葉鍵ロワイアル3作品投稿スレ2

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476 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:07:17 ID:k5UulYa80
新作投下します。
ルートはB系、およびJ。276の続きです。
ちょっと長めですのでお暇な方は連投回避をお願いします。
477 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:08:53 ID:k5UulYa80
「この島にいる全ての人に」



「殺人鬼二人か。悪くねぇな…地獄への片道切符、てめぇらの命で買ってもらうぞ!」
言うと同時に秋生は葉子にむけて銃弾を二発はなった。

 ダン! ダン!

一発はそれた。だが一発はよけようとしていた葉子の腹部に命中する。
「がはっ!」
「葉子さん! このっ!」
「ダメです! 郁未さん! 一旦下がって!」
「っ!」
すでに秋生の銃口は郁未に向けられていた。慌てて身を翻し、ベッドに隠れる。銃弾は一瞬前まで郁未がいた空間を貫通し、その背後にあった戸棚を破壊した。
「葉子さん!?」
「だ、大丈夫です」
こっそり向こうを覗くと葉子もベッドの陰に隠れることに成功したようだった。その間に秋生はすばやく弾倉を交換する。二人にとっては予想外に手馴れた早さだった。
(予想以上に手ごわい……)
秋生の射撃能力は葉子の予想をはるかに上回っていた。明かりのない暗がりの中、走る自分に向かって銃弾を当てる。
 昨日まで武器など持ったことがない一般人ならばとんでもない芸当だった。これでは二人で本気でかかっても勝てっこない。
 自分の腹からは血が流れている。幸い、外側に近いので重要な器官に影響はないようだったが。だがいずれにせよこの状態自分のほうが完全に足手まとい。ならば……
「郁未さん、聞いてください!」
葉子はすぐさま、覚悟を決めた。大声で敬愛する人の名前を叫ぶ。
478 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:10:17 ID:k5UulYa80
「なに!?」
「私は、もう助かりません!」
それは半分嘘だった。手当てをすれば、まだ生きられるかもしれない。だが、葉子は郁未を生かすため、あえてそう嘘をついた。
「! そんな!」
「ですから、私がその男の注意をひきつけます。その隙に郁未さん、あなたがその男を倒してください」
「待ってよ! そんなことをしなくても……」
「ぐずぐずすれば那須宗一が戻ってくる可能性もあります。時間はかけられません。それにね、正直やっぱりあなたと戦うのは嫌です。ですから郁未さん。あなたは、生き残ってください」
「……わかった、葉子さん。私、絶対に生き残るから」
「………」
秋生は二人の会話をじっと黙って聞いている。
「郁未さん、私、あなたに会えて本当に良かったです」
「私もよ」
葉子は姿勢を変えてすぐさま走れるような体勢になり、鉈を構える。
「……さよなら」
次の瞬間、葉子がはしりだした。
「葉子さんっ!」
悲しみと苦しみに胸を押しつぶされそうになりながら、それでも郁未は走り出す。葉子より少し遅れて、秋生めがけて薙刀を突き出しながら突進する。
「うわああああああああっ!」
腹の底から雄たけびを上げた。そうすることで秋生の注意が少しでもこちらに向くことを願って。
 だが、秋生は冷静に葉子に狙いを定めて引き金を引いた。ドンっと音がして葉子の体が前に突っ伏せる。だが、葉子は止まらない。右胸に被弾してなおも秋生に向かって走り続けた。
 ドン! 二度目の被弾。今度の銃弾は葉子の眉間に突き刺さり、彼女は倒れた。そして同時に秋生の体も。彼の腹部には郁未のもつ薙刀の切っ先が刺さっていた。
479名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 12:15:08 ID:BpfbM8O40
連投回避
480名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 12:19:29 ID:lfPOhkgG0
>◆elHD6rB3kM
せっかく舞台が整ったのに一番ゴミな奴だけ生き残らせてどうすんだよ
バカか?
リレーを理解しないバカ書き手は迷惑だからマジ死ね
481 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:22:33 ID:k5UulYa80








