【哲学】葉鍵シナリオを小難しく読み解く【衒学】

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1 :名無しさんだよもん:
皆さんこんばんは、知識の泉の時間がやってまいりました。
さて今回の議題も勿論葉鍵ゲー、そして哲学。
葉鍵ゲーのシナリオを既存の哲学を応用して読み解きましょう、
耳学問でもかまいませんし専門家の方の意見も歓迎です、
フロイト、カント、フーコー、フッサール、キルケゴール…
持てる知識を総動員して目一杯衒学しましょう。
2 :名無しさんだよもん:03/07/08 07:54 ID:Xlpe9dFg
因みにAIR=ニーチェ論とAIR=ハイデガー論は既出です。
3 :しさんだ:03/07/08 07:55 ID:/19iqnjW
>>1
フロイト、カント、フーコー、フッサール、キルケゴール…

このあたりのメジャーどころしか出てこないところが、いかにもにわかだよね(w
せめてベンヤミンくらい引用しような?
4 :名無しさんだよもん:03/07/08 07:57 ID:cUhihpVT
風子って常時2chにはりついてるよな。
5 :名無しさんだよもん:03/07/08 07:58 ID:Xlpe9dFg
ベンヤミンと葉鍵を、というか。
マルクス=レーニン主義と葉鍵を混ぜるんですか?
かなり無理無理と思いますが是非窺いたい内容です。
6 :名無しさんだよもん:03/07/08 07:59 ID:lbtbsTzI
むりむり
7 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:03 ID:pEB+YeOx
8 :しさんだ:03/07/08 08:04 ID:/19iqnjW
>>5
カルチュラルスタディーズの視点より鍵シナリオを語ってみてはどうか。
9 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:04 ID:IhfWERAD
哲学じゃないが、To HeartやWHITE ALBUMをガーゲン風に読み解いてみてはどうか。
俺はやらないけど。
10 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:04 ID:z8g8jjGv
あと個人的にはウィトゲンシュタインも欲しいところ
11 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:10 ID:vIu5aW+8
http://coolnavi.com/bbs/                 
12 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:12 ID:Xlpe9dFg
>8
余計わかりません、文化人類学や民俗学的視点からの論考ですか?
>9
ガーゲン引っ張り出さなくても、
ウィトゲンシュタインでいいんじゃないですか。
13 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:15 ID:IhfWERAD
つーか、「ウィトゲンシュタイン」と「ヴィトゲンシュタイン」、どっちが適切なの?
14 :名無しさんだよもん:03/07/08 08:18 ID:lbtbsTzI
ビルトシュバイン
15 :名無しさんだよもん:03/07/08 12:43 ID:V1jVJvXt
クーン
ポパー
ファイヤーアーベント
16 :ジャンケレヴィッチ専攻:03/07/08 13:24 ID:uVAFYAJc
哲学専攻のものだけど、こういう衒学スレを見ると反吐が出そうになる。
>>1は氏ね。
17 :名無しさんだよもん:03/07/08 13:26 ID:uVAFYAJc
>>1
とりあえず、おまいらのようなのはこっちに行け。

◆葉鍵アカデミー 第六講◆
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1055087130/
18 :名無しさんだよもん:03/07/08 13:52 ID:RBlWPbAh
即死回避のために既出ではあるもののAIRの観鈴とハイデガーについて書いてみる。

ハイデガーは人間の存在可能性に撞着した哲学者です。
ハイデガーによれば、現存在の本来的自己は、死の可能性への先駆において実存し、
死の可能性は無数にある生の可能性から、その人間にとって大切な可能性、特別な可能性、
人生の中心的な可能性を、はっきりと映し出す特別の鏡であり、
死という鏡がなければ、人間は無数にある可能性の中で道を失うであろうと考えました。
これがAIRの観鈴シナリオのテーマと近いものがあるのは否定できないでしょう、

そしてハイデガーはこうも言っています、
日々俗事にうもれ、自らの存在について考えない人間は人間という存在から頽落している、
自らの存在可能性を発見するためには死の可能性に目覚めなければならないと。
この思想こそがまあ所謂AIR鬱というものを引き起こしているものの正体でしょう。
普通の生活をしている人間に、死の可能性に目覚めろとか言われても戸惑うばかりです、
現代社会において特権的な死、英雄的な死などというものは想像すら難しいものでし。
(むしろありふれた死、匿名の死に溢れているから)
まあそこら辺はエマニュエル・レヴィナスが詳しく語っていますが。
何より観鈴の死は二人称の視点をあまりにおろそかにしている、
まあつまりそれは晴子から見た観鈴の死のことですが。
そこら辺もハイデガーそっくりです、もしや麻枝はハイデガー哲学に目覚めたのでしょうか。

このまま話は死の三つのモチーフである、
死のこちらがわの死、死の瞬間の死、そして死の向こう側の死。
へと移行しますが、それについては上のジャンケレヴィッチ専攻の人が説明してくれるでしょう。
19 :名無しさんだよもん:03/07/08 14:32 ID:sgzTrb3f
>>18
そのハイデガー像は、ハイデガー哲学というより
実存哲学的(サルトルなど)・倫理的な目から見たハイデガー観で、
ハイデガーの非常に狭い一面しかとらえていないように思われる。

ハイデガーの名前を持ち出してこういうことを言うのは、誤解を招きやすい。
20 :名無しさんだよもん:03/07/08 17:09 ID:juza49fG
失敬、では真のハイデガー哲学とは一体。
21 :名無しさんだよもん:03/07/08 23:44 ID:Fff804P9
>>20
プラトン哲学・アリストテレス哲学以来、
自明の前提として問われることのなかった
「存在する」っていうことが一体どのようなことなのかを
現象学からスタートして徹底的に考え抜いたのが『存在と時間』でしょ。

>>18のようなハイデガー解釈は、『存在と時間』の一部を
実存哲学のコンテクストから解釈した通俗的見方に過ぎず、
ハイデガー哲学のコンテクストからは外れたもの。

>>18のようなことを言うのに、なんでわざわざハイデガーを持ち出さなければならないのか。
自分の言葉で語ればそれでいいじゃないか。
無理矢理こねくり回して、文章を意匠で飾ったようにしか見えん。
22 :名無しさんだよもん:
うん、それは解ってる。
エートルだっけ? 存在は存在者を存在せしめるものであり、
それ自体は存在者ではないと。
客観と認識をこねくりまわして考えていた当時の哲学界においてとても斬新で、
ハイデガー哲学の一番の功績がこの部分だということも。

でもこれって導入の部分で(まあそもそも導入しかかかれてないけど)、
その後ダーザインだのなんだのまで話が及んでいくわけで。
コンテクストから外れたとまで言わなくても…通俗ではあるけど。

それと、
>なんでわざわざハイデガーを持ち出さなければならないのか
これは自明、なぜならそうしないとこのスレの趣旨から外れるから。