>>292の、
そしてこの直後、皐月が気づく前にこの場を去りました】
の一文は、本文に書かれていない行動を書いてしまっているので、ここだけ削除します。
ご迷惑をおかけしました。
バラッバララララッ・・・
森に銃声の連続音が響き渡り、二人の少女が息を引き取った。
その傍で、獣が瀕死のうなり声をあげて悶えていたが、やがて動かなくなった。
それを確認した澪が、茂みからそっと出て、静かに頷いた。
芳野は銃を下ろして、
「終わったな」
そう言って死体に近づいていく。
智代と皐月の死体から装備を抜こうとした芳野の背後に、澪が立った。
手にはまだメモ帖を持っている。さきほど開いていたページの一つ前。
『チェックメイトなの』
「・・・何の真似だ?」
芳野の額に、うっすらと汗がにじんだ。
澪の右手にはデリンジャーが光っている。
『チェックメイトなの』というページが一枚めくられ、もう一枚めくられ、
その下にあったページが姿を現した。そこには
『ごめんなさいなの』
そう書いてあった。
「おま…!」
ズドンッ!
重い銃声が一発と、その少し後で、地面にドサリと倒れこむ音とが、空しく森に木霊した。
澪はもう一枚メモ帳をめくると、ささっと走り書きし、ビリッと破った。
『南無あみだ仏なの』
その字が、即死した芳野の胸の上で血に染まっていく。
ぱたぱたぱた
主から転がり落ちたときに付いた泥を手で払う。
澪は装備をさばくり、使えそうなものだけ持って、その場を後にした。
デリンジャーの再装填を忘れずに。
【036上月澪 所持品:イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(装弾数2発、予備弾14個
防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料3日分、ライフル(予備マガジン2つ 弾数-1)、
サブマシンガン(現マガジン残り弾数わずか 予備マガジン1つ)、ライター、クレイモア地雷(残り一個】
【098芳野祐介 095湯浅皐月 038坂上智代 死亡】
【スタンロッド、穴あきスケッチブックなどは放置。食料一日分も同じく放置】
「願い」
両側から銃を突きつけられ、頼みのトンヌラは負傷。
(どうする……、どうする……、どうすればいいんだ、朋也っ)
考える時間はほとんどない。今すぐにでもこの男は自分達を殺すだろう。
すぐに考えなくてはいけない、決めなくてはいけない。
(ならばっ)
坂上智代はすぐさま覚悟を決めた。
(せめて、皐月だけでも逃がそう)
この島でできたただ一人の友人。
自分が狂いそうだったとき、己を失いそうだった時、皐月がいたから智代は智代でいられた。
ならば、その時を恩をここで返すのが道理。
だから、今ここで、彼女のためにこの命を使おう。皐月の為なら、この命捨てても惜しくない。
一瞬、様々な思い出が蘇った。
(走馬灯という奴か……)
心残りは、ただ一つだけ……。
(許せ朋也。約束は守れそうもない)
「目をつぶれ。せめて楽に殺してやる」
芳野が言った。勝者の余裕か。
(だがそれが、お前の命取りだっ)
智代は、全身に力を溜めた。
だが溜めた力を発するよりも前に、地面に押し倒された。
銃弾の音。
体に重い衝撃。
それなのに、何故か痛みがない。
わからない。
わからない。
何が起きているのか、わからない。
「とも、よ、逃げて……」
上から聞えるのは、皐月の声。
「さ、皐月?」
何が起きているのか、わからない。わからないはずなのに、智代は理解してしまった。
皐月が自分を押し倒し、庇ったのだと。
「トンヌラァッ」
振り絞るような皐月の声。
「GOッ」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
それに答えるように、獣の咆哮。
「くそっ、その傷でまだ動けるのかっ」
芳野の叫び声。
銃弾の音。
「グオオオオオオオオオオオオオオッ」
智代は皐月の下から脱した。
皐月の体は、見るも無惨な状態だった。言葉にする事もできない、酷いありさまだ。
赤い水溜りが、どんどん広がっていく。
最悪の場面に、絶望しそうになる。
「と、もよ……」
皐月が言った。
「皐月っ、皐月っ」
智代は皐月の体を抱いた。
「良かった……、待っていろ、すぐに治療してやるから」
でもどうしていいかわからず、智代は皐月に開いている一番大きな穴に手を当てて、血を止めようとする。
(くそっ、血が止まらない。何故だっ)
「にげ、て……」
「馬鹿なことを言うな、皐月」
「はや、くっ」
「いやだっ」
「はやくっ」
皐月は叫んだ。
「おね、がい……」
皐月は、ぐったりと頭を智代の胸に埋めた。
「生、きて……好き、だった、とも……よ」
そこで、皐月の体から力が抜けた。
「皐月ぃ、皐月っ」
だが、皐月はもう何も答えない。
「何故だっ、何故なんだっ、私達、いいコンビだったろ、折角友達になれたじゃないか、まだまだ、これからじゃないかぁ」
智代は皐月の体を抱き締めた。
「さつき、さつきぃ」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
トンヌラの叫び声。
その声で、何故か智代は冷静になれた。
顔を上げると、トンヌラが芳野の上に覆い被さっている。
全身傷だらけで、血みどろで、もう動けるはずがないのに。
それでもトンヌラは、皐月の思いに応えるように戦っていた。
だが、芳野の動きを止めているだけで、かつて少年を殺したように牙を立てる力も、爪で切裂く力も残っていないようだった。
智代達を騙した少女は、混乱したようにトンヌラをナイフで切りつけている。
トンヌラが智代を見た。
行け。そう言われたような気がした。
いや、トンヌラはそう言ったんだ。智代にはそれがよくわかった。
そうだ、生き延びなくてはいけない。それが皐月の願い。
「決して無駄にはしないから」
皐月に貰ったこの命を。
皐月の体を優しく地面に横たえる。
涙が零れそうになるのを、必死に堪えた。
さようなら。だが口には出さない。いつかまた、もう一度出会えますようにと。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
もう一度、トンヌラは高々と吼えた。
すまない、そう言おうとして智代は止めた。
今、言うべき言葉はそんな言葉じゃないから。
「ありがとう」
智代はそう言って、力の限り走り出した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
【095 湯浅皐月 死亡】
【038 坂上智代 朋也・宗一・芳野の写真 グロック17残弾0発】
【主 瀕死】
【036 上月澪 所持品 イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(装弾数0発(2発使用)、予備弾16個)
スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:ライフル(予備マガジン2つ 1発撃ちました)、サブマシンガン(予備マガジン1つ 数発撃つ 残弾少)、煙草(残り4本)とライター
M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)、 手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、食料2日分】
【残り 48人】
って、被ってるし……_| ̄|○
なまえ
「杜若きよみさん…だったね?」
目の前で殺された黒づくめの女性は月代にとって「お姉さんのようなひと」だったらしい。
メモの下段にその名前を書き入れながら敬介は訊ねた。月代の震えは未だ治まらない。無理もない。
家族といってよい大切な女性が目の前で殺された。明らかに度が過ぎる殺し方で。
のような人、という言い方について詮索はしなかった。家族の構造に関して自分がえらそうに言えた義理ではない。
彼女に観鈴や晴子の説明をするときに「家族」という言葉を使うのをためらったほどなのだから。
殺した側の人相は分かっている。制服を着た髪の長い女性――おそらく高校生。そして後ろに白い大きな、
死体を喰らう獣。
(……今のあたし達じゃ、何もできない)
そのとおりだった。喰われていた少年の体内にあったはずの爆弾が暴発でもしない限り、あの獣に今の自分たちが
勝てるとは思えない上に、殺人者は銃を持っている。さきほどの昆虫のように冷たい目をもつ少女のときは、家の
構造をある程度把握していたため武器のパスが順調に進んだのだが、外では武器になりそうなものがそうごろごろ
転がっているとは思えない。もっとも、小細工を弄する地形の利があったとしても、銃と猛獣を一度に相手して
勝てる気はしなかったが。
小細工。自分と因縁のあるあの少女の持ち物はまだ改めていないが、今のところ手持ちのいささか頼りない玩具類
だけで銃器を持った平然と殺しをやってのける者たちやら得体の知れない人食いに対抗するのは明らかに自殺行為だと
いえる。とすれば残るはそれしかないのではないか。
状況を戦闘に利用する…具体的に考えようとして、敬介は口元をゆがめた。月代の決意を目の当たりにしたとはいえ、
思考が完全に先走っている。第一自分は襲ってきたものすら殺せなかったのではなかったか?アイディアを完全に捨てる
ことはないだろうが、今は先にやるべきことがあるはずだった。
メモをしまう。月代の話では蝉丸という青年がこの島にいることは確実だが、他にも知り合いがいるかもしれないと
いうことだった。放送のメモがあれば確認もできたはずだが一回目、二回目ともにとりそこねている。当面の目的である
人探しも、難航しそうだった。
324 :
なまえ2:04/05/26 01:00 ID:eTcQjIq4
「落ち着いた?」
「うん…大丈夫」
「そうか」
少し目を閉じる。
「月代ちゃんは、強いね」
そう口に出している自分がいた。
獣道を離れ、住宅街が見えるすれすれの森の中を、彼らは北に向けて進んでいた。そして、偶然か否か敬介の知って
いる場所に出ることとなる。大きな建物――おそらく学校――の近くの、造花を持った少女が眠る場所。
(宮沢…有紀寧…)
住宅地には殺人者が多くいる。連れである月代は今、死に対して敏感になっている。
一刻も早くここから立ち去ったほうがいいのは分かっている。しかし…
敬介はポケットから木片を取り出した。「やっておきたいこと」が目の前にあった。
「月代ちゃん、スコップを貸してくれるかい?」
そこの土は存外固く、スコップでもなかなか歯が立たなかった。すでに日が高くなっているせいで地が固まった
からかもしれない。
初音という少女のところにおいてきたものと同じ、アルファベットを彫りつけた木片は、今造花と一緒に彼女の
胸の上にある。敬介がその少女の名前を知りえたのは幸いだった。今まで自分たちが生活していた場所と空間的に、
もしかしたら時間的にも隔絶しているかもしれないこの島で、すでにどれだけの人間が名乗ることもできない亡骸と
なっているのか。せめて、自分の知りうる限りの名前を彼らには残してやりたかった。
(――みすず、というのはどうだろう。鈴を観る、で観鈴)
(――いい名前、かわいらしいね)
不快な放送で列挙される通し番号つきの名前。あんなものとは違うやりかたがあるはずだろう。
それはささやかすぎるほどささやかな、敬介の反抗心の表れだった。
325 :
なまえ3:04/05/26 01:01 ID:eTcQjIq4
穴を掘るのは結局断念した。住宅地の近くだから、というわけではないと思うが、落ち葉が積もっているその土は
不自然なまでに固かった。ふと見ると月代が落ち葉を両手いっぱいに抱えている。そして彼女、ミヤザワユキネに
かけてやっていた。いつしか敬介もそれに倣っていた。程なく彼女は見えなくなった。
「笑って…たね」
「そうだね」
「あんなふうに…笑っていられるかな?」
(……また、誰かを笑わせてあげて下さい)
「…そうだね」
木漏れ日の中、月代の隣にたたずむ敬介の胸中にはもうひとつの問いがあった。
笑わせるべき彼女たち――神尾とは違う姓を持つ、自分の名前。
そう。
観鈴に会ったら、僕はなんと名乗ればいいのだろう。
【055 橘敬介 所持品:ヨーヨーもどき、釣り針、太めの釣り糸、肥後ノ守、手品道具、ピン類、小型レンチ、
針金、その他小物、 腕に万国旗、大判ハンカチ、水の容器、メモ、鉛筆、食料、理緒の荷物(分担)】
【085 三井寺月代 所持品:ヴィオラ、青酸カリ、スコップ、初音のリボン、食料、理緒の荷物(分担)】
【旧理緒の所持品のうちバッグ三つ分(筋弛緩剤と注射針一式(針3セット)、裁縫道具、手作り下着、クレジットカード、
小銭入り長紐付き巾着袋、クッション)は敬介と月代が分担して所持】
【住宅街近くの森、学校付近、昼過ぎ】
(失敗、したかな……)
目の前には、爛々と光る二対の眼。
自分とてそうは変わるまい。
人を殺すための道具を、人に向けている。
三つの銃口、三対の眼。
(まあ、あさひちゃんは逃げられたみたいだし)
少年(46番)は、心の中だけで嘆息する。
こころ。
まったく、自分にそんなものがあるのかどうかも判らないというのに。
命だけは、こうして下らないゲームの駒になる。
(死ぬのかな)
S&Wを構えて、ただ時間が過ぎていく。
さわさわと、風に揺れる梢のざわめきだけが響いていた。
一発の銃弾が開戦の合図。
ふたりの狩人は、互いが必殺の一撃を秘めていることを正しく理解していた。
(―――この子じゃあ、射程が短すぎたってことか)
晴香のコルトが放った銃弾は、しのぶに当たることなく飛び去っていた。
先制に失敗した以上、自分の装備は圧倒的に不利。
相手が銃器を持っていなければ別だが、それはない、と晴香は確信していた。
あの女の眼は、自分と同じだ。
この島のルールを理解している眼だ。
ならば逃げるわけには、いかなかった。
殺し、殺し、殺す道を歩むと決意した自分の強さは、狩るという行為に依存している。
逃げる立場になれば、この島ではただ駆逐されるだけだ。
あの女とてそれは同じ。
自分に勝つことしか考えていないだろう。
手持ちの弾はあと三発。
この銃弾で、あの女を仕留めてみせる。
傍らの茂みに身を潜め、じりじりと位置を変えながら晴香は必殺のイメージを練る。
しのぶもまた、横っ飛びに飛び込んだ藪の中で、ブローニングを抜き放ちながら思う。
あの女を超えなければ、自分の勝ちはあり得ない。
それほどに、自分たちは似過ぎていた。
弾丸は六発。
(あの女の銃は、威力がない)
発射音、一瞬だけ見えた銃身、何より一発だけで身を潜めた彼女の慎重な姿勢が
それを物語っていた。
あの女には、一気に勝負を決めるだけの火力がない。
しかしそれは自分とて同じだった。
何しろ少しでも距離があれば、上手く当てる自信がない。
それに威力が無いといっても、相手は銃だ。
生身で銃弾をもらえば文字通りの致命傷となるだろう。
あの女を仕留めるには、距離が最大の敵。
射程の差を活かすことができない以上、至近での勝負になる。
一瞬でも早く、相手を射線に捕らえた方の勝ち―――。
(女子高生の考えることじゃあ、ないわよね)
榊しのぶは自らの思考に苦笑する。
女子高生は人を殺さない。
ふと、少年(46番)は足を止めた。
後ろをついてきた桜井あさひが声をかける。
「どうしたんですか?」
振り向かず、硬い声で少年が答える。
「どうも―――道を間違えたみたいだ」
「え? ……道って、だって分かれ道みたいなのはありませんでしたし……」
「引き返そう。この先は、良くない」
「でも……」
言い募ろうとするあさひ。
それを遮ったのは少年の声ではなく、一発の銃声。
木々に反響するその音は、あさひにとっては特別な意味を持っていた。
絶対の恐怖。
あさひの顔が見る間に蒼白になっていく。
恐怖という感情を知らない少年は、その表情の意味を理解はできたが、しかしその内圧までを
推し量ることはできなかった。
「あ、あ……」
震えだすあさひに少年が手を伸ばそうとした瞬間、あさひは弾けるように駆け出していた。
悲鳴。悲鳴。悲鳴。
絶叫を引きずりながら、あさひの脚が向かった方角は。
(いけない―――!)
少年は、少女の背を追って駆け出す。
晴香は動いていた。
位置を捕捉されたら負けだ。
茂みが有効な遮蔽物たり得るかどうか、文字通り命賭けで試してみる気はさらさら無い。
幸いというべきか、風が強い。
梢のざわめきは摺り足の音を相殺してくれる。
あの黒髪の女が飛び込んだのは右前方、十数メートルの藪だ。
その周囲には、身を隠したまま移動できる場所がない。
あの女は動けない。
相手が確保できる視界を計算しつつ、右回りで茂みを伝い、脇から飛び出しての一撃必殺を狙う。
そのためには、いかにして敵の注意を自分が最初にいた位置に惹きつけるか。
手持ちの道具は役に立ちそうにない。
最後の一手が欠けている。
もうひとつ、何かがあれば―――。
しのぶもまた、己の地形的な不利を理解していた。
背の高い草に囲まれてはいるが、ここから出るには身を危険に晒さなければならない。
時間が経てば、それだけ相手の選択肢を増やすことになる。
何か、手を打たなければならなかった。
手持ちの装備を確かめる。
ブローニング、ナイフ、レーション、缶切り、紙マッチ、小型ガスコンロ、護身用スタンガン。
あの女は正面から来ない。
それができるなら、既にこの薮ごと蜂の巣にされている。
右か、左か。それとも後方まで回りこむのか。
組み立てろ。
必殺の道筋を。
晴香は既に予定していた地点に到達していた。
あの黒髪の女の影が視認できる。
最初に伏せた茂みから、相手の潜む薮を中心として丁度右に90度。
しかしこの先は迂闊に動けない。
あの女を射程に収める、その距離を駆け抜ける二秒。
その二秒が絶望的に長い。
相手の装備が判らないというのが致命的だった。
銃器であれば、二秒は地獄までの所要時間と等しかった。
この位置は十中七、八まで読まれている。
相手が動かないのは何故だ。
奴の立場で考えろ。
なぜ動けない、なぜ動かない。
思考に穴が在れば奴は必ず牙を剥く、私がそうするように。
千日手に終止符を打ったのは、しのぶの一手。
晴香は、自分の最初に伏せていた茂みに向けて、薮の中から何かが放り込まれるのを見た。
(―――囮か。下らない手段ね)
予想通り、爆発も何も起こらない。
手榴弾の類があるなら、これだけ時間を空ける意味が無い。
即ちあの投擲物には、殺傷能力など皆無―――。
しかし、薮の中からもう一つ何かが、転がされていた。
(―――何?)
ほぼ同時に銃声が三つ。
そして、爆発。
最初に自分が潜んでいた茂みは、無残な姿に変わっていた。
(―――な……っ! あいつは何をを持ってるのっ!?)
最初の投擲は、転がしたあの物体から目を逸らすための陽動。
側面から監視していたからこそ発見できたのか。
あの場に留まっていれば、今頃は―――。
思わず凍りついた晴香のすぐ側、ほんの数十センチに、何かが、転がってきた。
しのぶは心中で喝采を叫んでいた。
(―――当たった!)
賭けだった。
残りの弾丸は6発、その内の3発を無駄にした、一か八かの勝負。
投擲したのはただのレーション。
転がしたのはガスコンロ付属のミニボンベ。
間髪いれず、残りのレーションを低い弾道で投擲。
左右後ろ、あたりを付けた三箇所、自分を狙う絶好の位置へと。
案の定―――向かって左、飛び出す影。
(これで―――終わり!)
影に一発。
大きな、丸い影に穴が空く。
風を孕んではためく布をまとったその形状は、人ではあり得なかった。
……制服に包まれた、支給バッグ。
その下、高い放物線を描く影の後ろから―――今度こそ、狩人は飛び出した。
(読まれてた……!)
跳ね上がった銃口は間に合わない。
ならば活路は一つ。
晴香は絶対の確信をもって勝利の弾丸を放とうとしていた。
あと三歩、相手の弾丸がバッグを撃ちぬく重い音。
後二歩、その銃口が下りきるより先に、懐に飛び込める。
最後の一歩―――
目の前に、女の黒髪が、広がっていた。
しのぶもまた、飛び出していた。
強烈な衝撃。
互いの全体重をかけた突進、肩と肩がまともに当たり、互いの位置が入れ替わる。
左肩を強打しながら、右足を振り出して遠心力を強引に制御し振り向く晴香。
額を打ちつけながら、踏み出した左足を軸に、右膝を地に擦って水平に回転するしのぶ。
視界が晴れても、やはりふたりは動けなかった。
雄々しく立ち、獲物を睥睨する晴香。
跪きながら、獲物の喉笛を食い破らんとするしのぶ。
伸ばされた互いの右手には、必殺の銃。
互いの額には、己を殺す銃口。
僅かな緩みがすべてを粉々に破砕する、それは凍りついた時間。
桜井あさひは踏み込んでしまった。
絶対に踏み込んではいけない領域。
それは殺意が支配する、弱者を排斥し蹂躙する空間。
互いに互いの額へ銃を向けるふたつのそれは、自分を殺す何かだ。
その眼が、微動だにしないその姿勢の中で、爛々と光る眼だけが、こちらを視ていた。
もはや悲鳴も、恐怖すらも浮かばない。
自分が何を持っていて、どういうものであろうと、あれには勝てない。
絶望が、桜井あさひを埋め尽くす。
「たす、たすけ、たすけて、たすけてください」
口から、懇願だけが漏れていた。
「―――もういい。ここはもういい。早く、逃げるんだ」
彼女を救ったのは、少年の声だった。
金縛りにあったように動かなかった身体が、一気に解放される。
じり、じり、と足が地面を擦る。
摺り足は歩みに、歩みはあっという間に走りに変わり、あさひは全力でその場を後にした。
その間、少年は瞬きもせずにふたりの殺戮者を見詰めていた。
「動かない方がいい。それくらいは判っているはずだ」
そう。
銃口はこちらを向いていない。
あれらは互いを狙っていて動けない。
こちらはいつでもあれを撃てる。
だが同時に少年は悟っていた。
あの眼を抑えておくことなど、出来はしない。
銃を撃って殺せるものでは、あれはきっと、ない。
そんなことはあり得ないと、どこからか告げる声は弱々しく、代わりに少年を押し流そうとする
何かが、この空間には漂っていた。
(―――これが、恐怖と、いうものなのかな)
努めて軽く、空ろに。
せめて自分くらいは、いつも通りでいようと。
溜息を一つ。
桜井あさひは走っていた。
呼吸が苦しいとか、足が痛いとか、そういう真っ当な身体の制御機構はとうに麻痺していた。
ただ、
(あのひとが、死んでしまう!)