 郁未は葉子の体を上に向けて、目を閉じさせる。
(ごめんね、私のせいでこんなことになって……)
彼女はきっと長い挨拶は好まない。だからそこでさっさと切り上げて秋生のほうに目を向けた。
「なんでこんなことしたの?」
「……あ? なんだって?」
「なんで黙って葉子さんの計略にはまったのよ」
自分が囮となり、その隙に秋生を倒す、という葉子の作戦。今にして思えば秋生が防ぐ手段はいくらでもあった。
 話している間に葉子を撃ってもよかった。移動しながら攻撃して、二人の攻撃の間隔がなるべく開くようにしてもよかった。手段はいくつもあったのだ。
 だが秋生はそうした手段を一切とることなく、葉子を倒し自分に倒された。
「けっ、これだからガキはわかってねぇな。無粋だろうが。一人の人間が命賭けてまでなんかやろうとしてんの邪魔するなんてよ」
「……あっきれた。救いがたいお人よしね」
「俺は俺と早苗の命を使って渚ともう一人のあの子の命を救う。あいつはあいつの命を使ってあんたを救う。平等だろうがこれで。文句あんのか、この野郎」
「何それ。あんた自己満足のために命を捨てたの。本当にバカね。そんなことで命を捨てる人、あたし大っ嫌いよ」
ふぅ、と秋生はため息をついた。いくら考えても最初の前提が間違っているので答えにたどりつけない生徒を見た教師のように哀れみをこめたため息を。
「いいか、耳の穴かっぽじってよぅく聞けよ、小娘。この世にはな自分の命なんかよりずっと大事なものがあるんだ」
「ふぅん。ご高説、伺おうかしら?」
「それはな、正義だ」
「はぁ?」
郁未は思わず素っ頓狂な声を上げる。この答えはさすがに予想していなかった。
「それはあんただって持ってるはずだ。だから、この殺し合いに乗ったんだろ。一人ひとりの正義は違う。衝突することもあるだろうさ。特にこんな状況じゃあな」
「……多元主義者だとは思わなかったわ」
「そんな小難しい言葉はしらねぇよ」
誰だって自分の正義を持っている。自分の命こそが最優先だというもの、愛しい人の命を守ることを最上の使命と考えるもの、あるいはそれ以外の何かに生きる意味を見出すもの。
482 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:23:51 ID:k5UulYa80
「俺は自分の正義に生きたんだ。てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇよ」
「私がこれから二人を追いかけて殺すかもしれないのに?」
郁未は言ったが実際にはそんなことをする気力は葉子を喪ったことでとうになくしていた。
「やれるもんならやってみやがれ、いっとくが渚はおれのちんこが生んだ最高傑作だ。簡単にくたばりはしねぇよ」
秋生をにもなんとなく郁未の心のうちが伝わっているようだった。まったく心配していない様子でそう答える。
「ふふっ、確かにちょっとばかり難儀よね、それは」
軽く笑うと薙刀をもってゆっくりと立ち上がった。
「じゃあね、あたし、もう行くわ」
そういった瞬間、
「おとうさん!」
部屋に入ってきたのは渚だった。心配で戻ってきてしまったらしい。そして目の前の光景を見るや否や、秋生に駆け寄る。
「おとうさん! おとうさん!」
「おう、渚か……って、何で戻ってきたんだ」
「音がしなくなったから、もう終わったのかと思って……」
そう言いながら泣き出してしまう。ふと、郁未はこの子がどういう結末を創造していたのか気になった。自分と葉子が血まみれで倒れている光景だろうか。
 しかし、改めて問うほどの興味ではないその光景を最後に郁未はくるりと後ろを向く。だが、そこにはもう一人の客がいた。
「なんでこんなことをしたの? 早苗さんは……早苗さんはあなたの腕を直してくれた人だったんだよ」
そして部屋の入り口には霧島佳乃がいた。手に持っているのは葉子が持っていた鉈。
「それを返しなさい。それからそこからどきなさい。殺されたくなければね」
すると意外にも佳乃は素直に鉈の柄を差し出してドアを開けた。これには郁未のほうがびっくりした。
「いいの?」
バカだな、と自嘲しながらも思わずそう聞き返してしまう。
「……わたしのお姉ちゃんね、お医者さんなの。お姉ちゃん言ってた。たとえどんな悪人でもけが人や病人ならならその患者の無事を祈って最善を尽くすべきだって。わたしはおねえちゃんの妹だから。だから早苗さんの患者だったあなたの無事をわたしは祈るよ」
「そう、ありがとう」
正直言ってFARGOの一件以来『祈る』なんて言葉は聞きたくもなかったが、郁未はそう素直に頷いた。鉈を取り、戸口へ向かう。
483 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:25:01 ID:k5UulYa80
「でもね」
パン! と乾いた音がした。佳乃の平手が郁未の頬を叩いたのだ。
「でも、許せない! なんでこんなひどいことができるの! 早苗さん、すごくいい人だったのに! あなたを助けてくれたんだよ! なのに、なのにっ!」
何か返答をすべきだろうかと郁未は考えた。だがうまい理由が思いつかず、それを口にしていた。
「それが私の正義だから」
佳乃はその返答を聞いて、ポカンとしていた。その隙に郁未は鉈と薙刀を持って部屋を出ていった。長居しすぎた。早めにここから離れなければ。
「おとうさん!」
今まで渚が黙っていたわけではないだろう。だが、佳乃の意識に渚の声が届いたのはこの部屋に入ってからそれが初めてだった。
「渚、すまねぇな。どじっちまったよ」
「ま、待ってください! 今包帯を持ってきますから」
そう言って立ち上がろうとする渚の腕を秋生はつかんだ。
「いいんだ。もう、俺は助からねぇよ。それより聞いて欲しいことがあるんだ」
「いいえ、ダメです。後にしてください」
「かっ、相変わらず頑固なやつだな、お前は。いいから聞いとけっての」
「はい、私もおとうさんのお話、聞きたいです。でも治療が終わってからです」
互いに引かないふたりの間に佳乃が割って入った。
「渚ちゃん、おとうさんの話、聞いてあげなよ。治療は私がするから」
「……わかりました。佳乃さん、お願いします。おとうさん、話してください」
佳乃は秋生の服をめくると、消毒液をたらして、そこに包帯を巻きつける。といっても見よう見まねだったが。
「ああ、渚。俺な人を殺したんだ」
「え……あの、そこで倒れてる郁未さんといた方のことでしょうか」
「確かにそいつを殺したのもおれだ。でもな、俺はここに来る前に一人、既に殺してるんだ。しかも別に襲われたわけでもなんでもないのに、だ」
「え!?」
これには佳乃もすくなからず驚いた。
484 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:25:40 ID:k5UulYa80
「渚、お前はそんなおれのことどう思う?」
「………」
渚はしばらく黙っていた。いろいろと考えているのだろう。やがて、顔を上げてはっきり言った。
「おとうさんのことだから、何の理由もなく殺したわけではないと思います。でも、ちゃんと殺した人たちの家族に謝ってください」
「……そうだな」
ああ、そうだ。渚はこういう子だから。そんな返事をする。でも自分が聞きたいのはそういうことではないのだ。
「……渚、それでもおまえ、おれのこと、おとうさんて呼んでくれるか?」
「え?」
きょとんとした顔で渚は秋生の顔を見た。それは返答に詰まったからではなく、何を聞かれたのかわからなかったからだろう。なぜなら、
「あたりまえです。人を殺したっておとうさんはおとうさんです。ちょっといじわるなところもあるけどやさしいおとうさんです」
答えが彼女にとってあまりにも決まりきったことだから。
「そうか」
秋生はほっとした。そうだ。渚はそういう返答をする子だ。わかりきってたことじゃないか。いや、だからこそ聞きたかったのだろう。安堵するために
「おとうさん?」
秋生は珍しく、にっこりと微笑んでくしゃりと渚の頭をなでた。
「渚、幸せになれよ」
早苗、今俺もそっちに行くからな。
 手が力なく垂れた。
「おとうさんっ!」





485 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:28:04 ID:k5UulYa80
 どうだ、早苗。かっこよかっただろう、俺は。

 はい、とってもかっこよかったですよ。

 惚れ直したか?

 はい。惚れ直しました。

 よし、それでこそ俺の妻だ。

 でも、秋生さん、渚は大丈夫でしょうか?

 心配するな、あいつももう立派な大人だよ。大丈夫さ。きっと自分を見失わずにやっていける。

 そうですね、岡崎さんもいますし、きっと大丈夫ですよね。

 けっ! あんなガキに何が出来るっていうんだ、まだまだケツブルーなくせに。

 ふふふふふ。
486名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 12:28:13 ID:BpfbM8O40
連投回避
487 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:33:50 ID:k5UulYa80
 さて、早苗。いつもどおり、パンを焼くか。

 はい。実はまた新しいパンを思いついたんですよ。

 ギクリ。

 ……秋生さん。ギクリってなんですか?

 しまった! 思わず口に出してしまったぜ!

 わ、私のパンは、私のパンは作る前から不安をあおるようなパンだったんですねーーーーー!!!!

 ま、待て、早苗ぇーー!! 俺は、俺は超ウルトラスーパー期待しているぞーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! ひゃっほーーーい! 早苗の新作だーーーー!!!





「おとうさん、おとうさん……」
「ひっく、ぐすっ……」
冷たい室内に二人の少女の嗚咽がしばらく反響していた。




488名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 12:34:48 ID:Rqe2OA230
まぁ特に文句をつける気はないが
>>「この島にいる全ての人に」
正直言って俺が一番嫌いな類の話だった
489 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:35:17 ID:k5UulYa80
 渚、幸せになれよ

 その横にいるお嬢ちゃんもな

 岡崎のぼうずも生きるんだぞ

 そして、

 この島にいる全ての人に、幸あれ

天沢郁未
【時間:六時半】
【場所:I-07】
【持ち物:鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、精神的に疲労】

霧島佳乃
【時間:六時半】
【場所:I-07】
【持ち物:なし】
【状態:滂沱】

古河渚
【時間:六時半】
【場所:I-07】
【持ち物:なし】
【状態:滂沱】

鹿沼葉子・古河秋生【死亡】

備考
 【早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられている。秋生の支給品も室内に放置】
490名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 12:35:39 ID:Rqe2OA230
しまった、感想スレと間違えて誤爆してしまった
すまん
491 ◆elHD6rB3kM :2006/10/15(日) 12:37:27 ID:k5UulYa80
>>479
>>486
ありがとうございました。
492選択の時(1/5):2006/10/15(日) 14:06:01 ID:Vw8R+BKr0
美坂香里は焦っていた。
待ち伏せをしていたものの、思ったより獲物はかからない。
自分の出発自体、思ったよりも他者より遅かったようで。
最初の犠牲者を出した後、数時間粘ったがこの様である。

