1 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
このスレは、『魔法先生ネギま!』キャラを用いたバトロワスレです。
<特徴>
他の多くのバトロワスレはリレー小説の形式を取っていますが、このスレでは異なります。
単独の作者による、長編SSスレとなっています。
現在、第23部まで完了。現在連載作品は無し。現在24部連載中。各長編SSはそれぞれ独立したお話となっています。
たまに、既に完結したお話のサイドストーリー、アナザーストーリーなどの短編が書かれることもあります。
<作者志望の方へ>
このスレでは、原則オープニングからエンディングまで全て書き終えた者が連載を開始できます。
見切り発車厳禁。頑張って書き上げましょう。
完成したら宣言の上、皆の了承を得て投下を開始して下さい。
<注意事項>
作品に対して内容にケチをつけたり、一方的な批判をするのはやめましょう。
こういう人が居ても、他の人は荒らしとみなしてスルーしましょう。
作者の都合もありますので、早くしろなどの催促はできるだけしないように。
次スレは原則
>>950を踏んだの人が立てること。
容量オーバーになりそうなときは、気づいた人が宣言して立てましょう。
基本的にsage進行。
過去スレ等は
>>2-5くらい
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 21:26:35 ID:6eT2Iv01
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 21:27:05 ID:6eT2Iv01
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 21:28:03 ID:6eT2Iv01
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 21:28:51 ID:6eT2Iv01
__ __ ____ _ _ __ __ _
|∨\ |∨| |┌─<| / <\ |∨| |\∨/| / ∧
|│[\|│| |├<| |│|┌‐┐ |│| |│∨│| /∧ ∧
|∧| \∧| |└─<| \ </ |∧| |│∨│| /┌┐∧
 ̄  ̄  ̄ ̄ ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄
ネ ギ マ ・ ロ ワ イ ヤ ル
___ _ _ __ _ __ ____
|┌、∧ /─\ ∨∨ // / ∧ |∨| |┌─<|
|├┘/ |│|_|│| ∨∨/ /∧ ∧ |│|__ |├<|
|∧ 、\ \─/ │|│ /┌┐∧ |/─<| |└─<|
 ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄
____ ______ _______
|書き込む| 名前: | | E-mail(省略可): |sage |
 ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∩
, ─|l| ,/ノ
! ,'´  ̄ ヾ
! | .||_|_|_|_〉
! トd*゚ -゚|| ここにsageって入力するんだ
ノノ⊂ハハつ 基本的にsage進行…
((, c(ヾyイ なんで私だけバニー…
しソ
6 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 21:29:30 ID:6eT2Iv01
, ‐¬77 フ¬∧ ヽ ヽ \ ヽヽ ヽ ヽ ヽ
/ // / / / 、 \ ヾ 、 \ \ ヘ \ l
/ ,// イ / / ヾ ヽ、 \ヽ ヽ ヽ ヘ ヽ l
/ / ! ‖ ||│ \ ヾ 、\\ >‐-< _ l i |
i / || ||│ ヽ \\/` <´ ̄ \ヘ l \ |
|/ | |j. l| | / ̄`ニ、 \ Y >>‐, ─、- Y !ニヽヽ j
|! !. l ! l∨‐'¨´ ___ヽ ヾ! ´‐' ヒj j / l ∨ヾi. /
| l |l ト. iヘ , -ャテハ` ∨¬、 ゞ=='´ j| リ !ノ/
l.|ヾi l ヾ 、弋ヒソ ! ヽ //// li. ∨/
l ! ト、 ゝ ヘ. / ` 、_, ‐'' ||ト. i' [ I N T E R M I S S I O N ]
ヾ ト、.`ト ヘ.___/ !!|i !
l ヾ! |ゝ、 < ̄`> / ll L __ ,ム XXV Hasegawa Chisame
| | ヽ丶、 / || | | \./ \__
━━━━━━━| | ヘ >- 、_ _/ ll | | / !、 <, ベゝ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| ト ヘ ` ーく /|| | ト、./ ヽ、__,ノ `ヽ_. Welcome to Negima Battle Royale25.
| ヽ 、 ! _, -‐'7´ ̄/ ̄ ̄`` !ト !_,ノ 〉 ! , ヽ "When They Cry...?"
ヽ. ヽ >'´ /i ! ̄`ヽ |レ'´ ̄ `ヽ、 i / i l
創作発表板へようこそ
ネギまもバトロワあったんだな
25スレ目ってことは、結構長寿スレか
8 :
彗星:2008/09/21(日) 22:27:36 ID:lBPZDSWz
乙ですあと私のなりすましはやめてくだちぃ
乙!
慣れ親しんだマロンを離れ新天地、か……
なんかおらワクワクしてきたぞ!
スレ建て&移転乙!
乙!
なんか知らんが俺もドキドキしてきたw
スレ立て乙!
ねぎまロワいらっしゃい創発へ
13 :
別館まとめ:2008/09/21(日) 22:53:45 ID:GxmPn3qo
ああ、さらば慣れ親しんだマロン。別館まとめです。
スレ立て乙です。
前スレの777>>面白そうなので次回アンケートのお題の候補に考えますね。
別館ですが、本日更新予定でしたが更新が間に合いそうにないですorz
そのため、次回の更新を9月23日にします。
以上、ご連絡でした。
テンプレにもあるけど、移転記念に別館URLを貼り
http://yuyunegirowa.web.fc2.com/index.html あ、前スレのログを取得しておかないと・・・・・・。
マロンから移ってきたのね
ようこそ創発板へ!
別館まとめ氏乙です。
>>8 いや、俺もスレ立て人として前にも彗星という名でこのスレを立てているんよ。
スレ立て人としては俺も事実上彗星だよん。
スレ立て&別館まとめ氏、本当に乙です。
宣言通り遅くなってしまいましたが、創作発表板に移ったということなので、
テストがてら今日は3話投下しようと思います。
28.Collar 〜運命〜
空の暗黒が、すべてを黒く塗りかえる。
昼間は色とりどりで自然を感じさせてくれたのに、夜はただ暗いだけ。
「あ、ちづ姉!! 助けに来てくれたの!?」
森の中、1人でさみしくさまよっていた夏美のもとに、千鶴が近寄ってきた。
「夏美ちゃん、無事だったのね。」
普段と同じ顔で、普段と同じ声で話しかける。
「ちづ姉ぇ……よかった……」
夏美の目からは安心して涙がたくさん零れ落ちていく。
気が抜けてしまって、思わず地面にひざをついてしまった。
「もうこんなの嫌だよ。一緒に脱出の方法を考えよう!!」
千鶴と一緒にいれば、どうにかできる気がする。夏美にとって一番信用できる姉のような存在。
それがいま自分のすぐ隣にいるのだから、出来ないことなどないと思った。
――それなのに、千鶴はただ冷たく夏美を見つめるだけ。
よく見れば、手には大きな銃が握られていて、その銃口には血がついている。
まるでもうすでに誰かを撃って殺してしまったかのように、赤黒い血がべったりと。
「何を言ってるの? 脱出なんてできるわけがないでしょ?」
一瞬では理解できなかった。
自分の提案は否定された。不可能だと思いこまれて否定された。
否、不可能だと思いこんだわけではない。もとからそんな考えはなかったのだ。
千鶴の言葉を聞いて十秒ほどたってから、やっとわかった。
彼女は、ゲームに乗ってしまっているということが。
「ぇ……嘘だよね、ちづ姉ぇ……? そんな、ことって……。」
「私はこんなところで無駄死にしたくないのよ。だから他の人が犠牲になろうとも、私は生き残る。」
「やめてよ……じゃあ、紙には誰の番号を書いたの? 私は21って書いたよ。」
紙を配られたときに、自分は千鶴の番号を、千鶴は自分の番号を書くこと、はすでに決められたことだと思った。
だがそれは勘違いだったようだ。
まさか千鶴がこんな風になってしまうなんて……。
「私は29、あやかの番号よ。なあに? 夏美ちゃんの番号を書いているとでも思って?」
もうどうしようもなかった。
自分はここで死ぬしかない。
「もうそろそろいいかしら? 私は他の人も殺しに行かなきゃ行けないから、夏美ちゃんだけにかまっている時間はないのよ。」
ここまで嘘をつく理由なんてない。
千鶴は本気だ。
夏美は絶望のままに目を閉じて、自分の頭が撃ちぬかれるのを待った……
そして走馬灯のように思い出が駆け巡る間もなく銃声が――
――――――
「……夢?」
ぼやけていた視界がだんだんとはっきりしてくる。
武器庫の中で、夏美は自分が仰向けに倒れて眠っていたことを確認した。
よく考えてみれば、森なんかにいるはずはない。この武器庫でのどかに殴られたのだから。
その殴られた衝撃で失神して眠ってしまっていたらしい。
「怖かった……」
自分の状態を思い出すと共に、まだ心臓がバクバクと激しく音を立てているのを感じる。
千鶴に襲われる夢を見ていたのだから、当然と言っては当然かもしれない。
夏美はのどかを殺して武器庫の武器を独り占めしようとした。
もともと乗る気なんてまったくなかったのに。
のどかに会って武器庫の扉が開くまでは、これからの長い戦いをのどかと一緒に生き残っていこうと思っていた。
戦いの相手はクラスメイトではなく、ゲームの主催者たちだと信じて。
――しかし武器庫の中をのぞいた瞬間に、心の中の悪い部分が姿を現した。
ひっそりと影を潜めていた悪魔が、大事なときになって表に出てきてしまったようだ。
『これだけたくさんの武器があれば、誰だって殺せる。』
そんなかすかな思いが芽生えてしまったから、持っていたスタンガンをのどかに向けた。
自分が優勝すれば、ちづ姉も生き返る。
2人でいればどんな苦しみも乗り越えていける。
勝手な未来を想像して、それを作り出すために動き出してしまったのだ。
「のどか……ごめんね……」
信じていた人に裏切られる気持ちを、夏美はたったいま夢の中で経験した。
それは夏美に対する戒めのために、何者かが意図的に見せた夢だったのかもしれない。
夢の中で感じた思いを、のどかは実際に味わっているのだ。
――夏美のせいで。
夢だとわかってもまだこんなに心臓が音をたてているのに、それを現実で感じてしまったら、自分はどうなってしまうだろう
と考えて、想像するのすら恐ろしくなって無理やり頭からその考えを取り払った。
でもとりあえず、どれだけ絶望の壁の前に立ちすくむかがわかった。と共に、のどかに本当に悪いことをした、と許してもら
えるわけもないけれど許しを請いたかった。
のどかは自分のことを信用してくれていた。
だからこそ、自分のいる前で堂々と武器庫の扉を開けてくれた。
だが夏美はそれを逆手にとって殺そうとしてしまったのだから、これを裏切り以外のなんと呼ぶのだろうか。
「こんな気持ちを、のどかにもさせちゃったってことか……」
――――――
ピッ・・ピッ・・ピッ・・ピッ・・
「何の音?」
自分の首から聞こえる。
信じたくないけれど、すぐにわかった。
時計を見てみると、21時ちょうどくらい。時計の針は、何も考えることなく回っていく。
誰かを殺すために、そんなことを考えているわけでもないのに、夏美にはその針がひどく残酷なものに思えた。
「私、死んじゃうんだ……」
ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・
不思議と、その音を止めようとか、走って他のエリアに行こうとか、そういう気は生まれなかった。
すべては自分の運命だと、そう感じた。
のどかを殺そうとしてしまったのがエリア6だったから、いまいるエリアも6。
ただそれだけの理由で、自分は死んでしまう。
しかしたったそれだけのことでも、自分が過ちを犯した場所での死は、その過ちを償うための代償としてふさわしいと思った。
「本当に、ごめんね、のどか……」
誰にいうわけでもなくつぶやく。
言葉通り、またのどかの願ったとおり、夏美の心にはもう殺意などは全くなく、のどかに対する謝罪と自責心だけでいっぱいだった。
ピッピッピッピッ
どんどん音の間隔は短くなっていく。もう一度、仰向けに寝転がってみた。
古臭い匂いと天井に張っている蜘蛛の巣が異様に印象的だった。
涙で目の前が見えなくなる。頬を伝って、特徴的な赤い髪に吸い込まれていった。
そっと、――目を閉じる。
それによって目の端からこぼれる涙が、最後にもう一度頬を流れた。
「死にたく……ないよ……」
ピーーーー
出席番号28番 村上夏美 死亡
残り 23人
29.Beasts 〜戦う理由〜
幸い、入った家には電気ストーブが用意されていたので、楓と史伽はしばらくそこで体を温めることができた。
2人でくっついて炎を感じる。
どこか貧しい国の家庭を思わせるような風景だったが、これ以外に方法がなかった。
暗い闇の中で、ストーブの火だけが浮かんでいる。
はたから見れば火の玉が浮いているようにも見えるかもしれない。
「おい、楓。いるんだろう?」
家に入って4時間くらいたったころだろうか。
支給された夕飯も食べ終わり、満腹というわけにはいかなかったが空腹も解消し、ストーブの火が暖かかったので思
わず寝てしまいそうになっていた。
そんな時、外から楓を呼ぶ声がした。
何か自分の存在がばれるようなことをしてしまっただろうか。しかも相手は、長瀬楓とこちらが誰だかまでわかっている。
楓は大急ぎで身の回りを確認した。
ここにつれてこられたときと同じ服装、出発時と同じ荷物。
家の中も、家に入ってからストーブをつけたこと以外は何もいじっていない。
なぜ悟られたのか考えているうちに、もう一度声がかかる。
「こんな罠を仕掛けるのは楓しかいない。早く出てきてくれ。」
そういえば、そうだった。
カーテンを開けることは愚か、電気をつけることすら許されない状態で敵が迫ってくるのを認識するのはむずかしいこと
は歴然としていたので、安心してくつろげるように、家の中にあったワイヤーと空き缶で、家の周りに誰かが近づいたら
玄関に設置してある缶が音をたてるトラップを作っておいたのだ。
よっぽど罠に慣れている人でない限り、引っかかってくれるはず。
そう思っていたのだが、その『よっぽど罠に慣れている人』が現れてしまったようだ。
「史伽、武器はなんでござるか?」
家の外に声が漏れることなんてないからそこまでする必要はないとわかっていながら、楓は小さな声で話しかける。
すぐ横で寄り添っている史伽にはそれでも十分届くので、つい小声になってしまうのだ。
「えっと、これです。」
手探りでバッグをあさる。
そうして出てきたのは、5本のスローイングナイフだった。
「拙者は……このハリセンだったでござる……。」
言いながら、背中から小学生でも作れるような紙でできたハリセンを取り出す。
「すまないが、そのナイフをもらってもいいでござるか?」
すでに相手はかなりの手練れであることはわかっている。
相手がゲームに乗っていないならばそれに越したことはないが、もしも乗っていたとき、ハリセンだけで武器ありの相
手に挑むのはあまりにも愚かすぎる。
自分が負けるだけならまだしも、自分が死ねば史伽まで危害が及んでしまう。
さっき史伽を守ると決めたばかりなのに、それだけは許されないことだった。
「はいです。」
ドアを開けると、10メートルほど離れたところに龍宮真名が立っていた。
闇にまぎれるかのように漆黒のロングスカートをはためかせ、じっとこちらを見つめている。
「ずいぶんと待たせてくれたな。」
毎回思うが、真名の冗談は笑えない。どこか本気のような気配が隠されているから。
「いやーすまないでござる。部屋が暗くて迷ってしまって……」
冗談には冗談を、と思ってなにか言おうとした直後、真名の大剣が目に付いた。
真名が持っているからそこまで大きく見えないが、本当はとても大きいのだろう。
暗いのでよくわからないが、本来なら銀色に輝く刃の部分がなにかで汚されて色がくすんでいるように見える気がする。
服にも、黒色がさらに濃くなっているところがあることに気付いた。
何か液体がついたかのような、形のない模様。
大きな染みのまわりにも、ぽつぽつと小さな染みがいくつかある。
そして、風がにおいを運んできてくれた。
――鉄の匂いだった。
間違えるはずもない、戦いのにおい。
悲しくも嗅ぎなれてしまったその風に、楓は握ったナイフに力をこめる。
「ほう。その顔は、もう私が人殺しだと気付いたような顔だな。」
あくまで余裕を見せ続ける真名。けがれた剣に寄りかかる。
「やはりそうでござるか……。金か?」
思わず表情がゆがんでしまう。いい戦友だと思っていた真名が、人殺しをするなんて。
麻帆良に来る前にNGO団体で働いていたことは知っている。
その上で、救える人を救うために、仕方なく人を殺すことはあったのかもしれない。
だがこっちにきてからは心を改めて、人を殺めることはしないようになったのだと思っていた。
「金も確かにあるが、それがなくても乗っていたよ。このゲームの意味がわかるまでは死にたくないものでな。」
いつまでも戦闘体勢には入らない。
どうやらおしゃべりをつづけるつもりらしい。
「どういうことだ?」
楓もその空気に乗った。それに、龍宮の言うことも知りたかった。
「超がなんの理由もなくこんなことをする奴だと思うか? 絶対に何かの理由があったはずだ。だとしたら、超の真意に私も
共感できる可能性もある。ま、どちらにせよ生き残らなければ意味がないことだがな。」
「超殿の真意……でござるか。」
「ああ。私は自分の信念に基づいて動く。超のやっていることに賛成できるのならば、私は進んで超のもとにつくつもりだ。」
「…………。」
「まあ、人を殺して意見を押し通そうとしている時点で、私を共感させるのは難しいだろうが……。」
何もいえなかった。というより、コメントしようがなかった。
真名の心。それが間違っているとはいえない。
でもゲームに乗るのが正しいともいえない。
根っこから考え方の違いを突きつけられただけだった。
「いままで、何人その手にかけた?」
そろそろ話すこともない。
戦闘の予兆を感じてか、遠慮がちに鳴いていたフクロウが翼を広げて飛んでいった。
「まだ1人、だな。――でもこれから2人になる。」
その目に冷たい光をたたえながら、右手の指を1本だけ立てた。
そして自慢げに、はじきだすようにもう1本立てる。
その指の意味するものは――――長瀬楓。
「いまやりあえばどちらも無傷というわけにはいかないはず。それでもやるのか? これからの戦いに支障が出るかもしれないのに。」
楓の顔に、きりっとした気合いが見て取れる。さきほどまでのおふざけモードとは訳が違った。
「知っているだろう? 狙った獲物は逃がさない。それが私のポリシーだ。」
2人の視線がぶつかって、火花が散るのが見えた気がした。
「――承知した。では尋常に。」
大きな影が2つ、夜の闇の中を飛び出した。
残り 23人
30.Corpse 〜価値のないもの〜
空の黒、雪の白。――血の赤。
――ぐしゃっ。
それは、川の水に手が届くまであと一歩というときに。
靴の裏に、嫌な感触を覚えた。
生ぬるくて、踏んだらすぐつぶれてしまう水風船のようななにかを踏んだ。
それがなんだか考えることもせず、ただ条件反射として足元を見てしまう。
……肉の塊だった。
赤い肉。もともとは赤くなかったのだろうが、いまは自身から出た血で赤く染まった肉。
桜子が踏んだことで赤くなってしまったのかもしれない。
よく見ると、人の形をしたものがバラバラになっている。
桜子の下には、そんなぐしゃぐしゃになった小さな肉塊がたくさん散らばっていた。
手、腕、足、腹、首、――頭。
黄色くてさらさらした髪の毛が、赤の中に覗いている。
ガラス玉のような丸い瞳がそれに埋もれるように転がり、夜の闇ときらめく雪の白を対照的に映して、寂しくこちらを見上げていた。
静寂。
雪は音を吸収する。ちょっとした音なんてすぐに消えてしまう。
でも、雪は悲しみまでは吸い取ってくれない。雪を見ても苦しみが消えることはない。
直後には、叫び声が響き渡った。
「きゃあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
もう水なんて飲んでいられる場合ではなくなってしまった。
むしろ桜子のほうから胃で分泌される液体を川に供給する。
目のやり場がなく、気持ち悪いのを知りながら自分の嘔吐したものが川を流れていくのを見た。
下流に流れるにつれてとけるようにどろどろになっていく。
だがそれよりも、ちょっと川を下ったところの川原にある人に目がいってしまった。
いる人、ではない。ある人、だ。
さっき踏んでしまった人とは別に、もうひとりここで亡くなったのだろう。
意識すると異様な匂いが鼻を突いてくる。
死臭というやつだろうか。
川原に仰向けに横たわっているアキラから、無理に目を背ける。
逃げ出すように、また走り出した。
行く当てもなく、ただひたすらに足を動かすしかなかった。
――――それはつい5分ほど前。
桜子は商店街を抜けると森に入り込み、いまはその森をも抜けようかというところだった。
まわりの景色が勢いよく後ろに飛んでいく。
どんなに走っても、自分の探している親友とめぐり会えることはなかった。
それどころか、明日菜と別れてからは誰とも出会わなかった。
冷たい空気が刃となって肌をぴりぴりとしびれさせるだけ。
明日菜に会ったとき、その手に光るサーベルを見たら信じられなくなった。
明日菜のようなまっすぐな人間がこんなゲームに乗るはずもないのに、どうしてあの時明日菜に助けを求めなかったのだろう。
頼めばきっと一緒にいてくれたに違いない。2人でいれば、苦しさを2人で分けられる。話をすれば、笑えることもあるだろう。
それなのに、そのチャンスを自分からつぶしてしまった。
自分の愚かさを嘆きながら、桜子はずっと走ってきた。
足場が悪かったこともあって、体力の消耗が激しかった。
「はぁ、のど渇いたな……」
膝に手をつき、下を向く。
息が上がっていて、呼吸を落ち着かせることもままならなかった。
支給された水は、もうすでに全部飲んでしまっている。
と。
桜子はある音に気付いた。
何かが流れる音。水がはねる音。
川だった。
「ラッキー!! やった!!」
水を求めていた桜子には、川の水が汚いかもしれないなんていう心配はなかった。
のどを潤したい。カラカラに乾いたこののどを、水でおぼれさせたい。
音を聞きつけるや否や、疲れを忘れて一目散に川に向かって走り出した――――
ただ水を飲みたかっただけなのに。
どうしてあんなものを見なければいけなかったのか。
こんなに見たくもないものばかりが目に付くならば、この目が何も映さなくなってしまえばいいのにと思った。
同時に、あんなキツイ匂いがあるならば鼻も機能しなくなればいいと思った。
信じられるものなんて、何も残っていない。
どうせ何に会っても信じられないのだから、相手を認識して少しでも期待を持たせてしまう目なんかないほうがい
い。人のにおいを感じる鼻もいらない。
たったひとりで、現実という恐怖から逃げ惑おうとする。
だが悪夢から醒めようともがけばもがくほど、どんどん絶望の崖を落ちていく。
「こんな世界、やだ……」
生きていても、何もいいことがない。死んでいる人なんて見たくない。
でも生きている友達に出会ったところでその人を信じることもできない。
このままでは、永遠の孤独を味わい続けることになる。
もう、耐えられなかった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」
走りたいから、走った。叫びたいから、叫んだ。
殺人鬼に見つかろうが何しようが関係ない。悲しさのあまり精神崩壊しかけている。
何も感じたくない。死にたい。でも死ぬのは怖い。怖さも感じたくない。
死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死
にたくない。死にたい。死にたくな――――
自殺するための道具ならある。もっている銃をこめかみに突きつけて、ちょっと引き金を引いてしまえば、脆い人間
なんてすぐに死んでしまう。
だがそれすらもできない状態に、桜子はなってしまった。
「椎名さん。こんばんは。」
そんなまっすぐ走る桜子の真正面に、桜咲刹那が立ちはだかった。
あれだけ大きな声を出していたのだから、誰かに見つかっても仕方がない。
桜子の声とは正反対な、感情を押し殺した冷血な声が聞こえる。
刹那の作り笑顔が、ゆがんだ。
残り 23人
今回は以上です。
ひとこと言わせて下さい。
「この板すげえええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
彗星さん、本当に感謝です^^
今日で文化祭も終わったので、これからは普段通りの時間に投下できると思います。
こっちの板に移ってからも、よろしくお願いします。
では。
おつ!
移転して良かったね
どうも。
今日の投下を始めます。
31.Tag 〜罰ゲームは死〜
草を掻き分けることもなく、ただ足音だけが聞こえている。
サッカー部マネージャーとして鍛えられた体力が狂気によって強化され、いつまでも走り続けていくことが出来た。
もう彼女の目にはどんな人も敵にしか見えない。
彼女の耳には、どんな音も標的が近くにいることの合図にしか聞こえない。
左のわき腹にある大きな傷から血が滴り落ちても、それを感じることはなかった。
自分の前に立ちはだかる敵を探して、ひたすらに走っていく。
もはや手の一部となってしまった電動のこぎりのスイッチは、いまは切られている。
親友が殺されたことに対する深い悲しみと、自分もアキラのように殺されてしまうのではないかという恐怖、さらに
親友を奪った者への怒りが、いまの亜子を成り立たせていた。
もし誰かが亜子の視界に入ったならば、それと同時に電源が入れられ、亜子の足もそちらに向かってフル回転で
走り出すだろう。
優勝する、そんなことが望みではない。
勝つということを理解できる思考回路はすでにどこかへいってしまった。
亜子の求めるものは、人を殺すという行為のみだった。
「亜子さ――」
エヴァと別れてから、いまだに仲間を探してさまよっていたあやかが次に出会ったのは、災難なことに、その亜子だった。
見つけた喜びからとっさに声をかけようとしたが、亜子の様子に明らかにおかしいことに気付き、最後まで言い終えること
なく亜子に背を向けて走り出した。
どうしたって仲間になってくれそうな雰囲気ではない。むしろ自分の命を狙ってくることは間違いないように思えるほどだった。
(狂ってしまったのでしょうか……)
普段あんなに気弱な亜子が、あんな返り血を浴びたTシャツを着ていて平気なわけがない。
ちらっとしか見なかったが、血のほかにもなにやらいろいろとくっついていたような気もする。
正気ならばあんなシャツを着たままで歩くことはしないはずだ。
「雪広あやかァ――」
あやかは、逃げる自分を追いかけてくる亜子の口から身の毛もよだつようなおぞましい声が発せられたのを耳にした。
あやかはいままでにないくらい、自分の精一杯の力を足にこめて全速力で走っているにもかからず、亜子のその声は、
最初にあったあやかと亜子の距離よりも近いところから聞こえた気がした。
しゃがれている、という表現が一番適切なのだろうか。
元気そうないつもの声ではなく、のどがおかしくなってしまったかのような、どちらかといえば老婆に近いような声。
下手に大声を出されるより数倍怖いものだった。
差はどんどん縮まっている。
追いつかれた瞬間に負けということが確定しているいま、何かのきっかけがなければあやかに勝機は絶対にめぐ
ってこないことは歴然としていた。
足場も悪く、思うように足が進まない。
折れた木の枝が足首に絡みついてくるが、転ぶわけにはいかなかった。
「誰か……助けてください……」
神様を見たことはない。
でも、神様はみんなの心の中にいて、いると信じればきっと姿を現してくれる。
闇が包み込む中、あやかはそんな神にすがるかのように小さくつぶやく。
――だがその願いも寂しく、都合よく誰かが来てくれる様子はなかった。
このままでは殺されるのも時間の問題だ。
それならば、大声で助けを求めて叫んでみようか。
もしそれで乗っていない人が来てくれたなら、どうにかしてくれるかもしれない。
2対1ならば亜子も止められる気がする。
止める、といっても亜子があんな状態にある以上、止める方法は殺すことしかないわけだが……。
それでも亜子によってみんなが殺されるよりはマシだ。
逆に乗っている人が来たならば、自分は死ぬことになるだろう。
だがあやかが殺されてから、亜子とその乗っている人とで戦いが繰り広げられ、どちらか片方が必ずあやかのあ
とを追うことになるはず。
それは危険人物が減るということであり、乗っていないクラスメイトたちにとってはいいことなのではないか。
どうせ死ぬならば、死ぬ前に何か1つくらい他の人の助けになることをしておきたいから。
悲しくも、あやかは走りながらそんなことを考えていた。
そしていざそれを実行に移そうと思った瞬間。
豪快なモーター音が響き渡った。
そろそろ追いつけると悟った亜子が、また惨劇をくりかえそうと電動のこぎりのスイッチを入れたのだ。
あやかが大声を出してもまわりに聞こえない状況になってしまったが、その分電動のこぎりの音も大きいので、も
し近くに人がいたならば駆け寄ってきてもおかしくない。
わずかな望みに賭けて、あやかはまだ走り続ける。
背後の足音がもうすぐそこにまで迫ってきているのを感じながら、あやかは目の前に見えてきた建物を目的地とす
ることにした。
このまま行って森を抜け、だだっ広い草原で鬼ごっこをするよりは、通路がいっぱいありそうな建物の中で逃げてい
た方が鬼を撒ける可能性も上がりそうだと考えたからだった。
入り口は簡単な引き戸になっていたが、いちいち開けている暇はないのであやかは走っている勢いのままドアに体当たりする。
普通なら加えられるはずのない方向に衝撃が与えられた引き戸は、鈍い音をたてたかと思うとあやかの進行方向と同じ向きに
倒れ、張ってあったガラスはかん高い音と共に割れた。
全身に響く体当たりの痛みを感じながらも、すこし落ちてしまったスピードを取り戻すために足を無理やりに動かしていく。
ガラスの欠片がいくらか足に刺さったのを感じながら、それでも止まるわけにはいかない。
だが逆に亜子のほうは、障害物をあやかがどけてくれたので気にすることなくまっすぐに走ることが出来た。
あやかの限界は近い。体力的にも、精神的にも。
残り 23人
32.Crescent 〜死神、明日、未来〜
「椎名さん、こんばんは。」
体の芯まで凍り付いてしまいそうな、氷を思わせる冷たい声がかかる。
落ち着いて見てみれば、目の前には3−Aトップクラスの戦闘能力の持ち主、桜咲刹那が、血塗られたアイスピ
ックを左手に、細い三日月に似た死神の鎌を右手に立っていた。
そして気付いた瞬間にはアイスピックは刹那の手を離れ、光のように一直線に桜子の右手にあった銃へと直撃し、
それを弾き飛ばしていた。
すこしだけ負荷がかかったかと思うと、もう手には何もない。
はるか後方で、ガシャっと銃が地面に落ちた音がする。
驚く余裕もない。
圧倒的な戦力の差に、ただ立ちすくむことしかできなかった。
「あ……あ……桜咲さん――」
刹那は乗っている。
それは、いまの正常でない桜子の頭でも簡単にわかることだった。
いつもと同じ制服、いつもと同じ髪型。
何ひとつ変わらないのに、刹那からにじみ出るオーラは明らかに普通ではなかった。
「椎名さん、誰かを殺したんですか?」
意外としゃべり方はおかしくない。
人殺しなんだから、もっと狂ったような話し方をしてくるかと思っていたが、そんなことはなかった。
そんな刹那の視線は、桜子の足元。
桜子もそれにつられて見てみると、走ってきた道にずっと、自分の足跡が赤く残っている。
おそるおそる靴の裏を確かめようとしたが、途中まで見えた時点で、それ以上見てはいけないという信号が脳で発せられた。
川沿いで踏んでしまった古菲の肉塊が靴に貼り付いて、桜子を呪うかのようにいつまでもついてきているのではないかと思ったから。
見てしまえば、助けを請う必死な声が聞こえてきてしまいそうだった。
手を伸ばして、それこそ死に物狂いでこちらの世界へ戻ってこようとする呻きが。
「やめて……思い出させないでよ……」
どうしようもなく震える体と声。
自分が殺したわけではないと反論しても何の意味も為さないことくらい、わかっている。
でもいま見たばかりの映像をフラッシュバックするのに、いまの言葉は十分だった。
記憶をすべて捨ててしまいたい。もう何もかも忘れてしまいたい。
思いっきり叫べば、声と共に感情も体の中から出ていくのではないか。
そんな考えのもと、叫び声をあげながら暗闇の中の森を走ってきた。
出口が見つからず、いつまでたっても脱出できないと思える森を。
――いや、出口がなかったのは森ではない。なかったのは、桜子の心の出口。
人を信じられないことで永久に迷路にはまり続けて、抜け道のない通路をさまよっていた。
信じられないのは他人だけでなく、そのうち自分までも信じられなくなる。
最後にはまわりの景色すら信用できずに、現実から目を背けようとしていた。
全部夢。きっとそうに違いない。
目が覚めれば、明日には毎日の生活があり、美砂や円と部活もできる。
悪夢を見ていたことなんて時が忘れさせてくれる。いつかはこんなことも憶えていない日が来る。
何も信じられないくせに、そんな理想だけを信じようとしていた。
だがこの恐怖だけは、どんな理由をつけてみても本物としか思えなかった。
死を間近にしてようやく知った世界のルール。
強い人が弱いものを食う。そうして強い人だけが生き残る。
弱いものには死以外の未来が待ち受けていないと知ってしまったことに対して、恐怖があった。
自分の死は最初から決められていた。抗うことはできない運命。
そしてその運命の通りに進んでいく世界が、醜く残酷なものに思えた。
「まあそんなことどちらでもいいですね。私には関係ないことですから。」
どこまでも冷めている、刹那の言葉。
服、皮膚を突き抜けて心に直接攻撃してくる、棘のような、見えない武器。
と、風の流れが変わった。揺れる森が、葉や枝をぶつけ合ってカサカサと鎮魂歌を奏でる。
刹那の身の回りにも風が吹きまとう。
風よりも速く、刹那の足は動き出す。
――人間の出せる速さじゃないよ……
そう感じたときには、すでに桜子の視界から刹那は消えていた。
「ごめんなさい。」
背中に注射をされたかのような、チクリとした痛みが走った気がする。
その直後には、何かが入り込んでくるのを受け入れていた。
すぐに腹まで来たかと思うと、体の外へ抜けていく。
気が付けば、自分の胸から赤黒く光る鋭い爪が生えていた。
不思議ともう痛みは感じない。戦闘のプロだから情けをかけてくれたのか、苦しまずに死ぬようにしてくれたのだろう。
ふところに、人がいた。
「やっと……楽になれた……」
思わず口に出てしまった言葉。――苦しむ必要は、もうない。
死ぬとわかった。それによって鎖にとらわれていた心が解き放たれた。
「私の分まで、美砂と円に生きてもらわなきゃ……」
体の中にあったものが、ゆっくりと取り去られる。
刹那が背中から刺した鎌を、回収しようとしていた。
「嫌な夢だったなぁ……」
明日菜、古菲、アキラ、刹那。
この島に来てからたった4人しか会っていない。しかもそのうち2人は生きていなかった。
それぞれと出会ったときの記憶が鮮明に思い出される。
とてもいい思い出とはいえないものばかりだったが、桜子にとっては貴重な経験だ。
「美砂と円に会いたかった……。あ、目が覚めたら明日また会えるのか……」
立っているのが辛くなってきて、桜子は仰向けに寝そべった。
桜子に触れたところから、どんどん地面は赤に染められていく。
刹那の姿はもうそこにはなかった。
きっと最後に見た景色はこの風景になるだろう。
そう思ってぼやける目をしっかり見開くと、無数のきらめきが視界いっぱいに広がる。
夜を優しく照らす星たちは、変わることなく安らぎやぬくもりを届けてくれる。
世界がまわり続けているのと同じように、明日は普段どおりにやってくるだろう。
その時間の流れに、いつまでも桜子を乗せているかどうかはわからないけれど……。
「明日の夕飯、なんにしようかな――」
だんだんと意識がなくなってきた桜子は、体の望むままに目を閉じた。
目を閉じて、今度目を開いたときには寮のベッドで寝ているはず。
異様な眠気が襲ってきた。目を閉じていると現実を忘れられる。
美砂と円の笑っている顔が、まぶたの裏に映されて、消えたあとにはまた違う映像がまわりはじめる。どれもみな、
なつかしくて楽しそうなものばかりだった。
走馬灯なんて見たこともなかったが、これがそうなのだろうと思えた。
――映像がだんだん薄れていく。霧がかかったようにうっすらと見えなくなっていき、眠りに落ちる瞬間の快楽が、桜子の体を支配した。
「2人とも……ごめん。もう寝るね。……明日になったら、起こして欲しいなぁ――」
出席番号17番 椎名桜子 死亡
残り 22人
33.Victor 〜必死の思い〜
その家の中に、薬はなかった。
千鶴はハカセのためにずっと薬を探し回っていたが、家中を探しても見つからなかったので隣の家に入った。
見つからなければ見つからないほど、焦りが千鶴の心を支配し始め、はやくしなければと思って探すのも雑になっていく。
精神の落ち着きを取り戻している暇なんてなく、ただ薬を探すという作業だけを集中して行うしかなかった。
こんなにもはやくから殺し合いが始まってしまうなんて……。
千鶴はいまだに信じられなかった。
いままであんなにも仲のよかったクラスメイト同士で、殺し合いなんていう相手を陥れながら勝ち進んでいくゲームが進む
とは全く思えなかったのだ。
確かに3−Aのみんなはゲームは好きだ。
何かきっかけさえあればすぐにゲームに持ち込んで遊ぼうとする。
高等部とのドッヂボールからはじまって、期末テストの勉強会と称した野球拳、修学旅行でのネギの唇争奪戦――
数えきれないほどゲームをしてきたのは事実である。
でもこんな残酷で外道なゲームにも進んで参加してしまうほど、3−Aは腐ったクラスではなかったはずだ。
麻帆良の特徴として毎年のクラス替えがないことがあるが、それによってクラス内での団結力が高まるのは当然のことで、
3−Aがその影響を他のクラスと比べても多分に受けたからこそできたお互いに対する信頼のようなものは、世界に誇れる
ほどのものだと思っていた。
それなのに。
現にハカセは誰かに裏切られて怪我をしてしまっている。
超がちょっとした機会を与えただけで人を殺めることすらもいとわない人がいることに、千鶴は心から悲しみを感じ、残念がった。
「ありました!!」
ほとんど同じようにつくられた隣の家の押入れの中にさりげなくおいてある救急バッグを見つけて、千鶴は思わず叫んでしまった。
これがあればハカセを救える。
ついさっきまで心を占めていた悔しさをそっちのけにして、うれしさがうまれた。
念のため中身を確認してみると、期待していたものはみな入っているようだ。
包帯、消毒液、絆創膏、鎮痛剤。
これから生きていくのに必要な道具に加え、傷を縫うために針や糸もある。
超が演出の1つとして置いたものだとわかっても、それを手に入れた喜びは変わらなかった。
まさに天の恵みだった。
千鶴は大急ぎで家を出ると、ハカセの待っている家に戻った。
すぐにハカセのところに向かいたいところだったが、玄関の鍵を開けっ放しにしていったので誰かに侵入されているか
もしれない、といまさらになって思い、いったん立ち止まる。
最初にこの家に入ってきたときと同じにおい、視界。
特に物音もしない。聞こえるのは自分の呼吸の音だけ。
踏み荒らされた様子もないことをしっかりと確認してから、千鶴は家に上がった。
自分の荷物が置いてある部屋を通り抜け、ハカセのいる部屋に向かい、ドアを開ける。
「ハカセさん!! 薬を持ってきました!!」
言うと同時に重い救急バッグを下ろし、箱を開けると中から必要となりそうなものを次々と出していった。
傷の治療は保母さんのボランティアでなれている。
道具さえ手に入ってしまえばハカセの力になれるのは確実だった。
一刻を争うような怪我を負っているハカセが、自分の帰りを待っている状況がそこにはある、と千鶴は思っていた。
やっと見つけた救急バッグのおかげでついにハカセを助けられる。
彼女を助けて、自分は感謝されて、また深い友情が芽生えるという未来を想定していた。
――そう。思っていた。
――それが裏返されることなどないと、疑いもしなかった。
包帯などを準備し終わって、はっと目を上げて見たその光景に、千鶴は言葉を失った。
いくら目をこすってみても信じられなかった。
気分が高揚していて自分のやることに夢中になり、気付くのが相当遅れてしまったが、床でうつぶせになっていたハカ
セの姿が、そこにはなかったのだ。
「えっ!?」
当然部屋の真ん中にいると思っていたハカセがいない。
生々しい血のあとだけがカーペットに残され、当のハカセ自身はどこかへ消えてしまっていた。
あの怪我で自分からどこかへ行けるわけはない。
そんなことが出来るのならば、千鶴の助けなど待たずにさっさと自分で薬を探しに行っていただろう。
千鶴が来るかどうかなんてハカセにはわかるはずもなかったのだから。
考えられる事象は2つ。
1つ目としては、やっぱり千鶴が隣の家に行っている間に誰かが入り込んで、ハカセを持ち去ったのかもしれないということ。
だがそんなことをしてもいいことは何も無い。
殺すにしろ治療するにしろ、ここで済ませてしまえばいいことだ。
そうなると、残る可能性はただ1つ。
「ハカセさんが本当は怪我をしていなかった……」
ドスッ
すべてを理解した千鶴は、その瞬間に自分の心臓あたりに異物感を感じたが、それが痛みだと認識するまでにかなりの時間を要した。
が、胸から飛び出す銀色の刃、そこから共に飛び出す真っ赤な血を見て、自分は敗北したのだということを悟った。
「どうして……?」
ただ呆然とするしかなかった。
結局、信じていては生き残っていけない、裏切った人が勝ち。
どうがんばっても自分は勝てないそのルールに、千鶴は泣くことすらできなかった。
1人は勝ち誇ったように立ち、もう1人は絶望のあまり倒れてしまった――
残り 22人
今日は以上です。
とりあえずしばらくは毎日3話ずつ投下という方針でいこうかと思います。
では。
おっつー。
こっちに移動したからすらすら読めるから読み手としても楽w
ハカセはまたしてもマーダーか…じゃあ今回も……
そうか…今回もか…
まあしょうがないよ…
ハカセだし…
ああ・・・ハカセ。いろいろな意味で君は期待を裏切らない。
作者乙です。
何故か昨日分のが見れん
試しカキコ
あれ?
ハナから無かった系?
