葉鍵的 SS コンペスレ 6

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589名無しさんだよもん
ありゃ。今回はホントにやばいかもね(;´д`)
590名無しさんだよもん:03/02/23 02:01 ID:/UCp7wDG
>>589
エロコンペもラスト3時間で怒濤のように作品が出た。まだ嘆くには早いよ。
591名無しさんだよもん:03/02/23 02:36 ID:AO3ysXSS
ラスト三時間って言っても、深夜の三時間と朝八時前の三時間は違うでしょ(w

でもまだ三本ぐらいは来そうなヨカーン
592名無しさんだよもん:03/02/23 02:59 ID:L61IubEG
>>591
IDがSSだぞ、書いてみたらどうだ(w
593名無しさんだよもん:03/02/23 03:01 ID:wQj8tq6x
……また今回も無理だった。
中途半端なもの出してもしょうがないしな……
メンテにもならんからやめとくわ。
次こそは……
594名無しさんだよもん:03/02/23 03:10 ID:AO3ysXSS
>>592
昨日もそうだったんだ、俺(w
595名無しさんだよもん:03/02/23 03:25 ID:Krm4Otju
>>594
小文字のssだった奴?どこかでみかけたけど
596名無しさんだよもん:03/02/23 03:40 ID:XYjWZY/8
結構、人が。>>594-595SS討論スレですね。
奇しくもここはSSコンペスレ。狙っているとしか思えませんわ。
597名無しさんだよもん:03/02/23 03:51 ID:AO3ysXSS
どうすりゃ狙えるんだ……w
598名無しさんだよもん:03/02/23 04:17 ID:jIPa1p8P
投稿させていただきます。
7レス、茜もの、題名は『常夜灯』です。
599常夜灯 (1/7):03/02/23 04:17 ID:jIPa1p8P
 あの日も、静かな雨が降っていた。
濁った夜空も、斜めの点線を照らし出す街灯も、狂ったように鳴り響くエンジン音も、いつも通りだった。
人通りの少ないこの通りでは、時たまサラリーマンが傘を揺らしながら通りかかるだけだ。
かじかむ両手に息を吹きかけると、白いもやは手の中で所在なさげに揺れ、ふんわりと消えていく。
――来ないのは分かっているのに、私はまた今日もこの場所で待っている。
 茜は日課となりつつあるこの行為の無意味さを噛み締めながらも、それでも可能性を捨てきれずにいた。
 学校には暫く行っていない。
両親は、茜の明らかな変調を察して、あえて茜に何も問いたださないことにしていた。
学校に行ったからといって、何があると言うのだ。住井君も、七瀬さんも、幼馴染の長森さんでさえ、誰も浩平のことを覚えていやしない。
中庭の喧騒、教室の談笑、教室の隅で放ったらかしにされた机、そんなものを見るために行く学校など、茜にとっては苦痛以外の何者でもなかった。
両親に学校に行ってくると告げては、馬鹿だとは知りながらもあの空き地へ向かってしまう。健康的な朝日がゲームセンターのネオンサインに変わる時刻まで、茜は毎日無為に待ちつづけた。
 詩子からは、ときどき夜に励ましの電話がかかってくる。
「あかね〜?」
声を聞いたとたんに、電話口の向こうに、明るさを取り繕った心配顔が浮かぶ。その度に茜の胸は痛み、全てを洗いざらい話してしまおうかと思ったことも幾度となくあった。
だけど話すことができない。話しても分かってもらえない。
司のときと同じだ。あの時も、言いたくても言えなかった。言っても、変な顔をされて終わりだろう。
無二の親友にさえ相談できないことを知るたび、茜は自分の孤独を噛みしめた。
 そんな茜の思惑も知らずに、詩子はいつも通りに話しかけてくる。
600常夜灯 (2/7):03/02/23 04:18 ID:jIPa1p8P
「茜、最近元気ないよ? おかしいよ」
 浩平のこと、覚えてませんか?
「ふうん……気分が悪いなら仕方ないね」
 喉まででかかっているのに、声が出なかった。
「学校1週間も休んでるんだって? 学校は行った方がいいよ。まあ、あたしの言えた台詞じゃないけどね。あはは」
「そうですね、頑張ってみます。ありがとう、詩子」
「ううん。あたしと茜の仲じゃない」

 これでいいのだ。たとえ浩平について訊いてみても、司のときと同じ答えが返ってくるだけだ。もうこれ以上傷つきたくない。
受話器を置く手は重い。茜は小さく息を吐いた。

 浩平がこの世界から消えてから2週間が経った。
茜からすれば、絶望を味わった14日だった。公園にも行った。中庭、帰り道、浩平の家、浩平と一緒に行った場所には、全て行ってみた。
それでも浩平の姿は見つからず、最後に空き地に戻って思うことは、この世界から確かに浩平は姿を消したということだけだった。
浩平は戻ってこないまま、時間だけが無為に過ぎていく。
心の中の暗闇は広がるばかりで、夜道を照らし出すための街灯も、茜にとっては何の役割も示さなかった。
そろそろ遅くなってきた。濁った空は、今日も嘲る様に、茜を見下ろしている。
いい加減今日は帰ろうと思ったとき、
茜は後ろの音に気づいた。
601常夜灯 (3/7):03/02/23 04:19 ID:jIPa1p8P
まさか……!
でもそのまさかを茜は捨てられない。息が止まり、心臓が早鐘のように鳴る。身体じゅうが火照ってくる。
意を決して恐る恐る振り返ってみると、そこには薄汚れたダンボールの中に、仔猫がうずくまっていた。
茜はため息をついた。
 人騒がせの張本人は、申し訳なさそうに体を低くして、上目遣いに茜を見つめている。澄んだ無垢な瞳は、自然に幼馴染の司を思い出させた。
何日も目立たないところに置き去りにされていたのだろう、彼はひどく汚れていた。泥水が跳ね、昨日の大雨に打たれた毛なみは、それでもまだかろうじて風格を保っている。
野良でも、もともとの血筋はいいのかもしれない。茜は持ち上げると、猫が体をよじらせるので、首についた鈴が小さく鳴った。
洗ったらどんなに綺麗になるだろう。
 鉛を呑んだような気の重さでも、少しは晴れた気がした。体の汚れも気にせずに、茜は猫をしっかりと抱きしめて家に連れて帰った。

 風呂場で綺麗に洗ってあげると、彼は見違えるように綺麗になった。体を覆いつくしていた汚れの奥からは、想像していたような艶のある長めの白い毛が綺麗に生えそろっていた。
眠たそうに大きな欠伸をする猫を、茜は微笑ましく見つめていた。
神経を張り詰めて暮らしてきた今までのストレスが、溶けてなくなったような気がした。茜は、ベッドの中に猫を招き入れ、久々のうれしい眠りについた。

602常夜灯 (4/7):03/02/23 04:19 ID:jIPa1p8P


 茜は、寒さを感じて飛び起きた。
ベッドをかぶり直してうずくまろうとしたとき、猫がいなくなっていることに気づいた。
「うそ……」
あわてて辺りを見回すと、窓が少し開いていた。
猫は、僅かな隙間でも通り抜けられるという。おそらくあそこから逃げたのだろう。茜はそう確信した。
気まぐれな猫は、自分になんか愛想を尽かしてさっさと外に出て行ったのかもしれない。今となれば、茜には拾って体まで洗ってあげたことが馬鹿らしくなっていた。
――猫にまで裏切られてたら世話ないですね。
茜の目から、自然と涙が零れ落ちていた。

 猫が出て行ったその日、茜は今までの感情をぶちまけるように泣いた。
信じたものには、全て裏切られてきた。
いつもだったら思わず目を細めたくなるような、夕焼けを貫く雲も、茜にはどうしようもなく醜く思えた。
 思考がまずい方にかたむいてきた。いけないと分かっていても、手が勝手に動く。
引き出しの中を漁る手は、目的のものを探り当てると、それを握りしめて止まった。工芸の授業のために買わされたカッターだ。
レバーをスライドさせると、乾いた金属音と共に、銀色の刀身が姿を見せた。何の変哲もないはずのカッターは、妖しい光を乗せて茜を誘っているように見える。
一筋の涙が頬を伝った。まだ泣くことが出来ることに気づいて、茜は乾いた笑いを漏らした。
603常夜灯 (5/7):03/02/23 04:20 ID:jIPa1p8P


 手首に押し当てたカッターに力を込めた瞬間、階下からチャイムの音が聞こえた。
茜の意識は急速に現実へと引き戻された。
――死ぬ時くらいゆっくり死なせてくれてもいいでしょ?
 都合のいいときにだけ孤独を打ち破る日常を、茜は呪った。
待っていれば諦めて帰るだろう。茜は目を閉じて、訪問客が去るのを待った。
居留守だと分かっているのか、チャイムは異常なほど続いた。おそらくは茜が出るまで鳴らし続けるだろう。
こんな悪質な訪問は、宗教か新聞の定期購読ぐらいしか思いつかない。どっちも間に合っていると考えた時、茜は自分がつい先ほどまで死を決断していたことを思い出した。
 いくら待っても埒があかない。茜はとりあえず、迷惑な来訪者の応対をすることにした。どんな用件でも、帰ってもらうだけだ。これ以上の邪魔はされたくない。
苛立ちと共に階段を下り、ドアを開けた。
「すみません、新聞も宗教も間に合ってます」
「あの、そうではなくて……」
 茜は、言葉に詰まった彼の顔に視線を向けた。まだ幼さの残る顔立ちと、無垢な瞳が印象深かった。
純白のワイシャツが、彼の純粋さをいっそう醸し出していた。
「僕、あなたにお礼が言いたくて来たんです」
「お礼?」
「ええ。あなたは僕に優しくしてくれた。そのお礼が言いたくて」
 覚えがない。ここ数日、外にも出ない生活をしていた上に、第一面識がない。
それでも、ポケットからはみ出た、ストラップ付きの鈴には見覚えがあるような気がした。
604常夜灯 (7/7):03/02/23 04:22 ID:jIPa1p8P
「本当はあんな短い間なんて嫌だった。もっと一緒にいたかったけど、それは無理だから」
「……」
 それでも、声を出すことはできなかった。周りの空気が明らかに変調し、ゆったりとした空気が茜の中に入り込んでいった。
「僕は、あなたにすごく感謝してる。だから、もう死ぬなんて言わないで」
 訊きたいことはいくつでもあった。それでも、彼の姿を何の違和感もなく、それらは霧散していった。
「待ってればかならずいいことがあるから。あなたにはその資格がある」
男の姿がぼやけ始める。
「あなたは彼を迎えてあげなきゃいけない」
男の気配が空気と同調しようとする。
――その瞬間、茜は無意識に手を伸ばしていた。
「連れてってください」
 茜の手は、何の手ごたえもなしに彼の体をすり抜ける。男は、僅かばかりの驚きを含んだ目で、茜をじっと見据えた。
茜の瞳からは、涙が珠のように溢れ出す。彼の半身だけが、この世界に映っていた。
「連れてって……」
「まだ、あなたは生きるべきだ」
 彼の姿はもうそこにはない。
涙でぼやけた視界は、ただ街灯に照らされた夜道を捉えていた。
 もうあちら側には行けない。分かっているからこそ、茜は彼が戻ってくるのを待つしかなかった。

