シェアード・ワールドを作ってみよう part2

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1名無しさん@お腹いっぱい。
このスレは惑星「ネラース」を中心にシェアード・ワールドを作ってみようというスレです。
シェアード・ワールドとは、共通した世界観で創作する亊です。
いよいよ2スレ目に突入し、さらに世界が広がっていきます。


前スレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220224897/

まとめサイト
ttp://sites.google.com/site/nelearthproject/

用語辞典
ttp://sw.dojin.com/cgi/html/
2名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 23:45:35 ID:T8YJqcXE
過疎かと思ったら二秒差で重複……あなどれない板だ
3名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 23:47:49 ID:oSTwmcH/
こっちが本スレってことで好いですかね。
4 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/19(金) 23:48:10 ID:8S5wKD5P
う、すいません。
もうちょっとしっかり確認するべきでした。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 23:53:22 ID:oSTwmcH/
>>4
確認と言ってもわずか十秒程度の差ですし、しょうがないと思いますよ。
6 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/19(金) 23:57:22 ID:8S5wKD5P
>>5
そう仰っていただけると気は楽になりますが……。

しかし、向こうはどうしたもんでしょうか。
何かいい利用法はありませんかねぇ。
7名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 23:58:55 ID:T8YJqcXE
>>6
part3になった時に再利用するとか
その前に落ちそうだけど
8名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:00:07 ID:zvLeH+5P
この機会に感想や設定語りと作品投下を分けるとか
9名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:03:59 ID:MkD79ORK
>>1乙ー!

>>8
確かに作品投下と、感想や設定雑談分けるのはいいかもね。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:09:47 ID:nND8i3lN
このスレ、新規お断りみたいだな
11 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:09:53 ID:jRlsT+D2
>>1さん、乙です
あっちだと容量一杯そうだから、こっちで投下していいですかね?
>>8
自分もその使い方でいいと思います
12名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:12:13 ID:48OLoKgo
>>7
どうもレス数が少なくて、二週間以上レスがないと落ちるみたいですね。
初期の勢いがあっても、流石にこのスレが終わるまでは持ちそうに無さそうな気が……

>>8-9
感想だけはこっちで貰いたいですね。
設定を語る場が欲しいのは同感ですが。

>>10
むしろカムヒアですよ。
書き手が増えたほうが、世界に広がりが持たせられますし。
13名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:14:36 ID:WyWbgvYj
・過去に文明の大崩壊を経験した、惑星ネラースを舞台にしたシェアードワールド。
・軍に空賊、錬金術師や自動人形、魔法使いや長耳など、多種多様な職業種族が混在。
・砂漠を走る蒸気機関車や技術力に優れた帝都、飛行船や空中都市などを舞台に自由な作品投下推奨中。

三行でまとめるとそんな感じ?
14名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:17:58 ID:nND8i3lN
把握した
15名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:24:19 ID:pi1jB8cs
今はまだ比較的好き勝手やっても怒られない環境だと思うんだぜ
16 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:31:08 ID:jRlsT+D2
>>14
まだ世界観がそれほど確定されてませんからね〜
今は自由で作品を書いて、世界を広げましょう〜

って訳で好き勝手にやりましたorzツッコミどころ満載なのでもう笑っちゃて下さい
あと「あの男」はもうちょっと引っ張ります、ごめんなさい
17THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:33:48 ID:jRlsT+D2
3

私が振り向くと、そこには脚部に包帯を……巻いておらず、驚くべき事に彼奴らと同じ軍服をしたマキナ君が、悠然と立ち構えていた。
両手を腰を当てて、今まで私が見たことのない笑みを浮かべてね。その後ろにはお約束というか、機関銃を携帯している兵士達だ。
私が目をパチクリさせていると、私の前にいる猫目が一歩出て、唖然としている私に振り向いた。
そして、驚くべき言葉を口走ったのだ。

「ご紹介します。レックス・パラグディン中佐です」
中……佐? いや、待て、君の名はマキナ・ノームスではないのか? 履歴書ではそう書いてあり、ゴールドバーグ出身の大学生と・・・・・・。
という事は何だ? 私は今までずっと、君に騙され続けたという事なのか……? その時の私の間抜け面と言ったら、思い出すだけでも恥ずかしくなる。
事態を飲み込めない私に、マキナ……もとい、レックス中佐が、すっと私の手を取り、無理やりというには優しい動作で握手しながら、言った。

「エンダーズでは、科学技術を担当しております。今後、博士の助手として協力させていただきます」
にこっと、マキ、じゃ無かった、レックス中佐が微笑みかけた。私はただただ、ぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。
握手を解くと、レックス中佐が私に背を向けて壁面へと右手をさし伸ばした。そして、こう言った。
「エスティニア・パルティルア」

次の瞬間、壁面が重低音を響かせて扇形に開き始めた。長径二メートルほどの自動扉というべきかな。
その際の壁面が、幾層に分かれて収納されていく様は、吐息が漏れるほど寸分の狂いも無い美しさだった。
同時に、やはりこの遺跡は人為的に作られた物では無い事も、私の頭の中ではほぼ、確定していた。
扉が完全に開き、同時に私の周りを兵士達が囲む。後ろには猫目だ。レックス中佐が私の前に立つと、横目で私を見ながら言った。
「では行きましょう。将軍がお待ちかねです」

レックス中佐を先導に、私は彼奴らの基地、及び謎で満ちた遺跡内を歩く事になった。
だが、遺跡と言うにはその……何だ、凄く普通だった。いや、あの非科学的な出入り口に比べて、至って普通の基地と言うべきか。
二階建てになっており、一階は食堂や作戦会議室、射撃室に……どこをどう改修したかは分からないが、遺跡内というにはあまりにも普通すぎる。
「私達はこの地下基地で住食を共にし、上で遺跡の調査、及び復興作業を行なっています」
レックス中佐が淡々とした言い方で説明してくれる。私はそうかと頷く。

例の将軍は、二階の司令室で、私を待っているらしい。二階に向かう階段で、猫目と兵隊達が最初の一段目で敬礼しながら私達を見送る。
レックス中佐が直々に、その部屋までご案内してくれるらしい。部屋まで案内とは言え、二人だけになれるようだ。私は安堵すると共に、腹を据えた。
彼には聞くべき事が沢山あるからね。箇条書きしたいくらいに。階段を登る合間、小さく下に視線を向けると、真剣な表情で敬礼する猫目が見えた。
「そうそう、彼女の名はエスカ・ハルホーク少佐。おもに戦闘教義を担当しています。強いですよ、彼女」
くくっと、笑って、レックス中佐が猫目、およびハルホーク少佐を紹介した。良い名……か?
18THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:35:22 ID:jRlsT+D2
……二階もまた、書くべき事が無いほど普通であった。一つ書くべき事と言えば、基地と言うより高級ホテルの様だった。
赤いカーペットが引かれており、ゲストルームや歓談室等の部屋が目に付く。よく分からんが高級そうな絵画が飾られてもいた。
その内、行き止まりとなる場所に、その部屋はあった。ご丁寧に司令室と書かれた黄金色のルームネームが、ドアに堂々と付けられている。
何かレックス中佐に聞こうと思ったが、何から言おうか考えているうちに着いてしまった。情けない。

「博士を連れてまいりました」
ドアを手の甲で3回叩いて、レックス中佐が凛とした声で言った。すると、野太く、重圧な声が返ってきた。
「入りたまえ」
「では、失礼します」

レックス中佐がドアを開けて、私に入るよう、左手で促した。ここまで来ては仕方ない為、私は司令室に足を踏み入れた。
瞬間、くらりとする様な葉巻の匂いが、私の鼻を突いた。所々に、如何にもな高級家具が並んでいる。
ふと、正面に目を移すと、私をレックス中佐やハルホーク少佐の着ている軍服に、金の装飾を加えられたまー趣味の悪い……。
ゴホン、将軍服というべきかな。それを着用した筋骨隆々の将軍様が両手を重ねて騒然と立ち構えていた。背も高い。

「どうぞ、そちらのイスにお座りください」
何時の間に、レックス中佐が私の背後に格式高い(私の認識では)装飾が施されたイスを置いた。
どうも感謝しづらい為、小さく会釈すると、レックス中佐も会釈し返し、後ろ歩きを数歩し、ドアの前に立った。
気づけば目の前の将軍様も座って、私のほうに視線を向けている。恐くて合わせられない。

「部下のご無礼、真に申し訳ありません。ですが、ああする以外の方法が見つからなかったのです」
慇懃無礼……と書こうと思ったが、声に合わず優しい口調で、将軍様が口を開いた
にしてもあまりにもやり方が……と思ったけど、何でマキナ君(あえて)は、銃で撃たれたはずなのにぴんぴんしているんだ?
そう恐る恐る聞こうとした矢先、将軍様が、ドアに前に立っているレックス中佐を顎で指した
19THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:38:26 ID:jRlsT+D2
すると、レックス中佐がこつこつと歩き出し、私の真正面に立った。そして……撃たれた方の右足のズボンを捲くり始めた。
私が唖然とその光景を見ていると、将軍様がやけに自信に満ちた声で、言った。
「実の所、彼に対する射撃行動は、ただのトリックなのです。驚かしてしまって申し訳ない、バルホック博士」
私の目に、レックス中佐の怪我した……はずの右足に、傷口など見えない。まるで、最初から無かったかの様だ。
あれだけの流血は何処へ行ったのか。

「この遺跡内で見つかったテクノロジーを利用して作り出した物です。ほら」
レックス中佐がそう言いながら、私の前の掌を差し出す。小さく四角いタイル板の様な物体だ。これは……?
次の瞬間、その物体から生えてくるように、血まみれの弾丸が浮かんできた。私は思わず仰け反る。
「な、何だ、これは!?」

よっぽど驚いていたんだろうな、私は無意識にそう呟いていた。…・・・で、流れていた血は?
と思っていると、レックス中佐が上半身のジャケットから細長い何かを取り出した。む……輸血パックの様に見えるが、それにしては色が濃い。
正直、あの時は薄暗い事もあって、はっきりと血とは判別できなかったのだが……まさかのまさか。

「単純なトリックです。博士がボッコロッツを整備してる間、ズボンの右足に輸血パックを左右に積めて、その後ろに……」
そう言いながら、得体の知れないタイル板の物体を掲げて、レックス中佐が説明を続ける。
「こいつを両端に挟んで、弾が私の足を貫通する前に、転送させたんです。まぁ、言うなれば弾をワープさせた訳です」
的確なのか、そうでないのか分からないまま、レックス中佐が解説を終えた。

気づくと将軍様が立ち上がると、呆然としている私の前、レックス中佐の横に立っていた。
「紹介が遅れましたが、私がエンダーズの総司令である、ク・ラ・デヴォンサンです。貴方を呼んだのは他でもありません
 ……と、説明する前に、一度、貴方には見てもらいたいものがあります。どうぞ、立ち上がって」

言われるがまま、私はどうも意識がはっきりしないまま立ち上がっていた。やはり、将軍様はデカイ。 
するとレックス中佐が、立ち上がった私の方に寄ってきた。同時に、デヴォンサン将軍が私とレックス中佐の前に立った。
「ヴァスロッサ・パルティルア」
デヴォンサン将軍が右手を掲げながら、そう言った瞬間、我々は眩い光に包まれワープした。私のその眩しさに、目を瞑った。
・・・・・・眩しさから解放されたか確かめるため、目を開ける。……ここ……は!?
20 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/20(土) 00:40:38 ID:jRlsT+D2
投下終了です
途中で句点を打ち忘れていましたorzすみません
21名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:48:43 ID:miStARYA
>>20
投下乙です。やはりマキナ君、もといレックス中佐は一味でしたね。

そろそろ設定をまとめて、新規参入者用のガイドラインを作りたいところです。
22名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:50:01 ID:WyWbgvYj
投下乙です。
同名スレが二つ並ぶと紛らわしいので、age
23名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 00:51:53 ID:48OLoKgo
>>20
投下乙です。
一体何の遺跡を発掘しているかが気になるところですね。
24 ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 01:02:38 ID:NgByYKny
こんばんは
自分もまた投下させていただきます
25犬ども(1) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 01:03:52 ID:NgByYKny
(1/2)

魔女窯通りは再封鎖され、応援部隊が蒸気工房に集まる。
指揮官はよりにもよって、第五課課長のブルーブラッド警視。
制服の巡査を大勢引き連れて、督戦隊長のお出まし。

「こいつはただの殺しだぜ、何であんたが?」
アカデミー出の秀才、いけすかないハンサムは、おれたちを無視して検分の指揮を始めた。
「警視、五課のヤマじゃないぞ」
警視の行く手を遮ると、ようやくおれを見た。
「率先して来た訳じゃない、偶然近くに居たから呼び出されたまでだ」
やつは怖気づく事もなく、おれを睨み返してくる。
感情の読めない灰色の眼――撫でつけた髪と、スーツの色に揃い。
「それに、とてもただの殺しには見えないよ。この現場は」
「どこかのいかれ野郎が切り刻んだだけだ、街に下りればこんな事件はいくらでもあるさ」
警視が拳銃みたいに指を突き出して、おれを指した。
「いい加減にしろ、警部補。君個人にやましいところがあるからといって、
毎度私や五課を退けようとするのは止めるんだ。真っ当に職務を果たせ」
「汚れ仕事はお互いさまだな――おれを指差すんじゃない」
やつの手を払った。シドが割って入る。
「被害者には賭博法違反の容疑がかかってた。同じ案件で、この先のノミ屋も調べたところだ」
「ショットガンと鹿弾でか」
せせら笑う警視。銃を仕舞っておいてよかった、と思う。
「ジェイコブズラダー、シックザールス両警部補。
一八三○時に、五課の私のオフィスまで来い。
聞こえたか? 聞こえたなら出ていけ、あとは私ひとりで充分だ……」

シドの車――グリーンの一四八年型スケルトン・スチーマー――で本部へ戻る。
車中、おれたちは『鉄槌』の殺しについて話し合った。
共通理解。やったのはアレックスじゃない。
たかが一工房主をいきなり殺すほどの動機はないだろうし、殺すにしても何故あんな派手な真似を?
見せしめの線はなし。他の工房主たちをいたずらに怯えさせないためにも、
わざわざおれたちが八百長疑惑をでっちあげてしめる事になったのだ。
それにファイターが解体されていたが、一体何のために?
「いかれてる」
シドの呟き。おれは現場の状況をつぶさに思い出してみる。
仰向けの男の死体。
眼はくり貫かれ、喉と下腹を切り裂かれ、内臓が掻き出されていた。
その内臓のほとんどは、隣に置かれた自動人形の胴部に無造作に詰められていた。
そして、内臓の代わりに取り出された人形の機関部らしい部品が、分解されて辺りに散らかっていた。
軽く気が滅入る。それでも
「人間圧搾機よりはましさ」
一年前、工場街での未解決の殺し。誰かが死体をクリーニング工場の圧搾機にかけた。
カーテン生地といっしょに何メルーにも引き伸ばされた人体はなかなか恐ろしかった。
「あの時は、さすがに三日ばかり肉が食えなくなったよ。
今日のはだいぶましだ、一目で人間だと分かったものな」
26犬ども(1) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 01:05:29 ID:NgByYKny
(2/2)

帝都警察本部、第三課のオフィスに戻って、五課への出頭まで報告書をやっつけた。
すでにあらかた書き終えてある報告書だが、
逃げたノミ屋の用心棒と『鉄槌』の件で少し書き直す必要がある。
席についてオフィスを見回すと、くたびれた顔の同僚たち。
うんざりする書類書き。みんなはやく外出したがっている。おれもさっそく事務処理にかかる。
空賊と地元のギャングとの摩擦が大きくなって、組織犯罪担当の三課の仕事は増える一方だ。
おれとシドも超過勤務をだいぶやって、使う暇のない小遣いも貯まってきていた。

一ヶ月後の即位記念日が待ち遠しかった。
女の事を考えた。自分の家からパレードが見えるかどうか心配してるエリカ。
おれにニューモデルをねだるつもりで、雑誌で蒸気自動車の勉強をしてるらしいエリカ。
おれが撃ったノミ屋の武装について書く段になって、思考をエリカから事件へ戻した。
凶器――丸腰の悪党に握らせた拳銃、自動鎧の用心棒、元空賊の新興ギャングの動向について書く。
ノミ屋の財産――行方不明。本当は、長屋の床下に隠し金庫を見つけていた。
帳簿をさかのぼって別のノミ屋を当たらなければならない。
券は処分し、金は山分け。制服連中にもエサが要る。
報告書を書き終え、タイプ嬢に回してしまうと少し暇ができた。シドを残してひとり街へ出る。
知り合いのもぐりの魔法薬屋が副業で居酒屋をやっているので、会いにいった。

再び魔女窯通り、件の酒屋『ど腐れ犬ども』は『鉄槌』からもそう離れていない。
建物と建物の隙間に、軍用の貨物輸送車の幌と木枠で天井をかけた胎内巡りみたいな店だ。
店主、高圧蒸気の火傷を鉄兜を被って隠している『鉄仮面』ヴィッキイが
廃材利用のぐらつくカウンターと壁とに挟まれるようにして立っていた。
おれが入った時は客は誰も居なくて、ヴィッキイは錆色の汚い大鍋に何か作っていたところだった。
「食うもの、あるか?」
ヴィッキイが鍋の中身を皿によそって寄こした。ものすごい臭いのするハムと緑の豆を煮たやつ。
「野良犬でも煮たみたいな臭いがするぜ、錬金術と料理を間違えてないか?」
「軍の放出品をまとめ買いしたんだ、砂漠が懐かしくなる味だろ」
「砂を食ったほうが、味がないだけよかったよ」
それでも食った。無事復員できた事を幸福に思える食事。
毎度ひどい食事と、おそろしく化学的な香りがする自家製の蒸留酒だけがメニューだから、
『犬ども』には、おれの他はやはり兵隊あがりのヴィッキイの知り合いしか来なかった。
「ここらは再開発計画を知らないのか?」
「公表は即位記念日で、実際にやるとなるとまだまだ先の話じゃないか。
たとえ始まったところで、薬屋と工房はみんなぎりぎりまで踏ん張るつもりだってよ」
頼まないのにグラスに酒を注がれたので、飲んだ。料理の後味を打ち消す強いアルコール。
「空賊が増えたな」
「この店にも来るよ、酒に怯まないからすぐ分かる。
やつら、きっと空じゃ機械油を飲んで生きてんじゃないかな。タフな連中だよ」
「そのタフな連中をおれは今日、二人ばかし吹っ飛ばしてきたけどな」
ヴィッキイが頷いた。
「仕事が兵隊やってた頃に逆戻りしそうだよ。
探して、見つけて、バンバンバン。昔は耳の長いお友達をいっぱい殺したな、おれたち」

それからブルーブラッドとの面会時間まで、軍隊の思い出をとりとめなく語った。
上官の指示で移動集落を略奪した事、彼らの耳を切り取ってネックレスにしてた変態の事、
共通の恋人――娼婦たちの事、お互い人生で一度だけ、本物の魔法を見た日の事などを話した。
別れ際、ヴィッキイが『鉄槌』の事件を知りたがったので、
「余所者に気をつけろよ、切り裂き魔かも知れない」
とだけ言って席を立った。
27 ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 01:09:47 ID:NgByYKny
投下終了しました。
前スレ>589さんが図星です、「LAコンフィデンシャル」四、五回は読んでるから影響受けまくりだと思います。
28空の監獄都市 3 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/20(土) 01:35:03 ID:WyWbgvYj
前スレ>>426>>531の続きです。
(1/4)
           【3】

 特に目立った発見もないまま、ひたすら地味な探索が続く。
 最初に降り立った地点から、既に十ブロック程は進んだろうか。
 突然、ドクター・ノースが顔を上げて呟いた。

「なるほど、やはりそういうことか」
「ドクター・ノース?」
 侍従デルタが呼びかけるも、答えは返らない。辛抱強く数度呼びかけるが、やはり無反応。
 ひたすらぶつぶつと独り言を繰り返すノースに、侍従デルタはわなわなと震える掌を口元に添える。
「ああ、ドクター・ノース。とうとう思考に障害が……」
「発生してないから! というかちょっと反応遅れただけで、普通そこまで言うかな!?」
「畏れながら、普通の枠に囚われているようでは、博士に仕えるなど、とてもとても……」
「デ〜ル〜タ〜君!!」
 いつものやり取りを繰り返す主従二人に、ゲイルが呆れ顔で海賊帽のつばを押さえながら、先を促す。

「あー夫婦漫才はそれくらいにして貰うとしてだ。何かわかったのかい?」
「う、うむ。ゴホン。とりあえず、この都市の全容がほぼ把握できたぞ」
 あっさり返った答えに、ほぉーとそのまま流しそうになった後で、ゲイルは話の重大性に気付く。
「って、マジかよセンセイ!?」
「それは……いったいどういうことでしょうか、ドクター・ノース?」
「随分さっきと反応違うよね、デルタ君」
 半眼でつぶやくドクター・ノースに、侍従デルタはあさっての方向に視線を逸らす。
「まあ、別にいいけどね。とりあえず、みんな落ち着いてくれたまえ。これから順を追って説明しよう」
 騒めく一同を鎮めながら、ドクター・ノースは落ち着いた声音で続ける。

「まず、我が輩たちはだいたい三ブロックほど進む毎に、都市の突き当たり部分に行き当たっていることがわかった」
「都市の突き当たり……ですか?」
「ん? でもよセンセイ。俺たちはずっと正面の扉を選んで、ずっと直進してきたはずだぜ」
 これまでも突き当たりに行き当たったような覚えは一度もない。
 不可解そうに首を傾げる一同に、ノースは論より証拠とばかりに次の扉を指さす。
「とりあえずゲイル、ちょうどさっきの突き当たりから数えて三ブロック目だ。同じように開けてみたまえ」
「んー……まだよく理解できねぇままなんだが、とりあえずわかったよ」
 部下に指示を出して、これまでしてきたように、扉の脇にあるバネルを操作させる。
 ガコンと歯車の回転するような音が連続して響いた。続いて部屋を振動が襲う。
29空の監獄都市 3 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/20(土) 01:36:01 ID:WyWbgvYj
(2/4)

「ん、ここって……?」
 数十秒後、扉が開かれた先に広がっていたのは、どこか見覚えるのある場所だった。
 頭上から降り注ぐ陽の光に、樹木や草花が生い茂る植物園。足元の通路をちょこまかと動くカニのような蒸気機械。

 怪訝そうに周囲の様子を伺うゲイル達に向けて、予想だにしなかった呼び掛けが届く。
「あれ、お頭?」「ホントだお頭達だ」「というか、何で戻って来てるですか、お頭?」
「って、お前らキース達じゃねぇか!? いや、お前らの方こそなんでここに?」
 最初に乗り込んだブロックで別れたはずの、キース隊の面々の姿がそこにあった。

 もはや固まるしかない一同を尻目に、一人感心したようにドクター・ノースは顎先を撫でる。
「ふむ。これで予測の正しさが証明されたか。しかし、この植物園も突き当たりのブロックだったとは驚いたな」
 面白そうに首を頷かせるノースに向けて、ゲイルが目眩を振り払うようにかぶりを振りながらギブアップを告げる。
「いや、センセイ。俺たちはもう本気で訳がわからないんだが」

「……なるほど、そういうことですか」
「って、わかったのかよ、デルタの嬢ちゃん!?」
 一人、ノースの脇に控える侍従デルタのみが、どこか納得行った様子で首を頷かせた。
「うむ、さすがはデルタ君」
「畏れ入りますわ」

「あー……ノースのセンセイにデルタの嬢ちゃん。二人とも、いい加減勿体ぶらず俺らにも説明してくれよ」
「おお、それもそうだな。では、まず一つ思い返してみて欲しい」
 本気で目を回し始めたゲイルの促しを受けて、ようやくノースも説明を開始する。

「まず先程の扉。バネルに触れてから、扉を開くまでに数十秒程の間があったであろう? しかし、幾つかの例外を除けば、他の扉が開くまでの間はどれも数秒ほどで済んだはずだ」
「ん……言われてみれば、まあ、そーいやそうだったな」
 あの違いは三ブロック進む毎に現れたと、ノースは指摘する。

 さらに、このとき扉を開くことで聞こえる歯車の回転音と部屋を襲う振動から、何らかの仕掛けが作動していることがわかる。
 それらにプラスして、ずっと直進してきたはずの自分たちが、気付けば最初に突入した植物園のブロック、
 つまりは振り出しに戻ってしまったことを合わせて考えれば、次のようなことが最終的に推測できる。

「おそらく、これまで通過したブロックの全容を大まかに書くと、こんな形になるだろうな」
 言って、ノースは手にした紙に一つの図を描き出す。
30空の監獄都市 3 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/20(土) 01:37:59 ID:WyWbgvYj
(3/4)

 □□□□
 □   □
 □   □
 □□□□

 まったく同じ形のブロックが幾つも連なって、都市外殻部に沿って四つ底辺を形成。
 直進を続けたつもりでも、それぞれの角に行き着く度に、部屋そのものが左方向に回転。
「予め定められたブロックに進行方向を強制的に誘導される。そのような仕組みが存在すると考えられるな」
 これまでずっと直進を続けながら、最初の地点に戻ってしまった理由がそれだと、ドクター・ノースは結論付けた。

「……ドクター・ノース。では突き当たり以外のブロックで、直進以外の扉を選んでいた場合、どのようなことが起きたと思いますか?」
「おそらく、基本的に我が輩たちはどの扉を開いても、部屋そのものが回転して予め決められたブロックに誘導されていたと思うぞ、デルタ君」
「しかし、そうすると一つのブロックに複数の扉を設置した意味がなくなると思うのですが?」
「いや、そうでもないぞ。移動先を強制されるのも、おそらく我が輩たちと、かつての囚人達に限った話だろうからな」
「? それは、いったいどういうことでしょう?」
「都市の中枢にID登録を行った者なら、部屋どうしの自由な行き来が可能になるはず。扉脇にパネルが設置されているのも、それが理由だろうな」
「あ、なるほど、そういうことだったのですね」
 ようやく納得行きましたわ。侍従デルタは無表情のままコクコクと頻りに首を頷かせた。

「はぁー……しかし、なんて無駄にややこしい仕組み。古代文明の連中が考えることは訳がわからんね」
「……まあ、わざわざこのような仕組みを造った理由も、なんとなく推測はつくぞ」
「へ?」
 目を点にするゲイル達アラカルトの面々と、再び首を傾げる侍従デルタに、ノースは周囲の施設を示す。
「ここは監獄都市。おそらく、ここを含めた我が輩達がこれまで巡ってきた区画こそが、囚人を収める牢獄なのだろうな」
 どこまで行っても、延々と同じ場所を回ることしかできない、都市最外殻に位置する他から切り離された区画。
 思えば、いずれのブロックにも、食堂、作業場、運動場、大浴場などといった、それぞれが一つの機能に特化した施設が置かれていた。
「決められた時間帯ごとに、囚人たちを次のブロックへ移動させて行けば、それだけで適切な管理ができる」
 これほど効率的な管理方法もなかろう? ノースの指摘に、場を納得の空気が包んだ。

「はぁー……驚いた。たかが監獄一つに、無駄に高価な機能設けたもんだよなぁ」
 心底呆れ返ったような表情で、ゲイルが感想を漏らす。これは一同の感想を代表したものと言えた。
「この仕組みが存在するのも、あくまで囚人を収容する部分に限られた話だろうがな。しかし……そうすると困ったな」
31空の監獄都市 3 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/20(土) 01:39:18 ID:WyWbgvYj
(4/4)
「へ、何がだい、センセイ?」
「囚人を収容する部分から、都市の中枢部や出口に直接繋がる通路があるとは思えないのだよ」
「あら、言われてみればそうですわね」
 扉を強引にこじ開けて内部に侵入した訳だが、構造的に外へ開く扉が存在しない現状では、脱出に同じ手が使えるはずもない。
「中に入るのは容易なくせに、外に出るのは難しいと来たものだよ、デルタ君」
「その上、強引に侵入した者は監獄の存在する区画に振り分ける機能。随分と悪辣な造りをしておりますわね、ドクター・ノース」
 ノホホンと最悪の現状を確認し合う主従二人とは対照的に、空賊達は状況を認識するや騒然となる。

「あ、お頭、出口がないって!?」「げげっ、どうしましょう!」「ほぅー。ここで終わりってことかねぇ」
「うわーやっぱりケロちゃんの位置が悪かったんだぁ!?」「オレこの探索終わったら幼馴染みに告白するつもりだったのにぃ!?」

「だぁー落ち着け、ヤロウどもっ!!」
 浮足立つ手下達に向けて、ゲイルが一喝する。鬼気迫る一喝に、一同はピタリと口を閉ざした。

「安心しろ。いざとなったら発破を掛けるって手も残ってる。だよな、センセイ?」
「うむ。この程度の強度の壁なら、どうとでもなる。そうだろう、デルタ君」
「はい。持ち込んだ魔法役と魔法具を併用すれば、脱出は容易かと思われますわ」
 手段を選ばなければ、いつでも脱出はできると二人は保証した。
 これを受けて、ようやく場の雰囲気は落ち着きを取り戻す。

「しかし……我が輩としては脱出方法よりも、都市中心の空洞部分が気になるな。おそらく、そこに都市の中枢ユニットも存在するはず」
「中枢ユニット!? それってマジかよ、センセイ?」
「それがマジなのだよ、ゲイル」
 掌一つ分ぐらいの大きさでありながら、都市機能のほとんどを集約された中枢ユニット。
 現代では製造方法が失われており、完全なものを発見したともなれば、国家予算規模の途方もない値がつくだろう。
 貴重な研究対象と、お宝発見の予感に目を輝かせる二人。しかし、先にゲイルの方が我に返る。
「ん……? あー、でも繋がる扉がない場所に、どうやって行ったものかね」
「それについては考えがある。さっきゲイルが言った通りの方法があるだろ?」
「へ? 俺が言った方法?」
「そうだ。扉から行くのがダメならば、別の方法で中心部まで向かえばいいだけの話」
 目を瞬かせるゲイルに向かって、ノースはすぐ脇にある壁を手の甲でコンコンと叩く。
「壁を破壊して、一直線に進めばいい」
 簡単であろう? 唖然と目を見開く一同に向けて、ドクター・ノースはあっけらかんと、そんな言葉を告げるのだった。

(次回につづくんじゃよ)
 RPGとかで迷宮の壁を爆破して進めば最短だろJKとか思う自分は異端。
 次回はようやく敵登場、アクションパートに入れそうで一安心。
32 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:20:50 ID:grSWG1qV
投下します。
今日はUP無理そうと思ったけど、ここのスレ楽しすぎて
我慢できませんでしたw

ちょっと設定寄りの短い文章を二つ投下したいと思います。
よろしくお願いします。
33ヴェリタネラス ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:21:48 ID:grSWG1qV
(1/2)

停滞か、滅亡か。

究極的に言えば、我々人類に与えられた選択肢はこの二つより
他には存在しないのかもしれない。

古代社会のような、自然に対して与える影響が比較的少ない文明
の段階を、発達も衰退もしないように維持し続けていく事が可能で
あるなら、文明が発達して近代化してしまった場合よりも、結果と
してより長期にわたる人類の生存が可能なのではないかと考え
られる。

ただこのような考え方が出来るのは、我々が文明を発展させて
近代化してきた結果、そこに様々な問題が生じてきているからこそ
であり、そういった過程を経験せずにこういう考えに行き着く事は
大変難しい事である。

そして、一度前進させてしまった文明段階を後退させる事は、
非人道的手段をもってしても非常に困難な事であり、そのため、
現代の我々にこのような考え方が出来たからとしても、それはただ
こぼれた山羊の乳を再確認させられているだけに過ぎない。

文明の「停滞」を実現するためには、「世界規模の巨視観」や
「超長期的な観点」というような、ある種の高次的視点が必要
であると考えられる。
34ヴェリタネラス ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:22:42 ID:grSWG1qV
しかし、上述のような俯瞰的な考え方は通常の人間には得難い
ものであり、ましてや古代社会という文明段階においては、正に
人類を超越した存在(要するに**のような存在)にしか持ち
えない「**の視点」であると言っても過言ではあるまい。

そのため、人類が人類のみの力で文明を古代文明の段階で停滞
させるという事は、ほぼ不可能な事であると考えてよい。

故に我々人類は、「停滞か滅亡か」というこの二つの選択肢に
おいて、後者の「滅亡」を選ばざるを得ない。

我々は、たとえその行き着く先が断崖絶壁であると知っていても、
その歩みを止める事は出来ない。ましてや引き返すことなんて、
考えもしない。傷つき、倒れ、血反吐を吐いても、這ってでも前に
進もうとする。

その前進が、「遠い未来の滅亡」を「近い未来の破滅」へと変えつつ
あるという事には、目をつぶりながら……。

----------------------------------------------
『ヴェリタネラス外典 幼年期の書』 より抜粋
35 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:23:28 ID:grSWG1qV
クトゥルーのネクロノミコンみたいな感じで架空の書物を出したく
なったので、つい出来心で書いてしまいました。でも小心者なので
外典です。正典書く度胸はありませんでした。

語源は、ヴェリタス(真理)+ネラース=ヴェリタネラス

安易ですいません。ちなみに、この書物では「神」という記述は全て
「**」という風に消されております。

もう一ついきます。
36異端者達の手紙 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:24:52 ID:grSWG1qV
君には既に聞こえていると思うが、今世界が悲鳴を上げている。
おかげで私は、毎日耳を劈くような悲鳴に苛まれているのだよ。
君には既に聞こえてはいると思うが。

マナの浪費に起因する異常気象。
止まらない砂漠化。
次々に落下しては大地を穿つ古代遺産の残骸。

しかし大多数の人々には、これらの危機に対して絶望する事すら
許されていない。彼らの頭の中にあるのは、明日のパンを
どうやって確保するか、ただそれだけだ。本当に、ただそれだけだ。

こんな世界なら、いっそ滅んだほうがいい。私はそう思う。驚くほど
純粋にそう思う。しかし、全てを無に帰してしまう訳にもいかない。
当然だ。私は虚無を好む破壊神ではないのだから。

だから私はある研究を始めた。この研究が実を結べば、人類は
新たな可能性を手にすることになる。髪の毛ほどの細さだが、
一筋の光であることには何の疑いも無い。

荒地に苗を植えても、ただ枯れるだけ。苗が根付くよう、土を耕し
水を撒く必要がある。肥料も必要だ。私はこの世界の為に、
いつでも土を耕せるよう、いつでも水が撒けるよう、そしていつでも
肥料を与えられるよう、準備をしておこうと思う。

どうだ、素晴らしいだろう?
37異端者達の手紙 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:25:39 ID:grSWG1qV
この準備が徒労に終われば、それは全ての人にとって幸福である。
ただ残念なことに、私は楽観思考に対して無抵抗な人間ではない。
むしろ盛大に抗って体中を傷だらけにしてしまう類の人間だ。
君もご存知の通り。

乾ききった世界が再生するのに幾万の年月が必要であるなら、
私はそれを数百の年月に縮める努力をしよう。土を耕し、水を撒き、
肥料を与えて世界の再生に手を貸そうではないか!

目の前にあるこの苗木に、私の全ての英知を込めよう。残された
人々が、夜明けの来ない未来に絶望しないように。私は誰も見た
ことが無いほどの、深い深い闇を用意しよう。残された人々に、
もう夜明けが近いということを示すために。

私は君を含めた全ての人を心底憎んでいるが、誰よりも人類を
愛している。この愛に生涯をささげても、砂漠の砂一粒ほども後悔
はしない。後悔なんて、しないんだ。

この手紙が届く頃には、私は大空に舞い上がっているだろう。
まるで偉大なヴェリタネラスに召されるかのように。

純正ラナ暦2015年 前火の月 17日
乾ききった空の上から、愛と憎しみを込めて。


----------------------------------------------
アカデミー古代図書館編纂 『異端者達の手紙』 より抜粋
38 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:26:27 ID:grSWG1qV
ちなみにこの純正ラナ暦は昔の暦で、現在は使われていない
っぽい感じです。
一応現在の太陽暦みたいに12ヶ月365日ある設定で、
1月:前木の月
2月:後木の月
3月:前火の月
4月:後火の月
5月:前土の月
6月:後土の月
7月:前金の月
8月:後金の月
9月:前水の月
10月:後水の月
11月:前風の月
12月:後風の月
という感じで考えました!
中国の十干を参考に、風を足して作りました。
十二支だとひねりが足りないかもと思いまして。
昔話書かれるときにでもご利用ください!
ちなみに日数も現代の月に対応した感じです。
ラナはラテン語でのカエルから安易に付けました!!

純正ラナ暦2015年は、古代文明的にはかなり末期の頃の
設定です。この頃大規模な自然災害が多く発生しており、
現在のネラースの雰囲気の土台になってるという感じに
してみました。
39 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 02:40:11 ID:grSWG1qV
>>25みたいな雰囲気の文章、めっちゃ好きだけど自分では書けないです。
羨ましい!
40名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 03:31:01 ID:gX4ZjcOn
>>32-38
投下乙。
こちらの2作品は「資料リスト」の方にまとめさせて貰いました。

それと現在まとめている「用語辞典」
http://sw.dojin.com/cgi/html/
ですが、まとめサイトの一括化に伴って
http://sites.google.com/site/nelearthproject/
こちらへ順次データの移動をしていくことになりました。

最近は自分以外にも単語登録に協力してくださる方が増えたので、cgi自体はそのまま残しておくつもりです。
追加された単語共々、まとめサイトに掲載していく予定です。今後もよろしく。


定期age
41 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 12:16:38 ID:W1UGD7T0
>>40
まとめ作業おつかれさまです。
資料リストにも断片的なものを色々と投下して、
皆さんの創作のネタを充実させていければと
思います。

今後ともよろしく!
42 ◆Wramvk0D7M :2008/09/20(土) 12:57:34 ID:iYWAiS7d
この時間なら大丈夫かな? と思いつつも
一応投下宣言しときます
43蜘蛛は地を這い、空は月光 ◆Wramvk0D7M :2008/09/20(土) 12:58:25 ID:iYWAiS7d

「あーあー。酷えもんだなあ」
 スチームビークル――一人乗り蒸気圧浮揚式移動車両――のハンドルに肘をつき、双眼鏡の
レンズ越しにいまだ黒煙の立ち上り続ける街を見ながら、少年はひとり漏らした。
 彼の周囲では、たった今家財全てと親しい者たちを失ったばかりの街の住人が、夜の冷たい
砂の上にへたり込んで嘆きの声を上げている。
 が、少年は彼らを気にも止めぬ様子で、右手でくたびれたカーキ色のマントの懐から干しナ
ツメを取り出し、口に放り込むと、くちゃくちゃと汚らしい音を発てて咀嚼しはじめた。
 その間も双眼鏡からは目を離さない。
「今この時期に、モンストロシティ・デバイスが稼動するなんてプランにゃねェぞ?」
 レンズ越しの彼の視界の中。幾条もの黒煙の合間に。
 機械仕掛けの禍つ蜘蛛――蜘蛛型モンストロシティ・デバイスが悠々と引き上げて行くのが
見える。
 久々のベッドでの安眠を阻害し、炎と混乱の街の中をビークルで逃げ回るハメに陥れた、彼
にとって怨敵ともいうべきそれは、闇の中、炎に照らされて赤黒く染まりながら、厳かとすら
言える動きで、ゆっくりと広大な砂の中に潜り、消えた。
 それを確認すると、少年はようやく双眼鏡から目を離し、眉間を二、三度揉みほぐした。
「……やれやれ。せっかく中央の目の届かないところで羽根を伸ばせると思ったのに」
 少年は嘆息した。
 彼の任務。
 それは、帝都、ひいては《上》の意向にそぐわない者を見つけ出し、監視あるいは処理する
こと。
 いや、彼にそこまでの権限はない。
 監視もしくは処理の命令を忠実に実行する、ただの駒である。
 都合のいい場所にいたならば、都合よく任務を割り振られてしまう、その程度の。
 ――しかし。
 駒である自分が考えてはならないことを、彼はつい思索してしまう。
 ――こんな領内の見捨てられたような、価値のない街を破壊してなんとする? ここに分子
が潜んでいるという報告も受けてねえ。
 ――そもそも、《上》のプランにも入ってねえMDの稼動。それは……
 少年は無造作に逆立てた短髪を掻き毟る。
 慄然たる思考に行き当たり、感情の処理の仕方を他に思いつかない。
 もう一度、少年は頭を両手で掻き毟った。
 ――MDの完全制御技術を手にした者がいる……?
 それは根拠のないただの直感。
 ――まあ、いい。何にせよ僕の考えることじゃねえ。
 少年はかぶりを振り、強引に思考を中断する。
 彼のするべき事は他にあるのだ。
 思考している間も咀嚼し続けていたナツメの甘酸っぱい味を感じながら、少年はもう一度だけ
嘆息した。
44蜘蛛は地を這い、空は月光 ◆Wramvk0D7M :2008/09/20(土) 12:59:59 ID:iYWAiS7d
「めんどくせえ。全部殺しちまうか」
 彼を取り巻く嗚咽の主達が、この先流離しようと街を復興しようと、確実に今日の記憶は残る。
 そうである以上、監視もしくは抹殺の使命が彼、もしくは彼の部下達に下ることは明白だった。
「そーだな。うん。安月給で働いてくれてるあいつらをこんな田舎にわざわざ来させること
もねーし。後腐れないほーがいいよな」
 まだ顔立ちに幼さを残す少年の言葉は、おつかいのついでにプレゼントを買っていこう、そ
んな程度の気楽さに聞こえる。
 事実。
「よし。3、2、1」
 ぱちん
 軽く乾いた音を発てて、少年の指が鳴る。
 彼のしたことは、それだけ。
 にも関わらず、彼の周囲で渦巻いていた悲嘆の声は止み、夜の砂漠には痛いほどの静寂が戻
って来ていた。
「埋葬は砂がやってくれるしね」
 言い、少年は額にかけていたゴーグルを下ろす。そしてその手で、ビークルの起動ハンドル
を景気良く一回転させた。
 ややあって。
 銀色の煙を吐きながら、ビークルは滑るように砂の上を走り出し。
 砂の丘の上には、物言わぬあまたの骸だけが残された。

 未だ燃え盛る街を右手に見ながら、少年の愛馬は低く唸りをあげて夜の砂漠を走る。
 と。
 その唸りの合間に、かすかな風切り音を、少年の耳は捉えた。
 音のしたほうを見やる。
 中天からの月光を受け、浮かび上がった一羽の鳥のシルエット。
 少年は唇の端だけで笑みを形作ると、
「3、2、1」
 ぱちん。指を鳴らす。
 鳥のシルエットが弾け、落下する。
 少年はビークルを、落下地点へと走らせる。
「やっぱり、ね」
 にまあ。と、彼は今度は顔全体で笑った。
「電信だと傍受される恐れがあるもんね」
 砂の上には、こんな地域にはいるはずのない、鳩。
 その脚には、野生のものには付いているはずもない、筒。
45蜘蛛は地を這い、空は月光 ◆Wramvk0D7M :2008/09/20(土) 13:01:10 ID:iYWAiS7d

「報告いたします」
 天井にはむき出しの配管。窓もなく、碌に調度もない4メルー四方の殺風景な部屋に、息を

切らせて軍帽を目深に被った男が飛び込んでくる。
 先に部屋にいた男は、組んだ足をデスクに行儀悪く置き、鼻歌混じりに手に持った小さなは

さみで豊かに蓄えられた口髭を整えながら、視線だけを後から来た男に向け、行動を促す。
 <軍帽>は応えて、手の中の小さな筒を、歩み寄って口髭の男に手渡した。
 口髭は既にフタの取り去られている筒を逆さに振って、中の書面を取り出すと、しばし無言

で小さな紙に視線を落とした。
 沈黙。
 天井の配管から、かすかに何かの流れる音。
「どういう、事なのでしょう」
 ややあって、沈黙に耐えかねたかのように、<軍帽>が口を開く。
「事が露見した、のでしょうか……?」
「私の古い友人が」
 <軍帽>が部屋に入って初めて、口髭の男が口を開いた。
「?」
「先だって、私の大切な古い友人に、新しい玩具を手に入れたのだがどうにも遣い方が解ら

ない、と相談を持ちかけられてね」
 口髭の言葉に、<軍帽>は怪訝な表情を浮かべる。
 書面に書かれていたのは、帝都に蜘蛛型モンストロシティ・デバイスが出現したこと。
 それを使いクーデターを目論んだ賊徒――それも、帝国政府の中枢を担う要人ばかり――が

捕縛され処刑されたこと。
 その二点がどうして口髭の古い友人の話に繋がるのかが理解できない。
「それで、教えて差し上げたのですか」
 故に。<軍帽>には、そんな当たり障りのない返答をすることしかできなかった。
「茶目っ気も度が過ぎる男でね。遣い方を教えるやすぐに遊んで、もう壊してしまったようだよ」
 口髭が手で書面をひらひらさせながら言う。
 <軍帽>は鍔で覆い隠された目を見開いた。
「ご友人だったのですか」
「そうとも。大切な、ね」
 内心の動揺を隠すことが出来ず、<軍帽>は絞り出すように呻くことしかできなかった。
 帝都に現れたスパイダー・デバイスの操者が、目の前の口髭の古い友人だという。
「まったく」
 デスクの上に投げ出された足を床に下ろし、ゆっくりと立ち上がりながら、軍用コートに身

を包んだ口髭の男が呟く。
「困ったことだ。おかげでこちらの段取りがめちゃくちゃになってしまった」
 ゆったりとした足取りで近づいて来る口髭に、<軍帽>ははあ、と気の抜けた返事を返す。
 迂闊。
 <軍帽>がそう気付いたのは、口髭が彼の前で几帳面な仕種で踵を揃えたとき。
 長身の上官に目線を合わせようと、首の角度ををほんの少しだけ上げたとき。
「本当に困ったことだ」
 あまりにも遅滞なく、自然な動作で。
 気付いたときには、<軍帽>は既にその喉首を口髭に掴まれていた。
「そうは思わんかね? エドマンド。いや」
 首を掴んだ手に力が加わる。
「エージェント・オミクロン」
 苦痛に喘ぎながら、<軍帽>――いや、エージェント・オミクロンは、この段になってよう

やく目の前の男の顔に見覚えがあることに気付いた。
「――エージェント・ガンマ!」
46 ◆Wramvk0D7M :2008/09/20(土) 13:17:28 ID:iYWAiS7d
ヘンなところで終わってますが投下終了です。
次にいつ投下できるか解らないので、ムリクリですが投下させていただきました。
……なんか最後のレスに変な改行が……すみません

>まとめ両氏
いつもまとめ乙かれさまです。有意義に活用させていただいてます
まとめで付けられていたタイトルをそのまま使わせてもらいます
素敵なタイトルを付けていただいてありがとうございました!

特務のエージェント、ガンマとオミクロンいただいちゃいました
のんびりとではありますが、今後も投下を続けて参ります。では。

(チラ裏)
鉄道警備、キャラもガジェットもすっっごく好みなので、できれば続編書いていただければなあ……
47名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 13:20:40 ID:W1UGD7T0
>>42
投下お疲れ様です。
元々は上層部の駒として使われていた人物が、
徐々に上に疑問を持ち始め、自分自身で考えて
行動し始めるとかすげえ燃える展開です!
48名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 13:23:08 ID:W1UGD7T0
あ、自分も鉄道警備のお話 続編希望!
あれは面白い。
49てのひらを太陽に ◆meXrLVezBU :2008/09/20(土) 20:46:30 ID:K+7UvbcA
すみません。
自分の投下したSSで脱字があったので訂正します。

前スレ>>463でのジャンバチスタの台詞

「君達は何処から来たんだい?おいらはグラットンだよ。おじさんとはここで待ち合わせ
してたんだ」 は間違いで

「君達は何処から来たんだい?おいらはグラットンからだよ。おじさんとはここで待ち合わせ
してたんだ」

が正解です。

当方は携帯なので、まとめサイトの管理人さんに連絡を取るのが
難しいので、スレに書き込ませていただきました。
スレ汚し失礼しました。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 20:51:20 ID:pi1jB8cs
やはりグラットンスウィフトか……
51犬ども(2) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 21:54:31 ID:NgByYKny
(1/4)

ノックなしで第五課の課長室に入ると、
顔色の悪いブルーブラッド警視がデスクについておれたちを迎えた。
天井の模様が映るほどぴかぴかに磨き上げられた、やつのデスク。
筆記具とフォルダーに整頓された書類、写真の束。それ以外何も置かれていない。
葉巻なし、マッチなし、灰皿なし。家族の写真もなし。
壁棚も同じ、ファイルがぎっしり詰まってるだけだ。天井のアーク灯がやたら眩しかった。
デスクに乗せられたやつの右手の、人差し指に光る銀の指輪――
噂では、やつの先祖には長耳族の血が混じっていて、あれも代々伝わる魔法の指輪なのだそうだ。
あれで指差されると、どんなにタフな警官もたちまち自分の秘密を打ち明けたくてたまらなくなるのだとか。

「来たな」
おれとシドは勝手に椅子を引いて座って、やつから話し出すまで待った。
警視は写真の束をおれたちに放った。色々な角度から撮った現場写真。
「あの店の事を、アレックスの闘技場とノミ屋の件を含めて全部話してくれ」
報告書の通りに話した。
都の認可を受けた合法事業である人形賭博において、人気選手を扱う工房と
空賊あがりらしい流れ者のノミ屋が、一昨日の試合で八百長を仕組んでいた、と。

警視は質問も反論もせずに聞いていたが、全て話し終えると、言った。
「近年になく多くの空賊が、ダウンタウンに潜り込んでるというのは確かな事なのか?」
答えた。
「そうだ――そうです。主にアレックスの縄張りが狙われているようです」
「『鉄槌』の切り裂き事件が、空賊の仕業という可能性は?」
シドが答える。
「あると思いますね。『鉄槌』が八百長以外の乗っ取り作戦に関わっていて、口封じに殺されたとか」
警視は椅子に深くかけ直して、やけに勿体ぶった調子で尋ねた。
「帝警がここらで本格的にダウンタウンの空賊取り締まりを行うとしたら、第三課はどうする?」
内務調査担当の五課が、何故空賊狩りに興味を持つのだろうか?
三課はまずアレックスに肩入れするという方針を固めているから、
こと空賊に関してやましい事は――証拠の捏造、過剰防衛を除けば――ないはずだ。
「おれたちにはなんとも言えない。今のような締め出しはともかく、
本気で連中を一掃しようと考えたら、三課じゃ人手が足りないんじゃないかな。あとは課長に聞いてほしい」

そう答えると、おれたちは現場の写真のほうに見入った。記憶通りの血の海地獄。
手に取って見て、シドに回す。写真が終わった頃に、ブルーブラッド警視は何か決心した様子で本題を切り出した。
「空賊排除に乗り気なある判事が、君たちに興味を持っているらしい。
パララクス警部も承諾済みだ。今夜、私たちの会合があるがついてこれるか?」
空賊狩り計画には驚かなかった。しかし、ブルーブラッドが関わっているのか?
五課としてか、やつ個人の関わりなのか分からずおれたちは訝ったが、
自分たちのボスの名前を出されて引き下がる訳にもいかなかった。
「行きますよ」
立った。すると、警視がシドの腰の剣を指差して、
「サーベルは置いていけ」
52犬ども(2) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 21:56:35 ID:NgByYKny
(2/4)

「今回の殺人事件が空賊によるものと判明すれば、空賊を帝都から追い出す絶好の機会になる。
もし彼らが帝都に拠点を得たなら、麻薬や武器の空輸、商業船や輸送船の略奪、
辺境の反乱分子の潜入斡旋等は確実に増大する。早いうちに叩いておかなければならん、そうだろう?」
空賊狩りの黒幕、治安判事のローエン卿。おれに向いて、同意を求めてきた。
会合――シャーリーン・ホテルの展望レストランにて。
ローエン卿、第三課課長コーマック・パララクス警部、ブルーブラッド警視、シド、おれ。
三課の汚いデカどもはレストランで浮いていた。なんとなく腹が立ったが、態度へはおくびにも出さない。
「同感です。しかし、三課でそれだけの人員をまかなえるんですか?」
予期していた質問に満足するローエン卿、狒々おやじのご機嫌取りに成功するジェイン。
「警部補、我々は空賊取り締りのための特別部隊を編成しようかと考えているんだよ。
帝都警察本部と全分署から、数百人規模で優秀な人材を集めてな。
そして短期決戦で、帝都の空賊を根絶やしにする」
「空賊取り締まり部隊の長は、おそらくこのブルーブラッド警視が務める事になる。
ジェイン、シド、君たちは彼の副官として現場で指揮を執ってもらいたい」
警視が頷く。パララクスはおれたちに目配せした。ボスの指令、不満を表情に表すな。
「はい」
「君たちは手始めに『鉄槌』事件を調査しろ。
空賊につながる証拠が発見できれば、私たちが総監を説得する。
君たちは経験豊かな刑事で、三課での任務によってギャングについても熟知している。君たちしか居ない」
テーブルの下でシドとのハンドサイン。やるか? うん、やる。
「やりましょう、おれたちで『鉄槌』を洗います」
「存分にやるがいい」
ローエン卿は満面の笑み――不気味だった。ボスとブルーブラッドは愛想笑い――疲労がにじむ。

「証拠を搾り出せ。さもなくば、でっちあげろ」これが連中の言外の意。
なるほど、悪徳警官二人なら、いまさら手を汚したところで失うものはない。
おれとシドは『鉄槌』を搾った。
53犬ども(2) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 21:58:10 ID:NgByYKny
(3/4)

『鉄槌』の切り裂き事件。
夜逃げされないよう、おれは巡査たちに『鉄槌』を見張るよう指示していた。
巡回途中に何度か交代はしたが、店の前には常に一人ついていたと言う。
試合に負けた次の日――おれたちが死体を発見する前日は、普通に店が開いていたが
客の出入りはほとんどなかったし、それにすぐ帰ってしまう客ばかりだったそうだ。
客の居ない時は作業をしていて、夜になると店主がシャッターを降ろして店仕舞い。
一晩は何事もなく、次の日の朝からはシャッターが降りたままだった。その間、人の出入りもなし。
巡査が知る限り、客は六人。長居して十分から十五分、短い客だと二、三分の訪問。
客が中に入ってしまうと会話の内容は聞き取れなかったが、
それでも悲鳴や妙な物音というのはなかった。もともと騒がしい界隈で、両隣も工房だから
掻き消されてしまった可能性もなくはないが――殺人し、死体と人形を解体する時間は?
六人の殺人鬼が入れ代わり立ち代わりして、少しずつあの現場を作っていったとでも?

路地から向かって『鉄槌』の右隣、工房『キャラコ』の夫婦。
彼らは被害者の面通しもやった。死体が見つかるまで、隣は一日騒ぎもなかったと言う。
念のため調べたアリバイ――シロ。『鉄槌』との付き合いはあまりなし、仕事上の取り引きもなし。
左隣、『サンジェルマン』。ここ何日かずっと留守で、出かけたのは見張りがつくより前。
『鉄槌』との取り引きはなし。ひとまずシロ。
この店の鍵を開けるには本部のラボと軍の砲兵隊が必要だと言われたので、後回しになった。
近所の他の家や店もシロ。『鉄槌』の客ではなかったし、犯行にも気づかなかった。

『鉄槌』と取り引きのあった工房、ジャンク屋を当たると、
うち四軒の店主ないしは工員が、『鉄槌』の六人の客の特徴と合った。
彼らは確かにその日『鉄槌』を訪れたが、普通の付き合いで店主も変わった様子はなかったという。
比較的遅い時間に訪ねた者は、ファイターが分解整備されているのを見たと言った。
だからあれは犯人がわざわざ解体したのではなく、整備中を襲ったのだろう。
死体を切り刻むだけなら、手際よくやれば間に合うかも知れない。
被害者の喉を掻き切り、そのはらわたを抜いて人形に詰め、返り血を落として帰る――
まさか、できるだろうか?

分解されたファイターを見た客より後に店に来たのは、身元不明の二人を含めた三人。
『ハルム工務店』は最後から二番目の客だ。
「旦那、ありゃ自動鎧だな?」
工房に、ノミ屋の用心棒が着ていたのと同じ型の機械があった。
石炭ストーブの胴体と、関節が蛇腹になった手足。店主がそうだと答えた。記憶に留めておいた。
身元不明の他二人は、一人は長髪にひげの胡散臭い男で、もう一人は十二、三歳の少女。
男は夕方、『ハルム』が来る直前にわずかな時間、立ち寄っていた。
少女は店仕舞いの直前に来た。右足の義足を引きずっていて、それを『鉄槌』で直していったようだ。
彼女が一番長居したが、少女の殺し屋? さすがに無理がある。
犯人かどうかはともかく、長髪の男が怪しい。
54犬ども(2) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 21:58:45 ID:NgByYKny
(4/4)

シドはノミ屋の帳簿と闘技場を当たっていた。
ノミ屋の帳簿に載った店は半分がすでに逃げており、
残り半分は三課でマークしていた外来種ども。
今は監視しながら、泳がせておけ――後で一網打尽にしてやる。
闘技場の客や地元のノミ屋はみな一様に、『鉄槌』のファイターを惜しんだ。
昔からの知り合いだというノミ屋が一人だけ、『鉄槌』の悪口を言った。
「最近は知らんが、やつは軍隊じゃ怪しい連中と付き合ってたんだ。
隣国とか盗賊のスパイみたいな連中さ、陸軍には時々居るだろう?
おれたちは避けてたが、やつはそういうのとよくつるんでたよ」

アレックスにも会い、『鉄槌』との揉め事について訊いた。
「ふっかけてきたのはやつのほうだ。腕はよかったが、あれはやくざがかった男だな」
おれは思わず笑ってしまった。シドとアレックスも笑った。
アレックスは五十くらいの恰幅のいい、人好きのする男で、
闘技場の、事務室のソファに深く腰かけ、いつもの癖で禿げあがった額をぺたぺた撫でつけながら
「最初はほのめかすくらいだったが、
この頃はどうしても金が要るんだと言って、なりふり構わない感じになってきてな。
とうとう人形を引き上げるとか言い出すから、お前さんたちに頼んだんだよ。しかし困ったね……」
「本部は、流れの空賊がやったという線でまとまってます。あなたに累が及ぶおそれはありませんよ」
「それならよかった」
次いでシドの打ち明け話。
「その代わり、ダウンタウンを中心に大規模な空賊狩りの計画が持ち上がっています。
指揮はおれたちがやりますが、荒事になるかも知れない。手入れが決まったら真っ先にお知らせしますよ」
「ありがたいね」
アレックスは何の気なしに答えたように見えたが、
おれたちがダウンタウンを蛸壺に使おうとしている事はもう分かっているだろう。
やつが上手いタイミングで事業の一時撤退をして、防衛線に穴を開けてくれたら、空賊を誘い込める。

おれは自分でも気づかない間に、空賊狩り計画を楽しみに思い始めていた。
死体を見つけた晩は悪夢にうなされた。二年ぶりの戦場の悪夢だ。
ヴィッキイにも話していない、おれが殺した長耳族の少女の夢だった。
55 ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/20(土) 21:59:47 ID:NgByYKny
投下終わりました
56ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 23:42:26 ID:W1UGD7T0
投下します。

(1/4)

空に浮かぶカエルにうっすらと雲がかかり、幻想的な夕焼け空を
演出している。ここは、帝都へ向かう蒸気機関車の中。一般車両
とは隔絶された、最後尾の貨物車両だ。灯りが無く薄暗い
貨物車両の中で、小さな二つの影がうごめいていた。

「ねえラル〜、何か食べ物見つかった?」

より小さな方の影が、木箱の隙間をごそごそと漁りながらもう一方
の影に話しかけた。少し離れたところで樽に頭を突っ込んでいた
もう一つの影は、その問いかけを完全に無視して一心不乱に樽を
漁っている。

「ぷはぁ、さすが帝都に向かう列車だ。いい酒を積んでいる」

樽に突っ込んでいた頭を引き抜いて、上機嫌につぶやく。

「ねえラル〜、何か食べ物見つかった?」

もうかれこれ数刻の間、この様な不毛なやり取りが続いていた。

大空の辺境に浮かぶ神樹【トゥルカム】。
その幹の中に存在する木幹都市【トゥルカミア】。
外界と完全に隔絶されたその都市からの大脱出に成功した
ラルポルトとセイユの二人(正確には両者共に人ではない)は、
数ヶ月の流浪の後、帝都へ向かう蒸気機関車に忍び込んでいた。
57ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 23:43:19 ID:W1UGD7T0
(2/4)

果実酒の芳香に包まれたその身体は、影そのものと見紛うばかり
に真っ黒。”ラル”ことラルポルトは黒貂(てん)だ。彼女は自らの事を
”漆黒のラルポルト”と自称しているが、その通り名で彼女を呼ぶ
のは、今のところ彼女自身だけだった。

「セイユよ、今のお前は食べ物なぞ無くても大丈夫だろう。食を
単なる享楽とするようになっては、人間終わりだぞ」

未だ執拗に木箱を漁っているもう一方の影に向かって、ラルポルト
が毛づくろいをしながらのたまう。いつもよりも言葉に棘が
少ないのは、果実酒が滴る毛並みを嘗め回すのが心地よい
からだろう。

「え〜、でもお腹すいてきた気がするよ」

木箱から顔を上げたその小さな影は、人の掌に乗るくらいの
大きさ。セイユと呼ばれた彼は、小さな人形だ。しかし、ただの
小型自動人形というわけではない。彼は物に魂を宿す禁呪により、
魂を人形に移されたのである。

木幹都市から脱出する唯一の道、あの小さな洞を通るには、
人の身体ではどうすることも出来ない。そのための苦肉の策
として小型の人形に魂を憑依させ、身体は諦めて中身だけでも
脱出しようという方法をとったのだが、当の本人はこの人形の
身体をそれなりに気に入っており、今の境遇を楽しんでいるよう
だった。器がでかいのか、それとも単なる馬鹿なのか、判断に
苦しむ性格をしている。
58ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 23:44:28 ID:W1UGD7T0
(3/4)

「まあ、その原因を探るという目的も兼ねて帝都へ行くのだ。
あそこにはその人形を作った奴がいるからな。とっ捕まえて
全部吐かせてやる!全部だ全部!ネホリハホーリだ!」

「わ〜い!ネホリハホーリ!ネホリハホーリ!」

毎日がお祭り気分のセイユはひとまず置いておいて。
酒のせいでいつもより饒舌になっていたラルポルトであったが、
確かに自動人形に憑依したセイユが空腹感を覚えるというのは
不思議な話だ。

最初にこの話を聞いたとき、ラルポルトはまたいつもの戯言だと
全く相手にすらしなかった。しかしセイユがあまりにしつこくお腹が
空いたとわめくので、どうせ食べられないだろうと思いつつ林檎を
一つ彼に手渡した。ところが、セイユは自分自身の体積よりも
大きなその林檎を、芯もヘタも残さず一瞬で食べつくしてしまったのだ。

驚いたラルポルトは、セイユが憑依している人形の口を無理やり
こじ開け、ジタバタしている彼を全く無視して入念に口の中を
調べた。通常、いかに精巧に作られた自動人形であっても、
人と同じように口から食べ物を摂取するようには作られていない。
逆に言うと、そこまで高度な技術はこの時代には存在していない。

だが、この人形の口の中は物を食べるに足る構造を有していた。
歯も舌も飾りではなく十分に機能的で、喉から奥へ繋がる空洞も
確認できた。誰かが憑依するまで口を開ける手段が無かったため、
今まで判明しなかったのだ。
59ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 23:45:14 ID:W1UGD7T0
(4/4)

林檎の物理的体積を無視して全部食べられた点は理由が分から
ないが、とりあえずこの人形が一般的な自動人形とは構造が
大きく異なる事が判明してしまった。
こうなってしまっては、これを作った本人に直接聞くより他にない。

「魔女窯通りの連中はどいつもこいつも気まぐれだからな。
留守でなければいいのだが……」

突然、横方向への大きな力が加わり、木箱の上にいたセイユが
逆側の壁までころころと転がっていった。かなり急なカーブだが、
このカーブは旅の終着点が近いことを示していた。大きな砂丘を
迂回するように曲がった先、沈み行く夕日の中に一際巨大な影が
姿を現した。

―帝都だ。

空に浮かぶカエルにうっすらかかっていた雲はいつの間にか
消えうせ、カエルを彩る役目を星達へと引き継ぎ始めていたが、
その幻想性は更に際立ちつつあった。

―黄昏の砂漠は、カエルが一番美しく見える。

誰が言った言葉か定かではないが、なるほど。一理ある。
空を見上げそんな事を考えていたラルポルトと、
壁際で目を回しているセイユを乗せ、
蒸気機関車は終着駅である帝都【オーラム】へと到着した。
60 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/20(土) 23:49:41 ID:W1UGD7T0
投下終了です。
61名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 23:59:47 ID:WyWbgvYj
投下乙です。
魔女窯通りが出てくるとは思わなかった。
62名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 00:17:10 ID:9oI16q//
書こうにも世界観が分からず筆が止まる……
新参乙
63名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 00:29:55 ID:Y6NXdFrA
>>62
とりあえずまとめサイトへのリンク。さぁ妄想を文章にする作業に戻るんだ!
http://sites.google.com/site/nelearthproject/

>>28の続き投下。
(1/4)
           【4】

「さぁどんどん行くぞ、デルタ君!」
「畏まりましたわ、ドクター・ノース」
 主の言葉に答えて、侍従デルタが小脇に抱えた巨大なトランクから次々と魔法薬を投じる。
 放たれた魔法薬は隣接する区画を遮る壁に触れるや、連鎖的に衝撃と閃光を撒き散らす。
 一瞬で破壊される壁。崩れ落ちる瓦礫と舞い上がる粉塵。
「うっわぁ……なんか、もうヒドい」「オレ、暴力っていけない事なんだってやっとわかったよ」
「あーあるある。他人の振り見て我が身を直せってやつ?」「うんうん、わかるわかる」
 嬉々として爆破を繰り返しながら、先行する主従二人。その後に続く空賊集団アラカルの面々は、ぶっちゃけどん引きしていた。

 都市の保安システムが動き出す前に、中枢区画まで続く壁を破砕しながら一気呵成で中心部に突入、
 頂くものを頂いたらさっさと退き返す。これが、ドクター・ノースが立てた計画だ。
「まあ……あれ見てると、荒くれ者で知られる空賊のアイデンティティが揺らぐのもわかるがな」
 崩れ落ちる瓦礫と粉塵の間をぬって進みながら、キャプテン・ゲイルは海賊帽のつばを押さえかぶりを振った。

 空賊達すら呆れ返るような破壊を振りまき、ひたすら壁を爆破して突き進むこと数十分。

「ここが……都市の中心部」

 都市のシステム管制を司る中心部に、ノース達はとうとう行き着いた。
 視界に広がるは、部屋中を覆い隠すように伸びる無数のケーブル群。
 神経のように張り巡らされたケーブルの中心部で、鼓動を繰り返す掌台の球体があった。

「こいつが、都市の中枢ユニット……?」
「ああ、そうだ! 凄いぞ、ゲイル! これは完全ものだ! 完全に稼働している! はぁ……このような仕組みだったのかぁ」
 ノースの興奮が周囲に染み渡るようにして、よく状況を掴めていなかったアラカルトの面々も喜びに目を輝かせる。
 誰もが状況の終息を予感して安堵の息をつく。後はこのユニットを回収して艦に帰還すれば全ては終わる。誰もがそう思った。

 場違いな拍手の音が鳴り響く。
64空の監獄都市 4 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/21(日) 00:31:08 ID:Y6NXdFrA
タイトルつけ忘れた……
(2/4)

 ぱちぱちばち。掌をゆっくりと打ち鳴らしながら、一人の男が部屋の中心部に移動する。
「いやぁーここまで案内ご苦労さん。大したもんだ。感謝してるぜ。こいつは本当だ」
「お前……ゾルゲ? いったい急にどうした?」
 空賊集団「アラカルト」において、隊を一つ任されていた男である。ゲイルは怪訝そうに呼びかける。
「キャプテン。あんたにも世話になったな。しかし、すまねぇな」
 誰もが呆気にとられながら状況の推移を見守る中で、ゾルゲは指を打ち鳴らす。
「だまして悪いが仕事なんでな。投降して貰うぜ」
 宣言と同時、室内を爆音が轟いた。
 荒れ狂う閃光と衝撃。ゲイル達が爆破してきた壁のちょうど反対側で、崩れ落ちる瓦礫。
 視界を占める粉塵に紛れながら、銃器で武装した黒服達が次々と部屋に押し寄せる。

「な、なんだテメェら!?」
「あー無駄な抵抗とかはやめようぜ?」
 黒服達は中心に立つゾルゲの指揮に従い、棒立ちになる空賊達に次々と銃口を突き付ける。
 ゾルゲはこれまで着込んでいた「アラカルト」の記章を縫い込まれた革ジャケットを脱ぎ捨てると、
 黒服の一人から渡された黒の上着とサングランスを身につけた。
 事ここに至って、ようやく何が起こっているのか理解したゲイルが、顔色を怒気に染め上げ叫ぶ。
「ゾルゲ……テメェっ!! 政府の狗だったのか!?」
「正解。ま、ちょっとばかし気付くのが遅かったみたいだがな、ゲイルさんよ」
 ぱちぱちと小馬鹿にしたように拍手を打ち鳴らしながら、政府の狗は皮肉げに笑った。

 憤激に歯を食いしばるゲイルを横目に、ノースは周囲の状況を警戒しながら冷静に確認を取る。
「特務のエージェントか。部下の数から察するに……符丁持ちかな?」
「ほぅーさすがはドクター・ノース。大したもんだ。察しがいいってのは話が楽でいいねぇ」
 ゾルゲはヘラヘラと面白そうに笑いながら、顎先を押さえた。

「ふん。状況的に我が輩たちを積極的に害する意図はないと見たが、これはどうかね?」
「そいつも大正解。『特務』に博士らを害するようなつもりは毛頭ねぇよ。ま、オマケの艦長達も安心してくれや」
 特務の存在自体なら、別にそれほど高い機密ってわけでもねぇからな。政府の狗は笑う。
「こっちが目的の物を回収するのを黙って指を銜えながら、物欲しそーに見過ごしてくれれば、手荒なことはしねぇからよ」
「くっ……ここまでコケにされて、黙って引き下がれるかっ! ヤロウども、構えろ!!」
 怒りもあらわに一喝するゲイルの号令に従い、空賊達がいっせいに銃を抜き放つ。
 黒服達もこれに反応して一斉に銃を構えるが、それらをゾルゲは片手を上げて制する。

「……どういうつもりだ?」
「ん? だって無駄だからよ。ほら、試しに撃ってみな。少しは気が晴れるんじゃねぇの?」
「っ!? ぶちコロス!!」
 火花を吹く銃口。ゲイルの発砲を皮切りに、一斉に銃弾が撃ち込まれる。
「だから、無駄だって」
 渦を巻く大気の流れ。全ての銃撃はゾルゲの身体に触れる僅か数メール手前で火花を散らすと、あっさりとあさっての方向に弾かれた。

「「「なっ!?」」」
 絶句する空賊達を前に、ゾルゲは肩を竦めて見せながら、ヘラヘラと笑う。
「ま、これでも名持ちのエージェントなんでな」
 放たれる圧倒的な威圧感。空間が悲鳴を上げるような錯覚。全身を怖気が包み込む。
65空の監獄都市 4 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/21(日) 00:32:05 ID:Y6NXdFrA
(3/4)
「いくら潜入工作専門の非力な俺でも、何の呪紋処理も施されちゃいねぇ銃じゃなぁ。いくら撃ち込んだ所で、掠り傷一つつけられねぇぞ?」
 空賊達の化け物を見るような瞳が、わずか数分前まで仲間だった男に集中する。

 誰もが動けない膠着した状況の中で、不意に、ドクター・ノースが口を開く。
「エージェント……ゾルゲとか言ったかな?」
「ま、そいつも偽名の一つだがな。呼び名としては、エージェント・イータ(η)ってのが正しいかね」
「なら、エージェント・イータ。一つ忠告しておこう」
「あん?」
 この状況で何を言ってるんだ? 眉を寄せるイータに、ドクター・ノースは告げる。
「別ルートから壁を破壊させて、ここまで一気に部下を引き込んだようだが、少し時間を掛け過ぎたな」
 指を一本立てて、天井を示す。
「ここは監獄だ。そろそろ『看守』が来るぞ」
「看守……?」

 ノースの宣言を受け、怪訝そうに眉を顰めていたイータだったが、直ぐに言葉の意味するものに気付く。
「っ!? まずっ──っ!?」
 天井に走る無数の亀裂。
 次の瞬間、崩落する天井とともに、黒服達が吹き飛んだ。
「うぉーーーーっ!?」
 崩れ落ちる天井の向こうから、蛇のような体躯をしならせ、現れ出る異形の蒸気駆動機械。
 全長で8メールにも及ぶ巨大な体躯。噴き出す蒸気が視界を占める中、蛇の如き都市警護ユニットの頭部にあたる部分で、複眼のセンサーが紅に染まる。

 硬直する一同に向けて、蛇の背中から突き出た排気塔が左右に展開、無数の弾幕が放たれた。
 荒れ狂う閃光と衝撃。降り注ぐ鋼鉄の雨により、室内は一瞬で地獄の戦場に一変する。

「ちょっ、待っ、危なーー!? イテっ! イテテっ!?」
 エージェント・イータが展開する障壁の強度を強めながら慌ててその場を退くも、放たれた弾幕は執拗にその後を狙い打つ。
 次々と着弾する弾頭の衝撃に押されながら、エージェント・イータは盛大に悪態をつく。
「イテぇなクソっ! クソたれっ! 俺は辺境で文明圏の殲滅に駆り出されるような化け物局員とは違うってのによ!」
 吹き上がる爆炎と粉塵の嵐。弾幕が途切れる様子はない。顔を引きつらせながら、エージェント・イータは黒服達に叫ぶ。
「お前らもぼーっと見てるんじゃねぇ! ほら撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!」
 はっと我に帰ったように黒服達が一斉に、エージェント・イータの指示に従い銃撃を開始する。

 一気に混沌とした状況の中で、一人冷静に事態の推移を見据えていたノースは小声で促す。
「今のうちに逃げるぞ」
 状況の推移についていけず、ただ呆然と立ち尽くしていたアラカルトの面々が、ようやく我に返る。
「あ、ああ。そいつもそうだな。おい、ヤロウどもここは一端退くぞ」
 蛇の襲撃の対応に追われ、黒服達の注意は完全に外れている。
 こちらの逃走に気付きながらも、今は蛇の迎撃を優先しているのか、特に妨害しようとする様子も見えない。

 こうして、ノース達はからくも危機的状況から脱出を果たすのだった。
66空の監獄都市 4 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/21(日) 00:33:08 ID:Y6NXdFrA
(4/4)

 これまで突き進んできた壁の破壊された通路を、今度は逆走しながら、ゲイルはようやく息をつく。
「ふぅ……助かったぜ、センセイ。ようやく頭が冷えた」
「政府の連中とやり合っても一ダガーの得にもならんからな。無駄な争いは避けるのが賢明だよ」
「違いねぇ」
 苦笑するゲイル。だが、お宝を前にして掠め取られた悔しさを完全に捨て去ることもできなかった。
 せめてもの救いは、都市を警護する蒸気機械の化け物の襲撃を受けて、あの政府の狗が泡を食っていたことだろうか。

 かぶりを振って益体もない思考を打ち切るゲイルの横で、ドクター・ノースが不意に口を開く。
「……ところでデルタ君。さっきから君が手にしてるそれは、いったい何だね?」
「あら、ドクター・ノース。もちろん都市の中枢ユニットに決まっておりますわ」

 時が凍った。

「ま、マジかよデルタの嬢ちゃん!?」
「手土産一つないのは、さすがにどうかと思いましたので」
 鼓動を繰り返す掌台の球体を掲げ、侍従デルタは事も無げに言い放った。
 あの状況で何という目敏さ。呆れと感嘆の入り交じった視線を向ける一同だったが、

「な、なんてことしてくれたんだ、デルタ君!?」
 ドクター・ノースが、急激にその顔を青ざめさせながら叫んだことで、状況は一変する。
「あわわわ……震えが止まらん!?」
 本気で狼狽するノースを前に、誰もが尋常ならざる事態の発生を気付かされる。
「い、いったいどうしたんだよ、センセイ?」
「何かまずかったでしょうか、ドクター・ノース?」
「……い、いいか、みんな。落ち着いて聞いてくれたまえ」
 大きく深呼吸を繰り返した後で、ドクター・ノースはその言葉を告げる。
「何の事前処理もなく中枢ユニットを引き抜かれた空中都市は──そのまま墜落する」

 激しい振動が、空の監獄都市を貫いた。
67 ◆IkHZ4B7YCI :2008/09/21(日) 00:34:46 ID:Y6NXdFrA
投下終了。やっぱり古代の遺跡は崩壊するところを脱出してこそなんぼと思うのですよ。
そして特務のエージェント・イータ登場です。しかし、初登場にしてカマセ犬くささがヒドイ!

