540 :
伝説の名無しさん:2007/12/02(日) 05:08:26
: : : : : : Λ ヽ : : : / : : : : : : : : : : : : : : :\ : : : ',
: : : : : /:,ハ } : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : : : \: : i
: : : : : : : : :},.イ: : /. : : : : : : : : : : : : :ヽ : : : : : : : :\l
: : : : : : : :/ /: / : : : : : : : : : : : : : : ', : : : : : : : 、:ヽ
: : : : : : :/ノ: : / : : : : : : :/ : : : /: j: l: : l: ', : 、 : : : ヽ: :',
!: : : : : ,'、 : : ,' ,': : : : : : / /: : /: /j: !: : }斗‐‐',: : : !: i: :l
',: : : : :l : `ー! !: : : : : :/_厶∠∠.//l: :,ハ,ニ=ァ'i: :l :l: :}:lノ
: '、 : : l:\_ r{ {: : : : : :{´{=_;;云ァァ' ,ノノ 仂jイ}/: /:/ //
: : ヽ: :lヽ : :{ ヾ\ : ‐=f壬辷'丿; ゚ー〈ノ/ノイ´
: : :',:ヽl : \\ |\: {´¨''¬'"´ ` ``}: :l : :i:l バ カ ば っ か
: : : ',: :ヽ: : :`7`T|: : l`ー ヽヽヽ (_ア ,.イ: :.:l : :i l
: : : :.',: : :ヽ : {{ 「゙|: : |、ヽ、_ ,.イ: :l : :.l : :i l
: : : : :'、: : :ヽrく '、: '、\ `T¬ーrく: :! : !.:.:.:l : :i: l
: : : : : ヽ : : : ヽ \ヽ :ヽ \,ハ. ヽハ: : :| : :.l : :i: |
541 :
伝説の名無しさん:2007/12/02(日) 05:56:57
>>539 いいんじゃない
尾崎ファンは昔からこういう感じ
むしろ青春
>>523 思い出した
尾崎豊の実家の階段のところに紡木たくの漫画が並んでた写真を見た記憶がある
雑誌か何かに載ってたぞ
詳しい
>>532 「NANA」年代?
543 :
普通の藍:2007/12/02(日) 13:30:58
>>537 自分には尾崎に耽溺していたような時代があって、ある種尾崎的な気分になって作品を
作っていたことがあります。ちょっと、その頃を思い出しながら述べますが…。
尾崎は、嘘偽りのないような真心だけで、全ての人とつながりあいたいような、そういう
欲求を抱いていたんじゃないかなぁというのが自分なりの尾崎観なんですよ。
そして、つながる人というのも、「罪をおかす」ような人間であっても、当然否定される
べき存在ではない(そうでない人たちとつながっても、意味はないからね…)
尾崎は性善説を信じたタイプではないかと思います。でも、罪を犯すべき存在として人が
生まれてきたという意味で、「原罪を背負っている」という表現を確かしたと思いますね。
罪を犯す、その前の状態がその人間の本当の実像だという意味で、尾崎は「幻想」として
人がそこに立ち返ることを希望したのだろうし、私にはやや過激に感じるけどあなたの
「浄化されねばならない」という表現にも通じていくのだと思います。
そして、「汚れてゆくすべてが愛しい」というのは…。尾崎が、周囲の人や、自分自身
あるべき自分や本来の自分を裏切って、嘘を重ねて生きている。でも、尾崎はそれを
「仕方ないんだ」とか「それが当たり前だ」とは思えない。善人が犯罪を犯したら、いつ
までも葛藤にさいなまれるのと同じように…。それでもなお、理想というのに手を伸ばして
救いを求めている自分がいる。
尾崎は、そういう自分をとおして、人間はやっぱり儚いというか哀しいとかいうか、そんな
想いを抱いたんじゃないかという感じがしますね。(続)
544 :
普通の藍:2007/12/02(日) 13:32:14
「何が…浄化されるであろう」「愛の無謬性への強い信仰」、まさしくその通りですね。
俺なりに優しく解説すると上のようなことで、理解してる内容は同じという気がします。
歌っていて、「存在」「意味」「理由」「罪」…。こういう言葉を歌詞の中に取り入れて
曲の中で生きているのは、おそらく尾崎が最初で最後なんじゃないかという気がします。
松本隆の歌詞みたいに風景が浮かんでくる作家ならいますけど、存在とか理由とかいった
概念が立体的に浮かんでくるア−ティストが人気を博したというのは、ちょっと珍しい。
それはやはり、先に述べた尾崎自身のパーソナリティに起因するものでしょうね。
>>538 なるほど…。前半、深いですね。二度読んで理解しましたw
「明日が平和でなければ誰にも生きる意味はない」、「心が悲しみに溢れかき乱されても
脅えることはない それが生きる意味なのさ」、とか相反することを歌っていることは
他にもあります。まぁ字面だけで理解するのは理解するほうが単純なんですが…。
「己の存在に基づき、己の存在を目がけ」、それは同時に「他人の存在を目がけ、他人の
存在に基づく」意識につながったのも間違いないでしょうね。存在という自体を目がけた
必然として。
でなければ、どこかの学者のようにひきこもったまま作品づくりに励むほうがよかった
かもしれないし…。「街路樹」のころは、周りはそうさせたかったかもしれないですね。(続)
545 :
普通の藍:2007/12/02(日) 13:39:43
>>538 >尾崎が学校や社会を歌い、反抗を歌ったことが、社会派のような外見を装っているかの