 街灯は、茜の行く先を照らしていた。
その道筋を辿って、茜は今日も待つためにあの場所へ向かう。

 鈴の音が、遠くから聞こえた気がした。
605名無しさんだよもん:03/02/23 04:24 ID:jIPa1p8P
>>599-604 『常夜灯』でした。

訂正:6レス目 (5/7)→(6/7)

すいませんでした。。。
606名無しさんだよもん:03/02/23 05:50 ID:EiJ18OiK
夜が明ける前に投下します。
およそ6レス、タイトルは『君への手向け』
ちと暗い話なので、そのあたりはご注意を。
607君への手向け 1/6:03/02/23 05:50 ID:EiJ18OiK
「うーん、どんな物がいいのかな…」
 俺は商店街をブラブラと歩く。否、ここに来た目的は一応ある。買い物だ。それも普通の買い物じゃなくて
彩―俺の妻―へのプレゼントだから、いつもより時間をかけて選んでいる訳だ。
「去年は食い物系だったからな…。できればそれ以外をプレゼントしてやりたいんだが」
 以前、彩に欲しいものが無いかを聞いたが『…和樹さんがいてくれる事が……一番です』と返されてしまった。
もちろん、そう言ってくれるのは非常に嬉しいが、今回ばかりは困る答えだった。いっその事、今年も去年と
似たような物で済まそうか、そんな考えがよぎる。しかし、後ろからかけられた声によってその考えは遮断された。
「なにやら浮かない顔をしているが、ネタにでも詰まったのか? まいぶらざー」
「…なんだ大志か、相変わらず濃ゆい顔だな。何か俺に用事でもあるのか?」
「そうでもあるが、そうでも無い。我輩も色々と忙しいのだ」
 そう言って、手に持っていた大きめの紙袋を俺に見せる。
「なあ大志、その紙袋って」
「よくぞ聞いてくれたぞ、さすがは我が魂の友!」
 俺の発言を遮って大志は勝手に話を進める。
「実はこれは、まいえんじぇる・桜井あさひちゃんへの放送200回記念のプレゼントなのだ! まい同志和樹よ、
この中身を知りたいだろう? 本来は我輩とあさひちゃんだけの秘密なのだが、特別に教えてしんぜよう。これは
あさひちゃんに着て頂くコスチュームなのだ! おおっとこうしてはおれん、一分一秒でも早くあさひちゃんの
手に渡さなくては。ではさらばだ、まいぶらざー」
 大志は高笑いをしながら去っていった。…というか、
「最初から俺に話したかっただけじゃないのか? まあいいか、あいつらしいし。それにしても、服か…よし、俺も
それでいくかな」
608名無しさんだよもん:03/02/23 05:51 ID:kkgz8Hrz
『ごめんさい、2時間だけ締め切り伸びますか?』

609君への手向け 2/6:03/02/23 05:51 ID:EiJ18OiK

 夕方過ぎに俺は自宅兼仕事場に戻った。俺は漫画家、彩は絵本作家という仕事柄、一つにまとめておいた方が
何かと好都合なのだ。
 …どうやら彩はまだ帰ってきていない様だ。勉強熱心な彩は、『車の絵本を描くのでモーターショーに出かけますけど
5時過ぎには戻ります』と言っていたが、もう既に7時を回っている。この時間には帰ってきているはずなのだが。
「もしかすると彩のやつ、自分の誕生日を忘れているのか? 俺に関するお祝い事は絶対覚えているのに、自分の
事となると謙虚だからなあ…」

  PiPiPiPiPi

 俺の考えを読んでいたのだろうか、絶妙のタイミングで電話が鳴った。恐らく彩だろう。
「はい千堂ですが」
『もしもし、私○×病院の田丸ですが、千堂和樹さんのお宅でしょうか』
「は、はぁ」
 てっきり彩がかけていると思ったが、受話器から聞こえてきたのは知らない男の声だった。俺が?マークを浮かべて
いると、男は信じられない事を言った。
『実は、千堂彩さんが事故に遭いまして…現在危険な状態にあります』

 俺は自分の耳を疑った。きっと何かの間違いだ、そうに違いない。
「そんなの、ウソだろ! なんで彩がそんな事に!」
『そのお気持ちは分かります、ですが落ち着いて聞いてください。千堂彩さんが……』
 それ以上はとても聞きたくなかった。相手の電話を切り、急いで病院に向かった。
610君への手向け 3/6:03/02/23 05:52 ID:EiJ18OiK
 俺が病院に着いたとき、既に彩は集中治療室に運ばれていたらしく、廊下で待機する事になった。俺はただひたすら
彩の回復を祈り続けた。何度も何度も『手術中』と書かれたランプを見ては、早く消えるよう願った。
 どれくらいの時間が経っただろうか。集中治療室から一人の医師が出てきた。すかさず俺は質問を投げかける。
「おい、彩は、彩は大丈夫だろうな!」
「落ち着いてください。現在患者の心肺機能は正常ですが、意識が戻っておらず、非常に危険な状態にあります。恐らく
今夜が山場でしょう」
「俺も彩の顔が見たいんだ、いいだろ?」
「…いいでしょう。その前に深呼吸をして心を落ち着かせてください。夫である貴方がしっかりしないといけませんよ。
それから、向こうで指定された服を着用してください」
 そう言って医師はまた治療室に戻っていった。

 俺は治療室に案内された。といっても、手術を受ける彩の5メートル後方でじっと見守ることしか出来ない。たくさんの
医療器具に囲まれた彩は、今までに見たことも無いほど真っ白く、弱々しかった。
「おい彩、大丈夫か? 痛くないか?」
 俺は必死に彩に声をかける。しかし、おとなしくもかわいい反応を見せてくれた彩が、今はその欠片すら見せては
くれない。瞳は堅く閉じられ、人工呼吸器や点滴の管で覆われるという、変わり果てた姿で横たわっている。
「彩、お前のためにプレゼントも用意したんだぞ。きっと、いや絶対似合うから、着た姿を俺に見せてくれるよな」
『先生! 心拍数、酸素濃度ともに低下しています!』
『慌てるな! 心臓マッサージを開始しろ!』
「彩、俺のプレゼント、気に入ってくれたか? そうか、俺も、そう言ってくれて、嬉しいぞ」
『呼吸機能停止! 人工呼吸に切り替えます!』
『体温を下げろ! 少しでも可能性がある限り手を尽くせ!』
『先生! 血液量の著しい低下が見られます!』
「彩、あや、そんな顔は、見たくないぞ、もっと、いい顔、できるだろ!?」
『脳波が見られません! 脳機能停止!』
『まだだ、引き続きマッサージと人工呼吸を続けるんだ! 軽い電気ショックを与えろ!』
『先生! 心拍数の低下が止まりません!』
「彩ぁ! 目を覚ませ! あやぁーー!」
611君への手向け 4/6:03/02/23 05:53 ID:EiJ18OiK
 翌日の夕方頃、俺の家に瑞希が訪れた。話によると新聞の隅に彩の訃報の記事が載っていたということらしい。
でも、俺にはそんな事どうでも良かった。彩はもうこの世にはいない、それだけだ。
「悪いが、帰ってくれないか。あんまりお前たちと話したくないんだ」
 余計、悲しみが込み上げてくるから。これ以上、傷付きたくなかったから。
「和樹…大丈夫? あ、何か飲み物でも買ってこようか?」
「うるさいな!」
「か、和樹…」
「余計なお節介はいらん、さっさと帰ってくれ!」
 もう現実を直視したくない。
 瑞希はしばらく立ち尽くしていたが、一言俺に謝ると、帰っていった。

 俺はその後行なわれた通夜も告別式も、体調の悪さを言い訳にして、欠席した。両親は無理にでも連れて行こうと
したが、何とか追い払い、床についた。もう何もする気が起きない。昨日あたりから急に増えた、残念がるファンの
手紙を捨てる。こんなものを読んだりしたら、俺がどうにかなってしまいそうだから。
 ピンポンとチャイムが鳴った。俺は嫌々ながらドアを開けると、そこには大志が立っていた。
「同志和樹。この度は、心よりお悔やみ申し上げる」
「うるさいな。お前に何が分かるって言うんだ!」
「…我輩には、よく分からない。ただ、一つだけ分かることがある」
「何だよ」
612君への手向け 5/6:03/02/23 05:54 ID:EiJ18OiK
「同志和樹よ。お前は、彼女の事を大切に思ってはいないだろう」
「なにっ!?」
「お前は自分が傷付くのが怖い。彼女が亡くなって4日経つが、一体どれだけ式に関わったのだ? 実際、今日は
告別式だろう? 配偶者であるにもかかわらず、喪主として出席していないとはどういう事だ?」
「……」
「お前は彼女の事など大切にしていない。自分の身を守る事を第一に考えている。これが我輩の意見だが」
 俺は何も言い返せなかった。大志の言う通りだったから。
「…だが、俺は彩のために何も出来なかった」
「これからすれば良い。まだ午前中だ、恐らく告別式は終わっていない。最後に彼女を送りだすのはどうだ? きっと
彼女もお前の事を待っているだろう」
 俺は迷った。だが、これ以上周囲に迷惑をかけていられない。もちろんこれまでの無礼講はただでは済まないだろう。
皆俺を蔑視するかもしれない。それでも俺は彩を最後まで見守りたい。そう思う事が出来た。
「…大志、大分気が楽になった、サンキュ」
「ふむ、それでこそまい同志和樹だ」
「よし、そうと決まったら早速式場に向かわないとまずいな」


 俺が急いで式場に向かうと、既に棺が火葬場に安置され、間もなく点火されるところだった。
「ちょっと、待ってくれ!!」
 突然の叫び声に、皆一斉にこちらを振り向く。
「か、和樹!?」
「はぁ、み、瑞希、親父、お袋、はぁ、迷惑かけて、悪かった…。これも、一緒に、棺に入れてくれないか…」
 俺は彩のプレゼントであるドレスを渡す。
「それから…遅くなったが、彩に別れの言葉を贈ってもいいか…?」
 進行役と思われる人物に尋ねる。向こうが頷くのを確認して、俺は声高らかに言った。
613君への手向け 6/6:03/02/23 06:01 ID:EiJ18OiK
 彩…。

