「っ!? 大丈夫か!?」
その矢先、唐突にがくりと崩れるゆみみの身体。私は驚きつつも咄嗟に彼女を抱き止める!
――まさか、私の知らない間に何かあったのか!?
「あ、あははは……ちょ、ちょっと腰が抜けちゃった……。
面と向かってチャカ(拳銃の意)を向けられるの、久しぶりだったし……それで緊張の糸が切れて、つい……」
言って、少し恥かしそうに笑うゆみみ。
……なんだ、驚かせてくれる。何かあったのかと本気で心配したじゃないか……。
その感情が尻尾の動きに出ていたのだろうか、彼女は私を安心させようと笑顔を浮かべて
「でもね、私、怜子先生がきっと助けてくれるって信じてた。
だから、拳銃を向けられても強気でいる事が出来た。そして一歩も退かずに戦う事が出来たの」
「……だからと言って、拳銃持った相手に、真っ向から挑むのは少し無謀過ぎだ。反省しろ。
あの時は本気で如何なるかと思ったんだぞ?」
「あはは、ごめんごめん」
しかし、私から注意混じりに頭を軽く小突かれ、朗らかに笑って謝って立ちあがるゆみみ。
その様子を端から見れば、多分、無茶をした生徒とそれを窘める教師の様に見えたのかもしれない。
と、其処で私の耳に届く誰かの足音、この足音の歩調からすると確か……
「おーい、お嬢、そして獅子宮センセ。そっちは終わったところかい?」
フロアの入り口に現れたのは私の予想した通り、長ドス片手の綾近の姿。
ゆみみと私が離れた後、彼は相当な数の敵を倒していたのだろう、殆ど無傷ではあるが服の所々が返り血で紅く染まっている。
しかしゆみみはそんな血塗れの舎弟に何ら嫌悪感を見せる事無く、至って明るいノリでサムズアップして言う、
「うん! 怜子先生と一緒にバッチリ叩きのめしたわ!」
「おおそーかそーか、すげ―じゃんお嬢! ……にしても獅子宮センセもやるじゃねえか、見直したぜ?」
「む…私を誉めても何も出ないぞ……?」
「へへっ、別に誉めてねーよ。素直な感想を言っただけだって、な? センセ?」
思わず難しい顔して尻尾くねらせる私に、綾近は私の背中をパンパンと軽く叩いて笑って見せる。
むぅ……これは彼なりに私の事を認めた、と言う事なのだろうか……?
「所で綾近、そっちの方は如何なの?」
「おう、そうだったそうだった。こっちの方も、もうバッチリって所!」
「――だが生憎、何人か逃げ足の早ぇのを取り逃がしちまったがな?」
ゆみみの問いに綾近がサムズアップして答えた所で、横から割って入る声。
「銀虎、そして皆!」
「…ちぇ、それ言うなよって、銀虎」
「その様子だと、本当に終わったのだな」
振り向いてみれば、其処には銀虎を始めとする森三一家と梶組の面々。
やはり彼らも綾近と同じく、相当な数の敵を倒していたらしく、ほぼ無傷ではあるが服の所々には返り血が……。
ただ、その中で日向だけは、何故かやたらと息を切らしている上に襟元の辺りが血に染まっているが、其処は気にしない。
そして、ゆみみは揃った全員をざっと見回した後、意気揚揚と声を上げる。
「よぉし、ならここは大勝利と言う事で、皆で勝ち鬨を上げるわよ!」
「その前にお嬢、一つだけ言うべき事が……」
「へ? なに? 唯鶴」
しかし唯鶴に待ったを掛けられ、ゆみみはきょとんとした顔で聞き返す。
唯鶴は深刻そうな表情浮かべ、全員の方をざっと指差し、
「……これから警察が来るまでに全員、服を着替えてビルからバックレなくちゃならないんです」
『……あ゛』
これからやるべき事の大変さを理解したのか、その場の全員がほぼ同時に声を上げた。
……どうやら、私達が勝利の余韻に浸れるのは、まだまだ先の事になりそうだ……。
――――――――――――【終劇】そしてエピローグへ続く―――――――――――
今回は以上です。
本当はこの投下でエピローグまで投下するつもりでしたが、
大幅な書き直しを発見した為、土曜か日曜までに伸びそうです……
待っている方には大変申し訳無い(´・ω・`)
乙。
ゆみみ強ぇえw
しかし毎回ながらこのボリュームでもあまり苦もなく読めるな。すげぇ。
エピローグも期待!
ってことで前スレも多分埋まったかな。
ああ、おじょうたまたちのブブセラ応援も届かず……
しかし最後のPKはなんだか感動した
なんという王道展開
胸が熱くなるな
なんか綾近が好きだ
長々と続いた話の終わりを投下しに来た俺が通りますよ……
今回は泣いても笑っても最終回。今回も長々とお付き合いさせて頂きます。
長いのは嫌いだという方はコテかタイトルの『若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編』をNGにしてください。
次レスより投下
「ふぅ……やっと落ち付いて煙草が吸える」
あの戦いから数時間後。
すっかり日も暮れた森三一家の屋敷の、手榴弾の爆破の後も綺麗に修復された縁側にて、
縁側に腰掛けた私は夜空に瞬く星空見上げ、恐らく数日ぶりの煙草の味を満喫していた。
……あの後は本気で大変だった。
何せ、騒ぎに気付いた警察が来る前に、返り血の付いた服を別の服に着替えた上でビルから脱出しなくてはならず。
もう大慌てで予め持ちこんでいた衣服に着替えをした上で、用意していたバッグなどに返り血の付いた服を隠し、
更に変に目立たない様に気を使いながら、それぞれ車に分乗して大急ぎでビルを後にしたのだった。
特に、私はバイクに乗ってきていた物だから、バイク置いて他の皆と一緒に帰ると言う訳にも行かず、
結局、私は全身痛い上に疲労感で潰れそうな身体へ鞭打って、バイクで帰還する事となったのだった。
……それと、これは後で聞いた話だが、
私達がビルから脱出してきっかり5分後、黒狼会の事務所へ警察の強制捜査が入ったらしく、
その場に居た黒狼会の組員は全員、漏れなく警察病院へと直行し。怪我が治り次第、お上の沙汰を受ける事となったそうだ。
(その際、予め何らかの裏工作をやっていたのか、この件に森三一家と梶組が関わったという話は一切出てこなかった)
尚、肝心の黒狼会の組長である田宮 憲十郎であるが。
警察が到着した時には既にその姿は無く、警察では恐らく何処か海外へと逃亡したのだろう、との事で話が進んでいる様だ。
まぁ、その実際は憲十郎は逃亡した訳ではなく、今頃はゆみみの父親の所できっちり落とし前を付けさせられている事だろう。
無論、奴がこれから如何なるかなんて私には知ったこっちゃ無い。代わりにゆみみの父親の鏡下が優しい事を祈るまでである。
そして今、ここ森三一家の屋敷では、共闘した梶組も交えた祝勝会の真っ最中。
今回、黒狼会という共通の敵を倒したお祝いという事もあって、今夜だけは敵味方関係無しの無礼講と相成った訳だが……。
まあ、浮かれた状態の良い大人が、何人も同じ場所に集まれば、やる事はどの世界も殆ど同じらしく、
酒やカラオケは言わずもがな、腕相撲をやり始めたり、いきなり踊り出す奴もいたり、酔って倒れる奴もいたり
更には小話に、手品に、曲芸に、と訳の分からん宴会芸まで飛び出す始末。
当然ながら、私はそんな乱痴気騒ぎを前に嫌気が差してしまい、
もう付き合ってられんと尻尾垂らしてこっそりと宴会場を抜け出し、今の現状に至る訳である。
……にしても、今は皆、戦いの後で疲れているだろうに、良くやる物である。
「この騒ぎからすると、今日一晩は眠れそうに無いな……」
今居る縁側から大分離れている筈の、宴会場から聞こえる乱痴気騒ぎの音に、私は疲れを隠せずくぁ、と欠伸を1つ。
因みに、今の私の姿は、素毛皮の上にややサイズの合っていないダブダブ気味の長襦袢、そしてサラシにパンツ一丁。
更に身体の彼方此方に包帯が巻かれていると言う、人様には余りお見せの出来ない姿である。
……こう言う時は静かに身体を休ませたい所だが、今の状況じゃそれも望めそうにも無いな……。
「あれ? 怜子先生、こんな所に居たの?」
掛かった声に振り向いてみれば、其処には何故かタオル片手のゆみみの姿。
一瞬、誰かが宴会場へ連れ戻しに来た、と思った私は、それが違った事に思わず安堵の息を漏らし、
吸ってる最中だった煙草を携帯灰皿へ放りつつ、隣に座ったゆみみへ言う。
「ああ……ちょっとあの騒ぎに付き合い切れなくなってな……」
「あ、やっぱり……ゴメンね? 疲れているとこを皆に付き合わせちゃって」
「いや、良いさ……別にゆみみ少女が気にする事じゃない」
「うーん、そうは言うけど……」
と、苦笑いを浮かべるゆみみ。
森三一家の若頭としては、一家の衆の掛けた迷惑に対して責任を感じているのだろう。
……そう言えば、初めて会った時も、彼女は『一家の衆の掛けた迷惑が云々』とか言っていたな。
何と言うか、ここまで責任感が強いと、相手するこちらも疲れる気がするな……。
取り合えず、何時までもこうしているのも難なので話題を変える事にする
「所で、ゆみみ少女は何故この場所に?」
「ん? それがね、ちょっと日向君が無理やり酒を飲まされて、それで倒れちゃってね。今、その看病を終えた所なの」
なるほど。片手のタオルは看病に使った物、と言うことか。
「……日向君と言うと、確か、妙に白い肌してた梶組の次期頭首とやらか?」
「そうそう、日向君って男の子なのにすっごく虚弱体質で、吐血するのなんて日常茶飯事なのよ」
……いや、虚弱体質なのはまだ分かるが、日常的に吐血するのは如何だと思うのだが……?