どうも16です。
>>38-
>>41 wwwww
予想通りの反応過ぎて吹きましたwww
今日の投下を始めます。
34.Corruption 〜堕落への道〜
簡単なことだ。
千鶴が薬を探しに行っている間に自分はトイレに隠れ、千鶴が帰ってきたら気付かれないようにそっとトイレから出る。
その後、自分がいないことに焦る千鶴の背後に忍び寄り、あらかじめ台所から回収しておいた包丁を刺せばいいだけ。
背後からの攻撃にとっさに対応できるわけもなく、千鶴はむなしく倒れるしかなかった。
刺されたことに対する痛み、それだけではなく、精神的な痛みを深く感じた千鶴には、もう立っているだけの気力はあるはずもなかった。
「どうして……?」
千鶴は運命を受け入れられないかのようにつぶやく。
それはそうだろう。
必死になっていた助けようとしていた人に、軽く裏切られて殺されてしまったのだから。
自分の行動はすべてハカセの手のひらの上での足掻きでしかなかったことを、死に際になって突きつけられてしまった。
人の善意を利用して自分の命を守ろうとするハカセに、怒るよりもむしろ絶望した。
床に倒れた千鶴は、最後の力をこめて体ごと振り返る。
そこには千鶴の予想したとおりハカセが立っていた。
腹にべったりと赤い液体をつけて、でもいたって健康な様子で。
「どうして、ですか? それは愚問ですよ。いまわかったでしょう? 私は死にたくないですから、人を信じるなんてことはしませんよ。」
――聞きたくもなかった返事が耳に入ってくると、その絶望のままに目を閉じた。
もうこの世にはいないと知らず、夏美が生き残ってくれることだけを願って、千鶴は息絶えた。
あきれるくらいのお人よし。
ただ倒れているだけで、何の疑問も持たずに薬を探しにいってくれるなんて、なんて単純だったんだろう。
このサバイバルゲームの戦場では仲間なんて一人もいないというのに。
千鶴を馬鹿にする言葉はいくらでも浮かんでくる。
あまりにも自分の思い通りに動いてくれたから、何の問題もなく計画を運ぶことができた。
「那波さん……」
呼びかけても、千鶴から返事は返ってこない。
体を揺さぶっても、千鶴が頑なにつぶった目が開くことはない。
それを見て、ハカセは腹の底から興奮がぞくぞくと駆け上がってくるのを感じた。
そしていま、ハカセの心を締め付ける思いは、もっと殺したいという残虐なものだけだった。
やろうと思っていたことができたことで、やればできる、という妙な自信がついてしまったのだ。
理想と現実が一致する。
その快感の虜になってしまって、もっと人を殺したくてしょうがなかった。
いままでだって、人間には不可能と言われてきたような科学を、この手で実現させてきた。
ならばその手で、自分の理想を成し遂げてやろうじゃないか。
得意の頭を生かしていけば、今回のように簡単に人を騙して生き残っていけるかもしれない。
こんなにも冷静さを欠くゲームだ。
力の強いものが勝つなんて保証はどこにもないし、実際どこかで聞いた情報では、かつて共学で行われてきた
バトルロワイヤルの優勝者は、半分が女子だったそうだ。
焦った方が負け。力なんて必要ない。
考えれば考えるほど、優勝できる気がしてきた。
ハカセの口が、すぅーっと怪しげに横へ広がる。
返り血のついた赤い唇の中に光る白い歯が、なんとも気色悪かった。
――だがそんな簡単にはいかないわけで……
家の外で、激しい銃声が響き渡った。
かと思うと甲高い音をたてて家の窓が割れ、ガラスの破片と共に不気味に光る銃弾がハカセの足元に突き刺さる。
「うわっ!!」
大急ぎで台所に身を隠すと、千鶴を殺すために使った包丁を何本か取り出して、すこしでも戦ったり脅したりできるよう身構えた。
窓が一瞬にして粉々になり、敵は機械的な音を発しながら家の中に侵入してきた。
いくらハカセが隠れたまま様子を伺っていようと、人間を察知するレーダーによってすぐに場所を見破られ、敵は真っ先にハカセに
向かって移動する。
「茶々丸っ!!」
その敵が茶々丸であることを認識した時にはハカセの頭では安心が芽生えたが、またすぐに本能で危険信号を感じた。
自分と超で協力して作ったロボットである茶々丸なら、創造主の言うことは聞くようにしてあるため安全なはず。
そう思えはしたが、目の前から危険が消え去ったようには全く感じなかった。
ハカセを攻撃できないようにしたプログラムだって、茶々丸が恋した疑惑が上がって頭の中を覗いたときに、すでに書き換えられて
いた可能性が高いことがわかっている。
事実、いまハカセを見ている茶々丸は銃を持っているし、それをいまにも発砲せんばかりに構えていた。
再会を喜ぶ声も届かない。
エヴァの声すらも完全無視だったのだから、ハカセの声だけ伝わるなんてはずはない。
ハカセは膝を曲げてかがむと、転がるように茶々丸の股下を通り抜けて反対側へ回り込む。
直後にハカセの背中と隣りあわせにあったガラス張りの食器棚の皿が飛び跳ねるように割れて、茶々丸は背後に向き直る。
その勢いを乗せたまま右足で回し蹴りを放とうとするが、茶々丸の弱点を知っているハカセにとって、勝つのは容易だった。
振り返ったばかりの茶々丸の右胸についたスイッチを押すだけで、茶々丸の動きは止まってしまうと知っていたから。
工学部で暴走したときに懲りて、点検中でなくても右胸を押せば停止信号を受け付けるように超に内緒で改良しておいたのだ。暴れ
具合が違うだけで、あの時と状況は同じ。
「ふぅ……」
ハカセは左手だけを上に伸ばしてもう一度しゃがみ、スイッチを押すと急いで手を引っ込めて、本来食らうはずだった回し蹴りを頭上
にかわす。
当たる対象を失った上に、それを止める力も働かなくなった茶々丸の右足は、バレリーナのように左足を軸に体ごとまわり続け、やが
て、止まった。
出席番号21番 那波千鶴 死亡
残り 21人
35.Whirlwind 〜それは獣のように〜
相手は大剣。こちらはスローイングナイフ。
単純な威力では勝ち目がないため、楓はすばやく身をかわしながら反撃のチャンスをうかがうしかなかった。
近づけば、その身を真っ二つにしようと一陣の風が舞う。
遠くから普通にナイフを投げても剣を盾にして体を隠してしまうため当たるはずがない。
しかも拾われて相手の武器になってしまってはたまらないので、むやみに攻撃もできなかった。
「どうした楓、そろそろ本気を出したらどうなんだ?」
力任せに、けれど手馴れた動きで大剣を振り回す。
大きさ相応の重さを感じさせないような、滑らかな動き。
木々は真名のまわりから順番になぎ倒されていき、そこらじゅうに斬り捨てられている。
「くっ……」
水平に飛んできた一撃をうつぶせになってかわすと、今度は真上から振り下ろされてきたのを転がって避ける。
鈍い音をたてて雪の下の地面まで剣が刺さった瞬間を狙って、寝転んだまま1本目を投げた。
下から斜めに浮き上がっていくナイフは、真名の胸元へと飛んでいく。
「甘いぞ。」
しなやかに上体を反らして視線の先をそれが通過していくのを見届けると、真名は起き上がった楓と目線をぶつけ合う。
獲物を狙う猛獣のようにするどい目つきで相手を威嚇する。
唸り声まで聞こえてきそうな、緊迫した空気。
相手を潰すこと、それ以外の目的はいまはない。
先に、すばやい方の獣が動いた。
両手にナイフを持った楓は全力で地を蹴って真名へ一直線に飛び込む。
その動きを当然のように予測していた真名はひらりと右足を引くと、楓が躍らせるナイフを、剣を地面から引き抜いてその
背で受け流す。
耳に残る金属音と共に、両者の手にすさまじい衝撃が走る。
一度防がれても攻撃は止むことがなく、流暢な動きで2本の刃が飛び回るが、剣の陰から伸びてきた肌色に楓は引かざ
るを得なくなった。
後ろに飛びのいた楓がもといた場所を、真名の長い足が蹴り上がる。
それが再び地面につくまでの、真名が一本足で立っている状態のうちに勝負をつけたい楓は真名の左へまわりこむと、2
本目を手首を利かせて飛ばす。
「仕留めた!!」
大剣を持つ右手を動かしてナイフを払うには時間がなさすぎる。
かつ片足ではろくによけることもできない。
思ったとおりの軌道を描いて真名の首を狙っていく光は、いまにも赤く染められそうに感じた。
だが、
「どうかな?」
視界の端で刃物をとらえた真名は、ニッと不気味にほほ笑んだ。
足を振り上げた勢いをそのまま利用して、上半身を傾けて仰向けに倒れる。
大剣を宙へ放り投げると、空いた手を頭の上に持っていき地面を捉えた。
ひんやりとした雪の感覚が手に伝わってきた。
またしても目の前を猛スピードでなにかが飛んでいくのを落ち着いて見送ってから、真名は両手に力をこめてバク転でスタ
ッと立ち上がる。
それと共に落ちてきた、自身の第二の命ともいえる武器を片手でつかみとった。
その重さで刃先が雪に触れ、サクッと軽い音をたてた。
ダンスにでも着ていくかのようなロングコートに似合うだけの、見事な身のこなしだった。
状況は変わらない。
変わったのは、楓の武器が減っていることだけ。
「さすがで……ござるな。」
冬のような凍てつく夜だというのに、2人の肌は汗ばみ始めている。
あがってきた息は、吐いた瞬間に白くなって、消える。
「お前もな。」
真名はすぐ横にあった太い樹が邪魔だったのか、大きく一振りしてそれを叩き斬った。
断面には剣についていた血がほんのり赤く彩っている。
いつのまにか史伽のいる家の裏の方までまわってきていて、すぐ後ろは崖になっていた。
崖といっても直角なものではなく、相当傾斜はきついが、がんばれば足で踏ん張れるくらいの角度だった。
龍宮は自分の横にあった木に刺さっている楓のナイフを引き抜くと、左手に持った。
「取られてしまったでござるな……。」
龍宮が得意な飛び道具を渡してしまったことで、遠近どちらでも十分に戦えるようになった相手に、楓はため息混じりにつぶやく。
「感謝しておこう。」
龍宮が走り出す。
大剣を盾代わりに近づいて、ナイフで接近戦を制す。
そのつもりだった。
スローイングナイフとはいえ、投げてしまえば1回きりの使い捨て武器。
ただのナイフとして接近戦で使ったほうが効率がいい。
楓はバッグから1本取り出すと、また両手に1本ずつ持って構える。最後の2本だった。
ここで投げてしまえば残りはナイフ1本だけとなってしまう。そうなればナイフと大剣を持つ真名に勝てないことは明らかだったので、
精神的な問題で投げることはできなかった。
あっという間に2人の距離はゼロになり、真名の嵐のような攻撃が攻めてきた。
先ほどの楓の連打にも劣らない速さで、風が切られていく。
たった1回の隙も許されない。
真名のナイフをすべて右手のナイフで受け止めると、そのたびに右手にジーンと痺れがくる。
それに負けじと、楓も左手で攻撃を返していく。
だが横幅の大きい大剣に簡単に阻まれてしまい、手出しできなかった。
左手からの位置では、真名の腕にすら届くことはなかった。
負けるのも時間の問題と察したのか、何かの契機となるものを探す。
と、楓の視界に銀色が映った。
崖の中腹にある木に、楓が最初に投げたナイフが刺さっている。
「失礼っ!!」
楓が両手で真名の左手を払おうとすると、真名は危険だと感じたのか、さっと腕を引っ込めて体も後ろへ飛んで距離を置く。
今度は右手で力ずくの斬りを楓に食らわそうと1歩前に出て大剣を振りまわすが、すでにその場に楓はいなく、剣なんかに
は目も触れずに崖のナイフへと一目散に走っていた。
木が邪魔で真名はナイフを投げる気にはならないだろうと考え、楓は背中を向けて全力で走った。
防御よりもすばやさを重視したほうがいいという判断で、さっさとナイフを回収する。
「くっ、武器回収か。」
真名も急いで追いかけるが、モーションの大きい動作のあとでは追いつくことはできず、悠々とナイフを取られてしまった。
手に取ると、すぐに楓は振り返る。
だが楓は真名より位置が低い。
下から突き上げるように飛んでくるナイフは怖いことには怖かったが、それをされるより先に行動に出た。
「これはどうだ?」
またしても、すぐ横にある木を大剣でなぎ倒す。
地響きを立てて真名の目の前に倒れてきたその木が跳ねるのを踏んで止めると、真名は木を前に押し出せるように足をかけた。
真名はまたしても不気味にほほ笑む。
逆に楓の顔は引きつり始めていた。
「おい真名、やめっ――」
真名がなにをしようとしているのか理解した楓の説得もむなしく、真名は崖下に向かって、太く重い木を蹴とばした――。
残り 21人
36.Valley 〜二人の行方〜
真名は楓のほうが下にいることを利用して、木を転がして落としてしまおうと考えたのだ。
20メートル以上も離れていれば、転がっているうちに威力は高くなる。
思うようにも走れない斜面では、最強ともいえる武器だった。
ナイフなんかではどうすることもできず、なにかかわす方法はないかと考えているうちに、崖の傾斜のおかげで速さが増していく
自然の凶器は楓の目の前まで迫っていた。
蹴飛ばされたそれは、泥や雪を撒き散らしながら、勢いよく向かってくる。
その後ろから同じようなスピードで真名も向かってくる。
ジャンプして避けること容易かっただろうが、何らかの力によって瞬動や浮遊術が使えない今の状態で、わかりやすいタイ
ミングで地面から足を離すのは真名に絶好の攻撃のチャンスを与えるだけだと悟った楓は、とっさに近くにあった太い木を登った。
それならば幹を盾にして、スローイングナイフくらいは防げる。
大剣が到着するのにはさすがにまだ時間がかかるはずだ。
「くそっ――」
だが楓は一瞬の判断を悔やんだ。
木の強度は見ただけでわかる。伊達に山にこもっていない。
だから安心して登った木だったが、逆に木が堅ければ堅いほど楓にかかる衝撃は軽減されないことになる。衝撃は、思っていた
よりも遥かに強かった。
「まずいっ!!!」
木は真正面からモロにその攻撃を食らってしまい、衝撃の伝わった楓は、握力で耐えきれず派手に後方に吹っ飛ばされた。
浮いたかと思うと地面に背中から衝突し、息が詰まりそうになりながらも意識を保つ。
しかしそれだけでは勢いは止まらず、きつい傾斜の斜面を何回も転がっていく。
状況を見ようと開けた目で、視界が何度も反転して空が映ったり映らなかったりするのを確認しているうちに、楓は目の前が茶色く染まる。
それとともに回転も止まった。
――生えていた大樹にぶち当たってやっと静止したのだった。
ゴキッと予想通りの音がして、鈍い痛みが楓の腹に走る。
その痛みはすさまじいもので、楓は叫ぶことすらもできなかった。
肋骨が何本が折れてしまったのだろう。
内臓まで傷ついてしまったとしたら、もう長く生きることはできない。
さらに、さっき木から抜いたばかりのナイフは、握っていた手を襲った激しい衝撃に耐えられずにどこかへ飛んでいってしまった。
もはや助かる見込みは無に等しい状況。――絶体絶命だった。
だが休んでいる暇はない。
転がした木のあとを追って斜面を走ってきた真名が、もう視界の端に入ってきていた。
想像以上に飛ばされたことで逆に真名との距離も広がって、速攻で決めにくることはできなかったようだ。
楓は不幸中の幸いをかすかに喜びながらも、まだ痺れが残る両腕に全力をこめて立ちあがり、膝が笑っている2本の足で、真名の走る
コースから外れようと斜面を真横に走る。
無駄にスピードのついた真名はいきなり止まることはできなかったが、楓と同じ高さまで降りてくると、すぐに楓を追いかけ始めた。
大怪我をしている楓に対し、傷ひとつない真名。
あっという間に2人は近づいていった。
「仕方ない……」
足の速さの違い、真名のナイフ、という2つの事象から逃げることは不可能だと悟った楓は、何の前触れもなく急に立ち止まる。
そして真名のほうに向き直り、思いっきり蹴りを放った。
ナイフを投げる準備をしていて、いままで背中を見せていた楓が突然振り返ったことに反応できなかった真名は、腰に直接その
振り子のように滑らかな右回し蹴りを食らう。
真名が必死で地面にしがみついて転がり落ちないようにしたところを、楓は下から蹴り上げる。うっ、とうめき声が上がった。
足を上げるたびに楓の腹にとてつもない激痛が走るが、だからといって攻撃の手を休めてしまえば待ち受けているのは死のみ。
体の心配を捨て去り、こっちもボロボロになるまでやるしかない。
それをわかっていた楓は、このまま勝負をつけてしまいたいという思いのままに、宙に浮いた真名を地面につけることなく猛打の
嵐で攻め続ける。
ひたすら打撃を食らわせたあと、最後には真名の右腕に蹴りを入れて大剣から手を離させ、その腕を持って体を地面にたたきつけた。
その上にのしかかり、真名の体は完全に地面に貼り付けられた。
「形勢逆転でござるな。」
「くっ……。」
楓は真名の体に突き立てようと、ナイフを大きく後ろに引く。
だがトドメをさされる前に、真名は左手でずっと握りしめていたナイフをできる限り大きく振るった。大剣と違って、すばやく振り回せた。
その気配を感じた楓はすぐに手を離して後ろに跳び、ナイフがむなしく空を切ったのを見ると、倒れたままの真名の左手にナイフを投げる。
それは、ナイフを振って力なく下げられたままの腕に向かって一直線に飛んでいき、美しい褐色の肌に見事に突き刺さった。
「あああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
真っ白な雪の地面に鮮血が飛び散って、見事な赤と白のコントラストを作り出した。
水玉模様に赤い染みができる。
獣のように、真名は咆哮した。
いつまでも聞こえるかと思ったその悲鳴は短めに切れ、死に物狂いにナイフを抜くと、いつでもかかってこいと言いたげな
双眸で楓を見つめる。
いくら真名に怪我をさせたとはいえ、素手でかなう相手ではないことを経験上知っていたため、いまので決められなかった
のは痛いな、などと考えつつ、楓は動いた。
真名が左手からこぼしたナイフと、自分が転がっている間に落としてしまったナイフを拾い、もう一度真名のところへ向かう
ことにしたのだ。
しかしそんな簡単に真名が敵を自由にさせるはずもなく、寝ている状態から足に力を入れてジャンプするように立ち上がると、
ナイフを右ポケットに入れて、フリーになった右手で大剣を拾い上げ、それを構える。
そして追う。
「はっ!!」
楓はそれを見ると、バッグから何かを取り出して真名に投げつけた。
走り出そうとしていた真名の視界が、白で閉ざされる。
何事かと足を止めて確かめようとする間に、楓は仕事を追えて戻ってきていた。
「ハリセンか……馬鹿にしてくれるな。」
「それが、本当の拙者の武器だ。」
「――く、終わりに、しようじゃないか。」
「賛成でござるな。そろそろ、潮時だ。」
「……では、いくぞ。」
右手は体の後ろで構え、左手はポケットに入れた状態で、真名のほうから動いた。
傷ついた左手。それがどの程度動かせるのかは真名本人にしかわからない。
ポケットに入れているから動かせないのかもしれない。
でももし問題なく動くのだとすると、楓の方が明らかに不利だ。
楓は重症なためそう長くは持たない。さっさと決めてしまう必要があった。
真正面ががら空きに見える。だがここで投げてしまっては相手の思うつぼだろう。
楓の両手には拾ったナイフが1本ずつ。
バッグの中に予備はもうない。
投げて、かわされてしまっては、もうそれを取りにいく時間はないはず。
ならば確実に接近戦で勝ちにいくしかなかった。
じっと自分へと向かってくる真名を見つめる。
(あれを一度振り下ろしてしまえば、そのあとの攻撃までに時間がかかる。その隙を狙えば……。)
唯一の飛び道具であるナイフを右ポケットに入れて、右手に大剣を持っているのだ。
もうナイフを使うつもりはないとしか思えない。
とすると、遠くに離れていれば真名からダメージを食らうことはない。
正面に突っ込んでくる敵を楓は横っ飛びで右に大きくずれ、相手の右手から距離をとった。絶対に大剣に触れてはいけ
ない。当たった時点で負けが確定してしまう。
しかし離れているのをわかっていても、真名は前のめりになりながら水平に腕を振った。
左手の怪我が痛いためか、体のバランスが悪くなっていた。
ブンッ
重く風を切る音が響き渡る。
それが当たらないこと、真名が案外重症であることを確認すると、楓はさらにもう1回右へ横っ飛びして背後をとり、体勢の
崩れかけている真名の背中を豪快に切りつけた。
「これで、終わりでござるっ!!」
「――食らうとでも思ったか?」
目が、輝いた気がした。
真名の後ろ足が蹴り上げられる。
その足は振り下ろされようとしている楓の右腕を直撃し、その衝撃で、握られていたナイフは無様に弾き飛ばされてしまった。
意外な行動に楓の動きが止まる。
(いまの動きが読まれるとは……。それともわざと後ろを取らせたのか?)
だが楓にはもう1本左手に武器がある。
いくら楓の武器をはたき落とすことはできても、そのあとの体勢が崩れることにはかわりなく、真名は雪の上を転がっていた。
まだ武器があるのならば攻められる。勝たなければいけない。
史伽のために。真名のために。みんなのために――――
「この距離なら、剣を振り回すことはできないっ!!」
華麗に受身をとって立ち上がろうとしている真名に攻め寄ると、戦友を殺めるという事実から目を背けようと目をつぶり、ゼロ
距離からそれを突きたてた――――
残り 21人
キリが悪いですが、今日の投下を終わります。
では。
54 :
別館まとめ:2008/09/23(火) 21:51:09 ID:LhauyClg
あら、気になるところで終わってしまった・・・・・・。
作者16氏、毎日の投下、乙です。
さて、時間が掛かってしまいましたが第5回アンケートの集計が
完了したので別館にて結果発表を行いました。
キャラクタープロフィールの作成が一番時間が掛かったり・・・。
☆ 別館更新情報 2008/09/23 ☆
『ネギロワDEアンケート』
第5回アンケート「ネギロワに合うテーマソングは?」結果発表を更新。
『ネギロワキャラクタープロフィール』
キャラクタープロフィール第4弾
出席番号7番「柿崎美砂」を追加しました。
http://yuyunegirowa.web.fc2.com/index.html
いやぁ読みごたえ十分ですなぁ
こっちにうつってきて正解でしたね!
作者様、乙です。
作者乙です。
真名VS楓は結構定番バトルになった感がありますな〜。
次も楽しみにしています。
別館氏も乙です。
アンケート結果楽しめました。
美砂のプロフィール良かったです。最近の美砂は良いよね。
でもやっぱイメージ強いのはエロミシャーだなー。
あと、アンケートネタとして、
「ネギロワの名勝負とは?」ってどうですかね?
各部で良いバトルがありましたよね。
まあ、武装四天王が上位に来ると思うけど、意外に他の生徒が上位に
来るかもしれず、見てみたいです。
16氏、まとめ氏乙(これはただのポニー(ry)
ところでネギロワキャラクタープロフィールってサイトのどこにあるのさ
>57
アンケート結果のトコ。確かに見つけづらい罠
作者氏、別館氏激しく乙
こんばんは、16です。
今日の投下を始めます。
37.Career 〜迷い、そして決意〜
「ついに、拙者は……この手で、真名を……」
真名を刺した。
この手には、ナイフを突き刺した感覚が残っている。
真名の腰には深々とナイフが刺さっているのも見て取れる。
殺してしまったという自責心。こんなにもうれしくない勝利はない。
楓の目から、涙が零れ落ちた。自分のため、史伽のために命を1つ犠牲にしてしまった。
こんなことをするために生まれてきたはずではなかったのに。
こんなことをするために修行してきたはずではなかったのに。
――だが、そんな楓の心配も杞憂に終わった。
――この場で敗者として崩れ落ちるのは、楓だったのだから……。
ナイフを刺す直前に何かが飛んできたのを感じた。
真名に一直線に向かっていた楓にはそれを避けられるはずもなく、見事に食らってしまっていた。
飛び道具はナイフしか持っていないはず。しかも真名にそれを使うつもりはない。
そう思い込むことで、大剣さえ防げば自分が優勢になると勝手に解釈していたのだ。
楓の肩には何本もの木の枝。
先端は刺さってしまっているので今はわからないが、もともとは薬がついていた。
毒薬なのか、麻酔薬なのか、それは真名にもわからない。
けれど、それがなんであったとしても、楓が負けたことに変わりはない。
楓は首あたりからだんだんと感覚がなくなっていくのを感じながら、膝をつき、崩れるように手をついて体重を支えよう
としたがそれもできず、情けなく地面にひれ伏してしまった。
真名の言葉は冷たく、突き放されたような印象を受けるものだった。
「なぜ……?」
「言ったはずだ。すでに1人殺していると。」
真名は最後まで大剣を振り回して、その印象を強く楓の心に焼き付けた。
だから真名がすでにひとり殺しているのを知っていても、その相手から武器を奪っている可能性なんて楓は考えもしなかった。
怪我をしているから、左手をかくまってポケットに入れているのだと思っていたが、最後に絶対に失敗せずに決めるチャンスを
伺っていたのだった。
ナイフが刺さった衝撃で、真名の左ポケットから小さな小瓶が転がり落ちる。
薬の効果なのか目がかすんできてしまっている楓にはそれがなんであるか識別できなかったが、自分の敗因が瓶にあるのだ
ということは即座に理解できた。
力が入らない。
肩から枝を抜こうと懸命に掴もうとするが、腕を動かそうとしてもあまりにも重い自分の腕はだらりと垂れ下がったまま。
薬によって、きっと神経を傷つけられたのだろう。
もう助かることはないと思い知らされた。
「拙者の……負けでござるな……。」
先ほどまで勝たなければいけないと、そして勝った、そう思っていた。
それなのに、状況が裏返って自分は負けたと知った瞬間に、なぜだか楓の心は安心で満たされたような気がした。
最後まで、自分は誰も殺さなくて済んだ。
もうこれ以上、自分が生き残るために他人の犠牲を考える必要はない。
思っていたよりもずっと重く心を締めつけていた、生きたいという欲求。
それが潰えたことで、悩むことを忘れられたから。
だから安心してしまったのかもしれない。
真名は落ち着いて腰に刺さったナイフを抜く。血が吹き出すが、死に至るほどの重症ではない。
楓の動きを読んでかすかに体の位置をずらし、致命傷を防いでいたのだった。
「切り札は最後までとっておけ、と昔師匠に教わったものでな。卑怯だと思わないでくれよ。」
対する真名のほうも、勝ったからといってうれしそうな表情を浮かべる様子は全くなかった。
楓から見た真名がいい戦友だったように、真名から見た楓だってよき戦友だった。
前から戦ってみたいとは思っていたが、その友を殺してしまうことに喜びを感じるほどの狂った精神は持ち合わせていない。
苦しそうな楓を見て、早く楽にしてやろうと大剣を振り上げた。
「……最後にバランスを崩して剣を振るったのも、拙者を近くに寄らせて確実に決めるためか?」
視点が定まらない目で、ふわふわとさまよう視線を真名のほうへ向けて、楓は口を開いた。
「まあ、そういうことだな。」
真名の手は、止まる。
その返事に、楓はゆっくりとほほ笑んだ。
「……やはり、真名は強いでござる。――だからこそ、道を踏み外すな。お前にはほかにできることがあるはずだ。」
糸目と言われつづけた楓の目が、いつもにもまして細くなる。
そして、また大きく開かれる。
「……超殿の目的さえわかれば、こんな悲しいバトルをする理由なんてないのでござろう?
――みんなはお前のような戦力を必要としているんだ。自分のできることを精一杯やって……」
ゴホッっとせきをすると、楓の口から赤い塊が吐き出された。
「いまさら何を言う……。」
真名の手は動かない。
嘘をついたあとのような、ばつの悪い感じが真名の目から見て取れた。
「……拙者の、思いを、受け継いでほしかった――」
「心の片隅に、置いておくことにするよ。お前の遺志とやらをな。」
「ありがとう、真名。」
「決してお前のことを、忘れはしない。」
「珍しいでござるな……真名がそんなことをいうなんて。」
弱々しいほほえみだった。息も絶え絶えに、口だけ動かして笑おうとしていた。
「――もう、いいのか?」
「ああ。――すまない史伽、守れなくて……」
「いい目だ……私もそんな目をしているころがあったのかな……」
「いまからでも、戻れるでござるよ……」
「…………。」
ブンッ
真名は、楓がさっきまでいた家に入った。
電気はついていない。
「このままで、いいのだろうか。」
あのまま楓と話していたら、楓のそばにいたら、自分の決意が揺らいでしまう。
迷いは戦闘の邪魔にしかならない。
そんな気がしたから、真名はナイフを拾うと、急いで逃げるように楓から離れた。
だが真名の心を揺らすには、さっきの楓の言葉は十分すぎるほどのものだった。
(楓の言ったことは正論、か……。)
自分や刹那、楓などが力を合わせて立ち向かえば、超にも勝てたかもしれない。
超の目的を知るために、わざわざ優勝する必要なんてないはずだ。
真名は、優勝と反逆の2つを天秤にかけ、確率の高い方を選んだ。
それに超からの願いもあったことで、方針は完全に決まっていたつもりだった。
(所詮、私は雇われ殺人鬼程度の存在なのかもしれないな。)
金で動く、自分の命を一番に考える人間。
昔は違った。
NGOにいたころは自分を犠牲にしてでも他人を助けたいという気持ちがあった。
自分が死んで他の人が助かるのなら、いくらでも死のうという意思があった。
なのに、いつからこんなに『生』にしがみついてしまったのだろう。
だがもう後戻りはできない。もう人殺しになってしまった。
超に刃向かうくらいならば、クラスメイトに刃向かったほうが楽だ。
自分の脳に強制的にこの条件を刻み付けて、真名は家の中の探索を始めた。
過去なんていらない。過去がどんな風にあろうとも、いまの自分はいま決めていくべき。
悲しいことだが、それが現実なんだと思いこんだ。
出席番号20番 長瀬楓 死亡
残り 20人
38.Photograph 〜宝物〜
歌が、聞こえていた。
時は深夜0時。深淵な闇が世界を覆う時間。
繰り広げられている企画の内容とは正反対といっていいほどの、アップテンポの曲だった。
――やがて島中のみんながその歌に聞き飽きた頃、今度は声が聞こえた。
『いまから2回目の放送を始めるネ。』
どんな人でも期待していない、この放送。
6時間誰も死ななかったら全員の首輪が爆発、というルールのおかげで、誰も死ななければいいのにと思いながらも、
誰かが死んでくれたから自分はまだ助かっていると思わざるを得ない状況を作り出していく。
嫌味な6時間の経過を伝える笑い声にも聞こえる。
『まずは死亡者。死んだ順に、12番の古菲、26番のエヴァンジェリン、28番の村上夏美、17番の椎名桜子、21番の
那波千鶴、20番の長瀬楓、の6人ネ。』
聞いているみんなの声が聞こえるわけではない。
だがこの宣言が行われた後は、島全体の空気が重くなっているのを感じるのは容易だった。
夜の底に落とされたかのような、沈んだ雰囲気が島を包み込む。
親友が死んでいる。
今回の6人という人数は、それだけ悲しませる人数も多くさせるものだった。
『次に禁止エリア。3時からエリア7、6時からエリア1。気をつけて行動することをお勧めするヨ。ま、次の放送で、また会おう。』
「痛い……痛いよ――」
右腕に突き刺さる矢。引っ張っても激痛が走るだけで動くことすらない。
朝倉は、放送なんかに耳を傾ける様子もなく、ただ自分の腕を眺めていた。
自分のいるところ、行くところが禁止エリアにならないことだけ確認すると、すぐに視線を戻す。
刺さっているところを中心に、見るだけでも苦痛に顔がゆがみそうになる紫色のあざが広がっている。
ちょうど肘の関節をやられてしまっているので、腕を曲げることも許されなかった。
後遺症。
いまのこの島で怪我をしてしまったら、それをきちんと治療することはできない。
無事に帰還できたとしても、重い傷を負っていたならば、後遺症は残ってしまうだろう。
それは朝倉に関しても言えることだった。
関節の骨を砕かれてしまっている朝倉が、島に連れてこられる以前と同じように右手を使える日が来ることはない。
どんなに治療技術が発達していても、いままったく動かない肘から先を、完全に復活させることなんてできるわけがないのだから。
その悔しさが、朝倉の心をジリジリと締めつけていた。
ずいぶんありがたく使ってきた右手。
日ごろの生活ではもちろんのこと、何をするのも右手は必要だった。
中でもやっぱり報道部として写真をとる右手というのは、自分の誇れる味方であったし、それなしでは語れない自分がいる。
きれいな風景やら、先生の怪しい画像やら、撮ってきた写真は数知れない。
なにより、親友といえるくらいに仲良くなったさよも、朝倉の写真がなければ真名たちに討伐されていたかもしれないのだ。
それだけ、朝倉にとっての写真への思いいれは強いものだった。
――だがその写真も、もう自由に撮ることはできない。
「許せない……柿崎!!」
私に殺されそうになったくせに――
怖気づいて転んでしまうような弱虫のくせに――!
私が近づいても後ずさりするだけだったくせに――っ!!
自分から未来の一部を奪い取った美砂に、朝倉の怒りは募る一方だった。
そしてこの場で芽生える気持ちは、殺してやる、というものだけ。
本来なら美砂の頭をかち割って血だらけになっているはずのファルシオンを左手で持つと、すこし素振りをしてから
美砂が走っていった北の方をみやる。
まだまだ冬の景色。
草なんてほとんど生えておらず、下っている斜面の向こうには遠くに家がたくさん見える。
「あの辺で休んでるはず……か。」
朝倉は、殺意に満ちた顔を進行方向に向けると、不気味にニヤッと口をゆがめた。
しばらく歩き続けると――
――雪の上に、なにか落ちていた。
「ん?」
銃。
真っ黒なボディに牙のようなトリガー。筒状の部分。
どこからどうみても、それは銃だった。
たいして大きくはないが、飛び道具のない朝倉にとっては神の恵みにも思える。
しかもマガジンも一緒に落ちていた。
ふと、知らない男がルールを話しているときに言っていたことを思い出す。
『開始から2回目の放送が入ってもゲームが終了していなかった場合、進行を早めるためにこの島の何ヶ所かに適当
に武器を置く。見つけたら好きに使っていいが、早い者勝ちだから注意するように。』
「ラッキー。これがあればボウガンなんか敵じゃない。」
中に弾が詰まっていることを確認すると、マガジンをすべてかばんに入れて、朝倉は歩き出した。
ファルシオンなんかはもういらない。
たったいま力をこめて握った武器をさっさとしまうと、銃を構えて撃つふりをする。
銃は最強の味方。美砂を殺すのにはもってこいだ。
新しいおもちゃを買ってもらうとすぐに遊びたくなる子供のように、新たな武器を手に入れた朝倉ははやく美砂に会いた
くて興奮が心を渦巻く。
「待ってなさい、柿崎。フフッ――」
山の中には朝倉の歩く音が響く。
たまに枝に積もった雪がパラパラと落ちてくるだけで、それ以外に聴覚を刺激するものは何もなかった。
頭に描くのは戦いという楽しい未来。
戦うことに楽しみを感じることで、人は強くなれる。
――けれどそれが、殺しを楽しむことと同義かどうかは、わからない。
残り 20人
39.Vengeance 〜生ける屍〜
「ったく、のどかならはやくそう言いなさいよねー。」
2人は合流してから、必死で燃える森を抜けてきた。
ハルナに迫ってきた敵。たくさんの武器を持った敵。
その敵が、まさかのどかだったなんて思いもしなかった。
「もうちょっとで爆弾のスイッチ入れるとこだったんだから。」
「あうー。ごめんハルナー。」
のどかの肩を借りて、撃たれた足を引きずりつつすでに禁止エリアとなっているエリア6の北の方をさっさと通り抜けて
エリア5の中央部へ。
轟々と燃える緑はあっという間にハルナたちに追いついてきて、2人が森を抜けた直後には炎の塊と化した枝が空から落ち
てきて、森の出口をふさぐかのように横たわった。
間一髪で逃げ切ることができたから良かったものの、森で身動きが取れないまま置き去りにされてしまったら、火炎地獄に
苦しむこととなっただろう。
のどかが来てくれていなければ、ハルナにも十分その可能性はあったと考えると、思わず身の毛もよだってしまう。
「ま、どっちも無事だったんだし、いっか。」
「ハルナの足は痛そうだよー……」
「こんなの大したことないって。あんた、心配しすぎ。」
太ももを貫通する穴。足は正常に動くし、弾自体が体の中に残っているわけではないので、別段心配するようなことはなかった。
痛みはあるけれど、それだけだ。こんなことでつまづいていたら、ただ迷惑がかかるだけ。
ここは強がってでも痛くないふりをするのが一番の方法だと思った。
あくまでいつもの調子のハルナに、若干戸惑うのどか。
再会できたことを喜びたいが、夕映がいないことを考えると、素直に喜ぶのはまだ早い気がしてならない。
「なーに緊張してんのよ。放送でゆえの名前が呼ばれてないんだから、これから探せばいいでしょ。あいつが簡単に死ぬよ
うな奴じゃないことくらいわかってるくせに。」
「うん。そうだよね……」
――そこは泉と呼ぶのにふさわしい、きれいな水が集まったところだった。
妖精がいてもおかしくないような不思議な光で照らされていて、それはあまりにも自然な明るさだったので、ホタルの放つも
のだとわかるまで数十秒かかった。
無邪気に飛び回るホタルなんて見たのは、果たして何年ぶりのことだろうか……。
後ろは走ってきた道。前にはまた違う、森の中をつづく道。
曲がりくねっている上に地面はでこぼこしていて、とても走りにくそうな道だった。
後ろの森の火は、もう消えかかっている。
夜を真っ赤に染め上げていた炎は、燃やすものがなくなって暴れるのをやめたのだ。
荒れているときは豪快な景色を見せてくれた赤は、ただ視界を殺風景に変えただけ。
冬の焚き火を思わせるパチパチという音も、だんだん小さくなってきた。
今になって見てみると、森は広かった。
かすかに傾斜があったのか、2人がいるところからは見下ろす感じで寂しい森を一望できる。
我こそは一番大きな木になってやる、とがんばって生きてきた木々は、簡単にその命を絶たれて茶色かった樹皮は焦げ、
ただ真っ黒な炭の柱として無作為に並んでいた。
足元に茂っていた草類も哀れな姿に変わり果てて、死んでから時間が長く経ったあとのミミズのようにだらりとしなびている。
脆くなった枝は、不定期的にパキッと軽い音をたてて地面に落下する。
「夜だし、ちょっと休みたいですー……」
「確かに。こんな状況だから眠くはないんだけど、体が重いんだよねー。」
バババババババッ
「っ!!」
突然の銃声。連射音。
その場の雰囲気を完全にぶち壊す耳障りな音に、泉をとりまくうっすらとした光が消えた。
足を伸ばしてくつろいでいた2人はすぐにかばんを持って立ち上がろうとしたが、頭上を行く弾丸に感づいてまた頭をひっこめる。
2人が抜けてきたばかりの森の中からだった。
「さっきまで燃えてたのに……この中に人がいたっていうの?」
返事は、ない。
空になったマガジンを放り投げる、ガチャッという音だけが答えた。
森の色とよく似た黒。
体を包み込んでいたはずの服は、見事に乾いて黒くなっている。
ところどころから覗いている皮膚は赤黒くただれていて、チリチリに焼かれた髪の毛もその悲惨な容姿を物語っていた。
なんだかよくわからないような破片が足に刺さり、それでも何事もなかったかのような顔で、2人を見つめる。
「うそ……ザジさん……?」
常にポーカーフェイスのザジ。
苦しいのか、怒っているのか、それとも狂っているのか。
何を考えているのかわからない表情で、ピエロのペイントの落ちたザジがじっとハルナを見つめていた。
校舎が一瞬で崩れ去るような爆発の中、ザジが生きていたはずはない。
家が5軒も吹き飛ぶほどの衝撃をすぐ近くで食らって、人間の体のままでいられるはずはないのだ。
「どうして……?」
意識せずとも、その言葉が口から出てしまう。
「――下駄箱……盾にした……」
蚊の鳴くような小さな小さな声で、返ってくるとは思っていなかった返事が届いた。
「――あの下駄箱……鉄製……丈夫……」
聞きなれない声だった。
初めて聞いた声だったからこそ、相手の真意をうかがうのは難しい。
ハルナの心を覆うのは、なんとも言いがたい奇妙な気持ちだった。
自分は人殺しではなかった。でもそのおかげで自分は死んでしまいそう。
さらにはのどかまで巻き込んでしまう。
こんなことならさっき確実に殺せるように近づいて自爆するべきだった。
けれどあの状況で自爆をする勇気なんてあっただろうか――。
悩んでも、答えは出そうになかった。
とりあえず意識すべきことは、目の前に銃を持ったザジという敵がいること。
生きている敵が存在するということ。
あんな姿に変えてしまったのはハルナなのだから、ザジはハルナを恨んでいるに決まっている。
「ハルナ、伏せてっ!!」
のどかが叫んだ。
考え込んでいたハルナは何も判断できず、その通りにするしかなかった。
直後にハルナの頭上を弾丸の嵐が通り過ぎていく。
連射に一区切りつくと、ハルナは急いで立ち上がって後ろの森の木に身を隠した。
「ありがと、のどか。で、どうすんの?」
すぐ横の木に、のどかも同じように隠れていた。
ザジと自分の身の間に木がくるように調節しながら、撃たれないように作戦を立てる。
「とりあえず、これが武器ですー……。」
のどかはバッグから飛び出している銃を取り出すと、ハルナに投げた。
それをハルナは片手でキャッチする。
「逃げるのは無理だと思うから――」
「りょーかい。敵は倒して進めってわけか。この際仕方ないもんね。」
戦場でのどかが震えているかと思って見てみたが、全然そんなことはなかった。
ザジとは反対側の道をまっすぐ見つめ、木に背中をぴったりと合わせて深呼吸をしていた。
両手にサブマシンガン。武器だけなら負けることはない。
行動方針は一瞬で決まった。あとはそれを遂行するだけ。
「行くよっ!!」
「うんっ!!」
足音は一歩ずつ大きくなってくる。
勝負の始まりを告げるチャイムは、のどかの発砲音だった。
残り 20人
今日は以上です。
そろそろ中盤に入っていきます。
明日は模試〜♪
でもそんなの関係ねぇ!
来年は受験生だというのに、まったく勉強していない私です。
昨日の最萌で風子が勝ったのでテンション高い16がお送りしました。
では、また明日。
乙〜
のどかの口調に違和感あったかな
乙っす
和美ちんは写真>>>>さよなのね‥
乙です。
楽しませてもらって悪いが、少しは勉強しろ〜
と突っ込んでおくよ。
どうもです。
模試♪ どーでもいーわ、まじで
だらだらとタイムショックを見てたら遅くなってしまいました。
今日の投下を始めます。
40.Eternal Promise 〜悠久の誓い〜
走った。
とにかく走った。
何回首輪探知機を見ても、相手との距離は広がらない。
いつまでも左手に広がる湖を横目に、裕奈と木乃香は走り続けていた。
「しつこいね……」
「うん。」
運動部の裕奈はまだいいとして、木乃香はそろそろ体力の限界だった。
このままいけば相手に追いつかれるのは時間の問題。
それを察してか、裕奈は木乃香の手を握る。
「がんばってこのか!!」
「ありがと、裕奈……」
しかし、
「あうっ」
「このか!!」
手を引いた瞬間に、足がもつれて木乃香は転んでしまった。
疲れもあってか、息を切らせた木乃香はすぐには立ち上がれない。
それに気付いた裕奈は、とっさにバッグの中を手探りであさると、あるものを取り出す。
こんなときにしか使えない、逃げ専用の武器。
相手が向かってくる方にその武器、閃光弾をひとつ投げ、木乃香を抱きかかえるとそのまま走って先にあった草むらに身を隠した。
いくらなんでも閃光弾1発で稼げる時間で、敵と離れられる距離なんてたかが知れている。
そう思った裕奈は、考えを伝えるための時間が取れればいいと妥協して、木乃香を草陰に下ろした。
「ありがと、裕奈。」
「ううん、全然気にしないで。――えっと、状況説明するね。」
木乃香の首輪探知機で相手の居場所が動いていないのを確認すると、裕奈は再び口を開く。
「いま見たんだけど、私たちを追いかけてきてるのは風香みたい。背と髪型しかわかんなかったけど、間違いないと思う。
で、風香の持ってるのはM79グレネードランチャーっていう40mmの弾を撃てる強力な銃だから、まともな武器がない私たち2人と
風香1人で戦っても、勝ち目は無に等しいような状況になっちゃうと思う……。でもあの銃は1つだけ弱点があって、装弾数
が1発しかないから、1回撃つと次に撃つまで時間がかかるはず。さっき追いかけてきたときに撃ってこなかったのも、走りながらじゃ
装填できなかったからだったみたい。」
「裕奈……詳しいんやね。」
「まーね。」
相手が風香だということに驚き、またやつぎばやな説明に戸惑いもする木乃香に、裕奈は照れくさそうに、にこっとほほえむ。
たかがゲームでも、こんなとき役に立つのならやっておいて良かったと思わざるを得ない。
「でね、いまから私が風香に向かっていって、風香が私に撃ってくれば、閃光弾も使って結構時間稼げるから、その間にこのかが
逃げられる時間が十分できるわけで……」
「だめやっ!! そんなことしたら裕奈が……」
裕奈も焦っているのか、話の展開が早い。
けれど木乃香もすぐに裕奈の言いたいことはわかった。それを認めるわけにはいかない。
時間がないことも承知で、木乃香は無理に口を挟んだ。
裕奈を失うわけにはいかない。
せっかく出会えた仲間。その仲間を見捨てて前に進むなんて、許されないことだった。
でも裕奈は、そのままの口調で続けた。
「だいじょぶ!!――それに……」
一拍、間があった。とても長く思える、空白の時間。
裕奈が息衝いたのだ。涙をこらえようと、涙を隠そうとしたから。
「――それに……もしものことがあったら、生き残ったこのかが私を生き返らせてくれる。そうでしょ?」
また、裕奈がほほえんだ。
任せて、と言いたげな自信に満ち溢れた表情に、木乃香は一瞬戸惑ってしまった。
さっきとちがって、裕奈の笑顔にはどこか儚げなものが含まれている。
その儚さの意味なんて、わかりきっていた。
もしもなんて言っているけれど、裕奈にその『もしも』の災害は100%降り注ぐ。
つまりは、自分が犠牲になるから木乃香が逃げて、と。そういいたいのである。
裕奈は自分の死を覚悟して、木乃香に可能性のすべてを捧げようとしているということだ。
でもその顔は笑えるくらいに満足げで、笑えるくらい頼りがいのあるものだった。
だからこそ、悔しかった。
いま、裕奈を救うことはできない。失うのを止められない。
それを決めたのはほかでもない裕奈だ。悲しい道を、自ら選ぼうとしている。
しかも、さっきの言葉。
あんなことを言われたら、断れなくなるに決まってるじゃないか。
「そんなん……反則や、ゆーな。」
ふと裕奈の顔を見ると、一粒の涙がこぼれていた。
いくらこらえようとしても、無理だった。
泣いてしまっては木乃香にも迷惑をかけてしまうし、なにより、自分が泣きたくなかった。
ここで泣いてしまうことで、自分のいままで生きてきた道すべてが無駄になってしまう、そんな気がしていた。死を認めて
しまうことになるのだから。
目から頬へ、頬から顎へ、そしてそれは、透明なしずくとして地面に滴り落ちる。
精一杯の強がり。
死が怖くない人間なんていない。
友達を守るためとはいえ、自ら死を選ぶのにどれほどの勇気が必要だろうか。
――裕奈の心に渦巻いている強さは、きっと計り知ることができない。
「でも……」
「悩んでる時間なんてないよ。このままここにいたら、どっちも殺されちゃうんだから。」
「それやったらウチがここに残って――」
「それもだめ!! 私が残る!!」
「……なんで?」
「なんでもっ!!!」
――こういうときの裕奈のわがままさは、日常生活でいやというほど体験していた。
他の人を犠牲にしない、その正義感と、持ち前の頑固な性格で、一歩も譲ることはない。
なにがあっても、裕奈はこの場を引くことはないだろう。
それでも……
「やっぱり――」
やっぱり見捨てることなんてできない。
囮になるのは自分だってかまわないはず。裕奈だけに辛い思いはさせたくない。
正直、最初に草むらに入ったときからこうなることはわかっていた。
わかっていたからこそ、足を止めてはいけないと思っていた。けれども体力の限界という情けない壁を越えること
をできずに、この結果をもたらした。
悪いのは自分だ。裕奈ひとりだったら逃げられたかもしれない。
だから、残るのは自分のほうがいいに決まってる。裕奈のほうが生き残れる可能性が高いし、生きていく権利を
十分に持ち合わせている。
言いたいことはいくらでもあった。
けれど、
「いいからはやく行って!!」
ドンッ
裕奈は思いっきり木乃香の背中を押し出した。
前のめりにつまづきそうになりながらも、木乃香と裕奈との距離は広がった。
木乃香はもう、どう説得しても裕奈が行動を変えるつもりはないことを深く悟った。
そして、裕奈の覚悟が半端なものではないことも、同時に知らされた。
見つめあう2人の瞳に、涙がにじむ。
力づくでも伝えたいことがある。わからなければいけないことがある。
それをまた力づくで跳ね返してしまっては、永遠にわかりあえない。
でもいま、2人は、わかりあった。
――そろそろ時間だった。
「……わかった。ウチ、絶対生き残るから……」
袖で目を拭いながら、木乃香はすこしずつ後退する。
1歩、また1歩。
裕奈との距離がだんだん離れていき、宵闇にまぎれて相手の姿が見えなくなっていく。
長い、とても長い別れ。
木乃香の涙声になりながらの言葉で、彼女の心の奥底にある決意を、裕奈はしっかりと感じ取ることができた。
「約束だよ……。生き残って、私を、アキラを、みんなを、絶対に生き返らせてくれるんだよね……」
生きたいという希望。
涙がいくらこぼれ落ちようと、澄んだ双眸の奥に宿る希望という名の光は決して涙に消されて流されてしまうことはない。
いつまでも、裕奈の瞳は輝きに満たされていた。
これからすぐに死んでしまうかもしれないというのに、それがまるで毎日の睡眠と同じように思える自分を、裕奈はとても誇らしく思った。
またいつか目が覚める。
絶対に生き返らせてくれるという信頼を置ける友達が、自分を想ってくれるから。
ちょっとだけ、一緒にいられなくなってしまうだけ。
とても長いけれど、短い別れ。
どんなに遠くに離れても、また会える日は必ず来る。心はいつも一緒なんだ。
「も、もちろんっ!!」
木乃香の返事を聞くと、裕奈はそっと頭に手をやり、さっと髪をほどく。
冷たい夜風に吹かれ、闇に美しい黒髪がたなびいた。
「――この髪ゴム、このかに預けとく。――私が生き返ったときに、また返してもらうからね。2人の約束の証。」
手馴れた動作で、手で銃の形を作ると、指に引っ掛けてゴムを木乃香に飛ばす。
風のせいですこし軌道が曲がって木乃香のところに届いたゴムは、小さな立方体がついた、かわいらしいピンクが印象的な髪留めだった。
「裕奈……さよなら……」
もう流れる涙を止めるものなど何も無い。
ボロボロと滝のようにこぼれる涙を、木乃香は拭こうともしなかった。
「このか……いつまでも、一緒だよ……」
対する裕奈も、うれしさと悲しさの交じり合う気持ちで、目が潤んでいた。
「そやね。ずっと、一緒や。――じゃ、また会おうな……」
「うんっ!!――負けちゃダメだよ……」
いつまでも裕奈の姿を見ていたいという感情を無理やり拭い去り、木乃香は裕奈にゆっくりと背を向けると、全力で走り出した。
後ろを見たらもう二度と前を向けなくなる。
うつむきながら、悲しみを噛みしめながら、振り向かずに必死に足を動かした。
そのうち、大きな音がするだろう。悲鳴も上がるかもしれない。
それでも絶対に振り返りはしない。そう心に誓った。
裕奈との約束を守るために、木乃香は大きな目標を持って走っていく。
涙がその勢いで落とされ、後ろへと飛ばされていった――。
――満天の星空で、いまさらになって流れ星がひとつ、黒の中に明るい白い線を描いた。
誰の望みをかなえるのか、それは流れ星の気の向くままに変わってしまいそうだ。
残り 20人
41.Isolation 〜安全な戦場〜
「はぁっ……はぁっ――」
闇は人の神経を尖らせる。
自分以外のものがたてた音に対して、人はおかしなくらい過剰な反応を見せる。
虫がとび跳ねたり、葉っぱが落ちたりする音でも敏感に反応してしまう。
ましてや鳥なんかが飛び立とうものなら、心臓を素手でわしづかみにされたかのような圧迫感に襲われた。
誰がどこに潜んでいるかもわからないうっそうとした森の中を休むことなく走り続けてきた千雨にとって、目の前に立ちはだかる
建物は、救いのオアシスのようだった。
エヴァに助けられていくらか安心したとはいったものの、やはり命の危険にさらされている状況に変わりはなく、緊張の糸を
張り巡らせてあたりに注意を払いながら走ってきたので、もう心も体も限界が近い。
あと少しでもこの緊張感が続くようなら、どんどん磨り減っていく心が壊れて、狂ってしまいそうだった。
とにかくエヴァの言うとおりさっきの戦場から離れなければ、そう思う強い意志があったためか、途中に架かっていた大きな
つり橋にも全く躊躇せずに足を踏み出して、気が付けば渡りきっていた。
そうして、やはり毅然として立っている巨大な建物。
立ち入る前に、いま一度あたりを見渡した。
エリア4。秘境のような落ち着いた空気を漂わせるそこにあるのは、すべて一階建ての古風な家々と、ただひとつ荘厳に構える
聖堂だけだった。
北、東、南の三方は黒光りする鋭い刃物のような岩肌で囲まれていて、その中に隕石でも落ちたのかと思わせるように沈んで
位置するのがこの小さな小さな村。
ゲームに参加しないのならば身を隠すには持って付けの場所で、偶然ここに辿り着いた千雨にとってはかなり有利に思えた。
子供が積み木を並べたように、適当に配置された家々。
自分が隠れるのに使えるが、逆に言えばもうすでに誰かが隠れている可能性だって十分にある。
そう考えると、むやみに動き回るよりはどこかひとつの場所にとどまっているのが一番安全な策なように思われた。
普段の生活では目にすることのない、どこか神聖な雰囲気のそこにいるだけで、焦りと疲労でボロボロの千雨の心は穏やかになっていった。
外のエリアとの接続は、たった一つの橋のみ。
しかもその橋は紛れもない木製で、山の中のほうでひっそりと谷を結んでいるような、そんな印象を受けた。
立派な紐でつるされていて、時代が違えば名のある橋として活躍できそうだが、千雨が渡りたいと思う橋とは程遠いものだった。
老朽化が進んでいるのはもちろんのこと、風が吹くだけでゆらゆらと揺れ動き、軋む音をたてる。
ここを拠点に行動すれば、見張るのは橋だけでいいし、しかもその橋だってほとんどの人が進んで渡ろうとは思わないはず。
12等分のエリアの中で、どう考えても卑怯なくらい有利なポジションだった。
しかし、入るときは無我夢中で走りぬけた記憶だけあるが、帰りもこの橋を渡ることを考えると、どうも腰が引けてしまった。
そうっと身を乗り出して下を見てみると、はるか下に白い水しぶきが見える。
激しい音をたてて流れていく濁流は、人の1人くらい軽く流してしまうだろう。
そんなところに落ちてしまえば死ぬのは目に見えているが、この隠された里から出るためには橋を渡る以外に方法がないようだった。
「よっし、いくか!!」
らしくもなく、言葉だけ意気込んでみる。
ほんのすこしだけ、気合いが入った気がした。
帰り道のことなんて、とりあえずいまは関係のないことだ。いつまで生きられるかわからないのだから、いまはいま
だけのことを考えていよう。
それに、また我を失って走れば苦労することなく渡れるかもしれない。
そう思いなおして、千雨は一度大きく深呼吸をした。
そして両開きの扉についた金色のドアノブを両手で掴むと、ゆっくりと手前に引いた。
豪華な装飾がなされていて身長の何倍もの高さのあるその扉は、聖堂というよりはどこかの国の貴族のお屋敷と
いった感じのものに思えた。
長い間使われていなかったのかと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。
ただキーッと甲高く軋む音をたてるだけで、特に埃や何かが降ってきたり、錆びていて開かなかったり、なんてことはなかった。
やがて露になる内部。
そっと覗き込むと、窓から差し込むほのかに青白い月明かりに照らされて、千雨の前にはまっすぐに伸びるカーペットと、その
脇に並ぶ大量の椅子があった。
さらにその先では、巨大な銅像が天に手を伸ばしている。
ひたすら虚空を見つめて祈りを込める、この聖堂の主にも思えた。
「なんなんだここは……?」
大してためらうこともせずに足を踏み入れた千雨は、その雰囲気に飲まれてしまった。
入り口から数歩進んだところで無防備に立ちつくし、あたりを見渡す。
光のあたっていないところは、もはや何も見えない。
けれど、空虚な印象を受ける外に比べて、建物の中には何かがいそうな気がした。
人ではない、霊のようなものがそこらじゅうで空を飛んでいる、そんな幻すら見えてきそうな、不気味でかつ神秘的なものを包んでいた。
――ふと、初めて行った時に感じた、エヴァの別荘に満ちている『魔力』という言葉が頭に浮かんだ。
背後で、入ってきたドアが相変わらずキーキーと音をたてて、閉まった。
その音でやっと手放しかけていた意識を引き寄せて、千雨は脇の通路へと向かう。
とりあえず必要なものは食料と自衛のための武器。
武器は優秀なライフルがあるからいいとして、これから何日か過ごしていく上で、食料が配給されたパンだけというのは
あまりにも心もとない。
1階には広間だけではなく小部屋もいくつかあるようだったし、像の横には2階に続く階段もあったので、かたっぱしから
調べていくことにした。
――だが、ことが起こるのは早かった。
入り口から一番近い部屋に入ろうと扉を開けた瞬間。
闇の中で何かが光ったと思った瞬間、千雨は首もとに、ひやっとした金属の感覚をおぼえた。
「なっ――」
千雨の反射神経ではとっさにそれを振り払うこともできず、立ち止まるほか術はなかった。
真っ暗な部屋に潜んでいる相手の姿は全く確認できない。
敵が誰だかわからないというのも、千雨の恐怖心をいっそう強める理由となる。
直立不動を強いられた千雨は、相手の言葉、あるいは行動を待った。
予想通りというか、やっぱり現実味はなかった。
死ぬかもしれないというのに、死に対するはっきりとした観念がないため、自分がこれからどうなるのかなんて想像する
こともできない。
ただ何を対象とするかもわからない恐怖の感情だけが、心を埋め尽くす。
茶々丸に追いかけられていたときには逃げるという行動を取ることができたが、いまは何もできない状況におかれている。
結果、心の訴えを受け止めるしかない拷問みたいな状況になってしまっているので、千雨にとって次の言葉までの時間は
とてつもなく長く思えた。
そうして、やっとのことで耳に入ってきた言葉は――――
残り 20人
42.Strain 〜作業開始〜
そもそも、扉がすんなり開いてしまったときに違和感を持つべきだった。
冷静に考えれば、やっぱりこんな無人島の聖堂が使われていたはずがない。
ならば誰かが先に侵入していて、そのときに扉を開けたのだ、と思うのが当然の思考のプロセスだった。
首もとに冷たい金属を突きつけられたまま数時間。
いや、数時間も経っているはずがないのだが、千雨にとってはそのくらいに思えた。
本当は数秒に過ぎないだろう。
それでも、相手の出方を伺わざるを得ない状況は、時間の感覚をおかしくする。
だがそれもやっと、解放された。
ついに発せられた言葉は――
「いますぐ武器を捨てるです。」
「ぶっ――――」
思わず、千雨はふき出してしまった。
張りつめていた空気が嘘のようで、ぴりぴりとしていた風もおだやかになる。
それはあまりにも知りすぎている声で、特徴ある口調で、最も親しいといえる友好関係にある人のものだったから。
しかもその声で真剣に命令してくるのだ。堪えようにも堪えられなかった。
「あっはははははっ、なんだよそれ。冗談もいいとこだぜ。わあったよ、捨てればいいんだろ?」
気が抜けた千雨は、からかうように適当に返事をすると、相手の指示通りに持っていたライフルを地面に放る。
ガチャガチャと機械的な音をたてて着地したのを確かめると、千雨は相手のほうに向き直った。
「よう、綾瀬。」
もはや緊張感も何もなかった。
その心持ちが伝わったのか、夕映も千雨の首もとから包丁を離すと、部屋の電気をつける。
「――失礼ですよ、千雨さん。私は本気で千雨さんのことを敵だと思って――」
「わりいわりい。わかってるけど、つい、な。」
思ったとおり、千雨から頭1つ下がったところに、夕映の不機嫌そうなぶすっとむくれた顔があった。
そして改めて明るい中でお互いに顔を見合わせて、本人であることを確認すると、2人はほっと安堵のため息をついた。
ついさきほどまでは食うか食われるかの関係だったのに、いまは仲良く見合っているそのギャップの不自然さに、2人は
どちらからともなくすぐに目をそらした。
真っ暗な部屋のなかで、夕映は相手が誰かもわからないまま脅迫する。
対する千雨も相手がわからなかったからこそ怯え、蛇に睨まれたかえるのように動けなくなってしまっていた。
こんなにも近くにいる親友を敵視しあっていたけれど、傷つけることなしで済んだというこの事実を、なぜか無性に喜びたくなった。
偶然の選択の連続で成り立っているいまという現実。
間違えて千雨が反抗しようものなら、夕映も間違って首を切りつけてしまったかもしれない。そうすると千雨は死に、
夕映も極度の後悔でおかしくなる。
そんな未来もごくわずかな選択のミスだけによってありえたことを考えると、胸をなでおろさずにはいられなかった。
辛いことがあっても2人で分け合える。楽しいことは2人分。
どんなときでも1人より2人の方がいい。
2人ともすでに孤独、戦場の恐怖を身に染みてわかっているので、信頼できる仲間を見つけられて本当に安心していた。
――――――
「まあとにかく、無事でよかったです。」
「ああ、お前もな。」
外を見渡せる大きな窓のある2階の部屋に腰を落ち着けた2人は、会った人や通った道などの情報交換を終えて、
のんきに夜食を食べた。
夕映が包丁を持ってきた台所らしきところにはかごに入った果物があり、ほかにも丁寧に賞味期限まで書いてある
パンやジュースも見つけ出した。
ゴミ箱にゴミが捨ててあったが、少なくとも最近のものには見えなかったので、この建物に他の人がいるのではない
かという疑惑が生まれることはなかった。
「とりあえず、この建物の内部構造を描いた絵です。」
そう言って、夕映は一切れの紙を千雨に渡す。
大きめのサイズの紙には、1階と2階に分けて見取り図が書かれていた。
大きいのは外観だけではなく、内部もその見た目に見合うだけの広さを誇っているようだ。
特に何もない部屋がたくさんあり、使うことはないだろうが風呂やサウナなんかもついている。
吹き抜けになっている広間の上は、天井まで相当な高さがあった。
各部屋に置いてあるものやなんかを確認しつつ一通り見終わると、千雨はそれを夕映に返す。
「だいたいはわかった。で、1階の一番奥の部屋に行ってくる。」
そしてすぐに、千雨は荷物を持って立ち上がる。
バッグにはさっき一発だけ撃ったスナイパーライフルが、そして対する夕映のバッグの中にもいくつかの手榴弾が。
攻撃面としては申し分ない顔ぶれだった。
これだけあれば、敵襲にもそこそこ神経質にならずに作業に取り組めるはずだ。
さっきみたいに茶々丸のようなロボットが相手にならない限りは対等かそれ以上に戦えることは間違いなかった。
「やはりそうですか。パソコンを見つけたときに千雨さんに会えたらいいなと思ったですけど、本当にそうなってよかったです。」
「ああ、こんなくだらないゲーム、ぶっ壊してやらねーと気が済まないからな。」
かつての管理室だったのだろうか、そこには大きなデスクトップ型のパソコンがおいてあるらしかった。
聖堂にパソコンなんて場違いだなんて思ったが、使えるものは使っておくべきだ。
自分のすべきことを精一杯しようと考えるならば、クラスのみんなのために脱出の手段を考えるのが自分の使命だと
感じた千雨の、当然の判断だった。
「頼りにしてるです。私はここで見張りを続けているので、なにかあったら声かけてください。」
「了解。しっかり頼むよ。寝てた、なんつったらまじで笑えないぞ。」
「大丈夫です。これでも、夜更かしには慣れてるので。」
「はは、じゃ行ってくるわ。そっちも何かあったら連絡頼む。――っていっても、直接話すしか連絡手段ないか……。」
こんなときに、ケータイの便利さを思い知らされる。
なくなって初めてその大切さに気付く。よく聞くフレーズだが、いまがあまりにもその言葉にぴったりだった。
「わかったです。」
同じ建物内とはいえ、夕映がいるのは2階の西側の通路に面した小部屋。
千雨が向かうのは1階の東側通路の一番奥の部屋。
かなり距離的に離れてしまうので、若干連絡手段に不安を残したまま、2人は背を向けた。
「あ、そうだ、どうでもいいことなんだけどよ――」
ふと何かを思い出したように千雨が立ち止まる。
「はい? なんです?」
夕映も振り返った。
「――お前、絵下手なんだな。」
「――ほ、本当にどうでもいいことですね。」
夕映は手に持っている紙に視線を落とすと、反論できないことを悟った。
それを見て楽しそうに短く笑うと、片手をあげてひらひらと振りながら千雨は1階へと降りていった――――
残り 20人
今日は以上です。
ここでも4レスぶんつかうとか、裕奈の話長いなーって思ったんですけど、
これでも4000字いってないんですね……
先が思いやられます。
明日は塾なので遅くなるかと思いますが、許してください。
では。
おっつです。
今回の投下分は話の緩急がうまいなと思った。
何か久しぶりにゆーなが良い役割のようで嬉しいよ。
乙!
