです!時給にして何円何銭何厘なんですか!わたしの日曜朝のお楽しみをぐっと堪えて、
録画予約をして、弟に『予約を消してやろっか?』って、バカにされながらここに来たわたしは、いらない子なんですか!」
「だって、作監(作画監督)がね、きのう一日かかって描いた幼女を見てね『お前は専門学校に入り直せ』って言ってボツにしたんだから!
ちくしょう、わたしの毛並みが鉛筆で真っ黒だよ!だから、きょうはリテイク。サーセン!多分、次回は止め絵が増えると思うけどね」
「働け!悔しかったら、今度大人の財政力で豪華ランチを奢って下さいよ!支払いは任せろー!バリバリ!やめて!」
「原画マンは、出来高制って知ってて言いやがるな」
とにかく、きょうは月子先輩、佳望学園に現れない……と、月子先輩は言った。
ミサコとの約束を果たせなかったリオは、気を落として少し弱気になった。さっきまでの喧騒はどこへやら。
「月子先輩も、デッサンしたかったんですよね」
「うん……。ウチのプロダクション、ひ弱なウサギとかネコとかばっかだから、生のウマの子がじっくり見たくてね」
「でも、『スタジオ・サラブレッド』って、スタッフの9割がウマの……」
「あそこは、辞めた。ムダにわたしをちやほやするんだから」
月子先輩の更なる飛躍を願いつつ、電話を切ろうとしたときのこと。
「って、わたしの描いた動画でどうせ、また『公式は病気』とかタグ付けるんでしょ?あー!付けて御覧なさい!うpして御覧なさい!」
「う……。ネタにして貰えるだけ勲章だよ!ちくしょう、こみけっとで二次創作買い漁ってやる!」
リオのメガネに、褐色の立派なウマの姿が目に入ると、暴走していたはずのCPUが落ち着いた。
大きな武道用具のバッグを肩にかけたその姿は、見紛うことは無い。ゆっくりゆっくり近づく彼女の姿は、
まるで戦国の世を走る『武田の騎馬隊』を思い起こさせる雰囲気を放っていた。
「はい。石見先輩もお仕事お疲れさまです!わたし、先輩にどれだけ近づこうかと……。枕を涙で濡らす日もありました!」
「何よ。いきなり?」
電話越しにキャラが急に変わったリオに月子先輩は面くらい、次の一手を忘れてしまう。打とうと思った駒が手元に無いのだ。
と言うか、相手の棋士は駒を将棋板に置くどころか、月子先輩のおでこ目掛けて投げつけてきたのだから驚くのも無理は無い。
どこかのお嬢さま学校の生徒のような口調で返答するリオは、丁寧に両手で携帯電話を持って一礼した。
「わたしも、石見先輩の声を聞いてとても安心していた所です!お姉さま!またいつの日にか、ごきげんよう!」
「ちょ、リオ!今度さ、リオのコス姿が見たいんだけど!きっと、東方のいなば……」
いつの間にかミサコがリオの側に近づくと、リオは何か話したげな月子先輩を無視して電話を閉じた。
シリアスな顔つきでミサコにことの一部始終を伝えたリオは、ミサコだけの先輩に戻る。
「残念なお話だが、石見先輩は急用でお起こしできなくなった」
「さようですか。残念です」
「大人の世界だ。わたしたちにはどうしようも出来ない。折角だから、帰りにクレープでも奢ってあげようね」
クレープと聞いて、ミサコは内面では頬を緩めたが、表向きにはなぎなたを握ったときのように、顔を引き締めていた。
それは、風紀委員としての誇りがミサコを奮起させていたのだが、リオの方は子どものようにあっけらかんとしたものだ。
呑気に長い耳を揺らし、ミサコに見つからないように後ろ手でこっそりとPSPを自分のカバンに仕舞う。
「きょうは日曜日だし、学校は関係ないの。寄り道にはならないと思うよ!」
ミサコは長い脚でリオを追い抜かぬように、歩みの速さを合わせて一緒に校門へ向う姿は、何故かほほえましい。
その間、ミサコの方からリオに話しかけることは無かったが、リオは相変わらず言葉をまくし立てていた。
ミサコが言うには「因幡先輩と一緒にいるだけで安心します」と。リオは「むっはー!」と叫びたいのを我慢して、
溢れ湧き出る感情をぐっと手を握り締めることで、なんとか押しとめた。しかし、冷静さは続かない。
学園の校門にスケッチブックと画材を抱えて伸びをしている、一人のウサギの女性をリオは発見すると急に言葉を詰まらせ始めたからだ。
その姿は何処と無く、リオをそのまま大人にしたような雰囲気を漂わせている。
「つ、月子……。石見先輩ですか!!」
「リオは中等部の頃から変わらないね」
垢抜けない古着に身を包み、程よく使い古されたブーツは、田舎から出てきたばかりの美大生と言う感じでもある。
学園OGがやって来たということもあり、ミサコは改まって深々とお辞儀を月子先輩にしていた。長い髪のキューティクルが美しい。
「やっぱり、かっこいいなあ。うん」
「石見先輩は……どうして、佳望学園にいらっしゃったんですか?」
「実は、美術系の仕事をしていてね。デッサンのモデルが欲しいなあ、って思ってリオに連絡したら。ほら!美術系の仕事って、
肌で感じて、目で養って、腕を磨くべしってね。流行を先取らなきゃって。でも、ミサコさん。いいなあ……。イイヨ、イイヨ」
やたらと『美術系の仕事』を強調する月子先輩に眉を密かに吊り上げるリオは、ミサコに見つからないように月子先輩の脚にバッグをぶつけた。
「本当にお忙しいところ、申し訳ございません!時間を割いてまで、ここまで足を運んで頂いて……。
(何がリテイクで来れないだ。どうせ、ワンセグでお笑い見ながら原画描いてたから、しくじったんだろ)
番場さん、石見先輩からモデルを頼まれることは光栄なことだよ」
「は、はいっ」
校門をなぎなた部の仲間たちが通り過ぎる。ミサコに手を振る紫は、ぱたぱたとバッグを揺らしてミサコに駆け寄る。
その間、月子先輩はリオをこっそりミサコから遠ざけると、リオの両肩を掴んでぐらぐらと揺らしていた。
「ああ!!ミサコたん、いいよ!いいよ!あー!尻尾をもふもふしたいお!!リオの嫁にはもったいない!日曜はスタジオが休みでよかった!」
「何だってー?月子先輩は、ウソばっかりつくんだから!どうせ『いい作品を作るには、ウソが……』って逃げるんでしょ?
それに、わたしの嫁はもう決まってますの!って、わたしをどっぷりと同人漬けにした月子先輩は悪人です!」
「あれは、わたしが教室に置きっぱなしにしてた同人をリオが勝手に拾ったからだろ。人のものを」
「わたしが拾わなかったら、月子先輩は学校中から笑われ者で人生オワタ!今だったら『ハム○ター速報』にピックアップされますね。
ちょ……。想像したら噴いた!!『教室の机の上に同人置き忘れたwwwwwwww』ってスレ題ついて」
ミサコが紫と別れると、長い脚でリオと月子先輩の元に駆け寄ってきた。リオと月子先輩は長い耳を天高く伸ばして息を飲む。
お待たせして申し訳ございませんと、大きく一礼をするミサコに月子先輩がお気楽にと手を振って、何でもないことをさりげなくアピール。
「まさに文武両道って感じだね。リオもこんな子が後輩で果報者だ」
「わたしだって、石見先輩みたいな人がいてくれたから、くじけずに風紀委員続けられたんですよ。やだなあ」
さっきまでの会話をミサコに聞かれていたら、末代までどう弁明しようかと不安をよぎらせた二人の間に、まだまだ冷たい冬風が吹きぬけた。
おしまい。
ミサミサはこんな感じでよろしゅうでっしゃろか?
投下おしまいッス。
リオがもう駄目すぎるw
素がこれでよく真面目のまー子演じてこれたなwww
こんなに痛いスレははじめて見ました
リオwww
オタ過ぎてバロスwwwGJでした!
切り替えすごいなリオwハラハラして見てらんねえwww
逆にミサミサはいいねえ、清く正しい真面目っ娘だ
やー、美人姉妹ですねー
なんちゅう素晴らしいお姉様
クロが成長してもこう御淑やかにはなれなそうな予感
電話口でそんなに話してるのならば、そろそろ誰かにばれるのではないだろうか?w
お姉さんにアマガミされたい
286 :
Fist:2010/03/06(土) 11:18:32 ID:WTTWainV
>>281 いい姉さんがいて幸せだろうな〜
…あのテルテル猫、作ってみたい(笑
>>283 いつかの鈴鹿さんみたいに黙ってくれている人が何人かいるんじゃない?
あるあるあるあるwww
リオの気持ちすげーよくわかるw
ヨハンちゃんアホそうやなー
英先生はもう少し遊びがあればいいのになー
…って思ったけどたまに見せる優しいとこにキュンとするんだよね
たまたま見たNHKでルイカ…じゃなくてカラカルの特集やってた
でかいけど紛れもなく猫なんだな
りりしくてかわいい…
ヨハンはわかるけどハナブサせんせwww
何故編ませてあげたしw
リオとシロせんせって、なんというか、
根っこの部分で似てるとこあるよね
人知れず萌えてたりとか
と言うことは、リオの将来は白センセイみたいになるのか。
>>216辺りかな?
ttp://loda.jp/mitemite/?id=934.jpg 実は英先生がインスパイアされまくりだったミセス・コリーの出てくるナントカ著の「ヒ
ツジの執事」がやっとこさ単行本になりましたけど、ここの住人的には如何でしょうか?
>>291 私も、群れを作らないだの瞬発力はあるけど持久力は無いだのと、『あぁなるほど』と思
いながら観ておりました。 唯一違ったのは、自分で跳ぶ分には高いところは恐くなさそ
うだった、ってところでしょうか?
>>295 女二人の間に流れる穏やかな時間って感じが出て良い感じ。
それにしても獅子宮先生の優しい眼差しに少し違和感がw
俺はナントカって作者は小うさぎ月暦で知ったなぁ、
良い感じにケモケモしてて良かったんだけど、最近終わったらしくてチト悲しい(´・ω・`)
>>296 互いに相手の意外な姿を感じて忍び笑いしてるところ、かな。
「ヒツジの執事」は「子うさぎ月暦」の改題選集です。ちゃんとけも脚だし、手も蹄だし
で良かったんだけど、連載終わっちゃって残念です。 全話収録じゃないので掲載誌を捨
てられません…
>>298 いざとなったらそのページをスキャンしてデータ上にのこせばいいよ!
リオには若さとフラグ?があるんだぜ!どっちも相手いるけどな!!
>>295 和むツーショットだねえ。獅子宮先生そんな顔できるんだなw
他スレに出張していた間に、ケモ学以外のものとか書いたり。
オオカミ獣人の執事は、屋敷の花壇で日向ぼっこする姫のために遠くから声をかけた。
何故なら、近づきすぎた姫にいきなり声をかけることは、姫をいたずらに驚かせてしまうからだ。
黒目を揺らしながら姫は、口元を緩ませてオオカミの執事に近づく。「きょうもありがとう」と、労いの声をかけると、
決まってオオカミは「ありがたき幸せ」と答える。ぶん、と波打つ尻尾が彼の口を裏切る。
コツンとオオカミの脚に、姫の持つ細い杖が当るが彼は気にはしない。故意のものではないし、
このことで姫が最愛なる執事の元に近づいたと認識してくれるから、むしろ親愛さえ感じる。姫の瞳の瞬きが星の数を数えるほどの数。
「きょうは、お日さまの機嫌がいいのね」
姫は太陽の方を向き、頬を緩ませている。彼女は肌の感覚に敏感なのだ。
「メジロの声がきれいね」
姫は木陰から聞こえる小鳥たちの声に、瞳を輝かせる。彼女の耳は、オオカミに負けないくらいの働き。
オオカミは、そっと手持ちのかごのりんごを姫に手渡すと、彼女はくんくんと香りを楽しむ。
手にしたりんごに頬擦りするくらい、くんくんと甘い果樹に興味を抱く。そのまま、姫はりんごを口にして、
今にも水の滴らんとする赤い木の実から、季節の恵みをそっとおすそ分け。
「今年のりんごは、とみに甘いよ」
りんごをひとかじりすると、両手でりんごの触感を改めて確かめて、オオカミに感謝。
「ありがとう。今年もいいりんごに出会えたもの」
「ははっ」
姫の味覚は、国中のシェフの舌よりも負けることは無い。そう、彼女は……。
そっと、姫は食べかけのりんごをオオカミに渡すと、純情な執事の柔らかい手首を捕まえる。
オオカミの毛並みに包まれた姫の指先は、彼女が感じ取ることが出来るオオカミのすべて。
そうだ。彼女は『オオカミ』を知らない。オオカミの誇り高き尻尾も、愛するものを守る牙も、星に憧れる瞳も彼女は知らない。
「わたしはオオカミの執事でありますから」
それの言葉だけが、彼女のオオカミに対する全て。
ただ、彼女の指先が感じ取るオオカミの持つ暖かき毛並みだけが、血の通う優しきケモノだと教えてくれた。
「ねえ、ぎゅってしていい?」
「姫……。それは」
「知ってるくせに。わたしは、こうでもしないと、相手の姿を手に取ることが出来ないんだよ」
ニコリと笑う姫。口元が緩み、眩しい白い歯が執事の目に映る。毛並みでよく分からないけれども、オオカミは赤面していた。
彼女を諫めることの出来ないオオカミは、誇りある牙を失った、ただ生きているだけのケモノだ。
原野のウサギを追うことを忘れ、仲間通しの血の絆に迷い、あまねく星空を枕にすることに一生を誓った、野心を捨てたケモノだ。
姫は大切な杖を自ら放り投げ、自分の命を預けたオオカミの懐に飛び込むと、彼女はくんくんと鼻腔をくすぐらせていた。
何故なら、彼女は人一倍、鼻が敏感なのだから。残された感覚は、彼女にめいいっぱいにオオカミを語り継ぐ。
「わたしにはわかるのよね。あなたのこと……。たぶんね、大きくてね……」
「……」
オオカミの毛並みは、少女を安らぐのに十分だ。
姫ぎみよ。誰も踏み入れないケモノの森に駆け入るがいい。あなたに言葉を返す木々たちに、思う存分感謝の意を伝えるがいい。
うん。誰も引止めやしないし、誰も拒みやしないから。ただ、あなたは……この森の木漏れ日を瞳に写すことが出来ない。
姫、そういえばあなたが光を失ったこととの入れ替わりに、わたしがやってきましたよね。
あのときから、どのくらい経ったのでしょうか。
くんくんくん……。
「でも、あなたの姿って……。わたしの思ったとおりの姿なのかしら」
必死に明るさを絶やしまいと瞳を閉じる姫に対して答えるように執事は、職務を全うしようと尻尾を止めた。
「大した姿では御座いませぬ」
未だオオカミの姿を見ぬまま、姫はまた今年も春を迎える。
おしまい。
書いてるうちにチャップリンの「街の灯」を思い出してしまった。
投下おしまい。
アッーーー
名前欄に鳥残したまんま……orz すみません、wikiに載せる時には
名無しにしといて下さい…
なぜケモでも何でもない人間が一番上なんだか
>>305 おーケモ学のメンバーがいっぱいだな―と思ったところで
この白いスジはなんだろうと辿ったら、なるほどと納得できたw
きちんと携帯灰皿を持っている辺り芸コマだなw
ケモ学の女教師達は美しいかたが多いなぁ
>>304 ああああもう大好きだもーキュンキュンするぁあああ
よくこんなの書けるなあと尊敬しきりです
>>305 パロディうめえ。頭身高え。みんな大人な雰囲気だ
>>310 なるほどこう来たか。一般的な執事っぽいの想像してたから意外
しかしこれもいいね
ってオイィ!何やってんの俺!?
さっきの名前欄はどうか見なかったことに…orz
めがあ、めがあああぁあ
よいもふもふですなあ。オオカミさん触りたい。
こんな執事がほしい。
モンハン3rd発売正式発表!! ついにきた!! ケモ学でも、またまた利里がまた人気!?になるぞ!
個人的には「ソラロボ」のほうが気になりますな
319 :
Fist:2010/03/18(木) 14:58:38 ID:apaaJCKv
>>317 全作持ってる人はみんな買うんだろうな〜
歩く看板もいる事だし(笑
とうとうCC2のアレが始動したんだな!ヒャッハー!待った甲斐があったぜ
誰になにを告白しにいったのかなー
二コマ目のリオがなんとも…。
ミサミサは伸びる子。
ミサミサ→塚本→アリサ
なんという、一方通行。
塚本の意外な顔がw
塚本は馬鹿過ぎて誰にも壁を作らないから大人しい子や真面目な子にモテそう
>>321 ttp://loda.jp/mitemite/?id=985.jpg 早いところ「for Little Tail」をCD化してくれないかなぁと、日々思っております。
KOKIAのアルバムのボーナストラックにでもこっそりでいいので…
自分で生んどいてミサコはどうにも上手く動かせないので何にでも出てくると嬉しいです。
と言うか、ミサコを出したせいなのか相対的にリオがどんどん壊れてく気がする…
塚本は良い子だよなぁ。現実にクラスメイトだったら苦手だと思うけど。
わぁ、元ネタ分かんないけどテララブリー
三姉妹ww大体合ってるw
うおすげー似合ってる
クロかわいいい
>>328 衣装が良く似合っててカワイイなー
これに対する主人公のワッフルは誰になるんだろw
>>332 いや、苦労人で正解w
何せ普段から少し抜けてる利里と天真爛漫な朱美の二人に挟まれてる訳だしw
……コテ消し忘れたorz
どんまいける
アリサたんかわゆすなあ
ええ娘や
>>337 おおぅ、ジュリアスプリント、半世紀前の名車なんだぜ
いつぞやのボクサーさんと彼女さん、すげーセンスよくて羨ましいぜ
いいねいいね
なんというニヤニヤする組み合わせw
ただ年齢的にちょっとk
えいぷりるふーる!!
サン先生で耳解説w
サン先生の耳掻きをしたい。
くすぐったがる先生を叱ってあげたい。
↑英先生かミナの書き込み
鎌田が復活する時期ですね
347 :
代理:2010/04/13(火) 02:15:27 ID:zqLNsF+7
『喫茶・フレンドへいらっしゃい』
とある路地裏の喫茶店。
古いたたずまいは個性のうち。時代遅れとは言わないが、ちょっと趣を感じさせる喫茶店。
誰の口とは言わないが、伝え伝わり広がって、ちょっとばかしケモノたちの住む佳望の街の人気を呼んでいた。
店の名は『喫茶・フレンド』と言う。
甘い声を店内に響かせて、二人の客は年代もののテーブルで向かい合わせに仲良く座る女子二人。
すらりと伸びた二人の脚は、よく磨かれたローファーで飾られる。紺のハイソとスカートからはケモノの毛並みが映える。
彼女らは、佳望学園の女子高生。春を迎えたカーディガンの制服姿は、二人をちょっとオトナに見せる。
ランプの明かりが温かく、椅子をぎししと軋ませながら、喫茶店は二人の女子高生を骨董の世界へと導く。
木目の感触をスカート越しに感じて、リオは恐る恐るメニューを眺めるが、向かい正面の子に笑われる。
「ねえ、リオ。何にする?どっちがいいかなあ!」
「えっと……」
メニューを見ながら決めかねているのは、白いウサギの因幡リオ。
ふだんは真面目な風紀委員、だけど放課後だけはみんなといっしょに寄り道でもと、イヌの芹沢モエとここへ立寄ったのだ。
彼女のカバンはきれいかつ質素に、美しくつやを放っている。飾り気は無いが、優等生。細やかかつ、神経質さがちらと見えるではないか。
椅子に立てかけていたリオのカバンがばたりと床に倒れ、頬を赤らめながら立て直すと、モエの尻尾が目に入る。
どう?見て見て?絶好調でしょ?
女の子は甘ーいものがやって来るとなると、もっと女の子になるんです。
御覧なさい、わたしの尻尾。ウソをつくことはイヤだし、隠すつもりはありません。
モエの尻尾が振り切れて、リオの耳がへし折れていた。メガネにメニューを写しながら、リオはモエの顔色を伺った。
「ご注文はお決まりでしょうか」
人間の女性がメモを片手にリオの横に立つと、モエはメニューの上で動かしていた指を止めて、目を輝かせてメニューを指差す。
「じゃあ!わたしは抹茶アイスね!!」
「はい。かしこまりました」
お姉さんは、モエの威勢の良い声にも臆せずニコリと笑ってメモの上に鉛筆を慣れた手つきで滑らす。
少し焦ったリオは、モエの声に圧倒されてまだ決めても無かった注文をお姉さんに伝えた。
後悔は……無いつもり。
「……わたしも同じのを……」
「だって!お願いね!アリサ姉さん!!」
いいよね?いいんだよね?これ以上、あのお姉さんを困らせても、とリオは短い髪を掻きあげる。
長くまとめられたアリサの髪は、二人の少女の目をずっとひきつけていた。女の子は女性に恋するんですよ?
だって、わたしらは女の子。
348 :
代理:2010/04/13(火) 02:16:14 ID:zqLNsF+7
「リオも同じのにしたんだ」
「そうすれば、一緒に来るじゃないの」
なるほど。同じメニューなら、手間も同じ。リオの合理的な考えは正しい。
しかしながら、モエはちょっとばかし不満気のようにも見えた。リオはモエの顔を少し不思議そうに見ながら、お冷を口にする。
「ところで聞いてくれる?リオー!うちの弟ったら、わたしの……」
モエは弟のことになると話が長くなる。イヤでも耳に入るモエの話を長い耳で捕まえながら、リオはお冷を口にする。
黙っていれば、そこそこなのに。黙っていれば、結構もてると思うのに。と、リオは黙って相手するしかなったのだ。
「お待たせいたしました」
アリサが注文の品を持って、二人の席にやって来た。いや、正しく言うと注文の品では無い。
その証拠にリオが目を眼鏡越しに丸くしているでは無いか。抗することなく、リオは目の前に置かれた『バニラアイス』を見つめていた。
そして、モエの目の前には『抹茶アイス』。真面目のまー子のリオが見逃すはずが無い。
「お姉さん……」
「いいのいいの。女の子二人組みだからサービス、サービス」
「え」
ふと、正面の少女の顔を見ると、まるで夜空の瞬きのような瞳をしているではないか。
どんな山奥の純な空よりも清らかに、どんな春の星よりも輝かしく光るモエの周りは、リオが今まで見たことが無いものだった。
「リオー!わたしもバニラが食べたくなったなあ!一口ちょうだい」
「う、うん」
遠慮がちにモエはリオのバニラアイスに匙を伸ばし、ほんの一口ご相伴に預かった。
至福の顔、花をちりばめた笑み。モエは甘いものを口にしただけで、口数を減らす。
「おいしい!リオもわたしの抹茶アイスを食べなよ!一口だけだよ!」
「う、うん。ありがとう」
そうか。ちょっとずつお互いに違うアイスを楽しめるように、わざと違うものを持ってきたのか。
モエがしきりにメニューの上で指を動かしていたのは、抹茶かバニラか迷っていたからだったのか。
自分の幼さに恥ずかしくなったリオが振り向くと、アリサの長いポニーテールが揺れているところが目に入った。
結局のところ、一口どころか二人で交互に食べあったので、早い話、バニラと抹茶、半分こずつアイスを頂いてしまった。
ところが、お会計しようと二人がレジへと向かうと、お代はバニラアイス二つ分だけだった。バニラと抹茶アイスを頼んだときより100円少なめだ。
「あの…・・・。お会計が……」
「いいの、いいの。抹茶はおまけだよ」
「……いいんですか?」
「それに、あなたの白い毛並みがバニラアイスみたいで、見とれちゃってね」
アリサはリオの手を見て、にっと白い歯を見せた。リオはバニラアイスのように飾り気は無いが、シンプルな白さを持つウサギ。
なんとなくだが、自分に似ていると言われバニラアイスのことがちょっと好きになった。
また来る約束として、スタンプカードを作ってもらい二人は『喫茶・フレンド』を後にした。
「リオのお陰でおまけしてくれたね!」
あっけらかんとしたモエの声がリオの背中を叩くと同時に、モエのカバンが背中に当る。
甘いバニラと大人しい抹茶のアイスを頂いたモエは、再び弟の話でリオの口を閉ざす。
おしまい。
ツラが凶悪ですイノリンw
連投お許しください。
ちょっと投下します。
支援いるかな?
『E判定クラブ』
春風に誘われて桜が香ってきそうな、そんなあたたかな日和。
午後の授業も半ばを過ぎた四時に登校してきた不良が居た。
ガラガラ、と教室の後ろ側の戸があき、
息を切らせた褐色の馬が黒いタテガミをワサつかせて闖入してきたかと思うと、
誰に聞かせるでもなく一言。
「イヤーまいったまいった。もう春休み終わってたんだな!誰か教えろや!
普通に何日かスルーしちまったじゃねーか」
その嘶きは、不良というより、何処かの馬の骨。塚本である。
教室中がざわざわクスクス。
焦って登校してきたらしいが。ならば何故四時。
会議などであえて進行を遅らせる能動的ストのような行いを牛歩戦術などというが、
馬も場合によっては結構遅いようで。
そんなちょっぴり問題児風味の生徒の相手も、帆崎先生はお手ものだ。
「どうどう、落ち着け塚本。とりあえず授業終わるまで座ってろ。
そして放課後に職員室来い。反省文たっぷり書かせてやるから」
「えーマジかー、文才付いちまうよ」
「むしろ付けろ。で、ピアスは外せな」
「透ピは?」
「許可はしない。が、最近チョークの粉の吸いすぎで鼻炎とかすみ目がひどくてな。
透明だと俺には見えないかもしれない」
「アザッす!」
反抗心旺盛な困ったチャンを扱うには、ちょっとだけ譲歩してやるのがミソ。
頑固親父とヤンチャ兄貴を持つと身に付く処世術だ。
次男はもっとも神経を使うポジションです。たぶん。
塚本は窓側後方のいわゆる不良席にどっかと座り、
座ったは良いがすべての教科書をロッカーに詰めて休みを過ごしたことに思い至り、
のろのろと立ち上がって教室後方不良席の更に後ろに位置するロッカーを漁るのだった。
結局見つからず、RPGなら装備画面で“すで”と表示される状態のまま再度着席。
肝心の武器はなかったが、アクセサリーだけは銀のピアスから透明ピアスに。
銀のピアスの装備効果は睡眠防止だったのだろうか、
帆崎先生の古文が睡魔の呪文に聞こえ始める。
ピアスを付け替えた塚本がぐっすり眠り、
真面目のまー子をこじらせた委員長がウサ耳いからせて起こそうとしたが、
その本来なら賞賛に値する行いを「起こすな」の一言で帆崎先生が制し、
授業は恙無く(つつがなく)進行したのであった。
キリーツ、キオツケー、レー、チャッセケー。
と同時にピクリと塚本の耳が動く。
安っぽい透明ピアスが牧場の管理タグみたいに見える耳をぐるりと回し、
周辺の雑音をキャッチ。
授業の完結を察知し、しばらく寝たフリ続行。
教師の声がしなくなったのを確認してやっと目を開けた。
へっへっへ、寝かしといたまま放置してくれるなんて、ザッキーも鈍ったな。
とか考えながら開いた目線がとらえたのは、
机に突っ伏していた塚本の頭上約五十センチに、
クナイを掲げた帆崎先生のバストアップ(豊胸では無く構図のこと)。
「ちょっ、ま」
塚本がマジかよ、もしくは待てよ、と言葉を継ぐ前にザッキーは手を放した。
落下するクナイ!
必死の形相で回避に転じる塚本!
笑むザッキー(やってることはドS。だが本質はMだろう)!
二人の攻防に冷ややかな視線を送るクラスメイトたち!
クナイの持つ野獣の牙にも似た冷たい輝きは、
かつて草原を駆け巡り弱肉強食の法則に食まれた先祖の恐怖を塚本に想起させ、
過剰なくらいの挙動をとらせた。がたーん!と壮絶に転倒。
一方、標的に逃れられたクナイは、
“カッ”とかいう描き文字と共に深々と刺さるのがセオリーだが、
帆崎先生が落としたのは何かの機会に使ったコスプレ用の似非クナイだったので、
中空の樹脂性特有の“ポコン”という、
描き文字どころかミリペンで消え入りそうな感じに書いておけばよさそうな、
まぬけた音を立てて机に着地した。
「やるな塚本。奥義“居眠り学生を懲らしめるイタズラのために、
授業の終了を全員に装わせる術”を避けるとは」
こんなだから起立、気をつけ、礼、着席が棒読みだったのだ。
さすがわが教え子だ、うんうん。とか言いつつクナイをくるくる尻尾をゆらゆら。
「じゃ、今日の授業シュウリョー。反省文は……いいや、黒板消しとけ、罰ゲーム代わり」
授業は恙無く終了した。床で唸る塚本を除いて。
放課後、黒板を適当かつ乱雑に消した後。
愛々傘を描いて左にザッキー右にヨハンと書いてから、うほっ、と傘上のハートに書く。
学生時代からの同期らしいからな、ありえるありえる。くくく。
やだ塚本なに書いてんのよマジウケルンデスケドアハハなんというブラクラ彼らは多分おいしくないわ。
ハルカと萌とリオとリンゴの四人組が、
黒板の落書きにたいするコメントを口々に残しつつ通り過ぎる。
奴らデキてんだオモレーだろブラクラって何さっき食べたでしょ、と塚本も軽く応対。
改心の出来となったイタズラ書きに満足げに頷き、教室後方の自分の席に戻って、
机の中に何かが入っていることにはじめて気づいた。
それは自分のフルネームが書かれた封筒だった。
が、恋文ではないかというような期待は微塵も抱けない印刷で宛名が書かれた、
明らかに書類じみた内容物が詰まったでかい茶封筒であった。
近くの席にカルカンがまだ残っていたので、遠慮なく聞く。
「なーカルカン。この封筒なんだ?お前ももらった?」
「ケッ、あたりまえだろうが馬鹿、それは前に受けた大学入試模試の結果だ。
テメーが休んでるうちに配られたんだ。まあ馬鹿には関係ない代物だろうな」
「ふーん、そっか」
ツンツンした態度だが、いつもどおりのカルカンなので華麗にスルー。
というか休みが明けてもカルカンはカルカンだったので、なんだか安心。
妙に余裕ぶっていたら、休み中にDT(=童貞)を捨てた線が濃厚。という思考回路。
安心したところへ教室のドアが開く音が響いた。
クラスのコワモテキング、ヨロイトカゲの猛だった。
猛からは塚本にも分かるくらいタバコっぽいにおひが漂っており、
授業をフケてニコチン補給していたのがバレバレだ。
「ハルカー、帰ろーぜー」
猛はそう言うと何にも入っていない鞄をプラプラさせながら教室を見渡し。
「ハルカ、さっき帰ったぞ」と告げる塚本と目が合った。
「おー、馬面。お前、学校コネーから、退学になったんだと思ってた」
「うるせーわキングオブコワモテ。ちょっとばかし忘れてただけだ」
「忘れてたってお前な……俺でさえ始業式の日から来てんだぜ」
「俺バイトしてて、マジでがっこ始まってんの気づいてなかったんだよ。
猛にはマジメな嫁がいるからいいよなー」
「うらやましいか」
へへへ、と猛が笑う。
ちなみに猛の彼女はハルカという猫のこだ。さっきの四人のひとり。
でもって、彼女欲しい暦が中々に長い塚本にとって、
猛の照れ笑いはただただ憎いスマイルゼロ円であった。
だから、悔し紛れにぼそりと。
「あんなカーちゃん染みた女いらねーわ」
「あん?今何つったよ塚本」
やば、聞かれてしまった。
塚本は瞬時に言い訳をこしらえた。
「って、さっきカルカンが言ってたんだぜ」
「カルカン、ちょっと顔かせ」
「な?!」と寝耳に水でカルカンが叫んだ。
カルカンは一瞬何か言いたげに口を開いたが、猛の凶悪な怒髪天面を見るや、
とるものもとらず脱兎の如く駆け出した。
早送りでみる東映怪獣映画みたいな雰囲気で猛が追いかけ、
彼らが廊下へ躍り出ると教室は静寂に包まれた。
……ま、あれだ。猛には明日謝ろう。カルカンはいいや。
塚本はこまけぇこたいいんだよグリーンだよと心の中で唱えて、
起こってしまった惨事を忘れることにした。
「おーい。ライダー、来栖、ちょっと来いや」
塚本が鎌田と来栖を呼びつける。
塚本に向き直る前に、お互いの席に目をやる鎌田と来栖。
どちらからとも無く、またはじまったな、というため息めいたアイコンタクト。
来栖はともかく、顔面に表情の現れにくい(外骨格だから)鎌田まで、
クラスメイトの誰が見ても分かるほど確実にあきれていた。
春の陽気に誘われて羽化するように“歩くユニクロ”をやめた鎌田だが、
塚本が鎌田と来栖を揃えて呼ぶときは必ず訳の分からない集団行動に参画させられるので、
嫌さが滲み出たのか着膨れしたうえ寒さで死に掛かっていた真冬よりも緩慢な動きで、
塚本に向き直った。
ぎぎぎ、と虫人の外骨格がきしみそうな動きだ。
バッタの虫人が見れば狩りをしていると勘違いして、
バイクに乗って逃げ出したかもしれない。ごめんなさい石森プロ。
幸いにして放課後の教室に草食系虫人は居なかった。
「鎌田って肉食だけど癒し系だよな!ところで冬将軍という奴を見なかったか!」
とは同学園に通う草食(いや…樹液食?)の虫人男子の言である。
一方の来栖はというと、鎌田と目線であきれあったあと、塚本に振り向きもせず。
塚本に呼ばれるまで読んでいた難しそうな本に改めて視線を落としていた。
言外の「いま忙しいんです」アピール。
塚本は振り向いた鎌田に歯茎むき出しの暑苦しいスマイルゼロ円、
シカトの鹿に目玉ひん剥いてガン飛ばし。
「をいをい、そんな態度とって良いのか子鹿ちゃんよー。
ツタヤで巨乳モノ大量に借りてたのクラス中にばらしちゃうぞ」
「はあ?!そんなもん借りてねー!」
「半額デイだからって一泊二日で六本はありえないわー。
え、二本で一本分の値段でしょ?でも、一本で何本かなんかするんでしょ?
三本の値段で六本の映像を仕入れて六かける何本かナニかするんでしょ?一泊二日で。
あ、DVDに焼くのか。なるほどね」
「嘘つくなって!」
サイテーの猥談だが、塚本は女子が居なくなったのを確認した上でしゃべっている。
モテタイ願望の権化に死角は無かった。
教室に残っていたクラスメイトの視線が、ちょっとだけ来栖に向く。
別に来栖がAV借りたという話を信じての視線ではなく、
毎度毎度塚本に絡まれて大変だな来栖も、なんで友達やってんだろ、
といったニュアンスの視線だったが、
いたたまれなくなった来栖はやっと立ち上がって塚本の席に歩み寄った。
鹿馬螂の集結である。
「なんの用だ、まったく」
「新入生にガン飛ばしてトラウマ植え付け大会なら参加しないよ?俺、瞳ないし」
「うむ、実はだな……こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」
塚本は先の茶封筒を取り出した。
顔をみあわせる来栖と鎌田。
「ええっと……すごく、大きいです」と嫌々鎌田が塚本に合わせ、
「アホ!!誰がボケろと言った!!ホモネタはさっき俺が使っただろー!」と塚本。
「模試の結果だろ?お前、就職希望なんだから関係ないじゃん」
「ああ、俺も関係ないと思ってた」
塚本は急に真剣になって、封筒の隅っこを千切った。
「モテるには学も必要なんだ」
開いた穴から指をペーパーナイフ代わりに差し込み、びりびりと破って封筒を開封する。
出てきた紙には見事なまでに“E”が並んでいた。
国立の欄はまだしも、近所のFランク大学、塚本の地元のFランク大学、
はては専門学校まで。
全部E判定。しばらく神妙に結果に見入る塚本。
特段隠しもせずに判定結果を見ていたため、鎌田と来栖も、
オールEという逆に驚異的な結果を知ってしまう。
何と慰めるべきか二人が思案し始めた頃、塚本は言った。
「これ、どう見るんだ?」
ずるっ、と吉本新喜劇みたいに鎌田来栖がずっこけた。
塚本がなんだよ俺変なこと言ったかと二人の反応を訝る。
「E判定の学校はそいつにとって絶望的に難しいってこった」
来栖が体勢を立て直しながら説明した。
「何ー?!じゃあ俺全部絶望じゃねーか!」
「ま、まあ、模試はifの“もし”でもある。ガンバりゃまだ変わるさ」
「うまいこと言っても駄目だよ来栖……」鎌田はかわいそうなものを見る目で塚本を注視。
塚本は二人の反応を鑑み、またも神妙な顔をする。
「まずいな。これでは学をつけるどころじゃねー」
「だから就職しとけって。そもそもなんで大学いきて−んだ」
「決まってんだろ!」
塚本は恥ずかしげもなく宣言した。
「べんきょー出来る男になってフレンドのアリサさんに、
まるでけーちゃんはかー君の家庭教師だねって言われたいんだ!!」
二人がドリフみたいにずっこけたのは言うまでもない。
「よし、じゃあ勉強するための仲間をつくるぞ、
友達選んだほうがいい、仲間は多いほうがいい、
そこの君、われわれの仲間に入らないか?いや、ていうか入れ!」
ビシッ、と塚本が指差したのは白いイヌのヒカルきゅん。
塚本がばたばた騒いでいるのも気にせず本をずっと読んでいた。
「別にいいけど。いったい何の集まり?」
「模試の結果が悪かった皆で勉強しようという集会だ。
集会の名前は…そうだな、E判定にちなんで、一翻(いーはん、マージャン用語)クラブだ!」
「E判クラブ。楽しそうだね」
「よし!約束な!これで四人だ」
「……問答無用で強制加入か」鎌田と来栖がため息をつく。
「俺らだけ勉強してたら腹立つから、クラス全員クラブの構成員にしちまおう。
ていうか学年も小中高も関係なく学園の馬鹿を全員参加させようぜ」
「ますます楽しそう。だけど……」ヒカルが言いよどむ。
ヒカルの言葉が続くのを待ち、鹿馬螂の三人がヒカルに向く。
「今日は道徳の授業って言うか、竜ヶ谷に謝ったほうがいいよ」
「ああ、さっきのクダリ見てたのか。いいって猛ぐらい」塚本が余裕をかまし、
「そうだな、“俺”のことはいい。体育にしよう。勝ち抜き格闘大会だ」
いつの間にか現れた猛が、塚本の肩をがっちりつかんでいた。
塚本は知らない。
今後このE判クラブが、悪乗り教師サンスーシによって実際に拡大し、
学園の伝統的部活にまで発展することを。
おわり
しえん
支援のタイミングがずれるとは\(^O^)/
乙!男子学生の日常いいなぁ!