「……ねぇ、怜子先生……」
「ん? 如何した?」
――そのまま他愛の無い事を二言三言交わした後、急に声のトーンを落すゆみみ。
様子の変化に気になる物を感じつつ聞き返す私へ、彼女は何か思い詰めたような声で言う。
「やっぱり、怜子先生は家に帰れるようになったら、ここから出て行っちゃうの?」
「……」
私は何も言わず、腕組をして考え込む。
元々、私はこの場所に長居するつもりはなく、帰り道である峠道の通行止めが解除されれば、直ぐに出ていくつもりだった。
まぁ、なんだかんだあってゆみみ達とは色々と関わり合う事になってか、少し名残惜しい物も感じるのだが……。
「そうだな……私にも教師と言う仕事があり、同時に私を必要としている者も居る以上、
何時までもここに残る訳には行かんだろうな……まぁ、名残惜しくないといったら、嘘になるが」
暫し考えた後、私は正直な気持ちをゆみみに伝えることにした。
どうせ、その場凌ぎに嘘偽りの言葉で誤魔化した所で、その嘘もいずれはばれてしまう事になる。
そうなれば、それだけ余計に彼女の心を傷付ける事になってしまう――そう言うのは、私のスタイルに反していた。
「そう…だよね。…怜子先生にも、怜子先生の生活があるもんね……。
それを…私の我侭なんかで…引き止めちゃ、行けないもんね?」
多分、泣くのを必死に堪えているのか、ゆみみの声に徐々に嗚咽が混じり始める。
ここで少しでも何かあれば、途端に彼女の目からは堰を切ったように、涙が溢れ出す事だろう。
「それに、私…あの時、銀虎と話しているのを聞いちゃったんだ……怜子先生は、何処か遠くの、知らない世界の人って事。
だから、怜子先生と別れたら、二度と会えなくなっちゃうかもと思って、そしたら、何だか…涙が出そうになって……」
しかし、まだ幼い彼女に、自らの想いを抑える事はまだ無理らしく、
次第に声の震えと嗚咽が大きくなり、時折、鼻を啜る声も混じり始める。
見れば、膝の辺りに置かれた彼女の両手は、何かを耐える様にスカートをきゅっと握り、其処へ雫が何滴か零れ落ちていた。
……やれやれ、こういう所を見ると、彼女もやはりまだ12歳なのだな……。
「でも、それでも、怜子先生を…引き止めちゃ行けないんだって思ってて……」
「もう止せ、私なんかの為に、そんなにめそめそ泣くんじゃない」
「――怜子…先生…?」
嗚咽混じりの言葉を遮って私に頭をくしゃりと撫でられ、ゆみみは言葉を止めてこちらを見上げる。
そんな彼女の泣き腫らした顔をじっと見据え、私は飽くまで穏やかな声で言う。
「良いか? 人生って物は、形の違いこそあれど、それこそ出会いと別れの繰り返しだ。
まだとっても若いゆみみ少女は多分、これから様々な人と出会い、そして別れを繰り返して行くだろう。
……お前は、これから誰かと別れる度に、そうやってめそめそと泣くつもりか? 違うだろう?」
「で、でも……」
「なぁに、別に私は、何も死出の旅路に行く訳じゃないんだ。ただ、元居た場所に帰るだけのこと。
だから、例え住んでいる世界が違おうとも、ひょっとすれば、何かの拍子でまた会えるかもしれないんだ。
……その時まで、ゆみみ少女には一つ、私と約束してもらおう」
「約束……?」
オウム返しに問い返すゆみみに、私は「そうだ」と相槌を返し、続ける。
「何があっても、辛い時や悲しい時には泣くな。代わりに、その泣きたい気持ちをバネにして頑張るんだ。
そして、泣いて良いのは、本当に嬉しい時、感動した時だけにするんだ。……それが、私からの約束だ」
「う…うん! 約束する! 私、もう悲しいからって泣かない! 泣くのは、嬉しい時にだけにする!」
「よし、良い返事だ」
そして、顔に貼りつかせていた涙色の表情を消し飛ばし、力強い言葉で頷いて見せるゆみみ。
やっぱり、こう言う年頃は笑顔で居るのが一番だ。……かつて、同じ年の頃の私が笑顔を忘れていただけに、それは尚更だ。
と、私が一人感慨に浸っていた所で、涙を拭いたゆみみがやおら立ち上がり、
「ねえ、怜子先生。私、これから取りに行く物があるから、ちょっとの間だけここで待ってて」
「…あ? ああ、別に構わんが……?」
「それじゃあ、5分だけ待っててね!」
言うなり困惑する私を一人置いて、何処かへ走って行くゆみみ。
訳が分からず私が尻尾をくねらせて約5分後。何やら色んな物を腕一杯に抱えたゆみみが戻ってきた。
「お待たせ、怜子先生」
「何を取りに行ってたんだ? ゆみみ少女」
「ん、これを取りに行ってたの」
言って、ゆみみが私の前に置いたのは朱塗りの大きめな盃と小刀、そして良く冷えた瓶入りのサイダー。
そんな余りにミスマッチな取り合わせな物品を前に、思わず尻尾くねらせ眉をひそめる私の様子を、
彼女は説明を求める物と見たのか、何故か大威張りに胸を張って、
「これはね? 森三一家に古くから伝わる、ギキョーダイの契りに必要な朱塗りの盃なの。とっても価値のある物よ?」
「……そのギキョーダイの契りとやらに必要な盃を持ってきて、何するつもりだ……?」
「そりゃあ勿論、やる事は決まってるじゃない」
頭一盃に疑問符を浮かべる私へ言いながら、盃にサイダーを注ぎ始めるゆみみ。
「本当はこう言うのってお酒を使うのが慣わしなんだけど。私はお酒がダメだから、今回はサイダーで我慢してね?」
「いや、まあそれは分かるんだが……それで、その盃で”何をするのか”をまだ説明して貰ってないのだが?」
「……?」
私の困惑気味な質問の意が理解出来なかったのか、一瞬だけきょとんとするゆみみ。
それから数秒ほどの間を置いて、ようやく質問の意に気付いたらしく、「あ」と言わんばかりの表情を浮かべ、
「ご、ゴメンゴメン。まだちゃんとした説明をしていなかったわね?」
と、苦笑い浮かべて謝って見せるゆみみ。
……何と言うか、彼女は幼いながらにしっかりしているのだが、如何も何処か抜けているのだな……。
だがーーだからこそ、彼女はあの舎弟達に慕われているのだろう。
「ええっと、怜子先生。この屋敷に来た最初の日の夜の事、覚えているかな?」
「ああ……忘れる筈が無いが、それが?」
「それで、黒狼会の刺客が手榴弾投げ込んでくる直前に、私が先生へお願いしようとしてた事があったと思うけど……」
ゆみみに言われ、私は頬のケモ髯を弄りながら記憶を掘り出してみる。
……そう言えば、確かにあの時、ゆみみが私へ何かお願いしようとしていたな……。
――ふむ…となると、彼女の用意した物品から考えるに……。
「ひょっとすると、ゆみみ少女の言うそのお願いとやらは、私とギキョーダイの契りを交わしたい、とそう言う事か?」
「大当たり! さすが怜子先生!」
私の推理が的中していたらしく、飛びっきりの明るい笑顔で賞賛の声を上げるゆみみ。
……やっぱり、思った通りだったか……となると……。
「……つまり、ゆみみ少女は私にヤクザになれと?」
「ううん、そう言う意味じゃないよ」
私の問いに、首を横に振って否定するゆみみ。
そして、彼女は私の隻眼をじっと見据え、続ける。
「私が、怜子先生の事が気に入ったから。
森三一家の若頭としてではなく、私、森三 ゆみみ個人として怜子先生のことが好きになったから。
ぶっきらぼうで、乱暴で、素直じゃないけれど、とっても強くて、優しくて、仁義を重んじる怜子先生が好きになったから。
せめて別れる前に、義兄弟と言う関係でも、怜子先生との絆を繋げたいと思ったの……」
私を見据えるゆみみの双眸に宿るは、ある種の決意の中に悲しさを入り混じらせた物。
いずれ訪れるであろう私との別れを受け入れながらも、やはり心の何処かに心残りを感じている、そんな悲しい色。
「多分、怜子先生だったら、皆もギキョーダイになることを許してくれると思う。
だけど、もし怜子先生が嫌だと断るのなら、私も無理にとは言わない。素直に諦める事にする」
「…………」
私は何も言わず、ただ、こちらをじっと見据えるゆみみを眺める。
彼女の表情に浮かぶは、期待と不安。恐らく緊張しているのか、喉の辺りから唾を飲み込む音が聞える。
私は暫しの間、考えた後。ゆみみへ向けて、ゆっくりと言葉を紡ぐ、
「……私は、この世界にとって言えば、異邦人と言っても良い存在だ。
恐らく、ただこの場に居る事でさえも、本来ならば全く有り得る筈の無い異常な事なのかもしれない。
ましてや、この世界の住人に干渉するなんて事は、この世界にとってはあってはならない事態なのだろう。
だからこそ、私はこの屋敷へ来た当初は、長居は無用と直ぐに出ていくつもりだった」
「……やっぱり、そうだよね……無理言っちゃってごめんなさ――」
「まあ待て、まだ話は終わっていない」
なにやら独り勘違いして話を終わらせようとしたゆみみを、私は掌の肉球で制し、更に続ける。
「だが、結局はなんだかんだの内に面倒事に巻きこまれて、そしてなんだかんだの内に皆と関わり合いを持ってしまった。
もうこうなってしまった以上、毒食らわば皿までだ。…だからゆみみ少女の言う、ギキョーダイの契りとやらも、やってやるさ」
「ほ、本当!? ありがと――」
「ただしだ」
