26 :
竹紫:
覇王学園 第二部「激闘学園魔戦」
はじめに
長編学園バイオレンス、「覇王学園」。その第二部をお届けします。何故
いきなり二部なのかと言うと、第一部の出来があまりに悪かったからです。
もともと第一部は小説を描き始めた頃のもので、現在のレベルからでは眼
も当てられないできなのです。描きなおす予定はありますが、今現在、第三
部(外伝)とサンダーボルトを掛け持ちしているので時間がありません。
ってな訳で第二部です。第一部に関しては「近い内に」とだけ言っておき
ます。
さて、覇王学園は漫画「ドラゴンボール」と学園物を融合させた構成になっ
てます(全てはわたしの趣味)。ドラゴンボールの戦闘を現実的にアレンジ
し、身近な学園物として表現したらどうなるか。こんな感じで描き始めまし
た。
本来なら説明は不要なのですが、第一部を飛ばしているので意味不明な部
分があると思います。以下に簡単な解説を付けましたので、それを頭に入れ
て読んでみて下さい。
27 :
名無しさんだよもん:02/06/13 00:01 ID:vussmZap
わーい。超先生マンセー
28 :
竹紫:02/06/13 00:01 ID:NYUe1Zgd
主要キャラ紹介
春日 諒(かすが りょう)
六千年以上昔、中国に存在したと言われる『帝の民』と呼ばれる民族の血
を引く、帝高校2年生。人間の能力を段階的に倍加する『帝王拳』の術を使
い、帝の民から千年に一度の割合で出現する『超人(超地球人)』に変身す
る。理屈抜きで、何より闘うのが三度の飯より好き。
鳥山清隆(とりやま きよたか)
古くはヨーロッパをその発祥とし、戦国時代前期に日本に渡り、拳法『飛
鳥』として独自に完成された古武道の継承者。みかけは好青年だが、こと格
闘に関しては春日に引けを取らない。
桑原一也(くわはら かずや)
ヨーロッパ、中国を経て日本に伝わり独自の変化を遂げた剣術『影花総幻
流剣舞』の十代目宗家。二メートル九センチの巨体が繰り出すその技は、古
くは新撰組の近藤勇に「おそるべしは剣舞」と言わしめるほど。春日、鳥山、
桑原の三人を『帝三羽烏』と呼び、周囲の不良どもから恐れられている。
滝沢 諒助(たきざわ りょうすけ)
第二の超地球人。彼を身ごもった母が事故に遭い、生死をさまようが、春
日の母の輸血により母子共に一命を取り留める。それがきっかけで帝の民の
血に目覚める。
29 :
竹紫:02/06/13 00:02 ID:NYUe1Zgd
吉岡 洋(よしおか ひろし)
科学、雑学分野の知識に長け、相手の生命エネルギー感知する『スカウター』
を発明する。通称ハカセ。春日達の頭脳的存在。
香坂 優美子(こうさか ゆみこ)
春日のガールフレンド。不良に絡まれているところを春日に救われ、以後、
春日達の良き理解者となる。
30 :
竹紫:02/06/13 00:03 ID:NYUe1Zgd
次からが必見だぞ
31 :
竹紫:02/06/13 00:04 ID:NYUe1Zgd
特殊用語解説
帝王拳
帝の民に伝わる秘術。肉体的能力を倍加する術と、拳法としての形の二つ
がある。前者は2倍3倍…と術を強化する毎に反射神経や筋力などがアップ
する。術は際限なく強化できる反面、使用者の肉体に大きな反動を及ぼす。
(早い話、ドラゴンボールの界王拳)
超地球人(スーパーチキュウジン)
古く中国の書物に、帝の民の血を引く者に千年に一度生まれると言われる
異常能力者を『超人』と記されている。それをハカセが解りやすい呼び名に
変えたのが超地球人。
その姿は、髪が銀色に染まって逆立ち、瞳は濃紺に変わり銀のオーラをま
とう。肉体の能力が100倍程度まで跳ね上がる。
ゾリーザ
強力な肉体を持つ異星人。地球人に成りすまして地球文化を観察していた
が、春日との戦闘を経て正体を現す。自称銀河一の戦闘能力を誇る生物の一
個体。
人造人間ν、μ
ムー大陸の生き残り、ドクターゲオが開発したアンドロイド。それぞれ青
年男女の姿を持ち、プログラムミスから地球人全滅をもくろむ。前回の戦い
で、春日に一体を破壊される。
32 :
竹紫:02/06/13 00:05 ID:NYUe1Zgd
第一部のあらすじ
それぞれが不思議な能力や武術を使いこなす、春日、鳥山、桑原は「帝三
羽烏」と呼ばれ、周囲の不良達から一目置かれる存在だ。ある日、学園同士
の抗争から、人間の姿を借りて地球を調査していた宇宙人「ゾリーザ」と闘
う羽目になってしまった三人であったが、春日が伝説の超人「超地球人」と
なってそれを退けた。
だが、春日の留守に不意を付いて再来したゾリーザに再び窮地に立たされ
るも、第二の超地球人「滝沢」によって救われる。滝沢は自分にも手に負え
ない「人造人間」に対抗するために春日を探していたのだ。人造人間は恐る
べきパワーで人類滅亡を企んでおり、その力の前に春日達は成す術もなかっ
た。
しかし、修行により人造人間を上回る力を手に入れた二人は、二体の人造
人間の内一体を破壊する。だが、残る一体は姿をくらましてしまう。
それより数ヶ月。人造人間の逆襲に備えて特訓を繰り返す春日達。世界の
危機は意外なところから忍び寄りつつあった……。
33 :
竹紫:02/06/13 00:06 ID:NYUe1Zgd
激闘学園魔戦
青紫(さき・あおむら)
1・胎動
闇に形があるとするなら、質量はあるのだろうか? そんな問いが無意識
に脳裏に浮かぶような、そんな空間があった。
「で、奴はどうなった?」
空間の何処かで、誰かがそう訊いた。鋼のような気配を持つ男の声であっ
た。
「はい。二体の人造人間うち一体を破壊しました。一体はそのまま逃走しま
した」
もう一人の気配がそう答えた。
「男か、女か?」
始めの気配が短く言った。声すら鋼の気を帯びている。
「女です」
先程と同じ声がそう答えた。ひとつ違うのは脅えの色が加わった点である。
その脅えの意味とは、鋼の男に無用な質問をさせた故か。
「どちらにせよ、がらくたには用はない。おれの感心は奴にある」
窓一つ無い暗闇の部屋の中で鋼の気配が動き、続いて椅子のきしむ音が後
を追った。
「いかがいたしましょう?」
第三の声が響いた。
「奴はそのうちおれの前に立つ、そのときまで待つ」
次の声はなかった。
「それまでは任せる」
鋼の気配が言った。
「分かりました」
34 :
萌える:02/06/13 00:07 ID:8cARRTon
35 :
竹紫:02/06/13 00:07 ID:NYUe1Zgd
朝、八時。おれの通学時間だ。
「なあ春日、今日は超地球人で相手になってくれよ」
横の桑原が言った。やや本気が入っている。
「お前にゃあまだ早いよ」
桑原一也は古武道『剣舞』の使い手で、その気になれば剣道の日本一、い
や世界屈指の実力者だ。
「ちょっと待てよぉ。おれだってあれから随分腕を上げたんだぜ」
気の抜けたような返事が返ってきた。こいつの使う剣術はかの新撰組の近
藤勇さえも恐れたものだ。しかも、剣舞の歴史の中で過去にこれ程の使い手
はいないだろう。
「腕が上がっているのは認めるさ。それでもまだあのレベルには及ばないな」
「ったく、お前は変人だよ。剣道家が素手の格闘家相手に歯が立たないなん
てよ」
ますます情けない口調で桑原はぼやき出した。
参考までに解説しとくと、棒きれを持った剣道有段者に挑むには、素手の
格闘家は三段以上の差が無いとだめだそうだ。
「その前に帝王拳を1ランク上げてくれって頼むんだよ。今の調子じゃ滝沢
とも張り合えないぜ」
「けっ」
桑原はあっさりお手上げサインを出した。
あの人造人間との戦いの後、おれたちは生き残った人造人間の反撃を予想
して猛特訓を始めていた。一匹だけならおれや滝沢だけで十分だが、奴等を
作った張本人が無事となると今度は何匹の化け物がやってくるか分かったも
んじゃない。それで、普通の人間の中でも見込みのありそうなダチ二人を加
えて特訓を続けている訳だ。
もう一人はそのうち現れるだろう。
界王拳パクリハケーン!!
37 :
竹紫:02/06/13 00:08 ID:NYUe1Zgd
「なあ、春日」
「あん?」
いい加減うちの学校の制服姿が目立ち始めたころ、桑原が口を開いた。
「おれと鳥山の奴の戦闘力は四〇〇を越えそうだけどよ、それであの人造人
間とどうやりあうってんだ? 近頃遠くで感じる、でかい気と関係があるの
かよ」
「おれにも分からん」
「はあ?」
「だけど何かがある。そう感じてるだけだ」
「何かって、なんだよ?」
おれは沈黙で答えた。何かが起こる。その時にはこいつらの力が必要にな
るとおれの勘が囁いている。そんなところだ。
「面白い気が三つ」
桑原がそれこそ面白そうに言った。確かに、この先二〇メートルほど先に
妙な意志を持った人間が三人いる。
そいつらは大胆にも朝の校門で待ち伏せをかましているようだ。
「帝校の春日さんと桑原さんですね?」
近づくと、早速向こうから声が掛かった。
「そうだが、なんか用か?」
答えながら、おれは奴等のチェックに入った。
「あんたら、見かけない面だな」
桑原の声を聞くまでもなく、おれもそう感じた。やや赤みがかった学ラン。
おれの知らない学校のものだ。桑原も知らないとなるとここら沿線のもので
もないらしい。
「今日は桑原さん、あなたに用がある」
三人のうち一番まともそうな男が言った。あとの二人はノーミソも筋肉で
出来ているような奴等だ。
人のこたぁ言えないがね。
38 :
竹紫:02/06/13 00:08 ID:NYUe1Zgd
「いいぜ、なんの用か知らねえがこっちも暇なんでな」
桑原がそう言った。見え透いてるぜ。連中の格好を見れば何の用かぐらい
幼稚園児でも分かる。こうしている間にも他の生徒はおれたちを避けて通っ
ているのを見るまでもなくだ。
「それでは話しが早い。こちらへ」
筋肉馬鹿二人+まとも一人=三人は、移動を開始した。
「じゃあな、春日これを頼む」
桑原はおれに鞄を預けると、木刀を包んだ布きれを片手に歩きだした。
「おい----」
「見物はなしだぜ。優美子ちゃんが心配するぜ」
意気揚々とそれだけ伝えて、桑原は通りの角に消えた。
「一般人をいじめるんじゃねえぞ」
これだけ呟いて、おれは校門をくぐった。
超サイヤ人パクリハケーン!
さすがだぜ!!
40 :
名無しさんだよもん:02/06/13 00:09 ID:xiA82Duk
オラわくわくしてきたゾ
41 :
竹紫:02/06/13 00:10 ID:NYUe1Zgd
学校近くの資材置場に四人の学制服姿があった。
桑原一也と謎の学生三人組みである。
「うわさには聞いていたが、でかいな」
三人組みの一人がめずらしそうに言った。先程春日が筋肉馬鹿と形容した
男の一人である。確かに、学生服を押し上げる胸板の厚さときたらとても高
校生とは言えない。やくざが相手でも身構えるのはやくざの方かもしれない。
「で、何の用だ? おれの身長をはかりに来たわけじゃないだろ?」
二メートルの高みから桑原が訊いた。こちらも超高校生級である。
「うわさを聞いて少しお手合わせ願いたいと思いましてね」
校門で最初に声をかけて来た男が答えた。こちらは中肉中背、他の二人か
ら比べると一番普通に見える。
「手加減は出来ない質でね。それで良ければ」
言いながら、一番できるのはこいつだと、桑原は見抜いていた。
気の大きさが他の二人とはずば抜けている。
「手加減? そんなものが必要ならこんなところには連れてきませんよ」
余裕の表情で男は言った。微笑さえ浮かべている。
「三人で来るのかい?」
「いいえ、ご冗談を。試合ですよこれは」
桑原の問いに、変りない態度で男は答えた。
「じゃあ始めようか。遅刻を増やすのは好きじゃないんでね」
桑原が宣言すると、最初の男が下がり、別の男が進み出た。
「試合だから一応名乗るぜ。おれは山岡充。こっちも手加減はしないぜ」
「ああ」
二人は対峙した。
桑原は古武道、剣舞。山岡は構えや指の付け根の盛り上りを見る限り、実
戦空手。
念のため、桑原は相手の気を探ったが、評価はまあまあといったところだっ
た。
42 :
竹紫:02/06/13 00:11 ID:NYUe1Zgd
「はっ!」
短く息を吐くや、山岡は地を蹴った。鮮やかな回し蹴りであった。桑原の
木刀に対して、彼のもっとも間合いのある攻撃を選んだところ、実力は十分
であろうか。
しかし、その蹴りもあくまで一般的なレベルでの蹴りである。
対する桑原はいっきに踏み込んだ。
「おおっ!」
驚きの声は二つ。桑原と見物していた筋肉男のものだった。
あの瞬間、桑原の木刀は山岡の軸足を薙いで勝負は決するはずだった。だ
が、その軸足は始めの蹴りが半分弧を描いたところで蹴りに転じたのだ。
二つ目の声は桑原の木刀が消失したかに見えた男の声だった。
「変わった蹴りだな」
「双龍脚だ」
互いの位置が入れ代わった状態で二人は言った。
「ちょいとあまくみた」
言いながら、桑原は息をついた。
ヒュン!
鞭を振るうような音がするや、山岡がうめいた。
桑原の木刀が山岡の鳩尾に収まっていた。山岡が沈みこみ、試合が終わっ
た。
「やるなあ。さすがです」
例の中肉中背がそう言ってわざとらしく手を叩いた。
「次はお前か?」
「ええ」
男は拍手を止めて立ち上がった。
「待てよ杉原。おれの番じゃあ……」
筋肉男が慌てた。そういう段取りだったのであろう。
「お前じゃ勝てないさ」
杉原と呼ばれた男は、揶揄するような口調でそう言った。
43 :
竹紫:02/06/13 00:11 ID:NYUe1Zgd
「ってことは、あんたで最後かい?」
桑原が訊いた。
「そうなりますか」
「間に合いそうだ」
学校のことであろう。
「そうですかね?」
杉原はゆっくりと桑原に近づいた。
気に入らねえ野郎だ。1・5秒で片付けてやる。桑原は静かに気を高めた。
桑原の戦闘力は四〇〇弱。プロレスラー二人+αを相手にするのに等しい。
喧嘩に自信がある高校生程度では相手にはなるまい。
1秒半の刹那に格闘を生業とする男二人分の打撃を食らって無事にすむ一
高校生が何処にいよう? 勝敗はすでに決していた。
桑原が木刀を正眼に構えた。二メートル九センチの巨躯が操る木刀もまた、
既製品よりは数十センチ長い特注品である。対する男はまったくの素手。
「僕は杉原隼人。特に拳法の訓練は受けていません。見よう見まねの喧嘩術
です」
「ほお」
杉原の台詞は絶望的宣言とも言えた。
「いきますか」
「きな」
それより数秒----。
「どうした? 喧嘩にも構えはあるだろ」
桑原の問いはもっともである。杉原はまったく構えていない。両手を下ろ
し、むしろ自然体であった。
「これが僕の構えですよ。桑原さん」
「ノーガード戦法かい。恐いな……」
桑原は疲れたように言った。
----風が動いた。
44 :
竹紫:02/06/13 00:12 ID:NYUe1Zgd
「!」
動いたのは杉原だった。桑原は驚愕のあまり気をコントロールするのさえ
忘れた。
「お前……人造人間か?」
背後の人影にかすれ声で桑原は訊いた。周囲には砂塵が舞っている。
「人造人間? 違いますね。僕はあんな機械仕掛けのがらくたじゃない」
「どうやってそこに行った?」
ゆっくりと振り向きながら、桑原は訊いた。
「一回目の跳躍であなたの視界から出る。後は走ってここまで」
その言葉通りに理解することは難しかった。
桑原の目にはオーラの炸裂音とともに黒い影が流れ、次の瞬間に背後に気
配があった。それだけしか感じられなかったのである。
「人間にあんな動きが----」
「できるんですよ。僕にはね」
45 :
竹紫:02/06/13 00:13 ID:NYUe1Zgd
その日、結局桑原は学校に来なかった。謎、だ。
「春日君。君のせいだぞ」
いきなり言われた。台詞の主は優美子だ。
「あのなあ、おれはお前のことを考えてまっすぐ学校に来たんだからな」
「そんなこと言ったって、この事態をどう釈明するのよ」
始めの台詞よりますます膨れっ面で言われた。でも可愛いから許す。
「これは何らかの事件の可能性がしますね」
今度は横にいたハカセ言った。事件てなんだ?
「事件てなんだよ」
鳥山が訊いた。放課後、おれたち四人は教室でこんな会話を続けている。
「喧嘩にあの桑原君が負けるとは考えられません。となると、あとは何やら
きな臭い事件の香りが……」
ほんとに匂いそうな説得力と迫力で、ハカセは言った。
「まともな喧嘩なら心配ねえが、あいつも普通の人間だ。不意を突かれたり
拳銃かなんかでズドンとやられりゃあ、ジ・エンドだ」
おれは指を自分の頭に突きつけて言った。
「ちょっとぉ、恐いこと言わないでよ春日君」
「そ、そういうこともありうるって言っただけだよ」
言葉通りの恐い顔の優美子に言われ、おれはしどろもどろでそれで言い返
した。別にびびってるわけじゃない。どうも彼女と面と向かって話すのが苦
手なだけだ。
46 :
竹紫:02/06/13 00:14 ID:NYUe1Zgd
「それでどうするんだ? 春日」
鳥山が訊いた。そらもっともだ。
今のうちに解説しとくが、こいつは鳥山清隆。日本に名のみ伝わるといわ
れる古武道『飛鳥』継承者だ。この流派の特徴として、俊敏なフットワーク
が挙げられる。
その名の通り飛ぶ鳥のような体裁きで敵を翻弄、その辺の空手家が相手な
ら体に一度も触れさせずに倒しちまうだろう。こいつもそこらの柔道か空手
の大会に出まくれば優勝カップで家がパンクしてしまう。それくらいの実力
者だ。
「何もしねえさ。おれは奴の鞄を家に届ける。お前等は何も心配しなくてい
いぜ」
「しかしですねえ」
ハカセが眼鏡をかけなおしながら言った。本名は吉岡洋。どう言っていい
か分からないが、とにかく発明家の卵と言っておこう。人間の戦闘力を計る
「スカウター」を作ったのもこいつだ。
「そうよ、心配するなって言われても無理よ」
そう言った彼女が香坂優美子。一応おれのガールフレンドだ。それ以上の
関係はどうもはっきりしない。お互い確かめたことがないからだ。
「あのなあ。どんな想像をしようと勝手だが、取り越し苦労って言葉知って
るか? たまたま学校フケたかもしれないだろ」
「そりゃそうだが----」
今度は三人同時に同じ様な台詞を吐いた。そろそろ切り上げるか。
「とにかく今日はおれが鞄を届けるついでに様子を見て来る。何かあったら
連絡する。それでいいだろ?」
47 :
竹紫:02/06/13 00:14 ID:NYUe1Zgd
現時点でのおれの意見を伝えると、さっさと教室を後にした。
誰も後を追って来なかった。どうやら説得できたらしい。
しかし、かくいうおれも授業中はずっと心配していた。桑原を出迎えた三
人の気は平凡な喧嘩野郎の大きさだったし、もっと大勢が待ち伏せていたっ
て逃げてこれない筈もない。
いや、一度おれも熊校の柿島にはめられてやられかけた覚えがある。
いかん、考えれば考えるほど心配になってきた。しかし、戦闘力四〇〇だ
ぜ。この地球上にだって匹敵する実力者はそうはいない筈だ。
「うーむ」
もし奴等の中に剣舞に比類する武道の使い手がいたら……。
おれは下駄箱で靴を履き替え、外に出た。
何にせよ何故帰って来なかった? やはり何らかの理由で帰って来れなく
なったとしか考えられん。
さて、おれが敵ならどうやって桑原をしとめる? まず、五〇人程遠くに
配置する。
何かで合図して取り囲む。後はなんとか取り押さえる。あいつから木刀を
取り上げたら普通の喧嘩しかできなくなる。近頃頻繁に感じる、超地球人並
みの気の持ち主も気になる。
「それだけかあ」
校門へ向かいながら思わず声に出してしまった。他の生徒が薄気味悪そう
振り向いた。 ……今更あせってもどうしようもない。相手の学校を知らな
いのだ。
しかし、解決への糸口は向こうからやってきた。
「よお。あんた春日だろ?」
学校から随分歩いたころ、ごつい角刈りのニーチャンがしっかりガン飛ば
しながら現れた。しかも、今朝の連中と同じ制服だ。
「お前どこのモンだ?」
ちょいと気の波動を飛ばしながら訊く。中の上レベルまでの奴ならよく効
く方法だ。
48 :
竹紫:02/06/13 00:15 ID:NYUe1Zgd
「恐いねえ。東線の餓狼校さ。忘れんなよ」
野郎、なにげなく気を逸らしやがった。こいつ、気そのものは小さいが上
レベルってわけか? ……いや、そのときになれば気を変化させるのか。こ
いつはやっかいなタイプだ。こんなのが何人もいたら桑原も無事にはすまさ
れないかもな。
「少しはやれそうだな? 餓狼の兄ちゃん」
おれは内心ほくそえみながら訊いた。
気が変化するっていっても一般人じゃたかがしれてる。野郎、気が操れる
からっていい気になるなよ。こいつは久しぶりに遊べそうだ。
「やるさ。あんた程じゃないにしてもな」
奴は臆したふうもなくそう言った。畜生、謙遜なんぞするんじゃねえ。もっ
とでかい口を叩け。そうすりゃ良心の呵責なく痛めつけられる。
「やるか?」
「やろうぜ」
おれたちは移動を開始した。
奴の気に変化はない。野郎、本当にただの一般人か?
「心配するなよ。超地球人」
「!!」
奴はおれの胸中を見透かしたよう言った。しかも、超地球人のことを知っ
ている!?
「驚くのも無理もないが、おれたちゃみんな知ってるぜ」
「みんなってなどこまでだ?」
「全部さ」
「ぶちのめして詳しく訊いてやる」
おれは帝王拳二倍で気を開放した。炸裂音とともに全身から赤いオーラが
弾ける。
49 :
竹紫:02/06/13 00:15 ID:NYUe1Zgd
「へえ、強いねえ。それが帝王拳かい?」
奴は驚きもせずそう言った。こいつ、そんなことまで知ってるのか?
「そこまで知ってておれに喧嘩を売るとはいい度胸じゃねえか」
「度胸? おれは並みの度胸しか持ってねえよ」
「どうゆー意味だ?」
分からねえ。奴はどうゆうつもりなんだ。
「見せてやるよ春日。おれの力を」
奴の気が上がり、オーラが飛び散った。まさか一般人にオーラが出せると
は……だが、弱い。これが奴の戦闘力か?
おれにはスカウターを見る余裕があった。
九六四。帝王拳で相手にできるレベルだが、一般人にこれ程の戦闘力が出
せるものなのか?
「パワーウェーブ!」
奴が地面に拳を叩きつけると、強烈な気の波が地面を伝って来た。驚いた
ぜ、こいつはまさにパワーウェーブ。
「波動拳!」
おれは咄嗟に気を繰り出した。消せるのか?
その刹那、波動拳とパワーウェーブは衝突した。直後におれが飛び退いた
のはコンマ何秒かの出来事だったろう。
「どうした? 春日。隆ってなあテリーより弱そうだな」
笑いを含んだ声が届いた。野郎め、おれの得意技があるゲームの主人公の
ものであることを知っててわざと別のゲームの主人公の技を使ったんだ。
「ふざけんな。てめえの学校の机はNEOGEO筐体か?」
おれもまけじと毒づいた。今のはおれの気が小さかっただけだ。九〇〇対
二倍帝王拳じゃ分が悪い。
50 :
竹紫:02/06/13 00:17 ID:NYUe1Zgd
「ひとの学校をゲーセン呼ばわりしやがって」
奴の態度に変化があった。少しは頭に来たか?
「そのゲーセン高校の戦闘力九〇〇の兄ちゃんがおれとやろうとはなあ」
「ちっ! 確かにおれ一人じゃ無理だろうが、上から指令がくれば頭数揃え
てお前なんてボコボコなんだよ、桑原って野郎みたいに」
「何だと!?」
おれは思わず叫んだ。桑原の行方不明はやはりこいつらのせいだったよう
だ。
「あいつ、古武道の使い手だそうだが杉原に勝てないようじゃな」
ってことは餓狼校には最低でも戦闘力四〇〇以上の野郎が二人いることに
なる。
「ますますぶちのめしたくなったぜ」
「おれか? ウチの学校か?」
「両方だ」
おれはいっきに気を開放した。変身だ。
花火を一箱まとめて点火したような派手な炸裂音を響かせ、おれは変化し
た。
「そ、それが超地球人か」
奴は逆立った銀の髪に濃紺の瞳、銀のオーラをまとったおれを恐る恐る指
差した。何でも知ってるようだが見るのは初めてだったらしい。
「そうだ。少なくとも今のお前の二十一倍は強いぜ」
やけに細かくおれは宣言してやった。解説しとくと、超地球人になるとお
れの総てが百倍くらいになる。ここでおれの言いたいことは、時間の流れに
ついてだ。
人間どんな奴でもある瞬間に意識できる物事には限りがある。おれの場合
それが百倍になるのだ。
たとえば時間が百分の一になる。一分がおれには百分だ。当然相手の動き
は百分の一に見える。遅くてかなわねえ→苛々が募ってくる→狂暴になる。
こんなところだ。
51 :
竹紫:02/06/13 00:18 ID:NYUe1Zgd
話しが戻るが、おれが言いたかったことは、じっくり暗算する暇があったっ
てことだ。「トータルはな……」
驚きは隠せない様子だが、この後に及んで奴は意味深な台詞を吐いた。
「どういう意味だあ、ええ?」
「簡単だ。総てがあんたの勝ちってわけじゃねえんだよ!」
そう叫ぶと、奴は気功波を撃った。
「なめるなっ!」
おれも対抗して気を放った。さっきとは比べもにならない威力の波動拳を。
ドンッ!
気と気がぶつかりあう重い音が辺りに響いた。
その一瞬後、二つの気は消滅していた。どうやら互角だったらしい。
「互角だとぉ!?」
反射的に叫んでしまった。
「いい勝負らしいな」
奴は言った。落ち着きを取り戻している。
そんなばかな! 奴の戦闘力は九〇〇だぞ。なんで互角なんだ?
「言ったろ? 部分的にはあんたにも劣らないって」
部分的? どういう意味だ? おれは目まぐるしく頭を回転させた。なに
しろ時間はたっぷりある。
しかし、奴の言葉で思考は中断された。
「おい、人前でその格好はまずいだろ?」
同時に小さな気配も感じられた。別の人間が近づいて来たらしい。確かに
道の真ん中で超地球人はまずい。
「確かにまずいが、お前が良ければおれは戦うぜ」
おれは静かに言った。本気で奴を倒すつもりだった。
「よしやがれ。おれはごめんだね」
奴は一歩退いた。本気だと悟ったらしい。
おれは代わりに一歩踏み出した。
52 :
竹紫:02/06/13 00:19 ID:NYUe1Zgd
人の気配も近い。通りの角で見えないが、あと何秒かでおれたちを見つけ
るだろう。
「お前を捕まえて桑原の居場所を吐かせてやるぜ!」
おれは地を蹴った。計ったことはないが、多分時速三〇〇キロ以上で奴に
接近しただろう。
「くそっ!」
奴が叫び、気を地面に叩きつけた。そこまでは見えた、問題はそれからだ。
おれは奴に手を触れることができなかった。いや、その場から先に進むこ
とができなかった。
目の前に気の塊があって、それ以上進めなかったのだ。これは気の壁と言っ
てもいいだろう。
やがて、奴の気は消えてしまった。野郎、気を消すこともできるようだ。
道一杯に広がった壁のせいで視界も遮られてしまった。これで身を隠して気
を消せば簡単に逃げられる。これが奴の余裕のひとつだったらしい。
奴が逃亡する時間を十分に与えて、気の壁は消滅した。
「なんだ! 今のは?」
背後からおっさんの声が掛かったが、おれは無視して歩きだした。もちろ
ん超地球人は解いてある。
念のため近くを探し歩いたが無駄だった。桑原の家に寄ったが、本人はも
とより家人も留守で、しかたなく鞄を持ち帰った。
しかし、餓狼高校のあいつは何者だったのだろうか? おれの素性も知っ
ていたし、第一戦闘力が普通じゃなかった。
むしゃくしゃしながらも家に帰りついたおれは、じいさんにそれとなく訊
いてみた。
「じいさん」
「なんじゃい?」
じいさんは読みかけの新聞から目を離すと、面倒くさそうに訊いた。
53 :
竹紫:02/06/13 00:20 ID:NYUe1Zgd
「戦闘力九〇〇の人間がこの世にいると思うか?」
おれもなるべくおっくうそうに訊いた。
「戦闘力? ああ、気のことじゃな。お前や滝沢君なら軽いもんじゃろ?」
「そうじゃなくて、普通の人間でだよ」
「ほお」
じいさんは老眼鏡をかけ直した。ようやく興味が湧いたらしい。
「して、戦闘力九〇〇とはどれくらいじゃ?」
「これくらいだ」
おれはスカウターを片手に気を高めた。
「……そんな化け物にどこで逢った?」
じいさんはいきなりことの確信を突いてきた。さすがはじいさんと言った
ところか。
「それは後で話すとして、どう思う?」
「ただの人間とは思えん、お前と同じ血を引いておるならともかく」
「『帝の民』の血か……」
「そうじゃ」
それっきり結論は出なかったものの、おれの頭の中はどうやって奴を痛め
つけるかに絞られていた。
遅くてかなわねえ→苛々が募ってくる→狂暴になる。
・・・バーカ(w
55 :
竹紫:02/06/13 00:21 ID:NYUe1Zgd
とりあえずここまでで4分の1だ
まだまだ先は長いが、見てみるか?
全部頼むよ
今夜見る
57 :
竹紫:02/06/13 00:23 ID:NYUe1Zgd
了解だ
少し待ってくれ
超シナリオ力を計る
超カウンターが今にも壊れそうだ…
59 :
竹紫:02/06/13 00:24 ID:NYUe1Zgd
2・敵
次の日、桑原は学校に来なかった。おおごとだった。
H・Rが始まる前におれが昨日の出来事を話すと、みんなかなり驚いた様
子だった。
「桑原を倒す男に超地球人と五分の気を放つ野郎とはな」
鳥山が深刻そうに言った。そりゃそうだろう。
「戦闘力九〇〇で春日さんと互角とは、信じられません。たとえスカウター
の故障だったとしても」
もっと深刻そうに滝沢が言った。そりゃそうだ、奴も超地球人、おれの強
さはよく知ってる。
「おれも滝沢と同意見だ。これはどうゆうことか説明しろよハカセ」
おれは一番頼りになりそうな男に訊いた。戦闘専門のおれたちが悩んでも
時間の無駄だ。
「僕がみたところ、スカウターの故障ではありません。相手の言動などから
推測して、恐らく相手は能力が非常に偏ったタイプではないかと思います」
「で、分かりやすく言うと?」
相変わらず分かりにくいことを言うハカセに、おれはいつも通り凄んだ。
「で、ですから、相手はパワーだけが春日君に匹敵するのではないかと……」
慌ててハカセは説明した。
「なるほど! パワーだけでは春日さんに勝てないし、戦闘力が低いことも
説明がつく」 この中で一番物分かりがいい滝沢が手を打ち鳴らした。
確かにな。
「それにしても九〇〇だぞ。そんな高校生がいるのか? しかも素人だろ?」
もう一つの謎を鳥山が提言した。それも言える。
「確かに。優れた武道の使い手ならともかく、一般の人間がそれほどの戦闘
力を持っているとは考えられません」
と、ハカセ。
60 :
竹紫:02/06/13 00:25 ID:NYUe1Zgd
「しかしよ、現に奴の気功波は本物だった。奴は気功の使い手かもしれん」
おれは当時の状況を思い浮かべながら言った。
「いえ、気功波は当人の生体エネルギーを放出するものです。普通の人間に
九〇〇なんてキャパシティーがあるとは思えません」
「では自然界のエネルギーを利用しているとしたら?」
ハカセの意見に対し滝沢が訊いた。
「……エネルギー源が外部にある場合はスカウターに反応は出ません」
少し考えて、ハカセは答えた。なるほど、外からエネルギー----つまり気
を集めることができるのか。
「ってことは本物の実力者なんだろう」
今まで話しを聞いていた鳥山がまとめに入った。
「確かに春日君の話しでは相手の本当の実力を判断することはできません。
と、なると鳥山君や桑原君を凌ぐ拳法の実力者になりますか……」
ハカセが結論付けた。世界には既存の拳法より遥かに強力で合理的な拳法
は存在する。飛鳥や剣舞もそのひとつだ。そのもっと上をいく拳法があって
も不思議じゃねえ。
「まてよ! それじゃあ、ある程度の実力者の訓練次第によっちゃあ超地球
人と互角に渡り合える気功波を撃てるってことか?」
おれは慌てた。強い奴がいるのはいい。もしおれがゾリーザとの戦いで超
地球人に目覚めてなかったら一体どうなってやがるんだ? 今頃餓狼校に潰
されてるのか?
「事によっては他の部分でも互角にやりあえるかもな」
鳥山がそんな台詞を吐いた。嬉しそうに言うんじゃねえ!
61 :
竹紫:02/06/13 00:27 ID:AjF/KJ0H
「科学的な解明は難しいですね」
「そんな種明かしは必要ねえが、現にとんでもない相手がおれたちを狙って
るってことは確かだ。桑原はやられた。おれや滝沢はいいとして、鳥山はど
うなる?」
「おれなら心配いらんさ。一也の奴は敵をナメてかかった、おれはそうはい
かないぜ」
自信満々といった面持ちで、鳥山が言った。
「あのなぁ。漫画じゃそんなことを言ってる奴が真っ先にやられるんだよ」
「そうです。危険です」
おれと滝沢は口を揃えてそう言った。妥当な線だろう。
「じゃあ何か? お前らが毎日おれの送り迎えをしてくれるのか?」
鳥山は徹底攻勢の構えできた。てめえは幼稚園児か? 誰がそんなことを
するんだ。
「それでは僕が----」
「冗談だろ? 送り迎えはベンツかリムジンにしてくれ」
まじめに申し出た滝沢を、鳥山はあっさりかわした。
おれはなおも食い下がろうとする滝沢を制して、
「じゃあ勝手にしろ。相手は桑原を倒して監禁までする奴等だ。多分お前も
狙われるぞ」「百も承知さ」
「上等だ。せいぜい戦闘力九〇〇の野郎に出会わねえよう気を付けろ」
おれの嫌味も気にした風もなく奴は立ち去った。
「春日さん! まずいですよ」
滝沢がたいした慌てようで言った。
「お前は心配症だよ。確かに人間離れした奴等がいるようだが、おれやお前
が慌てる事もないだろう?」
「確かにそうかもしれませんが、これがもしドクター・ゲオの仕業だったら
……」
62 :
竹紫:02/06/13 00:28 ID:AjF/KJ0H
「----きつい冗談だな」
「冗談ならいいですけどね……」
「……」
そんな奴がいたことをおれはすっかり忘れていた。同時におれの感じてい
た予感のことも。
「お前の言う通りだとして、おれとお前はどうすればいい?」
今のおれに思い付く最良の手段はこれだった。
「僕は鳥山さんを守る事では問題を解決できないと思います」
滝沢も同じだったらしい。
「ここは敵の出方を待つしかないようですね」
ハカセがそう言った。第一、まだ相手がドクターゲオだと決まった訳じゃ
ない。
「しかし鳥山君の護衛は必要ですね」
「何故だ?」
「僕が敵の親玉だとします。春日君たちのデータはほとんど持っています。
すでに桑原君を手に入れました。次に狙いやすいのは勿論----」
「鳥山か……」
「そうです」
結局、放課後にそろって餓狼高校へ行く事になり、ホームルームの時間を
迎えた。
「エー、今日は新しいクラスメイトを紹介します」
転校生より新任教師が必要なよれよれの老いぼれ教師が、そう告げた。こ
んな時期に転校生たぁ珍しい。
63 :
竹紫:02/06/13 00:29 ID:AjF/KJ0H
「君、入りたまえ」
担任に招かれて教室に入って来たのは女の子だった。
「なにぃ!?」
おれは思わず立ち上がった。見ちまったんだ。そいつの顔を……。
多少若くなっているが、そいつはまさしくνとかいう人造人間だったのだ。
「ドドドどうしたのかね? 春日君」
血相欠いて立ち尽くすおれに、爺の担任が無罪から一転して無期懲役に変
わった被告の面持ちで訊いた。
そんなおれを見た人造人間νはニコリと笑った。ニヤリではなくニコリと
微笑んだのだ。
何も知らない男子生徒共は歓声を上げている。のんきなもんだ。奴がその
気になればこんな教室、一分以内に死体置き場と化すぜ。
おれの叫びを男子生徒の一般的反応と思ったか、周りの奴等も派手にやっ
ている。
「静しゅくにぃ!」
奴の笑みの意味が分からず思案しているおれをよそに、クラスに静けさが
戻った。理由は老いぼれの言葉に従った訳じゃねえ、馬鹿騒ぎに飽きたから
だ。
64 :
竹紫:02/06/13 00:30 ID:AjF/KJ0H
「はじめまして。間宮絵理奈です。みんなよろしく」
「可愛いぞお! 絵理奈ちゃーん!」
「もおさいこーっ!」
うちの男子の品のない叫びに笑顔で答える人造人間を見て、おれは席につ
いた。どうやらまだやる気はないようだ。
それにしてもなにが絵理奈だ。ふざけやがって。
おれはハカセに目配せした。おれの反応で気がついていたらしく、すぐに
うなづいた。 これでこの一件にドクターゲオが絡んでる事は明らかになっ
たが、奴の魂胆は相変わらず霧の中だ。
で、その後の人造人間の行動は、頭脳明晰容姿端麗、授業中に分からない
事があったら手を上げる、スポーツ万能、人の嫌がる事は進んでやる、など
枚挙に暇が無い。
要するに、
優 等 生
なのだ。あたりまえだ、頭脳はキューハチやマックなんぞ及びもつかない
スーパーコンピュータ。運動能力は常人の軽く百倍だからな。さっき挙げた
例の中には普通の人間でもできる事が混じっているが、問題はそんなことじゃ
ない。
休み時間の度に鳥山や滝沢といっしょに観察しているが、一向に動きだす
気配が無い。「本当に人造人間なのでしょうか?」
滝沢がこんなことを言い出すくらいだ。
「うちの学校には『気』のない転校生が来るようになったのか?」
おれもこんな答えを出すのが精一杯だ。
そんなおれたちの苦労も露知らず、昼休みも終わる頃には人造人間はクラ
スの女子の----男子もだが----人気者になっていた。当然一日も経たないう
ちにだ。
65 :
竹紫:02/06/13 00:30 ID:AjF/KJ0H
今でも奴は女子に囲まれている。大した人気だ。
「あの子が転校生? すごい人気ね」
優美子がやって来た。
「おれたちに関らない方がいいぜ」
「?」
おれは事の真相を掻い摘まんで優美子に伝えた。おれたちの知り合いだと
いうだけでどうなるか分かったもんじゃねえ。
「えーっ。あの子が人造人間?」
「そうだ、これからはあいつの目の届くところでおれたちと話しをしない方
がいい」
「そうね……ちょっと残念だけど、決着が付くまでバイバイね」
複雑そうな表情で、彼女は離れて行った。そうだ、決着が付くまでだ。
結局おれたちは、放課後に接触を計る事にした。
66 :
竹紫:02/06/13 00:31 ID:AjF/KJ0H
桑原一也が覚醒したとき、周囲は闇に包まれていた。夜の闇をどれほど重
ねたならこの闇と等しくなるのか? そんな問いが脳裏に浮かんだ。
冷たいコンクリートの床に倒れている。それだけが辛うじて認識できる程
の闇の中だった。
----そうか、おれは負けたんだった。杉原って奴に。
桑原はそれだけを意識した。
「桑原一也……だな?」
起き上がる間もなく闇にそう訊かれ、桑原は身構えた。気配は全くない。
闇が問うたとしか思えなかった。
「何者だい? あんた」
苦笑混じりに桑原は訊いた。気を変化させる相手がいてもおかしくはない
状況にいる自分に気がついたからだ。
「……質問したのはおれだが」
不思議な感情に彩られた声が返って来た。
「ああ、おれが桑原だ」
疲れたように桑原が答えた。
「こちらも答えよう。君達の敵になるかもしれん男だ」
揶揄するような口調で、闇が答えた。
「おれをこんな処に連れ込んだ時点で、おれたちの敵なんじゃないのか?」
呆れたように言いながら、桑原は手の先に触れものがあるのに気がついた。
程なく、愛刀である事が知れた。
「……確かに」
闇がそう呟くが早いか、桑原にすさまじい風が吹き付けてきた。殺気とい
う名の風が。
「くっ!」
それはまさに風だった。並みの人間なら軽く千回は殺せそうな量である。
67 :
竹紫:02/06/13 00:32 ID:AjF/KJ0H
浴びているだけで総毛立ち、心臓が絞め上げられる。闇の男は自らの意志の
みで人を殺せるのか?
「やめてくれっ!」
桑原が苦叫を上げると、死の風はおさまった。
「くだらん口答えをするからだ」
愛刀にすがり、桑原は立ち上がった。今は肉体的ダメージより、精神的ダ
メージが大きい。一撃で失神させられたので、先の杉原戦のダメージはほと
んど無かった。
「おれに何の用があってここに連れて来た?」
「貴様、剣舞とかいう技を使うな?」
「それがどうした」
「おれによこせ」
「なんだと?」
闇の声はよこせと言った。剣舞の奥義を渡せと言っているのか? 答えは
否、である。 剣舞は元来、口伝により伝わりし秘剣中の秘剣である。
「----それは無理な相談だ」
闇の男は桑原に剣舞の指導を乞うつもりか?
「相談などではない、命令だ」
「なにぃ!?」
桑原は木刀を構えた。対する方向は、勘である。
同時に、この男との戦いを望んでいる自分に気がついた。桑原は苦笑した。
----いつの間にか春日に感化されちまったようだな。
脳裏に、日々喧嘩に明け暮れる男の姿が浮かんだ。それがひどく懐かしい
映像に思えた。
68 :
竹紫:02/06/13 00:33 ID:AjF/KJ0H
「影花総幻流剣舞、十代目免許皆伝、桑原一也。剣舞四〇〇年の歴史を終わ
らせるつもりはない」
静かに力強く桑原言った。全身から青白い炎のようなオーラが弾け飛んだ。
不思議なことに、周囲の闇に変化は無かった。まるで闇という名の壁に遮
られたかのように。
「ばかな、弱者は強者に従うのが常」
闇の気配が動いた。椅子のきしむ音が後を追った。
桑原はじっと気を高めた。相手の雰囲気や物腰を見る限り、杉原よりやる
のは明らかだ。だが桑原は物怖じをなどしなかった。杉原戦は自らの油断が
敗因だ、相手が人間である以上、戦える筈だ----と。
「確かに強い……肉体のさしたる強化もなく、剣技のみでこれ程とはな」
あまり感心した風もなく男が言った。
「そうさ、これが剣舞さ……」
正眼の構えで桑原が言う。その切っ先から迸る七つの剣閃に江戸の世の剣
豪たちは恐れ、賞賛を浴びせたか。
「ますます欲しくなった」
「やれねえぜ!」
気合一閃、桑原の木刀が優雅な弧を描いた。見えたのは軌跡のみであった。
「ほお……」
その刹那、闇が木刀の軌跡にあわせて切り裂かれた。闇の向こうには、薄
闇ながらもごく普通の光景が広がっていた。
古びた蛍光燈一本で照らされたそこは、地下室らしかった。窓一つ無いコ
ンクリートに囲まれた箱のようであった。部屋の奥には木製の豪奢な作りの
椅子が一脚、置かれていた。
69 :
竹紫:02/06/13 00:33 ID:AjF/KJ0H
だがそれも束の間、切り裂かれた闇は椅子の前に立つ男の姿を包むように
広がり、数秒前の闇の世界を再現した。
「おれの闇に気付き、しかも木刀に気を通して切り開くとは……」
「世の中に実体がある闇があるとは思えなかったんでな」
「技だけではなく、頭も切れそうだな」
笑いを含んだ言葉だった。
「ありがとよ」
「だがおれに戦いを挑むとは、あまり利口とは言えんな」
その言葉と同時に、今まで周囲を覆っていた闇が引き始めた。そう、引き
潮が如く。
「あっさりと前言撤回かよ」
不貞腐れた面持ちで桑原は吐き捨てた。
やがて、男を覆っていた闇がゆっくりと彼の周囲にわだかまるや、静かに
その暗然たる質量を失っていった。
「その暗闇はやっぱりお前の気そのものだったか」
「そのとおり。お前が利口だったのはそこまでだ」
そう言った男の体躯は、巨大な鉄の塊を思わせる迫力があった。学制服の
上からでもその隆々たる筋肉の張りが伺えたし、角刈りの表情には岩石を想
起させえる威厳すらあった。
「気を部屋に充満させてそれを自分に戻すとは、そんなこともアリか?」
ようやく普通の人間の気配を取り戻した男の気を計りながら桑原は訊いた。
「アリ、だな……」
「そうかい」
そう言いながら、桑原は相手の強さを読んだ。
----この感じなら戦闘力二〇〇に届くかどうか。もちろん実力ではない、
周囲を覆っていた闇の大きさからで分かる。……どう出るか?
70 :
竹紫:02/06/13 00:36 ID:AjF/KJ0H
「分かるか? おれの強さが」
桑原の胸中を見透かしたように男は言った。
「分かるさ……」
「ならさっさと技をよこせ」
「答えはもう言った筈だが」
桑原は木刀を構え直した。既に木刀にも気は流れている。
「それが利口じゃないと言っている!」
男が叫ぶとその身体に変化が生じ始めた。
「ばかな……お前は超地球人……だと?」
驚愕に彩られた桑原の言葉もむべなるかな、男は明らかに超地球人であっ
た。
「この状態で貴様に制裁を下すのは簡単だが、それではおれの主義に反する。
おれは貴様を最高の技で倒す。……いいな」
「百獣の王気取りかよ。まいったね」
おおおおっ!
男が吠えた。桑原が感じたのは、どんどん高まってゆく男の気であった。
気を付けろよ桑原。おれの気を感じるのは止めておいた方がいい」
男の声が耳に入ったが、戦いにおける貴重な情報源の相手の気を感じない
ですむすべを桑原は失っていた。
「熱い!」
そう叫ぶや否や、桑原は身を抱えて膝をついた。
男の気はもはや常識の域を越え、桑原が感じたのは全身を包む猛烈な熱波
であった。
「な……んなんだ。お、お前は?」
全身に熱湯を浴びせられた感覚に耐えながら、声にならない声で桑原は訊
いた。
71 :
竹紫:02/06/13 00:37 ID:AjF/KJ0H
「見てのとおり、貴様の敵であり、超地球人でもある存在だ。気を感じる戦
いに慣れ過ぎて、おれの気を無視する事もできまい。そんな状態で戦えるの
か?」
外見は従来通りだが、銀のオーラに銀のスパークが付属した状態で男は訊
いた。
「これは超地球人の第二形態と言える。この状態で普段のおれの千倍の能力
が発揮できる」
「!」
発狂しそうな痛みに耐えながら、桑原は驚きの表情を作った。
「超地球人の伝説を知っているか? 一晩で山をも崩すというあれだ。春日
はどうだ。それほどの能力があるか? 無いだろう。実際、今のおれにもそ
れが可能かは疑問だ」
「……何が言いたい?」
「おれは訓練の末、偶然にもこの状態を発見した。これでも伝説に及ばない
とすると----」
「もっと強力な形態があるというのか」
「そうだ」
「勝手にしやがれ」
桑原は相手の気を感じまいと努力したが、方法はただ一つ、戦闘体制を解
く事のみであった。
「どうした? 気が落ちてるぞ。それでもおれと戦うか?」
第二形態の超地球人はにこやかな表情で訊いた。しかし、目は笑ってはい
なかった。
72 :
竹紫:02/06/13 00:39 ID:AjF/KJ0H
「……降参だ」
桑原はあっさり敗北を宣言した。常人の千倍のパワーや反射神経を持つ者
を相手に、結果千分の一に手加減した状態の剣舞がどれほどの効果を持つ?
「賢明だな。おれもできれば貴様ほどの達人の、武術者としての生命を断ち
たくはなかったからな」
「だが剣舞は渡せねえぜ」
構えを解いて桑原は立ち上がった。敗北を認めても、剣舞十代目の心意気
は確かだった。
「貴様に訊くことは諦めよう。ならば貴様の身体に語ってもらうまで」
「どういう意味だ?」
「本人にその気はなくとも、口を割らせる方法があるということだ」
「ちっ、薬か? 術か?」
桑原は咄嗟に木刀を構えた。
「どちらかだ……」
男の姿が霞んだ。
73 :
竹紫:02/06/13 00:39 ID:AjF/KJ0H
放課後、おれたちは校門前で人造人間を待ち伏せた。メンバーはおれを含
めて鳥山、滝沢、ハカセである。
「思ったとおり、来たわね。諒君」
おれに逢うや、心底嬉しそうに人造人間νは言った。
「随分と馴れ馴れしいな」
「そうかしら。あたしと貴方はそれほどの仲じゃない」
「……否定はしないがな」
「そうでしょ」
νはあのときと同じ様に髪をかきあげた。以前の冷徹なイメージは感じら
れないのが不思議だ。
「人造人間! 桑原さんをどうしたっ!」
滝沢が変身しかねない勢いで訊いた。気は平常時のMAX近くに達してい
る。
「そうなふうに呼ばないでよ滝沢君。間宮さんでいいわよ」
「くっ……」
滝沢もνのソフトな物腰に尻込みしている。罪を憎んで人を憎まずの滝沢
には辛いだろう。なにしろなんの罪もない人間を怒鳴りつけてる気分になる
からだ。
「そのことであたしは学校に来たのよ」
「どうゆうことだ?」
おれは慌てて一歩踏み出した。一番知りたい疑問の解答を奴が知っている
ような気がしたからだ。
結局、喫茶店に場所を変えて話しを聴いたが、内容はとんでもないことだっ
た。
74 :
竹紫:02/06/13 00:40 ID:AjF/KJ0H
あの餓狼高校にもう一人の超地球人がいて、強力な戦士を集めて地球を暴
力的に制圧しようと企んでるのだそうだ。その男の名は硫黄島隆。リュウだ
ぜ?
「そんな馬鹿な。いくら超地球人が強力だといっても、世界征服なんてでき
るのかよ?」「軍隊の最新火器を相手に、生身の人間がどれほどの効果を挙
げられるのですか?」
おれたちは矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「貴方たちは超地球人の本当の力を知らないからそう言えるのよ」
オレンジジュースのストローから口を離したνが言った。
「本当の力?」
「そう、本当の」
「……古文書に伝わる伝説ですか?」
ハカセが訊いた。
「あ・た・り」
νにウインクされ、ハカセは頬を赤らめた。確かに、人造人間であること
を抜かせば可愛い顔してるからな。
「彼の能力は伝説の域に近づいているわ」
ストローを指で振り回しながらνは言う。
「一晩で山を崩すほどにか?」
「そうね、貴方の変身後の十倍の強さはあるわ」
「戦闘力二〇万近くか……」
冗談抜きで強い。核ミサイルともやりあえそうだ。
「伝説に近づいていると言った意味は?」
ハカセが訊いた。
75 :
竹紫:02/06/13 00:42 ID:AjF/KJ0H
「あたしのレーダーでチェックした状況だと、彼の変身後の能力は二段階に
変化するらしいわ」
「二段階?」
「一段目は諒と同じくらいのエネルギー値、二段目はそこから一気に十倍アッ
プするの」「分かりました。力自慢千人力でも一晩では山を崩せないと……」
「そんなところね」
山を崩すとか崩さないとかが問題じゃないが、おれの十倍強い相手をどう
倒す? 正攻法じゃとても無理だ。
「これ以上強くなっては困ります。一気に僕と春日さんで倒しましょう」
滝沢がテーブルから身を乗り出して言った。
「ひとつ忠告するわ。敵から見れば貴方たちのパワーもスピードも十分の一
なのよ」
「しかし……このままでは地球がっ!」
「あたしも協力するわよ」
「え?」
「あたしも手を貸すって言ってるの」
この後に及んで人造人間はとんでもない申し出をした。一度は人類を皆殺
しにしようとした人造人間がだ。
「どうゆう心境の変化だ? ドクターゲオはおれを倒したいんじゃないのか」
おれはクリームソーダをかき混ぜながら訊いた。ここのはどーも甘すぎる
ぜ。
「それもあるわ。でもね、先に倒すべき相手が現れたってわけ」
「気に入らねえが、利害は一致してるってわけか」
「そーね」
76 :
竹紫:02/06/13 00:42 ID:AjF/KJ0H
νは肘をついてストローを咥えた。
「お前はあのときよりパワーアップしてんだろーな?」
おれはストローを投げ出し、激甘クリームソーダ攻略を諦めた。
「少しはね。貴方たちには及ばないけど」
「それじゃあ、三人掛かりって手も無理だな」
「そうね」
そう言ったνのストローがZOOと音を立てた。
「敵の超地球人対策もいいですけど、敵が集めている戦士とはどういった存
在なのでしょう?」
「彼はどういう手段を使ったか知らないけど、手元に人間離れした能力を持っ
た戦士を次々と集めているわ。もしかすると、集めるのではなくて製造して
るのかもしれない」
「製造?」
おれは眉を顰めた。その戦士がおれや桑原を襲った奴等か。
「一般的人間の能力を遥かに越えてるわ。人間と言うよりむしろ貴方たち超
地球人に近い存在ね。それがこれほど狭い地域にあれだけいるのは不自然ね」
もともとが不自然だよ。
「それで製造しているのではないかと?」
「そうね」
77 :
竹紫:02/06/13 00:43 ID:AjF/KJ0H
ハカセがいるおかげで、難しい会話も実にスムーズだ。
「どうやってあんな人間を作るんだ?」
「分からないわ。何か超自然的方法によるとの公算が大きいわ」
「分からねえな」
おれは首を傾げた。何の話だ?