以下はシェアし易いように作った簡易人物表。
名前:エージェント・イータ(η)=ゾルゲ(良く使う偽名)
口癖:「へぇー」「ほぉー」「そいつは大したもんだ」「げげっ!?」
能力:ひたすら頑丈な障壁を展開する程度の能力。その強度は仮に空中都市から落下しても全身打撲で済むほど。
   単純な攻撃能力はエージェント中でも最弱に近い。状況に合わせて銃器などの武装を選択する。
特徴:基本的に潜入工作と情報収集が専門。応用で暗殺もやる。
   状況に溶け込むのがともかく上手い。ヘラヘラ笑いながら近づいて、ブスリと後ろから刺すタイプ。
   その頑丈さと能力の地味さから、使い勝手がいいと西へ東へ局長に使い倒される日々を送る。
68名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 00:42:26 ID:9oI16q//
資料とか読んだ
じゃあ考えますわ
69 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/21(日) 01:46:09 ID:odcO7Oxx
>>61
どもです。そちらも投下乙であります!
これから魔女窯通りに行きます。
そこで空の監獄都市の設定を少しお借りする
予定にしてます!どうぞよろしく。
70名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 02:52:36 ID:8KjOjwmp
交互やるとしたらほかの人の作品も読まなきゃならんよな。
こういうスレは全く違う板に一つあるの知ってるがそっちは絡ませなくてもおkだったからこっちは難しそうだ。
まぁあっちは世界観が完璧に出来上がっていたしな。
71名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 05:23:21 ID:Klbbpx2Q
作品投下で世界を創れを地でやってる段階だからね
まあ、ここも絶対他と絡ませないといけないなんてルールはないし、帝国以外の国家を舞台にすれば、
そう難しく考えることなく書けるんじゃないかね
72 ◆xyCklmNuH. :2008/09/21(日) 10:30:28 ID:HrtI/DV+
前スレ>>585からの続き投下します。
73祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/21(日) 10:34:17 ID:HrtI/DV+
2.side Arisa

「あー、くそっ! 何なんだあいつらは!」

悪態をつきながらあたしは、大通りから横道に入り、複雑な迷路のような路地を歩く。
あいつらに調子を狂わされた以上、今日は仕事を続ける気力もなく家に戻る。

「男の方はいいんだ。こっちの予測以上の腕を持っていただけだ。
だけど、あの女はなんなんだ! あたしよりどう見ても若いぞ。それなのになんだ、あれは」

 一通りわめきながら、あの子供がした先ほど表情を思い出す。
笑顔。一見するとそうとしか思えない表情。だけど、その目にはなにも映していなかった。
その眼の種類をあえていうなら、絶望、いや諦観……いや、あの目は死人がする目。
死にかけで野たれ死ぬ直前の人間や、親に見捨てられた子供が最後にする表情だ。
それだけならばこんな闇の中で生きている以上、ある意味見慣れたはずだった。
だけど、あれはそんなものでは済まされない。そう思う。
あのティリアスと名乗った子供は、その表情の意味を理解しながら、なおその意味に一切流されていない。
むしろ飼いならしていると言ってもいい。あの表情はあの一瞬だけ。
後はどこにでもいる一般の子供と同じ、普通にする表情へと戻っていたのだから。

 多分、あたしはその事実を理解したとき、あの子供に恐怖を覚えたと思う。
どんな体験を積めば一度は精神的な"死人"となりながら、人として普通に生きることができる境地にまで戻ってこられるのだろうか。

 そしてもう一つ。あの問いかけには複数の意味が込められていた。そう思う。あえてあの表情をした理由。
『試してみる?』

 その言葉は、財布を開けるか開けないかだけではない。
あたしのこれからのことすべてを尋ねていた。死人からの生きるための問いかけだった。
だから、あのときあたしは"止めた"。今のままを選択した。今のままでも生きたいと思った。
死ぬよりかははるかにマシだと思うから。
 だけど今になって思う。あの時"開けるという"行動をしたならどういう未来が待っていたか。
危険があるかも知れないが行動に移すか。それとも目をそらし、安全であるが何もしないことを選ぶか。
その行動はあたしの破滅を意味していたのか。それとも新たな未来の可能性を示していたのか。
選択肢はあった。ただし選べるのは一つだけ。その結果、特に変わりのない未来を選択した。

「また、似たような選択があったら……」
 意識せずに口に出す。

「あたしはどんな選択をするのだろう」
 


――その選択は遠い未来ではなく、すぐそこに存在していた。
74祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/21(日) 10:37:32 ID:HrtI/DV+
 ふと顔をあげる。
複数の駆ける足音が聞こえ、立ち止まる。
曲がり角から突然一人の男が現れる。
ターバンで顔を隠した男、追われているのは明白だった。
その時、あたしは見て見ぬふりをすることもできた。
だけど、あたしは一つの行動を選択した。

 指を一つの路地へ向けた。それだけの行動。
その男は頷く動作をするとその路地に飛び込んだ。
数秒後、男を追ってきたのだろう。複数の男たちが現れる
予想通り、この付近を仕切るギャングの一味だった。
リーダー格の男が、その場にいたあたしへと問いかける。

「今、男が来ただろう。どっちに行った?」
「ああ、あそこの路地に入った」
 そう言って指をさしたのは先ほど男が飛び込んだ路地。
あたしは何も嘘はついてない。嘘などついたら、この首はあっさり飛ぶだろう。
そしてあたしの死体はここには残らない。すべてはなかったことになる。
だからあたしは嘘はつかない。ただ、状況に変化を与えただけだ。
そしてその変化は男たちは舌打ちをさせ、追うのを止めさせる意味を持つ。

「あの路地に入ったか。……くそっ! これ以上追うのは無理か」
 その路地はこいつらとは別のギャングの縄張りだった。
無理に入ろうとすると、そちらの方が重大な危険を呼び起こす。
ゆえにこれ以上男たちは追うことができない。

 男たちが去っていくと、あたしは今頃になって震えだした足をなんとか落ち着かせようとする。
危険な選択だった。一歩間違えばあたしが巻き込まれ、いなかったことにされるぐらいの危険だった。

 多分、財布を開くか開かないか、その程度の何気ない選択。
だが心のどこかで後悔した選択が、今の行動をとらせたのだろう。
普段なら絶対しない選択をした。

"あたしに危険が及ぶ可能性があるのにも関わらず追われている人間を助ける"なんて選択をしたのは。

 その選択がどうあたしに影響を与えるのか。今のあたしにはわからない。
ただ、ちょっとだけ心がすっきりしたのは事実だった。

 すべてが走り去り、付近になにもいなくなる。
ふと、祭り直前特有の雰囲気がここまで届いてくる。どこまでも華やかな明るい、光の世界。

「のんきだね。ここの住人は」

 一人愚痴りながら、細い暗い路地であるのにもかかわらずきれいな道を歩いて行く。
どこまでいってもきれいな街だった。
ここまで大きい街で、そのすべてに手入れが行き届いているところなどほとんどないだろう。
マルエッソは帝国の他の地域と比べれば治安がいい場所だ。
安心して商売できないような場所には普通の商人はまず寄り付かない。
ゆえにマルエッソは警察の量と質を常に磨き、犯罪を抑え込むことで交易都市としての地位を確固なものとしている。
……それでも、その治安が良いという言葉にはあくまで商人にとっては、と言う枕詞がつくが。

 あたしのようなスリは当然多くいるし、食い詰めた路上に迷う少女を娼婦として売春宿に売ることなど珍しくもない。
傷害や殺人だって毎日のように起こる。大小様々なギャングがこの街で縄張り争いしていることも確かだ。
だが、目につく闇の中の特に暗い部分はすぐに"掃除"され、一般の人間の目に留まることはない。
そんなことなど"はじめからなかった"ことにされる。

 ――闇は確実に存在し、しかし光で覆われる街。それがマルエッソという街のもう一つの顔だった。
75祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/21(日) 10:38:50 ID:HrtI/DV+
 つらつらと柄にもないことを考えながら、あたしは家に戻る。
そこは人が三人横になればそれだけで一杯になってしまう程度の広さの部屋だった。
パタンと扉を閉め、仕事の結果を見る。
今日は非常に収穫が少なかった。当たり前だ、仕事はほとんど失敗したようなものだから。
あいつらさえ狙わなければもう少し実入りが良かったはずだが、と苦笑する。

 今日は寝よう。そう思い、水で体を拭き、簡素な寝床に横になる。明日からは花祭り。
観光客も増えるし、浮かれた奴らが多いから収穫も期待できる。
そう思い目を閉じまどろみ始める。しかし、

ガンガンガン!

突如として扉をたたく音が聞こえ、あたしは跳ね起きた。

「誰だ。なんのようだ?」
 警戒を声に表し外へと呼びかける。あの男を逃がしたのがばれたか?
いざとなれば窓から逃げる。それで逃げられるような連中ならいいが、奴らはそこまでアホじゃない。
だが、黙って殺されるほどあたしだって愚かじゃない。
そして、数秒後外から声が聞こえた。

「はっはっは。そう警戒しないでくれたまえ。君に助けられた男さ。
お礼を兼ねてちょっと立ち寄らせてもらった」

 あたしの行動を迅速だったと思う。一瞬で扉を開け、棒立ちの男を部屋に強制的に引き込み一気に扉を閉める。
部屋の中で男が転がったが気にしたことではない。

 その男に向かって告げる。
「来るな! というか何しに来た!」

「はっはっは。お礼をするのは紳士として当然だろう?」
 その男はだらしのない笑みを浮かべながらいけしゃあしゃあと言い放つ。
なんなんだ。こいつは。

「何考えてやがる。あたしはかなり危険なことをしたんだぞ。なんでくるんだよ!
てめえと一緒にいたら、てめえの仲間だと思われちまうだろうが!」
「はっはっは。それの何が危ないんだい?」
「最悪、てめえのことを知ってると思われて、奴らに拷問にかけられ殺されるだろうが!」
「ああ、なるほど。そこまで考えが回ってなかった」
 だめだこいつ。あたしはこの街からすぐに脱出した方がいいのかも知れない。
頭痛を感じながら、すぐに荷物の整理を始める。どうせ大したものは持っていない。すぐに用意は終わる。
その様子を見ていた男は、問いかけてくる。

「何しているんだい?」
「逃げ出すんだよ。てめえの仲間と思われたらこの街で生きてけないからな。
そもそもお前何をしたんだよ」
 あたしにとってどうでも言い問い。その問いかけに男はすらすらと答える。

「ここのギャング団の一つが武器の横流しをしているという報告を受けたのでな。証拠を掴むためスパイ活動をしていたのだ。
その武器というのも帝都で使われる最新式で見逃せる程度を超えている。証拠があればその組織を潰す方向に行動できるのだ」
 あー。こいつ政府の犬か……しかしなぜかいきなり自分の任務をぺらぺらと喋り出しやがった。
普通そこは隠すだろうが。……あ、もしかしなくても非常にまずいことを聞いたか?

「……聞かなきゃよかったよ。それ機密情報ってやつじゃないのか?」
 あたしの言葉に、男ははっとした表情を浮かべ、深く悩み出す。
次にでた言葉は苦渋に満ちていた。
76祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/21(日) 10:41:53 ID:HrtI/DV+
「ついつい、うっかりしていたな。……君、どうすればいいと思う?」
「あたしに聞くな!」
 つい大声をあげてしまう。もしかしたら今のあたしは涙目になっているかもしれない。
しかし男はあたしの様子を多少気にしつつもマイペースに話し続ける。

「いや、マニュアルだと、機密を知った部外者は殺さなければならないんだ。
しかし君は恩人だ。できればそのようなことはしたくない」
「……」
 街を脱出するための荷物を取り落とし、脱力する。何と言うか、だめだろ、こいつ。
だが、あいてのうっかりとはいえ、このままでは政府にまで狙われるのは確実だ。
そこまで考えなんとか生き残る方法を考える努力をする。

 逃げ出す。NG。政府にかかれば見るかるのはあたしなどあっと言う間に見つけられ処分されるだろう。
 こいつを殺す。NG。あたしは喧嘩慣れしているわけじゃない。仮にも政府の犬ならあたしよりも強いだろう。
 ああそうか……つまり手詰まり。あたしの人生終了カウントダウン?
……いや、と、閃くものがある。ただそれにはあまり期待できない。
それでも言うだけは言っておこう。

「だったら、あたしが部外者じゃなければいいんだろ。てめえの部下にでもなればいいのかい?」
 口調が投げやりになる。半分以上自棄になっていると自分でも思う。
しかし、男の反応はあたしの予想を覆した。

「おお! その手があったか。ならば今から君は私の仲間だ」
 ポンと手を打ち、言ってくる男。

「おい。いいのかよ。そんなに簡単にいって」
「一応私は上級だからね。それくらいの裁量はある」
「もうなんでもいいや。あたしが生き残れるのなら好きにやってくれよ」
 どのみちもうこの街にはいれそうもない。適当に男に合わせたほうがまだ良さそうだ。

「ふふ。はじめての部下か……うむ、素晴らしい。非常に感慨深いものがある。
ああ、私の紹介がまだだったね。私の偽名はマトグラ・リラック。特務ではエージェント・イプシロンとも呼ばれている。
はっはっは。よろしくアリサ君」

 リラックと名乗った男は手を伸ばしてくる。
あたしはあまりの展開に思考が続かなくなり、呆然とその手を握り返しながら思い返す。


 あの時、財布を開けるのを止めるという選択をした時、その後、ティリアスが言った言葉を思い出す。
『それがいいわね』
と。

 はは、なるほど余計なことに首を突っ込むとここまでやばいことになるってことか……
そんなことはとっくの昔にわかっていたはずだったのにな。
まったくあの子供に余計な対抗意識なんて持つからこうなるんだ。

 ……はぁ、後悔先に立たず、全ては後の祭りってやつなんだな。
なぜか笑顔の男に対し、あたしは睨みつける気力もなく、ただ握った手を振り回す男のなすがままになっていた。






投下終了です。
さて、なぜか当初のプロットがあっさり破綻しましたよ。
下手にマルエッソの闇の部分にも手を出そうとしたのがまずかったか。基本コメディだからなぁ。
ともかく花祭りの描写は次回にまわそうと思います。
なお、シェア用のエージェント・イプシロンの人物設定はこの話の最後に持っていこうと思います。
77名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 17:02:50 ID:2i2Fcjyb
>>76
遅ればせながら投下乙。
アリサがどうなるかが気になるところですね。
78 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 19:11:37 ID:51u6/lNo
休日の夜にこそこそと投下
亀ですが
>>21-23
感想dです。まーマキナ君の素性についてはその通りですw
ただ、まだキャラがそれほど固まってないのでどう動かそうか悩みますね
あと、今回で一応エンダーズが何をしたいかは書いたつもりです。あの男は・・・ごめんなさいorz
79THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 19:16:24 ID:51u6/lNo
4

私が目を開けると、まず目に飛び込んできたのは、私の背丈の何倍もある鎧だった。だがそれは一機だけじゃない。
そこには我々を見守る様にして、一周ぐるりと鎧達が囲んでいる。一つの段に二十機くらいだろうか。
それだけではない。その鎧達が並んでいる間隔がギリギリなフロアが、一段、二段、三段四段五段……いっぱい! 
見えない天井まで伸びる様に、積み重ねられた幾段もの層。その層に、ずらーっと列を為した鎧が並べられているのだ。

それにしても、これだけの鎧をどうやって運び、そして並べたのか……なによりどこから調達してきたのか。
私の疑問と興味がパンクしそうな時、レックス中佐の声で現実に戻された。今思い返すと今の状況は笑えるほど非現実だが。
「ここは言うなれば、私達が拠点とする遺跡の一部である格納庫……と共に、我々の目的とするモノです」
モノ? これだけの兵器(恐らく)が揃っていて、まだ何かあるのか? ここには

私がぼうっとしていると、デヴォンサン将軍が鎧の方へと歩き出し、パンパンと両手を叩いた。
すると一段目の鎧達のスリット部分が、鈍い光を放って次の瞬間、各々持っている剣や鎧を掲げて動き始めた。
私は慌てて、レックス中佐の傍へと脱兎の如く逃げ出した。卑怯ではない。ホントにおっかないんだから。
レックス中佐は怯えている私の方に顔を向けると、ふっと笑って言った。

「大丈夫ですよ。彼らは我々の意思無しに動く事は出来ません。その為、我々が命令しないかぎり、戦闘行為は行いません」
「そ、そうか……」
私は一応ほっとして、レックス中佐から離れた。しかし不気味な鎧だ。全く温かみとかそういうものを感じない。
デヴォンサン将軍が、ピッと腕を伸ばして横にすると、鎧達は緩慢な動作で元のフロアに一列に並んだ。
スリット部分に見えた鈍い光が消えて、また無機質な鎧に戻った。……正直、私はこの時妙に恥ずかしい気分になっていた。
あれほど私が苦心していた自動人形の数倍、意や何千倍も、この鎧達は自由に動くのだ。それも動力も見え……。
80THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 19:17:39 ID:51u6/lNo
あれ? 動力? 私は思わず首を捻った。自動人形に搭載されている、目立ちすぎて困る動力部分が、鎧達には見えないのだ。無いと言うべきか。
まさか、中身ががらんどうで動いてる訳では……無いよな? そんな非現実過ぎる事……。
もしそれが本当なら、幽霊とか妖精でも入って動かしているとかとしか思えない。ホントに信じたくは無い、信じたくは無いが。
ならばこれは一体何だ? 中に人でも入っているとしか思えない、しかし生気などまるで感じさせない佇まい……。

「自動機械人形……我々はそう呼んでいます。貴方が開発している物と、同じ様にね」
鎧の一機に触れながら、レックス中佐が言った。止めてくれ、アレとコレとはまるでレベルが違いすぎる。私のは……ぐぬぬ。
心の中で私は地団駄を踏んだ。科学者としても男としても何故か無性に悔しい。
私の心中などお構い無しに、レックス中佐は淡々と説明を続ける。その説明に、私は地団駄を止めて耳を傾けた。

「実は、この鎧達と同じ種類を各地で確認しましてね。無論、姿形や用途は各々違いますが」
そういって、レックス中佐はパチンと指を鳴らした。すると鎧達の中の一機が、すっと歩み出るとレックス中佐の横に並んだ。
何をするのかとじっと見ていると、レックス中佐は鎧の頭を取った。……無い。……無い!?
馬鹿な、本当にがらんどうなのか!? 動力はおろか、中に人が居ないとは……この時ばかりは好奇心よりも恐怖心の方が優っていた。

「実の所、何故この鎧が動き、私達の命令に従ってくれるのかは分かりません。しかし、この鎧達は私達の命令に従って動いてくれる。
 そう……どんな命令でもです」
微妙に気色の悪い音色で、レックス中佐が解説した。どうやら彼奴らも何一つ、動く鎧について分かっていないようだ。
けれどまずい。と言うか凄くまずいだろう。鎧達は何はともあれ、彼奴らの操り人形である事には変わり無い為だ。

レックス中佐かデヴォンサン将軍のどちらかが命令すれば、私など一瞬で鎧の攻撃の餌食となるだろう。
下手な動きは自殺行為だ。取りあえずその場に止まって状況を静観する。冷静にならねば。冷静を気取らねば。
と言ってもその場から動かないだけだが。レックス中佐が、持っていた鎧の頭を元に戻し、指を鳴らす。
鎧はすごすごと、自分が立っていた場所に戻ると此方を振り返って直立不動。場は奇妙な緊張感に包まれている。
81THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 19:19:19 ID:51u6/lNo
「さて……分かっていただけましたかな? 私達が以下に、強大な軍備力を持っているかを」
顎鬚をさすりながら、デヴォンサン将軍が自信満々な口調で言った。
これほどの自動人形(こう呼びたくは無いが)を好きほうだい操れるとなれば、小国など苦労せずに侵略できそうだ。
問題は、その軍備力を何に使うかだ。……帝国に戦争でも仕掛けるのか? あながち無謀な事とは、この鎧達を見てると思えないから困る。
と、デヴォンサン将軍が話を続ける。

「数十年前……ある砂漠で、小さな村を実験場とし、壊滅させた大型蒸気機械の事件はご存じですか?」
数十年前……私は散らかっている記憶を整理し、微かにだが、デヴォンサン将軍の言う事件について思い出す。
確か、仕事の資料用に取っておいたある文献での情報だが、軍部の極秘実験で、その大型蒸気機械とやらが小さな村を焼き払ったと言う事件だ。
その蒸気機械に搭乗した軍人……。その二人は、その事件の後に行方を暗ましたらしい。
死者を出し過ぎた末の処刑に恐れをなしたとも、自らが搭乗した蒸気機械の強大さに、精神的に潰れたとあるが真相は不明。

でだ、その問題の大型蒸気機械の姿だが、かなりキテレツな姿だった……はず。ある虫の姿を模している事は覚えているのだが・・…・。
「その顔だと、覚えてはいるが細かい部分は思い出せなさそうですね」
レックス中佐の嘲笑含みの言い方に、私はむっとする。表情は出さないと言うか出せないけど。
もったいぶらずにその大型蒸気機械とやらの詳細について話してくれたまえ。

「では、まずコレを見てください。ちょっとしたルートから入手した物なのですがね」
そう良いながら、レックス中佐が軍服のジャケットから、古びて茶色くなっている丸まった紙を取り出した。
そして私の前に広げる。・・・・・・? もっと近づかんと何がなんだか分からん。私は恐る恐る、レックス中佐に近づく。

妙に足が長いな、この蒸気機械は。それも多脚と来た。燃費が異常に悪そうだが、そこら辺は大丈夫なのかな。
にしてもどっかで見た事ある生物だ……思わず私はハッとし、口元を手で押さえてしまった。
レックス中佐がにやりと、口元を歪ませた。その時の顔がえらく悪どかった事が忘れられない。

「分かりましたか? そう、蜘蛛です。この蜘蛛の形を模した大型蒸気機械は、殲滅戦を視野に開発された物なのです。
 ですがその事実が重要な訳ではありません」
明らかにもったいぶった言い方で、レックス中佐が言った。周囲を眺めていたデヴォンサン将軍が、私に顔を向けてレックス中佐に続く。

「実は、その大型蒸気機械には元となる原型が存在しておりましてね。それが……」

「この海底に眠っているのです。それが、私達の欲するモノ……言うなれば黄金の蜘蛛、ですな」
82 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 19:23:47 ID:51u6/lNo
投下終了です
微妙に他の作者さんの作品とリンクして…るかなぁ…
83 ◆H.jmM7uYLQ :2008/09/21(日) 20:06:10 ID:51u6/lNo
ごめんなさい、チョイ修正
>>81の「小さな村」の箇所を、「砂漠のある町」に修正してください
書き込むときに気づかなくて申し訳ない
84 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/22(月) 02:23:03 ID:Cq9ymqLv
とりあえず
色々間違ってたらすまん
85問題屋シンの本領発揮(1) ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/22(月) 02:23:59 ID:Cq9ymqLv
 帝都から五百十二駅離れた貧民街。見放された街、エリア512。通称ゴイチニは「上」の管理も及ばず荒れに荒れていた。
 つまり、経歴がちょっとアレなゴロツキの温床になっている。シン・キリシマもその一人である。

「おい、ゴイチニに帝国抵抗軍の一派が入り込んだらしいぞ」
 出合い頭に情報を与えないで欲しいよ。ルビン君。
「……別に構わないだろ。この街にはどんな奴がいるか知れん。他国の奴が居たっておかしくないしな」
 それに帝国抵抗軍にも大小や種類が多数存在する。そのうちの一つが来たとしてもなんら問題ない。
「いや〜、それがね。だいぶキレてる連中で、国立工場にミサイルをぶち込んでからこっち来たらしいよ」
「……情報漏洩の程は?」
「街の小僧だって知ってるし、他エリアにも知れてるだろ。当然帝都にも」
 考えられる結果は一つ。怒り狂った帝国軍が、ゴイチニもろとも連中を掃討しようとする。
 すると皆、仲良く銃を片手に戦争がおっ始まるってところだ。
「最後に質問だ。連中は俺が先日匿った団体さんか?」
「正解。しかもキリシマ派が匿ったのも周知の事実だ」
 そう先日、ゴイチニ入りした集団をよせばいいのに匿ってしまった。正体不明だが金が良かったのだ。
「よし、今から全員殺して帝国軍に首を献上しよう」
「朝方、見て来たけど倉庫にはねずみくらいしかいなかったぜ?」
 ルビンはもう自棄っぱちのようだ。開戦は必至。思わず頬の筋が引きつる。
「ゴイチニと心中かどこかに逃げ出すか、だな」
「で、一番早くに開店するボストンバッグ売りはどこよ?」
 ……全く笑えない冗談だ。
86問題屋シンの本領発揮(2) ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/22(月) 02:24:56 ID:Cq9ymqLv
 話に区切りがつくと今度は電話が鳴る。おそらくミハエルさんや神桜会さんからの非難の電話だ。
 いちいち取り合うのも面倒なんでスルー。それよりも己の進退を考える。
「帝国軍にとっちゃ連中もウチもさほど変わらないだろ。ついでにやっちゃえ♪ みたいな感じだろうな」
 ルビン、缶コーヒーを啜りながらの意見。
「お前の情報網とかでなんとか出来ないのかよ」
「俺はそんなえらくねーよ。こうなったら自力で捕まえるしか……」
 ルビン、缶コーヒーを投げ入れながらの意見。あっ、外した。
「帝国軍がそんな気長だったら苦労しねーよ。だいたいこの街から五、六人の人間見つかるかよ」
「中立地帯とかに逃げ込まれたら不可能だな」
 同時に溜め息。BGMは鳴り響くの着信音。
「しゃくだけど“団”と“会”には協力して貰おうか。じゃあルビン、今夜に会合をセッティングしておいてくれ」
「おい、お前はどうすんだよ」
「俺は幾つか“手段”を作ってみる。はぁ、錬金術は久し振りだよ。全く」
 独り言を吐きながら、久しく工房の扉を開いた。
87設定 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/22(月) 02:28:12 ID:Cq9ymqLv
シン・キリシマ (男性 人間 24くらい)
帝都から五百十二駅目の貧民街、エリア512(通称ゴイチニ)在住。
いい加減な性格。トラブルを抱え込むのに長けていて、ついたあだ名が『問題屋』
元々アカデミーに所属していたが、中退。その後にゴイチニに住み着く。
錬金術は半分くらい習得、むしろ祖父仕込みの体術の方が凄まじい。
祖父は反乱戦争に一役買っていたとか。

エリア512(通称ゴイチニ)
帝都から五百十二駅目の貧民街。「上」の管理も薄く、憲兵隊も堕落しきっている。盗賊団ミハエルやマフィアの神桜会が勢力を持つ。キリシマ派もその勢力の一つだ。

ルビン・カーン(男 人間 25歳)
帝都出身。昔の職業柄、帝都でのコネがあり情報通。
割りと真面目だがキレると危険。シンとは相棒でゴイチニにキリシマ派を生み出した。
銃の腕前は一級品。シン特製の火薬で火力向上を果たした。

ヒヒ(性別不明 金類 三年)
生ける特殊な金属。シンが発見し、有効関係を結ぶ。温度により形状を変え、常温では騎士の様な姿。
帝都で発表すれば当然、アカデミーが放って置かない発見だ。キリシマ派。

キリシマ派
シン・キリシマを筆頭とした勢力。設立時には盗賊団ミハエル、神桜会と大いにもめて、その時に『問題屋』というあだ名が定着した。上記以外にもメンバーはまだまだいるようだ。
88 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/22(月) 02:29:03 ID:Cq9ymqLv
以上
よくわからず書いて、投下してしまった
私が主張したいことは、パクス総督アルゴンは、世に言われているような暴君でも、権力に狂った悪魔でもなく、
皇帝属州の存続以外に一切の私欲を持たない、普通の総督だった。それだけです。
                                         L・C・アウルム「最後の属州総督」

1.帝国歴百三十八年の皇帝属州

 今年も、長耳族の移動集落は、何の問題もなく緩衝地帯を通過していく。
 彼らを市街に受け入れてはどうか、とアルゴンは幾度も考えたが、思考の結果はいずれも否であった。
 人間世界の西南の果てであるパクス皇帝属州は、帝国創成期より人間勢力の外からの防衛を義務付けられている。
 大した産業もなく、農業生産は自給自足で精一杯、西南の果て故に交易都市となることもない。
 鉄道は通らず、機械遺跡はなく、ただ眼前に広大な樹海が広がるのみである。
 「緑の魔海」の名がつけられた広大な森林には、異種族が幾つも集落を持っており、彼らとの勢力争いは百年以上も昔から避けられないものだった。
 属州の軍団維持は、帝都からの援助によって成り立っている。帝都の不興を買えば、属州領の維持は困難になろう。
 国境防衛の最前線に異種族のコミュニティができれば、帝都の人間族が敏感に反応する。
 帝国創成期の、種として弱体である人間族の勢力を守るという目的は変わってはいないが、最近では別の意味合いが加わってきているのである。
 人間族が帝国と言う一大勢力圏を築いたのは、人間族は弱体であるが優良種であるから、だという。勝者は優良であり、敗者は劣悪であるという単純な理屈だ。
 数代前から属州領に根を張っているアルゴンにとっては、そうした価値観は理解の及ばない範囲であった。
 彼らは、言葉も通じれば感情もある。文化だって持っている。
 つまらない優勝劣敗の理念のために、長耳族のような、友好的ではないにしろ敵対する必要もない種族を、どれくらい「防衛」しただろうか。
 アルゴンが学んだ、総督家の軍学には「敵を味方にすることこそが最良の戦術である」と記されている。

 かつては、パクス地方は帝国有数の一大軍事基地であったという。
 国中の精鋭と一流の人材、最新の物資が集められ、帝国領の防衛だけではなく、国境を脅かす者があれば先制して出撃する役さえ請け負っていた。
 パクスを経ずして将と名乗るなかれとさえ言われたことがあった。
 現在残っているのは、優秀な総督の血筋と、勇猛で知られる兵、そして平和を意味する「パクス」の名。
 長い年月を防衛に費やしているうちに、パクスにかけられる国力は、絶対値こそ据え置かれているものの、相対的には減少の一途をたどっている。
 パクスには、機械も鉄道もない。魔道学も、辺境の異種族の操るものを辛うじて理解している程度で、軍用魔道には程遠い。
 だというのに、今では帝都劇場の修繕にかける予算の方が、パクスへの軍費支出よりも高額であるという。
 飛行船の発着基地となる案を検討してみたこともあったが、その土地も、飛行船がここを中継にする理由も、どちらもないのであった。
「総督」
 執務机で仮眠をとっていたアルゴンを、少年の声が起こした。
「長耳族が戻ってきたか?」
 季節的に、長耳族の移動が済めば、しばらく不穏な動きをする種族はいないはずである。
 彼らが、何らかの要求のために、時折取って返してくることがあるのは度々あることだった。
 場合によっては、兵を出すことになる。流浪の民となった長耳族は、信じられぬほど弱い。
 アルゴンは、ぶつかれば一方的な虐殺に終わることは間違いのない、長耳族との折衝を厭っていた。
「帝都のアウルム財閥から、使いの方が」
 言いかけて、アルゴンの俯いていた姿勢が仮眠であったと気づいたのか、少年が口ごもる。
「……あの、日を改めていただくよう申し伝えて」
「いや、構わないよ。すぐにお出迎えしよう」
 念のため疲労が顔に出ていないかどうか確かめて、アルゴンは執務室を出た。


 パクス皇帝属州は、帝国創生期からずっと、外部の異種族からの防衛を任じられてきた。
 帝国の統治が緩み、物資や技術の流入が少なくなってからは、食はともかく軍事費まで自給自足というわけにもいかず、
 帝都の財閥からも援助を受けながら、どうにか軍備のやりくりをしている有様で、総督と事務官僚の悩みの種となっている。
「総督、お疲れ様です」
 少年が湯を淹れてくれる。辺境の僻地では、茶など特別な行事でもなければ飲めない。
 まだ中性的な特徴を大きく残す、線の細い可愛らしい少年は、その実、総督執務室付きの官僚である。
 帝都ならまだ法科大学の予備校で苦しんでいる年齢だろうが、「田舎」であるパクス地方では、単純に実務に携わった期間がものをいう。
 そして、彼は十分にいっぱしの事務官僚の仕事を果たしている。
「アウルム財閥からは、なんと?」
「いつもの催促だよ。借金帳消しにした上で、マルケリア街道の整備も受け持つから、ラウファーダをよこせ、だそうだ」
 ラウファーダは、初代属州総督が、神族を名乗る強力な異種族と戦って奪い取ってきた、パクス属州の至宝である。
 稲妻のような輝きを放つ歩兵槍で、気迫を込めて衝けば槍が届かずとも、穂先から迸った雷撃が敵を貫く、属州最強の勇者の証であった。
 返せる見込みのない借金のかたとしては、極めて好条件と言えなくもない。
「確かにマルケリア街道が整備されれば、交通の便は良くなりますけど……元老院に便宜を図っていただけるよう申請はできないのですか?」
「父上が御存命の時に相当申請していらしたよ。議員連中に配る金がなければ、法務官の耳にも入らんらしい」
「そんなあ」
 アウルム財閥からの、ラウファーダを譲り受けたいという申し出も、父が没してからになるだろうか。
 一番初めは普通に購入を申し入れてきたが、その次には、アルゴンに一族を嫁がせて、結納品としてラウファーダを巻き上げようとしていたのであった。
 金ができれば宝が欲しくなるのが、人の性らしい。
「なあユーグ君、やはり私は属州を統治するものとして、民の幸福を考えるべきなのだよな」
「総督がラウファーダを手放したら、反乱が起きますよ。軍団の皆さんも、あの槍を欲しがってるんですから。いつか総督をやっつけて、槍を譲り受けるんだって」
「穏やかじゃないな」
 ラウファーダの「属州最強の勇者の証」とは、文字どおりの意味である。
 異種族と戦う属州総督は勇者でなければならない。
 力の正義が色濃く残っている種族にとっては、彼らを征服した者が、誰からも敬意を払われる猛将でなければ納得がいかないのだ。
 アルゴンの父である先代総督も、アルゴンに似た温和な美男であったが、自ら槍を取り、巨人の王との一騎討ちで命を落としている。
 巨人は、一人に対して一個小隊およそ百人で当たるべき相手である。
 敗れはしたものの、人間族一人が巨人の王相手に互角以上に戦った、ということで、勇者を尊ぶ彼らとは暫定境界線と休戦協定が成立していた。
「まあ、言っても始まらないな。長耳族との会談も終わったことだし、春までゆっくりしようか」
「そうです。それに、街道が大きくなったからって、お金がなければ人も物も入ってきませんよ」
 ユーグ少年は、まるで世話役のような事を言う。
「いっそのこと、長耳族と通商でもするか」
「勅令で召還されて国家反逆罪ですよ」
 さすがにそこまではないが、小さな傷を広げて騒がれるのは、あり得ない話ではない。
「頭の痛いことだ」
 執務机で手を組んで、少し居眠りをすることにした。


 長耳族との会談の場所は、常にパクス市街を囲む城壁と、前線基地との間の緩衝地帯と定められている。
 どちらが攻め出てもすぐわかるよう、城壁と魔海の間には、人間の徒歩でおよそ一日分の平原が広がっている。
 森の傍に作られた前線基地をつなぐ防柵と、総督府市街を囲む城壁の間で、双方の群衆を背後に置いたまま、属州総督と長耳族の長老との面会が行われるのである。
「土地の領有は、依然認められない。例年通り、砦の内側通過の際の安全は約束する」
「ふん。元々あの壁の向こうが、誰によって耕されたのか知っておろう。度し難い毛なしどもよ」
 アルゴンの腰ほどまでに縮んでしまっている長耳族の長老は、アルゴンの三倍の年齢であるとさえ聞いている。
 それゆえの頑固さもあるのだろうが、ここまで嫌悪感を露わにするのも、それだけが理由ではないのだろう。
「良いか小僧、わしらの誰一人として、貴様らがこの土地にいることを認めてはおらぬのだからな」
 長老が悪罵を残して立ち去って行くのも、長老の侍従や遠巻きの長耳族が何もしないのも、アルゴンの父の代からのお決まりのことだった。
 が、そこで現状の黙認を交わして終わるはずの会談は、今年は違った。
「聞けば貴様らは、近々わしらを追い払って、わしらの森を焼き払おうとしているそうではないか。思い上がるもそれまでにせよ。
壁を越えて貴様らの家に爪を立てぬのは、森に住めぬ貴様らを哀れに思ってのこと。これ以上分際をわきまえぬ振る舞いを続けるのであれば、心するのだな。
わしらは耳を畳んで震えているような種族ではないぞ」
 長耳族に犬歯があったら、間違いなく剥き出しにていただろう。
 アルゴンの生まれる前の、数十年分の恨みと憎悪が、長老の顔のしわから漂い出てきている。
「いや、待ってくれ。私はそのような……」
「口では何とも申し開きもできようぞ。貴様が長になってから、王の元から随分と人が来ているそうではないか。
黒翼族が奸智に長けておるじゃと? 片腹痛いわ、貴様らに比べれば幼子の戯れのようなものではないか。
顔では知らぬふりをして、その手にはわしらの耳を斬り落とすための鉈を研いでおるのだろう」
 長耳族のネットワークは深い。迫害を受けても帝国内に留まる者もおり、大きな町には長耳族の相互扶助のためのコミュニティが一つは必ず存在する。
 長老は、帝国内の仲間から「帝都からパクス総督へ頻繁に使者が出ている」と聞いたに違いない。
 使者の持つ書簡の内容が勅令のような政治的なものではなく、財閥との宝物に関するやりとりであるとは、露とも知らないだろう。
「忘れるな。たとえ貴様らの武器にかなわぬとは言え、憐れみをかけてやった者が、自分たちが主だと勘違いを起こすのを坐して見過ごすつもりはないぞ」
 弁解の言葉は思いつくが、そのどれひとつとして、長老の考えを変えられるとは思えなかった。
 言えば言うほど長老が怒りを増すのが見て取れるからこそ、アルゴンは無言を通した。
 何の問題もなく、とするにはあまりに殺気立った会談だったが、ともかく終わった。


 会談を終えたのが朝の話で、昼過ぎにアウルム財閥からの使者を引見して、ようやく長老の話が全てつながった。
 マルケリア街道再整備の話を、軍事物資輸送のための前準備だと読んだのだろう。
 前準備どころか、機械工学すら配備されていない立場にとっては、苦笑するほかはない。
 笑って流してしまえないところが総督のつらいところだった。
「総督、お疲れでしたら自室でお休みになられては?」
 書類束から顔をあげたユーグが言う。
「総督の裁可を必要としそうな案件は、今のところありませんから」
「そうだね。そうしよう」
 正直なところ、ここしばらくは長耳族接近の時期ということで、まともに休みを取っていない。
 冷えかかった湯を飲み干し、執務室を後にする。
 久々に余裕を持って歩いた総督府の廊下には、炊事や洗濯に携わる侍女が、世間話をしながら歩いている姿が多い。
 総督の邸宅を兼ねる総督府には、暦の節目には官僚が、戦時には将官が増えるのである。彼らは、併設の寮に住む者もいるが、多くが領内の市街に自宅を持つ。
 パクスの行政機構で、帝国本土から来た者は、ほとんどなくなっている。
 アルゴンは、それはそれでよいと思っている。自給自足が成り立っている限り、帝都と分断されても属州防衛は可能になる。
 ただ、物資面では自給自足には少々遠いのが悩みどころであった。
 少し休んだら、今年度の麦の値を改めなければならないだろう。今年の収穫高は例年より少なめだった。
 場合によっては、備蓄分の放出も考える必要があるだけに、常に気を配っておくべきことである。
 先程冗談めかして言った長耳族との通商の話を思い出す。もし成立すれば、ちょっとやそっとの不作でもびくともしない食料供給を得られるだろう。
 だが、帝都に打診しても政務官にさえ届くまい。
 考えるのを止めた。
 これから休もうという時に、どうにもならない悩みに頭を痛めることもない。
「さて……おや」
「あっ、総督」
 自室の扉を開けると、数人の侍女が控えていた。
「待っているように言ったのだったかな」
「あ、いえ、その」
 慌てた様子で寝台に目をやっている。
 上質の樫を使った簡素な一人用の寝台である。よく整えられた木綿のシーツに紛れ込むように、絹と金糸の清楚な衣装に包まれた少女が、横たわっていた。
 随分とめかしこんでいるのを見ると、アルゴンを待っている間に眠り込んでしまったらしい。
 純白のシーツと、濡れたような黒髪のコントラストが、昼下がりの日光に柔らかく描き出されて、えもいわれぬ美しさを醸し出していた。
「ルーシア様が、どうしてもと……」
「そうか」
 総督府でルーシアのわがままを止め得る者は、数少ない。
「あの、総督。お休みですか……?」
「ああ、気にしなくていいよ。君たちも、ご苦労だったね」
「いえ、そんな」
 間もなく女性として完成する、華奢な体をひょいと抱え上げる。
「私が部屋へ運んで行こう」
「申し訳ございません」
「なに、構わないよ」
 出自があるからか、身分の低い者が身に触れると、ルーシアはかんしゃくを起こすのである。しきりに恐縮する侍女たちを引き連れ、アルゴンは部屋を出た。
 それほど歩く必要もない。彼女の部屋とアルゴンの自室は、隣り合わせである。
 アルゴンが戻ってきた音を聞いてから出てきてもいいようなものだが、アルゴンを驚かせてやろうというちょっとした悪戯心もあったのだろう。
 先導の侍女に扉を開けてもらおうとした時に、腕の中がもぞりと動いた。
「目が覚めたかな」
「……あ、アルゴン様!?」
 ルーシアは驚いて身を離そうとしたが、落してしまうわけにもいかない。一度しっかりと安定させてから、足から静かに下ろした。
「よく眠っていたのでね。起こしてしまって、すまないことをしたかな」
「あ、う、ああ……」
 ルーシアは、急に身動きしたせいで崩れた髪飾りを直しもせず、顔から火が出そうな勢いのまま、わたわたと部屋に逃げ込んでしまった。
「ふうむ……ああ、君たち。仕事に戻ってくれていい」
 侍女たちを解散させて、ルーシアの仕草をひとしきり考えてみる。
 まだ、心の底から打ち解けるには早いのかもしれない。
 自室の扉を開き、服を緩めて寝台に倒れ込んだ。
 長耳族について、気がかりはまだもうひとつ。
 今までに何度も、長耳族の小集団と、軍団の小隊が衝突することはあった。
 ある時などはアルゴンが駆け付けた時に、数で倍していながらほぼ全滅に近い損害を出していたのは長耳族の方だった。
 それをわかっていて、長老はあの態度をとったのだろうか。こちらに危機感を抱いているなら、なおのこと居丈高に出るべきではない。
 年老いて自制心を欠いていると片づけるには、割り切れないしこりを感じる。


                                     Next・前線基地奇襲戦→
93 ◆sbrD/79/kI :2008/09/22(月) 02:55:54 ID:lWsXGmyn
好きにやってみることにしました。
長引きそうです。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 21:16:23 ID:UZ5uUoPU
>>93
投下乙です。
長耳族とパクスとの通商とかすげえ燃えます
。異種族間での交易大好きなもので。
ロードス島伝説に出てきた人とドワーフの間の交易
「エールの誓い」を思い出しました。
95名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:11:05 ID:w8LmSMlU
世界観固まってきたら、ある意味シェアってTRPGみたくなるのなーとすごく納得した。
96 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/23(火) 00:52:34 ID:SE9IaHpp
続きです
97問題屋シンの本領発揮(3) ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/23(火) 00:54:11 ID:SE9IaHpp
「えー、では。ゴイチニ緊急会議? 始めます」
 非常に重苦しい空気。他のお二方はかなーり険しい表情。シンの奴、恨むぜ。
「キリシマ派が招き入れたババはゴイチニ全体を危機に晒している」
 こちら神桜会総長、桜崎さん。グラサンで眼ぇ隠す前に、顔の傷を隠して欲しいよ。
「まぁ、帝国軍が来るまで、一週間ってとこだ。なんせ五百十二駅もある」
 とミハエル盗賊団団長、ウール。比較的若いけどやっぱり貫禄というか迫力というか……。
「時間は戻せずとも、止めることは出来るのだ」
「すでに線路を爆破した。こことは少し離れた位置だから安全だろう。これで一か月はかかる」
 爆弾は神桜会。線路までの足はミハエル盗賊団といったところだろう。普段は険悪なくせに、妙に連携がとれている。
「一か月、我々は全力を上げて抵抗軍を捕獲。速やかに帝都へ引き渡す」
「国境付近の果て地とはいえ、他の過疎エリアとは比べ物のならないくらい広い」
「だから少数精鋭のキリシマ派の手も借りたいってこと」
 代わる代わる喋る二人。むしろ俺が浮いてるのか?
「というよりこの会議意味ないんじゃ……」
 そう呟いてからはっとする。そんな台詞を俺が言ってどーする!!
 突っ込みを待ったが、二人は冷ややかに無視して退出。
 流し目で「はよ、探せ」と言って来るのが辛い。キレるのを我慢するのが辛い。
 もっとも桜崎さんはグラサンをかけていたが。
98問題屋シンの本領発揮(4) ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/23(火) 00:55:43 ID:SE9IaHpp
「はははは、そりゃ災難だったな」
「笑うなよ。あー、冷や汗かいた。今度やり合う機会があったら殺してやる」
 ルビンは今日の会合がよっぽど不快だったらしくかなり荒れている。
 さらっと言った問題発言は水にでも流そう。
「ところで何してたんだよ」
「ん、まぁ仕込みを幾つかね。どの道、抵抗軍の捜索は必要だ」
 懐から通信機を取り出して、呼び出し。ウチはひねくれ者が多いから、すぐ動いてくれる人材は限られている。
 まず呼び出しに出ない奴が多数。そして呼び出しに出ても命令拒否。結局、動いてくれるのはヒヒだけだ。
「……今日は寝るか。疲れた」
 ルビンが大きく伸びをする。時計の針もなかなかいい時間を指している。
 そうだな。と相槌を入れようとしたら外で爆音。
 俺とルビンは争って窓から外を見る。まぁ、想定の範囲っちゃあ範囲だが。まさか本当にやるとはなー。
「おいおい、嘘だろ」
 ルビンは呆然。そりゃそうだ。片田舎の闇夜に軍の雲上艇が何隻も浮かんでりゃ誰だってそうなる。
99 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/23(火) 00:58:07 ID:SE9IaHpp
とりあえず投下終わり
100設定 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/23(火) 01:14:31 ID:SE9IaHpp
ミハエル盗賊団
団長ウールを筆頭した盗賊団。ゴイチニを拠点としている。
原動二輪車や四駆などが主な移動手段。雲上艇なんかも所持。故に行動範囲は広く、他国にさえ及ぶ。
軍人や傭兵崩れが多く、戦闘能力も高い。ウールは紛争地帯で活躍した英雄だったとか。

神桜会
総長は桜崎真吾。ゴイチニ三大勢力の中では最古参。
義理と人情がモットーだと思いきや、純粋に利益を追求する。マフィアに近い存在。
兵隊は皆、修羅場をくぐって来た者ばかり。桜崎の懐刀であるキムは、その中でも一番の実力者。
ちなみに帝都にも支部が存在する。

中立地帯
三大勢力の支配が及ばぬ地域。ゴイチニの四割がそうで、さらに混沌化が進んでいる。
三大勢力でも把握しきれない。犯罪者たちにとっては絶好の隠れ蓑。第四勢力と言えるかもしれない。
101名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 02:22:34 ID:0TeE/tt4
投下乙、どれもこれも全部読みながらまとめさせてもらってます。

まとめ定期報告です。

http://sites.google.com/site/nelearthproject/
>>98 まで作品投下まとめ済み。

>>83 の修正を反映。
>>87,100 の設定データは他のキャラクターデータ、資料データなどと一緒に後日まとめる予定。
>>89-92 前スレ162「長耳族」まとめ頁と入れ替え、作者を「◆Tt7VpJAYxU」「◆sbrD/79/kI」両名表記の上まとめ。

一番下は割と勝手にやっちゃったことなので、各作者さん方から文言があればそちらに従います。

そろそろ本気出す。定期age
102 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:29:15 ID:cdU8sFNL
ちと長いですが、投下します。
103 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:31:28 ID:cdU8sFNL
 そこは帝都にある数日後に取り壊される予定の廃屋の中。
 爆破解体の実験台となるため、そこはもう業者も近づくことはない。
 だが、そこには二人の男がいた。
 片方は大きな外套に身を包んだ男。もう片方はあまり個性のない顔立ちをした、インテリ風の
男だ。
「で、俺をK機関が呼び出す理由は何だ? ようやく殺す算段でもついたか?」
「いえ。一つ依頼をお願いするためです」
「帝国の最エリートの集まりが何を言うのかと思ったら。俺なんぞ使わんでも化け物揃いの上級
エージェントに任せれば、どんな任務も一発解決だろうに」
「戦闘能力の優れたエージェントは現在ほかの任務に着いていますので。それに、アレには我々
下位のエージェントでは歯が立ちません」
 直立不動のまま、表情だけを曇らせてみせるインテリ風の男。
 その男を観察しながら、ジョン・スミスはあごをさする。
 信頼に足るか、否か。また、嘘をついているか、否か。
 それを天秤にかけながら、ジョン・スミスは一つ頷く。
「良いだろう。どうせ話を蹴れば、それを理由に狙われるだけだ。受けてやるから、話を続けろ」
「はい。我々が研究していた兵器の失敗作が一体逃亡しましたので、それを捕獲、ないし破壊し
てください」
「……失敗作、ねぇ。つまり、俺がそいつを撃破出来れば良し。出来なくて俺が死んでも、お前
達に損はないし、邪魔者も消えるので良しってところか。面白い」
「恐縮です」
「何がだよ。では、その外見とかを教えてもらおう。犬か、猫か、それとも人間か? 逃亡する
ってことは機械兵器ではあるまい」
 ジョン・スミスの視線に射竦められ、インテリ風の男は顔を強張らせる。それでも直立不動の
体勢を崩さないのは訓練が行き届いている証拠か。
 ともあれ、男は黙って一枚の紙を差し出す。厚い、相当上質な紙だ。
 そこに写されているのは、やはり上質なインクを使った絵……ではない。これは昔の技術を再
現した写真だ。白黒のものなら高値ではあるが一応出回っているのだが、流石にこれほどの美し
い絵でしかも色まで付いているとなると一般ではまずお目に掛かることは出来ない。特務情報局
は随分と豪勢な物を使っているものだ。
 なんとなく嫌な気分になりながらも、ジョン・スミスはその写真を見る。
 写っていたのは一人のボロを着た金髪碧眼の少年。まだ十歳かそこらなのに相当に暗い目をし
ているところからすれば、かなり非人道的な実験でもしていたのだろうか。
「……ここまできたか。魔法具を体内に埋め込んで、手足同然に動かせるようにしたんだな」
「黙秘します。ですが、我々下位のエージェントでは手も足も出ないというところから、その戦
闘能力と危険度を察していただけるとありがたいです」
「ふん、この写真のガキを始末すればいいんだな。だが、どうやってこいつの死をお前達に証明
すれば良い? 首を持って来いとは言わんよな?」
「一応、ターゲットの生死は魔法具で確認できますので、確認され次第またご連絡を取ります」
「そうか。で、最後に聞きたい。これはK機関としての依頼か? それとも、役人が危険人物の
処理を俺に依頼したのか、どちらだ?」
 ある意味、決定的な質問。
 時間を掛けてでも少年の存在を隠匿したいのか、それとも裏社会にその存在を知られてでも速
やかに消して欲しいのかと聞いているのだ。
 当然だがジョン・スミス一人だけで探すなら時間が掛かるし、被害も出るかもしれないが少年
が特務情報局に関わっているという事実は広まらない。ジョン・スミスはこれでも口が堅いこと
で知られているのだ。
 だが、速やかに排除するならジョン・スミスも情報屋などを使うだろう。その場合、勘の良い
裏社会の誰かが特務情報局の関わりを見抜くかもしれない。
 どちらにも一長一短がある。
 だから、聞いているのだ。どちらだ、と。
 それをインテリ風の男も察しているのだろう。涼しい顔をしている割には、その顔には汗が伝
っている。ここで間違った選択肢を選べば、彼の命も危ないのだから当然か。
 だが、それでもエージェントの内の一人だということか。インテリ風の男はスパッと決断した
ようで、一つ決意の光を目に宿す。
「……政府の役人が危険人物の処理を依頼した、そう取ってもらって構いません」
「良いだろう。一両日中にカタをつけてやる」
104 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:34:45 ID:cdU8sFNL
 軽くインテリ風の男を睨みつけてから外套を翻し、ジョン・スミスは去っていく。
 あっという間に廃屋から出て行ったジョン・スミスを見送り、インテリ風の男は膝を付いて大
きく溜め息を吐く。
 ジョン・スミスとは元々敵対しているのだ。インテリ風の男は戦闘要員ではないため、無理な
緊張を強いられて疲弊してもおかしくはない。
 だが、どうもそれだけではないらしい。
 目を見開いて、額から汗を大量に滴らせながらインテリ風の男は呆然と呟く。
「あれが、ジョン・スミス、か。殺されたかと、思った……」
 冷や汗をかきすぎたのか、震える体を押さえてジョン・スミスの歩いていった方向を見る。も
う彼はいないが、それでも恐怖がまだ体の芯を揺らす。
 結局、インテリ風の男がその場を立ち去れたのは、一時間近く経ってからのことだった。





 ジョン・スミスは早足でごちゃごちゃとうるさい通りを歩く。
 まだ日が高いのに娼婦が街頭で客を引き、携帯の禁止されている粗製銃をぶら下げた男達が闊
歩している。別にここにいてもさほど良い事はない。
 絡まれて時間を無駄にするよりは、さっさと目的を果たして立ち去るのが正しい選択というも
のだろう。
 目的の場所に着いたジョン・スミスは、ドカリとカウンターの席に座り外套の中から重そうな
袋を取り出して口を開く。
「マスター。ここらにボロを着たブロンドのガキが来たって話しを聞いたことはないか?」
「さぁ、高いブランデーでも買ってくれれば、思い出すかも知れんな」
「銀貨二十で買おう」
 そこは酒場。裏社会の重鎮であるカイゼル髭のマスターが営むそこは、望む望まぬに関わらず
ありとあらゆる情報が集まる。
 何も考えずに酒場で作戦会議をする者もいれば、そこで自慢話をする者も当然いる。なにせ、
ここは一番良い酒を出す割に一番安い値で酒を出す。金のない若者に、自慢したがりや騒ぎたが
り、ついでに酒にこだわる者まで集まってくる。そんな場所に情報が集まるのは当然のこととい
えるだろう。
 ちなみに、酒が安いのはここで得た情報を売って、それで酒を買っているからである。
「何人かの若者が、お前を殺す秘密兵器を手にしたといっていたな。その中にここらでは見ない
金髪の子供がいた」
「礼を言う。釣りは取っといてくれ」
 明後日の方向を向いて呟いたマスターに礼を言い、ジョン・スミスは重そうな袋から一掴み銀
の硬貨を掴みだして踵を返す。
 それを見たマスターは、慌ててジョン・スミスを呼び止める。
「おいおいおい! 多すぎるぞ!」
「気にするな。使ってやったほうが、金も喜ぶだろ」
「そういうことじゃなくてだな……ええい、その若者のグループはナイブズという名で、ここ最
近頭角を現してきた荒事の専門家だ!」
「そこまで売ってくれるのか。ありがとさん」
 苦笑しながら、ジョン・スミスは投げつけられた高いブランデーを受け止める。
 稼ぐだけ稼ぐクセに酒以外に特に使う予定のないジョン・スミスとしてはこの機会にぱーっと
使おうと思っていたのだが、予想外のオマケまで付いてきたようだ。
「死ぬなよ」
「誰に言ってるんだか」
 ジョン・スミスは、笑う。
 自分が死ぬことなどないと、確信しているかのように。
 その笑顔を見て、何も言えなくなった酒場のマスターを置いてジョン・スミスは出て行く。背
中で聞こえたバカ野郎という言葉は、きっと空耳だろう。
 何でも屋、などという酔狂な仕事をしているジョン・スミスには、当然荒事や殺しを専門に請
け負う者の名を知ることは当然の行為の一つだ。
 もちろん、ナイブズという名を聞いたことはある。
 目的のためなら関係のない人物でも容赦なく殺すし、人質も取るという素敵な者達だという。
 人間のクズみたいな奴らだが、この通りにはクズ以外の者は存在しない。
 つまり、ここら一帯では普通ということか。
105 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:38:28 ID:cdU8sFNL
 苦笑し、ジョン・スミスはナイブズを探し始める。
 ナイブズは、五人の若者で構成されたグループだ。人間が三人に、黒翼族と熊人が一人ずつ。
常に五人で組んでいるため、目立ちやすいといえば、目立ちやすい。また出没する場所もほぼ決
まっている。これは仕事の依頼を取りやすくするためだろう。
 当然、ジョン・スミスもそれを知っている。昼間はねぐらで交わっているか、惰眠を貪ってい
るという情報も歩いていれば聞こえてくる。
 人間が集まる通りを歩くという事は、それだけで結構な情報を集めることが出来るものだ。
 人間である限り、妬みや嫉みを完全に無くせる者などそうはいない。つまり、最近頭角を現し
てきた者達はその嫉妬の対象になりやすいのだ。ゴシップが好きな者も少なくはない。
 ナイブズ、という単語を口にする者達の会話を適当に拾うだけでも、役に立つ情報はそこそこ
混じっているもの。そびえ立つ偽物の情報の山から真実を取り出すのも、プロならではといった
ところか。
 噂する者達の言葉を拾い、信頼に足る情報を抜き出すとこんなところか。
 曰く、酔った古参の殺し屋を襲って魔法具を手に入れた。
 曰く、誰かの仕事を横取りした。
 曰く、ねぐらは幾つもあるので、襲撃をしにくい。
 話している者は百を越えるにも関わらず、同様のことを複数が口にしているのはこの程度だ。
 あとは取りとめもない嫉妬の言葉に過ぎない。そんなもの、役に立つ情報とはいえないだろう。
 だが、ジョン・スミスにはこの程度で充分。
 つまり、ナイブズの巡回ルートに顔を出し、ターゲットを囲っていることを確認してから人気
のないところへ誘い出せば良いのだ。
 ジョン・スミスを狙っているとの事なので、充分誘いに乗ってくるだろう。
 そして、決行は早いほうが良い。
「今日の夜、勝負を掛けるか」
 そう決め、ジョン・スミスは頷いて歩き出す。


