43 :
,:
しばしば死をもたらすようなラッシュの手法は、1812年に彼が表した教科書に詳しく述べられています。
その教科書は、以降、70年にわたって精神医学の権威であり続けました。
ラッシュはアメリカ精神医学の父としてあがめられ、1965年にその肖像がアメリカ精神医学界の印象となった程でした。
1800年代に精神医学は狂気の治療において失敗を重ね収入源を脅かされた彼らは新しい医学的モデルを開発せざるを得ませんでした。
20世紀には、新たな医学的モデルが誕生しました。
44 :
,:2008/01/30(水) 19:46:07 ID:x/9cPPvU
「
治るといいながら治りませんでした。そのため、1860年から70年代には、悲観的空気が、
ヨーロッパと北アメリカを覆っていました。それらの新しい施設は、規模の点では、成長していま
したが、治療効果は、上がらなかったからです。 」
45 :
,:2008/01/30(水) 19:47:25 ID:x/9cPPvU
20世紀には新たな医学的モデルが登場しました。アメリカの精神科医ヘンリー・コットンは、患者の体の
一部を取り除きこれが精神病治療の突破口になると宣言しました。
「 しかし、患者達が良くならなかったため、この治療の対象は、体の下の部分に移って
いき、明らかに患者はつばと一緒にバクテリアを飲み込んでいる。従って、胃袋や脾臓、結腸
を取る必要がある」と言うまでになりました。
46 :
,:2008/01/30(水) 19:48:27 ID:x/9cPPvU
患者に苦痛を与え障害を負わせる事への抗議が激しさを増すたびに、彼らは新しい方法を
開発し奇跡の治療としてもてはやしました。しかし、結局は、効果の無さや残酷さと言う
点で従来の治療と何ら代わりが無いという事が証明されただけでした。
「多かれ少なかれ、患者を傷つけるのが、精神医学の歴史です。患者を動物のように鎖に
つないだ、最初のモデルの変形です。もし、患者達を考える必要があると主張し、誰かに無
理やりにそのような治療を行なうとすれば、薬物であれ、拘束であれ、それは拷問です。
精神医学の行なった事の大部分は、結局のところ拷問なのです。
」
47 :
,:2008/01/30(水) 19:50:24 ID:x/9cPPvU
20世紀が進むにつれ、精神医学は、医学の一専門分野となることで、その正当性を模索し
つづけました。しかし、彼らに出来たことは、精神的肉体的苦痛や死をもたらすより効果
的に手段を開発することだけでした。その遺産は最も利益になる医学的モデルとして現代
の精神医学に受け継がれました。すなわち、数百万単位の大規模な薬漬けです。そのため
に精神医学は、人間が最も大切にしてきた信念を打ち砕くことでした。つまり、人間は、
自分たちがそうであると考えていたものではないと宣言する事でした。
48 :
,:2008/01/30(水) 19:51:00 ID:x/9cPPvU
人間の再定義
49 :
,:2008/01/30(水) 19:51:53 ID:x/9cPPvU
(人間と動物の心理学)
1879年ドイツ ライプチヒ大学ヴィルヘルム・ブント教授が人間の感覚に関する実験を行ないました。ブ
ントは人間の思考個性行動は、脳の化学反応に過ぎないと公言しました。
「ヴントは、心理学が人間の行動を変えられない事に失望していました。元々、それは、
「psyche」つまり、魂を扱うものでした。彼は、新しい科学を創造しました。人間は魂の
無い動物であり、思考させるのではなく訓練されるべきものだ、と言う考えに基づいてい
ました。」
50 :
,:2008/01/30(水) 19:52:48 ID:x/9cPPvU
人間は、魂の無い有機体であると言うブントの新定義を学ぶために生徒は世界中から集まり
ました。この時代の精神はドイツの哲学者フリードリッヒニーチェによって要約されています。
1882年、フリードリッヒニーチェ「神は、死んだ、よみがえる事は無い。我々が神を殺したのだ。」
ブントの理論に従いトイツのイアン・パブロフは行動を修正する方法を見出すための動物実験を行な
いました。
51 :
,:2008/01/30(水) 19:53:27 ID:x/9cPPvU
「パブロフは、1800年代後半、、ライブチヒ大学のヴント実験室で研究を行ないました。彼は、犬や
電極を使い、、刺激―反応や恩恵や褒賞の拒否などを実験しました。彼は、犬の前にえさを
持っていくと唾液をたらす事に気づきました。そこで、えさを持ってくると同時に、ベルを
鳴らし最終的には、えさを出さずに、ベルを鳴らすだけで犬は、興奮しました。彼は、これ
を条件反射と呼びました。」