「では、何か常識を越えた方法で人造戦士を作っていると?」
「そーゆーこと」
この話題はどうやらハカセに任せた方がいいらしいな。
「間宮さんの情報がここまでなら、これ以上の推測は無理ですね」
そしてついに結論は出ないままとなり、おれたちは解散した。硫黄島の存
在が分かった以上、桑原奪還も延期となってしまった。鳥山の護衛には滝沢
がついた。
78 :
竹紫:02/06/13 00:44 ID:AjF/KJ0H
ここまでで半分
おつかれ〜(w
すっかり読みふけってたよ(wwwww
80 :
竹紫:02/06/13 00:47 ID:AjF/KJ0H
じゃあ再開するぞ
81 :
竹紫:02/06/13 00:47 ID:AjF/KJ0H
3・攻撃
「なあ、滝沢。いつまでおれに付いて来るんだ?」
その言葉通り、沈鬱な面持ちで鳥山が振り返った。人造人間との接触があっ
た、あの喫茶店からの帰路である。
「鳥山さんを無事に自宅へ送り届けるまでです」
こちらは目的達成意欲に燃えた迫力で、滝沢は答えた。
「それに、次に狙われやすいのは鳥山さんです」
「確かに、うちの仲間で一番弱いのはおれだからな」
鳥山は半ば投げやりに頭の後ろで手を組んだ。
「それはしかたありません。鳥山さんは唯一普通の人間ですから」
「普通が一番さ」
「!」
二人は不意に立ち止まった。
「鳥山さん!」
「ああ。こいつは待ち伏せの気だ。それにけっこう強い」
鳥山は軽くステップを開始した。古武道、飛鳥の始動準備か。
「相手は二人ですね」
「おれと滝沢なら十分だろう」
滝沢は徐々に上昇しつつある鳥山の気を感じた。
その鳥山の気の変化を相手も悟ったか、通りの角が数個の人影を吐き出し
た。
「!?」
鳥山と滝沢は顔を見合わせた。相手は三人だったのだ。うち一人は二人が
よく知っている男だった。だが、ただひとつ違う点は、その男には気が無かっ
たことだった。
ガンパレ〜♪
83 :
竹紫:02/06/13 00:48 ID:AjF/KJ0H
「よう、お二人さん。元気そうだな」
二人の赤みがかった学ラン姿の間から進み出た男は、桑原一也だった。
「一也! てめえ、いつから気を消せるようになった?」
鳥山が戦闘体制のまま訊いた。桑原にはいつもと違う無気味な雰囲気があっ
たからだ。「つい最近さ。お前にも教えてやろうか?」
「桑原さん! 一体今までなにをなさっていたのですか?」
既に鞄を捨てた状態の滝沢が訊く。
「それは後でじっくり説明してやるよ。今はお前等二人をさらいに来た」
桑原は木刀の布包みを解いた。
「鳥山さん!」
滝沢は変身した。同時に鳥山も気を開放した。
花火に似た音が閑静な住宅街に響いた。
「お前等二人は鳥山を押さえろ。おれは滝沢をやる」
桑原は背後の二人に指示を出した。無言でうなずいた二人は、桑原を倒し
た杉原と、春日を襲った角刈りの男だった。
もう一度炸裂音が響くや、桑原たち三人の気が開放された。
「!」
鳥山と滝沢は驚愕した。他の二人はさておき、桑原の気は滝沢のそれに等
しい大きさにまで膨れ上がったからだ。
「いくぜ滝沢。一度お前と本気でやりあってみたかったぜ」
五人は一斉に動きだした。
まず飛び出したのが滝沢と杉原だった。二人の速度はほぼ互角であった。
それを見た滝沢は杉原を攻撃した。
その次に出たのは桑原と鳥山だった。杉原の動きを見て攻撃を断念した鳥
山の狙いは、最後の角刈りの男だった。
「さすが超地球人。いい動きですねえ」
滝沢のリーチの外を巧みに移動しながら、余裕の表情で杉原が言った。
84 :
竹紫:02/06/13 00:49 ID:AjF/KJ0H
「何故そんな動きができる?」
杉原を追跡しながら滝沢が訊く。
「滝沢! お前の相手はこのおれだぜっ」
木刀の黒い軌跡が滝沢の右上腕部に吸い込まれた。
「痛っ!」
滝沢の動きが止まった。
「そんな動きじゃあおれを捕まえられないぜ」
鳥山は角刈りに攻撃を開始した。
「どうかな?」
角刈りは気の塊を作り出した。サッカーボール大のそれには全く動きはな
く、空中に浮かんでいた。
次の刹那、鳥山の進攻と攻撃は気の塊に阻まれてストップした。
「くっ!」
同時に背後から一撃を加えられ、鳥山は自分の相手が二人いる事に気付い
た。威力はさほどないが、何度も受けていてはいられない攻撃だった。
桑原から間合いを取りながら、滝沢は思案していた。
----桑原さんの能力は僕と同じだ……素手では勝ち目はない。
「はあっ!」
滝沢は気功波を放った。
「甘いっ!」
攻撃は簡単に桑原の木刀に叩き落とされた。
「剣舞は忍者も相手にできるんだぜ」
木刀を頭上に掲げた構えで桑原は言った。頭上から閃く剣閃はいかなる飛
び道具も無効化しうるのか?
85 :
竹紫:02/06/13 00:50 ID:AjF/KJ0H
「ぐあっ!」
自身の数倍のフットワークを誇る相手に翻弄され、別の方向から飛来する
プロレスラーのドロップキック級の気功波を食らいながら、鳥山は苦戦を強
いられていた。
----こいつら、力は偏ってるが連携が巧い。
「見ろよ滝沢。鳥山はやられるぜ」
木刀に添えた両手から右手だけを降ろしながら桑原は語った。
「何故です! 仲間じゃないですかっ!」
「仲間? それは昔のことだ」
「!」
桑原の右手が閃いた。その光が生み出したものは、まさしく気功弾だった。
滝沢は咄嗟に右手で弾き返した。
しかし、桑原はその隙を逃さずに間合いを詰めた。
「秘剣、藤幻舞っ!」
無数の花びらが舞うが如く軌跡を残して、桑原の木刀が唸りをあげた。
鈍い音が路上に響いた。
咄嗟に右手から気を炸裂させ飛び退いた滝沢だったが、頭をガードした左
手から激痛を感じ、膝をついた。
「折れたか、ひびでも入ったか? 素直に食らっていれば脳挫傷は確実だっ
たな」
楽しそうに桑原は訊いた。全身が歓喜に戦慄いている。自分が一生かかっ
ても叶わないと思っていた超地球人の滝沢を確実に追い詰めている。その喜
びが生む感情であった。
同時に鳥山も膝をついていた。
「鳥山さん!」
86 :
竹紫:02/06/13 00:50 ID:AjF/KJ0H
「お前等は今日から硫黄島さんの兵隊になる。おれの様なパワーアップも期
待できるぜ」 桑原は滝沢との間合いを詰めた。必殺の間合いへと。
滝沢は覚悟を決めた。
「鳥山さん! 逃げて下さいっ!」
滝沢の右手が無数の気功波を放った。周囲は激しい音と輝きに包まれた。
「馬鹿な! そんな技がっ!」
木刀の陰で気功波をしのぎながら、桑原は叫んだ。木刀に気の流れを集中
させる。
滝沢の生み出した気功弾は杉原と角刈りにも殺到した。
周囲の家屋にも飛び込み、壁やガラスを砕くものも相当な数だった。
「引けっ!」
桑原が叫んだ。
そして数分後、路上には力尽きて倒れ伏した滝沢の姿のみがあった。
87 :
竹紫:02/06/13 00:52 ID:AjF/KJ0H
「……すみません。僕の責任です」
翌日のことだった。鳥山は行方不明となった。
「誰もお前を責めないよ。桑原の気はおれも感じた。あいつがおれたちと同
じ土俵に上がったら厄介なことになる」
おれは滝沢たちの戦闘が始まったときすぐにνと一緒に駆けつけたが、結
果はこのとおりだった。
「残りの二人は能力から見て多分、杉原と角田ね」
νが言った。昨日以来、絵理奈としか呼ばせてもらえねえ。まあそんなこ
とはどーでもいい。
滝沢の話からすると、杉原って奴は超地球人並みの身のこなしを持ってい
る。それ以外は特徴無し。もう一人の角田は恐らくおれと戦った野郎。パワー
だけは超地球人並みだ。 肝心なのは桑原だ。動きはおれたちに及ばないに
しろ、技のキレは五分だ。現に滝沢の左腕にはひびが入っている。これで戦
力大幅ダウンだ。
「問題は桑原のパワーアップの謎だな」
「それはやはり硫黄島の戦士の製造法と関係があるのでは?」
「となると、このぶんじゃ鳥山も強敵になりそうだな」
おれは軽くワンツーをして見せた。
「帝王拳の体捌きでは剣舞に太刀打ちできません。恐らく飛鳥にも……」
床に目を落として滝沢が言った。
「多分な。帝王拳はそれほど強くないし、おれたちも達人じゃねえ」
帝王拳は身体の能力を倍加させるものと、格闘術としての二つの形態があ
る。帝王拳でパワーアップするくらいなら超地球人に変身した方が遥かに身
体への負担は少ない。頼りになるのは格闘術の帝王拳だが、奥義をマスター
しても剣舞や飛鳥に勝てるかは疑問だ。
88 :
竹紫:02/06/13 00:53 ID:AjF/KJ0H
「まだ方法はあります」
それまでじっと黙っていたハカセが口を開いた。
「どんな方法だ?」
「超地球人の第二段階を目指す事です」
「簡単にできることなのか?」
何の苦労もなしにパワーアップができるのだろうか? 努力は惜しまねえ、
だが、それがひたすら時間を費やす作業だったらどうする。
「その辺の謎は硫黄島の出現が鍵じゃないかしら」
「なんだそりゃ?」
「彼の存在をキャッチしたのはごく最近。すなわち彼はその時期に超地球人
に覚醒したと考えられるわ」
「で、その心は?」
「最近超地球人になったのなら、次の段階に進んだのも最近」
νは人差し指を立てながら講釈した。
「確かに、奴の存在を感じるようになったのは二ヶ月ほど前からです」
「そうだとすると、長くて二ヶ月の期間がいるんだろ? 敵はそんなに待っ
てはくれないぜ」
「そうなったら地球はおしまいね」
なんてこった。
「でも、最長で二ヶ月間。僕たちにもチャンスはあります」
「……他の撃退方法も考えようぜ」
「他にどんな方法が……」
滝沢は腕組みを始めた。
「変身前を叩く手はどうでしょうか?」
ハカセが簡単に答えた。
89 :
竹紫:02/06/13 00:54 ID:AjF/KJ0H
「なるほど!」
滝沢は手を打ち鳴らした。確かに名案ではあるな。
「で、どうする? 変身前に致命傷を与えるのか? なんなら刺し殺すって
手もあるが----」
「それはだめね。彼は滅多に人前に姿を現さないわ。そんなことで良ければ
あたしが後ろから殺してるわよ」
νのとんでもない台詞で名案はお釈迦になった。しかし、よく考えて見る
とその方法はおれたちにも適用できるってわけだ。これからは後ろに目が必
要だな。いや、今までよく無事でいられたもんだ。
「……結局は第二段階を目指すしかないわけだ」
「そーね」
「しかし、人造人間の言う事を鵜呑みにしていいのですか? 人前に姿を現
さずに学生が勤まりますか?」
最初からνを信用してない滝沢が訊いた。なにしろ人造人間に一番痛い目
に遭っているからな。
「あら、間宮さんって呼んでもらいたいわね」
髪をかきあげながらνが言った。
「くっ……」
「そう力むなよ、滝沢。こいつはおれたちを利用しているんだ。嘘を言って
もしかたないだろう」
「そんなところね。……それに、彼は餓狼高校の普通の生徒じゃないわ」
「どーゆーことだ? 何故奴は餓狼校に関係している」
またまたおかしな状況になってきたぜ。
「餓狼高校は私立よ。彼の父親が学校の理事長をやってるわ」
「授業にも顔を出さなくてもOKってわけか」
「そーいうこと」
90 :
竹紫:02/06/13 00:55 ID:AjF/KJ0H
確かに、世界征服には学歴は不要だな。しかしムチャクチャなヤローだぜ。
高校生の分際で学校も行かずに世界征服に夢中か。しかも拳一つで世界を狙っ
てやがる。ボクシングの世界ランキングじゃねえんだぞ。
「で、どーする? 今日から第二段階を目指すか?」
「そうですね、僕たちにできる事はとりあえずそれですね」
結局、その日は無駄に終わった。いくら気合を入れても気が一時的に大き
くなるだけで、それもごくわずかな上昇でまるで意味が無かった。
「まだ一日目よ、焦ることないわ」
横でνが言った。
今回からなるべく大勢で行動する事になったのだが、滝沢とおれの家は別
方向、νの隠れ家は不明である。νはどちらの方向に帰ってもいいそうだか
ら、おれは滝沢に付けと言ったが言う事を聞かず、かくしてνはおれと家路
についている。
「お前、変わったな」
「え? 何が」
「だからよ、その……性格とか雰囲気とかが……」
νは一瞬不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔で、
「頭の中身が変わったのよ」
と言った。
「中身って、コンピュータがか?」
「コンピュータ? ああ、貴方の世界ではそう呼んでるのね。確かに、以前
に諒たちと戦ったときはそれに近いものを使ってたけど、今は貴方たち人間
に近い頭脳を持ってるわ。ちゃんとした言葉で言うと生体コンピュータね」
91 :
竹紫:02/06/13 00:56 ID:AjF/KJ0H
「生体……機械じゃないのか?」
「そーね」
「そうなるとどう違うんだぁ?」
「ふふふっ、お馬鹿ね。以前は与えられたプログラム通りに動くロボットに
近かったけど、今は人間と同じ様に意志があって行動してるわ。ゲオ様に従
う事を絶対条件でね」
「それで薄気味悪くなくなったってわけだ」
「可愛くなったって言ってよね」
ウインクされ、おれは少々困ってしまった。νに対して優美子とは違った
魅力を感じてしまったのだ。胸がときめくっていう感じは確かこうだったは
ずだ。
「お前、ちゃんとした意志があるなら罪悪感とかないのか?」
「罪悪感? どーかしらね」
「結局お前等の目標は世界征服だろ。征服して楽しいか?」
「あいてが諒だから言うけど、楽しくないわね」
「でも止めるわけにはいかない」
「あたり」
嘘かほんとか分かったもんじゃないが、とりあえずは信用できそうだ。
「新しい女か? 春日」
「!」
いきなり背後から呼び掛けられた。後ろには誰もいない筈なのに。
「そいつが人造人間か。もともと気が無いってのは厄介だな」
振り向いたおれたちが見たのは、木刀片手の桑原と、鳥山の姿だった。
「鳥山っ! もう寝返ったのか?」
「まだだ。寝返ってはいるが時間制限がある。今日来たのはお前たちに挨拶
するためだ」
92 :
竹紫:02/06/13 00:57 ID:AjF/KJ0H
桑原が余裕の表情でそう言った。野郎、滝沢に勝てそうになったくらいで
いい気になるなよ。
「いい感じだよ春日。今のおれならお前と五分でやりあえそうだ」
鳥山は独特のステップを繰り返しながらそう言った。
「そうかい、よかったな」
おれは奴から目を離さずにぶっきら棒で答えた。飛鳥の秘密はあの動きに
ある。
「だが、今日お前の相手をするのは一也だ。奴の方が先輩でな」
「そういうことだ春日」
既に戦闘体制が整った状態で桑原が言った。後は気を開放するだけだ。
「滝沢を追い込んだそうだな」
「ああ、意外とあっさりな」
「桑原よ、お前とは五分の条件でやってみたかった。初めてお前に逢ったと
きからな」
「そうだと思ったぜ」
「やるか?」
「OK」
おれたちは同時に気を開放した。例のあの音が景気良く響いた。νと鳥山
の戦いの合図にもなったらしい。二人が動きだした。
さて、鳥山はνに任せて、問題はおれだ。奴とはどう戦う?
相手が獲物を持っていた場合、今までは帝王拳などで能力を上げて戦って
きた。だがそれほどの使い手は数えるほどしかなく、最初の一撃を何とか防
げばあとはどうにでもなった。
しかし、今回は違う。桑原は一流の侍だ。リーチの差以前の問題だ。
「どうした春日? 以前のおれの剣閃なら見切れただろうが、今は違うぜ」
分かっている。分かっているから攻められないのだ。
93 :
竹紫:02/06/13 00:58 ID:AjF/KJ0H
「波動拳!」
おれは波動拳と同時にダッシュした。
「ふん」
奴はおれの波動拳を叩き落とした。だが、振り降ろされた後の剣は威力も
スピードもある程度は殺されている。それが狙いだった。
「!」
おれは奴の正面左よりから右フックを放とうとしたが、別の意識によって
そばにひざまずいた。
その頭上辺りを黒い流れが猛烈な勢いで通過した。奴の切り返した木刀の
仕業だ。そのままフックを打ち込んでいたら、側頭部を痛打されて頭蓋骨骨
折、脳挫傷は確実……いや、気が通った木刀だから切れるかもしれん。それ
を回避できたのはおれの戦闘本能おかげか。
「よくかわしたな。流石と言っておく」
その台詞を聞き終わらないうちに、おれは回転足払いを仕掛けた。
「くっ!」
そう言った桑原は転倒する筈だったが、奴は木刀を地面について棒高跳び
の要領でおれの頭上を越えた。
「そんなことまでできるのか!」
驚いたがしかたない。おれは剣舞の技をまったく知らないのだ。
どうやって奴の懐に潜り込む? 一度避けても二度目がある。多分三度目
もあるだろう。
「はあああ……波動拳!」
閃いたおれは十分に気を高めた波動拳を打ち込んだ。するとどうだ、奴は
避けたのだ。余りいい避け方じゃないがな。
94 :
竹紫:02/06/13 00:59 ID:AjF/KJ0H
なるほど、奴は適当な威力の気功弾----この場合は野球の硬球程度----は
打ち落とせても、気を高めた気功弾----ボーリングの玉程度----はさすがに
無理なのだ。しかも、木刀の動きではおれと対等に渡り合えるが、体の動き
はついていっていないのだ。
「くっ、次はおれから攻めさせてもらうぜ」
弱点を見つけられた桑原は焦って木刀を構えたが、おれにはもう一つ名案
が浮かんだ。
「----!! 何故戻る!?」
奴が驚いたのは当然。おれは超地球人の変身を解いたのだ。
「さあな」
「どうでもいいさ。やられても恨みっこなしだぜ!」
必殺の構えで桑原が駆け寄ったが、
「百倍帝王拳っ!」
おれは叫んだ。
辺りはおれの発した異常な量のオーラで真っ赤に染まった。さながら赤い
フラッシュだ。
「くそっ! 見えんっ!」
奴の叫びを聞きながら、おれは速攻で奴の背後にまわり、身を屈めて右ス
トレートを繰り出した。
ヒュン!
拳がヒットする寸前、奴が振り返り木刀を振るったのだ。気でおれの位置
を探ったのだろう。だが、おれはそれを見越して屈んだのだ。今までの攻撃
からして、奴が頭部を狙うことは予想済みだ。
ぐふっ!
振り返ったおかげでストレートをまともに腹に受けた桑原がうめいた。お
れはそのまま奴を蹴りあげた。サマーソルトキックだ。
95 :
竹紫:02/06/13 01:00 ID:AjF/KJ0H
だが奴は木刀でガードしたまま後方へふっとんだ。いい勘してやがる。
おれは帝王拳を解いて超地球人に成った。
「や……やるな、春日」
よろめきながら桑原がうめいた。
「さっきのおれのパンチは徐行中の車くらいの威力はあったぜ? 内臓がどー
にかなっちまったろ?」
「確かにな……だが死にはしないさ」
「このまま戦いつづければ、どちらかが死ぬかもな」
「それも言えるな。……確かにお前は本物だよ。滝沢とは違う。まったく、
戦うために生まれてきたような男だ。呆れたよ」
そう言うと、桑原は何か合図を出した。
その直後、確かに奴は姿を消したのだった。かき消すように……。
「νっ! ……じゃねえ、絵理奈!」
「……消えたわ。二人とも」
「どうやったんだ? テレポなんとかでもしたのかぁ!」
「いいえ、違うわ。二人はあの角の向こうに走って逃げたのよ」
νは道の先を指差した。
「あんなところまで一瞬にか?」
通りの角までは優に三〇メートルはある。それに二人の気は消えている。
「方法は分からないけど、赤外線には彼らが移動した軌跡がはっきりと写っ
てるわ」
「なんだそりゃ?」
「空気中に残留した彼らの体温はまっすぐ通りの角まで続いているの。だけ
ど、これは移動してから二〇秒は経過してるわ」
「意味が分からん」
「二〇秒間私たちは彼らの逃亡を黙って見守っていたってことね」
「二〇秒も……何故だ? 桑原の奴が合図した途端に消えたぞ」
「それが分からないのよ」
96 :
竹紫:02/06/13 01:00 ID:AjF/KJ0H
結局おれたちは二〇秒間何らかの方法によって意識を失っていたらしい。
おれだけならともかく、νの意識も停止していたのだ。尋常な現象ではない。
「諒、新しい事が分かったわ」
奴等の追跡を端から諦め、家路に付いた頃νが口を開いた。
「なんだ?」
「私には正確な時計が備わっているのだけど、さっきの戦闘記録を再生して
時間の経過を照らし合わせて見ると、桑原君が合図してから消滅する迄に時
間はまったく経っていないのよ」
「なんだ。結局テレポなんとかか?」
「テレポーテーション。物理的にそんな事は不可能な筈よ」
「ややこしいな。ハカセの出番がいるな」
「そうかもね」
「……」
「で、どうだった? 桑原君」
しばらく無言でいたら、νが訊いた。
「ああ、強い。……奇襲が成功しただけで、まともにぶつかったらやばいな」
「ふーん。そうなんだ」
「で、お前はどうだった?」
「あたし? 彼は確かに強いわ。人間にあんな運動能力があるとは思わなか
った。でも、彼の動きのパターンは確実に回収できたわ。攻撃力もそれほど
じゃないし、時間さえかけてデータを収集すれば確実に倒せたわ」
νは鞄を振り回しながらそう語った。
「やるな。横目で見てたが、あいつの動きを捉えるのはおれじゃあ無理っぽ
い」
「うふふっ、嬉しい?」
「なにが?」
「強敵ができてよ」
「ああ、よく分かってるな」
97 :
竹紫:02/06/13 01:02 ID:AjF/KJ0H
まったくそのとおりだった。強敵ができてビビるどころか、逆に闘志が燃
え上がる。おれはそんな男だ。
やがて、我が家が見えてきた。
「諒の事なら何でも分かるもん」
「何故だ?」
「ひ・み・つ」
νはおれの頬に口付けして走り去った。
「じゃーねー」
「ああ」
やがて、νの姿は見えなくなった。
「あいつ、何が言いたいんだぁ?」
おれはキスされた頬に手をあてて、しばらく立ち尽くしていた。
98 :
竹紫:02/06/13 01:03 ID:AjF/KJ0H
4・変化
「さすがです、春日さん。……ですが、桑原さんたちが消えた理由が気にな
ります」
その日の朝、おれは残ったメンバーに昨日の出来事を話した。話だけじゃ
ない。ここ視聴覚室でνが記録していた戦いのビデオも再生したのだ。なん
でも隠れ家で記録をVHSテープに変換したらしい。便利なもんだ。
「正確に測定した結果、桑原君が合図してから消滅するまでに一万分の三秒
経過していたわ」
「同じ事だ。そんな一瞬で奴等は三〇メートルを移動したんだぞ。おれでも
コンマ何秒かかかるぜ」
「確かに、その動きを戦闘で使用されると厄介ですね」
ハカセが言った。あたりまえだ、奴等が逃げるときだったからこうして無
事なんだ。
「しかし、それだけの速度で移動したにもかかわらず、周囲になんの現象も
確認されてないのが不思議ですね」
「なんだそりゃ?」
「つまりですね、三〇メートルを一万分の三秒で移動するものとして計算す
ると、時速約三六万キロ……マッハ三〇〇程度になります。
地球上でそんな速度に達したら、遠心力でとっくに地球の外へ飛び出して
います。
仮に遠心力に対抗してその速度を実現したとしたら、彼らの押しのけた空
気の後には真空状態が作られ、周囲にはかなりの風と騒音が発生する筈です。
しかも地上でならば空気との摩擦によって彼らの表面は数千度の高熱に包ま
れる筈です」
99 :
竹紫:02/06/13 01:04 ID:AjF/KJ0H
「だけどあたしの記録には異常な風も、音も熱も感知されていなかった」
ハカセとνがあれこれ解説したようだが、それを元に結論を出す能力はお
れにはなかった。
「で、結論は?」
「結論は、実際にはそんな高速で彼らは移動しなかった……ってことね」
「じゃあどーなんだ? やっぱり奴等は消えたのか?」
「そうでもないわ。赤外線カメラの映像では彼らが移動した軌跡ははっきり
と写っているわ」
「鍵は空気中に残された体温が既に二〇秒も経過していた後だったという事
ですね」
「そうなるわね」
「……おれは黙ってるから勝手に相談してくれ」
おれはνとハカセに別れを告げ、部屋の一角で滝沢と桑原鳥山攻略の作戦
を練る事にした。
「百倍帝王拳で目をくらますのはいい作戦でしたね」
「ああ、手応えはあった。これで奴は当分の間戦えないだろう。だがな、あ
りゃあ博打だ。次からはまともに攻撃を食らっても文句は言えん」
「次の手が必要ですか……」
「そこでおれは考えた。あいつが木刀でリーチを取るなら、おれたちももっ
とリーチのあるものを使えばいいとな」
「もっとリーチのあるのもの? それは何ですか」
「波動拳だ」
「気功波……しかし、桑原さんには簡単に防がれてしまいます。恐らく鳥山
さんにも」
「単発やまっすぐなやつじゃだめさ」
「確かに僕の連続弾は防ぐのがやっとのようでした。……しかもそれにカー
ブをかけるんですか?」
100 :
竹紫:02/06/13 01:05 ID:AjF/KJ0H
「そうだ。おれもまだ試しちゃいないが、カーブさせる事は可能な筈だ。そ
れも常識外れなカーブをな……」
「なるほど、僕もある程度自由に操れると思います。角田って奴が気功波を
空中に浮かべているのを見た事がありますし」
「壁にして置いておく事もな……」
そう言ったとき、H・R開始のチャイムが鳴った。
その日は桑原たちが消えた謎の解答も出ず、放課後、おれと滝沢は超地球
人第二段階への特訓と気功波の弾道をコントロールする特訓を繰り返した。
そしてその夜、鳥山の親から奴の消息を訊ねる電話があったが、おれは何
も知らないとだけ伝えた。
特訓は次の日も続いた。
「……はあっ!」
おれの右手から放たれた気功波は一見あらぬ方向へ向かうかのように見え
たが、弧を描いて滝沢の元へ吸い込まれた。
「春日さん! 今のはすごいカーブでしたっ!」
気功波を弾き飛ばしながら滝沢が驚嘆の台詞をもらした。
「僕を狙っているのが分かっていたから対処できましたが、こんなのがいく
つも飛んできたらとても避けようがありません」
「そりゃよかった。一応おれのは完成だな」
気功波の飛行速度は当人の戦闘力……いや、これは総合評価だから、正確
には気を飛ばす事に必要な能力が高い奴ほど速い気功波を飛ばす事ができる。
101 :
竹紫:02/06/13 01:05 ID:AjF/KJ0H
現在おれたちが飛ばしている気の速度は、計った事はないが少なくとも時
速二〇〇キロはかたい。とても目で見て避けれる速さじゃない。来たと思っ
た瞬間に手に気を集中させて弾き飛ばすのが精一杯だ。うまく弾き返せるの
は、相手が正確に狙ってくれているのと気功弾そのものの大きさが大きいか
らだ。最低限度威力を持たせるには小玉のスイカくらいの大きさが必要だ。
もっとも、相手が弱い場合はその限りではないがな。
「複雑な弾道の気功弾を曖昧にばらまくだけで、相手は防御に徹するしかな
くなります」
「それでぐんと攻めやすくなるってわけだ」
「はい!」
今度は滝沢の訓練が始まった。
その日の訓練は暗くなるまで続いた。辺りは季節外れの花火遊び状態だっ
た。
102 :
竹紫:02/06/13 01:06 ID:AjF/KJ0H
「返り討ちにあっただと……?」
暗闇の気配の中で男が訊いた。声の主は硫黄島だった。
「はい。さすがに春日の奴は手強く……」
そう答えた声は桑原一也であった。彼は腹部にかなりの傷を負った筈。
「人造人間にも手を焼かされました」
鳥山清隆の声も響いた。
例の地下室らしき場所での会話である。
「ふん……、で、傷はどうだ?」
「はい。癒井に直させました。あの傷が完治するなんて信じられません」
桑原は答えた。春日との戦闘から二四時間と経っていない。完治するなど、
通常ではあり得ない事だ。そして、それを実行した「癒井」とは何者か?
「そうだろう。誰もが奴の能力には驚く」
「今日は鳥山に例の物を……」
「----そうか。用意しよう」
椅子のきしむ後に追って移動する気配が伝わってきた。
「鳥山をここへ」
しばらく後、硫黄島の声がそう伝えた。
桑原は鳥山に付き添って進み出た。
闇の向こうから液体の満たされたコップが突き出された。
鳥山はそれを受け取ると、一息に飲み干した。赤黒い液体だった。
「……これで彼はおれの完全なるしもべとなった。
硫黄島の声に、桑原は無言でうなずいた。
103 :
竹紫:02/06/13 01:07 ID:AjF/KJ0H
「ちょっと、春日君」
休み時間、トイレを済ませて手を洗い、その手を振り回していたとき誰か
に呼び止められた。
誰かではない、おれをこんな風に呼べるのは優美子しかいない。気はとっ
くに察知していた。この気はちょっと不機嫌な気だ。
「お、おお。優美子」
「おお、じゃないでしょ」ズボンに手を叩きつけて仕上げに入ったおれに、
優美子はハンカチを取り出して持たせてくれ、
「最近間宮さんと仲がいいって話じゃない」
と、いつもの膨れっ面で言った。
「仲がいいってなんだよ……」
しまった……。優美子を遠ざけたまま忘れてた。まあ念のためって事にし
ておこう。
「学校の帰りはいつも一緒だし、学校でもしょっちゅうみんなでいるじゃな
い。いつの間にか仲間になっちゃったの?」
彼女は一息にそれだけ言った。それもかなりの大声でだ。しまいにはうち
のクラスの男が肩を叩いて行った。顔には「仲良くしなよ」って書いてあっ
たぜ。
「ご、誤解だ。誤解。あいつは今は敵じゃないんだ。本当の敵は他にいるん
だよ」
「どーだか」
こりゃあほんとに怒ってるぜ。どうやら言い訳だけじゃ乗り切れそうにな
い。
「す、すまん。謝る。このとーり」
おれはその場で土下座を始めた。そうしないと彼女には許してもらえそう
にないと思ったからだ。
「ちょ、ちょっと春日君」
優美子は慌てておれの手を取って引き起こそうとした。おれはしぶしぶ立
ち上がった。「今回はほんとに悪いと思ってる。……すまん」
104 :
竹紫:02/06/13 01:08 ID:AjF/KJ0H
「ほんとに?」
「ほんと」
「……じゃあちょっとだけ許してあげる」
優美子はやっと元の笑顔に戻った。しかし、
「ちょっとだけって、後はどうすんだ?」
全部は許してくれないのか?
「今日、付き合ってよ」
「今日? 放課後か?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「い・ま・か・ら」
かくして、おれと優美子は三次限目の休み時間にそろって学校をフケた。
各々の家で私服に着替え、街に繰り出した。
おれはジーンズにフライトジャケット、優美子はジーンズにデニムのシャ
ツ、黒のふさふさした生地のハーフジャケット。彼女なりにおれに合わせた
のだろう。
はて、何処へ行ったものか、と思案していると優美子が「あたし、見たい
映画があるっ」なんて言い出したので、映画館へ直行となった。
そして、何が見たいのかと思えばアクション映画。タイトルは「ツイン・
ワールド」なる映画で、舞台は学生が最新兵器を駆使してドンパチしながら
学校の勢力争いをやってる世界。しかし、ひょんなことから主人公達は自分
の生きてきた世界が巨大な宇宙船の内部に作られたものである事を知る。や
がて主人公達は作られた世界の外へ出るが、外の世界では宇宙戦艦同士がド
ンパチやっているのだった。しかも、科学兵器で戦っていた主人公達とは違
い、宇宙では魔法や妖術が主流のファンタジーワールド。そこへ主人公達の
近代兵器がなだれ込み、大した苦労もなく戦争に勝利する……。こんな内容
だった。実は主人公達が倒した連中よりもっと強大な敵が存在するといった
形で終わってるから、続編があるのだろう。
105 :
竹紫:02/06/13 01:09 ID:AjF/KJ0H
おれも最初は乗り気でなかったが、とんでもないSFXやど派手なアクショ
ンシーンに夢中になり、優美子と一緒についついエキサイトしてしまった。
制作費うん千万ドルは無駄にはなっていなかったようだ。
「すごかったねぇ」
「ああ。久々に面白い映画をみた」
その後、ウィンドーショッピングに付き合わされ、何故かその後でバッティ
ングセンターへ行き、一番速い球をがんがん打ちまくって周囲の大人たちの
喝采を浴び(いざとなったら帝王拳二倍で球の速さは半分になるしな)、昼
飯の時間をずらして恵比須ガーデンプレイスへ行って桜色のそばを食ってか
らゲーセンへ、それからテニスコートで汗を流した頃には辺りはすっかり暗
くなっていた。
「ねえ、間宮さんとはほんとになんでもないの?」
帰り道。人通りもまばらな通りで、優美子が訊いた。
「ああ」
「彼女ってちょっとも恐そうなイメージがないね」
「ああ、何でも以前とは違うコンピュータを使って性格が丸くなったらしい
からな」
「でもよかった……間宮さん、春日君好みの美人だもん」
「なんだよ優美子。妬いてるのか?」
彼女は一瞬怒ったような顔をして、
「妬いてるわよ……だって……だって----」優美子は立ち止まった。
おれも慌てて立ち止まる。
「春日君の事、大好きだもん……」
優美子はおれに飛び付くような形で抱き付いてきた。おれも力一杯抱きし
めた。
106 :
竹紫:02/06/13 01:10 ID:AjF/KJ0H
驚いたことに彼女から唇を求めてきた。優美子とのファーストキスは前例
のない激しいものになった。勿論おれもそんな気持ちだった。こうでもしな
いと優美子をつなぎとめておけない気がしたからだ。
おれは今、はっきり意識した。おれが愛しているのは優美子一人だという
ことに。
「見せ付けてくれるねぇ。お二人さん!」
「!」
おれは優美子を抱きしめたまま振り向いた。
「よお、春日」
そこにはにやけた表情の角田と、桑原に喧嘩を売りに来た男、杉原と、見
覚えのない黒い男の三人が立っていた。
「ふざけたタイミングで現れやがってっ!」
おれは優美子を抱いたまま変身した。全員半殺しにするつもりだった。
「今回はお前が一人なのを知って独断で潰しに来た。そうすりゃ硫黄島さん
も喜ぶ」
角田は初めて逢ったときと同じ様にナメた口調で語った。
おれは優美子に近くの家の塀の陰に隠れるように告げ、奴等の前に立つ。
「独断で潰しに来た? 硫黄島もいい部下を待ったもんだ」
おれはせせら笑った。
「皮肉か?」
「当然だ」
敵の三人は同時に気を開放した。
前に立つ角田と杉原の戦闘力は以前の情報と同じ、どっこいだが、最後の
男はどうだ。異常に気が小さい。こいつには別の能力がありそうだ。
むちゃくちゃに頭に来ていたが、喧嘩となると話は別だ。おれはこれだけ
を冷静に分析した。
107 :
竹紫:02/06/13 01:11 ID:AjF/KJ0H
「あいにくお前と滝沢はおれたちの仲間にできない。二度と喧嘩できないよ
うにしてやるぜっ!」
そう言いながら、角田は気功波を放った。パワーは集中してるようだが、
遅い。数は複数。
「はあーっ!」
おれは連続気功波を放った。勿論カーブをかけて。
バンバン!
湿った炸裂音を残しておれの気功波は消滅した。角田の放った気が位置的
に悪く全員を捉えることができなかった。どうやらこれが狙いのスローな気
功波だったらしい。
「へっ、それが特訓の成果か?」
角田が言った。
「なにぃ!?」
こいつ、何故それを知ってる?
しかし、次に起こった出来事は、更におれを驚かせた。
黒い男が無言で気功波を放ったのだ。それもとんでもない数の。
「くそっ!」
おれは両手に気を集め、気功波の群れを次々と弾き返した。----威力は並
だが、無防備のうちに食らってはまずい。
同時に角田と杉原が動き始めた。しかし、黒い男の気功波はまだ止まない。
まるで機関銃だ。
おれはそのまま動きの遅い角田に接近した。角田は気功波を浮かべ始めた。
そいつでガードするつもりだな。
「うおおおっ!」
おれは右手に一気に気を集めてストレートを放った。右手は白く光った。
「うおっ!」
角田をガードした気功波を突き破っておれのストレートは命中し、奴は一〇
メートルはふっとんだ。畜生、腕に気を集めてしっかりブロックしてやが
る。
108 :
竹紫:02/06/13 01:13 ID:AjF/KJ0H
息付く隙もなく、数発の気功波がおれに命中した。中学生くらいのパンチ
力はある。
それもまだ止む気配はない。どうやら自然の気を使ってるらしい。こいつ
は固定砲台の様だ。
背後には杉原が迫っている。振り向きざまに回し蹴りを食らわすが、間一
髪で避けられた。その背中に黒い男の気功波が命中する。
これが鳥山を速攻で潰した連携プレーか。確かにきつい。
すばしっこい杉原を諦め、角田か砲台野郎に目標を変更した。とりあえず
はうっとうしい砲台だ。
おれは背中を丸めて両腕で頭をガードしてジグザグに走った。どうだ、時
速二、三〇〇キロは出てるぜ。
「!」
だが次の瞬間、おれは転倒した。
二転三転して道路脇の塀にぶつかる。転がったまま辺りを見ると、地面に
気の塊がいくつも転がっていた。角田の仕業だ。おれはこれにつまずいたん
だ。
「そこまでだな、春日」
角田が両腕を突き出した格好でそう言った。その掌にはおれの背筋を寒く
させるだけの気が集まっている。黒い男の攻撃も今は止んでいるが、いつで
もおれに向けて撃ち出す用意はできてるだろう。
「春日君っ!」
優美子の叫びに振り向くと、片腕を杉原に決められた優美子が悲痛の表情
で物陰から引きずり出されていた。
「これが春日さんの女ですか。なかなか可憐な女だ」
杉原は優美子を値踏みするように眺めながら言った。
「杉原は陰険だぜ、特に女の扱いは」
角田は面白そうに言った。
109 :
竹紫:02/06/13 01:13 ID:AjF/KJ0H
「イヤッ!」
優美子が身をよじった。杉原があいた手で優美子の乳房を掴んだからだ。
当の優美子は腕を決めらているために、派手に動けない。
「何しやがるっ!」おれは叫んだ。
「おっと、動くなよ。今のおれにはお前を殺せるくらいの気が溜まってるぜ。
しかもこの距離だ……お前がいくら速く動いても必ず当たるぜ」
杉原は執拗に指を動かし、感触を味わっている。
「いいな。これだから女はやめられない」
杉原はそう言っている。ふざけるなよ……女なら他にもいるだろう。
「杉原ぁ。こいつを仕留めたらその女をおれたちにもまわせよ」
角田は苦笑混じりそう言った。
----ふざけんなよ……。
「か、春日君! 助けて!」
「無理でしょう。彼は角田の気分一つで死にますよ」
服の上からに飽きたのか、杉原は今度は彼女の首筋から手を突っ込んだ。
----ふざけんな……。
「いいぞぉ杉原ぁ。剥いちまえ」
----ふざけんな!
「イヤーッ」
「ふざけんなああっ!!!」
おれは跳ね起きた。
「動くなって言ったろっ!」
角田が気功波を放った。
バシッ!
おれは左手一本で角田の特大気功波を弾き飛ばした。あっさりと。
「違う! さっきまでと違うぞっ!」
角田が恐る恐る叫んだ。その通りだった。少なくともおれの筋肉は一回り
アップしていた。
同時に無数の気功波が殺到したが、おれには全てが小学生のパンチ程度に
しか感じられなかった。
110 :
竹紫:02/06/13 01:15 ID:AjF/KJ0H
おれはまっすぐその足で優美子と杉原の元へ向かった。
杉原と優美子は半ば唖然とした表情でおれの進行を見守っている。
おれの優美子によくも----。
「熱いっ!」
杉原は体を抱えてその場に崩れ落ちた。
おれは杉原に近づくと、そのまま蹴り飛ばした。
ボクッ!
奴は五〇メートル程滑走した。
振り向くと、後の二人も杉原と同じ様に地べたに転がっていた。
おれは今度は角田に歩み寄り、左手一本で吊し上げた。
「あ…熱いよう。熱いよう」
そううめく角田の鳩尾に、おれは拳を叩きこんだ。奴はおれの手を離れ、
塀に激突した。
おれは黒い男に近づいた。
同じく吊し上げ、
「おい、帰って硫黄島に伝えろ。次はてめえの番だとな」
奴は必死にうなずいた。おれはそれを確認して手を離した。
おれはすぐに優美子の元へ急いだ。
「すまない、優美子」
「……いいの。春日君が無事で良かった」
「帰ろう」
彼女はうなずいた。
「ねえ、あの人達、死んだの?」
「いや、でも急所は突いた。死ぬほど苦しいだろう」
おれたちは丁度、杉原の傍らを通り過ぎた。
111 :
竹紫:02/06/13 01:15 ID:AjF/KJ0H
うげえぇぇっ!
突然杉原は吐いた。
ひどく赤黒い……それは血にも見えた。
まずいぞ。しかし、そんな。
おれは変身を解いて(あまりの出来事に変身を解くのも忘れていた)杉原
を観察した。 優美子はおれの腕にすがって固唾を飲んでいる。
少し離れた場所では角田もゲーゲーやっていた。
程なくして、奴の吐いた血のような物体は、ひどくドロドロしてることに
気付いた。
しかし、瀕死の重傷に思えた杉原が突如立ち上がった。
おれは身構えた。
「ひいっ!」
奴はおれと目が合うと、脅えたように一声あげて走り去った。
唖然として見送ると、角田も同じ様に起き上がっているところだった。三
人はやがておれたちの視界から消えた。
いったいどうなっているんだ? あの逃げっぷりなら生命に別状はなさそ
うだが……。 その後おれは優美子を家に送り届け、家に帰った。
その夜はおれの気を察知した滝沢から電話があり、一通りの出来事を話し
て聞かせた。結局のところ、詳しくは明日学校でとなった。
おれは滝沢には話さなかったあのときの出来事を回想していた。
全てはゾリーザのときと同じだった。
今のおれの強さは優美子のおかげで存在している。優美子はおれにとって
掛け替えのない存在だ。
そう、おれは優美子を愛している!
そしておれは、遂に超地球人第二段階に進んだのだった。
112 :
竹紫:02/06/13 01:16 ID:AjF/KJ0H
5・最終決戦
その朝、おれはいつものように学校に向かっていた。
PIRRRRRRRRR……
と、聞き慣れない電子音が聞こえた。どうやらその音はすぐ側の商店の軒
下に設置された公衆電話の呼出音らしい。
おれはその電話に出なくてはいけない気がした。「今回の一件に関係があ
るに違いない」とおれの勘がそう囁いたからだ。
おれは受話器を取って耳にあてた。
「かすが……春日諒だな?」
やたらと重い声が響いて来た。声の主は鉄の塊だろうか?
「そうだ。お前、硫黄島だろ?」
「……そうだ」
「どっから見ている?」
「お前には見えんよ」
「どうゆう意味だ?」
「意味? おれとお前では見る方法が違うからだ」
「なんだそりゃ? スパイ衛星でも持ってるのか?」
「……似たようなものだ」
「ちっ……」
「そろそろお前が邪魔になってきた。今日、餓狼校へ来い」
「ふん……行くさ。行ってぶちのめしてやるっ!」
「それを聞いて安心した。お前たちは何処に逃げても無駄だからな。……あ
との二人にもよろしく」
奴はそう言って電話を切った。
ダッシュで学校に向かい、みんなを集めた。みんなとは言っても既に二人
欠けてるがね。
113 :
竹紫:02/06/13 01:17 ID:AjF/KJ0H
「いよいよ硫黄島が出るのですか。やるしかないようですね」
滝沢は使命感に燃えた口調でそう言った。
「でも、あたし達に勝ち目はあるのかしら?」
νが奇妙なことを口にした。
「勝ち目って、昨日の春日さんの凄い気を感じたはずだろっ」
「あたしの測定値じゃ、諒の戦闘力は硫黄島の約半分だったわよ」
「!」
νが不安げな意見を出した時点でまさかとは思っていたが、あのパワーアッ
プでも第二段階には足りないのか?
「じゃあ、おれは第二段階に進んでいないのか?」
「残念だけど、たぶんね」
周囲に暗い沈黙が落ちた。
例を挙げてみよう。三人で硫黄島にかかったとする。奴の目から見て、攻
撃力もスピードも一〇分の一が二人、二分の一、つまり半分が一人。奴にし
て見れば動きの鈍い小学生三人を相手にするようなもんだ。
幼稚園児でもこの戦いを無謀視するだろう。
「時間を稼ぎましょう! その間に第二段階を目指すんです。……そうだ、
修行のほこらはどうです? 人造人間と戦ったときと同じ様に……」
「奴は何処に逃げても無駄だと言ったぜ。スパイ衛星も持ってるともな」
「しかし……」
滝沢の焦りはもっともだ。おれだって焦ってる。
だが、おれは戦ってみたい。それが無謀な戦いだったとしても。
「硫黄島の部下はあたし達の秘密特訓の内容も知っていたそうなんでしょ。
衛星はウソっぽいけど、逃げても無駄ってのは当たってるんじゃない」
「しかし、我々の戦闘力を合わせても硫黄島には及ばないっ! 地球は奴等
に征服されてしまいますよっ!」
滝沢の悲痛な叫びはおれに向けられていた。
114 :
竹紫:02/06/13 01:18 ID:AjF/KJ0H
「おれは……」みんなが注目する。
「おれは、硫黄島と戦いたい……」
「春日さん!」
「逃げても無駄だ。すぐに見つかる。結果は同じだ」
おれは言った。呟きに近かった。
「分かりました。僕は春日さんの分も逃げます。どこまでも逃げて、いつか
必ず超地球人2に成って硫黄島を倒します」
滝沢はそれだけ言うと、その場を後にした。
「これでいいのですか? 春日君」
ことの成り行きを見守っていたハカセが訊いた。
「すまない。おれには逃げるなんてとてもできない……」
「いいじゃない。諒なら戦うってあたしは思ってたから」
νには最初からおれの意志が伝わっていたようで、彼女はあっさりとそう
言った。
その日は授業に出席し、生徒がいなくなるような頃合を見て、おれとνは
餓狼高校へ向かった。
すると、学校の門柱に誰かが寄り掛かっていた。
「すいません春日さん。自分勝手なことを言って」
気で分かっていた。
滝沢だった。
「気にするな、おれの方こそ勝手だった」
「いえ……」
程なくして、生徒玄関とは別の方角から男が一人現れた。
「案内します」
男はそう言って歩きだした。気を探っただけでよく分かる。こいつもかな
りの実力者だ。現時点でも大学の空手部ともやりあえそうだ。
115 :
竹紫:02/06/13 01:19 ID:AjF/KJ0H
おれたちが案内されたのは校舎の裏の古い道場のような建物だった。
この建物の前にも強い気の男が二人、両手を後ろに組んで立っていた。
おれたちを案内した男は二人に一礼し、建物に入るように薦めた。おれた
ちは従った。 建物の奥には地下室があり、その奥の一室におれたちは通さ
れた。
この地下室はどこかが変だ。何かの気配があちこちにある。生き物の体内
のような所だ。
そしてこの部屋……真っ暗だ。黒い、真っ黒な水の中にいるような感じに
なる部屋だった。
「部屋の奥に五人いるわ」
相手の気が感じられずに四苦八苦しているおれに、νが小声で教えてくれ
た。
「よく来た。春日諒」
硫黄島の声が聞こえた。
同時に闇が後退した。その闇の中心に椅子に腰掛けた硫黄島がいた。他の
四人の内訳は、桑原と鳥山、後は初めて見る顔だった。
「来たぜ。硫黄島」
「……早速だが、一つ提案がある」
足を組んで頬杖をついた格好で、硫黄島が言った。
「なんだ?」
「おれの手足にならんか? 悪いようにはせん」
「くっ、以前にもおれにそんなことを言った馬鹿がいたよ」
おれは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ほお……」
「答えは『クソくらえ』だ」
「やれ……」
硫黄島の指令に、桑原と鳥山の気が開放された。さて、部屋の大きさは約
三〇メートル四方。戦うにはもってこいだ。
116 :
竹紫:02/06/13 01:19 ID:AjF/KJ0H
「昨日の三人はどうした?」
おれは気を上げながら訊いた。
「能力を失ったよ」
そうかい。何だか知らんが得したぜ。
うおおおおお……
おれは昨日のワンシーンを思い出していた。杉原の下衆な手が優美子に触
れ、おれは変身した。
変身のコツは、自分が変身していた状況、精神状態をよく思い出すことだ。
「ふざけんなあっ!」
おれは変身した。超地球人2の出来損ないだ。
「熱いっ!」
変身した途端、三方から声が上がった。
声を上げてその場に膝をついたのは、桑原、鳥山、滝沢だった。
「おいどうした? 滝沢」
昨日とよく似ているぜ。
「その三人はもう戦えまい。お前の気が大きすぎるのだ」
硫黄島はそう言って立ち上がった。
「なに……?」
「巨大な気は弱者の精神に灼熱のベールとなって覆い被さる。彼等に気を無
視しながら戦うことはできまい」
そんな馬鹿な。しかし、今更パワーを落としても意味がない。桑原と鳥山
を押さえただけでも儲けもんだ。
「たった一晩で不完全とはいえ、よく変身できるようになったものだな」
「あまりに強烈な出来事があったせいでな」
「ふん……」
硫黄島は気を高め始めた。
「かあっ!」
大音声の一声で奴は変身した。……なんて気だ。
117 :
竹紫:02/06/13 01:21 ID:AjF/KJ0H
確かに、今のおれにはストーブに囲まれたかのような熱波が襲って来てい
る。あの三人に比べたら大した事はないが。
そして、ゆっくりとおれたちは向かい合った。
「いくぜっ!」
おれは一気に間合いを詰め、二段蹴りからワンツーを仕掛けた。
「遅いな……」
おれの攻撃は全て空を切った。畜生、ミリ単位で避けてやがる。
すぐにνも攻撃に加わったが、結果は同じだった。
「邪魔だ……」
奴の蹴りが黒い奔流と化してνに吸い込まれた。
「きゃああっ!」
νは奥の壁までふっとんだ。激しい激突音とコンクリートが崩れる音が後
を追う。
「今の一撃はがらくたには効いただろう」
言いながら、硫黄島は奇妙なステップを始めた。……見覚えがあるぜ。
「飛鳥かっ!」
「そうだ。お前はこんな素晴らしい術を友から学ばなかったのか?」
奴は疾風のごとき素早さでおれの頭上を越えた。
「ぐあっ!」
空中からの蹴りを一発もらった。
後方に飛び退きながら連続気功波をお見舞いする。
「くっくっく……そのスピードではせっかくの変化球も台無しだな」
奴は全て微妙な体捌きで避け、無理なものは掌で押しのけるように軌道を
逸らした。
「くそったれっ!」
スピードに差がある以上、どんな小細工も通用しない。……やばいぜ。
「遊びはこれまでだ」
やがて、硫黄島が不意に片手を上げた。
118 :
竹紫:02/06/13 01:22 ID:AjF/KJ0H
そこへ一振りの日本刀が投げ入れられた。奴をそれを掴んで白刃を抜いた。
「今度は剣舞かい?」
「そうだ。真剣の剣舞だ。座興にしてはあまりにくだらない座興だった……
お前、死ぬな」
確かにな。おれは覚悟を決めた。
こうなったら、刺し違えても奴を倒す。おれは自然の気を集め始めた。
最近は授業中、こればかりをやっていた。おかげでかなり集められるよう
になった。今日も授業に出ていたのは、この特訓のためだったのだ。
ついでに気の形のコントロールもやっていた。壁が作れるなら刃もできる
筈。
----切って来い、おれも切られながら気の刃をぶつけてやる。その首根っ
こに!
「ほお……外気が流れているな。お前、そんな技もできるのか」
「!」
奴め、気付いてやがるっ!
「この状況でお前にできることは……共倒れか? そんなところだろう」
「ご名答」
おれは今度こそ覚悟を決めた。集めた気も散らす。ついでに目を閉じた。
「そうだ。それが賢明だ。苦しまぬよう一撃で決めてやる」
おれの心中を察したか、硫黄島は笑みを浮かべて刀を振り上げた。
やられるっ!