ゆみみを喜び思わず抱き付こうとするのを遮って、その額へぷにと押し当てられる私の指先の肉球。
それに彼女が一瞬だけ不安げな表情を浮かべた所を見計らい、私はにっと牙を見せて笑い、
「ヤクザへは転職しないからな?」
「うん! それは約束する!」
ぱあっ、と太陽の様な満面の笑みを浮かべて、元気よく頷くゆみみ。
そして、彼女はやおら小刀の鞘を抜くと、躊躇無くその切っ先で自分の人差し指の先を小さく傷付け、
傷口から出てきた血の数滴を盃の中へと落した後、私の方へ盃と小刀を寄越し、
「はい、次は怜子先生の番!」
「む……血を入れる必要があるのか……なら、私にこれ(小刀)は必要無いな」
「へ?」
小刀だけ突っ返され、思わず疑問符を浮かべるゆみみ。
しかし私は気にする事無く、自分の指の鋭い爪先で左手の指の肉球を軽く引っ掻き、其処から出た血を盃へ落す。
それに思わず「あ、肉球が……」と声を上げるゆみみ。そんな彼女へ、私は盃を押し出しつつ、
「さて、これで良いんだな?」
「う、うん……でも、怜子先生。肉球、痛くない?」
「なぁに、これくらい、連中とやりあった物に比べりゃまだまだだ。……で、ゆみみ少女の方は?」
「私は大丈夫! それより怜子先生、早く始めよっか」
「そうだな、サイダーの気が抜けたら不味いしな」
私とゆみみがお互いに頷きあった後、向かい合わせになる様に正座する。
そして、やはり慣れぬ儀式の為なのか、ゆみみは妙に神妙な面持ちを浮かべ、
「私、森三 ゆみみは天と地に誓います。
違う時、違う場所、違う家系に生まれた獅子宮 怜子と、血の繋がりを越えた絆を結ぶ事を!」
朗々とした声で宣誓した後、盃を呷るゆみみ。
そして、彼女から差し出された盃を受け取り、私も朗々とした声で宣誓する。
「私、獅子宮 怜子は天と地に誓う。
違う時、違う場所、違う家系、そして違う世界に生まれた森三 ゆみみと、血の繋がりを越えた絆を結ぶ事を」
この時の若干気の抜けたサイダーの味は、恐らく、二度と忘れない事だろう。
※ ※ ※
それから約二週間の後――
梅雨の晴れ間広がる空の下の、森三一家の屋敷の前。
既に出発の準備を整えた私は、一家の衆に見送られる形で、その時を向かえていた。
傷の方はまだ完全とは行かない物の、その殆どが塞がり。バイクを飛ばしても何ら問題ない位に回復していた。
無論、帰り道となる筈の峠道の通行止めは既に解除されており、今や出発するだけとなっている。
それまでの二週間の間、逗留する事となった森三一家では、それこそ様々な出来事があったのだが、
それを一々説明していたら何時までも話が終わらないので、ここは端折っておく事にする。
「俺、最初こそ獅子宮センセの事、気にいらねーと思ってたけどよ、今となっちゃ別れるのが惜しいと思えるぜ。
なあ、獅子宮センセ、悪い事いわねぇからここに残ってさ、お嬢の家庭教師やってくれね―かな?」
「悪いが、私にも帰りを待ってくれる人が居るんでな。それは勘弁させてくれないか? 綾近」
「冗談だって冗談。センセにもセンセの仕事があるもんな」
言って、ニシシと人懐っこい笑みを浮かべて私の肩をぽんぽん叩く綾近。
最初こそ、私を毛嫌いしていた彼ではあったが、黒狼会の件で私の事を見直してくれたらしく、
以前までの取っ付き難さはだいぶ薄れ、まるで友達の様に私と接する事が多くなっていた。
まあ、何処かイッちゃってるっぽいのは相も変わらず、なのだが
「またここに来る事があったらよ、その時はまた一緒に博打に行こうぜ? 怜子さん」
「ふふっ、その時はまたスッテンテンにならん様に気を付けるんだな、平次」
「へっ、あの時はたまたま運が悪かっただけだ。次こそは大勝してやるぜ!」
と、意味もなく拳を振り上げ、私へ誓って見せる平次。
出会った時がアレな事もあって、彼もまた、綾近と同じく私の事を余り良い目で見てはいなかったのだが。
黒狼会の件の後、色々とやっている内に私の事を気に入り、暇さえあれば博打に誘うようになっていた。
……まぁ、その時の結果が如何だったかとかに付いては、ここで語らずに置いておくとする。
「しかし、いざお別れとなると、本当に寂しくなるな。出来れば、怜子さんにはもう少しだけ居てもらいたかったのだが」
「お前の仮面の下の素顔を見せてくれたのなら、考えてやっても良いぞ? 秋水」
「はは、代わりに素顔を見せろってか、そいつは手厳しいな?」
仮面を指差しての私の冗談に、穏やかに笑って応える秋水。
最初の頃は年上だった事もあって、彼は私の事を子供扱いしていたが、黒狼会の件以降はそれも無くなり、
更には、黒狼会の件で受けた怪我のリハビリも兼ねた組手に、誰よりも率先して相手してくれたのは他でもなく彼であった。
尚、この二週間の間、何度か彼の仮面の下の素顔を見ようとしたのだが、結局は謎は謎のままに終わった。
「玲子さんの通ってる…佳望学園だったか? それの話、また今度来た時も話してくれや、面白かったからな」
「ああ、もしまた来る事があったらな? …その時はもっと面白い話を聞かせてやるさ」
「ほぉ、約束だぜ? 特に猛って不良の話、俺の若ぇ頃の様で面白かったからよ、楽しみにしてるぜ」
私の言葉に、口角を吊り上げたトカゲの笑みで応える唯鶴。
最初の出会いの時から、彼は私の実力をある意味認めていたからか、他の四人に比べて私を毛嫌いする様子は無く
思えば最初の時から今に至るまで、森三一家の衆の中で私と1番会話していたのは彼だったと記憶している。
それ故か、気付けば私の通っている学校の事とか、余計な事を話してしまったが……まぁ、別に大丈夫だろう、多分。
「しかし怜子さん、あんたが来てからのこの二週間、本当に長い様で短かったな。
気が付きゃお嬢の事といい、黒狼会の事といい……あんたには色々と世話になってしまった」
「いや、それはお互い様さ。私も、結局なんだかんだで、お前達には随分と世話になってしまったからな……」
「ふっ、そうかい? ならば、お互いにこの”巡り合わせ”に感謝しねぇとな?」
「そうだな、感謝しないとな」
言って、穏やかな表情で私と握手を交わす銀虎。
結局、彼は私が違う世界から来た、と言う事を、他の者へは決して話そうとはしなかった。
無論、私は一度だけ彼へその理由を聞いてみたのだが、彼は『さぁて、如何してでしょうね?』と笑みを浮かべるだけであった。
果たして銀虎のその真意は如何なる物なのか、所詮は他人に過ぎない私には窺い知る事は出来ないだろう。
ただ、一つだけ言える事とすると、これは彼なりの気遣いだった、と不思議と思えてくるのだ。
「所でよ、こんな時にお嬢は如何したんだ? トイレにでも行ってんのか?」
「そう言えばそうだな。もうお見送りの時だと言うのに、何処へ行ってるやら?」
ふと、この場にゆみみが居ない事に気付き、辺りを見回し始める平次に秋水。
その様子を前に、頭後ろに腕を組んだ綾近が何気なく言う、
「そーいや、さっきお嬢が何か探してたのを見たぜ? なんか獅子宮センセに……」
「お待たせー! 怜子先生はまだ出ていないよねっ?」
「ありゃ? やっと真打登場だ。何やってたんだよお嬢」
と、綾近が言おうとする間も無く、屋敷から急ぎ足で飛び出したのは当のゆみみ。
はてさて、彼女はこんな時まで何を探していたのだろうか? 頭に浮かんだ疑問に私の尻尾が左右に揺れる。
そんな私の疑問を余所に、まだ出発していない私の姿を見つけたゆみみは、真っ先にこちらへ駆け寄り、
「怜子先生、待っててくれたんだ! 良かったぁ、間に合って!」
余程必死に何かを探していたのだろうか、見れば彼女の髪や衣服にうっすらと埃が付いていたりする。
私はそれを軽く手で払い落としてやりつつ、若干息を切らしている彼女へ問う。
「こんな時に何していたんだ? ゆみみ少女。何か探していた様だが……」
「えっと、それは……これっ! これを怜子先生に渡したかったの!」
言って、彼女が私の前に差し出したのは、指輪かイヤリング辺りに使われていそうな、ビロード張りの小さなケース。
その際、一瞬だけだが、それを見た銀虎の表情達が何とも言えない物に変わったのを私は見逃さなかった。
「これは……?」
「あ! まって! それの中を見るのは家に帰った後にして欲しいの。お願い!」
「……む、そうか?」
まだ中を見られたくなかったらしく、ケースを開けようとした私の手を、慌てたゆみみの手が抑えて止める。
仕方なく、私はケースの中を確認するのを諦め、代わりにケースを掌の肉球で軽く弄びつつ彼女へ問う事にする。
「これは一体…何だ? 皆の様子からすると、どうも大事そうな物の様だが……」
「うん、これはとっても大事な物よ。コレはどんなに遠く離れていても、私と怜子先生が繋がっていられる絆だから。
だから、怜子先生にはこれを受けとって欲しいの」
「絆、か……」
ゆみみの言葉に、私は手の内のケースへと視線を移す。
コレがどう言うものかは今は分からないが、一家の衆の反応とゆみみの向ける眼差しからして、
このケースの中身は一家にとって、かなり重要な物なのだろう。――果して、これを受けとって良い物か……?