>ようで、そこに着目した人は後期の尾崎が主題を見失ったように言う。
>しかし、実は彼が暗に渇望したのは、存在をめぐる謎のような問いだったのではないか…
大学の頃、やたら偉そうに尾崎のことを卑下する友人?がいたんですが、彼も結局
窓ガラス割ったりバイク盗んだり、「大人は敵だ!」という尾崎像、理解している前提が
そんなでしたw このスレでも、尾崎を非難したり三島がどうのといってる人でもそんな
レベルですね…。「おまえのカァちゃんでべそ!」といってるのと大差ない。
まぁ、それはいいや。
尾崎が歌った、「街」という概念。尾崎は、練馬の光ヶ丘というところで育ちましたね。
むかし足を運びましたが、人工的に整備された都市空間で人間らしさがないように感じた。
(現在の光ヶ丘のことは分からないけれど…)
ご存知でしょうが、昔、筑波というところの自殺者が多いことが話題になった。
最近、黒川紀章が都知事選に立候補したとき石原さんは「建設家が統治者になるのは怖いよ」
という意味合いのことを語った。
どうも、あの人工的に整備された完璧にも感じる街の中で、尾崎は人が疎外される何かを
感じ取ったんではないかという気がします。あの街の造りで感じた違和感が、尾崎の最初の
出発点であるような、そんな気がします。
Foget-me-notで「君と初めて 出会った日 僕は ビルの向こうの空をいつまでも眺めてた」と
歌っていたのは、そういう無機質で冷たい街を象徴する「ビル」の向こうに、希望を眺めて
いたんでしょう。
尾崎が望む対極にあった敵?というのは、原体験として見ていた無機質で巨大な「街」が、
実体験として奪ってゆく「街」になって、それを演繹していくとやっぱりそれはシステムと
いうものが包括してるのではと、そんな変遷を少しずつ遂げていったような印象を
自分は受けるのだけども。
546 :
伝説の名無しさん:2007/12/02(日) 19:51:27
>>543 普通の藍さんの意見にほとんど同感です。
少し感じたのは、尾崎の言う《愛の術 LOVE WAY》という言葉、これによって、バラバラにみえ、混沌にみえる社会、人々の姿、欲望に駆られ、絡み合う人々の姿、そこに何らかの、統一する真性というか、聖性ないし真実を見つけたかったのではないだろうか。
《LOVE WAY》て言葉がそうであり、それは人々が行為し発語する原動力である‥
楽曲「LOVE WAY」でも、小説「LOVE WAY」でも、そこに描かれている世界、尾崎が感知する世界はリアルそのもので、何の付加することはないほどリアルである、ところがそこに、尾崎は《LOVE WAY》という、敢えてそんな言葉を使わせてもらえば統一原理というかな、
救いの思念を注入する。根本で動かしているのは愛である、という。根本で動かしているのは愛である、とすることで、全てが一挙に救い取られる。そこは何となく稚拙な手法にもみえる。
稚拙だが、尾崎はそこで、とにかく何らかの聖なる統一性を見出だしたかったのだと思います。それがあの「LOVE WAY」て言葉じゃなかったか。あの「LOVE WAY」て楽曲や小説は、そのような無理強いな試みだったような、気がする。
つまり、リアル極まりない世界の感知があり、それからそこへ、そのような全てがLOVE WAYである、愛の術である、という翔び方ですよね、あれは理解するのが俺には困難な箇所で、だけど尾崎の小説をみると、天からの啓示のようにもみえる。
突如稲妻のように一挙にきたような?あれは不思議な部分です。
光が丘、というのがそんな土地だとは知らなかった。いわゆるニュータウン、という?ニュータウン、というのは1980年代以降の日本社会を語る際によく使われる言葉ですよね、そんな土地に過ごしたことが、尾崎に与えた影響、というのは確かにあるかもしれない。
547 :
伝説の名無しさん:2007/12/02(日) 22:57:58
もうちょい、喋ってみます。
尾崎は歌を書き、演奏し、発表することを生業としていた。彼にとっての苛立ちや癒しや安らぎや祈りや葛藤や真実をそこで曝け出してきた。
そこには須藤晃が言うように、「答えはない」とも言えますね。ただ、様々な、彼にとっての真実を発する道を選んだ。
その「尾崎の歌を聴いても答えにはならない」てところがあり、そこで一部のファンが死後にオウムを始めとした新々宗教へなだれ込んだ要因があったんじゃないか。
俺自身のことを挿むと、何で自分がその一部のファンのように宗教へ行かなかったのか、不能感や閉塞感は人一倍俺にはあったのにね。ただ、尾崎を始めとした音楽だけでは満たされなかった、てところはオウムへなだれ込んだ人達とは共通してます。
須藤晃のコメントをもじって云えば、「答えが欲しかった」。で、宗教には行かなかったが、思想やら文学の方面に突っ込んでいった。
そうすると、やはりその方面を覗いてみると、凄い人はいて、その思考に触れることでモヤモヤに形が与えられる、ということもあります。
だけど、そこで例えば、苛立ちの原体験だとか、世界への異和感とかの原体験から遠ざかり、いつしか、当初の感性を喪失することも起こり得る。支配と被支配への反発を感じていたはずが、いつの間にか新しい支配と被支配の虜になっていたりね。抜け出せなくなったり。
そこの辺りが難しいと思います。
俺は最近、単独者 尾崎豊、て言葉に引かれていて、それは須藤の「彼にとっての本当の敵は自分だった」て話とも重なると思いますが、己の存在に基づき、より本来的な存在を目がけて、物事にぶち当たった、てイメージなんだけど、代弁者 尾崎豊、てことに反発したい
てことがあります。
そんなところを話してみたかった。
>>542 ナナ世代でおkどうしてわかったニカ?ナナは愛しのハニーの愛読書でね、読んでふーんと思えるよ。
あとホットロードはママン読んでたね。
麿はママン17の時の子でさ、まだ40前だから年代からみてあってる?