 そんな、ジョン・スミスを覗き見る影が、一つ。






 夜、ジョン・スミスは裏の通りではなく、ごく普通の繁華街を歩いていた。
 夜とはいえまだそれほど遅い時間ではない。この時間ならナイブズはこの辺りをうろついてい
ると聞いたのだ。
 そして、程なくしてナイブズと思われる集団を発見した。
 体の大きな熊の獣人と、それに話しかけているやや露出の多い十代後半ほどの少女。そして、
その二人にしずしずとついて歩いている金髪の少年。
 写真に写っていた、少年だ。
 遠くからでもジョン・スミスには分かる。その少年が生物としてどれほどの無茶をしているかが。
 全身に埋め込まれた七つの魔法具。それは少年の体に馴染んでいるようだが、駄目だ。あれで
は長くは持たない。魔法具が、ではない。少年が、だ。
 だが、同情する気はない。どうせ魔法具の影響で死ぬ前に、ジョン・スミスが殺すのだ。
 全員が集まっているわけではないようだが、ジョン・スミスはとりあえず今居る三人の近くを
通り過ぎる。
 ジョン・スミスの容姿は目立つ。身長が高く、この帝都では珍しい古風な外套をみに纏ってい
るからだ。
 案の定、熊の獣人の男が反応する。ごわごわした毛で覆われている体に力が入るのを、ジョン
・スミスは見逃さない。
 だが、流石にこんなところで戦う気もないのか、どこかへ歩いていく。仲間を集めに行ったの
かもしれない。
 そして、ジョン・スミスはそのまま繁華街を二十分ほどうろついたあと、繁華街を抜けてあま
り人気のない方向へと歩いていく。
 あからさま過ぎる誘いだが、標的に挑発されて乗らない者達ではないだろう。
 もう誰もいなくなった公園のど真ん中に立ち、ジョン・スミスは振り返った。
「で、俺を殺せる何かを手に入れたんだって?」
106 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:39:19 ID:cdU8sFNL
「へぇ、耳が早いねぇ。んじゃ、手っ取り早く死んでくれや」
 ジョン・スミスが振り返ると同時に、熊の獣人が襲いかかる。
 全身を鋼の筋肉で包んでいるためか、その巨体に反して動きは速い。
 熊の獣人の鋭い爪を軽く仰け反ることで躱し、ジョン・スミスはそのまま熊の獣人の腹を蹴り
飛ばす。
 魔法も使っていないのに灰色熊並の巨体をふっ飛ばし、ジョン・スミスはそのまま追撃に移る。
 ジョン・スミスの目は、もう完全に殺す目になっている。なんの感情も混じらない、純粋な殺
意のみを宿した目。
 体は熊に近いのに、痛覚は人間のものなのか熊の獣人はもだえくるしんでいる。その頭を踏み
潰そうと駆けるジョン・スミスは、しかし何かに気付いたように体を左へと投げ出す。
 僅か一秒前にジョン・スミスが居たところへと一本の槍が空から降ってきたのだ。
 つや消しの黒で統一された槍。上空を見れば、黒翼族の少年が驚いた顔をしていた。
 ジョン・スミスは即座に槍を引き抜き、そのまま熊の獣人へと全力で投げつける。
 僅か十メルーほどの距離で、ジョン・スミスのコントロールと投擲力だ。痛みに苦しんでいる
熊の獣人では避けることすらかなわない。
 だが、熊の獣人に槍が届くことはない。
「させない!」
 少年特有の高い声が公園にこだますると同時、槍を弾くような角度で熊の獣人の前に氷の壁が
形成された。
 氷の表面を削り、槍は勢いを失いながら氷の上を滑って落ちる。実に的確な防御だ。もし、単
純に氷の塊が現れていただけなら、槍は熊の獣人に突き刺さっていたかもしれない。
 ジョン・スミスはギロリと声のした方を睨む。
 そこに居たのは金髪の少年。写真では青い目だったが、今は赤い光を宿している。魔法具を使
用する影響だろうか。
 ともあれ、一度全員から距離を取るジョン・スミス。
 このナイブズという連中は、意外と連携が取れているようだ。
 ジョン・スミスが熊の獣人から離れると、どこに隠れていたのか三人ほど人間が熊の獣人に駆
け寄った。彼らの手には粗製銃が握られている。
「大丈夫か、アーサー!」
「ウググ、あの野郎、かなりのクソ力を持ってやがるぞ」
「みたいだな。お前が吹っ飛ばされるところなんて初めて見た」
「ヘルマン! 降りて来い! コイツは力を合わせないと難しい相手だ!」
 唯一の人間の男が、声を張り上げて黒翼族の少年を呼ぶ。
 素直に降りてきた黒翼族の少年、ヘルマンは心配そうに熊の獣人、アーサーを見る。
「アーサー、まだやれる?」
「うむ、最年長の俺がやらねぇと、示しがつかねえからな」
 ゆっくりとアーサーは痛む脇腹を押さえながら立ち上がり、ジョン・スミスを睨む。
 人数的にはナイブズの方が上なのだが、どうも戦闘能力ではジョン・スミスの方が高そうであ
る。見えていないはずの上空からの槍を回避したり、それを即座に利用した手腕は見事としか言
いようがない。
「フラン、マルタ。下がって、そのガキにタイミングを伝えろ。そのガキがこっちの鍵だ」
「分かった。アルも、みんなも気を付けて。あいつは、ヤバイ気がする」
「そんなもん、見りゃ分かる」
 金髪の少年を少女二人に押し付け、人間の男、アルは粗製銃を手に緊張を高める。
 僅か数秒の攻防で否応無くジョン・スミスの実力を知らされたナイブズは、しかし柔軟な思考
を保てているようだ。
 相手が一人であることも、それに無関係ではないだろう。
107 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:41:46 ID:cdU8sFNL
「行くぞ! アーサー、先に頼む。ヘルマン、お前は後だ!」
「おうっ!」
「はい!」
 なかなかの速さでアーサーは十五メルーの距離を駆け抜ける。
 それに合わせるようにして、ジョン・スミスも動き出す。
 常識外れの速さ。もしかしたら魔法を併用しているのかも知れない。
 一秒とせずにぶつかり合い、ジョン・スミスとアーサーは組み合って力比べに入る。
 身の丈二百五十チサンを超えるアーサーと、百八十チサンのジョン・スミス。常識的に考えれ
ば、ジョン・スミスが負けるのが普通だろう。
 熊の獣人だけあり、アーサーの力は軽く人間を超える。人間よりも熊に近い骨格を持っている
ため、そこに搭載できる筋肉の量は人間の比ではないからだ。
 殴るだけで直径二十チサン程度の木ならば粉砕できるほどの怪力である。馬車と綱引きしても
、引き分けることすら可能だ。
 だが、ジョン・スミスは並の化け物ではない。
「ハハハハハハハハハハハッ!」
 笑いながら怪力のアーサーの体を引っ掴み、ジョン・スミスはまるで大根でも引っこ抜くかの
ようにアーサーを持ち上げる。
 アーサーの体重は軽くない。同サイズの熊とほぼ同じくらいの体重を持っているのだ。
 常識的に考えて、人間がそんなものを持ち上げられるはずがない。
 本能的に危険を察知したアーサーだが、しかしもう何も出来ない。
 死を覚悟するアーサー。だが、彼には仲間がいる。
 自慢の翼をはためかせ、隼の如き速度でジョン・スミスに突撃するヘルマン。
 高速で体当たりをかまされたジョン・スミスは、大砲でも受けたかのように宙を舞う。体当た
りの衝撃でアーサーはジョン・スミスから解放され、軽業師のように上手く着地した。
 そして、ヘルマンの体当たりに合わせるように、金髪の少年が炎を弾丸のように飛ばす。その
狙いは極めて正確。未だ宙を舞っているジョン・スミスがそれを避ける術はない。
 はずだった。
「風よ、守れ」
 吹き飛ばされながらも、ジョン・スミスは呟く。
 炎の弾丸が到着する直前に完成された渦巻く風による障壁は、炎の弾丸の軌道を逸らしてあさ
っての方向へと飛ばす。
 背中から地面に落ちる直前にジョン・スミスは体を反らし、腕を先に地面に付けてそのままの
勢いと腕の力で後ろに跳ぶ。
 バック転の要領であっさりと体勢を立て直したジョン・スミス。
 人間に出来る動きではない。
「なかなかやるな。少し本気で行こう」
 ジョン・スミスの顔に、笑みが浮かぶ。
 殺意以外の感情の浮かんでいなかった目に、歓喜の色が宿った。
「一分も耐えられたら褒めてやるよ」
 そう言って、ジョン・スミスは大地を蹴る。
 速度は今までと変わらない。だが、本能がアーサーの体に警鐘を鳴らす。
 ここからは今までとは比べ物にならないほどに危険だと。
 死を覚悟しても、まだ足りないほどに危険だと。
 それでもアーサーは前に出る。
 最も頑丈で、最も力の強いアーサーが盾にならなければ、ひ弱な残りのメンバーは易々と殺さ
れてしまう。
 狙うべきではなかった。ジョン・スミスを殺して、名声と金を手に入れようとしたのがバカだ
ったのだ。
 しかし、もう後悔しても遅い。ジョン・スミスはナイブズ全員を殺すだろう。
 故に、アーサーはもうやることを決めていた。
「グゥオオオオオオオオオッ!」
 吼える。天高く、全てを威嚇するかのように。
 咆哮と共に、アーサーはジョン・スミスに立ち向かう。今までの経験から、ジョン・スミスと
組み合っても意味が無いことは分かっているが、少しでも時間を稼ぐためだ。
 アーサーと組み合おうとするジョン・スミスだが、アーサーにその気はない。組み合っても負
けるが、それなら上から抱きついて押さえ込んでしまえば良いという結論に達したのだ。
 熊のように太い腕に抱えられ、ジョン・スミスはそのまま大地に押さえ込まれてしまう。
 流石に死を覚悟し、そして仲間を守るためのアーサーの力は、ジョン・スミスといえども簡単
に振り払えるものではない。
108 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:43:34 ID:cdU8sFNL
「逃げろ! コイツは俺達のかなう相手じゃない! 逃げてくれ!」
「何を言ってる、アーサー! あと一歩じゃ――――」
「早く、逃げゴブッ」
 夜の公園だが、所々にガス灯が灯っているため、それほど暗くはない。
 そう、少し離れたところにあるものの色を確認できる程度には明るいのだ。
 だから、気付いた。ナイブズ全員が気付いてしまった。
 それは、地面にジョン・スミスを押さえ込んでいるはずのアーサーの背中から生えている。
 赤い、赤い何か。何かを掴んでいる人の腕のようにも、見えた。
 何を掴んでいるのか、ビクビクとまだ動いているそれは握り拳の倍ぐらいはあるだろうか。
「あ、ああ」
 黒翼族であるヘルマンは、人間よりも目が良い。それが、今は不幸だった。
 赤い腕に掴まれているものがなんなのか、分かってしまったから。
「あああああ、なんで、おまえ、そんな、嘘だ」
 もう動かないアーサーと、ヘルマンの反応を見て、全員が気付いた。
 それが、なんなのか。
 決まっている。アーサーの心臓だ。
「アーサァァァァァアア!」
「さて、次は誰かな」
 絶叫したアルの言葉に、死体と化したアーサーが答える事はない。
 アーサーの巨体を持ち上げながら、ジョン・スミスは立ち上がる。
 無造作にアーサーの死体とその心臓を投げ捨てたジョン・スミスを見て、アルやヘルマンの中
で何かが切れた。
「殺してやるぞクソッタレがァッ!」
「シネェェエエ!」
 手に持った銃を乱射するアルと、銃弾に追随するように凄まじい速度でジョン・スミスへと突
撃するヘルマン。
 銃弾はジョン・スミスの纏う外套の表皮に弾かれ、槍を持って突撃するヘルマンもジョン・ス
ミスにいとも簡単に捕まってしまう。
 腕を手刀で殴られたヘルマンは槍を落とし、そのまま首を持たれて持ち上げられる。
 そして、ジョン・スミスは木の棒でも手折るかのようにヘルマンの首をへし折り、投げ捨てる。
先に頚動脈を絞められて意識を失っていたため、ヘルマンは自らが死んだことにさえも気付か
ずに絶命した。
 激昂しきっているアルは、それを見て奥歯を砕かんばかりに噛み締める。
 仲間を立て続けにゴミのように扱われたために、もう逃げることすら選択肢には存在しない。
 弾の尽きた銃を捨て、頑丈で大きなナイフを取り出してジョン・スミスへと駆ける。
 ナイフをジョン・スミスの腹に突き立て、内臓を破壊しつくすことだけがアルの思考を満たし
ていた。
 だが。
「風よ、切り裂け」
 アルのナイフは、ジョン・スミスに届くことはない。
 見えない風の刃に首を飛ばされ、アルはジョン・スミスを睨みつけたままその人生を終える。
 ナイブズの戦闘員三人全員が一分経たずに全滅した。
 もう、残っているのは非戦闘員と思われる少女が二人と、ジョン・スミスのターゲットである
少年が残るのみ。
 残る中で唯一高い戦闘能力を持つ少年も死に直面したのは初めてだったのか、目を見開いたま
ま動かない。そして、少女達も腰が抜けたのか、立つことすらかなわない状況だった。
109 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:45:39 ID:cdU8sFNL
「や、やっちゃえ! 坊や、アイツをフッ飛ばしてよ!」
「あ、う、あ、ああ……」
 少女の声に反応し虚ろな目で、金髪の少年はジョン・スミスを見る。
 青い瞳が、再び赤に染まっていく。
 だが、様子が変だ。
「いあ、あ、や、ははは、ふふふふふふふふ」
 空虚な笑い声が少年の口から漏れると、それに合わさるように少年の周りに幾つもの魔法陣が
現れ始めた。
 キョトン、とその魔法陣を見る少女達。だが、それが間違い。
「あれ、これ、なに――――」
 その呟きが最後の言葉となる。
 魔法陣から現れたのは、強い力を持つ幾つもの魔法。
 当然、最も近くに居た二人にもそれは襲い掛かる。
 片や呆けた表情のまま炎に巻かれて声を上げる間もなく死亡し、もう片方はほとばしる強力な
電撃に灼かれて死亡した。
 二人の死を引き金に、暴走はさらに勢いを増す。
 公園をボロボロにしていく魔法の数々は、やがてたった一つの目標へと収束し始める。
 たった一つの目標、それこそがジョン・スミス。
 少年の赤い目は怨敵を射抜き、それを殺すために全ての力を収束させたのだ。
 莫大な魔力による、攻撃。直撃すればジョン・スミスもただではすまないだろう。
 溜め息をつき、ジョン・スミスは呪文を唱える。
「闇よ、全てを遮断せよ」
 少年の周囲を闇が覆う。
 それだけで、少年が撒き散らしていた全ての魔法は闇の中へと溶けていく。
 闇は魔法を吸い込むたびにその濃さを増す。
 そして、その闇が充分に濃くなったところで、ジョン・スミスは口を開いた。
「闇よ、喰らえ」
 公園全体に闇が広がり、ボリボリという何かを齧る音が響き始める。
 本当に闇が何かを食べているのだろう。何を食べているのかは、想像したくないが。
 やがて、音が聞こえなくなると、闇が消えていく。後には、ジョン・スミスだけが残っていた。
 戦闘の痕跡すら、残っていない。公園を致命的に傷つけたはずの少年による魔法攻撃の跡さえ
も。ナイブズの死体や血痕でさえも、何一つ残っては居なかった。
110 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:46:33 ID:cdU8sFNL


「ご苦労様です」
 以前の場所とはまた違う廃屋へ、ジョン・スミスはインテリ風の男に呼び出されていた。
 今度は何の用かといやいや出向いたジョン・スミスに掛けられたのは、そんな言葉だった。
 確かに仕事を終えて一休みしていたところだったが、だからこそジョン・スミスはイラつきな
がらインテリ風の男を睨む。誰だって休んでいる時に呼び出されれば、腹の一つは立てるのだか
ら。
「で、何の用だ?」
「こちらが報酬となります。口止め料を含んでおりますので、少々割り増しさせていただきまし
た」
「まぁ、受け取っておこう。それより、一つ聞きたいことがある」
「なんでしょう」
 インテリ風の男が差し出した袋を受け取り、ジョン・スミスは中身を確かめる。
 銀貨と銅貨がたくさん入っている。恐らくは報酬が銅貨で、口止め料が銀貨だろう。
 なんとなく苦笑しながら、ジョン・スミスは続ける。
「前に一度、猫を改造した奴を逃がした記憶はあるか?」
「……黙秘します」
「その顔を見れれば結構。これからは気をつけてくれ」
 それだけ言って、ジョン・スミスは背を向ける。
 用事もないのに、特務情報局の構成員と一緒にいるのには抵抗があるのだ。
 さっさと歩いていくジョン・スミス。
 廃屋を出て大きく伸びをすると、ジョン・スミスは髪を掻き上げてあくびをしながらどこかへ
歩いていく。
「哀れなもの、か。なるほど。今回の少年も、あのケモノも似たようなものかも、しれんな」
 呟き、ジョン・スミスは似合わぬ感傷を覚えたもんだと苦笑する。
 なんとなく疲れたので、屋敷で休もうと決めて歩き出す。
 まだ日は高いが、きっと彼女達は歓迎してくれるだろう。スプリガンに絡まれるかもしれない
が、最初以降本気でジョン・スミスに切りかかったことはないため、問題はない。
 もう一度大きくあくびをして、今日は珍しく蒸気乱雲が薄いために見えたカエルを眺める。
 空に浮かぶカエルは、相変わらず気の抜けた顔で世界を見守っているのだった。
111 ◆zsXM3RzXC6 :2008/09/23(火) 16:47:27 ID:cdU8sFNL
投下終了です。
112 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:53:23 ID:7dVUeiD8
投下乙です。
ジョン・スミス、自分の作品にも出したくなってきた!
113 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:55:23 ID:7dVUeiD8
ということで、投下します。

(1/5)

***

ラルとセイユが帝都オーラムへ到着した日から、遡ること3ヶ月。

「アブル様。調査結果の最終報告をさせていただきます。前回の
報告から更に体制を強化して捜索に当たりましたが、やはり
621317番はその肉体だけしか発見する事ができませんでした。
ご指摘のありましたトゥルカムの再生槽リストも洗い出しましたが、
残念ながらそこにも彼の魂の存在は確認できませんでした」

ここはオーラムから遥か遠い空の上。

「アブル様。調査結果の最終報告をさせていただきます。621317番
殺害事件の前後に目撃情報のありました黒い小動物ですが、前回の
報告後に外幹でその者のものと思われる体毛が発見されました。
分析の結果、貂(てん)の体毛であることが判明しまして、目撃情報
の特徴と照らし合わせましたところ、その者の体毛である可能性が
非常に高いとの事です。しかし、確固たる確証を得るには至り
ませんでした」

数ヶ月前、彼らが脱出してきた木幹都市トゥルカミア。
114ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:56:24 ID:7dVUeiD8
(2/5)

「アブル様。調査結果の最終報告をさせていただきます。前回
ご指摘のありましたマナ濃度の統計調査ですが、ここ6ヶ月間の
都市内マナ濃度統計結果が出ました。その結果、621317番殺害
事件の当日人為的なマナ濃度のゆらぎが計測された事が判明
しました。かなり局所的かつ大量のマナが消費された事までは
分かりましたが、残念ながら用途は特定できませんでした」

トゥルカミアの中央に位置する巨大な建造物の中。

「アブル様、調査結果の最終報告をさせていただきます。
内幹調査の最終ブロック調査結果が上がって参りました。報告書
によりますと、外幹の洞が風雨の侵食により内幹と繋がっている
部分を発見したとの事です。アブル様のご推測通り、小動物で
あれば通過可能な大きさでした。しかし狭く深い穴であるため、
最深部調査の実施までには至りませんでした」

その建造物のとある一室。

その部屋の中央に置かれた大きな机を囲んで、幾人もの
トゥルカム人が、上座に座する人物に対して次々と調査結果の
報告を行っていた。内容は、この都市始まって以来の脱木者
(だつぼくしゃ)に関して。

アブルと呼ばれているその人物は、真っ白なフードをすっぽりと
被っているため顔はほとんど見えない。しかし、かすかに見える
鼻先は白くつややかで若々しさを感じさせ、そのすぐ下にある
赤く艶やかな口元は、言いようの無い妖艶さを演出していた。
フードの端からは、金髪の毛先がのぞいている。
115ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:57:11 ID:7dVUeiD8
(3/5)

「結果はあい分かった。今後の対応は追って知らせる故、本日は
もう下がりなさい。ご苦労であった」

とても優しい口調だった。机を囲む者達にフードを被ったままそう
言い放つと、アブルは全員が退室するまで一言も発さず、微塵も
動かなかった。そして、最後の者が一礼と共に退室し扉をガチャリ
と閉めた途端、端正な唇がにやりという擬音と共にその形を崩し、
怪しい笑みを浮かべた口元がフードの端から端まで届きそうな
くらいに大きく切れ上がった。

「フェフェフェ……最高だ」

報告の内容からしてラルとセイユの脱木は十中八九確実と
いうのに、アブルは奇妙な声で嬉しそうに笑った。先ほどまでの
品のある雰囲気はどこかに消え去り、口元だけでも十分それと
分かる下品な表情を浮かべる。

「おい……来い」

アブルがぼそりとつぶやくと、いつの間にかテーブルの上に何者
かが立っていた。テーブルの上で腕組みをしているその人物は、
人物と呼ぶにはあまりに小さい体躯をしていた。目測でおよそ
15チサン程度しかなく、仮面をつけているため顔は全く見えない。
全身を黒い装束で覆い、腰には一本の刀を帯びている。

「何の用だ」
116ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:58:01 ID:7dVUeiD8
(4/5)

そんな小さな体躯にも関わらず、立ち振る舞いからして非常に
高圧的な雰囲気を醸し出す人物だったが、口から出た台詞もまた
十分に偉そうだった。だがそんな様子に特に何を言うわけでもなく、
アブルは淡々と自分の話を進める。

「外の世界へ……行った事はあるか」

「無い」

素っ気無い返答を返す仮面の人物に対して、アブルは何かを投げ
つけた。受け取った仮面の人物の手には、一本の小枝が握られ
ていた。神樹トゥルカムの小枝だ。小枝には、数枚のトゥルカムの
葉と共に一通の文が括り付けてあった。

「初めての御遣いだ……脱木者を探せ」

「報酬は」

「永遠の……自由だ」

小枝を小さな右肩に担ぎ、その人物は改めてアブルに向き直った。
黒い手袋に覆われたその手で、自らの仮面を鷲掴みにする。

「悪くない」
117ラルとセイユ ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 17:58:50 ID:7dVUeiD8
(5/5)

そう言い終わるのが早いか、その黒衣の人物は一足飛びにアブル
へ飛び掛った。仮面を掴んでいた手を刀にかけ、すれ違いざま
目にも止まらぬ速さで抜き放つ。小枝から振り落とされた数枚の
葉が舞う中、アブルのフードに深く滑らかな切れ込みが入った。

既に黒衣の人物はこの部屋の中から姿を消していた。
一人残されたアブルは、舞い散る葉を一枚掴み、握り締めた。
葉からあふれ出した緑色の液体がテーブルの上に滴る。

深く入った切れ込みから、片方の目を覗かせていた。葉から滴る
液体に勝るとも劣らない、鮮やかな緑色の瞳だった。

「フェフェフェ……楽しくなってきた」

緑に濡れた手をぺろりと舐めると、アブルは再び嬉しそうに笑った。
118 ◆9ydUXgSCGI :2008/09/23(火) 18:04:29 ID:7dVUeiD8
投下終了です。
一つ目、タイトル入れ忘れました。
119名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:07:37 ID:Ro6xEnlu
ジョンスミス新作と、ラルとセイユの続き、それぞれ投下乙です。

ジョンスミスの方には恐縮ながら引き続き、タイトルをこちらで勝手につけてまとめさせてもらいました。
いつでも変更出来ますんで、ツッコミあれば入れてもらえると助かります。

また、キャラクターリストですが、現在用語辞典に載っている主要キャラクター、
及び設定スレ(http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835124/)
にて公開されているキャラクターの情報はすべてまとめました。(特務機関上位エージェント除く)

大枠の世界観設定にかかわる部分(曜日、宗教、時系列、地理歴史など)は、全作品を読破した上でまとめることにします。

まだうちの子がまとめられてないんだけど、とか
この設定だけは早急にまとめてくれ、とか
ありますれば、用語辞典単語登録ページ http://sw.dojin.com/cgi/tdpusr.cgi
から、ID「sw」 修正キー「tukutte」で登録作業してくださると、死ぬほど助かります。

使い方がわからん!という場合は、設定スレの方に書いていただいてもおっけーです。


報告長々となってすいません。 ということで定期age
120名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 13:13:02 ID:FA2/2feu
面白そうな企画なので参加してみたいなと思うんだけどいいかな?

今の所、ネラースにはサマン帝国とバクス皇帝属州
ぐらいしか地域出てないよね?

それなら、それ以外の地域とか、サマン帝国史以前の文明の話とかやってみようかな

後、余裕が有れば惑星ネラースの地図とか作ってみようと思う
カナンは、北の山へ行くと、そこに吹き荒れる雨と風を、雲で縫い合わせて外套を作りました。
それを身にまとうと、その姿を、カナンが思った通りに見せることができるようになりました。
巨人たちは、自分たちより小さいカナンを仲間の巨人だと思って、たいそう歓迎しました。

                                       太陽神カナンの伝承より

2.パクスの綻び

 深夜、アルゴンは衛兵に起こされた。
 貴重な睡眠時間でも、緊急事態は待ってくれるわけもない。手持ち燭台の明りを顔に浴びせかけ、眠気を払う。
「どうしたのかな」
「はっ、二番前線基地から、物音と火の手が。加えて定時の発光連絡が届きませんでした」
 緊張気味に衛兵が答える。
 二番となれば、張り巡らせた前線の中央付近だ。
「騒ぎはいつ頃からだね」
「つい先刻、定時連絡の直前です」
「なるほど、すぐ知らせてくれたか。いい判断だ。近隣の基地へ連絡を。私は二個小隊で出よう」
「はっ!」
 衛兵を兵舎へ行かせ、アルゴンは戦衣に替える。
 こうした場合、基本的には小隊数個の派遣で十分であるが、もし例外が現れていた場合は、将官を送る必要がある。
 今日は、特に嫌な予感がした。
 帝都産の強靭な繊維の将校服に、総司令官の象徴たる深紅の大マントを羽織り、寝台の隠し棚を開く。
 木枠の中に鋼板を張ってある、厳重な寝台の中には、革に包まれた槍が横たえられていた。
 包みを払い、鞘から抜き放つと、燭台の灯より強い紫白の光が、辺りを圧するように広がった。
 百の戦場を越えて、未だに研ぎ直す必要すらない、宝槍ラウファーダである。再び鞘に収めて、アルゴンは兵舎へ向かった。
 襲撃を受けた二番基地の隣の一番基地には、首席小隊長サーベラスが率いる第一小隊がいる。
 十中八九防ぎきれるだろうが、戦闘の勝敗よりも、こうなった経緯の方が気にかかった。
 長耳族の長老ギルデンスターンの、妙に強気な態度が思い起こされる。
 緩衝地帯を通過中の長耳族は、今どの辺りにいたのだったか。

 
 小隊を基本単位として動く属州軍団では、最精鋭を集めた第一小隊の小隊長は、前線部隊の最上位を意味する。
 その行軍は首席小隊長の名に恥じない、迅速なものだった。
「くそ、ここんとこ碌な戦がなかったからっつって、兵士どもめ、ブッたるんでやがったな」
 前線基地は一個小隊百人を常駐させているが、二百人を余裕を持って収容できるだけの設備がある。
 丸太を組んだ防柵と、野営及び演習用の十分な土地。そして石造りの兵舎に、見張り櫓のシンプルな構造である。
 今、防柵は引き倒され、各所に火の手が挙がっている。石造りの壁面にも崩された箇所があり、思ったより被害は大きかった。
 異種族と休戦協定が成立して久しいので、夜襲に対する警戒が薄れていたのもあるのだろう。
 このような拠点攻撃を得意とするのは、この辺の異種族では巨人族か黒翼族。
 巨人が来ているのであれば、既に目立っているはずである。
「カラスどもか! ッたく、油断も隙もねえ!」
 ならば、眠っている間に皆殺しにならなくて幸運であったとしなければならない。
 サーベラスには、その妥協の気持ちが忌々しい。
「基地を囲んで火を焚け! 中の連中にも篝を焚かせろ! 弓兵、カラス野郎の影が見えたら撃ち込め! バカ野郎火矢なんぞ撃って基地を焼く気か!」
 暗所と屋内戦は黒翼族の身の軽さが存分に生きる場所である。照明で包囲されたことを知らしめ、それから輪を縮めるように殲滅する。
「弓兵、翼つき以外を撃つんじゃねえぞ! 剣士隊、抜剣! 俺に続け!」
 弓兵の包囲環を残し、サーベラスは自ら陣頭に立って基地へ乗り込んだ。
 踏み込むと同時に頭上から降りてきた槍を、左手で掴み取った。
 黒翼族もろとも引きずり下ろし、剣を二度振るう。
 基地を攻めるには、敵の数が少ない。最初から基地を陥落させる気がなかったならば、納得のいく数であるが。
 遠くで、小さな光とともに、何かが破裂するような音が轟いた。
 最低限の人数しか残してきていない、サーベラスの守備していた基地である。
「やられた! 耳野郎どもめ! 全隊、いや第一小隊! すぐに整列しろ!」
 本来第一小隊が防備していたはずの基地から、夜空を透かしてもよくわかる黒煙が上がっている。
 櫓から飛び降りたところには、すでに第一小隊が集結しつつある。
 この基地の守備兵もまとめて、今すぐ全員で向かいたいところだったが、敵の第二波にも備えなければならない。
「体勢の立て直しはここの奴らに任せる! 全員俺に続け! くそ、ふざけやがって……!」


 アルゴンが、後詰めの二個小隊と到着する頃には、夜が明けていた。
 結果は惨敗。
 兵員の損失こそ無視できる程度であるものの、第一小隊が防備していた一番基地と、元々の襲撃対象であった二番基地が破壊されてしまった。
 二番基地に至っては、第一小隊が転戦していった後に、最初の襲撃で仕掛けられていた爆弾を点火されたのである。
 怒り心頭のサーベラスによって組織された追撃隊も、何人かの黒翼族と長耳族を仕留めたにとどまった。
 爆破されて基地としての機能を失った場所には、連れて行った二個小隊を追加して再建に当たらせているものの、以前ほどの防衛力は期待できないだろう。
 前線基地が潰されたのは、ただ単に防衛拠点がなくなったという意味に留まらない。
 皇帝属州は、平原地帯にいくつも打たれた、前線基地という点を結ぶことによって、緩衝地帯を囲いこんでいた。
 その点が二つ破れた。
「すまねえ、総督……」
「敵の方が一枚上手だったということだね」
 すっかりしょぼくれてしまったサーベラスだが、元気づけることはしない。彼は、こと戦闘に関してはプライドの高い男なのである。
「長耳族がいたというのは、間違いないのだね?」
「ああ、もちろんでさ。お望みとありゃ、耳ぶっちぎって持って来させますよ。奴ら、カラスどもと手を組んだに違いねえ」
 アルゴンの前だからこそ慎ましくしているが、アルゴンが少しでも敵対的な言動を取れば、すぐにでも戦闘準備を始めに戻るだろう。
 長耳族の移動集落は、どの辺りにいるだろうか。
 彼らの介入疑惑が実際のところどうであろうと、一度に二種族を相手にする愚を犯してはならない。
 四種族を相手にして互角以上であったのは、皇帝属州が帝都からの直通支援を受けていた、初代総督キセニアの時代の話である。
「サーベラス、長耳族への敵対行為は禁止だ」
「はあっ!? 総督!」
「総督命令だ。君たちの強さを疑うわけではない」
「また政治的配慮ってやつですか……」
 一度敵対した相手には一切の容赦をしない、戦士としてのあるべき姿である。
 属州軍団の小隊の中では、戦力としてはサーベラスの第一小隊が頭抜けている。彼の野蛮さに通じる勇猛さが、小隊に浸透しているのである。
 だからこそ、彼に政治的な活動を任せるわけにはいかない。
 パクス皇帝属州の役割は、征服ではなく国境安定なのだ。
「前線基地再建には、私の連れて来た二個小隊を充てる。第一小隊は、私と共に総督府へ帰還だ。何かあったら、すぐに出てもらうためにね」
「……はい」
 返事の歯切れが悪い。こちらの真意が、第一小隊の遊撃隊化にはないことを、サーベラスも薄々感づいているのだろう。
 このまま第一小隊を前線に置いておけば、敵が挑発でもして来ようものなら、間違いなくサーベラスは挑戦に乗る。
 黒翼族の挑発は巧みである。総督府の史書を紐解けば、彼らに釣り出されて大損害を受けた例が幾つも得られる。
 長耳族の移動集落の位置を探るのは、すでに別の小隊に命じてある。
 ギルデンスターンが、再びの会談に応じるかどうか。


 執務室の机の硬さは、嫌いではない。
 書類が片付いた後の、何も載せていない机の広さと手触りは、どことなく心を落ち着かせる。
 アルゴンにとってこの木製の台は、第二の寝床でもある。
 これで、机仕事に没頭できる余裕があればなお良いのだが、今は長耳族への働きかけが最優先の状況である。
「今日は特にお疲れですね」
 湯に手がつけられていないのを見て、ユーグがぼそりと呟く。
「そんなことはないさ」
 今から早馬で一日駆け通してこいと言われても、問題なくこなすだけの自信はある。
 書類仕事も、床から天井まで二山積み上げられても、文句一つこぼさず片づけるつもりである。
 何が一番精神に来るかと言えば、いつ来るとも知れない動き出しのタイミングをじっと待たねばならない時だ。
「ユーグ君、何か私がやることはないのかな」
「大丈夫ですよ。例年通りの事務処理です。総督は長耳族に集中していてください」
 折角の心遣いだが、逆に残念である。湯の入ったカップに口をつける。
「……少し、散歩してくるよ」
「総督府から出ないでくださいね。お知らせに行くのが遅くなりますから」
 ユーグにきっちり釘を刺されて、それもまた気分を重くした。
 執務室の扉を開き、とりあえず兵舎の方でも行こうかと足を向けかけたところで、横の角から侍女が姿を現した。
 雑務をこなす女たちとは別の、総督府で出自の良い者、教養の深い者を四人選りすぐった女たち。
 その彼女たちを従えて、なお付き人の質に不満を漏らす、傍若無人な少女は皇帝属州に一人しかいない。
「ごきげんよう、アルゴン様」
「やあ、ルーシア君。どこかへ行くところかな」
「まあ。アルゴン様をお探ししていたのではありませんか」
 突拍子もない。侍女に視線を流してみると、すまなそうな顔がひとつ、ルーシアの態度に憤りを抑えている顔がひとつ、徹底して事務的な顔がひとつ。
 あと一人の目が、また彼女の気まぐれだということを無言の内にアルゴンに報告している。
「それは光栄だね。どこか場所を移した方がいいかな」
「いいえ、ここでも結構ですわ」
「中庭に移ろう。ここは、人の往来が多いからね」
 侍女を四人も引き連れていては、廊下を一本封鎖したも同然である。
 どちらかと言うと侍女たちを促して、中庭へ向けて歩き出した。
「アルゴン様、私、ここに来てからずっと総督のお仕事を拝見しておりましたけれど、人をお招きするようなことはしないのですね。
私の本家には、専用の館が毎日のようにあちこちのお客様をお招きして、交遊会を開いておりましたのに」
「ははは、招くような客がいなくてね」
 交遊会など、一度だけであってもユーグが聞いたら目を剥くだろう。
「それに、ここは軍事防衛拠点だからね。それ以外に向ける財産がないんだ」
「ふふ、そうでしたわね。それで、本家と縁が持てたのでしたね。そうそう、私もようやく、ここの食事にも慣れましたわ。あの時はご迷惑を」
 その意見は笑って流すほかなかった。
「ところで、今日はいつになくお疲れのご様子ですけれど、どうなさいましたの? 私でよければ、お伺いしたいわ」
「大したことではないよ」
 話すか話すまいか。彼女の聡明さは、間もなく一年になろうという同居生活で十分に理解している。
「いや、君の気にすることじゃないさ。ちょっと、政治的な話でね」
 ルーシアの黒い瞳がきらりと光った。
「構いませんわ。属州総督夫人として、当然の嗜みではありませんか?」
「……その話はもうなくなったはずだよ」
 彼女こそが、雷光の槍ラウファーダを目当てに、アウルム財閥から送り込まれてきた「花嫁」であった。
 既成事実の押し付けに近い縁談は当然、念入りに丁重さで塗り固めながら、断っている。
 破談が決定したところで、すぐに帝都から彼女の帰還を促す手紙が届いている。彼女の役割はそこで終わりのはずだった。
「君も、いつまでもこんな田舎にいてはいけない。帝都に戻れば良い縁談をいくらでも選べるだろう」
 むしろこんな男ばかりの場所で一人でいたとあっては、何かしら評判に傷が付いてしまう可能性さえあるのではないか。
「最近は、本家も私の自由にさせてくれておりますの」
 彼女はアルゴンの真面目な視線から少し顔をそむけて、はっきりと呟いた。
 アルゴンから縁談を断る旨の手紙が届いた次の月には、彼女につき従ってきたアウルム財閥の侍女たちは帝都に引き上げている。
 帝都から彼女に薄い手紙が届いていたのは、半年前までだった。
「総督、こちらにおいででしたか」
 中庭に響く少年の声。アルゴンに並ぶ少女の姿を見て、わざわざ自分から呼びにきたユーグは、うめき声を漏らした。
「あら、可愛い官僚さん。お仕事に精が出ますのね」
 しなやかな猫科動物を思わせる身のこなしで、ルーシアが笑顔を振り向けるが、ユーグは直視を避けるようにアルゴンに報告を続ける。
「長耳族の長老と、話がついたそうです。しばらく森のあたりに集落を固定するから、何かあるならそちらから来いとのことで」
 出向いて来い、ということは、長耳族としては話し合うことなど何一つないという意思表示である。
 前線基地の一件で長耳族の屍が上がっていながら、この態度であった。だが完全に拒絶されなかっただけでも、ましとしなければならない。
 普段ならここで、ユーグから文句の一つも出てくるはずだが、少年はアルゴンと、傍らにいる黒毛の少女の間の距離をしきりに気にしているばかりである。
 ユーグから文句や愚痴の一言が出てこないと、どことなく物足りない気分になるものだ。
 アルゴンは、傍らで猫の目をしているルーシアに目くばせをした。
「どうやら、我が皇帝属州にも、招くことのできる客がいるようだ」
「招待は受けていただけないようですけれどもね」
 長老がギルデンスターンである限り、総督府市街を囲む城壁の内側には絶対に入ってこないだろう。

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せっかく神器用意したのに、しばらく出番もなく、地味なつつき合いに終始しそうな気配。
125名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 15:15:35 ID:/ng12nMo
>>120
世界が広がるのは良いことです。なので、どしどし参加してください。
また、地図が描かれれば地理を把握しやすくまりますし、創作もしやすくなりますので
私は歓迎します。

>>121-124
投下乙。
政治や戦略の絡む物語は難しいとは思いますが、楽しんで読ませていただいていますので
頑張ってください。
126 ◆xyCklmNuH. :2008/09/24(水) 19:08:35 ID:iphUmaBh
>>119
いつもお疲れ様です。何も協力できず申し訳ないです。

>>120
参加はいつでも大歓迎です。
最近は人が増えてきて嬉しいです
今は矛盾とかあまり気にせずに、どんどん書いていっていい時期だと思いますよ。

>>121-124
投下乙です。こういうシリアスな話にはいつもあこがれます。


それでは投下します。
127祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/24(水) 19:10:27 ID:iphUmaBh
3.side Orca

外が騒がしい。聞こえてくるのはアコーディオンの演奏、
ピッコロの音色、バイオリンの響き。
人々の喧噪、それらすべての音が俺を夢から引きずり出した。

「……くぁ もう朝か」
久しぶりのベッドでの眠りは存外心地よく、起きた直後の軽い倦怠感を感じながらゆっくりと身を起こす。
日が高い。朝というより既に昼に近い時間だろうと推測する。

「むー。それは食べちゃダメなのー。食べ物じゃないのよー」

近くで声が聞こえ、分かりきってはいたが、一応振り向いてみる。
そこには隣のベッドでは上掛けをすべて跳ねのけ、だらしのない格好で寝続けるアリスがいた。
暑かったのだろうか。頬に若干朱がさし、少し汗が光っている。
体はベッドに対し横向きになり、両足はすでにベッドから落ちている。
何やら寝言を呟いているが、意味の分からない言葉の羅列になっている。
両腕こそ薄い胸の上に組まれているが、上着はヘソの部分までめくれあがり、その白い肌を覗かせている。
腰下までずり下がったズボン。そこに見えている白い布は、まぁ、きっとそういうものだろう。

俺はすべてを見なかったことにし、服を着替え、食堂に降りる。
そこにはすでに一人もいない。すでに祭りへ繰り出していったのだろう。
昨夜は多くの人で賑わっていたが、誰もいないとなると広く感じる。

「おう、兄さん、やっと起きたのかい?」

振り返ると奥から宿屋のオヤジが出てきたところだった。どうやら昼の準備を始めていたらしい。

「ああ、長旅の疲れが出てしまったらしいな」
「なんだい。俺はてっきり、さくばんはおたのしみでしたね。の方かと思ってたんだがね」
オヤジの心底残念そうな言い方に、苦笑を浮かべ、言い返す。

「残念ながら、あれに女性としての魅力は感じない」
「そうかい。あんだけ可愛い子に対して全く魅力を感じないとか。男としておかしくないか?」
「そうでもない」
オヤジの言葉を軽く受け流しながらカウンターに座る。

確かにアリスの外見だけを見ると、男が寄り付きそうな容姿だろう。それは認めよう。
俺も子供時代は確かに初恋の相手だった。これも認めよう。
だが、今こうして見ると、女性というより……いや難しいな。うまい言葉が出てこない。
ともかく何かが違うと思う。とりあえず今は適当に答えることにする。

「子供相手に盛っていたらそれこそおかしいさ」
「かっかっか。14なら十分結婚可能年齢だぜ。ま、実際その年齢で結婚する奴なんて少ねえがな。
お偉い連中の政略結婚ぐらいだろうな」
そう言って宿屋のオヤジは一度奥に引っ込む。しばらくして料理をもって再び戻ってきた。

「ほら、今のうちに食っとけ。今晩から祭りが本格的に始まる。きっと死ぬほど飲まされるぞ」
「そうなのか?」
「ああ、そうだ。飲み、食い、踊り、歌い、遊ぶ。その輪の中に誰だろうが関係なく巻き込むのさ。
新たな出会い、気まぐれな再会、そういった出会いを目一杯楽しむ。それがこの祭りの真骨頂だからな」

宿屋のオヤジはさらに豪快に笑う。俺もつられて笑いながら、食事を始める。
半分ぐらい食べ終わったころだろうか。上で豪快に扉を開ける音が聞こえ、とたとたと降りてくる音がする。

「よう、お嬢ちゃんもやっと起きて来たか」
「こんにちわー。おじさん」
笑顔を振りまきながらこちらへとやってくる。
アリスの格好はいつもの地味な旅衣装ではなく、若草色を基調としたワンピースに着替えていた。
髪も今は結ばずに腰まで流すままにしている。
128祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/24(水) 19:11:35 ID:iphUmaBh
そのアリスが俺の方に振り向くと、一瞬にしてむっとした表情になる。

「オルカ君。どーして起こしてくれなかったのよー。私も起こしてくれてもいいじゃない」
「いや、あまりにも無防備に寝ていたのでな。かなり起こしづらかった」
「ほうほう。で、感想は?」
「子供」
数秒後、アリスは長い溜息を吐くと諦めたように呟く。

「……うん。ちょっとでも期待した私が馬鹿だったってことよね」
「自分の外見を考えるんだ。主に胸部付近。期待する方が間違いだ」
「本人目の前にしていうことかー!」
両手を挙げて怒っているが、無視して食べることに専念する。
やがてオヤジがアリスの分の料理を持ってきたことから、アリスもようやく落ち着いて食べ始めた。


「それで、まずはどこへ行く?」
しばらくして食べ終わり、これからの行先を聞くことにする。

「適当にぶらぶらと歩くだけ。それが一番の楽しみかたよ」
「そうなのか」
「お、お嬢ちゃんは花祭りの楽しみ方がわかってるねぇ」
オヤジも話を合わせてくる。アリスは当然とばかりに胸を張る。

「あったりまえよー。あ、でも、夕方には中央広場に出るから、それは忘れないでね」
「中央広場?」
「ああ、お嬢ちゃんもあれを狙っているのか。女性なら当然だな」
「あれってなんだ?」
「1日目の夕方に中央広場で花開きというイベントがあるの。
そこで主催の人が一輪のユリの花を投げ、それを合図となって街全体で一斉に花を撒いていくのよ」
「それで、その始めのユリを手に入れた女性は幸せになるというおまじないがあるのさ」
アリスの説明にオヤジが補足を入れていく。

「なるほど。女性にとっては重要イベントであることは分かった」
「あ、ついでに男性が持った場合、その花を送った女性と必ず結ばれるって言い伝えもあるわ」
「でも男が持ったら死人騒ぎが起こってもおかしくねえからな。男は遠慮するのが無難だぜ」
「……何で死人が出るのか分からないが了解した」

最後に宿屋のオヤジに礼を言い、外に出る。
そこは、昨日とはさらに違った熱気に満ちていた。
129祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/24(水) 19:13:33 ID:iphUmaBh
行き交う人々はみな何かしらのジョッキを持ち、そこかしこに大きな輪を作り笑いながら飲んでいる。
に様々な楽器を持ち演奏する長耳族もいれば、その軽快な音楽に合わせ踊る人間もいる。
一人でいる人はどこにもいない。種族の差などまるで感じない。
全ての人が一つになっているような一体感が、この街を包んでいた。

「どう? オルカ君」
「ああ、すごいな。これは」
その光景に圧倒されて呆然とつぶやく。
すると、一人の男がこちらへ気づき、あっさり近づいてくるとエールを俺達に押しつける。

「この出会いを祝って!」
男の声、その声に合わせるようにアリスはエールを前に出し、笑顔で応じる。

「出会いとは接触。出会いとは交差。出会いとは繋がり。では出会いの心の意味は?」
男は、おっ、と言う表情を一瞬出し、すぐに笑顔になる。男はエールを高く挙げ朗々と歌い上げる。

「出会いとは運命、しかし出会いとは奇跡。ならば出会いこそが祝福である!……これでいいかな。お嬢さん?」
「ええ、完璧」

男のウインクに、アリスは満面の笑顔で答えるとエールを高く掲げ、合図する。
「それでは、乾杯!」
「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」
いつの間にか輪が広がり一斉に声が挙がる。
俺も「乾杯!」といいながら一気に飲み干した。
先ほどの男がこっちに近づき、話しかけてくる。

「いい飲みっぷりだねー。古い花祭りの祝詞をあの年で知ってる旅の娘といい、今年の花祭りも楽しくなりそうだ」
「俺は初めてですけどね。いや良い祭りです」
そう答え、近くの壁に体を預け俺は見る。
アリスはすでに輪に溶け込み、色々な人と共に音楽に合わせ踊っている。
街は笑いで満ち、色々な食べ物の匂いが食欲を刺激する。
不思議な、しかし気持のいい高揚感が人々に宿っている。

俺はエールをもう一杯呷りながら思う。アリスについてきて良かった、と。





短いですが今回は投下終了です。花祭り1日目昼でした。
今回の話はオルカ視点とアリサ視点で書いていくことにしました。
……サービスシーン目指したけど、ぜんぜんエロくないよ。
130 ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/24(水) 23:15:31 ID:cWmrQEKE
投下します
131犬ども(3) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/24(水) 23:16:45 ID:cWmrQEKE
(1/3)

もう二十年近く昔の話だ。おれは兵隊に志願して、遠い地方の小さな基地で二年過ごした。
まともな、歩兵らしい戦闘というのはほとんどなかった。おれの基地だけじゃなくどこでもそうだ。
逃げ場のない、だだっ広い砂漠の真ん中でひたすら訓練を繰り返す日々。
やがて一人前の体力と経験を得て、砂漠の熱や寒さや渇きも、日常の訓練や労働も苦にならなくなると、
おれたちは余暇を狩猟をして過ごすようになった。
まばらに存在する灌木林やわずかな水場を求めてさまよう大型獣が主な仮想敵だったが、
景気のいい日には、空中都市の落し物らしい蒸気機関の怪物――狩猟機と出会う事もあった。
ラクダに乗った遊牧民を発見できたらラッキー・デイ。
あまり大きな移動集落や商隊にはさすがに手を出さなかったが、
盗賊と異種族なら遠慮は要らない。基地の部隊は競い合うようにこれを襲撃した。
おれたちは、どんな猛獣や機械よりも、二本足で立って歩くやつを撃つのが一番楽しい事を知った。
オアシスを求めて現れる渇いた人々を、おれたちは待ち伏せして殺した。

人間の盗賊は簡単に命乞いをするからつまらなかった。
異種族、特に長耳族と賢狼族はどいつも死に物狂いで戦うからお気に入りの獲物になった。
鋭敏な聴覚と優れた脚力をもつ長耳族の狩人のおそろしさも、
一噛みで骨をも砕く賢狼のあぎとも、おれたちの狩りへの欲求を刺激こそすれ止める事はできなかった。
命を惜しむやつは英雄になれない。砂漠では、命を賭けるゲームの他にタフさを競うものがないのだ。
ある時、妻子の復讐のため、基地に単身乗り込んで仲間を三人殺した賢狼の戦士が居た。
おれはそいつとさしで戦って、部隊の英雄になった。彼にやられたでかい古傷が、おれの脇腹に残っている。

おれたちは異種族を憎むというより、同じ砂漠の流刑民としての一種の親近感でもって彼らと戦っていた。
銃後はあまりに遠い。基地に赴任して最初の頃、非常食用の缶詰というのがカードの賭けによく乗ったが
狩りが始まると缶詰は見向きもされなくなり、獣の毛皮、角、略奪した食料や武器、装飾品が好まれるようになる。
それらが本当におれたちの生活に必要な訳ではなかったが、
基地では他に楽しみや自慢になる持ち物がなかったというのも確かだ。
本国からの物資で賭けに乗るのは、雑誌と写真とチョコレートだけになった。

おれたちは日に日に文明生活から遠のいていった。
戦闘では老人や女子供を情け容赦なく殺しておいて、
あとになると敵の戦士の勇敢さを称える事で罪悪感を紛らわした。
おれたち独自の儀式――砂漠で出会った人々への、殺し以外のさまざまないたずら――が生まれ、
一方で週一度のお祈りと司教さんのありがたい説教は睡眠時間になった。
訓練、歩哨、オアシスから水を汲み上げるポンプの管理・修繕、一晩で砂に埋もれるトーチカの設営、
そして狩り。部隊で長耳族の移動集落を襲った時、おれは親子と会った。
母親はおれが殺した――長耳族は女でも弓の扱いを心得ているものがいる。
おれは矢傷を受け、その場で動けなくなった。鏃に痺れ薬でも塗ってあったのだろう。
立ち上がる事もできないおれの前に、十二、三の少女が居た。
彼女が弓を取って母の仇を討つのにためらいはなかった。おれは彼女も撃った。
毒が回って気絶したおれは仲間に助けられ、無事基地に戻る事ができたが
熱でうなされるおれの夢には繰り返しくりかえし長耳の少女が現れ、体が治ってからも悪夢は習慣化した。
子供を殺したのは彼女が初めてでもなかったのに、何故彼女だけが? 分からなかった。
132犬ども(3) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/24(水) 23:17:22 ID:cWmrQEKE
(2/3)

復員して帝都に帰ったばかりの晩。ヴィッキイや兵隊仲間、街の悪友たちと飲み歩いたその晩は
めずらしくも雨が降っていた。工場街の煤煙が混じった、黒い雨。
汚い街に降る汚い雨でも、濡れた灯が夜目にぼやけて、おれたちには結構感動的に見えた。
飲み屋を渡り歩く途中で女を拾った。兵隊好きで優しい、少し子供っぽい女だ――おれは彼女と寝た。
彼女と寝たその晩、基地にいる間ずっと続いていた少女の夢を初めて見なかった。
別れ際にまた会いたいと言って、彼女の名前を訊いた。女はエリカといった。

「首尾はどうだ? 犯人は割れたか」
パララクス警部にせっつかれた。
『鉄槌』事件を三課と五課で押さえ込んでいる事に、殺人担当の一課や分署が不平を言っている。
ローエン卿とブルーブラッドも急いでいた。
二週間後の即位記念日までに空賊狩り計画実行の目処をつけたいと考えているらしい。
「関係者を二人ほど特定しました。たぶん空賊と、空賊ご用達の工房主ってところですね。
工房主は『鉄槌』の証拠はまだありませんが、空賊絡みの店って事は確実です。
別の案件でローエン判事に令状取ってもらって、すぐにもしょっぴきますよ。
もう一人の男は街中の工房と薬屋を当たって探してますが、なかなか……」
「それは報告書で知っとる。やつらが犯人なのかという事だよ」
おれがシャワーを浴びてない頭を掻くと、デスクにフケが舞った。
隣に居たシドがボスに答えた。
「身元不明の男のほうでしょう。結局そういうことになります」
そういうこと――尋問で吐かせる。本人が見つからなければ代わりを探すまでだ。
ボスにも分かっているが、彼は不満な様子だ。おれも同感だった。ブルーブラッド、内務調査五課。
「ブルーブラッド警視が何を考えているのか分からん。正攻法でできれば越した事はないんだが」
「それは、おれたちにとっても同じですよ。彼は判事とどういう関わりなんですか?」
「判事は私と彼の共通の友人なんだよ。判事が多少強引に引き入れた格好だが」
「ま、五課も三課もこうなりゃ一蓮托生です、無理は言わんでしょう。ぎりぎり粘ってはみますが」
「頼むよ」
133犬ども(3) ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/24(水) 23:17:50 ID:cWmrQEKE
(3/3)

ボスをやり過ごすと、おれとシドは本部の隣の建物にあるラボへ向かった。
ラボでは所員のエントゼールト警部補という陰気な男が、『鉄槌』のファイターを調べてくれている。
それが昨日、「おかしな結果が出た、詳しい話がしたいので一度来てくれ」と連絡を受けた。
おれたちが訪ねると、取り次ぐまでもなく警部補が受付に現れて、
「遅いじゃないか」
警部補はおれたちを研究室に案内した。
組み直されたファイターが作業台に乗っていて、周りには白衣の若い所員たちが所在なさげに集まっていた。
「『鉄槌』のファイターだな」
シドが言った。
「そうだ。図面通りに組み立てた、これが普段の姿だな」
台のそばに居た所員の一人が、シドに機械部品のたくさん詰まった木箱を渡した。
「それが現場に散らばっていた部品の残りの一部」
「ファイターに使われてない部品か」
警部補が頷いた。おれも箱の中身を一つ取ってみた。
「工房の、ファイター以外の機材全てを調べたが、そいつが収まるものはなかった」
「ばかに小さい部品が多いな」
「まだまだ残りがあるぞ。あんまり多くて邪魔だから、まとめて倉庫に入ってる」

調査中の証拠品を保管する倉庫が、ラボの裏にあった。
倉庫手前の屋外には防水カバーのかかった車がずらりと並んでいて、シドはきょろきょろ辺りを見回した。
白い塗装のされた、カマボコ型の倉庫はラボ自体の建物より大きく見える。
入ると、什器の退けられた一角にシートが敷かれ、その上に部品でちょっとした山ができていた。
積み上げられて、おれたちの腰くらいの高さまでになっている。
「おれたちが入った時、こんなにあったか?」
警部補が笑った。
「五課の課長さんたちと家ん中探したら、どさどさ出てきたよ。工房はもちろん、
奥にあった家主の寝室、寝室は見たろうが屋根裏は見なかったな? 報告書に書いといたはずだ」
「まさか、これほどとは思わなかったよ」
「検分するたび見つかるからきりがなくてね。これでもう全部、隅から隅までさらって集めたはずだ」
おれたちは癖でもって、手に手に取って部品を眺めた。機械の知識は全くないが、
「こういうのは、何て言うか……出来のいい部品なのか?」
おれの漏らした感想に、警部補が答える。
「そう。『鉄槌』みたいな街の一工房の設備で、そんなもの作れる訳がない」
「ジャンクだな」
「空中都市の狩猟機に使われてたものだ。
まだほんの一部だが、保安局のデータベースと参照して確認したよ。間違いない」
部品を持ったままううむ、と唸ってシドが訊ねる。
「で、一体どういう事になるんだ?」
「これ全部組み立てたら狩猟機ができるかも知れん。
ここじゃ無理だ、もしやるならアカデミーに送るがね。そうなると……」
「機械があの殺しを? 馬鹿げてる」
思わず口を突いて出た。狩猟機など目撃証言にもない。
季節毎に帝都にも時折現れる狩猟機は非常に危険だが、そう毎度まいど降ってくる訳でもなし。
特にこの時期はやつらが動かないというので、空賊が挙って空中都市へ泥棒に行くのだ。
狩猟機の仕業とは考えにくい。だが、確かに部品が残っている。
「誰かが操作したとか」
「狩猟機をか? ありえないな」
「おれたちもそう思ってるよ。しかし結局はあんたらの仕事なんだ。おれたちは分かった事を報告するだけ」
すっかり混乱した頭のままで、おれとシドは倉庫を出た。
「ありがとう、また何か分かったら連絡してくれ」
帰り際、背中越しに怒鳴られた。
「次からもっと早く来い」
134 ◆/gCQkyz7b6 :2008/09/24(水) 23:18:14 ID:cWmrQEKE
投下終わりました
135名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 23:36:49 ID:oYeQBKzn
帝国内の通貨は?
136名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 23:53:30 ID:/ng12nMo
>>135
ダガーですな。
1ダガー=一円ぐらいで。
100ダガーで銅貨一枚、その百倍で銀貨一枚、さらに百倍で金貨一枚という案が
今出てますね。
ついでに、銅貨の下の鉄貨とあっても良いかも、という意見も出てました。
137名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 23:56:01 ID:/ng12nMo
>>136の訂正
×鉄貨とあっても
○鉄貨とかあっても
138名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 00:12:13 ID:qFaW2h3l
まずは金属の価値によって資産保障してるのか(物々交換の延長による金銀経済)
発行元(帝都)の信用によって資産保障してるのか(信用取引による紙幣経済)
どちらかを設定しないと

あと鉄貨は派手に錆びる上に錆びやすいから、長期の使用を考えると貨幣に向かんらしい
鉄貨でぐぐってみたが、例は極端に少なかった
ちなみに日本の100円玉は銅75:ニッケル25のニッケル貨、もしくは白銅貨と呼ばれるもので、鉄とは違うようだ

で、基本的には最低単位と思しき銅貨が1ダガーでないのは経済的に怪しいので、
帝国が紙幣経済を取り入れているから、銅貨にも等級がある的な流れが妥当だと思うが
それだと単体で額面価値以上になる貴金属貨幣の存在がうさんくさくなるので
地方ではまだ紙幣の信用が薄いとかその辺にしておいた方がいいのではないかと

つまり帝国内でも物価と貨幣価値の変動があることになる
小切手で片付くところもあれば「ケツ拭く紙にも〜」のところもある、というところでどうだろう
結局のところノリと雰囲気でいいにしても、こういうことをちょっと頭に入れておけば、それっぽいのが書けるんじゃないだろうか


ちなみに百円硬貨のwikipediaをざくっと見てみただけだが、貴金属貨幣のうさんくささについてざくっと説明があった
なかなか興味深い
139 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/25(木) 00:13:31 ID:IUcR4KPm
携帯はつらいよ
140問題屋シンの本領発揮(5):2008/09/25(木) 00:14:17 ID:IUcR4KPm
 忘れられた街、ゴイチニ。街が成り立って以来の危機、絶体絶命、崖っぷちの大ピンチだった。
 上空には雲上艇が十隻。しかも武装し、大量の爆弾を積んでいる模様。ただし脅威なのはその戦力よりも後ろ盾。すなわち帝国だ。
 正直、ゴイチニの総戦力を持ってすれば、雲上艇の十隻、二十隻なんてメじゃない。ミハエル盗賊団も雲上艇を所持し、空戦だって可能なのだ。
 しかし、我々ゴイチニ住人はこの死神に手を出すことは出来ない。弾丸一発当てただけで、ついでに掃討される存在から殲滅すべき存在にランクスアップする。はれて帝国の敵となるのだ。
 けれども街の奴等がむざむざやられるとは思わない。どうせやられるのなら帝国との全面戦争に発展する。さらに抵抗軍も介入、各地に戦火が飛び火すれば流石の帝国も危ういだろう。
 結局のところ、ゴイチニには現状維持。これに尽きるのだ。だから問題を招いた俺にはやらねばならないことがある。
「ルビン。屋上だ! 他の連中がカッとなる前に止めなきゃまずい!」
「屋上!? お前のやってた仕込みか!?」
 流石、相棒だ。勘が鋭い。が、今は説明してる時間はない。他勢力の用意が整うまで時間がかかる。
 俺とルビンは階段を猛然とダッシュ。そして、事務所のある廃ビルの屋上。ルビンは唖然としている。
「おい、シン。お前ついに頭イカれちまったのか? それとも“帝国を滅ぼす引き金となった問題屋”って文句で歴史の教科書にでも載りてぇのか?」
「どっちもハズレ。俺はこの場を無難に乗り切りたいだけさ」
 俺たちの目の前にあるのは小型ミサイル。錬金術と工作の応用だ。弾頭には俺特製の火薬が少量。雲上艇の一部に損傷を与える程度の代物だ。
「なぁ、戦争するならもっと派手に行こうぜ? 全機撃ち落とすか」
「あのな、頭イカれてんのはお前だよ。戦争したきゃ隣りの国へ行け。俺は平和主義者なんだよ」
 えいっとミサイル発射スイッチに力を加える。推進部が火を噴きながら雲上艇目掛けて突進。命中後、派手に炎が上がる。心なしかルビンの顔が青白い。
「やっちまったな。隣りの戦争王国でいいから逃げよう」
「阿呆。あそこに行くなら自殺のが生存率が高い。それより俺の策を見るがいい」
 そう、もう一つの仕込みだ。紺のジャケットの中からそれを取り出す。ミサイルと違ってそいつはあまりにも地味だ。
141138:2008/09/25(木) 00:15:00 ID:qFaW2h3l
貴金属のうさんくささ、は語弊があったので訂正
額面価値と金属価値だね
まあ俺はよくわからんので、なんとか書かずにごまかしたい
142問題屋シンの本領発揮(6) ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/25(木) 00:16:46 ID:IUcR4KPm
「あー、あー。マイクテス」
「なんだそりゃ。通信機?」
 そうもう一つの仕込みは通信機だ。これもこの危機を乗り切るための、重要なファクターだ。
「前、お前に軍の周波数教えて貰ったろ? こいつで雲上艇の人達とお話出来るんだ。おっ、早速来たぞ」
 がががが、と雑音混じりの通信がだんだんクリアになっていく。
『こちら雲上艇第五小隊本艦通信士。貴方の所属と名前を』
「所属はゴイチニ。名前はミサイル撃つの大好きさん、かな。それと通信士じゃ話ならない。俺は艦長とお話したいんだ」
 ルビンはハラハラと動向を伺っている。しばらくの沈黙の後、中年男性の声が話を始める。
『貴様か。ミサイルを打ち込んだのは。どうなるかわかっているのか? お前らゴミの溜まり場は終わりだ。汚物は消毒させてもらう』
「まぁまぁ、取引しようよ。俺はミサイル撃つの大好きさんだからまた撃っちゃうよ?」
『愚かな。そんなに戦争がしたいのか。それにさっきのミサイルでは話にならん』
「誰が雲上艇に撃つって言ったよ。俺が撃つのは“隣国”だ。ゴイチニ郊外で国境付近を確認して貰いたい。そこにミサイルがあるだろう。威力は先程の百倍だ」
 隣国、スリーナ王国。現在、帝国とは互いに不可侵の関係にある。しかし、そのスリーナにミサイルを打ち込めば最悪、世界大戦となる。
『ふん、ハッタリだろう』
「ハッタリかどうか試すかい? どの道俺たち皆死ぬんだ。いっそ世界を巻き込んでやるよ」
 しばし相手の声がやむ。帝都に連絡をとっているのだろうか。沈黙の後に艦長が切り出す。
『やむ終えん。取引内容は?』
「ゴイチニ総攻撃の中止。紛れ込んだ抵抗軍を探し出す賃金として十億ダガー頂きたい。もちろん身柄は引き渡す」
『……いいだろう。金は近々運ばせる。くれぐれも頼むぞ』
 通信機を切れ、雲上艇が引き返して行く。とりあえず脅威は去った。
「お前、ミサイルで脅して十億もふんだくるとは流石だな」
「いや、ミサイルは実は粘土に錬金術の偽物だ。一日であんな兵器いくつも作れる訳ないだろ」
 狐につままれたような顔のルビン。かなり迫真の演技だったみたいだ。
「それにあんなミサイル、時間を置けばバレる。むしろ逃げ延びた抵抗軍が何か掴んでるとみた」
「というと?」
「簡単に言うと連中、帝国のスキャンダルか何かを他国に売り付ける気だ」
 さて、またまた何か“問題事”の気配がする。
143 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/25(木) 00:17:38 ID:IUcR4KPm
あぁ、次は設定だ……
144設定 ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/25(木) 00:28:55 ID:IUcR4KPm
スリーナ王国
周りの国と常に戦争をしている軍事国家。『戦争王国』や『狂犬王国』とあだ名される。帝国も幾度となく噛み付かれ、ようやく和平条約を結ぶことに成功。
しかも、豊かな土壌と資源により軍事力が高く厄介だ。
民族自体が好戦的。ただ、約束は守り和平条約を結んだ帝国には一切手を出さない。ただ他の隣国は未だに手を焼いている。

五百十三国境防衛ライン
国境とゴイチニの間にある細長いエリア。西の終着駅もある。元々スリーナの動向を伺う機関だが、特に闘争もなく平和。ほぼゴイチニと同化している。
ちなみにシンのミサイル作戦も帝都には連絡しなかった。ゴイチニが不利になると考えたためだ。
145後付け ◆R4Zu1i5jcs :2008/09/25(木) 00:38:18 ID:IUcR4KPm
ミサイル
推進部が蒸気で少ししか飛ばない。小型であまり威力はない。錬金術師が戯れで作ったのが始まり。
けれどこの世界ではかなり革新的な兵器で、汎用性は高い。
146名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 00:43:16 ID:Je6dCHTF
>>145
投下乙。
蒸気機関のミサイルとか、スチームパンクっぽくて良いな。
147名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 05:33:48 ID:Mv/PWznf
遅まきながら【犬ども】、【ゴイチニ】の二作品をまとめました。
取り急ぎ報告だけですが。
どの作品もすべてしっかり読み通した上でまとめてます、それぞれに感想を書く時間がとれなくてごめんなさい。いつでも投下楽しみに待ってますぜ。

全鯖規制で携帯からの定期age。
148名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:48:59 ID:U1lg6ntN
誰もいない。全話感想するなら今のうち。
とりあえずは前スレ分がほとんどです。

前スレ>>531-533

広大な植物園に自動人形。余り監獄らしくありません。
デルタさん。意外と人形大好きなのでしょうか?
そしてこの都市のギミックは気になります。


前スレ>>535-538

クロさん?再登場。って、つえぇぇぇぇ!
匪賊カワイソウです。
砂漠と森林の境に山脈があるとのこと。帝国の領地がどこまで広がっているのか。

前スレ>>539-543

空の上に存在する神樹【トゥルカム】。新しい舞台の登場です。
喋る貂も登場します。
カエルがこの世界にとってチャームポイントになりそうです。

前スレ>>547-548

猫目かわいいよ猫目
やはり古代文明は相当なレベルだった様子。
マキナ君・・・君は一体何者なんだ?

前スレ>>552-566

都市【トゥルカミア】に住むセイユ少年
額の印といい、帝国とは大分趣が異なる様子です。
黒貂は漆黒のラルポルトでしたか・・・ラルでいいよね。
・・・ってセイユいきなり死んだー!
人形になって復活! おどろきです。
漆黒のラルポルトも魔法が使えるみたいですね。

前スレ>>567-570

車載砲「バロールの目」とかかなり強力な武器が存在していますね。
そして強盗団、全滅。ああ、君達の雄姿は忘れない。5分ほど。
イルさん胃薬が必要そうに見えるのは気のせいだろうか。

前スレ>>573-575

警察登場。相当摺れているようです。
帝国は大分荒廃しているようですな。渋い世界だ。
自動人形も結構作られているみたいですね。

前スレ>>579-582

少女を助けるジョン・スミス。やはり助ける対象が少女なのは自然です。
髭面の親父助けてもつまんないし。
旅団の活躍はこれまでだ! こいつらの活躍もちょっと見たいと思いました。
149名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:50:21 ID:U1lg6ntN
前スレ>>585-587

アリスとオルカ再登場。マルエッソは一体どういう町なのか。
スリ少女も登場しました。
ビーンズスープの少年ってもしかしてゴーダ少年か?

前スレ>>591-595

帝都ではとんでもない動きが出てきました。
皇帝が自動人形とは驚きです。そして探偵も再登場。
だんだん帝都は物騒な都市として定着してきた感があります。

>>17-20

マキナ君。迫真の演技でした。レックス・パラグディン中佐? 私はマキナ君と呼び続けます。
猫目さんの名前も登場。エスカ・ハルホーク。うん、いい名だ。
そしてワープ技術まで登場。古代文明は化物か!

>>25-26

このシリーズ、非常に退廃した雰囲気が伝わってきます。
話にだけでてくるエリカさん。何故か死亡フラグを持っている気がします。
空賊とギャングが対立しているようで、これからどうなるのでしょうか。

>>28-31

ドクター・ノースとデルタさんは夫婦だったのですね。(勘違い)
ともかく監獄都市の構造はおもしろかったです。
爆破は男のロマンだよね。

>>33-34

ヴェリタネラス外典なる書物が登場。
なにやら過去か現在か、それとも未来か。
恐ろしいことが起こった様子です。

>>36-37

過去にマナの浪費が行われていたようです。
その結果異常気象が起こるとか。
マナとは一体この世界でどういう役割を果たしているのでしょうか。


中々追いつけなくてすまん。今回はこれで終わり。
150名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:50:56 ID:5MjReGAi
乙です!
151名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:53:06 ID:Yq0sYtRc
すばらしい
152名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 10:25:16 ID:fsZhxtGl
全感想の人すげー
153名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 15:06:28 ID:f9c0MOp/
全感想乙です!コレはモチベーション上がるw
154名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 17:42:17 ID:l87QSevn
ええと、質問というか、相談というか、雑談というか、お願いです。
ゴールドバーグの駅ってどんなイメージなのかなあ?
SSに出したいんだけれど、どんな感じなのか分からなくて困っています。
どなたか設定を考えて下さらないでしょうか。
よろしくお願いします。
155名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 17:50:40 ID:AzGaOXS0
>>154
パリのリヨン駅みたいなイメージかな。
ガラスと鉄骨造りで、天井の高いホームに線路が何本も入ってきてる。
156 ◆xyCklmNuH. :2008/09/29(月) 20:50:51 ID:JhfRTPWD
投下します。
157祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/29(月) 20:52:58 ID:JhfRTPWD
4.side Arisa

街は夕闇、まさに花祭り1日目最初のイベント、"花開き"が始まる時、中央広場では大勢の人で賑わっている。
足の踏み場もない状態のそこで、一人の少女はゆっくりと歩を進めていた。

"さぁ、祭りの始まりだ!"


……どうしてこんなことになったのか。
あたしは何度目になるかわからない疑問を抱きながら中央広場へと足を踏み入れる。
目標はギャングの重鎮の一人、そいつが今、イプシロンが目的としている資料を持っているらしい。
あたしは"花開き"の開始時、すべての人が投げられるユリの花に注目するその瞬間を狙って資料を盗る。
後は人ごみにまぎれて抜け出し、イプシロンに合流、資料を渡せば終了になる。
それが終われば晴れてお役御免で、この街から逃げだせるというわけだ。

簡単に言うけどな、作戦内容はおおざっぱ、そのくせ難しさは半端じゃない。
だれだよこんな作戦考えた奴。……イプシロンか。
はぁ、それでもやらないといけないんだよな。
憂鬱な気分に首までつかりつつ、それでも歩みをとめることはない。

周りでは浮かれた人々が思い思いに談笑している。
ふと、目に入った先に、ティリアスがいた。
楽しそうに祭りを周っている。一人のようだが、あの男の方はどうしたのか?
……まったく、あいつはのんきでいいよな。やけに危なっかしい気もするけど。

ティリアスがこっちに気付いて手を振ってくる。
慌ててなんとか手を振り返したが、動きがぎこちなくなっていた。
その行動で、始めてあたしが極端に緊張していることに気付いた。
その緊張に気付かないほど、危険な精神状態になっていたことを理解する。
このままでは絶対に失敗する。
あたしは一度止まり、息を吐く。体から力を抜く。
よし、これで大丈夫。

目標まで後、10歩の距離。

9、8、7、6、5

ワッと声が広がる。檀上にユリの花を掲げた女性が現れる。

4

その女性は四方を見回す。

3

その女性はいったん胸の位置に花を置く。

2

ユリの花を持った手を天に高く掲げる。

1

投げる体勢になる。

0

――投げた。
158祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/29(月) 20:54:33 ID:JhfRTPWD
あたしの中でリミッターが外れる。一瞬が永遠に引き伸ばされる感覚。
スリとしての勘を最大限に働かす。
チャンスはたった一度っきり、すべての人々が上を見上げ、あたしもまた上を見上げながら
手だけが、正確にギャングの胸元にあるはずの紙を掴む。
誰にも悟られずに引き抜き、自らの腰の部分にある隙間から資料を服の中に押し込む。
ギャングたちは気づいてない様子だった。成功した。
そのまま、あたしは歩き続ける。方向はユリの花。
そうすれば、ユリを取りに移動しているように見えるだろう。
そのまま人ごみに紛れれば探し出されるまでに時間がかかるはず。
成功した。そう、あたしは確信する。

――風が一陣吹いた。

ユリの花が流され、方向を変えあたしの方へ。
これでとらなければウソだというようなポジションへ。

取るしかなかった。

その瞬間、人々は花を降らせる。花祭りの始まりだ。
あたしはユリの花を取り、周りの人々にもみくちゃにされる。
顔だけは笑顔に固定し、内心焦りが湧き出ている。
これで今すぐにイプシロンと合流できなくなった。
ユリの花を持った以上、注目されることは避けられない。
ギャングが盗られたことに気付く前に逃げなければならないのに。
このままではすぐにばれてしまう。
しかし女性があの位置でユリの花を取らなければ、その方がおかしい。すぐに異変に気づくだろう。
そうなったら人ごみに紛れても無駄だ。すぐに追いつめられる。

……何が幸せをもたらす花だ!ウソじゃねぇか!