優美子。せめてお前だけは守りたかったぜ。
「むんっ!」
衝撃の後に奴の気合がやって来た。奴の剣は音速をとっくに超えていた。
ザキンッ!
おれはそのまま倒れた。切られたというより、跳ね飛ばされたようだ。ど
こをどう切られたのか? 妙に気になった。
119 :
竹紫:02/06/13 01:23 ID:AjF/KJ0H
「き、貴様っ!」
硫黄島が驚愕の声を漏らした。おれも慌てて目を開く。
「な、に……」
そこには肩口から斜めに一気に切断されたνの姿があった。下半身は立っ
ていたが、切断された上半身は顔をおれの方に向けて地面に横たわっていた。
「絵理奈っ! しっかりしろっ!」
おれは硫黄島を無視して絵理奈に駆け寄った。急いで抱き起こす。
「りょ、諒。……ご、ごめんね。役に立てなくて」
彼女はゆっくりと目を開くとそう言った。
「何言ってんだ! 直るんだろ? ドクターゲオに見せれば。……なあ?」
「だめよ……細胞活性装置のエネルギー伝達路が切断されているわ。あと数
分であたしの脳は死ぬ……」
「なんだよ……こんなときにややこしいこと言うなよ。ハカセはいないぜ」
おれの瞳から涙が溢れ、絵理奈の頬を濡らした。おれの変身はいつの間に
か解けていた。
「間宮さんっ! 大丈夫ですかっ!」
超地球人の滝沢が駆け寄った。
「うふふ……やっとその名で呼んでくれたわね」
「間宮さん……僕……いや、おれは人造人間であるあなたが憎かった。しか
し、目的は違えども共通の敵を相手に戦うあなたを見て、日に日にその考え
が間違いであることに気付いて行く自分に納得できないでいた」滝沢は拳を
握り締めた。
「しかし! 今は違う。あなたはおれたちの掛け替えのない仲間ですっ!」
「ありがとう。あたしはずっと貴方のことを弟のように思ってきたわ」
彼女の体からモーターの空回りするような音が響いてきた。振動も感じら
れた。
「絵理奈っ!」
120 :
竹紫:02/06/13 01:24 ID:AjF/KJ0H
「あたしね、ゲオ様から諒たちのデータを転送してもらったとき、すごく興
味が湧いたの。特に春日諒にね。貴方と逢う前もずっと貴方のことばかり考
えてた。どんな性格なのか、趣味は何か、好きな食べ物は何か、……変だよ
ね、いつかは殺さなくてはいけない存在なのに。もしかして、これが恋なの
かしらね」
「お前……」
彼女の左手がぎこちなく動いて、おれの頬に触れた。それは人間の動きで
はなく、明らかに機械の動きだった。
「ねえ、諒。あたしの最後のお願い、聞いてくれる?」
「なんだ? 何でも言ってみろ」
「……チューしてよ」
「なに?」
「……もう、女の子にこんなこと何度も言わせるつもり? 時間がないわ。
早くっ」
おれは慌ててうなずき、彼女をキスの位置まで抱き上げた。
彼女は目を閉じた。
おれは半ば緊張しながら、彼女と唇を重ねた。
暖かく、ソフトな唇だった。これが機械の筈がない。
ドクターゲオ、あんたは天才だよ。恋をする機械を作っちまったんだから
な。おれは見た事もない狂気の科学者に敬意を表した。
やがて彼女はぎこちなく唇を離し、
「あ・り・が・と・う」と言った。
声はなかった。唇の動きがそう告げていた。
同時に、モーター音も、彼女の体を震わせていた振動も、消えた。
「え、絵理奈……。
絵理奈あああっ!
……何でだよ。何で死ぬんだよ。人造人間だろ? 優美子と出逢う前にお
前と……」
逢いたかったぜ。
121 :
竹紫:02/06/13 01:24 ID:AjF/KJ0H
「ふっ……やっと止まったか。がらくため」
おれと滝沢はその声の主を睨んだ。睨み殺すほどの勢いで。
「なんだとっ!」
おれはそう言った滝沢を制した。
「くだらんな。がらくたと恋愛ごっこか……実にくだらん」
----くだらないこと、だと?
「貴様のキスした相手は機械だぞ。ただのからくり人形だ。気味が悪いな」
----気味が悪い、だと?
おれの中で何か熱いものが動いている。滝沢は再び硫黄島の気を感じたら
しく、戦闘不能になった。
「とんだ茶番でしらけてしまったな。だが、貴様を殺すことに変更はない」
奴は再度、剣を構えた。熱いものはますます激しくのたうっている。
……茶番か。絵理奈よ、言われたもんだな。
体内にうごめく熱いものは更に数を増やしていった。
そろそろ限界だ。
「死ね……」
「お前こそ死ねええぇっ!」
おれは一気に熱いものを吐き出した。口からではなく、全身から。
周囲が地震の如く強い振動に包まれた。
薄暗い地下室が銀色に染まった。
その中で、おれは硫黄島の白刃を左手の人差し指と親指だけで受け止めて
いた。
「なんだ? その形態は? まさかっ!」
奴は日本刀から手を離し、数歩退いた。
地震はまだ収まらない。
122 :
竹紫:02/06/13 01:25 ID:AjF/KJ0H
「どうやらなっちまったようだぜ。2を通り越して3によ……」
「ばかなっ! 超地球人3だとぉ!」
「今のおれならあんたをぶっ潰せそうだぜ」
おれは白刃を指だけで粉砕し、奴に歩み寄った。
「ま、待てっ! おい、流を使えっ!」
奴はおれを制止しながら、背後の二人に命令した。ナガレとはなんだ?
「何を待つんだ? おれはあんたを殺したくてうずうずしてんだぜ」
「ま、まあ待てよ。ちょっとだけでいい」
「?」
何を考えている? すぐに仕留めるべきか?
そう考えていたとき、風景が変わった。
何が変わったわけでもない。確かに以前とは違う。現に硫黄島は一瞬前と
は違う位置で荒い息をついている。そういうおれにも覚えのない痛みが感じ
られていた。ちょっと転んだ程度の痛みだが。
「はあ、はあ、化け物め。これだけ打ち込んでも血一滴流さんとは」
奴はそう言ってあえいでいる。どうゆうことだ? 何が起こった?
「早く流を回復させろっ!」
硫黄島はそう言った。
「くそっ!」
おれはストレートを叩きこんだ。
しかし、一瞬前まで存在していた奴が消え、おれの拳は空を切った。しか
も、今度は別の場所に痛みを感じる。
「別の刀を用意しろっ!」
奴はそう叫んだ。よくみると、今まで部屋の奥に立っていた男が消えてい
る。
123 :
竹紫:02/06/13 01:27 ID:AjF/KJ0H
「どうゆうことだ? 硫黄島」
「ふっ……おれの切り札だ」
「なにい?」
光景が変わった。今度は硫黄島が刀を構えている。男も一人そばにいた。
「今度こそ死ねよ、化け物」
硫黄島は刀を振り上げた。
「春日さん! 今です!」
滝沢の声に押され、おれは一気に硫黄島にボディブローを叩きこんだ。
奴は先程の絵理奈より激しい勢いで壁に叩きつけられ、地に落ちた。
「う、うわーっ!」
男はそう叫びながら逃げ出した。おれはそれを無視して硫黄島に駆け寄っ
た。
「やられたよ、春日」
やつは息絶え絶えでそう言った。
「……」
「おれの切り札は、流という部下の時間停止能力だったのだ」
「時間停止?」
「そうだ。奴は肺に溜まった空気を全て吐き出し、次の空気を吸うまでの間、
時間を止めることができる。無論、おれと部下にはその影響はない」
そうだったのか。おれと絵理奈の目の前から桑原たちが消えた理由。それ
は時間停止のせいだったんだ。しかし、そんな種明かしをするとは……。奴
は負けを認めたようだ。
流とかいう奴。そいつを滝沢は始末したんだな。
「もう一つ訊きたい。お前は帝の民の血を引いていたのか?」
奴は首を横に振った。
124 :
竹紫:02/06/13 01:27 ID:AjF/KJ0H
「おれは幼い頃、考古学研究者の父が持ち帰った中国の壷をいたずらしてい
た。壷は密封されていたが、おれはかまわずに開けた。封を開けるときに手
を少し切ってしまったが、幼いおれは気にしなかった」
そこで言葉を切り、奴は血を吐いた。こいつは間違いなく血だ。奴の内臓
はかなり破裂している筈だ。……それでも奴の口を動かしているのは、いま
だに変身を解いていない奴の精神力の賜物だろう。
「中には赤い、ゼリー状の液体が詰まっていた。おれはそれをジュースと勘
違いしたのだろう。おれはそれを飲んでしまった」
「……」
「おれはその日から三日三晩高熱にうなされた」
おれは変身を解いた。
「熱は下がり、おれは何事もなく今まで生活してきた。だが、二ヶ月ほど前
だったか。父と激しく口論し、おれはこれまでになく激しく激怒した……す
るとどうだ」
「超地球人か……」
「そうだ。おれは父を殺しそうになったよ。その後おれは父の資料を読みあ
さった。程なくして、父の研究内容は古代中国の『超人』についてだと知れ
た」
「帝の民……おれやお前のことだな」
硫黄島は力なくうなずき、
「文献の解読結果によると、この壷の中身は超人の真祖の血液であることが
記されていた。古代中国の帝の民達は偉大なる真祖の復活を願ってその血を
保存したのだろう」
と語った。
125 :
竹紫:02/06/13 01:28 ID:AjF/KJ0H
「初代超地球人か……」
「壷の秘密はそれだけではない。中身の血にある仕掛けを施し、それを飲む
ことによって超人の力を誰にでも得ることができるという秘密があったのだ」
硫黄島は、ここでも血を吐いた。
「その秘密は文献にも記されていなかった。父はそれを調査していたんだ」
「お前の親父がそれを発見したのか?」
「違う。見つけたのは幼い日のおれだった。……おれはガキの頃、それを飲
むときに手を切ったと言ったな?」
「あ、ああ」
「その時に壷の中身とおれの血が混ざりあったんだ。方法とはそれだけで良
かった」
なるほど、自分の血と混ぜて飲む。これが答えか。
しかし、それだけで誰でも超地球人になれるのか?
「お前は帝の民の血を引いていなかったのか」
「そうだ。しかも、おれは簡単なミスを犯していた」
「なんだ?」
「本来少量ずつ取り出して変化させ使う筈の真祖の血。だがおれは、全てお
れ専用にしてしまったのだ」
「もうお前以外は誰も超地球人もどきになれないってわけか。……待てよ、
じゃあお前の部下はどうやって作った?」
「おれ用の血を飲ませれば、おれに忠実な超人になる」
「そうか……だが、誰も超地球人にならなかったぜ」
「そうなれるかは本人の素質次第だ。現に鳥山や桑原は変身せずにお前と同
等の能力を得ていただろう?」
「スピードやパワーだけってのも、個人の素質だけがアップしただけってわ
けか」
「そう、そのおかげでおれは有能な部下を手入れることができた。癒井や三
島がそうだ」「誰だ? お前の後ろにいた奴か?」
126 :
竹紫:02/06/13 01:29 ID:AjF/KJ0H
「そうだ。癒井はいかなる傷も完治させる能力、三島は遠く離れた場所を見
通す能力を手に入れた」
「ははーん。桑原をなおしたのはそいつか。それからおれたちの特訓の内容
や個人の居場所を知っていたのももう一人の仕業か」
「正解だ。……おれはもう死ぬだろう。春日よ、その歳で犯罪者になりたく
はなかろう」「当たり前だ。お前の傷をなんとかって奴に直させよう」
おれは慌てて周囲の人影を探ってみたが、誰もいなかった。滝沢さえもこ
こにいない。「無駄だよ。彼等は自分自身、もしくはおれの敗北で常人に戻
る。その時に真祖の血をはき戻す筈だ」
「あのどろどろしたやつがそうか」
「種明かしはここまでだ……。春日、仲間を連れて早くここを立ち去れ。こ
の地下はおれが支えているんだ。おれの気が消えるとこの地下は崩れるぞ」
この地下に降りてから感じていた妙な気配はそれだったのか。
「じゃあどうする?」
「おれをここに置いて行け。おれはやがて瓦礫の下だ。殺人事件にはならな
い」
「無茶言うなよ。死にそうな奴を置いて逃げろって言うのか?」
「死にそうではない。おれは確実に死ぬ。この変身を解いたら一瞬だ」
奴の言葉に間違いはない。奴の状態を見れば医者でなくても、おれでも結
果は見えている。
「くそ……じゃあ置いてくぜっ!」
「ああ、勝手にしろ。……おい、そこの棚の上の壷を持って行け」
「壷? 例の超人のか」
「そうだ。それをお前の手で始末しろ」
やがて、振動が辺りを包み始めた。構造材が悲鳴を上げている。おれの変
身とは明らかに別物の揺れが、この地下の運命を語り始めていた。
「あばよ、硫黄島」
127 :
竹紫:02/06/13 01:29 ID:AjF/KJ0H
おれは壷を取って駆け出した。背後で硫黄島が弱々しく片手を上げた。同
時に今まで会話に夢中で気がつかなかった奴の気を感じてしまい、よろめい
てしまった。なんて気だ……。まるで溶岩の風呂に浸かってるようだ。
途中で思い出したように振り向いた。その先に絵理奈の死体があった。
「行けっ! 春日、時間がないっ!」
引き返そうとしたら、硫黄島に怒鳴られた。くそっ……絵理奈、後から掘
り出してちゃんとした墓を用意してやるぜ。
「春日さんっ!」部屋を出て通路を走っていると、滝沢と鉢合わせした。
「なんですか? この揺れは?」
どうやら地上で待っていたらしい滝沢は、おれの走りっぷりを見て尋常で
ない気配を察したか、立ち止まりもせずに一緒に地上を目指すことになった。
「ここは崩れるぜ」
おれたちが地上に出て数秒。一際大きな鈍い振動に地面が揺れた。
超地球人、硫黄島隆の野望の最期だった……。
「----そうだったのですか」
帰り道、おれは事の真相を滝沢に話した。
「でも、春日さんの変身……超地球人3ですか? 凄かったですよ。髪が腰
まで伸びてましたよ」
と、滝沢は超地球人3の解説を始めた。人から聞いて思ったが、呆れた変
身ぶりだったらしい。
滝沢の話は、おれや硫黄島の気を感じて苦しんでいたが、別室に気を感じ
それを独自に追跡したそうだ。そいつは流って奴のもので、滝沢はそいつの
正体を見抜き、始末した。そこまでは良かったが、結局おれと硫黄島の気を
感じることができず、おれの勝利を確信して地上に非難していたそうだ。
「桑原さんと鳥山さんは慌てて走り去っていきました。すごい脅えようでし
たよ」
128 :
竹紫:02/06/13 01:30 ID:AjF/KJ0H
しばらく歩くと、街頭に照らされた電柱の足元に立つ二人の人影を発見し
た。見なくても気で分かったぜ。
おれたちは無言で片手を上げた。
「すまなかった。春日……」
桑原がそう切り出した。どうやら正気に戻っているようだ。
「何言ってやがる。あんな面白い戦いは二度と無いかもな」
「あれを楽しむ野郎はお前だけだよ」
鳥山が笑った。
おれも笑った。桑原も滝沢も。
周囲の民家から苦情が出るまで……。
何人かの人間が硫黄島の野望と共に瓦礫に埋もれた筈だが、事件にはなら
なかった。
例の壷は中身ごと焼却炉で燃やした。後には熱で砕けた壷だけが残ってい
た。さらば、おれの祖先よ。
ν……絵理奈の死体は掘り出して手厚く葬ってやった。彼女の死に優美子
が涙してくれた。彼女ならきっと喜んでくれるだろう。
― 第二部 了 ―
129 :
竹紫:02/06/13 01:31 ID:AjF/KJ0H
あとがき
約二年半ぶりに復活した「覇王学園」。いかがだったでしょうか? 前作
の尻切れトンボ的結末から一転、今回はちょっぴり切ないラストでした。
かなりのブランクがあったので、主人公を始め各キャラにも変化が見られ
るようです。しかし、前作から違和感なく楽しめたことと思います。
さて、今回は元ネタのD・Bと無関係なストーリー展開を目指しました。
謎の超地球人現る。桑原と鳥山も敗れ、敵の手に落ちる……なんて構想の
みで書き始めた割には結構収まりがよくなりました。ちゃっかりラブロマン
ス? も入ってます。(久々に書いてて恥ずかしくなった。特にνが死ぬシー
ン)
劇中映画「ツイン・ワールド」ですが、あれは私が暖めていた構想の一つ
です。ガンダムやメガゾーン23など、面白いSFアニメをごちゃまぜにし
たストーリー。いつか書き上げたいものです。(タイトルはもちろん別名で)
さてさて、ここで十八号ファンにはちょっと謝っておきます。彼女をつい
つい私なりのヒロインに作り替えてしまったので……。(彼女の死を超地球
人3のきっかけにする事を思い付いたので)まあ、結果としては私なりに面
白かったと思うのですが……。
改めて読み返すとどっかで見たようなシーン(展開)の連続。でも、これ
が私の作品のカラーだと思って下さい。(単にオリジナリティがないだけ)
あと、続編もあるかもしれません。
何だか言い訳ばかりですが、これをあとがきとさせていたただきます。
今度はオリジナリティ溢れる作品でお会いしたいものです。
1995年2月某日、
工藤静香「僕よりいい人と…」を聴きながら
130 :
竹紫:02/06/13 01:32 ID:AjF/KJ0H
今、読み返すと
この作品では、試験的に一人称と二人称を混ぜた文体を使用しました。書
く方も読む方も二つ分の作品を見るようで楽しいのでは? と思います。
通して読んでみると、古い作品なので(それ程古くないが)映像を意識し
たカットの切り替えが頻繁で、しかも説明不足で読者を混乱させるような部
分が見受けられます(特に戦闘シーン)。その次の第三部ではそれほどでも
ないのですがね。
内容的には、読んでる最中はそこそこ面白いのですが、読み終えても大し
た感動が無いのが欠点ですね。
一度頭から書き直して、ドラマ部分の演出を強化すればいいような気がし
ます。
第三部。実は描きかけなんです。完成させたいですね……。
1997/11/24 青紫
131 :
竹紫:02/06/13 01:34 ID:AjF/KJ0H
これで終わりだ
この作品は非常に重要な作品だ。何故なら青村=竹林説の証拠が入っているからな
……自分の使い古し設定を商用に使うな!
132 :
竹紫:02/06/13 01:35 ID:AjF/KJ0H
とりあえず上げておこう
>改めて読み返すとどっかで見たようなシーン(展開)の連続。でも、これ
>が私の作品のカラーだと思って下さい。(単にオリジナリティがないだけ)
あんた最高だよ!! 馬ー鹿!!
これが超シナリオの真髄か…
>>108 >どうだ、時速二、三〇〇キロは出てるぜ。
あまり笑かせないでくれ。
死ぬ。
>131
乙彼ー
パクリ設定は神。
竹紫おつかれー。
ここは青紫先生の超SSを深夜にこっそり上げておくスレッドになりました(ぉ
なんだよ!この展開わ!!
吃驚したじゃねーか
乙!
139 :
名無しさんだよもん:02/06/13 01:52 ID:poj/xOCe
>131
ありがとうございました。
ぼくもあおむらさきせんせいにまけないくらいのりあるりあるてい
あふれるひゃくえんらいたあになりたいです。
それではばいなり。
>>95 >さっきのおれのパンチは徐行中の車くらいの威力はあったぜ?
そんなこと言われても…。
>>131 どうもお疲れ様。
D・B+格ゲー(飢狼+スト2)+幽白=覇王学園 かな?
もうちょっと他にもパクってそうだけど。
>>140 >D・B+格ゲー(飢狼+スト2)+幽白=覇王学園 かな?
真に恐るべきところは、それらが全然融合してないところにある。
茹でた野菜にカレー粉つけて喰うカレーのごとし。
キモイスレが良スレになっている。
さすがは超先生。
役者が違うぜ。
超地球人にワラタ。
シリアスSSで使うねたじゃねーな。
144 :
名無しさんだよもん:02/06/13 09:05 ID:gMgHSDJg
っていうか、そもそも宇宙人が出て来なければ、ナントカ地球人、なんて発想はしないと思う。
ナントカ人間、とかになると思うのだが。
さすが超先生。
発想のレベルが常人とは比べ物にならないぜ。
145 :
名無しさんだよもん:02/06/13 09:52 ID:mJxcCS2y
超SS晒し上げ
>PIRRRRRRRRR……
ワラタ
>12
ひんたぽ語による感感俺俺だと思われる。
一気に読ませてもらったが
本当に 「 切 り 貼 り 」 の印象しか受けない文章だな…
D・Bに影響を受けた中学生が書いたSSかとオモタヨ。
古武術や剣術を本気で使うあたり、超先生らしいといえばらしいが。
キャラ設定だけで、お腹いっぱいです。もうだめぽ
150 :
RR:02/06/13 10:58 ID:Xx/A1Rfr
∧_∧:::
<`ш´ >::: ・・・。
/ 丶' ヽ:::
/ ヽ / /:::
/ /へ ヘ/ /:::
/ \ ヾミ /|:::
(__/| \___ノ/:::
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( く::::::::
|\ ヽ:::::
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\ | /:::: ヽ 〈::
\ | i:::::: (__ノ:
__ノ ):::::
(_,,/\
ゾリーザとドクターゲオの所まで設定読んで力尽きた。
なんと言えばいいのだろうか…。
>ドラゴンボールの戦闘を現実的にアレンジ
これが現実的なのか!?
まさにリアルリアリティの真髄ですな…
つかキャラの名前と舞台変えただけ・・・・
>>144 ゾリーザがいるYO!
リアルリアリティでさらに恐ろしいのは数値かも。
100倍になったら少なくともダッシュ時に時速3000キロは出てないと…。
>同時におれの感じていた予感のことも。
感じていた予感はRRですか?
>古く中国の書物に、帝の民の血を引く者に千年に一度生まれると言われる
>異常能力者を『超人』と記されている。それをハカセが解りやすい呼び名に
>変えたのが超地球人。
「超人」のほうが解りやすいと思うんだが…
>>155 『予感』
将来ある事柄が起こりそうな気が何となくすること。また,その感じ。「不吉な―」
どうなんだろう…
多分RRだと思うが…
これってマジで超先生が書いたの?
誰かのネタじゃなくって?
だとしたら転載だな・・・。
>129
>改めて読み返すとどっかで見たようなシーン(展開)の連続。でも、これ
>が私の作品のカラーだと思って下さい。
あのー、もしもし?
それはシナリオ書きが言っていい事ですか?
>130
>内容的には、読んでる最中はそこそこ面白いのですが、読み終えても大し
>た感動が無いのが欠点ですね。
まさに 自 画 自 賛
すれ違いだけど超先生最高!
本当にキモイな。
162 :
名無しさんだよもん:02/06/13 21:17 ID:mKSoRgt1
キモイ良スレ上げ
超先生はもの書きとしては
清涼院やクリゴト、ワカサキなどと同じ領域に達してるな(w
天才の天災を転載ですが何か?
164は>158ね
166 :
竹紫:02/06/13 22:42 ID:NYUe1Zgd
で、どうする?
今日も超同人を見るのか?
俺、ドラゴンボールほとんど読んでなくてよくわからん。
確かに上の超先生の小説はヒドイ出来だが、面白い部分もちょっとあった。
その面白い部分は元ネタゆずりなんですか?
>166
おながいします
169 :
竹紫:02/06/13 23:04 ID:NYUe1Zgd
>>167 キミがどこを面白いと感じたか述べてくれねば回答できん
170 :
竹紫:02/06/13 23:07 ID:NYUe1Zgd
始めるぞ
171 :
竹紫:02/06/13 23:09 ID:NYUe1Zgd
覇王学園外伝「邪星鬼」
青紫(さき・あおむら)
1・覚醒
天空より幾筋もの銀糸が垂れ下界を潤していた。
雨……である。
日の光さえ見えるなかその量はさしたものではなく、人によっては傘など
必要はないと思えた。しかし、今は一二月……誰しも傘を望むであろう。
その中を二人の女学生が家路を急いでいた。
「ねえ、おはるぅ。急に雨が降ってきたよぉ」
沢口真由美は予想外の雨に制服の汚れを気にしながら、級友に告げた。
「そうね。さっきまではいいお天気だったのに……」
『おはる』と呼ばれた少女は、その黒髪を濡らす突然の雨に、首肯した。
放課後である。三人の戦士が地球の命運を賭けて戦ってから三日後の事で
あった。
その日の授業も滞りなく終わり、二人は帰路についた。
途端にこの雨だった。
真由美は空を見上げ、
「ちょっと、雨降ってるのこの辺だけだよぉ」
と級友の肩を叩いた。
事実、雨雲らしきものは彼女達の上空のごく狭い範囲のみにあるだけであっ
た。
172 :
竹紫:02/06/13 23:10 ID:NYUe1Zgd
「あら、そんなふうですね」
そんな状況に嫌悪を示すどころか、どことなくおかしそうに口元に手をあ
てて黒髪の少女は答えた。彼女の微笑みは春の淡い日差しを思わせた。そん
な彼女に『おはる』というあだ名をつけた者はよほどの才があると見えた。
「あらって、ほんとにおはるってマイペースねえ」
つられて吹き出しながら真由美が言った。
中学時代からの付き合いだが、黒髪の少女----おはるの性格はいたって温
厚、最近の同性の目から見れば国宝級の純日本風お嬢様である。実際彼女の
実家はかなり裕福であるが、だからといってそれが性格の理由なのかと思え
ば、世の中の令嬢はみな同じ性格になってしまう。
結果的に、彼女は彼女だからこうなったとしか言いようが無い。
とにかく、真由美にとっての彼女は退屈しない親友なのであった。
「ねえ、ここ、帝高校でしょ? 確かおはるの弟がいるんだよね」
やがて見えてきた白い建物を指して真由美が訊いた。
「ええ、洋ちゃんがね」
少女は心配そうな面持ちで校舎を見上げた。弟思いなのであろう。
最近は夜遅くまで作業に没頭しているのを知っている。弟はやると決めた
ら学校を休むのは日常茶飯事、自分が倒れるまで止めない性格である。少女
の心配とはその事である。
「あんたの弟だからてっきり優等生だと思ったのに、どーして?」
「あの子、お勉強嫌いなの。わたしが教えるとその場はできるのだけど、わ
たしがいない所では別の事に夢中で……」
「別の事って?」
「あの子機械いじりが好きなのよ。最近も毎晩夜遅くまで起きてるようだし」
「へえ……機械いじりねえ」
真由美は毎晩自室で機械いじりに没頭する少年の姿をイメージしようとし
たが、とても目の前の友人からは導き出せず、思考を中止した。
173 :
竹紫:02/06/13 23:11 ID:NYUe1Zgd
「わたし、変なこと言いました?」
「え?」
おはるにそう訊かれ、真由美はよほどおかしな表情で思案していたらしい
事に気がついた。
「あんたの日常からじゃとても想像つかないわ」
「そうですか……ごめんなさい」
「別におはるは悪くないけどさあ」
「………」
「ねえ走ろっか?」
「え?」
帝校の壁が途切れる辺り、壁の向こうで天を仰ぐ伸びた煙突が白煙を吐き
出している所で真由美が訊いた。
「ちょっと走れば雲の下から出れそうじゃん」
「そ、そうですね」
「行くよ」
「はい」
真由美は走り出したが、数秒後の背後からの小さな苦鳴に停止を余儀なく
された。
振り向きながら予想はしていた。おはるがアスファルトの上にへたり込ん
でいた。疲れたからではない。転んだのだ。
「大丈夫ぅ? おはる」
慌てて真由美が駆け寄る。
「大丈夫です。……濡れたての路面は滑りやすいですから気を付けて下さい
ね」
「っとに、人の事より自分の心配しなさいよ」
真由美は半ば呆れながら彼女を立たせた。
素早く観察する。
174 :
竹紫:02/06/13 23:12 ID:NYUe1Zgd
「ひゃーっ、痛そう。ここ、血出てるよ」
彼女の右膝には擦過傷と若干の出血が見受けられた。
「ええ、大丈夫。かすり傷です」
----見りゃ分かるけど。この子が言うとほんとは重傷なのに偽ってるって
感じがするのよね。真由美は胸中で苦笑した。
「ほんとに大丈夫?」
「はい。真由美ちゃんが転んで怪我したら大変ですから、やっぱり歩いて行
きましょう」 スカートの汚れをハンカチで落としながらおはるは言った。
「はいはい。その言葉、そっくりおはるに返すね」
真由美もハンカチを取り出して作業に参加した。
雨……か。
一体誰のために泣いているんだ? 空の奴。
おれは柄にもない感傷を断ち切るために口を開いた。
「なあ、確かに壷を始末したよな?」
「そうですね。壷は砕け、中身は完全に蒸発しています」
ハカセ以外は無言で答えた。
あの戦いから数日後、絵理奈の亡骸も無事回収し最後に残った超人の壷を
処分すべく、おれたち六人は放課後のグランド脇の焼却炉に火を入れていた。
「これで硫黄島のような野郎は二度と現れないぜ」
「そう思うと、この雨も死者に対する天の悲しみの涙とも言えるな」
塀にもたれた格好の鳥山が呟いた。奴、俺と同じ事を考えてやがったな。
あれから数日。少なくとも硫黄島は死んだ筈だ。だが一向に事件として騒
いでいる気配はない。誰も気がついていないだけなのか、それとも何らかの
力が真相を糊塗したか? おれには皆目見当もつかない。
「あれだけの騒ぎが事件になってないなんて、どういうことでしょう?」
滝沢が訊いた。
175 :
竹紫:02/06/13 23:14 ID:NYUe1Zgd
「確かにえらい騒ぎだったが、騒いでいたのはおれたちだけだったんだろ?
あの道場は普段使ってる気配は感じなかったし、秘密の地下室が埋まったな
んて気付く奴は誰もいないんだろ」
おれはおれの中での解答を口にした。
「あの作業に気がついた人もいないようですしね」
滝沢は安心したように言った。あの作業とは絵理奈を掘り出した事だろう。
夜中に二人の超地球人が瓦礫で埋まった地下室を掘り進んでたなんて、お釈
迦様でも分かりっこねえだろうからな。
「とりあえず片はついたか……」
木刀入りの布切れを掴んだ桑原がそう言った。そう、とりあえず終わった
んだろう。
「気を抜いたら虫歯の後が痛んできやがった」
今度は頬を押さえて桑原が言う。そういやこいつ、昨日奥歯を抜いたんだっ
け。
「おれもだ」
更に鳥山も同意した。
「なんだあ? お前等、仲良く歯を抜いてきたのか?」
おれは呆れた面持ちで二人を見比べた。
「ああ、おれは一也と違って虫歯なんかになってないが、親知らずが痛んで
な」
「これからの時代、八〇歳で歯が二〇本ないと健康とは言えんそうだが、お
前等大丈夫
か?」
なるべく侮蔑を込めて言ってやった。
「お前こそ喧嘩のやり過ぎで歯が全部折れちまうんじゃないのか?」
桑原の野郎、とんでもねえこと言いやがる。
176 :
竹紫:02/06/13 23:14 ID:NYUe1Zgd
「相手の歯が、だろ?」
「ちぇっ」
おれはあっさり奴を黙らせた。おれをそんな目に遭わせられる相手が地球
上にいるもんか。
「帰ろうぜ」おれは絵理奈の事を悲しんでいるのか、肩を震わせている優美
子に上着を広げて肩を抱いた。
「十二月の雨は体に毒だぜ」
「……ありがとう。春日君」
おれたちは校舎の軒下で雨が止むのを待った。何しろ雨雲は小さい。待っ
ていれば止むだろう。
その日は何事もなくそれぞれは帰宅したが、次の日から状況は一変しつつ
あった。
朝あまりの寒さに見を震わせながら登校したおれを待っていたのは、桑原
と鳥山、それに優美子までが欠席の知らせだった。
「どーなってんだ。壷の祟りじゃあるまいな?」
横のハカセに訊いてみた。
「さあ、香坂さんは熱を出して寝込んでるそうです。昨日の雨がいけません
でしたかね」
「かもな。その割には例の3人以外はぴんぴんしてるよーだが」
「昨日の雨に濡れた人がみんな風邪になったら、医者は大儲けですね」
「そらそーだ」
こんな話しをしているうちにH・Rが始まった。
近頃どーも疑い深くなったおれは、担任に桑原の欠席の理由を尋ねてみた。
理由は高熱。どうやら風邪によるものらしい。
こうなったら止まらない。おれは鳥山のクラスの担任にも訊いてみた。
ここでも返事は同じ、風邪だった。やはり昨日の雨がまずかったらしい。
「……へえ、みんな同じ症状ですか」
一応ハカセに伝えるとそんな答えが帰ってきた。
177 :
竹紫:02/06/13 23:15 ID:NYUe1Zgd
「インフルエンザか何かかな?」
「特に流行している気配はないようですが……」
ハカセはまじめに考え込んでしまった。
「まあ、そんなこともあるってことだろ?」
「そうかもしれません。でも、春日君こそどうして気になるんですか?」
それだ。おれにも分からねえ。強いて言えば、いつもの勘か。
「分からねえ」
「これも偶然かと思いますが、家の姉も三人と似た症状で昨日から寝込んで
いるんです。雨にも濡れたようですし」
十二月の寒空に雨に濡れ、何人かが風邪をひいた。たったそれだけの事が
何故気になる?
「ほんとの事を言うと、何かが気になるんだ。胸騒ぎ、予感、どんな言葉で
もうまく説明出来ないが、何かある」
そう、この感じ、以前にも感じていた。確か硫黄島事件のときだったはず。
「春日君の様な人間に特殊な予知能力が備わっていても何ら不思議はありま
せんね」
「………」
そんな能力があってもこっちには大した準備が出来ない。結局は何かが起
こるまで待つしかないのだ。
その日はそれ以上何も起こらず、帰宅したおれは欠席した三人に見舞いの
電話をかけた。驚いた事に全員四〇度をこす高熱をだし、優美子に至っては
入院してしまったらしい。
電話口で半ば硬直したおれにテレビのニュースが、スペースシャトル『エ
ンデバー』の打ち上げ延期を告げていた。
四〇度をこえるとなると大事だ。おれの最高記録が三八度の後半だから、
その凄さは自ずと知れる。
「人間が生きていられる体温の限界は四二度です。四一度で普通は昏睡状態
に陥ります。それ以上に悪化すれば死亡です」
次の日、おれの話しを聴いたハカセがそう語った。
178 :
竹紫:02/06/13 23:16 ID:NYUe1Zgd
「たったの四二度? おれは百度近くまでいけるかと思ってたぜ」
「とんでもない。卵の身は大した温度ではなくても固まってしまいますよね?」
「ああ、ラーメンに落としただけでもそれなりに固まるよな」
「あれは卵の蛋白質が熱によって変質してしまうからなのです」
「うーむ」
よく分からんが、熱くなると固まるんだろう。
「人間の体も卵と同じ、蛋白質を多量に含んでいます。例えば、骨の成分は
誰でもカルシウムと言うでしょうが、実際はカルシウムとリンで四五%、水
分が二五%、蛋白質はなんと三〇%です」
「けっこうあるもんだな」
「その蛋白質が変質して硬化する温度が約四二度なんです」
「ってことは、人間はたったの四二度でゆで上がっちまうってわけかぁ?」
「そうです」
そりゃ一大事だ。
「だったら風呂はどうなる? 簡単にゆで卵になっちまうぞ」
「心配はいりません。家庭のお風呂の温度はどんなに熱くてもせいぜい四〇
度くらいですし、それで驚いていたらサウナはどうします? 百度はいって
ますよ」
「まったくだ」
おれの脳裏にタオルを乗っけたでっかいゆで卵が立ち並ぶサウナの様子が
浮かんだ。
「人間の体は、その表面を対流層という体温に近い温度に保たれた層に囲ま
れています。熱いお湯に浸かってもじっとしていれば我慢出来るのもそのお
かげです。四二、三度のお湯なら防御は完璧です」
「しかし、サウナはどーする? 百度だぜ」
「空気と水では温度の伝導率が違います。空気が相手だと対流層は水の二八
〇〇倍もの熱に対処出来ます。心配は無用です」
「まあ、熱い風呂やサウナで人がゆで上がったなんてニュースは聞かねえか
ら別にいいけどよ、お前が聞き慣れない事を言うから変に心配しちまったじゃ
ねーか」
179 :
竹紫:02/06/13 23:17 ID:NYUe1Zgd
「ごめんごめん、僕が悪かったよ」
「とにかくよお、桑原や鳥山はくたばってもらって大いに結構だが、優美子
がそうなってもらっては困る」
おれは本心を伝えた。敵にやられそうならともかく、病気で死ぬ奴を助け
る義理はねえからな。
「まあ、香坂さんは病院に行ってる様ですし治療を受けてれば大事には至ら
ないでしょう」
それきりこの件に関してはあまり考えないようにする事にした。
だが、連中は次の日もその次の日も学校に来なかった。鳥山や桑原の家に
連絡してみたが、依然として原因不明の高熱で寝込んでいるらしい。
「原因不明の高熱だぜ。風邪じゃなかったのか?」
「判りません。家の姉もとうとう入院しました」
同じ頃に寝込んじまったハカセのあねきも同じ症状らしい。優美子の女友
達に容体を尋ねると同じ答えが返って来た。
「おいおい、ほんとに死んじまうんじゃないのか?」
「それも答えられません。結論から言うと、我々に出来る事は全快を祈る事
のみかと」
祈るだけか。----確かに、おれは野郎二人の家族でもないし、ましてや優
美子の元に不良のおれが出向く訳にもいかねえ。
普段神様なんざ頼りにしないおれだが、今度ばかりは仏様でもキリストで
も何でもござれの気分で祈った。
丁度、あの雨の日から3日経った夜。それは起こった。
吉岡洋はその夜、喜びのあまり落ち着きが無かった。
「母さん、今からお姉の病院へ行って来るよ」
「ええっ? 学校帰りに寄ったじゃないの。お姉ちゃんに何の用?」
「用がないと逢っちゃいけないの?」
「そうは言ってないけど、面会時間が過ぎたら早く帰っていらっしゃいよ」
「分かってます」
180 :
竹紫:02/06/13 23:18 ID:NYUe1Zgd
そう言って洋は外出した。
後には洋の両親が残された。
「洋のやつ、いったいどうした?」
父親が訊いた。
「さあ。何かお姉ちゃんに知らせたい事が出来たんでしょ」
「知らせるって……、皐月(さつき)はまだろくに話も出来ないだろう」
「あの子はお姉ちゃん子ですから、顔を見るだけでもいいのよ」
「ふむ……」
父は、仲がいいのも困りものだという風に首を傾げた。
午後一一時八分。
洋はふと目を覚ました。同時にここは姉の病室で、自分はうっかり寝過ご
した事にも気がついた。
姉に目をやるとぐっすり眠っているようであった。洋はその額にそっと手
をあてた。
----まだ熱はあるけど、よく眠ってる様だ。
席を立ち、洋はドアをゆっくり開いた。
「おやすみ。お姉」
そう呟いてドアを閉じる。
その刹那----
スカウターの電子ブザーがあるリズムを刻んだ。
洋は慌ててポケットからスカウターを取り出した。一見電卓に見えるそれ
の液晶画面にはいくつかの情報が表示されていた。
「戦闘力三千前後の人間が多数っ!? ……一体誰が?」
しかもそれらが全て明確な戦意を持っている。洋は相手の位置を示す数値
を読み取り、それが廊下の端の窓の延長である事を知って静寂に包まれた院
内の広い廊下を駆けた。
到達するやロックを跳ね上げる。窓はローラーの音を響かせて開いた。
181 :
竹紫:02/06/13 23:20 ID:NYUe1Zgd
「何処?」
三階の窓から見渡せる暗夜の風景には、波穏やかであろう暗然とした海と、
それにひっそりと身を寄せるようにたたずむ外人墓地の姿のみであった。
相手が空を飛んだり船を使ったりしていない限り、十中八九、連中は外人
墓地の付近にいる。
洋は新型スカウターの初仕事に興奮するあまり、相手との距離表示を読み
忘れていた。 一方、病院から百メートルほど離れた地点に位置する外人墓
地は夜間立入禁止だが、周囲を巡る遊歩道と合わせてライトアップされてい
る。
この都市の観光収入のひとつでもあるためだ。
洋は目を凝らした。立入禁止である筈の外人墓地にうごめく人影を認めた
からである。 所々に設置された夜間照明に照らされた部分に人影と思しき
物体か往来しているのが見える。更に洋は自前のオペラグラスを取り出し、
物体を凝視した。
オペラグラスが写しだした像は紛れもなく人間だった。ただ、その歩みは
ひどくぎこちなかった。
そう、今日初めて歩く事を覚えたような----
----行ってみよう。もし敵ならば春日君たちに知らせなくては。
洋はオペラグラスを持つ手に力を込め、駆け出していた。
戦闘力三千の常人が存在する筈がない。特殊な武術の使い手、もしくは強
力な武装をしていない人間ではせいぜい戦闘力二〇〇が限度である。
三千の戦闘力を持つ人間とは、単純に考えるとプロレスラー一五人に匹敵
する攻撃力を持つ人間となる。
常識の枠の中で導きだされる戦闘力三千の人間像とは、四五口径の多弾数
自動拳銃を持ち、かつ、それの操作に熟練した者と言えるであろうか。
「近いぞ……」
白い息を吐きながら、洋は墓地に隣接した生け垣の迷路に差し掛かった。
数ヶ月前までは緑の迷路であった筈だが今ではすっかり葉は落ち、冬の到
来を告げていた。葉が落ちた木々で作られた迷路は一見役に立ちそうもない
が、照明の届いていない部分は洋にとって格好の隠れ家であった。
182 :
竹紫:02/06/13 23:21 ID:NYUe1Zgd
墓地に一番近い暗闇に潜み、洋は様子を窺った。
確かにいる。やはり闇に包まれた部分は見えないが、照明の光が届く部分
では確実に人と思しき物体が時折照らし出されていた。その歩みはやはり何
処かがおかしい。
----こんな時間に戦闘力三千の人間たちが一体何を……?
ここ数ヶ月に身の回りに起こった出来事を思うと、洋には謎の集団が武装
しているなどという疑念は全くなかった。
彼等は恐らく生身であの戦闘力を有している。春日君の予感とはこの事に
違いないと。
ゴクッ!
不意に照明に照らされた墓標の一つが傾いた。
「!」
十数メートル離れた位置の墓標は簡単に倒れ、それが立っていた辺りから
人間の手が伸びたとき、洋の緊張は最高潮を迎えた。
----ゾンビー! そんな事が……
ゾンビー……中南米の島国ハイチを起源とするブードゥー教の魔力によっ
て偽りの生を受けた死体。語源はバンツー語で「魂のない生き物」を表わす
ヴムビ。
だが、科学的には生者に特殊な薬品を飲ませて仮死状態にするといった定
説が通っている。
洋は自身の記憶にそう確認した。
しかし、地中から見る間に姿を現す物体を目にする限り、その記憶は否定
された。事前に仕掛けがなければこのような事は不可能な筈だ。
洋は手にした電卓型スカウターを今まさに誕生しようとしているゾンビー
に向けた。
迷路の切れ目から届くかすかな光で何とか数値を読み取る。
「二六八一……。やはり、常人などではあり得ない」
深夜に墓標を押しのけて出現し、あまつさえ戦闘力3千前後を誇る者たち。
洋の呟きを聞くまでもなかった。
183 :
竹紫:02/06/13 23:22 ID:NYUe1Zgd
彼等が街へそのぎこちない歩みを向けたらどうなるか? 火を見るより明
らかだ。
一体彼等はどれほどの数なのか? その目的は何か? 警察や自衛隊はど
のような対応を迫られるのか? 疑問は数多く浮かんだが、一つの結論を出
す迄にはさしたる苦労はなかった。
----奴等は敵だ。なぜこの街にばかりにこんなことが起きる? 何者かが
春日君たちを狙っているんだ。
洋はそう考え、身を翻した。
「あっ!」
退散しようと振り返った刹那、薄闇に照らせれた人影を認め、洋は恐怖に
心臓を鷲掴みにされた。
所々に黒い染みを浮かべぼろぼろに腐蝕した衣服をまとい、枯れ木のよう
な両手を胸前に構えた人物の表情はまるでなく、皮と頭髪だけが張り付いた
頭蓋骨そのものに穿った二つの暗い穴が元両眼だと認識したとき、洋は気を
失いそうになった。
やはり正体は生ける死体であったか。
シューッ!
ゾンビーは呼吸音に似た音を出すや、立ちすくむ洋に踊りかかった。
それをかわすことが出来たのは一種の動物的勘、生への執着であったのか
もしれない。 必殺の一撃を受けるべき標的を失い、死者は洋が背にしてい
た垣根を突き破った。
これだけの出来事は周囲の死者達の気を引くには十分だったようだ。墓地
の敷地内を闊歩していた死者----ゾンビーたちは、示し合わせたように向き
を変え洋と最初のゾンビーとの逅地点へと殺到した。あくまでもぎこちない
足取りはそのままに。
一方、ゾンビーが生け垣を破ったショックで洋は一気に正気を取り戻した。
その頭を支配した思考は「逃走」であった。
184 :
竹紫:02/06/13 23:23 ID:NYUe1Zgd
再び墓地に背を向けた洋は驚愕した。既に墓地の外をうろついていたゾン
ビーは相当数に達していたらしい。
帰るべき方向のあちらこちらに見えるぎこちない足取りに洋は親指の爪を
噛んだ。
----まずい! ゾンビーは問答無用で僕を攻撃した。ここで僕がやられた
ら、次の標的は病院だ。お姉が危ないっ!
洋は驚くほど冷静に迷路を移動した。しかし、ゾンビーは迷路内にも侵入
している。
迷路は五〇メートル四方の敷地に構築されているが、迷路と呼ぶにはあま
りにも単純な構造である。
ほとんど一本道に近いそれは、恐らくは散策用だ。
「うっ!」
洋は前方に見える人影を認めて踏み留まった。後方には最初のゾンビーが
迫っている。
逃げ場はない。冬を迎えた生け垣はあまりに硬すぎる。突破は不可能だ。
----お姉……ごめん、僕には家族を守ることも出来ないのか……
洋は覚悟を決めた。相手は戦闘力二千数百、自身が一〇人がかりでも勝て
る見込みはない。初めて、春日たちのような力が欲しいと痛切に願った。
二体のゾンビーとの距離が一〇メートルを割ったその時、
「洋ちゃーん」
聞き覚えのある声が聞こえ、ゾンビーたちの動揺さえも誘った。
「お姉っ! 来ちゃ駄目だっ!」
洋の咄嗟の叫びを聞くまでもなく、声の主は洋の姉、吉岡皐月のものだっ
た。
「何か様子が変よ、一体どうしたの?」
洋は唖然とした。
姉は前方のゾンビーの脇を通り過ぎて自分の元に来たのだ。
185 :
竹紫:02/06/13 23:24 ID:NYUe1Zgd
「お姉、熱は? どうしてこんな所に?」
「……よく判らないのだけど、洋ちゃんがわたしを呼んだ気がして目が覚め
たの。その時はもう熱は下がっていたの」
「お、お姉、あれを人だと思ってるの? よく見てよ」
洋は前方の人影を指差した。その距離、約六メートルか。
ゾンビーは前進を開始した。
「あの……今晩は。どちら様でしょうか?」
常識が現実を打ち消しているかのように見える皐月の目前でゾンビーの右
手が上がった。
「お姉っ!」
洋は姉を押しのけた。
ボクッ!
きゃああっ!
生け垣に押し付けられた格好の皐月の元に洋が叩きつけられた。悲鳴はそ
の衝撃によるものではない。弟が殴打された光景を目撃したためだ。
強力な一撃であった筈だが、洋の打撃はそれほどでもなかった。
----相手が右手を上げたら、右へ飛べばいいのさ。
洋は春日から教わった回避法を反芻していた。本来なら頚骨損傷は免れな
い攻撃であった筈だが、春日の助言は確実に効果を上げていた。
「何をなさるんですか。弟に非礼があったならわたしがお詫びいたします。
ですから----」
「お姉っ! 相手をよく見てっ! あいつは怪物だよ」
洋は薄闇ながらも明らかにそれと判るゾンビーのミイラ化した顔を指差し
た。
皐月も洋の態度に尋常ならざるものを感じたのか、指し示されたものを凝
視した。
「ガ……ガイコツ、骸骨よ洋ちゃん!」
「そうだよっ! こいつ等はみんな化け物で、僕たちを殺そうとしてるんだ!」
「ええっ!? そんな……」
186 :
竹紫:02/06/13 23:25 ID:NYUe1Zgd
すでに二体に増えた目前のゾンビーを見比べながら、皐月はようやく状況
に見合った声色でそれだけを口にした。
スー、シュウ……
例の怪音が、ゾンビーの胸の辺りで鳴っていることに気付き、洋は蒼白と
なった。
----あれは呼吸音だ。既に腐敗した肺や気管支から漏れる空気の音だった
んだ。洋は確かにその時、黴臭い異臭を嗅いだ。
二人は生け垣に沿って後退した。
ゾンビーも獲物を追い詰めた余裕からか、ゆっくりと間合いを保って付い
て来る。
角を曲がった。
その先が行き止まりであることを洋は知っていた。
程なくして、生け垣の固い枝先が背中を突いた。
「もうだめだよ。お姉」
自分の肩を抱き寄り添った姉から震えが伝わって来る。自分が落ち着いて
いることが幸いだった。姉の支えになっている自分が誇らしかった。
だがこれまでだ。他のゾンビーも続々集結しつつある。
「……げて」
「え?」
洋が何かを言ったが、皐月はうまく聞き取れなかった。
「逃げて、お姉。僕が囮になるよ……その間に逃げるんだ。そして、僕のク
ラスメイトの春日君にこの事を知らせて」
「そんな……ダメよ」
「このままじゃ二人とも殺されちゃうよ。僕たちの次は病院の人達だよ」
「………」
次の瞬間、洋は駆け出していた。
二体のゾンビーめがけて……
「早く逃げろっ!」
叫びながら片方のゾンビーに組み付いた。
「洋ちゃん!」
187 :
竹紫:02/06/13 23:27 ID:NYUe1Zgd
皐月の足は動かなかった。いや、動かせなかった。一八歳の少女にとって、
目の前の現実が要求した彼女のとるべき手段はあまりに過酷だった。肉親を
捨てて逃げ出すなど、彼女には端から無理な相談だったのだ。
洋はやがて引き離され、地に伏した。横倒しのその頭を踏みつけるべくゾ
ンビーの足が乗せられた。
弟の表情を見るまでもなく、その足にかけられた体重以外の膨大な力の強
さを感じ皐月は口元から漏れる悲鳴を必死でこらえた。
「は……やく、おねえ……」
----駄目よ洋ちゃん。
残る一体のゾンビーは皐月に向けてよろよろと歩みを進めた。それは決死
の逃亡策失敗を意味していた。
----そんな、洋ちゃんが死んじゃうっ!
幼い頃から苦楽を共にした弟の姿が浮かんだ。
188 :
竹紫:02/06/13 23:27 ID:NYUe1Zgd
----死……ぬ……? 洋ちゃんが?
弟はいつだってわたしを頼りにしていた。そう、母親のように。そんな洋
ちゃんがわたしのために苦しんでいる。洋ちゃん……洋はわたしが守らなく
ては----。
皐月の心に様々な思いが過った。
「そんな……駄目えええっ!」
突風が周囲の生け垣を鳴らした。
それは、気の風であっただろうか。
姉の初めて聞く大音声に苦痛から解き放たれた洋が見たものは、変貌した
姉の姿だった。
長い黒髪は銀の輝きに染まり、それ自体が揺らめく水中花の如く宙に漂っ
ている。
自分を見つめる黒瞳は人外の藍に輝き、それ以前に全身は銀の燐光が包ん
でいる。洋はそれと同じ姿を持つ友を何度となく見ていた。----それは。
「ス、超地球人。そんな……お姉が何故?」
吉岡皐月はまさしく超地球人だった。
189 :
竹紫:02/06/13 23:28 ID:NYUe1Zgd
2・謎
「離れなさいっ!」
銀色の少女の一喝で洋を足下にしていたゾンビーが吹っ飛んだ。同時に気
功弾の炸裂音が洋の耳に届いたが、肝心の気功弾を見ることは出来なかった。
「お姉。いったいどうして?」
洋は身を起こし姉に近づいた。それを許すだけの隙が残る一体のゾンビー
にはあった。
「え……わ、わたし一体……?」
周囲を照らす銀の輝きが自身から発せられていることに気付き、皐月は自
分の両の手を眼前にかざした。
「わたし、どうなってしまったの?」
「お姉、それは超地球人だよ」
言いながら洋は更に姉に近づいた。
「洋ちゃん、どうしてそんなにゆっくり動くの? わたし、どうして光って
るの?」
皐月は困惑した表情で訊いた。同時に洋は全てを了解した。
----お姉は今、初めて変身したんだ。しかし、何故……?
「お姉、とにかくあいつをやっつけてよ。今のお姉なら出来るよっ」
洋は闇に差す一筋の光明にすがる思いで言った。
「わたしが、怪物を? そんな……」
皐月がそう言った途端に周囲を照らす銀光が消え、辺りは元の薄明かりに
戻った。
「あっ、お姉、変身が解けちゃったよ。もっと集中しなきゃ」
「集中? どうして?」
洋ははっとした。この後に待つ運命に気付いたのだ。
ゾンビーはそれを知ってか知らずか、ふらついた歩みを開始した。
190 :
竹紫:02/06/13 23:29 ID:NYUe1Zgd
僕がゾンビーと闘えないだろうか? 姉を背にゾンビーに立ち向かう位置
で洋はそう考えた。姉の変身は自分が危険にさらされたからだろう。ならば
同じ状況に持っていけば姉の変身を誘発出来るか? 答えは否であろう。今
度は前回より更に状況を悪化させねば不可能だ。逃走も不可能。ならば戦闘
のみである。
敵の戦闘力は三千前後、自分の三十倍近い。そんな相手から自分の行動----
つまり動きはどう写るだろうか。春日の言葉から推測すれば三十分の一、コ
マ送りに近い。戦闘力に差があり過ぎる戦いはあまりにも無謀……とも彼は
言っていた。
----無謀……僕の命を全てエネルギーに変化させる事が出来ても不可能な
のだろうか?