 生きているうちにこのプレゼントは渡せなかったけど…

 俺が何年後、何十年後かにお前の元に向かう事になるだろう…。

 その時には、このドレスを着て待っていてくれ。

 それが、俺の最後の願いであり…。

 最後の、プレゼントだ。


  了
614名無しさんだよもん:03/02/23 06:07 ID:EiJ18OiK
>>607-613
以上です。
途中連続投稿規制に引っかかってしまい遅くなりました。申し訳ない。
読んで頂いた方全てに感謝。
615 ◆RS1IjorYbo :03/02/23 06:11 ID:AO3ysXSS
それでは、投稿します(w

テーマ:プレゼント
痕もの。10レスくらいかな。
616パンツ物語(1/10):03/02/23 06:12 ID:AO3ysXSS
 よう。
 俺はパンツだ。
 ふざけちゃいないぜ。
 正真正銘の、パンツ様だ。
 綿100%、紳士向けトランクスって言うのが正確だな。
 はるか悠久の大地、中国に根づいた綿から編まれ、クーニャンの繊細な手に
よって工場生産されて、はるばる数千kmを越え、安価な輸入パンツとしてこの
日本に渡って来た。デパートの一画で、特売品として、気のいい仲間連中と束
ねられて売られるために。
 柄は、暗い地色に細い青やパープルの線が縦横に入った、チェック柄の地味
なもの。
 ?
 もっと格好いいデザインや、ブランド品に生まれたかったかって聞きたいの
か?
 そうか、聞きたいのか。
 ああ、そういう生き方もある。
 だが、特売品として安価で安心して手に入れられるパンツ、ってのにも、社
会の中での役割があるはずだぜ。俺に課せられたのはそういう役割、そういう
人生だ。そして、そういう生き方だって、俺は、けっこう気に入っていないでもないんだ。
 次世代の人類を造る生殖行為。できねば死んでしまう排泄行為。
 決して華美とは言えないが、俺たちは、人間にとって最も重要な行為のうち
ふたつを守護するための衣類だ。
 それが重要なんだ。
 それを満たしていれば、廉価品だろうとブランド品だろうと、プライドは抱
ける。それが俺たちパンツなのだ。
617パンツ物語(2/10):03/02/23 06:13 ID:AO3ysXSS
 
 俺のご主人は、柏木耕一という大学生だ。
 買ってくれたのは、まだ元気だった頃の、耕一の母親。
 耕一が高校生の頃だな。
 買い物の途中でふと思い出したように、俺は、束ねられた仲間と共に、包ま
れたビニールパッケージ越しに手に取られた。
 気に入ってくれたのは、値段か。地味なデザインか。それとも、俺たちのほ
がらかな人柄か。
 どれかってのは重要なことじゃない。重要なのは、相手が「気に入ってくれ
た」ってことだ。
 人生、好意は、好意で返すに値する。
 買っていただいたからには、俺は精一杯息子さんか旦那さんのパンツ役を勤
めてやるぜ。
 そう誓って、俺はウィンクした。
 彼女に気付かれはしなかったろうがな。
 俺、目、ないし。

 耕一は、がさがさと何の気なしにビニールを開けると、ある日、ついに俺を
手に取った。
 そして、脚を通した。
 ついに、俺もパンツとして一人立ちしたか…。
 思わず、中国大陸で俺を見送ってくれたたくさんの仲間たち、長い船旅、日
本海の汐の香り、そんな、生まれてからもろもろのことが、脳裏を過ぎ行きた。
 耕一の尻も。前の方も。
 ぴったり重なって。ゆったりくるみ込んで。
 俺と耕一は、ベストフィットの一対となった。
 耕一は、気にもせず続けてTシャツを羽織りはじめたが、俺は確かに、これ
からの俺たちの良好なパートナー人生を予感していた。
618パンツ物語(3/10):03/02/23 06:14 ID:AO3ysXSS
 
 その後数年が過ぎ、耕一が二十歳の大学生となったいまも、俺の耕一との二
人三脚は続いている。
 破りもせず、汚し過ぎもせず、長く使い続けてくれたこの主人に、俺は感謝
していた。
 悲しい出来事もあった。
 身銭を切って俺を自宅に引き取ってくれた恩ある耕一の母親が、亡くなった
のだ。
 病気であっさりと。耕一と、俺を置いて。
 耕一も予想しなかったあっけない最期だった。
 俺も、病床の恩人になにか自分がしてあげられることはないかと耕一の股間
で懸命に模索したが、パンツが難病の人間にしてあげられることは、残念なが
らひとつもなかった。
 俺にできたのは、ただ耕一の股間から彼女を見送ることだけだった。
 葬儀の日も、耕一のパートナーは俺だった。
 俺は、声を殺して泣いた。
 耕一も泣いていた。
 耕一と、話には聞いていたが別居していた父親との邂逅は、彼らの複雑な事
情を、俺に垣間見せた。

 そして俺たちは、いま、耕一の父の実家にいる。
 先日、耕一は、父親も交通事故で亡くなったのだ。
 幸い、母方の実家もよくしてくれるようなので学生の耕一にも不便はないが、
それにしても、かける言葉もみつからない不遇さだ。
 俺は、耕一に深く同情した。
 なにか、俺がしてやれることがあればいいんだがな……。
 とりあえず、特別なことはなにもできない。
 優しく股間を包んでやることだけが、俺にできる仕事。俺の精一杯だ。
 長期にわたって別居していたため、父の死にそれほど耕一本人が悲嘆してい
ないのが、わずかな慰めだった。
619パンツ物語(4/10):03/02/23 06:15 ID:AO3ysXSS
 むしろ、従姉妹の美人四姉妹と再会し、ほのぼのと旧交を温める機会、田舎
でのんびりできる機会に、耕一は満足しているようだった。
 女の子、それも、耕一が気に入っている子ばかりの家に俺を同行させてくれ
たということは、やはり俺を気にいってくれているということだろう。俺は誇
らしい。ブランド品の同僚たちとも密着してカバンに収まっているから、口に
出しては言わないが、廉価品の俺としては、パンツとしての誇りを感じた。
 笑わないでくれ。
 パンツにはパンツの、価値観がある。
 新品を下ろしていくのが当たり前の旅行に、ホームユース・パンツの中から
抜擢されて出征していくことは、俺たちパンツにとっての誉れなのだ。
 何人もの同僚から「頑張って来いよ」「土産話を聞かせてくれ」「お前なら
信じてるぜ」そう、エールとともに見送られた。
 エールをくれた者の中には、俺といっしょに買われた詰め合わせの兄弟、稲
妻紋様から仲間うちでは「サンダー」と呼ばれているやつもいた。
 ある者は破れ、ある者は旅行で耕一の友人に間違って履いて行かれ、いまや
兄弟で残ったのは、俺とサンダーのふたりきり。
「頑張って来いよ。お前が元気だと、俺までつい、まだやれるんじゃないかっ
て思っちまう」
「今回は運が良かっただけさ。次はお前の番だろうよ、サンダー」
「いや、俺はもう駄目だ……。実は、尻のあたりの繊維が薄くなってきちまっ
た。たぶん、次になにか強い力が働いたら破けるだろう。耕一はまだ気付いて
いないが……」
「サンダー!」
「いずれ来る時が、来た。それだけのことだ。永遠に生き続け、主人の股間を
守るパンツなんて、この世に存在しない。どのパンツも、使命を一定期間果た
し、やがて役割を終えて、人生というステージから消え去ってゆく……。そう
いう星の下に生まれている。お前相手じゃ、釈迦に説法だがな」
「…………」
「暗い顔するなよ! 楽しかったな、俺たち。五人揃って行った東北貧乏旅行
……」
620パンツ物語(5/10):03/02/23 06:16 ID:AO3ysXSS
「ああ……。最高だった……」
「家に来た従姉妹の千鶴さんに洗ってもらったこともあった。それを知った時
の耕一の顔ったらなかったな」
「ああ、ああ……」
 胸を暖める、耕一と兄弟たちと共に作った思い出の数々……。しかし、悲し
みは留めようもなかった。
 だが俺は泣かない。主人が着る時に、生地が湿ってしまう。
 パンツは、泣かないのだ。
 そんな、幾多の思い出と、思いを背負って。
 俺はいま、ここにいた。

 スッ。スッ。
 カバンの中で静かに出番を待ち続けて四日。とうとう出番がやってきた。
 耕一が俺を脚に通す。その回数は、出逢いの日から数えれば、もう三桁にも
なったろうか。
 今日の耕一は慌ただしかった。
 TVを見ていきなり家を飛び出し、午後になってからようやく汗だくになって
帰ってきた。
 シャワーを浴びて汗を流し、そして俺に着替えたのだ。
 どうやら、大事件が起きたらしい。
 耕一の身になにかが起きなければ良いが……。
 耕一の心配する、彼の身内、知り合いのことももちろん心配だが、俺たちに
とっては耕一のことが一番心配だ。

 風呂場で脱がれた仲間の縦縞は、洗い籠に放り込まれている。
 昨日の朝も立派に朝立ちした耕一は、その様を従姉妹の千鶴さんと梓にばっ
ちり見られてしまっていた。
 その時、朝立ちをくるんでいたのが双子の縦縞、こいつの兄弟だ。
 朝立ちは耕一の若さと生命力の証し。俺たちにはどうすることもできない。
621パンツ物語(6/10):03/02/23 06:21 ID:BnYwgdRs
 その縦縞も、ストライプを揺らしながら千鶴さんたちの前に雄姿を誇示する
以外すべはなかった。
 少しでも、雄々しく見えただろうか?
 縦縞がずっと気にしていたのは、そのことだった。
 ばっちりだったぜ。
 俺たちは、カバンの中から応えてやった。
 俺たちパンツには、仲間同士、意志を信号化して交感する能力があるのだ。

 耕一はシャワーのあと、ニュースで事件の続報をチェックすると、夕食も食
べずに早めの眠りについた。

 りー…りり……り……

 虫たちの声が、庭から静かに響く。
 黒い夜空、優しい気温になった風と、そして柔らかな月光が、心地よく俺た
ちふたりを包み込んでくれていた。
 勝手知らぬ土地で装着されて、ふたりきりの夜。
 それでも落ち着いていられたのは、田舎のこの優しい風土のおかげだろう。
 しかし……。
 しかし、耕一は違ったようだ。
 徐々に、様子が変わっていった。
 呼吸が乱れ、手はふとんを掻き。
 汗が多くなっていった。
 寝言で、苦しそうな言葉を……「やめろ」「そんな」「千鶴さん……」、そ
んな言葉を、次々漏らしていた。
 あきらかに、異常だった。
 寝つきはいい方のはずなのだ。耕一は。
 やがて、むくむくと起き上がった。
 耕一がではない。耕一の男性が、だ。 
 その熱いものをくるむのが俺の仕事だった。それ自体は珍しいことじゃない。
 しかし、今日は熱さが異常だ……。何が起こるのか……そう思った時。
622パンツ物語(7/10):03/02/23 06:22 ID:BnYwgdRs
 耕一は、夢精した。
 俺にも、そして耕一にも初めての経験だった。