「情けないわね・・・」

今はちょうど、木から降りて人を探すために歩き出したところであった。
それは何故か。

---------栞を探すためだ。

先ほど死者の一覧が放送にて流された。そこに妹の名前はない。
だが、体の弱い栞のことである・・・はっきり言って時間の問題だ。

(栞は私が守らなきゃ、栞は私が、私が、わたしが・・・)

握ったアーミーナイフに力がこもる。
移動中である今は、狙撃銃であるレミントンは鞄にしまった状態で。
香里は護身のためにこの、即戦力になりえる代物を手にしていた。
・・・このナイフは、射殺した河野貴明の支給品であった。

一時間ほど歩いただろうか、少し視界の開けた場所に他よりか少々目立つ木があった。
何故目立つか。

「お前、よくこのトラップ地帯を無事で通り抜けられたな」
「おい女、俺を降ろせ!!」

何とも間抜けな絵面。思わず香里も気が抜ける。
そこには何故か、片足をロープに取られ宙吊りになっている男が二人。
恐らく二人の物であろう荷物は近くに散乱している。
493選択の時(2/5):2006/10/15(日) 14:06:38 ID:Vw8R+BKr0
香里は二人の男を無視して、まずその荷物漁りから始めた。

「あ、てめっ!!俺様の荷物を勝手に漁るなっ」

うるさい。だが、作業を止める気なんてサラサラない。

「レトルトのラーメンに化粧品一式・・・大外れね」
「残念だったな、もう少し早く来てれば銃が手に入ったっていうのに」
「!」
「ただし弾倉だけ」

チャキン。香里のナイフが男のうちの一人の頬に当てられる。

「・・・馬鹿にしてるの?」
「失敬、ちょっとしたジョークだ」
「女、俺を降ろせ!!!」

ふう、と。一つ溜息。
この二人を殺すのは簡単なことであった。
ナイフでメッタ刺し、レミントンで一発。その行為に対するためらいはない。
だが、余裕があるからこそ、香里にはしておきたいことがあった。

「人を探しているの。美坂栞っていう女の子、知っているかしら」

様子をうかがう。二人からの反応はない。

「降ろしてあげる、その代わりの条件よ。教えて」
「その女の特徴は?」
「・・・降ろして欲しいだけ、そのための嘘をつかれるのはごめんだから。」
「成る程」
494選択の時(3/5):2006/10/15(日) 14:07:14 ID:Vw8R+BKr0
ナイフで脅して吐かせる事も一理ある。
だが、ここで変に騒がれ人を呼びつけることも香里は望まなかった、だから。

--------居場所を吐かせた後殺す、栞らしき人影を見覚えなかったようであっても殺す。

これが、香里の出した結論であった。

「会った女の特徴が会えばいいんだな、よし。俺様が見たのは車椅子に乗ったガキと黒い髪のチビと・・・あともう一人、チビだ。」
「・・・最後の人の特徴、もう少し教えて欲しいんだけど」
「覚えてねえよ、とにかくガキだガキ」
「・・・あなたは?」

騒がしい方の男が使えないと分かると、香里は矛先をもう一方の男に向ける。
男は何か考えるようにした後、言った。

「お前と同じ制服のヤツなら、見た」
「・・・それで?」
(む・・・)

香里の表情は変わらない。
・・・正直、男は彼女を舐めてかかっていた。
彼女の探し人、可能性として考えられるのは「家族」か友人だ。
だが、人数で見れば圧倒的に「家族」で参加させられている可能性は低い。
・・・名簿のチェックが同時にできていれば、それは問題にすらならなかっただろうけれど。今の宙吊りの彼には酷なことだ。

(同じ制服のあの女、アレだと思ったんだけどな・・・)

いきなり鞄を投げつけてきたあの少女。
・・・たっく、俺が何をしたと言う・・・。
495選択の時(4/5):2006/10/15(日) 14:07:50 ID:Vw8R+BKr0
「それで?もう、誰にも会わなかった?」
「あと、ポニーテールの女とショートカットの女」
「・・・」
(ダメか。あと何か・・・)
「終わり?」
「いや、あと・・・こう、おかっぱ?みたいな」

すっと。目に見えて分かる、変貌。
香里の表情が、厳しくなる。
(お、ビンゴか)

「その子、髪は何色だったかしら」
「・・・茶」
「服装は?」
「そこまでよく見てねーよ」
「じゃあ、スカートだった?」
「・・・ああ、ズボンではなかったと思う」

そして、これは賭け。
男は実際に会った少女の特徴を、香里に伝えた。

「背は小さい、胸も小さい。年頃は・・・あんたより、少し下に見えた」
「その子よ、その子が栞よ!!教えなさい、どこで見たの!!!」
「まあ待て、ぶっちゃけ俺はその栞って子とすれ違った後数時間もこうしてるんだ。
 地形的にどの辺、と言われても地図じゃあ感覚的に無理だ」
「・・・なんですって?」
「実際に行けば分かる、多分。案内してやるよ」

つまり、本当に降ろせと。これが、男の要求。
実際あれだけ香里の特徴を言い表した男の情報は、香里にとって喉から手が出るほど欲しいものであった。
だが、ここで始末しなかったおかげで後の行動に響くというのも望まない。
選択の時だった。
496選択の時(5/5)・補足:2006/10/15(日) 14:08:24 ID:Vw8R+BKr0
美坂香里
【時間:一日目午後8時】
【場所:F−7(西)】
【持ち物:アーミーナイフ・Remington Model 700Police装着数4 残弾数51、支給品一式】
【状態:迷い中】

国崎往人
【時間:一日目午後8時】
【場所:F−7(西)】
【所持品:なし】
【状態:宙吊り】

高槻
【時間:一日目午後8時】
【場所:F−7(西)】
【所持品:なし】
【状態:宙吊り】

月島拓也
【所持品:トカレフTT30の弾倉(×2)、支給品一式】
【状態:移動済み】

【備考:往人の所持品と高槻の所持品は木の根元に散在、詳細は下記に。
     ラーメンセット(レトルト)化粧品ポーチ 支給品一式(×3=往人と名雪と拓也と高槻のバッグ)】

(関連・025・176)(Aルート)
(Bルートと違い栞の服装は私服)
497訂正:2006/10/15(日) 14:12:41 ID:g4hRLj/jO
>>495の下から三行目
×香里の特徴→○栞の特徴でした
すみませんでした…
498名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 14:16:09 ID:MMpUVcMA0
月島兄はどうやって移動したんだ?
気がついたのなら二人を殺さないままいく可能性は0だと言っていいだろうに
499名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 16:14:44 ID:JJHMHjsL0
>>498




