【リレー】新企画立てて皆でわいわいやろうぜ【小説】

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月もまた、テンマと同様、ある一室で目覚めた。
だが彼は他の参加者とは違い、即座に行動を開始している。
いち早く卓上のPDAに気付き、その内容を暗記する。

周囲に死神が居ないことも確認する。
元来いつもべったりと付きまとっている死神だが、彼らは生来気まぐれであり、
ふらりと居なくなることも無いではない。
さらに、死神と言えども世界中を把握している訳でも無いようなので、
もしかするとLが何か手を打ったのかもしれない。

そして、その身に纏った金属の輪を再確認する。
首輪の事ではない。
腕時計のことだ。
デスノートの切れ端を入れた、父から貰った腕時計。
それは、いつもと変わらず月の手首に嵌っていた。
Lがどこから監視しているか分からないため中を確認する事は出来ない。
寧ろ、Lが僕がキラであることを証明するために、敢えて身の回りの品々をそのままにしている可能性すらある。
無暗に使う事はすまい。
だが、それが必要な時が来れば――

月はその場で分かることを確認し終えると、速やかに行動を開始した。
まずは情報収集が不可欠である。
だが状況が不確かなまま無暗に動き回る事は、思わぬ危険と鉢合わせになる可能性も孕んでいた。
しかし月は、危険は少ないと考える。
相手がLならば、何の証拠も得ないまま自分を消す事は彼のプライドに関わるだろうし、
この『ゲーム』を遂行しようとするならば、『ルール』に則り、自分の身の安全は保障される。
そう考え、月は手近な部屋のドアを開けた。
そこで月は確信を得た。


その部屋の中に座して居たのは、東欧で指名手配中の連続殺人事件の容疑者その人だった。
ニュースやワイドショーでも何度か取り上げられたため、月もなんどかその顔を目にしている。
事件の全体像が明らかになってはいないものの、彼は言わば「黒に限りなく近いグレー」と言える程の超重要参考人である。
しかもご丁寧に武器まで持っているようだ。

露骨だ。
極めて単純で、暴力的で、品性のかけらもない。
つまりは、こういうことなのだ。
何らかの方法で殺人を行っている人間を危機的な状況に置くことで、
自らの安全を守るために、その“何らかの方法”を使わせるつもりなのだ。
この目の前の犯罪者は、言わば餌なのだ。
それも、食らいつけば針の飛び出る、罠付きの餌だ。
一方、こちらは生身。銃器を持った犯罪者が相手では、極めて危険な状況と言える。
余程幸運に恵まれでもしなければ、こちらの命に危険が及ぶ。
幸運……そう、『偶然にも目の前の殺人鬼が心臓発作で死亡する』といった幸運でも無い限り。

ならばどうする?

【DEATH NOTE】を使うのか?

空腹の余りにみすみす罠つきの餌に齧り付くのか?



冗談ではない!


L達がこのような強引な手段に出たとしたならば、キラ捜査は完全に行き詰っていると考えてよい。
ならば、ここで完全な身の潔白を証明する事は、自分の嫌疑を晴らすこの上ないチャンスなのだ。
また、相手が一体どのような方法でこちらを監視・観察をしているか分からない以上、迂闊にこちらの手の内を晒す事は出来ない。
つまりは、月が、デスノートの力に頼らず、月独りの力で生き延びる事が、今の月にとって求められている事なのだ。

良いだろう。
やってやるさ。
ここで引導を渡してやろう。
何処かに踏ん反り返って、見ているが良いさ。
最後に笑うのは、この僕だ!

沸き上がる決意と闘争心。
それらを込め、ゆっくりと、だが力強く月が口を開く。


「はじめまして、Dr 天馬」



夜神月が、それをゲームだと考えた第三の理由。
それは、彼の野望が、彼を神とする新世界の建設それ自体が、理想論に根ざした、半ば空想的なモノであったこと。
その野望達成自体を、月自身心のどこかで『ゲーム』に近しい感覚を持っていたこと。
これが、その『ゲーム』の延長にあると、素直に思えてしまったこと。
その深層心理が、最後の理由だろう。

【夜神月@DEATH NOTE 生存 残り72:30 】


世界有数の億万長者の一人娘を―――!
SPとかの厳重な警護を潜り抜けて―――!!
その上誰にも見つかる事無く誘拐する事が出来るのか―――!?

「まあ、今に始まったことじゃ無いがな」
非現実が具現化する女、それが三千院ナギである。

「しかしこりゃまたしっかりした作りの……今回のは結構大掛かりだなー。
 準備に何億かはかかってるのかもなあ。
 まーどっちにしろハヤテが助けに来てくれるんだろーけど」
しかも妙に場慣れしてる上に非現実な事態を受け入れる素養も十分。
さらには楽観的思考を可能にするチートお助けキャラも完備。
三千院ナギに死角はなかった。

「さて、と」
では、そんな三千院ナギがこのようにいきなり拉致監禁された場合、
一体どのような行動を取るのが一般的だろうか?
恐怖のあまり泣き叫ぶ?
脱出のための糸口を探る?
それとも自分を拉致した者に戦いを挑む?

「……動くのも面倒だし、とりあえずここでハヤテを待つか。さてと、P●Pでもするかなっと……」

――答え:引きこもる
元来がニート前回のブルジョワヒッキー。それが三千院ナギである。
ちょっとやそっとの事でその性根が変わるはずもない。
「む……P●Pが無いな……これは一大事だ、むむむ……」
まあP●Pが無いくらいで揺らぐ程度の性根だけどね♪


――ピー、ピー、ピー、
ゲーム中毒のお嬢様が獲物を探していた正にその時。
恰好の標的が自己アピールを開始した。
「むむ、これは!」
それは、いわばi-ph●neを一回り大きくしたような、PDFと呼ばれる類の電子機器だった。
その一見するとゲーム機に見紛う物体は、一瞬でナギの心を鷲掴み。
「なんと、これぞ渡りに船! 主人公のピンチに覚醒フラグ!!」
合ってるんだかいないんだかよく分からない比喩を叫びながら、ナギは獲物に飛びかかった。
その様たるや、正に飢えたライオンが子ウサギに襲いかかるが如し。
「うおおおお、ゲームコンテンツはないのか!? せめてテト●スかぷよ●よぐらい、M●S4までは望まないから……と?」
光速でPDF内を検索したおすライオンゲーマー(?)、ナギ。
だが残念なことながら、お目当てのゲームは全く見つからず、出てくるのはとあるゲームの説明文ばかり。
とはいえ、元来ニッチなゲーム好き+一応天才キャラのナギなので、なんとなく真面目に読んでしまう。
暫しの間、PDFを操作する音がだけが、部屋に響いた。
カチ、カチ、カチ……

「えーと……つまりは与えられたお題を達成すれば20億円、って体験特番ゲームってワケなんだな。
 っても体動かすの苦手だし、20億とかはした金、別に要らないしなあ……」
そうぼやきながらも、ナギにはある気になる点が存在した。
ルールの端々に見える、『殺』『死』といった物騒な文言。
実際に今までも命を狙われるといった事が何度かあったが、
どのときもハヤテやマリアやその他大勢のSPが居たワケで……


『首輪が作動し着用者は死ぬ』『警備システムに殺される』

…(・д・|||)

「なんか物騒でヤだなあ……下手に動かずにじっとしといた方がよさそうだよなあ……」
カチ、カチ、カチ……

『A:クィーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない』
『3:3名以上の殺害。首輪の発動は含まない』

ΣΣ(´Д`)

「ちょ……人殺し目的のノルマもあるじゃないか……コレ、ちょっとヤバめなんじゃ……
 特にQ:クイーンとか、人殺しに狙われるのがデフォになるのか?
 って、このノルマってトランプの絵柄別なんだよな? 
 アレ? そう言えば……」
カチ、カチ、カチ……

PDFの画面を初期の待機画面に戻す。
そこに映し出された画像――或る一枚のトランプの画像、それは――



『 Q:クイーン 』
――Q:2日と23時間の生存――



キタ━━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━(  )━━(∀゚ )━━(゚∀゚)━━━!!