ちょっといろいろな話が区切られすぎててごちゃごちゃするが、ゆえが可愛いのでおk
ようやく追いついたよ……orz
さらば、ロワでのマロン!始めまして創発!…受け入れられるだろうか、私…
ゆーな……久しぶりに扱いいい感じでうれs(ry
チラ裏でものっすごいすいませんが製作上伺いたいと思います。
…えっと、毎回伺っている事なのですが16氏の今作、24部の分析を行っても構わないでしょうか?
ゲストは未定ですので今熱き要望をしていただければそれで製作したいのでよろしくお願いします。
そして随分前ですが、どうしても言いたかった…ムービー製作者氏、乙です。
……まさか出来るとは…嬉しさで涙がトマラナイヨ…w
久しぶりで言いたいことしか言えてませんがすいません…次は投下時に。
乙
上から目線もおこがましいのですが、ゆーなの話は長いと感じさせないくらい、よかったですよ。
ではでは、MANAさんにはゲストに楓サンをお願いしよとするかナ?
by航時機が壊れて麻帆良に行けない超涙目
傾向作者キターーー
傾向氏おひさ。
ゲストって生存者のうち活躍した人じゃなかったの?
確か・・・23部で夕映、22部で超、
21部以前は覚えてないけどいなかったような・・・
個人的には木乃香に出てもらって刹那の壊れっぷりが見たい。
すみません遅くなってしまいました。
傾向作者氏、お久しぶりです。
もちろん構いませんよー、というかむしろこちらからお願いします。
ゲストは……個人的にまき絵が好きなのでまき絵か、
>>90と同じ意見で木乃香がいいかなーなんて思ってます。
では、今日の投下を始めます。
43.Supplanting 〜一寸の虫にも五分の魂〜
「この家の中に、双子の片割れがいるはず……か。」
電気をつけて、明るい部屋の暖炉の前でのんびりと暖まっている真名は、誰に言うわけでもなくひとりごちた。
さっき隣の部屋から持ってきてすぐ横に置いた消毒液をティッシュと共に手に取ると、スプレーで腰の傷に吹きかける。
「うっ」
思いのほか痛かったのか、反射的に声が出てしまった。
楓は死に際に言っていた。
『すまない史伽、守れなくて……』と。
ならばこの家の中のどこかに史伽が潜んでいるはずだった。
楓と一緒にいたのだから簡単には見つからないような場所に隠れているのだろうということは想像がついたが、探す前に
体の治療をしておこうと考え、こうして消毒しているのだ。
腰に絆創膏を貼ってその上から包帯を巻きつける。
すこしきつめに締めて、傷が開かないように処置をした。
左腕に大きくついた赤い筋を見つめる。
「やはり強かったな……楓のやつ。」
戦闘シーンの一部始終が思い出された。
1本目が通り過ぎるところ。2本目が投げられたところ。
楓がナイフを回収したが木に跳ね飛ばされてそれを落としたこと。3本目をこの左腕に投げたこと――
最後に1本目と4本目の二刀流で攻めてきて、自分の思い通りに動いてくれた楓に五月がつくった枝を突き刺したところ――
自分をここまで追い詰めたのは楓が初めてだった。
ほかに言いようのない、命を懸けたバトル。
麻帆良祭でも戦った楓。あのときもそれぞれの目的の違いのために未来を懸けて戦った。
だが今回はあの時以上に、どちらも本気だった。
そのバトルで勝ったうれしさなんかよりも、戦いが終わってしまった寂しさがハートの空白となってぽっかりと空いてしまっている。
否、戦いが終わってしまったことではない。この空虚な感じは楓を失ってしまったことによるものだ。
「さすが私が見込んだだけのことはあったか……。お前のような戦友をたくさん持ちたかった……。無念。」
その言葉は、あまりにも無理やりな強がり。自分でだって、そんなことはわかっている。
自分のためとはいえ、一番ともいえたかもしれない戦友、親友を殺してしまったことに対しての悩みは、尽きることがなかった。
いまからでも楓の遺志をついでもいいのではないか。
クラスのために力を貸すのが、ひとりのクラスメイトとしてすべきことなのではないか。
いくら超と戦うことは嫌だと思い込んでも、完全に心が決まることはない。
真名は左腕の消毒を終わらせると、楓が使っていたナイフを左手に持って、もともとの大剣を右手に持って立ち上がった。
激しい痛みが左手を襲う。その事実は変わらなかったが、神経をやられているわけではなかったので動かすことはできた。
いまの真名には、左手の役割なんてそれだけで十分だった。
隠れるところなんてそうそうない。
だが妥当に暖炉の中、机の下、トイレなんかは調べてまわっただけでは、見つけられなかった。
「楓が余計なことを吹き込んでなければいいが……。」
カタッ
とても小さな音だった。
真名はそのかすかな音がたったのを聞き逃さなかった。
台所。普通はフライパンなんかが入っているところ。
水道の下に位置する押入れの中から、その音は聞こえてきた。
「ふっ……足でも痺れたか?」
史伽なんて戦う上では話にならない。戦闘経験のない人が相手ならナイフで頚動脈を切ることくらい簡単だし、大剣を振り
回しても避けられることなんてないだろう。
そんな余裕な気分で、早足で目的の扉に近づく。
(開けて驚いて出てきたところを殴って気絶させるのがいいか――)
小さな取っ手。そこに手を掛けた。
右手の大剣は床に置いて、左手のナイフだけを持っている。楓との勝負の象徴ともいえる、自分の血のついたナイフ。
特に意味もなく、真名はゆっくりとその扉を開けた。
中にいる人を確認しようと覗き込みながら、ドアは開いていく。
光も届かず真っ暗だった空間に、すこしずつ電気が差し込んでいく。
そこから予想通りの史伽の体が現れて、白い糸のような手が伸びてきて、その先には何かが握られていて――
――ん?
光が当たると自慢げに輝く銀色の板が突撃してきた。
が、気付いたときにはもう遅かった。
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
この島に来て二度目の咆哮。
一度目のとは比べ物にならないくらいの痛みが真名を襲う。
皮膚を貫かれたのではなく、ぐしゃっと音をたてて潰されたような感覚が迫ってくる。
真名は何かが刺さった自分の左目を押さえながら、よろけつつ後ろに下がった。
押さえた手には液体がべったりとついて、ぬるぬると気持ち悪い感触が広がる。
噴水のように湧き出る赤い液体が床を染め、押さえる真名の手を汚していった。
それを見て、押入れから史伽が出てきてナイフを構えて真名に突進する。
「楓姉を返せえええええぇぇぇぇぇーーーーー!!」
――しかし真名の反応は早かった。
音もなく動いて史伽の横に避けると、自分の腹の高さくらいにある相手の顔に思いっきり膝蹴りを食らわせる。
その勢いで壁に頭を打ちつけて、倒れそうになる史伽の首を血にまみれた左手で掴むと、自分の顔の高さまで
持ち上げてその瞳をにらみつける。
「貴様あぁぁぁ――」
「ああっ、痛い、ねぇ、やめてくださ――――――ぃ」
残り 20人
44.Punishment 〜天使の羽衣〜
――――それは楓が真名との戦いに行く前。
「このナイフ、史伽のために1本だけ残しておくでござる。」
全部で5本あったナイフ。そのうちの4本だけを持って、楓は立ち上がった。
史伽は、楓なら絶対に勝って帰ってきてくれると信じながらも、もしものことを考えてしまい目に涙がにじむ。
せっかく手に入れたぬくもりを手放してしまうのは、とても辛いことだった。
「史伽はこの押入れの中に隠れて、何の音もたてずにじっと待っているでござる。そうすれば拙者が帰ってきたときには
真っ先に声をかける。」
絶望、恐怖、混乱。
そのようなもので体が思うように動かない史伽を、楓は押入れの中に運んだ。
小さなスペースだったが、史伽なら楽に入ることができた。
「――もし誰かがこの家に入ってきて、声をかけなかったならば、拙者が負けて敵が侵入してきたと考えるでござる。」
楓が遠くを見るような目つきになる。史伽は震えながら楓を見上げるだけ。
「敵は史伽を狙ってくる。史伽の存在に気付かなければいいが、気付かれて押入れを開けてきたならば……もうわかるでござろう?」
まずは自分が勝つこと。だがそれにはどうしても100パーセントの確証はもてない。
となると、自分が死んでしまったら史伽を生き残らせる方法はこれしかないのだ。
史伽に人殺しをさせるのはとことん不本意ではあったが、殺されてしまうよりは……。
「開けた瞬間に相手を刺せば、とっさに対応できる人なんていない。痛みにひるんだところで史伽から攻め入っていけば、史伽でも
勝てるはずでござる。わかったな?」
寒さに震えるしかなかった。
温度としての寒さではない。精神的に、寒かった。
冷え切った部屋で凍えながら震えて寒さに耐え忍ぶのに似た状況を、心で感じていた。
声を出すことすらできないでいたが、楓は目を見て頷く大きくと出て行ってしまった。
――そうしてやってきた誰か。
声はかからなかった。しかも放送で楓の名前が呼ばれていた。
死というものを実感しながら、汗をかいた右手でしっかりとナイフを握りしめる。
楓に言われたことをやるだけ。開けられたら刺す。
怖かった。楓が死んでしまったという事実が信じられず、知らず知らずに涙が流れた。
だが恐怖をも超える感情が、心に芽生えた。
楓の最後の言葉を、絶対に守ろうと。復讐をしてやろうと。
そう決意をしたところで、頭を上の板にぶつけてしまったのだ。
――ゴキッ
その恐るべき握力で、真名は史伽の細い首を握りつぶさんばかりに締め付けると、みるみるうちにその顔からは生気がなくなっていき、
泣き喚く声も小さくなる。
しっかりと握っていたナイフも手から離れて床に落ち、耳障りな金属音を立てる。
両手で真名の腕をたたいたり揺らしたりして必死で振りほどこうとするが、血管が浮き出て、震えるほど力の入った左腕はどうすること
もなくギリギリと意識を蝕んでいく。
そしてさらに腕に力を入れたかと思うと、か弱い首は鈍い音を響かせて折れてしまった。
悪あがき程度に暴れていた体が重力に無抵抗になって下を向く。
だらりと情けなく傾いた頭を、真名は左手から右手に持ち替えると、まるで鉈を振り下ろす悪魔のような顔つきで肩を上げて振りかぶり、
容赦なく全力で床に投げつけた。
なにも反応がないことを確かめようと真上から覗き込むと、左目から垂れる血が輝きを失った史伽のかわいらしい顔に降り注ぐ。
……もとはかわいらしかった。……いまはかわいらしくなんかない。
苦しみにもがく悲惨な表情が支配していた。
そこからは無言だった。
洗面所にあった鏡を見ようと走って台所を出る。
鏡を見ると、片目だけで距離感がつかめないことを感じながら、跡形もない自分の左目を映したそれを殴った。
鏡は当然のごとく割れ、散ったガラスで切れた手からはまた鮮血が飛び交う。
悔しかった。
これは乗ってしまった自分への罰なのではないかと思えた。
片目でどうやって戦えというのか。まだ刹那は死んでいない。茶々丸もまだだ。
こんなあからさまなハンデを背負っていては、茶々丸や刹那には絶対に勝てない。
それどころか、下手すると他の人にも勝てないかもしれない。
「くそっ!! とりあえず落ち着かなければ……」
暖炉の前に戻り、包帯で目を隠す。
海賊の頭領みたいにかっこよくはいかなかった。
すぐに白が赤に変わり、濡れた布の感覚が顔に伝わってくる。
「いまからでも、戻れる……か。」
何度も蘇る楓の言葉。
戦う能力が衰えた今になって、改めて、行動方針を変えるという選択肢は頭の中の大部分を占めるようになった。
(超に勝てる可能性が低いからなんだ?)
(やってみなければわからないことなのではないか?)
真名に、再び迷いがつきまとう。
迷いという名の衣を、取り去ってしまいたかった。
せっかく脱ぎ去ることができたのに、楓にそれをまた着せられてしまった。
もう一度無理に破り捨てても、楓は縫い直して着せようとしてくる。
しつこいくらいに復活するこの疑問を、成仏させることは一生できないのかもしれない。
「頭が、痛い……」
1人、つぶやいた。
出席番号23番 鳴滝史伽 死亡
残り 19人
45.Robot 〜人間の存在意義〜
――――――
「まったく、茶々丸ー。検査するときは私にも言わなきゃダメだよー。いくら超さんが言ったことでも、約束は守ってくれないと――」
「すみませんハカセ。彼女が急いでいるようでしたので……」
「言い訳しない。今度やったら壊しちゃうからね。」
「はい……」
一台のパソコンを前に、通常の精神を取り戻した茶々丸とハカセが座っていた。
茶々丸がもとに戻れたのは、自分が超に秘密で停止スイッチを作っておいたことのおかげだと考えると、ハカセは自分の運のよさに感謝した。
いまは茶々丸の行動システムをパソコンにつないで改造しようと、頭から数え切れないほどのコードを繋いでいるところだった。
茶々丸に会ったのをいいことに、ハカセは銃なんかよりずっと強い、茶々丸という武器を作ろうと改造している。
銃も使えるし格闘もできる上に、特殊な金属板で覆われているので防御面も安心。
ハカセ以外の人を問答無用で殺戮していく秘密兵器、つまり、さっきまでの茶々丸の、ハカセだけは攻撃対象から外れただけのものに
しようとしているのだ。
茶々丸がいればハカセにとって最強の味方になる。
真名や刹那には勝てないかもしれないが、一般人相手なら絶対に負けることはない。
最後まで2人で残って、茶々丸に機能停止を命令すれば、それだけでハカセの優勝になる。
生き残れる確率がぐっと上がったハカセは、終始にやつきながらキーボードを叩いていた。
「ハカセ、その、聞きにくいのですが……お腹の血はどうしたのですか?」
ハカセは、茶々丸を正しい状態で再起動してから一番最初に、このゲームのことを話した。
自身がどういう状況におかれているかもわからなかった茶々丸はひどく驚いたが、さすがというべきか、すぐに冷静になった。
だから血がついていたら誰かに傷つけられたのではないかと思うのは当然のことだった。
「これは……血糊。いろいろと理由があって使うことになったから――」
「――そうですか。心配しました。」
「ありがとう。でもだいじょぶだから。」
ハカセの作業の手が一時的に止まったが、茶々丸も深い原因があるのだろうと悟って追究はしなかった。
自分の体についている血が誰のものかも、いまはわかっていない。
もしかすると記憶のない間に誰かを殺してしまったのかもしれないと想像しながら、もうひとつだけ、質問をした。
「私を、兵器として使うつもりですか?」
ずっと鳴り止まなかったカタカタという音が、一瞬にして止まった。
ハカセは呼吸すらも忘れ、死んだ虫のようにただじっと止まってしまった。
茶々丸にわからないようにしていたつもりだったらしいが、自分の体の中のことだ。
人殺しのプログラムを書き込まれているのがわからないはずがなかった。
「…………。」
ハカセは何も言わなかった。
何も言わないハカセを見て、茶々丸は少し安心し、文字通り硬かった頬をゆるめた。
即答できないところを見ると、まだ良心というものが残ってはいるようだ。
「私に、『会った人を全員殺せ』とただ命令しても従わないことがわかっていたから、こうしてプログラムごと書き換えて、
武器という心のない絶対奴隷にしてしまおうとしているのですか?」
誰にでもわかるような説明口調で、茶々丸はもう一度聞く。
聞いているだけではない。明らかに責め口調で話しかけて、やめることを強要している。
工学部の事故のとき以外にはどんなときもハカセに逆らうことのなかった茶々丸も、今回ばかりは反対せざるを得なかった。
いくらロボットとはいえ、心らしきものを持つ茶々丸には、この2年と少しの期間で一緒に過ごしてきたクラスメイトたちを殺す
なんてことは、決してできないことだ。
明るい思い出だってたくさんある。
学園生活が楽しかった。
おしゃべりが楽しいものだと知った。
なによりこの心だって、3−Aのみんながいなかったら育まれなかっただろう。
だから、無理やりにでもハカセを止めなければいけないと茶々丸の本能が告げたのだ。
滑らかな動きで、右腕がハカセに向かって伸びて、ひと言。
「もしそうならば――私はいま、生みの親であるハカセを、殺します。」
その無機質すぎる声に、ハカセはそこはかとない恐怖を覚え、無意識のうちに震えていた。
そこにあるのは自分に従うロボットの姿ではなく、友達を売ろうとするハカセへの怒りで殺意すら感じている友達思いの人間の姿だった。
――そこでやっと、ハカセは我に返った。
この島の空気にのまれて狂い、人殺しをする。
なんて低俗な人間のすることだったのだろうかと自分を貶した。
なにが『殺す快感』だ。なにが『理想を叶える』だ。
冷静さを欠くゲームのなかで冷静になって生きようとしていたのに、ゲームに乗っ取られておかしくなり、死のうとしているのはまぎれも
ない自分だった。
――ハカセのくだらない決意は崩された。
狂った心を正しい方向に茶々丸が押し戻してくれたのだ。
自分のすべきことは、人を裏切って、どうしようもなくちっぽけな自分の命をのばすことなのか。
どんなに言い訳をしようと、このゲームで勝ち残ってしまったら人殺し。
そんな看板を背負ってまでして、たった一人で生きていくほどの価値が、人間にはあるのだろうか。
ハカセ特有の哲学的な考えが、一瞬にして頭の中を駆け抜けていった。
超が敵となってしまったことで、頭脳で相手と対等に渡り合えるのはハカセ1人。
それならば、みんなのために脱出の方法を考えるのが、ここにいる自分の意味、すべきことなのではないだろうか。
何の目的もなく生きていくくらいなら、目的を叶えて死んでいくほうがずっと満足できるはずだ。
自分の生まれてきた意味。
もしかしたら自分は存在する必要のない人間なのかもしれない。
生まれてきたのは何かの間違いで、本当は意味のない不良品かもしれない。
そんな風に思いたくないために、人は狂ったように自分の価値を見出そうとする。
でもそれは死ぬまでわからないような、簡単には理解し得ないもの。
自分だけにしかできないことなんて、そうそう見つかるものではなく、結局人は最後まで希望を手にすることなく散っていく。
――だがハカセは違う。
いまここで、生きる意味を見つけることができた。
もし達成できなくとも、ハカセという人間が残した努力は、十分な天国への土産となる。
後悔はするかもしれない。
ただそれは、人殺しを続けているうちに殺されてしまったときの後悔と比べてしまえば、ほんのわずかな欠片にしかならないだろう。
「ありがとう、茶々丸。」
ハカセはしっかりと立ち上がった。
この島で初めて目覚めたときとは違う、もっと強い気持ちを持ったその表情は、とても輝いて見える。
必ずみんなを守ってみせると、そう力強く誓って、また画面に向かった。
残り 19人
今日は以上です。
ハカセの話の出来が異常なくらい悪いのは仕様です。ごめんなさい。
明日は遅くならずに済むと思います。
では。
作者乙です。
結構待ったよ。でも投下中は待つのも楽しみのうちだから万事OK!
作者の都合を優先してください。
ハカセについては・・・うーん・・・・
この先の展開を見てから判断することにしよう。
悪いがハカセは哲学じゃないぞ?科学だ。
こんばんは〜16です。
今日の投下を始めます。
46.Delusion 〜正義とエゴイズム〜
「ねぇ、アスナ?」
虫の鳴き声一つない雪原。洞窟の中で。火が焚かれていた。
少しでも体温を暖めようと、火の近くで縮こまって寝転んでいるまき絵がふと話しかける。
まき絵は寝ていたものだと思っていたので、予想外だったその声に、明日菜は振り返った。
「私、おかしいのかな?」
戦いのことなんて忘れて、しばらく魔法のことを語り合っていた2人。
それも終わって時間が経ち、明日菜とまき絵で交代で見張りをたてて睡眠をとろうとしているところだった。
明日菜の名前を呼んで話しているのにもかかわらず、その質問はまき絵自身に問いかけられているようにも思われた。
深い悩みが、にじみ出ている。
「どうして?」
明日菜は前を向くと、再び洞窟の外を眺めて見張りを始める。
視線はまき絵に向いていなかった。まき絵には背を向けていた。
もちろん、話を聞く気がなかったのではない。顔を見て聞いていると、まき絵が話しづらいだろうと思ったからだった。
ひとりごとを聞いてもらいたいとき。そんなときは自分にもある。
そのときの自分を思い出すと、面と向かって話すのは恥ずかしいものだと気付いたのだ。
「さっきアスナの話聞いて、一瞬だけど、殺し合いに乗ってもいいかなって思っちゃったんだ……」
さみしげな、声だった。
まき絵からこんな哀愁をただよわせる声を聞くことがあるなんて、思っていなかった。
もしかすると、涙を流しているかも。そう思って、明日菜はじっと前を見つめる。
そんな声だったから、まき絵がいまでも少しその言葉のように思っていることもわかった。
「どうして?」
もう一度、同じ質問をくりかえす。
相手が言うことを受け止めてあげることが、一番心のケアになる。
まき絵の口から、心の中身を打ち明けて欲しかった。
すこし間をおいて、まき絵は口を開いた。
「――だってさ。話がホントだったら、超りんを倒すのはもうできないってことじゃん。この島からいなくなっちゃったんなら、
私たちには手の出しようがないよ。
だから……いくらがんばって生きても、結局は決着がつくまでこのゲームは続く。
乗ってない人だけが残ったとしても、信頼できる友達ばっかり残ったとしても、何もできないままタイムリミットでみんな死ん
じゃうかもしれない。
誰も生きていられないよりは、1人でも生きて帰ったほうがいいと思う。
それだったら、すこしでも生き残れる可能性のある方法を選ぶべきなんじゃないかなって、一瞬だけ考えちゃった……。
――いけないことだよね?」
明日菜は、空を仰いでいた。
まき絵のように思っていたのは、明日菜も同じだった。
2人は顔を見せることはない。互いの顔から、感情をうかがい知ることはできない。
「おかしくなんか、ない……と思う。」
小さな答え。でもまき絵は聞き取った。
声の大きさが明日菜の自信に比例していることも知りながら、確かに口から出た言葉を耳にした。
「えっ?」
「私も、最初に思ったわよ。魔方陣からワープしてくるとき、超さんがなんかさみしそうな表情浮かべてたのを見ちゃったからね。」
やわらかい月明かりが、2人を包み込む。
風も止んだ雪原は、どこまでも白く澄み渡っていた。
「迷ってる内容は違うけど……。
超さんを倒すってこと。それが正しいのかどうかわかんなくなっちゃってね。
常識的に考えて、超さんは悪いことをしてる。人を間接的に殺そうとしてるんだから。
でも、その超さんを倒してしまうことが本当に正義なのか確証なんてもてないよ。
超さんもなにか理由があってこんなことをしてるはず。
学園祭のときだって、何人もの命を救えるから過去を変えに来てたわけだし、いまでも超さんを止めたことが良かったのか迷うときもある。
超さんの計画通りに事が進めば、きっと誰かの未来が変わって、幸せになる人がいる。
それならわがままだってわかってるけど、自分も生きられて、計画もうまくいく、優勝っていう結末が最善策なのかもって思った。」
一度言葉を切った。
明日菜はようやく、まき絵の方に体を向ける。
まき絵は真剣に明日菜を見つめ、続くセリフを待っていた。
「迷って当然なんだよ。
私も、まきちゃんに超さんが消えたって聞いて、本当に乗ろうかどうか迷った。
本当に消えてしまったとしたら、優勝しか生きる道はないことになるから。
誰だって死にたくなんてない。他の人を犠牲にしてでも生き残りたいって気持ちはある。
でも、それは最終手段じゃん?
考えてみたら、消えたってことが直接島からいなくなったってことにはならないでしょ?
まだ可能性がゼロになったわけじゃない。
その可能性を信じることこそ、いまやるべきことなんじゃないかって思うのよね。」
いいように考えていないと、迷いに押しつぶされそうになってしまう。
迷うことは悪くない。でも迷いっぱなしで進めなくなってしまうのはいけないことだ。
「この世界はいろんな人のエゴから成り立ってる。だから自分のわがままを言い張らないと、自分の居場所がなくなっちゃうんだよ。
超さんはまだ島にいるって信じて、私たちのエゴとして、ゲームをとめさせればいいじゃん。たとえそれが世界中の誰かにとって
悪となることだったとしても、私たちが前に進むにはそれしか方法がないんだから。」
「えっと……」
「あ、ごめんね。最後のは、自分の悩みに対する納得の仕方、みたいな感じ。
前にネギが言ってたことをちょっと変えて言ってみただけで、私自身もあんまりよくわかってないんだけど、いつか言ってみたかっ
たのよね。だから気にしないで。
要するに、可能性がほんの少しでもあるなら、最後まであきらめちゃダメってことだよ。
うん、それだけ。」
それを最後に、長い沈黙が訪れる。
まき絵は答えを求めていたのだ。
迷うことはおかしくないと、そう言って欲しかっただけなのかもしれない。
でも明日菜の意見を聞いて、はっきりとした目的が心の中に見えてきた。
まき絵は霧が晴れたかのように、迷いが吹っ切れた気がした。
「ありがとアスナ。」
話を聞く前とは違う、もっと明るい目をしたまき絵が言った。
「ううん。ごめんね、夕映ちゃんみたいにうまくいえなくて。意味わかんないことをただぐだぐだしゃべってただけみたい……。」
「だいじょぶだいじょぶ。しっかり伝わったから。」
明日菜は照れくさそうににやついてしまう。自分にこんな柄は似合わない、と言いたげに。
そんな明日菜の目を見て、まき絵はにっこりとほほ笑む。
「じゃ、見張りお願いしますっ。2時になったら起こしてね。」
「りょーかい。ぐっすり寝なさいよ。」
熟睡なんてできっこない。でも、明日菜が見守っててくれれば、安心はできるだろう。
「いや、無理だって。――明日は、誰かと会えるといいね。」
「そうだね。それじゃ、お休み。」
「うん。お休みー。」
布団なんかがないので、寒さを防ごうとしばらく肌をこすり合わせて熱を感じようとする音が聞こえていたが、やがてその音もなくなった。
洞窟は、まったくの沈黙に包まれた。
残り 19人
47.Unfinished 〜Accidents will happen.〜
「つながりましたー。」
パソコンの画面に十字の光がパッと見えた。
その後たくさんのフォルダに区分けされた茶々丸の頭の中がデータ化されて開かれる。
そのうちの『最終修理』というものにカーソルを合わせると、ハカセは慣れた手つきでダブルクリックした。
動画ファイルが時間ごとに分けられて保存されている。
「これが……超さんのやった改造……」
茶々丸自身、超に改造されてからの記憶は残っていない。
超が茶々丸を改造し終わったときにもうすでに首輪をつけていたとすると、茶々丸の画面メモリに首輪の付け方かなにかが
映っているかもしれない、と調べようとしているのだ。
頭が働いていなかったときの記憶を思い出すことは茶々丸1人ではできないため、画面を通して間接的に過去の記録を見よ
うとしているということになる。
ハカセはやはり何よりも先に、首輪を外すという作業から手を付け始めた。
超が潜んでいるであろう『本部』に侵入するにも、まずはこちらの身の安全を確保しておく必要がある。
その上で、首輪は邪魔であることこの上ない物体だった。
ハカセがすでに千鶴を殺してしまっていることは、茶々丸に言うことで2人の間に亀裂が生じるかもしれないから心の中にしま
っておこうと考えた。
千鶴の死体がある部屋は、扉を閉めて茶々丸には見えないようにしている。
言わなければいけないときがきたら話せばいい。
いまは首輪解除という作業に集中したかった。
最初から順に再生していくことにしたハカセは、画面を4つに割って4つのファイルをいっぺんに見始めた。
ハカセにとっては見慣れた麻帆良の研究室。
そこに超1人が茶々丸をつれて入ってくる。
時間的には、ハカセたちが教室で閉じ込められた1日と20時間前。
「この日、確かマスターに買い物を頼まれて、出かけました。マスターは学園長と徹夜で囲碁をやるので家には帰らないと言っ
ていた気がします。」
やっていること自体は、いまと同じように茶々丸の頭にコードを繋いでシステムをいじったりしているだけなので、見てわかること
はなにもない。
しかも茶々丸の目からの視点なので、超の動きはほとんど映っていなかった。
熊の顔みたいに見える薄黒い染みをつけた白い天井が、いつまでも映り続けるだけ。
ふと、ハカセが一時停止を押した。
「ここかー。」
さらに虫眼鏡のボタンを押すと、拡大された映像が映し出される。
茶々丸が画面を覗き込むと、超の手に首輪が握られて、茶々丸に近づいてくるところが丸見えになっていた。
当然だが、首輪は首に通すまでは一部分だけ開いている。
ハカセは映像を止めたまま茶々丸の後ろに回りこむと、首輪の金具のつくりを観察し始める。
画面と実物とを見比べながら、どこが接続部分なのかを確認した。
そしてもう一度動画再生ボタンを押す。
付ける順序がばっちり撮られていて、それぞれ逆順に見ていけばハカセにはそう苦労せずに終わりそうな作業だった。
――その時。
バババババババッ
さっき茶々丸が破壊した窓が、再び大きな音を立てて危険を知らせる。
「まったく、盛り上がってきたときに限って邪魔してくれるんだからー。」
「さっきは盛り上がる方向を間違えていたようですが――」
「うるさいよー茶々丸。もう大丈夫だから。」
「はい、すみません。」
普段どおりに話しながらも、サブマシンガンの轟音とともに誰かが近づいてくるのが簡単にわかり、ハカセと茶々丸は
大急ぎで戦闘体勢に入る。
もうデータをパソコンの方に移してある茶々丸は、繋いであるコードをぶちぶちと引きちぎるように抜き去ると、ハカセを
隠すように位置どった。
ハカセは相変わらずの包丁。茶々丸はベレッタ。
悪くはないが、武器として信用しきれるかといったら微妙な線である。
だがどうするか考えている間もなく、敵はすぐに家の中へと入ってきた。
――そして彼女は声もなく、2人の前に立ちはだかった。
「桜咲さん!!」
もう2人も殺している刹那の服は、血まみれで真っ赤に染まっている。
誰が見ても乗っているのは明らかだった。
桜子の遺品であるP-90を構えて、じっと暗い瞳で立っている。
ハカセはしばらく悩んでいたようだったが、少ししてからはっきりと告げた。
「いま、首輪を外そうとしているところなんです。桜咲さんも手伝ってもらえませんか?」
正直、最悪の事態だった。
何もしなければ死ぬ。
茶々丸でも勝てない可能性の高い要注意人物の一人。
まさか刹那が乗っているなんて思っていなかったが、敵になるとしたら一番来て欲しくなかったその殺人鬼の刹那が、いま
ここに登場してしまったのだから。
ハカセは刹那の目を見て願うが、刹那はどこも見ていないようだった。
「私たちの技術があれば、首輪を外すことはできます。あとは本部に突入して超さんを倒すだけの戦力が必要です。手伝っ
てはいただけませんか?」
茶々丸も続いて説得にかかる。
言葉に嘘はない。確かにあと数時間あれば首輪を外すことはできるだろうし、それに伴って戦力が必要となるのも事実だった。
実際に外すのに成功したら、仲間を集めにいこうと思っていたところだったのだ。
いまならまだ、一緒に戦ってくれそうな人がたくさん生きている。
真名や明日菜、戦う上ではひ弱だが信頼できる人として千雨なんかもまだ残っているはず。
そこに刹那も加われば怖いものなしだ。
見たところ刹那に狂った様子はなく、自分の判断でゲームに乗っているようだった。
だからこそ、説得に応じてくれる可能性もある。
人の心が残っているうちならば、言葉が通じる脳ならば、最後まで諦めない。
諦めた時点で刹那との激しい戦いが繰り広げられてしまうのは明らかだったので、できるだけ避けたいその事態を招かない
ためにも、2人の必死な懇願は続く。
「お願いします。みんなを救うためにも手を貸してください。」
「このかさんを助けるためにも、私たちに協力していただきたいのですが……。」
けれど刹那は返事をしない。
それどころか、全く興味なさそうに銃の弾を詰め替えていた。
さらにそれが終わると、右手に持つ武器を鎌に換えて、ハカセに向き直った。
「その血はどうしたんですか?」
無理やりに無視を決め込んで、刹那は逆に問いかけてくる。
さらさら手伝う気はないようだ。
ペン回しと同じ要領で鎌をくるくると指で回しながら、光のない目で返事を待つ。
人生のすべてに希望を失ったかのような、見ているほうも辛くなる濁った目。
「これは――」
「怪我をしているなら好都合です。」
けれど返事を聞くつもりもないらしかった。
ハカセがしゃべりだした直後に勝手に納得して鎌を持ち直す。
動画再生中のパソコンの画面が鎌に反射して、キラリと壁に光の模様を残す。
そして勢いよく地面を蹴ると、一直線にハカセへと飛び掛かった。
「先に、あなたから。」
パァン
残り 19人
48.Memories 〜醜い記憶〜
パァン
まっすぐにハカセへと向かっていた刹那は、突然の銃声に勢いを殺して体を傾けると、右から襲い掛かるたった一発の
弾丸を鎌の刃ではじき落とす。
ほんのわずかな時間だったが、その間にハカセと刹那を結ぶ中心に茶々丸が移動してきていた。
互いに戦闘のプロなだけあって、いざ戦うときになると油断も隙も感じられない。
無駄な動きをすれば即座に殺される、そんな空気がピリピリと、ハカセを含む3人を締め付ける。
「ハカセには、指1本触れさせません。」
つい先ほどまでとは違う、刹那を敵とみなした表情で銃を構えている。
その顔には怒りをたたえ、いまにも刹那を殺さんとする体勢だった。
刹那をこちらに引きいれることは不可能。
そう悟った茶々丸にとることのできる唯一の行動が、相手を殺害すること。
刹那は最初から戦うつもりだったし、茶々丸もこうなることを前提に動いていた。
だから本来なら、何の問題もなくただ戦いが始まるだけのはずだった。
それならば、茶々丸は幸せだっただろう。
負けたとしても、ハカセを守れなかったとしても、こんなことになるよりはずっと楽だっただろう。
――しかし、ハカセと茶々丸。
――本当にこの2人は、運が悪かった。
パソコンの画面上で流れ続けていた、茶々丸のメモリの中にあった動画。
超に改造されていた場面が終わって、次に再生されるのはこの島に来てからのもの。
小さな部屋で説明を聞いて、魔方陣に乗る。
荒野でスタートした茶々丸は、そのすぐ後に、銃を持って千雨を追いかけていた。
それを目にした刹那は鎌を下ろして、顎で茶々丸に見るよう促す。
刹那から戦意が消えたのを察して、騙まし討ちをするほど下賎な相手でないことを知っていたからか、茶々丸は素直に
自分の後ろにあった画面に目を向けた。
するとその瞬間に画面の中の茶々丸が発砲し、千雨の肩から血しぶきが上がる。
『がはあっ――!! 冗談じゃねーぞ、おい――』
痛みにもだえながらも必死に逃げ惑う千雨の姿の一部始終が、しっかりと記録されていた。
千雨がどうにか一発だけ撃った弾が当たると、その一瞬だけ画面が暗くなる。
だがまたすぐに周りの景色が流れていく。
すこし前には、何度もバランスを崩しそうになりながらも命を守るために我を失って走る千雨の姿。
数分後には腰をかすめた弾で千雨が倒れ、起き上がろうとしたところを思いっきり蹴りつけるところが見られる。
「ああっ――もう、やめてください――」
思わず目を背けようとする茶々丸の頭を、刹那は力づくで画面に向かせる。
一番の親友ともいえる千雨を意識のないうちに自らの手で殺そうとしていたという事実を、茶々丸は認められなかった。
もう千雨にどんな顔をして会えばいいかわからない。
あの時は壊れていた、なんて言ったって、この島で信用を取り戻せるとは到底思えなかった。
大事な仲間だったのに、自分のせいで傷つけて、2人の間の大切な何かを壊してしまった。
すべて自分が悪い。超に疑いもなくついていってしまったから。
左肩が使えなければできないことはたくさんある。
千雨にあった未来の多くを消してしまった。
ひたすら悔やんで、やり場のない痛みを抱えて、もう目を反らすことはできなかった。
動画は千雨を追い詰めるところへ進んでいる。
無機質な自分の声が聞こえたかと思うと、銃口が千雨に向けられる。
「おかしいですね。千雨さんはまだ放送で呼ばれていないはずですが――」
――その刹那の言葉をきっかけに、精神的拷問が始まった。
千雨に向かって飛んでいく弾丸。
それがはじかれたかと思うと、一番信じたくない人物が目の前に立っていた。
『やっといたと思ったら、このザマか、茶々丸。』
自分の体に付着していた血。
誰のものか気になってはいたけれど、それを知るのはなんとなく怖かった。
知ってしまうことで、深い後悔を覚えるような気がしていた。
何よりも怖れていてかつ、もしかしたらそうなのではないかと心の片隅で予感していた事態。
いわゆる、第六感というやつが働いていた。
そんな予感が見事に的中してしまっていたのだ。
自分にたくさんの幸せをくれた親友だけでなく、誰よりも何よりも大切な主人までも。
私は――
私 が マ ス タ ー を 殺 し た ! !
ハカセから、エヴァが死んでしまったことは聞いていた。
だからこそ、この後の展開が読めてしまう。
彼女はためらいもなく茶々丸に向かってきた。
時折頭が地面に急接近して画面が大きくぶれることがあったが、基本的には圧勝。
食らってもすぐに元通りになって、地面にへばるエヴァを蹴りつける映像に変わる。
一緒に暮らして痛いほどに知っている、あんなにか弱い体を、茶々丸は容赦なく全力で蹴りつけていた。
顔面にもクリーンヒットし、鼻があらぬ方向に曲がっている。
「ああああ、ああ――あ、ああ――――」
本当に叫びたいのはエヴァだろう。
勝てる見込みのない戦いを、死に物狂いで生き残ろうとしている。
だがそんなエヴァでも弱音のひとつも吐かずにいるのに、茶々丸の口からは、もとからプログラムされていたかのように
無意識のうちに嘆き声が漏れてしまっていた。
頭部分で異様な音が鳴り始める。
機能が、中枢が、自分とは別の何かに支配されていく。
そう、超に改造されたときのように、ひたすら何も考えずに狂ってしまう。
そして最後の場面。
右腕にしがみつく哀れな主人を振り払うと、その体は遠くの木へ叩きつけられる。
すばやく獲物に近づくと、右手の先の黒いものが姿を見せた。
「あ、やめて――やめてください――だめ――や、やめてえええええええええ!!!!!」
パンッ
ベレッタという名の悪魔が、短く雄たけびを上げた。
と同時に、茶々丸から想像もできないような悲痛の叫び声も上がった。
悔しい。悲しい。憎い。絶望。
様々な負の感情が入り混じって、茶々丸の心は壊れていく。
もうどうしようもない出来事。それを受け入れることができなくて、
茶々丸は――再び――
――狂った。
残り 19人
本日は以上です。
明日もこのくらいの時間に投下しようと思います。
では。
おつです。
うーむむ、ハカセ絡みのところは・・・・もうちょっと静観していよう。
総じて24部は結構ダークだよね。本家のバトロワの方に近いというか・・
乙
レッドとピンクの会話がバカレンジャー同士とは思えない程の知的さだなw
22部がつまんなくて23部まで作者20がやるって聞いて当分このスレ見てなかったが久々に見たら作者16がいてびっくりした
ところで俺が見なくなって司書か作者21が短編投下したとかなかったか?
114 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 04:34:29 ID:hOhtB2Rf
俺は20部で見なくなったが偶然覗いた21部に凄いはまってまた見出した
けどやっぱり22部は面白くなかったから作者20氏のは見ずにでも定期的に覗いて他の人のは見てた
はいはい両刀乙
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 13:50:27 ID:XQ9hAjgU
22部ってどんな話だったけ?
船の中のやつ?
16氏乙!
>>116 うん。
っつーか良い悪いにかかわらず過去作の話すんのはなるべくやめようぜ!
新作者のやる気そぐし。
118 :
別館まとめ:2008/09/28(日) 19:16:42 ID:oyH4otpM
>>56 ネギロワの名勝負アンケートもやってみたいけど選択肢を作成するのが大変。
何を基準にするべきか・・・・・・。次回以降のネタに検討してみます。
>>57 確かに見つけづらいですね。
そのため今回、トップからプロフィールに飛べるように変更しました。
☆ 別館更新情報 2008/09/28 ☆
『ネギロワキャラクタープロフィール』
トップから飛べるようにしました。
一応、生徒全員分の一覧を作成したけど、多分全員分の作成は無理かな。
『ネギロワ倉庫』
24スレッド目を保管しました。
http://yuyunegirowa.web.fc2.com/index.html
どうも、日曜日ですね^^
投下を始めます。
49.Will 〜最後に想うこと〜
いつからこのすばらしい風景が、感動的でなくなってしまったのだろうか。
いつからこの緑がやさしい緑色に見えなくなってしまったのだろうか。
さっきの放送から? ゲーム開始から? それともこの学校に入ったときから? もしかすると生まれたときから?
その答えを求めているわけではない。
答えが出たところでどうにかなる問題ではないことはわかっている。
でも、そんなことを考えていないと、精神が持ちそうもなかったから。
「このか……がんばって!!」
裕奈はもう見えない後ろ姿を見やって、果敢に飛び出した。
湖畔の道。海と違って潮の香りはしないが、水のあるところ独特の匂いが鼻を刺す。
(一度目の人生、最後の香りってとこかな?)
丸く大きな湖をかこむ曲線。その一部分に、2人の人間が立った。
小さな体に大きな銃を持つ少女。それに対して平均よりすこし背の高い、運動系の少女。
「風香。1つだけ聞かせて。――なんでゲームに乗ったの?」
目がちゃんと機能するようになってからすぐに、敵が見えた。
それに反応して風香は、バッグの中の弾を1つ取り出して装填し、トリガーに手を掛ける。
裕奈はそれを止める様子もない。
「ゆーなか……。ごめんね。史伽を死なせたくないんだ。あいつはボクが守ってあげないとなんにもできないから――。」
湖は静かにゆれている。
夜の風は水面を波立たせて、木々をざわつかせる。
「そっか……。私たちと一緒に脱出しようって気は――ない?」
「無理だもん。ボクは騙されないよ。そうやって信用させて殺そうっていうんでしょ。」
「違うっ!!」
「違わないっ!!」
裕奈はそれっきり、黙った。
やっぱり死んでしまうしかない。それ以外の未来は待っていてくれない。
自分が木乃香に譲らなかったのと同じ。
意見の方向性はまったく違うが、さっきまでの自分と同じ雰囲気を感じた。
風香を説得することなど、不可能だった。
だが落ち込んでいる時間なんてなかった。風香の目つきが、すうっと細く、険しくなる。
そしてためらいもなく、風香の銃が火を噴いた。
「でも、最後まであきらめない!! このかのために!!」
裕奈は風香の指が動くのを見ると同時に右へと走った。
40mmの巨大な弾はもともと裕奈がいた場所に飛んでいって、地面に当たった瞬間に巨大な炎のアーチを描く。
芸術的な炎は、燃やす対象を失ってあっという間に消滅した。
その場所に誰かいたならば一瞬で丸焼きだっただろう。
裕奈が走って避けたのを見ると、風香はすぐさま次の弾を装填する。
武器となるものは焼夷弾と榴弾。
殺せるならばどちらでもよかったが、なんとなく残っている量の多い榴弾を入れる。
当たれば一撃。裕奈相手ならそんなに苦労することはない。
が、撃つ前に目の前が真っ白になった。
「うわあああぁぁぁっ!!!」
裕奈が2発目を投げたのだった。
ちょうどいい具合に風香の足元で爆破して、猛烈な光を放って視界を覆う。
暗闇から一気に眩しくなった景色に、目がくらまないはずはない。
(何が『あまり光らない』なんだか……。)
目を手で覆っていてもわかるその明るさに、裕奈は説明書の注意書きを毒づく。
風香は膝を地面について、目を押さえてもがいていた。その隙に裕奈は走って風香の懐に入り込む。
その小さな体からは想像もできないくらいの力強さで握っていたので銃を奪うことはできなかったが、心の中で謝りながら
みぞおちに蹴りをいれて、風香の体を蹴り飛ばす。
着地したところに立ち上がる隙を与えず、バッグで頭を殴ると、よろめいた風香の体に裕奈の全体重をかけて馬乗りになった。
「これでもまだ戦う気?」
ようやく目が復活した風香は裕奈の顔を左手で殴りつけるが、所詮は素手。
裕奈をどうにかできるほどの威力はなかった。
銃を持った手は地面に押さえつけられて使い物にならない。
風香の顔に焦りの表情が生まれる。
「う、うるさいっ……」
だが裕奈にはどうすることもできなかった。
このまま風香の動きを止め続けてもさほど意味はない。
かといって、説得して応じてくれそうな気配も感じられなかった。
「風香っ!! もうやめてっ!!」
しかたなく、風香の首を掴む。
やめるといわなければ、離すつもりはなかった。みんなためになるなら、殺人の罪をかぶることくらい許されていいはずだと思いこんだ。
「このっ……くそっ……!!」
風香はただむやみに手足を振り回すだけ。あきらめるのも時間の問題だった。
裕奈は右手で首を、左手で風香の右手を押さえている。
風香にとってはまさに打つ手なしの状況――のはずだった。
「あっ!! まき絵!!」
が、風香が驚きのまなざしで裕奈の後方を見つめ、指差しながら親友の名前を呼ぶのを聞いて、裕奈はとっさに振り返ってしまった。
すべて風香の予定通りだった。もちろん、そこには誰かがいるはずもない。
子供だましの作戦ではあるが、効果は絶大だった。
「嘘つきぃ!!」
風香は力の抜けた裕奈の下から腕の力で抜けると、右手の銃で思いっきり頭を強打した。
風香の方を向き直って叫んだ裕奈は、後ろに跳んでそれを避ける。
空振りした風香の右手に左回し蹴りをお見舞いするが、風香は銃を落とさなかった。
片足で裕奈のバランスが悪いまま、風香はもう一度顔面にそれを振り下ろす。
避けるすべもない裕奈は見事に直撃を食らい、軽い脳震盪で後ろによろけたところで、はやくもゲームセットがやってきた。
裕奈の眼前には大きな銃口。
榴弾がつめられたそれが暴れた瞬間、裕奈は――。
「卑怯者っ!!」
裕奈は怒りに目もとをゆがめて、視線だけで殺してやろうとでもいうくらいの強烈な眼力で風香を睨みつけた。
裕奈の心の弱みをつかんで利用する悪知恵。
いたずらなんかでは済まされない、卑劣な作戦だった。
会いたかったまき絵。亜子。
もう生きているうちに会えなくなってしまうことを承知で、寂しいのを我慢し仕方なく死ぬ決意をして風香のところへ
飛び込んできたのに、死ぬ間際に親友に会えるというなら振り返るに決まっている。
そんなことを平気で行動に移して、敵を殺そうとする風香が許せなかった。
「殺し合いに卑怯も何もないよ。じゃあね。」
裕奈の頭からは血が流れ、目を経由して口へと滴る。
なつかしい鉄の味が、口腔内を充満する。
怒りでいっぱいだった裕奈の心は、風香の顔を見て、怒りを通り越して無心になっていた。
そもそも、怒り続けられるだけの精神力が残っていなかった。
(やっぱりダメだったよ……このか。)
鉄の味を舌で感じながら、変わらない運命を思った。
流れる血は涙で薄まってやわらかな肌色に溶けていく。
(約束、守ってくれるよね?)