祐一「決まってるだろう」


「ワープだ」
500名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 16:28:23 ID:nUPnwN1b0
     /::::/|::::::/|::| / ̄``i}、`ー-y┐    <<アルルゥ@うたわれるもの>>ラシのお知らせ
     /::://レV /l/     !l, `¨´/     
.    N//::ハ/::::::|_    _ll,  /|      ・時刻 22:32:00〜22:32:59   (アルルゥの好物のハチミツから32(みつ)
.    M/:/:::::::::::::/.戈テッ、  _. 〈:::::!      
.    |::::::|::::::::::::::| ____7攵kノ::::|      ・コードを貼り忘れないよう注意! (忘れると無効票になってしまいます)
.    |::::::|::::::::::::i:|'´     ,\_ノ:::::::|       PCからコードを取る人は予約から発給まである程度時間がかかりますので
.    |::::::|:::::::::;::i:|  ‐-、 /:::::/:::!       20:56までにコード予約を携帯なら即時発行なので直前でも間に合います
.    |:::::从:::::从:!     /::::::::/i::/       ・対戦相手への攻撃・貶める発言は絶対に書かないで!
.    |/  ヽi、 i> -rく:/:/:;i::/ i/        最萌は己の萌えを競う場であって相手を蹴落とす場ではありません。
-―<\    ヘ   ,ムヽi/i/,i/  ′       ・ラシテンプレは以下の場所にあります
.    \\   \_  } ハ、               http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/vote/1160748302/61-70
      Vハ    ヽ| ハ \_          
      ∨ハ     `l  ハ   `丶、      ・左の帯と上下の枠以外のAAは改変OK。(投票先とコードを忘れずに)
       Vハ   |  ハ       \     ただし投票板は20行制限がありますので注意!
        ∨ハ   |  |ハ   、   \   ・にぎやかし、冷やかしも大歓迎!!
         V ハ  |  |lハ   ヽ/   /   ・凶器、毒薬の持込みはご遠慮く・・・ うわ、何をするやめ! ア゛ーーーー!!
501名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 20:42:28 ID:9eTjIWJi0
245の続き投下です。B関連ルートでお願いします。
連投回避よろしくです
502引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:44:20 ID:9eTjIWJi0
「―――っはぁ、ハァ、う、はぁ―――っ」

 荒げる息を吐き出す深山雪見(109)は、激しく脈動する胸を手で押し留めて息を整えようとする。
 先程の姿見えぬマーダーからの襲撃から数十分、雪見は必死になって逃走していた。
 走っている途中に流れた死者の放送。突拍子もなかった報告に、彼女は唖然と足を止めて聞き入った。
 藤田浩之(089)に春原陽平(058)、ルーシー・マリア・ミソラ(120)、そして川名みさき(029)。 
 彼等の名前が放送で挙げられなかったことから、なんとかマーダーから無事に逃げ遂せたのだろう。
 いや、無事かどうかはともかく、少なくとも死んではいないということだ。
 彼ら四人に比べて短い付き合いでもあった巳間晴香(105)や柏木梓(017)らも同上である。
 ならば、姿無き狩猟者は何処に行ったのか。
 彼ら四人がとりあえず無事に切り抜けたと仮定するのならばいい。
 だが、追撃の手がもしかしたら自分へと迫っていると考え出してしまった時には、既に彼女は必死になって走り出していた。
 何時迫るとも知れない恐怖は、想像以上に雪見の精神を蝕んでいったのだ。
 本当ならばもっと距離を稼ぎたかったものの、彼女の身体は限界寸前まで酷使していたために言うことを聞いてくれない。

(―――みさきは、きっと大丈夫。……藤田君も、付いていたし……)

 雪見はみさきの対する安否のあまり、今も冷静では決していられない。
 浩之がみさきに駆け寄る姿を確認できていなければ、梃子でもみさきをあの場から連れ出す算段であった
 自分の命が惜しくないのかと聞かれたら当然否定するが、みさきを捨ててまで生き永らえようとは思ってない。
 今すぐ戻って浩之達と合流したいが、襲撃者のことを考えると躊躇ってしまう。
 約束したのだ。みさきと必ず会うと。
 そのためには、みさきは勿論のこと、自分だって死ぬわけには行かない。
 だから、雪見もつい慎重になって行動を決めかねてしまう。
 出来ればゲームに乗っていない者、もしくは知人との合流を期待してるのだが。
503引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:45:25 ID:9eTjIWJi0
(澪ちゃんに折原くん……。二人は信用できる筈……)

 上月澪(041)と折原浩平(016)は共に後輩に当たる真柄だが、こんなゲームに乗るとは考えにくい。
 他にも同じ学校の参加者もいるようだが、大概は浩平の関係者。人柄は窺い知れない。
 合流できるならばその二人がいいのだが、そう上手く事が運ぶわけも行かないだろう。  
 参加者総数百二十人。開始から六時間で既に百人を切りそうな勢いで殺し合いが敢行されているのだ。
 ゲームに乗った人間が一人や二人では済まない。これからも増加の一途を辿るのではないか。
 現状一人の雪見にとって、知人以外の人物は全て信用するにも一苦労である。
 何もしなくても軽い疑心暗鬼に囚われてしまうのだ。それが振り切ったとき、人間何を仕出かすか想像もつかない。
 かくいう雪見とて同じこと。そういった思考は彼女の身体も精神も疲れ果てさせてしまう。
 だが、それでは駄目だ。

(こんな所で、こんな所で絶対に死ねない。みさきを一人にするわけにはいかないんだから……)

 みさきという少女の存在が、雪見に生きる活力と負の感情を払拭してくれる。
 心細いが、決してそれを表には出さない。誰もこの場にいなくてもだ。
 演劇部部長としてポーカーフェイスには自信がある。
 気弱な自分を押し殺し、雪見は決心を固めて今までと通りの表情を形取った。
 酸素を欲する自身の身体を制御して、彼女が歩き出そうとした時だ。

「あ〜もしもし。ちょっといいかねお嬢さん」
「―――っ!?」
504引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:46:59 ID:9eTjIWJi0
 まったく予想だにしない角度から、雪見に向かって声が掛かる。
 心臓が一層と飛び跳ねて、慌てて背後を振り返りながら後退った。
 その際、慌てるも拳銃を構えることは忘れない。

「な、なんなの貴女……」
「むー。なんだその珍獣を見たかのよう反応は。失礼だぞぅ」

 雪見の目に飛び込んできたものは、簡素な着物を何故か着込んだ澪と同い年くらいの少女。
 少女―――朝霧麻亜子(003)は雪見の態度に傷付いたとばかりに、頬を膨らませていた。
 銃口を向けられても焦る素振りのない麻亜子の反応に、雪見としても困惑気味だ。
 そんな彼女の状態もお構いなしに、麻亜子は陽気に口を開く。

