超高級娼館「葉鍵楼」

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131或る名無し
 疲れていた。
 その時、私は疲れていた。仕事に。人間関係に。人生に。
 だからなのかもしれない。この建物を見つけてしまったのは――。

「ここは……どこだ?」
 私は確かに新宿の繁華街を歩いていたはずだ。ちょっと近道しようと、
裏道に一本入った。そこまでは覚えている。けれど、今立っているのは
まったく見たこともない道だ。
 高い壁がアスファルト道の両端に立ち、古めかしい電灯が道を照らし
ている。深夜でも途切れることのない雑踏のざわめきも、聞こえてこな
い。
 そして目の前に、大きな門がある。朱塗りの門だ。上には大きく『葉
鍵楼』と掲げられている。
『葉鍵』
 むろん私には慣れ親しんだ名前だ。だからだろうか、ふらふらと吸い
寄せられるがごとく、門の中へと入っていく。この期のに及んでまだ頭
のどこかで『もしかしたら葉鍵キャラ専用グッズ販売店発見キター』な
どと考えている私がいる。……やはり疲れているのだろうか。

 ギィ、と大きな音を立て両開きの扉が開く。その音に思わず辺りを見
回してしまった。
 扉の中は意外にも、簡素な作りだった。黒塗りのカウンターと、奥へ
と続く階段。カウンターの後ろにある扉は従業員の控え室か?
 頭の片隅でそんな情報収集をしつつ、意識の大部分はカウンターの後
ろに立っている少女に注がれていた。
 身長は私の胸あたりまで。肩までの黒髪を左右で三つ編みにしている。
服に包まれた胸のサイズは……残念ながら視認することができない。そ
れよりもなによりもその服。それはONEの制服だった。
「いらっしゃいませっ、葉鍵楼にようこそっ」
132或る名無し:02/10/03 03:39 ID:9ln1gOz2
 私の姿を見た少女が口を開いた。見た目通り、活発そうな口調。決し
て嫌いなタイプじゃないのだが、残念ながら、ONEのヒロインの誰に
も似ていなかった。
 やはりここは葉鍵関係のグッズ店かコスプレ店か。そう思った。この
少女もONEの制服をコスプレした受付嬢かなにか。だとしたら、まず、
どういう店なのか聞くのが早い。
「えーと……この店は一体……?」
「ちょっと待ってね。お兄ちゃーん、お客さんだよーっ」
 従業員にしては砕けた口調で私に告げると、カウンターの後ろの扉を
開き、奥に向かって呼びかけた。……お兄ちゃん?
「珍しいな、最近は結構お客が来る」
「珍しい、なんて失礼よっ」
 考えをまとめる間もなく奥から一人の男が姿を見せた。この男もONE
の制服を着ている。しかも若い。まだ高校生ぐらいにしか見えない。こ
の男が……店長?
 既視感。
 私はこの二人に見覚えがない。そのはずなのに、やけに知っている様
な気がする。まるでどこかで、彼らのことが書かれた何かを読んだこと
があるかのように。
 その男は私を見ると笑みを浮かべた。新しい遊び道具を見つけたよう
な少年のような笑み。
「葉鍵楼へようこそ。一応今日の店長の折原浩平だ」
「なるほど、君が折原浩平か」
「……なんだ、驚かないのか」
 さも残念そうな表情。なるほど、人の驚くところを見たがるとは、い
かにもそれらしい。
「いや、驚いてるよ」
133或る名無し:02/10/03 03:39 ID:9ln1gOz2
 半分は本当だが半分は嘘だ。彼が本物の折原浩平だという無茶な現実
を、受け入れてしまっている自分がいる。先ほどの既視感が影響してい
るのかもしれない。
「そうすると君が折原みさおちゃんか。なるほどねぇ」
 私が見つめると恥ずかしげに頬を染めた。確かにその容姿は、スレで
見た描写の通りだ。
「で、ここに来たって事は、葉鍵のキャラと一緒に時を過ごしたいって
訳だ」
「――え?」
 虚をつかれた。
「ここは『娼館』葉鍵楼。でもただの娼館じゃない」
 浩平の顔には、先ほどの笑みが再び浮かんでいる。
「あんたには『葉鍵』が必要だった。だから『葉鍵楼』は姿を現した。
そして姿を現した『葉鍵楼』はあんたの望みを叶えるのさ」
「望みを……?」
「そう、望みだ。あんたが普段もっとも会いたいと思っている葉鍵の女
の子。その中から一人だけと出会い、そして――好きな様にできる」
 最後の一節を囁くように口にしたが、その言葉はナイフよりも鋭く胸
に突き刺さった。
 好きな様に……できる。もっとも会いたい思っている……女の子と。
 脳裏のその姿が浮かぶ。立ち絵、イベントCG、同人誌、etc.
 だがしかし、即座に疑問が頭に浮かぶ。こんな状況が実際に可能なの
か? こんな都合のよすぎる状況が。
 本来彼女たちは2次元の存在だ、というのは置いておこう。こうして
浩平とみさおが目の前にいるのだから。娼館……ということは皆、娼婦
になっているということなのか。彼女たちの意志はどうなっているのだ
ろう?
 それになぜ折原みさおがこんなところにいる? 本来なら彼女は、幼
い頃に死んでしまっているはずなのだが……。
134或る名無し:02/10/03 03:41 ID:9ln1gOz2