もっとたくさん思うことがあったはずなのに、心を支配するのはこのかとの約束。
それだけだった。
生き返ったら、またたくさん悔やめばいい。たくさん泣けばいい。
自分ができなかったことだって、きっとこのかが叶えてくれると信じてる。
だから、
(みんな、またね……また会おうね……)
裕奈は、安らかに目を閉じた。
また、最後の悪あがきとして、3つ目のピンを抜いた。
とてつもない爆発音。
裕奈の体はその衝撃に耐えられず、10メートル以上吹っ飛ばされた。
だがもうそのときには裕奈の意識なんか残っているはずもなく、地面にたたきつけられても、すこしだけ跳ね上がるだけで、
すぐに動かなくなった。
風香は3つ目も見事に食らって、裕奈の置き土産は若干の功をなした。
激しい音が鳴っていたその湖畔は、いまは何の音もない。
静かに波が打ち寄せて、引き返すばかり。
――この景色が再び美しいものに見えるのは、はたしていつからなのだろうか。
――その答えを求めては、いない。
――答えを教えてくれる友を、見つけることができたから。
出席番号2番 明石裕奈 死亡
残り 18人
50.Separation 〜苦渋の決断〜
木の陰から手だけ出してサブマシンガンで連射する。
弾が切れたらすぐに次のサブマシンガンで攻撃する。
のどかとハルナが弾の消費を考えずに絶え間なく撃つ弾は、ザジに森の無数の木を盾にされることで、すべてやり過ごされていた。
「なんであんなに強いのよ……!!」
ザジは次から次へと身を隠す木を変え、だんだんとのどかとハルナに近づいてくる。
ザジは無駄撃ちを決してしてこなかった。武器の量が圧倒的に違うことを知っていたのか、長期戦を見越してなのか、確実に狙いを
つけられるときにのみ単発で撃ってくる。
まわりには弾丸が当たって樹皮がぼこぼこになった木。
火薬の匂いが充満していて、激しい戦場を思わせる。
2対1だというのに、ハルナは思い通りに動けないためにのどかが走り回って移動しなければ2方向から射撃することができず、ザジ
の方はのどかが動くのだけを阻止すればよかったので、ほぼ対等に渡り合っていた。
「ハルナ、お願いしても……いい?」
のどかは一瞬だけ轟音の発生源である手を止めて、ハルナに聞かせようと話しかける。
対するハルナもその空気を読んで、視線こそザジから反らさなかったものの、耳をしっかりとかたむける。
「できることならね。」
ザジは動かない。
まだ奥の方の木の裏に隠れているのだろう。マガジンの入れ替えかもしれない。
森を、ひさしぶりに平和な沈黙が包み込む。
「……先に、逃げて。」
だが、静けさを破ってハルナの耳に飛び込んできたのは、想像もできない言葉だった。
声と共に、銃声も生き返る。
「え?」
「ハルナの足で走ったってすぐに追いつかれちゃうから、先に逃げて。ここは私が食い止める。」
のどかはハルナを見ることなくしゃべっていた。大声で叫んでいた。
撃ちすぎて感覚がなくなってきている右手を懸命にあげて、ザジの隠れている木を倒さんばかりの勢いでまた連射し始める。
すると相手の木から褐色の腕が現れ、一発だけのどかの銃に向けて発砲された。
鈍く鋭い金属音を立てて、のどかの手に衝撃が加わる。
重いサブマシンガンの向きが弾丸によって変えられ、のどかからの弾丸が見当違いの方向に飛んでいっている時間を利用して、ザジは
木から姿を現し確実に狙いをつけてのどかの手元を撃ちぬいた。
それは見事に命中して、のどかの腕からサブマシンガンが弾き飛ばされる。
手の届かないところまで転がっていたそれを見てのどかが新しい銃をバッグから取り出そうとする間に、ハルナが撃ってこないことを視界
の端で捉えながら2本前の木へと移動する。
着実に、敵との距離が縮まってきていた。
「のどか1人じゃ危ないでしょ!!」
「だいじょぶだよ。ハルナが逃げ切れたころになったら私も逃げるからー……」
「あんなに強いのが相手で無事にのどかが逃げられるわけないっ!!」
ハルナはさっきの言葉が信じられずに、戦いよりもそっちに気がいってしまった。
そのせいで視線はのどかに釘付け。
ザジとのどかは激戦を繰り広げているのも気にせずに、のどかの返事を待つばかりだった。
いまのところまだのどかの武器が尽きることはないが、なくなってしまった時点でザジが接近してくるのは目に見えていたので、そろそろ
節約しなければいけない頃だった。
やっとのことでそれを察したハルナは、ザジのほうに向き直ると銃を構えなおす。
だがそれよりも先に、半歩ずれてハルナの体を狙える位置にいたザジが手をあげて一発だけ撃とうとする。
「危ない!! 伏せて!!」
天まで届きそうな大声で、のどかが叫ぶ。
ハルナが伏せると同時に頭の上を猛スピードでなにかが通過していった。
いまだに自分を向いている銃口を怖れて、もう一度同じことをされないよう、後ろの木まで下がって隠れる。
「いまのでわかってくれるよね……? ここにハルナがいると足手まといだからっ!!」
「――っ!!」
ハルナも2年以上のどかと付き合ってきたからわかる。
そんなこと、のどかが言うわけがない。
人の気持ちを第一に考えるのどかは、他人の傷つくようなことを言うなんて絶対にしてこなかった。
でもそれはのどかの、ハルナを守りたいという一心から生まれた言葉だった。
そうでも言わないとハルナが行ってくれないと知っていたから、のどかは言いたくもないそんな言葉を勇気をこめて口に出してくれたのだ。
のどかの目に涙はない。
決意のこもった光だけが宿っている。
それを見ると、ハルナはのどかの言うことを聞かないわけにはいかなくなった。
「――わかった。絶対死なないでよ。」
「うんっ!!」
のどかはほんの一瞬だけハルナを見る。
そして、にこっといつもの顔で笑った。
ハルナはその笑顔に答えると、頷いてから先の森へと足を進めた。
やはりはやくは走れない。のどかの言うとおり、ザジと鬼ごっこをしていてはすぐに捕まってしまっただろう。
(ありがとう……のどか。)
「ザジさん――あなたの相手は私ですっ!!」
背後から、そんな言葉が聞こえた。
変わらない銃声が鳴り響く。ザジが背中を見せた自分に銃を向けたのを、のどかが阻止してくれたに違いない。
(ホントに……ありがとね。)
のどかの気持ちを無駄にするわけにはいかない。
自分のために戦ってくれているのどかがいるから、自分にはがんばって生き延びる義務がある。
地面に落ちていた長めの木の棒を拾うと、それを杖代わりにして、いま出せる最高の速さで森を突き進んでいった――
残り 18人
次まで落としてしまうとキリが悪くなってしまうので、今日は2話だけにさせていただきます。
あ、それと別館まとめ氏、乙です。
明日は部活なので、もうすこしだけ遅い時間になるかと思います。
では。
作者乙です。
ゆーなの話は良かった。
大体半分くらい来たかな?
あと別館氏も乙です。
名勝負が難しいのなら、この対戦が見たいアンケートにして戦闘力の高い
キャラ同士を主軸にして選択肢を組んでみてはどうかな?
16にしても21にしてもこのスレの学生は文才凄いな
学生?……って、まとめのあとがき見たら俺16氏と同い年じゃないか……。すげぇや、ネギまあんまり知らないけど読んでみよう
乙!
のどかが囮か…
これは珍しいパターン。
どうなるのかwktk、そして嫁のいんちょは一体…
>>127 ちゃんと感想言おうぜ
どうも、こんばんは。
>>126 もう半分は過ぎてますよー
>>127 ありがとうございます。そう言っていただけると心の支えになります。
では、今日の投下です。
51.Again 〜死に際の銃声〜
ずいぶんと長い間、走っていた気がする。
通り過ぎるエリア9が禁止エリアになることも忘れて、ただ足の回転するままにまっすぐと走ってきた。
そうしてついたのが、静寂に包まれて月がぼんやりと見下ろす住宅街。
疲れたし、お腹もすいたので道の真ん中で腰を下ろすと、美砂は遅めの夕食をとった。
しばらく座っていると、気持ちも落ち着いてくる。
朝倉から逃げてきたのも、正しい判断だっただろう。朝倉が動けるようになったら反撃してくるに決まっているから。
右手のボウガンには、矢がなくなっていた。撃った矢はいまでも朝倉の右腕にいまも刺さっているかもしれない。
それに気付くと、背中にかけていた矢立から1本の矢を取り出し、セットする。
美砂が座っているあたりに大量の空薬莢が落ちているのには、幸い気付かなかった。
桜子が明日菜を怖れて乱射しまくった跡だと知ったら、自分のことだけでなく桜子ことも考え悩まなければいけなく
なってしまう。それは不都合だった。
「あ〜あ。眠くなってきちゃったなぁ。」
小さな頃から言われてきた。夜更かしすると、怖い鬼がやってきて子供を襲う。
そんなことを信じる信じないは関係なしに、美容と健康のために毎日早く寝ていた美砂だったが、今日ばかりは寝る
わけにはいかなかった。
夜は鬼が歩く時間。殺人鬼という悪魔が、獲物を狙って動く時間だ。
良い子だからといって早く寝ていても、鬼が動きを止めることはない。
それでもあまりにも強い睡魔に襲われた美砂は、すこしだけ仮眠をとるくらいならいいだろうと思って、どこかの家に
入ろうと立ち上がった。
――が、その時だった。美砂が何者かの気配に気付いたのは。
気付くのとほぼ同時に、美砂は走り出していた。
パァン
そして銃声が鳴り響き、いままで美砂がいたところに一直線に弾が飛んでくる。
「まったく。もう走るのは飽きたわよ。」
眠気なんかは、数秒で吹き飛んだ。鼓膜を震わす音の振動に、美砂の頭は覚醒する。
銃相手に太い道を逃げるのは愚かだと悟った美砂は、家と家の間にある細くてごちゃごちゃした道に入り込んだ。
閑静な住宅街とは打って変わって眼前に広がった汚らしい通路で、自分の行く手をふさぐゴミ箱を持ち上げて頭の
上から背後に放り投げると、プラスチック製のそれに銃弾が命中して鈍い音をたて、落下して中身が散らばる。
投げていなかったら自分がその銃弾を食らっていたのか、なんて考えながら、美砂は小路を抜けてまた大通りに出てしまった。
後ろを振り返ると、光の差し込まない隙間から猛スピードで追いかけてくる人影を発見する。美砂はボウガンで刃向かおうかとも
考えたが、静寂を切り裂く銃声に、すぐ横にあった家の陰に身を隠した。
間髪いれず足音が追いかけてくる。
美砂はそのまま路地に進入すると、たくさんある曲がり角を目にしてちょっとだけ安心する。最初の角を右に曲がると、曲がった
T字路の真ん中に弾が跳ねた。
敵との距離は少しずつ狭まってきている。
だが、相手に見られていない間にどこかを曲がってしまえば撒くことはできる。
左折右折を何度も繰り返し、美砂はスラムのように汚い小路を、交差点があればその都度折れて走り抜けていった。
壁にはペンキの落書き。家の塗装は剥げて、屋根の瓦礫なんかが道に落ちている。
たまに置いてある巨大な鉢植えなんかを跳び越えたりして、舗装のコンクリートがバラバラに崩されて石の板となって転がっている
場所を通り過ぎていく。
森の中とは違う、人工的な足場の悪さに苦しむことはあっても、その運動神経でなんとか転倒せずに進めた。
そうして適当に道を選んだので方向感覚を失いながらも、時々聞こえてくる乾いた発射音と、それによる二次災害で家が
倒壊する轟音を頼りに相手から遠ざかるように移動していたので、いつしか背後の足音を消すことには成功していた。
「ふー。やれやれってとこだね。」
やっと張りつめていた気がゆるんだ美砂は、足を遅めてゆっくりと歩き出す。
またしても目の前に広がる大通りに、足を踏み出そうとした。
この住宅街のつくりがどうなっているのかは知らない。でも相手から逃げるためには、慎重に行動する必要がある。
それならば、住宅街全体の位置関係を把握しておこうと思ったのだった。
が。
美砂の1歩はなにかにぶつかった。
崩れかかっていた瓦礫の山にかすかながらもある程度の衝撃が加わり、上の方から雪崩のように岩の断片が流れてくる。
岩と岩が当たりあって起こす音は、美砂の呼吸の音を除いて沈黙している住宅街で、美砂の自分の位置を知らせる合図と
なるには十分だった。
「や、っば……」
即座に後ろに下がって小路に戻ろうとするが、大通りの方から近づいてくる足音に、逃げるのはもう無理と確信した。
足音はあちこちで反射して、まわりのいろいろな壁から聞こえてくるが、いずれにしろさっき逃げていたときとは比べ物になら
ないくらいに近くからのものだった。
「やっと追いついた……柿崎ぃ!!」
朝倉。
その姿に、美砂は運命の残酷さを嘆かざるを得なかった。
どう考えたって自分に怒りを感じているのは明白。殺されるしかない。
朝倉にだけは会いたくないと思っていたのに、よりによって別れてから一番最初に出会った人が朝倉だなんて、信じられなかった。
ずっと自分のことを追いかけてきていたのだろう。でなければこんなに早くめぐりあってしまうはずはない。
それほどまでに殺したかったのか。他の人なんかどうでもよくなるくらい怒っていたのか。
自分のしたことを後悔するつもりはないが、恐怖を肌で触れた気がした。
「私の右手を……返せ!! 死ねっ!!!」
もとが思い出せなくなるほど復讐の念に歪んだ朝倉の顔が、さらにひきつってこちらを見る。
そして銃を持った左手が上げられ、その銃口から弾が――
出てくるのを見るのは怖いから、そっと目を閉じた。
パンッ
銃声が、響き渡った。
残り 18人
52.Misunderstanding 〜親友との再会〜
死んで、このゲームのことなんかをすべて忘れられるのなら、死ぬのも悪くないか……。
でも、殺すならちゃんと痛くないように心臓か頭を狙って一瞬で殺してね……。
聞こえた銃声に生きることをあきらめて、美砂はゆっくりと目を閉じた。
たくさんの出来事が思い出される。
桜子と円との部活動。大声を出して、みんなと協力してやってきたチアリーディングは、いまでは一番楽しい時間となっていた。
一緒に買い物にいったことも、数え切れないくらいあった。
カラオケに行くときもあれば、お店で洋服なんかを相談しながら買ったりすることもある。
その買い物が楽しくて、いつも毎週末には都心に行っていたのだ。
ネギの授業の風景も、くっきりと思い出せる。みんなでわいわい騒ぎながら、でもしっかりと授業をこなしていくネギは、頼もしくも
あったし、ほほえましくもあった。
でも思い浮かんでくる情景すべてに、共通して映っているものがある。
「桜子、円……。」
大の親友だった2人にこのまま会えずに死んでしまうことが、どうにも悔しくて涙が出そうだった。桜子はもう死んでしまった。円は
どこにいるかわからない。
まだ会ってないのに、まだ何の話もしてないのに……。一緒に3人で帰ってまた楽しく過ごす予定だったのに……。
そう考えれば考えるほど、美砂の生きたいという気持ちは強まっていく。
だが、銃声は確かに耳に届いた。
ずいぶん長く感じるが、自分に残された時間はもうほとんどないはずだ。
美砂は目を閉じたまま、ほんわかと浮かぶ光と共に空を仰いだ。
「最後に、神様に祈ります。どうか円が生き残って、いつまでも私のことを忘れないでいてく――ぐわぁっ!!」
「ちょっとなに寝ぼけたこと言ってんのよ!! さっさと逃げるわよ、美砂!!」
最後まで言い終わる前に、強い力で洋服の襟を後ろから掴まれて、のどがしめつけられる。
おかげで声が狂ってしまい、美砂はあわてて首を掴むものの正体を知ろうと目を開け、見るものすべてを確認した。
どうして自分が生きているのか、どうして自分が逃げられるような状況にいるのか。
振り返った直後に、すべて理解できた。
「円!!」
「ちょっと……感動するのはいいから、いまは走って!!」
襟をつかんだまま走っている円の姿。それが、美砂の視界に飛び込んできた。
美砂が進行方向を向いたことを機に円は手を離し、路地の中へと突っ走っていく。
右手には大きめの銃が握られていた。おそらく、それで朝倉を撃ったのだろう。
さっき1人で走ったときよりも明るいような気がする道をどんどん進んでいき、窓が割られているところから家の中に入った。
朝倉の追いかけてくる足音は全くしなかった。
――――――
いままで円がいたらしき跡のある部屋まで逃げ込むと、美砂は安心したのか涙を流しながら円に飛びついた。
「はいはい、もう大丈夫だから。」
どうしてこんなに女に好かれるのか自分でわからないまま、美砂の頭を優しくなでる。
あきれたような表情を浮かべながらも、円のほうもかなりホッとしていた。
目の前に、自分の求めていた人がいる。死ぬ前に美砂と会えた。
それだけで、円の行動の意味も証明できるというものだった。
「円、ありがと。」
落ち着きを取り戻した美砂が、円をまっすぐ見つめて言った。
親友かつ、命の恩人。そんな人にめぐりあえて、本当に良かったと思うばかりだった。
「はは、祈ってる暇があったら逃げろってば。」
「うんそうだよね。――で、さ。朝倉は?」
銃声が聞こえたのは1回だった。それは円が撃ったものだろうから、朝倉は撃っていないことになる。
もしかすると、円は朝倉を殺してしまったのではないだろうか。
「私が撃った弾、朝倉の銃に当たったんだ。だから銃だけ飛ばされて朝倉は無事なはず。」
「そっか、ラッキーじゃん。桜子みたいな運のよさだね――ぁっ……」
言った直後、美砂は口を押さえた。
反射的に出てしまった自分の言葉を恨む。言ってはいけないことを言ってしまった。
悲しむのは後にしなければいけなかったのに、一番やってはいけないことを……。
2人を包む空気が、重くのしかかる。
再会の感動の空気はどこかへ流され、どんよりとした雲が立ち込める。
「――桜子、死んじゃったんだね……」
「うん……」
「私がもっとしっかりしてれば……」
美砂は、はっとして円の顔を覗き込む。
その表情は、下を向いていたので見ることはできなかった。
「え?」
「私は、桜子を見たのよ――」
――――――
そして、円はすべて話した。
自分の行動。見たもの。出来なかったこと。
円はスタートからずっと、住宅街の一軒に留まって外の様子を観察していた。
はじまってすぐに桜子と明日菜がこの住宅街に来て遭遇していたのも知っている。
でもそのときは勇気がなくて2人に声をかけることができなかったのだ。
どうしようかと迷っている間にも、桜子は銃を乱射して去って行ってしまった。
だから円は、親友を信じられずに出て行くことができなかった自分を情けなく思い、もうチャンスを逃さないことを誓った。
そして今度誰かが通ったら、絶対に話しかけに行こうと思っていた、というわけである。
自分が『一緒にいよう』と一言声をかけるだけで死なずに済む人がいる。
そう信じて、ずっと家の前を通る人が来るのを待っていて、夕映のときもいまも実際にその通りになったのだから、円は
満足しているところもあった。
だがそれ以上に、強大な後悔に襲われていた。
桜子を見たときに止めにいっていれば彼女が死ぬことはなかったはず。放送がかかってからやっと知った桜子の死に、
円の後悔は大きくなるばかりだった。
「だから私がしっかりしてれば、桜子は……っ!!」
円の顔が崩れ、あふれ出した涙が床に敷かれた絨毯へと染みこむ。今度は円が泣く番だった。逆に、美砂が抱きしめてあげる番だった。
悲しいときには互いになぐさめ、楽しむときには一緒に楽しむ。典型的な親友の姿が、そこにはあった。
冷え切った部屋の中を、円の鼻をすする音だけが響く。
「円は、なんにも悪くない。」
美砂はもっと力を入れて円を抱いた。
「でもっ!!」
「円に悪いところなんてどこにもないよ。悪いのは、桜子を殺した人。ホントのこというと、殺した人も悪くない。ゲームを作り出した人が一番
悪いってことね。」
「…………。」
「それに、いまは悲しんでる場合じゃないし。朝倉を、どうにかしなきゃ。」
円は長い間うつむいたまま考えつめていたが、そのうち顔を上げて美砂の瞳を見つめてくれた。
残り 18人
53.Failure 〜ひとつの考え、たくさんの命〜
一度目の暴走と違ってハカセに茶々丸を止める余裕なんてなかった。
茶々丸が壊れたことを確認する前に、もう大急ぎで逃げる準備をしていたハカセは、千鶴の遺体のある部屋の窓から
逃げようと奥へと走る。
ほんの数歩の距離がとてつもなく長く感じられ、窓に辿り着くころには茶々丸につられて頭がおかしくなりそうだった。
しかし窓の外にいる人を見て、止め処ない怒りが押し寄せてきた。
「あなたのせいで、みんなを救えなくなってしまったじゃないですか!!」
穏やかでのんびりというキャラで通っていたハカセが、数年ぶりに怒鳴った。
開始からいろいろなことがあって、千鶴を殺してしまって、茶々丸と会って、ようやく脱出の糸口がつかめてみんなの
役に立てるというところまで来たのに、そのすべてを刹那に台無しにされてしまったのだから、当然かもしれない。
ハカセだけでなくたくさんの人の命まで、この桜咲刹那という人間は消そうというのだ。
許せなかった。
刹那が素直に一緒に行動してくれればほぼ間違いなくみんなで脱出することができたのに、一人の勝手なわがままの
せいで簡単につぶされてしまう現実が許せなかった。
「そうですね。」
対して冷淡な返事。
まるでハカセのやろうとしていたことはすべて無駄だと言いたげな口調だった。
「そう思えるだけ、あなたは幸せなんだと思います。」
「なにを言っているんですか!!」
あまりに感情のない返事に苛立ちは増すばかり。
ハカセは怒りをあらわにして、たまったストレスを吐き出すかのように大声で怒鳴り続ける。
刹那を殺してやりたい。そんな思いすらも浮かんできてしまう。
せっかく茶々丸のおかげで正しい心を取り戻せたのに、何もできずに終わってしまうのか。
「超鈴音は、もうこの島にはいません。だから、いくら首輪を外そうと私たちには手出しのしようがないんですよ。」
その答えを聞いて、ハカセの動きが一瞬とまった。
「そ、そんなこと、どうしてわかるんですか!!」
だが動揺を見せないよう、無理にでも叫ぶ。
「エリア2にあった最初の教室が消失しました。おそらく転移魔法でどこか別の場所へ移ったのでしょう。」
「この島にいる可能性だって――」
「この島にいたとしても、見つかるような場所にあの人がいるとは思えません。」
「そんなの、探してみなければ――」
「はい。探してみなければわからないことです。……けれどそんなことをしていては6時間なんてあっという間に
過ぎてしまうと思いませんか?」
叫びは、嘆きへと変わりつつあった。
刹那の言っていることは正しい。
それが正義であるかどうかは別として、間違ったことは決して言っていなかった。
強いていうならば、間違いはその考えすべてだった。
だから、間違いを問い詰めて考えを改めさせることもできない。
「そんな理由で、あなたは何人ものクラスメイトを手にかけて、生き残ろうとするんですか? 自分の意見なんて無しで、
環境に従って生きているだけじゃないですか!!」
「私の意見はただ1つ、『お嬢さまさえ生き残ればいい』。環境に従って生きていようと目的は変わらないなら構わないと思ったのですが。」
「狂ってる!! あなたは狂ってます!!」
「なんとでも言ってください。」
「許さない!! すべてを返せ!! あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
ハカセは自分の戦闘能力を考えもせず、包丁を片手に無防備に特攻した。
極度の恨みに支配されて、ハカセは何も考えられなかった。
ただ刹那をぶっ殺してやるという深い感情だけが彼女を動かし、止めない。
だがハカセがいくら本気になろうとも、そんなものは刹那にとって猫がじゃれつく程度の攻撃でしかなかった。
「――見苦しいですよ、葉加瀬さん。」
刹那はあくまで落ち着いていた。
刹那には刹那の考えがある。
軽く横っ飛びでかわして右手で首の後ろを鷲づかみにすると、左手で相手の武器を払い、頭を床に叩きつけるように体勢を下げた。
そのまま、茶々丸から逃げなければいけないという現状ではハカセと長話をしている暇なんかないと思い出した刹那は、鎌を懐から取り出した。
「待って。まだ話したいことが――」
とたんにハカセは我に返って焦り始める。
感情の変化が激しすぎるゆえに得意の頭も全く働いてくれない。
いまさらになって現実感を帯びてきた死というものに対して、少なからず恐怖を感じているようだった。
どちらにせよ、ハカセは殺される。
いまここで刹那にやられるか、暴走茶々丸に殺されるか。
それでもハカセは、少しでも長く生きていたかった。
この世に残って、みんなを救える可能性を信じていたかった。
――そう思ったところで、ハカセの体からぼんやりとした光が現れて、空へ昇っていった。
「よく言いませんか?――これから死ぬ者に言う言葉なんかない、って。」
家の中のものをめちゃくちゃに壊しまくっている茶々丸が、壊すものを求めて外へと出ようとしている。
動くものを壊すのはロボットの専売特許といってもいいくらいだ。
人を見つけたならば、本能的に、それを破壊しにかかってくるだろう。
さすがに刹那も暴走した機械とは戦いたくなかったので、一刻も早くここを離れたかった。
「なら、早く殺してください。」
こうして生きているのも無駄な気がして、やりきれなくなってくる。
生きていたいけれども、情けをかけられて生きるほど落ちぶれたくない。
生きる目的を見つけただけで、何も行動できずに終わってしまった自分が、ただ空しかった。
結局、机上の空論というやつは、人生を的確に表している語だと思い知らされた。
「わかりました。――では、お望みどおり。」
キンッ
小気味良い音と共に、ハカセは気の抜けるほど簡単に、力なき人形となった。
刹那には、ハカセが最後に『どうして』とつぶやいたような気がした。
千鶴がハカセに殺されたときと同じ、『どうして』という言葉を――――
出席番号24番 葉加瀬聡美 死亡
残り 17人
今日は以上です。
2か所も改行をミスってしまった……orz すみません。
では、また明日。
乙。
うーん、ハカセにはもうちょっと千鶴のことについて考えてほしかったな。
立ち直ったにしろ自分が人を殺しておいて自分を殺そうとする相手に説教するっていうのは
何ていうか、そこらへんはもうちょっと心情描写が欲しかったかも。
ハカセ死亡確認www
作者16氏乙です。ほんの少し詰めが甘いかな。上から目線ですいません
乙です。
ハカセの下りはおいらも>139に同意かな。
ハカセが刹那を責めた時「お前が言うなよ」って真っ先に考えちゃった。
もしかしたら何か狙いがあったのかもしれないけど、
千鶴に対するフォローは欲しかったな。
まあ、殺し合いという極限の精神状態おいては、このような矛盾する行動も
あり得るのかもしれないね。
ついでにハカセ、死亡率0%続行おめでとう(?)
21は行動描写に劣りはあったがその分台詞が最高だったから短所も目につかなかったけど作者16は短所ばっかだな。
文章力は他の部よりあるけど、レベルが高いというわけでもないし。
>>142 >作品に対して内容にケチをつけたり、一方的な批判をするのはやめましょう。
>1の注意書き。これ読んでおいて。
ためにならない批判はイクナイ
・○○は××だから△△したらいんじゃね?
みたいな言い方なら作者の今後にも繋がるんじゃないか?
どうも。16です。
>>139 -
>>141 おっしゃるとおりですね。助言ありがとうございます。
心情描写だけはすこしだけ自信持ってもいいかなーなんて思っているところだったのに……。
後悔;;
これからの話をいまから書き直すわけにはいかない(このスレのルール上)ですが、
もしまた作品を書くことがあったら気をつけるようにします。
では、今日の投下です。
54.Mistake 〜無駄足〜
2対1から1対1へ。確かに戦力は落ちた。
でも戦っている目的がただの時間稼ぎになったことで、殺さなければいけないという重圧から逃れられ、すこし気楽になっていた。
「そろそろ大丈夫でしょうかー……?」
誰に聞くわけでもなく、のどかは口を開く。
ハルナが行ってから30分弱。
どんなにハルナが怪我をしているからとはいえ、1,2キロは離れただろう。
残念ながら道は1本しかないため、走り続ければハルナに追いついてしまう。
そうするとさっきと同じ状況になってしまい、先に逃がした意味がなくなる。
「どうすれば……」
聞き飽きるほどの銃声。
ザジのいるところから一直線に飛んでくる弾を木でかわすのにはもう慣れた。
自分でもやればできるんだと思えば思うほど、事態はうまく進んでいった。
明日菜や刹那のような戦闘能力が欲しいと望めば、それに等しいくらいの技術で回避することができていた。
だが成長しているのはのどかだけではない。相手にとっても同じこと。
いくらのどかが撃っても、ザジは木に隠れて軽く受け流されてしまう。
時間を稼ぐ身としてはちょうどよかったが、決着はつきそうもなかった。
ザジが接近してくる。
そこを狙ってのどかは両手に持ったサブマシンガンで狙撃するが、すばやい動きで前にあった木に身を隠すと、その木に
連続した音が響く。
「ハルナと逆方向に逃げるしかないですー……」
それはつまり、黒焦げになった灰の森を走り抜けてザジを振り払うということだった。
かなり無理があることは十分承知だが、それ以外にハルナを安全に逃がす方法がないのだ。
のどかは全力で隣の木へと走る。
予想通りすかさず狙い撃ちしてくるが、なんとか当たらずに済んだ。
足元で弾が跳ねていくのを注意しながら、何度も走っては木の陰で止まって、を繰り返しザジの反対側へと回り込む。
隠れる木ならいくらでもある。自分が次にどこへ動くかザジに予想されないように、適当に進む方向を変えながら進んで行った。
ザジのほうものどかが何をしたいのか察したらしく、のどかを狙う銃の精度が上がっているのが目に見えてわかるようだった。
弾も足元を狙うのではなく顔面の高さを通り抜けていって、耳には風切り音が入ってくる。
――そしてしばらく逃げ切り続けると2人の位置は完全に交代し、ザジがハルナの行った森側、のどかが焦げた森側に
構えることとなった。
「ザジさん……こっちです。」
のどかが、わざと自分の位置を確認させるかのようにザジのいる木を撃ちまくると、ザジのほうもそれに反抗してひさしぶりに
連射してくる。
木の陰からなので、狙うところは互いに相手の腕しかない。
時々狙いがずれていないかどうか確かめるために見せる目を狙うには、あまりにも効率が悪すぎた。
と、両者の弾が切れた。のどかは左手の方で撃ち続けるが、ザジはマガジンを取り替えるため、全身を隠せるように位置を微調整
して木の裏に入り込んだ。
「いましかないっ!!」
のどかは、敵に背中を向けると、森へと思い切り駆け出した。
ザジは弾切れだからしばらくは撃ってこない。そう読んで、森を抜けてしまおうと考えたのだ。
息苦しいのをしみじみと感じながら、黒という単色の世界を走り抜けていく。
銃がなければ遠くから攻撃を食らうことはない。
ただの追いかけっことなって、体力が切れるまでは移動できる。
必死で走った。体力はないほうののどかだったが、逃げ切らなければと思えば思うほど足の回転は速くなっていった。
左右に広がる黒い柱たち。
頭がいっぱいで、ときおり目の前にそれが立っていて、あわてて避けることもあった。
ハルナの爆弾1つでこれだけ広範囲の森が燃えてしまうのか、と驚いたりもしながら。
だが、突然あることに気付いた。
さっきハルナと一緒に炎から逃げてきたこの道。
途中、エリア6を通った。
ということは、同じ道なのだからこのまま行けば当然エリア6である。
あの時は地図を見ながら北の方を30秒以内に抜けたからよかったものの、地図も見ずにこのまま走っていくと、エリア6
に入ったことも気付かずに爆死なんてこともありえてしまう。
「そんなの、冗談じゃないですー……」
足を止めたらいけないと思いつつも、命の危険という生存本能が働く。
いくらハルナを逃がしても、自分もハルナと会わなければ成功したとはいえない。再会するまでは死ぬわけにはいかない。
さすがに本能には逆らえず、意識せずとものどかの足は遅くなっていき、首輪の電子音がなっていないことを確かめる。
確かめ終わった頃には、足は完全に止まってしまっていた。
――――――
ところで、のどかはなんのために走っていたのだろうか……。
答えは簡単だ。
ザジから逃げつつハルナを逃がすため。それ以外の何物でもない。
ザジを引き連れて鬼ごっこをし、ハルナから遠ざかるため。
だからのどかの後ろにはザジがいるべきであって、そうでなければなんの意味もない。
「あれっ――?」
だが、のどかの後ろを追いかけてきていると思っていたザジは、いなかった。
はるか後方まで視点を伸ばしてみても、どこにもいない。
見えるものは朽ちかけている森だけ。
まるで最初から1人で走り続けていたかのように……。
「!! ま、ずいっ!!」
やられた。完全にのどかの敗北だった。
ザジは最初からのどかを追いかけるつもりなんかなかったのだ。ザジの狙いはハルナだけ。
ハルナを追いかけるために邪魔だったのどかも、仕方ないから相手していただけであって、ザジをあんな姿にしたのはハルナ
1人。怒りの対象はハルナのみ。
激しい怒りが渦巻く中、ザジはのどかが逃げたのをいいことに、ハルナの行った道を追いかけていったのだった。
緊張と興奮のあまり、後ろに続く足音なんて気にしている余裕がなかった。
それゆえに、のどかは無駄な体力を消費してしまったことになる。
「う、そ、だよ、ね……?」
息が続かない。膝がガクガクと震える。
こんなに長い距離を走ったことなんてなかった。
心臓が破裂しそうな勢いで脈を打っているのがわかる。
でものどかは、あきらめずに再び走り出した。
守れたと思っていたハルナを、危険な目にあわせてしまった。
悔しさのままに前に進む。不屈の精神が宿った足を、おもりのように重かったけれども無理やりに上げて、前に持っていく。
地面を蹴って、持ち上げる。前に出す。地面に当たる。
「ハルナ!! 間に合って!! お願い、だから……」
残り 17人
55.Brother 〜生まれし人〜
つきあたりを右に曲がる。またつきあたるので右に曲がる。
さらにつきあたって右へ。もう一度右に曲がると最初と同じ道だ。
この島すべての施設に共通して言えることだが、長い間使われていなかったせいか建物のあちこちにガタがきている。
あやかが入り込んでしまった古びた病院らしき建物も、走ろうと1歩足を踏み出すだけでギシッと軋む音がした。
「いつから、マラソン大会になりましたの?」
やはりつぶやいても、誰も返事をくれることはない。
もう走り続けて2時間くらいはたっているだろう。
永遠と建物の中の廊下を右に曲がり続けて同じところに出る。
いくらかベッドなどが用意してある病室らしき部屋もあったが、隠れられる場所があるかどうかを探す時間もないので
走って逃げるしかなかったのだ。
体力の限界なんて、もうとっくに通り過ぎた。
でも走らなければいけないという状況が存在するだけで、あやかの足は止まらなかった。
建物の中でならば廊下がたくさんあって亜子を撒けるかもしれないと思ったのだが、思っていた以上に建物は狭く道も
少なかったので、ただのマラソンと化してしまった。
もう一度外に出ても、足場の悪いところを走って逃げられる自信はない。
誰かが偶然この病院に入ってきて、助けてくれるのを待つしかない現状。
追いかけてくるしゃがれた声とチェーンソーの叫び声は、鳴り止むことなく背後霊のようにつきまとってくる。
不意に、ネギの顔が浮かんだ。
(ああ、愛らしいネギ先生……私はどうすれば……?)
生まれるはずだった弟に影を重ねて、本当の弟のようにかわいらしく思えたネギ。
そう。弟は生まれなかった。生まれたかっただろうけれど、生まれることができなかった。
生まれたいと思う人間はその希望を消されてしまうのに、都合よく生まれてきた私は――
何ができたのだろうか。何かできたのだろうか。
ネギなら、
『いいんちょさんはがんばりました。本当に十分すぎるくらいにがんばってくれました。』
なんて言ってくれるに違いない。
とてもありがたい言葉ではあるが、それはあやか本人にとっては気休めにしかならない。
どうせ死んでしまうなら、なにかはしておきたい。
自分が生きた証拠を、この世界に刻み付けておきたい。
いま自分にできること、たったひとつしかないそれをしようと、あやかは決めた。
が、
「ああっ!!」
あやかの足に痛みが走った。
同時に足から何かが流れ出るのを感じる。
ささくれ立って壁から飛び出していた木の板に、足を引っ掛けてしまったようだった。
一直線に切れたあやかのふくらはぎは赤く染まっていく。
曲がったところで待ち伏せして、亜子の不意をついてダガーで襲おうと決心した。
人殺しの亜子よりもみんなを助けようとがんばっている自分のほうが役に立つだろうという、ひどくわがままで自己中心的な
考えを、生きたいという欲求の裏づけにして、殺す。
冷静さを欠いているいまの亜子なら、こんな稚拙な作戦でも通用するだろうと思って、殺してしまうかもしれないことも覚悟で
ポケットから武器を取り出したのだった。
「もう……無理ですっ……」
だが不意打ちを食らったのはあやかのほうだった。
走ることに対する集中力が切れたことで足元の敵に気付かず、怪我をしてしまった。
痛みに驚いて、助かる見込みがない、そう心の片隅で思ってしまったことで、足を動かしていた気力が煙のように消失してし
まい、走れなくなった。
角に辿り着くことなく、立ち止まってしまう。
さらに立つこともできず、重力に任せてバタンという音と共に体をうつぶせに倒すと、ほふく前進で病室の奥に入り込む。すこ
しでも遠ざかろうと、必死だった。
いちいちミシミシと音をたてる床を這って進み、ベッドの横に座り込んだ。
(ごめんなさい、みなさん……)
不思議と、涙は出てこなかった。
悲しくないわけではない。でもそれ以上に、自分のクラスの生徒をただ一人として救えずに散ってしまう自分が情けなく、
哀れに思う気持ちがあった。
結局、何の力にもなれなかった。
いままでの人生すべてで積み重ねてきたつもりだったものは、1つ残らずまやかしで、こんなにも簡単に崩されてしまう
ものだったことを知り、たった一人の人間の無力感というものを痛感する。
1人では何もできなかった。みんながいたからここまで来れた。
それなのに、自分はみんなに何の恩返しもできずに儚く死んでしまう。
――あやかは、自分の目の前で満足げに立っている亜子の目を見つめ、すこしだけ時間をくださいと神様に祈る。
そして、ゆっくりと、口を開いた。
ひとことひとことを考えて、紡ぎだすように心をこめて、語り始めた。
「亜子さん、聞いてください。これが私の遺言です。傲慢なことは何ひとつ言わないつもりですから、最後まで聞いてください。」
亜子は、振り下ろそうとしていたチェーンソーを腕の高さまで下げた。
そのまま自分の体の前へ持ってくると、まわる刃を見つめる。そして、どうしてなのか、そのスイッチに指をかけて、切った。
あやかの言葉を聞く気になったのか、それともただの気まぐれかはわからなかったが、願いを叶えてくれた神様に感謝してあやか
は続けた。
「亜子さんがどうして殺しを始めてしまったのか、私にははっきりとはわかりません。
亜子さんのような優しい人だからこそ、特別な理由がないとできないことですよね。
でも、私の予想通りなら、つまりアキラさんの復讐のためだったとしたら、考えてみてください。亡くなってしまった人が、死ぬ間際
にどういうことを考えて亡くなっていったのか。
自分が死んでしまうことで、友達に訴えたかったことはなんなのか。
――それが復讐して欲しい、ということはないはずです。絶対に、友達に対して思うことは、『私の分まで生きて欲しい』、それに尽
きると思うんです。
友達を失ってしまった亜子さんには、その友達の思いを背負って生きていく義務がある。
だから、私が亜子さんに伝えたいこと。
『もう悩む必要なんてない。生きることで、過去を抱えきれるようになるから。正しく、精一杯生きなさい。』」
――――――
目の前の殺人鬼は、何の変化も起こさなかった。
届いたのか届いていないのか、聞いていてくれたのかどうか。
なにもわからないまま、あやかは赤くなった目を閉じた。
亜子は、黙ってチェーンソーの電源を入れた。
残り 17人
56.Proof 〜鬼ごっこ再び〜
決して、振り返ることはしなかった。
自分の背後に広がっている様子を見てしまえば、立ち止まってしまうのは避けようのないことだと知っていたから。
裕奈を盾に、自分が逃げる。
後ろの爆発を見れば、たったいま選んだばかりのその答えが本当に正しかったのかどうか悩んでしまうのが目に見えていた。
だから考える余裕もないくらいに全力で足を動かして、仲間を探そうと動いた。
足はもう棒よりも硬直してとても走れる状況ではない。
それでも前へ進んでいかないと、裕奈の命が無駄になってしまうのだ。
「約束の、証か……。明石裕奈の証なんやなー。」
木乃香の右手首にかけられたピンク色の髪留め。
それを目にするつもりはなかったが、ふとくだらない駄洒落を言って、1人で笑った。
特に意味はない。でもそうすることで、すこしだけ悲しみが和らいだような気がした。
そのあと、本来見る予定だった右手に持っている首輪探知機を覗き込む。
裕奈と出会ってからずっとこの機械から目を離さなければ、風香の襲撃にもあらかじめ気付けたのか、なんていう後悔が木乃香
の頭を渦巻く。
理由はどうであれ、裕奈を死に追い込んだのは自分。
自分を追い詰めても仕方がないとわかっていながら、やはり悔やまずにはいられなかった。
映る点は2つ。
その2つはくっつくほど接近していて、2人が一緒に行動していることが歴然としていた。
動いてはいない。休憩しているのだろうか。
初めて1ヵ所に2人以上の人がいるのを見た木乃香は、すこしだけうれしくなった。
2人でいれば、乗っていることはまず無いだろう。
「行ってみよ。」
それ以外に点がないことを確認すると走っていた足を遅め、木乃香は点に向かって歩き出した。
廃病院。
玄関のドアは豪快なまでに壊されていて、まるでお化け屋敷のようなおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
まわりは多種の木々が枯れた森に囲まれていて、風が吹くと枯葉が揺らされて死神の呼び声にも思える乾いた音をたてた。
1歩歩くごとに木が軋んで床が傾く。
「何の音やろ?」
病院の外まで漏れてくる雑音があった。工事現場でよく聞くような、モーターが回る音。
木乃香には、それが危険なものだとは考えられなかった。むしろそれがあったから、中に人がいることは明らかになって、安心
してしまった。
あまりにも古すぎるつくりで、もともと病室だったのであろうところには治療器具すらもない。
病院というよりは、田舎の診療所、といった感じの印象を受けた。
足音を立てても、どうせ轟音がかき消してくれる。
木乃香が特に警戒もせずに歩いていくにつれて、耳を震わすものは大きくなっていった。
やけにたくさんある蜘蛛の巣を払いのけて、人の気配のある廊下に出る。
道路を横断する幼稚園児のように左右に何度も首を振って安全を確認すると、騒々しい一部屋を発見した。
だが目的の部屋の前にたどりついたとき、その音は突然に止んだ。
急に訪れた沈黙に、思わず木乃香は足を止めてしまう。
何が起こっているかわからない分、慎重にいかなければいけない。
下手に動くと、相手に誤解されて殺されたり、なんてことも大いにありうる。
身の回りにある光。それは探知機の赤い光だけ。
さっきよりすこし明かりが少ないのを察知してもう一度見てみると、木乃香は
「…………。」
――愕然とした。
点が、1つになっていたのだ。
2人でいるから安全だと思っていたのに、安全だから近づいてきたというのに、そこが殺人現場だったなんて、信じようにも信じ
られない。
だが木乃香には興味があった。
殺しの現場を見たい、死体を見てみたい。そんな興味ではもちろんない。
誰が殺したのか。これからの戦いで、敵となるのは誰なのか。そしてその人は自分でも止めることの出来る人であるかど
うか。そういう興味だ。
このまま自分が逃げてしまえば、殺人犯は他の人を殺す。いずれは止めなければいけないときがくる。ならば、いまここで
止められるならば止めてしまおう。そう、思った。
――あと1歩踏み出せば部屋の中を覗ける。
武器がないことを心細く思いながら、重心を前に傾け、足を持ち上げ、地面につける。
明かりのない部屋に壁の脇からそっと顔を出して、状況を――見た。
そこには赤く染まる床。液体は、いまも流れている。まだ固まっていない。
立っている人の手にあるのは、地面と同じ色のチェーンソー。
さらに地面には、バラバラになった人が放置されている。
木乃香は、瞬間的に顔を引っ込めた。
本能的に、ここを離れなければいけないという危険信号を受信した。敵は狂っている。
木乃香なんかでは相手にならないことを瞬時に理解した。
両手で口をふさいで、声が漏れないようにする。
相手に気付かれないうちに、一秒でも早くこの建物から出ようと歩き出したときだった。
ギシィッ――
「――!!」
木乃香は、声にならない悲鳴を上げる。
やってしまった。殺人鬼に自分の居場所を知らせてしまった。
ミ タ ナ ! !
一瞬の出来事だった。
亜子は振り返り、止めたばかりの電源を入れなおすと一目散に木乃香を追いかける。
木乃香は、もう無理だと最初から限界を感じつつも懸命に前へ進んでいく。
(なんでこんなことにならなあかんの?)
玄関にあった電話を思いっきり亜子に投げつけると、木乃香は病院を飛び出していった。
亜子は顔面にそれを食らって一度立ち止まったが、また追いかけていく。
自分に危害を加えた木乃香を血走った目で睨むと、叫びながら続いていった。
出席番号29番 雪広あやか 死亡
残り 16人
今日は以上です。
亜子の葛藤についてはあとで書いてあるので、いまなにも描写がないことを責めないでください><
明日は雨っぽいですが、試合がある予定なので、もし雨が降らずに試合があった場合は
かなり遅い時間になるかもしれません。
では。
乙!亜子怖いww
おつです。
のどか、今回は頑張るなー。
このかの話の展開、結構好きです。
乙。
キャラの口調くらいは把握したほうがいいかと…。
>>155 誰に関して言ってんの?
俺は違和感ないが
独り言いってるのどかの話。
まぁ前誰かが言ってたことと似たようなこと言ってるだけだけどね。
あぁ前に言われてたやつか
そのときも誰のことだかわかんなかったわ
のどかはこんなもんじゃね?
原作でも口調が変わる奴いっぱいいるしなあ……(特に二人称)
性格が変わる奴もいるし、「○○の口調は100%これ!」と言い切るのは難しい気がする
その辺に違和感感じるかは個人差だと思うよ
違和感ない人もいるし、どうにもならんと割り切るしかない
無理して受け入れろとは言わんが、指摘しても泥沼になるだけさ
とりあえず「おちんぽミルク」とか言い出すエロ同人よりは遙かにしっかり把握できてると思うよよ
>>159 いや、誰かが違和感を〜とかそういう問題じゃなくて、原作に矛盾が出ておらず書き手になるくらいならそのくらいはって話。常に最新を確認しにゃならんらしい人物呼称と一緒。
せめてタメ口なのか敬語なのか統一してくれないと他の人が言ってるのかと思った。
俺最近まで他ロワに張りついてたから知らんがルール変わってきたのかな。
こっちに移ってきてまた覗いてるわけだし。
取り合えず指摘するなら具体例を挙げた方が良くね?作品の一部を引用して「○○が〜〜です」じゃないか、ってな風に
違うって言われただけじゃ作者もどの辺りが違うの?とリアクションに困るだろうし、
指摘者の解釈が実は間違いor少数意見なのかも知れないし
俺が見た感じだと、のどかが語尾を引っ張りながらの『ですます調』なのが違和感の原因かなあ
のどかは敬語口調で語尾は引っ張るけど、あまり『ですます調』は使わないかと。指摘した人、俺の認識で合ってる?
あー、うん、そうだねごめん。携帯だと引用がめんどry
ですますじゃなくて一人のとき、図書探検(ゆえぱる)に対してはタメ口で他はたいてい敬語っていうところ。
寝よう
多分他ロワの人がネギロワみないほうがいいと思う
他ロワと一緒のレベルで考えないでやってほしいわ。
指摘するなら具体例を示すのは同意。
んで、前から揉める原因になるけど、呼称とか口調は原作がベースになるけど、
元々2次創作だから、原作に忠実に近づけて書くのも自分イメージを作品に入れ込んで
書くのも作者の自由だよね?