「ちょ、ちょ、ちょ!! 
 何コレ、完全死亡フラグじゃん! 死ぬの前提じゃん私!!
放っておいても狙われちゃうよ私!!
 しかもこれ、結構中核の役柄じゃん! 端っこで空気化して誤魔化せるってレベルじゃねーぞ!
 ヤバい、これは何気にヤバいぞコレは!
 ハヤテ、マリア、他誰でもいいから早く助けに――」


ガチャリ
「――――ッ!!」

その時。
テンパるナギをあざ笑うように、ドアを開く冷たい音が響く。
ギ・ギ・ギ……
ドアの軋む音が、とてもゆっくりと感じられる。
「は、ハヤテか? マリアか? そ、それとも、まさか――」

そのドアから姿を現したのは、果たして……


「おっ、人はっけん〜!」

「……女? てか、女子高生?」

現れたのは、何の変哲もなさそう(?)な一人の女子高生だった。
それも、低血圧なナギの苦手なテンション高め系である。
「えーと、私は、滝野 智! よろしくなちびっ子! 小学生か?」
「ち、ちび……! 貴様、いきなり言ってはならんことを……! それに私は高校生だ――!!」
「ちびっ子高校生……むむ、つまりは天才飛び級ちびっ子パートUだな!」
「大体合ってるけどなんかムカつく――!!」

そんなこんなで出会ったこの女。
話してみると、やっぱりなんの変哲もない(?)普通の女子高生だった。
この女も、いつの間にか拉致されたようで、気がつけばこの同じ場所だったらしい。
しかし金持ちのナギとは違い、この女には拉致される謂われは特に無さそうに見える。
巻き添えか何かなのだろうか? それともこの女にも秘められた何かが?


「なあ、ところでさあ」
雑談を交わすうち、何気に智(この女は“とも”と呼ばれているらしい)が話かけてきた。
何時の間にやら、やたらと馴れ馴れしくなっている。
「コレ、何かのゲームで、頑張ったら20億とか貰えるんだろ!?」
「あー、まあそうみたいだけど、お前信じるのか?」
「だって20億だぜ、20億! ダメもとでもやってみる価値あるんじゃないのか!?」
「まあ、そうなのかもなあ。私は別にどうでもいいけど……」
正直やる気のないナギを余所に、勝手にテンションを上げていく智。
ぶっちゃけ温度差を感じる。
「じゃあ、まあ、20億のためってことで」
そんなたわいのない会話の流れのままに、智が喚く。

「賞金獲得のためだ! 覚悟――!」

「は、はぁ!?」

間髪入れず、いきなり智がナギに飛びかかる!
辛うじて身を躱すナギだが、智はなおナギに狙いをさだめ、にじり寄る。
「おま、何すんだ! 大体まだ攻撃禁止時間――」
「問答無用――! ビバ、20億――――!!!」

そして智がナギに襲いかかった。
その様、まさに女豹の如し!
「ぎ、ぎゃ――――!」
「わはは、まて――――!!」
逃げるナギ。
その様まさに脱兎の如し!


和やかなんだか真面目なんだかよく分からない追いかけっこが今、始まったのだった!
つか、コレってほっとけば智にペナルティ発動すんじゃね?

【三千院ナギ @ ハヤテのごとく! 生存 残り72:30 】


140創る名無しに見る名無し:2009/07/20(月) 10:00:33 ID:54gNkOML
ウルトラジャンプで連載中のはやて×ブレードの設定を借りて、異世界の学園みたいなところに
バラバラに呼び寄せられたキャラ達が「星奪り」の為に他作品キャラとパートナー組むとかは
どうだろう。何かこう、巨大リレー企画となると色々殺伐としたものが多くて個人的に
ちょっとアレというか……。
141創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 12:54:05 ID:Jvhece74
14254gNkOML:2009/07/27(月) 18:16:23 ID:m3PVlECS
>>141
ここ一週間ほどレスがなかったのでもう半ば諦めたら、今になって反応が返ってきたので驚きました(汗)
そのスレはオリジナルのシェアードワールドのようですね。アニメ・漫画の二次創作ではなく
惑星ネラースという世界観でのオリジナル作品としてやってみてはという事なのでしょうか?
ざっと確認してみましたが、リレー企画はやっていないようなんですが……
143まずは基本設定から:2009/09/10(木) 19:25:46 ID:00uDwd+R
道州制が導入された近未来日本。
東京湾に浮かぶ巨大人工島「東京都湾上市」。
そこは日本に於ける外交・貿易の要である。
「湾上市長になる」それは事実上、東京都知事
を裏で操る程の力を持ち、次期関東州知事の
最有力候補になる事を意味する。
144 ◆LV2BMtMVK6 :2009/09/11(金) 02:28:55 ID:+wqD3gS4
これが、既視感って奴か……
145創る名無しに見る名無し:2009/09/11(金) 22:26:17 ID:lWhyP1+j
ワロタw
146創る名無しに見る名無し:2009/09/15(火) 18:14:34 ID:uidc/Nx5
皆でコレの詳細を考えようぜ!
http://negipoka.sumomo.ne.jp/ag/log/eid561.html
147創る名無しに見る名無し:2009/10/25(日) 17:27:35 ID:4eJj72hs
避難所雑談スレの方で企画が立ち上がりますた
一つのプロットで複数の人がssを書いて投下するというものです
使用するプロットは以下2レスのものなので、完成した人から投下しちゃってくだしあ

避難所の該当レス
http://jbbs.livedoor.jp+internet/test/read.cgi/3274/1236881971/905-
148創る名無しに見る名無し:2009/10/25(日) 17:29:53 ID:4eJj72hs
 独り者の男は、地球滅亡が一時間後に迫ったというのに、独りで
漫画を読みつつビールを飲み、するめをかじっていた。
 すると、突然部屋に光が溢れた。驚いた男の眩んだ目が元に戻ると、
そこには背中に羽が生えた、一人の少女が立っていた。
 少女は言う。「今この世界で諦めていないのは貴方だけ」だと。
 男は漫画を読みながら、漫画の世界のように世界救えたらなぁ、と
ぼんやりと考えていたのだ。
 少女は世界の精霊がどうこういう存在で、彗星の衝突によって
滅びようとしているこの地球が生み出した存在だという。
 少女の力を借り、男は凄まじい力を手に入れた。
 そして彗星を叩き割る為に飛び立ち、あっという間に宇宙空間。
149創る名無しに見る名無し:2009/10/25(日) 17:30:48 ID:4eJj72hs
 彗星は、世界を滅ぼす意志の元に、地球の精霊に対抗して同じような
なんかを生み出して男を迎撃。普通の男だった男は、初めての実戦に
あわてふためくばかりで役に立たない。結局、少女の力によって何とか
敵を退ける事には成功したものの、少女は重傷を負ってしまう。
 男は自分の人生を振り返った。特に何も無い、普通の人生。
 だが、それでいいのだろうかといつも自問する人生だった。
 何かを変える事、何よりも自分が変わる事に憧れ続け、憧れのまま
それを諦めてきた人生の、これは最後のチャンスなのかもしれない。
 男は少女の身体を抱き締めた。すると、少女の体が治っていく。少女が
目覚めさせた、それこそが男の本当の力だった。
 覚悟を完了し、真の力を発揮できるようになった男は、彗星の生み出す
敵を倒し、ついに彗星のコアへと辿り着く。
 そこにいたのは傍らにいる少女とうりふたつの、だが黒い羽を持つ少女。
 彼女は言う。「地球文明は、一定時間の経過をキーとして滅びるように
仕組まれている」「この彗星は、その為に地球自身が産み出したのだ」
 だが、白い羽の少女は言う。「でも、諦めていない人がいた」「だから、
私はここにいる」
 結局、同じ星から生まれ出た二人の少女は、互いは戦う宿命にあるのだ
と理解しあう。
 だが、身構える少女を制止し、男が黒い少女の前に立つ。「世界を
救いたいなんて、思ってなかった……ついさっきまでは」
 そして、男と黒い少女の戦いが始まる。
 戦いは熾烈を極めたが、男は援護をしようとする白い少女を制止し、
自らの力で戦い続け、そして、勝利した。
 コアである黒い少女を失い、彗星は崩壊していく。
 夜空を駆ける数多の流星を見ながら、世界の人々は、自分たちが
救われたのを知った。

 という夢を見た――



 ――と男は目覚めた布団の中で思った。だが、その懐には一枚の羽が。
 大多数の歓喜と、極少数の落胆とをテレビ画面の向こうに見て、男は
先の出来事が現実であったと再度認識する。
 男はぼんやりと窓の外を見た。
150創る名無しに見る名無し:2009/10/25(日) 22:00:32 ID:L5M3efSi
>147
来月半ばくらいの投下を目指し、いっちょ頑張ってみっか!
と俺様を追い込んでみる。