支援ありがとー
塚本はほんとバカでいいな
なんか和む
なんの部活動だよww
ぬこぽ
がぉ
何やってんスか獅子宮センセー?
なんかばんばちゃん存在感あるなぁw
370 :
代理:2010/04/24(土) 23:49:41 ID:rF+YGLJ5
『そらのひかり 泊瀬谷のほし』
佳望学園・天文部部室。
屋上へと通じる階段から脇に外れた最上階の一室。六畳ほどの限られたスペースだが、多くは無い部員のためなら申し分ない広さ。
ただ、スチール製の棚に木製のテーブルが面積の半分を占めて、外の風の香りもせず、どこ誰が見ても『文化系』の部室を印象だった。
卒業生たちが残していった財産を積み重ねると、後輩たちへの期待へと変わる。財産は揺るぎの無い彼らの誇り。
ものがあふれかえることに幸せを感じることが出来る者なら、この空間は非常に心地よい。
しかし、この日に限って部室のスペースを占めている『もの』は、ちょっと困ったものだった。
「芹沢くん、お願い」
「……だって」
「わたしもちょっと……」
ヒツジの女子生徒が目を細めて、天文部の扉を開いて覗き込む。
イヌの男子生徒も同じく目を細めて、天文部の扉を開いて覗き込む。
暖かかくなり、制服も春らしい装いで、彼らはこの季節を待ち望む。しかし、彼らが待ち望んでいるのは春だけではない。
「茜ちゃん、起こしてきてよ。女の子だったら、先生もびっくりしないって」
夜が来る時間も大分遅くなった。天文部のお目当ての星たちも、いつの間にか結構ネボスケになってきた。
芹沢タスクは尻尾を丸めて天文部の部室で、ぐっすりと惰眠を貪る一人の教師を見つめるだけだった。
小さな体を丸くして椅子をベッド代わりに並べ、尻尾をぶらぶらと揺らしながら夜空の夢を見る一人のタヌキ。
これでも、ここ佳望学園の教師であるタヌキは、タヌキ寝入りではなく本当によく寝ていた。
「じゃあ、一緒に声かけようよ。茜ちゃん」
「……うん」
「せーの……」
「「……」」
進まない二人三脚。頬を赤らめるヒツジの夏目茜。
「うーん……。かに座はかわいそうだよー」
勇者に踏まれていいところを見せられなった、哀れなかに座を寝言で慰めてタヌキの教師はそのままぐっすりと夕方の昼寝を続けていた。
そろそろ陽は傾く時間。夕暮れの雲を浮かべて透き通る空気が、今宵も夜空だという予感を刺激する。
「そら先生……。早く起きてください」
天文部の芹沢タスクと夏目茜は、顧問である百武そら先生は星が瞬く夜になると元気いっぱいになることを重々承知だ。
この日も春の大曲線を観測しようと部室にやって来たのだった。しかし、顧問の教師が部室で寝ている。
望遠鏡も、星図も、茜が作ってきたサンドウィッチも準備万端。あとは、夜を待つだけだったのだが、如何せん顧問がアレだ。
タスクが部室側の階段から下の階を覗き込むと、段が織り成すらせん状の渦巻きに吸い込まれそうになった。
「他の先輩たち、来れなくて残念だね」
「…… うん」
「そら先生、日中はいろいろ忙しそうだったもんね」
「そうね」
自己主張の弱い二人の優しさは、そら先生の睡眠を妨げないことにした。
そら先生の顔は、大好物である甘いものを食べているときと同じだったからだ。
371 :
代理:2010/04/24(土) 23:50:55 ID:rF+YGLJ5
「のど、渇いたね」
「うん」
「ぼく、飲み物買ってくるけど……茜ちゃんは何がいい?」
「……なんでも」
いちばん困る答えワースト1に入る返答にタスクは目を細め、女の子のリクエストは応じてあげないと、と腰を上げる。
財布の中身を確認すると、うんと頷き、イヌの少年は上履きの軽い音を立てながら階段を下って行き、茜はそら先生の邪魔にならぬよう、
部室へとそっと入り部屋の隅で小さくなって天文学の雑誌を眺めていた。発行はおそよ20年前のもの。
星から見れば、瞬きするくらいの時間だが、茜からすれば生まれる前のこと。そのころから変わらず、天体に思いを馳せる人々。
人は変われど、同じ星を見続けていたんだと、きらめく写真は茜のちいさな思いを鮮やかにする。
「何でもいいが、いちばん困るよ。ウチの姉ちゃんじゃあるまいし」
一人ごとで自分を落ち着かせる癖は、誰にだってあるもの。しかし、一人っきりはやるせない。
校内の自販機コーナーへと飲みものを買いに出かけたタスクは、ふと廊下で一人の男子生徒の背中を見つける。
彼もタスクと同じイヌの少年。毛並みは白く眩しく、尻尾も柔らかく大きい。学年はタスクよりも上だ。
今風と言えば今風だが、落ち着いた風貌と尻尾の動きは同世代の男子と違うものを感じさせる。
そう言えば、前に会ったことがあったっけ……。微かな記憶を胸に、白いイヌの少年に声をかけてみる。
「ヒカルくん!」
「……」
ヒカルと呼ばれた少年は、言葉を出さずにこくりと頷いて、タスクを快く迎え入れた。が、表情はそんなに激しくない。
別に嫌な気分になっているのではないのは、彼の尻尾の動きから見れば一目瞭然だった。
「ヒカルくん。もしかして?」
手に財布を持っているところからすると、ヒカルも同じく買い物に出かけているところだろう。
細かいところに気付く男は、モテモテさんになる第一歩と姉から吹き込まれたタスクは、それを見逃さない。
ヒカルの返事は、タスクが考えているものより幾ばくか簡単なものだった。
「先生からお使い頼まれて」
「へえ。何を買いにですか」
「飲み物」
職員室にて、担任であるネコの泊瀬谷先生に捕まった。雑用を手伝いながら放課後の時間を過ごしていたら、
いつの間にやら誰もいなくなり、生憎ポットのお湯も尽きていたので、小休憩で飲み物を買いに出かけていたのだった。
ご主人さまに忠実な二人のイヌは、共に尻尾を揺らして自販機コーナーへと向かう。
校内・ロビーの一角に据えられた自販機コーナーは、放課後ゆえ閑古鳥が鳴いていた。
逆に、お日さまが休む頃に賑わいを求める方が、間違っていると思うべきだろう。
人がいないせいか二人には、ロビーがいつもよりも広く見える。用も無いけど、ついつい上を見上げる二人。
『羽根がある生徒の皆さん、余り高く飛ばないこと!』と、風紀委員からの張り紙が自販機に張られている。
どこかで見たような、いや、見たことあるけどあんまり知らないような、アニメのキャラが、手書きの吹き出しで紀律を正す。
372 :
代理:2010/04/24(土) 23:51:41 ID:rF+YGLJ5
自販機に明かりは灯っていなかった。しかし、これは節電の為。普通に飲み物を購入するには、なんら変わりは無い。
そう言えば、桜が咲く前よりも『あったかーい』のボタンが減ったような気がする。自販機も衣替えか。
タスクが小銭を自販機に入れて、ボタンを押す。一つ目は自分のもの。オトナに背伸びしたいけれど、ちょっと後戻りして
カフェオレを選択する。ブラックにすればよかったかなと思えども、とき既に遅し。そして、二つ目を買うときに手が止まる。
「……」
茜の分を考えているうちに、しびれを切らした自販機はタスクが入れたコインを吐き出した。
ばつが悪くなったタスクは、ヒカルに自販機の前を譲ると冷たいカフェオレの缶をぎゅっと握る。外は温かくなってきているので心地よい。
ヒカルもタスクと同じくカフェオレのボタンを押したのだが、缶を取り出すと先ほどのタスクのように固まってしまった。
「どうしたんですか」
「先生が『なんでもいい』って言うから」
目を細めたタスクは、同じようなコインが戻る音を耳に響かせていた。
「ヒカルくんって、兄弟がいるんですか」
「いないよ」
ヒカルの返答を聞いたタスクは、じっとヒカルが持つカフェオレの缶を見つめている。
羨ましそうにと言えば正しいが、如何せんその表現は直接過ぎる。ただ、タスクが羨望の眼差しで見つめているものは、カフェオレではない。
「姉ちゃんがいないって、平和な毎日が暮らせていいですね」
高等部のヒカルは、同じ学園の高等部のクラスに通う芹沢モエの顔を浮かべた。
モエはタスクの姉である。同じ血を分けた姉弟なのに、どうしてこうも違うのかヒカルは不思議には思わなかった。
「ヒカルくんって、姉ちゃんと同じクラスでしたよね」
「うん」
きょうもモエはやかましかった。男子生徒の尻尾ランキングと称し、同じ女子生徒であるネコのハルカとウサギのリオらが、
お昼休みのうららかな時間に教室の隅っこに集まり、ノート片手に査定をしているときのこと。
大きな洋犬の血を持つアイリッシュウルフハウンドの封土入潮狼(いしろう)に、ボルゾエの堀添路佐(みちざ)が二人して、
『簡単!炊飯器で作るケーキ100種』と書かれたムック本を捲っていた。他のイヌの生徒よりも長い毛並みを持ちつつ、
丁寧に整えられているために清潔感がある。封土の荒くもオトナの風格漂う毛並み、堀添の鋭くも優しさを感じさせる顔立ち故、
学園内の女子生徒から黄色い声を浴びることほぼ毎日。しかし、彼らはいたってマイペースである。
373 :
代理:2010/04/24(土) 23:52:33 ID:rF+YGLJ5
「封土(ほうど)の控え目さ!堀添の綿花のような華やかさ!他の男子と違って上品だよね!」
「リオー。もしかしてヤツラ狙い系?」
「ち、ちがうもん!ホンのちょっと背が高くて、大人しくて……。アイツらなんかよりも、ごにょごにょ……」
机の荷物掛けに掛けた洋服店の紙袋に入れて隠している『若頭』の同人本を気にしながら、椅子に座って頬を赤らめるリオ。その脇に立つハルカが、
ぽんとリオの肩を叩いていた。隣の机に腰掛けるモエは、脚をぶらせつかせながら携帯をいじっていた。
「ああ!タスクからだ。『今夜は天文部の活動で遅くなるから、よろしく』だって!アイツ、夜は冷えるのに大丈夫かな」
もともと体の弱い弟を案じて、温暖と寒冷を繰り返す季節の夜に外を出歩くことを憂うモエは、眉を吊り上げる。
「じゃあ、モエがタスクくんを迎えにいってあげたら?封土くんと、堀添くんをお供に連れてさ」
「あ、アイツら?そんなことしたら付き合ってるって思われるじゃない!」
モエがあまりにも脚をバタつかせるので、机からぶら下がるリオの紙袋に脚が当る。リオは少し気が気でなかった。
言うまでもなく、封土と堀添を狙うライバルが現れたということではない。
モエの携帯が持ち主のようにやかましく叫ぶ。『ロミオとシンデレラ』の着メールの曲に反応したリオは、モエの携帯を覗き込んだ。
「やっぱり、モエはタスクくん萌えだね?」
「タスクくんを独り占めするなら、お料理をがんばらないと!まずはオムレツからかなあ。今度教えたげる」
「ンモー!リオにハルカったら!」
横目でその光景を見ながら、一人で本を捲っていたヒカルは、タスクの話できょうの出来事を思い出していた。
モエの教室での姿しか知らないヒカルは、家での姿しか知らないタスクを気にして飲みもの代を奢ってやった。
ちなみに、ヒカルの尻尾ランキングは未だ不明である。
「ウチの姉ちゃんって、彼氏いるんですか」
「……」
「いや……。ちょっと、気になって」
あまりにもストレートな、そして純粋なタスクの問いかけにヒカルは口を閉ざし、何も答えないのはタスクに余計な心配をかけてしまうから、
わずかな情報でも言っておこうと一言伝える。確かでは無いかもしれないが、他のクラスの子からの話からすると
確かだと思うほんの一言。だけど、タスクにとっては非常に重要な一言が、小さく響く。
「多分、いないよ。芹沢は」
「多分ですか」
「うん。多分」
「多分かぁ」
タスクは自分の携帯を開き、姉から受け取ったメールを見てみる。
『あまりにも遅くなるようなら、わたしに一報を送ること!』
パチリと携帯をたたむ音を鳴らせて、タスクは俯き加減で誰もいないことをいいことに語りに入る。
タスクのことはモエを通じてよく知っているヒカルだが、普段とは少し違うとヒカルでも感じていた。
また、ヒカルのことはモエを通じてよく知っているタスクだが、普段もきっとこんな感じなのだろうとタスクは感じていた。
「ウチの姉ちゃんの彼氏になるヤツってどんなヤツなんだろうって……。でも、ぼくは姉ちゃんと少なくとも彼氏になるヤツよりかは、
姉ちゃんのことを知ってるし、長く付き合っているから姉ちゃんのことについては、誰にも負けない自信はあるんです」
「……」
「姉ちゃんが喜べば悔しいし、姉ちゃんが悲しめば悲しい。こんな感情持てるのは、世界でぼくぐらいですよ」
「……」
打消しもせず、頷きもしないヒカルは、黙ってタスクを受け止めていた。
俄かにヒカルの尻尾に冷気を感じた。ビクン!!ビクン!!反射で尻尾を丸くする。
「こらー!理由の無い居残りはいけないんだぞお!」
「……」
「ヒカルくんは、先生のお手伝いだから理由はあるよね?」
笑顔でヒカルとタスクを叱る若いネコの教員・泊瀬谷が買ったばかりの缶コーヒーをヒカルの尻尾に当てていた。
泊瀬谷は仕事を終えて帰宅する途中、自販機コーナーに寄ると二人を発見したのであった。
春めく召しものが、泊瀬谷を少なくとも子どものように見せるマジック。
「ヒカルくんが余りにも戻ってくるのが遅いから、自分で買っちゃったね。ごめんね」
きんきんに冷えたカフェオレの缶を握り締めて、泊瀬谷先生は仕事の顔を忘れていた。
茜の分の飲み物をすっかり忘れていたタスクは、頭を掻きながら泊瀬谷のカフェオレを見つめる。
「あの、ぼく。天文部の活動で」
「そうなんだ、百武先生ね。そういえば『春の大三角形が天に現れるまで部室で寝てくるよ』って言ってたっけ」
「そうなんですが……」
タスクとヒカル、そして泊瀬谷はそれぞれ飲み物を持って天文部の部室へ足を向けた。
「雑用はいいんですか」とヒカルは泊瀬谷に尋ねるも「ヒカルくんがあんまり遅いから、終えちゃったよ」とちょっと自慢気。
だけども、本当はヒカルを追いかけたいがために、明日できるからと理由をつけて、後回しにしていたことはナイショの話。
「天文部の活動って、星を見ながら『あの星座は何々の神話で』って話すんでしょ?楽しそうだね」
「冬は寒いですけどね」
夜空とケモノはよく似合う。もしかして、夜空の元ならヒカルと何でもいいから話す口実が出来るんじゃないかと、
泊瀬谷は天文部の活動を羨ましく思っているうちに、茜が待つ天文部部室に三人は到着する。
屋上に近い古びた部屋の扉から茜が角を見せて、タスクの帰りを待っていた。
彼女の様子から見ると、そら先生は未だ夢の中と推測される。
「あ!芹沢くん。こんなの見つけたんだけど」
「なにそれ」
サッカーボールほどの球体に、土台が付いた黒色の物体。段ボール箱に投げ入れられた雑誌に埋もれていたものを、夏目茜が発見したのだ。
物体から電気コードが延びている。少しほこりがかぶっているものの、軽く拭いてやれば、元の姿に簡単に戻るだろう。
ふと、思い出したようにタスクが口火を切る。
「これって、室内用のプラネタリウムだよね」
「そう言えば、部長さんが昔そんなのがあるって言っていたけど……。言っていたっけ……?」
自信なさ気な茜を気遣いながら、タスクは言葉を続ける。
「確か、どこかになくしたって言ってたんだよ。よく見つけたね」
タスクに誉められた茜は、まるで悪いことをしたときのように小さくなった。
誉められれば誰だって嬉しいが、こうも大勢から誉められると、ちょっと茜は萎縮する。
「すごいね!」
しいっと、口の前で指を揃えるヒカルで、泊瀬谷は部屋の中のそら先生のことを把握した。
そして、小さく謝った。
「そうだ。もしかして……これでちょっと」
「なに?ヒカルくん」
子供がいたずらを思いついたような目。ヒカルはそんな目をしていた。
うんうんと、ヒカルの話を聞く三人、そしてヒカル。一つになった気持ちがつぼみをつけた。
ヒカルは化学準備室へと向かうと言い残して、尻尾を揺らしながら階段を降りていった。
残された三人は、ヒカルから言われたようにまだまだ起きないそら先生を起さぬように、音を立てずに準備を始めた。
375 :
代理:2010/04/24(土) 23:54:29 ID:rF+YGLJ5
足音を立てないように、そっと三人は部室に入る。
窓が言うには薄暮の時間だと言う。街が遠く見える丘の上。きょうも一日を癒す夜が来る。
「そおっと、そおっと」
開いているダンボールを一枚の板にして、窓ガラスを塞ぐ。カーテンをかけて薄暗くなってきた光の進入を拒む。
「泊瀬谷先生。確か、暗いところで目が慣れるには、少なくとも15分はかかるんだって……」
「そうなの?」
「そうだね。観測会のときも薄暗いところで、しばらく待っているもんね」
茜は冬の観測会で一緒に凍てつく風を堪えながら、シリウスにうっとりしていたことを思い出した。
暗闇で一緒に目を慣らしながら、タスクと甘い(神話の)お話をしていたことを思い出した。
「持ってきたよ。タイマー」
小声でヒカルが科学準備室から戻ってきた。手には、コードが延びた小さな機械。箱一杯のダイヤルが目立つ。
タイマーをプラネタリウムに繋ぎ、電源をプラグに差し込むと、一同はにっと笑う。
本体のスイッチを入れて準備はOK。LEDが赤く灯り、ダイヤルが差す時間は15分後。それでも、そら先生はすやすやと眠る。
15分間、そら先生はすやすやと眠る……。
あと10分。
まだまだ目が慣れない。しばらく暗闇の中お互いの顔を見合って、目を慣らしながらそら先生の寝顔を覗き込む。まだまだ時間はある。
あと5分。
ヒカルと泊瀬谷の姿が白くぼうっとタスクと茜の目に映り始める。薄暗い中のケモノは、不思議と綺麗に映っていた。
あと3分。
ヒカルの尻尾が隣で据わる泊瀬谷の太腿に触れる。恥ずかしくも、ちょっと幸せそうに泊瀬谷はヒカルを注意する。
あと2分。
まだまだ暗いからと、泊瀬谷はヒカルの指を手探りで摘もうとする。摘めないまま諦める。
あと1分。
そら先生が寝返り打つも、椅子から転がり落ちないという神業を見せる。
あと30秒。
瞬き早くなったタスクは、茜のシャンプーの香りに惑わされる。
あと15秒。
茜が角のリボンを直す。
あと10秒。
いきなり『ロミオとシンデレラ』の着メロが響き渡る。
「いけない!マナーモードに!」
慌てたタスクは携帯を取り出すが、幸い暗闇に目が慣れている状態。
しかし、GOOD NEWS あふたー BAD NEWS。
「う、うーん……。ロミオはペルセウス、シンデレラはアンドロメダだよねー」
ぱぁあっ!!
天井は宙。
星屑がお喋りをはじめ、つられてケモノも目を覚ます。
ほんのひとくち口にすれば、砂糖と光りの味が舌一杯に広がるのだろう。
一粒一粒が狭い部室に広がって、手に取れそうな遥かなる恒星たちが地上のケモノの瞳に焼き付ける。
「うわぁ……」
見てごらん。あれが春の大曲線。天を廻る大きなクマの尻尾から、優しく伸びる曲線の先には一粒の赤い星。
きっと南国の果樹のような刺激的な甘さがするのだろう。うしかい座のアルクトュルスはて夜空をほしいままにしようとするクマの番人だ。
その漢をなだめようと側で微笑むのは、白く輝くおとめ座の星。スピカはきっと母性一杯のミルクの味がするのだろうか。
桜の季節の大きな弓は、言葉失うぼくらを惑わす。
376 :
代理:2010/04/24(土) 23:55:31 ID:rF+YGLJ5
「芹沢くん!夏目さん!今夜はとくにきれいだよ!!最高の夜空を楽しもうね!!」
弓の先にはたぬき座の……、いや。そんな星座、聞いたことが無い。乙女の足元で地上を見下ろすからす座も、見たことが無いと悩んでいた。
たぬき座に並んだ一等星は、どこの星図にも載っていない。ただ、どこの星よりも輝きを放っているようにも見えるのだ。
さっきまで眠りこけていたそら先生。人の創りし明かりだけども、天井の夜空を見上げて諸手を挙げていた。
「あの……先生」
「夏目さん!御覧なさい。うれしいね、うれしいね。あれ?はせやんも?犬上くんも?」
星を枕にしていたそら先生は、薄暗い中で天井の星粒に心奪われている生徒と同僚教師を見つけると、不思議がるどころか
「ようこそ!星たちが奏でる音楽会へ!」と小さな体を震わせながら喜びを表し、一方泊瀬谷は、ヒカルの側に座って
赤らめた頬がそら先生やタスクたちにばれていないか、ちょっと胸を熱くしていた。
さて、そのタスクはと言うと、携帯の明かりで星を消さぬように表に飛び出していた。相手は姉の芹沢モエ。
『遅くなるなら一報を送りなさいって言ったでしょ?今夜は冷えるからね!
きょうはわたし特製のオムレツがタスクを待ってるから、寄り道しないで帰ってらっしゃい!』
女の子スキルは彼氏ができるとレベルアップすると言う。姉の女の子スキルがもしかして知らず知らずのうちに上がっているのではないのかと、
そしてオムレツの出来具合を色々な意味で心配しながら、タスクは姉からのメールを閉じた。
タスクは窓から暗くなりつつ街を見つめて、エプロン姿の姉を思い浮かべる。
天文部部室内では……。
「芹沢くんがいない……よ」
茜の心配そうな声と共に、ヒツジの少女は部室から飛び出す。窓からは瞬き始めた春の星座が、彼女を歓迎していた。
今夜はよい星が見れそうだ。今夜はよい神話が語れそうだ。毎晩出ているはずなのに、この晩だけじっくり見るなんて、なんて贅沢な。
でも、たまには贅沢もいいんだよ。と、そら先生と共に彼らは空を見上げ続けるのだった。
天文部の部室に残された泊瀬谷とヒカルは、まだまだ続く室内の天体ショーに引止められて、言葉を失っているところだ。
「ヒカルくん。あの星、何て名前なんだろう」
「……どれですか」
377 :
代理:2010/04/24(土) 23:56:19 ID:rF+YGLJ5
ヒカルが困る顔を見てみたい。
ヒカルが悩む素振りを見てみた。
ヒカルが星を見上げる姿を見てみたい。
結局は、どんな星でもよかった。泊瀬谷は一際目立つ星を指差して、ヒカルの答えを待っていた。
特に星に関して知識があると言うわけでもないが、ヒカルにどうしても聞いてみたかった。
星を見つめるイヌは、何を思って見上げるのだろう。
手にすることなんかできやしないのに、ましてや天井に映るプラネタリウムだ。
夜は森羅万象、数多のものを生み出す時間だという。
太陽の光で育まれた息吹は、月の静かな明かりで癒される。
目に見えるもの、見えないもの。月の明かりと星の輝きで芽を伸ばし、つぼみを開かせ、月下の花のごとく花咲かす。
花は月の冷たい光に狂い、蔦を伸ばすと、知らず知らずのうちに恥じらいだけの一人のネコに絡みつく。
泊瀬谷は昼間見ているヒカルよりも、夜空の元のヒカルの姿を見て、今までよりも心締め付けられる思いをしていた。
ヒカルがそれに気付いているのかどうかは分からないが、ヒカルの一言が泊瀬谷に絡まる蔦を解く。
「…… わかんない」
「そっかあ……。ごめんね」
結局は、どんな星でもよかった。泊瀬谷は星に願いを託して、初めて願いが叶った気がした。
「はせやーん。おとめ座が昇ってるよ!!」
部室の外からそら先生の声が届くと、泊瀬谷は立ち上がりヒカルの手を引いた。
ヒカルの手首の毛並みに泊瀬谷の指が埋まる。
二人は星空を映し出すプラネタリウムをそのままにして、そら先生と天文部部員の待つ日の入りの空へと駆け出した。
「それ!!ヒカルくん!寒いからって、部屋に閉じこもってちゃだめだぞ!」
屋上への階段を駆け上る。澄んだ空気が寒く心地よい。夜空とケモノはよく似合う。
もしかして、夜空の元ならヒカルと何でもいいから話す口実が出来るんじゃないかと、薄暗いことを言い訳に、泊瀬谷はヒカルの指を掴む。
おしまい。
378 :
代理:2010/04/24(土) 23:58:29 ID:rF+YGLJ5
↑のSSの作者はわんこ ◆TC02kfS2Q2様です
381 :
創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 21:27:57 ID:9Zp6HpfI
きれいな色だなあ。
星空だー
383 :
Fist:2010/04/30(金) 15:10:33 ID:vHCE/P4s
久々に来ました〜!
和やかな感じの話でしたね。
タスクとヒカル君…二人とも出てくる話、そういえば無かったような気がしますね…。
気のせいかな?
>>380 夜の雰囲気がリアルに感じられますね。
雲も少ないし、柔らかな風が人知れず吹いていそう!
エロスレで話題になってるから見に来たらなんという爆弾。
久々に胸キュンしたわ。
珍しくおめめパッチリのそら先生がなんだかすごくかわいいんですが
387 :
Fist:2010/05/03(月) 00:13:06 ID:cNXexfsT
スイーツを狙う野獣が…w
>>389 子供の日とコモドオオトカゲとかけた訳かw
にしても、厳つい女子高生だなぁ。
え? 後ろ? あ、ヤバ(尻尾アタック
>>389 すごく可愛い!! 涼しげな目元とかスラリと伸びた尻尾とか体型が超好み
爪のお手入れがヤバす、この爪でケータイ操作は職人の域w
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1067.jpg 突然思い立って全体を見返してみたのですが、電停はこんな感じでしょうか? 尻尾堂は
もっと市内の方かと思うので順番はかなり違いそう… 天秤町−山手町は古浜海岸線とは
交差するのかな?それとも夫々独立した路線なのかな?
古浜海岸線
駅前 JR駅に連結
本町通り 山手町方面線乗り換え、花子先生の家が近い?
十字街 街の中心、天秤町方面乗り換え
東通り16丁目 学校最寄
図書館前 ヒカルが乗ってきた
蕗の森 はせやんの家の最寄り
中央大通り 市内で一番大きい公園、佳望中央ふれあい公園がある。
藤ノ宮 卓の家最寄り
東小宮 「尻尾堂」
湊通り 「連峰」が有る、海に近い
古浜海岸 終点
花巻の馬面電車を思い出した。
>>392 力作乙、路面電車とか停留所の書き込みがいい味出てる
江ノ電っぽい雰囲気とか乗客がもふもふの人とか素敵すぎるだろ
以下、避難所でのわんこさんの代理で投稿します
>>392 初めてここで「佳望学園」ものを投下したときのイメージぴったりだ。
ちょうど電車を登場させるSSを書き終えたところでした。
烏丸さんをお借りします。
『太陽とケモノ』
びっくりした。
休みの日の昼下がり、図書館帰りの昼下がり。誰も通りかからない、ウチへの近道の細い路地。
たまたますれ違った、見知らぬイヌの男子の二人組み。尻尾がちょっと触れただけなのに、怖い顔して振り向いてきた。
「尻尾ぶつけといて、謝らないわけ?」
「……ごめんなさい」
「はあ?それだけで済むわけ?」
鈍く光る牙、濁った目。小さな子が目を合わせれば、泣き出してしまいそうな面構え。
二人とも目元の傷を隠さず誇りにする姿は、精悍と言えば聞こえがよいが、結局は柄が悪い。
謝れと言うから謝ったのに、言葉は通じても話しが通じないもどかしさ。目を合わせると、余計なことになりそうなのでわざと俯く。
早く帰って借りてきた本を読みたい。出来ることなら面倒なことは避けたいけれど、逃げ出すのは『片耳ジョン』の言葉に背くんだろう。
修羅場を潜り抜け、生きる勇気を諭す彼は、本の中だけでなくとも、ぼくに語り駆けてくる勇敢なオオカミ。
彼が語るには……、
「少年とは、困難が立ちはだかれば立ちはだかるほど喜ぶものさ」
しかし、困った。
「あぁ?突っ立てないで答えないわけ?」
「尻尾痛いわけ?」
彼奴の右手がぼくのカーディガンを掴みかけると、小さな風がぼくの目の前を駆け抜ける。
白く大きな尻尾がピンと上げて、ぼくは後ろに跳んで退く。本能的に右手でぼくの顔を庇う。
面倒なことに巻き込まれそうだと諦めかけたのだが、彼らと目が合うと事態が思わぬ方へと急転する。
「ちょっと待て。やばいぞ」
「あ?……まじ?ウチの高校の?」
「おう。アイツだよな」
「ここでシメてたら、狗尾高マジでやばくなるわけだよな?」
狗尾高。聞いたことはある。でも所詮、聞いたことがあるだけだ。彼らが何を意味して話しているのか分からないが、
とにかくヤツらは、目を見てぼくを『アイツ』だと勘違いしている。すると、尻尾を巻いてどこかへ消えて行った。
あっけに取られたぼくが彼らの背中を見つめていると、聞き覚えのある声がぼくの背中を叩く。
毎日聞いているような、明日も聞くような。若い女性の声だったのは間違いない。
「こ、こらー!!ケンカはいけないんだぞー」
一人のネコが立っていた。ぼくが教壇で見るような姿をしてはいないが、確かにあれは泊瀬谷先生。
ぼくのクラスの担任で、現国の泊瀬谷先生はネコの若い女教師。短い髪が印象的だ。
泊瀬谷先生はトートバッグをブンブン振って、尻尾を膨らませながら路地に向かって叫んでいたが、
縮こまった両肩と、頼りなくアスファルトに踏ん張る足元が先生の勇気を中和していた。
それ故、泊瀬谷先生は、ぼくの方に近づこうとせず、今だにぶらぶらとトートバッグを振っているだけ。
しかし、ぼくの方から先生に近づくと小首を傾げて、泊瀬谷先生が忘れかけていた少女の頃を思い出しているよう。
「ほ、ほら!先生のおかげでヒカルくんも助かったでしょ?」
「……」
「えへへ。怖かったんだ?先生がケーキでも奢ってあげるから、落ち着いて」
本当はヤツらの方から逃げていった。ホントのことを伝えるよりも、そのままにしておく方が幸せなのかもしれない。
大人びた真実は、オトナを傷付けてしまうかもしれないから、ぼくは黙って泊瀬谷先生について行くことにした。
ぼくよりちょっと年上の泊瀬谷先生が、子どものように見えてくる。
淡い色のスーツを着こなして、胸元にはカメオで留めたリボン。歩道を鳴らすパンプスは、先生自身を背伸びさせている。
短い髪が初夏の風に揺れて、ネコでなくてもまどろみを誘う心地よさ。「こっちだよ」と、先頭を切るぼくのセンセイは、太陽よりも明るかった。
歩き慣れた大通りを歩く。路面電車が街の風を掻き乱す。クロネコの紳士の毛並みがなびく。
街の一場面を一瞬の風景画にして、泊瀬谷先生は大通りから外れた路地に入ると、ニコリ。
「ここだよ」
若いビルとビルの間にひっそりとたたずみ、老人のように街を見てきた一軒の喫茶店。
軒先からぶら下がる、古びた看板のかすれた文字が、店の年輪を刻む。
都心の喧騒を嫌ってか、切り取られた時間がそのあたりには漂っていた。
「喫茶・フレンド……」
「この間、学校の帰りに見つけたんだよ。入ろっ」
扉を泊瀬谷先生が開くと、鐘の音と若い女の人がぼくらを出迎えた。
ランプのともしび温かく、媚びない家具が心地よい。
店の主人と、若い娘。客はぼくらの他はいない。コーヒーの香りがぼくらを嫉妬する。
エプロン姿の若い店員さんは、長い髪を一つにくくってテキパキと仕事をこなしていた。
じっとよく働く彼女を見つめていると、椅子に座った泊瀬谷先生から「こらっ」といたずらっ子ぽく注意された。
にこりと微笑んで店員さんは、くくった髪を揺らしながらぼくらの席へ注文を取りにやってくる。
「いらっしゃいませ」
「……」
「ご注文はお決まりでしょうか」
「バニラアイスを二つね!アリサちゃん」
メニューを見ずに泊瀬谷先生は、お姉さんに注文を告げる姿は、お得意さま。
「かしこまりました」と、小さなクリップボードに注文をさらりと書くと、踵を返して長い髪を揺らしていた。
そうだ、もしかして泊瀬谷先生なら「狗尾高」のことをちょっとでも知っているかもしれない。
ぼくが「狗尾高」について、どうやって話を切り出そうかと考えていると、短い髪を頬にかけて泊瀬谷先生は、
もじもじと目を合わせることがいけないことの様に、テーブルに目線を落としてぼくに静かに話し出した。
「実はね……。おととい、実家から電話があってね、たまにはウチに帰って来いって言われてね」
「……」
「ヒカルくんにこんなこと話すのもなんなんだけど、家に帰ると……親から怒られちゃうんじゃないかなって」
尻尾の動きからすると、先生はウソをついていない。それよりも、ウソがつけない先生のこと。
「こんなことヒカルくんに話してもしょうがないよね。へへ」
「……」
先生の実家は、ぼくらの住む街から電車に揺られることちょっと。都会でもなく、田舎でもない郊外の町だという。
帰ろうと思えば、すぐに帰ることができるのだが、始めの一歩が重過ぎる。さらに重くなった足は、人を愚痴らせる。
自由気ままに生きているようでも、一抹の苦労を背負っていることに、泊瀬谷先生から読み取ることが出来るのだ。
「どうしよっかなあ。親が待ってるしなあ」
「お待たせいたしました。バニラアイスです」
トレーに乗ったバニラアイスは、温かくなり始めたこの季節がいちばん美味しく感じると泊瀬谷先生は言う。
小さな音を木のテーブルに響かせて、懐かしい半球を器の上で描くバニラアイス。ウエハース突き刺り、泊瀬谷先生は歓喜の声。
アイスはオトナを子どもに引き戻す力があるんだと、他の誰かに言ったらきっと信じてくれるような、くれないような。
「おいしそうだね」
「はい」
スプーンが器に当たる金属音は、いただきますのごあいさつ。
ほんのちょっと、先生のゆううつを忘れさせることが出来るのなら、無邪気な姿をぼくに晒してもかまいませんよ。
しかし、ぼくはバカなことに先生の頬を緩ませる顔に連れられて、聞こうと思っていた「狗尾高」について聞き忘れた。
―――翌日の朝、学園のホールには人だかりが出来ていた。生徒たちは皆、刷りたての学園新聞を手に話しの種にしている。
女子は甘味店の紹介記事に、男子はクラスのヒロインの写真に、教師は委員会だよりにと人それぞれ興味を抱く。
だが、ぼくが目を止めてしまったのは他でもない『野球部・狗尾高との練習試合、ファインプレイ』の記事であったのだ。
昼休み、ぼくはいつも行き慣れた図書館ではなく、新聞部の部室に足を向けた。
ここなら何らかの情報が手に入るかもしれないと、学園新聞を片手に期待を抱き、不安を背中に扉を叩く。
「どうぞ」と部屋からの返事が、ぼくを迎え入れる。ゆっくりと扉を開けるとカメラのレンズの埃を取っている一羽のカラス少女と、
PC画面に向かってコントローラーを両手で握りながら、一喜一憂という言葉に振り回されるネコ少女がいた。
「あの、高等部の犬上といいます……」
「ああ、もしやあんさん、ヒカルはんなぁ?あんさんの噂は、おなか一杯聞いとりますわ。部長の烏丸どす」
カラスの少女は手を止めて、聞きなれない訛りでぼくをのほほんと見つめていた。
あまり話しをしたことが無いのに、彼女はぼくの名前を知っている。やはり新聞部の情報収集能力の賜物か。
烏丸は手を止めると、備え付けの冷蔵庫から「生八つ橋」を取り出して、殆ど初対面であるぼくに勧めてきた。
ひんやりとした生地が熱いお茶と愛称がよさそうだ。けっして目立つ色彩ではないが、見ていると心和むこの国のお菓子。
カラスは後姿をぼくに向けて、手際よくジャーポットから急須にお湯を注いでいた。
「うっひょー!さすが中ボスだよねー」
一方、ネコの少女は、PCのゲームに夢中だった。花火のような砲撃を放ちながら、深い森の上空を駆け抜ける一人の魔法使い。
相手が仕掛けてくる攻撃をまるで楽しむように、少女はコントローラーで魔法使いをひたすら操る。
騒がしい彼女を気にせずに、烏丸は緑茶を注いだ湯飲みをぼくの目の前に置いた。コトンと使い込まれた机が音を立てる。
「ところで、ヒカルはん。何か御用で?おや、早速最新号を読んでくれはったんやな」
「その……。この記事についてなんだけど」
「『野球部・狗尾高との練習試合、ファインプレイ』かいな。それはウチが低空飛行ギリギリで撮った写真どすえ。よう撮れとるやろ。
そうや。この間、狗尾高のチンピラどもにドつかれそうになっとたやろ?ヒカルはん、大丈夫かいな」
「……もう情報が。大丈夫、ケガはなかったです」
「うぎゃあああ!満身創痍!!」
静かにぼくが話し始めると、ネコの少女は寂しい画面にへばり付きながら、うるさくわめき出した。
私立狗尾高等学校。佳望の街から電車に揺られること一時間ほど離れた海岸に構える男子校。
運動部が盛んで、特に野球部の功績は数え切れないほど。そして、いちばんの特色は。
「狗尾高言うたら、イヌの生徒ばっかりのとこですわな」
烏丸の言葉で、ぴくんとぼくの尻尾がはねる。にっとほくそえむ烏丸の瞳は、鳥類独特の円らなものと、
新聞部としての獲物を追う眼光の鋭さが同居して、彼女独特の色身を帯びていた。
「うちの取材によると、佳望学園・野球部との練習試合ではうちの学校は完敗やったそうでな。
なんでも、スゴ腕のピッチャーがおる言う噂ですわ。そして、そのピッチャー言うのがな……」
「犬上先輩っ。犬上先輩って言うんですね!ご紹介遅れました。わたし新聞部所属・中等部の美作更紗ですっ!