 その感触を詳しく説明して欲しい者もいないだろう。説明しないが、しかし、
俺は多少驚きつつも、平然とそのすべてを受け止める。
 俺はパンツだ。
「大丈夫か!」「しっかりしろ!」「おいっ!」
 カバンの中から、仲間たちが次々と声をかけて来てくれた。
 俺は、親指をぐいっと立てて、笑顔でそれに応えた。パンツには親指も顔も
ないが。
 気分を悪くした奴もいるだろうが、主人の体液を布地で受けるのは、男物だ
ろうが女物だろうが大事な仕事だ。
 動物の母親は、幼児の便通をよくするため、肛門の弁を舐め取るのも厭わな
いという。母のない孤児の動物を育てる人間が、同じくそれを実行するのすら、
俺は耕一と共にTVで見たことがあった。幼い動物の子の排泄は生死に直結する
ためだ。
 必要があればそこまで平気でできるのだ。我々は。
 そして俺はパンツ。
 厭う理由など、あるはずもなかった。

 やがて目覚めて、パリパリになった俺の感触を確かめると耕一は情けない顔
をして俺を脱ぎ、着替えた。
 俺の処置には困っているようだ。さすがに従姉妹にこの状態の俺は洗濯させ
られまい。
 俺をみつめて悩む耕一。
 みつめ返し、気にしなさんな、男だぜ?と慰める俺。
 人間には、パンツの気持ちは伝わらないのが残念だが。
 と……。
 障子に影が差し、耕一は慌てて俺をふとんの中に隠した。
「千鶴さん……?」
 その影は、千鶴さんだった。
623パンツ物語(8/10):03/02/23 06:23 ID:BnYwgdRs
 従姉妹の長女、耕一にとって、憧れの年上の人。
 やがて部屋に入り、千鶴さん、そして耕一は言葉を交わす。
 俺はそのなりゆきに驚いた。
 千鶴さんが、耕一に告白して……誘惑している。
 逆なら有り得るが、千鶴さんも耕一と同じ気持ちだったとは……。俺の予想
を超えていた。
 やがて、唇の吸い付く音。
 やわらかな、女の声。吐息。
 耕一の荒い呼吸音。
 ふたりの行為の音が、ふとんの下の俺にまで届いていた。
 やったな。
 やったな。耕一。
 これが、お前の初体験か。しかも、憧れの人と。
 耕一の、過去の人生で最大の幸せの瞬間かもしれない。
 惜しくもその時履かれていたパンツから漏れたのは残念だが、その瞬間に立
ち会えたのは、パートナーとしての幸福だと俺は思った。
 だがしかし。
 俺は、重要なことを忘れていた。
 背筋がぞくっとした。こんなことを……忘れていたなんて……!
 いや、背筋もないが。
 俺はいま、夢精パンツ。
 こんな俺がみつかったら、この情事はどうなるだろうか。
 耕一の、男の沽券(こけん)にかかわるだろう。
 青ざめ、俺を恨む耕一の顔が、まざまざと目に浮かぶ。
 ましてや、千鶴さんに最初にみつけられたりしたら……。
 素晴らしい愛と官能の睦み合いの舞台を上にして、俺は焦った。
 俺がだいなしにしてはならない。耕一、一世一代の幸せを。
 パンツが。
 パンツとして。
 パンツ、ゆえに。
624パンツ物語(9/10):03/02/23 06:24 ID:BnYwgdRs
 ……あ。
 そして、俺は気付いた。
 これが、チャンスでもあることを。
 そう。
 そうだ。
 チャンスだこれは……。
 耕一に、そして耕一の母親に受けた恩を返す。
 耕一よ、お前は何も心配するな。そのまま、千鶴さんを愛し続ければいい。
 俺は、このふとんの下でじっとしていてやる。
 決して姿を見せず。決してお前たちを邪魔しないように……。
 フッ……。
 フフ……。
 こんな場面で、こんなことで、お前の人生の大事の手助けをできるとはな…
…。
 俺は、密やかに。
 しめやかに。
 ふとんの下で隠れ続ける。
 千鶴さんの、手折られるようなあでやかな声、吐息が届く。
 俺はひそみ続ける。これが、おまえにできるこれまでで一番特別なプレゼン
トだ、耕一。
 律動するような、規則的な、ふとんの上の動き。
 耕一たちの熱が、俺にまで伝わって来る……。
 三人が──耕一と、千鶴さんと、俺──三人ともが、幸福感に包まれて。
 素晴らしい夜になった。

 事が終わりいったん千鶴さんが部屋を後にすると、耕一は俺を引き出して洗
面所に行き、こっそりと洗った。
 こんな汚し方をしたら捨てられるやつだっているのに。
 やっぱり耕一は、優しいやつだ。
 パンツ思いだ。
625パンツ物語(10/10):03/02/23 06:25 ID:BnYwgdRs
 
 やがて部屋の目立たないところに俺を干すと、耕一は、千鶴さんと連れ立っ
て外へ出た。
 どこへ行くのだろう?
 その時……。
 その時、いつもの顔、二枚目とも三枚目とも言いきれない、あのいつもと同
じひょうきんな耕一の横顔を宵闇の中に見ながら……。
 俺はなぜか、この横顔が二度と見れないような気がしていた。
 ……どうして?
 ? ?
 自分でも、よくわからなかった。
 思い人と結ばれて、その彼女と涼みに外に出て。なんで帰って来れないんだ。
 俺はそのつまらない思いつきを捨てた。
 今日は、幸せな日だった。きっと、耕一にも負けない満足感が、俺を満たし
ているだろう。つまらない思いつきで気分に水を差したくなかった。
 元気に帰って来い、耕一。
 大丈夫だ、お前なら。
 そしてまた俺を履こう。いっしょにどこへでも行こう。
 サンダーたちだって、向こうでお前に履かれるのを待っている。
 そうだ。
 俺は思い付いた。
 今度こういうことがあったら、俺がお前の夢精を止めてやる。
 これが次のプレゼントだ。恩義はまだまだあるからな。
 ……どうやってって?
 それはな。
 それは、これから考えるさ。
 干されて。タンスにしまわれて。装着されて。その間、俺たちには、考える
時間だけはたくさんある。
 そう、俺と耕一には、まだまだ時間があるのだから。
626名無しさんだよもん:03/02/23 06:26 ID:BnYwgdRs
>>616-625
以上です。引っ掛かるね。連続投稿。
627 ◆9dOMaInoR2 :03/02/23 07:07 ID:Qpf1/fUc
投稿しますー。
タイトルは『密月夜のプレゼント』
3レス予定。
628密月夜のプレゼント(1/3):03/02/23 07:08 ID:Qpf1/fUc
 ぐーたら天使のコリンが、漫画を読みながらこんな事を言っていた。

「ねーねー芳晴、満月の夜や新月の夜って、犯罪発生率とか高いらしいよ?」

 何処から仕入れたのか解らないような情報を、あやふやなまま他人に伝える。要するに噂話。
 他の誰かがする分には、例えそれが歩く東スポと呼ばれる女性であろうが、乙女を目指す武士で
あろうが一向に構わないのだが、天使がそういう無責任な行動をとるのはどうかと思う。
 新旧の聖書や、各種聖典に刻まれた教えが、実は天使の単なるゴシップでした。……とか。
 そんなことを、不敬にも考えてしまいかねないからだ。誰に不敬って、コリン以外の天使に。

「おあつらえ向きに、今日は満月らしいね」

 漫画を横に放って、綺麗に畳んである今日付けの新聞を開き、天気予報の欄をチェック。
 すぐに脈絡もなくそんなことを言い出すのには、正直なところ慣れていたので気にならない。
 難しい記事など読んでいられるかとばかりに、瞬く間にテレビ欄のチェックに入ったコリン。
 その状態でさらにとりとめもなく言葉を繋げる。

「何かいいことありそうだー」

 ……それは果たして、前々言と絡めて考えてもいい台詞なんだろうか。
 悩みながら彼は、部屋を出た。
629密月夜のプレゼント(2/3):03/02/23 07:10 ID:Qpf1/fUc
 ……彼女は、悩んでいた。
 いつも世話になっている、少なからぬ好意を寄せている相手への贈り物。
 手作り……というよりはリサイクル品。昔の彼女自身の装飾品を鋳直したものではあるが、
わざわざ綺麗な紙で包装してもらって、あまつさえリボンを掛けるほどのものでもない。
 かといって、堂々とこれをそのまま渡すのも、どうにも気恥ずかしくて気乗りしない。

 相談した近しい人々は、そんなの気にしないで渡せばいいのに、と言うのではあるが、どうも
こればかりはそうそう気楽になれそうもなかった。それだけ、彼女自身意識しているのだろうが。
 と、そこで彼女は思い出した。
 いつだったか、別の案件で相談したうちの一人が、こんな事を言っていた。

「誰かにこっそり何かを渡したかったら、ベッドの脇に脱ぎ捨ててある服に忍ばせるのよ」

 ……さすがに、助言のままの作戦を使うわけには行かないが。
 彼女は、その応用で『贈り物』をすることに決めた。
630密月夜のプレゼント(3/3):03/02/23 07:11 ID:Qpf1/fUc
「ありがとうございましたー」
 本日最後の客が店を出て行く背中に向けて、彼はそう声を掛けた。
 サウンド・ゼロは、全国にいくつかの支店を持つ中堅CDショップである。
 そして彼、城戸芳晴はそこのアルバイト店員であった。
 ぺぽぴぱ……と、レジを叩いて問題がないことを確認する。
 その作業を終えると、芳晴は店の奥に声を掛けた。
「さてと。それじゃ店長、今日はこれであがりますねー」
 んー、とやる気なさげな了解の声が奥から聞こえると、芳晴はやれやれ、と帰り支度を始める。
 すっかり暗くなった外を見ながら外套に袖を通し、空腹感に耐えながら街路に足を踏み出す。
「――帰ったら夕食だなあ」
 と呟きながら、冬場の夜特有の透明感のある寒さに凍える手を、外套のポケットに突っ込んだ。

「……あ」
 その指先が、こつん、とコートの中にあった何かに触れる。
 硬い触感。金属のひやりとした感覚が、温もりを求めた素肌に容赦なく突き刺さる。
 ポケットからそれを引っ張り出す。
 月の光を反射して輝く銀色のキーホルダーと、貼り付けてある『いつも有難う』のメモ書き。
「江美さんが言ってたのって、これのことだったのか」
 思わぬ贈り物に、にへらと思わず顔を崩してしまう芳晴。
 そうとわかれば善は急げ。芳晴はポケットから鍵を取り出すと、キーホルダーに通した。
 しゃりん、と金属同士が擦れあう小気味良い音が空気を揺らす。
「へへ」
 どのような意匠であるものか、怜悧な輝きを損なわない曲線の柔らかさが、まるでこの贈り物の
主の雰囲気をそのまま現したかのようで、芳晴の顔がより一層綻んでくる。
 こりゃ、バイト代で何かお返しするしかないな。
 内心そう思いながらも、身体はしめたデートの口実が出来た、とばかりに足取りも軽く、まるで
跳ぶように浮かれ気味の芳晴。