151>>147-149でやってみる:2009/11/14(土) 08:41:48 ID:GYzpjWZ1
投下ー
152>>147-149でやってみる:2009/11/14(土) 08:42:50 ID:GYzpjWZ1
窓からは光が入り込み、電気はなくても意外と明るい四畳一間の部屋。
その部屋には男が一人、飲みなれないビールを飲みながらテレビを眺めていた。

先ほどからテレビではある中継が流れ続けている。
全て同じ映像、男はチャンネルを回し続け、
東○テレビでですら同じ番組をやっていることに諦めの溜息を吐く。
そこには、彗星の映像があった。
レポーターはいない。ただ、映像のみが流れている。

一時間後にこの彗星が地球に激突し、地球は滅ぶというのだ。
その、あまりに現実感のない現実。

しかし、そのニュースから始まり、核を使用した迎撃作戦すら失敗し、
もうどうしようもなくなったことは分かっている。

男は教師だった。
7年程度のキャリアの教師として情熱に満ち溢れていた。
子供に良き未来を過ごせるように、時に優しく、時には拳骨を持って教えてきた。

……しかし、その未来はもうない。
一時間後、すべては終わる。
もう、子供たちに未来はない。

再び、ビールを一口。

「まずいな……」

これをうまいと思って飲める人間はおかしいと男は思う。
ふだんから一人暮らしでも、特に遊びのない暮らしだった。
正直独り身のさびしさというのは感じているが、こればかりはどうしようもない。

――だから、今日だけは普段しないことをする。
最後ぐらいいいだろう。

買ってきたするめをつまみ、漫画を読む。

その漫画は一人の勇者が命を掛けて世界を守るため、
爆弾と化した人形を自身とともに空へと運んでいた。
一緒に運ぼうとした親友を突き飛ばし、たった一人で。

男は思う。その思いは独り言となってこぼれだす。

「この勇者のように世界を救い、子供たちに未来を与えられたらな……」

ありえない、か。

そう思いなおし、再びビールをすする。


――瞬間。光が溢れた。
153創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:44:06 ID:GYzpjWZ1


あまりの眩しさに男は思わず目を瞑る。

数秒後、恐る恐る目を開けると、そこには一人の少女が立っていた。

年の頃は12才程度だろうか。
ポニーテールに結わいたアッシュブロンドの髪は腰のあたりまで流れている。
その目は碧。男はその瞳を見、大地の自然を連想する。
透き通るような白い肌を覆う衣服はやはり白。
全体的にゆったりとした服装だが、その服には継ぎ目が見えない。

しかし、その違和感は些細なものだった。

最大の違和感。
それは背中に生えるようにある一対の純白の羽だった。

男は思う。その思いは知らず、声に出る。

「ついに幻覚が見えるようになったか……? いや、それとも夢か?」

しかし、目の前の少女は首を横に振り、男に向けて微笑みかける。

「いいえ、私は幻覚でも夢でもありません。
 あえて定義するならこの世界の精霊……でしょうか?」

そう話しながら首を軽く傾ける。
その言葉が正しいかどうか、少女も判断しかねているようだ。
最も男もわかるわけもなく、呻くように言う。

「……それを俺に聞かれても困る。第一こんなどこにでもいるような男に何のようだ」

男はビールで酔っていたのかもしれない。
素面のこの男なら、とっとと叱って追い出していただろうから。
しかし、今、男は聞いた。何の用だと。
その言葉に少女の姿をした精霊はその問に答える。

「私は……貴方の心に惹かれてやってきました。
 貴方は滅びに対し、いまだ諦めていない。いえ、どうにかしたいと本気で思っている。
 だから私はここに来ました。貴方とともに世界を救うために」

その言葉に、しかし、男は首を横に振る。

「おいおい。それは買いかぶりってものだ。
 それに俺には何も力がない。そんなちっぽけな人間がどうこうできるわけがない」

男の否定の言葉。それでも少女の微笑みは変わらない。
少女は一歩、前に進む。男と正面に対峙し、だらりと垂れた手を握る。

「だから、私はここに来ました。貴方に力を与えるため」
154創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:45:27 ID:GYzpjWZ1

瞬間、男は錯覚する。自分が自分ではなくなる感覚。
体の全ての感覚を失い、倒れそうになる。
男の体を少女は支え、言う。

「大丈夫。もう少しだから」

その言葉は本当だった。
すぐに自らの感覚を取り戻す。男は支えてくれた少女に礼を云い、自分の足で立つ。
男は拳を握り、離し、調子を確かめる。

「余り……変わらないな。本当に力を得たのか……?」

男は釈然としない表情で少女に聞く。
少女は一つ頷き顔を窓へと向ける。

「ええ、大丈夫。さあ、行きましょう。世界を救いに……えっと」

「真田でいい。君はなんと呼べばいい?」
「……テラでいいです。さあ、行きましょう、真田さん」

瞬間、体が浮く感覚。
周囲の風景が流れ、空の青一色に包まれ、そして、漆黒と輝きが支配する空間へと躍り出た。
それをしたのが自分の力であることを自覚し、まだ心が認め切れず真田は呟く。

「やれやれ……驚いた。本当にこんな力を使えるなんてな」
「これぐらいできないと、あの隕石を壊すなんて無理ですよ。
 今のうちに力に慣れてくださいね」

それにテラは答えクスリと笑う。
だが次の瞬間、テラの表情に険が走る。


「……そんな時間を与えてはくれませんか。やりますね」
「どうした?」
「敵です。避けて!」
155創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:46:32 ID:GYzpjWZ1

瞬間、光が奔る。
真田は咄嗟に体を倒し、ぎりぎりで回避する。
テラもその光を避け、発生源を見る。


そこには人の形をした何かがいた。
両手はある。両足はある、胴体はある。顔すらある。
しかし、それは人ではない。
うつろな表情で二人を見つめ、何も意志も感じない表情のまま、再び光を放つ。

「くおっ!?」
「真田さん! 大丈夫ですか!?」

テラの呼びかけに真田は答えることができない。
必死に避けるのが精一杯。
そもそも力を使いこなすこともできていないのだ。
避けるだけでもましと言える。

テラは、真田がよけ続けていることを確認し、安心の吐息を吐くと敵に向き直る。
その手には敵と同様の光が集まっている。
両手を弓を引くように引き絞り、放つ。

「光よ!!」

その光は敵の数十倍の大きさを誇り、敵を飲み込む。
光が通り過ぎた後に、人のような何かは存在していなかった。

「凄いな……。くそっ! 俺も早く扱えるように……!」
「敵の対応が早い……!!」

しかし、すぐに、その人ではない何かが現れる。
その数はさらに増し、二人へと殺到した。

真田はよけ続けることに専念し、テラは攻撃を続ける。
その紙一重の均衡が長く続くはずもない。

すぐにその時は訪れた。

一瞬だった。力の加減を誤り真田は態勢を崩す。
その一瞬を逃すほど敵も甘くなく、攻撃の手を一斉に向ける。

真田は死を覚悟する。

その視界が白一色に包まれた――
156創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:48:37 ID:GYzpjWZ1


生きている?

始めに真田が思ったことはそれだった。
まだ意識がある。体の感覚もある。なぜだ……
疑問は目の前の色を知覚することにより答えとなる。

――深紅

「テラァァァアアアアア!!!」

真田の絶叫。純白の衣服が紅く染まるテラの体を抱きしめるように抱え込む。
目の前には血に染まった少女がいたのだ。
周りに敵はいない。テラの防御を捨てた攻撃が付近の敵を吹き飛ばしていた。
だが、そんなことに真田は気づかない。
必死にテラへと呼びかける。

「どうして、足手まといな俺を助けるためにそんなことを!」
しかし、テラは喋らない。
すでに呼吸が浅くなっている。もう数分も持たない。
そう、分かってしまった時、真田は思う。

助けなければ、と。
彼は教師だった。どこまで言っても真直ぐな教師だった。
子供が理不尽に目の前で死ぬ。その状況に対して感情が爆発した。

そして、真田の力が動く。
まるでテラの怪我がビデオの逆再生のように治っていく。
いや、テラの時間が巻き戻っている。深紅に染まった服は純白を取り戻す。

テラが目を覚ます。自身の身の状態を確認し真田に言う。

「それが、貴方の本当の力?」
「そうみたいだな。それより大丈夫か?」
「……大丈夫。なんともない。まさか……時間を操れるなんて」
「それだけじゃない」

再び集まりだした敵に対し、真田は無造作に手をふるう。
たったそれだけの動作に対し、敵は――潰れた。それもあっけなく。

「これは……重力……」

驚きを含んだテラの声に真田は頷く。
「今、俺の力が何なのか理解した。後は簡単だったな」
「真田……あなたは……」
「テラ、さっきの奴らが集まりだしている。さっさと彗星を止めに行くぞ」
「……はい!」