うわああ、真っ白でふわふわの尻尾……イヌ族の尻尾は激萌えです!うらやましいですう!!」
「美作はん、黙っとき!」
ゲームに飽きたのか、さっきまでPC画面に心奪われていたネコの少女は、くるりとぼくの方へと椅子に座ったまま回転した。
短く揃えられた髪、少しぶかぶかのカーディガン、オトナに憧れた紺色のハイソックスとスカートの間が白く光る。
美作と呼ばれたネコ少女は、ぼくの尻尾をにまにまと眺めた後に、妹のように上目遣いでぼくの顔を凝視する。
「これはなかなかなの人材ですぞ!因幡お姉さまにお知らせしなければ!キリッ」
人材?
「白い毛並み!豊かに実るたわわな尻尾!誇り高きイヌ耳!わたくし美作更紗は、犬上先輩に出会えて感激でございますう!」
美作と名乗る少女は、椅子に座ったままキャスターで移動して、本棚から薄っぺらなマンガ本を引っ張り出して
自慢げに見せびらかす。尻尾を立てて目を細める美作は、オトナっぽく決めた紺色のハイソックスを履きこなしても、
ばたばたとさせて落ち着きの無い子どもに逆戻り。烏丸が整理棚を探っているのを背景に、美作はぼくを舐めるように上目遣いで見つめ上げる。
「どんなコスが似合うかなあ。ねえ!い・ぬ・が・み・先輩!」
「コス?なにそれ」
「もっふもふの尻尾を生かして、「ぎんぎつね」の『銀太郎さま』もいいなあ。王道で烏丸部長と組んで『椛・文の……』」
何かの名前を言い切れないまま、烏丸からキャスター椅子を押されて美作はぼくの視界から消えていった。
PCの主導権を烏丸が掌握する。画面は素っ気無いブルーのデスクトップに戻して、棚から取り出したCD-ROMをセットする。
唸り声を上げたPCは、部屋の主人である烏丸には従順であり、抗することなく画像ファイルを開いてくれた。
使い慣れた光学式のマウスを滑らせて、マイ・ピクチャのファイルに並んだ画像の整列には、狗尾高校の野球部員たちが
青い海を背景に球を投げ、バットを振り、自分の毛並みが汚れることを臆することなくホームに滑り込む姿が写っていた。
しかし、烏丸が見せたかったのは、そういうどこにでもある青春のいちページではない。
そんなものなら、オトナたちからの昔話で聞き飽きた。
「ほら、見てみ」
「……そっくり」
初めてだ。
ぼくにそっくりなヤツを見るのは初めてだ。
烏丸が取材のためにこっそり写した野球部員たちの休憩時間。その中の一枚に写る白いイヌの少年。
確かに、彼は狗尾高のユニフォームを身に包み、野球帽から白い髪をはみ出していた。
地面に付きそうな長くてたわわな尻尾が、ブルペンのマウンドに突き刺さりそうだ。
ぼくと同じく真っ白い毛並みで包まれた彼は、まぎれもなくぼくらの野球部を破った、狗尾高のピッチャーであった。
「どうどすえ?興味湧いた?」
「……」
言葉にせずにぼくは烏丸の言葉を肯定すると、せっせと烏丸は毛繕いをしていた。
「すまんのう。うちら鳥はなあ、毛繕いを怠ると空を飛べんさかいな」
「わたしも犬上先輩の尻尾の毛繕いをしたいですう!」
「美作はん、黙っとき!」
烏丸曰く「休みの日の正午に狗尾高に行くと、犬上はんならわかることがある」らしいが、これ以上、烏丸は口を挟まなかった。
「ありがとう」と一礼をして、美作更紗が少しうるさかった新聞部をあとにする。
教室に戻る途中、一人のウサギの少女が廊下でそわそわとしていた。その名は、我らが風紀委員長・因幡リオ。
ボブショートの髪の毛は清潔感に溢れ、理知的なメタルのメガネは正義感が満ちている……、と思う。
「あ!犬上!あんた、新聞部に行った?見たんだよ!あんたが文化部の部室の方へ歩いていく所!」
「行ったけど、何か?」
「そこにさぁ。ちっちゃくて、短い髪のネコの女の子……居たよね?」
ぼくが「うん」と答えたのがいけなかったのか、彼女はポンと手を額に当てて、真っ白な上靴で廊下を慣らす。
「むあああ!新聞部に『委員会だより』の原稿渡さなきゃいけないのになあ。あのさ……犬上。代わりにね、原稿、持ってってくれない?」
「なんで?」
「なんでもないの!!なんでもないんだから」
因幡が力を込めれば込めるほど、ぼくの背中に感じる氷よりも冷たい風。
一方、ぼくの真向かいで因幡は、じりじりとぼくの方から後ずさりをしている。
殺気は本気に変わり、本気は因幡を危機に陥れる。「時間を取らせてゴメン!」と言うものの、ぼくにはどうでもいいことだ。
「ああ!因幡お姉さまぁーーーあ!わたしはどんなキャラにも対応できるように、髪の毛を切ってきたんですよ!!
そうそう!わたし、おこずかいを溜めてやっと手に入れたんですよ!あの制服!因幡お姉さまには『くろこ』、わたしが『みこと』のコスで……」
先ほど新聞部の部室で大騒ぎをしていた美作更紗がすっ飛んで来た。しかし、因幡が目を泳がせる理由と、美作が言っている意味が良く分からない。
「はいはい!分かったから、徹夜で書いてきた『委員会だより』の原稿、渡してあげるから、とっとと新聞部に行こうね」
「ままま!まって!犬上先輩!これ、烏丸先輩からの……やだー!犬上先輩っ」
頬を赤らめる美作は、ぼくに和紙で包まれた封筒を両手で差し出した。毛筆で達筆な烏丸の名が麗しい。
封書を受け取ると、何故か因幡から足を軽く蹴られた。
―――休みの日の午前。処は古浜海岸駅のホームにて。
街の中心部からやや離れた古い木造建築の駅舎のターミナル。時代に取り残された電車が、櫛形のホームで体を休める。
中心の駅とは違って、賑やかさは無いが、高校生のぼくにでもどこか懐かしさを感じる。
元々線路が敷かれていた場所なのか、ぽっかりと不自然に空いた敷地から雑草が生える。遠くの目地へと単線の線路が伸びていた。
閑散としているホームも休日を楽しみたいのか、のんびりとした時間が流れていた。駅員は見るからに暇そうだ。
電車も発車のベルを待ちぼうけ。郊外行きの小さな電車は、わずかな乗客と共に青空を仰ぐ。
天井からは夏を告げるデパートの広告と、カバーを被された扇風機が近い出番を待って釣り下がる。
廃材になるはずだったレールを使った柱は、多くを語ることは無いが、少なからず街の歴史を知っている。
ぼくは街のことをこの柱ほど知らない。若い駅員は、念には念を入れて指差し確認を繰り返していた。
そして、ぼくは烏丸から手渡された一通の封筒を読みかけの文庫本に挟んで、繰り返して見つめていた。
「あれ?ヒカルくん」
「……泊瀬谷先生」
この間言っていた。「今度の休みに実家に帰ろうかどうか」と。
迷った挙句、帰省することにした泊瀬谷先生。イヤイヤながらも、ちょっとは楽しみにしている顔は隠せない。
遅れてきた春の日差しのような白いスカートに、乙女心をくすぐるパンプス、そして、いつものトートバッグは外せない。
「ヒカルくんもこの電車?」
「……はい。狗尾高校に行ってみようと思いまして」
「どうして」
「なんとなく」
学園のとき以上の笑顔で泊瀬谷先生は電車に乗り込み、ぼくもあとに続く。
横一列のシートは暇そうにぼくらを迎え入れた。
「こっち側に座ると、海が見えるよ」
尻尾を先生と反対の方向に向けて、ぼくは少女のようなオトナのネコの隣に座った。
ただ、ぼくには泊瀬谷先生との座席の隙間を詰める勇気はなかった。そっと文庫本を仕舞う。
休日だからとは言え、乗客が少なすぎる。心配する筋合いはないが、ぼくらの他にいる客といえば小さな子どもを連れた
ヒツジの母子と他数名。ぼくらを乗せて、ゴトゴトと単線を走りながら揺れる電車は、ひと息付こうと次の駅に止まるも、
乗客には動きがなかった。遠慮がちに閉まる扉を見つめる以外に出来ることは、隣で座っている泊瀬谷先生の横顔を一瞥すること。
「気付いてくれたかな。お休みの日だから、思い切ってシャンプー変えてみたんだよ」
頭を垂れる泊瀬谷先生の髪の毛が、開いた扉から吹き込む風で揺れる。クラスの女子たちよりも、瑞々しくも甘い香り。
電車が発車する為に扉が閉まると、泊瀬谷先生の髪の毛の香りは一旦落ち着くが、ぼくの鼻をくすぐる香りは忘れられない。
床下のモーター音が低く唸り、電車がカーブをゆっくりと通過すると、つり革が揃って揺れる。
座ることを遠慮して立っている若いオオカミの男性の尻尾も同じように揺れる。
あんまり電車が張り切るので、ソイツは座席に座っているぼくらの背中を、背もたれ越しに押してくる。
いつしか電車の中に居たヒツジの親子は下車し、オオカミの弾性もいない。気が付くと車両はぼくらだけになっていた。
どのくらい電車は走っていったのだろう。どのくらい人々が乗り降りしたのだろう。
そして、どのくらい隣に座る先生はぼくに何かを話しかけたかったと思ったのだろう。
悔やんでも、悔やんでも、いくら尻尾を膨らませても、電車はぼくらを下車する駅へと運び続ける。
「佳望電をご利用いただきまして、有難うございます……。この電車は……」
ときおり入る車内アナウンスに助けられ沈黙から逃れていると、ぼくらの顔が反射していただけの車窓に海が写り込む。
初夏の海は新しい季節を迎えることに必死で、すっかり春の景色を忘れてしまっているのが非常に印象的な海岸線。
こっちの席に座ってよかった。誰もいないのをいいことに、泊瀬谷先生の手の甲がぼくの手の甲に当たる。
「先生も、この海を見ながら毎日学校に行っていたんだよ」
やっと口を開いた泊瀬谷先生は、ぼくと話すことを避ける素振りを見せていた。
だけど、ぼくは授業のときではない先生の声が、好きだ。
出来ることなら、泊瀬谷先生から「先生」を奪い取ってしまいたい。
「先生」という肩書きを失った泊瀬谷先生は、きっと迷いネコになってしまうんだろう。
しかしぼくは、迷いネコを放っておこうと悪しき考えを浮かべたり、独り占めしてしまおうと思ったりはけっしてしない。
なぜなら、ぼくも迷いイヌ。道に迷ったお巡りさん、迷子の子ネコに聞いても困るだけ。泣いてばかりのお巡りさん。
どうしていいのか分からない。何していいのか分からない。誰に尋ねればいいのか、まったく見当がつかない。
それでも側にいてくれて「これからどうしようかな」とまぬけだけれども、一緒に同じ目線で道を探したい。
教えてもらうんじゃなくって、いっしょに「せんせい」と歩いてみたい。
だけど、誰もこんな感情は分かってくれないんだろう。そんなことは心得てるけど。
車窓近くの立木は物凄いスピードですっとんで行き、遠くに湛える湾の波はゆっくりと流れ、遥か彼方の白い雲はのんびりと浮かんでいた。
ふと、泊瀬谷先生を見てみると、トートバッグをぼくの方ではなく、反対側の肩に掛けているのに気付いた。
泊瀬谷先生の横顔は、授業では余り見せることはない。というより、見せる機会はない。
ぼくが横顔に見入っている間に、先生がぼくの方を向いてしまったらと思うと、言葉にならないほど恥ずかしい。
幸いなことに、泊瀬谷先生は俯き加減で小さな声で話し出した。
「もうすぐ、狗尾に着くね……」
電車の速度が緩むことに比例して、先生と同じ席に座ることができなくなるという、間違った思い。
ブレーキ音が軋みつつ電車が止まる準備を始めると、ぼくは隣で頬を赤らめる小さなオトナの肩が触れた。
電車は間もなく目的地である駅へと到着する兆しをみせる。時間は午前11時半すぎ。
重いモーターの音とはしばしのお別れ。ハンドルを握る運転者が、慌しく運転席の窓を開くと古い設備を操作して扉を開ける。
「狗尾ー、狗尾ー。狗尾高校前ー。電車とホームに隙間がございます。降りる際にはご注意ください」
あっ。
「ぼく、ここで降りますっ」
席を立って扉の前にぼくが立つと、泊瀬谷先生がぼくに隠れるように側に立っていた。
緩いカーブの上に建つホーム。泊瀬谷先生は無邪気に電車とホームの隙間を跳ねる。
そこまでして跳ぶ隙間ではないが、アナウンスに素直な先生の後姿が初々しい。
狗尾駅のホームは、二つに並んだ線路の間に浮かぶ。こせん橋は無く、駅構内の踏切で線路を渡って改札口に向かう古いタイプの駅だった。
駅から伸びる草にまみれた線路は、再び一つにまとまり、知らない遠くの街へと繋がっていた。
ぼくらが乗ってきた電車が駅を出る寸前、構内の踏切が警報音を巻き散らせて、ぼくらの歩みをさえぎる。
「寄り道しちゃった……。いいよね?」
「……はい」
早くここから歩き出したいのに、意図せぬ足止めが泊瀬谷先生を意地悪くくすぐる。
駅から出ると潮風が心地よい、海岸沿いの道に当たる。
見ていて気付いたのだが、泊瀬谷先生は初めてここに来たような感じではない。
すいすいと足取り軽く、目的地である狗尾高へと吸い込まれそうな勢いだった。
パンプスの音がいつもより軽く聞こえる。ぼくは黙って泊瀬谷先生の後を追った。
「先生の住んでいた町もこんな感じだったんだよ」
「そうなんですか」
「うん。懐かしいな……。まだ、あのタバコ屋さんあったんだ」
駅で降りるとき「寄り道しちゃった」と言っていた。暮らしていた町ではないけれど、どこか先生にとっては思い出深い町なのには違いない。
もしかして、これから向かう狗尾高と関係があるのかもしれないが、あまり深い詮索はよろしくない。
休日の昼前。人通りはぼくら以外にいない。
「ヒカルくーん。着いたよ!」
泊瀬谷先生が手を振って居る場所は、狗尾高の正門でも通用門でもない。海岸近くの細い道を歩く。遠くには漁協の建物。
グランドの脇を通る細い路地。確かに狗尾高の側にいるのだが、金網のフェンスがぼくらをさえぎる。
しかし、学園の息吹は予期せぬ来訪者であるぼくらに確かに届いていた。
「本当だ」
「うん。わたしが初めて来たときとちっとも変わってないね」
グラウンドでは、野球部員たちが海風と砂埃にまみれて練習に明け暮れていた。
金網越しに彼らを見ると、本当だ。イヌ、イヌ、イヌ……。
誰も彼もぼくと同じイヌの男子生徒ばかり目に付く。白球追う彼らの姿は、ぼくら「ケモノ」ではなく、野性に返った「獣」のよう。
ただ、尻尾の動きは「ケモノ」のときを忘れていない。純粋に、純粋に、そして純粋に。
本当に愚直とも揶揄できるぐらいに、彼らは一握りのボール目掛けて走っていた。
愚直も過ぎると美しく見える。汚れがない分に本能のまま、競技の魂に導かれる分、混じりけがないスピリッツ。
「烏丸の言っていた通りだ」
狗尾高の野球部員たちは、丁度紅白練習試合をしているところであった。
ぼくはあまりスポーツが得意ではないのだが、そんなぼくにでも彼らの技術は卓越したものだと断定できる。
腕の良い料理人が包丁を裁くよう、炎を手に取るように扱うように、そして最高の一品を創り上げるように。
ピッチャーがボールを投げる。心地よい音を立ててバットに当たる。天高く走り去る球を彼らが尻尾をなびかせ追い駆けて、
魔法のようにグローブに吸い付けると、間髪いれずにファーストに送球する。気持ちがよいほど無駄のないプレイだった。
スポーツに励むというよりも、芸術を創り上げるといった方が、彼らには相応しいのかもしれない。
「……カッコいいね」
「……」
「そうね……。佳望学園の子も頑張ってるんだよね」
無意識に飛び出した泊瀬谷先生の爪が、金網に引っ掛かる。
きょう、狗尾高のグラウンドにやってきたのは他でもない。自分の目で確かめること、それに尽きる。
「あの子」
急に泊瀬谷先生が叫んだので、周りのみんなが驚かないか、ちょっとばかり気になった。爪を引っ込ませた指が一人の少年を差す。
しかし、子どもに戻った泊瀬谷先生は、大人の会話は通用しないほどまでに、背丈が小さく見える錯覚がする。
白い毛並みは生き写し。
大きな尻尾は生き写し。
「目元がすんごく似ているよ」と、泊瀬谷先生が言うものなので、きっと瞳も生き写し。
ただ、違うことは、彼は狗尾高野球部のピッチャーだったのだ。
噂には聞いていたが、びっくりするぐらいに、ぼくに似ている。
ひと球ひと球に魂を込めて、相棒であるキャッチャーに投げると、重い球の音がずしりと響く。
これで最後かと思わんばかりに、彼は息を切らして尻尾を落ち着かせる。尻尾の動きでバッターに悟られたら、
名ピッチャーを名乗れないのは、何となく分かる。冷静に、そして冷徹に。孤独な戦いは慣れているのだろう。
練習とは言え、試合さながらの投球にぼくらはすっかり彼に飲み込まれてしまった。
「よーし!いいぞ!いいぞ!」
仲間からの声援に頷いて答える彼は、一旦呼吸をして投球。そして、ストライク……。
「わー!よーし!あと一人!あと一人だぞ!!そろそろ押さえこんじまえ!!」
「もうそろそろかもね」
「……あ」
泊瀬谷先生の声に、先日の烏丸の声が重なった。
いつの間にか太陽はぼくらを残して、てっぺんに上り詰めていた。
遠くに見える校舎の時計は正午を告げる。いきなりのことだった。
針が合わさると同時に、白球を追っていた生徒たちがいきなり試合をやめて、グランドに整列する。
そして、帽子を脱いで美しい一列を保つ。
「……」
「ごらん。ヒカルくん」
ぼくに似た彼も例外なく列を成し、一同が野球部の帽子を脱いだ刹那のこと、海岸の方からサイレンが響き始める。
「うおぉおーーん!!うおぉーーん!」
「うおぉおーーん!!うおぉーーん!」
「うおぉおーーん!!うおぉーーん!」
サイレンに負けじと、野球部員たちは天高らかに声を上げて、野生の血を沸かせる。
まるで使えし君主から剣を授かったように、彼らは勇気と誇りを尻尾に太陽に向かって吠え続ける。
剣を振り上げる代わりに、遠吠えを。
災いもたらすものを斬り裂く代わりに、己の牙を。
そして、大切なものを守るために、優しい毛並みの尻尾を……。
「まだ残ってたんだぁ、コレ。よかった」
「……そうなんですか」
確か、烏丸は「犬上はんなら分かることがある」と、言っていた。なるほど、彼らの遠吠えを聞いているうちに、
ケモノの血を取り戻す気になってくる。同じように、大地を駆け巡りたくなってくる。イヌだけに分かる不思議な感覚だ。
サイレンが鳴り止む頃には、彼らも遠吠えを止めて帽子を再び被ると、練習試合のポジションへと戻っていった。
無論、ぼくに生き写しである彼も、大きな尻尾を揺らしながらマウンドへと登る。
「狗尾高って言えば、この光景が有名なのよね」
グランドに面する金網にしがみ付きながら、狗尾高のエースを見守る大きな影がある。
見覚えのある、厳つい二人組み。耳に残る荒い言葉遣い。不安がよぎる。
「本物が投げているところ見るけど、やっぱカッケーよな」
「おれもだよ。噂に聞いていたけど、マジで真っ白なわけ?」
「ああ、白いわけ。この間のことは、勘弁してやろうってわけ」
佳望の街で遭って、そして泊瀬谷先生に助けられた(と、なっている)ときの荒くれ二人組み。
彼らはどうやら、狗尾高の生徒らしい。この間は、マウンドに登る彼と見紛って退散したのだが、
やはり彼らも狗尾高で学ぶ若人とあって、ぼくに似た彼を大事にしたいらしい。と、思うことにする。
誰だって、自分の学び舎が恋しいし、愛しい。
「先生の家族が待ってますよ」
ソイツらの影を見るや否や、ぼくはそそくさと泊瀬谷先生の手を引っ張ってその場を後にした。
今思えば、なのだが……。ぼくは、どうして先生の手を引っ張っていったんだろう。
ぼくのような青二才が、大人である先生の手を引っ張って先導をきって歩くなんて、若輩者の思い上がりだ。
泊瀬谷先生の顔を見るのは、今はちょっとできない。ただ、泊瀬谷先生は、ぼくをにっこりと見つめているのだろう。
取り戻したばかりの、ぼくの中のケモノはネコの優しさで消えてしまった。
―――
「先生。怒られに帰ってくるから」
「……」
不思議と泊瀬谷先生の顔は落ち着いていた。
先に泊瀬谷先生が乗る電車が近づき、ホームの踏切が鳴り響く。恐る恐るホームに寄せる電車は、ピタリと扉を泊瀬谷先生の横に合わせた。
ごろごろと扉が開く。ここに来たときのように車両の乗客は皆無。隣の車両には二、三人ほどの静かな時間。
「じゃあ、また学校でね」
ホームの隙間を気にしてぴょんと電車に飛び乗ると同時に、ぼくが乗る佳望ゆきの電車もやって来た。
明日会うんだろ。明日どころか、毎日会うんじゃないか、と当たり前の事実がまかり通らない想い。
発車する電車をお互いに見守りながら、ぼくらはそれぞれの街に帰っていった。
それにしても、おなかがすいた。
電車に揺られ揺られてつり革を眺める。リズムよく揺れるつり革に飽きて、朝読んだっきりの文庫本を開く。
「あ」
開けることのなかった烏丸の手紙が挟まっていた。表には「いざというときに開けなはれ」の一文。その内容を、今初めて知ることになる。
封筒には和紙に筆ペンで書かれた手紙が添えられている。揺れる電車で文字がぶれて見える。
「もしかして、もしかして必要なときには、これを見せなはれ。狼藉を働く不逞な者が近辺に居るらしゅうてな」
大人のような毛筆は、京都訛りの烏丸の言葉が聞こえてきそうであった。
手紙にもう一つ同封されていたのは、小さな紙片。それには印刷された文字が載っていた。一言で言えば名刺だ。
『佳望学園・新聞部部長 烏丸京子』
のほほんとしている割には、抜け目のない烏丸の考えそうなこと。
そりゃ、乱暴を働いて、記事にされちゃ困るだろう。巡り巡って騒ぎになって、狗尾高野球部の迷惑になったらそれこそだ。
それで烏丸はぼくに名刺を持たせたのだった。いや、もしかしてぼくらが狗尾高にいる頃、何処かの木の陰から覗いていたのかもしれない。
そんなに烏丸のことは知らないが、烏丸のやりそうなことだ、と想像できる自分がちょっと照れくさい。
「ウチはこう見えても、佳望学園以外でも顔が通るんでな。狗尾高はんにはお世話になっとります」
「わたくし、新聞部の美作更紗ですっ!野球部のピッチャーさんで、真っ白で尻尾の大きな先輩がいらっしゃるそうで。
もっふもふの尻尾を生かしてどんなコスが見合うかなあ!もっふもふ!!もっふ!」
「美作はん、黙っとき!」
新聞部の二人の会話を思い浮かべながら、街までの電車に揺れられる。午後の太陽を背に浴びながら、ぼくは小さく「わおーん」と呟く。
おしまい。
>>395 はせやん少し積極的になってきてるね。このふたりはいつも楽しみ。
ケモノらしい部分もきっちり入ってるのが素晴らしい
低空飛行しながら撮影って烏丸さんすげーなw
>>406 おおこれはいい雰囲気
まさに田舎のローカル線だ
408 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 17:21:16 ID:4GROGVqz
最近、ヒカルの話ばかりだな。
まあ、面白いんですが!
「なぁ、親父。一つ聞きたいんだけどさ」
ある日の夕飯時、我が家の食卓で家族三人が夕食を取っているその最中。
血の繋がらぬ我が息子、卓がふと何かを思い立った様に質問を投げ掛けてきた。
はて、私に聞きたい事とはなんだろうか? その疑問を表してか小刻みにゆれるわが尻尾。
「親父は遠吠えとかした事あるのかな」
「何故そんな事を?」
「いや、親父は狼だろ? 遠吠えの一つくらいした事あるのかなって?」
「…………」
私は何も答えず、ナイフでなます切りにしたロースカツを口に運ぶ。
ふむ、流石妻――利枝の手製のロースカツだ。街のレストランで出てくる物より数段美味しい。
と、その私の行動を息子は黙秘と取ったのだろう、仕方なくと言った感じで妻に話を振る。
「じゃあ義母さん、親父が遠吠えしたの見た事ある?」
「う〜ん、それが残念ながら結婚してから今の今まで見た事ないのよね……」
「え? 本当かよ? 義母さんまで見た事ないって…何処まで寡黙なんだ親父は?」
「…………」
至極残念そうな妻の答えに少し驚いた卓は、私に向けてやや呆れ混じりに言う。
だが、私は何も答えないし、尻尾も振る事はしない。私にだって答えたくない事や知られたくない事はある。
そう、それが例え目に入れても痛くない息子や、この世のどんな物よりも愛しい我が妻が相手であったとしてもだ。
「そういや義母さん、今日の金曜ロードショーはあの『若頭』の劇場版らしいぜ? クラスの連中が話してた」
「あら、今日放送だったの? 保存用にDVDに録画しなくちゃ」
その後、どうやら卓も聞き出すのを諦めたらしく、
早々に話題をこれから見るテレビ番組の内容に関する物へと切り替えた。
結局、この日のこれ以降、私の遠吠えに関する話題は語られる事はなかったのだった……。
※ ※ ※
時間は移り変わり深夜。かつては草木すらも眠りに付くと言われた丑三つ時。
「…………」
何時も妻と一緒の部屋で寝ている私は今夜、
ある事をする為、起きている事を気取られない様に寝たフリを決めこんでいた。
その寝たフリは今回も上手く行っていたらしく、耳を澄ませて見れば妻から聞こえるのは静かな寝息だけ。
やれやれ、さっき見ていた映画の影響で、今夜は寝てくれるまで大分時間が掛かったが、何とかなりそうである。
「…………」
ベッドの布団の動きで妻を起こさぬ様、私は細心の注意を払いながらそおっとベッドから抜け出る。
その際、妻は軽く身じろぎをした物の、私が抜け出た事に気付かなかったらしく、静かな寝息を立て続けていた。
ふう、少し驚いたじゃないか。これから私のやろうとしている事は、例え家族であろうとも知られては行けないのだ。
今となっては形骸化しつつある物の、一応は我々のコミュニティの間での大切な取り決めである。
「…………」
ベッドから抜け出た私は、足音の一切を立てぬ様に足の肉球に神経を集中させて、ようやく寝室のドアの前に辿りつく。
ここが最初の難関だ。そう、ドアの開け閉めの際に出る金属音は、思った以上に夜の静かな空気に響き渡るのだ。
迂闊にドアの音を立てた所為で折角眠っていた妻を起こしてしまう、という事態は何としても避けたい所である。
「…………」
私はまるで繊細な硝子細工を扱うように、指先の肉球に全神経を集中し、ゆっくりと、そして確実にドアノブを捻る。
やがて指先に確かな感触を感じると同時に、金属同士が擦れあうごく小さな音が響き、閉ざされていた扉が開かれる。
そしてそっと妻の方へ耳を向ける、聞こえてくるのは先ほどと同じ小さな寝息だけ。……如何にか起こさずに済んだか。
無論、ドアを閉める際は開ける時と同様――いや、それ以上に細心の注意を払うのは忘れない。
何せドアの開閉の際、1番大きな音を立てるのはドアを閉めるその時なのだから。
「ふむ」
ドアが完全に閉まったのを指先の感覚で確認し、聞き耳を立てて妻がまだ寝ている事を確認した後、
更に注意深く周囲へと気を配り、その後私はようやく深夜の闇に沈んだ我が家の廊下へと足を踏み出す。
この前、部屋から出るや寝惚けた卓と遭遇した事があったのだ。それを考えれば警戒はするに越した事はない。
ミシリ……ミシリ……
「…………」
警戒心が最大になっている故か、普段は決して気に止める事の無い、床材が軋む音が嫌に耳に触る。
この音が妻や卓に聞こえる事は無いとは私自身分かってはいるが、それでも起こしてしまっていないか気が気では無い。
それは二階へ続く階段も同じ事であり、一段一段昇る度に私は耳を動かし聞き耳を立てて、周囲の変化に気を配る。
そんな私の細心の注意と警戒の甲斐もあって、私の望まぬ事態も起こらぬままなんとか二階へと辿りついた。
「よし」
さてここからが二つ目であり一番の難所だ。
今、私が目指す目的の場所、其処へ辿り着く為には如何しても卓の部屋の前を通る必要があるのだ。
卓は私や妻の様なケモノとは違い、普通の人間である。しかし、その警戒心は少なくとも其処らのケモノ以上と私は見ている。
何せ、部屋の前の廊下を行く際に出る僅かな床材の軋む音でも、卓はしっかりと聞き取り、反応するのだ。
それも私や妻のような良く動き、良く聞こえるケモ耳を有していないにも関わらずである。
「…………」
一階の廊下を行く時以上に細心の注意を払いながら、一歩一歩足取りを進めて行く。
その際、壁越しの卓の動きの一切を聞き逃さぬ様、ケモ耳を目一杯に卓の部屋の方へと傾けた状態で。
余りの緊張の為か、握っている掌の肉球が染み出た汗でじっとりと濡れるのを感じる。
『……うぅん』
「――っ!」
――卓の部屋から聞こえる呻き声、高鳴る私の心臓の鼓動!
だが、それ以上の変化は起こる事無く、再び周囲は静けさを取り戻した。
……やれやれ、全く驚かせてくれる。相変わらず”役目”の日の夜にここを行くのは心臓に悪い。
さて、予定の時間までもう時間はない。ここで悠長にやっていたら間に合わなくなってしまう。
卓の部屋を通り過ぎれば目的の場所まで直ぐ其処だ。後は慎重かつ迅速に行くだけだ。
そう、私は緩みかけた自分の心へ活を入れて、止めていたその足を踏み出したのだった。
※ ※ ※
「間に合った」
十数分後、月光と星の光が注ぐ夜空の下、ようやく目的の場所へ到着した私は、
腕に巻かれた機械式の腕時計の針がまだ予定時刻に差し掛かっていない事に安堵の息を漏らした。
私が目指していた目的の場所、そして同時に今私がいる場所。其処は何て事のない、我が家の屋根の上である。
空に満月が浮かぶこの日、重要な”役目”を与えられた私は如何してもこの場所に行かねばならなかったのだ。
「ふむ」
チキチキと小刻みな音を刻んで動く針を注視しつつ、私は準備を始める
後五分――居住いを整える。
後四分――喉の調子を確かめる。
後三分――深呼吸を行い、呼吸を整える。
後二分――何か忘れた事が無いか最終確認。
後一分――ただ、その時を待つ。
そして、時計に内蔵された小さな鐘によるアラームが、その時が訪れた事を私へ知らせる。
――良し、今だ。
「るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
天を仰ぎ、口を僅かに開き、私は世の全てへ響かせるが如く、低く、長く、腹の奥から搾り出す様に吼える。
それはまるで、『私はここだ! 私はここに居るぞ!』と、空へ向けて自分の存在を誇示する様に。
だがそれは、狼にしか聞こえぬ特殊な音域、他の種族には静かな風の音の様にしか感じられぬだろう。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ふぅ」
肺に溜まった空気を全て使いきり、数分間の間続いた遠吠えを止めた私は一息付ける。
今日は空気が澄んでいるお陰か、遠吠えを止めた後でも私の声は深夜の空気へと余韻を残していた。
やがて、その余韻すらも風に吹かれて消え失せて―――刹那
オォォォォォォォ………
おぉぉぉぉぉぉぉ………
Oooooooooooo………
夜の街の其処彼処から響き渡り始めるは、街中に住まう同族達による返答の遠吠え。
力強い物、甲高い物、か細い物、野太い物、多種多様の違いは在れど、それは等しく狼達による特別な遠吠え。
嘗ては獲物を捕えた事を仲間へ知らせ、同時に自分の縄張りを他の同族へ宣言する為に行われ、
知性を持ち文明を得た今は、狼達による秘密のコミュニティ間での互いの無事と結束を確かめ合う為の儀式として。
この遠吠えは何時の世の満月の空へと響き渡り続けていた。
そして今回、私は佳望の街在住の狼達の秘密のコミュニティにおいて、栄誉ある遠吠え役に選ばれていたのだ。
ここに至るまで妻や卓に気付かれない様に大分神経をすり減らしたが、
今、街中から響く同族の遠吠えを前にしていると、その精神的な疲れも少しだけ癒える様な気がしないでもない。
……まあ、またこんな苦労をするのであれば、もう二度とする気も起きないのだが
そして、街中から響く同族達の遠吠えによる合唱を耳に、私は独り思う。
……恐らく、今後の未来でも、この狼達による秘密の遠吠えは人知れず、満月輝く深夜の空へと響く事だろう、と。
※ ※ ※
「おはよう……」
「あら、卓ちゃん。おはよう。昨日は良く眠れた?」
「ああいや、それがなんか風の音が五月蝿くてな……あんまり良く眠れなかった」
「あらあら、それは大変ね……そう言えば、あの人も昨日は眠れなかったらしくて、まだ部屋で寝ているわ」
「へえ、何時も朝早くから起きてる親父にしちゃ珍しいな……なんかあったのかな?」
「さぁ……? あの人にも人には言えない事情があるのでしょうね?」
「ふぅん……」
「…………」
朝、穏やかな朝日が差し込む寝室にて、
深夜の大仕事を終えた男が独り、その疲れきった身体と精神を休めるべく、ベッドの中で惰眠を貪っていた。
耳すらも動かす事無く静かな寝息を立てる男のその表情は、何処か誇らしげな物だったと言う。
―――――――――――――――――――――了―――――――――――――――――――――
以上です。
わんこさんのSSで遠吠えの事が出ていたので、
こう言うのもあるだろうと思い立ち、書いてみた。
さて、次は佳望学園で話題のある漫画とのコラボじゃー
何時出来るか分からないけどな!
わおー。
遠吠え親父!
>>416 カッケェェェ!! 紅い月が妙にミステリアスで良い感じだ。
そして親父の尻尾のもふもふ感も良い感じだw
親父かっこいいよ、親父!!!