暫し考え、胸中で結論を下した私は、ふっと穏やかな笑み浮かべ、
「分かった、ゆみみ少女がそんなに言うのなら、素直に受け取ってやるよ」
「本当!? 怜子先生!」
喜びの声を上げるゆみみへ、私は「ああ」とだけ応えた後。
ケースを腰のポーチへと仕舞いつつ、彼女の頭をくしゃりとひと撫でして言う。
「さて、そろそろお別れだな……。
もし、また何時か、何かの巡り合わせでこちらに来る事があったら、その時はよろしくな?
まぁ、お前達にはすこし迷惑かもしれんが……」
私が言いきる前に、ゆみみが手を差し出してきた。
あの夜の約束を守っているのか、涙を堪えながらも、しっかりとした笑顔で。
「――また、何時か会おうね?」
「ああ、また何時か――」
応えて、私は差し出された彼女の手を取り、優しく握り返す。
肉球に触れるゆみみの手は、しっとりと柔らかく、確かなぬくもりを感じさせた。
「バイバイな―獅子宮センセ―!」
「達者でなぁ―!」
「またこいよー! 何時でも待ってるからな!」
「また来る事があったら、連絡くらい寄越せよ―?」
「あばよ、怜子さん! また会える日を待ってるぜ!」
それぞれ手を振って声を上げる森三一家の衆へ、私は軽く手を振って応え。
私はヘルメットを被りつつ、既にエンジンを掛けている相棒のZUへと颯爽と跨り、アクセルを少しずつ捻る。
ゆっくりと速度を上げて行くZU、次第に離れて行く景色、小さくなって行く一家の衆と、そしてゆみみの姿。
ミラーの向こうに写るゆみみの姿は、表情が判別出来なくなる最後まで、涙を見せる事無く、力強く手を振り続けていた。
――結局、私は最後まで、さよならは言わなかった。
また会えると信じるのなら、さよならの言葉は野暮なのだから――
私と相棒は路上を吹く一陣と風となりて、焔の街をひた走る。
離れつつある森三一家の屋敷、森三一家と初遭遇した公園、遠くに見える激戦の地となったSPTビル。
この街を出ると共に、思い出の向こうへと消えてしまう景色。私は少しでも長く、その景色を脳裏へと焼き付ける。
……らしくないとは、私自身も思う。だけど、今の私にはやらずにはいられなかった。
「ここを抜ければ……この街ともお別れか」
やがて、私と相棒は街の外れにある、車通りの少ない峠道の前へと辿りつく。
土砂崩れによる通行規制は既に解除され、前に通った時と同じ光景が広がっている。
今の私には、確信にも似た二つの予感があった。
――1つは、今ここを通らなければ、二度と元の佳望学園の有る世界へと戻れぬと言う予感。
――そして、もう1つは、今ここを通ってしまったら、もう焔の街へは戻って来れなくなると言う予感。
多分、この二つの予感は何れ確実な物となるだろう。
……迷いは無いと言えば、それは嘘となる。正直な気持ち、私には迷いはあった。
――このまま帰るべきか、それとも残るべきか――酷く単純だが、答えの出し難い選択肢。
一先ず峠道入り口傍の路肩にZUを止めた私は、その傍らで咥え煙草に火を付けて、空にくゆる煙を見上げ、独り考える。
そして、暫し考えた私は、ふと森三一家の屋敷がある方へと視線を向ける。
……ここからでは、林立するビルの影に隠れてしまって、森三一家の屋敷は見えはしない。
たぶん今頃、ゆみみ達は私が帰って行った物だと思い、既に何時もの通りの生活へと戻っている事だろう。
――なんだ、もう考えるまでもないじゃないか。……本当、私らしくないな。
ふっ、と自嘲気な笑みを浮かべた私は、再びZUへと跨り、アクセルを捻り、路上の風となる。
その向かう先は、元の世界へ通ずるであろう峠道――そう、私は帰る事に決めたのだ。
そう、この世界において私のやるべき事は終わった、と気付いたから。
峠道に入って程無くして、道の向こうにもうもうとたち込めるは、あの時と同じ濃霧。
私は迷いを振り切る様に目一杯アクセルを捻り、放たれた矢の様に加速して濃霧へと突っ込む。、
さっきから目頭が熱く視界も歪む様だが、気にしない。同時に、胸が張り裂けそうな感覚がするが、それも気にしない。
そうさ、私は別れが悲しくて泣く女じゃないんだ。ましてや、今更になって涙を流すような事なんて……。
「私らしくないじゃないか……私らしく……」
――景色白く染める濃霧の中、
相棒の鋼鉄の心臓の鼓動に混ざり、小さな嗚咽が何時までも響いたのだった……。
『エピローグ…世界隔てても繋がり続けるモノ』
※ ☆ ※
「……暇だ」
電源落したPCの前、私は口に咥えた煙草を牙を使ってピコピコと揺らしつつ、気だるさを隠す事無く呟きを漏らした。
何でもない平日の放課後特有の、何ともいえない空気に包まれた佳望学園の職員室。
私がその日の仕事をとっとと終わらせた後の事である。
……あれから、あの濃霧に突入した私は、予想通りというか運良くというか、
濃霧を抜けた先――佳望学園のある元の世界の峠道へと辿りついた。
……結局、何だかんだで二週間の長きに渡って焔の街に滞在してた事もあり、
もう、とっくの昔に私の休暇も終わって、今頃は学校で英のおばさんが尻尾立てて怒っているかと思っていた。
――のだが、辿りついた峠の麓のコンビニに売られている新聞と壁に掛けられている時計で、今の日時を確かめてみれば、
何と驚いた事に、あの濃霧に巻き込まれる直前から、たったの2時間も経ってやいなかったのだ。
かくて、何だか腑に落ちない物を感じつつも、なんだかんだの内で休暇も終わり。
甘ったるく気だるいながらも少し刺激的な、若干気の抜けたサイダーのような日常は戻ってきた。
ひとクセもふたクセもある生徒たちに授業をして、その最中いきなり小テストを始めてブーイングを貰って、
昼前に早弁している生徒へチョークを投げ付け、そして昼休み中こっそりと生徒の相談に乗ってやって……。
あの焔の街での刺激的な日々が、まるで嘘だった様に平和で何ともない日常。
だが、その中で、あの日々が確かな物であった事を伝える物は残っている。
1つは、黒狼会との激しい戦いで刻まれ、まだ治り切っていない全身の傷痕。(バイクで転んだと誤魔化している)
そして、手元に置かれたビロード張りのケース――別れ際にゆみみから貰った、大切な物。
……実の所、私はまだ、その中身を確かめてはいない。
果して、これの中身は何なのか……。
「あの―、怜子先生?」
「っ!?」
物思いに耽っていた横に掛けられた声に、そして其処に立っていた者を見て、私は2度、驚きに体毛を逆立てた
――その姿と声に一瞬、私はゆみみがここに来たのかと思ったが……良く見ればそれは似ているけど違うものだった。
「何だ…更級少女か……」
「何だとは何ですかぁー! 怜子先生、呼び出したのはそっちの方でしょー?!」
私の思わず漏らした言葉に、尻尾を左右にぶんぶか振って叫ぶは、中等部のネコの少女、美作 更級。
この髪型といい、そして頭のリボンといい、更にこの小柄な体型といい、一瞬見間違ってしまったじゃないか。
と、そう言えば、彼女は何故、わざわざこんな所に来たんだ? しかも呼び出した? ……覚えがないな。
「ところで更級少女、私に何か用か?」
「ちょ、ちょっと怜子先生! まさか忘れちゃったんですかっ?