二人は動く、彗星の中心地へと目指して。

そして見る。その中心に何があるかを――
157創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:50:17 ID:GYzpjWZ1



そこにいるのはテラと全く同じ姿をした少女。
違いは金髪であるということと、羽の色が黒であることだけ。
その姿に驚き、真田は隣にいるテラへと問いかける。

「な……あれは……テラ?」
「……」

しかしテラは無言。
ただ、もう一人の少女へと近づいていく。

もう一人の少女は真田とテラに向かいあう。
ただ、佇んでいるだけにも見える。

無言の時間がすぎる。
その無言を破ったのはテラだった。

「フォール。連れてきたわ」
「テラ……すべては無駄よ。滅びはすでに決まっていること」
「……テラ? あの少女を知っているのか?」

再度の真田の疑問。その言葉にようやくテラは答える。

「あれは、彗星のコアから生まれた私と同じ存在」

その言葉に違和感を感じ、真田は疑問の声をあげる
「……なんでだ? テラは地球の精霊のはず。なぜ彗星の精霊と同じ存在なんだ?」

その答えは、もう一人の少女からもたらされる
「地球文明は、一定時間の経過をキーとして滅びるように仕組まれている。
 そして、それを仕組んだのは地球自身。この彗星は地球自身が生み出した。
 だからあたしとテラは同じ存在」

フォールは淡々と言葉を紡ぐ。それは決定事項を告げるだけの言葉。
それでもテラはフォールに訴える。

「……でも、諦めていない人がいた。だから、私はここにいる。
 それもまた地球の意志。この地球文明を守りたいのも地球の意志よ」

矛盾した二つの意志によって現れた二人の少女は対峙する。
どちらの意志が強いのかを確かめるため。

「後は、あたしたちの勝負。どちらの意志が強いか決めるだけ」

後は黙りこみ、二人は静かに戦闘態勢を取る。

しかし、その戦闘は一人の男によって阻まれる。
そう、二人の前に立ちふさがるは一人の男。
真田はテラに静止の合図を送り、次にフォールに向き直る。

「本当はな……世界はどうでも良かった。ただ、子供たちの未来を守れればそれで良かった。
 だが、今の話で考えが変わった。その話が本当なら、俺が決着をつけるべきだろう。
 地球文明の代表みたいになっちまったがな」

その言葉に反応するのはフォールではなくテラだった。

「ダメです。せめて二人で協力しないと……一人では無理です!」
158創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:51:54 ID:GYzpjWZ1

その抗議に真田視線だけテラに向ける。
「大丈夫だ。それにテラには別の役目を任せたい」
「……役目?」
「俺はこれから全力をだす。だから俺一人では帰れない。
 テラには俺を地球に返す役目を任せる。俺はまだ死ぬつもりはないからな」
「……はい」

テラはしばらく躊躇した後、しばらくして頷き少しだけ後ろへと下がる。
残るは向かい合う二人だけ。

真田は右手を握りしめ前に構える。

「一撃だ。この一撃で済ませる」

その言葉に反応するように、フォールの全身に光が集まる。
対して真田は無言で構える。

一瞬の視線の交錯。

「光あれ!!」
フォールの力が放たれる。
それに対し、真田はよけようともせず、全力で突っ込んだ。

激突――

一瞬で塵になるような攻撃に対し、真田はただ立ち向かう。
少しづつ、少しづつ前に進む。

「な……まさか……正面から……いえ、これは時を巻き戻して……」
「そうだ……もっとも痛みはあるけどな……これが確実だ……」
「そんなバカな……」

フォールは驚きながらもさらに出力を上げる。
しかし真田の進みは止まらない。
遂に目の前までたどり着く。
フォールはそれでも動くことなく力の放出を続ける。
ただ、それだけを続ける。

それ以外の全てが無意味であるというように。
真っ向から受け続けるその男に対し、それが義務であるかのように。
159創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:54:22 ID:GYzpjWZ1

「さあ、覚悟はいいか……」
その言葉にフォールは無言。
それを同意と受け取った真田は右手に力を込める。

「さあ歯をくいしばれ! これは、戦いじゃない。
 一人の教師が行う、ただの教育的指導だ!」

叱られた子供のように縮こまんだフォール。
しかし、真田の力を乗せた一撃はフォールを素通りし、彗星のコアへと突き刺さる。
その事実のみを確認した真田は、微笑みを浮かべた。

「さて採点だ。地球。これが、お前が求めた答えだろ」

その言葉を最後に真田のぷっつりと意識が途絶える。
全ての力を使い切った。
後のことは分からない。

そして――すべては終った。
160創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 08:55:03 ID:GYzpjWZ1


「夢……か?」

そこは布団の中だった。常識的に考えればそれは夢だと思うだろう。

しかし――

いや、そんなことはない。真田はそう理解する。
先ほどからつけっぱなしのテレビは大多数の歓喜を流している。
レポーターが何事かをいい、その言葉を喧騒がかき消している。

そしてなりより、一枚の羽が、布団にかかっていたその羽が理解を助けていた。

「行ったか」

真田は感慨深そうに呟く。
もう、会うこともないだろう。
ただ、世界と子供たちの未来が救われたことを彼女に感謝したかった。

「もう遅いか」

そう自嘲し、テレビを消すため立ち上がる。
ふと光を感じて真田は窓から外を見た。


そして……
161創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 09:01:51 ID:GYzpjWZ1


「ただいま……あ、よかった……起きたんだ」
「……」

扉から二人の少女が現れる。
そのそっくりな、双子と言われれば信じるだろう少女たちが部屋へと入ってくる。
二人はコンビニの袋を下げていた。
冷蔵庫に食糧の類がなかったから買いに行ったのだろう。

その現れた二人の姿に真田は驚き、苦笑しながら二人へと話しかける。

「おはよう。俺はてっきり帰ったのかと思ったぞ」

少女たちはその言葉に顔を見合わせ、次々に言う。

「それは貴方のせいです」
「あたしをコアから強制的に切り離したから」
「同時に私も世界から切り離されたんですよ」
「だから二人とも戻れなくなった」
「だから他に行くあてもありません」

その二人の声を聞き、真田は再び苦笑する。

「分かった。それなら責任を取らないとな」
「そうです責任を取ってください……責任?」
「責任って……?」

二人は真田の言葉に困惑の表情を浮かべる。
そもそも巻き込んだのは二人の方で責任を取るのは自分たちのはずだと思っていた。

その二人の真田は告げる。
「簡単な話だ。二人とも俺の娘として登記する。
 幸い俺の職場の学園長は物分りがいいし、今から就学も何とかなるだろう。
 身の上話は俺に留学経験があるからそっちの頃の話とでも言っておけばいいだろうしな」

その言葉に二人は茫然としてしまう。

「……え、と、つまり?」
「あ、あたし達は……?」
「ああ、家族になるってことだな」
162創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 09:02:42 ID:GYzpjWZ1


真田はそう締めくくると笑みを浮かべる。
次に茫然とする少女たちを置き去りり勝手にさっさと決めてしまう。

「うむ、名前がテラとフォールじゃ女の子らしくないしな……そうだな。
 ウェルチとアリスだな」

「えっと……私が真田ウェルチで……?」
「私が真田アリス……?」
「だめか?」

ウィンクをしながらいう真田に二人は茫然とした後、
次第に表情が崩れる。それは歓喜の笑み。

「ありがとう……お父さん!」
「よろしく……パパ」

こうして、世界は救われた。
そして真田は家族を得る。
世界が与えた真田への報酬なのか。
それは誰にもわからない。

ただ、真田は思う。
これでさびしくはならないだろう、と。
163創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 09:08:32 ID:C+x3MqPZ
やっと一番手投下終了!
自分なりに頑張って書いたぜ。
低クオリティかもだが気にせず投下するぜ!
だから俺以外の人も投下してくれよ!
164創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 14:57:45 ID:0qbjXOB9
投下乙!
まさかの真田先生w
165創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 15:14:30 ID:n+4/Zs1A
>>152-163
GJ! 乙というか超乙!
ブロンドにアッシュをつける描写の細かさ、破綻の無い男の力の説明、物語の展開。
そして一番凄いなと思ったのが、事前の設定を理解してなくても物語の世界観に入って
いける情景描写の巧みさ。
なんていうか、設定プロットから物語を創るってこういうことなのか、と初めて分かった気がする。
これのどこが低クオリティなのかと小一時間問いつめたいw
 正直俺は>>150で、投下しようと序盤だけ作ってたがageられるまで忘れてた。
足元にも及ばない漫画の二次(正確にはパクリ)モノだが今週末まで完成させて投下するぜ。
低クオリティの真髄を発揮してしまうことは明らかだが気にしないぜw