心の中で叫びながら、しかし動くことはできない。
ギャングが気付かないことを今は祈るしかなかった。



3時間後、ようやく路地裏へと逃げ、あたしは若干安堵のため息を吐く。
後は、イプシロンにこれを渡せばそれで終わりのはず。
合流地点を頭に浮かべながら、しかしそれが不可能なことを悟る。

「残念だったな」

……ああ、やっぱりばれたか。
そんな思いを感じる。前にも後ろにもギャングがいる。
すでに囲まれていることを確信する。
あたしは絶望を感じながら、それでも逃げる方法はないか必死で考える。
壁を登るか? しかし飛び道具を持っていたらそれで終わりか。
しかし試してみる価値はある。どっちにしろ捕まったら終わりなのだから。
そう思っている間にギャングの幹部が追いついてくる。
ギャングの表情を見、その険しさにあたしは諦めのため息を吐いた。

「はぁ、結局こうなるのかよ」
「運がなかったな。俺としたことが盗まれたときにはまったく気付かなかった。
さて、それをおとなしく渡せば命だけは助けてやろう」
「……それであたしはどうなるんだ?」
一応の時間稼ぎ。もしかしたらイプシロンが来る可能性を考える。
159祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/09/29(月) 20:58:06 ID:JhfRTPWD
……いや、ダメか。逃げてたもんな、あいつ。

「背後関係を吐かせて、後は娼館にでも売ってやる。口は悪いが顔はいいからな。
それなりになるんじゃないか? その前に部下たちにやってもいい」
ギャングの言葉に部下たちが下卑た笑いを浮かべる。

「はっ、お前ら人間のクズだな」
「くっくっく。俺達がクズならおまえはクズ以下さ。……連れて行け!」
ギャングは合図し、部下達が包囲を狭める。
どのタイミングで壁を登れば逃げられるか……
あたしは逃げるタイミングを計りながら、周囲を注視する。

――そこに聞こえてはいけない声が聞こえた。

「あなたたち、そこのアリサちゃんに何をしてるの?」
少女の誰何の声が聞こえ、あたしは思わず脱力しそうになるのを堪えた。

「……あー。ティリアス。お前なんで、そう最悪のタイミングで来るんだ?」
思わずこぼれる愚痴。ギャングは一瞬動揺を浮かべ、すぐに暗い笑みを浮かべる。

「なるほど、そこの小娘の知り合いか」
ティリアスはギャングの声に頷きながら、こちらへとずんずん近づいてくる。

「ええ、そうよ。アリサちゃん、またお盗ったのが見つかったのね。あれほど注意しなさいと言ったのに。
あなた達もあなた達もよ。それぐらい笑って見逃す度量を持ちなさい――」
ティリアスの言葉は最後まで続かなかった。
いつの間にかティリアスの背後に背後にまわった男に殴られ気を失う。
ギャングはすでに平静を取り戻している。あたしは完全に逃げるタイミングを失った。

「見られた以上、こいつも連れて行くぞ。見たところ高値で売れそうだ」
ギャングの宣告。ついでに逃げる機会を完全に失ったあたしも捕まえられる。

「さて、これ以上見られるのもまずいな。戻るぞ」

ギャングの命令の元、移動が始まる。
そいつらに引きずられながら、あたしは心の中で愚痴り続ける。

なんだよ。昨日今日と本当に厄日だよ。
いや、曜日じゃないか。このティリアスの存在があたしにとって疫病神なのか?
うーん、いや、しかしイプシロンも中々の厄病神だったし……
あたし、ここで人生終了かな。ああ、もうダメかも……





相変わらず短いですが投下終了。1日目夜でした。
160名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 23:49:10 ID:aAhWWNFJ
全感には期待
161名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 00:26:03 ID:cEQ9ZihT
全感のお方、素晴らしい!
書いているほうも感想もらえるとテンション上がる!
最近続き書けてなかったので、ちょっと頑張ってみようと
思いました。

>>159
投下乙です!
祭りって日常と非日常の狭間って感じがして、
不思議な雰囲気が好きです。
あの人間族は、強く美しかった。
神を名乗る者たちに、虐げられ、搾り取られるままであったわしたちを、救い出してくれたのだ。

                                      長耳族長老クルパの述懐

3.開戦前夜(上)


 案内役の長耳族に導かれ、集落に踏み込んだ時点で、周囲から敵意の視線が集まってきていた。
 元々友好的とは言い難い関係だったが、今年に限って特にひどくなっている。アルゴンが知らないところで、何かあったのだろう。
 先日の前線基地襲撃の話は、すでに伝わっているだろう。長耳族が参加していたことについては、どうだろうか。
 空気はすでに敵地のそれであったが、アルゴンはギルデンスターンの要請に従って、武装していない。
「これなら、矢の雨の方がましだよ」
「縁起でもないことを言わないでください」
 アルゴンの愚痴に応じたのはサーベラスである。
 連れてきた小隊は集落の外に待機させてあるが、彼はどうしても護衛に、と無理やりついてきたのだった。
 彼も武器は持っていないが、鋼板を仕込んだ軍装姿だった。背負っているのは、本来は設置して使う矢避けの板である。
 ささやかながら取っ手がつけてあるのを見ると、盾のつもりなのだろう。
「間もなく長老がお越しになる。そこで待っていろ」
 広場にたどり着いたところで、案内役が言い残して去っていく。
「サーベラス、これ以後は集落を出るまで一言も喋ってはいけない。それと必ず私の後ろにいるように」
「それじゃあ護衛の意味がないじゃないですか!」
「声が大きい。彼らの挑発に乗らない自信があるか? 手を出さないという保証は?」
「いや、しかし……」
「もちろん、いざとなれば頼りにさせてもらうさ。だが今は、こちらに敵対の意思がないことを示さなければならない時なんだ。
表情や声色まで気を使わなければね。対立状態にあるからこそ、苛立ちは察されやすくなる」
 喉まで出かかった声を、唇全体で閉じ込めるような顔をして、サーベラスが後ろへ下がった。
 広場の向こう側から、若者を何人か連れたギルデンスターンが、最初から取りつく島もない表情で歩み寄ってきた。
「まずは度々の御来駕に感謝を」
「ふん。こちらに用などない……と、言いたいところだったがな」
 年老いてみずみずしさを失った体毛の下から、鋭い視線が突き上げてくる。
「貴様らのせいで、わしらの同胞が死んだそうだな」
 機先を制された。情報が早いのは、長耳族の特質と言えないこともない。だが、長耳族の屍は、表沙汰にならないよう前線基地に丁寧に密葬している。
 しかしそれを知っている。裏があるのではないかという疑念が、ふつふつと湧き上がる。
「領内の通行を保障すると言っておきながら、何だこの様は!」
 ギルデンスターンの後方で声が上がる。
「緩衝地帯が安全でないどころか、前線基地を破られただけでも背信ではないか! あまつさえ我らの仲間が巻き添えを食っただと!?
我ら一人の命を随分と安く見積もってくれたものだな! どう落とし前をつけるつもりだ!」
「黙っておれ、ルナル」
 マント姿の若者の罵声を、長老が苦い顔で遮る。
「お前を連れて来たのは、つまらぬことを言わせるためではないのだぞ」
 追随しようとしていた聴衆が、気勢を挫かれるのを見て、ギルデンスターンは頭に上っていた血をいくらか落ちつけたらしい。
 余計な口を聞いてくれるなと、恨みがましい視線で供の者を見渡す。
 その姿を見て、アルゴンは少し安心した。長老には、まだ情勢を考える冷静さが残っている。
「だが人間族よ、ルナルの言はわしらの心情であることを忘れてもらっては困るぞ。貴様たちのせめてもの誠意を信じてやった矢先にこれなのだ。
おまけに詫びの一言もないばかりか、のうのうとばか面を晒しにくるとはな。人間族はいつから立ったまま眠るようになった」
「長老、お怒りは察して余りある。だが、今度の件では、こちらから尋ねることがある」
「ほう?」
「なぜ、長耳族が移動集落と別の場所にいたのか、理由をお聞かせ願いたい。あの時点で集落にいてくれれば、前線基地での戦闘に巻き込まれなかったはずだ」
 長老が、軋んだ気がした。波紋を起こすつもりで投げかけた質問である。
 だが、反発は別の方向から返ってきた。
「俺たちが悪いと言いたいのか!」
「言いがかりをつけに来たのか!」
 ギルデンスターンの後ろにいた長耳族の若者たちが、口々に喚き立てている。
「そんなものは本人に聞くがいい! お前たちが殺した我らの同胞にな!」
「うぬら、黙れと言ったぞ!」
 長老の怒号が辺りを打った。長耳族にあるまじき重い声に、ざわめきは一瞬で鎮まる。
「考えなしの小僧どもめ! わしがわしらのためにどれほど心を砕いてきたか、わかっておるのか!
わしが慎重に築いたわしらの安全を、うぬらの無駄口一つでなかったことにするつもりか! わしらが何を前にしているのか、わかっておるのか!
それともこの毛なしの頭めが、棒ひとつ持てばこの場の者をたやすく皆殺しにできるとまで言わねばわからぬのか!?」
 実のところ、そこまでではない。
 だが先日まで、その毛なしの頭に罵声を浴びせていた長老の意外な態度に、長耳族たちはすっかり言葉を失っていた。
「我々は調和を望んでいる」
 アルゴンは声を発した。
「あなた方が、我々の城壁の内側にある故郷を求める気持ちも、思うに任せない我々を快く思わないのも、十分理解する。ただそれは、我々としても同じだ。
前線基地を破壊し、兵を殺し傷つけた者を、我々は許さない。だからこそ、答えていただきたい。長耳族が、まだ我々の友でいるという証のために」
 よく言う、と、普段のギルデンスターンなら吐き捨てただろう。
 身じろぎの音すら聞こえそうなほど、静まり返っている。
 答えるべき長老は、苦い顔をしていた。
「わしらの同胞にも、時折勝手に集落を抜けだして帝都に奔る者がいる」
「それが答えということで、よろしいか?」
「他に何と言えというのか」
 唸るようなその言葉こそが、ギルデンスターンの本音だろう。
 背後の長耳族たちは、すっかりおとなしくなってしまっていた。
「わかった。今後とも、あなた方とは友好的でありたいものだ」
 ギルデンスターンの様子を窺うと、相手もこちらの出方を計っているようだった。武器を持っての立ち合いに似た緊張感が漂う。
「今日は、時間を割いていただいて感謝する。来ただけの成果は得られた。不幸にも命を落としたあなた方の仲間は、こちらで葬らせてもらった。
求めがあるなら、家に帰らせよう」
 そちらからは何かあるか、と水を向ける。
 ギルデンスターンの一喝から、周囲から降り注ぐものは、恐れに変わっていた。
「……ん?」
 ただひとつ相変わらず、いや先程は皆が敵意を放っていたから、目立たなかったのかもしれない。
 刺すようなどころか、刺し貫いて内側から腐らせようとするが如き憎悪が、ふと肌に触れた気がした。
 ギルデンスターンの方向であったが、ギルデンスターンのものではない。
 小隊に戻るまで神経を張り詰めさせたが、ついに出所は掴めなかった。


 集落を出て、再び小隊を引き連れて総督府に戻る。
 駆け足をすれば日が暮れる前に帰りつけるが、今回建前上は長耳族と友好を確認するために赴いたのである。
 徒歩行軍より速く進むのは、戦時のみである。彼らの集落との往復に戦時行軍をするのは不誠実と取られるだろう。
「俺、必要ありませんでしたね」
「そんなことはないさ。助かったよ」
 なんとなく残念そうなサーベラスに、ねぎらいの言葉をかける。
「棒を持てば皆殺し、ですってさ。なんかやったんですか、総督」
「多分、父だろうよ。暴動の際に、長耳族ごとき、兵の訓練時間が惜しいと一人で出て行ったことがあるらしいからね。私はそうはいかないよ」
「そりゃひでえ。それにしてもあのじいさん凄まじかったですねえ。うるせえ奴らが、一発で黙っちまった。もう少し騒いでたら、俺も暴れるところでしたよ」
「ははは、よく我慢してくれた」
 長耳族の平均寿命は知らないが、あの長老はアルゴンの父が子供のころからいたという。
 こちらを良く思っていないのは若い年代と同じでも、貫禄から状況選別眼まですべてが文字通り桁違いなのだろう。
「しかし、よかったんですか、あんなんで」
「あんなのというのは?」
「調和だなんだって。あの耳野郎どもがカラスどもと手を組んでるのは、ほぼ間違いありませんよ」
 それは知っている。最初からそれを念頭に、会談を申し込んだのだ。
「あいつら、陰でこそこそとこっちを攻撃してくるつもりですよ。いいんですか、放っておいて」
「だから今、話をしに行ったんじゃないか」
「また……話話って、何度目ですか。毎回コケにされて帰ってくるばかりで、何も進んじゃいないどころか、基地が二つもぶっ壊されたんですよ。
これなら一気に仕掛けて根絶やしにしちまえば、もうあとくされがなくていいじゃないですか」
「それが不可能なのは、君が一番よく分かっているはずだよ」
 今、長耳族の集落は、総督府市街の城壁の正面門からまっすぐ進んだ、森のそばにある。こちらの動きは、ほぼ察知されると見ていい。
 緑の魔海に紛れ込まれれば、帝国軍が得意とする陣形を組んだ軍団戦闘が、ほぼ不可能になる。
 相手の種族を一人でも生き残らせれば、それ以後に絶対に和解ができない敵を残すことにもなるだろう。
 深い森で敵を全滅させることは、砂漠に落した砂金粒を探すようなものである。
「それに、森に斬り込んでまで異種族を絶滅させようという態度を見せれば、他の種族も休戦協定など守っている場合ではないと考えるだろう。
いい面の皮でも、つながりはつながりだ。断ち切ったらそこで終わってしまう」
 そんなもんですかね、と納得のいかないサーベラスだが、それ以上疑問を呈することもなく、小隊に号令をかけに行った。
 実のところ、今回の会談はむしろ失敗に近い決着になってしまったというのが、アルゴンの考えである。
 武力をちらつかせての威嚇は、確かに効果はあるだろうが、長耳族の中の反感をさらに育てる結果になっただろう。
 しかしこちらも、城壁の内側に迎えるわけにいかない以上、毅然とした態度で応じることも必要である。
 ギルデンスターンの冷静さに託すしかない。


 大木の頂上で様子をうかがっていた者が、舞い降りてきた。
 梢にハンモックを引っ掛けて横になっていた彼の下へ、膝をつく。
「特に争いがあったようには見えませんでした。人間族の長も、長耳族も異変なしです」
「ほう、凌いだか」
「長耳族の長老が、幾分か弱腰だったようです。部族の者たちに向って何か叫び立てていました」
「ククッ、そうか」
 今までなら、理不尽な弾圧に晒されている種族という大義があったが、今の長耳族は水面下で秘密協定を結んでいる弱みがある。
 大手を振って清廉潔白を言いたてられなくなった途端に大人しくなっては、察してくれと言っているようなものだろう。
 だが、それすら織り込み済みで、襲撃に長耳族を使った。
 人間族が長耳族には必要に迫られない限り強硬な態度に出ないであろうと見た上である。
 結果的に、予測は当たった。詳しい話は後から知らせが来るだろうが、現状維持で終わったのは間違いない。
 これで当分、長耳族を盾に使うことができる。彼らへの配慮で、人間族の動きは鈍るだろう。
 黒翼族と組むと決めた時点で、自分たちが隠れ蓑にされるであろうことは、ギルデンスターンも予想の上しているはずである。
「どうもぐりこんだか知らんが、ウェトルの奴もうまくやっているようだな」
 連絡役兼参謀のつもりで集落の外へ放った男の名を口にした。
「よそ者にしては、きちんと務めを果たしているようですね」
 この若者も、ウェトルに対して悪感情を持っていないようである。
 最初に姿を現した時から、ウェトルは外套姿だった。
 人間族の文明に毒され、体を布で大きく覆うようになった同胞など信用に足りない。
 大多数を占める意見を押し切りウェトルの登用を決定したのは、族長になったばかりのマルファスである。
 年若い彼が族長になれたのには、その手腕もさることながら、彼を抑えつけていた年長者や実力者が、相次いで不幸に見舞われ命を落としたからだった。
「族長、このあとは?」
「ウェトルが巨人と渡りをつけるまで我慢だ。前線の人間どもに眠る時間を与えるな」
「わかりました」
 勇んで集会所へ戻っていく彼は、マルファスよりさらに若い。
 現在、マルファスが族長になる際の事故の多発によって、黒翼族全隊が若々しい活気で満ち溢れている。
 人間族に恐れをなして、森に引きこもっているのも今日まで、という気迫が、種族の全体を覆っている。
 敵が魔海のすべてを相手にして互角以上だったのは、百年も前の話なのだ。
 部族全体が気を高ぶらせているが、今はまだ抑える時期である。無謀な戦を仕掛けて損害を出さぬよう、訓示を垂れなければならないだろう。
 部族の者の命は何より大事である。だからこそ、捨て処をよく考えてやるのが族長の務めだ。
 どの部族もそうであるように、すべては百年前に人間族に奪われた、城壁の向こう側の回復のために、効果的に費やされるべきなのである。
 そのためであれば、部族の者たちは、喜んで命を投げ出すだろう。


 総督府公邸に戻る頃には、すっかり星が瞬く時間になっていた。
 浴場で汗と埃を流し、どうにか夜食を掻き込んで、ようやく激動の一日が終わろうとしていた。
 最後まで残っていたユーグが退出した後の執務室で、彼の残していった総督裁可の書類に目を通しながら、今日の会談の記録をしたためる。
 特別な事態があっても、通常の属州運営は変化なく続くのである。
 市街大通りの舗装の補修計画の下に、前線基地修繕費用の書類が増えていた。
「ふうむ」
 既に書類束はかなり消化されていたが、まだしばらくかかりそうだった。アルゴンの顔色を見て、湯を淹れに行ってくれる少年は、とっくに寮で眠っている。
 椅子を立って、扉の横に下がっている紐を引く。
 兵と同じように、侍女たちにも不寝番がいる。湯は望めないにしても、水くらいは頼めるだろう。
 再び、執務机に取りつく。ペンを走らせていると、扉が控えめに叩かれた。
「すまないが、水を頼む」
「はい、かしこまりましたわ」 
 遠ざかっていく気配が感じられる。戻ってくるまで、時間がかかった。
 少し焦れていたところで、再び扉が叩かれる。
「お持ちしましたわ」
 何か引っかかった。こんな口調の侍女はいただろうか。
「ああ、入ってくれ」
 案の定、入ってきたのは侍女ではなかった。銀の盆に載せたポットを手に、肌の白い黒猫が、燭台の明りの隙間を縫うようにするりと入り込んできた。
「おや、起きていたのか」
「お待ちしておりましたのですわ。出迎え申し上げるつもりでしたのですけれど、侍女たちに止められてしまいまして」
「あまりこだわらない方がいいと思うけれどね。で、その侍女たちは?」
「部屋に戻りましたわ。私がもう眠っていると思いこんで」
 くすくすと笑いながら、相変わらずのしなやかな足取りで執務机に歩み寄ってくる。
 盆を机に置き、流麗な手つきでカップにポットの中身を注ぎ込む。
 久しく忘れていた芳しい香りが鼻をついた。
「これは……」
 茶である。属州運営のために、贅沢品は極力切り詰めていることは、彼女も知っている。
 翌朝小言が待ち構えているだろう。
「さあ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 舌に乗る円やかな渋みが心地よい。
 喉を潤して体の芯を温め、アルゴンは再び書類に向かった。
 椅子を引きだして来たルーシアが、執務机の角の辺りに座って、こちらの手元を覗きこんでいる。
「今日はもう遅い。休みなさい」
「アルゴン様こそ」
「私はまだ仕事が残っているからね」
「それでは、私も。まだ仕事が残っておりますから」
 時折、ペンが書面を走る音だけが響く。
 揺れる燭台の灯が、じっとこちらを見ているルーシアの白い肌に動きを与えていた。
「小耳に挟んだのですけれど、しばらく綱渡りを続けるそうですね」
「うん?」
 不意に声をかけられ、アルゴンは書類から顔を上げた。
 あと二枚である。
「どうして言ってしまいませんでしたの? 『長耳族は黒翼族と結託してる』って。爆薬を持ってきていたことが、何よりの証拠ではありませんか」
「詳しいね」
「私、耳は良いのです」
 ルーシアは、会合の内容を知っていることだと思ったのだろう。
 それも勿論だが、アルゴンの言葉は爆薬の存在が長耳族の犯行である証拠だと気づいていることに対してである。
 緑の魔海では、爆発物を生成できる薬石は量が少ない。前線基地を破壊できる量の爆薬となれば、魔海産を使うにはコストが高すぎる。
 他の地域からの輸入に頼るのが現実的であり、そのためのコミュニティとネットワークを持っているのは長耳族くらいであった。
 そして、黒翼族には、爆薬を用いた拠点攻撃の知識はないはずである。
 彼女を、少し見直した。
「不確定にしておくのがいいんだ。こちらが明確に把握していないなら、あちらも表立って動くことはできないはずだ。
少なくとも黒翼族との結託の証拠が残るようなことはできなくなる」
「たとえば?」
 きらきら光る黒い瞳が、アルゴンを見つめてくる。
 彼女が身にまとっている宝飾品のどれよりも、好奇心に輝く彼女の瞳が一番美しい。
「長耳族は、目と耳が利き、器用で足が速い種族だ。それを生かすと、自然と飛得物に長じてくる。黒翼族は逆に、そういうものは苦手だからね。
共同戦線を張れば弱点を補う関係になるけれど、それを避けられる」
「ヒエモノ?」
「弓や投げ槍、礫。遠くの相手を撃つ武器のことさ。それで、もし連合を表明したら、こちらは各個撃破を取るからね。兵の勝負なら長耳族はひとたまりもない。
なるべく直接戦闘のできる黒翼族を矢面に立たせたいはずだ。だから、はっきりとした敵対の態度を示さない、疑惑の状態に留めたいと考えるだろう」
 ちらと彼女を窺うと、退屈どころか身を乗り出して聞いている。
 きっと彼女には、政略結婚の駒より有用な場所があるだろう。ふと、そんな事が脳裏を過ぎ去った。
「こちらが疑念を抱いたことを示せば、あちらは疑念に証拠を与えるような派手な動きはできなくなる。つまり長耳族の支援は弱くなるわけさ」
「なるほど。大変興味深いですね」
 得心した表情で、数度頷いている。
「でも、もし長耳族が隠すのをやめたら?」
「その時は決着が近いということだね」
 最後の書類を眺めながら、敢えてさらりと言った。ルーシアは、神妙な顔でこちらをじっと見つめている。
「もし市街で戦うことになるとしたら、君はどうする?」
 なんとなく興味が湧いた。
 問われたルーシアは、いつもの悠然とした微笑を浮かべようとして、少し引きつった表情になっていた。
「……もちろん残りますわ。属州総督夫人の務めですもの」
「君との縁談は白紙になっている。それに軍団兵でない者が難を避けても、誰も咎めないよ。財閥に帰る方がいい」
 ルーシアの椅子が音を立てた。
「あんな所!」
 立ち上がっている。こわばった表情で、鋭い声を出した。
「あんな所に帰るぐらいなら! 私は武器を取って戦います!」
 ふと一瞬、圧されるくらいの慟哭を吹き付けられた気がした。
「だが、君を危険に巻き込むのは本意ではないんだ」
 しばし、視線がぶつかり合う。
 燭台の灯が、芯が焦げる音を立てて揺らめいた。
 その音に緊張の糸を切られたか、ルーシアがはっとした表情で、改めてアルゴンを見る。先ほどからずっと視線を絡め合わせていたことを思い出したようだった。
「もし君が本当に総督夫人となるのなら、なおのことさ」
 白い肌に、燭台の灯とは違う赤みが見る間に広がっていく。
「あっ、あの、わ、わたくしは……」
 一歩後ずさろうとして椅子を蹴倒し、慌てて辺りを見回している。どこへ隠れようとも、総督執務室である。
「お、お忘れくださいませ!」
 ドレスの裾をはためかせながら、逃げるように部屋を出て行った。
 既に深夜であるというのに、廊下を走る靴音が響きわたっている。
「ふうむ……」
 最後の書類にペンを走らせ、事務官僚に引き渡す書類の山を完成させる。
 ポットの茶は半分以上残っていたが、冷めてしまっている。
 自分でカップに注いでみたが、彼女のように流れるような動作で、と言うわけにはいかなかった。
 少し冷えるそれを一息で飲み干した。


///////////////////////////////////////////////////////////

盤に置く歩の一枚は、数十手先に王将の退路を断つ。一枚置かれた駒に対して、三者三様、立場の紹介を踏まえて。
とはいえ、説明は簡潔に済ませて次の展開へ行くべきだったかもしれない。
168名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 19:54:04 ID:NKw3Pi2D
全話感想、続きます。

>>43-45

のわっ! たった今、私は一つの街が破壊尽くされるところを目撃しています。
しかも少年が謎の力でとどめを刺し・・・ああ、私の実況もここまd・・・
後、衝撃の事実。<軍帽>は特務だった。オミクロン、ガンマの再登場はあるのでしょうか?

>>51-54

空賊根絶やし作戦が決まりました。作戦ははたして成功するでしょうか。
長耳族の少女の夢。彼がうなされる夢とはどれほど恐ろしい夢なのか。死んだ少女が枕元でじっと見つめるとか?
密かに人間族と長耳族の混血が可能かどうか、その可能性が出てきました。

>>56-59

帝都へ向かうラルセイユ。人形が食事をするとは誰が考えるのでしょう。
ああ、帝都のまだ見ぬ人形製作者の未来が心配です。
ついでにラルが帝都で動物駆除に合わないかも心配です。

>>63-66

爆破爆破爆破ー。爆破ーをすーればー。特務特務特務ー。特務ーがでてーくるー。
ゾルゲ。お前も特務(イータ)だったのか! しかし強いはずなのに小物臭がしています。
そして最大のピンチが空賊を襲う。彼らは無事脱出できるのか?!

>>73-76

だめだこいつ(イプシロン)、早くどうにかしないと。だめ特務もいるんですね。
そんな声が聞こえてきます。これが特務の、しかも上級とはどうしても思えません。
アリサさんは不幸ですね。きっと。

>>79-82

デヴォンサン将軍、今のところ悪役にしか見えません。
蒸気機械に搭乗した軍人。オミクロンとガンマでしょうか。いや、違うかもしれませんが。
そして蜘蛛型大型蒸気機械には原型があった。それはどれほどの強さを誇るのでしょうか?

>>85-86

新しいエリア、エリア512登場! 錬金術も伝わっている地域のようです。
そしていきなり武力衝突か? シンさんはたして策はあるのか。
帝国の情報網は広く、フットワークは相当軽いようです。

>>89-92

ルーシア萌え。あ、ごめんなさい! キモクてごめんなさい! 生きていてごめんなさい!
この時代の長耳族はずいぶんと好戦的なようです。相当恨みが強いようで当然な気もしますが。
アルゴンさんには確かに英雄の貫禄を感じます。そのことがいい方向にいけばいいのですが。

>>98-99

やはり帝国のフットワークは軽かった。
エリア512の予想を覆して空からのご登場です。
シンさん予想してたんなら、対策あるんでしょうねー。頼みますよ。
169名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 19:56:04 ID:NKw3Pi2D
>>103-110

特務は必要とあらばジョン・スミスすら使う。その判断力は冷徹そのものです。
しかしその特務でもジョン・スミスは殺せませんか。・・・さすがです。
ジョン・スミスにちょっかいだした少年たちには自業自得という言葉を掛けましょう。ナムー。

>>113-117

アブルさん。絶対Sですね。ババァ踏んでくれとかいう奴が現れるのは確定的に明らか。
マナ、そして魂の存在もあるようです。なるほど色々な情報元を持っているようです。
そして追っ手が掛けられるラルセイユ。大丈夫か? 追っ手は強そうだぞ。

>>121-124

太陽神カナンの伝承。中々策士な話です。これがどう関わってくるのでしょうか。
異種族軍も中々狡猾に動いているようです。
アルゴンさんの行動が裏目に出なければ良いのですが。

>>127-129

お祭りです。大騒ぎです。
マルエッソはずいぶんと平和な街みたいです。
夕方のイベントはどうなるのか

>>131-134

過去話です。砂漠には大型獣のほか蒸気機関の怪物(狩猟機)もいるようです。
どんだけ物騒なんでしょうか。砂漠を徒歩で旅するには危険すぎる気もしてきました。
そして新たな謎が現れました。なにか意外な方向に進むような気がします。

>>140-142

帝国騙され過ぎです。いや、それよりシンさんの話術が上手だったのでしょう。
とにかく時間は稼げました。
新たな問題解決に向け、負けるなシン! あ、後ルビンさんもね。

>>157-159

捕まってしまいました。
あれ・・・じょじょに祭りから離れているような?
これからどうなるのでしょうか。

>>162-167

それぞれの思惑が絡みあう談合。そしてそれを観察するもう一つの組織が。
アルゴンさんは冷静ですが、このままだと人間族ピンチっぽいです。心配です。
いつ本格的に動くのか、その結果この地域がどのように変わっていくのか、期待しています。




やっと追いつきました。
面白い作品が非常に多く、本当は3行で感想を書ききれない作品が増えてきました。(それでも3行に拘りますが)
うれしい悲鳴をあげつつ、今回は終わりです。
170名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 20:36:59 ID:IG0Nw83U
全感想乙!すげーww
171名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 21:19:12 ID:v1vkgaj5
>>168-169さんのお陰で続きを書く余命がわいてきました!
172名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 21:27:06 ID:ekmvhbts
俺ちょっと投下するためのやつ書いてくるわ。
その前に資料を見ないと
173名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 22:12:53 ID:ekmvhbts
一時間で仕上がってしまった…。短いからだろうけど…。寝かしておくか…
174 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/02(木) 17:24:08 ID:yMErcDbB
まとめの方や他作品の作者の方々、おつかれさまです
全話感想の方はじめ今まで感想を下さった方、ありがとうございます

投下します
175犬ども(4) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/02(木) 17:24:38 ID:yMErcDbB
(1/3)

更に五日間、情報を稼いだ。真犯人はとっくに逃げてるだろうが構わない。
街に潜んでいる空賊あがりのギャングから、身元不明の男と容姿の似た者を選び出してリストを作った。
男と体型が合い、事件以前から髪の長かったやつら。
逮捕後は見張りだった巡査に面通しをさせる事になるが
黄昏どきで詳しい人相など暗くて見えなかったというから、誰かが貧乏くじを引くのは確実だ。
しかしこのリストの面々にしても、いずれ劣らぬやくざ者。罪悪感はなし。
即位記念日まであと九日、事は半ば始まってしまっている。さっさと切り込みをかけなければ。
「ダウンタウンの工房を出入りしてる、空賊の男。こいつらのうちどれかです」
リストをブルーブラッドに渡した。
やつはどうでもいいような顔をしたが、おれも大してむかつかなかった。
即位記念日の休みが近いし、空賊狩り計画は確実に行われると思っていたからだ。
「『ハルム工務店』が自動鎧を売った相手についても尋問中です」
別件逮捕――工房内の防火対策の不全と、工作機械の危険改造。
あまり長く拘留できる案件でもない。何か取り引きして吐かせて、出た後の処理はアレックスに頼む。
彼がタイミングを見て、スナーク川に工房主の死体を浮かべてくれるだろう。
「そろそろ連中も勘づいてる、どうせやるなら早くやってしまったほうがいい」
ブルーブラッドがにやりと笑う。
「総監がGOサインを出した。捜査本部設置は来週、即位記念日の二日後だ。間に合うか?」
「即位記念日には闘技場でチャンピオン・シップをやるんだ、それまでは逃げないんじゃないかな」
「麻薬ルートの監視報告が四課から挙がってる。見た限り、まだ連中は帝都に居座る気ですよ」
アレックスの手下の殺し屋がごろまいて、空賊にプレッシャーをかけている。地の利の薄い余所者ども、
半端な数の兵隊では守れない事が分かっていたら分散はしないはずだ。残るも逃げるも全員で動くだろう。
「決まったら、あとは電撃戦だな。やつらを狩るぞ」

ブルーブラッドのオフィスを出て三課に戻ると、三課お付きの情報屋から伝言があった。
その情報屋は昼夜問わずダウンタウンを徘徊している乞食の老人で、
余所者に目敏く尾行も上手いので、アレックスやおれたちの空賊狩りにも協力していた。
彼が見つけたのは義足の少女だった。余所者の、義足の少女。
イーストエンドの住宅街に家があると教えられ、おれ一人で向かった。
その少女が殺人犯などとは考えもしなかったが、念のため押えておきたかったのだ。
何せ『鉄槌』の店主は、魔女窯通りの一部と闘技場以外に付き合いがない。家族や友人も居ないらしい。
ノミ屋の証言では怪しい連中と付き合ってたとかいう兵隊時代を洗ってはいるが、こちらも遅々として進まない。
少女が『鉄槌』の単なる客でなく、事件について何か知っていれば――
場合によっては握りつぶしておく必要がある。

伝言にあった住所は、ツタに覆われた木造の古いアパートだった。
門は壊れて開け放しだった。小さな前庭は雑草が伸び放題だった。
庭の惨状と比べると、建物自体はまだしっかりしていた。ドアも窓もきちんとはまっていた。
おれは愛車のサトゥルナーリア――
おんぼろ車で、シドのスケルトンと並ぶと少し気恥ずかしかった――を近くの路地に入れた。
懐中時計を見た。五時を回っていて、そろそろ日が落ちかけていた。
アパートの並びの、他の家では明かりが点り始めてる。アパートの窓は暗いままだ。
しばらく車の中で待っていると、アパートの前に、一人の少女がびっこを引いて現れた。
顔は薄暗くてよく見えないが、例の義足の少女のようだ。晩飯らしい大きな買い物袋を抱えている。
彼女は門を通り、前庭を歩いてアパートの玄関まで来た。買い物を足元に慎重に下ろすと、
スカートのポケットを漁って鍵を取り出し、玄関を開けて入っていった。
おれは車を降りて、追うようにアパートへ走った。ノックすると、すぐにさっきの少女が出た。
「どなた?」
「帝都警察のジェイコブズラダー警部補です。
ちょっとお伺いしたい事がありましてね、よろしいですか?」
手帳とバッジを示した。
「よろしいけど」
176犬ども(4) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/02(木) 17:25:52 ID:yMErcDbB
(2/3)

少女はおれを招き入れた。中はまだ明かりがなく、暗かった。
「ここは照明が壊れたままなの。台所で話を聞くわ」
彼女について台所にいくと、おれはダイニング・テーブルの椅子を手探りで引いて座った。
少女がランプを点して、ようやく互いの顔が分かるくらいの明るさになった。
二人とも、向かい合わせに座ったところでおれが質問した。
「一人暮らしかい?」
「ええ。時々友達が泊まりに来るけど、普段は一人」

おれは彼女の顔をまじまじと見つめた。違和感が募ってきた。
整った顔立ちの少女だったが、どうも外見から年齢が読めない。
十二と言われれば十二だし、二十と言われれば二十に見える。
背格好抜きで顔だけなら、もっと下にも、もっと上にも見えただろう。
色つやのない肌や、大きく見開かれた眼のせいだろうか。
照明の具合が悪くて偶然そう見えただけかも知れないがとにかく、動かないでいるとまるで人形のようだった。
「あんた――歳は幾つだ?」
「十四よ」
事も無げな、それでいて主張めいた口調――年齢不詳と言われるのは慣れっこよ、か。
彼女が喋ると、人形の状態から突然生気を取り戻したふうに見えた。
「名前は?」
「ドロレス・ジョーン。刑事さんは?」
「さっき名乗った」
「姓でなくて名前のほうよ」
ドロレス・ジョーンが微笑んだ。自信に満ちた態度。
刑事とはいえ、おれは一人暮らしの少女の家にいきなり押しかけてきた、人相の悪い中年の大男なのだ。
警戒されて然るべき状況なのに、彼女はまったく怯んだ様子がなかった。
おれの答えを待ちながら髪の毛をいじくっている。真っ直ぐで、硬そうなブルネットの髪。肩に届くくらいの長さ。
「ジェインだ。ドロシー、『鉄槌』って工房を知ってるか?ダウンタウンの、魔女窯通り――」

「知ってるわ。これを直してもらったのよ」
ドロシーは椅子の上に立つと、青い地に紫の花柄のワンピースの裾をひるがえして膝から下を見せた。
彼女は両脚とも、赤銅色をした金属製の義足だった。おれはテーブルに身を乗り出して見た。
ただのまっすぐな棒ではない、ちゃんと足の形をしたやつだ。子供らしいかわいい靴を履いていた。
ドロシーは反応を確かめる感じで少しの間おれを見下ろしていて、
それから降りて、椅子についた土を払って座った。
「いつも同じ店で?」
「いいえ、あの時はたまたま。今日、また頼みに行ったんだけど……」
ドロシーがかぶりを振る。表情が暗くなる。
陰惨な殺しに怯える少女にうってつけの顔。どうにも芝居がかってる。
「びっくりした、殺人事件があったなんて聞いてなかったから」
「新聞は読まないんだな?」
彼女はまた微笑む。声が明るくなる。おれは何だか落ち着かなくなってきた。
「聞かれる前に言っておくけど、私、二ヶ月前に死んだ両親の貯えを食いつぶして生活してるの。
この街に来たのは先月。仕事を探してるんだけど、なかなかいいのが見つからなくて」
「普段は何をしてるんだ?」
「家――ここで本を読んでるわ。時々散歩もする。自由を満喫してる」
「それは結構。オーラムに来る前はどこに?」
「ゴールドバーグ」
「この家は?」
「父の友人が貸してくれた。使ってるのは台所と、二階の一部屋だけだけど」
177犬ども(4) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/02(木) 17:26:16 ID:yMErcDbB
(3/3)

おれは立て続けに質問した。生活の事。家族や知り合いの事。
特に、『鉄槌』に行った日の事を詳しく。彼女は全てそつなく答えた。
小さい頃この街に住んだ事がある、友人が数人居る、兄弟姉妹は居らず両親は自動車事故で死んだ。
『鉄槌』に行った日は買い物に出ていて、
たまたま右足のどこかの金具がおかしくなったので工房で修理してもらった。
ばかに答えが早く出る。まるで、予め用意された文章を読んでいるようだった。
他にも発見があった。彼女の顔面は、眼球と唇の動きを除けば、まったく硬直している。
眉が動かない。瞬きをほとんどしない。頬が固まっていて、口全体を使って喋る事がない。
引きつるような微笑。それでいて不思議と感情豊かに見える彼女の表情は、
声の調子や、顔以外の身体の細かな動作によって作られていた。
そして何より、ランプの光を受けて刻一刻と変化する瞳の印象におれは注意を惹かれた。
ドロシーの瞳は、ガラス細工のような美しい深緑色をしていた。

それからもつまらない質問を続けてぐずぐずと居座っていたが、
やがて、もうそれらしい話の材料がないと思い、いい加減切り上げる事にした。
「邪魔して悪かったな」
「夕食、食べてく? 癖が抜けなくて、いつも買いすぎちゃうのよ」
つい無遠慮に、テーブルの上に置かれていた買い物袋を覗いてしまった。
色とりどりの食材――女らしい買い物。
「いや、遠慮しとくよ」
「何か嫌いなものあった?」
「先約があるのさ」
引きつった、それでいて自然に感じられる笑み。おれもつられて笑顔になった。
アパートを出る時、おれたちは玄関口で握手をして
「何か困った事があれば、帝都警察のオフィスに来てくれ。
おれはここじゃ顔が利くんだ、ちょっとした事なら世話できる」
「覚えとくわ、ジェイン。こちらこそ、よかったらまた来てね」
おれに小さく手を振ると、彼女は中へ引っ込んだ。
おれは車で本部に帰る途中、ラボの部品の山とドロシーについて考えた。
空賊から離れて見える手がかり――面倒を避けるためにも、今は触れるまい。
178 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/02(木) 17:27:13 ID:yMErcDbB
投下終わりました
次回こそは空賊狩り計画を始めるつもりです
179名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 22:46:05 ID:VqjMFRJ5
>>178
投下乙。

さて、下がってるのでage
180 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:29:31 ID:6Rx2x7MP
投下します
181 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:30:40 ID:6Rx2x7MP
 それは街から離れた山あいにある一つの大きな掘っ立て小屋。
 掘っ立て小屋の隣には、同じくらいの大きさの倉庫らしき建物がくっついている。
 そんな小屋を見下ろしながら、無精ひげを生やした男は腰の剣に手を掛けた。
「ジョン、陽動を頼むぞ」
「任せろ。そっちこそしくじるなよ、カール」
「誰に言っている」
 長年連れ添ってきた戦友達は、軽く拳を合わせて散開する。
 大きな外套を身に纏った男は小屋へと真正面から歩いていき、無精ひげの男は倉庫の近く
に展開していた自らの仲間の元へと駆け寄っていく。
「いくぞ、野郎共。雲上艇を押さえる班と、ワイバーンを捻じ伏せる班の割り振りは終わっ
たか?」
「もちろんですとも。いつでも行けやすぜ」
 カールの言葉ににやりと笑いかける、銃を手にした男達。
 今度の作戦のために随分と奮発したが、それでもここのお宝を手に入れればそれでお釣り
がどっさりと来る。
 影踏み旅団、創設以来の大物だ。わざわざジョン・スミスにまで依頼しているのは、その
お宝の値の高さゆえか。
 男も女も良い具合に士気が高まっている。
 これなら、成功も間違いないだろう。
「ジョンが向こうを誘い出したら、決行だ。全員、気ぃ引き締めとけ」
「アイサー!」


 爆音が響く。
 それが合図。
 ジョン・スミスによる魔法の攻撃は初撃で掘っ立て小屋の壁をふっ飛ばし、中にいる空賊
の面々を誘い出していた。
 声も無く、影踏み旅団は動き出す。
 速やかかつ、静かに。
 あっという間に倉庫の中に展開した影踏み旅団は、二班に分かれた。
 一つ目の班は銃を肩に提げたままナイフを持って雲上艇を守る数人へと襲い掛かり、もう
一つの班は倉庫の奥にある洞窟へと足を踏み入れる。
 洞窟、そこに彼らの求めるものがあるのだ。
 だが、その前には番人のように立ち塞がる一つの大きな影。
 翼持つ、竜の眷属。
 ワイバーン。
 洞窟の中のためその真価である空中での高速機動は不可能だが、五メルーに及ぶ体長と三
メルーもの体高は脅威の一言。その鱗は粗製銃の弾丸程度なら受け止めて見せるし、竜の眷
属らしく炎のブレスも得意とする。
 炎のブレス自体には必殺の威力はないが、撒き散らされれば近付くこともできないし、そ
の上洞窟内のため長時間使用されれば呼吸も怪しくなるだろう。
 空賊に飼いならされたワイバーンは、まさに攻防一体の鉄壁としてそこに存在していた。
「あれが居ることは分かってた。お前ら、ビビるなよ」
「もちろんでさあ。ですが、どうします? アレの鱗は並の銃じゃあ貫けませんぜ」
「俺が貫く。血道を拓いてくれ」
「アイサー。野郎共。撃ち方、用意!」
 ザッ、と十数人からなるワイバーン襲撃班は一糸乱れぬ動きで銃を構える。
 所詮は粗製銃で狙いも甘いのだが、しかしそれでも精度の良いものを選び抜き、その上で
訓練を積んでいるために十発必中とまでは行かずとも十発五中ぐらいの命中率を誇るのだ。
「第一部隊、ッテー!」
 怒号と共に、まず六人が撃つ。狭い洞窟内だ。音が反響して物凄いことになっているが、
誰一人として集中を乱すことなく標的から視線を外さない。
 撃った六人はすぐに後ろへ下がり、また六人が前に出る。
 そして、号令と共に撃ち、次の六人と交代した。
 六人一チームによる三段射撃。後込め式銃で、弾丸を込めるのが簡単なために影踏み旅団
で採用された制圧射撃だ。
182 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:32:06 ID:6Rx2x7MP
 一発の銃弾ではワイバーンには効果がないが、しかし何発も何回も繰り返すことでワイバ
ーンの持つ強固な鱗の守りの内側へと衝撃は突き抜けていく。
 何せ、飛ぶのは鉛の弾丸だ。硬いし、重い。鱗を抜くことは出来ずとも、痛みは確実に蓄
積されていく。
 確かにワイバーンは人間よりも強靭な肉体を持つが、だからといって痛みがないわけでは
ないのだ。
 銃弾の雨に押されていたワイバーンは、ゆっくりとだが反撃のための準備を進めていた。
 小さく、そして弱いとは言えワイバーンはドラゴンの末席に名を連ねる怪物。人間程度に
易々とやられるほど弱くはない。
 ゆっくりとワイバーンは息を吸い込み、そしてその最大の武器である炎のブレスを吐き出
した。
 木に火がつけられる程度の温度の炎。
 温度の低い代わりに広範囲へと広がる炎だが、影踏み旅団はその対策を準備していないよ
うな抜けた組織ではない。
「水流幕、展開せよ」
「了解!」
 カールの号令と共に、全員が布のようなものを出して頭から被る。
 それはジョン・スミスの手で作られた略式にして使いきりタイプの魔法具だ。
 使い道も効果も僅か一つのため、誰一人としてミスをすることもない。
 単純明快なまでに、それは水の幕を周囲に展開するだけの物なのだ。
 幕を展開している間は銃を撃つことは出来ないが、しかし銃など必要としない者がいた。
 剣を抜き放ち、炎を掻き分けてカールは走る。
 所詮は温度の低い炎だ。もっと危険な存在をカールは知っている。それに比べればこの程
度、恐怖すら感じない。
「フンッ!」
 鋼鉄で出来た剣は、カールの技量と相まってワイバーンの鱗すらも引き裂いた。
 斬鉄すらも可能とするカールの前では、銃弾を防いでいたワイバーンの鱗でさえも薄壁に
等しい。
 鱗と肉を引き裂かれ、痛みに悶えてブレスを止めてしまうワイバーン。
 そこに襲い掛かるのは、再び隊列を組みなおした三段斉射の雨嵐。
 カールは弾丸が到達する前にワイバーンを盾にして、更に後ろから切りつける。
 前門の虎、後門の狼とはこのことか。
 洞窟内のため、飛んで逃げることもできずにワイバーンは悶え苦しむ。
 剣による攻撃も銃弾の雨も一つ一つはそれほどのダメージにはならないが、しかし十重二
十重と繰り返されれば致命となる。
 弱りきったワイバーンは、最後の賭けとばかりに尻尾を振り回す。洞窟の岸壁を削って岩
を入り口近くの団員たちまで飛ばし、尻尾そのものでカールを襲う。
 だが、しかしもう遅い。
 頭を低くして尻尾を振り回し続けるワイバーンは、高みより降りてくる鈍色の輝きを知っ
ただろうか。
 尻尾による攻撃すらも自らの道具とし、カールは洞窟の天井ギリギリまで跳び上がる。
 そして、そのギロチンの如き一撃でワイバーンの首を刎ね飛ばした。
 元騎士団長の名に相応しき断頭の一撃。
 命を失って倒れ伏すワイバーンを確認して、団員達は歓喜に沸く。
 後は、奥からめぼしいものを奪うだけだ。
 空賊の殲滅は、ジョン・スミスが行うだろう。
「こっちは終わったぜ、ジョン」
 カールは呟き、奥へと歩を進めていった。


 そこはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
 既に二十人からなる空賊は半壊し、五人が死亡している。
 たった一人の素手の人間によって叩き出された被害としては、恐るべきものだろう。
 しかも、それをなしたのは魔法使いであり、常に幾つかの武器を携帯しているジョン・ス
ミスである。手加減されているというレベルではない。
 もう、遊ばれていると言ったほうが正しい。
「クソ……俺達には魔法も武器も必要ないってことかよ」
183 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:33:02 ID:6Rx2x7MP
 乱戦に持ち込まれてしまったために銃を使えず、空賊のキャプテンである壮年の男は歯軋
りしながら腰のシミターを握り締める。
 彼らは小規模な遺跡の盗掘に成功したということが裏社会に知られたのが数日前だ。まだ
誰かが攻めてくることを想定していなかった。
 盗掘するよりは出てきた物をぶんどった方が絶対的に楽なのだから、誰かが襲撃してくる
ことは予想していたのだが、帝都などの大都市から相当な距離が離れているためまだ大丈夫
だと思っていたのだ。
 歯噛みして失策を悔やむキャプテンの横に素早く一人の男がやってきて、耳打ちする。
「キャプテン。今ならまだ若いのを逃がせますが」
「そうだな、死なせるのも惜しい。おい! 若ぇのは雲上艇で逃げろ! ここは俺達でくい
とめる!」
 キャプテンがシミターを抜きながら声を張り上げる。
 その声と共に古参の空賊達は粗製銃を抜き、剣と共に構えた。相打ちになってでもここで
ジョン・スミスを討ち果たそうと言うのだろう。
 潔い態度だ。だが、逃げろと言われた若者の一人が顔を歪めてキャプテンに食って掛かる。
「ですが!」
 若者の声が上がった瞬間、空賊全体の注意がジョン・スミスから逸れる。
 僅か一瞬の隙。だが、それだけでもジョン・スミスには充分すぎる。
 一番近くに居た古参の空賊と思われる男に瞬時に近付き、その砲弾の如き拳を放つ。
 声を出すことすら出来ず、胸の中央を深く陥没させ声を出した若者の足元まで飛んでいく
男。
 確実に絶命している。心臓、肝臓、肺腑が完全に潰されて、生きていられる人間など存在
しないのだから、当然だ。
 それを見て、恐慌に陥りかける若者。しかし、彼が騒ぎ出す前にキャプテンが怒鳴りつけ
る。
「行けっ!」
「は、はいっ」
 泣きそうになりながら一人が走っていくと、それに続いて数人が小屋の方へ駆けて行く。
 それを満足そうに見送り、キャプテンはジョン・スミスの方を睨む。と、ジョン・スミス
が笑っているのに気付いた。
「何がおかしい」
「いや、俺一人なら逃げられたかもしれんがな」
「まさか……」
 ハッとしてキャプテンが後ろを向くと同時に、幾つもの銃声が連続して響く。
 愕然とした表情で地に膝を付くキャプテン。だが、他の残った面々は苦い顔をしながらも
ジョン・スミスから照準を外さない。
 自分に銃口が向けられているのにもかかわらず、ジョン・スミスは余裕を崩さない。
 計画が成功したことを悟り、ジョン・スミスはゆっくりと魔力を練り上げながらポツリと
呟いた。
「上手くやったみたいだな」



「相手の数よりもこっちの数の方が多い。そして、ジョン・スミスなら強い奴をこっちに逃
がしはせん。安心して狙え」
「了解です、先任」
 雲上艇の上から十人ほどの若者が銃を撃ちまくっている。
 影踏み旅団の雲上艇を押さえる班であるこちらは、ワイバーン襲撃班と違い新人が多い。
そのため、三段射撃のような修練と技術の必要な戦術は取れない。
 故に、ぶっちゃけただ狙って打たせているだけである。『人を撃つ感覚』を覚えさせるた
め、古兵は口は出すが手を出すことはない。
184 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:35:25 ID:6Rx2x7MP
 逃げてきた全員が蜂の巣になったことを確認し、先任と呼ばれた男は一つ頷いて口を開く。
「撃ち方、止め」
 先任の言葉と共にピタリと銃声が止む。この辺りは流石に良く訓練されていると言えるだ
ろう。
 初めて人を撃った者も多いらしく呼吸を乱しているものがほとんどな状況だが、先任とし
ては成功の部類だと見ていた。
 安全な位置からの射撃で慣れた者からすると鴨撃ちにも等しいのだが、人を殺すことを実
感させなければ裏社会では生きていけない。ただ、これで殺人が癖になってしまった者には
鉄拳を用いたり体でで銃の恐ろしさを身に染みさせたりして矯正する必要があるのだが、そ
ういうことも先任を含む古参の団員達は慣れているのだ。
 とりあえず、過呼吸などで拒絶反応を示している者はいない。それだけでも十分な成果だ
ろう。もしいたら、後方支援に回すだけなのだが。
 外で爆音が轟き始めると、もう一度頷いて先任は口を開いた。
「さて、残りはジョンが片付けるだろう。魔法も使い始めたようだ。撤収にはこれを利用す
るぞ。エンジンを温めとけ」
「はぁ、でも誰が動かすんですか?」
「古参メンバーには空賊出身が何人かいるぞ。ジョンも個人用なら操縦できるみたいだしな」
「あの人、何でもできるんですねぇ」
「だから何でも屋なんだろ。ああ見えてアホみたいに長生きしてるから、何が出来ても驚く
事はない」
 雲上艇の中で整然と動く古参兵達を見ながら、割り当てられた新兵と会話する先任。
 もう自分達の任務はほぼ終わっているので、三人の古参哨戒員以外は休んだり雲上艇の具
合を見たりしている。無駄話も少しくらいなら構わないだろう。
「でも、アレだけの腕なら帝国も放っておかないと思うんですが。仕官とかはしないんです
か?」
「さぁ。とりあえず、アイツを見て誰かに従うように見えるか?」
「見えませんね。誰かを従わせるようにも見えません」
「だろ。ま、ジョンはそういう奴なんだ。それに、自由で居てくれたほうが便利で良いじゃ
ないか」
 笑い、先任は外からのんびりと歩いてくるジョン・スミスを見る。
 今まで外で殺戮を行っていたとは思えないほどに平然とした顔。快楽殺人者でもないのに、
よくもまあアレだけのことが出来るもんだと感心してしまうほどに。
 先任は若者の肩を叩く。
「絶対に敵には回さんようにしろよ。ジョンは情けも容赦もないからな」
 そう言って、先任は笑う。
 諦観の滲んだ、空虚な笑み。死に近い者がたまにする表情だ。
 その顔を見た若者が何も言えないでいるうちに、先任はそのままどこかへ歩いていく。恐
らく、カールや他の古参達と今からの事を話し合いに行ったのだろう。
 やれることのない若者は、なんとなくボーっとジョン・スミスを見る。
 遠くから見ても分かるくらい、外套にべったりと血が付いていた。それなのに、何も感じ
ていないかのように平然としている。
 なんとなく先任の言った言葉の意味が分かった気がして、若者は身を震わせて人の集まっ
ているほうへと走っていった。


 ――――これは影踏み旅団壊滅の、一年前のお話。
185 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/03(金) 00:36:26 ID:6Rx2x7MP
投下終了です。
186名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 01:46:11 ID:B5Pyror/
一人称から三人称にしてもバレないよね
うん、バレへんバレへん
187空の監獄都市 5 ◆IkHZ4B7YCI :2008/10/04(土) 23:10:48 ID:w38ZYXQz
全感想の人に追い付かれた!? 驚愕と嬉しさを噛みしめつつ、最終話投下。
>>63の続き。
(1/4)
           【5】

 鳴動を続ける空の監獄都市を、ドクター・ノース達はわき目もふらず駆け抜ける。
 走り抜けた後を追うようにして、天井から次々と降り注ぐ落石が通路を押し潰していく。

「っと、センセイ危ねぇっ!」
「うぉっ!?」
 ゲイルが当て身を掛けると同時、天井の瓦礫がドクター・ノースを足元を掠め落ちた。
 通路に突き立つ瓦礫。砕け散った落石の破片が無機質な通路に乾いた音を響かせる。
「ししし、死ぬかと思ったぞ!?」
 涙目になって叫ぶドクター・ノースに、脇に立つゲイルが目深に被った海賊帽のつばを弾く。
「センセイ、動揺するのもわかるがよ。とりあえず今は急いで艦に戻ろうぜ?」
「む、そ、そうだな、ゲイル。早く脱出を──」
「ドクター・ノース! 都市警護ユニット接近を感知!」
 動きの止まった主を守るように周囲を警戒していた侍従デルタが鋭い声を発する。
「彼我との距離100、50、10……0ですわ!」
 左手の壁が轟音とともに吹き飛んだ。
 崩れ落ちる瓦礫と粉塵の向こうから、蛇のような体躯をしならせ、現れ出る新たな蒸気駆動機械。
 噴き出す蒸気が視界を占める中、蛇の如き狩猟機の複眼式センサーがギチギチと蠢き、こちらを捉える。

「くっ──おさがり下さい、ドクター・ノース!」
「ぐほっ!?」
 侍従デルタがドクター・ノースを蹴飛ばす。
 鋼鉄の蛇の背中から突き出た排気塔が左右に別れ、無数のロケット弾が放たれた。

 侍従デルタはエプロンドレスの下から無数のクナイを取り出すと、両手に構えたそれを一斉に投じる。
 クナイが弾頭に突き刺さり爆音が轟いた。空中で迎撃された弾頭は、次々と四散して通路に紅蓮の焔を吹き上げる。

 だが蛇はロケットが打ち落とされたことなど構うことなく、新たに無数の弾幕を形成する。
 数秒間隔で着弾する鋼鉄の雨は一向に収まるところ知らず、焔を吹き上げながら通路を紅に彩る。

「ちっ! デルタの嬢ちゃん一人に任せるな! ヤロウ共援護だ、銃弾をばら蒔けっ!」
「「「うぉぉぉおおぉおおーーっ!!」」」
 積み重なる瓦礫を塹壕がわりにして、陣形を整えた空賊達が一斉に応戦を開始する。
188空の監獄都市 5 ◆IkHZ4B7YCI :2008/10/04(土) 23:11:23 ID:w38ZYXQz
(2/4)

 弾幕に紛れながら、鋼鉄の蛇の尾が蠢き、瓦礫を勢い良く跳ね飛ばす。
 風に揺らぐエプロンドレスの裾先を片手で摘まみながら、侍従デルタが優雅に身を翻す。
 お返しとばかりに放たれたクナイの投擲が蛇の尾に突き立つ。展開された方陣が燐光を放ち、小規模の破砕音が響いた。
 だが、鋼鉄の蛇はまるで怯むことなく弾幕を形成、禍々しい尾を蠢かせながら周囲に破壊をばら蒔き続ける。

 前方で派手な攻防を繰り広げる侍従デルタと狩猟機。後方から適宜援護を加える空賊達。
 アラカルトの面々が作った警戒網の中心で、ドクター・ノースは戦場の推移を眺め身を起こす。
「いつつっ……しかし、よもやこちらにも新手の追撃がかかるとはな」
「センセイよ。あの狩猟機の弱点とかわかるかい?」
 自身も弾幕を形成しながら、ゲイルが深刻な表情でノースに問い掛ける。
「む……すまんが、特に思い当らん」
「かぁそりゃねぇーぜ、センセイ」

 デルタの放つクナイは魔法具の一種なのか、蛇に突き立つ度に小規模の破砕音を周囲に響かせる。
 空賊達もまた、破壊された壁の瓦礫を防壁代わりに使いながら銃弾を注ぎ続けている。
 しかし、どちらの攻撃も致命的な破損までは届かない。
 それどころか、生半可な攻撃では頑強な装甲を前に傷一つ刻むことができない。
 古代文明全盛期に製錬された装甲は、伊達ではないということだろう。仮に弱点を挙げるとすれば……

 しばし難しげに唸った後で、ドクター・ノースはゲイルを振り返る。
「むむ……まあ、そうだな。強いて言えば、上からの攻撃に弱いこと……だろうか?」
「おぉ! 狩猟機のセオリーだな! とりあえずはそいつで十分。サージェス、風精迫撃砲用意!」
「合点承知!」
 空賊の一人がゲイルの指示を受け、背中のバックパックから取り出した砲を瞬時に組み立てる。
「呪紋励起、風精召喚っ! 照準合わせ、弾道補正良しぃ!」
「100万ダガーもする虎の子の一発だ! サージェス、目にもの見せてやれ──風精迫撃砲発射っ!」
「風精迫撃砲発射っ!!」
 放たれる砲弾。物理的に有り得ない軌道を描きながら、砲弾は蛇の背部に叩き込まれた。
 響き渡る轟音と吹き荒れる熱波の嵐。
 施された冷却魔法の術式が砲身を冷やす。吹き上がる蒸気に阻まれ、視界は効かない。

「む……やったか?」
「ああ、ドクター・ノース。そのセリフは敗北フラグですわ」
 砲撃に合わせて後方に下がった侍従デルタが、クナイを構えつぶやいた。
 敗北フラグ? よく意味の取れない指摘にノースが首を捻った次の瞬間、通路を漂う蒸気が一瞬で掻き消された。

 背部から突き出た蒸気の排出機構が耳障りな音を立てる。ゆっくりとその身を起き上がらせる鋼鉄の蛇。
 引き千切られた尾の半ばから先に除くコードが断続的な火花を上げるも、いまだ蛇の複眼はこちらを捉えて離さない。

 驚愕による停滞は一瞬。場の指揮官にあたるゲイルは即座に決断を下す。
「ちっ、戦略的撤退! 都市の崩落も近けぇ! 今は全員、生き残る事だけを優先して動け!」
「「「合点承知!」」」

 ゲイルの指示を受け、誰もが銃撃を中止。再び一丸となって、逃走を開始する。
 これに逃がしてなるものかと、鋼鉄の蛇もまた即座に半壊したその尾をよじらせ──

 背後から伸びた掌が、蛇の頭部を握りつぶした。

189空の監獄都市 5 ◆IkHZ4B7YCI :2008/10/04(土) 23:12:27 ID:w38ZYXQz
(3/4)

「……ったく、随分とヒトを良いようにコケにしてくれやがったよな」
 障壁に包まれた掌の中で、火花を散らす鋼鉄の蛇の頭部がグシャリとひしゃげ落ちる。
 特殊合金の装甲は一瞬の抵抗も虚しく、あっさりと押し潰された。

「というか、あの状況で普通、中枢ユニットを持ち逃げすると思うか? 俺はマジで焦ったぜ」
 男は億劫そうに蛇の頭を投げ捨てると、残された狩猟機の胴体部分の上に立ち、傲然と顔を上げる。
「まあいいさ。持ち逃げした都市の中枢ユニット。そいつをさっさとこっちに寄越して貰おうか」
 破壊された狩猟機から上がる焔に全身を巻かれながら、黒の上着を翻す男──エージェント・イータの姿がそこにあった。

「部下は先に帰らせて俺一人で追って来た訳だがよ。無駄足にならずに済みそうで良かったぜ。ほれ、さっさと寄越しな」
 否定が返らないことを当然とばかりに、エージェント・イータは一方的な要求を突き付けた。
 咄嗟に返答ができず誰もが押し黙る中、鳴動を続ける空中都市の崩壊音が嫌に良く耳に届く。

 エージェント・イータの足元で、破壊された都市の看守役を担う狩猟機が、バチバチと火花を散らす。
 破壊された狩猟機の影響で蜘蛛の巣のような亀裂の走った通路から、
 不意に、鳴動する都市の崩落音とはまったく異なる破砕音が響いた。

「あの、一つよろしいでしょうか、エージェント・イータ?」
「あん? って……あんたか。いま良いところなんだ。黙っててくれ」
「…………左様ですか」
「…………」

 明らかに不服そうなデルタの声が返った。これにイータはしばし躊躇った後で、面倒そうにガリガリと頭を掻く。

「あー……そんで、いったいなんだよ?」
「そこの床、そろそろ抜けますわよ」
「へ?」
 侍従デルタの指摘が届くと同時、エージェント・イータの立つ通路の床が、真っ二つに裂けた。
「んなっ!?」
 間の抜けた声を上げたのを最後に、崩れ落ちる通路の床。亀裂の先に覗くのは、どこまでも白い雲海の波。
 次の瞬間、エージェント・イータはものの見事に二つに裂けた通路の穴から、空へ投げ出された。

「げげぇっーーくっそっ!? こ、ここ、こんな幕切れって、ありかよぉーーっっーー………」
 ドップラー効果で徐々に小さくなり行く叫び声。
 足元に踏み敷いていた鋼鉄の蛇に絡まれながら、そんな捨てぜりふを最後に残し、
 エージェント・イータの姿は果てなき雲海の彼方へ消え去った。

『…………』

 しばしの間、何とも言えない沈黙が続く。

「んんっ……まあ、仮にも符丁持ちの上位エージェント。あれぐらいで死にはすまい」
「ええ。そうですわね。今は消えた者のことを思うよりも、脱出を優先しましょう」
「……ノースのセンセイにデルタの嬢ちゃん。二人とも案外いい性格してるよな」
 ゲイルが呆れたようにボソリとつぶやく背後で、他のアラカルト面々が一斉にうんうんと頷き返した。
190空の監獄都市 エピローグ ◆IkHZ4B7YCI :2008/10/04(土) 23:13:27 ID:w38ZYXQz
(4/4)

           【6】

「しかし、どこも凄いね」
 空中都市の探索から数日後、ドクター・ノースは自らの工房で新聞を広げていた。
 タブロイド紙の一面は、すべて一つの話題で独占されている。
 長耳達の治める南部の砂漠地帯上空で観測された、謎の大爆発。
 事態の究明にアカデミーや軍関係者が駆り出されるも、正確な事態はわかっていない。
 一部の情報筋からは、崩落途中にあった空中都市が爆発したのではないか、と囁かれている。

 なお各紙の娯楽面では、マンガのようなヒトガタの大穴が空いた地面の写真つきで、
 「空から落ちた男」というタイトルのインタビュー記事が掲載されていたりもしたが、爆発との関係は不明である。

「あれほどの規模の爆発です。多少騒がしくなるのも、仕方ないと思われますわ」
「ふむ。まあ、それもそうだね。我が輩も良く脱出が間に合ったものだと、今更ながらに思うよ」
 新聞を脇に退けながら、あの日繰り広げた壮絶な脱出劇に想いを馳せる。

 特務の追撃を逃れた後、ドクター・ノース達は間一髪のところで雲上母艦に乗り込み、崩落する都市から脱出を果たした。
 空の監獄都市は、結局地上に墜落することもなく、空にある段階で爆発四散している。
 ゲイルら「アラカルト」の面々は、都市に残されていたであろう貴重な物資を思い、涙を飲んだ。

「結局、手に入ったのはこれ一つという訳か」
 台座に据え置かれた掌大の大きさの結晶体、都市の中枢ユニット──通称『賢者の石』をしげしげと眺める。
 鼓動を繰り返す中枢ユニットに接続された無数の計器が、さまざまな数値を記録している。
「いずれ『特務』から引き渡し要求が来るかと思われますが、いかがいたしましょう、ドクター・ノース?」
「要求が来るまでは、じっくりと研究させてもらうとするさ。あちらとしてもデータを引き渡せば文句はあるまい」
 あっさりと答えるドクター・ノースに、侍従デルタも納得したと無表情のまま頷き返す。

「それもそうですね。では、そのように対処しておきますわ」
「うむ。宜しく頼むよ、デルタ君」
「畏まりました、ドクター・ノース」
 各方面に必要な根回しを行うべく、書類の準備に向かう侍従デルタ。
 彼女の背中を見送りながら、ドクター・ノースは額につけたゴーグル状の記憶端末を押し上げる。
「ふむ……我等が古巣は、いまだ変わらず有りにけりってやつかね」
 かつての特務情報局、遺失技術研究室室長──ドクター・ノースは小さくつぶやくと、中枢ユニットの解析に戻るのだった。


        【蛇足じみたある会話】


 空の監獄都市墜落から一月後。帝都の某組織が居を構えるオフィスの最上階。局長室で起こった一場面。

「ふん……完全ものだった都市の中枢ユニット──『賢者の石』の確保に失敗、か」
「う、ですがね、局長……高度うん千キロメルーから落っこちて、これぐらいの損傷で済んだのは評価して欲しいもんですぜ」
「それも貴様の犯した失態が招いた結果だがな。それに、貴様のゴッキー並のしぶとさだけは以前から認めている」
 故に評価を改めるには値しないな。全身に包帯を巻き付けた男から報告を受けながら、部屋の主は冷淡に告げた。

「ゴ、ゴッキー並って、局長。長命種ってのはどいつもこいつも言うことが鬼ですか!?」
「貴様のしぶとさが異常なだけだ。先天的魔法技能執行者──ギフトの持ち主は、どいつも能力の癖が強すぎる」
 運用を考えるのが面倒な連中だ。部屋の主は淡々と返した。
「ぐっ……と、ともかく、局長。モノの所在はわかってるんですから、後は」
「博士とは彼の独立時に、特務との間で不干渉協定が結ばれている。強引な手は取れんぞ」

「うぐぐっ……ま、まあ、あれです。それでも昔のよしみで、向こうが解析終わったら、良い値で買いとれると思いますよ」
「ふん……なら、購入に掛かる費用は貴様の給与から天引きしておこう。エージェント・イータ、退室して良し」
「げげっ墓穴掘った!?」
 飾り気のない無機質な部屋に、男の上げる情け無い悲鳴が響き渡った。
192 ◆IkHZ4B7YCI :2008/10/04(土) 23:15:12 ID:w38ZYXQz
以上で、空の監獄都市は終了です。
メイド忍者デルタさんはついカッとなってやった。今は反省してる。
193名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 08:55:05 ID:50qky9Y0
投下乙です。
最後まで面白かったです。
デルタさんいいね。実にいい。
ノースが元特務所属ってことは、デルタさんも元上級エージェントの可能性があるのか?(凵j
194 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:36:47 ID:50qky9Y0
投下します。
195祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:39:22 ID:50qky9Y0
5.side Arisa

「はぁ……」
 あたしは何度目かの溜息を吐きながら、牢屋の天井のシミでも数えている。
 あたしがティリアスと一緒に牢屋へとぶち込まれてからすでに一日経っている。
 今の所、あれからまだ誰も来ない。拷問とかされるよりかは良い。だからといって何かできるわけでもない。
 これからどうなるかを考えるとそれだけで憂鬱になり、ただ溜息をついている。

 ついでに隣にいるティリアスは先ほど起きたばかりだ。
 あまりにも長く寝ているので、頭の打ち所が悪かったのではないかと少し心配だった。
 無事起きてきたので内心ホッとしている。顔には出すつもりないけど。
 ティリアスはまだぼーっとしているのか、この状況への反応は今のところない。
 なんとなく、等身大の人形と一緒にいるような感覚に襲われる。

 また、一つ溜息を吐く。こういう絶体絶命な状況だと流石に参ってくる。

「そんなに溜息ばっかりしてると幸せが逃げちゃうよ」
「え?」
 振り向くと、ティアリスがこちらを指で差しながら言ってくる。
 起きぬけの、人形のような表情が消えていた。
 祭りのときに見た彼女特有の緩い笑みが浮かんでいて、この場に合わない暖かな雰囲気を醸し出している。
 この少女は、まだ今の状況を理解していないのだろうか。

「いや、今、そんなこと言ってる場合じゃない。このままだとあたしたち――」
「大丈夫よ。絶対助けが来るから」
 今の状況を説明しようとするあたしの言葉を遮り断言する。
 どうやら理解はしているようだ。だけど、今度はあり得ないことを断言している。

「なんで断言できるんだ? そりゃ、ティリアスの方は用心棒がいるからそれを期待してるだろうが、
地元じゃない以上そんなに早くここを特定できるわけがない。それにギャングに一人で立ち向かうなんてバカがやるこそさ。
さらに言うとあたしにはそんなツテ一切ないんだよ。」
 あたしは一気に言い切り、ティリアスから顔を背ける。
 結局、あたしは一人きり。今まで、助けがすることなんて一度もなかった。
 今までなんとか一人でやってきたんだ。助けなんて恵まれている奴が期待することだ。
 ……ははっ、結局一人の限界が来たみたいだけどな。
 どうもあたしが落ち込んでいると思ったのだろう。
 ティリアスは少し心配そうにした後、言葉を続ける。

「大丈夫。理由はもちろんあるよ。今までここに人が来ないことが証拠。
 少なくとも、私たちを放っておくほどの事態がギャングに起こっている。これは確実ね」
 確かにティリアスの言い分にも一理あるとは思う。あまり可能性としては高くないと思うが。
 ティリアスの言葉にあたしは一瞬の躊躇の後、面倒くさいので頷くことにする。
 あたしが頷くと、ティリアスはさらに言葉を続ける。

「まあ、いざとなったら、逃げようと思えば逃げられるからね」
「は? んな馬鹿な。この状況でも逃げられる奴が何で捕まったんだよ。わざと捕まったって言うのかよ」
 さすがに今のは胡散臭すぎる。疑いの目であたしは見るがティリアスは相変わらず笑みを浮かべたまま。

「だって、あいつら新しそうな銃持ってたわよ。
あの時アリサちゃん、無理に逃げようとしてたから確実に撃たれてたわよ」
「……あー。つまりあたしを助けるために、一緒に捕まったと」
「うん」
「嘘つけ」
「こんな時に嘘をついてどうするのよ」
 胡散臭い。ものすごく胡散臭い。
 でも助けに来たという事実は確かなんだよな。見ぬふりをすれば捕まっていないはず。
 ……ああ、そうか助けにきてもらえたのか。結果は失敗だったけど。
 自分の顔が赤くなっているのが分かる。態度では認めているように見えてしまいそうだ。
196祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:40:56 ID:50qky9Y0
「なんで助けにきたんだよ」
「だって今は花祭り。出会いはいい方に行くものよ。大事にしなきゃ損じゃない」
「はは……なんか反論するのが馬鹿らしくなった。それじゃ、ティリアスの言うとおり待ってみるか」
 そういってあたしは床に寝転がる。
 今まで期待していなかった、助けが来ると言う言葉、それに少しは賭けてみてもいいかもしれない。
 そう思うと、先ほどの憂鬱感はほとんど感じなくなった。


「はっはっは。いやー私、頼りにされてます?」
「うん、きっとアリサちゃんに頼りにされてると思うよ」
「部下に信頼される上司。ああ、私は今、猛烈に感動しています」
「そう。よかったね。それより早く開けて欲しいなー」
「はっはっは。これは失礼。レディ。早速開けましょう」
 なんかさっそく聞こえて欲しかったような欲しくなかったような声が聞こえた気がする……。

「……ってお前何時からいたー! タイミング良すぎだろー!」
「はっはっは。なんのことか分かりませんな」
 一気に起き上がると、目の前にはイプシロンがした。右手には反身の剣を携え悠然とたたずんでいる。
 先程までは絶対助けになんてこないと思った相手がそこにいた。
 なんとなく顔を見られない。どうしてかは分かるようでわからない。 
 仕方がないから目線をそらしながら話すことにする。

「よく助けに来たな。絶対見捨てると思ったのに」
「心外ですな。紳士というものは仲間を見捨てないものです」
 本当に心外そうにイプシロンは言う。
 言いながらも牢を開け、あたしたちは廊下へと出た。

「おっと、気を付けてください。少しだけ汚いですよ」
 イプシロンの言葉、その意味は廊下に出た瞬間理解し、同時に強く後悔した。
 
 廊下へと出た直後、そのすべてが赤の色に覆われていた。
 色の正体は血。そこにいた全ての人間、いや、生きていた者は全て死んでいた。
 ある者は一突きで心臓を貫かれ、ある者は腰から両断され、赤黒い臓物を飛び散らせたまま絶命していた。
 獣人の首が転がり、その表情は恐怖に歪んでいた。

「さて、早いところ出るとしましょう」
 その中を平然と歩く男。彼がこの状況を引き起こしたのは間違いなかった。
 ようやく特務という組織、その中にある上級という存在がどういう意味を持つか分かり掛けてきた。
 ……でも、あたしが彼自身に恐怖を感じないのはどうしてだろうか。

 念のため目の前を歩くティリアスの表情を見ると、若干眉に皺が寄っている。
 さすがにこの光景は堪えているらしい。声をかけることは止める。
 そのまま黙り歩き続ける。結局、出口に辿り着くまで、生きているのは3人だけだった。

「さて、ここを抜ければ外に出れますよ」
 あいかわらず一面に続く地獄絵図の中、イプシロンはなんでもないかのように歩いていく。


 そして、イプシロンは扉を開け、閉めた。

「どうしたんだ?」
理解不能な行動に、思わず疑問の声を挙げる。

「ふむ。どうやらギャングは全勢力を集めてこちらへと来たようです。
ここに来るまで、拠点を3つほど潰しましたからな。大きな拠点はここが最後です」
 ……は?
197祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:47:10 ID:50qky9Y0
「うわ、エグイことしてるわね。きっと想像もしたくない光景だったよね」
「はっはっは。レディ。レディは賢いようですな。一応私の武勇譚を聞いてくれますか?」
「聞きたくない。今日の晩御飯食べられなくなるから」
「これは手厳しい。レディ、あなたはなんとなくうちの局長と似ているように感じますね」
「うーん。それは止めて欲しいな。なんとなく嫌な感じ。うん、すごく嫌な感じ」
 ティリアスとイプシロンのどこかずれた問答を聞きながら、あたしは考える。
 というより多分考えているようで考えていないと思う。
 ……ギャング総結集?