パブロフがはじめて実験した人間は子供でした。唾液を集めて測定するために子供の頬に穴
をあけました。
52 :
,:2008/01/30(水) 19:54:16 ID:x/9cPPvU
「パブロフ流の条件付けは、20世紀に行なわれた、行動科学の調査の主要な基礎となりまし
た。」
条件付けを繰り返すことで行動をコントロールできると言う考えは行動主義として知られ
るようになりました。
53 :
,:2008/01/30(水) 19:55:08 ID:x/9cPPvU
「行動主義者は、全ての子供は動物であり動物なりに訓練できると考えました。それが、
行動主義者の見解です。実際、最も有名な行動主義者のジョン・ワトソンは、人間を屠殺する雄
牛と同じように扱い、みなければならないといっています。行動主義者は、魂の存在を信じ
ないので頭や魂の中で起こることには、関心が無いのです。」
54 :
,:2008/01/30(水) 19:56:27 ID:x/9cPPvU
ハーバード大学 心理学者BFスキナー
ワトソンの後継者でハーバード大学の心理学者B・Fスキナ―は、全ての行動は、行動心理学者
が望む道理に操ることが出来ると考えました。
「スキナーが発展させたオペラント条件付けは、一定の間隔による強化、つまり、何回か褒美を与
える事で、動物の行動を変えられる事を示したものでした。例えば鳩に卓球を教え、ネズ
ミに迷路を走る事を教え、また、人間に経済的、社会的報酬を欲しがるようにおしえるこ
とができるの
です。
スキナーは、実際に新しいコウドウパターンを植え付ける事が出来、それによって直ぐに有名になりました。
」
55 :
,:2008/01/30(水) 19:57:22 ID:x/9cPPvU
そのもっとも悪名だ外実験がスキナー箱でした。
「彼が設計したスキナー箱は、大きな囲いのような者でした。しかし、その中では温度や光な
ど全てがコントロールされていました。その目的は、子供達に一定の刺激を与え、思い通りの反
応を得る事でした。
」
スキナーは、ネスミの為に作ったのと同様の箱に自分の娘を一年近く隔離しました。
「その子供は、刺激を与えられ籠の中の鶏やネズミのように、一定の反応をしなくてはな
りませんでした。彼等は、子供達は、動物であると固く信じているのです。人間だと思っ
ているなら、ネズミのように訓練できるはずがありません。
」
56 :
,:2008/01/30(水) 19:58:07 ID:x/9cPPvU
現在国立精神衛生研究所は国民の税金から年間訳4000万ドルを心理学的な行動調査の
為にし払っています。合計すると1948年から190億ドルです。こうした資金を使って精神科
医は、パブロフ、ワトソン、スキナ―等が開発した条件付けの技術を用いてます。例えば、少年院の子
供たちを270ボルトのバッテリーにつなぎ電気ショックを与える治療法があります。
57 :
,:2008/01/30(水) 19:59:08 ID:x/9cPPvU
「 アントリーヌは、幾つもの問題を抱えていました。そのセンタ―でデンキショックを与えられていたか
らです。tvのリモコンのようなものに小さなボタンが付いていて、それを押して使うのです。
電極をはずそうとするとさらにショックを受けます。ですからそれをはずさずに電流が皮膚を
通るままにしておくしかないのです。ショックを与えられると思って、叫び声を上げた生徒は、
余計にショックを与えられるのです。
生徒をニューヨークからローデン・パバーグセンターに送る費用は、一人当たり、約21万4千ドルです。生
徒達は拷問され、ただ、苦痛を与えられるためだけにデンキショック療法を施されるのです。
」
58 :
,:2008/01/30(水) 20:00:15 ID:x/9cPPvU
他にも性的異常者を治療するための電気ショックがあります。脳の活動を妨害するために
頭骸骨を通して強力な磁気ショックを与え外科的に埋め込まれた電極を通して高圧電流を
流します。問題ある行動を抑制するためで費用は患者一人あたり10万ドルです。魂を否定す
る科学から生まれた行動修正の手法は、調査と治療によって何十億ドルもの金を生み出し続
けるだけでなく何百万と言う人々を死に至らしめているもう一つの精神医学の下地となっ
ているのです。
59 :
,:2008/01/30(水) 20:01:30 ID:x/9cPPvU
ニュース速報!1945年1月、第二次世界大戦が終わりに近づくにつれて、ヒトラーの最後の
手段による恐怖の全貌が明らかにされました。人類史上例を見ない異様な殺人工場です。
大きな墓穴は餓死した人々や銃殺された人々、毒ガスで殺された人々の死骸で一杯です。
何が仲間の人間に対して、こんな残虐行為を犯す原因となるのか?
