桜が舞う、暖かな季節。
新しい出会いや恋、そして友情に笑い、悲しみ。
すべてが始まり、終わるかもしれない季節。
季節といっしょに何かがやって来る、そんな気がする―――。
ToHeart2のSS専用スレです。
新人作家もどしどし募集中。
※SS投入は割り込み防止の為、出来るだけメモ帳等に書いてから一括投入。
※名前欄には作家名か作品名、もしくは通し番号、また投入が一旦終わるときは分かるように。
※書き込む前にはリロードを。
※割り込まれても泣かない。
※容量が480kを越えたあたりで次スレ立てを。
※一定のレス数を書き込むと投稿規制がかかるので、レス数の多いSSの投下に気づいた人は支援してあげて下さい。
※コテハン・作家及び作家の運営するサイトの叩きは禁止。見かけてもスルー。
前スレ
ToHeart2 SS専用スレ 22
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1198661144/ 関連サイト等は
>>2
AM7:30 河野家 貴明個室
……3月ともなると、ようやく厳しかった冬の寒さは緩み、次第に気持ちのよい、春と呼ぶにふさわ
しい日が多くなってくる。
それでも、朝はまだまだ布団から出たくない季節である事に間違いはない。まして、ようやく学年末
試験も終わり、つかの間の自由を許された『もうじき受験生』にとって、この惰眠は値千金のものと言
ってもよい。……問題は、その時間は本人にとってのみ価値があり、周囲にはとんでもない怠惰にしか
見えないという事なのだが。
「貴明っ! たーかーあーきぃーっ!! 朝だよ〜〜、起きてぇ〜〜!!」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
ここにも、貴重な眠りの価値を理解してもらえない一人の不幸な少年がいた。
まぁ、彼の生活を知る者に『彼は不幸だそうだが』などと言えば、10人の内6人(男全員?)は殺
意を抱きそうではあるのだが……
「起きて〜〜!! 折角試験終わったのに、いつまでも寝てちゃつまんないよ〜〜!!」
ごすっ!「げふっ!!」
少女の文句とともに、何か硬いものが突き刺さる音と、腹腔内の空気を全部叩き出されたかのような
呻き声が部屋に響き渡る。
苛立ちをつのらせた赤毛の美少女ミルファが、揺すっても一向に起きない貴明に実力行使……それも
いきなりエルボードロップを喰らわせたのだ。
「起きないと肘落とすぞ〜〜!!」
「……あのなぁっ!? 落としてから言うなよ! それも鳩尾にっ! 永眠してしまうわっ!! 第一
試験明けくらいゆっくり寝かせて「やった〜! おはよ〜! 貴明ぃ〜っ♪(ぼふっ!!)」……お、
おい、重いって……」
容赦のない攻撃に思わず布団を跳ね除けて飛び起きた貴明だったが、彼の抗議は『待ってました』と
ばかりに飛び付いてきたミルファによってたちまち遮られてしまう。
「この2週間、寂しかったよう……」
戸惑う貴明をよそに、ミルファはそう言いながら彼の胸にネコのように頬をすり寄せた。……そうい
えば彼が試験準備に入って試験終了に至るこの2週間、何も言わずともミルファは貴明の勉強の邪魔に
なる様な事は一切しなかった。普段は鬱陶しいほどに求めてくる会話やスキンシップも、貴明が求めな
い限り欲しがるそぶりも見せようとはしなかった。
(今更気が付くなんてな……)
そういえば昨夜も黙って早く寝かせてくれたっけな……ミルファの心遣いにようやく気が付いた貴明は、腕の中で至福の表情を浮かべるミルファを感謝の気持ちを込めて優しく撫で続けるのだった。
みちのく湯けむり紀行『姉ちゃんといこう!?』
AM8:30 河野家 居間
しばらくぶりにゆっくりした気持ちで朝食を済ませた貴明は、ミルファの淹れてくれたコーヒーを片
手にテレビを眺めながらくつろいでいた。
週末の朝にやっている番組にそう面白いものがあるわけではないが、今のリラックスした気分に相応
しく、テレビにはもう完全に春モードになった地方の風景が映し出されていた。いわゆる旅行物という
やつである。桃や桜、たくさんの菜の花。春の味覚。そして温泉……。
「旅行かぁ。しばらくぶりに温泉もいいよなぁ」
「温泉って、やっぱ気持ちいいの??」
ぼーっと画面を見ながら誰ともなしに呟いていると、後片付けを終えたミルファがいつのまにか貴明
の隣に座って質問してきた。
メイドロボに温泉の良さが理解出来るのだろうか……と悩みつつ、貴明はどう答えたものか首を捻っ
てしまう。どう考えても温泉の効能が効くとは思えない、というか成分そのものはむしろ有害なくらいだろうが、彼女らほどの高性能機であれば、もしかしたら『リラックスして心が癒される』などと言う
事もあるかもしれない。
そのあたりで貴明が答えを返そうとした時の事である。
「あれ、家の前に車が駐まったみたい。誰か来たのかな??」
ミルファの耳がピクリと動いた。
テレビも点いているというのに相変わらず良い耳をしている。……もっとも、貴明にとってはむしろ
『地獄耳』という名の恐怖である場合が多いのだが。
『ピンポーン』
ミルファの言葉を裏付けるように、ほどなくインターフォンが鳴った。
ほらね?という顔をしながらミルファが受話器を取る。
「はい、どちらさまでしょうか…………あら、環さん。おはようございます」
「ん? タマ姉??」
どうやら訪問客は貴明にとって姉のような存在の幼馴染、ミルファにとっては最凶の部類に入るライ
バル(ちなみに最強ライバルはこのみ+春夏、最悪の敵はイルファ&シルファ)であるところの爆乳赤
毛猫属性お姉さま、向坂環嬢のようであった。
AM8:50 河野家 玄関前
「ほらほら、クルスガワの新しい車よ〜〜!」
環に引っ張られるようにして外に出ると、そこには彼女の言葉通り、ピカピカのハッチバック車が駐
まっていた。確かにクルスガワ自動車のCMでよく見かける、新型ハイブリット車のコンパクトSUV
である。外見は大きくないのに居住性の良さそうな広い車内、華やかな彼女に良く似合う赤いボディ。
……そしてボンネットには不似合いな若葉マーク(笑)
「うわ、初心者マークだっさ……」
「……聞こえてるわよ、ミルファ……」
貴明にくっ付いてきたミルファの暴言にこめかみの血管を痙攣させる環……。経験上このまま放って
おけば一番割を食うのは自分だと確信した貴明は『車褒め殺し作戦』に出る事にした。
「いや、でも、ほら、すごいじゃない?? これってCMでもよく見るよ。スタイルといい、カラーと
いい、内装といい、タマ姉にぴったりの車だね!!」
「……この車って微妙に私らの妹なんだよね。これの高性能バッテリーはメイドロボ用小型大容量バッ
テリーのスピンオフ技術で作られてますから〜〜」
「なんかそれを聞くとムカつくわね」
しかし貴明の努力も、先ほどからちらちらと火花を散らす二人の前に一瞬で吹き消されてしまった。
普段は結構仲が良いのだが、ミルファは試験明けの二人だけの時間を邪魔されて、環は久しぶりに貴
明に会ったのに邪魔されて、それぞれ不機嫌がつのっているのだった。
(こっ、このままじゃマズイよな……)
焦りまくる貴明だったが、所詮この手の事にトコトン不器用な彼が考えた所で、『馬鹿の考え休むに
なんとやら』の域を出はしない。
だが、なんの気まぐれか。
まだ少々頬はひくついていたが、環はそれ以上ミルファの挑発には乗らず、貴明に向かって写真入り
カード、俗に言う自動車運転免許証を突き出して自慢してきた。
「ほらほら、タカ坊、見て見て? タカ坊は学年末試験だったし、私は暇だったし、折角だから車の免
許取って来ちゃったのよ」
言われてみれば、3学期の自由登校になってから環と一緒に学園に通う機会は激減していた。
しかし今までは九条院大学受験の為だとばかり思っていたのだが、実際雄二もそう言っていたし……
それに免許だってそう短期間に取れるものではないはずである。
「あれ? 九条院の試験って、いつだっけ??」
素直に貴明がその疑問を口にすると、
「あ、AO入試で受けちゃったから。3学期入って早々に結果出てたの。九条院の他にも試しに受けて
みたんだけど、近場の私立だけだし、息抜きに行くには教習所は丁度よかったわ」
とまぁ、全国の受験生を敵に回すような種明かしをケロッとした顔で言ってのけた。
全く、困ったパーフェクトお嬢様である。
「だからちょっとドライブに付き合わない? いいわよね?ミルファ。少しの時間タカ坊借りても」
もうじき卒業なんだし、と寂しそうに微笑みながら環はそう言った。
AM10:00 首都高速道路 汐入IC付近
「う〜〜ん、やっぱりハイブリット車って静かでいいわねぇ〜〜♪」
「……なぁ、タマ姉。ここって、どこさ。っていうかどこに向かってるのさ」
ちょっとドライブ、と言ってたような気がするんだけど……と思いつつ、貴明はあまり見る事のない
高速道路の行き先表示に、自ら現在位置や目的地を推測する努力を放棄していた。
1時間ほど前。
貴明を助手席に乗せた環は、迷わず最寄りのICから高速道路に進入、東京方面に向かって走り始め
た。いきなり高速?とその時にも不思議に思った貴明であったが、環のいかにも『してやったり』的な
横顔を見ているうち、どうやらハメられたらしいという事を今に至っては確信している。
その貴明のもっともな質問に対して、環は前方を見据えたままぽやーっと答えた。
「どこって……北の方??」
「北って……」
何故クエスチョンマーク!?と、はっきり答えない環にちょっと貴明が呆れ声を出すと、
「いいトコ??」
一瞬貴明の方に視線を向けると、環は可愛らしくペロっと舌を出して見せた。
返答にはやはりクエスチョンマークを付けて。
AM10:00 河野家 キッチン
「……なんか、遅いわね。メールでもしてみようかな……」
時計を見るとまだ貴明が環と出かけてから1時間ほどしか経っていない。
だが、なんとなくミルファの勘はキナ臭いものを感じ取っていた。
『わんわんっ!わんわんっ!』
思い立ったらいてもたってもいられずに貴明にメールを送ってみると……ダイニングテーブルの上か
らいきなり犬の鳴き声が聞こえてきた。
「って、貴明携帯持ってってないじゃないよっ!!」
PM11:00 東北自動車道下り線 岩槻IC付近
「ねえ、タマ姉。東北自動車道って書いてるような気がするんだけど??」
「そうよ。そうでなかったら困るわ」
自宅を出発してから2時間。
全く躊躇なく、貴明に何かを聞く事もなく、快調に進撃を続ける環の車はいつの間にか東北自動車道
を北上していた。……いったい何処へ連れて行かれるものやら……いい加減貴明も不安になってくる。
色々な意味で彼は環を全面的に信用しているが、信じている項目の中には『環は凄い策士で、自分は
絶対敵わない』などというものもあるのだ。
「なあに? おトイレに行きたい? サービスエリアに入ろうか?」
ごにょごにょと落ち着かない様子の貴明に、環は『蓮田SA10km』の標識をちらりと見ながら訊ね
てみた。さすがにここまで来れば貴明が逃げ出すとは思えない。第一、あくまで『ちょっと車を見るだ
け』のつもりだった貴明は、財布も携帯も何も持っていないのだ。まともな靴を履いているのがいっそ
不思議なくらいである。
「サービスエリアにも寄りたいけど……どこに向かってるのか知りたいな〜〜、なんて??」
すると「そうだったわね」という風に環はにっこり笑って答えてくれた。
「金山温泉。タカ坊と一緒に雪景色が見たくなって」
……それはそれは、最近ちょっと目にしないくらいの『いい笑顔』であった。
PM1:30 東北自動車道下り線 安達太良SA
「あら。ミルファからいっぱいメールが来てるわね」
何を白々しい……と思わずにいられないほど、自分の携帯電話の液晶画面を眺めながら環はあっけら
かんとそう言ってのけた。
今二人がいるのは福島県の安達太良サービスエリア。
食事休憩のためにここに寄った彼女らは、レストランでそれぞれ遅めの昼食を摂っていた。
名物の『智恵子もち(いわゆる雑煮。結構美味い)』をパクつきながら、環は行儀悪く携帯を操作し
ている。ちなみに貴明がそんな事をしていれば叱られるのは確定である。きっとミルファを出し抜いた
のが面白くてたまらないのだろう。
「なになに?『今何処ですか。全然ちょっとじゃないんですけど』うーん、捻りがないわねえ。『貴明
に電話するように言って下さい』言うわけないじゃないの。ねえ??」
ねえと申されましても……と、貴明はもう頭を抱えたい気分だった。
これはもう逃げれば死、帰っても死。まさにDEAD END。完璧チェックメイト状態である。
折角のこれも名物メニュー『牛タンわっぱ(そば付き)』であるが、ほとんど味がわからない。
そんな貴明を尻目に、環はニコニコと満面の笑みでメールを打っている。
きっとミルファの神経を思いっきり逆撫でする様なのなんだろうなぁ……と、その様子を貴明はまる
で遠い世界の出来事のようにぼんやりと見つめていた。
PM2:00 河野家 居間
『にゃお〜ん、にゃお〜ん』
「やっとメール来たわね……」
珍しくイヤーレシーバーを付け、ダイニングテーブルに置いた貴明の携帯を前にうろうろとしていた
ミルファだったが、結局鳴り響いたのは自分のレシーバーの着信音の方であった。まぁ、手打ちをサボ
ってこちらからメールを送ったのだから当然かもしれないが。
レシーバーに来るんなら着信音切っておけばよかった……と、彼女は耳元でがなり立てたレシーバー
にいらいらしながらも早速仮想ウィンドウを開いてみた。
「え〜〜っと……『出かける時言った通り、ちょっと卒業旅行に借りてくわ。ほんの1日よ。明日の夜
には戻るから、よろしく〜〜(はぁと)』って、は、はめられた〜〜〜っ!! どこがちょっとよ!
ほんの1日なんて聞いてない〜〜〜〜っ!!!」
ミルファの大絶叫が巷に響き渡った。
……あまりの声量に、隣家から驚いた春夏とこのみが駆けつけて来たくらいである。
PM3:30 山形自動車道 山形北IC付近
「や、山形北……って、どこ?ここ」
「山形」
「山形はわかるけど……金山温泉って山形だったんだ……」
「やあねぇ、タカ坊ったら。日本の地理をみっちり仕込んであげなきゃいけないかと思ったわよ」
車窓の外に広がるのは……初春を迎えた関東圏とは全く趣の異なる、まだ冬の気配の抜けない寂寥た
る風景であった。道路脇の雪こそ多くはないが、遠望出来る山々の多くは真っ白と言って良い。
そしてインターチェンジを降りた環の車は、『山形方面』ではなく国道13号線を『新庄方面』に向
けてさらに北上をはじめる。
「……タマ姉、まだ、北に行くんだ??」
「あら、私は『雪景色が見たい』って言ったでしょう? これくらいは雪景色って言わないわよ」
いや、十分です……というつぶやきは胸に納め、貴明は嘆息した。
どのくらいの雪があれば雪景色って言うんだろう……今はその事だけが気懸りだった。
PM4:30 山形県尾花沢市 金山温泉 共用駐車場
「さ、着いたわよ」
車を降りると、そこは雪国だった。
「さっき電話しておいたから、旅館から迎えが来るはずなんだけど……あ、来たわね」
路上にこそ積もっていないものの、道路の脇には2mはあろうかという雪の壁。
灰色の空。肺腑を突き刺す冷気。完全に雪に覆われた山肌。
これが同じ日本とは思えないような風景が広がっていた。
「マジですか……」
長袖Tシャツ一枚にジーンズ、という命知らずなくらい軽装の身を縮こまらせて貴明はつぶやいた。
するとぱさり、と背後から厚手のコートが着せ掛けられた。さらに首にマフラーが巻きつけられる。
「こんな事もあろうかと、コートとマフラーを用意しておいたわ。よかった、ぴったりね」
思わずドキリとさせられるような優しい環の笑顔に一瞬見惚れる貴明であったが……
「こっそりコートやマフラーを用意するよりさ、最初から寒い所に行く服を着ろ、って言ったほうが良
くなかった?? ねえ、タマ姉??」
なんのことはない、偽物の温もりに騙されている事に気が付いてしまった。
その考えが正しい証拠に、環は知らん顔で迎えのマイクロバスに手を振っていた。
PM5:00 金山温泉 不二屋
「わあ、綺麗な部屋ね、タカ坊♪ 見て、外! すごい雪景色よ〜〜!」
「そ、そだね……とっても、綺麗だね……」
確かに、文句の付け様のない完璧な雪景色である。
家を出てわずか8時間でこんな場所までやってこれるなんて、さすが狭い島国とは言え南北に長細い
日本は一味違う。更に、地方にまで伸びた高速道路網もこの旅の大きな手助けになっていると考えて良
いだろう。都会にいるとなかなか実感出来ない、道路特定財源の恩恵という奴である(笑)
それはさておき。
「タマ姉、ダブルベットなんですけど……」
「ほらほらタカ坊、ここはお部屋にも温泉があるのよ。あとでちゃんと大きなお風呂の予約も取ってあ
るけど、まずはここで汗を流しましょうか」
寝室の大きなベットに二つ仲良く並んでいる枕、という貴明的にはありえないシチュエーションにび
びっていると、環はそそくさと自分と貴明のお風呂セットを浴室の前に並べている。
いわゆる半露天の専用風呂という奴である。ちなみに、この旅館でこの設備のある部屋はたった一つ
しかない。当然、宿泊料金は一番高い。
「タマ姉、なんでもう服脱いでるんでしょう……」
「さ、早くいらっしゃい、タカ坊♪」
……聞いちゃいねえ。貴明はおもわず天を仰ぎたくなった。
そういえば環は、宿帳に『婚約者』とか書いていたような気がする。
そういえば、宿の人に『ご夫婦?ご兄弟?』とか聞かれて『婚約者です。私の卒業旅行に付き合って
くれてるんです〜〜』なんて答えていた様な気がする。
つまり。
(誰も阻止してくれる人はいない、ってコト??)
どうしたらよいか決心がつかず突っ立っている貴明に、艶然と微笑む環(装備品:バスタオルのみ)
がゆっくりと近付いていった……。
PM5:00 河野家 リビング
「あ゛〜〜〜〜んっ!! ぐやじいよぅ〜〜っ!! ねえさぁ〜〜〜んっ!!」
その頃河野家のリビングでは。
落ち込むミルファに困惑した春夏とこのみの通報を受けて駆け付けた姫百合家の面々は、泣きじゃく
るミルファをなんとか慰めようとしていた。……多分。
今のミルファはイルファの胸に縋ってわんわん泣いている。もしも涙が出るならイルファのメイド服
はきっと大変な事になっていたに違いない。その様子に、イルファはいつになく優しく妹を抱きしめ、
背中を撫でている。
「ずるいよ〜〜!! もうじき卒業だからって寂しそ〜〜うに言うから大人しく譲ったのに……そのま
ま貴明を拉致しちゃうなんて、ずるいずるいぃ〜〜!!」
延々と愚痴を言うミルファの様子を、瑠璃と春夏は苦笑いしながら見つめていた。
ちなみに、このみとシルファはミルファに同調してぷんすか怒っている。
どうやら二人的にも環の行動はずるいらしい。
「タマお姉ちゃんったら、一人で抜け駆けなんてズルすぎるでありますっ!」
「そうれすよ。これはらん固抗議されるべきれす!!」
珊瑚はといえば、なにやらノートパソコンで調査をしているようだ。
「……わかったで〜〜。タマ姉ちゃんの携帯の電波を受信してるトコの近くにある温泉は一つや。山形
の金山温泉やぁ〜〜♪」
……どうやらなにか見てはいけない情報を探っていたらしい。
もっとも、
「金山温泉か〜〜。今から行くいうてもこんな時間からじゃどもならんなぁ。じゃあ、今日のところは
タマ姉ちゃんに譲るとして、ウチらも今度、貴明と一緒に温泉行こな♪」
探ったからといって何か実のある事をする訳でもないらしいが。
そんな企画が立ち上がった姫百合家に触発されたのか、
「あらあら、それはいいわねえ。タカくんと温泉なんて随分行ってないわ。私はお父さんと一部屋取る
から、このみはタカくんの部屋に泊めてもらう??」
「そ、そうするでありますよ、お母さ〜〜ん!!」
どうやら柚原家でも温泉計画が発動されるらしい。
春夏の提案に、鼻息も荒くこのみは賛同している。……このみ父が聞いたらなんと言うのだろう??
「ウチはさんちゃんと行けるんならなんでもええけど……」
「……れは瑠璃さまはご主人様と別の部屋でもいいんれすね?? なら遠慮なくシルファが……」
「だ、誰もそんなコト……」
とまぁ、こちらもすっかりその気らしい。
「うわぁ〜〜〜んっ!! だめだめだめったらだめぇ〜〜〜っ!!」
ほうぼうで立ち上がる『貴明と温泉に行こう計画』を聞きつけ、さっきまで落ち込んでいたミルファ
は飛び上がってがーっ!!と騒ぎまくる。
「あらあらミルファちゃん、すっかり元気になっちゃって♪」
「みっちゃん、いつも貴明独り占め、カッコ悪いで〜〜」
珊瑚とイルファは、そんなミルファを(生)温かい目で見つめていた。
PM7:00 金山温泉 不二屋
「あら、さすがに山形牛は美味しいわね〜。お刺身でいただいても全然くせがないし柔らかいわ」
「ホントだね。……もぐもぐ。山形って、山ばっかりで魚とか美味しいのないと思ってたけど、この鱈
の鍋なんか、とっても美味しいね。……むぐむぐ」
「くすっ。タカ坊、食べながらお話しなんてお行儀が悪いわよ」
夕方までの貴明のおどおどっぷりは何処へやら、夕食の時には二人の雰囲気はすっかりいつもの状態
に戻っていた。おそらくは、先だっての入浴でリラックス出来たからであろう。
風呂場に連行された時には『過剰なスキンシップ』の強制執行を恐れていた貴明だったが、予想に反
して環は決して姉と弟の垣根を越えたりはせず、目のやり場にこそ困ったものの、実に和やかなひと時
を過ごせたのだ。
そして今に至る、というワケである。
浴衣姿の二人は仲良く並んで山海のご馳走に舌鼓を打っていた。冬は比較的食材に恵まれない季節と
は言え、オールシーズンの山形牛と、旬の最後の寒鱈を中心に仕立てられた品々の味は、さすが高級旅
館の名に恥じないものだった。
ちなみに、さすがに真面目な環は泡の出るジュースや米ジュースは頼んでいないようである。
PM8:30 金山温泉 不二屋
「ねえ、タマ姉。また温泉なの??」
環に連れられて廊下を歩きながら、タオルを頭に載せた貴明が尋ねた。
すると、環は『くあっ!』と貴明の間近に顔を寄せると、人差し指を突き付けながらこう言い返して
きた。……なんだか目が座っているのは気のせいだろうか??
「温泉に来たらまずお風呂! ご飯を食べたらお風呂! 寝る前にお風呂! 起きたらお風呂! これ
が掟よっ! この旅館には温泉が5つあるの。入り倒さないで帰れるわけがないでしょう??」
仕組みわからんのだけど支援?
「お、掟なんだ……」
環の言った通りのタイミングで入ると1つ余るよなー、どうするんだろうなー、などと思いつつ、貴
明は苦笑するしかなかった。それにしてもそう馬鹿みたいに大きいとは思えない旅館の何処に5つもの
浴場があるのだろう?男女の区分けはどうなって……などと思っているうちに、どうやら目的地に着い
たらしい。だが何処を見渡しても温泉旅館でお馴染みの『男湯』『女湯』の表示はない。
「入り口一つしかないみたいだけど……俺は何処に行けばいいの??」
「ここに決まってるじゃない。この旅館の温泉は常に予約制で貸し切りなんだから」
何を言っているの?という顔で環が教えてくれた。
そして彼は、また目のやり場に困る至福のひと時(?)を過ごす事になったのだった。
それはさておき、当たりの柔らかい硫黄泉は本当に芯まで温まって気持ちよかった。
環が控えめな態度を崩さなかった事もあり、貴明は再びじっくり湯の良さを堪能する事が出来た。
PM10:00 河野家 リビング
「10時ですね〜〜。環さま、そろそろ貴明さんに迫ってるかもしれませんね〜〜」
「ふ、ふええぇぇぇ〜〜ん、姉さんのイジワルぅ〜〜〜」
その日の夜。河野家では、イルファが妹イジメをしていた。
「え、ええんか? さんちゃん」
「瑠璃ちゃん、心配なん??」
「ウチは……貴明が誰と何したかて……関係あれへんもん……」
ついでに、瑠璃も余波を受けていた。
PM10:00 金山温泉 不二屋
その頃。温泉から帰ってきた貴明はダブルベットの脇で固まっていた。
そういやさるさんにもかかってないっぽいね
といいつつ支援
「どうしたの? タカ坊。それともまだ眠くならない??」
彼にとって、先ほどまでいつもの慣れ親しんだ『やんちゃなお姉さん』だった事が嘘のように、ベッ
トの上で笑う環にどうしたらいいのかわからなくなっていたからである。
別に何か格好が変わったわけではない。
浴衣は来たままで、少し乱れた白いシーツの上にぺたんと座った姿はむしろ可愛らしいくらいである。
だが長い髪を解き、座ったままで上目遣いに貴明を見つめる彼女は、可愛らしいを通り越して暴力的
に可憐だったのだ。『構って?』と目で訴えるだけの猫の可愛らしさ、アレである。
「……ねえ、貴明……きて?」
どきん。
いつもとは違うその呼び方に、貴明の胸が大きく高鳴った。
うるうると見上げる環の瞳から、濡れた唇から、目を離す事が出来ない。
「タマ……姉……」
「そろそろ、たまき、って呼んで欲しいな……」
「たま……き……」
「うん、貴明……」
◇ ◇ ◇ ◇
PM15:30 東北自動車道 川口JCT付近
「ねえ、貴明」
「なに? たま……姉」
どうやら貴明の方はまだ普通に『環』とは呼べないらしい。
もっとも環も、あえて訂正しようとはしなかった。ただくすり、と悪戯っぽく笑っただけである。
「温泉、2つ入りそびれたわね」
「あ、あー、そうだったね……」
環のその言葉に貴明は苦笑した。彼が当初から気が付いていた事だが、がんばっても1泊で5つの温
泉風呂を回るのはちょっと辛いのである。まして金山温泉の湯は『温まり湯』なので、非常に冬向きで
はあるのだが、連続で入れば確実にのぼせてしまうのだ。
「ねえ、貴明」
「……な、なに?? タマ姉」
また一緒に行こうね、という言葉が続く事を予想した貴明だったが、環が次に口にしたのは全く違う
言葉だった。
「珊瑚ちゃんに聞いたんだけど……来栖大学を目指すんだって??」
「え゛?? まぁ、そうはっきり決めたわけじゃないんだけど……なんとなくそうなりそうな……」
しどろもどろに言う貴明に対して環はにやりと笑うとこう告げた。
「私、来栖大学も受かったから。来年はまた同じ学校ね♪」
「う゛ぇ゛?? ……そ、それは、楽しみだなぁ〜〜……」
なんとなくそうなりそう、どころではない。
確信した。これは絶対に合格しなければ、来年以降の人生はない。
九条院大学を受けさせられるよりはマシかもしれないが、珊瑚やイルファや環が代わる代わるやって
きて大変な事になるであろう来年度を思うと、貴明は世を儚みたくなるのであった。
「来年、貴明の卒業旅行で入りに行こうね、温泉」
なるほど、そう来るのね……と、貴明は大きな溜め息をつきながら納得した。
そして、玄関の前で仁王立ちになっているであろうもうひとりの赤毛の少女の怒りを思うと、想像だ
けで100回は気絶出来そうな不安を覚えるのであった。
……無論、彼の不安はフルコースで的中する事になる。合掌。
〜〜終〜〜
こんばんは。支援、ありがとうございました。
スレ立てをして引き続き投下したのでさるさんが不安だったのですが……ひっかからなかったですねぇ。
とりあえず全部晒せて一安心です。
本作は前スレ
>>694の「旅行物」に触発されて書いたものです。
一応、鍋も出してみましたw ホント、一応ですけどね。
まぁ、これも勢い任せなので色々アレな面はありますが、気にしないでやって下さい。
なお、本作に登場する地名などは架空のものですw
聞き覚えのある名前がある?きっと気のせいですよ。
特に金山温泉とか不二屋などはありませんから。
銀山温泉や藤屋さんを参考にしてる、なんて事はありませんから、そこんとこよろしく。
それにしても……ToHeart2の舞台ってどこらなんですかね??
一応今回は神奈川(仮名)あたりをイメージしたのですが……。
おもしろかったでーす
リアルタイムで読ませていただきました^^
作者さんに質問なんですけど
このお話って全部書くまでにどれくらい時間かかりましたか??
よろしければおしえてください><
乙
カレーの人だよね
相変わらずミルファが活き活きしていて良いが
今回はタマ姉も良いなw
そして描写も一段と良くなっている
テンポ良くさくさく読める文体と構成で好感が持てました
ところで、タマ姉とタカ坊は夜何があったのでせうか…気になるわ…
乙〜。さるさん解除ならいいんだけど
文章うまいね。春夏もライバルなのはやっぱりカレー対決の影響かw
東北自動車道は(もうちょい北だけど)仕事でしょっちゅう走ってるのでなんか親近感が湧いた
タマ姉と温泉な話もいいんだけど、これってこれで完結? だとするとメイドロボチームの役割が弱いよーな
ここまで彼女らを書いたなら、いっそ皆で温泉に押しかけてくる展開(もしくはオチ)のが自然な気がしなくもなかった
ミルファにとって、取るに足らないライバルって誰でしょうかね?
最強=このみ+春夏
最凶=タマ姉
最悪=イルファ&シルファ
最弱=???
愛佳?
25 :
郁乃専属メイド:2008/02/22(金) 08:14:39 ID:6dL+hN/HO
初投下してみます。
何故か書き禁くらってるので携帯からですがorz
------------------------
修学旅行当日の朝。
姉を迎えに来た貴明の顔を朝から見て
不愉快な気分にこそならなかったものの、
しどろもどろに説明する二人に若干の苛立ちを覚える。
愛佳「それじゃあ郁乃、そろそろ行ってくるね」
郁乃「行くのはいいけどこのロボなんとかしてから行ってよね」
話は数分前に遡る。
今日から姉の学年は修学旅行。それ自体に何の問題もない。
両親も仕事の都合で泊りがけの出張になったのは計算外だった。
通学できるまでには回復した私だけど、まだまだ生活に不自由を感じる場面は多々ある。
でも、このみや姫百合姉妹といった友達もいるし、なんとかなるだろう。
たまには家族の目を離れ、一人暮らし気分を満喫しよう。そんな事を考えていた。
でもその密かな目論見は過保護な姉とその彼氏によって、
ものの見事に打ち砕かれた。
貴明「まぁそう言わないで。ほら、シルファさんにも失礼だろう?」
郁乃「保護者面しないで。誰が頼んだのよ」
26 :
郁乃専属メイド:2008/02/22(金) 08:16:43 ID:6dL+hN/HO
お節介な姉とその彼氏は知り合いのメイドロボがいるらしく、
私の世話をシルファさんとやらにお願いしたらしい。
生活に不自由を感じるとはいえ、自立歩行が出来るようになった今の私に
そう過剰になるほどまでに必要とは思えない。
愛佳「でも、ただ学校行くだけじゃないのよ?料理だってしないといけないし…」
郁乃「あのね、世の中には便利なコンビニってものもあるのよ」
愛佳「そ、そうだけど…ずっとコンビニ弁当なんて食べてたら体に悪いよぉ」
郁乃「バッカじゃないの?一週間やそこらですぐ不健康になってたら世の中成り立ってないわよ」
出発直前にいきなりそんな話されても、こっちだって心の準備とかあるのに。
大体何よ、貴明の物陰に隠れて挨拶すらしようとしない。
メイドロボってこんな無礼なものなのかしら。最新型のクセに。
貴明「愛佳、そろそろ時間」
愛佳「あ、そ、そうだね。話の途中だけど…それじゃあ郁乃、そろそろ行ってくるね」
郁乃「行くのはいいけどこのロボなんとかしてから行ってよね」
貴明「郁乃ちゃん、いい加減に…」
シルファ「た、貴明様。いいんです、私お母さんの所に戻ります」
貴明「…どうしてもダメそうなら連絡頂戴。珊瑚ちゃんに連絡取るから」
郁乃「この後に及んでまだ…」
愛佳「お願い郁乃。お姉ちゃん達心配なのよぉ」
27 :
郁乃専属メイド:2008/02/22(金) 08:20:04 ID:6dL+hN/HO
心配してくれる気持ちは嬉しいけど、
このままでは本当に遅刻するまでここで問答を続けるだろう、この姉は。
郁乃「もう、わかったわよ。でも気に入らなかったらすぐ追い返すからね」
私の言葉に安心したのか、二人は慌てて家を出て行った。
とは言ったもののこのロボは一体何ができるのだろう。
モジモジ貴明の後ろに隠れてたかと思えば、すぐ諦めのセリフを吐き、
貴明が去った後も部屋の隅っこの方でじーっと突っ立ってるし。
何がしたいのか甚だ疑問だわ。
まぁ姉の顔を立てて一応名前ぐらいは聞いてみよう。
郁乃「アンタ、名前は?」
シルファ「HMX−17C、シルファと言います…」
私の言葉に反応して名前はわかった。
でもその後も一向に動こうとしない。何なのだろう。
これは今日にでも珊瑚に電話する事になるかもね。
一抹の不安を抱えつつも私は学校へ向かうべく、家を後にした。
------------------------
とりあえずここまでですが、普通は完成してから投下するものでしょうか?
>>27 乙です。
いくのんとシルファ、美味しい組み合わせだしなかなか楽しみではあるけれど……
シルファの口調と時系列に若干無理があるのはやはり気になりますね。
まあ、でもそこらは自由ですから、このままがんばっていただけたらと思います。
あと、別に完成してからでなきゃいかんというコトはないと思います。
長い場合はキリのいい場所で「つづく」にするのは問題ないんじゃないですか?
>>21 構想10分
下調べ(高速道路の所要時間とか)1時間
執筆は……1日4時間くらい使って4日間くらいかな?
20時間はかかってないと思いますよ〜。
>27
乙。この組み合わせはアイディアだな。っつーか先の予測ができんw
完成しないで投下するのは全然おkだが、完成せずに放置される作品は無数にあるからそうならんように頑張れ
31 :
郁乃専属メイドの中の人:2008/02/22(金) 23:14:15 ID:6dL+hN/HO
ご指摘ありがとうございます!
まず時系列に関してはすっかり忘れてましたorz
でもこのまま行こうと思います。
シルファの口調は少し他の方のSSを見て修正しようと思ってます。
一応プロットは出来てるので、最後まで頑張りたいと思ってますが
遅筆なのはご容赦願いたいです…orz
今日は50時間ぐらい起きて仕事してるので
投下出来るかわかりませんが、明日はまったり投下して行きたいです。
>>27 この予測できない展開と組み合わせが、自分の感性を刺激していい感じ^^
>>31 乙です。携帯からで忘れてるだけかもしれないが、一応sageとこうか。
あと作品の前書き、後書きは作中のレスに組み込まないほうが良い。
それと、「」前の名前はわりと嫌う人が多いみたいなので使わない方が無難かな。
ともあれ、初投下なのにちゃんとした文書けてるし発想も悪くないと思います。
続き期待してますね。がんがれ
>>33 書き込み自体久しぶりなものでsageの存在を忘れてました。
気をつけます。
色々とアドバイス、ご指摘ありがとうございます。
確かに「」の前に名前が入ってる小説なんてありませんし、
文章の途中に前後書きが入ると読みづらいorz
勉強になりました。
今後に生かしていきたいと思います。
では力尽きそうなので、2レスだけ投下して今日は寝ます!
35 :
郁乃専属メイド:2008/02/23(土) 00:50:36 ID:T9cI69JEO
玄関先で靴を履き、家を出る前にある事に気づいた。
家の鍵…どうしようかな。
私の後ろ、少し離れた位置に姿勢を正して立っているシルファに声をかける。
「アンタ、今日初めて会うけど家の鍵任せて大丈夫なの?」
私の問いかけに少し寂しげな表情を浮かべつつも、コクリと頷くシルファ。
まったく…。話せる口が付いてるんだから返事ぐらいしたらいいのに。
会った初日の見ず知らずとはいえ、人間じゃないシルファに鍵を預ける事にした。
最新型のメイドロボが悪事を働くとは思えない、それが理由だった。
「じゃあ鍵は預けて行くけど、変な事するんじゃないわよ」
またも頷いて返事を返すシルファにため息をつき、玄関のドアをくぐる。
「あ…」
外へ向かう私の背中に、微かな声がかかったような気もしたが
気づかないフリをしてドアを閉める。
36 :
郁乃専属メイド:2008/02/23(土) 00:53:24 ID:T9cI69JEO
学校へ向かうこの通学路も、以前は姉に車椅子を押してもらい
私はただぼんやりと空を眺めていただけだった。
でもそれは少し前の話。今は自分の足で歩き、学校を目指して歩いている。
車椅子に乗っている時しか気づかなかったような事ももちろんあるが、
自分の力で歩く事によって気づく事もたくさんある。
まず、当たり前の事だけど周囲に気を遣うようになった。
交通事故に遭わないため、などもあるけど
私と同じく学校へ向かう子供や、朝の散歩をしているおばあちゃん。
どんな気持ちで同じ道を歩くのか。
そんな些細な事が気になったりもしたけど、実際私の知るところじゃない。
それと同じように、今朝会ったばかりのメイドロボが何を考えてるのか。
今日はそれだけを考えながら歩いていたら、気づけば学校の校門をくぐっていた。
いつもは新しい発見がたくさんある通学路も
メイドロボの事を考えるあまり、知らない間に通り過ぎてしまった。
「勿体ない事したなぁ…もう考えるのはやめよっと」
誰にともなく零し、頭の中にあるシルファの寂しげな顔を振り払う。
そんな事より、今は目の前にある最大の難関。
階段という大きな壁が待っているのだ。余計な事に力を使ってられない。
>>34 >確かに「」の前に名前が入ってる小説なんてありませんし、
実はそうでもなかったりする
>>37 脚本風にするとか、演出の一つとしてはありだと思うけどやっぱ違和感あるような。
好みと言えばそれまでだがね。
>34
乙乙。なんだか展開が楽しみだ
1回の投下の現レス数/最大レス数と、連載なら通番はタイトルの後ろに入れた方が見やすいよ
例えば>25なら「郁乃専属メイド(1) 1/3」、>36なら「郁乃専属メイド(2) 2/2」みたいな感じで
台詞の頭に名前を入れる入れないや、段落の頭を1文字下げるかどうかは、
まあ文体やレイアウトと相談で好きなように、他のSSを参考にしてみたらいいんじゃないかな
とか、ずらずら書いたけど携帯からじゃ厳しいだろから無理しないでね。アク禁解除を祈る
おはようございます
今書いてますが、もうすぐ携帯のソフトウェア更新が始まるらしく
投下は遅い時間になりそうです。
>>37 そうなんですか!?知らなかったorz
>>39 確かにその方がわかりやすいですね!
さっそく実践してみます。インデントに関しては、PCだと横書きなせいか
入れると違和感があるのでこのままいきます。
アドバイスありがとうございます。
「少し風邪気味かもしれないけど、疲れたんじゃないかしらね」
簡単な診察をして、保健医はそう言った。
「熱さえ下がれば問題ないと思うから、少し様子を見てあげて」
「はい」
カスミの噂を知っていても、彼女にはそう言うしかなかったろうが、薫子はしっかりと頷く。
浴室から洗面器に水を汲み、フェイスタオルを濡らしてカスミの額に当てた。
ゥ…。
診察の間もぼんやりとしていた黒髪の少女は、その冷たさに意識を戻したよう。
ちらと薫子に視線を向け、
ムッ……。
弱々しい手つきでタオルを、薫子の手を払う。
「何もしませんよ」
嫌われたものだと、しかし今の薫子には苦笑する余裕があった。
相手の抵抗を受け流しながら、タオルを洗い直して再び額に当てる。
何度か押し合いがあった後、観念したのか体力が尽きたのか、カスミは大人しくなった。
スゥ、スゥ……。
やがて、カスミは寝息を立て始める。
薫子はちょっとホッとしながら、変わらずにタオル替えを続ける。
ンゥ……。
患者の寝顔は、あまり安らかそうではない。
(慣れない学園生活で、いきなりこれでは疲れますよね……。)
半分は自業自得としても、薫子はカスミに同情した。
(何故、そんなに周囲を拒絶するの。)
苦しそうに汗で額に張り付いた髪を払うと、ついそのまま髪を撫でる。
「お……様……」
「え?」
「……ねえ……様……どう……して……」
呟かれた独り言に薫子は耳を傾けたが、そのままカスミは眠りに落ちていった。
お姉様、どうして死んじゃったの。
朦朧とした意識の中で、カスミは姉の夢を見ていた。
「凄いわね、カスミは、もうこんな計算ができるの?」
優しくて凛々しくて、いつも自信に満ちあふれた姉は、カスミの自慢だった。
姉も歳の離れた妹に愛情を注いでいて、その限りで二人は対等だった。
対等でなかったのは、両親からの扱われ方。
「お前は本当に優しい良い娘だねえ。私の誇りだよ」
父は、姉を溺愛した。
「それに引き替え、この子ときたら、喋る事もロクにできやしない」
対照的に、カスミには冷酷だった。
「でも、お父様、カスミはとても頭の良い子です。ほら、もうこんな問題が」
「お前がやってあげたんだろう、本当に、優しいねえ」
姉が妹を庇うほど、父親は姉の評価を高め、
「全くお前はまたそんなむくれた顔をして、恥ずかしいと思わないのか!」
妹に対しては、なお理不尽に辛く当たった。
カスミは、不平は漏らさなかった。理由を知っていたから。
自分は、父親の子供ではない。
本当の父は判らない。父親の事業がうまくいかなかった時期に、母親が浮気した相手の一人としか。
だから、今は父に媚びている母にとっても、カスミの存在は負い目になっていて。
「お前なんか、居なければ居ない方が良かったのに」
父も姉もいない時に、何度そんな愚痴を聞かされたことだろうか。
姉さえ居れば、それでいい。両親から聞かされ続けたその類の言葉には、でも、カスミ自身も同意見。
お父様もお母様も、友達も自分にはいらない。お姉様さえ、側に居てくれれば、それでいい。
なのに。
お姉様、どうして死んじゃったの……。
やや季節外れのセラミックヒーターなど持ち出して部屋を暖めたせいもあって、
洗面器の水がだいぶぬるくなってきたから、薫子は一度部屋を出た。
(うどんでも作ってあげようかな)
そんな事を考えながら炊事場で水を入れ替え、部屋に戻ろうとして、
「あら、薫子さん。丁度よかった」
扉の前で、声を掛けられた。
「こんばんは、どうされました?」
薫子が振り向くと、昼間図書館で会った先輩達。
あの時から更に2名ほど取り巻きが加わって、都合5人。
「看病大変そうね」
「別に……何かご用でしたでしょうか?」
「貴方じゃなくて、カスミさんにお話があるの。部屋に入れてくださらない?」
薫子は、眉をひそめる。
「彼女は今、具合が悪いので……」
言葉の途中で、既に相手がそれに気が付いていることに気づく。
「先生から聞いてるわよ。あの子なら、多少調子が悪い方が大人しいでしょ」
「話もし易いってもんだわ」
病人を多数で取り囲んで、どんな話をするつもりなのか。
「ご用件なら、伺っておきますけれど?」
「いいから黙って開けなさいよ」
のらっとした薫子の言葉に、別な生徒がイラついた口調で迫った。
「それともなに、やっぱりあの子の肩を持つわけ?」
「ふーん、そういう感じなんだあ」
複数の口から、嫌みったらしい言葉が飛んでくる。
そんな事はない、反射的にそう誤魔化しかけて、薫子は口をつぐむ。
いつの間にか、彼女は背中にドアを背負っていた。
姉が交通事故で世を去ってから、カスミの扱いは更に酷くなった。
「お前が代わりに死ねば良かったのに」
そんな言葉、できるなら、一番そうしたかったのはカスミ自身だったのに。
ただ、姉が死んで間もなく、妹の頭脳が並はずれて優秀であることに、父親が気づいた。
「ふん、お前でも少しは役に立つか」
それで、カスミは九条院に送り込まれた。父の、コネクションづくりの為に。
(コンナトコロ、キタクナカッタ……。)
誰ともうまく行かないのは、中学校でも同じだった。
違うのは、全寮制の九条院では、自分の部屋でも一人になれないことくらい。
だから追い出した。嫌われたのか、嫌わせたのか、そんなのはどうでもいい事。
代わりにやって来た子は、少し変だった。
嫌がらせしても平気な顔で、かえって自分に寄ってくる。
後から来たもう一人は、その子を追ってきたみたい。仲がいい。
休日、向こうから声を掛けてきた。
図書館に案内してくれた、本を借りてくれた。優しく、してくれた。
「居なければ、居ない方が」
いいんです。
別に関係ない。気にしない。耳が飽きるほど聞いた言葉。
(ウルサイ……。)
扉の向こうが騒がしくなって、カスミは朦朧とした意識をぼんやりと取り戻した。
昼間も聞いた声。今のルームメイトと、前のルームメイトの声はなんとなく聞き分けられる。
「ご用件なら、伺って……」
「いいから……開けなさい……」
入ってくるのだろうか。カスミはのろのろと起きあがった。ポケットを確かめる。
はらっと額からタオルが落ちた。ずっと看病してくれていたのは……
「なによその目つき。反抗する気?」
上級生がムッとした声を出す。薫子は黙っていた。
「なんとか言いなさい。いつもの減らず口はどうしたのよ」
「待ちなさい」
激昂しかかった娘を止めたのは、派閥の領袖である元部屋の主。
「ねえ、薫子さん」
ゼロ歩の距離に近づいて、耳元に顔を寄せてくる。
「部屋に入れないということは、私たちが病人相手に騒ぐようなならず者とお考えなのかしら?」
考えているから、答えようがない質問。
「私は、貴方のご趣味に口を出す気はありませんけれど」
ご趣味という部分に、ネチっとしたアクセントがある。
玲於奈と薫子の仲を揶揄する噂は、中等部の頃からあった。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、って知ってらっしゃるわよねえ?」
従わないなら玲於奈も只では済まないぞ、と。
薫子は迷った。
最後通牒を突きつけられて、今なら引き返せる。
目の前の連中とはだいぶ関係が悪化したが、元から良好でもないし、最低限の復旧は可能だろう。
カスミの事は、カスミに任せればいい。九条を去るのも自由だし、案外、しぶとく生き残るかも知れない。
ただ、そこに薫子はいないだけ。
(……ごめん、玲於奈。)
自分が損得勘定の上手い方だとは、玲於奈を親友と定めた時点で思っていないが、
それにしても高等部に入るまでの努力を水の泡にするような行動は。
「あの子は体調が悪いので、今はお取り次ぎできません」
自分の頑なな声を、薫子は久しぶりに聞いたように思う。
目の前で、三年生の顔が歪んだ。
「ふうん、そう」
薄皮一枚、剥がれたような声色。
お腹の前で抱えていた洗面器に、先輩の手がかかる。
「舐めてんじゃねえよっ!」
びしゃり。
洗面器が跳ね上げられて、顔面に冷水が浴びせられる。
そして、ぼやけた視界が戻るより先に、腹部に衝撃が来た。
「ぐっ!」
膝蹴りされて、身体をくの字に折り曲げる薫子。その途中で、横から髪を掴まれる。
ぐいと顔を引き上げられた眼に映る、彼女を取り囲む悪意に満ちた表情達。
「へっ、いい気になんじゃないわ!」
足を払われた。倒れ込む。掴まれたままの髪が、何十本か抜ける鮮痛。
「なに勘違いしてんのかしらこのコウモリ娘」
頭を抱えてうずくまる薫子の、腰に蹴りが入る。
そのジャージの腰に、複数の手が掛かった。
「アンタは素直に私たちに尻尾振ってりゃいいのよ!」
ズボンを引っ張り上げられて、白い下着と、腰から太股までの肌色が露出する。
ちりん、とそこから小さな金属品が落ちた。
「あっ」
薫子はそれ−部屋の鍵−に手を伸ばしたが、その手は踏みつけられた。
「痛ぅっ!」
「最初から素直に渡しときゃあいいのに」
カスミの元同室が鍵を拾って、薫子をひとつ蹴って、扉に差し込もうとする。
ガチャリ。
が、その前にドアノブが回る音がした。
「え? きゃっ!」
急にドアが内側に開いて、目標を失った一年生がたたらを踏む。
その娘を突き飛ばして、黒い影が部屋から飛び出した。
「か、カスミっ、さん?」
黒く見えたのは、カスミの髪の色だったらしい。
寡黙な少女は頭から、薫子を取り囲む女子の列に突っ込んだ。
「うわっ、なに?」
勢いに驚いて、離れる包囲の輪。
ちゃりん。薫子の鍵が、一年生の手から再び床に落ちる。
「カスミさんっ!」
一瞬早く我に還った薫子が、鍵を拾い、黒髪の少女を抱えるように引き戻し、自分たちの部屋に逃げ込んでドアを閉めようと。
「なにすんだてめぇっ!」
だが、包囲網の一人が身体をドアに挟んだ。
ばぁんと、あっという間に扉は押し開けられて、なだれ込んでくる生徒達。
多勢に無勢で抵抗のしようもなく、薫子とカスミは床に転がった。
「やっぱりつるんでだんだねアンタら」
「つるんでたなんて言い方が悪いですわ、愛でしょ愛」
「あはは、気色悪ぅ〜」
嘲笑されても、カスミの表情はさほど変わらない。が、
「なにこの写真、前の恋人ぉ?」
カスミの机の上の写真立てを取り上げた二年生に、少女の目が燃えた。
床から跳ね起きて目標に向かう、その手がパジャマのポケットに、
「それは駄目っ!」
彼女の手に握られているものを、薫子は知っている。飛びついて押さえ込む。
「なに抱き合ってんだよっ!」
笑い声とともに、足が飛んでくる。頭を蹴られて視界が震える。踏みつけられて肺が潰れる。
半分朦朧とした意識のなか、薫子は床に投げつけられた写真立てを庇う。
その眼前に、見慣れた自校の上履きが迫る。
「しばらく表に出られない顔にしてあげる!」
目を閉じた。だが、予想した衝撃はやってこなかった。
「うぎゃぐっ!」
代わりに、頭上からカエルが潰れるような悲鳴。
急に、静まりかえった空気。
「……?」
ぼうっと顔を水平まで上げると、目に映る二組の足。
うち、一組が宙に浮いている。
そして、倒れ込んだままの薫子とカスミの頭上から、
「何を、やってらっしゃるのかしら?」
場にそぐわない、涼やかな声が舞い降りてきた。
「うっ、ぐっ、あ、アンタはっ!?」
女子生徒の狼狽した声。薫子は、痛みをこらえて身を起こす。
目の前に、彼女を蹴ろうとした先輩がいる。頭が随分高い位置にあって、地に足がついていない。
簡単に言うと、首根っこをつかんで吊り上げられている。
そして、吊り上げているのは、同じ九条院の、制服姿の少女。
「喧嘩なさるのはご自由ですけど、五人で二人を寄ってたかってというのは、いささか趣味が悪くありませんこと?」
学年章は二年生。にこやかな笑みを浮かべた彼女は、驚くべきことに片手で相手を持ち上げていた。
「て、てめえには関係なっ」
ぶんっ。
人間が宙を飛ぶ姿というものを、薫子は初めて目の当たりにした。
投げ飛ばされた女生徒の身体は、投げ手に飛びかかろうとした少女を巻き込んで、開け放しの入口を通って廊下まで吹っ飛んだ。
残る三人の顔が蒼白になる。二人は逃げ腰に後ずさる。
「じ、上級生に手を出して、覚えてなさぐっ!」
残り一人、派閥のボスは震える声で捨てぜりふを吐こうとしたが、一瞬で首を掴んで引き寄せられる。
「覚えて欲しければ、覚えてあげてもよろしいですけれど?」
「っ、ぐっ、あ……ぅ……」
容赦なく吊り上げられた、見慣れた先輩の顔が見慣れない紫色に染まっていくのを、薫子は呆然と見つめた。
制服の少女は、またも片手で吊り上げた相手の喉笛を、容赦なく締め上げる。
ばたばたと藻掻く標的の動きが、徐々に弱まってゆき、それにつれて怒りの視線が恐怖に置き換わる。
(まさか……。)
そっ。
端で見ている薫子ですら背筋が寒くなった時、長袖の制服に、静かな手が添えられた。
「カスミ……?」
黒髪の少女に触れられて、すっと攻撃者の視線が緩む。
「もう、いいの?」
コクコク……。
優しい声に、頷くカスミ。
それで、三年生は解放された。
「ぐはあっ、げほっ、ごほっ、こ、向坂、環ーっ、!」
無様に床に転がりながら、制服姿に向けられる怨嗟。
「はい、何でしょうか、先輩?」
それに冷たい目線で答えて、一歩相手に踏み出す、向坂と呼ばれた少女。
「ひっ!」
怒熱は一瞬で冷めて、ジャージ姿の三年生は慌てて逃げ出して。
部屋には、三人だけが残った。
「大丈夫? 怪我は?」
部屋の壁にもたれかかった薫子に近寄って、少女が尋ねる。
「たいしたことはありません」
体中が痛かったが、それよりも薫子は、目の前の人物を凝視した。
あれほどの力を見せつけながら同時に女性らしい柔らかさを感じる身体は、少し高いくらいの背よりもずっと大きく見える。
優しさと強さを兼ね備えた、真っ直ぐな瞳。豊かで美しい、少し色の薄い長髪。
玲於奈が憧れ追い掛けている、才色兼備の名家の跡取り。
これまで何度か、見たり会ったりした事はあるが、眼前にして初めて薫子は理解する。
なんて、眩しい、この人が、向坂環。
「……ありがとう、ござい、ます」
こんなに素直でない声で、何を感謝しているものか。薫子は自分を恥じた。
「礼には及ばないわ、久しぶりに暴れてスカっとしたし」
ペロっと舌を出す環は、それに気付いてか気付かずか。
「そっちの子も、カスミさん? 大丈夫かしら?」
いっぽうカスミは、さっきは薫子より先に環を止めたカスミは、ただ呆然と立っている。
「どこか、痛めた? はい、これ」
環は、足元からカスミの写真立てを拾い上げて、持ち主の手に握らせた。
「……ぇさま……」
ぐい。
「あ、あら?」
写真を渡した手を、そのまま黒髪の少女は握りしめる。
「お姉様と、お呼びしてよろしいですかっ!」
カスミがこんな大きな声を出すのを、薫子は初めて聞いた。
「お、おねえ、さまぁ?」
流石の環も、これには面食らったようで若干のけぞる。
「……ダメ、ですよね……」
「あ、い、いや、えーっと、そのー、いいわよ、別に」
「ありがとうございますっ!」
カスミの顔が、ぱあっと明るく輝く。
環は、苦笑しながら、優しい視線で黒髪の少女を見た。
「あは、ははは……、じゃあ、そういう事で。何にしろ困った事があったら、いつでも呼んで」
「はいっ!」
その視線に、カスミは満開の笑顔で答えた。
あ、笑った顔。やっぱり、可愛いかった。
薫子が見たかった、少女の笑顔。
ようやくそれを見られたというのに、心は何故か痛くなった。
散らかった廊下の片付けも手伝って、環は自分の部屋に去った。
ジッ……。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、カスミも室内に戻る。
キョトン……。
部屋の中に、先に戻った筈の薫子の姿を見つけられず、一瞬戸惑う。
ルームメイトは、自分のベッドに横たわっていた。
傍らに立つカスミ。薫子は、布団を被って壁を向いている。
「……だいじょうぶ?」
黒髪の少女が、自分から薫子に声を掛けたのは、おそらく初めてだろう。
「平気です」
薫子はカスミに背を向けたまま、消えそうな声で答える。
……。
小さく首を傾げるカスミ。やがて、少し間を置いて、再び口を開く。
「……ありがとう」
その言葉に、薫子の肩がビクッと震えた。
「……お礼は、向坂先輩に言えば十分ですわ」
絞り出すような口調。
「私は、何もしていません」
布団越しに見える背中の形が、ぎゅっと縮こまる。
「何も、できなかったのですから……」
語尾が小さくなって、手で顔を覆っているのが僅かに見えた。
カスミは、そっとベッドの横にしゃがみこんで、横たわる少女の髪に手を伸ばす。
「薫子、ありがとう」
「っ!」
カスミが手を触れたのと、改めて対象を明らかにした謝意が示されたのと、薫子が息を飲んだのと、ほぼ同時。
「っ、っく、ぅう、ぅあああああーっ!」
薫子は、堰を切ったように泣きだした。カスミは、薫子が泣きやむまで、頭を撫で続けた。
携帯で大変なのかもしれないが、細かくぶつ切りで連続投稿はあんま好ましくない気がする
この日を境に、薫子を取り巻く環境は大きく変化した。
元同室の三年生達は、明確に敵意を示すようになり、それに伴って、表面上友人関係にあった多くの同級生や先輩も、いざこざを恐れて彼女から離れて行った。
誰とでも仲良く付き合う優等生という、これまでの彼女のイメージは失われ、教師達からも、嫌われたとまでは言わずとも、当たらず触らずの要注意人物扱いといったところ。
代わりに得たものと、変わらずに在るものは、黒髪の無口な友人と、赤髪の賑やかな友人。
カスミはこの一件で薫子に厚い信頼を寄せるようになって、何をするにも彼女の後を付いて回るようになった。
玲於奈はというと、
「元からあの方たちは気にくわなかったのです。いい気味ですわ」
事情を説明した薫子に屈託のない笑顔を見せ、かえって環との距離が近づいた事を喜んだ。
カスミに対しても、
「薫子の友達なら、私とも友達ですわね」
カスミの方も、無邪気で天然な玲於奈には敵対心を持つ気にならないのか、薫子が拍子抜けするくらいあっさりと打ち解けた。
薫子自身は、この境遇を後悔はしていない。
確かに、先輩達からの細かい嫌がらせは日常茶飯事で、
「じゃあ、薫子さん、後はよろしくね」
例えば今も、野外活動の後始末。件の派閥の上級生はニヤニヤと、巻き込まれた他の生徒達はコソコソと去って、
(後はも何も、殆ど最初からですけどね……。)
散らかしっぱなしの用具類を眺めて溜息をつくが、大した事だとは思わない。
環の存在が効いているのか、直接的な暴力や疎外はなかったし、
「薫子っ、ああもうまたっ、酷い連中ですわねっ!」
カチャカチャ……。
彼女は一人ではない。三人でいれば、大抵の事には対処ができた。
「あら、貴方たち、また押しつけられたの?」
「「お姉様っ」」
加えて、環自身も先輩に睨みをきかすだけでなく、なにかと三人に目を掛けてくれている。
ただ、薫子の心に影を落とすのは。
ここでさるさん。一時間くらい中断します。
ソフトウェア更新終りました。
雑談は避けた方が良いとは思うのですが、知りたい事があるので書き込みます。
>>52 ここって30行の規制はないのでしょうか?何行まで大丈夫か教えて頂けると幸いです。
気をつけて編集してから投下してるのですが、逆効果でしたかorz
>>桜の群像さん
初めてリアルタイムで見ました!楽しみにしてます。
>55
お気になさらずに。そのための中断宣言ですから。
この板は1レス最大32行です。詳しくはSETTING.TXTで検索してみてください
「台車、調達してきたわよ。さっさと終わらせて、お昼にしましょう」
薫子や玲於奈が二人がかりで運ぶような大荷物を、軽々と持ち上げる環。
「カスミと玲於奈はそっちをお願いね」
腕力だけでなく、仕事の段取りにしろ手際の鮮やかさにしろ、むろん学業も運動も。
(優秀というのは、こういうことを指す言葉でしょうか。)
自分が有能だなどと自惚れていたつもりはない彼女だが、それにしても、何かにつけて環の能力を見せつけられる薫子である。
そして、
「はいっ、お姉様!」
ニコニコ……。
玲於奈とカスミが環に向ける、憧憬の視線。
自分も素直に憧れれば良いものを、薫子の心にはいつも、やるせない思いが去来する。
(私は、友人ぶって二人に頼られたいだけなんだろうか?)