だったら24部における各キャラの言動は作者16が書いた言葉が正しいってことで良いんじゃない?
読む側にとってのイメージと違うと違和感は感じるだろうが、感性の違いはしょうがないし、
いちいち細かいところを指摘していたらキリがないよ。
どうも、試合でとっとと負けたので悲しくも早く帰ってこれてしまったザコ部長の作者16です。
えーと口調に関してですが、たくさんの方の指摘、擁護、ありがとうございます。
確かに原作と違っているところも多々あるかもしれません。違和感を与えてしまったこと、申し訳ないです。
ただ、実際に書いていて思っていたんですが、のどかの口調って異様に難しいんですよ。
いいわけするわけじゃありませんが、多少は大目に見ていただけるとうれしいところです。
では、今日の投下を始めます。
57.Confidence 〜敵襲、別れ〜
夜の沈黙とは正反対に、朝は小鳥のさえずりが心地よかった。
気持ちいいくらいに晴れ渡った朝の青空が、世界を包み込む。
太陽は橙色に輝いて、遠くに見える森も、この雪原も、すべて鮮やかな色に染めていた。
『第3回の放送を始めるヨ。寝てる人は早めに起きるヨロシ。』
相変わらずけたたましい音量で、島全体に放送が鳴り響いた。
洞窟の中でいつの間にか寝てしまっていた明日菜とまき絵の2人は、急いでバッグから名簿と地図を取り出す。
誰も死亡者が呼ばれないことを祈りながら、でもそんなことはないと知って悲しみに暮れる。誰も呼ばれないならば、
それは6時間誰も死んでいないということであり、ルールの都合上全員首輪の爆発で死んでいるはずだからである。
『では、亡くなった人ネ。順番に、23番の鳴滝史伽、2番の明石裕奈、24番の葉加瀬聡美、29番の雪広あやか、の4人。
禁止エリアは、3時間後、午前9時にエリア3、次の放送が入る正午にエリア10、となるヨ。
では。』
――まき絵も明日菜も、呆然と座り込むだけだった。
放送が鳴り止んでも、何もすることはない。放心状態になってしまった。
理由は簡単。親友の名前が呼ばれてしまったから。
朝、起き抜けで今日こそはがんばろうと意気込んだところで、この放送は効いた。
明日菜にとっては小学校のころからのライバルであり、親友でもあったあやか。
辛いときには互いにはげましあって、心の支えとなってきた。良き理解者であり、良きクラスメイトだったあやかが、死んでし
まったなんて想像がつかない。
対して、まき絵にとってはいつも仲良しだった裕奈。アキラがもういないいま、残った運動部仲間は亜子だけになってしまっ
た。時間が経てば経つほど仲間が減っていく。
一刻も早く、亜子と合流したいという気持ちが生まれた。
――当然、亜子が狂っていることなんて知らないわけだが。
頬を涙が流れる。
それを拭くこともせず、ただじっと焦点の合わない目で遠くを見つめるだけ。
世界が、憎かった。
誰だって命を懸けて戦うなんてことをしたいはずはないのに、強がらなければならないその現状を憎んでも何もはじまらない。
1人の人間の無力感を感じさせられるだけだった。
「ふぅ……。」
ふいに、まばたきすらほとんどしなかった明日菜が、ため息をついて立ち上がった。
まき絵はそれを驚くように見上げる。
「まきちゃん、夜言ってたこと、憶えてる?」
顔には涙が流れたあとがはっきりと残ってしまっている。
「夜って……可能性を信じるってこと?」
しどろもどろな返事。まき絵のほうも、涙の量は激しかった。
「そう。いまの放送を聞いても、考えは変わってない? やっぱり乗ろうかな、なんて思ってたりはしない?」
「うん、大丈夫。いくら誰を殺しても、裕奈は帰ってこないもん。そんなこと、しないよ。」
「そっか。それならいいんだ。」
明日菜は期待通りの返事が返ってきてうれしかったのか、大きくほほ笑んだ。
無理して作った笑いであることは、まき絵にも見て取れた。
でも、その笑顔は温かかった。
「この洞窟、奥に続いてるんだけどね……」
顎でまき絵の後ろを指す。暗い岩がどこまでもつらなっていて、冷たい露が滴り落ちていた。
「どういうこと?」
「まきちゃんと、別れなきゃいけないってこと。」
「えっ……!?」
「敵が来てるの。すぐそこまで来てるから、私が止める間に逃げて。」
いつの間にか、明日菜の表情が真剣なものに変わっていた。
地面に置いてあったサーベルを固く握りしめ、目元はつりあがっている。
言葉が本気であることを感じさせた。
突然の告知で焦りを隠せないまき絵だったが、できるだけ冷静になるよう努めた。
「アスナ……私が残って出来ることは?」
答えはわかっていた。でも聞いておきたかったのだ。
「ごめんね。――なんにもない。」
謝りながらも、有無を言わせない返事。
もう一度風が吹いて、焚き火の炎を揺らす。
これは一般人には理解し得ない、訓練されたもの同士の戦い。
明日菜が感じた気配はとても強い相手の存在を示すものであり、その相手が誰であろうとまき絵に手伝ってもらえるような
ことは何もなかった。
勝てないかもしれない。いや、かもしれないではなく、明日菜ではおそらく勝てない。
だからまき絵も巻き込んでしまうよりは、2人でつながった思いを伝えていって欲しい。
そういった考えだった。
「――わかった。明日菜、がんばってね。」
明日菜の思いを理解したまき絵は、反論することなく素直に立ち上がった。
明日菜には明日菜の仕事が、まき絵にはまき絵の仕事がある。
「防弾チョッキ、いる?」
「んー、じゃ一応もらっとく。まきちゃんも、がんばって。」
右手でガッツポーズを作って、まき絵に気合いを分けてあげる。
防弾チョッキを脱いだときに見えたきれいな肌が傷つけられることのないよう、ひそかに祈ることしかできないけれど、生きて
ほしいという思いは本物だった。
「うん。じゃあね!!」
まき絵もガッツポーズで答えると、火のついた木の枝を一本だけ持って松明として使いながら洞窟の中へと進んでいった。
その火の明かりが闇に完全に吸い込まれて見えなくなってから、
「いるんでしょ? 出てきてよ。」
明日菜は外に1歩出ると、森にあるひとつの木に向かって話しかける。
するとゆらりと影が現れて、明日菜の真正面に立ちはだかった。
いまでは一番といってもいいくらい一緒にいる時間の長かった友達。
そこにいるということは彼女は乗っているということであり、そのことが心の中で何トンものおもりとなってのしかかる。
この島に来て、感覚が狂ってしまったようだ。
目の前に師匠が変わり果てた姿で立っていても、ショックではあるけれど、動揺して我を失うことはなかった。
右手に光る鎌が、なんとも言いがたい戦歴を物語っている。
一緒に戦っていく仲間の側についてくれると思っていたのに、彼女は乗ってしまった。
悲嘆、という言葉がいまの明日菜を一番良く表せる単語だろう。
「刹那、さん……」
戦意のこもった声で、相手を再確認するかのようにつぶやいた。
残り 16人
58.Coldness 〜師弟関係、敵対関係〜
「なんで、乗っちゃったの?」
言葉には、気持ちというものがまるで入り込んでいない。
ただの高低のついた音といっても過言ではないくらいの、中身の無さだった。
「超鈴音の消失を目撃したから、それが理由です。」
あくまで落ち着いた声色。感情を押し殺したようなその声は、明日菜にもどこか似ていた。
明日菜は失望するあまり感情をあらわに出来ない。刹那はわざと感情を表に出さない。
2人の体を流れる血は、雪よりも冷たく凍りついているのだろうか。
「そんなことを聞いてるんじゃないわよ!!」
だが一瞬にして、明日菜の血液は沸騰したかのように燃えたぎる。
とてつもない大声にびっくりして、珍しい雪ウサギたちが大急ぎで逃げていった。
止まっていた鳥たちもいっせいに大空へ逃げ惑う。
「こんなことをして、どういう結末が待ってるかわかるでしょ? 誰も幸せになんかならない!! 刹那さん自身も辛い思い
をしなきゃいけないっ!!」
刹那は何も答えない。
答えられなかった。最初から、誰かにこう言われることはわかりきっていた。
それもすべて承知で、この道を選んだのだ。
「あんたは刹那さんなんかじゃないっ!! 私の知ってる刹那さんは、もっと優しい人だった――」
――――――
明日菜のいうとおり、最近の刹那はとても他人想いになってきた。
明日菜、ネギ、のどか、夕映……
木乃香だけでなく、他のたくさんの人とも仲良くなって、まほら武道会のときにエヴァンジェリンに言われたが、刹那はとても
幸せだった。
修学旅行以来、その幸せを知ってしまってからは、刹那はずっと楽しい学園生活を送っていたような気がする。
それまでが寂しすぎたのかもしれないが、友達に囲まれて生きる時間はとても暖かくて、こんな生き方があるのかと信じられ
ないくらいだった。
みんなから得た信頼を裏切らないように、常に他の人のことを考えつつ剣を振る。
それが、ここ最近の刹那だったのだ。
だがこの島に来てから刹那がやろうとしていること、つまり、自分または木乃香が優勝して2人で帰るということは、そんな刹
那とはかけ離れている。
ただ詠春の気持ちを考えず、いや、考えはしてもそれを無視して、頼まれたことだけを鵜呑みにし、遂行する。
真名と同じように、依頼があるから仕事をする。
木乃香を守るためだけに動く、殺戮人形に等しい存在だった。
信頼もへったくれもない、人殺しに成り下がってしまうのだから。
それでも木乃香を守らなければならないという気持ちに変わりはなく、そのためには仕方のないことだと、さっき決めたのだった。
絶対に木乃香を守る。
そのために、可能性の高い方法を選んだまでのことだ。
もう迷っていてはいけない。
このゲームで勝つということを最終目的に定めたのならば、迷いやためらいは障害でしかないものとなってしまう。
だからこそ刹那は、感情を封印して自ら人形と化した。
「確かに、私は刹那ではないのかもしれませんね。」
表情に変化はない。
「人には二面性がありますから。アスナさんの知っている桜咲刹那は、みんなの友達の優しい刹那かもしれません。
でも、私にも裏がないわけではない。理由と勇気さえあれば、人は自分の目的のために他人を殺すことくらい出来ます。
そもそも、私は人でさえないですし。もともと化け物は、人類の敵なはずです。」
「そんなの関係ないわよ!! そんなことを言ってるんじゃない――」
怒声は、弱まることを知らない。何を言おうと、明日菜は沈静しないだろう。
「人じゃないから何? いままで刹那さんはこのかや私たちのために一生懸命付き合ってくれたじゃない!! 超さん
を止める作戦にも迷わず加わってくれた!! 望みの薄いことだって信じれば叶うって、ネギが教えてくれたよね!!
それなのに、それなのに……」
明日菜はしゃがみこんでしまった。
悔しさのままに雪を何回も殴りつける。そのたびに、サクッと軽い音が聞こえる。
その音は、なにをしても無駄な明日菜の言動を比喩しているようにも思えた。
刹那はしばらく何もいわなかった。明日菜の様子を、じっと見つめていた。
「こうは、考えられませんか?」
そうして、口を開いた。
「なによっ!!」
「私は自分の意志で動いていたのではなく、すべてこのかお嬢さまに面倒ごとが降りかからないように動いていたのだ、と。」
「――っっ!!」
明日菜は、絶句した。刹那が悪魔に思えた。
この悪魔は何を言っているんだ。自分の想像を超えた凶悪な存在と、親友になった気になっていたのかもしれない。目の前に
いるのは、ただ制御された機械のように働く人の形をした物体なのだろうか。
「そんなわけない……」
「はい、そんなことはありません。」
弱気になった明日菜に、今度は即答する刹那。
わけがわからない。何を伝えようとしているのか、ただ単純にからかっているだけなのか。
明日菜はうつむきかけた顔を、またすぐに上げた。
「私は自分のしたいことをしてきたつもりです。自分の望む未来を求めて、それが多少お嬢さまの迷惑になることになっても、
行動してきました。」
「くっ――結局、なにが言いたいの?」
「ふ……。つまり今回出した結論も、私が望んでやったことだということです。確かに最初から望んだわけではないですが、
もう後戻りはできないところまで来ましたから。」
わかりづらすぎる刹那の考えに圧倒されそうになりつつも、明日菜は唇をかんだ。
刹那なりの結論。それを明日菜に変えることは出来ないのだと突き放されそうだった。
「……そんなことをしてこのかが喜ぶと思ってるの? このかと小さい頃から一緒にいたのに、このかの何をわかってあげられ
たっていうのよ!! それじゃいままでの苦労を全部泡にしてこのかを悲しませるだけじゃない!!」
明日菜にとって、決めゼリフとも言える言葉だった。
木乃香の気持ちを考えれば、殺しまわって木乃香を生還させるというやり方が間違っているのは当たり前のことなのに、
刹那はそれを見て見ぬふりをしているのだ。
冷静に考え直せば、刹那もきっとわかってくれる。
――そう、信じていた。
「でもアスナさん。私の役目はこのかお嬢さまを喜ばせることではありません。お嬢さまの命をお守りすることなんです。」
刹那の声が、すこし悲しそうに聞こえた。
何の感情も示さなかった刹那が、涙ぐんでいるようだった。
下をうつむき、一粒だけ、しずくが滴り落ちる。
「私だって、このちゃんと楽しい日々を過ごしたいのに。」
小さな、とても小さなささやき。こらえきれない本音。どうしようもない真実。
明日菜の優れた耳は、それも聞き逃すことはなかった。
「だったら!!」
刹那のこんなところを、明日菜ははじめて見た気がした。
いつだって刹那は強かった。まわりのみんなとは比べ物にならないくらいの苦労を重ね、変えられない過去を踏みしめて
生きてきたと知っている明日菜には、その強さがわかる。
だからこそ、刹那の苦しみを分けてもらいたかった。
もうこんな思いはしなくていい。一緒に超を止めに行こう。
「いえ、そうはいきません。」
だが、返事は残酷だった。
強がっているのだろう。涙は顔から消えている。
「どうして!?」
「私は、決めてしまったから。もし超鈴音を止める方法があったとしても、それを実行している最中にこのかお嬢さまを亡く
すことがあったならば……。そう考えると、優勝するのが一番確実だと判断してしまったんですよ!!」
なげやりな叫びが、広い雪原を走り抜けていった。
刹那は鎌を握りなおす。明日菜もサーベルを強く掴む。
「そっか……。やっぱり私には刹那さんを説得することは出来なかったか……。」
震える口調で、明日菜はつぶやいた。
「しょうがない、ことだよね。言葉で説得できないなら、力で説得しないと……。」
師弟対決が、いま、始まる。
両者の涙を乗り越えて幕をあけるこの戦いは、片方の死を代償とするまで終わることはないだろう。
残り 16人
またですが、次まで行くとキリが悪いので今日も2話だけにさせていただきます。
明日はちゃんと3話投下します。
では。
乙です。
まだ先はわからないけど、この調子だと刹那と木乃香でなんかクライマックスが
ありそうな予感。
のどかの口調が異様に難しいというのはよくわかります。
中途半端に口調に特徴があり、状況や相手によって敬語とタメ口の両方を使い、
語尾を伸ばすか延ばさないかとかで結構迷う。文字だけだからその辺のごまかし利かないからね。
ちなみに、まき絵と桜子は同じ場所でしゃべっていると書き分けが困難というのもある。
2次創作を書いたものなら良くわかると思う。
あと亜子の関西弁も結構中途半端だから書く時困るもういやだ死にたい
乙です
原作でのどかがまき絵の事をまきちゃんて呼んだ時には困った。更に次の台詞が「いいよなー」だったから悶絶した
本屋さんの言動は本当に分かりません
余談だけどネギロワアンケートが結構面白い展開になってきている。
さて、誰が一位になるか?
やってなければ、一位がキャラプロフィールだろう。残り日数わずか、どうなる?
またですが、次まで行くとキリが悪いので今日も2話だけにさせていただきます。
明日はちゃんと3話投下します。
では。
あー誤爆……orz
無視してください
どした!?www
むむー、やっぱりまき絵が優遇されとるぅ
どうもー今日も寒いですね。
>>179 「書きこみが終わりました」のページから違うサイトに行って、しばらくしてから「戻る」を押したら「ページの有効期限が……」っていう
ページになったんで、なんのページだったんだろうと思って更新押したら、もう一回書き込んじゃいました。
>>180 そんなことないですよー
1作目みたいな意味のわからない戦闘能力とかないですから^^
では、今日の投下です。
59.Gratitude 〜不器用な恩返し〜
「崖!?」
のどかは大丈夫だろうか。ちゃんと生きていてくれているだろうか。
あれから40分ほどしか経っていないのに、ひどく心配になってきた。
私を守るためにのどかが死んでしまっては本末転倒。
やっぱりのどかの気持ちを無駄にしてでも、自分が残って戦うべきだったのではないだろうか。後悔だけが、ハルナを締め付ける。
だがその後悔すらも消し去る状況が、そこには待っていた。
10メートルも歩けば、そこは足場というものが存在しない。
下を覗きこんでみると、小さな集落のような古風な村が広がっているばかり。
草木が茂る真下に落下しても死ぬことはないかもしれないが、怪我は免れないだろう。
左を見ても右を見ても、崖。上層部分、といっていいかどうかわからないが、いまいる崖の上の大地の中で、突起した部分に入り
込んでしまったようだ。
かといって後ろに下がろうものならば、自分を狙うAK-47が追いかけてくる。
絶体絶命だった。
せっかくのどかが時間を稼いでくれたというのに。
自分の逃避行はすべて無駄だったというのか。
逃げる方向を間違えた? それともこの崖を飛び降りてでも逃げるべき?
考えても考えてもいい方向の答えは出てこない。
どうしようもなくその場に立ち尽くしているうちに、遠くからかすかに聞こえてくる音があることに気付いた。
それはだんだん近づいてきて、人が立てている音だということもわかるようになる。
――待ってもいないのに、地獄への使者が再登場してくれたのだった。
40分前となんら変わりはない。
使い慣らした銃に、黒焦げの服、ただれた肌。
「……のどかは、どうしたの?」
何食わぬ顔で見つめるザジに、ハルナは震える声で問いかける。
なぜ震えているのかはハルナにもわからない。怒りか、悲しみか、恐怖なのか。
答えを聞くことの恐ろしさ。そのせいなのかもしれない。
だがザジは首をすこしだけ傾けて、『さぁ、知らないな。』というように肩をすくめるだけだった。
それはハルナにとって十分すぎる答えだということも知らずに……。
「のどかを、返しなさいよ!!!!!」
ハルナはこらえ切れず、のどかにもらった銃をザジに向けて引き金を引いた。
許せなかった。人の命をなんとも思わないクラスメイトが。
たくさんの命を犠牲にしてでも自分を生かそうとして、その害を被る側の一端にあった、のどかという存在。
目の前に人がいるから殺す。何もしていない人だろうと関係なく滅ぼす。
のどかは罪もないまま、ザジのその信じられない精神の餌食となってしまった。
そんなこと、見過ごしていいはずがない。ネギの言葉を借りれば、それこそ本物の悪。
だからのどかと同じ苦しみを味わわせてやろうと、憎しみをこめて撃ったつもりだった。
――が、銃口からカチッとかすかな音がたっただけで、弾は出てこなかった。
銃を見て、安全装置が外れていることを確認する。
ちゃんと引き金に指がかかっていることも認知した。
そしてその小気味よい音が何を意味するかも理解できずに、壊れた機械人形のように何度も人差し指の曲げ伸ばしを行う。
だがいくら引き金を引いても、カチッカチッと弾切れを知らせる音がくりかえすだけ。
乾いた音は、ザジになんの脅威も与えない。
ハルナの顔は、痙攣を起こして引きつった。
「終わった……のね。」
恨みのために燃えたぎっていた気持ちが、一瞬で絶対零度にまで突き落とされる。
ハルナは小さくつぶやくと、空を見上げた。
そこに空なんかがなくたってかまわなかった。目的は、流れそうになってしまった涙が流れないようにするためだけだから。
1人の人間の無力感を感じながら、景色はゆらゆらとぼやけてくる。
すぐに目は清らかな水で満たされ、瞳から横へこぼれてしまい、頬をつたって地面に落ちた。
こうなってしまったら、もう最後の手段しかない。
できればやりたくなかったが、これも3−Aのため。
自分のすべてを捧げて他人を救えるならば、喜んでこの身を捧げよう。
――右ポケットに入れたリモコンを、ハルナはひさしぶりに表に出すこととなった。
「これがなんだかわかる?」
返事なんて期待していない。
1人でしゃべっていたいだけ。自己満足にもほどがある。
でも自分の最後の仕事となる劇を、ザジに見届けて欲しかった。
「最初にあなたの体を燃やし尽くした爆弾の、スイッチなんだ。」
それを聞いてザジの顔が、初めて動く。
目元がキリッとつりあがり、それはほんのわずかな違いだったが、怒りというものが見て取れた。決して表情を変えることの
なかったザジが顔をゆがめるほど、怒りがこみ上げているということだろう。
「私を追いかけてきたのも、自分の復讐のためなんでしょ?」
返事はなかった。
その代わりザジが、首の骨が折れてしまいそうなくらいの勢いで、いきなり森に顔を向けた。
ハルナも話すのをやめて、ザジと同じところを見る。
そこには予想だにしなかった人が立っていた。死んでしまったと思っていた人が。
「はぁ、はぁ、ハル、ナ……追い、ついた!!」
「のどか!!」
のどかは膝に手をつき、息を切らせながら、立っているのもやっとという様子だった。
やがて呼吸が整ってくると、ザジを見ることなくとぼとぼとハルナのもとへ歩いていく。
対するザジも、その様子をなにもせずただじっと見つめていた。
のどかの両手に武器が握られていないことを見てわかっていたから。
トドメなんていつでもさせる。
それより気になるのは、ハルナの動向だった。
「よかった……本当に、よかった。」
ハルナのところにザジが来たことでのどかは殺されてしまったんだと思い込んでいた。
でも、そんなことはなかった。のどかはいまこうして生きている。
また一緒になれた。すぐに別れてしまうことになるけれど、死ぬ前にもう一度会えた。
それだけで、ハルナの心にやわらかな光が差し込んだ。
「ハルナ……ごめんね。結局逃がしてあげられなかった――」
「ううん。あんたは十分やってくれたよ。」
目にかかる前髪をかき分け、ハルナは自分の胸に抱きついているのどかの顔を覗き込む。
誓いがあったのだろう。涙はやっぱりなかった。
悲しそうな表情は浮かんでいても、泣くことは決してしていなかった。
「で、だ。のどかがこれだけ私のことを守ってくれたんだから、恩返しをしなきゃいけないね。ってことで、今度は私がのどかを守る番。」
のどかが顔を上げる。
何を意味するかわかったような気がしたから、それを止めようともがこうと思って。
「のどか……いまさらこんなこと言うのもなんなんだけど……精一杯生きて。」
残り 16人
60.Sacrifice 〜すべては2人のために〜
重力がなくなった。足が地面から離れ、宙に浮かんでいる。
何かに捕まろうと手を伸ばしても、差し伸べられる指すらもなかった。
それはハルナに胸をどつかれ、1歩後ろに下がってしまったのどかの体の現状。
「えっ、ハルナ、ちょっと――」
視界が反転する。
抵抗しようとするも、あと一歩のタイミングでハルナの行動の方が早かった。
「じゃあね……」
涙声で見送るハルナの姿が、視界の下へ消えていく。続いて森の緑も。
見えるのはまだ暗い夜空。太陽が地平線の下から顔を出そうか迷っているらしく、すこしだけ明るくなってきていた。
崖を作り出している岩は黒。鋭利な刃物にも似た光沢を放つところもある。
確かに見えたのは、そこまでだった。
「きゃあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
がくんっと落下を始めた。
ぐるぐるまわる世界で、のどかは下へ下へ落ちていく。勢いは衰えることなく、迫ってくる緑色はどんどん近づいてくる。
ハルナは何を求めて自分を突き落としたのか。
生きて、と言ったにもかかわらず崖から投げ出すハルナの行動が理解できない。
ハルナがこれからする行動がなんであるか知らないのどかには、さっぱりわからなかった。
――だが、それを理解する時は案外早くおとずれることとなった。
自分が落ちてきたところはもうはるか上。
岩肌が永遠と天まで続いて見えるが、かすかに見える空と岩の境目、つまり地上の最先端の部分にて。
変化があった。
轟音に乗って橙色のなにかが広がったかと思うと、灰色の煙が風に吹かれて散っていく。
(うそ……ハルナ……なんで!?)
知りたいと思っていたはずなのに、知ってしまってからは知りたくなかったと思いなおす。
ハルナの武器を知っていたのどかは、嫌でも悟ってしまった。
彼女が――自爆したことを。
そしてそれを悟った瞬間、のどかはガサガサと葉の間を通り抜けて、スピードが遅くなったのを感じながら頭に衝撃を受け、気絶した。
――――――
この子だけは巻き添えにしたくない。そう思って、突き落とした。
さっき見た限りでは落ちても大丈夫だろう。めいっぱい茂った木の葉や、地面に団子状に固まって生えている草がクッションとなってく
れるから、死ぬことはない。
もし怪我をしたとしても、きっと村にいた人が介抱してくれる。
このまま一緒にいたって助かる可能性はないのだから、
それよりも問題なのは、私のほうだ。
バッグを背負ったまま、ハルナはザジへと突撃していった。
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
叫んだほうが力が入るとどこかで聞いたから、忠実に実行してみた。
予想通りザジの銃は火を噴き、連続した銃声と空薬莢が土に落ちる小さな音が耳をふさぐ。
ハルナには無数の弾を避ける技術なんてものはない。
足をかすったかと思えばすぐに肩を撃ちぬかれる。
弾が靴を貫通して爪先に突き刺さり、転びそうになっても気合いで立て直す。
連射された弾は吸い込まれるように、ハルナの体のあらゆる箇所を貫いていった。
叫び続けたまま行こうと思っていたが、呼吸器官を締め付ける激痛に声が出せなくなり、仕方ないので歯を食いしばって痛みを
耐えながら前へ進む。
もとから足を撃たれている。早くは走れない。
それを承知していたからこそ、痛みなんかに構ってはいられなかった。
ザジを巻き込まなければならない。確実に殺せる位置まで近づいてから右手のスイッチを押す必要がある。
だがそれを察したザジは撃ち続けながら後退する。
ここまで追い詰めておいて相討ちにされてはたまったものじゃない。
武器が入っているのはハルナがかけているバッグの中。
ザジは追いつかれるより先にそれを撃ち抜いてしまおうと考え、ハルナの横腹周辺を目掛けてAKの引き金を引きっぱなしにした。
ハルナの体に数え切れないほどの銃創が残るが、それでもハルナは倒れる様子はない。
倒れるどころか立ち止まる気配もなく、速さが衰えることすらなかった。
バッグの生地が衝撃を吸収してしまうのか、当たっているはずなのになかなか爆発してくれなかった。
「……すごい気迫……でも、残念。」
パンッ
――それは軽い銃声だった。
単体では人を殺すなんて到底不可能ではないかと思えるくらいの、短い音。
ザジは、一直線に突っ走るハルナの体でゆれているバッグの口が開いていて、そこから爆弾が覗いているのを見逃さなかった。
まっすぐに走ってきてくれるので狙いやすい。
当てればいいだけと知っていたので、落ち着いて狙いを定めて、一発だけ撃った。
その弾は、ザジに与えられた屈辱と同じものをハルナに植えつけようと、吸い込まれるようにバッグの中へと、たったひとつのもの
へと向かっていく。
青春真っ盛りの女子の体を無惨な姿に変えられた苦しみ。
復讐をするにはあまりにも最もすぎる理由だった。
そして、ひっくり返ってしまいそうになるくらいのすさまじい音が、銃声に導かれるかのように響き渡る。
(自爆すらもさせてくれない、か……。)
いま一度、無力さを突きつけられた。
(のどか、私のこと、忘れないでくれるよね……ゆえと一緒に、ちゃんと帰りなさい……)
橙色の光の中、ザジにはハルナの体が爆発と共に空中で分解して、あちこちに散らばっていくのが見えた。
まさに砕け散るという言葉がふさわしい、華麗な逝き様だと思った。
かといってザジも無傷でいられるわけではない。
吹きすさぶ爆風に体を持ち上げられたかと思うと、そのまま後ろへ吹っ飛ばされて崖から遠ざかる。
森に生える大樹に背中から衝突すると、呼吸困難になりかけながらどうにか立ち上がった。
見れば体の前半部分は、グロテスクな赤黒い液体で染められている。
その液が皮膚を流れるいやな感触を取り払おうと体をぶるぶると震わせて、ザジは落ちないように注意して崖の下を覗きこむと、
また森の中へと足を進めていった。
もはや生き残るためならば体なんてどうなってもいい。
そんな考えが見るだけでわかってしまう、酷く醜い格好のまま――
出席番号14番 早乙女ハルナ 死亡
残り 15人
61.Residence 〜鬼退治〜
円の立ち直りは早かった。立ち直れたわけじゃない。でも、やるべきことをわかっていたからこそ、美砂の言うとおり
立ち上がらなければいけないと思ったのだった。
不規則に聞こえていた声も、すぐに止んだ。
円が顔を上げると、美砂はほほ笑んでいた。泣いてはいけないと、伝えてくれた。
だからこそ、円の方は真剣な顔つきに戻った。
「こんなこと言いたくはないけど……朝倉は、私たちで殺すのがいいと思う。」
朝倉は殺人鬼。
このまま逃がしてしまえば、自分たちだけでなくほかの人たちにも被害が及ぶ可能性は十分にある。せっかく美砂を
助けられたのに、その代償として他の仲間を奪われてしまうのは、とても許されることではない。
この手を血に染めるのは嫌だけれど、結局誰かが朝倉を殺さなければいけないときが来る。
ならば、被害を最小限にとどめられるいま、自分たちで殺してしまうのが得策だと思った。
美砂もその考えを察したのか、一瞬息をのんだが、黙って首を縦に振った。
「武器も結構いいから、きっと倒せるよ。それに、円がいてくれるしね。」
実際円には、美砂が殺されかけたときに朝倉を殺してしまうことはできた。
でもそれを見た美砂との仲がこじれて、大切な親友と対立してしまうこともありえると考えて、美砂の了承を得てから
朝倉を倒そうと思っていたのだ。
だからうなずいてくれた美砂の決意の言葉を、確かめるかのように頭の中でくりかえす。
正義感の強い円。人殺しをすることに大きな抵抗を感じはするけれど、それが正しいと思い込むことで心は決まっていた。
朝倉は美砂に激しい怒りを感じている。美砂を殺すまで、この住宅街を出ることはないだろう。
美砂がそのことを告げると、円はゆっくりと立ち上がった。
「なら好都合じゃん。正々堂々、やりあってあげるよ。」
涙を強引に拭い去ると、銃を右手に持つ。
床においてあった住宅街の地図をポケットに詰め込むと、円は正面玄関から外に出た。
美砂も、それに続く。
戦いの予兆を示すかのように、冷たい風が大通りを吹き抜けていった。
2人は、左右で同じつくりの家がずっと建ち並ぶ通りを抜け、住宅街の中心らしい広場に顔を出した。
放射状に8方に道がつづいているそこは、狙われている身としてはあまりにも不利すぎる。
「行くよ!!」
だが隠れる場所が多そうな反対側の通路へ行くため、2人は全力疾走で広場を通過する。
風の音に混じって銃声が一発だけ聞こえたかと思うと、2人が走っているすぐ後ろを弾が通過して、家の窓を豪快に割ってのけた。
ジャンクの塊の裏に身を隠して地図を開く。現在地に指を添えると、そこから弾の飛んできた方向へ滑らかに指を動かしていく。
「南西の通路のどこかにいる。」
「りょーかい。じゃあ北からまわりこんで、後ろを狙おう。」
予定通りだった。
住宅街のど真ん中を通過すれば、朝倉が撃ってくれる。そうすれば敵の位置を把握することができる。
作戦通りにいったことを喜ぶ間もなく、2人は立ち上がって走っていった。
「くそっ!!」
広場から20メートルほど南西に進んだところで、朝倉は銃を構えていた。
かすかに外れて避けられたのを見届けると、直接広場へは行かず、小さな路地を利用しつつ2人が身を隠したほうへと進む。
冬らしい枯葉が散って、カサカサと音をたてるたびにそっちの方を振り返り、警戒心を強めて走っていく。
2人がいたのとは違うジャンクのところにたどり着くと、その周辺の地面を見つめ、埃がすこし払われている通路を発見してそこ
へと歩を進めた。2人分の足の形に地面に積もった塵が消えていて、あとを追うにはちょうど良かった。
ある角で曲がった足跡を発見すると、壁に背をつけて銃を胸元に構えて顔だけ角から出して通路を覗く。
誰もいないことを確認してまた走り出し、すこしすると足跡を見るため立ち止まる。
足場の関係で見えにくくなってきた足跡を見逃さないようにするため、朝倉は腰を低く下げて慎重に歩いていった。
敵は2人。数的には負けているし、向こうには高性能な武器もある。
だがこの入り組んだ住宅街の中なら、相手に気付かれずに攻撃できるチャンスがきっと来るはず。少なくとも、他のところよりは
その確率も高い。
だから朝倉は諦めるなんてことをするつもりは全くなかった。美砂を殺すまでは逃がさないし、逃げない。ついでに円も殺す。
不気味ににやついて、銃をくるっと指で一回転させると、自信と興奮に満ち溢れた顔で地面を見下ろした。
――当然あると思っていた足跡は、すこし先でぷっつりと途切れていた。
「どこへ行った――?」
最後の足跡のところまで進んでいって、そのまわりを確認する。
一本道。
まっすぐと伸びている道には、かすかな足跡も見当たらない。足跡をつけないように歩いたわけでもなさそうだった。そもそもそ
んな技術はないはずだ。
空を見上げてもなんのヒントもない。人は空を飛べない。
マンホールやなんかもなく、朝倉はただ湧きあがってくる焦燥感のままに立っていることしかできなかった。
遠くから、銃声が聞こえた。
その瞬間、朝倉の左側の壁が小気味良い音をたて、くすんだ白色がへこんで銃創をつくる。
「狙われたか!?」
朝倉はあわててしゃがみこむと、頭上をもう1発、弾が通過していった。
またしても左側の壁に当たって、弾が地面に転がった。
「どこから……?」
もう一度、あたりを見回した。
すこしも曲がることなく走っている通路。前からの狙撃ではないように思われた。
かといって後ろにも誰もいない。
右側の家々をじっくりと、舐めまわすかのように気持ちの悪い目で調べていく。
焦げ茶色をした壁に包まれた大きな家が並んでいるだけ。やはり抜け道なんかはなさそうだった。
――いや、あった。
動いていた朝倉の目玉が、ある一点を見つめて止まった。
とてつもなく大きな家。それは一軒ではなかった。
一軒だと思っていた巨大な家の中心あたりに、壁と同じ色をした瓦礫が積み重なって薄暗い路地を隠していた。
そこに路地があると言われてから見直しても、見つからない人には見つからないであろうと思われるくらいの存在感の無さ。
気付いてみれば、その真横から足跡は消えていて、路地の中に突っ込んだのがわかる。
おそらくなにもなかった路地に入って、落ちていた瓦礫をその入り口に積んでカモフラージュしたのだろう。
夜であるのも味方して、うまい具合にまわりの風景と同化していた。
と、もう1発、右から左へ目の前を通り過ぎる。
瓦礫の隙間から狙って、遠くから発砲してきているのだった。
朝倉は状況を不利だと踏んで、相手から見えない位置まで移動してから、すぐ近くにあった大きめの家に入り込む。
都合よく窓の鍵が開いていたので、そこから侵入することができた。
「くっ、惜しいっ!!」
「逃げられちゃった?」
「うん、ごめん。隙間を通して撃たなきゃいけないから難しくて……」
「しょうがないわよ。銃なんか扱ったこともないんだから。」
朝倉の予想通り、瓦礫のはるか向こう側から、アサルトライフルのスコープを覗く円の姿があった――――
残り 15人
今日はここまでです。
毎週のことですが、明日は塾なので遅くなると思います。
では。
乙です。
ハルナ・・・なんという最後を・・・
最近ネギまにはまって元々ロワスレ好きでネギロワスレがあると聞いてすっとんできました
とりあえず何作か読んでみたいんですがこのスレの代表作5つあげるとしたら何部と何部とryでしょう?
1番人気が高いのは6部16部21部
この3つは同じくらい1番人気。他はばらばら。
俺は10部が1番お勧めだが。
ならば俺は7部を推す。作者6氏と司書氏は2作書いてるから、読み比べるのもまた一興。
純粋にネギまキャラのバトロワSSといえるのは初期のほうだから初期のころかなぁ。
最近のはバトロワ設定のネギまSSって感じだから、初見さんにはおすすめはしない。
良い話ではあるけどね。
バトロワ設定でいいと思うんだよね
実際パロロワなんてそんなもんだし
別に悪いとは言ってないし思ってないけど
おすすめは俺も7部。
好きなのは7部と10部13部17部19部。
15と21が一番好き
21部と13部は見るべき
ただ13部はとても長いので時間のある時にね
結論、それぞれの部にそれぞれの良さがあるから、
自分で読んで判断した方が良い。
人から聞いたのだけ読むと、自分好みの作品を読みそこなうかもしれないからね。
傾向として人気のある作品はあるが、これも好き嫌い別れてたりするんだよね。
過去作品の話、特にどの作品が良いかという話題はもめる原因になるので
このへんで!
どうも、こんばんは。遅くなってすみません。
今日の投下です。
62.Messiah 〜悲しみの救世主〜
この島に来てから、どのくらい走っただろうか。
とりあえず、他の人と比べれば一番走っているだろう。
3キロ? 5キロ? いやもっと走っているに違いない。
風香に追いかけられて走る。裕奈と別れてからも走る。そしていまも走る。
ただひとつだけ思ったことがあった。
走っているということは、誰かから逃げているということだ。
力が欲しい。前からそう思っていたのに、結局自分の力で戦って誰かを止めようとか、死ぬのを覚悟で説得を試みよう
ともしていない。
自分が逃げる、相手が追いかけるという構図のままでは、何も変わらない。
木乃香が誰かを守れたといえる日は絶対に来ないのだ。
「はぁっ……はぁっっ……」
呼吸は信じられないくらい速くなり、それとは反比例に木乃香の足は遅くなってくる。
運動部と文化部の違い。それだけでは説明できない体力の違いが、そこにはあった。
木乃香を追いかける亜子の足は止まることを知らない。
2人の差は縮まるばかりだった。
逃げてばかりいる自分。
でもそれが悪いことではないと、木乃香は知っていた。
相手から逃げていても、生きることからは逃げてはいないから。
生きることをあきらめてしまっては、その時点で先へは進めなくなる。
逆に敵から逃げる分には、その先にまだなにか方法が残されているはず。
だから木乃香は走り続けた。
どんなにみっともなくたって、どんなに情けなくたって、生きることをやめたくない。
生きることに意味があるのだ。裕奈との約束を果たすというところに意味がある。
その強い意志があったからこそ、木乃香の足は止まらなかった。
だがその勢いは、いつまでも続かなかった。
あやかのときと同じ。体力の差に不可能を感じ、一瞬だけ無理だという気持ちが芽生えた。
その瞬間に木乃香の足は、むき出しになっている木の根にひっかかって体ごと前につんのめる。そのままうつぶせに
倒れこんでしまった。
立ち上がろうと腕に力をいれても、ガクッと肘が曲がってしまって突っ張ることができなかった。そういえばさっき転んだ
ときも裕奈に助けられたことを思い出し、自己嫌悪にさらわれる。
足もパンパンに張っていて、もう走ることは無謀にも思われた。
立ち上がっても無駄だと踏んだ木乃香はゆっくりと仰向けになると、目前に迫っていた亜子の姿を見つめた。
「お願いやから……殺さないで……裕奈のためにも――」
見苦しいことは承知で、命乞いをする。
届くはずのない声。必死で伝えようとしても、その赤い目、どす黒い心には届かない。
血の色で染まった回転する刃を振りかざして、亜子は木乃香を見下ろした。
「やめて……裕奈が……裕奈と約束したんや――」
しかし狂ってしまった亜子には雑音でしかなく、残酷にもその凶器を振り下ろす――
その目を見ても、その手を見ても、容赦という2文字はどこにも見つけられなかった。
邪魔者がいるから排除する。ただそれだけの機械的な行動に、眩しい希望の光を見出せるはずもない。
裕奈が最期に木乃香との約束を思い出したように、木乃香が思い出したものは、裕奈に背中を押し出されたあの瞬間。
裕奈は泣いていた。木乃香のために、涙を流してくれた。
自分のすべてを捧げて木乃香に託してくれたというのに、結局木乃香はなにもできすにこの世を去ろうとしている。
(ごめん……生きられへんかった……)
右手を眺めて、髪ゴムを見る。
『ごめん』のひと言では表しきれない複雑な気持ちが、木乃香の心を渦巻いた。
木乃香のまわりを光が取り巻いていた。
(ほんとに……ごめん……)
弱い自分は、最期まで弱いままだった。
悔しかったけれど、もうどうすることもできない。
木乃香は心の中で裕奈に泣きついて謝ると、ぎゅっと目を閉じた――
――――が。
木乃香に痛みは襲ってこなかった。
代わりに聞こえてきたのは、チェーンソーでなにかを削る音と、悲鳴だった。
「やめてえええええぇぇぇぇぇっーー!!」
耳をつんざくような叫び声。すぐ近くから聞こえてきたそれが何を意味するのか、木乃香には全く理解できずにいた。
もう死んでしまって、痛みなんかは感じない世界にたどり着いたのかなどと意味のわからないことを思ったが、意識が
はっきりしすぎているのに違和感を覚えて、考え込む。
目は相変わらず固く閉じたまま。
それを開けることが、一番の答えをくれる。
そう思って事実を知ろうとそっと目を開いてから、やっと何が起こったのかを悟った。
――わかりたくもない真実を、自分への戒めとして瞳に焼き付けた。
目の前にあるのは、自分と亜子との間に割り込んできた、ひとりの体。
その左腕は見事なまでに切り飛ばされていて、断面からは噴水のように血が湧き出ている。
木乃香を守るために突然現れた救世主によって、いま自分が生きているということ。
つまり簡単に言えば、またしても他の命を犠牲に自分だけ助かってしまった、と。
「うそや……こんなの……」
皮肉にも、木乃香は無傷だった。
殺されそうだったときには涙は出てこなかったのに、どうして自分以外が死んでしまいそうなときには感情を抑えられないのだろう。
切られた左腕から飛んで木乃香の顔についた血が、涙とまざりあって淡い色のしずくとして頬を流れる。
いまのいままで現実だと思い知らされていたこの世界を、夢だと信じたかった。
こんなことになるくらいなら、あきらめてしまえばよかったと、後悔に襲われる。
他人を守るどころか、他人を巻き込んで殺してしまった。
そのうえ自分だけはのこのこ生きている。
せっかく助けてくれた命なのに、亜子から離れることができなかった。
いや、亜子からではない。自分のすべてを懸けて救ってくれた彼女からだ。
まだ息はあるようだった。
なぜか?
それは、亜子を正気に戻すため、必死に説得しようという強い意思があったから。
死んでしまっては伝えたいことも伝えられない。
「亜子――」
普段の彼女からは想像もできないくらい弱々しい声が、2人の耳に届いた。
それを聞いて、亜子は――――
残り 15人
63.Persuation 〜最後の親友へ〜
頭を何度もぶつけながら、まき絵は暗く寂しい洞窟を抜けようかというところだった。
洞窟というより鍾乳洞を思わせるつくりの極寒のそこは、何本もの氷柱ができていて、そこから落ちる冷たい露が水溜りとなり、
垂れてぽたっという良く響く音をたてる。
そのたびにまき絵は後ろを振り返って、自分のあとを誰かがつけていないかどうか慎重に確かめながら歩いてきた。
しばらくしてからようやく。
「明るいっ!!」
数十メートル先に見える光。
懐中電灯と松明だけの灯りで闇雲に進んできたまき絵にとって、その光はとても明るく見えた。実際の明るさだけでなく、心の中
まで照らしてくれたからかもしれない。
黒くつやのある岩が広がるだけの景色に、出口はある、と言った明日菜すらも信用できなくなりかけているときに差し込んできた
日の光は、うれしさでまき絵の足を速めさせてくれた。
武器は何もない。防弾チョッキも明日菜に預けてきたから、何の装備もなく身軽なまき絵は、足取りも軽やかに光を目指していった。
「やっと出られたー!!」
まき絵が出た先は、足場の悪い森だった。
昼の日差しが木漏れ日となって降り注ぎ、真っ暗なところから出てきたまき絵にとっては眩しすぎて目を細める。時折聞こえる野鳥の
鳴き声が、平和を感じさせた。
だがいつまでも和んではいられない。
こうしている間にも、助けを求めている人がいる。亜子が自分を待っている。
すこし遠くから聞こえる何かの音に、急がなければと、まき絵は走り出した。
――――――
そうしていま、まき絵はたった一人残された親友の前で、倒れている。
「亜子――」
左腕の痛みは、とんでもないものだった。
腕そのものは吹っ飛ばされて、神経もなにもないのにもかかわらず、痛みだけは残る。
押さえたくても押さえられず、ただ耐えるしかなかった。
なつかしい亜子の顔は、悲しくも醜いものとなっていた。
でもこうして会えた。死ぬ前に、この世界で会えた。
どんなに変わってしまっていても、亜子に会えたことはとてもうれしかった。
「亜子、無事だった……?」
まき絵の顔からは血の気が引いていて、顔面蒼白だった。
力なくほほ笑む、まき絵の表情。
そこからつむぎだされる言葉に、亜子から返事はかえってこない。
血を服から滴らせて、まき絵を見つめるだけ。
「亜子、もうやめようよ、こんなこと。」
まき絵は上半身を起こして残っている右腕で亜子の首に手を回すと、大きく引き寄せて抱きついた。互いの顔が、
ほんの数センチのところまで接近する。
まき絵は亜子のぬくもりを、亜子はまき絵のぬくもりを感じる。
長い間求め合っていた親友の姿を、すぐそばに感じることができた。
こんな形になってしまったけれど、それは、なにもかわらない大切な親友の姿だった。
2つの視線が合う。まき絵の目はうつろで、亜子の目はまき絵のもっと先を見ていた。
「アキラも裕奈も死んじゃったけど、でもまだ私たちは生きてるよ。2人のぶんも生きなきゃ。きっと2人もそう願ってるから。」
2人、じゃない。
3人だ。
私たち。そんなの嘘だった。まき絵はもう生きられはしない。
まき絵の言っていることは、見え透いた彼女の強がり。
亜子は3人分の命を背負って生きていかなければいけない。
親友を3人も失った辛さの上で、生きなければいけないのだ。
それをわかっていた上で、いまの言葉は亜子の苦しみをすこしでも減らしてあげようという、まき絵の心遣いだった。
親友を思う気持ちは、相手がどんなに望んでいた格好と違っていても、永遠に続いていくものだから。
「だから、ね。もう武器なんか捨てて。友達を殺したって、いいことなんてなにもないよ。」
「…………」
まき絵は亜子の目から視線を離さない。
亜子が自分を見ていなくても、まき絵はずっと亜子を見続けた。
だからその瞳にだんだんと光が宿ってくるのを、まき絵は感じることができた。
「みんなと一緒に、帰ろう。」
「――っ!!」
「亜子も、それを望んでるはずだよね……?」
まき絵は、涙を流した。
自分も一緒に帰れたらどんなにうれしいことか。
それを想像してしまうと、さみしさでいっぱいになって、涙があふれてしまった。
裕奈もアキラも、もういない。でもほかのクラスメイトたちはまだ残っている。
そのみんなと帰りたいという気持ちは、まき絵を埋め尽くしていく。
まき絵が3−Aの教室にみんなと一緒に座れる日は、決して来ることはない。
なつかしくて、切なくて、まき絵は心を締め付けられるような感覚に、涙した。
それを見て、亜子が動いた。
まき絵の腕を勢いよく振りほどいて立ち上がったかと思うと、電源が入りっぱなしで熱くなっていたチェーンソーを力いっぱい
放り投げる。それは大きな弧を描いて森の中へと吸い込まれていく。
木に当たって壊れた音を聞くと、亜子は地面にへたり込んだ。
さっきまでとは違って、ちゃんとまき絵の目を見ていた。
さびしそうなまき絵の表情を見て、亜子も同じ感情に支配される。
「―――ん」
「え?」
亜子が、なにかしゃべった。
まき絵とあってから何も言わなかった亜子の口が、かすかに動いた。
それはまき絵にとってはこの上なくうれしいことで、それを聞き取ろうと全神経を集中させる。そのまま、亜子はつぶやく。
「―――え、……めん……。」
膝をついて座り、目は涙で覆われる。
その瞳に、殺意なんてひとかけらも残っていなかった。
生まれたときと同じ強い光が、完全に戻っていた。
「ごめん、まき絵……ごめんっ!! ウチ――」
亜子が小さな声で発した言葉に、まき絵は弱々しいながらも最高の笑顔を見せた。
そしてもう一度――亜子を強く抱き寄せた。
さっきよりももっと強く抱きしめて、離したくないと顔を肩に乗せる。
「よかった……亜子――」
やっと、亜子が戻ってくれた。まき絵の大好きな亜子の姿を、見ることができた。
まき絵はうれしくて、安心して、また涙をこぼしてしまった。
対する亜子の目からも、大粒の涙が流れる。
怒り、憎しみ、そんな感情は、涙と一緒にすべて流れ去っていく。
「泣いちゃだめ。」
その涙を、まき絵は指でそっと拭った。
亜子は顔を上げて、まき絵の肌が青白くなってきているのを見ると、まき絵の体に自らの顔を押しつけた。押しつけて、やっぱり泣いた。
ただそこにあるのは、最後の親友にめぐりあえたうれしさと、その彼女が死んでいってしまうことに対する悲しみを、ありのままに表に出
した本来の優しい亜子の姿だった。
「ウチ、とんでもないことをしてもうた……これから……どないしよう――」
アキラが死んでいるのを見つけたときのように、亜子は悔しくて地面を何度も殴りつける。
自分が、まき絵を殺した。一番の親友を、この手で殺してしまった。
この島に来てからすべてのことをやり直したいと、真剣に願った。
でもそんなに都合のいいことは起こるはずもなく、目の前のまき絵が辛そうなのを見届けることしかできなかった。
「生きて。生きるしかないよ。それが全部の償いになるから――」
さっきよりも、さらに声が小さくなった。
まき絵の声であることを疑ってしまうくらい、細い声だった。
「……わかった。」
その言葉に、亜子は大きく頷く。
それがまき絵に対してあげられる最後のプレゼントだと思ったからだった――。
「まき絵っ!! 死なんといて!! お願いやからっ!!」
そっと目を閉じそうになったまき絵の体を揺する。
話したいことが、たくさんある。まだまだ時間が必要なのに。
まき絵の体から力が抜けていく。亜子を抱く腕の力も、ゆるくなってきた。
「……亜子。」
「なにっ?」
きっと、最後の言葉。
そう思って、亜子は顔をまき絵に近づける。
そしてまき絵の言ったことを聞いて、また涙が流れた。
「……ありがとう。」
どうしてこんなにも泣かせてくれるんだろう。
まき絵が、いい意味で憎くてしょうがなかった。
「一緒に帰ってから、その言葉、言って欲しかった――」
「そうだね……。私も、帰ってから言いたかったな――」
もう、最期だった。
どんなに亜子が揺すっても、まき絵が目をつぶるのは止められなかった。
「がんばってね。3人で、見守っててあげるから――」
「まき絵っ!?」
「このかと、なかよくね――」
「うそ、や……?」
「ばいばい、あこ。友達になれて、うれしかったよ――――」
そこで、まき絵の手が亜子の肩からすべり落ちた。
亜子は力なく地面についたその手を握る。まだ温かみが感じられるのに、どんどん冷たくなっていくのがわかり、悲しみに暮れた。
まき絵は、やすらかな寝顔だった。
――笑顔だった。
「まき絵えええええぇぇぇぇぇっーーーーー!!!!!」
冬の太陽が低く照らす中、親友の名前を叫ぶ声だけが、響き渡った。
出席番号16番 佐々木まき絵 死亡
残り 14人
64.Liberation 〜突撃への第一段階〜
「よしっ!!」
パソコンがあれば考えることはみな同じ。
とりあえず首輪を外すことが第一である。
他のことは何もせず一心不乱にパソコンと戦い続けていた千雨が、ようやく顔を上げた。
画面には何百行にも渡る文字の列。
脇から延びるコードは、千雨の首輪につながっている。
全員の首輪をいっぺんに外せるような機械を作るには電波やなにやらを調整しなければならなかったので、それは超にば
れる可能性が高いと踏んで、ひとりずつ外せるタイプのプログラムにした。
形式上の準備は整ったが、失敗すれば自分の命が簡単に消えてしまう状況では心の準備もままならず、生半可な決意で
指を動かすわけにはいかなかった。
見直しは何回もした。ミスはないはずだ。
けれど、もしかしたら間違っているかもしれないという根拠のない不安が千雨を襲い、その行動をさせまいと抵抗していた。
自分が死んだらみんなの死ぬ確率がぐっと増えるに違いない。
首輪を外すという作業はおそらく千雨か茶々丸、そしてハカセにしかできないだろうから、ハカセがさっきの放送で呼ばれて、
茶々丸があんな状態にあるいま、すべては千雨にかかっているのだ。
その膨大な責任感を背負って、千雨にきっぱりと判断を下すことはできなかった。
――だがその迷いもここで終わり。
深く考えはしない。もう決めた。
いまから千雨は、自分の行動の成果を見せつけるために動く。
長い間迷っていたって答えなんか出そうもなかったし、逆に時間が経てば経つほど人が死んでいくことを考えれば、ほんの
少し勇気を出すことくらい楽に思えた。
ここでやらなければ何も変わらない。
自分に自信を持てばいいだけの話だし、自分はあっていると思えば、なんでもうまくいく気がした。
だからこそ、千雨は赤く燃える炎の灯った強い瞳でまっすぐ前を見つめた。
戦いなんかと比べれば全然緊張することでもないのに、震えが止まらない。
この手で、3−Aの運命が決まる。
その震える右手に全神経を集中させて、たった一本の指を大きく振り上げた。
そして――
思いっきりキーボードを叩いた。
――――――
待った。
いつまでも待った。
望んだ結果が出るまで。首輪が取れてくれるまで。
使いすぎでちかちかしている目で、獲物を狙うスナイパーのようにじっと画面だけを見つめる。
相手が動くまではこちらも絶対に動かない。
いまの千雨なら、どんなに動かない獲物でも動くまで待ち続けて撃ち殺すだろう。
――だが、いくら待っても何も起こらなかった。
相変わらず遥か遠くからの戦闘の音や、パソコンの電気的な音が聞こえるだけ。
画面の文字も何も動かない。
作業失敗の文字も、作業成功の文字も、はたまた作業中の文字すらもない。
プログラムの細かなアルファベットが永遠に並んでいるだけ。
世界がとても広く見えた。
自分がちっぽけに感じたから、世界が広く感じたのだ。
パソコンまでの距離がとんでもなく遠くなって、意識がとびそうになる。
見張りを立てて何時間も努力した結果がここにあると思っていたのに、結局超の頭脳には勝てなかったのか。
パソコンに関してはクラスで茶々丸の次に強いと自負していた千雨が完璧だと思っていたプログラムも、未来の天才には
かなわなかった。
「く……」
めちゃくちゃに叫んでやりたかったが、低く歯軋りするだけで悔しむ声すらも出てこない。
これだけ苦労してきたのに一からやり直しか、と千雨は酷く落胆しながらも、ひとつだけポジティブに、爆発しなかっただけ
いいかと思いなおした。
しばらく無心に椅子に座り続ける。
このまま何も考えずに死んでしまいたかった。
いっそ狂ってしまおうか。
何も考えずに殺しまわってしまえば、友達の死を考えながら脱出をたくらむよりもずっと楽かもしれない。
茶々丸のように機械的に生きていけば、こんなに苦しむことはなかったはすだ。
そもそも中2の2学期までの自分だったら、なにも問題はなかった。
あの憎たらしくも憎めない先生が来てから、人格が変わってきてしまった。
何をうらめばいいかもわからず、思うがままに怒りをぶつけていく。
どうしようもないようなことまで考えて、ストレスはたまる一方だった。
だが、爆発音と共にかすかに地面が揺れたことで、ようやく目が覚めた。
そうして、まだ可能性が潰えたわけではないことを信じてもう一度気合いを入れなおした。
と、そんな時になって。
――千雨の首から、ゴトッと鈍い音をたてて、金属の塊が落下した。
「よ……よっしゃあああああーーーーー!!」
同時に、千雨のいる部屋の木製の扉が、大きな音と共に勢いよく開く。
その迫力に、思わず千雨は歓喜の叫びをやめて身の回りに武器はないかと探してしまった。
戦場での条件反射というものだろう。大きな音に対しては敵襲を疑う。
首輪が外れたことを喜ぶ間もなく、机の裏に置いてあったバッグから銃を取り出した。
だがもちろんその扉の向こうにいたのは夕映であり、千雨は必死に隠れたり辺りを見回していたりして挙動不審だった
自分が恥ずかしくなった。
千雨が首輪解除に成功したことを告げるより先に、夕映は口を開いた。
「千雨さんっ!! 南側の崖の上で爆発が!! しかもその直前に誰かが落ちてきたような影が見えたです!!」
千雨は興奮のあまり息を荒くしていたが、夕映も走ってきたのか息を切らしていた。
苦しそうに肩で息をしながら、一刻も早く伝えようと報告を続ける。
「あの下は葉の茂った木や草むらがたくさんあったはずなので、もしかすると生きてるかもしれないです。だとしたら――」
言いたいことはわかった。
助けに行きたいのだろう。仲間になってくれる人ならば、できるだけ大人数で固まっていた方がいい。
それに、まず間違いなく気を失ってはいるだろうから、やりたくはないが、明らかに乗っている人だったら起きる前に撃ち殺
してしまえばいい。
「よし、わかった。助けるなら急いだ方がいい。行くぞ。」
首がすっきりして清々しい気持ちになった千雨は、晴れ晴れとした顔で外へと飛び出した。
それに続いて、夕映も大事な仲間を救えるような気がして、わけもなく上機嫌で走っていった――――
残り 14人
今日は以上です。
では。
乙です。
面白くなってきたあぁっ!