60 :
,:2008/01/30(水) 20:02:07 ID:x/9cPPvU
精神医学:ホロコーストの背後にあるもの。
61 :
,:2008/01/30(水) 20:41:31 ID:x/9cPPvU
、
62 :
,ミジンコ:2008/01/30(水) 20:45:05 ID:x/9cPPvU
おい、こらっ!管理人、まだ、途中だ、、、。投稿させんかい#
,.-──‐-- .,,_ ,. -‐''''"~"`' '' ー‐- 、
〈 `''-.,,---- 、/: : : :.:::::::.:.:.::::::::::::::::::___ヽ,,.-,-、
゙、 ゙''7_,:::_::::::::::::::::: : : : : ::::::::/ _ ゙i ゙i, i、 ヽ、
゙、 、 i'/i '" ゙''7''7‐-, .,,,__,.-'" i'(`'__l 'i l 〉 i
゙、 `''''─,.-- .,,,,__i! | l, l, l, /´(__,.-' ,.ノi /
゙、 /::/: : :::: : : :"'''‐-`-.ゝ_ヽ ゙、__ ' `'''"/ ./,- 、
゙、 i/i:/:,': :::::i : : ::::i:::::i::|゙、:::i、::i゙'''::::::::`ー─'フ''''T-し'___):、`ヽ、
゙、 ! !|:i l::::::::|.:.:.::::::|、:ハ:l レi:|、゙i二_,.-''`゙ヽ;l、_/、:::.:.:.:.:.:.::`ヽ`\
ヽ、 i| ゙i:i、::l:::i::::::::i,,.二! ! i' i ::::`) ヽ;:l/`゙'i: : : ::::.:.ヾ‐'、
ヽ、 i! ゙、i:::l、;;l、il' i ::゙i 、_ヽ '′ l:i )'' ノ:゙、 : :::::,,.-`、
ヽ ヽi ヽ``-' , ト_/::::::::゙i: :::i'
ヽ、 |:::゙i ヽ , ノ゙i;;i゙i:::::lヽ|、,/
ヽ |/l lヽ ー '" |i,゙i;l l-、i
゙、 |〉ヽ_>、 ゙ / .!;;>-'
゙、 i / `i - '" l´
゙! /.:::::::::::,.-ノ|ヽ、 ___ ,.彡iヽ
|'.:.:.:.::::r' r' ヾ、三三彡,.-'i |ヽ、
/: : .:.:.:.l ,i _,.-''ノ.::::::゙ヽ、
63 :
,:2008/01/30(水) 20:45:54 ID:x/9cPPvU
、、、あーっ、、、疲れた、、休もう、、、。
64 :
,:2008/01/30(水) 21:12:29 ID:x/9cPPvU
65 :
,:2008/01/30(水) 21:13:30 ID:x/9cPPvU
第三回国際優生学会議 人種の優良化 アメリカ優生学協会
何の証明も無いただの理論であるにもかかわらず、20世紀の初めまでには、優勢学はイギリス
からブラジル、メキイコ、スウェーデン、アメリカ、ロシアなど、約30カ国に広まり強制不妊が幅広く実施され
ました。
「ドイツでの優生学運動は、アメリカとは幾分異なっており、医者や精神科医がより多く居ました。
アルフレート・フレッツはドイツの優生学運動と彼が劣勢と見なす人々の人口を制御する方法を開拓し
ました。1905年、プレッツは、義兄弟のエルシスト。リュディンとともに、初の民族衛生の組織を設立
しました。」
66 :
,:2008/01/30(水) 21:40:52 ID:x/9cPPvU
あらゆる国家が異常に多くの劣等者、虚弱者、病人、身体障害者を抱えている。賢明な判
断によって、不妊化を法制化すれば、子供を残す最適な方法を合理的に追求できるであろう。
ヒトラー 偉大な民族の終焉 我が闘争
ヒトラーは、特にアメリカの優生学者マディソン・グラントに感銘を受けました。ヒトラーは、グラントの著書偉
大な民族の周縁を自分のバイブルと賞賛しました。ヒトラーは、更に彼の著書我が闘争の中で
優生学はドイツ民族を再建する科学であると賞賛しました。
67 :
,:2008/01/30(水) 21:41:48 ID:x/9cPPvU