『このmi-Phoneとやらを返して欲しかったら放課後、職員室へ来い』って言ったの、先生じゃないですか!」
「…ん? あ、ああ、そう言えばそうだったな」
……言われてやっと思い出した。確か、今から数時間程前の授業中だったか。
更級は新しく手に入れたmi-Phoneとやらが余程気に入ったのか、授業中にも関わらずずっと弄っていたんだよな。
まぁそれを見かねた私は、他の生徒への見せしめも兼ねて、彼女からmi-Phoneを取り上げた訳だが、
……彼女に言われるまで、その事をすっかり忘れていた。いかんな、私とした事が。
そんな愚にも付かぬ事を考えつつ、
私は机の引き出しに仕舞っていたmi-Phoneを取り出し、更級へ軽く投げて寄越す。
「これか? ほら」
「うぉぉぉぉ、サンクスです怜子先生! ああやっと帰ってきたよmi-Phoneちゃんちゅっちゅ!」
帰ってきたのが嬉しかったのか、喜びの声を上げてmi-Phoneへ頬摺りして見せる更級。
そんな余りにも反省の色の見えないその姿に、私は呆れ混じりに言ってやる。
「……更級少女。次、同じ様な事があったら、取り上げる事なんてせず、その場で握り潰すから覚悟しておけ?」
「…うげっ! 怜子先生がそれを言うと冗談に聞えないッスよ! マジで勘弁してちょー」
余程壊されるのが嫌だったらしく、さっとmi-Phoneを身体に隠して言う更級。
……全く、ゆみみも更級も同じ位の年だというのに、何故こうも性格が違うのだろうか?
「……これではゆみみの方がだいぶ大人じゃないか……」
「ををっ!? 怜子先生はひょっとして『若頭』をご存知なんですか!?」
「……は? 何の事だ?」
思わず漏らしていた呟きに過剰反応する更級に、思わず首を傾げ尻尾もくねらせる私。
それを彼女は説明を求めた物と取ったのか、尻尾立ててまくし立てる様に
「いや、さっき怜子先生は『ゆみみの方が』とか言ったじゃないですか!
そう、ゆみみってもう確実にアレじゃないですか! 大人気マンガ『若頭は12歳(幼女)』の主人公である森三ゆみみちゃん!
あ、そうだ! 今日は丁度、最新刊持ってるんですよ、折角ですから先生も見ます?」
言いながら更級が取り出したのは、布教用と書かれたシールが貼られた、一冊のマンガ本。
それを受け取った私が、何気にページをぱらぱらと捲る始めるのも気にせず、彼女は更に続ける。
「彼女、私がこの道に入った切っ掛けなんですよねー。この今の格好もそれをイメージしてるんですよ? 髪もカツラだったり!
で、だから、多分先生も『若頭は12歳』を見ているのかなーって思っちゃったり……して……?
って、ええっと、あの、如何しました怜子先生? なんか急にポカーンとしちゃったりして? 煙草落ちちゃいましたよ?」
「……」
この時の私は既に、更級の声はおろか、煙草が口からポロリと零れ落ちた事さえも、最早気に留めなくなっていた。
私の手にしたマンガに描かれた、多少はデフォルメされているが、かつて会ったゆみみその物の姿を目にした事で。
――そう言えば以前、休憩中に跳月の奴がこんな事を自慢気に話していたのを思い出す。
奴の話によると、線、平面、立体の三次元へ、更に時間の要素を加えた四次元的な目線で世界を見ると、
それは巨大な大木のような形をしており。この宇宙が生まれたビックバンの瞬間を根元とした大まかな流れの幹を中心に
其処から無数に分かれた枝先の一つ一つが、もしもあの時アレがああなっていたら、という分岐の上で生まれているのだと言う。
その枝先の事を、ある偉い科学者はIF(もしも)の枝先と呼んでいるそうで。それは可能性の分だけ無数に存在するそうだ。
まぁ、言わばIFの枝先というのは、簡単に言えばパラレルワールドの事と思えばいいだろう。
そして、跳月は続けてこうも言っていた。
僕達が何気なく見ているTVドラマやアニメ、マンガと言った、いわゆる虚構(フィクション)の世界も、
実はIFの枝先の一つとして存在していて、それを原作者などが想像という形で垣間見ている物だと言う可能性もある。
そしてそれと同時に今僕達が存在しているこの世界もまた、ひょっとすれば誰かが想像と言う形で垣間見ているかも知れない。
……などと、話していた。
まぁ、つまりはだ、私はあの濃霧に包まれてからの二週間の間、
佳望学園のあるIFの枝先から、マンガの中の世界の森三一家のあるIFの枝先へ行っていた、という事になる訳だ。
……道理で、学園の生徒がゆみみの名を知っている筈だ。
生徒の中に、その『若頭は12歳(幼女)』を読んでいる者がいるなら、それを知っていて当然の事なのだから。
こんな荒唐無稽な話、例え跳月の奴に話したとしても、信じてくれるかどうかである。
恐らくは「そんな事言うなんて、獅子宮先生らしくないですね」と言って、一笑されるだけで終わる事だろう。
だが……1つだけ確証出来る事はある。
「をやをや? それってひょっとして……」
私はそれを確かめる様に、手元においてあったケースを手に取り、その蓋をゆっくりと開ける。
それを見た更級が、何やら瞳孔を細め耳をピンと立てて反応するが、私は気にする事無くそれを手に取り、見る
「そ、それってままままさか!! 森三一家の代紋ですか!? ちょ、凄いじゃないですか!
よっぽどの『若頭』ファンじゃないと手に入らない、幻中の幻の超レアものですよ!?」
そう、それは名も知れぬ花をデザインした、黄金色に輝く森三一家の者である証。
そして同時に、血の繋がりよりも遥かに濃い、義兄弟――いや、義姉妹の繋がりの証。
例え、世界の壁を隔てようとも、決して切れず、ずっと繋がり続けている事の証。
……なるほど、確かにこれはゆみみの言う通り、とっても大事な『絆』だな。
「あのあのあの! 怜子先生、それ、何処でどうやって手に入れたんですか!? 私に教えてください!」
「ん? ……何処でって?」
私が代紋を上へかざして眺めていた所で、何やら興奮しきりで問い掛けてくる更級。
暫し考えた後、私は代紋を見上げつつ、にっと牙を見せた笑みを浮かべて言ってやる。
「そうだな、今回の現社の期末テストで、100満点取ったら考えてやる」
「ちょ、ええぇぇえぇぇぇっ!? そんなのムリィィィィィ!!」
更級の素っ頓狂な声響く、放課後の職員室のごく平和な光景。
上にかざした私の手の中で、代紋に刻まれた花が、夕日の照り返しを受けてキラリと煌く――
――何故かそれは、遠くて近い世界に居る少女が見せた、太陽のような笑顔を思い浮かばせた。
―――――――――――――――若頭は12歳(幼女)外伝、隻眼の獅子編…おしまい―――――――――――――――
以上です。
今回の5回に渡って投下された作品は、元々ツイッター上での何気ないアイディアが元で、
様々な人たちの協力の元で書き上げられた作品です。
他作者の作品とのコラボレーションであると同時に、このレベルの連載物は、
作者にとって初の試みであり、投下する際は常に緊張と不安の連続でした。
無論の事、作者の不手際による失敗も何度か在りましたが、
皆さんの感想をバネに、最後まで投下出来た事を本当に感謝しております。
最後に、若頭は12歳(幼女)の作者であり、製作の際は原作者だからこそのアドバイスと暖かい応援をしてくれましたakutaさん。
そして、当作品の事をブログへと取り上げてくださり、大きく応援してくれましたわんこさん。
更に、当作品を最後まで読んでくださり、感想を寄せてくれましたスレ住人の皆様。
本当に有難う御座いました!