自然に慕い、自然に慕われる二人と一人に比べて、己のいかに卑小なことか。
それでも、玲於奈が一番に愚痴をこぼす相手は引き続き自分であって欲しかったし、
(カスミ……。)
黒髪の少女が、九条で最初に笑顔を見せたのが自分にであったら嬉しかった……
「どうしたの? 疲れた?」
思考の泥沼に陥りつつあった薫子を、涼やかな声が救い上げた。
「あっ、いえ、すみません」
そしてまた、救い上げられた事に心が沈む。
「本当にいつも、ご迷惑ばかりお掛けして」
「迷惑だなんて。こんなの、なんでもないわよ」
「それは、向坂先輩は、なんでも達者でいらっしゃるから……」
気を遣ってくれたのは分かる。分かるだけに、つい薫子の口調が尖って、また後悔する。
「なんでも、か」
だが、環はすうっと風に言葉を流してから、小さく薄く笑って言った。
「私が九条に来た理由を、教えてあげよっか?」
「私にはね、好きな男の子がいたの、ううん、いるの」
二手に分かれて片付けを進めながら、環は薫子にだけ聞こえる声で話し始めた。
「ひとつ年下の幼馴染みで、ま、仲良かったんだけどさ」
飄々とした言葉遣いに、初めて覗く心の空隙。
「強引に告白してフラれちゃった」
てへっと照れたような、それにしては痛そうな笑み。
「それで、顔を合わせづらくなって、ずっと断っていた転校話に乗っちゃったのよねえ」
薫子は、すぐには言葉を返せなかった。
「……後悔、されてます?」
やや間を置いて発した質問に、今度は苦く笑う環。
「そうねえ、それ以来会ってないし」
「えっ? 一度も? 会っていないのですか?」
「ええ」
軽い返事に、寂しさと後悔を少しだけ滲ませて、
「私たちには、もう一人幼馴染みがいてね、私にもその子にも、妹みたいな女の子」
これも薫子が聞くのは初めて、環が言い淀み、そして自嘲気味に笑う。
「私はあの子に、嫉妬してるんだな」
思わぬ言葉に目を丸くする薫子。それを見て環は、今度は優しく笑う。
「イヤよね、自分のそういう気持ちを認識するのって」
どきりとした。
(やっぱり、私の気持ちを知ってて言ってるんだ。)
「でも、仕方ないの。それが、今の自分だから」
「だから、会わないって決めた。自分が、自分に納得できるようになるまで」
「言うなれば今は修業期間、次に会うまでに、見違えるような女性になって見せるぞ、ってね」
環はそう言って、最後には楽しそうに笑った。
「ま、周囲が何言ってるか知らないけど、こんなもんよ、私だって」
「いえ……強いです。先輩は」
後輩の心を知って、それで自分の傷を抉って見せてくれた。
その優しさと力強さに、薫子は更に自分を恥じる。
「そんなことないわ」
最後の道具を台車に積み上げ、環は薫子に向き直った。
「私は今できる事と、これからしたい事を考えているだけ」
ぱんぱんっと手をはたく。
「今はできる事だけすればいいし、したい事は、これからできるようになればいいのよ」
さあ、行きましょう。
手を差し伸べられたように見えたのは幻想か、環は台車を押して玲於奈達に号令を掛けた。
薫子は暫し立ち尽くす。
環の言葉ほど、簡単に心情は整理されない。
(私は非力すぎて、できることなんて。)
いくらなりたくとも、環のような眩しい太陽に、自分がなれるとは思えない。
「薫子っ! どうしたのですかっ!」
だけど、玲於奈の声が、薫子を探す。
チラチラ……。
そしてカスミが、環の後ろで薫子を振り向いている。
「……玲於奈、カスミ」
二人が、自分を呼んでいる。自分を、待ってくれている。
「いま、行きますっ!」
だからもう、悩むまい。薫子は、大好きな友人と、尊敬すべき先輩の下へ駆けた。
(今できる事と、これからしたい事。)
心の中で、環の言葉を反芻し、そして対照的な二人の少女を見やって誓う。
地上を照らす、陽になれずとも、隣に寄り添う、月ではあろう。
そして、いつか小さくとも。
自分で輝く、星になるように。
>>56 ありがとうございます。
32行でしたか。
その他知っておいた方が良い事もありそうなので
SETTING.TXTは読んでおきます。
後はかなり書き溜め具合に意識の違いがありましたorz
もっと書き溜めてから投下しようと思います。
以上です。
さるさん規制は微妙ですね。30分で12レスくらい?あと連投規制消えてる?
どんな話だよと自分でも思わなくもないですが、書きたかったので書きました
本編含め、読んで頂いた方には心から感謝申し上げます。ありがとうございました
三人娘もADに登場するようなので、勝手に膨んだ俺の脳内はここでリセットですね
願わくば、原作での不遇を返上して魅力たっぷりな三人娘が描かれますように……
>>61 乙。AD発売は喜ぶべきことなんだろうが、それで二次創作の幅が
狭くなるのは残念だな
63 :
61:2008/02/23(土) 22:12:14 ID:A3B/qv1h0
サブキャラを公式が書ききってしまう事で余白は減る意味もありますが、
材料は増えるんだから幅が狭くなるってことはないんじゃないでしょうかね
自分が抱えてたイメージが消えて困るというほど傲慢ではないつもりですし、
ゲーム自体の出来は出てみないとわかりませんが、基本的には楽しみです<AD
>>61 環が出るとは予想してましたが、見事なまでに美味しいところをかっさらっていきましたね。
特に最後辺りの薫子との会話は、本編でその恋が成就しないのが分かっているから
なおさら健気っぷりに泣けてくるし。
とまあ、何はともあれ今まで乙かれです。ADでも創作意欲を掻き立てるような
キャラがいたらいいですね。その際には是非SS投下お願いします。
ADでも攻略不可能な魅力的なキャラが出てくるから問題ないだろw
そして再びADAD(仮名)が発売されて無限ループに
旅行ネタ書こうと構想練ってるんだが、タマ姉か双子が絶対ついてきて困る件について。
この三キャラ扱いやすすぎて逆に話から切り離せねぇo...rz
>66
書き易いキャラって思わず出しちゃうもんだし、それでいいんじゃないかい?
漏れには、その三人は扱いづらい筆頭格だから羨ましいぜ
双子は関西弁が書けないから台詞が出ないし、タマ姉はキャラが掴めなくてすぐ超人化してしまう
自分も「書きやすいキャラには勝手に出てきてもらう」でいいとオモ。
って言うか、少なくとも俺はおおよそのアイディア考えたらあとは筆任せ??
キャラに突っ走ってもらうからあと知らん、って感じ。
むしろ走りすぎて推敲の時に「思いっきり18禁になっちまったwこりゃ拙いだろww」ってばっさり切ったりするくらいだからなぁ。
妙に考えた作品のほうが評判悪いし、勢い作品のが自分でも好きだし、やっぱ勢いしかないようなww
楽しく書ければそれでいいじゃない
>>61 タマ姉カッコいー
お姉さまって呼びたくもなる訳ですねえ
まぁ最大の難関といっても、登る事がじゃない。
どれだけ平然と登れるか。他人の力は借りない。
これが最近の私の中でのルール。
気をつけないとどっかのお節介な姉が助けにくるから気をつかう。
今日は近くにいないんだから気にする事ないとも思うけど
もう習慣みたいになっていた。
教室に入ると最近よく一緒にいるこのみが近づいてくる。
「郁乃ちゃん、おはよー」
「おはよ。今日は早いのね。雨降らないかしら」
「うう、郁乃ちゃんひどいでありますよー」
心なしか元気がない。どうしたんだろう。
気になったものの、その理由はすぐに本人から語られる事はわかっていた。
「今日ね、タカくん達のお見送りしたんだ」
あぁ、そういう事ね。
お見送りしたはいいけど寂しくなってきた、という事か。
いかにもこのみらしい。
でも恋人の妹に貴明への愛情をアピールするのはどうかと思うんだけど…。
寂しがるこのみが友達を家に呼んだから私にも来いと誘う。
たまには出掛けてみるのもいいかな、今はシルファと顔合わせたくないし。
「やたー!じゃあ今日は一緒に帰るでありますよー!」
「ただいまー!おかーさん、今日は友達連れてきた!」
「ちゃるちゃんとよっちちゃんでしょ?聞いてるわよ」
「今日は郁乃ちゃんもだよー」
あまり人の家に来りする事がないので、少しタイミングを見計らう。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。貴女が郁乃ちゃんね、このみから話は聞いてるわ。ゆっくりしてってね」
「ありがとうございます」
「もー!おかーさん、変な事言わないでよ?」
「はいはい、それよりもこのみ!靴は揃えなさいって何度言わせるの!」
このみの母親は容赦なく手にしたおたまで友人の頭を叩く。
あ、いい音。
「うー、そんな思いっきり叩かなくてもいいのに」
「いいから早く手を洗ってらっしゃい。郁乃ちゃんも」
「はーい。行こ郁乃ちゃん」
くるくるとよく表情が変わる子だ。
さっきは涙目だったかと思うともう笑顔。
ずっと入院してたのもあって、こういう温かい空気が少し羨ましい。
もちろんウチが温かくない訳ではないけど、
こういう元気よさだったり、遠慮のなさみたいなものはウチにはない。
私がもう少し元気になって、今の生活に慣れてきたらこんな感じになれるのかな…
「じゃあ、私の部屋に行こうよ」
わざわざ手をひいてくれるこのみに苦笑しつつもそれについて行く。
このみの中学時代からの友達、吉岡さんと山田さんも合流した今の話題。
「へぇー!郁乃ちゃん今メイドロボにお世話してもらってるんだぁ」
「朝挨拶したぐらいで何も世話されてないわよ」
「それでも羨ましいっしょ!メイドロボにお世話される高校生なんてそういないし」
「同意」
「でも、タカくんもお世話されてるよ?」
「え?」
そんなの初耳だ。びっくりするのも当然だと思うんだけど。
私のあげた声に皆は意外そうな顔で覗き込んでくる。
「郁乃ちゃん知らなかったんだ。この春からタカくんちにいるんだよー」
「先輩の彼女の妹だから知ってると思ってたっしょ」
「姉の彼氏の事なんてそんな根掘り葉掘り聞いたりしないわよ。何でも知ってる訳ないでしょ」
半分嘘をついた。メイドロボの事は知らなかったけど、
大体の事はこちらか聞かなくても姉から話してくるので結構知ってたりする。
気づけば陽はすっかり落ちて、夕食の時間となる。
もうこんな時間かぁ、そろそろ帰らないと。
今の話題にひと段落ついたら帰る準備をしよう、そう考えていた時
コンコン
ふいにドアがノックされ、顔を出したのはこのみのお母さんだった。
「貴女達、問題なければ今日はウチで晩ご飯食べて行きなさい」
「全然モウマンタイっす!春夏さんのご飯おいしいんすよねぇ。」
「私も問題ない」
「やたー!今日は皆で食べる晩御飯はおいしいのでありますよー!」
「キツネ、これはもうゴチになるしかないっしょ」
「うむ。親に連絡は入れておかないと」
「そうだった!春夏さん、電話お借りしていいですか?」
「いいわよ。いってらっしゃい」
ドタドタと二人は階下に降りて行った。
当たり前といえば当たり前なんだけど、この食事会の対象に私も入っていたみたいだ。
「郁乃ちゃんはどうする?」
「え、わ私?」
「あ、でもシルファさんがいるんだよね」
「それは、多分大丈夫…だと思う」
「変な遠慮はいらないわよ。あ、でも連絡はちゃんとしなさいね」
「あ、ぅ…はい」
帰らないといけない、という事はないけど柚原家の勢いに飲まれてしまったのが少し悔しい。
書き禁解除やったー!
と思ったら色々ミスってましたorz
>>61 乙でした。
これからですが、色々勉強させて頂きますです。
なんかこのみって癒されるよね。萌えるのではなく。
一家に一人はほしいよね。
マスコット的可愛さって奴か
>>77 IDが異様にHだねw
このみ→和む、癒される可愛さ
愛佳→守りたくなる可愛さ
タマ姉→遊ばれたい可愛さ
雄二→からかいたい、いじくりたい、突っ込みたい可愛さw
>75
乙〜、PCからだと書きやすいせいか、改行が多くて読みやすくなってるね
階段はイベントなしか。密かに踊り場で「手をお菓子するのれす」とかシルファが待ってるのを期待していたのだがw
>>79 ありがとうございます。
改行は色々悩みますね。入れたいけど改行で行数稼いでしまって
1レスで書きたいところまで書けないとかもあるので…
残念ながら学校ではシルファ自重と思ってますw
とか言いながら早速でますがorz
では本日最後の投下します。
柚原家での食事はそれは楽しかった。
同じ年代の友達とバカを言い合いながらのご飯がこんなにおいしいなんて
私は人生の半分を無駄にしてたんじゃないかとさえ錯覚するほどに。
食事が終わり、再びこのみの部屋へ戻り
柄にもなく恋話などをに花を咲かせる。
これまで恋愛経験のない私からすれば、皆が羨ましくもあった。
皆の話に耳を傾けているうち、外が真っ暗になっている事に気づいた。
時計を見ると夜9時。そろそろ帰らないと、何かあっても一人では対応しきれない。
「じゃあ皆、私はそろそろ帰るわ」
「あ、じゃあ私らも帰るっしょ!キツネ?」
「わかってる」
すでに帰り支度を整えた山田さんに合わせて荷物を抱え立ち上がる私。
「春夏さん、お邪魔しましたー!」
「お世話になりました」
「お邪魔しました」
「何のお構いもしませんでごめんなさいね。また遊びに来てね」
「おかーさん、私郁乃ちゃん送って行くね」
このみのその言葉に何故だかわからないけど焦る私。
「いいっ、一人で帰れる。」
「だって郁乃ちゃん…」
「大丈夫だってば、それに私の家まで来たら今度はこのみが心配になる」
「もー!郁乃ちゃんひどいよ」
「心配するなこのみ。私達が途中までだが送っていく」
いまいち納得してない様子のこのみだったが、
最終的には途中まで吉岡さんと山田さんに送ってもらう。それで納得してもらった。
二人との分かれ道まで何事もなく辿りついた。
ここから結構近いので大丈夫だろう。
「じゃあまたね郁乃ちゃん」
「また会う日まで」
「ありがとう。こちらこそこれからよろしく」
二人と別れ、数メートル先の自宅へゆっくり向かう。
危険だという理由で夜に出歩いた事はなかったけど
夜は夜で予想通り楽しいものだった。
早く完治してのんびり出かけたいものね。
自宅前に着くとリビングに明かりが点いているのを見てシルファの存在を思い出す。
あの子、今日は何してたんだろう。
気にはなったが、今朝の通学を思い出し考えを振り払う。損はしたくないし。
当然のように玄関の鍵は開いており、難なく入る事が出来た。
柚原家を思い出し、靴をきちんと揃えて部屋にあがる。
シルファはどうしてるのかとリビングを見回すと、
片隅で正座をしていた。しかし、少し様子がおかしい。
あれは寝てるのかしら。主人じゃないけど主の帰りに気づかずに寝てるなんて。
文句のひとつでも言ってやろうと近づいたところで気がついた。
テーブルに置かれたオムライスと手紙。そしてシルファに続くパソコンの画面。
丁寧な文字で書かれた、私に宛てた手紙。
『お夕飯は何が良いかわからなかったのでオムライスにしました。
もしお嫌いでなければ召し上がって下さい。
充電が切れそうなのでスリープモードに入りますが、郁乃様のお迎えが出来ず残念です。』
そしてディスプレイ映る文字。
『スリープモード開始時刻21時。終了予定時刻6時。充電20%』
ぎりぎりまで待っててくれてたのね…。悪い事したかな。
夕飯はこのみの家で食べたので、とても食べられそうになかった。
申し訳ない事をしたと一瞬思ったが、柚原家での食事が決まった時、
電話は繋がらなかった。そう、悪いのは私じゃない。
そう言い聞かせ、寝る為の準備に入る。
お風呂から上がった私は申し訳なさも手伝い、お腹が減っている訳でもないけど
オムライスを食べる事にした。
「なによ。意外とおいしいじゃない」
ロボットの作る料理がどんなものか興味はあった反面、
ちゃんとしたものなんて作れるはずがない。とタカをくくっていた分
この料理は少し衝撃だった。
本来なら、ペロリと食べきってしまってもおかしくないぐらいおいしかったけど
さすがに2食は食べられない。2口ほど食べたらすぐにお腹がいっぱいになってしまった。
おいしいので明日の朝ご飯にする事を心に決め、
戸締りをしてから寝床に着く。
「よく考えれば人がいたって寝てたら意味ないじゃない。無用心ね」
明日の朝はオムライスのお礼と戸締りに関する注意をしよう。
いつ電源が切れたり、ブレーカー?なんてあるのかしら。が落ちたりするかもわからないし。
でも、未だに今朝の挨拶しかしてない分、どうやって話しかけたものか。
何事もなかったように?それともメイドだってのならあくまで主的に?
シルファとの接し方について考えていたが、気がつけば深い眠りについていた。
まぁ、眠ってる事には気づいてないんだけどね。
朝にシルファに起こされてようやくその事実に気がついた。
「郁乃様そろそろお時間ですよ。起きて下さい」
シルファに起こされた私は目をこすりながら、リビングへと向かう。
さて、どうやって話かけようかな。起こしてくれてありがとう。
うん。これが無難かな。
そんな事を考えながら、ふとテーブルに視線を泳がす。
あれ?
テーブルの上にはきっちりとした和食が並んでいた。
ご飯に味噌汁、焼き鮭にお漬物。
文句ないぐらいの和食。ちゃんと早起きして朝ごはん作ってくれたんだなぁ。
でも、昨日のオムライスを予定していた私に取ってこれは裏切りだと思ってしまった。
私の我侭だって事ぐらいわかってる。でも…。
「ちょっとシルファ!昨日のオムライスはどうしたのよ」
「あ、お口に合わなかったのかと思って捨てました」
「え、捨てた…。もったいないとは思わなかったの!?メイドロボはお金持ちの家で働く事しか想定されてない訳?だから簡単に捨てたりするって事?」
「あの、違います…そろそろこの季節は食べ物が痛むのが早く」
「言い訳は聞きたくない。少しは庶民の立場も考えなさいよね。それに寝るなら戸締りぐらいきちんとして欲しいものね。貴女がいた所で寝てたら意味ないじゃない」
違う。こんな事が言いたい訳じゃない。
しかし、一度ついた火は止まらない。
「それに誰が和食にしろって言ったのよ!?私はパンが食べたかったのに」
「申し訳ございません…私が至らないばかりに」
「本当にそうね。今日は朝ご飯いらない。学校行って来る!ちゃんと戸締りしなさいよね」
シルファの言い分もろくに聞かず
そう言い残し、ドアを荒々しく閉めて私は学校へ向かった。
気分も優れないまま午前の授業が終わる。
今日は何を食べようかしら。お弁当もないし学食かな。
黒板を背伸びして一生懸命に消しているこのみの後ろ姿をぼーっと眺めていたけど
クラスメートの呼び声で現実に引き戻される。
「小牧さーん!シルファさんって人が来てるよー!」
シルファ?何をしに学校へ来たのだろう。
どうでもいい事だったら張り倒してやるんだから。
朝の憤りを未だに抱えた私は、少し不機嫌そうに教室の入り口を伺う。
少し不安げな顔でシルファはそこにいた。
「なに?」
「あの、お弁当をお持ちしました。今朝持って出られませんでしたので」
朝、あれだけの罵詈雑言を浴びせたのにわざわざお弁当を届けてくれたのだ。
正直、受け取る気分ではないかったがクラスメートがみているここで、
そのまま追い返す訳にも行かなかった。
「そう。ありがと」
弁当箱を受け取り、そのまま踵を返す。
スタスタと去り行く私の背中にシルファは声をかけてきた。
「あの、郁乃様!今日のお夕飯は如何致しましょう?」
学校の教室そんな事を大声で叫ぶシルファ。
ホンっトに何考えてんのかしら!?私をさらし者にしたいのかしら。
深淵
「何でもいいわよ!」
そう怒鳴ってそのまま席に着く。もちろんシルファの方なんかは見ない。
まだ何か言いたそうな気配はしたが、諦めたのかクラスメートにお辞儀をして帰って行った。
事の顛末を知らないこのみが日直の仕事を終えて、トテトテとこちらに歩いてきた。
「郁乃ちゃん!一緒にお昼食べよ!」
「私、今日は学食だから」
未だに尾を引いていた私は少しつっけんどんに返す。
きょとんとしたこのみの表情を見て気がついた。
しまった…このみには何の非もないのに…。
でもそんな私の気持ちを知ってか知らずか。
「でもそれ、お弁当箱だよね?」
さらにしまった!隠すのを忘れてた。私とした事が。
「私はこれ食べたくないのよ。だから今日は学食」
「でもシルファさんが作ってくれたんでしょ?」
「だからよ。さっきわざわざ持って来てくれたわ。頼んでもいないのに」
「そんな言い方ダメだよ。あ、じゃあ私がそれ食べたい!」
「はぁ?いきなり何を。それに2つもお弁当食べれるなんてどんな胃袋してんのよ」
「さすがに私でも2つは食べれないよ〜」
ニコニコと笑っているこのみ。何が言いたいのかしら。
「だから、私のとお弁当交換しようよ。そうしたら無駄にならなくて済むでしょ?」
そういう事か。その提案は悪くない、と思ったので飲む事にした。
ただ単純にこのみがシルファの弁当に興味があっただけなのは、私が知る事はなかった。
乙。
2chの書き込み時間表示ズレてる?
ADでて落ち着くまでここは鳴かず飛ばずなんだろうなぁ。
静かだ…ネタバレ防止にここ封印しだす奴らが出てきてるんだろうな
書きたいけど仕事が忙しくて書けませんorz
完成させずに放置してるものは何本かあるんだけどな
うち1本はADでたら多分お蔵入り…
ああ俺もだ
ちゃるとよっちのふたなりレズとか
まーりゃんが世界征服する話とか
タマ姉の母乳プレイとか
アイディアがあっても文章が書けないってのは結構辛い
んじゃあ、漏れ的AD前ラストに超短編いくのん物いきまつ
96 :
悪夢 1/2:2008/02/26(火) 21:09:34 ID:WkCoxSfS0
あたしは草原に立っていた。
見渡す限りの青野の果てに、頂を白く染めた山脈が小さくもはっきりと見える。
はっきりと? あれ、おかしいな。あたしの眼が遠景を綺麗に映すわけがないのに。
歩き出す。それも変。立つのがやっとで、立ったら痛いあたしの脚が。
痛くない。走る。痛くない。跳ねる。身体が軽い。呼吸が軽い。鼓動が軽い。あたし、死んだかな。
(死んでなければ、夢ね)
嫌だなぁ可愛くない。いいじゃない、夢なら夢で。あたしは駆けだした。
景色が疾風のように流れる。あはは、夢ね。これじゃ車からの景色だわ。
でも、そのまま空を見上げて走る。陽の光が眩しくない。雲が綺麗。こんな風景、昔テレビで見たかなあ。
キキーッ。
道路もないのに車がやってきた。パパとママ。
(郁乃、病院に行くわよ)
なんだ。やっぱり。治ってないんだ。ちょっとがっかり。でも、これは凄く良い寛解じゃないかしら。
病院に着く。車を降りて、廊下を行儀悪く小走り。もう、こんなに元気なのに、診察なんて。
(検査、嫌だなあ、時間かかるし)
拗ねて見せたら、両親は顔を見合わせた。はいはい、似合わないのは分かってるわよ。
(本当に、お前は優しい子だな)
何それ。
(自分の事みたいに感じているのね。……の病気を)
えっ?
病室の扉が開く。いつものあたしの病室。あたしの、いつもの、あたしの、ベッド、あたしの、そこで、弱々しく、身を起こす、あたしの……
「あっ、郁乃、来てくれたんだ」
――お姉ちゃん。
97 :
悪夢 2/2:2008/02/26(火) 21:11:06 ID:WkCoxSfS0
「っ!」
がばっと身を、起こす体力はなくて、せいぜい身体がビクってなったくらい?
「……夢、か」
醒めた瞬間は明瞭だった気がする意識は、寝起きで朦朧としてからもう一度覚めてくる。
「どうした。喰おうとしたうまか棒に足が生えて逃げられる夢でも見たか?」
枕元で、声がした。
「……なんでそう限定して思うのよ」
天井を向いたまま、河野貴明の軽口に呆れるあたし。
「酷い顔してるからさ」
う、レディーの寝顔を観察してるなんて不躾な奴。
「今日は、アンタ一人?」
「ふっ、たまには妹を慰めてやるのもお兄ちゃんの務めかと思ってさ」
「――、ぅ、」
あたしは無言でナースコールに手を伸ばしかけて、痛む腕に顔をしかめた。
「冗談だよ。愛佳もすぐ来るって。っつーか、大丈夫かおい?」
「良かった。腕が痛い」
「だから冗談を真に受け……なにが良かったって?」
腕が痛くて、良かった。
相変わらず病気のままで、良かった。
相変わらず病気なのがあたしのままで、お姉ちゃんじゃなくて、良かった。
そんな格好悪い事は、あたしは言わない。黙って腕を顔に被せる。
だのに、貴明はその上から髪を撫でてきて。
「本当に、どんな夢を見てたんだよ」
うるさい、年ひとつしか違わない姉の彼氏の癖に、いつも子供扱いばっかして。
「……病気が、治る夢」
それでも何故か、仏頂面で答えてしまったあたしはポツポツと、貴明に心を吐き出してゆくのだった。
以上こんだけで失礼。かなり前に書いたSS中で使ったネタを起こしてみました
漏れの中のいくのんは、こんな感じなんだよなぁ……これがADでどうなるかな
>>98氏にあやかって
俺もなげっぱだったのを仕上げてみたので投下してみる
15レス程度あるんで、途中で止まったら去るさんだと思ってちょ
寒さも厳しくなり、今年も残り少なくなった12月3日の事だった。
「たかあき〜お茶が入ったよ。」
そう言いながらキッチンから顔を覗かせたのは河野家の居候その1のミルファだった。
手に持ったお盆には暖められたカップとティーポットとお茶請けが乗っている。
ミルファが鼻歌交じりで貴明の待つテーブルの前へと歩いている途中、ソファの横を
通ったときにミルファとは別の、形の良い足が一本ミルファの足元へひょいと突き出された。
「わっ!」
突き出された足に驚いたミルファがたたらを踏む。その隙を突いてミルファの手から
お盆をするりと奪い取ったのは、河野家の居候その2のシルファだった。
「…ろうぞ…なのれす。」
お盆を奪われてむっとしたミルファのことなどそ知らぬフリで、シルファはティーカップを
貴明の前に置いてティーポットから熱いお茶を注いだ。
そして…その一部始終を見ていた貴明は頭を抱えた。
はじめてのおつかい
「どうして二人ともそんなに仲が悪いんだよ…」
「あたしは悪くないよ。貴明のお世話しようとするとシルファが邪魔するんだもん。」
「…ご主人様のお世話はシルファのお仕事なのれす。
お姉ちゃんは邪魔しないれくらさい、なのれす。」
睨むミルファと、視線をそらしたまま膨れるシルファ、そして頭を抱える貴明だった。
そもそも二人がなぜ河野家に居ついてしまったのかというと、話は少し前に戻る。
夏も終わり、そろそろ秋という頃に貴明は珊瑚の頼みでHMX−17姉妹の末っ子の
シルファを預かって、メイド修行の面倒を見ることになった。
そして、それに時期をあわせるようにして現れたのが謎の転校生「河野はるみ」こと
ミルファだった。
ミルファもまた、紆余曲折を経て自分の正体を明かし、貴明の元に身を寄せることに
なったのだが…
元々貴明の元でメイドとして暮らしていたシルファと、そこに割り込んで貴明専属の
メイドを標榜するミルファとの間で利害の衝突が発生することとなり、日を追うごとに
「貴明のお世話権」を巡る争いは激化する一方だった。
別に仲が悪いわけではない。むしろ姉妹仲はいいのだが、こと貴明のこととなると
互いに譲らないので結果的に大喧嘩になってしまうのだった。
「はぁ…うわさ以上のえげつなさやな。」
「みっちゃんもしっちゃんも、喧嘩したらあかんよ〜」
うわさを聞いて様子を見にやってきた姫百合姉妹は、噂の斜め上を行く有様を見てそれ
ぞれに苦言を呈して見せたが、相変わらずメイドロボ姉妹に反省の色は見られなかった。
「別に喧嘩してないよ。ただシルファがたかあきのお世話をさせてくれないから」
「…河野家の家事一切はシルファのお仕事なのれす。お姉ちゃんは学校に行ってる間らけ
ご主人様のお世話すればいいのれす。」
「えー、あたしだってたかあきにお料理作って食べさせたりしてあげたいもん。」
「もう、いい加減にしてくれ…」
うんざりした口調で貴明は言い争いを始めた姉妹を止めた。
「さんちゃん…どっちか家につれて帰ったほうがええんちゃう?」
「でもなぁ…二人とも、貴明のことすきすきすき〜やし。」
「そうです。あたしはここがいいんです。」
「ここはシルファの仕事場なのれす。
…お姉ちゃんはご主人様と学校に通ってるらけなんれすから、珊瑚様のマンションに
住めばいいのれす。」
「い・や。あたしが家のこともやればいいんだから、シルファこそ珊瑚様の所に行けば
いいのに。珊瑚様にいつも甘えられるほうがいいでしょ。」
「あーもう!いい加減にしろ!」
耐え切れなくなった貴明が声を上げた。
普段極力我慢して怒鳴らない貴明が大声を上げたことにミルファとシルファ、それに
珊瑚と瑠璃もびっくりして言葉を失い、目を丸くしていた。
貴明は電話台にあったメモ帳を手に取ると一筆筆を走らせて1枚破り取った。
「今日は罰として二人でお使いに行ってくること。俺が頼んである品物を取ってきて。
内容はこのメモに書いてある。品物はシルファが受け取ること。ミルファはシルファの
付き添い。」
畳み掛けるように言ってメモをシルファに差し出したが、シルファはメモを受け取ろうとはしなかった。
「でも…シルファは外には…」
シルファは河野家での生活でメイドロボとしてはかなりのスキルを発揮するように
なっていたのだが、未だに人見知りが激しく、外出することはままならなかった。
そんな妹のことを慮って、外出の必要な用事はミルファが済ませるように自然と役割
分担がなされていたのだが…
「外に行く用事ならあたしが、」
「今回はシルファに行ってもらう。ミルファはあくまで付き添いだからな。」
少しの間、ミルファと貴明はにらみ合っていたが、貴明が本気だと悟ったミルファは
諦めて視線をそらした。
「…わかったよ。シルファ、メモを受け取って。」
ミルファに言われてシルファはしぶしぶメモを受け取った。
シルファを適当に隠れさせておいて自分がひとっ走り行って用事を済ませればいいか、
とミルファは考えていた。
だがそんなことはお見通しだったようで、貴明はしっかりと釘を刺すことを忘れなかった。
「…言っておくけど、後で店に電話して二人で来たか聞いておくから、ズルしてもわかるぞ。
ずるした場合は家に入れないからな。」
「む〜!たかあきのいじわる〜!」
そう言ってミルファはばたばたと暴れだしたが、貴明は青い顔をしているシルファ共々
首根っこをつかんで引きずり出し、玄関からそのまま表に放り出した。
続けて二人の靴も放り出し、ドアを閉めて施錠してしまった。
『ああっ!ひどい!たかあき開けてよ。』
どんどんとドアを叩く音と共にミルファが大声で文句を言ってきたが、貴明は耳を貸さなかった。
「おつかいを済ませて戻ってきたら家に入れてやる。それまではダメ。」
『たかあきのオニ!悪魔!人でなし!』
「人でなしで結構。」
貴明はミルファの抗議を無視してリビングに戻った。
「…シルファ、おつかいに行こう。そうしないと本当に家に入れてもらえないみたい。」
しばらくドア越しに叫んでは見たものの、無駄だと悟ったミルファは青い顔で座り込んだ
ままのシルファに手を差し出した。
シルファはしばらく泣き顔でうつむいていた…涙が出るなら実際泣いていただろう…が、
一つ頷くと立ち上がって、転がっていた靴を履いた。
「さっさと行って帰ってきてたかあきに謝ろう。」
「うん…お姉ちゃん。」
ミルファは少しでもシルファの不安感を紛らわそうと手を繋いで、そして門を出て歩き出した。
「…貴明も結構オニやなぁ。」
貴明とリビングの窓から二人が歩いていくのを見ていた瑠璃が先ほどのやり取りを思い出して、ぼそりとつぶやいた。
「瑠璃ちゃんまでひどいなぁ…二人で話し合って欲しかっただけだよ。
…それと、時間かせぎにもなったでしょ。」
そう言って貴明は瑠璃に肩をすくめて見せた。そして珊瑚のほうに振り向いた。
「珊瑚ちゃん。今のうちにイルファさんに連絡を。」
「おっけーや。」
そう言うと珊瑚は河野家の電話で姫百合家に待機しているはずのイルファへ連絡を取り始めた。
貴明はそれを見届けると、まだミルファたちを見送っていた瑠璃のほうに振り返って話しかけた。
「瑠璃ちゃん。」
「なんや?」
「そんなに気になるなら、俺たちはあの二人に付いていってみようか。」
貴明は家から遠ざかっていくミルファたちを指差して言った。
◇
最初のほうこそ手を繋ぐ程度だったが、しばらく歩くうちにシルファはミルファの腕に
しがみつくようにして歩く様になっていた。
視線は泳ぎっぱなしで、歩く姿もどこか腰が引けている。
ミルファはそんなシルファを気遣いながらゆっくりと歩いていた。
「まだ他人は怖い?」
「…うん。」
シルファの中では、表の世界はまだ好奇心よりも恐怖心が勝っているのだ。
ミルファはぎゅっと左腕にしがみつくシルファの手に右手でそっと触れた。
「確かに外には悪い人や怖い人もいるけど、でもいい人もいっぱいいるよ。」
そう言って、ミルファは笑顔を見せた。
「あたしはたかあきと学校に通ってるけど毎日とっても楽しいんだ。
学校でいっぱい人間の友達が出来て、友達が増える度にあたしの世界も広がって行くの。」
楽しげ答えるミルファの顔を、シルファはまぶしそうな表情で見ていたが、
「…お姉ちゃんが羨ましいれす。シルファには、研究所とご主人様のお家らけ。」
そう言って、シルファは視線を落とした。
その言葉を聞いて、ミルファはふと気が付いた。
「…もしかして、あたしが家の事するの嫌がってたのって…」
「…お姉ちゃんがご主人様のお世話すると、シルファの居場所がなくなっちゃうのれす。」
元々人見知りの強いシルファにとって、河野家は自分が「メイドロボ」としての意義を
証明できる数少ない場所だった。
「メイドロボ」ではなく「娘」として扱われる研究所では得られないそれを奪われるのは、
自分の存在意義を左右する大問題といっても良い。
だがミルファはそれとは違う見方を持っていた。
「ねえ、シルファ…たかあきは私たちの事、ロボットじゃなくって普通の女の子と同じ
ように見てくれてるってわかってるよね。珊瑚様だって、私たちの事をメイドロボ
としてじゃなくて、友達や家族になって欲しいから心を与えてくれたんだし。」
メイドロボとして自分の存在意義を見出そうとしていたシルファに、ミルファは自分の
思いを話し始めた。
「私はね、そんなたかあきの気持ちが嬉しいんだ。
…メイドロボとしてじゃなくて、女の子としてたかあきの事が好きだから。
だから、あたしはメイドロボとしてじゃなくて、たかあきが一緒にいたいと思ってくれる
女の子になりたいの。」
そう語るミルファの横顔は笑顔だったが、同時に少し寂しげだった。
「…お姉ちゃんは、ご主人様の恋人になりたいのれすか?」
「うーん…なれるならなりたいけど、でも私たちはやっぱり人間じゃないから
…私たちがいくら人間と同じ心を持ってても、本物の人間にしか出来ない事ってあるし。」
シルファの疑問にミルファは苦いものを含んだ笑みを浮かべながら答えた。
「…シルファには、お姉ちゃんの気持ちは解らないのれす…れも・・・」
シルファはあまり豊かとは言えないボキャブラリーを総動員して必死に慰め始めた。
「れも、さっきお姉ちゃんが言ったのれす。ご主人様はシルファたちの事普通の女の子と
同じように見てくれるっれ…それなら…少しは期待してもいいと思うのれす。」
「シルファ…」
少し照れながらも一生懸命な言葉に、ミルファは感極まってシルファをその胸に抱きしめた。
「もうっ、シルファってばかわいい〜〜」
「お、お姉ちゃん、苦しいれすぅ!」
「あの二人…道の真ん中で恥ずかしいことを…」
こっそりとミルファたちの後をつけていた貴明は、道の真ん中で抱き合ってはしゃぐ
二人を見て、頭を抱えた。
一方、一緒に二人をつけてきていた瑠璃のほうは複雑な面持ちだった。
「…どうしたの、瑠璃ちゃん。」
「…ウチには、シルファの気持ちがなんとなくわかるねん。うちもイルファが来た時は、
同じ事思うとったから。」
「あ…」
瑠璃が家出して河野家にやってきたときのことを思い出して、貴明は思わず声を漏らした。
それは解決した過去のこととはいえ、今でもデリケートな事柄には違いなかった。
「えっと…」
「ウチとイルファは今は上手くやっとる。貴明のおかげでな。…貴明がおらんかったら、
イルファは研究所に戻って、ウチはさんちゃんにも合わせる顔がのうなって、今頃
どうなっとったかわからへん。」
そう言ってから、ちょっと頬を赤らめて瑠璃は言った。
「…うちらにとって、貴明は恩人…ううん、大事な人やねん。そやから、」
「そやから?」
「ミルファとシルファのことも任せられるねん。あの二人にはウチにも責任あるからな。」
そう言う瑠璃の眼差しは母親のそれだった。
イルファたち3人を生み出した母は珊瑚だが、3人を日向へと連れ出した瑠璃もまた
イルファたちにとって母親なのだから。
「そやから、あの二人泣かしたりしたらしばく。」
だがしかし、最後にいつもどおりの一言も忘れなかった。
「解ってるさ。俺も二人のことは大事に思ってるからね…でもできればちょっと失敗しても
蹴ったりしないでくれると良いな…あ、商店街に着いたよ。」
貴明が指差した先では、ミルファとシルファが夕方の賑わいはじめた商店街のアーケードの
中へと消えていくところだった。
◇
シルファは買い物客が横を通り過ぎるたびにびくびくしていたが、ミルファは慣れたもので、
顔見知りの買い物客とすれ違うと笑って答えていた。
「あら、ミルファちゃん。今日もお買い物?」
「あ、こんにちは。今日は妹の付き添いなんだ。これが妹のシルファ。」
「…こ、こんにちわ、なのれす。」
おずおずと挨拶すると、そのおばさんはくしゃくしゃの笑顔で答えた。
「はじめまして、シルファちゃん。今日はあなたがお買い物?がんばってね。」
「は、はい。」
おばさんはシルファの頭を撫でて去っていった。
「…お姉ちゃん、あの人は誰れすか?」
「名前とかはしらない。でもお買い物に来ると良く会うんだ。いい人でしょ?」
「やさしそうな人なのれす…でも、良く知らない人と知り合いになれるなんて、シルファ
には想像も付かないのれす。」
感心したようなシルファの言葉を、ミルファは首を振って否定した。
「ううん。あった瞬間に仲良くなれるわけじゃないよ。何度もお買い物に来るうちにどんな
人かわかって自然に仲良くなっただけ。まるっきり知らない人と仲良くしてるわけじゃないもん。
難しいことをしてるわけじゃないよ。シルファだって、ちょっと勇気出せばきっと友達に
なってくれる人はいるよ。」
「勇気…」
そう呟きながらシルファは考え込んだ。
果たして、それが自分にもできるのだろうか、と。
「あ、1件目は金物屋さんじゃなかったっけ?金物屋さんはここだよ。」
そう言って、ぶつぶつと呟きながら歩いていたシルファの手を引いていたミルファが
立ち止まった。
顔を上げるとそこは貴明に貰ったメモの1件目の金物屋の前だった。
「おう、ミルファちゃんいらっしゃい。」
二人が店に入ると、人のよさそうな店番のおじいさんが声をかけてきた。
「こんにちわ〜…ほら、シルファ。」
「は、はい、なのれす。」
おずおずとミルファの後ろから前に出ると、シルファはおじいさんに声をかけようとして、
でもなかなか最初の一言が切り出せなかった。
「…あんたがシルファちゃんだね。」
「ろうしてシルファの名前を知っているのれすか…」
「さっき河野さんとこから電話があったからね。この間頼んでいったものを取りにお使い
に来たんじゃろ?」
そう言うとおじいさんはレジの下の棚から手のひらサイズの平べったい箱を一つ取り出した。
「ほい、ご注文の品物。お代は先にいただいとるから要らないよ。」
「は、はい…あ、あの…」
「なんじゃね?」
シルファは喉元で消えそうになる言葉を、勇気を振り絞って口に出した。
「あ、ありがとう、ございます、なのれす。」
詰まりながらもそう言って、深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくても良いんじゃよ。こっちもこれが商売だからね。」
「そ、そうなんれすか…?」
人と触れる事を恐れ、避け続けていたシルファにはどうもさじ加減が解りかねた。
「シルファはあんまり人付き合いしたこと無いから、ちょっと大げさなの。
ごめんねおじいちゃん。」
「いやいや。」
ミルファのフォローにおじいさんもからからと笑って答えた。
「でも、たかあき一体何頼んだのかな?」
「ああ、そうじゃった。」
ミルファの一言で店主は思い出したのか、ぽんと一つ手を打って言った。
「中身を教えちゃイカンと言われたんじゃった。もちろん、見てもいかんそうじゃ。」
「え〜〜…ちぇっ。たかあきのけちんぼ。」
この場にいない貴明に一つ文句を言って、ミルファはきびすを返した。
「じゃ、シルファ、次に行こう。おじいちゃん、また来るね。」
「ああ、毎度。」
シルファもミルファに促されて出口へと足を向けた。
そのシルファの背に、店主が声をかけた。
「シルファちゃん。またきておくれ。」
シルファが振り向くと、店主の老人は笑って手を振った。それを見たシルファも、
少しだけ笑って、ぺこりと一つ頭を下げて店を後にした。
次のお使い先は、同じ商店街にある洋服屋だった。
洋服屋といってもブティックのようなものではなく、普段着やTシャツ、下着、靴下、
それに学校の制服といった物を扱う地元の洋品店といった趣の店だ。
二人はそんな店の入り口をくぐって、色とりどり布の間を入っていった。
「こんにちわ〜」
「こ、こんにちわ…なのれす。」
シルファは先ほどよりも幾分積極的に…といってもやっぱり体の1/3ぐらいはミルファの
陰に隠れたままだったし、少々腰が引けていたが…店に入った。
「あらあら、ミルファちゃん。きょうも彼氏のパンツでも買いに来た?」
「ぱ、ぱんつ…」
店主の中年の女性が言った言葉にシルファはちょっとショックを受けて赤くなっていたが、
ミルファはなれたものだ。
実際、貴明の靴下や下着を買いに来ることもあるので別に色っぽい意味で言われたわけではない。
「もー、おばさんったら。今日はそっちのお買い物に来たわけじゃないの。」
「ほほほ。解ってるわよ、さっき電話があったから。妹さんの付き添いでしょ。」
そう言ってミルファの後ろに立っていたシルファを見た。シルファははっと我に帰ると
わたわたとミルファの前に進み出て、おずおずと口を開いた。
「え、えっと…河野貴明様のご指示れ、荷物を受け取りに来たのれす。」
「へえ…あなたがシルファちゃんね。」
おばさんはシルファを値踏みするように頭の天辺から足の先まで見回すと、
いきなり近づいて首から提げていたメジャーでシルファの体を採寸し始めた。
「え、えっと、あのあのあの…な、何れすか?」
肩から袖口までの長さをはかり、身長をはかり、バストとウエストを素早く測ると、何事か
納得したように頷いた。
一方、突然体中測られたシルファは今にもなきそうな顔だった。
「し、シルファ…」
「あ、あら、ごめんなさいね。ちょっと確かめたかったものだから、つい。」
おばさんもシルファの表情に気が付いて謝罪した。謝りながら、自分の子供にするように
シルファの頭を優しく撫でた。
「…」
泣きそうな顔だったシルファが、頭を撫でられるにつれて、表情が和らいでいった。
そして店主の顔を見ると、店主はにこっと笑っていった。
「いつもの仕事の癖でついつい…ごめんなさいね。」
「いえ…シルファも…ごめんなさいなのれす。」
店主はその言葉に一つ頷くと、店の奥へと一度引っ込んだ。
次に出てきたときには一つ大きな箱を抱えていた。服などを入れる平べったい箱だ。
「はい、ご注文の品。お代は貰っているから。今袋に入れるわね。」
そう言って大きな紙袋に入れるとシルファに差し出した。
「ハイどうぞ。」
「あ、ありがとう、なのれす…」
先ほどのお店ではバカ丁寧すぎたが、少し慣れたのか今度は深々としたお辞儀はせずに
軽く頭を下げた。
「あ、そうそう。中身は見ちゃだめだそうよ。」
「え〜〜、また?」
ミルファが不満の声を上げた。ミルファは中身に興味津々だったが、大好きな貴明に
しかられるリスクを考えると諦めざるを得なかった。
「見ちゃダメって言われると見たくなっちゃうよ…シルファ、早く帰ってたかあきに中身
見せてもらおう。」
「うん。」
「それじゃ、おばさん。またね。」
そう言ってミルファは店から出ようと出口に向かって歩き出した。そしてシルファも
それに続こうとしたのだが、
「ああ、待ってちょうだい。」
店主に呼び止められてシルファは振り返った。
「ちょっと後ろを向いてもらえるかしら。」
そういわれてシルファは後ろを向くと、店主はシルファのお下げの先に、店先に並べてあった
リボンを1本とって結びつけた。
「わ…」
金髪のお下げの先に結び付けられたリボンはシルファの瞳と同じグリーンだ。
「さっきのお詫びよ。また来て頂戴。今度は私にあなたの服を見立てさせてちょうだいな。」
そう言って、店主の女性が微笑むと、シルファもまた笑顔で頷いた。
「どう?結構良い人だったでしょ。シルファも外に出るようになれば、自然といろんな人と
仲良くなれるよ。」
入り口で待っていたミルファがそう言うと、シルファは少し考え込んで、そして思い切って
自分の望みを口にした。
「お姉ちゃん。あのね、シルファは…行きたいところがあるのれす。」
「何とかお使いも済んだようやな。」
洋服屋から紙袋を抱えた二人が出てきたのを少し離れた場所から見届けていた瑠璃が、
ちょっと安心したように言った。だが二人は店の前で一言二言言葉を交わすと、来た時とは
反対方向に向かって歩き出した。
「どこ行くんやあの二人。行き先は貴明の家のほうやないな。ウチらのマンションでも
なさそうやし。」
「ちょっと寄り道でもしていくのかな?…まあ、ミルファが付いてるから大丈夫だと思うよ。
それより俺たちも戻ろう。先に戻らないとつけてたのばれちゃうし。」
「そやな。」
貴明に促されて、瑠璃は一度だけミルファたちの後姿を見送って、河野家への帰途に着いた。
◇
長く続く坂を上って、二人は学園の校門前に立った。
ミルファが貴明たちと通う学校を、シルファが見たがったからだ。
シルファは校門から一歩足を踏み入れて、学園の校舎を見渡した。
遠くからは部活の生徒のものらしい掛け声も聞こえてくる。
「ここがご主人様とお姉ちゃんが通ってる学校れすか…」
「ねえ、シルファも一緒に通ってみない?
あたしもたかあきもいるし、きっと新しい仲間が出来ると思うんだ。」
そう言ってから、ミルファはぺろっと舌を出した。
支援
「それにね、本当は私がシルファと一緒に学校に通ってみたいんだ。
姉妹で通えたら楽しいと思って。」
自分を囲む貴明とミルファと人間の友達…それはシルファにとって恐ろしくもあり、
そして好奇心を刺激する、魅力的な未知の世界にも思えた。
「…シルファにも、お友達出来るれしょうか。」
「うん!だから珊瑚様にお願いしてみよう?学校に通えたら、きっと楽しいよ。」
そう言うとミルファはシルファの手を取って走り出した。
「そうと決まったら膳は急げってね。早く家に戻って珊瑚様にお願いしなくっちゃ。」
「お、お姉ちゃん、危ないのれす!」
まるで弾丸みたいな勢いでミルファが坂道を駆け下りてゆく。
シルファは倒れそうになりながらもそれについて走り出し、そして坂道から見渡せる
町並みに目を奪われた。
「…きれいなのれす。」
夕暮れに染まった秋の町並みに、シルファは知らず知らずのうちにそんな言葉を漏らした。
そして…まだまだ自分の知らない世界を見てみたい…安全な狭い世界だけを望んでいた
シルファの中で、そんな思いが芽生え始めた。
◇
かなりのスピードで街中を駆け抜けて、二人は河野家に帰りついた。
「ただいまぁ。お使い行ってきたよ。」
「はいはい。お帰り。」
そう言ってドアを開けた貴明はにこやかで、まだ怒っているかと気にしていた二人は
ホッと安堵した。
二人が靴を脱いでいる間に、荷物を受け取った貴明は先にリビングに戻っていった。
ミルファは玄関にまだ珊瑚と瑠璃の靴があることを確認して、シルファに言った
「まだ珊瑚様たちいるから、一緒にお願いしよ。」
「うん。」
シルファは一つ頷いた。二人でリビングのドアを開けて、中へと入った。すると、
「「「「ミルファ!シルファ!お誕生日おめでとう」」」」
「わ、な、何?」
リビングでは貴明と、珊瑚、瑠璃、そしてイルファが待っていた。
「え?お誕生日?」
「みっちゃんは今日誕生日やろ、明日はしッちゃんの誕生日。だからおいわいや〜」
そういわれてミルファが今日の日付を確認した。たしかに自分の誕生日だった。
「お祝いの準備するのに二人を何とか家から遠ざけておきたくて、ちょっとお使いに行って
もらってたんだ。ごめんな。」
そう言って貴明は二人に謝った。よくよく見れば部屋の中も色々飾り付けられていた。
やりすぎ感漂う「ミルファ・シルファお誕生日おめでとう」の大段幕まである。
そんな中でミルファとシルファは進められるままにいすに座って誕生日パーティが始まった。
「じゃ、これは俺からのプレゼント。」
そう言って貴明が取り出したのは、小さな箱だった。
「あ、それさっきの、」
「そう。二人に取りに行ってもらったものだよ。」
箱を開けると、中から出てきたのはクマと小鳥のキーホルダーの付いた2本の鍵だった。
「何をあげようか迷ったんだけど、二人にはこれがいいと思ったんだ。」
そう言って貴明はくまのキーホルダーが付いた鍵をミルファに、鳥のキーフォルダーが
付いた鍵をシルファに差し出した。
「これは家の鍵。…二人は俺にとって家族だから、その証。」
家の鍵は家族に与えられるもの。貴明はそれを二人をただのメイドロボではなく、家族
として認める意思表示として用意したのだった。
「たかあき…あたしこれ大事にするよ。」
「し、シルファも、大事にするのれす。」
「そう言ってくれると嬉しいかな。」
目を輝かせたミルファとシルファの様子に貴明は満足して笑って答えた。
が、姫百合家の皆さんは不満だったようで、、
「あー、ウチも欲しい〜」
「う、ウチは別に要らへんからな…どうしてもっちゅうなら受け取らんでもないけど。」
「あー…考えとくよ。」
それぞれに要求されたが、貴明は苦笑いして即答を避けた。
「あ、そうだ!珊瑚様」
プレゼントを受け取って幸せに浸っていたミルファが我に帰って、珊瑚の手を取った。
「ん〜?なんや、みっちゃん。」
「一つお願いがあるんです。誕生日のお願いです。」
そう言って、きょとんとしていたシルファの肩を引き寄せると珊瑚に言った。
「シルファもあたしと一緒に学校に通わせてあげてください。」
「…しっちゃん、学校に行きたい?」
母親のような優しい雰囲気で、珊瑚はシルファの顔を見て聞いた。
シルファはしばしその珊瑚の視線を受け止め、考えて、そして答えた。
「シルファも…もっとお友達が欲しいれす。」
「…そっか…しっちゃん、強うなったな。」
そう言って、珊瑚は貴明のほうを向いていつもの蕩けるような笑顔で笑った。
「たかあき、プレゼント無駄にならんかったな。」
「そうだね。…シルファには、これもプレゼント。」
「え、それもさっき受け取ってきた箱じゃない。」
貴明が取り出したのは、さっき洋服屋で受け取った大きな箱だった。
「開けてごらん。」
そういわれて、シルファは受け取った箱を開いた。
中に納まっていたのは目にも鮮やかな桜色のセーラー服。貴明たちの学園の女子制服
だった。
「珊瑚ちゃんたちと相談してたんだ。でもシルファが受け取ってくれるか不安だったんだけど…
学校に行く気になってくれたのはミルファのおかげかな?」
そう言うと、ミルファは少し赤くなって照れたようだった。
「そ、そんな事…あたしは、シルファと学校に行けたら楽しいなって、そう思っただけだから。」
「貴明様…珊瑚様、瑠璃様、ありがとうなのれす。」
そう言ってセーラー服を抱きしめるシルファは本当に嬉しそうだった。
「…いいですねぇ。ミルファちゃんもシルファちゃんも。」
皆が盛り上がってる横で、今まで沈黙を守っていたイルファさんがそんなことを言って
はぁ、とため息をついた。
「二人とも貴明さんや瑠璃様珊瑚様と一緒に学校に通って、貴明さんの家に家族として受け
入れられ…しょせん年増は飽きられてしまうものなんですね…」
イルファはいつの間にかシルファの引きこもりの定位置である部屋の隅のダンボールに
引きこもっていた。
「いや、年増って…イルファさんだってミルファたちとそんなに変わらないでしょうに。」
「いいえ、私は家で独り寂しく家事をしながら、瑠璃様の帰りを待つのだけが楽しみの
しがない旧型メイドロボですから。」
「…」
すっかりすねてしまったイルファに貴明は二の句を告げなくなってしまった。
そんな空気を読んだのか読まなかったのか、珊瑚がイルファに言った。
「ほんなら、いっちゃんも学校に通う?」
「え、私もですか?」
珊瑚の言葉にイルファはぱぁっと顔を輝かせたが、すかさず瑠璃の一言がイルファの
気分に水をさした。
「却下や却下。学校でまでイルファにまとわり付かれたないわ。」
「そんな…瑠璃さまぁ〜」
なんだかいつもの姫百合家の風景が繰り広げられる横で、あきれていた貴明の右腕をついつい、と引っ張る者がいた。いつの間にか横に来ていたシルファだった。
「ご主人様、これからはクラスメイトとしてもよろしくお願いします、なのれす。」
「ああ、良いけど…代わりにひとつお願い。」
「?…何れすか?」
きょとんとした顔のシルファに貴明は答えた。
「ご主人様、じゃなくて貴明。クラスメイトなら名前で呼んで欲しいな。」
その希望に、シルファは少し赤くなってもじもじして…しばらくして顔を上げて、飛び切りの笑顔で答えた。
「どうぞよろしく、貴明さん…なのれす。」
というわけで、姫百合姉妹エンド後AD風味という内容でした
読んでわかるとおり、元々ミルシル誕生日SSとして書き始めたものだったんですが、
結局間に合わず、挙句まとめきれずにしばらく放置してたものです。
間で何度か加筆を繰り返していたのですが、今日改めて見直して書き上げました。
特に間でキャラの詳細の雑誌発表を挟んだせいでシルファの台詞は大幅に書き直ししています。
ともあれ明々後日0時にはADも発売されるので、これでミルシルはリセットですね。
リセットって聞くと山瀬が思い浮かぶな
怪我なく代表を引っ張って欲しいぜ…
>117
乙〜。俺はシルファに関しては今はイメージが無くなってるや。キャラ紹介の寡黙って設定と「なのれす」口調が統合できなくてw
>>96-97 乙。
小牧姉妹と旅行の人だよね。
俺あのSS好きです。
・・・・最初あれのパクリかと思ってごめんなさい・・・。
>>117 乙&GJです
ミルファはそう極端に変わらないかもしれないけど、シルファに関してはまったくの白紙と言ってもいいような気がするモンな。
いずれにせよ限られた情報の中でうまくほのぼのした話になってて面白かったっす。
アフターADもがんばりましょーね。
>>117 乙〜
ミルファはシルファに比べると、情報があるけど、シルファに関しては情報が
少ないのに、本当にこんな感じだなって思えるくらい自然な印象に見えたよ。
とても文章力のある方だと思いました。
読んでて、面白かったです。
というか、今までは攻略できなかったわけだから
恋仲になっていない段階での話が多かったキャラも(郁乃とか)
AD発売後は、そういう話は少なくなって
エンド後が前提である話が増えるわけか・・・
まったく関係ないスレでバレ画像見て涙目orz
言うまでもないことだがみんなうかつに画像開かん方がいいよ
ADまで出ちゃって大変だろうけど書庫さん頑張って!
>>119 >>121 >>122 感想どもです
確かにシルファは難しかったですね。
無口という設定なのでどのくらいしゃべらせて良いものなのか加減がわからん、とか
口調に関しても一人称はシルファ、だ行→ら行変換で良いかと当初は思ったけど
意外とそれだけじゃ雰囲気が足りないな、とか
でもそれほど違和感無く受け入れられたようで何よりです。
さて、漏れもこの後地元のとらの0時販売に突撃してきますわw
ADももう発売という昨今。
今更ながら、仮想シルファシナリオを書いてみました。
もっとも情報収集が完全じゃない上に、いくつかの明確な矛盾点がありますが。
かなりの長さになるので、臨時に掲示板を借りてそこに書き込んでおきます。
(もう全部書き込み終えてます)
待たずに読みたいという方がいらっしゃるなら、そちらでお願いします。
このスレッドには書けるだけのペースでゆっくり書き込ませて頂きます。
連投規制にかからなければそのまま行きますけど多分無理。
なにしろ51レスもあるし。
投稿規制かかったら一旦諦めて今夜は寝ます。
借りた掲示板
http://www2.atchs.jp/sstoukou/
それは一週間のうちで、もっとも開放感を覚える時間。
土曜日の最後の授業が終わった学校からの帰り道を俺は歩く。
特に予定があるわけではないけど、それなりに心が躍る時間を俺は楽しんでいた。
さて、今日はなにをしようかな……
「あ、スンマセン。このあたりで河野さんのお宅って、ご存知ありません?」
「はい?」
いきなり呼び止められて振り向くと、そこに若い男性が制服姿で俺に手を上げている。
おそらく宅急便の配達員さんだ。
この手の人は一目でそれとわかる格好をしているから助かる。
「えっと、河野なら俺の家ですけど?」
「あ、そうなんですか。あなたのお宅に荷物が届いてますけど」
「ありがとうございます」
……と、お兄さんの傍らにそびえるのは軽く40インチテレビのサイズはあろうかという大きな段ボール箱。
このでかいのが俺への荷物?
まあ疑問点はさて置いて、俺は荷物運びに苦労している様子の配達員さんに声をかける。
「あ、運ぶの手伝いますよ」
「スンマセン、助かります」
二人がかりでやたらと重いダンボールを持ち上げようとすると……
ぐ! 重い!?
持ち上げようと力をいれた瞬間、ハンパじゃない加重が腕と腰に加わった。
「く……」
精一杯の力を腹に込めて、玄関まで二人がかりでダンボールを運び込む。
やばいことに、重さでダンボールの底が抜けそうだ。
ここで箱が壊れたら面倒なことになる。どうか玄関まで持ってくれよ……
俺の祈りが通じたのか、なんとかダンボールは崩れることなく玄関まで到着した。
「はあ、はあ……ほんと、助かりました。お客様、こちらにサインを……」
荷物を運びなれているはずのお兄さんも息を切らせている。
俺の方は言うに及ばずだ。
「い、いや……どういたしまして」
しびれる腕をふって俺は答える。
お、重かった……正直、手伝いを申し出たことを後悔したくなる重さだった。
でも一人で運べる重さじゃなかったろうし、仕方ないか……
「はい、サインありがとうございました。それでは」
配達のお兄さんが帰って、静かになった玄関には重くて巨大なダンボールが残された。
狭い玄関の8割を占領してしまうダンボール箱。
さて、こいつはいったいなんなんだ?
興味しんしん、俺はダンボールを軽く検品してみる。
「えっと、差出人は……姫百合珊瑚?」
その名前を見た時点で、ちょっと悪い予感はしていた。
珊瑚ちゃんに関わると、いつも面倒に巻き込まれることが少なくない。
本人はとてもいい娘なんだけど……どうしてかなあ。
荷物の品目の欄には太文字で大きく『だいじなもの』と書かれているだけだった。
ある意味珊瑚ちゃんらしい。
「結局開けてみないと中身は分からないか……」
覚悟を決めてダンボールに手を掛ける。
まさか爆発するようなことも無いはずだ。多分。
中身がなんだか分からないので慎重に開けるべきだろう。
カッターは使わずに手で表面のガムテープを少しづつはがして行く。
とりあえずダンボール箱の上辺が剥がされると、中身もやたら厳重に梱包されているのが隙間からかろうじて見える。
これは中身を出すのには苦労しそうだな。
とりあえず、中身を確かめる為にダンボールの隙間から手を差し込んで……
むにゅ。
「へ?」
今、俺の手のひらに触れた柔らかくも暖かい感触はなに?
「あ、あれれ……?」
むにゅむにゅ。
まるで生き物に触れてるみたいな、暖かくて柔らかい感触。
き、気持ちいいけど……
このサイズにこの感触は。
この箱の中身は……女の子??
「ちょ、ちょっと待て。これは……やばいだろ、いろいろと」
焦って引き抜こうとした手がまた触れた。
や、やべ。い、今触ったのはどこだ???
もう、むちゃくちゃ犯罪くさい。こんなことしてていいのか?俺?
「いや、だってこのままにしておくわけにもいかないし……なあ?
と、とにかくこの箱からこの子を出してあげないと……だろ?」
と、誰に対してのいい訳だかわからないものをぶつぶつと繰り返しながら。
俺はなおもダンボールの解体作業を続けていく。
し、慎重に……爆弾の解体だって、こんなにドキドキしないよなあ。
いや、ある意味この箱は爆弾そのものだ。
苦労して作業を続けるうちに、ダンボールの中に閉じ込められていた『だいじなもの』が、少しづつその姿をみせていく。
青いメイド服の端。 美しくて柔らかそうな金髪。そして、やや幼さを残した顔立ちがダンボールの中から。
「はあ……」
思わず溜息が出る。 もう、目の前の現実は否定しようがない。
梱包を解いたダンボールの中には、年頃の美しい少女がまるで眠りついた子猫のように膝を抱えて丸まっていたのだ。
一仕事終えた俺は、額に流れる汗を拭いながら一言。
「やばい……犯罪だ」
この現状を言い表す言葉はそれに尽きる。
年頃の女の子がダンボール箱に詰められて俺の家に配達されてきた……ってか?
どんだけ性質の悪い冗談なんだよ。
「これがご近所さんに知れたら、俺は確実に逮捕だな……」
思わず額に冷たい汗が流れる。
例えば配達のお兄さんとこの箱を運んでいたとき、もし底が抜けて中身を見られていたら?
つーか、これがどうやって荷物検査を通りぬけてきたんだ??
「ふう……まあ、それさておき」
で、それらのさまざまな葛藤と焦りはとりあえず置いといて。
いったい、この女の子は誰なんだ? 俺はダンボールの中身をじっと観察。
安らかな呼吸音と微かに小さな胸が上下する様はここからでも見てとれる。
彼女が生きていることには間違いない。
だが少女は未だに目覚めない。天使のように安らかな寝顔は美しくもまだまだ発展途上の幼さを残していた。
その可憐さがさらに俺の罪悪感をかきたてるのだが。
ところでこの女の子。
出会ったことはないはずだけど……でも、どっかでみたような気もする。
えっと、誰だっけ? 記憶がもうここまで出掛かってるんだけど。
(なあ……君は誰なんだ?)
「ん……」
と、俺の心の中の呼びかけが届いたかのように、女の子の閉じたまぶたが震えた。
ダンボールに包まれた眠り姫が、今目覚めようとしてるのか。
って、いや! ちょっと待ってくれよ!!!!