次の展開をwktk。
乙
で、前から気になってるんだけど
図書館探検部って訓練量体育会系ジャマイカ?
やったあああプロット完成したあああ
プロットだけで半年かかったよ
>>211 乙。作品書くのにあと半年から1年ってとこか?
プロットがしっかり立っていたらもっと短いかな?
書きあがるのを待っているよ。
どうも。
今日の投下です。
65.Sister 〜姉として〜
騒がしい放送で、真名は無理やり目を覚まされた。
そっと左目に手をやって、なにも変わらない包帯の繊維を感じると、深くため息をつく。
完全に役目を失ってしまった左目。もうその瞳に景色を映し出すことはない。
寝転んだまま、手を天井に伸ばしてみる。
届きそうで届かない天井。届くはずないのだけれど、真名には届きそうに見えた。
楓の遺言にも同じことが言えるような気がして、悩む前に真名は手を下げた。
得意の銃は、まだない。
いつもだったら朝起きてすぐに銃の手入れをしてから行動を始めるのだが、手入れするものがないのでなんとなく
落ち着かないまま、冷蔵庫に入っていた果物にかじりつく。
残っている人の中で最大の敵は刹那。その刹那を倒すためには銃が必要だった。
「どこかに落ちてはいないものかな――」
そんなときだった。
缶が大きな音をたてた。
楓が仕掛けていたトラップが、いまさらになってやっと効力を発揮したらしい。
朝っぱらからの敵襲に顔をしかめながら、真名は玄関に向かう。
「皮肉なものだ。自分が殺した人の道具を使うとは……」
正面の玄関から外に出ると、風香がワイヤーに足をとられて、それをほどこうともがいていた。無防備すぎて、愉快だった。
「双子の、姉の方か……。」
なぜだか、殺す気は起きなかった。そんなことをする精神力が残っていない。
一応ポケットにナイフ5本を入れ、右手には相変わらずの大剣を持っているが、風香を見てもそれらを振り回す気など到底
わきあがってこなかった。
風香は乗っている。それは見れば一瞬でわかる。
血塗られた服に、人の体の一部が飛び散って付着してしまっていた。
自分と同じ過去を背負った戦士であると、似た雰囲気を感じた。
その相手が情けなく転び、小さな手を常に動かして足首に絡まったワイヤーを解こうとしている。楓の作ったトラップが、素
人にそう簡単に外せるわけがない。
「龍宮さんかー。」
それなのに、あまり緊張感を持っていないようだった。
真名が攻撃を仕掛ければ何も出来ずに決着がついてしまうのに、風香はただ銃を傍らに置いてもがいているだけ。
攻撃する気配もなければ、命乞いをする気配もない。
「ほどいてやろうか?」
想定外すぎる真名の提案に風香は一瞬目を丸くするが、数秒もしないうちにもとに戻った。
「……ほどいたらボクは龍宮さんを殺しちゃうかもしれないよ?」
「好きにしろ。」
その言葉に何の怖れも感じない真名は、標的に一歩ずつ近づいていって、ナイフを構える。
風香は切り刻まれるのかと身構えたが、無言のままワイヤーは切り離されていった。
ほんの数秒もあれば、作業を終えるのに十分だった。
「ありがと。じゃあ――」
警戒心のまるでない態度のまま、風香は立ち上がって銃を構える。
真名も平然として突っ立っている。
「すこしだけ待て。話がある。」
風香からは、殺気が感じられた。
とても強力な銃だということは真名にはすぐわかったので、それを使えば風香のような非力な人間でも人を殺すことは出来る
だろうと納得できた。
「お前は何のために戦う?」
平然としてはいるものの、いま風香が銃を撃っても真名には当たらないだろう。
距離感がつかめなくても、風香の指の動きと同時によければ決して触れることはない。
真名は獲物を狙うハンターのようにじっと、風香の指先を見つめていた。
「史伽のため。」
単純かつ、的確な答えだった。
単発的な言葉ではあったが、真名は再び納得する。
「ならば、妹の死を聞いたとき、どう思った?」
「優勝するしかない、って。それ以外になんかある?」
「ほう……そうか。」
ついさっきのことだ。
放送で史伽の名前が呼ばれ、前の放送では楓の名前も呼ばれている。
風香の親しいルームメイトたちは、もうこの世には存在しない。
どちらも、すでに真名が殺してしまっているから。それを言ってしまえば風香が復讐の念を燃やして襲ってくるのはわかりきっていた
ので、真名はあえて口には出さなかった。
「会いたい、とは思わなかったのか? もし優勝したとしても、この島を出てしまえばもうみんなと会うことはできなくなるというのに。」
「会えることなら、ね。でも優勝すれば史伽には会えるし。」
「なるほどな。」
真名は大きく横っ飛びした。
もといた場所を大きな弾丸が通過していき、爆発音がした直後に家が炎に包まれていた。
3つ目の焼夷弾だった。風香にとってはあと一発しか残り弾がなくなった。
その最後の榴弾を装填して、風香は真名のほうを見つめる。
真名が変わらず攻撃してこないのを見ると、異様に腹が立って後先考えずに最後の弾も撃ってしまった。
だが真名はそれを地面に伏せて簡単にかわす。
遮られることなく遠くまで飛んでいった弾は、崖の下のほうで大きな音をたてた。
強力だが数の少ない風香の武器は、あっという間に尽きてしまった。
「くっ!!」
それを知るわけもない真名は、やはり余裕の表情だった。
風香から視線を外さずに体の向きを斜めにして、自分の背後に広がる炎の海を指差す。
表情は、風香には見えなかった。
そして、真名の口が動き、風香にとっては信じられないセリフが発せられた。
「――楓も妹もこの家の中にいる、と言ったら?」
「――っっ!!」
風香の顔がピクリと動いた。
かと思うと、次の瞬間には扉に向けて走り出していた。
死ぬかもしれないというのに、灼熱地帯へと猪突猛進に入り込む風香には、一寸の迷いすら感じられなかった。
真名の横を通り過ぎたかと思えば、もうドアノブに手を掛ける音が聞こえる。
ドアが開くと、異様な熱気が屋外にまで広がってきた――。
真名はその背中にナイフを投げることもせず歩き出す。
風香がどうなろうと知ったことではない。
眠ってもとれなかった心の疲れを抱えたまま、真名は次の場所へと移動していった。
「なにをやっているんだろうな、私は。」
殺さなければいけない相手を、殺さずに、しかも相手に気を使って手助けまでしてやった。
2人の死体は並べて台所に寝かせてある。
家に入ればすぐに気が付くだろう。
さっきまで殺すことに抵抗すらなかったのに、いまさらなんだというんだ。
確かに敵は死ぬかもしれないが、それは真名が殺したわけではない。
家が燃えていなくても真名は同じことを言うつもりだった。そうすれば、風香と別れられると思ったから。悩まなくてすむと思ったから。
銃くらいは奪っても良かったな、などと考え直しつつ、真名はスナイパーとしての本能なのか、人の気配のする南の方へと向かっていった。
残り 14人
66.Firestorm 〜叶わぬ遺言〜
『会えることなら、ね。』
風香は自分が言ったばかりの言葉を反芻する。
そんなの嘘だった。楓にも史伽にも、会いたくて仕方がなかった。
教室を出てからはじまった悪夢の遊び。1人で寂しかったし、誰も信じられない自分が嫌にもなった。史伽を守るため
には殺すしかないと、美空と裕奈を殺している間も、史伽と楓に助けに来て欲しかった。自分の心を暖めてもらうために。
だがそういうときに限って、なかなか会うことができない。
いままで無理して強がって殺しをしてきたけれど、史伽が無事ならばそれでいいと思っていたのも事実だった。
けれど嫌でも耳に入ってくる放送。
そのせいで、史伽が死んでしまったことを脳に刻み付けられることとなった。
姉としての本能というものなのか、史伽を死なせてはいけないという思いは、想像以上に風香の心を締め付けていた。
何も考えられず、立ち尽くしていても誰かが来る様子はない。
1人では何もできないと悟っても、仲間を探す気にもなれなかった。
そういうものすべて、殺人鬼になるという道を選ぶことで捨て去り、ここまで生きてきた。
「ふみかっ!! かえで姉ぇっ!!」
炎はことごとく風香の行く手を阻む。橙色は目を攻撃し、くらませる。
真名を殺すためだったとはいえ、焼夷弾を撃ってしまった自分を後悔せざるを得なかった。
木製のドアについた金属のドアノブは、文字通り燃えるように熱かった。
右手からステーキを焼くような音と、焦げ臭い匂いがたちこめる。
だがそれごときで屈するわけにはいかない。手が焼けるのを感じても、決して手を離さなかった。気合いでノブをひねっ
て、扉を蹴り飛ばす。
――そして広がるリビングルーム。
天井から火のついた壁紙が落下してきては、床に敷かれたカーペットを焼け野原にする。
炎の塊と化したものが散らかる部屋の中、家を支える柱が何本も倒れてくる。
もはや足場なんてなかった。
だから、風香は灼熱の中を走った。
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
涙がこぼれた。
痛み、熱はとんでもないものだった。
耐えようのない地獄。こんなに辛い思いを他の人はしていたのか、と考えれば考えるほど涙は止まらない。
ほんの数メートルの距離なのに、何キロも走っているように感じた。
途中、暖炉の木が轟音を立てて小さな爆発を起こし、その爆風で風香は倒されてしまった。
体中にほとばしる赤い痛み。自分の肌から感覚がなくなっていくのがわかった。
立ち上がって、また走る。足の感覚もないせいか、もう一度転んでしまう。
でももう1回立ち上がる。
運よくこの家から出られても、生きることなど不可能だと悟った。
ただ最期に大事な人に会いたい。その気持ちだけが、風香を動かしていた。
そうしてやっとリビングの向こうの台所までたどり着いたところで、風香は全力で叫んだ。
目的のものを、目にすることができた。
「ふみかあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
残っている力すべてを振り絞って、妹の名を呼ぶ。
手の届くところにあるその遺体に両手を当てて、壊れそうなくらい揺すった。
その姿は、もともと妹であったものだと判断するにはあまりにも無惨だった。
首があらぬ方向に曲げられていて、頭から出た血で髪の毛は固まっている。
苦痛に歪む顔は、惨い殺され方をしたのだと想像させた。
涙は滝のように落ち続ける。目をつぶっても、隙間からこぼれてしまう。本当に滝のようだった。
さらにその横にある楓の姿を目にする。
史伽の苦しそうな顔とは違って、安らかな笑顔で目を閉じている楓。
自分と史伽の命を守ってくれそうな、神様みたいな存在に思えた。
でも2つの体はこの火の中にあるのに、氷を思わせる冷たさだった。
――――耳を引き裂かれるかと思うほどのとてつもない轟音が、家を包んだ。
「がはぁっ――」
風香はなにかに押し倒されるのを感じ、気付けば太い柱の下敷きになっていた。
うつぶせになった背中に強烈な衝撃が加わり、バキッとわかりやすい音をたてる。
3回目の、叫び声。
「ぐあああああっっっ!!」
骨が砕かれた感覚に、手放しそうになった意識を必死で取り戻す。
前には鮮やかなオレンジしか見えない。力を入れても動くこともできない。
死というものを、嫌というくらい実感した。
(もう無理だよ……)
目がかすむ。視界がぼやける。
冷え切った史伽の手を握りながら、柱から抜け出そうともがくのもやめて、床へとつぶれるがごとく体を重力に任せた。
史伽と楓に会うことができたから、もう未練はない。
できることなら3人で、いや、みんなで帰りたかったけれど、それももう叶わぬ願い。
最期を確信し、目を閉じようとした、――その時。
『お姉ちゃんへ』
開きっぱなしになっている押入れの内部の壁は、まだギリギリ火の手が及んでいなかった。
そのベニヤ板の側面に。
一目見てわかる、史伽の字。赤い鮮血で、文が書かれているのを目にした。
風香はもはや何も映さなくなりかけていた目を必死に開けて、人生最後の妹からのメッセージを心に刻もうとそれを読んだ。
『お姉ちゃんへ。
これをお姉ちゃんが見てるってことは、私はもう死んじゃってるってことかな?
もし私のためにゲームに乗ってたりしたら、やめてほしいです。
私はそんなお姉ちゃんが優勝して、生き返ったとしても全然うれしくないです。
そんなことよりも、もっとやることがあるはずですよね?
みんなと協力して、このゲームをつぶしてください。そのほうが私も、たぶんお姉ちゃんに殺されちゃった人も、喜ぶと思うから。
私が死んじゃったことを悲しんでくれてますか? それはそれでありがとうです。
でも、いまは生き残ることだけを考えて!! こっちにきたら、怒っちゃいますよ。
……そろそろ私には時間がなくなってきたみたい。
かえで姉じゃない人が入ってきちゃいました。
じゃあ、お姉ちゃん。最後になったけど、いままでほんとに楽しかったです。
お姉ちゃんと双子に生まれて、うれしかったよ。ありがと。
私の分も、お姉ちゃんは生きてね。私の心はいつも一緒にいますから。
でも、できればいつまでも一緒にいたかったな……。
もっと、楽しい時間を過ごしたかった……。この島で、会ってもいないのに……。
あ、ううん。こんなこといっても、しょうがないですよね。がんばって、お姉ちゃん!!
そして最期にもう1回だけ。――ありがとう。 By ふみか』
炎が、勢いを強めた。
涙で風香の視界がぼやけて、周りの景色が何も見えなくなった。
「ふみか……ばか――」
読み終わって、大粒の涙と一緒にひとつだけこぼした言葉。
それが、風香の残した最後のセリフだった。
雪山で、一軒の家が爆発した。
――火の粉と共に、小さな光が空に舞った。
出席番号22番 鳴滝風香 死亡
残り 13人
67.Strength 〜『生きて』という言葉〜
長い間、亜子は座り込んだままだった。
まき絵の死体を前に、ずっと思い返していた。
アキラを見たこと。古菲を殺したこと。あやかを切り刻んだこと。このかを追いかけまわしたこと。――そして、まき絵との出会い。
いままで自分のしてきたこと、そのすべてが亜子の心を締め付ける。
『生きるしかないよ。』
それほど残酷な言葉はなかった。
正直、死んでしまいたかった。死ねばすべてを忘れられる。
それなのに、自分が殺してしまった人に、生きることで償えといわれたのだ。
まき絵が悪いとか言うつもりはない。でも、まき絵の言葉に亜子は悩まされた。
「なぁ、亜子ちゃん。」
亜子は名前を呼びかけられたことに過剰に驚き、勢いよく振り返った。
そこには当然のように木乃香がいる。屈託のない笑顔で、木乃香が立っている。
木乃香は亜子に追いかけられていた身だったというのに、その木乃香が自分から逃げずにずっとここにいたことに、亜子は
疑問と幸せを同時に感じられた。
「ん?」
その不思議な感情をなんと言って伝えればいいかわからず、亜子はぼんやりとしてしまう。
こんな自分でも、見下さずにいてくれるだろうか。
まだ友達として見てくれているだろうか。
そんなくだらない心配が、亜子をとりまいていく。
「これから、どうするん?」
木乃香は、亜子を責める様子もなく優しく聞いてくれた。
けれど、亜子はどうすればいいのかわからず、ただ黙ってしまう。
生きて、と言われたところで、この島でどうすれば強く生きられるのか、どうすれば強く生きたことになるのか、亜子にはまったく
わからなかった。
「ウチはな、何をするかってきちんと決めとかないと、強く生きたことにはならへんと思うんや。」
亜子の心を見透かしたような言葉。
木乃香は亜子を見ていなかった。木乃香が見ているのは、もう息をしていないまき絵の体だった。
何を望んでいるのかわからないけれども、儚さを帯びたその瞳が、亜子にはうらやましかった。
「なにか目標を持って生きて、その目標が達成できたときに、ああ、強くなれた、って思うんやないかな?」
亜子に対してだけの言葉ではなかった。
木乃香はこの島に来て最初から、なにかを守らなければいけないと思って、それだけを叶えようと生きてきた。
守るべきものがなんなのかはいまだによくわかっていない。最初から、それは同じ。
けれど、いまは最初よりは、それがなんなのかわかっている気がした。
裕奈との別れで、木乃香は命よりもずっと大切な『友情』というものを教えられた。
友情こそが、この島で一番育まれるべき感情であり、それを一番に思っていけば争いがなくなることも教えてくれた。
だからまずは、友達を象徴する具体的なものから守っていこう。
裕奈との約束を、裕奈の髪飾りを。
そんなようなことを、木乃香はずっと考えていたのだった。
考えていたからこそ、木乃香はとても輝いて見えたのかもしれない。
「そうやね……。」
亜子は、また中途半端な返事をする。
いまは木乃香に対して、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
追い掛け回すだけ追い掛け回して、正気に戻ってからは一緒にいさせてしまっている。
亜子のわがままに振り回されている木乃香に、謝りたくてしょうがなかった。
けれど照れ隠しなのか、木乃香は亜子を見てほほ笑む。
その笑顔を見ていると、やっぱり亜子は、こんなに優しい木乃香を殺そうと追いかけていた自分が嫌でうつむいてしまった。
木乃香はやわらかい口調で話しかけてくれる。
一生懸命はげましてくれる木乃香は、いまの亜子にとってありがたい存在だった。
さっきまでのように1人でいては、誰も何も言ってくれない。
一緒に友達がいることで、痛みを2人で分け合って、がんばることができる。
木乃香は、低い冬の空を仰いで、すこし考えているようだった
そして風を感じようと両手を広げて、髪をたなびかせながら、亜子に聞いてもらおうと話し始めた。
「きっと、どんなに辛いことがあっても、前に進み続けなきゃいけないってことなんや。
過去は変えられないから、それを背負って生きなきゃいけない――。
ポジティブすぎるかもしれへんけど、そのくらいの方が、明るく生きれると思う。
まきちゃんが生きてって言ったのも、こういうことやないやろか……。」
それはとても悲しいことだ。友達を殺してしまった罪を心に留めながら、それを償うこともせず自分は生きてしまう。
いや、償うために生きる。
罪悪感のあまりに狂いそうになるけれど、それこそがまき絵たちのあたえてくれた罰なのではないか。
それならば、その罪をしっかりと刻んで歩いていこう。
まき絵の言葉通りだった。生きることがすべての償いになる。
まき絵にも木乃香にも同じことを言われて、それをしないわけにはいかない。
亜子は木乃香を見つめ返して、
「ありがとう。このか。」
そう返事を返すことが、一番の友情の証だと亜子は知っていた。だからそうした。
木乃香は亜子に近寄り、まき絵よりも強い力で亜子を抱きしめた。
――――――
「ウチ、みんなのところへ戻ろうと思う。」
しばらくしてから、亜子が決意を打ち明けた。
静かな声だったが、その思いを変えることのできない迫力を持っていた。
「みんなっていうのは?」
「ウチが殺してもうた人たちのこと……。」
すこしだけ、忘れかけていた。
亜子はもうまき絵以外にも2人殺している。その人たちに対する亜子の思いは、亜子にしかわからない。
「…………。」
「とにかく謝りたいんや。」
亜子の目は、真剣だった。
「謝ってどうにかなる問題じゃあらへんこともわかってるけど。」
「ウチも、行こか?」
「ううん、ウチ1人で行ってくる。このかに迷惑はかけられへんし。」
予想通りの返事だった。
亜子は自分の中で区切りを付けたいのだろう。
過去の自分と決別して、これからは友達の願いどおり正しく生きていく。
過去を忘れるのではない。過去を深く刻み付けるために、まずはみんなと会うことが大事だと考えた。
これは亜子1人の問題なのだ。木乃香は巻き込めない。
「迷惑やないんやけどなー。ま、じゃあ行ってらっしゃい!!」
そんな考えが見て取れたから、木乃香は亜子の望むとおりにさせてあげたかった。
亜子を1人で行かせる。自分もまた、1人で行動する。
「うん。行ってくる。ごめんな、いろいろと。」
「ううん。――また、会えるんかな?」
「きっと、ね。」
そう言って、亜子は木乃香に背を向け、廃病院の方へと走っていった。
とてもさっきまで絶望のどん底にいた人間とは思えないくらいの元気さだったので、木乃香は安心してその背中を見送った。
残り 13人
本日は以上です。
では、また明日。
作者乙です。
風香と真名の話は良かった。
これからの真名の動きが気になる。
>>218 乙です。
文章からして新しい絵師の方?S氏の絵に似てるような・・・
やぶさんいる?
そういやケータイまとめ氏は今来てるのかな?
このスレのはじめのほうに見かけた気がするんだけどそれっきりだし
227 :
別館まとめ:2008/10/05(日) 18:11:36 ID:TfdIIhSD
作者16氏の投下を待ちつつ別館更新。
>>126 この対戦が見たいアンケートなら出来そうな気がしますね。
考えて見ます。
☆ 別館更新情報 2008/10/05 ☆
『お宝発見?絵画展示室』
作品No228〜231を保管。
そろそろTOPに飾るイラストのネタに困ってきたのでTOP絵も随時募集中。
(自分で作れ、という話だが絵は下手なので。)
※第6回アンケートは現時点をもって締め切りました。
http://yuyunegirowa.web.fc2.com/index.html
どーも。
あと一年ちょいで受験だというのに日曜日はアニメを見るだけで一日費やす生活……。
そろそろ改善しなければ。
――無理ですが。
別館まとめ氏、乙です。
トップ絵のエヴァ、めっちゃかわいくて個人的にツボです^^
では、今日の投下いきます。
68.Hope 〜仲間の思いを乗せて〜
桜子のとき同様、2人の戦いは刹那が投げたアイスピックを合図に始まった。
朝日を反射して光ったアイスピックは、しゃがんだ明日菜の頭上を光速で通過していく。そのあいだに刹那は雪を蹴って
明日菜に少しでも接近しようと試みる。
もともと刹那と明日菜では強さが全然違う。
しかも刹那の方は武器がアイスピック、鎌、P-90と充実しているのに対して明日菜はサーベルのみ。
勝てるはずもない戦いだったが、明日菜は一切諦めるようなぞぶりも見せず、焦ることなく冷静に渡り合っていた。
ギィーーンッ
刹那の振るった鎌が、明日菜のサーベルの背で受け止められる。
直後に両者は武器を引き、適度な間合いを取ると、再び明日菜は接近戦に持ち込む。
いつも刹那の指導で剣道はやっていたので、明日菜のアーティファクトに合った大振りな太刀筋は心得ていたつもりだっ
たが、いまの武器は大剣と比べれば遥かに軽く、小さなサーベル。
大振りに構えれば隙だらけだし、全力で振るっても相手の武器ごと弾き飛ばすほどの威力もない。力のある明日菜は片
手でそれを持って、素早さ重視の連続攻撃を仕掛けられるはずだった。というよりそうするほかに勝ち目はなかった。
だがそんなことには明日菜は慣れていない。かえって神鳴流の刹那のほうが細かい攻撃に長けていて、鎌で小さくいやら
しい攻撃を続けられるばかりだった。
「くっ!!」
明日菜から攻めに入ったのに、すぐに防御を迫られる。
鎌のような変わった形をした刃物はどう対処していいかわからず、どの一振りでどこを狙っているのかがわからなかったの
で、適当に軽く受け流すか避けるかしかできない。
後ろに下がっても刹那が前に出るだけで追いつかれてしまうので、明日菜は右からの風をかわすと思い切って前に出た。
そして刹那の動きが一瞬止まったところでサーベルを槍のように前に突き出した。
一番早く相手に武器を届かせることができ、かつ隙が一番少ない動作。
――明日菜は肉にサーベルが入り込む感覚を覚えた。
だが瞬きをする間もなく刹那は鎌でそれをはじくと、後ろへと下がっていった。
刹那の腹の辺りに、赤い染みが出来上がりつつある。
深くは刺せなかったけれど、これで少しは優位に立てるだろうか。
明日菜はもう一度距離を縮めようと足に力を集中させて、一気に詰め寄ろうとしたが、刹那の新しい武器を見せつけられてそ
の足を止めざるを得なくなった。
思わず表情が歪む。本当だったら見た瞬間に近づかなければいけなかったのだが、そんな判断は明日菜にはできなかった。
小柄な刹那にはちょうどいいサイズの鉄の塊。
鎌を腰に挿して、今度はP-90で明日菜を狙い撃ちにしようと考えていた。
最初からこうするべきだったのかもしれない。隠れる場所がどこにもないだだっ広い雪原では、銃器ほど役に立つ武器はないだろう。
刹那はかかってこない明日菜に向かって、ゆっくりと引き金を引く。刹那のためらいがその手に顕著に現れて、小さなトリガーを引き
きるのにはだいぶ時間がかかった。
しかしどんなに時間があろうと、明日菜には避ける術などない。飛び道具の一つもないので反抗することもできない。
なにかいい武器があれば……。
そうは考えても唯一の攻撃手段であるサーベルを投げるわけにはいかない。
当たればいいが、万が一刹那に取られてしまったときのことを考えると、最悪だった。
――ふと、いままで出会った人のことを考える。誰かからもらっておけばよかったと、過去のことを悔やむどうしようもない
考えをはじめたのだ。
最初に出会ったのは、桜子だった。
……そう、桜子。
桜子を、明日菜は救えなかった。
ちょっとした気配りが足りなかったせいで桜子を怯えさせてしまい、落ち着かせることもできずに逃がしてしまった。
その桜子が持っていたのは、なんだっただろうか?
――確か、連射性のある銃だった。どこかで見覚えのあるような、そういえば昔真名が使っているのを見たことのあるような、そんな銃。
錯乱していた彼女から武器をもらうことなんてできなかっただろうが、死んでしまった彼女の武器は、いま誰の手に渡っているのだろう。
おそらくは桜子を殺した人、明日菜が逃がしてしまったから桜子が出会うこととなってしまった人、その犯人のものになっているはずだ。
――そして明日菜は気付いてしまった。
――その銃は、いまここにある。
明日菜の心を、そこはかとない憎悪が渦巻き始めた。
自分の代わりに桜子を救ってくれる人がいるだろうと思っていたのに、桜子を待ち受けていたのは殺人鬼と化した誰か。
すべてが、いまつながった。
桜子は、刹那に殺されたんだ。刹那に殺されて、銃を奪われた。
その結論に至る頃には、明日菜は刹那に対する憎しみでいっぱいだった。
助けを求めている人に、死という情けをかけて救ってあげる。そんな考えが、信じられなかった。
――――そのあとで出会ったのは、まき絵。
まき絵とはたくさん話した。たくさん悩んだ。そして別れた。
この戦いだけに自分の心を執着させるために、まき絵には逃げてもらった。
まき絵の武器はなんだっただろう? 確か会ったときは手ぶらだった。
けれど明日菜はすぐに思い出した。別れ際にまき絵が残してくれた大切なもの。
ひとえにまき絵を信じる気持ちと、彼女の武器、防弾チョッキ。
ババババババババッ
はやく敵を殺したいといわんばかりに無数の銃弾が飛び交ってくる。
さすがに銃器を扱うのは初めてだったのか刹那の狙いは正確でなく、また連射するには反動が大きいのか、はじめのうち
は見当違いの方向に飛んで行っていた。
「行こうっ!!」
桜子の恨みを果たすために、3−Aの団結力を取り戻すために、いま明日菜は、尊敬する師匠であった刹那を殺しに行く。
「こんのおおおおおぉぉぉぉぉーーーーー!!」
突然、明日菜は逃げるどころか、刹那に向かって全力で走り出した。
とたんに刹那の狙いも定まってきて、銃弾たちが明日菜の腹に突き刺さっていく。
P-90の弾は貫通性が高い。防弾チョッキを突き抜けて明日菜の体に入ってくる弾もあった。
血が逆流してきて息苦しくなり、咳き込んで血を吐き出しそうになった。
直接食らっているわけではないから、致命傷となりうるほどのダメージはない。
意識を失うには十分すぎる衝撃が体を襲ってくるが、精神力でどうにか持ちこたえた。
まき絵の親切心がなければ、明日菜は体中に穴を開けて反抗するまでもなく力尽きていたに違いない。
けれど、どれだけ衝撃が強くても、どれだけ痛みが激しくても、明日菜は止まらない。
動揺している刹那には、頭を狙おうという意思も見られなかった。
向かってくる明日菜をどうにかして止めようと、ただそれだけを目的に引き金を引き続ける。
――だから明日菜は、刹那の攻撃をしっかりと受け止めながらも、刹那のもとへ辿り着くことができた。
「後先を考えずに闇雲に戦う力。誰から教わったのか知りませんが……私にはないものですね。」
明日菜は向かってくる。止めることはできなかった。
苦痛に顔を歪めながらも、明日菜は最後の最後でにこりと笑顔を見せた。
「そう、刹那さんにはないもの。そしていまの刹那さんに一番必要なもの、だと思う。」
弾が切れた。
サーベルが振るわれる。
右手に持っていた銃は、確実に叩き落とされた。
そして驚きを隠せない刹那の背後に回りこむと、明日菜は刹那の頭にサーベルを突きつけた――
残り 13人
69.Bond 〜師不必賢於弟子。(師は必ずしも弟子より賢ならず。)〜
刹那が行動を起こそうと見据えた先には、すでに明日菜のサーベルが突きつけられていた。
「…………。」
だが明日菜はすぐには殺さなかった。
じっと刹那の目を見つめ、何かを訴えるような視線を浴びせ、ふと考え事をする表情を浮かべて、腕から力を抜いた。
否、力を抜いたわけではなかった。力を入れ続けることができなかったのだ。
しっかりと武器を握ってはいるものの、いまにも震えだしそうなくらいに、明日菜の腕は不安に包まれて細くか弱く見えた。
とっさの判断で、刹那はサーベルを鎌ではたくように振り払う。
耳障りな金属音と共に、軽い衝撃を残してサーベルは遥か遠くに飛ばされていった。
それは広く続く雪原の真ん中に、サクッと軽い音をたてて刺さった。
けれど明日菜はそれを目で追う様子もない。
ただ悲しそうな目で刹那のことを見据えるだけだった。
「どうして……?」
明日菜は刹那に勝った。
正々堂々と戦って、最後まで追い詰めていつでも殺すことのできる状況までもっていった。
それなのに、とどめを刺さなかった。
それが刹那には不思議でたまらなかった。
勝った気がしない。むしろどうしようもない悔しさだけが心を襲っていく。
最初から明日菜を殺すつもりだったのに、いざ決着がついてみると、納得のいかない現実だけが目の前に立ちふさがっていた。
「どうして、か。ホントにどうしてなんだろうね――」
言葉で説得できないことを知って、力づくでも刹那を止めなければいけないと思った。
その思いのもとに、明日菜は戦いたくもない、戦うべきではない刹那という相手と対峙していた。
そうして桜子のことを思い出して、憎しみのままにこの人だけは絶対に殺さなければいけないと思ったはずだったのに……。
「私には、刹那さんを信じる気持ちが残ってたんだと思う。」
ゆっくりと、口を開く。
刹那は明日菜の首もとに鎌を構えたまま、じっと明日菜を見つめていた。
先ほどまでの激しい戦いの後であることを感じさせないくらいにじっと息を潜めて、感情のない瞳で明日菜を見据えている。
「ううん、違う……。信じられなかった、って言った方がいいのかもしれない。
みんなと一緒にいて、私も長い間付き合ってきて、刹那さんは本当はすごく優しくて、裏切りなんてする人じゃないって知ってたから、
このかのために優勝しにいくなんてことはないって、そう思ってた。
きっとみんなそう思ってたんじゃないかな。
知ってたかどうかわかんないけど、修学旅行からずっと、刹那さんがみんなのことを信頼していくのと一緒に、みんなも刹那さんのこ
とを信頼するようになってきてたから。」
ひとしきりしゃべって、明日菜は一息ついた。
刹那はまったく動かない。
聞いているのか聞いていないのか、それすらもわからないほどに、微動だにしなかった。
言葉は続く。
「――なのに刹那さんは、私の考えてた最悪の状況にあった。
確かに刹那さんなら優勝するのは難しくないし、脱出よりも確実だよね。
そう考えるのは、もしかしたらある意味当然だったのかもしれない。
でも、さっきの刹那さんじゃ、到底優勝なんてできそうもなかった。
明らかに何かに怯えてて、迷いがあるように見えたのよ。
それはもう、私でも勝てそうなくらい、小さく弱々しく。
だからここで刹那さんを殺しちゃったら、私は一生後悔すると思った。
いつかこのかのために、本当の敵と戦ってくれるときがくるって、刹那さんにはそう思わせるなにかがあったから。
もしいまここで私なんかが残っても、なにもできずにゲームが終わるのを待つしかない。
弱すぎる私には、きっとどうすることもできなかった。
でも刹那さんは違う。
私なんかよりもずっとずっと強いし、なにより守るべきものがある。
いまの刹那さんの目を見て、それがわかった。
――だから、私にはサーベルを突き出すことはできなかったのよ。」
言い終わって、明日菜は首もとの鎌なんかを気にすることなく真後ろの地面に倒れこんだ。
仰向けになるとすぐに刹那が体勢を低くして、また鎌を突きつけてくる。
刹那はしばらく何も言わなかったが、明日菜の目からしずくが零れ落ちそうになると、タイミングを計ったかのようにふと口を開いた。
「私は――あなたを殺します。」
つむぎだされて、すぐに冷たい風に消えた言葉。
ここにいるたった二人の耳にすら届くことがないような、ほんの小さな声だった。
自分に言い聞かせるためだけの、揺るいだ決意を強く保つためだけの、脆弱なつぶやき。
「弱肉強食。世界のルールに逆らうことは出来ません。」
全く見当違いな台詞。
自分が強いと思い込む。それだけで強くなれるはずがないのに、そんなことをしなければ精神を保っていられないほどにいまの刹那
は弱かった。
負けた刹那は強くなんかない。
戦う前も弱かったし、戦ったあとも弱いまま。
結果的に相手を殺せる立場になれただけで、本当は強者も弱者も関係なかった。
「――それは、刹那さんも超さんに食われているだけだってことを言いたいの?」
皮肉めいた口調で、刹那へと言葉を投げかける。
自分が何をしたいかすらはっきりしなくなってきている刹那には、これに返す言葉がなかった。それどころか、思わず息を呑んでしまった。
あまりにも的確すぎる表現だったからだ。
「弱い人たちは、昔から団結して強いものには向かってたんじゃなかった?」
返事を待つことなく、明日菜の刹那への精神攻撃はつづく。
「私バカだからあんまり憶えてないんだけど、確か歴史の授業で習ったわよ。
なんとか一揆とかで、農民たちは強いものへ反抗したのよね?
同じように私たちだって、超さんっていう強敵を麻帆良みんなの力で倒したじゃない。
それと今の状況のどこが違うっていうの? 30人もいるクラスなんだから、協力すればなにかしらできるはずだと思わない?」
悲痛な内容を、ただ平坦な声で語っていった。
感情の起伏はない。心が壊れてしまったかのように、ずっと抑揚のない声だった。
目は閉じている。
いつでも殺してくれといわんばかりに、あてられた鎌で切りやすいように首を空けている。
「すべてアスナさんの言うとおりかもしれません。」
ようやく、刹那が口を開いた。
その返事に、明日菜はそっと目を開けた。
「じゃあ――」
「私はあなたを殺します。」
すぐに、目を閉じた。
戦う前にも、同じようなやり取りをした気がする。
「いまはもう30人もいません。10人程度の人がいたところで、あの超鈴音や魔法使いたちに勝てる見込みはもはや無に等しいでしょう。」
「その亡くなった人の中で、刹那さんに殺された人が何人いるんだか――」
「それに言ったはずです。私の目的はみなさんと一緒に帰ることではありません。お嬢さまさえ守れればそれでいいんですよ。
――我ながら悲しいことですが。」
ひねくれた明日菜の嫌味すらも完全に無視して、刹那は考えを突きつける。
明日菜は、もう諦めるしかないことを悟った。
もともとそのつもりだった。まき絵が逃げるための時間稼ぎさえできればよかったのだ。
――なんて無理に納得して、本当は悔しさを紛らわそうとしていただけだったが。
明日菜がしゃべらないので、2人の間に深い沈黙が流れる。
ただ背中の雪が冷たかった。頬を流れる涙が悲しかった。
「もう、いいですか?」
真名が楓にかけた言葉と同じ。
どちらの場合も、相手を殺してしまうことに抵抗があるからこそ、出た台詞だった。
明日菜はじっと動かない。
刹那はそれを肯定の合図と受け取って、右手に力を込めた。
最高の戦友。苦しませたくはない。
殺してしまう相手に思うのも変な気がしたが、本当に麻帆良でめぐり会えてよかったと思った。
「では――」
「私が――!!」
ほんの一瞬遅れていたら首が飛んでいたタイミングで、明日菜は目を大きく見開いて刹那を見た。
そしてひさしぶりに、意思のこもった声を放った。
「忘れないで。私が死んでも、3−Aの絆が途絶えるわけじゃないから。」
刹那は深く目を閉じて一呼吸おくと、一気に右手を振りぬいた。
あっけなく、抵抗はなくなった。
「信じてるよ、刹那さん――」
出席番号8番 神楽坂明日菜 死亡
残り 12人
また、次の話が2話続きで明日まとめて投下したいので、
今日はここまでにさせていただきます。
では。
乙です
明日菜死んでしまたーっ!!
作者乙です。
うーんやはり明日菜の方が死んだか。
明日菜と刹那のバトルは珍しいから良かった。
別館氏も乙です。
今絵を投下すれば表紙に採用されるのか・・・
考えてみるわ。
新しい絵師さん来ないかなー?