 こんな月夜には、何かいいことありそうだ――。
 いいこと、とひとくくりにするには些か最高すぎる贈り物に、心から感謝する芳晴であった。
631 ◆9dOMaInoR2 :03/02/23 07:14 ID:Qpf1/fUc
>>628-630
以上です。

ああ、外が明るい……。
632 ◆9KRfb36FA2 :03/02/23 07:16 ID:spvulh4x
今から投稿します。
タイトルは『いま、そこにある贈り物(プレゼント)』
長さは 2 レス。
 ──祐一さん──祐一さん

 ……お目覚めですか、祐一さん。
 あっ、そんなに慌てる必要はないですよ。
 決して、朝寝坊して学校に遅刻しそうなわけではないですから。
 ここ、公園です。
 ……はい、公園です。
 ふふっ、祐一さんって本当に面白い方ですね。

 祐一さんの寝顔、本当に可愛らしかったです。それこそ、思わず顔に落描きをしてしまいそうなぐらい。
 ……あっ、してません、してません。本当に、落描きなんてしていません。
 もぅ、大切な恋人のことを疑う人、嫌いです。二度と膝枕なんてしてあげません。

 ……冗談です。祐一さんの慌てた顔が見たくて、ちょっと意地悪しちゃいました。
 祐一さんがよろしければ、いくらでも膝枕をしてあげます。それは私の幸せでもありますから。
 大好きな人の体温をすぐそばに感じながら、その人の寝顔を眺めて、どんな夢を見ているのかって想像する、そんなささやかな幸せです。

 叶う、なんて思いもしませんでした。
 冬の間に降り積もった雪が街角から消える頃、私もこの世界から消えるものだと、そう思っていました。
 だから夢だと思っていました。大好きな人と同じ時間を過ごす夢、それは数え切れないほど見ましたから。
 でも夢ではありません。確実に、私はこの時間を過ごしているんです。
 ──夢

 そういえば、以前、私こんなことを言いましたよね。
『今、自分が誰かの夢の中にいるって、考えたことはないですか?』
 あの時は、自分でもよく分からないまま言葉を発してましたけど、今は確信してます。
 私は誰かの夢の続きを見ているんだって。

 ……えっ、さっきと言っていることが違う、ですか?
 うーん、そうとも取れますけど、でも違うことはないんです。
 つまり、誰かの夢の続きが、私が過ごしているこの時間、ということです。
 ……あっ、ますます分からなくなってしまいましたか。それは困りました。

 そうですね。祐一さん、英語で『今』って、何と言うかご存知ですか?
 ……"now"──それも『今』ですけど、瞬間的な意味ですよね。
 私の答えは、もっと時間の幅を持った『今』のことなんですけど。
 ……"current"──うー、さすが受験生です。私の知らない言葉を持ってきました。
 えっと、とりあえず違う、とだけ言っておきます。
 ……分かりませんか? もっと簡単な言葉です。
 きっとみんなが知ってるけど、そうとは知らずに見過ごしている言葉なんです。

 ……降参、ですか。分かりました、答えを教えますね。
 この言葉を知ったのは、ほんの偶然でした。風が、辞書にあるその言葉のページを教えてくれたんです。
 きっと、誰かがその言葉のことを私に知って欲しかったんだと思うんです。
 だから、私も祐一さんにその言葉を教えます。一番知っていて欲しい方ですから、二人にとって。
 その言葉は──

 "present"

 それが、小さな天使さんから頂いた、私たちが過ごしている『今』というこの時間の名前。
 そして私たちは、ずっとその "present" を受け取っていくんです、祐一さん。
635 ◆9KRfb36FA2 :03/02/23 07:21 ID:spvulh4x
>>633-634
以上です。次の方( ゚д゚)ノ●ドゾー
636名無しさんだよもん:03/02/23 07:26 ID:0bEeiZ9K
投稿数ヤバイかと思ったら、結構集まってますなあ。
水増しにひとつ書こうかと思ったけど、これなら別に必要ないか。
637名無しさんだよもん:03/02/23 07:44 ID:Q27c+fDk
一時間だけ延長できませんか?
638 ◆28qsaJNT.c :03/02/23 07:57 ID:twfjAsl0
>608 >637
実は、今日は私事のため 9:00 には家を出なくてはならないのです。
ただ、そのために締め切りを延長しないというのも酷な話なので、延長はします。
ただし、戻って来るのが夕方になるので、投稿の一覧をまとめるのはそれからになると思います。
申請された方(>608 >637)は、それまでに投稿してください。

また感想を書く方は、その二人の方の投稿が終わってからでお願い致します。
639 ◆RS1IjorYbo :03/02/23 08:03 ID:UwixXZI2
Air SSです。「鳥の詩」が似合うSSを目指して書いてみました。
640せめて、よい夢を:03/02/23 08:05 ID:IT53Rx0f
 
 
 さようなら。


「ん?」
 空耳のようにそんな声を聞いた気がして、俺は、ふと動きを止める。
 いまじゃない。
 昨日、空腹で行き倒れる寸前にそんな声を聞いたような──そういう記憶が
脳裏をよぎった。
「ごくっ」
 ……しかし、隣にいるうざったい少女をどうしたものか、という当面の課題
を思い出し、おぼろな記憶はすうっと頭の中から追い出されていった。
 みずいろの大きなリボンで結った髪を、夏の風にさらさらと流し。
 俺をみつめ続ける、頭の足りないようすの、その少女。
 観鈴とかいったか。
「おいしそう」
 その視線は、俺に──というより、俺の手に乗った、大きな握り飯に向けら
れている。
「欲しいのか」
「うんっ」
「やらん」
「が、がお…」
 堤防の上は、涼しい浜風が、この寂れた港町の真夏の熱気をやわらげ。
 落ち着いて空腹を満たすのに、絶好のロケーションだと思ったのだが。
 なぜこんなうざいやつが。
 しかも、俺に。
641せめて、よい夢を:03/02/23 08:06 ID:IT53Rx0f
 
 数分後。
「しかたない。ひとくちだけだぞ」
「にはは」
 ……やらねば、決して立ち去ってくれないことを悟って、俺はあきらめてひ
とかけらを手でちぎった。
「ありがとう」
「……餓死するか否か、瀬戸際の人間から収奪するんだぞ。それを食ったら、
とっととどこへなり行け。まったく、昨日だって行き倒れて死ぬ寸前だったっ
てのに……」
「知ってますよ」
「なに?」
「夕べ、ずっとここで寝てたでしょ。わたしは、あなたをずっとつついてたの。
起きないかなーと思って」
「…………」
 いやがったのか。全然気付かなかった。
 ふたり並んで堤防に腰掛けて、おにぎりに、かぶりつこうとする間に。
 俺は、ここでおにぎりを食うまでのいきさつを、思い出す。

 今朝目覚めると、そこは見知らぬ天井の下だった。
「ああ、お目覚めになりました?」
 どこだここは……と布団から出て、かなり大きなお屋敷らしいこの家の中を
うろつく俺に、出て来た家人らしき女がそう言った。
「びっくりしましたよ……。帰り道、いきなり家の近所の路上で行き倒れてた
んですから」
(そうだ……俺、空腹過ぎて行き倒れになって……)
「妹たちと、手足を持ち上げて家まで運んだんですよ。素性も知れない人を家
に上げるなんて、って梓──妹には、言われたんですけど」
 その妹が作り置きしててくれたらしい朝食をぺろりと平らげる俺を見て、女
は食欲があることに安心したようだ。
642せめて、よい夢を:03/02/23 08:07 ID:IT53Rx0f
「……世話になった」
「もう行くんですか? 梓がまだいたら、お弁当でも作って、持たせてあげら
れたんだけど……」
「あんまり時間もないんだ」
「じゃあ、あの……私が、おにぎりでも作りましょう! い、いくつぐらいが
いいかなー」
「……ひとつでいい。邪魔になるから」
「……そ、そうですか……」
 なぜか落ち込む女。
「そのかわり、とびきり大きいやつをひとつ頼む」
「とびきり……とびきり大きいやつですね! わかりました! はい! とび
きり大きいやつを♪」
 なぜか女はうかれて台所に入っていった。
 少しすると、どぉん、どぉんと、なにか爆音がし始めた。
 どこか近所で工事でもやってるんだろうか。
 とにかく、宿代朝食代に続いて昼飯代も浮きそうな事実を、俺は歓迎してい
た。

 完成品のおにぎりの大きさは、たしかにとびきりのものだった。さっき、堤
防で包みを開けた瞬間、ボーリング大……を超えた、ビーチボール大の、浜辺
でバレーも楽しめそうなその大きさをを目にして、俺は素直に驚嘆した。
「すげえ……」
 しかも、むらむらと何かオーラまで出している。
 これはきっと、“美味しそうオーラ”に違いない。
 かぶりつくことを想像して、欲望にごくりと喉が鳴った。……あの変な少女
に邪魔さえされなければ、とっくに……。
 だがもういい。
 俺と少女は、そろっておにぎりにかぶりついた。
643せめて、よい夢を:03/02/23 08:08 ID:IT53Rx0f
 
 
 堤防に夕日が差している。
 あれから数時間が経過した証拠として、浜辺の街一帯すべてを、朱(しゅ)
に染めて。
 そして堤防の上には──
 少女と青年のふたりが、もう何も物言わぬ骸(むくろ)となって静かに眠っ
ていた。
 おにぎりを片手に。




 千年目の夏が、終わる──



644名無しさんだよもん:03/02/23 08:10 ID:IT53Rx0f
>>640-643
以上です。
645名無しさんだよもん:03/02/23 08:45 ID:K3Wz6j7L
今さら書いてもどうすればいいんだ。
646真夜中の午前二時:03/02/23 09:05 ID:KXvBvXWR
遅くなりました。
いまから投下します。

題名「真夜中の午前二時」
15スレ

Hシーンあり
647真夜中の午前二時 その1:03/02/23 09:06 ID:KXvBvXWR
 真夜中の午前二時。
 わたしは小箱を開け、中から一枚の紙片を取りだし広げた。
『親愛なる初音へ
  お誕生日おめでとう
   柏木楓より』
 わたし宛の手紙を一読すると、次に紺色の宝石箱の蓋を開けた。
 細かな装飾の施されたプラチナ製の指輪が、ランプの光を受けキラキラと輝き出した。
 それは、今は亡き姉からの誕生日プレゼントだった。