「身体的精神的に健全でない者がその欠陥を自分の子供の体に残す事は許されない。個人
の自由と言う権利は、人種を保護する義務の前に制限されるのである。ドイツの優生学者は、
ナチの台頭を歓迎しました。ナチの計画は、彼等の意図していた計画に資金を提供するものだ
ったからです。ナチは、彼等に政治的、財政的支援を与え、その見返りに精神科医は、ナチの
虐殺政策を医学的に正当化したのです。
1933年には、ドイツの精神科医のはぼ40%が、ナチの親衛隊員でした。彼等は、強制された
のではなくその信条が非常に似ていたため当然のように参加したのです。
」
68 :
,:2008/01/30(水) 21:43:46 ID:x/9cPPvU
リュディンとその研究により強制不妊から殺害へと移行する決断が導き出されました。
民族的思考の最先端。 不適応と言う重荷 アルコール依存症の女性によるおぞましい遺伝
知的障害者、健常者、知的障害者、精神的不適応、視聴覚障害、エホバの商人、ユダヤ人の使者、
下等なユダヤ人ジプシーと言う疫病との戦い、遺伝性病原菌 過去の犠牲者、あなたが受け
継ぐもの、、、、遺伝性疾患、生命亡き存在、
69 :
,:2008/01/30(水) 21:44:19 ID:x/9cPPvU
彼等の計画は単純でした。まず、知能の遅れた不適応者は、生きることの重荷から逃れた
いのにそういえないのであり、彼等を殺すことは、彼等を救う行為であると大衆に信じさ
せることでした。次に劣った人々の定義を拡大しエホバの商人、ユダヤジン、ジプシー、同性愛者
は、全て生きる価値が無いとすることでした。精神科医は、ナチの殺人フィルムとして知られる
プロパガンダ映画を製作しこれを5300の映画館で上映されました。
70 :
,:2008/01/30(水) 21:45:10 ID:x/9cPPvU
「
『
精神病は、遺伝による害悪であり、国家の健全さに対する最大の危険分子です。そのよう
な患者が幸せであるとか、生に執着していると考えるのは間違いです。彼等には、存在の
意義がありません。彼等は、最も過酷な運命、すなわち生命なき存在と言う重荷を背負わ
されているのです』
餓死させると言う間接的な暴力から始まり、次に死をもたらす注射に強化され、最終的に
は毒ガスや火葬による大量殺戮へと発展しました。
」
71 :
,:2008/01/30(水) 21:45:45 ID:x/9cPPvU
ベルリン T−4 ティーアガルテン通りの精神医学本部
彼等の本部は、ベルリンにあり、悪名高いコードネームP4で呼ばれました。
「T−4計画は、ティーアガルテン4番地にちなんでなずけられ、この計画によって実質的に約7万
人が殺されました。それは、ドイツ人によって知的障害者、精神障害者、身体障害者と、見
なされ、「生きる価値の無い生命」と呼ばれた人々でした。
」
72 :
,:2008/01/30(水) 21:46:28 ID:x/9cPPvU
殺人は、ドイツ中の精神病院内で試験的に行なわれ次に強制収容所へと移行しました。死刑
執行人はドイツでトップの精神科医でした。P4の責任者は、こう述べています。
「強制収容所でのふるいわけには、精神病院と同じ評価基準が使われ、同じ流れで行なわ
れました。ナチの撲滅政策の結果、6百万のユダヤ人が強制収容所でなくなりました。
リュディンは、「自分の30年の夢を実現してくれた」とヒトラーを称えました。
」
73 :
,:2008/01/30(水) 21:48:19 ID:x/9cPPvU
ドイツニュルンベルク裁判 1946年、医師への裁判
ナチが降伏した後、精神医学の戦争犯罪に対して国際司法裁判が開かれました。しかし、精
神医学の将来に致命的な打撃が与えられるのを恐れたアメリカの精神科医達が介入し責任を一
握りの精神科医に転嫁しました。
「起訴された精神科医は、ほんの僅かでした。エルンスト・リュディンは、終戦時にスイスに戻り、全
く、刑務所暮らしをしませんでした。
ナチの科学の遺産に関する最も奇妙な事の一つは、最も悪質な優生学者の何人かが、終戦時
にドイツかアメリカで職場に復帰していた事です。
」
74 :