猫族の夜会に狼族の遠吠え、種族毎にこういうのがあると考えると面白いな
>>416 まさに月に吠ゆる
保健委員ちゃんの居るだけっぷり感がたまらないwww
421 :
代理:2010/05/21(金) 04:48:22 ID:EF9b/x5o
蛇と平和
鋼鉄の檻が眼前に広がる。冷たい空気と独特の臭いが立ち込めるが、その前に立つ二人には慣れた空気だ。
突如、檻が轟音を立てる。柵には巨大な手がかけられ、中で唸るそれはもはや知性を感じさせない。
さながら『動物園』とでも言うべき光景だった。
「……先祖帰りだな」
檻の前に立つ者の一人が言った。
もう一人がすぐに返す。
「確認しただけで六人……。本人がこれじゃ事情聴取も出来ない」
「実際はどうだと思う? 久藤」
「本人は単なる生活の一部として犯行に及んだ。最初の事件から日付から考えれば……」
「そうか」
久藤と呼ばれた人間は檻に近づき、スプレーを吹き掛けた。中に居た熊は叫んで、奥へと待避する。
「止めろ久藤。あとで訴えられたら面倒だ」
「ほっとくわけにもいくまい。この怪力じゃ壊されかねない。お前には出来ないしな。薮田?」
「イヤミのつもりか?」
薮田と呼ばれた蛇はするすると檻の前まで行き、久藤と並ぶ。
「……こうなってしまえば、どうにもならないか」
「ああ。おそらく精神病棟にブチこまれるだけだ。治療しようにも本人に理解出来るだけの知性が無くなってる」
「悲しい事だな」
「フン。殺された被害者の前では言えないな。熊が相手じゃほとんどの連中じゃ手に負えない
今回も結局は実弾使って、それでもまだ生きている程だ」
薮田はチロチロと舌を出しながら、中の『野獣』をじっと見つめる。
「私ならこんなマネはしでかさないがな」
「冗談言え。お前ならもっと狡猾にやるだろう?」
「そうだ。もっと上手く、確実に。自分に被害が及ばないようにやるだろう。だから私はやらない」
「警官にあるまじき発言だぞ」
「警察は甘くないと言ったんだ」
「……蛇め」
「それは侮辱のつもりか?」
二人は留置所から外へ出る。
久藤は紙コップのコーヒーを飲みながら、先程の容疑者について思いを馳せる。
何故か防ぎようがない、『先祖帰り』による殺人。
「知性の代償かもな」
薮田は言った。
「どういう意味だ?」
「……いくら知性を得たとて、所詮は我々に根差す本能は消えはしないって事だよ。
だが、知性を得た事によって危機を防ぐ能力は大分衰えた」
「それを進化と言うんじゃないのか」
「さぁな。どちらにせよ、本能は消えない。私もお前もな」
「捻くれてるな」
「そういう種族さ」
二人は車に乗り込み、街へ出る。
仕事は無いほうがいい。何事も無く、皮肉屋の蛇の小言と一緒に街を流す。それだけでい。
久藤はそれを平和と呼んでいた。
「今日は冷えるな」
薮田が言う。
小雨が降っていた。車の屋根を叩く音はさーさーと心地よく車内に響いてくる。
薮田はしっぽの先で器用に缶コーヒーを持ち、久藤の運転する覆面パトカーの助手席に丸まって座っている。
人間である久藤にとっては涼しい程度だが、蛇の薮田には多少堪える気温だった。
「そんな薄着だからだ」
「これ以上着込む必要もない。私にとってはジャマなだけだ」
薮田の来ている蛇用の衣服は薄手だが特別な保温性を有している。蛇の身体特性を失わない程度の柔軟性と、体温の低下を阻止す機構を備えた優れ物だ。
「制服着てた頃が懐かしいか?」
「あんなのはもうゴメンだ。蛇に帽子はいらないさ」
「今よりは暖かいだろう」
「動きにくいだけだ」
なんて事の無い会話だった。今日も、このまま薮田の小言に付き合って一日が終わる。そのはずだった。
二人の乗る車は墓地の辺りを通る。雨は既に霧となり、雰囲気はB級ホラー映画のようだった。
警察署から市街へと向かう近道として、彼らはよくここを通る。昨日は徹夜で仕事に追われていた二人はさっさと家に帰ろうと、この道を選んだのだ。
時刻は、朝の五時半をちょうど回った頃だった。
「なんだあいつら?」
久藤は霧の奥の人影に気づく。車を止め目を懲らすと、猪と体格のいい虎が何やら話し込んでいる。
「こんな時間に墓参りするか?」
「さぁな。私ならやりかねないが……。墓参りの雰囲気でもないな。墓を見ていない」
「よし、行こう」
「また徹夜かもな」
二人は車を近づけ、素早く横付けにする。車を降りながら警察署手帳を見せつけ、職務質問だと告げた。
「ここで何してる?」
久藤の質問に猪はありきたりな答を返す。
「墓参りだよ。今しか時間が無かったんだ」
「花も持たずにか? 墓参りならなぜ道路の脇で話し込む?」
「たまたまだよ。もう終わったし帰る所だ。」
やはりと思う。
猪の解答は筋が通っている。あらかじめ用意された解答のように。
「持ち物検査を行う。協力してくれ」
「持ち物検査? 冗談じゃねぇ。俺が何したってんだ」
「さぁね。それを今から調べるんだ」
猪は明らかにうろたえている。普通なら怪しまれれば身の潔白を正銘しようと協力的になるか、より攻撃的になる。それならば最初の段階で取り付く島も無いはずだ。
持っている。
久藤の勘はそう言っている。
「拒否するなら公務執行妨害だ。どうする?」
「ふざけんじゃねぇよ! 俺が何かしたかよ!!」
「うろたえすぎだ。観念して指示にした――!」
突如、横に居た虎が久藤を突き飛ばす。
体格差が有りすぎた為か久藤は紙屑のように飛ばされ、派手に尻餅を付いた。
「ううううううぅうう………」
虎の声はもはや言葉となっていない。憎しみを込めて唸っているだけだった。
「やりやがって……!」
久藤はなんとか立ち上がり、目線で虎を追う。それを見ていた猪は虎とは反対の方へ逃げだそうと走りだす。
待て! そう言おうとした矢先、猪の膝に鞭のような物で一撃が加えられた。薮田だ。
たっぷりとしなりを効かせたしっぽの一撃は並の威力ではない。
猪は情けない声を上げて転倒し、薮田はそれに瞬時に絡みつく。
「うご………! 放せ! 放しやがれ!」
「喚くな猪風情が。このまま締め上げて殺す事も出来るぞ。全身の骨を砕いてな」
薮田は感情の無い目で言う。ただの脅し文句だが、暴れる犯人を震え上がらせるには十分だ。
「久藤! 逃げた虎を追え。コイツは私に任せろ」
「わかった。すぐ戻る」
久藤は懐から拳銃を取り出す。相手は虎。それも錯乱している可能性がある。嫌な予感が頭を過ぎっていた。
スライドを引いてチャンバーに弾薬を送り込み、安全装置を外す。
「朝から撃ちたくねぇけどな」
走りながら愚痴を言うが、誰も聞いてはくれない。
虎はフラフラと歩いたり走ったりを繰り返し、半地下の納骨堂の前につく。
ちょっとしたレンガ造りのトンネルに入り、壁に寄り添いうなり声を上げていた。
「警察だ! 止まれ!」
銃を構えお決まりの事を言う。
映画ではこれで止まる者などいないが、実際はこれ以上の脅しは無い。ほとんどの連中は大人しく従う。
一方虎は、壁に頭をズリズリと擦りながら声を上げ続けている。
「警察だ! こっちを向いて止まれ!」
もう一度怒鳴る。虎の耳にも届いたのか、ゆっくりと久藤の方を向いてくる。
その顔は既に感情に飲まれている。
目は血走り、口からはよだれがだらだらとこぼれ、野獣のような唸り声を漏らす。
「両手を頭の後ろに置いて地面に伏せるんだ! 今すぐ!」
虎は一歩前に出る。指示に従う様子は無い。その視線からは明確な敵意が伝わってくる。
「指示に従わなければ発砲する! もう一度言うぞ! 止ま――」
久藤が言い切る前に虎が飛び掛かる。
猫科特有の瞬発力を用い、その巨体が久藤の上にのしかかる。
上を取られた久藤はあえなく下敷きになる。
「うううう………。うあアアッァァァアア………!!!」
もはや声とは呼べない。錯乱した虎は爪を久藤の身体に食い込ませようと何度も爪を立てるが、下に着込んだボディアーマーが邪魔をする。
うまく行かないとみるや、今度はその長い牙で喉元に噛み付こうと大口を空け顔を近づけてくる。
「舐めやがって……!」
久藤は銃を握ったまま鉄槌を虎の顔面に打ち込む。グリップの底が虎の牙に当たり、久藤は確かな手応えを感じた。虎が叫ぶと同時に、今度は耳の下の急所にも同じ攻撃を加える。
虎が一瞬怯んだ隙を見て久藤はそこから脱出し、距離をとって再び銃口を向ける。
「うううううううううううう…………!!!」
虎はまだ敵意を表す唸り声を上げていた。
口からは血が流れている。最初の一撃で牙が折れていたのだ。
「今度こそ止まれ。次は警告無しだぞ」
その言葉は届かないだろう。事実、虎はまた久藤ににじり寄るってくる。
そして、霧のかかった朝の墓地に銃声が二回、連続して響いた。
※ ※ ※
「虎からLSDが検出されたわ」
「そうか。あの猪野郎も持っていた。奴が売人だな」
薮田は警察署で鑑識の女性警官と話をしていた。
彼女は久藤が射殺した虎の鑑識を行い、薮田の指示で行った薬物検査の結果を告げに来たのだ。
シロサギの彼女の羽は幾分かバサバサになっている。彼女もまた署内での缶詰業務に追われていた。
「忙しい所悪かった。邪魔をしてしまったな」
「いいわ。これも仕事よ。久藤さんは?」
「医務室だ。LSDでパニックになった虎と立ち回ったんだ。無傷のはずが無い」
「そう。遺体を確認した皆が驚いてるわよ。……凄い射撃の腕だって」
「心臓に二発か。基本に忠実だ」
「知ってたの?」
「銃声は二回だった。それは久藤が射殺すると決めて撃った時だ」
薮田はするりと椅子から降り、その場から立ち去ろうとする。あまりに素っ気ない態度。
しかしそれが薮田だ。蛇そのものの生き方。
「どちらへ薮田刑事?」
「取り調べさ。あの猪を締め上げてどこからLSDを持ち込んだのか吐かせる」
「あなたが言うと冗談に聞こえないわね」
「冗談をいうタチじゃないさ。しかし……」
「しかし……。何?」
「この街で薬物犯罪が無かった訳じゃない。だがLSDが出て来たのはここ最近だ。それまではコークが主流だった」
「売人が乗り換えたんじゃないの?」
「違うな。コカインを転がし続けた連中がそうそう他のに手を出すはずがない。それにLSDは競合する薬物になる。
そうなればコカインの売上も落ちる」
「どういう事?」
「商売敵がこの街に来たって事さ」
薮田の推測が当たっているかは解らない。だがそんな事は当の薮田には関心は無い。
「あとは麻取と麻薬科の仕事だ」
薮田はそれだけ言った。彼は彼の仕事をするだけだ。
己の職務をまず第一に全力で行う。それが薮田の信念だった。
彼はそのまま、医務室に居る相棒を迎えに行く。そしてそのまま、持ち前の狡猾さで取り調べを行うだろう。
↑の作品はwHsYL8cZCc氏の作品です
新シリーズキタ
誰か俺に文章ボリュームアップさせる力を授けてくれ!
吹奏楽部ネタで一つ。また生徒増えてしまうけど……。
もうすでに五月だというのに、肌寒い雨が降り続いている。
職員室で帆崎がふと気づいて時計に目をやると、すでに七時に近い時刻を示していた。
中間試験の問題用紙の作成はまだ、それほど捗ってはいない。
今日はあまり調子良く仕事に手が着かなかった。
雨が気持ちまでゆっくりとこそげ落としているのか、とさえ思ってしまう。
こんな日には早いところ家に帰ってルルの手料理を食べて暖まりたいところであるが……。
「帆崎先生はまだ帰られないのですか?」
そんな帆崎の内心を察したのか、横から声がした。
見ると百武がきんつばと一緒に緑茶を注いだ湯呑みを置いているところだった。
彼女もまた、雲に覆われてしまって星空が眺められず、不満そうであった。
いつもの笑顔が心なしか少し頼りない。
「ああ、ありがとうございます、そら先生。今日はルルが母の日の準備で忙しいらしくてですね。
晩飯代渡されたんで、アーネットとどこかに飲みに行こうかと思っていたところです」
湯呑みを手に取ると指先から温もりが伝わり、業務に追われ堅くなった体を解してくれるようであった。
ずう、と音を立てて緑茶を啜る。渋さが舌先に広がる。
帆崎の横顔はどこか寂しさを漂わせており、それを見た百武はなんとか元気を出して欲しいと、和菓子と茶を差し入れた次第である。
「そういえば先生の奥さんは花屋で働いてらっしゃるんでしたっけ」
「ええ。今がまさに書き入れ時というわけです。
あ、ではきんつば、ありがとうございます。いただきます」
帆崎がきんつばにくろもじを刺した時だった。
にわかに辺りが騒がしくなり、職員室のドアを勢いよく開けながらヨハンが飛び込んでくる。
髪型もシャツも著しく乱れており、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
帆崎が理由を尋ねる間も与えずに、
「ほほほ帆崎君!理由はあとで説明する!僕を匿ってくれ!早く!」
とまくし立てた。
また女性関係で何かやらかしたか、と訝しがりながらも、帆崎と百武は机の下にヨハンを押し込んだ。
ヘアスタイルが、だとか僕の美しい躰が、とか喚いてたので口の中に無理矢理きんつばを押し込んだら静かになった。
それから数分後のことだ。
職員室の扉をノックする音と失礼します、という言葉と同時に二人の生徒が顔を出した。
一人はよく手入れされているであろう銀色の毛並みとショートヘアの髪の毛に、赤いヘアピンを付けた凛々しい顔立ちの虎人。
もう一人は橙色と口元の白い毛並みをした、肩程まである髪を二つに分けて編み込んである、
いかにも近頃の女子高生、という感じの猫人だった。
虎の方はそこまで背が高い方ではないのだが、猫がやや小さめの体型なので、体格差のあるでこぼこした二人組に見えた。
「すみません、ヨハン先生はこちらへおいでではありませんか?」
虎人が尋ねる。
帆崎と百武は二人で見合わせ、先ほどの騒ぎを思い返しながら二人で首を横に振った。
当の本人は足下でがたがたと震えながら縮こまっている。
「すみません、ありがとうございます。うーん、どこへ行ったのかしら……」
「じゃあさ、じゃあさ、屋上とか行ってないかなぁ。ヨハン先生あそこで一人自分の美しさに酔ってそうだし」
「馬鹿ねぇ、今日は雨よ?自慢の髪の毛が荒れてしまうようなこと、するわけないでしょ」
「馬鹿っていうなあ、馬鹿って!」
二人がやりとりするのをみて、帆崎が聞く。
「あの、ごめん。二人はいったい……?」
それを受けて二人はふと我に返り、
「すみませんでした。私たちは吹奏楽部の部員で」
「ヨハン先生を探しているんです!」
交互に答えた。事前に打ち合わせでもしたのか、と思ってしまうほどに息が合っている。
「ここにも居ないとなると、どうしましょうねぇ、めだか」
めだかと呼ばれた少女はため息をつきながら、
「ここにも居ないんだったら、今日はもうあきらめるしかないかも……」
生徒二人ががっくりと肩を落とすので、なんとかフォローしようと帆崎が尋ねる。
「ところで、アーネットが一体何を?」
問に、めだかが答える。
「近々地区予選があるので、ヨハン先生と居残りで特訓するって約束したんですけど」
地区予選と聞いて帆崎と百武は顔色を変えた。
彼一人の個人的な事情で大会をフイにするわけにはいかない。
「大会がかかっているとは大変だ」
「ほら、ヨハン先生はこちらにいるからどうぞ持っていって!」
二人で帆崎の机の下に潜り込んでいるヨハンを無理矢理ほじくり出す。
悲痛な叫びを上げながらヨハンが暴れる。
「帆崎君!裏切ったな!許さないぞ!そら先生はかわいいから許しますけど!」
「ヨハン先生そんなところにいたんですか!恵ちゃん、連行して!」
「了解」
めだかの指示で恵と呼ばれた虎人はどこから取り出したのか、荒縄でヨハンを縛り上げる。
瞬きする暇も与えない程に、あっと言う間だった。匠の技と言うほかない。
「さあ、ヨハン先生」
「アタシたちと一緒に」
「「お楽しみのトレーニングをしましょうねぇ……!」」
「ひぃっ……!」
二人の有無を言わせない迫力に、ヨハンは息を呑む。
「いやだぁ!僕にはそんな趣味はないぞ!帆崎君!覚えていたまえ」
ヨハンは芋虫のように丸められ、ずるずると引きずられていった。
三人が去ってしまうと、職員室には元の静けさが戻った。
入れ直した緑茶を啜りながら、帆崎と百武は一息つく。
「すごいですね、吹奏楽部の方って……」
「まあ、部員の半分はヤツのファンでもあるので……」
帆崎が晩飯をどうしようか、と考えながらぼやく。
「そのおかげで我が校の吹奏楽部の結束力は他でも類をみない程強いものになっているんですがね」
「いや、でも、私、思いもしなかったです。まさかヨハン先生のファンに……」
百武が気の毒そうに呟く。
「オカマの方がいただなんて……」
そのとき、帆崎は音楽室の方向から悲鳴が聞こえるのを確かに聞いた。
それを聞いて、こう決めた。気長に待ってから、詫びついでに晩飯でも奢ろう、と。
おわり
ついでに新キャラちゃんの名前。
元ネタはのだめカンタービレ。
芽田奏(めだ かなで) 猫人♀
通称めだか。吹奏楽部所属。
ヨハン先生ファンクラブの一員。
若さ弾ける乙女。
桜沢恵(桜沢 めぐみ) 虎人♂
オカマちゃん。吹奏楽部所属。
同じくヨハン先生ファンクラブの一員。
ちょっとだけガタイがいいのを気にしている。
ホモではなく、あくまでオカマである。
ヨハン先生ファンクラブ!
440 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 20:45:23 ID:P100amU8
校長…
規制解除☆されるかな?
ソフバン携帯解除来ました!
校長www
>>409-413から続いて読むと、一層楽しめます。というか、楽しんでってね!!
池上センセとりんごたんをお借りします。
××××××××××××××××××
欲しいものは、手に入りましたか。きっと手には入らないでしょう。
ウサギたちは鉄(くろがね)の剣を望み、オオカミたちは硝子の盾を望む。
決して手に入らないと分かっていても。
硝子の盾は鉄の剣に打ち砕かれて、破片は剣を握る手に突き刺さる。
きっと手には入らないでしょう。きっと手には入らないでしょう。
××××××××××××××××××
「夏だぁ!!」
中間テストも今日で終わり、午後からは自由な時間。更に衣替えの時期が存在するのは、本当に幸せだ。
初夏から夏への入り口。制服が変わる。街が変わる。空の色も変わる。そしてわたしたちも変わる。
学校から帰り、青空の似合う私服に着替えたわたしはテスト勉強の為にぐっと我慢をしていた鬱積を解き放つべく、
街のショッピングモールへと向かった。雨上がりの歩道は真新しいストラップパンプスの音を軽快に鳴らし、
温かかった日差しをぶん取った冷たい風がワンピースを揺らす。衣替えの季節があって本当によかった。
「今からは『真面目のまー子』はさよならして、一羽の自由なウサギだよ!わたしの耳で羽ばたいてやる!!」
愛用しているメタルのメガネはここからお留守番。帰ってくるまで、しばしのお別れなのだ。
使い捨てのコンタクトから広がる我が街を眺めると、ちょっとした開放感に小さな体は躍らせられる。
いつもの無造作ボブショートは店じまい。開放感溢れる外はねにしてみた。欲しいものがウンとあるから、
きょうの格好も気合を入れに入れているんですよ。待ってなさいよ、新刊マンガにラノベどもよ。
お目当ての書店が入居するショッピングモールへと足を向け、知った顔が見当たらないことを確認する。
ここで『風紀委員長・因幡リオ』だと馬脚を現すようなことがあったら、もうこの書店には行かないよ!
古浜海岸駅の古い駅舎が視界に入ると、お目当てのショッピングモールはもうすぐ。
目当ての書店は込んでいた。入り口は「夏の新刊フェア」と銘打って、売れ筋の本が平積みされていた。
「あ……。『片耳のジョン』の新刊が並んでる。『月夜の兎達―Cry for the moon』かぁ」
わたしの好きな推理小説シリーズもの。新刊がこのようなかたちで並んでいるのを見ると、やはりいちファンとしては嬉しい。
表紙の絵師も神がかったレベルの仕事を今回もしてくれているし、作者の池上祐一先生の名前も誇らしく見える。
ただ、いちファンとして出来るのは、本を買ってネットで広めることなので、わたしもがんばらなきゃ。
それはそうと、きょうの店頭のディスプレイは本当に才能の無駄遣いの領域に一歩立ち入っているのではないかと思う。
これらは書店の店員が頭を捻って創り上げ、おまけにコンテストまであるというからそりゃもう力の入れ方が違うのも当然。
著者の写真を切り抜いた見出し、美しいサインペンで飾られたポップ、ヘタクソながら描いた人気キャラのイラスト。
それに惹かれてかどうかは別として、平日の昼間というのに結構多くのお客が書店に詰めかけていた。
わたしのように、放課後の買い物を楽しむ学生に忙しい家事を一息ついた若奥さま。それに、上司の鎖から逃れたサラリーマン。
その中の一人にまぎれつつ、そして『因幡リオ』ということを隠しながら進む先はもちろん……コミックコーナーですの!が、しかし。
「ひどい。この本集めようと思ったのに、2巻からしかないよ!」
きっと、誰かが1巻だけ買ったのだろう。せめて書店は1巻を何冊か置いておく努力をして欲しいな、と勝手なクレーム。
店頭に力を入れるぐらいなら、わたしのような隙間的ファン層の耳を掴んでこそがプロの書店員だろ。と勝手な嘆き。
まあ、わたしって……そう。あまりにもマンガやアニメに熱を入れすぎた余り、大っぴらに人さまに趣味を言えなくなった子ですからね。
マンガコーナーで埋もれた一冊を物色していると、わたしの後ろで聞き捨てならん話をしている女子がいた。
話の内容を聞きかじると、どうやらわたしと同志の者だ。お互い何者かは知らなくても、いやでもわたしの長い耳に飛んでくる。
わたしの好きなアニメのキャラやニ○動について、きゃっきゃと語り合っているところらしい。
出来れば、他の場所で出会いたかった。例えば、電脳の回線の上なんかがお誂えだろう。名前を隠した付き合いなんぞぴったりだ。
ロリっ子の愛おしさを語りたい!ボカロの素晴らしさを伝えたい!全ての萌えに乾杯したい!
話の内容は共感できるのに、出会った場所が最悪だったという神々のイタズラ。ああ!何でもいいから噛み付きたいよ!
彼女らの一言一言の破片を拾い上げ、地道に積み上げると、どこかで見たようないつも見ているような硝子の山になる。
硝子の破片は鋭利な角を持つから、ずきりとわたしの指に突き刺さる。真っ白な毛並みを染める紅のものは、
自分を省みるために顔を見せるということだけにしては、あまりにもいささか刺激が強すぎる。
その場にいるのはつらすぎるので、そそくさと人の隙間を縫うようにわたしは隣の本棚に移動することにした、
がその場に居合わせた、一人きりの少女のことが気になる。一人きりの子が気になるというのは、どうも『委員長病』と言う一種の職業病らしい。
メガネを外しても、趣味に没頭したいときにも発病するこの病は、どうにもならないし諦めもしている。
ラノベの棚をじっと見つめる一人のオオカミの少女。セーラー服というところから見て、わたしの学校の生徒ではない。
どこかで見たような気もしない、そして古臭さもなく、時代に媚びるようなデザインでもないおしゃれな制服だった。
歳は中学生ぐらいか、同じように中間テストが終わって、これから妄想の世界へと逃避しようと表紙のイラストに惑わされている場面か。
両手でしっかりとカバンときれいな洋品店の紙袋を携えて、買い物を楽しんでいるのだろうが、それにしてはいささか表情は硬い。
「あ……、あの子」
一冊の平積みの本を手に取り、じろじろと表紙のイラストとにらめっこ。オオカミなのにびくつく姿は萌えの領域。
買うのか買わないのか決めたいところだが、中学生ぐらいなら財布の中身の高が知れている。
そこで思考を止めては、人の上に建つものとしては考えとして浅はか。わたしは委員長。
他校の子といえども、深く考えのうちを察しなければならない。
(本棚に不自然に近づきすぎる!)
周りの目を盗んで、手にした本を片方の手にぶら下げた紙袋にすっと落としそうになった瞬間のこと。
どうして?どうして?ああいうことを言ってしまったのだろう。思考より行動の方が先に出る悪い癖!
「ルミ子でしょ?ルミ子じゃない!!」
「えぇ?……え」
「こんなところで出会うなんて、珍しいよ!久しぶりだから、ちょっと話そうよ」
ばさりと彼女が手にした本が、書店の床に舞い落ちたことに気付かなかった。
たった今『ルミ子』と名付けたオオカミの少女の手を引いて書店の外へ出て行った。一冊の本を床に残したまま。
―――「どうして、あんなことしようとしたの?」
いけない。慣れというものは悔しいけど、体が覚えてしまっているもの。風紀を乱すものは、学園でも書店でも許せなかったのだ。
このときだけは『風紀委員長』を忘れるはずだったのに!リオのバカバカ!でも、見てみぬ振りっていけないからなあ。
書店の外に彼女を連れ出すと、彼女のオオカミの牙が弱々しく見えた。噛まれても、痛くないかもしれない。
ショッピングモールの噴水を見ながら、見知らぬ女子学生を本気で心配するわたしは、本当にお人よしだ。
彼女の制服が泣いている。
幸い彼女を咎人として貶める前に救いあげられたものの、このあとどうしていいのか正直よく分からない。
よくよく見ると、彼女が着ているのは弟が通う天秤町学園の制服だった。わたしの通う佳望学園と並んで、この街に古くから建つ天秤町学園は、
厳しい校風と伝統でわたしたちの間では有名なのだが、そこの子とこういう形で話をするなんて予想にもしなかった。
「悪いことしたから……、親にも学校にも言ってください」
「やってないから、誰にも言わないよ」
「……ごめんなさい。もうしません」
わたしに謝まれても扱いかねる。しかし、彼女は真剣そのもの。
正直、わたしとこの子はなんの利害関係もないただの行きすがりだ。それでも、わたしは衝動を止められなかった。
彼女曰く、ほんのチョット非日常の衝撃を得たかったとのこと。学校での毎日に、なんとも言えない『ふわふわ』を感じ、
ついついいけないと思いつつ『わるい子』への一歩へと手を染めかけたというのだ。
「本が好きなら、作者さまに敬意を込めて!」と、彼女と共に誓うと、オオカミの少女は深々とわたしにお辞儀をして、その場で別れた。
このあと、わたしがこの事件を吹っ切る為に、頃合を見計らって予定以上の買い物をしてしまったのは仕方がない。
いいもん、いいもん。どうせ……いつかは買うんだもん! 今買っても、今度買っても同じだもん!知らない!ポイ!
―――バッグに『萌え』を詰め込んで、財布を今月も空にして、真面目に廻る街の中、不真面目なわたしははちきれそうな小さな胸を
自信過剰に押さえつつ、わたしの愛でるキャラたちと自宅で堂々と出会うことを楽しみに「むっはー」と息巻く。
今日の収穫は大満足。いつもは時間だけ過ぎるのが退屈な電停も、このときだけはちょっと心躍るかも。
遠くから小さな鉄の車の固まりが見え、徐々にわたしの方へと近づいた。車輪を軋ませ、わたしの脇を滑るように電停に入る市電。
完全に停止したと同時にふわりと市電が拭かせた風が、わたしの毛並みの隙間を走ると扉が開き、車内の乗客があたふたしていた。
降りる客が降りてしまい、いざ市電に乗り込むと、友人のクラスメイトであるウサギの星野りんごに出会った。
出会ったと言うより、りんごから姿を見破られた。と言う方が正しい。幸い、書店で出会わなかったことにほっとする。
「髪型変えてみたの?」と。りんごが聞くので、恥ずかしながらわたしは「うん」とだけ返事を返す。
彼女は公設市場で買い物をした帰りのようで、一杯に新鮮な野菜、魚介類を詰め込んだエコバックをぶら下げていた。
りんごの目は本物だけを追求しニセモノを見逃さない、鍛え上げられたものだ。そりゃ、わたしの姿も見破るだろうしね……。
きっといいお嫁さんになるに違いない。と、余計な妄想を友人で描いているとりんごは堰を切ったように話し始める。
「リオちゃん、聞いてくれる?お父さんよりも料理の上手な男子がいるなんて!!」
星野りんごの憤慨にも似た呟き。共にウサギであるわたしたちは立っているだけでも目立つので、りんごを落ち着かせようとあめちゃんを渡す。
友人の星野りんごの家は料理店だ。シェフを父に持つりんごは、いつも父の背中を見て育ってきた。シェフを父に持つりんごは、
いつも父の作る料理を楽しみにしており、そして最高のものだと信じていた。そこに学園きってのお菓子男子、堀添と封土(ほうど)だ。
立派な毛並みを持つ彼らは、立派な洋犬の男子。気は優しくてお菓子好き。そして、ちょっとイケメンなのが『玉にキズ』。
いやいや、そういう方が何となく世の中に対して釣りあっていると思うのだ。決して言い間違いではないぞ。
父親を一人の男子として見てきた一人っ子のりんごが、同級生の堀添・封土に噛み付くことに無理はない。
「お菓子作りには、人生の深さが必要なんです!」
「そうなの?お菓子って」
「世の中の富や名誉と何もかも手に入れて、贅沢の粋を極めた尊き人たち。彼らの舌を唸らせるのは、他でもない一切れのお菓子なの!
道楽だけで世の中を過ごす貴族たちを満足させる甘味!それを青二才の若人が簡単に創り上げてたまるもんか!」
「ふえぇ。りんごちゃん……落ち着いて」
「全てを手に入れた者だからこそ味わえるのが、そう!お菓子なんです!」
炎立つりんごの瞳は、夏の太陽よりも熱い。車内のクーラーも効いていないかのようにも感じる。
りんごの声に耳をぴくりと動かして、ぽつんと一人の中年オオカミが腕組みをして車両前方に座っていた。
ゆるやかな尻尾捌きは大人の貫禄。研ぎ澄まされた耳が他の乗客を寄せ付けらぬほど精悍だ。野性味溢れるオオカミは名に恥じない。
その姿を見るやいなやりんごは今までの熱き料理人魂を忘れ、一介の恋する乙女に様変わりしていた。
「見て見て、リオちゃん!カッコイイよね!」
庶民的な車内に不釣合いともいえる彼は、何か哲学的なことを深く考えているようにわたしたちの目に映る。
同級生たちがハナタレに見えてくるとは、口にはしない。わたしとりんごはオオカミに気付かれぬようこそこそ話。
「やっぱりカッコイイよね」
「う、うん」
「わたし、あんな人の為なら頑張ってワッフル作っちゃうね!渋ーいオジサマと甘ーいお菓子のめぐり合いは最高だね」
先ほどまでと違うりんごの息巻きぶりに、わたしは簡単に相槌を打つだけ。りんごの胸騒ぎが伝わったのか、
中年オオカミは尻尾と耳をピンと張り上げわたしたちの方を睨む。「ごめんなさい」と小声で小さくなるりんごは悔しいけど可愛い。
お互い食材たっぷりのエコバッグとマンガに設定画集満載な書店の袋をコツコツとぶつけながら、市電は走り続けわたしたちを運ぶ。
そう言えば、どこかで見たような。今さっき見たような。記憶の糸を辿りながら、中年のオオカミの手元を見つめるが、思い出せない。
それでもくるりと耳を回す余裕さえ感じられるオオカミは、わたしたちを無視するように深い考えの世界に入り込む。
残酷にも市電はわたしの家の近くの電停に止まり、りんごと目の前の中年オオカミと別れることになったのだ。
でも、どっかで見たんだよね。
―――帰宅してわたしが自宅の居間に上がると、弟のマオがソファーの上でだらけていた。
ウサギたちは、暇さえあると高いところにだらりと足を伸ばして休んでいることが多い。
しかし、わたしにはマオのだらけた姿が、市電の中で見かけたオオカミの中年男性と比べて余りにも弟とは言え、だらしなく見えるのだ。
「まだ夕方よ」と諭すと「もう夕方じゃん」と反論するマオ。ソファーのくぼみが丁度ウサギ穴とお誂えで気持ちがいいらしい。
「きょうは塾がないんだから、好きにさせてくれよ。今日の体育疲れたぁ」
マオの言葉を無視したいから、テレビをつけて安眠を妨害。大きな画面には、ドラマの再放送なのか
オオカミの俳優が咥えタバコをしているシーンが映った。画面に見入るわたしは、ぎゅっと紙袋を握り締める。
「テレビ消していい?」
「だめ」
「姉ちゃんも知ってるだろ。オレ、オオカミ苦手なんだよ」
以前、オオカミの子に嫌な思いをしたらしいマオは、妙にオオカミを毛嫌いする。
ちょっとふざけてられて尻尾を噛まれただけなのに、オトコノコとしてはだらしないぞ。
「オオカミの牙を見てると尻尾が痛くなるよ」
ブツクサと文句を垂れる弟は、わたしからリコモンを奪取すると強制的に画面を別のチャンネルに切り替えた。
いくら地デジが進もうとも、チャンネル権の争奪戦はアナログな戦いが続くのだろう。関係ないか。
マオが適当に切り替えた別のチャンネルでは「今夜は綺麗な満月を見ることができるでしょう」と、夕方のアナウンサーの笑顔が突き刺さる。
―――中間テストも終わったこと。髪型も戻し、メガネをかけて、思う存分誰にも邪魔されることなく、今日買ってきた本に没頭する。
まずは、今日買ってきたコミックを書店の紙袋から取り出す簡単なお仕事。分かっているけど、本のタイトルが袋から透けて見えるのがチョット嬉しい。
袋から取り出した新刊を手にする。ビニール袋に包まれた買ったばかりの本の手触り。インクの若い香り。凝った装丁。
ゆっくりとビニール袋に筋を入れて、中身を取り出すと上等な紙を使っているのか、カバーの感触が心地よい。
「くんくん……」
新古書と違って、出来立てのコミック本は何もかもが生まれたときのままでわたしたちの手に入る。それを独り占めできる幸せ。
新刊を手に入れたときのもう一つのお楽しみは、カバーを開いた後にある。おお、おまけの四コマとは作者も力を入れているな。
では、ちょっと失礼して……。
―――今回も収穫ざかり。読後のすうっと頭に吹き抜ける風が心地よい。
ふと時計を見ると草木も眠る丑三つ時。しかし、後悔のない時間を過ごしたのは言うまでもなきこと。
本というものはわたしたちの時間を容赦なく奪う。しかし、キチンと自分のことをわきまえているのか、
奪った分だけわたしたちにシアワセをお裾分けしてくれるのだから、何ともういヤツだ。近こう寄れ、近こう寄れ。
静かにふける夜の空。紙面の世界から戻ってきた証に、一筋の声がわたしの耳に入ってきた。
「わおーーーん」
「わおーーーーーん」
窓から聞こえてくる、孤独な咆哮。
冷たい月光に照らされて、なお孤独さが増して聞こえる満月の夜。つきではウサギがオオカミの遠吠えをのほほんと聞き流す。
満月の夜のたびに、街ではオオカミたちの遠吠えが漆黒の闇を切り裂くのだ。彼らのコミュニケーションの名残といっても差し支えない。
もしかして、午後に出会った『ルミ子』も同じように月に叫んでいるのかもしれない。帰りの市電で出会った、
中年のオオカミもきっと同じように声を伸ばしているのだろうか。そんな彼らが羨ましい。
月(ルナ)は狂気だ。『ルナティック』な月明かりは、わたしたちケモノを狂わせるというのにオオカミたちは勇ましい。
もしかして、彼らは月に対して己の力を誇示して「わおーーーん」と、牙を剥いているのかもしれない。
わたしのような地を這うウサギには分からない。ウサギは月に媚びへつらって、ご機嫌取りに餅を突いて差し上げることしか出来ない意気地なし。
「あ……。思い出した」
昼間、市電の中で出会った中年のオオカミ。その人こそ『片耳のジョン』シリーズ作者の池上祐一先生ではなかろうか。
グーグル先生の画像検索でちょっとはお目にかかったような気がしていたはず。わたしたちの街に住んでいると知っていたが、
まさか間近に出会うとは思わなかった。「むっはーーー!?サイン貰っとけばよかったぁ」と思ったけれど、先生の休日は奪えません……。
今回の新作のサブタイトル『Cry for the moon(月に吠える)』という成句はオオカミよりもわたしたちウサギの方が相応しいのではないのかと思う。
だって、意味は「手に入れられないものを望むこと」だから、臆病風に吹かれるウサギのための言葉かもしれない。
いや。オオカミたちもきっと、未だに手にしていない力を求めてわたしたちを惑わす月に向かって、ちょっとした反逆を試みているのだろう。
力も牙も何もかも手に入れて、ケモノの王者たるオオカミでさえも、手に入れなれないものがある、
と思うとわたしは彼らのことがちょっと可愛らしく思えた。
おしまい。
久しぶりに投下したあ!