「お姉……色々考えたけど、やっぱり無理みたいだ。僕等はあの怪物の最初
の犠牲者だよ。……なんだかお姉の嫌いなホラー映画のワンシーンみたいだ
ね」
「何もしないで諦めるなんて、洋ちゃんらしくないわよ」
「え?」
姉の口調になにかしら決意に似たものを感じ、洋は振り返った。
「お姉ちゃんがさっきの光を出せば二人とも助かるんでしょ?」
「でも……無理だよ。一朝一夕で出来るものじゃないんだっ!」
洋の言葉は的を射ている。春日たちは今でこそ簡単に変身を行っているが、
そうなる前にかなりの努力が必要であったと洋は聞いている。ゾンビーが迫
るそれこそ数十秒で可能なことではあり得ない。
「洋ちゃんはわたしが絶対守ります」
皐月は洋を押しのけてゾンビーと対峙した。
この間、皐月は既に何度も変身を試みていた。ただ「光れ!」と念じてい
た。超地球人の概念を知らぬ彼女にとってそれが誤った方法であるとは知ろ
う筈もなかった。
やがて射程距離に入ったゾンビーが構え、次の一瞬には死の一撃が少女を
見舞う筈だった。
191 :
竹紫:02/06/13 23:30 ID:NYUe1Zgd
「てりゃあああぁぁぁっ!!」
すさまじい怒号一閃、黒い影が文字どおり矢のような速さで姉弟の頭上を
越え、ゾンビーに突き刺さった。
古木が砕けような音が響きゾンビーは数メートルも吹っ飛んだ。
「ハカセ、こんな夜更けに女の子と何やってる?」
そう言って振り返ったのは、派手なパジャマ姿の鳥山清隆であった。
「鳥山君!」
洋は半分泣き出しそうな声で叫んだ。
「何者なんだこいつ等? 人間じゃないぞ」
しきりに『飛鳥』のフットワークを続けながら鳥山が訊いた。
「ゾンビーだよ! 墓の下から出て来たんだ。他にも沢山いるよ!」
「ああ、来る途中に二、三匹ぶち倒して来たよ」
ゾンビーが起き上がった。その胸の辺りは黒く、鳥山が穿ったトンネルだ
と自ずと知れた。
「はあっ!」
右手で気功弾を放ち同時に足払いを食らわせてゾンビーを転倒させ、鳥山
は地を蹴ってゾンビーの頚部に強烈な膝落しを命中させる。
枝が折れるような音が聞こえゾンビーの首が跳ね飛んだ。
「一緒に来いっ! 脱出するぞ」
洋は姉の手を取って鳥山に続いた。
横目で倒れたゾンビーを窺う。
頭部を失ったゾンビーは手足を力なくばたつかせているのみであった。
「やっぱりゾンビーの弱点は頭でしたか」
「らしいな。映画見といてよかったぜ。奴等は戦闘力の割には動きの切れが
悪い。しかも脆い。気を集めた蹴りを当てればおれでも破壊出来る」
三人はやがて迷路を抜け病院に戻った。
途中、何度かゾンビーと遭遇したが走れば逃げられる上に邪魔なものは鳥
山が足をすくって転倒させたのでまったく苦労はなかった。
192 :
竹紫:02/06/13 23:31 ID:NYUe1Zgd
院内のロビーで落ち着いた頃、洋が口を開いた。
「鳥山君、どうしてここに?」
「おれもここに入院してた」
「ええっ、知らなかった……」
「それでだ、目を覚ましてみればでかい気がうようよ。熱もないようだし慌
てて飛び出して様子を見に行ったんだ」
「うんうん」
「途端に更にでかい気が現れた。その気を探ったら近くにお前の気を感じた
んだ」
「その後はああなった訳ですか……」
洋は大きくうなずいて見せた。
「あの……こちらの方は一体……?」
茫然と二人のやり取りを見守っていた皐月がようやく口を開いた。
それを聞いた洋も思い出したように、
「ごめんごめん。彼は鳥山清隆君。僕の同級生だよ。……こっちは僕の姉だ
よ」
と紹介した。
「あの……今晩は、とりやまさん。わたし、洋の姉で皐月と申します。この
度は危ないところをお救いいただいて、なんと御礼を申していいか……」
そう言うや、皐月は深々と頭を下げた。同時に片手で洋の頭を下げさせる
のを忘れない。
「あ……い、いや、その、当然のことをしたまでで……おい、ハカセ。こん
な奇麗なお姉さんがいるなんて初耳だぞ」
「特に訊かれたことなんてなかったからさ……ごめん」
「でさ。さっきのゾンビーどもよりでかい気……あれは超地球人ぐらいはあっ
たぜ。もしかして、それはお前のお姉さんの?」
皐月との会話で場は一瞬和やいだ風に見えたが、気を取り直して鳥山は訊
いた。
193 :
竹紫:02/06/13 23:32 ID:NYUe1Zgd
「そーなんだよ。お姉は変身したんだ」
「変身……って、超地球人にか?」
洋はうなずいた。
「あの……そのスウパア……チキュウジンですか? それは一体何なのでしょ
うか。それととりやまさんが使っていた不思議な術の様なものも……」
兼ねてからの疑問を皐月は口にした。
その質問を向けられた鳥山は数秒悩んだが、
「えーと、なんて言ったらいいんだ? おいハカセ、お姉さんに説明してやっ
てくれ」
あっさり白旗を振った。
洋の解説が始まった。
「----大体のことは判りました。でもどうしてわたしが変身出来たのでしょ
うか?」
数十分の解説の後の皐月の最初の質問だった。
「姉は滝沢君のように帝の民の血筋の人物から輸血を受けたことはありませ
んし、父や母がその血を引いている筈もないと思えます」
「分からんな……」
今度は三人とも同じ謎を背負うことになった。
「しまった! ゾンビーを忘れてたぜっ!」
不意にゾンビーの気を感じた鳥山が席を立った。
「鳥山君!」
「ハカセは春日たちに連絡を取って呼び出してくれ。おれは奴等を何とか食
い止める」
「あの……わたしが何か御手伝い出来ませんか?」
皐月も慌てて立ち上がる。自分も不思議な能力を持ってしまった以上、こ
の件に無関係とはいえないと感じての申し出である。
「お姉さんはいい! なるべく上の階に非難していてくれ」
「はい……ごめんなさい……」
鳥山は風を巻いてロビーを後にした。洋は公衆電話に向かう。
外に出た鳥山は気を探った。
194 :
竹紫:02/06/13 23:34 ID:NYUe1Zgd
「病院に近いのは二匹か……」
最初のゾンビーには遭遇まで一分。
鳥山はいきなり気功弾の三連射を放った。全てはゾンビーを貫通し四肢を
分断した。通常の彼には見られない戦法であった。
----今日はやけに調子がいい。力が溢れてくる様だぜ。
彼は次のゾンビー撃破に向かった。
午前一時に叩き起こされ、怪物が出たからとタクシーまで調達して出向い
たがあまり気分のいい喧嘩とは言えなかった。
病院に着くや否やゾンビー退治に駆り出され、後から後から墓の下から湧
いて来るゾンビーを殴り倒して一時間。
「片付いたな」
やがて闇の奥から姿を現した鳥山に手を上げ、二人で病院に戻る。
「弱すぎるぜ。腐った死体はよぉ」
と、おれ。
「さしずめ干からびた死体ってとこだな。それから、寝てるとこわざわざす
まなかったな春日」
鳥山は多少息が上がった様子で言った。戦闘力四〇〇でウスノロとはいえ
三〇〇〇のゾンビーを相手にすることはしんどいだろう。何しろ奴等は怪力
だ。捕まったら四〇〇ではアウトだ。
「喧嘩なら二四時間OKさ」
そう言ったものの、さすがに夜中に単純作業は辛かったぜ。
病院に戻ると滝沢たちが待っていた。この時間、呼び出されたのはおれと
滝沢の二人だけだ。
「終わりましたか、春日さん」
「ああ、そっちはどうだった?」
おれは出迎えたハカセと滝沢に訊いた。
195 :
竹紫:02/06/13 23:35 ID:NYUe1Zgd
「二体ほど侵入して来ましたが撃退しました。僕たち以外に気付いた人はい
ないようです」
「皐月さんは無事か?」
鳥山がやや取り乱した様子で前に踏み出した。誰だそりゃ?
「あの……わたしは大丈夫です。鳥山さんやそちらの方こそ、御怪我は?」
ロビーの奥から髪の長い女が現れた。何やらおれたちを心配していたらし
い。この通りピンピンしてるぜ。
「おれたちはこの通りピンピ……」
「大丈夫です。心配には及びません。皐月さんこそ無事で良かった」
おれが言いかけると、鳥山の奴大慌ててそれだけ言いやがった。
鈍いおれでもピンと来た。こりゃぁ、鳥山の奴、脈ありだな。
その後、ハカセ、滝沢、鳥山、皐月って女のおれたち五人は深夜のロビー
で会議と相成った。
「なんだって! ハカセのあねきが超地球人!?」
皐月って子がハカセの姉だってことも驚きだが(すげー美人なんだぜ)、
しかも超地球人に変身出来るなんで驚きを通り越して大仰天だ。
「僕の目の前で変身するのを見ました」
と、ハカセ。
「おれは確かに気を感じたぜ」
と、鳥山。
まあ、嘘ではあるまい。
「どう考えます? 春日君」
ハカセが訊いた。
どうだろうか? 帝の民の血を引いていると考えるのが妥当だが、確かめ
る術がねえ。
196 :
竹紫:02/06/13 23:37 ID:NYUe1Zgd
「分からんが、妥当な線でおれの親戚と見るがな」
「やはりそうきますか……」
「春日さんの他に真正の帝の民の人間がいるなんて……しかもこんな近くに」
滝沢が神妙な面持ちで言った。おれもそう思うぜ。
「わずか数ヶ月の間に伝説の超地球人が四人もこのK県に揃いぶみ……か」
鳥山はひっそりと口にした。……同感。
「もし僕の家系に帝の民の血が流れているならば、僕も帝王拳を使ったり超
地球人に変身出来たりするのでしょうか?」
「血を引いていれば不可能ではないだろうな」
おれはそう答えた。同じ血筋だ、出来ないことはなかろう。
「出来ることなら変身してみたいものです」
ハカセは常人なら必ず至るであろう心境を口にした。
「変身はきついぞ。きっかけが必要だ」
「激しい感情の高まりですね」
滝沢が付け加えた。
「なあ、ハカセのお姉さん」
「あっ、はい」
おれの呼び掛けに、それまでじっと耳を傾けていたハカセのあねきが驚い
たように顔を上げた。
「変身したときどんな気持ちだった?」
「あの……洋ちゃんを絶対に死なせる訳には行かないと……その、すごく夢
中で……」
それこそ今も夢中で彼女はそう答えた。
「ほう……、おれの場合は怒りだったわけだが、滝沢は?」
「僕も人造人間に大切な人達を殺された怒りで変身しました」
今まで聞いたことはなかったが、滝沢にもそんな過去があったらしい。
197 :
竹紫:02/06/13 23:38 ID:NYUe1Zgd
「てな訳だ。おれたちにそんなシチュええションを用意させるなよ」
「解ってます……」
「ところで、さっきのゾンビーどもは一体何なんだ? 超地球人がいるくら
いだから大抵のことは目をつぶるが、モンスターもアリか? RPGじゃな
いんだぜ、この世界は」
「その問題が先だな」
鳥山も首を縦に振った。
「全く謎ですね。科学的に考えて説明がつかない」
ハカセが答えた。ハカセが分からないとなると無理っぽいな。
「吉岡さんのお姉さんが変身した一件と何か関係があるのでは?」
滝沢が言う。そういやもうひとつの謎があったな。
「確かに、ゾンビーの原理は謎ですが彼等の出現と姉の変身は偶然とは思え
ない節があります」
「うーむ、そこが妙だな」
何とか話に加わっているが、正直お手上げ状態のおれだった。
「皆さん、他に気付いたことは?」
「あの……ひとつ、いいですか。わたしの病気は何だったのでしょうか?」
ハカセのあねきが口を開いた。病気? そーいや彼女も高熱で寝込んでい
たんだよな。鳥山も。
「鳥山も熱はどうした?」
「おれも原因不明で、気がついたら直ってた。そしたらゾンビーのお出まし
だ」
「他に変わった事と言ったら、あと二人が同じ様に寝込んじまったくらいか
……」
「同じ様に?」ハカセが立ち上がった。
「もしかしたら、二人とも同じ様に直っているかも……」
「うーむ」
「明日、確かめて見る価値がありますね」
結局解散となったがおれは疑問をひとつぶつけてみる事にした。
198 :
竹紫:02/06/13 23:39 ID:NYUe1Zgd
「皐月さんだっけ、変身して見せてくれないか?」
「わたし……鳥山さんが助けに来る前に何度か試したのですが、出来ません
でした」
おれの期待に添えない事がそんなに悲しいのか、しょんぼりした面持ちで
彼女は答えた。
「多分やり方がマズかったんだろ。----最初に変身したときの心境は覚えて
いるよな?」
「はい……よく」
「その心境をしっかり思い出してみてくれ。その時何か喋ったなら、喋って
もいいぜ」
「はい……やってみます」
ハカセのあねきは目を閉じて何かを辛抱しているような感じで全身をこわ
ばらせた。両手の拳は太股の辺りでしっかり握られている。
「……めよ。だめよ洋ちゃん」
無理かと思っていたが、大した集中力だ。彼女の頭の中ではハカセと一緒
にゾンビーに襲われているのだろう。
「その感覚を強くなりたいとゆー気持ちにつなぐんだ。……おい滝沢、おれ
たちも変身だ」
「はい!」 ・・・
おれと滝沢は同時に変身した。あの音はそれほどロビーでは響かなかった。
「何か感じないか? おれたちの力が感じられたらそれに合わせるんだ」
「……そんな、洋ちゃん……」
「いいぞ」
おれに……いや、ハカセとその姉を除く全員に彼女の気にわずかな変化感
じられていた。それどころじゃない。彼女の髪がざわめき、先端が浮かんで
いる。
「駄目ええぇっ!」
彼女がそう叫ぶや、例の炸裂音……花火を段ボール一箱同時に炸裂させた
ような音が響き、変身完了を告げた。
199 :
竹紫:02/06/13 23:41 ID:NYUe1Zgd
「凄い。奇麗だ」
おれは鳥山がそう呟いたのを聞いた。そーゆーのは相手に聞こえるように
言えよな。
長い髪は半ばから、あるいは根元から宙に浮かび銀色に染まっている。水
の中で彼女を見たらこんな風に見えるだろうか。
「わたし……変身出来たの?」
「ああ、上出来だ」
彼女は銀色に輝く両手とおれたちを見比べながらそう言い、おれは適当な
誉め言葉を見繕ってやった。
「あまり余計な事を考えずにそのままの気分でいるんだ。そうすれば維持出
来る」
「凄いよお姉。ほんとに超地球人なんだね」
ハカセが羨望の眼差しで言う。
「わたし、どんな風になってるの? 髪は?」
おれと滝沢のヘアースタイルの変化が気になったか、彼女はしきりに自分
の髪に手を触れていた。
「お姉、あそこに鏡があるよ」
弟に示された方角に彼女は歩みを進めた。
「ああっ、なんてことでしょう! 不良みたいに……」
「心配するなよ。今時そんな不良はいないよ」
自身の変貌ぶりを見て驚く彼女におれは半ば吹き出しながらそう言った。
ハカセのあねき、飛んでもねえタマだな。
「しかし、所詮は乙女だな。戦闘力は高くない」
おれは彼女の気を計りながら言った。
「僕が計ります」
ハカセは電卓を取り出して姉に向けた。
200 :
竹紫:02/06/13 23:42 ID:NYUe1Zgd
「何だそりゃ? 新しいスカウターか?」
「はい。……出ました。戦闘力四〇五七です」
「ふーむ。そんなものか」
「やはり女性ですね」
滝沢も大体の予想はしていたらしい。まあ、女子高生の平均の百倍だよな。
超地球人と言えどおれたちとは桁が違うな。
「それにしても、おれの教え方が良かったにしろ、一回でよく変身出来たな」
おれは正直な感想を口にした。
「よほど印象深い出来事だったんですね」
「だろうな」
滝沢の意見におれはあっさり同意した。お嬢様がゾンビー相手に死にかけ
たんだ。印象に残らない方がおかしいぜ。その分を計算に入れたとして……
うーむ、素質ありだな。
「そーいや、何だっけ? 彼女、見えない力でゾンビーを吹っ飛ばしたんだっ
て?」
おれは更に彼女の能力を検証してみる事にした。
「そうです。僕には何も見えませんでした。なのに気功弾の命中音だけが聞
こえたんです」
「新しい気の一種か?」
「かも知れませんね」
「見えない気とは厄介なものがあるもんだな。それに、今回も謎がわんさか
だな」
「その様です」
やがてハカセのあねきも変身を解き、結局はそのまま解散になってしまっ
た。
しかし、誰も分からないからお預けと言われて無視出来る事柄じゃねえ。
果たしてあのゾンビーどもは一体何なのか? 何故こんなことが起こった
のか? おれの予感とはこの事を指していたのか?
201 :
竹紫:02/06/13 23:44 ID:NYUe1Zgd
家に着いてからもひたすら考えたが答えなど出る筈が無く、いつの間にか
眠りに落ちてしまった。
そして次の日、朝飯を平らげながらじいさんにひとつ訊いてみた。勿論昨
夜の一件を交えてだ。
「生ける死者か。わしが幼い頃、そんな術を怪談代りに聞かされたもんじゃ
が……」
不格好な目玉焼きを摘まみながらじいさんはそう言った。
「術!? ブードゥー何とかの術か?」
「ぶうどぅ何とか? そんなもん知らんぞい。帝の民に関係がある術じゃ」
「おれに関係が? ……詳しく教えろよ」
「いやなに、ガキの頃の話じゃ。ろくに覚えとらんわい」
何がおかしいのか、じいさんは豪快に笑い飛ばした。やめろ、唾が飛ぶ、
唾が。
「あのなあ……」
「それにしても、お前には疫病神が付いて回っておるようじゃな。宇宙人、
超人と来て今度は生ける死者か」
「笑い事じゃねえよ」
尚も笑い続けるじいさんに、おれはそれだけ言ってやった。----まったく
ついてないぜ。
「あとひとつ、そのお嬢ちゃんが使った見えない気。それは恐らく『空気』
じゃ」
「何だそりゃ? 冗談のつもりかぁ」
「お前が使っとる気はお前自身の体を巡っとるもんで、それには元々色が付
いておる」
「ほお」
「外からもらう気もほとんどは草木や動物の気じゃ。だから色が付いておる。
……しかし、気を持っておるのは何も生き物ばかりとは限らん」そう言って
お茶を一口飲み、
202 :
竹紫:02/06/13 23:44 ID:NYUe1Zgd
「火や水、わし等が吸っている空気にも気が通っておる」
「するってぇと、その気には色はねえんだな?」
「ご名答。そのお嬢さんは外気功の中でも最も難しい『空気』の使い手じゃ
な」
ふーむ。すげえな、ハカセのあねき。
「その気は感じられるのか?」
「それなりの鍛練が必要じゃが、それが集まった塊なら普通の気と同じ様に
感じられるよ」
それを聞いて安心したぜ。見る事も感じる事も出来ない気功弾を連射する
敵がいたらお手上げだからな。暗闇でドッジボールをやるようなもんだから
な。
で、それ以上は大した情報はなかったが、流石は年の功だ。少しは話が見
えて来た。早速ハカセたちに報告すべく登校すると、意外な人物が揃ってい
た。
鳥山はもちろん桑原や優美子までが学校に来ていたのだ。
「なんだ、揃って休んどいて戻って来るのも一緒か」
「心配かけてごめんね、春日君」
「ああ」
優美子はそれを言うためにおれを待っていたようだ。可愛いねえ。
「おれこそ心配かけたな」
「うるせえ、生き返ってこられて迷惑だ」
優美子だけ十分なところに桑原までがそんなことを言う。おれは精一杯の
悪態をついた。
「ひでえ言われようだ」
桑原は二メートルの巨体で肩をすくめて見せた。滑稽どころかとんだホラー
だ。
「春日にやさしい言葉を期待するなよ、そんな言葉をかける相手は優美子ちゃ
んだけだ」
「だよな」
203 :
竹紫:02/06/13 23:45 ID:NYUe1Zgd
鳥山にもろくにホローされず、更に奴は項垂れた。鳥山の方は昨日あれか
ら医者にねじ込んで無理矢理退院して来たそうだ。ハカセのあねきは今日一
日様子を見るそうだ。
授業はいつもどおり終り早速放課後、会議となった。
「ゾンビー? 信じられないわ」
昨夜の出来事を知らない桑原と優美子に話して聞かせると彼女はそんな感
想を漏らした。
「僕はブードゥー教よりも帝の民に伝わる術に興味がありますね」
「さすがはハカセ。おれもこの一件は帝の民が絡んでると見るな」
おれはハカセの意見に同意した。
「と言うことは、またしても硫黄島のような奴がこの街……いや、世界を狙っ
ているのでは?」
滝沢がそんなことを言った。どうも最近考えが物騒になって来ているな。
おれたち。
放課後に地球の危機を懸念する高校生。今に始まった事じゃないが、何と
も奇妙な光景だろう。
「なあ、敵がいるならいずれおれたちの前に出て来るだろ? それまでは久々
に1本どうだ?」
どのみち考えることが苦手なおれは、拳を打ち鳴らして鳥山と桑原に目配
せした。
組み手の事だ。おれたちは強すぎて同年代の一般人では相手にならない。
それがたとえ大人だろうがヤクザだろうが特に変わりはない。最近のヤクザ
なら拳銃のひとつは持っているだろうが、そんなもの、使わせる前に倒す自
信はある。運よく使えても結果は同じだ。
拳銃の弾は遅いもので秒速二五〇メートル、速いもので秒速五〇〇メート
ルの速度で飛ぶらしいが、超地球人に変身すればその速度は秒速二メートル
から五メートルに感じられる。
204 :
竹紫:02/06/13 23:46 ID:NYUe1Zgd
おれの場合、超地球人2になれば更に一〇分の一、3になれば少なくとも一
〇〇分の一にはなるがね。それくらいなら蝿や蜂を相手にしているようなも
んだ。注意していれば避けられないものじゃねえ。てな訳で、おれや滝沢を
相手にするなら軍隊でも持って来なきゃいけなくなる。そんな事はある筈も
ないので闘えなくなる。おれたちにとっての組み手は、まあ、欲求不満解消
だな。
「いいねえ。熱が下がってから妙に調子がいいんだ」
「おれも同じだ。昨日のゾンビーじゃ物足りない」
桑原もおれと同じ心境だったらしく一も二もなく同意した。鳥山もうなず
いた。
「じゃあ、僕もお手合わせ願います」
滝沢もやりたいらしい。なにしろ帝の民の血を持つ男だ、闘いたくてしょー
が無いだろう。おれたちの先祖たちが当時何をやっていたのか知らないが、
奴等も闘うしか能が無かった筈だ。
「呆れたァ。また喧嘩の練習? 他にすることないのォ?」
優美子が言葉通りの呆れ顔でぼやいた。戦闘は男の浪漫でもあるんだぜ。
「喧嘩なんて単なる争い事だ。おれたちのやってるのは戦いだ。戦いは男の
浪漫だ。女には分かりっこねえだろーが」
「浪漫? とてもそーは思えないわ」
「だろ?」
おれたちは部活に行く優美子を残して修行場の資材置場に移動した。
「さて、今日はどんな風にやる?」
修行場にたどり着き、おれは組み手の方法を訊いた。
「バトルロイヤルってのはどうかな?」
鳥山が訊いた。4人入り乱れての戦闘か。おもしれえ。
「いいですね。一対一で敵が攻めて来るとは言えませんから」
滝沢が同意した。
205 :
竹紫:02/06/13 23:47 ID:NYUe1Zgd
「おれもいいぜ」
木刀の包みを解きながら桑原も同意した。ハカセは近くの土管に座り込ん
で見学だ。
「滝沢。今回は鳥山や桑原に気を合わせて戦ってみようぜ。同じ土俵ならこ
の二人は強敵になる。硫黄島事件で身に染みたからな」
「そうですね。その方が全員のレベルアップが期待出来ますしね」
「ルールは相手から有効打をもらったら脱落だ。最後に残るのは一人だぜ」
これはいい戦いになりそうだ。おれは内心身震いしながらルールを宣告し
た。
「OK!」
口々に承諾の台詞が漏れた。
「まずは鳥山と桑原が戦闘体制に入ってくれ。それからおれと滝沢が気を調
節する。ハカセ、スカウターで指示してくれ」
「はい」
ハカセの返事が合図で、パーンという乾いた音が資材置場に響いた。二人
が気を開放したのだ。
「始めるぜ」
おれは滝沢にそう言うや、帝王拳二倍で気を開放する。滝沢もそれに続い
た。
「いいですよ。四人ともプラマイ……二〇前後で収まってます」
しばらくスカウターとにらめっこしていたハカセがそう言った。なんだ調
節不要か。
やがて四人が頂点の四角形が構成される。
同時に四人が動き出した。全員の戦闘力がほぼ同じなので普通の喧嘩に見
える。鳥山の動きが一歩抜け出して見えるくらいだ。逆にあまり動かないの
桑原。ハカセにはおれたちが常人の二倍のスピードで立ち回りを演じている
様に見えるだろう。
206 :
竹紫:02/06/13 23:48 ID:NYUe1Zgd
闘うとなって一番厄介なのは桑原だ。戦闘力は同じでも武器がある分奴が
有利だ。それは硫黄島事件で明らかだ。鳥山のありふれた格闘家とは方向性
がまるで違う動きも要注意だ。滝沢はおれと同タイプだから特に心配はない。
おれは両手で気功弾を放ち桑原と滝沢の動きを封じ、鳥山に有効打を食ら
わす作戦に出た。
「はあっ!」
気合と共におれの気功弾が手を離れた次の瞬間、予想だにせぬ出来事が起
こった。
予想通り足止を食ったのは滝沢だけで、右の桑原は木刀を盾に突っ込んで
来たのだ。更に驚いた事に正面の鳥山は気功弾の三連射を浴びせて来やがっ
た。
おれは下手に回避して桑原に捕まるのを恐れ、鳥山の気功弾を飛び越す格
好で飛び蹴りを出した。
「なにぃ!?」
おれは鳥山の反撃を目にしてから自分の失敗を悟った。
鳥山も飛び蹴りを出して来たのだ。飛び蹴りのクロスカウンターだ。パン
チのクロスカウンターと違う所は、蹴りを食らったのはおれだけだった所だ。
「ぐおっ!」
おれは当たり前のダメージを受けて地に落ちた。鳥山に空中戦を挑んだ時
点で失敗だったのだ。これは明らかに有効打だ。おれはすごすごと戦いの場
を後にした。
このおれが一抜けとは情けねえ。おれはハカセの横に座り込んだ。
「珍しいですね。一抜けなんて」
「ああ、まさか二人があんなに強くなってたとはな」
「初っ端から気功弾を浴びせて来るなんて、鳥山君には珍しいですね」
「見ろよ、三人の中で一番攻め易い滝沢を狙ってるぜ」
「なるほど、既存の拳法に近いスタイルを持つ帝王拳では二人の格好の的で
すね」
207 :
竹紫:02/06/13 23:49 ID:NYUe1Zgd
ハカセの見立てのとおりだった。以前とは攻めが違う二人を相手に滝沢は
防戦一方だ。
「マズいな」
地上ではかわしきれない攻撃をされ、滝沢は堪らず宙に舞った。その足を
鳥山が掴み、その手を支点に飛び上がりつつ蹴りを放った。オーバーヘッド
キックの要領だ。飛鳥同士の空中戦にはああいった決め手が存在するのだろ
う。
滝沢は意外な攻撃にガードも忘れ、鳥山の踵を鳩尾(みぞおち)にめり込ま
せた。
ほどなくして滝沢もおれの横に腰を降ろした。
「やられました」
「あの二人何かが違うな」
「ええ、硫黄島側に廻ったときの桑原さんに攻めが似ています。恐らくは鳥
山さんも……」
残った二人は実にいい戦いをしていた。剣舞の常識外れな剣閃も飛鳥の動
きを捉えられないでいる。かといって、リーチの長い桑原の懐に飛び込むの
は鳥山とて容易ではない。
「うおおおっ!」
桑原の左手が気功弾を打ち出した。鳥山は慣性を無視したような動きでそ
れをかわす。
「なにぃ!?」
208 :
竹紫:02/06/13 23:50 ID:NYUe1Zgd
多分ハカセと当人以外の全員がそんな声を上げただろう。驚くなかれ、桑
原は木刀を投げ付けたのだ。その速さは気功弾の比ではなかった。
「ぐあっ!」
その木刀は鳥山の胸元に命中した。
「秘技、隼。骨には当たってないだろ?」
桑原はそう言って膝をついた鳥山を引き起こした。
「どっかで見たような技だな」
「呼び名や型は違っても、優れた流派には必ずある技さ」
鳥山の問いにそう答えるや派手にウインクをして見せた。おれにじゃなく
て良かったぜ。なんせウインクを食らった鳥山は露骨に顔をしかめてゲロ吐
く真似をしている。
その後何度かやりあったが、いつも最初に抜けるのはおれか滝沢。奴等…
…じゃねえ、剣舞や飛鳥の強さを思い知らされた日だった。
209 :
竹紫:02/06/13 23:50 ID:NYUe1Zgd
3・襲撃
鳥山清隆は春日たちとの組み手が終わるや、その足を洋と共に皐月の入院
している病院へと向けた。
「なあハカセ。お姉さんはどんな女性なんだ?」
病院の最寄り駅の改札を過ぎ、放置自転車を邪魔そうに避けながら鳥山が
訊いた。
「そうですねえ……。昨日見た通りですね。古風で、ちょっと控え目な所が
あります」
「それに意外と芯が強い……だろ?」
「うーん。そうですね、よく判りますね」
「あの夜、あれだけの体験をして少しも臆した風が無かった。その辺のアー
パーギャルじゃ、ああはいかないさ」
「僕も、終わってみれば恐怖心よりも探求心が前に来てしまっていました」
「やっぱ姉弟だな」
「そうかもしれませんね」
やがて病院に到着した二人は三一二号室、皐月の病室へ向かった。
「気が全部で四つ。……先客のようだな」
病室まで数メートルで鳥山が口を開いた。
「多分お姉の友達でしょう」
入り口に立つと内部から姉と同年代と思われる女性の明るい声が漏れて来
た。
コン、コン……
「はい。どうぞ」
皐月の声に招かれ、洋と鳥山はドアを潜った。
「いらっしゃい。洋ちゃん、それに鳥山さん」
ベッドの上で上体を起こしていた皐月は、そのまま膝の上に手をついて会
釈した。
210 :
竹紫:02/06/13 23:51 ID:NYUe1Zgd
「ちわ〜っす」
鳥山は軽く手をあげた。
「うっそーっ。あなたが鳥山さん?」
皐月のベッドを取り巻いていた友人の一人が素っ頓狂な声を上げた。
「白馬の王子の登場って訳だァ」
もう一人が両手を握り合わせて同じく宣言した。
「白馬の王子ぃ?」
鳥山は眉宇を寄せた。
「君、洋君と同級生なんでしょ? 昨日ほんとにゾンビーを見たの?」
残りの一人、沢口真由美が訊いた。
「ごめんなさい鳥山さん。三人がしつこく訊くものですからつい……ある程
度までお話してしまいました」
唖然とこちらを向いた鳥山に、皐月は申し分けない気持ちいっぱいで弁解
した。
「ある程度ォ? まーだあたし達に隠してる事あるんだァ」
皐月の台詞を聞いた三人は更に目を輝かせた。
「真由美さんに晶さんにみずきさん。僕等が逆にからかっているのかも知れ
ませんよ」
「あーら、皐月にあんな嘘が付けるとは思えないけどォ?」
女性軍の一人が皐月に向かってそう言うと、皐月はおどおどと友人と鳥山
たちの顔を見比べ、
「わ、わたしだって嘘くらい付けます……」
と言った。
「おーっと、皐月の大胆発言かァ?」
「ちょっと晶ァ、そのくらいにしてやんなよ。困ってるわよ、皐月も鳥山君
も」
「へいへい、今日の所は許してあげましょうか。今日のと・こ・ろ・はね」
真由美にたしなめられ、それまで散々場をリードしていた晶は引き下がっ
た。皐月は内心ほっと胸を撫で降ろした。
211 :
竹紫:02/06/13 23:52 ID:NYUe1Zgd
「で、今日は早速皐月の見舞いに来たんだ、鳥山君は」
真由美に訊かれ、
「ま、そんなとこかな」
「見舞いなんて必要ないくらい彼女元気だよ。よかったね」
「らしいね」
「……あの、ありがとうございます。後一時間もしたら退院出来るんですよ」
真由美の言葉に皐月はそう付け加えた。
「へえ、お姉、もう退院なんだ。誰が迎えに来るの? 父さん? 母さん?」
「お父様が仕事帰りに寄って下さるそうよ」
「でね、夜は真由美の家で皐月の全快祝いをやるのよ。どお? お二人さん
も」
「うんうん。じゃあいつものように麻雀やろ。負けたら服を1枚ずつ脱ぐっ
てルールで」
晶が夜の計画を話し、みずきが同意するや遊びの提案を出した。その言葉
の意味するものとは点棒の代わりに自分の衣服を賭ける脱衣麻雀であろうか。
「ええっ!? そんなことやってるの? お姉」
「麻雀て、覚えると本当の面白いの。……服を脱ぐのはあまり感心出来ない
ですけど」
それを聞いた真由美はすかさず、
「ねえねえ、鳥山君」
「ん?」
「ああ言ってるけど、皐月ってすごく大胆なのよ。こないだの時なんか----」
真由美が言いかけた途端、
「ダメダメダメエエエッ!」
皐月はベッドの上で身悶えしながらそう叫んだ。
「はいはい。王子様の前であんな恥ずかしい事言いませんよ」
呆れ顔で真由美はそう言った。恥ずかしい事とは何なのか? 鳥山は思わ
ず想像してしまったが、頭を振ってイメージを追い払った。
212 :
竹紫:02/06/13 23:53 ID:NYUe1Zgd
「真由美ちゃん。鳥山さんの前ではわたし、はしたない事しませんからね」
「ほーい」
「ところで、おれ……僕がその全快祝いに来てもいいのかな?」
いつもの調子を取り戻せないながらも鳥山は訊いた。
「だーい歓迎よ。皐月だってきっと大喜びよ。……ねえ?」
晶に訊かれ、
「はい……鳥山さんさえよろしければ……」
「ほーらね。絶対来て欲しいって」
「はあ……それなら行かせてもらうかな」
「どうだ、手掛かりは?」
巡査の、不首尾を告げる声を聴きながら、矢島警部は頭を抱えたくなって
いた。
一夜のうちに外人墓地のほとんどの墓所が掘り起こされたと聞いた時、ア
メリカ大使館とのやり取りを考え頭を悩ませたが、現状を目の当たりにした
とき矢島の悩みはより一層大きなものへと変化した。
「どこのどいつだ? 罰当たりめ」
荒らされただけならともかく、中身が無い。更に敷地の至る所にその中身
が散乱している。人間による明らかな破壊行為を見出せるものは少なくない。
「我が街の貴重な観光資源を……。大使館の連中にはなんと説明する?」
手にしていた煙草を落として足でもみ消し、矢島は呟いた。
「警部っ!」
署に戻って暖かいコーヒーをと踵を返した矢島の元に、動揺しきった巡査
の声が届いた。
「何事だ?」
巡査はしばらく息をついて、
「二人やられました。動いているんです。化け物ですよあれはっ!」
「化け物? 何を言っている。何が動いているって?」
矢島は露骨に顔をしかめて訊いた。正直言ってこれ以上の厄介事は耳にし
たくなかった。
213 :
竹紫:02/06/13 23:54 ID:NYUe1Zgd
不意に、遠くで花火に似た炸裂音が響いた。矢島はそれを銃声と聞き取っ
た。
「何だ? 誰が撃った?」
「死体です。死体が動いているんです!」
「何だと……?」
事の真偽を確かめる前に矢島の足は現場に向かっていた。
「死体が動くとはなんだ?」
走りながら矢島が訊く。
「恐らく墓地に埋葬された者かと思われます」
「墓地? 外人墓地か?」
もう一発銃声が轟いた。
「はい。恐ろしい怪力です」
「そんな馬鹿な……。おい、立入禁止区域を倍に広げるんだ。民間人を近づ
けてはならん」
「はいっ!」
巡査は元来た道を警部の命令を伝えるべく引き返した。矢島の足により一
層力が入る。 現場には約一分で到着した。
十メートルの距離をおいた五人の巡査の銃口に見据えられ、一人の巡査を
抱きかかえた死人と伝えられた人物の姿があった。
衣服は腐敗し、ぼろぼろになっている。露出した褐色の肌はあまりに異様、
頭部は同じ色の薄皮を張り付け無造作に髪を植え付けた髑髏そのもの。
抱えられた巡査の頚部が異常な方向に曲がっているのを視認したとき、矢
島の疑念は吹き飛んでいた。
「言葉は通じるのか?」
矢島は手近でニュー・ナンブを構える巡査に問いかけた。
「こ、こちらの問いかけに一切応じる気配はありません」
明らかな恐怖と動揺に彩られた巡査の返答を聞くまでもなく矢島は五人の
精神状態を把握していた。その一方この状況で平静を保っている自分が不思
議でもあった。
214 :
竹紫:02/06/13 23:55 ID:NYUe1Zgd
これは悪い夢だ。矢島は心に念じた。なぜ死体が動く? そんな筈はない。
これは悪質な悪戯か?
「発砲したのは誰だ?」
矢島の問いに、二人が恐る恐る左手を上げた。
「命中させたのか?」
「当たりました。まったく平気です……やっぱりこいつは化け物だ……化け
物なんだ」
----マズい。矢島が舌打ちをした。今の問いが巡査の恐怖を助長したのは
明らかだった。
ひいっ! と引きつった声を上げるや、その巡査が死体に背を向けて走り
出した。
「!?」
その場に居合わせた全員が、次に起こった出来事を理解出来なかった。
死体----ゾンビーは抱えた巡査の肢体を投げ棄てるや、十数メートルの距
離を文字通り瞬きひとつで飛翔し、逃走に移った巡査の後頭部をその枯れ木
のような膝で一撃した。
頭蓋骨骨折と頚骨損傷。誰の耳にもそれと判る音を響かせて巡査は転倒し
た。
果たして人の形をした物体があれほどの速度で移動出来るのであろうか?
一般的な社会経験しか持たぬ男達の本能が、まず否定していた。
強力なバネに弾かれたような……それよりももっと速い。加速などという
言葉がおよそ似つかわしくない----まるで別の場所で高速移動していた物体
を、神がその手で目の前に置い----そんな思考が男達の脳裏に過った。
だが理解出来ずとも、目の前で都合三人の同僚の死を目にした巡査たちの
行動は一貫していた。
おびただしい銃声の轟き。
腐敗した衣服を弾き飛ばしてゾンビーの体内に侵入した38スペシャル弾
は、そのエネルギーをろくに発散させる事も出来ずに貫通した。
215 :
竹紫:02/06/13 23:56 ID:NYUe1Zgd
更にゾンビーは地を蹴ってひとりの巡査に飛び掛かった。やはり理性の範
疇を越えた動きを前に、標的となった巡査は脳が送り出した回避指令が全身
におよぶ前に即死した。銃を構えた両手が小枝の様にへし折られ、必殺の一
撃が頭部を直撃する前に同僚の狙いを誤った銃弾がその生命を断っていた事
は、彼にとって幸いであっただろうか。
本来至近距離での銃による包囲は危険極まりない。その危険の最初の犠牲
者が彼であった。
この場で一番冷静を保っていられた警部は巡査たちの乱射が始まったとき
既に地に伏せていた。
「撃つなっ! 味方に当たるぞっ!」
このときの警部の叱咤は全く意味を持たなかった。当の本人ですら無意識
に口走っていたのだ。
ゾンビーによる次の犠牲者はその直前に死んだ巡査とあまりに距離が近す
ぎた。すぐ隣だったと言ってもいい。
現に巡査の銃口はまだゾンビーに向けられていなかった。単純に考えてそ
の場に居合わせた警察官個人の二〇倍以上の戦闘能力持つ敵を相手にする事
は、あまりに過酷な要求であった。
ゾンビーは着地するや、まだ方向転換もままならない巡査の足を枯れ枝の
ような腕でなぎ払った。
バキッ!
もはや誰の耳にも明らかな音を立てて巡査の両足は不自然な角度を描いた。
「うわああっ!」
自分に何が起こったのかも判らず、ただ足からの激痛に声を上げて倒れた。
残った巡査たちも果敢に引き金を引くが、ニュー・ナンブの装填弾数は実
戦に対してあまりに不備であった。ましてや日本の警察官の携帯するリボル
バーの実弾装填数は、安全のため一発少なくする取り決めとなっている。自
動拳銃に対しその不安要素をより大きくしているのはこの状況からすれば明
白だ。
216 :
竹紫:02/06/13 23:57 ID:NYUe1Zgd
巡査たちの奏でるむなしく空薬莢を叩く撃鉄の音がその不安要素を明確に
していた。最初の一斉射撃あってからわずか五秒ほどの間に巡査たちの生命
を保証をするであろう銃弾は尽きていたのである。
五秒だけの生命保険と言えようか。しかし、現在の状況においてこの五秒
保険は初めから適応外であった。
抵抗がなくなったと見るや、ゾンビーはそのまま近くの森に姿を消した。
応援に駆けつけた巡査たちが目にしたものは、同僚の三遺体と顔面蒼白の
巡査二人、足を押さえて泣き叫ぶ巡査が一人、唖然とした表情でゾンビーの
消えた森を見つめる矢島警部の姿であった。
尚も引き金を引き続ける巡査の手元で、金属音が叙事詩(バラード)の如く
周囲に響いていた。
午後八時三〇分。冬の夜道を鳥山清隆は沢口真由美のマンション目指して
歩いていた。
「寒いな」
鳥山は身を縮めることによる寒さへの抵抗を諦め、古武道、飛鳥の呼吸法
とステップを始めた。
電車を使えば一〇分程度の道のりだが、それをあえて徒歩に切り替えた事
に対する後悔の念などこの若者には皆無だった。むしろ良い鍛練だと半ば好
意的に受け入れていた。
飛鳥は独自の呼吸法と筋肉の事前運動により筋肉の活動を活発化し、普段
あまり使用しない筋肉を含めて活動させる事によってより肉体の限界に近い
動きを実現する武術である。空中による全身の過重変化を操作する事によっ
て滞空時間を伸ばす術を始め、およそ常人には及びのつかない動きを実現す
るのが飛鳥の基本になっており、それを格闘術とミックスした物が飛鳥の本
質だと春日たちには話してある。
本流はヨーロッパにあるとされる飛鳥の起源だが、戦国時代前期に日本に
渡り、その後どのような経緯で伝えられて来たのかは一切謎である。本人に
解っている事はこれを子孫に伝える事が鳥山家の家訓であり宿命である事の
みである。
217 :
竹紫:02/06/13 23:58 ID:NYUe1Zgd
一五分程ウォーミングアップメニューをこなしただろうか。
痴漢に注意の看板がやたらと目につく、神社を含めた小さな森がある一段
と人気の少ない通りに入った時、鳥山の感覚にあるものが触れた。
「でかいな……この気、覚えがあるぜ」
体ではなく精神そのものが感じる熱波。これ程の熱を一個の生物が発する
筈がない。
同時に二個の人影が神社の境内に侵入するのを認め、
「ゾンビーめっ!」
小さく吐き捨てるや、鳥山は横に続く高さ二メートルの神社の塀をあっさ
り飛び越え、境内へと近づいた。
古ぼけた電灯が照らす境内で鳥山とあるものが遭遇した。
「二匹揃って散歩か? あの場所からよく逃げて来られたな」
薄明かりに照らされたゾンビーは確かに二体。
ゾンビーは問答無用といったタイミングで攻撃に出た。
----速いっ!
間一髪で最初の一体の攻撃をかわせたのは事前にウォーミングアップを済
ませておいた為か。
二体目の進攻を予測していた鳥山はそのまま地を蹴って、彼の存在したで
あろう空間に殴りかかる二体目のゾンビーに空中から気功弾を放った。
バシッ!
気功弾の弾き返された重い音が薄明かりの境内に響いた。その直撃を防い
だのは最初の一体のゾンビーだったのだ。
違う! 昨日の奴等とは違う。鳥山は歯噛みした。こいつ等の動きはまさ
に戦闘力三〇〇〇の動きだ。
それだけの客観的事実は彼の背筋を寒くさせるには十分であった。
四〇〇対三〇〇〇×二。鳥山の状況不利を予想するには余りある事実だっ
た。
自身の数倍の動きを持つ敵が二人。敵に武術の経験が無いのがせめてもの
救いだった。「ある意味で角田杉原組よりも厄介だな……」
218 :
竹紫:02/06/13 23:59 ID:NYUe1Zgd
状況を口に出す事により精神的余裕を作り出そうとしたが、現状が現状だ
けにうまくいかなかった。
一撃、また一撃が身体をかすめる。だが鳥山の攻撃は更に簡単に回避され
ている。
----春日よ。お前ならどうする? 強さだけでなく戦いの発想においても
一目置いている友人の姿が過る。
「くっ!」
砂による滑りを筋肉が吸収しきれずにバランスを崩した。鳥山は自分の精
神的弱さを呪った。
その隙を見逃さず、ゾンビーが鳥山の首に腕を巻き付けた。ヘッドロック
の体制に見える。文字通り枯れ枝の感覚を彼は味わった。
「ぐおっ」
万力のような力が彼の首を締め付ける。窒息より先に首を折られると鳥山
は確信した。
「はあああっ!」
鳥山は激痛をパワーに乗せて気功弾を放った。それは気功弾よりも気功爆
発といった表現が正しかった。彼の右手から炸裂した生命エネルギーは首を
押さえつけたゾンビーの上半身を包んだ。
気功爆発が生んだ閃光が消え、周囲に薄明かりが戻った時、鳥山の頚部を
抱え込んだゾンビーの上半身は消失していた。
鳥山は首に尚も巻き付いている主無き腕を投げ棄てながら残る一体のゾン
ビーとの間合いを保った。
そうだ、頭だ。頭を潰せばいいんだ。とにかく密着すれば破壊するチャン
スは幾らであもる。鳥山はそう考えた。しかし、自身の危険も飛躍的に増加
する。
両手に気を蓄積して間合いを狭める鳥山。飛鳥には接近戦は存在するのか?
219 :
竹紫:02/06/14 00:00 ID:0JHr3H9T
間合いの変化に対し、ゾンビーは素早い踏み込みで攻撃を開始する。戦闘
力に大差はあっても、ことフットワークに関して鳥山は生ける死者に引けは
とらなかった。
----どうやって捕まる……? 鳥山の感心はそこにあった。
ゾンビーは怪力である。生命エネルギー----気による強化がなされた鳥山
の肉体すら容易く破壊する事が出来る。下手に組み合えば手足はもとより首
すらも簡単に折られてしまう。
策の失敗は死を意味していた。
ゾンビー攻撃は続く。気の働きによって常人の数倍に跳ね上がった鳥山の
反射神経や動態視力を持ってしても捉えきれない攻撃を必死に受け流す。普
段より大目に気を巡らせた両腕でなければ、とうに重度の打撲で使い物にな
らなくなっているであろう攻撃を……。
----長くは持ちそうもないな。鳥山は唇を噛んだ。彼の気によって支えら
れて来た状況も長くは続かなかった。
気そのものが枯渇して来たのである。
常人の域を越えた彼等の戦闘は行動する事によって体力を、気功弾の放出
や相手の攻撃を受ける事によって気そのものを消費する。鳥山にとって、攻
撃せずとも相手の攻撃を防御するだけで刻々とその生命の火は消えつつある
のだ。
「これで終わりだっ!」
鳥山は意を決してゾンビーの懐に潜り込んだ。普段の彼を知るものならそ
の目を疑いかねない無謀ぶりであった。
その刹那。鳥山は己の眼下に飛び込むゾンビーの必殺の膝蹴りを見ていた。
バチッ!
放電にも似た閃光と炸裂音を残し、やがて辺りに静寂と薄明かりが残され
た。
そこには戦いの気配もなく、残されたものは横倒しでうずくまる鳥山の姿
と、ぼろ布をまとった下半身のみであった。
220 :
竹紫:02/06/14 00:01 ID:0JHr3H9T
「あの瞬間、後ろに飛んだにもかかわらずこの威力……死んだかと思ったぜ」
激しく咳き込みながら立ち上がった鳥山は、衣服の汚れを払い落としなが
ら境内を出た。
「しかし、生き残りがいたとはな。おれたちが潰していたのは雑魚だったっ
て訳か」
あの夜、鳥山たちが退治したゾンビーたちは余りに脆弱であった。何のた
めの戦闘力三〇〇〇であったのか? だが現にそれに相応しい個体も存在し
ている。しかもその様な個体が自分たちの捜索範囲外に抜け出ている。
----奴等、おれを誘き寄せた風にも見えた……。一瞬、鳥山の胸に暗い影
が過った。
ゾンビーたちは潜在能力の高い人間を狙っているのではないかと。
「皐月さんが危ないっ!」
荒い息もそのままに彼は足を早めた。
「ちょっとォ。今いーとこだったのよォ」
「停電……の様ですね」
真由美はゲーム機のコントローラーを放り出した。皐月のいつもと変りな
い声がそれに応じる。
「このマンションだけのようです」
ベランダから外を覗いた洋が言う。
「管理人にねじ込んでくるわ」
非常灯に照らせた中で真由美は腕まくりをして見せた。
「わたしも行きます」
姉の申し出に洋も、
「僕も」
と賛同した。
一行は八階下の管理人室へたどり着いた。そこで見たものは首を折られて
息絶えている管理人と、火を噴く配電盤であった。
221 :
竹紫:02/06/14 00:02 ID:0JHr3H9T
「なにこれっ! し、死んでるわよ」
恐る恐る倒れた管理人を指差し、真由美が言った。生死に関して何の確認
もせずに言うところ、テレビドラマの見過ぎであろうか。
代わりに洋が呼吸と脈をとる。
「死んでます。恐らくは頚骨骨折……よほど手際の良い殺し方ですね」
「どうしよう? 洋ちゃん」
「それは警察に----」
洋は管理人の手に握られたものを見て愕然となった。
腐敗した布切れ……これだけであるイメージが引き出された。
「ゾンビーだっ!」
管理人の殺され方、その手に握られたぼろ布。昨夜あれほどの体験をした
洋にはこれ以外の犯人像は浮かばなかった。
「ええっ!」
「なによ。こんなときに冗談は止めてよ」
実体験者と未経験者。全く対照的な意見がそれぞれの口をついた。
「真由美さんあまり動かないでっ」
隣の部屋との仕切りの襖に手をかけた真由美を洋は呼び止めた。
「現場検証よ」
振り返りながらも襖を開き、真由美はそう答えた。だが、同時に吉岡姉弟
の表情が変わるのを見た。
「今度は何? 二人ともなんて顔してんの?」
これ以上あたしを驚かしても無駄よとばかり、二人が見ている先を追って
前方を見た。
「きゃああああっ!!」
絶叫を放った真由美が見たものは、髑髏顔もすさまじいゾンビーの姿だっ
た。咄嗟に突き放すが、壁を押すような感覚に逆に突き飛んだのは真由美で
あった。
二、三歩よろめいて洋に支えられた。
222 :
竹紫:02/06/14 00:03 ID:0JHr3H9T
「な、何よあれ……本物なの? どーなってるの?」
三人はじりじりと後退を始める。ゾンビーは三人にあまり感心が無い風に
見えた。
「あいつは足が遅いんだ。走れば逃げられるよ」
後退しつつ洋が言う。
「何でよ。バタリアンは速かったわよぉ」
声を震わせて真由美が抗議した。
「とにかく外へ逃げよう」
洋の提案に二人がうなずいた時、ゾンビーが初めて動いた。
「うわっ! 逃げろおおっ!」
三人は弾かれたようにその場を後にする。開け放しの玄関を抜けて右へ進
めばマンションの出口だ。
先頭の洋が廊下に出たところで左に曲がった。残る二人もその行動に何ひ
とつ疑うこと無く続いた。
「どーするのよ? まだいたわよ」
背後から追って来た真由美の言葉を聴きながら、洋は逃走経路について思
考を巡らせていた。何故か?