「まあまあまあ。あたしのことはまーりゃんと呼んでいいぞよ。そっちも名乗ろうよ?」

 ニコニコと友好的な笑みを浮べ、人畜無害そう言葉を掛ける。 
 相変わらず銃口が額へと向けられているというのに、麻亜子は陽気に歩み寄った。
 場違いな麻亜子に気勢を削がれたのか、雪見は止む無く銃口を下ろす。
 この少女は恐らく大丈夫だ。
 襲うのならば姿を見せない内か、もしくは奇をてらったような奇襲をするべきなのだ。
 こんな大股歩きで近寄る彼女に警戒するだけ無駄なのではないかと、その時はそう判断した。
 そして、これ以上牽制しても仕方のない拳銃はポケットに仕舞っておくことにする。
505引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:48:06 ID:9eTjIWJi0
「……雪見。深山雪見よ」
「なぬ、雪見? ならゆーりゃんだ! いや被るな……。ちくしょうめ、雄二の馬鹿野郎っ。ならゆきゆきにしよう決定!」
「はぁ? いや、そんなことはどうでもいいんだけど……」
「気に喰わぬと? 我侭さんめ、妥協しろってことかー! あい分かった。ゆっきーで譲歩しよう」
「……ふぅ。もう何でもいいわよ」

 完全に天真爛漫な麻亜子のペースに飲み込まれて、雪見は小さく嘆息する。
 彼女を困らす一点においては、何処かみさきに似ていた。
 ともかく、接触してきたからには何か目的があってのことなのだろう。
 拳銃を持つ雪見へ物怖じせずに近づいたことも気になるが、それは神経が太いということで納得した。
 
「それで? 貴女はゲームには乗っていないと判断していいのね?」
「うむ。一先ずゆっきーと手を組みたいと思う次第なのだよ。まずは情報交換といかないかね?」

 指を立てて子供が背伸びをするような不釣合いな態度に、少しだけ微笑ましく思ってしまう。
 幾分か残っていた警戒心が、麻亜子の雰囲気にほだされてしまった。

「わかったわ。ゲームに乗っていないなら誰か探しているのよね?」
「その通り。ゆっきーも誰かしら探しているということかな」
「ええ。みさき達は置いといて、折原浩平と上月澪の二人なんだけど……見なかった?」
「みーりゃんなら見たぞ」
「―――えっ!?」

 麻亜子の簡素な一言に、雪見は驚きで彼女を凝視する。
 みーりゃん。麻亜子の付けるセンスのない渾名だが、自分の探し人の名前と近しいものだ。
 恐らく上月澪の渾名なのだろう。
 こんなにも都合良く情報が手に入るとは思っていなかった雪見は、若干動転した様子で聞き返す。
506名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 20:50:46 ID:/nJk5kMe0
連投回避
507引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:52:34 ID:9eTjIWJi0
「み、みーりゃんって澪ちゃんのことよね? 口の利けない子なんだけど……」
「それは正しくみーりゃんだ。小動物のようで猫可愛がりしたいほどだったよー」
「何処にいたの!? 彼女は無事なの? 怪我はしてないのよね? 誰かと一緒にいたの!?」
「なかなかの過保護っぷりだなぁ。まま、とりあえず落ち着きたまへ。質問は一つずつだぞう」

 麻亜子の落ち着いた声を聞いて、雪見は恥ずかしそうに咳払いをした。
 彼女に諌められるのはそこはかとなく悔しかったというのは胸中だけの秘密だ。
 とにかく朗報だ。
 放送で呼ばれておらず、且つ麻亜子の冷静で笑みさえ浮ばせる様子から察するに五体満足でもあるのだろう。
 一つ安堵の溜め息を洩らし、彼女の言うように一つずつ質問することにする。

「じゃあ、澪ちゃんは無事なのよね?」
「元気一杯で困ったほどだ。怖い、いやいや優しいお姉さんも一緒だったからね〜。制服が一緒だから後輩という訳だ」
「部活が一緒なのよ。こう見えてもわたし演劇部部長なんだから。彼女は期待の新星よ」
「……にゃるほど。あたしが煮え湯を飲まされたのも間接的に関わってくるわけだぁ……」
「え? 何か言った?」
「ん? 何か聞こえたのかね?」
「―――いや、ならいいわ」

 ボソリと、麻亜子が呟いたようにも聞こえたが、今は澪が無事な様子に素直に喜びを表す雪見。
 どうやら、ゲームには乗っていない人物と同行しているようなので、それも彼女の不安を払拭してくれる。

「ちなみに澪ちゃんを何処で見たの?」
「この先の、えっと……平瀬村にいたぞ」
508引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:54:02 ID:9eTjIWJi0
 平瀬村という地名に、不安をぶり返した雪見は顔を歪ませる。
 そこは先程まで自分達がいた場所。そして、マーダーに狙われた場所でもある。
 彼女達を狙った襲撃者が一方を追って離脱したのならばいい。 
 だが、追撃を諦めて村に留まっているならば澪が危険に晒されるのではないか。
 つい数分前までは追撃を諦めて欲しいと思っていたのに、澪がいると分かってしまった以上考えが逆転してしまう。
 再び押寄せてきた不安の表情を押し殺そうとするも、青白くなった顔までは決して隠せず。
 それに感づいた麻亜子は気さくに話題を転換する。

「こらこらまーにも質問させたまえ。ゆっきーばかりズルイぞぅ」
「あ、ごめんなさい。わたしが答えられる範囲なら答えるから……」

 雪見の注意が上手くこちらへと逸れたことに、麻亜子は満足気に頷いた。
 この話し合いは、名目上情報交換なのだ。
 一方的に聞いたのでは、不公平であろう。
 そう思ったからこそ、雪見は一先ず思考を打ち切って麻亜子の言葉に耳を傾けることにした。

「さてさて。あたしが探しているのは他でもない! さーりゃんとたかりゃんの二人だー」
「いや、その前に誰よそれ? 本名を言いなさい本名を」
「そんなことも分からんのかー! 久寿川ささらと河野貴明に決まってんじゃん」

 そんな無茶な、そう零す雪見だが、河野貴明という名前には聞き覚えがあった。
 
「……河野貴明って、るーこちゃんが言ってたうーよね……」
「なぬ? どういうことだい?」
「いや、さっきまで一緒にいたるーこちゃん、名簿の最後の子ね。その子が河野貴明を探してたわよ」
「ほほう、ウチの生徒か。して、そのるーこちゃんはいずこに?」
「……はぐれたのよ」
509引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:55:44 ID:9eTjIWJi0
 雪見は先程の平瀬村での一件を麻亜子に説明した。
 貴明を探していたるーことその連れ春原。浩之に、そして親友のみさきのこと。
 この島で起こった出来事を、雪見は一句洩らさず伝えた。
 別に喋って困るような情報でもなかったし、少しでも多くの善意ある人間へ話すことに越したことはない。
 今は真実を語ることでしか、信頼を得ることができないためだ。

「そうかそうか。ゆっきーもさぞ大変な思いをしてきたのだな。大切な幼馴染との別れ……はふぅ。仲良きことは美しきー」
「ちょ、ちょっと大げさよ……。約束したんだから、絶対に再会するって」

 涙まで浮かべて感嘆を表す麻亜子に、流石の雪見も照れ臭くもなる。
 口調はいい加減に感じるも、見た感じ本気で雪見に同調してくれた。
 そんな些細なことで人の心配が出来る彼女は、何処か人情が溢れているように感じ、漠然と信用が出来る仲間になり得そうだと思ってしまう。
 何時までも大げさな反応を止めない麻亜子に苦笑しながら、雪見はハンカチを渡そうと一歩近づく。
 ―――それが、彼女の失敗。

「ほら、いつまで泣いガッ―――!!」

 泣いているの、そう綴ろうとした雪見の言葉が半場で途切れる。
 目を驚愕に広げて、自身に起こった状態を確認しようと目線を下げた。
 ―――喉に突き刺さる長方形の棒のような物。
 辿ると、ニンマリと笑みを浮かべてそれを握る麻亜子の姿。
 
「―――うっ、が、ぁ……」

 完全に喉を潰された。
 なんだこれは。どうして麻亜子がソレを握って笑みを浮かべているのだ。
 混乱した雪見の脳は、ある一つの結果を即座に弾き出した。
510引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:57:02 ID:9eTjIWJi0
(―――最初から、謀られていたの―――っ!!)