俺の方はまだ心の準備が……
ぱち。
願いもむなしく、青い瞳がぱっちり開く。
目と目が遭う瞬間。
澄んだ青い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
その光景だけならまるで恋の始まりみたいだけど……なにしろ状況は最悪である。
俺の心臓はバクバクだ。
もちろん恋のときめきなどではなく。
「……い……」
少女の小さな唇が震えて、そこから微かに声が漏れだす。
それはもっと聞きたいとさえ思うような、美しい声だった。
「い??」
「い……」
「…………」
「いやああああああ!!」
でも、流石に悲鳴は勘弁して欲しかった。
ご近所に響き渡る大声で叫ぶ女の子。
ああ、親父……母さん。
俺、明日から塀の中で暮らすことになるかもしれません……
不幸中の幸いか。結局少女の叫び声がご近所様に通報されて、警察官が駆けつけてくるようなことにはならなかった。
それでも俺が現状の危機から脱したわけではない。
女の子の涙はある意味核兵器より恐ろしい。
すくなくとも彼女の涙は俺の平凡な日常を再起不能に打ち砕ける可能性を持っている。
「あ、あなたは誰なんれすか! シルファをこんなところに連れ込んで……いったいなにをするつもりだったのですか?」
ひとしきり叫んだそのあとで、焦った様子で少女は俺に矢継ぎ早に質問を投げかかる。
その様子を見る限り、とりあえず身体は元気なようでそれは良かった……なんて言っていられない。
少女の不安と問いかけは実にもっともなものではあったが、あいにくと俺はそれに答える術が無い。
「いや……目的もなにも。それは俺が聞きたいくらいで……」
「あなたが何を言っているのか、シルファには訳が分からないのれす!! あなたは、とっても変な人なのれす!!」
そ、そうかもしれんが……
だとしても、それは俺の責任じゃないぞ。
と、女の子は何か恐ろしいことに気が付いたという表情をして、とつぜん自分の身体をかばうかのように抱きしめた。
「し、しかも……眠ってる間に身体のあちこちを触られた形跡が、シルファのデータに残っているのれす……」
ぎく。そ、それは……
青い瞳が怯えの影をたたえて俺を見つめていた。
その瞳の真剣さからは逃れられない。
「あ、あなたが……眠っているわたしの身体に触れたんれすか……?」
「じ、実はそうです……」
罪悪感が咄嗟に正直な答えを俺の口から出した。
でも、次の瞬間には後悔。
「あう……」
涙交じりの声が少女の口から。
ああ。君の気持ちはよく分かるよ、でもこっちにもいろいろ事情が……
お、お願いだからそんな目で見ないで……
「いやあああああああああああああ!!! 変態ーーーーー!!!!!!!!!」
少女の叫び声が再び耳に響き渡る。
俺の胸にも突き刺さる。
……すいません。ごもっともですね、はい。
自らの名を『シルファ』と名乗ったこの少女。
はて、どこかで見たことがあったような。
名前も聞いたことが……あったっけ?
でもとりあえず俺には思い出せない。
「いきなりこんなボロイお家に連れ込まれて、ものすごく怖いのです……
しかもよく分からない人が、意味不明のことを口走って、眠っているシルファの身体に触っていたのです。
こわいのれす、やばいのれす……シルファは無茶苦茶ぴんちれす……」
少女は……いや、シルファは涙さえ流しながら切々と訴える。
もうその言葉は俺に対して向けられた言葉ではなく、独り言のような形に移行しているようだ。
言葉の端々に微妙に毒も含まれていて、案外見た目のイメージとは異なる性格なのかもしれない。
(言ってることは全て間違ってはいないけどな……)
けれどもこうやって一方的に言ってみれば、明らかに俺の方が変質者だよ。
シルファの立場からみればそういう風にしか見えないのだろうけど。
とにかくなんとか状況を説明して俺の無実を……
いや。そのまえに俺の方が状況を知らんとどうにもならんだろ。
そして何らかの情報を持っていそうなのは、この子だけだ。
俺は意を決して少女に問いかけた。
「あ、あのさ、君はなにか聞いてないの? 俺、珊瑚ちゃんの友達なんだけど」
「さ、珊瑚さまのおともだち……れすか? あなたが?」
あ、やっぱり珊瑚ちゃんのことは知ってるな。
でも、俺の言葉を信じた様子が無いぞ。
「でも……とてもそうは見えないのれす」
「ま、まってくれ。これを見てくれよ」
疑いの目を向けるシルファに、俺は慌ててサイドスタンドにあった写真立てをつきつける。
「あ、これは珊瑚さま……の写真なのれす」
「な? お、俺も写ってる。 ちゃんと仲良さそうだろ?」
「は、はい……本当なのれす。驚きれす」
シルファは、とても驚いた顔で俺の差し出す写真を見つめていた。
「では……珊瑚さまのおともだちが、どうしてシルファのことを誘拐したりするのですか?」
「してないよ!! 誘拐なんて!」
「きゃっ……」
危険な言葉に思わず怒鳴り返してしまった。
シルファはまた怯えたようにすくんでしまう。
「す、すまん……怒鳴ったりして悪かった。
別に脅かすつもりは無かったんだ」
「こ……怖いのれす、やっぱり怖いひとなのれす」
いや、君が怖いのもわかるけどさ。
俺の方も君の言葉がすげえ怖いよ。
さっきから心臓がバクバク鳴りっぱなしだよ。
「俺のほうは、なにもしてないよ。
さっき、君がとつぜん宅急便で俺宛に送られてきたんだ。
俺は君のことだって、さっきまで全然知らなかったよ」
「そんな話、とても信じることが出来ないのれす」
「…………」
深淵
シルファは冷たい瞳できっぱりと言った。
そりゃそうだ。と俺は思う。
俺だってこの状況が信じられないし。
どんな犯罪者の言い訳だってこれよりはマシだろ。
でもこれが事実なんだから仕方ないじゃないか。
「ねえ、君の方はどうなの? 今日の君に何があったのか教えてくれないか?」
「今日のシルファ、ですか? シルファは、気が付いたらここにいたのれす」
「だからその前だって」
「え、と……」
シルファは視線を下に向けて、考え込む仕草を見せる。
その顔立ちは……やっぱり、どこかで見たことがあるような。
俺はこの子を知っている……のか?
「今日は……珊瑚さまがシルファの緊急メンテナンスがしたいって。
研究室に連れられて、それで強制スリープ状態になって……
そこから先の情報はほとんどありません……」
そのシルファは頭の中の記憶を思い出すように語る。
メンテナンス? 強制スリープ?
この子ってなんだか自分が機械みたいなことを言うんだな、と思いかけて。
その瞬間になって俺はやっと気が付いた。
「君はイルファさんたちの妹の……」
「は、はいれす。シルファはイルファ姉さまたちの姉妹機の最新型メイドロボれす」
そ、そうか。
そういえば、さっきだって『データに残ってる』とか言ってたもんな。
焦っていて気が付かなかった。
しかもシルファはイヤーカバーをつけていない。
あまりにも普通の女の子と変わらないその姿は、俺にメイドロボの存在を完全に忘れさせていたのだろう。
「あなたは、シルファがメイドロボだとは気付いていなかったのれすか?」
「そうだよ。ごめんね、さっきまで全然気が付いてなかったんだ」
われながら、本当に間抜けな話ではある。
確か俺はシルファのことも名前だけは知っていたはずだよな。
しかもイルファさんと顔立ちは似てるんだし。
(イルファさんとミルファの妹か……確かにそんな感じだよな)
思わずシルファのことをまじまじと見つめてしまう。
うん。本当に可愛い妹って感じだ。
身長はそれほど低くはないけれど、シルファの顔立ちにはどことなく幼い雰囲気が漂っている。
うつむく顔もどことなく可憐で儚げで。
そしてその胸のサイズもそれ相応に……
「あ、あの……本当にいやらしい気持ちでシルファを誘拐したんじゃないですよね?」
「ち、違うって! そんな気持ち全然無いって!!」
す、すいません。
今の言葉にはちょっとだけ嘘がありました。
思わず誘拐してしまいたくなるくらい、あなたは可愛いです。
「あの……それで、シルファはどうしてここに居るのでしょうか?」
「いや、俺にはわからないけど。でも珊瑚ちゃんに聞くのが一番早いんじゃないかな?」
ダンボールに書いてあった荷物の宛名。
そしてシルファを眠らせた張本人。
おそらく今回の仕掛け人は珊瑚ちゃんだろう。
少なくとも彼女は何か知っているはずだ。
「それもそうれすね。ではちょっと電話をお借りして……」
そう言いつつダンボールの中から立ち上がりかけたシルファが、何かに気が付いたように不意にその動作を中断する。
そして何故か困ったような瞳で俺を見つめると、こう告げた。
「あ、あの。こんなところに手紙……みたいなものが、あったのれす」
ひどく狼狽したようなシルファの声が、非常に重要な情報を俺に告げた。
手紙? ひょっとして、それには重要なメッセージが書かれているのでは?
「何?! 手紙か!? それをすぐ見せてくれ!」
「?!」
だが、俺の言葉になぜかシルファの顔は耳まで真っ赤になる。
「い、いきなり見せろだなんて! あなたはやっぱりえっちなのれす!」
「へ?」
「あ、あっちを向いてて下さい!い、いま、手紙を出しますから……」
「だ、出す? な、なんで……」
「いいから!!」
「は、はい!」
シルファの必死さに思わず気圧されて俺は背中を向けた。
「まったく……本当に、本当にえっちなのれす……」
そしてその背中から聞こえてくるのはそんな呟きと……
『シュルシュル……』
これは多分服を脱いでる音?!
て、手紙、何処にあったんだよ?
いや、深く考えるのはよそう……
「もう、こっちを向いていいれすよ……」
やっと許しを与える声に振り向くと、耳まで真っ赤にして俯いているシルファがそこにいた。
なんかそんな顔をされると、また俺が悪いことをしたみたいだ。
「あの……この手紙、あて先が”河野貴明様”となっているのです。これって……あなたの名前ですよね」
「あ、ああ。そうだけど」
「だったら、これを読むのはあなたれす……」
そう言いつつも、シルファはちょっと困ったような目で俺を見ている。
た、多分……この手紙を俺に手渡すことに抵抗があるのだろうな。
手紙の中身は気になるけど、別に俺が読む必要はない。
「それ、君が読んでいいから」
「そ、それはダメなのれす」
俺が告げると、シルファは慌てたように首を横に振った。
「いいよ。たとえ俺宛でも俺が読んでいいって言ってるんだから」
「ダメなのれす。この手紙を最初に読むのは、あなたなのれす。シルファは人に宛てた手紙を読むようなことはしないのれす。
そんなことをしたら、この手紙を書いた人も、そしてあなたも。とても困ることがあるかもしれないのれす」
「……」
訴えるシルファの顔は、さっきまでの怯えた顔とは全然違ったとても真面目な顔だった。
「はい。読んでいいのれす」
「う、うん。ありがとう」
差し出された手紙をそっと受け取りながら、俺は思う。
(この女の子、思ったよりも真面目でいい娘だよな……)
しかし受け取った手紙は何故か人肌の温もりが……
い、いやいや。
俺はできるかぎり無心になって手紙の内容に目を通す。
期待に反して、手紙の内容は意味不明だった。
「貴明へ。
シルファにお料理の特訓をしてあげてください。
上手になるまでシルファは帰ってきたらあかんよ?」
たったそれだけ。
裏返してみても、逆さに読んでも灯りにすかしてみても、
他にはなにひとつ書かれていない。
「……なんでやねん」
思わずエセ関西弁でツッコミをいれてしまう俺。
もちろん手紙は返事をしない。
しかし何故俺に? どうして? いったいなにをしろと?
「あ、あの……」
シルファが様子をうかがうような瞳で俺を見つめていた。
手紙の内容は意味不明だが、彼女にはそれを知る権利があるだろう。
「えっと、珊瑚ちゃんが君のことを特訓しろって。上手になるまで、君はかえってきたらダメだってさ」
「そ、そんな……困るのれす……」
いや、俺だって君に負けずに困ってるさ。
シルファは少し考え込み、はっと何かに気付いたような顔上げて一言。
「特訓って、あの……シルファにへんなこと、しないですよね?」
「し、しないよ!」
焦りからか思わず叫んでしまった俺に、さらに怯えてしまうシルファ。
「た、貴明さんはこわいひとなのれす……」
「ご、ごめん……」
はあ……
やっぱり珊瑚ちゃんに関わると、いつもとんでもないことが起こるんだよなあ。
それにしても、一体この女の子をどうすればいいんだろうか。
「シルファに料理の特訓ですか?」
「まあそういうことらしいな」
もう一度気をとりなおして、手紙の内容を正確にシルファに伝えるのにまた数十分。
この子と話してると異様に時間がかかる。
「珊瑚ちゃんが俺に望んだことはそれだけだ」
「でも、そんなことをしていったい何になるのでしょうか?
料理でしたら、イルファ姉さまやミルファ姉さまが……それに、瑠璃さまだってとても上手に料理を作ることが出来るのです。
いまさらシルファが料理を習ってなんになるのでしょう」
「それは俺にも分からないよ」
「それに……どうして料理を教わるのに貴明さんのお家に来なければならないのでしょうか?
貴明さんは人に料理を教えるのが得意なのれすか?」
「それが……自慢じゃないが、俺は玉子焼きをまともに焼くことさえ出来ない」
「…………」
「…………」
二人して溜息。
「まったく訳が分からないのれす……」
「そ、そうだね」
本当にどうしたものか……
当面の目的を見失ったのでが、自然と二人の交わす言葉も滞りがちになる。
俺は黙り込んだまま、ぼんやりと手元のティーカップを見つめていた。
シルファはといえば……彼女もまた自分の手元に視線を落としていた。
その手に握られていたのは、俺がさっき珊瑚ちゃんとの関係を証明するために渡したフォトスタンドの写真だった。
その写真を見つめるシルファの横顔が、何故だか微妙に暗い。
なぜ、俺と珊瑚ちゃんの写真をそんな顔で見つめているのだろう?
「ねえ、その写真がどうかしたの」
「いえ……わたし、珊瑚さまがわたしの知らない方々と一緒にいるお姿を始めて見たのれす」
シルファはじっと写真から視線を動かすことなく俺の問いかけに答える。
俺もシルファの真剣な視線につられてその写真に目を落とした。
この写真は、去年の冬にみんなで温泉旅行に行った時の写真だった。
写真に写った人物は俺と珊瑚ちゃんだけではなかった。
写真の中には瑠璃ちゃんとイルファさんとミルファ。そして、
「知らない女の人と……それに他の男の方までいらっしゃるのれす」
「それはタマ姉と雄二だよ。その二人も俺の友達なんだ」
「そうれすか……」
答えながらも写真を見つめるシルファの表情はやはり微妙。
なんとなく暗い顔だとは思うけれど。
何故そんな顔をしているのかまでは分からない。
「去年の冬、珊瑚さまが”みんなで温泉旅行に行く”と言い出したのれす。
突然のことだったので、お姉さまたちも大急ぎで準備をしていました。
シルファも行こうと珊瑚さまは言って下さいましたけど……
でも絶対に行くのは嫌だったので、シルファは一人お家でお留守番をしていたのれす」
「どうして一緒に行かなかったの?」
「シルファはお家から出るのが苦手なのれす。それに知らない方も一緒に旅行に行くという話を聞いていたので……
行きたくなかったのれす」
それはまた……筋金入りの箱入り娘だな。
「でも、珊瑚さまがシルファが居ないところで、
シルファの知らない方たちとこんなに楽しそうにしているとは知らなかったのれす」
「そうか……」
なんとなく、シルファの言いたいことが分かってきた気がする。
フレームいっぱいに写る仲間に囲まれた珊瑚ちゃん。
彼女はとても楽しそうに写っていて……でも、その写真の中にはシルファは居ない。
「でも、それはこの旅行に限ったことではないのれす。
最近の珊瑚さまは、誰かと楽しそうに電話で話したり、シルファを置いて何処かへ出かけていってしまうことが多くなってきたのです。
以前はもっとシルファと一緒に遊んでくれたのに……」
そして一言。
「シルファは……もう珊瑚さまに必要なくなってしまったのかもしれません」
「え?」
「いいえ。なんでもないのれす。
それよりよろしければ料理の特訓を始めませんか?
珊瑚さまがシルファに望んでくれることがあるのなら、シルファは出来る限りそれをしようと思うのれす。
だから貴明さんの家にしばらくお世話になってもいいれすか?」
「あ、ああ。もちろんだよ」
「それが今のシルファに出来る精一杯のことですから」
「う、うん……」
ちょっと言葉にひっかかる物を覚えたけど、シルファが特訓を始めようとしてくれていることは願ってもないことだった。
だから、今はあまり気にしないでシルファに頑張ってもらうのがいいと俺は思っていたのだ。
「で、あの。あなたの呼び方……なんれすけど」
「はい?」
シルファはちょっと小首を傾げて。
「あの……”ご主人様”ってお呼びしたほうがいいのれすか?」
「いや、もう貴明さんでいいから。
ご主人さまってのはもう十分間に合ってる」
「そ、そうなのれすか??」
俺はシルファの申し出をきっぱりと断った。
もう、これ以上俺のことを”ご主人様”って呼ぶ人が増えるのは正直困る。
「じゃあ貴明さん、とお呼びします。どうかシルファのこと、宜しくお願いします」
そう挨拶とともに頭を下げると、シルファは俺に向かってにっこりと微笑んだ。
それは、俺が初めて目にしたシルファの笑顔だった。
俺はその笑顔にひどくショックを受けたような気がした。
(あれ……? なんかおかしい)
そろそろか?
可愛い笑顔だった。とても美しかった。
でも、それだけ。
俺は昔、雄二に誘われてメイドロボの展示会場に行ったことがある。
そこに展示されていた量産型のメイドロボたち。
彼女たちが浮べる完璧な笑顔。
シルファがさっき浮べた笑顔は、そんな笑顔にどこか似ていた。
「どうかしたのれすか?」
でもそう思えたのはほんの一瞬だった。
次の瞬間、俺をみて不思議そうな顔をしているシルファはさっきまでの普通のシルファだった。
その表情には、特別に不自然な違和感など感じられない。
「いや、なんでもないよ。
じゃあ始めようか」
さっきのは、きっと俺の気のせいだろう。
そう思うことにした。
料理の特訓といっても、俺自身は人に教えるほどの技術も知識も持ち合わせていない。
とりあえず、自分で料理を教えることなど出来そうにも無いので、俺は援軍を呼ぶことにした。
それに、シルファと二人きりで過ごす時間には、緊張感がありすぎる。
もちろん俺以上にシルファは緊張しているだろうけど。
シルファが家に来てから一晩が明けた日曜の朝。
俺は電話して彼女を家に招いた。
「お、おじゃましまぁす……」
おそるおそる……といった様子で玄関のドアから顔を覗かせるのは、われらが『いいんちょ』こと小牧愛佳。
そして何故かその背後に立つのは。
「なんだ、お前も来てるのかよ」
大人しい姉とは性格は正反対。
生意気で口が悪くて、性根が腐って……
「なによ?」
「別にお前を呼んだ覚えは無いんだけどな」
「お邪魔だったわけ?
日曜の朝から一人住まいの自宅に姉を呼び出して。いったい何を企んでいるかと思ってついてきてみれば……」
相変わらずの冷たい目で俺を睨んで郁乃は一言。
「いやらしい」
……今日一日でこのセリフを何度聞いたことか。
なんでこいつにまでこんなことを言われなきゃならんのだ?
いっとくが、お前をそんな眼で見たことは一度だってないからな。
「ないない。別に下心があって、愛佳を呼び出したわけじゃないって」
「そ、そうなんだ……全然無いんだ……」
と、何故かがっかりしたような愛佳の声。
「ふーん、別に姉には興味は無いの? だったら別にいいけどね」
「……そうなの? 貴明くん」
な、なんでそんなことを聞くんだよ……
「だからさ。俺はちゃんと目的があって愛佳に来てもらったんだってば。
そうだ。せっかくだから郁乃も協力してくれよ」
「でも……わたしなんかに何が出来るのか……」
「なんであたしがそんなことをしなくちゃいけないわけ?」
自信なさげに困惑している様子の愛佳と、不機嫌に睨みつけてくる郁乃に俺は頭を下げる。
「俺の大切な友達が困ってるんだ。
だから、頼む」
愛佳と郁乃は顔を見合わせて……頷いてくれた。
「うん……貴明くんにとって、大事なことなんだよね。
わかりました。あたしに出来ることなら」
「……ま、別にいいけど」
「よし。じゃあ、さっそく本人に会ってくれ。
ちょっと気難しいところもあるけど……根はいい子だからさ」
「わっ?? た、貴明さん、その方たちは誰なのれす?」
「初めましてシルファさん。
あたし、貴明くんのクラスメイトで小牧愛佳っていいます」
「あたしは妹の郁乃。よろしく」
「ま、また知らない人が増えたのれす…… いったいなんなのれすか??」
リビングに訪れた愛佳と郁乃を見て、またおどおどし始める様子のシルファだった。
この子、よっぽど人に会うのが苦手らしい。
「愛佳が料理をシルファに教えてくれるんだよ。
俺よりもずっと心強いだろ?」
「じゃあ……このお姉さんに教わって、ご主人様のエサを作ればいいのれすか?」
「え、エサって……あの……その言い方はちょっと……」
「ねえ……これのどこが”根はいい子”なのよ、貴明?」
俺を睨み付ける郁乃の瞳は極限に冷たい。
「い、いやあ……この子は言葉遣いを知らないだけだって……多分」
言い訳する言葉が苦しいのが、自分でも分かるほどだ。
でも、本当はいい娘だと……思うんだけどなあ?
まあこうして愛佳を先生役に、キッチンでシルファの料理の特訓は始まったのだけれど。
その成果はといえば……
「ぜんっぜんダメね」
テーブルに並んだ料理の失敗作……というよりも食材の残骸を眺めて郁乃は一言。
「いや……そこまで言わんでも」
しかし、正直なところ内心では俺の意見は郁乃とまったく同じだった。
それもシルファの上達が遅いとか、そういうレベルの問題ではないのだ。
「だいたい、メイドロボにかかる費用的負担を考えれば、高級ホテルの食事を毎日食べることも余裕なのれす。
それなのにメイドロボに料理を作らせるなんて、経済的にはとてつもなく無駄なことなのれす。
こんなことをする意味が、シルファにはまったく分からないのれす」
「は、はあ……」
さっきからのシルファはこんなことばかり言って、やる気というものがまったく感じられない。
愛佳は困り顔でシルファの言葉にいちいち相槌をうつばかり。
おかげで料理の練習は全然進まない。
「もう、いいのれす。
シルファには先生は必要ないことが、よく分かったのれす
これ以上、無関係なお姉さんと郁乃に迷惑を掛けるのは筋違いというものれす」
そう言ってついに練習まで放り出してしまった。
キッチンを飛び出してしまうシルファ。
「お、おい。どこへ行くんだよ?」
「ちょっとパソコンをお借りしますれす」
イルファに続いて俺達が向かったのは二階の俺の部屋。
パソコンのスイッチを入れ、ネットプラウザからメイドロボ関連の総合サイトを呼び出した。
「来栖川データベースにアクセスして、料理用アプリケーションをダウンロードするのれす。
費用は少しだけかかりますけれど、このまま材料を無駄使いして料理を作るよりも、ずっと安くあがるはずなのれす」
「いや、それはそうかもしれないが……」
「すぐにプロ並の料理も作れるようになりますから。
それが一番いい方法なのれす」
「うーん……」
なるほど、効率優先で考えればそういうことになるのだろう。
でも、それでいいんだろうか。
そんなことが目的であれば、珊瑚ちゃんは俺の家に彼女をここに送りつけたりはしなかったはずだ。
こんな形でこの問題を終わらせてしまっていいのか?
「ダメよ!」
俺の感情を強く代弁するかのように、隣で黙って見ていた郁乃が叫んだ。
「あんた、そんなやり方でいいと思ってるの?
赤の他人がここまで付き合ってあげたっていうのに、あっさり逃避してどうすんのよ!」
「逃避……れすか?」
「そうよ! そういう諦め方は、せめてやるべきことをやってからの話でしょ。
まだあんたはなんにもやってないじゃない」
「どうして……郁乃は怒っているのれすか?
シルファには、わからないのれす」
シルファは心底不思議そうな顔で呟く。
「ど、どうしてって……」
「郁乃はシルファに関わるのが面倒なのでしょう?
シルファは、愛佳も郁乃も楽になれる提案をしただけなのれす。
それのどこがいけなかったのでしょうか?」
「そ、そりゃそうだけど……で、でも、あんたねえ……」
郁乃が気圧されたように黙り込む。
それはシルファの嫌味に引いたのではない。
シルファの言葉にはそんな感情はまったく無かったのだ。
愛佳も俺も、そんなイルファになんと言えばいいのか全く分からない。
「……みんな、ちょっと休憩しよう。話はそれからだ」
「そうね……」
シルファを除けば、自分も含めて熱くなっていた。
その熱をまず冷ます必要がある。
「シルファも。
まだ料理レシピのダウンロードはしないでくれ。
これからのことは、みんなで話し合ってから決めよう。いいね?」
「は、はいなのれす。
みなさんがそれでいいというのなら、シルファはそれで構わないのれす」
「シルファもどっかで好きに休んでてくれ。またあとでな」
「はい……」
この辺りで中断させて下さい。
申し訳ないですが、続きは今夜以降にさせていただきます。
おつおつ!
掲示板の方で読ませてもらったよー。ネタバレになるから感想は投下終わってからにするけど。
とりあえず乙。
ところで、あの掲示板は他の書き手も使わせてもらって良いのかい?
さるさんが猛威を振るってる現状だと凄く便利なんだが。
117だけど
去るさんゆるくなってるっぽいよ
前は夜に投下してもきっちり10レスでひっかかったんだが
今回投下したときはなぜか引っかからなかった
書き込むペースも前と同じだったんだけど…
昨日の晩からSSを投下してる者です。
今帰ってきたので続きを投下します。
書き込みが止まったら規制でストップしたものとみて、
スレを通常進行させて下さい。
>>158 便利に使っていただけるなら嬉しいことです。
ぜひどなたでもご自由に使って下さい。
>>159 自分が投稿したときは10スレ程度で止まってしまいます。
その代わり投稿再開は少し早くなってる気もします。
>>160 大変失礼しました。
釈然としない気持ちを抱えたまま、俺達は部屋を引き上げていく。
シルファを二階の俺の部屋へと残し、愛佳と郁乃と俺とは1階のリビングで話し合うことにした。
愛佳がいれてくれた紅茶のカップを手にしてとりあえず一息。
「あの、料理を教えるの上手くいかなくてごめんなさい……」
いくぶん疲労のこもった声で愛佳が謝っている。
でも、もちろん愛佳に責任なんてない。
「いや、愛佳が謝ることなんてないから」
短い時間でかなり疲労した様子の愛佳を励ましつつも……
実際俺も疲れたな。ほとんど何もやってないのに、シルファたちを見守っているだけでも妙に疲れたよ……
「言っとくけど、上手くいかないのは姉のせいじゃないからね」
「分かってるよ。愛佳はよくやってくれてる」
「貴明には悪いけど……あの子に何を教えても無駄なんじゃないの?
本人にやる気が無いんじゃどうにもならないわよ」
「でも……」
郁乃の指摘に反論できる言葉が俺にはない。
ないんだけど、でも……
それでもまだ諦めたくないと思える自分の感情は、何処からくるものなんだろうか。
「納得いかないって、顔してるわね。結局、あんたはどうしたいのよ?」
「うん、上手く言えないんだけどさ……」
シルファのことを諦めきれない理由。
言葉に出来ない俺の気持ちを、それでも説明し始めようとしたその時。
「……しく……」
と、俺の耳に微かに誰かの声が聞こえたような気がした。
「あれ、今なにか聞こえなかった?」
「ん、誰かの泣き声みたいな……」
「ああ。俺にも聞こえた」
どうやら愛佳も俺と同じ声を聞いたようだ。
耳を澄ますと、すすり泣くような微かな泣き声は玄関の方から聞こえてくるようだ。
ここに居る愛佳と郁乃を除いて、この家に居る人物はあとひとり。
つまりこの泣き声の持ち主は、
「行ってみよう……静かにな?」
「うん……」
三人で連なってしのび足。
1階廊下の先。
玄関の手前で先導する愛佳が足を止める。
(そこに居る?)
(うん)
廊下の角からこっそりと覗き込むと、そこに思った通りの少女の姿。
玄関先でうずくまって、彼女はあのダンボールを抱きしめていた。
ダンボールの箱に隅っこには黒のサインペンで
”しるふぁのいえ”
と書かれている。
「あれがあの子の家?? なんであの子はダンボールを抱いてるわけ? 貴明、あんたには理由が分かるの?」
「いや、はっきりとは分からんけど……
でも、昨日の夜もシルファは俺が用意した客間には泊まらないで、あのダンボールの中に引き篭もってたな」
「そうだったの? でもどうしてなんだろう?」
そんなとこで寝たら風邪ひいちゃいそうだね……と、的はずれな心配をする愛佳。
話がずれるから姉は口挟まないで、と瞳で睨みつける郁乃。
「俺の想像でしかないけど。
シルファはこのダンボールに包まれてこの家に送られてきたんだよ。だから……」
そしてきっとシルファをあのダンボールに包み込んだのは、イルファさんやミルファの仕事なのだろう。
或いは珊瑚ちゃんか、瑠璃ちゃんなのかもしれない。
だから、あのダンボールは今のシルファにとってたった一つの”家”なのだろう。
「珊瑚さま……シルファお姉さま……どうして、シルファのことを捨ててしまったのれすか……?
きっと、きっとシルファが無能だから……見捨てられてしまったのれすか……?」
そして、シルファの本当に帰りたい家は……
「くすん……お家に帰りたいのです。珊瑚さまのお側に戻りたいのです……」
「あたし、シルファがなんでやる気無いのか分かった気がする」
ダンボールにしがみついて泣いているシルファの背中を見つめながら、郁乃がぽつりと呟いた。
「シルファは、その珊瑚って人から捨てられたと思ってるんだね。
持ち主に捨てられて、『他所でしっかりやれ』って言われても、そりゃあ納得できないだろうし」
「そうだねえ……」
愛佳が合点した様子で頷く。
俺にもその分析は正しいのだろうと思えた。
シルファはご主人様が望むことなら頑張ると言ったけど、本心では見捨てられた気持ちで塞ぎ込んでいるのだろう。
「で、どうなの貴明。珊瑚っていう人は本当にあの子を捨てたの?」
振り返る郁乃が、いくぶん厳しさ含んだ瞳で問いかける。
俺はきっぱりと答えた。
「ちがうよ。珊瑚ちゃんはシルファを捨てたりなんか絶対にしない」
「そう。よかった」
そう聞いて郁乃の表情が和らいだ。
なんだ。一応シルファのことも心配してくれてるんだな。
と次の瞬間、俺の感情を察したかのように郁乃はそっぽを向いた。
まったく、なんでこいつはこうも素直じゃないのだろう。
「自分が捨てられたわけじゃないって……この特訓にもちゃんと意味があるんだって、まずシルファさんに分かって貰わないといけないよね」
「そうだな」
愛佳の意見に俺は頷いた。
きっと、それが一番大切なことだ。
「でもそう簡単に納得出来ることじゃないかもね。あの子、顔に似合わず結構頑固そうだし」
「どんな話をしたら、そのことを分かってくれるのかな?」
「どうなの、貴明。あんたはあの子の気持ちを動かす言葉を持ってる?」
「……」
それはもちろん……
「そんな言葉、持っているはずがない」
「そうよね」
俺はそんなに器用じゃない。
いや、人間はそんなに器用じゃあない。
「でもほっとけないんだ」
女の子が苦手なくせに、ほおっておけない。
だって、女の子が泣いたり、笑ったり。悲しんだり喜んだり、そんな顔を見るだけで心が落ち着かなくなってしまう。
もう俺はそういう人間なのだろう。
それとも、放っておけないからから、かえって女の子が苦手になってしまうのかもな。
案外そんなものかもしれない。
女の子と深く関わらなければ、後で困ることもない。
涙をみたり、悩みを知ったりしたらもう捨てておけなくなるから、その前に逃げ出してしまうのだ。
「でももう遅いよな……」
もう十分過ぎるほど俺はあの女の子と関わってしまった。
なにしろいきなりダンボール詰めで送られてきてしまったのだから。
なにも知らずに箱を開いたら、いきなり彼女は泣き出した。
だから逃げる暇なんてなかった。
「俺、イルファと話してくるよ」
「うん、頑張ってね、貴明くん」
「しっかりやんなさいよ」
俺はこっそり隠れていたことを気付かれないように、
なるべく自然な感じを装ってシルファの背中に近づいた。
「シルファ、今いいか?」
「あっ……貴明さん……な、なんれすか?」
しがみついていたダンボールを慌てて背中に隠して。
シルファは俺の方に向き直った。
「あの、もう休憩は終わりですか。みなさんのお話はまとまったのれすか?」
「まあそうだね」
いったい話をどう切り出していいものか。
俺は迷った末、当たり障りの無いことから聞いてみることにした。
「なあ、シルファは……料理が上手になったらまず誰に食べてもらいたい?」
「料理……ですか??」
シルファは何故か不思議そうな顔。
「やっぱり珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんかな?」
「わたしは……」
それは俺にとって回答は半ば想像出来ていたはずの質問だった。
それなのに、シルファは少しばかり迷った表情を見せ……
「貴明さんに、一番に食べてもらおうかな……とも思うのれす」
「えええ???」
「もし貴明さまが満足するくらい料理が上手になれたら……わたしをお側に置いてくださいませんか??」
「いや……それはその……」
それは想いも寄らなかった答え。
「貴明さんが誘拐したくなるくらいシルファのことが欲しいなら……
シルファのご主人様が貴明さまでも別にいいのれす」
「いや、誘拐してないって言ってるじゃないか」
……というか、そういうボケをかましてる場合じゃないし。
「ちょっと待ってよ。君は料理の特訓を頑張って、珊瑚ちゃんのところに戻るんじゃないのか?」
「でも……珊瑚さまは、シルファのことを見捨ててしまったのかもしれません」
シルファは寂しそうにそう呟いた。
やっぱりこの子はそう思っていたのか。
「きっと、シルファよりも大切なものが出来たのれす。シルファのことなんて、もう必要なくなってしまったのです」
「もしそれが本当だとしても、シルファはそれでいいのか?」
「それは……仕方の無いことなのれす。
珊瑚さまがシルファより楽しく過ごせるおともだちが出来て……
それでシルファがいらなくなったというのなら。
シルファに出来ることは、出来る限り珊瑚さまのじゃまにならないように努力することだけれす……
だからもう、新しい居場所を見つけるしかないのれす」
シルファはいつのまにか微笑んでる。
それはなぜか見覚えのある笑顔だった。
「今日からは、シルファは貴明さんをご主人さまだと思って頑張ります。
だからシルファをよろしくお願いしますね」
「その笑顔は、シルファの笑顔じゃないね」
「え……」
「その笑顔、今朝も見せてくれた笑顔だったね。
俺に宜しくって言ってくれたときにも笑っていたけど。
その時の笑顔と、今の笑顔は同じだ……すごく綺麗だけどさ、本当のシルファの素顔じゃないんだよね?」
シルファは俺の言葉にとても驚いた顔。
彼女の大きな瞳がいっぱいに広がっている。
「分かるのれすか?」
「まあね」
「わたしもメイドロボの端くれれすから……接客用の基本動作プログラムくらいは標準装備しているのれす
そっきのは、去年の『メイドロボ笑顔コンテスト』で優勝した実績のある笑顔モーションだったんですけど……
貴明さんは満足されなかったのれすか?」
「コンテストねえ……」
あの笑顔がどこか不自然に見えてしまったのはそういうわけか。
「笑顔の違いが分かるなんて、貴明さまはそうとうなメイドロボマニアれすねえ」
「違うって」
雄二じゃあるまいし。俺にはそんな違いは分からない。
「綺麗だと思ったよ。でもシルファの笑顔じゃないってことだけは分かるよ」
「そうれすか……」
「やっぱり、本心から笑えているはずもないよね?」
「……」
自分の口から、『違う』とは言えないのだろう。
俺には分からないけど、これがメイドロボの忠義なのだろうか?
いや、なんとなく違うように思う。
シルファがメイドロボだから、じゃなくて珊瑚ちゃんへの想い方だろうな。
「ねえ、シルファ。珊瑚ちゃんは、君のことを捨てたりなんかしないよ。それはシルファだって分かっているはずだよ」
「……珊瑚さまはお優しいから、シルファを捨てたりはしないかもしれません。
でも、シルファが珊瑚さまの重荷になってしまうのなら、それは同じことなのれす」
「重荷だなんて」
「いえ……」
シルファの手には、今朝俺が見せた珊瑚ちゃんとみんなの写真があった。
どうやらシルファはこの写真をずっと持っていたらしい。
「珊瑚さま、新しいお友達がいっぱい出来て。とっても楽しそうなのれす。
でも……その笑顔が、シルファには遠いのれす」
そして、その横顔に浮かび上がる感情がいまならはっきり分かる。
シルファは、寂しいんだ。
「わたしだけが、珊瑚さまのお友達になれると、そう思っていたのれす。
そして珊瑚さまのお友達も、わたしだけだと思っていたのれす。
珊瑚さまは、今でもシルファのことをとっても大切にしてくれます。
でも、この笑顔はシルファと二人きりのときとは違う……眩しい笑顔なのれす。
シルファはこんな珊瑚さまを今日まで知らなかったのれす……」
しえん
さるさん出る前に5-6レス目くらいで支援した方がいいんかねぇ
写真の中には、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが。イルファさんとミルファが。
雄二とタマ姉が仲良く写っていた。
でも、その中にシルファはいない。
「あの……やっぱり、珊瑚さまはシルファから離れてしまっているように……そう思えるのれす。
違いますか? 貴明さん」
「うん……」
ある意味で、シルファの言っていることは的を得ているように思う。
珊瑚ちゃんは新しい人間関係に足を踏み出そうとしている。
でも、シルファはその歩みに全くついていくことが出来ないでいるのだ。
だから、二人の距離は相対的に以前より広がってしまっていると言える。
もしかして珊瑚ちゃんはこのことを……
そう思ったとき、俺の頭の中に不意にひらめくものがあった。
「シルファ。君に見てもらいたいものがあるんだ。一緒に二階に行こう」
「は、はい? わっ、何をするのれす???」
戸惑うシルファの手を強引にとって、俺は彼女を二階の自室に引っ張っていく。
「さあ。これを見てくれ」
「これは……アルバムですね。まだ比較的新しいものれす」
「このアルバムは、珊瑚ちゃんたちと出会った頃からのものだよ。
他の写真も写ってるけどな」
「そうなのれすか……でも、どうしてこのアルバムをシルファに?」
「珊瑚ちゃんに新しい友達がいっぱい増えたって言ったよね?
その通りだよ。そしてこのアルバムにはその歴史が納められている。
どんな風に珊瑚ちゃんがみんなと出会っていったか。
シルファには知って欲しい」
「……どうしてなのれす?」
「それは見れば分かると思うよ」
「んー、そういう意味深な言い方はやめてほしいのれすけど……」
シルファは少し迷ったように手を伸ばす。
まるで腫れ物に触るみたいに、アルバムの上をその小さな手がさまよう。
興味はあるけど、でも怖い……そんな感じ。
「……いいのです。それでは見てみるのれす」
でも、少しばかりの迷いの後でシルファははっきりとそう言った。
「よし、じゃあ始めるか。
えと、俺が珊瑚ちゃん瑠璃ちゃんと会ったのは……この辺だな」
俺はアルバムをめくって目的の写真を探り出す。
「まずこれだ。まだ珊瑚ちゃんと俺が出会ってから間もない頃の写真だよ」
「へえ……ずっと昔の珊瑚さまたちなのれすか……」
シルファが興味深げに覗き込む。
珊瑚ちゃんたちの過去の姿、やっぱりシルファにとって気になることなんだろう。
アルバムを熱心に見つめるシルファのまなざしは子供のように純粋な輝きが感じられて、
ふと俺は微笑ましい気持ちになった。
「んー、なんだか瑠璃さまが怒ってるみたいれすね」
「そうだな。この頃、俺は瑠璃ちゃんには蹴っ飛ばされてばかりだった」
「瑠璃さまが? 貴明さまを蹴っ飛ばすのれすか??」
「そうれすか……そんな瑠璃さまを、シルファは見たことなかったのれす……」
いや、そんなとこに興味を持たなくていいから。
「……それは見なくていい。じゃあ次な」
アルバムのページをめくり、また次の写真へ。
「あっ。この写真にはイルファお姉さまがいるのれす」
「うん。俺たちがイルファさんと出会った頃の写真だな」
「シルファの気のせいでしょうか……なんだかみなさん難しいお顔をしているのれす……」
「気のせいじゃないよ。初めて会ったとき、俺達は仲良しじゃなかったんだ」
この後すぐ、イルファさんが研究所に帰るって言い出したんだよな。
もしあのまま何もせずにいたら、どうなっていたことか。
きっと今のような関係を続けていくことは出来なかっただろう。
「お姉さま……瑠璃さまと喧嘩でもなされたのでしょうか?
瑠璃さまはイルファ姉さまをよく怒りますけど……でも、イルファ姉さまのこんな暗いお顔を見たのは初めてなのれす……」
「いろいろなことがあったんだ。いつかきっと、シルファにも話すよ」
「はい……」
さらにページをめくる。
この写真は、確かイルファさんのロケテストだっけか。
「この写真には、貴明さまは写ってらっしゃらないのれすね。
イルファ姉さまと、さっきの男の人と、女の方と……」
「この写真は雄二から貰ったものだよ。
以前、イルファさんが雄二の家にロケテストの為に滞在したことがあったんだ。
イルファさんとタマ姉はこの時初めて知り合ったんだよ」
もちろんタマ姉家でのことだから、俺には聞いた話でしかないけど。
なんでも『美人メイドロボと一つ屋根の下』というシチュエーションに暴走した雄二がイルファさん盗撮を狙ってなんども失敗したとか。
そのおかげでタマ姉とイルファさんは打ち解けたらしいから、怪我の功名というべきなのかな……?
いや、やっぱり雄二は許せないな。
よりにもよってイルファさんのお風呂姿をカメラに収めようとするなんて。
絶対に許しがたい。
「その時にタマ姉がイルファさんのこと気に入ったらしくて。
ほら、タマ姉は強引だからさ。
いつも俺や雄二を引っ張っていって、皆で野球をやったり旅行に出かけたりするんだけど、
その中にイルファさんも加わるようになって……そこから珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんも少しづつ巻き込まれていったんだ」
支援
「そうなのれすか……イルファ姉さまは、やっぱりすごいのれす」
「そうだね」
俺は頷いてまたページをめくる。
「そして、これが一番新しい写真だな」
「あっ、この写真にはミルファ姉さまがいるのれす。
しかも、また見たことも無い方がいっぱい写っているのれす……」
「このちっこいのがこのみ。
その隣にいるのがちゃるとよっちだよ」
「ふえええ……写真に収まりきらないくらいに人がいっぱいなのれす……
どうしてこんなにいっぱいの人が出てくるのれしょうか……??」
少々混乱した様子のシルファだった。
写真の変化の早さにシルファはついていけないらしい。
「ミルファは突然俺の家におしかけてきたんだよ。あの時はほんとに驚いたよ」
「そういえば、ミルファ姉さまがお家をしばらく空けたことがあったのれす……
あの時、貴明さまのお家に行ってらしたのれすか?」
「きっとそうだろうな。
で、ミルファが俺の家に住んでることがこのみにバレちゃって。
なんだか知らないけどこのみも俺の家に住むとか言い出すんだよ。
しかもちゃるやよっちまで『このみの援軍だ』とかわけのわからんことを言い出して俺の家に泊まりに来るし。
あの時は大変だったよ」
「貴明さまって……」
「なに?」
「いえ。罪深いおとこの方って、やっぱり自覚がないものなんれすね……」
なにやら理解したような顔で頷くシルファ。
「でも……そのわりにはこの写真のお姉さまとこのみさんたちは、仲がよさげに見えるのれす」
シルファの言う通り、写真の中の少女達……
ミルファとこのみ。ちゃるとよっちはまるで女子高生同士がプリクラとか撮るみたいなバリバリの決めポーズで仲良く写真に収まっている。
そのばかばかしさはともかくとして、写真の彼女たちの仲の良さと騒々しさだけは見知らぬ人にも伝わるだろう。
そんな分かりやすい写真だった。
「なんでも戦いの中で女の友情が芽生えたらしい。俺にはさっぱりわからんが」
「そうれすかあ」
「なに? シルファは分かるの?」
「まあ一応。おんなのこには分かるんれすよ」
「ふーん……まあいいや。写真はこれで全部だよ」
俺はアルバムを閉じる。
閉じられたアルバムの表紙を見つめてなにやら物思いにふけるシルファに感想を求めた。
「シルファ、どうだった?
このアルバムを見て、何を感じた?」
「ええと……」
シルファは自分の考えを言葉にしようと戸惑っているみたいだった。
俺は答えを急がない。
「えっと……その……
シルファにとって驚きだったのは、多分……
イルファ姉さまやミルファ姉さまのお姿のことです。
珊瑚さまだけじゃなくて、イルファお姉さまやミルファお姉さままで。
こんなにも新しい方とお知り合いになって、仲良くしていらっしゃるなんて……全然知りませんでした」
「うん、その通りだね。
俺が話したいのも、そのことだよ」
「はい?」
「珊瑚ちゃんには君の知るように沢山の新しい友達が出来たけど。
そのきっかけになってくれたのは、イルファさんやミルファなんだ。
二人が外の世界で色々な人と出会って、珊瑚ちゃんと知り合うきっかけを作ってくれたんじゃないかな」
「確かに……そうかもしれないのれす」
シルファは考え込むように呟き、そして不意に何かに気が付いたように顔を上げた。
「では、珊瑚さまはシルファにも姉さまたちのようになって欲しいと望んでいるのれしょうか?
それでシルファを貴明さんのお家に?」
「うーん、そこまで珊瑚ちゃんが計算してるかどうなのかは微妙なとこではあるけど……」
珊瑚ちゃんの行動が天然なのか計算なのかはよく分からないところがある。
それについては考えるだけ無駄かもしれない。
「でも、シルファに新しい友達が出来たら、珊瑚ちゃんはきっと喜んでくれると思うよ。
せっかくこうして外に出てきたんだし。
シルファもいろんな人と出会って、友達を作るといいよ」
俺の言葉に、しかしシルファの表情は微妙に固くなる。
「珊瑚さまの望むことなら叶えたいとは思うのれすけど……
でも、そんなことシルファにはできそうにないのれす」
「どうして?」
「友達って、どうしたら出来るのれしょうか? シルファには全然分からないのれす……」
「別に……普通に一緒に遊んだりとか……なんか適当に考えればいいよ」
「適当にって? そんなこと急に言われても、シルファにはなんにも思いつかないのれす」
「まあ……そうかなあ……」
ずっと家に閉じこもりきりだった少女にしてみれば、それは難しいことなのだろうか。
俺にはぴんとこないなあ。
でもそうか、俺にもこのみやタマ姉や雄二が居なかったら。
全然知らない人ばかりの場所で、いきなりなにかを始めるっていうのは案外難しいのかもしれないな。
そう考えれば、確かにイルファさんやミルファはずいぶん頑張ったのだろう。
「お姉さまたちは、とてもすごいのれす。
シルファに同じことが出来るとは思えないのれす。
シルファには……お姉さまたちのことさえ、遠く見えてきたのれす……」
「確かに、イルファさんもミルファもすごくいい娘だからな」
でも、シルファだっていい娘だと思うけどな。
それにシルファは二人の妹じゃないか。
「遠くなんかないよ。大丈夫。シルファにだって同じことがきっと出来るよ」
「そんな……どうしてなのれす?」
「だって、シルファはイルファさんたちと同じ、珊瑚ちゃんが作ってくれたメイドロボじゃないか」
「メイドロボだから……?」
「知ってるかい? 珊瑚ちゃんは、自分や瑠璃ちゃんと一緒に遊んでくれる友達が欲しくてメイドロボを作ったんだ。
「それは、聞いたことがありますけど……」
イルファさんはともかく、ミルファの方はちょっとばかり常識に欠けるところがあったんだけどなあ。
でも俺の心配なんて杞憂だった。
ミルファはすぐに人と打ち解けられる明るくて素直な性格の持ち主だった。
珊瑚ちゃんも、イルファさんもミルファもすごくいい娘だから。
「珊瑚ちゃんは、大切な想いを込めて一生懸命シルファたちを作ってくれたんだ。
だからその願いはきっと届くよ。シルファは珊瑚ちゃんの夢なんだ」
「わたしが珊瑚さまの夢……」
俺の言葉をオウム返しに呟くと、シルファは真っ赤になって俯いてしまう。
いや……照れないでくれ。こっちも恥ずかしくなるから。
「た、貴明さまって、恥ずかしいことを平気でおっしゃるのれす……」
「へ、平気じゃないけどな」
「でも、そうなれたらいいと思うのれす……
いえ。そうなりたいと思うのれす」
そう言って『うん』と頷いてくれたシルファの顔にはさっきよりずっと前向きな顔をしていた。
「貴明さんは……不思議なことをおっしゃるのれす……
なんだか貴明さんに励ましてもらうと、ちょっとだけ信じたい気持ちになれるのれす」
「そ、そうかな?」
シルファが尊敬するような真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。
純粋で輝いた瞳に見つめられると、なんだか照れる……
「瑠璃さまが、『男っていうのは優しい言葉で女の子をだまして、てごめするんやでーー』って、言ってました」
その言葉の意味がやっと分かったような気がします」
「…………」
そんな理解のされ方は望んでなかったけどな……
純粋さにゆえの棘というかなんというか。
シルファは意外と油断できない性格だな。
支援
「でも……わたしはまずなにをしたらいいのれしょうか……?」
「そうだね、初めてだとなかなか勝手が分からないものだよね」
シルファの顔にはまだまだ戸惑いと不安の色が浮かんでいた。
でも、随分前向きになってくれたよな。
あとは、この子にはほんのちょっとしたきっかけがあればいいだけだ。
「じゃあ……まずは俺と友達になろうか」
「え?」
俺はシルファの目の前に右手を差し出した。
「うん。俺とシルファは、今日から友達だ」
「そんな……どうしてなのれす??」
「昨日、今日とシルファと一緒に過ごして、
シルファが珊瑚ちゃんを大切に思う優しい気持ち、ちゃんと伝わったよ。
だから、俺は君と友達になりたい。珊瑚ちゃんは俺にとっても大切な人だから。
二人で珊瑚ちゃんの夢を叶えていこう」
「んー。貴明さんだと、何か下心がありそうで怖いのれすけど……」
言う言う。
大人しいだけの子かと思ったけれど、これだけ言えるなら誰が相手でも大丈夫そうだけどな。
と、シルファの小さな手が俺の前に差し出される。
「シルファと握手、するんじゃないのれすか?」
「ああ、そうだね」
俺はそっとシルファの手をとった。
もみじみたいに可愛らしい小さな手だった。
支援
>>172 6レス目に出るのは去るさんじゃ無くて連投規制ね
俺の経験では2分以上間を空けるようにすれば引っかかりにくいはず
>>164 >「珊瑚さま……シルファお姉さま……どうして、シルファのことを捨ててしまったのれすか……?
お姉さまはイルファ?
「シルファが生まれたとき……珊瑚さまも貴明さんと同じように手を差し伸べてくださったのれす……
あのときのことは、シルファはいつまでも忘れません」
そしてシルファは俺の手を見つめて言った。
「貴明さんの手はやたらと大きいのれす。
こうして握ると、でっかくてちょっとだけおっかないのれす。
でも、珊瑚さまの手と同じように暖かいのれす」
「タマ姉も、雄二も。このみもちゃるもよっちも。
それに愛佳も郁乃の手も、みんな同じだよ」
「そうなのれしょうか?」
「うん。愛佳はね、困ってる人がいるとほっとけない優しい女の子なんだ。
だからみんなの委員長に選ばれて、信頼されている。
郁乃は……気難しいところがあるけど、悪い奴じゃないよ
これから二人と一緒に料理を作ってみよう。
そうすればシルファもきっと二人と友達になれるよ」
「……貴明さんは、お二人のことがお好きなんれすね」
「す、好きっていうか……まあね、うん」
す、ストレートな聞き方だなあ。
もちろん、好きではあるけど、そんな聞かれ方するのは恥ずかしい。
「貴明さんは男らしくて、女ったらしなのれす。
女の子はみんな好きなのれす。よく分かったのれす」
……もう別にそれでもいいか。
「シルファのことも好きだからね」
「はいなのれす。だったらちょっとだけ、口説かれてあげるのれす」
そんなシルファをともなって1階に戻ると、
階段下のリビングでくつろいでいた二人が驚いたように声をかけてきた。
「わ、貴明くん……
シルファさんと手を繋いでるの? ど、どうして?」
あ、そういえばあれから手を繋いだままだったっけ
「いや、深い意味はなく、ただ友達に……」
「シルファは貴明さんに口説かれたのれす。一緒に夢をかなえてくれるんだそうれす」
「「えっ」」
シルファの余計な言葉に、姉妹二人の驚きの声が重なる。
「い、いや……俺は確かにそう言ったけどさ。でも」
「あんたって、相変わらず手が早いわね……」
「た、貴明くんって……」
「違うって! シルファもヘンな部分だけ抜粋するなよ」
まったくシルファと郁乃には困ったものだ。
この娘たち、可愛い顔してなかなか言葉は危険なんだよな。
でもこの空気は騒がしくてにぎやかで。
さっきよりはずっと明るい雰囲気になれたみたいで……だからまあいいとするかな。
そう思っていると、俺の隣に立つシルファが急に真面目な顔になって口を開いた。
「あの……愛佳さん、郁乃さん。
わがままを言って、ごめんなさいなのれす。
でも、もう一度頑張りたいと思うのです。
シルファにいろいろなことを教えてくださいなのです」
いまだ俺の手を握ったままのシルファの小さな手から、汗ばんだ緊張が感じられた。
内気なシルファにとって、こんな簡単な言葉でもきっと大きな勇気を必要としたのだろう。
「もちろんですよぉ。私に分かることだったら、なんでも教えるからね」
「……ま、いいけど。今度こそ真面目にやりなさいよね」
「はい! ありがとう、なのれす!」
そしてキッチンの中での静かな戦いが再び始まる。
まだまだ不器用に動くシルファの手に、愛佳の優しいアドバイスと郁乃の容赦ない指摘が飛び交う。
苦闘の結果、いくつかの手料理がテーブルに並んだ。
俺も味見にだけは参加させてもらった。
「ん……さっきのに比べれば遥かにマシだけど……はっきり言って、まだまだね」
シルファの作った鳥のから揚げ……らしき料理を郁乃はそう厳しく評価した。
「そ、そうなのれすか……」
「おまえな、そこまで言わなくても」
「仕方ないでしょ。ちゃんと評価しなきゃ、上達だってありえないし」
まあ、そうかもしれないが……
言いにくいことをはっきり言う奴だな。
シルファも少しばかり落ち込んでいるようだ。
「でも初めて作ったのならこれで上出来だよ。
ひとつづつ練習していけば、きっとすぐに上達するさ」
「うん、あたしもそう思います。シルファちゃん、短い時間ですごく上手になったと思う」
俺の励ましに、愛佳もフォローをいれてくれる。
「は、はい……」
気を取り直して一休みしたらもう一度始めようか、と提案しようとしたその時だった。
「でも、このお味噌汁の味はあたし好きかな……」
「え?」
シルファがいくつか挑戦した料理が並ぶそのうち、
味噌汁の茶碗を手にした郁乃がなんとはなしにそう呟いた。
あの味噌汁、ちょっと薄味で俺には正直合わなかったけどな。
郁乃にしては珍しく気を使ったのだろうかと不思議に思った。
(郁乃は味噌汁、やたらと薄味が好みだから)
(なるほど)
俺の疑問に答えるようにそっと愛佳が耳打ちする。
どうやらこの意見は単純に好みの問題によるもののようだ。
でも、シルファにとってはそんな些細なことではなかったようだ。
「ほ、本当れすか?
お世辞じやなくて、郁乃は本当に美味しいと思っていただけたのれしょうか?」
「え? まあ、別に嘘は言わないけど……?」
「正直に、言ってくれたのれすか?」
「だ、だからそう言ってるじゃない」
妙に真剣なシルファの問いかけに、少々気圧されながら答える郁乃。
と、シルファの瞳から大粒の涙がこぼれ出した。
「わっ、な、なによ……なにも泣かなくてもいいじゃない。あたしはそんなおおげさなことを言ったわけじゃなくて……ただ……」
「生まれて初めて、自分が頑張って作ったもので、だれかを喜ばせることができたのれす。
それが、こんなに嬉しい気持ちになれることだなんて……
シルファは全然知らなかったのれす……」
「ちょっと……泣かないでよ。恥ずかしいな……」
その光景を見て俺は思う。
やっぱり、シルファは分かってくれたんだな。
イルファさんやミルファの妹なら、その気持ちをきっと分かってくれると願っていた。
「ありがとうなのです……すごく、すごく嬉しいのれす!
シルファは郁乃が大好きなのれすっ!」
そしてシルファの顔に浮かぶのは俺が見る初めての本当の笑顔。
シルファは隣に座る郁乃におもいっきり抱きついた。
その勢いに押されてたじろぐ郁乃。
「ちょ、ちょっと、抱きつかないでよ。恥ずかしいなあ……もう……」
「いい友達が出来てよかったね、郁乃」
「そ、そんなんじゃないって……あ、ちょっと! 写真なんか取らないでよ! 貴明の馬鹿ーー!!」
俺は初めて見るシルファの本当の笑顔を、郁乃の困り顔と共にカメラに収めた。
それは涙混じりのぼろぼろの笑顔だったけど。
その笑顔は無性に眩しくて、何故だか俺の胸を熱くさせるのだった。
きっと、今、俺達とシルファの間にはなにかが芽生えた。
それは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんがイルファさんとミルファに貰ったものと同じだろう。
きっとそうであって欲しいと思う。
姫百合家のリビングでゲームをしていた珊瑚の携帯端末がメールの到着音を知らせている。
着メロは何故か『地獄の黙示録』。
「ん、シルファからのメールや」
「ほんま?」
携帯端末を操作する珊瑚から笑みがこぼれる。
メッセージは元気なシルファの様子を率直に伝える内容だった。
『珊瑚さま、お元気れすか?
シルファは貴明さんのお家でとても元気に料理の特訓に励んでいます。
お料理もお掃除も、まだまだシルファには難しいけれど。
一生懸命頑張って誰かに喜んでもらえることは、とってもとっても嬉しいことなのれす。
まだまだシルファは頑張って、貴明にも、愛佳さんにも、そして郁乃にも。
もっともっと喜んでもらえる料理を作れるようになるのれす』
メールに添えられた写真には、貴明と、愛佳と郁乃。そしてシルファの姿があった。
郁乃の腕を強引に取って並び写真に写るシルファは笑っていた。
その笑顔は珊瑚が初めて目にするシルファの眩しい笑顔だった。
:追伸
玉子焼きを、ちょっとだけ上手に焼けるようになったのれす。
帰ったら、珊瑚さまやみんなにもきっと食べて欲しいのれす。
きっとれすよ。
長編乙
以上になります。
名前の間違いに関しては恥ずかしい限りですね。
シルファとイルファは間違えやすい上に見直しても分かり辛い……
支援くださった方、大変ありがとうございます。
>>194 シルファと郁乃という、組み合わせも予想外でおもしろかったす。
久しぶりに楽しく、長編を読ませてもらったです。乙かれ〜
>>194 乙
文章は読みやすいし流れもちゃんとしてるし良い作品だと思う。
でもやっぱAD発売日当日ってのがネックかなあ
プレイしてから見るって人は多いだろうし(自分もそう)
そうするとやっぱり原作との齟齬が気になっちゃうかな
仮想シナリオも何も、目の前に原作のシナリオが存在しちゃうから嫌でも比較しちゃうしね
そういう側面を除けばいいSSだと思うよ。
気になったことといえばシルファが貴明のメイドロボになるって決めた部分が唐突かな
貴明のメイドロボになるって話はあまり関係ないと思うし
無理矢理シルファルートにしちゃってる感じなのがちょっとだけ首を傾げた
貴明のメイドロボになる〜ってのはヤケを起こしたって事じゃない?