さっきママンの本棚から引っ張り出して見たけど、死ぬハルヤマくんは尾崎くんそのものだね(見た目が)。
それと尾崎豊の名前、中島君がはまってた歌手だって認識で、レンタルして聞いたよ。
ダメだね中島君、君の性格でこういうの聞いちゃ。
だから大学休学するハメになんのよ。
麿はおととし成人式の某旧帝大工学部生で(偏差値47からスタートして一浪のとき猛勉強したのだよ)文系脳は謎。
文系脳のマジメくんは物事を難しく考えようとするからさまよっちゃうんだよ、多分。
ゴメンね、麿には無理だよ尾崎豊。
>>545 おおっ光が丘団地が出てる。麿はここで生まれて小学校6年まで過ごしたのだよ。
光が丘公園で遊んでたんでそれほどでもないニダ
夏は豊島園プールもあるのね。
住むと便利アルよ。
549 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 01:43:43
もう少しだ頑張れ
550 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 02:19:20
551 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 04:44:56
おいおまえら!エキサイトで Forget-me-not 翻訳してみろ!
552 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 07:55:50
尾崎の後継者は誰が何と言おうともサンボマスターだよ
これだけは譲れない
ちょっと質問
oh my little girl やシェリー、ロザーナは尾崎のたぶん彼女か何かに向けての曲だろうけど
全部同一の女性に向けてのものだったの?
554 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 16:19:11
>>553 おうまいりとるがーるはさる愛しい男性に向けられた曲です。
なおシェリーはカーリーの化身であるSMの女王様に向けて告解した祈りの曲です。
ロザーナは川口のソープランドで出会ったカナダ人ソープ嬢のことです。
尾崎ファンなら常識ですよ
>>552 サンボマスターの山口隆は尾崎の生まれ変わりです。
正確にはお父さんがトト・ブラシアーノでママが尾崎豊となります。
>>548 としまえんが練馬区にあるのは国家機密事項です。
もうこのスレは末期症状
ギャグと偏執狂のオンパレード
良くも悪くも尾崎豊というものを象徴してる
>>554 どの尾崎スレも酷いからマシそうなスレ選んで質問したらそれか
ほんと糞スレだな
557 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 18:11:02
>>556 尾崎豊についてまともな話をしたければmixiに行くこと
しっかりとした相手を見つければ、そこが一番まとも
他にもファンサイト、ファン専門掲示板や尾崎豊板でもそれなりによい
2ちゃんでまじめに語ろうとすること自体がそもそもおかしい
>>556 マヂレスするとシェリーというのはシオリという付き合ってた女だそうだ。
この歌はオウム真理教幹部の井上受刑者が好んでいて、サリン事件の直後の打ち上げの席でカラオケで歌ってた。
oh my little girlやロザーナは、尾崎の女性趣味が現れたもので、特定の女性は無いらしい。
あと、尾崎豊板はファンのネタサイトと化してるから熱心なファンは嫌ってる。
尾崎ファン同士でも温度差があるみたいだ。
それとアンチに対しては頻繁にアクセス禁止措置が取られる。
だから俺もおすすめはmixiと思う。
もしくはブログで、いざとなれば自分で開設するのも手。
559 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 19:48:38
ヤフー掲示板はやめとけ
あそこは異常
560 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 20:02:56
わたしが小学校の3〜4年生だった時の話です。
近所の公園で友達と遊んでいた時、
20代程度の会社員風の男の人が手品を見ないかと声をかけてきました。
友達みんなで見たいと答えたら、まだ秘密の手品だから他の人には見られたくないと言う事で、友達4人と公園の奥の茂みの中に入っていきました。
その男の人は牛乳を飲んで、すぐにオXンXンから出してみせると言いました。
私たちはどんな手品だろうって楽しみにしているとタネが無い事を証明すると言ってまずズボンとパンツを下ろしました。
わたしたち幼い4人のすぐ目の前にオチンチンが現われました。お風呂で見ているお父さんのものと違って、巨大で上を向いていたのに驚いてどきどきした覚えがあります。
タネも仕掛けも無いよね、と言いながら私たちの目の前でじっくりと見せてくれました。
それから男の人はカバンから牛乳パックを取り出して、ゴクゴク飲み始めました。飲み終わるとじゃーオチンチンから絞り出すよ、と言いながらシゴキ始めました。
程なく、出る瞬間時は君にやってもらった方が嘘でない証明になるからと言って、私の手を取って巨大なオチンチンを握らされました。