あれ、目から汗が…
いや本当すごい大作、お疲れ様でした
完璧なエンディングでした
獅子宮先生が好きになったよ
「助けてっス!!!ボクの人生最大の危機を助けて欲しいッス!!」
いつもは静かなそよ風吹き抜ける午後の佳望学園の図書室で、けたたましい悲鳴がいきなり広がった。
声の主は保健委員。ケモノの尻尾をふりふりと、ケモノの脚をぶらぶらと、そして窓際でハードカバーのラノベを一人で楽しく読んでいたところ
風紀委員長・ウサギの因幡リオの長い耳に、嫌というほど突き刺さった。それはもう、見ているのが痛いくらい。
ちょっと高めの本棚の一番上の本を取ろうとしていたのだが、片手を棚に引っ掛けて地上50cmの宙ぶらりん。
いつも被っている海賊の帽子が揺れる。眠気眼のリオの耳も同じくゆらゆらと揺れていた。
「うるさいなあ、保健委員は」
折角の放課後の時間ぐらいはのんびり読書を楽しみたいものだ。その場所を誰からも侵されたくないというのは誰しも考えること。
出来ることなら耳を塞ぎたい。本の世界に集中して、ちょっとばかしの現実逃避に浸りたい。
しかし、現実と闘う真面目のまー子の風紀委員長は「やれやれ」と本を閉じて立ち上がる。
ちょっと待て。保健委員の声のもとにいるヤツは誰だ。白くて、尻尾もたわわなイヌの少年が小さな保健委員の体を支えているぞ。
「ふう……。助かったっス!ありがとう!ヒカルくん!」
「……図書室では、静かにね」
(まあ、いっか。犬上に出番取られちゃったし。わたしはもとの巣穴に戻るよ)
スカートをぱんぱんっとはたき、少々悔しい思いと安堵を胸に文学少女の姿に戻るとため息をつく。
図書室の窓が額縁のように校庭に立つ大きなイチョウを描き、梅雨の合間の光を受けていた。
外の陽気に誘われて、ふと景色に浮気すると校庭のイチョウに一人の子ネコが枝にお座りしているのにリオは目を奪われる。
「初等部の子だよなぁ、あの子。確かコレッタの友達のクロって」
風が吹きぬける。枝葉が揺れる。夏のにおいを掻き立てる。暦が青い空の季節だと教えてくれる。
そうだ。窓越しながら四季の贈り物がリオに届いているようじゃないか。しかし、リオの琴線に触れたのは感傷的な夏風ではない。
「むはっ!?」
いたずら者の夏風が子ネコのスカートを捲り上げ、甘いにおいをまき散らした。くんくんくん。
熟れる前の甘ずっぱい桃がリオはお好み。子ネコはクロネコ、紺色ぶるまが眩しくて、リオの瞳に焼き付いた。
それでも子ネコはふんわりと「クロも風に乗ってみたいニャ」とでも言っているかのようだった。
ちらり!ちらり!ぶるまがちらり!
だって、だって!ぱんつじゃないから恥ずかしくないけど、ぶるまだったら恥ずかしいもん!
(むっはー!クロー!オレだ、結婚してくれ!!夢のようだよ!)
「そう!ボクの夢は立派な保健委員になることっスよ」
「……」
ヒカルは保健委員が持つ注射器や聴診器の絵が描かれた本の表紙を見つめて、大きな尻尾を揺らした。
司書さんが待つカウンターへと、本と志を胸に抱きながら保健委員はヒカルと並んで静かにじゅうたんを踏み鳴らす。
白魚のような細い指でバーコードを読み取ると、貸し出し伝票がプリントアウトされ、ヒカルはじっとその指を見つめていた。
「はい、ヒカルくん。再来週までよ」
「はい」
とみに話しかけられたヒカルはぴくっと尻尾を跳ねさせたが、それもまたシアワセと言うか幸せ。
図書室でお気に入りの一冊を借りると、ヒカルと保健委員は好きな本のことを話しながら部屋を去った。
一方リオにとって、もう読書どころじゃない。いくら活字の森に迷い込んでも、ろりっ娘が一人いれば平気だもん!
ろりっ娘がいれば何でも出来る!ろりっ娘に応援されれば怖いものはない!ろりっ娘は正義だ!コッカイで決まったのだ!
「むはー!封鎖された初等部の教室で、ろりっ娘からいじくりコンニャクされたいおー!」
ボブショートの髪を掻き乱す。リオの屈折したメガネに、クロのぶるまが焼き付いてしょうがないのだ。眼福、眼福。
おでこを窓にくっ付けて、両手をサッシに乗せて「また風が吹かないか」と、邪心を燃やす姿は非常に残念だ。
このまま時間がゆっくりと過ごしますように。そうだ、八百万の神々がいるのだから、ろりっ娘の神さまもいるに違いない。
ろりっ娘の神さまにわがままを通していいですか?と、頬を赤らめるこの風紀委員長はもうダメかもしれない。
「あっ?!ちょ、ちょっと!!」
目を疑うとはこういうこと。
肝を冷やすとはこういうこと。
冷たい視線にさらされるということはこういうこと。
イチョウの枝から子ネコが消えた。ふわりと風にさらわれるかのように。残った梢はちくちくと揺れる。
子ネコが枝から落っこちたのだから、リオも「クロかわいいよクロ」と言っている場合じゃない。
「う、うわーん!!保健委員!保健委員はどこ!」
悔しいことに地上が見えない。もしかして、クロが一人でしくしくと泣いているんじゃないかと母性本能一杯に胸を熱くするリオ。
「こんなときに、なんで保健委員がいないの!もう!」
読みかけの本そのままに、司書の織田が止めるのを聞かずに、脱兎の如く本棚の隙間を駆け抜けた。
「『時間に追われたウサギを追って、アリスは穴に飛び込んだ』。そう、不思議の国への誘いはときを選ばないものさ」
「あら……お珍しいですね」
「あわてんぼうのウサギが忘れ物を手に、ぼくは不思議の国へと行ってくるかな」
長い髪をふわりとかざし、細身の体に似つかわぬ尻尾を振り、リオが置き去りにした本を手にして貸し出しの手続きをするイヌの音楽教師。
この伊達男の言うことを本気に取るか、取らぬかはあなた次第。
「はい、ヨハン先生。二週間ですよ」
「そうだね、織田くん!また二週間後に君に会えるなんて、この本に感謝しなきゃね!」
颯爽と本を手に図書室を立ち去るヨハンだったが、二週間後、織田は一週間有給休暇を取っていた。
―――「白先生!白先生!!」
保健室の扉の音が鳴ると同時にリオがわめきたてる。息を切らせたリオは肩で呼吸をすると、コーヒー豆の香ばしさが鼻腔をくすぐる。
サイフォンからは湯気が立つ。沸かしたてのコーヒーを魚の絵の描かれたマグカップに注ぐのは保健医の白。
酸いも甘いも聞き分けた三十路ネコミミにリオの声がつんざき、白はちらりと爪をちらつかせる。
手にしたマグカップから湯気がメガネを白く塗りつぶし、オトナの階段踏み外す三十路にほんのひと息の休息。
そとの光を嗜みながら、白はすっと椅子から立ち上がりコーヒーを口にして、眩しい白衣も落ち着いたオトナのさまを見せる。
「因幡っ、うるさいぞ。また捻挫でもしたのか?」
「ク、クロが……木から」
保健室に陶器の割れる音。床がコーヒーで褐色に染まる。
跳ね返った雫が白のスリッパにしみを残すが、まだ気付くことはない。
「急ぐぞ!どこだ!!」
爪を引っ込めてやさしい手には救急箱。そういえばババアの半分は優しさで出来ているらしい。
ウサギはスカート、(三十路)ネコは白衣を翻して床に散らばったコーヒーを踏み付けて校庭へと急いだ。
先頭を切って白が風になる。廊下を駆ける二人に今「廊下を走っちゃいけません」だなんて話しかけたら、きっと引っ掻いてくるだろう。
目の色を変えて全力疾走する二人は誰よりも勇ましかった。しかし、三十路を過ぎた白にはこの廊下は長すぎる。
やがて失速してきた白をリオが追い越すと、体全体で呼吸をしながら枝から消えたクロを案じる。
髪の毛を乱し、足元はコーヒーで汚した白は、かすれた声でリオの背中を言葉で追う。
「木程度の高さならネコなら……多少は大丈夫のはずだ!でも、子ネコは……ハァ」
「白先生!誰か来ますよ」
確かに二人の方へ数人の生徒たちが向かってくる。そのうち、一人は生徒ではないようなのだが……。
ごめんなさい!ごめんなさい!みんな白先生のこんな醜態見ないで下さい。といわんばかりでリオは白を庇った。
息のあがった三十路はどんな飢えた野獣よりも気が許せないのだから、必死にリオは白を両手で隠す。
それでも二人に近づく人の群れ。よくよく見るとおんぶをされている子が一人。いや、失礼。オトナに対して『子』はないな。
「白先生!急患です」
「たいしたことない!たいしたことない!!」
「急患って……タスクくん?てか、犬上。何やってるの?」
リオが目を丸くする。犬上ヒカルは足を止める。廊下を凝視しながら白は未だ呼吸を取り戻さない。
さっきまで図書室に居たヒカルが小さなイヌのサン・スーシ先生をおんぶしてやってきた。頭に立派なたんこぶがこしらえられていた。
一緒にいた中等部の生徒、タスク・ナガレにアキラによるとグラウンドで野球をしていたところ、脳天でボールをキャッチしたらしい。
青ざめた顔をして保健委員が針小棒大にわめきたてる。
「大変ッス!取り合えず患部を冷却するッスよ!!」
「たいしたことない!たいしたことない!!」
「そう言えば『白先生は勘弁だぁぁ!!』って叫んでたっけ、ナガレ」
アキラの一言で顔を曇らすサン先生、そして保健委員が何か口にしようとした瞬間のこと。
ホウセンカの種のように白先生が立ち上がる。チャージ完了、リミッター解除せよ!