「実は、俺達に子供が出来たんだ」
 耕一お兄ちゃんは照れくさそうに言った。
「えーーーーっ! 本当なの千鶴お姉ちゃん」
 わたしは思わず大きな声を上げてしまった。
千鶴お姉ちゃんは恥ずかしいのか、顔赤くして下を向いたまま、小さく頷いた。
「結婚より先に子供作ってどーすんだよ!」
 梓お姉ちゃんはあきれ果てたように言い捨てた。
「耕一はまだ大学があるんだろ?」
「大学は辞めて、こっちに来ることにしたんだ」
「飯を作る身にもなって欲しいね」
「わたしは耕一お兄ちゃんが来ることに大歓迎だよ。家族は多いほうが楽しいし」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、初音ちゃん。来年にはさらに一人増えるしね」
「どっちに似るのかなぁ。楽しみだね、梓お姉ちゃん」
「どっちに似てもロクな性格じゃないだろうよ」
 梓お姉ちゃんの顔に『おもしろくない』という表情が、ありありと浮かんでいた。
 わたしはハッと楓お姉ちゃんの事を思い出した。
 確か楓お姉ちゃんも耕一お兄ちゃんの事を好きだったはず。
 わたしは、おずおずと楓お姉ちゃんの顔を覗き込んだ。
 無表情。
 楓お姉ちゃんは無表情に耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんを見つめていた。
648真夜中の午前二時 その2:03/02/23 09:08 ID:KXvBvXWR
 まるで自分には関係のない出来事と言わんばかりに。
「耕一さん、千鶴姉さん、おめでとうございます」
 抑揚のない静かな声で、楓お姉ちゃんは二人に祝いの言葉を述べた。
「ありがとう楓ちゃん」
「結婚式はどうするのですか?」
「二ヶ月後くらいに簡単な式を挙げようと思っている。あまり遅くなると、お腹が目立つようになるしね」
「そうですね。早いにこしたことはないですし」
「今から楽しみね、楓お姉ちゃん」
 わたしの問いかけに、楓お姉ちゃんはすぐに答えなかった。
 しばしの間わたしの顔を見つめた後、
「そうね」
 と、そっけなくつぶやいた。


 その日から、楓お姉ちゃんの様子がおかしくなった。
 何をするにしても精気がない。
 まるで夢遊病者のように意思なく日々を過ごし、学校も休みがちになってしまった。
 わたしは元気づけようと思い、買い物や遊びに行くのに楓お姉ちゃんを誘ってみるものの効果はなかった。
 晴れた日などは、空を見上げてばかりだった。
 しかたなくわたしも横に座り、楓お姉ちゃんと空を一緒に見上げていた。


 結婚式当日。
 『ささやかな』という最初の言葉とは裏腹に、盛大な結婚式が鶴来屋にて催された。
 『鶴来屋で是非やりましょう』という足立社長の強い意向によるものだった。
 足立のおじさんとしては耕一お兄ちゃんに将来『鶴来屋』を継ぐ事を希望しているらしく、そのためにも『鶴
来屋』での披露宴にこだわったらしい。
 数々のスピーチと祝辞の述べられるなか、梓お姉ちゃんはひたすらにお酒を飲んでいた。
「梓お姉ちゃん、ほどほどにしたほうがいいよぉ」
「いいんだよ、いいんだよ、めでたい席なんだから」
649真夜中の午前二時 その3:03/02/23 09:08 ID:KXvBvXWR
 そういって次から次へとビールを胃に流し込んでいた。
 梓お姉ちゃんも耕一お兄ちゃんの事を好きだったのだろうか。ヤケ酒であることは明白だった。
 かたや楓お姉ちゃんはというと………、こちらも失恋酒に身を浸していた。ただ、梓お姉ちゃんとは違い、無
言で乱れる事なく、淡々と日本酒を水のように飲み干していた。しかもかなり速いペースで。
 時たま新郎新婦に目を向け、しばらく眺めていたかと思うと、再びコップで日本酒をあおりはじめる。この繰
り返しだった。
「楓お姉ちゃんも飲み過ぎだよ」
「………………」
 楓お姉ちゃんの目は、お酒を注ぐグラスをみるばかりで、わたしに見向きもしなかった。
 そんな事が小一時間程続いた後、楓お姉ちゃんはフラフラと自分の席を立った。
「大丈夫、楓お姉ちゃん」
「トイレ……」
「わたしも一緒に行こうか?」
「……大丈夫、一人で行けるから……」
 そう言うと、千鳥足で出口へと歩いて行った。
 それが、楓お姉ちゃんを見た、最後の姿だった。


「千鶴お姉ちゃん、楓お姉ちゃん見なかった?」
「そういえば、姿をみていないわね。どうかしたの?」
「お酒に酔ってトイレにいったまま、帰ってこないの」
「もしかしたら、先に帰ったんじゃない?」
「それならいいんだけど」
 わたしの心は胸騒ぎがして落ち着かなかった。
「私からも係りの人に聞いておくわ」
「心配させてごめんね」
「いいのよ、それより楓の事お願いね」
「うん」
 わたしは首を縦に振ると自分の席に戻った。
 梓お姉ちゃんは泥酔したのか椅子にもたれかかり、いびきをかいて眠っていた。
650真夜中の午前二時 その4:03/02/23 09:09 ID:KXvBvXWR
 結局、披露宴が終わっても楓お姉ちゃんは帰ってこなかった。
 どうも会場の人の話によると、楓お姉ちゃんはタクシーに乗り、先に帰宅したらしい。だが、わたしが梓お姉
ちゃんと共に家に帰り着いたとき、家の中は暗く静まりかえっていた。
 心配と不安が一層つのっていく。
「楓のやつ、どこに行ったんだ?」
 お酒の残る頭を押さえながら梓お姉ちゃんがつぶやいた。
 外はすでに夕暮れで暗くなりつつあった。
 プルルルル、プルルルル……。
 突然電話機がなりだした。
「あ、あたしが出るよ」
 梓お姉ちゃんが受話器を取り上げた。
「もしもし、柏木ですけど……、はい、確かに柏木だけど、どなたですか?」
 梓お姉ちゃんが電話している間に、わたしはお茶をいれようとポットに手を伸ばした。
「え、警察?!」
 電話の声に、わたしの手が止まった。
「はい、はい、確かにそうですけど………」
 一分ごとに梓お姉ちゃんの顔が深刻なものに変わっていく。
「わ……、わかりました、姉ともすぐに連絡をとります。では失礼します」
 カチャリ。
 受話器を置く音がすると同時に、わたしは梓お姉ちゃんのもとに駆け寄った。
「いったい何の電話?」
「うそだよな……、きっと悪い冗談に決まっているよな……」
「何があったの?」
 梓お姉ちゃんは振り向くと同時に、わたしを両腕で強く抱きしめた。
「まだ、決まった訳じゃないよ……まだ、確認したわけじゃないからね、初音」
 声と腕が小刻みに震えていた。
「いま、警察からの電話で、海岸に女性の水死体が浮かんだんだって……」
「え……」
「そしてその死体から、楓の名前が書かれている物がみつかったらしい……」
「え?!」
651真夜中の午前二時 その5:03/02/23 09:10 ID:KXvBvXWR
わたしは一瞬自分の耳を疑った。
「そ、そんな、嘘でしょ梓お姉ちゃん、嘘だといってよ!」


 警察署にたどり着くと、二次会の会場から駆けつけた耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが待っていた。
 わたしたちはそこで、変わり果てて冷たくなった楓お姉ちゃんと再会した。
 四人肩を寄せ合って泣いた。
 死因は海に溺れての溺死だった。
 警察によって、他殺、事故死、自殺のあらゆる可能性を探りながら捜査が始まった。
 タクシーの運転手の証言により、楓お姉ちゃんが望んで海に向かった事が判った。そして一人で海を見ている
姿を海岸付近の人が見かけていた為、他殺の可能性は低いと思われた。
 また、現場付近から遺書らしき物は見つかっていなかった。
 わたしたち四人は、事故死に違いないと結論づけた。きっと酔いを醒ますため海を見に行き、誤って転落した
のだろうと。
 皆、自殺したとは思いたくはなかった。
 もし楓お姉ちゃんの死が自殺だとする場合、その理由は………耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが結婚したこ
とによる失恋以外考えられなかった。


 二月二十七日の夕方。
 わたしはいつものように学校から帰宅した。
 家の中では先に帰っていた梓お姉ちゃんと、妊娠六ヶ月に入り少しお腹が目立つようになってきた千鶴お姉ち
ゃんが、なにやらごそごそと準備をしていた。
「ただいまー。梓お姉ちゃん何してるの?」
「今日は初音の誕生日だろ。みんな祝おうと思って準備しているのさ」
「本当に!?」
「ああ」
 梓お姉ちゃんは首を縦に振った。
「ありがとう。わたしとっても嬉しい」
 わたしは少し大げさにはしゃいだふりをした。
652真夜中の午前二時 その6:03/02/23 09:12 ID:KXvBvXWR
 楓お姉ちゃんのお葬式以来、わたしを含めて皆、心に深い痕(きずあと)を負っていた。
 口には出さなくても、目を見れば判るのだ。
 だから、わたしは最近少しでも家が明るくなるよう振る舞っていた。
 笑いたくなくても無理に笑顔を作った。
 そうしないと、涙が不意にこぼれ落ちそうになるから………。
「じゃあ、わたしは何を手伝えばいい?」
 そう言ってエプロンを手に取った時、玄関で呼び鈴が鳴った。
「何かしら」
 千鶴お姉ちゃんが重そうにお腹に手を当てながら立ち上がった。
「あ、千鶴お姉ちゃん、私が行くからそこに座っててよ」
 わたしは玄関へと小走りに向かった。
「宅急便でーす。判子かサインをお願いします」
「ご苦労様です」
 わたしは伝票にサインをして、運送会社の人から十センチ四方の荷物を受け取ると居間に戻った。
「誰が来たの初音」
「宅急便だったよ千鶴お姉ちゃん」
「何の荷物かしら?」
「ちょっと待ってね」
 わたし箱に貼ってある伝票を調べた。
「あ、わたし宛みたい」
「その包み紙は駅前のデパートの物ね。もしかしたら初音の誕生日プレゼントじゃない?」
「そうかな。誰からだろう……………あれ、柏木……えっ!」
 わたしは伝票の名前を見て驚いた。
 柏木楓。
 死んだはずの姉の名前が差出人の欄に書かれていた。
「な、なんでもない」
 不審がる千鶴お姉ちゃんの視線を背に受けながら、荷物を胸に抱いて自分の部屋に向かった。
 どうしてこんなものが?
 誰かの悪戯?
 幾つもの疑問符が頭の中を駆けめぐる。
653真夜中の午前二時 その7:03/02/23 09:13 ID:KXvBvXWR
 自室に入ると机の引き出しを開け、荷物を中にしまい込んだ。
 夜になったら、ゆっくり一人で確かめよう。
 わたしは大きく深呼吸をして息を整えると、何事もなかったかのように一階へと降りていった。