166創る名無しに見る名無し:2009/11/14(土) 21:36:31 ID:hSxJ2Bg3
なんか最後ほのぼので終わってホッとしましたw

面白かったですよー。
167創る名無しに見る名無し:2009/11/23(月) 08:48:57 ID:YaEwBcOV
>147-149で投下
痛さ全開、拙さ全開。かなり恥ずかしいがヤケクソで晒すぜ!
168>148-149 1/12:2009/11/23(月) 08:51:05 ID:YaEwBcOV

 彗星衝突による地球滅亡まで残り一時間を過ぎていた。

 ニ日前、突如発表されたニュースに全世界が震撼する。
その事実をことさら強調するようにテレビには彗星の映像が流れつづけ、
死の恐怖に踊らされた者はあちこちで喧騒を巻き起こし、死の恐怖に
耐えられない者は地球滅亡を前にして楽になれる薬を飲んだ。
暴動、破壊行為、虐殺、集団自殺。それらは報道されるすべもなく
世界中の都市で繰り広げられた。
人類が最悪のカタストロフィーに向かって疾走していた。


 冴えない安アパートに住む平凡な30歳の男。
身長170センチ、中肉中背。製造業に従事しありきたりな給料を貰っている。
結婚を意識した女性もいたが些細なことでお互いの気持ちが離れそれっきり。
恋人が欲しくないわけではないが、自ら積極的に行動しなければそれが叶わない
事実が男を億劫にさせていた。結果、男は独りで死を迎えることになった。

――できれば死にたくない。しかし抗うことは出来ない。

 その現実を男は早々に受け入れていた。
地球滅亡まで一時間。テーブルに散乱する、するめやかわはぎなどの乾き物。
冷蔵庫には一人では飲みきれない大量の缶ビール。
単調だが妙に爽快感のあるカーアクション映画のDVD。唯一の趣味とも
いえる本棚に活字物の代わりに雑然と並んだ無数の漫画。
 狂気の世界に身を任せる気にもなれず、かといって自ら命を絶つ度胸も無い。
全人類が同時に終末を迎えるなら慌てふためく必要も無い。独りでいても
死ぬときは皆一緒。寂しくはない。牛丼屋で牛丼を頼むかのように男は
たやすく結論をだしていた。そして最後の晩餐が始まる。

 オレンジ色に変わるまで七味唐辛子を混ぜたマヨネーズを細かく裂いた
するめにたっぷり乗せて口に放り込む。充分に噛み締めた後、氷水で
キンキンに冷えた缶ビールで流し込む。男が一番好きなビールの飲み方だった。 
「……安い人生だったな」
そう呟いて男は自虐的に笑う。
数冊の漫画をとり、冷蔵庫の缶ビールを数本、氷水の入ったバケツに移す。
そして時刻を気にしないよう壁掛け時計や腕時計、携帯電話を押入れに放り込む。
それが平凡な男の考える、苦痛なく死を迎える為の唯一の手段だった。


 一冊の漫画を読み終える。
ほろ酔い加減の頭で、男は漫画の登場人物を思う。

――俺はアレックスのようになれないのか……?

――1999年。
「キミに大切な話をしなくてはならない」
地球を消滅させる為に野外フェスに来た男は、たまたま目の合ったアレックスに問う。
「最後に、ひとりに声をかけようと思ってた。そしてそのひとりに
選ばせようと思ってた――
イコールじゃないかもしれないが、君が消えると言うのなら
この世界を消すのはやめる」
「ほんとに?」
アレックスにためらいはなかった。そしてアレックスは街から消えた――
169>148-149 2/12:2009/11/23(月) 08:53:07 ID:YaEwBcOV

――あくまでマンガの話だ。俺に何が出来る。

 目の前にある女流作家の漫画の表紙を見て溜め息をつく。
漫画と現実とは違う……。男の思いは溜め息とともに瞬く間に消え失せる。
男だけではない。世界中の誰もが奇跡や英雄の出現を待ちわびた。
しかし神をもしのぐような科学者達が、想像の限界を超えた様々な方法で
迎撃を試みても彗星衝突を避けることは出来なかった。
男が、そして全人類が彗星衝突回避を諦めてしまうのは当然のことだった。


「!?」
突然部屋に光が溢れ反射的に男は目を瞑る。
まばゆい光は一瞬で収まる。
――誰かいる!
男は人のいる気配を感じる。
瞳に影が映る。しかし光が焼きついた視覚はまだぼやけている。
――子供?女?
次第にその輪郭が明らかになっていく。


「……CGか?」
突如現れた想像を絶するものを前に、男はありきたりな言葉しか吐けなかった。
ヴィーナスの石膏像が動いているかのようにすべてが純白。儚げな浮遊感が漂う立ち姿。
胸や腰のわずかなふくらみはあるものの、乳首や性器を認識できない身体は10歳前後の少女を
思わせ、そして背中には蝶のような羽が生えている。長い髪も目も唇もすべてが純白の少女。
整った顔立ちをしているが、その表情は精工に作られた人形のように冷たさを発している。

「今この世界で諦めていないのはあなただけ」
「!?」
少女が口を開く。
――夢ならさめろ!
唖然としたまま、得体の知れぬ恐怖に男は心の中で叫ぶ。
しかし純白の少女は無表情のまま続ける。
「夢ではない。繰り返す。
今この世界でこの星が消えないように願っているのはあなただけ。だから迎えにきた」
純白の身体、羽の生えた背中。それ以上に、男は少女に強烈な違和感を感じとる。
「……ちょっと待て。……おまえ一体なんだ?人間か?それとも化け物か?」
「わたしはこの星」
「は?」
「この星の別の姿」
「わたしはこの星が生み出した別の姿」
「わたしはこの星が生み出した人とはちがうもの。人の形をしていればわかりやすい」
「っ!!!」
違和感の正体を掴む。少女の口の動きと言葉がリンクしない。
思念が勝手に男の頭になだれ込む。

――テレパシー? そんな馬鹿な……

「どうでもいい。時間が無い。あの星を砕く。一緒に来て欲しい」
半信半疑の男に容赦なく少女の強い意志が飛び込む。

――こんなまぼろし見るまで俺ビール飲んだか? まさか…もう死んでいるのかっ!

「案ずるな。繰り返す。今この世界で諦めていないのはあなただけ。だから
あなたを迎えに来た。わたしと一緒にあの星を砕きに行く」
「!」
男は少女の念の意味を悟る。
「待て待てっ! あの星って彗星のことか? 偉い学者がこぞって失敗したんだぞ。
俺にそんなことできるわけないだろっ!」
170>148-149 3/12:2009/11/23(月) 08:55:01 ID:YaEwBcOV

「心配するな。あなたの願いがあれば思いは叶う」
一瞬の躊躇さえ許さぬように、少女の意思が男の脳裏を突き抜く。
「馬鹿な。坊さんとか神さまとかの宗教の人祈ったってどうにもならないのに
そんなの趣味じゃない俺が祈ったって無意味だろうがっ!」
混乱が男を叫ばせる。しかし純白の少女は冷静に答える
「そう。祈るだけでは無意味。だからあの星を砕く。そのためにわたしが来た」
「だから、そんなの無理だって言っ――!!!っ」
男の言葉を無視して少女は男の身体を抱きしめる。そしてニ度羽ばたく。
無数の光の球が男に集まり、男の身体に入っていく。

「…………何をした?」
炸裂した光が静まり、男は視界を取り戻す。もう少女は男から離れている。
「この星の力を授けた。あなたは自由」
「……自由?」
爪の先から髪の毛一本の末端まで新たな神経が張り巡らされたように、男は
自分の五感が研ぎ澄まされていくのを感じる。
部屋の片隅に積んでいる新聞の見出しから、天井に出来たしみまで、それを
見ているわけでもないのに明確に情報として流れ込んでくる。
「そう。これで戦える。時間が無い。一緒に来て欲しい」
「……ちょっと待ってくれ」
男は考え込む。そしておもむろに右腕を高く上げる。
バケツに入った氷水が高々と水飛沫をあげ、男の右手に缶ビールが吸い寄せられる。
「 …………。」
ありえない力を前に男は無言で少女に問う。

――超能力か?
――言葉は知らない。あなたは望んだように動けるし動かせる。
――望んだように……

わずかなためらいの後、男は自らの力を試すべく、狭い部屋の中で跳ねる。

――停まれっ!