「急ぐぞ!因幡!!」
「白せんせー!サン先生はどうするッスか?」
「つばでも付けとけ!」
全力三十路は光差す玄関へ向かって消えていった。
白先生を追い駆けてリオが玄関までたどり着いて、靴を履き替えている最中のこと。とてもいやなものを見た。
出来れば無視をしておきたいのだが、一応『真面目のまー子』のリオにとって、学園の中ではそういうことは避けておきたい。
上質の絹のようなロングヘアーに、誰もが知っているブランドもののシャツ。黙っていればいいのにそれを自らぶち壊してしまう減らず口。
「わざと本を置き去りにしてぼくを誘うなんて、恋するジュリエットも考え付かないだろうね。ぼくの名前で貸し出ししてるからね」
「うっ、ヨハン先生……あの、急ぎますから」
「ただならぬ恋ほど燃えるということは、シェイクスピアの戯曲も雄弁に語っているのだよ」
きっと、悪気はないのだろう。だが、リオはどうしても目の前の教師にふつふつと「蹴り飛ばしてやりたい!」という
悪しき考えだけがこみ上げてくるのだ。ヨハンは優しくリオに手にしていた本を渡すと、リオは目を吊り上げる。
「わたし、急いでますから!それに又貸しはいけません!」
「はは!まあ、恋は焦らずに」
(うるさい!)と言いたいの我慢して、本を突っ返しリオはイチョウの木へと急いだ。
しかし、イチョウの木の下には子ネコは居なかった。しかし、代わりに居たのは子ネコでなく三十路のネコだったのは遺憾である。
「因幡、いい加減にしろよ」
まだまだ高い太陽を背にして、シルエットが浮かび上がる。腕組みをして白衣を風で揺らす白先生の爪がきらり。
イチョウの木の幹には子ネコが付けたであろう爪の跡。きっと、クロがよじ登るときに爪を立てたに違いない。
だって、見たんだもん。この目で確かに見たんだ。でも、クロはいないし。
リオはぐっと両手を握り締め、瞳に光るものを浮かべていた。
「まったく、ミナは何しに来たんだよ!」
聞き慣れたバカに大きな声が白を超えて飛んできた。たんこぶが引いたのか、遠くでサン先生がグラウンドを歩いているのが見える。
隣にはリオには見慣れぬネコの女性、年の頃は二十代後半か。程よい色気と、健康的な明るさは少年のようにさえ見える。
背の低いサン先生がぴょんと跳ねたかと思うと、「ミナ」と呼ばれた女性のネコはサン先生の頭を鷲掴みにする。
「……サン先生だ」
「やれやれ。サン先生もお騒がせだよな」
お似合いなのか、不釣合いなのかそれは二人が決めることだが、リオの目からは二人とも似つかわしく映った。
オトナのネコだ。オトナのネコ。
子ネコをとっくに卒業して、爪を立てることを忘れ、笑って悩みなんか吹き飛ばしちゃうオトナのネコ。
きっと、クロもいつかはオトナのネコになるのだろう。そのときは、もうわたしたちのことなんか忘れてしまっているかもしれない。
悲しいね。悲しいね。もしも、オトナになってわたし、因幡リオに出会うことがあったらほんのちょっとでいいから、
わたしの白い毛並みの腕に爪を立ててちょうだいね。きっと、あなたは子ネコの頃を思い出すかもしれないから。
口を滑らして、白先生にぽろりと漏らす。
「……オトナのネコですよね。カッコイイですね。先生も憧れませんか?」
「わたしもオトナのネコだっ」
地雷を踏んでサヨウナラ。早くここからさようならしたい、と冷や汗をかきまくるリオに、ふとそよ風が髪を撫でる。
いや、風なんか吹いていないが、確かにリオにとってはそよ風だ。さっきまでイチョウの枝に座っていたクロが、
グラウンド脇のイチョウの木に「先生、さようならニャ」と手を振りながらやって来たのだから。
「ク、クロ?今から帰るの?」
「……そうだニャ」
ランドセルを担いでいるクロは、二人をじっと穴が開くほど見つめると一言。
「白先生、とりあえずお部屋のスリッパを履きかえるニャ!」
おしまい。
はじめての試み!
投下終了。
>>49 いい最終回だった。別れのシーンはグッとくるねえ。
森三一家みんなキャラ立ちしてて楽しませてもらった。ゆみみが健気でかわいい。
>>58 駄目だこいつら…早くなんとかしないと…(AA略)
リオはこんなにロリっ気もあったのか。まさに白先生とセットになりつつあるなw
シロリオコンビは字面同様にロリフェチの腐れ縁で硬く結ばれているんですねw
リオの将来ががぜん心配になってきましたw
地雷を踏んだらさようならって映画タイトルですよね
シ「ロリ」オコンビw
かーわいいなークロ
小生意気なとこが最高だ
>>62 クロは可愛い、ベシベシした後でナデナデしてやりたいくらい可愛い。
>>64 なんとSD獅子宮先生とな! これはカッコ可愛いw
しかし、SDになっても力強そうな腕がww
マッシブ!
淺川くん他をおかりしました。夏の話!
「青い写真を写しまくるんだ」
オオカミの中年男が椅子にふんぞり返り、夏休みに入った子どものようなセリフを口にする。
『雑誌は幼き日の好奇心と、若者の行動力、そして大人の分別で作るんだ』とオオカミの編集者・木島は会社の先輩から叩き込まれていた。
人が人を繋ぎ、遺伝子を継ぐ。木島はそれをしただけのこと。誇らしげな尻尾はいつもと変わらない。
若きネコの写真家・淺川に受け継がせようと、編集部に呼び出したのだが彼はどうやら居心地が悪いらしい。
理由は明解、目の前に木島が居るからだ。そりゃ、食えないとき随分お世話になった。稼ぐようになったら、逆にご馳走しますよ。
それぐらいの大見得を切ったこともあった。なのに、未だ頭の上がらぬ相手・ワースト3に入ることは揺ぎ無い。
カギ尾をピンと立たせて頭を掻きむしる細身なネコの男が、デスク側のソファーに遠慮がちに腰掛けて木島の「青い写真」の意味することを尋ねた。
「夏だろ?夏の写真が見たいんだ。おれが見たいのなら、読者も見たかろうよのう、淺川さあ」
「随分とまた抽象的な注文ですね、木島さん。うんこったれですね」
「お前もプロだろ。仕事しろ、仕事。お前の愛機が泣くぞ。あと言っとくけど、おれは生まれからクソを漏らしたことはない」
写真家を名乗って随分年月が経つ。異国の地で身の危険を感じたこともあった。顔なじみの土地の暖かさを思い出すこともあった。
その場の風景を切り取る。残す。見せる。喜んでもらう。淺川がやってきたことは、難しいことではない。ただ、それだけのこと。
成人を迎えてから一昔ぐらいの時間が流れているのに、淺川は自分の残そうとしているものが未だ見えなかった。
「兎に角さ、淺川の好きなところでいいから、ジャンジャン写真を撮るんだ。お前好きだろ、こういうの」
「好きでやってるから続いているようなものですって」
欠けた右耳を摘む淺川の前に、冷たい麦茶が差し出された。涼を誘うコップに浅川の白と黒の毛並みが映る。
ガラスのテーブルとコップが触れる音は、なんだか質の悪い風鈴のような。その音さえ、緋野は怯える。
「緋野ちゃん、どーも」
「ありがとうございますっ」
人間の娘・緋野はお盆を両手で抱え込み、一刻もこの場から立ち去りたかったのか大きく淺川に一礼して、そそくさと踵を返す。
「緋野もいい加減さぁ、仕事に慣れろよ。プロだろ」
木島は大きく尻尾をはたきのように振ると、緋野は更に怯える。一口麦茶を含んだ淺川はすっと立ち上がる。
「それじゃ、オレ。早速、準備してきますから。失礼します」
「チョット待てよ、おっさん。コレ持ってけ」
木島から『おっさん』呼ばわりされる歳ではない、と淺川は再び尻尾をピンと上げて分厚い紙袋を受け取った。
意外と軽い。あえて、中身はまだ見ない。「これはありがたい餞別をどうも」と一言残して淺川が部屋を出ると同時に、
ぱたぱたと緋野は室内のエアコンを2度上げる。ひんやりとした涼しい空気が消え、室内では忘れかけていた夏を思い出させていた。
「さすがだな、緋野。お前もプロだ」と、木島の鋭い眼差しは明るかった。
×××
大小の島が浮かぶ内海を臨み、潮風が香る港町。小さな渡船乗り場は、今にも崩れ落ちそう。必死になって地面にしがみ付く。
淺川の愛車のミラーに夏の日差しが反射して、鉄(くろがね)のタンクが鈍く光る。リッター級バイクのV-MAXはこの町ではお呼びでなかったか。
波の音がまるで地球の鼓動のよう律儀に聞こえてくる。淺川自慢の前髪が潮風に乗って視界に差し込む。