今度はもっとリオと池上センセのシーンを書きたいお……。
投下おしまい。
まさかのニアミス! これでフラグは立ったぞ! 色々な意味で。
にしても、りんごの料理に対する情熱には少しワロタw
おおお、投下キタ!
リオは相変わらずオタクやなあ
わんこ氏の地の文はマジで創発屈指の完成度
リオは本当にいい子やなあ
>>455 惣一「そいつはまだ試作のMk-Uだから仕方ね―ぜ、
このMk−2から得たデータを元に現在、製作中のMk-Vは浅井カーMkTと同じ見た目乗り心地になる予定だ。
そして更に高性能になってスタイリッシュな外見をプラスしたMk−W
性能こそMk−Wに劣るがサン先生でも持ち運び可能なMk−Xも設計中だ。
これらの完成、期待して待ってて……ってサン先生? いきなり尻尾まいて何処行くんだよ?
……え? 後ろ? ……あ、白頭……今来たのね……?」
その後、惣一がどうなったかは保険委員だけが知っている。
もう台車の面影ねーなw
バッテリーでかいw
サン先生は困り顔もかわゆいのう
コレ乗って英先生にどやされるんだろうな
今後の改良にははづきちがモーター開発を援助してくれるに違いない
蛇さんの需要はありますか
誘い受けはのーさんきゅー。まずは投下だ。
日に日に目つきが悪くなってゆくいのりん
本の読みすぎなんだろうか。
おおお燕君ですか!?これはりりしいな。
そういや♂鳥人って初か!
>>467 本日辺りの帰還する予定の探査機はやぶさですな。
隼くんかー
おかえり!
なるほどハヤブサか!w
タイムリーだな
雨続きの谷間、久しぶりに晴れた空はむしろ蒸し暑さが増して爽やかとは言い難い。予報
は明日からまた雨を告げていたので、今日は貴重な一日だ。
頼まれた教室での雑用を片づけて、ずいぶんと時間がかかったと慌てたものの、重い雲が
去ったせいで思いのほかこの季節は日暮れが遠いことに今更驚きながら、白頭空子は部室
へと向かう。
今週は、つい最近に惣一が手に入れた新型のモータの慣らしをすると言っていたので、早
く行って手伝わなければと、ひとの少ないことを良いことに学園からの坂道を滑空する。
堤防に登り部室が視界に入ると、久しぶりの良い天気なのに揚げ戸は全て降りたまま。
「おかしいわね、惣一、来てないのかしら」
呟きながら入り口までまた空を滑り降りると、鍵のかかっていない扉にまた首をかしげる。
一歩足を踏み込むと奥の製図室にはひとの気配がありほっと胸をなで下ろすとともに、
ちょっとムッとしながら周りを見回す。モータも載せたテストベンチは揚げ戸のそばに準
備も半端な状態でたたずんでいる。それを横目に通り過ぎながら製図室に向かうと、案の
定惣一が図面にのし掛かるようにしてペンを走らせている。一心不乱の惣一の様子に、ザ
ワついた気持をなだめられたような気持になって、邪魔しないようにそっと背後に廻りド
ラフターの図面を眺める。
と、ひと呼吸おいたその後に空子の瞳はすうっと小さくなり、首筋の羽毛が起ち上がる。
そこに描かれようとしているのは、今までのブルースカイシリーズとは異なる、見たこと
もない“モノ”の概念図だった。
「これは何? 惣一」怒りを抑えきれず、震える声で問い掛けると、惣一は、その声が何
処から来たのか判らないかのように見回す。ようやく背後の空子に気付くと、「え?」と
一言発してキョトンとしたような眼で空子を見つめている。
元々は惣一と空子が勝手に立ち上げた、学園非公認の同好会だったけれども、だんだんと
関与するひとも増え、部室にひとが集まるようになると、生徒会も放置も出来ず、今年の
文化祭ではなにがしかの成果発表を行いそれを以て正式に公認とする、との運びになり、
そのために今から準備を万端進めなければならないはず。空子との空中演舞の為に新たな
翼形を試し、パワーアップしたモーターを試し、プロペラを試さなければならない。
いまは余計なものを作って遊んでる場合じゃない。
何で惣一は何時でもあっちに行ったりこっちに行ったりなんだろう? 同好会をちゃんと
公認させないと、私たちがいなくなったら、惣一が私のために作ってくれた飛行機同好会
が無くなってしまう。
怒りとともにそんなことを考えながら言葉を探していた空子が句を継ごうとした僅か早く、
惣一が「ごめん。白頭、しばらく寄り道していいか?」と大声をだした。 惣一の発した
声は同意を求めるように聞こえても、もう決心してしまっている時のものだと、永く一緒
にいる空子は理解して、発しかけた言葉を飲み込む。
感情とか気持とかを整理するのが下手なのか、こういうとき、暫く黙って待っていると、
そのうち惣一はちゃんと話し始めることを、これもまた空子は経験から知っていた。
昼休みに、ベンチに乗っけたモーターのセットアップをしようと部室に来て、あれこれやっ
ていて、気配がしたからひょいと見たらそこの扉のところに中島が立ってたんだ。
うん、こないだから登校できるようになった中島眞真(なかじままさし)。
で、「ちょっといいか?」って訊くから、入ってもらったんだけど、なんかブルースカイ
に興味津々って感じで黙って機体の周りを行ったり来たりしながら眺めてるんだ。俺はと
りあえず慣らし用のプロペラをモーターに捩じ込んだところで一段落着けて、コーヒーメー
カーをセットしてから中島に話かけたんだよ。
お帰り、戻ってこれてよかったな
「うん、ありがとう」
足はまだかかりそうなのかい?
「ううん、実はね…
足は、事故の後に放置するしかなくて、或る程度回復したところで、今度はちゃんと真っ
直ぐ繋ぎ治すために、一寸くっついちゃったのを折って位置合わせしたんだ。痛かった
けど、まぁ、麻酔も有るし。だから、こっちは、もうあとは放っておけば元通りくっつ
いて、昔みたいに歩ける様になるんだ。
でもね、実は右の羽根は、大切な腱が切れちゃってね。骨は繋がったんだけど、腱は潰
れて切れたから只つなげても駄目らしくて、普通に生活は出来るけど、ね。 もう飛べ
ないんだって、僕の羽根では」
流石に、俺何にも言えなくてね。黙ってたんだ。黙ってるしかなかったんだ。そしたら
中島のやつ、笑いながら「ごめんごめん、暗い話になっちゃって」って。
「足が治ったら、飛行機同好会に入れてもらおうかな」
入ってもらえたら嬉しいけど… いいのか?
「ばーちゃんが嫌がるかもしれないけどね」
出来上がりの音が聞こえたので、台所にいってコーヒーをカップに注ぎながら、砂糖とミル
クは要るか?って訊いたら、返事の代わりに
「ここに来たら、僕ももう一度空が翔べるようになるかな?」
コーヒー持ってったら、もう教室に戻ったのか、中島居なくなっててさ。
ひととおり経緯を語り終えると、ドラフターの横にあった冷えきったコーヒーを不味そうに
飲み下してひと息つくと、惣一は続けて話始めた。
「知ってるかな?中島って垂直滑空の県の中学生記録持ってるんだよね」と問う。
そう言えば以前聞いたことが有る。そんなひとが飛べなくなるなんて、どんな気持だろう。
私が飛べない間、傍には惣一が居た…
思いに沈みかけた耳に「双発の小型軽量モータでダクデットファン、旋回性能はネグって垂
直降下特化型、ただしエアブレーキと最終引き起こしのGに耐える翼強度は必須で、単座と
いうよりは背負い式翼みたいな感じかな」と誰に語るでもない惣一の声。
なるほどそう言うことなのね。
「判りました。文化祭では最低限ブルースカイのパワーアップで一般遊覧飛行を実現しなさ
い。デモンストレーションは、私と“中島機”でやりますから安全性を含め完璧なものを
作りなさい」
「良いのか?白頭」
「中島機作製のためのブルースカイの遅延は最大1ヶ月、それ以上は認めませんよ。寄り道
してる暇はありません」
「イエス、サー!」
「それと、幾ら時間がなくても、午後の授業をさぼっちゃいけません」
「えー」
お日様みたいにニッと笑うと、早速ドラフターに向かう惣一。新しいコーヒーでも入れてあ
げようかと立ち上がり、その背中を見ていたら可愛らしくも頼もしく思えて、空子は後ろか
らそっと惣一の肩を抱く。
「何だよ、俺はフェザーよりダウンが好きなんだよぉ」と軽口を叩く惣一の頭頂部を嘴で軽
く突っついてやる。
惣一は何時も、困ってるひとを見捨てることが出来ない。役に立つなら自分の持ってる技術
を何時でも惜しげもなく投げ出してくる。そう、それが惣一だ。私はだからそんな惣一が…
少し涼しくなってきた窓の外の樹々に、ねぐらに帰ってきた雀達が騒がしい。
閉め忘れた部室の入り口の方からヒューンという軽い音とともにガタゴトと何かが近づく。
扉の影からひょいと白い頭に真ん丸眼鏡が現れると大きな声が響く。
「ねぇ!風間君さ、この台車乗り難いよぉ。パワー有り過ぎで制御できないし、重いから
コーナーリングが辛いしさー」
「いてててててででで!、ちょいと、白頭!チョーク!チョークー!!」
惣一と空子をお借りしました。 最近描いたのを元に、相変わらず変にウェット気味な文章
でお送りいたしました。 お目汚しさまです。
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1158.jpg ちなみに、惣一は効率重視だけれども、はづきちは美しいフォルムのモータが大好きなので
むしろでかくて重くて“恰好良い”モータを載せてもっと使い難くすると思われます。
うわ…じわっときた
惣一いい奴だなあ…
熱意ある技術者によって、はやぶさは再びそらへ飛べる訳ですね?
これで飛行機同好会の部員の半数(と言っても四人中二人)が鳥人にw
にしても、中島君は何処で惣一の話を聞きつけたのやら、少し気になる所。
まさか、烏丸先輩が関与しているとか……w
それと後、申し訳無いですが二つほど気になる所が、
一つ、空子の一人称はアタシ、そしてもう一つは惣一の名を呼ぶ時は何時も「ソウイチ」と呼んでいます。
こんな野暮な突っ込みを入れて本当にゴメンナサイ、
ご指摘有り難うございます。そか、書いてる間の妙な違和感はこれだったのか。
申し訳有りませんが、みなさまには脳内補完でお読みいただければ幸いです。
失われたものを取り戻すストーリーってすごくドラマチックですよね
中島くんが再び空を翔ける日が早く訪れますように。
さあ図面を引く作業に戻るんだソウイチ!
1ヶ月の間、しこしことSSを書いていた俺が通りますよ……
今回は学園でもファンの多い、あるマンガとコラボした作品を投下します。
無論、この件に際しては、作者であるakutaさんへキャラをお借りする許可を取り付けております!
色々と書きたい事書いている内にすっごく長い話になった為、5部に分ける事となります。
そして今回投下するのは、そのお話の第1部で御座います。
長くて見たかねーよとお思いの方は 若頭は幼女(12歳)外伝 隻眼の獅子編 をNGにして下さい
では、次レスより投下開始
「盗んだバイクで走り出す〜♪ 行く先も、解からぬまま〜♪」
新緑生い茂る峠道、私は涼やかな初夏の風を尻尾に感じつつ、
お気に入りの歌の1フレーズを口ずさみながら、愛車と共に峠道の一陣の風となっていた。
やはり、たまにこう言う風に気の赴くままに走りまわってみるのも良い物だ。
私の愛車のZUも、心なしか機嫌良い感じにエンジン音を響かせている。
因みにだが、この私が駆る愛車のZUは歌の様に盗んだ物ではなく。
高校生の頃、尊敬する先輩が卒業する際に譲り受けた相棒である。
普段、私の住むマンションと職場である学園との間の往復だけにしか使っていないZUだが、
纏まった休暇がある時は、何時もこうやって宛の無いツーリングと洒落こんでいる。
それにしても、今日は絶好のツーリング日和である。
空は雨の気配を全く感じさせぬ抜けるような青空を見せ、吹き付ける風も冷たくも無くぬるくも無く実に程よい按配、
この天気のおかげで、私は何時ものヘソだしファッションでも快適に走りまわれる。
これが少しでも雨が降ろうものなら、この気分は風に吹かれた煙草の煙の様に掻き消える事だろう。
それはZUも同じなのか、何時に無くエンジンのフケ上がりも良く、持てる性能を存分に出してくれる。
まあ、とはいえここまで調子が良いのは、1週間に一度は私がちゃんと手入れしている賜物、と言う理由もあるのだが。
さて、今日は風の赴くまま、何処に行こうか?
――この時の私はまだ気付いていなかった。
――今、この時、私は既に奇妙な世界へ、その足を踏み入れようとしている事を。
――だが、今それに気付いたとして、私が其処から引き下がる事は無かっただろう。
――理由はごく単純。……私は負けず嫌いなんだ。
それに気付いたのは、峠道に入って1時間ほど流した所だったか。
私の走る約100メートル先のカーブ、其処にもうもうと立ち込める霧が見えたのは。
はて、この辺りの天気で霧が出るとか言う情報はあったのだろうか?
いや、無かった筈だ。もしあったのならばラジオか何かで濃霧注意報が出ているという報せを既に聞いている筈だ
しかし、この峠道に入る前に聞いたラジオでは、この辺りで濃霧注意報が発令されているという話は欠片すらなかった。
だが、今私の行く先にはある筈の無い濃霧が立ちこめている。
はてさて、これは単に天気予報が外れているだけか?
それとも、たまたま山の気まぐれに巻き込まれてしまっただけなのか?
もしくは、これはとてつもない力を持った何者かによる私に対する挑戦か?
……まぁ、そのどっちせよ、今の私がやる事はただ一つ。
――立ち止まらずに突き進むまで、である。
と言っても、流石にこの濃霧の中でヘッドライト無しで走るのは無謀なので、私はライトを点ける事にする。
やがてバイクのライトの光が突撃槍の如く濃霧へと突き刺さり、その次に私と愛車が一気に内部へ突入する。
「ぬ……これは結構深いな……」
濃霧の中は私が思った以上に深く、突入するや否や瞬く間に新緑の峠道の光景を白一色へと塗り替えた。
今の状況で対向車に遭遇したら危険である、私は徐々にアクセルを緩めブレーキを調整し、バイクの速度を落す。
濃霧程度でスピードを落すとは私らしく無いとお思いの人も居るかもしれないが、勇猛と無謀とは違うのだ。
この私とて、命は惜しい。ましてや、くだらん事情での事故死は持っての他である
そうやって、相棒の鋼鉄の心臓の鼓動をBGMに、細心の注意を払いながら濃霧の中を進み続ける事、約数分。
濃霧の規模はさほど大きくなかったのか、私の視界を埋め尽くしていた白が次第に薄まり、
やがて本来の峠道の光景を取り戻し始めた。
やれやれ、これだから山の天気と言うのは気まぐれで困る。
雨に降られる事は無いと思わせておいて、こんなとんだサプライズを用意してくれるとは。
まぁ、この状況で対向車に逢う事すらなかったのはある意味、僥倖と思っておこう。
「……ん? もう峠道は終わりか? もう少し長いかと思ったのだがな……」
濃霧を完全に抜けて見れば、道の先に見えたのはビルなどが立ち並ぶ市街地の様子。
峠道の最中に見た看板では、少なくとも峠道を抜けて市街地に辿りつくまで後1時間は走る必要があった筈なのだが……?
……まぁ良いか、そろそろ峠道の光景にはいい加減飽き飽きし始めてきた所だ。
早く抜けられたのであれば、それはそれで由(よし)としよう。
「それに、そろそろ煙草を吸いたくなったしな……」
飽き飽きしていた一番の理由を口にした私は、愛車のアクセルへ力を込め、市街地に向けて走り出した。
――妙だ……妙過ぎる……。
「……これは一体、如何言う事だ?」
峠道から市街地に入り幾数分、私は早くも我が身に降り掛かった事態に、気がつき始めていた。
――違うのだ。あの峠道を越えた先の街の地名が。持っている地図に書いてある物とは全く異なっているのだ。
無論、私が道を間違えたと言う事も考えられたが、峠道に入る前、その道の名称(国道OO号線など)は確認した筈である。
更に言えばその峠道はほぼ一本道であり、まかり間違っても”他の市街へ抜ける事”は先ず有り得ないのだ。
そして、私を困惑させている更なる理由、それは……
「焔市だと?……聞いた事がない、何処だここは?」
しかし、地図のどのページを捲ってみても、
今、私の前にある道路標識に書かれた地名に該当する場所は発見できない。
そう、つまり私は今、地図上では”存在しない筈”の街に足を踏み入れている事になる。
私の困惑を表してか、無意識の内にくねる尻尾。しかし、今の私にそれを止めようという気は全くもって無かった。
「変なモノにバカされている……という訳ではなさそうだな」
私は信号待ちのついでに隻眼の視線を巡らし、周囲を見回してみる。
ヘルメットのバイザー越しに見える、道路を走る車、歩道を行く雑多な人々、商売に精を出す商店等など……。
どのどれを見ても、何かが私を騙す為に作り出したまやかしだとか言う気配は何ら感じさせない。
「っと、いかんな……如何も疑心暗鬼になりかけてる」
ふと、自分のやっていた事の馬鹿さ加減に気付き、私は自嘲混じりに呟きを漏らす。
そもそも、ただの不良教師でしか無い私を騙して何の得があろうか?
これが何処ぞの寺生まれの息子ならば兎も角、たかだか不良教師一人を惑わせた所で一銭の得にもなりやしない筈だ。
それに、居もしない何者かの存在を疑った所で、今の状況が解決出来るかと言えば……甚だ疑問だ。
「馬鹿らしいな……」
様々な意味を込めた呟きをぽつりと漏らした後、
一先ず気分でも落ち着ける為、気兼ね無く煙草を吸える場所を探す事にした。
実は言うとさっき街に入った時、結構広そうな公園を見つけたのだ。あそこならば煙草を吸える場所くらいはある筈だろう。
などと適当な見当を付けた私は早速、信号が変わると同時にその公園へ向けて愛車を走らせるのだった。
「ふぅ……」
初夏の程よい日差しが注ぐ中、手にした煙草から立ち上る紫煙が穏やかな風に吹かれ、音も無く消えて行く。
木製のベンチに背を預けた私はそれをぼんやりと見上げながら、手にした煙草を口に咥え、
深呼吸する様にその肺一杯に煙草を吸い、煙と共に息を吐き出す。
ふと視線を前へやれば、広場ではしゃぐ子供とそれを見守る夫婦、ベンチで向かい合って碁に興じる老人達、
フェンス付きの多目的広場で、野球の練習に精を出す少年達、それを眺める下校中の女子高生達……。
晴れた日の公園で見られる、実に平和な光景。見ているこちらも穏やかな気分になるというか。
……それにしても、丁度良い喫煙場所があって良かったというべきか。
これでもし、『当公園は全域が禁煙となっております』なんて看板があったら、その場でがっくりと膝を付いていた所だ。
まあ、とにかく、丁度おあつらえ向きに備え付けの灰皿も在るようだし、ここでゆっくりと煙草の味を……
「あー、くせぇくせぇ、なんだこの臭いは」
「そうだよなぁ! 何処のどいつの仕業だこりゃあ?」
「…………」
――味わおうとした矢先、横合いから放たれた不躾な声が、私のケモ耳を震わせた。
ちらり、と声の方へ視線をやれば、其処に居たのはニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、左右に尻尾を振る狼の男二人。
一見してチンピラ風と言えるその格好から見て、この二人が余りガラの宜しいケモノでは無いのは確かで、
その上、そのやや着崩したスーツの胸元には、狼の顔を象った代紋が輝いていた。……こいつら、ヤクザ者か。。
「おい、其処のアイパッチのライオンのねーちゃん。あんたの事だよ」
「あんたのすぱすぱ吸ってる煙草がくせぇんだよ、吸うの止めろっての!」
こいつら……あっちの看板に、大きく『喫煙所』と書かれているのが見えないのか?
にも関わらず、わざわざここに来てまで煙草臭いとのたまうとは、こいつらは脳みそが腐っているのか?
――いや、多分、こいつらはただ単に私へ因縁を付けたいだけなのだろうな。……全く、面倒な。
「なぁねーちゃん、複流煙を吸っちまった俺達に迷惑料払ってくれるかなぁ?」
「そうそう、俺達が肺ガンになっちまったら如何するんだぁ? 責任とってくれんのか? あぁ?」
「もし金が無かったら、身体で支払ってくれても良いんだぜ?」
「……」
……無視だ無視。こんな下品な馬鹿を一々相手していたらそれこそ面倒だ。
そもそも、私は煙草の味を楽しむ為にここに居るんだ。こんな馬鹿の相手をする為に居るんじゃない。
いい加減、私が相手する気がない事に、こいつらも早く気付いてもらいたい物だが……。
そう、私は内心、嫌な気分になりつつも煙草を更に一服しようとしたその時。
びっ!
不意に私の口から消える煙草。――正確に言えば煙草のフィルターから先が千切れ飛んだと言うべきか。
「おぃ! 聞こえてんのかよ! 暢気に煙草吸ってる場合じゃねえだろ!」
私に無視され続けて遂に焦れたチンピラ狼その2の仕業だった。
――糞が、ここ最近の増税の所為で、煙草一本でも決して安くは無いんだぞ?
そう思うと同時に、私の心の奥でビキッ、と何かが切れる決定的な音。
……よし分かった、其処まで相手にしてもらいたいならば、私も相手になってやろうじゃないか!
「…………」
私は咥えているフィルターだけとなった煙草をぷっ、と備え付けの灰皿へ吐き捨てた後。
そのまま何も言う事無くベンチから腰を上げ、チンピラ狼その2の前に立つ。
「お? やる気か? ねーちゃん」
「…………」
何やらファイティングポーズを取って、尻尾を振りながら私に対して粋がって見せるチンピラ狼その2。
しかし、私は何をするまでも無く、チンピラ狼その2を睨み付けていた隻眼の視線をゆっくりと自分の足元へ向ける。
「あ?」
私の視線の向いた先が気になったのか、チンピラ狼その2も何気に視線を下へ向け…――
ゴッ!!
「げぴっ!?!?」
――刹那、その無防備な頭へ鉄槌の如く振り下ろされた私の拳の一撃によって、
顔面をマズルから地面に叩き付けられたチンピラ狼その2は車に轢かれた蟇蛙の様な声を上げ、地面へ血の華を咲かせた。
情けない事に、奴はこの一撃であっさりと意識を刈り取られたらしく、再び立ち上がる事も無くぴくぴくと痙攣するだけとなった。
「……なっ!? このアマッ! 良くも憲二を!!」
目の前で仲間に降り掛かった悲劇を理解出来なかったのか、
チンピラ狼その1は数秒ほど凍り付いた後、ようやく我に返ってありきたりな台詞を吐きながら私へ殴りかかる!
――が、そう簡単に素直に殴られる私である筈がなく。殴りかかったその拳を片手で軽くいなしつつ、
握り込んだもう片方の手を、チンピラ狼その1の顔面が丁度来る位置に向けて軽く突き出す。
どぎゃ!
「ぐぎぇ!?」
自分の殴りかかる勢いを、そのまま私の拳の形で顔面へ返されたチンピラ狼その1は鼻血を噴いて派手に吹き飛ぶ。
空かさず、私は慌てて立ち上がろうとしているチンピラ狼その1の胸板を踏み付け、立ち上がれない様にする。
その際、肺の空気が押し出されたのだろう、チンピラ狼その1はぐぇとうめいた後、踏み付ける私を睨み憎々しげに、
「ぐっ、テメェ……俺達は黒狼会なんだぞ! こんな真似してタダで済むと思ってるのか!?」
「黒狼会?……知らんな、そんな物」
大方、何処ぞの弱小組織だろうな。と、脳内で勝手な結論を下した私は、チンピラ狼その1に向けて更に言い放つ。
「……それより、お前には今、二つの選択肢が用意されている。
一つ、あそこに転がってる馬鹿を連れて、とっとと尻尾を巻いて逃げ帰る。
二つ、この状況で無謀にも抵抗を試みて結果、あそこに転がってる馬鹿以上の酷い目に遭う」
「なっ!? こ、このアマ、ふざけんじゃ…――ぐへぇっ!?」
選択を迫った際、いまいち状況を理解していないチンピラ狼その1が何やら言い掛けるが、
私が何も言わず、胸板を踏み付けているその足へ更に体重を掛けた事で、その言葉は半ばで悲鳴に変わった。
そして向ける眼差しが若干怯えた物に変わったチンピラ狼その1を、私は冷たく見下ろし、淡々と言い放つ。
「もう一度聞くぞ? 逃亡か抵抗か、選択肢は二つに一つだ」
「……」
この後、チンピラ狼その1が選んだ選択は、最早語るまでも無いだろう。
「ち、チクショウ! お、覚えてやがれよ!!」
「……覚えてやるさ、三日くらいはな」
捨て台詞を吐き捨て、気を失った仲間背負って尻尾巻いてそそくさと逃げるチンピラ狼。
私はその捨て台詞へぽつりとだけ答えると、再びベンチへどっかと腰を降ろし、ポケットから取り出した煙草を咥える。
……全く、ああ言った手合いは、何時の世のどの場所でもゴキブリの様に居るのだな。
やれやれ、お陰で折角の煙草が不味くなってしまった。今度こそは気分良く煙草を楽しみたい物だが……。
しかし如何も、この焔と言う名の街に足を踏み入れてから、それが望めそうに無いのは気の所為か?
「気の所為だと良いのだがな……」
誰に向けるまでもない呟きを漏らしつつ、私が煙草へ火を付けようとした矢先。
「こっちか? 唯鶴(いづる)!」
「ああ、休憩所でヤクザ同士の喧嘩があったって話だから、間違いない」
「へっ、丁度公園に俺らが居たのが奴らの運のツキだな!」
――男達の声と共に、こちらへ掛け込んで来る足音複数。恐らく二人。
聞こえてくる会話の内容からして、ここに来るのはただの野次馬というセンは無さそうである。
やがてこちらが見える位置にまで辿りつく足音、私はその方へちらりと隻眼の視線を向ける。
「ひょっとしてアイツか?」
「女か……もう喧嘩は終わってる様だな?」
――彼らの姿を瞬間、私は巡り合わせの神を一発ブン殴りたい気分になった。
何せ、来たのはさっきのチンピラ狼達より更にガラの宜しく無さそうな二人組だったのだ。
一人は学園の不良生徒の塚本のガラを更に悪くしたような、顔面ピアスだらけの黒馬で。
そしてもう一人は、明らかにそれもんのスーツ姿の、厳ついリザードマンの男である。
更に言えば二人のその服の胸の辺りに、花をイメージさせる紋様の金の代紋が……こいつも確実にヤクザ者だ。
彼らは私の姿を確認するや、真っ直ぐこちらへ駆け寄り、荒荒しく声を掛ける。
「おい其処の獅子のアマ! テメェは何処の組のモンだ?」
「悪ぃ事は言わん、素直に言った方が身の為だぜ?」
「…………」
おまけに私をヤクザ者と勘違いしているのか、この二人は?
どうも、私の感じていた予感は気の所為では済まなさそうになってきたようだな……。
だが、勘違いされたままなのは少し癪なのでここは言っておくとしよう。
「言っておくが、私は喧嘩こそしたがヤクザ者とは違うぞ?……相手は如何だが知らんがな」
「嘘つけ! テメェの格好は如何見てもヤクザ者だろうが!」
「金縁のアイパッチに皮のコート、そしてヘソだしルックだもんな、随分と洒落た格好じゃないか」
……ううむ、言って即効に突っ込まれてしまった。
確かに、今の私の格好を見れば、如何見ても堅気のケモノとは思えないのだろうが……。
しかし、だからと言ってこの私のスタイルを捻じ曲げる気は毛頭ない。私は頑固一徹なのだ。
「さぁ、痛ぇ目見たくなかったらとっとと言え! 何処の組かってな!」
「自分が獅子だからと言って、余り森三一家を舐めない方が良いぜ?」
「いや、だから私はただの一般人の教師で、尚且つあんたらを舐めた覚えもないのだが……」
「ざけんなこのアマぁ! 何時までも俺達がアメぇ顔してると思ってるんじゃねえぞ!?」
「落ちつけ平次。とにかく、本格的に痛ぇ目にあいたくなかったら素直に喋るこった」
……駄目だこいつら、完全に私をヤクザ者と勘違いしている。
と言うか、森三一家も初耳だぞ? この街にはヤクザが多いのか?
こうなったら、面倒だが運転免許証と教員免許の免状を見せてでも納得させるべきか?
もにゅ
――如何しようか考えていた矢先、不意に私の左胸に揉まれた感触。
見れば、平次と呼ばれた馬が、下卑た笑みを浮かべて私の胸に手を伸ばした所だった。
思わず開いた口からポロリと零れる煙草、そして――
「へっ、何だったらこう言う風に身体に聞いてm―――」
ぼきゃ!
「――もばげっ!?」
次の瞬間、気が付くと私は獅子パンチ(ネコパンチのライオン版)で平次の顔面を殴打した所だった。
――しまった! つい反射的に攻撃してしまった!
「クッ、こ、このアマッ! 女だと甘く見てりゃつけ上がりやがって!」
意外と根性があるらしく、平次は私の一撃に仰け反りはしたが直ぐ様に立ち直り、殴られた頬抑えつつ怒りの声を上げる。
拙いな、こいつは本格的に厄介な事になってきた。私としてはもう少し穏便に事を済ませたかったのだが……。
しかし、仲間が攻撃されたにも関わらずリザードマンの方は様子を見ているだけ、と言うのは少し気がかりだ。
「女の顔殴りたかね―が、やったのはそっちが先だから悪く思うなオラぁ!!」
フェミニストなのか良く分からない台詞を吐きながら、私の顔面目掛けて殴りかかる平次。
しかし無論の事ながら、もう私は反射的に殴りかかった腕を左手で掴みとって攻撃のベクトルを逸らし、
更にその殴りかかった方の腕の脇へ右手を差し入れつつ、軽く足払いを掛けて平次の体制を崩し、
最後に攻撃の勢いを殺さぬ様に左手で掴んだ腕をぐいと引くと同時に、脇へ差し入れた右手で平次の身体を持ち上げる。
それらを流れる様な動きでほぼ同時に行う事で、相手の攻撃する勢いを逆に利用した合気道の返し投げへと移行する。
「――って、あれ?」
ふわりと浮く平次の身体、その口から漏れる間抜けな声。
多分、彼にしてみればいきなり世界が反転した様に見えた事だろう。
だ ん っ !
―――刹那、休憩所に響く鈍い音。
「ぐっ、がっ…あぁ!?」
普通、そこいらの奴なら、この投げ技をまともに食らった時点で気を失う物なのだが。
どうやら根性は相当な物らしく、平次はコンクリートの地面へ強打した背中を抑えて悶える物の、気絶する様子はない。
やがて彼は多少ふらつきながらも立ち上がり、様子を見ていたリザードマンの男の方へ引き下がり、
「くそっ、この女、タダモンじゃねぇ! つか唯鶴、何でお前は何もしねぇんだよ!?」
「いや、さっきのは如何みてもお前が悪い。だから様子見てた。ついでに女の実力も見たかったし」
「ちょっ、酷っ! 助ける気ゼロかよ!?」
ふむ、どうやらリザードマン――唯鶴は私の実力を推し量る為に敢えて様子を見ていた訳か。
こいつは相手にするとなるとなかなか手強そうな……っと、思考が戦闘寄りに傾いて如何する。
今はこの状況を、如何に穏便に済ませるか考えなきゃならんと言うのに……闘ってどうする、闘って!
「まぁ、どんな事情であれ、俺らに歯向かって来た以上はタダじゃ済まさねぇぜ?」
「そうそう、森三一家を舐めてかかった事を骨の隋まで分からせてやらねーとな!」
そんな私の賢明な考えとは裏腹に、二人は既に闘る気満々らしく、指をぽきぽきと鳴らしながら私の方へ向かってくる。
……ええぃ、もうこうなってしまった以上は仕方があるまい。降り掛かった火の粉は”根元から絶つ”までだ。
そう、私が戦闘体勢に移行しようとしたまさにその時。
「ちょっと唯鶴、平次! 何時まで待たせるの!」
「「……!?」」
――唐突に休憩所に響く、この状況に余りに場違いな可憐な少女の声。何故かビクリと震える唯鶴と平次。
この時、二人の身体に満ちていた戦意が、見る見るうちに雲散霧消するのが私の目にもはっきりと分かった。
声の方へ視線を向ける、其処に立っていたのは年の頃は小学高学年〜中学初年くらい、
ブロンドの長髪に可愛らしいリボンがよく似合っている、歳相応の女の子らしい衣服を身に纏った少女だった。
「いや、お嬢。ちょっとこの休憩所でヤクザ同士の喧嘩があると聞いたもんで…」
「だからまた黒狼会の連中が暴れてるかと思って、それでシメに行こうかと……」
「あの、それで頼んでたソフトクリームの事、すっかり忘れてた訳ね……?」
「「…………」」
お嬢、と呼ばれた少女の呆れ混じりな指摘に、二人はさっきまでの威勢は何処へ行ったのか尻尾垂らしてシュンと縮こまる。
その状況の最中、私はと言うと余りの急展開に付いて行けず、ただ間の抜けた顔で様子を見るしか出来ないでいた。
と、はと何かを思い出した平次が唖然と佇む私を指差し、まくし立てる様に言う。
「そ、そうだ、お嬢! 喧嘩していたのはこの女ですよ! しかも俺、この女にぶん殴られた上に投げ技食らったんですよ?」
「まぁそうなったのも、そもそも平次がいきなりこの女の胸を揉んだのが原因ですけど」
「ってオィィィィィっ!? 何正直に言ってるの唯鶴ぅっ!?」
「……あの、それって平次の自業自得じゃないの?」
「お嬢もそう思いますよね? 普通、胸を揉まれたら殴りもしますよねぇ?」
「え? あれ? ひょっとして俺だけ悪役扱い? まさか殴られ損?」
…………。
……ええっと、なんだこいつらは?
何だかこいつらの寸劇を前にしていると、私の中にあった今までの『ヤクザ者』のイメージが崩れていく様な気がする。
それにあの少女は一体何者なんだろうか? 二人の態度から見る限り組長か幹部辺りの娘、と言った所だろうか?
にしては随分と軽い態度である、敬語どころかタメ口で話し掛けている……ううむ、考えてみれば考えるほど訳が分からん。
暫し頭の中で考えたが結局、この状況で良い結論が思い浮かべる筈もなく、
考えるに窮した私は仕方なく、未だに寸劇を続ける彼ら三人に向けて口を開く。
「お前らは一体……なんなんだ?」
私の問い掛けに対し、三人は不思議な物を見る様に目をぱちくりさせた。
※ ※ ※
「どうぞ、お茶です。お客人」
それから約一時間位後――
ある屋敷の一室にて、私は自分の前の座卓に置かれた、
決して安く無さそうな湯呑の中で湯気を立てる緑茶と、同じく安くなさそうなお茶菓子を眺めながら、
今現在、我が身に降り掛かっている奇妙な状況に頭を悩ませていた。
結局、私はあの後、自分がヤクザ者ではない事を分からせる為、3人へ運転免許証と教員免許の免状を見せる事にした。
見せた当初、『偽造じゃないか?』などと言う疑惑も出たが、『だったら保険証に住民票も見せても良い』という私の言葉と、
更に謎の少女の『この人は嘘を言ってる感じはしない』と言う鶴の一声によって、唯鶴と平次はしぶしぶながら納得してくれた。
――まぁ、其処までは良かった。そう、其処までは。
私がヤクザ者でないと知った彼らは、丁重な謝罪の後、直ぐに私を解放してくれるかと思っていた。
だが謎の少女が『一家の者が堅気の方へ迷惑をかけたまま帰したとあったら、森三一家の名が廃るわ』と言い出した事で。
それに同調した唯鶴と平次(彼は渋々だが)が『迷惑をかけた詫びをうちの屋敷でしたい』と言い出し。
事態は、その場から離れたい私の意向とは全く正反対の方向へと進み始める事となった。
無論の事、私は早くその場から立ち去りたい一心で、『詫びなんて要らん』と突っぱねたのだが、
如何も謎の少女は、森三一家とやらの舎弟が私の胸を揉んだ事に対して私に要らん負い目を感じているらしく、
『このままじゃ仁義に反する』と言って、頑として引き下がってはくれなかった。
そんな押し問答の末、通り行く人々の視線が気になった事もあって、私は首を縦に振らざる得なくなり。
結局、公園近くにあるという森三一家の屋敷まで、私はZUを押して行く事となった。
……まぁ、ついでに帰り道でも聞いて見るか、などと前向きに思いながら。
謎の少女の案内の元、辿り着いた私を待っていたのは、
ざっと見ただけで、敷地面積はゆうに二百坪以上はあろうかと言う数奇屋造りの立派な屋敷。
その屋敷の規模の割に慎ましい玄関門(それでも一般家庭に比べれば大きい)の門柱に掛けられた檜の表札には、
極太の毛筆による力強い手書きで、『森三一家』とその屋敷の主を無言で周囲へ知らしめていた。
少し予想外な屋敷の規模に呆気に取られる間も無く、私が通されたのは20畳はあろうかと言う広大な和室。
その和室のど真ん中に据え付けられた黒檀の座卓には、既に数人の男達が席に付いていた。
(そう言えば屋敷へ向かう際、唯鶴が携帯で何処かへ電話していたが、恐らくその時に屋敷の者へ連絡していたのだろう)
しかし彼らの観察をする間も無く、謎の少女に促されて仕方なく上座の席に座り――今に至る訳である。
(尚、ZUは屋敷の駐車スペースへ止めておいた)
今、この場に居るのは私を除いて6人。
一人はお嬢と呼ばれる謎の少女。そして唯鶴と平次の二人。そしてそれ以外に三人。
鬣の一部を三つ編みにした私と同族のグラサンの男――ぱっと見た感じ、この男が幹部か組長辺りと見て間違い無いようだ。
何故か狐のお面を付けている和服の狐の男――他に比べ一番穏やかそうな雰囲気だが、只者では無いのは確か。
何処と無く目がイって居るネコの男――余り係わり合いになりたくない部類の雰囲気を感じさせる。無論、彼も只者では無い。
そんな彼らの視線を一身に浴びる状況の中だ。例え私だろうとも喉が乾く物を感じない筈が無く、
取り合えず喉の渇きを癒そうとお茶へ手を付けた所で、私の斜め向かい側に座っていた同族の男が口を開く
「お嬢。こいつですかい? 平次をぶん殴ったって女は」
「正確に言うと先に手を出したのは平次で、この人はつい反射的にって所」
謎の少女の返答に同族の男はそうですかと頷いた後、今度は唯鶴に向けて問う。
「じゃあ、唯鶴。平次の方が先に手を出したって言うが……具体的に言うと如何言う風にだ?」
「ずばりボインタッチ」
「……だろうと思った」
「平次ならやりかねないな、うん」
「やっぱりなー、多分そうだろうなーと思ってたんだよなー」
唯鶴が言った簡潔極まる説明に一様に呆れ混じりに頷く獅子、狐、ネコの三人。
そんな薄情な仲間を前に、少し涙目な平次は震える声で誰に向けるまでも無く問う。
「なあ……俺、何時も皆にどう思われてるんだ?」
『ピアスフェチのエロ馬』
「…………」
あ、へなへなと座卓に突っ伏した。
まあ、流石に私を除くその場の全員に口を揃えて言われりゃそうなるのも仕方ないか。
元々は私の胸を揉んだのが原因とは言え、これは流石に同情を禁じえないな……。
そう考えつつ茶菓子の一つを口に運んだ所で、同族の男と何か話していた謎の少女が私へ向き直り、
「さてと、えっと……」
「獅子宮 怜子だ。獅子宮でも怜子でも好きな様に呼び捨てにして構わん」
「それじゃあ怜子さん!……」
元気良く私へ呼びかけた所で――突然止まる少女の言葉。
如何したのだろうか? と私が尻尾をくねらせた所で、少女は困った様に苦笑いを浮かべて、
「……ええっと、そう言えばこっちの自己紹介がまだだった……かな?」
「お嬢……肝心な所忘れちゃ駄目ですよ……」
同族の男の呆れ混じりな突っ込みに、てへへと言った感じで困った様に笑う謎の少女。
それを前に呆れるなり溜息付くなりするその場の一同。そして拍子抜けする私。
場を満たした微妙な空気を打ち払う様に、謎の少女はこほんと咳払い一つし、
「それじゃ、改めて自己紹介するわ。私の名は森三ゆみみ(もりみ ゆみみ)。この森三一家の若頭よ!」
……何?