その一念だけが彼女を動かしていた。
森、茂み、枝、枝、枝。
急に開ける視界。眼に映る人影。
殺されるかもしれないなどとは、考えもしなかった。
そこには、さっきまで自分がいた場所に漂っていた、あの空気はなかった。
だからただ、叫んだ。
「―――たすけて! 助けてください! あのひとが死んじゃうから! 助けて!」
そこにいた人々の中で、ひと際大柄な男性が声を上げた。
「今度はなんなんだーーーーーーーーーーーっ!」
麻生明日菜と神尾晴子が、驚いた顔をして新たな闖入者を見ていた。
【039 榊しのぶ ブローニングM1910(残弾2)、ナイフ、缶切3つ、12本綴りの紙マッチ3つ、護身用スタンガン】
【091 巳間晴香 コルト.25オート(残弾3)、カッター、相当量の食糧と水】
【046 少年 S&W M36(残り弾数5、予備の弾20)、腕時計、カセットウォークマン、食料三日分、二人分の毛布】
【042 桜井あさひ キーホルダー、双眼鏡、十徳ナイフ、ノートとペン、食料三日分、眼鏡、ハンカチ】
【002 麻生明日菜 ナイフ、ケーキ】
【022 神尾晴子 千枚通し、マイクロUZI(残弾40発。20発入りマガジン×2)】
【033 クーヤ 水筒(紅茶入り)、ショートソード】
【079 古河秋生 金属バット、硬式ボール8球、カルラの大刀、かんしゃく玉1袋(20個入り)】
【026 カルラ 無し(カッターは早苗へ)。ワイヤータイプのカーテンレールで両手足を拘束中。
右手首負傷。握力半分以下】
【082 ベナウィ 状態:昏睡中(危険な状態は脱した)】
【時刻:二日目午後14時半過ぎ、「神は誰に微笑むか」直後】
「願い」と「その者、本性変わらず 」はNGという事でよろしくお願いします。
詳しくは感想スレを参照してください。
(なんや、またややこしいことになったなぁ)
(とりあえず、殺すのは後でもできるし、情報も欲しいですし、ちょっと様子見しませんか?)
(せやな、寝とる奴とかもおるけど、戦力的に使えるかもしれんし)
(あの捕まったらしい人も、上手く利用できそうですしねぇ)
などと晴子と明日菜が物騒な打ち合わせをしているのをよそに、クーヤは泣きじゃくるあさひを懸命に宥めていた。
「大丈夫だ。何があったかは知らぬが、余は救いを求める民を見捨てたりなどせぬ。
落ち着いて、何があったか話すがよい」
「ひくっ、うっ……ううっ……あっ、あたし……」
「だいたい、その方、助けを求める者を怒鳴りつけるとは何事だ」
クーヤに睨まれた秋生が、慌てて頭を下げる。
「あー、いや、いきなり色々来たもんでな、ついどなっちまった。悪い」
「あのっ、あ、あたしのことはいいんです、それより、それより少年さんが……」
そこへ、先ほどの秋生の叫びを耳にして、哨戒していた耕一と早苗が走って帰ってきた。
「クーヤ、何があったんだ……おっ、その子、アイドル声優の桜井あさひちゃんじゃっ!」
「え、あ、はい。あさひ、です……」
増えた二人を見て、晴子が顔をしかめた。
(なんやなんや、また増えよったで)
(とりあえず、いきなり襲いかからなくって良かったですねぇ。寝てる人含めて、6人もいますよ)
(しっかし、声優の顔しっとるなんて、あの兄ちゃん、アニオタちゃうか? たいして役に立ちそうにあらへんなぁ)
(ま、そこはそれ。若い男の子ですし、ガタイもいいし、いろいろ使えそうじゃないですか)
(あれ? ちょい、待ちいな。クーヤって、どっかで聞いた憶えあらへんか?)
(あら、もう健忘症が始まったんですか? さっきのゲンジマルっておじいさんの尋ね人ですよ)
(あー、せやせや。って、誰が健忘症やっ!)
あの老人が探していたのが、この少女か。なるほど、確かにこの世界の者ではないし、
女皇というだけあって、威厳や気品なども、言葉遣いや態度の端から垣間見える。
が、年相応な、少女らしさも顔を出す。
「あいどるせいゆーとはなんだ、コウイチ?」
いかがわしげな響きを聞き取ったのか、クーヤが半眼で耕一を見る。
晴子と同じ疑念を抱いた秋生も、物珍しげな様子で、
「なんだ、兄ちゃん。アニメオタクって奴か?」
「いや、それはたまたまテレビ見ていたら、ピーチにはまってつい……いや、とりあえず、それは置いておいて」
「あの、秋生さん。こちらの方達はどなたでしょう?」
「おお、そうだった。何なんだ、あんたらは」
早苗に問われ、胡散くさげな目で、秋生が晴子達を眺め回す。
あちゃー、警戒されてしもうとるなぁ。と、どう取り繕うか考えていた晴子を遮って、
「自己紹介は後ですっ!」
明日菜が、その場を制した。
「あさひちゃん、って言ったわよね。あなたのお友達か誰かが、危ない目に遭ってるのね? 違う?」
「は、はい、そうですっ!」
「だったら、今すぐ助けに行かないと! 議論している暇なんてないわっ!」
「それともあんたらが、ゲームに乗った殺人鬼というなら、話は別やけどな……」
晴子もすぐに調子を合わせ、疑いの眼差しを向ける。
が、今かわされた多少の会話で十分分かっていた。こいつらは、甘ちゃんだと。
「ふざけたことを申すなっ! 先も言ったように、余は民を見捨てぬっ!」
案の定、クーヤは疑われたことに憤慨し、こちらを疑うなど思いもよらなかった。
「あさひとやら、余もコウイチも、アキオもサナエもそなたの力になる。
話は道すがら聞こう。案内せよ」
「は、はいっ!」
あさひの顔がパッと輝いた。
「なんか……俺等、臣下みたいな扱いだな」
「皇様御用達パン屋さんになれるかもしれませんね」
平和な古河夫妻はともかく、動かせないベナウィとカルラがいる以上、二手に分かれることになる。
明日菜が提案、クーヤが仕切るという形で、話はどんどん進んでゆく。
淀みない流れに、明日菜の意志が場全体を決定づけていることに、誰も気づかない。
「とりあえず、あさひちゃんの方が危険でしょうから、そちらに人数を裂くべきだと思います」
「うむ。では、余と耕一がそちらに向かい、アキオとサナエは残ってもらおう。
その方等にもついてきてもらいたい。よいな?」
「もちろん」
快諾する明日菜にクーヤが頷きを返す。
「いや、危険だから、戦えないクーヤは残った方が……」
「民の先頭に立たぬ皇がいるか。そんなことでは国を治めることなどできぬ。
それより、議論している暇はないといったはずだ!」
たしなめようとした耕一は、あっさりと一喝された。
立場弱いなぁ、俺。と、ぼやくその背中を、明日菜が「頑張れ、男の子」と叩いて励ます。
で、へらっとしてるとまたクーヤ様に怒られたりするのだが。
ハクオロの鉄扇と早苗の短剣が、護身用にとクーヤに渡された。ついでにお気に入りのサランラップも。
疑う気は失せているが、さすがに危険な毒物を明日菜や晴子に渡すほど、ゆるんでもいない。
代わりにショートソードが、ナイフしか持っていない明日菜に渡される。
「まぁ、ナイフよりは、多少はマシかな……」
「こっちの火力は強大やでー」
晴子が自慢げに取りだしたサブマシンガンなるものをクーヤは理解できなかったが、
「よし、これでよかろ。行くぞ!」
言葉通り、先頭に立って駆け出したクーヤを、慌てて耕一が追い、
行き先が分からないことに気づいて、あさひに合わせて足を緩める。
肉体的に脆弱といわれてはいても、車もない世界で生活していたクーヤの方が、あさひよりは体が強い。
ましてやあさひは、まだ息も整っていなかった。
「あさひちゃん、俺がおぶるから」
「え、でも……」
「いいから早くっ! 遠慮している時間なんてないっ!」
「は、はいっ!」
飛び乗ったあさひの指示に従い、耕一が駆ける。クーヤが併走しながら、その横顔に呟いた。
「……心なし、嬉しそうではないか、コウイチ?」
「いや、全然そんなこと」
クーヤ様のご機嫌斜め度30度。
「あ、あの、こっち、です」
その後ろを、明日菜と晴子の二人が、少し離れて追う。
(なんやめっちゃ無防備やなぁ。思わず撃ちたくなるわ)
(だめですよ。情報聞こうっていうのが優先じゃないですか。
何人死んだのか知りたいし……最悪の事態も、考えられますから)
(うちはそんなん考えん。観鈴は生きとる。うちがそう決めたんや)
(あたしだって信じてますけどねぇ……いざとなったら、生き返らせてもらうって手もあるし)
(なんやゆーたか?)
(いえいえ)
明日菜は、晴子とのコンビは悪くない、と思う。好き嫌いではなく、相性の意味で。
先ほどもすぐ合わせてくれたのは、非常にありがたかった。さすが関西人。
本当に最悪の事態が訪れたなら、いっそのこと観鈴も死んで、
二人で協力して生き延び、二人の願いを叶えてもらう、というのも悪くないかもしれないと思う。
が、それはあくまでも最終手段だ。
(しっかし、ちょいと危ない橋だとおもわん? 相手は確実に殺人鬼やで)
(そこはそれ。せっかくこんなに盾がいるんですから、有効活用しましょうよ。
バカ同士の殺し合い、私達の手で、ガンガンやらせちゃいましょう)
(せやなー、うちらか弱い乙女やしなー。こーいち君とやらに、守ってもらおか)
(乙女?)
(あんたかて、乙女言い張るには無理あるやろ。わかっとるでー、この狸女が)
(……ほほほほほ)
(……ふひひひひ)
(上手くすれば、武器も手にはいるかもしれんませんし)
(よっしゃ、省エネで行くでー。しっかし、こいつら意外と装備しょぼいなー。刃物ばっかや)
(まぁ、そこらへんはおいおいなんとかしましょう。理想としては、殺し屋一人。
あさひちゃんの彼氏と撃ち合って相討ちか、手負いになっている、って所ですね。
こっちが勝たないことには話になりませんし)
(五人くらいの集団やったらかなわんなー。せやったら、即座にトンズラうたせてもらお)
(それはないです。どうせ残るのはたった二人。組むにしてもそれが限界でしょう。
殺し屋さんはゲームに乗ってるってことでしょうから、主催者を倒そうという考えもないでしょうね)
その、主催者を倒そうと決意したうちの二人が、今、目の前を走っていた。
「も、もうすぐです。注意してください」
様々な思惑をとりあえず飲み込み、全員の気が引き締まった。
そして――残された、古河夫妻とベナウィとカルラ。
秋生が明後日の空を見ながら、カルラに話しかける。
「ところでよ、一つ聞くが」
「なにかしら?」
「腹、減ってないか?」
「腹?」
確かに多少減っていた。だが、自分を殺そうとしてもおかしくない人間が、何故腹具合など気にするのか。
まさか、毒でも食わせて始末しようと言うのか――。
いや、それなら先ほど殺すと言えばすむことだし、わざわざ毒を使うとも考えづらい。
それよりも、ここは食料を口にして、体力の回復に務めるべきだ。
カルラは、そう判断した。
「……ええ、空いてますわ」
きゅぴーん。
どこからか、そんな音がしたような気がした。
「おおっ、こんな所においしそうなパンが! なんてラッキーなんだ、あんたは。さぁ、遠慮せずに食え」
「……なんですの、これは?」
パンというものは、カルラの世界には存在していなかった。
「これか? これはだな……早苗のパンだっ」
秋生が自信満々にいった。
「あなたの奥さんのつくったものですの? まぁ、なんでもいいですから、いただきますわ」
手をほどいて、と言いたかったが、かえって警戒させることになるだろうと自重する。
「おおっ、見ろ早苗。お前のパンは、ファンタジーな人の食欲を刺激しているぞっ!」
「まぁっ! ファンタジーな人でも大丈夫なんですねっ!」
「あの……いただけるんですの?」
「ああ、遠慮せず食え。伝説さえ残した早苗のパンを、心ゆくまで食いまくってくれ!」
口に押しつけられたその物体を、カルラは咀嚼した。
――っ!?
カルラの意識が虹色の闇に染められてゆく。
が、食わねば死ぬ。それはカルラが屈辱的だった人生の中で掴んだ、真理の一つだ。
カルラは意識を失いかけながらも、早苗のパンを噛み千切り、飲み込んだ。
ギリヤギナの強靭な肉体と意志が、半ば本能的にそのパンを食らいつくした。
そして遠くの世界へ旅立っていった。
「おおっ、早苗! 全部食いきってくれたぞ! 見ろ、この幸せそうな安らかな寝顔っ!」
「私のパンは、ファンタジーな人には大好評なんですねーっ!」
古河夫妻は、こんな状況でもとことん幸せだった。
【33番 クーヤ 所持品:水筒(紅茶入り)、ハクオロの鉄扇、サランラップ25m(耕一から)短刀(早苗から)】
【18番 柏木耕一 所持品:ベナウィの槍 『左腕負傷中』】
【02番 麻生明日菜 所持品:ショートソード(クーヤから借りる)ナイフ、ケーキ】
【22番 神尾晴子 所持品:千枚通し、マイクロUZI(残弾40発。20発入りマガジン×2)】
【42番 桜井あさひ 所持品キーホルダー、双眼鏡、十徳ナイフ、ノートとペン、食料三日分、眼鏡、ハンカチ『疲労』】
【79番 古河秋生 所持品:金属バット、硬式ボール8球、カルラの大刀、かんしゃく玉1袋(20個入り)】
【80番 古河早苗 所持品:早苗のバッグ、古河早苗特性パン3個、トゥスクル製解毒剤、カッター】
【82番 ベナウィ 所持品:無し。『昏睡中(危険な状態は脱した)』】
【26番 カルラ 所持品:無し。『ワイヤータイプのカーテンレールで両手足を拘束中。右手首負傷。握力半分以下 昏倒中』】
【時刻:二日目午後二時半頃】
前門の虎、後門の狼。
私たちを取り巻く状況はまさに絶対絶命だった。
行く手を遮る男――芳野祐介。
無邪気な表情で私たちを巧妙に罠に陥れた少女。
私たちの危機を幾度となく救ってくれた獣。
――トンヌラはもう動かない、あの傷ではもはや助からないだろう。
(万策……尽きた…と、いう…訳か…)
私の心が絶望の色に染まってゆく。
ふと私の隣の少女、皐月に視線を移す。
なんということだ。彼女の瞳はまだ絶望に染まってはいない。
何の罪も無くこの狂気の戦場に連れてこられ殺し合いを強要され、
こうして眼前に銃を突きつけられてもなお、
希望を捨てては無かったのだ。
初めて人を殺したとき。
私は迷い、道を見失いそうになり、
このまま堕ちて行きそうになった時、彼女は私の道を照らしてくれた。
星のように。
月のように。
太陽のように。
湯浅皐月、私の親友――。
(……ここで歩みを止めるわけにはいかない。
なぜなら――私は生きている、守るべき者がいるからだ!)
私の決意に呼応したかのように獣の咆哮が響き渡った。
「グオォォォォオオオオオ!!!」
俺が銃の引き金を弾こうとした時、それは起こった、
澪の後方、クレイモアの散弾に貫かれた白い獣が起き上がった。
屍体がうごいた?
いや、違う、止めを刺しきられなかったのだ。
獣は大きく跳躍し俺たちの所にやってくる。
腹を血みどろにしながらもそれはやってくる。
「澪ッ!! 伏せろぉォォォォォォッ!!」
考えるよりも先に手が動く。
引き金を弾いたのは獲物二人に向けてではない。
今まさに澪に飛びか掛からんとする白い獣に向って。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
サブマシンガンの残弾など考えては無かった。
考えていたことはひとつ――。
ただただ澪を守るため、
守るべき人のため。
俺は銃を放っていた。
トンヌラが起き上がった。
腹を血みどろにしながらも。
自分の命が今尽きそうになりながらも。
私たちを守るために。
命の最後の灯火を輝かせながら。
「澪ッ!! 伏せろぉォォォォォォッ!!」
芳野の絶叫が森に木霊する。
少女に向って飛び掛ろうするトンヌラに向けて。
私たちを殺す絶好の機会を捨てて。
サブマシンガンを乱射する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
連続した銃声がした。私の後ろ、澪と呼ばれた少女の頭上。
血煙が舞う。長い、長い銃声。
ゆっくりとトンヌラが地面に崩れ落ちる。
カチッカチッ。
銃弾を撃ち尽くす音。
やって来た。トンヌラが命を賭して作ったチャンスが。
少女は何が起こったのかわからなった
芳野にいわれるまま身を伏せた。
刹那、銃声が響く。
頭上にはクレイモアの直撃を受けたはずの白い獣。
「――――!!!」
私はそのチャンスをのがさなかった。
完全に隙を見せている少女の銃を素早く奪い取り。
そして――。
「すまない……子供に暴力を振るうつもりはなかったんだが…」
息を吐き。
「ハァァァァァァァァ!!!」
渾身の回し蹴りを少女に放つ。
「――――!!!!!」
体重の軽い少女は吹き飛び大木に身を打ち付ける。
「澪ッ しまっ――」
芳野は引き金に手を掛けるがその銃には弾は入っていない。
もう遅い。
一・二・三・四・五・六発の蹴りを叩き込む。
もんどりうって倒れこむ芳野。
「貴様だけではない、私にも――守るべき者がいる」
【036 上月澪 所持品: イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(装弾数1発、予備弾16個)
スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:ライフル(予備マガジン2つ)、サブマシンガン残弾0(予備マガジン1つ)、M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)、
手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服 主】
【038 坂上智代 朋也・宗一・芳野の写真 グロック17残弾0発】
持ち物に修正です。
【036 上月澪 所持品: イーグルナイフ、レミントン・デリンジャーの予備弾16個)
スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:ライフル(予備マガジン2つ)、サブマシンガン残弾0(予備マガジン1つ)、M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)、
手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服】
【038 坂上智代 朋也・宗一・芳野の写真 グロック17残弾0発、レミントン・デリンジャー(装弾数1発)】
(情けねぇ… 俺は同じ相手に負けたのかよ…)
祐介の頭には澪から奪ったのであろうレミントン・デリンジャーがつきつけられている。
もっともそんな事をしなくても6連撃のダメージが祐介の動きを阻害しているのだが。
M16A2アサルトライフルもVz61スコーピオンも手の届かない場所に放置されている。
がさり、と音がし振り向くとそこにいたのは先ほど蹴り飛ばした小柄な少女。
手に握られているのは少女の手にはあまりに大きいナイフ。
(今助けるの!)
駆け出した少女の目はまっすぐに私を捉えている。
「それ以上寄るな! 撃つぞ!!」
声が聞こえる、でも聞くつもりはない。
少女の足は止まらない。
「くっ…やむをえん…」
レミントン・デリンジャーが火を吹き少女の胸を穿つ。
が、駄目。
苦痛の表情を見せるものの、少女の足は止めるに至らない。
引き金を引いてももう弾は出ない。
私は銃を投げ捨てると少女の方に向き合った。
例え相手がナイフを持っていても接近戦なら負ける気はしない。
もう少しで間合いに入る。
と、少女の手からナイフが落ちる。
「なっ…!」
智代は落ちていくナイフに意識が持っていかれた。
―――隙。
それはほんのわずかな時間。
だがその隙は全てを決するのに十分過ぎる時間だった。
澪の手に握られたスタンロッドが伸び、智代の左脇腹を捉える。
電気が放電する音と共に智代の傷口に20万Vもの電圧が叩きこまれた。
それは智代の脳を焼き切るのに十分すぎる量。
跳ね上がる智代の肉体。
どさりと崩れ落ちた智代にもはや意識はない。
ただ、一つの願いだけを残して。
(皐月…逃げろ…)
【038 坂上智代 死亡】
【036 上月澪 所持品: デリンジャーの予備弾16個) 、スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品: 手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服】
【澪・祐介ともに打撲程度の軽傷】
【皐月は左肩複雑骨折に加えクレイモアからの軽傷ではない程度のダメージ】
【イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(装弾数0発)、M16A2アサルトライフル残弾29(予備マガジン(30発)1つ)、Vz61スコーピオン残弾0(予備マガジン(20発)1つ)、
M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)などは近場に点在】
【残り 48人】
―――隙。
それはほんのわずかな時間。
だがその隙は全てを決するのに十分過ぎる時間だった。
澪の手に握られたスタンロッドが伸び、智代の左脇腹を捉える。
電気が放電する音と共に智代の傷口に20万Vもの電圧が叩きこまれた。
跳ね上がる智代の肉体。
どさりと崩れ落ちた智代にもはや意識はない。
見開かれた瞳にただ一つの願いだけを残して…
(皐月…逃げろ…)
【036 上月澪 所持品:デリンジャーの予備弾16個、スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服】
【澪・祐介ともに打撲程度の軽傷】
【皐月は左肩複雑骨折に加えクレイモアからの軽傷ではない程度のダメージ】
【智代はスタンロッドを受けて気絶、無力化されています】
【イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(装弾数0発)、M16A2アサルトライフル残弾26(予備マガジン(30発)1つ)、
Vz61スコーピオン残弾0(予備マガジン(20発)1つ)、M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)などは近場に点在】
トンヌラが吼えていた。
その声で、わかった。
智代の瞳が私を映した。
それだけで、わかった。
わかって、しまった。
この陰惨な記憶しかない島で得た、かけがえのない友人。
この子たちは、私ひとりを生かすために、自らの命を顧みず立ち上がったのだ。
だからお別れの言葉も、再会を期した握手もなく。
私は駆け出した。
たいせつな友人たちの作り出した、空白の一瞬を無駄にしないために。
芳野祐介が少女、坂上智代の銃口から解放され見回したときには、
既にもう一人の少女、湯浅皐月の姿はなかった。
祐介は溜息をつくとその場に座り込み、大樹に背中を預ける。
懐から煙草を一本取り出して火をつけた。
紫煙の向こう、横たわる少女の亡骸をぼんやりと見つめる。
(お前は守るべきものを守りきった……ってわけか)
『追いかけなくていいの?』
祐介の守るべきもの、上月澪がそう問いかけてくる。
「―――いいさ。どの道、俺たちだって少し休まなきゃ動けないだろ」
坂上智代から受けた打撃はそう簡単に癒えるものとも思えなかったが、
口には出さずにおく。
煙草をふかそうと息を大きく吸うたびに、胸の辺りに鋭い痛みが走る。
背筋から右肩にかけて、時折違和感もある。
学校で投げを打たれた際に、したたか打ちつけた箇所だ。
まったく、徒手空拳の娘たち相手にこの様だ。
それは澪とて同じこと。
気丈に振舞ってはいるが、額に浮かぶ汗は緊張から来るものではないだろう。
何しろ小口径のデリンジャー、それも防弾ジャケットの上からとはいえ銃撃を
受けている。
結局のところ、自分たちは運が良かっただけなのかもしれない。
(……だがな、お前)
少女の亡骸は応えない。
(俺はまだ生きてる。生きて、こいつを守れるんだ)
自分と同じように座り込んだ澪の顔を見て、少しだけ笑った。
煙草の吸殻を、傍らの地面で揉み潰す。
(お前はもう、あいつを守ってやることはできないだろう。
だからこの勝負は今度こそ、俺の勝ち―――だ)
眼を閉じた芳野の耳に、忌まわしい老人の声で流される放送が聴こえてきた―――
(ハァ……ハァ……ッ)
荒い息をつきながら、暮れゆく森をただ歩き続ける。
ぽたぽたと垂れる血は、どこから流れているものか。
左肩から先の感覚は既にない。
幸いというべきか、あの爆発で撒き散らされた散弾の殆どは元より使い物にならない左手側に
集中して叩き込まれたようだ。
いくつかの弾は肉を薄く抉っていったようだったが、その程度の傷は確かめる気にもならなかった。
私の中に浮かぶ智代の瞳が、私に語りかけている。
白い毛並みを血で汚したトンヌラの声が、私の背中を押している。
生きろと、あの子たちは言っている。
私は、生き延びている。
徐々にその黒を濃くしていく森の中を、私はひたすらに歩き続ける。
垂れる血は、黒に紛れてもう見えない。
こつり、と。
靴が何かに蹴る感触。
足元を見れば、そこに一振りのナイフが転がっていた。
森を染め上げる闇を祓うように、妖しく光るその刀身の銀色に目を奪われる。
輝く刀身に映りこんだ私の顔は、左の頬に開いた真一文字の傷から血を流しながら、
薄く笑っていた。
その乾いた唇は、なぜお前がのうのうと生きている、なぜ仇を取ろうとしない、なぜ、
なぜ、なぜ―――そう問いかけているように、見えた。
私は、そのナイフを拾い上げた―――
【036 上月澪 所持品: イーグルナイフ、レミントン・デリンジャー(残弾2、予備弾14)
スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:ライフル(予備マガジン2つ)、Vz61スコーピオン残弾20、
M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)、手製ブラックジャック×2、スパナ、
(元ことみの)救急箱、煙草(残り3本)とライター、食料2日分】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服、風子のナイフ 左腕はもう使えない 顔面に裂傷】
【そして第3回定時放送へ】
智代関連で矛盾が出ているため、『継がれゆくもの』の357-358はNGとしてください。
申し訳ありません。
伴って、>360の状態報告は以下に差し替えでお願いします。
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服、風子のナイフ 左腕はもう使えない 顔面に裂傷】
俺はゲームの主催者を殺す。
そして、ゲームに乗った馬鹿共も殺す。
難儀な選択だ。だが俺の決意は変わらない。
「ほんとに別れちゃうの……時紀さん」
「ああ、俺と一緒にいるのは危険なんだ…だから別れる」
「せっかく仲良くなれたのに…がお…」
そう言って住宅街に足を向けようとした時だった。
静かな森を劈く発砲音。
音からしてマシンガンの類か?