乙です。
この後の展開でどう転ぶか、想像したらwktkが止まらなくなった。
どうも、16です。
もう70話まで来たんですね。はやいなー^^
では、今日の投下です。
70.Weapon 〜殺戮兵器〜
千雨と夕映が崖から降ってきたのどかを連れて聖堂に帰ってきてからはや3時間。
千雨は首輪を解除できたことを告げると2人の首輪を手際よく外し、再び夕映に見張りを頼んで部屋に引きこもってしまった。
のどかはまだ目を覚まさない。
でも整った呼吸をしていたので、いつか近いうちに目を覚ましてくれることはわかった。
「のどか……本当に、よかった――」
もはや夕映の定位置ともなった2階の窓のそばに簡易ベッドを持ってきて、のどかをそこに寝かせてある。
夕映は外を見ながらも、何度も何度ものどかが目を覚まさないか確認してしまっていた。
帰ってきてからしばらくの間、安心して緊張の糸が切れてしまったのか、のどかの体に顔を押し付け、感動の涙を流した。
誰よりも大切な親友。ネギという同じ好きな人に向かって、一緒にがんばっていこうと誓った親友だ。
離れ離れになってからどんなに会いたいと願ったことか。
2人でいれば、どんな困難にも立ち向かっていける気がする。その願いが叶って、夕映は本当に幸せだった。
でもかえって幸せだったからこそ、この幸せをなくすことのないようにがんばらなければならないことを思い知らされた。
千雨と2人でずっと引きこもっているため、外の様子はあまりわからない。
唯一の情報源が放送だったので、放送がなるまで、もうのどかとハルナはどこかで死んでしまっているのではないか、いまも
誰かに襲われて死にそうな思いをしているのではないか、そんな心配が常に取り巻いていた。
だからのどかとの出会いは本当にうれしいものだった。
誰が殺人鬼なのかすら知らないし、どんなふうに殺し合いが繰り広げられているのか想像もつかない。
のどかが目を覚ましたらいろいろと聞かなければいけないな、と心に留めた。
――また無意識のうちにのどかの方を向いていた視線を窓の外に戻す。
――誰かいた。
いままで橋からこのエリアに入ってきたのは千雨だけだったが、その時の千雨はとても焦っていてあたりに気を配っている余
裕なんてなかったので、夕映にもたやすくその存在を察知することができた。
今回も同じだった。警戒なんてまるでしていない。
むしろどこからでもかかってこいとでも言いたげなオーラを身にまとって、大胆不敵にそれは歩いてきた。
「…………。」
つぶやく言葉もない。
夕映は一瞬困惑のあまり動けなくなってしまったが、すぐに正常な頭の回転を取り戻して千雨のところへ急いだ。
乏しい情報の中で唯一敵だとわかっていて、かつ魔法の使えないこの島ではトップクラスの戦闘能力を誇る殺戮兵器。
金属で覆われたその体だけでも反則級なのに、銃で確実に狙いをつけられるスコープがデフォルトでついている。
正直、一番当たりたくなかった相手だった。
バンッ
さっきと同じように勢いよく扉を開けて千雨の姿を確認するや否や、その旨を伝えた。
「――茶々丸さんが、来ました。」
「っ……」
それだけで事態の重大さを伝えるには十分だった。
千雨はすでに1回茶々丸に追いかけられているし、その時だってエヴァが助けに来てくれなかったら死んでいただろう。
しかも放送のタイミングからして、エヴァはおそらく茶々丸に殺されてしまっている。
常識的に考えて、あの最強の吸血鬼ですら敵わなかった相手に、魔法使いの駆け出しの端くれでしかない2人が戦って勝てるわけがない。
のどかとの合流で少し暖まっていた聖堂の中の空気が、一気に冷え切って2人を凍えさせる。
「――やるしかねぇな。」
「そうですね。」
だがここは隔離された空間エリア4の一番奥に位置する建造物。
逃げるという選択肢は存在せず、素直にやられるか刃向かってみるかの2つしかない。
それならば誰だって刃向かう方を選ぶに決まってる。
千雨は長い間ここに帰ってこられないことを見越して、作っていたデータを保存した。
そして銃を取り出すと、足が震えそうになるのを我慢して立ち上がる。
覚悟を決める暇すら与えてくれない茶々丸に焦りを感じ、千雨は夕映の指示に従ってのどかのところへいったん戻った。
夕映の目的はのどかのバッグから武器をもらうことだった。
なぜだかわからないがのどかのかばんには信じられないほどの銃器が詰め込まれていて、のどかが倒れていたまわりにも、ズボ
ンに差していたのであろう銃がたくさん転がっていた。
あるものはもらう精神で、単純な戦闘では勝ち目はないので武器の差で押し切るしかないと考え、5丁くらいずつ拝借して窓を覗く。
橋を渡り終わってすこしこっちに近づいてきているところだった。
「借りるです、のどか。」
夕映は走り書きでのどかに置手紙を書くと、のどかの手をとって強く握りしめた。
「のどかの目が覚めたとき、私がそばにいられることを祈ります。」
「ったく、らしくないことを言いやがって。――でもま、2人とも生きて帰ってくるから安心しとけ。」
顔を見合わせて、大きく頷きあった。
届く距離まで近づいてきていることを確認して、千雨は夕映の持っていた手榴弾を1つ窓から思いっきり投げると、2人は勢いよく階
段を下りて戦場への扉を開け放つ。
一瞬茶々丸の姿が見えたかと思うと直後に手榴弾が爆発し、煙が立ち込めた。
「いい位置に飛んだな。」
少し自慢げにつぶやくと、視界の悪いうちに千雨は夕映の手を引いて隠れられそうなところまで移動する。幸い苔むした家がたくさ
ん並んでいるのでその裏がちょうどよかった。
しかし隠れると同時に、鋭い弾丸が2人の後ろを通り抜けていった。
煙の中では、茶々丸の目は普通の人間よりもよく見える。夕映たちには相手を確認できなくても、茶々丸にはできたのだ。
追われている気配を察した千雨は、立ち止まる暇もなくまた走り出した。それに夕映も続く。2人は緑と灰色だけの味気ない集落を
不規則に走り、背後からの襲撃をかわしながら反撃のチャンスを伺う。
いい具合に盾になってくれて、軽く掠ることはあっても直撃は1回もなかった。
ようやく煙の霧が晴れてきた頃には、ずいぶんと聖堂から離れたところまで移動してきていた。
後ろにつけている茶々丸を見てみると、手榴弾の攻撃が効いたのかところどころプレートがはがれ、その内側から機械の心臓とも
言える重要なパーツが覗いている。
「いけるぞ!! このままいけば倒せる!!」
千雨は建物の角から顔を出すと一発だけ射撃し、すぐに顔を引っ込めた。
茶々丸は撃たれることを恐れずにひたすら近づいてくるので、攻撃を当てること自体はたやすかった。案の定、左足部分に命中
する。が、大したダメージではなさそうだ。
そこで夕映がもう一度手榴弾を投げた。
ゲーム序盤で円からもらった武器がこんな風に役に立つとは思っていなかったが、いま敵を倒す一番の戦力となっているそれに
感謝せざるを得なかった。
だがさすがに一度モロに食らってしまって威力を知っているからか、茶々丸は猛スピードで爆弾から離れるように移動して、夕映
たちを追う。
足の速さも段違いなので、かなり広くおいていたはずの距離も、いまはもう確実に銃で狙いをつけられるくらいのものになって
しまっている。
いつまでも逃げていてもどうしようもないとわかっていながら、急いでまた次の家の陰へと移っていくが、ついに短い銃声と共に
変わらない状況に終わりが訪れた。
とっさに千雨は自分の銃を見る。撃った覚えはない。誤射されたわけでもない。
ならば答えは1つだった。
――茶々丸に撃たれた。
常に千雨の後ろを走っていた夕映がすこしだけ遅れてしまい、陰に入り損ねたところを狙われてしまった。
「ぅああっ!!」
右足の太ももあたりを撃ち抜かれた夕映は角を曲がりきれずそのまま真正面に倒れてしまう。だがそのままでは茶々丸の格好
の的になってしまうので、必死に這って千雨のもとまだ辿り着いた。
しかし当然手負いを放置しておくわけもなく、すぐさまトドメを刺そうと例の機械が目の前に姿を現した。
「ターゲット、ロックオン。」
「くそやろおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
自分の前で夕映が倒れている。その向こうのあまりにも近い位置にいる敵目掛けて、千雨は右手の銃を後先考えずに乱射した。
叫び声と銃声が混じった凄まじい轟音が鳴り響くが、弾が茶々丸に当たって壊す音は聞こえてこなかった。
目標を失って遥か遠くまで飛んでいく弾は、いつのまにか千雨の真横にいた殺戮兵器の回し蹴りによって銃が吹っ飛んで、叫び
声と共に止まった。
その間に夕映もかばんから銃を取り出そうとしていたが、振り返った茶々丸に気付かれて同じように蹴り飛ばされてしまった。
「再びロックオン。射撃準備、完了。排除します。」
残り 12人
71.Desire 〜代償〜
もう少しで勝てそうだったのに。
絶体絶命だった。
尻餅をつく自分の眼前には銃口。なにもかも、自分が足を引っ張ったせいだ。自分の足がもうすこし速くてどんくさくなかったら、
すべてうまくいっていたはず。
悔やむべきことがありすぎて、夕映は何を悔やめばいいかわからなかった。
ただ死ぬという事実だけが夕映の心を支配していく。
いくら命乞いをしようと無駄なことがわかっていたからこそ、何も抵抗する気が起きなかった。戦う前から負ける確率の方が高い
こともわかっていたけれど、予想通り負けてしまうと、それが信じられなかった。
こんなときにまで冷静でいられる自分が悲しかった。そして辛かった。
だが。
「千雨さん、伏せてえええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」
とんでもない音量で、ひどく聞きなれた声が耳に入ってくる。
ここにいる3人の声ではない。もっと遠くにいて、けれどずっと近くにいた人の声。
指示通りに千雨が伏せると、その頭上を大量の金色が通過してきた。
それらはすべて茶々丸の胸部や頭部に直撃していき、何度も頭がぶれ、いくら機械とはいえ致命傷を免れないほどの銃創を作っていく。
突然の予想外な連射に反応することもできず、茶々丸は弾がひと段落つくまで食らい続けていた。おかげでいろいろな機能がおかしくな
ってきているようだった。
銃声が鳴り終わってやっとのことで3人は同時に声のしたほうを振り向き、うち2人は呆然と口を開いてしまった。
茶々丸は数秒間、頭をがたがたと震わせてバランスを整えると、夕映を殺すことに興味がなくなったらしく、いま顔面に弾を食らわせた者
を殺そうとその方向へと走っていった。
「のどかっ!!」「本屋っ!!」
見てみれば、現在位置は聖堂の入り口からまっすぐ前にきたところ。
視線の先にある聖堂の扉の前に立っている人影は、眩い朝日に照らされてすぐには確認することができなかった。
だがすこしして目が慣れてくると、その姿を2人は理解した。
――さっきまで意識不明で眠っていた宮崎のどかだった。
両手にサブマシンガンの完全装備で、茶々丸を狙い撃ちしている。
普段ののどかからは想像もできない激しさで銃を連射する姿は、夕映にも新鮮だった。
命を救ってくれたことに対する感謝の思いと、目覚めてくれたことへの喜びの気持ちが大きく2人の心を揺り動かした。
だがその新鮮な姿も長く見られるものではなかった。
――パンッ
茶々丸が攻撃を食らって首を後ろに反らしながらも狙いをつけて撃った弾は、若干ずれてのどかの耳を吹っ飛ばす。かと思うともう1発
撃った弾は見事に腹に食い込んだ。
「ぐううっ……」
不意な痛みに、のどかは対応できずにしゃがみこんでしまう。当然のどかからの攻撃も止まってしまうので、茶々丸はなんの問題もなく
もう一度のどかに狙いを定めた。
首もとがぐらぐらになって不安定な茶々丸でも、敵を殺すという概念だけは残っているようだった。いくらうまく意識を夕映たちから反らせ
ても、のどか自身にロックオンされてしまってはどうしようもない。
最初に撃ったときから自分が殺される役になるのは仕方のないことだと思っていたが、それによって夕映たちを救え、さらには隙のできた
茶々丸を夕映たちが倒してくれるのならば、のどかにとって悔やむことは何ひとつなかった。
そんなのどかの想いを知っているかどうかわからないが、確かにのどかの期待通り、茶々丸が夕映たちを完全に視界から外しているのを
いいことに、夕映は落ち着いて手榴弾のピンを抜いて、投げた。
それはきれいな弧を描いて地面に落下すると、ころころと転がってちょうど茶々丸の足元で制止する。そして、茶々丸がのどかへ引き金を
引くと同時に、爆発した。
体が吹き飛ばされるまで手榴弾の存在に気付かなかった茶々丸は、真下からの衝撃に耐えられるはずもなく大空を舞う。
するとここぞとばかりに、銃を構えていた千雨が狙いを定めて連射した。
空中で避けられるはずもなく、というよりもはや動くことすら困難な状態にある茶々丸はそのすべてを体に受け止め、悲惨な外見で地面に
落下する羽目になった。
「のどかっ!!」
倒れた機械が起き上がってこないことを見届けると、すぐに夕映は傷ついた親友のもとへと向かう。
前につんのめって転びそうになりながらも、全力で走っていった。
そしてのどかの脇に座り込むと、意識の朦朧としている彼女を抱きかかえて大げさに揺すった。
「のどかっっ!!」
最後の弾丸を右肩に食らったのどかは血の気が引いていて、うっすらと目を開けて夕映を視界に捉えようとしていた。
「ゆえー……私、やられちゃったね――」
力ない言葉。それでも夕映は、少しでも長くその声を聞いていたかった。
再会してから話もできなかった。生きて会えたことを喜び合うこともできなかった。
それなのに、こうしてのどかは夕映をおいてまた旅立とうとしている。
もう聞くことのできなくなってしまう声が、愛おしくて苦しくて、切なかった。
「嘘です、こんなのっ!! のどか……のどかぁ――」
「でも……間に合ってよかった――」
普段感情をあまり表にすることのない夕映が、思いっきり泣いている。
信じたくない、信じられない。
のどかの安全を守るために千雨と2人で聖堂を飛び出したはずだったのに、結局のどかに守られてしまった。
ゲーム開始から1日たってやっと出会えたのに、これからはずっと一緒にいられると思っていたのに、どうしてまた1人にならなければ
いけないのか。
「私は……ハルナを守れなかったから……」
のどかの言葉に、夕映は真下を向いていた顔を上げる。
「……え?」
「ハルナと一緒にザジさんから逃げて……ハルナは怪我してたから先に逃げてもらって……守れたつもりになってたのに、結局なん
の役にも立てなかった――」
夕映は息をのんだ。まだ放送でハルナの名前は呼ばれていない。
けれど、いまの話を聞く限りでは、もう死んでしまっているのだろう。
というより、さっき見た崖の上での爆発がハルナの仕業だったと考えるのが自然だし、あの爆発で無事でいられるはずなんかないこと
を夕映はわかっていた。
でも話が本当だとすると、3人組でいつも一緒にいたのに、ハルナがのどかを守るために死に、のどかが夕映のために死んでしまうと
夕映は1人になってしまう。
中一で出会ったときからどんなときも一緒に過ごしてきたのに、こんなにも簡単に、その関係が崩れ去ろうとしている。
それを悟ると、夕映は余計に涙を流した。
いつまでも続くと信じて疑わなかったものが、いっぺんに消えてしまう。
そのショックに、夕映は堪えられそうもなかった。
のどかの告白は続く。
「だから私は……ゆえを守りたかった。守られてばっかりで誰も守れない自分が嫌だったから――」
「そんなことっ――」
「……わかんねぇよ。」
夕映の言葉をさえぎるようにして耳に入った声に、夕映とのどかは上を見上げる。
2人を見守るようにして静かに立っていた千雨が、不意につぶやいたのだった。
「私にはわかんねぇんだよ!! どうして自分の命を捨ててまでして人を助けたがるっ!! お前だって、さっきの話からすりゃ
早乙女に救ってもらった命なんだろ? それなのに、それなのに……なんでその命をもっと大切にしようとしないんだよっ!!」
はじめの小さなつぶやきとは打って変わって、叫ぶように千雨が声を上げる。
もうなんの音も聞こえない沈黙する集落の中を、投げやりな叫び声だけが響き渡った。
納得いかない。
助けられた命で誰かを助ける。そんなことをくりかえしていたら、結局は1人になってしまう。考えれば誰にだってすぐわかること
なのに、どうしてそれを続けるのだろう。
いくら他人を助けたって、自分が生きていなければ助けた相手と一緒に過ごせる日は来ないのに、みんな進んで死んでしまうそ
の精神が理解できない。
のどかにその答えを求めているわけではないが、思わず叫ばずにはいられなかった。
「はは……そうですね。こんなことしても、ハルナは喜ぶはずないですよね――」
多少自虐気味に返事をするのどか。
明日菜や刹那のように、うまくはいかなかった。のどかには荷の重すぎることだったのかもしれない。
でも言葉とは裏腹に、自分のとった行動を後悔している様子は微塵もなかった。
「……やっぱり、本当の意味で友達を救うのって……難しいです――」
夕映も千雨も、何もいうことができなかった。
夕映はひたすらのどかにしがみついて、死なないで欲しいと祈りながら涙を流す。
千雨はその姿を見て、物思いにふける。
「ゆえ……泣かないで。ゆえの戦いはまだこれからなはずだから――」
のどかの声はさらに小さくなり、聞き取るのも大変なくらいだった。
夕映はのどかの手を握る。体温を感じようとしたが、その手は人とは思えないほどに冷たくて、のどかの顔を見ては大声で泣いた。
「……私、ゆえに会えて本当によかったと思ってるよ――」
「そんなの……私もに決まってます。私も、のどかに会えてよかったです――」
「……うん。……いままでありがとう。それから、がんばってね――ハルナと2人で見守ってるから――」
のどかの瞳が潤んだかと思うと、すぐに目尻からしずくが零れ落ちる。
後悔はしていない。けれど、まだ生きていたいという思いは消えるはずがなかった。
「はい……わかったです、のどか。」
それでも、夕映が力強く頷くと、のどかは満足そうな顔をして微笑んだ。
そのあと、ゆっくりとまぶたが下ろされる。
「のどか……? のどかっ!! のどかぁっ!!!」
それが目に見えてわかってしまったから、夕映は再び名前を呼び続けた。
ありったけの力を込めて、ぶんぶんと体を動かす。けれどのどかが目を開けることはない。
――やすらかで、本当に幸せそうな笑顔のまま、のどかの体から力が抜けていく。
夕映が握っていた手もするりと抜けて、地面にだらりと横たわる。
そして最期に、ほんの小さな声と光だけが残った。
「ばいばい、ゆえ――」
出席番号27番 宮崎のどか 死亡
残り 11人
72.Lover 〜最悪の再会〜
気配を察して、頭を下げる。
風を切る音が間近に聞こえたかと思うと、頭の上を猛スピードでアイスピックが通過していった。
「…………。」
ザジは後ろを振り返り、ためらいもなくAK-47をフル稼働させた。
だが敵の姿はそちらにはない。ザジはあたりを見回すべく引き金を引くのをやめた。
「なかなかひどい格好ですね。」
背後から声が聞こえる。もう一度後ろを振り返っても、やっぱり誰もいない。
「それだけ怪我をしていると、戦う気力もないのでは?」
上を見上げる。確かに上から声は聞こえたが、薄暗い雲が立ち込めるばかりで、人の姿を確認することは出来なかった。
ザジの反射神経が悪いわけではない。完全に翻弄されている。
相手の力量がどれほどのものか、戦ってみるまでもなさそうだった。
いままで戦ってきたハルナやのどかなんかとはレベルが違う、戦いのプロとめぐり会ってしまったことを悟った。
いくらサーカスをやっていて身軽で、これまでの経緯上銃の扱いに慣れているといっても、所詮は人間。人は魔物には勝てない。
――ザジは思いっきり走り出した。
「なにっ!?」
勝てない相手からは逃げるしかないと思い、まさにそれを実行に移しただけだったが、ザジに狙いをつけていた刹那からしてみれ
ば少し予想外だった。
当然、刹那も走り出す。もう数少ない生存者に出会えたというのに、生かしたまま逃がしてしまうほどもったいないことをするつもり
はなかった。
明日菜を殺したことで、自分の最も得意とする部類の武器が手に入った。もう優勝までの道は短いだろう。1人ずつ殺していけばい
いだけだ。
自分以外の生存者が団結しないうちに、確実に事を進めていきたかった。
だからこそ、刹那はザジを追いかける。
あちこち火傷を負っていてボロボロのザジに対して、疲労こそあるものの腹にほんの少しの切り傷は1つあるだけの刹那は、まだか
なり速く走ることができた。
たまに振り返って撃ってくる弾は、いつも夕凪でやっている通りサーベルではじき落とせばいいだけ。連射されたらまずいが、そんな
余裕はザジにはないようだった。
ザジが勝てる気がしないのを悟ったのと同じように、刹那も負ける気配がないことを悟った。
やがて森を抜け、荒れ果てた大地に足を進める。
冷たい風が吹きすさぶ荒地には、隠れるところも盾にできる木もなにもない。
走りながらでも簡単に狙いを定めることができた。
「いままでどれだけ苦労してここまで生き残ってきたのか知りませんが、私に会ったのが運のつきだと思ってください。」
桜子から奪った銃で、ザジの背中を狙う。明日菜を撃ったときにわかったが、銃は刹那の小柄な体にとっては負担が大きく腕を痛め
そうだったので、連射せずに一発だけ撃った。
弾は反れることなく一直線に飛んでいき、体に吸い込まれていった。
「――――っ!!」
背中を打ち抜かれたザジは、必死に前に進もうともがくが、体がついてこないままその場に倒れこんでしまう。
即座に刹那は接近し、サーベルを首もとに突きつけた。
「ずいぶんあっけなかったですね。」
「…………。」
言葉通り、あまりにもあっけない負け。でもそもそも、銃一本でここまで生き残ってこれたこと自体奇跡に近いことなのだから、
ザジにはそう悔しさは芽生えなかった。
化け物みたいな戦闘能力を誇る人材がそろいにそろったこのクラスで終盤まで残れば、それはすなわち化け物と戦う道を選ん
だということだ。ならば戦って華々しく散るのも悪くないと思った。
ザジにも簡単にわかった。刹那は無理をしていることが。
こうして人を殺すことに何のためらいも感じないような振る舞いをしているけれど、本当は誰も殺したくなくて仕方なくゲームに乗
っていることが、態度ににじみ出ていた。
でも、だからといってザジを生かしておくこともしないだろう。殺されるのはわかっている。反抗するつもりはなかった。
いままで説得されてきているのは雰囲気でわかったので、ザジごときが説得したところで刹那の気持ちが変わらないのは見え
透いている。
「私にも……友情が欲しかった……」
だから諦めがちに、めったにしゃべることのない口で、ひさしぶりに声を発した。
別に誰かに話しかけたわけではない。何かひと言だけでも、この世の中に残しておきたかったのだ。
ハルナとのどかの友情を見せつけられては、自分みたいな誰とも仲良くない人間が生き残ってしまうのはみんなに悪い気がした。
あんなにも人を思う気持ちを大事にして死んでいく人がいるのに、誰のことも想わずに寂しく生きていく価値は自分にはない。
今まで何も言わなかったが、3−Aの一員になれたことがザジにとっても幸せに思えて、やすらかな表情を浮かべた。
そして、それが最後の言葉となった。
――――――
背後に、人の気配がした。
刹那はそれを無視して森の中へ戻ろうとした。立ち止まってしまったらもう進めなくなると、本能が告げていたから。
ザジの死体を横目に、ついに自分の醜い姿を見られてしまったことを嘆き、でも涙は流さずに走り出す。
だが、その声を聞いてしまっては、立ち止まらずに入られなかった。
「せっちゃんっ!!」
一番会いたかったけれど、一番会いたくなかった人。
自分を呼ぶ声が、なんと悲痛に聞こえたことか。そしてその声がなんと自分の心に響いたことか。
「せっちゃん……待って。」
出席番号31番 ザジ・レイニーデイ 死亡
残り 10人
今日は以上です。
明日もいつもどおり投下します。
では。
乙です。
のどか・・・。
まだ茶々丸の死の表示がないのが気になる。
今週末ごろに終了かな?
のどか…(泣)
どうもー。
>>249 あとのほうに、6000字を超える話がいくつかあって、その話の日はキリとか関係なく
一日二話の投下にしたいので、今週末には終わらないかと思います。
では、今日の投下です。
73.Despair 〜決められた未来〜
もといた場所をあとで訪れてみても、変わっていないとは限らない。
最初は明るい未来に出られると信じていたけれど、いまはその先に何もないことを知らずにはいられない。無理にでも
知らされるしかなかった。
――皮肉にも、いまいるこの場所は、木乃香のスタート地点だった。
ずっと会いたかった。ようやく会えた。
でも、誰よりも信じていた刹那は、いま目の前に木乃香の想像をはるか超えた殺人鬼に成り下がって立っている。
「どうしてなん……?」
刹那が何人もの人を殺しているのは見ればわかったけれど、それに対して憎いとか信じられないとかいう感情を抱く以
前に、木乃香はただ悲しみに暮れた。
木乃香のために振ってくれていた剣。それを友を殺すために使い、容赦なくクラスメイトの命の炎を消していく背中が、
そこにはあった。
一番頼りにしていた人の姿を目にしたことで木乃香は無心に虚空を仰ぎ、力の入らなくなった足はかくんと折れて荒野に
座り込んでしまう。
何かにすがるような表情で、呆然と見上げることしかできなかった。
小さい頃からずっと木乃香の事を守ってきてくれた刹那。
ピンチのときにいつも駆けつけてくれる刹那に、木乃香はいつの間にか、友達という感情以上に憧れを抱いていた。
最後には刹那がどうにかしてくれる。そんな淡い確信を常に胸に秘め、いつも辛いことにも立ち向かって生きてくることができた。
それなのに、この状況はなんだろう。
刹那に会いさえすればもう大丈夫だと思えると信じていたのに、見事なまでに木乃香の期待は裏切られた。
この島に残された数少ない希望を求めて生きてきたつもりだったというのに、そんな希望など最初から存在しなかったのだ。
絶対的な信頼をおいていた彼女に対して、なんの感情も抱くこともできなかった。
刹那は返事をしない。返事なんかなくても乗った理由なんてわかるだろうけれど、木乃香のせいで刹那がこうなったと
思わせたくないから、責任を感じさせないためにも返事はしなかった。
「なにが、不満ですか?」
そのかわりに、質問を投げ返してやる。
いつかこうなることはわかっていて選んだ道なのだから、この辛さを刹那は乗り越えなければいけない。苦境を乗り越えた
先にこそ、刹那の望む未来がある。
「私にまかせておけば、お嬢さまは生き残れます。」
何を言おうと木乃香が自分の行動を認めてくれることはないとわかっていたけれど、逆に何かを言えば言うほど確実に刹那が
悪者になっていく。
自分にすべての責任を背負わせておきたかった刹那にとっては都合がよかった。木乃香は何も考えなくていい。自分に任せて
おいてくれればそれで済む話だった。
けれど木乃香は頬に大粒の涙を流しながら、叫ぶように訴える。
「生き残っても、みんながいない。ウチ1人生き残っても何もできないことくらい、せっちゃんにもわかってるはずや!!
ウチは弱いから、1人じゃ絶対生きていけへん!!」
「もう1人、一緒にいられる人がいるじゃないですか。」
「そんなこと関係ない!! もっとたくさんの友達がいないと、ウチ笑っていられないんや!!」
悲しみのままに感情を露にする木乃香に対し、刹那は相変わらずの無表情っぷり。
もう1人というのは、刹那のことだからだった。
そう、木乃香が生き残ろうと刹那が生き残ろうと、結局最後の2人は同じ。
木乃香と一緒にいられるもう1人というのは、2人とも死なない限り変わることはない。どちらが優勝者になろうと、木乃香と
刹那がこの島から帰ることになる。
刹那はすべてを失い心に深い傷を負った木乃香を、支え続ける自信があった。いや、支え続けられると思い込まなければ、
自分の行動を正当化できなかった。
だから、刹那は木乃香がどんなに悲しむことになろうとも優勝を目指すことを決めたのだ。生き残って、それからゆっくりと
傷を癒していけばいい。
どんなに深い傷も、時間が経てば癒えていく。傷の深いうちに精神を乱さない限りは、いつか木乃香に立ち直れるときがくる。
その手伝いをできるのは刹那しかいないと自負していたし、そうなるのが最善の策であることも、刹那は確信していた。
木乃香を死なせるわけにはいかないが、超がいなくなってしまったから脱出の方法はない。
ならば優勝する、または優勝させるしかないと考えるのは仕方のないことだった。
木乃香に出会わなければただルールに乗っ取ってゲームを進めればいいし、出会ってしまえば木乃香を守り通せばいいだけ。
ただし木乃香の脇で戦うことはしたくなかったので、開始当時から出会わないことを祈りつつ殺しをしてきただけだった。
「いままでこの島で生きてきて、わかったことがある。」
何も言わない刹那に対して、再び木乃香は口を開く。
刹那を説得しようという気持ちに、変わりはないようだった。
「ウチにはまだ誰かを守るなんてことはできないってことと、――それどころか、ウチ1人じゃ生きていけへんってことも。
強くなろうと思ったって、結局は誰かに支えててもらえないと無理なんや。
いまの弱いウチじゃ、他の人にすがって生きてくだけで、せいいっぱいだったんや……。
――それなのに、せっちゃんはウチに、みんなを犠牲にして生きろって言うん?」
瞳を潤ませながら必死に話しかけてくる木乃香を見ると簡単に決意が揺れそうになるが、刹那は負けるわけにはいかない。
「それしか方法がないんです。しょうがないことなんですよ。」
言い訳がましくなってきているのはわかっている。方法がないと思って疑わず、他の方法を探そうとしなかったのも事実だ。
けれど、ここで引いてはなんの意味もなさない。
「それに、そのうち新しい友達もできます。体を寄りかけることのできる友達だって、たくさん作っていけるはずです。
お嬢さまはずっと悲しいまま生きていくわけじゃない。笑える日だって、いつかくるでしょう。
だから、私はこのままの方針で動きます。」
「ダメや!! ダメやよ……そんなの……」
「ごめんなさい、お嬢さま……」
木乃香の声は、空から舞い降りる雪のように現れては消える。
刹那は木乃香に背を向けると、ザジのかばんを持って荒野を踏みしめる。
もう何人も残っていないこの島でやがて2人きりになったとき、再び出会うことになるだろう。
「待って!! せっちゃん!! お願いやから、待ってよぉ……」
「さようなら、お嬢さま。――また、後で。」
「そんな……そんな……」
追いすがる声を小さな背に受け、刹那は歩き出した。
あと数人殺せば、すべてが終わる。
いつまでも後ろでしゃがみこんでいる大切な人を救うまで、あと少しだ。
残り 10人
74.Decoy 〜タイムリミット〜
『4回目の放送ネ。よく聞いておくことをお勧めするヨ。』
それは美砂と円が朝倉をしとめ損ねてからしばらくしてのことだった。
「ったく、なんだってのよこんな時に。」
「まぁまぁ、いまは朝倉も来てないことだし。」
物音を立てずに静かに移動し、朝倉がいないことを確認しては座り込んで作戦を考える。
そんな行為を永遠とくりかえしていたので、円のストレスはたまる一方で、美砂の方もかなり気分がだれてきていた。
『死亡者は、14番の早乙女ハルナ、16番の佐々木まき絵、22番の鳴滝風香、8番の神楽坂明日菜、27番の宮崎
のどか、31番のザジ・レイニーデイ、の6人ネ。』
『あと、禁止エリアのことだガ、ゲームの進行が遅いから増やすことにしたヨ。
一時間後にエリア11、三時間後にエリア2、五時間後にエリア8、となる。
では、健闘を祈ろう。』
なんら進展はない。朝倉からは攻めてこなかったし、こちらからも攻めていない。
朝倉からしてみれば人数差を考えて慎重に攻めたかったし、2人からしてみれば普通に戦えば勝てるはずなので
確実な方法を考えてから攻めたかった。
けれど、この放送のおかげで長かった耐久戦は終わりを告げることとなる。
「エリア11って……」
「うん、ここのことね――」
タイムリミットができてしまったからだった。
それもちょっとやそっとでどうにかなる時間ではない。たったの一時間で、この戦いにケリをつけなければならなかった。
すでに戦い始めてから6時間以上が経過している。
それなのにその6分の1の時間が経っただけで首が吹き飛んでしまうと言われて焦らないはずもない。
何か契機を作って早めに決着を付けられる方法を考えなければと、顔を見合わせた。
が、
パァンッ
1発、ずいぶん近いところから銃声が聞こえた。とっさに身をかがめてどこから襲ってくるかわからない弾丸に備えるが、
弾はどこからも飛んでこなかった。
こちらからきっかけを持ちこむ必要はなかったようだ。
朝倉も当然どこかで放送を聞いていたのだから、早めに勝負に出なければいけないことを悟って、積極的に攻撃を仕掛
けてくるつもりなのだろう。
音は場所を特定するための情報を提供してくれる。相手の場所を知るにはちょうどよかった。
美砂は手元にあった地図を覗き込んで、音のした方向を確かめた。
「ここから北にある通路で、一番近いところは――ここね!!」
指で紙面上をなぞっていき、該当する箇所をとんとんと叩いてみせる。幸い風はなかったので、音が流されていることも
ないだろう。自慢げに円の顔を見やると、円もそれに応えた。
「東西に伸びてる通路に行き止まりの細いわき道が一本、南に向かってあるだけだから、東西で挟み撃ちにすれば追い
詰められるはずよ。」
――おそらくさっきの銃声は囮。
そのくらいのことは、美砂も円もわかっていた。朝倉だって、意味もなく銃を撃ったら居場所が知れることくらいわかっているはずだ。
だから朝倉は、こちらが焦っていることを利用して銃声でおびき出し、その間に裏をかいて2人を狙撃するつもりなのだろう。
朝倉の立場になって考えてみれば、いらいらして正常な思考を制限されている2人にもすぐに辿り着くことのできる答えだった。
いくら勝負を仕掛けたいと思っていた2人にとっても囮に自らかかりに行くのは気が進まないのは確かだったが、でもだからといって
このまま行動を起こさないというのも、時間の都合上できない。
いまなら確実に銃声のしたところに朝倉がいるが、時間が経ってしまえば敵の位置はわからなくなる。広い住宅街のどこかでめぐり
会うのはあまり期待できない。
朝倉のことだから時間ギリギリになってから2人を置いてエリア11から逃げ出すかもしれない。
ならばこのチャンスは生かすべきだった。
朝倉がどう裏をかいてくるかはわからないが、それをうまくかわしてこちらから返り討ちにして倒してしまいたかった。
入り組んだ戦場ならばいくらでも隠れる場所があるから、身の安全を保ちつつ朝倉に近づくことも可能だし、いざとなれば銃撃の盾
にもできる。
――2人は円の言葉どおり東西から挟み撃ちにする方針をとることにし、かばんを持って立ち上がった。
ボウガンとアサルトライフル。いまさらながらどちらも遠距離攻撃のできる優れた武器だ。
あとは朝倉の攻撃に気をつけながらうまくやるだけ。
軽く視線を交えると、2人は背を向けて敵を滅ぼすために走り出した。
美砂の西へ向かう足音を耳にして、円は大急ぎで東に向かう。最初の角を北に向かって折れると銃を構え、敵がいないことを確認する。
建ち並ぶ家には無数の窓があり、そのどこからでも朝倉が狙っている可能性があることに身をすくめながら、全速力で通路を駆けて
いった。
地面を覆う瓦礫は円の足元を救おうと不規則に落ちている。それを踏んでバランスを崩しそうになったが、横の壁に手をついてこらえ、
また休む間もなく突き進む。
まっすぐに走ると狙われやすいから適当に方向を変えながら走り抜けていったが、目的の角に到着するまでに銃声は1回も聞こえて
こなかった。
「……こっちにはいない――?」
安堵のため息と共に若干の不安を残して、円は一人つぶやく。
たぶん挟み撃ちにしてくることも承知で、朝倉はそのどちらかに絞って攻撃してくるはず。
銃声の位置からは美砂と円のことを見ることはできない。見られていたならば美砂の方に行くに決まっているが、そうでなければ話は違う。
円のほうにくるか美砂の方に行くかは五分五分といったとことだろう。
けれど円のほうに朝倉がいる気配はない。美砂の方か?
とすると、美砂が無傷で耐えていてくれる間に円が朝倉を見つけ出して攻撃しなければいけない。
でもそのために円ができることは、美砂が朝倉に見つからないよう信じることだけだった。
また後ろを振り返る。警戒心はどれだけ強くても強すぎることはない。そうして何も起こらなかったことを思い返して西へと曲がった。
この通路はさっき銃声が聞こえたときに朝倉がいたであろう東西に伸びる道。
「急ごう!!」
もといたところに留まっていることは絶対にない。
そう思って再び走り出したが、しばらく走っていくと道に落ちていたあるものを目にすることとなり、円はひどく嫌な予感に襲われた。
――遠くから銃声が聞こえた。
予感はすぐに的中してしまった。
すこし待っていてもその弾は円のところへは飛んでこない。つまりは、美砂の身に危険が及んだということだった。
残り 10人
75.Treasure 〜3−A〜
西へと走る美砂。
円と同じように角で朝倉がいないことを確認すると北に曲がって身を隠す。
比較的広い通りには鍵のない自動車が放置されていたので、その後ろからガラスを通して先を見据えた。
開始から2日目を迎えようとするこの島に、残っているのはもう10人。
クラスメイトが減ってしまったことは当然悲しいけれど、逆に考えれば人殺しも減っていることになる。ここで朝倉を
殺すことができれば、もう殺人鬼は残っていないかもしれない。
そうなれば生きている人たち全員で集まって脱出へと踏み出せる望みだって大いにある。
そんな明るい未来を、自分の向かっていく通路と共に見つめていたような気がした。
パンッ
けれど、理想とは裏腹に現実はただ残酷だった。
「ぇ……?」
朝倉の現れるであろう通路へ向かい走り出そうとしたところで、背後から銃声が聞こえてきた。
そしてその直後には、美砂は胸に痛みを訴えてうつぶせに倒れていた。
何が起こったのかわからない。なぜか、自分は地面ととても近い位置にいる。
ゆっくりと近寄ってきた朝倉は、力なくだらりと伸びる美砂の両手を踏みつけると、ぐりぐりと踵に体重をかけて痛みにもがかせる。
手の甲の骨が折れるかと思うほど続けて、ボウガンを手から離したのを見ると、それを奪ってから美砂の背中を蹴りつけた。
「ほんとに単純な奴だね――」
いつもと変わらない調子で、朝倉がつぶやく。誰かを見下しているような声色。
しばらく時間が経ったためか最初の頃の狂気こそなかったものの、それでも右手を奪った美砂への怒りはいまだ途絶える
ことのない永遠のものだった。
「ばーか。」
どうしてだろう。絶対に音は北から聞こえたはずなのに、朝倉は南の方から現れて、美砂の背中を撃ち抜いた。
その理由を考えようかと思ったけれど、急にそんなことどうでもいい気がして、やめた。
自分は死ぬ。それだけがここにあるすべてだった。
もう焦る必要はない。無責任ではあるけれど、後は円がどうにかしてくれる。
――意識を保つのが辛くなってきてふと目を閉じると、桜子がすぐそばに眠っていた。
寝疲れたから起こして欲しいのかもしれない。それとも、一緒に寝てほしいのかもしれない。
美砂は死を目前にして、さっき死にそうになったときと同じように、思い出すのはやっぱり部活のことだった。
自分にかけがえのないものをくれたチアリーディングの時間、仲間。おかげで誰よりも中学校生活を楽しく過ごせた自信が、
美砂にはあった。
「――チアリーダーとして、私は桜子と一緒に円を応援します。」
一緒に練習してきた仲間が、散り散りに別れてしまう。
別れてしまういまだからこそ、入学してから一度もできたことのなかった大技でも、3人で完成させることができるような気が
してならなかった。
こんなにも友達を大切に思ったことはない。共にいるのが当たり前になっていたけれど、いつの間にか友達がこんなに大切な
存在になっていたのだ。
美砂はふと、自分が桜子や円のことを思うように、自分も2人にとって大切な人になれていたのかな、なんて思った。
(なれてたら、うれしいな――)
朝倉はもう一度美砂に照準を合わせて、美砂が何を考えているかも知らずためらいもせずに軽く引き金を引こうとした。
でも止めた。
「あんたにとって、一番大切なものはなに?」
銃口は向けたまま、美砂に問いかけた。
最後の一言を聞いてやるつもりだったのではない。単純に、答えが知りたかった。
「そうね……。3年A組っていうクラスかな。」
自分の大切な右手を奪った美砂にも、同じ苦しみを味わわせてやろうと、大切なものを奪ってやろうと思ったから。
「あ、そう。」
でもそれは壊せるものではなくて、朝倉はなんとなく喪失感に心を揺らした。
「――死にな。」
「……わかってる? あんたも含めて、3−Aっていうのよ。」
発砲音に、無音の住宅街ではエコーがかかる。美砂は頭に血の花が咲いて、華々しい最期だった。
「円、私たちは3人でひとつだから……心はいつも一緒にいるよ――」
やがて、円が反対側からあとを追うようにやってくる。
「あんた――」
想像通り、朝倉の足元には動かぬものとなってしまった美砂の体。
円が通ってきた道。美砂が嬉しそうに地図上で指差した場所には、円の敗北を示すアイテムが残されていた。
爆竹だったのだ。
2人が銃声だと思って朝倉の位置を見つけ出したその音は、ただの爆竹が破裂する音。
素人の円たちに聞き分けるなんてことはできない。最初から朝倉の思惑通りだった。
それがわかった瞬間に、円は我を失って本物の銃声のもとへと駆けつけた。
そしていま、朝倉の左手にはまだ白い煙を上げている銃が、次の獲物を求めて息を荒げている。
「許さないから――」
獣が唸るように、低く声を発した。
怒りを露にし、威圧感を与えるには、それで十分だった。
でも心が壊れかけている朝倉には、威圧感もなにもない。にやついた顔で、円を見る。
「それで?」
朝倉は勝ち誇ったような態度をやめない。
左手に持つ銃を構えて円に撃つだけで自分の勝利が確定するのだから、当然かもしれない。
「それであんたになにができるっていうの?」
だから挑発のセリフを投げかけた。正気を失ってくれれば失ってくれるほどいい。
自分に対して腹を立てて殺そうとしてくる相手を無様に殺してやるという行為は、朝倉にとって快感にしかなりえない。
――円の目が、血走った。
『 あ ん た を 殺 す ! ! 』
ダァァァァァーンッ
そのタイミングで、朝倉のすぐ横の壁が、とてつもない轟音を立てて崩れ落ちた。
住宅街全体に届くくらいに、地面を揺らす低く重い音があたりに響き渡った。
建物の入り口部分が爆風でひん曲がって朝倉の後方を飛んでいく。あっという間に炎が燃え広がって屋根に上り、
一気に焼き払う。
何もないただの倉庫が突然爆発した。その不自然さに朝倉は一瞬精神をを保ちきれなかったが、円のほうは最初
から爆発が起こるのを予測していたかのように落ち着いていた。
自分が朝倉の前で何もできずに殺されそうになっていた現実から、爆発は自分を救ってくれただけ。言い換えれば、
これはチャンスでしかない。
宇宙人でも見るような目でそれを凝視した朝倉に向かって、円はためらいもなく狙いをあわせた。
スコープに憎き朝倉の顔が映し出される。それが見えた瞬間、円は激しい嫌悪感のままに引き金を引いていた。
「――私はまた、手の届くところにいた親友を見殺しにしたっていうの?」
寂しげな、後悔がひどくにじみ出ているひと言。
桜子を救えなかったから美砂だけは何があっても死なせないと誓ったはずだったのに、結局言葉は虚言でしかな
かった。助けられるはずだった人間を、助けられなかった。
力量不足だったせいだろうか。それともどこかで間違えた判断をしただろうか。
原因がなんであるか簡単にはわからないけれど、たとえなんであったとしても、いまここで、美砂はもう帰ってこない
という現実は確かに円の首を締め付けている。
息苦しかった。首を強く握りしめる思いは、何度はがしてもしつこく掴みかかってくる。
斬りつけて、文字通り断罪してやりたかった。――が、できなかった。
冷たい風が吹いて、首を解放することなく円の頬をなでただけだった。
ふと意識を戻すと、ギリギリのタイミングで自分を狙う円に気付いた朝倉は滑り込むように建物の影に身を隠し、弾は
朝倉がもといた場所の遥か後ろの壁を傷つけるのが見えた。
朝倉はそのまま円から距離をとるように遠くへ走っていく。
当然、円は追いかけた。時間はそう残っていないことを忘れるはずもない。
そしてある建物の前で立ち止まると、突然振り返って円に向かって発砲すると、当てるつもりもなかったのかその行方を
確かめもせずにドアを開けて入っていった。
円は確実にかわすために電柱の陰に隠れ、弾をやり過ごしてから2発立て続けに反撃したが、どちらも朝倉の開けた
ドアに阻まれて当たることはなかった。
朝倉の入った旅館らしき建物の外観を目にすると、円は安心したように裏口から侵入した。
出席番号7番 柿崎美砂 死亡
残り 9人
本日は以上です。
では。
参考までに……
いま生き残ってるのは、出席番号順に、
名前 所在地 状況・心境
――――――――――――――――――――
朝倉和美 エリア11 乗っている
綾瀬夕映 エリア4 ショック
和泉亜子 エリア? 改心
絡繰茶々丸 エリア4 ?
釘宮円 エリア11 朝倉を殺す
近衛木乃香 エリア5 ショック
桜咲刹那 エリア5 木乃香以外全員殺す
龍宮真名 エリア? 迷い
長谷川千雨 エリア4 ?
という感じです。あんまり書くとネタばれになると思ったので、?を使いました。
禁止エリアは1・3・6・7・9・10
約1時間後にエリア11
約3時間後にエリア2
約5時間後にエリア8 が追加で禁止になります。
あと1週間ちょっとになると思いますが、これからもよろしくお願いします。
乙。
いいよいいよ和美
カッコいいよ
優勝してさよちゃんと二人でハッピーエンドだw
おっつです。
生存者誰だっけ?と思ってたところだから助かった。
そろそろ生き残りは誰かと気になるところだけど、結構絞れないね。
このせつ主軸の話だけど生き残れるかは微妙、
脱出組のゆえちうも微妙、最後に超がどう絡むのかも気になるところ。
うーむ・・・楽しみにしてますよん。
どうも。こんばんは。
今日の投下に入ります。
76.Guile 〜罠、二重罠〜
朝倉が迷わず入っていったということは、建物内に何かしらのトラップが仕掛けられていると考えて間違いはないだろう。
そうでなければ、素直に銃撃戦をしたほうが時間的にもリスクが少ないはずだからだ。
やはりあいつは殺さなければいけない。美砂の仇は、必ずこの手で取ってみせる。
最初に美砂を殺そうとしていたときに確実に頭でも撃ち抜いておくべきだったかと後悔しつつも、今度こそは絶対に逃さ
ないと心に誓った。
円はあたりに細心の注意を払いながら1歩1歩進んでいく。罠に一度はまってしまえば最後。負けが確定するのはわか
りきっている。
旅館のつもりで作ったのであろうこの建物は、作り自体はとても単純なものだった。
玄関と広間があって、すぐ横にある階段で2階に上がれる。食堂は1階に大きなものがあり、風呂や共同トイレなどもす
べて1階、客室は2階に集まっているようだ。
円は自分が朝倉の立場だったらどこから狙撃を狙うか、どこからトラップにかかるのを見るかを考え、そのような場所は
避けて歩いた。
長い廊下なんかもなるべく通らないようにし、やむをえず通るときは早足で通過していった。
「いない……。」
だが1階をすべてまわり終ったところで、朝倉が潜んでいた形跡すら見つけられなかった。
残り時間的にこの建物から朝倉が出るとは考えづらかったし、かといって足音の1つも聞こえてこない。
もちろん円も足音を立てないようにしていたので、外で場違いに昼を歌う鳥たちの声がうるさいくらい耳についた。
朝倉の武器はただの拳銃とボウガンで、円の銃と比べれば遠くまでは狙いが定まりにくいことも考慮すれば、やはり狙い
撃ちよりもトラップにかかるのを待っていると考えた方が無難かもしれない。
ならば慎重を究めていけばいい。注意さえ怠らなければまず見破れるはずだ。
円は階段の下に立つと、顔は出さずに上に向かって銃口を向ける。
すぐ上で待ち伏せしていた場合、その銃口を見て相手は、存在に気付かれたかと思い逃げ出すか反撃するかのどちらか
の行動をとるはずなので、物音がしなかったのを確認すると円は安心して階段に足をかけた。
階段は上からも下からも狙われる可能性のある危険な場所。ゆっくり上るメリットはない。
円は手すりなんかをうまく使って足音を立てずに急いで2階に辿り着くと、構造はわかっているから背後を取られないよう
に気を使って歩いた。
2階のどこかには、必ず朝倉が隠れている。敵陣に乗り込んでいく円は、両側の壁が迫ってくるような幻覚に襲われた。緊
張の表れだった。
この建物に3階はないが、2階の天井は異様なほど高く、何かを落とすには最適に思われた。ボロボロで穴も空いているの
で、人は入れそうもないがナイフくらいなら隠せそうだ。
だが当然、無防備に視線を上に向けるなんて愚かなことはしなかった。何かを落とすにしても紐やワイヤーのようなもので
引っ張って落とすくらいしか方法がないのだから、足元さえ見ていれば引っかかることはない。
そうして1つ目の部屋の前で足を止めた。首を左右に振って敵がいないことを確かめると、ライフルを肩に構えたまま扉に
手を掛ける。いかにも軋みそうな扉だったので触れることすらためらわれたが、そのままでは事態が進展しないことを思って
勢いよく開け放った。
――人の気配はない。
円は息をできるだけ止めて数歩だけ中に入るとドアを閉め、部屋の奥へと進んだ。
窓の半分が割れ落ちていて、風が吹き込んでくる。人が隠れられそうな押入れを全部開けて中を見た後、窓から外を眺めた。
外には何度も通った覚えのある大通りが南北に伸びている。円は朝倉が一直線に建物を通り抜けて外へ逃げないためにわざ
わざこの通りからつづく裏口から侵入したので、こちらから出て行った可能性はきわめて低い。
ならばここには用はない。この部屋ではないことを知ると、円は再びドアを思いっきり力を込めて押し開けた。扉の前で朝倉が
待っていたときのことを考えての行動だった。
そういえば――。
円は突然思いだした。
美砂にこの島で初めて会ったとき、美砂は『斬られそう』になったから腰が抜けてボウガンを撃つことになったと言っていた。
とすると、朝倉の武器は銃とボウガンだけじゃない。きっとナイフか日本刀か、そのようなものがあるに違いない。
さっきこの建物に入ってから仕掛けをするには時間が少なすぎるから、たぶん円たちが逃げたり狙ったりしていた間に忍び
込んで罠を仕掛けたのだろう。
銃は美砂を殺すのに使っていたし、ボウガンは美砂から奪ったものだと円にもわかっていたので、トラップとして使われてい
るのは、2人と戦っている間に姿を見せなかった、その『斬る』ことのできるものだと考えられた。
廊下に戻るとすぐに、円は次の部屋へのドアを開く。
2つ目の部屋は1つ目とは違ってもっと広く、ミーティングなどで使われる多目的ルームを模して作られたものだった。
――人のにおいがした。
今度のは窓が全開になっていたが、それでも少し前までこの部屋で誰かが潜んでいた空気を円は感じた。
広さが違うだけで押入れの位置や洗面所の場所なんかも変わっていない。
危険な気がしたのでさっさと引き上げて次の部屋に向かいたかった……が、そうもいかなかった。
――それは、洗面所の扉の下にあるほんの少しの隙間に、洗面所の中へと細いワイヤーが張られているのを見つけたから。
注意していなければ見つけられなかっただろうが、気の張っている円にはあまりにも容易すぎるトラップだった。
ワイヤーを目でたどっていくと、先ほど想像したとおり屋根へと伸びていて、そこからはかすかに銀色に光る刃物が覗いていた。
内側のドアノブかどこかにワイヤーが巻きつけてあって、扉を開くとそれが引っ張られて上から刃物が降ってくる、という算段だ。
漫画でもなかなか見ないような幼稚なトラップだったが、円の警戒心は最高潮に達した。
ようやく、敵が姿を現すはず。
決着がつくまでは短いだろうが、――決戦が始まる。
トラップを見た円は、瞬時にその場に伏せた。
すると屋内では鼓膜が破れそうになるくらいうるさい銃声が鳴り響き、後ろから、頭の上をものすごい勢いで弾丸が通過していった。
それを見届けると円は体勢を立て直して部屋の外へと走る。
円の予想通り、背後に位置取っていた朝倉は、姿を見られていないはずなのに弾を避けられた驚きでとっさに円を捕まえることが
できなかった。
しかし呆然としている暇はないことなどいやというほどわかっていたので、すぐに廊下へ飛び出して円の姿を確認し、背中丸出しで
無防備に走る円に正確な狙いをつけて一発撃った。
「――――っ!!」
朝倉の持っているダブルアクションのリボルバーは、引き金を続けて引くだけで次の弾を射出することができる。装填時間が必要
ないため円との距離もそう離れず、さすがに外すわけもなく見事に円の腰辺りに突き刺さった。
赤い鮮血が木造の廊下に飛び散って、床を染める。
さらにもう1発撃つと、今度は円の唯一の武器であるスナイパーライフルの柄の部分に当たって、銃は回転しながら地面へと落下した。
勝った、と思った。
武器を落としてしまえばもうこちらのものだ。
だが円は武器など気にも留めずにそのまま一気に廊下を一番奥まで走りぬけると、そばにあったドアを開けて部屋に入り込む。
円の意地の強さに再び驚かされながらも、朝倉は口元を嬉しそうに歪めた。
「袋のネズミってやつだね。」
いくら逃げられたつもりになっていたとしても、そこは行き止まり。もうそれ以上逃げ場はない、一番奥の部屋だった。
朝倉は相も変わらず不気味ににやつきながら、まだ銃に弾が入っていることを確かめてゆっくりと歩を進めていった。
朝倉だけは、決戦は終わったと思っていた――。
残り 9人
77.Secrets 〜惨劇のあとに〜
やっぱり朝倉は知能犯だった。
幼稚とはいえもっともらしいトラップを仕掛けておいて、実はそれ自体がトラップだったなんて、瞬時に判断できる人は早々
いないだろう。
タイムリミットまでの時間が20分を切ろうかというときに、人は誰でも焦りを感じ始める。その焦りすらも利用して、朝倉は
狡猾に仕組んでいた。
トラップを見た瞬間に襲ってきた寒気。
とてつもない悪寒に身をすくめる羽目となった。背後に魔物でも取り憑いているかのような、猛烈な嫌悪感に震えそうになった。
罠の仕掛けられた部屋の反対側に用意されている客室の扉から、朝倉は円の様子を観察していたのだ。
こういう部屋にはたいてい、訪問者を確かめるために外を見ることができる穴がついていて、そこにガラス玉やなんかが埋め
込まれているのが一般である。
だから反対側の部屋にいた人にとっては円がこの部屋に入っていくのを見るのは簡単だったわけで、それを利用してトラップ
を仕掛けておいたのだった。
けれど円は、さらにその上を考えていた。
刃物をトラップに使っているという時点で、朝倉は罠で円をしとめる気はないのではないかと考えが至った。
例えばナイフが上から降ってきたとして、頭に刺されば死ぬが、肩に突き刺さっても死にはしないだろう。
銃が発砲されるのと違って落ちてくるまでに若干時間があるし、ワイヤーに引っかかった後に逃げる余裕がなくもない。
ならば刃物で足止めしている隙に近寄って、とどめを刺しにくるのではないか。
そんな考えが、美砂の言葉を思い出したときに一瞬で駆け巡っていた。
だから朝倉の動きを読んで、恐怖という魔物を無視して撃たれる前に伏せてかわすことができたのだ。
だが結局、自分の腰には穴が開いている。
この島で始めて食らった攻撃に円は撃たれた箇所を押さえてもがき苦しむが、左足に力が入らなくなるだけでそこを撃たれても
命に別状はなかった。
誰も味方がいないいま、介抱してくれる人もいなければ代わりに戦ってくれる人もいない。
ならば戦い続けるしかないだろう。怪我なんか気にしている場合ではない。
それよりも、朝倉を返り討ちにあわせることが最優先だ。
残り時間は15分を切っている。ここで仕留められなければ、もうチャンスはないだろう。
というより、仕留められなかったなら殺されて終了だ。
円にできることはない。ただ朝倉が勝手に死んでくれることだけを祈って待ち続けるしかなかった。
やがて、朝倉が部屋のドアの前に立つ気配があった。
円はドアを開けたところからは見えない位置に座りこんでいる。腰の痛みからか、支えがないと立ち上がることもできそうもなかった。
息は切れているが、呼吸を止める必要はない。もとからこの部屋にいることはばれているのだから、ただ突入して一発目の発砲だけ
食らわなければ大丈夫なはずだった。
まず、扉の覗き穴から弾を撃ち込んできた。
ガンッと鈍い音がしてガラスが砕け、ドアが大きく震える。と共に蝶つがいのところを撃って、ドアごと破壊しようとしているような音が
聞こえてくる。
3発ほどの銃声が鳴り止むと、朝倉は思いっきりドアを蹴ってガラガラになった入り口から堂々と侵入してきた。
――だが数歩歩いたところで、円からしてみればとても心地のいい音をたてて、腐っていた床に足を突っ込んだ。
その位置からはまだ円を狙うことはできない。壁がいい具合に邪魔してくれて、円の安全は確保されていた。
もとから円は確認してあった。床が腐っていて踏めば抜けることも、一度足がはまってしまうとなかなか抜け出せ
ないことも、確認済みだったのだ。
「あのさ、朝倉。」
ここで姿を見せてはいけない。そんなヘマはしない。
朝倉の姿も見ないまま、単調に話しかけた。
朝倉の方はというと、まわりも腐ってボロボロになっている床に必至に手をついて、足を抜け出そうとたくらんでいた。
けれど左手しか使えない朝倉にとって、床に引っかかる体を持ち上げるだけの力は出なかった。
「こんな子供だましのトラップ――――っ!!」
「トラップを仕掛けてるのって、あんただけだと思ってた?」
勝った。円は確信した。
自分がどうなるかはやってみなければわからないけれど、とりあえず朝倉を殺すところまでは成功する。
本来は足場が絨毯で隠してあったので落とし穴になっているのがわかりづらかったはずなのだが、朝倉が扉を壊す
ために思う存分暴れ、その後疑いもなく侵入してきたので、そんなことは関係なく勝手にはまってくれた。
「でも、あんたにはこんなもの仕掛ける暇なかったはずじゃ……」
哀れにも、現実を認められない朝倉は矛盾を口にする。
「あんたがトラップをしかけるために侵入したみたいに、結構前に私も美砂と一緒にこの建物の中に入ったんだ。その
ときに、ちょっとやらせてもらったってわけ。」
朝倉の顔がどんどん恐怖の色に染まっていく。
まんまと誘い込まれたのだ。ただの落とし穴とはいえ、戦場でそんなものにはまれば確実に殺される。その落とし穴の
仕掛けられた部屋に逃げ込むふりをして、円は朝倉のことを誘っていただけだった。
それがわかったとたん、朝倉はやり場のない怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「この――このやろう!!――運よく倉庫の爆発のおかげで助かったくせに――」
「運よく? あの爆発は私が起こしたものなんだけど?」
「はぁ?」
「いや、はぁ、じゃなくてさ。私があんたのところに行く前に窓から手榴弾投げ入れといたから、いい感じのタイミングで
爆発してくれただけ。」
「手榴弾なんて持ってるはずない!!」
「実はいまあんたが持ってるその銃、ゆえのなんだよね。で、ゆえに手榴弾あげたんだけど、私のところにもいくつか
残ってたからそれを使っただけのことよ。」
「……そんなっ――」
「それと、その落とし穴にはまると、足下で爆弾のピンが抜けるようになってるんだけど、気をつけてね。」
言い終わるや否や、円は近くに用意してあったちゃぶ台を持ち上げると頭の上にかぶせるように構えた。
部屋の出入り口は1つ。そこへの通路は朝倉が埋まっている場所を通らなければいけないため、撃ち殺されないため
には爆発から身を守らなければいけなかった。
それでも円は、爆発に対する恐怖よりも朝倉を倒せたことにこの上ない喜びを感じていた。
不謹慎だってことはわかっている。だけど、美砂を殺した仇を取れたということはなによりもうれしく、そして達成感のある
ことだった。
「あんたも、死ぬんじゃないの?」
朝倉の声が聞こえる。覚悟を決めたのか、ジタバタともがく音は聞こえなくなっていた。
「そうかもね。でも耐えてみせるわよ。」
なにやら複雑な感情が入り混じった朝倉の声とは違って、円は自信のこもった強い声で答えてやった。
「それに、耐えられなかったとしても、桜子も美砂も失った私には――」
閃光がとどろく。部屋の形がばらばらに崩されていくのが見えた気がした。
「もう失うものなんか何もないっ!!」
強烈な爆発音が、耳に残った。
――――――
そっと目を開ける。
意識を失っていたようだ。
と、円は勢いよく起き上がると自分の首に手を当てる。そしてまだ金属の感触があるのを感じると、左腕についた
ボロボロの腕時計を覗き込んだ。
すすだらけで何も見えなかった時計も、右手で払えばまだ普通に見ることができた。
「あと2分、か。」
案外眠っていた時間は短かったようだ。それとも、死ぬ間際に誰かが起こしてくれたのだろうか。だとしたら余計
なことをしてくれたもんだ。
もうこのエリアを抜け出す時間はない。ただでさえ2分しかないのに、円はまともに歩けないのだから、もう諦める
ほかなかった。
けれど、せっかく目が覚めたのだからと思って、円は何度も往復した大通りを這って進み始めた。
体にのしかかる瓦礫が痛かったが、そこから抜け出すと一気に体が軽くなる。
建物は完全に崩れていたので、逆にそれが円にとっては助けになった。1階まで降りる手間が省けたのだから。
腕は健在だったので、両手の力で前へ進む。目指すところは決まっていた。もちろん、美砂のところだ。
「ごめんね、美砂……」
青く澄み切っていた空はだんだんと雲が立ち込めてきていた。もうすぐ雪でも降るかもしれない。
そんな空に、円の小さなつぶやきは吸い込まれて、消えた。
戦後の廃墟のようなそこでは、さっきまで鳴いていた鳥たちも声を上げない。
円の体を引きずる音だけが、住宅街にある命だった。他には動く物も聞こえる音もない。
ふと目を前に向けると、杖にするのにちょうどよさそうな木材が落ちていた。
腕を伸ばして引っ張ってくると、それを地面に立てて支えにしながらなんとか立ち上がる。
――1分を切った。
立ち上がったからといって円の進むスピードはそれほど上がらない。着実に1歩1歩踏みしめて、体勢を崩しかけ
たりしても一生懸命に前へと歩いていった。
何かが焦げたようなにおいと共に、さっき朝倉の気をひきつけた倉庫が姿を現す。
「もうすこし――」
激しい頭痛が襲ってきた。怒ったり悲しんだり、安心したり緊張したり、そんなののくりかえしで頭も疲れてしまった
みたいだ。それとも爆発したときに物にぶつかっただけだろうか。
円は眉をひそめて歯を食いしばって、腰と頭の痛みにやられないように堪える。
うつむいて視線を地面に向けると、空になった薬莢が落ちているのに気付いた。またこれが美砂を撃ち殺した最初の
弾の薬莢だと考えると、いてもたってもいられなくなった。
ガラクタの影からようやく美砂の姿が見える位置まで辿り着いた。
と同時に、首輪から耳障りな音が聞こえ始めてしまった。
――死神が、呼び声を上げ始めた。
バタンッと音をたてて、円はその場に倒れこむ。木材は跳ね飛ばされてどこかへ消えた。
「ぐすっ……美砂……美砂ぁ――」
倒れたその先で待っていてくれた美砂の手を、そっと握りしめる。わかっていたけれどやっぱりその手は驚くほど冷たく、
円はやりきれなくなった。
「仇はとってきたから――」
返事なんて、聞こえてこない。聞こえてきたらどんなに嬉しいだろう。
代わりに耳に入ってくるのは、対象を焦らせるためなのか知らないが次第に間隔の狭くなっていく機械的な音声だけ。
だが円には、そんなもの雑音にすら思えなかった。
「ごめんね……美砂。――私、3人一緒じゃなきゃうまくやっていけないよ。」
円のことを思って死んでいった美砂に、美砂のことを思って死んでいく円が泣きつく。
涙で顔がくしゃくしゃになってしまっても、円は拭おうともせず、ずっと美砂の手を握っていた。
少しでも暖めてあげたかった。寒空の下で寝ている親友が、あまりに悲しかった。
「でももう、ずっと一緒だね――。絶対、離さないから――」
パンッ
血しぶきが美砂へとかかり、その上へ円が倒れこむ。
重なり合った2人の体には、やがてはらはらと雪が舞い降りてきて、天が祝福しているようだった。
出席番号3番 朝倉和美 死亡
出席番号11番 釘宮円 死亡
残り 7人
今日からは2話ずつの投下にさせていただきたいと思います。
もしかすると話の流れで3話投下する日もあるかもしれませんが、基本的に2話ずつ切ったほうが都合がいいので……
では。
乙。
円大活躍。和美も良い悪役だった。
しかし、超、古は呼び名が統一してるし、葉加瀬もあだ名がハカセだから
名字で表記されるのは良いにしても、朝倉は名前でも呼ばれているのに
朝倉と表記されているのはちょっと他人行儀な気が・・・
いやまあ作者の書きたい表記で良いんだけど。
>>270 朝倉を名前で呼ぶキャラって千鶴と桜子しか知らないんだが、他にいる?