今、何と言ったこの少女は?
私の耳が正常であれば、この少女は今、自分が森三一家の若頭と言わなかったか?
しかも、あの自信有り気な様子から見て、彼女は周囲の大人達にお飾りで担ぎ上げられた、と言う訳ではなく、
少なくともこの森三一家の若頭と言う役職に、それなりの誇りを持っていると見て良いだろう。
しかし、まさかこんな可憐な少女がこの一家の若頭とは……!
……そう言えば、彼女の名は何処かで聞いた事があるような……そう、確か生徒の誰かが……。
いや、多分それは関係ないだろうな。そもそも何故、うちの学園の生徒がヤクザ者の若頭の名を知っていると言うのだ。
恐らく、私が聞いたのもおおかた同じ名前の別人、と言った所だろう。
「それで、怜子さんと同じライオンのこの人が銀虎(ぎんこ)、一家では一番頼りになる人よ。
名前を書くときは銀に虎と書いて銀虎だから覚えててね?」
「どうも」
少女――ゆみみの紹介を合図に同族の男――銀虎が立ちあがり、挨拶をする。
こんな年端も行かない少女の下に付かされて、プライド高いライオンである彼は不満を感じないのだろうか?
まぁ……所詮は無関係な他人である私には関係のない話か。
「そしてトカゲのこの人が唯鶴。銀虎の次に頼りになる、言わばナンバーツーの人よ」
「宜しく」
次に紹介されたのが、先ほど平次と共に私に絡んできたリザードマンの男――唯鶴。
なるほど、彼が森三一家での2番目の実力者か。初遭遇の時に手強そうだとと思ったのも確かに頷けてくる話だ。
あの時はゆみみの横入りで闘わずに終わったが、もし闘っていたとなっていたら流石の私も苦戦は免れなかっただろう。
「仮面を付けた狐のこの人が秋水(しゅうすい)、剣道道場の師範もやってるわ。
……一応言っておくけど、顔につけてるお面の事は余り深く気にしないでね?」
「どうぞ宜しく」
その次に紹介されたのが妙なお面をつけた和服姿の狐の男――秋水。
剣道道場の師範をやっているというだけあって、その挨拶する姿にも隙と言って言い隙が感じられない。
ゆみみは気にしないでとは言っていたが、気にするなと言われると気になるのが人情。あの仮面の下には何がある事か…?
「それで、このネコの―――」
「あ、俺は綾近って言うんだ! よろしくな、怜子さんよ!」
「あの……まだ話している最中なんだけど?」
「あ、わりぃ! お嬢」
紹介の最中にネコの男――綾近が勝手に名乗りを上げ、ゆみみに呆れられる。
一見、気さくなノリの様には見えるが、その一瞬一瞬に垣間見える狂気は、何処となく言い知れぬおぞ気を感じさせる。
もし、この場に居るケモノで一番相手したくない者を選べと言われたら、私は八割九分彼を選ぶ事だろう。
「で、最後に怜子さんの胸を揉んだこのエロ馬が、平次よ」
「ちょ、何で俺だけその扱い!?」
そして最後に、初遭遇の際に私の胸を揉んでくれたエロ馬――平次が酷い扱いで紹介される。
色々あって酷い扱いではあるが、私の投げ技をまとも食らって置きながら気を失う事無く平然としている辺り、
彼もまた、この森三一家では相当な実力者と言えるのだろう。
……と、少し待て、ゆみみは最後にと言っていたが、この一家の衆はこの場に居る者達だけなのか?
だとしたら少な過ぎる、大体こう言った組織は最低でも20人は居なければ組織として成り立たない筈なのだが……?
――っと、そもそも私は森三一家とやらとは無関係なケモノなんだ。他人の事情に一々心配して如何するのだ?
……私とした事が、馬鹿らしいな。と胸中で自嘲した所で、
ゆみみが小学生らしくないきりっとした表情で私を顔を見据えて言う。
「それじゃ改めて怜子さん、うちの一家の者が迷惑かけた事をお詫びしたいけど―――」
「要らん。詫びなんて結構だ」
「え……?」
――が、言いきる前に私にきっぱりと返され。その表情がひきっと凍り付く。
周りの一家の衆も表情を凍り付かせているが、私は関係無くそしてひるむ事もなく続ける。
「そもそも、こうなった原因は誤解される様な格好で誤解される様な真似をしていた私にある。
それに、お前の舎弟に胸を揉まれた件についても、私が殴り投げ飛ばした時点でチャラになっている。
だからこそ、私は『侘びなんて結構だ』と言っているんだ。私がここに来たのも、これをお前達に言いたかっただけだ」
「…こっ、このアマッ! お嬢が頭を下げてるってのになんだその態度は!! 図に乗るんじゃ――」
「――まちな。綾近」
私の切った啖呵に激昂し、毛並みを逆立てて身を乗り出す綾近。無論、場の空気は一気に険悪な物へと変わる。
だが、その空気を打ち払う様に、低いながらも良く通る声で綾近を制したのは唯鶴。
「い、唯鶴……お前は悔しく無いのか!? あんな言われようで!」
「綾近、お前が怒りたい気持ちも分かる。だが、彼女の言っている事は悔しいが正論なんだ。
それに、そもそもこの件は、彼女を黒狼会と勘違いして手を出した俺達にも非があるんだ。其処を理解してくれ、頼む」
「……っち、分かったよ……唯鶴が其処まで言うならしかたねーな」
遂には唯鶴に頭を下げられ、綾近は渋々と言った感じで席に座った。やれやれ、これだからヤクザ者は……
っと、さっき唯鶴は何と言った? 確か黒狼会と言っていたな……よし、少し聞いて見るか?
「所で…一つ聞きたいのだが、唯鶴とやら、お前がさっき言った黒狼会って何だ?
実は言うと、あの時、私が喧嘩していた相手の一人がお前の言った黒狼会と名乗っていたのだがな」
「え!? 怜子さん、あなたはあの時、奴らに絡まれてたの?」
だが、唯鶴の代わりに大きく反応したのは若頭のゆみみ。
私は肯定の意味で無言で頷くと、彼女は何処か深刻そうな面持ちで、
「まさか、そんな近くまで奴らが来ていたなんて……これは早めに対策に出ないと行けないわね?」
「奴ら、俺らが余り手を出さない事を良い事に、いよいよ調子に乗ってきましたね。…そろそろ殴り込みかけます? お嬢」
「いいえ、奴らがまだ本格的な攻勢に出ていない以上。私達が迂闊に先走るのは逆に危険よ?」
「しかし…このままでは森三一家の名折れですよ?」
「いっそのこと、奴らの一人を捕まえて見せしめに八つ裂きにして晒し者にしちまおーぜ? そしたら奴らはビビるかも?」
「待て綾近、そう言う行動に出る事が一番迂闊だって言うんだよ。
そんな事した日にゃ即抗争勃発で奴らの思う壺だ。お嬢はそれを一番憂慮しているんだぞ?」
「だったら如何すりゃ―良いんだよ、秋水!」
そして何やら私を蚊帳の外にして始まる森三一家の黒狼会対策会議。
一気に話題の外へ放り出された私はただ、する事もなく不機嫌に尻尾をくねらせながらお茶菓子を齧るしかない。
横から口出しするのも良いが、ここで下手に口出しし様ものなら話がややこしい事になりそうなのでNGとしておく。
……そして、ようやく『何かがあるまで現状は静観』と言う事で話が纏まったのは、
私がお茶と茶菓子を全て腹に収めた後の事だった。
「ごめんごめん、怜子さん。質問の最中に話し込んじゃったみたいで」
「別に構わん……ゆみみ少女にも事情があるんじゃ仕方あるまい」
「あ、あはははは、それじゃあ確か怜子さんは黒狼会の事を聞いてたんだっけ?」
私が相当不機嫌な様子に見えたのだろう(実際そうなのだが)、取り繕うような苦笑いを浮かべて問い直すゆみみ。
と言うか、私は唯鶴に聞いたのだが……まぁ良い、一応若頭を名乗っている彼女の方が詳しい事情を知っているやもしれん。
ここは大人しく彼女の話を聞くとしよう。
「先ず最初に…私達、森三一家はこの焔市一帯をシマにしている一家でね、
一家の若頭である私、森三 ゆみみを筆頭とした、銀虎達ら6人で切り盛りしているの。
一応、同じ焔市に梶組というライバル組織も居たりするけど、それでも何とかやっていたんだけど……」
「今から数ヶ月ほど前だったか、西の方から流れてきた黒狼会と名乗る連中が、俺達のシマを荒らし始めた。
そのやり口はかなり酷い物で、カタギに対する度重なる脅迫や暴力事件、一家がシノギにしている店に対する陰湿な嫌がらせ。
挙句の果てには、一家が取り仕切っている縁日の日に、会場で大規模な乱闘事件を起こす暴挙にまで出てきた」
一旦話を切ったゆみみに代わり、今度は銀虎が話し始める。
表向き、銀虎は冷静淡々と語っている様に見えるが、その尻尾の動きは無言で、今の彼の感情を明確に表していた。
それは、縄張りを荒らす黒狼会に対する、身を焦がさんばかりの激しい怒りの感情。
「当然、俺達は黙って見ている訳にも行かず、直ぐに奴らを叩こうとするんだが、
奴らはとにかく頭数が多い上に逃げ足も速く、俺らが何らかの動きを見せるや、あっという間に散り散りになって逃げちまう。
おかげでここ最近は、一家の衆のストレスは溜まりに溜まる一方だ」
と、唯鶴。表情筋の少なさ故、顔から感情が掴み辛いリザードマンであるにも関わらず、
その顔から怒りの感情が滲み出ているのが私の目から見ても判る位、彼もまた相当の憤りを感じているのだろう。
「奴ら一人一人は大して強くないんですが、奴ら、俺らが少数精鋭である事を逆手にとって仲間間の連携を強く取っている様で。
俺達が西へ動けば奴らは東で暴れて、逆に東へ動けば今度は南と北同時に暴れ出す、といった感じで嫌らしく動きまわり、
例え運良く捕まえられたとしても、その大体が何も知らない雇われのチンピラばかりで、奴らは中々尻尾を掴ませてくれない」
「……おまけに、奴らはそれを良い事に俺ら森三一家を完全に舐め切っているらしくてな、
この前、俺達が少し目を離した隙に、屋敷の壁一面に黒いペンキで『森三一家恐るるにに足らず』とデカデカと書かれて、
おかげでこの日は、一家総出で落書きされた屋敷の壁の塗り替え作業に追われる羽目になっちまった」
言って、二人ほぼ同時に苛立ち混じりの深い溜息を漏らす秋水と平次。
縄張りを荒らすだけに留まらず、明らかな挑発行為を行う黒狼会には彼らも相当な鬱屈が溜まっていると見て良いな。
にしても、乱闘事件を起こさせたかと思えば今度は落書きとは、黒狼会は豪快なのかせこいのか良くわからんな……。
「其処で以前に、すこーし癪だが梶組の連中と連携を取って奴らの壊滅作戦、と行こうとしたんだがぁ……結局は失敗。
なにせ今までが今までだったし、梶組の次期頭首様がアレだからなぁ、おかげで足並みを揃える事なんて出来る筈もない。
お嬢の命令で止められてさえいなければ今直ぐにでも殴り込みに行きたいが……流石に勝手に先走る訳にもいかね―しな」
と、どこか苛立ちを紛らわす様に耳の後ろを掻く綾近。
一見、殴り込みの件は冗談で言っているようにも思えるが、たぶん命令さえあれば彼は本当に殴り込みに行くのだろう。
……いや、恐らくは私とゆみみを除くこの場の全員が思っている筈だ、機会さえあれば絶対に黒狼会を叩き潰す、と。
やれやれ……どうも私は、知らず知らずの内に組同士の諍いの渦中へ飛び込んでしまった様だ。
ここは、本格的に諍いに巻き込まれてしまわない内に、とっととこの屋敷から御暇した方が良さそうか?
胸中でこれからの事を考えている私を余所に、
ゆみみは他に誰か言う事が無いのか目配せで確認を取った後、その場の皆へ向けて改めて言う。
「これくらいかな? 黒狼会の事って。みんな、代わりに説明してくれて有難う!」
「いえ、お嬢の助けになるのであれば、これくらい如何って事無いですよ」
ゆみみへ朗らかに笑って返した後、表情を真面目な物へと戻した銀虎は私の方へ向き直り、
「……さて、説明も終わった所で怜子さんよ、もしおたくの話が確かなら、一刻も早くこの街から出て行った方が良いぜ?
多分、面子を潰された黒狼会の連中は今頃、血眼になってあんたを探してる事だろうしな。だが……」
「ご忠告痛み入る。ならば面倒な事になる前に私も素直に出ていく事にするよ。お茶と茶菓子、ご馳走になった」
銀虎へ言うだけ言って、私はとっととその場を後にするべく席を立つ。
その際、まだ私へ言い足りなかった事があったのか、銀虎が「あ、おい!」と声を上げるが、
もう彼らへ話す事も聞く事も無いだろうと思っていた私は、声を耳に留める事無く和室を後にする。
……それにしても私とした事が、自分の要らぬ好奇心の所為で少し無駄な時間を食ってしまった。
こうやっている間にも、私を面倒事に巻き込みたがっている巡り合わせの神が、また何かをしでかそうと企んでいる事だろう。
と言うかだ、如何もこの焔の街に来てからというもの、私はその手のトラブルの予感をヒシヒシと感じて仕方が無い。
そう言えば彼らに道を聞くのを忘れていたが、この際は諦めるとしよう。
そうさ、どうせ道の事なんて調べようと思えばコンビニでだって調べられる。
多少の手間は掛かるだろうが、騒動の渦中にあるここへ留まって面倒事に巻き込まれるよりか幾分かマシだ。
そう思いながら、私は玄関の引き戸を勢い良く開き――
どざぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
「…………」
――外の見事な土砂降りの雨を前に、そのまま表情を凍り付かせた。
……そう言えば、屋敷に入る前、何気に空を見上げると、晴れていた空が若干曇り始めていた事を思い出す。
多分、その時には既に兆候は出始めていたのだろう。この土砂降りの雨が降るという兆候が。
「だから俺は言おうとしたんだよ、『この雨ん中で、バイクに乗って帰れればの話だがな』って」
呆然と佇む私の後ろから現れ、呆れ混じりに声をかける銀虎。
そして彼は、地上にある物全て憎しと言わんばかりに降り続ける雨を玄関から見上げつつ続ける。
「予報じゃこの雨、夜になるまでは降り続けるそうだ。…だから今すぐ帰るのは諦めた方が良いぜ? 怜子さんよ?」
「…………」
言って、にやりと牙を見せて笑う銀虎を前に、
私は無性に、巡り合わせの神を八つ裂きにしたいと思うのだった。
―――――――――【承】へ続く――――――――――
今回は以上です。
次回投下は来週の今頃になります。
第1部だけでこの量になってしまった。反省している。
>>497 乙。これはとっぽい雰囲気w人間臭い(?)連中だなw
ケモスレって悪党すらなんかこう雰囲気がある。
獅子宮ライオンは結構思考が単純で馬鹿可愛くて好きだw
あげとこう
第二回目を投下しに来た俺が通りますよ……
今回はバトル無しの穏やか目です。
無論、これも前回と同じくかなり長いので、
見たく無い方は『若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編』をNGしてください。
次レスから投下開始
※ ※ ※
「はぁ……結局、一晩世話になる事になってしまった……」
それから幾数時の時間が流れ、日も完全に沈みきった頃。
私は屋敷のやたらと長い縁側で独り座り、すっかり雨の止んだ星空を恨みがましく睨みつつ愚痴を漏らした。
結局、雨は空が完全に暗くなるまで降り続け、それ以降はその土砂降りが嘘のような綺麗な星空を見せた。
――だが、私は帰れなかった。
今から2時間ほど前、土砂崩れが起きたと言う報せがあったのだ。
――そう、私が濃霧に遭遇した後、この街に入る時に通って行ったあの峠道に。
話によると、土砂崩れは小規模ながらも峠道の複数箇所に起きたとの事で。
少なくとも、安全が確認できるまでの間は完全に通行止め、との事だそうだ。
つまり、私は帰り道を塞がれてしまった訳だ。
(無論、峠道に行ったからといって、帰れると言う保証は何処にもない訳だが……)
無論の事ながら、ここは峠道を使わず別のルートを使って帰る、と言う事も考えたのだが、
居場所すらも定かで無いこの状況の中で、当てずっぽうに見知らぬ道を行こう物なら、ほぼ確実に道に迷う事になる。
そうなれば余計に面倒な事態にもなりかねず、下手すればこの場に二度と戻ってこれない可能性だって出てくる。
――そう、二度と帰ってこれなくなるのだ。冗談でも何でもなく、実際に起こり得る話として。
私だってこんな事は考えたくないのだが、今居るこの場所は、私が知る世界とは異なる世界だと私は見ている。
そう考えるその理由、それは唯鶴に地図を見せてもらった時。
地名もそうであったが、鉄道路線に河川の名前、少しは耳にしている筈のチェーン展開しているコンビニ等の各種店舗。
そのいずれもが、私にとっては全く持って初耳の物ばかりだった。
それだけではなく、屋敷に置かれた食品や電化製品を始めとした様々な物品でさえも、
どれ一つとして、私の見知ったメーカーや商品名である物は、何一つとして見つからなかった。
いや、中には私の知る名に似ている物も幾つかあったのだが、そのどれもが似ているだけで”その物”ではなかった。
そして極め付けは、TVや新聞と言ったメディア関係。TV放送局や新聞社の名前もそうなのだが、
其処に出てくる人物や物品はどれもが私の知らない名前ばかりで、知る物は何一つとして確認できない。
単に居る地方が違うだけならば、普通ならば知っている有名人の名前の一つ位は出て来てもおかしくは無いのだが、
それすらも全くもって無いのだ。どれもが似ているが違う名前ばかり。無論、TV欄の番組名だって同じ。
ここまで来れば、ある程度の知性と常識を持っているケモノならば嫌でも気づいてしまう筈だ。
今、自分は元居た世界と似ている様で違う世界に居るのだ、と。
だから当然、違う世界の道を幾ら行こうがそもそも別世界にある私の家に帰り付ける筈も無く、
それどころか余計に迷う事にもなりかねず、最悪、二度と帰ってこれなくなる可能性がでる、と言う事である。
……何ともはちゃめちゃかつ荒唐無稽な結論だが、
それ以外に、この状況を納得出来る解釈があるかと言うと、殆ど無いのだから仕方が無い。
……やれやれ、少しガラにも無く小難しく考えた所為で頭が痛くなって来た。
ここは一先ず、何も考えずもう一本煙草を吸って落ち付くとしよう。
「獅子宮せ―んせ」
ポケットから煙草を取り出し、口に咥えてジッポーで火を付けようとした矢先――横合いからの声が私の耳を震わせた。
声の方へ視線を向けると、其処に居たのは煙管片手にニヤニヤと笑みを浮かべた綾近。
はてさて、私へ一体何の用だ? 余り面倒な事でなければ良いのだが……?
「あんた、お嬢の温情のお陰でここに泊めさせて貰えてるけど、あんまり図に乗るんじゃね―ぜ?
朝、気が付いて見たらコンクリ詰めで海の底でした、なんて事も充分に有り得るから、態度には気を付けるこった」
なんだ……それを言いに来ただけか。
確かに綾近の言う通り、私は帰り道の峠道が開通するまでの間だけ、この森三一家で寝泊まりする事となった。
……本当は、私はここの世話にならず、近場のホテルか旅館で泊まるつもりであり、彼らにもその事を伝えたのだが、
其処に待ったの声を掛けたのが、他ならぬ森三一家の若頭、森三ゆみみ。
彼女は私が帰れなくなった事を知るや、『だったらうち(この屋敷)で泊まれば良いよ』と言い出したのだ。
当然ながら一家の衆(特に平次と綾近)は、森三一家屋敷への私という異分子の逗留に猛反対するのだが、
結局は、ゆみみの『困っている人を見捨てるのは仁義に反する!』との鶴の一声によって強行採決となった。
綾近が私に言いたくなる気持ちも分かる。むしろ、私も泊まるつもりなんて更々も無かったんだよ。
だけど、渋っている所へゆみみに涙目で頼みこまれちゃ、首を縦に振らざるえないだろう?
……まぁ、其処が女子供に甘い所だとか言われたら、私も否定は出来ないのだが……。
「そもそもな、俺、あんたが教師だって言うの? あれも信じちゃいないんだわ。堅気だって話もな」
私へ煙管の先を向けながら、何処か不機嫌そうに言う綾近。
どうも、彼にとっては異分子である私が、相当気に入らないようである。
「俺のみる限り、あんたは少なくとも修羅場を一度か二度は経験している。
それも、そんじょそこいらの連中が味わった物とは比べ物にならない、それこそ凄惨な――」
ビュッ!
「――っ!?」
突如、目の前を何かが高速で通り過ぎた事に綾近は毛を逆立てて驚き、言葉を途中で止まる。
それは私が前動作無しに振るった左の貫き手。ようやくそれに気付いた彼は驚きの表情から引きつった笑顔へ変えて、
「お、おいおい、何のつもりかわかんねーが、いきなり危ねーじゃねーか?」
「……蚊だ。もう出るようになったんだな?……これから刺されぬ様に気を付けねば」
「――な、に?」
その眼前に差し出された、私の人差し指の爪に刺さっている蚊の死骸を前に、再び絶句する綾近。
それから数秒の間を置いて響く、ぷちんと言う音。同時に綾近はやおら含み笑いをもらし始め。
「くくくく、良い度胸じゃねえか、獅子宮センセ。そのつもりならやってやるよ!」
言って、懐から取り出した短ドスを抜き放つ! ……やれやれ、やっぱりこうなってしまったか。
余り触れられたくない話に入りそうだったから、つい咄嗟に話を止めようとやったのが拙かったか。
なるべく戦いたくない相手ではあるが、逆にこれをこの場から逃げる機会と捉えるのも悪くない。
そう思った私は、うっかり殺されない為に静かに戦闘体勢へと入る。
「さぁ、何処から刻んで―――」
「止めろ綾近、何しているんだ!」
「――っ! 秋水、お前か……」
綾近が狂気地味た笑み浮かべ、短ドスで私に切り掛かろうと――突如横合いから割って入る声。
動きを止めた私と綾近、ほぼ同時に振り向いてみると、其処にいたのは何故か蚊とり豚片手の秋水。
「何があったか知らんが客人に手を出すとは何事だ。良いから下がってろ 綾近」
「……ちっ、分かったよ……さがりゃ良いんだろ、クソ……」
秋水に促され、短ドス収めた綾近は、酷く渋々と尻尾をくねらせながらも素直に立ち去って行く。
その後ろ姿が尻尾の先まで見えなくなったのを確認した後、秋水は私へ歩み寄り、聞く。
「大丈夫か? 怜子さんよ。綾近に何かされなかったかい?」
「……礼は言わんぞ? 別に誰にも助けを求めてはいないからな」
「その減らず口を叩く辺り、まだ大丈夫そうだな」
私の言葉を強がりと受け取ったのか、苦笑して言う秋水。
むぅ……こう言った手合いは何となく苦手だ。年上の余裕と言うべきか。
それになんだか子供扱いされている気がして少し気に食わない。揺れる尻尾も心なしか憎い。
「それで、私へ何の用だ? さっきの綾近みたいに何か言いに来たのか?」
「いいや、俺の目的はこれだ」
「……?」
つっけんどんに言い放つ私に向けて、秋水が差し出したのは手にした蚊とり豚。
当然ながら私は言っている意味が掴めず、思わず訝しげに眉根を寄せて、房付き尻尾を左右に振らせる。
そんな私の態度が余程可笑しかったのか、秋水は口から笑い声を漏らしつつ
「そろそろ蚊が出てくる時期だからとお嬢に言われて、屋敷のあちこちにこれを置いて周ってたんだ。
んで、この一個がここに置く奴で、かつ最後の一個って訳だ。ほら、煙いけど我慢しな」
言って、私の直ぐ横へかとり豚を置く。途端に鼻腔に感じる蚊取り線香特有の煙の臭い。
何時も煙草を吸っている私でも、この独特の臭いはあまり好きでは無く、思わず咳き込んでしまう。
しかし、それの何処が面白かったのか、秋水は遂に笑い出していう
「はは、やっぱ煙草吸ってるあんたでもこの臭いは慣れないもんか。
まぁ、他の奴からいい加減、液状蚊取りにした方が良いって言われてたからな、
これを良い機会に一度、液状蚊取りを試してみる様に言っておくか」
「……他にやる事が無いなら他行ってくれないか? 不愉快だ」
「おっと、すまんな」
其処でようやく私の不機嫌な眼差しに気付き、秋水は何処か軽いノリで謝って見せる。
うーむ、和服に仮面と少し怪しい見た目の割に、意外と物腰が柔らかい性格と言うべきか……
だが、それでも子供扱いされていると言うのはやはり気に食わない。と言うか、そもそも何しに来たんだこいつ。
蚊取り豚を置きに来た、だけならばわざわざ私をからかう必要も無いのだが……
「いやなに、ちょいと怜子さん、あんたに興味があってな。蚊取り豚置くついでに話を聞こうかと」
「……その仮面を外してくれたら、話くらいはしてやる」
「ええっと……それって遠回しに話をする気は無い、と捉えて宜しいので?」
「無論だ」
つっけんどんにきっぱりと言い放つ私。見ず知らずのケモノに自分の事をホイホイと話す程、私は甘ちゃんではない。
しかし、秋水は怒り出す所か、むしろ上機嫌な調子で私へ言う。
「いや、中々面白いな。あんたは堅気だって言う割に、俺達を全然恐れちゃいない。むしろ肝が据わりきってる。
普通の堅気なら、こんな状況に放り出されたら今頃、心底震えあがっててとても煙草なんて吸ってる場合じゃない筈だ。
なのにあんたは、落ち付いてるばかりか綾近の脅しすら何処吹く風で、おまけに助けた俺に減らず口を叩く始末だ」
「……何が言いたい? くだらん前置きは要らんからとっとと用件を言ってくれ」
私の一言に、彼の仮面の向こうの瞳が笑みの形へ歪む、
「ふっ、なら単刀直入に問おう、あんたは何者だ?」
――やはりそう来たか。
「うちに内偵に来たサツや、他の組のスパイしちゃあ行動も堂々としている。その上、何か調べている様子すらない。
かといって他の組からの流れ者にしては、あんた位の度量のケモノなら既に名と顔が知れてても良い筈だ。なのにそれも無い。
……だからこそ気になったのさ、獅子宮 怜子と言う女は何者か、ってな」
「……」
あの時に答えた通りだ――と言おうとして、私は思い直す。
そして、一瞬ほどの間を置いて、私は空を見上げ、星空へ向けるように言う。
「……私は只の不良教師さ。そう、ちょっとだけ他人(ひと)とは違う道を歩んできただけの、な」
「おや? 話す気はなかったのでは?」
少し意外そうに言う秋水、私は秋水から顔を背けつつ返す。
「……一応だが、助けられた以上はカリを返さなきゃならん。それが私のスタイルなんでな」
「なるほど、スジが通ってるな。……それじゃあ、聞きたい事は聞けたので、俺もそろそろお暇するか」
「む? 私の話、信用するのか?」
「嘘を言っている様な感じはしないんでな。とりあえずって奴だ。それじゃ、良い夜を」
私へにやりと笑って見せ、秋水は満足した様に尻尾を揺らしながら去っていった。
……あの狐め、最後まで私を子供扱いしていたな。やっぱり気に入らない。
「まぁ良い、今度こそゆっくりと煙草を……」
「よう、お客人。ちょいと良いかい?」
私が再度、煙草に火を点けるべくジッポーを手にした所で――またも横合いから掛かる声。
また誰だと尻尾くねらせつつ声の方へ目を向けると、其処には柱を背に佇む銀虎の姿。
しかしその手には何故か、お盆に乗せられたハンバーグを中心とした料理が……。今度はまた何だ?
「まぁ、そんな変な顔されても仕方ないな。厳つい顔した俺がこんなもん持ってこりゃ誰だって不思議がるさ」
どうやら表情と尻尾の動きから、今の私の感情を読み取られた様で、
銀虎は少し困った様に――自分の後ろ頭を掻きながら、持っていたお盆の料理を私の横へ置いて寄越す。
「お客人、あんた今日の晩飯を食ってないんだろ?
それでさっきお嬢に頼まれたんだよ、怜子さんがおなか空かせてるかもしれないから、これ渡してきてって」
……なるほど、そう言う事か。――確かに私は晩飯を食わずに居た。
そもそも森三一家の屋敷に泊まるつもりも無かった以上、晩飯も世話になる事はないと夕食は食わずに居たのだ。
実を言えば、私のような大型ネコ科は、一度満腹になれば三日間くらいは何も食わずとも平気な身体構造をしている。
その上、嘗ての私は数週間も何も食わずに居た事が何度かあったので、食事を一回抜かすくらいは如何って事は無かった。
――のだが、如何もゆみみにはそれが分からなかったらしく、余計に気を使わせてしまったようで。
やはり、こう言うことは一言言っておくべきかもしれんな……?
「まぁ、本当は食いたかねぇ奴に持っていく必要は無いって断る所だが、
お嬢からの直々の頼みなのもあるし、ついでに俺もあんたにちょっと興味があったんでな」
……銀虎よ、お前もか。
如何も私は、この手の人の興味を惹いてしまう運命にあるらしい。何と言う嫌な運命だ。
これからもこんな事が続く様なら、いっその事スタイルを……いや、無理だな。そんなの私自身が許さん。
そんな若干うんざりとした物を感じつつ、私は銀虎へ聞き返す。
「興味って何だ?……私が何者かなんて、『ただの堅気の不良教師です』としか答え様が無いのだがな?」
「いやいや、そう言うもんじゃねえよ。安心しな。さっき秋水に話してたのも聞いたしな」
銀虎の否定に思わず眉をひそめる私。……というか、実は立ち聞きしていたのか、この男。
流石は森三一家でワンバーワンと言われるだけあって、抜け目が無いというか何と言うか。
「俺が感じたあんたへの興味ってのはよ、あんたが『何処から来たのか』って事だ」
この時、私の表情は確かに驚きの物へと変わっていた事だろう。
それも当然だ。何せ私が別のIFの枝先から来てしまった事を、彼はあっさりと看破してのけたのだ。
無論の事、私自身、別世界云々なんて荒唐無稽な話と思っており、誰にも話していないにも関わらずだ。
修正
×それも当然だ。何せ私が別のIFの枝先から来てしまった事を、彼はあっさりと看破してのけたのだ。
○それも当然だ。何せ私が別の世界から来てしまった可能性を、彼はあっさりと看破してのけたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「夕方頃、あんたは自分が堅気の教師だって証明の為に、俺達へ運転免許とかいろんな証書を見せたりしただろ?」
そう言えば確かに、外が暗くなり始める頃にそんな事をしたような覚えはある。
その時、ゆみみを始め、他の一家の衆は偽造かどうか確かめただけで、余り書面へは目を通していなかった。
しかし、その中で銀虎だけは、免許に記載された住所などをメモに取っていた事を思い出す。
「それでな、ちょっと気になってな。後でその免許に書かれている住所とかをインターネットで調べてみたんだ」
言ってパソコンのキーボードを打つ仕草をして見せる銀虎。最近のヤクザもIT化が進んでいるようだ。
「――そしたら、何一つとして該当する物は無し。しかも全てが全てだ。
その結果に一瞬、あんたの免許その他諸々は全部偽造かと思ったんだが、それにしちゃあ良く出来ている。
ただ偽造するにしても、普通は俺達が知っている地名を書きゃあ良い物だ、それの方が偽造と疑われるリスクも少ねぇしな。
だが、あんたの見せた免許には、偽造と疑われるリスクを犯してまで、わざわざ存在しない架空の地名が書かれている。
一体こりゃなんだ? 俺達を騙すにしても幾ら何でも手が込み過ぎだ。ちょいと納得出来る説明が欲しい所なんだが」
言って、ずいと顔を近づけさせる銀虎。
……やれやれ、この場合、何処から如何説明すれば良いのやら。
あまり荒唐無稽過ぎる話をしよう物なら、下手すりゃ理解しきれずブチ切れてドスを持ち出す事になりかねないしな……。
――仕方あるまい。こうなれば、ここは私の身に降りかかった事を、嘘偽り無く話すとしよう。
もしそれで彼が信じない様なら、その時はその時だ。
「そうだな、先ずは私が何処からどうやって、この街に来たかを話すとしようか――」
胸中で覚悟を決めた私は、銀虎へ事の経緯を話し始めた……。
* * *
「――と言うことだ。……まぁ、かく言う私自身でさえ、この事はまだ半信半疑なんだがな」
数分後、自身に起きた事の経緯の全てを説明し終えた私は、疲れたとばかりに一息付いた。
話の最中、銀虎は何度か私へ質問をして来た物の、それ以外は口を挟む事無く黙って私の話を聞いていた。
「……」
そして今、銀虎は何やら考えこむ様に腕組をしながら顔を俯かせ、小さく唸り声を漏らしていた。
その尻尾は時折左右に振られ、そしてもどかしそうにうねうねとくねる。明らかに何か考え込んでいる様子だった。
この時の私はと言うと、ただ何も言わず、考えこむ銀虎の横顔を眺めるしか他がない。
はてさてこれからどうなる事か……と、私が独り不安に駆られた所で、銀虎が私の方へ向き直り、口を開く。
「……何と言えば良いんだろうな、この場合。
お客人、あんたの話は、はっきり言って、嘘八百と取られても仕方のねぇ話だ」
「……だろうな。私自身、もし同じ事を他の奴から聞かされたら、多分同じ事を思うだろうよ」
案の上の銀虎の言葉に、私が半ば諦め混じりに返した所で、銀虎は「まあ待て」と言って話を続ける。
「長年こう言う稼業をやっているとな、時には相手の言っている事の真偽を見極める必要に迫られる事が多いもんでな、
そう言う事を何度かしている内に、如何しても必然的に『人を見る目』ってのが養われてくるもんなんだ。
無論、若ぇ頃に親からこの役目を受け継いだ俺もまた、『人を見る目』を養われた口でな」
言いながらグラサン越しに自分の目を指した後、その指先を私へ向け。
「俺が見る限り、如何もあんたは嘘を言っている様な感じはしない。むしろ本当の様にも聞こえる。
しかし、だからと言ってあんたの話の全てが全てを信じる訳にも行かない。だが、同時に信用できないって訳でもない」
「……つまり、如何言うことだ?」
言っている事の意が掴めず思わず聞き返す私へ、銀虎は困った様に後ろ頭を掻きながら、
「まぁ……つまりはだな。お客人、俺はあんたの話の半分ほどは信用してやるって事だよ」
「良いのか? こんな荒唐無稽な話、信じろと言うのがどだい無理な話だと思うのだが……」
思いもよらぬ言葉に私が思わず難色を示した所で、銀虎に背中をばんと軽く叩かれ
「良いんだよ。あんたは俺達の知らない何処か遠くからやってきた、つまりはそう言う事なんだろ?