考えるよりも速く身体が動いていた。
「糞がっ! またゲームに乗った馬鹿がいるのかっ」
俺は発砲音がした方角へ駆け出す。
「アンタっ どこ行くのよっ?」
「また俺の目の前で人が死んでいくッ!
これ以上黙って罪のない人間が死ぬを見てられるかッ!!」
もう誰も殺させない。
もう誰も死なせるもんか。
「ちっ…神尾さん、アイツについていくわよッ!」
「う、うんっ」
俺は森を駆ける。
今襲われている人間が助かる可能性を少しでも信じて。
俺は森を駆けていった。
「アンタっ待ちなさいっ!」
「待ってよーっ、時紀さぁーん!」
俺の後ろについて来る二人の姿。
「バカヤロウっ! 何でついてくるんだっ!」
「アンタ持ってるの鎌一つでしょうが!
相手は銃を持ってるのよ? アタシの銃が無いと、
どうしようもないでしょうがっ!」
「沙耶さんの言う通りだよっ、わたしのボウガンも
何かの役に立つかもしれないよ!」
「糞がっ勝手にしやがれっ」
今更、足を止めるわけには行かない。
俺は銃声の方向へ一直線へ駆けていった。
頼む…無事でいてくれ…。
芳野はナイフを構え智代の前に立っていた。
先程の六連撃のダメージは軽くはない。
立っているのがやっとである。
――それでもこいつらを殺すことぐらいはできる。
二人共々殺してやる。
特にこいつだけは。
「智代、目を開けてっ。アンタたち…絶対に許さない!」
「フン…気絶してるだけだ。
もっともここでこの女もおまえもは死ぬがな」
芳野は武器はナイフのみ、他の武器は周囲に散らばっている。
――せめて肩をやられていなかったら。
「さんざん手を焼かせやがって…これで…終わりだ…」
ナイフを振りかざす。
『バカヤロウっ! 何でついてくるんだっ!』
『アンタ持ってるの鎌一つでしょうが!
相手は銃を持ってるのよ? アタシの銃が無いと、
どうしようもないでしょうがっ!』
『沙耶さんの言う通りだよっ、わたしのボウガンも
何かの役に立つかもしれないよ!』
森の奥から声が聞こえてきた。
――こんな時にっ!
俺は耳を澄ませて声を聞いていた。
声の主は男一人に女二人。
相手は銃を持っているようだ。
このままじゃまずい。
『芳野さん、どうするの?』
「くっ…澪…ここは逃げるぞ…ライフルを持ってな」
ライフルがあれば応戦できるかもしれない。
だが俺も澪も全身打撲状態、まともに戦える保証はない。
俺はともかく澪が心配だ。澪を庇いつつ戦うのは無理だ。
一度ならず二度までも、
そして三度この女――坂上智代を追い詰めながら殺せなかった。
畜生めッ!
「行くぞ澪っ!」
『はいなの』
坂上智代・湯浅皐月、次は絶対に殺す。
俺たちはライフルを拾い上げるとふらつく足取りでこの場を立ち去った。
『時紀さんっ! ふたり倒れてるよっ! まだ生きてる、
気絶してるだけだよ!』
『ああ! とりあえず手当てだ!』
――私たち助かったの…?
皐月は薄れる意識の中、新たな来訪者の声を聞いていた。
【036 上月澪 レミントン・デリンジャー残弾0 デリンジャーの予備弾16個 スタンロッド 穴あきスケッチブック 防弾/防刃チョッキ メモ帳 食料2日分】
【098 芳野祐介 イーグルナイフ 手製ブラックジャック×2 スパナ M16A2アサルトライフル残弾26(予備マガジン(30発) (元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター 食料2日分】
【095 湯浅皐月 セーラー服 左肩複雑骨折 クレイモアの破片による負傷 気絶中】
【038 坂上智代 クレイモアの破片による負傷 気絶中】
【031 木田時紀 鎌】
【094 宮路沙耶 南部十四年式(残弾9)】
【023 神尾観鈴 けろぴーのぬいぐるみ ボウガン(残弾5)】
【定時放送直前】
【Vz61スコーピオン残弾0(予備マガジン(20発)1つ) M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)はこの場に放置】
【芳野と澪はこの場から逃走】
>>367に【芳野と澪全身打撲 走ることは可能】を追加です。
369 :
名無しさんだよもん:04/05/26 17:32 ID:m2JBozCn
NG多すぎ…
無言のままラストリゾートをあとにする二人の表情は、
一様に暗かった。その中でもリサの表情は邦博よりも
更に暗かった。
宗一の持ち物であるミルトの爆発を目の当たりに
したというのもあるが、それ以上にミルトと言う車の
性能を知っており、そのミルトを持ってしてあそこまで
歯が立たないと言う現状が一層リサの表情を暗くさせていた。
「まあいいわ」
ほんの少しの沈黙のあと、腰までかかる金色の髪と、
サファイアのような碧く輝く瞳を持つ妙齢の女性は、
少し前を歩く浅黒い皮膚の下に重厚で
引き締まった筋肉を持つ偉丈夫に、小さくため息を
つきながら呟く。
「ん……」
並外れた体躯を持つ男、浅見邦博(001)は隣を歩く
金髪碧眼の女、リサ・ヴィクセン(100)の呟きに反応して
いぶかしげな目を向ける。
「今、なにか言ったか」
「まあいいわ、といったの」
そういってゆっくりと、目線だけを邦博に向ける。
「……」
「聞こえなかったの」
そう続けるリサの口調は挑戦的であり、向ける視線は
邦博よりも遥かに低いはずであるのに、見下しているかの
ような冷たいものであった。
「……」
隣を歩く女の人を見下した態度に、落ちつきかけた邦博の
心は、再び自分を失いそうなほどに、加速度的に高まってゆく。
「そんな所に突っ立ってないで、さっさと行きましょう」
そんな邦博の心の移り変わりを知ってか知らずか、
まるでどん臭い生き物を躾るかのような物言いを続けざまにし、
小さく笑う。
リサと会った当初は持っていた余裕も一連の会話の中で
とっくに使い果たした邦博の浅黒い顔は、時間と共に
みるみるうちに赤みがかってゆく。
(この女、調子に乗りやがって……)
実際には、顔の色ほど興奮していなかった邦博であるが、
目の前にいるこの口だけは達者な生意気な女の口を塞ぎ、
どちらが力が上かということを分からせてやる必要性を
感じずにはいられなかった。
(自分の立場を少し分からせてやるか)
薄く笑い、左の拳にほんの少しだけ力を入れる。
「貴様、あまり調子に乗るなよ」
低く呟くと同時に、両足を肩幅程度に開き、右の肩を開くと
同時に、リサの左の顔を正面に見るようにし、その無防備な
左の頬目掛けて握りこんだ左の拳をまっすぐに突き出す。
「ごめんな、痛かっただろう」
左の頬を抑えて泣き止まないリサをなだめる邦博。
「ごめん。……でもな、あんまり生意気な口ばかり聞いてると
痛い目にあうから気をつけるんだぞ」
「ごめんなさい、邦博さん。次からは気をつけますから、
もう叩かないで」
「俺も悪かったよ。もう二度とこんなな事はしない。次からは
おまえの事を守ってやるから、俺から離れるんじゃないぞ」
「うん。邦博さん、ありがとう」
そういって邦博に抱き着いてくるリサ。すっかり邦博に
頼り切った目を向けるリサ。
そんなおめでたい光景が邦博の中で展開されていた。しかし、
現実は一人の人間の愚かな妄想など、あっさりと粉々に砕いて
しまうほど厳しいものであった。
ほんの少し前まで左の拳の先にあった白磁のように透き通る
ような綺麗な頬はもうそこにはなかった。いや、正確には
振り回された拳のすぐ横に存在していた。その表情は邦博の
拳が飛ぶ前と全く変わることなく、碧い瞳だけが邦博の姿を
冷たく見つめている。
「いったいどういうつもり」
先ほどまでよりも一層抑揚のない、まるで台本の台詞を
読んでいるかのような物言いであったが、全身から滲み出ている
その冷たい雰囲気に、ほんの一瞬であったが気おされる。
全身が、もう止めておけと直感的に警告を発していたが、
こんな、自分よりも遥かに小さな女に対して圧倒されたと
言う事を認識してしまった邦博は、その直感を無視した。
「ふん、一緒に付いていくといっても、俺の足手まといに
なられては困るんでな。ちょっと試させてもらった」
今まで思ってもいなかったことが口をつく。これだけの
台詞の間にほんの少し冷静になっていた邦博は、
先ほどの直感を信じ、矛を収めようとする。
「ふーん。そうなんだ」
「でも、あなたのパンチも大した事ないわね。あんなものじゃ、
わたしといても足手纏いにしかならないかも」
その言葉に、ほんの少しだけ残っていた邦博の理性は一気に
吹っ飛び、再び攻撃態勢に入る。
「Oh!」
両の腕を、肩のあたりまで持ち上げ首を傾げ、何度も横に振る。
その間にも邦博は左足を一歩前に踏み出し、今度は右の拳を
握り締め、再びリサの左頬に向かって拳を伸ばす。そのスピードは
手加減をしていた先ほどとは比べ物にならないほど速く、リサの
頬を目掛けて突き進む。
「くらえー」
常人ならば何も分からないうちに身体を吹っ飛ばされ、意識までをも
刈り取ってしまうほどの切れと破壊力を持った一撃であったが、
結果は一撃目と全く変わらないものであった。
空を切る右の拳と、すぐ横に存在するリサの顔。先ほどと違うのは、
リサの表情にも、少しだけ驚きの色が浮かんでいた事。
「Wow。思っていたよりやるわね、あなた。これならわたしの
足手纏いにはならなそうよ」
すぐに驚きの表情を解き、再び邦博とは正反対の涼しげな顔で、
憎たらしいまでに邦博を逆なでする言葉を放つ。
「いってろよ」
右の拳を引きながら、再び左の拳を、今度はリサのわき腹を目掛けて
振り上げる。しかしそれも見切られてしまう。
そのままの流れで、今度は一発の威力を無視して、何度となく
左右の拳をリサ目掛けて振るう。威力がないといってもリサの小さな
身体ならば、一発でも当たってしまえば確実に吹き飛ばされてしまう
ほどの拳を振るい続けるが、一発として身体に掠る事すらない。
「いったい何者だ、こいつは」
リサという女が只者ではない、どころか自分よりも遥かに強いと
いう事を認めなくてはならないところまで追いこまれていたが、
それでも拳を振るい続ける。
しつこいほどの攻撃に嫌気がさしたのか、それともリサに疲れが
出てきたのかは判断できなかったが、はじめて邦博の拳がリサの
身体を捕らえる。とはいえ、今までかわされていたものが、
ガードされたにすぎないのであるが。
それでも、想像以上に威力に、ガードしたリサの腕は跳ね上げられ、
バランスを崩した。
「よしっ」
ほんの少しの隙も見逃さず、左足を軽く一歩踏みこみ、今度は右足を
リサの腰のあたりを目掛けて振るう。身体のバランスを崩した上に
今まで正面からの攻撃に目が慣れきっていたリサに確実に当たる、
はずであった。
(当たる)
そう思った瞬間、邦博の眼前からリサの身体は消えた。虚しく
空を切る右足。その瞬間、首の後ろからくる冷たい気配に身体を
硬直させる。
「チェックメイトね」
リサの左腕は、その細い腕からは考えられないほどの力で、邦博の
左腕を極め、右腕は邦博の首筋に添えられていた。
「参ったよ」
もう認めないわけにはいかなかった。かなり釈然としない気分を
持ちながらも、邦博は後ろにいるリサに向かって空いている右腕を
上げる。降参のポーズだ。その姿を見たリサはすぐに左手を解き、
首筋に添えられていた右手も離す。
「ごめんなさいね。わたしの方でもあなたの事を試させてもらったの」
「……」
「篁って奴は私達が束になってもかなわないくらい強いから。
あなたも見たでしょう。ミルトがなす術もなく爆発していったのを。
戦闘力を持たない者を連れていったって、無下に殺されるだけだから」
「……」
「でもあなたは合格。それだけの力があれば、無下に殺される事は
ないでしょうから」
「何言ってる。俺なんかよりぜんぜん強いくせに」
自分よりも小さな女に負けたというショックを未だ引きずり、
少々ふてくされた物言いをする。
「でも、まあいい。一度手伝うっていったんだから、その言葉に
二言はない」
「ありがとう。でもさっきの事を見てそう簡単にはいかない事が分かったから、
こっちはとりあえず仲間を集めつつ、あなたの成したい事を先にしましょう」
「……」
「あなたの話、詳しく聞かせてくれない」
「そうだな、そんな難しい話じゃねえよ」
そうして思い出したくもない忌まわしい情景を思い起こしつつ
今はもう帰ってこない、ちょっとかなり生意気な妹のような
女の事と、それよりも更に小さな殺人鬼の事を話し始めた。
【001 浅見邦博 身体能力増強剤(効果30秒 激しいリバウンド 2回使うと死ぬらしい) レーダー(25mまで)】
【100 リサ・ヴィクセン パソコン、草薙の剣】
【当面は風子捜索(もういませんが)】
からからと石が落ち、断崖の下の海に飲み込まれてゆく。
高さは大したことがない、波もそれほど激しいわけでもないから、
先ほど落ちていった女はかなづちでもない限り助かるだろう。
が、目の見えないみさきは別だ。それに自分も。
封じられているはずの仙命樹が、ざわりと恐怖を感じている。
今、このような時にこそ、こいつらの力が必要だというのに。
だが肉体はいつもの力にはほど遠く、僅かでも油断すれば、みさきの手はすり抜けていってしまいそうだ。
しかも、断崖は海に向かって僅かに傾斜しているため、思うように力も入れられない。
上半身は半ば突き出していた。
これ以上落ちないように繋ぎ止めるのが精一杯なのに、
見た目の割りに脆い断崖は、手のひらの下から、少しずつ崩れてゆく。
僅かに力を入れただけで、ヒビが入るのが分かる。
「くっ――」
手のひらに汗がにじむ。
握り直そうとしたみさきの手は、あまりにも柔らかく、脆く、なにかのはずみで壊れてしまいそうだ。
だが、助ける。必ず。
何故? ――そう誓ったからだ。
風が吹く。みさきが揺れる。奥歯を砕けんばかりの勢いで噛み締め、耐える。
今の位置を維持するのが精一杯で、持ち上げることなど不可能に思える。
蝉丸の顔が脳裏に浮かぶが、都合良く助けなどは期待できない。
苦痛の呻きが奥歯の隙間から漏れた。
みさきが見えない瞳で、光岡を見上げた。表情は、いつもと変わらないように見える。
朴訥で穏やかな中に、強い芯を隠した顔。静かに口を開く。
380 :
嘆きの森:04/05/26 20:18 ID:o8HQaJMT
「大丈夫か?みさき」
「……うん。……大丈夫だよ」
――そろそろ限界か。
あの時。
間一髪で、川名みさき(28番)を地上に引き上げた光岡悟(89番)は
再び二人で苦難の道を歩みはじめた。
榊しのぶとの一戦。それは「敵意のない参加者との接触」という目標を掲げ歩きはじめたばかりの二人にとって、
心に重く、暗い影を落としていた。
いや、正確には、それはみさき一人。
光岡の方は、みさきのそんな心中を察し、上手くかける言葉が見当たらず途方にくれていた、いう方が正しいか。
あれから、参加者達に、会うことはない。
時折、どこか遠くで響く銃声だけが、このゲームの時間は確実に進んでいる、と感じるだけ。
あせりばかりが募る一方だった。
「そろそろ、休憩にしなければなるまい」
「私はまだ大丈夫だよ。その、今はまだ立ち止まるわけにはいかないよ。私を気遣っているんだったら――」
「だが、そういうわけにも――」
光岡でさえ、行く当てのないこの歩き詰めの強行軍に多少の疲れを感じているのだ。
みさきは相当強がっているのだろう。
「――分かった。もう少しだけ進むことにしよう。それでいいな?」
「うん、それでいいよ」
仮に無理矢理みさきを納得させても、今まさにこの位置で座り込んで休憩をとる、というわけにもいかない。
みさきには悪いが、今は、きちんと体を休めることのできる安全な場所を探すことを第一として
行動しようと考える。まずは、横にいる少女、みさきを守ることが一番なのだ。
それさえもできないようなら、光岡悟という人間に存在価値などない。
「あのね、光岡さん。お願いがあるんだけど」
「後に、してくれっ――」
吐き出した息と共に、岩が一掴み崩れ、みさきの肩に当たって、落ちてゆく。みさきはほんの少し、顔を歪めた。
つま先を、突き出した岩に引っかけてこらえる。限界は近かった。
「でも、今じゃないとダメなんだよ」
この状況で何を言いそうなものか、大体分かる。
抱えてきた重荷を罪悪感に変えて生きてきた少女が、何を言うかなど――。
「ならば、却下だ」
「うー、いじわるだよ、光岡さん」
すねた口調に、思わず苦笑しそうになる。だけど、笑える。そうだ、笑ってみせる。
みさきを助けて、二人で。
「言ったはずだ……お前を独り死の闇に追いやることなど、何があってもさせはしないと」
「光岡さん……」
「みさき、お前は死にたいのか?」
違うだろう? そんな意味を声と視線に込めて、問いかける。
視線は届かないかもしれない。だけど、声とその手から気持ちを伝える。
「死にたいなんて……そんなわけ、ないよ」
みさきはいつもと同じように答えようとして……震えを殺しきれなかった。
「ならば、生きろ」
自分は軍人だ。人を殺すのが仕事だ。
だが、戦争が終わったこの現代という世界の中で、自分は不必要な存在になったのか?
否。
いや、軍人であったときから何一つ変わらない。自分の刃は人々を守るためにある。
ただ、きよみという個人から、全ての人に対象が広がっただけだ。
だから、お前を守らせて欲しい。生きて欲しい。
残り僅かな生の中で、光岡悟という人間の証を、お前の心に残しておきたい。
――初めて、蝉丸が完全体であることを、羨ましいと思った。
この弱い少女を、最後まで支えきることが叶わないと自覚して。
だが、せめて今、この一時だけでも――。
「俺が守ってやる」
「……はい」
みさきの手が、光岡の手を握り返す。
そこに込められた力が、また、光岡にも力を与えた。
深く固く繋がり合った腕が、持ち上がってゆく。
崩れるギリギリを見きって、支える腕にも力を込める。
仙命樹よ、どうした。落ちたらお前も確実に死ぬぞ。
封じられた身といえど、死にたくないのならば、今この瞬間だけでも、俺に力を貸して見せろ!