PS2のゲーム版では夏美も名前で呼んでた気がするんだけど、原作じゃ朝倉って呼んでるし・・・。
俺も以前に別のSS書いてた時に朝倉だけ地の文でも名字表記じゃおかしいかな、と思って和美で書いてみたんだけど、
逆に違和感バリバリになって朝倉表記に戻した事があるんだわ。
朝倉は名字で呼ばれる方が定着してるから、地の文でも名字表記でいいんじゃね?
ちわー。16です。
>>270 そこは最後の最後まで考えていたところだったんですが、
>>271のおっしゃる通り、
名前で書いてみるとなんかしっくりこなかったので、苗字で書いていたまま変更しなかったんです。
苗字で読んでいる人のほうが圧倒的に多いことからも考えて、朝倉、と表記しました。
では、今日の投下です。
78.Brilliance 〜柔らかな光の意味は〜
「ここで、なにをしている?」
廃病院であやかの遺体を埋葬すると、亜子は最初の河辺へと戻ってきた。
いま考えてみれば、木乃香からもまき絵からも言われたことを、2人より先にあやかから言われていたのだ。
あやかは一生懸命自分を正気に戻そうと語りかけてくれた。
記憶があいまいだが、そのときはあやかの話を聞こうと殺すのをためらった覚えがある。
自分の中の鬼が影をひそめて、振りおろすチェーンソーが最初のうちはうまくあやかに当たらなかった。当てられなかった。
こんなことをしたくないと心の奥底で抱く思いが、亜子を止めようと必死で働いた。
それでも結局、亜子はチェーンソーで切り刻んでしまった。
アキラが死んでしまったという事実。それを思い出すだけで、あの時の亜子には他人を信じられない気持にさせるのは十分
だった。
あの時に我を取り戻していれば、あやかを殺すことはなく、また、まき絵を殺してしまうこともなかったはず。
止め処なくあふれてくる後悔に、亜子は心がいっぱいになった。
不意にかけられた声に、亜子は振り返る。
涙に腫らして真っ赤になった目が捉えたのは、自分と同じ殺人鬼のにおいのする真名の姿だった。目に巻いている眼帯が
痛々しかった。
「――お墓を、作ってるんや。」
とたんに両者一歩も動かず、じっと相手をにらんで立ち尽くすことになる。
すべてが止まって見えるほどの精神力のぶつかり合い。
真名にはどこまでわかっているのだろうか。亜子が何人殺したのか、亜子はもう殺す気がないこと、そんなことまで見透かされ
ているようで、片目の真名が不気味に思えた。
けれど、亜子はおびえなかった。
どんな困難が立ちふさがろうと、亜子は全力で生きていく。
3人に言われた意味を、自分が殺した人の遺体を目にしてやっとわかったような気がしていた。死ぬのは逃げでしかない。生き
ることが、最大の償いだと。
だからこんなところで立ち止まるわけにはいかない。武器なんかなくたって、真名の持つギラギラと輝くナイフにも刃向かって
みせる。絶対に死にはしない。
「ほう、なるほどな。」
その答えに、真名は全く興味がなさそうだった。というより、亜子の存在自体に興味がなさそうだった。
ただひとつ、亜子の身の回りを取り巻くおびただしい量の蛍に目を向けていた。
「龍宮さんは、ウチを殺すんですか?」
「ああ、殺す。」
「そうは見えへんのやけど――」
「でもまず、話を聞きたい。」
確かに、真名には殺気が感じられなかった。それに殺すつもりだったのなら、話しかける必要はない。バカみたいにひたすら地面
を掘っている亜子の背中に近寄ってナイフを刺せばいいだけだったはずだ。
土木用具もなく、血のにじむ指で惨めに土を引っかいている亜子は隙だらけだったし、反抗してきそうな様子も気配もなかった。
真名が力を抜いたことで緊張がほぐれて、周りの景色さえも落ち着いたように感じた。
「なんですか?」
「単刀直入に聞こう。――その光はなんだ?」
「光……?」
「お前のまわりに飛びまわっている、大量の光のことだ。」
真名には見覚えがある。蛍なんかじゃない、人の強い思いを形にしたときに現れる、意思の光と呼ばれるその輝きに。
「なんやろ、これ……。」
亜子は今まで気づかなかったそれに驚くと共に、美しさに心を打たれた。
アキラと古菲の墓を作る単純作業に没頭していたのだから、気付かずにいて当然だろう。
まき絵と木乃香のところから走り出したときには、こんな光は纏っていなかった。とすれば、この場所で、亜子に何らかの変化が
あったと考えるのが自然だ。
「いま、強く願っていることがあるか?」
光の意味を理解していない亜子に、真名は淡々と質問を重ねる。
真名の目的は、人を殺して優勝することなんかじゃない。このゲームの目的を知ることで、自分の立ち位置を考え直す
ことこそ、真の目的だった。
賛同できる理由ならば、超の味方につく。逆ならば反抗する。
その手がかりが、ようやく掴めそうだった。
「ウチが、願ってること?」
「そうだ。その光はお前の心を映し出す。強い願いがあるからこそ、存在するものだ。」
それに、魔力のあるところでないと光は現れない。
この結界だらけの島の中でも、魔力が通っていることがわかったのも1つの拾得だった。
「それやったら……生きたいってことやね。」
亜子は摘んできた花を手向けてある墓を見やって、続けた。
「ウチは何人もの友達をこの手で殺してもうた。それで、みんなに生きろって言われた。
それがウチにはどういうことかわからんかったけど、こうやってお墓を作ってる間に思ったんや。
ウチがなにをしようとこの罪を贖いきることはできへんから、せめてみんなの分も幸せに生きたらいいんやないかな、って。
もちろんできることはなんでもするし、みんなのことは絶対に忘れない。みんながウチのこと恨んでるのもわかってる。
けど、ウチまで死んだら何も始まらないって、気付いたんや――」
言い終わると共に、また浮かぶ光の輝きが強くなった気がした。
数も増え、その思いの強さに比例するかのように亜子を包み込む。
「そうか……。」
――――――
しばらく、真名は考え込んでいる様子だった。
その光が何を示すものなのか、亜子には全くわからないけれど、真名にはどこか自分たちを救ってくれそうな信頼のような
ものが感じられた。
もう殺そうとする気配は感じられない。心強い味方ができたとさえ亜子は思った。
「超がこのゲームを行う理由は、おそらく私たちには想像もできないくらい大きなものだ。」
真名が再び口を開く。長い話になりそうだった。
亜子もそれを察してか、小さく頷いて真名の目を見た。
「私は始まる前に超に交渉を申し込まれた。
『金は払うから、殺す立場になって欲しい』とな。
このことについて考えたんだが、あいつはたぶん私に優勝して欲しいわけではないんだろう。それならば単純に、優勝して
欲しいといってくるはずだからだ。そう言われたら、私はあらゆる方法を使って優勝を目指したかもしれない。
だが実際は違った。人数を減らして欲しいと言われたんだ。
それで私はずっと、人を少なくすることに意味があるのだと思っていた。そしてその方向で超の目的について考えていた。
――答えは出なかった。
ただ無駄に大事な人を失っただけで何も進まない。さらにはこんな傷まで負う。――無力だった。
だから、考え直してみたんだ。
人が少なくなることにではなく、人を殺すことに意味があるのではないかと。
生き残る人は少なければ困るなどとフェイクをかけておいて、いかにも人を減らせと言っているふりをし、私にも目的を悟ら
せないようにしたんだろう。
言っていることは間違っていない。人を減らす、と、人を殺す、はこの島では同義だからな。
けれど奴の狙い通り、言い方が違うだけで私は簡単に振り回された。人が減ってからその意味がわかるかもしれないと思って、
殺しを続けた。――やっぱりわからなかった。
だがいま、お前を包む光があった。『生きたい』という意思の象徴だったか。
それでわかったんだよ。超の本当の目的とやらが、ようやくな。」
冷酷無血だと思っていた真名が、話しているうちに感情的になっていくのを見て、亜子は真名の後悔と怒りの大きさを感じた。
また、話し終わった後、真名の出した結論はいまだに亜子にはわからなかったが、殺すことに意味があるというならば、やはり
亜子を殺しにかかってくるだろう。
相変わらず武器なんてなかったが、そこらへんに落ちている木の枝を拾って、貧弱にも戦闘態勢を整えた。
そしてさっきと同じ質問をくりかえした。
「龍宮さんは、ウチを殺すんですか?」
「ああ、殺す。……と言うと思っていただろう?」
「――殺さないんですか?」
「殺さないさ。お前を殺す意味はない。むしろ超からしてみれば、お前は生きていたほうが価値がある。」
「生きていたほうが……?」
「そうだ、生きろ。生きたいと思い続けろ。私は超の意見に賛成した。だから――」
真名は遠くを見やった。その姿が、亜子にはとてもかっこよく見えた。
「――私について来い。超に、会いに行く。」
『主人公って、最初にマイナスなコトがあるやないですか。
けどきっとそのマイナスなコトが逆に力になって、その人は主人公になれるんやと思うんです。』
昔、亜子が15歳のネギに言った言葉。
ネギには父が行方不明というマイナスがあった。いまの真名にもマイナスがある。
大切な人を失ったと、真名の口から話してくれた。
だから麻帆良祭のときと同じように、真名のことをうらやましいと思ってしまったのかもしれない。
でも、あの時とはひとつ違うことがある。
「ウチにもマイナスができた。力を与えてくれるマイナスが。」
親友を3人とも、亡くしてしまった。あやかと古菲だって、亜子にとっては十分大事な人だった。
いまならば、きっと亜子も主人公になれる。ならばなってやろうじゃないか。
ひとつの物語に主人公が一人しか存在しちゃいけないなんて決まりはない。
亜子は、真名の背中に大きく頷くと、しっかりとついていった。
「やはり考えのスケールが違うな、超よ。だが考えには同意するが、やり口が汚すぎた。
みんなの犠牲とお前一人の命は到底釣り合いそうもないが、私が制裁を加えてやろう。」
残り 7人
276 :
270:2008/10/09(木) 20:24:30 ID:Vrea8w9y
>>271 うん。別に地の文で名字表記は良いと思っている。
この辺は作者の自由であることは大前提にある。
おいらが思ったのは、似たような立場で、
チア同士でしか名前呼ばれない柿崎と釘宮、
楓と古にしか名前を呼ばれない龍宮が名前表記されているのに、
なぜ朝倉だけ・・・とちょっとさびしく思っただけだよ。
俺が和美と表記されて違和感を感じないというのもある。
作品の表記自体は別におかしいとは思っていないよ。
しっくり来るかどうかは個人差あるよね。
79.Friends 〜本当の友達〜
それからしばらく、夕映はなにもせずただのどかの傍らに座っていた。
放送では、当然のように2人の名前が呼ばれた。
何も考えられない。のどかもハルナもいなくなってしまった世界で、これからどう生きていけばいいのか。何を支えに生きて
いくのか。
図書館探検部で親しい友達も、もう木乃香しかいない。2人で部活を続けていけるかと聞かれれば、答えは『いいえ』だろう。
大好きだった親友を失って、夕映は心を閉ざしてしまいそうだった。
それこそ祖父が亡くなったときのように、誰にも心を開かず、意味のない人生を送っていく。そんな未来が、夕映の頭の中で
揺らめいては、消えた。
「なぁ、綾瀬。」
突然かけられた声に、夕映はびっくりして声の聞こえたほうへ振り向く。
この世界中で自分ひとりしかいないような錯覚に陥っていた夕映は、いま共に悲しみを分かち合ってくれる千雨の存在すら
も忘れかけていた。
「なんですか……?」
「ありきたりなことしか言えなくて申し訳ないけどな、大事なことは、辛いことがあっても前に進むことだと思うんだ。それが残
された私たちに与えられた、最低限の義務なんだって、そんな気がする。」
「――――はい。」
その通りだった。
夕映もわかっていたけれど、自分のせいで、と自己嫌悪に走り、悪い方向にどんどん妄想を膨らませてしまうことで、そんな
ことすらも考えられなくなっていたのだ。
のどかのもとを離れるという行為に踏ん切りをつけなければいけない。
あったことを悔やんでもどうしようもない。これからを悔やまないように生きていけばいい。
いまは無理やりにでも元気を出して一生懸命生きていくべきだと、千雨に言われて再確認した。
「悲しいのはわかるし、立ち直るのに時間がかかるのは仕方のないことだ。でもそのままいつまでも落ち込んでいたら、切り
開ける未来も閉ざしてしまうことになるんじゃないかな。」
夕映は、放り出してあったバッグを肩にかけると、2本の足でしっかりと立ち上がる。
右足の痛みがあるが、そんなものはあまり気にならなかった。
「ありがとうです、千雨さん。」
その姿は、見ていて頼りになりそうな意志の強さを持ち合わせていた。
色を失いかけていた瞳も、すっかり元に戻っている。道を踏み外すことはないだろう。
「大したことはしてねーよ。」
対する千雨の方は変わらない。
戦う前と、なんら変わらない表情に見える。
夕映の目には、何事にも動じない強い信念を持っているように映った。
けれどそれは、夕映という心の弱いものを守り抜こうとするための強がりでしかなかった。
「千雨さんは、強いですね。」
それを見て、感心したように夕映が言う。千雨は意外そうに首を傾げると、夕映に向き直った。
「強くなんかないと思うけどな。私も所詮人間だ。人はみんな弱いもんだろ?」
「いえ、だってのどかが死んでしまったのに、あなたは立ち直りが早かったです。私がうじうじと落ち込んでいるときにはもう、
真剣な顔をしていました。……あ、えーと、冷淡だとか言うつもりではなく――」
夕映は、ほんの少し前のことなのに、遥か昔のことを思い返すような遠い目をして話す。
「――ああ、わかってる。ようするに、感情に動かされにくいってことだろ?」
「はい、そうです。」
夕映も強くなりたいのだろう。
どんな苦境も乗り越えていけるだけの、強い精神力を求めている。
千雨は恥ずかしさとかすかな罪悪感に苛まれ、ふと真っ青な大空を見上げて、上を向いたまま答えた。
「それは……やっぱりちげーな。私が強いわけじゃない。
ひどいことだってわかってるけど、私はあの時、本屋が死んで悲しいって気持ちよりも、お前とあいつみたいな関係をうらや
ましがる気持ちのほうが強かったんだ。――だから立ち直るのが早いとかいう問題以前に、私は落ち込んでなかったんだよ。」
「え?」
「――つまりな、本屋が死にそうなときに、お前思いっきり泣いてたじゃねーか。それが私には単純にうらやましかった。
自分は生きられたのに、友達が死んでしまうことに自分が死ぬ以上の悲しみを感じてただろ? そんなときに流す涙が、
私にはすごく輝いて見えたんだ……。自分のことで流す涙はあっても、友達のことを思って流せる涙なんて、私にはなかったから――」
そう言う千雨は、どことなく寂しげだった。
ずっとひとりで周りとの環境を遮断して生活していたことで、友達との付き合い方を忘れてしまったような、そんな儚さが千雨を包む。
最近みんなと付き合うようになったけれども、それほど深く関わりを持った『親友』と言えるような友達はいただろうか。
人としての不安が渦巻き、千雨を感傷的にさせた。
逆に、このまま薄くなって消えてしまいそうなそんな千雨を、夕映は守ってあげたかった。
「あなたにだって……もうたくさん友達がいるじゃないですか。」
「――どうだかな。」
――と、2人は耳障りな音がすぐ近くから聞こえているのに気が付き、口を閉じた。
そういえば動かないことを確認しただけで、完全に壊れているかどうかは見ていなかったロボット。
それはあちこちのプレートが剥がれて無様な姿になっているが、システムすべてが死んでいるわけではなさそうだった。
「――移動システム、全壊。――攻撃システム、異常あり。――記憶システム、損傷。」
油の切れた歯車が力づくで廻るのにも似たキーキーとした音を発しながら、なにかしゃべっている。音声に関する部分も壊れて
いるのか、ところどころ聞き取れない箇所もあったが、とりあえず正常に動いていないことはわかった。
「どうすんだ、これ?」
「放送で呼ばれなかったということは、死亡扱いにはなっていないようですが――」
「なら壊しといたほうがよさそうだな。」
本当はいい奴だと知っているけれども、なぜか敵になることが多い茶々丸を自らの手で壊してしまうのには少し抵抗があったが、
千雨はぎゅっと目をつぶって、思い切って頭部に踵落としを食らわせる。
金属の糸の束に当たったので痛くなかったが、相手に衝撃を与えられた気もしなかった。
何度かやってみても結果は同じで、茶々丸はぶつぶつと呟くだけ。
「あああああぁーうざいっ!! なんか一発で壊せる方法ねーのかよ。」
ストレスのたまってきた千雨は、茶々丸の上に乗っかって地団太を踏む。
だがそれによって甲高い金属音は増し、さらに2人の気分を悪くさせた。
「川に落としてみるとかはどうですか? せっかく遥か下を流れていることですし――」
それは名案だ、とでも言いたげな顔をして、千雨は指を鳴らす。
「よしっ、それでいこう。――綾瀬、手伝え。」
「はいはい、ホントにガキですねこの人は……。」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。」
数分前までは尊敬の目ですら見ていた相手がこんなふうになるギャップが面白くて、夕映は1人で笑いそうになる。
だがそんな雰囲気も、物体のひと言ですべて無に帰った。
「――すべてのシステムの状態を確認。――緊急事態と判断。」
千雨が頭を持って、夕映が足を持つ。
さっさと落としてしまおうと、橋のかかっている崖へと向かって重い体を運んでいく途中、悪魔が冷たく笑った。
「――自爆します。」
「なにぃっ!?」「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」
あまりにも現実離れした宣言に動揺した2人は大急ぎで茶々丸を手放すと、できるだけ遠くへ離れようと全力疾走する。
10メートルくらい進んだところで、
――茶々丸は本当に爆発した。
出席番号10番 絡繰茶々丸 爆発により機能停止
残り 6人
本日は以上です。
>>276 言われてみれば確かにチアや真名もそうですね……
考え不足でした。指摘ありがとうございます。
相変わらず、明日の金曜日は遅くなると思います。
では。
乙
龍宮がまた葉加瀬のときと似たような・・・
281 :
270:2008/10/09(木) 20:37:39 ID:Vrea8w9y
作者乙です。
投下の最中にレスして申し訳ない。
作者16氏が朝倉と表記したのが違和感ないとするのなら、そちらで表記する
方が正しいです、はい。
どちらかというと、おいらの気持ちの方の問題だから作者16氏は気にせんでください。
変なこと言い出して悪かった。
ラストまであと少し。期待してます。
乙です
和美ヲタの俺は今まで和美としか呼んだこと無いな
それが普通だと思ってたけど、他人からすれば朝倉が名前なのかorz
乙カレー
いよいよ核心に迫る感じか?
楽しみにしてます
どうもー。
今日はまた一段と遅くなってしまいました。すみません。
では、今日の投下です。
80.Union 〜炎の砦を抜けて〜
先ほど使った手榴弾なんかの爆発音とは比べ物にならない轟音で、地面が揺れた気がした。
ハルナの起こした爆発も、このくらいだったのだろうか。
爆風に巻き込まれて数メートル飛ばされた2人は、一瞬なにをすればいいのかわからず戸惑ってしまったが、
落ち着いて考えてみればやることは1つだった。
このエリアと外とを繋ぐ唯一の手段。
茶々丸を川へ投げ捨てようと橋の近くまで持ってきてしまっていたので、爆発による炎が木製の橋へと燃え移っていた。
橋が落ちれば、戦場の環境的には楽園とも思えたエリア4という監獄から抜け出すことはできなくなってしまう。
そうなると、結果は目に見えていた。
完全に遮断された2つの場所では殺し合いは行われない。となると、6時間のタイムリミットによって全員お陀仏となるか、
エリア4内の2人、またはそれ以外の生存者全員が死んで全滅だけは免れるか、その2つしかない。
それに連絡が取れなくなれば、脱出に関することも何も伝えられなくなり、結局殺し合いは止まないことになる。
「千雨さんっ!! 急いで渡るです!!」
「あ、ああ。わかってる……。」
つまり、炎上する橋を渡る以外に2人に選択肢はなかった。
長い間使われていなかったからか見事に乾ききっていた両端にある太い紐が、瞬く間に炎に包まれ、橋を支えるものが
ゆるくなったことで足場も上下に揺れ始める。
木の板でできた床も、炭になろうと黒くなってきているところもあった。
迷っている暇なんかない。
夕映はためらいもなく一歩目を踏み出した。
わざと力を入れて橋の強度を確かめると、慣れた足取りで先へ進んでいく。
緊張した面持ちではあったものの、足も震えることはなくしっかりと反対側へと歩けた。
手すりであったロープは赤く染まった蛇のように襲ってくるので、掴むことはできない。
おかげで不安定なところを、足だけを頼りに進まなければならなかった。
「千雨さん、何をやってるですかっ?」
夕映はしばらく行ってひときわ丈夫な板を見つけると、そこに両足をそろえて乗り、千雨のほうを振り返る。
そこで唖然とした。
千雨は板一枚分すらも進んでいなかった。
ただ青白く恐怖に染まった顔で橋を見つめるだけで、がくがくと震える足を動かそうという意思すら見いだせない。
橋は揺れている。炎は着々と橋を包んでいく。
早く渡らないとどんどん渡りにくくなってしまうこともわかっているだろうが、それでも千雨は歩を進めない。
どうしてこんなことができないのかと不思議に思っていらいらしたが、少し考えて夕映はようやく納得した。
(私は図書館探検部でこういうのに慣れているから平気なだけです!!)
麻帆良の部活はかなり危険なことまでしている部も多く、図書館探検部もその1つ。
落ちれば死は確実というところを命綱一本でほふく前進しなければいけなかったり、20階建てビルくらいの高さをロープで
降りたり、なんてことをしょっちゅうしていたから、夕映は吊り橋程度のものが怖くなかったのだ。
だが千雨のような危険も何もない生活をしている人にとっては、遥か下に川の流れる吊り橋は十分恐怖に値するものだった。
中一の頃を思い出してみると、確かに最初は図書館島が怖くてしょうがなかった覚えがある。
しかもただでさえ怖いのに、いまその場は燃えている。
仕方なく、夕映は来た道を引き返し、声も上げずおびえている千雨の腕を取った。
「時間がないです!! 私の腕を放さないでくださいっ!!」
そう言って、さっきよりも明らかに揺れが大きくなっている橋を再び渡り始める。
「わ、悪いな……。」
「気にしないでいいです。ちゃんと自分の足で歩いてください。」
夕映は一歩ずつ踏みしめて歩くのに対し、千雨は千鳥足で、体重を夕映にかけながら慎重に慎重に歩いていた。
どんな歩き方をしようと、橋は2人の動きに合わせて激しく揺れる。
それならばと、バチバチ、バチバチと炎の上げる雄たけびが大きくなってきたのを感じ、夕映は足を速めた。
腕を握られている千雨の足も自然に速くなる。
だが千雨も運動は好きじゃないが、運動神経は悪い方じゃない。
橋の中ほどに来るまでには足も慣れ、夕映に普通に付いていけるようになっていた。
ガタンッ
「あちっ!!」
一瞬、大きく橋が傾いた。その衝撃で、もう通り過ぎた床の板が一枚、奈落の底へ落ちていった。
夕映の左腕を、生き物のように動く炎がなでる。
「だいじょぶかっ!?」
「大丈夫です、このくらいっ……」
2人はもう、あと10歩くらいのところまで差し掛かっていた。
もはや両側は炎の壁と化していて、橋の中心部分しか通る場所がない。けれどすこしでも通れる場所があるならば、
2人は諦めなかった。
焦ってはいけない。走れば、その勢いで紐が切れて橋ごと落ちてしまうかもしれない。
最後まで落ち着いて、冷静に冷静に夕映は歩いていった――
が、残り2歩で反対側に辿り着けるというところで――
バキッと太い音をたてて、夕映が足を踏み出した板が折れ、落ちた。
「ひっ!!」
体重はその板にかかる予定だったので、重心が浮く。
ほとんど重さのない残った足では体全体を支えることはできず、夕映のバランスは崩れた。
なにかを掴もうと両手が空中を泳ぎ、なんとか熱さを我慢して炎に包まれたロープを握りしめたが、すでに炭となって
いたそれはちぎれ、夕映の体は宙に投げ出された。
背後から、千雨の『あっ』という声が聞こえる。
ゴール地点が見えて、それが猛スピードで視界の下へと消えていったかと思うと、今度は雲ひとつない快晴の青空が目に入った。
(落ちて、しまったです――)
すべてのものが、夕映から遠く離れていくのを感じた。
――夕映は突然、のどかとハルナのことを思い出した。
ハルナはのどかのために、のどかは夕映のために命を捧げてくれたのに、自分は誰のために命を捧げたのだろうか。
いま一緒にいるのは千雨だけ。だから千雨のため?
それは違う。そもそも千雨が助かったかどうかはわからないし、もし無事助かっていたとしても、夕映が千雨になにかを
してあげた覚えは何もなかった。
だとすると、誰だろう。思いつく人を順にあげていこうかと思ったが、この島に来てから会ったのはのどかと千雨と茶々丸、
そして最初に会った円だけだったことを思い出し、何の意味もなく死んでいく自分の空しさを感じるだけだった。
のどかは最期に、がんばって、と言ってくれた。
その応援が無駄にならないで済むようなことを、できただろうか。
やっぱり、できていない。
考えれば考えるほど自分の無力さが心を締め付け、みんなに申し訳なくなった。
(ごめんなさい、みなさん……なにもできなくて――)
がくっと急降下を始めた。
夕映は現実を受け入れようと、しずかに目を閉じた。不安から解き放たれて、快楽だった。
悔しさや苦しさ、他にもたくさんの負の感情はあったけれど、死ぬ間際になって見るとそのどれもがどうでもいいようなもの
に思われてしまう。
最期くらい、安心して迎えたい。
が、そうもいかず、再びがくっと体が揺れて、驚いて目を開けてしまった。
強い衝撃が体を襲い、一瞬頭が真っ白になった。
落下は止まっている。目の前には黒光りする崖が広がる。
土と水の混ざったような、自然の香りがした。そして、下からは相変わらず水流の音が聞こえてきた。
――右手だけ不自然に上に上がっているのを感じ、ふと見上げると、そこには轟々と燃える橋から身を乗り出して夕映の
腕を掴んでいる、千雨の姿があった。
「どうして……?」
夕映なんか見捨てて、とっとと橋を渡りきってしまえば、千雨は絶対に助かった。
けれどこうして夕映を掴んでいると、いつ落ちるかわからない不安定な橋と運命を共にすることになる。
一刻も早く、逃げるべきだった。
それでも千雨は、腕を放すどころか握る力を強めた。
「腕を放すな、って言ったのはどこの誰だったっけ?」
残り 6人
81.Tears 〜涙の理由〜
「腕を放すな、って言ったのはどこの誰だったっけ?」
千雨は得意げににやっと口元をゆがめ、腕を持ち上げる。
夕映は、のどかの死のときで枯れ果てたはずの涙腺がゆるみ、大粒の涙が零れ落ちた。
ほほをつたって流れ、顎から落ちたかと思うと白い激流に飲み込まれていく。
だが千雨が力を入れると、橋陥落の最後の砦である陸との接合部分がミシミシと嫌な音をたてる。2人分の体重を
支えるには限界が来ているようだった。
「くそっ、もうすこし、もうすこしなのにっ!!」
けれど千雨は構わず夕映を持ち上げようと力を込める。やがて音はミシミシからバキバキに変わり、落ちるまでもう
時間がないことを知らせてくれた。
炎による崩壊も侵攻してきていて、もう半分以上の床は炎に包まれてしまっている。
「もうやめてくださいっ!! これ以上続けたら、2人とも落ちるです!!」
言葉の通り。
千雨が夕映と一緒に助かろうと思ったならば、もっと頑丈な支えが必要だ。
このまま千雨が力を入れて夕映を持ち上げられたとしても、陸に上がる前に接合部分が外れて2人とも落下、死亡
という未来が目に見えてわかるようだった。
だからといって、千雨にはどうすることもできない。
夕映を離すなんてもってのほかだし、だからといって現状維持ができるわけでもない。
結局、橋が落ちないことを祈って夕映を救うしかすることがないのだ。
だから、ある想いを決めた夕映は、腰に引っかかっていていまにも落ちてしまいそうなバッグを左手のみで開けた。
取り出すものは1つでいい。千雨を救うために、自分を捨てる。
さっき死んだと思ったときみたいに、何のために死ぬのかわからない死に方だけはしたくない。この方法をとれば、
千雨は確実に助けられるし、夕映は確実に死ぬだろう。
でももとから死ぬ身だったんだ。ならば精一杯人のためになることを、しようじゃないかと思った。
炎は着実に迫ってくる。タイムリミットがあるいま、急ぐ必要があった。
――そしてやっと手探りで見つけたそれを、夕映は深く握る。
幸いなことに、歯を食いしばって夕映を引き上げることに精一杯な千雨は、それに気付いていないようだった。
夕映は静かに目を閉じる。目を閉じて、いままで生きてきた道のことを思う。
ハルナのこと、のどかのこと、ネギのこと――――
本当にいろんなことがあって、いまとなっては思い出せるすべてのことがキラキラと輝いて見えた。
極論から言えば、麻帆良に入らなければこの辛いゲームに参加することはなかっただろう。
けれど逆に、麻帆良でなければこんなにも楽しい時間を過ごすことはできなかったはず。
夕映は、この学園で生活してきたことをなによりも誇りに思えた。
また、A組というクラスになれて本当によかったと思った。
もう一度絶対に落とさないよう力いっぱいそれを握ると、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐きだす。
(のどか……いまそっちに行きます。)
気持ちが落ち着いたところで、ゆっくりと腕を振りかぶって、千雨の手の甲に突き刺した。
「千雨さん――いままで、ありがとうです。」
たくさんの気持ちの詰まった言葉。最期に何を言おうか一生懸命考えてみたけれど、このひと言だけですべてを
伝えられる気がして、夕映は小さくつぶやいた。
夕映を命ごと掴んでいる右手に、最初千雨を脅すときに使った包丁が深々と刺さった。
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
千雨は予想外すぎる痛みに叫び声を上げ、右手の力が失われていく。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
助けようとしている夕映に包丁を刺されるなんて、誰が考え付くだろうか。
だが鋭い痛みが襲ってくる右手を見てみれば、その事実は明らかだった。
そして、少し考えてみれば、夕映がなぜそんな行動をとったかの説明も付いたような気がした。
「この、くっそやろおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
鋭い痛みは不安定な右腕からみるみるうちに力を奪っていく。
ただでさえ緊張と炎の熱さのおかげで大量に汗をかいている右手では、夕映の小さな手を掴んで離さないよう
にするのすら大変だったのに、長時間握り続けていて握力が落ちてきた千雨に物理的な傷を与えてしまっては、
夕映を逃さずにいるのは絶対不可能に思えた。
それが夕映の目的だとわかっても、千雨には反抗の余地もなかった。
手を離すことで、夕映は死ぬ。これだけ深い谷底に落ちて生きていられるはずがない。
――けれど千雨は、白い水しぶきに人が落ちて赤く染まるのは見たくなかった。
ここまでやってきたのに、一緒に帰れないでどうする?
一緒に帰って、一緒にまた悲しむんだ。
一生かかっても癒えることのない傷を抱えて、夕映と一緒に生きていきたいんだ!!
「どいつもこいつもっ、どうしてそんな簡単に死にたがるんだよぉっ!!」
夕映は、風を切って落ちていく自分の体を感じる。上りきれば生きられる望みの見える陸地が、どんどん遠ざかっていく。
反対に、触れればとたんに意識のなくなる地獄への入り口へ近づいていくのを感じた。
――感じようとした。必死に、感じようとした。
感じることで、千雨を助けられたと実感できるような気がしたから。
冷たい風が服の中まで吹き荒れてくれることで、達成感を得られると信じたから。
――けれど、周りの景色が飛んでいくのを、感じることはできなかった。
夕映は落ちなかった。
包丁が刺さっていても、鬼のような形相で夕映を掴み続ける千雨がそこにいたから、夕映が崖の下に飲みこまれていく
ことはなかった。
千雨の手から噴き出した血は、そのまま手をつたって夕映の手へと流れていく。
赤く筋を彩ったかと思うと、また水滴が現れて違う川を作り出す。
夕映が感じられたのは、その川が自分の腕に作られる感覚だけだった。
「千雨さんっ!! 離してくださいっ!!」
どうして? 純粋にその疑問だけが夕映をとりまく。
とてつもない痛みが、千雨を襲っているはずだ。それこそ人生で一番の痛さかもしれない。
それなのに、夕映というちっぽけな命1つを救うために、痛みを我慢して手を離さずにいる千雨が、どうしても信じられなかった。
いや、我慢して掴んでいられるものではない。
夕映を死なせないという本当に強い意志がなければ、握ったままでいるのは不可能だっただろう。
「ぜってぇ離さねぇぞ!! 死んでも離すもんかっ!!」
普段運動もほとんどしない白い肌をした腕が、紫色に染まってぷるぷると震えている。
見れば夕映の体重を抑えきれなくなった千雨の体がずるずると崖に近づいてきていた。
このままでは千雨も落ちてしまいそうになっているのに、やっぱりどうしても手を離そうとはしなかった。
やがて炎が千雨の服をなでる。
すぐに火がついて千雨は火だるまに近い状態になってしまう。
「さっさとしろっ、ゆえ!!」
千雨の決死の行動で、もう夕映も死のうなんて考えはどこかに飛んでいってしまっていた。
千雨がこんなにもすべてを懸けて助けようとしてくれているのに、どうして自ら死の道を選ぶ必要があるのか。
2人とも落ちようが知った話じゃない。
生きようと、助かりたいと願うことが、千雨に対する感謝の一番の象徴になるはずだった。
「ぐっ!!」
夕映は千雨に刺した包丁を抜いてためらいもなく崖下に落とすと、空いた左手で何か掴むものを探す。するとすぐに
地面から突き出た根っこを見つけ、それへと手を伸ばした。
確かな感触を感じると、思いっきり力を込めて体を上へと押し上げる。
力は弱いが、体も小さい分、なんとか少しずつ引き上げていくことができた。
ゆっくりと、千雨にも手伝ってもらいながら、光に包まれて地面を目指していく。
すぐ近くでぱちぱちと炎が燃え広がる音がする。千雨の息も絶え絶えで、橙色の世界の中で苦しそうに呼吸をくりか
えすのが耳についた。
そうして顔が地面よりも上に来ると夕映は千雨の手を離し、崖っぷちに手を置いてもう一押しで、一気に登りつめた。
深く、深く息をつく。
橋が落ちなかったことを神様に感謝すると同時に、しゃがみこんだ。
このまま地面に寝転がって目を閉じてしまいたいくらいに、疲れきっていた。
だが、その瞬間だった。
一番太いロープがついに燃え尽き、かすかな煙を残して切れたのは。
ガタンッッ
橋は真ん中で遮断された。陸との接続部分を支点に、重力に耐えられなくなった真っ二つの木の板たちは、なめらかに
四分の一円を描いて崖へとたたきつけられる。
千雨のいる方はエリア4の出口の方に、反対側は集落の方に向かって衝突した。
その衝撃で、一番下にある床の板が軽い音をたてて無力に落ちていく。
ただ燃える床の上にうつぶせになっていただけでどこかに掴まっていたわけでもない千雨の体は空中に投げ出されるか
と思ったが、運のいいことに左腕が木と木の間に挟まれたことで固定され、落ちることはなかった。
「ふぅ……ようやく登り終わったか――」
左肩だけが命綱となって宙に浮いている千雨も、自分の命の心配よりも先に、夕映を見てほっと一息つく。
だが夕映にとっては、逆にそれが痛々しい強がりにしか思えなくてやりきれなくなった。
服どころか、肌も髪も焼けてちりちりになっていまっている千雨は、意識があるだけでも奇跡だと思えるくらいに辛そうで、
死にそうだった。
目は虚ろで、夕映のことを大切なものを見るふうに見つめていた。
炎で揺れる橋もそろそろ長くない。千雨が上がってくるころには落ちているかもしれない。
一刻も早く千雨を救い上げたかった夕映は、千雨がそうしてくれたように、必死に千雨に向かって腕を伸ばした。
夕映はもう安全圏にいる。
千雨を確実に助ければ、すべてはうまくいったことになる。
――けれど、千雨はその手を取ろうとはしなかった。
「……私は、ここでゲームオーバーだ。」
寂しげに、力なく微笑んだ。
「何を、言ってるですか?」
それに対して、夕映は驚愕しきった目で千雨を見つめた。
頭ではその意味が理解できた気がしたけれど、本能が理解したがらなかった。
いやだ。もう何も失いたくない。
大切な人を、目の前で救えないのはもう嫌だ。
「……左腕が挟まれてるんだ。おかげでこうして話をする時間はできたが、生き残るのは無理みたいだな――」
そう言って、千雨は右手で左腕を固定している忌々しい板を力づくに殴りつけるが、びくともしなかった。
押しても引いても、何の効果もない。
むしろ橋が揺れて落ちるまでの時間を短くするだけのように思えた。
「そんな――」
「あれだけ本屋に怒鳴っておいて、結局私もお前のために自分の命を捧げることになっちまった……皮肉なもんだよ――」
小さな爆発音がして、板がまた一枚落っこちる。
炎は、燃やせるものをすべて燃やし尽くしたのか、いまはその勢いを弱めつつあった。
夕映に聞かせているというよりは、自分に言い聞かせているような口調だった。
夕映は崖の上で無意識のうちに座りこみ、千雨のぶらさがる板を凝視するばかり。
「でもな、わかったことがあるんだ。みんなどうして人を助けて死にたがるかってこと。」
空を仰ぎ、儚く脆い夢を語るように、静かに言葉を発する。
「――それはな、たぶんただの自己満足なんだよ。
やってみなきゃわかんねーよな、こんなもん。でもな、確かに私は感じたんだ。
綾瀬夕映という1人の人間を助けて、私はよくやったって、自分を褒める理由を見つけた。もう十分がんばったんじゃないか
って、勝手に思いこめるようになった。
みんなこの感覚を求めて、何かを救おうとしてたんじゃないかなって、そう思うんだ。」
夕映は無心状態だった。この島に来て何度目かともわからない、無心。
千雨の言うとおり、左腕はがっちりと挟まれていて、茶々丸の銃弾のせいで左肩に力の入らない千雨ひとりでは外せそうもない。
かといって夕映の手の届くところではないし、届いたとしても、左腕を外した時点で千雨は支えを失って落下してしまうだろう。
なす術なしとは、まさにこのことだった。
「あんなに、自分を大切にしろとか言ってたじゃないですか……なのに、どうして――?」
これまた数え切れないくらい言ってきた『どうして』。
この島では、理不尽なことが多すぎた。
罪のない人が、罪のない人に殺されていく。助けたい人を助けられない。
そのすべてが、行き場のない怒りを夕映の心に残していく。
「どうして、か。……たぶん、親友ってのを見つけたからじゃないかな――」
視線を空から目の前の崖へと戻す。そしてすぐに、夕映へと向けて、瞳の奥底まで覗き込もうとじっと見つめた。
「ゆえっていう――親友を、さ。」
言ってから、ぶわっと目からなにかが溢れ出るのを感じた。
それを右手で拭ってみて初めて、千雨は涙だということに気付いた。
涙なんて流したのは、何年ぶりだろう。思い出すこともできない。
「なぁゆえ、こんなときって、泣いてもいいのかな?」
夕映がのどかのために流した涙とは少し意味合いは違う。
けれど、千雨が自分にはないと言った『友達のために流す涙』であることに、間違いはなかった。
自分が死ぬことで、自分の苦しみもすべて夕映に押し付けてしまうことになる。
その辛さに、夕映は耐えられるだろうか。
「もちろん……いいに決まってるです。」
夕映なら、耐えてくれそうだった。
いくつもの試練を乗り越えて強くなっていく夕映には、見ている人に夕映自身を信じさせてくれる何かがあった。
夕映も涙を流す。
その涙が、千雨にはなによりもうれしかった。
自分のために泣いてくれている。自分が死んでしまうことを悲しんでくれる友達がいる。
千雨が心の奥で必要としていたものが一気に満たされたような気がして、涙が止まらなかった。
……あまりにも、幸せだった。
――――――
かつて橋であったものは、もう人をぶる下げているだけの力も残っていない。
千雨は、それを体全体でもって感じた。
「さて、そろそろお別れだ。」
だから、そうあっさりと言い放った。
「もしも仲間が集まって、お前たちの勝負に決着を付けたい時が来たなら、どうにかしてもう一度聖堂に戻ってパソコンを見ろ。
そこに、私のすべてをしまってある。」
「……わかりました。」
2人の目に、涙はもうない。あるのは意志の炎だけ。
千雨はどんなにみすぼらしい姿になっても、輝いて見えた。
「ゆえ、お前は早乙女、本屋、そして私、3人分の命を背負ってる。……絶対に死ぬんじゃねーぞ。
何十年後になるかは知らないが、幸せそうな顔して向こうの世界に会いに来い。」
「ふ――ずいぶんと、非現実的なことを言うようになったですね。」
「はは、誰のせいだか。」
「私のせいではないはずですが……」
「さて、どうかな?」
2人は顔を見合わせて幸せそうに笑うと、いつまでも親友であることを心に誓った。
そして――時は満ちた。
「じゃあな、バカリーダー。――わかってると思うが、自殺なんて馬鹿なことはするなよ。」
「私を誰だと思ってるんですか? バカにバカリーダーは務まらないです。」
「はっ、それを聞いて安心したぜ。精一杯生きろよ。」
「……はい。――それでは。」
――――夕映の別れの挨拶と共に、橋は崩れ去った。
こうして、エリア4での悲しみの第一章は、幕を閉じたのであった。
「まったく、バカはあなたですよ、千雨さん――」
出席番号25番 長谷川千雨 死亡
残り 5人
本日の投下は以上です。
今回のゆえちうの場面は、たぶん一番力入れて書いたんじゃないかなーって思ってるところです。
気に入っていただければ幸いです。
では、また明日。
乙!
ゆえちうの話には素直にGJを送ろう。
特にちうが綾瀬からゆえに呼び名が変わるところなんかは良かった。
あとはこのせつと超の話で大体終わるね。wktkして待ってます。