同じ獅子のよしみで一先ずは信じてやるさ。……それよりとっとと晩飯を食ってくれないか?
折角俺が作ってやったのが冷めちまう」
「む、むぅ……」
なんだか腑に落ちない物を感じつつ、私は銀虎に促されるまま仕方なく晩飯に出されたハンバーグを口へ運ぶ。
味付けは和風らしく、掛かっているしょうゆ風味ソースと大根おろしが良い按配。
「味は如何だ? あんたの口に合うと良いんだがよ」
「……悪くは無い、といった所だな」
「はは、そうかい?」
厳ついヤクザの男が作ったと言う手料理の割に、意外に美味しいのが何だか女として悔しい。
それもあって、つい正直に美味しいとは言わなかったのだが。多分、彼のあの態度からしてそれはバレているのだろう。
えぇい、ニヤニヤしながら私の食う様子を眺めるな。こう言う時、馬鹿正直な自分の尻尾が恨めしく思えてしまう。
「おい、何をこんなとこで躊躇してるんだ、平次。早く行けって」
「分かってるよ唯鶴、でも心の準備ってのがあってなぁ…――ってピアスを思いっきり引っ張るなって、痛ぇっての!」
若干不機嫌に私が食事を取ってる最中、こちらへ向かってくる足音二つと騒ぎ声が私の耳を震わす。
ほぼ同じタイミングで私と銀虎が振り向いてみると、其処には妙に恥かしがる平次を連れた唯鶴の姿。
無論の事ながら、私と同じく事情の飲み込めない銀虎が尻尾をくねらせつつ、二人へ問う。
「……お前ら、何しに来たんだ?」
「いや、ちょっとな……ほら平次。ここまで来たんだから、いい加減覚悟決めろ」
「分かってるって…あの、怜子さん!」
「……?」
いきなり平次に話しかけられ、思わず食事をしていた手を止めてきょとんとする私。ピンと跳ねる尻尾。
それは銀虎も同じらしく、口を半開きにして平次の様子を見ていた。
「その、なんだ……昼間、あんたを同業者と勘違いした挙句、胸を揉んで悪かった。この通りだ、謝る!」
「……」
更には頭を下げて謝る平次を前に、私と銀虎は遂にお互いに顔を見合わせ、目をぱちくりとさせた。
その様子が居た堪れなかったのか、平次はもぞもぞと口篭もらせつつ説明を始める。
「えっと…それで……何でいきなりこんな事言い出したかってぇ言うと、ついさっき俺、お嬢に説教されちまってな……。
怜子さんは詫びは要らないと言ってたけど、やっぱ女の人の胸を揉んだならきちんと謝った方が良い、ってさ」
なるほど、そう言う事か……。
ゆみみもあの若さの割にしっかりしているのだな。感心。
「それで、だったら今直ぐ謝ってきた方が良いんじゃないかって、もう唯鶴に無理やり……」
「そうそう、俺は平次が逃げ出さない為の付き添いって奴だ」
「ぶっ、お前、人の家の窓ガラスを割って、先生に謝りに行かされる悪ガキかよ?」
「う、うっせぇ!! それ言うなって! 俺、気にしてるんだから!」
更にもぞもぞと言った所での唯鶴の言葉に銀虎に笑われ、思わず鬣を逆立てて恥かしがる平次。
ここまで恥かしがる辺り、銀虎の指摘は平次にとって図星だったのだろう。
「銀虎、実は言うとな。こいつ、今の今まで何してたかって言うと、謝るのを嫌がって逃げ回ってたんだぜ?」
「おいおい、まるでガキじゃねえか。そう言う覚悟くらい直ぐに決めろよな平次? ぷぷっ」
「ちょ、おい! 何さらっと言いふらしてるんだよ唯鶴! それは俺の黒歴史にしてくれよ!? つか笑うな銀虎!」
「しかもなこいつ、トイレに逃げ込んだ挙句に、怒ったお嬢に引き摺り出されてやがるんだわ、情けないにも程があるだろ?」
「へぇ、そうなんだ。後で秋水と綾近にもこの事教えておくか、くくっ」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!? 唯鶴、それも言わないでぇぇぇぇっ!! 銀虎も言いふらすの止めてぇぇ!?」
……そして結局、私が食事を終えるまでの間中、
三人はまるで昼休みの中学生の男子生徒たちの様に、わいのわいのと仲良く騒いでいたのであった。
「……ふぅ、やっと静かになった……」
それからややあって、再び静けさを取り戻した屋敷の縁側で、
私は独り、雲一つ無くなった空に煌く星々を眺めながら、静かに煙草の味を楽しんでいた。
あれから私が食事を終えた後、銀虎は私が食事に使っていた食器を洗うべく台所へと行き、
そして唯鶴と平次の二人もまた、私への用も済んだ上に騒ぎ疲れたのもあって、早々に自分の部屋へと戻っていった。
やれやれ、これでようやく静かに煙草を味わう事が出来る。
何と言うか、この一家の連中は騒がしくて溜まらん――と言うか、何故私に構って来るんだ?
こんなろくでなしの私なんかに関わった所で、良い事は何一つない上に下手すれば不幸になるだけだと言うのに。
それにどうせ別れる事になるから、余計な感情を持たない様になるべくここの者とは関わりを持たない様にしていると言うのに、
如何言う訳か次から次へと私の元にやってきて、結局一家の衆の全員と何かしらの関わりを持ってしまった。
何と言うか、まるでそれを望む誰かが、そうなる様に仕向けたとしか……。
「……」
ある結論に思い当たった私は、まだ吸いきっていない煙草を携帯灰皿へと押しやった後。
ゆっくりと視線を巡らせ、同時に周囲を探る様に両の耳を動かして、その気配を探る。
――そして思っていた通り、縁側の一番端の角の辺り。息を潜めてじっとこちらを伺う気配を私は感じ取った。
「……居るんだろう。こそこそ隠れていないで出て来い」
私は迷う事無く、隠れている気配へ向けて声を掛ける。
すると、どうやら気配の主は声を掛けられる思って無かったらしく、若干動揺の動きが見え、そして……
「……え、えーっと、気付かれちゃった、かな?」
おずおずと姿をあらわしたのは、森三一家の若頭、森三ゆみみ。
彼女はまるで悪戯がばれた子供の様な照れ笑いを浮かべつつ、私の隣に来て座る
「うーん、上手く隠れてたつもりなんだけど……」
「ケモノの感覚を甘く見ちゃいかん、隠れたつもりでもモロバレだったぞ?」
「って事は、かくれんぼの時も銀虎たち、わざと見つからない振りをしてたのかな?」
「さぁな、それは如何だか分からんよ。本人に聞いて見ない事にはな」
新たな煙草を咥えなおした私は、敢えてゆみみと目を合わせない様に受け答えした後、
頃合を見計らって彼女の方へ向き直り、本題を切り出す。
「それより、舎弟たちがここへ来る様に仕向けたの、ゆみみ少女、お前だろ?」
「――う゛…な、何の事…かなぁ?」
呻き声と共にビクリと震えるゆみみ、そして視線を私から逸らしつつ震えた声で誤魔化す。
……もう言うまでもなく完全なまでにクロである。まさかここまで分かりやすいとは……。
内心呆れ返りつつも、私はゆみみへむけて更に言う。
「よくよく連中の話を思い出してみたらな。
あいつらが私の元に来たの、綾近を除けば全部ゆみみ少女の差し金じゃないか」
――そうである。私が思い当たった結論と言うのも、
私の元に一家の衆が訪れる様、ゆみみが仕向けたのではないかと言う事であった。
最初の綾近は如何だか分からんが、その次の秋水は蚊取り豚を置く様に言われ、そして銀虎は食事を持ってくる様に言われ、
更には平次と唯鶴の二人が来たのも、そもそもはゆみみが謝りに行く様に平次へ言った事が発端である。
……まぁ、普通ここまで考えれば、この結論に至るのはごく当然の結果と言うべきか。
「え、えーっと……実は言うと、その、綾近の方も、様子を見てきてって頼んでたんだよねー……?」
と、苦笑いを浮かべて言うゆみみ――と言うことは全員、彼女の差し金だったと言うことか。
何と言うか、怒りを通り越して呆れるやら何とやらである。なんだってこんな事を……?
「それで、如何してそんな事をしたのか、少し聞きたいんだがな?」
「う〜ん、何と言うか……なんか、あなたが寂しそうに見えたから、かな?」
「……寂しそう?」
ゆみみからの思わぬ返答に、私は思わず眉をひそめ、オウム返しに問う。
「怜子さんって、普通の人と違って皆とはほぼ対等に話すけど……なんと言うか、皆とは一歩距離を置いている感じがするの。
それもただ人付き合いが苦手だとかそう言う感じじゃなくて、敢えて距離を置いているというか……」
「……そりゃそもそもは他人の家だからな。何れは出ていく以上、余計な感情は残さないに越した事はないだろ?
ほら、良く言うじゃないか、立つ鳥後を濁さず、とかな」
「ううん、そうじゃない!」
少し投げやり気味に返した所でゆみみに強い言葉で否定され、私は思わずはっと振り向く。
「怜子さんは何処かで恐れてる、誰かと関わり合いになることを恐がってる。
それが如何してかは私には良くわからないけど……でも、私は見てたよ。怜子さんがここで独り寂しそうに煙草吸ってる姿を。
本当は誰かと仲良くなりたい、けど、それが恐いからわざと距離を離してる、私には怜子さんがそう見えるのよ」
「…………」
う、うぅむ……これだから子供と言うのは、変な所に観察眼が優れているというか……。
まさか、私がダチの織田以外には誰にも言ってなかった心奥の事を、こうも見事に言い当ててくれるとは。
しかも、会ってまだ一日と経っていないというのにだ。流石は一家を背負って立つ若頭だけはある、か。
「……だから、お前の舎弟達を私の所へ行かせた訳か?」
「う、ゴメンナサイ……本当は私が直接行けば良かったんだけど、変に気を使わせちゃマズイと思ったから……」
私の呆れ混じりの問いに、本当に申し訳なさそうに謝るゆみみ。
「その、怜子さん……やっぱ、怒ってるかな?」
「……怒ってはいない。だが……」
言って、私は溜息一つ漏らして項垂れているゆみみの頭へポンと手を置き、
その掌の肉球で思いっきり頭をワシワシしつつ、まくし立てる様に続ける。
「よくもまぁ、こんな余計な気使いを思いつくものだな? しかも会って一日も経ってないケモノの事なのにだ。
流石は一家の若頭だ、大した洞察力だよ。私は怒りを通り越して呆れかえったよ」
「ちょ、痛い、痛いって怜子さん、髪がぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」
ある程度ワシワシしてゆみみが嫌がり始めた所で、手を止め、
其処から一転、母親がやるそれの様に優しく撫でる動きへ変え、私は言う。
「――まぁ、とはいえ、おかげで退屈はしなかったな。その点は感謝しよう……ありがとう」
「……え? いまなんて?」
「二度は言わんぞ?」
言って、私はぷいと顔を背ける。ガラにも無い事は二度は言わない主義なのだ、私は。
増してや他人への「ありがとう」を二度も言うなんて、それこそ私のスタイルに反するでは無いか。
ゆみみも私の尻尾の動きで何となくそれを察したのか、しつこくせがむ事はしなかった。
それからお互いに何も語らう事無く、夜空に瞬く星々を眺めた後。
ふと何かを思い立った様にゆみみがこちらへ振り向き、少しおずおずといった感じで言う
「ねえ、ところで……怜子さんに一つお願いしても良いかな?」
「……ん? お願いとは何だ?」
はて、私へのお願い? ……一体、何を頼むつもりやら。
その疑問を表す様に左右にくねる尻尾。
「お願いってのは、その……これから怜子さんの事を、怜子先生って呼んでも良いかなって」
「……む? なぜ私の事を先生と?」
あまりに意外なお願いに、思わず隻眼の目を丸くして聞き返す私。
「怜子さんって、その…学校の先生をしているでしょ?」
「ああ、そうだな? 確かに私は、佳望学園と言う学校で、中等部、高等部の現代社会の教科を担当している」
「それでね、私の通っている学校に、怜子さんみたいな先生がいたら良いなーって思ったの……」
「……如何言うことだ?」
更に聞き返す私へ、ゆみみは顔を俯かせ、声のトーンを落して話す。
「私の家ってさ…こう言う所じゃない? それに、私自身も若頭でしょう?
だからそれで学校の先生の殆どが、決して分かり易い形じゃないけれど、一方的に私を怖がったり避けたりしているの……。
でも、それでも一応、学校に友達が何人か居るんだけどね、それ以外の子も皆、先生と同じ。一方的に私の事を恐れているの。
銀虎達は『気にする事は無い』って言ってくれるけど、それでもやっぱり……気にしちゃう」
「…………」
「なんで私、森三一家の娘に生まれちゃったのかな……?」
もし私の家が森三一家じゃなかったら……こんな想い、する事は無いのかな?」
表情こそは笑っている物の、彼女のその横顔は言い様に無いくらいに悲しい色を湛え、そして辛そうに見えた。
……表面上は気丈に振舞っているけど、やっぱり、この子は歳相応の少女なのだな……。
名のあるヤクザの家に生まれたと言うだけで、人並みの少女らしい生活は、幾ら望めど決してかなう事は無い。
この小さな身体に、一体どれだけの辛さや苦しみを抱えこんでいるのか、所詮は他人である私には知る事は出来ないだろう。
「ゴメン、ちょっと話がずれちゃったね?」
「いや、構わん。続けてくれ」
「ありがと……それで、怜子さんってさ、堅気の人じゃない。
けど、それでも、うちの舎弟相手でも一歩も引いて無いというか、むしろ対等に対応しているでしょ?
だから、そんな怜子さんの姿を見ている内に、うちの学校にこんな先生が居たら良いなーって思っちゃって……」
「それで、それが無理ならせめて、私の事を先生と呼びたい、と。そう言う事か?」
私の問いに、ゆみみは肯定の意味か、こちらを向いてこくんと頷く。
しかし、其処で何か思い直したのか、彼女は視線をさっと逸らし、
「……でも、やっぱり無理かな? まだ、怜子さんと会ってから一日しか経ってないし……」
「…………」
私は何も言わず、じっとゆみみの顔を見つめる。
彼女の表情に写るは、期待と不安の二つの感情を入り混じらせた物。
私の様なケモノと違って、感情を表す尻尾やケモ耳のない人間は、大体の感情を顔の表情で表す。
特に彼女の様な多感な年頃は、その表情をまるで秋の空の様に、喜怒哀楽様々な色へと変えて魅せる。
そんな彼女の表情を、果たして大人の勝手な都合だけで曇らせて良い物か。
私は暫し考えた後――ぷいとそっぽを向いて言う。
「好きにすれば良いさ」
「え?」
「私の事を先生と呼んでも構わん、と言うことだ」
「――ほ、本当!? ありがとう! 怜子さん、じゃなくて怜子先生!」
今の私はそっぽ向いてる為、その表情こそは判らないが、
声の調子からして、今のゆみみはそれこそ、長らく続いた雨の後に見せる太陽の様な笑顔を見せている事だろう。
……私とした事が何ともガラにもない事を。もしこの様子をあのとっつあんぼうやが見ていたら、何と言って笑う事か。
そんなこそばゆい物を尻尾の先に感じていた矢先、ゆみみは明るい調子で言ってのける。
「うん、思った通りだった。怜子先生ってやっぱり優しい人なんだね」
「――ばっ!? 馬鹿を言え、何を根拠にそんな事を思うんだ?」
思わぬ言葉に驚き振り向く私、ケモ耳がカアッと熱くなるのを感じる!
ヤサシイヒト――常日頃からアウトローを貫く私にとって、最も似合わぬ言葉である。
無論の事ながら、私は耳の内側を紅くしながら慌てて否定するのだが、ゆみみはその反応も予想していた様で、
「だって怜子先生はあの時、私が居ると気付いたら、直ぐに煙草を吸うのを止めたじゃない。
あれって、煙草の煙で私が煙たくならない様に気を使ってくれたのよね?」
「いや、アレはもう吸い切ったからであって……」
「ふーん、まだ半分以上残ってたように見えたけど?」
「ぐっ……」
ゆみみのスルドイ指摘に、思わず呻き声を漏らす私。
しかし、それでも私は、指摘されたからと言って『はいそうです』と簡単には認めはしない。
私は誇り高い獅子なのだ、故に他人(ひと)に弱みを見せる訳には行かない。
「とにかく、ゆみみ少女。私はお前が思っているような優しい人なんかじゃないんだ。其処を勘違いしないで欲しい」
「でも……怜子先生の尻尾はそうは言っていないけど?」
「……っ!?」
が、無意識の内にパタパタと動きまわっていた尻尾の事をゆみみに指摘され、私は慌てて自分の尻の間に尻尾を隠した。
くッ、馬鹿正直な尻尾め! 知らぬ間に私の感情をこうも見事にだだ漏れにしているとは……!
うーむ、如何もこの街に来てからと言う物、ずっと調子を乱されっぱなしだ。
「ああもう、こんなステキ過ぎる展開を用意してくれた巡り合わせの神がもし目の前に居たら、
今直ぐ半殺しにしてやりたい気分だ……」
「ゴ、ゴメンゴメン、ちょっとからかいすぎたみたい。怜子先生と話すのが楽しくてつい……」
「”つい”じゃないだろ”つい”じゃ……」
私は呆れ混じりにふぅ、と溜息を付いた後――ふっと笑みを浮かべ、
「まぁ、だが悪い気はしない。なんだかんだ言って、私もゆみみ少女と話のが楽しかったからな」
「せ、先生……ありがとう!」
喜びの声を上げてぼふっと抱きつく少女の頭へ、私はそっと手を乗せて、髪に沿う様に優しく撫でる。
鼻腔に感じるは、彼女の使って居る物だろうシャンプーの優しい香り。その香りに心なしか心も穏やかになりそうな気がする。
そしてふと思う、もし私に娘がいたなら、こう言う事もしていたのだろうかと。
それから暫くたって、そろそろ彼方此方の家庭では就寝に入る者も出始める頃。
私の身体へ寄り添う様にして座るゆみみが、私の顔を見上げて言う。
「ねぇ、先生……もう一つだけ、お願いしても良いかな?」
「……ん? なんだ? 言ってみろ」
「んっと、それはね――」
ゆみみが言いかけた所で――不意に塀の向こうから響く、改造車と思しき車のやたらと大きなエンジン音。
その音に私とゆみみが動きを止めた所で、塀の向こうの車の止まった辺りから唐突に何かが飛び込み、目の前に落ちる。
子供の握り拳より少し大きめのそれは――手榴弾!?
「――くっ! ゆみみ少女、耳を塞いでろ!」
「え? 怜子せんs――」
それに気付いた私は咄嗟にゆみみを抱え、なるべく手榴弾から離れるべく横へ跳ぶ!
更に跳んだ先で、私は自分の身体を盾にするべくゆみみの身体へ覆い被さり――
ゴ ゥ ン ! !
――刹那、
耳を劈く(つんざく)ような激しい音と衝撃が、夜の屋敷を揺るがした……。
――――――――――――【転】へ続く―――――――――――――
以上です。
次回投下は金曜の予定……と言いたいけど、スレ持つかな……?
うおおおいきなり大変なことに! 続き期待!
しかし本物から見ても堅気に見てもらえない獅子宮先生気の毒だw
517 :
乙!!:2010/06/22(火) 20:12:10 ID:6nzZCTmN
殴り込みじゃあ!
さるは大丈夫だったみたいだね。
しかし獅子宮先生特有の可愛さw
金曜日よ早く来いw
これはなんというコラボレーション
ヤクザ者なのにかわいいひとたちだな
519 :
◆/zsiCmwdl. :2010/06/22(火) 21:28:22 ID:88eydq4V
ちと、訂正。
>>489の『合気道の返し投げ』の部分は、WIK保管時には『柔道の返し投げ』に直しておいてください
指摘されてやっと気付いた間抜けな俺orz
「――うっ……」
――不意に、目にさしこんだ光で意識が覚醒する。
薄っすらと隻眼を開けた私は、ぼんやりとした意識の中、自分の置かれた状況を確認する。
ここは……あの世とかではない様だ。感覚も次第にはっきりとしてくる。
「……こ、ここは……屋敷、か?」
はっきりと目を開けて視線を巡らせてみると、私は屋敷の一室に敷かれた布団に寝かされている所だった。
どうやら、私は情けない事に、あの手榴弾の爆発の衝撃で気を失っていた様である。
「あ、目が覚めやしたか、お客人」
「む……唯鶴か……」
掛かった声に顔を向ければ、其処には何時ものスーツ姿に毛布片手の唯鶴の姿。
恐らく、彼は意識を失っていた私の世話をしようとしていた所だろうか?……にしても、スーツがやや乱れているのは何故だ?
取り合えず、まだ意識ははっきりとしないが、今の状況を聞く事にする。
「……なぁ、アレからどれくらい経った?」
「そうですね……あれから二日、と言ったところです」
何と、あれから二日も意識を失っていたのか……私とした事が。
そんな不甲斐ない自分自身に苛立ちを感じつつ、私は身を起こそうとして――
「――っ!」
「ちょ、お客人! 大丈夫ですか?」
ズキリ、と背中に走る激痛! 無意識の内に口から漏れる呻き声。
それを見た唯鶴が思わず駆け寄るが、私はそれを手で制し、
「いや、大丈夫だ……きにするな」
「ならば良いのですが……一応、傷の手当てはしてありますが、無茶はしないで下さいよ?」
「……大丈夫さ。この程度の怪我でネを上げる私じゃない」
……強がりは言ってみた物の、背中に走った痛みは決して無視の出来ないレベルの物だった。
多分、ゆみみを庇ったその際、手榴弾の破片か何かが背中に当ったのだろう。
「よぅ、どうやら気が付いたようだな、お客人」
「銀虎、か……」
上半身を起こした私が自分の身体のダメージの度合いを確かめていた所で、更に横合いから掛かる声。
振り向けば、開いた障子に身体を預ける様に佇む銀虎の姿……ただ、彼もその鬣が妙に乱れているのは何故だろうか?
「あんた、手榴弾の爆発からお嬢を庇って、その爆発の衝撃で気を失っていたんだ。丸二日もな」
「ああ、私が丸二日寝ていたのは唯鶴から聞いた。……それで、ゆみみは?」
「お嬢なら……」
言って銀虎と唯鶴が指差す方には、私の腰の辺りに身を預け、穏やかな寝息を立てるゆみみの姿。
多分、誰かが身体を冷やさぬ様に気を効かせたのか、彼女の身体に毛布が被せられていた。
「お嬢の方は、お客人が身を張って庇ってくれたおかげで、怪我一つせずに済みました。その点は本当に感謝しています。
……ですが、あの時は大変でした。爆発の後、『私の所為で先生が死んじゃう』とお嬢がパニックになってしまって。
俺達一家の衆が総掛かりになって説得して、なんとか宥めたんですが……」
「その後、お嬢は『先生がこうなったのは私の責任だ』と言って、それからずっと付きっきりであんたの看病していたんだ」
なるほど、だからか……つい咄嗟の行動とは言え、結果的には、まだ幼い少女に深く心配させてしまうとはな……。
しかし、何処のどいつの仕業かは分からんが、この落とし前はきっちりとつけさせねばならんな。
そう思いつつ私は、すっかり疲れ切っているのか目覚める様子の無いゆみみの頭を撫でながら漏らす、
「不甲斐ないな、私は……」
「いや、不甲斐ないのはこっちの方だ! あんたが身を張って庇っていなきゃ、お嬢が大変な事になっていたと言うのに!
それに比べりゃ俺は事が起きるまで様子を見てるしか出来なかった! この詫びはエンコ(※)一本詰めるだけじゃとても――」
「ちょ、おい!? 落ちつけ銀虎っ! またドスを持ち出そうとするんじゃねえって! お嬢はそんなの望んじゃいねえだろ!」
((※)エンコ=小指の意)
私の一言を切欠に、泣き叫びながら何処からか取り出した匕首で自分の指を切落とそうとする銀虎。
無論、唯鶴はそれに気付き、慌てながらも組み付く事で何とかそれを阻止しようとする。
しかし、”また”って事は……
「離せ唯鶴ぅっ! 俺のような身を張ってお嬢を守る事の出来ねぇ不甲斐ねぇ男は、指全部落とした方が良いんだぁぁぁっ!」
「だぁぁっ! だからこんな所で指落そうとするなぁっ!」
「おい、如何した、何の騒ぎ――って、また銀虎が発作起こしたぞ!?」
「おいおい、またかよ!? これで今日に入って三度目じゃねーか? 銀虎が自分でエンコ詰めようとするの」
「んな事言ってるより早く止めねーとやべーんじゃねーの!? 皆で止めるぞ! ――って、うぉっ、危ねぇ!?」
そして騒ぎを聞きつけ、慌てて銀虎を押さえに入る秋水ら他三人。
吹き飛ぶ水差し、破れる障子、大穴が開く屏風、壁に打ち付けられ粉々に割れる花瓶、下半分が切落とされる掛け軸。
つい数秒前まで整然と整えられていた床の間は、大の男たち五人による大乱闘によって見る見るうちに荒れ果ててゆく……
……道理で、二人の格好がやや乱れていた訳だ。
多分、私が気を失っている間、銀虎たちはこのやり取りを何度かやっていたのだろう。
しかし、これだけの騒ぎの中でも、ゆみみは全く目を覚ます様子が無いと言うのは、ある意味凄いというか。
……いや、良くみれば若干うなされている。それでもおきないと言う事はそれなりに疲れていたのだろう。
「いや、見苦しい姿を見せた様で申し訳無い、お客人」
「……いや、まぁ、私は気にしない、だからそっちも気にするな、うん」
数分後、先ほどの和室の隣にある同じ位の広さの和室にて、
さっきよりもスーツがよれよれとなった唯鶴へ、私は引きつった笑みで返した。
あれから、泣き叫ぶ銀虎を唯鶴ら四人掛りで押さえつつ、必死に説得する事で何とか宥め落ち付かせた後の事である。
[……普段の銀虎はああじゃないんだが、ことお嬢の事となると、とたんに落ち着きを無くしちまうんで。
それでお嬢が危機に陥ったのに自分は何も出来なかった事が相当悔しかった様で、昨日からずっとあんな調子なんだ」
言って、ふぅと深い溜息を付く唯鶴。
因みに、当の銀虎はと言うと、今は別室に寝かされたゆみみを見守っている所であり。
そして秋水、綾近、平次の三人と言うと、先ほどの大乱闘で壊滅した和室の修復作業の真っ最中である。
「まぁ、それは兎に角、お客人には改めて申し上げます。身を張ってお嬢を守って頂き、本当に感謝します!
本当は一家の衆全員で感謝の辞を申し上げたい所ですが、今回は俺一人だけの言葉で勘弁して頂きたい」
「いや……あの時はたまたま私が傍に居ただけの事だ、其処まで感謝される筋合いは無い。
それに第一、私があんな所で話さず別室で行っていれば、彼女をああ言う目に遭わせる事も無かったんだ」
改まって深深と頭を下げて感謝を述べる唯鶴を前に、私は何処か小恥ずかしい物を感じつつ返す。
「いえ、ですが結果的にはお嬢を守って頂けたのは確か! このお礼は何時か必ずさせて頂きます」
「いや、お礼も要らん。私が勝手にやった事なんだから……」
「しかし、それでは俺達の気が……!」
うーむ、困ったな……私はこう言うのには本当に弱いんだ。
誰かに一方的に感謝されまくると、どうも気恥ずかしくて何時ものペースを保てなくなってしまう……。
そうだ、ここは話題を別の方向へ逸らすとしよう。聞きたいこともあるしな。
「そ、それよりもだ、屋敷へ手榴弾を投げこんだ犯人はわかったのか?」
「その事ですが、お客人……」
私の質問に、トカゲの顔でも分かる位に表情を曇らせる唯鶴。
そして彼は「これを」と言って、私へ一通の封筒を寄越す。
「これは……?」
「手榴弾を投げ込まれた直後辺りに、郵便受けに入れられていた物です」
封筒は既に開封されており、中には1枚のコピー用紙が1枚入っていた。
そして、其処にはワープロ打ちの無機質な文字で、森三一家をない交ぜになじった上に挑発する文章が……。
その文面の一番下には、『黒狼会』の3文字がデカデカと大きく書かれていた。
「それを見て分かる通り、あの手榴弾は黒狼会による者の仕業でした。
連中…俺達が一向に動かないことについに痺れを切らして、直接的な手段に出たんですよ!
……しかし、それでもお嬢は、俺達へ『血気に逸った行動は止めて!』と言ってくるんです。
本当は、お客人を危ない目に遭わされたお嬢の方が一番腸(はらわた)が煮え繰り返っているでしょうに……」
言って、わなわなと尻尾の先まで身体を震わせる唯鶴。
恐らくは、今の森三一家の者たちは皆、この唯鶴と同じ気分なのだろう。
そしてかく言う私もまた、彼らと同じものを胸中に抱えていた。
――黒狼会、断じて許すまじ! と。
私が密かに黒狼会への復讐を誓った所で、落ち着きを取り戻した唯鶴が改まって言う。
「お客人…その事で、まだ感謝もし切れていない内に、こう言うことを言うのも難ですが、
恐らく、これからこの屋敷の近辺は、我々森三一家と黒狼会との抗争の場となるやも知れません。
ですので、そうならない内に一刻も早く、お客人はこの辺りからお逃げになった方が良いかと思われます。
……それと後、お客人の帰り道の通行止めが解除されるまでの宿泊場所の方は、我々が手配しておきましたので、
事が収まるまでの間は、如何かその場所で安静にして頂けると、我々としても幸いです」
「……」
唯鶴からの提案に、私は数秒ほど沈黙した後、
ポケットから取り出した煙草を咥えつつ、彼の目を見据えて言う。
「……それは、ゆみみ少女からの指示か?」
「そ、それは……」
私からの問いに、言葉を濁らせる唯鶴。
じっと唯鶴の顔を見据える私、気まずそうに視線を逸らして沈黙する唯鶴。
そうやって数分の間、場に沈黙が満たした後、先に口を開いたのは唯鶴だった。
「……やはり、お客人の目は誤魔化せませんね。
実を言えば、この事はお嬢が言い出した物ではなく、お嬢が寝ている間に我々が協議した上で決めた事です」
やっぱりそうだったか……。
「お客人が何も言わず居なくなれば、確かにお嬢が悲しむ事でしょう。見た所、お嬢はお客人に懐いていた様ですし。
しかし、だからと言って、このままお客人をこの場に留まらせた結果、
万が一、お客人に何かがあれば、それこそお嬢の心が深く傷つく事になります。
……組長からお嬢を任された我々としては、その様な事は何としても避けたいのです」
「だから、事が起きる前にこの街から出ていって欲しい、そう言う事か?」
「言い方は悪いでしょうが、その通りです」
重々しく答える唯鶴、私は何も言わず、暫し考える。
そして再び、場に沈黙が満ちて数分、私はゆっくりとした動きで立ち上がり、
傍に畳まれていた皮のジャケットを肩に羽織り、その場を去ろうとする。
「お客人? 何処に行かれるので? もしや今直ぐにこの街から出ていくとか……」
「いいや、違う」
廊下へ出る襖の前まで来た所で掛かる、唯鶴の心配気な問い掛け。
しかしそれをスッパリと否定して廊下に出た私は、後を追う唯鶴の方へ振り向く事無く続ける。
「……私は捻くれ者なのでな、人に言われて『はいそうですか』と素直に従うタマじゃないんだ」
「ならば、これから何をするつもりで…?」
「ん? そうだなー―」
玄関前まで来た所での唯鶴の更なる問い掛けに、
私は一度だけ足を止め、振り向き様に牙を見せてニッと微笑み、答えた。
「――これから少し、街のゴミ掃除をしに行ってくるだけさ」
※ ※ ※
それから数分後、森三一家の屋敷を出た私はZUを駆り、路上を吹き抜ける一陣の風となっていた。
無論、街から出ていく為ではなく、この焔の街に巣食うゴミ――黒狼会の根城を見つけ出す為に。
こう言う事は恐らく、ゆみみも森三一家の衆も望んじゃいないだろうが、このまま終わらせるには私のプライドが許さなかった。
そう、私は売られた喧嘩は買い、同時に振りかかった火の粉は”根元”から断つ主義なのだ。
黒狼会――私のみならず、年端も行かぬ少女へ危害を加えた事、死ヌルほど後悔させてやる。
だが、いざ黒狼会を叩きに行くべく出たのは良いが、
肝心の黒狼会の根城の場所が、何処なのかを調べるのをすっかり忘れていた。
しかしだからと言って、今更森三一家の者に聞くにしても、今戻ったら確実に引き止められる事だろう。
よって、今の私に出来る事と言えば、独力で黒狼会の根城を見つける事以外になかった。
「さぁて、これからどうした物かな……」
信号待ちのついで、私はジッポーで煙草に火を付けながら、これから如何するべきかを考える。
・先ず第1の案:地道な聞き込み調査を行い、根城を探り出す。
――時間が幾らあっても足りない上、面倒臭がりな私の精神が持つかかどうかと言えば……ボツ。
・そして第2の案:それらしい建物を一件一件当り、根城を探り出す。
――第1の案と同じく、これもかなり時間が掛かる上、面倒臭がりな私がそれをやる筈もなく……これもボツ。
・第3の案:適当なそれっぽい相手を捕まえ、根城を聞き出す。
――唯鶴達の話では、殆どの構成員が雇われのチンピラである為、根城を聞き出すのは難しい……よってこれもボツ。
・最後に第4の案:警察へ行って其処で根城を聞き出す。
――警察が教えてくれるかどうかもあるが、そもそも警察が異邦人である私をどう見るか分からない為……この案もボツ。
……やれやれ、初っ端からいきなり大きな壁にぶち当たってしまった。
四つの案の中で、最も確実なのは第2の案なのだろうが、はっきり言ってやる気は全く起きない。
私が黒狼会を許せない事は確かだが、だからと言ってそいつらの為にわざわざ地道に探す手間を掛けたくはないのだ。
……うーむ、何だか矛盾しているな、私は……。
そう、私が自分自身へ呆れかえりつつ、何気に向けた視線の先――
「あいつらは……」
――喫茶店の席に向かい合わせで座るのは、かつて何処か出会った二人組。
それを見つけた瞬間――私の顔に笑みが浮かび、そして消えた。
「いやー食った食った、こんなに気分良くメシ食えんのは何日振りだろうな?」
「そうだな―、こうも気分が良いとメシの美味さも一塩だぜ」
程よく冷房の効いた、とある喫茶店の店内。その店内の一番奥まった場所にある、窓際の席。
其処で品性の欠片もない声で、げらげらと笑い混じりに話し合っている、二人の狼族の男。
一方はマズルの鼻先に包帯が巻かれているが、そのもう一方はそれこそ見知った顔であった。
そう、こいつらはこの街に訪れた最初の頃、公園で私へ因縁を付けて来た狼の二人組である。
私の予想が正しければ、こいつらが黒狼会の根城を知っている可能性はかなり高いだろう。
「ウェイトレスのねーちゃん! ホットケーキセットもう一人前頼むぜ!」
「おいおい、憲二、まだそんなに食うのかよ?」
「良いじゃねーか、森三一家の連中にひと泡吹かせた事でオジキから特別ボーナスを貰ったんだしよ」
「ああ、あれはボロイ仕事だったよな。でも程々にしろよな? そんなんで腹壊したら折角の良い気分も台無しだぜ?」
「それを言うなら憲一アニキもデザートを程々にしなって、そのパフェでもう何杯目だよ?」
直ぐそばに危機が迫っている事も知らず、げらげらと下品な声で笑い合う二人。
そうか、こいつらの仕業だったのか……。
「まぁ、何にせよ森三一家もおしまいだな。手榴弾投げ込まれておいて動かねぇなんて馬鹿にも程があるだろうに」
「そうそう、あれじゃ少数精鋭が強いって言う時代はもう仕舞いだな。これからは数の時代だぜ?」
「まぁな、それに朝、オジキが今日で決着付けるって言ってたし、流石の奴等も数に磨り潰されて御陀仏だろうよ」
「なら、これからいっちょ前祝に派手に遊んでおくか?」
「良いなそれ。行き付けのキャバレーでド派手にネーちゃんはべらしちまおうぜ!」
「へへ、だったら早速行くか? っと、わりーな、ウェイトレスのねーちゃん」
私は今直ぐ二人を八つ裂きにしたい衝動を抑えながら、
二人の席へホットケーキを置いたウェイトレスと入れ違いになる形で二人の傍へ忍び寄り。
げらげらと笑うチンピラ狼その2――もとい憲二の肩を叩き、声を掛ける。
「おい」
「…あん?…ってテメェは―――」
不機嫌な声を上げて振り向いた憲二が、私の顔に驚き――
ご き ゃ っ !
「ぎゃびっ!?」
刹那、奴のマズルを強かに打ち据える私の鉄拳!