,:2008/01/30(水) 21:49:25 ID:x/9cPPvU
第二次大戦後、ドイツ社会精神医学会理事 第二次世界大戦後、シュレヴィヒ
州裁判所顧問 第二次大戦後、キール大学小児科教授、 第二次世界大戦後、
ミュンスター大学学長 第二次世界大戦後、ハンブルグ大学臨床スタッフ 第二次
世界大戦後、ガーナに亡命
望ましくない人間を根絶すると言う精神医学の計画は、文明化された世界のいたるところ
に広がり1100万人の殺人を招きました。多くの精神科医たちは裁きを受ける事無く世
界中で優生学を推進しつづけました。その結果が今日の人種差別、人々の苦悩、そして、
終わることの無い紛争なのです。
75 :
,:2008/01/30(水) 21:49:57 ID:x/9cPPvU
精神医学 人種差別を生み出す。
76 :
,:2008/01/30(水) 21:50:36 ID:x/9cPPvU
「
第二次世界大戦後、死に絶えたはずの古い優生学の遺骨と灰の中から、新しい優生学がよみがえりました。
圧制や搾取や人種差別を正当化する、新たな科学的人種差別を確立する上で、優生学運動は、最も重要な位置を占めつづけています
」:
77 :
,:2008/01/30(水) 21:51:21 ID:x/9cPPvU
実際、人種差別のルーツは精神医学にあります。
「精神医学の歴史は、1830年代に確立された科学的推論とともに始まり、それは、アフリ
カ系アフリカ人たちの知的劣等を証明しようとする努力でした。
近代精神医学の父と呼ばれるベンジャミン・ラッシュは、黒人症という用語を使った人物です。彼
は、全ての黒人はある特定の疾患を遺伝的に受け継いでおり、それゆえに劣った存在なの
だと述べました。それは、同時に白人にその疾患が遺伝しないように黒人を隔離しておく
べきと言う理由付けになりました。
」
78 :
,:2008/01/30(水) 21:52:07 ID:x/9cPPvU
黒人の肌の色や姿は、ハンセン病として、知られる疾患が原因である。
ラッシュは、黒人性はハンセン病の一形態であると主張し、医学的必要性から人種差別を正当
化しました、それは、奴隷制を継続させる根拠となりました。
「一つの人種全体を虐待してきたと言う事実が問題なのではなく、全て、遺伝的要因であ
り、彼等は、病に侵されているだけだと言うのです。反抗的奴隷を始末したい主人は、こ
ういうことが出来ます。「あぁ、やつらは遺伝病にかかっているんだ。」
79 :
,:2008/01/30(水) 21:53:33 ID:x/9cPPvU
「一つの人種全体を虐待してきたと言う事実が問題なのではなく、全て、遺伝的要因であ
り、彼等は、病に侵されているだけだと言うのです。反抗的奴隷を始末したい主人は、こ
ういうことが出来ます。「あぁ、やつらは遺伝病にかかっているんだ。」
奴隷逃亡症という精神病を考え出したのは、サミュエル・カードライトです。黒人が奴隷状態から逃
げようとするのは、精神病だと言うのです。
奴隷の逃亡は、精神科医たちが病気と呼ぶほど、一般的な問題になって居ました。しかし、
治療法があると言うのです。その治療法が何かと聞けば「ひんぱんに鞭で打つことですよ。」
奴隷を許す代わりに鞭で打てば治るんです。驚きますよ。」
」
「この人種、、、このよそ者の祖先は、野蛮人や人食い人種だ。」
80 :
,:2008/01/30(水) 21:54:18 ID:x/9cPPvU
優生学と健康展示会
奴隷制が廃止された後も精神医学による人種差別は継続し、更に強化されました。アメリカ 精
神医学ジャーナルは、野蛮人や人食い人種の末裔である黒人は、高度な文明に適応していない
と公式に宣言しました。又優生学と言う疑似科学は、人種差別的な活動をエスカレートさせました。
81 :
,:2008/01/30(水) 21:54:56 ID:x/9cPPvU
「
優生学運動とクー・クラックス・クラン(kkk)の間には、明らかな、そして、長く親密な関係があり
ます。カーネギー協会の優生学語録室室長だった、ハリーロック・ランは、kkkと親密な関係にあり
ました。あるkkkリーフダーが書いた「白いアメリカ」という本の出版を通じてです。そのためロック・