 よろりと、後退した雪見へ向かって麻亜子は手に持つ長方形の物―――鉄扇を宙に翳した。
 激情の赴くままに口を開きたいものの言葉が発せない。
 口はパクパクと、およそ言葉ではない掠れたような音声でしか用を成さず。
 ポケットから拳銃を取り出そうとするも、それより速く鉄扇が雪見の顎へと叩き付けられた。 

「―――ぐぁ……っ!」

 確実に命中した顎への攻撃は、雪見の平衡感覚を狂わせる。
 視界が揺れたときには、既に頬が地へと衝突していた。
 かなりの強度を誇る鉄扇の一撃は、顎骨に罅が入るほどの威力であった。
 叫びたいほどの苦痛を感じるのに、決して言葉に出来ないやるせなさ。
 その感情を全て視線に込めて、麻亜子を射殺すかのような眼光で睨みつける。

「ぁ……っぁ、が、きぃ……」
「ふふん。何を言っているのか分からないぞゆっきー」

 怒りを孕んだ視線を受けても何処吹く風、麻亜子は一向に気にせずに倒れ伏す雪見の脇腹を蹴り飛ばす。
 雪見は呻くように痛みを堪えるも、それを蔑ろにするかのように再度爪先で脇を抉る。

「―――ぁ……ぅっ!」
「駄目じゃないかゆっきー。こんな状況下で人を信用しちゃ。全然なっていないぞぅ」
511引き摺られた想い:2006/10/15(日) 20:58:58 ID:9eTjIWJi0
 出来の悪い生徒を叱るように注意を促す麻亜子。
 完全にお門違いなセリフだが、平常な表情で蹴ることを止めない彼女を見ていると背筋が凍る。
 嬲ることを楽しんでいるわけではない。
 本当に罰を与えるかのように、困った顔でそれを敢行している。
 訳が分からなかった。
 先程までの会話はなんだったのか。麻亜子の同情したような感情はなんだったのか。
 平然と暴行を加えているのは何故だ。彼女の同情したような感情はなんなのだ。
 答えはとっくに導き出されている。馬鹿を見たのは自分だということだ。
 最初から麻亜子の演技に気付きさえすれば。
 いや、恐らく彼女のは演技ではないのだろう。普段通りに接して、普段通りに行動しているだけなのだ。
 詰まるとこ、こういった殺伐とした環境に麻亜子が放り込まれたとすれば、彼女がゲームに乗るのは必然ということか。
 元より他人の真柄である麻亜子の行動原理など知るわけもないし、どんな至上目的があるのかも見当もつかない。
 結局は出遭った不運を呪えということになるのか。

(そんなの、絶対に御免だわ―――っ!)

 こんな下らないところで、こんな下らない少女に殺されてなるものか。
 約束したのだ。みさきと必ず再会すると。
 そして、こんな下らないゲームなんぞ皆で協力して切り抜けて、自分達の街へ帰るのだ。
 そう心に誓ったはずだ。
 ならば、こんな所で倒れているわけには行かない。
 歯を食いしばって立ち上がろうとする雪見の姿に、麻亜子は感嘆の言葉を投げかけることを忘れない。
512名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 21:00:02 ID:/nJk5kMe0
連投回避
513引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:00:04 ID:9eTjIWJi0
「おぉ……素晴らしき執念。キミの幼馴染のようにしぶといぞー」
「―――ぇ?」

 麻亜子の一言に雪見は凍りつく。
 ―――しぶとい? どういう意味だ。
 言葉を図りかねた雪見へと、麻亜子が親切にも助け舟を出す。

「んー? 意味がわからなかったのかい? どうしようもないゆっきーだなぁ……
 いやぁ、ゆっきーに会う数分前にさ、ちょっとこう……なんて言うの? グサッとさぁ」
「…………」
「可哀想だったぞみさりゃん。どうして助けてあげなかったんだよぅ。
 何度も何度もゆっきーの名前を呼んでたっていうのにぃー」

 ―――まさか。まさかまさかまさか。
 麻亜子が自分達を襲った襲撃者?
 そんな筈はない。閃光弾が炸裂した時に洩れた声は確かに男だった。
 なら、みさきを殺したと宣言したこの少女は何だ。
 逃げていたみさきを殺して、こちらまで来たということか。
 
(そ、そんな……みさき、嘘でしょ? だって、約束したじゃない……)

 反対方向に逃げたみさきを殺してここまで短時間で来るという荒唐無稽な話を、何故か嘘だと思えなかった雪見。
 麻亜子の雰囲気か、もしくは雪見の状態がそうさせたのか、今の彼女の精神は何処か逸脱していた。
 押し潰すような悲しみが襲い掛かり、そして次の段階へとシフトする。
 雪見の胸の内に、ドス黒い憎悪が沸々と湧きだってきた。

(―――……くも、よくも! みさきを―――!! 殺す……絶対に殺す―――っ!!)
514引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:02:13 ID:9eTjIWJi0
 ギリっと歯を噛み締めて、怨嗟が篭もった憎悪の光を宿らせた雪見が立ち上がろうとする。
 震える身体を突き動かすのは、殺意の感情の一辺倒。
 彼女の理性までもが訴える。
 あの少女は生かしておけない。八つ裂きにしてでも仇を取れと。
 懸命に立ち上がりながら、拳銃に手を伸ばす雪見の姿を見ても、焦ることのない麻亜子は冷然と見下ろす。

「おやおや? 何だかあれだね。生まれたばかりの子馬が必死になって立ち上がろうとする姿に見えちゃうんだな、これが。
 ともかくさ。そんなに無理しちゃ身体に悪いから―――」

 暗い光を灯す雪見の視線を笑みで返して、鉄扇を右手に持ったまま手首のスナップを利かせて扇状に広げた。
 鈍く光る円状の刃を、上体を起こした雪見の背へと事もなく振り下ろす。

「大人しくしてくれると肝要だぞ」
「―――うぁ……!」

 制服を紙か何かのように切り裂き、雪見の肌もパックリと縦に裂ける。
 痛みで彼女は再び力を失ったかのように地へと沈んだ。
 血液が制服を赤へと染めゆくが、それでも致命傷ではない。 
 何故一撃で致命傷をお見舞いせずに、浅く切り裂くに留めたかなどどうでもいい。
 指一本動かす力があるのなら、全てを麻亜子を殺すことに費やす覚悟だ。
 自分が死ぬまで何どでも立ち上がって、麻亜子を無残に殺してやる。
 それまで諦めるわけにはいかないとばかりに、雪見は立ち上がろうとするも―――
515引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:03:47 ID:9eTjIWJi0
「あ〜あ。飽きたからもういいや。ばいば〜い、ゆっきー」

 壊れた玩具を安易に放り投げるような無邪気さに、雪見の怒りも沸点を振り切った。
 何事もなく背を向けて歩き出した麻亜子へと、痙攣する身体を持ち上げて銃口を構えるも、命中するには既に難しい距離である。
 だが、麻亜子は家の角を曲がろうとする間際、チラリと雪見へと視線を寄越す。
 哀れんでいる様で、楽しんでいる様で、そして何処か誘っている様で。
 そんな表情を残して、彼女は家の角へと姿を消した。
 ―――逃がさない。
 何処までも追い縋って、必ず後悔させてやる。
 その一心と執念で笑う膝を強引に従わせて地へと踏み立つ。

(―――逃が、さない! みさきを殺した仇―――っ!!)