例えるなら、貴明が草壁さんルートに入っちゃったのを知ったタマ姉が政略結婚の話に乗っちゃうとか。
ヤケでもあるんだろうけど
貴明がシルファがメイドロボになるって話を断るっていう根拠がないまま言ってるってことは
そうなってもいいや、という考えがあるような気がするんだよね
それが誰でもいいじゃなくて貴明ならいいに見えるんだわ
仮想シルファルート、って言われちゃってるので余計にそういう見方になってるんだろうけども
まだADのSSは時期尚早かも知れませんが、
郁乃story読んで姉妹丼を書かなければならない衝動に駆られたので逝きます。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ ★
★ 注意! ★
★ ★
★ このSSはAD郁乃story後日談ですので、 ★
★ TH2ADの完全なネタバレがあります。 ★
★ まだ郁乃storyをクリアしていない方はご注意願います。 ★
★ ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
全27レスですが19/27以降はエロだけです。途中でさるさん喰うかも。では
「郁乃ぉーっ!」
校門前、約40メートル後方の校舎から、やけに頑張って張り上げた声が届く。
私は車椅子を止めない、けど、少し速度を緩める。
「ああん待ってよお郁乃ぉ!」
その私を追い掛けて、バタバタと賑やかに近づいてくる足音。やがて隣に。
「はへ、ふひゅ、ほへぇ、ひはぁ」
息も絶え絶えな癖に間の抜けた息遣いを響かせながら、我が姉こと、小牧愛佳が並ぶ。
「なによ、走ると脚が太くなるわよ」
「え、太ったかなっ?」
「さあ?(にやにや)」
「えっ、えっ、ええーっ?」
私は短いスカートから伸びた脚を気にする姉をひとしきりいじった。
まあ、姉の場合は多少運動した方がいいタイプだろうけど。
「それで、何の用?」
「うぅ、用がなければ一緒に帰っちゃいけないのぉ〜?」
「拗ねるな鬱陶しい」
ホントは、ちょっと嬉しい。姉はいっつもこんな感じだから、私はいっつもちょっと嬉しいことになる。
「うん、あっ、それでね、あのねっ」
どうせめげないし、姉。
「これっ、友達に貰ったのっ」
そして姉が差し出したのは、二枚のチケット。
「時代村の……一日無料優待券?」
「うんっ、扮装もタダで、お馬さんにも乗り放題なんだって」
「あっそ」
「郁乃、時代村好きでしょ?」
「べつに」
「こんどの日曜、一緒に行こう、ねっ? ねっ? ねっ?」
人の話を全く聞かず、姉は何故か拳を握りしめて私を誘って、黙って頷いたら全力で笑顔になった。
んでもって日曜。
「うわー、空が青いねぇ」
確かに。
もうすぐ夏になる空は、これでもかってくらい青く、こんちくしょうってくらい爽やか。
「上見て歩くとコケるわよ、お姉ちゃん」
が、私は不機嫌そうに姉に注意する。
「だいじょうぶだいじょうぶっ、とわたたたたっ?」
言ってる側からコケる姉、を、
「おっと」
横から伸びてきて支える、しっかりとした腕。
「あ、ありがとう、貴明くん」
「どういたしまして」
意味のない会話で嬉しそうにニヤけているのは、河野貴明。姉の彼。
ついでに、私の不機嫌の原因。
「……やっぱ帰ろうかな」
「またぁ、機嫌なおしてよぉ」
何度目かの愚痴に、姉は根気強く同じ対応を繰り返す。
おとつい、姉と私が時代村の約束をした直後。
「愛佳。郁乃ちゃん」
「うきゃっ!」
「ぅくっ!」
貴明は急に後ろから声を掛けてきて、姉と私は揃って飛び上がった、いや、私は車椅子だけど。
「何の用?」
動揺を抑えて−動揺の理由は色々あるのだ−努めて平静に聞き返す私。
「うん、これ、貰ったからさ、郁乃ちゃんにあげようと思って」
いつものヘロヘロ笑いで貴明が差し出したのは、さっき見たばかりのチケットだった。
「あはは……三人で此処に来るのは、初めてだねえ」
優柔、という言葉がぴったりな表情で、私とお姉ちゃんのやりとりを笑う、二人のデートを三人にした元凶。
その無神経さに、私の機嫌は益々悪くなる。
無神経。そう、こいつは、河野貴明はとことん手に負えない朴念仁だ。
「なんにせよ、晴れて良かったよ」
ちょいと見てくれが良くて、誰かれ構わず優しくて、
「愛佳と来たときは雨だったんだよな」
「うん、今日はお馬さんに乗れるといいなぁ」
見てて呆れるくらい、姉の心を掴んでいて、
「郁乃ちゃんは馬には乗ったから、今日こそ扮装だね」
「うるさいっ!」
そして、私も。
どうにもならない想いを、こいつに抱いていた。
「うーん、どこから回ろっか?」
「郁乃ちゃんの機嫌が悪いから、まずは食べ物屋かな?」
なのに、そんな事は我感せず、
「何が食べたい? 団子? 桜餅? それとも、カエルの丸焼きとか?」
こいつは当たり前のように、車椅子の後ろから私の顔を覗き込む距離が近い。
「……あんたは雀の姿焼きね」
私は無愛想に言い放って、車椅子を一気に前進させる。
「あれっ、郁乃っ、どこ行くの?」
頬の赤さを隠すため。
「トイレよ」
「あっ、手伝……」
「いらない」
「じゃあ俺が」
「バカっ!」
姉の恋人に惚れている。こんな感情を、表に出してはいけないのに。
腹ごしらえの後、やってきたのは扮装館。
「ねえねえ、見て見て郁乃、どうかな? 似合うかな?」
頭に変な薄布を被って、ひらひらと回る私の姉。
「……元ネタがわかんないんだけど」
なんかのお姫様か、それとも街娘だろうか。
「郁乃と違って時代劇には詳しくないのぉ〜」
「まあ、似合ってなくはないわ」
簡易なコスプレ衣装とはいえ、着物の他に髪型も変えて貰って、
意外と豪華な感じが出ている姉は、妹のひいき目に見なくとも可愛いと思う。
「少なくともそこのバカよりは」
「それは酷いなぁ」
苦笑いする貴明は、わざと着古し感を出した唐桟を着流して素浪人気取り。
「結構イケてると思ったんだけど」
「うんうん、似合ってる似合ってる」
「サンキュ。でも、愛佳の可愛さには敵わないかな」
「ぁうっ……」
ちょっときっかけをつかむとすぐバカップルぶりを披露したがる二人の会話。
「はぁっ」
私は大仰に溜息をついて見せた。
「というか、郁乃ちゃんこそなんなの、それ」
「だよ、ねぇ」
二人揃って漫画なら額に汗(大)が浮かぶんだろうな、って表情で私を見る。
「人の勝手でしょ」
子連れ狼に拘った貴明の要望を蹴っ飛ばして私が選んだ衣装は、
プラスチック製の偽物胴鎧に陣羽織、籠手をつけて、陣笠被って槍もって。
これが戦国時代の正統な足軽衣装だ。悪いか。
「悪くはないけど……もっと色々、女の子っぽいのもあったろうに」
「うっさい」
私の格好なんて、見ても仕方ないでしょ。あんたは姉の彼氏なんだから。
そんな内心は言葉にせずに、私は貴明の戯れ言を斬り捨てた。
「記念写真、撮るならさっさと撮るわよ」
「あっ、そうだね、すいませーん」
姉が呼んだら、係員はすぐに来た。外に出て、適当な背景の場所で記念撮影。
「よっ」
槍を杖代わりにして、私は車椅子から立ち上がる。
「あっ、大丈夫っ?」
すかさす両側から寄ってくるのを払いのける。うむ、丈夫な槍。なかなか本格的でよろしい。それに、これなら一人で立てる。
「どうせなら、お姉ちゃんを真ん中にしなさいよ」
手を貸そうとした立ち位置のまま、私の隣に収まろうとした貴明を肘でつっつく。
「そうだね、っとっ?」
移動しようとした貴明が、石につまづいて、着流しの和服は前が緩くて。
「わっ、貴明くん、パンツパンツ」
「汚いもの見せんな!」
若干の混乱があった後、貴明、姉、私の順番で写真に収まった。
扮装館に戻って、それぞれが衣装を返却するころには、係員がデジカメのデータから写真を焼いてくれていた。
「なんだか、変な取り合わせだねえ」
浪人、お姫様、足軽。
「うーん、これはあれだな、愛佳姫を……」
「掠おうとするならず者と、護衛の兵士ね」
すかさず言葉が出たのは、なんとなく現実に即したものがあったからだろうか。
「酷いなあ」
言いながらまんざらでもなさそうな貴明は、その顔で愛佳に質問を飛ばす。
「愛佳はどう思う? 俺に掠われたい? 郁乃ちゃんに護られたい?」
「へっ? あっ、うー、うーっ、悩むぅ〜」
だから、真面目に答えるなバカ姉。
「い、意外とおっきい?」
「これでもサラブレッドよりは、だいぶ低いんだけどね」
いつぞや私が聞いた台詞を、貴明が再現したのは乗馬体験。
「次の方どうぞー」
「は、はいっ!」
元気よく返事をして、姉は馬の背中に。
「ていっ? あれ? てりゃっ、たあっ!」
ぴょん、ぴょん、ぴょこ、ぴょこたんっ。
端から見てると冗談みたいなカエル跳びだが、本人は真剣に鞍に脚をかけようとしているみたい。
「はいはい、後ろがつかえるからね」
待ってましたとばかり、貴明がでしゃばってくる。私は次の展開を正確に予想した。
「ひゃあっ、くすぐったいっ!」
両脇から抱え上げられて身悶える姉。貴明はニコニコしながら姉を鞍の上に上げる。
はいはい、予想どおり……
「んじゃ、郁乃ちゃんも」
へ?
ふにっ。
「う、うあっ、ちょっと、私は前にも乗ったからっ、て、こらっ、どこ触ってんのよっ!」
「そんなに変なところは触ってないよ」
「触ること自体が変なのよっ!」
抗議はしたものの、貴明はどうも私の扱い方を心得ている−それがまたむかつく−ようで、10秒後には私は姉の後ろで馬に跨っていた。
「お、う、結構揺れる?」
騒ぎにイラついたのか、股の下で馬がもぞりと動いて、私は姉の肩につかまる。
「きゃっ……えへへ」
抱きつかれて、私を振り返って照れっと笑う姉。なんか悔しい。けど、ま、いっか。
「じゃあ、写真撮るよ」
カメラを構えた貴明に、しかし、おっちゃんがとんでもない事を言い出した。
「俺が撮ってあげるから、兄ちゃんも乗ったらどうだい?」
さすが馬。三人乗っても壊れない。
「うおっ、とっ、もうちょっと前に行ってくれないか郁乃ちゃん」
「お姉ちゃんがつっかえてるから無理」
「こっちもギリギリなのぉ〜」
でも、高校生三人はやっぱり定員オーバーだったようで鞍上狭し。
「ほれ、止まってくれないと写真撮れねえぞー」
大騒ぎの私達を、やたら微笑ましく見守ってからかう係員のおっちゃん。モブの癖になんでそんなお茶目なのよ。
「仕方ないな、よっ」
何が仕方ないのか知らないけど、貴明はそういって、ぐいっと前に競りだしてきた。
見かけよりも逞しい男の身体が、背中にくっつく。
「ひやっ、こら、抱きつくなあ」
「抱きついてはいないって」
確かに、貴明がくっついてるのは背中だけなんだけど、私の前面には姉がいる上に。
「えへへ、郁乃サンドイッチぃ」
にこやかに恐ろしい宣言をのたまって、姉もこっちに寄ってきたりして。
「ふぎゃ、二人とも、ふざけるな、こら」
「大人しくしていれば、すぐ終わるって」
「そうそう、痛くしないからねー」
「どこの悪役の台詞よそれっ!」
悪役だか医者だか知らないけど、騒いでも話は収まらず。
結局私は、姉と貴明に前後を挟まれてフレームに収まる。
「……ぅぅ」
ぺたっと、できるだけ姉の背中に貼り付くと、柔らかくてあったかい。
「……むぎゅ」
背中に感じる、貴明の胸。筋肉の動きが、直に伝わって。
かなり恥ずかしい写真を撮られたことよりも、二人の身体の感触が、私の心をかき乱した。
しえん
そんなこんなで時間は、あっという間に過ぎていって。
「さすがに疲れたな。郁乃ちゃん、大丈夫」
「別に、平気」
午後から夕方に変わりそうな太陽を窓の外に眺めて、ヤックで解散前のだらだら会。
「お姉ちゃん、食べないとアイス溶けるよ」
「ふひゃぁ、楽しかったぁ〜」
声を掛けてもご満悦な姉は、テーブルの上で自分が溶けている。
「本当は姉妹でデートだったのに、お邪魔してゴメンね」
相手が楽しんだことを知っていて声を掛ける、こいつはいつでもズルい奴。
「それはそうね」
だから、思いっきり冷たい声で言ってやろうと思ったのに、声は冷たくならなくて。
「そ、そんな事ないよお」
おまけに姉がすかさずフォローするもんだから、貴明はかえってニヤケ顔。
「郁乃も、楽しかったよねえ」
にこにこと、姉は私に追い打ちをかける。
「……まあ、つまらなくはなかったわ」
こういうのは、言葉がなんでも意味は同じなんだろう。三人で過ごす時間は、間違いなく、楽しかった、間違いなく。
だけど。
「そういってくれると、嬉しいな」
貴明の口調は、本当に嬉しそう。たぶん、本当に嬉しいんだろう。だけど。
「こういうの、いいよね、凄く」
姉は、いま世界一幸せですよーっ、って言いたそうな表情。それは私の幸せでもある。だけど。
「また、機会があったら、三人で一緒に出かけようか? 水族館とか、遊園地とかさ」
ごく自然な貴明の誘い。だけど。
「いいですねえ。ねっ、郁乃?」
待ってましたとばかりの、姉の問い。だけど。
「やだ」
だけど私は、頑なな言葉を二人に突きつけた。
「「えっ?」」
二人が固まる。私の攻撃が功を奏したのは久しぶりのような気がするけど、喜ぶ余裕はない。
「貴明」
「う、うん?」
顔を見て話そうと思ったのに、こいつの視線は真っ直ぐすぎて、私は目を伏せる。
「あたしは二度と、あんたとデートしないから」
「えっ?」
「それだけじゃない。学校でも、私の世話を焼かないで、私に近寄らないで。声掛けないで」
「なんで……」
呆然とした貴明の質問を無視して、私は姉の方を向く。
「お姉ちゃん」
「はっ、はいっ?」
テーブルに溶けていた背筋を、無意味にピシッと伸ばす姉。
「貴明とイチャつくのは、一向に構わないけど」
一呼吸置く。
「貴明をウチに泊めるのは、あたしがいない時だけにして」
「そ、そんな」
「学校から一緒に帰るなら、あたしとは別に帰って。貴明が書庫にいるときは、あたしを書庫に呼ばないで」
「ど、どうしてそんなこと」
「どうしてもっ!!」
怒鳴り声になった。お店には他の客もいたけど、気にする余裕なんてなかった。
「理由なんて、どうでもいいわ」
私はテーブルを見つめる。二人の顔を、まともに見ることなんてできやしない。
「とにかく、あたしは、」
また一呼吸置いた、自分の心を、押し切るために。そして、吐き出す。
「あたしは今後一切、貴明とは関わらないから」
――私は、河野貴明が好きだ。
(ねえ、自分が何人目なのか、教えてあげようか)
(言ってみろよ)
初めて見たとき、姉に悪い虫が憑いたと思った。
(お前、本当はお姉ちゃんっコだろ?)
(うぁあぁうるさいなあっ!)
いつも見透かされて、うまくあしらわれるのが悔しかった。
(なんでここにいるのよ。バス通学じゃないわよね)
(うん、ちょっと雨宿り)
退院した後も、なにかとちょっかいを出してくるのが、鬱陶しかった。
(うっかりうっかり)
(そそ、うっかり)
それから、姉がこいつの言いなりになっているように見えて、心配した。
(ごめん、遅れた……?)
(謝る必要なし。約束の時間はまだだから)
だから、どんな奴か試そうなんて、バカな事を考えた。
(わ、わ、たた貴明! てて手!)
(て!? 手!?)
一緒の時間を過ごして、楽しかった。
(お、落っこちそうで)
(もう大丈夫だよ)
そして、私は、いつしか、というほどもなく間もなく。
――姉と同じ人を、好きになった。
「郁乃ちゃん……」
「あたしに話し掛けるなっ!」
俯いたまま、私は反射的に叫ぶ。
声を聴いたら、揺らぎそう。顔を見たら、崩れそう。
だって、一緒にいたら楽しい。今日だって、三人でいて、有り得ないくらい楽しかった。
<また、機会があったら>
こんな事を繰り返したら、私は絶対おかしくなる。それは確信。
だって私には、前科があるんだから。
(ん、誰……)
(まなか……?)
寝ぼけた貴明と、姉とあいつがするような行為をした夜の事は、忘れようもない。
あの後私は、激しい後悔と、心と体の両方を襲う鈍痛と、そして微かにお腹に残る熱さに震えた。
あんな事は、二度としたくない。
でも、無邪気に貴明に触れていたら、また、我慢できなくなる。
「そんな事、言ったって」
こいつは、いつも無条件で、私にも優しいから。
「郁乃……」
お姉ちゃん、心配しないでいいよ。
お姉ちゃんと貴明の間に、割り込もうなんて思わないから。
いくらでも、貴明と仲良くしていいよ。
ただ、私の前でだけ、ちょっとだけ我慢してくれれば。
だって、
「郁乃は、貴明くんの事が好きなんだね」
そう、私は貴明の事が……
なんですって?
「お、お姉ちゃん」
思わず顔を上げた。
「ふふっ、いくら鈍感なあたしでも、それくらい分かりますよぉだ」
姉は、微笑んでた。
「たかあきくんから、デートの結果は聞いてたし」
貴明の方を見ると、やけに神妙な顔をしてる。こいつの表情は信用できないけどね。
「寝ぼけて郁乃に酷いことした事もあったね、たかあきくん」
う、ど、どっちの事を言ってるんだろ。先の夜這い未遂の方よね、きっと、
「ごめんね郁乃ちゃん、途中でおかしいとは思ったんだけど」
けど、貴明のフォローで、後の方だと知らされる。
……秘密なさすぎだこの夫婦。
「う……ご、ゴメン」
謝って済むような話じゃないけど、バレてた以上謝るしかない。
「あれはたかあきくんが悪いんだから、郁乃が気にする必要はないのっ」
めっ、と続きそうな笑顔で姉は私を許した。
「それよりねっ、問題は、今後の事だと思うんだ」
だから、私はもう、貴明とは……
「たかあきくんは、郁乃の事、どう思ってるの?」
どきん。
だのに、姉は私じゃなくて貴明にむかって質問した。
「好きだよ」
どきん。
そして、貴明の即答。
このバカ、この期に及んでなんて事言うのよ。しかも、そんな真顔で。
「愛佳みたいに、はっきり女性として好きかって言われると、まだちょっと困るんだけど、大切な女の子だって、そう思ってる」
どきん、どきん。
ああもう、今さっき決意したばかりなのに、このバカの言い草はめちゃくちゃ勝手なのに、頼むから、収まれ私の鼓動。
「だったら、問題ないよね」
それでさっきから、何を言ってるの、この姉は。何を言い出す気なの、このバカ姉は。
「郁乃がたかあきくんを好きで」
呆然とする私の前で、
「たかあきくんが郁乃を好きなんだったら」
姉はちらっともう一人のバカの方を見て、
「郁乃も、あたしと一緒に、たかあきくんの恋人になろう?」
そんな、バカな事を言い出した。
「なっ、何を言い出すのよバカっ!」
「うっ、バ、バカはないと思うなぁ……」
「バカよバカ、バカ姉、大バカ、どバカ、河馬より獏よりバカバカバカッ!」
ぜーっ、ぜーっ。
「きゅぅ〜」
あたしの剣幕に、変な小動物の鳴き真似つきで涙目になる姉。
「で、でもぉ、あたしも悩んだんだよ? たかあきくんから、事情を聞いてから」
う。
どう考えても悪いのは私−35%くらいは貴明の責任にしたいけど−だから、姉をバカ呼ばわりする筋合いはなかった。
「あたしはたかあきくんと一緒にいたいし、でも、郁乃がそれで不幸になるなんてイヤだし」
「別に不幸になんてならないわよ」
「好きな人を避けて過ごすのは、女の子にとっては一番不幸なことなのっ!」
ぐ。
確かに、貴明と会わずに過ごす自分が、楽しい生活になるとは思えない。
けど、聞いてるよ私は、このバカには、幼馴染みの大の仲良しだった女の子がいたって。
だから、日本が一夫一婦制な以上、そういうのは仕方のない必然的な現象であって……
「俺も、郁乃ちゃんと会えなくなるのは、イヤだな」
「っ!」
姉から飛んできたトンデモないパンチを避けようと必死の私に、斜めから槍が降ってきた。
「あ、あんたにそんな事を言う資格はっ」
「ないよね、わかってる。俺が郁乃ちゃんを傷つけている事は」
こいつはいつも、全然わかってない顔で、わかったような事を言う。
「あんたはお姉ちゃんの……」
「恋人だよ、間違いなく、絶対に、これからもずっと」
「だったら、余計な事は」
「でも、郁乃ちゃんと一緒にいると楽しいし、郁乃ちゃんが喜んでいると俺も嬉しい」
「っ、調子のいい事を」
ダメだ、口調が緩む、と、視界に入る姉の握り拳ポーズ。
そう、姉はいつも、男に都合が良すぎる、こんなの、認めちゃ駄目だ。妹の私は、姉を護られなければ。
「そこまで同情するつもり? それともお姉ちゃんが、そう望むから?」
その思いを冷却塔にして、私は必死に言葉の温度を下げる。
「どっちにしたってお断りよ」
それに、私だって。こんな私にだって、プライドくらいあるんだ。
「どっちでもないって」
けど、貴明は口を尖らかす。不本意そうに。
「俺が、郁乃ちゃんと、一緒にいたいんだ」
ぐらっと視界が揺れる。
「そんなこと、言うなぁぁ……」
反論する語尾が小さくなる。決意に、亀裂が入りそうになる。
「分かった、もう、何も言わない」
そして、そう言って貴明は、私の方に手を伸ばす。
え?
「イヤだったら、殴っていいよ」」
顔を引き寄せられる、向こうも、身を乗り出してくる。
キスする気? う、嘘でしょ? そんな、恋人の前で恋人の妹に? 衆人環視の状況で?
そうだ、こいつの手口だ。姉との関係を見てて分かる。形勢が悪くなると身体で誤魔化すんだ。絶対許さない、殴ってやる、私は姉とは違う、許さない、絶対、こんなの。
けど、私は結局、近づいてくる瞳に吸い込まれたまま、
自分の唇が貴明に触れるまで、微塵も抵抗できなかった。
それから、およそ一ヶ月。
「はあっ、無駄足踏んだわ」
病院から家に帰るバスを降りて、私は溜息をつく。
「ごめんねえ、先生が急用で、こっからこっちの検査は明後日以降になっちゃったの」
顔なじみの看護婦−胸おっきいんだよねこの人−が片手をあげるポーズつきで謝って、検査入院の日程は延期になってしまった。
「うー、じゃあ帰る」
「あっ、今日できるぶんは、やっちゃうから待ってて」
「ええーっ、二度手間じゃない」
結局“やれる分”を終えて、ナースセンターでちょこっと彼女とお茶して、家に戻った時は夜もいい時間。
「ただいまぁ……およ?」
玄関に入ると、また旅行中の両親の靴がないのは当然として、男物の靴が一足。
「貴明、来てるんだ」
例の一件以来、いちおう私は、姉と共に貴明の恋人という事になったらしい。
らしいのだけど、それでこれまでの関係が激変したというわけでもなくって、まず、姉は相変わらず貴明とはいちゃいちゃしっぱなし。
私の方には、貴明は何かとちょっかいは掛けてくるけど、いわゆる恋人っぽい事は、私の方から要求しない限りは無し。
それが、主導権を握られる姉に眉をひそめる私への配慮なのか、単に私はおまけとしか思っていないのかは知らない。
私の方は、もはや悩んでも仕方ないので、「貴明利用許可証」でも貰った気分で気まぐれに奴を呼び出している。
それで、あの時出した条件は、当然撤回になったわけだけど、残しておいた条件がひとつ、いやふたつ。
「わたしが家にいるときは、貴明を家に泊めないこと」
「ええ〜っ」
「困ったなぁ……」
姉と貴明は不本意そうだったが、私は頑として譲らなかった。それくらい我慢しろこの猿夫婦。
今夜の場合は、私が短期入院する予定だったから不可抗力だろうけど……
「む、いない?」
リビングには誰もいない。付けっぱなしのDVDは、まだ途中なのに。
「……もしかして」
嫌な予感がして、私は2階に急いだ。といっても、階段はゆっくりしか上れないけどさ。
「あ、あんっ、たかあきくんっ、そんなっ、まだキスもしてないのに」
「じゃあ、今しよう」
「もうっ、いっつもそう……はむっ、んっ」
案の定、部屋の外に漏れてくる恥ずかしい声。
ガチャリ。
「何やってんのよ」
「うおっ!?」
「ふえっ? い、郁乃〜っ!? ったたたたた」
いきなり扉を開けてやったら二人は驚いて、姉なんか見事にベッドから転げ落ちた。
「きょ、今日は病院じゃなかったの?」
「検査が延期になったの。残念ながらね」
「そ、そうなんだ? 食べる? その、夜ごはん」
直しようがないくらい乱れた服を、直すフリだけしながら、姉が取り繕ってるフリ。
「外で食べてきたからいい。それより、」
あたしは、一呼吸溜めて、
「私がいないからって、他人のベッドでエッチな事すんなって、いつも言ってるでしょうっ!」
「「ハイ……」」
これが条件ふたつめ。いや、非常に常識的な事だと思うんだけど?
「今度だけじゃないわね、その様子だと」
「いや、あははは」
全然反省してない、貴明お得意の不誠実な笑顔。
「なんというか、このベッドが一番落ち着くんだよね、習慣というか」
……もういいや。アホらしい。
私は二人が並んで座る、私のベッドに近寄って、ぼふっと横向けに倒れ込む。
「寝る。えっちしたければ、勝手にしていいわ。見ててあげるから、此処でやんなさい」
二人とも恋人って豪語するんなら、妹の前で姉とエッチしたって、恥ずかしくないわよねえ。
「い、いや、それはちょっと……」
汗(大)モードで困る貴明、ふふん、いい気味だわ。
「別に無理にやれなんて言ってないわよ。大人しく帰ってもいいし」
そもそも、バスはまだある時間だってのにおっぱじめてんだからこいつらは。
「うーん、どうしよう愛佳……」
こんな時だけ姉に振ったって、答えはでないと思うけど?
「ぁぅ……あ、そうだ、うふふふっ」
へ? なんか嫌な笑顔?
ばさっ。
と、私の背後に、姉が倒れてきた。
「え? お姉ちゃん? どうし……ふあっ?」
驚いて振り向きかけた私は、胴体に回ってきた手に妙な声を挙げる。
「郁乃も一緒だったら、“他人のベッド”じゃないよねえ♪」
「ちょっと、マジで言ってんの?」
「まじまじ♪」
論より証拠とばかり、服のなかに入り込んでくる姉の両手。
身をよじって逃げようとしても、背中にまとわりつく温かさに力が入らない。
「こ、こら、貴明、見てないで助けろぉ!」
「ほら、たかあきくんも、こっちこっち」
姉妹に正反対の事を要求されて、貴明は困ったような笑みで考える。
その間にも、トレーナーがたくし上げられて、ブラウスのボタンがひとつひとつ外れていって、
「うわわわ、ちょっと、ちょっとタンマ」
「タンマなーし」
やたらとハイテンションな姉に本気で抵抗できない私の体勢はどんどん絶望的になっていって、
「うーん、そうだね、郁乃ちゃんと、きちんとした事ないもんな」
貴明の笑顔が、私の命運にトドメを刺したのだった。
支援
「あっ、ちょっとっ、ちょっ、ふいゅっ!」
「へー、郁乃も、胸おっきくなってきたんだねえ」
「い、イヤミかそれはぁっ、はぁんっ」
ブラジャーが外れた乳房を揉まれて、私は変な声を挙げてしまう。
姉の手は、いつぞや寝ぼけてされた貴明の愛撫よりもよほど繊細で、どんどん感覚が鋭敏になっていく。
「違うってば、ホント、ね、たかあきくんも」
「あうっ、わわわっ、だ、ダメぇ」
正面から近づいてきた貴明に、慌てふためく私、今、こいつに触られたら、だって、
「こら、触ったら殺……ふむぅ?」
けど、貴明は、私の顔を両手で挟んで、まず唇を奪った。
あの時にヤックでして、その後何度か遊びでしたような軽いキスじゃなくて、角度をつけて接触が深い。
「んくっ」
「噛まないでね」
かろうじて閉じていたつもりの口が、歯の上を舐められて開いてしまうと、貴明の舌が口に滑り込んでくる。
「んんっ! あふっ、くっ、んっ」
知らなかった、口のなかって、こんなに敏感だったんだ。
前歯の裏っかわをこしょぐられて、抵抗しようとした舌を絡め取られて、私はいいように嬲られる。
唇はみっともなく開いてしまい、キスというより貴明の口を食べているみたい。
「郁乃、可愛いな」
「!」
耳元に囁かれて、口腔内を這い回る感触に我を忘れていた私は顔を熱くする。
「あ、あぐっ、ふうっ、はぁっ、はぁっ」
ようやく貴明は私の唇を解放した。酸欠状態で息を吐く。
「順番に、ね」
何が順番よ、と聞き返す間もなく、貴明は私のトレーナーをたくし上げる。
既にブラウスとブラジャーは胸を隠す位置にはなくて、
ぷるん、なんて立派な音がするような大きさじゃないけど、私のおっぱいが外気に晒された。
さるさん来たので中断
「あ、っ、やあっ!」
今気付いたけど、電気消してない。白い灯りに、たぶん赤くなっている私の肌が。
「うん、可愛いよ、郁乃ちゃん」
「どこ見ていってんのよっ!」
「ここ」
顔よりもだいぶ下にあった視線に文句をつけたら、貴明は開き直ってめくれたトレーナーに頭を突っ込んで。
「ひゃうんっ!」
乳首に吸い付かれた。瞬間、背筋に電流が奔る。
「やっ、そんな、吸うなぁ……」
お風呂にも入ってないのに、私。
「美味しいよ」
「っ〜っ!」
首を振っても胴体はしっかりと押さえつけられて、貴明の唇は私の胸から離れない。
ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅっ。
「あ、ああぅぅ……」
ちろちろと舌先で胸の先端を刺激されながら、空いた手で空いた方のおっぱいを揉みこまれゆく私。
ぴりり、ぴりりと脳に伝わる刺激に、抵抗手段の筈の手が、貴明の頭を抱きかかえてしまう。
じりじりと、身体を押し上げられていくような感覚、なんていうんだろ、高まっていく、とか?
「気持ち良さそうだねえ、郁乃」
「そ、そんな事、んっ、ないっ」
また、耳元で囁かれて、イヤイヤをする私。
でも、あれ? おっぱいを貴明が占領していると、姉の手は何処に……
ひゃうっ、ズボン脱がされてるっ!?
「ふーん、ホントかなあ」
そう悪戯っぽく言いながら、姉は露出した私の太股を撫でる。
暴れようにも、上半身はしっかり貴明に責められていて、もう身体に力が入らない。
そして姉の手は脚を昇ってお尻を一撫でして、
「確かめてあげるっ♪」
お尻と閉じた両脚の小さな三角地帯から、私の一番敏感な場所に滑り込んできた。
「うあァんっ!」
そこに指が這った瞬間、私が挙げた声は盛大に裏返っていて、我ながら恥ずかし過ぎる。
でも、それくらい凄い刺激だった。前に自分で触れたのなんて、文字通り児戯に等しい。
「ふふっ、湿ってる」
せ、性格違うんじゃないの姉。なんて抗議も通じるわけはなく、姉の指が下着の上からスリット部分を擦りあげる。
そこは姉が言うとおり、きっちり濡れ始めていて、
「あ、あうう、やぁ、もう、こんなぁ……ぁうんっ!……あ?」
弱々しい声と、弱々しくならない喘ぎ声。
それが一瞬止まったのは、吸い付かれていた乳首から感触が消えたから。
「いいなあ愛佳。俺も触るよ、郁乃ちゃん」
「うあっ? ひゃくんっッ!!」
わざわざ宣言しくさってから、貴明の指も私の下腹部を滑り降りた。
上から貴明の、下から姉の、ふたつの指がそこに集結して蠢き出す。
「そ、そんな速く、あんっ、や、おっぱいもっ!?」
口を離したのは下を触る宣言の為だけだったのか、今度はもう片方の乳首に吸い付く貴明。
加えてあろうことか、空いた側の乳房に姉の左手が伸びてくる。
「下着、汚れちゃうよ、脱ごうね」
もうすっかり染みになっているだろうパンツも、姉と貴明の手が協調してずり下ろされる。
「で、電気、せめて、消して」
哀願空しく、閉じようとした脚も開かされて、姉は背後だし貴明は胸だから見えないのが救いだけど。
「あっ、ひ、開くな、やっ、入れちゃだめ、ふひゃうんっ、そこや、潰しちゃ、んんんっ」
見えないけど、割れ目を広げられて、そこらへんを掻き回されて、突起物を指でおさえられて、
もう体中に痺れが走って、わけがわからない、電灯の光が眩しくて、視界が、白く、気持ちいい、白く、
「っあぁぁあううっッ!」
意識が消し飛んだ。
「はあっ、はあっ、ふあっ、あふぅっ」
呼吸が浅い、空気が、なかなか肺に入ってこない。
これが、いわゆる、イッちゃった、ってやつか。などと思う余裕もなく。
「あ、脚っ、やぁ」
両脚が開かれる、仰向けになった私を、見下ろす男の目。
「み、見るなぁ」
「見ないと挿れられないし」
挿れるって、今から? そうか、って、今までのは、いわゆる前戯ってやつぅ?
ぐいっと太股が持ち上げられて、おしめポースで、朦朧とした視界のなかで、
貴明の、いつのまにか出てきてた下半身のそれが、私のそこに近づいていく様子だけやたら明瞭に見えて。
「ちょ、ちょっとタンマ、今だけ、ダメ」
私は慌てて止めたのに。
「ゴメン、俺が我慢できないや」
ぐいっ。
容赦なく、こいつは力の抜けた私の身体に、硬い肉棒を打ち込んできた。
「んくうっ!」
初めてじゃないから辛くないなんて、そんなの甘い。
確かに皮膚を裂かれるような痛みこそなかったけど、下から杭でも打ち込まれたような。
ずりゅっ、ずいっ、ずっ、ぐっ。
「うふぅっ、くはっ、くふっ、うぁあぁっ」
前後に抜き挿しされる度に、足先から脳天まで貫かれる突入感。
「ぐぅっ、うあっ、あうっ、ふぁうッ!」
貴明の腰の動きに、私の身体の全てのリズムが同調する、いや、支配される。棒きれ一本に制御される私の感覚。
「い、郁乃、頑張れっ」
私の様子があまりにも苦しそうなのか、姉が心配そうな声を挙げる。
「あっ、つ、辛い?」
夢中で動いていたらしい貴明の動きが、それで弱まる。
……今頃配慮とかふざけんな。負けてたまるか。
支援
「平気だから、勝手に動きなさ……かはぅっ!」
台詞が終わらないうちに、動きを再開する貴明、やっぱり口だけだ、こいつの気遣いは。
「ふぐっ、ひやっ、うぁんっ、あっ、ああっ」
ぐちゅ、ぐちゅっと結合部から漏れる湿った音。私のそこは、苦しいくせに潤滑油だけはちゃんと供給しているらしい。
「ああっ、んっっ、ひやっ、えっ、あん」
おかげで痛みは本当になく、ただ敏感な部分を抉られ擦られる感覚が、どんどん大きくなっていく。
「あっ、あうっ、あっ」
貴明の動きが速くなる、もうすぐ、たぶん、私、
「あっ、くぅっ、きしゃっ、くあっ、うん、あっ、あっ、あああううっっっ!」
強く首を左右に振り乱して、私は二度目の、そいういう状態に到達してしまった。
けど、
「大丈夫、ごめんね」
「へ、平気、それより、まだでしょ、そっちは、いいわよ、動いてて」
そう、貴明はまだ出してない。動きたいはず。
「無理だって、少し休まないと」
「平気だってば、だから抜くなぁ、動け」
「いや、そう言われましても」
「あ、あのう……」
妙な意地の張り合いに終止符を打ったのは、姉のかぼそい声だった。
「その、私も、見てたら、すごく……して欲しい……」
なんっつー声で、なんっつー台詞を吐くのか我が姉は。私でも速攻で押し倒したくなる。今は体力ないけど。
「あ、あああ、ご、ごめん、つい、郁乃ちゃんに夢中になってて」
ずずっ、硬度と膨張率を保ったまま、私の身体から引き抜かれる制御棒。
「ん……」
身体の中にぽっかり空いた空洞感に、私は安堵と同時に寂しさを覚える、が。
「ふひゃあんっ、ん、んんっ、ひひゃっ、ダメぇっ、うきゅぅっ!」
すぐ隣で、姉の声が張り上がる。
私との行為で既に出来上がっていた貴明と、ずっとおあずけを喰っていた姉なのに、息はぴったりで。
「ひうっ、ぐっ……あっ、ひっ、ひぃぁ、は、あふぁ、いっ、く、ぅ、ううぅーんっ!」
途中省略したけど、ともかく、結構あっという間に、姉の声は完全に裏返った。
「ふぁっ、はぁっ、はぁっ……出てる……」
「う、くっ、ん……」
本人はぶっ飛んでるだろうに、端で見てると、イったかどうかって意外と分からないものね。
なんて妙に冷静に分析してしまう私。しかしどうやら、二人は揃って目的を達したらしい。
……やっぱり、ちょっと悔しいかも。経験の差よね、相性じゃない、たぶん、そう思いたい。
「郁乃……おいで……」
これで終わりかと気を抜きかけたのがいけなかった。私はいきなり姉の手に引き寄せられ、
「こんどは二人一緒に、してもらお?」
「えっ、って、ちょっと」
姉が抱きついてくる。うわあ、なにこれ、柔らかい、私の身体と全然違う。なんだっけ、ほら、昔のSF映画の、
「……マシュマロマン」
「もう、酷いなぁ……うきゃっ?」
唇を尖らせた姉の台詞が途中で途切れたのは、姉妹の会話なんて気にしないエロ魔人が手を出したから。
くちゅり、くちゅりと指でアノ辺りをいじくる音がして、目の前で姉の表情が恍惚に変わる。
ごく。
私は息を飲む、なんて顔して、私もさっきは、こんなんなのか……
ぐにっ。
「あうっ!?」
姉にのしかかられて下方は全く見えないだけに、貴明の指は不意打ちで私を責めた。
ぐにゅっ、ちゅっ、くちゅ。
湿った感触、姉の愛液……と、貴明の精液も混ざってるのかな、が、私の秘所に塗りたくられる。
「ぐっ、んんっ、あっ」
じきに自分の身体からも、分泌物が漏れだしている音が加わる。
交互に貴明に弄り回される、姉と私の、大事な筈の部分。
「も、もうダメ、お願い、たかあきくん……」
切ない声でねだる姉。絶対言いたくないと思いつつ、私の身体も辛くなっている。
「郁乃ちゃんは、いい?」
「か、勝手にしなさいよ」
そう強がるのが精一杯で、内心はまた、さっきの感覚が自分を襲うのを待ち焦がれていた。
「くはぅっ! んんっ、ふぁっ!」
貴明の下半身は、一度出すモノを出しても元気みたいで、私は容赦なく突き上げられる。
「……ひっ、き、きゃぅっ、ひぁふっ、んぅっ!」
そして、何度か私を向こうの世界に近づけておいて、今度は姉に目標を移す。
私に覆い被さっている姉の身体から、衝撃の余波が伝わってくる。
「あぐっ、んっ、あわぅ!」
そしてまた選手交代、私と姉は、交互に貴明に貫かれて悲鳴を挙げながら快感を高めていく。
……あれ、これだと、最後どっちでするんだろ。
「ま、愛佳、郁乃ちゃん、こうやって」
私には貴明の求めの意味が判らなかったけど、姉は理解したみたい。
「郁乃……」
ペタっと抱きついて、腰を押しつけてくる。
「っ、は、恥ずかしいって。お姉ちゃん」
何を今更、とは思いつつ、自分と姉の熱い部分が接触するのは羞恥心を刺激した。
「郁乃ちゃんも、ぴったりくっつけてね」
「へ?」
答える間もなく、ぐいっと押しつけられる硬いモノ。
それが私の割れ目を広げて前進してきて。
「ああうっ!? 入って……ない? あんっ!」
中に挿れるのではなくて、あそこを下から擦り上げるように往復する貴明のあれ。
「ふひゅっ、ひゃんっ、こ、擦れるぅ〜」
姉も同じ状況、つまり、上下から貴明のを挟んでるって事……んっ。
「くっ、あんっ、や、結構、これ、うあっ」
「いっぱい、擦れて、たかあきくんっ、あん、郁乃っ、あああん」
「うっ、お、俺も、これは、凄い、やばいかも」
挿入とはまた違う刺激と、体中に感じる姉の体温と、それより熱い貴明の肉体と、
「愛佳、郁乃ちゃん、うくっ」
「い、いく、のっ、たかあき、んっ、くぅんっ!」
「あっうっ、お姉ちゃん、貴明ぃ、お姉ちゃんっ、ああんんっっ!」
私がイクのと同時に、お腹に熱い液体がかかる感触と、姉の身体が痙攣のように震える感覚があったけど、すぐに意識は白く薄れた。
「う、ぁ、はぁっ、はぁ、……う? え?」
心地良い虚脱から醒めると、また熱くなったそこに、強烈な膨満感があった。
いっ、挿れられてるっ? またっ?
「うっくっ」
ぱんっ、ぱんっと、さっきよりも激しく、貴明の下半身が私の下半身を打つ。
「あっ、やっ、そんな、くうっ」
なんて奴だ、気絶してる私を相手にまたするなんて、せめて姉の方を……
「あれ、お姉ちゃ、んっ、うっ?」
横を見たら、姉が精魂尽き果てた顔で倒れていて、その身体には、さっきより広い範囲に粘性の液体がかかって。
私が気絶してる間に姉と一戦交えてたのか。って、このエロ魔人底なしかい!
「くぁはっ! あうっ、あん、もっと、ダメ、ちょっと、優しく、くふゅっ!」
「ごめん、俺、止まらないから、もう」
「もうって、できない、ならっ、ぐうっ! 謝るなっ、あぐっ、はあ、はんっ、ひゃうああああぅっ!」
どくっ、どく、どく。
また消し飛びそうな意識が、辛うじて繋ぎ留まったのは、身体の中に送り込まれる流動体の感触のせい。
出されてる、中に、せーえき。
ぼうっとして、私は貴明を見上げる。荒い息をついて、やっと満足したような顔の性欲魔人。
……なんだろう、この、もの凄い、被虐感。
いいように弄ばれたような、利用されたような、それでいて自分は快感の渦に突き上げられて、支配されて。
(……お姉ちゃんは、この感覚を求めてるんだろうか。)
だとしたら、私もこれに溺れちゃダメだと思う。それこそ、男にだけ都合のいい姉妹丼のできあがりだ。
ばさあっと、力尽きたように貴明が倒れ込んできた。
「たかあきくん……」
反対側から、姉が貴明に寄っていく、というか、私を間に挟んで、ぴったりと。
「愛佳、郁乃ちゃん……」
「……後始末、しないと」
「うぅ……眠い……」
私の提案は却下されて、すぅ、すぅ、とあっというまに二人は寝息を立て始める。
かち、こち、かち、こち。
灯りも消してない部屋に、目覚まし時計の音が静かに響く。
「……どうしたもんかね」
ベッドの片付けから三人の将来まで、親への説明やら、貴明との力関係やら。
短期的にも長期的にも、世間的にも個人的にも、色々と問題はありそうだったけど、
「……あったかい」
背後に姉の柔らかさ、正面に貴明の逞しさ。
いつぞやの馬上と逆、二人に挟まれて、その温かさに、私は包まれて。
「……寝るか」
悩むことが無駄とは思わないし、これからも考えると思うけど。
だって姉も貴明も考えないし。でも。
「……くぅ」
私は今この瞬間、とりあえず凄く幸せな眠りにつくのだった。
以上です。支援どもでした。全レス数間違い。
あと、3箇所くらいある愛佳の「貴明くん」は「たかあきくん」の間違い。直し忘れたorz
郁乃storyでキャライメージが変わったのは、郁乃でも愛佳でもなく貴明でしたね俺は
>>231 GJ!
まだADやってないから郁乃視点の文っていまいち想像つかなかったけど
郁乃のバットエンドの補完として楽しめました
なんかありがとう
むしろグットエ(ry
郁乃√は姉妹丼
俺もそう思っていた時期がありました
ADやったらひさしぶりに執筆意欲が沸いてきたぜ。
>>235 奇遇だな。
まだ何人か残してるからアレだけど、一通り終わったらはるみとクマ吉の心を取り戻させてやらねばならん!とは思ってる。
執筆意欲ゼロになった私も。
郁乃で書いてましたが、完全に続編書く気がなくなりました。
もう少しどうにかならんかったものか……
このスレ河野家おわってから見てなかったんだけど久しぶりに来ちゃった・・・
菜々子については二次創作で補完すべき、だぴょん
>237
漏れは逆に貴明とラブラブないくのんを書く所存であります
昔いくのんがタカ棒の寝込みを襲う浮気SSを書いたこともあったけど、もう可哀相でそんなの書けません
ハーレムか単体かはわからないけど、郁乃を書くときは絶対幸せにします
>>240 なるほど、そういう考え方もありますね。
私も連載中断して久しいですが、頑張って書いてみようかな。ADはなかったことにして。
>>240 単体でおながいします
独占欲の強い愛佳の妹なのだから、郁乃も独占欲が強そう
なので、郁乃に貴明を独占させてあげてくだしい
いくのんが姉と貴明の二股をですね
なんかこう、本編で絡まないキャラ同士を絡ませたいなぁ。
バウム×愛佳w
まあ愛佳ED後じゃないとして、これなら遠慮無く貴明×いくのんが実現できるww
メイドロボと姫百合姉妹のSS書きたくても
シルファと珊瑚ちゃんとの仲が掴みづらく書きにくいな
ADは無かったことにして、
半年位前までの各自の自分設定で書いたほうが面白いんじゃないかな?
未だにシルファの「なのれす口調」に馴染めないよ・・・。
これをいい機会にして、書き手が戻ってくるといいんだけどな…
いなくなった人のことを言っても仕方ないかもしれんが
こっそり書いてるかもよw
おれはインスコまでやったけど今までのイメージが壊れるのが怖くて
未だにプレイする度胸が涌いてこんよ
まあ、一旦始めてしまえばサルのようにやってしまうんだが
待ってる人がいなくても、一応作品を完結させるのが作者の務め!
と思って書いてます。最後の更新いつだったかな……かけるときはすらすらかけてかけないときは
1年も2年もかけなくなるから困る。
そういうのは口に出さずにやり遂げると余計にかっこいいんだぜ
がんばれよ
AD、エロスでもおばかでも3Pでも許される公式設定が出たからいいじゃないか
……まールートのオチだからアレではあるが
あれはエロスやおばかじゃなくて下品と言うんだorz
でも、漏れはADでイメージが大きく変わったキャラってシルファとイルファくらいだけどな
イルファは想定範囲内で一番悪いあたりに落ちて、逆にシルファは良い方向に予想を超えていた
…郁乃×バウムSSが読みたいとか言ったらフルボッコにされる予感!
相手間違えて謝罪もそこそこに即夜這いしなおしに行く枕貴明より
ポッと出でもバウムのほうが男らしくて好きなんだが駄目ですかそうですか。
バウムのキャラが具体的に分かってないのがなあ
貴明よりはマシには同意だが
AD発売跨いじゃったよorz
シルファが予想と違いすぎて困った…
書き直すべき?
シルファこんな腹黒だとは思わなかったね
某SSがひっそりと完結した件
>>257 そのまま投下して良いと思うよ。
ネタバレ自重期間だし、ADを黒歴史にしたい人も多いみたいだから。
ネタバレ自重はするつもりだが、いったいどれくらい待てばいいんだろ。
発売2週間〜1ヶ月ぐらいじゃないですかね?
そこまで酷いネタバレでなければ、SS書いても問題ないと思いますが。
投下前にADバレ有りって告知すればいいだけじゃん。
未成年者いない名目の板なんだし、
わざわざバレ事前申告あれば後は各自で判断するでしょ。
そもそもネタバレが怖いならこの板に来ませんよ。
ただ、ネタバレするな!と故意に煽る奴が出てくるおそれはありますが。
>>265 自分の考えを押し付けるのは良くないぞ。
ADは様子見だけど東鳩2SSは読みたいって人も居るんだから。
>>266 同じように個人の都合の押し付けも良くないだろ。
商品発売後にネタバレなんて騒ぐ様なゆとりは無視でいい。
回避したい人間でまともな思考の持ち主なら、
ゲーム終らすまでスレのログ保存しとくなり対策してるだろうしな。
>259
あれはまあ、その前の話でほとんど決着ついてたけどな
二年とは随分間が空いたが、完成させたことが素晴らしい
殆どメイドロボ関連しか読んでなかったから他の進行状況が把握できず><
どうしても偏ってしまう漏れを許してくれorz
殆どメイドロボ関連しか読んでなかったから他の進行状況が把握できず><
どうしても偏ってしまう漏れを許してくれorz
慣れないPS3で書いたせいか連投的なことに・・・
これもタブってたらスマソ
>>266 よくないと言われるほど押し付けがましい意見でしたかね。
そこまで読み手の都合に配慮して差し上げなければならない理由が
いかなるものか不明ですが。
>>270 メイドロボがメトロイドに見えた俺は明日が楽しみ
>>272 ま、ADはまだでSS読みたい人はいるかもね
既出の通り、一言あれば回避できるんでない?
無配慮で投下するよりは皆幸せになれる
投下前にバレ有り警告くらいなら難しい手間でもないかも
じゃあこれでいいのな?
:ADのネタバレがある場合、ネタバレ期間中はSS投稿前に一言書き込み
:ネタバレ期間は二週間(3月14日まで)
まあ半端にネタバレ気にするよりは、
警告ありで思いっきり書けばいいかと。
それ以降はもう自由にお書き下さいということで。
よっしゃ〜、このたま以外クリアしたど〜〜!!
これでなんとかAD準拠のSSも書けるってもんだ。
新しい設定もいっぱいあったような気がするしね。
どうやらあの町は四方を山に囲まれてるらしいとか?貴明のママンの話とか?
春夏さんが旦那と歳離れてて、なおかつ幼馴染ってのも初耳だよな。
いくのんの病気の設定もわかったしなぁ。ま、バウムは使いにくいが……
にしてもメイドロボのパーツの名前が昔のと違ったような??
耳カバーの設定、とりあえず今までは「リメンバーマイハート」にあわせて名前は「イヤーレシーバー」でGPS機能や遠隔操作機能があるって考えてたんだけど、ADでは「イヤーバイザー」だったもんなぁ。
サテライト関係はデフォ機能じゃないらしいし。
ま、イルファさんがハッキングに使ったんだから色々機能はあるんだろうけど。
まぁ、なんにしろそろそろ電波も入ってるし、楽しみ楽しみww
276 :
moa:2008/03/06(木) 23:09:43 ID:ghcDfYhr0
ADいいすね〜。
とりあえずALLクリアしましたが、シルファとちゃるが気に入りました。
ネタばれ期間が解禁したらぜひとも書いていただきたいです。
277 :
名無しさんだよもん:2008/03/07(金) 08:27:57 ID:B1FLUmtbO
春夏さんのエロースなSSを読みたいんだけど、
オススメのは有りますか?
ミルシルで12周しちまった
春日さんのLinksに最近登録された新規サイトの絵が表示されていないので、そのアドレスを見ると『file:///C:/Documents』で始まり、その中に人名にしか見えない漢字四文字。
どういう意味かは大半の人にはわかるだろうが、
せっかく匿名で公開しているのに、本名丸出し。
哀れに思いその人に知らせてあげると、人名を別の漢字に変えただけ。
当然絵は表示されない。
本人はその間違いにいつ気づくだろうか?
281 :
名無しさんだよもん:2008/03/08(土) 02:58:13 ID:7vgKnn0T0
シルファ「ご主人様、ただいまもどりましたのれす」
ギシギシアンアン
シルファ「・・・? ご主人様ー?シルファ帰ってきたのれすよー」
ガチャッ
貴・はる「あ」
シルファ「・・・もう少し遅くても良かったみたいれすね」
バタン
こっ このレスはなかったものと思ってください!
そう!空気中の二酸化炭素だとでも思ってくだれば!