「ハッピーバースディ、初音ちゃん!!」
 祝福の言葉と共に、クラッカーが軽快な音をたてて弾(はじ)けた。
 テーブルの上には数々の料理が食べきれないほど並べられ、白い生クリームにデコレートされたケーキには、
わたしの歳の数だけローソクが並べられていた。
 恐らく今までで一番豪華な誕生日だと思った。
 三人からそれぞれ誕生日プレゼントをもらい、料理に舌鼓を打った。楽しい話題に席は盛り上がり、アルコー
ルがそれに拍車をかけた。
 食事が終わった後は皆でトランプをして夜遅くまで遊んだ。
 ポーカーやブラックジャックをした後、最後はババ抜きで締める事になった。
「私上がったわ」
 千鶴お姉ちゃんが一抜けした。
「おし、二抜け」
 梓お姉ちゃんも上がり、わたしと耕一お兄ちゃんの一騎打ちになった。
 わたしの手札はハートの7が一枚。
 対する耕一お兄ちゃんの手札は二枚。
「初音ちゃん番だよ」
「うん」
 わたしは手を伸ばしたまま、どちらにするか迷った。
 どっちがババで、どっちが上がりのカードだろう?
 心の中で決めかねていた時、不意に後ろから声が聞こえた。
「初音、右側を引きなさい」
「右ね」
 わたしは思い切って右のカードを引いた。
 スペードの7だった。
「わたしの勝ちだよ、耕一お兄ちゃん」
654真夜中の午前二時 その8:03/02/23 09:15 ID:KXvBvXWR
「負けた……」
 耕一お兄ちゃんは悔しそうな顔をした。
「教えてくれて、ありがとう」
 わたしは後ろを振り返って、礼を言った。
 そこには………誰もいなかった。
「初音、誰に向かって言ってるの?」
 梓お姉ちゃんが不思議そうな目でわたしを見つめていた。
 わたしをはじめ、耕一お兄ちゃんも、千鶴お姉ちゃんも、梓お姉ちゃんも、皆テーブルで向かい合うように座
っていた。
 後ろに人がいるはず無かった。
「な、なんでもない」
 わたしは適当にお茶を濁した。
 でも、確かにわたしは誰かの声を聞いたような気がした。


 お休みの挨拶をし、わたしが自分の部屋に戻った時、時計の針は午前一時を指していた。
 わたしは机に座り、引き出しの中から夕方にしまった箱を取り出した。
 箱に貼ってある送り状を見ると、発送元の住所は駅前のデパートになっていた。送り主は『柏木楓』と書かれ
ていた。
 荷物は比較的軽かった。
 わたしはペーパーナイフを取り出すと、注意深く包み紙を開けた。
 包装紙を取り払うと、紅いリボンのかかった箱が姿を現した。
 リボンをほどき、ゆっくりと箱の蓋を開けると、二つに折られた一枚のカードが一番上に入っていた。
 わたしは箱の中からカードを取り出すと、中に書いてある文章に目を通した。
『親愛なる初音へ
  お誕生日おめでとう
   柏木楓より』
 ゆっくりと丁寧に書かれた文字は、楓お姉ちゃんの筆跡に良く似ていた。
 カードの下には深い紺色の宝石箱が入っていた。
 震える手で箱を取り出し、蓋を開ける。
655真夜中の午前二時 その9:03/02/23 09:15 ID:KXvBvXWR
 その瞬間、中に入っていた指輪がランプの光を受け、金色の輝きを放ち始めた。
「あ………」
 わたしは思わず声をあげた。
 その指を知っていたから。
 あれは結婚式の二週間前だろうか。
 わたしは楓お姉ちゃんと一緒に駅前のデパートに出かけた。
 何気なくジュエリー関係のフロアに足を踏み入れた時、わたしはショーウインドの中にある、プラチナの指輪
に目を奪われた。
 ショーライトに照らされたその指輪は精巧な彫り物と細かな装飾が施され、自らの存在を誇示するかのように、
ひときわ輝いで見えた。
「楓お姉ちゃん、これとっても綺麗だね」
「初音、欲しいの?」
「うん、欲しいけど………やっぱり高いから無理」
「消費税入れると十万円超すわね」
「うん………。お金貯めて買おうかな」
 わたしは指輪に未練を残しつつ、その場を後にした。
 あの時売り場には遠くに店員がいただけで、わたし達以外は誰もいなかった。
 この指輪の事を知っているのは、わたしと楓お姉ちゃんだけの筈だった。
 わたしはもう一度カードを手に取った。
『親愛なる初音へ
  お誕生日おめでとう
   柏木楓より』
 次第に文字が、涙で霞み読めなくなる。
 この誕生日プレゼントの送り主は、楓お姉ちゃん以外考えられなかった。
 きっと死ぬ前にデパートでこの指輪を購入し、今日という日に届くよう手配したのだろう。
 …………それってもしかして。
 わたしはふと、重大な事に気が付いた。
 楓お姉ちゃんは誕生日に届くよう、この指輪をわたしに送った。別の見方をすれば、誕生日にプレゼントが手
渡せないことを知っていた。つまり、楓お姉ちゃんは自分が死ぬことを予め知っていたことになる。
 わたしが一番恐れていた事。
656真夜中の午前二時 その10:03/02/23 09:16 ID:KXvBvXWR
 わたしが一番考えたくなかったこと。
 楓お姉ちゃんは、事故死したのではなくて…………。
 楓お姉ちゃんは…………。
 楓お姉ちゃんは…………。
 ……自殺……したんだ…………。
 耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが結婚することにより絶望し、生きる気力を無くすほど楓お姉ちゃんは耕一
お兄ちゃんの事を愛していたんだ。
 そして死ぬ前に、わたしがこの指輪を欲している事を知り、すべての貯金をはたいて買ったのだろう。
 もしかしたら自殺する事によって傷付く、わたしへの贖罪の意味も含まれているのかもしれない。
 わたしは再度宝石箱を手に取った。
 金色に輝くプラチナの指輪。
 それはあたかも傷ついたわたしの心を癒すかのように、優しく光を放っていた。
「嬉しくないよ…………」
 宝石箱を持つ指に力が入る。
「こんなふうに誕生日プレゼントを貰っても、ちっとも嬉しくないよ、楓お姉ちゃん」
 喉から絞り出す声が震えていた。
「直接手渡してくれなきゃ、全然意味がないよ楓お姉ちゃん!」
 わたしは机に顔を埋め、声を上げて泣いた。
 涙が次から次へと溢れ出た。
 なぜ、わたしはもっと楓お姉ちゃんの気持ちを判ってあげられなかったのだろう。
 結婚式会場で楓お姉ちゃんが席を立った時、どうして一緒について行かなかったのだろう。
 後悔の念がわたしの胸を締め付ける度、新たなる嗚咽が胸の奥から込み上げてきた。
 わたしはいつまでも泣き続けた。
 ………………………………………。
 ………………………………………。
 どれくらい泣いたのだろう。
 わたしはいつしか泣き疲れ、ぼんやりと指輪を眺めていた。
 ふと時計を見ると、真夜中の午前二時になっていた。
 楓お姉ちゃんは今どこにいるのだろう………。
 わたしは楓お姉ちゃんの魂の行く末が気になった。
657真夜中の午前二時 その11:03/02/23 09:17 ID:KXvBvXWR
 自殺した人の霊は成仏することが難しく、生前に思い残した場所をいつまでも彷徨うという。
 耕一お兄ちゃんを愛して叶わなかった楓お姉ちゃん。
 もしかしたら、この家の中にいるのかもしれない。
 そして仲良く暮らすわたしたちの姿を、悲しそうな瞳で見つめているのだろうか。
 わたしたちが歳をとって死んだ後も、自縛霊として永い年月を無意味にいつまでも過ごすのだろうか。
 そんな楓お姉ちゃんの姿を想像すると、わたしの胸が張り裂けそうになった。
 かわいそうな楓お姉ちゃん。
 なんとかしてあげたいという気持ちが募る。
 でも、どうすればいいのだろう。
 耕一お兄ちゃんに愛されたいという楓お姉ちゃんの願い。その思いを叶えさせる事ができればいいのだけど………。
 生きていればいくらでも方法はあるのに…………。
 …………生きていれば?
 ひとつだけ、たった一つだけ方法が頭に浮かんだ。
 楓お姉ちゃんの思いを叶えることが出来る方法。
 でもそれは………わたしの人生をも大きく左右してしまう問題を内包していた。
 わたしは溜息を一つついた。
 楓お姉ちゃんを助けてあげたい。
 でも、わたしにもまだ、したい事がたくさんある。
 他に方法はないだろうか…………。
 駄目、この方法以外考えつかない。
 どうしよう。
 わたしはもう一度大きく溜息をついた。
 わたしの人生。わたしの未来。
 高校を卒業した後、わたしは大学に進学するつもりだった。
 寂しいけど、この家を出て都会で一人暮らしをする事になるだろう。
 もしかしたら、大学でいい人に出会い結婚し、この家から出ていく事だって考えられる。
 でも…………。
 わたしはきっと楓お姉ちゃんの事を忘れられないだろう。
 事有る事に、あの時の出来事を思い出し、自分を責めるような気がした。
 わたしは机の上に置いてある写真立てを手に取った。
658真夜中の午前二時 その12:03/02/23 09:22 ID:KXvBvXWR
 少女時代の四姉妹が仲良く笑って写っている一枚の写真。
 物心ついた時から、楓お姉ちゃんは側に居てくれた。
 ずっと一緒だった。
 楽しかった。
 いつまでも一緒にいられると思っていた。
 そして今も一緒にいたいと思っている。
 そう…………。
 一緒にいることを、わたしは希望している。
 一緒にいることを、わたしは切望している。
 いつまでも、一緒に…………。
 わたしは写真立てを戻すと、宝石箱の中から指輪を取り出した。
 もう、心に迷いはなかった。
 楓お姉ちゃんを助けよう。そしていつまでも一緒に暮らそう。
 わたしはプラチナのリングを指に通した。
 なんとなく、今、わたしの側に楓お姉ちゃんが居るような気がした。
「楓お姉ちゃん、また、わたしと一緒に暮らそう」
 わたしは指輪に向かって話しかけた。
「わたしが楓お姉ちゃんを産んであげるから」
 部屋の空気が揺れたような気がした。
 わたしは椅子から立ち上がると、机の上に置いてあるランプを消し部屋の外にでた。
 暗い廊下をゆっくりと進む。
 わたしは耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんの寝室に足を踏み入れた。
 蒲団が二つ並び、二人とも寝ているらしく安らかな寝息が聞こえてきた。
 わたしは着ている服を一枚一枚その場で脱いだ。
 布の擦れる音が静かな部屋の中に響いた。
 ショーツを脱ぎ終え産まれたままの姿になったわたしは、耕一お兄ちゃんの蒲団の中に潜り込んだ。
「ん……え………」
 耕一お兄ちゃんが目を覚ました。
「うん………初音……ちゃん?」
 まだ幾分寝ぼけているようだった。
659真夜中の午前二時 その13:03/02/23 09:23 ID:KXvBvXWR
「耕一お兄ちゃん、お願いがあるの」
 わたしは耳元に口を寄せ囁いた。
「お願いって……?」
 わたしは自分の決意を口にした。
「わたしを抱いて欲しいの」
 耕一お兄ちゃんの呼吸音が一瞬止まった。
 大きな両手が優しくわたしの両肩を包み込むと、顔が見えるようにゆっくりと体が持ち上げられた。
 暗い視界の中でお互いの瞳がお互いの姿を映し出した。
 耕一お兄ちゃんは無言でわたしを見つめた後、静かにこう言った。
「いいよ」
 わたしの体が蒲団の上に置かれ、耕一にお兄ちゃんが上になった。
 暖かい掌が左頬を優しく包み込み、唇と唇が重なりあった。
 右の乳房が優しく撫でられ、乳首が勃起していくのが判る。
 耕一お兄ちゃんの手と唇が、わたしの上半身をゆっくりと愛撫していく。
 首筋、肩口、乳房、お臍、腰、順番に撫で回された掌が、ついに、わたしの性器に触れた。
「ぁっ!」
 わたしは声が出ないようすぐに口を塞いだ。
 耕一お兄ちゃんの指が敏感な突起物の周りを、円を書くように刺激する。
 枕を口に押しつけ必死に耐えた。
 隣で寝ている千鶴お姉ちゃんに聞かれないように。
 恐らく勘の鋭い千鶴お姉ちゃんの事だから、きっと目を覚ましているような気がした。
 わたしたちが何をしているかも気づいているに違いない。
 でも、きっと寝たふりをしたまま、何も言ってこないとわたしは思った。
 千鶴お姉ちゃんの事だから、楓お姉ちゃんの死んだ理由を何となく察していると思う。
 もしかしたら、自分が結婚したために楓お姉ちゃんを殺してしまったと思っているかもしれない。
 だから、わたしたちのする事を咎める事が出来ないのだろう。
 わたしが楓お姉ちゃんと同じ悲劇を辿らないように。
 本当はこんな事したくない。
 誰も傷つけたくない。
 わたしは罪悪感を憶えながらも、行為を止めることが出来なかった。
660真夜中の午前二時 その14:03/02/23 09:24 ID:KXvBvXWR
 なぜなら、これ以外に楓お姉ちゃんを救う方法が他にないから……。
 耕一お兄ちゃんの舌が、わたしの膣口の辺りを這い回る。
 快感が身を包む度、自分に対する嫌悪感が増していく。
 わたしは耕一お兄ちゃんの恋人でも妻でもない。
 耕一お兄ちゃんに愛される資格なんて、わたしには無い。
 ごめんね、千鶴お姉ちゃん。ごめんね………。
 甘美な刺激が体を貫く度、わたしは心の中で千鶴お姉ちゃんに詫び続けた。
「初音ちゃん、そろそろ入れるよ」
 わたしは無言で首を縦に振った。
 耕一お兄ちゃんが、わたしの上に覆い被さる。
 あそこに何かが押しつけられるのを感じた次の瞬間、耕一お兄ちゃんがわたしの中に入ってきた。
 引き裂かれる痛みにわたしは耐えた。
 耕一さんの背中に回した両腕に力が入る。
 しばらくして、わたしの目から急に涙があふれ出た。
 理由は判らなかった。
 悲しかった。
 言葉では言い表せない悲しい気持ちでわたしの心は埋め尽くされた。
 わたしの頬に一滴の涙がこぼれ落ちた。
 それは耕一お兄ちゃんの瞳からこぼれ落ちた涙だった。
 耕一お兄ちゃんも、わたしと一緒に泣いていた。
「エデフィル……」
 耕一お兄ちゃんが女性の名前が口にした。
 知っている。
 わたしはその名前を知っている。
 そう、なぜだかわたしはその名前の女性を知っている。
 そうだ、あの時も、わたしと耕一お兄ちゃんは泣きながら抱き合っていた。
 今より遙か昔に、今と同じくらい辛い気持ちでお互いを慰め合っていた。
「次郎衛門……」
 わたしはなぜか耕一お兄ちゃんの事を『次郎衛門』と呼んだ。
「リネット……」
661真夜中の午前二時 その15:03/02/23 09:24 ID:KXvBvXWR
 耕一お兄ちゃんがわたしの事を『リネット』と呼んだ。
 理由は判らなかった。
 ただ、そう呼びたかった。
 そして不思議にもお互い違和感を持たなかった。
 はるか昔、わたしの生まれる前のわたし。
 はっきりと覚えだせない。ただ、心深くに楔のように打ち込まれた慟哭が、わたしの心を苦しめた。
 不意に耕一お兄ちゃんがわたしの体を強く突きだした。
 悲しい記憶を何もかも、肉欲に溺れて忘れようとするように、わたしの体を貪るように攻め立てた。
 そうなんだ。
 耕一お兄ちゃんもわたしと同じなんだ
 でも、わたしは体が強い刺激を感じる度に、より一層悲しい気持ちで胸が張り裂けそうになった。
 「う…………」
 耕一お兄ちゃんが私の中で震えた…………。
 わたしは優しく耕一お兄ちゃんの頭を抱きかかえ、キスをした。
 その後二人は夜が明けるまで抱き、泣き続けた。