その声に応えたか、それとも火事場の馬鹿力という奴か、限界近かった光岡の体に力が戻る。
――一瞬でいい。
手応えが岩のもろさを伝える。崩壊していく強度の限界と、力が均衡する一点でのせめぎ合い。
まだ、崩れるなっ――。
全力を込めた。
手応えが消失する。
支えを失った体が回転する。
海が見えた、空が見えた。太陽の光が目を刺す。天地が一瞬錯綜し、平衡感覚が混乱する。
風。
「おおおおおおぉっ!」
叫んだ。
何もかもが吹き飛ぶように流れて行く世界の中で、みさきの手だけは確かに繋がっていた。
痛み。
胸の中央に、じくりと刺すような痛み。
熱い、痛み。
みさきの涙が染み込み、皮膚を灼いている。
それは心地良い痛みだった。
先ほどまで腕一本で繋がれていた体重が、今度は胸の上に乗っている。
重さよりも、命の暖かさを感じた。
「みさき、もう泣くな」
軽く揺すったが、みさきは顔をこちらの胸に押しつけたまま、上げようとしない。
苦笑した。
いや、違う。自分が求めたのは、こういう笑みではなかったはずだ。
「みさき」
髪を掻き分け、頬に触れる。溢れる涙が手のひらに痛みを残すが、それすらも心地良い。
「俺は先ほどお前に助けられ、そして今、俺がお前を助けた。
俺たちは、互いに支えあい、助かったんだ。だから、お前が負い目を感じる必要などない。
いや――仮に先ほどの一件がなくとも同じだ。俺たちは二人で生きている。
二人なのだから、どちらかがどちらの助けを得ても、罪悪感を感じて泣く必要などない。だから――」
みさきが、手のひらに導かれて、泣き濡れた顔を上げた。
「だから、笑っていてくれ、みさき」
「……っ」
みさきは、もう一度泣きそうになり、大きく息をついてそれをこらえ、
「光岡さん――」
こぼれるような笑顔を見せた。
【028 川名みさき 白い杖】
【089 光岡悟 日本刀 デザートイーグル(残弾3)】
【各所持品は、それぞれそこら辺に転がっています】
【昼すぎ】
384 :
380:04/05/26 20:22 ID:o8HQaJMT
割り込みごめんね。しかも被ったw
>>380は忘れてくれ。
385 :
嘆きの森:04/05/26 20:40 ID:o8HQaJMT
「大丈夫か?みさき」
「……うん。……大丈夫だよ」
――そろそろ限界か。
あの時。
間一髪で、川名みさき(28番)を地上に引き上げた光岡悟(89番)は
再び二人で苦難の道を歩みはじめた。
榊しのぶとの一戦。それは「敵意のない参加者との接触」という目標を掲げ歩きはじめたばかりの二人にとって、
心に重く、暗い影を落としていた。
いや、正確には、それはみさき一人。
光岡の方は、みさきのそんな心中を察し、上手くかける言葉が見当たらず途方にくれていた、いう方が正しいか。
あれから、参加者達に、会うことはない。
時折、どこか遠くで響く銃声だけが、このゲームの時間は確実に進んでいる、と感じるだけ。
あせりばかりが募る一方だった。
「そろそろ、休憩にしなければなるまい」
「私はまだ大丈夫だよ。その、今はまだ立ち止まるわけにはいかないよ。私を気遣っているんだったら――」
「だが、そういうわけにも――」
光岡でさえ、行く当てのないこの歩き詰めの強行軍に多少の疲れを感じているのだ。
みさきは相当強がっているのだろう。
「――分かった。もう少しだけ進むことにしよう。それでいいな?」
「うん、それでいいよ」
仮に無理矢理みさきを納得させても、今まさにこの位置で座り込んで休憩をとる、というわけにもいかない。
みさきには悪いが、今は、きちんと体を休めることのできる安全な場所を探すことを第一として
行動しようと考える。まずは、横にいる少女、みさきを守ることが一番なのだ。
それさえもできないようなら、光岡悟という人間に存在価値などない。
386 :
嘆きの森:04/05/26 20:41 ID:o8HQaJMT
世界は変わったのだ。戦争は終わり、平和となった今、強化兵としての自分は必要とはされない。
自分の中に眠るそれは、明らかにこの時代には過ぎたる力だ。
だが今、この平和な時代を壊さんとする輩が現れる。
この時代にも、強化兵として立ちはだかれるに足るような大いなる悪の力だ。
しかし、こんな時に強化兵としての力は封じられ、光岡はただの軍人に戻った。
――そんな光岡を、必要としてくれる人がいる。
ならば、その笑顔を守り抜くことも悪くはないだろう。
みさきだけではない。この島には何人も、そういった笑顔を持った人間がいる。
守る。みさきを。そしてできうる限りの数多くの笑顔達を。
たとえ、いつかここでつき果てることがあろうとも。
それだけは。
そう。光岡も。――みさき達を心から必要としている。
この時代にはもう、必要とされなくなってしまった強化兵の。軍人の。光岡悟の。最後の願いと誇りだ。
387 :
嘆きの森:04/05/26 20:42 ID:o8HQaJMT
しばし歩く内にまた、銃声が響いた。そして、獣の咆哮。
「今の……」
「ああ。近いな」
先ほどまでの、遠い銃声とは違う。明らかにそれはそう遠くない位置での銃声。
ゲームに乗った者同士が戦っているのか、それとも、狩る者と逃げる者の一方的な殺戮劇なのか。
ここからでは判断がつかない。
「光岡さん」
キュッと掴まれる光岡の手。みさき。かすかに震えているのが分かる。
「すまん。このまま、見過ごすわけにはいくまい」
そっと、安心させるように、自らの手をみさきの上に重ねる。
「うん。光岡さんならそう言うと思ってた」
まだ、不安そうではあったが、満足そうにみさきが呟く。
「光岡さんは、私じゃない。もっと多くの人を助けるべきだと思うよ。だから――」
「その先は言うな」
光岡の言葉が厳しい口調で飛んだ。
「言ったはずだ。お前が罪悪感を感じる必要はないと。
俺は、お前にも助けられている。それは本心だ。
俺は、お前も、他の者もだ。――その為に自分の命を賭して闘う」
「分かったよ」
そう言って、にっこりと笑った。
「でも――死んでもいいなんて、嘘でも絶対言わないで。私でも怒るよ?」
「……分かった」
388 :
嘆きの森:04/05/26 20:43 ID:o8HQaJMT
銃を手に取り、みさきの手を引き、いつでも日本刀を抜刀できるように中腰で構えながら、森へと入る。
みさきが離れぬよう、遅れぬよう、ゆっくりと歩を進める。
全身の神経を研ぎ澄ます。強化兵の力を使っていた頃のようにまでは、小さな気配は感じられない。
ただの、軍人としての経験と勘のみしか働かない。
それでも――動く者の気配は感じ取れるはずだ。
静かだ。もう、終わってしまったのだろうか。焦燥感が募る。
「光岡さん――森が。風が鳴ってるよ」
光岡が、近づいてくる何者かの気配を察するとほぼ同時に、みさきが囁いた。
少し向こうを横切るようにして通り過ぎる。気配は消えた。
いや、途中で気配が動かなくなった、という方がより正しい。
「みさき、絶対に手を離すな」
ゆっくりと、そこに近づいていく。片手で銃を構えながら、
みさきの手を引きながら、音を立てぬようゆっくりと近づく。
(――これは)
木々の間から見えた見えたその景色は、あまりに凄惨なものだった。
とても、自然が育んだ森とは思えぬ地獄のような光景。
男が一人。女が二人。暗くて姿形まではよくは見えないが、死後、かなり経つのだろう。
もう乾ききった血の海に沈んでいる。
そこからわずかにはずれた――こちらに近い位置に、女が一人座り込んでいた。
セーラー服を着た少女。全身を血に塗らせて、ただ呆然とその手にある物を見つめている。
ギラリと光るナイフ。
それは手に持った少女の、汚れた体とは対照的に、ギラリと森の闇夜に輝くように綺麗で。
さすがに今走ってきたこの少女がこれをやった、と考えるのは難しい。
それにしても、この光景でただ素直に話しかける、というわけにもいかないだろう。
(みさき、今回はしゃがんで隠れていろ)
389 :
嘆きの森:04/05/26 20:44 ID:o8HQaJMT
湯浅皐月(95番)の心は揺らいでいた。
このナイフの輝きがそうさせるのだろうか。
智代の願い、自分の願い。それは元の世界に帰ること。
それだけは失っては駄目だ。皐月はぎゅっと目を瞑る。
だが、芳野とあの少女澪。あの二人がのうのうと生き抜いていることが悔しくてたまらなかった。
『復讐』
その二文字が皐月の心を再び照らす。
(智代だったら、叱るよね)
(宗一だったら、馬鹿野郎と言って、叱るよね)
(智代の想い人、朋也って人の気持ち――少し分かる)
彼がもし、今の自分を見たらなんと言うのだろうか。
一緒に殺ろうと言ってくれるのだろうか。手を汚すのは自分だけで充分と叱るのだろうか。
フルフルと首を振る。
帰ろう。その気持ちだけは忘れちゃいけないないから。
ぎゅっと唇を噛みしめる。鈍い傷の痛みよりも、ずっと痛く感じた。
『復讐』 『帰ること』その二つの中で心を揺れ動かしながら。
――それでも皐月はゆっくりと立ち上がった。
『生きる』
これだけは。智代と、トンヌラの願い。
絶対に果たす。目に光が戻っていた。
390 :
嘆きの森:04/05/26 20:45 ID:o8HQaJMT
だが――
皐月が立ち上がったと同時に、ザザッと茂みが動いた。
そこには突如現れた銃を構えた――芳野とは別の男。
「……誰!?」
「――まずは動かないでほしい。できれば撃ちたくはない」
【028 川名みさき 白い杖 しゃがんで隠れてる】
【089 光岡悟 日本刀 デザートイーグル(残弾3)】
【095 湯浅皐月 所持品:セーラー服、風子のナイフ 左腕はもう使えない 顔面に裂傷】
【定時放送寸前の模様】
【それぞれ、皐月はみさきに、光岡は死体の一つがきよみ(黒)ということにまだ気づいてない】
森に流れる、第三回放送。
「……」
「……」
芳野は澪に顔を向け、尋ねる。
「こいつの名前、智代、とか言ってたな」
『確かそうなの』
「名前は呼ばれなかった。こいつはまだ生きてるってことだ」
いつかの日々を夢に見た。
幸せだった時間。
学校生活。
好きな人。
そんな町の夢。
いつまでも続いていくはずだった生活。
夢の終わりに待っているのは過酷な現実で、
このまま夢が終わらなければいいのにと、
智代は、明けゆく意識の中で、
そう思った。
「お目覚めか」
最初に見た光景は、銃を構えてこちらに向けている芳野と、澪の姿。
「……まったく。いい夢を見ていた気がしたが。台無しじゃないか」
「それは悪かった」
微塵も思っていない口調。
「で、貴様は何をしてる。わざわざ私が目覚めるのを待って、余裕のつもりか?
その油断で、二度も私達に出し抜かれたというのに。学習能力がないのか貴様。もしかして馬鹿か?」
「余裕だな。同じ間違いを三度も繰り返すほど馬鹿じゃない。
お前こそ強がっていられる余裕はあるのか?」
あるわけがなかった。
全身はボロ雑巾のようで、自由に動かせるのはこの口くらいのものだ。
だからこそ、最期まで強がってやると、そう決めた。
その前に、一つ、確かめなければいけないこと。
「お前達……皐月はどうした?」
私の親友を、お前達は、殺したのか?
「お前に止めをささなかった本題がそれだ。
安心しろ。無事に逃げたよ。……こっちとしては逃げられたというか」
その言葉は、
信用のならない相手から発せられた言葉ではあるけれど、
それだけは信じてもいいと思った。
この目で確かめて、
今の自分にできることは、親友の無事をただ祈ること。
それだけだった。
「そうか――よかった。
本当に、よかった……」
それで自分の心も、いくらかは救われる。
『この人、変なところでお人好しなの』
「うるさいほっとけ。これで用は済んだ」
トリガーに指をかける。
ああ、これで今度こそ、最後。
この男に、自分は殺される。
「まったく、朋也に申し訳ないな」
「何? お前、岡崎を」
「知ってるさ。会ったからな。貴様のことを聞いたのもその時だ。
恋人を貴様に殺され、私も貴様に殺されて。
貴様は知らないだろうがな、私はあいつのことが好きだったんだ」
「――そうか、それは」
すまないことをした。そう続けようとしたのを、止める。
殺された者、殺される者、残された者。
その者たちを前にして、すまないも何もない。
加害者が他ならぬ自分なのだから、そんなことは言えたものじゃない。
自分のことを、いや、この島の外にいる大切な人のことを、優先した。
ただそれだけのこと。
(すまない、か――)
この島に来たばかりの自分は、そう思う心の余裕もなかった。
隣にいる澪を、ちらりと見る。
(こいつの影響か)
いつの間にか再び芽生えた、人間らしい心。
それがこの先、何かの仇にならなければいいが。
溜息一つ。
やめよう、無駄な時間はここまでだ。
「最後に思い残すことがあれば、聞いてやる」
「――思い残すことなど、いくらでもあるが。
そうだな。まずは貴様だ、芳野祐介」
視線がぶつかる。
初めて、敵意もなく願いだけが込められた瞳で、智代は芳野を見た。
「貴様はさっき、その子を必死に守ったな。
その気持ちを他の者にも向けることはできないのか?
殺し合いなぞしなくても、生きて帰る方法を探すことはできないのか?」
今更だった。何人もの命を奪ったこの手で、今更何を――
「手遅れではないぞ。私も、この手で一人の人間の命を奪った。
殺人者としての罪を背負っている。
だが、それでも、今より良い方向に、前に進むことはできる。
私はそう思ったんだ」
ああ、
こいつは強いと、改めて思う。
「そうか。だが俺は、自分のやり方を変えるつもりはない」
こいつの選んだ強さと、自分の選んだ強さ、
道がただ、違っただけだ。
「そうか。そう言うだろうと思っていた。もう何も言わない。
あと一つ。もし皐月に会うことがあったら、私の分までお前は生きろと」
「わかった、伝えてやる」
本当は、
間違っても復讐なんて考えるなと、伝えてやりたい。
ただ、この男の口から、そんなことを伝えられて、冷静でいられるわけはないだろうから。
「岡崎の奴には、何か?」
「あいつには、言いたいことは全部言ってしまったからな」
「そうか」
さあ別れの時間の始まりだ。
「芳野、せめて苦しまないように頼むぞ。
そのくらい、聞いてくれてもいいだろう」
元よりそのつもりだった。
引き金を引くと、同時、
私は諦めない。
残る力でを振り絞って、
最後まで、
諦めない。
芳野の元まで三メートルもない。
完全に寝そべっている状態から、果たしてどこまでいけるか。
一息の間もなく起き上がり、
一息で飛び掛かる。
三メートル弱の距離が、遠い、
芳野のサブマシンガンが、澪のデリンジャーが、同時に火を吹いた。
それが別れの合図。
『だから詰めが甘いの』
「だから、警戒はしてたっての」
芳野は思う。
ああ、やっぱりこいつは、最後まで、手ごわかったと。
【036 上月澪 所持品: レミントン・デリンジャー(装弾数0発)デリンジャーの予備弾14個 、スタンロッド、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品: Vz61スコーピオン残弾16 手製ブラックジャック×2、スパナ、(元ことみの)救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【イーグルナイフ、M16A2アサルトライフル残弾26(予備マガジン(30発)1つ)、、M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)などは芳野と澪が適当に】
【038 坂上智代 朋也・宗一・芳野の写真】
【第三回放送直後】
【038 坂上智代 死亡】
「なあ、明日菜ちゃん」
「はい?」
ゲンジマルを殺害してよりしばらく、麻生明日菜と神尾晴子は崖下の倉庫には戻らずに森の中を徘徊しており、その最中、晴子が明日菜に問いかけた。
「今、何人ぐらい残っとんのやろな」
「うーん。最初の放送で11人減ってて、それからアタシ達が2人殺してますから、最高でも87人ですよね」
「まあ、実際にはもっと減ってるやろけど、そんな数字聞いたらやっぱ気ぃ滅入るなぁ」
「やっぱり、もう2回目の放送流れたんでしょうか」
「かもな…」
あれから二人は他の参加者に遭遇していない。故に、彼女等にはその情報を得る事ができなかった。
如何に明確な目的があろうとも、不安要素が大きければ、その目的への決意に変わりが無くとも、心に陰りは生まれようというものである。
なにしろこの島では、受動的にその情報を得る以外では、何をするにも命がけなのだから。
「運良く無害な人に会ってその辺の情報を得れればいいんですけど…」
「世の中そないに上手ぁはいかんしな…」
はぁ。と二人の溜息が重なる。
「さっきのオッサンにその辺も聞いとくんやったな…」
(なんでそのくらい気がまわらへんかなー)
「でしたね…」
(何で今頃そんな事に気付くのよ)
相変わらずこの二人、心中はドロドロの様だ。
──しかし、果たして、神は二人に微笑んだ
遅くなりましたが、感想スレで矛盾点を指摘されましたので、『神は誰に微笑むか』の2レス目を一部改訂致しました。
お手数ですが、本スレ308をこちらと差し替えてくださいませ。
ご迷惑をお掛けしました<(_ _)>
「そら、返盃だ」
「…いただきましょう」
大局においても常に冷静であるベナウィ。
それは、この時でも変わらなかった。
一時の戸惑いも、静かな空気にいつのまにか呑まれている。
窓から闇を照らす月がその静寂を強調する。
そんな中で聞こえてくるのは、盃に酒を注ぐ音。
徳利から盃まで優しく流れる酒の音。
静寂を構成する、静か故の音。
それに身を委ねているうちに、戸惑いが、完璧に潰える。
生まれるのは、感覚。
吹きこむ冷たい風に当てられて存在を誇示する感覚。
まるで、自分がここにいるのが当然であるような――そんな感覚。
「…月が、綺麗だな」
時折思い出したように呟くハクオロの声は。
どこか、懐かしい。
別れてから一日しか経っていないのに。
冷静な思考がそう言うが、それを上回る気懐かしさが思考を静寂の闇へと葬り去る。
一日。
たった一日、されど一日。
24時間という時間が、とても長く思える。
その長い時間の大部分を占めるのは、別れを知った瞬間。
守るべきものを知った瞬間。
意志を継ぐことを誓った瞬間。
一つ一つが、頭の中で泡のように現れては弾け、消えていく。
それらを消したくないから。
それらをいつまでも残したいから。
「…そう、ですね」
ベナウィも、呟く。
呷った酒は、今まで生きてきた中でも最高に旨い。
「…さて」
コト、と盃が置かれる音。
「…何か、私に言うことはあるか?」
ハクオロの優しい声。
皇としての威厳が篭っており、かつ柔らかな声。
それで、静寂に委ねていた思考が目を覚ます。
冷静な思考と。
それ以上の、消えていった筈の、
戸惑いが。
「…聖上」
口から勝手に、その呼び名が漏れる。
――ここは、どこですか。
それを聞くのは簡単だった。
少し口を動かせばよい。
含んでいる酒を呑みこんで、いつもと同じように話せばよい。
なのに。
「…仕事は、どうされました」
口先からは、別の言葉が出ていた。
ハクオロはそれに軽く苦笑する。
軽い――本当に軽い、苦笑い。
それを見るのが、何故かとても辛い。
いつもの怜悧な表情を崩したくなるぐらいに。
風が、月が、静寂が、ベナウィの心を揺さぶる。
眉根を寄せたくなるのを必死で堪える。
それでも我慢できそうにないので、仕方なく顔をハクオロに見られないように右手の盃に向ける。
波紋をたたせる酒が、月明かりを反射する。
それは、静寂の中に浮かぶハクオロの顔。
「…全て片付けるまでは…お休みになられては、困ります…」
絞り出すような声。
違う。
聞きたいことは、言いたいことは、こんなことではない。
こんなことではないのに。
ハクオロが『休んだ』理由など、わかっているというのに。
「…また、以前の、ように…夜中に、どこかへ、逃げ出されても…困ります…」
下を向く口から、途切れ途切れに言葉が出てくる。
意に反した言葉が。
こんなこと、聞かずともわかっているというのに。
ハクオロが『逃げ出した』わけではないということぐらい、わかっているというのに。
「何故――何故、答えてくれないのですか!」
ベナウィは顔を上げて叫んだ。
上げた先に見える、静寂に浮かぶ顔。
月明かりに照らされた――苦笑い。
謎の仮面に隠れていても、長い付き合いの成果で表情は完璧にわかる。
それが憎い。
長い付き合いでなければ、仮面の下の表情もある程度は隠されていたはずなのに。
長い付き合いでなければ、こうも辛い思いをせずに済んだのに。
酒も呷らずそこにあるのは、少し困ったような、何かを誤魔化すような、そんな表情。
それだけ。
ハクオロは、それを浮かべるだけで。
何も言わない。
何も答えてくれない。
「答えて――ください――っ、」
耐えきれなくなって、再び顔を俯かせる。
左手が、どんっ、と床につく。
その拍子で、二つの盃から酒の雫が零れ出る。
いつもの彼らしからぬ言動。
ハクオロはそれを見ながら、ただ、困ったような苦笑いを浮かべているだけ。
ほー、ほー、と梟の鳴く声が聞こえ始める。
鈴虫が、それに合わせるように鳴き始める。
それは静寂。
それがあってなお静寂。
月が輝く下の静寂。
それら全てが無音に帰すとき、ベナウィは涙を流さずに泣いた。
お前も人の子だな、とハクオロがぽつりと呟く。
それで、ベナウィは顔を上げた。
「…聖上」
「ふふ…これで、仕事の山から解放されるな…」
ハクオロは、笑った。
苦笑いではなく。
心底嬉しそうに。
そして、名残惜しそうに。
それを見て――再び、ベナウィの口から言葉が紡ぎ出される。
言葉。
それは、いつか交わした別れの会話。
「あの時、聖上に救っていただいたこの命――」
「こうして貴方にお仕えできたこと、武士として真に本望でありました」
勝手に。
意に反して。
否――言いたい故に言いたくないことが、言葉として形を持つ。
「ふふ…そう言ってもらえると、助けた甲斐があったな」
ハクオロはそれを聞いて、満足そうに笑う。
既視感。
そんな感覚がベナウィの頭の中を交錯する。
交わした覚えがないのに、何故か聞き覚えのある言葉――
それは、漠然と。
別れを感じさせる。
「…お疲れ様でした。あとは我々に任せて――」
「ごゆるりと、お休みください」
どうして。
どうして、自分はこの言葉を紡ぐのだろう。
どうして――自分は、この言葉を知っているのだろう。
そんな疑問は、しかし次の瞬間に打ち砕かれる。
「ああ…クーヤのことを、頼む」
その言葉は、ベナウィを更に冷静に、そして感情的にさせた。
――ああ。
――そういうことですか。
これは、自分の知らない会話。
既視感を感じたものとは、少しだけ違う会話。
別れの言葉。
天窓を見上げる。
月が、そこから顔を覗かせている。
吹きつける夜の冷たい風も。
聞こえてくる梟や鈴虫の鳴き声も。
そして、この静寂も。
この月と比べたら――何もかもが、どうでもよく思える。