ランは「優生学ニュース」の中でこの本を賞賛する論表を書き、同時期にkkkはその人種差別的な
理想を正当化するために優生学を利用し始めました。
」
82 :
,:2008/01/30(水) 21:55:42 ID:x/9cPPvU
南アフリカ
南アフリカ首相ベンドリック・フルウールト博士 ドイツ、ライプチヒ大学
しかし、精神医学による人種差別は、アメリカだけではありませんでした。ヒトラ―と同じ人種差
別理論を採用し実践していた南アフリカで20世紀最悪の虐待が起こりました。偶然の一致で
はありません。この国の首相は1920年代ナチス影響下のドイツで優生学を学んでいたのです。
83 :
,:2008/01/30(水) 21:56:18 ID:x/9cPPvU
「ヘンドリック・フルウールド博士はアパルトヘイトの立案者と見なされています。彼は、南アフリカは白
人、黒人、褐色人が完全に別の区域に住む分割された国だと考えており、黒人には、どの
ような権利もありませんでした。」
アパルトヘイトが実施され精神病院が国中の至る所に設立されました。実際には、それは強制収
容所だったのです。
84 :
,:2008/01/30(水) 21:57:13 ID:x/9cPPvU
「これらの施設は、スミス・ミッチェル&カンパニーと言う民族会社が管理していました。彼等は、議
会が承認した医療費から巨額な資金を得る一方で精神病患者を劣悪なし施うに収容して資
金を浮かせていました。ですから、これは腐敗した制度でした。」
85 :
,:2008/01/30(水) 21:58:07 ID:x/9cPPvU
死者6万7千人 1億1700千ドル 世界保健機関(who)「、、、それは明らかに奴隷の所有や
販売に類似していある。」 カリフォルニア州ロサンゼルス 精神科医ルイス・ジョリーウェスト博士カリフォルニア大額
ロサンゼルス校(UCIA) 暴力センター 「暴力センターに断固反対」 「非難を浴びるUCIA
の施設」
「暴力センタ―への批判」 「精神外科手術に講義の声」「精神外科手術から抗議へ」
ベル・カーブ―アメリカ社会における知性と階級の構造
86 :
,:2008/01/30(水) 21:59:25 ID:x/9cPPvU
この実態が明るみに出たとき6万7千人の囚人たちが殺され一方で精神科医たちに対して
政府の予算から1億1700万ドルが支払われていたことが解りました。世界保健機関の報
告書は精神医学が人種差別を助長したとし、アパルトヘイトは、奴隷の所有や売買に類似してい
ると述べています。1971年、合衆国の精神科医ルイス・ジョリウェストは、人種差別主義の遺産
を受け継ぐ嫌悪療法の実験をひそかに行ないました。これは、暴力センターと呼ばれまし
た。政府資金による彼の計画とは、黒人やヒスパニック系の男性の脳に電極を埋め込み彼等が何
らかの暴力的行動をとるたびにショックを与えるという物でした。それでうまくいかなければ
薬物で科学的に強制するのです。ウェストの人種差別的な提案は大衆の怒りを買い計画は直ぐ
に中止されました。精神医学の人種差別は、勢いを弱められましたが彼等は尚もそれを止
めませんでした。1994年心理学者のリチャードヘンスティンは、ベルカーブと言う本を共同執筆し
黒人は遺伝的障害者であり白人より劣等であることを証明しました。
87 :
,:2008/01/30(水) 22:00:56 ID:x/9cPPvU
「
ベル・カーブ は非常に古い優生学の考えを扱っています。人々は、異なる知性を持って生ま
れついており、これは、先天性のものだというのです。その行き着くところは、黒人は遺
伝的、生物学的に白人よりも劣ると言う考えです。これは、社会的人種差別や性差別のプロ
グラムを正当化する根拠でした。このような考え方が公立学校における試験やIQテスト、能力
別学級編成に発展していったのです。」
「
この新しい道具は、古い型のものです。それは、黒人が知的劣等である事を証明する新たな道具でした。」
88 :
,:2008/01/30(水) 22:02:00 ID:x/9cPPvU