 とりあえずそれらの疑問をまとめて、目の前でニヤニヤしている男に
ぶつけてみる事にしよう。一番効果的な方法で。
「誰でも?」
「ああ、葉鍵の子なら誰でも」
「じゃあ例えば……みさおちゃんでも?」
 ちら、と彼女の方を見ながらそう言ってみる。驚くような、はにかむ
ような表情を一瞬見せ、みさおは俯いた。
「まあな、そういうことになってる」
 冷静に言い返す浩平。だが彼の額に一筋の汗が浮かんでいるのを私は
見た。
「だけどこいつはあんまりお薦めしないぞ。ご覧の通りチビだし、体も
筋っぽいし、傷はあるし、ガキだし毛も生えてないし胸もぺったんこだ
し――」
「わかったわかった」
 笑いながら遮る。この後の展開が大体読めたからだ。
「君たちはそうやってじゃれ合ってる方を見ている方が好ましい。
――だから安心して永遠の世界に行っておいで」
「え゛?」
 引きつった顔で後ろを振り向く浩平の前には、憤怒の表情をしたみさ
おが仁王立ちしていた。
「お兄ちゃん?」
 口調はあくまで静かだ。しかし、その一言で電気が走ったかのように
浩平の体がピクリと動く。
「まてみさおっ、誤解だ! 俺はあくまでお前のことを思ってついつい
本音を脊髄反射的に……」
「本音なんだね」
 その静かな言葉と共に迸るオーラの輝きを、私は確かに見た。
「ま、待ってくれーっ」
135或る名無し:02/10/03 03:42 ID:9ln1gOz2
 空間が軋むような音と共に、辺り一面を紅い光が染め上げる。あれは
……永遠の夕焼け。
『すぎたるはおよばざるがごとしっていうんだよ』
 幼い声と共に、空間の狭間から白いワンピースを着た女の子が姿を現
す。
 みずかだ。
 一目で分かった。だがこんな特殊な状況ではなく、道ですれ違っただ
けでも分かっただろう。何度も見ているCGにそっくりな容姿、顔つき
だったからだ。
 彼女がふわりとその華奢な腕をこちらに――いや、浩平に向かって伸
ばすと、彼の姿が徐々に薄れだす。
「またなのかー……」
 浩平の声も徐々に薄れていく。
 あまりに非現実的光景にもかかわらず、私はそれを受け入れていた。
なぜならこれは、葉鍵板の中ではごく普通の出来事だからだ。
 浩平の姿が完全に消えると紅い光も薄れだした。私がその中心にいる
みずかに向かって手を振ると、彼女は年相応の笑みを浮かべ――そして
全てが元通りになった。違いは、折原浩平がいないことだけ。
「えーと……いいかな?」
 まだ肩で息をしているみさおに向かって、私は声をかけた。
「あ、ご、ごめんなさい、あたし……」
「いやいや、いいものを見せてもらった」
 あれがトリックやマジックだとはとてもじゃないが思えない。やはり
あれは本物の永遠の世界であり、この子は折原みさおなのだ。それも特
殊能力付きの。葉鍵板にあるスレの通りに。
「ごめんなさい、お騒がせしてしまいました」
 そういうと大きく頭を下げる。
「いや、いい。それより確認したいことがあるんだが」
「えっとなんですか?」
136或る名無し:02/10/03 03:43 ID:9ln1gOz2
 私は一つ大きく息を吸うと、自分の考えを披露した。
「ここは、想いが実現化した世界なんだね?」
 みさおは驚いたかのように目を見開く。が、すぐに大きく頷いて見せた。
「うん、そんなところだと思う。あたしは可能性の世界、って呼んでけど」
「可能性?」
「本当ならあたしは死んでいるはずよね、もっともっと小さな時に」
 確かにONEの設定ではそうなっている。
「でもこうしてあたしは生きているわ。お兄ちゃんと一緒に」
 多分無意識にであろう、自分の脇腹を撫でている。おそらくそこに、
手術の痕があるのだろう。
「だからここは、あたしが死ななかった、っていう可能性の世界になる
のかな」
「ふーむ、興味深い話だな」
 というかそもそも、2次元の存在のはずの彼女たちが、こうして3次
元に実体化していると言うこと自体が不可思議なのだが。
「ここにいる他の人達も、そういう可能性の一つなんだと思うの。例え
ば――」
「――例えば、娼婦だった可能性の、ということか」
 みさおは再び大きく頷いた。
 腕を組んで考えてみる。なるほど、つまり元のゲームのストーリーや
シナリオの設定を無視して、キャラクタだけが娼婦となって存在する世
界、ということか。
 ではどうしてそういう可能性が選択されたか。やはりこれはそういう
想い……欲望が結実したものだと思われる。非常に都合のいいことに。
「だから、遠慮とか気に病むこととか、ぜんっぜんしなくていいのよっ」
 そういうとみさおは笑みを浮かべ私に問いかけた。
「それであなたは、どなたと一緒の時間を過ごされますか?」
「そうだな」
 決まっている。私が一緒に過ごしたいのは――
137或る名無し:02/10/03 03:45 ID:9ln1gOz2
 ∧||∧
(  ⌒ ヽ  長くてゴメンナサイ
 ∪  ノ  500ml氏にゴメンナサイ
  ∪∪  http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1032606798/ の
      設定つかってゴメンナサイ