(月を酒の肴に…ですか)
――確かに、悪くありませんね――
それは返答。
でも、それを口には出さなかった。
その代わりに。
「御意に――」
そう答えていた。
答えてから、上を向いていた視線を戻す。
その先に、主の姿はなかった。
「――行ってしまいましたね」
「ああ…って、居たのか」
「ええ」
「いつから居た」
「最初から居ましたよ」
「なに?」
「最初から、聞いてました」
「…そうか」
「……」
「……」
「…あの方なら…クーヤ様を、お任せできるような気がします」
「…そうだな」
「ハクオロ様の御國の侍大将なのでしょう?」
「ああ。最も信頼している仲間の一人だ」
「強そうで、格好いい方ですね」
「…そういう評価か」
「あ、いえ、別に」
「まぁ、腕前については仲間の中でもかなりできる方だ。その辺の心配は要らない」
「そうですか…」
「……」
「……」
「……」
「…お任せして、よろしいのですよね?」
「ああ…あいつの真面目っぷりには太鼓判を押してやる」
「……」
「それに、皇から侍大将への直々の命令だ。果たさぬわけにもいくまい」
「クスッ…そうですね…」
「…呑むか?」
「いえ、私はお酒はちょっと」
「そうか」
「お相手できずに申し訳ありません」
「いや、謝るほどの事でもない」
「…晩酌致しましょうか?」
「ん…いや、いい」
「ですが」
「そこに、『聖上、是非とも某に!』とか思っている輩もいることだしな」
「…はい?」
「いるんだろう、トウカ」
「え――」
「…お気付きでしたか」
「そんな期待を込めた眼差しをずっと向けられて気付いてないとでも思ったか」
「…某も、まだまだでしょうか」
「そういう問題でもないと思うが…それよりサクヤ」
「は、はい?」
「お前に酌をしてもらいたがっている輩もその辺にいるぞ」
「…は?」
「そうだろう、ゲンジマル」
「――え!?」
「気付かれておりましたか…ハクオロ皇」
「――ゲンジマル殿…貴方まで…」
「お前ほどの武人が、な…何があったかは聞かないが」
「…申し訳ござらん」
「謝るのは私ではないだろう」
「……」
「あの、おじいちゃん…?」
「――サクヤか」
「どうして…」
「…すまぬ。クーヤ様をお守りできなかった」
「……」
「すまぬ…」
「おじいちゃん…」
「…うちの侍大将は信頼がないのか?」
「いえ、そのようなことは」
「ならよかろう。そこまで引き摺らずとも」
「ですが…クーヤ様を、この身が尽きるまでお守りするのが某の役目にございまする」
「その老体で、か」
「この身体、クーヤ様の御側にいる限りは老いることなどありませぬ」
「そうか」
「二言はありませぬ」
「……」
「……」
「…なら――」
「……」
「――何故、お前はここにいる?」
「……っ!」
「……」
「――ゲンジマル殿…」
「……」
「おじいちゃん…」
「……」
「ゲンジマル…」
「――某は…」
「…呑め、ゲンジマル」
「………かたじけない」
闇の中に差す月明かり。
その下の静寂。
中から、盃に酒を注ぐ音だけが聞こえる。
それは――
【082 ベナウィ 昏睡状態の中、ハクオロと別れる(目を覚ます)】
【現実で目を覚ますタイミングは次の書き手にお任せします】
408 :
名無しさんだよもん:04/05/27 02:00 ID:QYCwPjaI
《……はっ!》
《……なんだ、夢か…》
ベナウィは目覚めると、朝の布団の中で屁を放った。
空はどこまでも青い。風邪は頬と髪を優しくなでてゆく。
それは爽やかな空気だった。ピクニックするには最適だっただろう。
……なのに、この綺麗な空の下で行われているのは凄惨な殺し合い。
訳も分からず集められ、訳も分からず爆弾を埋め込まれ、理由も告げられぬまま凄惨な非日常に放り込まれた
百の命。その中のいくつが、既に散ってしまったのだろう。
場違いだった。
この小さくも美しい島の中で、醜く、辛く、そして悲しい行為が繰り返されている。
それが極限状態に追い詰められた人間の性だとしたら、人間とはなんと罪深い生き物なのだろうか。
「……なんて事を普通なら考えるんかも知れへんけど」
さしあたっての休息場所と定めたアパートの屋根の上で、猪名川由宇は嘆息した。
人間は醜く、自然は美しい、なんて考えていられるならまだマシだった。
何しろ、ここにあるのはどうやら「自然」では無いらしいから。
この島に放り出されたばかりの時は、状況の把握に精一杯で気に留めもしなかったが、はるかの仮説……
すなわち、ここは時空を超えた別世界……を聞かされて以降はそういう方面を気にしているせいか、随所に
違和感を感じる。
例えばこの空、この風だ。
今は12時近くのはずだが、この何とも言えない爽やかさからして季節は春か秋といった所だろう。
だけど、さっき洞窟から出たばかりの場所は草木の生育状況が夏っぽかった。
それだけだったら天候が変化しただけという説明も成立するだろうが……。
「この辺は……秋ろやな、やっぱ」
視線を下ろして、ぽそり。
その先にある小さな銀杏の木は黄色い葉を付けていた。病気で枯れているようには見えない。
「いやはやどーしたもんか」
見張りと称して屋根の上に出てきた物の、周囲に人影が無い事が判明して以降は特にやる事もない。
このアパートがある一帯の季節が、さっきの洞窟とは違うようだと気づいた他は収穫もない。
要するに、いまいち退屈だったりするのだ。見張りなんて普段はそんなものである。
耳を澄ますと、なにやらピコピコという電子音と、きゃっほう、という声が聞こえた。
由宇の耳に辛うじて届く程度の音量だから、人の見あたらない現状では問題ないだろう。
にしても……。
「この状況でゲームかいな」
苦笑するしかない。
なんて平和なんだろう。
あの二人と一緒にいると、違う意味でなんだか別世界気分であった。
死ぬの殺すの殺されるのという修羅場……締め切り間際の切迫状況で使われるアレとは次元の違う、
正真正銘の修羅場……がこの島にはごろごろしているはずなのだが。
アルルゥはともかく、はるかの方はこの島の現実を十分に理解しているはずだが、今の彼女は思いっきり
お昼寝中である。信用してくれるのは有り難いが、それでいいのかと思うのも事実。
多分彼女は普段の生活からしてこうなのだろう。そう思うと知り合いの苦労が知れるような気もした。
「まあ、この期に及んでマイペースを保てるってのはある意味偉大なんやろうなあ」
由宇は屋根の上にごろりん、と寝ころんで大きく伸びをした。
実際、自分もあの性格にはずいぶん助けられている気がするし。
「とりあえずうちらはまだ生きてるから、あーゆーのもアリなんやろ……」
由宇は緊張をほぐすように目を閉じて、ふう、と息を吐いた。なんとも言えないのどかな空気だった。
そして……目を開けたら、空が赤く染まりかけていた。
「なっ!?」
由宇は跳ね起きた。
見れば太陽は……それを太陽と呼んでいいのか分からないが、紛らわしいので太陽としておく……
かなり西に傾いている。時計は無いが、もうすぐ夕暮れだろう。
由宇の体感時間は、それこそ刹那でしかない。
その一瞬で一気に数時間分の時が流れてしまった事になる。
「こ、これは……まさか……ディアボロ!? き……貴様ッ、時をッ!!」
思わずジョジョ口調で無駄なポーズを決めてしまう由宇。背後にドッギャーン! という効果音が
無いのが残念である。
「…………」
涼しさを増した風が吹き抜けた。涼しいのは日が傾いたからだと思う、多分。
「んなワキャあらへんっての」
ツッコミ役がいないとボケても張り合いがないが、それでもやってしまうのが関西人の性。そして
その場を納めるのは当然ながら一人ツッコミであった。
誰も見ていなかったのは色々な意味で幸いだったかも知れない。
で、冷静に考えればなんと言うことはない、恐らく居眠りしただけのことだ。
気が抜けた瞬間に寝てしまう事は、珍しいと言えば珍しいがあり得ない事でもない。
「いくらここがパラレルワールドつっても、さすがにキングクリムゾンは出て来んやろ」
頭をぽりぽりかきつつ、自分に言い聞かせるように由宇はつぶやくのだった。
しかし、と由宇は思う。
まさかそんな瞬間居眠りする所まで体力を消耗しとるとはなあ。
由宇は自分の体力に自信を持っている。その自信は、エネルギッシュという言葉がぴったり来る執筆活動と
いう確かな実績に裏打ちされているのだが……紙とペンとトーンが支配する世界では無類の強さを発揮する
彼女も、銃と血と謎と異種生命と自分を振り回すボケ娘が相手では勝手が違うということか。
「平常心になれへんかったら、多分そーゆーのにも気づかんのやろな」
ある意味、それに気づけた事、気づく前に命を失わずに済んだ事も幸運の一つなのだろう。
いや冗談じゃ無しに、冷静な判断力を失ったまま冥界に叩き込まれた人だっているだろうし。
数時間も経ったとなると部屋の中はどうなっているか。
ちょっと気になったし、寝ている間にも誰も見つからなかったらしいので……なにせ自分が無傷だし……
これ以上の見張りも意味がなかろうと判断し、由宇は屋根からするすると降りた。
器用な身のこなしでひょいっと部屋の中へ。屋根に上がる時に靴を履いていたので土足という事になるが
最初の一歩ぐらいは勘弁してもらおう。
「さーて……」
河島さんはまだ寝とるんかな、と部屋の中を見回し……。
由宇は空っぽのベッドを発見した。
「……河島さん?」
小声を出した所で聞いてくれる人がいるはずもない。
「アルルゥ?」
その声を聞いてくれる人は、これまたいなかった。
日が傾いたせいで薄暗さを増してきた部屋、その目の前にあるのは人の気配のないベッドだけだ。まるで
誰も寝た形跡が無いかのように、布団が整っていた。
アルルゥが遊んでいたと思われるゲームも、影も形もない。
「くっ!」
自分はとんでもない失態をしでかしたのではないか。
わき上がる焦燥を必死に抑えながら、由宇は隣の部屋へ土足のまま駆け込んだ。
ダイニングキッチン。これからに備えて、アパートの中を一通り探索してどうにかかき集めた食料や
電池などをテーブルの上に置いてあったはずが、それも無い。周囲の棚の扉が一部半開きになっており、
何者かが捜索した形跡はあるが、それだけだった。
「……落ち着け、落ち着くんや」
平常心平常心、と由宇は自分に言い聞かせた。ここで冷静さを失うのはそれこそ致命傷だ。
考えろ。うちは屋根の上で数時間居眠りしていた、これはほぼ間違いない。
ではその間に、下では何が起きた?
河島さんとアルルゥが連れ去られたのか。うちに気づかれることなく。しかし、うちの眠りはそんなに
深かったんか? それに、殺すならともかく連れ去るというのは……。
「!!」
そこまで考えた所で、由宇の耳が何かをとらえた。
『人の気配!』
壁の向こうだ。何かの物音がしたような気がした。
由宇は島の中に放り出されてから今まで、はるかとアルルゥにしか会っていない。当然ながら殺人の
意思を持つ者とは遭遇していないし、それどころか死体にも遭遇していない。
要するに死の危険を身近に感じたことは無いに等しい。二人に出会った状況では混乱が先に立っていた
せいで、恐怖を感じる余裕があまりなかった。が……今は、違う。
ごくり、と喉が鳴った。
この状況でアパートの中にいる人間が友好的である可能性は、低い。非常に低い。
冷静になれ冷静に。由宇は高鳴る心臓を左手で押さえながら……そうやった所で動悸が収まるわけでも
ないのだが……必死に聞き耳を立てた。
まずは状況把握だ。壁の向こうにいるのは何人か。金属音がすれば銃や剣を持っている可能性が高い。
この壁の向こうには……壁の向こう……。
「ありゃ?」
ふと気づいた由宇は、思わず素っ頓狂な声を出した。
一応慎重を期して廊下に出てみれば、両隣に扉があった。
確か三人が確保した部屋は角部屋だったはずだが。
「…………」
その一方、人の気配を感じた方、位置的に言えば角部屋にあたる扉を開けたら……靴が二足きちんと
並んでいた。見覚えはある、ありまくりな靴だ。
「……ぐは」
うち、ひょっとして思いっきりピエロ?
心なしか頼りない足取りで靴を脱ぎ、部屋に上がり込めば、キッチンのテーブルの上には自分がまとめた
荷物が自分の記憶通りに鎮座している。奥をのぞき込むと、ベッドに寝ている頭が二つあった。
要するに、なんて事はない。
「隣の部屋に入っただけやんかぁ〜」
どっと疲れた。でもベッドは満員だったので、キッチンの椅子にどかっと座り込む由宇だった。
アルルゥがプレイしていたと思われるゲームは、何かの選択画面のまま止まっている。ちょうどBGMが
途切れるシーンだったのか、音は無い。どうもそこまで来た所で飽きて、はるかの隣に潜り込んで一緒に
寝てしまったようだった。
しかし、それで周囲に音が漏れずに済んだ幸運を喜ぶ余裕は今の由宇には無かった。
なんつーか。
この島に来て以来、洞窟に転げ落ちて10時間以上も闇の中をうろつくハメになるわ、河島さんにペース
持ってかれるわ、柄にもなく居眠りするわ、あげくコントにもならんドジやらかして勝手に緊迫のシーンを
演出するわ。
これじゃ思いっきりボケ要員やあらへんか?
「うち、こんなキャラやなかったはずやけどなあ……」
死と恐怖に満ちた島で、それとは全然関係ない角度からアイデンティティの危機に直面する由宇であった。
下手したら殺し合いに巻き込まれるよりも精神的な負荷は大きいかも知れない。関西人として。
「……ん?」
そのつぶやきが聞こえたのか、ベッドの方で動きがあった。
「お、目ぇ覚めた?」
「……ん」
はるかの頭が動いていた。
「どれぐらい……寝たかな」
「さあ、うちも途中で居眠りしたから正確な所は分からん。空の色を見るに、昼間から夕方まで、やな」
問題は日没が何時なのか予想つかない事だ。何しろ冬なのか夏なのか分からない以前に、一日が24時間で
ある保証もないのだから。
『……いつの間にか河島さんの仮説を完全に信じとるな、うち』
あらゆる意味で主導権を握られているような気がする、と由宇は思った。いつか逆転せーへんと。
「この時間だと」
そんな由宇の、ある意味日常的かも知れない思考は。
「次の放送は聴けそうだね」
その言葉で、今自分がいる現実に引きずり戻されるのだった。
「……多分な」
目は覚ましたが未だにベッドの中のはるかと、テーブルに片肘ついて座っている由宇は、共に窓の外、
赤く染まる空を見つめていた。
次は誰が死ぬのか。何人死ぬのか。そんな世界で自分たちは何をどうすべきなのか。
奇跡のような平穏の中で、それでも死の足音は確実に彼女たちの周りに響いていた。
【007 猪名川由宇 所持品:ロッド(三節棍にもなる)、手帳サイズのスケブ】
【027 河島はるか 所持品:懐中電灯、ビニールシート、果物ナイフ、救急セット、缶詰(残り3個)】
【004 アルルゥ 所持品:なし】
【夕刻、定時放送少し前】
【食料と水(飲み物)は発見できたが量についてはお好きに】
殺す意思などないはずだった。
覚悟を決めてすらいないのだから。
戦うつもりはなかった。さっさと逃げ出せばよかった。
ただ出会い、そして全てにけりが付くまで、命の限り生き抜こうと、そう思っただけ。
その結果として、私はいま、二つの銃口を向けられている。
(……私、ここで……死ぬのかしら)
しのぶは彫像のように微動だにせず、向けられた銃口から感じる殺気を推し量る。
いや、量るまでもない。その圧力には差がありすぎた。
(この娘も、分かっていると思うけど)
実際はどうだろうか。
その目にいままでと違う色を閃かせ、しのぶは晴香の瞳を見つめた。
(――どうするのが、正解なんだろうね)
自分が言うのもなんだが、これはよっぽど経験豊富な人間でも、頭を抱える状況だ。
いつの間にやら視界に現れた、殺し合う二人の女の子。
彼女たちが舞い踊る戦いの舞台に、場違いながらも上がりこんでしまった。
(僕はこういうの、向いてないと思うんだけど?)
自分でやっておいて、誰にともなく不満を漏らす。
だいたい向けている銃口だって、自分でどこを狙ってるんだか分からない。
(……仕方ないじゃないか、どっちを撃てばいいかなんて分からないもの)
なんとなく、二人のあいだに向けているだけ。
彼女たちの戦いを、自分のはるか背後にいる連れ合いに及ぼさないために。
いや、本当は誰も殺したくない。死なせたくない。
ただそれだけのために、少年は舞台に立っていた。
殺さねば収まらないだろうか。
相手を確認してもいないうちに、始めてしまった。
反射的に動いていた。
遭遇した驚きを、後手に回る恐怖を、引き金に預けてしまっただけ。
その結果として、あたしはいま、二つの銃口を向けられている。
(バッカじゃないの、あたし?)
この女は、あたしの放った弾丸に反応して殺気を向けてきただけ。
もちろん、背中を撃たれる恐怖もあった。
だが間違いなく、二人で殺気の剣を撃ち合わすうちに、あとに引けなくなっていた。
(そんでなに? この女を相手に殺すか、殺されるかして、そのあと彼に殺されるの?)
名も無き、少年。
彼が現れるとは思わなかったし、ましてや、こう出て来るとは予想だにしなかった。
理解の及ぶ相手じゃないけど、こういうタイプじゃないと思ってた。
(まだ、この女のほうが分かりやすいわよね……)
一瞬だけ散漫になった意識を、再び目の前の少女へ振り向ける。
目が、合った。
その漆黒の瞳を覗き込み、何かが繋がった。
「もう、やめないかい?」
二人へ向けて、少年が語りかける。
声音はいつもの通りで、脅威を感じさせるものではない。
銃を突きつけあっていた少女たちが、一瞬だけ引き金に力を込める。
――あの少年よりも先に、この女を殺すべきではないのだろうか。
今まで全力で行なってきた仕事を、完了させる。魅力的な考えだった。
「君たちがやめれば、みんな助かる。君たちが撃てば、二人とも死ぬんだ」
しかし二人は完全に握りこむ前に、わずかに右腕をそらした。
――そうしたところで、少年に場を制せられるだけだ。それで、いいのか。
同時に横目で少年を見る。ほんの一瞬。
わずかな瞳の動きと、わずかな銃口の向きだけで、彼女たちの会話は続く。
――いいわけがない。
――それなら答えは、ひとつだけ。
「僕だって撃ちたくはないよ。でも、走するしか止められないなら――」
そらした右腕を、そのまま大きく翻す。
しのぶと晴香が肩を並べ、今度こそ引き金を握りこむ。
二つの銃口は、同時に少年へと向けられた。
「――晴香! やめるんだ!」
少年も遅れて引き金を引こうとする。
――誰が死ぬことになるのか。
誰もが、死人の出ることを覚悟した。
誰もが、自分が死ぬかもしれないと、そう覚悟した。
……ところが、誰も発砲しなかった。
ただしのぶが、晴香との距離を離しただけである。
三人とも最後の最後になって、迷いが生じたからだ。
しのぶは逃げることを優先すべきだと考えた。
晴香は残弾を気にした。
少年は、やっぱり撃てなかった。
再び銃口の向きが変わる。
めまぐるしく二つの目標を同時に認めようとして、そのまま行動がまとまらない。
全員が全員、残る二人のどちらに向けるべきか、迷いに迷って――
「少年さんっ!」
――その一声が、決定した。
皮肉なことに、少年を助けるための、その声こそが彼の命運を決してしまった。
晴香としのぶの視線を集め、そして本能的にバランスの崩壊を認識させ、引き金を引かせてしまった。
重なるようにして、二つの銃声が響き渡った。
そして黒服の少年の手から、拳銃がこぼれ落ちる。
身体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
その動作が、やたらとゆっくりに見えた。
「い……いやあああぁぁぁっ!」
「無体な事を!」
あさひが叫び、クーヤが怒り、身を乗り出す。
ろくな武装もないまま舞台に上がろうとする、あまりに無防備な二人の行動を、慌てて耕一が制した。
「クーヤ、あさひちゃん! 危ないぞ、下がるんだ!」
せめてサブマシンガンを所持している晴子と並びでもしなければ、抑止力はゼロだ。
少年のもとへ駆け寄ることを、許すわけにはいかない。
「いやっ! 少年さん、少年さんっ!!」
恐慌に陥るあさひと、憤慨するクーヤを抑えながら、後続を待つ。
(くそっ、晴子さんたちは――!?)
その短い時間が、とても、とても長く感じた。
その間にしのぶは姿を消していた。
なにしろ樹木が多いのだ、逃げようとすれば簡単だった。もちろん再び襲いかかることもできるだろう。
(この場所……最悪じゃないか)
耕一が苛立ちながら評価する。
(集団ならともかく、一人なら逃げ放題だ)
しかし土壇場で逃走を選択しようとしていたはずの晴香は、逃げなかった。
むしろなにかに挑戦するかのように、少年のほうへと歩いて行く。
「あんた、最後はやる性質だと思ったんだけど。けっきょく、撃たなかったのね」
「はは……まだ、最期じゃ、ないよ」
二人の会話には、最後と最期の違いがある。
だが、気にする必要は無かった。
「もう無理よ。いくらあんたでも、助からないわ」
「――そうだね。でも、あさひちゃんは無事だ」
少年はもう一度笑おうとして、大量の血を吐いた。
晴香の足が止まる。いまさら血に驚いたのではない。価値観の違いに、驚いたのだ。
「……そういう考え方だったの。だから殺気がなかったのね」
「うん。彼女だけに限らなかったんだけど」
もう一度、なんとか笑う。そして含みのあることを漏らしてみる。
晴香はふたたび歩き出し、その意味を尋ねた。
「……なにが?」
「僕はね、晴香。ほんとは君も、あの娘も、救って……あげたかったんだけど」
少年は、目の前まで歩いてきた晴香に向かって、そう告げる。
晴香はうつ伏せに倒れた少年の目前でしゃがみこみ、囁きかけた。
「だったら死ぬ前に、あたしを殺してみせなさいよ。でないとあたしが、『あさひちゃん』を襲うかもしれない」
「そう、なのかい――?」
ゆっくりと、壊れたはずの操り人形が立ち上がる。
「――それは、困るな」
ひどく緩慢で、不自然な立ち上がり方だった。
それでも落とした拳銃を拾い、片膝立ちにまでなり、のろのろと銃口を突き出した。
晴香の眉間に突きつけるような形で、少年の銃口が停止する。
「……それで? どうするの?」
続きをうながす晴香であったが、返事はない。
離れたところで錯乱している、『あさひちゃん』と思われる少女の泣き声が不快に響いている。
最期に引き金を引く気があったのか、なかったのか。
(バカね。けっきょく、わからずじまいじゃない……)
そのままの体勢で、少年は絶命していた。
晴香は優しささえ感じさせる穏やかなしぐさで、少年の手から拳銃を受け取る。
そしてぎろりと、視線を奥へと向けた。
「――で? あんたたちは、どうするのよ?」
挑むように問いかける。
その視線の先には、他人事ような表情で見物していた、二人の女の姿があった。
ようやく耕一たちに追いついた、麻生明日菜と神尾晴子である。
(ご指名やで、明日菜ちゃん)
(一人だけ指名されたような発言、やめてくださいよ)
もちろん、わざと遅れてきた。
(1対3対2ですけど、どっちに付きましょうか?)