「精神医学という職業は、過去明らかに大きな被害をもたらしましたが、現在さらに悪化し
ています。民主主義を堕落させ、人種差別的固定観念だけでなく、根深い人種差別を持続
させています。」
「この継続的な間違った情報や偽りの情報、疑似科学と戦わなければなりません。それは、
姿を変えて何度でも現れてきますが、人間の価値を単に肌の色で決める者なら、断固、拒
絶すべきです。
」
89 :
,:2008/01/30(水) 22:02:33 ID:x/9cPPvU
こうして、今日もなお疑似科学による助長された憎悪の炎が燃えつづけています。これが、
人種差別と政治的な抑圧を正当化している精神医学の遺産なのです。
90 :
,:2008/01/30(水) 22:58:38 ID:x/9cPPvU
ソビエトの精神医学
91 :
,:2008/01/30(水) 22:59:29 ID:x/9cPPvU
共産主義者の理想に忠誠を!献身的に共産主義者の気力によって、レーニンの意思を成し遂げよう。
共産主義を学び、共産主義者として熱心に働き、自分の人生全てをかけてレーニンの業績と我
が党を世界中で確固たるものとするのだ。我々は、誓う! 我々は、誓う!
我々は、誓う!我々は、誓う!
ソビエトの社会体制は、絶対的な忠誠を要求しました。党の方針に添わない人々は、反体制者
とみなされ、国家の敵と言うレッテルを貼られました。しかし、いわゆる反体制者と呼ば
れた人たちは、自らの持つ自由な概念を行動に移しました。
92 :
,:2008/01/30(水) 23:01:02 ID:x/9cPPvU
「
私は、秘密に行動し、誰にも気づかれませんでした。私は、小さい印刷機を持っていて、ビラを印刷しました。
」
一方でその他の人々は自身を忠実なソビエト人と考えていました。
「
完全に自信を持って、自分は最高のソビエト人民の一人と思っていました。逮捕された際、私
は、この国にとって極めて危険な犯罪者だと言われました。私は、その瞬間、KGBの将
官の前で大笑いしました。次の日、彼は、精神科医を呼び寄せました。
」
93 :
,:2008/01/30(水) 23:02:08 ID:x/9cPPvU
ソビエトの精神科医たちは、このような人々を信念の硬直、すなわち、不活発性統合失調症と
言う新しい障害をわずらっていると診断しました。
それを飲め、 ―でもそれはなんですか? −君は知らなくていい。 −おい、
こいつに飲ませろ。 −ほら、飲め!
他国の精神科医同様患者たちを治療するのに強力な薬物を使用しました。
94 :
,:2008/01/30(水) 23:03:01 ID:x/9cPPvU
「
彼等は、薬を飲むのを嫌がり何とか飲まないようにします。ですから我々はチェックして、最
終的にその薬が患者の体に入ったのを、確かめなければなりません。彼等は飲んだふりを
します。口の中はからっぽですが、次の瞬間全部吐き出す事が出来ます。医者は、巡回の
たびに「調子はどうだね」と尋ねてきました。ハルドールを5ピンも取った後で調子も何もあり
ません!よだれが床に落ち、ある筋肉は伸び、別の筋肉は締め付けられ、痙攣します。体
はよじれ、酷い顔になり、酷い精心的苦痛を味わいます。表現しようがありません。看護
人は患者を叩いても罰則がありません。どんな理由でも、理由が無くてもかまわないので
す。例えば看護人がドアを開けて、あなたがそこに居れば、それだけで叩くのに十分な理由
になってしまうのです。
もし、患者が殴られる事に抗議しようものなら、奴等はその患者を縛りつけて、殴りつづけたでしょう。
殺人犯や強姦魔でも、一,2年経てば釈放されました。
私は、「ミハイル君、人殺しのほうがましだったよ。」「だったらもっと簡単に釈放できたのに」と言われ絶望的気分でした。
」
95 :
,:2008/01/30(水) 23:03:54 ID:x/9cPPvU
レニングラード特殊精神病院 セルブスキ特殊精神病院 タルガ特殊精神病院 オリオル特殊精神病院
1967−1987年にかけて、ソビエト政府は、200万以上の人々を逮捕しました。その人たち
は、政治的な理由の為に精神病と診断され精神科の治療を受けるように強要されました。