堅くて熱くて大きくて全然お父さんのと違うのがハッキリとわかりました。
小さな手で男の人に教わった通りにシゴイていると、出し始めたら最後まで出さないと苦しくなるから出始めてももういいって言うまでシゴキ続けるように言われました。
わくわくしながら一生懸命シゴクとオチンチンがピクピク動いてまるで別の生き物のようでした。
男の人が息を荒げながらもう出るよ、と言って直ぐにわたしの手に握られたオチンチンから牛乳がいっぱい飛び出しました。
普段飲んでいる牛乳ほど真っ白では無く、どろどろしていましたが、
わたしはタネも仕掛けも無い(自分の手で握っていたのですから)のに牛乳が飛び出したのに驚き、
この人はすごい手品が出来る人なんだと思いました。
561 :
伝説の名無しさん:2007/12/03(月) 21:12:40
2ch.の特徴は何でもありにある。尾崎ホモ説に異常に執着する人、ひたすら荒らすことに喜びを見出だしてる人、中には俺や普通の藍さんのようにDEEPに追究し探究する人も混じっている。それらがいっしょくたに入り交じってくるのが2ch.だと思う。
他のスレもそのカオスみたいなとこは変わらないんじゃないかな。何書いてもいい、てとこで、皆、書いてる。そこが特徴でしょ。
マジに書きたければ懲りずにひたすら書けばよい。マジに書くのを止めろと言っても無駄。ちょうどホモネタ、汚物ネタを書くのを止めろというのが無駄なのと同じ。ひたすら書いてれば中には反応してくる人もいるかもしれない。
て感じかなあ(^_-)
>>561 他人の入り込めない自分勝手なことを書いているあなたの方こそ荒しではないの?
こっちから見たら荒しはそちら
deepなのは結構だけどむしろブログかmixiでやることをここでやってる
それとなんでもアリというなら荒しという概念じたいそんざいしないでしょ
>>548 エイズの話題を学校で話すってあたりでナナ世代かなと予測
当たってたんだ
昔は制服や髪型を校則で決めるのは人権侵害とか
そういうのがホームルームの話題
今は制服が可愛いからその高校を目指す時代だったりする
563 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 01:01:51
尾崎は天才なんだよ
564 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 01:18:44
正直言って確かに長文うざいな。
読まないこっちとしてはちょっと邪魔。
データ量多いからDL負担増だし。
書くほうはともかくサーバ自体はタダじゃない。
>>559 ヤフー掲示板は使い勝手が悪いところがある。
ただ、ここよりも長文載せられるメリットあり。
IDを明示するから余計なのを読まないので済む。
>>562 麿たちナナ世代はヒップホップとビートパンクでおじゃるよ。
あとクラブ系の音楽ニダ。
尾崎豊さまは同級生の中島君(何度も名前出してゴメンね)いなきゃ知らなかったな。
でも麿の大学の遥か昔の先輩は信者として新聞に登場してたそうアル。
あと面白いね。
前の方の左翼思想史みたいなの何て知らなかったニダ。
だから大月書房の本棚とか探して本を読むだよ。
いいや宝島とかで充分ニカ?
軽い自殺未遂して病院通いしてる中島君を嘲笑う、じゃないニダ、気持ちを少しでも理解するためにアル。
それと麿たちはゆとり世代ニカ?
>>550 ストスラまんせー!
光が丘で麿は田柄三小ニダ。
五小は駅向こうアルね。
>>561 異常に執着って、どちらかといえば長い電波投稿してる貴殿二人の方のような・・・・・・
でも麿は喧嘩売る積もりはないニダよ。アディオス!
お休みニダ
566 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 03:08:22
尾崎豊についてはもう散々語りつくされてるんだよ
尾崎豊のサイトやスレで書かれてる尾崎論も
昔尾崎のファンが語ったことの繰り返し
むしろ昔は色々と問題が起きたから
評論家までもが参加して騒いだんだよ
でももうやりつくしたんだよ
アンチやファンがどう思おうと、世間ではもう尾崎は過去なんだよ
アンチが悪ふざけのネタにしようが
ファンが何か哲学とか真理を見出そうが
そういうのはもう昔散々やったから
去年あたりに朝日新聞が載せた記事が決め打ち
おそらく朝日の尾崎ファンの記者が書いた記事で
教師になった尾崎ファンが生徒に尾崎を紹介して
反応がほとんどないと言って嘆く内容だよ
そういうのを教師が紹介するのは変だろ
今の生徒はまず今の音楽を聴くのだから
見つけるやつは自分で見つけて聞くさ
これからも聞くやつは聞くし
聞かないやつは聞かないだけ
マジに語れば、それだけさ
567 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 04:36:59
>>562 他人の入り込めない自分勝手なことを書いているあなたの方こそ荒しではないの? こっちから見たら荒しはそちら deepなのは結構だけどむしろブログかmixiでやることをここでやってる それとなんでもアリというなら荒しという概念じたいそんざいしないでしょ
A:「あなたの方こそ荒らしではないの?こっちからみたら荒らしはそちら」という話からするとこの人は自分が荒らしだという意識がある人なのかな?