「なぁ、リラック」
「なんですか。アリサ」
「脱出する手段あるのか?」
 単純かつ絶対的な質問。その問に対し、イプシロンは考え込む。

「うーむ。今の私は任務は変更になりまして、脱出ではなく殲滅になったのです」
「……は?」
「アリサのお陰で、奴らが情報通りの武器を所持していることが判明したのですよ」
「おい、なら任務終了じゃ……って、まさか殲滅もリラックの仕事だったのかよ!」
「そうですよ」

 話の絶望さ加減に目の前が真っ暗になる。一人でギャングを殲滅ってアホだろ。無理だろ。

「なんなんだよ。帝国はどんな無謀な作戦立てているんだ。不可能だろ。普通」
「それが可能なのが私達"上級"なのですよ。私の場合、諜報は不得手としていますが」
 そこまで言ってイプシロンは扉の前に改めて立つ。

「さて、ではお二方にはここで待っていてもらいましょう。ここから先は私の仕事です」
 その言葉にあたしは何も言えなくなる。
 無理だと思ってる。思っているが、心のどこかで、彼ならやれるとも思っている。
 
 あたしの無言を納得したと判断したのだろう。
 イプシロンは扉を開け、一人無造作に敵の待ち構える広場へと出る。
 あたしは、その行動に対し何もできることはなかった。
 のこのこと続けば、すぐ殺されるのは目に見えている。
 だから、あたしは、一言声を掛ける。

「死なないでね。あんたに死なれると困るのあたし達だし」
 イプシロンは軽く頷くと、完全に外へと出る。
 下手な言葉だ。でも意味は伝わっただろうから、それでいいかと思うことにする。

 外からギャングの親玉の声が響く。
「よう色男、ここまで俺達にダメージを与えたのお前さんが始めてだ。
 俺達の仲間にならんかい? っと聞いてもどうせ答えはNoだよな」

 外から祭りの音が響いてくる。2日目夜ってことは花火の打ち上げがある。
 空から腹に響く音が聞こえ、花火が花開く音が響く。
 地上からは音楽の鳴り響く音、今はワルツのゆったりとした曲が流れている。

「その通りです。いやはや、政府の犬と言うのも中々大変なものです。
もっとも、気に入らなければいつでも抜け出すつもりでいますが。
今は利害が一致しておりますので、あなたの話に特にメリットなどありませんな」
「仕方ないよな。全くもって仕方がない。こちらもリスクを負った以上こうなることも予想していた」
「むしろこうなることを待っていたみたいですね」
「違いない。特務というものが、どれほどの力を持っているか試して見たかった」
 ギャングの親玉とイプシロンの会話は続く。
 親玉は実に楽しそうに笑っている。
 その動向に耳を傾けていると、隣のティリアスから突然声を掛けられる。
198祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:49:40 ID:50qky9Y0
 ティリアスの言葉にあたしは一瞬沈黙する。
 自分よりも恐らく年下のはずの少女の言葉とは思えない。
 もしかしたら、あたしが考えている以上に年をとっているのかもしれない。そんな確信を持つ。
 ティリアスの言葉は、正しい。そしてあたしもそんなことは分かっている……はずだ。
 ティリアスに対し、あたしは深く頷くと、視線をイプシロンへと向けた。




 そこでは動きが始まっていた。

 右手に持った反身の剣を上空へと投げ飛ばす。
 ギャングは一瞬、その剣へと注意を向ける。
 動く。いや、動いたことを感じさせないほどの滑らかさでイプシロンは前へ前進する。

――遠くの音楽が変わる。ゆったりとした曲調からアップテンポの曲調へと

 両手にはいつの間にか銃を二丁持っている。カートリッジで銃弾を補給する最新鋭セミオートタイプの拳銃だ。
 その武器を水平に掲げ無造作に狙いをつけ、撃つ。
 狙いは違わず、二人の敵の命を絶つ。
 それが合図となり、敵が動き始める。総勢50名がひしめく小広場で一斉に銃口が光る。
 闇夜を照らすマズルフラッシュ。全てが最新鋭の精度が高い銃だ。全てが当たらないことはありえないはず。
 しかし、当たらない。
 イプシロンはまるで銃弾が当たらない位置に移動しているようだ。避けるという動作すら見えない。
 敵の銃弾はかすりもせず、しかしイプシロンの相手を見ずに撃った曲撃は正確に敵の命を削る。
199祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:50:46 ID:50qky9Y0
――また、遠くで一発の花火は打ち上がる。歓声が聞こえる。

 一瞬の煌めき。色とりどりの光が辺りを照らす。
 唐突にイプシロン姿勢を低く、滑るように回転を加え、乱射。
 イプシロンの銃口が止まる。弾切れを現している。
 今この時をして敵、20名ほどの命が失われている。

 しかし敵は怯まない。むしろ勝機とばかりにすべての銃口がイプシロンを狙う。
 だが、それでも当たらない。

 イプシロンは駆け、手を伸ばす。そこに始めに投げた剣がすっぽりと納まる。
 その勢いのまま敵左翼に侵入、一気に数人切り飛ばし、また銃を空中へと弾き飛ばす。
 最後に剣を投擲。その剣により串刺しにされ絶命する。すでに3分の2が倒れている。
 残るは親玉のいるエリアのみ。
 イプシロンはその空になった両手を宙へと伸ばす。先ほど跳ばされた敵の銃がそこに向けて落ちてくる。

――遠くから聞こえるのは拍手と笑い声。この場には全くそぐわない世界が隣にある

 足を止めての掃射。敵は一名を残し全滅、しかし本来その射撃で全滅し終わるはずだった。
 その一名はイプシロンに人間離れした速度で一気に近づくと、こぶしを振う。
 初めてイプシロンの行動が、明確な回避行動となる。
 その人間がギャングの親玉であることにあたしはそこで始めて気付く。
 イプシロンは狙いをつけ、しかしその場にはすでにいない。
 全く別の角度からの一撃。イプシロンはぎりぎり回避する。
 男は笑い声を挙げながらイプシロンへと肉薄する。
 親玉は部下がすべて死に、しかしなおこの死闘を楽しんでいる。

「なるほど。あの親玉、良い魔法薬使ってるわね」
 隣のティリアスの声。魔法薬? ドーピングみたいな物か?
 でも今の状況をあたしは黙ってみているしかない。戦いなんてからっきしなのだから。
 近くで遠い世界のように感じる。二人の戦いは激しい舞踏のように感じる。
 撃ち、突き、蹴り、殴り、斬る。
 音速を超え繰り出される力と技。
 そのすべてが一撃必殺。
 しかし、双方ともに当たらない。
 永遠に続くと錯覚するような死の舞踏。
 しかし、その均衡が崩れる時が来る。

――1発の、特大の花火が打ち上がる。  
 
 軽い衝撃と光。それとともに決着が訪れる。
 あたしの目に男の拳がイプシロンに触れたように映る。
 親玉の笑みが深まる。この一撃で決めたと思ったのだろう。
 だけどもう一つの事実が見て取れる。その腕はすでに使い物になっていない。
 あたしには見えない速度で振るわれたナイフの一撃。それが一瞬早く男の腕を切り離していた。
 
「さよならだ」

 イプシロン唇はきっとそう動いていた。
 銃の引き金が絞られ、親玉の体が痙攣する。
 多分、あの親玉は最後まで自分が勝ったと思っていただろう。
 だが、親玉が倒れることで死神たちの舞踏は閉幕した。 

 結果としてギャングは全滅。残ったのはあたしたち3人だけだった。
200祭りはまだ終わらない。 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:51:56 ID:50qky9Y0
「さあ、終わりましたよ」
 イプシロンの言葉と手招きにあたしたちは外へと出る。
 あたり一面死体の山、しかし、後10分もすれば警察がやってきて"すべてなかったこと"にするだろう。

「さて、これで任務終了です。アリサとの契約期間もこれで終わりになります。
そしてアリサ、今ならすべてなかったことにできます。もちろんそこのレディもですよ」
「あなたが私たちも斬ったことにして見逃す。どうせこの数じゃ正確な数字はわからない……か。
私は帰るよ。オルカ君も心配しているだろうし」

 イプシロンとティリアスの言葉。その意味を考えながら、しかし、あたしの決意は固まっていた。
 あたしはイプシロンの手を取る。始めて不思議そうな顔をしたイプシロンの目を見て、言う。

「任務とやらも終わったんならここからすぐに離れよう。
せっかくの祭りを楽しまないのは損だと思う」
「アリサ?」
 イプシロンの疑問の声、いきなり意味不明なことを言っているのは百も承知。
 でも、あたしはその疑問を無視し、言葉を続ける。

「あたし、これでもいつまでもスリ生活を続けられるとは思ってないんだよね。
いまさら首切られても困ってしまうよ。それより行こう。祭りはまだ終わらないのだから」
 もう少し素直に一緒に行きたいと言った方が良かったとも思う。それでもその言葉は言えなかった。
 きっと、あたしの顔は赤くなっていたと思う。こういうことを言うのは柄じゃない。
 それを見て、イプシロンは多分意味を理解したのだと思う。
 イプシロンは一度手を放し、腰まで深く頭を下げ、あたしの右手を改めて取る。

「ああ、ではそうしましょう。……改めてよろしく、アリサ」

 祭りはまだ終わらない。祭りとは今の表の世界の祭りじゃない。
 あたしはもっと深い闇の祭りに入りこもうとしている。
 でも、それでも今だけは、非現実的な現実から脱出してもいいじゃないか。
 せめて明日で終わる、表の世界の祭りを楽しもう。
 そう思いながら、あたしはイプシロンとともに歩きだした。



アリスの日記

ブラージの月×日

花祭り楽しかったー。
ちょっと問題もあったけど……オルカ君。こういうときにこそ助けに来るべきだと思います。 
まったく、戻ってみたらすっかり女性に対して鼻の下のばしちゃって……。
胸が大きいだけが正義ではありません!
あ、後、アリサちゃんはエセ紳士について行っちゃったみたいね。
ここでのスリの生活とどっちがいいか分からないけど、アリサちゃんが幸せに感じられればいいな。
感じられるかはかなり心配だけど。
……それにしても帝国は大分力をつけているみたい。
特務もずいぶん強い人が増えたみたいね。
帝国とは喧嘩したくないけどいつまでほっといてくれるかな。
ずっと放置してくれればいいけど。
とりあえず次の行先はどこにしようかな。悩むなー。
うーん。今は寝て明日考えよう。
それでは、おやすみなさい。



投下終了。祭りはまだ終わらない。は、これで終わりになります。
特務ってこんなの出してもいいんだろか?
ちなみに裏設定として、今回の話でイプシロンがアリサに話してない真の目的があります。
その目的は古代文明の遺産の奪取でした。(ギャングが隠し持っていた情報をキャッチした)
201 ◆xyCklmNuH. :2008/10/05(日) 16:54:33 ID:50qky9Y0
最後にシェア用設定置いておきます。書いてない部分は自由に設定してください。

キャラ紹介

イプシロン

種族:人間種 
性別:男 
年齢:30
外見的特徴:エセ紳士

身長: 175チサン
体重: 65
性格: 一見ドジっぽいが、戦闘能力は極めて高い。ボケ役。エセ紳士
一人称: 私

現状での説明:
特務の上級、コードネームイプシロン(ε)です。
能力的には、剣だろうが銃弾だろうがミサイルだろうが正確に避けることができる程度の能力。
また、射撃、剣術ともに人間の限界を超えたレベルです。
武器は帝国の最新式の拳銃を2丁所持、及び反身の剣、他にナイフを所持しています。
ただし諜報活動は致命的なダメさです。魔法の能力もありません。
任務は主に町中にいる「上」の情報に触れる機会のある人間の監視、
深く触れてしまった人間の暗殺、組織の殲滅、人の手に渡った古代文明の遺産の収集、奪取
などの任務を受けているようです。
アリサが部下になってからはさらに任務の幅が広がったとか。
偽名はマトグラ・リラック。


アリサ

種族:人間種 
性別:女 
年齢:17
外見的特徴:栗色の髪を肩口で切りそろえている。釣り目がち黒色の目
      肌の色は日に焼けたような褐色
身長: 155チサン
体重: 45
性格: 女性らしい外見に似合わず男のような言葉づかい。短気。ツッコミ役
一人称: あたし

現状での説明:
コードネーム・イプシロン(ε)専門の部下(下級)になってます。
特務というよりはイプシロンに対しての部下なんだろうな。
主にイプシロンの任務に諜報役として一緒についているでしょう。
今のところ戦闘力は皆無です。

以上で本当に終わります。
強い奴は偉い。

                       巨人族鋼の掟


4.開戦前夜(下)


 巨人族の集落は、皇帝属州から見て、緑の魔海のかなり深い所にある。
 しかも集落までの間に、百四十年前の反乱の最後の戦いの場となった場所が、草一本生えない荒野として横たわっている。
 そんな位置関係もあって、人間族が彼らと折衝を持つ意味は、ほぼ存在しない。
 姿こそ未開の蛮族のような、人間族に似た風貌であるが、巨人は立ちあがれば森の梢に頭が届き、座っても人間族並の体高がある種族である。
 平均身長3メルーを支える骨格は太く、挙措動作もどことなく鈍重な印象がある。
 森の深い場所にいるのは、立ち上がっても木の枝が顔を叩かない場所を選んだ結果で、そこで自給自足が足りてしまった彼らは、勢力の拡張など考えたこともない。
 帝都の種族学者によれば、彼らは人間世界を避けた長命種の変異体であり、神話の世界の最後の生き残りなのだということであったが、
 巨人の王ケイルに聞かせれば、そんな定義をすることそのものが意味不明との感想を持っただろう。
「うーん」
 そんなわけで、久々に損得を考えなければならなくなったケイルにとっては、ここ数日は遠征よりも苦難の日々だったのである。
「悩むことなんかないだろ、ケイルよう」
 近くでヤマブドウをつまんでいる巨人が言うが、ケイルにはどうもこの話はよく考えなければならないことのような気がするのだ。
「うーんうーん」
「一体何をそんなに考えているんだよお」
「それを考えているんだがなあ」
「いつもどおり出かけて行って、ブッ飛ばして帰ってくればいいんじゃないのかあ?」
「そうなんだけどなあ」
 巨人族の尺度は、強さである。強くあって初めて、語るに足る相手と認められる。
 彼らは、種族ごとに融通を利かせる柔軟さも持ち合わせており、彼らの友にはリスや野ギツネ、果ては軍隊アリまでいる。
 その異種の友と言葉を通じ合わせることはないが、挨拶を交わすことは勿論、捕らえた獲物が友の縁あるものなら、気前よく解放したりしている。
 リスであろうとムカデであろうと、勇者の呼び名に恥じない者であれば、彼らにとって敬意をもって接すべき友なのである。
 少し前に、人間族の長が変わった。
 その事はよく覚えている。前の長と戦って打ち負かしたのはケイルであり、しばらく後にその息子と名乗る人間族が話し合いに来たのだ。
 前の長は紛う事なき勇者だった。彼に免じ、現れた息子との間で人間族に戦いを挑まないという協定を結んだ。
 そのことは、巨人の間でも異論があった。ケイルが認めた、前の長との間で協定を結ぶなら納得できるが、その息子が強いかどうかはわからないではないか。
 それを、そろそろ戦って強さを確かめてはどうか、と申し入れて来た者がいたのだ。
 他人と関わるときは例外なく利用しようとしている時だ、と言われる黒翼族がである。
 ケイルの思考に引っ掛かっているのは、彼自身はうまく表現できないものの、黒翼族の評判に表れるその一点だった。
「ヨナルデは何を言っていたっけかなあ」
「あいつは結構前から、黒翼族のところへ行ってるぞお」
「そうだったなあ」
 黒翼族からの話を持ってきたのは、ヨナルデという巨人である。
 向こうから話を持ちかけてきたから、一応聞くだけ聞いてくると言って出かけて行ったのだった。
 黒翼族も最近族長が変わったという話は聞いている。森に住む二つの種族は長年の友邦であるため、いちいち実力を確かめたりはしないが、
 新しい族長もなかなかのやり手であるとの噂は耳にしていた。
 そのうち拳闘でも申し込みに行くのが良いかもしれない。
「そういやあ、最近闘ってないなあ」
「そうだなあ。人間族の前の長以来だなあ」
 うーん、とケイルはもうひとつ唸った。頭の中から、黒翼族の思惑のことはさっぱり抜け落ちている。
「そんじゃ、攻めてみるかあ」
「おおう、久し振りの遠征だなあ」
 そうと決まれば、話は早い。
「仲間に伝えて来い。行きたい奴はついてこいってなあ」
「ケイル、武器はどうする?」
「んーうー、持っていくかあ。切られたら痛いからなあ」
 ケイルは、ゆっくりと立ち上がった。
 ただでさえ大きい巨人たちの中で、ケイルはさらに頭一つ大きい。
 その背丈で両腕を大きく上げて伸びをすると、両手首から先が森の屋根を突き抜けた。


 前線基地の損害が増えてきた。
 元々、通常状態で歳入ギリギリのやりくりをしていた。前線基地二つの修繕費用が降って湧いたせいで、財政は更に厳しくなっている。
 どこかへの支出を削り、どこかからの徴収を増やし、どうにか作った余裕をそのまま基地につぎ込まねばならない。
 平時であれば、回せる資金が僅かでも、時間をかけながら修繕することができたが、今そんな余裕はない。
 緑の魔海から、夜陰に紛れて黒翼族らしき影が、襲撃の構えを見せているのである。
 基地を修復し、防衛線を再び確たるものとすることは急務だった。
「とは言え、ね……」
 今、アルゴンが目を通しているのは、軍団兵の状況報告である。
 日が落ちてから姿を見せる者は、仕掛けてこないと分かっているものの、音に聞こえた黒翼族だけに、どこで裏をかかれるかわからない。
 夜警を用意して多く見張りを配備し、そのために駐留部隊全体が慢性的な睡眠不足に陥りつつあるという。
 中には警戒が過ぎて不眠症になってしまう兵もいるらしい。
「そろそろ駐留小隊を交代させるべきかね」
 この間、入れ替えたばかりである。普段より短い周期だが、兵の健康状態を考えるなら妥当な案だろう。
 しかし入れ替えをすれば、その日は修繕作業が滞る。工事に当たっているのは、睡眠不足中でありこれからそうなるであろう駐留部隊なのである。
 アルゴンとしては、この件には早めに結論を出して、他のことに時間を割きたいところだが、軍務について任せられる人間はいないだった。
 サーベラスは有能だが、あくまで小隊長としての有能さであり、こうした数手先までを見通した戦略を練ることには向いていない。
 人には、向き不向きがある。
 そしてアルゴンが欲しいのは、大局的な視野を持って細部に当たることのできるタイプなのだった。
「参謀が欲しいね……」
 さすがに目が疲れたか、疼くような頭痛がしてきていた。
「総督、お湯持ってきましょうか?」
 ユーグが心配そうにこちらに目を向けている。
 行政事務官僚である彼には、軍略について手伝えることは、兵站関連ぐらいでしかない。
 そして彼もまた、能力はともかくとしても視野の広さについては、年齢と経験を重ねてこれから育てていくべきものに留まっている。
「君も、私が回した仕事が積みあがっているだろう? 侍女に持って来させるよ」
「そうですね」
 常から何かとアルゴンに世話を焼こうとするユーグだが、優先すべきことはきちんと把握している。
 残念そうに、アルゴンに代わって扉の脇の紐を引いた。
 紐の先のベルを聞いて、ノック音が来るまでに、普段より時間がかかった。
「水差しを持ってきてくれないかな」
「かしこまりましたわ」
 扉からの声を聞いたユーグが、食事に混じっていた砂を噛んだ時のような顔をしている。
 歩き去っていく足音は聞こえてこないが、気配は遠ざかっていった。
「総督……いえ、なんでもありません」
 ユーグは何か言いたげだったが、すぐに執務に戻った。
 案の定、しばらくして現れたのは侍女ではなかった。
「お待たせいたしましたわ。事務官さんも、お召し上がりになりますよね?」
 盆を手に現れたのは、やはり予想通りである。
 普段着ている、清楚ながらも贅をつくした衣装ではない。簡素ながらも上質な素材で、細部に刺繍を入れている侍女服を纏っていた。
「その服……」
「新しく仕立ててもらいましたの」
 アウルム財閥からの融資の中に、彼女の生活費用として贈与分が用意されているものの、属州の財政状況では、そちらを区別して取り置き、
 彼女のために使う以外には支出しない、などというわけにはいかない。財政に贈与分を加え、そこから彼女の費用を出す形にならざるを得ない。
 つまり、彼女の私費を属州財政に加算しているが故に、彼女の遊興は財政への打撃となるのである。
「似合ってますかしら?」
 こちらの思惑など意に介した様子もなく、盆を持ったままスカートの裾をつまんで器用に回ってみせる。
 盆の上のポットは、かたりとも音を立てなかった。
 そう、そしてやはりポットなのだった。
 ほのかに漂う香りに、ユーグが目を剥く。
「お茶じゃないですか!」
「そうですわ。マリンラント産には及びませんけれど、そこそこのものを用意してあるのですね」
「その服も!」
「トコピロ絹がよかったのですけれど、我慢いたしますわ。私、木綿の硬さに慣れてきましたのよ」
 ユーグが硬直している。彼の頭の中では、今「被害総額」が凄まじい勢いで算出されているだろう。
「さあ、冷めないうちにお召し上がりくださいね、アルゴン様」
 いつぞやの晩に見た、華麗さすら匂わせる手さばきでカップに茶を注ぐと、アルゴンの執務机に小さな音とともに置いた。
 二つ目のカップを手に、ユーグの机へ近づいていく。
「さあ、事務官さんも」
 カップが机に触れる音を合図にしたかのように、ユーグが立ち上がった。
「ルーシアさん! 一万百四十ダガーがどれだけ財政に影響を与えるのかわかってるんですか!」
「一万?」
 被害総額の算出が終わったのだろう。ユーグの言う金額が何なのか数秒で理解し、ルーシアはポットに鼻を近づけた。
「値段不相応ですのね」
「その服の布の値も入ってます! よりにもよって総督の服を仕立てる布を使うなんて! カイロネア産の木綿なんですよ!」
「まあアルゴン様、カイロネア産なんかでお召し物を!?」
 勢い込むユーグなど知らぬ顔で、焦点のずれた驚きを漏らす。
「そんな生地は、中流以下が着る物ですわ。そんなものより、私がアルゴン様に相応しい生地と仕立て屋を存じております。
綿がお好みでしたら、キロキルスのものなどいかがですか? お申し付けいただければ、すぐに手配を……」
「いりません! そんなお金はどこにもありません! 総督は戦闘服さえあればどうとでも恰好がつく人なんです!」
 二人がアルゴンに対してどういう評価をしているのか、なんとなく窺い知れたような気がする。
「すまないが、二人とも」
 片手をあげて制止する。
「騒ぐのであれば出て行ってくれないか」
「あ、す、すみません……」
「申し訳ありません。お許しくださいませね」
 ひとつ溜息をついて、アルゴンは政務に戻ろうとした。
「ところでルーシア君、侍女たちはどうしたのかね」
「ああ、あの方たちでしたらお暇を出しましたわ。勝手がわかってくると、かえって邪魔になってしまいまして」
「そうかね」
 さすがにこれは何とも言いようがなかった。侍女たちは、まさか総督府から辞めさせられたとは思っていないだろうが、後で確かめる必要があるだろう。
 なんとなく諦めを含んだ気持ちで、書類に向かった。
「あらアルゴン様、それは?」
「部隊名簿だよ。基地の防備にどの隊を送るか、考えなければいけないんだ」
「黒翼族がちょっかいを出してくるから、ですか?」
 彼女の方を見上げた。目に光が入っている。
「どうしてそう思うのかな」
 敢えて尋ねてみた。
「パクスは由緒正しい属州ですから、隊と基地はすでに当番制が成立しているのが自然です。平時から、今のようにアルゴン様が目を通していては
時間の無駄ですものね。でもアルゴン様が防備の編成を気にしていらっしゃるのなら、平時ではないということですわ。
その原因として考えられるのは、先日危険な動きを見せた異種族。アルゴン様のお話なら、直接来るのは黒翼族だけ、です。いかがでしょうか?」
「うん、大したものだ」
「ふふ、総督夫人として当然の嗜みですわ」
 自慢げなルーシアを見ているうちに、ふと好奇心がわいてきた。
「ルーシア君」
「はい、なんでしょう」
「駐留部隊に再建させている最中の基地が二つ、黒翼族の牽制に晒されて兵が十分な休息がとれない。交代の頻度を上げれば兵の疲れは取れるが、
交代する日の修復作業は四分の一以下に低下する。君ならどうする?」
「今後異種族と戦うにあたって、防波堤としての前線基地の機能を復旧させるのが目的なのですよね?
それなら、守備隊と作業隊を分けて配備すればいいのではありませんか?」
「基地の常駐は一個小隊だが、すでにもう一個小隊を送り込んである。交代制を取らせているが、不足かな
「仕事をはっきりと分けた方が良いと思います。狩猟機に攻撃されても鉄道補修を続けた鉄道局員は語り草ですわ」
「ふむ。どう割り振るかな」
「作業に必要なのはどれくらいでしょうか?」
「二個小隊すべてを作業に割り当てられれば、来月には修繕が終わる」
「それでは、あと一個小隊ずつ増やしましょう。作業専門を二個と、防衛専門を一個。これで、多少は状況が良くなるはずです」
「これ以上増派するとなれば、予備役兵も召集する必要が出てくるよ」
「緊急時のための予備役ではありませんか」
 ルーシアの言うことも間違いではない。気分として、まだ予備役を召集するほどの緊急ではないと思っていたかった、ということは否定できない。
「そうだね。そうしよう。ユーグ君」
「あ、はい!」
「軍団事務に、五個小隊分の予備役召集の準備を伝達。それと修復中の一番二番基地に一個小隊ずつ増派。令状を頼む」
「わかりました!」
 指令を受けるや否や、ユーグは机の引き出しから紙入れを取り出し、数枚取ってペンを走らせ始める。
「君のおかげで、踏ん切りがついたよ」
「お役に立てましたら幸いですわ」
 ルーシアはふわりと笑った。


 多少早計だという気もしないでもないが、金も物も人も慢性的に足りていないパクスでは、利用価値があるのであれば使うべきだろう。
 そう、自分を納得させた。
 彼女を政務に参画させることで予想される損害は、今のところ思いつかない。こちらの事情がアウルム財閥に漏れたところで、
 財政支援を手厚くしてもらう期待はできないにしても、締め付けを強化される弱みもない。
 ただ彼女がパクスに居座ることを肯定する結果になってしまうが、今までの状態でも帰ろうとしていない以上、問題にするまでもないことだろう。
 ルーシアの部屋は、アルゴンの私室の隣にある。客室の一角をいつまでも占拠させるわけにはいかなかったためだが、
 元々は代々属州総督の妻に割り当てられていた部屋でもあるので、それと知ったルーシアがわがままを言いだしたこともあった。
 アルゴンの母は、アルゴンが初等学校を卒業するくらいの年齢の時に亡くなっている。
 扉をノックしようとして、指二本分程度、扉が開いていることに気がついた。
 そっと中を窺うと、窓際の机に向ったルーシアの背が見えた。
 何か書き物をしているのだろう。侍女四人はお目付け役をお役御免になっているため、元の仕事に戻っている。
 ノックを二つ。ルーシアの背が伸びた。
「私だ。いいかな?」
「……え、あ、ええと、少々お待ちを」
 書きかけのものを隠すかどうか悩んだらしい。しばらく右往左往した後、隠さないことに決めたのか、手鏡を取り出して襟元を整えている。
「お待たせいたしました。どうぞお入りください」
「失礼。ああ、そのままで構わない」
 椅子から立ち上がって出迎えようとするルーシアを手で制する。
「何か書いていたところかな」
「いえ、大したものではありません」
「手紙かね」
「ええ、あの……本家のばあやに」
 真っ白な便箋と、なめらかな文字の書かれた数枚の紙が、無造作に重ねられている。
 内容にさっと目を走らせる。帝都に送られて困る機密などないに等しいが、それに触れるようなものもなさそうである。
「ばあや、か」
 帝都などに帰れるかと怒っていた彼女にも、心を開ける家族がいる。そう思った時、胸に郷愁が込み上げてきた。
「この部屋が総督夫人の部屋だというのは話したね」
「ええ」
 それを聞いて、彼女は無理矢理ここに居を据えたのだ。
「君が来る前は、私の母が使っていたんだ」
「まあ」
「私が十三の時に、病で亡くなってね。それからずっと、空けたままだった。父が誰にも立ち入らせなくてね。
母の部屋が埃の匂いをさせてくるのが嫌で、こっそり入り込んで掃除をしていたこともあった。君が来たおかげで、この部屋から母の面影が消えたようだ」
「それは」
 言い返してくるほど愚かな娘ではない。唇を噛んで下を向いたようだった。
「気にすることはないよ。その方が良かったんだ。いつまでも、死者に囚われている自由は、属州総督にはない。
父が生きている間に君が来てくれていれば、政務もあれほど攻撃的になることもなかったのかもしれないね」
 わざわざ死者の話を出したのは、少しだけ棘を差してやろうという意思が混ざっていたことを、アルゴンは自覚している。
「あの」
 前髪の隙間から上目づかいで窺うように、ルーシアが小さく声を出す。
「お母様は、どのような方だったのですか?」
「そうだね」
 だが真実はもしかしたら、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


 共和暦三百六十五年、まだ共和国であったサマンは崩壊の危機に瀕した。
 共和国首脳部の稚拙な政治に憤慨した人間族と、人間族の勢力圏を切り取り自分たちの国を打ち立てようとする異種族とが結託し、共和国に反旗を翻した。
 共和国の国土を半ばまで陥落させ、後代に重大な心的外傷を残した、パクス反乱と呼ばれる一大戦役である。
 皇帝属州は、この戦役で活躍した武将に祖を持つ。
 市井の富豪クレメンティウス・ノルブスの一人娘であったキセニアは、自分たちの住む街に前線が迫ってきたと聞くや否や、
 武具と軍馬を整えて、ただ一人で義勇軍に志願した。
 彼女が武芸に秀でていたという記録はなく、むしろ富裕層にありがちな、貴族階級との政略結婚を狙っての淑女の特訓を受けていた者であったという。


「母は、大祖母様の直系でね。父の方が入り婿だったんだ。伝承にある大祖母様の姿をそのまま持って来たような、しとやかで優しい人だった。
ただ、体の強さだけは受け継がなかったらしくて、いつもその寝台に伏せっていたよ」
 キセニア以来の総督の訓戒も、母から受け継いだ。
「壁の向こうにいるのは敵ではなくて、たまたま戦わなければならなくなった友達なんだ、と。毎日のように聞かされたよ。
母が生きていた間なら、父もそうしようとしていたようだったけれども、一人になってからは直系ではない総督ということが重荷になったんだろうね。
過激な施策が多くなって、最後は巨人と一騎討ちだよ」
 ルーシアは、寂しそうな顔をしていた。 
「この土地は、私たちが皆を幸せにしてくれることを期待して任せられた土地なんだって、よく言っていた。
自分が死んだら、私が最後のノルブス家の直系になるから、心配だともね。これほど大変だとは思わなかったけれども、うまくやっているつもりだよ
……そうだ、ルーシア君」
「はい」
「そういうわけで、総督も考えることが多くて大変でね。時々気が向いたら、先程のように君の意見も聞かせてくれないか。もし良ければ、だが」
 きょとんとした表情になっている。
「私、ここにいてもいいんですか?」
「婚姻の話は抜きにして、ね」
「お、お、お任せください!」
 予定していないほど大声が出たのか、自分の返事に自分で驚いているらしい。
「あ、あの、ええと」
「そんなにすぐに大問題が起こるものでもないさ。まあ、今の話も手紙に書いて、ばあやさんに知らせてあげるといい」
「そうですね、そうします!」
 言うが早いか、ルーシアは机に向き直る。
 彼女の様子を見守りながら、少し余計な話をしていくのも良いかと思った。
 先刻から椅子も勧められず、立たされっぱなしである。
 きちんとマナーができているのにそういった抜けたところがあるのが、彼女が嫌な女で終わらずに済む愛嬌のようなものなのだろう。
 そろそろ椅子をくれないか、とアピールしようとした時に、廊下から駆け足の音が聞こえてきた。
「総督!」
「どうしたのかな」
 兵である。武装している。
「黒翼族が四番基地に攻撃を始めました! 現在、守備隊で応戦中です!」
 四番基地は、破壊された一番基地の隣にある、未だ健在の基地である。
「それで?」
「は、サーベラス隊長が、すぐに出撃命令が下るからと……」
 サーベラスは、基地二つを失った事件以来、兵舎で訓練指導に当たっている。
 前回の失点を取り戻す好機といきり立っているのだろう。
 ちらりとルーシアに目をやった。
 彼女は見返してくるばかりで、何も言わない。
 言う必要がないとみているらしい。
「敵は姿を隠していないのだね?」
「はい、基地攻撃に十分な数です。明確に敵対の意思を表しているものと」
「わかった。その基地に君たちを行かせよう。駐留部隊と合流して黒翼族を撃退後、その場に追加の駐留部隊として留まるように。
部隊の当番配置は軍務官に渡してある。追って知らせが届くはずだ」
「了解しました!」
「以上だ。サーベラスに、爆薬に気をつけるよう伝えてくれ」
「はっ!」
 来た時と同じ駆け足で、兵が遠ざかっていく。
「守備隊でも撃退できるのですか?」
「予定では、今いる駐留部隊でもね。それにサーベラスが行ったから、前のように裏をかかれない限りは大丈夫だ」
「強そうですものね、あの隊長さん」
 兵が出て行った扉を見ながら、ルーシアがつぶやく。
「健在の基地に本格的な攻勢を仕掛けてきたのであれば、彼らも本格的に私たちと事を構えるつもりなのだろう」
「でも、黒翼族と言えばずるがしこいことで有名ですわ」
「そうだね」
「それが、こうして正面から戦いを挑んできたということは……」
 陣を組んでの集団戦で、人間族に敵う異種族は存在しない。相手には何か勝算があるのだろう。
「アルゴン様」
「なにかな」
「また、供をつけていただけませんか。今度は軍政学に通じた者を」
 彼女の眼は真剣である。少し自信をつけさせすぎたか、と思った。
「君がそこまでする必要はないよ」
「総督夫人として……」
 お決まりの文句を言おうとして、彼女は少し恥じたように言葉を切った。
「いえ、やりたいのです。やらせてください」
 そう言いなおしてアルゴンに向き直った顔は、年齢相応の不安げな少女の表情だった。アルゴンは、なぜかそれを見て安心した。
「皆、忙しい。書庫を開けよう。必要な物は、自分で探しなさい。わからないところがあれば、人を捕まえて聞きなさい。誰に聞けばよいかはわかるね」
「ありがとうございます」
 彼女の部屋を辞し、執務室へ向かう。
 アルゴンは、また事務官僚に政務の多くを任せなければならなくなるだろう、と思った。
 黒翼族と再び戦うのである。槍の感触を取り戻しておく必要がある。


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パクス反乱について、
ttp://sites.google.com/site/nelearthproject/zi-liaorisuto-1/saman-shi-xiang-shuo-saman-di-guono-xingri
に従い、状況の取り込みを行いました。
ちなみに今作の舞台は、138年から141年まで続いた第二次パクス反乱です。
140年までを皇帝属州戦争、141年を第二次反乱とする説もあります。

4話終わってやっと開戦とか……
208シロクロ2:2008/10/05(日) 23:28:53 ID:JCaVATI4
汽車に揺られながら、彼女、いやクロは四等車の窓から味気の無い砂漠を見ていた。
黒い円筒形の帽子と黒い服が、彼女の肌の白さを際立たせている。
そんな彼女に、近づく者が一人。
「久しぶりだな。お変わり無いね。」
「貴方も。ジョン・スミス。」
ジョン・スミスは彼女の隣に座り、なおも外を見ている彼女に話しかける。
「あれから何年かな?地上には慣れたかい。」
彼女は上を向き、目を閉じる事で応えた。
「それならいいけどね。ああ、もう少し体を洗った方がいい。まだ血の匂いがするよ。」
クロは何も反応を示さない。
「仕事については詮索しないけれど、少しは選んだ方がいいと思うね。
いや俺が紹介したのだけれども、まあ内容は知らないよ。」
ジョン・スミスはばつが悪そうにし、まだ無反応の彼女に語りかける。
「そうそう、覚えているかな?実は、この辺りが俺と君が初めて会った場所なんだよ。
いやあ、あの頃はまだここに鉄道がなかったっけ。おかげでずいぶん苦労したよ。」
「覚えてる。」
馬鹿にしないで。言外にそう言っていた。
クロはかなりの無口だ。ジョン・スミスは、それをある種の恥じらいだと憶測している。
とある彼らの共通の友人は、ただ喋るのが億劫なのでは、とも言っている。
本当のところは、クロ自身にもわかっていないだろう。
その彼女は、その時を思い出すように外を見ている。
二人の出会いは唐突なものだった。ただこの出会いがなければ、クロは間違いなく野垂れ死にしていた事だろう。
二人は、この砂漠のど真ん中で出会ったのだから。

209シロクロ2:2008/10/05(日) 23:30:59 ID:JCaVATI4


「やれやれ、徒歩で砂漠を踏破する羽目になるとは。」
ジョン・スミスは、一人砂漠のど真ん中で愚痴を漏らす。
その時、鳥のような凧が彼の前に着陸すると、中から人が現れた。
そしてジョン・スミスはその人、クロの姿に驚かされた。
みずぼらしい体躯をしているのに、髪は血でべっとり。服は赤く無い箇所の方が少ない。
彼女は彼の姿を認めると、左手をさしのべ一言で懇願した。
「助けて。」
無表情ではあるが、その瞳に地獄で仏を得たような、喜びが映っている事を彼は見逃さない。
勿論、体の後ろに回した右手に隠し持っている短刀も、だ。初見の者を、無条件で信じるような教育があるわけがない。
でも、彼女は助けを求めている。
わけありだな。
彼はそう判断し、彼女の左手をとってこう言った。
「来なさい、街に連れていこう。その後は君の自由だ。」
しかし彼女は、凧に、いやグライダーに戻った。
彼がどういうことかと困惑すると、彼女はぶかぶかな服を着て出てきた。
背嚢も背負い、髪はばっさり切られて、血は目立たない位に洗われている。
一分にも満たない短時間でどうしてこれだけできるのか、ジョン・スミスが訝しんでグライダーに近づこうとすると、
クロに引き止められた。
「危ない。」
彼女に引っ張られ二人が地面に伏せると、突如グライダーが爆発した。
機密保持のためだが、ジョン・スミスにはそんな事はわからない。
呆然としていると、彼女にまた引っ張られて案内を促される。
「いろいろ、教えて。」

それは、とあるちょっとした確率何百分の一の奇跡。
もう、二桁は昔の話だ。
210シロクロ2:2008/10/05(日) 23:33:46 ID:JCaVATI4
エージェント・クシーは、クロの一つ前の席で呆れた。
まさか、今回の「ターゲット」が女の子だったとは。
なんだって我が軍にこんな娘を入れなければならないんだ?
何でも第五軍管区司令の発令だそうだが、まあ貧乏クジという事か。いつもの事だ。
俺は半年前に前任が「とある理由」で抜けたので、その補充でクシーの符丁を拝名した。
その間俺は面倒な任務を受け持ち続け、迷惑任務担当員とまで呼ばれてしまう程だ。
まあ、俺に幸運の女神が微笑むとはおもっちゃいないがね。
六つの時に国があっという間に滅んでからこっち、いいことなんてありゃしない。
助かったはいいが、国の皆が苦しみ死んだのが、今でも目に焼き付いている。
山脈を三つ越えて、この国に流れ着いてからも、糊口をたてる事すら覚束無い。
この国に戸籍が無い事に目をつけられて、特務に入ってからも苦労続きだ。
なのに生きているのは、幸運の女神どころか死神にもそっぽ向かれたせいか。

ともかくも、あの男が彼女から離れたらアタックするか。
俺がそう思った時、隣の穏やかな雰囲気の壮年の男から、小さく声を掛けられた。
「彼女には近づかない方がいい。」
「どういう事だ?」
何か彼女の事がわかれば、任務の助けになるかもという気持ちと、しらを切れるかもという相反する気持ちで俺はそう応えた。
「ああ、自己紹介から始めましょうか。私はデーと申します。」
「デー?」
「はい。あなた方が「上」と呼ぶ国の、諜報機関員です。」
「するとK機関の」
「いいえ。我々はB機関と呼ばれています。」
そんな名前、聞いたこともない。
おそらく、新設された機関。もしや、帝都を監視する機関か?
考えは巡れど、答えが出る筈も無い。
「ともかく、私はあなた方が彼女と接触しないように仰せ付かっています。聞き入れないならば力づくでも、です。
特務機関のエージェントΞ、いや本名はオイゲン・フランツ。今は亡き国の、生き残りの一人。」
「貴様。」
何故そんな事を知っている?
もしや、「上」が俺の故郷を滅ぼしたという噂は、本当だったのか?
「我々は大地にて、あなた方の行動を監視すべくやってきています。
当然、特務はその最重要対象となりますな。その構成員の事情を、知らないわけがありません。」
くそっ!となれば、俺達の事は筒抜けか。厄介に過ぎる。
伊達に生き残ってきたのでは無い、か。
211シロクロ2:2008/10/05(日) 23:35:12 ID:JCaVATI4
「誤解しないでいただきたい。我々はあなた方が警告に従う限り、何も致しません。監視者の監視。ただそれだけです。」
俺は一つため息をつき、目を閉じる。
それを見たデーは傍らの帽子を被り、立ち上がってどこかに消えた。




「お喋りが過ぎるんじゃないか、デー?」
「やあやあ、これはこれは。G機関のライビッツ君ではありませんか。奇遇ですねえ。」
G機関。
暗殺などをその存在理由としている機関だ。
しかし、昨今ではその仕事が少なくなり、存続が危ぶまれている。
名前の秘匿など、意味が無い程にまで。
「奇遇、ね。最近待機ばかりで暇なんだよ。」
ライビッツと呼ばれた大男が、デーの後に着いていく。
「暇ですか。私も、七千二百十日前にこの任務を仰せつかって以来、一度も指令が来ておりません。」
「つまり。」
ライビッツは自らのほおひげをなでつつ、言った。
「艦橋で何かがあったか。」
艦橋は船の行政府が集中している場所なので、彼らは彼らの国の政府をそう呼ぶ。
「何か、では抽象的に過ぎますね。具体的には。」
「艦橋の崩壊。」
「有り得ませんな。」
デーはあっさり断定した。
何故だ、とライビッツが言おうとするが、デーが先を制した。
「貴方はまだ陛下に拝謁なされた事が無いでしょう。」
「陛下?誰だ、それは。」
デーは帽子のつばで目元を隠しながら答える。
「我らの始祖。ザ・ファースト。救世主。王。管理者。船主。神の意思。」
そこまで話すと、デーは顔を明るくしながらライビッツに向き直る。
「まあそんなことはどうでもいいでしょう。とにかく、陛下がおられる限り艦橋の崩壊は有り得ません。」
そんな彼がライビッツは心底恐ろしくなり、彼から眼を逸らした。
何百何千年の時を君臨し、統治しているモノ。
そんなモノを盲信するデー。

お前らは一体、何なんだ。
俺の知らない所で、何が在り、あったのだ。
212シロクロ2:2008/10/05(日) 23:38:24 ID:JCaVATI4
「それじゃあ、またどこかで。」
「ん。」
とある駅につくと、ジョン・スミスは降車していった。
私は久しぶりの再会にも関わらず、ほとんど何も話さなかったが、私にとっては知り合いがそばにいるだけで心地よい。
そういえば、かつてジョン・スミスの紹介で会った竜殿には、いい声なんだからもっと喋れ、と言われてしまった。
私はそんなにいい声だとは思えないが、竜殿にそう言われたら声を出さないわけにはいけない。
しかし竜殿の御前で口数を倍程度に増やしたら、お前はそんなに喋るのが億劫か、と言われてしまう始末。
つい、竜殿が笑わせてくれなかったらもうほとんど喋らない、とひねくれてしまった。
竜殿もまだ幼い私の我が儘に付き合ってくれたが、笑う筋肉がないのじゃないかと思える位に、
生涯笑った事の無い私を笑わせる事が出来なかった。
しかし、竜殿は誓ってくれた。
絶対に私の笑顔を見る、と。
その誓いは、今もって果たされていない。
私が三年後に竜殿の住んでいた洞穴に往くと、そこには立派な石が一つあるだけ。
だから私はそこをねぐらとし、待つことにした。
だが何年も経ったのに、竜殿は帰ってこなかった。
バチは当たらないだろうと思い、もっと積極的に外の世界を満喫しに出かけて何年か経った後に帰ってみても、竜殿は帰ってきていない。
そうこうして、もう何十年も経っている。

普通の人の寿命は、なかなか百を越えない。これは船でも地上でも同じだ。
けど、私は異端児。十四の時から体の成長も、老化も止まってしまった。
なんでも、生まれつき勝手に魔法が発動している、とのことだ。そのせいで身体能力も異常となっている。
私も伝説上の嘘っぱちだと思っていたけれど、大怪我をしても目に見えて治ってしまえば、認めざるをえない。
在ってはならない者だから、世の摂理に背く者だから、そう言われて私は銃を突き付けられた。
そして私は逃げ出した。
そこから、シロに助けられる迄の記憶は無い。
しかし、思えば私は奇跡を立て続けに二度体験したことになる。
しかし、二度目の可能性は充分あった。彼が与えてくれた。
「生き残る可能性くらい、与えたっていいじゃないか。」
そう言って。私の大好きな言葉だ。
しかし、私は何度か人殺しを含む仕事をしてきた。
最初は一人も殺そうとはしなかった。
213シロクロ2:2008/10/05(日) 23:42:19 ID:JCaVATI4
けど、彼らは命など惜しくないかのように立ち向かってくる。
何故。その答えはすぐわかった。
この近辺の国は、犯罪に厳しい。
重罪ならば、生き残っても意味がないほどに。
そして私に来た依頼は、全て重罪人に対するものだった。

私は、今でも気持ちに整理をつけられないでいる。
重罪人だから殺しても仕方がないのか、そもそも私の存在が重罪ではないのか。
私の永い生は、その答えを見付けるために有るのかも知れない。



列車がマルエッソに到着し、彼女は降車した。
目的はもちろん、花祭りだ。
無口で大人しいにも関わらず、彼女は祭りを好む。祭りの最中もいつも通りの態度だが。
彼女が無表情でワクワクしていると、突如背後から声を掛けられる。クシーだ。
「ああちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?」
彼女は警戒心を隠そうともしなかったが、とりあえず頷いた。
「君、帝国軍に入らないかい?」
どうにも軽いノリでクシーが言うと、彼女は当然首を横に振った。
「よし、任務は失敗っと。言い訳を考えておかないと。ああ、後。」
彼女はもううんざりした眼を向けているが、彼も今度は真剣な面持ちで訊ねる。
「君、何者だい?」
彼は、自分は既に死んでいると思っている。
だから、保身より好奇心の方が圧倒的に勝っているのだった。
214シロクロ:2008/10/05(日) 23:43:55 ID:JCaVATI4
なんだか話を膨らませすぎている気がするけど、気のせいだよね、うん。
215名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/06(月) 22:09:55 ID:R/K2Yt6D
なんか簡単なあらすじのプロットでも書いてくれれば見やすいんだが…
時系列的に見にくいっていうのもあるんだが

全体の流れがまとめからはちょっと把握できず、歴史的な流れがどこから見たらよいか…
 【〜純正ラナ暦末期〜】

1:純正ラナ暦2015年、マナの浪費に起因する異常気象、砂漠化を懸念する研究者が友人に手紙を送る。
  『異端者達の手紙』

 【〜文明の大崩壊以後〜】

2:辺境で空に浮かぶ巨大な物体「船(上)」が目撃される。
  『見たこともない世界へ』

3:飛行機の開発に成功した辺境の国が「船(上)」に滅ぼされる。
  『ロケット仰角90度』

4:パクス内乱を鎮圧したグラーニンが皇帝に即位、ゴールドバーグから帝都オーラムへ遷都。
  『サマン史詳説‐サマン帝国の興り‐』

 【〜帝国暦開始以後〜】

5:「船(上)」から脱走者が出たことにより、K機関の人間が処罰される。
  『シロクロ1』

6:帝国歴138年、帝国西南パクス皇帝属州領境で、長耳族の集落の移動が確認される。
  帝国歴138年半ばに第二次パクス反乱勃発。総督府市街は壊滅的な打撃を受ける。
  帝国歴141年、反乱集結。中央から総督派遣形式が復活。皇帝属州は随一の紛争地帯となる。
  『帝国辺境史「パクス皇帝属州」』
 【〜帝国暦150年以後〜】

7:雲上艇カトルフィッシュ号がアズル級武装商船を襲うも失敗する。
  『空賊レイチェルと雲上艇』

8:蜘蛛の形をした巨大な蒸気機械の力で、砂漠の街が壊滅する。
  『蜘蛛は地を這い、空は月光1』

9:「船(上)」と地上のある国家が密約を交わしているという噂話が囁かれる。
  『ある空賊達の会話』

10:錬金術師の来訪を切っ掛けにして、長命種の少女と護衛の少年が砂漠の村を出る。
  『砂漠の村のアリス』

11:ゴールドバーグ西方地区で、横断鉄道襲撃した強盗団が鉄道警備隊の手で撃退される。
  『第37番鉄道警備隊』

12:長耳達の治める南部砂漠地帯上空で、新たに空中監獄都市「バッキンガム」が発見される。
  『蒸気工房「サンジェルマン」』
13:北に流れた「蒸気乱雲」の影響で空賊が流入、帝都の治安が悪化。
  魔女窯通りに位置する蒸気工房「鉄槌」で殺人事件が起こり、帝都警察が捜査に乗り出す。
  『犬ども』

14:帝都西門で巨大な蒸気機械が動かされるも、一人の探偵の手により破壊される。
  『蒸気探偵とカイゼル髭の企み』
15:特務情報局が帝都西門で起きた事件の後処理を担当する。
  『空転するサーキット』
16:政府高官のクーデター発覚。皇帝の命を受け、保安局が行政府・軍部の要人を捕縛する。
  『改革の日』
17:帝都西門で起きた事件から、デバイスの操作情報を外部に流した者に特務の手が伸びる。
  『蜘蛛は地を這い、空は月光2』

18:空賊集団アラカルトが一人の錬金術師の手を借り、空の監獄都市に足を踏み入れる。
   空の監獄都市が、長耳達の治める南部の砂漠地帯上空に落下、爆発四散する。
  『空の監獄都市』

19:収穫祭の時期。交易都市マルエッソで、特務の紳士がスリの少女を初めての部下に迎える。
  『祭りはまだ終わらない』

20:人形の残骸が多数転がる砂丘において、一体の自動人形が新たな搭乗者を得る。
  『I am copy.』

21:砂漠方面で活動していた匪賊が、軍の依頼を受けた一人の少女の手で壊滅させられる。
  『シロクロ2』
218名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/06(月) 23:52:47 ID:4E0fqXOO
他のシリーズは、ちと何処に入るかわからんかった。
『シロクロ』とか『I am copy.』の位置も正直怪しい。
なんで、あくまで参考までにってことでヨロシク。
219名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 00:23:51 ID:psuOCtFa
ふむふむ
あらすじが分かるのは見る上で把握しやすいな

歴史的に見るとかだったら
その果たした歴史的役割なんかに着目してみると書きやすいかもね

例えば
>空族集団アラカルト

空に浮かぶ監獄都市は長年手付かずのまま空中をさまよっていたが
空族集団アラカルトによって初めて足を踏み入れることに成功し
調査後、その技術を地上に持ち帰ることに成功した〜とか

いやちょっとまだ読んでいないんだけれどwこんなイメージで
220名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 00:26:01 ID:jQcMFoYX
>>208>>216
どちらも乙です
しかし「上」の艦橋、ザ・ファースト、救世主、王、管理者か
フロム脳的にwktkが止まらん展開だw
221 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/07(火) 00:35:46 ID:uq/gM0Kj
投下します
222問題屋シンの本領発揮(7):2008/10/07(火) 00:36:38 ID:uq/gM0Kj
「で、どういうことよ?」
 ルビンは聞かずにはいられないといった感じだ。俺が通信中もずっとうずうずしていた。可愛い奴め。いやそういう趣味はないが。
「連中は国立工場を襲撃したんだろ。そこで何か重要なものでも見ちまったんじゃねぇか? だから執拗に狙われてる、としたら……」
「なるほど。帝国には黒い噂があるからな。しかも、反帝国勢力も出来つつある。スキャンダルなら帝国が傾くぞ」
 考え込む俺らに少しの間が出来る。俺らが望むのは安定だ。この果て地に帝国の恩恵もへったくれもない。故に、俺らは帝国に希望も失望も持たないのだ。
「で、どうする?」
 最初に沈黙を破ったのはルビンだ。
「そりゃ、連中を捕まえないと話にならない。もっとも情報を吐かせるかは保留だ。危険な目にはあいたくない」
「『問題屋』が何を言う。連中を捕まえる算段はあるのか?」
 ルビンの問いに頭をぽりぽりかきながら答える。相変わらず『問題屋』ってのがイラつく。
「算段つーか。懸賞金を付ける。一人につき一億。目標は六人だから六億。宣伝とかはお前に任せる」
「……策でも何でもねー。でも確かに神桜会、ミハエル盗賊団、無所属ぴーぷるだって動くだろう。この街で金はそれだけ有効だからな」
 ルビンはボロボロのソファから腰を上げる。彼には俺が授けた仕事が待っているのだ。
「んじゃあな。俺は何人かに出撃命令出しとく。……なんだろうな、何かまだ嫌な予感がするんだよ」
「お前にそんな予感が! そりゃ恐ろしい。不吉だ」
「はよ、行け」
 俺が手近にあったカップ振りかぶると、ルビンはそそくさと退場した。

 ルビンが立ち去ってからしばらく煙草を咥えていた。ちなみに出撃命令に従ったのはヒヒだけだった。
「うーん、帝国があっさり引くか? 何かあるんだろーな……」
 そんな考えがふと頭の中で花開く。こうなれば一刻も早く連中を引き渡さないと……危ない。
 ぶるりと身震い。でも今は考えても仕方ない。今日は休もう。結論を先送りにして硬いベッドに潜り込んだ。
223問題屋シンの本領発揮(8):2008/10/07(火) 00:38:27 ID:uq/gM0Kj
 シンが床につき、ルビンが情報の流布を始めた頃、ゴイチニターミナルに鉄道が到着した。
 しかし、ゴイチニに来る途中の線路は爆破済み。鉄道がゴイチニターミナルを訪れることはないはずだ。
 扉がゆっくりと開く。アナウンスはない。ターミナルに緊張が走る。その場にいたヒヒも動向を見守っていた。
「あー、疲れた。でも速いわねー、これ。流石新型」
「でも修理に手間取ってしまったわい。三十秒ほど」
「あー、だから止まってたのねー。ふーん、生意気!」
 下車した二人のうち一人がボストンバッグから機関銃を取り出し、乱射。警備員はそれを敵と判断する前にやられてしまう。しかし、金類であるヒヒには通用しない。
「誰だ。お前らは!?」
「あ〜、生きてる。今の避けた訳じゃないし直撃でしょ? 何で?」
「まぁまぁ。殺してしまえば分かることじゃ。秘密はあの鎧とみた」
 ヒヒの問いは空しく流され、勝手なお喋りをしている。
「あー、私たちのことを聞いたの? だったら無駄よ。この街はもう滅びるんだから」
「そうそう、無駄な抵抗はせずにやられるべきじゃ。リンショウは向こうで暴れてくれヨ。わしはこいつを殺す」
 小柄な老人は銃使いの女、リンショウにそう指示を出す。
「私は、どちらも逃がさない」
「無駄よ。じゃあ、後でねピーター」
 リンショウはそのまま神桜会方面へ向かう。
「ピーター、と呼ばれていたな。何が目的だ」
「わしは修理屋ピーター。目的は街の壊滅じゃ……。しかしどうやらお前、人間でないな」
「……なぜだ?」
 ヒヒは金類という例外。明らかなな異端。この老人はそれを見破ったというのか。
「わしは修理屋という職業柄ゆえ。年を食う度にだんだんと見えてきたんじゃ。物事の“本質”って奴がな」
「何が言いたい?」
 ヒヒはらちがあかないピーターの台詞に少し苛立った。
「分からんかね。わしは修理しすぎた。モノを見る目が肥えたってわけじゃ。初めて見たものでもだいたい何がどうなっているか分かる」
「私が人間でないことも分かる、か。だがお前に私が勝てるか? ただの人間のお前が」
「はっきり言って今の武装では論外じゃな。でも目的はお前を倒すことじゃない。だから幾らか手はある」
224問題屋シンの本領発揮(9):2008/10/07(火) 00:40:24 ID:uq/gM0Kj
 ヒヒは己が身体から刀剣を造りだし、ピーターに斬りかかる。この錬金術じみた能力は彼が金類という異端な存在によってなされる。
 しかし、ピーターも単純な斬撃をむざむざ食らうはずもなく。軽々と避け、そのまま後ろへ跳躍し距離をとる。
 ヒヒは内心、驚きを感じていた。単純な太刀筋とはいえ普通の人間にとってはかなり速いはずだ。それを見切るとはなかなか出来るということか。
「しかし、ピーター。簡単に距離は開かせない」
 ピーターのエモノは依然不明だが、距離をとるということは遠距離からの攻撃の可能性が高い。よってヒヒは常に剣の間合いで戦うことを強いられる。
「嗚呼、それがお前の“本質”か。謎の敵に対して実に勇敢。けれどいささか驕りがすぎないか?」
 剣はピーターにかすりもしない。いつも紙一重のところで避けられてしまう。
「戦いの最中に揺さぶりか? 余裕だな」
 ヒヒは知らず知らずのうちに勝負を急いでいた。逃走した片割れのこともあったであろう。頭では分かっていても心では挑発を乗ってしまっていた。
 足場が舗装されたアスファルトからただの土の地面に変わる。老人は待っていたとばかりに、にやりとほくそ笑む。
「わしがこのラインに入った時点で勝負は決まった。焦り過ぎじゃよ」
 地面から現れたソレは、まるで砂の竜のごとし――。ピーターはそれを自在に操り、ヒヒの身体の周りに張り巡らせる。
「何だこれは。動けぬ」
「地面から集めた砂鉄じゃ。“魔力”で動かし、“魔力”で磁力を強めた。ただの砂鉄に戻るまで時間がかかるだろう」
「貴様、魔法使いかッ!?」
 鬼気迫るヒヒをピーターは一刀両断する。
「殺せぬ相手に答える義務はない。もっともこの程度で魔法と言われるとこちらが恥ずかしいわ。“魔力”なんて訓練次第で誰でも使えるもんじゃ。精進せよ」
 ピーターはヒヒを放置してターミナル前から去る。方向的にはミハエル盗賊団の方だろう。
 この脅威を通信機で伝えようとするも、強力な磁力によってそれさえも阻まれていた。ヒヒはただ敗北感と無力感に苛まれながら、その場で拘束されていた。
225 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/07(火) 00:42:14 ID:uq/gM0Kj
終わり
226名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 00:43:15 ID:uq/gM0Kj
酉ついてねぇ……
227名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 01:21:52 ID:M7bBB+Ki
>>222
投下乙。
懸賞金で、何となくH×Hのヨークシン編を思い出したわ。
228 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:53:28 ID:pFa/pVrd
みなさん投下乙。
さてはて、投下します。
229 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:54:52 ID:pFa/pVrd
 それは、微睡みの中で。
 誰よりも大切な人が笑っていた。
 声は聞こえない。もう、忘れてしまった。
 顔さえも霞掛ってはっきりしない。それほどに永い時を経てしまったのか。
 夢の中で、彼女が歩いていく。
 追いつけない。どれだけ懸命に走っても。
 届かない。喉が裂けるほどの大声を出しても。


 ――――夢が、覚めた。




 ジョン・スミスは帝国より遥か南東にある国の密林を歩いていた。
 ここの薬草を定期的に欲しがる錬金術師がいるので、取りに来たのだ。
 雲上艇を使っても結構な時間が掛かる距離がある上、その薬草が生えている場所が問題な
のでジョン・スミスぐらいしか引き受けてくれる人がいないのである。
 だが、金払いは良いので、別にジョン・スミスとしても断る理由はない。よって、二ヶ月
に一度ほど取りに来ているのだ。
 ぬかるむ湿地を、ジョン・スミスは歩いていく。
 猛獣の類も少なくはないが、しかし猛獣は基本的には臆病なためジョン・スミスが首から
提げているでかい鈴の音の聞こえる範囲には近付いて来ない。
 大の男が首からでっかい鈴を提げて歩いている姿は全く絵にならないが、しかしジョン・
スミスが気にすることはない。
 普段ならどんな猛獣でも捻じ伏せる自信があるのだが、今のジョン・スミスにはそんな自
信がない。
 魔力を、上手く制御できないのだ。
 確かにジョン・スミスは身体能力だけでも並大抵の猛獣を圧倒できる。だが、今は無理。
 下手に大きな力を使えば体が内側から爆散するだろう。それほどに不安定な状態なのだ。
「……全く。何で、こんな状態なのか」
 しかめっ面でジョン・スミスは呟く。この状況は、あまりいいものではない。
 だが、目的の場所はすぐそこなので今更帰るわけにもいかないのだ。
 手にした鉈のような剣で邪魔になる木の枝や草を切りながらジョン・スミスは進む。
 しばらくそのまま歩いていくと、目的の場所に着いた。
 そう、毒の沼地に。ちなみに、本当の目的地は沼地のど真ん中にある小島だ。
「なんであんなところにしか生えないんだか」
 溜め息をつき、ジョン・スミスはゆっくりと魔力を練る。
 極めて微小な魔力で良い。大きな力は、逆に邪魔になる。
「水よ、我が道となれ」
 その言葉と共に、ジョン・スミスは沼地へと足を踏み出す。
 鋼鉄でも腐食させる毒の沼地。幸運は毒の成分が揮発しないことか。
 その沼の『上』を歩いてジョン・スミスは進む。あろうことか、この男は水の上を歩いて
いるのだ。
230 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:55:39 ID:pFa/pVrd
 しかし、ジョン・スミスは空を飛べる。なのに何故飛んでいかないのか。
 簡単だ。今は、その程度の力も使えないのだ。
 こうやって水の上を歩くので精一杯。魔法を使った攻撃などもっての外。そういう切羽詰
った状態なのである。
 しかも、集中を切らして落ちたら今のジョン・スミスではまず助からないだろう。普段な
ら風で水を散らすなり、障壁で自分を守るなり出来るが、今それをやれば死ぬ。
 果たして、ジョン・スミスは何事もなく小島まで歩ききる。
 普段を越える緊張感だったため、僅か三十メルーほどの道のりでさえも恐ろしく長く感じ
られた。
 肩で息をし、外套の中から箱を取り出す。底面の一辺が十チサン、高さが五チサンほどの
箱。
 その箱の蓋を開け、ジョン・スミスは周囲に生えている草を採り始める。
 不思議な形の葉っぱを付けた、草。葉っぱと茎を球根ごと採って、箱に優しく詰める。
 十本も詰めると箱はいっぱいになってしまう。あまり傷つけるわけにもいかないので、こ
れ以上は取らない。
 繁殖力のそこそこ強いこの草は、またジョン・スミスが来る二ヵ月後には数を増やしてい
るため減ることはないという仕組みだ。
 ちなみにこの小島以外で取れない理由は、どうもこの草の球根は美味しくて滋養があるの
で動物達に食い尽くされてしまったかららしい。そんなことをジョン・スミスはこの近くに
いる長耳族の人々に聞いていた。
「さて、一休みしたら帰るか。ここは動物が来れないから安心して休める」
 そう言って、ジョン・スミスは目を伏せる。
 疲れていたのか、そのまますぐに眠ってしまうジョン・スミス。


 ふわりと漂う白いもや。
 離れたところから、その男はにやりと笑う。




231 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:56:27 ID:pFa/pVrd
 笑顔。
 もう、見ることは出来ないはずの。
 遠くで彼女が笑っている。おいでおいでと手招きしながら。
 そこにはどうしてもたどり着けない。
 歩いても、走っても、決して距離が縮むことがないのだ。
 無様に泣き叫びながらも、走る。
 でも、分かっているのだ。追いつけるはずがないと。
 だって彼女は、もう死んでいるのだから。