 鬼の形相で一歩一歩を踏みしめて彼女は進んだ。
516引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:06:31 ID:9eTjIWJi0
 ****


「それじゃ、その関西弁の女が要注意人物なのね」
「そゆこと。向坂環ってのは正当防衛だから、安心していいと思うわよ」   

 物陰に隠れた来栖川綾香(037)と巳間晴香(105)は現在情報交換の真っ只中。
 お互いの武器を確認し合い、今は綾香の情報を公開中だ。
 情報といっても本当に微々たるものだが、それでもこの島で生きる上では貴重に成り得るものだ。

「後はね、私の知り合いなんだけど―――」

 この島で参加者として放り込まれ、且つ綾香が探したいと思っている者は四人。
 姉の来栖川芹香(038)にメイドロボのセリオ(060)、松原葵(097)と藤田浩之。
 その内の一人、葵は既にいない。
 放送などという神経を逆撫でする様な主催者の行為には反吐が出るほど気に喰わなかった。
 葵はゲームに乗るような人柄では決してなかった。
 なのに死んだのは何故か。決まっている、悪意あるゲームに乗った馬鹿に殺されたのだ。
 綾香は殺し合いに参加するつもりはない。
 だが、マーダーと対峙した時は、自分の手を汚す覚悟も既に出来ている。
 格闘技とは違う、本物の凶器で人の命を奪うのだ。
 覚悟を締めなおさなければ、拳銃の重みに耐えられそうにない。
 少しだけ暗くなった表情を表にだないように、綾香は晴香へと知りうる限りの情報を与えた。
 黙って聞いていた晴香に、次は貴女の番だと話を促す。

「その前に、綾香。わたし藤田浩之とは会っているわよ」
「ちょっとちょっと! 先に言いなさいよね、そういうことは……」
「口出しするのもどうかと思ったのよ」
「あっそ。で、浩之は何処にいたわけ?」
「平瀬村よ。他にも四人ほどいたけど。わたしは飛び出した梓を追ってきたから、それ以降は分からないわね」
517名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 21:07:37 ID:/nJk5kMe0
回避
518引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:08:30 ID:9eTjIWJi0
 平瀬村だとここからすぐ傍だ。
 本来なら芹香が第一優先なのだが、未だ所在が判明できていない。
 ならば、確実に平瀬村付近にいる浩之と合流するほうがいいのではないか。
 一先ず方針を固めた綾香は、今度は晴香の情報に耳を傾ける。
 浩之一行との成り行きや、自分の義兄のこと。 
 そして、柏木梓(017)が少し暴走気味であることなど、浩之以外の情報に関しては彼女にとってあまり意味があるものとは思えない。
 ただ少し気になったことがあった。

「ねえ。この巳間良祐は義兄って言ってたけど、探す気はないみたいね」
「……そうね。長年会いたいとは思っていたけれど、実際会いたくないってのが本音ね」

 自分は少しでも速く姉に会いたいと思っているのに、晴香は矛盾した物言いで綾香の言葉を曖昧にはぐらかす。
 表情を落として呟く姿を見ていると、あまり立ち入ってはいけない事情があるのかもしれない。
 兄弟姉妹が全て仲良しという訳ではないのだから、無理に探させる必要なんてまったくない。
 しかし、お互いの方針に食い違いが出るのならば、晴香とは組む事が出来ないだろう。
 
「ま、いいわ。とりあえず、私は平瀬村に行こうと思うんだけど。あなたはどうする?」

 綾香の提案に、晴香は少し考えて口を開いた。
 
「いや、わたしは遠慮しておく。このまま梓を放っていくわけにもいかないでしょ」
「ふ〜ん。あちらさんは恐らく望んでいないと思うわよ?」
「それでもよ。このまま暴走した梓を見捨てるのも目覚めが悪いのよ」
519引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:09:35 ID:9eTjIWJi0
 小さく息を付く綾香は、仕方ないとばかりに首を振る。
 出来れば着いてきて貰いたかったが、強制させる気は元よりなかった。
 そもそも、梓を行かせたことに対して未練が顔に残っている以上、結果は言わずも分かっていたのだ。
 なんだかんだと言いながら、結局は最初に出来た仲間が心配なのだろう。
 そんな晴香だからこそ、綾香は接触しようと考えたのだ。 
 彼女の存在は惜しい気もするが、それも仕方がない。

「そう。じゃ私は行くけど、あなたも気をつけなさいよ」
「それはこちらのセリフよ。集落は人が集まりやすいんだから、用心に越したことはないわよ」
「はいはい。わかってるって」

 お互いの健闘を笑みを浮かべながら称え合っていた時だ。
 二人の前に、新たな少女が姿を現したのは。
520引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:11:58 ID:9eTjIWJi0
 ****


「ぬぉぉー! そこの御二方ぁー。お助けをーー!」
「ちょ、何っ!?」
「っ! 止まりなさい!!」

 二人に駆け寄ろうとした麻亜子は、綾香が怒声と共に構えた拳銃に驚いて急停止をかける。
 何とか二人の数メートル前で静止出来た麻亜子は内心で愚痴った。

(むむむ……。流石にこんな古典的な方法じゃ信用してくれるはずもないよなー)

 先程まで雪見を嬲っていた素振りを見せず、彼女は飄々と弁解の口を開く。

「なんであちきに銃を向けるんだー! ひどいよひどいよぅ」
「あからさまに怪し過ぎんのよ! 何なのあんたっ」
「そもそも、その着物は何なのよ……」

 綾香に拳銃で牽制され、晴香からは珍妙な生き物を見るかのような視線に晒される。
 彼女達の不躾な質問と目線に失礼だぞぅと、すかさず反論しておく。
 確かに麻亜子の反応はあからさますぎた。
 第一、ふさげた様なセリフと行動が合致しない。
 少し態度を見誤ったかと麻亜子は思うが、それさえも覆す布石が存在しているために問題ない。
 そもそも態度も性格も普段通りと変わりなく、猫を被っている覚えだって麻亜子にはなかった。 