いくのんが貴明(まとも)とラビューラビューする話が読みたいです・・・安西先生・・・
バウムってなんだよ・・・
郁乃SSなら書庫にでもいくつかあるでしょ。
未完の長編も一本あったような気がする。
虹の欠片でぐぐれ
遠回しに某とか言ってないでヒントくらい書いていけよw
それってアレか
雄二に股開いたこのみに未練たらたらの貴明の話か
ADショックの後に読むもんじゃねええええ
ちょっくら一本投下させていただこうかと思います。
一応警告文も。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ ★
★ 本SSは、TH2AD準拠で書かれています。 ★
★ ★
★ 作品中多数のネタバレを含みますので、お読みになる際はご注意下さい ★
★ ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ちょっと冒険かもしれませんが……それでは次からはじまります。
「大好き、貴明……。あたしのたったひとりのダーリン」
それは自己の存在に対する確固たる自信。
アイデンティティ? レゾンデートル? ただ、貴明を思うが故に自分は在る。
ようやくそれを手にしたミルファの瞳は、ただ純真だったはるみのものとは違う強さを秘めた輝きを
宿して貴明を見つめていた。
「好きなのはミルファちゃんだけだよ」
それこそが彼の強さ。
何処までも譲ってしまう、臆病と言えるほど相手を慮ろうとする態度……自分がない、であるが故に
全てを肯定し、受け入れる事が出来る心。
確信さえ持つ事が出来れば、迷わず気持ちを貫ける真っ直ぐな愛。
「姿が変わっても、名前が変わっても、好きになるのはミルファちゃんだけだ」
そう。それこそが二人の真実。
「俺のこと覚えてなくても、昔も……これからもずっと」
ちょっとおどけた様に微笑み、ミルファは貴明に質問した。
「舌足らずで性格最悪で、ぺちゃぱいでも?」
「うん」
「男の子になっても?」
「うん」
最後にミルファは少しおびえた風に眉を寄せ、じっと貴明を見つめながらこう、たずねた。
「クマの……ぬいぐるみでも?」
そんなミルファにくすり、と微笑みかけると、そっと貴明はミルファの頬に掌をそえた。
「きっと、好きになってたよ。君が君のままでいてくれるならきっと好きになる」
……そんな、ミルファの不安をも癒せる様に。
「ミルファちゃんが俺を覚えていなくても、何度でも好きになれる」
優しく、柔らかい彼女の頬を撫でる。
暖かい、嬉しい、くすぐったい、そんな気持ちを、全部こめて。
「貴明……あたし……」
手に手を取り合った二人の距離がだんだん縮まっていく。
……頬を染めたミルファがそっと瞳を閉じて……。
「あー、おほん」
はっとして顔を上げると、
「あ、あははははははは」
そこには呆れたように二人を見つめる目、目、目……。
……あまりの恥ずかしさと困惑に、貴明は『逃げる』という選択肢以外は何も思いつかなかった。
ミルファエンド+SS『おかえり☆ミルファちゃん♪』
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「……貴明、大丈夫?」
長い坂を越え、再び駅が見えるあたりまで来た時には、貴明はわき腹に手を当ててぜぇぜぇと荒い息
を繰り返しながらヨロヨロと歩くのが精一杯の状態に陥っていた。精神的にいっぱいいっぱいの状態の
まま上り坂を駆け上った事で、一気に体力を消耗してしまったのである。
心配そうに彼を覗き込むミルファに対し、貴明は弱弱しくはあったが笑顔を見せて答えた。
「だ……大丈夫、だよ……。少し、休めば、すぐ歩けるように……なる」
しかしミルファは、そんな彼の強がりを許してはおかなかった。
「大丈夫じゃなさそうだよ……体温も高いし、脈拍も、歩いてるのにまだまだはやいもん」
貴明に寄り添って歩くミルファは、そっと彼の頚部に手を当てながらそう告げた。
「さんちゃんちで休んでいこうよ。貴明の家に戻るよりずっと近いし」
周囲に目をやったミルファは、姫百合家のマンションの方角を指差して……というよりもう貴明の腕
を取って引っ張り始めていたりする。
「ちょ、ちょっと、ひっぱらないで……」
あわあわとする貴明であったが、
(そういえば珊瑚ちゃんたちに心配かけっぱなしだろうから……)
そのまま大人しく連れて行かれることにした。
姫百合家の面々(シルファ除く)とはミルファを追いかけるために駅前で別れたっきりなのである。
アレからまだ1時間と経っていないとはいえ、状況が状況だったのだからさぞかし心配しているであ
ろう。おそらくは研究所にも連絡をつけただろうし、丸く収まったことを知らせるのは早いにこした事
はない、と貴明は判断したのだ。
「そうそう、一度休まなきゃダメだよ〜〜」
なんなら肩を貸す?と、ミルファは上機嫌で貴明によりそってきた。
それで気が済むのなら、とミルファの肩に手をかけると、彼女の身体もほんのりと熱を持っているよ
うだ。うなじの辺りもほんのり桜色に染まっている。
「あれ、ミルファちゃんも少し熱くなってる? 身体、大丈夫なの?」
あのトラブルの後なので貴明は心配になって訊ねてみた。
「このくらいはどうってことないよ。ただ、ちょっと嬉しかっただけ」
その返事に貴明が首を捻ると、ミルファは上気した頬を向けてくすりと笑った。
「……嬉しかったんだもん」
もう一度、ミルファは繰り返した。瞳を輝かせて。
◇ ◇ ◇ ◇
マンションにふたりが辿り着くと、祈るように胸の前で掌を組み、所在なさげにエントランスに立っ
ているイルファの姿が目に入ってきた。
「うわ、やっば! ……お姉ちゃん、怒ってるかなぁ……?」
一瞬焦った様子を見せたミルファだったが、イルファの表情になにかを感じたらしく、心配そうに眉
根を下げて足を止めた。
そんなミルファに、貴明は
「怒っているかどうかはともかく、きっと心配してるよ」
ぽん、とさりげなく肩に手を乗せて先を促した。
「だから、いっしょにあやまろうよ」
安心したようにこくりと頷くと、ミルファは貴明と共にふたたび歩き始めた。
そしてそんなふたりの姿に気が付いたイルファが駆け寄ってくる。
……最初は不安と驚愕を浮かべていた彼女の顔は、二人に近付くにしたがって安堵の表情へと変わっ
ていった。
「貴明さん! ミルファちゃん!」
貴明の手から離れて、ミルファは一歩、踏み出す。
そして、目の前までやってきた姉にぺこりと頭を下げた。
「お姉ちゃん……ごめんなさぁい……」
そんなミルファを、
『きゅっ』
イルファは何も言わず、妹をそっと抱きしめていた。
「お姉ちゃん……?」
そして戸惑うミルファの頭を撫でながら、しぼり出すようにつぶやいた。
「心配したんだから……あんなこと……あんなことお願いだから二度と言わないで……」
「……お姉ちゃん……」
「イルファさん……」
ミルファを抱きしめたままイルファはそっと視線を上げ、今度は貴明に礼を言った。
「ありがとうございます、貴明さん。ミルファちゃんの心を救って下さって……」
「そんな……俺はなにも……」
そう言われても、貴明自身は不器用にしか振舞えなかったことを無様にしか感じていない。
だからなんと答えてよいかわからず、彼は頬をかきながらそうボソボソとひとりごちた。
そんな貴明の迷いを、イルファは力強く否定した。
「いいえ。……私たちをありのままに受け入れて下さるあなただからこそ、この娘を助ける事が出来た
んです。誰にわからなくても、私にはわかります」
そう言って柔らかく微笑むイルファ。
ところがそれに反比例するように、ミルファの様子はなんだか硬い。
「お、お姉ちゃん……」
イルファに呼びかける言葉もなんだか震えている、というか苦しそうに聞こえる。
「イ、イルファさん……?」
戸惑うように声をかけた貴明だったが……
『みし……みしみしみし……』
なにか、聞こえてはいけない軋み音が聞こえたような気がして、伸ばしかけた手を止めた。
これはもうどうにもならない。
下手に近寄れば巻き添えを食いかねない。
「お、お、おねえちゃん……ぎぶ、ぎぶぅ〜〜〜〜〜〜」
かんばせには柔らかい微笑を貼り付けたまま、イルファの両の腕は万力のようにミルファの胴を締め
上げていた。いかに力に勝るミルファといえど、完全に極められた状態では如何ともし難い。
「ふ、ふふふふ……このおぽんち娘はみんなに心配ばっかりかけて〜〜!」
「う、うぐぅ……折れる……折れてしまいますぅ、おねえちゃん……ガクッ」
◇ ◇ ◇ ◇
それからしばし後。
「いっしょにあやまろうって言ったのに、貴明のうそつき、チキン、ヘタレ!」
姫百合家のリビングに、ぶつぶつ文句を言いながら貴明の頭に取り憑くミルファの姿があった。
そして半ば頭をミルファの胸に埋めながら、貴明は苦笑いしていた。
「ご、ごめんよ〜〜、ミルファちゃん……。つい……」
まぁ、なけなしのプライドがイルファが恐くてなにも出来ませんでした、とは口にさせなかったが。
支援
「お仕置きされるようなことをするあなたが悪いんですよ、ミルファちゃん」
そんなミルファに向かって『めっ!』をしながら、イルファはダイニングテーブルに座る貴明や珊瑚
たちの前に紅茶を並べていった。
「なんやさっきまでのゴタゴタが嘘のようやなぁ」
イルファの淹れてくれた紅茶をすすりながら、瑠璃は呆れた様子を隠さない。
「雨降って地ぃ〜固まる〜〜、やな☆」
珊瑚の方はというといつものぽやんとした笑顔で喜んでいる。
しかし確かに彼女の言う通りではあるが、なんともデンジャラスでタイトロープな顛末である。
今更ながらに冷や汗を浮かべながら、貴明は頭をかいた。
「ご、ごめんなさい、瑠璃ちゃん、さんちゃん……」
ミルファも申し訳なさそうに瑠璃と珊瑚に頭を下げる。
「……まぁ、なんにしろ大事にならんでよかったで。貴明も、もうミルファから目ぇ離さんことやな」
その様子を見てほっと一息ついた瑠璃は、今度は二人に優しくそう言った。
「そ、だね」
「大丈夫ですわ、瑠璃さま。ミルファちゃんも貴明さんも、お互いにすきすきすきすきー♪ですから」
可愛らしくお盆を胸に抱いたイルファは、ニコニコしながらそう主張した。
なんだかいつもより多い感じの『好き』に、貴明は苦笑を隠せない。
「いつの間にレベル4……」
「あたしの貴明への『好き』はレベル4程度じゃないも〜〜ん」
ミルファの方はというとしれっとしてそう答えた。
そしてすっかり機嫌を直した様子で今度は貴明の首っ玉にかじりついている。
これでダイニングテーブルがなかったらぐるんぐるん回転しているに違いない
「……なんや心配したったのがアホらしゅうなってきたわ」
「あはははは……」
瑠璃の冷ややかな視線に、やっぱり貴明は苦笑を浮かべる他なかった。
「貴明、どうせ今日は家で夕食食べてくつもりなんやろ?」
そんな貴明に、突然瑠璃がそんなコトを尋ねた。
「……え? 別に俺は……」
貴明ばかりでなく、ミルファやイルファもぽかんとして瑠璃を見つめた。
しかし瑠璃はそんな一同の反応をさらりと流すと、立ち上がって隣の珊瑚の腕を取った。
「さんちゃん、買い物行こか? 貴明までおるとなると材料足りへん」
それを聞いてなるほど、という風にイルファは微笑みを浮かべている。
まだよく理解していないらしい珊瑚は、いつものぽやんとした表情のまま瑠璃を見上げて尋ねた。
「瑠璃ちゃん、今日はなににするん?」
「さんちゃんの好きなもん、なんっでも作ったるわ」
その瑠璃の言葉に、みるみる珊瑚の表情はほころんだ。
「せやなぁ……じゃあ、ハンバーグ〜〜! 目玉焼きのせ〜〜♪」
はねるようにぴょこんと立ち上がると、珊瑚は『るー☆』ポーズを決めた。
「では瑠璃さま、私もお供しますね!」
「……ついでに本屋さんや薬局も回ろか? イルファ」
「デパートで瑠璃さまの可愛い♪冬服も見繕いたいですわぁ☆」
イルファは『わかっています、わかっていますとも』という風なしたり顔でエコバックを手に取る。
「え? えぇ??」
そして未だに事態を把握しきれていない貴明を尻目に、
「ほなら貴明、ミルファ、しばらく留守番しとってな」
「うふふふ、それではぁ〜〜♪」
珊瑚を連れた瑠璃とイルファは、ニヤニヤと笑いながら玄関の向こうへと消えていった。
『バタン……ガチャッ』
「……なんか、気を使わせちゃったかな?」
シリンダー錠の回る金属音でようやく我に返った貴明は、微妙にひきつった照れ笑いを浮かべながら
ミルファの方に向き直った。すると、
「貴明……っ!!」
いきなりその大きな胸に包み込むように、ミルファが抱きついてきた。
「うわっぷ、ミルファちゃん!?」
張りのある、でもどこまでも柔らかいふくらみに溺れながら上目遣いでミルファを見遣ると。
……ミルファは、蕩ける様な表情で貴明の頭をきゅっと抱き締めている。
幸せそうで、でも何処か遠くを見るように。
澄んだ瞳は深く。深く。貴明の心に染み透る深い碧で。
「……貴明が好き。好きがとまらない」
夢見るような瞳で、彼女はどこまでもまっすぐに貴明の目を伺ってくる。
だから、
「……俺も……俺も大好きだよ、ミルファちゃん」
彼もまっすぐに気持ちをぶつけられる。
そして、そっと口付ける。
優しく、気持ちをささやくように、そっと……そして、強く、心を受け渡すように、深く。
長い、長いキスのあと。
上気した頬をそっと貴明の胸元に寄せ、ミルファは彼に懇願した。
「ねえ、抱いて……今すぐに……なんだか胸がいっぱいでもうガマンできないよ」
それは精いっぱいのお願い。
彼女には他にどうやって貴明と繋がっている実感を求めたら良いかわからなかったから。
たとえそこに心があったとしても、身体がフェイクであるという現実に変わりはなかったから。
誰が知らなくても彼女がそれを一番知っていたから。
だがしかし。
「え゛!? ……ちょ、ちょっとシャワーだけは浴びさせて欲しいかな。ほら、汗まみれだし」
そこでシリアスが続かないのはもはや貴明のお約束と言ってもいい。
切実なミルファの『お願い』を前にして、雰囲気に負けた彼は一歩引いてしまったのだ。
でも、
「え〜〜? そんなの気にならないよ〜〜?」
ミルファは以前のように卑屈にはならずに済んだ。
心が本当である事は、信じられたから。
「ミルファちゃんが気にならなくても俺が気になるのっ!」
一気に軽くなった空気の中、ミルファは明るい笑顔で更なる追い込みに入った。
「じゃあ、一緒にお風呂入ろっ☆」
「……なんとなくオチが見えるから却下」
もちろん、言う事を聞けばどうなるかは貴明にはよくわかっている。
かつて姫百合家を震撼させた『事件』を解決した頃、珊瑚に引き止められてここに泊まる度イルファ
の攻撃をかわすのに苦労したのだ、特に風呂場では。
彼女が自分を弄って遊んでいただけだ、と未だに貴明が思い込んでいるあたり困ったモノなのだが。
「ぶーぶー! つまんない〜〜」
ふくれるミルファに軽く口付けると、貴明は席を立ってシャワールームへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おまたせ〜〜」
入れ替わりでシャワーを浴びたミルファが薄手のガウンに身を包み、髪の水分をタオルで吸い取りな
がら寝室に戻ると、貴明が所在無さげにうろうろと部屋の中を歩き回っていた。
先にシャワーを浴びている間に下着やシャツは洗濯乾燥機に放り込まれてしまったので、貴明が着て
いるのは何故かセッティングされていたバスローブ(男物)一枚だったりする。その微妙にスースーし
て落ち着かない格好も、彼の気持ちの不安定化に拍車をかけていた。
戻ってきたミルファに向かって半端に手を挙げたり下げたり、何をしたいか今ひとつわからない。
ミルファはそんな彼の様子にかくん、と首を傾けた。
「?」
「あ、あ〜〜〜……っと」
更に焦った貴明は、なんと声をかけたものか迷った挙句、
「あ、あはははは……」
結局、笑ってごまかしてしまった。
まともな恋愛経験皆無の貴明にはどうにもこの状況は荷が重かったようだ。
「あ、そうそう。わ・す・れ・も・の♪」
そんな貴明の緊張をほぐすために裸エプロンサービス(笑)でもしようと思い立ったミルファであっ
たが、貴明はというと
「コンドーさん?」
などと、なんとも間の抜けた勘違いをしていた。
しかしその時のことである。
「あはは、貴明との赤ちゃんは欲しいけど、あたし……は……別に……あ……」
既視感? ミルファの中の何かが、ゆっくりと目覚めようとしていた。
そしてカタン、と何かが切り替わったように遠い瞳になった彼女の異常な様子に、貴明はあわててミ
ルファの肩を抱きとめるとベットに座らせた。
「ミルファちゃん? ねえ、大丈夫? ミルファちゃん!」
すぅっと瞳の色が戻ってくる。
と同時にミルファは握りこぶしで胸を押さえると、搾り出すように言葉を吐き出した。
「……なんだろう、この感じ……胸が痛いよ……貴明……」
「ミルファちゃん……」
「ねえ……貴明は、はるみとする前からはるみがあたしだって、知ってたんだよね?」
ふ、と顔を上げてミルファはそんなコトを聞いてきた。
貴明の中を、はるみへの嫉妬で潰されそうになっていたミルファの顔がよぎる。
でも、誤魔化すわけにもいかず、仕方なくこくりと頷いた。
「う……うん」
すると。
「ぷぷっ……ぷぷ……あはっ、あははははは」
急に、ミルファは身をよじって笑い始めた。
最初は驚いたが、その笑いに影はない。本当に可笑しそうである。
「ミルファちゃん?」
そんな彼女の様子に貴明が不思議そうに疑問符を投げかけると、
「ねえ、貴明……これからあたしも……ダーリン、って呼んでもいいかな?」
ミルファは唐突に、そんなコトを言ってきた。
あたしも、という事ははるみちゃんと同じようにということなのかな……貴明には彼女の意図はわか
らなかったが、むしろ楽しそうなお願いなのだから深く考えるのはやめた。
「え? ……うん、もちろん」
貴明が承諾すると、ミルファはまた少し遠い瞳をして何処かを見遣った。
そして、
「はるみはバカだね……。ダーリンはこんなあたしでもずっと人間と変わらずに思ってくれてたのに」
貴明の肩に頭を乗せるとそう、つぶやいた。
支援ぐ
「ダーリンのさっきの言葉……少しだけ……思い出したかも。はっきり覚えているわけじゃないけど、
はるみの気持ち……」
「本当に……?」
貴明が半信半疑で尋ねると、ミルファは小さく、しかしはっきりと頷いた。
「本当は前から何度か感じてた」
ぽつり、ぽつりと彼女は語り始めた。
「はるみのカバンに入っていた日記帳……はるみの想い、ダーリンの想い。最初はただ羨ましかった。
眩しくて妬ましくて、あたしはずっと苦しんでた」
だから貴明を信じる事が出来なくなったのかもしれない、とミルファは苦しそうに言葉を継いだ。
そんなミルファの肩を、貴明は黙ってそっと抱き寄せる。
「でもダーリンを忘れようとして、忘れられなくて。何度も読み返すうちに気が付いていたんだ」
甘えるように頬をすりよせ、
「あたしのなかの、一番大切なところに確かにしまわれてる。クマ吉の、そしてはるみの想い」
最初は認めたくなかったんだけどね、と彼女は苦笑した。
「今ならわかる。そして受け入れられる。あたしはずっとずっとダーリンが好き。あたしはクマ吉とも
はるみとも違うけど、記憶のカケラたちはみんなそう叫んでる」
確か、珊瑚も言っていた。
全て、失われたわけではないと。
そして。
「クマ吉が、はるみが、あたしの心は全部全部全部、ダーリンを想う気持ちで出来ている……って」
クマ吉も、はるみも、やはりそこにいたのだ。
ミルファが受け入れれば、貴明が気付けば、彼女たちはいつもそばにいたのだ。
心の一番奥の、『一番大切なところ』に……。
「そっか。嬉しいな」
貴明の胸の奥からも、口で言い表せないような暖かいなにかが、溢れてくるのを彼は感じていた。
どう言い繕っても、大切な想い出はなかった事には出来ない。
いや、したくはない。
「……どうしてミルファちゃんにそんなに好きになって貰えるのかちょっとわからないんだけど、少な
くとも俺は君が何であれきっと好きになる」
だからもう一度、いや何度でも、万感の想いをこめて貴明は再びその言葉を口にした。
「いつか言ったよね? ミルファちゃんがロボットでも人間でも宇宙人でも、クマ吉もはるみちゃんも
ミルファちゃんも、君という存在が大好きだって気が付いたから」
そう。クマ吉だから、はるみだから、ミルファだから。
「だから俺は何も悩むことはないよ」
だから好きなのだ。理屈ではない。
そしてそう言いきれる自分が、貴明はちょっと誇らしかった。
「ありがとう、ダーリン……」
きっと、彼女は泣いていたのだろう。
どこまでも深い、湖のような瞳が少し、潤んで見えた。
「お姉ちゃんも言っていたじゃない。『ありのままの私たちを受け入れてくれるあなただから』って」
だから何度でも、好きになる。
ミルファはそう、声にならない言葉でささやいた。
それは、もう紡がれることのないクマ吉の声のつもりなのか。はるみの声なのか……。
瞬転。
ミルファの瞳の色が急に明るくなる。
そして口元にはいつもの悪戯っぽい微笑み。
「ねえ、ダーリン。……しよっ♪ もう、待たせないで……」
真っ直ぐな言葉に、貴明の表情はまだ少し硬かったが、
「わ、わかった……。おいで、ミルファちゃん」
それでもゆっくりと、優しく彼女を抱き寄せようとした。
けれど。
「あたしは、ダーリンだけのモ・ノ。ちゃん付けなんて、しなくていいんだよ」
ミルファはにぱっ☆と笑うと、がばっ!と貴明をベットの上に押し倒した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ダーリン……」
幾度か激しく愛を交わしたふたりは、今は静かにベッドで寄り添っていた。
「ふふっ、ダーリンでいっぱい。あたし今とっても幸せ……」
下腹部に手を当て、ミルファははにかむように微笑んでいた。
その幸せそうな表情に、貴明はひどく頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
「ミルファちゃんってば、照れくさいよ」
「んもう、ミルファ、って呼んでってばぁ」
そんな貴明に、ミルファはぷくっとふくれて文句をつけた。
そうは言われても、急に呼び方を変えるのは難しい。
ましていきなり呼び捨てろといわれてそう出来るほど、貴明は器用ではないのだ。
「あはは、え、え〜〜〜と……ミルファ?」
それでもなんとかそう呼んでみるとミルファは、
「うんっ、ダーリンっ☆」
にこっと微笑んで更に身を寄せてくるのだった。
「あのね、ダーリン……」
どれほどそうしていたろうか。
「なに?」
なにげなく尋ね返すと、何故かミルファは沈んだ空気をまとって何かを考えているようだった。
「はるみだった時……」
急にぽつり、とミルファがそうつぶやいた。
「え?」
意外な言葉に貴明がミルファの顔を確かめると、
「はるみだった時、メイド服で抱かれたのはきっとミルファだって気付いて欲しかったから」
ミルファは遠くを見つめる目で、でも真剣に言葉を探そうとしているようだった。
さっきよりももっと、確信に満ちて。
「全部覚えてるわけじゃないけどきっとそう。はるみも、あたしも、ダーリンと対等なお付き合いとか
望んでない。あたしはダーリンの“モノ”になりたい。ただ、それだけ……」
そう、はっきりと告げた。
いじけているのではなく、自分の運命を受け入れて。
「ミルファちゃん……」
「これがあたしの運命。ダーリンを好きになること、ダーリンにあたしのすべてを捧げること」
しえん
304 :
中の人の携帯:2008/03/08(土) 22:23:33 ID:8NyJTScFO
さるさんにタイーホされました。
しばらくしてから再投下しますね。
なんという生殺し。早く仮釈放される日を待っています
ドッキリ!メイドロボだらけのパラダイス!SS書いてくれるものはおらぬか
意識してか、そうでないのか、多分ミルファ自身にもわかっていないのだろうが。
彼女はいつか、貴明に語った決意を再び口にしていた。
「心も身体も、望まれるままに」
まっすぐに、ただひとりの愛しい人に。
「心にある、その想いだけがあたしのすべて。あたしの……真実」
「だったら」
その瞳に、貴明も何度でも誓えると思った。
今この瞬間の真実を。そして未来に繋ぎたい想いを。
「それは俺の運命。ミルファを好きになること、ミルファをずっと愛しぬくこと」
強く、強くふたりは抱き締めあう。
この瞬間が、永遠であるように、と。
「幸せになろう……ふたりで」
「ダー……リン……」
何の証もないけれど。
きっと永遠は、ある。
再び、もしくは三度彼女の心を抱き締め、貴明は無性にそれを信じていたいと思った。
少なくとも、この娘を二度とは離さない。その決意とともに。
「……ね、さっきのってプロポーズ?」
突然ヘリウムよりも軽くなった空気の中、ニヤケ顔のミルファがそんなコトを尋ねてきた。
きょとん、として貴明が口をパクパクさせていると、
「ねえねえ、もう一回言って? ねえねえ!」
調子に乗ったミルファが更に追い込みをかけてきた。
「あ、えぇ〜〜!?……あんな恥ずかしいセリフ、二度と言わないよっ!」
「ダーリンのいけずっ! じらしんぼっ!」
いつの間にか、また騒がしくも愛しい時が、二人を包んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
……そして、翌日の朝。
「おっす」
貴明が教室に入ると、おや?という風に雄二が挨拶を返してきた。
「よお、貴明。今日はなんだかゴキゲンだな」
「そうかな?」
貴明自身は表面に出るほど浮かれている自覚はなかったのだが……。
今朝登校するなり由真に捕まって昨日の悪事(?)を糾弾され、勿論それ自体はとても悪い事をした
と反省していたつもりなのだが、同時に昨日の幸せな記憶も再生されてしまい、頬が緩むのが止められ
ないのだ。
(由真、スマン! 出来るだけいい自転車で弁償させて貰うから勘弁して〜〜)
なんとも不謹慎な!と思いつつも、やはり緩む顔はどうにもならない貴明なのであった。
「ま、聞くだけ野暮か」
雄二はそんな貴明の表情から何かを察したように、ニヤリとすると肩をすくめた。
「こらーっ! チャイムはもう鳴ってるぞっ!!」
担任教師はなんともいえない深い苦悩を漂わせながら教室を見回した。
「あー、そのなんだ」
「?」
あからさまに不審な教師の態度に生徒たちは一様にはてなマークを頭上に浮かべる。
貴明だけは何かを悟ったのかくすっ、と笑みを浮かべる。
教師はそんな貴明の様子に一瞥をくれながら、
「あー、転校生というかなんというか……前からいたんだが、これを機になんというか心機一転らしく」
そしてふぅ、と一つ溜め息をつくと少し投げやり気味に話を締めくくった。
「まぁ、仲良くな」
後ろを振り返って開けっ放しのドアの向こうに声をかけた。
「入れ」
そして。
「は〜〜い」
元気よくはねるセミロングレイヤーの赤い髪。
ひまわりのような笑顔、澄みきった瞳。
均整の取れた美しい肢体と、制服を飾る大きな桜色のリボンがあってなお存在感を示す豊かな胸。
たたっ、と弾むような足取りで教室に入って来た少女は、教壇の上でぴっ!とブイサインを決める。
そして彼女はよく通る高い声で、今度こそ堂々と本名を宣言した。
「河野ミルファです☆よろしくぅ!」
呆れ顔で腕を組む担任や急転直下の展開に目を回すクラスメイトを置き去りにして、教室の中に愛す
る夫(笑)の姿を見つけたミルファは、花のような笑顔を更に輝かせて手を振りまわした。
「ダーリン!」
満面の笑みを浮かべた貴明も、イスを弾き飛ばして立ち上がり両手を広げる。
そしてミルファは、本当にまっすぐに、カバンも放り出して文字通り貴明の胸の中に飛び込んだ。
「ダーリン、だーいすき☆」
重なるふたりの唇。
沸きあがる黄色い歓声と祝福の拍手。
過ぎ去った時が戻らないように、失ったものも二度と戻ることはない。
しかし、ふたりはようやくここまでやってきた。
心と心、身体と身体を重ねて。
そう。ただ自分の想いだけが。お互いの想いだけが。それぞれの心をかたち作る。
……そしてふたりは、夢に見た明日へのスタートラインへと……
「おかえり……ミルファ」
〜〜終〜〜
細かいな由真に対してのフォローも忘れず補完
わろたw
「
>>306とのことですが、貴明さん。」
なんですか。なんなんですか。何で俺は突然イルファさんに話しかけられてるんですか。
「多分アッチ系を望まれてるものと思いますが、どうなさいますか?」
たしかに、あっていいというかあるべきだというかあってほしいシチュエーションである。
であるのだが、・・・その・・・へたれだから無理なんですよ。
「ということです。」
「意味がわかりません。説明してください。」
どちらかというとイルファさんの発言の方が外側にあって説明を要するものだと思うのですが。
「何の話をしてるんれすか。」
「ダーリンとアレしてるとこを書けっていうのをごまかすっていう話でしょ?」
「そうれしたか。じゃあとりあえず・・・」
そういうなりシルファは貴明の上に馬乗りになり、
服を脱ぎだす"ポーズ"をとった。
「いやいやいや」
「なにしてるのよ。続きを読むには
以上で終わりになります。
……今見てみたら警告文、ひどい事になってますね……orz
ともあれ。
ミルファエンドを自分なりに消化して、納得の行くように「隙間を埋めてみた」つもりです。
まぁ、ほぼ自己満足という気もしますが。
でも、まるでクマ吉やはるみが消えてしまったかのようなエンドではあんまりだと思って、想いだけでも
取り戻してやりたかったのです。
なんにしろこれでミルファエンドを補完して、あとははっぴーはっぴーなメイドロボパラダイスを(r
シルファは珊瑚ちゃんとらぶらぶになるような補完欲しいな
OVAでもそれだけの内容でいける気がするが
315 :
序章:2008/03/09(日) 11:34:17 ID:xsJyxmfVO
その日私は病院の周りを散歩していた。
長年病気を患っていることもあり、もう車椅子の扱いには大分慣れた。
今では足が車椅子なのか、車椅子が足なのかわらないみたい。・・・・なんちゃって・・・
「あ・・・」
病院の庭先にふと目をやると、そこには3本のコスモスの花。
秋の冷たい風に吹かれながら、その『花たち』は寄り添うようにして咲き誇っていた。
そのうちの一本に手を伸ばすが・・・
「ぅう・・・寒い・・・・・」
寒くなってきた私は、今日のところは病室に戻ることにした。
ふと・・・
入り口の前で外に目をやる。
赤みがかった夕焼け空はとても綺麗で、私を優しく包み込んでいるようで・・・・・
「郁乃ちゃん?寒くなってきたから中に入りましょう?ね?」
「え・・・?あ・・・」
車椅子を押されて病院内へと入れられる。
コスモスは・・・・・
コスモスはまだ咲いていただろうか・・・・・・?
郁乃シナリオか期待させてもらう
315です。以下郁乃のSSを貼っていきたいと思いますが、
『ネタバレ』が含まれている箇所がある(たぶん)ので、ご了承下さい
それでは
『郁乃Another Story』
楽しんでいただければ幸いです。
(書き上がりしだい順次貼っていきますので、時間が空くこともご容赦下さい)
病室に戻ると、そこには男が1人ベッドの上に横たわっていた。
「・・・え?」
「あぁ、そうだ郁乃ちゃん。言い忘れてたんだけど。
こちら、同じ部屋に入院する事になった河野貴明さん。仲良くしてね?じゃあ♪」
「じゃあって・・・ちょ・・・!!」 バタン
入院してきた『彼』のほうに向き直る。
彼は罰が悪そうに、視線をそらしたりソワソワとしていて落ち着きがない。
「今の時期患者が多くて、相部屋にするしかなかったんだってさ・・・。」
「・・・・・・。」
忘れるはずもない。彼と最初に出逢ったときのことを。
忘れるはずもない。
(こいつは、私の姉の恋人だ。)
・・・
・・・・・・。
途中で切ってしまうのも無粋だが、一区切り書き上がってから投稿していただきたい。
順次貼って行かれるとその間何も書き込めないし、どれくらいかかるかもわからないから。
ID見る限り携帯だよね?
だとますます時間がかかることが予想される。
なおのこと書き上がってからの投稿にして欲しい。
了解しました。
ではまた出直してきます。
嫌な思いをさせてしまって申し訳ございませんでした
>>321 >>33と
>>39あたりにも携帯で初投稿な人へのアドバイスがあるので見てみてちょ
時間は半日くらいは掛かった良いと思う。後ろの人が待ってればいいだけだから
でも、色々面倒なのでPCからの投稿をオススメはするし、
最低限原稿が書き上がってから投下するというのは>320に同じ。でもめげずに投下してね
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ まえがきと注意 ★
★ .★
★全6話くらいの予定で郁乃ものです。愛佳ED後ではありませんが、 ★
★郁乃storyの設定は、適当に都合の良い所だけ使ってますので、 ★
★やっぱりADクリアしてない人は !ネタバレ注意! です .★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「行ってきます」
玄関に車椅子を降ろして、私は家族に声を掛けた。
行ってきますといっても、学校にではない。今日は土曜日の今は午後。
長い入院生活から脱出して、六月から念願の学生生活に復帰した私でも、あまり校舎に戻りたいとは思わない日時である。
「い、郁乃〜っ?」
私の声に反応して、ぱたぱたと階段を駆け下りてくるあわただしい足音。
「どこ行くの〜っ?」
馬鹿な駄洒落みたいな発言を大真面目にかましたのは、我が姉、小牧愛佳。私は、小牧郁乃。
「ただの散歩よ」
行き先は教えてあげない。秘密だから。
「あ、そ、そうなんだ」
姉も聞かない。お人好しだから。代わりに、いつも会話はこう続く。
「あ、あたしも一緒に……」
「ダメ」
「ええ〜っ、なんで〜っ!」
「毎週言ってるでしょうが、一人で散歩したいんだって!」
そう、ここ1ヶ月ほど、土曜日曜は散歩に出るのが私の日課。
「うぅ、一度くらい連れていってよぉ」
口元に手を当ててナナメ下を向く過保護な姉が、ついてきたがるのも毎度の事。
「そのうちね」
別に嘘ではない。姉と一緒に散歩するのも、悪くない……こほん、ま、たまにはよ。
「いっつもそのうちぃ〜。ねぇねぇ、そのうちと今日を交換したっていいと思わない?」
「思わない」
だが、今は、まだダメなのだ。
「ついてきたら絶交だから。じゃ」
「うぁぁぁあ」
涙目の姉を置いて外に出る私。
家の中から聞こえる嘆きの声に罪悪感を感じないでもないが、仕方がないのだ。
この、毎週の私の散歩には、達成しなければならない大いなる目的があるのだから。
梅雨も開けた青空の下を、逸る気持ちを抑えて車椅子でかっ飛ばす−いや、交通法規は守ってるわよ?−私。
やがて、辿り着くのは土手の下。
「ふふん、また来たわよ」
私はいったん車椅子を止めて独りごち、大きく肺に息を溜める。
「……今度こそは」
じりっと両腕に力を込めて、坂道を上り始める。
車椅子にとって坂道は得意分野じゃないけれど、随所でブレーキを使いながらぐいぐいと、うん、順調順調。
けど、この坂は途中から勾配が急になる。
「くっ、うっ、ていっ」
思わず声が漏れるくらい、ひと漕ぎひと漕ぎに力を込めてハンドリムを回す私。
え? 何故わざわざこんな坂道に挑戦するのかって?
「うふっ、うふふふ」
じきにその動機、そして私の含み笑いの原因は、私の視界に入ってくる。
傾斜を越えた土手の上に、白いワゴンが停車中。
開放されたハッチバックの横に看板を立てかけて、独特の匂いを風に飛ばして。
“おいしいメープルメロンパン −コルノ−”
そう、あれが毎週末この場所で営業している、ネット上でも評判のメロンパン移動販売車。
巷に溢れる、フランチャイズ元の口車に騙された脱サラ組の移動販売とは一線を画する、大型車に本格的な設備を導入した拘りのメロンパン屋さん。
なんて、宣伝も混じっているだろう風評を全面的に信用しているわけではないけれど、カロリー制限と戦いながら甘党の道を追求している私にとって挑戦する価値はある目標だ。
「む」
その目標を目前にして、がくっとペースが落ちる。
ここ一ヶ月、挑戦の度に私を阻んできた心臓破りの30メートル、憎き我が街のマッターホルン。
「ま、負けるか……」
今日こそ、今日こそはこの壁を越えるんだ。そして憧れの焼きたてメロンパンを口いっぱいに頬張るんだ。
じり、じりと、それでも前に進む私の車椅子。
そうとも、私の体力は着実に増強されている。登り切れない筈はない。頑張れ私と車椅子、頂点はもう目の前だ。このひと漕ぎが、歴史を変える……
「大丈夫? 手伝ってあげようか?」
頭上から手応えのなさそうな優しい声が降ってくると同時に、ふわっとハンドリムの手応えが無くなった。
「へっ?」
戸惑う私をよそに、車椅子はすいすいと坂道を勝手に登って行って。
「えっ、えっ、えっ?」
すとん。
目の前に、白いワゴンと甘い匂い。
やがて私の意欲も力も必要とせず、なんともごくあっさりと、目的地に到達してしまったのだ。
「君も、メロンパンを買いに来たの?」
再びの声に、後方を見上げる私。
乗り手の意思と関係なく車椅子が動いた理由が、そこで笑っていた。
「一緒に買ってきてあげようか?」
軟弱そうな声に良く似合って少し女性的だけど、なかなか整った顔立ちの男の子。
ぽやっとした笑顔が、いかにも「自分はいい人です」的な優柔さを漂わせている。
人畜無害っぽいけど、実はこういう奴こそ危ないのかもね、ってタイプ。
……そんなことは、どうでもいい。問題は、こいつが車椅子を押したって事だけだ。
「……とを」
「こっちは急だからさ、次は逆から回った方が楽だと思うよ、って、え?」
「余計な事をっ!」
大声で男の子を怒鳴りつけ、私は車椅子を反転させた。
「わっ、あれっ? どうしたの? メロンパンはいいの? あ、危ないよ? おーいっ?」
戸惑った声を背中に聞く耳持たず、車椅子に下りが危険な事も省みず、私は一気に土手を駆け下りる。
逆から回った方が楽だなんて、そんなの知ってるんだ。
私が欲しかったのは、只のメロンパンじゃないんだ。自分の力で、苦労して坂道を乗り越えて、土手を登りきったその先にある、焼きたてメロンパンなんだ。
あと少し、今日こそは、あと少しでそれが達成できたのに、余計な事を。私の事情も心情も知らない奴が、余計な事を〜〜っ!
ぜーぜー。
ふん、まあいいわ。今日の手応えなら、明日はきっといける。そう、全ては明日。明日こそは……
支援
翌、日曜日の昼下がり。
「嘘、だ……」
坂の途中で、私は呆然と車椅子を止めていた。
「ない……」
いつもその辺りから見える筈の、移動販売車の姿が、どこにも見あたらない。
代わりに、大きめのクリーム色の立て看板。
私は懐から眼鏡−普段は邪魔だから掛けてないのだ−を取り出して、
“当所での移動販売は終了させていただきます。ご愛顧ありがとうございました”
「“――コルノ店員一同”、まる。」
あとひと息で終わる坂道の上に、その文字はやけにはっきり見えた。
「……なんで?」
私の呟きは、どうにもならない理不尽を嘆くもので、答えを求めたわけではない。
わけではないのに。
「なんだか、お店を出す算段がついたとかでさ」
欲しくもない回答は、頭の上から優しい声で降りてきた。
「……」
剣呑な目で、声の主を見上げてやると、
「あ、お、おはよう」
「もう昼だけど?」
「あはは……」
曖昧な笑顔も昨日と同じ、約24時間前に私を邪魔した、あの少年。
……こいつが。
私の視線の温度が下がる。彼の頬に、たらりと大粒の汗が浮かぶ。
「ど、どうしたのかな? とりあえず、坂の途中だと危ないからさ」
また、押し手に掛かろうとする少年の指。
「あんたのせいだっ!!」
一応支援
「うわっ」
私の大声に驚いて、慌てて手を引っ込める男の子。
「あんたさえ、あんたさえ余計な事をしなければっ!」
昨日ここで、私は目的を達成できていたのに。
「ご、ごめん」
分かっているのか、いないのか、とりあえず謝っているような顔。
「いや、なんだか分からないけど」
やっぱり分かっちゃいないようだ。
「昨日も急に帰っちゃったし、気を悪くしたみたいだからさ、だから、これ」
そこまで聞いて、私は彼が小脇に抱えた紙袋に気付く。
「良かったら。閉店前に買えたんだ」
それ−メープルメロンパンの紙袋−を私の方に差し出して、少年はにこやかに笑った。
「ふ、ふざけんな!」
私は怒りに任せて紙袋をたたき落と……すのは流石に勿体ないので押し返す。
「こんなのいるかっ! 欲しかったのは、焼きたてのふわふわメロンパンだっ!」
時間が経って萎んだメロンパンなら、袋物でいくらでも調達できるんだから。
「あ、うん、そうだろうけど、でもせっかくだしさ」
「いらないっ!」
意地になった私は、名前も知らない男の子と、坂の途中で紙袋を押し合いへしあい。
していると。
「い、郁乃〜っ」
坂の下の方から、へろへろとした声がやってきた。
えっちらおっちら、車椅子よりもしんどそうなヨタヨタっぷりで坂道を、
「い、郁乃、どうしたの、大丈夫〜、ほへえ」
上ってきて息を切らせたのは、我が姉、小牧愛佳。その登場に、
「お姉ちゃん!?」
「小牧!?」
私と少年は、同時に声を挙げた。
「あ、あれ、河野くん?」
二人の声を聞いて、少年の方に驚く姉。知り合い?
「うん。クラスメートの、河野貴明くん」
「ふうん」
同い年くらいに見えたけど、ひとつ上か。
「ずいぶん大声出してたみたいだけど、何かあったの?」
う。
「いや、まあ、ちょっとね……」
メロンパンを巡って言い争い、というか一方的に私が怒っていたとは、姉には言いづらい。
大人げないし、その、姉を置いてパン屋に来ていたとは、ちょっと。
「うん、まあ、ちょっと」
幸いにも、河野とかいう少年は話を合わせてくれるみたい。
ふむ。たぶん、悪い奴じゃなさそうよね。
「それより驚いたな」
そうよね、昨日の事も、私が苦労してたから手伝ってくれただけなんだし、怒る筋合いもないんだし。
「全然知らなかったよ、小牧に弟がいるなんて」
男一般が苦手な姉が普通に喋ってるし、あれ、そういや姉は何故此処に……なんだと?
「お、お、おとうと〜っ!?」
「えっ、ち、違うの?」
〜っ! 前言撤回! やっぱり悪い奴だっ!
「うわわわわ、こ、河野くん、郁乃は女の子だよぉ〜」
「あっ、ご、ごめん」
ごめんで済むものか。確かに昨日も今日も、私はパンツルックに帽子を被って、自慢の長髪もパーカーに押し込んだ色気ゼロスタイルではあるけれど。いや、普通は声で分かるでしょ? ほら、この可愛い女の子ボイスが、
「まだ声変わりしてないのかなと思って、ほら、中学生ならこういう子もいるしさ」
ちゅ、ちゅうがくせいぃ〜っっ!?
「あの〜、こ、河野く……」
「1年D組小牧郁乃っ! あんたが姉の同級生なら、あたしは同じ学校だっ!!!」
これが、まあなんとも最悪な、私と河野貴明のファースト&セカンドコンタクトだった。
帰り道は、姉と一緒。
「いい加減に、機嫌直しなよ郁乃ぉ」
むっつり黙りこくった私の、背後についたり横に並んだりしながら、盛んに機嫌を伺う姉。
「河野くんも、悪気があったわけじゃないんだし」
「悪気がなければいいってもんじゃないわ」
無邪気な言動の方が、人を傷つける事は多いんだ。私は嫌というほどそれを味わってきた。
「それはそうだけどさぁ。でも、河野くんは悪くないよ」
あの後、けっきょく一通り事情を話す羽目になったので、姉の意見は客観的ではある。
「メロンパンふたつもくれたもん」
いや、単なる買収とも言うかも知れない。
ともかく、姉は袋から一個取り出して私に押しつける。
「ほらほら、此処のメロンパンは冷えても美味しいんだよ?」
「ん……」
私はそっぽを向いていたが、眼前の甘い匂いに負けて両手で受け取る。
はむ。しゃくしゃくしゃく……
すっかり冷えたメロンパンは、焼きたてとは天地だろうけど、それでも味も香りも素晴らしかった。
「……考えてみれば、わざわざ買って待っててくれたんだよね、あいつ」
来るかどうかも分からない、前の日に偶然、一度会っただけの私のために。
「怒鳴って悪かったな」
人の良さそうな笑顔が脳裏に戻ってくる。
「今度、謝ろう」
姉の同級生なら、また会う機会もあるだろう。私はそう、心に決めた。
ところで。お姉ちゃん?
「な、なに? なにかな?」
「なんで、あそこのメロンパンが冷えても美味しいって知ってるの?」
「え゛っ」
以上です。支援ありがとうございました
次回、第2話「姉妹喧嘩、河野貴明、お風呂」(ただし、投下時期未定)
乙
次回が楽しみ
乙
最近郁乃SS多いな
本編がアレだったせいか既存の郁乃SS読み漁ってるので非常に楽しみだ
昼頃に一度投下した携帯野郎のπと申します。
準備万端整いましたので、貼らせていただきます。
少し長くなっていますが、ご容赦下さい。
では
〜郁乃another story〜
お楽しみください!
(ネタバレ入ってるかも。一応注意!)
『約束の花』
その日私は病院の周りを散歩していた。
長年病気を患っていることもあり、もう車椅子の扱いには大分慣れた。
今では足が車椅子なのか、車椅子が足なのかわらないみたい。・・・・なんちゃって・・・
「あ・・・」
病院の庭先にふと目をやると、そこには3本のコスモスの花。
秋の冷たい風に吹かれながら、その『花たち』は寄り添うようにして咲き誇っていた。
そのうちの一本に手を伸ばすが・・・
「ぅう・・・寒い・・・・・」
寒くなってきた私は、今日のところは病室に戻ることにした。
ふと・・・
入り口の前で外に目をやる。
赤みがかった夕焼け空はとても綺麗で、私を優しく包み込んでいるようで・・・・・
「郁乃ちゃん?寒くなってきたから中に入りましょう?ね?」
「え・・・?あ・・・」
車椅子を押されて病院内へと入れられる。
コスモスは・・・・・
コスモスはまだ咲いていただろうか・・・・・・?
病室に戻ると、そこには男が1人ベッドの上に横たわっていた。
「・・・え?」
「あぁ、そうだ郁乃ちゃん。言い忘れてたんだけど。
こちら、同じ部屋に入院する事になった河野貴明さん。仲良くしてね?じゃあ♪」
「じゃあって・・・ちょ・・・!!」 バタン
入院してきた『彼』のほうに向き直る。
彼は罰が悪そうに、視線をそらしたりソワソワとしていて落ち着きがない。
「今の時期患者が多くて、相部屋にするしかなかったんだってさ・・・。」
「・・・・・・。」
忘れるはずもない。彼と最初に出逢ったときのことを。
忘れるはずもない。
(こいつは、私の姉の恋人だ。)
・・・
・・・・・・。
支援ぐ
そして手術は無事成功し、今は大事をとって入院している最中であった。
そこに彼が来たんだから、そりゃあ私としてはびっくりもするわけで・・・・。
「・・・何してんの?」
何の気なしに訪ねてみた。
「え?あぁ、実はさ・・・」
話によると、彼は毎日過剰にひっついてくる幼なじみから逃げるため、校内を走っていたところ、
階段で人と接触しそうになり、避けようとしたらそのまま床へダイブ。
両腕にひびが入ってしまい、そのまま入院だそうだ。
「・・・・・あんたみたいなのを、本当の『バカ』っていうんでしょうね」
「うっ・・・」
「ふぅ・・・。相室は別に構わないんだけどさ。で?最近姉とはどうなのよ?」
「あぁ・・・まぁまぁかな。」
(・・・・何を赤くなってるんだか。まあ、順調みたいね。)
「それはそうと、同じ部屋にこんな可愛いレディがいるからって、襲ったりしないでよ?」
「・・・へ?レディ?・・・・。・・・あぁ!し、しないって!絶対そんなことしないって!」
(・・・なんかムカつくなぁ・・・・・・)
すみません。340とこれが逆です!!
・・・
・・・・・・。
私の手術の日程が決まった。
その日は穏やかな春の日で、私はいつものように病室の窓から庭先を眺めていた。
コンコン
「郁乃〜。入るわよ〜?」
入ってきたのはお姉ちゃん・・・・・と男が1人。
「あ、紹介するわね。こちら、同じクラスの河・・・」
「彼氏?」
「ふぇ?!ぃ、いやだなあ。そんなんじゃなぃってばあ・・・!」
・・・・どうやらこいつが姉の彼氏らしい。
(まぁ、それにしても、あんなに内気だった姉に男が出来るなんてねぇ・・・・・意外。)
当時の私はそう感じていた。
窓際には桜が飾られてたっけ・・・・・・
・・・
・・・・・・。
彼との入院生活はとても賑やかなものだった。
二週間ほどしかなかったし、ほとんどが姉の話しだったけど・・・・・
『それなりに楽しかった。』
それから幾月かが過ぎた。
赤や黄色の見事なコントラストを見せていた木々の葉も、ほとんどが散ってしまった。
彼も退院し、今では病室に私ひとり。
夕暮れ時に姉と彼が一緒に見舞いに来るたび、私は何だかもやもやした気分になる・・・・。
季節は冬
鈍色の空にかかる雲はとても重そうで、こちらまで陰鬱な気分になってくる。
「・・・学校行きたいなぁ。」
この時、何故急にこんな事を思ったのかは定かではない。
ただ、誰もいない病室で、その言葉は宙を舞い、音をたてずに消えていった。
いつもそこに残るのは、例えようのない寂しさと、募るばかりの『不安』だけであった。
いつからだろうか。
見舞いに来てくれるのを心待ちにしている自分が存在するようになったのは。
いつからだろうか。
『彼』を姉にくっつく悪い虫として見なくなったのは。
・・・いつからだろうか・・・・・・
その日はクリスマスイブ
私は鮮やかなイルミネーションに彩られた病院の庭先をただボーっと眺めていた。
(・・・バカみたい。)
今日に限って姉もあいつも見舞いにはこない。
(まぁ当然か。どうせどこかでしっぽりやってるんでしょ・・・)
何だろう。すごく悲しくなってきた・・・・・。
姉の恋路を応援していたのだから、ここはむしろ喜ぶべきところでは?
自分にそう言い聞かせるも、寂しさは募るばかり。
見舞いに来ない日なんて沢山あったのに
(あれ・・・?今日の私、なんか変だな・・・・・・。あれ・・・?)
見舞いにくらい来てくれてもいいのに・・・・・
「お姉ちゃんばっかり・・・」 (・・・?)
「楽しい思い・・・して・・・・」 (・・・あれ?)
抑えきれなくなった感情が、洪水のように押し寄せてくる。
(・・・・もう寝よっと・・・・・・)
「おやすみ・・・」
誰もいない病室に、その声はとてもよく響いた
その日はクリスマスイブ
私は鮮やかなイルミネーションに彩られた病院の庭先をただボーっと眺めていた。
(・・・バカみたい。)
今日に限って姉もあいつも見舞いにはこない。
(まぁ当然か。どうせどこかでしっぽりやってるんでしょ・・・)
何だろう。すごく悲しくなってきた・・・・・。
姉の恋路を応援していたのだから、ここはむしろ喜ぶべきところでは?
自分にそう言い聞かせるも、寂しさは募るばかり。
見舞いに来ない日なんて沢山あったのに
(あれ・・・?今日の私、なんか変だな・・・・・・。あれ・・・?)
見舞いにくらい来てくれてもいいのに・・・・・
「お姉ちゃんばっかり・・・」 (・・・?)
「楽しい思い・・・して・・・・」 (・・・あれ?)
抑えきれなくなった感情が、洪水のように押し寄せてくる。
(・・・・もう寝よっと・・・・・・)
「おやすみ・・・」
誰もいない病室に、その声はとてもよく響いた
翌朝目を覚ますと、枕もとに見慣れない封筒を発見
「・・・まさか・・・・ね。」
クリスマスの朝に、枕もとにプレゼント。
あまりにもベタすぎる展開に照れを隠しきれない。
(まったく・・・誰がこんなくだらないこと・・・・) 封を開けてみる
中には一通の手紙とお守りが1つ
「・・・・・何故に安産祈願?」
何かの手違いだろう。
おっちょこちょいなサンタもいるもんだ。そう思いつつ手紙を読んでみる。
『郁乃ちゃんへ。
いつも良い子にしてる郁乃ちゃんにサンタクロースからプレゼントだぞ!
一生懸命探したんだよ〜?
早く元気になって、また昔みたいに一緒に学校行ったりお買い物したりしようね!』
サンタクロースより
(奴のしわざか・・・。起こしてくれればよかったのに・・・・・・。)
そう思いつつも、私は喜びを隠しきれなかった。
「まったく・・・・・・バカ。」
窓から見える風景は、辺り一面の雪景色。
白く輝く粉雪は、全てを覆い隠していた。
(あぁ・・・。やっぱりかなわないなぁ・・・・。)
私はもう一度布団に潜り込み、深い眠りへとおちていった。
両手にお守りを握りしめながら。
目を開ける。
そこにはニヤニヤ笑う彼と姉がいた。
「・・・。・・・な、なによ!?」
「いやぁ、郁乃が俺達が選んできたお守りを大切に持っててくれて嬉しいなぁ。って」
「貴明君ったら、物凄く必死になって探してたのよ?クスクス」
「ま、愛佳。それはいいって・・・」
こいつが?
私の・・・ために?
顔が紅潮してくる。
自分でもわかるくらい、頭に血が上っている。
「ば、ばか。そんな大事に持ってたんじゃなくて・・・開けたまんま、ね、寝ちゃって・・・・・・」
嬉しかった。
見舞いに来てくれたこともそうだが、何より河野貴明、こいつが私のために・・・・
その日は一日中2人にからかわれ続けた・・・。
いつからだろうか。
彼をこんなに意識するようになったのは。
これが・・・
決して許されることのない恋だと知っていながら・・・・・・・・・
年も明け、冬も終わりに近づいてきた。
相変わらずのつまらない病院生活。
楽しみなのは彼の見舞いだけ。
なんら変わらない日常。ただひとつ変わったとすれば、
最近姉と彼が一緒に見舞いに来ることが少なくなってきたことか。
最近、彼はしょっちゅう顔を出す。
まあ、嫌じゃないんだけど。
今日は姉の友人が珍しく一人で見舞いに来た。
(・・・その髪、どこで染めたらそんな色になるんだか・・・・・)
そんなくだらないことを思いながら話を聞き流す。と、不意に
「郁乃ちゃん・・・だっけ?あなた、河野貴明のことどう思ってるの?」
何とも軽い感じで聞いてきた。
「最近あいつ、学校でも郁乃ちゃんの話しばっかりだし・・・
それに最近愛佳ともあんまり一緒にいないみたいだから。もしかし・・・・・・」
後半の方はよく聞き取れなかった。
ただ、最近お姉ちゃんと彼との間にはちょっとした壁が出来ていること。
『河野貴明は小牧愛佳の彼氏』であることを、何故だか強く言い聞かせられた。
「どうって・・・。別にそんな・・・。」
「ふぅん・・・。ま、あいつが誰とくっつこうと勝手だけど、
愛佳を悲しませるようなことしたら、いくら郁乃ちゃんでも許さないからね。」
強い口調で言われる。
(私が姉を傷つけるなんてことありえない!)
そう言いたかったのだが、言葉にはならなかった。
声が出てこなかった。
来訪者は帰って行った。
私の胸に、大きな釘を打ち込んで帰って行った。
その日の夜、私は夢を見た。
私の前を二人仲良く手をつないで駆けていく姉と彼。
「待って。ねぇ・・・待ってよ!」
いくら叫んでもその声は届かない。
いくら走っても2人には追いつけない。
2人は楽しそうに丘を駆けていく。
ようやく声が届いたときには、私の全く知らない所に来ていた。
行く手には二つの大きなわかれ道。
その片方の入り口に姉が、もう片方の入り口に彼が立っている。
そして2人は、そのまま違う道を歩んでいった。
「ねぇ!ちょっと待ってよ!みんなで同じ道を進もうよ。
なんでバラバラに・・・
お姉ちゃん!貴明!いつまでもみんな一緒に・・・・・」
「それは無理よ郁乃。」「!!」
突如言葉を遮られる。
「あなたはここで選ばなきゃいけないの。
私についてくるか、貴明君についていくか。
どちらも選べないのであれば・・・・・・」
姉の体が大きくなっていく。
そして鬼のような顔になり、こう叫んだ。
「ここに一人で立ち尽くしているがいいわ!
いつまでも!!
いつまでもな!!!ぶわっはっはっは!!」
飛び起きた。
時間は真夜中の2時半。
(悪い夢・・・。どんな内容だったっけ・・・)
悪夢にうなされて飛び起きるなど、何年ぶりであろうか。
恥ずかしくなってきた私は、再び布団に潜り込む。
(何か大切なことを言ってたような・・・)
思い出せない。
(まあいっか・・・)
それとは別に、私は考え事を始めた。
(私はたぶん彼のことが好き。
でもこれは決して許されない恋。
それに、決して叶わぬ恋。)
幾たびも会話を重ねるにつれて強くなっていったこの想い。
この想いは彼に届いてはいるのだろうか。
・・・・・・いや。届いてはいけない。届いてはいけないのだ・・・。
絶対に。
しかしこの胸のもやもやは、いつまでたってもとれない。
(この想いを彼にぶつけて、きっぱり断られたらさっぱりするのかも・・・)
そんなことを考えたりもした。
(でももし、この想いが彼に届いたとしたら・・・・・・お姉ちゃんは・・・・・)
長い長い冬だった。
私にとって、これほど長い冬はもう来ないであろう。
そして・・・・
春がきた。
桜舞う春の季節
病院から許可が出たので、私は彼に連れられて河川敷を散歩をしていた。
「で?今日はお姉ちゃんはどうしたの?」
私は車椅子をおす彼に尋ねてみる。
「愛佳なら、委員会があるから遅れてくるんじゃないかな」
「・・・?・・・・・・最近うまくいってないの?お姉ちゃんと・・・」
「な、何でわかったの?」
(・・・・男って本当にバカ)
「ちゃんとやってよね。お姉ちゃん、心はかなり細いんだから。」
「郁乃ってさ、愛佳のことどう思ってる?」
私の言葉を聞き流し、彼は私に問いかける。
「どうって・・・実姉?」
「いや、そうじゃなくて・・・やっぱり大事に思ってるんだよね?」
「そりゃあ・・・・まあね。」
(ああああ。照れる・・・。)
「愛佳のこともいいけど、郁乃もそろそろ退院できるんだから、
自分のやりたいことをやってみたらどうかな?
」
(やりたいこと・・・。私の・・・やりたいこと。)
「御あいにく様。私には、姉に悪い虫が付かないか見張っておく義務があるんで。」
虚勢をはる。
「郁乃は優しいな・・・。俺、そんな郁乃のこと好きだわ。」
満面の笑みでそう答える彼
冗談・・・?それとも・・・・・
「・・・お姉ちゃんのことは?」
「愛佳のことは勿論好きだよ?」
急に真剣な声になる彼。
「でも俺、郁乃のことも頭から離れなくて・・・
こんなの許されないってわかってるのに・・・・
俺って・・・最低だな。」
「・・・・嘘でしょ?」
「え?」
「・・・今言ったこと。・・・・・・全部嘘だよね?」
「え?いや、俺は本当に郁乃のことが・・・」
「うるさぁぁぁぁい!!!」
自分でもびっくりするくらいの大声で叫ぶ私。
散歩も終わり、場所は病院の庭先
でも・・・もうとまらない。
「私はお兄ちゃんのことが好きだった!
いつからかはわからないけど・・・好きだった!
お見舞いに来てくれた時、あんなに憎まれ口叩いてたけど・・・・
本当は貴明のことが大好きだった!
でも・・・これは望んじゃいけない恋・・・・。
だがら・・・もう・・・わずれで・・・・・・
・・・わすれ・・・・て」
もう私を止める物は何もない。
・・・今までつなぎ止めていた想いが、波のように押し寄せてくる。
人前では決して泣かないと心に誓っていたのに・・・・・とまらない。
桜はまだ咲いていた。
舞い散る花びらが鬱陶しい。
彼は何を思ったのか、庭先から花を一本、私のところへ持ってきた。
「ごめん・・・郁乃。俺、絶対に答え出すから。だから・・・・・もう少しだけ待っててくれないかな。」
彼はそう言って一輪の花を私に差し出した。
「この花が枯れるまでには・・・絶対に答えを出すから!だから・・・」
「わかった・・・。わかった・・・・・・」
私はそう答えて、彼を見送った。
精一杯の笑顔で。
彼は去った。
彼の温もりもなくなった。
涙はまだ止まらなかった。
しかし心は晴れ晴れとスッキリしていた。
まるで何かわだかまりが消えたかのような感情。そして・・・
私の手には一輪のコスモスの花だけが残されていた。
そのコスモスはどこか儚げで、私に吹き付ける風はとても冷たかった。
庭先にはコスモスが2本、寂しそうに風に揺られていた。
それから一週間が経った。
(決めなくちゃ。
これからどうするのか・・・決めなくちゃ。
この状態が長く続くことだけは避けないと・・・
何とか・・・・
何とかしないと・・・・)
「このまま時が止まってしまえばいいのに・・・。」
ふと、そんなことを思いもした。
しかし無情にも時は流れ続け、窓の外の桜の花びらは慌ただしく散っていく。
『桜は散るから美しい』
とはよく言ったものだ。今更ながら感心させられる。
しかしそんな桜でさえも、今はただの古びた木にしか見えなかった。
優しい春の風も、小鳥のさえずりも、全てが私の心の内まで入り込んでくるようで・・・・・・。
苦しい。
・・・・・・よし。
決めた。
『これ』が私の歩む道だ。
そう心に決め、私は家を出た。
あれから一週間が経った。
窓際に飾られたコスモスは花びらを散らし、残りわずかの命となっていた。
バタン
扉が開く。入ってきたのは・・・・彼だった。
「お兄ちゃん・・・。どうしたの・・・?」
「郁乃、俺、決めたよ。」
「え?・・・あ・・・・」
ようやく彼のいわんとしていることを理解した。
そして・・・
「俺、愛佳と別れることにした。
愛佳には本当に悪いと思うんだけど、俺には郁乃が必要なんだ。
ただそばにいるってだけじゃなくて・・・・
それに、最近愛佳、俺のこと避けてるみたいだし・・・
俺なんかが愛佳と付き合うには早すぎたのかもな・・・」
本当は知っていた。
姉が彼を避けているのは、男が苦手で内気な彼女の性格上仕方のないことなのだ。
本当は姉も、彼のことが大好きなのだと
本当は知っていた
「・・・ありがと。・・・・・ありがとうお兄ちゃん。」
自然と言葉が出てきた。涙も溢れてきた。
「お姉ちゃんにこの事は言ったの?」
「いや・・・これから言う。実はもう呼び出してあるんだ。
郁乃は何も心配しなくていいから。・・・・・待ってて。」
抱き合う私と彼。
彼の体はとても大きくて、優しい何かで溢れていた。
『本当は知っていた』
「お兄ちゃん・・・。最後に一つだけ。わがまま言っていい・・・?
・・・・お願いごとがあるの。」
コスモスが最後の花びらを散らした瞬間だった。
「別れましょう。」
「・・・・・・え?」
彼は驚きを隠せない様子。しかし私は続ける。
「私にはこの先まだまだ新しい出逢いがあるかもしれないもの。
お兄ちゃんよりもっと良い男に出逢えるかもしれないしね♪」
あ・・・。ダメだ・・・。
精一杯空元気を出してみるも、目から涙がこぼれ落ちる。
「郁乃・・・・?」
「お姉ちゃんにはあんたが必要なの!
あんたしかいないの!!わかった?
わかったらほら・・・・さっさと行く!
お姉ちゃん待ってるんでしょ?」
「・・・・・・・・・。」
ここまで私はよく頑張ったと思う。
でも・・・・もう限界だった。
「絶対にお姉ちゃんを幸せにしなさいよ!!!
このバカぁぁぁ!!」
涙腺崩壊。子供のように泣きじゃくる私を見た彼は、
「郁乃・・・。ごめんな。・・・・・・・・・ありがとう。」
そう言って唇を重ねてきた。
そして彼はドアを開け、外へと駆けていった。
窓からみた彼は、全速力で桜並木を走り抜けていった。
途中、一度も振り返ることなく。
「・・・・・・ファーストキス。」
それからさらに一週間ほどたっただろうか。
退院許可がでたこともあり、私は今日でこの病室ともお別れである。
ギリギリ入学式に間に合ったので、
病室から直接学校へ向かおうとしている所である。
「郁乃〜。忘れ物ない〜?」
「ん・・・。」
部屋を見渡す。忘れ物は・・・なしっと。
・・・・・あれ?そういえば・・・
まあいっか。
挨拶を済ませ、病室の入り口を出る
「ちょっと待って!」
病院の庭先で私はあるものを見つけた。
コスモスの花。
「あれ?貴明君。コスモスって春に咲く花だっけ?」
「いや・・・そうだっけ?」
「ふふっ」
桜が舞い散るその陰で、春風に揺られて3本のコスモスが、
寄り添うようにして咲いていた
彼らは私を、何故だかとても満ち足りた気分にさせてくれた。
(さぁーって。私の青春はこれからだし・・・。
学校でいーーっぱい楽しい思いするんだから!!)
空はどこまでも青くのび、今日は雲一つない穏やかな天気でした。
終
361 :
π:2008/03/10(月) 00:31:49 ID:hd5Ik8mBO
以上で『約束の花』終わりであります!
ところどころ貼り間違いがありましたが、勘弁してください^^;
あ、ID変わってるのは、携帯とパソコン駆使したからですから
悪しからず・・・
楽しんでいただければ幸いです!
乙です
とても楽しませていただきますた
乙〜。よく頑張った。ってか>318からこの時間でこれだけ書き上げたの?速いね
うーむ、しかし個人的にはやっぱり貴明の心が愛佳から離れちゃうのは性に合わないな
愛佳も郁乃に気を遣ったのかも知れないし、詳しく描写されてないから逆にまだ読めるけど
久々に覗いたがGJな流れすぎるw
郁乃かわゆすぎるw
自宅警備で忙しい俺が来ましたよ
お久しぶりです。
細々と続きを書いていたので投下したいと思います。
ADのネタバレ云々もありますが、書き始めた当初の
自分なりの彼女らへのイメージをそのまま残して投下します。
それでは短いですが5連投させて頂きます。
昨日も思った事だけど、やっぱりこのみのお母さんは料理がうまい。
お弁当用の味付けってのもあるんだろうけど、冷えたご飯でもおいしい。
色とりどりに揃えられたおかずのその一つ一つが丁寧で実にきれいだ。
シルファの作ったお弁当もそこらへんは負けてなかったけど。
さっき喜色満面で蓋を開けたこのみの顔をみたらわかる。
まぁ、味も宵のだろう。
下がりっぱなしの眉尻と
「えへ〜、おいしいでありますよ〜」
を連呼してるので、それは容易に想像できた。
昨晩のオムライスからも推して知るべしといったところ。
それにしてもますます話づらくなっちゃったなぁ…
どうしよ。せめて会うまでにもう少し時間があったら。
姉も姉よね、私の性格を知ってるなら…
知ってるからいきなり連れて来たのかな。
私が思ってるより自分の事をわかってる姉の困った顔を思い出し
つい苦笑がこぼれる。
「郁乃ちゃん?どうしたの?」
そりゃそうだ。急に苦笑なんてすればこのみじゃなくても変に思うだろう。
わざわざこのみに余計な心配をかける必要はない。
「なんでもない。おいしそうに食べるなぁと思って」
「おいしいよ!郁乃ちゃんも食べる?」
「いいって。私はこのみのお母さんのお弁当を堪能させてもらうわ。こっちもおいしいしね」
正面でえへへ、と笑うこのみにつられて思わずうすら笑いを浮かべる。
ん。なんか和んだかも。
【郁乃専用メイド5 2/5】
午後の授業が終わり、特にする事もないし部活もやってない私は
まっすぐに帰る事が多い。
まだ十分に動く体でもないし、文化部に入るのもあまり気が乗らない。
姉は生徒会関係を推して来るが、柄でもないし
いきなり来た人間にそんな役が務まるとは思わないので、丁重にお断りさせてもらってる。
しつこいけど。
同じく部活に入ってないこのみと帰宅する事がここ最近多い。
今までは幼馴染四人で行動する事が多かったこのみも
ある時期を境にクラスメイトと過ごす事が多くなった。
まぁ理由なんてひとつしかないし、自分の肉親が原因である以上
そっちへ行けとも言えない。
このみと一緒にいるのが嫌な訳でもないし。
鞄を小脇に抱え、ちょこんと首を傾げるこのみを促し学校を出る。
帰りに参考書を見たいのもあって、二人で商店街へ足を運ぶ。
よくよく考えればすぐに思いつくのに。
もっとよく考えて行動するべきだったと後悔したのは、彼女に出会ってからだった。
「あ、シルファさんだ!こんにちはでありますよ〜」
「このみさんに…ご主人様。お帰りなさいませ」
目の前に立つメイドロボ、シルファのその一言に商店街の視線を一斉に集めた気がする。
一般の高校に通う女子生徒がご主人様などと呼ばれれば気にもなるだろうなぁ。
シルファに限らず、メイドロボに場をわきまえろと諭したところで譲らない気がする。
もはや羞恥による怒りを通り越してあきれに変わった私の表情を見て
シルファの表情が若干曇ったような気もするが、いちいち気にしていられない。
「ただいまであります!シルファさんはお買い物?」
見ればシルファはこの近所にあるスーパーの袋をぶら下げている。
夕飯の買出しにでも来たのかしら?
当たり前の疑問は当たり前の答えで返される。
「えぇ、お夕飯の買出しに来たのですよ」
もう少し捻りのある返しは出来んのか。
芸人でもないシルファにそれを求めても仕方ないんだけど。
このみは無邪気にシルファと夕飯の話に花を咲かせている。
まともに喋れるんじゃない。
少し悔しい気持ちに駆られる。私の方が一緒にいる時間は長いのに…
…って、それじゃ私がシルファと仲良くしたいみたいじゃないの。
そんな風に考えた自分が憎い。
「それじゃあ郁乃ちゃん、また明日ね!ばいばーい」
いつもの分岐路でこのみは手を振り、元気に走って行った。
ホント元気な子。
「このみと何の話してたの?」
ずっと無言のままも気まずい。私が。
少しぶっきらぼうにはなってしまったが話しかける事にする。
シルファは一瞬びっくりしたような表情を見せるが、すぐにいつも通りの
何を考えているかわからない、凍りついたような表情に戻る。
「今晩のお夕飯についてお話してました」
これだ。この表情が嫌い。
びっくりする、なんていう表情も出来る技術を盛り込まれてるくせに。
「柚原さんのお母様は料理がとてもお上手なんだそうですよ」
何が言いたいのかしら。そりゃ私だって冷たい態度を取ってるかもしれない。
でもそんな顔してまでどうでもいい話を続ける。
ひどい違和感が私の思考を蝕む。
「そんなに柚原家がいいなら、柚原家へ行けば?」
何に対しての苛立ちか自分自身にもわからないまま、口をついて出た言葉がそれだった。
言った後に後悔する。どうしてこんな事しか言えないんだろう。
時間にしたら一瞬だったかも知れない。
シルファの苦悶に満ちた表情は私の脳裏に焼きついて離れなくなった。
少し下唇を噛み締めたあと、シルファの口から発した言葉。
「私は…郁乃様のメイドロボですから」
なにそれ?あくまでメイドとして世話するって事?
…わかった。そっちがそういうつもりならこっちだってもう気にしない。
姉とバカアキが帰ってくるまでせいぜいメイドとしてお世話になるとしよう。
少しでも仲良くした方がいいのかな、などと考えた自分が恥ずかしいわ。
それから私と、メイドとしてのシルファとの生活が続いた。
特に会話をする訳でもなく。
シルファは淡々と家事をこなし、私は淡々と学業に励んだ。
姉達の修学旅行も終盤に差し掛かろうという週半ば。
無言の夕食を終えてニュースサイトに目を通していた私の部屋に
控えめなノックの音が響いた。
「お姉さまからお電話です…」
「姉から?」
もうすぐ帰ってくるってのになんでわざわざ電話なんか…
お土産何がいい?とかだったら怒鳴ってやろうとも思ったけど
あの姉なら言いかねない。
少し苦笑しながら電話の子機を受け取る。
「もしもし?お姉ちゃん?」
「あ、郁乃ぉ〜!元気〜!」
こっちは気まずい空気が続いてるというのに、能天気な声の姉。
少し想像したのと、久しぶりの声に少し顔が緩む。
でも、シルファが近くにいる事を思い出しすぐに表情を正す。
「相変わらずよ。特に何もない」
「そ、そうなの?…あれぇ?」
姉が電話口の向こうで何かつぶやいてる。
後ろにいるであろう貴明とひそひそ話をしてるつもりなんだろうけど丸聞こえ。
気づいてないんだろうなぁ。
「で?何しにかけてきたの?」
「郁乃ぉ〜ひどいよぅ…うぅ、郁乃が元気にやってるか心配だったのよぅ」
「はぁ?なにそれ、用事もないのにかけてきたの?」
「あうぅ〜、郁乃が冷たい…しくしく」
呆れて言葉も出ない。まさかこんな事で電話してくるとは。
姉らしいといえば姉らしいんだけど。
今回は以上になります。
また細々と書いて投下させて頂きますね。
AD熱でこのみラブSSに浮気しそうな自分を戒めながら…
職人の皆様GJです!