それによってあっさりと気を失った奴はそのまま突っ伏し、テーブルの天板へ鼻血の華を咲かせた。
「な!――て、テメェはあの時のライオンの女! いきなり憲二に何を――ぐぎゅっ!?」
憲二(多分、弟)へ起きた惨劇に、ようやく私の存在に気付いた憲一が声を上げるが、
その言葉を言いきらぬ内に、私の左手がマズルをがっしりと掴んだ事で悲鳴混じりの呻き声に変わる。
そして、呻き声を上げる憲一へ、私は笑みを浮かべながら
「さーて、これからお前に一つ聞きたい事があるんだがな、隣に座って良いか?」
「うぐぐぐぐっ!」
「そうかそうか、座って良いのか。ならば失礼させてもらうぞ」
「うむぐぐぐぐくっ!?」
マズルをしっかりと抑えられている為、憲一が何言っているかは分からんが、
私は了承を得たと勝手に解釈して、憲一のマズルを掴んだままその隣にどっかと座り。
腕枕をする様な形で右腕を回し、逃げられない様に憲一の右肩を掴んだ上でようやくマズルを離してやる。
「――ぶはっ、て、テメェ! 一体何のつもりだ、俺達に何の用なんだ!?」
「そうがなり立てるな、私はただお前に聞きたい事があるだけだ。大人しく話せば悪いようにしないさ……なぁ?」
「ぎっ!?……わ、分かった、大人しくする、大人しくするって」
喚き散らす憲一を黙らせる為、私は「なぁ?」の辺りで憲一の右肩を掴んでいる手に力を込める。
手の内でミシリと骨が軋む感触を感じると共に、悲痛な悲鳴を上げた憲一は喚くのをやめ、怯え混じりに聞く。
「き、聞きたい事ってなんだよ? 俺にも知ってる事と知らない事があるぞ?」
「なぁに、私が聞きたい事はそんなに難しい事じゃない。お前なら確実に知っている筈の事だ」
「なんだよ、それって……?」
「……お前達の組織――黒狼会の根城は何処だ?」
「そ、それは……!」
驚きに染まる憲一の表情。
私は憲一の胸元に付いてるバッチを指差し、話を続ける。
「そんな目立つ所に代紋付けてるって事は、知ってて当然の事だろう? さぁ、言え」
「そ、そんな事知って如何するつもりだ!? ま、まさか……」
「ふふ、そのまさかさ……それより、言うか言わないか、どっちだ?」
言って、私は憲一の右肩を掴んでいる手に更に力を込める。
憲一はギャン、と小さく悲鳴を上げた後、耳を伏せた完全に怯えきった表情で言う。
「こ、この街の中心街にあるセントラルパークタワービル、其処の1番上の階の48階から50階が俺達黒狼会の事務所だ」
「……他に、其処へ入る際に必要な物とかは? もしあれば今直ぐ寄越せ」
「そ、それは駄目だ! もし誰かに渡したらオジキに――ぎゃぁっ!? わ、分かった! 渡す、渡すから力を緩めてくれっ!」
私の更なる質問に何やら憲一が言い掛けた様だが、
肩を掴む力を強めてやると、奴はあっさりと手の平を返し、財布から1枚のカードを取り出した。
それは定期券サイズの、艶のある黒一色に金色の狼の刻印の捺されたカード。これは……?
「普段、ビルのエレベーターは構成員以外の奴が事務所へ入れないように、47階までしか上がらない様になってる。
それで、エレベーターの中にあるICポートへそのカードキーをタッチさせる事で、48階まで上がれる様になる仕組みなんだ」
なるほど、中々ハイテクな仕組みだな……道理で、森三一家の者たちが手出しを出来なかった訳だ。
こう言う手の込んだセキュリティを前にしたら、流石の彼らもお手上げだった事だろう。
「な、なぁ、事務所の場所も言ったし、ついでにこのカードキーもやるからもう勘弁してくれよ!」
「勘弁? そうだな……勘弁してやらん事もない」
言って、私は憲一の手からカードキーを引っ手繰る。
憲一の表情に一瞬だけ安堵の感情が浮かぶが、私は肩を掴んでいる手を緩ませる事なく。続けて言う。
「そう言えば、さっきお前は、弟と随分と楽しそうな話をしていたな?
なんだったっけ? 確か森三一家にひと泡吹かせたとか言っていたようだが……それ、詳しく聞かせてくれないかな?」
「な、何だよ? それって森三一家の屋敷に手榴弾を投げ込んで、それでオジキから百万貰っただけの話だよ?
けど、あんたは森三一家の人間じゃねーし関係ないだろ!? つか、何でそんな事を聞いたりするんだよ! 訳わかんねーよ!
それより、そろそろこの掴んでいる手を離してくれよ! もう話す事も話したし勘弁してくれって、なぁ!?」
余程追い込まれたのか、ベラベラと言わないで良い事まで喋る憲一。
私はその全てを聞いた後、肩を掴んでいる手の力を少しだけ緩め、笑みを浮かべて言う。
「話してくれて有難う、だが、お前に一つ言う事がある」
「……え?――」
私の言葉に憲一が疑問符を浮かべ、刹那―――
だ が し ゃ ぁ っ ! !
「――げぎゅぅっ!?」
「お前が投げ込んだ手榴弾、結構痛かったぞ?」
――私の腕によって、顔面をテーブルへ思いっきり叩きつけられる憲一、吹き飛ぶホットケーキ、ひっくり返るパフェ。
哀れ、奴は弟と同じ様にテーブルの天板に血の華を咲かせ、そのまま気を失った。
その際、彼の着ていたスーツがはだけ、その脇の辺りに忍ばせていた物体が露となる。
「おやおや、こんな物持ち歩いていたのか」
私はそう言いながら周囲を見やり、こちらに気付いている人が居ないかを確かめる。
そして周りに人気がない事(それと監視カメラの有無)を確かめた上で、
二人のスーツを大きくはだけさせ、その脇に忍ばせていたそれ――拳銃をワザと見え易い様にしておく。
「さて、良い夢見ろよ? ……尤も、その目覚めは最悪だろうがな?」
そして、私は二人へ一言言い残し、その場を去った――
※ ※ ※
「ここか……奴ら――黒狼会の根城は」
それからややあって、ここは焔の街の中心辺り。
休日の為か、やや人通りの少ない中、目の前に聳え立つセントラルパークタワービル――SPTビルとも呼ぶ――を見上げ、
私は何処か嬉しさを混じらせた独り言を漏らした。
そう言えば、さっきから何処かで響くパトカーと救急車のサイレンが喧しいが、
多分、今頃は何処かの喫茶店で意識を失っている狼の男二人組が発見されて、騒ぎになっているのだろう。
そしてその男二人を救急車へ運びこむ際、隠し持っていた拳銃か何かが見つかって大変な事になっているかもしれん。
無論、私には関係のない話だ。これから二人が警察病院へ直行し、其処でマルボウの刑事に尋問される事になっても。
まあ、そんな事はさて置き、敵の本丸はもう目の前。
こんなに心踊り血潮沸き立つ感覚は、教師になってからは久しぶりである。
この感覚、かつては一日に一度は誰かを殴り倒し、日々闘争に明け暮れていた高校生の頃を思い出す。
例えば、半殺しにされたウルフの敵討ちとばかりに、道場へ一人乗り込んで師範以下弟子全員を病院送りにしたり、
織田にセクハラをはたらいた教師を裸にひん剥いて、「この者、チカンにつき」と書いて学校の1番目立つ場所に吊るしたり、
更には対立していた暴走族のチームのヘッドと失敗=即死のチキンレース対決をやったり……。
……あの頃は、若気の至りとばかりに、随分と色々と無茶をやった物だ。
「と、思い出に耽っている暇があったら、さっさといかねばな……」
独り自嘲気に呟いた後、私は敵の本拠地へ向けて足を踏み出すのだった――
―――ぴぽっ。
小さな電子音と共に、目の前の液晶パネル上に『48F』の表示が現れる。
それは、私が手にしたカードキーを、エレベーター内のICポートへタッチさせた事による物だった。
……ヴヴゥン……
程無くして自動的にエレベーターが動き出し、目的の階まで私を運ぶ。
高速で上移動する事による床に押し付けられるような感覚と共に、窓に広がる街の景色が次第に小さくなってゆき、
やがて、地上を走る自動車の列が米粒大になった所でエレベーターが止まり、到着を合図する電子音と共にそのドアを開く。
その向こうに広がっているのは、奥まで10mほどの、装飾もへったくれもない無機質な通路。
そして、その先には、無駄に仰々しい扉と、その横に掲げられた『黒狼会』と彫られた大理石製の表札。
扉の両脇には、恐らく見張りか何かだろう、それぞれ木刀片手に暇そうに佇む犬と人間の男二人。
「……ビンゴ」
――確かに其処は、黒狼会の本部と見て間違いなかった。
その事に思わず声を上げて笑い出したくなるのを何とか堪えた私は、煙草を床へ吹き捨て堂々と通路へ踏み出す。
無論の事、数歩歩いた所で見張りの男達がこちらに気付き、その内の犬の方が不機嫌そうな顔でこちらへ歩み寄り、言う。
「おい、ねーちゃん。どうやってここまで来たか知らんが、ここは一般人の立ち入り――」
「まかり通る」
ごっ!
――が、その台詞を言いきる前に、
私が一言と共に放った獅子パンチに顔面を強かに打ち据えられ、男は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。
「なっ、おい、テメェ―――」
ばぐんっ!
「――げふっ……!?」
無論、目の前で起きた事に、人間のほうも驚き混じりに声を上げるが、
彼もまた、私が問答無用で放った裏拳の一撃であっさりと意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちる。
……所詮は安全な場所を守る門番か。なんら大した事ない……。
「……そうだ、ついでにこれを貰っていくとしよう」
ふと思いついた私は、まるでフリーペーパーでも取るかのようなノリで、床に転がる男から木刀を取り上げる。
どうせこいつらに使われていても対して役に立てないのだ、ならば私が使ってやった方が木刀としても幸せだろう。
……さてと、後は……
ド ガ ァ ッ ! !
おもむろに全身の力を込めて、目の前の扉を思いっきり蹴りつける!
重厚な作りの筈の扉は、ベニヤ板を蹴った様に簡単に内側へ折れ曲がりながら吹き飛び、凄まじい音を立てた。
――うーむ、どうやら思ったより安普請な作りだった様で……。
……しーん……
扉の向こうの事務所のオフィス様な空間では、私を除く全員が、その場に凍り付いていた。
私の前に居並ぶその顔の全てが、突然の事による驚愕と戸惑いの色をたたえている。
ゆっくりと、私は居並ぶ顔を観察する様に視線を巡らせた後,、言う。
「よう、ここが黒狼会の事務所だな?」
「……な、なんだテメェ! どうやってここまで来やがった! 見張りは―――」
一瞬ほどの間を置いて、真っ先に我に返った狐の男が尻尾を立てて何やら喚きながら突っかかってくる。
ばきゃっ!
「――ぐぎゃっ!?」
――が、その台詞を言いきる間も無く、
私が無言で振るった木刀の一撃で顎を打ち据えられ、あっさりと昏倒し床に倒れ込む。
そして、私はその狐の頭を足蹴にしつつ、驚きの表情を浮かべるその場の全員へ向けて言い放つ。
「とある義によって、貴様らの根城に殴り込みに来た。獅子宮 怜子だ!
今からここは修羅場と変わる。妻子ある者、痛い目見たくない者は今直ぐこの場から立ち去るがいい!」
私の名乗りに静まり返る事務所。そして――
「殴り込みだとぉ!」
「女たった独りで良い度胸じゃねーか!」
「へっ、飛んで火に入る夏の虫じゃねーか。たっぷりマワされてーみてーだな!」
口々に言いながら、事務所に居た構成員たちがドスを抜き放ち、或いは両手の指を鳴らしながら私の方へ寄って来る。
その数は6人ほど。その身のこなし、様子から見て、何処から見ても無用心で尚且つ隙がありまくり。
ぱっと見でも隙といっていい隙がなかった森三一家の者達とは全然大違いである。
だが、私は念には念をと、後ろ手でポケットに忍ばせていたある物のピンを引き抜き、
「ほら、これを見ろ」
『あ?』
言って、ちょうど構成員たちの視線が集中する空間へ、”それ”をぽいと軽く投げる。
私の言葉に釣られて、宙に舞う”それ”を、間抜けな表情で眺める構成員たち、刹那―――
パシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
太陽光を何倍にも強烈にした様な閃光が、事務所を白一色へと染め上げる!
其処彼処で上がる構成員たちの驚愕の声と、閃光で目を灼(や)かれた事による悲鳴。
これは以前、現社のテストの点に心づけする見返りに、学園のある生徒から貰い受けた、閃光玉による物である。
しかし、ここまで強烈とは私自身思っても見なかった。危うく閃光を直視してしまう所だった。
無論、この閃光玉によって作り出された隙を見逃す筈もなく、私は即座に動き出す。
ゴキッ!
「ぎっ!?」
先ず一人目、不用意に私の一番近くへ寄ってきてたパンチパーマの人間。
閃光に目を灼かれ、戸惑っているその顎目掛けての木刀の一撃で、口から血と共に白い物を何個か飛び散らせて昏倒する。
「うわわわっ、来るなっ、来るなっ――」
ズドッ!
「――ぐほっ!?」
次、二人目、パンチパーマの隣に居たスーツ姿のネコ。
視界を奪われ、闇雲にドスを振り回している懐へ潜り込み、鳩尾へ木刀の柄尻の一撃、これもあっさり崩れ落ちる。
――連中、思った以上に根性が無い。こうも殆ど一撃で倒されていては面白みが―――
「――っ!?」
刹那、刺すような殺気を感じ取り、私は咄嗟に横へ跳ぶ。
その直後、何かが風切り音を立てて空気を薙ぎ、私の肩を掠めて過ぎた!
まさか、閃光が効いていない奴が!? 更に横へ跳んで間合いを取って、その姿を確認する。
「ちぃ! ヘンな物使いやがって!」
其処に居たのは両手に長ドスを構えた、グラサンを付けた犬の男。
なるほど、グラサンを付けていれば閃光の効果も対して効きはしないか。
だが、見ればこの場でグラサンを付けているのは、この犬の男一人だけ。ならば話は早い。
「死ねやこのクソアマァッ!」
正眼の構えから大きく長ドスを振り上げ、咆哮しつつ襲い掛かるグラサン犬。
だが、こんな見え見えな攻撃が私に当る筈も無く――
「残念、隙が大きすぎる」
「――なっ!?」
ドゴッ!
右足を軸に、身体を半回転する最小限の動きで斬撃を回避。攻撃を避けられ驚きの声を上げる男。
その直後にカウンターで放った突きに額を打たれ、男は悲鳴を上げる事も無く仰向けに倒れ伏す。
――良し、これでこの場に残るは後三人。私が更なる行動に出ようとしたその矢先――
「なんや、さっきから何の騒ぎや!?」
声は唐突に、事務所の奥から聞こえた!
しかし、それに私が反応するより早く、声を上げたのはその場の構成員。
「く、組長! 森三一家の者の殴り込みです!」
「相手は一人ですが、おかしな物を使われて、既に仲間の何人かやられて……!」
「しかし、まさか直接乗りこんでくるとは……!」
「何やっとるんやお前らは!」
事務所奥の扉の前で、構成員へ向けて怒声を上げるそいつ。
一瞬、その太った姿から狸の様に見えたが、良く見ればそれは恰幅の良すぎる狼の中年男だった。
その身に着けている高級そうなスーツに高価そうな腕時計、そして構成員が「組長」と呼んでいる所から見て、
こいつが黒狼会のトップである事は間違い無いだろう。
中年男は構成員たちへ面白くなさそうな眼差しを投げ掛けた後、尻尾を立てながら私の方へ向き直り、
「あんたか? うちん組にカチ込みかけてきたんは。女だてらにええ度胸やな!」
「……お前がこの黒狼会のトップか?」
「そーや、黒狼会組長、田宮 憲十郎(たみや けんじゅうろう)。ワイこそがここのトップや!」
私の念の為の問い掛けに、無意味に胸を張って宣言する中年男――もとい、憲十郎。
ぶくぶくと太った見た目といい、態度の無駄なデカさといい、この男……悲しいくらいに三流である、それも掛け値なしの。
幼いながらも風格を兼ね備えた森三一家の若頭のゆみみに比べれば、この中年男は小物と言っても良かった。
「そういや、ここは専用のカードキーがなけりゃあ、誰も上がってこれん筈や。
あんた、どうやってここまで上がってこれてん、何かの裏技でもつこうたんか?」
「ああ、それか……これを使った」
「なっ、そ、それは!?」
憲十郎の問い掛けに、私は答えながらポケットからカードキーを取りだし、見せる。
それを見るや、憲十郎は驚きに頭の体毛を逆立て、
「それは息子の憲一に預けたカードキー!? 何であんたがそれをもっとるんや!」
「ん? ああ、お前の息子だったのか? 憲一と憲二って奴は」
「そ、そーや!」
なるほど、良く見れば三流っぽい目つきといい、小物っぽい素振りといい、
確かにあの二人と、この憲十郎との血の繋がりを感じさせるな。納得。
「うちの息子が、カードキーを他人へホイホイと渡す事あらへんし……息子に何しおったんや!」
「お前の息子達だったら、今頃は警察じゃないか? 多分、持ち歩いてる拳銃でも見つかったんだろう、可哀想に」
「な、なんやてっ!?」
私の言葉に驚きの声を上げる憲十郎、
しかし直ぐに口角を不敵な笑みへ吊り上げ、言う。
「ま…まあええ、あいつらも一度は、ブタ箱に入る経験くらいした方が良いと思ってたとこや、それは良いとしよ。
所で、あんた多分、森三一家の者やと思うが、こないな所で油売っててええんかな?」
「何……?」
憲十郎の言葉に、眉根を寄せた私は思わず小さく声を漏らす。
その様子に気を良くしたのか、憲十郎は更に口角を吊り上げ牙をにっと見せて続ける。
「今頃は、うちの部下200人がお前らの屋敷を潰しに掛かってる所や。
こない所で遊んどる前に、はよう仲間を助けに行った方が良いんちゃうんか? といってるんや」
「なん……だと……?」
憲十郎の言ったその言葉に、思わず口から掠れた言葉を漏らす私。
無論、これはその場凌ぎのただの口からの出任せ、と言う可能性も否定できないのだが、
よくよく思い出してみれば、喫茶店で叩きのめしたあの二人の内の片方が、確かこう言っていたのだ。
『それに朝、オジキが今日で決着付けるって言ってたし、奴等も数に磨り潰されてお仕舞いだ――』
もしこの言葉が正しければ、恐らく今頃は……。
「ワイは寛大や。ここは見逃したるさかい、助けに行くなら今の内やでぇ?」
「…………」
ニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべ、選択を迫る憲十郎。
私は何も言わず暫し考えた後、キッと彼の顔を見据え、言い放つ!
「だが断る!」
「なっ……何ィッ!? おまっ、仲間を助けたくないんか!?」
よもや断られるとは思ってもなかったらしく、憲十郎は思いっきり血相を変えてがなり立てる。
しかし私は何処吹く風と、憲十郎の慌てふためく顔を真っ向から見据え、淡々と言ってやる。
「……言っておくが、私は森三一家の衆じゃない、森三一家に一晩世話になっただけのただの通りすがりの教師だ。
それに、お前等の様な烏合の衆が幾ら来た所で、彼らを何とか出来る筈がないと確信しているんだ。私は。
だから、助けに行く必要はない、という事だ……分かったか? タヌキ親父」
「ぐっ、くッ……この、このアマぁっ! 言うに事欠いて人が一番気にしとる事を言いおってからにっ!」
気にしていたのか。なら痩せろ。
「女やから見逃してやろうと思ったがもう許さん、おい、出てこい!」
憲十郎の呼びかけに、事務所奥の扉からゾロゾロと出てくるガラの宜しくなさそうな連中。その数はざっと十数名ほど。
……ぬぬ、森三一家の屋敷へ部下を大量に差し向けておきながら、まだこんなに居るのか?
三流悪役の割に人望は厚い様である。
「お呼びでしょうか? 組長。なにやら騒がしかった様ですが……」
「おう、お前ら! よう来たな。早速だがこの女は殴り込みや、ぶっ殺せ!」
『え? オ、オウッ!』
憲十郎の命令に、訳も分からぬまま戸惑いながら戦闘体勢に入る構成員たち。
そして、命令するだけ命令すると、憲十郎は彼らが出てきた事務所奥の扉へ走る。
こいつ、まさか――
「逃げる気か!」
「へっ、戦術的撤退や! お前ら、後は任せたで!」
「オウッ!」
無論、私は直ぐ様、逃げる憲十郎を追おうとする物の、
其処を雑魚が立ち塞がって来た為、それも叶わず憲十郎は扉の向こうへと消える。
ちッ、こうなる事だったら、有無を言わさず倒しておけば良かったか?
「そぉれっ!」
ブォンッ!!
手にした”事務所の椅子”を、おもむろに向かってくる構成員たちへ向けてブン投げた!
「なっ、でわわわわっ!?」
どがしゃぁあんッ!!
無論の事ながら、こちらへ向かっている所へ飛来してきた椅子を避けきれる筈もなく、
一番先頭に居た兎の男へ椅子が直撃、その後ろに居た哀れな数名を巻き込みながら、派手な音を立てて吹き飛んだ!
椅子、といってもパイプ椅子の様な物ではなく、職員室等で使われている様な高さの調節可能な重たい代物である。
なので投げ付ければご覧の通り。だが、私の様に腕力に相当の自信がなければ到底出来ないので真似しない様に。
「な、なぁっ!?」
目の前で仲間に起きた事に、思わず驚きうろたえる構成員たち。
そうしている間に私は次の椅子に手に掛け、それもまた思いっきりブン投げる!
どぐらがしゃぁああん!
うろたえて動き止めた所のこれである。当然避けれる筈もなく、周りの不運な数名を巻き込んで吹き飛び、倒れ伏す。
……卑怯という事なかれ。相手の数が多い以上は、これもまた立派な作戦である。
そうやって、更にもう一回投げるべく椅子に手を掛けた矢先――
「動くなっ、女! これが見えねぇか!?」
掛かった声に振り向けば、其処には両手に拳銃を構えた犬の男。
うーむ、拳銃まで持ち出すとは、ついに形振り構わなくなったか……と、そうなるまで暴れた私にも原因はあるか。
まぁ、そう出てくるならば、私にもそれなりのやり方がある。
「へ、へへ、撃たれたかぁなかったら、大人しく両手を上げて俺達の言う事聞くんだぜ?」
拳銃を出したことで、すっかり勝ったつもりになっているのか、犬の男は尻尾をぶんぶか振って言う。
しかし、無論の事だが、私が素直に指示に従う筈もなく、そのままある場所で身を屈め……。
「ほーら、撃ったら仲間に当るぞー」
「――なっ!?」
其処に倒れていた狐の男の後ろ首をおもむろに掴み上げ、そのまま私の前に掲げる事で拳銃に対する盾とする。
そんな私の行動に、周りの構成員の間で動揺が広がって行くのが良く分かる。
――これぞ秘技、他人シールド! 良い子は決して真似するなよ?
「う、うあぁぁぁぁっ!? やめ、やめてくれぇぇっ!?」
――と、どうやら狐の男は死んだフリしていたらしく、盾にされると気付くや、じたばたともがいて悲鳴を上げる。
これは少し予想外だったが。これもこれで私の予想している効果に一役かっているので問題はない。
「くッ、こ、こいつっ!」
「バ、バカッ、止めろ! 幸平を殺す気か!?」
「だ、だがっ! この場合、如何すりゃ良いんだよっ!?」
そして私の予想していた通りに始まる、撃つ・撃たないでの仲間割れ。
ヤクザとは言えど所詮は理性を持つヒトである、余程の覚悟がない限りは仲間諸共撃つ、なんて真似は到底出来ない。
そう、私はこの効果を見越して他人シールドを使ったのだ。別に血が見たいからやった訳じゃないぞ?
それにこの他人シールド、良く見れば服の下にボディアーマーを着ているので、例え撃たれたとしてもまぁ大丈夫だろう。
「良かったな? 皆が仲間想いで」
「へ?」
相手が撃つのを躊躇している所で、私はじたばたともがく狐の耳元へ一言呟く、
はたと動きを止めて疑問符を浮かべる狐。彼がその意図に気付く間も無く――
「そぉれっ、逝ってこい!」
「――え、ちょっ、うわぁぁぁぁぁっ!?!?」
『ど、どえぇぇぇぇぇぇっ!?』
どぐわしゃぁぁぁぁんっ!!
私の豪快なピッチによって、狐は他人シールドから他人ミサイルへと進化を果たし、悲鳴と共に仲間達の元へ一直線!
そして見事、撃つ・撃たないで仲間割れをしていた数名を巻き込み、パソコンやら文房具やら巻き散らしながら吹き飛んだ。
だが、それを確認するまでも無く、私は既に次の行動へと移っていた。
「はぁっ!」
「んなっ!?――ぐぎゅっ!?」
――駆け抜け様に置いていた木刀を拾い上げ。
他人シールドから他人ミサイルへの流れに、思わずうろたえ動きを止めている鼬の男へ跳び蹴り一発!
つま先が見事に鼬の顔面を捉え、彼は踏まれた蟇蛙の様な声を上げて沈黙する。
「て、てめっ!――ぐぇ!」
その横に居た馬の男が何とかそれに反応し、咄嗟に私へ長ドスを袈裟懸けに振るうが、
隙ありまくりの動作で放たれた斬撃が当る訳が無く、逆にカウンターで放たれた木刀の一撃に顎を打たれ、
あっさりと彼は脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちる。それを横目に確認した私は、更なる行動に移ろうとして―――
「――!」
「死ねやオラァッ!!」
唐突に感じる背中の嫌な違和感、一瞬止まる私の動き。
それを見逃さなかった熊の男が、電気警棒を振り上げて襲い掛かる!
数万ボルトの電圧が流れる警棒だ、当ればただでは済まない。
「くっ!」
ガッ!
「――んなっ!?」
しかし、私は咄嗟に木刀の切っ先を警棒の柄へ突き当てる事で、攻撃をあらぬ方へ弾く!
攻撃を防がれた驚きの声と共に、大きく体勢を崩す熊の男。
「げぐぅっ!?」
――その次の瞬間、私の放った後ろ回し蹴りがその顔面をまともに捉え、
熊の男は鼻血やら折れた歯やらを巻き散らしながら、後ろの机を巻きこみ、派手にぶっ倒れた。
「……さて」
――ここまでやった所で残る敵はあと数人。
その何れもが――今までの私の大暴れによってすっかり戦意を喪失し、尻尾を垂らして怯えた眼差しを向けている。
私はにやりと笑みを浮かべ、遠巻きにこちらの様子を伺う彼らへ向けて言い放つ。
「私はまだ暴れ足りないんだがな……まだ闘るか?」
――長い、長い無人の階段を、私は尻尾をなびかせて一足跳びに駆け上がる。
事務所の敵を黙らせた後、憲十郎が消えた奥の扉へと入った私を待っていたのは、次の階へと続く階段。
どうやら、事務所のあった48階から先は、次の階層へはエレベーターではなく階段で昇って行く構造になっているらしい、
あの太った身体ではこの階段はきついだろうに、何を考えてこんな構造にしたのやら……。
とか考えている内に、私は階段の一番上の踊り場へと到着する。
そのコンクリート打ちっぱなしの壁に49Fと書かれており、更に両開きの扉以外は次の階へ上がる階段が無い所から見て、
この階から50階へと通じる階段は、また別の場所にあると見て良いのだろう。……何ともまあしち面倒臭い構造である。
まぁ、そんなくだらん事考えているより、先ずは街のゴミ掃除の大詰めと行くべきか、
「はっ!」
が こ ぉ っ !!
事務所の扉の時と同じく、私の全体重を掛けた蹴りで吹き飛ぶ49階の扉。
その向こうへと踏み出そうとして――私は思わず足を止める。
――扉の向こうに広がっていた物、それは闇色に塗り潰された光景だった。
室内灯を全部消灯しているばかりか、窓と言う窓には分厚いカーテンか何かで日が入るのを完全に防いでいるらしく、
おかげで、外にはまだ太陽が照っている時刻にも関わらず、部屋は一寸先すら見えない闇と化していた。
……やれやれ、この期に及んで、あのタヌキ親父は闇討ちでもしようかと言うハラなのだろうか? 全く、笑わせる。
しかし、それならば開けた途端に攻撃が来ても良いのだが――それもないのは妙である。
「――どうやら、来たようやな」
疑問に思いながら足を一歩踏み出した所で、闇の奥から聞こえてきた声は、憲十郎の物。
「ここまで来たって事は、下の階の連中を全員倒したって事やな?」
「ああ、来てやったぞ。案外不甲斐ない連中で苦労しなかったよ」
私のその言葉に応える様に、室内の非常灯が灯り、スポットライトの様に憲十郎の姿を映し出す。
その表情は、追い詰められた者が浮かべる物ではなく、飽くまで勝利を確信した余裕の笑み。
「女たった一人でようやると誉めてやるわ。けどな、あんたの活躍もここまでや」
「ほう? 随分と大きく出たな……お前一人で私を倒せると、本気で思って言ってるのか?」
「いいや、ワイ一人では勝てんとは思ってる」
尻尾を左右に振りながらの憲十郎の返答に、思わず尻尾をくねらせ眉をひそめる私。
そして、彼は余裕の笑みのまま、更に続ける。
「だが、これならば話は別や!」
「――?!」
その言葉と同時に、部屋の全ての室内灯が点灯され、更に窓に掛かっていたカーテンが開かれる!
明かりに照らし出されたのは、その数はゆうに100人以上は居ようかと言う、木刀などで武装した構成員達の姿!
「本当は、こいつらは森三一家殲滅の後詰め部隊として置いといた連中やけど、
あんたがここまで頑張るとは思うても居なかったからな、急遽、使う事にさせてもらったわ」
なるほど、この期に及んでこいつが余裕綽々だったのは、これがあったからか……。
つくづく思う、こんなタヌキ親父の何処にそんな人望があるのか?
……いや、こいつらも多分、金で雇われた連中といったところか……
「んっふっふっふっふ、ビビッたやろ? ビビッたやろ?
あんたが幾ら強うても、この人数相手じゃ流石にもたへんと思うで?
わいに謝るんやったら今の内や。今やったら部下たちの慰み物にするだけで勘弁してやるで?」
完全に勝利を確認しているらしく、にたにたとねちっこい笑みを浮かべて言う憲十郎。
だが、私は周囲を一瞥した後、ふん、と鼻を鳴らし、憲十郎を嘲り笑う様に言う。
「だから如何した?」
「なにっ!?」
「烏合の衆を幾ら集めた所で、所詮は烏合の衆である事は何ら変わらん。
……もし私を本気で何とかしたいと思うなら、少なくともこの三倍は連れてきてもらわんとな!」
「ぐっ、く、く、くっ!! こ、このアマぁっ!」
私の切った啖呵に、全身の毛を思いっきり怒りに逆立て、身体を震わせ始める憲十郎。
そして、私をビシィっと指差し、牙を剥き出しにして叫ぶ。
「もうええ! お前らっ、この女をもう二度と立ちあがれんくらいコテンパンにいてこましたれ!」
『おうっ!!』
憲十郎の号令に、一斉に動き出す構成員たち。無論、それと同時に私も動き出している。
先ほどの事務所と違い、ここは机などの障害物が一切無いだだっ広いフロアである。
よって、必然的に一対多数の厳しい戦いを強いられる事となる。
――しかし、それはある程度、統制の取れた集団を相手にすればの話。
見た所、彼らの動きからして、恐らく彼らの殆どはここ最近、ひと山幾らで雇われたばかりのチンピラであろう。
その証拠に、向かって来ている集団の其処彼処では、既に仲間同士による押し合い圧し合いが起きている。
おまけに、多分流れ弾による同士討ちを恐れて憲十郎が持たせなかったのか、拳銃を持っている者は殆ど居ない。
……これならば私にもまだまだやりようと言う物がある!
「死ねぇっ!」
早速、襲い掛かってきたパンチパーマのやたらと大振りなドスの斬撃を避け、
そのがら空きの鳩尾へ木刀の一撃、ぐらりと崩れ落ちる身体を後ろの構成員たちへ押し付けるように蹴り出す。
そして、それに巻きこまれて足並みが乱れた一群へ目掛け、私は尻尾をなびかせ駆ける。
「はぁっ!せいっ!やっ!」
掛け声三発、それに合わせ木刀が唸り、拳が風を裂き、足刀が弧を描く!
其処から数秒の間を置いて、力なく崩れ落ち、或いは吹き飛ばされ、また或いは床に倒れ伏す構成員たち。
『うおぉぉぉぉっ!!!』
しかし、それを悠長に眺めている間も無く、
後ろから、左右から、また前方からのそれぞれ犬、鹿、羊の三人による多方向からの同時攻撃が迫る!
――って、あれっ!?」
――が、その攻撃が命中するその前に、私は前方の犬の肩を足がかりに上方へ一気に跳躍!
彼らにしてみれば、唐突に私の姿が掻き消えた様に見えた事だろう。
そして、彼らがそれに気付く間も無く――
がっ! ごっ! どがっ!
右のつま先が、木刀の切っ先が、最後に着地しざまに放った裏拳が、
それぞれ犬の男の顔面、鹿の男の額、羊の男の右頬を捉え、彼らの意識を刈り取る!
「よぉしっ、捕まえたぜ!」
「これで終わりだぜ、女!」
「――っ!」
――が、しかし、その着地の際の僅かな隙を突かれたらしく。
私は何時の間にか近付いていた二人の男によって両脇を固められ、身動きが取れなくなってしまう!
無論、そのチャンスを逃すまいと武器を振り上げ、前方から迫り来る構成員たち!
勝利を確信し、笑みを深める両脇を固めた男たち。
「なっ…!?」
「うぇ…!?」
――だがその笑みは、即座に驚愕と戸惑いの物へと取って変わる。
即座に木刀を床へ落し、身体を仰け反らせつつ無理やり腕を動かした私の手が、
男二人の頭をがっしりと掴んだ事によって。
「――!?」
唐突に全身を駆け巡る背中の激しい痛み! 思わず止まる私の動き!
背中の痛み――恐らく、これはゆみみを庇った時に受けた傷か!――
「殺(と)ったぁっ!」
其処を狙った様に、叫びを上げて突進してくるドスを構えた猪の男!
「――くっ!」
痛みの走る身体を無理やり動かし、私は突進してくる猪の攻撃を受け流す様に間一髪で回避。
それによって泳いだ猪の身体の後ろへと周り込み、がら空きの後ろ頭へと手刀を一撃する!
「ぐべっ!?」
変な声漏らし、ぐらりと崩れ落ちる猪の身体。
それを迫りつつある構成員たちへの牽制の為にヤクザキックで蹴りだし、その反動で後ろへと跳んで間合いをとる私。
――途端にズキリと脇腹に走る鋭い痛み、見ればその部分の服が横に裂け、其処を中心に紅い染みが滲み始めていた。
……どうやら、あの猪の攻撃を避けたつもりが、僅かに回避が遅れてドスが脇腹を掠ったらしい。
「ちっ、どうやら……少し分が悪くなったか……」
ずきずきと疼く背中と脇腹の痛み。それを堪えながらぼやきを漏らした私は、ゆっくりと前方へと向き直る。
周囲を囲む構成員達の、戦意にまだまだ満ちている姿を前に、私は苦しい戦いになる事を予感した。
―――――――――――【結?】へ続く――――――――――――
以上です。
途中まで名前にタイトル入れ忘れてたよママン……
次回の投下は来週火曜日の予定。
それと
>>539-540の間に↓の分を追加してくださいorz
「な、め、る、なっ!!」
『うわぁぁぁっ!?』
私は怒りと気迫を込めた咆哮と共に、両腕と背筋へあらん限りの力を込めて、男二人を前方へと投げとばす!
男二人は悲鳴とともに見事な一回転を披露しつつ、前方で私を攻撃しようとしていた構成員たちを巻き添えにして吹っ飛んだ。
しかしそれを確認する間も無く、私は直ぐ様に床に落した木刀を拾い上げ、次の行動へと――
先生かっこいいよ先生……
他人バリア吹いたw
先生無双やなぁ…
起承転結の四話にまとめるやり方はいいな。
ぎゃぁぁぁぁ、今更ミスに気付いた!
タイトルの若頭は幼女(12歳)外伝 隻眼の獅子編【転】は
若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編【転】です!
ウィキ収録の際は変更をお願いしますorz
落ち着けw
すげーバトルだ…
敵がもう気持ちいいくらいボンクラだなw
もうちょっと書き込めるけどどうする?
容量わずかだし、大型AAで埋める?
お嬢様、目が怖いです…
ヽ、
-=ニ"`ヽ、 ヾヽ
__,,.....>、 `' 'ー、_
彡"フ'" `ヽ、 _,,..---、,_
,,ィ" 彡'"/ ,.ィ''"`、 "~ ̄ ̄~~ ,.r'"~`:、
,.----‐''"7" ,'" i ,r" ::::::::::i!
r'"ヽ、_ r<,_ / ,.r‐-、 i .::/ ::::::|
i|:::::: `t `:.. | / ,ェ;;~ヽ i _,.-" .:::::;!
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`ヽ、__/ `y" _,,,,.--!ヽ ,.-'_,.、 : : :|ゝ、,,,-‐''"
ノ /、'''''ー-‐''" / / : | : :::ノ
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ヽ、_ _,,.-" `ヽ,
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埋めー、て巨大AAでいいんだよね?容量的に
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