透明な踏み台でもあるかのように男は宙にとどまる。そして音も無く床に戻る。
その事実に、男は諦めたのかのように溜め息を漏らす。

「もう一度聞く。お前は何なんだ? この星が生み出した別の姿ってどういうことだ?」
「わたしはこの星を守るために生まれた精霊。それが一番分かりやすい」
確かに漫画でよく見る精霊や妖精と似たような姿をしている。しかし男は釈然としない。
「その精霊が平凡どころが愚図な俺に何の用だ? 俺にあの彗星を砕けるとでも思ってるのか?」
「何度でも言う。今この世界で諦めていないのはあなただけ。それがあの星を砕き割る力になる。
あなたにこの星の力を授けた。どうなるかは分からない。それでもあなたに来て欲しい」

 窓の外をぼんやりと見つめながら男は思う。
地球滅亡まで一時間を切った、穏やかな日差しの午後。
目の前に存在する非現実的な羽の生えた少女。男は目をふせつぶやく。
「……責任重大だな。」

 別れを告げるように、男は住み慣れた部屋を見渡す。そして少女に向き直る。
「俺はただ漫画を見てその主人公に感化されただけだ。それでいいのか?」
「それで充分。さぁ行こう。時間が無い」
 少女がうながす。
「わかった。どうせ無抵抗で死ぬつもりだったんだ。最後のあがきに付き合うか……」
「時間が無い。さぁ行こう」

 冴えない安アパートの一室に光が集まった。
 ふたすじの光が天空をつらぬき、そして消えた。
171>148-149 4/12:2009/11/23(月) 08:56:42 ID:YaEwBcOV

「あそこにむかう」
少女の指差す方向を見る。しかし男にはそこが彗星なのか暗闇なのか
判断できなかった。
「彗星なのか?」
「見えないか?」
少女の声が男の頭に響く。
「悪いな。宇宙旅行は今日が初めてだ」
「わかった。わたしについてきて」
「あぁ、そうする」

 男は少女の後を追う。
流麗に宙を舞う少女に比べ、男の動きはぎこちない。
スムーズに動けるよういろいろと試すが、どれもが様になっていない。
それでも男は懸命に目と身体を慣らせるよう試行錯誤しながら
少女を追いかけつづけた。

「ぐっ!」
「!?」
ついてきていたはずの男が遅れをとる。少女は身体をひるがえし男に近づく。
「どうした。大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ。……これが飛んできた」
男はみぞうちに打ち込まれた石を少女に見せる。
「あの星の石…… 危ないっ!よけろっ!」
「わっ!」
突然大小無数の岩石が飛んでくる。反射的に二人は左右に分かれる。
しかし、そこにも計ったかのように岩石の群れが現れる。
少女はきびすを返し、男は岩石に翻弄される。

「あの星がわたし達を拒んでいる……。でもこれをかわせばあの星はすぐ。行こう!」
「!!!っ」
男はそれどころではない。岩石をかわすのに精一杯で少女の念に対応できなかった。
巨大な岩石はかわせるが、更に続く細かな石の群れが男の行く手を遮り後退させる。
一瞬で前を行く少女と男は大きく距離ができてしまう。
「くそっ!」
次々と身体にぶつかってくる岩石に、男は焦りを隠せなかった。
物を動かす力は得た。空を飛ぶ力も得た。しかし男はそれをまだ操れていなかった。

「どうした。かわせないか?」
先に行っていたはずの少女が戻ってくる。純白の身体は所々濁っている。
「……無茶言うな。さっきも言っただろう、宇宙に来たのは今日が初めてだ。
それにあまり認めたくないが運動音痴で反射神経は鈍い」
「……そうか。ならわたしの手を握って。目を閉じて何も考えないで」
少女は男に手を差し出す。
――情けない。
男は自身の不甲斐なさを痛感する。しかし、それが最良の手立てならと少女に従う。
「あの星まであとわずか。行こう」
少女は男の右手を握る。そしてためらい無く激しく飛び交う岩石の群れに飛び込む。


「……着いたのか?」
「……着いた」
確かに地面を踏んでいる。足場も悪くはない。男はそっと目を開けた。
「……おまえ、その穴……」
少女の腹にできた砲弾が突き抜けたような穴を見て男は唖然とする。
そしてその穴を中心に、純白の身体が灰色に濁り始めていた。
「小さな石とあなどってしまったようだ」
そう男に伝え、少女はその場に崩れ落ちた。
172>148-149 5/12:2009/11/23(月) 08:58:42 ID:YaEwBcOV

「おいっ!しっかりしろ!」
少女の手をとり男は叫ぶ。少女の意思が伝わってくる。しかしその念に力は無い。
「お願いがある。わたしの意思が消えたらわたしの羽を折ってそこの洞窟に
入ってほしい。たぶんその奥がこの星の中心部なはず。羽は力になりそしてあなたを守る」
死に行く者の言葉のような少女の念に男は動揺する。
「馬鹿言うなっ! 俺一人で何が出来るってんだ。おまえがいなけりゃ俺はてんで役立たずだ」
「心配はいらない。現にわたしと同じくらい石の攻撃を受けたのにあなたには傷一つ無い」
「……それは」
男もうすうす気がついていた。大小の無数の石が身体にぶつかっても、衝撃は感じるものの
痛みは感じなかった。まるで痛覚をどこかに置き忘れたかのように。
「それはおまえがくれた力だろうが! 人を諦めていないとか言って引きずり込んでおいて
おまえが諦めてどうするっ!」
「わたしは諦めていない。しかし身体がいうことをきかない。だからあなたに託す」
「だからそれが諦めてるってことなんだよっ!」
「……そうか。……すまない――
男の怒号を置き去りにして少女の念が消えた。

 少女の手を握ったまま男は愕然とする。
しかし、男の脳裏には何故か過去の苦い思い出が映し出されていた。

 言えなかった言葉。おこせなかった行動。
つまらない些細なこと。それが幾重にもかさなり男は大切な何かを失ってきた。
せつない数々の記憶のフラッシュバックが男を責める。
「畜生っ! なんで今頃思い出すんだ!」
男の心がわなめく。
傷ついて動かない少女を前に、ほんの数分前の記憶があざやかに蘇る。

「……俺は」
膝をつき少女の手を握ったまま、男の肩が激しく震える。
「……俺は!」
男は認めたくなかった。悔いのある人生を過ごしてきたことを。

「俺はもう後悔したくないんだっ!!!」
男の咆哮が響き渡る。
少女の胸に男は両手を添える。圧迫しすぎないよう規則的に振動をあたえる。
――蘇生術、効くかどうかは分からない。でもなんでもやってやる!
人の形をした精霊。心臓があるのかも分からない。しかし男はがむしゃらに続ける。
胸に10回振動をあたえ人口呼吸。男は少女の鼻をつまみ口づける。そして大きく
息を吹き込む。

とくん
「!」

少女に反応が起こる。
男は続けざまにマッサージと人工呼吸をほどこす。

とくん
「……まさか」
口づけて息を吹き込んだとき少女は反応する。しかしマッサージには反応がない。

「ためらうな」
自分に言い聞かせ少女を抱き寄せる。
羽が邪魔をする。しかし男は力ずくで少女の肩に左手をまわし抱きしめる。
ぐったりとうなだれた少女の頭に右手をあてがい、そして一方的に唇を押し付け
少女の唇をむさぼる。
173>148-149 6/12:2009/11/23(月) 09:03:03 ID:YaEwBcOV