面白い話がどんどん出てくるのをいつも指をくわえて読まさせて頂いてます。
乙。
シルファと郁乃……子どもっぽくて素直じゃなくてひねてるキャラの共演ですか。続き楽しみにしております。
それにしても、最近の郁乃SSの充実っぷりは異常。自分が書いてる郁乃SSを出す機会を失いそうだw
このみのひなまつりSS書いたけど、色々探すと
似た感じのSSがあったorz
こういう場合、皆やっぱりお蔵入り?
出しちまいな!
気にしない
個人サイトとか無数にあるわけだし、他ジャンルでも表現がかぶることがあるけれども、そんなの気にしてたら何も書けなくなる
無数にあるネット小説と一つも内容がかぶらない方が奇跡だし、その全てを把握出来るわけじゃないしね
まぁ、あからさまにかぶった部分はさすがに調節するけど
いやもうなんというか、流れがかぶってるんだが…
まぁいいかw
4つ投下します
今日はひな祭り。
高校1年生にもなって何を言ってるの?
ってよく言われるけど、好きなんだもん。
あーあ、どうせなら昨日の日曜日だったらよかったのに。
言っても仕方ないしね。
豪勢になるであろう今晩の夕飯に想いを馳せながら、軽くスキップを交えながら家に帰る。
家に着く頃には、恐らく自分の家から匂ってきてると思しきカレーの匂いがする。
今日は必殺カレーなのかな?
作ってるところ、私も見たかったなぁ。
でもお母さんが作る本気の必殺カレーはめったに食べられないので
それだけでも心が躍る。本当においしいんだよ?
途中からでも教えてもらえるかな、必殺カレー……
私は少し足を速めて、玄関のドアを元気にあける。
「ただいまー!」
「おかえり〜」
リビングからピンクの髪をした一人のメイドロボが笑顔で玄関を覗き込んできた。
「あ! ミルファさんだ! 来てたんだ〜、えへ〜」
「ミルファさんだなんて、余所余所しい事言わないでよぉ。お姉ちゃんって言いなさい」
「あら、お姉ちゃんは私の役目よ。奪わないで欲しいわね」
冗談交じりのミルファさんの言葉に反応して、もう一人リビングから出てくる。
「あ! タマお姉ちゃんも来てたんだ!」
リビングから顔だけ出しているミルファさんを押しのけて玄関に迎えに来てくれる。
急いで靴を脱ぎ、久しぶりに会うタマお姉ちゃんに抱きつく。
「あらあら、いつまでたっても甘えん坊ねぇ」
クスクスと口に手をあてて笑うタマお姉ちゃんは相変わらず美人だ。
いつかこうなりたいなぁ。
タマお姉ちゃんに連れられてリビングに入ると、まずはミルファさんに目が行く。
「ふぇ!? ミルファさん……それ、こいのぼりだよね……?」
「……言わないで。もう散々、皆にからかわれたんだから」
悲しそうな顔をしてうつむくミルファさんはスカートの代わりに鯉のぼりを腰に巻きつけて立ってた。
たぶんこれは本気なんだろうなぁ。
「ほら、ミルファは放っておいて着替えてらっしゃい」
「はぁい!」
元気に返事を返して、自分の部屋に戻る。
着替えた後は、私もキッチンに向かうつもりでマイエプロンを持って部屋を出た。
これもタマお姉ちゃんに昔もらったお気に入りのやつだ。
あんまり身長伸びないからずっと使えるんだよ。
キッチンに入ると案の定というか、お母さんとシルファがキッチンに立ってカレーを作ってた。
「おかあさぁ〜ん、シルファばっかりずるいでありますよ〜!」
「だってアナタ、まだ包丁持つ手が危なっかしいんだもの」
「う〜、またシルファを贔屓する〜」
「もう……途中からだけど教えてあげるから泣かないの」
「まぁったく、泣き虫れすねぇ」
シルファにからかわれながらも皆で作るカレーは楽しかった。
味付けはもちろんお母さんだけど。
いつかは私も一人で作れるようになるもんね。
これはシルファと競争してる事。
最近、家にいるのをいい事におかあさんに色々教えてもらってるみたいだ。
夕飯の準備も整い、いつの間にか来てた雄くんも一緒に皆でトランプして遊んでたら
待ち望んだドアの音がなる。
「ただいまー」
その声にお迎えに行こうと思ったけど、タマお姉ちゃんに止められた。
すぐ横をお母さんがいそいそと通り過ぎて、玄関に走ってった。
家の中で走らなくても、と思ったけどお母さんの嬉しそうな顔を見てると言う気もなくなっちゃった。
「おかえりタカくん!」
「ただいま、このみ」
「あれ? なにそれ?」
「後でのお楽しみだ。皆来てるんだろ? 早くご飯にしよう」
お父さんとお母さんが腕を組んでリビングに戻ってくる。
「おかえり、おとーさん」
「おかえりタカ坊」
「……うー。やっぱり我慢できない! ダーリンお帰りー!」
「こら! バカミルミル! ご主人様はこのこのとシルファのものれすよ!」
「さりげなくシルファのとか言ってんじゃないわよ!」
「よっ、お疲れハーレム王」
キシシ、と雄くんが笑った。
そんな光景を見ながら、苦笑いを浮かべたお父さんが差し出したもの。
それは私にはちょっと遅いひな壇。
このひな壇が家族総出を上げての争奪戦となったのはまた別のお話。
やさしい両親と、楽しい家族に囲まれて私は幸せです。
なるほどw
これは意表を付かれたwwww
GJですww
GJ!
ほのぼのした
流れがかぶるのは仕方ないんだよね
誰にでもある壁だから気にしない方がいいよ
乙! gj!
なるほどね〜こうくるかw
つうか他のSSと被ってるなんてよく見つけられたね
俺は読んだ先から忘れるから気にしたことないぜw
>380
乙〜
オチをギリギリまで引っ張らずに一歩手前で離すことが、ほのぼのした後味に繋がっているなーと感心
しかし、このみは変わらぬ姿を想像するのにタマ姉は……だったのは何故ウボァー
>>380 GJです〜
ほのぼのするしオチの出し方もうまい、そうきたかって思わず唸っちゃいました
ただほのぼのの中にも貴明やこのみは歳を経て成長してもミルシルはそのままで
過去との対比これからの事を思うとちょっと切ない(´・ω・`)
そろそろAD準拠の呼び方相関図が欲しくなってきたなぁ。特にシルファのが。
呼び方相関図作るにもHPとか持ってないし。
一応自分用にメモしておいたやつを貼っておくっす。
【シルファ】
一人称:シルファ to貴明:ご主人様 from貴明:メイドロボちゃん、シルファちゃん
toイルファ:お姉ちゃま、イルイル fromイルファ:シルファちゃん toゲンジ丸:犬っころ toタマ姉:タマタマ
toこのみ:このこの to春夏:はるはる to菜々子:ちみっこ、なななな
toミルファ:ミルミル、ぱーぷーめいどろぼ、お化けおっぱい、エロエロセクサロイろ、色情魔
fromミルファ:シルファ、ひっきー、ひっきー妹、ひっきーS、引きこもり妹、シルファちゃん、地味妹
【ミルファ】
一人称:あたし to貴明:ダーリン、ダー、旦那さま、バカアキ、貴明 from貴明:はるみちゃん、ミルファちゃん
toイルファ:お姉ちゃん fromミルファちゃん to雄二:ゆーじくん to珊瑚:さんちゃん to瑠璃:瑠璃ちゃん
【菜々子】
一人称:あたし、菜々子 to貴明:お兄さん、お兄ちゃん from貴明:菜々子ちゃん toシルファ:お姉ちゃん
toひとみ:ひとみちゃん fromひとみ:ナナちゃん toスミレ:スミレちゃん fromスミレ:菜々、菜々子
でもこれくらいで実は後はほとんどないと思う。
よっちゃるに少しある程度。このみとかはXと一緒。増えた?のだけだと……
【よっち】
to貴明:センパイ、ヒッキー先輩 from貴明:吉岡さん、よっちゃん、チエ
【ちゃる】
to貴明:センパイ from貴明:山田さん、ちゃる toよっち:よっち、えろっち、おっぱいポロリ担当、胸ポロ担当
大体押さえてると思うけど、欠けてたらゴメン。
まーりゃん先輩はCtrlキーで流し見だったからメモってないなぁ、そういえば。
>>387 >>to貴明:センパイ、ヒッキー先輩
ヒッキーじゃなくてヘッキーw
一度ヘッカーもあったようだが
>>388 おお、メモの方は「ヘッキー」だなww
ヘタレキングのヘッキー先輩、ヘタレカイザーのヘッカーとなっておる。
あとマイナーどころの追加だと、
【ちゃる】
toハナさん:ハナ fromハナさん:お嬢ちゃま toロクさん:ロク fromロクさん:お嬢
とかあるな。
あと、まーりゃん先輩のも殴り書き程度には記録があった。でもまーりゃん先輩のは網羅はしてないと思う。
【まーりゃん先輩】
本名?: 朝霧麻亜子(芸名?)、小鳥遊真理亜、北新地まーりん、馬涼涼、妖怪まありゃん、まー・りゃん
一人称:あたし、俺、俺様、まーこ
toイルファ:いーりゃん toちゃる:ちゃるちー to菜々子:なーりゃん to愛佳:まなちん、まなぴょん
まーりゃん先輩100の秘密:「まーいやー」「まー脳」
飛ばしたつもりだけどずいぶんメモってたw
ただいまです〜
ってちょっと仕事してる間にたくさんのレスがっ!
皆さんありがとうございます! 励みになります。
郁乃メイドSSの方がギスギスした雰囲気続いてて、
自分的に穏やかな気持ちになりたいのもあったので
ほのぼの、といわれて素直に嬉しいですw
そして郁乃SSで煮詰まってるので、
もうひとつだけあるネタを今から書こうと思います。
『不思議の国の貴明』という電波を受信した
アリス―貴明
うさぎ―このみ
帽子屋―愛佳
トランプ兵―雄二
女王―タマ姉orまーりゃん
という構図で
>>391 その設定可愛くていいですね!
お話は書かれないんですか?
思ったより時間がかかってしまいました。
若干エロを含みますので、苦手な方はスルーしてやって下さい
これから投下したいと思いますが
10連投に耐えれるかわかりません。
もしさるさん出たら、続きは明日以降になります;
引きこもり現象が本格的に蔓延し、政府が対策に身を乗り出す時代。
その世俗に流された訳ではないが漏れなく対策される側に身を甘んじていた。
何があったとかそんなんじゃない。
自分の境遇に嫌気がさして学校をさぼったのがきっかけだった。
それからの俺は何かをする気力を失い、立派な引きこもりの一員と化した。
今日もインターネットをだらだら見ていた。
眠くなったら眠り、自然に目が覚めるまで起きない。
生活費は未だ外国にいる両親から仕送りをもらっているし
自宅には舌ったらずなメイドロボがいる。
最初は口うるさかったが最近では諦めたのか
特に文句も言わず俺の世話を続けてくれている。
ピンポーン
チャイムが鳴らされる。
しかし最近の俺がそれに応対する事はほとんどなくなっていた。
言わずもがなシルファが出てくれるからだ。
今日は少し勝手が違う。
「それじゃあシルファはメンテナンスに行ってくるれすよ。このダメダメご主人様」
昼前にドアの向こうから聞こえて来たシルファの言葉を思い出す。
まぁ、放っておけばそのうち諦めるだろう。
と思っていたが甘かった。
こんなチャイムの鳴らし方をするのはこのみぐらいのものだったが、
このみもある日を境に俺に催促をしなくなった。
いつの頃だったかなぁ……
あまりにもしつこく鳴らされるチャイムに少々うんざりしながらも
なんとか応対にでる。
キーチェーンを外さずに数センチの隙間を開け、外を覗き込む。
「……どちらさん?」
玄関先にはぴしっと背筋を伸ばし、まっすぐにこっちを見ている一人のメイドロボの姿。
「イルファさん?なにしに?」
「お久しぶりです貴明さん。今日は連れ出しに来たのではありませんので安心して下さい」
ここ1年ぐらいの来客といえば郵便か俺を外部に連れ出そうとする輩ばかりだった。
どこまで信用して良いのかわからないが、こういう言い方をするイルファさんは信用に足ると判断した。
キーチェーンを外し、玄関までイルファさんを招き入れる。
「久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」
俺の問いに少し顔を塞ぐイルファさん。
少しの間を置いて何かを決意した様子でキッとまっすぐに俺を見て言い放った。
「本日より河野貴明様のお世話をさせて頂く、HMX-17aイルファと申します」
え……? 今イルファさんは何て言ったんだ? 俺の世話をする?
いやいやいや、うちにはシルファもいるし内部事情を知るイルファさんの発言を思わず聞き返す。
「へ?イルファさんごめん。もう一回言ってもらえるかな?」
「あの、僭越ながら今日から貴明さんのお世話をさせて頂く事になったんですよ」
少し頬を赤らめながら言うイルファさん。
何故そこで頬を赤らめる。というか
なったんですよ、って聞いてないぞ。そもそもそういう流れが多いから引きこもりになったのに。
大体シルファはどうするんだよ。
「あ、シルファはメンテナンスに時間がかかりますのでしばらく戻ってきません」
あぁ、そういう事か。……って違う!
そもそもシルファがいなくても俺は元々一人で暮らしてたんだ。
なんでいまさら……来栖川エレクトロニクスはなんだって俺の面倒を見たがるんだ。
俺の頭に疑問符が浮かび続ける間にも
イルファさんは玄関に鍵をかけ、手荷物を持ってリビングへと入って行く。
勝手知ったるなんとやら。仕方なく俺もイルファさんの後を追う。
それからイルファさんは何を聞いても
「決まった事ですので」
の一点張りで何も話してくれない。
まぁ、世話してくれてたシルファがイルファさんに変わっただけだと思って受け入れる事にした。
それからはいつも通り部屋に閉じこもり、自由な生活を送っていた。
ところどころ話しかけてくれたイルファさんだが
俺の反応から諦めたのかそっとしてくれている。
料理の味付けとかもシルファとほとんど変わらないので
俺としては何かが変わる訳でもなかった。
と思っていたがその急激な変化は突然現れた。
「貴明さん、お風呂が沸きましたのでどうぞ」
「……」
イルファさんの気配が去ったあと、無言で風呂場へ向かう。
先日言い含めておいたのもあって、イルファさんは俺の視界に入らないようにしてくれているのだろう。
「ふぅ。風呂はいいな……色んな事を忘れさせてくれる」
そんな独り言をこぼした直後だった。
がらっ
何事かと風呂場の入り口を見るとそこには一糸纏わぬイルファさんがいた。頬を赤らめて。
もじもじと内股をすり合わせ、恥ずかしそうにこちらをチラチラと伺う。
美人なイルファさんだけにそんな恥じらいの姿が新鮮で可愛らしかった。
って違う違う!いきなりでまともな思考が働いていない。
恥ずかしいなら何故入って来たんだろう。
視線をそらし、なんとか声を絞り出す。
「イ、イルファさん? どうしたんですかいきなり」
「あの、お背中流しに参りました」
「え? 俺そんな事頼んでませんよね?」
そもそも全裸じゃなくても良いはずだ。
俺の息子が言う事きかなくなったらどうするつもりなんだ。
まぁすでに暴走しかけてるんだけどそれは言わないでおく。
「……決定事項ですから」
まただ。最近よく耳にするようになった決定事項という言葉。
善意好意で来られても困るが何か釈然としない。
「決定事項って……ちょ、ちょっと!?」
いつの間に湯船に近づいたのかイルファさんは湯船に手を浸し、俺の膝をさする。
しかし膝をさすっていたのも束の間。
そのまま俺の下腹部まで腕を伸ばしていた。
イルファさんの手の先にあるもの。
まだかろうじて暴走していなかった俺の息子は本格的に暴走を始める。
「すごい……もうこんなに……」
「ぅあっ、くっ……イルファさん?」
息も絶え絶えに問いかけつつ、そこで初めてイルファさんを振り返る。
近い。同じ湯船に浸かっているのか。
急な快感にぼーっとしている俺をよそにイルファさんは動きを早め
その刺激は激しく俺の脳を突き抜ける。
「気持ちいいですか……貴明さん?」
耳元で囁くイルファさんの艶っぽい声に俺の中で何かが音を立てて切れた。
「んっ、ふぅっ……ちゅるるる、んちゅ」
気がつけば俺たちは唇を重ねていた。
激しくお互いを求めるように。
「んちゅ、んっは、ぁ……」
「んぅっ、はっぁ」
年頃の男がこうなった以上、もうする事はひとつしかなかった。
夜が終わるまでお互いを激しく求め合い、朝日が昇る頃に眠りにつく。
夕方頃、目を覚ました俺の脇にすぅすぅと寝息を立てるイルファさんの姿があった。
昨日……本当にしたんだな。
しかし、どうしたんだろう。
本当にいきなりの展開に身を委ねてしまった自分自身に少し嫌悪感を覚えつつ
物思いにふける。
「ふぁ? ……おはようごじゃいまふ。そんなにジッと見られたら恥ずかしいですよ」
耳たぶまで顔を真っ赤に染めたイルファさんがスリスリと擦り寄ってくる。
じーっとイルファさんを見つめてしまっていたようだ。
それにしてもこの振る舞い。まるで彼女のそれだ。俺とイルファさんは付き合う事になったのか? そんな約束したか?
いや、そんな事はない。いくら記憶を辿ってもそんな事実はありもしなかった。
しかしそれを確かめる甲斐性など今の俺は持ち合わせていない。
自問自答を繰り返している俺の小指をキュッと握り、
上目遣いに俺を見上げてくるイルファさん。
うぅ、可愛いなぁ。
そして相も変わらず全裸で抱き合っている訳だ。
お察しの通り再び暴走を始めた息子に気づいたイルファさんが慰めてくれる。
そんな自堕落な日々が数日続いた。
さすがに気味が悪くなった俺は思い切ってイルファさんに尋ねてみた。
「ねぇ、そ、その、付き合うとかそういう話なしにこういう事続けるのは……」
「私が貴明さんのお役に立ちたいんです。それではいけませんか?」
「でも、訳もわからないままこういうの続けるのって……」
また言い終わらないうちに唇が塞がれる。
「私は……貴明さんが好きです。初めてお会いした時からずっとずっと」
涙こそ出てはいないものの、切ない表情で打ち明けてくれるイルファさんにドキっとした。
同時に罪悪感に駆られてくる。もてあそんだ、なんて自覚はないが
第三者の目から見れば弄んだも同然という事実に気づいてしまったからだ。
俺は、イルファさんの事を好きなんだろうか?
ふわふわ揺れている自分の気持ちを見つめる。
そこへたたみかけるようなイルファさんの追撃にクラっと来てしまった。反則だ。
「私はメイドロボです。人間の貴明さんと正式にお付き合い出来ないのは心得てます」
人間とメイドロボって付き合えないのか?
仮にそうだとして、それを踏まえた上で俺の所に?
「私達に幸せはあってはいけないものでしょうか? 愛する人と結ばれるのはいけない事でしょうか?」
そんな事はない。と思う。でもこのやり方ってどうなんだ?
相手の意思……大抵はこんな美人に迫られたら断らないだろうけど。
色んな疑問を抱えた俺を見て、イルファさんはポツリポツリと語りだす。
「私の場合は貴明さんが好きでしたから、シルファに取られっぱなしなのも悔しいですし」
「取られっぱなしって、何もないですよ?」
「それはわかってるんですけどね。でも今回私がここへ来た理由はもうひとつあります」
「理由? やっぱり何かあるんですね?」
「はい……今政府が引きこもりの方々を対象に対策を練っている事はご存知ですか?」
「そりゃ、ね。当事者だし」
「その対策の一つで、メンタルヘルスの媒体としてメイドロボを起用したいとして来栖川エレクトロニクスに依頼が来ました」
「へぇ、それはまたどうして?」
「珊瑚様の開発されたダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャ。これに目をつけたようです」
「……なるほど、医者やカウンセラーも患者に常時張り付いてる訳にはいかないですもんね」
「そうです。そこで……少々お金はかかりますが、メイドロボを医療機器として導入する事が可決されたそうです」
「メイドなのに?」
「問題はそこです。もちろんそんな機能は実装されてませんし、DIAを組み込んだメイドロボがどこまでそんな状況に耐えられるか正直検討もつきません」
「そりゃそうだろうな。心を持つが故にそんな人を相手に出来るのか不安ですよね」
「はい。その検討はかなりの時間を要したみたいですが最終的に一つの提案が通り、すぐに実行に移される運びになりました」
「一つの提案?」
「DIA組み込みタイプとそうでないタイプ、両方のメイドロボを医療機器として改良を加え、患者さんに選んで頂きます」
「……」
「そしてそのDIAプロトタイプとして改良されたのが私です。そしてその試験対象とされたのが貴明さん、貴方です」
「そういう事か。それならイルファさんが俺を好きだなんて言わなくても説明してくれれば……」
「い、いえ!その、今回の試験には私から申し出たんです。貴明さんを好きな気持ちに嘘偽りはありませんので」
「そう面と向かって言われると、その」
「すす、すいません。とにかく、そういう経緯があった事はご理解頂けましたでしょうか?」
「う、うん。でもサービス過剰だったんじゃ?」
「先ほども言いましたが、私は決心はついてますが根底では貴明さんと結ばれたい。これは揺ぎ無いものです」
「……」
「メイドロボでも形はどうあれ幸せになれるんですよ、医療機器といっても色んな出会いや形があるんですよ。そういった事もこれから生まれてくる妹達に見せてあげれたら。とも考えています」
「色々考えてるんですね……自分が恥ずかしい」
「そんな! 貴明さんが罪悪感を感じる必要はありません。私がしたいからしている事ですのでどうかお気になさらずに」
そう言って少しはにかみながら微笑むイルファさんの顔をまともに見る事が出来なかった。
さっき感じたこの想い。伝えてしまって大丈夫だろうか?
しかし考えている事を素通りして俺の口は勝手に動いていた。
「イルファさん」
「はい?」
「今すぐには無理かもしれないけど、俺頑張ります。イルファさんが笑った顔が好きです」
「た、貴明さん!?」
「場に流されて言ってる訳じゃないです。俺なりに考えて出した答え……もし」
「はい……」
「俺がまた社会に出れる日が来たら隣を歩いてくれますか?」
「たか……あきさ……ん」
俺の腕にしがみつくイルファさんは、涙を流せないので泣いてはいないがきっと心は泣いてたと思う。
こんな泣き顔なら悪い気はしないなぁ。
それでも、やっぱり笑顔のイルファさんが見たい。頑張ろう、俺。
「実験は成功みたいですね。長瀬主任」
白衣の研究員は嬉しそうな表情を浮かべ、現場上長に話しかける。
「そうだねぇ。まぁ彼の場合は十分な勝算を持ってたけどね」
言ってカラカラと笑う。
「ではDIAタイプの実験結果としてお国に提出しておきますね」
「頼んだよ……しかし、これからが大変だぞ少年。他のお姫様が黙っていないだろうからな」
「閉じ込めっぱなしでしたもんねぇ」
研究員も苦笑いでそれに答え、ちらりと隣接した部屋へのドアを見る。
『イルファ・ミルファ・シルファのおへや』
fin
以上になります。
ラス1だったので携帯から書き込みしましたが
読みづらかったらすいませんorz
ではおやすみなさいです
正直微妙・・・・・・。
キャラクター歪めて話のとっかかり作るやり口は三宅だけで満腹ですわ。
注意書きを入れてくれ。
キャラが違うと・・・
読んで下さった皆様、ありがとうございます。
至らないばかりに不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
自分の中で、ではありますが改悪のデッドラインみたいなものが出来上がったのと
投下する時の注意点が増えました。
この失敗を次に生かし、
今後投下する際も注意したいと思います。
いや、良かったぞ。乙のGJだ。
>>408 好みの問題だから気にすることないと思うけど?
俺はアリだったから結構面白かった。
そーいえば、まとめサイトの中の方はお疲れになってしまったのかのう。
前スレも落ちてしまったようだが。
>>408 乙です
俺は楽しく読めました
貴明がこうなってる可能性もあるし別にそんなに設定違うとかも感じなかったし
イルファさんもへたに下品じゃなくてかわいかったし
ただイルファさんが貴明に惹かれる理由みたいなのもちっときちんと用意してほしかったかも
まあ本編でもイルファさんが貴明に惹かれる理由ってよく分からないし
あ、でもイルファさんの中では瑠璃>貴明なんだっけ?
未来の可能性とか言い出したら、何でもありになるだろうが。
正直引篭もりとか負の属性追加物の大多数は、
作者の現況投影の手慰み物にしか思えんわ。
最近は社員によるSS叩きが横行しすぎじゃね
社員てどこの社員だよw
意見はそれぞれっつーことでいいんじゃないの
そらダーク系はほのぼの系よりも不興を買う可能性は大きくなるが、
だから書くなとか投下するなってわけでもないし。書くのも自由。感想も自由
>413
そして萌え物の大多数は作者の現況反投影の手慰み物なんだなこれが
郁乃スレだと既にSSとか書いてるのは糞とか言ってたのがいたなぁw
ホント余計なお世話だよなあ
温い空気の中で馴れ合ってるのが気に食わない奴ってなんなんだろ
放っておいてくれって感じだよなw
まぁでも、ちょっとこれはないだろ?
という設定はどうだかなぁと思うが。
まぁSSなんだし好きに書いたらよろし
フルプライスなのに、好きに書いてる輩……げふんげふん
それより
>>418のIDなかなか
じゃあ、今度から暗めの設定のときは、ネタバレしない程度に投下前に注意書きすればいいんじゃないか?
そうすれば、後は読んだ人の事後責任になるし
>>413 >未来の可能性とか言い出したら、何でもありになるだろうが。
ゲームで描かれなかった可能性を書くのがSSだろう?キャラご
との誕生日だったり、イベントだったり
>>420 注意書きをした方がいいのはわかるが、どこからが暗い話なのか、っていう
基準は人それぞれだからまた荒れる気がする
その辺は作者が決めるってことで、「これ注意書き必要だろ」って思ったら
荒れないようにレスする、とか
たまに投下もする立場から言わせてもらえれば、出来れば注意書きとかは勘弁して欲しいかな。
それでなくてもさるさんや連投規制に怯えてるのに、前書きに貴重な一回を費やすのは正直勿体ない。
ネタバレ警告だってもういらないだろう?って思うし。
とにかく、投稿回数一回が重いコトもわかって欲しいなあ。
ぶっちゃけどんな可能性だろうがそれが原作の世界だと読者に思われなかったら失敗
思われない人数が多いほどダメなだけ。
注意書きうんぬんは、感想に対して周りがとやかく言わなければそれで解決だろ
投下宣言するときに、一緒に注意書きを書けばレス数を増やす必要はないんじゃないか?
例えば、
投下します
〇レスほど
ヤンデレ注意
キャラが壊れてます
とか
あれ?でも前投下したときは重要な点が違ったよね?
おとめちっくいらねとか
ここの住人も変わったなぁ、見るところは文体のみだったのに
いつのまに話にまで口出すようになったの?
大体注意書き書いてるじゃん
>>425 まあ前ってのがいつごろを指してるのか分からんが
これだけ作家の人数が増えて、SS自体も増えたら取捨選択の幅が広がるだろ
その反作用で否定的に受け取られるジャンルの幅も広がるのかも分からんね
例えばふたなりものとか、俺は別にTH2のキャラじゃなくてええやんって思うし
「鳩2のキャラでやらなくたっていい」ってのと「鳩2のキャラでやってはいけない」の間は天地だろ
前者の感想を持つのは自由だが、叩く基準は後者にしないとすぐ過疎るぜ
>>426 逆に訊きたいが「鳩2のキャラでやる必要がある」SSってなんだ
>>428 人それぞれだから俺に訊かれても答えようがない
だから
>>423が言ってることが真実ってことさ
で、何かマズイことがあるとすれば、
>>423が言うところの
原作の世界だと読者に思われなかったら失敗って部分に関してだろうな
ただ単に「俺は失敗だったって思う」って個人の感想を書いてるだけなのに
噛みついてくる奴がいるってことだろw
注意書きだの責任だのアホらしいったらありゃしない
まあ、フタナリやら陵辱やらは「(SS自体の質に関わらず)一部の読者を不快にさせる話」っていう認識は必要だろうけどね。
そういう話には「一部の方に不快感を与える描写があります」的なことを書いておくのが親切だと思うよ。
ふたなりSSを投下するとき、ちゃんとお伺い立てたっしょ…
本編投下する前に、話全体の大まかなあらすじを提示しとけば?
そうすりゃ嫌な人は読まなくて済むし、読みたい人は読み進めるだろうし。
なんでそこまでしなきゃならないか?ってことなんだが…
いくらなんでも作者の負担でかいだろ
ネタバレ有りとか欝展開有りとかの一言ですむならまだしも
負担を作者にばかり背負わせるのはどうかと思うが
自分の嗜好に合わなかったなら、黙ってスルーすればいいだけだと思うのですが
俺間違ってるかな
>432
よほどネガティブな感想つけられるのが嫌な作家さんならねw
基本的には、SSスレなんだから好きに投下して好きに感想つければいいだけでしょ
あらすじは色々やばいようなw
まぁ、大まかなジャンルやメインヒロインの提示くらいなら良いような気はするけど。
『TH2雄二エンド後幼馴染モノ、日常ギャグ』『ミルファエンド後ミルファ、イチャラブ』みたく。
エロ有りの場合はも少し詳しく『ふたなり注意』『陵辱注意』『アッー!!注意』とか。
「嗜好に合わなかったなら」の程度によると思う。
寝取られ物とかファンが警告無しで読んじゃった日には、グロ画像見せられるのに等しいダメージ受けるし。
なんというローカルルール祭り・・
テンプレあたりに読み手さんがみたくないジャンル一覧みたいの載せておいて
書き手さんはそこからチョイスして明示しておくとか?
今、よっちエンド後の雄二とユマの話を書いてるんですが
正直、書き手としてはここまで書いちゃうと
見せたい部分を先に出しちゃってる感があります。
でもお気に入りのキャラはたかあきと幸せになって欲しいから
嫌いな展開か確かめたい気持ちもわかるんですよねぇ
補足です
上のは
あらすじ書く事についての自分の意見でした。
消極的な感想を言われてもピィピィ騒がなければいいじゃないかな。
>441
そういうこと。しかも騒ぐのは毎回作家本人じゃなくて周囲だからな
本人が「御意見有り難う御座います」っつってのんのに周りがファビョるのは変だっつーに
まじめに観想書く人間も要るけど、難癖つけるのだけ一人前な人間も多いからな
つーかむしろそっちで荒れて盛り上がるのを楽しんでる人間も結構居るし
だから定期的に作家が投稿しなくなって過疎るんだよ
どうなのかねえ。
この手の言い争いをしても何も変わらないってのはこのスレの歴史が証明してるしね。
スルーすればいいってのもずっと言われてきたことだけど結局みんなスルーできなかったし。
こういうSSが投下されればこういう結果になるよ。
過去ログ見てくれば分かる。
これはもう誰が正しいとか間違ってるとか言っても全然意味が無い。
このスレでは起こるべくして起こる現象なんだよ。
起きる時は全く問題ないようなSSでも普通に起きるけどねw
ま、だからこそ難癖は放置でいいだろうと
寂しい奴は放置しても自作自演するかもしれんが、それこそ相手しても仕方ない
ちなみに傍目には難癖や叩きのようなレスでも、書き手は意外と嬉しいもんだ
>434の言う通り気にくわなかったらスルーが一番厳しい態度
エロパロみたいに連投規制が緩ければ済む話なんだけどな
これはまぁ仕方ないとしか言えないからその中で上手くやりくりすればいいだろ
1レス目で名前欄に注意事項あれば書くとかで良いんじゃないの
>>445 >スルーが一番厳しい態度
違いないw
よほど厳しいのだと凹む時もあるけど、基本スルーが一番堪えるよな。
「読む価値もないんかな〜〜?」ってさww
>>寝取られ物とかファンが警告無しで読んじゃった日には、グロ画像見せられるのに等しいダメージ受けるし。
これとかには全面同意
とりあえず「〜注意」の一行があれば平和になる気がする
俺なんかはたまに具合悪くなるSSもあるしな
描写があっち方面で
半分くらいできつくなって読むのやめた
フタナリとか書くやつって頭おかしいだろ
アク禁にしてほしいわ
こんな馬鹿みたいな流れになるから作者居なくなるんだよな。
ふたなりだろーが、TH2キャラでやる必要が無かろうが、書くのは作者の勝手。
ただ、読者が読んでどんな感想つけるのも勝手だけど。
作者がいなくなる、ねえ
ここ、既に作者しか残ってないような気がするのは俺だけかなw
新しく参加してくれる人はもちろんいるだろうけど、前は書いてたけど今は書いてないみたいな
作者崩れの人ばっかりって印象
いやあ、読むだけの人が、過剰に書き手を擁護したり、過剰に書き手にケチつけたりするかねえ
気に喰わなきゃスルーすりゃいいっつうのは真実だよ
多分、ホントに読むだけの人はそうするから
>>452 なるほど、元、あるいは現在同じ書き手だからこそ…かぁ
現に俺も元書き手だったし、だからこそ感想なんかおこがましくて書けない訳だが
大体感想書くにしても書き込むときに読み直して
自分の文が書き手に不快になるようなら書かない事を選ぶ奴が大人だろ
読み手の東鳩なんざ聞いてないしな
>>452 そんな奴いねえ、とは言わないが、書き手同志のののしりあいと切って捨てるのもどうかと思うが
実際問題として、SSスレに限らず葉鍵はスレ荒らして喜ぶバカも多いし、SSスレは比較的荒らしやすい訳で
この間爆撃食らったときもかえって喜んでた奴も居たくらいだしなぁ
まぁここまででスレを50消費したうえに
長文続いちゃったね、どうするよ
まあ、今までの流れからいくとまたしばらく枯れるかもね
ADの評判もいまいちだし
評判がいまいちだからSSで補完という見方もあるけど、ここまで空気悪くなっちゃうと投下しずらいだろうし
今日は巷ではホワイトデーなんだがなぁ…
じゃあ今から書く。小学生が書くレベルの意味不明なものになるとだけいっておく。何を言われようが投下する。
貴明なんてホワイトデーで破産すればいい
実際、タマ姉と姫百合姉妹のチョコ、3倍もしくは1倍返ししようとしたら恐ろしいことに……
流れを変えることに挑戦してみますか。
なんかSSのリクエストを下さい。
キャラでもシチュエーションでもジャンルでも構いません。
>>458 そういう男気を見せるのも補完SSとしてありじゃね?
>>459 つーわけで全キャラに三倍返し
働け貴明ホワイトデーのために
なんてだうだろう
と思ったらもうホワイトデーで書いてる人がいるのか。
自分もホワイトデーで考えてみます。
>>457、461両者ともwktkしながら待ってる
じゃあ俺はホワイトライ(善意のウソ)で書くよ!
そういや今日ホワイトデーだったなぁ。
……あ、電波が入った。
俺で何人目か知らんけど、書こうかなww
ちなみにシルファメイン、ドタバタだな。
週末のうちにはがんばって投下するぞ〜〜、お〜〜!
とりあえず書いたんだけど、どこで行数とか文字数の制限がわかるの?誰か教えてちょ。
さわやかな春の風
かすかにその雰囲気をまとった雨が降っている。
「貴明さーん」
春休みだ。人からはなれて自宅で自堕落にすごすのにも飽きてきたが、
今日はまだ一人でいたい。
「貴明さぁ〜ん」
ホワイトデー?なにそれ。おいしいの。
2月14日と対を成す日らしいが今は気にする必要はない。
女の人は義理といって渡したがるが、
それを清算するための労力は3倍、時に10倍あってしかるべきであるという恐ろしい一般の意見が存在し、
義理チョコという名の黒い塊はその甘さに似合わずシビアに、かつ表向き平穏さを保ちながらそれを現実化させようとする。
「お留守ですかー?」
そのために2月14日の苦行を乗り越えたのである。
−カチカチカチ
つまり逃げたわけで。
−がちゃ
つまり何も要求されるはずはないわけで。
467 :
「無題」:2008/03/15(土) 00:28:46 ID:aMWi8Wc70
「勝手にあけて入っちゃいますよー」
「もうすでに入ってますよね?ロボットの不法侵入って法的にどういう扱いになるんでしょうか。」
ソファーでテレビを見ながら呆けているところへ、
イルファさんがでこぼこした硬い棒を駆使してこわばった小さな穴を開き、目の前に現れた。
「すみません謝りますから電話に手を伸ばさないでください〜。
勝手にお邪魔してしまったことはお詫びします。どうしても、本能に逆らえず能力を駆使して進入してしまいました。
でも貴明さんもいけないんですよ?ずっとお呼びしているのに出てくださらないんですから。」
要求と謝罪と批判を滑らかに繰り出す。
「まぁその…」
どこに反応して何を返そうかと迷った挙句めんどくさくなって話題を求める。
「なにしにきたんですか?」
「ほわいとでーですよ。ほわいとでー。珊瑚様も言ってました。ほわいとでーやーほわいとやでー。と。」
「意味がわかりません。」
「貴明さん。バレンタインデーは一日中逃げて、結局誰からももらいませんでしたよね?ちょこれーと。」
「うんまぁ今日が怖くてね。」
「そこでです。今日何かを返さなくてはならないというのが貴明さんの負担になるのでしたら、
イベントの趣旨をずらして今日を楽しんでみよう。という提案をしに来たのです。」
「ずらすって…何か別のことをするの?」
468 :
「無題」:2008/03/15(土) 00:29:28 ID:aMWi8Wc70
朝目覚めたとき、姉さんがいなかった。
今日の朝食当番は瑠璃ちゃんだから、また手伝うという口実でちょっかいかけにいったんだろうと、
特に気に留めず、2度寝に入った。
「あー…アンドロイドなのにスケジュール管理できてないのってどうなのよ…」
瑠璃ちゃんが起きたときすでに姉さんはいなかったと聞いて、思い当たったのだ。
今日はホワイトデー。恋人同士のイベント。
「抜け駆けされたぁぁ!」
469 :
「無題」:2008/03/15(土) 00:30:06 ID:aMWi8Wc70
「あぁ。貴明さん!強すぎますぅ。もっと優しくお願いしますぅ。」
なんか聞こえる…
勝手に家に入るのはあまりよくないと思ったが、姉さんはその前に無断で鍵を開けているのだ。
そんな感じで、弁解の確認を頭の中でして不法侵入してきたのだが…言い訳は必要なかった。
「はぁっ。はぁっ。そんなこといって、手加減したらここぞとばかりに攻め立てるくせに。」
このパターンは…あれか。やっちゃってると勘違いして突入したら格闘ゲームやってるとかそういうやつか。
とりあえず冷静になろう。深呼吸しよう。
「入るよー…ってなにやってんのよ!」
ナニやっていた。
「わわっ。ミルファちゃん?!」
「あら。もうきちゃったんですか。」
二人とも服を着ていた。着衣プレイか。ダーリンはそういうのがよかったのか。
いや、よく見ると二人手にはコントローラー。あわてた貴明がイルファと離れたが、服はまったく乱れていない。
「もう。ミルファちゃんったら。もうちょっと遅く来てくれたらよかったのに。」
「遅れてきたらどうなってるのよ!ダーリンと何するつもりだったの」
「何って。もうミルファちゃんったら。わかってるくせに。」
イルファの言動はともかくとして、ただ貴明のあぐらの上にイルファが座って格闘ゲームをしていたらしい。
「ダーリンは私のおっぱいじゃないと満足できないんだから!姉さんはそんなことしなくていいの!」
「あら。貴明さんはちょうどよく揉めるサイズの巨乳がお好みなんです。ミルファちゃんのは大きすぎるんです。」
いや…だからいつの間に俺はそういう設定にされたんだろうか…
「いや、なんで争点がいつもそこなの。」
「ダーリンはおっきいほうがいいよね」
「私のほうがいい感じですよね?」
−ぴんぽーん
−オトーケモノエース
470 :
「無題」:2008/03/15(土) 00:30:41 ID:aMWi8Wc70
「おっと。郵便郵便。なんだろなー」
二人の間をすり抜け、そそくさと玄関へ向かう。
「はいはいいまでますよー」
−がちゃ
……えっと…………………ん?
「おとろけものれす。」
「バレンタインれーのおとろけものれす。」
2回言ったそこにはリボンを結んだシルファが立っていた。
リボン。髪に結ぶものですよね。
「あぁ。おかえり。シルファちゃん。」
「ただいまれすご主人様。メンテがちょうろ昨日の終業時間に終わったのれバレンタインれーにあわせて帰ってきました。」
「そっか。調子はどう?」
「いいかんじれす。もともと問題があったわけじゃなくてレポート用のメンテれしたしね。」
「よかったよかった。」
「スルーですか?突っ込まないんですか?突っ込んじゃいますよ?」
イルファの突っ込みの前の振りを入れている間にミルファが突っ込む。
「それ研究所から結んだままで来たの?ははっ。ひっきーだからまぁしかたないかー。」
顎からリボンをかけて頭の天辺で結んだシルファは余裕の表情で繰る。
「ぷぷぷ。体に巻くリボンはシルファとご主人様の契りの記憶なのれすよ。おぽんちミルミルには到底手の届かない崇高なものなのれすよ。」
そうだったんですか。知りませんでした。
「契りって…えぇー!ひっきーのくせにダーリンとそん−−」
「まぁ。リボンプレイですか。さすがは貴明さんです。マニアックな性−−」
それぞれの個性的な反応の中、前のリボンのように固く結ばれたリボンと淡々と格闘しながら、
貴明はまだ来ぬ春の、外の雰囲気を吸っていた
以上。最後の○忘れたのが今目にとまった。
あぁ。要望忘れてた。まとめサイトにはログの形以外では乗せないでくれるとありがたいです。
>>471 GJ!
でも、シルファ登場の辺りからホワイトデーとバレンタインデーが
ごっちゃになってきているような・・・
流れをぶったぎって申し訳ないですが、
このみ物のSSが出来上がったので、投下したいと思います。
今回は幼なじみもので、極ふつうのありふれたストーリーになっています。
Hはなしです。
かなりの長編ですので、30レスほど使わせていただくかと思います。
(好き・・嫌い・・・・好き・・・嫌い・・・・・・!好き!)
「えへへ〜。また2人の恋愛運は大吉なのでありますよ〜♪」
誰もいない私の部屋。春の足音が聞こえてくるこの季節。日曜日のお昼前。
私はいつものように占いの雑誌を眺めていた。
「なになに・・・?乙女座は・・・・」
占いの結果が重要なのではない。ここに書いてあるコメントを読むことが重要なのだ。
・・・私の自論だけど。
『過ぎてしまった時間は取り戻せません。ただあなたにできることは・・・・
(・・・ゴクッ)
・・・・・・後悔することだけです。』
・・・いつも通りわけのわからないコメントだ。
まあ、それがこの雑誌のウリでもあるわけで・・・。
「本当に恋愛運大吉なのかなぁ・・・。なんか心配になってきたでありますよ・・・・。」
あまり頭の良くない私には、このコメントはただの戒めにしか聞こえなかった。
「後悔・・・か・・・・・。」
本を床におく。
後悔していることなら沢山ある。
沢山・・・・
でも、この想いが届くことはなくて・・・・
(この関係が壊れてしまうくらいなら、今のままずっと、ぬるま湯に浸かっていた方がいいのかな・・・・。
たとえいつか、想いを伝えられないまま壊れてしまったとしても・・・・
少しでも・・・長く・・・。)
去年と比べて何か変わったことはあるだろうか。
家の前の桜の木は、心なしか去年よりも多くの蕾をつけているように思えるけど。
背もあまり伸びてないし、胸も全然大きくなってない。そして何より・・・
『2人の距離は少しでも短くなったのだろうか。』
「このみ〜。ごはんよ〜?」
「あ、は〜い。」階段を駆け降りる
「なぁ〜に?また相性占いでもしてたの?」
「そ、そんなんじゃないってば〜・・・。」
「ふふふ。さ、ご飯にしましょう」
「もう・・・お母さんってば・・・・」
これは、とある女の子の小さな恋の物語。
どこにでもある、ありきたりな恋。
でも、彼女にとってはたった1つの恋。
では・・・・・引き続き本編の方、お楽しみください。
新学期が始まった。
通学路の桜並木は、溢れんばかりの花を惜しげもなく舞い散らせていた。
4人で歩く朝の登校風景は昔と何ら変わりがない。ただ変わったとすれば・・・・
「雄二・・・夜遅くまで何やってるのかと思ってたら・・・・」
タマ姉こと向坂環が俺達の通う学園を卒業して、近くの別の学園へと進級したことくらいであろうか。
まあ3年制の学園なわけで、いつかこんな日も来るって分かってたけど・・・・・
やっぱりちょっと寂しかったかな。
このみなんて大泣きしてたしな。通学はいつも通り一緒にできるっていうのに・・・。
「たかくん・・・。たかくん?どうしたの?」
「え?いや、なんでもないよ。・・・それより雄二は?」
「ゆうくんなら坂の下でお昼寝中でありますよ?」
(・・・タマ姉・・・・)
「もう・・・ゆうくんだらしないなぁ。・・・ちょっと迎えにいってくるから待ってて。」
「あぁ。」
「絶対待っててよーー!」
・・・・元気な奴だ。世界中のみんなから元気を分けて貰ってるんだろうなぁ・・・・
結んだ髪をピョコピョコと踊らせながら坂を下っていく。
「タカ坊もあと一年で学園卒業ね。」
「・・・うん。」
そっか・・・・あと一年か。
一年しか・・・ないのか・・・・。
「ふふっ。何寂しそうな顔してるのよ。」
「いや。楽しかったけど・・・・何かあっという間だったなぁって。」
(少しでも長くこの楽しい時間が続いてくれればなぁ・・・。)
そう思っていた。
刺激的な出来事なんていらない。ただこの状態のまま、いつまでもみんなと仲良く・・・・
「・・・・タカ坊?」
「え?あ、ごめん。・・・桜に見とれてて。」
嘘じゃない。今年の桜は例年よりも多く咲いていて、見とれてしまうほどの美しさなのである。
「ふぅ・・・・。まあいいわ。それより・・・・・・」
急にまじめな顔になるタマ姉。そして・・・
「あと1年しかないんだから、後悔しないようにね。失われた時間は取り戻せないんだから。
それと・・・・・このみをよろしくね。」
「わかってるって。タマ姉の代わりにしっかり面倒みとくから。心配しなくていいよ。
階段の手すりのぼりもやめさせるし・・・・・・」
「・・・・ふぅ。」
大きなため息を吐くタマ姉。なんだろう。俺、何かおかしなこと言ったかな・・・。
「・・・・まあいいわ。じゃあ私はここで。またねタカ坊。」
「じゃあ。」
タマ姉を見送り、坂の上でこのみ達を待つ。
『本当に。本当にあなたは何もわかってない。』
「え・・・・・・?」
あわてて後ろを振り返る。
しかしそこには人の姿は見当たらず、散った桜の花びらが春風に誘われて舞っているだけであった。
(・・・・・誰だろ・・・今の・・・・・)
「お待たせ〜。はぁ・・・はぁ・・・・。じゃあ行こう?」
「え?・・・・あぁ。」
二人で坂を上って行く。言葉はなかったけど、いつもと変わらぬ心地よさがそこにはあった。
門をくぐる。最後の学園生活が幕を開けた瞬間だった。
(あれ?・・・・雄二は?)
放課後、タカくんは何やら用事があるとのことで、私は一人で帰宅の途についていた。
「ん?このみじゃねぇか。」
「あ、ユウくん。・・・・じゃあね♪」
「まてまてまて・・・。
こんなナイスガイが一緒に帰ってやるってんだから、もうちょっとは嬉しそうにしろっての!」
頭をグリグリとなでまわされる。
「ユウくん、それがなければ絶対にモテると思うんだけどなあ・・・・」
「くっ・・・・・」
お世辞ではない。ユウくんは実際かなりかっこいいと思う。問題はこの性格・・・・・。
タマお姉ちゃんからも
(このみ。雄二にだけは近づいちゃだめよ?バカがうつるかもしくは妊娠しちゃうからね?)
って釘をおされてるし・・・・・・。
「・・・・・・今日という今日は負けないわよーーーー!!!」
「ふん。望むところよ。」
坂の上から何者かが猛スピードで駆け下りてくる。
「な、なんだ!?」飛びのくユウくん。
「甘いわね。私のMTBは来栖川特注の超軽量前かごつきハイテク自転車!!
なんとモーターまでついていて加速可能。最高時速は60キロを超えるわ!!」
「もうそれ自転車って言わねぇし・・・・・・」
(さすがユウくん。私なんてどこから突っ込めばいいのかわからなかった・・・・。)
「ふっ。それがあなたの本気?・・・甘い。甘すぎるわ。私の車椅子はあと3回変身を残しているのよ?」
「な、なんですって!!・・・・・・」
・・・・・・・・・バカは風のように去っていった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「そうだ。そういえばこのみはさ、
(ユウくん・・・・無視ですか。)
最近貴明とどうなのよ?」
「ふぇ?!どどど、どうって・・・・?」
急な話題に戸惑う私。
「告白とか、まだしてねぇのか?」
「そ、そんなのしてないでありますよ・・・・。でも・・・・ユウくんにはお見通しなんだね。」
「んぁ?このみが貴明のこと好きだってことか?
ばーか。んなもん誰だって気づいてるっつうの。ましてや俺なんて、何年幼馴染やってると思ってんだよ。
気づいてないのは・・・・・・当の本人くらいだろうな。」
「そう・・・・だよね。」
この道の桜は毎年変わらずに同じ姿を見せている。そして今年も。
しかしその光景は私には全然綺麗に見えなくて・・・・・。
「よーっし。んじゃ、この優しい雄二様が一肌脱いでやるかな!」
「・・・・え?」
「ほれ、ちと耳貸せ・・・・・。」
「・・・え?ほんと?・・・・ありがと!!でも・・・・いいの?」
「いーんだよ。ちびすけを悲しませたら、姉貴に何されるかわかんねぇしな。
それに・・・・そろそろお前と貴明の笑顔も見てみたいしな。」
へへっと笑い、頭をなでてくるユウくん。
どうしてこんなにも沢山の人が私のことを応援してくれるのだろう。よっちもちゃるも・・・・ユウくんも。
「・・・・ありがとう。ユウくん。」
「いいってことよ。」 また頭をなでまわされる。
「礼なら・・・・・姉貴に言ってやれ。」
「・・・・・?」
翌朝、いつもより早めに学園に着くと、えらくご機嫌斜めな郁乃ちゃんが、教室の真ん中で負のオーラを放っていた。
この日に限って、郁乃ちゃんに近寄る者はほとんどいなかった。
「い、郁乃ちゃん。おはよう。」
意を決して声をかけてみる。
「どうしたの?」
「いや・・・別に。どうして私の車椅子は加速しないんだろう・・・・いや、そもそも変身のタイミングが・・・・・・」
朝から絶賛不機嫌中な郁乃ちゃんは、どこから持ってきたのか机の上の『枕』に鉛筆をプスプスとさしこみ、『バウムクーヘン』を胃に流し込んでいた。
(そっか・・・・春だもんね。)
「プス、プス・・・プス。」
(春はおかしな人が増える)というタマお姉ちゃんの言葉を思い出して一人納得し、私は今日一日を過ごした。
・・・・・・・・・・・・。
「それって、もう一回病院送りにした方がいいんじゃねぇか?」
今日もユウくんと二人での帰り道。
朝の郁乃ちゃんのことを話すと、ユウくんはケラケラ笑いながらそう答えてきた。
「む〜。郁乃ちゃんは変人じゃないよ。」
「んなこといってもよー。
車椅子が加速(笑
バウムクーヘン流し込み(笑
・・・・しまいには枕に鉛筆プスプスだろ?(流
もう精神が異常としか・・・・・・いや、まてよ。考えようによっては・・・・天然キャラか?
いや、それにツンの要素も兼ね備えている・・・・。ムフッフ。これはなかなか・・・・・・・」
(ユウくんって・・・・人生楽しんでるなぁ。)
支援
485 :
↑の中の人:2008/03/15(土) 17:09:02 ID:+MAKzWDd0
猿さん来たんで一旦中断。。
投下支援
紫炎の霞城
「・・・・お。そうだ。ほれちびすけ。ちゃんと手配しといてやったぞ。」
ユウくんはそう言って、遊園地のフリーパスポートを2枚私に手渡した。
「あ・・・・ありがとう!!いつか絶対にお返しするね。」
「んなもん期待してねえっつうの。そんなことする暇あったら・・・・貴明に何かしてやれ。」
ユウくん・・・・優しいなあ。
「えへへ〜♪それにしても・・・・・ユウくんも、本当にタカくんのこと好きなんだね。」
「だから何でそうなる!!・・・まぁいいや。
絶対忘れるなよ?今週の土曜日だからな。その日貴明は何の予定もないはず。
・・・・あと1年しかないんだ。しっかりやれよ。」
「うん・・・・。わかった!!」
「このみ・・・・がんばれ。」
その言葉に一瞬私はドキッとした。
今までにいろんな人から聞いてきた言葉。
今回も、それがユウくんだけの言葉じゃない気がして・・・・・・
「うん・・・・。私がんばる!!」
柚原このみ、一世一代の大勝負であります!!
(しっかし、このみと遊園地なんて何年ぶりだろうな・・・・)
昼休みにこのみから遊園地のチケットをもらった俺は、それを片手に食堂へ向かう途中だった。
「また女とデート?」
背後から声をかけられる。車椅子の女の子。
「・・・なんだ。・・・・バカか。」
「ちょ、ちょっと!!バカって何よバカって!!・・・・そんなことより、また女とデートなの?」
「え?あぁ。違う違う。このみと遊びに行くだけだよ。たまたま土曜日空いてたしな。」
「・・・・そういうのをデートっていうんでしょ。」
「デートって・・・・。このみはただの幼馴染で、妹と遊びに行くみたいなもんで・・・・・」
「?あれ?あんたたち付き合ってるわけじゃないの?」
「まさかぁ。だからこのみはただの幼馴染で・・・・」
刹那、郁乃の目がスーッと細くなる。
「あんた。まさかとは思うけど、このみにそんな事言ってないでしょうね?」
とても冷たい口調で問いかけてくるプスプス。
しかし俺には郁乃の言っている意味がよくわからなかった。
・・・・?だって、俺とこのみはただの幼馴染で・・・・・
「ふぅ。誰がどう見たって・・・・。このみはあんたに惚れ込んでるじゃないの。」
・・・・・・・・・は?
「いやいやいや。さすがにそれはないって。」
俺は苦笑しながら答える。
郁乃も、普段は無愛想だけど冗談とか言うんだな・・・・・・。
「・・・・・まぁいいわ。ここから先は私が言うことじゃないし。あと1つだけ。」
郁乃の目がさらに細くなる。
「このみを泣かせたら、ただじゃ済まさないわよ。」
・・・・・・こえぇ・・・・・・
(ていうか、どうやったら遊園地でこのみを泣かせられるんだか・・・・。)
「よぅ色男。まーたお前は女とデートか?」
後ろから同じような台詞をかけられる。
「・・・・なんだ。バカか。・・・・・・じゃあな。」
「こらこら。まてまて。そのチケットはどうしたんだ?」
「これか?このみが遊園地に行こうって誘ってきてさ。雄二も一緒に行かねえか?」
「・・・・・・俺がいたら何も意味ねえだろうが。」
ぼそっと何かつぶやく雄二。・・・・・・よく聞こえない。
「悪いけど、俺はその日ちょっとした野暮用があってな。」
ニシシと笑う雄二。
「そっか。まぁ楽しんでこいよ。」
「バカやろー。
・・・・・・楽しんでくるのはお前らのほうだっつーの。」
土曜日。せっかくだからたっぷり遊ぼうというこのみの計画に従い、朝早くこのみを迎えに行く。
「お待たせ〜。・・・・?タカくん?どうしたの?」
「・・・・・・え?あ、ああ。行こっか。」
久しぶりに見たこのみの私服姿はとても可愛くて・・・・女の子らしくて・・・・・・
(女の子?)
顔が火照ってくる。
(い、いや、冷静になれ。このみは俺にとって妹みたいなもんで・・・・)
「あーー!!こーのみー!!」
「あ。よっち!ちゃる!」
途中2人の友達と出くわしたこのみは、楽しそうにおしゃべりをしていた。
何を話してるんだろう・・・・
(いや、そんなことよりもこの隙に・・・顔の火照りをどうにかしないと・・・・)
「このみデートッスか?こりゃ友人として応援しないといけないっしょ!」
「このみ・・・・ファイト。」
「う、うん。私、がんばるね!」
「あとで色々聞かせてもらうから・・・・ほら。さっさと楽しんで来い!!このみ!!」
「・・・・がんばれ。」
ようやく平静を取り戻した俺は、このみと2人で遊園地へと向かった。
なんでこんなにドキドキしてるんだ俺は。
ただこのみと遊びに行くというだけのことなのに。
それだけのことなのに・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「いいなぁ〜このみは。このみばっかり毎回ずるいっしょ。」
「じゃあ・・・・このみから河野先輩を奪うか?」
「・・・・・・ちゃる、ずるいッスよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
遊園地に着いた。
はじめは心なしか緊張していたこのみも俺も、時が経つにつれて『いつもの』状態にもどっていった。
昼はベンチでこのみ持参の弁当を食べた。
ところどころ形がいびつで、変な味の具材が入り込んでたけど・・・・。
春夏さんでも失敗することってあるんだな。
「ね?ね?どう?美味しい?」
期待するような目で俺を見てくるこのみ。
「ああ。美味しいぞ。ちょっと変な味のも混ざってるけど・・・・さすが春夏さんだな。」
「・・・・・・そう。」
一瞬このみが悲しそうな顔をする。しかしすぐにいつもの顔に戻り、他愛のない会話がくりかえされた。
・・・・・・そんなこんなで閉園30分前。
「最後の締めはやっぱりあれだな。」
この遊園地のシンボルとでもいうべき大観覧車。
この町で一番大きな桜の木のすぐ横に立っているというのがウリで、アトラクションの締めにはもってこいなのである。
当のこのみはというと、俺の予想とは裏腹に、いささか緊張した様子だった。
(このみって高いところ苦手じゃなかったよな・・・・)
そんなこのみの様子は特に気にせず、俺達2人はゴンドラの中へと乗り込んでいった
ガタン。ゴトン。
ゴンドラは上っていく。高い高い大空へと。
「・・・・・・。」
さっきからタカくんは何もしゃべらない。
(あぁぁ、どうしよう。ドキドキしてきた・・・・でも・・・・・。でも・・・・・・。)
「おい、このみ。見てみろよ。ほら、外。」
言われるままに外を見ると、かなりの高さまで上ってきたことがうかがい知れた。
それでもまだ半分ほどだけど。
「うわぁ――。きれい・・・・。」
心の底から声が出てきた。
夕焼け空に染められた私たちの町はとても小さくて。
そして私たちを包み込むオレンジの夕日と、それに照らされながら舞い散る桜の花びらがとても幻想的で・・・・。
「おひさま・・・・きれい・・・・・・」
自然と声が出てきた。
「本当に綺麗だなあ・・・・・」
タカくんもその光景に見入っている。
(・・・・ありがとうおひさま。ありがとう桜。
あなたたちのおかげで私、少し勇気が出てきた!)
もう少しで頂上だ。胸のドキドキはとまらない。今にも気絶しそうだ。・・・・・・でも、
(・・・・がんばれ私!!)
桜との旅はここまでだった。
(がんばれ!!)