B:いや。自分は中立であり、中立な自分からすると「荒らしはそちら」て意図ではないの?紛らわしいな、とにかく。ていうか、《他人が入り込めない自分勝手なこと》を俺が書いているとは言ってくれるね。
A:よほど目が悪いんだろう。この人は色盲か乱視だな、多分。眼科に通った方がいい。あと、何?《何でもありなら荒らしなど存在しない》だって(笑)これはふざけて書いてるのかね。
B:さあ、それもわからん。
A:だいたい尾崎豊など興味もないのに「尾崎豊をマジに語りたい人だけが来るスレ」に来ること自体、誤った行為だよ。「荒らし」云々よりその手のには来てほしくないんだよな。まあ、といっても聴かないんだろうし、要するに放置するしかない。
それを「何でもあり」だとして敢えて許してやってるのもわからんらしい。相当なボケだぜ、こいつは。
B:わざとボケて怒らしたいのかもしれないな。
A:わざとボケて怒らす(笑)。本当かよ(笑)
568 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 06:01:19
よくわからんけど
これも荒しだろ
目くそ鼻くそを笑う感じかな
569 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 19:15:21
尾崎はホワイトアルバムで自作曲を弾き語りしてるけど、ギターの上手さはどうなん?
オレ的には普通
570 :
伝説の名無しさん:2007/12/04(火) 19:36:18
oh my little girl
571 :
普通の藍:2007/12/05(水) 00:51:05
>>546 LOVE WAYは、キリストの聖書がモチーフかな、と思わせる感じもありますよね。
人間は業を負い欲もあって奪って争う存在であるが、しかし「人間なんて愛に膝まづく」と…。
醜くあざとく汚れてはいるが、しかし、悪魔と天使が紙一重のように人間もまたそうだ。
尾崎の歌はもちろん好きな曲が多いですが、あなたの言葉で言うなら、「稲妻のように」?
感じた曲が二曲あるんですよ。自分にとって、それがLOVE WAYと「核(core)」です。
核は、アルバムではなく、シングルのほうです。
核はただ、狂気そのものを放出させているような歌で、聴いたとき「なんだこれは?」と思いました。
LOVE WAYは、狂気を尾崎がよく把握して呑み込めているというか、消化してるような感じですね。
核の頃より、成長したんだと思います。
私もよく知らない頃ですが、昔って哲学書とか左翼の理論書とか、ワケの分からない言葉が
いっぱい並んでる本を読むことが「高尚」とされた時代があったんですよね。
尾崎は、そういうものの影響を受けて、曲や作品を作った。LOVE WAYは、歌詞の意味は
街路樹のアルバムにでてくるような詞や、詩集として出版された作品の内容に比べたらそんなに
難しくはないけど、若干そんな匂いがしますね。
一番ややこしいのは、「共同条理の原理の嘘」というヤツですねw これはまぎれもなく
吉本の「共同幻想」からきている言葉なんだろうけど、今だによく分かりません。
でも、LOVE WAYを聴くと、痒いところに手が届いた?ような印象だったんですよね、当時。
「恋人との愛の隅々」、または「青春(死語?)の隅々」を歌ったような曲なら溢れてるじゃないですか。
でも、デカダンにまみれながらも、愛と欲望の相克の中で人間という実像をあぶりだすような、
成功してるかは別としてもそんなことを狙いとした曲、またはアーティストって、
なかなかいないわけですよ。そして、「前衛」という言葉が、まさしくこの頃の尾崎には
あてはまる気がしました。当時、それくらいの衝撃でしたね、この曲を聴いて。(続)
572 :
普通の藍:2007/12/05(水) 01:29:17
>>547 そうですね。自分も「若者の代弁者」とか、「十代のカリスマ」とか、安いキャッチーだな、
とかねてから感じております。まぁ、そういう部分もあったんでしょう。
共感できるから代弁者ではあったんだろうし、熱狂できるからカリスマではあった。
でも、尾崎の魅力って、そんなステレオタイプみたいな言葉に象徴されるものだろうか?
自分は違うと感じる。
獰猛な野獣を心の中に飼いながらも、ガラスのように繊細で傷つきやすい。
世間的な評価とは逆に、孤独や渇きがやむことはなかった。
あれだけ「愛を求め」ていても、尾崎が望むかたちの幸せの担保には結局はならなかった…etc。
そういう尾崎が、自分の書いた詞に、尾崎自身の声で魂を吹き込んで歌うから、聴く人の
胸をうったんだと思います。人間が葛藤を抱えていて、その葛藤を歌い、その解放された
瞬間が、歌詞や歌っている隙間に垣間見える…。
尾崎は別に旗を振って「何やれ」「道徳的に生きろ」と言ったわけでもないんですよね。
ただ、損得のないところで自分とつながって欲しい願望は持っていたと思う。
それもいい方向だけに効果が現れたわけではなくて、マイナスの方にも及んだ。
見城に語ったという、「僕の問題はあなたの問題」「逃さない、一緒に苦しんでもらいますよ」と
いう言葉にもあらわれている。
だけど、それもやっぱり、尾崎のファンと呼ばれる人間にとっては、自分たちのマイナスを
通して、または「そこまでやるのか…」という不安や畏怖とともに、尾崎を受け入れると思う。
尾崎ファンと尾崎との関係性って、昔からそんな感じではなかったでしょうか?