どくん
少女の身体が脈うつ。

――まだだ!
少女の唇を吸い、舌を押し込む。

どくん
男の腕の中で少女の身体が激しく震えた。

――傷を舐めれば……
男は咄嗟に思いつく。
躊躇なく男は少女に開いた穴の周りを舐め始めた。

「?」
「おいっ!しっかりしろ!」
「 …………。 何をした?」
少女が念をとり戻す。男は少女の身体から顔を離す。
身体にあいた穴が徐々に塞がり始めた。
「人工呼吸だ。まさか嫌々受けたAEDの講習がこんなとこで役立つなんて…」
「……わからない」
「人工呼吸というか、ようは口づけだ。人工呼吸でおまえに口づけたら反応があった。
……聞きたくないかもしれないが、かなり激しく口づけを交わした。ついでに傷口も舐めた。
なんていうか……俺のつばが効いたのかもしれない」
まだ濁った色をしているが少女に腹に開いた穴は確実に塞がりつつあった。
少女は自分の身体をまじまじと見つめていた。

「傷を治せるなんて、あなたの力は凄いな」
「よせよせ。元はといえばおまえが授けた力だろう。それに人間でも動物でも
傷ついたらその傷を舐めるのは基本だ。俺が凄いわけではない」
「そうか。傷を治せるなんて人間の力は凄いな。よかった。これで戦える。行こう」
少女の性急さに男は面食らう。
「待て、そう焦るな。おまえは病み上がりだ」
想像を絶する治癒力があるのか、単に感覚が麻痺したのか男はわからなかった。
しかし石の攻撃を受けても、痛みも感じず傷もついていないのは事実だった。
今にも飛び出しそうな少女を引き止め、男は続けた。

「これからあの洞窟に入る。ただ今度は俺が先導する。どうせそこの洞窟の中も
石が飛んでくるんだろう。俺が盾になりおまえを守る。俺の背中に掴まって隠れてろ」
「しかし……」
「大丈夫だ。それにさっきみたいにおまえに頼る気は無い。おまえの力のおかげで
やたらめったら頑丈になったみたいだし痛みも感じない。ある意味、俺は不死身だ」
「……わかった。じゃあ、これを握って欲しい」
少女は羽の一部を自ら折り離し男に渡す。定規のような羽の一部を男は右手で握る。
「……メリケンサックか」
男は思わず苦笑いを浮かべる。
羽の一部は吸い付くように男の拳に巻きつきそして拳を固めた。
「わたしのかけらだ。もしわたしの力が尽きても、そのかけらがあなたの力を支える」
「……わかった。恩に着る」
少女の想いが右手にやどる。男は覚悟を決めた。
「さぁ、行くぞ!」
「行こう!」
少女を背中にし、男は洞窟に向けて猛進した。
174>148-149 7/12:2009/11/23(月) 09:04:54 ID:YaEwBcOV

 男は天井の高い洞窟の中を直立不動の姿勢のまま前進しつづけた。
前方から迫り来る岩石を、あるものはかわし、あるものは拳で砕き、あるものは己の
念をぶつけ軌道を変えさせた。
 幸いなことに横や後方から岩石が飛んでくることはなく、それが男に勇気を与えた。
男は背中の少女を守るため、多少石が身体に当たっても怯むことなく、愚直なまで
に直立不動の姿勢を崩さず猛然と突き進んだ。

「……抜けたか?」
突然目の前が開け、石の飛来が止まる。男は立ち止まり、少女は男の横に立つ。

「ここが中心……!?」
男は思わず横を見た。白い羽の少女はそこにいた。
しかし、前方には少女とまったく同じ姿をした少女が佇んでいる。

「おまえは……」
二人目の純白の少女の出現に男は困惑する。隣で少女は身構えている。
前方の少女が立ち上がり羽を広げ、瞳を晒す。

「……悪魔か」
禍々しいまでに黒く光り輝く瞳と羽に男は驚愕する。

「悪魔か。酷い言われようだな。確かに地球に現存する者から見ればそう思われる
かもしれない。しかし、私も意思は違えどあの星が生み出したものだ」
黒い羽の少女が発する念に男と少女は困惑する。黒い羽の少女は続ける。
「地球文明は、一定時間の経過を鍵として滅びるように仕組まれている。この彗星は、
その為に地球自身が産み出したものだ」
「でも、諦めていない人がいた! だから、私はここにいる!」
少女の激情が空間を切り裂く。
「壊す者と守る者、交わる道理は無い。ならばどちらかが朽ち果てるまで戦うのみ」
ささやくように黒い羽の少女は静かに答える。

「待て待てっ!」
男が口をはさむ。
「その、なんだ……。おまえも地球から生まれたんだよな。だったら穏便に事を済ます気には
ならないのか? 地球が滅びるってことはおまえも滅びるってことだろうが」
黒い羽の少女は男の問いにくすりと笑う。
「何を腑抜けたことを言う。交わる道理は無いと先刻伝えた。地球を滅ぼすことが
私の使命だ。それを邪魔する者がいるならば全力で立ち向かう。お前達も飛来する石に
歯向かって決死の覚悟でここまで来たのだろう、それが判らない筈はない」
「……そうか。そうだな」
男は黙り込む。その傍らで少女が焦げ付くような激しい念を放っている。
「……少し落ち着け」
「しかし!」
男は少女をなだめる。
「……俺が先に行く。と言うか、おまえは手を出すな。おまえの居場所はここじゃない。
俺も俺なりの考えがある。勝算が無いわけではない。それにおまえは病み上がりだ。おとなしく
身体を休めてろ」
「……わかった」
そう少女に伝え、男は黒い羽の少女に向かった。
175>148-149 8/12:2009/11/23(月) 09:07:00 ID:YaEwBcOV

「世辞の句でも読んでいたか」
「なかなか粋なことを言うな」
黒い羽の少女の言葉に男は苦笑いを浮かべる。
「ひとつ聞きたいんだが、おまえとあの白い羽の少女は地球から生まれたということだが、
そのなんというか、おまえは、白い羽とは対極関係みたいなものなのか?」
「どうだろうな。ただ私のこの様を見ればお前の僚友と違うことは一目瞭然だろう。私達は
光と影だ。一心同体に思うかもしれないが互いを交えることは永遠にありえない」
黒い羽の少女の念はさざなみのように穏やかだった。男も礼を尽くす。
「ありがとう。別におまえに恨みは無いが、これでも地球代表だ。俺は全力でおまえを倒す。
世界を救いたいなんて、思ってなかった……ついさっきまでは。 ……いや、それさえも
単なる理由付けに過ぎないかもしれない。ただ俺は、……俺はもう後悔したくないだけだ」
「難儀な男だな。私にはお前の戦う理由など意味は無い。私と戦うとするならそれに応える
だけだ。私もお前に恨みは無い。恨むなら己の運命を恨め。無駄話はここまでだ。行くぞ!」

「うぉおおお!!!」
「ぬるい!そんな拳は掠りもしない!」
男の右拳が虚しく宙を切る。黒い羽の少女が右手を開く。
「何っ!」
念動力で男は吹き飛ばされる。同時に大小の石が男を襲う。
「砕けろっ!」
右手をかざし男は叫ぶ。石が粉々になる。しかし全ての軌道を変えるまでに至らない。
「ぐっ…」
身体に衝撃が走る。しかし男は想定済み。その一瞬を乗り越えればすぐに臨戦状態に戻れる。
「話にならないな。そんなことでは長くはないぞ」
「ふっ、甘くみられたもんだ。言っとくが俺の力は凄いぞ。長くないのはおまえかもな」
「ほざけっ!」
男の背丈もあろう岩石が迫る。男はここぞと右拳を打ち付ける。
「行けっ!」
砕かれた岩石が黒い少女に跳ね返される。羽をはばたかせ黒い少女はそれを抑える。
「この程度で私を倒せるなど思っていないだろうな」
「安心しろ。必殺技は最後に出すのがお約束だ」
「大した自信だな。果たしてその必殺技とやら、繰り出すことが出来るかな」
続けざまに岩石が男の周りを飛び交う。男は全てを叩き割る。
「がはっ…」
男の背中に強烈な衝撃が走る。前方から迫る石に気を取られて背後が疎かになっていた。
白い羽の少女が男に駆け寄る。
「大丈夫か?」
重度の衝撃に男は意識を出せない。黒い羽の少女は冷淡な表情で二人を見据えている。
「…………大丈夫だ、心配するな!」
「……しかし」
男は意識を整える、そして少女に伝える。
「俺は負けない。あいつを倒す。おまえはあいつが倒れるのを見たらすぐに地球に戻れ。
必ず俺があいつを倒す。いまはやられっ放しだが勝算はある。おまえは手を出すな」
「……わかった」
少女の悲しみが男に伝わる。
――負けてたまるか!
男はまだ身体に残る衝撃の余波を誤魔化し、すぐ立ち上がり黒い羽の少女に向かった。