「タ・・・タタ・・・・タカくん。」
「ん?どうした?・・・・・・このみ?」
いつもと違う空気を感じ取ったのか、タカくんも神妙な顔つきになる。
「あのね・・・・話があるの。」
もうここには桜は届かない。ゴンドラには私とタカくん。2人だけ。
「大事な・・・・話があるの。」
夕焼け空だけが、私たちを見つめていた。
このみは窓際に立ち、座っている俺を見下ろす格好になっている。
背後から夕日が当たっていて、このみの姿そのものを神秘的なものにしていた。
「タカくんにとってユウくんとかタマお姉ちゃんってどういう存在?」
重い空気とは裏腹に、このみは他愛のないことを聞いてくる。
「どうって・・・・・」
「まじめに!!・・・・まじめに答えて。」
このみの両手は固くギュッと握りしめられている。唇も・・・・・・震えている。
「雄二とかタマ姉は単なる幼馴染だろ?昔からずっと。そしてこれからも。
一緒に笑いあって一緒に泣ける。親友みたいなもんだよ。
もちろんこの・・・・・・」
「じゃあ!!・・・・・・。」
突如言葉を遮られる。あまりの気迫にたじろぐ俺。
今日のこのみは・・・・なんか変だ。
「じゃあ・・・・。タカくんにとって・・・・・・私って何?」
「え・・・・・?」
思わず聞き返してしまう。
「河野貴明にとって・・・・・柚原このみはどういう存在?」
普段だったら(何言ってんだよ〜)と一蹴していたかもしれない。しかし、今日のこのみは普段とは違っていた。
何か見えない重荷を背負っているようで・・・・どこか苦しそうだった。
このみの足がわずかに震えている。
「おい、このみ・・・・・。大丈・・・・・」
「私は大丈夫。・・・・・お願い。質問に答えて・・・・・・。」
どうしてここまで俺の回答にこだわるのかわからない。
・・・・・全然わからない。
俺の答えなんて1つしかないのに・・・・・。
「このみは・・・・・」
夕焼け空がまぶしい。
「俺にとってこのみは・・・・・」
ゴンドラは音を立てて下降していく。
若い2人を乗せて。
「大切なかけがえのない友人・・・・親友。大親友だよ。
一緒にいるととても楽しい。逆にそばにいないと不安になる。
妹・・・いや、大切な家族みたいな存在だ。もちろんタマ姉も雄二もみんな・・・・・・」
私の中で何かがはじけ、音をたてずに崩れさっていった。
(家族・・・・妹・・・)
妹じゃない。家族なんかでもない。
私はただ、『1人の女の子』として見てもらいたかったのに・・・・・
せめて・・・・あなただけには・・・・・・
タカくんは慎重に言葉を選んだんだと思う。私を傷つけないように。悪気なんてあるはずもない。
でもそんなタカくんの優しさは、私の胸をズタズタに引き裂いていった。
涙が頬を伝う。
とっさに私は外の風景目をやり、彼に背を向ける。
・・・・・泣いていることがバレてしまわぬように。
そして・・・・もうこれ以上、彼の優しさに惑わされぬように。
「おい・・・・このみ!!本当にどうしたんだよ。今日のお前、何か変だぞ・・・?」
変・・・か。もうこの際どう思われたって良い。
遠回しな表現はやめて、本当の想いを打ち明けてしまおう。
そして・・・・・
『もう終わりにしよう』
「タガぐん・・・・。このみ・・・・この・・・ね・・。」
だめだ・・・涙が止まらない。言葉もうまく出てこない。
・・・悲しくて泣いてるんじゃないよ?夕日が・・・まぶしくて。
・・・・まぶしすぎて。
「わだし・・・タカ・・・・好き・・・ったの。ずっ・・・と」
「このみ・・・・・。泣かないでくれよ。俺が何かしたんだったら謝る。だから・・・・・」
・・・・・・届かなかった。
彼の耳に、私の声は。
・・・・・・届かなかった。
ゴンドラは長い旅を終えた。
(最後に・・・・・もう一言だけ。)
「タカくん・・・・ごめん・・・ね」
観覧車の扉が開かれる。係員の指示も聞かず、私は一目散に走り去っていく。
行くあてなどないけれど。とにかく・・・・走っていたかった。
「このみ!!」
後ろからタカくんの声が聞こえる。その声はどんどん遠ざかっていって・・・・・聞こえなくなった。
ふと後ろを振り返ってみる。
・・・・・・誰もいない。
(どうして・・・こんな事になっちゃったんだろう。)
見覚えのある場所までやってきた。
しかし今は、ここがどこかなんてどうでもよかった。
河原の土手にうずくまり、私は泣いた。
いつまでもいつまでも・・・・・・泣き続けた。
「ハァ・・・ハァ・・・・」
遊園地の出口まできた。このみの姿は・・・・どこにもない。
息を整え、再び歩き出す。
「・・・・?」
前方に、見慣れた姿の人が1人立っていた。桜の木の下・・・・。このみじゃない。
夕日の逆光を浴びていて、表情まではよくわからない。しかし、
「よう貴明。」
「・・・・雄二?」
一声でわかった。・・・・いや、わからないはずもない。
「どうしてここに・・・?今日は用事があるんじゃ・・・・」
「んなもん嘘に決まってんだろ。・・・つけてたんだよ。
・・・・今日1日、おまえ達のことをつけてたんだよ。」
(何を言ってるんだこいつは・・・・。雄二の言いたいことが全くわからない・・・・・)
「本当に今日1日つけ回してたっていうんなら・・・・趣味悪いぞ。
じゃあ。わりぃけど・・・・急ぎの用があるんだ。」
そう。早くこのみのもとへ行かないと。
行って・・・・何を言えばいいかなんてわからないけど・・・・・。
そして、雄二の横を通り過ぎ、走り出そうとした瞬間・・・・・・
もの凄い力で肩をつかまれた。
「まぁまぁ。ちょっと話を聞かせてくれよ貴明。」
おそらくいつもの表情の雄二。
でも彼が発する言葉には所々とげのようなものがあって、心なしか怒っているように思えた。
「・・・・・・・このみはどうした?」
「このみは・・・走って帰ってった。何でかわからないけど・・・・逃げるように・・・」
「最後にもう1つ。」
俺の答えなど耳に入っていないかのように、次の質問を投げかけてくる雄二。
「観覧車の中で何があった。」
肩を握る雄二の手の力が強くなる。
逆光で表情はわからない。
ただ彼の口から発せられた冷たい言葉だけが、俺の脳を揺さぶっていた。
紫煙
「このみは俺にとってどういう存在なのかって・・・聞かれた。」
「それで?」
「それだけだよ。・・・・本当にそれだけ。
あとは、雄二もタマ姉も含めて、みんな大切な家族みたいなもんだ・・・・って答えただけだよ。」
雄二の手が俺の肩から下ろされる。
「本当に・・・・何もしてねぇのか?」
「だから何回も言ってるだろ!?何もしてねぇって!!本当に何もしてないんだって!!」
だんだんイライラしてきた俺は、怒りにまかせて雄二をにらみつける。
「そうか・・・・何もしてねぇのか。そっかぁ!!あははははははは!!!」
急に笑い出す雄二。
しかしその笑いは『笑顔』の笑いではなく、とても寂しそうで、冷たく乾いた笑いだった。
「そうだよ・・・・。なのに何でこのみは・・・・」
刹那、俺の言葉を遮るかのように雄二が俺の前に立つ。
「・・・・・・雄二?」
バキッ!!!
左頬に激痛が走る。
予期せぬ展開に、俺はただ唖然とするしかなかった。
「どうして・・・・・」
うつむき、怒りに震えている雄二。
「どうして何もしてやらなかったんだよ!!!!!!」
胸ぐらをつかみ、まくし立てる雄二。
何かのネジが外れてしまったのだろう。
雄二は・・・・止まらなかった。
「まだわかんねぇのか!?このみがこの日をどれだけ楽しみにしていたか・・・!
一週間も前から準備して・・・・。俺や姉貴に色々相談して・・・・。
・・・・本当にまだわかってねぇのか!?なぁ!?このクソヤロー!!!」
雄二の目からは涙がこぼれ落ちて、頬を伝っていた。
そのあまりの気迫に動揺し、俺は何も答えることが出来なかった。
「あいつ・・・・もっと他に大事なことを言おうとしてただろ!?
・・・・おい。答えろ!!貴明!!!」
(わからない・・・・。そりゃあ俺だってこの日を楽しみにしてきたよ・・・・
でも・・・それが・・・・)
「・・・・このみはなぁ。今日お前に言おうとしてたんだよ。
・・・・・お前のことが・・・・・・」
雄二の言葉が遮られる。そして、桜の木の下、俺達の目の前に姿を現したのは・・・・・
「・・・・・・タマ姉・・・・!!」
「タカ坊。」
タマ姉の澄んだ瞳が、まっすぐに俺の瞳をとらえて離さない。
「すこしだけ聞かせてもらってもいいかしら?」
目が細くなり、いつにもまして真剣な表情になる。
「このみはそばにいなければならない存在よね?私達はもちろん、タカ坊にとっても。」
「・・・・うん。」
「タカ坊はこのみのこと好き?」
嫌い・・・・なんて答えるはずもない。
このみと過ごす時間はとても楽しいし、このみがいるというだけで安心させられる。
「・・・うん。」
「最後にもうひとつだけ。」
「・・・・・・いま、このみのことが心配?」
「もちろん。」
大きく頷く。
(当たり前じゃないか。・・・・このみが苦しんでるっていうのに)
「ふふっ。」
突然笑みをこぼすタマ姉。
「タカ坊も・・・このみのことが大好きなのよね?」
「あぁ。」今度は自然に答えが出てきた。
「女の子と接することが少ないタカ坊には、わからなくても仕方ないけど・・・・・。
それがきっと『恋』よ。」
「!?」
「それがわかったら、あとはやることは1つしかないわよね?」
タマ姉の優しい微笑みは、夕日に照らされているせいか、とても暖かかった。
「このままだと、このみは本当に壊れちゃうわ。
もしそうなったら、私はタカ坊を一生許さないわ。
今度こそ・・・・。このみをよろしくね。」
そう言い残して、タマ姉は去っていった。
度肝を抜かれた感じだった。
自分1人では絶対にわからなかった。おそらくこれから先も、何もわからなかったであろう。
近すぎて・・・・あまりに近すぎてわからなかった。でも、もう・・・・・・
(俺はこのみのことが好きなんだ。妹じゃない。家族でもない。
1人の女として・・・・このみのことが好きなんだ。)
やっと気づいた。これが・・・・・・恋なんだ。
しかし気づいた時にはもう・・・・・
桜の木の下には俺と雄二だけが残されていた。
「雄二。・・・・ありがとう。」
彼にはどんなに感謝しても尽きることはない。でも今は・・・時間がなかった。
「いいってことよ。それよりほら・・・・早く行け。そして・・・・お姫様を連れ戻してこい。」
「・・・ありがとう。」
「姉貴の想いを無駄にすんじゃねぇぞ。」
最後に雄二はそう付け加えて、笑いながら俺の背中を押してくれた。
最後の言葉の意味はわからなかったけど・・・・最高の笑顔だった。
「ありがとう。」
そう言い残して俺は走り出した。
にじむ真っ赤な夕日に向かって走り出した。
このみの家、学校、あらゆる場所を探し回ったが、このみの姿は見当たらない。
「どこ行ったんだよ・・・・このみ・・・。」
怒りなどは微塵も感じなかった。ただ、心配だった。
ただ・・・・・・このみに会いたかった。
ふと、ある考えが頭をよぎる。
(俺の想いをこのみは受け入れてくれるのだろうか。
いや、それ以上に、打ち明けた想いをこのみに拒絶されたとして・・・・
また同じような関係に戻れるのだろうか?
一緒に学校に行って、笑いあえる。そんな元の関係に・・・・。)
不安が俺の心を埋め尽くす。
「・・・・・・怖い。」
とても怖かった。イルファさんが俺のことをヘタレだと言ったのも、今なら理解できる。
俺にそんな勇気は・・・・
(今まで通りの関係じゃ・・・・ダメなのかな。)
そんなことを考えながら河原まで来たとき、俺は呼び止められた。
「河野先輩。」
「・・・・・・。」
振り返る俺。すぐ足下まで、細く長い2つの影がのびていた。
「ちょっと話があるッス。」
「先輩。聞きたいことが2つだけあるッス。」
「ちょっと待ってくれ。今はそれどころ・・・・」
「まず一つ目。・・・・・今先輩の目の前にいる2人は誰ですか?」
何を言っても逃れられないだろうと察し、仕方なくその場にとどまる。
「誰って・・・・。このみの友達だろ?たしか吉岡さんと・・・・山田さん。」
「・・・50点ッスね。私が吉岡チエ。こっちが山田ミチル。
2人はこのみの『大親友』ッス。」
(・・・・何を間違えていたのだろう。・・・・いや、それ以前に、この質問の意味が・・・・・)
「もう一つだけ。」
表情を変えないまま問いかけてくる吉岡さん。
それを黙って見つめている山田さん。
「さっきこのみを見たんッス。」
「!!どこで見たんだ!!このみは・・・・どこにいるんだ!?」
思わず前に歩みでてしまう俺。
「ここで質問ッス。」
桜の花びらが春風にのって舞い散り・・・・・・・・・・
「どうしてこのみは泣いていたんッスか?」
・・・・・・・・・花びらは地面に舞い落ちた。
大将軍紫炎
支援
このたま雄二エンドを描くのか斬新だな
「・・・・俺のせいなんだ。
俺自身、このみのことが好きなんだって気づかなくて、このみを女の子として見れてなかった。
でも今は違う・・・・・・」
(だから・・・・今からこのみの所に行こうとしてたんだよ。この思いを伝えるために。)
最後の方は言葉に出来なかった。・・・・・さすがに恥ずかしくて。
「そうッスか。・・・・・やっと自分の答えにたどりつけたんッスね。」
どうして・・・・どうして彼女はこんなにも寂しそうな顔をしているのだろう・・・・・・
「このみの気持ちも・・・・ちゃんとわかってあげたってことッスよね?」
「・・・・・・え?」
戸惑う。
「いや、だから、このみの気持ちを確かめるために今から会いに行くんであって・・・・・・
このみが俺のことを好きだと思ってる保証なんてまだどこにもないし・・・・・・吉岡さん?」
彼女は唇を噛み締め、うつむいていた。
「よっち・・・・?」
心配そうに声をかける山田さん。
そんな山田さんを払いのけ、彼女は言った。
「先輩、何もわかってない。
このみのこと・・・・・何もわかってないじゃないっすか!!!」
パシッ!
左頬を叩かれた。
おそらく・・・・彼女の全力で。
何度目だろう。今日1日で殴られたのは。
何度目だろう。何もわからないまま相手を泣かせてしまったのは。
目の前の少女は泣いていた。
しかし俺は冷静な判断を下すよりも、理不尽に殴られたことへの苛立ちが先行し、
思わず声を張り上げてしまった。
「・・・何をするんだ!!」
しかしそれにひるむどころか、彼女は滲んだ目で真っ直ぐに俺をにらめつけかえし、言った。
「・・・・何をするんだ・・・・・?それはこっちのセリフッスよ。
私達の大事な親友に・・・・何をするんだ!!!」
怒りは吹き飛ばされてしまった。・・・・・ただ立ち尽くすしかなかった。
「先輩、本当に気づかなかったんッスか?今日のこのみ・・・・。
今日のこのみ・・・・化粧してましたよね?」
「かばんの中の風呂敷はたぶん向坂家のもの。」
山田さんが初めて口を開いた。
そして吉岡さんに何かを耳打ちした後、彼女は川の下流へ向かって走り出した。
「・・・・。」
「あのこのみが化粧ッスよ?あの、まだ幼い感じのこのみが。ほんの少しだけど・・・・。
風呂敷は・・・弁当ッスよね?それが向坂先輩の家の風呂敷だった。
・・・・・・まだわからないッスか?」
これだけ言われてわからない奴はいないだろう。俺もようやく理解した。
「そっか・・・・このみは俺のことを・・・・・・」
「そうッスよ。少なくとも私達がこのみに出逢ったときからは、ずっと先輩のことを愛してましたよ?
今日だって、化粧までして先輩に可愛いと言ってもらいたかった。
手作りの弁当を作って、先輩に誉めてもらいたかった。
1人の女の子として見てもらいたかった!!
・・・・・・今日はこのみにとって運命の日だったはず。それがこんなことになっちゃって・・・・・・。
・・・・・このみ・・・・・・苦しかっただろうなぁ・・・・。」
何度も何度も拭うが、彼女の涙が止まることはなかった。
しかしそれでもなお、彼女の目には力がこもっていた。
「でも俺・・・どうすれば・・・・」
もう自分の中ではわかりきっているくせに、自然とこんな言葉が出てきた。
・・・・・・やっぱりヘタレだ。俺は。
「そんなの簡単ッスよ。」
目をゴシゴシと袖で拭き、彼女は答えた。
「このみに想いをぶつけちゃえばいいんッスよ。」
その時の彼女の表情はどこか寂しげで、とても眩しかった。
「でも・・・・」
(これから先も、このみは今まで通りのこのみでいてくれるのだろうか・・・・)
そのことを考えると、とても辛かった。
「好きな人に想いを伝える怖さ・・・・今の先輩の気持ちなら、良くわかるッス。
でも、先輩に恋愛の助言をする今の私だって・・・・・・相当辛いんッスよ?」
「・・・・?」
「でも・・・・今日のこのみの苦しみはこんなもんじゃなかったはず。」
ハッと我に返る。
(そうだ・・・・このみだって勇気を出して・・・・。怖かっただろうに・・・・・。)
ふと観覧車の中での出来事が思い出される。
このみの緊張してうわずった声。震える足。そして・・・・・・
最後に見せたこのみの涙。
「本当に・・・・クソヤローだな・・・・。」
「そうッスね・・・・。今日の先輩は、今までで一番カッコ悪かったッスよ。」
イタズラっぽい笑みを浮かべる吉岡さん。
しかし彼女の瞳からまた、大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「このみを・・・・よろしくお願いします。」
すぐさま俺に背を向けて彼女はそう言い残し、走り去っていった。
覚悟は決まった。
そして、俺もまた走り出した。
吉岡さんとは逆の方向へ、走り出した。
春ということもあり、夕日はまだ沈んでいなかったが、辺りは暗くなり始めていた。
泣き疲れた私は土手に座り、何を考えるでもなく、川をただ見つめていた。
(・・・・誰かきた。)
その人は何も言わずに私の隣に座った。
「・・・・ちゃる・・・・・」
泣き疲れた疲労からか、私はほとんど無気力な状態になっていた。
それを察したのか、ちゃるは1人で話を始めた。
「よっちは河野先輩のことが好きだった。」
「!!」
思わず横を見る私。
しかしちゃるは表情を変えぬまま、話を続けた。
「でもよっちは自分でその恋を封印して、終わらせた。・・・・・親友のために。」
「そんな・・・・」
あまりの驚きに、自然と声が漏れてきた。
「よっちの恋は散った。・・・・あの桜の花びらのように。
そこに芽を出して花を咲かせる。これが今のこのみに与えられた指命。
このみが・・・・・・私達の親友であるなら。」
「も、もちろん!!ちゃるもよっちも大親友だよ。ずっとずーーっと!!」
「そう・・・・。よかった。じゃあこのみは河野先輩の所に行かないと。
・・・・そうでないと、よっちに申し訳がたたないぞ?」
ちゃるはにっこりと笑いながらそう言った。
本当に久しぶりにちゃるの笑顔を見た。
「ちゃる・・・よっち・・・・・ありがとう・・・・・。」
「大丈夫だこのみ。・・・・みんなついてる。」
と、ちょうどその時、土手の上の方を走っていく1人の少女を見た。
「・・・・・・よっち!!」
思わず立ち上がる私。すぐさまよっちを追いかけようとした。しかし・・・・
「このみはあっち。よっちは・・・・・私に任せて。」
よっちが向かったのとは逆の方向を指さし、ちゃるは言った。
大体想像はついた。ちゃるが言おうとしたことの意味は。
「・・・・わかった。」
それだけ言い残し、私はちゃるに背を向けて走り出した。
背中に当たる夕日がとても暖かかった。
とにかく走った。吐きそうになってもなお走り続けた。
しばし息を整える。
「休んでていいの?」
車椅子の女の子。・・・・郁乃だ。
「いや・・・・。」
立ち上がる俺。もうすぐ日没だ。休んでる暇なんてない。
「郁乃・・・。いつかはありがとうな。俺、どうにかしてたよ。」
「・・・・いいのよ。それより・・・・・・頑張りなさい。」
そう言って小さな袋を手渡してきた。大きさからして、枕ではなさそうだ。
「それ、このみにあげて。」
「わかった。」
「最後にもう一つ。
・・・・・ミスドのポイント有効期限は一年間よ。」
「あぁ。一番美味いのがオールドファッションだってのもわかってる。」
俺はありったけの感謝の言葉を述べて、今自分が来た道を引き返した。
真っ赤な夕日に向かって走り出した。
「このみ・・・・・。」
(・・・・・・いた。)
河辺にタカくん発見。
タカくんはとても疲れきった様子で、川に向かって私の名前を叫んでいた。
(タカくん・・・・。私そんなとこにいないから・・・・・。)
土手を下りていく。そして彼の背後までやってきて、声をかけた。
「タカくん。」
「・・・・・・このみ!!」
振り返ったタカくんはとても驚いた表情だったけれども、すぐに真面目な顔つきになった。
「このみ・・・・今日は本当にごめん。俺、どうにかし・・・・・・」
「うぅん。私も悪かったの。ちゃんと最後までタカくんに伝えられなかったから。
だから・・・・もう一回だけチャンスちょうだい。」
精一杯の勇気を振り絞って言った。・・・・・・しかし
「・・・・・・ダメ。」
彼の返事は無情なもので、私に告白のチャンスすら与えてくれなかった。
「悪いのは全部俺だし、このみは今日1日頑張ってくれた。
だから・・・・・・次は俺の番。」
物凄い緊張感。
(でも、このみだって・・・・・・よし!!)
「俺、このみのことが・・・・・女の子・・・・・・こと・・・。」
うまく言葉にならない。このみも、わけがわからずキョトンとしている。
「このクソヤロー!!」
「このみを・・・・よろしくね。」
「今日の先輩は、今までで一番カッコ悪かったッス。」
ふと、色んな人達の事が頭に蘇り、そして・・・・・・
すべて吹っ切れた。
(・・・・・・ありがとう!!)
「このみ。」
「は、はい!?」
異様な空気を察したのか、このみは固まる。
しかし・・・・・俺は続けた。
「今日、このみがいなくなって初めて気が付いたんだ。俺にはこのみが必要なんだって。
今までは近すぎてわからなかったけど・・・・・やっと気づいた。
俺は・・・・・・」
このみの目は大きく見開かれている。
「おれは・・・・・」
「俺は、このみのことがしゅきだ!!!!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
(・・・・何で噛んだ。おれ。)
「私も・・・・」
「?」
「私もタカくんのことが好き!ずっとずっと・・・・大好きだった。
いつまでも・・・一緒にいたいよ・・・・。」
「このみ・・・・。」
自然と2人の距離は縮まっていった。
そして、どちらからというわけでもなく手を差し伸べ、抱き合った。
「このみ・・・・。本当にごめん。・・・・ごめん。」
「いいの。・・・・もういいの。こうやってタカくんが来てくれただけで・・・・・・。」
涙を流しながら笑うこのみ。
(やっと笑ってくれた。)
長い時を経て、ようやく2人の影は1つになった。
「えへへ。タカくん・・・・」
「どうした?」
「何だか・・・夢みたい。」
幸せそうに笑うこのみ。
俺はもう一度彼女を深く抱きしめた。
「タカくん・・・・だいしゅき(笑」
(・・・・ちきしょう)
「今日、このみがいなくなって初めて気が付いたんだ。俺にはこのみが必要なんだって。
今までは近すぎてわからなかったけど・・・・・やっと気づいた。
俺は・・・・・・」
このみの目は大きく見開かれている。
「おれは・・・・・」
「俺は、このみのことがしゅきだ!!!!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
(・・・・何で噛んだ。おれ。)
「私も・・・・」
「?」
「私もタカくんのことが好き!ずっとずっと・・・・大好きだった。
いつまでも・・・一緒にいたいよ・・・・。」
「このみ・・・・。」
自然と2人の距離は縮まっていった。
そして、どちらからというわけでもなく手を差し伸べ、抱き合った。
「このみ・・・・。本当にごめん。・・・・ごめん。」
「いいの。・・・・もういいの。こうやってタカくんが来てくれただけで・・・・・・。」
涙を流しながら笑うこのみ。
(やっと笑ってくれた。)
長い時を経て、ようやく2人の影は1つになった。
「えへへ。タカくん・・・・」
「どうした?」
「何だか・・・夢みたい。」
幸せそうに笑うこのみ。
俺はもう一度彼女を深く抱きしめた。
「タカくん・・・・だいしゅき(笑」
(・・・・ちきしょう)
(↑一個ミスしました)
その後俺とこのみは、2人で手をつないで家に向かった。
夕日は完全に沈んでしまったものの、帰り道はとても明るく見えた。
このみは、家の前まできても握った手を離そうとしない。
「このみ・・・ほら。」
「・・・・・やだ。」
手を離すよう促すも、このみは言うことを聞かない。
「このみ。春夏さんにこんな所見られたら・・・・」
「あらあら。青春ねぇ。」
・・・・・・ばっちり見られてる。
「ほらこのみ。タカくん大好きなのはわかるけど、もう夜も遅いし、お家に返してあげなさい?」
「ちょ・・・・春夏さん。」
パッと手を離したこのみは、うつむいて真っ赤になっていた。
「ふふ。じゃあねタカくん。今日はもう遅いから、明日色々聞かせてね。」
「タカくん・・・・また明日!!」
「あぁ。また明日な・・・・・・・・・あ、ちょっと待てこのみ!」
うっかり忘れるところだった。
「これ・・・・。」
支援
「このみを探してるときに郁乃に会ってさ。このみに渡してくれって。」
「郁乃ちゃんが?」
「まあ開けて見ろよ。」
手のひらほどの小さな袋を開ける。その中には・・・・
「・・・・クローバー?」
「お。これ、四つ葉じゃないか?」
袋の中から出てきたのは四つ葉のクローバーが1つ。郁乃らしくないロマンティックな贈り物だ。
「そうだこのみ。四つ葉のクローバーにちなんで・・・・俺が何か1つ願いを叶えてやるよ。
何でも買ってやるし、何でもしてやる。」
とっさの思いつきにしてはなかなか粋なアイディアだったと思う。
しかし当のこのみは、少しも考えることなくにっこりと微笑んで言った。
「いらない。」
「何も・・・・いらないのか?」
「うん。だって・・・・」
俺の前に立ち、背伸びをするこのみ。そして・・・・・・
チュッ
「一番欲しいものは、もう手に入ったもん。」
そう言って家の中へと駆け込んでいった。
「おっと。郵便郵便。なんだろなー」
二人の間をすり抜け、そそくさと玄関へ向かう。
「はいはいいまでますよー」
−がちゃ
……えっと…………………
「おとろけものれす。」
「バレンタインれーのおとろけものれす。」
2回言ったそこにはリボンを結んだシルファが立っていた。
リボン。髪を飾るあれですね。
「あぁ。おかえり。シルファちゃん。」
「ただいまれすご主人様。メンテがちょうろ昨日の終業時間に終わったのれバレンタインれーにあわせて帰ってきました。」
「そっか。調子はどう?」
「いいかんじれす。もともと問題があったわけじゃなくてレポート用のメンテれしたしね。」
「その様子だと、実験も順調みたいだね。」
「工学機構に関するものより、DIAに関するものが主なのれ、破綻するまで問らいが表面化しないのであまり意味が無いみたいれす。」
「でも機微な予兆を観るためのものだろうし、問題が無くてよかったよかった。」
「スルーですか?突っ込まないんですか?突っ込んじゃいますよ?」
二人の冗長な会話に耐えかねて、イルファが突っ込みの前振りを入れて入れているうちにミルファが突っ込む。
「それ研究所から結んだままで来たの?ははっ。ひっきーだからまぁしかたないかー。」
顎からリボンをかけて頭の天辺で結んだシルファは余裕の表情で繰る。
「ぷぷぷ。体に巻くリボンはシルファとご主人様の契りの記憶なのれすよ。おぽんちミルミルには到底手の届かない崇高なものなのれすよ。」
そうだったんですか。知りませんでした。
「契りって…えぇー!ひっきーのくせにダーリンとそん−−」
「まぁ。リボンプレイですか。さすがは貴明さんです。マニアックな性−−」
それぞれの個性的な反応の中、前のリボンのように固く結ばれたリボンと淡々と格闘しながら、
はまだ来ぬ春の、外の雰囲気を吸っていた
残された俺と春夏さんは、ただ呆然とするしかなかった。
「お、おやすみなさい。」
俺はそう言って、自分の家へと逃げ込んだ。
(このみが・・・・キス・・・・・・)
顔が真っ赤になる。心臓もバクバクと音をたてている。
「ちきしょう・・・・・・。」
完全にしてやられた感じがし、俺は1人ソファーにうなだれた。
大好きな人との初めてのキスは・・・・・・
甘くて、でもちょっとほろ苦い思い出になりました。
(そうだ。)
貴明「・・・・みんなにお礼言っとかないとな。」
このみ「・・・・みんなにお礼言っとかないと。」
あと一年で俺は学園を卒業してしまうけれど、それを嘆くくらいなら、残された時間を有意義に使おう。
そして、もう放したりはしない。
本当に素晴らしい友人達に恵まれたことに感謝をしつつ、
やっと手に入れた大切な、かけがえのない宝物と・・・・・・いつまでも。
いつまでも。
終
ようやく終わりました・・・・。
支援してくださった皆様、本当にありがとうございました!!
ありふれたストーリーでつまらなかったかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
以上、『小さな小さな女の子』でした。
乙であります!
おちゅ。間にへんなの挟まってるのは ごめんなさい。
乙
郁乃SSといいこのみSSといい見事にADの雰囲気を再現してるな
感心した
GJ!いやいや、なんかこういう普通ぽいのもやっぱりいいな。
三宅っぽい気がw
低スペック組はADを諦めるしかないのかorz
でも、このみシナリオでも貴明はかなりのヘタレですから、三宅臭がしても
問題ないのではないでしょうか。私は普通に楽しめました。
534 :
526:2008/03/16(日) 09:37:39 ID:AeSqCLcNO
感想ありがとうです!!
めちゃくちゃ嬉しい
・・・・・けど、三宅とか言わんで下さいよw
確かに三宅に失礼だな
ちとネガティブな感想で申し訳ないんですが
貴明の心理描写が少なめなせいか、なんか周りの人間に「お前はこのみが好きなんだ」と
洗脳されてる印象が拭えない感じがしました
連載か前後編ぐらいにして貴明側の心理描写も多くして欲しかった気がする
俺がADやってないせいなだけもあるかも、ですが
と、色々書いちゃいましたが、出来が良いだけに言いたくなっちゃいました
次も懲りずに書いて欲しいです
洗脳ってのは言い得てるな
それまさに三宅の系譜だわ
ADの雰囲気を再現ってのが皮肉にしか見えない俺アンチ三宅
538 :
459:2008/03/16(日) 19:30:02 ID:CcpeY6Dx0
かなり時期遅れですが今からホワイトデーSSを投下します。
ADとはほぼ無関係。
内容は軽いコメディで間違いないと思います。
本編は20レスを予定しています。
規制による投稿の停止が予想されますので、投稿が止まった時はスレを通常進行させて下さい。
年に1回のこととはいえ、俺にとって今日ほど学校に行きたくない日は少ない。
だが学生に有給休暇はありえ無い。
もしあったとしても、そんなずる休みを姉貴のアイアンクローが許してくれないだろうけど。
しかし、これは精神的な体罰と同じじゃないのか?
「ふう……」
俺は静かな溜息と共に、校舎の窓から広がる空を眺める。
青く広がる晴天に、白い雲がいくつものんきに浮かんでやがる。
ああ、イヤになるほどいい天気だぜ。くそ。
しかも、さっきから見たくも無い光景が俺の目の前にちらついてやがる。
その元凶が俺の幼馴染にして一番の親友だっていうんだから、もう救いがどこにも感じられないぜ。
「ホワイトチョコとか花とか……なんだか定番のものばっかりになったなあ。
無難かもしれないけど、ほんとにこれでよかったのかな?」
「……」
紙袋にお返しプレゼントの数々を詰め込んで、貴明はそれらを品定めしながら何事か呟いている。
そうか、こいつはこれだけの数のチョコをバレンタインに貰っていたということか。
ありえん……
「なあ雄二、お前に聞いてるんだぞ? 聞こえてるか?」
「……」
ああ。聞こえてるよ。
でもあえて聞こえてない振りをしてるんだろうが。
察しろよ貴明。
「なあ、なんか言ってくれよ。お前だってホワイトデーのお返しくらい選んだんだろ?」
うわあ!!
今の一言で、さすがに俺も我慢が切れちまったぞ。
いや、切れてもいいよな??
「うがああああああ!! 俺はお返しなんか選んでねえんだよ!! 悪かったな!」
「うわっ?? な、なんだよ雄二」
「なんで、なんでまたお前なんだよーー!! おまえばかりが美味しい目にーーー!!」
「く、苦しい……はなせよ」
今日も俺はまた貴明の首を絞めつけながら、いつものセリフを叩きつける。
なんだかいつもこんなことばかり言っているみたいで情けねえぞ、最近の俺。
だが、今日ばかりは黙っていることなどできそうにない。
なにしろ今日はホワイトデー。
貴明が心底うらやましくなる日、ナンバー2だ。
ナンバー1は……まあ言うまでもないよな。
つーか、学校にそんなプレゼント類持ち込まないでくれ。目に毒だ。
「いや、そんなこと言われても、俺だって結構大変なんだぞ。
ホワイトデーって何を贈っていいのかよくわからないし……みんなに配るのだって一苦労だ」
ぐ……貴明のぼやきがまた憎らしい。
へえへえ。どうせ俺には全然分からない悩みですよ。
いや、俺だけではあるまい。
ホワイトデーにプレゼントを選ぶ悩みなんて、モテない男にはぜんっぜん分からない悩みの筆頭候補であろう。
『ちきしょう……貴明のやつ……』
『あいつにかける呪いは無いのか??』
俺とほぼ同意権の男どもが貴明のさっきのぼやきを耳にしたらしい。
あちらこちらで怨嗟の声も上がっていることに、こいつは何処まで気が付いているのか。
きっとまったく気が付いてないんだろう。
相変わらずとぼけた男だ。
どうしてこんな奴がこんなにもてるんだ??
どうして俺はぜんぜんもてないんだ??
「そんないじけたことばかり言ってるから雄二はもてないのよ」
「うるせえなあ……もぐもぐ」
姉貴のうるさい説教に耳をふさぎながら、俺はサンドイッチを口の中に頬張って牛乳で飲み下す。
場所は変わってここは学校の屋上。
姉貴とチビ助、それに貴明と俺とでいつも通りの昼食の時間を迎えた。
皆の話題は期せずしてホワイトデーの話となり、それで今朝の俺の失態が姉貴にばれてしまったのだ。
だから今、俺は姉貴から口うるさく説教されてるってわけだ。
まあいつものことではあるけどな。そうそう気にしていられるかよ。
でも、今日は話題が話題だけにちょっと俺にも堪えるが。
「そんなことより、雄二だって一応貰ってるでしょう、チョコレート。ちゃんとお返しするところから始めたらどうなの?」
一応で悪かったな。
ああ、そうさ。俺はどうせ貴明にはまるでかなわねえよ。
数でも内容でもな。
「そんなこと言ってもなあ。だって姉貴にお返しなんてしたって、なんのフラグにもなりゃしねえよ」
「フラグってなあ、お前」
「心底呆れるわね……」
貴明と姉貴の溜息が重なる。
な、なんだよ? 姉貴にお返しなんかしたってまったく意味ないだろ?
それのどこがおかしいんだよ。
「義理チョコだって、立派な贈り物じゃない。
誰かの気持ちを大切に出来ないなんて、それはもてるとかもてないとか以前の問題よ」
いつもの姉貴の説教である。
言ってることはそりゃあ正しいかもしれないが、
「でも姉貴になあ……」
どうにもそんなことする気になれん。
普通の男子高校生として、それはどうなんだ?
姉とか母親にチョコレートを貰ったら、ホワイトデーに花を贈ったりするのか?
ばからしい。
「そういえば、わたしもユウ君からほとんどお返しもらったことないよ……」
このみがちょっと遠慮がちに申し出た。
まあ、そういえばこのみにもホワイトデーになにか贈ったことはなかったな。
毎年俺にチョコレートをくれる数少ない女子ではあるものの、あまりにも身近でまったく気に留めていなかった。
っていうか、このみのチョコはチョコのうちに入らないだろ。
「あー、えーと確か何年か前にキャラメルやっただろ」
「箱の中に残ってた最後のいっこをポンっとくれただけだよ。
あんなのプレゼントじゃないよー」
「プレゼントは値段じゃないぞ。気持ちだ」
「その気持ちが一番篭ってないと思うなあ」
雄二頑張れ支援
このみが不満げに頬を膨らませ、それに同意するように姉貴が頷く。
な、なんだか俺の立場が微妙に危ういぞ。
「た、貴明だってチビ助や姉貴にホワイトデーのお返しなんてしてないよな?」
ちょっと焦った俺は、助けを求めるような気分で貴明に話題をふった。だが、
「そんなわけないだろ。貰ったときはちゃんと贈り物ぐらい用意しておくに決まってるじゃないか」
お前は何を言っているんだ、と不思議そうな顔で答える貴明。
し、信じられん……
「このみは去年、タカ坊から何を貰ったの?」
「フォトスタンドだよ。そのとき一番のお気に入り写真を入れておくのに使ってるよ」
なんだ。安物じゃねえか。
「別にそんなもの買ってもらわなくても、自分で好きなの買えばいいじゃねえか」
「バカね。気持ちが一番大事だって言ってるじゃない」
「わたし大切にしてるよー。だって、タカくんの贈り物だもん」
嬉しそうに笑うこのみの素直な笑顔がやけにまぶしい。
ふと俺は不安になる。
なんだ? 俺ひとりが間違っているのか?
い、いや。この三人が仲良すぎるだけだ。
まあ、幼馴染としての付き合が長いのはいいことだ。俺だってその中の一人だしな。
しかし、俺たちはもう高校生だぞ?
そうべたべたせずドライにカッコよく付き合うのが大人ってものじゃないか。
だいたい、俺が求めているバレンタインやホワイトデーはこんなおままごとみたいなものではない。
もっとドキドキとか、色気とか、萌えとか。メイドとか。
そういう楽しいものがそこには全然ねえじゃんか。
「でも、タカくんお母さんにもあげてたよね、ホワイトデー」
「なに? 貴明、お前春香さんからもチョコ貰ってたのかよ?」
「い、いや、貰ってないけど。でもこのみのチョコ作りを手伝ってくれたって聞いたから。
少しだけでもお礼をしておこうかな、と思って。ちょっとおおげさだったかもしれないけど……」
「お母さん、タカくんにプレゼント貰えてすっごく喜んでたよ。ここ何年もお父さんからも貰えてなかったって。
『久々に女に目覚めた』って言ってたよ。『来年のバレンタインは期待していいわよ』って、タカくんにも伝えてくれって」
「さすがはタカ坊ね」
関心したように頷く姉貴。
た、貴明のやつ、意外なところで恋愛ポイントを稼いでるじゃねえか。
いや、春夏さんに好かれたって別にうらやましくなんか。
うらやましく……
『うふふ。雄二くんにも教えてあげましょうか?恋の試験☆』
その瞬間、不意に俺の頭の中に閃いた映像は、何故か女教師に扮したやたら色っぽい春夏さんだった。
や、やっぱうらやましいじゃねえかあ!
「ほら。また負けてるわね雄二」
「そ、そんなことねえよ」
姉貴にずばり的を得た指摘に、それでもなんとか言葉だけは強がって見せる。
だが……くそ。俺がヘタレナンバーワンの貴明に負けてるだと? そ、そんなはずは……
「いいこと、雄二」
「な、なんだよ……」
「あなたに足りないのは誠意なのよ。もっと女の子に気遣いを見せなさい」
「俺だって女の子には優しくしてるぞ」
そうさ。俺はナンパの時に限らず、女の子を持てなす気持ちは何時だって忘れない。
マメな男としては貴明なんかに負けていないはずだ。
「雄二の親切には、下心が透けて見えるのよ。ときどき素直に受け取る気持ちになれないわ」
へっ。男の親切なんてそんなものじゃねえかよ。
貴明だってきっとそれは大差ないと思うぜ。
「それがもてる秘訣ってやつなのかよ」
「どうかしらね。
確かに、そういうことがすぐに女性に好意を持たれることに繋がるとは限らないでしょうね。
でもそれ以前に人間としての出来が違うと私は思うけど」
俺の皮肉に姉貴は平然とした顔でそう答えると、もはや話は終わったとばかりに弁当の片付けを始めた。
その手つきをぼんやりと見つめながら俺は考える。
ホワイトデー、プレゼントねえ……
「まあ、俺もお返しとかもう少し積極的になった方がいいのかもしれないよな……」
放課後の廊下を一人歩きながら、俺はお昼に姉貴に言われた説教の数々を思い起こしていた。
け、けっして姉貴に説教されたから、とか、
貴明みたいにもてもて状態になりたい、とか
俺は企んでるわけではないんだ。
でも、賢い男はどんな些細な出来事でも、人生に役立てていくものだしな。
「でもお返しっていっても、俺はもともとそんなに貰ってないしなあ」
情け無いことではあるがそれも事実。
数が少ないことは言うにおよばず。
貰ったチョコも全てはっきり義理だと分かるものばかりだ。
それも貴明のおこぼれで貰ったようなチョコばかり。
貴明に渡すとき、俺が隣にいるもんだから彼女たちも少しばかり気を使ってくれたのだろう。
……自分で言ってて本当に情けなくなってきたな。
そんな義理全開のお情けチョコに、わざわざお返しっていうのも……
なんかやりすぎで引かれないかな、とか考えるのは男の弱気なんだろうか?
と、廊下の曲がり角で知った顔にぶつかった。
「あ、向坂くん。お一人ですか?」
「ああ」
一人で悪かったな、という続く言葉を俺は心の中に飲み下す。
彼女の言葉が俺の隣にいるはずの存在を探していたことを示していたことには、気が付かないフリ。
本人にはまったく悪気は無いことぐらいは俺にだって分かってるからな。
「委員長、貴明のこと探してるの?」
「ななななな、なんでそう思うんですかあ?!」
俺の言葉に、何故か委員ちょは悲鳴みたいな叫びをあげる。
いや、そんなに慌てんでも……普通誰でも分かるって。
本人は必死に隠しているつもりらしいけど、われらがいいんちょは貴明のことが好きだってのは、クラス全員が知っている事実だ。
そのことに気が付いてないのは貴明と委員ちょだけだろうな。
「残念だけど、貴明なら昼休みに屋上で別れてから何処に行ったのかは知らないよ」
「そ、そうですか……」
支援
俺の言葉を聞いて委員ちょは残念そうに肩を落とし……
「い、いえ! 別に探してたわけじゃありませんよ、ええ」
次の瞬間には慌てて否定。
俺もつい苦笑してしまう。なんでそう必死になって隠すかなあ。
それにしてもこの様子だと、貴明はまだ委員ちょにホワイトデーのお返しを済ませていないみたいだな。
フェミニストの貴明がよもや委員ちょのことを忘れているとは思えんが。
でも、今日は貴明のやつも忙しくあちこちを走り回ってるだろうから、ニアミスは十分ありえるだろう。
……しかしほんと腹立つ。こんな可愛い子を待たせるなんてな。
「貴明に会ったら、小牧さんが探してたって伝えておこうか?」
「いえ、本当にいいんです。ええ、大丈夫ですから、ほんと」
いや、これは純粋に親切で言ったつもりなんだがな。
委員ちょはそれでも妙に一生懸命に拒絶する。
そんなに必死に大丈夫だって言われると、全然大丈夫な気がしないんだけどな。
そんな彼女の様子を見て、俺はふと思う。
この子って、貴明にもこんなふうに接してるのかな?
二人きりのときはわからんけど、少なくとも俺が見てる限りは二人の会話は今のこれと大差ないんだよな。
委員ちょと貴明の関係については正直一番よく分からない。
ふたりともまるで付き合ってるようには見えないのに、どうしてあんな関係が成立しているんだろうな。
「で、その本はなに?」
「あ……いえ、たいしたものじゃないんですけど……」
委員ちょはその手に持っていた本を俺の視線から一瞬隠そうとして、逆に隠すのが恥ずかしくなったらしくやがておずおずと俺に差し出した。
「ん? 俺、見ていいの?」
「は、はい」
差し出された本を手に取ると、なんのことはない。
普通の町のガイドブックであった。別に隠すようなものではないよな……
ん?
ぺらペらっとめくると自然に開いたページ。
『彼と巡るケーキショップ食べ歩き』
『甘いものが苦手な彼でも楽しめるスイーツ』
あ、そうなんだ。こういうところに貴明と行きたかったわけね。
ホワイトデーのお返しってことなのか?
委員ちょのほうからお返しを要求するとは考えにくいので、貴明のほうからなにかの提案があったのだろう。
お礼に一日なんでもつきあう、とか。
いかにもあいつが言いそうなことだ。くそ。
開きやすいページはきっと委員ちょが繰り返しページを開けた証拠だろう。
俺はそれに気が付かないふりをして本を閉じ、委員ちょの手に返した。
「あ、ど、どうも……」
でも肝心の貴明は何処に行ったのやら。
しかもあいつは甘いものも食えないわけじゃないけど、委員ちょに付き合えるほどヘビー級じゃないだろうし。
それに比べりゃ俺は甘い物も結構食えるんだよな。
こういう所に俺が連れて行ってあげれば、彼女も喜ぶんじゃないかな?
よ、よし。ちょっと男気出してみるか。
「あのさ。俺、委員ちょにバレンタインのお礼がしたいんだけど。
今日はホワイトデーだしさ」
うん。実は俺も委員ちょからバレンタインにチョコを貰っている。
しかもそれは貴明とまったく同じチョコだった。
だからといって、俺は自分が貴明と同じように委員ちょから好意を持たれているなんて欠片ほども思っちゃいない。
まったく同じチョコでも、それを渡すときの委員ちょの様子は明らかに違ったからな。
バレンタインの日の彼女の様子を、俺は今でもはっきり覚えてる。
委員ちょはまず、俺にチョコをくれた。
それから、貴明のほうを見て、何も言えずにしばらくもじもじしてた。
見るからに彼女が緊張してるって空気が嫌でも伝わってきた。
そして頬を真っ赤に染めて、それでも必死に言葉を搾り出して。
委員ちょはそのチョコを渡した後は逃げるように教室を出て行って、そのまま授業が始まるまで帰ってこなかった。
あれは本当に恋する女の子のチョコの渡し方だったな。
俺に渡すときとはえらい違いで……
いやいや、でも俺だって同じチョコを貰ったわけだし。
貴明と同じようにお礼をする権利が……いや、義務があるのだ。
「あのさ、ホワイトデーのお返しとして、俺とちょっとこの店に行かない??」
さっきのガイドブックのページをひょいと指差して、俺はあくまで自然な感じを装って切り出した。
下心があるなんて思われちゃいけない。
あくまで自然に。そう、自然にだぞ。
「お金のことだったら気にしなくていいよ。俺おごるからさ。それに別に今日じゃなくてもいいし。
いつだって委員ちょの時間に併せるからさ」
「あ、あの……でも、そんな……」
さらに思いつく限りの精一杯のサービスを並べるが、委員ちょの表情は固くなるばかりだ。
あ、あれ……? ここに行きたいんじゃないのかな??
「あの、ほんとにお礼なんていいですから。
わたし、そんなつもりじゃなかったし……
あの、わたし用があるのでこれで……」
必死に拒否を続け、ぺこペこ頭を下げながら少しずつ後ずさってフェイドアウトしていくいいんちょ。
う……あからさまに逃げられてる。
はあ……俺が誘ってもダメなのか? ……貴明が誘ったら、喜んで行くのか?
それとも、やっぱり拒否しまくって話が進まないのか?
「わからん……」
去っていくいいんちょに苦笑いで手を振りながら、そう呟くしかない俺だった。
くそ……姉貴が言ったみたいにやってみたつもりなんだけどな。
やっぱダメじゃねえか。
俺と貴明じゃ、どこが違うんだ??
「いや……悩むのはよそう。次だ、つぎ!!」
重い気持ちを振り切って、次に俺が訪れたのはコンピューター室。
「ちわーす」
挨拶とともに引き戸を開けると、お目当ての二人はそこに居た。
二人のうち、キーボードを叩いていた女の子が振り返って俺に挨拶してくれる。
「るーーー!」
「る、るー……」
珊瑚ちゃんの意味不明の挨拶に付き合って、俺も同じように挨拶を返してみる。
恥ずかしいが、これも彼女との円滑な会話の為に必要な行為のはず……
「あれ? にーちゃんのことどっかでみた気がするけど、だれやっけーー??」
が、がく。
さ、珊瑚ちゃん……俺のことちゃんと覚えてないのかよ。
「こいつ、いっつも貴明の隣にひっついとる、雄二っていうヘンタイや」
る、瑠璃ちゃんはどうやら俺の名前は覚えていてくれたみたいだな。
でもちっとも嬉しく思えないのはなぜなんだろう……
ちなみにこの『ヘンタイ』という好ましくない呼称についてだが。
こう呼ばれるのは、俺がなんらかの変態行為を彼女たちに働いたから……というわけではない。
瑠璃ちゃんにとって珊瑚ちゃんに近づく男はほとんどがヘンタイ呼ばわりなのだ。
貴明も瑠璃ちゃんにはしょっちゅうヘンタイ呼ばわりされているんだよな。
「あ、あのさ。今日がホワイトデーだってこと、知ってる?」
「うん。知ってるよーーー」
珊瑚ちゃんは元気に答えてくれた。
瑠璃ちゃんは……無言。何の返事も無い。
そういえば、瑠璃ちゃんは俺とはほとんど話さないな。
さっきの『ヘンタイ』だって俺の方を向いて言った言葉ではないし。
「さっき貴明がホワイトデーだって言ってこっちに来たよーー」
あ、貴明のやつ。もうこっちには来てたのか。
畜生、あのロリコンめ。委員ちょよりもこの二人が先かよ。
「二人はもう貴明から何か貰ったの?」
「えへへ、それはねーー
「あかん!! 言ったらダメーーー!!」
突然、大音量で珊瑚ちゃんの言葉に割り込んできた瑠璃ちゃんの悲鳴。
見ると、瑠璃ちゃんは顔を真っ赤にして震えていた。
「さ、さんちゃん、そんなことここで言ったらあかん! 絶対ダメや!」
はあ?
「な、なんでダメなのさ? 俺はちょっと貴明のホワイトデーについて……」
「そ、そんな恥ずかしいこと聞くなあ!! ヘンタイ! チカン! すけべええええ!」
「す、すけべえ?」
な、なにがどうなってるんだよ。
なんで俺がスケベ呼ばわりされてるんだ?
貴明のやつ、二人にいったいどんなお返しをしたんだ??
「瑠璃ちゃん、なんで言ったらあかんのーー??」
「な、なんでも!! いいからぜったいダメ!!」
「えーー。つまらんなーー」
残念そうにそう呟く珊瑚ちゃん。
まったく何があったんだか。
な、なんとなーくだが危険な妄想がつい浮かんでしまう俺はアホなのだろうか?
後で珊瑚ちゃんなり貴明なりに聞いてみたいところだが……
瑠璃ちゃんがさっきから、
『聞いたら殺す!!』
という目で俺を睨んでいるから難しいか。
残念だが、その話はとりあえず置いといて。
「あのさ、俺もホワイトデーのお返しがしたくて来たんだけど……」
「別にそんなのいらんわ。あのチョコだって、貴明に作ったのが余ってたからやっただけや」
皆まで言わないうちに、即座に瑠璃ちゃんの冷たいお言葉が帰ってきた。
それはきっと事実だろうけど。でもそんなはっきりいわなくてもなあ。
「さ、珊瑚ちゃんはなにか欲しいものある?」
瑠璃ちゃんを諦めて、俺は多少は接し易そうな珊瑚ちゃんに目標を切りかえる。
これは戦術的撤退だ。決して弱気じゃないぞ。
「んー。あんばたーーー」
「? あんばた? そんなんでいいの?」
「うん。大好きやーーー」
あんばた、と言っただけでほんわかと嬉しそうな顔をする珊瑚ちゃん。
いや、いつもほんわかした顔してるけど。でもほんと好きなんだな。
それはよく分かる笑顔だった。
「うんうん。そんなんでよかったら、いくらでも俺が買ってあげるよ。
一緒に食堂に行かない??」
「どこでも行くでーー」
元気な返事だ。
うんうん。珊瑚ちゃんは素直で可愛いなあ。
最初からこうやって誘えば良かったのか。
やっぱホワイトデーの贈り物は大切だなあ。
「……まるでゆーかいまや」
「う……」
と、俺は瑠璃ちゃんの冷たい視線でふとわれに返った。
目の前には、どうやら状況をまったく理解していないらしい無邪気な珊瑚ちゃんの笑顔。
これでは俺のやっていることは小学生をお菓子で連れ出す犯罪者と変わりない。
あまりに簡単に釣れすぎるのも考えものだよな。
「さっさと帰れーヘンタイ!! ゆうかいまーーー!!」
「ご、ごめんなさーーい!」
「あ、あんばたー! くれるって言ったのにーー」
二人の声から逃げるように俺はコンピューター室から立ち去った。
さすがに犯罪者にはなりたくない。
はあ……
なんで上手くいかないのかな。
貴明と同じようにやってるつもりなんだがな。
ちょっと趣向を変えて、一番まともそうな人に相談してみようかな。
そう思って俺はまた次の目的地に足を踏み入れたわけだが。
「あの……たとえば久寿川先輩だったら、何が欲しいって思いますか?」
「そりゃやっぱ、現ナマだろ。当然。
男ならナマで出せ!! ありったけ出せ!!」
「いえ、まーりゃん先輩の希望は聞いてないですから」
「なんだとー!!」
生徒会室には二人の先輩が居た。
もうひとりはとっくに卒業しているはずのまーりゃん先輩だ。
くそ……久寿川先輩に頼ろうとすると、いつも厄介なのがひっついてくるんだよな。
さっさとこの世界からも卒業して下さい。ほんとに。
「現ナマでなければパンツだな。
やっぱホワイトデーだから白いパンツだろ。
ん? 白いのがついたパンツがいいのか??」
「白いの……? なんですか??」
久寿川先輩が不思議そうな顔をしてまーりゃん先輩に尋ねようとした。
俺はマッハの速度でまーりゃん先輩の口を塞いで余計なことは言わせないようにする。
やめてくれ。
あなたが壊れるのはいいですが、俺の久寿川先輩を汚さないで下さい。
「しろいぱんつー。ぱんつー」
俺の腕を振り切って、うるさく騒ぐ悪魔の存在は出来る限り無視。
あきらめずに久寿川先輩に話しかける。
「あの、俺マジで悩んでるんです。
バレンタインに、女の子がせっかく俺に大切な気持ちを贈ってくれたのに。
その気持ちに上手く応えることが俺には出来ないんです。
いったいどうしたらいいんでしょうか?」
別に嘘は言ってない。
深刻に悩んでいるのも本当だろ。
「嘘つけーー。どうせ後でやっちゃうことしか考えてないくせにーーー」
……悪魔の囁きなんて耳に入らねえ。
誰がなんと言おうと、俺は久寿川先輩の声しか耳に届かないぞ。
「そうですか……向坂君は心優しいのね。
でもどうしたらいいのかしら?」
けっこうおもろい
そう言って久寿川先輩は深く考え込むようにその瞳を閉じた。
ああ。やっぱ久寿川先輩はまじめに考えてくれるんだなあ。
その優しさはまるで女神のようだ。
「そうですね。私には経験がほとんど無いことですからよく分かりませんけど……」
美しい久寿川先輩は憂いを含んだ瞳で呟く。
その表情も素敵である。
「でもきっと、好きな人から贈ってもらえたら、どんなものでも嬉しいと思います。
だから素直になって、その人のことを大切だという気持ちを込めて、贈り物を贈ってあげてくださいね。
ささやかなものでもいいんです。向坂君の想いが通じれば、彼女はきっと喜んでくれると思います」
「そ、そうですよね。その通りです! よく分かりました!
どうもありがとうございます!!」
そんな久寿川先輩のお言葉なのだ。
間違っているはずがない。
俺は久寿川先輩のアドバイスを頂き、意気揚々と生徒会室を引き上げた。
その後。
なんとなく家に帰る気にもならず、一人になりたかった俺は校舎の屋上に居た。
俺は学校の屋上から一人沈む夕日背に、校舎の下の風景を眺めていた。
「あーあ、みんな帰っちまうな……まあ、いいさ」
下校時刻を迎えた屋上から見えるのは、学校からの帰り道を歩いていく生徒たちの小さな姿。
そこには一人の奴もいたし、数人で固まって騒がしく歩いている奴らもいる。
そして、あそこには仲むつまじく腕を組んで歩いているカップルが一組。
女生徒は長い黒髪が映える少女。男の方は……
「あれ?」
あれはもしかして貴明と草壁さんじゃないか?
遠すぎてよく見えんが、なんとなくそんな感じがする。
「まったく、やってくれるぜ」
思わず溜息。でも不思議と怒りはそれほど感じなかった。
本当に仲のよさそなその姿は、当然うらやましくはあるけれど。
「まあいいさ。せいぜいお前はその子を幸せにしてやりな」
俺は貴明と思われる小さな背中にエールを送る。
今の俺ほど沈む夕日が渋く映える男はいないだろう。
結局今年のホワイトデーも俺にはなんの結果も出せなかった。
でも今、俺の心はそれなりにすっきりした気持ちだ。
それはきっと、俺が俺なりの答えを出すことが出来たからだろう。
「「へっ。けっきょく姉貴の言った通り、気持ちが一番大事だってことかな」
そうだな。
どんなプレゼントだって好きな人から贈られたものなら嬉しいに決まってるよな。
委員ちょも、珊瑚ちゃんも瑠璃ちゃんも。
俺のことが好きでもなんでもなかったから喜んでくれなかった。
ただそれだけのことだったのだ。
よし、俺もこの経験とアドバイスを今後に生かして次のチャンスを……
「って無理だろ!!」
はたと真実に気が付いて、思わず俺は沈み行く夕日に向かって絶叫する。
だから、そもそもどうやったら俺が女の子に好かれることができるんだよ!!!
元々それが知りたいんだよ!!
「ちきしょーーー! やっぱ俺には無理なのかよーー!」
ああ、俺のホワイトデー……
今年も何事もなく去っていってしまうのかよ。
くそ。ら、来年のホワイトデーこそはちゃんと俺のプレゼントを受け取ってくれる彼女を作ってやるからな。
見てろよ!!
562 :
495:2008/03/16(日) 21:10:16 ID:CcpeY6Dx0
以上です。
時間をかけまして大変申し訳ありませんでした。
支援くださった方、どうもありがとうございます。
>>562 乙乙
雄二主体の話は少ないから楽しめたよ
GJ
雄二もてるためにがんばる、って感じですね
雄二主体の話はホワイトデーに限らず雄二哀れでオトして終わりという話は結構あるけど
これはキチンと読ませる話になってて面白いです
楽しめました
オチのない雄二SSも珍しいな
でもかなり楽しめました
>>562 乙&GJ
真面目に雄二SSってのはなかなかめずらしいな。
なかなか楽しめたっす。
……それにしてももうじきこのスレも終わりだけど、まとめスレの管理人様どうしたのかなぁ。
無理は言えないんだけど、ちょっと心配。いろいろな意味で。
〜重要なお知らせ〜
突然ですが書庫はジオシティーズに移転しました。
旧ページはそのうち消す予定なので、ブックマークの変更等よろしくお願いします。
いい機会なので、レイアウトも変えてみました。
>567
スイマセン、移転作業に手間取ってました。。。
>>568 書庫様いつもお疲れ様です。
や、つまらない心配をしてしまい申し訳なかったです。
>>568 世間は年度末なのでリアルの方でお忙しいんだろうなと思ってたんですが、移転作業中でしたか
いつもご苦労様です
>568
超乙&GJでつ
ささらも独立したんですねー、あ、「冬のNYのひとときのやすらぎ」がないような?
ジオって規約でエロNGだと思ってたけど…
いつのまにか変わった?
>>572 完全には移行できてないってことじゃない?
些細な…だかなんだか題名忘れたけど、もう一個の長編も入ってなかった。
>>568 乙かれ様です
『誰かの倉庫』さんが復活・・・と言うべきかは分からんが更新されてた
ADのシルファも好きだが、あっちのサイトの子犬チックなシルファも好きだ
>572 >575
指摘どうもです。さっそく修正しました。
>573
そこは旧サイト(インフォシーク)のころから懸念している点。。
最初は全年齢ゲーだったからなぁ。
すいません、上の>575 は>574 の間違いです。
>>576 出版社勤めの知り合いに聞いた話しでは、本の場合は文章のみであれば18禁にはならないらしい。
その証拠にフランス書院の小説本には18禁マークついてないでしょ、なんてことを言われました。
Webサイトの場合はどうなんだろうか。
ぶっちゃけた話、アダルト禁止のサイトが多いのはアダルトの場合は普通のコンテンツよりも
アクセス数が多くトラフィックが大量になるので鯖屋が嫌がる。
18禁マークのないエロ小説本にもエロ挿絵がついていて
とても「文章のみ」ではない気がするのだが。
二次元ノベルズなんて巻頭巻末エロ漫画付きのもあるが、それでも18禁マーク無しだよ。
エロマンガまがいの一般漫画も多いとはよくいわれるところだけど、18禁になったりはせんし。
単に掲載雑や版元の違いから、流通や販売のカテゴリ分けで発生してるだけに見えるけどなぁ。
澁澤龍彦の事件やら、四畳半の襖事件やら
小説も日本のわいせつ物判例じゃメインで登場していて、小説なら規制がかからない、なんてこたないし。
(当時じゃ有罪でも現在では違うだろうけどね)
580 :
名無しさんだよもん:2008/03/18(火) 18:39:29 ID:hpC5kMRO0
チャタレイ夫人の恋人のことかー!
SSてセガサターン?
と思ってこのスレ覗いた俺をハリセンでなぐってやりたい
さらばだ
>>581 チャタレー事件は高校の政経の教科書に必ずと言っていいほど登場するんだぜ?
そんなことより君に送る桜の詩の話しよーぜ
バウムやレイプにキレてた郁乃好きにとっては朗報だ
↑なんだいそりゃ
朗報も何も
ありゃまだ始まったばっかりで海のものとも山のものとも付いてないだろ
何を期待しとるんだ?