 ――――夢が、覚めた。





 ジョン・スミスが起きると、もう陽が落ちて月が出ていた。
 嘆息し、ジョン・スミスは立ち上がる。さっさと行動しないと、明日中に密林を抜けるこ
とは出来ないだろう。
 箱の中に草が入っているのを確認し、ジョン・スミスはそれを外套の内ポケットにしまう。
 そして、歩き出しながらゆっくりと呟いた。
「水よ、我が道となれ」
 水の上を歩きながら、ジョン・スミスは纏わり付いてくる白いもやを払う。
 別に何かあるわけでもないが、どうもうっとうしい。
 溜め息と共に水の上を踏破すると、ジョン・スミスの視界の端にチラリと何かが現れた。
 寝ぼけているのだろうと、ジョン・スミスはそれを無視する。
 さっさとこの密林を抜けるのが先決なのだ。
 早足で歩き出すジョン・スミス。どうも嫌な予感しかしない。
 先ほど見た夢もそうだ。内容なんてまるで覚えていないくせに、精神を必要以上にくすぐ
られる。
 まずい傾向だと、ジョン・スミスは思う。
 数十年に一度ほど、ジョン・スミスにはこういうことがある。
 何故か感情が揺らぎ、魔力を制御できなくなるのだ。
 そういうときは決まって『夢』を見る。内容は一切覚えていないが、誰かとても大切な人
の夢。
 そんな大切な人物など、ジョン・スミスには一人しか心当たりがない。だが、もう彼女が
亡くなったのは遥か昔だ。今更思い出してセンチメンタルになるほど、ジョン・スミスは繊
細ではない。と、自分では思っている。
 白いもやは森中に広がっている。このもやが何かは分からないが、しかしジョン・スミス
にはどうもうっとうしく感じられた。
 軽く手を使い、ジョン・スミスはもやを払う。と、視界の端に何かが映った。
 今度は間違いではない。確実に何かがそこにいる。
232 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:58:04 ID:pFa/pVrd
 敵かと警戒しながら、ジョン・スミスはそちらを向く。
 そこに居たのは一人の少女。
 年の頃は十代前半ほどか。この辺りではやや珍しい黒い髪の、世の穢れを知らぬような顔
をした少女だ。
 少女を見た瞬間、ジョン・スミスの頭の中が完全に真っ白になった。
 思考だけではなく、体の全てが硬直してしまい動けなくなってしまったのだ。
「死んだ、はずだ。そんな、まさか――――」
 ジョン・スミスの顔が歪む。
 泣いているのか、それとも笑っているのか。
 完全に全ての感情がごちゃ混ぜになったようで、どうしようもないほどに動けない。
 白いもやが、集まる。
 邪魔だ、とジョン・スミスは思う。こんなものがあるから、彼女の顔が見えないのだ、と。
 手を伸ばす。少女へと届いてくれと、ジョン・スミスは右手を伸ばす。
 その手を、何かが吹き飛ばした。
 事前に音は響いていた。だが、思考の全てを少女に奪われていたジョン・スミスには聞こ
えなかったのだ。
 頑丈な外套に阻まれたため腕が無くなるということはなかったが、しかしその衝撃で確実
に骨折した。しばらくは動かせないだろう。
 折れた骨が皮ふを貫いたようで、血が腕を伝って落ちていく。
 それを自覚した頃には、ジョン・スミスの視線の先から少女は消えていた。
 ここまできて、やっとジョン・スミスは悟る。今、自分がどれだけ危険な状態なのかを。
「これは、ギフト……精神攻撃という事は、エージェント・ラムダか!」
 腕を押さえ、ジョン・スミスは外套に刻まれた銃撃の跡から攻撃を受けた方向を察知し身
を隠す。
 この白いもやこそ、精神攻撃の媒介なのだろう。普段ならどうにでもできるが、今は対処
法がない。
 だが、逃げるには相手が悪すぎる。相手は特務情報局の符丁持ちの上位エージェント。普
段なら軽く撒けるが、しかし現在の状況では攻撃を逃げることさえもかなわない。
 その上、相手の持っている武装が最大の問題である。
 ジョン・スミスの纏う外套は特務情報局謹製の銃でも、衝撃すら通さないほどの性能があ
る。だが、今度の攻撃は一撃でその装甲を突き抜けて腕の骨を粉砕したのだ。
 新型の長距離狙撃用の銃を開発したとはジョン・スミスも聞き及んでいたが、まさに桁外
れだ。外套の上からでこれなのだから、頭でも撃たれたらひとたまりもない。
 ついでにまだ白いもやによる精神攻撃は続いている。
 まどろっこしい幻影による攪乱はやめたらしく、断続的にジョン・スミスへと莫大な情報
量の飽和攻撃が加えられている。常人なら一秒ともたず発狂するだろうが、しかし人の精神
からかなり逸脱しているジョン・スミスは発狂も出来ずに激しい頭痛に苛まれ続ける。
 加えて、この白いもやは魔力を持つモノが抵抗するとあまり強くは干渉できないようで、
激しい頭痛とはいえなんとかジョン・スミスなら我慢できる程度だ。
 頭が割れそうな痛みに加え、右腕も使えない。ついでに言うなら魔法も使えない。
 これで帝国最高のエリートに勝てたら、それはそれで問題だろう。
「……救いは、ラムダの能力の効果範囲が広すぎることか。無差別だから、部下を連れて来
られない」
 痛みを意識から完全に切り離し、ジョン・スミスは溜め息をつく。
 新しい痛みの元さえ出来なければ、これでしばらくは動ける。
「しかし、自分の血なんて見たのはいつ振りだ?」
 笑い、ジョン・スミスは動き出す。
 魔法も無く、片手しか使えないとはいえジョン・スミスの身体能力は並の人間を遥かに凌
駕する。
 エージェント・ラムダの持っている得物が新型の長距離狙撃銃……施条銃ならば都合が良
い。極度の集中が必要とされる銃のため、動きながらでは撃てない。また、弾の装填に時間
がかかるため、一発外してしまえば逃げ切れるだろう。
 だが、当然それすらもエージェント・ラムダは視野に入れていた。
233 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 01:59:49 ID:pFa/pVrd
 この密林の中、高速で動き回るジョン・スミスを施条銃だけで追い詰められるなどとは思
ってもいない。
 エージェント・ラムダの鍛え抜かれたその肢体は、ジョン・スミスすら超える速度で密林
を駆ける。
 舌打ちして、ジョン・スミスはギアを一つ上げる。魔力が体内で暴走して、体の内側を傷
つけるが完全に無視。
 その程度、この場を生き残ることさえ出来れば幾らでも治せる。まずは生き残ることが肝
要なのだ。
 血を吐きながら、ジョン・スミスは逃げる。白いもやは全てエージェント・ラムダの掌中
だ。この中に居たのでは、常にエージェント・ラムダに位置を教え続けることになる。
「このままでは、まずい。何か、打開策を考えなくては」
 呟き、ジョン・スミスは口に溜まった血を吐き捨てる。
 もう、かなり体にガタがきている。このままでは追い詰められて死ぬのがオチだろう。
 どうするか。ジョン・スミスの手持ちの武装は剣が一本だけ。
 魔法が使えればどうにかなるのだろうが、出来ないことをうだうだいっても仕方がない。
 舌打ちし、ジョン・スミスは木の陰に隠れる。それに僅かに遅れ、ジョン・スミスの居た
場所を何かが貫いていく。避けられたのは奇跡に近い。
 木の陰に座り込み、ジョン・スミスは息を整える。
 かなりの速度で遠くを迂回しながら移動する音がジョン・スミスにも聞こえていた。
 次に撃たれれば、避けきれない公算の方が高い。なにせ、相手は目で見ずともジョン・ス
ミスの位置を正確に察知して撃てるのだから。
「ハハハハハハッ! どうした、ジョン・スミス。もう鬼ごっこはおしまいか?」
「ここからが本番だ。追いつけなくても泣くんじゃないぞ」
「言うねぇ、流石にいつも逃げ切ってるだけあるな」
「そういうこった」
 叫び返しながら、ジョン・スミスは転がっていた石に魔力を込める。
 大した魔力は要らない。遠くまで飛ばす、その概念さえあれば良い。
「飛んでけ」
 小声で呟きながら、ジョン・スミスは石を遠くに投げつつ自分は逆の方向に走り出す。つ
まり、エージェント・ラムダのいる方向へと。
 何度も交戦しているだけあり、ジョン・スミスはエージェント・ラムダの能力は把握して
いるのだ。
 白いもやで範囲内の全てを察知するその能力の欠点は一つ。移動する物体の大小の区別が
付かないこと。
 同じ場所からいきなり二つも動き出したことにエージェント・ラムダは一瞬慌てるが、し
かし今までのジョン・スミスの行動パターンから逃げるほうがジョン・スミスだと断定して
動き出す。ジョン・スミスはこれまで上級エージェントからは逃げの一手しか打っていなか
ったため、まさか向かってくるなどとは考えもしなかったのだ。
 夜も深まった、密林の中だ。視界など、ほとんど利かない。夜目の利くジョン・スミスは
なんとか視界を確保できているが、視覚に頼らない把握能力を持ってしまっているエージェ
ント・ラムダはこの闇の中を見通す目を持たない。ジョン・スミスが突破口を開くには、
そこを突くしかないのだ。
 剣を抜き、ジョン・スミスは進行方向から駆けてくるエージェント・ラムダをすれ違い様
に切り捨てる。
234 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 02:01:30 ID:pFa/pVrd
 賭け同前の行動だったが、今までの行動パターンと違う行動を取られたため、避ける事も
できずに斬撃を受けるエージェント・ラムダ。だが、流石に特務情報局の上級エージェント
である。
 咄嗟に手にしていた施条銃を盾にし、致命傷だけは避ける。だが、精密さが売りの施条銃
はもう使えない。なにせ銃身が真ん中で直角に折れ曲がってしまっているのだ。これで撃っ
たら暴発しかねないだろう。
 エージェント・ラムダは舌打ちしつつ予備として持ってきていた拳銃を取り出す。錬金術
師が刻み込んだ呪紋により、精度はともかく威力を向上させたもの。
 流石に施条銃ほどの威力はないが、それでも人間相手には過ぎた代物だ。
「両手なら、銃ごと切られてたな」
「だが、これで互角だ。悪いが、仕留めさせてもらうぞ」
「……まあ、今度はこっちが逃げさせてもらうさ。施条銃なしじゃ、俺一人では攻め切れん」
 にやりと笑い、エージェント・ラムダは指を弾いて逃げ出す。
 それをジョン・スミスが追おうとする前に一気に濃密な白いもやがジョン・スミスを覆う。
 払おうとするが、しかしもやは意識を持っているかのようにジョン・スミスに纏わりつく。
 痛みではなく、映像と音声をジョン・スミスの記憶の中から引き出すことで足止めをしよ
うというのだろう。
 記憶。今遥か遠き彼方の。
 目を開けたまま、ジョン・スミスは、夢を見る。



『ごめんね』
 少女が笑う。
 悲しい笑み。自分の最期が分かっているのだろうか。
 俺は何も言えない。叩きのめされ、口から漏れるのはただ血の混じった吐息だけ。
 伝えたいのに、何も伝えられず。
『わたしは、いつでもそばにいるからね?』
 そう言って、少女は炎に向かっていき――――


 ――――夢が、覚めた。



235 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 02:02:54 ID:pFa/pVrd
 寝ることも無く見た夢から覚めたジョン・スミスは、自分の心がいつに無く平静を保って
いるのに気付いた。
 魔力の手綱も取り戻し、ジョン・スミスは精神を集中する。
 こうなれば、白いもやなどもう意味を成さない。
「さて、とりあえず礼をしないとな」
 呟き、ジョン・スミスは白いもやを掴む。
 実体などないのだが、しかし魔力の制御を取り戻した今のジョン・スミスには関係ない。
「我が意志を、届けよ」
 白いもやを通じ、ジョン・スミスは直接エージェント・ラムダに自分の思念を叩き込む。
 送る思念は、ただ一つ。
 殺意や敵意などではない。そんなもの、別に送る必要もない。
 では、送るものは何か。
 感謝、である。
「ありがとう。夢や幻とはいえ、久しぶりに彼女に会えた。本当に、ありがとう」
 その言葉が伝わったかどうかは、定かではない。
 だが、ジョン・スミスは笑い、左腕を振る。
「風よ、吹き散らせ」
 巻き起こる風が白いもやを吹き散らし、夜の静寂が密林に下りた。
 もうエージェント・ラムダは相当遠くまで逃げているだろう。位置を感知する術のないジ
ョン・スミスには追うことも出来ない。
 溜め息をつき、ジョン・スミスは自分の右腕を見下ろす。
「……油断の代償だな。癒しを、そして安らぎを」
 呟きと共にジョン・スミスの右腕が青白い光に包まれた。絶えず流れていた血が止まり、
砕けていた骨が治っていく。それほど強力な術ではないため、一週間ほどはあまり激しい動
きは避けなければならないだろう。
 手を閉じたり開いたりして、ジョン・スミスは感触を確かめる。
 この程度なら、近くの町まで飛んでいってもまた折れることはないだろう。
 一つ息をつき、ジョン・スミスは胸に手を当てた。
 そこにあるのは一つのロケット。遥かな昔に、運命を約束した人物に送るはずだった指輪
が収められている。
 そのことを、ジョン・スミスは忘れていた。あまりにも永い時間が経ちすぎて。
 誰にも見せたことのないそのロケットを握り、ジョン・スミスは目を伏せる。
 そして、なんともいえない表情でジョン・スミスは呟いた。
「君にもう逢えないのは、何百年も前から知ってたのにな。イヴ。でも、どうしてだ。どう
して、こんなにも……」
 歯を噛み締め、ジョン・スミスは外套を握る。
 折れて、まだあまり力の入らない右手では不十分。だから、左手で思いっきり外套を、そ
の下にあるロケットペンダントを握り締めた。
 そこで、ジョン・スミスは一つある持ち物を思い出した。ここ数年、仕舞い込んだままに
しておいた過去の遺物。
 屋敷に帰ったら、療養ついでに久しぶりに昔を振り返るのも良いだろう。
 やることが出来ると、ジョン・スミスの行動は早い。
 さっさと歩き始め、密林の出口へと急ぐ。
「休みが楽しみなんて、最近の俺はどうにかしている」
 ジョン・スミスは自嘲気味に呟くが、それでも端ばしから漏れる楽しそうな気配は隠せな
い。
 浮かれ気分で空を見上げるジョン・スミス。
 このあたりは全く開発されていないため、蒸気で空が隠されることもない。
 星空を望み、ジョン・スミスは苦笑する。
「たまにはK機関も役に立つもんだ」
 命を狙われておいてそんなことを言えるのは、ジョン・スミスが大物だからだろうか。
 それとも、ただ単に鈍いだけなのか。
 なんにせよ、ジョン・スミスは歩いていく。
 今の彼の歩みを止められる者は、ない。

236 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 02:10:18 ID:pFa/pVrd
投下終了です。
特務情報局の上位エージェントより、ラムダを使わせていただきました。

以下にラムダのシェア用設定を置いておきます。
特に記述のないところは自由に設定してください。

エージェント・ラムダ

広域制圧を得意とするかわり、諜報活動が極めて不得意。
に白いもやを展開するにはそこそこの時間が掛かり、精密な動作もほとんど出来ない。
ただ、目で直接見える相手になら白いもやを集中することが出来る。
半径五千メルー程度なら、少々時間を掛ければ余裕で制圧可能。だが、どうも魔法具を持っ
ていたり、魔法を使えたりする人物には効き目が薄い。また、精神的に人間離れしている連
中が相手だと、どう頑張っても酷い頭痛を起こす程度にしか干渉できない。
得意技は単純に馬鹿みたいな量の情報を頭に直接叩き込むことによる思考破壊。思考破壊で
相手を昏倒させてから、銃でしとめるのが基本パターン。
諦めがよく、勝てないと思ったらすぐに逃げる。身体能力も人間を超えているため、逃げるラム
ダに追いつくのは難しいだろう。
普段の任務は辺境の文明破壊。今回は丁度良く任地にジョン・スミスが来たので、仕留めら
れたらラッキーとばかりに命令された。失敗したが、相手が相手なので特に問題はない。
また、以前に何度かジョン・スミス暗殺の任務を受けたが、ことごとく逃げ切られている。
237名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 03:50:08 ID:jQcMFoYX
投下乙です。
作中でふと思った疑問。
ジョン・スミス「K機関もたまには役に立つ」って言ってたけど、
K機関と特務情報局って別組織じゃなかったっけ?
教えてエロい人。
238名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 04:02:28 ID:lsCHWGTP
>>216-217は公式設定ではありません

現在、ネラースで起きた出来事の共通設定や年表に関しては
設定スレで議論中です
各作家さんも、こういう出来事があった事にしたい等の案がありましたら
設定スレに書き込んで下さい

誘導
設定スレ
シェアード・ワールドを作ってみよう part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835124/l50
239 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/07(火) 07:56:48 ID:pFa/pVrd
>>237
『空転するサーキット』で

「帝国における『K機関』、と蔑称されることもある」

とあったので、ジョン・スミスは特務をK機関と呼んでるだけです。
特に深い意味はなかったのですが、書き直したほうが良いですかね?
240名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 08:42:27 ID:jQcMFoYX
おお、もう返答が! ありがとうございます。
あのセリフは特務の蔑称でしたか、納得です。
ちょっと気になっただけなんで、書き直す必要はないと思います。
241 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:50:24 ID:ZsBdpZ1f
投下します
242犬ども(5) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:51:13 ID:ZsBdpZ1f
(1/5)

午前七時。スモッグ。
会議室の窓からの眺め――黄色がかった煙霧に霞む街、道路、人ごみ。
パレードも通った、帝都警察本部前のでかいラウンドアバウト。朝早くから車でごった返している。
歩道、徒歩での出勤。一昨日の即位記念日の熱から醒め、みな白けた顔で職場に向かっている。
高い建物ばかりで空が狭い。鉛色の空、部屋の中まで湿った臭いがした――雨の気配だ。
「初日から泥にまみれるようだな」
シドが言った。会議室はおれたち二人だけ。
結団式を終え、空賊狩り軍団の刑事たちはすでにダウンタウンへ降りている。
初日の手入れは中央区西、鬼火通り十三番地の古い娼館。
三課が把握している空賊どものアジトの中でも割とでかい方、おそらく敵の重要拠点。
近隣の基地七つも同時に叩く。明日には帝警の各支部が、都市外縁部で一斉捜査を行う。
鉄道駅や主要な道路には今朝から検問が敷かれている。
さらには豪華おまけ付き、
即位記念日前後に動員された帝国陸軍第四師団の砲科部隊が
一週間は引き続きオーラムに駐留しており、空の守りも万全だった。
徹底した囲い込み。おとがめなしの実力行使。重武装。
ローエン卿が帝都の空賊撲滅に乗り出したのも、つまりは政治の季節という事。
「しかし、殺しにゃぴったりの天気だ。それに洗車代が助かる」
「今日はお前の車で行くんだぜ」
「一昨日エリカに新車を買ってやったんだ。今のが潰れると、おれはもう自分の車を買う金がない」

即位記念日のエリカ。家の近くを通るはずのパレードの順路が変更になってしまい、不機嫌だった。
クーデター未遂があって以来、その手の面倒が結構多いのだ。
仕方なく、二人でパレードの最中で空いていたアーケードだの百貨店だのを回って
数少ない営業中の店を覗いて、ちょっとした買い物でエリカのご機嫌取りをする羽目になった。
最後に車、即金で買い叩いたばか高いプレゼントで打ち止め。
エリカはもう「結婚して」とは言わなかった。少し自分が情けなかった。

「貯め込んでるくせに。それかお前、鉄砲を買う金が惜しいんでけちってるんだ」
おれはかぶりを振った。シドが時計を見て、部屋を出るよう促した。
おれたちも鬼火通りに降りなければいけない頃合だった。
片付けにやってきた職員と行き違いに会議室を出た。
243犬ども(5) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:51:46 ID:ZsBdpZ1f
(2/5)

結局、おれのサトゥルナーリアで現場に向かう事になった。
車体は色あせた汚い赤茶色、ところどころ塗装も剥げて貧相だし
歪んで閉まりにくくなった運転席側のドアにいらつくし、幌に雨が染みる、
当然速度も出ないぽんこつだが、なるほど穴が開いてもこれなら惜しくないかも知れない。
「心配なら途中で止めて、現場まで少し歩けばいいさ。いざとなったら明日から地下鉄で通勤しろよ」
「おれは煤まみれにならずに済む仕事がよくて警官になったんだ」

朝方からむちゃくちゃに飛ばす、証券屋のメッセンジャーの蒸気二輪を警戒しながら旧街道を走った。
建物の並びが唐突に途切れて、殺風景な再開発予定区を眺めるばかりの退屈なドライブになる。
すでに工事が始まっているのはこの周辺だけで、再開発指定を受けた他の地区は
立ち退きさえまだ目処がついていない。だからここばかり躍起になって取り壊しを急いで、
今はだだっ広いだけの空き地、さながら都会の荒野だ。
遠くには、市の所有地を不法占拠している乞食や仲買屋のテントが幾つか見えた。

「お前さんは、あれが無火蒸気に変わってから乗った事はねえんだな。
今どきの地下鉄はトンネルで煤煙を吐かないんだ。車内の照明も強くなった。たまに乗ると面白いぜ」
荒野の彼方、工場街を眺めると、スモッグが地上近くに淀んでいる様子がよく分かった。
見ているだけで喉が痛くなり、思わず咳き込んだ。
「地面の上は相変わらずだ。工場とかの煙を止めるのが先じゃないのか」
「そりゃ色々と難しいのさ。技術とか、資本とか……」
ふと見ると、砂で黄色かったフロントガラスに雨粒の筋ができていた。
「いよいよ降り出したな」
小雨のうちに時間を稼ごうと、おれはアクセルを踏み込んだ。
ほとんど加速しない事にいまさら腹が立った。助手席のシドが後ろに積んだ荷物を指した。
「さっきから訊こうと思ってたんだが、後ろのは全部武器か?」
「ああ」
「あんなに要るのか?」
「この間の自動鎧と同じのが四機残ってるだろう。
あの型の装甲はばかに厚くて、普通の銃じゃ屁のつっぱりにもなりゃしねえ」
かわいそうな『ハルム工務店』。ゲロして用済みになった彼が、今夜を生き残る確率はゼロだ。
彼の形見の自動鎧は、空賊のマッチョな用心棒たちが重い思いをして背負っている。
シドが言う地下鉄と同じく都会人の英知、無火蒸気とやらで動く自動鎧の対策にと
ブルーブラッドが親心で用意してくれた秘密兵器を、おれが預かっていた。
「軍用のボムガンだ。ゴム弾だから抜けないが、動きは止められる」
「お前の私物ならどうだ?」
おれの私物――信号銃を改造した、○・一八チサン口径の大型拳銃。
「分からん。抜けたら嬉しいな」
244犬ども(5) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:52:16 ID:ZsBdpZ1f
(3/5)

「お前さん、ひょっとすると自らの男性性機能に関して無意識的な不安を抱えてるんだな?」
「は?」
「精神分析学ってやつだ」
「何の話だ」
「精神医学の新学説ってんで最近流行りなんだとさ。雑誌で読んだんだ。
自分でも気づかない心の奥底にそういった不安がわだかまってて、
その不安を解消するのに、人間は普段の行動や趣味嗜好の中で無意識に補填行為を行うんだってよ。
用もないのにでかい銃を買う男ってのは、実は生殖機能に障害があるか障害をおそれてるんだ」
「どうもくだらなく聞こえるな」
「銃はでかくて硬いイチモツの代わり、象徴なんだ。出るものも出るしな」
「じゃ車は何を象徴してるんだ? お前も無意識の劣等感を補填してるのか?」
シドがにやつく。ガンマニアにせっつかれたカーマニア。
「おれの読んだ記事だと、車は女だって言ってたな」
「お前の女、車寄せで雨に打たれて泣いてるぜ」
「車寄せには庇がある。おれは、あれを屋根のないところに置いてけぼりにしたりしないよ」
「そりゃ嫌味か」
「振ったのはお前で、おれたち二人とも独身貴族だ。いまさら嫌味があるか」
しばらくだんまりになった。雨が本降りになり、おれは仕方なく速度を落とした。
再開発地区を抜けた辺りで脇道に入ると、鬼火通りはもうすぐだった。
「おれがでかい銃が好きなのは、でかいほうが確実だからだ。
殺しの道具にそれ以上の売りはない。お前のサーベルのがよっぽど不純じゃないのか?」
「こいつはお守りだよ」

車を止めた。おれたちはコートの襟を立て、帽子を目深にかぶり直した。
季節のせいでなく、雨のせいで寒かった。おれたちは小走りで移動した。
「撃って逝かせる。この仕事はまさに男性性を補ってくれそうだな」
「いかにも」
空賊のアジトに近づくと、先に到着していた刑事の一人が路地で張っているのに出くわした。
風紀・麻薬担当四課のオットマン警部補。
彼のでかい縁なし眼鏡ときれいに剃り上げた頭に、砂混じりの黄色い雨が流れている。
「配置済んでるか? ライフルは?」
配置――頷いた。ライフル、狙撃班――道路を挟んで向かい、居酒屋の屋根の上を指す。
空賊狩り軍団の中でも射撃テストの高得点者たちが
迷彩服とは名ばかりのぼろきれをかぶって、娼館の周囲の建物に待機している。
彼らが娼館の窓を撃つのと同時に、地上の突入班十五人が玄関と裏口から突っ込む手はず。
「敵方――」
「十人。東の角の部屋にボイラー」
シドがおれの荷物を見た。
「血を見る事になるな」
おれはオットマンにボムガン六丁が入った鞄を渡して
「突入班にこいつを配ってくれ、ブルーブラッド警視の差し入れなんだ」
オットマンはまた頷くと、向かいの路地に手信号をして巡査を呼んだ。
合羽を着た巡査が荷物運びをしている間に一服。
「時計はちゃんと合わせたよな。突入を遅らせる気か?」
「突入班にボムガンの説明書を読む時間をやるんだ。おれもあの型のものは使った事がないしな」
「危なくないかね。オットマン、あんたもやるか?」
シドが紙巻煙草を勧めたが、オットマンは手振りで断った。
おれたちはうつむいて、帽子のつばで煙草の火を雨から守った。
245犬ども(5) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:53:49 ID:ZsBdpZ1f
(4/5)

煙草が一本終わった。
「時間だ」
オットマンの手信号で、居酒屋の屋根の警官が黄色い旗を揚げた。
別の建物からも同じ旗が揚がる。五箇所に配置された狙撃班すべての旗が見えたら、
最後に突入班への合図となる赤い旗が居酒屋から揚がった。銃撃開始。
ライフルが窓を割り、突入班の足音。おれたちも娼館まで走った。
お決まりの文句――帝都警察だ! 誰かが誰かを撃つ。ボムガンがドアを吹き飛ばす。悲鳴。
おれたちが娼館に着いたちょうどそのとき、東側の二階の窓から自動鎧が道路へ飛び降りた。
ライフルがやつを撃ったが、鎧の丸みをおびた装甲に弾かれてしまう。
「逃がすな!」
狙撃班が叫ぶ。自動鎧はがぎょんがぎょんと音を立てて、おれたちのほうに走ってきた。突っ切る気だ。
ボムガンはすべて突入班に渡してしまった。おれは拳銃を抜いて、やつのバケツのような兜を撃った。
弾丸と鋼板とがぶつかって火花を散らした。教会の鐘みたいな間の抜けた音。
貫通こそしなかったものの兜は真ん中が大きくへしゃげ、自動鎧は道の真ん中でひっくり返った。
ひっくり返って、それきり動かなくなった。鎧から湯気が立ちのぼる。

娼館の中では手こずっているらしく、まだ銃声が聞こえた。
庭を通って玄関から入る。一階で脚を怪我して動けない突入班の一人と会った。
「二階に五人。一階で四人殺った。こっちはおれとあいつがやられたが大丈夫だ」
彼が顎で指したほうを見ると、肩を撃たれた刑事がカウンターに寄りかかっている。
カウンターの中では一人が死んでいる。廊下に三人うずくまっている。
「オットマン、診てやってくれ。シド、二階だ」
予備の拳銃を抜いて、二階に上がった。階段のポーチには血がついていて、手すりはばらばらになっていた。
刑事たちは銃を構えて壁に隠れている。二階の通路はT字型をしていて、その縦棒、
北側の廊下の一番奥の部屋に立てこもっているようだ。突入班が怒鳴った。
「武器を捨てて投降するんだ!」
おれとシドで、壁際から廊下を覗く。またも自動鎧の突進。用心棒の背後に二人、銃を持ったのがついている。
連中もおれたちも撃ちまくったが、自動鎧が盾になってお互い当たらなかった。
空賊がいよいよポーチに迫ると、真正面に立っていたおれたちは引かざるを得ず、左右に飛びのいた。
おれたちをのけてポーチに突撃した自動鎧が、勢い余って床板を踏み抜く。傑作なオチ。
自動鎧はポーチを破壊して一階に落下すると、一階の床まで抜いて下半身が埋まってしまった。

後に残された二人の空賊は立ち往生していたが、すぐに武器を捨てて伏せた。
ポーチの穴を避けて投降した二人に近づく。それぞれのわき腹に渾身のキック。悶絶する悪党ども。
奥の部屋からもう二人、両手を上げて現れた。
彼らにもボディーブローを叩き込んで気絶させ、部屋を調べた。
ちんけな粗製銃が二丁転がっているだけ。一階からオットマンが
「一階は間抜けが一匹、あとは死んでる。そっちはどうだ、警部補!」
残った部屋のドアを片っ端から蹴破ったが誰も居なかった。
「終わったみたいだ」
246犬ども(5) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 20:55:31 ID:ZsBdpZ1f
(5/5)

オーラム市警察の騎馬隊がもったいぶって登場した頃には
逮捕者を全員パトロールカーにぶち込んで、おれたちは居酒屋で休憩していた。
負傷者二名は病院へ行った。おれたちもいずれ本部に帰らなければならない。
シドは騎馬隊の警官と退屈な問答。引き抜きにあぶれて不満なやつら。
市警の警官は、若い頃は帝警に憧れ、ベテランになると帝警を憎むようになる。
空賊狩り軍団に引き抜かれた市警の人間はみな若手だ。年取った連中は余計に妬む。
現場で軋轢の生じないはずがない。シドが憤慨してテーブルに戻ってきた。
「こっちの連絡を知らなかった振りしてやがるぜ」
おれはシドの席にコーヒーを押しやった。
「他人のヤマのために下働きだからな、そりゃ面白くないだろうよ」
テーブルの全員が同時にコーヒーをすすったので、会話が途切れた。
しばらくして、詐欺・知能犯担当二課のガーランド巡査部長が切り出した。
「ちょいと小耳に挟んだんだが、今朝がたこの近くで娼婦殺しがあったんだってよ」
「珍しくもない」
「それが尋常じゃないらしいんだ。相当ひでえ殺され方してて、一課も飛んで来たらしい」
狙撃班のガーランドは下見が早かった。周辺の探索中に、殺人の噂を聞いたそうだ。
茂みに隠された死体を新聞配達の子供が見つけたのだが
その死体は近所で客を取っていた娼婦で、顔を切り刻まれており、胸や腹も裂かれて中身がなかったのだとか。
「猟奇殺人で分署はおおわらわってか」
「市警の応援が騎馬隊数人だけなのはサボタージュだと思ってたんだが、違うのか」
「こないだのあれを三課で押さえちまったからな。市警と一課、どっちかが抱き込む事になるぜ、こりゃ」
「見物だな」
殺人・強盗担当一課も空賊狩り軍団から漏れている。
優秀な捜査員も少なくないのだが、やはり政治上の問題で省かざるを得なかった。
派手な殺しがあれば確かに、市警上層部と一課の両者にとって
空賊狩りに対抗するために是が非でも独占したい案件になるだろう。

「一時期流行った、カササギの露出狂は? ありゃ捕まえたのか?」
五課のシルバ警部補がオットマンに水を向けたが
「おれは担当じゃないからな」
「イーストエンドの墓荒らしは? あいつはまだやってるぜ」
「知らん」
「おれの知り合いの覗き屋が最近出所したんだが、ムショ暮らしでおかしくなったらしい」
「鬼火通りは去年にも辻斬りが出たよな」
ひとしきり、異常者と変質者の話題で盛り上がった。
いつの間にかコーヒーが終わって、他七箇所の手入れも済んだはずの時間になっていた。
この時間まで緊急連絡がない辺りは安心してよさそうだった。
「帝都は変態の巣だな」
証拠品の押収等後始末をオットマンたちに任せ、おれとシドは席を立った。
247 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/07(火) 21:45:08 ID:ZsBdpZ1f
投下終了しました
連投規制で終了報告できませんでした、すみません
248名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 13:46:27 ID:WvPxcgCl
http://sites.google.com/site/nelearthproject/
おひさしぶりです。あががが。
投下作品のまとめを行いました。ミスなどあれば指摘お願いします。

小説リストに状態表示をつけてみました。「連載中」「完結」など割と見やすくなったかと思います。
「SS」表記に関しては、物語のワンシーンのみを切り出した作品、キャラクターの日常風景を描写したもの、
起承転結が成立していないものをカウントしています。
続きが投下されるのかわからないものは「?」をつけてあります。




やっと時間が出来たので、これから全部読みなおして来ます。ジョンスミスのお父さん(◆zsXM3RzXC6)の投下ペースに脱帽しつつ。
249名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 14:56:00 ID:VVsbIqgO
250名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/10(金) 17:49:47 ID:BIgZWQJ9
>>248
乙です!
毎回ありがとうございます。
251名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 05:30:09 ID:4IiIMmiv
>>248
いつも乙であります!
自分の作品にも早くジョンスミス出してみたいです。
そして、地に住む者たちに宝珠を与えて言いました。
「私がいない時に私の智恵が必要になったら、お前たちの中で最も強く賢い者を選び、この宝珠を取りなさい」
地に住む者たちは、カナンの宝珠をうやうやしく受け取りました。

                                     太陽神カナンの伝承より

5.烽火


 黒翼族の襲撃も、すでに十数度を数えている。
 召集した予備役兵五個小隊は全て出払っており、各基地の損傷の補修に当たっていた。
 黒翼族は、緑の魔海の中でも数が多く、集団戦闘にも慣れている。何度か爆薬を起爆され、いくつかの基地が機能を半減させていた。
 アルゴンは総督府から動かない。
 この程度の戦闘で、いちいち総督が出向くようでは、最終的な勝利は得られない。
 サーベラス率いる第一小隊が精力的に移動を繰り返しているため、黒翼族が基地に攻撃を仕掛けられる機会も少なくなってきていた。
 今は戦力よりも、事務官僚をへたばらせている戦費捻出の方が目下の課題である。
 手紙を二通したため、アルゴンは深いため息をついた。
「どうしたんですか、総督」
「いや、何。人に頼りきりと言うのも、なんとも締まらないなと思ってね」
「仕方ありませんよ」
 一通は帝都への予算増資の申請で、もう一通はアウルム財閥への援助増額の嘆願である。
「でも、僕たちが頑張っているおかげで帝都の人たちが戦火を見ずに済むのに、その僕たちがこんな肩身の狭い思いをしているのって
なんだか割に合わない気がしますね」
「私の一族は、大祖母様の時代から皇帝陛下と親しくお付き合いさせていただいているからね。陛下より拝命した任務もだが、大祖母様の願いもある。
この属州を平和に導くなら、これくらいの重荷は背負わなければ」
「親しい割には、最近つれない返事が多いですけどね。総督、手紙を出すのに使者団を組む費用はどうします?」
「手紙を届けるのに団体を組んでいくのも、時代遅れなんだそうだ。それにそんな費用、基地一つ潰さないと出てこないだろう」
「そうですね」
 総督の印章で封を施した手紙をユーグに渡すと、少年は机の文箱のひとつにそれを放りこんだ。
「使者の御指名などあります?」
「いや、またそちらで決めてくれ。ああ、そうだね……それのついでに、ルーシア君の手紙も一緒に届けてあげてくれ」
「ルーシアさんの? はあ、まあいいですけど」
 彼女の奔放ぶりに懐を痛めているユーグにとっては、あまり快く請け負える話でもないらしいが、そこは我慢してもらうことにする。
 彼女とて、こんな僻地に来るような奇特な配達人を、いちいち呼びつけている手間はかけたくないはずだ。
 それに彼女がただ一通のために配達人を呼ぶ費用も、属州から出さざるを得ないのである。
「それにしても総督、本当に大丈夫なんですかあの人? あんなバレバレの政略結婚で来て、破談になっても帰ろうともしないなんて、
あからさまに間諜じゃないですか。それを手紙を届けさせるなんて。お人好しにもほどがありますよ」
「財閥に知られて困る秘密もないよ」
「あまり返せないと、援助を打ち切られるんじゃないですか」
「金貸しの心理はよくわからないけれど、今までの援助額をすべてまとめても、槍一本のためなら安いらしいよ」
「金の余っている人の考えはわかりませんね」
 喋りながらも作業をきちんとこなしていたユーグの手が止まる。
「そう言えばあの人、贅沢したい時は本家本家ってうるさいのに、本家の人の話を一度もしたことがありませんね」
「ふむ」
 ユーグの作業が止まるのは、自分の思いつきが何か決定的な糸口につながるような気がしたときである。
 彼の直観は大体六分四分で当たる。今回は六分の方だとアルゴンは思ったが、人にはあまり触れてほしくないこともあるだろう。
「ま、色々あるんだろう」
「そうですね……そう言えば、今あの人は何をしようとしてるんですか?」
 結構前から、ルーシアが侍女を従えるのをやめたお陰で、無駄な人手がかからなくなった代わりに、彼女の一日の動向が掴みづらくなっていた。
 公邸仕えの者がその奔放さに振り回される中で、アルゴンだけはなんとなく彼女の行動に察しがついている。
「軍政学をやるというから、書庫を開けたよ。ここのところ、蔵書を持ち出して自習しているらしい」
「はあ。なんでまた」
 呆れた声をこぼし、ユーグが作業を再開した。
 本当なら、彼女には教師をつけてやりたいところであった。軍事学はサーベラスが、政治学はユーグがそれぞれ長けている。
 二人とも現場叩き上げなのである。ユーグは総論的な説明ができないだろうし、サーベラスに至っては武器を取らせて戦場に連れ出しかねない。
 軍事政治両面で、そこそこの学院助教程度には教えられると自負するアルゴンには、個人レッスンに割いている時間はない。
「総督、ちょっとあの人を甘やかしすぎじゃないですか」
 ユーグが何気なく放ったらしい一言に、アルゴンは思わず手を止めた。
「そうかな」
「そうですよ」
 と、執務室の扉が叩かれる。
「入りなさい」
「はっ!」
 姿を現したのは、物見の兵である。
「八番基地に襲撃です。黒翼族、およそ百五十」
「わかった。任せるよ」
「はっ!」
 命令を受けて、来た時と同じように兵が出ていく。
「またですね、総督」
「ああ。しつこい限りだ」
 ユーグと同じく呆れ顔を作ったものの、なんとなく不安が拭い切れない。
 狡猾さで知られた黒翼族である。それが、こんな単調な小競り合いを仕掛けてくるだろうか。
 ユーグにもアルゴンにもあった「またか」という気持ちが、前線の兵にもないはずがない。ここのところ、サーベラスの動きも鈍ってきている。
 疑って疑いすぎることはない。何を狙っているのか。
 それが見破れるまで、性急に動くわけにもいかない。


 書庫に篭ったルーシアは、まず属州史を学ぶことにした。
 軍事政治を総括的に学ぶには、それらがより合わさった流れそのものを辿ることが最も良い。
 こういう時は、帝都の本家では実例を追うことで覚える方式で学ぶことが一般的であった。
 数十年前の政治学・経済学の教本を傍らに、パクス皇帝属州の記録を読み解いていくうちに、ルーシアは別の事に夢中になっていた。
 財閥でもない下町の富豪の娘に過ぎなかったキセニアが、武器を取って戦いに赴き、異種族相手に連戦連勝を重ねていく、美化された伝承の光景。
 槍を携え、壮麗な鎧をまとった騎馬姿で、人々の歓呼を浴びる美しい乙女の姿は、目に映るようだった。
 皇帝からの信任も厚く、歳長けても戦場を闊歩し、孫の代となっても異種族との折衝に自ら乗り出した、皇帝属州の太母。
 事実のみを列挙するよう努めた史書の行間からも、活力に溢れる淑女への憧れがにじみ出てくるようである。
 僻地に封じられてからも粛々と任を果たし、帝国内部が平和の下に発展を迎えている間にも、揺れ動く国境のために槍を振るい続けた。
 幼いころにばあやに聞かされたお伽話の数々を、目を輝かせて聞いていた頃を思い出す。キセニアの伝記は、そうした世界の話のようであった。
 そして英雄譚らしく、戦う相手は異種族たちがいる。
「……この、カナン神族というのは」
 異種族筆頭格として記述されているこの種族は、今の時代に、いない。
 閲覧机に積みあがった書籍をそのままに、ルーシアは別の書棚に取りついた。
 カナン神族を打ち破って得たのがラウファーダである。帝都の本家すら欲しがるような槍を作るカナン神族とは、何者なのか。
 しばらく調べた後、ルーシアは知っていそうな人間に聞くことに決めた。
 後に残された書棚は、薙ぎ払われたような惨状を呈している。


 執務室へそそくさと出向き、扉に控えめに耳をつける。
 この時間帯ならアルゴンは大抵執務室だが、もしかしたらいない場合もある。
 今は、なんとなく、いる気がする。
 控えめにノックを二つ。
「入りなさい」
 やはりいた。
「失礼いたしますわ」
 執務室には、アルゴンと少年官僚がいた。少年の方はルーシアをどう思っているのか、迷惑げな顔を隠そうともしない。
「おや、飲み物を頼んだのだったかな」
「いいえ、アルゴン様に少々お尋ねしたいことが」
「ルーシアさん、総督は執務中です」
「すぐ済みますわ」
 少年官僚の抗議も軽く流し、なるべく見栄えよくアルゴンの机に歩み寄る。
 少年は、基本的に強硬策には出てこない。受け流してしまえば、不満顔ながらも引き下がるのである。
「アルゴン様、カナン神族とは、何者なのでしょう?」
「うん?」
 ルーシアが声をかけた時から、アルゴンの視線はこちらに向いている。きちんと話を聞いてくれているのだと思うと、自分の口が軽くなるような気がした。
「キセニア様の伝記を拝見したのですけれど、今アルゴン様が戦っていらっしゃる相手は黒翼族と長耳族ですよね。
キセニア様が戦った相手は、彼らと巨人に加えて、カナン神族という種族が含まれておりました。彼らは、今どこに?」
 いちいち頷きながら聞くアルゴンの、ブラウンの目に吸い込まれるように見入りながら、ルーシアは表面上は悠々としていたが、内心はしどろもどろだった。
 カナン神族の何が聞きたいのかと聞き返されたら、なんと答えたらよいか考えていないまま言葉にしてしまったのである。
「ふむ」
 アルゴンは、あまり似合っていない口髭を人差し指で撫でている。
「彼らは、今はもういないよ」
 一言だけ、応えた。
「私も書庫の資料以上のことは知らないんだ。何しろ生まれる百年以上前に、大祖母様が根絶やしにしてしまったらしいからね」
「まあ」
 聖女の偶像が、突然崩された気がした。皆殺しなど蛮行以外の何物でもない。
 そんなルーシアの顔色を察したのか、アルゴンがやんわりと言葉を添えてくる。
「大祖母様は不必要な争いを求めるような方ではないと聞いているし、我々ノルブス家の訓戒にもそれはよく表れているよ。
だから、言い訳じみているかもしれないけれど、そうされなければならない何かがカナン神族側にあったのではないかな」
 少なくとも私はそう思っているよ、とアルゴンは付け加えた。
「それ以上のことは、書庫に異種族の特徴についての図説があったはずだ。それに当たるといい。棚は、ええとどの辺りだったかな……」
「総督! 執務中じゃないんですか!」
「ああ、そうだったね」
 何やら憤慨しているユーグの横槍で、アルゴンは書類に目を戻す。
 ルーシアは残念な気分になった。
「あの、今その彼らの足跡を追うことはできますか?」
「図説では足りないかな」
「後ほど見せていただきますけれど、彼らの集落の跡や文化の痕跡などが残っていれば……」
 自分の政務にも集中できていなさそうなユーグをよそに、アルゴンはひとつ首をひねった。
「残念だけど、何も残っていないんだ。図説を読めば簡単な紛争史も載っているから、それを見ればわかるんだが、
彼らは我々に明け渡さなければならなくなった土地には、自分たちの何一つも残さなかったんだ」
「それって?」
「すべて、自分たちの手で破壊してから退却していったということさ。だから、我々は彼らが魔法を……いや、アカデミーでやっているような
錬金術や呪紋学、儀式魔術なんていう魔道よりも高等な、いわゆる神代魔法というものだ。それを扱っていたということしかわからない」
「神代魔法……聞いたことくらいしかないのですけれど」
「お伽話にあるだろう。風よ、と声を発するだけで、竜巻を呼ぶあれさ。魔道学を学んだ者にとっては、お伽話の域を出ない技術らしいけれどね」
「そうなのですか……でも、彼らが自分の文化を残さなかったのに、なぜそれだけは伝わっているのですか?」
「簡単な話だよ」
 一度言葉を切って、教師が生徒に振り向くように、アルゴンはルーシアを見る。
「それで兵が随分死んだからさ」
 裏表なくルーシアに優しくしてくれる初めての男性は、穏やかな顔でこういう事をこともなげに言う男なのである。
「そうだ。確か緑の魔海の中に、四つだけカナン神族のものと思われる石碑が残っているらしい。と言っても、見に行くというわけにはいかないけれどね」
 聞きたいことは大体聞き終えた。そろそろ本格的にアルゴンの政務の差し支えになってきた危惧もあり、ルーシアは挨拶もそこそこに執務室を辞した。
「石碑、ね」
 うん、と気合いを入れた。


 サーベラスは、嫌気がさしていた。
 三日と開けずに基地を襲う黒翼族は、人数こそそれなりなものの、守備隊を撃破し拠点を奪う程度の戦力には程遠い。
 それに彼らは拠点の戦闘に不慣れである。それを撃退することなど、さほどの難事ではない。
 ただ、今回の黒翼族は爆薬を持っていた。
 うかうかと接近を許せば、防壁や基地設備を破壊される。
 最初の夜襲で破壊された一番と二番の基地は仕方ないにしても、それ以外は、まだ機能停止には陥っていない。
 しかし襲撃の折に仕掛けられたり投げ込まれたりする爆薬のせいで、基地としての防備機能自体は、一戦ごとに削り取られていっている。
 このような手投げ爆弾さえ通してはいけないような、繊細な配慮を要する戦は、サーベラスの好むところではない。
 仮に集団戦に持ち込めたとして、素早く退却する黒翼族を追いかけるだけのものが戦闘と言えるだろうか。
 そのくせ敵は、あちこちの基地に攻撃を仕掛けるのである。いちいち第一小隊が駆け付ける必要があるような戦闘ではないことがほとんどだった。
 場合によっては守備隊だけでもなんとかなることもあり、自然とに第一小隊の挙動は重くなっていた。
 要は、つまらない戦いなのだ。
「隊長、黒翼族らしき一団が七番基地に向かっています」
 さらにつまらないことに、今のような真昼間にも黒翼族が攻めてくるようになった。
 いつも通り、闇に紛れて攻めてきたところで、どうせつまらないことには変わりはないのだが、印象と違う行動はさらに苛立ちに拍車をかけてくる気がする。
 聞き飽きた伝令報告に、サーベラスはあからさまに気のない返事を返す他はしなかった。
「ああ、救援要請の狼煙とか鏡の合図とか来てないだろ? 任せておけばいいんじゃねえのか。危なくなったら隣の基地もいるだろ」
「しかし」
「わかったわかった。兵隊を整列させろ。行きゃいいんだろ?」
 一応出動命令は下したものの、紛争の発生した基地へ向かう第一小隊は通常時行軍速度である。
 部下の前でだらけている姿を見せたなどとアルゴンに知れたら、かなり念入りに訓戒を垂れられるだろう。
 上司の評価は気になったが、サーベラスの行動を変えさせるには及ばなかった。
 七番基地までは、直線距離で二日である。昼夜の強行軍で夜明けに間に合わせたところで、戦闘は終わっているだろう。
 黒翼族は、決して粘らないのだ。
 それに、間に合ったところで、どうせ面白くもない命がけのモグラ叩きに勤しまなければならない。

 しばらくやる気のない行軍を続け、中天にいた太陽が傾き始めたところで、何やら嫌な予感がした。
 直感と言うものですらない。視界の端に影を差した、目に見える特大の違和感である。
 ちょうど、森から姿を現し、平地に出てきたところであろう。
 気付かないふりをして行軍を続けてしまえば面倒がなくて済む。そんな考えが頭をよぎったが、既に圧迫感に負けた兵が何人か、振り向いてしまっている。
「き……」
 森の木々から頭が突き出すか出さないかというほどの、大柄な体格。
 鈍重に見えて、いざ戦うと予想以上に俊敏な挙動。
 一汗流す程度の気分で戦場に来るにも関わらず、その相手となる者たちは例外なく命がけの抵抗を強いられる、緑の魔海最強の種族。
「巨人……」
 サーベラスは、何やら合点が行った気がした。
「野郎ォ! 七番基地は囮か!」
 黒翼族の、力の篭っていない襲撃が散発的に続いていた理由は、正にこの一瞬を作るためだったのだろう。
 守備の薄くなったところを、巨人が叩く。彼らの方向を見るに、反対側の六番基地を狙っている。
 強行軍で急行していたなら、今頃七番基地と六番基地の丁度真ん中あたりで、どちらへ行くにも中途半端な状態に陥っていただろう。
 とりあえず通常行軍していたことへの示しはつく。窮地にも関わらず、そんな事を思い至って、サーベラスは少しほっとした。
 とは言え、面白い戦闘以上のものが来てしまった。無事に済む人数比率は、巨人一人に一個小隊およそ百人である。
 それ以下ならば、かなりの損害を覚悟しなければならない。
 見たところ、巨人は四人いる。死傷者少々で済ませるには四個小隊が必要であるが、守備隊を加えてようやく二個小隊にしかならない。
 相当の激戦を覚悟しなければならない。
「伝令を飛ばせ! 六番基地に巨人だ!」
「は、はい! どこへ伝令を……」
「総督府に決まってんだろォが馬鹿野郎ォ!」
 近くの兵を怒鳴り散らし、六番基地を睨みつける。
「カラスどもなんざ、後だ! 全員、隊列を組み直……いや、そのまま後ろ向け! 分隊長は前へ出ろ! 強行軍で行くぞ!」
 巨人を相手にして、最も分の悪い勝負となるのは、拠点防衛戦の時である。巨人の力は、石積みを容易く打ち崩すのだ。
 守備隊の矢が持つ内に間に合うか。


/////////////////////////////////////////////////////////

しばらく、キャラクターの動くに任せる展開になります。
用意してある大筋の流れを組み入れる作業が、これがなかなか。
そして神器持ちにも関わらず、未だに軍才と武技を発揮する場面に恵まれない総督。

今回、魔道区分として「呪紋学」「錬金術」「儀式魔術」を設定し、
いわゆるメラやファイアのようなものを「神代魔法」と定義してみました。
カナン神族は神代魔法の名手で、数々の魔道にも通じていました。
257名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 15:01:04 ID:NrY7fmFt
>>252-256
もう一つの方のスレで行われてる設定議論に目を通して欲しい。

きつい事言うけど、>>252-256の作品が後発組の参加敷居を高めているので
この作品を無かった事扱いにしようと言う意見もかなり遠回しにだが出ている。

俺は、無かった事にする案に賛成。
258 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/11(土) 21:55:37 ID:YEhHXNUQ
投下します
259犬ども(6) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/11(土) 21:56:36 ID:YEhHXNUQ
(1/3)

本部に帰ると、さまざまな肌の色をした空賊どもが留置所にひしめいていた。
逮捕者三十四名、死者十名。警察側の被害――負傷者数名。重傷者、死者はなし。
首尾は上々。ブルーブラッドと五課の刑事が尋問の指揮を執っていた。
「今回の逮捕者のうち、君たちのリストに載っている人間は四人。やつらの尋問を任せる」
教えられた番号の部屋に入る。
窓がなく、アーク灯の光も弱くて暗い尋問室で
ロロという名前の、図体のでかい長髪の少年が椅子に座って待っていた。
こいつは今朝の鬼火通りの手入れの時、二階の床を踏み抜いて墜落した自動鎧の中身だ。
ロロはおれたちを見て体をすくませた。おれが尋問室の貧相な机に資料の束を投げると、
やつは椅子の上で小さく跳ねた。ひどく緊張しているが、
タフぶろうとしてか、懸命に無関心な表情をつくろっている。まばたきを我慢している。額に汗が浮いている。
「お前とは今朝会ったばかりのようだな? 顔は見えなかったが」
「素晴らしいダイブだったな」
シドはまず型通りに、名前や年齢、出身地、職業について穏やかに尋ねた。ロロは答えなかった。
空賊の犯罪行為について尋ねた。答えなし。

『鉄槌』の殺しがあった日の事について尋ねた。
やつの目が泳いだ。手錠の鎖をいじり始めた。おれはやつの椅子の後ろに回った。
「何の話か分からねえ」
「新聞は読まないのか?」
「は?」
「ま、いいさ。とにかく訊かれた事について話せよ」
「ノミもヤクもチャカも知らねえ。後の質問も意味が分からねえ、何を――」
やつの髪を後ろに引っ張った。椅子ごと引っくり返りそうになったので、椅子の背を膝で蹴り返した。
前につんのめったところで後頭部を押さえ、やつの顔面を机に叩きつける。
「不正賭博も麻薬も武器密輸も、お仲間はとっくに吐いてんだよ。喋らないとお前の得点だけ悪くなるぞ」
髪をつかんで顔を上げさせた。机に血がついていた。唇を切り、鼻を打ったロロはくぐもった声で
「嘘こけ。おれたちゃ、ちくりはしねえんだ」
もう一撃、さっきより少しばかり強く。机の血のりの面積が増える。
「お前らは逮捕に強硬に抵抗したからな、もともと分がよくないんだよ。
お前が飛びかかってきた時後ろに居た二人は、取調べにも素直だ。仲間に学べ、本当の事を言うんだ」
「嘘こけ」
更に一撃。額が当たって机の天板が割れた。やつの鼻も折れるかも知れない。
顔を上げさせるとやつは鼻血を噴いて、服の前を血だらけにした。
「なかなか見所があるな」
「じきに音を上げるさ」
やつはひどい顔になっていた。早くも泣き出しそうな――まったくの根性なし。
それでも、たぶんタフ気取りでもって我慢している。シドが助け舟を出した。
「まあ待てよ、こう粘られるとおれたちも大変だ。
例の日の事だけ聞いて、残りは代わりにもっと弱っちいやつに話してもらおう」
ひどい世辞に乗る愚か者。ロロは、本人にとってはクールな笑みのつもりらしく口元を歪めて
「水をくれ」

コップ一杯の誘い水でロロは話した。鼻を折らなかったのでまだ普通に喋る事ができた。
「その日は仲間とカードをして暇潰ししてたんだ。仕事がなかったからな。
そいで小銭を稼いで、夜は近所に女と居た。一晩中だ。次の日は朝方あの家に戻って、ずっと仕事をしてた」
仲間の名前を聞くと、答えた。全員あの娼館で逮捕されたか死んだかした連中だった。
「夜会った女はどんな女?」
ロロはわざとらしく肩をすくめた。
「そりゃ――金を払うとあれをしてくれる女だ」
おれは吹き出しそうになった。シドが目配せで笑うなと言った。
「近所で客を取ってたんだな。その女の名前を覚えてるか?」
「ああ――忘れちまったよ」
「年格好は? 顔はどうだ、美人だったか? 名前以外で覚えてる事を話してくれ」
「細くて若い女だ。顔は――まあましな方だった。
他に覚えてるのは刺青くらいだ。右の肩に子犬の絵の刺青があって、それをほめたら割引してくれたんだ」
「ありがとう。お前さんが今夜泊まる房に新しい毛布を入れて、飯も多めに盛るよう頼むよ」
「いらねえよ」
260犬ども(6) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/11(土) 21:57:08 ID:YEhHXNUQ
(2/3)

おれたちはロロの部屋を出た。
「なかなかのタフガイだったな。記憶力もいい」
おれたちは笑った。売春婦、の一語も出てこない哀れな子供。
商売について喋らなかったのは我慢が半分で、後は実際知らされていなかったのだろう。
『鉄槌』の話題に対する挙動不審――おれたちが何をしたいか、空賊どもには分かっている。
アリバイは予め用意されていたようだが、本物か、仲間に丸ごと吹き込まれたものかは分からなかった。
「子犬の刺青の女は四課に頼むか?」
「人探しだけ捜査本部のつてでやってもらう。本人へは時間を見つけて、おれたちで会いにいく」
余計な人間を通したくない。万が一アリバイが本当で、かつロロの他に適当な犯人役が居なければ
子犬の刺青の彼女には金をやって数ヶ月、あるいは永遠に消えてもらう事になるからだ。

次の部屋で、顔見知りに出くわして驚いた。
「ジェリコ」
「旦那か」
リストにはグラフという名前で載っていたが、まさか彼とは気づかなかった。
彼は尋問室の中でも普段通り、大物然としたくつろいだ様子で居た。
「お前、空賊に転職したのか?」
「いや、スパイだ」
「アレックスだな」
答えなかったが、どうせアレックスの差し金で間違いない。
ジェリコは昔はフリーランスの殺し屋だったが
今ではその腕を買ったアレックスが彼の上得意になっていた。
彼はほっそりとした体型の、黒髪のスリーナ人で、最後に会った時はまだ髪が短かった。
馬面以外にこれといった特徴のない地味な顔をしていて
髪や口髭を刈ればなるほど、大抵の役柄には化けられそうな男だ。

「知り合いのよしみだ、ノミや密輸の話題を避ける事はできないか?」
「道義上の問題ってか。お前の仕事については雇い主に訊くから別にいい」
「しかし、こんなドジを踏むとはお前さんらしくもないな」
「おれだって人間だ、多少は失敗もする」
おれたちは信用しなかった。
手入れに巻き込まれてまで深く潜っていたからには、何か目的があったはずだ。
アレックス独自の秘密工作――市場の乗っ取り、その前準備となる情報収集。
「行きがかりで訊くけどな、蒸気工房『鉄槌』の殺人事件を知ってるか?」
当たり前だとジェリコは言い、事件の日付とその概要について、新聞記事の通りに話した。
本当は新聞以上の情報をいくらでも持っているのだろうが、彼はあえて話さなかった。
「アリバイを証明できるか?」
「できない。できないが、おれはやってないぜ。おれは犯人と似てるのか?」
「かなり手際のいい殺しだったしな」
ロロの強がりと違って本物の、迫力満点の冷たい笑み。
もしも『鉄槌』の殺しがアレックスの指示だとしたら、やったのはジェリコだろうと前々から思っていた。
261犬ども(6) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/11(土) 21:57:42 ID:YEhHXNUQ
(3/3)

「そう言ってくれると、おれもまんざらじゃないがな。
ありゃ手際なんてもんじゃない、魔法のような――だろ? 違うか」
「正直に言えばそうだ。だが魔法使いは捜査の対象外なんだ」
「おれは空賊連中との付き合いで、面白い噂を聞く事があったよ。
帝都に最初に越してきた連中を手引きしたやつの噂だ。三人組の、凄腕の便利屋だ」
「魔法使いに劣らず胡散臭い話じゃないか」
「その三人組は男女の殺し屋と、錬金術師が一人。隠れ家や武器、密輸のコネクションなんかも都合したらしい」
「凄腕のわりにずいぶんアフターケアが弱いな」
「武器もありがちな粗製銃だ。自動鎧は上等な方だが、あれも足がついてる」
「殺し屋の一人は名前も付いてるんだぜ。ジョン・スミス」
「下手な漫画みてえな噂だ。どれだけ潜ってたかは知らないが、そんな情報しかないのか?」
おれがそう言うと、ジェリコが机に身を乗り出して
「おれも噂を鵜呑みにする訳じゃないが、誰かが空賊の案内人をやってたのは確かだ。
そいつの仕事は、連中を半年かくまうだけの効果はあった。ただのヘボじゃあない、そうだろ?
今日相手にした連中を見て分かっただろうが、ありゃ余所と変わらん、ごく普通のやくざ者の寄り合い所帯だ。
大して有能でもない、チャンスと数を頼みに一儲けしたいだけの連中だ。
そんなのがどうやってオーラムのギャング帝国に切り込んで、どうやって今日まで居座り続けてきたんだ?
まともな戦争のビジョンがあるのは、おれが知る限りでは一人、陸(おか)空賊の頭目のマラコーダって男だけだな。
誰か、ただのギャング以上の力のあるやつが、空賊を操って帝都の黒社会を荒らそうとしてる。おれはそう睨んでる」

おれたちは黙った。政治、あまり触れたくない部分。
ローエン卿やアレックスのような人間に比べたら、おれたちは割合上等な使い走りに過ぎない。
でかくて儲かるヤマは嫌いじゃないが、いざヤマに呑まれてしまったら逃げ場がない。
「で、あんたらの出番だ。今回の空賊狩りには変な圧力を感じてるんじゃないのか?」
「知りたくもない」
出がけにジェリコが言った。
「お互い、水際をよく見極める事だな」

それから『鉄槌』殺しの容疑者二人と話をしたが、どちらもロロと大差ないぼんくらだった。
尋問内容をブルーブラッドに報告し、手入れに参加した戦闘部隊から報告を受け、
今日得た証拠資料を基に会議を行い、二日目の計画に若干の修正を加える。
明日は支部の捜査と平行して、ダウンタウンを離れたアジトの手入れ。
おれとシドは明日のメインイベント、イーストエンドの武器庫と高利貸しの事務所を叩く作戦に加わった。
おれたちは交代で一人二時間だけ眠った。眠る直前、不意にドロシーを思い出した。それから眠って、悪夢を見た。
262 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/11(土) 21:58:46 ID:YEhHXNUQ
投下終わりました
263名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 23:11:11 ID:4IiIMmiv
投下乙であります!
魔女窯通り関連の固有名詞、今後色々と拝借させていただく予定
ですのでよろしくお願いします!
264 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/12(日) 04:04:31 ID:VJ2qiHw5
投下します
265問題屋シンの本領発揮(10) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/12(日) 04:05:32 ID:VJ2qiHw5

 夜風がリンショウの髪をなびかせる。神桜会本部付近、そこで今夜最初の一戦が始められようとしていた。
「あー、“的”が居なくなったと思ったら、なるほどタイマンって奴? なんか律義ねー」
「そうでもないさ。ま、ウチのシマ荒らして、組員殺られちゃただじゃすまないぜ?」 リンショウの銃は神桜会構成員を何人も食らい、ここら一帯を騒がせた。
「あー、で。あんたはやれるの? もしかしてその腰の刀でやる気?」
 リンショウの装備は一息で何発も弾を吐き出す機関銃。ひいきめに見ても刀では釣り合いが取れない。
「一応、“桜の懐刀”とか呼ばれてるけど知らないよな。キムだ。よろしく」
「あーら、覚えないわよ。じゃ、死んで?」
 連続的に射出される弾丸。しかし着弾した時、肉と骨を抉る音はない。代わりにあるのは金属同士がぶつかりあう音。驚くべきことにキムは弾をはじいていた。
 そのまま弾丸をさばきつつ物陰へとその身を隠す。リンショウも無駄弾を避け、人差し指を引き金から離す。
「あ、あーら。大口叩いていた割にすぐ隠れるのね」
 返事はない。しかし、リンショウは動揺していた。さっきの距離は圧倒的に銃の間合い。確実に殺せていたはずだ。だが弾をはじくという離れ業。つまり弾幕の中を移動出来るということだ。
 例えばなんらかの理由で距離が詰まる。そうすれば刀の間合いだ。キムは躊躇なく斬り付けるであろう。リンショウはそういう事態を危惧していた。
 一方、物陰に潜むキム。刀は刃こぼれし、ボロボロ。刃物としての機能を失っていた。両腕は麻酔がかかったかの様に痺れ、握力もさほど残っていない。
 それに依然として距離がある。弾をはじきながら突っ切るには腕の筋力不足だ。
「銃は好きじゃないんだけどなぁ……」
 キムは懐から拳銃を取り出す。しかし火力がまるで違うし、隠れながらの撃ち合いも性に合わない。
「どうすっかなー。もっとズバッと……」
 その時、キムにある策が浮かぶ。しかし、それは策とは言えないお粗末な代物だった。
266問題屋シンの本領発揮(11):2008/10/12(日) 04:07:06 ID:VJ2qiHw5
 予備の弾倉を投げ上げる。極度の集中をしていたリンショウは反応してそれを撃ってしまう。
 派手な爆発。リンショウはほんの一瞬、目を奪われた。気付いた時、引き金を引いた時、すでにもう遅い。
 キムの突進。すでに距離はあまりない。慌てて撃たれた弾もすぐに地へと叩き落とされる。
「くっ」
 ついにほぼ零距離。銃口は刃こぼれした刀によって組み伏せられ、キムを狙うことはもう叶わない。
 キムの片手が刀の柄を離れた時、リンショウは直感した。ただちに機関銃を放し、キムよりも早く懐へ手を伸ばす。どうやら刀の達人であっても銃に関しては凡人らしい。
「あーまいわぁ!」
 ――発射ッ。が、刀で弾ははじかれる。だがキムは衝撃に耐えきれず刀を落としてしまった。二人は互いに銃を突き付け合う。そんな膠着状態が出来上がった。
「チィ、だが五分だ。最悪、相打ち……」
「最悪、相打ち? “最高”の間違いだろう」
「何を言っている。これはタイマンだぞ」
「だからそんな高尚なもんじゃねぇ。これはただの“私刑”だよ」
 キムの瞳に映る死神。リンショウが振り返った時にはもうすでに手遅れ。そこには刀を振りかぶった鬼神がいた。
 声を上げる時も、死を恐怖する時も与えられない。ただ刹那に命を刈り取られるのだ。
 小気味良い音が首をはねる。刃は頭と体をきっちり分けた。頭は宙を舞いゆっくりと落下し、体はそのままゆったりと横に倒れ、鮮血の飛沫をあげる。
「総長。美味しいとことんのはずるいっすよ」
「ふん、貴様がふがいないからだ」
「今日は普通の刀だったからです。それにしても何者すかねっと」
 ゴソゴソと懐を探る。なかなかの巨乳はまだ温かった。
「手帳……。こいつエージェントですぜ」
「エージェント! 穏やかじゃあないな。とりあえず俺はキリシマの奴に連絡をする。お前は兵隊の準備をしておけ」
 桜崎総長は事務所へと戻って行く。キムは死体を一瞥し、その後を追った。
267問題屋シンの本領発揮(12) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/12(日) 04:08:39 ID:VJ2qiHw5

「おーい、シン起きろぉー」
 ゆさゆさと揺らすルビン。シンの睡眠は中断され、寝台から身体を起こす。
「何だよ」
 寝起き特有の不機嫌。もっともまだほんの少ししか寝ていない。
「ん、外が騒がしいな。なんかあったのか?」
「あー、情報通な方々に懸賞金の件を流したらドンパチ始まった。匿ってた奴が寝返ったんだろ」
「そのドンパチやってるのを聞き付けてさらに集まったってとこか」
 対象は反帝国派。それを証明出来れば生死は問わず、一人につき懸賞金一億ダガー。祭りにもなるというものだ。
「じゃあ俺は国境防衛のエリア513に行ってくる。放送機関使ってさらに宣伝する」
「そんな必要か?」
「まぁ、中立地帯の混沌街に逃げ込まれたらキツいだろ? 念のためだよ」
 ルビンはそう言って事務所を後にした。久々の祭りでテンションが上がっているようだ。
 夢の続きだと布団に潜り込もうとするシンを電話が引き止める。
「はいもしもし」
 しぶしぶ受話器をとる。声は例のごとく不機嫌だ。
「俺だ。桜崎だ。ウチのシマにエージェントが現れた。銃乱射しまくって何人か食われた。どうなってやがる」
「エージェントが? そんな派手なことを?」
「あぁ、そこが疑問だ。殺したあと懐探ったら手帳が出て来た。間違えない」
 殺してしまったのは間抜けだが、このタイミングでエージェントの介入は意味深長だ。他にもエージェントがいる可能性もある。
 だがどこから来たのだろう。ゴイチニターミナルにはヒヒを配置した。それ以前に線路は破壊されている。それにゴイチニに外から侵入しようとすると花火が上がりそれを街に伝える。
「他のエージェントがこの街にいると仮定して懸賞金をかける。一人につき二億、頼まれてくれるか?」
「ウチの人間を使うんだ。いなかったじゃすまされないぜ」
「……いなかったら一億出す」
「賢いじゃないか。『問題屋』」
 そこで電話が切れる。むざむざ一億出すのは癪だが、エージェントの存在は脅威だ。手は打っておきたい。それに神桜会ならば仕事はしてくれる。
「ミハエルの方にもっと」
 ……繋がらない。取り込み中だろうか。シンは嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「畜生、寝かせろってんだ」
 シンは硝煙と血と闇の街へと飛び出して行った。
268 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/12(日) 04:12:50 ID:VJ2qiHw5
投下終わり
269名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/12(日) 22:06:37 ID:Jd11BEx3
>>268
投下乙であります!
弾丸を刀でさばく実力があれば、銃対剣でも戦えますね。
ただ、それを使って剣が銃を圧倒するのではなく、互角っぽい
表現になっていたところが自分的には好みな感じでした。
ヒヒのビジュアルイメージを見てみたいです。
パクスの地に雲上艇を派遣するのは、これが初めての試みだった。
帝国領土の西南と言う辺境の地であり、雲上艇を必要とする状況もなく、空賊たちが目をつけるような旨味もない土地柄のためである。
無論中継基地などあるはずもなく、帝国空挺師団に配備されている型でさえ、帰り道に燃料切れを起こして不時着を余儀なくされるのが関の山で、
それゆえ誰もパクスに雲上艇で行こうなどと考えもしなかった。