大人しく鎮座する鉄の馬に腰掛けて、淺川は一人できょうの写真の出来具合を気にしていた。
最新式なカメラの液晶には空が蘇る、海が蘇る、川が蘇る。夏が残る、永遠(とわ)に残る。そして人が残す。
濃淡の豊かな画面には、ニッと歯を見せる白と黒の毛並みを持つ淺川の顔が、本人の予期もせずに映り込んだ。
「青いな」
青い。
「うん、青い」
青い。
当たり前の感想を噛み締めて。
今年しか見せない夏を切り取って。
一秒一秒変わりゆく、雲の流れを一人惜しんで。
夏が自ら夏を削ってゆく。風で夏が吹き飛ばされる。日光で夏が溶かされる。だけども、夏は辛抱強い。
必死に、必死に耐えながら、光る汗かきまくってしがみ付く。だから、夏はとても暑い。
ただ、優しい風が吹くこともある。
ただ、甘い風も吹くことがある。
「おにーさん!それ、プロ用のカメラ?かっこいい!」
「……はは」
「わたしにも見せて欲しいな」
淺川の手元に小さな目線の気配がする。舌ったらずな妹が扇ぐ優しい団扇のような声がする。砂糖菓子のような声が淺川を奪う。
淡い色のワンピース。涼しさを見せるメガネ。子どもっぽさを残すボブショート。袈裟懸けしたバッグは気のせいか分厚い。
そして、あどけない細い脚。彼女の耳はぴんと立って、柔らかそうな毛並みはせっけんの香りがする。
「見てもつまんないぞ。オレは人を写さない主義だからな」
「おにーさん、もしかして『げーじゅつか』?孤高のカメラマンとか?」
「どうだか」
「ふーん……わたしね。カメラとか写真に興味あるんだよね」
ウサギの少女は淺川のカメラに、照れてしまうぐらいの眼差しを浴びせていた。
「おにーさん。旅の人?」
「そう言ってもまちがってもないな」
「かっこいい!わたし、あこがれるなあ!そういう『たびびと』になりたい!」
「なに、オレは根無し草だからそう言ってるだけだ。あまりオススメは出来ないな」
「旅人だったら、『佳望町』って知ってる?わたし、そこに行きたいんだ」
大きすぎるバッグが嫌に誇らしげだ。ウサギの少女は、まだふくらみを知らない胸を張る。いやにミルクの香りがする。
佳望町。淺川の生まれ育った街の名前。街から飛び出していった野郎もいるが、その町に憧れを募らせるガキもいる。
確かにこの港町と比べると、人も多いし、建物も高いし、市電も街中走っている。そして、時の流れ方の早い街なのは間違いない。
「冒険だよ。冒険」
屈託のない笑顔で危なっかしい言葉は、子ウサギに似合わない。
「ホントに行きたいのか?」
「うん。わたしの島なんかよりも、ずっと大きくて、立派なんでしょ!?」
「うーん、そうかな。ちっぽけなところだって」
「ぜったい素敵なところだよ!そこに行って、おにーさんみたいな素敵な人と出会うんだ!」
「おれじゃだめなのか」
淺川は苦笑い。
佳望町まで電車で行けば3時間、バイクで飛ばせばもっと早いかもしれない。小さな港町のウサギの両手は小さく握り締めている。
「だいいち、お嬢ちゃんはどこから来たんだ」
「お嬢ちゃんじゃないもん!わたしは、りっぱな女子だよ!」
「それを『お嬢ちゃん』って言うんだ」
一回り以上年の離れた娘にムキになるのは大人気なさ過ぎるので、淺川はやんわりと会話を止めた。
少女はこれ以上淺川から言葉がないことを悟ると、海に向かって指差した。海風が柔らかく白い腕の毛並みをなぞる。
「宇佐乃島です!」
海岸から遠くに浮かぶ、木の生い茂った小島。かすかに灰色の建物がブロックのように丘に残されて見えた。
前髪を掻き上げ、淺川は興味深そうに裸眼で宇佐乃島を望み、バッグから望遠レンズを愛機に取り付けて再び島を覗く。
「見える?」
「ああ」
「見せて」
「ダメ」
「どうして?」
「子どもだから」
タン!と足を鳴らせたウサギの少女の前に、ふふんと笑った淺川がいた。
パチリ、と島を切り取る。青い海に浮かぶ島。青い空に降り立つ島。ぼんやりと雲が空を薄める。
渡船のりばから島行きのアナウンスが流れ始めるも、少しスピーカーの調子が悪いのは目をつぶって欲しい。
「ああいうロケーションで撮影したいもんだよな。さて、島に渡ってみるかな」
「だめだめ!わたしの島はウサギの人以外入っちゃだめですから!」
「どうして?」
「昔からなの!ウサギの人以外は入っちゃ……!!」
「知ってるよ。そのくらい」
半分前髪で隠れた淺川の顔はきっと笑っているに違いない。
顔を膨らませた子ウサギは、淺川の言葉の理由を聞き返すと、理屈に耐えがたき返事が帰って来た。
「そりゃ、オレは旅人だからさ」
「からかってるんですか!?」
「お前も旅人になりたかったら、早くガキンチョから抜け出すんだな。そしてさぁ、ここから一歩出る勇気ぐらい持ちやがれ」
「……むう!」
古の頃からウサギ以外の足を拒み続けてきた『宇佐乃島』。島に誇りを持つ者も、街に希望の光向ける者も。
一人渡船に乗って、ここまで来たんだと少女のウサギは胸を張り続け「わたしだって、カメラマンの卵だよ!」とメガネを光らせて、
淺川に少女が写した島の写真をバックから突き出した。淺川の歯が白く覗き、ニヤリと笑う。
(この子かよ)
朽ちた家、コンクリ打ち出しの建物、土の色と透き通る海。彼女の精一杯の感性で切り取った写真には、子どもながらみはるものがある。
「お前さ、島に戻るんだ。そして、お前のカメラで島中あちこちをめい一杯写してくれ」
「……どうして!?」
「撮り終わったら、次の船でここに戻ってくる。オレはこのあたりで写真を撮りまくってるからすぐ分かるはず。
『淺川ー!』って叫べば、振り向くと思う、多分。で、居なかったらコイツを目印にするんだな。頼もしい相棒のバイク」
宇佐乃島の写真が見たい。淺川が見たいのなら、木島も読者も見たかろうよのう。
ネコもオオカミの足を退き続ける島へ。その思いを託すことが出来るのは目の前の少女しか居なかった。
「ほら、船がもうすぐ出るんじゃねえのか?おーい!そこのダンナ!チョット待った!!!かわいいレディがお乗りですよ!」
「わたし、佳望町に……」
「今度連れてってやんよ!おれの街を思いっきり見せてやる!腰ぬかすなよ」
エンジンがかかる音が風に乗って聞こえる。船出が近い。
「その前に、お嬢ちゃんの島をおれに見せてくれよな!お前の写真が見たいんだ。えっと、そう言えばお前さんの名前……」
「わたしはハル子だよ!」
耳が垂れるほど頷いた少女は、希望一杯詰め込んだバッグを揺らして、きらきらと渡船のりばに一目散に駆けて行った。
淺川はハル子の後姿を見つめながら、欠けた右耳を摘んで呟く。潮風がしみる。
「子どもが一人旅するもんじゃねえよ」
×××
「木島さん。淺川さんからメールが届いてます」
冷房の余り効かないビルの一室。緋野はモニタに穴が開くぐらいの勢いで見つめていた。
開封して、添付ファイルを開くと内海に浮かぶ小島の画像が広がった。
海が青い。空も青い。
「『木島さんにはお世話になってばっかりで、申し訳ないッス』ですって!」
「やっぱり行きやがったか……。面白いヤツだ。ま、淺川もガキだな。なあ、緋野」
「は、ひゃい?」
「でもやっぱり、プロだよな」
×××
青い空。青い海。青い川。青い夏。
引きずり込まれるように淺川はシャッターを切った。
「木島さんったら、『好きなところ』とか言っておいて、あんな写真入れられちゃ、ここが好きになるしかないじゃないッスか!」
よっぽど木島に唆されたことが悔しかったのか、淺川は青い空の真ん中に真っ白な雲を写し込んでやった。
木島が持たせた『ハル子と木島と港町』の写真を懐に入れて。
おしまい。
>>64 ケモスレにもあの方が!獅子宮ライオン強そうだぜ!SDなのに!「SDでも」か!
>>62 ナンバー2のクロが可愛くて生き(ry
だから、ついついSSではメインにしてしまう……申し訳ない。
投下はおしまい。
いやあ夏だねえ。夏を感じる気持ちいいssだ
淺川みたいな自由な生き方をしてみたいものだ
>>62 はうう、クロが可愛過ぎる
これは夏でも暑くてもモフモフしたくなる
>>68 なんか潮風が感じられるような爽やかなSSですね!
GJです
木島はホッキョクギツネでした…。訂正してお詫び申し上げます。
>>76 よい子だ。これはよい子。耳をつんつんしたい。