(なんやアンタ、あの兄ちゃんたちは、早くも仲間とちゃうんかい)
――最初から、仲間だなんて思っていなかった。
【018番 柏木耕一 ベナウィの槍 『左腕負傷中』】
【033番 クーヤ 水筒(紅茶入り) ハクオロの鉄扇 サランラップ25m 短刀】
【042番 桜井あさひ キーホルダー 双眼鏡 十徳ナイフ ノートとペン 食料三日分 眼鏡 ハンカチ 『疲労』】
【002番 麻生明日菜 ショートソード ナイフ ケーキ】
【022番 神尾晴子 千枚通し マイクロUZI(残弾40発。20発入りマガジン×2)】
【039 榊しのぶ ブローニングM1910(残弾1)、ナイフ、缶切3つ、12本綴りの紙マッチ3つ、護身用スタンガン 『生乾き』】
【しのぶ姿を消す】
【091 巳間晴香 S&W M36(残り弾数5) コルト25オート(残弾2) カッター 相当量の食糧と水 『全身裂傷』】
【046 少年 S&W M36の弾20発 腕時計 カセットウォークマン 食料三日分 二人分の毛布】
【少年死亡】
【残り47人】
423 :
EGO:04/05/27 10:27 ID:KEq0z22t
殺してください、と少女は言った。
眼を覚ました少女は、春原芽衣と名乗った。
長い、長い時間をかけて、芽衣は己が見てきた惨劇を語った。
そして、その最後をこう締めくくったのだ。
お兄ちゃんは私なんかを守って死んじゃったんです、だから、
私を殺して、お兄ちゃんのところに行かせてください。
それまで要領を得ない少女の語りを辛抱強く聞いていた神岸あかりは、
打たれたように黙り込んだ。
す、と。
眼を閉じたままずっと壁にもたれかかっていた松浦亮が身を起こす。
そのまま芽衣に歩み寄ると、その目を覗き込むように視線を落とし、
一度だけ舌打ちして、少女の頬を、思い切り平手で張った。
あかりが止める間もない、電光石火の一発。
424 :
EGO:04/05/27 10:28 ID:KEq0z22t
少女は呆然と己の頬を押さえると、触れて初めてその熱さと痛みに気づいたように
顔をゆがめ、涙を滲ませた。
「―――泣くんじゃない!」
びくり、と芽衣が身をすくませる。
潤んだ瞳で恐々と亮を見上げた。
「痛いか? 痛いよな? 当然だ。痛いように殴った」
吐き棄てるように。
「殴られて泣くガキが、殺してくださいか。笑わせるんじゃねぇ」
「松浦くん……!」
「あかりは黙っててくれ!」
その眼には、怒りではない何かが篭められているように見えて、あかりは口を閉ざす。
「お前は自分が何をしたかわかってるか? 殺そうとしたんだ。ただ誰かに殺してほしいから。
そんなくだらない理屈で、お前はこのあかりを殺そうとしたんだよ」
少女の襟首を掴む。
「俺はな、言ったよ。こんなガキは見捨てようって。殺しちまっても文句は言わないって。
けどな、あかりは何て言ったと思う? この子と一緒にいてあげよう、だ。
お前、自分が何をしようとしたのか、本当にわかってんのかって訊いてんだよ」
そのまま引き起こし、立たせる。
425 :
EGO:04/05/27 10:30 ID:KEq0z22t
「お前の兄貴はどうして死んだ」
芽衣の目が、揺れた。
亮は更に少女の体を引き寄せる。
「お前に死んでもらうためか。お前に誰かを殺させるためか。グダグダとくだらねぇ逃げを打つ
どうしようもないガキの寿命を、ほんの半日延ばすためか。……ふざけるなよ」
額と額が触れ合わんばかりの距離で、その視線を逃がさない。
「状況に流されてんじゃねえ。雰囲気に酔ってんじゃねえ。自分の足で立て。
自分の目で見ろ。ガキ、お前の目にこの世界はどう映ってる」
手を離す。
少女の目が、亮と、狭い部屋と、夕暮れに染まる窓の外を行き来し、最後にあかりを見た。
その眼をじっと見返したあかりが、やがてゆっくりと頷く。
「…………ごめんなさい……」
か細い声が、朱く照らされる部屋に響く。
うつむいた少女の足元に、滴が零れ落ちてカーペットを濡らす。
亮は少女に背を向け、もう一度声をかけた。
「まだフザけたことを言うなら手伝ってやるさ。けどな、そうじゃないんだったら―――」
背を向けた亮の手から少女の足元に向かって、何かが転がってきた。
銀色の缶詰。
「―――メシにしようぜ」
426 :
EGO:04/05/27 10:36 ID:KEq0z22t
三人で缶詰をつついている間中ずっと、芽衣は声を上げて泣いていた。
それじゃあ味がわからないよ、とあかりが宥めても効果は無かった。
亮は何も言わなかった。
食後もしばらく、芽衣の涙は止まらなかった。
あかりはずっと、その背を包むように芽衣を抱きしめていた。
亮は背を向けて横になっていた。
少女が、ようやく顔を上げたときには。
その眼の曇りは、晴れていた。
【084 松浦亮 修二のエゴのレプリカ 予備食料の缶詰が残り2つ】
【024 神岸あかり 筆記用具 木彫りの熊 きよみの銃の予備弾丸6発】
【047 春原芽衣 所持品なし】
【時刻は第3回定時放送寸前】
427 :
本領発揮:04/05/27 14:32 ID:KEq0z22t
耕一はクーヤとあさひを抑えるのに精一杯だった。
明日菜は驚くべきことに、この期に及んで我関せずを決め込もうとしているようだった。
晴香の視線はこちらを向いていた。
それはそうだろう、銃器で武装しているのは自分だけだ。
(使えんヤツらやで、ホンマ……)
心中で毒づいていても状況は好転しない。
晴香の視線と、ついでに銃口はこちらを向いている。
「……あー、姉さん、なんや、その、ここは痛み分けっちゅーことで手ぇ打たへん?」
晴香は微動だにしない。
「―――何を言うかと思えば。その物騒なものでどうにかするよりも、私の弾の方が速いわよ?
御託を並べる前に、それを地面に置いてこちらに寄越しなさい」
その通りだった。
どう考えても向こうの一撃の方が速い。
しかし、だからといって言いなりになるわけには、勿論いかなかった。
丸腰の自分たちを、あの悪鬼の如き面構えをした少女がどう扱うかなど火を見るより明らかだった。
(キチに刃物、殺人鬼に機関銃や……おー、こわ)
それに、と晴子は更に考える。
(御託並べとるんは向こうも同じ。ぐだぐだ言わんと撃ったらええのに、どうしてそうせぇへん?)
容赦も躊躇も無く少年を撃ちぬいたあの女のことだ、まさか情けをかける気ではあるまい。
付け入る隙は、ある。
428 :
本領発揮:04/05/27 14:33 ID:KEq0z22t
「弾、あるのん?」
「―――!」
ズバリ、だ。
ここがあの女が乾坤一擲のチップを張ったポイント。
(なら、ウチは全額、その裏に賭けたるわ)
「……何を言っているのか、わからないわね。さっさと置かないなら―――」
「さっきの坊なぁ、一発も撃たへんかったみたいやけど」
晴香の脅迫じみた口調を意に介さず、晴子が遮った。
「撃たへんかったと違ぅて、撃てへんかったんやないの?」
「……」
「―――その銃、ちゃんと弾込めてあるん? アンタ、確かめた?」
「……」
「確かめてへんよなぁ、そんな暇あらへんかったもんな。で、ウチが不思議に思ったんは―――
どうしてアンタ、自分の銃使わんの?」
「―――」
「……まぁ、こんな状況や。誰だって無駄弾、使いたないわなぁ。……それとも、もしかしてや、
ウチら全員ブチ抜くには弾が足りひんのとちゃうん?」
「―――!」
「いやいやいや、そんな怖い顔せんといてぇな。ウチ、なんや苛めてるみたいやんか。
……話、戻すで。で、その銃や。ご大層に構えとるけどな」
晴香の持つS&Wが、微かに震えているように見えた。
429 :
本領発揮:04/05/27 14:33 ID:KEq0z22t
「それ、もしや、もしもの話やで。―――弾入ってへんかったら、どうなるんやろうなぁ」
「……」
「引き金ひいたらガチーンいうて、でアンタ蜂の巣や。速いでー、こいつの弾は」
「……」
「もちろんや、弾キチンと入っとることだってあるわな。そしたらウチ、痛いイタイってなるねんな」
「……」
「そんなん嫌やん、お互い」
「……」
「だから、な、こんな五分五分で命張ることないやん? 手打ちにしよや」
「……」
「アンタはそのまま下がってもらったらええ。ウチらも下がるわ。で、お互い忘れよ? な?」
晴香は無言。
しかしその瞳には、今やはっきりと迷いの色が窺えた。
(―――上手いなー、晴子さん。ま、亀の甲より年の功ってことかしらね。
どうせ撃ち気マンマンなんでしょうけど)
下がって成り行きを見守っていた明日菜は、内心で舌を巻く。
春子のハッタリ満点な弁舌に聞き入っていた彼女は、だから気づけなかった。
430 :
本領発揮:04/05/27 14:35 ID:KEq0z22t
「―――そこまでよ」
場に、新たな声が響いた。
硬質な、冷たい声。長い黒髪。
明日菜を羽交い絞めにして、そのこめかみにブローニングを突きつけたその姿は。
(―――しまった! 逃げたんじゃ、なかったのか!)
榊しのぶは、こちらを振り向けないでいる晴子、その向こうでS&Wを構える晴香、
その手前右、今にも崩れ落ちんとするあさひと憤りのあまり飛び出そうとするクーヤ、
そのふたりをどうにか無事に下がらせようと苦闘していた耕一、その全員を見回すと、
ゆっくりと告げた。
「そこのマシンガンを持ったあなた。振り向かずに、それを地面に置きなさい。
さもないと、あなたのお仲間の頭が少しだけ夏向きになるわよ」
「ムグ……ゥ! ……フムウゥ、ムガーッ!」
明日菜は焦っていた。
こめかみに銃を突きつけられて落ち着いていられるはずもないが、それ以上に自分を
捕らえているこの女の要求に焦っていた。
(晴子さん相手に私が人質になるわけないでしょ! あの女、絶対私ごと蜂の巣にするわよ!
あとアンタ、なんかべちゃべちゃしてキモチ悪いのよ! ちょっと離れなさいよ!)
無駄な抵抗だった。
431 :
本領発揮:04/05/27 14:37 ID:KEq0z22t
一方、晴子は振り向けない。
結局自分を狙っている銃に弾が無い可能性、などというものはハッタリに過ぎない。
万が一の奇跡を、いかにもあり得ることのように膨らませただけだ。
明日菜ごと新たに登場した女、見えないが声からすればおそらく小娘だろうその女を、
文字通り一網打尽にすることは簡単だったが、それで終わりだ。
無防備な背中に大胆なワンポイントが加わることになる。
(そんなんなったら、セクシーなラインが台無しやん! ……絶体絶命、やなー)
ゆっくりと、手を離す。
ごとりと重い音を立てて、マイクロUZIが地面に落ちる。
「これでええんやろ……? 次はどうしたらええねん」
「ゆっくりとこちらに蹴り出しなさい。おかしな真似はしないことね」
従うしかなかった。
言葉どおり、ゆっくりと明日菜の方に向けてUZIを蹴ろうと、足を上げた瞬間―――
銃声が響いた。
432 :
本領発揮:04/05/27 14:38 ID:KEq0z22t
(―――あの女に、あれを渡すわけにはいかない!)
そうなっては手の打ちようがなくなる。
圧倒的な火力差を跳ね返すだけの準備も装備も、今の晴香には無かった。
ゆっくりと地面に落ちたUZIめがけて、晴香は引き金を引いた。
少年の顔を思い浮かべる。
(平和主義気取って―――弾くらい、込めてなかったら許さないわよ!)
はたして、銃声。
マイクロUZIは硬い金属音を響かせながらあさっての方に滑っていく。
あれを手にした者の勝ち―――
433 :
本領発揮:04/05/27 14:39 ID:KEq0z22t
しのぶは撃てない。
UZIを棄てた晴子の背中も、抱えた明日菜の頭も、視線を逸らした晴香も。
何故なら、
(―――これが、最後の弾)
外せば、それで終わりだった。
明日菜ひとりを殺しても、自分が次の的では意味が無い。
ならばこそ、是が非でもあのUZIを手に入れる必要があった。
それを妨げたのは、一発の銃弾。
(あの女―――!)
退き際だった。
晴香との因縁の決着は、次に持ち越さざるを得ないようだった。
(お互い次があれば、の話だけれどね―――)
しのぶは明日菜を抱えたまま、じりじりとある程度の距離まで下がると、
明日菜を突き飛ばして一気に木陰に消えていった。
晴香はUZIに駆け寄ろうとした姿勢のまま、止まっていた。
この場の勝利条件であるその鉄塊を手にしていたのは―――
「……動かないでください」
あさひは震える手つきでUZIを構えながら、晴香に言い放った。
「あなたは……あのひとを、殺しました……!」
「あさひちゃん!?」
「お嬢ちゃん!」
「アサヒ!」
「どうして……あのひとが何をしたの……!」
涙に濡れたその眼は、じっと晴香を見ているようで、その実は何者も
映していないのかもしれなかった。
常はよく通るその声は、今やか細く震え、己の内なる衝動だけを言葉にしていた。
その声が急にトーンを上げ、弾けるように銃口が跳ね上がる。
「あなたは……っ!」
(―――アカン! ウチの切り札なんやでそれは! ここで無駄弾使われてたまるかい!)
435 :
本領発揮:04/05/27 14:44 ID:KEq0z22t
「桜井あさひっ!!」
びくり、とあさひの肩が震え、引き金にかけようとしていた指が止まる。
「自分、それでええんか……? 手ぇ汚して仇うって、それであの坊が喜ぶんか……?」
あさひの手が、揺れる。
それでも晴香に付けた狙いは外れない。
「なぁ、あんた帰らして、声優、か? それ続けさせるためにあの坊、命張ったんやろ……?」
人殺した手ぇで、夢、追っかけられるんか……?」
あさひの口が、ゆっくりと開いた。
今度はしっかりと晴香を見据えて、それでも震える声で。
「……その銃を置いて、どこかへ行ってください。私たちと関係ないところで、殺し合いでも
なんでもしてください。そうして勝手に傷ついて、死んでしまってください。
……早く、はやく消えてください……っ!」
晴香とて、その言葉に逆らうことはできそうになかった。
目の前の少女の引き金一つで、何もかもが無駄になる。
S&Wを手から落とし、ゆっくりと下がり、やがてしのぶと同じように森に溶け込んでいった。
身じろぎもせずにそれを見届けると、あさひはUZIを取り落とし、糸が切れたように倒れこんだ。
436 :
本領発揮:04/05/27 14:45 ID:KEq0z22t
あさひに駆け寄る耕一たちを横目に、晴子は大事そうにUZIを確保していた。
「……結局、あの人たち何にもしてないんじゃないですか?
見た目強そうなのに、情けないですよねホント」
傍に立つのは明日菜。
「しっかし、べらべらべらべらとよくあんなに口から出任せが続きますねー。
特にあの子、あさひちゃんでしたっけ? あの子にかけた言葉、ホントにどの口が
言ってるんだって感じ」
晴子はまるで相手にした風もなく、ただUZIを撫でていた。
「嬉しそうですねー、晴香さん。いっそその子に名前でも付けてあげたらどうですか?
ジェノサイド子ちゃんとか、ぶっ殺死丸くんとか」
軽口にも応じず、晴香はUZIを抱きしめていた。
「……重症だわ、これ。……こういう歳の取りかたはしたくないなぁ……」
いつもなら鬼のツッコミが入るタイミングだったが、晴子は聞き逃していた。
それどころではなかった。
額に油汗を浮かべて晴子はUZIを抱えていた。
437 :
本領発揮:04/05/27 14:46 ID:KEq0z22t
(―――超、マズいでコレは……)
彼女が抱えるUZIの銃口の内側に、よく見なければわからないほどの歪みができていた。
(さっきの弾か……当たりどころ、悪過ぎやでホンマ……)
絶対に、知られてはならない。
特に、いま傍に立っているこの女にだけは。
自分の唯一の切り札が、暴発の危険を抱えた屑鉄に成り下がったなどと。
(さぁて……正念場、やな……)
【022 神尾晴子 千枚通し 歪んだマイクロUZI(残弾20発)20発入り予備マガジン×1 】
【002 麻生明日菜 ショートソード ナイフ ケーキ】
【039 榊しのぶ ブローニングM1910(残弾1)、ナイフ、缶切3つ、12本綴りの紙マッチ3つ、護身用スタンガン『生乾き』】
【091 巳間晴香 コルト25オート(残弾2) カッター 相当量の食糧と水 『全身裂傷』 】
【018 柏木耕一 ベナウィの槍 (左腕負傷中)】
【033 クーヤ 水筒(紅茶入り) ハクオロの鉄扇 サランラップ25m 短刀】
【042 桜井あさひ キーホルダー 双眼鏡 十徳ナイフ ノートとペン 食料三日分 眼鏡 ハンカチ(気絶)】
【S&W M36(残り弾数4)S&W M36の弾20発 腕時計 カセットウォークマン 食料三日分 二人分の毛布 は転がっている】
【時刻は15時前】
あさひに駆け寄る耕一たちを横目に、晴子は大事そうにUZIを確保していた。
「……結局、あの人たち何にもしてないんじゃないですか?
見た目強そうなのに、情けないですよねホント」
傍に立つのは明日菜。
「しっかし、べらべらべらべらとよくあんなに口から出任せが続きますねー。
特にあの子、あさひちゃんでしたっけ? あの子にかけた言葉、ホントにどの口が
言ってるんだって感じ」
晴子はまるで相手にした風もなく、ただUZIを撫でていた。
「嬉しそうですねー、晴子さん。いっそその子に名前でも付けてあげたらどうですか?