「さすがにさっきのは効いた。背中から来るとはな。本気になったってことか」
「あれを喰らっても立ち上がるということはどうやら身体は頑強なようだな」
「あぁ、まだまだこれからだ」
男は右手に巻かれた羽を見つめた。チャンスはある。男は自らを奮い立たせた。
176>148-149 9/12:2009/11/23(月) 09:10:35 ID:YaEwBcOV

黒い少女は容赦なく男を打ちのめす。 
男は何度も吹き飛ばされ、石を浴びた。しかしその衝撃に耐え立ち上がり続けた。
「打たれ強いだけとは哀れなものだな。その一途な愚直さは感動に値するが、決定的な
攻撃力を持たないおまえには長所になりえていない。いい加減、諦めたらどうだ」
「…………俺は絶対諦めない」
「……そうか。ならば岩に抱かれて永久に眠るがいい」
巨象のような岩石が男に迫る。

――来たっ!
男が求めていたチャンスが巡る。
「がぁああっ!!!」
渾身の力で岩石を打ち砕き、黒い少女に跳ね返す。
「うぉおおおおおおお!!!」
跳ね返した岩石にまぎれて男は黒い少女に突っ込む。
「小癪なっ!」
黒い少女は岩石の軌道を変える。その瞬間、右手を振りかざした男が現れる。
「!!!っ」
黒い少女は瞬時に男の拳をかわす。

「悪いな。本命はこっちだ」
「何っ?」
男の左手が、黒い少女の肩を鷲づかみにする。
思考よりも早く手が動く。男は黒い少女を抱き寄せる。
「!?」
有無を言わせず男は黒い少女を抱きしめる。
そして頭に手をそえて黒い少女の唇を奪う。


どくん。
黒い少女の身体が揺れる。
男は唇を離さない。

どくん。
男の腕の中で黒い少女が崩れる。
男はゆっくりと唇を離す。


「 …………。 何をした?」
男に抱きしめられたままの黒い羽の少女。その瞳に力は無かった。
「別れの口づけだ」
「……ふざけるな」
黒い瞳と羽が輝きを失い始めた。
黒い羽の少女を抱きしめたまま男は続ける。

「……ふざけていない。これが俺の必殺技だ。
俺の相棒が、岩石攻撃喰らって死にそうになったとき、人口呼吸をして傷口を舐めたら
復活した。どうやら俺のつばは白い羽には特効薬になるらしい。ということは
対極関係にあるおまえにとっては毒になるか、おまえの黒い瞳と羽の力を無効化
して白に変えられるんではと思ったわけだ。最初におまえらの関係聞いたよな。
おまえの返事を聞いて確信したってとこだ」
「……じゃあ、最初からこれを狙っていたのか?」
黒い羽と黒い瞳に白が混じり始めた。
「あぁ。これしかなかったというのが正直なところだ。俺の相棒は石の攻撃で
たやすく傷がつく。おまえが石を浴びせ続ければすぐに倒れるだろう。
おまえの言う通り、俺はただ倒れないだけで、最初から力でおまえを倒せるとは
思っていなかった。だからこの方法に全てをかけていた」
力を失っていく少女を男は抱きしめつづける。
177>148-149 10/12:2009/11/23(月) 09:14:19 ID:YaEwBcOV

「……見事だな。私の負けだ。おまえの言う通り、私はもう力が出ない」
男の胸にうなだれたまま黒い少女がつぶやく。
「……悪いな。相棒と約束したもんでな」
「……これも私の宿命だ。おまえが気にすることでもない。
私の意思が消えれば、この星は崩壊し爆発する。石を浴びるような生易しいことではない。
おまえは僚友を連れて早く飛びたて。一刻を争うぞ」
「あぁ、すまない。そうさせてもらう」
男はそっと黒い羽の少女を横にし、白い羽の少女の居る場所に向かう。

「……待て」
黒い少女の呼びかけに男は振り返る。
「……おまえに礼を言わねばならない」
少女の言葉に男は困惑する。
「……これで私もあの星に還れる。……感謝する」

 男の肩が激しく震えた。

「……早く行け。時間はもう無い」
「馬鹿野郎っ!素直になれっ!」
横たわる黒い少女を男は抱き上げる。
「……何をするつもりだ?」
「さっきも言った、後悔したくないってな!俺はおまえを連れて地球に帰る!」
「無茶な!」
「黙れっ!」
男は黒い羽の少女を抱き寄せ激しく口づけを交わし続けた。


 とくん。


彗星の崩壊が始まり、ひとつの命が生まれ変わった。


「早くっ!」
白い羽の少女が左手を差し伸べる。
少女を左手で抱きかかえたまま、男は右手をのばす。

――届けっ!


 右手と左手がつながった。

 ひとすじの光が流れ、その刹那、夜空に大輪の花が咲いた――

178>148-149 11/12:2009/11/23(月) 09:17:30 ID:YaEwBcOV

「…………?」
カーテンを閉め忘れた窓から朝日が差し込み、男は目を覚ます。
「……夢?」
万年床のしなびた布団。テーブルの上には散乱したつまみと缶ビール。
「夢……か」
男は起き上がり、テーブルに置いてあるテレビのリモコンを取ろうとする。
「!」
違和感を覚え右手を目の前に持ってくる。
「……夢じゃない」
男は慌てて左手でリモコンを取り、テレビのチャンネルを合わせた。
世界中の歓喜で溢れる街並みが次々と画面に映し出され続ける。
押入れに放り込んだ携帯電話を取りだし確認する。
表示される日付は彗星衝突の日を過ぎていた。

「……終わったんだな」
右拳に巻きついた羽のかけらを眺めながら男は呟く。
「俺が無事だと言うことは、あいつらも帰れたんだろうな」
羽のかけらを右手から外し、そっとテーブルに置く。
酷使された羽のかけらは傷付き白さを失っていた。



――えっ?
突然、男はその場に崩れた。

――なんだ?
身体を動かすことも、声をあげることも出来なかった。
唐突に白い羽の少女の言葉が男の脳裏に鮮明に蘇る。

――そうだよな、これでいいんだ。
視覚を除く全ての感覚が男から消え去った。
しかし最悪の状況の中で、男の心は落ち着いていた。

――あいつのお守りもシビアというか、えげつないな。
男は笑った。しかしもう表情に変化は出ていなかった。
男の視界から徐々に色が失われて行く。
黒い羽の少女との激闘で男の身体の内部は崩壊していた。
白い羽の少女と離れ、羽のかけらを外したとき、男が
授かった力は消えた。

――綺麗だな。しだれ花火だ。
彗星消滅の瞬間がテレビに映る。激しい爆発の後、彗星のかけらが
夜空で燃え尽き消えていく。

――俺はアレックスになれたんだ……
色が消え、視界が狭まる。
永遠のまどろみが男をいざなう。
179>148-149 12/12:2009/11/23(月) 09:20:55 ID:YaEwBcOV

 冴えない安アパートの一室に、ふたつの光が舞い降りる。
その光が、床に倒れこんだ男を包む。

――あっ、おまえら無事だったか。
古いモノクロフィルムのような視界の中に、男は二人の少女を見る。

――おまえら、ちゃんと人間になると可愛いな。
純白だった少女二人は、正真正銘人間の姿をしている。
初めて異性を前にしたように、二人はもじもじと恥らう。

――なんだ、そういうことか。おまえらも人が悪いな。
薄れゆく意識の中で、男は少女二人の変化に気付く。

――やっぱり羽より翼だよな。天使は翼でなきゃ様にならない。
二人の少女に生えていた羽は翼に変わっていた。
二人の少女は男の両脇に立ち、男を支えた。

――両手に花か。最後の最後でモテモテだな。
もう男の瞳に光は無かった。

――おまえら、ありがとな。おかげで悔いの無い人生をすごせた
静かに男のまぶたが閉じた。
彼方に飛び立つ白鳥のように、ふたりの少女は白い翼を大きくひろげた。



 冴えない安アパートの一室に光が集まった。
 ふたすじの光が天空をつらぬき、そして消えた。
 
 いまだ覚めやまぬ歓喜の喧騒に踊り、
その光に気付く者はいても、気にする者は誰もいなかった―― 

180創る名無しに見る名無し:2009/11/23(月) 09:24:29 ID:YaEwBcOV
投下終了。
>148-149から微妙にずれてとっちらかってる感はあるが気にしない
181創る名無しに見る名無し
投下乙です!
この男は最後は幸せになれたのかなぁ
なんかしみじみしてしまったよ