「ともかく話を聞いておくれよぉ……。こんないたいけな幼女が恐怖に震えているのだぞ? 良心ってものがないのかー!」
「自分で言わないでもらえる? それで、あなたは逃げてきたってこと?」
「総じて正解! ぜひぜひこのあたしことまーりゃんに救いの手を授けたもぉー」
521引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:14:36 ID:9eTjIWJi0
 何を言っているのだこいつは、綾香と晴香の感想は一括していいほど同じものである。
 ジロリと、訝しげに麻亜子を睨む。およそ信用が置けないようだ。
 それでも麻亜子は言葉を必死に連ねる。
 相変わらず胡散臭そうに見る二人だが、実の所麻亜子にはあまり関係がなかった。
 彼女の役目は、綾香と晴香をここに縫い付けておくことだ。
 隙を狙って襲撃するわけでもない。
 それ以前に、二人の緊張が緩むことがあっても、最後まで麻亜子を油断なく観察しているため、なかなかに難しい。
 意外と警戒心が高いが、それすらも麻亜子の計算の内だ。
 少なからず、こんな状況下で警戒しない方が愚鈍であるから、彼女達の態度は想定内でもある。
 危機管理のなっていない者ならば、それはそれでやり易いが。
 
 麻亜子には“協力者”が存在しており、それが来るまでの辛抱だ。
 彼女は外面でも内心でも同じ表情を浮かべながら、今度は泣き落としで迫る。

「うぅぅ……。こんなに頼んでいるのに未だ聞き入れてもらえないこの理不尽さ。さては貴様等ゲームに乗ったな!」
「はぁ!? ふざけるのも大概にしないさいよ。謂れのない事実は不愉快よ」

 激情しやすいのか、綾香は眉を吊り上げて麻亜子を鋭く睨みつける。
 島で殺し合いをする輩と同類に見られたくないが故に、彼女は拳銃を敢えて下ろして見せた。
 だが、その綾香の行為に不満なのが晴香だ。

「ちょっと綾香。用心するに越したことはないってさっき言ったでしょ?」
「構わないわよ。こんな子供にどうにかされるほど私は弱くはないわ」
「そうそう。こんな非力な少女なんか片手間で捻られて当然じゃんよ」
「……だから、何自分で言ってんのよ」
522名無しさんだよもん:2006/10/15(日) 21:16:00 ID:Zp+33B1B0
ほいさ
523引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:18:13 ID:9eTjIWJi0
 銃を構えずも対抗手段があると暗に言う綾香だが、晴香はそれでも納得がいかないようだ。
 綾香の自信の程は何処からか。
 麻亜子が推測するに、恐らく近接戦闘が本領なのだろう。
 引き締まった体躯は見るものからすれば洗礼されており、初めて手にする凶器なんかよりは余程信用が置けるのではないか。
 麻亜子がナイフを携えて襲い掛かっても、それより速く長い腕と足が伸びてくるのだろう。
 だが、どうやら綾香は思い違いをしているようだ。
 格闘技で何とかできるほど、このゲームは甘くはない。
 年齢性別、それらの垣根をいとも容易く破壊する前提を、彼女は忘れているのだろうか。

(ま、それはそれで好都合と。さぁてと……そろそろご到着かな)

 麻亜子の態度に辟易とした綾香と晴香だったが、ジャリっと砂を踏みしめる音を耳にした。
 過剰に周囲に気を配っていたのか、二人は即座に反応して各々の武器を構える。
 その隙に、麻亜子を走りだした。

「あわわわっ―――! 来た来た来たよー!!」
「ちょっと! 何勝手に後ろに回ってんのよ!?」
「いいからほっときなさい晴香!」

 混乱に乗じて上手いこと二人の背後へと移動した麻亜子。
 当然、疑い深い晴香は神経質な抗議の声を上げて摘み出そうとするが、今はそれどころでないとばかりに綾香が怒声を飛ばす。
 ゆらりと、物陰から出てきたのは雪見だ。
 鬼気迫る尋常ではない様子に、二人は唾を飲み下す。
 その時になって、ようやく晴香は出現した人物が誰であるかを思い知る。
 別れて一時間程度しかたっていないというのに、彼女のあまりの変貌振りに二の句を告げられずにいた。
 雪見の身に何があったのか、他の人達はどうしたのか。
 聞きたいことが山ほどあったためと、信頼できる人物を見たときに、晴香の警戒までもが緩んでしまった。
 そして、二人の脇から雪見にだけ見えるように顔を出した麻亜子は、おもむろに笑って手を振っている。
 ブチリと、何かが切れた音が聞こえてきた気がした。
524引き摺られた想い:2006/10/15(日) 21:20:19 ID:9eTjIWJi0
「ちょっと、雪見? 一体何が―――」
「―――ぁぁああ!!」

 ―――晴香の声を遮る形で、掠れた怒声と二発の銃声が響き渡る。
 雪見が手に持つ銃口から硝煙があがり、気付いたときには全てが遅かった。
 
「―――ぅ、あぁ……」
「晴香―――!?」

 ガクリと、晴香が膝を落とす。
 一発の銃声は見当違いの方向へ、そして二発目は晴香の腹部へと着弾した。
 腹部から止め処なく血が噴出す様を見て、綾香は完全に気が動転する。
 だが、ふらふらと揺れながら尚も拳銃を構える雪見の姿を見せられて、彼女は現実に引き戻された。
 雪見の目が正気ではない。
 土気色の表情に、常軌を逸した彼女の様子に呑まれそうになるも、綾香は拳を強く握り締めて腰を屈めた。

「アンタ! 晴香を頼むわよ―――っ!」
「お、おう。任せときためへ」

 その返事を聞かないで、綾香は雪見へと踊りかかる。
 晴香のことは心配だ。だが、それ以上に雪見の存在が一番脅威であった。
 様子から察するに、まともな会話や交渉は望めそうにない。
 ならば、動けないように無力化する必要があった。
 無力化という言葉。そこに、自覚の無い綾香の甘さが隠れていることに本人は気付いていない。
 雪見はすかさず銃弾を放つが、それも動き回る綾香へと当たることなく弾は宙を裂くに終わる。
 一挙動で懐に潜り込んだ綾香の拳が、正確に雪見の肝臓を突き刺した。
525引き摺られた想い
「―――か、はっ……」

 女性の力とは思えぬ一撃に、雪見の口から黄色い胃液が滴り落ちる。
 その反応にやったか、と気を抜いてしまった綾香はやはり甘さが抜け切れていないのだろう。
 雪見は倒れそうになる身体は抵抗させずに、綾香の首に自身の腕を巻きつけた。

「え!? ウソっ―――」

 驚愕の悲鳴を道連れにして、雪見は綾香を引き摺り倒す。 
 
 泥沼の戦いになりつつあった二人を麻亜子は横目で眺めつつ、晴香の状態を確認する。
 留まることを知らないように、晴香の体から血液が漏れ出していく。

「ふむふむ。血を止めたらなんとかなりそうかも……」

 臓器は奇跡的に傷付いていないようなので、適切な治療を施して安静にしておけば助からないこともなかった。
 だが、そのつもりはない。そんな知識や技術も元より持ってはいない。
 初めからこういう修羅場を望んでいたのだから、治療するなんてもってのほかだ。
 そして、仕上げがまだ残っている。
 麻亜子は懐から鉄扇を取り出して、苦痛に顔を歪める晴香へと視線を寄せた。

「……痛そうだねぇ。気分はどうかな?」
「―――さ、いしょから、そのつもりだったのね……っ!!」

 晴香の弱弱しい怒声も、麻亜子は笑みで迎えた。