ゾンビーはもう一体、マンション入り口から姿を現していたのである。
多層立体構造の建造物において比較的多く選択される逃走手段は、より空
間の広がる方向----つまり上方向への移動である。
洋の行動も多分に漏れることはなかった。
彼は階段を駆け登り始めた。残る二人もそれに続く。
一二階の閉ざされた屋上へのドアにたどり着いた三人は疲労の色に染まっ
ていた。
「どうしよう? 真由美さん」
息を切らせながら洋が訊いた。
「どうするって訊かれても……」
「非常階段はどお?」
皐月が口を開いた。
223 :
竹紫:02/06/14 00:05 ID:0JHr3H9T
「そうか! 一番近い非常階段は……」
「こっちよ」
真由美は階下を指差した。すぐに三人は移動を始める。
一一階の廊下の端にそれはあった。
「ええっ! どーなってるのォ?」
真由美はそこにあるべきものを見出せず愕然と声を上げた。
ノブが無いのである。スチール製のドアに付いていたであろうステンレス
の輝きが根元から引き千切られていることは自ずと知れた。
これは偶然であろうか。もしこれがゾンビーによって事前に行われた工作
だとしたら? 洋に胸に不安という名の毒々しい花弁が花開きつつあった。
「洋ちゃん……」皐月の声に、もぎ取られたノブの跡を覗いていた洋が振り
向いた。
「わたし感じるわ……ゾンビーの気配が」
声はそう続いた。
「ゾンビーの気? お姉、ゾンビーは今何処に居るの?」
皐月は指差した。
洋もその先を見た。
「今……そこから上がって来るわ」
皐月が指差したものは先程降りて来たばかりの、廊下の中間に位置する階
段であった。その距離約二五メートル。
非常灯に照らされた廊下に、新たな人影が姿を現した。
意外としっかりした足取りに、洋はその正体を疑った。……が、それもす
ぐに絶望へと変わる。
「ちょっとどーするのォ!」
真由美は非常ドアを揺さぶった。手応えが無いと気付くや、手近の部屋の
ドアを叩いた。
「助けてっ! お願い、助けてっ!」
無情にもドアは閉じられたままだった。この時間、留守であろう筈はない。
224 :
竹紫:02/06/14 00:06 ID:0JHr3H9T
必死の真由美を見つめる姉弟は大都会の孤独を意識した。ドアを開けて助
けに出る者などまずいまい。一一〇番通報するのが関の山だ。----一一〇番
通報。それもいいだろう。 だが、それでは遅すぎるのだった。
他人の狼狽ぶりを目にして、平常心を取り戻した洋は再び脱出方法を模索
していた。
その最も可能性の高い方法とは目の前の非常ドアを開けることだった。
ドアはスチール製。ノブが無い以上蹴破るしかないが、不可能だ。この場
にいる全員でかかっても成し得ることは出来ない。
一方でゾンビーは昨夜と同じ様に、獲物を追い詰めた余裕の生むゆっくり
とした足取りで迫っている。
窓を破ることは可能だろうか? 窓は分厚いすりガラスで、飛散防止のた
めの鉄線が内部に張り巡らされている。生身の人間では突破は不可能だ。
----生身の人間? 洋に一瞬の閃きが走った。
「お姉っ! 変身だよ。変身してドアを壊してよっ!」
真由美のと対面に位置するドアを叩いていた姉に呼び掛けた。
「ええっ!? でも……」
「真由美さんに見られるのと三人共殺されるのとどっちがいいのっ!」
「は、はいっ!」
皐月は慌てて目を閉じて身体をこわばらせた。
洋は姉と迫り来るゾンビーとを交互に見守る。真由美はドアを叩くのも忘
れ、床にへたり込んでいる。
一秒、二秒……永遠に近い時が流れる。
「お姉っ!」
「だめよ……駄目なのよ。こんなときに集中出来ないわ」
最も厄介な部類の言葉が返って来た。
「どうしよう。まずいよ、これじゃあ昨日とおんなじだ」
残る逃げ道は両脇にある入居者の部屋のドアのみ。首尾良く飛び込むこと
が出来てもゾンビーの手にかかればスチールのドアなど一分も持つまい。
ここで、洋にはある決心がついていた。
225 :
竹紫:02/06/14 00:07 ID:0JHr3H9T
----僕が犠牲になって二人を助けるんだ……。
どことなく悲しく----そして頼もしいその決心は、昨晩に彼が心に決めた
ものとひどく似ていた。
「お姉……これから何が起こっても絶対に真由美さんを連れて逃げて」
「え……?」
皐月は一瞬悲しそうな目をしたがすぐに確固たる意志を込めた表情で、
「洋ちゃん、わたしは昨日洋ちゃんの勇気に救われたわ。……今度はわたし
が洋ちゃんを守る番よ」
それは、洋の一番知っている、他人には見ることの出来ない彼女の一面だっ
た。
洋が何か言おうとした時、
カチャン!
と何かが鳴った。
ゾンビー以外の全員がその音の発信源を見据えた。
それはドアのロックを外す音ではなかろうか。……やがて、チェーンロッ
クがレールを滑る音が響き、ドアが開いた。
「うるさいぞ。なに騒いでんだ?」
二〇歳代前半と見られる男が顔を出した。その表情には明らかな嫌悪の色
があった。
この瞬間を洋は逃さなかった。
「すいません、追われてるんです!」
そう言うや皐月ごと部屋に押し込み、真由美の手を引いて自分も一気に駆
け込んだ。
ゾンビーの歩みに変化はない。
「おいおい、何なんだあんたたち!?」
「ごめんなさい。助けて下さい」
皐月がそう言い、それを見た男の表情が少し和らいだ。男だけで押し掛け
たのではこうも行くまい。皐月の容姿もそれに拍車をかけた。
二人が部屋の奥に上がり込んだのを横目に洋はドアをロックした。
226 :
竹紫:02/06/14 00:09 ID:0JHr3H9T
「君達どうしたの? 廊下の先にも一人いたけど、あいつに追われてたの?」
『あんた』が『君』に変わった男を責める男は他にはいまい。非常照明に
照らされた部屋で、男はそれだけ訊いた。
「あの人、人殺しなんです。守って下さい」
「人殺しィ!? マジかよ」男はライターを手に取って煙草に火をつけた。
それを見た洋にある種の打開策が浮かんだ。
乾燥しミイラ化した肉体を持つゾンビーに対抗しうる武器は炎である。洋
は有効な炎の発生方法に意識を集中した。
「人殺しだろーが、通り魔だろーが平気だよ。鍵のかかったこの部屋にいれ
ば安心さ」
男がそう言うが早いか、轟音が部屋に響き全員が音の発生源----ドアへと
視線を向けた。
スチールのドアが内側にたわんでいた。
「ウソだろ……? どうやってるんだ?」
男は迫り来る恐怖よりも分厚い鋼のドアを変形させた方法に戦慄した。
轟音は尚も続き、一撃ごとに確実にドアは変形し始めた。
洋はそれから目を放し、この状況を打開しうるある物を探していた。
それは意外にも簡単に発見出来た。
割合整頓された部屋であったがこれだけは整理し忘れたのであろうか。テ
レビ台脇の床の上に、それはあった。
洋はすかさずそれを掴み取るや男のライターをもひったくり、宙に向けて
それを噴射しながらライターに火をつけた。
非常灯のオレンジに包まれた室内がより一層色を強めた。
彼は殺虫剤を燃焼させたのである。乾燥した肉体を持つゾンビーに対して
最も効果的と彼が判断した方法であった。
「洋君……まさかそれであいつと闘うの? よした方がいいよォ」
洋以外の全員が硬直した状態で、若干落ち着きを取り戻した真由美がよう
やく口を開いた。この間もドアは生木で叩き付けるような轟音が響き、確実
に正常な姿を失いつつあった。
227 :
竹紫:02/06/14 00:10 ID:0JHr3H9T
「おい、どーなってんだよ? あのドアを見ろよ。あんな事するような奴に
殺虫剤が効くのかよ?」
男はどのような手段にせよ、ドアを変形させる力量を持つ者に対しての洋
の対抗手段とのギャップにすっかり動揺し、慌ててテーブルの上のコードレ
スフォンを取った。プッシュ音が三回のみであるところを見ると一一〇番か?
「洋ちゃん……」
弟の安否を気遣いながら、皐月は両の拳に力を込めた。----自分の能力が
今ここで発揮出来れば……と。
姉だけが弟の行動を理解していた。
「お姉」
「はいっ」
「これが何等かの効果を挙げたら、みんなを連れて逃げてよ」
「洋ちゃんも一緒でないと、わたし言うこと聞かないからね」
「……分かってるよ」
轟音と男が電話口で必死に助けを呼ぶ声だけが響き渡る2LDKの部屋の
中で、姉弟はそれだけの言葉を交わした。
「クソッ!」男は受話器のスイッチを切り、
「直ちに急行しますだって? 一番近い交番からだって何分かかると思って
るんだ!」
と、自分の運命を警察の対応の遅さに責任転化した形で叫んだ。
そのまま男はダイニングに駆け込んで包丁を抜き出し、洋と同じく前列で
ドアと対峙した。
「二人がかりなら何とかなるだろ。ええ?」
「あの……多分駄目じゃないかと……」
皐月に落ち着いた声でそう言われ、男は愕然と振り返った。
「何でだよ? まさかその人殺しって奴はピストルでも持ってるのか?」
「……似たようなものです」
「あんたらなんて事してくれたんだ! おれまで巻き添えにする気かっ!」
『あんた』に逆戻りした男を責める者は誰もいまい。
228 :
竹紫:02/06/14 00:11 ID:0JHr3H9T
「そんなことより逃げ出す算段をつけた方がいいですよ」
洋がそう言った刹那、変形したドアが蝶番を吹き飛ばして内側へ倒れた。
「来たっ!」
殺虫剤とライターを構えた洋が緊張する。ゾンビーは尚もゆっくりとした
足取りで侵入を開始した。
その距離は約四メートル。即席の火炎放射機がその効果を発揮出来るのは
二メートル以内。それ以上では無効な上に相手が警戒する恐れがある。生命
を賭けるにはあまりに危険な状況であった。
「なんだよ……脅かすなよ……」男は安堵のため息とともに包丁を降ろした。
「ドッキリかなんかだろ? ったく人が悪いぜ」
肩でも叩くつもりで男が不用意にゾンビーに近づいた。
「危ないっ!!」
洋が叫んだが、両手がふさがっている上に点火するタイミングだけに意識
を集中していたので、対応が遅れてしまった。
ゾンビーの右手が霞んだと見るや肉を打つ音が響き、絶息した男が床に崩
れ落ち、それを見た真由美が小さく悲鳴を上げた。
「くそっ!」
洋は即製火炎放射機に点火しつつ踏み込んだ。
しばらくゾンビーは無反応で立ち尽くしていたが、やがてその身体に炎が
燃え移ってからも対応はなかった。
三人は逃げる事も忘れ、燃え盛るゾンビーに見入った。
脂肪が燃焼する臭気が部屋に立ち込め、上半身を舐める炎が一際その勢い
を強めた時、変化が起こった。
ゾンビーが突如走り出した。
「うわああっ!」
洋はゾンビーに跳ね飛ばされた格好で床に転がった。
当のゾンビーはベランダを隔てた硝子戸を突き破り、そのまま階下に姿を
消した。転落という形容がよほど似つかわしくないゾンビーの行動に、一部
始終を見守った少女二人はここが一一階である事も忘れた。
229 :
竹紫:02/06/14 00:12 ID:0JHr3H9T
「洋ちゃん!」
四〇数メートル下に墜落したゾンビーの運命は計り知れないが、当面の危
機は去ったといえよう。皐月は男の部屋を脱出すべく、背中を押さえつつ立
ち上がった洋に声をかけた。
「いててて……今行くから、先に行っててよ」
それを聞いた皐月は真由美と共に出口へ向かった。
洋はゾンビーに跳ね飛ばされた時に投げ出してしまった殺虫剤とライター
を探した。
殺虫剤のスプレー缶はすぐに見つかった。……だが、ライターが見当たら
なかった。そばにあったテーブルの下などを覗いたが見当たらない。
悠長に捜索している暇はないと判断した洋は、姉達の後を追うべく立ち上
がった。
だが、姉達は部屋と玄関との間に立ち尽くしていた。
「お姉、待ってなくてもいいって言った----」
洋の言葉はそこで切れた。彼女達の見ているものを知ったからである。
二人はやがて後退を始めた。
彼女達の見ているものが前進を始めたからだ。洋はライター探しを再開し
た。必死だった。
ゾンビーはもう一体いたのである。それが今、歪んだドアを踏みつけて男
の部屋に侵入を開始した。
「洋君、こいつもやっつけてヨ〜ッ」
この場で頼りになるのは洋だけと見たか、真由美は洋の背後に廻った。
「ライターがないんだっ!」
「わたしも探します!」
皐月も加わり、ライター捜索隊は三人になった。
ゾンビーとの距離はおよそ七メートル。ゾンビーになど目もくれずに床に
這いつくばる三人の姿は、生ける死人よりも奇妙とさえ思えた。
やがて、捜索範囲を広げようと皐月が四つ足の状態で後退した。
230 :
竹紫:02/06/14 00:13 ID:0JHr3H9T
「あら?」
何かがその足に触れ、後退を阻んだ。そこには壁はなかったと皐月の方向
感覚が告げている。
……ゆっくりと振り返った。
「きゃあああっ!」
彼女の後退を阻んだものは、他ならぬゾンビーの足だったのであった。
「ええっ!?」
驚きの声は同時に二方から上がった。この状況でその様な声を出せるのは、
他ならぬ洋と真由美の二人であった。
俗に言う、「一難去ってまた一難」とはまさにこの事であろう。しかもこ
の三人にとってこれは最後の一難であり、後に残されたものは絶望といえよ
う。
「ああっ……」
ゆっくりと身を屈めたゾンビーは、そのまま皐月の右足首を掴み、片腕一
本で釣り上げたのである。足を掴む万力のような握力と浮揚感に伴う恐怖の
悲鳴を押し戻しながらも、皐月は重力に従ってまくれ落ちるスカートの裾を
押さえた。
「お姉っ!」
「おはるっ!」
二人が叫ぶ。だが、相手が悪い。下手に動けば次の一瞬には皐月は一個の
肉塊と化すであろう。想像は容易い。
その中で、洋はゾンビーに飛び掛かるべく両足に力を込めた。僅かでも注
意が引ければ姉が脱出する機会を与えられるかもしれない。あるいは自分が
新たな標的とされる事で姉を助け得る事が出来かもしれない。そう考えての
行動であった。
「ハカセ、妙な決心は止めときな」
洋が一歩踏み出したその瞬間、部屋の出入り口からの聞き覚えのある声で
彼は踏み留まった。
231 :
竹紫:02/06/14 00:14 ID:0JHr3H9T
「鳥山君!?」
果たして、倒れたドアの向こうには鳥山清隆の姿があった。
「皐月さんを離せよ。……って言っても日本語は通じないか? 外人さんよ」
右掌を突き出した格好で鳥山が言う。
そこには既に相当量の気が集中し、放射の瞬間を待っていた。その威力は
ゾンビーを破壊するには十分であろう。
ゾンビーはどう出るか?
「……意外とやる事がセコイな」
苦笑まじりの鳥山の台詞もむべなるかな、ゾンビーは釣り上げた皐月の身
体で自らをカバーしたのである。
----こいつ、以前の奴等より頭が切れる。笑いさえ浮かべていた鳥山だが、
内心穏やかではなかった。
「鳥山さん……」
スカートを押さえたままの皐月が鳥山を振り仰いだ。その表情は複雑であ
る。鳥山があの不思議な光の弾で攻撃すればゾンビーを破壊出来る……、そ
の希望。しかし、その攻撃を阻害しているの自分自身である事に対する絶望。
それらが入り交じった表情である。
一見有利見える鳥山だったが、その危機を洋も逸早く見抜いていた。素早
く周囲に目を配る。----この危機を打開出来るものはアレしかない、と。
「!」
アレとは意外に早く見つかった。それは、ゾンビーの足元に落ちていた。
あのライターである。
今まで発見出来なかった事に対しての達成感と鳥山の存在による安心感が
洋を突き動かした。
素早くライターに飛び付き、一歩退いて殺虫剤をゾンビーの頭部に向ける。
洋の視界の隅でゾンビーの左足が動いた。
232 :
竹紫:02/06/14 00:15 ID:0JHr3H9T
ブンッ!
バットの素振りの様な音が響き、同時に洋は身体をくの字に曲げて部屋の
中央迄飛び、テーブルに背を打って床に倒れ伏した。
「隙ありっ!」
ゾンビーの足が床を離れた瞬間、鳥山は床を滑るかのような低い軌道で跳
躍をし、ゾンビーと皐月のもとに達した。
身を低くして左腕で皐月を抱え上げ、同時に彼女の足首を掴む干からびた
手に気の集中した右手を添え、そのまま気を炸裂させた。
ゾンビーの右手は手首から切断され、鳥山は返すその手で皐月の身体を抱
きかかえて後退した。
「皐月さん、怪我は?」
「いえ……平気です。あの、ありがとう……ございます」
見つめ合う二人の位置は既に部屋の外の廊下であった。ゾンビーから三メー
トル強。人ひとりを抱えて地上すれすれに跳躍した鳥山の体術であった。
皐月にはもっと言葉をかけてやりたかった鳥山だったが、彼女の視線がや
がて部屋の奥へ向けられていると知るや、
「ハカセ、無事かぁ?」
と最も安否が気遣われる者へと声をかけた。
「い、痛いけど平気だよ」
予想以上に元気そうな声が返って来た。それが自分の予想通りだと知って、
鳥山の口元に笑みがこぼれた。
「彼は平気だよ皐月さん。ゾンビーの蹴りはぎりぎり伸びきった位置でしか
当たらなかった。バネに弾かれたようなもんさ」そう言って彼女を床にそっ
と降ろした。
「立てるかい?」
「はい……強く握られたので痛みはありますけど、歩いても良さそうです」
そう言って皐月は右足で床を踏み鳴らした。
233 :
竹紫:02/06/14 00:15 ID:0JHr3H9T
鳥山はそれを確認し、
「皐月さん、あなた先にマンションから出ていて下さい」
「駄目です。二人がまだ中にいます」
「すぐに追わせます。それより、あまりおれの側にいると危険ですよ」
そう言って鳥山が顔を向けた先にはゆっくりと接近中のゾンビーの姿があっ
た。
「は、はい!」
皐月はそれを見るや、すぐさま階段まで駆けて行った。
そして階段の手前からこちらに振り向いた。
「警察でも呼んで来て下さい」
そう言った鳥山の目前には既にゾンビーが迫り、手首から先の無い右腕で
目にも止まらぬ横殴りの一閃を繰り出している。それを身を屈めてかわし、
更にその状態から足払いを仕掛けながらの鳥山の言葉だった。
「はい、あの……がんばって」
皐月は階段を駆け降りた。
一方、足払いをジャンプでかわされた鳥山の心中は混迷の色を深めていた。
----やはりこいつも強い。ここでやり合って無事に済まされるかどうか。
廊下はあの神社の境内とは違い、かなり狭い。二メートル四方の筒の中で、
飛鳥の技はどれほどの制約を受けるか? 彼の心中に浮かんだ色を見れは自
ずと知れる。
足払いの終わらぬ状態のまま後ろ向きに飛んでゾンビーと間合いを離す。
彼の背後は廊下が続き、皐月の姿を飲んだ階段もある。
----後ろの心配はなくなったが、場所が悪い事には変わりが無い。……前
後と若干の左右移動のみ。格闘ゲームみたいなこの状況、春日なら喜ぶか?
二次元的な動きのみが許されたこの窮地において、臆するどころか歓喜し
て闘いに望むであろう級友の姿を想起し、鳥山に笑みが漏れた。
その男に対する言い様の無い信頼感が彼の内の混迷を拭い去った。
234 :
竹紫:02/06/14 00:17 ID:0JHr3H9T
「ハカセ、いつでも逃げられるようにしておけよ!」
鳥山はそう叫ぶや大振りの右フックを繰り出した。
ゾンビーは辛くも身を引いてかわす。
「甘いっ!」
鳥山はそのまま身をひねり、猛烈な後ろ蹴りを繰り出した。
ゾンビーの首を破壊する筈のそれは、枯れ枝のような左腕でガードされて
いた。
----チィ、気の収束が甘い!
舌打ちした鳥山は、先のゾンビー戦で消耗した気の回復が十分でない事を
悟った。しかし、残った右足で更なる後ろ蹴りを浴びせかけたのは飛鳥伝承
者故の妙技であった。
だが、それに対するゾンビーの反撃も尋常ではない。
鳥山の二段蹴りが命中するのを待たず、鳥山の一段目の蹴り足を掴んで背
後に投げ付けたのである。
狭い廊下が災いし、鳥山は一旦壁に打ち付けられ、更に開かずの非常ドア
へと宙を舞った。
成り行きを見守っていた洋と真由美は悲鳴を上げて頭を引っ込める。
「痛……」
非常ドアに足からぶつかり、そのまま着地した鳥山だったが、すぐに膝を
ついた。
二度目の激突はうまく捌いたものの、一度目の激突から肉体を保護するた
めに多くの気を消費してしまった。彼の言葉は身体の痛みより失策による痛
みと取れた。
ゾンビーは洋たちの潜む部屋の前を通過し、間合いを詰める。対する鳥山
は既に立ち上がっている。
「用意しな……」
そう言って鳥山は構えた。その声を聞き、洋と真由美は顔を出す。
それを確認した鳥山は出し抜けに気功弾を放った。
ゾンビーは身を沈めてそれをかわす。
235 :
竹紫:02/06/14 00:17 ID:0JHr3H9T
「行けっ!」
鳥山はそのままダイビングし、ゾンビーを飛び越え、空中から蹴りを放っ
た。
ゾンビーは二転三転して非常ドアにぶつかる。着地した鳥山の脇を洋と真
由美が駆け抜けて行く。
「鳥山君も一緒にっ!」
「だめだ、こいつは動きが速い。ここで仕留める」
「がんばって!」
やがて階下に消える二人の気を感じながら、鳥山は息をついた。
ゆっくりと起き上がるゾンビーを見据えて、
「来いよ……こっちは心中(しんじゅう)覚悟だぜ」
指を引いて誘い掛けた。
吉岡皐月はあの管理人室で身を潜めていた。
洋と真由美の接近を感じての行動である。自分でも理由は分からなかった。
「鳥山さん……」
皐月は徐々に弱まって行く鳥山の気を感じ取っていた。いや、目を閉じれ
ば闘いの現場の状況さえもがおぼろげながら分かるのだ。
ゾンビーの蹴りが見舞う。……鳥山の対応が遅い。新たに気が消失し、ガー
ドもろとも廊下を滑る。
彼女は空気中の気の流れを克明に感じ取り、遠く離れた場所の状況を察知
する事が出来るのだ。鳥山たちには無い能力である。
「鳥山さん……わたしが貴方を守るわっ!」
洋たちの気配がマンションの外に及んだ時、彼女は決心した。
管理人室を脱し、一気に階段を駆け登る。常人とは思えぬスピードを生む
彼女の身体は青白いオーラに包まれていた。
一分足らずで一一階に到達した。すかさず廊下に飛び出す。
236 :
竹紫:02/06/14 00:18 ID:0JHr3H9T
「鳥山さああん!」
猛烈な炸裂音が廊下に反響し、辺りを銀の光に染めた。
「さ、皐月さん!?」
両手を重ねて突き出しゾンビーに向ける。その掌に集まる気の大きさに、
鳥山は驚愕した。
おお、と叫びつつ床を転がる。彼女とゾンビーを結ぶ一線に自分も含まれ
ていたからだ。
やがて不可視の巨大な気の塊が放出された。
対するゾンビーは棒立ち。
----当たれっ!
鳥山は強く念じた。
その気の塊が命中する直前、ゾンビーが横に飛んだ。
「避けた!?」
鳥山は起き上がろうとしたが、体に力が入らない。
皐月が放った空気功弾はゾンビーの左上半身をえぐって非常ドアを撃ち抜
き、人一人出入り可能な大穴を穿った。
ゾンビーは新たな目標に向かって猛然と詰め寄った。
「皐月さん!」
右手を差し出す鳥山には、もう気功弾を放つ余力はない。
「ああ……」
ゾンビーが目前に迫る皐月は未だ一発目の気功弾の反動から立ち直ってい
ない。ゾンビーの接近を茫として見守るのみ。
「くそっ! 気が……」
一方の鳥山は膝立ちの姿勢が限度。
皐月に到達したゾンビーはボディブローを放った。彼女には対向する手段
はない。
ボクッ!
肉を打つ音が聞こえ、皐月が膝をつく。そこを更に蹴り上げられ、廊下を
滑る。
237 :
竹紫:02/06/14 00:20 ID:0JHr3H9T
彼女の戦闘力はゾンビーの一・三倍程度。単純に数値で見る限り普通の男
に殴られたくらいのダメージを受けた筈である。現に、彼女は銀の輝きを失
い、腹部を押さえてその場でうずくまってしまった。
「さつきいいいいっ!!」
鳥山は立ち上がった。
----彼女は女の子だぜ。……好きな女一人守れねえで何が飛鳥伝承者だ?
皐月に止めを刺すべくゾンビーの右足が上がった。
----てめえ、これ以上彼女に手を出す前にブッ殺す!
「ブッ殺す!」
周囲にあの炸裂音が響き、周囲は銀の光を取り戻した。
ゾンビーが唖然と振り返る。
逆立った銀の髪に濃紺の瞳、銀のオーラの持ち主は、鳥山清隆だった。
「うおおおおっ!」
風を切ってゾンビーに肉薄、過剰に気の通った右拳を青白く染め、そのま
まゾンビーの顔面を撃ち抜いたストレート一閃、身をひねりざま放った後ろ
蹴りはゾンビーを輪切りにした。
ゾンビーは枯れ木の倒れた音を残し床に倒れ伏した。
「皐月……皐月さん!」
鳥山はすぐさま彼女を抱き起こした。
「鳥山さん……変身したんですね……」
涙ぐんだ表情で皐月が言い、鳥山は初めて自分の正体を知った。
「どうしておれが……?」
「暖かい……」
「え?」
皐月は鳥山の腕に頬を寄せ、
「鳥山さんの気持ちがとっても暖かく感じるんです……」
と目を閉じた。
238 :
竹紫:02/06/14 00:20 ID:0JHr3H9T
「おれの気持ち……そうか、皐月さん……おれの気が分かるんだ」
鳥山はそのままそっと皐月を抱きしめた。
「君達、大丈夫か!?」
「鳥山君!」
懐中電灯片手の三人の警官とスーツ姿の外人一人と共に洋等が駆けつけた
時、周囲は銀の静けさに包まれていた。
− つづく −
239 :
竹紫:02/06/14 00:21 ID:0JHr3H9T
ここまでのあとがき
覇王学園外伝をお贈りします。実はこのお話、サンダーボルトとほぼ同時
期に描き始めたものです。私は物事を実行に移すのは早いのですが、いかん
せん飽きっぽいのです。これまで執筆途中で行き詰まり、そのまま自然消滅
した作品は数知れず。
覇王学園シリーズは私が完結させた長編の第1号なので、それなりの思い
入れはあります。読むと恥ずかしくなるようなラブロマンス(?)、ドラゴン
ボールの戦闘を勝手な解釈で現実的に表現----どれも私の大好きなモノです。
さて今回の新キャラ『皐月ちゃん』ですが、これにはモデルがいます。某
SRM PXの『綾ちゃん』がそれです。SRMを知ってる方は判ると思いま
すが、綾以外のゲーム中のキャラはちゃんと実名で登場しています。
と、知らない方は全然話が見えないと思いますので、それは置いといて…
…。
今回の敵は今の所ゾンビばかりですが、真の敵は別にいます。今の所、第
2部の延長で話が進んでいますが、タイトルの『星』を巻き込んでストーリー
はどんどん大きくなります。
乞う御期待!
240 :
竹紫:02/06/14 00:23 ID:0JHr3H9T
今読み返すと
サンダーボルトとほぼ同時期に書いたものです。実はこの作品、まだ完結
していません。
書きあがってる部分は、ここまでの分の半分くらいです。
文体とかはそこそこいけてると思ってるんですが、もったいないです。
この覇王学園シリーズは、読んでお判りのとおり従来の小説には見られな
い手法を採用しています。一人称と三人称を交互に行ってるんですね。
一人称だと、主人公のいない場所で起こってる出来事は読者も把握できま
せん。しかし三人称だと、一方その頃という感じで敵の作戦会議の様子など
も描写できるわけです。
何が起こってるのか判らないのも一人称の面白さですが、私は三人称の面
白さをミックスしてみたんです。
他にも、執筆するにあたって2本分の小説を書いているようで飽きが来な
いというメリットもあります。
関係無いですけど、皐月の友達、真由美が志保っぽいですね(笑)。
この先、主人公たちはアメリカに渡ります。このアメリカ、裏では異様に
科学が発達していて、リニアモーターカーなどの実用化されていないはずの
乗り物が密かに走っていたりする世界。
そうかと思えば、敵が戦闘ヘリで攻めてきたり、彼等はいろいろな展開に
巻き込まれていきます。
そして、極めつけは私の得意舞台、宇宙へと物語は進展していきます。
これは皆さんの反響しだいで執筆を再開したので、皆さん、感想&応援を
よろしくお願いします。
1998年3月某日 青紫
241 :
竹紫:02/06/14 00:25 ID:0JHr3H9T
一応、これで終わりだ
>この覇王学園シリーズは、読んでお判りのとおり従来の小説には見られな
>い手法を採用しています。一人称と三人称を交互に行ってるんですね。
>一人称だと、主人公のいない場所で起こってる出来事は読者も把握できま
>せん。しかし三人称だと、一方その頃という感じで敵の作戦会議の様子など
>も描写できるわけです。
誰彼が一人称と三人称がごちゃ混ぜな理由
242 :
竹紫:02/06/14 00:32 ID:0JHr3H9T
一応上げとこう
243 :
竹紫:02/06/14 00:33 ID:0JHr3H9T
上がってなかったな
お疲れ>竹紫
もうどこをどう突っ込んで良いのやら
>極めつけは私の得意舞台、宇宙へと物語は進展していきます。
これを見たとたんに一気に脱力しますた。
> そして、極めつけは私の得意舞台、宇宙へと物語は進展していきます。
これを見たとたん一気にアビスの香りがしました。
ナメック星に逝くんだろうなぁきっと
超先生の次回作は
【スペース】誰彼【伝説】
のヨカーン!
ごめん、結構面白く読んでしまった
でも、最後の宇宙には激しく脱力
さすが超先生…壮大な物語だ。
見たか、諸君!
俗にRRと呼ばれ、蔑まされていた表現技法の数々は全て元の文法を把握してのものだったのだ。
そう、これは文学界に対する、超先生の新たな挑戦でもあったのだ!
あぁ、超先生、あなたはやはり偉大でした。
そんな超先生がキモい訳がない。
>>1よ、よく、聞け…
おまえが感じている感情は精神疾患の一種だ。
>日の光さえ見えるなかその量はさしたものではなく、人によっては傘など
>必要はないと思えた。しかし、今は一二月……誰しも傘を望むであろう。
出だしからいきなりこんな矛盾した文が書けるなんて、さすが超先生!!
ど う す れ ば い い ん だ
253 :
名無しさんだよもん:02/06/14 16:22 ID:sVHkdJ+2
age
読む価値ある?
長くて読む気起きない・・・
255 :
名無しさんだよもん:02/06/14 17:52 ID:cU1wNjh9
超先生の作品も素晴らしかったのですが、
>250のオチにやられました。吹いちゃったじゃないか! ゴルァ!(藁
超先生は本当にすごいなぁ…。
これって保存されてるところのURL張っとけばいいのでは?
(アーカイブのほう)
258 :
竹紫:02/06/14 21:57 ID:0JHr3H9T
それで済むならわたしもいちいち貼ったりせんよ
超スレは誰かが苦行を行わんと盛り上がらんのでなあ……
>258 竹紫氏
そうでしたか。暇なときにでも手伝いましょうか?
∧_∧:::
<`ш´ >::: そらそーだ
/ 丶' ヽ:::
/ ヽ / /:::
/ /へ ヘ/ /:::
/ \ ヾミ /|:::
(__/| \___ノ/:::
/ /:::
/ y ):::
/ / /:::
/ /::::
/ /:::::
( く::::::::
|\ ヽ:::::
| .|\ \ :::::
\ .| .i::: \ ⌒i::
\ | /:::: ヽ 〈::
\ | i:::::: (__ノ:
__ノ ):::::
(_,,/\
261 :
名無しさんだよもん:02/06/14 22:55 ID:XWxKX8s2
超先生最高
262 :
竹紫:02/06/14 23:11 ID:0JHr3H9T
ではサンダーを貼り付けてくれんか?
あれは量が多すぎて、流石に一人で捌くのはきつい
263 :
竹紫:02/06/14 23:18 ID:0JHr3H9T
それでは始めるぞ!
264 :
竹紫:02/06/14 23:19 ID:0JHr3H9T
4・米国へ
「おい諒、大変じゃ! 日本語を喋る外人が来たぞぉ」
朝、おれが袋ラーメンをゆでていると、じいさんが血相欠いて台所に駆け
込んで来た。
「あ?」
きょうび外人が日本語を喋ってもおかしくはねえ。
「なんでもお前に用があると言ってるように聞こえるぞい」
「あのなあ……」
俺は頭を掻きながら台所を後にした。----おっと、火を消し忘れてた。以
前にも来客の応対で火を消し忘れて鍋に穴開けた事があったな。
「あなたがリョウ・カスガ君だね?」
コンロの火を消して玄関に向かったおれを待ち受けていたのは、濃紺のスー
ツを身にまとった青い目の金髪の紳士だった。年齢は、四〇代前半。いいおっ
さんだ。
「そうだけど……アメリカの人がおれに用かい?」
今まで日本で育ったと言われればハイそうですかと信じてしまいそうな流
暢な日本語を聞いて、おれに質問したのは実はその背後の警官ではないかと
耳を疑った。
それでもおれに少しの停滞もなく答えを返させたのは、一連の事件に関係
のある事柄を目の前の男が握っていると囁いた勘の成せる技だったろう。彼
の胸に光る星条旗を含んだ勲章らしきものから彼の出身国を見抜いたのもそ
のおかげだ。
「鳥山君に吉岡姉弟、彼等が昨日の晩、怪物に襲われたよ」
「何!?」
「心配ご無用。彼等は無事だ」男はそこで言葉を切り、
「私はアメリカ連邦調査局、特殊事件捜査課のクリストファー・ジェーメン」
と身分証を取り出して見せた。
……英語ばっかで判るのは顔写真とCIAの文字だけだ。
265 :
竹紫:02/06/14 23:19 ID:0JHr3H9T
「……で?」
「怪物の件と君たちの持つ力について、訊きたい事がある」
「あんたら、あのゾンビーを知ってんだな?」
「詳しい話は車の中で。----よろしいかな?」
おれは無言でうなずいていた。
かくして、家の外にはでかいシルバーのリムジンが待っていた。
「君たちの持っている力を私に貸して欲しい」
男----クリストファーはおれに続いてリムジンに乗り込むや、出し抜けに
そんな事を言った。
「おれたちの力ぁ?」
クリストファーの話は、こうだ。ある男が米軍の施設を占拠している。そ
いつとその施設はとんでもない能力を持っていて、その気になればアメリカ
はもとより世界を破滅に導く力を持っているそうなのだ。そいつが占拠して
いる施設は特殊な場所にあり、強力な兵器は一切使用出ない。出来る事はそ
こへ極小数の人間を送り込むだけなのだそうだ。
その小数の人間はそいつを確実に倒せるスーパーソルジャーである事が最
低条件ならしい。
「この任務はランボーでも、……恐らくターミネーターでも成し得ない任務
なのだよ」
クリストファーはそう言って肩を落とした。
「その辺はいいとして、おれたちの事を何処で知ったんだ?」
超地球人の事は鳥山かハカセが言ったとして、問題はおれたちの存在自体
を何処で知る事が出来たのか、だった。
「私はゾンビー出現の一報を受けて昨日、東京に着いた」
彼がおれたちの街に着てすぐに、凶悪犯出現の一一〇番通報を受けたそう
だ。ゾンビーの可能性があると睨んだ彼は現場に急行、そこで見たものは首
無し輪切りゾンビーの死骸と負傷した女性、それに銀色に輝く男だったそう
だ。
266 :
竹紫:02/06/14 23:20 ID:0JHr3H9T
「銀色の男ぉ!? 誰が?」
その時いたとゆーのは鳥山とハカセのあねきだろう。ハカセのあねきが変
身してたなら分かるが、男が変身していたってのはどーゆーこった?
「ミスタートリヤマだが……どうかしたのかね?」
「鳥山が変身? そんな馬鹿な。奴は普通の人間だぜ」
「確かに彼自身も驚いていたが、この点について君の意見は?」
「意見も何も、あんたの言う事が事実なら一大事だ。真祖の血でも飲まない
限り超地球人に変身出来る訳がないぜ」
そうだ、あの壷の中身でも飲まない限り……、まてよ……血を飲んだら----
おれの脳裏に、硫黄島との最後の会話が蘇った。
----おれはジュースと勘違いしてそれを飲んだ
硫黄島は真祖の血を口にした。
----そしておれは、その日から三日三晩高熱にうなされた
そして寝込んじまった。ここまでの話はぴったり鳥山にもあてはまる。
まさか……おれの知らない間にあれを飲んだのか? しかも寝込んだのは
他にもいるぞ!
「何か気がついたかね?」
おれの表情の変化に気付き、クリストファーが訊いた。
「こいつはおれの想像だが……」
おれは超人の壷の話を含めてクリストファーに話して聞かせた。
「……なるほど、それでは君の知らない間に友人等が壷の中身を飲み、そし
て変身した……。という事だね?」
「信じられねえ。壷の話は焼却寸前まで話していない筈だ……。話したのは
滝沢にだけだ」
「そのタキザワくんが皆に話し、君の知らぬ間にそれを飲んだ。そうも解釈
出来る。……君達の様な力が手に入るなら私も飲んでみたいと思うよ」
そんな馬鹿な。奴等、ただ強くなりたいがためにおれに黙ってそんな事を
したのか?
267 :
竹紫:02/06/14 23:22 ID:0JHr3H9T
「信じたくないね、そんな推測」
鳥山や桑原----桑原は変身していないようだからあまり悪く言えないが、
奴等は武道家だ。正当な伝承者としての道を歩んでいる立派なファイターだ。
プライドがそんな事をさせてくれない筈……、しかも女の子が何故あれを飲
む? これは何かの間違いだ。
「私が余計な事を伝えてしまったようだね。----私の本来の目的は別にある
のだよ、ミスターカスガ」
「?」
クリストファーはおれに学校へ送るついでに朝食をおごると言い、準備を
済ませたおれを乗せたリムジンは驚くほどスムーズに発進した。
彼がおれに伝えたかった本来の目的はこうだった。
今現在、米軍が主体なって管理している、ある研究所が反政府派に占拠さ
れている。その研究施設はかなり危険なもので、その気になれば米政府はも
ちろんの事、世界そのものをも破滅させる事が出来るそうだ。
政府は次第によっては核攻撃すら辞さない構えでいるが、施設自体が特殊
な場所にあるためにそれすら出来ないという。政府が出来るのは極小数の人
間をそこへ送る事のみだそうだ。----ここまでは最初の話と同じだ。
「そこへランボーやターミネーターを送っても無駄って事は、よほど難しい
作戦なんだな」
「ランボーはあくまで普通の人間、ターミネーターは頑丈なだけが取柄のロ
ボット……。必要なのは、彼等よりも強靭な戦士なのだよ」
おれの肩へ手を置き、クリストファーは言った。
「戦士ねえ。……って待てよ? その戦士ってのは……」おれの言葉にクリ
ストファーはうなずいた。
「そこへおれが行けば世界は救われるのか?」
彼は首を横に振った。
「出来る限り多くの超戦士が必要だよ」
「おれの仲間も必要か。……考えさせてくれ」
「一刻を争う。猶予は明日の朝まで、……よろしいかな?」おれはうなずい
た。
268 :
竹紫:02/06/14 23:22 ID:0JHr3H9T
吉野屋で牛丼を食った後、おれは学校に降ろされた。
午後四時。一二月の日が暮れようとしている学校近くの資材置場におれた
ちは集まった。
一応メンバーを紹介しておくと、鳥山、桑原、滝沢、ハカセ、ハカセのあ
ねき、優美子、おれの七人だ。クリストファーの話はここにいる全員が知っ
ている。
「実験開始だ」
おれの宣言で滝沢と一緒に変身した。続いて鳥山が、遅れて皐月ちゃん----
便宜上そう呼ばせてもらう----が変身して桑原を取り囲んだ。
学校で問い詰めてみたが、黙って行動した以上口を割る筈もなく、おれは
疑惑の解明を急ぐために桑原を変身させてみる事にした。
「世界平和のためだ、お前も早く変身しろ」
おれはもっともそうな事を言った。奴にはおれの真意など伝えていない、
奴が変身すれば疑惑の解明に一歩近づく、それが一番の狙いだ。
「桑原君、あなたが鳥山君と同じ経歴をたどっている以上、この方法でも変
身出来る筈です」
ハカセがそう言った。奴は寝込んでいない。って事は一番信用出来る人間
て訳だ。
だが結局、桑原は変身出来なかった。しなかったのかもしれない。
「あたしも春日君と一緒にアメリカに行ってみたいなあ」
もうすっかり日が暮れた資材置場からの帰り道、後ろ手に鞄を下げた優美
子がそう言った。明日の朝、アメリカ行きメンバーはおれの家に集まる事で
他の連中とはもう別れている。
「アメリカへぇ?」
「闘いに行く訳じゃないのよ。観光気分でさァ」
怪訝そうなおれの表情を見て取ったか、優美子は慌ててそう言った。
「あの外人のおっさんがOK出したらな」おれは眼前に構えた指先に外氣功
----いわゆる『空氣』を集めながら、
269 :
竹紫:02/06/14 23:23 ID:0JHr3H9T
「作戦が終わったら観光ぐらいはさせてくれるだろうな」
と、集結する見えない氣を凝視しながら言った。
「この歳でアメリカ旅行なんて、そう体験出来るものじゃないからね」
「おれがしくじったら地球はおしまいだぜ。世界の終わりを身寄りの無い外
国で見る事になるかもな」
おれは更に氣を集めた。感じる事は出来るが、一向に見えない。
「んもう、縁起でもない事言わないでよ」
彼女に肘で小突かれた頃には十分な力を持った氣が集まった。----感覚的
にいえば、即席のホッカイロが浮かんでる様なもんだ。場所も大体は判る。
不慣れとはいえおれでもこれだけの時間を必要とする空氣の収集を、それ
こそ一瞬でやれる皐月ちゃんの才能が羨ましいぜ。
その時、妙な事が起こった。
氣の集中した空間を不審そうな表情の優美子が手のひらで二、三度払って
見せたのだ。
「な、何だよ?」
「ねえ、あたしその場所に何かエネルギーみたいなものを感じるのよ。----
もしかして、それが春日君達が使う『氣』?」
「お前、コレが判るのか?」
驚いた。びっくりギョーテンだ。
「あたし、昨日から人の気配にみょーに敏感になっちゃったのよね」
「ほおほお」
「自分の部屋にいても、精神を集中させれば家族が家の何処に居るのか分かっ
たり。怒ってるとか笑ってるとかが壁越しに解ったりするのよ」
「うーむ」
「例えば今の春日君、顔見れば分かるけど、すごく驚いてる。……それから、
何かを企んでる」
優美子は人差し指を立て、講釈した。
270 :
竹紫:02/06/14 23:24 ID:0JHr3H9T
「それだけ分かれば立派な氣の達人だよ。お前ほんとに壷の中身を飲んでな
いな?」
「ほんとに知らないんだってばァ。あたしが強くなってどーするのよ?」
得意の膨れっ面で言う。
「わーった、わーった。じゃ、もっと周りの氣を探ってみろ。何か分かるか
もな」
おれは手を振って降参し、優美子に提案を出した。
「えっ……周り?」
「ああ」
優美子は眼を閉じて精神を集中し始めた。
五秒ほど経っただろうか、
「ねえ、すごく強くて恐い----まるで何十人の人が一人に集まった様な気配
が周りにいくつもあるわよ。……正解?」
不審そうな表情で彼女はそう言った。
「あたりだ。そいつが噂のゾンビーさ」
おれは優美子にウインクを送った。氣を集めたのは遊び半分じゃねえ。奴
等の接近に気付いたからだ。
「ええっ!?」
「まあ心配すんな。ゾンビーの一〇や二〇、軽くブッ潰してやるよ」
「頼んだわよ、王子様」
「おおよ」
おれは優美子を背後に隠して身構えた。幸いにして人気はない。ここでや
りあっても問題はない。
やがて、おれの意志を察したか、ゾンビーどもが姿を現した。
「よくもまあ、揃いも揃って」
建物の影から、人ンちの門柱の影から……その数九匹。あの夜に生まれた
ものとして、ここに来る間の一昼夜、奴等は何処に潜んでいたのか? 暗い
物陰に膝を抱えて座り込んで人目を忍ぶゾンビーの姿を想像して吹き出しか
けた。
271 :
竹紫:02/06/14 23:24 ID:0JHr3H9T
「お前等、話しによると少しは出来る様だな?」
街灯の明かりだけが頼りの路地で、前後から行く手を遮るかの様なゾンビ
に訊いた。位置関係を説明すると前に五匹、後ろに四匹だ。
「春日君……」
「優美子、なるべくおれから離れんなよ」
おれは脅える彼女にそう言って変身した。超地球人1の光が街灯とは別の
色で路地を照らす。しかし、常人の一〇〇倍で移動するおれに付いて来いっ
てのは無理だよな。……しかたねえ、速攻で片を付けるか。
おれは両掌を前後のゾンビー集団に向け、同時に氣功弾を放った。その数
は九発、それぞれが弧を描いてゾンビーをめがけ、文字通り一撃で片がつく
筈だった。
「おっ!」
前方のゾンビーの内二匹がいっちょまえに避けやがった。おれは居ながら
にして奴等を倒す事を諦め、直接攻撃に出た。
それがまずかった。
「春日君っ!」
一匹の首を華麗な回し蹴りで跳ね飛ばし、牽制の氣功弾を足元に撃たれた
たらを踏む残り一匹にラリアートを叩き込もうと踏み込んだ瞬間、優美子の
叫びが耳に飛び込んだ。
後ろのゾンビーにも生き残りが一匹いたのだ。そいつは一直線に優美子を
狙い、問答無用の蹴りを繰り出した瞬間だった。
それだけを見て取りながらも、おれには何も出来なかった。----遠すぎた
のだ。
----あんな受け方じゃ駄目だ。後ろはコンクリート。……死? 一〇〇分
の一の時の狭間で、おれはひどく冷静にそれだけを意識した。
ラリアートがゾンビーの首にめり込む感触を味わいながら、横目で彼女の
運命を見つめていた。
272 :
竹紫:02/06/14 23:25 ID:0JHr3H9T
彼女は頭を抱えるようにしてしゃがみ込む。
----それがいかん、その姿勢では蹴りが頭に当たる。ガードに徹した腕を
へし折りながら頭部に命中した蹴りは、そのまま彼女を後方にフッ飛ばすだ
ろう。そのまま頭からブロック塀に激突だ。待つのは死。
----人間てのはこんなに簡単に死ぬのか……? そんな思いが過った。
バチッ!
聞き慣れた響きを耳にしながら、おれは空いた手で特大の氣功弾を優美子
の敵に撃ち込んだ----が、
「な……に!?」
優美子の命を奪う筈の蹴り足が命中寸前で半ばから千切れ、宙を飛んだ。
やや遅れておれの氣功弾がゾンビーの上半身を丸ごと飲み込んで貫通し、突
き当たりの民家のブロック塀にクレーター状の凹みを作った。
「優美子っ!」おれは時速三〇〇キロ以上で彼女のもとに駆けつけた。
「怪我は? 怪我はないかっ?」
自分でも相当の慌てようで彼女を抱きかかえた。
「え、ええ。平気よ……」
「一体どうやったんだ? バリアでも張ったのか?」
バリア……、自分でも驚くほどイメージにぴったり来る言葉が口をついた。
あの瞬間、ゾンビーの蹴り足をへし折ったのは見えない氣の壁だったのだ。
「分からない……。あたし、もう夢中で……」
おれには大体の事が判っていた。見えない氣とくれば空氣だ。おれは使っ
た覚えが無い……、とすると答えは簡単だ。
「もしかしたら優美子……、お前も変身出来るかもな」
「変身? あたしが?」
「自分じゃ気がついてないよーだが、お前は確かに氣でバリアを張った。今
のおれには真似出来ない芸当だ」
「でも、あたしは……」
273 :
竹紫:02/06/14 23:26 ID:0JHr3H9T
彼女がこうなったのは十中八九真祖の血のせいだ。今の彼女の様子を見て
も、氣を探って見ても、嘘をついている様には見えない。何故だ? 皆が変
身出来て悪い事はない。だが原因不明となると後味が悪い。
----そんなこんなで、彼女の家の前に来た。
「送ってくれてありがとう。……足手まといでごめんね」
「いや……そんなことは……」
ないぜ。
「アメリカ行きの件、お願いね」
「あ……ああ」
「じゃね」
「ああ」
優美子が玄関に消えるまでおれの右手は肩まで上がっていた。それが彼女
への挨拶だったと気付き、おれを手を降ろした。すごすごと家に向かう。
家に帰ってじいさんにおれの部屋に誰かが入ったかと訊ねたが、答えはNO
だった。氣を消せる泥棒が壷を持ち出して、更に持ち帰ってくるなどとい
う事は考えられなかった。
274 :
竹紫:02/06/14 23:27 ID:0JHr3H9T
次の朝、アメリカ行きのメンバーがおれの家の前に集結していた。
鳥山、滝沢、ハカセ、皐月ちゃん、優美子、おれ、だ。
優美子に関しては昨日おれがクリストファーに連絡を取ったところ、快く
引き受けてくれた。
「あたし嬉しくて全然眠れなかったわ。とりあえず着るものと日用品を適当
に詰め込んで来ちゃったけど……」
「向こうで必要なもんはクリストファーのおっさんに言えば何でも用意して
くれるとさ」
興奮醒めやらぬ様子で語る優美子におれはそう言った。
後はおっさんが迎えに来るのを待つだけだ。
「わたし、外国は初めてです」
向こうで皐月ちゃんがそう言った。
「おれ、英会話なんて出来そうもないな」
と、返す鳥山。
「わたしも、お勉強ならともかく、綺麗な発音はとても……」
「僕もまったく駄目です」
鳥山と吉岡姉弟はおれと優美子から一歩離れてそんな事を言っている。
「ん?」
ふと、向こうの家の角から桑原の氣が感じられた。
と思うや、突然聞き慣れた音と共に氣がでかくなる。
「なに!?」
音が聞こえた奴はもちろん、氣が感じられる奴----結局は全員だが----は
もっと驚いてその方へ向き直った。
果たして、角の向こうからは変身した桑原が現れた。
275 :
竹紫:02/06/14 23:28 ID:0JHr3H9T
「よお。昨日の晩、家にゾンビーが現れてな、変身しちまった……」
予想外のメンバーを加えておれたちは七人パーティーとなった。
桑原の奴は寝込みをゾンビーに襲われ、母親が殴られたのがきっかけでぶ
ち切れたそうだ。これで全員がゾンビーに襲われた事になる。奴等の目的は
何だ? 相変わらずの謎である。
やがてクリストファーのリムジンが滑るようにやって来た。
さすがに総勢九人を乗せて狭くなったリムジンだが、スムーズな発進には
何の支障もなかった。
「ミスタークワハラも変身出来たんだね。心強い」
新メンバー増加の理由を聞いて開口一番、おっさんの言葉だった。
「言わせてもらうが、これで皆怪しくなった訳だ」
「頼むぜ春日。おれたちは飲んじゃいねえよ」
おれの意見に鳥山が否定した。
「そうです。わたしもです」
皐月ちゃんもだ。
「しかしなあ……」
「三日寝込んだのなら、三日前に何があったか思い出して下さい」
ハカセがそう言った。まあ、あくまで飲んでないのならそう考えてもいい
かもな。
「三日前なら一二月×日。……って言えば、壷を焼いた日だな」
顎に手をあてて桑原が言った。……そーだな。
「その日に変わった事はありませんでしたか?」
ハカセのそう言う中、リムジンは朝の渋滞の中を亀の様に進む。
「変わった事って言っても、壷を焼いたぐらいしか思い出さないな」
鳥山の意見。
「そう言えば、お姉が転んで怪我したって母さんが騒いでたね」
「そうね、わたし……あの日は洋ちゃんの学校の近くで転んで怪我しました。
熱はそこから黴菌が入ったからかと……」
ハカセの言葉に姉がそう付け加えた。
276 :
竹紫:02/06/14 23:29 ID:0JHr3H9T
「何時頃だ?」
「はい……、学校が終わってすぐに真由美ちゃんと帰りましたから、三時過
ぎではなかったかと思います」
「うーむ。壷を焼いてた頃だな? すると、雨は降ってたよな?」
あの場で印象に残っている出来事は突然の雨ぐらいしかない。おれは彼女
にそう訊いてみた。
「ええ、雨が降って来たので走ったんです。それで……」
ややうつむき加減で彼女はそう答えた。なるほど、やはりあの時だ。
「あの時、この七人全員があの近くにいたって訳か」
「そうですね」
「確か壷の血を飲むと、三日間は高熱で寝込むそうだったね。ミス・サツキ
の黴菌という言葉にinspirationが湧くな」
運転手の横に座っていたクリストファーが振り返りつつ言った。日本語に
本場の英語を混ぜるなよ。聞き取れないぜ。
「インスピレーションですか……」
皐月ちゃんがそう言った。どういう意味の言葉だっけ?