                                     K・ドーラ「歴史を変えた戦術」より


6.うなる山脈


 巨人の集落の奥深くには、緑の魔海とその北の砂漠を隔てる切り立った山脈の尾が伸びてきている。
 形状から、巨人たちが地龍のしっぽと呼び習わしているその山脈の尾の先端付近に、彼らにも見覚えのない石碑が、土と植物と時間の流れに埋もれていた。
「何見てんだあ、ヨナルデえ」
 その石碑をしげしげと見ていた外套姿の巨人に、年配の巨人が声をかける。
「おお、この石版なんだが、なんだこれ」
 人間族にとっては一抱えほどの小さな石碑だが、人間族のおよそ倍の体格を誇る巨人にとっては、ほとんど小脇に抱えるレベルである。
 コケとシダの隙間から見える表面に、何か文字が刻まれているようだ。
「なんか刻んであるみたいだがよ」
「おう、それかあ。いやあ、知らねえ。てえか、なんか刻んであったのかあ。初めて知ったわ」
「そうか」
 種族的特徴である大雑把さと、巨人の目には捉えづらい文字の小ささから、文字の存在すら気づいていない者も多い。
 年配の巨人は、石碑にぐっと顔を近づけて、目を大きく見開いた。
「ああー……読めねえなあ、こりゃあ」
「文字の勉強ぐれえ、しておけよ」
「そうじゃねえよう。おれたちの文字じゃあねえってことだよお」
 目を細めながら、体を離して見直す巨人を、ヨナルデと呼ばれた巨人はじっと見ている。
「じゃあ、なんなんだよこれ」
「知るかよお。ケイルにでも聞きゃあ、わかるんじゃあねえかあ」
「ケイル王は、いまどこに?」
 ケイルは確かに巨人の王だが、ケイルを王と呼ぶのはヨナルデだけである。ケイル自身がこう呼べと言うことはないため、どちらでもいいのだが
 皆がケイルを親しく呼び捨てにしている中で、ヨナルデの口調には拭い難い違和感があった。
「人間族んとこに、戦争しに行ってるぞお。しばらく戻ってこねえんじゃあないかあ」
「そうか。王は、遠征先か」
 ヨナルデは、石碑の前にどっかりと腰を下ろした。割と力を込めて、まとわりついたコケやシダを払い落している。
 あれでは、力の入れ方を間違えて石碑を割りかねないのだが、彼はそんなことを気にしていないらしい。
「ようヨナルデよお、おれはてっきり、お前もケイルについていったんだと思ったぞお。黒翼族のハナシに乗り気だったの、お前だろお?」
「ああ、まあな」
「なんだあ、さては置いて行かれたなあ」
「ん、まあ、そんなとこだ」
「だーめだなあー。腕っ節鍛えておかねえからそうなるんだよお」
 日頃から巨人同士の力比べや腕試しに全く乗ってこないヨナルデを、ここで叩き直してやろうと年配の巨人が腕組みをした時、ふと変な音が耳についた。
 腹に響くような、何かがうなるような音である。
 どこから、ということもない。空気が鳴る音を、肌で直接聞いているような感触だった。
 と、突然音が止んだ。視界の端に、うすぼんやりとした光が入ってくる。
「んあ、ヨナルデおめえ何してんだよ」
「いや、よくわかんねえ。適当にいじってたら、勝手にこうなった」
 座ったまま振り返るヨナルデの肩越しに、緑色の光を纏う石碑があった。
 音の発生源は、これなのだろうか。
「気味悪いなあ」
「そうだな。ケイル王に報告した方がいいか」
「お前がやっとけよお。お前がいじったから、こうなったんだからなあ」
 適当に押しつけながらも、年配の巨人は自分でケイルに話しに行くことを決めていた。
 もの覚えはあまり良くない王だが、彼ならこの石碑について何か知っているかもしれない。
 澄みわたる緑の朧光が、何かとてつもなく禍々しいものに見えて、巨人は思わず身震いした。
 しかも石碑に呼ばれるように、緑の魔海のさらに深い所から、何かのうめき声が聞こえてくるような気がしているのである。
 口を開けて喉から声を垂れ流すような、アー、アー、という音が。


 六番基地は、すでに巨人の包囲を受けていた。
 数は八人に増えている。各々が革をつなぎ合わせた外套と、握り手を削って持ちやすくした丸太を携え、リラックスした姿勢で立っている。
 基地に攻撃をかけている巨人は、一人だった。
 基地からの矢の威嚇を受けて、前に出る機を図っているらしい。
「おおういアーバ、小人の応援が来たぞお」
「ああん?」
 巨人の目が一斉に第一小隊を見た。
 肝が縮みあがりそうなほどの圧迫感にもかかわらず、巨人たちには緊迫感がない。
「おお、そうかそうかあ。あれも俺がやるのかあ?」
「そりゃあそうだろうよお」
 基地から射かけられる矢を、見もせずに皮外套で払いながら、アーバと呼ばれた巨人はこちらをしげしげと眺めている。
「おうおう、いい面してるのがそろってるなあ。どっちから先にやろうかあ。ケイル、どうだあ?」
「基地い攻め続けて、ケツ突っつかれちまえ」
「そりゃあないだろお」
 頭一つ大きい巨人が答え、一斉にどっと笑う。その轟音が鼓膜を打ち、思わず両手で耳を押さえそうになった。
 体格が二倍になっただけで、こうも違うものか。
「うーい、そんじゃあどうするかあねえ」
「全員に弓を用意させろ」
 基地からの矢をものともせずに、第一小隊の方を向く巨人を睨みながら、サーベラスは小声で伝令を出す。
 巨人と戦う時の定石は、距離が離れているうちに矢を射かけて、少しでも体力を削っておくことである。
 だが、巨人の革外套は分厚い。遠くからの矢は、あれに当たると巨人の筋肉を貫く力を失ってしまう。
「俺が合図を出すまで射させるなよ」
 普段の戦では、抜剣して斬りかかるくらいの距離まで引き付ける。そうでなければ、巨人に打撃を与えることはできないだろう。
「いくぞおー」
 死地のそれとは程遠い掛声で迫ってくる巨人を、じっと待つ。弓に矢をつがえ、満身の力を込めて引き絞った。
 あと三歩。二歩、いやまだ遠い。もう少し。あと少し。
「放てェッ!」
 サーベラスの号令の下に、一斉に矢が巨人に向かって殺到する。
「おおっ」
 急いで体を革外套で覆う巨人だが、その上から矢が次々と突き立っていく。
「全隊抜剣! 突っ込め!」
 サーベラスは、自ら先頭を切って駆け出した。
 革外套を矢でハリネズミのように縫い止められ、血を滴らせながらも巨人は棍棒を握る腕に力を込めた。
「いってえなああ!」
「たりめーだ木偶の坊がァッ!」
 力任せに振るわれる丸太を、すんでのところで踏み止まって空を切らせる。
 迂闊に触れれば骨を砕かれる。
 振り抜いた武器が引き戻し切られないうちに、サーベラスは巨人に襲いかかった。
 膝の皿の下あたりを、真一文字に薙ぎ払う。
 棍棒が横薙ぎに戻ってくるのが見え、サーベラスは地面に倒れ込んでかわす。
 重い湿った音がした。何人か吹っ飛ばされたらしい。
 巨人へ二撃目を放つ頃には、後に続いてきた兵が次々と巨人に斬りかかり、そのまま走り抜けていく。
 後方に残った分隊が、味方への誤射も厭わず果敢に矢を放ち始めていた。
 サーベラスだけは、踏みとどまる。
 ともすれば駆け抜ける兵に棍棒を合わせようとする巨人に剣を突き立て、妨害し、注意を引き付けるのである。
 隊長だからやるのではない。サーベラスが一番強いからやるのである。
 棍棒を受けなければ再起不能まではならない。平手や蹴たぐりを食らう兵には、我慢してもらう。
 次第に巨人の攻撃のキレが鈍ってきた。一振りごとに、打ち水のように血が飛び散る。
「そろそろ、倒れやがれッ!」
 一瞬の隙をついて、最初に斬った膝を蹴り砕いた。
「うおおおおあああああああ」
 何とも言えない太い雄たけびを発し、巨人がついに背を向ける。
「痛えええ、痛ってええええええ、こりゃあかなわねええ」
「だっはっはっは、油断したかあアーバあ」
 傍観していた巨人たちが大笑いしている。
「第一小隊、逃がすな! 追って討ち取るぞ!」
 追いすがる兵を丸太が薙ぎ払う。
「そんじゃあ、次は俺かなあ」
 駆け足で追いながら隊列を整えさせるサーベラスの目の前に、別の巨人が進み出た。
 今度は、一人ではない。
「いいや、次はおいらだあ」
「いやいやオイが行くぞお」
「ああ、ずりいぞ」
 三人。
「やられたなあアーバよう」
「ケイルう、あいつら強えぞお。特にあの分厚い奴だあ」
 手負いの巨人は、巨人の輪の中に戻ってしまった。腰を落ち着けて、腕と肩に縫い止められた革外套から矢を抜き始めている。
「で、誰が最初に行くんだあ」
「これだけいるんだし、三人で分ければいいんじゃないかあ」
 基地の駐留部隊は、外へ出るわけにはいかない。巨人を相手にするには一個小隊全部で当たる必要があり、そのために基地を空にすればもう防衛はできないのだ。
 彼らの戦力を生かすためには、基地と第一小隊で挟み撃ちにする必要があるが、基地までの長い距離の間には、巨人たちが山脈のように立ちはだかっている。
「おおう、小人お。お前たちはどうするう?」
「ッち、クソ、ふざけやがって……」
 隊を三つに割るのは愚策だが、一人で一個小隊分の戦闘力を持つ巨人である。まとまって戦えば包囲されるのは目に見えていた。
「なあ、二人にしねえかあ? 三人じゃあ、数が少なすぎらあ」
「おうおう、そうすっかあ。言いだしっぺが我慢すんだぞお」
「なんだよお、そりゃあねえぞお」
 言い争いを始めた巨人を睨みながら、サーベラスは威圧感に負けて飛び出そうとした兵を蹴り倒した。
 あそこで話がまとまれば、二人相手で済むかもしれない。
 飛び出したいのは、サーベラスとて同じである。
 筋肉が破裂しそうなほどの衝動を堪え切り、ついにジャンケンを始めていた巨人がこちらへ手を振るのを見た。
「おおい、いいぞお。二人決まったぞう」
「全隊、弓準備! 進めェ!」
 緊張感のないその顔目がけて、サーベラスは怒号を放った。
 一気に接近してから一斉射撃を仕掛け、すぐさま抜剣して斬りかかる。先刻までの一撃離脱戦術を、再び仕掛けるのである。
 足を止めるわけにはいかないのだ。
 分隊ごとにまとまって、駆け寄り、囲み、一斉に斬りかかって一斉に引く。
 攻めかかりを狙われた兵と引上げが遅かった兵、そして運悪く巨人の手の届く範囲を動かざるを得なかった兵が、一人二人と脱落していく。
 だが、圧倒的な個体戦力差を覆すには、これしかない。
 相手が二人に増えた分、兵の損耗も二倍になっていた。
 兵の三分の一が平原に転がったところで、巨人二人に手傷を負わせ、追い返した。
 そして、三人目と四人目がすぐさま進み出て来た。
 兵の半数が倒れたところで、五人目が飛び込んできた。
 そこまでだった。
 旗手に命じて、退却の合図を出させた。
「お?」
 積極性が失われた軍の動きを敏感に察した巨人が、残念そうな声を上げる。
「終わりかあ?」
「んまあ、こんだけぶっ倒れてちゃあなあ」
 場の空気を察し、巨人も攻め手を止めて小隊から間合いを取る。
「おおうい、仲間あちゃんと拾ってけよお」
 退却優先だった軍に、巨人が一人大きく呼びかける。
 背後に起こる大笑いを聞きながら、サーベラスは歯を噛みしめた。
 戦力が足りない。
 下町仕込みの喧嘩戦術でごまかすのは、これが限界だ。
 巨人は八人。戦場に引きずり出したのは六人で、しかも各個撃破を狙って全員を撃退することができなかった。
 その上、戦場に出ていない二人のうちに、一番強そうな巨人が残っているのだ。
 味方の救援もままならず、何が首席小隊長か。

 第一小隊が壊滅に近い敗走を喫してもなお、六番基地駐留の第十四番小隊は、籠城を解かなかった。
 巨人たちも、元々基地を落とすつもりで来たのである。籠城戦という概念のない彼らに、その姿勢は戦いもせず逃げもしない、優柔不断に映る。
「小人はよくわかんねえことするよなあ」
「あの面あ、やる気があるように見えなくもねえんだけどなあ。石の家に立て籠もっても、あんまり意味があるとは思えねえんだけどなあ」
 巨人の中には、手負いで転がっている者もいれば、動き足りなそうな顔をしている者もいる。
 一番退屈そうなのは、出番さえなかった二人だろう。
「よおうし、じゃあ俺がいくぞお」
 そのうち一人が、肩を回しながら宣言した。ケイルである。
 異議が出るはずがなかった。
「おおい小人たち、悪いことは言わねえから、外出て戦う気がないなら、その家から出て来てさっさと帰れえ」
「これからそっち行くのはヘカテのケイルだぞお。石の家ごとブッ飛ばされるぞお」
 巨人の野次が飛ぶが、守兵は弓を構えたまま動かない。
 人間族にとっては、拠点は文字通りの拠って立つべき有利な地形なのである。
 数人は物見塔から、他は基地のバルコニーや地上の防壁に並び、矢避けの隙間から弓をつがえている。
「いよおおおおし」
 割れた銅鑼を叩くような声で気合を入れ、革外套を腕に緩く巻いてケイルが進み出る。丸太は持っていない。
 石積みの防壁の上に、ちょうど頭が出るくらいの身長だろう。
 第一小隊を倣って、十分に引きつけてから放たれた矢が一斉に襲いかかるが、ケイルはそれを受け止めるのではなく、革で払いのけた。
 数本がかすめた。
 構わず前進する。第二射も同様に振り払い、守兵が第三射目を弓につがえるのと同時に、一気に駆け出した。
 突進の勢いもろとも、防壁に頭突きを食らわす。
 石壁が弾け飛んだ。
 数人が崩れた壁の下敷きになり、跳ね飛んだ石弾で兵舎内やバルコニーの兵も何人か倒された。
 続いて、ケイルは砕けた石壁に手をかけ、おもむろに石材を引き剥がして投げ始める。
 うち一塊が、駐留部隊の隊長を打ち砕いた。
 僅かな間、指揮系統に空隙が生じた。
 その瞬間を知ってか知らずか、おそらく野生の勘で機を見切ったのだろう。
「いいやっほおおおおおおおお!」
 巨人の王の猛進が始まった。
 第十四小隊は、己の責務を全うするためによく戦ったとするべきであろう。


 予備役兵を投入したおかげで、人手は十分であったが、資金が足りない。
 皇帝の肝煎りがなくなったパクスの、慢性的な状態である。
「金鉱でも出ないかね」
「もう少し現実的なものをお願いします」
 執務机で手を組んで一休みしているアルゴンに、ユーグがすげなく応じる。
「心配いりませんわ。間もなく本家の者が来るのでしょう? また言いつけて持って来させればよいのです」
「そういうわけにもいかなくてね」
「で、どうしてあなたがいるんですか。執務中なんですが」
 自信たっぷりのルーシアに、これまた冷淡な一言が飛ぶが、当の相手は気にする素振りも見せない。
「あら、私はアルゴン様のお手伝いをするためにここにいるのでしてよ」
「総督」
「うん、そうだ」
 非難がましい視線が刺さるが、今はそんなことを省みている余裕はない。
 アルゴンの見込んだ通り、ルーシアの状況判断はかなりの的確さであった。
 こうして数分の居眠りの時間を取れるのも、彼女のお陰である。
「財閥の使者が来るのは、いつだったかな」
「明後日到着の予定ですね」
「もうそこまで来ているのか」
 ユーグの差し出した紙片を受け取り、さっと目を通す。
「ほう、使者が変わっているのだね」
 今度の使者のファミリーネームは、アウルムである。財閥が本腰を入れてきたと見るべきなのだろうか。
「ルーシア君、ラックスという人を知っているかな」
 何の気なしに発した問いかけだったが、彼女の上機嫌で書類を繰る手を止めさせるに十分な発語だったらしい。
「どなたですって?」
「ラックス・アウルム。まだ若いが、帝都古美術品協会の名誉評議員……」
「よく存じておりますわ」
 ルーシアがアルゴンの言を遮るのは、珍しいことだった。
「どんな人なのかね」
「つまらない男です。私、応対は致しませんので、そのつもりで」
「そうなのかね。しかし、若いながらも名誉評議員……」
「アルゴン様、名誉評議員と言うのはどの程度の実力が必要かご存知ですか?」
「さあ、そういった組織には疎くてね」
 噛みつかんばかりのルーシアに面食らいながらも、とにかく応える。
「帝都では、名誉と付く称号は金で買えます。そうした領域は、本家のお家芸です。アルゴン様、ラックスに名誉とつかない肩書はありますか?」
 一通り、眺めてみる。名誉会長、名誉理事、名誉会員。
「いいや」
「つまりその程度の男だということです」
 一言の下に断じると、それ以上その話をしたくないとばかりにそっぽを向いてしまった。
 ルーシアにここまで毛嫌いされているとなると、どういう人間か気になってくるものである。
「それで総督、そのラックスさんの出迎えの予定なんですけど」
「必要ありません」
「ルーシアさんには聞いてません。財閥の使者なら、きちんと出迎えなくちゃ」
「私は出ませんからね」
「だから聞いてませんって。それでですね、向こうからの言い分だと、明日街道の途中まで来てエスコートしろって……」
「総督!」
 ルーシアが一声叫ぼうと息を吸い込んだ直後、ノックもなしに扉が開かれた。
 物見の兵士が、軍装もそのままに飛び込んでくる。
「おお、どうしたのかね」
「はっ、た、緊急事態です!」
「言いなさい」
 アルゴンの背筋が伸びた。
 それに反射するように、二人も姿勢を正す。
「六番基地が巨人の攻撃を受けて、陥落しました! 駐留していた第十四小隊は全滅、応援に駆け付けた第一小隊も撃退され退却中です!」
 皆、言葉を失った。
 今まで、基地は破られても人的損害はそれほどでもなかった。それが今、一個小隊がまるまる消滅した。
 そしてサーベラスまでもが敗れたというのである。
 噂に聞いた巨人の実力をまざまざと見せつけられるようだった。
 報告の兵士が荒い息をつく中、アルゴンがゆるりと視線を巡らせる。
「相手は」
「八人です。現在は六番基地の跡地で備蓄物資を奪い、その場に留まっています」
「わかった。三個小隊に出撃準備をさせてくれ。ユーグ君」
「……は、はい」
 アルゴンは落ち着いた様子で、執務机から立ち上がった。
「すまないが、先方には戦時ゆえ出迎えできない旨、謝っておいてくれ」
 すでに兵の息も落ち着いた重苦しい沈黙を、アルゴンの靴音が穿ち抜いていく。
「各基地に伝令。修繕部隊に作業を中止させ、防備に当たらせてくれ。出撃準備の三個小隊のうち一個小隊は軽装、すぐに出発し後退してくる第一小隊と合流だ。
続いて負傷者の護送と第十四小隊の残兵の保護に当たらせてくれ。あとの二個小隊は第五小隊と第九小隊。戦闘準備で待機」
「は……はい。あの、司令官は」
「私が出る。急げ」
「はっ!」
 兵が駆け足で去っていく。
 執務室の中を振り返ると、ユーグとルーシアが心配そうな顔でアルゴンを見ていた。
「私がいない間は、政務は二人に頼む。ユーグ君、ルーシア君の判断力は本物だ。君の経験で支えてあげてくれ」
「は、はい!」
「ルーシア君」
 呆然とした視線が引き寄せられるようにこちらを向いた。
 戦時の空気を知らない彼女でも、事の重大さを認識しているのだろう。
「あ、あの、アルゴン様」
「君の才能は得難いものだ。周りの者の助言をよく聞いて、慎重に立ち回るんだ。軽はずみな判断を慎めば、君は十分に政務官を務められる。
経験不足はユーグ君に補ってもらいなさい」
「アルゴン様!」
「何かな」
「……お、お帰りを、お待ちしています……」
「うん」
 ひとつ頷いて、背を向けた。
「さて」
 自室に着く頃には、アルゴンの頭の中には六番基地の地図が出来上がっており、巨人の人数も書き込まれている。
 連れていく兵は二個小隊。不足だが、すぐに動員できるのはこれくらいである。
 直接戦闘での敗戦という不名誉を一刻も早く返上し、戦力バランスは未だこちらが優位であることを証明せねばならない。
 異種族を抑えていたのは、直接戦闘に訴えれば人間族に敵はいないという物理的な要因からである。
 巨人族の勝利に長耳族が乗じれば、今度こそ緩衝地帯を維持できなくなる。
 そしてここで巨人を止められなければ、どの道同じことだ。
 ラウファーダを握る。
 太母キセニアは百戦無敗であり、父ヘリオンは巨人に対して一歩も退かなかったという。
「勝てるか」
 勝つ。


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やっべ巨人つええ
276名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 18:00:19 ID:bFFmH5oo
辺境史SUGEEEEEEEEEEE
これはあれか、パワーバランス的に巨人やばいだろ
277名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 19:35:12 ID:yAIGQHjf
全話感想。再開

>>175-177

ブラックです。相変わらずのブラックです。こう朝飲むと再び布団に入りたくなるような怖さがあります。
そこへ謎の少女の登場です。お人形みたいな印象がまた不気味です。
ジェイコブズラダー・ジェインはその少女に何を思うのか。

>>181-184

影踏み旅団キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
すいません。興奮のあまり一行使ってしまいました。
いかにも強そうなワイバーンを切り倒すカールさんかっこいいよカールさん。

>>187-191

イヤッホォォォォォォオオオ! デルタさんサイコー! ゴホン、思わず取り乱してしましました。
ドクター・ノースも元特務、中々闇が深いですな。そんなことまったく感じませんでしたが。
イータダメ人間ですな。能力はすごいのに・・・。都市の中枢ユニット『賢者の石』がこれから何をもたらすか。
局長は長命種でしたか。今まで渋い中年イメージだったのが、一気にショタジジィ化しました。
彼は何を目的として特務の局長をしているのでしょうか。
長命種は割といる種族なのか、それともレア種族に属するのか、設定上でも気になります。
お疲れ様でした。次の話も期待しています。最終話のため倍の六行で書かせていただきました。

>>195-200

特務イプシロンはキリングマシーンっぽいです。
アリサはなぜこんな男に引っかかったのか。
正直疑問です。

>>202-207

巨人は体力バカ。覚えました。黒翼族はとってもしたたかです。
ルーシア・・・。ま、まぁ萌えるからいいか・・・。アルゴンさんと、ユーグさんに合掌。
政治的な話に私の頭はパンクしそうです。そこがいいのですが。

>>208-213

クロさんは無口、というより単純に苦手か? なのに祭り好きとは・・・ギャップ萌え?。
ジョン・スミス、相変わらずいいところ取りですな。クロさん下に降りてすでに数十年が経っている。でも14歳。
クシーの過去も複雑で、特務はなかなか難しい者たちの集合体みたいですね。

>>222-224

懸賞金で仲間割れ狙いっすか。セコ・・・いやいや、効率的な方法ですね。
新しいやつらは特務関係か?名前から察すると下位エージェントでしょうか。
いきなり壊滅宣言とは過激です。てか下位でこの強さか!
278名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 19:38:24 ID:yAIGQHjf
>>229-236

ジョン・スミスの過去、それは悲劇の物語。・・・イブさんが物語に登場することはあるのでしょうか。
特務上位エージェントはやはり強いですね。ジョンさんが弱っていたとはいえ手傷を負うとは。
ジョンさん、今はゆっくり休んでください。

>>242-246

空賊よわッ! いや、警察が優秀なだけですな。
市警と帝警にも確執があるようで、これはどこの世界でもいっしょってことですな。
エリカさん・・・。あーあ、今はエリカさんに振られないことを祈ります。

>>252-256

本文に入る前の引用文、実は結構楽しみにしてます。本文とともに推理してると面白い。
魔法区分もずいぶん増えました。錬金術は今まで出てきていますが、呪紋学、儀式魔術とは一体どのようなものでしょうか。
神代魔法はジョン・スミスが使っているものか? 巨人の到来で戦局の行方が分からなくなってきました。

>>259-261

尋問風景もやはりブラックに満ちています。ぞくぞくしてきます。
スリーナ人のジェリコ登場。そういえばスリーナ人は初登場か?
空賊は基本馬鹿、確認? いや、きっとここにいるような空賊は弱い空賊なのでしょう。

>>265-267

ああ、貴重な巨乳が・・・。タイマンに見せかけた不意打ちとはズッコ・・・いやいや、作戦勝ちですな。
まあ、それに気付かないのがエージェントであっても下位っぽい特務の限界なのでしょう。(上位だったらどうしよう)
そして『問題』はますます混迷を深めます。シンさんが過労で倒れないか心配です。

>>270-275

せきひがぶきみなひかりをはなった! すばやさがさがった!・・・あれ? 別なものが混ざってるな。
とまれ。巨人つえぇぇぇえええ!(ごめん止まってない) サーベラス、君は頑張ったぞ。負けたけど。
そしてついにアルゴンさんが発つ。人間の劣勢はこれで覆るのか。ハラハラドキドキです。



以上で終わります。改めて、みんな面白いです。
ここまで読んで外見14歳やら14歳の少女が多いな、とか思ったのは内緒。
きっと14という数字には魔力がある。(長命種のせいと言ってはいけません)
後、特務大人気だと言うことも分かります。魅力的なキャラも多いですね。
279名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 20:43:57 ID:umG76ZJj
280名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 14:34:44 ID:jnao7G8I
感想の続きが待ち遠しいです期待してます
281 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/18(土) 20:57:35 ID:7Ehehw6e
投下します
282問題屋シンの本領発揮(13) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/18(土) 20:59:03 ID:7Ehehw6e

 ――同刻、ミハエル盗賊団本部付近。
「いやー、おじいちゃんあんたすげーな。団員百人ぶつけても無傷とはねー」
 男は軽い声で笑う。対して老人、ピーターはあまり愉快ではなかった。
「……やはり当て馬 わしの実力を測ったか」
 ピーターを無傷と言ったが実は何発か食らっていた。どこかで監視していたこの男が見誤ったのだろう。
「いや、俺は正々堂々とサシでやるぜ? おじいちゃんと同じく拳でな」
 拳を構え、フットワーク。男はふざけるように二三、拳を空に滑らせる。
「嘘じゃな。お前の本質は外道。口では何を言おうと腹の底は見えておる。策を弄しておるな?」
 男は黙り、目を伏せる。それが肯定の意であることもピーターは見透かしていた。
「……そうだな、俺は外道だ。盗賊なんてのは道を外した卑劣な悪党。それがこのスタン・ギャラーンの本質さ」
 今度は開き直るスタン。言葉をさらに繋げ、ピーターに語りかける。
「でもさ、おじいちゃん。さっきからあんた、相手に自分の能力をバラし過ぎだよ。それが傲慢って奴なんじゃない?」
「わしの“本質を見る目”は無敵。いかに相手が屈強でもな。第一わし自身が武の達人。まさに鬼に金棒じゃ」
「やっぱ、“見てる”んだ。俺の予想は的中。じゃあ死んでくれや」
 スタンは高らかに手を上げ、ぱちんと指を鳴らし、次の瞬間にはピーターが頭を破裂させていた。
「がっ」
 どさり。そのまま前のめりになり、地面に血の波紋が広がっていく。
「視界外からの長距離射撃は不可なんだね。ちょっと惜しいけど何でも見えちゃう奴は要らないかなぁ」
 スタンはピーターを見下ろしながら語りかける。もう二度と動き出すことのない死体に。
「……今夜は騒がしいな。あの『問題屋』の野郎、嬉しいじゃねぇか。混乱に乗じて血が見れる」
 仕事を終えたスタン・ギャラーンは、スナイパーに撤収の命令を出し戦場へと足を運んだ。
 ミハエル盗賊団第一隊隊長の参戦である。
283問題屋シンの本領発揮(14) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/18(土) 21:00:38 ID:7Ehehw6e

 シンの命を受け、ターミナルへと駆け付けたのは管理人ゲイラー。彼の本来の仕事はキリシマ系列の武器弾薬倉庫の管理。非常時ゆえに駆り出されたのだった。
「ちぇっ、お祭りに行けるかと思ったらお使いか」
 やっとターミナルが見えたというところで彼は銃声を耳にし、間もなく右足に衝撃を感じる。弾丸は太股あたりを貫通していた。
「ぐっ」
 転がるように物陰へと入る。方向からして正面。つまりターミナルからの狙撃。
 しかし、不幸中の幸いにもゲイラーの両足は義足。痛みもなく、関節をやられなければ活動にはそこまで支障を来さない。
「結構距離がある。中々やるな」
 試しにゲイラーは手榴弾を空中に放る。手榴弾はさほど遠くへいかぬうちに破裂。恐らく狙撃された。
 始めから奴は足を狙ったと結論づけた。頭や胸ではなく足を。相手を動けなくしてから殺す悪趣味野郎か。
 ゲイラーは考える。シンがここに自分をやった訳を。ゲイラーは考える。なぜターミナルにスナイパーがいるのかを。
 ターミナルにはさほど貴重なものはない。だとしたらあるはずのない車両。それを守っているのだ。
 ゲイラーはどういう経緯である汽車がゴイチニ入りしたか知らない。が、彼のスリーナの血が本能的に破壊を命じていた。
「つまり、あの汽車を破壊すればいいんだな」
 この判断はだいたい正解だった。過程は違えどシンも同じ結論に行き着くだろう。
 ゲイラーは発火術式を施した丸薬を飲み込み、奇跡を発現させる。これを服用した際、少しの間だけ炎を自在に操る魔術師と成れる。
「はぁっ!」
 ゲイラーは物陰から飛び出し、火炎を繰り出し爆裂させる。爆風で一瞬、身を隠して少し先にある遮蔽物へ逃げ込む。
 ゲイラーはこれを繰り返し、徐々にターミナルへと近付きつつあったが、義足のためあまり速く走れない。よって思ったより前に進まなかった。
「くそっ。……ってヒヒの野郎。何つっ立ってんだ」
 見るとターミナルの前でヒヒが棒立ちしている。
「いや……ヒヒは銃じゃやれねぇ。すでに何か対策がされてあの状況なのだ」
 するとゲイラーにある策が浮かぶ。思い付いた否や彼は照準を合わせ火炎による攻撃でヒヒを吹き飛ばしたのであった。
「こんな長距離攻撃は始めてだ」
 なんて呑気な台詞をゲイラーは口にしていたのだった。
284問題屋シンの本領発揮(15) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/18(土) 21:01:58 ID:7Ehehw6e

 ルビンが到着する少し前、国境防衛ラインは何者かに襲撃を受けていた。
「畜生! 当たらねぇ!」
「てめぇ、薬のやり過ぎか!? 手が震えてやがる」
「てめぇこそアルコールが切れてきたのか? しっかり狙いやがれ」
 屈強な五百十三国境防衛ラインの兵士たちはたった一人に翻弄されていた。こちらの銃撃は逸れ、敵の“指圧”に兵士は次々と倒れていった。
「ぐっ。速い。うわぁあああ」
「くそったれ!!」
 また一人倒され、側に居た兵士は錯乱気味に引き金を引く。しかし、弾は的はずれの方向に射出される。
「……魔法か?」
 質問は答えられることはなく、例の“指圧”により兵士はその場に昏倒した。
 その正体不明の影は敵に手の内を明かすことがどれだけ愚かなことか承知していた。
 今回の作戦で連れて来た“修理屋”はその愚行で恐らくは死んでいるだろう。人は才能だけでは生きられないものだ。
 そして最新鋭の汽車には“二枚”の守りが付いている。作戦終了後の脱出はほぼ安心と言える。
 影は現在の状況を推量し、確認する。後はこのまま指令室へ向かえばほぼ作戦終了だ。

「貴様かァァ。防衛ラインを攻撃してくれたのは」
 指令室には長官のバレルしかいない。影にとってはますます好都合な展開だった。
「まさか、内側からやられるとは思わなかったぞ。んん? どこのどいつだ?」
 長官は数多の修羅場をくぐって来た強か者ではあったが、今回は相手が悪かった。
「……嫌に自信があるな」
「質問に答えなければ、一本ずつ指を折ってやろう」
 長官は椅子から立ち上がろうとするが……立つことが出来ない。それどころかまるで身動きが取れない。異変を感じてからようやくきらりと光る何かを見つけた。
「糸?」
 長官の体にぎりぎり視認出来るほどの糸が見受けられた。
「任務終了の前にクイズでもやろう。不正解ごとに爪を剥いで指一本切断」
 嗜虐の表情に、長官は冷や汗が止まらない。ナイフを取り出しちらつかせる。
「私の“技”は何だ?」
 しばらく指令室には阿鼻叫喚の拷問が繰り広げられていた。
285 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/18(土) 21:02:43 ID:7Ehehw6e
オワタ
質問があったらどうぞ
286 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 21:57:40 ID:RaR9AFdJ
投下します
287犬ども(7) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 21:58:26 ID:RaR9AFdJ
(1/5)

夜明け前。イーストエンド、倉庫街、潮の香り――海が近い。海が見たくなった。
おれは海が好きだ。小さな頃から好きだったが、兵隊時代、砂漠に二年隔離されてからは余計に好きになった。
昨日一日鉛色だった空は、おれが本部に引きこもっている間に夜を越してガンブルーになっていた。
「夜の鳥が眠りに就いた直後で、朝の鳥が目を覚ます直前だ」
シドが出し抜けに言った。
「それで?」
「一瞬だけ、一羽の鳥も鳴かない静寂の時間が来る。夜明けのほんの一瞬、空がこんな色した時間に」
「今度は何の本の受け売りだ?」
「それが忘れちまったんだ」
おれはシドにかぶりを振って、短くなった煙草を放った。昨日よりも寒い朝だった。
スナーク川を前にしているせいもある。川風が冷たくて、嗜好よりも火が欲しいがために煙草を吸った。
煙草程度の火種ではまるで暖かくもないが、赤い火を見る事の心理的効果というのもあるかも知れない。

しかし心理的という言葉は、どうにも昨日のシドのつまらない精神分析学を連想させる。
彼は鬼火通りからの帰りにも、夢の内容から人物の心理的不安や欲求を読み解くという話をしていた。
おれの悪夢はどんな意味を持っているのだろう? 夢診断はくだらないが、少女の怨霊よりはましだ。

長いながい膠着状態。刑事と悪党との静かな決闘の時間、青い時間。
武器庫と事務所の周辺に敵の狙撃手が陣取っていて、先に狙撃地点を押さえられてしまっている。
予想外に展開が早いが、それは件の高利貸しというのが敵にとって
戦闘員を出して強硬に抵抗してでも逃がしたい大物という事だ。
火力も昨日のような粗製銃では収まらないだろう。おれたちの準備も、敵に劣らず豪勢だった。

殺し合うための、作戦という名の口実。
水上警察の虎の子の機走装甲艦が待機しているが、いきなり砲撃で事務所を吹っ飛ばす訳にもいかない。
まずは装甲車両で敵狙撃手を牽制し、壁を作って東西二手の突入班の移動路を確保する。
おれたち突入班が事務所を襲撃するのと平行して、装甲車とガーランドの遊撃隊が狙撃手を排除する。
事務所は水路に面していて、裏口に逃走用のボートが係留されているが
そこは水上警が押さえており、作戦開始と同時にボートを破壊する。
道路は東西とも突入班の装甲車が封鎖するので、連中が高利貸しを連れて逃げるなら強行突破しかない。
今回も必ず血を見る。公権力による殺戮とも言えるが、こちらも金と体を張るのだからやましいところはない。

「時間近いぞ」
おれたちは赤レンガの倉庫の並びに隠れている。
貨物自動車や大型の馬車が通る幅広の道路では、隠れる場所もあまりない。
目の前の、川沿いを走る道路に出てまっすぐ走れば事務所はすぐだが
その二百メルー足らずの間に、何人もの狙撃手が建物の上から狙っている。
道幅一杯塞ぐための装甲車三台と白燐弾の煙幕も使うが、それでも多少こわかった。
「投光器、準備いいか?」
おれたちと突入班の後ろで、三課のレイ巡査部長が合図のため、旧式のライムライトの投光器を調整している。
東側の突入班――命知らずの猛者、昨日も銃撃戦したばかりの刑事たち。ショットガンとボムガンで武装している。
あくび、無駄口、武者震い――懐中時計の針の音。おれたちは待った。
おれは川と、切れかけた『キュニコス』のパッケージの犬の絵とを交互に眺めた。
なんとまあ、このおれが緊張している。おれより後ろを走る人間がこうも多いと落ち着かない。
288犬ども(7) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 21:59:22 ID:RaR9AFdJ
(2/5)

時計の針が作戦決行の午前五時を刻むや否や、砲声が倉庫街に轟いた。
こちらはまだ投光していないから、何かのトラブルだ。はっきりとは分からないが、音は近いと思った。
「どこだ――」
レイが銃声に慌てて、投光器を点けてしまった。レイの周りだけ昼間のように明るくなる。
対岸に返信の光が灯った。此岸の部隊はもう動き出してしまうから、おれたちも動くしかない。
ボムガンを抱えたシドが道路に飛び出した。彼のボムガンには発煙弾が装填されている。
おれたちも追った。スナーク川の川面すれすれを飛ぶカモメを見た――シドの雑学はまったく当てにならない。
おれたちから一番近い狙撃地点だった建物の上から、岸壁の資材置き場を狙う銃撃の火線がちらと見えた。
シドが発煙弾を撃つ。一発では煙が薄かったが、続いて数発が撃ち込まれてやっと煙幕らしくなる。
おれたちの後ろから装甲車がやって来たが、本当は車を盾にして移動するはずのおれたちが
往来のど真ん中で撃ち合っているので躊躇して止まってしまった。

急いで装甲車に隠れようとした時、資材置き場から煙幕に包まれた道路へ何かが飛び出した。
そいつは小銃を持った人影で、青白い煙の中、銃撃をかいくぐっておれたちの先を行こうとしていた。
しかし煙幕はまだ足りていない。あのまま走れば煙が切れて、やつは撃たれる。
シドが人影に追いすがり、そのまま二人は煙の中に消えていった。おれは一人、装甲車を待たずに走った。
別の建物に隠れていたガーランドたちも投光し、屋上の狙撃手に向けて撃ち始めていた。
突入班でショットガンを持った連中も援護射撃に加わる。
どすん、という重たい砲声もあった。たぶん高利貸しのボートが砲撃されたのだろう。
おれが煙幕に入ると、シドがボムガンを捨てて女と格闘していた。
「そいつは何だ!」
「おれが知りたい」
小柄な女だった。女も銃を投げ出している。
二人がもみ合っているところに近づき、女の後頭部をショットガンの銃床で殴った。
女は気絶してその場に崩れ落ちた。シドが非難の声を上げる。
「乱暴するなよ」
「知るか。で、どうする?」
「おれが元のところに隠しておく。悪いが先を頼むよ」
シドが女を引きずっていったところに突入班と装甲車が現れ、最初の手はず通りに事務所へ向かった。
何人かはガーランドたちが倒したものの、屋上の狙撃手たちはまだ残っている。
身を低くし、装甲車の陰から発煙弾を撃ちつつ漸進する。
無理矢理車高を高くしたせいでバランスの悪い装甲車は、石畳の凹凸に合わせて巨体を揺らしている。
敵の無茶撃ちで、ひっきりなしに銃弾の跳ね返る音がする。
建物に沿って歩くと、銃弾で削られた壁の破片も降ってきた。
おれがふと横に目をやると、何故か青い制服の若い巡査が、先の女の銃を持って突入班に加わっていた。
煙と銃撃の中、大声を出すのは億劫なので、肘で突いてこちらに振り向かせた。
すると巡査は笑って、バッジと手帳をおれに差し出した。
歩きながら、暗い中目を凝らしてそいつを確かめると、どうやら本物らしいので黙って返した。

おそらく最後の発煙弾が放たれると、遅れていた西側の部隊を待たずにおれたちは事務所へ殺到した。
事務所はでかくて装飾の派手な三階建てで、相応に広い車寄せを装甲車でどうにか塞いだ。
高利貸しの車は装甲車が退けるか潰すかして、その間におれたちはショットガンで玄関を破った。
屋内から反撃、二階と三階の窓にも射手。
素早く外壁に張り付いて射角から逃れる。玄関からはなおも銃撃。再び膠着状態。
289犬ども(7) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 22:00:22 ID:RaR9AFdJ
(3/5)

ガーランドたちが周辺の狙撃手を片付けて、屋上から事務所を銃撃しだすと
おれたちもようやく動けるようになった。壁から離れて、玄関辺りの敵を撃った。
空賊の男が散弾を浴びて倒れた。その死体を踏み越えて、刑事どもが押し入る。
例の巡査も押し入る。階段そばのドアから現れた空賊を誰かのボムガンが吹き飛ばす。
階段の上にも敵。階段は狭く、バリケードまで張ってあるので突破は難しい。
爆弾があれば別だが、突入班のボムガンに炸裂弾は装填されていない。
おれたちは階段の手前で銃撃を受け、釘付けになった。
「ジャック」
おれは巡査を呼んだ。巡査の印象は生真面目そうだが、荒仕事には向かない華奢な体格をしていた。
「表に戻って投光器の係のやつをつかまえてくれ。
それでな、船にこの建物の屋根を撃つよう信号を送らせるんだ」
「了解です」
巡査が銃を置いて出ていくと、装甲艦の砲撃が始まるまでおれたちは階段の下で待つ羽目になった。
屋外の遊撃隊と、二階より上の敵とが撃ち合いを続けていたが
銃声は断続的で、どちらも決め手のないままだ。おれは待ちながら女の銃を調べた。
エディのM127ライフル、機関部に蝶の翅の意匠が刻まれた”フェアリー・クイーン”カービン・モデル。
レバー式の騎兵銃で、使い古されてはいるが手入れも悪くないようだし、元々が粗製銃よりずっといい。
一昔前は羽振りのいい空賊が、当時まだ最新型だったレバー式小銃を好んで持ち歩いたものだ。
おれが兵隊をやっていた時分。その頃、おれたちは砂漠で長耳族の弓矢と戦っていた。
こうして冷たい木板に伏せっていると、今更になってまともな戦争をやっているような気分だった。

ばかに長く感じたが、本当は巡査が出ていってから二分とかからなかっただろう、
装甲艦の砲弾が事務所の屋根を直撃した。建物全体が揺れたが爆発音はない。
水上警が気を回して、榴弾でなく実体弾を使ったようだ。おれたちは更に待った。
砲弾が数発命中すると、途端に上の階から足音、怒号、銃声が聞こえ始めた。
二階の階段から敵の離れる気配がしたので、すかさずおれと何人かでバリケードを壊しにかかる。
積み上げられた椅子や机を引っ張り出す――
おれは長物を置いて、シドに『ドラゴンのイチモツ』と呼ばれた一・八チサン口径の改造拳銃を抜く。
バリケードが崩されているのに気付いてか、引き返してきた敵をバリケードの家具越しに撃つ。
全てどかして二階に上がると、おれに撃たれて首をなくした死体が転がっていた。おれは『イチモツ』をしまった。
「隊長、楽器を忘れちゃいけねえな!」
突入班の刑事が一階からおれに騎兵銃を投げたのを受け取って、先に進む。
三階から、こけつまろびつして逃げて来た一団とはち合わせする。
小銃を構える。相手も銃を持ち上げる。おれが一瞬早く撃つ――引き金を引く、レバーを操作する、繰り返し。
弾が尽きるまで撃ち続けると、とうとう誰も動かなくなった。死体の山が踊り場に積み上がった。
「ジェイン、居るか!」
「ガーランド」
迷彩服姿の巡査部長が顔を出す。彼の両手にはふんじばられた男が二人、襟首をつかまれている。
「どっちだ?」
彼がにやにやしながら訊いてきたので、人相書き通りの容姿をしたでぶの方を指差した。
「もう一人は、おれたちが来る前からこの格好で閉じ込められてたみたいだな」
290犬ども(7) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 22:01:28 ID:RaR9AFdJ
(4/5)

空賊側の生き残りは高利貸しのでぶと、狙撃手二人だけだった。
警官にも重傷者が二人出た。すでに陽が昇って、辺りは明るかった。
シドが女を連れてきた。小柄で色黒、小娘だがなかなかの美人。
おれの騎兵銃を気にしているようだった。
「こちら、レイチェルだ。こいつはおれの相棒のジェイン」
「この女、空賊だな?」
殴られた事を覚えているのか、切れ長の目がおれを睨んだ。
「陸(おか)空賊と一緒にされちゃ困るな」
「そういう事だ、ジェイン。彼女はリビココに監禁された仲間を助けに来ただけなんだ」
シドが馴れなれしく女の肩を抱く。おれにはシドの考えが読めてきた。女を顎で指して
「これのおかげで危ない橋を渡ったお前自身が言うなら、おれは知らんよ」
女がそれとなくシドから離れようとするが、シドの手はがっちり女をつかまえている。
女はくたびれた表情をして
「ところで銃を返してくれない? それ、親父の形見なんだ」
おれは辺りを見回した。砕けたレンガにまみれた装甲車が現場から移動を始めている。
警官はみな死体の片付けや荷物運びで忙しそうにしている。海の方角から昇る朝日も眩しい。
あくびが出た。頬の切り傷から血が滴っていたので、指で拭った。
「返して」
返した。女はおれから引ったくるように騎兵銃を取った。
銃口や機関部をこれ見よがしに確かめると、床尾から弾倉を引き抜いた。
「弾は?」
「使った」
「それも返してね」

ちょうどパトロール・カーが資材置き場の近くに回ってきた。おれはシドに言った。
「この女も車に乗せるんだ」
「待てよ、彼女は悪党じゃない。仲間を助けに――」
シドの言葉を手で遮り
「それはもう聞いたし、お前が女に甘いのも毎度の事だが今回ばかりは止めてくれ。
この仕事でヘマしたら、おれたち二人ともブルーブラッドに首をくくられちまうんだぞ」
「そうだ、グスタフも返して! あたしの部下なのよ」
「頼むぜ、ジェイン」
わざとらしいシドのウインク。女も彼の真似をする。なんだかばからしくなってきた。
「勝手にしろ」
銃撃戦が終わって、ジャック以外の分署の巡査も現場にやって来たので
彼らの一人に言付けて、ガーランドが見つけたもう一人の男を呼んだ。
291犬ども(7) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 22:02:34 ID:RaR9AFdJ
(5/5)

「ところで、リビココの帳簿や証文ってのは押収されるのかな?」
女が言った。おれが返事をしなかったので、シドが思案顔で答えた。
「さあね。どこかに隠したか、もしかしたら焚き火になっちまってるかもな」
「もし見つかったら、あたしに貸してくれたりしないかな?」
三課の調べでは、リビココは空賊専門で貸付を行っていた。
昨日逮捕された、稼ぎに必死なばかりのぼんくら――借金まみれの貧乏空賊。
「雲上艇を差し押さえられてるんだな?」
女が頷いた。
「船は取られるし、けが人は居るし、部下のばか野郎はつかまるわでね。ジリ貧なのよ」
「どこに住んでるんだい?」
シドが尋ねる。女はとっくに諦めて、シドに擦り寄るままにさせている。
「場末の安宿。けが人の具合が悪くて動けなくて――医者を紹介してくれる?」
シドが女の言葉の一つひとつにしつこく頷いた。おれは言った。
「お願い尽くしで嬉しくなっちゃうな、え?」
「もちろんただとは言わない、相応の礼はするつもり」
おれがへらへら笑うばかりで答えないので、苛立った女はまくしたてた。

「あたしゃこれでも船長だよ。それに、あんたらが昨日つかまえた連中と同じで
陸空賊には借金以外で義理はない。色々教えてあげられるかも知れない」
「おれは留置所で同じ話が訊ける」
「留置所の連中と違うのは、あたしらが大手を振って外を歩けてる事。取り引きしましょう」
女はぐっと目を見開いておれに詰め寄った。
「取り引きを」
シドが女に被さる。
「おれは乗るよ、レイチェル」
「ありがとう、シド」
「いい加減にしろ。医者を都合してやるから、今夜ここに来るんだ」

女の部下とかいう男を巡査が連れてきたが、彼はおれが言付けた巡査ではなく、あのジャックだった。
「お前さん、どうしてあそこに居たんだ? 制服は後方待機だろう」
後ろ手に縛られ、くつわをかまされたままの男をシドと女に引き渡した。
「それが、迷子の届けの出ている猫を追っていたら、いつの間にか迷い込んでしまって」
「でっかい白いやつならあたし見たよ。そいつにつまづいてシドにつかまったんだ」
「くだらねえ。そのくそ度胸は刑事向きだけどな」
ジャクはおれたちに敬礼して立ち去った。おれとシドは顔を見合わせた。
「猫だと?」
「犬なら探した事がある」
「グスタフ、このばか」
女が猿ぐつわの男を引っぱたく。縛られたまま身動きできない男は叩かれた勢いで転んだ。
シドが誰かに送っていかせようとか言い出したので、おれは資材置き場を離れた。
292 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/18(土) 22:06:57 ID:RaR9AFdJ
投下終わりました。

過去のSS等から一部キャラクターを拝借しました。
ジャック巡査はSSとは同名の別人かも知れませんが……
293名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 23:56:54 ID:uNIFI6MP
投下乙です!
犬どもはいつも面白いな
294 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/21(火) 02:13:38 ID:J85wjQFo
少々事情があり、予定とは違う挿話を投下します。
295 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/21(火) 02:14:31 ID:J85wjQFo
 うららかな陽気の差し込む昼下がり。
 ブラウンの髪の少女が、なんとなく心配そうな表情で窓から外を眺めている。
 そこは帝都郊外にあるやや小さめの屋敷。小さめとは言っても部屋数二十を数える屋敷で
あり、一般的な庶民から見れば充分すぎるほどの豪邸だが。
 誰もが想像しうる深窓の令嬢さながらに、セリーヌは少々憂いた視線を屋敷の門へと向け
ていた。
「遅いなぁ」
 ぽつりと、ぼやく。
 いつもなら、もう待ち人は来ている時間だ。なにかあったのだろうか。
 そんな風にセリーヌは思いながら、自分の前にあるピアノの鍵盤に指を走らせる。
 カプセルから出されてもう数週間が経った。だが、超長時間動かしていなかった体は、意
のままに動いてはくれない。だから、時間があればこうしてピアノを弾いたり、ジョギング
をして体を慣らしているのだ。
 ここの主であるエドガー・ハミルトンはセリーヌに良くしてくれていた。欲しい物は大体
買い与えているし、自由を制限することもない。家庭教師を雇って、勉強やこの時代の常識
を学ばせてもいる。唯一の不自由と言えば、屋敷の敷地内から出してくれないことぐらいか。
それも、ただこの時代の常識を学べ切っていないのと、体にまだ不自由があるためだ。も
う少しして、大丈夫だと判断できたら使用人を伴うことを前提としてなら街に出ることも許
可されるだろう。
 しかしまだあまり複雑な文章を読めない彼女にとって、今は退屈な時間の方が多い。もと
より外で遊びまわるような活発な少女ではないが、その分本に親しんでいたために今の状況
は少々苦痛でもある。ただ、簡単な絵本や児童書の類は読めるようになってきたので、この
まま読み書きが上達すれば小説などを読める日も遠くはないだろう。
 さて、そんな彼女が一番の楽しみしているのが、一週間の最後ウィアドの曜日である。
 二週間に一度、この日にジョン・スミスが屋敷を訪れるのだ。
 別に特別なことをしにくるわけではない。セリーヌの体調と、そしてついでに以前に自分
がした冒険を面白おかしく語るだけ。
 だが、たかだかそんなことでもセリーヌにとっては新鮮だし、なによりも聞いていて楽し
い。
 そして、親代わりのハミルトンや距離を置いて接してくる使用人とは違い対等に扱ってく
れるジョン・スミスのことを、セリーヌは好ましく思っていたりもする。ただ、それは恋愛
感情などではなく、どうも年上の男性に対する憧憬の色の方が濃いようだが。
「まだかなぁ」
 再び、セリーヌはぼやく。
 ピアノを弾く指を止め、窓の外を見てもジョン・スミスが歩いてくる様子はない。馬車や
蒸気車両を嫌うジョン・スミスは、基本的には徒歩で訪れるのだ。
 だが、来ない。
 どうしたのかと、セリーヌが本格的に心配し始めたとき、部屋の扉がノックされた。
「セリーヌ、いいかな?」
「どうぞ」
 期待していたジョン・スミスの声ではなかったため、少し不機嫌になりながらセリーヌは
答える。
 ノックした人物……ハミルトンも彼女の気持ちを汲んだのか、やや苦笑気味に扉を開けて
一通の手紙を差し出した。
「これ、ジョン・スミスからだ。君には少々ショッキングだろうが……気を落とさないよう
に」
「はぁ……何が書いてあるの?」
「聞くよりも読んだほうが良いだろう。とりあえず、奴のことだから心配は要らないと言っ
ておこうかな」
296 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/21(火) 02:16:22 ID:J85wjQFo
 ハミルトンの言葉に疑問を覚えながらも、セリーヌは蜜蝋で封をされた手紙を開ける。
 その手紙に書かれていたのは簡潔な一文と、それに対する謝罪のみ。
 つまり、
『仕事で怪我をして、今回は行けなくなった。すまない』
 という文章が、便箋のど真ん中に一行書かれているだけ。
 ここは普通怒るところだろうが、しかしセリーヌは違った。
 恐らくこの簡単で簡潔な文章はセリーヌに配慮したものだろう。まだ、簡単な文しか読め
ない彼女でも、この程度の文章なら簡単に読める。
 ゆえに怪我、という単語が彼女の心に暗い影を落とす。
 辛い仕事の後でもそれを表に出すことなくこの屋敷に来ていたジョン・スミスが、来られ
ないほどの怪我とは一体どれほどの物か。最悪の想像さえ、セリーヌの頭にはよぎる。
「あ、あのっ!」
「落ち着きなさい。アイツのことなら平気だから」
「でも……」
「少なくとも、死んだりはしておらんよ。これは奴の筆跡だし、つまり字が書けるというこ
とも確かだ。手が動いて、生きとれば奴は簡単に復活する。単にちと治すには難しいところ
を怪我しただけだろう。ワシの方に来た手紙にはそう書いてあった」
「そう、なんだ」
 気が抜けたようにへたり込むセリーヌ。
 そんな彼女を見て、ハミルトンは頭を掻く。
 そして、溜め息混じりに口を開いた。
「憧れが恋に発展しないうちに言っておくぞ。あいつはやめとけ。絶対に実らんよ」
「え、あの、なにを」
「前にな、あのバカに惚れたやつが居てな。それでアイツは断ったんだが、そのときの言葉
がなぁ」
「どんなことを言ったの?」
 話題に食いついてきたセリーヌに、ハミルトンは苦笑する。
 そして、ハミルトンはポンとセリーヌの肩に手を置いた。
「曰く、『昔から、俺はたった一人を追い続けている』だそうだ。こういうときにアイツは
嘘をつかんからな、間違いはないだろう」
 ハミルトンの言葉に何かを言い返そうとして口を開き、しかし何も言えずにセリーヌは口
を閉じる。
 セリーヌもそこそこジョン・スミスと関わっている。だから、彼の持つ心の固さはわかっ
ているのだろう。
 何も言えずにいるセリーヌから一歩離れ、ハミルトンはゆっくりと部屋の外へと足を向け
る。
「じゃあ、ワシは書斎に戻る。用があったら、呼ぶか来てくれ」
「はい……」
297 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/21(火) 02:17:09 ID:J85wjQFo
 俯いてしまったセリーヌを残し、ハミルトンは部屋から出て行く。一人になりたいときぐ
らいあるだろうと思ったのだ。
 ばたんと音がして扉が閉まると、セリーヌはすごすごとベッドまで歩き倒れこむ。
 服がしわになってしまうが、そんなことを気にしている心の余裕は彼女にはない。
 身近に感じていたジョン・スミスが、実は相当遠くにいる人物だと気付かされたようでシ
ョックを受けているのだろう。
 ついでにごく淡いとはいえ恋心を潰されたのも、無関係ではあるまい。
 ベッドの上でゴロゴロしてから枕に顔を突っ伏し、セリーヌは溜め息をついた。
「はぁ、昔から追い続けている人かぁ。綺麗な、人なんだろうなぁ」
 横目で備え付けの姿見を見ながら、もう一度セリーヌは溜め息をつく。
 なんとなく情けない自分の姿。セリーヌはちょっと泣きたくなる衝動に駆られるが、しか
しそれはもっと情けないので頑張って堪える。
 そして、もう一度手紙を読む。
 簡潔な一行の内容。だが、裏に何か透けて見えた。
 手紙の裏に何かを書くことなど、普通はないだろう。なので少し気になって、セリーヌは
便箋を裏返してみる。
 と、そこには丁寧な文章で謝罪の言葉と、次にジョン・スミスがここに来るときに何かお
みやげを持ってくるという旨が書かれていた。なぜ手紙を最初に開けたときにこの文章が見
えなかったのかは疑問だが、そこは魔法使いのジョン・スミスである。なにか特別な魔法で
も使っていたのだろう。
 まぁ、そんなことは些細なこと。セリーヌにとって重要なことはそんなことではない。
 文の結びの近くに、ジョン・スミスへの連絡方法が書かれていたのだ。
 欲しいおみやげを聞くためだと記されているが、それでも嬉しいものは嬉しい。
 それまでの不機嫌な顔もなんのその。セリーヌは花が咲いたように可愛らしく笑っている。
 開かれた窓から風が入る。やや切れ味鋭い寒さの風は、もう秋も深まってきたことを報せ
ている。
 童女のように無邪気に喜んでいるセリーヌは風に気付かず、彼女を見守る姿見は物を言わ
ず。
 平穏な日々を、乱す者はなし。
298 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/21(火) 02:18:06 ID:J85wjQFo
投下終了です。
たまには殺伐とした世界ではなく、平穏な日常を。
299名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/21(火) 19:45:14 ID:1iCDAzDP

穏やかな日常っていいものですよねぇ
●クレメンティア防壁
旧パクス皇帝属州市街に今なお残る石積みの大規模な城壁。
中央の大きな崩落部分は、皇帝属州戦役の折に巨人族によって破壊された部分であり、それ以外にも異種族による攻撃の痕跡が残っている。
この城壁は元々、皇帝属州を異種族から守る目的で建築されたもので、その起工者がノルブス家始祖キセニアであることは、運命の皮肉と言う他ない。

                                            A・ヘンリクセン「世界の巨大建築」より


7・ディフェンスライン


 巨人族の参戦と、人間族の軍団の敗走の報は、すぐにギルデンスターンの元にも届いていた。
 これで勝った、とばかりに浮ついた調子で知らせを持ってきた若者とは対照的に、ギルデンスターンの表情は晴れない。
「すぐに戦闘部隊を組織しましょう! この機に乗じれば、我らの旧領土を取り返すことは簡単です!」
 ギルデンスターンは、返事をしなかった。
 協定が結ばれ、平和が保たれていたころは、あれだけ恨み罵った人間族だが、いざ落ち目となると、若者たちのようには喜べなかった。
 追い詰められ、衰えていく者たちへの同情と憐憫もあっただろう。だがそれだけではない。
 ギルデンスターンは、まだ自分が幼子だった頃を思い出す。
 緑の魔海の種族の総力を結集して、侵略者である人間族に立ち向かった、かつての戦役である。
 いや、実質戦う意思を持っていたのは、ひとつの種族だけだった。
 彼らはその圧倒的なまでの力で、他の種族を従え、人間族への戦端を切ったのである。
 あの時、長耳族は何を話し合っていたのだったか。人間族の態度の強さへの反発だったなら、その反抗心が受け継がれていたなら
 今ここで迷うこともなかっただろう。
 ギルデンスターンの耳には、大人たちが彼らの「主筋」を恐れる声しか聞こえてこなかったではないか。
 結局は引きずられるように戦いに赴き、そして土地を追われ、流れる身となった。
 あの時は自らの意思で戦ったわけではなかったがために、流浪の憂き目を見た。百年を経た今、再び意志を決する時が来たのではないか。
 だが、ここに至っても、ギルデンスターンは迷っていた。
 あの時に齢六十を過ぎていてなお、鎧兜に身を固め、蒼銀に輝く槍を取って悠々と魔海を闊歩する、人間族の女。
 人間族の最初の長、キセニア。侵略者の頭目であり、抵抗する者に一切の容赦のなかった戦乙女は、
 平原で遊んでいたところを人間族の軍に捕まってしまい、脅えきっていた幼い日のギルデンスターンを、にこにこしながら集落まで送ってくれたのだ。
 完全武装であったが、たったひとりで。
 何を話したかは、覚えていない。
 覚えているのは、しばらく後に行軍中の彼女と出会った時、年季の入った少女の声で涼やかに挨拶されたことだけである。
 健勝か、ちびすけ、と。
 あの溌剌とした微笑が、どんな武器より鮮烈に、老人の心を突き刺しているのだ。
「長老、ご決断を!」
 士気を高ぶらせる若者連中に返事を与えるため、ギルデンスターンは口を開く。
 それは随分と億劫な作業だった。


 間近に強敵が迫った時、その民がどのような態度に出るかは土地によって違う。
 敵を撃退すべく一致団結する者、敵と通じて政体を打倒しようとする者、ただ他者を詰るしか知らない者、多種多様である。
 パクスは、幸運であった。
 特色のない土地柄と少ない人口、発展とは縁遠い産業、常に敵に晒されている立地。
 その土地の性質上、商工業から農業に至るまで、老若男女問わず民の一人一人が、出撃するしないに関わらず兵役訓練を義務付けられている。
 それは、ただ単に住民皆兵制度の下地効果だけではない。自分たちの生活を自分たちで守るという、誇りを持たせることにつながっていた。
 そして訓練により誰しもが、自分が何を為すべきか判断できる。
 小王国と例えてもあながち的外れでない、個々の使命感によって有機的に連結された人間族集団、それがパクス皇帝属州である。
 その頂点たる総督が出陣するにあたって、地盤の不安は一切ない。
 パクスでの戦場は森か拠点周辺であるため、皇帝属州に騎馬は存在せず、隊伍を組んで行進する兵の先頭にいるアルゴンも徒歩である。
 耐刃戦衣に、緋のマントを纏っている。赤色は目立つ。すなわち、これが翻る場所に皇帝属州最強の勇者がいると、敵味方に知らしめる意味も持つ。
 その手には、未だ鞘に包まれているが、雷光の槍が携えられている。
 公邸で執務に追われているはずの、髭の似合っていない総督の軍装を見て、属州民たちは今、自分たちの土地に何が起ころうとしているのか悟った。
 その日から、工廠の明かりが夜遅くまで灯り続けることになる。


 斥候の情報によると、巨人は六番基地を破壊した後、備蓄物資を大騒ぎしながら飲み食いしているらしい。
 戦勝の宴のつもりなのだろうか。少なくとも、巨人が皇帝属州攻略にあまり熱心でないことがわかっただけでも、十分な収穫だ。
 もし小休止だけですぐに進撃してきていたなら、圧倒的戦力不足のまま緩衝地帯で会戦に及ぶ羽目に陥っていた。
 人間族の会戦の強さは定評があるが、覆せる個体差にも限度がある。
 防衛線の南端である七番基地は、隣接する六番基地の陥落と、巨人の存在により、ほぼ孤立していた。
 ここでなんとか防衛線をつなぎ直しておく必要がある。
 巨人は、三人が四番基地へ向けて先行したという。
「四番基地へ。戦時行軍」
 基地到着前の捕捉は難しい。不本意だが、基地近辺で迎え撃つことになる。
 基地からの援護射撃は、巨人をかなり近づけないと効果を発揮しないため、期待するわけにはいかない。
 四番基地に到着した時には、まだ巨人は来ていなかった。
 守備隊に基地からの出撃を禁じ、交戦に備え陣を組む。
 なるべく基地から離れたところで戦うべく行軍を開始した時、平原の向こうに人影が見えた。
「総督、巨人です」
「そのようだね」
 影は三つ。先行した巨人だろう。
「分隊ごとに整列。敵一人につき、かならず三分隊で攻撃を仕掛けること。第五小隊、前進」
「おおおう、早えなあ。先い来てよかったなあ」
 こちらの姿を認めた巨人が、ゆったりした歓声を上げる。
 アルゴンに目を止めた。
「んあ」
 追いついてきた巨人も、同様だった。
「おい、ありゃあ」
「みてえだなあ。生きてたんだなあ。ケイルにゃあ悪いが、これはやるだろお」
「やらいでかよお」
「巨人たちよ! 私たちと君たちとの間には、争いを起こさない約定があったはずだ! それを破り、基地を潰し兵を傷つけたのは、どういう理由からか!」
 アルゴンの呼びかけに、どういうわけか巨人たちは面食らったらしい。
「……どういうってあ?」
「いや、知らねえ。つかケイルがやるってえから来たんだが」
「してたなあ、そういう約束。おれ反対した覚えがあるわ」
「うーん……」
 何やら額を寄せ合って唸り始めてしまった。
 戦闘態勢は解かず、相談がまとまるまで軍団をじっと待機させておく。
「おおうい、小人の長よお」
「お前がケイルと引き分けたぐらい強えなら、もういっぺん見せてくれえ」
「せめて、ここは退いてくれないか。後ほど君たちの王と、会談の場を持ちたい」
「ケイルはもうすぐ来るから気にすんなあ。戦わない約束したのも、別の奴とだあ」
「いいくぞおおおおお」
 やる気十分、聞く耳はない。
 三人ばらばらに、丸太を振りながら駆けだしてきた。
「全隊、訓練の通りにやれ! 恐れるな!」
 号令一下、アルゴン配下の二個小隊も分隊ごとに前進を開始する。
 巨人一人につき、分隊三つで同時攻撃を仕掛ける。
 敵の攻撃を受けることができないため、前進と後退の駆け引きは、各分隊長に任せなければならない。
 あらかじめ、兵の損害を抑えることを第一に、防御的に立ち回れと指令してある。
 各分隊長は、それをよく守っている。
 剣の間合いに接近すれば、誰か棍棒に引っかけられるであろうと見越して、ぎりぎりの間合いから素早く弓を射て離れる戦術で徹底している。
 矢が持つ内に、決定打を打ち込む隙を見つける必要がある。
「うだっしゃらあああああ!」
 正面から来る分隊の動きが精彩を欠いたと見て取ったか、巨人の一人が背面を突こうとしていた隊に振り返る。
 足への集中射撃を狙っていた背面の隊は、深く進み出ていた。巨人の間合いから抜けるまでに、損害が出るだろう。
 巨人は、完璧に隊に狙いをつけていた。
 丸太を振り上げた、その一瞬を、アルゴンは待っていた。
 よく注視していれば気づいただろう。この機をとらえるために、アルゴンの分隊は、不自然でない程度に消極的に立ち回っていた。
 アルゴンは槍を握った利き腕を目一杯引き、全力での片手突きを放つ。
 もちろん、弓より遠い間合いで、歩兵槍が届くはずはない。
 だが、アルゴンが携えていたのは雷光の槍ラウファーダである。
 研ぎ澄まされた気迫の一閃が放たれた瞬間、アルゴンの腕が輝きを放ちながら伸びたように見えた。
 使い手の技量を受けたラウファーダが、その穂先から雷撃を突き出した。
 突如として中空に現れた光の腕に、辺りが皆動きを止めた。
 巨人が一人、光が消えた後に自分の鎖骨の下に残った穴を、不思議そうに眺めている。
「……あ?」
 二本目の光が、鳩尾に入った。
 伸びてきた先を目で追い、いつでも三撃目を放てる姿勢を取っているアルゴンを、視界に捉えた。
「おめえ」
 バケツの水を撒いたように、槍傷二つから派手に血が飛び散った。
 巨人の体が前のめりになる。
「やるな」
 恨み事もこぼさず、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
 残った二人の巨人の視線が、紫白に輝く槍に向けられている。
「全隊抜剣!」
 あとは、余程のことがない限り、ラウファーダの雷撃で有効打を与えることはできないだろう。
 兵にとって、ここからが正念場である。

 四番基地の守備隊は、見張りから非戦闘員に至るまで、持ち場を放り出して矢避けの壁にかじりついていた。
 出撃禁止の命令を受けていても、目の前の戦闘の行方が気になるのは人情だろう。
 そして、壁から身を乗り出して覗き見たくなるほど、彼らの予想を大きく上回る出来事が、そこに起こっている。
 巨人の一人は立てなくなるまで剣を足に受け、地に伏した。
 雷撃に胴を貫かれた一人は、まだ息はあるものの時間の問題だろう。
 その雷を二筋を受けた最初の一人は、言うまでもない。
 防御的に立ち回った兵たちは、まだ大多数が戦闘を続けられる状態である。
 そして倒れた兵を収容し、総督指揮下に整列した二個小隊の前に、一休みの間もなく四人目が姿を現していた。
「ケイルう、やられちまったあ」
「みてえだなあ」
 苦しそうな息の下から声を絞り出す巨人に、ケイルは傍らにしゃがみこんで慰めるような視線を向ける。
「あいつら、当てられさえすりゃあ」
「当てられたらやられるんなら、当たんねえようにするのが喧嘩のやり方だあ。安心しろ、お前が弱いんじゃねえや。相手の方が上手かったってこったあ」
「ああ。まいったなあ」
「ヘカテによろしくなあ」
 返事を待たず、ケイルは立ち上がった。
「一昨日よお」
 弓の準備を終えている軍団に向かって立つ。
「俺たちが基地ぶっ飛ばした時に、そっちあ何人死んだ?」
 眼差しは、あくまで穏やかである。仲間を看取った、僅かに愁いを含んだ表情だった。
「数えたら教えてくれよう。数わかんねえと、ヘカテが迎えに行かねえからなあ」
「ヘカテ?」
「おう、そうだあ。死んでヘカテに連れてってもらえるのあ、巨人だけじゃあねえぞう。みいんな、おんなじだあ」
 と軍団を見下ろし、緋色のマントを纏った一人を目に留める。
「おおお、おめえは」
 巨人の王が、目を見張った。懐かしげに、無造作に数歩前に出る。
「その様子なら、元気だったみてえだなあ。いやあ、おめえが相手なら、ティアンがやられるのもしょうがねえなあ。それにしてもよく生き延びたなあ」
 視線は、明らかにアルゴンに向いていた。アルゴンがケイルと会ったことがあるのは、十年前に休戦協定を結びに行った一度だけである。
「あん時は俺が勝ったけど、今度はどうなるかあ」
「私は貴方と戦ったことはないが」
「おいおい、物忘れ激しいなあ。ほんのちょっと前じゃあねえかあ。森の荒れ地で、俺もおめえも今と同じ格好でよう。おめえのヒゲはなかったけどなあ。
いや、しかし俺の棍棒食らって生きてるってのは大したもんだぞ、へリオン」
 ちょっと前、森の荒れ地で戦った、アルゴンに似た髭のない男。
 一人しかいないその人間に思い当ったとき、アルゴンは巨人の時間感覚の雄大さを思い知った気分だった。
「ケイル王、それは私の父の名だ」
「んあ」
 言われて、こちらに顔を突き出してアルゴンの顔をまじまじと見つめる。
 今射込ませれば、そのうちの一矢ぐらいが目を潰せるかもしれない。が、アルゴンは手で制止の合図を送った。
「おお! 言われてみりゃあ、ちいっと女々しいなあ!」
 緊張の解け切らない兵たちの前で、ケイルは自然体そのものだった。
 彼らにとって、命のやりとりはただのスキンシップなのだ。
「よお、へリオンの息子よう。名前はなんてえんだ」
「アルゴン。アルゴン・クレメンティウス・ノルブス。見知り置かれたい、巨人の王よ」
「おうおう」
 嬉しそうに目を細めながら、ケイルは何度も頷く。肩に棍棒を乗せ、数度軽く叩いた。
「そんじゃあ、さっすがへリオンの息子だあってなるかどうか、試してやらあ。一対一の勝負だあ。
勝ち負け関係なしでいいぞお。お前が強けりゃあ、また喧嘩なしの約束しなおすからなあ」
「八人いるという話だったが、後の四人は?」
「怪我してっから、帰らせた。十分動いて、おめえらのキチでたっぷり食ったしなあ」
「そうか」
 巨人は、勇者を尊ぶ。
 敗れた父でも休戦協定を結べたのだから、生き残ることができれば、巨人の脅威はなくなると見ていいだろう。
 状況の好悪と自分の命を平然と秤に乗せられるかどうかが、上に立つ者の器量である。
 事態を察した兵たちは、アルゴンの発言をじっと待っている。
「わかった。時と場所は」
「時と場所とか面倒くせえ。今すぐに……」
 ケイルが言いかけた時、基地から悲鳴が上がった。
「て、敵襲ッ!」
 直後、立て続けに爆音が基地の石壁を砕いていく。