「代弁者」とか「カリスマ」みたいな、プラスチックの箱に入ったような言葉では
あらわせられないと思います。
オウムのこと、他にもまだ書きたいことはあるのですが、仕事があるので…。
このスレには、間隔があくことはあると思いますが、おいおい書いていきます。
>>569 > 尾崎はホワイトアルバムで自作曲を弾き語りしてるけど、ギターの上手さはどうなん?オレ的には普通
どうなん?今、ジミヘンのワイト島コンサートの音源、聴いてるんだけど、聴いてると、ギターに詳しくない俺でも凄さは伝わってくる。音自体から化け物だよな、こいつは、て思えてくる。
尾崎がギターソロをとってる演奏がライブの「永遠の胸」で聴ける。それを聴いてると、まあ、普通です。味はあるけども、感心するようなソロではない。ただ、尾崎のギターソロを遺してくれた、て意味からすると貴重な音源だとは思う。
他に、弾き語りしている音源も割合遺されてる。技術的には普通なんだろうが、自分のイメージを的確にに伝える、表現する、ていう弾き語りの意図からすると良い演奏だと思う。まあ、尾崎の歌が好きだからそう思えるんだろうけどね(笑)
ついでにライブでのバックバンドの演奏についても一言言わせてもらうと、俺の聴いたのはHEART OF CLAXONとBIRTH TOUR BANDの二人だけだけど。
総合的力量からするとBIRTH BANDの方が上なんだろうけど、名の知れたミュージシャンが入ってるしね。ただ、心理的な結束ていうか、一体感からするとHEART OF CLAXONの方だと思う。
尾崎とバンドの距離?からすると、BIRTH BANDより近かった、て気がする。尾崎のバックバンド、ていうと、HEART OF CLAXONが頭に浮かぶ。
あと、ジミヘン絡みで“化け物”でいえば、尾崎豊もある意味、“化け物”だったんじゃないかて気はする。遺されたライブ映像を見てて、驚異を感じることがある。驚愕する、というかね。歌に対する入り込み方がやはり並みではない。
歌うことでしか救われなかった何ものかを持っていた人間だったんだろう。表現し続けることでしか報われない、というのがある種の才能だとすれば、その資質を幸か不幸か備えてしまった。そんな人間だったんだろう。
>>572 そうそう、仕事があるんです(笑)俺にしても、仕事の合間を縫ってこんなこと書いてる。尾崎は“サラリーマンにはならたかねえ”と歌って、その通りにサラリーマンにはならなかったけど、こちとらはそのサラリーマン(笑)不況の影響もあり、ホントしがない暮らしです(笑
)間隔空けながらでも、細々とでも続けられたら良いね。
「核CORE」「LOVE WAY」てのは、確かに天啓のような作品で、また、尾崎以外の誰が書けたろう、て気もする曲ですよね。また、2つとも尾崎らしいといえば尾崎らしい。
「核」てのは、タイトルからしてただの反核ソングかと思いきや、歌詞のほとんどは孤独感に震える「俺」、一般人からすると“病気か?”と思えるほどの孤独感、どこか人間を、それ自体を恐がっているんじゃないかと思えるほどの切実な感覚がある。
それで《一体何ができる》だから、何も出来ないに決まってるじゃないか、て言いたくなる(笑)だけど、その感性がやはり、物事の核心をついてるのね。人間が怖い。反核どころじゃない人間がここにいる、で、反核。何ですか、それ‥。めちゃくちゃ鋭い。
「LOVE WAY」というのは、あるはアレンジが井上陽水のアルバム『氷の世界』をアレンジした星勝なんですよね。尾崎は音楽に興味を持ちはじめた頃に『氷の世界』を聴いてる。だから、もしかしたら『氷の世界』のイメージがあったのかな、という想像もあります。
で、「氷の世界」て曲は曲自体は躍動感があるんだけど、本質は虚無の躍動感で、悪魔の囁きみたいなことが初めから終わりまで貫通している。何も信じない、誰も信じない、全ては欲望の為せる業、不能感が貫通しほとんどマゾ的になった感覚がある。
どこか「LOVE WAY」て曲と共通しているような感もある。ただ、「氷の世界」にないのは《人間なんて愛に跪く》ていう、《全ては愛の術である》という愛に目を向ける視線で、そこが尾崎だよなあ、て気がします。
575 :
伝説の名無しさん:2007/12/05(水) 20:40:14
つまらんな
576 :
伝説の名無しさん:2007/12/05(水) 20:47:59
今度新宿に遊びに行くんですけど、尾崎の友人がやってるラーメン屋
の名前って何ていうんでしたっけ?
「大勝軒」確かそんな名前ではなかったでしたっけ?
>>576 > 今度新宿に遊びに行くんですけど、尾崎の友人がやってるラーメン屋 の名前って何ていうんでしたっけ?「大勝軒」確かそんな名前ではなかったでしたっけ?