「黴菌ではなく壷の血が傷口から入ったと解釈する訳ですね?」
「YES」
ハカセの言葉におっさんはうなずいた。
うーむ。飲む以外にもとにかく体に入ればいいのか? それこそ黴菌みた
いなもんだな。
「じゃあどーやって傷口から入ったんだ? 皐月ちゃんがコケた所に壷の血
がこぼれてたのか?」
「空気感染かもね」
優美子が言う。おいおい、伝染病かよ。
「吸うだけで良いなら、僕にも何らかの変化があっても良さそうですけどね」
ハカセの意見はもっともだ。ハカセを除く全員が能力に目覚めている以上、
奴だけ除け者ってのは腑に落ちない。
277 :
竹紫:02/06/14 23:29 ID:0JHr3H9T
「熱を出してないって事は、体に入らなかったって事では?」
と滝沢。
「空気感染って線はバツだな」
「では別の何かを伝わってお姉の傷口から壷の血が浸入した訳ですか……」
「おれや桑原や優美子ちゃんはどうなる? 怪我なんてしてないぜ」
鳥山が言った。……そうだな。
「ねえ、あたし包丁で指切っちゃってね。あの日も指はこの通りだったわ」
と優美子は左手をちらつかせた。……なるほど、人差し指に包帯が巻かれ
ている。
「怪我ってのはとにかく血が出れば良いんだろ? ----おれたち怪我してた
か?」
「覚えが無いね」
鳥山の問いに桑原が答えた。
「まあどっかに傷があったんだろ? そうするとあの場に傷を持った人間が
いた場合、みんな超能力を持てたって事か」
「そんな感じですね」
この話題はおれとハカセが結論を出し(おれが含まれてるとは珍しい)、
第三京浜を抜けR131に乗ったリムジンは、やがて羽田空港へ到着した。
おれたちは空港のある一室へ通された。
「さて、君たちが飛行機に搭乗された時点で、この件の関係者になる。また、
私の要請に完全に同意したものとみなすよ。……よろしいかな?」
部屋のソファーに全員が収まった頃、クリストファーが言った。
「ここまで来て今更帰るはねえよな? みんな」
おれの言葉に全員がうなずいた。
「では契約成立だね」
そしておれたちは税関フリーパスで特別専用機に乗り込んだ。
「おれ、飛行機初めてなんだよな」
「あたしも」
横の優美子が微笑んだ。
278 :
竹紫:02/06/14 23:31 ID:rBYn9g3Z
やがて、機は滑走路に入り込み、シートに体が押し付けられる様な加速を
開始した。
飛び立った瞬間は、それになりに感動的だったな。
「おおっ、飛んだ飛んだ」
東京湾に浮かぶ羽田空港を眼下に大きく旋回した特別機は、一路太平洋を
越えた北アメリカ大陸へと向けての上昇を開始した。
東京〜ロサンゼルス間、一〇時間ちょっとの旅が始まった。
さて、一度飛び立ったら窮屈なシートもベルトも無しだ。おれたちは機体
奥の別室へと移動した。
そこはテーブルをソファが囲むリビング然とした部屋だった。
ここなら一〇時間も何とか持ちそうだ。
「君たちは関係者になった。……言うなれば同志。同志には総てを知る権利
がある。
で、私の話をよく聞いて欲しい」
クリストファーは今回の一件を細部にわたるまで事細かに解説し始めた。
敵はたった一人。
ジャック・クレーバー。----異常発達した超能力を持ち、弾丸やロケット
砲をも無効化するそうだ。
「P・K……念動力ですね」
ハカセが簡単な説明をくれた。----あの、念じるだけで物を動かす能力か
……。おれたちの行動そのものを妨害する事が出来るのだろーか?
そしてそいつは、現在はアメリカ政府の行動にかなりの圧力をかけている
らしい。以前にあったスペースシャトル、『チャレンジャー』の爆発事故も
奴の脅しの一つだったのだ。
……たたでさえややこしい能力を持っているのに、奴は特殊施設の設備を
支配下に置いている。で、その施設、何処にあるかと思いきや、宇宙である。
279 :
竹紫:02/06/14 23:32 ID:rBYn9g3Z
「宇宙っ!? 何処の宇宙だ?」
そう言っておれは用意されたクリームソーダを吐き出しかけた。
「正確には『月』だ」クリストファーのおっさんはそう訂正し、話を続ける。
おれたちが知っている歴史とは違い、人類は今世紀初めに月に到達、数十
回の調査の結果月内部は虫食いだらけの空洞(スポンジに近い)であること
が判明して、『月内部基地化計画』を開始したそうだ。
結果現在では研究施設や資源採掘施設を始め、延べ五千人を収容出来る巨
大施設になっているそうだ。
「なるほど、確か月には地球上にはほとんど見られないヘリウム3等の資源
が豊富ですしね。……しかし、アポロ計画は一体何だったのですか?」
ハカセが訊いた。アポロ……どっかで聞いた名前だな。
「宇宙には未知なる危険が多い。我々はその安全を確かめなければならなかっ
た」
「アポロ計画は、進み過ぎた宇宙開発をわざとゆっくりと見せて、安全に進
んでいるかのように思わせる芝居だったのですね」
なんか解りにくいぞ。
「……そのとおり」
ハカセの言葉におっさんがうなずいた。
「僕たちは偽の宇宙開発を見せられていたんですか……」
滝沢がそう言い、おれはようやく思考をまとめられた。
「そんな必要はなかったんだろ? 現に宇宙にはゾリーザみたいな奴がいる
くらいで、大した危険はない」
まとまった思考がはじき出した意見はこうだった。
「いや、月内部に既に危険はあった」
おっさんが言うに、月の中にはウサギならず凶悪な宇宙生物が群生してい
て、それらを駆除するまでに相当数の軍人が餌食になったそうだ。
最近では捕獲したエイリアンの研究が進んでいてかなりの数がサンプルと
して捕らえてあったが、今では施設内部を徘徊し、さながら超能力野郎専用
の守り神になってるそうだ。
280 :
竹紫:02/06/14 23:32 ID:rBYn9g3Z
「で、具体的におれたちは何をすればいいんだ?」
「君たちの使命は、エイリアンの守りを突破し、基地の主電源をカット。そ
の後にジャック・クレーバーの身柄を拘束、抵抗した場合はその場で射殺す
る事……、それだけだよ」
「なんて恐ろしい……。鳥山さんたちを怪物と戦わせて、しかも人殺しを……」
おっさんがおれたちの仕事内容(この場合はやっぱ仕事だよな)を告げる
と、皐月ちゃんが両手を組んでイヤイヤする。隣の優美子が気遣って彼女の
肩に手を添える。やれやれ……どっちが年上だかな。
「そいつがどれほどの超能力を持っているか知らねえが、殺す必要はないさ。
必ずひっ捕らえて来るよ」
「いくら変身出来るといっても、皐月さんには今回の戦いには危なくて参加
させられないな」
鳥山が言う。……そーかもしれんな。
「鳥山さん。わたしあれから洋ちゃんと一緒に特訓しました。……変身もす
ぐに出来ますし、氣功弾……ですか? あれもちゃんと思いどおりに撃てま
すっ」
組んだ手に一層力を込めて皐月ちゃんが言う。懇願、いや……哀願に近い
な。
「氣功弾に関しては僕も保証します。外氣功ですから連射もききますし、カー
ブどころか氣功弾を誘導出来るんですよ。その上達の早さにかなりの資質を
感じました」
「ほお……誘導弾ねえ」
おれは背凭れから身を起こした。今まで考え付かなかったのが不思議なく
らいナイスな戦法じゃねえか。
「変に感心するなよ春日。どうあっても彼女を月に上げるのは反対だぜっ」
鳥山はとうとう立ち上がってしまった。
「気持ちは解るさ。おれも賛成とは言っちゃいねえ」おれの言葉を聞き、奴
は一息ついて腰を降ろした。
281 :
竹紫:02/06/14 23:33 ID:rBYn9g3Z
「ハカセ、それで皐月ちゃんの戦闘力はどう変わった?」
おれは最大の感心をぶつけた。
「二四〇〇〇強です」
「えーと……、約六倍もパワーアップか。そりゃすげえ、一度手合わせした
いくらいだぜ」
おれは正直な感想を告げた。超地球人の移動砲台……、硫黄島の子分より
遥かに凄いな。
「私も女性向きの任務と思えないので奨励は出来かねるね。支援してくれる
特殊部隊の代表と話し合った方がいいだろう」
こうしている間も、特別機は日付変更線を越えロサンゼルスへ向けて飛行
を続けていた。
282 :
竹紫:02/06/14 23:34 ID:rBYn9g3Z
5・ブラストオフ
雲海を見飽き、映画もイヤになり、やがて景色は闇に包まれて二時間あま
り。
おれたちを乗せた飛行機はサンタモニカ湾を越え、排気ガスに薄く煙るロ
サンゼルス市街の夜景を捉えた。ただいまの時刻は----
アリャ? ……前日の午前三時二四分。日付変更線を越えちまったからな
……、しかも時差がある。これだと眠くなるのは朝になっちまう。
これが時差ボケだな。
「失礼。伝えるのを忘れていたな」
全員時差の存在を忘れており、おっさんが謝ったときには既に遅しだった。
機はそのままロサンゼルス国際空港に着陸した。
例によって税関はフリーパス(密輸のバイトでもしたくなるぜ)だ。
そこから直に小型機に乗り換えてロサンゼルス海軍空港に向かった。
予定ではここ、ロスに一泊する事になっている。
結局おれたちは海軍施設で眠れぬ夜を過ごし、次の朝あくび混じりでリム
ジンに乗り込んだ。日本とほぼ同緯度なのだが、それ程寒くないのが幸いだっ
た。
日本のリムジンと違って妙にごつい。理由を訊いたら、防弾なのだそうだ。
アメリカってのはやはり物騒だ。しかもアメリカ国内ではジャックに賛同す
る反政府ゲリラに襲撃される可能性もあるとの事、なおのこと物騒だ。
更にリムジンの前後に武装兵士を乗せた車でガードする念の入れよう。お
れはいつでも反撃出来るように気持ちを引き締めた。
「今頃日本は真夜中ね」
日本のと同じ様に走り出したリムジンの中で優美子がそう言った。
283 :
竹紫:02/06/14 23:34 ID:rBYn9g3Z
「今頃おれは寝てる筈だよ」
「いいじゃない。学校に行かなくて良いんだもん」
……学校で憶い出した。
「そう言えば、学校ではおれたちは欠席扱いか?」
「我々が各々の学校や家族に手を回してある。修学旅行だと思って結構」
クリストファーのおっさんが言う。クラスの連中、今頃歯軋りでもしてん
じゃねーのか?
「LAっていえば、ビバリーヒルズなんかが有名よね」
「エディ・マーフィーのビバリーヒルズコップのあれだな」
おれの横で窮屈そうな桑原が言った。こいつの木刀はおれの列に横渡しに
なっている。今もおれと優美子の膝の上にそれはある。
「ここにはリトル東京や中国人街等の珍しい場所が数多くある。任務成功の
あかつきにはゆっくり見物でもしてゆきたまえ」
「色々回ってみるよ」
おっさんの言葉におれはそう答えた。
----成功させるさ。超能力ならこっちも自信がある。ただでアメリカ旅行
してやるぜ。
リムジンと護衛車の一団は、やがてハイウェーに乗った。おっさんの話に
よると、ロス郊外のある秘密の場所に向かうそうだ。
そんな事はお構い無しで、おれたちは窓の外の目に入るもの総てに目を奪
われていた。
道路、車、建物、見えるものがみんな珍しい。同じなのは空ぐらいなもん
だ。
あれは何だの、これが珍しいだの皆ワイワイやっている。
「わたしようやくアメリカに来たって実感が湧きました」
好奇心で目を輝かせながら皐月ちゃんが言う。
おれの横では桑原が写真を撮りまくってる。
284 :
竹紫:02/06/14 23:35 ID:rBYn9g3Z
「これで戦いが無ければ良い旅ですね」
滝沢の言葉を聞くまでおれはすっかり渡米の目的を忘れていた。
「そうだな……」
「ん?」滝沢の言葉にうなずくか否や、鳥山がやや上空を指差し、
「ヘリコプターまで珍しいな」
と言った。
「どれどれ?」
例によって一人が何かを見つけると全員がそれを探した。
「あれは攻撃ヘリの様ですね。何故こんなところに?」
それ見るなりハカセがそう言った。黒く、妙に幅の狭い昆虫みたいな攻撃
ヘリとやらは、こちらに向かっているようにも見えた。
「What? そんな馬鹿な!?」
おっさんも驚いた。ヘリはリムジンの上をかなり低い高度で抜けて行った。
「あれはアパッチだ!」
ハカセが驚きの声を上げた。
後で知った事だが、アパッチとは正式名を『AH-64A』と言いアメリカ
陸軍の主力攻撃ヘリとして活躍している。あの湾岸戦争でも随分と活躍した
らしい。
低空を影の様に飛び回るその姿は、地を這う物にとっては悪魔のような存
在だ。
おっさんが英語で運転手に何かを叫び、リムジンは路肩に停車した。護衛
車もそれに続く。
「ものすごい殺気を感じるわっ!」
優美子の声を聞きながら、おれもうなずいていた。感じるぜ、この氣……
炎の様な熱さ。戦闘力二、三〇〇〇〇じゃきかねえ。
285 :
竹紫:02/06/14 23:36 ID:rBYn9g3Z
「ハカセ! スカウターだ」
「は、はい!」
ハカセは上着の内ポケから計算機型スカウターを取り出した。取り出すと
同時にソーラーパワーで動き出したようだ。小さいがけたたましい電子音が
響く。
その間にヘリは旋回し、引き返して来た。
やはり敵だ。
「出ました、八六二〇三です! 似たような数値で二人、パイロットとコパ
イロットの物です」
この場合の戦闘力はヘリを操る人間の自信がそのまま数値になっている。
パイロットはどれほどの腕前か知らねえが、今のアパッチの戦闘力は八六〇
〇〇なんだ。
「みんな、こんなでかい氣はあまり感じない方がいい」
おれがそう言ったとき、屋根の上で誰かがルーフを拳で連打した様な衝撃
が走った。
「30ミリチェーンガンですっ! 撃って来ましたよっ!!」
アパッチの機関砲の洗礼を受け、護衛車の一台が火を噴く。既に中身は抜
け出して、機関銃などで応戦している。地上からの射撃で落とされる間抜け
なヘリなんぞ聞いた事がねえけど。
「皆さん、この車の中にいればとりあえずは安全だ」
「でも、アパッチの武装にはAMG-114A(ヘルファイアミサイル)があります!
ミサイルやロケット弾を受けてはひとたまりもありませんよ!」
おっさんの言葉にハカセが意見する。確かに、戦車もフッ飛ばすミサイル
を食らっては防弾車なんぞ一撃だ。この車に機関砲が効かねえと気付かれた
ら、奴等、すぐにでもミサイルを使ってくるぜ。
おれはすばやく決断した。ニヤリと笑い、
「こいつはまったく初めての経験だが、おれがアパッチと戦うぜ」
「なに!?」
日本語が通じない運転手を除くほぼ全員が驚愕の声を上げた。
286 :
竹紫:02/06/14 23:37 ID:rBYn9g3Z
「危険すぎる! ミスターカスガ」
おっさんの声と機関砲の衝撃が重なった。
「奴は硫黄島より弱いよ……。おれの氣を絶対に感じるんじゃねえぞ!」
言いながら、おれはドアを開けて外に出た。
ヘリのパイロットはこんなおれを何と見るか?
「うおおおおおっ」
おれの氣は見る見る膨れ上がり、一気に爆発した。例の炸裂音が辺りに響
く。
「これが超地球人2……」
必死に応戦する護衛車の軍人が数人こっちを振り向いた。指差して何かを
喚いている。
かまわず、
「うおおおおっ、そしてこれが……」おれは更に氣を高めた。
「超地球人3だあああああっ!!」
もう一度あの音が響き、おれは変身した。
やけにゆっくりとローターを回転させるアパッチに向き直る。
機関砲が火を噴き、蝿のような黒いつぶつぶを吐き出した。動きは蝿に劣
る。
おれはその一団を脇に一歩退いてかわした。パイロットにはおれの姿が霞
んだかのように見えただろう。
遅くて一向に近付いて来ないアパッチを前に、おれにあるアイデアが浮か
んだ。----氣功弾は奴の装甲に通用するのだろーか?
「そーらよっ!」
おれは左手で右手首を支持し、右掌をヘリにかざして氣功弾を撃ち出した。
スイカの大玉程度の青白い氣の塊が、総てが一万分の一の速度に感じられ
る世界で唯一、普通の速度----二〇〇キロ以上の速度を出してアパッチに向
かった。
287 :
竹紫:02/06/14 23:38 ID:rBYn9g3Z
単純計算でおれ以外の人間からは二〇〇万キロの速度で----あまりピンと
来ない速度だが、計算してみると秒速五キロちょい。結構なもんだ。
一撃で落とさないようにカーブをかけて底面を狙ったのだが、結果はどう
だろうか? おれは尚も飛来する蝿の一団----機関砲の弾丸を歩いてかわし
ながら効果が確認出来るまで待った。
実際、ある程度の効果はすぐに判った。アパッチの下から液体が漏れ出し
たのだ。……多分燃料だろう。
とりあえず装甲は撃ち抜いた様だ。氣は熱もなければ爆発もしないので、
燃料に引火することはない。落としたければ操縦席を狙えば一撃だな。
ヘリはいつまで経っても迫って来ないのでおれは業を煮やし、氣功弾の効
果確認を諦めた。
「よっ……と」
おれは軽く垂直ジャンプした。風景が見る間に沈んでいゆく。
どれくらい飛び上がったのか? 概算で三五〇メートルくらいだろう。上
昇中は普通のジャンプだったが、下降に移るとその速度は途端に遅くなる。
……もはやこの感覚は空中浮揚に近い。
十分にロスの景色を楽しみ、おれはアパッチに止めの氣功弾を撃った。
氣功弾はローターの根元を撃ち抜き、ギアやオイルを撒き散らしてローター
は主の元を離れた。さすがのアパッチもローター無しでは飛べまい。……勝
負あった。
おれは視線をハイウェーに移した。
「なんだぁ!?」
おれは見た。なんとリムジンにミサイルが命中する直前だったのだ。その
距離は一メートル足らず。風景に見とれてアパッチのミサイル発射に気付か
なかったのだ。
「くそっ!」
氣功弾を慌てて撃ち出したが、あの距離だ。あそこでミサイルを破壊して
も命中と同じだ。
20代半ばのLeafスタッフが、霊ととなりLeafを支えるとして焼身自殺していたことがわかった。
Leafの内部調査班が明らかにした。
メモには「Leafはこれから数多のライバルエロゲブランドと戦わなければならない。
私は死を選び、最後のスタッフとなってLeafを守る」とあった。
男性は正午頃、大阪の道頓堀近くで全身にシンナーを浴び、自ら火をつけた模様。
エラに重度のやけどを負い、病院に搬送される途中呼吸不全で死亡した。
数ヶ月後には痕リニューアルの発売が控えているが、
Leafにとっては企業の存亡をにも関わる負けられない商戦。
Leafのスタッフはロイターに、
「男性の死がLeafのためだと断定できないが、調査を進める」と語った。
メモは、「世界中の現実的現実へ」の言葉で始まり、「来世の現実的現実より」の言葉で締めくくられていた。
「現実的現実」は数千人から成るLeaf誰彼ファンクラブの名前だ。
(ロイター)
すまん
290 :
竹紫:02/06/14 23:38 ID:rBYn9g3Z
脳裏に絶望の二文字が駆け巡る。
ミサイルに氣功弾が命中し、よくテレビで見掛ける、ほんとの花が咲くシー
ンを縮めた映像の様にゆっくりと爆発が始まった。
リムジンの巨体が爆風の衝撃で浮き上がる。ルーフとドアが紙のようにめ
くれ上がった。確か爆発のすぐ窓際には桑原とハカセがいたな。----事実、
めくれたルーフの向こうに頭を抱えてうずくまる全員の姿が見えた。
全員即死か? 一番考えたくない思考がおれの心を支配した。
それだけじゃない。墜落を始めたヘリの行く先もリムジンだったのだ。お
れはその光景を茫然と見守った。
おれが着地する頃、墜落したヘリによる第二の爆発が始まった。片膝をつ
いて氣でバリアを張って衝撃に耐えた。
……どれくらいの時間が経ったのだろうか。おれの感じる時の流れは、実
際の時間の一万分の一だから、爆発の数秒は何時間にもなる。しかし、時の
流れに対しての意識を断てば周囲の時間はごく普通になる。
だが、おれには今の時間が大切だった。それだけの数時間、おれはみんな
と過ごした日々を想い、涙が頬を伝った。
あの街に引っ越して来てすぐ、鳥山や桑原とやりあった。……あの二人は
強かった。いい勝負だった。帝王拳で片をつける事も出来たが、おれは奴等
と友になる事を選んだ。喧嘩三昧の日々は実に楽しかった。三人で暴れ回り、
『帝三羽烏』と他校の不良どもから恐れられた。
ある日、薄汚い不良どもに絡まれている女の子を救った。おれとしては不
良どもを獲物と感知しただけであまり人助けには興味が無かったのだが。……
かくして、女の子は優美子だった。おれは一目で彼女を気に入った。
学校やら何やらで出会う度に挨拶を交わしている内に一緒にいる時間が長
くなっていた。やがておれたちの能力に目を付けた変わり者のハカセを含め
て、掛け替えの無い存在になっていた。
それから凶悪な宇宙人、ゾリーザとの戦い。おれは優美子のために変身し
た。
291 :
竹紫:02/06/14 23:40 ID:rBYn9g3Z
そして更に強力な人造人間と、頼もしい仲間滝沢との出逢い。----厳しい
修行の末、人造人間一体を撃破。
その後、強敵硫黄島が登場。桑原や鳥山とも一度は敵同士になって戦った。
冷徹な殺人サイボーグから心を持つアンドロイドとなった、人造人間絵理奈。
そして彼女の死がきっかけで超地球人3に変身……。
それからゾンビー騒ぎとハカセの姉、皐月ちゃんの登場と謎の変身。
----現在。
気がつくと全てが終わっていた。
リムジンは無茶苦茶に歪んでひっくり返っていた。どういう衝撃の悪戯か、
残骸は丸く膨れ上がって見えた。それ以上は見たくもなかった。
「!?」眼を伏せたおれははっとした。
氣だ……。氣を感じるぞ!
おれはリムジンに駆け寄った。
生きている! おれは変りない皆の氣を感じ取った。周囲の炎を氣で吹き
飛ばし、夢中でリムジンの残骸を引き千切る。
やがて、作業は見えない壁に阻まれた。----氣だ。『空氣』の壁……優美
子だ。あいつ、やりやがった! バリアだ。とてつもない防御力だ。
その壁の向こうにはうずくまる全員の無事な姿が確認出来た。クリストファー
のおっさんも運転手もだ。
おれはバリアを打ち破るべく拳を叩きつけた。ちくしょう、おれのパワー
でもびくともしねえ。
「おい、みんな! 終わったよ。生きてるぞォ!」
おれは変身を解いて涙を拭い、拳でバリアを打ち鳴らして叫んだ。
「えっ……?」
おれの声に皐月ちゃんが気付き、顔を上げた。おれの顔を見るや、慌てて
両隣のハカセと鳥山を揺り起こす。
「おい、優美子を起こせ。バリアを消させろっ」
バリアの存在に気付いた鳥山が優美子の肩を揺する。やがて優美子が気が
つき、障壁が消えた。
292 :
竹紫:02/06/14 23:40 ID:rBYn9g3Z
気にするな
293 :
竹紫:02/06/14 23:41 ID:rBYn9g3Z
「よかった! ほんとによかった!」
おれは優美子を抱き上げ、ぐるぐると回った。
「ちょっと春日君、どーしたのよ?」
優美子は訳が解らず目を白黒させていたが、そんな事はお構い無しにおれ
は回り続け、やがてよろけて道路に大の字になった。
「確かにミサイルが直撃したと思ったのですが……?」
不思議そうな表情でハカセが言った。
「miracle!! 奇跡だ!」
おっさんも運転手と共に無事を喜んでいる。
「バリアがどうとか言ってたが、一体どういう事だ?」
桑原が訊いた。
「優美子の能力さ。一瞬で空氣を集めてバリアを作れるんだ。見たところ範
囲がやたらと広い」
「あたし? あたしまたやったの?」
横で同じくへたり込んだ優美子が言う。
「お前を連れて来てよかったよ。おれのミスで皆を殺しちまったかと思った
ぜ」
おれは起き上がって優美子を抱きしめた。
「ちょっと、恥ずかしいじゃないのよ」
「いーからいーから」
ずっとこうしていたい気分だった。
その後おれたちは近くの警察署で代わりの車を待ってから出発する事になっ
た。
生き残った護衛車二台に分乗して警察署へ向かう途中、助手席のおっさん
が振り返った。
「申訳ない。どうやら我々の行動は彼に察知されていたようだ」
「しかたありませんよ。いくら隠密行動を取っても、身内に敵の仲間が紛れ
ていては……」
頭を下げたおっさんに滝沢が労いの言葉をかけた。ちなみにこの車にはお
れと優美子と滝沢の三人が乗っている。
294 :
竹紫:02/06/14 23:41 ID:rBYn9g3Z
「これ以後は人選を徹底するよ。……それにしても、ミスターカスガを始め
君たちの能力は実に素晴らしい。日本に飛んだ甲斐があったよ」
「ランボーやターミネーターよりはましだろ?」
おっさんの感嘆に、おれは小さくピースしながら答えた。
「あの瞬間、君が何をしたのか理解出来なかったよ。私には銀色に光った後、
消えた様にしか見えなかった」
「それ以上解ったら、こっちの商売上がったりだ」
「その直後に吉岡君がヘリのミサイル発射を告げ、私は観念したよ」
「あれにはおれも参ったよ。景色に見とれてミサイルに気がつかなかった」
「ええっ!?」隣で優美子が驚きの声を上げた。
「それってどういう事よ? あたしがバリアを張らなかったら、今頃皆死ん
でたの?」
つまりはそうゆーことだな。
「その事は深く反省してるよ。この通り、すまん……」
おれは顔前に手を合わせて優美子に謝った。
「今回はあたしに感謝しなさいよ」
こりゃ当分彼女に頭が上がりそうに無い……。
「ミスタートリヤマの変身後の能力を見て驚いたが、春日君の能力はその遥
か上を行くようだね?」
「数字で見る限り、五〇倍ぐらいの差があるぜ」
「私も多くの超常現象や超能力者と接してきたが、君たちの様なcaseはまっ
たく初めてだ」
「そういった見方をされると、僕等も超能力者になるんですね」
「ああ」
一つとんだ席の滝沢の意見におれはうなずいた。
やがて警察署に着いたおれたちは、用意された別のリムジンに乗り換えて
出発した。今回は護衛のメンバーも信用できる者だけを選び、更に同じ型の
リムジンが別に用意され、敵の目を欺く作戦まで使用した。
で、作戦が効を奏したのか、はたまた敵が諦めたのか、おれたちは無事最
初の目的地に到着した。
295 :
竹紫:02/06/14 23:43 ID:rBYn9g3Z
ある小さなビルの地下駐車場にリムジンは滑り込み、最下層地下二階で車
を降りたおれたちは用心しいしい、やや大型のエレベーターに乗り込んだ。
おっさんが階層ボタンの下にある鍵穴にキーを差し込み、階層ボタンを立
て続けに押しまくった。……どうやら暗合らしい。
おっさん+護衛のごつい連中三人+おれたち、の一一人を乗せたエレベー
タはゆっくりと下降を始めた。ここが一番下だと思ったが、まだ下があるら
しい。
かなりの時間が経ち、いい加減不安になりかけた頃エレベータは停止した。
そこから先は病院の様な……いや、研究所になっていておれたちは更に奥
に進んだ。
途中何人かの研究者風の人とすれ違った。おっさんを見るや皆一礼して通
り過ぎて行く。
「ここは何の研究所ですか?」
ハカセが訊いた。
「色々とやっているよ。特に乗り物のね」
おっさんがにこやかにそう答えた。
やがておれたちは「R・C・STATION」と書かれたドアを潜った。
「この部屋は何だ? 随分狭いな」
「ここは駅のair lockだよ」
胡散臭そうなおれの声におっさんが答えた。エア何だって?
小さな窓の存在に気付いたおれは覗きこんだ。確かに駅と言うだけあって、
地下鉄の線路のようなものが続いている。
「地下鉄か?」
おれがそう言うと、ハカセも覗きこんだ。
「これは……まさか、リニアモーターカーですか?」
とおっさんに振り返った。何だ? リニアなんとかって。
「その通り。よく気がついたね」
「エアロック付きとなると、中は真空ですか? かなりの速度が出そうです
ね」
296 :
竹紫:02/06/14 23:44 ID:rBYn9g3Z
「ここからフロリダ迄二五分だよ」
「ええっ!? 北米大陸横断四〇〇〇キロを二五分? 信じられない」
「ここを利用出来るのはアメリカでも極一部の人間だけだ。君たちはそれに
値するよ」
やがて『のぞみ』に似た真っ白な列車がゆっくりと部屋に横付けされた。
「北米大陸横断に二五分とすると、平均速度はマッハ8は出てますね」
「おれより遅いな」
そんな事を言いながらおれたちは列車に乗り込んだ。エアロックは使わな
かった。
そもそもエアロックは真空に近いリニアモーターカーの軌道に出る際に使
用するもので、宇宙服の着用が必要なのだそうだ。おれたちは気圧が保たれ
た列車内に入るだけなのでエアロックは使わないのだそうだ。おれにはいま
いち理解出来ないがな。
中は新幹線みたいで、おれたちは早速シートを回転させて四人ずつ向かい
合わせに座った。
「わたし、リニアモーターカーは初めてです。感激です」
「そりゃそうだよ、お姉。リニアは世界でも実用化されてないからね」
姉弟はそんなやり取りをしている。世界でもこれに乗って移動出来る人間
は限られてるっては訳か。
「今回は飛行機にも乗れたし、役得だな」
鳥山が言う。何だお前も初めてか。
「飛行機にリニア、挙げ句はロケットで月ですよ」
「考えてみれば、どこにも無い筈のリニアモーターカーは実はここにある。
……月には基地もある。アメリカは裏ではすごい事になってるな」
「そうですね。僕から見て、一般には知られていないところでは宇宙開発も
含めて五〇年は進んだ技術が実用化されてます。まさに驚きですよ」
297 :
竹紫:02/06/14 23:45 ID:rBYn9g3Z
桑原の面白くなさそうな言葉に、ハカセは興奮気味に答えた。おれたちが
次世代ゲーム機やなんやで喜んでいる裏で、スーツ姿の堅苦しいおっさんど
もはリニアに乗ってアメリカを二五分で横断し、月で仕事に励んでいる。二
一世紀なんて来るところにはとっくに来てるじゃねえか。
「ここ数十年の科学の進歩は目覚ましい。次々に開発される技術をその度に
実用化していては、民衆は困惑するばかりだよ」
物分かりの良い生徒達を見るような先生の目でおっさんが言った。
「国は我々がついて来れるように順に確立された技術を提供している訳です
か」
「そうだね」
その中でも一番物分かりの良いハカセの言葉に、おっさんはにこやかにう
なずいて見せた。
その頃リニアはゆっくりと動き出した。電車とは違いやけに静かで、注意
しないと動いているかどうかも判らないくらいだ。
駅のホームを越えた辺りで心持ち浮き上がったような感覚が伝わり、リニ
アは暗いトンネルの中を突き抜けて行く。
「あたしも宇宙に行きたくなって来たなァ」
隣で優美子が言う。最後の「ァ」はおれ宛らしかった。
「無茶言うなよ。お前のバリアはおれにも真似出来ないほどすげえ。だがな、
月は化けモンがうじゃうじゃの修羅場だぜ」
「わ・か・っ・て・る。言ってみただけよ」
「脅かすなよ」
「優美子さんと皐月さんはフロリダでゆっくりしていて下さい」
向かいの滝沢が重ねて忠告した。……まったくだ。
「ん?」その隣の桑原は何を言うかと思えば、寝てやがる。そういえばおれ
もいい加減眠くなって来た。
「おれもちょっと寝るぜ。二〇分でも睡眠は睡眠だ」
「じゃああたしも」
298 :
竹紫:02/06/14 23:45 ID:rBYn9g3Z
眼を閉じたまま優美子の言葉を聞いていたおれは、ほどなくして眠りに落
ちた。
299 :
竹紫:02/06/14 23:46 ID:rBYn9g3Z
誰かに呼ばれたような気がして、目が覚めた。辺りは真っ暗だ。
おれの前方、やや離れたところに男が一人立っている。背を向けているの
で人相は判らない。
「----春日よ……」
男が口を開き、おれにはそいつの正体が判った。
「硫黄島……か?」
「貴様、壷の処分を誤ったようだな……」
背を向けたまま、硫黄島隆はそう言った。岩の様な存在感は以前と変りな
い。
「間違いだと? 燃やして何が悪い?」
「それが貴様にとって吉と出るか凶と出るか、楽しみだな……」
不意に、奴の気配が薄れた。
「おい……、待てよ。訊きたい事がまだあるんだ!」
気配と同時に奴の後ろ姿が遠ざかって行く。
「貴様のやりたいようにやってみろ……」
「硫黄島っ! 待てっ!」
300 :
竹紫:02/06/14 23:47 ID:rBYn9g3Z
「……春日君? ねえ、春日君ったらぁ」
別の声に呼ばれて目が覚めた。今度はやたらまぶしい。
「ん? なんだ?」
おれを呼んだのは優美子だった。……そう言えばリニアに乗って寝ちまっ
たんだな。するとさっきの硫黄島は夢か。
「ねえ、何島がどうだって?」
「何でもねえ。珍しい奴が夢の中に来たんだよ」
「フ〜ン……変なの」
辺りを見渡すと、皆降りる様子だった。
「何だ。もう着いたか」
「そうよ。フロリダのケネディ宇宙センターだって」
「……知らん」どうやらおれたちはここから宇宙に上がるらしい。
「フロリダって何処だ?」
「北米大陸の右隅辺りですよ」
おれの問いにハカセが答えた。
「何でわざわざそんなとこから打ち上げるんだ? 西海岸なら近くていいの
に」
「それはここが赤道に近いからですよ。赤道に近いほど、地球の遠心力で宇
宙船が軽くなって打ち上げに有利になりますから」
「なんとなく言いたい事は解るが……」
やがて先頭のおっさんが振り返り、
「今日の午後2時に打ち上げだよ。それまでの間、軍の特殊部隊との作戦の
打ち合わせを行う。よろしいか?」
と訊いた。
「……オッケーだ」
おれたちは小さな控え室に通された。そこにはいかにも軍人といった容貌
の白人が待っていた。
301 :
竹紫:02/06/14 23:47 ID:rBYn9g3Z
「We've been waiting for you. ワタシハ海軍月攻略特殊部隊隊長エドガー
少佐デス」
「おれは春日。リョウ・カスガだ、よろしく」
最初の英語は解らなかったが、後に続く下手な日本語が自己紹介だと知っ
ておれは差し出された彼の右手を握った。エドガー少佐ぁ? ……ガイル少
佐なら解り易いのに。
「彼は今回の作戦の指揮を取る男だ。指揮と言っても軍隊のであって君等に
直接指示する事はないよ。彼等は基本的にミスターカスガ達に従う事になっ
ている」
おっさんが更に解りやすく紹介してくれた。
「今回の作戦のチームは日本語の話せる者を中心に再編成させたよ。月には
私も行くが、言葉に関してはこれで問題ないだろう」
「どーもご丁寧に」
「デハ、会議室デ会イマショウ」
「顔合わせも済んだし、私も彼と別の打ち合わせがあるので、少し失礼する
よ」
そう言っておっさんとエドガー少佐は部屋を後にした。
302 :
竹紫:02/06/14 23:48 ID:rBYn9g3Z
「何だあれは? ただの黄色いガキどもじゃないか」
「そう言うな。彼等はあれでジャックに匹敵する能力を持っている。----ア
パッチを丸腰で叩き落とすほどのな」
春日達の部屋を後にし、廊下の角を折れた途端にエドガーが口を開いた。
クリストファーが苦笑しつつも言葉を返す。
「それが理解出来ん」
「私も自分の目を疑ったよ。だが、同時に自分の判断の確かさを確認したよ」
「おれたちだけでは正直言って作戦成功は難しい。奴等が君の言う通りの能
力を発揮する事を願うよ」
303 :
竹紫:02/06/14 23:50 ID:rBYn9g3Z
「なあ、さっきのガイル……じゃなくて少佐、なんか感じ悪かったな」
「ああ」
おれの意見に、壁に寄り掛かった鳥山が賛同した。
「なんで? 軍人なんてもっと恐いんでしょ」
優美子が意見する。
「違うよ。あいつの氣だ。端っからおれたちを馬鹿にしてる……そんな気配
がぷんぷんさ」
「そんな感じだったな」
桑原もそう答えた。どうも初対面の人間の心境を探るのも癖になってしまっ
たようだ。
「へえ、あんた達いちいち人の心読んでるんだ?」
軽蔑な眼差しで優美子が言う。
「いけませんわ。他人のプライバシーを覗くのは」
皐月ちゃんまでそう言う。
「別に悪気はねえが、ついつい用心で……なあ?」
おれは同志にSOSを出した。
「まあ、そんなところだな」
苦笑しつつ鳥山が助けてくれた。そーだよなあ。
そんなこんなでしばらくしておっさんが戻り、おれたちは会議室へ移った。
月に行かない女性陣は別室待機。特に皐月ちゃんが行くかどうかは話し合っ
て決める予定だったが、そんな余地もなく見送り決定だった。
そこでは作戦の具体的説明と月基地内部の構造、それにエイリアンの習性
などの解説があった。
基本的作戦は基地の動力カットとジャックの身柄確保だ。なんでも動力炉
は二つあり、チームは三つに分かれて行動するそうだ。
304 :
竹紫:02/06/14 23:51 ID:rBYn9g3Z
動力炉には滝沢と鳥山が、ジャックにはおれと桑原が出向く事になった。
ハカセとおっさんはベースキャンプで全体の情報処理に決まった。
最も注意すべきはエイリアンの事で、奴等は鋼鉄並の装甲に覆われていて、
その六本の手足は人間を簡単に引き裂くそうだ。
厄介なのは奴等の体液で、その中には貪欲なバクテリアが住み着いていて、
肌に触れたらあっと言う間に食い尽くされるので至近距離での発砲は厳禁な
のだそうだ。まさに映画のエイリアンそのものだ。
動きはかなり素早いらしいが、超地球人の前では無意味だ。むしろ他の軍
人さんが哀れに思えてくる。映画通の桑原が「動体探知機はないのか?」と
訊いたら、笑って「そんなものはない」と言われた。エイリアンに氣はある
のだろうか?
特に問題なく会議は終わり、打ち上げ時刻が迫って来た。
「何の訓練もなく宇宙に出て、僕たちは平気なのでしょうか?」
打ち上げ場に向かう途中、ハカセがおっさんに訊いた。すぐにおっさんは
NASAの技師に通訳した。
「現在の技術では宇宙酔いなどの心配はまったくないよ」
「なんだ『宇宙酔い』って? 宇宙で酔っ払うのか?」
ハカセとの会話にはどうしても専門用語が多くなる。大した知識もないお
れにはさっぱりだ。
「宇宙酔いは乗物酔と似たようなものですよ」
噛み砕いてハカセが説明する。
「結局は宇宙船で酔うって事か? それなら宇宙船酔いでいいだろうよ」
「そうですね」小さく笑い、ハカセは言った。
するとおっさんが、
「宇宙酔いは無重量状態で平行感覚が喪失するために起こると言われている
が、正確なメカニズムは今現在はっきりしていない」
ややこしい言葉で付け加えた。
「で、宇宙酔いの心配の無いという理由は?」
「最新鋭の宇宙船、および宇宙施設には人工重力が発生されているからだよ」
305 :
竹紫:02/06/14 23:52 ID:rBYn9g3Z
ハカセの問いにおっさんがそう答えた。
おれには何の事やらさっぱりだ。
「なあ、このまま皐月さんや優美子ちゃんに会わないで宇宙に行くつもりか?」
おれが質問しようと思ったとき、鳥山が訊いた。
「そうだな」
無意識に納得してしまった。
「おれたちが行くのは月だぜ。ここから何十万キロもあるんだぜ」
鳥山が言った。訴えとも取れる口調で。
「地球を八周してもまだ足りない距離です」
ハカセの言葉で、月への途方もない距離の実感が湧いた。
「おっさん、時間は?」
「時間そのものは余裕があるが、発射のかなり前から待機する必要はある」
「とにかく、行ってきていいんだな?」
「早めに頼むよ」
おっさんを除くおれたちは急いで引き返した。通路で出会うNASAの職
員は何事かといった表情だったが、とにかく急いだ。
幾つかの角を曲がり、幾つかの階段を行く。
二人のいる部屋はその角を曲がったところだ。
----果たして、角を曲がるとそこには廊下で二人が待っていた。……氣を
察知したか。
「どうしたの? みんな」
きょとんとした顔の優美子が訊いた。
「いや、打ち上げ準備にかかるから、別れの挨拶をだな……」
「行ってらっしゃい」
あっさりと彼女は言った。
「は?」
「信じてるよ、きっと無事で帰って来るって。宇宙も行ってみたいけど、あ
たしはアメリカに来れただけで十分。帰ってきたら一緒に観光しましょ」
それだけ言って優美子は小さく手を振った。
306 :
竹紫:02/06/14 23:52 ID:rBYn9g3Z
「お、おう……」
おれもつられて手を振った。
「わたし、皆さんのお手伝いができなくて残念です。皆さんのご無事を祈っ
てます……」
一方の皐月ちゃんはそう言って丁寧にお辞儀した。
「行って来るよ、お姉」とハカセ。
「鳥山さんやみんなに迷惑かけては駄目ですよ」
「行ってきます。皐月さん……それに優美子ちゃん」
図々しくも鳥山が一歩踏み出して言う。
「はい……行ってらっしゃいませ」
夫を見送る妻もかくや、の雰囲気で皐月ちゃんが応ずる。……なんかこい
つらヤケにいい感じだな。もうそこまで進展してるんか?
桑原と滝沢の挨拶もそこそこに、おれたちは割とあっさりその場を後にし
た。考えてみれば、行く場所がちょっと変わってるだけで、任務は簡単なも
のだ。ちょっと出掛けると思えばいい。
少なくともおれは軽い気持ちで割り切る事にした。
307 :
竹紫:02/06/14 23:53 ID:rBYn9g3Z
春日たちが去り、皐月と優美子は部屋に戻った。
「行ってしまいましたね……」
「ええ……」
消え入りそうな皐月の言葉を聞き、なるべく明るい声で優美子は答えた。
「わたし……やっぱり係りの人に掛け合ってみますっ」
不意に皐月が立ち上がった。彼女は春日達と別れを交わすずっと以前から、
自分も同行して月に行くと言ってきかないのであった。
「だめよ、許可なんて出ないわ」
慌ててドアの前に立ちふさがり、優美子が制する。
「でも、わたし……あの人の力になりたいんです!」
祈るように皐月が言う。しかし、それ以前に皐月の感情の奔流ともいうべ
き氣の波動を優美子は受け止めていた。
「皐月さん……」優美子は鳥山を想う皐月の気持ちを、自分の春日に対する
想いと重ねていた。
「解ったわ、皐月さん。あたしもみんなを……春日君を自分に目覚めた能力
で守ってあげたかった……。でも、どこかであたしの存在がみんなの枷になっ
てると信じ込んでた」優美子は思い詰めたような表情でこれだけ言うと、心
のわだかまりを振り払うように、
「皐月さん、あなたの強い気持ちを目の当たりにして目が覚めたわ。あたし
はこの力をみんなの為に使うわ!」
「ありがとう……優美子ちゃん」
お互いの気持ちを確かめるように二人は手を取り合った。
「正面から掛け合ってもダメよ。何より春日君や鳥山君が許してくれないわ」
しかし、気持ちだけでは成し遂げられない重要な問題を優美子は挙げる。
「どうしましょう……」
鳥山の考えは空の上でよく聞いている。本来自分がここにいられるだけで
も不思議なくらいである。
308 :
竹紫:02/06/14 23:54 ID:rBYn9g3Z
「断ってダメなら無断で行くしかないわね」
口元に手を当て、独り言のように優美子が呟いた。
「え……?」
「こっそりロケットに乗り込んじゃうのよ。月まで行ってしまえば簡単に送
り帰したり出来ないわ!」
宇宙に人間を送る事は現在でも容易い事ではないと聞いている。地球に戻
るために必要な宇宙船を自分達を送り帰すために往復させるような手間を掛
ける筈が無いと優美子はふんだ。
「こっそりですか……。うまくいくでしょうか?」
心配そうな面持ちで皐月が訊く。彼女にしてみれば犯罪でも犯す気分であ
ろう。
「やってみなくっちゃ、あたし達一生後悔するかもね」
優美子は皐月の緊張をほぐすため、明るい口調でウインクを送った。
ドアの外を覗き、
「今は誰もいないわ、いきましょ」
「は、はい……」
皐月は小さくうなずくと優美子の後を追った。
309 :
竹紫:02/06/14 23:55 ID:rBYn9g3Z
「これで宇宙へ!? これはDC-Xではないのですか?」
ハカセが驚いたように言う。
目の前にそびえる白い弾丸のようなそれは、地下の発射場にあった。
そいつはロケットの身長を縮め、代わりに横を太らせたふうに見える。名
前なんぞ知る由もねえ。
「さすがは頭脳的存在。君の知識を見込んで連れてきた甲斐があった」出来
のいい息子を見るような眼差しでおっさんが言う。
「DC-Xはテスト機の名、これはDC-Z。最終完成型だよ」
「なんだそりゃ? スペースシャトルじゃねえのか」
例によっておれはその会話に付いて行けなかった。
『DC-Z』はアメリカの航空機メーカー、マグダネル・ダグラス社の開発
したSSTO(Single Stage To Orbit、完全自力飛行型有人宇宙船)で、何で
もこいつは普通のロケットが(スペースシャトルでも)何度も切り離しして
余分な重量を減らして上がって行くのに対し、こいつはどこも切り離さずに
宇宙まで行き、しかもそのまま地上に帰って来れる優れ物なのだそうだ。公
式にはマクダネルなんとか社が開発試験を行っているとあるが、実はとっく
に完成しているってのが裏の事情。
「通称デルタ・クリッパーですね」
「我々全員はこれに乗って宇宙へ上がり、衛星軌道上で宇宙ステーションFR-
EEDOMから専用のシャトルに乗り換えて月基地へ向かう」
「FREEDOM……。国際宇宙ステーション『フリーダム』ですね。----早ければ
九九年の本格運用開始と聞いてましたが、本当は完成しているんですね」
「……世の中そこまで進んでるのか」
片時も木刀を離さない桑原が言う。宇宙ステーションが何かはおれでも知っ
てるが、ハカセの言い様からしてよほど凄い事なんだろう。
「打ち上げ三〇分前。そのままの服装で乗ってもいいが、念のため宇宙服も
用意されている。着たい人は?」
「僕は用心で着ます」
310 :
竹紫:02/06/14 23:55 ID:rBYn9g3Z
おっさんの問いかけに滝沢が名乗り出た。あんなややこしい物、着なくて
いいなら着ないに限るぜ。
「おれも、着させてもらうよ」
鳥山も申し出た。……なんだ、二人とも案外根性ねえな。
で、支度を済ませたおれたちはデルタなんとかに乗り込んだ。
普段は物資を積み込む格納庫を改装したそこは、普通の旅客機のエコノミー
クラスの様だった。但し、椅子が付いているのは床ではなく、おれから見て
壁だった。
おれたち以外の軍人どもはご丁寧に全員宇宙服を着て席に着いていた。宇
宙服を着なかったおれはどうやら不用心な奴らしい。
通路側のシートに付いたはしごを登っておれたちは奥から順に席に着いた。
片側五列のシートは、窓際から(窓はないが)おれ、ハカセ、鳥山、滝沢、
桑原の順にきれいに埋まった。通路を挟んだ席におっさんが座り、全員がシー
トベルトを閉めて準備完了となった。
これから発射までの約二〇分間このままだ。
しばらくして、椅子に座るってよりも足を上げて寝る状態でいるおれの背
後から手が伸び、肩をつかんだ。
「HEY japanese.」と後ろから声が聞こえた。
どうやらおれを呼んだらしい。
ごつい×印を描くシートベルトのせいで身動き出来ないおれは、ヘッドレ
ストの隙間から顔だけ覗かせた。
「アンタラがニッポンから来タsuper soldierかい?」
ガムを噛みながら人懐っこい笑みで、黒人のあんちゃんがアメリカ人独特
のイントネーションの日本語で訊いた。
アメリカ人ってのは宇宙の果てまで行けるようになってもガムだけは忘れ
無いだろうよ。
311 :
竹紫:02/06/14 23:56 ID:rBYn9g3Z
「観光客じゃないぜ」
ジョークが通じ、あんちゃんはHAHAHAと笑い、
「ダッキールだ。ココではクラッシュと呼バレテル。頼りにシテルぜ」
と、肩にあった手を差し出した。
「よろしくな、クラッシュ」
おれは無理に手をねじ曲げて彼と握手を交わした。
312 :
竹紫:02/06/14 23:57 ID:rBYn9g3Z
春日達の搭乗したデルタ・クリッパー発射場の敷地内の片隅に、巨大なコ
ンテナやドラムカンの山がそびえている。
その陰に身を寄せ合う形で二人の少女が息を細めていた。
「ねえ、優美子ちゃん……」
「はい?」
皐月の呼び掛けに優美子が小声で応じる。
「今まで人に出会っても、誰も気にも止める様子がなかったけど、ここから
先は駄目よねえ」
「廊下を歩いているだけならともかく、ここにあたし達がいる事はどう見て
も不自然ね」
深刻さの色濃い表情で優美子は呟いた。
春日達の氣を探ってここまでたどり着いたものの、ここからデルタ・クリッ
パーまでの三〇メートルあまりは多くの関係者の視線が飛び交っている。誰
にも気付かれずに宇宙船にたどり着く事は不可能と思われた。
「せっかくここまで来たのに……」
優美子は臍を噛んだ。ここにいる限り見つかる気遣いはないが、打つ手は
ない。捕まればここまでの決心と行動が水の泡である。
「?」
不意に優美子は皐月を振り仰いだ。
「振り向いてくれましたわね」
皐月はにっこり微笑んだ。
「え? あたし……」
振り返る理由は何もなかった。ただ、どうしても振り向く必要があるよう
な感じがしたから振り向いた。皐月はその自分の行動を予測していたかの様
だ。
「テレパシーってご存じでしょ? 離れてても通じ合ったり、解り合ったり
出来る事が時々ある……」
「え、ええ……」
何故ここでテレパシーの話題が出るのだろうか? 半信半疑ながら優美子
はうなずいた。
313 :
竹紫:02/06/14 23:58 ID:rBYn9g3Z
「離れた人に心の中で念じるの。するとその人、一度くらいは自分に答えて
くれるわ」
「もしかして、それがさっきのあたし?」
ようやく話が見えた。
「わたし、人の意識は氣の流れだと思うの」胸に両の手を当て、皐月が言う。
「うん……」小さく答える優美子。
「わたしたちは自分の氣の流れを操作出来るわ。……ならば、他人の氣もま
た同じ」
「あたし、皐月さんに振り向かされたの?」
彼女の言葉から導かれる事に気付き、優美子は驚きの声音で訊いた。
「わたしは優美子ちゃんの氣の流れをほんの少しだけ自分の思う通りに変え
たの」
「それって、氣を操るあたし達は他人を自由にコントロール出来るって意味?」
結論は更に驚くべき事であった。
「ううん」皐月は小さく首を振り、
「難しい事は駄目よ。氣の流れは太くて急な流れ、出来る事はほんの些細な
事だけ……」
「それで?」
ここまではよく理解出来た。問題があるとすればここより先の筈である。
「そこでわたしは考えました……。ここにいる皆さんの、氣の流れをほんの
少しだけ逸らせる事ならば許されるのではと……」
「ってことは、あたし達、うまくロケットにたどり着けるのね!」
希望に瞳を輝かせ、優美子が言う。
対する皐月はそっとうなずく。
「いきますよ……。この近くにいる人達の様子が変わったら、成功の証しで
す」
静かに目を閉じ、神のお告げを読む呪術師が如く、少女は囁いた。
314 :
竹紫:02/06/14 23:58 ID:rBYn9g3Z
「うん」
優美子は一際大きな窓の向こうにいる技術者の一団を注視した。
----数秒……。
技術者は不意にそれぞれの作業を止め、いぶかしげな表情で背後----宇宙
船と逆の方向----を見回し始めた。
「今よっ!」
二人は駆け出した。
デルタ・クリッパーにつながるタラップを駆け登り、船内に突入する。
まず船内を横断するかの短い廊下があり、上下に扉がある。上は春日達乗
組員の船室。下は倉庫然とした無人の小部屋であった。
迷わず二人は下の小部屋に滑り込んだ。
はしごを伝って部屋の奥----下まで降り、据え付けられたコンテナの陰に
身を隠し、
「やったわ! 凄いすごい、皐月ちゃん!」優美子は飛び上がって歓喜し、
「ごめんなさい……。皐月さんにちゃんだなんて……」
「いいのよ。その代わり、わたしにもこれから優美ちゃんって呼ばせてね」
「はい!」
優美子は力強くうなずいた。
315 :
竹紫:02/06/14 23:59 ID:rBYn9g3Z
その頃、おれはある気配に気がつき、隣に居並ぶ連中の表情を確かめた。
誰も気付いていないと知り、おれはだんまりを決め込んだ。
発射五分前になり、何やら英語のアナウンスが聞こえ、一番後ろで人が動
く気配を感じた。
「重量オーバーの警告があった。一人降ろされたよ」
おっさんが言う。
----だろうな……。
おれは何事もないそぶりでシートに寝直した。
やおら、カウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1、ignition!……」
やがて派手な振動が辺りを包み、浮揚感とともに車やバイクの何倍もの強
烈な加速Gを感じ、宇宙へ向けて飛び立った事を悟った。
− つづく −
316 :
竹紫:02/06/15 00:00 ID:HeZGM7eZ
ここまでのあとがき
さてさて、ここまでのお話はいかがでしょうか。クリストファーの登場で
展開のペースが少し落ちてるような気がしますね。
春日たちの世界では、アメリカは21世紀の国でした。しかし、我々現実
の世界でも可能性はありますよ。アメリカは宇宙人と手を組んでUFOを作っ
てるかもしれませんし(笑)。
冗談はさておき、この後、いよいよ主人公たちは宇宙へ飛び出します。
いよいよ『邪星鬼』の始まりですね。
宇宙生物あいてに軍隊は通用するのか? 格闘技は!?
実は、ここまでしか書いてません。書き上げる前にリーフへ入社したもの
で……(笑)。
この続きは、みなさんの応援しだいです。感想待ってます!