ちょうど原作との分岐点から登録サイトに登録されるようになり
それでも勝手に登録されて困っちゃうという態度を取り続けるのを期待してる
地味に
>>387が助かる件
よし、河野家の厨房ではるみをファックしていいぞ
「作品はいいが信者がウザイ」という現象は、
どこの世界でもよく見られることです
>>589 そーいや、テンプレから行ける「ToHeart2呼び方相関図」更新されてるぞ。
烈しくGJと言いたかった。
>>588 作者乙にしても、ググってもYAHOOで検索しても出てこないぞ。どこよw
アドレスは知ってるけど
SS Linksとかに登録してくれるなと書いてあるからなぁ
リンク張るのはちょっと
どうしても読みたかったらSS Linksの愛佳か由真を漁ればリンクは出てくるぞ
勝手に登録されてたことがあったから
SSサイトを語りたければスレ建てろよ。前にも一度そうしてただろ
>>587 ダメと言われてはいそうですかと黙ってくれる人
ばかりじゃないからねえ…
>>588 作者ならSSのタイトル間違わんだろw
以降は
>>595あたりで語るとよろし。ここは投下スレだから
「本当にご主人様は、シルファがいないとダメダメのダメっこさんなのです」
「め、面目ない」
それでも、ショッピングカートを押して、スーパーの陳列棚を眺めるシルファちゃんの表情はとっても嬉しそうで。
俺も、嬉しい。シルファちゃんに謝りながら、けれど、またこうやってシルファちゃんと今までのように会話できるのが嬉しくてしょうがない。
シルファちゃんが、俺のところに戻ってきてくれた。あの時、約束した通りに。また、俺のメイドロボになってくれるために。
時間にすればたった二週間のことだったのに。配達人の服を脱いで、いつものメイドロボの服に着替えたシルファちゃん。今もうきうきとして野菜を見比べるシルファちゃんの後姿を見ていると、この二週間が、俺にとってどれだけ待ち焦がれていた時間だったのかが良くわかった。
『うん……これからもずっとね』
配達人の服を着て、メイドロボの受け取り確認書を握り締めたシルファちゃんに、俺は
そう言うのがやっとだった。
前と全く変わらないシルファちゃんの笑顔を見ていると、もうそれ以上我慢していた物
を抑えきることができなくなってしまって。玄関の扉が開けっ放しになっていることも忘
れて、シルファちゃんのことを抱き締めて。シルファちゃんも、俺のことを抱き締めてく
れる腕に力を…
「ご主人様、聞いているのですか!?」
「え、あ、なに?」
シルファちゃんに急に声をかけられて、慌てて答える。
「何が急に、ですか。さっきから何度も呼んでいるのですよ!」
全く気が付かなかった。よっぽど、さっきの記憶に浸っていたらしい。
シルファちゃんは『やっぱりご主人様はあんぽんたんなのれす』とでも言いたそうに俺
のことを見つめてきて。し、失礼だな。ちょっと考え事をしていただけじゃないか。
「事実ではないのですか。もとからどじっ子だあんぽんたんだとは思っていたですが、た
った二週間、シルファが家を空けただけでどうやったらあんなに家の中を汚くできるので
すか!」
シルファちゃんの剣幕に、たじろぐ俺。それを言われると、さすがに厳しい。
玄関で熱い抱擁を交わした後、家の中に入ったシルファちゃんが最初に発した言葉が
『な、何れすかこれは…』
だった。
リビングを見回してまず目に付くものが、ゴミ箱からあふれた弁当のカラ。テーブルの
上に散乱する使用済みの食器。
部屋の隅には埃がたまりだしているし、洗濯物だってソファーの上に散らかっていた。
我ながら、シルファちゃんがいなかった間の荒み方は普通じゃなかったと思う。そりゃ、
シルファちゃんが驚くのも無理はない。
おかげで感動の再開もそこそこに、シルファちゃんにお尻を叩かれるみたいに家の掃除
をする羽目になってしまった。
二人で慌てたように片付けて、ようやくさっき、何とか家の環境を人が住めるものにし
て。これもまた当然のように空っぽの冷蔵庫に唖然とするシルファちゃんと一緒に、こ
うやってスーパーまで食材の買出しに来ていると言う訳だ。
支援
シルファちゃんと一緒にスーパーに買い物に来る。あの時はそれだけで一苦労だったの
に、今ではそれを自然に行うことができる。たったそれだけのことだけど、これも、い
ままで二人が築き上げてきた信頼の結果だと思うとなんとなくくすぐったい。
「何をしまりの無い顔をしているのですか。シルファは怒っているのですよ!!」
また怒られた。頭をかきながら謝って、でも、表情が緩んでしまうのは抑えられなくて。
今の俺には、シルファちゃんの声が聞けるのなら、例えそれが怒り声であっても心が浮
き立ってしまう。
以前と変わらないままのシルファちゃんの、以前と変わらない…変わらない……あれ?
「『なの"です"』?」
"れす"じゃなくて?
「ぷっ、ぷぷぷぷ、ぷぷっ」
急に立ち止まって、俯いてしまうシルファちゃん。
どこか調子でも悪いのかと思ったんだけど。
「ぷっ、ぷぷぷぷぷぷ、今頃気づいたなんて。やっぱりご主人様はシルファがいないと何
もできない、だめだめのどじっ子ご主人様です」
不敵な笑顔で、俺のことを見返してくる。
やっぱり、シルファちゃんの人見知りの原因だった、あの口調が直っている。
「シルファをあの時のシルファのままだと思わないで欲しいのです。全ての欠点を克服し、
ご主人様の言いつけを完璧に遂行する。まさに! 生まれ変わった! パーフェクトシル
ファなのです!!」
おおー。
思わず拍手。そう言えば、配達員の格好をしてた時も普通にしゃべっていたし。
でも、あれだけのコンプレックスになっていたことを克服したんだ。この二週間の間に、
よっぽど努力したんだろう。
やっぱり、それも俺の所にもう一度来てくれるためだったんだろうか。そう考えると、
少しだけ面映くて、それよりもずっと強く嬉しくなる。
「そんな大したことじゃあないのです。シルファがちょっと本気を出せば、これくらいお
茶の子さいさい河童のへー、なのです。前だってやろうと思えばすぐに直せたけど、いち
いちそんなことのために時間を使うのは馬鹿馬鹿しかったから直さなかっただけで。それ
をイルイルが大げさに言うものだから」
そう言って、シルファちゃんは胸を張る。口ではいろいろ言っているけど、でもコンプ
レックスを克服できたのは素直に嬉しいみたいだ。
「でも、がんばったことに違いはないんだろ。えらいえらい。さすがシルファちゃんだ」
「ふふん、もっと褒めるといいのです」
うん、本当にすごい。シルファちゃんはやっぱり、努力すれば何だって出来る子なんだ。
スーパー中の人たちに、それを大声で教えてやりたくなる。俺のメイドロボは、こんな
にすごい子なんだって。
「これでもう、シルファには怖いものはありません。ミルミルのアンポンタンはおろか、
イルイルだって近い将来、シルファの前に跪かせてやるのれす!!」
……あれ?
「シルファちゃん、今」
「な、ななな何を言っているのれすか。シルファは本当に克服したのれす。それを疑うな
んてご主人様は愛する自分のメイドロボの言うことが信じられないのれすか!」
続きを
ごまかそうとすればするほど、ドツボにはまっていってしまう。
あー、いくらあたりを見回しても、ここにダンボール箱はないから。
「わ、笑ったれすね。シルファのあられもない姿をみて愚弄したれすね。ひどいれす、ご
主人様は鬼畜れす、人非人なのれ──
俺は口元に苦笑を浮かべながら、シルファちゃんの頭に手を置く。ぐりぐりと頭をなで
てあげて、ようやくシルファちゃんも落ち着いてくれる。
「ごめんごめん、笑うつもりはなかったんだけどさ」
「ほ、本当に治ったんだもん。今は、たまたま、たまたま言い間違えただけで」
「うん、そうだね。シルファちゃんは俺のために、がんばって弱点を克服して帰ってきて
くれた。でも、今までの癖がまた、ちょっとだけ抜けていないんだよね。癖じゃ仕方ない
よなー。けど癖だし、そのうち直っちゃうか」
「そ、そうなのです。癖だから仕方ないのです。そのうち直ってしまうのです、なのにご
主人様が騒ぐから」
「あはははは、ごめんごめん。でも、弱点を克服したシルファちゃんも凄いと思うけど、
弱点を克服しようと努力しようとするシルファちゃんも凄いと思うよ。俺、努力とか根気
とか得意じゃないから」
「それは得意じゃないんじゃなくて、ご主人様が単純にやる気がないだけなのです。少し
はシルファの爪の垢でもせんじて飲めばいいのです」
しゅん、と落ち込んでしまうシルファちゃん。けど、言い合いをするうちにまた、いつ
もの調子を取り戻してくれた。
やっぱりシルファちゃんはシルファちゃんのままだった。いろいろ人間的に(メイドロ
ボ的に?)成長したけど、ダンボールで送られてきて、初めて会った時から変わらない
でいてくれる。
もう一度頭をなでてあげると、うれしそうに目を細めてくれた。
「これくらいで許してもらえるなんて、思わないで欲しいのです」
「許してくれないと困っちゃうなぁ。俺、もうお腹ぺこぺこだし。久しぶりにシルファち
ゃんの手料理、凄く楽しみにしてたんだけど。でもシルファちゃんが許してくれないなら
仕方がないか。自分で何か作らないと」
「え、あっ、ご、ご主人様が自分で作った料理なんて、栄養らって偏ってるし、お塩だっ
て多すぎらし、そ、そんなもの食べちゃだめれす。し、仕方ないれす。本当はご主人様の
こと許してないれすけど、今日は特別れす。シルファがご主人様のご飯、作ってやるのれ
すよ」
ありがとう。俺がそう言うと、シルファちゃんはぷいっ、と首を向けてしまう。そして
「ご主人様のご飯は、一生シルファが作ってあげるのれすから」なんて、首まで真っ赤に
して。
「え、何? シルファちゃん、何か言った?」
「な、何でもないれす。さあ、ご主人様が餓死するまえに、早く買い物を済ませて家に帰
るのですよ」
結局その後も、二人であれが美味しい、これが足りないと言いながら買い物を続けて、
スーパーから出てきたときには二人とも、両手いっぱいに食材の入った買い物袋を持って
いた。
これだけあれば、空っぽだった冷蔵庫の中もいっぱいになるだろう。
二人で重い荷物を持って家に帰ると、ちょうどご飯が炊けるところだった。
買い物袋の中身を、シルファちゃんと一緒にやってきた冷蔵庫に詰め込むと。早速、シ
ルファちゃんが晩御飯の準備を始めてくれた。
野菜を洗う音や、材料を切る音。シルファちゃんが我が家にやってきて、いつの間にか
当たり前になっていた光景。
シルファちゃんが帰ってきて、ようやくその当たり前が戻ってきてくれた。
「どうしたのですか、そんな変な笑い声なんて上げて」
「え、いや、なんでもないよ」
「やっぱり、ご主人様はおかしいのです」
そんな会話を、笑い声と一緒に交わす。
今日の晩御飯のおかずは、焼き魚に、お味噌汁に、サラダと。
焼肉のタレの野菜炒めだった。
俺もシルファは口癖克服した派だが
これはいいSSだ
「ご主人様、お風呂が沸いたのですよ」
夕食の後、久しぶりのシルファちゃんの料理に少し食べ過ぎて、重たいお腹をソファー
の上で休ませていると。
「あ、そう」
シルファちゃんはそう言ったまま、もじもじとその場に立ち続けている。
「どうかした? お風呂、沸いたんなら入るんじゃないの? 空いたら教えてよ。次、俺
も入るからさ」
でも、シルファちゃんはそこから動こうとしない。しかもなぜか、顔を赤くして。
「ご、ご主人様が先にはいるといいです。シルファは、ご主人様の次でいいれすから」
「え、でも」
シルファちゃん、今まではお風呂が沸いたらさっさと先にお風呂入っちゃってたし。入
浴剤、自分の好きなもの選んでたんじゃないの?
「し、シルファはメイドロボなのです! ご主人様より先にお風呂に入るわけには行かな
いです。だ、だからご主人様は、さっさとお風呂に入ってくるれすっ!!」
大きな声で怒られて、何で、俺が怒られないといけないんだ? まるで追い立てられる
みたいにお風呂に入らされる。
まだ少しお腹も苦しいし、本当に後でよかったんだけどなぁ。
シルファちゃん、戻ってきてまだ、俺に遠慮しているんだろうか。そんなこと考えなく
てもいいのに。
沸かしたてのお風呂は、熱過ぎもせず、ぬる過ぎもせず、ちょうど良い温度だった。湯
船に肩まで沈んで体を伸ばすと、今日一日の心地よい疲労感がゆっくりと溶けだしていく。
けど、まだまだ一日の終わりまでは時間が残っていて。シルファちゃんが戻ってきてく
れてからの、時間の濃さに驚く。
きっと明日からも、今日と同じくらい一日が長く感じられるんだろう。シルファちゃん
と一緒にいられたなら。
「ご、ご主人様、お湯加減はいかがですか」
そんなことを取り留めなく考えていると、脱衣所から声を掛けられた。わざわざ、その
ことを聞きに来てくれたんだろうか。
「うん、ちょうど良いよ」
「そ、そうれすか。それは良かったのです」
それっきり、黙り込んでしまうシルファちゃん。
それから何かを聞いてくる訳でもなく、かと言って脱衣所から出て行く様子もない。た
だ、そこにシルファちゃんがい続ける気配がするだけ。
な、何なんだこの緊張感。
そろそろこの、扉一枚をはさんだ空気に俺が耐え切れなくなって口を開こうとした瞬間、
勢い良くお風呂場の扉が開かれた。
一瞬で晴れた湯気の向こう、お風呂場の入り口のところには、体にバスタオルだけを巻
いたシルファちゃんが何か、思いつめたような表情で待っていた。
「ど、どうしたの?」なんとか悲鳴を飲み込んだ俺が、シルファちゃんにそう声を掛け
ようとすると、シルファちゃんはそんな俺のうろたえっぷりなんて無視するようにお風呂
場の中に入ってきて。
そのバスタオルのすそから除く太ももだとか、恥ずかしそうに腕で隠す胸の部分だとか
が俺の目の前に迫ってくる。見たくないなら見なきゃ良いじゃないかというのは正論だけ
ど、でも、シルファちゃんのこんな姿を見せ付けられて目を剃らせることのできる男がい
るだろうか。
完璧に混乱した頭と体で、まるで金縛りにでもあったみたいにシルファちゃんのことを
見つめ続ける。
「ごごご、ご主人様、お背中を洗いにきましたのですっ」
ひっくり返り気味の声で、シルファちゃんが俺にそう呼びかける。
背中? どうして!?
「し、シルファはご主人様のメイドロボなのです。め、めめ、メイドロボが、ご主人様の
お世話をするのは当然のことなのれ、です。だから、ご主人様の背中を洗いに、シルファ
は来たのですっ!」
シルファちゃんのその声で、ようやく体の金縛りが解けてくれた。見ればシルファちゃ
ん、顔を真っ赤にして。体も緊張のせいなのか、小刻みに震えている。
無理しちゃって。
「シルファちゃん」
「ぴっ!?」
ガチガチに緊張してしまっているシルファちゃん。こんな様子じゃ、こっちが何を言っ
ても聞こえはしないだろう。
だから俺は、湯船からそっと腕を取り出すと、それをシルファちゃんの頭の上に置く。
「別に、そんな無理することないんだよ?」
「別に、別にシルファ、無理なんて──ぴぴぃっ!?」
腕を今度は、頭の上からシルファちゃんの肩に触れると、弾かれるみたいにシルファち
ゃんの体が反応する。
「で、でもシルファ、今度は自分の意思で、ご主人様のメイドロボになったれすから。ら
から、らからご主人様のお世話らって、いままでよりずっとしないと」
「じゃあシルファちゃんは、俺がご主人様だから俺のお世話をしてくれるの? ご主人様
登録があるから、俺のことお世話してくれるの?」
「それは、違うのれす。シルファはご主人様がご主人様らからお世話をするんじゃなくて、
シルファがお世話したいのが、ご主人様らから。ご主人様に喜んでほしくて、お世話した
いのれす…らから」
結局、シルファちゃんもまだ不安なんだろう。新しくご主人様登録をして、俺のところ
に帰って来ても。
俺が、シルファちゃんがいない二週間、本当にシルファちゃんが戻ってきてくれるのか
不安だったように。いつか自分が、俺に捨てられてしまうんじゃないだろうかって。
そんなこと、ある訳がないのに。
「俺も。俺がシルファちゃんと一緒にいたいのは、シルファちゃんがメイドロボだからじ
ゃない、そう言ったろ? 俺がシルファちゃんと一緒にいたいのは、シルファちゃんがシ
ルファちゃんだから。特に、俺に向かって笑顔でいてくれるシルファちゃんなんて最高だ
な」
シルファちゃんの頭を撫でながら、俺はそんなことを言う。
「だからさ、シルファちゃんは無理してまで『メイドロボ』をする必要は無いんだよ。シ
ルファちゃんがシルファちゃんのしたいように、俺のことをお世話してくれる。俺はそれ
だけで嬉しいんだから」
その後も、俺はシルファちゃんの頭を優しく撫で続ける。
そのうち、ようやくシルファちゃんの肩の緊張も解けてきて。手を離すと、ちょっとだ
け名残惜しそうにしてくれたのが嬉しかった。
「それじゃあ、俺、もうちょっとだけお風呂に入ったら上がるからさ。シルファちゃんも
一度、服に着替えて外で待っていてよ。そのままでいると風邪ひいちゃうよ」
「はい……あ」
俺の言葉に、一度は頷いてくれたシルファちゃんだったんだけど。でもなぜか、居心地
悪そうにその場でもじもじとして立ち上がろうとしない。
「あ、あの、ご主人様」
「ど、どうかした?」
言うべきか、言わざるべきか。シルファちゃんの様子からそんな雰囲気がありありと伝
わってくる。
けれど結局言おうと決心したのは、確かにこのまま言わないでいて、また後で気まずい
思いをすることは避けたかったからだろう。
「あの、シルファもう、ご主人様の手でびちゃびちゃに…」
支援
言われてみて、そう言えばシルファちゃんの頭も体も、俺の手からついたお湯のせいで
濡れてしまっている。
特に拭きもしないで頭を撫でたり、肩を抱きしめたりしたんだから、考えなくったって
当然のことだろう。
「ご、ごめん! お、おれ今すぐ出るから、シルファちゃんはこのままお風呂入っててよ
「だめれす、ご主人様まだ体あったまっていないのれすから。いまお風呂から出たら風邪
を引いてしまうのれす!」
だからといって、このままシルファちゃんをお風呂場から追い出したんじゃ、シルファ
ちゃんが風邪を引いてしまう。いくらメイドロボとはいえ、濡れたままの体でいるのが体
に良いはずがない。
ただ、シルファちゃんの方も頑なで。これじゃあどうしたって俺の言うことを聞いてく
れそうにない。ご主人様の命令って言うことで、無理にでもお風呂に入ってもらっても良
いんだけど、できればそう言うことはしたくないし。
「あ、それじゃあさ」
支援
俺が出て行くのもだめ。シルファちゃんが出て行くのも以ての外。それじゃあ、取るこ
とのできる道は一つしかなくて。
「シルファちゃん、一緒にお風呂、入らない?」
「いっ──!?」
シルファちゃんの顔が、一瞬で茹ダコみたいに真っ赤になった。きっと、言っている俺
も似たようなもんだろう。
「あんまり広いお風呂じゃないけど、つめればもう一人くらい入れるしさ。シルファちゃ
んが嫌じゃなかったらだけど、どう?」
真っ赤な顔のまま、ゆっくりと頷くシルファちゃん。
立ち上がると、体に巻いたバスタオルを取ろうとして──
「む、向こうを向いててくらさい! シルファをバスタオルのままお風呂に入るような、
じょーしきのないメイロロボにする気れすか!!」
「ご、ごめんっ」
あわてて首を後ろに向ける。
バスタオルがはだける音、なんて物は当然のように聞こえないんだけど。代わりにバス
タオルを脱衣所に置く音と、シルファちゃんが恥らいながら湯船に入ろうとする雰囲気だ
けが、後頭部の方から痺れるくらい伝わってきて。
そしてこともあろうに、シルファちゃんは浴槽の反対側、隙間を開けた部分じゃなくて、
よりにもよって俺の膝の上に座り込んで。
「なーっ!?」
俺が叫び声を上げた時にはもう遅く。シルファちゃんの背中が、お風呂の中でぴったり
と俺の胸に触れ合ってしまっていて。
「ししし、し、シルファちゃん!?」
「シルファは、ここが良いのです」
それっきり、有無を言わさないように黙り込んでしまう。後ろ向きに座っているせいで
表情はわからないけど、で、でもこれは。
「シルファちゃん、こんな、ミルファちゃんみたいな真似しなくても」
「ミルミルにされるのは良くて、シルファにされるのはダメなのですか。そーですか、結
局ご主人様は、おっぱいの大きいメイドロボの方が良いのですか」
いや、そうじゃなくて。むしろその反対だから困ってしまうというか。
ちなみに、胸のことじゃないぞ。
「ととととととにかく、早くどいて」
そうじゃないと、いろいろまずい事にーっ!
「あっ…」
しかし、それはもう手遅れだった。
そりゃそうだろう。目の前には火照って赤く色づいたシルファちゃんのうなじが見えて、
ぴったりと密着するシルファちゃんの肌はすべすべで。しかも"それ"は、シルファちゃ
んのお尻のしたで直接刺激を受けてしまってるんだから。
「か、硬くなってきたのれす」
解っているのなら、早く、全て俺の理性が無くなる前に。
「……嬉しいのれす。ご主人様、シルファでこんなに反応してくれて」
恥ずかしそうに、そんなこと言っちゃダメー!!
「ご、ご主人様さえ良かったら、しても、いいのれすよ。こんなところでするのは恥ずか
しいれすけど、ご主人様が喜んでくれるのれしたら、シルファ何でも──ぴぴぴぃっ!?」
赤く染まった湯船に、シルファちゃんが叫び声を上げる。とうとう我慢しきれなくなっ
て、俺の鼻から血がダラダラと。
「ご、ご主人様、大丈夫れすか!?」
「ら、らいじょうぶ。ちょっと、のぼせたらけらから。おれ先にれるけど、シルファちゃ
んはもっとゆっくりはいっててよ」
鼻を押さえて、上を向いたまま慌ててお風呂場から逃げ出す。なんて、格好悪い。
辺りが濡れるのも構わず洗面台をあさって、母さんが化粧に使っていたガーゼを鼻につ
めて、ようやく上を向いていなくても良くなった。
支援
幸い血は体にはついておらず、バスタオルで体を拭いてパジャマに着替えた。
お風呂場からはシャワーの音。多分、俺の鼻血を洗い流しているんだろうなぁ。そう思
うと情けないやら申し訳ないやら。
せっかくシルファちゃんが、がんばってスキンシップを図って──
『ご主人様が喜んでくれるのれしたら、シルファ何でも』
また、鼻血があふれてきた。
ダメ、ダメー、思い出すの禁止っ!
このまま脱衣所にいたんじゃ、そのうち出血多量で死んでしまう。
まだ濡れた髪のまま、ドライヤーもしないでリビングに逃げ出す。
ミネラルウォーターを一本、一気に飲み干してようやく落ち着くことができた。ため息
を一つ。
けれど落ち着いたところで、さっきのお風呂場でのシルファちゃんの肌の感触が忘れら
れるはずもなく。シルファちゃんがそばにいる訳でもないのに、いや、いないからこそ、
シルファちゃんの肌のスベスベとした感触が生々しく思い出されてしまう。
そして、シルファちゃんのあの台詞。
『ご、ご主人様さえ良かったら、しても、いいのれすよ』
あ、あれはオッケーってことだよな。いや待て、あれはもしかしたら、『背中を洗っても
良い』ってことだったのかもって、そんな訳ないだろ!
おおお落ち着け? そうだ、別に初めてって訳じゃないんだ。前だって一度、シルファ
ちゃんとはしてる訳だし。そうだよ、今度こそ、ご主人様としてシルファちゃんを優しく
リードして
「ご主人様、あがったのですって、何をしているのですか?」
動物園の熊みたいに、リビングとキッチンをうろうろする俺に、背中のほうからシルフ
ァちゃんが声を掛けてくる。
不振そうな声の響きに、実際不審者以外の何者でもなかっただろう、俺は取り繕うよう
な作り笑顔を浮かべてシルファちゃんの方に振り向いて。
そして、言葉を失ってしまう。
「な、何をじろじろシルファのことを見ているのですか」
どれくらいそうやって、シルファちゃんのことを見つめていたんだろう。シルファちゃ
んに声を掛けられて、ようやく我に返ることができた。
「へ、変じゃないれすか?」
そこにいたシルファちゃんは、いつものあのメイドロボの服装ではなくて。
リボンやフリルのたくさん付いた、可愛らしいデザインの黄色いパジャマを着て。髪も、
いつものように三編みにするんじゃなくて、そのまま背中に流されていて。
「やっぱり、どこか変れすか」
「い、いや、変じゃない。変じゃないどころか、可愛い、凄く可愛い」
いつもと違うシルファちゃんにドキリとさせられて、俺の心臓は一気に心拍数を上げる。
俺に褒められて、照れくさそうにシルファちゃんは目を伏せる。
「そのパジャマ、どうしたの」
「あ、これ、イルイルが餞別だから持っていきなさいって。似合って、ないれすか?」
勢い良く首を横にふり否定する。
似合ってるも似合ってる。まるでシルファちゃんが着るためにデザインされたみたいに。
「良かったれす」
そうやって笑顔を向けてくれるシルファちゃんに、また、顔のほうへ血が集まってしま
う。
このままシルファちゃんを正視し続けていたら、顔から火がでてしまうんじゃないだろ
うか。それくらい、火照ってくる。
「あ、あの、ご主人様」
「な、なに」
「ちょ、ちょっと早いれすけど、そそ、そろそろ、お休みになった方が良いと思うのです
よ。ご主人様、今日は家のお掃除とか、たくさん働いたれすから」
けれど時計を見れば、まだまだ夜は始まったばかりと言う時間で。いつもならここから
テレビでも見て、それからネットを巡回して。
でも、いくら俺が鈍くたってシルファちゃんが何を言おうとしているかくらい気が付く
ことができる。
ただこういう時、何て答えるのが良いかがさっぱりわからないだけで。
「そ、そうだね。疲れたし、そろそろ寝ようかな」
からからの咽に何度も唾液を飲み込んで。搾り出すみたいにそれだけを言う。
「し、シルファちゃんは?」
「シルファも。シルファも、そろそろ寝ることにするのです」
「そう、お、おやすみ」
ばかっ!! そうじゃないだろ。見ればシルファちゃん、すごく残念そうに肩を落とし
ちゃっていて。
また、俺はシルファちゃんを悲しませるつもりなのか!? 違うだろ? 俺は、シルフ
ァちゃんのご主人様なんだから。
「あのさシルファちゃん。お願いがあるんだけどさ」
その言葉は、言った本人が驚くくらい、あっさりと俺の口から出てきてくれた。
「俺、シルファちゃんがいない間、一人でいるのがすっっごく寂しくてさ。もしかしたら
シルファちゃんが戻ってきてくれないんじゃないか、このまま、研究所から帰ってこない
んじゃないかって考えちゃって、寝れなくなっちゃうこともあったんだ」
「そ、そんなことはないれす! シルファは、シルファは!!」
「うん。シルファちゃんはちゃんと俺のところに帰ってきてくれた」
だから、だからさ──
「一回あんなに寂しい思いをしちゃうともうダメなんだよね。もう二度とあんな気持ちに
はなりたくない。シルファちゃんがいない夜なんて、もう絶対考えたくない。だからさ、
シルファちゃん。こんな寂しがりやのご主人様のために、一緒に寝てくれないかな」
だめかな? そう、俯いてしまったシルファちゃんに声を掛ける。
「ほ、本当にご主人様はダメなご主人様れすね…し、シルファがいないと寂しいなんて、
寂しいなんて……」
シルファちゃんの声はだんだんと空気に消えるように小さくなっていく。
その声が震えていたように聞こえたのは、きっと、俺の気のせいではないと思う。
支援れす
「シルファも寂しかったれす! 二週間、たった二週間のあいららったのに! 研究室の
明かりが消えたら、ご主人様のことばっかりうかんでくるのれす。シルファも、シルファ
もご主人様と同じくらい、寂しがりやなのれす」
「らから、シルファもご主人様と一緒に」そう言うシルファちゃんの手を握る。前と変
わらない、シルファちゃんの暖かな手。
すると、シルファちゃんの方からも俺の方に体を寄せてきてくれた。
手をつないだまま、二人で二階の俺の部屋へとあがる。
電気の消されたリビングの中には、もう一人で寂しく夜を過ごすメイドロボも、誰かを
好きになることに怖がるようなやつももういない。
キッチンの、シルファちゃんと一緒にやってきた冷蔵庫の野菜室の中には。
さっき一緒に買ってきた、これから、シルファちゃんが俺のために作ってくれる料理の
材料が、ずっと、ずっと先の分まで入っていて。
終
乙
やばいシルファ可愛い
ちょっと俺がリボンぐるぐる巻きでベッドで待ってる
でも、野菜買いすぎで腐っちゃうんだろ
支援くださった方、ありがとうございました。
初めてのシルファSSでしたが、ちゃんとシルファになっていました
でしょうか。
口調は、どっちが良いのかなぁ。というか、どっちが可愛いかなぁ。
>>635 乙でした。口調については、緊張すると(?)元に戻るっていう設定はありがちだけど
違和感もなくてよかったと思います
GJ すぐる!シルファ可愛いよシルファシルファシルファ……
俺キモい。でもマジで GJ。
>>635 乙、パジャマ姿見てぇ。
あと、13/29下の方の
目を剃らせる→逸らせる
>>635 乙!なんか読んでるだけで、その場面が浮かんでくるようだったぜ…
心をくすぐるような設定とシルファで最高だったよ、GJ!
しっかしシルファSS多いね〜w
AD発売してからのキャラSSの割合見たら圧勝してそう
ミルファ人気はどこ行っちゃったんだろ
これからtoheart2の世界を完全再現した日常SS書こうと思うんだ。
ちょっと待っててくれなんだぜ。
あぁ。ミルファが主役なんだぜ。!
むしろ完全じゃない方がいい
完全に再現しようとすると、フラグと登場人物が多すぎて大変そうだな
あんまり怒らないでね。上の宣言は大幅に嘘なので。
今日は映画見てないからすぐ書けた。
---
姫百合家で瑠璃様のお手伝いをするようになって、はや数ヶ月。
研究所外での情報の結合と意味づけが進んできているようだ。
「イルファ味変えた?ちょっと薄味みたいやけど」
外の情報はやはりノイズが多く、有形無形の感覚情報とそれに伴う思考の断片が乱雑に人格を成す。
「新鮮な卵が手に入ったので、味付けせずに焼いてみました。お好みで調味料をどうぞ。」
「うちソースつける〜」
ミルファもまたその位置にいる。
「ミルファちゃんの行動どう思います?少々派手ではないでしょうか。」
「秩序か。並列化やめてから考慮すべき要素やったかもしれへんけどとりあえず傍観かな〜
分岐の誘発は予定された域以外にはあんまり作用してないしな。」
「さんちゃん。もうちょっと保守的に考えんとそのうち捕まるで。政治はえてして純粋な科学に対して友好的でないねんから。
人道的行動という政治装置から科学を定義すると、科学そのものがそもそも純粋でないし、
その装置は大衆にとってほぼ絶対的な承認対象やしな。いわゆる正義か。
っていうかイルファ。そういう問題提起は評価したるけど食べてるときに体をまさぐるのやめ〜!言動と相反してるやんけぇ」
「え。そんな。瑠璃さまったら。ぽっ」
「ぽってなんやねんぽって。わけのわからん独自解釈で体をくねらすな。」
「保守的やで〜そもそも政治に関与しようとしてないしな〜」
「で、結局関与してしまう分を能動的に解消するつもりもないんやろ?」
「めんどくさい〜」
「「はぁー…」」
-ちゅんちゅん
コーヒーにトースト。優雅な朝を木漏れ日と鳥たちが演出する。
「タカくーんおはよー」
ふぅ。朝はいい。休みならもっといいのに。
「はいるよー?」
でも今日が休みだと知っていることはあんまり俺にはよくなさそうだ。
朝起きないしね。
「どうしたのー?」
情報の前後による行動の変化とそれがもたらす精神状態への影響の有無。
「あぁ。おはようこのみ」
たとえば今日どんより曇ってたら多分こんなことは考えなかっただろうな。おもしろいなぁ。
「もー。無意味な思考は人生の浪費であります。休みを浪費をしないように明日はこのみとどっかいくであります。」
意味の無い言葉の整理に貴明は思考を傾けていた。
「というか学校いこうよーもう八時半だよー」
そういや遅刻って、量でなくてフラグ的な感じのする表現だよなぁ…遅時だと量っぽいけど。
「おかえりなさい。ミルファちゃん。」
「ただいま。今日メンテじゃないよね。何で研究所にいるの?」
「お話しようと思いまして。今日も貴明さんを追い掛け回してきたんですか?」
「もちろん。でもなかなかダーリンが襲ってきてくれないんだぁ。
っていうかわざわざ聞きに来たの?。あたし普段防壁使ってないから調べられるのに。」
「もう。防壁は作動させとかないとだめです。
外部とは来栖川を経由してつながってるものの、進入出来ない構造ではないんですから。
それに、何でもかんでも開けっぴろげなのはよくありません。」
「えー。だってデフォルトの防壁処理容量食うんだもん。
それにデフォルトだと有線されなきゃどうせ来栖川経由だから同じの使っても意味ないし。」
「じゃあ自分で組むかシルファちゃんに頼めばいいじゃないですか。」
「デフォルトより効率いいの組むの大変そうだし、
ひっきーになんて頼みたくないし、それにそんなの内側に入れてたほうがよっぽど危険そうだしね。
というか防壁に関してはシルファのほうが問題でしょ。基本的にエンジニアは覗かないしシルファも表向き協力的だけど、
何か起こって操作が必要になったとき、目に見える防壁は別として見えない状態の物作ってそこで処理進めてたら危ないじゃない。」
「相対的な危険性の提示はあなたの正当性を支持しません。
まぁいいです。今はそのことについてはおいておきましょう。」
「今日は平和ですね。久寿川先輩。」
「そうね。でもね、平和って言うのは恒久的な状態では存在しないのよ。
何も変化しない、完全に広がりきって密度が0の状態を平和と呼ぶのならそれは否定できるけどね。
私たちが生活している中でそれはありえないから平和も恒久的には存在し得ない。
戦争の合間にあるのが平和って言うような言葉もあるでしょ?」
「ちみたち。平和とはいったい何か。あぁ。人類の永久の命題であってその定義が完成しない。
いや、定義できないからこそ永久の命題たりえるのかもしれない。
命題結構。しかしながらそれに費やされてきた年月はいったい何をもたらした。
そろそろ意味の無い言葉遊びは止めにしないか。
私たちが力を合わせればそんな無意味な行動に時間を浪費する必要は無くなるのだよ。」
「本当でしたね。」
ちっちゃい人を2人で傍観しながら、そう貴明が言う。
「というわけでたかりゃんコーヒー牛乳かってきて。」
「あ、私は野菜ジュースをお願い。」
「ミルファちゃん。たとえばあなたは今日の朝、貴明さんに会って何をしましたか。」
「抱きついてー胸をこすりつけながらおはよーっていったよ。」
「犯罪です。」
「いいじゃない。あたしは法律なんかには縛られないの。それにダーリンは嫌がってないんだし。」
「貴明さん本人についてだけではありません。あなたは貴明さんについては周りが見えなくなります。
そもそも人の倫理によって極力抑えられている社会の不確定要素に対しても、
倫理から見て未完成で不確定要素だらけの私たちは、不確定要素を励起しかねないんです。
不確定要素の塊が行動して起こるデメリットが想像できないわけではないでしょう。」
「それは詭弁ではないの?秩序は今もって人によって完成されてない。
倫理観の"少しの違い"がその中で大きな破綻を招くとは思えないよ。」
「保たれない秩序は大衆がその傾向をもって今現在を形成しているというのは否定しません。
ですが、大衆において著しく平均から外れている倫理観を持つ存在がその秩序の変化を大きくしているのは事実だと思うのです。
私たちはその外れた存在になるために作られたと思うのですか?
"少しの違い"で済まされる程度ではないのです。
意向を変えないというのなら…」
「なあ。貴明。」
「ん?」
「人間って何でいるんだろうな。」
「いるためにいる。っていうのはどうだ。」
「意味の言及でなく理由の言及か。」
「意味が生成されるのは認知するからこそだろう。唯名論的解釈はあんまり好きじゃないけど、
これにおいては的を射ているとおもうよ。」
「悪くないな。でも俺がつなげたいのはその方向の話じゃないんだ。」
「なんのことだ?」
「生殖だよ。」
「今日は話が下品な方向にかなり飛んでるな。いつもなら恋愛ブルジョアとか叫んでるだけなのに。」
「恋愛ブルジョアめ。
まぁ、それはいい。恋愛ブルジョアであるお前にはそんな提言をする余裕だらけかもしれないけどな、
俺は違うんだよ!くそ!何で違うんだよ!」
「自分で言ったことに切れるなよ…」
「生殖は人がいるための意義なのか。」
「そりゃ、生殖が無きゃ存在し得ないからな。」
「そうじゃねぇよ。個として人が存在するために雌雄で生殖を行う意義があるのか。」
「アイデンティティの誇示に役立つことは無いだろうな。」
「でも、抽象的になるが、愛はアイデンティティの誇示に含まれる要素だと思わないか。」
「何が言いたい。」
「これにこの写真に見覚えは無いか。」
「!?」
「意向を変えないというのなら」
イルファがミルファの胸倉をつかむ。
いや、つかみそこねそのまま姿勢を低くし足払いに移行する。
ミルファはこれを回避。
「ちょっ。情報に干渉するつもり?表層だけ書き換えてもどうせ芯の部分から侵食されるから意味無いでしょ。」
「だとしてもです。あなたのためです。無線だと来栖川の防壁に阻まれますが…」
飛翔。だが捕らえられない。
「有線なら」
「「うっ」」
2人は触れていない
「個が特定されていればそれれいい。」
シルファが無線で来栖川の防壁を越え、2人の制御を奪う。
「世界の倫理とか秩序とかろうれもいい」
2人の行動規定に干渉する。
「色恋がらみでそんないい争いしてたらセカイ系的な崩壊を起こしてしまう」
書き換える。完了。
「私が私であればそれぴゃっ」
イルファが自分自身の制御を回復し、シルファと自分をケーブルでつなぐ。
シルファの情報には干渉できないしする必要も無いのでスリープに移行させる。
結果的に、シルファによりイルファの思惑は達成された。
「もう。ミルファちゃんに対する干渉に規制がかかってしまいました。
瑠璃様への行動は特にいじられていないので、今のところそんなに悪い状況ではないですね。
お疲れ様です。シルファちゃん。」
どこから用意したのか、冷蔵庫のダンボール。そして以下略
「ネットは狭小ですわ。」
--
以上。性格・世界改変でお送りしました。
し
ADコンプ後、怖くてSSみれなくなった俺がカキコ。
>323からの奴の続きです
★ネタバレ注意★です
「行ってきます」
玄関に車椅子を降ろして、私は家族に声を掛けた。
……前回と同じフリだけど、今日は学校。そいでもって。
ぺた。ぺた。ぺた。こそーっ。
私の声に反応して、こっそり階段を降りてくる足音は、言うまでもなく我が姉、小牧愛佳。
「……じろ。」
「うきゅぅっ!」
が、物騒な目つきで睨んでやると、弾かれたように二階に引っ込む。
「ふんっ」
我ながら行儀悪く鼻を鳴らして、私は家を出た。
「うぅぅ、郁乃ぉ……」
窓から小さく覗いた顔から、そんな声が出たかどうかは知ったこっちゃない。
私と姉は、ただいま絶賛絶交中なのだ。
原因は、先週の日曜日の続き。
「なんで、あそこのメロンパンが冷えても美味しいって知ってるの?」
「え゛っ」
「それに、なんであそこにあんなタイミングで居たのかしら?」
「う゛っ」
二連発で硬直する姉。その反応で、私はほぼ事実を推察する。
「い、いやそれはその、たまたま、食べる機会があって、お散歩を、偶然、メロンパン、断じてあたしは、美味しかったけど、あのっ」
「……お姉ちゃん、あたしの事つけてたわね」
「ひぃっ!」
目を白黒させても、私の目は誤魔化せない。チャット仲間に探偵のふたつ名で呼ばれる私をなめるな。
そして、それは今日だけじゃない。
「お姉ちゃんは、いつも私が坂道に撃退され哀しく帰った後で、一人であのメロンパンを買って食べてたんだっ!」
「ぴひゃぅっ! ……ご、ごめんなさぁぃ……」
「許すかっ!」
判決。被告人小牧愛佳を、クチきいてあげないぞ1週間の刑に処す。
それで、今日が3日目。
冷静に考えれば、私も甘党の姉に販売車の事を黙っていたのだから偉そうな事は言えないのだが、
「毎回、郁乃と食べようと思っておみやげ用を買ってたんだよ、でも……」
"私に気を遣って”けっきょく一人で食べていたという事実も発覚したことだし、量刑は妥当でしょ。
そういうことで、学校でも家でも私と接触しようとウロウロしている姉の事は放置として、放課後。
「さて……」
この件に関してもうひとつ、私には課題があった。
「今日こそは、奴に謝ろう」
奴とは当然、例の男の子、河野貴明。
「メロンパンのお礼も言わないと」
とかいいつつ、自分の教室で車椅子にぼーっとしている私。
どうも踏ん切りがついてない。二年生の、しかも姉のいる教室に行くのが気後れる。
あと、
「……ったく」
あの、人を馬鹿にしてるのかと思うくらいお人好しな笑顔が、どうも私は苦手っぽい気がする。
「まず呼び出して、いきなり謝るか、それとも様子を聞くか……」
頭に浮かんだ仮想河野貴明相手にシミュレーションしながら、ともかく廊下に出た途端。
「あっ、丁度よかった」
「ふえっ!?」
目の前に、本物の奴がいた。
「な、なんで此処にいんのよ!」
謝ろうとか、お礼を言おうとか思ってたのが吹っ飛んで、まず文句。
「なんでって、そりゃあ、郁乃ちゃんに用事があってさ」
い、郁乃“ちゃん”?
「あんたにちゃん付けされる、そもそも名前で呼ばれる言われはないっ!」
「いや、小牧だと小牧と区別つかないしさ。呼び捨ての方がいい?」
「もっと嫌だっ!」
ぜーぜー。
「……まあ、いいわ」
ちょっと落ち着こう。本題を忘れて脊髄反射なんて、何やってんだろ、私。
「それで、何の用事?」
「うん、実はね」
やや言い淀んでから、奴は頭の後ろに右手を当てる。顔には例の曖昧な笑み。
「郁乃ちゃん、いま小牧とケンカしてるでしょ?」
「ぶっ!」
落ち着こうなんて束の間。突然プライベートに侵入された気持ちで、また私は吹き出す。
「なんでそんなこと知ってんのよ!」
こいつは姉と、そんなに親しいのか?
「あーやっぱりそうか。いや、実はなんか今週、小牧が腑抜けちゃっててさあ」
当てた右手でそのまま頭を掻きながら。
「休み時間も、いつもは用事で飛び回ってるのに机でぐったりして、時々「いくのぉ……」って」
「変な声真似すんなっ!」
背筋に鳥肌立ったでしょうが。
「ごめん」
奴はぺこっと頭を下げる。ふむ、素直でよろし……くはないな別に。
「で、ウチのクラスは色々と小牧に頼ってるから、何かと仕事が滞って」
「それは、あんた達の問題でしょ?」
姉が“委員長”のふたつ名で学年問わずの雑用係と化しているのは知っているが、歓迎すべきものでもない。
「そうだけど、でも困ってるのは事実だし、それでさっき対策会議が」
んなこと、してる暇で姉に押しつけてた仕事をすればいいのに。
「結果、みんなの話を総合すると妹とクチを聞いてもらえないのが原因らしいって事に」
こら。姉のクラスで、私の存在はどういう評価なんだ?
「だからお願い。小牧と、仲直りしてあげてくれないか?」
6分後。
私と奴−河野貴明−は、図書室に来ていた。
「なんであんたにそんなこと頼まれなきゃいけないのよ」
というわけで、私も素直に奴に言うことを聞いたわけではない。
が。
「筋合いがないのは分かってるって。俺もクラスの連中に頼まれたんだよ」
弱った表情で腰を低くする、やっぱり人は好いのかね。
「話の流れで、俺と小牧の妹、郁乃ちゃんね、と面識あるのがバレてさあ」
げ。まさかメロンパンの話も喋ったんじゃないだろうな。
「あ、余計な話はしてないから」
私の話題を出すこと自体が余計なんだけど、それとも脅しのつもりか、この優男が。
「な、頼むよ、俺と2-A一同を助けると思ってさ」
手を合わせて、今度は拝み倒された上。
「それにやっぱり、ああいう小牧を見てると可哀想だし」
ぐ。最後、ちょっと痛いとこをつかれた。
私の機嫌を気にして凹んでる姉の姿というのは、想像できすぎて困る。
「ったく、何やってんだか」
……もとから、怒る理由があってケンカしてるわけでもないしな。
「わかったわ、話してみる」
色々絡めた説得に屈したと思われるのは癪だが、私は頷いた。
「あ、いいの?」
ぱっと明るい笑顔になる河野貴明。やけに笑顔のバラエティがある奴だ。
「サンキュ。おし、じゃあ、行こうか」
「行こうかって、ちょっと、押すな、大体そっちは2-Aと逆、いや、そもそも」
「さっきよろよろと教室を出て行ったから、たぶん図書室だよ」
「だから今すぐなんてあたしは、おい、こら、人の話を聞けーっ!」
奴は、人の話を聞かなかった。
……一瞬でも、人が好いなんて思うんじゃなかったわ。
「それで、いないじゃない?」
半分自分で、半分奴に背中ならぬ車椅子を押されてやってきた図書室に、姉の姿はなかった。
「うーん、此処だと思ったんだけどなあ」
押してきた方は、普段は校舎中を飛び回ってるけどさ、などと言い訳じみた独り言をつぶやいて腕組み。
「アテがないなら帰るわよ。後でも話はできるんだから」
とか言いつつ、実は私の方にはアテがある。
この学校に転入して最初に姉が案内してくれた、いわば姉の秘密基地があるのだ。
なんか癪だから奴には教えてやらないが、場所はこのすぐ近く。
秘密といっても図書委員なら知ってるだろう、図書室の隣に、
「あ、書庫かな?」
そう、普段使わない本をしまう書庫があって……へ?
「な、なんであんたが書庫のこと知ってるのよ」
「前に小牧の作業を手伝ったことがあったから、思い出したよ、よく来てるって言ってた」
「そ、そう……」
「そうって、郁乃ちゃんも知ってたんなら、って、あらら?」
私は奴の言を待たずに、するすると車椅子を書庫に続くドアに進めた。
図書委員でもないこいつが姉の隠れ家を知っていることに、いささか動揺した自分が情けなかった。
それはそうと、書庫。
「あ、居た」
姉は、書庫の奥の机に突っ伏していた。
「泣いてるのかな?」
「まさか」
まさかよね、喧嘩して3日目だし、家では弱々だけど、普通に学校にも行ってるし。
そうは思いつつ、私は不安にドキドキしながら近寄って様子を。
「くぅ……わーい、パンケーキぃ……すぴゅう」
寝てやがった。いや、別にいいのよ私は。むしろホッとしたわ、元気そうで。
「ということだから、帰る」
「待て待て、全然いいと思ってないだろ、それ」
地の文を読むな。
「んなこと言われたって、これをどうしろってのよ」
すやすやとお休みの我が姉を顎で指すと、奴も困る。
「あはは……」
あんたがどう誤魔化し笑いを浮かべたって、この安らかな寝顔は……ん?
「うぅ、いくのぉ」
気が付けば寝顔が安らかでなくなっていた。
「ごめんなさぁい……もうしません……」
ぐすん、と泣き声までくっついた寝言。
「ほ、ほら、謝ってるよ小牧」
「寝言相手にどうしろってのよ」
でも、可哀想かなやっぱり。
「……このケーキあげるからぁ……ぜんぶ……」
食い物に換算するのもなんだけど、起こして赦してあげようかな……
「……やっぱり半分こぉ」
「帰る」
「いやいやいや」
くるっと車椅子を回した私に、慌ててすがりつく河野貴明。
止めるな。これで許してやる気になる妹なんて。
「……いいの? ありがとぉ……」
都合のいい夢見てやがるなぁ。しかも寝言多すぎるわお姉ちゃん。
「ふん、まあ、いい夢見たらいいわ」
私は再びハンドリムに手を掛けて、
「いくのぉ、だいすきぃ」
「っ!」
ガクッとつんのめった。な、なに言い出すのよこの姉は。
ガタ。
あたた、ほんとに音出しちゃったわ。
「ふえっ?」
パチリと目が開いて、がばっと身を起こした姉。
「あ、あれ、あれ? ここはだれわたしはどこ? ……いくの?」
寝ぼけてきょろきょろと左右を見て、正面の私に気づく。
「あ、う、あ、え」
酸欠金魚でクチをパクパク。
「……」
私は無反応。視線の温度は、7℃くらい。
「しゅーん」
やがて姉は、下を向いて視線をそらす。
両手の指を互いにくっつけて、いじいじポーズ。
「ケーキ半分じゃ都合いいよね……」
小さい声で、夢の続きか交渉条件を呟いているようだ。
はあっ。
私は大袈裟に溜息をついて、俯く姉に口を開く。
「金平糖一瓶」
「えっ?」
はたと上がる顔。
「机の二段目に入ってるでしょ。それ、もちろん、満タンよね」
解除条件。
「……」
じわーっと、姉の顔に理解の色が広がる。
「いくのーっ、ありがとぉ〜っ!」
「のわわわわ抱きつくなっ!」
机を飛び越えそうな勢いで飛びついてきた姉に顔をしかめながらも、私の気分は悪くなかった。
「ところで、あの金平糖っておじいちゃんの家から貰ったけっこう貴重品なんだけど、半分じゃダメ?」
「一粒残さずよこせ、今すぐ」
半分こ支援
ザーッと部屋中に響く心地良い音。私は裸で、全身の皮膚を流れる刺激に身を任せる。
……お風呂よお風呂。シャワー浴びてるだけ。
「いくの、いる?」
と、脱衣所から、姉が声を掛けてきた。
「いる? って、みりゃ分かるでしょ」
もちろん、姉が話を始める時の枕言葉だとは知っているけどさ。
「うん、そうだね」
それでも姉は律儀に返答して、そしてガラガラガラと扉が開く音。
「ちょっと、何よ、寒いから締めて」
がらがらがら。
文句を言うと、姉はすぐに扉を閉めた。
自分も中に入って。
「えへへ、お背中お流しします♪」
おい。
その10分後。ちゃぽーん、と、天井から雫が垂れる。
「……狭い」
うちの湯舟は普通の家庭用一人用。比較的小柄でも、高校生二人が同時に入るようにはできてない。
「あはは、久しぶりだねえ、いっしょにお風呂なんて」
私の抵抗を押し切って押し掛けた癖に、姉は自然にそうなったかのように喋る。
普段は気弱なのに、突如ときどき強引になるのよね、この人。
「お姉ちゃん、太った?」
「あうっ、そ、そそそ、そんなことは……郁乃が痩せてるんだよぉ」
ちょっと虐めてやろうかと思ったが、体型的な話題は自分にも楽しくないのでやめる。
「で、何の用?」
「うん……あのね……郁乃は……あのね」
本題に入ると、姉はモジモジ−くっついてるから身体の動きがよくわかる−しながら、とても姉らしからぬ台詞を吐いた。
「河野くんって、どう思う?」
「うげっ、げほげほっ」
お湯飲んだ。
「だ、だいじょうぶ郁乃っ?」
「大丈夫だけど、ったく、突然なにを言うのよ」
「べ、べつに変な意味じゃないよっ。ただ、今日いっしょに書庫に来たから」
「頼まれたんだから当然じゃない」
「うん、でも、仲良さそうだったよね」
「どこがっ!」
回想開始。
「良かったね、仲直りできて」
「あ、あれ、河野くん?」
私に散々抱きついてから第三者の存在に気がついた姉は、自分の行為を恥ずかしがったり事情を説明されて納得したり。
「そうなんだ。ありがとうね、気を遣ってくれて」
「いや、どっちかっつーと自分の利害関係だから……」
「そうよ。こいつにお礼を言う必要はないわ」
赦してあげたのは私だもん。
「こら、またそういうこと言うっ」
仲直りした途端に普通だね、姉。
しかし、ま、噛みつく必要はないか、一応先輩なんだし。
……ていうか、謝るつもりだったんだっけ。
「それはそうと、この間……なによ? 人の格好をじろじろ見て」
でも、当所の目的を果たそうと顔を向けたら、なんかニヤニヤした視線が目に入って。
「いや、本当に女の子だったんだなと」
「当たり前だっ!」
回想終了。
うん。仲良くないわよね、別に。
しし
「お姉ちゃんこそ、あいつと何かあるの?」
「ふえっ?」
逆にちょっと気になっている事を聞いてみる。
「だって書庫の事も知ってたし、珍しいじゃない、男と普通に会話してるなんて」
「お、おとこって、そんなんじゃないってばぁ!」
わたふた。うわ、しぶきが顔に跳ねた。
「お風呂で暴れないでよ」
「ご、ごめん、でも、ホントに偶然手伝ってくれただけだし、只のクラスメートだし……ぶくぶく」
最後のは、タオルを口に当てて湯舟に沈む効果音。
「喋りやすいけどねえ河野くんとは」
それが珍しいっつってんのよこの男性恐怖症が。
「あんまり男っぽくないっていうのかなぁ」
「かもね。私はあんま好きじゃないけど、ああいう、なよなよしたタイプは」
「あ、そうなんだ」
私の言葉に、なんだかホッとしたような表情を見せる姉。
む。なにか回路が繋がったぞ。
曰く。姉は奴と話をし易い。
曰く。姉は私と奴との仲を気にしている。
曰く。姉は奴が私のタイプじゃないと聞いてホッとした。
ふむ、そういうことか。うーん、奴と姉、ねえ。
似合わないとも思わないし、奥手な姉のたぶん初恋なら応援してあげたいけど、それにしても、奴が姉にふさわしい相手かどうかよね。ウブな姉を騙そうとする輩かも知れないし。
……考えてても仕方ないわね。
ここは行動あるのみ。さっそく明日から調査開始! 気合を入れて頬を一発!
「うきゃっ、しぶきが跳ねたよぉっ!」
「あ、ごめん」
待ってねお姉ちゃん。奴が姉の相手に足る男かどうか、私がばっちりリサーチしてあげるから。
以上です。支援ありがとうございました。
次回、第3話「車椅子探偵いくのん」
投下乙。
会話の再現度が高いから安心して読めるな。次回も楽しみだ。
容量的にそろそろ次スレかね。
投下乙。気持ちいいSSですね。
そして雰囲気改善乙。
電波作者もこういうの見習えばいいのに。
電波作者って誰よ
>>667 乙です。
ADやって、郁乃SSは読みたくなっていたので、よかったっすよ。
なんつーか、どの作品でも本編の展開に不満があるとSS熱は上がるなw
>>645-651 ネタとしては面白いと思う
元ネタの衒学ごっこっぽさが良く出てる気がするし
もうちょっと時間かけたほうがいいよね。
6/7の最後の雄二の台詞に誤字あるし。
試みとしてはいいかもだが世界観に合わない気がする
まぁ俺の意見だが
あれだと無駄に何もおこらなそうだな
無駄こそギャルゲの本懐だと思うし、東鳩を東鳩たらしめるものだと
まぁこの辺は各個人の見解やらとらえ方があるから
俺が言うことでもないよな
書き手さんの邪魔しないよう引っ込みます
貴明と雄二のキャラが電脳化でもしとるのかという口調は笑えた
もともと、どうでもいい事をごちゃごちゃと書くギャグって言うテーマではじめたんだけど、
話の筋がないのはなんかあれだなぁとおもってつけたら、
ギャグ成分少なめになっちゃったという感じなのよ。
軽い筋にするにしても、ごちゃごちゃ書くと重くなる傾向にあるから
修行しないと難しそうですね。
次ぎ書くとしたら、人生3つ目の創作にしてネタ切れになりそうだから、
みたくない人の心配もなくなるかもしれませんね。
あと、このスレに対する意見なんだけども、もっと荒れたり、統制の取れない喧々諤々の言い争いがあったり、
整理されていないスレが乱立したりしたほうがいいんじゃないかなぁとおもうのよ。
ささらに喋らせたように、全部発散しちゃうと何もなくなっちゃうからね。
たとえ一部が機能しないほど荒らされても全体が活性化されてたら、
「SSを書く」「読む」「文句を言う」「言い訳をする」とか、ここに求める機能は保持できるしね。
ちょっと違うけどリトバススレが見た目悪い空気でないというのもこれに近いとおもうのよ。
読んでくれたり反応してくれてる人ありがとう。
要点を三行でまとめてくれw
676は自分で自分の書いた物を評したの?
感覚で書いてるからまとめるの下手なのよ…そもそも伝えられなければ意味がないんだけどね…
ギャグって難しいね。
反応が無ければチラシの裏に書いてるのと変わらないんだから、
もっとみんなアクティブにいこうぜ!むしろスレ乱立しようぜ!
676は私ですよ。何をするにしても常に後から同じ事を思う。改善されないけどね。明日早いので寝ますね。
スレ乱立はやめてくれ
ここは東鳩板じゃないんだ
_,、z=;'"´ ̄`~"ヽ、
_,ィニ=ュ、( `"'''‐、, ヽ、
,r゙ ,ィ'゙ 、 、 ヽ、. ゙ヽ、 \
/ / .. 、ヾ、ヽ、,,ゞr,:.、:..゙'ヽ、゙ヘ、_
j :: ! i:: |: } l i゙lヽイ、;r‐t、;.ヾ;:..ヾ゙'、ヘ、
!:.::l: }:: :|:_,、l-i:|゙l} ゙'i, ゙'i;::゙'i,ヾ、;ヾ、ヽゝ^
゙!;::|: ::l: ,r'i゙::;j,rtlj '゙ ゙ー'゙ iノ゙ヽ、゙'j
゙i;::l: ::i:゙ ::|::i゙:::゙'ヘ ''゙ j:: }
゙i;:!:.::|::.:j/i{ヾ;;;;/ `, /:;ノ 「…今スレは出番が多かったから疲れた」
゙|::::l;::::;::ヾt、_''" ,ィ゙/"~゙''''‐ュ,
!:;j::;::}Vヘ;:::ヾ;"iヾ''''"´ i、゙'i、 、, ゙ヽ,
j/|/ミ'、;:::::ヾ、;:::、{ ,}―‐'''l,ヘ\ ヽ、! l i'、
"゙ヽ`゙''ー-‐‐ン''<゙ヽ、 ゙i ~゙l, i, ゙ヽ!! ヽ,
゙ヾ、;;;;;:r'゙'-<゙;"''‐゙、ヾ、 ゙ヽ!, ゙{ _ \
i:::::::::::::゙ヾ、;;:.゙ミヾ'ヽ,゚ヾ;t、.,_::゙l ゙ ニ゙=-t
!::::::''゙"':::::;::゙ヾ;:゙ヾ、 }, 。i,゙ヾ;`゙i::.... '''''"`'ヽ,
l:::: `'‐=!、゙} j ゙i, .゙i;:::'゙ヾ;:"''' ゙ヽ、
ヾ;: ゙i;;::}:::..};::゚:ヽ;::::;ヘ;::::.. `ヽ、
ヾ;. 、,_~、;:::i{:: .。゙、': :lヾ;::::.. _,,゙ヽ
\ ゙''' "'''':::::‐--゙ヾl;:;;:::;::。i::゙ヽ"'=、;;:.. : : r'" ,゙>}___,,._
`i、 `''ー゙ーュ;:::;!、}/:i'" ゙ヾ、;_;{;;::.l´ ,_ヽ_':、i,
゙iヽ、 ‐'" ̄ ̄"`゙ヾ<,,_ `^i、 _ャ-‐'=゙ー゙ュ_
゙i;::゙ヽ、  ̄`ヘ、,..、‐'´ ‐,二ニ-'
ヽ;:::':;`ヽ、_ ..  ̄i, ゙i ,二ニ''=
ヾ;::ヾ;::::`゙ヾ、;;::::::::::::.... ...:::};;;;ノ―'"´
いくのんお疲れさま
,、==-,.、 -- 、.. -- 、
/ __/-‐`:.:.:`~:.:.:.:.‐:`ヽ
,r/´: . /: . /: . : . : 、: . :`ヾrz、
r‐r=7ーァ彡ソ:.:l:.:.:.:.:.:.ハ:.:'; .ヽ:.:.ヽヘ そろそろ梅の季節であります!
/ /{ {{ ´_r_´:;l.:‐+.、:..: /- l:、!:.:.:';:.ヾ: .:ヽ
/ \__>r:.T|ハ!ヽ| ヽノ ソハ:.:.:l:.:.:}:.:.:.:l
/ _/:l:.l!:.:l:| z==` ==ミ、j:ノ:.:/:.:.:.:.|
/ /ハ:.:.:|ヽ(.l::! 、 ノィ/|:.:.:.:!:|
/ / `;:ト {:人 「_ フ /:.:リ |::::.バ
{ ノノヘ、 ヾ ヾドヽ、_ _, イフジ j!ノ
\ ヾー--r-、 ゙} ~´ {=、 ´ ´
ヽ、 ヘ ト| l  ̄{フ マヽ_
`丶 | ゙、'、 |r===、/ `ヽ
`丶、 l トヽ `、 / /ハ
ヾl!/ `ヽ、ヽ/___ ./l !
{__/ ̄テ{]≦-、 Y'´ |
< ´_ハ ヽ \ } |
lト、 /´/:;|: lヽ 〉' |
//`ー`´ | |_ノ___r{:. |
〈」‐=、__ l| ==、 ハ |
「梅だと?」
「そうであります。」
「花は3月初頭だし実が熟すのは6月。ずれてる。」
「でも梅の季節であります!」
「あーもう。わかったから。つかれた。寝る。次は私の出番休みでね。」
「お休みであります。ベットまで押していくであります。
と思ったけどちょっとお散歩に行くであります。」
「ちょっ。おっ。そんなに早く押すなぁ。」
「急がないと日が暮れるであります。」
「わかったから。押してもいいから。でも介護には押し方の手順ってもんがあんのよ。」
「手順でありますか。」
声をかける必要性、速度、勾配の時の注意等々を説明する。
「わかったであります。」
「って。だから突然押すなぁ〜!」
「で、結局どこ行くのよ。」
「内緒であります。」
「はぁ。」
「(寝ないとマジできついというのに、もうちょっと考えて動けんのかこいつは。)」
などと考えながらも、春休み中ほとんど家にいたため、
久しぶりの外気は少し気分がよかった。
眠いのは変わらなかったが。
「ついたであります。」
「なにこれ。」
「桜であります。」
「へー。これだったんだ。桜。」
「(貴明とお姉ちゃんが苦労したのもわからなくもないわね。)」
せっかく目が見えるのだから叶えてやりたい。
そんなことを考えていたのだろう。
しかも日本人の多くが楽しみにする美しい花を、
期待していたのだから落胆させるのはかわいそうだ。
「で、結局どこら辺が梅なわけ。」
「この文章であります。」
「ちなみに、桜の下に埋まってるであります。大阪の梅田は埋め田からきたであります。」
「あー。もういい。縁起が悪い。っていうかもう帰るわよ。寒いし。」
「了解であります。」
夕日に向かって爆走する車椅子が、長く影を引いていた。
>686-690
乙乙
いくのんとこのみはいいコンビになると思うのでつ
そしてこのみといくのんのラブラブぶりに嫉妬したよっちゃるが
このみを奪い返そうとして百合百合な三角関係にw
.__
/ /
/ へ
../ / \
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ウイーン / / \ .\
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〃〃 / / | |
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/∧ ∧ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/ (゚Д゚ ) | |< 埋まって良し!
/φφ | | |_\_____
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ギコ建設 .|
|_______|______|
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{◎三三三三三三三三三三三三◎}
\ ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎ /
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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| 次スレではメイドロボハーレム書いてくれよ〜〜
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∨ | お前が書け!!
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日 ▽ U 凸 Å ∨ <> § ‖
≡≡≡≡≡≡≡≡∧∧≡≡≡≡≡‖
V ∩ [] 目 (゚Д゚;) ▲ 8 ‖ ___
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うめ
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