ジェノサイド子ちゃんとか、ぶっ殺死丸くんとか」
軽口にも応じず、晴子はUZIを抱きしめていた。
「……重症だわ、これ。……こういう歳の取りかたはしたくないなぁ……」
いつもなら鬼のツッコミが入るタイミングだったが、晴子は聞き逃していた。
それどころではなかった。
額に油汗を浮かべて晴子はUZIを抱えていた。
やってはいけない誤字をやってしまいましたorz
>436において「晴香→晴子」と修正すべき部分が二箇所ありましたので、お手数ですが
438への差し替えをお願いします。申し訳ありませんでした。
440 :
約束:04/05/27 18:18 ID:pPlZyoDI
彼が目を覚ますと、そこに彼がかつて仕えた人の姿は無かった。
彼の目に入ってきたのは古河夫妻と…なぜか気を失っているカルラ。
「良かった…持ち直したようだな。って、おい、動いて大丈夫なのか?」
「まだ、動いちゃ駄目ですよっ!」
古河夫妻が声をかける。この様子だと相当心配をかけたのだろう。
「ご心配をおかけ致しました。ですが、あの者と、今、話しておかなければならないことがあるので」
そう強く言うと彼はカルラの方へ近づいていく。
彼の強い意志のが感じられる言葉に、古河夫妻は、何も言わず、ただ、見守っていてくれた。
夢か現か幻か。
だが、聖上は確かに私に別れを告げた。
「クーヤの事を頼む」と。
それはどこかで見た光景、しかし、確実に違う言葉。
彼はカルラに近づいていく。
「目を覚ましてください。」
「ん…はっ、私としたことが、不覚にも気を失ってしまいましたわ。」
カルラはあまりに強烈な味――いや、とにかく気を失っていたことに気づき、気分が悪そう言う。
「聞いてください、大事な話があります。」
彼ははゆっくりと話を始める。
441 :
約束:04/05/27 18:21 ID:pPlZyoDI
「貴女と私は、同じ人に惹かれ、そして仕えた身。貴女のやりたいこと、そして貴女の考えていることは、よく分かっているつもりです。」
カルラは何も言わず、彼の話を聞いている。
「ですが、私は聖上に仕える身であるとともに、國に仕える身。國の何よりも大切な財産、それは民です。」
「ここは、私の仕える國、トゥスクルではありません。それに…異常な状態です。ただの無意味な殺し合い。戦ですらありません。」
彼は振り向き、後ろで黙って見守っていてくれる、秋生と早苗の顔を見る。
「…それでも、戦う術を持たない人々を救うのは、武人の務め。私はこのまま生き恥を晒し続けます。」
そう強く言うとカルラの方へと向き直る。強い目をして。
「本来なら、戦う術を持たない人々を襲う貴女を放っておくことは出来ないのですが、貴女のやろうとしていることが、
間違っていると言うことも、私には出来ません。――約束して下さい。その道を突き進むなら…絶対に敗北はしない、と。」
ビリビリッ
彼は、自分の着物の一部を破り、カルラの怪我をした右手に巻きつけていく。
「それと…私は先程眠っている最中に、聖上にクンネカムンの女皇を頼むと言われてしまいましたので」
彼の目は正気だった。彼が言うのだから、彼はハクオロに会い、そして言葉を交わしたのだろう。
「聖上の最後の頼み。それすら叶えられないようなら、武人失格ですしね。」
カルラは、相変わらず何も言わずに、彼の話を聞いている。
「それともう一つ、これは、お願いなんですが、他の人を殺める前に、もう一度私の前に現れてください。
再び刃を交えることになると思いますが…次は絶対に負けません。」
そして、カルラの拘束を解いていく。
「随分と、…甘いんですのね。」
カルラが溜息をつきながら、呆れたように言う。
「そうですね、誰かの甘さが知らない間にうつってしまったようです。」
彼は笑う。
442 :
約束:04/05/27 18:23 ID:pPlZyoDI
「秋生さん、彼女に武器を返してあげてもらえませんか?」
成り行きを見守っていた秋生はただ、一言。
「その約束、守れるんだろうな?」
「あら、守るなんて一言も言ってませんわ。それに――」
カルラは彼の横をすり抜け、秋生へ一瞬で差を詰めると自分の大刀を奪い取る。
「なっ!」
秋生もカルラがそんな動きを見せるとは思わなかったのか、大刀のあまりの重さに、しっかりとつかんでいることが出来なかったのか、
あっさりとカルラに大刀を奪い取られてしまった。
「大丈夫です。」
秋生の動揺をよそに、彼は落ち着きをみせていた。
「次は絶対に負けない?はっ、笑わせてくれますわ、私が貴方如きに負けるとでも?」
カルラは心底愉快そうに言う。
「まぁ、この借りは、必ず返させてもらいますわ、安心なさって。」
彼女なりの再戦の約束なのだろう。
「貴方も私以外の人間にやられないようにしていただかないと、私が困りますわ。」
そう言い残し、カルラは森の奥へと消えていった。
「すみません、私のエゴに付き合ってもらって。彼女のやろうとしていることが間違いだと思うことも出来なかったんです。
それと…私も武人の端くれ、1対1の真剣勝――」
「まぁ、いいさ、あの女、あんなんでも信用できるんだろ?」
「そうですよ、私のパンをおいしそうに食べてくれましたし」
彼の言葉を途中で遮り、古河夫妻は言う。…………いや、美味しそうかどうかは分からないが……
彼には、その言葉が、ただただうれしかった。
そして彼、ベナウィは、クーヤの捜索に乗りだす。
ハクオロの言葉を守るため。
と、言ってもクーヤはすぐ近くにいるのだが。
「…そういえば私の槍は?」
しかし、肝心なところが抜けていた。
【79番 古河秋生 所持品:金属バット、硬式ボール8球、かんしゃく玉1袋(20個入り)】
【80番 古河早苗 所持品:早苗のバッグ、古河早苗特性パン3個、トゥスクル製解毒剤、カッター】
【82番 ベナウィ 所持品:無し。本調子ではない】
【26番 カルラ 所持品:自分の大刀、右手首負傷、握力半分以下】
じゃ、俺も
The Gate of the Hell 緊迫した状況がすげーよくわかる。文章だけでその状況が簡単に想像できる。よかった。
ひとで いうまでもなく発想が良かった。
恐怖と悲劇〜美坂香里〜 地味に良かった。これもまた発想が。まさか香里が栞殺すとはね。
他にもいいのはいっぱいあったけど、あんま覚えてねーや。
うたわれ再インストールしようかなぁ・・・
松浦亮の様子が、おかしい。
神岸あかりが訝しげな視線を向ける先には、
果たしてその松浦亮自身がいた。
注意深く、窓から視線を泳がせている。
「住宅街に人が集まる可能性は高い」
そういう理由からの警戒だった。
この状況下であればそれは当然の事だろう。
しかし。
『ふざけんじゃねぇ』
あの時――春原芽衣を叱り付けた――彼の言葉。
あれは尋常ではなかった。
これまで接してきた彼とは何かが違う。
いや、そんな曖昧な感触ではない。
決定的な違和感があるのだ。
人間として。
目の前にいる松浦亮は、まるで疑心暗鬼に憑かれたような、
逃亡者のような―とりわけ余裕の無い―そんな雰囲気を持っていた。
松浦亮の様子が、おかしい。
神岸あかりが訝しげな視線を向ける先には、
果たしてその松浦亮自身がいた。
注意深く、窓から視線を泳がせている。
「住宅街に人が集まる可能性は高い」
そういう理由からの警戒だった。
この状況下であればそれは当然の事だろう。
しかし。
『ふざけんじゃねぇ』
あの時――春原芽衣を叱り付けた――彼の言葉。
あれは尋常ではなかった。
これまで接してきた彼とは何かが違う。
いや、そんな曖昧な感触ではない。
決定的な違和感があるのだ。
人間として。
目の前にいる松浦亮は、まるで疑心暗鬼に憑かれたような、
逃亡者のような―とりわけ余裕の無い―そんな雰囲気を持っていた。
寸分の差異も見逃さぬというように、男は目を細めている。
あかりの横には、春原芽衣(自分を刺そうとした少女だ)が座っている。
目覚めたばかりの彼女は、まるで自殺志願者のようなものだったが、
何を思ったのか、食事を終えた今は別人のようである。
「あかりさん、さっきはごめんね。これからは、一緒に頑張ろうね」
「うん。芽衣ちゃんも、元気になって安心した」
そんな会話を交わすまでにはなっていた。
空腹で気が立っていたのだろうか?
彼はお腹が減るとあのように苛立つ性格なのかもしれない。
あかりはそんな事を思っていた。
そんな時の事である。
松浦亮が深刻そうな顔で、こちらを振り向いて、呟いた。
「誰か来た。静かにしていてくれ」
春原芽衣が、ひっと小声で怯えるのが聞こえた。
一つの言葉が、突如あかりの脳裏に再来した。
――このゲームに乗るって事?
目の前にいる男の瞳は、鋭く研ぎ澄まされた刃物のように。
ぎらぎらとした光を湛えて、こちらをじっと見据えているのだった。
【084 松浦亮 修二のエゴのレプリカ 予備食料の缶詰が残り2つ】
【024 神岸あかり 筆記用具 木彫りの熊 きよみの銃の予備弾丸6発】
【047 春原芽衣 所持品なし】
【この直後に第3回定時放送が流れるくらいの時間です】
黄昏の、赤に染まるバスルーム。
響くのは、水音。
そして、口ずさむのは誰かの歌ったラブソング。
芳野と澪は、すこしふらつく足取りで惨劇の現場から離れていた。
二人とも智代から受けたダメージから立ち直っているとは言い難いが、
あの獣の咆哮と銃声は他の参加者の注意を引くのに充分すぎる。
ましてや、智代を看取るために長居をしたのだ。
一刻も早く身を隠さなければならなかった。
(……それにしても)
さきほどの放送で告げられた死者の中に、ひとつ引っかかる名前があった。
いぶき、ふうこ。
芳野の想い人、その妹と同じ名前。
もちろん、偶然の一致だろう。
ありふれた名前ではないが、別人に決まっている。
なにしろその名をもつ彼女は、2年前から意識不明のままなのだ。
芳野自身、見舞いのために何度となくその病室を訪れていた。
静かに、安らかに、眠り続ける小さな少女の姿を、その目で見ている。
……ふと、撃たれた胸を押さえながら自分の隣を歩く澪に視線を向ける。
そういえば、年格好は同じくらいか。
(……だから、なのか?)
あのとき、守りたいと思ったのは。
自分の安全さえ投げ出して、澪を守るためだけに引き金を引いていた。
その事実が、自分の中で整理できずにいた。
あの人のもとへ帰ると決めた。
そのために、いくつもの命を奪ってきた。
なのに、あの時あの瞬間だけは、なによりも澪を失うことが怖かった。
大事な人の妹に似ているから、それが答えなのか?
それだけのために、命まで捨てられるのか?
(……まあ、いいさ)
浮かびかけた疑問を打ち消す。
いずれにせよ、澪はこの島で生き残るために不可欠な相棒なのだ。
用心深く、油断なくやれば、きっとなにもかもうまくいく。
あの場所に帰るために、愛のために、今はこの手を汚すと決めたのだから。
ふたりで首尾良く勝ち残れたなら……澪をあの人やその妹に会わせてもいい。
眠り姫が目覚めたなら、きっといい友達になれるだろう。
笑い合う二人の少女と、それを見守るあの人と自分の姿を思う。
(……そいつは、いいなっ)
芳野はそのしあわせな風景を夢想し、微笑みを浮かべる。
だが、彼はまだ知らない。
少女の容体が急変し、手の施しようもなく息を引き取っていたことを。
妹の死に直面し、支えるべき恋人とも連絡がつかないまま、大事なあの人が
絶望に打ちのめされていたことを。
彼の、帰るべき場所が……、もう、どこにもないということを。
あかく、赤く、紅く染まるバスルーム。
響くのは、水音。
そして、口ずさむのはもう届かないリフレイン。
「……ふぅちゃん……、ゆ……けさん、ごめ……ね……」
青白い唇から、最後の吐息が漏れたことを。
くいっくいっ。
「……ん?」
『ひとりでにやにやして、気持ち悪いの』
「……ほっとけ」
闇の中、小さく笑い合う。
目の前の少女以外に、まもるべきものがもう残っていないことを。
……彼はまだ、知らなかった。
【036 上月澪 所持品:レミントン・デリンジャー(装弾数2発)、デリンジャーの予備弾12個 、イーグルナイフ、スタンロッド、M18指向性散弾型対人地雷クレイモア(残り1個)、穴あきスケッチブック、防弾/防刃チョッキ、メモ帳、食料2日分】
【098 芳野祐介 所持品:M16A2アサルトライフル残弾26(予備マガジン(30発)1つ)、Vz61スコーピオン残弾16、手製ブラックジャック×2、スパナ、救急箱、煙草(残り4本)とライター、食料2日分】
【Last Messageの直後くらい】
>>423-426『EGO』において、キャラクター描写に致命的な欠陥があるとのご指摘を
多数いただきました。
作者としてNG宣言をさせていただきます。
申し訳ありませんでした。
ま、以後は出入り禁止ということで。
だが、彼はまだ知らない。
少女の容体が急変し、手の施しようもなく息を引き取っていたことを。
妹の死に直面し、支えるべき恋人とも連絡がつかないまま、想い人が
絶望に打ちのめされていたことを。
彼の、帰るべき場所が……、もう、どこにもないということを。
あかく、赤く、紅く染まるバスルーム。
響くのは、水音。
そして、口ずさむのはもう届かないリフレイン。
「……ふぅちゃん……、ゆ……くん、ごめ……ね……」
青白い唇から、最後の吐息が漏れたことを。
くいっくいっ。
「……ん?」
『ひとりでにやにやして、気持ち悪いの』
「……ほっとけ」
闇の中、小さく笑い合う。
目の前の少女以外に、まもるべきものがもう残っていないことを。
……彼はまだ、知らなかった。
「帰るべき場所」を書いた者です。
実況スレにて親切な方から誤りをご指摘いただきましたので
>>450 を
>>455 に差し替えてください。よろしくお願いします。
「また…人が死んじゃったね…」
「ああ…」
三回目の放送後、俺達は住宅街に向け森を移動していた。
忌々しいジジイの声。
糞ジジイのゲームのため、幾人もの罪の無い者がこの島で死んでいった。
そしてゲームに乗り、殺戮を繰り返す馬鹿共。
俺は絶対にそいつらを許せない。
ゲームの主催者を殺す。
そのゲームに乗った参加者も殺す。
俺はそう決意した。
そのためには俺は同行者である観鈴と沙耶と別れなければならない。
俺の自己満足のために彼女らを危険に曝すわけにはいかないのだ。
だから、
―――別れよう。
二人にそう言った。
「ねえ、なんでみんな仲良くできないのかなあ…」
「わたしと時紀さんと沙耶さん、三人手を繋いで友だち」
「みんなと友だちになればこんな悲しい思いをしなくてすむのに…」
―――ああ、なんてこの娘は純粋なのだろう
「お前みたいな純粋な奴ばかりならこんな事…起きなかっただろうな」
「時紀さんや沙耶さんは純粋じゃないの?」
「俺は…純粋な人間じゃない」
「アタシも、ね…」
「ううん、そんなことないよ、だって、ふたりともわたしと仲良し。にははっ」
「そう…だな」
「そう…よね」
返す言葉が見つからない。
彼女の純粋さ、歴史上聖女と呼ばれた人々はこんな人間だったのだろうか?
冗談では無く本当に彼女のような人間ばかりなら世界に争いは起きなかったかもしれない。
柄にもない事を考えながら森を歩いていると、前を歩いていた観鈴が立ち止った。
「向こうに…だれか倒れているよっ」
そう言って走り出した。
暗いのに良く見えるな…。ってそれどころじゃない。
「おいっ! 走ったら危ないぞ」
俺達は観鈴を追いかけて行った。
「………時紀さん…」
観鈴は立ち止り足元の人影をじっと見つめる。
「もう…この人―――」
観鈴の足元に広がる赤い染み。
血溜まりの中に仰向けに横たわる少女がいた。
「すでに…死んでるわ…」
「もう…いやだよっ…こんなのっ…て」
観鈴は泣きじゃくる。
改めて少女の姿を見る、どこかの学校の制服。
胸を数発撃たれ制服は朱に染まっていた。
触ってみる、まだ体温が残っていた。
まだ命を落として間が無いのだろう。
―――むごいな。
俺は少女の亡骸を見て思う。
彼女の顔、目を見開いている。
その瞳は自分の運命に最期まで抗おうとした強い意志が感じ取れた。
無念さと満足さが同居した表情。
彼女は最期、何を思ったのだろうか。
俺は顔に手を伸ばす。
「アンタ…何するつもり?」
「いや…目を閉じさせてやるつもりだが」
そう言って俺は彼女の目を閉じさせてやる。
せめて安らかに眠れ――。
柄にも無いことを、俺は思った。
「さて、行くか…彼女を置き去りにするのは気が引けるが……ん? これは…?」
俺は横たわる少女のポケットからはみ出ているものに気が付いた。
写真。
少女のポケットからはみ出していたものは三枚の写真だった。
男の顔が移っている。
『岡崎朋也』
『那須宗一』
裏には名前と簡単な経歴が書かれていた。
一人目はごく普通の高校生、彼女が好きだった男だろうか。
二人目は世界中で活躍するエージェント。何者だこいつ?
そして三人目―――。
『芳野祐介』
要注意人物、と書かれていた。
この男…ゲームに乗った者の一人なのか…。
俺は彼女がしようとしてた事がなんとなく察しがついた。
(そうか…彼女も俺と同じような目的だったんだな…。
このふざけたゲームに抗おうとして…)
「すまない、この写真貸してくれないか」
俺は彼女に一言断りを入れる。
「あんたの想い、俺にも背負わせて欲しい。俺がこんなゲームぶっ潰してやる、だから―――ゆっくりと休んでくれ」
俺は歩みだす、名前も知らない彼女の想いを胸にして。
【031木田時紀 鎌 朋也・宗一・芳野の写真】
【094宮路沙耶 南部十四年式(残弾9)】
【023神尾観鈴 けろぴーのぬいぐるみ ボウガン(残弾5)】
【時紀は芳野をゲームに乗った者と認識】
【三回目定時放送直後】
【とりあえず住宅街へ行って別れるつもり】
忌々しいジジイの声がする、三回目の定時放送。
『34番、栗原透子……』
その名前に俺は愕然した。
「嘘…だろ…栗原が……死んだ…」
信じられなかった、信じたくなかった。成り行きとは言え俺と肉体関係を持った彼女、日常の中心。
打ちひしがれる俺にさらなる非情の言葉が投げかけられる。
『50番、須磨寺雪緒……』
『68番、葉月真帆……』
「そ…んな……」
まただ、また俺の何気ない日常が壊されてゆく。
「畜生…畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォーーーーっ!!」
「時紀さん……」
「アンタ…ここでヘタれるつもりは無いでしょうね? アンタの決意、忘れたちゃいないわよ。主催者とゲームに乗った参加者を殺す、アタシやアンタみたいな人間をこれ以上増やさない、そう決意したんでしょ」
沙耶の言葉が胸を打つ
糞ジジイのゲームのため、幾人もの罪の無い者がこの島で死んでいった。
そしてゲームに乗り、殺戮を繰り返す馬鹿共。
俺は絶対にそいつらを許せない、そう決意したんだ。
「ああ…それは忘れてはいない。ただ…少しの間あちらを向いてくれ」
涙で歪んだ顔を見せたくない。
「わかったわ」
「ありがとう」
俺は泣いた。
声を押し殺しながら泣いた。
泣いた所であの日々は帰ってこないというのに。
それでも静かに俺は泣いた。
三回目の放送後、俺達は住宅街に向け森を移動していた。
俺の自己満足のために彼女らを危険に曝すわけにはいかない。
だから、
―――別れよう。
二人にそう言った。
「また…人が死んじゃったよ…」
「どうして…みんなそんなことするんだろう……」
ぽつりぽつりと話す観鈴。
「ねえ、なんでみんな仲良くできないのかなあ…」
「わたしと時紀さんと沙耶さん、三人手を繋いで友だち」
「みんなと友だちになればこんな悲しい思いをしなくてすむのに…」
この狂気の島でなんでこいつはこんなにも無邪気でいられるんだろう。
いつ殺されるかわからない状況で無邪気に振舞える。
俺はそんな彼女が少し羨ましかった。
無邪気さが羨ましい…か、柄にも無い事を考えながら森を歩いていると、前を歩いていた観鈴が立ち止った。
「向こうに…だれか倒れているよっ」
そう言って走り出した。
暗いのに良く見えるな…。ってそれどころじゃない。
「おいっ! 走ったら危ないぞ」
俺達は観鈴を追いかけて行った。
「………時紀さん…」
観鈴は立ち止り足元の人影をじっと見つめる。
「もう…この人―――」
観鈴の足元に広がる赤い染み。
血溜まりの中に仰向けに横たわる少女がいた。
その時の声を、はっきりと憶えている。
一番最初に会った人に裏切られ、誰も信用できなくなったこの島で、
『一緒に行かないかい?』と、穏やかに呼びかけてくれたときの声を。
怯えるだけで何もできない自分を、何度も支え、守ってくれた。
たった一日の出会い。だけど、彼の声も表情も、全部克明に思い出せる。
疲れている自分を気遣って、階段を抱き上げて運んでくれたこと。
慰めて、と膝の上に甘えてきたこと。
僕がついているから、と抱き寄せてきたときのこと。
必要以上に接触が多かったのは、寂しかったからではないだろうか、と今は思う。
だけどその触れあいに、自分はずいぶんと助けられた。
信じると言うことを砕かれたこの島では、誰もがきっと寂しい思いをしているだろう。
寂しくて恐くて、心が壊れてしまった人も、たくさんいるのだろう。
自分は二人だった。だから耐えられた。
でも、もう二人じゃない。彼は死んでしまった。あたしを守るために。
あたしを一番最初に騙そうとした人、巳間晴香に。
でも、そのことはどうでもいい。
あの人は、彼の知り合いだった。知り合いなのに……殺した。
彼を見ていた目は酷く冷めていて、涙すらこぼそうとしない。
その後の行動もひたすらに理性的で、揺らいだ様子すらなかった。
あたしはこんなに苦しいのに。
苦しくて悲しくて、殺してやりたいって思ったのに。
殺してやれば良かった。どうしてあそこで止まってしまったのだろう。
泣いている暇なんてない、悲しんでいる暇なんてなかった。
ただ、軽く引き金を引けば、それで終わったかもしれないのに。
終わり。
何が終わるんだろう。
彼との時間。彼と一緒の時間。彼との間に育んだ気持ち。
まだヒビすら入っていなかった、恋心という名の卵。
いつか孵ったかも知れないそれは、簡単に割られてしまった。
もう戻らないから、それで終わり。
じゃあ、戻らないなら、やっぱり殺す必要なんてないのか。
――ダメだ。
許せない。
後悔と一緒に別の感情が湧いてきている。
この気持ちは知っている。作ったことがある。台本さえあれば、あたしはどんな役柄も演じるから。
だけど知った。あの時作っていた気持ちは嘘だ。
上辺をなぞっていただけで、本当に心の奥底から湧いた感情じゃなかった。
こんなにどす黒くて、胸の奥がかきむしられるような感情は、今まで生じたことがなかった。
単純な憎悪とか怒りとか恨みとか悲しみとかそんなものじゃない。もっと混沌としたもの。
噴き上がる寸前の、渦巻く溶岩のような、熱く濁った気持ち。
――分かった。
これが、嫉妬だ。
最後にあの人の目に映っていたのは――あたしじゃなかった。
目を覚ましたとき、若い男の人と、小さな女の子が、掘り終わった穴にあの人を横たえていた。
「なにしてるんですか……」
「死者は弔うものだ」
耳の長い女の子が静かに答えた。ずいぶんと慣れているような感じ。
この人も、人の死が身近にあったのかな、と漠然と思った。
彼のそばに寄って、その頬に触れる。
嘘みたいに冷たい。髪の手触りすら違っているような感じがした。
今朝みたいに、くすぐったいって、笑ってくれればいいのに。
満足そうに笑っているのはどうしてだろう。まだ全然終わってなんかいないのに。
あたし、こんなの全然嬉しくなんかないですよ?
守ってくれるのも、世話してくれるのも、迷惑をかけることさえ嬉しかったのは、
あなたが生きて、笑っていてくれたからなのに。意味ないじゃないですか。
あたしがすぐパニックになっちゃって、それでこんなことになっちゃったんだから、あたしが死ねば良かったのに。
そしたら、あなたの驚いた顔が見られたかもしれない。怒った顔が見られたかもしれない。
でももう、あたしは記憶の中の、あなたの笑顔しか見られないんですね。残念です。
あなたの知り合いのあの女の人は、あなたの笑顔以外の顔を見たことがあるんでしょうか?