317 :
竹紫:02/06/15 00:01 ID:HeZGM7eZ
今、読み返すと
文体はそこそこいけるかな、と思っていたのですが、よく見るとしっかり
読み直せていない部分がおかしいままだったりします。
ストーリーにも、同じネタがかぶってます。そのうちひとつにまとめよう
と思っていたのですが、そのままでした(^^;。
相変わらずのストーリー部分の弱さは、今後も私の課題です。
それはともかく、なんとか書き上げたいなと思っている今日この頃です。
1998年3月某日 青紫
318 :
竹紫:02/06/15 00:02 ID:HeZGM7eZ
悲しいかな、この作品はこの回で終わりだ
……少しホッとしたのは気のせいだろうか?
乙!!
乙かれっす。
しかし、ぜんぜん読む気起きないです・・・・
>>308 「断ってダメなら無断で行くしかないわね」
微妙にRRしているなぁ・・・
確かに読むのはためらうけど、
手元には保存しておきたいんだよな、このスレ。
RRワクチンとして。
324 :
竹紫:02/06/15 06:28 ID:ic3GEYS1
貼り付けながら思ったのだが、微妙に阿鼻様と被る様な…・・・
気のせいかもしれんが
325 :
名無しさんだよもん:02/06/15 09:49 ID:Jlet7BAJ
age
読んでいる途中、嫌な汗がダラダラ流れてきますた。
超先生のSSを全て読んだ感想として
不要なシーンをこれでもかと詰め込みすぎてる。
テキストを増やせば読者が喜ぶと思う、超勘違いをしているな。
>>304の人工重力って、まさかとは思うが、静止した宇宙船に作れるのだろうか?
もしそうだったら50年進んでるどころじゃないぞ…
>262 竹紫氏
了解しました。
サンダーボルト 人類への希望篇 梗概(あらすじ)
西暦三〇一五年、リブス惑星系より三光年のブラックホール付近に姿を現した惑星生命
体「フォース」の侵攻により全軍事力の七〇%を越える被害を出したα星系連邦軍は、来
るべき最終決戦に備え新型戦術格闘戦闘機の開発を急いでいた。
三〇一七年、EB社とK社の二機に候補は絞られ、惑星クロノスにおいてテストは着々
と進行してゆく。その一方、新型機の機密情報が漏れだしているとの疑いが出され、主人
公たちはある重大な事件に巻き込まれる……。
<主な登場人物>
ウォリス・クレファルト(24)
本編の主人公。エメラルディア・ブランチ社の新型戦闘機TH-32のテストパイロット。
対フォース戦においての人員不足から戦闘要員としても駆り出される。ファルとは訓練学
校での同期生。
性格はがさつで自由奔放。しかし、それでいてクールな一面も持つ。
リアナ・ウォーレンス(24)
本編のヒロイン的存在。サイバーロード社の技術主任として配属。TH-32、AF02
のAI火器管制システム開発担当。大人びた印象だが、時折少女っぽい素顔を見せる。
マーナー・ウォーレンス(当時15)
リアナの弟。大のコンピュータ好きで若くして新世代AI理論の基礎を構築する。だが、
同乗していたウォリスのバイクが事故を起こし、帰らぬ人となる。
圭子・ジュリアーノ(24)
ウォリスとリアナのハイスクール時代の同級生。男顔負けのメカ好きで、新型機用のア
ッタッチメントの開発要員として二人と再会する。ウォリスとリアナの不仲を心配してい
る。
グラウ・オリギア(25)
新R川崎重工のテストパイロット。同社のAF02で次期最終攻撃戦闘機の座をTH-
32と争う。クールだが高圧的な性格。コンピュータ技術学校時代で共に学んだリアナに
想いをよせている。
グース・岩村(23) ケイス・ハーロン(24)
共にウォリスの親友。TH-32のテストパイロット。
ファル・アルベルト(24)
サンダーボルト隊「ギャラクシーウインド」の部隊長。レトラー大佐に代わって新型機
を駆り、フォースに挑む。
正義感が強く、与えられた任務は必ず完遂する。
フィーリア・アーシアム(22)
ファルの恋人。クロノス・ラムダ防衛艦隊旗艦「ムーンクレスタ」の艦橋オペレーター。
レトラー・J・アライズ(36)
ファルの片親的存在。後輩の面倒見はいいが、おおざっぱな性格。様々な軍規違反を犯
す名物男。だがパイロットとしては超一流。
<サンダーボルトSF用語解説>
※本編と平行してお読み下さい。一度目を通して理解することをお薦めします。
本編の登場順に記載されています。?と思ったら読み返して下さい。
ハイパードライヴ(超恒星間航法)
全ての空間には大量のエネルギーが存在しているが、仮にそのエネルギーの全てを空間
が占有しているとなると空間は膨大なエネルギーに耐え切れず大きく歪んでしまう。実際、
余剰エネルギーは高次元空間に繰り込まれている(分散化)と考えられている。ハイパー
ドライヴとは、その空間に存在する量子力学的高エネルギー(空間エネルギー)の分散化
を抑制する事によって発生する空間断層(因果地平)に進入して空間を跳躍する航法、す
なわちワープ(リープ)と呼べる移動方法である。分散化エネルギーの量を調節すればあ
る程度自由に目的の空間へ瞬時に移動する事が可能である。この空間エネルギー制御技術
が後の量子ラムジェットエンジン開発に大きな飛躍をもたらす。
α星系 惑星ファルサ
西暦二五二一年にM512星雲内で発見された惑星系。六つの惑星を従えた恒星リブス
がその中心。当初発見された第二惑星はα星と識別されていたため、α星系と呼ばれる。
そのα星がファルサで、七八%を海で占める水惑星。誕生後三二億年程度経過したと思わ
れる比較的若い星。地球環境に酷似した生態系を持つが、知的生命体の存在は確認されて
いない。太陽からの平均距離一億三八〇〇万キロ、公転周期三一二日、自転周期二三時間
二四分二秒(地球時)、直径一万六七三二キロメートル。
AOF(advanced offense fighter)
惑星生命体フォースの侵攻により絶滅の危機に瀕した人類が、フォース撃退用に急遽提
案した新世代次期主力戦闘機開発構想における機体の総称。全航空機メーカーからの候補
機を選定し、最終的に一機に絞るプロジェクトスーパーフェニックスの機体を指してそう
呼ぶ。
エメラルディア・ブランチ TH-32
西暦二九四〇年に連邦軍専属となった航空機開発メーカー。TH-32はその次期主力戦
闘機候補の新世代格闘戦闘機。軍は今回、真の高性能機開発を目的に全航空機メーカーに
AOFの発注をし、要求を満たした最終候補のひとつとしてこれを選んだ。人類の危機打
開のためコスト無視の設計がなされており、その性能は現行兵器による撃墜率一〇%以下。
新R川崎重工 AF02
二五三八年に川崎重工から分岐した重機開発メーカー。Rはα星系の太陽、REBUS(リブ
ス)の頭文字。AF02はその提案による次期主力候補機。連邦軍AOF発注を受け
Advanced Fighterシリーズとして開発が始まったもので本機はその二型試作機。徹底した
ステルス性と大気圏内機動性を持ち、各所に内蔵されたマイクロミサイルによる強力な
対空能力が特徴。TH-32と共に主力の座を争う。
惑星クロノス・ラムダ
α星系第四惑星。ラムダはその衛星。一面を酸化鉄を含んだ岩石に覆われており、環境
は火星に近い。二五〇年かけて大気を調整し、α星系第二の移民惑星とした。現在は一五
〇年計画で緑化が進められている。太陽からの平均距離一億九七二八万キロ、公転周期五
八六日、自転周期二二時間四八秒、直径一〇二五一キロメートル。
TH-11B(troop of hound no.11 type B)
エメラルディア・ブランチ(EB)社 が開発した星系連邦軍主力戦闘機。『Troop of Hound
(群れた猟犬)』の名が示すとおり、EB社が軍用目的として開発を続けてきた機種。B型
は初期のA型の電子機器を強化したモデル。更に改良されたC型が最も多く使用されてい
る。指揮官用として高級電子機器と高出力エンジンを搭載したTH-22Aが上位機種とし
て存在する。THシリーズは初期型TH-2が配備された二九四三年当初から、THの頭文
字をTHUNDERにあててサンダーボルトという愛称で一般兵に呼ばれていた。後にそれが定
着し、THシリーズはサンダーボルトとして多くの文献に紹介されている。
対消滅エンジン(pair annihilation engine)
物質と反物質が反応した際に起こる質量のエネルギー転化(E=MC^2)を利用した機関。対
消滅反応は原子力発電等で行われている現在の核分裂反応や、近い将来に可能となる核融
合反応を超える理論上究極の燃焼反応。
耐Gスーツ
内蔵された生命維持システムが赤外線や電磁パルスによって人体のツボを刺激し、高G
における肉体のストレスを緩和するスーツ。
流動金属(流体金属) α星系五番惑星グラディで採取される金属、グラシウムに特定
の超高温高圧を加えることで得られる、液状化グラシウム。一〇七番目の元素で元素記号
はGr。その基本的性質は水銀に似ており、更に電圧を加えると瞬時に結晶化し、通電され
続ける限りその状態を維持する性質を持つ。大量精製技術は現在確立されておらず、希少
金属に分類される。通常は自在に放電方向を操作できるマイクロチップを多数混入し、そ
の放電位置を操作することによりチップを頂点とする多面体を自在に構成させて使用する。
機能上変形を必要とする金属部品に使用される。
量子ラムジェットエンジン
一般に一立方センチの真空空間は超新星爆発一〇の六四乗個分のエネルギーによって支
えられている(極大値)。量子ラムジェット機関は究極のエネルギーといえるその空間エネ
ルギーを取り込む機関である。空間が続く限り無限にエネルギーが供給され続け、そのエ
ネルギーの強さは物理的観点から見る限り宇宙最高水準。これによって駆動される物体は
限り無く光速に近付く事ができる。対消滅機関を遥かに上回る、理論上最高のエネルギー
機関。
A・Gリキッド(anti-gravity liquid)
コックピット内に注入され、パイロットにかかるGを吸収する液体。水中とは異なり、
密度が低くパイロットの行動には全く支障はない。AOFの並外れた機動性能に従来の耐
G設備が対応しきれないため、独自に開発された。
ウェーブライド
航空機が音速を突破する際、翼や胴体などの干渉物は衝撃波を発生させ速度低下の要因
となるため、本来は不必要である。特に主翼形状が機体速度を左右するため超音速飛行時
には不要となる。しかし、翼が無ければ揚力が得られず飛行する事ができないので、機体
下部に干渉物を設けて意図的に衝撃波を発生させ、サーフボードが波に乗る要領で機体を
衝撃波に乗せて必要な揚力を得る方式。この方式を取る航空機はウェーブライダーと呼ば
れる。
SR171
ロッキード社が開発した超音速偵察機。地上から離陸し、大気圏離脱から再突入を可能
とする大気圏内外往来型航空機である。対消滅機関を使用し、ハイパーブーストを使用す
る事によって大気圏内でマッハ30.3を記録する。偵察から戦闘まで幅広い分野での投用
が可能。
アクティブステルス(A・S)
相手のレーダーに対して動的に作用して探知を回避する装置。機体外部の任意の位置に
重力磁場を発生させて空間を湾曲させ、空間に沿って進むレーダー波や光線を機体に接触
させないため湾曲空間越しの機体は物理的方法では探知不可能である。レーダー波を変調
して反射をゼロにする旧型と違い視認も不可能となる。自身もレーダー索敵が不可能とな
るため、サテライトと呼ばれる小型レーダー無人機を「目」として周囲に展開して使用す
る。ただし湾曲空間を隔てなければ容易に探知される欠点もある。
アイ・レーダー(EYE radar)
レーダー等に使用されるスペクトル領域の電波は、容易に変調され意味を持たなくため、
三六〇度全天視野カメラによる画像から物体の位置を測定する新世代のレーダー。通常の
レーダーと併用して使用する。赤外線から紫外線まで人間の可視範囲を超えて物体を認識
できるのが特徴だが、ダミー識別能力には一考の余地がある。
コヒーレント光通信(coherent optical communication)
従来の光通信は光の点滅を利用している。コヒーレント光通信は光も電波と同じ周波数
があるのを利用して、この波に情報を乗せて伝達する技術。極めて高い光の周波数を利用
するため毎秒三〇Gビットを超える情報伝達量を持つ。
ハイマニューバ・ミサイル
高性能CPUチップを搭載し、自ら標的を探知、他の同型ミサイルと交信しつつ状況に
応じた作戦行動を独自に展開する次世代思考型追尾ミサイル。一〇発以上のハイマニュー
バに対し従来の戦闘機では回避率はコンマ二%以下。使い捨てのミサイルに搭載できうる
限界の高性能チップを使用しているためコストは非常に高く、しかも複雑な思考ルーチン
に対しCPUがオーバーワーク気味なのが欠点。使用されるCPUによっていくつかのグ
レードがある。
336 :
以下本編:02/06/15 13:54 ID:/sz+DqUq
THUNDERBoLT 人類への希望篇
青紫(さき・あおむら)
澄み渡る青い空──
エアクラウド
雲一つ無い真っ青なキャンバスに飛行機雲の白いラインが鮮やかだ。
少年は、真っ赤なモーターサイクルの傍らで空の彼方を見据えていた。モー
ターサイクルのエキゾーストパイプは全開走行後の高熱でキンキンと音を立
てている。
青い空の向こうには、わくわくするようなでっかい宝物がある──
少年はいつしか、大空に憧れる……。
Dedicatedtoallpioneers...
ハイパードライヴ
時に、西暦二五二一年。人類は超恒星間航法によって地球より三億六千万
光年彼方の銀河で惑星系を発見、後にα星系と名付けた。α星系の調査中地
球環境に酷似した惑星を発見、十数年にわたる調査の結果移住可能とみなさ
れ、全人類の三五%が故郷を後にした。
α星系の開拓が進につれ、宇宙生態系破壊の問題が懸念された。広大では
あるが宇宙は有限である。人類を宇宙に生まれた一個の生物と考えれば、未
だかつて未発見ではあるが、他の生物の存在は動かし難い事実であろう。有
限の宇宙は人類だけのものではないのだ。政府は今後の人類生存圏拡大を休
止し、太陽系〜α星系間の交流を禁じた『人類分割法案』を制定、文明肥大
を抑制した。人類は二つの種族として分化を果たしたのだ。
人類第二の故郷はファルサと名付けられ、幾百年の時が流れる。そして、
時の流れは人類最大の恐怖と絶望をもたらした。
──凶星の接近である。
それはα星系より三光年離れた位置にあるブラックホールの重力圏内を悠々
と潜り抜け、星系を横断する軌道を取っていた。ファルサには衝突しないま
でも、その巨大な質量による重力干渉は人類に多大なる被害を及ぼすと容易
に予想できる。
直ちに調査船団が派遣されたが、結果誰一人帰還することはなかった。
船団は凶星より出現した異星人の戦闘部隊に攻撃されたのである。
必死の和平勧告にも応じる気配はなく、人類は沈黙するより他はなかった。
その間も凶星は無言の進行を続ける。
観測の結果、凶星はその周囲を未知のエナジーフィールドによって構成さ
れた力場で覆われている事がわかり、そこから『遊星フォース』と名付けら
れた。
そして突如、沈黙は破られた。
第五惑星グラディ公転軌道上に隣接した外宇宙観測用大型宇宙ステーショ
ン『RAY=X』が、凶星より突如出現した異星人の機動部隊の襲撃を受け
音信不通となったのである。
人類は反撃を決意、フォースの軌道修正を狙って重力波ミサイルの一斉発
射を行った。その量は並の恒星を破壊した場合、その痕跡にブラックホール
すら形成させる程であった。もはや軌道修正ではなく破壊を目的とした報復
攻撃であった。
結果何が起こったか?
発射された数百発の重力波ミサイルはすべて迎撃されたのである。
『ILLSTARWAR(凶星戦争)』の勃発である。
圧倒的科学力を誇るフォース軍相手に苦戦するさなか、新たな事実が判明
した。驚くべき事にフォースそのものが巨大な惑星生命体で、自らの意志で
宇宙空間を移動、知的生命体を吸収する事を生命の糧とする恐るべき実態が
明らかになったのだ。異星人の物と思われる機動部隊は自らが吸収した文明
人の知識を元に、体内の構成物質で合成した無人兵器であった。
そして、二年半におよぶこの戦いは、星系連邦軍七〇%以上の壊滅で佳境
を迎える──。
敗戦色濃厚との報を受け人々はパニックに陥った。職場放棄──、犯罪──、
自殺──、社会基盤は揺らぎ、人類滅亡はフォースの手を下すまでもないと
さえ思えた。
だが、たとえ人類の灯が明日吹き消されようとも、残された人々はその時
まで生き続けねばならない。明日を生きるために人々はやがて社会へ、家庭
へと戻っていった。連邦政府発表による『対フォース戦術計画』を信じて──。
計画の内容は最重要極秘事項として一般には非公式ではあるが、その内容
は最終攻撃用新型機動兵器の開発(作戦名プロジェクト・スーパーフェニッ
クス)であった。
巨大戦艦や時空兵器に頼った力による抵抗は無意味であるとを痛感した連
邦軍は、数機あるいは単体で敵機動部隊の迎撃をかいくぐりフォース内部に
侵攻、中枢を破壊可能な小型機動兵器の開発案を打ち出した。AOF(adva-
ncedoffensefighter)をその総称とする戦術格闘戦闘機が人類の希望を担
う。
西暦三〇一七年一〇月末──AOF候補にエメラルディア・ブランチ社T
H-32、新R川崎重工AF02の二機が絞られ、第四惑星クロノスのエジア空
軍基地で両機の比較選定テストが行われる事となった。
CHAPTER 1
1
「ばかものおっ!!」
禿頭の大男がデスクにミットのような両手を叩き付けて叫んだ。エジア空
軍基地統括主任カーマイン大佐の自室での事である。
その眼の前には大袈裟に肩をすくめて見せるテストパイロット、ウォリス・
クレファルトと、その後方には彼の同僚グース・岩村、ケイス・ハーロンら
が呆れ顔で成り行きを見守っていた。
エメラルディア・ブランチ社のテストパイロットであるウォリスは配属早々
ライバル社の新型機を無断使用し、実戦配備中のSR171三機と交戦、う
ち二機を模擬弾で仮想撃破するという前代未聞の蛮行を披露したのだ。主任
の怒りはもっともである。
他の二名はウォリスの危険行為を見過ごした為処分対象となった。
カーテンが開かれた総硝子張りの部屋の階下に見える滑走路では、巨大な
人型兵器がガトリングガンを構えて巡回している。やがて、ウォリスたちが
主任室に入ってから数えて三機目のTH-D4が飛び立った。
「他社の新型機を無断使用し、実戦配備機と格闘戦を行って貴重な燃料と弾
オートリターン
薬を消費させた挙げ句、加速Gに失神して乗員保護自動帰還するとは、あつ
かましいにも程があるっ!」
カーマインは窓際まで歩み寄り、
「だが、次世代候補とはいえ初めて操縦した戦闘機一機で、我が基地が誇る
ブラックバード隊三機中二機を模擬的にも撃墜したそうじゃないか。それほ
どの腕を持っていながら、何故テストパイロット風情などをやっている?」
とウィンドウに寄り掛かった。
テク
「それくらいの腕がないとテストパイロットは勤まらないかと……」
「屁理屈を言うなっ!」少しも反省の色が無いウォリスに大佐は、今度は床
を踏み鳴らしつつ叫んだ。
「我が連邦の戦況はよく知っている筈だ。貴様ほどのパイロットが前線で闘
わんで誰が人類を守る?」
「白馬の王子様じゃないっスかァ?」
「ふざけるなよ……。ここでは敵の攻撃が激しい。貴様たちも戦闘に参加し
てもらうぞ」
「そんなバカな!? おれはテストパイロットだぜ? 軍人じゃない」
「ここに配属された以上、貴様たちは軍人だ。従って私は貴様たちの上官だ。
口答えは許さんぞ」
それ以上の反撃もできず、ウォリスは渋々彼に従う事にした。
「りょーかい……」
「よし、帰ってよろしい。一時間後には新型機選定手順ブリーフィングがあ
オーバー
る。以上!」
ウォリスたちは敬礼をし、揃ってドアに向かった。
「ウォリス・クレファルト」大佐が呼んだ。
「は?」
「その口の聞き方をどうにかしろ。上官侮辱罪を適用してもいいんだぞ。
それに、今回の貴様の行動は本来なら軍法会議もんだ。同僚を止められな
かった貴様たち二人にも何らかの処分が下るところだ。二度目はない、いい
な?」
「イエッサー!」
同僚二人の板に付いた軍人ぶりに半ば呆れ顔でウォリスは部屋を後にした。
二人もその後に続く。
窓の外に眼をやり、カーマイン大佐はかつての同僚を思い浮かべ苦笑した。
「ウォリス・クレファルト……奴の若い頃そっくりだ」
「グース、わりィな。それにケイスも」
帰りの廊下でウォリスは柏手を打って謝った。
「ウォリス、やってくれたぜ。早速おれたちはマークされちまったぞ。しか
も警告付きだ」
グースと呼ばれた青年は、指で作ったピストルをこめかみに当てた。
イースタン
グース・岩村、アジア系の血を引く彼は同じ会社の同期で、社内でも五本
の指に入る優秀なパイロットである。機体を設計図面から理解して合理的に
操る様は『論より証拠』的性格のウォリスとは正反対と言える。それだけに
ウォリスも彼のテクニックから学ぶものも多い。
「フッ、そんな事はこいつと組んだ時から分かってたさ。──どうだった?
AF02」
ブロンドの髪を撫でつけながらもう片方の青年、ケイスが訊いた。
同じくウォリス等と同期入社の彼は、ブロンドとブルーアイの織り成す甘
いマスクとクールでエレガントな物腰が女子社員に圧倒的支持を得ているが、
これも優秀なパイロットである。父親が元エースパイロットで、自分はその
血を引いているだけと多くは語らない彼を初めは気に入らなかったウォリス
だが、普段のキザぶりからは思いもよらない豪快な操縦テクは敬服に値する
ものがあった。今ではグースと並んで親しい友人でありライバルである。
「そりゃすげーのなんのってさー」
ウォリスはAF02に乗り込んでからの一部始終を二人話して聞かせた。
その会話は二人がウォリスの部屋に乗り込む事で続いた。
「『スーパーフェニックス』は極秘プロジェクトである。配属直前までまっ
・・・・・・・・・・・・・・
たく知り得ぬ計画であった者もいると思う。自分が一体何の開発に携わるの
・
か、各自よく理解するよう──」
二つの長テーブルが置かれ、三〇数名の男女が向き合うように席に着いて
いる。大型モニタースクリーンの前でカーマイン大佐がプロジェクトの主旨
を説いている。
「君が無茶な操縦をしてくれたおかげで、かなりのデータを得る事ができた。
礼を言うよ」
AF02設計主任ガガーリンが黒縁眼鏡に指を添えて言った。ウォリスが
開発メンバーに自己紹介をした直後の事である。
「あっそ」
ウォリスはそれだけ言うと席に着いた。
その後グースとケイスの自己紹介も終わり、川崎重工側のテストパイロッ
トが席を立った。たった一人であった。
「野郎たった一人かよ」
ウォリスが面白くなさそうに言った。男は不敵な笑みを浮かべ、
「君等こそ、三人で一人前かね?」と訊いた。
「何ィ!?」
男の挑発的な態度に、ウォリスは立ち上がった。グースになだめられ、す
ぐに席に戻る。
「新R川崎重工専任テストパイロット、グラウ・オリギアです」
「あんた一人でAF02手に負えるのかぁ?」
「失神したパイロットが言う台詞かね?」
ウォリスの挑発に、更なる挑発でグラウは返した。各社の部門担当者は渋
面を作る。グラウは腰を降ろし、次はサイバーロード社の人員紹介となった。
セミロングの黒髪にブルーの瞳、ワインレッドのスーツ姿の美女が立ち上が
る。二四、五の歳にそぐわず知的で神秘的な印象の女性であった。
ビジネス
仕事は人の五倍もこなしそうである。
「今度は彼女だ」
歯を剥き出して威嚇するウォリスを尻目に、ケイスがグースを肘で小突く。
彼等ははじめから彼女に羨望の眼差しを送っていたのだ。
だが、ウォリスも彼女に見入る。
「リアナ・ウォーレンス、サイバーロード社の技術主任です。両機の人工知
能部門を担当します」
──人工知能……?
一流企業の主任技師と聞いて想像通りだとはしゃぐ二人を尻目に、ウォリ
スは訝しげな表情で彼女を見据えた。
「クレファルト君」
ミーティングが終わりそれぞれが大半退室した後で、へりくだったふうに
グラウが声をかけた。
「何だよ。──ウォリスでいいぜ」
対するウォリスはぶっきら棒に応じる。
「君はAF02でSR171三機と交戦したそうじゃないか」
グラウの問いに得意そうな表情でウォリスは、
「ああ、二機落としたぜ」
「おれなら三機とも撃墜しただろう」
嘲た口調にウォリスは先程の悶着を思い出した。食らいつかんばかりの勢
いで、
「何だとォ! 喧嘩売ってんのか?」
「そうじゃない、あくまで推測だ。一機も落とせずに逆に撃墜されていたか
もしれない」
からかうような笑みを浮かべてグラウが言う。その二人を心配そうに振り
返り、リアナが部屋を後にした。
「何が言いたい」
「その時の様子を詳しく話してくれないかな? あいにく君が操縦していた
時はフライトディスクが装着されていなかったんだ」
ウォリスはしばらく彼を睨みつけ、
「ちっ、特に断る理由はないしな……。いいだろ」
と承諾した。
「では三〇分後にバーで待ってる」
二人はそれぞれ別方向の廊下の奥に消えた。
2
夕日がクロノスの大地を更に赤く染める頃、ウォリスはベッドから起き上
がった。袖を破り取ったTシャツにジーパン姿でバーに向かう。
夕食前にもかかわらず、カウンターやテーブルにはかなりの基地関係者が
グラスを傾けていた。
ウォリスはカウンターにある人物を認め近付いた。グラウがいない事は確
認済みである。
「ココ、いいかい?」
「ええ、どう……」声の主がウォリスである事に気付くや、彼女は言葉を詰
まらせた。
「──久しぶりね、ウォリス」
そう言って微笑んだ彼女はリアナ・ウォーレンスであった。ウォリスは彼
女の右隣に腰を降ろし、
「ああ。……髪型変えてもすぐにわかったぜ」
「変わったのは髪型だけじゃなくってよ」
「らしいな……」
ウォリスは彼女の全身に遠慮ない視線を走らせた。
「変わってないわね」
リアナは薄く笑った。手にしたグラスで氷が優雅な響きを漏らす。
「おれだってこの七年、色々あったさ」
言いながら、ウォリスはウインクを送った。
そこへバーテンダーが歩み寄って来た。
「この人、スクリュードライバーね」
リアナの声にバーテンは一礼して奥に消えた。
「なんだよ。知ってんじゃねーか」
「あなたこそ変わってないって事ね。カクテルなんて女の子が飲むお酒よ」
口元に手をあて、リアナは小さく笑う。
「今はツンツンしてっけど、あの頃もお前……そうやってよく笑ってたな」
「……」
リアナは眼を伏せた。
「なあ、お前どうしてこの世界に入った? サイバーロードっていやぁ、軍
事用コンピュータ開発の最大手だ。お前、デザイナーになりたかったんじゃ──」
「やめて!」リアナは彼の言葉を切り、
「あの頃とは違うのよ……」
冷たく言い放ち、彼女は琥珀色の液体を飲み干した。
「失礼。隣、よろしいかな?」
リアナの隣のスツールを指して、グラウが訊いた。
「グラウ……」彼女は思い詰めたような瞳で彼を見つめ、
「お二人でどうぞ」
と、自分は席を立った。
「おい、リアナ……」
「プロジェクトは始まったばかりよ。話す機会なら幾らでもあるわ」
自分を呼び止めたウォリスにそう言って、リアナはカウンターを後にした。
後を追おうとしたウォリスだったが、眼の前にバーテンがオレンジの液体
が詰まったグラスを差し出したので、コースターごと受け取って席に着いた。
「始めようか」
グラウも彼女が気になったようだが、あっさりと席に着いた。
「彼女あんたを知ってたよーだけど、あんたとどーゆう関係?」
グラウが何か言おうとした時、ウォリスが訊いた。
「コンピュータ技術学校の同期だ。……君は?」
「ハイスクールまでの幼馴染み」
「ほお……」
グラウはバーテンにサイダーを注文した。
「酒はやらねーのか?」
ウォリスの問いに、
「寝る前にしかやらん。アルコール入りジュースでもな」
と答えた。
「けっ。……さあ、何でも訊いてくれ。AF02に関してはおれが先輩だ」
ウォリスはカクテルを一気に飲み干した。それがもとで彼はグラウの嘲り
にも似た微笑みを見逃してしまった。
3
「なんで現物に乗せてくれないんだ? それにコックピットに水を入れるな
んてどーゆー事だァ? 息が詰まるぜ!」
翌朝、シミュレーションルームでウォリスが喚いた。新型機の操縦に慣れ
るまで一週間の猶予があり、ウォリスたちの場合はこれまでの経歴を考慮し
た結果シミュレーターからとなった。模擬飛行訓練装置などで満足する彼で
はない。彼の反発はごく当然であった。
「君は非常識な操縦でこれまでに六機の機体を失っている」
TH-32開発主任ヒックス・イエーガーは両手で六を示し、呆れたような表
情でウォリスを見、
「それに水ではない、アンチグラビティリキッド(AGL)。パイロットに
かかるGを吸収してくれる液体だ。それの入っていない状態のAF02で全
開加速を行ったんだ。失神してもおかしくはあるまい」
と付け加えた。
「耐Gスーツ無しの宇宙空間飛行が一五回。場合によっちゃあ、あなた死ん
でるのよ」
女性スタッフがこれも呆れたような表情で口にする。
「ねーちゃん、おれはこうして生きてるんだ。そんな事は死んでから言って
くれ」
「ネーチャン!?」
揶揄された彼女はムッとした。ひとこと言い返そうと息を吸い込んだ所へ、
「ウォリス、そのへんにしろ。水に浸かって操縦するのは僕もグースも同じ
さ」
とケイスが仲裁し、その場は何とか収まりシミュレーション飛行が始まっ
た。
グース、ケイスとそつなく模擬飛行をこなし、ウォリスの飛行となった。
だが当人の姿が見えないのに気付き、ヒックス開発主任は声を上げた。
「ウォリス! ウォリス・クレファルトはどうした?」
「あーさっきコークを飲みに行きました」
グースがそう答える。
「何ィ!? パイロットスーツでわざわざ一般ブロックへか?」
「はあ、でないとコークは手に入らないかと……」
「まったく。プロジェクトを何だと思っているんだっ!」
ヒックスは語尾に力を込めコンソールに右拳を叩き付けた。
ウォリスは事前にファルサから送られて来た報告書通りの男だった。多少
の身勝手には眼をつむるつもりでいたヒックスだったが、基地到着早々の新
型機の無断使用に加え、いざプロジェクトが開始されれば途端にこの無軌道
ぶり。怒りはもとより、その場で頭を抱えたい心境のヒックスであった。
──ヒックス自身、どれほどこの部屋の内部を巡ったか失念するほどの時
が経ち、やがてドアが横に滑り、特殊コーティングのペーパー缶コークを片
手にウォリスが現れた。
全員の視線が自分に集中している事に気付き、
「あれ? もうおれの番?」
などと言う。その表情にはスタッフを待たせた事による反省の色など全く
ない。
「ばかものおおっ!!」
赤茶けた大地を眼下に、高度九八〇〇〇フィート(約三〇キロ)を飛行す
る、空よりなお深いブルーのストライプも鮮やかな白銀の機体が三機あった。
TH-11Bである。パイロットはウォリス、グース、ケイス。その機体には
見るからに重そうな大気圏内用固形燃料ロケットブースターがそれぞれ三基
ずつ取り付けてある。
『念のため言っておくが、お前たちの任務はAF02の動きを撮影、逐一報
告する事だ。他には何もない。オーバー』
それぞれのパイロット達の耳元でヒックスの声が響いた。一見無駄に思え
るこの通信は、三人の──特にウォリスの平生を知る者にとっては重要なも
のであった。
シミューレート飛行を終了させた三人を待っていたのはAF02戦闘デー
タの収集任務であった。ウォリスは早すぎる向こう側のプロジェクト進行状
況に異議を申し立てたが、AF02のテストパイロット──グラウはファル
サ本星での機体設計、飛行テストからプロジェクトに参加しているためと説
明され、かくして三人は、空の上でヒックスの声を聞いていた。
『川重の連中、フェアプレイの精神が足りないな。最初から同じパイロット
を起用して勝つつもりらしい』
ウォリスの耳に専用回線でケイスのぼやき声が届いた。
「まったくだ。乗り慣れてる奴が断然有利だよな」
同じ声音でウォリスが返す。
ターゲットドローン
『これより無人標的機を射出する。TH-11は散開して各自撮影ポジションに
移れ』
後方の大型飛行空母よりの指示でウォリスたちのTH-11Bは大きく散開し、
前方を飛行中のAF02周囲三キロにそれぞれ待機した。
今回のテストは新型機の空戦闘能力、敵弾回避能力の判定である。ここで
の成果は無論両機の選定結果を左右する。
やがて三〇機のドローンはAF02を遥かに追い越して反転、相対した。
『AF02。これより攻撃を開始する。自由意志で回避したまえ。機体性能
をアピールする形でな』
「ラジャー」
コックピットで淡いブルーの液体に身を包んだグラウはバイザーの下で口
元に軽い笑みを浮かべ、操縦桿を握り直した。
同時にドローンよりミサイルが一斉発射された。それぞれの軌道が判別で
きるように色とりどりの炭素ガスを放出しながらAF02に殺到する様はさ
ピラクーダ
ながら獲物を捕捉した食肉魚の群れを想わせる、その数六〇発。
「新型のハイマニューバミサイルか……」
メインモニターに映し出されたミサイルのデータを読み取ったグラウは、
先程より一層濃い笑みを浮べスロットルを送った。
ハイマニューバミサイルとはそれ自体が高性能AIの制御下に置かれたミ
サイルで、必要とあらば集団で目標に接近、各自が追跡又は待ち伏せといっ
た個別行動を取って目標を破壊する、戦闘機にとって地獄の猟犬のようなミ
サイルである。相当数のハイマニューバに対し従来機での回避率は限りなく
ゼロに近い。
「来たなァ……!」
加速を開始、あっという間に黒い粒と化したAF02を見たウォリスが呟
く。同時にスロットルを全開にし更にブースターに点火する。
AF02の加速によく似たGが身体を包み、設計限度速度に近づいたTH-
11Bはパイロットに激しい振動を伝えて加速を続けた。
一方格闘戦距離内に達したミサイルは独自に目標を捕捉、それがデータに
無い新型機だと知るや、四つの集団に分離した。
その集団のひとつがグラウ機に襲いかかる。
グラウはスロットル全閉に絞って操縦桿を引いた。
機体はその場で身を翻した。慣性飛行を続けながらのヘルプスト機動(一
八〇度の方向転換)である。大気圏内とは思えない動きであった。空気抵抗
に対し最も有利な形状を保つため翼を縮めたその姿は、風に舞い上がる落ち
葉に似ていた。
AF02はメインノズルより青白い炎を吐きながら、そのまま全開加速で
下降に移る。
一瞬前までAF02との遭遇予定地点にだった場所に到達したミサイルの
第一群は、当初の予定通り信管に自動点火、自爆した。AF02がそのまま
飛行していれば撃墜されないまでもかなりのダメージを負った筈である。
しかし突然の目標の常軌を逸した行動に、ミサイルの頭脳は作戦変更の四
文字を導き出す事はできなかった。状況確認後のAIの判断速度、一コンマ
何秒かの隙をつく行動であった。
「自爆か……」
自分以外の全てが十数Gに包まれた世界でグラウが呟く。意外そうな彼の
口調は先程の行動がただの挨拶だった事を物語っていた。
「見たか? あの機動性。ライト兄弟が見たら自殺するんじゃないのか?」
いにしえ昔、人類を大空へ飛翔させた男達の名を口にし、グースは驚嘆の
声を漏らした。
「まだ序の口だぜ。どんな状態になってもエンジンパワーと変形翼が機体を
安定させる。自殺志願者でも乗ってない限り自力で墜落なんてしないぜ!」
ようやく戦闘空域に到着したウォリスが得意げに言う。その口調は自身が
設計した航空機の晴れ舞台を望む技術師のそれに似ていた。
『あれだけの行動でハイマニューバを一〇機消滅させた……。回避テストと
はいえ攻撃は許されている……まさか文字通り全弾回避する気か──』
神妙な顔つきさえ伴って送られたかの様なケイスの声を寮友は聞いた。
量子ラムジェットの全開加速プラス落下速度を加え、音速の三〇倍に達し
つつあったAF02の機体は、空気との摩擦が生む紅蓮の炎に包まれながら
降下を続けた。降下速度はミサイルのそれさえ陵駕するかに見えた。
AF02であればミサイルの燃料が切れるまで逃走する事は可能であろう。
ロウレツ
しかし、逃走による全弾回避ではあまりにも陋劣な行為とも言える。
グラウもそのつもりではないらしく、不意に機体の速度を緩めた。緩めた
とは言っても、この場合は急停止と言った方が正解かもしれない。それ程激
しい減速だった。
プログラム
その減速をミサイルの人工知能はどう感じたか、更に数個の集団に分裂し
て彼の機体に追い付きつつあった。それぞれの集団は巧みに機体の逃場を封
じ、回避は不可能と思われた。
『命中だ!』
現にグースとケイスの声がウォリスの耳に飛び込んでいた。
次の一瞬に何が起こったか?
ハイマニューバミサイルの集団がAF02の機体を取り巻くように襲いか
かったその刹那、ミサイル達と入れ違いに濃紺の影が青白いプラズマ化した
空気を噴射しつつその包囲から飛び出したのだ。
誘導兵器は前提として相手の動きを確認してから行動を起こす。ハイマニュー
バミサイルさえも目標の未来行動予測は不可能である以上、この大前提は動
かしようがない。それ故に生じるタイムラグが自らの致命的弱点でもある。
誘導兵器の性質を利用し、逆にそれ自身を脱出不可能な状況に誘いこむ方法
はむしろ幼稚な発想といえよう。
AF02は一見不可能に近いその発想を難無く実現する機動性を持ってい
たのだ。
直前まで目標が存在していた空間にミサイルは雪崩込み、その狙いが正確
だったがために各々が激突。全弾同士討ちとなった。最新鋭ハイマニューバ
ミサイルとAF02だからこそ実現できた航空ショーであった。
それはウォリスが盗み出したAF02で、追跡するブラックバード隊のミ
サイルを回避した状況と酷似していた事に、彼本人だけが気付いていた。そ
のことをグラウに自慢げに語ったのが自分である事も。
「グラウッ、てめえェ!」
『一分の隙無く囲まれたのならともかく、たかだか五〇発程度の包囲、突破
するのは造作もない。君なら分かるだろ?』
僚友二人の驚きの声に混じって思わず放たれたウォリスの声に、不敵な笑
みを含んだ言葉が返って来た。
グラウ機の手際の良さに飛行空母内のクルーにも動揺が走り、第二射まで
に奇妙な空白時間が生まれている。
「……いい考えがあるぜ」
激しい振動に包まれたコックピットでそれとは対象的に静かな口調でウォ
リスが提案した。
『ほお……それは?』
スロットルを絞ってウォリスたちが追跡しやすい速度域に落としながらグ
ラウが訊く。
「そんなガキみたいな追跡しかできないハイマニューバよりも、人間様が相
手をするってのはどーだ?」
操縦桿のセフティカバーを指で弾き飛ばしながらのウォリス。
『不足はないな……』
とグラウ。
「今すぐやろーぜ」
『貴様、武装はどうした? 戦闘機で殴り合いはできんぞ』
「たっぷり装備してあるぜ。心配するな、全部模擬弾さ」
『用意がいいな。計画的犯行か?』
「ああ」
ソ ラ
『では付いて来い。宇宙へ上がる。ここではその機体が不利だ』
AF02が突如機首を上げ上昇を開始した。一機のTH-11もそれに続く。
それを見たグースとケイスは驚いたが、それ以上の驚きを見せたのは後方
の大型飛行空母のクルーである。
「貴様たち! 何をやっている!?」
飛行空母の管制室において、唖然とした表情の川崎重工の開発主任を差し
置いてマイクを握ったのはヒックスだった。
彼は原因がウォリスであると頭から決め付けていた。
事実、そうであった。
『予定を変更して、ただいまより格闘戦データの収集を行います。なお、ノ
イズが激しいため通信を一時中断します。状況が回復し次第、通信を再開し
ます。オーバー』
ノイズとは無縁のクリアなグラウの声にヒックスが眉をひそめる。後ろを
振り返り、
「そちらのパイロットは優秀だと伺いましたが、どちらも気苦労が絶えませ
んなあ」
と言った。
「なんてことだ……」
ヒックスの言葉に、信じられないといった表情で返す川崎重工開発主任大
島は、そのままふらふらと倒れるようにシートに座り込んだ。
「ウォリス! 君は基地主任より何か通達があった筈ではないのかね?」
他社のパイロットには構っていられない、ヒックスは自分の部下を引き戻
す事にした。ここで問題を起こす事は自分にも何らかの処分が下る事を意味
する。誰もが取るであろう当然の行動だった。
『えー、ノイズが激しく、こちらも交信ができません。回線を切断します。
どーぞ』
今度はヒックスもシートをめがけ、大島に続いた。
その間も上昇を続ける二機の周囲は淡いブルーから濃紺へと変わり、やが
て黒へと変化した時、眼下に見渡せる赤い地平線は弧を描いていた。
「始めるぞ」
高度七四マイル(約一二〇キロ)に達した頃、グラウが静かに宣言した。
『あんたは今からTH-11の襲撃を受ける。見事撃墜してみなッ!』
「ラジャー」
笑いを含んだグラウの応答に小さく舌打ちをし、ウォリスはスロットルを
全開にした。相対するAF02に正面から急速接近する。
ウォリスは対ミサイル機雷を射出した。相手の誘導ミサイルによる反撃を
抑制しつつ格闘戦に持ち込む。ドッグファイトの基本であった。
対するグラウは機銃で機雷を一掃し、ロックオンを開始した。メインモニ
ター内で揺れ動くウォリス機にロックオンカーソルがゆらゆらと吸い寄せら
れる。
「ロックしなよ!」
ウォリスはグラウ機がロックオンしやすいように機体を真正面に移動させ、
ミサイルを一発発射、スロットルを絞って機体を急反転させた。直後にカー
ソルがTH-11を捉える。
PIIIIII……
「さらばだ」
ロックオン完了後、グラウはそう呟いてスイッチを押した。
一発のアローミサイルが凍結した水蒸気の尾を引き、グラウとウォリスの
機体とを結ぼうとする。
AF02の様なミサイルにも劣らない機動性……それを持たないTH-11B
にとって、その一発は防ぎ様の無いものであった。
一瞬の間を置いて宇宙に赤い花が咲いた。
「命中……愚かな」
やがて散り散りに飛び散った玉の様なその赤は、ウォリスの機体に付着す
る筈であったアローミサイルのペイントマーカーであった。
「何ィ!?」
ウォリス機との衝突を避けて高度を下げたグラウは、ミサイル命中地点よ
り遥か手前を、自分と同じ方向へ向けて背面飛行中のTH-11を認め驚愕した。
ウォリスは事前に対ミサイル弾を発射後、その場で方向転換を行っていた
のだった。彼が命中と誤認したのはミサイル同士の衝突であったのだ。
「まさかあれしきでおれを落としたと思ったんじゃねーだろーな?」
位置的に頭上を背面飛行中の格好であるグラウ機を睨みながら、ウォリス
は機首を上げて上昇した。その途中で意味もなくミサイルを発射するオマケ
付きで。
「上かっ!」
グラウは振り仰ぐや、左手親指で超短波式誘導弾を発射した。
「ゲッ!」
AF02の拡大映像を映し出していたモニターが、背面のハッチオープン
と共に射出された誘導弾を捉えた時、ウォリスは咄嗟に足元の脱着レバーを
引いた。
三機のロケットブースターが分離され、うねる様にそれぞれが思い思いの
方向を選び、TH-11の機体を後にする。
グラウ機背面より発射された誘導弾の内多くはそのブースターに引かれ命
中したが、残る数個は回避行動中のウォリス機に命中し、銀の翼に赤い花を
添えた。
──咄嗟にブースターを切り離して誘導弾を逸らしたか……。運が良けれ
ば回避できていたかもな。
一瞬の内にウォリスの行動を理解したグラウだったが、次なる思考が脳裏
を巡る瞬間、機体に軽い振動が伝わり、キャノピーを朱に染めた。
「馬鹿なっ!? いつ撃った!」
『けっこー前さ。どんな形にしろ、あんたは撃墜されたんだ。……先にあの
世に行った奴にな』
「くっ……」
グラウは唇を噛んだ。ウォリスがグラウ機に対して上昇を行った時……あ
の時に撃った意味不明のミサイルは、グラウの未来の到達地点に向けての布
石だったのだ。その位置に向けて機首を向ける──。互いの距離が数百キロ
にも及ぶ空中戦において、操縦桿と両ペダルだけの操作系でそれを行う事が
どれほど困難か、一流パイロットであるグラウには痛烈に理解出来た。
同時にそれを実行したウォリスのテクニックに対し、グラウの胸に二つの
感情が湧き出す。
ひとつは戦慄──。
ひとつは嫉妬だった。
「実戦では奇跡は起こらん。──帰るぞッ!」
ウォリスにそう告げ、グラウはスロットルを全開にした。
キャノピーを染めた赤を拭うかのように……。
4
「ばかものおっ!!」
カーマインの激昂ぶりに又もや肩をすくめるウォリス、その背後にはグー
スとケイス。前日と同じ光景であった。ただひとつ違うのは、ウォリスの隣
には自戒の念を全身で表わしたグラウの姿がある事である。
「プロジェクトを白紙に戻したいのか?……それとも、貴様等揃って私の首
を跳ねようと企んでいるのか?」
「いいえ」
大佐の問いにきっぱりと否定してのけたのはグラウばかりで、グースとケ
イスはただ項垂れ、ウォリスに至ってはそっぽを向いている始末である。
最初の事件後すぐに報告書に眼を通し、彼等の経歴は理解したつもりのカー
マインであったが、飛ぶ度に問題を起こすパイロット達を見て被害妄想に陥
るのは彼ならずともであろう。
「クレファルト。貴様は事前に模擬弾を装備してオリギアを格闘戦に持ち込
ませたそうだな?