あれは確か、「大勝軒十五夜」だと思います。場所までは知らないんだけどねー。
尾崎の事、大友さんが裁判で語ったって
やっぱりマザーは尾崎を苦しめてたんだ
579 :
伝説の名無しさん:2007/12/06(木) 10:06:09
大友康平「尾崎豊さんの気持ち分かった」
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20071206-291869.html ロックバンド、ハウンドドッグの大友康平(51)が、前事務所からコンサート出演義務違反による債務不履行などで3214万円の損害賠償を求められている民事訴訟の口頭弁論が5日、東京地裁で行われ、
大友が証人として出廷した。大友は独立の経緯とメンバーと別れた理由を初めて明かし「同じように独立しようとして(前事務所に)振り回された尾崎豊さんの気持ちが分かった」と、切々と訴えた。
スーツ姿の大友は、初めてメンバーと別れた経緯を法廷で告白した。大友によると04年8月末、個人活動のための事務所を設立しようと前事務所に相談した。だが、福田信会長が「ハウンドドッグはお荷物だ。
あと1年ぐらいしか給料は払えない」と言ったという。
大友は「これまで(事務所に)多大な貢献をしてきたつもり。でも福田会長から『独立は認めない。解散しろ。解散ツアーをすればメンバーに2000万円ずつ退職金が出せる』と言われたが、
バンドは私の命で解散はできないと言った。福田会長から『メンバーを連れて行け』と言われ、収拾がつかなくなった」と明かした。
独立にあたり、大友はメンバーの蓑輪単志、鮫島秀樹を切った。その理由を「蓑輪は会長の秋の解散ツアー案に同意したため」。
鮫島については「前事務所と密接な関係にあって情報が漏れ、信用できなかった」と明かした。
昨夏、残るメンバー3人を切った理由も「(新事務所設立から)1年間に限ってと考えていた」と弁明した。もっとも、前事務所の代理人から
「あなたが、独立して個人活動のギャラを前事務所に入れなかったら、バンドを維持できないと分かっていたのではないか」と問われると大友は言葉に詰まり、
「それは会社の問題」「今まで貢献してきた」と話すにとどまった。傍聴席にいた元メンバーの橋本章司、八島順一は寂しそうに笑った。
580 :
伝説の名無しさん:2007/12/06(木) 13:01:25
結局尾崎を悪くいう連中て、アンチ”尾崎”なんじゃなくて、アンチ”尾崎ファン”なんだよね。
582 :
普通の藍:2007/12/10(月) 00:37:55
前回からの宿題。尾崎本人や作品の精神性と、オウムの精神世界を無理に関係づけて
語る必要はない。
「尾崎を聴くような連中は社会の中で疎外感を味わっていて、それがオウムに
流れた…」etc。とってつけたような論理ですね。ラーメン好きな人間に、
たまたまカレーを好きな人間がいたっていうだけの感じですね。
「カレーとラーメンの間の因果関係」を探ったって意味はない。
前も語ったけど、尾崎の曲や尾崎の歌を愛する人間は、社会との葛藤を感じてはいたけど、
丸ごと拒絶してそれこそ「出家」でもせねばならんような、そういう前提ではない。
尾崎のファンにもいろいろいたでしょう。それは事実。
このスレでも「三島本人」という最高傑作を眼の前にして、その死について思いも至らない…。
「ボクちゃんこんなに文学に通じて偉いんだもーん!」と言いたいだけのファンがいたしw
尾崎のファンだって同じ。あれだけ数がいれば、中にはヘンなのが混じっている。
それが史上最悪の事件をおこしたという部分で、スポットライトをあてられた悲劇ですね。
ただ、尾崎とオウムを関係づけて語られるようになった、その「出だし」とか
「きっかけ」については、自分は雲をつかむようなものではないと個人的には思っている。
それは、アンチの語る文脈とは全く違うものだ。
勇気がいるが、言葉を選んで綴っていきたい。(続)
583 :
普通の藍:2007/12/10(月) 00:39:09
尾崎は、夫人との関係が難しくなっていた。
尾崎も違う女性に心を許す場合もあったようだし、夫人も夫人なりに苦労があったんだと思う。
そうして頼ったのが、怪しげな新興宗教家の二人、だったと記憶している。
記憶というのは、当時読んだ本が手元にないから。その本を書いたのは、大楽さんといって、
かつて尾崎のマネージャをしていた人が書いたものだ。事務所の実務をとりしきったように
なって、大楽さんと尾崎のお兄さんはそこから追い出されてしまった…。
私は、その二人はオウムであった可能性があるのでは、と思っている。
オウムは、有名人好きだ。麻原はたけしと対談したし、とんねるずの番組にもでた。
尾崎を利用してやろうと思っても、何の不思議もない。
そして、夫人に目をつけたのではないかと疑っている。
もちろん、その新興宗教家が別の宗教である可能性もあるだろう。
でも、そう考えると、いろんなことの辻褄があうと考えている。
尾崎が、ああいう亡くなり方をしたことも含めて、だ…。
(尾崎をガンダムだのエヴァだのと比べてつまらないといった人は、おくびにもそのあたりの
ことは知らないだろうなぁ…。)
584 :
普通の藍:2007/12/10(月) 01:05:57
>>574 ああ、確かに…。言われてみれば、「核」と「氷の世界」は似ていますね。
何が似ているかって、あの「話の飛び具合」みたいな…。
反戦反核〜…とか、あの文脈の中でいきなり出てくる驚きとか違和感。
ノーベル賞をもらうもらわないがでてくる曲の内容についても、通じるものが
ありますね。
「核」は、そういう尾崎の心の内部…。「この人に今、何が起きているんだろう?」と
考えさせられてしまう意味で、印象的な曲でした。繰り返しますが、アルバムに
収められたほうはデオドラントされていて、印象的なのはあくまでシングルというか…。
当時、本当に「これは何だ?」と思ったなぁ。
「核」って、アルバム「壊れた扉から」と「街路樹」の狭間にだされたシングルですよね?