 真夜中の午前二時。
 わたしは小箱を開け、中から一枚の紙片を取りだし広げた。
『親愛なる初音へ
  お誕生日おめでとう
   柏木楓より』
 わたし宛の手紙を一読すると、次に紺色の宝石箱の蓋を開けた。
 細かな装飾の施されたプラチナ製の指輪が、ランプの光を受けキラキラと輝き出した。
 耕一お兄ちゃんに抱かれてから既に二十日間の日々が流れた。
 わたしはその間毎日、耕一お兄ちゃんに抱かれ続けた。
 そろそろ生理が来る頃だけど、その兆候は何も無かった。
 すでに子供を身籠もっているような気がした。
 わたしは宝石箱からプラチナのリングを取り出すと指に通すと、椅子から立ち上がり、机の上に置いてあるラ
ンプを消して部屋の外にでた。
 今日も耕一お兄ちゃんに抱かれるために…………。
662真夜中の午前二時 :03/02/23 09:25 ID:KXvBvXWR
以上で終わりです。
ヤフーBBの書き込み規制喰らって、現在ネットカフェから書き込み中。
>608 >637は、わたしが知り合いに頼み込み書き込んでもらいました。
よってわたしで最後です。
ご迷惑おかけしまして申し訳ございませんでした。
663名無しさんだよもん:03/02/23 12:16 ID:JIRs9ZcI
「せめて、よい夢を」 >640-643

笑った。

クールな文章と、ヘビィなネタのギャップがおかしい。

AIRらしい雰囲気にまとまっているし、某女性もいい存在感を出せているし、
素直に上手いと思った。


「いま、そこにある贈り物(プレゼント)」 >632-634
タイトルでオチが分かってしまう作りだし、そうなると後半の展開が作為的に見えちゃう。
でも、しおりんが可愛いので許す! 頭をなでなでしてあげたい。


「美汐の賜り物」 >547-549
このネタは考え付かなかった。
良いか悪いかはともかく、確かにプレゼントだわなあ。
やけに前向きなみっしーには、逆に不安も覚えてしまうな。
664代理:03/02/23 13:52 ID:Ayl6KZO8
【告知】

ただ今をもって、投稿期間を終了させていただきます。
参加された書き手の皆様、どうもご苦労さまでした。

それでは、これから感想期間に入ります。
投稿された SS について感想、討論などをご自由に行ってください。
期限は 3 月 2 日の午前 8:00 までとさせていただきます。

以下が、今回投稿された作品一覧です。

>>524-526 必殺バレンタイン計画(祐一・美汐)
>>548    美汐の賜り物(美汐)
>>562-572 雪、降る夜に(スタッフ)
>>576-587 泣いて笑って(梓)
>>599-604 常夜灯(茜)
>>607-613 君への手向け(和樹)
>>616-625 パンツ物語(痕)
>>628-630 蜜月夜のプレゼント(芳晴)
>>633-634 いま、そこにある贈り物(プレゼント)(KANON)
>>640-643 せめて、良い夢を(Air)
>>647-661 真夜中の午前二時(痕)

なお、今回投稿された作品一覧は
http://sscompe.hp.infoseek.co.jp/ss/11/index.html
からでも見ることができます。
665名無しさんだよもん:03/02/23 13:53 ID:Ayl6KZO8
と、まぁ勝手に代理してみたわけだが、何か不都合がありましたらごめんなさい……。
666名無しさんだよもん:03/02/23 15:14 ID:52wFOsRu

堤さやか 長瀬愛 白石ひとみ サンプル画像発見
http://www.media-0.com/www/dvd01/index1.htm

667 ◆28qsaJNT.c :03/02/23 16:16 ID:T229Kb8R
ただ今、戻りました。
>664
投稿作品のまとめの方、どうもありがとうございました。
おかげで助かりました。

それと、スレ容量が残り少ないので新スレを立てようと思います。
感想を書きたい方は、しばらくお待ちください。
668 ◆28qsaJNT.c :03/02/23 16:42 ID:T229Kb8R
新スレを立てますた。

葉鍵的 SS コンペスレ 7
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1045985789/l50

以降、投稿作品への感想などは上記のスレでお願いします。
こちらのスレは最低限のメンテのみを行うことにします。
669名無しさんだよもん:03/02/25 00:24 ID:ubgyCI+X
文章が巧くなりたいなぁ……とメンテ代わりに呟いてみる。
670557:03/02/27 08:06 ID:JGNbPzME
結局、一晩で50レス以上来るんだもんなあ。
あんまり活字中毒じゃない人だから、まとまった時間が無いとなかなか読みにくかったり。
671名無しさんだよもん:03/02/27 09:51 ID:lC5p3LMz
まあ、まとめていっきに読まなくてもいいんでない?
短いのなんて一分か二、三分で読めるのも何本もあるから、
二、三本ずつ読むとか。
672557:03/02/28 05:18 ID:2/rFCrwa
どうもそういう計画的な事って難しいんだよなあ・・・。
人に計画的な投稿を薦めておいて な ん だ け ど 。
673名無しさんだよもん
それにしても、今回のラッシュはすごかった。
4時過ぎからだもんなぁ。