今日でも精神医学は、世界中の政府において選択の自由をよく圧する道具でありつづけています。
「私たちが、ガッモやグァンタナモ湾で知ったのは、ブスケット・チームと言う、行動学者や心理学者の
チームがいたと言う事です。囚人達をどこまで強制できるかを軍にアドバイスする仕事をしてい
ました。虐待の事例は、世界中で立証されています。自身の医療原理を裏切る行為を犯す
ヘルスケアの専門家が居るのに。彼等を監督する者は、誰も居ません。彼等に、医療倫理を守ら
せる人は、誰も居ません。
」
96 :
,:2008/01/30(水) 23:05:04 ID:x/9cPPvU
精神科医は、政治犯に対して、何の制約も無く、肉体的精神的苦痛を与えてきました。歴
史を通じ彼等は、その行為の外見だけを変えその治療を治療と称して人々に売りつけてきたのです。
97 :
,:2008/01/30(水) 23:05:33 ID:x/9cPPvU
脳に損傷を与える: 精神医学の軌跡の治療
98 :
,:2008/01/30(水) 23:06:35 ID:x/9cPPvU
精神科医は、脳に意図的な損傷を与える処置を1920年代からはじめていました。
「
マンフレート・サケルは、悪性の脳細胞を殺せると言う考えをもって居ました。脳細胞には両性と悪
性があると言うのです。十分なインシュリンを与えれば悪性の脳細胞を殺す事が出来それによる
癲癇発作を耐え抜けばよりよい状態に成ると言う理論です。
」
ラディスラス・フォン・メディーナ
痙攣発作によって患者の40%に深刻な脊髄の損傷が起こるにもかかわらず、サケルは、子供
のようになった患者を指して治療は終成功したと述べました。病院にはインシュリン病棟
が建てられ昏睡療法はキョダイナビジネスになりました。更に、ハンガリー人のラディス・ラス・ホンメデ
ィーラは、メトラゾールと言う薬物を用いて脳に尊称を与える発作を引き起こすことで精神病を取
り除けると考えました。
99 :
,:2008/01/30(水) 23:07:23 ID:x/9cPPvU
「彼は、癲癇患者に精神病が無い事、精神病患者には癲癇発作が無い事に気づきました。
一方がもう一方を取り除くと考えたのです。
脳内に癲癇と統合失調症が同時には発症しないという理論でした。癲癇を誘発、つまり痙
攣発作を起こさせて、統合失調症を取り除くと言うのです。これには、何の科学的根拠も
ありません。
」
メトラゾールには、即効性と多大な利益がありました。一人の精神科医が午前中だけで、50人
の患者にショックを与え扱いやすい状態にすることが出来ました。1939年までにメタラゾールは
精神科医の間で流行し、アメリカの病院の70%で使用され世界中のほぼ全ての国でつかわれ
ました。インンシュリンとメトラゾールの経済的な成功により、脳に損傷を与える痙攣発作を引き起こ
すより効果的な手法の開発に火がつきました。
100 :
,:2008/01/30(水) 23:09:43 ID:x/9cPPvU
「
−デンキショック療法のやり方は? −これらの電極を使います。 このように患者の頭に当て
この機械を使って、ほんの少しの間、脳に規定の電流を通します。患者は、それを感じません。
」
1938年、ローマ
この軌跡の治療の背後にある物語は、ローマの屠殺場に始まります。
「
1938年イタリアで、二人の精神科医がこんな光景を観察しました。 」
「食肉処理業者が解体前の豚を従順にさせるために、壁のコンセントに繋がれた電極を豚のこめ
かみに当てていたのです。豚は、失神しましたが、死にはしませんでした。それで、豚を
解体することが出来ました。これを見た精神科医たちは、電気で痙攣を起こそうと考える
ようになりました。」
101 :
,:2008/01/30(水) 23:11:18 ID:x/9cPPvU
歯が抜け、背骨が折れ、間接が外れ、骨が折れたりするのを見ました。痙攣発作を起こし、
抑えが利かずに体をよじっている間、ずっと拘束され、そのために内臓まで損傷を受けるのです。
「多くの患者が家に戻り、仕事に復帰しました。この役立つ治療法がなかったら、
彼等は、今でもここに居たかも知れません。」
」