たぶん、いろんなことがあったと思うんですよ。それこそ、大友さんではないけど、
事務所を移り変わる最初の頃じゃないかな?
尾崎がこの種類の不安とか破滅を訴えているのって、爆走する車だけどガソリンを
大消費する車で、そのガソリンである「愛」が足りないとか、そんな風に感じる。
今でいうツンデレかな?
井上はそんなことはないから、そこは違うんですかね。
虚無感で思い出したけど、自分がそれを一番感じるのは、街路樹というアルバムの中の
「僕は君を守るのに 君は僕の理由を奪う」っていう詞です。
街路樹というアルバムは、自分はほとんど駄作だという評価だし、尾崎も投げやりな
言い方をしていてホッとしたんですが…。
この詞には、やっぱりなにか心に残るものがありますね。
586 :
伝説の名無しさん:2007/12/10(月) 15:13:49
覚醒剤防止のCM「人間やめますか」を思い出した。
バースツアーの尾崎は病んでいた。
見てて辛かった。
「放熱への証し」は聞かない。辛いから。
>>583 大楽さんの本というのは『誰が尾崎豊を殺したか』でしょうか。あの本の続編もあったからそっちの方かな。前の方の本には尾崎の死後にアイソトープに出入りするようになった二人については宗教絡みの説明はなかったように記憶しています。
確か二人とも、尾崎の若い頃の遊び仲間で、死の当時には二人とも、尾崎は遠ざけていた云々。或いは全く別の本のことかもしれませんね。
実は、普通の愛さんの他にも、尾崎の死にオウムが関係しているのでは?と言っているファンがいて、へえ、そうなのか、と思った覚えがあります。
正直オウムと尾崎の死の関係については語れるほどの知識もなく、何とも云えない、というのが正直なところです。
ただ、尾崎の死後にオウムに流れたファンについては、判らないこともないな、という感触があります。これは尾崎のファンに限らず、あくまでも尾崎のファンと同じ世代の話として書いてみたいんですが、恐らく、どこかで自己の生に居心地の悪さや、
つまり、自分からみた自分にたいして、いつでも馴染めなさを感じていた人達が、若い世代に多くいる。
ネットでの呼び掛けによる集団自殺が少し前に社会問題化してたけど、それらの人達もそうだと思いますが、漠然とした厭世観に取り付かれたり、
罪の意識に取り付かれたり、自分で自分が許せない、自分が厭でしょうがない、生にたいして一切プラスの意味が見出だせない、そんな人達がいる。
また一方、自分が何故生まれてきたのか、生きているのか、その理由というか、つまり、生の根拠を知りたいと思った人達もいた。というのは現代というのは生の根拠を奪って行く時代だと思うから、そこでそういう人達にとっては、前世だとか、
因果だとか、業だとか、
いわゆる仏教的な考え方が身近になる必然があった、
で、オウムの出発点においては麻原らはそれらの人達の病にたいして対応していたと思います。その事自体には文句をつける筋合いはなく、ただ信者を癒すことで帰衣をうみ、結果、権力幻想に取り付かれてしまった。そこが問題だと思います。
で、尾崎のファンの中には、やはり同時代の若い人達だから、そのように、自己の生にプラスの意味が見出だせない人達がいた。てことだと思います。
オウムの犯罪の初期に坂本弁護士一家殺害事件というのがあり、あれは確か出家した子供を取り返そうとする家族とオウムとの間で揉めており、坂本弁護士はオウムのやり方に問題がある、として介入していた。
出家した信者に多額の寄付を要求し、財産を一切合財奪っていた、とか、出家信者にまつわる一つ一つが世間との摩擦を生じて行く、というのがオウムの初期に起こった問題だった。
そうして結局麻原は坂本弁護士一家の殺害を命ずる‥この辺からオウムはどんどん犯罪集団と化して行く。
その辺がいわゆるオウム真理教事件と呼ばれる一連の事件となる。オウムといえばそこがいつも俎上に上がる。
ただ、始まりにおいては、同時代の中でそぐわなさを感じている人達に癒しを与える、というのがオウムの真骨頂だったと思います。そのまま行けば良かったのにそうならなかった、というのが問題で。
同時代へのそぐわなさ、というのは尾崎自身が抱えていた問題でもあったのではないか。ただ、彼には音楽があって、また、名声もあり、ファンもいた。鋭敏な頭脳もあった、というところで、宗教活動の方へは行かずに済んだ。ただ、同時代からみれば浮いていた、
というのはオウムの信者と共通していると思います。
だけど、尾崎とオウム信者との決定的な違いは、尾崎には教祖への帰衣はない。そのような階層意識は尾崎には程遠い。彼は自分で答えを見出だしたいのだから。そこが決定的な違いだと思います。
589 :
伝説の名無しさん:
尾崎は国家公務員についてはどう思ってたのかな?俺が免許センター行った時にはやっぱり皆鍛えてるんだなと言う印象はありましたが。