――嫌だな。
あたしはあなたの一日分しか知らないのに、あの人はもっとたくさんのあなたを知っているんだ。
たくさん知っているのに、あたしから一日分だけ残して、あなたの全てを奪ってしまった。
あ。
やっぱり、許せない。
最後に名前を呼んでくれていたら、こんな気持ちにならなかったのかもしれませんね。
その一言だけで生きていけたかもしれない。でも――。
あたし、あの人を殺しますから。
さっきは、あんな陳腐な言葉に惑わされちゃったけど、あたしのせいであなたが死んで、
目の前で殺されて、それで――笑って日常に戻れるわけない。
だからこれ、貸してください。あなたの形見のこの拳銃。代わりに別のもの、置いていきますから。
あたしはナイフで、髪の毛を襟元から切った。
息を呑む声が聞こえたけど、無視してあなたの上に束ねて置いた。
ドラマとかアニメとかでは良くあるけど、自分がこんなことするとは思わなかったです。
でもこれで、今、あなたの一番近くにいるのはあたしですから。
首筋が少し寂しかったけど、胸の奥の空洞に比べたら、大したことはなかった。
それじゃ、さよならです。
あたしは彼の上に、土をかけた。
誰にも手伝わせず、土の中に埋もれていく彼の姿を、目に焼き付けた。
何度も視界がにじんだけど、声は出さなかった。
「それじゃ、あたし、行きますから」
あたしは彼の荷物をまとめ、背負った。彼が残したものだ。誰にも渡さない。
「なんや、うちらのことここまで引っ張ってきておいて、お礼も詫びもなしかい」
関西弁のおばさんが、やたらトゲのついた言葉を投げる。
なに苛ついているんだろう、この人。役に立たなかったくせに。
銃なんか持っていても、撃てなかったくせに。あの人が死んだ後に、ノコノコ来ておいて。
「ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。ありがとうございました」
面倒なので、事務的に頭を下げたら、憎悪がこもったような険しい目つきであたしを睨んだ。
昨日までのあたしだったら、萎縮して、意味もなく謝り倒していたかもしれない。
でも、今のあたしなら、殺意すら素通りさせられるような気がする。
もう、この人達に興味はなかった。
「ちょっと待ってよ、あさひちゃん。行くったって、あてなんかないんだろう。
それより、俺たちと一緒にいた方が安全だし……」
「いいです。あなた達とあたしの目的、たぶん違いますから」
男の人が気遣うけど、今は邪魔。素っ気なく拒絶する。
「はっ、小娘一人がこんな島で何ができるとおもっとるんや。銃持ってたって、あんた、撃てへんやろ」
「さっき止められなければ、撃ってました。今度は止められても撃ちます。
あの人、やっぱり殺さないと、気が済みません。もう日常になんて、戻れなくていです」
シンと辺りが静まりかえる。
おばさんは睨んでいる。女の人は肩をすくめた。男の人は同情するような表情。
小さい女の子は――、
「それもよかろ」
変な口調で賛同した。
「だが一つだけ言っておくぞ。自分がどれだけの信念を持って行おうと、人殺しは人殺しだ。
その信念が揺らぐほど、後味の悪い思いは絶対にする。止めはせぬ。が、覚悟は決めておくがよい。
人の命を奪うということはな、その分、自分の心も殺していくことになるのだ」
それぞれが、様々な表情を浮かべて、彼女を見た。
この人、人を殺したことがあるんだ。
少し話をしてみたいと思ったけど、でも、優先することがあるから。
「そですね。後で後悔するかもしれません。
ですけど……今の気持ちが一生続くよりは、ずっとマシだと思いますから」
「――復讐を遂げて、疲れたら、帰ってくるがよい。良いな。死ぬことは許さぬぞ」
なんでこの娘、こんなにえらそうな口調なんだろう。だけど、あんまり不愉快じゃない。
あたしのことを理解して、心配して、それでも送り出してくれるからだろうか。
「憶えときます。それじゃ」
女の子は、もう何も言わなかった。
歩きながら、自分に暗示をかける。今からあたしの役柄は、『復讐者』。
愛の行方を失った女が、半ば嫉妬に灼かれながら、彼の仇を討つために復讐を始める。
台本はない。全部アドリブ。できるだろうか?
――うん、できる。
だって、これはあたしの本当の気持ちだから。
いくらか脚色はあるけど、そういう設定にしておけば、今までとは全く違う自分を違和感なく受け入れられる。
ためらいなく、殺せる。彼の銃で。
あたしは手の中の冷たい銃に、確かに彼の温もりを感じていた。
【042 桜井あさひ キーホルダー 双眼鏡 十徳ナイフ ノートとペン 食料六日分 眼鏡 ハンカチ
S&W M36(残り弾数4)S&W M36の弾20発 腕時計 カセットウォークマン 二人分の毛布 『短髪』】
【022 神尾晴子 千枚通し 歪んだマイクロUZI(残弾20発)20発入り予備マガジン×1 】
【002 麻生明日菜 ショートソード ナイフ ケーキ】
【018 柏木耕一 ベナウィの槍 (左腕負傷中)】
【033 クーヤ 水筒(紅茶入り) ハクオロの鉄扇 サランラップ25m 短刀】
【時刻は15時すぎ】
471 :
声:04/05/28 21:33 ID:WztjpxWQ
最後に聞いた声。
いつも聞いていた声。
私を助けてくれた声。
その声を聞くことはもう出来ない。
悲しい事にそれは現実で、もし夢だったらどんなに救われる事か。
(私、もう疲れちゃったよ……お兄ちゃん)
このまま眠り続ければ、兄の元にいけるのだろうか?
いつもふざけていたけれど、いざという時には必ず自分を守ってくれた兄の元に。
(もう……いいよね)
そうして意識を再び閉ざそうとした時──
『お兄ちゃんの死を無駄にするな!!』
「……起きたようだな」
目を開けて一番に見たのは兄の顔ではなかった。
「…もしかしてさっきの俺の話、聞いていたか?」
なんの事だかさっぱり分からない。
そもそも目の前にいる人物とは面識がない。
「松浦くんが怖い顔してるからだよ。そんな顔を起き抜けに見たら誰だって泣いちゃうよ」
言われてまで気がつかなかった。
(泣いてるんだ……私)
本来なら目の前にいるべきなのは、この無表情な男の人ではなく春原陽平のはずだった。
あるべきものがない喪失感。
なくしてからやっと実感できるその感覚。
芽衣の現実にも、夢の中にも兄の姿はない。
しかし芽衣を現実に引き戻したのは兄の最後の言葉だった。
「……俺はそんな顔をしているか」
名も知らぬ男の人は大真面目に姿見で自分の顔をまじまじと覗いていた。
「大丈夫だよ。松浦くんは見た目はともかく本当はやさしいから」
472 :
声:04/05/28 21:35 ID:WztjpxWQ
全くもってフォローになってない。
どうやら男の人もそう思ったらしく
「……」
沈んだ表情をして黙り込んでしまった。
「くすっ……」
駄目だ。どうしても笑いが込み上げてきて抑えきれない。
「あはははは……」
もう1人の女の人も釣られて笑い出す。
お兄ちゃんの声が私を現実に引き戻した理由……分かった気がする。
それは多分…ここなら私がまた笑えるようになるから。
男の人の表情がさらに暗くなるがそれでも止まらない。
しばらくそのまま取りとめもなく笑い続けていた。
「ご迷惑をかけました、もう大丈夫です。あ、それと泣いたのは松浦さんのせいじゃないですから……」
「……そうか、ならいい」
う…そんな暗い表情で言われても。
なんだか松浦さんの心に癒せない程の傷を負わせてしまったような気がする。
「……気にするな、元からこういう顔だ。取りあえず……」
松浦さんは何かを言いかけて、私の顔をまじまじと見る。
「俺の方も謝っておかないといけない」
「……どうしてですか?」
私の方が謝ったり感謝したりする事はあっても、松浦さんの方に謝られる理由はない。
「俺は君を殺そうとした」
心臓が飛び出しそうになった。
「理由はなんであれそれは言い訳にしかならない。だから俺は事実だけを君に言う。
これを知ってどうするか……俺の元を去るか、俺と一緒に来るかは君自身が決めるんだ」
松浦さんは妙な形の玩具を手でいじりながら私に決断を迫った。
お兄ちゃんの声が私を引き戻した理由はまだ分かりそうにはなかった。
473 :
声:04/05/28 21:37 ID:WztjpxWQ
【024 神岸あかり 木彫りの熊 きよみの銃の予備弾丸6発】
【047 春原芽衣 筆記用具】
【084 松浦亮 修二のエゴのレプリカ 予備食料の缶詰が残り5つ】
474 :
覚醒:04/05/28 21:50 ID:ZsggmRYZ
「……なんだ、夢だったのか…」
あかりは、朝の布団の中で一発、屁を放った。
「なあ。これどうするよ」
「あ?」
第三回定時放送間近のホール。支給品の車──確かミルトと言ったか──の襲撃により損壊した区域の修復にあたっていた俺に、不意に同僚が話しかけてきた。
作業する手を止めて同僚の方を見やると、その手にはバッグが一つ握られていた。そのバッグには見覚えがある。確かめるまでもなく、そのバッグはこのゲームの参加者連中に配布された物だ。
「まさか野ざらしのを回収して来たのか?」
「馬鹿言うなよ。コイツは初めからここにあったぜ」
は?とうっかり間抜けな声を漏らしてしまう。が、正直無理もない。突然同僚の頭のネジが一本飛んでしまったのだから。そりゃ面食らってそんな声も出る。
「スタート前に一人死んだだろ。月島とか言う奴。アイツに支給される予定だったヤツだよ」
あ。と俺はまた間の抜けた声を漏らす。どうも頭のネジが飛んでたのは俺の方だったらしい。いかんな。若年性痴呆症か?
「──で、正直どーするよ。この余り物」
同僚が改めて訊ねてくるので、俺は正直に思うままを言い返す。
「ホールの外に放り出しときゃいんじゃね?誰か参加者が拾って使うだろ」
「そーだな。物資が多い方がゲームも進むだろーし…んじゃ、パッパとそーしてくるわ」
言うが早いか、同僚は破損したホールの外壁から外に出て行く。
「おー。ご苦労さん。早めに戻って来いよ」
「あー」
さて、仕事を再開するかね。あいつが戻って来る前にこの穴を塞いでやらないとな。
「よ、お待たせ」
やっぱ無理だった。
【月島拓也に支給される予定だったバッグ、ホール近くに放置される。中身不明】
【時刻:第三回定時放送直前】
476 :
<誘導>:04/05/29 00:16 ID:98UOZAgj
「歌にあわせて」
渚たち五人があの家を立ち去ってから、かなりの時間が経った。
とはいえ、女、それも非力な少女の多い大所帯。休み休み進んでいる為、中々進まない。
(大分疲れてきました……。頭がぼうっとします)
途中休み休み来ていたとはいえ、それでも体力のない渚の体には大分こたえた。
体がかなり熱っぽい。
横を見ると、広瀬真希は額に汗を浮かべながら少女を背負って歩いている。
「大丈夫ですか?」
「平気よ」
広瀬は気丈に笑って答えた。
それを見ると、頑張らないといけないと思う。
(でも、油断していると気絶してしまいそうです)
何か、気の紛れる事を考えよう。そう思い、渚は頭の中でだんご大家族の歌を歌った。
(だんごっ、だんごっ)
歩くリズムにあわせて。
(だんごっ、だんごっ)
そうしていると、不思議と足が軽くなったような気がした。
右足、左足。
(だんごっ、だんごっ)
右足、左足。
(だんごっ、だんごっ)
「幸せそうね」
「はい?」
見ると、広瀬がジト目でこちらを見ている。
幸せというよりむしろ体はつらいが、人を一人担いでいる広瀬に向かって実はつらいんですなんていうのも気が引ける。
仕方がないので、渚は笑った。
「あはは……」
すると、広瀬もふっと微笑んだ。
「なんか、あんたを見てると和むわ」
「そ、そうでしょうか……」
「見てください」
エルルゥが声をあげて前方を指した。
顔をあげると、もう、すぐそこに住宅街が見える。
「チョット、待ってろヨ」
安全そうな家を探してくると、エディがそう言って一人駆け出した。
残った三人は草陰に腰を降ろす。
「あー、疲れた疲れた」
広瀬が少女を横たえる。少女が目を覚ます気配は、まだない。
「お疲れ様です」
エルルゥが優しくねぎらう。
渚はぼんやりとその光景を見ていた。
(座ったら、余計に頭がぼうっとしてきました)
くらくらと倒れそうになってしまう。
『生き残りの諸君、聞こえるか? ――』
ぼうっとしていた頭が一瞬で覚醒する。
『――今回も大盛況、3回目の定時放送の時間だ』
それは定時放送の始まりだった。
【072 広瀬真希 所持品:『超』『魁』ライター 便座カバー バッグ 食料と水多めに所持】
【11 エルルゥ 所持品 乳鉢セット 薬草類 バッグ 食料と水多めに所持】
【81 古河渚 所持品 バッグ 食料と水多めに (ワッフルとジャムは海の家に置き去り) 少し熱っぽい】
【10 エディ 所持品:盗聴器 尖った木の枝数本 ワルサーPP/PPK(残弾4発)、出刃包丁、タオルケット×2、ビスケット1箱、ペットボトルのジュース×3、婦人用下着1セット、トートバッグ、果物ナイフ】
【087 美坂香里 所持品:なし 昨晩の満身創痍の疲労と広瀬が突きつけた『現実』に気絶】
【四人は住宅街の側で休憩】
【エディは安全に休める民家を捜索中】
【時間、定時放送がまさに始まった瞬間】
480 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:04 ID:JE85J6Oq
ts
481 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:16 ID:UnON9d+E
岡崎朋也が森の中をさまよっていると、
「……!っ」
10m程離れたところに芳野祐介がいた。朋也のことは気付いていない。
そして、それは数秒間での出来事だった。
「芳野ーーーーっ」
「!?」
武器を片手に勢いよくせまってくる朋也。
芳野祐介はその方向へ振り向いたが、反応が遅すぎた。
芳野の頭部を思いっきり強打する。
ズカッ!!
「……くっ」
「…やったか?」
「……」
「…フッ…さすがゴッグだ。何ともないぜ!!」
芳野は顔を上げ、不敵な笑みで朋也を見据えていた。
http://www.geocities.jp/know_ka/gok.asf 【 芳野祐介 所持品:ゴッグ】
482 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:27 ID:UnON9d+E
\________ ______________________/
O モワモワ
o
( ⌒ ⌒ )
( )
(、 , ,)
|| |‘
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
l ∨∨∨∨∨ l
| \()/ |
(| ((・) (<) |) / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ⊂⊃ | / ・・・という夢を見たんだが
| .| ⌒ \.l/ ⌒ | | < 俺は気分をこわした。
/ |. l + + + + ノ |\ \ お前に決闘を申しこむ!
/ \_____/ \ \_____表にでろ______
/ _ \
// ̄ ̄(_) |
|ししl_l ( | |
|(_⊂、__) | |
\____/ |
483 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:29 ID:UnON9d+E
___ _ __ , 亠 、 __ __
〃´`ヾ, r'r−‐ニニ−、ヽ , -- 、 _i,. -−'r__ __,〃−‐‐、ヽ //´ ̄`!i
ll ll 〉ヽ、_, - 、_,ノノ ll´ ̄ヽ ‐'二!、_f_,ノ ̄`i`!j( ̄`ヾ //__// 〃
ll 〃 ̄`ヾ'v'r'´ ̄` ー ´ ̄`i. ll ll(__ / r−ニー' ,. −‐、く //___
ll ヾ:、,_,ノ八`'ー‐─‐----〃 ,,,,.ノノ / / く ,.−'=、=′,.ィ '、 }.} Y´ ̄`ヾ:,
.jj,.− 、 |「 ̄´ 〃===r'r'´ ̄`'、,r'r'´ ̄`'、 / / ,.、 { }} (_,ノ `ァー ツ ,.ィ '、___,ノノ
{{, ,}} |i____'、'、 ノ'、'、 ノ/ / / 'ヾ:、 `'┬'ツ // ̄ /ィ.| //´
`'==' _  ̄ ̄ ̄` '='´ ``'='´´ ヾ='´´ ヾ'='´'~`ヾ'=='´´ヾ'='´´ ヾ'==' '
ヽ/ ′/ ┼ 、ヾ /|~ヽ −/― / /
(__ / ノ ノ ノ 〈_ノ ノ ./、\ \ /ヘ_ノ 〜 腰 を 突 く モ ノ 〜
484 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:30 ID:UnON9d+E
カイオウ 「戦うと元気になるなあ、ケンシロウ。死を意識するから、生きることが実感できる」
ケンシロウ 「その先にあるものが破壊だから、北斗宗家の拳は封印されました」
カイオウ 「違う。救世主伝説を繰り返す為には、戦い続けなければならんから残っていた」
ケンシロウ 「自分勝手な解釈をするな」
カイオウ 「貴様は戦っているぞ」
ケンシロウ 「あなたがいるからでしょ」
カイオウ 「私は新世紀創造主だ。封印されたままというわけにはいかん」
ケンシロウ 「戦いの歴史は、繰り返させません」
カイオウ 「もう一度封じられるか? このカイオウを」
485 :
名無しさんだよもん:04/05/29 01:31 ID:UnON9d+E
,ィ":::::::::::::::::::;;;;;:ii>;,、
/:::::::::::::::;;;;;;;;iii彡" :ヤi、
i::::::::::::;:"~ ̄ ::i||li
|:::::::::j'_,.ィ^' ‐、 _,,. ::iii》
|:::i´` `‐-‐"^{" `リ" / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヾ;Y ,.,li`~~i |フハハハハハハハ!!君達はこの
`i、 ・=-_、, .:/ < ラピュタ王の前にひれ伏すのだ!!
ヽ '' .:/ \_______________
/`ー、 ハ  ̄ │ ,r'~`ヽ、
,.ィ" ri l i ト、 1:| つ ヽ7、 、 y; ヽ、_
,. -‐''" 、 くゝソノリ~i | - 、 , -‐'7ハ ヾニト- ~` ー- 、_
, ィ ´ ,ゝ、_ `r' l | 、レ // `テ三..ノく _ ` ヽ、
/ , -' ,、 `、_) l,i, i // (/ ...,,;;;;:` 、 ヽ
;' '" ノ ;;;;:::: i ! : // .....:::::;;イ、_、_\ _ _ノ
l ..,, __,ィ"-‐´ ̄`i::::: ゙゙゙= ...,,,,,. l | ,// - = ""::;; :/ ` '''' '"
ヾ :;;;,, ,i l,// ,,..," / _,,.....,_
,. -- .,_ \ :;,. ;' V ;! `; /;: ノ ,.ィ'"XXXXヽ
/XXX;iXXミ;:-,、 ヾ '" ''' /./! ヾ / ,. - '"XXXXXXXX;i!
,!XXXXi!XXXXX;`iー;,、 i 、. / ;:::゙i ;: , | ,. r'"XXXXXXi!XXXXXX:l!
|XXXXX;|XXXXX;|::::::::|`ヽ、 ,! ,': : :| ,.レ"::::|XXXXXXX|XXXXXXX;l!
!XXXXX;|XXXXX:|:::::::::i ` ;! : : i! / !:::::::::|XXXXXXX|!XXXXXXX|
XXXXXx|XXXXX;!:::::::::::! `. /:: | '" l:::::::::::|XXXXXXX|XXXXXXX |
487 :
名無しさんだよもん:04/05/29 02:25 ID:RcMQawn4
488 :
名無しさんだよもん:04/05/29 02:36 ID:RcMQawn4
489 :
名無しさんだよもん:04/05/29 03:03 ID:RcMQawn4
幻想虎徹LVMAXを発動させる栗、その正体は栗の十数倍もの大きさの光の剣だった
それを目にした列車は斬りつけられたら跡形も残らないだろうと一瞬怯むが、
絶対に負けられないと栗に向かって銃を構える。
しかし、列車は度重なる出血とダメージの為、上手く照準が合わせることができない
焦る列車、そこにどこからともなく手が差し出され、ハーディスの銃把に添えられる。
見ると、傍らにはサヤが立っていた。サヤの手を借りハーディスを構える列車。
現れたサヤを見て激昂した栗は渾身の力で列車に斬りつける。
それに対し列車は炸裂電磁銃を放って迎撃するが、発砲の反動でハーディスの銃身が破壊されてしまう。
放たれた銃弾は幻想虎徹と押し合い、辺り一帯を照らすほどの光を放ち爆発する
爆発の後に残ったのは、建物の残骸と、攻撃を押し切られ
「ありえない・・・なぜ・・・不死となり・・・神となった僕の幻想虎徹が・・・」と呆然とする栗
押し切られた幻想虎徹にはヒビが入り始め、同時に瓦礫の中から列車が立ち上がり栗に話し掛ける
「な・・・何も・・・ねぇからだよ・・・てめぇには折れそうな時・・・心を支えてくれるモンが一つもねぇ・・・。
"仲間"も・・・"信念"も・・・。神なんかじゃねえよ、クリード、てめぇは神になろうといきがっているただの人間だ。」
【 071 雛山理緒 所持品:枕大の鉄入りザック、包丁、白うさぎの絵皿、水風船1コ】
490 :
名無しさんだよもん:04/05/29 15:57 ID:DXFGu6Ng
,――――-、
/lVVVVVVVV
|| ⌒ ⌒丶
|| ・ ・ | / ̄ ̄
C ∧ | < つぎはボボボボボーボボ、みろよナ〜
ヽ U / \__
ヽ__o__/
,rn
r「l l h
| 、. !j
ゝ .f _
| | ,r'⌒ ⌒ヽ、. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
,」 L_ f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ. ∠ おまたせ!
ヾー‐' | ゞ‐=H:=‐fー)r、) \____________
| じ、 ゙iー'・・ー' i.トソ
\ \. l ; r==i; ,; |
\ ノリ^ー->==__,..-‐ヘ___
\ ノ ハヽ |_/oヽ__/ /\
\ / / / |
y' /o O ,l |
491 :
名無しさんだよもん:04/05/29 16:00 ID:DXFGu6Ng
,..-''"``ヽ、
,..-'""``ヽ、 ,...---――‐-..,/ ,.ヘ ヽ
/ ,..、 `´ ' ,/´`i l
! ,.....! ヽ ノ !
l \ `ヽ l
ヽ -,..-‐-、 ,..:=::ヽ彡 /
\, `7:◯::::::ヽ /::○:::::::l_,,._l゙゙i_
」゙i_ `''!::. o :::゙i !:::. o :::! L 」
ヾ_Z l:::... ..:::::ノ ___ ヾ:::.. ..::::ノ Ll
゙l‐- ヾ、;;:: -'" '、::ソ ゙''ー'' -‐‐メ クリック募金しよ♪
,.ゞ‐- 、 .,..、 .,. ーメ
゙i、、_  ̄  ̄ __,....イ
/ー- `二''――┬┬─_''二ニ-‐‐|
/ ,. ̄二‐+-+-二__ |
/ ,.'´ ,..-、、``´´,..-、 `ヽ |
/ i i ※ ! i |
http://www.runarudo.flnet.org/newpage21.htm
492 :
名無しさんだよもん:04/05/29 16:07 ID:DXFGu6Ng
_
/ \―。
( / \_
/ / ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
...―/ _) < ちんちん シュッ!シュッ!シュッ!
ノ:::へ_ __ / \_____
|/-=o=- \/_
/::::::ヽ―ヽ -=o=-_(::::::::.ヽ
|○/ 。 /::::::::: (:::::::::::::)
|::::人__人:::::○ ヽ/
ヽ __ \ /
\ | .::::/.| /
\lヽ::::ノ丿 /
しw/ノ___-イ
∪
493 :
名無しさんだよもん:
?