 援軍が巨人と戦っている間、守兵は巨人に気を取られているのは、仕方のないことである。
 緑の魔海最大の脅威が、すぐ傍まで迫っているのだ。
 そして続いて現れた状況は、自分たちの長と、最強の敵の一騎討ちである。
 命令どおりに持ち場を堅守できる者が、どれだけいるだろうか。
 黒翼族は、それを待っていた。
 巨人と逆方向への防御が完璧にがら空きになった四番基地へ、陰に紛れて忍び寄った黒翼族が爆薬を仕掛け、一斉に爆破した。
 その結果が、アルゴンの眼前で黒煙を上げている。
 完全に裏をかかれた。
「第九小隊、行け!」
 アルゴンの叫びに弾かれ、小隊がひとつ崩れ燃え上がる基地へ向かって駆けだしていく。
 後に続くこともできず、アルゴンはケイルを顧みた。彼の出方次第では、第五小隊は最強の巨人と戦わなければならない。
「行けよう。仲間が焼かれてんだろお」
「いいのか?」
「せっかくいい喧嘩ができると思ったのによお、これじゃあただの掃除だあ」
 不満顔で、ケイルは唸った。
「すまない」
「手伝ってはやれねえからなあ。俺じゃあ、よけい崩しちまいそうだし、黒翼族とは昔っから仲良くやってきてるんだあ」
「わかった。第五小隊!」
 腕を組んで立つケイルをそこに残し、アルゴンは第五小隊に命令を下した。
 基地と森の間を遮断するように進軍させる。救助と敵の駆逐は、すでに第九小隊が出向いている。
 これ以上基地に兵力を投入することに意味はない。それよりも、引き上げていくであろう敵を叩く。
 基地のバルコニーから突き落された黒翼族が、空中で翼を広げ軟着陸する。
 一人で突破しようとしてくることはなかった。同じように飛び降りてくる人数が集まるまで、味方の援護に徹するつもりらしい。
 その間に、第五小隊は半包囲の隊列を組み終えた。
「輪を狭めろ」
 包囲部隊に指令を出した時、基地の窓から兵が投げ出され、後に続くように黒翼族が飛び出してくる。
 一人、見るからに他の者と雰囲気が違った。
 ひときわ大きな翼が、滑空と言うより飛行に近い軌道で地に降り立つ。
 その姿を目にした黒翼族が、彼の周りに寄り集まり始めた。
 ここで基地の兵が打って出ればちょうど挟み撃ちの形になったが、半壊した守備隊と、その救助で動作の重くなった第九小隊に援護は期待できない。
「お前が、人間族の長か」
 大きな翼の一人が、傲然と声をかけて来た。
「黒翼族よ。百年の昔より、我々とお前たちの間で、敵対しなければならない何物もなかったはずだ」
「あるんだよ、こちらにはな。百年より昔に貴様たちが壁を作って以来、俺たちは緑の魔海に封じ込められてきた。
他ならぬお前たちの圧迫によって、我々黒翼族は、窮屈な思いを続けてきたんだ。俺たちは、もうお前たちに押し込められるのは御免でね」
 心当たりは、ありすぎるほどある。帝都の方針とは言え、緑の魔海の異種族を皇帝属州市街に近づけないようにしたのは間違いない。
「……相互不可侵は守った。使者の往来も、十分に果たされたはずだ」
「そうだな、そして、それだけだ。我々とお前たちの間の関係は、お前たちの街を囲む壁が何より雄弁ではないか。この百年間、お前たちは俺たちにとって
いつ攻め寄せてくるかもわからない敵のままだったんだぞ」
 それはこちらも同じだ、と言おうとした息をそのまま飲み込んだ。
 言えば、敵対関係が確立する。
 事実はどうあれ、長の発言は種族の総意である。そのため長が軽々しく脅威を感じているなどとの発言はできない。
 人間族は、黒翼族を戦場でしか知らない。融和などとここで口にしても、白々しい限りだろう。
「今こそ、あの忌々しい壁を越え、俺たちの本来あるべき新天地へ進み出る。こんな辺境で、お前たちに押し潰されてなるものか」
 黒翼族が、顎で燃え盛る基地を指し示した。
「ともあれ、これは俺たちからの祝儀だ。あの壁を砕き、俺たちの土地を広げる祝いのな」
「待て。話し合いの余地は」
「あると思うか?」
 アルゴンの背後で殺気立っている兵を見て、黒翼族はせせら笑った。腕を振って、仲間に合図する。
「決めた通りに行くぞ。少しでも怯えた奴は死ぬ。俺たちの中に臆病者はいらん。今後を恐れる者は、ここで死ね!」
 声高く号令し、包囲の小隊へ向かって一斉に突撃してきた。
 集団での正面決戦なら、音に聞こえた人間族である。
 アルゴンの号令を待つまでもなく、全隊が抜剣し迎撃準備を終えている。
 雄たけびを上げながら両軍が激突する、直前。
 大翼の黒翼族が、跳んだ。
 前衛の兵の剣が空を切る。跳ぶ際に、顔面を割られていた。
 続いて、黒翼族が次々と跳躍し、包囲のために横に広がった隊列の上を飛び越えていく。
 剣が届かない。第五小隊の上を覆うように、翼を広げた黒翼族が飛び過ぎていく。
 勢いが足りず、兵の真っ只中に飛び込んだ黒翼族はすぐに討ち取られたが、それでも相当の数が、たった一度の跳躍で、包囲網を脱出していく。
 まだ跳んでいない敵と、跳び終えた敵で、一転して挟み撃ちの姿勢になった。
 さしものアルゴンも、絶句する他ない。
 黒翼族は、その身軽さにも定評がある。逃げ切った部隊がこちらを攻撃してくればまだ戦闘で押し返せただろうが、彼らは一目散に森へ逃げていくのだ。
 追撃しても、足の遅い者を討ち取っていくのが関の山だろう。
 だが、基地に残る黒翼族への包囲の輪を縮めても、出迎えるように飛ばれるのがせいぜいである。
「弓を用意しろ!」
 せめてこちらを跳び越えようという敵を射落とすしかないが、弓が有効な間合いより、随分内側に踏み込まれている。

 基地は半分ほどを崩され、防衛拠点としての機能はほとんどなくなっている有様だった。
 補修すればなんとかならないこともないが、そんな資金がどこにあるだろうか。
 今、四番基地まで失い、これで防衛線の南側は、一番端の七番基地のみになってしまった。
「おう、ひでえ目に遭ったなあ」
「まだいたのか」
 巨人二人を軽々と小脇に抱え、しかも脚をやられた一人まで背に負って、ケイルは平然と立っていた。
「あらマルファスだあ」
「マルファス?」
「おお。黒翼族の新しい長だとよお。話したことはねえけどなあ」
 黒翼族の逃げて行った方を見送る。
 逃げ損ねた者を何人か追いかけて討ったが、さしたる痛手ではないだろう。
 彼らの身の軽さは知っていた。だが、翼持ちの作戦立案までは追い切れなかった。人間にとって死角になりがちな上方は、彼らの思考に織り込み済みだ。
 黒翼族に対して決定的な勝利を得るためには、森の中であの軽捷さと戦わなければならないのだ。
「どんだけ死んだよお」
「これから数える」
「わかったら知らせろよお。ついでに黒翼族の分もなあ」
 今回の戦死者も、ヘカテとやらに迎えに来させるつもりなのだろう。
「わかったよ」
「色々大変そうだが、がんばれよお。俺あ、また来るからなあ」
 言いたいことを言い残して、ケイルは帰っていく。
 今回も、負け戦だった。
 巨人を撃退するという目的は果たしたが、基地をひとつ潰され、黒翼族にはまんまと逃げられた。
 状況は変わっていないどころか、基地を落とされ、侵入した黒翼族の隠密戦闘や爆発で駐留小隊が大損害を出していたことを考えれば、むしろ悪化している。
 雨が降ってきた。
 肌と衣服を湿らすだけの、嫌な雨だった。


 巨人の勝利に乗らず、現状維持で状況を見定める。
 そう決定したギルデンスターンに不満が爆発しそうだった若者たちも、続いて届いた報に接して、少し頭を冷やしたらしい。
 巨人族が撃退されたと知れ渡ってから、彼らは神妙にしている。
 頼りにした巨人が追い返されて、萎縮してしまったのだろう。
 だがギルデンスターンには、人間族は出し得る最良のカードを切ってなお、ようやく痛み分けに持ち込んだようにしか見えなかった。
 南側の基地はほぼ機能を失った。まとまった兵力で強行突破を試みれば、以前より容易く城壁までたどり着けるだろう。
 それで、その先はどうなる。
 ギルデンスターンの望みは、ただ失地の回復である。
 元々世界の各地にコミュニティを持っているだけあって、領土欲などは特に強くない。
 緑の魔海の長耳族は、今パクス皇帝属州と呼ばれている土地を、元通りの長耳族の集落に戻す以上は求めていない。
 しかし黒翼族は、人間族の帝国にまで進撃するだろう。
 黒翼族主導の現状のままであれば、長耳族は彼らに引きずられ、皇帝属州を圧倒的に上回る戦力を誇る敵と、戦端を開かなければならなくなる。
 ああして、穏やかそうな人間族を罵ってだけいれば良かった日々は、むしろ幸福だったのだ。
「全員に通達を出せ」
 小間使いを呼びつけて、命じる。
「これよりこの集落を引き払う。緑の魔海に残っている、かつてのわしらの集落へ移動する」
 人間族に土地を追われた時に、緑の魔海の異種族で合議し、長耳族に割り当てられた地である。
 民族の自立を失った、屈辱の記念であるはずだった。
 だが今は、少しでも戦場から遠ざかりたかった。


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実は最初期段階では、もっと登場人物は少ない予定だったのですが、なんか面白みに欠けるなあとか
役割とか特にないけど突っ込んじゃえとか、色々やった結果、それなりにバランスが取れてきて、こんなことになってます。
最初期段階から設定されていたのに一番割を食ったのは、たぶん族長なんじゃないかしら。

戦闘一つでびっくりするほど長くなりました。ダイジェスト版で通すべきだったか。
307名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/23(木) 19:59:25 ID:YWYuzP79
>>306
投下乙。
巨人族は流石に正々堂々としてますね。
このまま帝国と全面戦争になってしまうのか、はたまたアルゴンが平らげて見せるのか。
続きが気になるところです。
308『不死人の舞踏会』プロローグ ◆bxijkE/7bQ :2008/10/23(木) 21:10:25 ID:c4UzkWSK
『不死人の舞踏会』プロローグ#G-89ラウ

 三千年近い時を生きてきた。世界が大きく動いた出来事にも幾度か立ち会った。
この戦いで、俺は…死ぬ事ができるのだろうか?
そう考えてみるが答えが出てくる筈もない。

 目の前には、巨大な蜘蛛の姿をした怪物が俺を殺そうと立ちはだかっていた。
「そろそろ決着を付けよう、俺とお前の因縁に。」
巨大な蜘蛛の姿をした怪物は、その姿からは普通の人には想像できないかも知れ
ないが、人語で俺に話しかけてきた。
「ああ」
お前を殺せば、俺も死ねる…そろそろ生きる事にも飽きてきた。そう思いながら
左手に杖を構え、元素式をイメージして叫ぶ。
「エクスプロージョン!!!!」
蜘蛛の怪物を覆う様に、砂漠の真ん中で巨大な爆発が起きた。

帝国暦252年ミョルダールの月の二度目のウィアドの日、サマン帝国領南端
ローラシア大陸の赤道よりやや南の砂漠地帯での出来事。
そして、後に『終焉戦争』と呼ばれる戦争の片隅で起こった出来事。

その出来事の発端は、三千年近く前に遡る…。
309 ◆3PE1clmxuo :2008/10/23(木) 21:12:15 ID:c4UzkWSK
////////////////////////////////////////////////
あ、やべ、トリップの部分までコピペしちゃった
と言う訳で、一行目、のタイトルとトリップの部分は無視して下さい

念のためにトリップ変えておきます
310 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 15:59:16 ID:5LCPVURJ
さて、では投下します。
311 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:00:15 ID:5LCPVURJ
 妖精が山ほど居る屋敷の主人の寝室で、ジョン・スミスは一冊の日記帳にも似た何かを読
んでいた。
 懐かしそうに、ジョン・スミスは一文一文を読み進めて行く。
 とても丁寧に書かれた現在と同じ文字を使っているものの、文法や単語の面で差異がある
文章。
 歴史学者ならこの文章の価値が分かるだろう。錬金術師なら、この材質の価値が分かるだ
ろう。
 これは、文明崩壊以前の代物なのだから。
「それなぁに?」
 何故かジョン・スミスに懐いているムリアンの少女が、ジョン・スミスの読んでいるもの
を覗き込む。
 読めているのかいないのか、一度文章を目で追い、ムリアンの少女はジョン・スミスを見
上げた。
「日記だねー。恋人さんの日記?」
「さぁ、どうだったか。俺はそうだと願いたいが、彼女がどうだったかは分からない」
「そうなの?」
「ああ、そうさ。俺もガキだったしな。彼女……イヴがどう思ってくれてたかは疑問だな」
 遠い目をして、ジョン・スミスは『日記』を閉じる。そして、それをサイドテーブルに置
いてムリアンの少女をつまみ上げ、自分の顔の前まで持ってきた。
「さ、寝よう。お話は、明日の朝、起きてからだ」
「うんっ」
 特に『日記』のことなど気にもしていないらしく、ムリアンの少女はニコニコ笑って頷く。
 ムリアンの少女を枕の隣に降ろし、ジョン・スミスはゆっくりとベッドに寝転がる。近く
にいるムリアンの少女を潰さないように注意して。
 寝転がったまま、ジョン・スミスは大きく息をつく。と、ムリアンの少女が彼の胸に登っ
てきた。
 何をするのかとジョン・スミスがそのまま見守っていると、彼女はジョン・スミスの纏う
外套のボタンを外し始めた。
 呆気に取られるジョン・スミス。それはそうだろう。何せ今までどう頑張っても外れなか
ったものが、いとも簡単に外されているのだから。
 ぽかーんと口を開け、ジョン・スミスは数十年ぶりに露わになった自分の服を見る。
 真っ白なシャツ。まるで外套を身に着けたときから一切の時が流れていないかのように。
 唸り、首を捻るジョン・スミス。なぜ、こんなにも綺麗なのか。
 外套自体には自浄作用があり、どんなに汚れても放っておけば勝手に元に戻る。が、その
下のシャツはただのシャツだ。
 この数十年、泥の中を転がったり、海に飛び込んだり、沼に潜ってそこの泥を浚ってきた
りしたのだがその汚れも見当たらない。どうも、汗などの汚れもないようだ。
 と、そこまで考えてジョン・スミスははたと気付く。
 そういえば、首から上以外特に洗わなくても誰にも文句を言われたことがなかったと。
 もしかしたらジョン・スミスが怖いので誰も文句をつけなかっただけかもしれないが、し
かしそういう噂ぐらいは聞いてもおかしくない。
 なんとなく不安になり、ジョン・スミスは自分の胸に頬ずりしているムリアンの少女に訊
ねてみることにした。
「なぁ、臭かったりはしないかね?」
「ふぇ、なにが?」
「俺」
「全然だよ。ドラゴンさんが、全部綺麗にしてくれてたんだもん」
「……そう、なのか」
 外套と化した古代龍の真似でもしているのか、がおー、と可愛らしく齧りついてくるムリ
アンの少女を撫でてやりながら、ジョン・スミスは自分の外套を握る。
 死して後、もう何十年になるかも忘れてしまったが、それほど経ってもまだ守ってくれて
いる。それに加えて服や体の維持までしてくれていたとは、もう感謝しても仕切れないほど
だ。
 一人で生きている気でいたが実の所かなり助けられていることを自覚し、ジョン・スミス
は溜め息混じりに布団を被る。ムリアンの少女も一緒に巻き込まれているが、気にしてはい
けない。
 今まで気にもしていなかったことを気付かされて少々気恥ずかしいため、子供じみた照れ
隠しのようなもので煙に巻こうとしているのだ。
 と、そこでジョン・スミスはあることに気付いて布団を持ち上げる。まだ、ムリアンの少
女はジョン・スミスの胸にかじりついていた。
312 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:01:17 ID:5LCPVURJ
「……なんで、ボタンを外せたんだ?」
「私、敵じゃないよ。だから、ドラゴンさんは駄目って言わないの」
「俺も外せなかったんだが」
「ここは安全だからじゃないかな。それに貴方ももしかしたら自分を傷つけるかもしれない
よ?」
「なるほど」
 思わず納得してしまい、ジョン・スミスは苦笑する。
 もしかしたらこのムリアンの少女、見た目に合わず賢いのかもしれない。
 いつもどこかで踊ったりするのが仕事かとジョン・スミスは思っていたのだが、これで相
当な教養の持ち主のようだ。
「さ、寝よう。そこにいると、寝返りを打ったときに潰れてしまうぞ」
「じゃあ、枕の隣で寝るね。おやすみなさ〜い」
 てこてことジョン・スミスの上を歩き、ムリアンの少女は枕の隣に準備されている専用の
布団を被った。シルキーが準備してくれたらしい。
 すぐにすーすーと寝息を立て始めるムリアンの少女を眺め、ジョン・スミスは穏やかな笑
みを浮かべる。
 本当に優しげな顔。いつもの人を分からない表情ではなく、まるで子を見る親のような。
「イヴも、こんなんだったな。俺よりも何でも知ってるくせに、なんでか凄く子供っぽかっ
た。寝顔も、そっくりだ。安心しきって、こっちが笑っちゃうくらいに全幅の信頼を寄せて
きてくれる……」
 泣きそうな笑顔。
 ジョン・スミスは人より心の堤防が高い。怒りも悲しみも喜びも、何もかもを人より多く
溜め込むことが出来る。それゆえに、決壊したら終わりだ。
 溜め込む量が多い分、崩れれば流れる量も多い。
 それを自覚しているジョン・スミスは、心の堰が決壊する前に感傷に浸るのをやめる。
 このムリアンの少女と、自分が重ねてしまっている人物は違うのだから。
「おやすみ。良い夢を見てくれよ」
 そう最後に囁き、ジョン・スミスは目を閉じた。
 何故か今夜は、良い夢が見られそうだ。




 まだ陽も昇りきらぬ朝早く。
 屋敷内の家事を取り仕切るシルキーは、屋敷の掃除をするためにベッドから出て大きく伸
びをする。
 鳥の声が気持ちよく、朝の冷たい空気が寝ぼけた体と意識を目覚めさせてくれる。
 窓を開け、シルキーは胸いっぱいに朝の空気を吸い込む。と、屋敷の敷地内のマナが大き
く変動するのを感じ取った。
 が、どうも空気の動きは無く、スプリガン達が迎撃に出ている様子もない。
 どういうことかと思いながら、シルキーは着替えてマナが動いている場所へと向かう。
 一定のペースでマナが揺らぎ、そのペースが乱れることはない。
 訝りながら異変の起きている裏庭をシルキーが覗く。と、
313 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:02:30 ID:5LCPVURJ
「……すごい」
 思わずシルキーは感嘆の声を漏らしてしまう。
 ピンと張り詰めた空気の中、ジョン・スミスが座禅を組んでいる。それだけなら別に何も
凄くなどない。問題は、その周囲だ。
 ジョン・スミスの周りに幾つもの球体が浮かんでいる。物質ではない。極めて純粋な魔力
の結晶だ。通常、入れ物の中に入っていない魔力は周囲の生物に吸収されたり、大気中に散
ってマナと化してしまう。
 特にこの屋敷は他の場所と比べて極めてマナの濃度が濃い。だからこそ、たくさんの妖精
達が暮らしていけるのだが、しかしそれは同時に魔力をマナへと変化させる力も強いという
ことを示す。
 この場所で魔力をそのままで保つというのはそれだけでも相当な技量を持つということ。
ましてや、その魔力で出来た球体の色を周期的に変えるなど、生半可な業でない。
 大体二十秒ほどで色が変わる。赤から青、青から緑、緑から黄……全ての球体の色を統一
して変えているのは難しいからだろうか。
 いや、そうではない。ただのウォーミングアップだ。
 時間が経つにつれ、ちらちらと一つか二つずつ色の違う球体が混じりはじめる。そしてそ
れは徐々に数を増して行き、最終的には全部で二十ある全ての球体の色が全部違うという幻
想的な光景となった。
 そして、この状態でも定期的に色が変わる。ただ、どうも球体が多いのでたまに微妙な色
が混じってしまう。なんだか奇妙に濁った緑色とか、なんと言う色名なのかも分からない。
 そのまましばらく、ジョン・スミスと周囲の球体に見入るシルキー。
 ぼーっと見ていると、そのうち球体が全部パッと消えてしまう。
「あのなぁ、お前ら。そんなに集まられると、鍛錬にならんのだが」
「え?」
 深い嘆息と共に告げられた言葉にシルキーが振り返ると、そこにはスプリガンやミーハー
な若い妖精達がいつの間にか集まってきていた。
 皆バラバラに口笛を吹いたり、あからさまにばれているだろうにごまかそうとしている。
 それに対してはもう諦めているのか、ジョン・スミスは頭を掻きながら着ているシャツを
脱ぎ捨ててもう一度溜め息をついた。
「まぁいいや。どうせ暇なんだろ? スプリガンのでかいの、いつもの手伝ってくれ」
「了解致した」
 青年の姿をしたスプリガンとは違い、素直にジョン・スミスの言葉に従う巨人にも似たス
プリガン。巨大な姿をしているスプリガンの中でも、一番小柄な者だ。
 とはいえ三メルーにも及ぶ身長は、見るものに威圧感を与えるには充分すぎる。当然、そ
の体重も見た目相応にはあるだろう。
 そんなスプリガンをあろうことか背中に乗せて、ジョン・スミスは腕立て伏せを始めた。
いや、腕立て伏せではない。いわゆる拳立て伏せだ。
 背中の上で胡坐をかいているスプリガンを落とさないように注意しながら、極めてゆっく
りと拳立てを行う。およそ十秒で一回といったところか。人間の筋力ではない。
 唖然としているシルキーを他所に、ジョン・スミスは二十回の拳立てを終える。
 当然のように汗だく。シャツをわざわざ脱ぎ捨てたのも理解できるというものだろう。
 と、そこでシルキーははたと気付く。
 ジョン・スミスが、外套を着ていない。
「あの、いつもの外套はどうされたんですか?」
「あれはムリアンに脱がされてしまった。どうも、危害を加える危険が皆無な存在なら脱が
せるものだったらしい。俺も始めて知ったよ」
「そうなんですか……」
「ああ。おかげでトレーニングが快適だよ。いつもは汗で気持ち悪くてなぁ」
 すっきり爽快、という感じの爽やかな笑顔でジョン・スミスが言う。が、その表情が似合
わないのは何故だろうか。
314 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:03:51 ID:5LCPVURJ
 なんとなくまじまじとジョン・スミスの体を見てしまうシルキー。いつもは分厚い外套に
包まれていたのだから、興味を持つのも仕方ないことだろう。
 やせた紳士とは完全に違う、まさに戦士といった風情の肉体。鍛え抜かれた筋肉は、まる
で鎧のようだ。
 幾つも刻まれた傷痕は、外套を手に入れる前のもの。かなりの量の傷があるのに、背中に
は一切の傷がないのは流石というべきだろうか。
 首から提げられているロケットペンダントが少々不似合いだが、何故かとても自然に見え
るため誰もそれに触れたりはしない。
 近くに置いてあったタオルで汗を拭い、ジョン・スミスは近くに置いてあった剣を手に取
った。鋼鉄よりも硬い金属で出来た、見た目よりも随分と重い剣。知り合いの錬金術師に頼
んで作ってもらった特注品である。
 ずっしりとした重みのある剣を手に、軽く二、三度振ってからギャラリーに声を掛ける。
「ここからは見てても良いことはないぞ。ただ素振りをするだけだ」
「では、お付き合いしましょう。スプリガンたる我らも鍛錬は必要ゆえ」
「いつも通りだな。んじゃ、始めるか」
「御意」
 そう言って自らの剣を取り出すジョン・スミスの近くにいる巨大なスプリガン。流石にそ
の巨体に見合った大きさの剣は圧巻の一言。人の技術では作り得ない大きさなので、恐らく
は妖精の秘法かまたは体の一部なのかのどちらかだろう。
 巨大なスプリガンが剣を抜いたのを皮切りに、屋敷に住まうスプリガン総勢十五名が集ま
ってきて腰の剣を抜く。さりげなく一人一人剣の意匠が違うようで、意外とおしゃれなのか
もしれない。
 スプリガン達が集まってくると、他の妖精達は散っていった。ここからは本当に地味な鍛
錬だと分かったのだろう。
 ジョン・スミスとスプリガン達以外で最後に残っているシルキーに向けて、ジョン・スミ
スは声を掛ける。
「で、朝食はいつぐらいだ?」
「あっ、えっと二時間後ですね。まだ早いですし」
「分かった。んじゃ、千本だな。素振り目標千本行くぞー。ただし、無理はするな。無理し
ても意味はないからな」
 シルキーの返答を聞いてジョン・スミスが声を張り上げると、みんな素直に返事を返す。
 満足気に頷きジョン・スミスも剣を構え、真剣な面持ちをする。
315 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:04:56 ID:5LCPVURJ
「じゃあ、後は頼む。俺には屋敷の中のことは分からんからな」
「はい、分かりました。お時間になりましたら呼びに来ますね」
 ニコリと笑い、シルキーが立ち去っていくと、ジョン・スミスは素振りを始める。
 あくまでも基本に忠実に。幾つかの型を模した素振りもするが、しかし基本は逸脱しない。
 ジョン・スミスは剣を主な武器として戦うことはしない。ある程度接近される恐れのある
相手から、魔法を使う隙を作り出すために使うのだ。
 また、剣や他の武器の事を知っていればどこに隙が出来るのかもわかる。
 つまり、魔法で戦う場合の補助をするための物ということ。
 とはいえ、生き抜くために必要不可欠な技術。それにジョン・スミスが手を抜くことなど、
ありえない。
 与えられた二時間という時間を全て使い、ジョン・スミスは自分で口にした素振り千本を
終える。
 汗を拭き、シャツを着なおしたジョン・スミスは剣を鞘に収めながら一息つく。
 正直なところ、こういった鍛錬は、ジョン・スミスにとってあまり効果があるものではな
い。成長も老化もしない今のジョン・スミスは体を動かさなかったからといって筋肉が衰え
ることはないし、逆に鍛えたところで筋肉が発達することもないのだ。
 では、なんでこんなことをやっているのか。
 それは、簡潔に言うならば習慣だからである。
 気が遠くなるほどの昔から続けている習慣。こうなる前、自分に力が無いと嘆いていた頃
からの。
 先ほどの魔力操作の鍛錬も同じだ。こちらは熟練するため上達はするが、こちらも昔から
続けていること。少なくとも、仕事がなければほぼ毎日似たようなことをしている。
 継続こそが力であると、少なくともジョン・スミスは信じているのだ。
 朝食の準備を終えたシルキーが歩いてくるのを見て、ジョン・スミスは歩き出す。
 流石にまだ本調子には戻らないが、しかし魔法を効果的に使うことで腕以外の部分も治っ
てはきている。一週間もあれば元通りになるだろう。
 奇しくも怪我のおかげで出来た休暇である。なら、怪我が治るまではじっくりと休暇を楽
しまないと損というもの。
「そういや、あのムリアンに昔話をする約束もしてたか」
 誰にも聞こえないように呟き、ジョン・スミスは軽く空を見る。
 もう秋も深まって寒くなってきているというのに、北の空にはカエルが一匹。
 地に住まうカエルは冬眠の準備をし始めているだろうに、空のカエルは相変わらず暢気な
ものだ。
 そんな益体もない事を考えながら、ジョン・スミスは歩いていく。
 まだ、彼の休みは始まったばかりである。
316 ◆zsXM3RzXC6 :2008/10/24(金) 16:07:09 ID:5LCPVURJ
投下終了です。
一応これは前編で、後編に当たるものがあります。
317 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:17:19 ID:4nCI+rjw
投下します
318犬ども(8) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:17:59 ID:4nCI+rjw
(1/4)

「噂は本当だった」
今朝は忙しくて新聞も読めなかったので、突入班のダナウェイ警部補に『シルフ』の朝刊をもらった。
大見出し――『鬼火通りの切り裂き魔』。娼婦殺しの記事。
『帝警一課とオーラム市警、合同捜査へ』『街の名探偵、捜査に協力?』、これは何だ?
「内々に事を運んだらしいが、こりゃ対空賊狩りの協同戦線ってとこだね。
クリューガー刑事部長のお膳立てらしいが、一課のシュメデス課長を売り込むつもりか」
一課のシュメデスと五課のブルーブラッド、次期の刑事部長候補二人。
シュメデスは一課時代のクリューガーの懐刀だったが
最近はブルーブラッドの派閥が勢力を増してきて、一馬身引き離しているというのが帝警内の下馬評だ。
今回ブルーブラッドがコネで空賊狩り軍団をものにしたので、
一課は娼婦殺しで話題を取ってこれに対抗するつもりらしい。
被害者がたかが娼婦一人では弱いので、記事では一年前の辻斬り事件やその他の異常犯罪、
特にあの『鉄槌』事件との関連を暗にほのめかしている。だが、市警との合同捜査とは?
「どうして合同捜査なんだ?」
「ヤマを取り合う時間も惜しいのと、話題作りだろうな。
一課と市警の大部分は、対空賊狩りの気勢で一致しただろうし
帝警と市警の対立解消って話題は市民の受けがいいのさ。銃撃戦ばかりのおれたちが悪役に見える」
捜査本部の指揮――シュメデス課長とニコルズ警部補。渋い中年とクールな風貌の若手。
並んで空賊狩り関連の見出し。写真はブルーブラッド、シド、おれ、悪人面の三人だ。
撃ち殺された空賊の死体写真付き、これではどっちがならず者だか分からない。
「面白くないな」
どうでもいいさ、とおれは答えた。おれは娼婦殺しの被害者の身元に気を取られていた。
切り刻まれたリサ・ラヴド四十一歳。
彼女の身元を知らせたのは死体の体格、服装や所持品、そして『右肩に犬種不明の子犬の絵の刺青』。

午前中と午後の半分を尋問、報告書、会議の三重奏に駆り立てられる。
高利貸しのリビココを五課の刑事が締め上げる。長い黒髪の男たちをおれとシドが締め上げる。
リビココはまだ認めていないが、やつが親玉のマラコーダの指示で金貸しをして
借金を返せない空賊には運び屋など、陸空賊の事業を手伝わせていたようだ。
マラコーダはおそらくオーラム近郊に潜伏しているはずだが、行方はようとして知れない。
どんなにブラックジャックで痛めつけても、知らないものは吐けないので
ノミに手を出すようなちんぴら空賊の膝の健康には大変な幸運となった。
代わりにひどい目を見た狙撃手二人は、片方が『鉄槌』のリストの男だったせいもあって
尋問の終わる頃には骨折した脚に添え木をしてやらなければならなかった。
319犬ども(8) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:18:46 ID:4nCI+rjw
(2/4)

時間はあっという間に過ぎていき、シドが庇った空賊の女、レイチェルとの約束が近づいていた。
暇を見て鉄仮面のヴィッキイに使いをやり、倉庫街の酒場に来るよう頼んでおいた。
おれはサトゥルナーリアでイーストエンドに向かう途中、ドロシーのアパートに寄る。
黄昏時の浮気、逢引。
「よう」
「あら、刑事さん」
ドロシーは、この間のようにあっさりと中へと通してくれた。
キッチン奥のガスレンジではで鍋が煮えていたが、ハムと豆の臭いもせず、食欲をそそられた。
「たまたま近くに寄ったんでね。変わりないかい?」
「ええ。あなたは? あなたの事、読んだのよ――新聞でね」
ダイニング・テーブルの上に『シルフ』を見つけた。広げてみるが、今朝読んだものと変わらない。
「そう、おれだな」
「撃ち合いをしたの?」
鍋をかき回しながらドロシーが訊いた。おれは彼女の細い背中を眺めた。
骨張った体に張りつくようなエプロンの紐を見た。脚はスカートに隠れていた。
彼女の艶やかなブルネットが窓から差す夕日に映えた。
「そうだ」
「怖くはない?」
「この街の生まれだ、子供の頃から見て知ってる。慣れてしまってるよ」
「大変ね」
「仕事だからな」
気のない感想に、気のない答えをする。彼女は『鉄槌』に関わっているのだろうか?
「私も売り子か何か、しようと思うの」
「それはいい」
「嘘、あなたのと違ってきっとつまらない仕事よ。誰の生き死ににも関わらないでしょ」
「君の食い扶持にはなるぜ。そいつで充分じゃなのか」
「新聞に猟奇殺人の記事も載ってたわ。あなたの事件にも関係してるのね?」
こちらに背を向けた彼女からは見えもしないのに、かぶりを振ってしまった。
「いや、まったくの別件だろう。この街じゃ頭のおかしいやつは珍しくないのさ、怖くなったか?」
「別に。ゴールドバーグだって似たようなものよ」
「そうかもな。楽しいかい、この街の暮らしは?」
「普通」

シチューを鍋から皿によそると、ドロシーがガスレンジを離れてダイニング・テーブルまで来た。
皿とスプーンをおれに寄こして、
「ごめんなさいね、あなたの故郷なのに。でも私って感受性が鈍なのよ。
衣食住が足りてれば不満はないっていう……生意気な子供だと思った?」
向かいに座ったドロシーと目を合わせる。おれはスプーンを持ち上げる。
深緑のガラスの瞳が、おれのスプーンの動きを追っている。
「おれもたぶん同じ人種だ、気にしなくていい」
「でも、刑事はやりがいのある仕事じゃなくって? あなたなんて命を賭けてるもの」
「そいつは人それぞれだな。
おれは撃ち合いをするが、全部勝てる撃ち合いだ。そういうのは賭けとは言わない」
「上手にやってくのが好き?」
「上手にやってくのが好きだ」
「それっていい事よね。
どんなに頑張ったって、死んでしまったらそれでお終いだもの。で、味はどう?」
「上手いよ」
「なかなかでしょう」
320犬ども(8) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:19:35 ID:4nCI+rjw
(3/4)

ドロシーのアパートを出ると、酒場でヴィッキイを拾って今朝の現場に向かった。
シドとレイチェルは先に着いていた。
シドの車――血のように赤いスポーツカー、ヴォマクト・356”ブリント”。おれは青ざめた。
シドがあの車を換えるのは女に本気な時だけだ。レイチェルに糸をつけて歩かせる以上の下心。
お熱の間は説得しても無駄だと知っていたので、おれは黙って彼らについていく。

レイチェルに案内されたのはオーラム港周辺の宿場町でも一等安い木銭宿で、
狭い部屋に十五人ばかりが雑魚寝していた。けが人は部屋の隅で床に伏せっている。
「弾は抜けてるし、傷の治りはいいと思うんだけど、熱が引かなくて」
ヴィッキイが乱暴に傷口を調べるので、けが人の男は悲鳴を上げたが
診察は構わず続けられ、傷と赤ら顔を交互に見比べながらさんざん思案した挙句
かばんから薬瓶を二、三本出してようやく終いになった。
「薬を出しといてやるから、ちゃんと飲ませときな。払いはこいつに任せていい」
そう言ってヴィッキイはおれを指差した。おれはシドを見た。シドはレイチェルばかり見ていた。
「医師も技師も錬金術師も、みんなマラコーダに引き抜かれちゃっててね」
レイチェルが部下を足蹴にして、自分の座る場所を作った。
「ま、あたしらみたいな貧乏空賊はもとより専門職を相場の値段で囲う余裕なんてないんだけど。
去年の暮れ頃だよ、やつらがあちこちから引き抜きにかかったのは」
つなぎ姿の赤毛の女が、あぐらをかいたレイチェルの肘に押されて壁際で窮屈そうに身をよじる。
「カレン、もぞもぞしない!」
レイチェルが赤毛の膝をぴしゃりと叩く。おれとシドは立ったまま、話の続きを待った。

「思えばそれが始まりだったんだね。仲間を引き抜かれた空賊は商売が傾いて、
でも蒸気乱雲が北上したから稼ぎ時だし、それで勢い込んで借金するより他なくなる」
「ねえ、こん人たち一体誰なんすか?」
「うるさい! で、ところが人手のないもんだから、しくじって更に傷口広げちまう空賊が出てくる。
それで借金が膨れ上がって、挙句は船をリビココみたいな高利貸しにぱくられちまう。
で、今度は金を作るのに陸で仕事を斡旋してやる、ってなもんで安い兵隊の出来上がり」
「マラコーダが引き抜きをする資金はどこから?」
「さあね。スリーナか抵抗軍、あるいはその両方ってのが定説ですけど」
「テロ屋絡みか」
「去年といえばクーデター事件もあったしな」
おれは腹を空かしてぐったりした空賊たちを見下ろして、呟いた。
「皇帝陛下の空賊も、もはやこれまでだな」
321犬ども(8) ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:20:16 ID:4nCI+rjw
(4/4)

「君はまだ若いようだけど、どうやって空賊の船長に?」
シドが尋ねた。
「家業だったからね」
「船も親父さんの形見?」
「そうよ」
彼女はそう言ってしおらしく俯いてみせたので、シドが乗った。
「きっとおれたちが見つけてあげるよ」
「嬉しい」
レイチェルが、仲間の一人の抱いていた酒瓶を奪っておれたちに差し出した。
「船長、おれの寝酒なんだぜ」
「刑事さんが船取り返してくれるってんだから、酒くらい黙って出すんだよ!」
赤毛の女が壁に頭を打ちつけて
「これ以上操舵輪に触らないとあたし死ぬ」
長耳族の男が布団に噛みついて
「その前に飢えて死ぬだよ」
「お前ら、機械油を飲んで生きてるんじゃないのか?」
「もう油もないのさ。今朝はスナーク川の水を飲んでそれっきり」
陸路は帝警が封鎖していたので、泳いで資材置き場まで来たのだろう。
情けないが、帝警も水上警も結局ザル警備だったという事だ。女と猫一匹をみすみす通した。
「うちの店に来いよ、最近客が少ないからいっそ空賊御用達にしたいんだ」
「缶詰が余ったんだろ」
「貧民窟なら一分で売り切れる中身だけどな、今時は贅沢なやつが増えていけねえ」
「貧民窟に店出したら、屋台とお前も食われちまうぞ」

三口ばかりしか飲まなかったのに、空賊の安酒に悪酔いしたのだろうか、
その日の夜の仮眠でまた長耳族の少女が夢に現れた。
何度撃たれても死なない少女は、おれの銃弾でずたぼろになってもまだ立ち上がってくる。
おれが目覚めるまで彼女は死なない事は経験上分かっていたので、
彼女の体をいたずらに壊してしまわないよう狙いを慎重に選んで撃った。
穴だらけの顔で、はらわたを引きずりながら延々迫ってこられるのはさすがに堪えるからだ。
いっそ撃ちたくないのだが、彼女が弓を取るのでこちらも撃たないではいられないのだ。
どうしてか、自分が撃たれてみる勇気はなかった。
322 ◆/gCQkyz7b6 :2008/10/24(金) 23:20:59 ID:4nCI+rjw
投下終わりました
323 ◆H.jmM7uYLQ :2008/10/25(土) 00:08:53 ID:tPjmneM0
ええっと、かなり間隔が空いてしまいましたorzごめんなさい
ちょいと展開が急ぎすぎたかも……
324THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/10/25(土) 00:09:41 ID:tPjmneM0
6

蒸気……原形……私の頭の中で、レックス中佐の語るキーワードが洗濯機の様に周っている。端的に言えば混乱していると言えば良いかな。
それにしても、そんな人知を超えた巨大な兵器とやらを目覚めさせて、君達、いや、エンダーズは何を行おうとしているのかが全く想像つかない。
矮小なテロリズムで無い事は分かっている。これほどの機械兵と、原理不明の移動手段、そして島に眠っていると言われる『黄金の蜘蛛』……
私はこの時点で、目の前の非現実な現実に完全に打ちのめされていたね。いやはや、人と言うのは理解できない事があると頭がボーっとするらしい。
私はふらつく頭で、ぼんやりと脳内に浮かんだある疑問を、レックス中佐とデヴォンサン将軍にポンッと聞いてみた。

「……それで、私が君達に呼ばれた理由は何かね? 残念だが、私に考古学の知識は無いのだが……」
肩をすくめながら、私がそう聞くとデヴォンサン将軍は無言でレックス中佐のほうに顔を向けると、小さく頷いた。
レックス中佐が、例の紙をくるくると回して腰のベルトに挟み、一歩私の前に出るとざっと敬礼をし、右腕を下ろした。
「先に謝罪をしましょう。姑息な手段を使い、この場所に半場強制的に連れてきた事を深く詫びます。バルホック博士」

今更謝られても困るのだがね。と、口に出すわけにはいかないので、私はレックス中佐の言葉を黙って聴いている。
どこか軽薄な感じがしないでも無いが、猿芝居を演じる理由があるほど私を連れ出したかったのだ。
これでボッコロッツの改良だとか、新型の開発だとかそんな理由だったら私の怒髪天が爆発してしまうかもしれない。
私にかてそれなりの業というものがある。周囲には動力源が不明の機械兵、法則が知れないが、エネルギーを消費する事無く移動できる魔法陣。
そして、島に眠る巨大蜘蛛型古代兵器。どれに携わっても、私の好奇心は破裂しそうだ……。

「改めて、貴方をココに連れ出した理由についてお話しましょう。
 貴方をボッコロッツの開発者として依頼します。『黄金の蜘蛛』の採掘計画の効率化をよりよく進める為…・・・」

ふむ、よりよく進める為……ん?

「新型ボッコロッツの設計をして頂きたいのです。貴方の優勝な頭脳を見込んでの依頼です。受けてもらえますね、バルホック博士」

開いた口が塞がらない、あるいは期待を裏切られるとはこういう事を言うのか。実際この時の私は棒で叩かれた犬の様に口をぽかんと開けていたと思う。
いや待て、待て待て待て。それならそうと、他に方法はあっただろう。設計書を送れだとか、あるいは優秀なメカマンを拉致するとか。
百歩譲って、その新型開発が私しか出来ない事だとする。だとしてもだ。
それにしたってやり方が遠回りかつ、馬鹿馬鹿しすぎる。レックス中佐、お前さんは、ホントのホントに一体何を考えているのかね。
私が呆然としていると、腕組みをしていたデヴォンサン将軍がゴホンと野太い咳払いをした。
325THE・Golden Spider ◆H.jmM7uYLQ :2008/10/25(土) 00:10:50 ID:tPjmneM0
「実を言うと、貴方をこの島に迎えるよう提案したのは誰でもない、レックス中佐自身なのです。
 彼が貴方にボッコロッツ開発に対する指揮を執らせる事で、停滞していた計画が円滑に進むと。
 私はその提案を呑む代わりに彼に一つの条件を課しました。それは、身分を騙り貴方の研究の程度を見計らえ、という命令です」

何だって? レックス中佐がマキナという偽名を使い、私の研究を探ってきたのは、アンタの仕業だったのか、デヴォンサン将軍。
偉い奴に評価されてしまったなぁ。学会に評価されずに、テロリストに評価されるとは……ほとほと情けないぞ、私は。
それで私は一体何をすればいいのかな? ボッコロッツはアレでほぼ完成系だ。それ以上の改修は行えないよ。
第一、アレにジェットでもタンクでも付けてみろ。美しくもなんとも無い、ただのゲテモノになるじゃないか
それは私のプライドが絶対に許さない。

と、啖呵を切れれば良いのだが、生憎私は臆病な人種でね。両手をグッと力を込めて握り、肩を震わしたよ。
私なりの無言の訴えなのだが、多分というか、全く彼らには伝わってはいないだろう。
私の思いもどこ吹く風で、レックス中佐が周囲を歩き始めた。
ときおり、右手で口元を押さえながら、何かを考えているような素振りを見せる。と、右手を離して、顔を私に向ける。そして、

「ここで話すのも恥ずかしいのですが、私は幼少の頃から貴方に憧れていましてね。バルホック博士。
 生みの親である貴方なら、必ずボッコロッツを」

レックス中佐が私に対して妙な敬意を払っていたその時、どこからか単調なリズムのブザー音が場内に響いた。
音の正体を探すと、デヴォンサン将軍が腰に備えていた通信機を取り、何者かと会話していた。その表情は何処と無く険しい。
その様子に気づいたのか、レックス中佐が私からデヴォンサン将軍の方に体を向けると、怪訝な感じで聞いた。

「どうなさいました? あちら側で何か問題でも?」
「うむ。侵入者を捕らえたらしい。詳細はエスカ少佐から聞く事にしよう。
 君はどうする? 博士にこの施設の事を案内しても構わないが。今後の研究の為にも」

ま、待ってくれ。いつの間に私が君達の依頼を承諾したような流れになっているのかね。私は頷く事も返事もしていないぞ!
だがここまで付いてきてしまい挙句黙って話を聞き続けてしまった手前、もはや断る事は出来ない雰囲気だ。汚いぞ、レックス中佐。
とりあえず私は腕組みをする事で、冷静ではある事を伝える。無言で。レックス中佐が小さく頷き、私のほうに向き直ると。

「博士に一任しますよ。どうなさいますか?」
え……それは一番困るぞ。私は今の時点では君の意思に乗っかり、それからどうするか決めようとしていたのだから。
どうするかと言われてもなぁ……正直に、正直に胸の内を話せば、速やかに自宅に送ってもらえればそれ以上望む事は無いのだが。
まぁそれはひとまず置いておく事にして。頭の中を一度整理したいな。私は考える素振りを見せて、ふっと顔を上げて、言った。

「すまないが、戻っても良いかな。少し落ち着きたいんだ。頭の整理も兼ねてね」
申し訳無さそうに層伝えると、レックス中佐は表情を変えないまま、デヴォンサン将軍に顔を向けた。
デヴォンサン将軍は無言で頷くと、右手を頭上に掲げて、重圧な声で静かに呟いた。

「ヴァスロッサ・エンディバイス」

瞬間、ここに来た時と同じ様に、私達の周囲を眩い閃光が囲った。私は来た時と同じ様に、しゃがんで目を瞑る。
……んっ、どうやら戻ってきたようだ。微妙にふらつく体を無理やりピンとさせて、その場に立つ。
周囲を見ると、どうやら一階の格納庫の所に戻ってきたようだ。ふと正面に目を向けると、敬礼をしている数人の兵隊達にエスカ少佐
それに……エスカ少佐の前に、後ろに手を恐らく手錠であろう、繋がれている軍服の男が立っている。
顔はなかなか端正だ。年齢までは分からん。デヴォンサン将軍が、一歩前に出た。

「ご苦労だった、ハルホーク少佐。その男が侵入者か」
「はい。名を聞いたところ、ジョン・スミスと名乗りました」
326 ◆H.jmM7uYLQ :2008/10/25(土) 00:11:44 ID:tPjmneM0
短いながらも投下終了です
うわー、改行ミスった……すみません
327名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 00:48:11 ID:UeKmI2Ab
お二人とも投下乙。

>>322
今更になって気付きましたが、この空賊は『空賊レイチェルと雲上艇』の
レイチェル達ですか。随分な目に遭ってるようですが強く生きて欲しいものですね。
さて、続きが気になる展開ですね。
マラコーダなる陸空賊が何者で、何をしようとしているのか。
そして、悪夢は何を暗示しているのか。
これから先に期待です。

>>326
なるほど、マキナ君は博士を手に入れるために博士の下で働いていたのですか。
自分の中の誤解が解けて、ちょっとすっきりしました。
さて、あっさりとジョン・スミスが捕まってしまいましたが、ここからどう話が動くのか。
続きを待ってます。
328 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/25(土) 02:58:17 ID:wqzgmVQI
投下します
329問題屋シンの本領発揮(16) ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/25(土) 02:59:21 ID:wqzgmVQI

 爆撃が功を奏しヒヒは磁力の拘束から解放される。そして、ゲイラーの狙いもここで発揮される。
 ゲイラーの発火魔術により熱がヒヒの形状を変化させる。灼熱の温度は情熱の力に。質量保存を無視し、ヒヒの身体は膨れ上がる。特に上半身の異常な発達はさながら巨人の様だ。
「ヒヒ! ターミナルにある汽車をぶっこわせ!」
 ゲイラーは声を張り上げる。ヒヒに銃は効かない。それに巨人モードの剛力ならば汽車の破壊も可能だ。
 声は無事に届き、ヒヒはターミナルに入って行く。が、間を置かず巨体が空中を舞いターミナル外へ吹き飛ばされる光景を目の当たりにするゲイラー。
「なっ」
 地面に叩き潰されたヒヒはみるみると縮小していく。心なしか氷結している。
「おーい、他に誰か隠れてるんだろう」
 ひょうきんな声色と共にターミナルから現れる男。ヒヒをあんな目に合わせた張本人らしい。どうやらスナイパーの他にもいたようだ。
「お前の選択肢は二つだー。間抜けに飛び出して撃たれるか。俺に見つけられて殺されるかだ」
 しめたと思うゲイラー。男はだんだんとこちらに近付いて来ているのだ。もう少しで発火魔術の射程に入る。
「投降すれば楽に殺してやるぞー。なにせ俺は……」
 タイミングを図り火炎を射出。あまり精度は良くないものの、攻撃自体に大きさがあり、速度もある。
 火炎に気付く様子が見られたがもう遅い。そのまま直進し、直撃。
 煙が立ち上ぼり、やがて視界が晴れて来る。しかし、そこにはグロッキーになった男の姿はない。むしろ傷を負った様子がない。
「あーそこにいたの。駄目だよ、人が喋ってんのにさ」
 男はそのまま歩みを止めることなく喋り続ける。
「俺はジョン・スミス。知ってるだろ? さぁ、復唱してみよう」
「ジョン・スミスだと?」
 ゲイラーは魔法の力を薬によって借りているにすぎない。だから本物の魔法使い相手に勝てるはずがないのだ。
330問題屋シンの本領発揮(17):2008/10/25(土) 03:00:35 ID:wqzgmVQI
「はったりだな」
「……なぜそう言える? 神代魔法の前に虚勢か?」
 ジョン・スミスを名乗る男はもうゲイラーのすぐ側まで来ている。
「下らない。ヒヒをやったのは氷系魔法。今俺の炎を止めたのも氷系魔法だ。その証拠に水蒸気が発生していた。つまり神代魔法なんかじゃない。偽物め」
 男はゲイラーの前に立ちはだかる。もちろん物陰から逃げ出すことは出来ない。それは射撃による死を意味していた。
「すまんすまん。僕は嘘つきでね。ちょっとした事でもすぐ嘘をついちゃうんだ」
 男はすっと手をかざす。
「でも君を殺すのは本当。嘘じゃあない。それに君はもう薬が切れているんじゃあないか?」
「抜かせ。お前も薬だよりかよ」
「試してみるかい? 僕の全力と君のガス欠の炎。どっちが強いか」
 確かにゲイラーは度重なる爆撃。それに時間の経過によって薬の効果は残りわずかだった。その容量はちょうど爆撃一回分程度。
「でもよ。止どめはちゃんと刺せよ? さもないと手痛い仕返しに合うぜ」
 ぱちんと指を弾き、ぽんと花火が起こる。それは男にダメージを与えるためのものではなく注意を引くためのものだった。
「ぐっ」
 男の首筋からだらりと血が流れる。銀色の狼が男の首を噛み砕いていたのだ。
 狼が口を開け、解放された男はそのまま前に倒れこむ。念のためゲイラーは頭蓋に二、三発し、死を確認した。
「いやーサンキューな。ヒヒ」
 ゲイラーは狼をヒヒと呼ぶ。そう、狼はヒヒの温度が極端に下がった時の形態。その毛並みはとても金属とは思えぬほど艶やかだ。
「わりーけど、汽車にいるスナイパー殺して来てくれ。身動きが取れない」
「全く、人使いが荒いな。今日はさんざんだよ」
 愚痴を零しつつもヒヒはターミナルへと駆ける。
「さて、シンさん見てますかな」
 残りの力を使い、赤い花火を夜天に打ち上げる。その信号はゲイラーがスリーナで戦っていた時、勝利を伝えるためのものだった。
331 ◆R4Zu1i5jcs :2008/10/25(土) 03:01:16 ID:wqzgmVQI
終わり
ふぅ携帯はつらいよ
332名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 10:00:11 ID:UeKmI2Ab
>>331
安定した投下ペースですね。このままのペースで走り続けて欲しいところ。
温まったところを急激に冷やされたヒヒが金属疲労でも起こしてないか心配ですね。
流石にそれはないでしょうけど。
333名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 16:54:24 ID:WCOIWUGS
惑星「ネラース」

人間、長耳族、獣人、黒翼族、長命種、賢狼等多種多様な人種が生活する世界
いくつもの文明が興り、滅びを繰り返してきた世界
様々な技術や魔法が存在する世界

しかし、いまだ知っていることはは極一部
世界は広く、歴史は深く、知られていない事象がほとんどである

世界を解き明かすのは、一体誰の役目であるというのか

                        ――エンゲ・タリウム著
                          ネラース創世詩序章より抜粋


ここは惑星「ネラース」を中心にシェアード・ワールドを作ってみようというスレです。
シェアード・ワールドとは、共通した世界観で創作する亊です。
いよいよ3スレ目に突入し、さらに世界が広く、深くなっていきます。
この世界を作るのは、あなたです。

前スレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835112/

議論スレ(重複スレを再利用しています)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835124/

まとめサイト
ttp://sites.google.com/site/nelearthproject/

過去スレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220224897/

――――――――――――――――――――――――――――――――
300ちょっとで483KBとかびっくりです。
と、言う訳で次スレテンプレの叩き台を置いておきます。
良かったら適当に改変してつかって下さい。
334名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/25(土) 20:25:37 ID:UeKmI2Ab
>>333
新テンプレ乙。
より分かりやすくなりましたねぇ。
335『ラルとセイユ』 1/4:2008/10/26(日) 11:51:36 ID:NBlix25p
投下します。

***

既に日はとっぷりと暮れていたが、ここではその事象が人々に対して
与える影響は然程大きいものではなかった。あるとすれば、正々堂々と
酒が飲める口実程度のものだ。もっとも、この辺りの酒場は昼間でも
普通に営業しているのだが。

通りに溢れている人種は、まさに多種多様だ。長耳族に黒翼族、獣人に
長命族と、人間族以外にも様々な種族が入り混じっており、普通の人
では名前も分からないような少数種族もちらほら見かける。地方へ行けば、
異種族間での差別合戦は依然として根強く残っているが、異種族間での
揉め事は、ここではご法度だ。それは、この町で暮らす者なら誰でも知って
いる鉄の掟である。

ここは帝都オーラム。人工的な明かりが通りを照らし、人々が昼夜を
問わずひしめき合って暮らしている、まさに不夜城である。

しかし、そんな不夜城にも明かりの届かない影がある。大通りから細く
入り組んだ路地を進んでいくと、そこには表の華やかさとはかけ離れた
雰囲気の漂う、全く別の町並みが広がっている。

俗に「魔女窯通り」と呼ばれている一帯である。合法、非合法を問わず
様々な技術者や魔術士が工房を構え、帝都だけでなく近隣諸国からも
一目を置かれている。危険なものを扱っている工房も多いため、さすが
に表通りのような平和な雰囲気はここには無く、この辺りをうろついて
いる奴は誰もが腹に一物を抱えているように見える。

そんな危険な通りに全く似つかわしくない小さな二つの影が、酒場から
漏れる明かりに照らし出されて浮かび上がる。

「ねえねえ、この前自分は迷子になった事無いって言ってたけど、
あれは嘘だったの?ねえねえ」

「これは迷子ではない!目的地の場所を捜索しているだけだ!」

小さい影が、もう一方のより小さい影に尻尾らしきものを引っ張られている。
ラルとセイユの二人組だ。尻尾を力一杯振ってセイユを振りほどくと、
ラルポルトは不機嫌さを前面に押し出した口調でセイユに振り返った。

「大体、何の連絡も無しに何度も引越す奴が悪いのだ!おかげでまったく
所在地が掴めん」

彼らは、セイユの魂が宿っている人形の事を調べるためにこの魔女窯通り
にやってきたのだが、目的の場所には建物の跡形すらなく、その後も行く
先々で空振りの連続。探し人の所在地が全くつかめないでいた。

情報を掴むには、酒場へ行け。情報収集の定番だ。ラルとセイユは扉が
開いた隙をうかがい、店内に忍び込んだ。
店の名前は、酒屋『ど腐れ犬ども』。柄の悪い魔女窯通りの酒場の中でも、
更に輪をかけて柄が悪い連中が集まる店だ。危ないところだが、その
危険度に比例するかのように情報の質もまた高い。
336『ラルとセイユ』 2/4:2008/10/26(日) 11:52:31 ID:NBlix25p
今夜の酒場は、蒸気工房『鉄槌』の話題で持ちきりだった。どうやら、
最近その工房で殺人事件があったらしい。

「『鉄槌』か……。どこかで聞いた名だな」

ラルポルトがカウンターの隅にうずくまり必死に記憶をたどっている横で、
セイユはどこから持ってきたのか両手にチェダーチーズとカシューナッツを
抱え、目を輝かせていた。

「すごい!怖そうな人たちがいっぱいいるよ!楽しそう!」

美味しい食べ物と好奇心をそそる賑やかな光景。セイユの大好きなものが
ここには溢れていた。ラルポルトのフカフカの背中にもたれながら、チェダー
チーズをほうばる。

「犯人は空賊らしいじゃねえか。あいつら地上の常識ってもんが全く
分かっちゃいねえ……」

「いや、俺の聞いた話だと、自動人形の暴走が原因らしいぜ。
人形の力でぐっちゃぐちゃのミンチだとよ……」

様々な噂が飛び交い、それを肴に酒をあおる。正しいかどうかなんて関係
ない。ただその日の酒がうまく飲めればそれでいい。そういう雰囲気は
どこの酒場でも同じだ。ただこの店が他の店と違うところは、この店で
飛び交う噂にはかなりの割合で真実が紛れ混んでいるという点だ。

「そうだ!思い出した!『ちんすこう』の向かいにあった蒸気工房が
確か『鉄槌』という名だった!」

ラルポルトが勢い良く姿勢を起こしたせいで、バランスを崩したセイユは
最後のカシューナッツを食べ損ねてしまった。カウンターの上を一粒の
ナッツが転がり滑っていく。

「ああぁ〜僕のナッツがぁ〜」

情けない声を上げながら、遠ざかるナッツを視線で追う。すると視界の
外から突然大きな手がぬっと現れ、太い指で小さなナッツを器用に
つまみ上げた。

「珍しいお客だな。犬どもの溜まり場へ何の用だい」

つまんだナッツをセイユの手元にそっと返しながら、その大きな手の持ち主
が声をかけてきた。どうやらラルとセイユを見ても、ちょっと変わった客くらい
にしか思っていないらしい。普段からこの店の客層が多様である事がうか
がい知れた。

男は体中に大小様々な火傷の跡が残っており、顔は鉄の兜で覆われて
いた。恐らくあの下にも酷い火傷の跡があるのだろう。普通に通りで出会っ
たなら確実に警戒する出で立ちだが、場所が場所なだけにそれほど浮い
た感じはしなかった。それどころか、店の雰囲気に自然に溶け込んでいる
とさえ思えた。
337『ラルとセイユ』 3/4:2008/10/26(日) 11:53:28 ID:NBlix25p
変に警戒されていない事を確認したラルポルトは、ここぞとばかりに質問を
開始した。

「私の名は”漆黒”のラルポルト。私達はこの近所にあった人形工房
『ちんすこう』を探しているのだが、どうも引っ越してしまったらしくてな。
半年前までは今ここで話題になってる蒸気工房『鉄槌』の向かいにあった
のだが、その後の行方が全くつかめんのだ。何か心当たりはないか?」

「僕の名前はセイユ!ちなみに『ちんすこう』というのははるか東方に
ある島国の伝統的なお菓子の名前なんだよ。棒状のクッキーみたいな
甘くて美味しいお菓子なんだって。食べてみたいよね!」

貂(テン)の口から流暢な人語が流れ出る様を珍しげに眺めてはいたが、
一応話の内容はきちんと聞いてくれたようだ。しかもセイユの謎の薀蓄を
スルーするあたり、人をあしらう技術は非常に優れた人物と思われる。

「あぁ、『ちんすこう』って言えばあの変わり者の店か。まさかあの店の
名前が出るとは思わなかったよ。そういえばまだ名乗ってなかったな。
俺はヴィッキイ。この店の主をしている」

ヴィッキィは見かけに似合わぬ礼儀正しさで自らの名前を名乗ったかと
思うと、傷だらけの腕をすっと伸ばして、その先についている包帯まみれ
の人差し指をぴっと伸ばした。何かを指差している。

「俺もあの神出鬼没な工房の場所は知らないが、その中で馬鹿やってる
野郎なら知ってるよ。ほら、そこの壁際の席。うちの常連だ」

指差された先を視線で追うラルとセイユ。その視線が、壁際の席に座って
いる人物の背中に突き刺さった。店の中だというのに、大きな外套を羽織
っている。そのため後姿からはほとんどその様子を窺うことが出来ないが、
外套の上に何かがぴょこっと出ているのが目視で確認できた。長耳族の
耳だ。だが左耳の方が、半分欠けている。

「”転び者”の長耳族!あいつだ間違いない!ありがとうご主人。
助かった」

言い終わるや否や、ラルポルトはその人物目掛けて走り出した。セイユも
後に続く。鉄兜の奥の瞳が少し心配そうな光をたたえていたが、そんな事
はお構いなしに二人は騒々しい店内を駆け抜ける。少し肉の残った骨を
蹴飛ばし、脚の折れかかったテーブルの下を潜り抜け、まっすぐまっすぐ
突き進む。

遂に壁際の席までたどり着いた二人は、後ろからその人物の頭上を飛び
越え、その人物の目の前にひらりと着地した。
338『ラルとセイユ』 4/4:2008/10/26(日) 11:55:14 ID:NBlix25p
ぽちょん。

ラルポルトの着地は完璧だったが、セイユは空中でバランスを崩してしまい、
その人物が持つグラスの中に落下してしまった。

「おや、どこかで見たことある子だと思ったら、私の最高傑作じゃないか!
いやぁ何度見ても惚れ惚れする出来だねえ。うんうん。素晴らしいねえ」

突然自分のグラスの中に何かが落ちてきたというのに、その人物は全く
慌てる事無く冷静にその事態を把握しているようだった。満足そうに頷くと、
その人物はグラスの中のセイユから視線を移動させ、今度は目の前の
テーブルに着地したラルポルトを凝視した。

「何だラルじゃないか、久しぶりだねえ。来るなら来ると、一言連絡して
くれれば出迎えたのに。工房で待っててくれても良かったのにねえ」

「その工房の場所が分からないから、こうやって探していたのだ!全く、
もう少し分かりやすいところに落ち着いてくれんかね、コルントンよ」

コルントンと呼ばれたその人物は、若い耳長族の青年だった。白い毛並み
に赤い目が映える。外套の下には作業用のツナギを着たままだ。きっと、
作業中に急に飲みたくなってここへやって来たのだろう。

「私の最高傑作と心の友が一度にやってくるとは、今日はとても素晴らしい
日だねえ。カエル様の思し召しは素敵だねえ」

グラスの中のセイユを指でくるくるとかき回しながら、コルントンは空を
見上げた。人工的な町の灯りに負けず劣らず、帝都の夜空には今日も
カエルが輝いている。その表情がどこか寂しげに見えるのは、帝都の
灯りに照らし出されているせいか、それとも見上げた人々の心の現われか。

とっぷりと暮れた夜の空で、カエルは何も言わずただ輝いていた。

***

投下終了です。
339名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 12:26:32 ID:h0yXmWam
容量が残り少ないので取り急ぎ>>333で建てた。
足りないところあったら保管して下さい。

シェアード・ワールドを作ってみよう part3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1224991514/
340名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/26(日) 12:37:12 ID:XyX6ZiV5
>>338
セイユは無邪気なのか怖いもの知らずなのか。
しかし、ナッツをこぼされたり、グラスに落とされたりと災難ですねぇ。本人は気にしてないみたいですが。
コルントン氏とラルの関係も気になるところ。一体いつ出会ったのかとか。

>>339
スレ立て乙。
341名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 18:55:16 ID:c54xK1lT
ここどうする?
342名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 19:04:16 ID:pXy7tsIa
>>341
埋めるのでは?

しかし、埋めネタが特に思い浮かばないという。
343名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:01:43 ID:WWr+Ow8e
童帝オンナスキー
344名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:02:16 ID:WWr+Ow8e
悪い誤爆したw
345名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:03:23 ID:pXy7tsIa
……サマン帝国の皇帝はロボットだから、女は抱けないだろう。
346名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:05:09 ID:pXy7tsIa
おおう、誤爆に反応した俺カッコ悪。
347名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:29:25 ID:O1OmYn8a
いや、実は液体金属の触手を持ってて「デモンシード」ばりに襲いかかってくるとか
348名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/10/31(金) 22:34:22 ID:pXy7tsIa
それはもう、pinkに行かなきゃ駄目になっちゃうなぁ

……非常に残念なことに
349名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/01(土) 00:16:22 ID:H7IvyZHY
それに皇帝じゃなくて童帝だし…
350名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 00:43:32 ID:XprZYBNA
完全にスレが止まってしまったが、とりあえず埋めよう。
うめうめ
351名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 17:38:16 ID:ToQdjqWr
よしきた!
352名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 17:39:11 ID:ToQdjqWr
で、どうしよっか…
353名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 18:22:37 ID:XprZYBNA
>>352
いい埋めネタがあれば良いんだけど、なかなか無いよね
354名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 18:30:32 ID:qYv5yJNo
埋めネタ
今後なんとなく書きたいなーと思っていること。(実際に書くかどうかは別として)

俺はなんとなくまったりだらだらした雰囲気の話が書きたい。
魔法や機械に無縁の、ごく普通の日常生活みたいなもの。
……読んで楽しいかといわれると微妙な気がするけど。
355名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 18:54:19 ID:w1QhY0yn
リアルが忙しい一号惨状
ちまちま書いてはいるが、一日数行ずつでは予定の区切りまでなかなかたどりつかないね
356名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 21:01:46 ID:Ie6eOH8c
二号
なのに何で2ちゃんねるを見ているんだ俺?
357名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/06(木) 22:01:26 ID:nu/i9xOD
中々読むのが進まない
どんどん量が増えていくばかり
おそらくたぶん自分は断念するだろう
358名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/07(金) 00:13:47 ID:XlSzPKO6
まとめサイトを更新完了。不備があったら、教えてくれるとありがたい。

しかし、最近自分に自信が無くなってきた。
もしかして、私は書かないほうが良いのかねぇ。
私の作品を期待してくれている人がいるのなら喜んで書くのだが。
359名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/07(金) 02:16:09 ID:M98rnVs2
>>358
犠牲者乙

つーか某スレの事だったら気にしないほうがいいよ
ID変えまくって人を罵倒しまくる荒らしだから、アレ
360名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/07(金) 11:46:12 ID:XlSzPKO6
>>359
あー、やっぱりそうか。
最初に絡まれたときも全レスのIDが違うからもしかして、とは思っていたんだけど……

とりあえず、レスサンクス。
これからも頑張ってみるわ
361創る名無しに見る名無し:2008/11/11(火) 00:15:39 ID:aZuSJ6VL
埋めついでにこちらでも。

まとめページ更新しましたので、不備があったら報告をお願いしまーす。
362創る名無しに見る名無し:2008/11/14(金) 23:35:23 ID:kzSXcxyC
いい加減埋めよう

というわけで、ここで主張してみる
なぜ、最近スレで雑談が無いんだろう
雑談したほうがスレが活性化しそうだと思うんだけどなぁ
363創る名無しに見る名無し:2008/11/15(土) 12:07:37 ID:8Y38w0OI
雑談がないのは始めからじゃ……
俺の場合は普段忙しいのと掛け持ちしてるスレがあるから
あんまり顔を出さないのが理由。

今日はカゼひいて一日中家にいるからレスつけ放題だけどな!

なんか雑談ない? あれば即レスとは言えないけど付き合えるよ。
364創る名無しに見る名無し:2008/11/15(土) 12:36:20 ID:rXOsMWr3
>>363
いや、最初のスレの半ばまではみんなそこそこ雑談があったからさ
うーん、それにしてもやっぱり忙しい人が多いのかな
リアルが忙しいならこの状況も納得だけど

さて、埋めネタ
そういえば王道的な主人公って誰も書いてないよね
今の状況なら帝国の陰謀に巻き込まれた女の子を助けて云々〜ていうのが出来そうなのに
需要があるなら書いてみようかなと思う
365創る名無しに見る名無し
これで埋まるかな?

うーん。どっちかっていうとSSが投下され始めてから雑談止まったって感じかな?
方向性が決まって雑談としてなにを振れば食いついてくれるかわかんなくなった。

>王道的主人公
いいんじゃないかな。そういえばボーイミーツガール系の王道物ってなかった気がするね。

自分は種族設定や、地域を設定するために、本来脇キャラっぽいのを話の軸にしてたからなー。
今度は日常的(というか学園物っぽいというか)な物を淡々と書いていきたいから、ヒーロー的なものはまだ書かないだろうな。