貴様は三日間の謹慎、六ヶ月間の減俸処分だ。この程度で済んだのは紛い
なりにも空戦データが取れたからだ。今後も繰り返すようなら処分はどんど
ん重くなるぞ」
「……りょーかい」
面白くなさそうにウォリスは答える。
「ほか全員は一回の減俸処分。各自、今後のプロジェクト進行は慎重に行い、
軽はずみな行動は謹む事!」
「イエッサー!」
ウォリス以外は見事な敬礼で返した。
「よし、帰ってよろしい」
「よー、グラウ」廊下でウォリスが声をかけた。無言で彼が振り返る。
「悪かったな、あんたまで処分の対象にさせちまって」
顔は笑っているが、差し出された手は彼にとって最大級の謝罪であったろ
う。
「ふん……、おれが君の誘いに乗らなかったらどうなっていた? 感謝する
んだな……」
冷ややかにそう言って、グラウはウォリスたちの前から歩み去った。
「なーにが感謝だ。自分こそ面白がって付いて来たくせによ」ウォリスはグ
ースとケイスの肩を抱き、
「メシだ、飯」
と基地統括主任室前から歩みを進めた。
食堂と言うよりシャレたカフェテラスといった趣の一画では、多くの軍人
が各所に席を取り思い思いのメニューの食事を取っていた。食の進みは皆一
様によくない。彼等にとって食事の時間は友人と語らう数少ないひとときな
のだ。
その一方では多くの男女が分配機にトレイをセットし、スイッチひとつで
瞬時に配給される希望のメニューを受け取っていた。
あちらこちらの空間にTV番組などが投影されている。フォースによる人
類滅亡を神罰とみなし集団自殺を行った宗教団体のニュースが報じられてい
る。
食堂に入ったウォリスたちがトレイを持ってメニューを思案していると、
隣のややがっしりとした体格の男が声をかけて来た。
「君がウォリス・クレファルトだな? 昨日は随分世話になった」
そう言って片手を差し出した男は、ウォリスの見立てで年の頃は三〇後半。
「はあ……だれ……でしたっけ?」
とりあえず握手を交わしながら、ウォリスは男の顔をしげしげと見つめた。
「私の声に覚えが無いのかな?」
ひとしきり観察を終えてもまだ自分を思い出せないでいるウォリスを見な
がら、彼は豪快に笑った。
「新型機のパイロットに告ぐ、帰還命令が出ている……」
男が事務的口調で命令の存在を告げると、ウォリスはようやく思い出した。
大袈裟に手を打ち鳴らし、
ブラックバード
「黒龍鳥の一番機!」
と指差した。
彼はウォリスの持ち出したAF02と格闘戦を演じた、ブラックバード隊
ガーレーン・T・フォックス少尉であった。
あの日、川崎重工の新型機AF02を拝借したウォリスは大気圏でのアク
ロバットに飽き、宇宙空間での試乗を試みていた。
COC
『こちらブラックバード隊ガーレーン少尉』コヒーレント光通信による通信
が届いた。
『新型機のパイロットに告ぐ、帰還命令が出ている。従わない場合攻撃する、
オーバー』
「こちら新型AF02。まだ遊び足りない、遊んでくれるか? どーぞ」
ウォリスを追跡する三機のSR171の進路上に達したAF02は大きく
旋回して対峙した。彼はトリガーのセフティを解除した。
いかに高性能機と言えども、模擬弾のみの非武装で軍用機との格闘戦は可
能であろうか。あまつさえ相手は指令を帯びた作戦行動中である。ジョーク
だけでは済まされない。
「再度警告する。……帰還せよ。要請に従わない場合は撃墜する。なおこれ
は最終警告である。オーバー」
ガーレーンはウエポンセレクターをM-171FIREDEVILに合わせ、寮機にその
旨を報告した。
「かかってきなさい。どーぞ」
ウォリスは相対速度を緩め、フライトモードをドッグファイトモードに切
り替える。あまりに無謀すぎる行動であった。
「さーて、やっこさん、どんな手で来るかな? 黒龍鳥じゃ格闘戦は辛いぜ?」
小気味良い音で指の骨を鳴らし、ウォリスはブラックバード隊の出方を窺っ
た。無謀こそが彼の信条であろう。
「B2、B3。
目標は秒速八キロで飛行中。私の指示でM-171ミサイルを発射する」
『隊長、目標が捕捉できません!』
アイ
『こちらB3、全天視野レーダーによる捕捉も不能』
ガーレーンの指示に、寮機の思わぬ返答が彼のレシーバーを通して耳に響
いた。
「何ィ!?……アクティブステルス(A・S)だ。目標と水平軸を合わせるな。
フォーメーションDに変更!」
A・Sシステムは発生した重力磁場で空間を湾曲させ、光線や電磁波によ
る探知を回避する装置である。任意の方位に位置する観測者に対してのみ有
効であるが、A・Sを向けられた者には、相手が肉眼からも文字通り消失す
るという画期的システムなのだ。フォースに対しての人類の切り札である。従
来のシステムは大型で、一部の超大型爆撃機での装備が限度とされていた。
──何てことだ。格闘戦闘機に最新鋭A・Sだと? 我々の知らないとこ
ろで技術はどこまで進歩しているのだ……? ガーレーンはバイザーを開き、
額の汗を拭おうとしたが、うまくいかなかった。半年前、部下四人を失った
対フォース戦を思い出し、彼は戦慄した。作戦行動中に冷や汗をかいたのは
彼にとってこれが二度目だった。
最新鋭A・Sの重力磁場によって歪められた空間は光さえも曲げてしまう。
現在のレーダー技術では、空間に依存する物理的手段を用いる以上認識は不
可能である。その姿を捉えるにはA・Sの有効方位外の角度から捕捉するよ
り他はない。相手のレーダー波を変調するだけの旧型A・Sとは次元そのも
のを異にしている方式であった。
『B2、B3共に目標捕捉』
「目標は三二〇〇〇まで接近。──ファイヤー!」
ガーレーンは寮機の目標捕捉を確認するや即座に攻撃命令を出した。
SR171により都合一八発の赤外線式誘導ミサイルが、水素燃料から発
生した氷の粒を棚引かせてAF02に殺到した。相手に対して巨大な三角星
座を構成するフォーメーションDによる攻撃で、ミサイルは上下三方から雪
崩込んで来た。
AF02のメインモニターに相手ミサイルのデータが表示される。
「ファイヤーデビルぅ? そんな現役ミサイルでこいつを落とせたら新型機
なんて必要無いぜ」
ミサイルをある程度機体に引き寄せ、ウォリスはスロットルレバーを一気
に押し倒した。失神寸前のGが襲い、AF02は加速する。
「隊長! 目標は異常な速さで加速、前進を続けます」
ミサイルが到達する前にAF02はSR171に接近した。目標を失った
ミサイルは弧を描いてUターンを敢行する。
上下に三角形に展開したSR171の中央を突破したAF02はそのまま
身を翻した。
「ぐっ……あああっ!」
頭が異様に重い──大気圏内とは比較にならない速度が生む旋回Gにウォ
リスは苦鳴を漏らした。
AF02はそのまま三角形の頂上に位置するガーレーンの機体の真下にぴ
たりと張り付いた。互いの距離は一メートル弱。宇宙空間では既に激突した
と言える距離だった。
しかし、曲芸飛行を行ったパイロットの視界に代償が支払われた。
「し、しまった! ブラックアウトだ。前が見えねえっ!」
周囲がぼんやりと闇に包まれる。
ガーレーンたちの驚きはもとよりウォリス自身が驚愕した。AF02の運
動性能に耐Gスーツがその役目を果たせないでいるのである。
一方、向きを変えたミサイル群はガーレーンとウォリスの機体に殺到した。
「いかん! 赤外線誘導解除っ!」
ガーレーンが叫ぶと、赤外線目標指示を失ったミサイル群は思い思いの円
を描いて散開した。
『隊長!』
「目標の逃げ場をふさげっ! 自力で振り解く」
ガーレーンの機体はそのまま上昇旋回に入った。
「くそっ! ミサイルはやり過ごせたが、眼が見えん。逆旋回だっ!」
AF02は速度を上げて下降旋回を始めた。その先にB3の機体が接近中
である事をウォリスは知る由もない。
「うわあああっ!」
B3機のパイロット、モーガンは絶叫した。次の瞬間、AF02はB3機
と翼をかすらせながらすれ違った。
「何だ!? あいつおれに付いて来てるのかァ?」
ニアミス警報が鳴り止まぬコックピットでウォリスが喚いた。B3機との
接近をガーレーン機の追跡と勘違いしての言葉だった。その後方に残る一機
のSR171が接近する。
「こちらB2、目標の背後を取った。ARROWミサイルを使用する」
B2機のメインモニターにAF02の後ろ姿が捉えられ、ロックオンター
ゲットが追跡を開始する。
「HEY come on come on……」ターゲットカーソルの振れが少なくなり、来る
べきロックオンを想起してB2パイロット=グレイの口元が緩む。
PIIIIIII……
「fire!」
ロックオン完了の電子音と共にグレイは親指で発射スイッチを弾いた。
「やばっ!」
逆方向の旋回を行って血流を戻し、強引に視力を取り戻そうとしたウォリ
スだったが、被ロックオン警報を聞いて即座に操縦桿を引き上げ、両ペダル
を踏み込んだ。同時に鋼鉄の塊を担がされたようなGが襲う。
AF02は瞬時に垂直上昇した。
それまでAF02が占めていた空間をARROWミサイルが通過する。
「回避したァ!? 馬鹿なっ!」
グレイは次の攻撃を忘れて驚きの声を上げた。
「おれの後ろを取ったのはどいつだ?」
視力を取り戻しつつあったウォリスはリバースレバーを引いて逆噴射した。
猛烈なGに前のめりでメインパネルに頭部を強打する。
「イッテーなっ! 何でこいつにはハーネスが付いてないんだよ!」
割れたバイザーを跳ね上げてウォリスはまたも喚いた。そのAF02の下
方をグレイの機体が通過して行き、その位置を示す矢印がコックピット内部
の空間に投影された。
「あいつか……お仕置きしてやるぜ」
ウォリスはグレイ機の追跡を開始した。形勢逆転である。
『こちらB2。後ろを取られたらしい、だがモニターに姿が見えないっ!』
「B2、こちらからは確認できる。直ちに援護する」
体勢を立て直したガーレーン機が急行し、モーガン機もそれに続く。
「ちんたらロックオンしてられるかよ!」
ウォリスはロックオンモードを解除し、機体をグレイ機に一気に接近させ
た。同時にトリガーを引き絞る。
三〇ミリV-77バルカン砲が火を噴き、グレイ機の命中箇所に模擬弾の赤い
花をペイントさせた。更に追突寸前まで接近させてから、
「はい、ビンゴォ!」
PIIIIIII……
ウォリスがロックオンモードを開始させると同時にロックオンが完了した。
すかさずM032ミサイルを発射する。
「うわあああっ!!」
突如ニアミス警報とロックオン警報──前者は異常接近のためAF02の
前方に発生していた重力磁場が解除されてSR171のレーダーが復帰した
事による警報。後者は至近距離で瞬時にロックオンが成立しための警報だっ
た──が鳴り響いたコックピット内でグレイは絶叫した。
AF02より発射された小型のペンシルミサイルはグレイ機のブラックボ
ディに赤い大輪を咲かせた。
「ハイ、後ろぉ、二機接近!」
ウォリスはスムーズに減速させながら、右手親指で操縦桿に突き出したミ
サイルスイッチ横のトラックボールを回転させ、A・Sの重力磁場発生位置
を変えた。
「何ィ!? 消えたぞっ!」
重力磁場を自分たちの方向に発生させられて、ガーレーンたちの視界はお
ろかレーダーからもAF02は消滅した。
『B2は撃墜されていません。目標は非武装です! 進攻します!』
「B3戻れっ! 危険だ!」
旋回して進路変更したガーレーン機を横目に、モーガン機は直進した。
「あれ、来たのは一機だけかぁ?」
ほぼ停止状態のAF02の一〇km横をモーガン機が通過して行った。ウ
ォリスは重力磁場をコントロールしてモーガン機のレーダーから機体を隠し
つつ、急加速して追跡を開始する。
「隊長! 目標が捕捉できません!」
非武装とはいえ影も形もないAF02に半ば脅えながらモーガンはスロッ
トルを開いた。
モーガン機を狙ってA・Sを作動させたために、ガーレーン機は背後に対
して無防備のAF02を捕捉できた。
『B3、後ろだっ! 五・二時方向から急速接近中!』
「見えません!」
上下の区別もなく無限の広がりを感じさせる宇宙空間においての見えざる
敵の接近……恐怖の対象以外の何ものでもあるまい。高空より襲いかかる猛
禽の餌食となる小動物のあらゆる心境を克明に感じ取ったモーガンであった。
SR171の倍の速度でモーガン機に接近したウォリスは、スロットルを
絞って操縦桿を倒し、同時に右フットペダルを踏んで直接機体を下方五〇メー
トルを飛行中のモーガン機に向けた。横這い状態の慣性飛行でAF02はS
R171を追い抜きにかかる。そのままAF02の機首はSR171を背面
を睨んで通過する。
「いただきっ!」
ウォリスはトリガーを引きながらタイミング良くミサイルを同時発射した。
V-77バルカンの火線はモーガン機の黒い翼に命中し、数発発射されたM032
ペンシルミサイルの内一発が機体に命中した。照準装置を一切使用せずに五
〇メートル先を秒速一〇キロで移動中の物体に命中させたウォリスのテクニッ
クは、ミサイルのその後の自動命中修正を考慮しても曲芸級であった。
「おのれ新型、遊びのつもりかっ!」
ガーレーンはAF02の位置をコンピュータに記憶させ、同時に照明弾を
射出した。
「しまった!」
猛烈な閃光が辺りを照らし、ウォリスの視界とレーダーを白く染めた。そ
れでも咄嗟にスロットルを全開にし、操縦桿を倒す。
ガーレーンは残ったミサイルをコンピュータが記憶した位置へ向けてロッ
クオン抜きの自動追尾で全弾発射した。彼は本気でAF02を撃墜するつも
りだった。
視野と外部探知能力を奪われた相手パイロットには回避不可能と思われる
状況での攻撃であった。
「やったか?」
闇が辺りを覆い戻した後には、黒地に赤の斑点模様を刻んだ寮機の姿、眼
下に横たわる惑星クロノスの赤い地平線と、目標を失ったミサイル達の吐き
出した水蒸気が凍結してできた白い帯だけが残されていた。
あのときウォリスは己の敗北を悟った。全開加速でミサイルを振り切った
AF02はパイロットの異常を察知、失神した彼を乗せて自動操縦で基地に
帰還したのだった。
「ガーレーン少尉だ」
「ウォリス・クレファルトです」
二人は再び握手を交わした。
少尉を加えて四人となった一行はそれぞれのメニュー乗せたトレイを持っ
て窓際の一角を陣取った。
「君とあの新型機には恐れ入ったよ。我々のチームは現主力のTH-11と互角
に渡り合える実力があるのだが、初めてのった機体でしかもあのような戦い
方……何処で教わった?」
「レトラー先輩です。教科書通りの格闘戦は確実だが無駄も多い……ってこ
れは先輩の口癖ですが、おれはその言葉通りに闘ってるんです」
「レトラー……うーむ」ガーレーンは少し思案して、
「そうか。アライズ大佐だな? 大佐とは以前一緒に出撃した事がある。確
かに似ているな」
そう言って破顔した。
レトラー・J・アライズ。連邦が誇るエースパイロットである彼は、同時
に軍規違反の常習者でもあった。しかしながら彼の撃墜した敵機は数百機に
登り、まともに昇進すればとうに参謀クラスにはなりうる彼曰く、「実戦こ
そが生きる糧」である。彼の駆る真紅のTH-22は『連邦の赤い稲妻』と称さ
れ、敵軍すらも特別な戦術で対応、状況によっては撤退すら行うという。
「こっちこそ少尉には完敗でした。あの局面で照明弾とは、あの機体でなけ
ればここで呑気に食事なんてしてられません」
言いながら、ウォリスは丼の蓋を開いた。中身はカツ丼だった。一〇〇〇
年以上も前に地球で生まれたこの料理に対して、いささかな感慨も彼には浮
かばず、また周囲の男達も同じであった。
それよりもグースとケイスはウォリスの言葉遣いに顔を見合わせた。彼が
敬語を使う理由は少尉が尊敬に値するテクニックを持つことを意味する。そ
んな人物に出逢ったのが二人にとって実に久方ぶりであった。
「そう謙遜するな。君の操縦は見事なものだ、……部下に欲しいくらいだ」
ガーレーンは豪快にサラダをほおばった。
「いやあ、照れるなあ」
「プロジェクトの成功を祈ってるよ。無論、君等のチームのな」
<つづく>
以上、CHAPTER1(43KB)でした
このシリーズ、CHAPTER1〜6までありますが、
平均50KBありますよ。
(´-`).。oO(このスレ内に収まるのか?)
このスレのネーミングは暫定だが『2ch的超先生再検証、再評価研究所本部』かな?
誰か他のネームキボン。
つーか、超先生は「パクリ」じゃなくて「あかほり的超王道」に近いものがあるなぁ……。
それがあかほり以下の文章力なのでキツイのだと。
CHAPTER1に入る前の膨大な超設定を見るだけで
非常に疲れました。
><サンダーボルトSF用語解説>
>※本編と平行してお読み下さい。一度目を通して理解することをお薦めします。
> 本編の登場順に記載されています。?と思ったら読み返して下さい。
こういうのは本文中に上手く絡ませて読ませるのが普通じゃないのか?
RR以前の問題だ。
372 :
名無しは無慈悲な夜の女王:02/06/15 16:52 ID:mS5Vp58X
コヒーレントって、超先生ったら(^^;
うぅ、SF板に、いや物理板か(藁
この感情も精神疾患の一種なんだろうか。
373 :
竹紫:02/06/15 17:27 ID:ic3GEYS1
>>369 わざわざ貼り付けてくれてありがとう
キミの思う通り、サンダーボルトを含め、超同人全てをこのスレに貼り付けるのは流石に無理だ
そのため、ここが容量オーバーしたら他の駄スレを借用するしかないな
そこまでする必要があるかは微妙だが
それにしても凄いトリップだな
リアルファンクラブリアルリアリティ超
超先生シナリオの降臨を待望するスレはここですか?
超先生のシナリオが読めるなんて
なんて良スレなんだろう
はやく痕2や誰彼2を出して欲しいな
超先生の作品はいくら読んでも読み足りない
ヽ(`Д´)ノ オイオイ、痕2はカンベソシテクレYO!
ここは、超先生を褒め殺すスレですか?
RR警報
いまさらだがここのスレタイ
超先生超キモイ
とかでRR風味まぶしとけばよかったな。
383 :
1:02/06/15 22:20 ID:tK5ALrkX
>382
そーだね
ていうかこんなその場の思いつきで立てたスレを良スレにしてくだすった方々に敬礼
それだけ超先生が偉大風味なのです。
そして葉鍵板でもっとも最愛のキャラである超先生を
末永く永遠に愛し続けることを誓います。
385 :
竹紫:02/06/15 22:43 ID:ic3GEYS1
地球人
.ノつ ∧_∧
\( ゚Д゚ )γヽ
\ _ ̄ ,ノ
_(~ ̄ 〈 ̄~
(__`__)~^\ \_
(⌒ )
~~ ̄
超地球人1
.ノつ ∧_∧
\< ゚Д゚ >ヽ
\ _ ̄ ,ノ
_(~ ̄ 〈 ̄~
(__`__)~^\ \_
(⌒ )
~~ ̄
386 :
竹紫:02/06/15 22:44 ID:ic3GEYS1
超地球人2
.ノつ ∧_∧
\< ゚ш゚ >ヽ
\ _ ̄ ,ノ
_(~ ̄ 〈 ̄~
(__`__)~^\ \_
(⌒ )
~~ ̄
超地球人3
.∧_∧
.| |
.| |
.| |
.| |
.ノつ | |
\< ゚ш゚ >ヽ
\ _ ̄ ,ノ
_(~ ̄ 〈 ̄~
(__`__)~^\ \_
(⌒ )
~~ ̄
>>383 でも乱立はいかんぞ
超スレは無駄に立ちすぎだからな
必要になったら言ってください。(今日はもう無理ですけど)
388 :
竹紫:02/06/16 00:36 ID:Rqk1iyUr
389 :
竹紫:02/06/16 00:38 ID:Rqk1iyUr
それではサンダーボルトの続きだ
390 :
竹紫:02/06/16 00:42 ID:Rqk1iyUr
※エピソード2の特殊用語補足説明
宇宙規約人類分割法
ハイパードライヴ技術が確立され、人類はほぼ宇宙全域をその行動範囲とした。
結果、宇宙生態系の破壊や文化レベルの低い知的生命体の支配化などの新たな犯罪の発生が懸念されたため、
地球連邦政府は二五三四年ハイパードライヴ技術の使用禁止と永久破棄、
ファルサ人類との交流禁止を盛り込んだ人類分割法案を制定した。
基本的にソル星系(太陽系)、リブス星系(α星系)以外の人類進出を禁止するのが本来の目的。
特に両人類の交流禁止による文明肥大化抑制に大きな効果を上げている。
ハイパードライヴ・ブースター
α星系連邦軍がAOFの目標のひとつとして密かに掲げたものに、単機恒星間渡航がある。
フォース以上の脅威となる異星人との遭遇に対応するべく付加された作戦能力。
主に機体上部に架設され、1天文単位(約一億五千万キロメートル)から数百億光年の距離を瞬時に移動させ得る。
架設される機体に量子ラムジェット機関が搭載されている事が条件。
エナジープロダクター(ENERGIE PRODUCTER)
エンジン噴射、陽光、爆風、エネルギー兵器など機体内外から発生する、
おおよそエネルギーと言えるもの全てを吸収して利用する究極のエネルギーリサイクル機関。
空力限界高度
航空力学の通用限界高度。これを越えた場合、翼の存在は意味を持たなくなる。
惑星クロノスにおいては約三九万フィート(約一二〇キロ)を指す。
391 :
竹紫:02/06/16 00:42 ID:Rqk1iyUr
超磁力耐熱処理
磁力反射膜により赤外線の大部分を反射させる表面処理。
高温にさらされる極超音速機、大気圏内外往来型航空機に欠かせない。
特殊散温塗装
非常に熱伝導率が高い塗料。塗装面の熱を均一に分散し、即座に放射する性質を持つ。
超磁力耐熱処理と併用する事により、戦闘用標準レーザーの照射に約三秒の耐性を持つ。
HMD(超高密度ディスク hyper memory dish)
従来のCDの五倍の容量を持つ青色半導体レーザーを読み出しに使うCDUが一般で使用されているが、
その青色半導体レーザーを超えるハイスペクトルレーザーを読み取り用に使用した記憶媒体。
六〇〇Tバイトの容量を持つ。外見は現代のMOに近く、二インチ四方。
種子圧縮(seed freeze)
膨大なデジタルデータを原形を留めぬほど簡略化し、必要時にあたかも植物が種子から発芽、
成長するが如くのプロセスを経て本来のデータに復帰させるデータ圧縮法。
圧縮対象となるデータにもよるが、通常数万分の一程度に圧縮できる。
データ解凍に標準のコンピュータで数分の処理行程(成長時間)を必要とする。
392 :
竹紫:02/06/16 00:45 ID:Rqk1iyUr
CHAPTER 2
1
「よお、グラウ」
一方、グラウの食事の席に同僚が腰を降ろした。彼は手にしていた科学誌
をテーブルの上に置き、軽く手を振って答える。雑誌の表紙を奇怪な生物と
思しい物体の低画質CGが埋めている。「最新観測データによる『フォース』
の姿」との見出しも眼を引く。
同僚はそれにちらりと眼をやり、手にした同じ雑誌を手近な空席に投げ込
んでから、
「向こうのチーム、あの妙なパイロットのおかげでテンヤワンヤだぜ。プロ
ジェクトはウチがもらったよーなもんだな」
と切り出した。
「甘く見ない方がいい……」
スプーンを掴み、グラウが言う。
「どうしてだよ? 軍の連中もほとんどウチに賭けてるんだぜ。次期主力戦
闘機はAF02で決まりさ」
──その次期主力戦闘機が現主力のTH-11に撃墜されたんだ。奴の実力を
甘く見ていたのはおれも同じだ……。だが、実戦でそんな言い訳は通用しない。
グラウの脳裏にあの悪夢のような一戦が蘇った。屈辱であった。星系で五
本の指に入る実力者である彼が操る新世代戦闘機が、ありふれた量産機の非
常識極まりない目的で放ったミサイルの餌食となったのだ。しかもそのパイ
ロットがウォリス。彼のプライドはいたく傷つけられた。
393 :
竹紫:02/06/16 00:48 ID:Rqk1iyUr
「クソッ!」
彼は拳をテーブルに打ち付けた。
「何だよいきなり?」
ギョッとした表情で同僚が訊く。
「……すまん、何でもない」
「それでな、調査船団からの応答が──」
同僚が先程から続けていた話しを再開すると、グラウが片手を上げてそれ
を制した。
「すまん、最初から話してくれ」
「何だよ。おかしいと思ったらほんとに聞いてなかったのか? まあいい、
今度はよく聞けよ」グラウはうなずいた。
「プロジェクトスーパーフェニックスは次世代主力戦闘機を競合比較選定す
るプロジェクトだ。だがな、戦争もない平和なこのα星系に何故わざわざ主
力戦闘機を再開発する必要があるのか。フォース攻撃用戦闘機の肩書きでも
いいんじゃないのか?」
「それはこのプロジェクト発端から陰で噂されていた事だ」
「今日はその真相を披露しようという訳だ。よく聞けよ」
「ほお……」
グラウの眼に好奇心の火が灯った。これは今回のプロジェクト最大の謎で
あったからだ。
「人類分割法のおかげでハイパードライヴ技術は闇に葬られたが、それでも
人類は対消滅ロケットで外宇宙の探査に多くの船団を派遣している」
人類分割法とは西暦二五三四年に制定された法律で、その最大目標は太陽
系人類とα星系人類との永久訣別にある。人類は二五三四年の境に二つの別
の種族に分かれたのだ。
──しかし、宇宙規約人類分割法第一条二項にこうもある。
自然的要因による資源枯渇、及び生存圏危機の理由にのみ両人類は一個の
種族となり、全力で問題解決に挑まねばならない
394 :
竹紫:02/06/16 00:48 ID:Rqk1iyUr
地球との無断交流を行った者には極刑すら用意されている。
「そのとおりだ。……そして人類は量子ラムジェットの実用化に漕ぎ着けた。
宇宙はこれで更に狭くなり、エネルギー枯渇の問題も解消される」
そう言ってグラウはコーヒーを口にした。
「だが、その大層な量子機関は連邦科学アカデミーが偶然完成させたものと、
奇跡的に我々とロールスロイスが試作できた三台しか存在しない。
──実用化には程遠いよ」ため息混じりに同僚が返す。
空間が空間であり続けるには膨大なエネルギーが必要となる。実際に一立
方センチの真空空間は超新星爆発一〇の六四乗個レベルのエネルギーによっ
て支えられている。量子ラムジェットはその空間エネルギーを利用する機関
である。
空間が存在する限り無限に得られるエネルギー──これが人類にどれほど
の恩恵をもたらすか、想像には容易い。
同僚は脱線しかけた話を咳払い一つで戻し、
「さて……、これまで人類は一度も異星人との対面を果たしていない。大昔
から言われる『UFO』なんてものは嘘っ八だ」
「だが、フォースの使用しているテクノロジーは明らかに異星人の物だ」
「そう、やはり異星人はいる」
「ふむ……」
そこで同僚は、声をひそめてグラウに耳打ちする。
「ここだけの話、最近、外宇宙調査船団の事故が多発しているらしい」
グラウは眉宇を寄せ、
「初耳だ」
「なんでも、多方面で異星人の攻撃に遭ってるらしい。──この宇宙には見
かけない宇宙人は攻撃せよって決まりでもあるのか? ってね」
「ばかな……」
グラウはカップを持ち上げかけた手を止めた。
395 :
竹紫:02/06/16 00:50 ID:Rqk1iyUr
グラウはカップを持ち上げかけた手を止めた。
「異星人の機動兵器とTH-11の撃墜比率は驚くなかれ最大一〇対一。いいか、
あの恐ろしいフォース軍機動兵器が相手でも七対一と善戦している機体がだ」
と、皮肉混じりの同僚。
「本当か?」
カップは彼の口元には運ばれなかった。
「そこで次期主力戦闘機の登場だ。フォースに脅かされている今、軍が新型
機の開発に精を出しても誰も文句は言わない。それこそ歓迎だ」
「筋は通っているが、出所は何処だ?」
「裏のネットワークさ。火の無いところに煙は立たないってね」
「ふん、あてにならんな」
ハンバーガーをパクつく同僚を横目に、グラウは薄く笑った。そうする事
で忘れたい話題であった。
「ん?」
昼食を終えて民間エリアでコーク片手でベンチにくつろいでいたウォリス
は、背後から肩を叩かれ振り返った。
「久しぶりね、ウォリス」
長い黒髪を撫でつけた声の主は彼のハイスクール時代の同級生、圭子・ジュ
リアーノだった。
「おおっ、ケーコじゃねーか。久しぶりだなァ、三〇年ぶりかァ?」
「ってことはあんたは五〇過ぎの中年ってわけね?」圭子は屈託の無い笑み
を見せ、
「あんたって相変わらずねぇ」
とウォリスの隣に腰を降ろした。
「お前までそんな事言うのかよ。おれだっていつまでもガキじゃねーよ」
リアナに続いて圭子にまで子供扱いされ、ウォリスは不貞腐れた様子でコー
クを呷った。
396 :
竹紫:02/06/16 00:52 ID:Rqk1iyUr
「ねえ、あたしにもそれ、おごってよ」
圭子はウォリスの腕にすがり付いて言った。
「しゃーねーな、これで買って来い。自販機ごと買うんじゃねーぞ」
ウォリスは胸ポケットからショッピングカードを取り出した。
「へ〜い」彼女はカードに眼を通し、
「ウォリス、パイロットやってるんだ。夢がかなったね☆」
「まあな」
そう言って飛ばしたウインクを受けて、彼女は近くを通りかかった自動販
売機を呼び止めた。
「ねえ、あたしすごいプロジェクトに加わってんのよ」
席に戻るなりカードを手渡し、圭子がそう言った。
「何の?」
「ここの基地で新型戦闘機のテストやってるでしょ?」
「ああ、おれが乗ってる」
「ええっ!? そーなんだァ。じゃあウォリスには全部教えちゃおうかなァ」
「そう言えば、お前昔から女のくせに機械いじりが好きだったな。パワーを
倍にしてやるっておれのバイクのエンジンまでいじってよ、結局空吹かしし
た途端にエンジンはお釈迦……」
「たまには失敗もあったかもね」
圭子は笑ってごまかした。
「で、今度は新型機の改造か? おれのTH-32のパワーを倍にするってのは
勘弁だぜ」
「へえ、エメブラの戦闘機のテストパイロット? 今度のは恒星間渡航がで
きるようになるわよ」
「何だそりゃ? もしかして……」
自身たっぷりに話す圭子の言葉を半ば聞き流していたウォリスだが、慌て
て圭子に向き直った。
397 :
竹紫:02/06/16 00:53 ID:Rqk1iyUr
「『ハイパードライヴ・ブースター』の開発よ」
「なにィ!?」
「しーっ!」圭子は慌ててウォリスの口を塞ぎ、
「極秘プロジェクトよ。ばれたら軍法会議ものよ」
と釘を刺した。
「ハイパードライヴ技術は学ぶ事は勿論、緊急時以外の使用も人類分割法で
禁止されている。それを持ち出して戦闘機につけるたぁ、どうゆう了見だ?」
「さあね、地球に行くつもりかどーかは知らないわ。あたしは欠員を補って
この基地の整備チームに加わったの」
「……まあいいさ。ケーコ、ブースターが完成したら地球へ連れてってやる
よ」
「へえ、それってプロポーズ? いいのかなぁ、彼女がいるのに」
圭子が視線を自分の背後に向けていると気付き、ウォリスは首を向けた。
その先にはリアナが歩いている。
「よおリアナ」
「やっほー、リアナ」
二人の呼び声に気付いたリアナが歩みを止めた。
「あらウォリス、……それに圭子じゃない。久しぶりね」
思わぬ人物を認め、彼女の表情がほころんだ。
「どうだい、これから三人で飲みに行こうぜ」
「今夜は……」リアナは小さく首を横に振り、
「これから忙しいから駄目なのよ。圭子、今度連絡して。この基地に繋げば
大丈夫よ」
と、足早にムービングロードに乗って二人の視界から消えた。
「彼女、なんだか変だったね」
「さあな。サイバーロードの開発主任だ、俺達とは身分が違うよ」
そう言ってウォリスはコークを飲み干した。
398 :
竹紫:02/06/16 00:55 ID:Rqk1iyUr
「サイバーロードぉ? あのコンピュータの。……デザイナーの夢は?」
「あの頃とは違うんだと」
圭子の問いに、自動清掃機に紙コップを投げ付けながら彼は答えた。
「なによ、貴方たち三人はいつも──」彼女はそこではっとして言葉を切り、
「ごめんなさい。嫌な事思い出させて」
と眼を伏せた。
「なあに、あいつほど気に病んじゃいないさ。……それであいつが生き返る
訳じゃない」
そう言い流すウォリスの胸に、あのときの光景が蘇った。
399 :
竹紫:02/06/16 00:57 ID:Rqk1iyUr
「すごいよウォリスッ! 次のコーナーもドリフトでクリアしてよっ!」
疾走するウォリスの赤いモーターサイクル。その後席で少年が歓喜の叫び
をあげる。
「後ろで荷物に成りきってなっ!」
ゴーグル無しでは眼も開けられない風圧の中、口元のコミューターにハイ
スクール時代のウォリスが呼び掛けた。
「……行くぜええっ!」
一瞬前までは遥か前方と思えた左コーナーが一気に肉薄する。
山林を切り開いた高密度樹脂製道路の行く先は、先程のコーナーと同じく
山肌の向こうへと消えていた。
右手右足の操作でフルブレーキング、僅かなノーズダイブが車体の過重変
化をライダーに告げる。後部座席で少年は激しい減速Gに耐えるべく両腕に
力を込めた。
ウォリスはブレーキを操りながら左手でクラッチレバーを握り、シフトペ
ダルを三度激しく蹴り上げる。同時に右手はブレーキ時から緩めていたスロッ
トルを一瞬だけ開いた。
旧式のV6ガソリンエンジンが咆哮し、タコメーターがレッドゾーンすれ
すれを示す。
総ての過重が前輪に移ったのを感じて、ウォリスは車体を一気にバンクさ
せた。
ベクトルに変化が生じモーターサイクルは旋回を開始するが、前輪のグリッ
プが既に許容範囲を超える過重に耐えきれずスライドを起こした。
ウォリスはそれを感じ取り、スロットルを半開から全開に向けて探るよう
に開いた。
やや落ち込んでいたエンジン回転数が持ち直し、増大したパワーとトルク
が後輪をもスライドさせた。
400 :
竹紫:02/06/16 00:58 ID:Rqk1iyUr
赤いモーターサイクルは鼻先をコーナー出口に向けたままの横滑り状態で
コーナーに侵入した。
「なにっ!?」
ウォリスは驚愕した。コーナー出口が見え始めた頃、対向車線からバラン
スを崩した黄色いフェラーリが彼の進路を妨害する形でコーナーへ侵入して
きたのだ。
スロットルをワイドオープンさせてバンク中の車体を半回転させ、少年を
小脇に抱えステップを蹴ってモーターサイクルを捨てたのは、ウォリス故の
アクロバットであろう。
凄まじい勢いで路面を転がった二人は、すぐに道路脇の林に包まれていた。
「ううっ……」
しばらくして、少年を抱え込んだままの姿勢のウォリスが力なく頭を持ち
上げた。
「くそ……、マーナー大丈夫か?」
己の額の血を拭い、そう言ってウォリスは自分の下の少年に声をかけた。
「おいマーナー! 返事しろよ……」
頭からの出血もおびただしい少年は、彼の声に答える事は二度となかった。
「マーナアアアアッ!」
マーナー・ウォーレンスはリアナの弟であった。
弱冠一五才にしてDIL(電子生命)をはじめとする遺伝子処理系におい
て第一線級の実力を示す彼は、今まで誰も成し得なかった感情さえ持つ人工
知能の完成を遂げた事であろう。
401 :
竹紫:02/06/16 00:59 ID:Rqk1iyUr
「あいつが生きてれば、今頃いいDILが出来上がってるだろーな」
「そうね……」
遠くを見つめたようなウォリスの言葉に、圭子はうなずいた。
「そう言えば、リアナが新型機のAIを開発してたな……。弟の理論を引き
継いだのか?」
「そんな……。彼女、あの理論は弟の思い出と一緒に処分するって言ってた
わよ」
信じられないといった表情で圭子は否定した。
「へえ……、そんな事言ってたのか。あの事故以来、あいつ部屋にこもって
学校に来なくなっただろ? それからすぐにおれはあの街を引っ越したから
な、それ以来ずっと今まで音沙汰無しだ」
ウォリスは近寄ってきた清掃機のノズルを足を上げてかわした。
「彼女、弟思いだったからね……。でもあの後すぐに全てを振っ切ったって
顔で学校に戻ってきたわよ」
「おれもあれ以来気まずくてな、何度かあいつの家の前を素通りしたよ」
「そうなの……。彼女からも貴方の話を聞かなくなったから大体の事はわかっ
てたけど……」
「まあ、気の滅入る話はよそうや」圭子の肩を抱いて引き寄せ、
「ウォリスの謹慎と減俸処分祝いに、一杯付き合えよ」
「謹慎? 減俸?……あんた変わってないわ」
呆れた表情の圭子であった。
402 :
竹紫:02/06/16 01:00 ID:Rqk1iyUr
2
薄闇の自室で自らを空間に投影される映像の光に青白く染め、ウォリスは
キーボードを叩いていた。彼の見つめる画面には見慣れぬ機体の三面図が表
示され、その上に重なって無数の文字が表示されている。
謹慎処分の三日間に眼を通すようにと渡された、TH-32の詳細データであっ
た。
VTOL
「ロールスロイス製RH二五〇〇量子タービンジェット、……形態は垂直離
着陸。主武装は一二〇ミリレーザーにパルスビーム、マイクロミサイル、拡
散式バルカンに時空振動波砲、独立無線攻撃ビットにプラズマシールド。…
…おいおい、こりゃあ戦艦並の武装だぜ」
彼の言う通り、TH-32の武装は従来の戦闘機の範疇を遥かに超えていた。
それを一言で形容するには、「戦闘艦並の」という形容詞が必要であろう。
「これ程のビーム兵器や空間兵器のエネルギーはどっから調達するんだ?
せっかくの量子ラムジェットもこれじゃかなりの出力を持って行かれるぜ」
ウォリスはキーを叩いた。新たな情報が投影される。
「エナジープロダクター? 聞いた事無いシステムだが、これがエネルギー
を供給するらしいな」
エナジープロダクターとは、空間を伝わるエネルギー余波──陽光、爆風、
相互のビーム兵器等の機体内外から発生したエネルギーの余波──を吸収し
て自らのエネルギー源にするという、余剰エネルギーが大量発生する戦場に
おいて量子ラムジェットに次ぐ高効率を誇るエネルギー発生機関である。エ
ネルギー兵器用に量子ラムジェットを追加するよりも遥かに機体が軽量コン
パクトになる利点がある。
笑みすらこぼし尚もキーを叩く彼の表情は、AF02のコックピットに収
まっていた時のそれによく似ていた。
403 :
竹紫:02/06/16 01:02 ID:Rqk1iyUr
「なんだって? あの資料をもう読んだァ?」
深夜ウォリスからのコールで眠りを妨げられ、要件は何かと訊けば、TH-
32の資料を読破したから続きをよこせという。グースならずとも呆れたくな
る内容だった。
『これから寝てもまだ一日あるんだぜ。おれが資料を取りに出てもいいが、
見つかって処分が重くなったら意味ねーからな。……なっ、頼むよ』
モニターの向こうで揉み手したウォリスが言った。
「ったく、しょーがねーな。これ以上先の資料読んでどーすんの? TH-32
の分解組立でもやる気かよ」
『まあまあ、頼んだぜっ』
そう言った後、彼の姿はモニターから消えた。音声合成音が事務的な口調
で通話時間を告げた。
『テストパイロット、グース・岩村。……確認しました。現在基地施設内は
滞在時間規制中です。警告があった場合、速やかに退去して下さい』
「はいはい……。おれだって早く戻って寝たいよ」
声紋と掌紋、そして網膜のマルチスキャンを済ませたグースは、セキュリ
ティコンピュータの声に迎えられ、基地内に入りこんだ。
目的はウォリスに頼まれた資料を取りにである。
資料室へ向かう途中、彼は角を曲がってきた人影と鉢合わせした。
「きゃっ!」
「あっ、どーもすいません。脅かすつもりじゃあ……」
慌てて弁解するグースだったが、その相手はリアナだった。
「こちらこそごめんなさい。あら……貴方、ウォリスと同じ会社のパイロッ
トの」
「そうです。グース・岩村です。覚えていただいて光栄です」
大仰しい会釈でグースは答える。思わぬ人物との出逢いに、彼は見えざる
神に感謝した。この場合、その神はウォリスによく似ていた。
404 :
竹紫:02/06/16 01:02 ID:Rqk1iyUr
「同じプロジェクトの一員ですもの、当然の事よ」
「こんな夜遅くに仕事ですか?」
「えっ? ええ、そんなところね」
グースの問いにリアナは一瞬はっとした表情を作ったが、それもすぐに消
えた。
「自分もウォリスの奴に暇潰しの資料を取って来いって叩き起こされまして
ね」
「彼、謹慎中よね。おとなしくしてる?」
「ええ、戦闘機の資料を渡してありますから。珍しくおとなしいですよ」
「そう……、貴方たちが彼を監視してないと駄目よ」
「そうですよね」
「それじゃあ、わたしはこれで──」
時計に眼をやり、リアナは一礼してグースの脇を通り過ぎた。
「あのォ、……よかったらコーヒーでも……」
グースの呼び掛けに彼女は振り返り、
「ごめんなさい。また今度、ご一緒するわ」
もう一度頭を下げた彼女に対し、グースは同じ仕草で返した。
──引きが甘いかもな。
指を鳴らしながら彼が角を曲がると、その廊下の突き当たりの角に走り去
る男の姿があった。
「あれは……、確か川重のテストパイロットの……。こんな時間に何やって
んだ?」
そう呟いたとき、左手の壁に埋めこまれたドアが音もなくスライドした。
すぐにランプがグリーンからレッドに変わった。グースはドアに歩み寄りプ
レートを読み取った。
405 :
竹紫:02/06/16 01:03 ID:Rqk1iyUr
「メインデータルーム……。機密扱いの部屋だぜ、普通こんな所に入れない
ぞっ。あいつ、どーやって?」
男の消えた角まで走り寄ったグースだったが、その先には男の姿は既に無
かった。
406 :
竹紫:02/06/16 01:05 ID:Rqk1iyUr
3
エプロン
地下から白銀の機体がせり上がってきた。駐機場にはこれ一機以外の姿は
見えない。オレンジのストライプも鮮やかな優美さに満ちた機体は、その色
彩から自身がテスト機である事を如実に示している。
「やっとこさお出ましか。……可愛子ちゃん」
TH-32──
機首の下側に刻まれた機体名を指でなぞりながらウォリスが呟いた。
「ウォリス。言っておくが、タービンシャフトは取り外してある。乗っても
いいが、さすがの君でもエンジン無しで飛行できまい?」
彼の背後からヒックス開発主任が呼び掛けた。
「はいはい……。飛ぶときは自分で取り付けますよ」
「くっ……」
苦虫を噛み潰したような表情でヒックスは身を翻した。
407 :
竹紫:02/06/16 01:06 ID:Rqk1iyUr
上空から超音速で飛来した怪鳥は、そのまま地表すれすれで向きを変え、
急上昇した。残された赤茶けた大地は、さながらミサイル直撃の様相を呈し
ていた。
急上昇に移る直前まで、その翼は前進しV字を形作っていたが、今度は後
退して空気抵抗の増加を押さえている。
その間も怪鳥はみるみる上昇を続け、眼下に弧を描いた地平線を認められ
る闇の世界にまで達するのに、さほど時間は必要としなかった。
「空力限界高度まで、たった二二秒かよ……。たまんないねえ、可愛子ちゃ
ん」
加速を止めて慣性飛行を続けながら、ウォリスは感無量といった面持ちで
語った。
「イヤッホーッ!」やがて歓声を上げて急降下に移る。機体は瞬く間に炎に
包まれた。
地表すれすれに到達したTH-32は、大地の上を舐め取るかの様に飛行を続
けた。
すれすれではない、片方の翼端を地面に接触させている。接触面からは赤
い波飛沫の様に土が弾け飛んでいる。
「TH-32。与えられたテストメニューを実行して下さい」
大勢のスタッフが揃った管制室で、TH-32の飛行を見守っていた女性士官
が警告した。
「現在こっちのテストメニューをお食事中。どーぞ」
地表に対し斜めに傾いだ状態のコックピットで、薄青い液体に浸ったウォ
リスが返した。
「何やってんのよウォリス。皆見てるのよっ!」
小声で女性士官が怒鳴る。
『そう言うなよネーチャン。そっちこそ皆が見てるぜ』
「あのねえ、アルシアって名前があるのよ。何度言ったらわかるの?」
408 :
竹紫:02/06/16 01:07 ID:Rqk1iyUr
身を屈め、マイクと口を手で覆って女性士官──アルシアは声だけを潜め
て喚いた。
彼女はウォリスに初めて口を聞いてから一度も名前を呼んでもらえないの
であった。
「目茶苦茶だ……」
大型モニターに映し出されたウォリスの操るTH-32を見た誰かが言った。
その言葉をより確かなものにせんとTH-32は地表を乱れ飛んだ。
「あんな危険な高度でアクロバットしてどうなる? 早く止めさせろッ!」
舞う様に地上を行き来する機体を示し、ヒックスが叫んだ。
そんな管制室を一枚硝子で隔てた隣室に、飛行を終えたグラウが現れた。
猛烈な勢いで土を巻き上げるTH-32を見るや、
「あいつ、何を……?」
と、脱ぎ終えたヘルメットをテーブルに置く事さえ忘れて見入った。
彼の時折見せる旋回は、大気圏内において俄然有利な筈のAF02のそれ
に匹敵する事に、彼だけが気付いていた。
「これが仕上げだっ!」
ひとしきり曲芸飛行を楽しんだ後、巻き上がった土を吹き飛ばすようにメ
インノズルからプラズマ化した空気を吐き出し、ウォリスは高度を上げた。
しばし見入っていたアルシアだが、不意にはっとした表情で、
「五番モニターを見て!」
と目立たぬ位置にある人工衛星からの映像を映し出すモニターを指差した。
飛行するTH-32の更に下方、赤い大地に巨大な不死鳥の姿が刻まれていた。
ウォリスが機体の翼で描いた絵であった。
それがプロジェクトのシンボルマークである事は居合わせた全員の知ると
ころであったが、その不死鳥は地球のナスカ高原に刻まれたものである事を
知るのはデザイナーのみであり、描き手さえも思いもよらぬ事実だった。
409 :
竹紫:02/06/16 01:09 ID:Rqk1iyUr
「ふざけた真似を……」
不死鳥が浮かび上がった紅いキャンバスを映すモニターを見上げ、グラウ
は吐き捨てるように呟いた。
410 :
竹紫:02/06/16 01:10 ID:Rqk1iyUr
「どうだウォリス。我が社の自信作は?」
キタイ
危殆なフライトを終えワイヤーを伝ってコックピットの高みから降り立っ
たウォリスを待ち構えていたのは、ヒックスの自信に満ちた言葉だった。
「ああ。いー感じだ」
気密式のグローブをスーツの袖口から引きはがしつつウォリスは答えた。
「まったく、無茶をしおって。まあ相手方には機体性能をアピールする良い
結果になったが、くれぐれも機体を危険にさらす真似は避けてもらおうか」
喜びと困惑が入り交じった複雑な表情のヒックスの言葉が返る。
「軽量化と空力の最適化で最高速はAF02に引けは取らないな。……しか
し、大気圏内であれだけの速度を出して機体に焦げ後一つ付いていない。耐
熱構造はどーなって──」
機体に触れながらTH-32の耐熱構造について訊ねたウォリスであったが、
その指先から伝わる異様な感触に思わず手を引っ込めてしまった。
「熱いどころか痛い、だったろう?」嘲たふうなヒックスの問いに、彼は指
先の無事を確かめながらうなずいた。
「新規に改良された、超磁力耐熱処理と特殊散温塗装の威力だ」
「聞いた事あるよーな無いよーな名前だな」
「良く見ておけ」
進み出たヒックスは薄く笑いながら胸元からライターを取り出して腕を伸
ばし、機体表面をあぶり始めた。
「──この通りだ」たっぷり三〇秒もあぶり、ヒックスは炎が触れていた場
所に手をあてて背後のウォリスに首だけを向けた。
「……熱くないのか?」
「大気圏内で機体表面に発生する熱源は、主に大気との摩擦熱だ。超磁力耐
熱処理は原子の活動を低下させ、同時に摩擦を極端に少なくする。
原子活動が低下した機体表面は常温でマイナス一四〇度以下になっている
のだ」ここでヒックスは咳払いをし、
411 :
竹紫:02/06/16 01:11 ID:Rqk1iyUr
「そして特殊散温塗装は機体表面の熱を塗装面全体に分散させる」
と語った。
「へえ……」
「ライターの熱は多くが空気中に放射され、残った熱は機体の塗装面全体に
均一に広がってしまったのだ」
「たいしたもんだ」
ウォリスは熱いどころか冷気を発する機体に皮膚が張り付かない程度で二、
三度手を触れた。
「TH-11に代表される大気圏内外往来型航空機はメンテナンスフリーで三〇
〇回前後の大気圏突入が可能だが、TH-32はほぼ無限に大気圏突入や極超音
速飛行が可能だ。……その耐熱性の高さはレーザーの直撃にも約二秒耐えう
ると言えば良くわかる筈だ」
大学教授張りの講義が終わり、感心しきったウォリスの表情を見ようと振
り返ったヒックスだが、生徒の姿は既に無かった。
412 :
竹紫:02/06/16 01:12 ID:Rqk1iyUr
「ごくろうさん」
僚友二人に迎えられ、ウォリスはヘルメットを脱いだ。
「サンキュー」
差し出されたタオルを受け取り、額の汗を拭う。
「三日後からは同時テストも始まる。僕達の機体はα-1で区別されるそうだ」
ケイスがあらかじめ用意してあったコークの紙パックを差し出した。
「向こうのはなんてんだ?」
ウォリスがストローを差し込むと、パックの圧力が抜け飲み手の喉の渇き
を癒すべく瞬時に飲み頃の温度に冷えた。
「向こうはΩ-1」
ギリシャ文字で言うところのAとZを充てたコールネームは、競合試作機
である両機の素性を示唆していた。
「ピンとキリか……。ぴったりのネーミングだ」
「しかし初っ端から凄いパフォーマンスを見せてくれたな。おれにはとても
真似できないよ」
「謹慎中に機体の運動性能表を見て思い付いたんだ。どこぞの野郎が飛行機
雲で絵を書いた事があるそーじゃねーか。そいつに対抗したんだ」
グースの言葉にウインクを送りながら彼は答えた。
413 :
竹紫:02/06/16 01:14 ID:Rqk1iyUr
夕日が赤く差し込む室内で、窓の外を眺める男が、紅の幻惑から逃れるか
のごとく振り返った。部屋の中央付近──男とデスクを挟んでもう一人の男
の姿がある。
「ヒックス・イエーガー、君のチームは何かと問題が多い様だな?」
窓際の男──カーマインが訊いた。
「申し訳ございません……、すべてはあの男の責任です。彼は私の監督範囲
を脱しています」
ヒックスは深々と頭を下げた。
「その様だな……。何故あんな問題児がこの重要なプロジェクトに参加して
いる」
「彼……ウォリス・クレファルトの機体操縦センスは他のパイロットを圧倒
しています。もちろん後の二人も優秀ですが、彼無しでは我が社の機体性能
をアピールできません」
「次世代機の能力を発揮させるには次世代のパイロットが必要……というこ
とか」カーマインは再び赤い風景に眼を移した。
「私は元パイロットだが、あの二機は実に見事な出来と言える。それをどち
らか一方にせよという上層部の考えが今一つ理解できん」
「はあ……」
「私は公正な立場でこのプロジェクトを管理する。くれぐれもその優秀なパ
イロットのお陰で失敗しない事だな。……以上だ」
カーマインの言葉に、最敬礼でヒックスは答えた。
ヒックスが部屋を後にしてすぐに、大島が入れ代わりで姿を現した。
414 :
竹紫:02/06/16 01:15 ID:Rqk1iyUr
周囲が夜の闇と静寂に包まれた広大な屋外駐機場で、小さな火が灯ってい
た。
中型貨物機の翼の下で、マグネシウムランタンの明かりを囲んで三人の男
が酒を酌み交わしていた。
EB社のテストパイロット三人組であった。
「なあ、知ってるか? ウォリス」
ケイスが氷の詰まったグラスを置いて訊いた。
「何を?」
「最近新型機に関する機密情報が持ち出されてるって話さ」
「?」
「何でも敵か、別のメーカーのスパイが紛れ込んでるらしい」
「なんだってェ!?」ケイスの言葉に、思わず立ち上がったのはグースだった。
「パイロットにでさえ直前まで機体の詳細説明を伏せる程機密保持に力を入
れているのに……。それがフォースの仕業だったら、こんなプロジェクト、
すぐに潰されるぞっ!」
グースの怒声に、ケイスがうなずいた。
フォースの恐るべき能力のひとつに、『寄生』がある。フォースは自らの
肉体から微細な細胞片を放出し、目的の生物の体内に埋めこむ事ができる。
フォース細胞の侵入を受けた生物はフォースの手足のように活動し、情報収
集にあたる。このような習性を持つフォース細胞は『パラサイト』と呼ばれ、
惑星生命体の最も警戒すべき戦術の一つとされている。
フォースとの交戦中に拉致、もしくは機動兵器や宇宙船内部に細胞の侵入
を受けて寄生されるケースは僅かながらも見られ、機密作戦の漏洩によると
しか思えない不可解な失敗等から既に相当数の人間がフォースの一部となっ
ていると予想されている。
415 :
竹紫:02/06/16 01:17 ID:Rqk1iyUr
寄生された人間はフォース細胞が要求する多量の蛋白物質を摂取する事以
外は特に変化が無く、医学的精密検査以外での発見を難しくしている。度を
超えた蛋白物質の要求に耐え切れず、他の人間を襲って殺害、吸収する性質
が備わるため、民間人にとっても極めて危険な存在である。
「軍がどーなろうと知った事じゃないが……、プロジェクトが中止になった
ら困るな」
既に四つ目のカクテルの紙パックに手を伸ばし、ウォリスが言った。
「おれは夜中、基地のメインデータルームから出てきた川重のテストパイロッ
トを見た……あの部屋に入れればTH-32もAF02の情報も簡単に引き出せ
る」
とグース。
「まさか、あのオリギアって奴。取り憑かれてるのかい?」
怪訝そうな顔つきでケイスが言う。
「パラサイトの仕業なら、とっくにプロジェクトは潰されてるよ」
そう言ってウォリスは紙パックの封を開けた。
マリオネット
「データが外部に出れば、『犠牲者』にいずれ渡る可能性がある。
この話は上に伝わってるのか?」
ケイスの隣に座り込んだグースが訊く。対するウォリスは横になったまま
グラスに開けたカクテルをチビチビやっている。
416 :
竹紫:02/06/16 01:18 ID:Rqk1iyUr
「ここでデータチェックをやってる友人に聞いた。ばれたらクビだってビビっ
てたから、彼から人に話す事はないだろうさ」
ケイスが答えた。
「プロジェクト成功のために、おれたちが独自に調査しようぜ」
ケイスの肩を叩き、グースが言った。いつもの彼には珍しい熱の入り様だっ
た。
彼の言葉を聞いたウォリスは身を起こしてグラスを持ち上げて、
「おれもいいぜ。TH-32にも乗りたいし、プロジェクトでグラウの野郎をぐ
うの音も出せねえくらいに出し抜いてやりたいしな」
と宣言した。
417 :
竹紫:02/06/16 01:19 ID:Rqk1iyUr
闇が支配する荒野の一本道を一台のスポーツカーが駆け抜けている。
水素ロータリーエンジンのエキゾーストノートが低く響く室内では、その
存在すら明確ではないスピーカーがささやくかの如く静かなメロディー奏で
ている。
「ごめんなさいね。突然誘ったりして……」
助手席でリアナが思い出したように言った。
「構わないよ。技術学校時代も君はそうだった」
右手はステアリングに、左手をスロットルレバー乗せたグラウが小さく微
笑んだ。
「随分遠くまで来たわね」
「ああ、後一五分もすれば着く」
グラウがそう言ってからほどなくして、闇の荒野に淡い輝きを二人は見た。
リアナはグラウの目的地を看破し、
「自然公園ね」
と笑みを返した。
「以前飛行中にみかけた。……穴場といった所だな」
自然公園とは、惑星クロノス緑化計画の一端として人工の水源と繁殖力の
強い植物を設けた区画の事で、普通はある程度設備が整い、惑星住民の憩い
の場として開放されている。夜間ライトアップされた公園は、絶好のデート
スポットと言えよう。
「貸し切りだな……」
がら空きの駐車場に車を乗り入れたグラウの口から、そんな言葉が漏れた。
車を離れた二人は散策路を辿り、人工湖のほとりに立った。
「静かね……」
虫達の奏でる鈴の音がだけがかすかに響く水辺で、そう言ってリアナは小
さく深呼吸した。
418 :
竹紫:02/06/16 01:20 ID:Rqk1iyUr
「思った以上にいい処だ」
リアナの傍らでグラウが言った。
「──プロジェクト、うまく進んでる?」
しばし湖面に映る小さな波の輝きに見とれていたふうの二人だったが、沈
黙に急かされた様にリアナが口を開いた。
「テスト開始までは自分たちの成功を確信していた……」
「今は……?」
「正直、その自信が揺らいでいる」
「……どうして?」
「君の知っている男のせいだ」
「そうなの……。彼、昔からパイロットに憧れていたわ」
複雑な表情での彼女。
「おれだって同じさ。プロジェクト成功を譲るつもりはない」グラウは足元
の小石を拾い、湖面へ向けてアンダースローで放った。
三度、四度と小石は水面を跳ねる。
「リアナ。プロジェクトが成功したら、君に聞いてもらいたい話がある」
「えっ?」
水面を跳ねる小石を追っていたリアナの視線が、はっとグラウに向いた。
同時に彼の方に向き直る。
「そのためにおれは全力で奴と闘う。──奴には決して渡さない。プロジェ
クトも、そして……」
最後まで言わず、彼はリアナを抱きしめた。グラウの腕の中で彼女は当惑
した。グラウとの交際ははや五年にもなろうか。互いの仕事が忙しく、夢中
になるうちに愛を語ることさえ忘れていた。
──グラウ……貴方の言葉、すごく嬉しい。……でもわたし、戸惑ってい
る。
419 :
竹紫:02/06/16 01:21 ID:Rqk1iyUr
一人の男の姿が脳裡を過る。
──ウォリス……彼のことはとうに忘れたつもりだった。彼の記憶を拭い
去る愛しい存在感を持つ男に今こうして抱かれてもいる……。それなのに、
何故?
やがてグラウの包容に熱い波動を感じリアナは自分の答えを強く望んでい
るグラウに気付いた。
チュウチョ
──躊躇するから、迷っているからわたしはいつも独りなんだわ!
「……そのときまで待つわ。わたしはもう、独りは嫌……」
その言葉に潜む僅かなためらいにも似た戸惑いにグラウは気付いたが、単
なる思い過しと処理した。虫達の囁きに乗せて、水面に映る溶け合った二人
の姿が静かに揺れる──。
420 :
竹紫:02/06/16 01:23 ID:Rqk1iyUr
4
青空を切り裂くようにミサイル群が色とりどりの尾を引いて迫りくる。
ストライプのオレンジがきらめく機体が大きく旋回してミサイル達を引き
寄せる。
「うわあああっ!」
AGLに包まれたケイスが叫びを上げた。高空を飛行中のTH-32にミサイ
ルが直撃し、大きく機体が揺らぐ。各所のバーニアノズルが青白い炎を吐き、
機体を安定させる。
ある程度は回避したものの内二発が機体に命中、被弾箇所には赤いペイン
トマーカーがべっとりとこびりついた。
やがてコックピットの空間に四角い枠が浮かび上がり、その中に人影が見
て取れた。
『どうした、ケイス君。君なら今の攻撃、処理できる筈だぞ』
影はヒックス主任の形で言った。
「申し訳ありません」
操縦桿を握りなおしてケイスが頭を下げた。
421 :
竹紫:02/06/16 01:24 ID:Rqk1iyUr
「くっそぉ、まだ見えてこねえ」
TH-32の遥か後方を飛行中のTH-11。振動に包まれたコックピットでウォ
リスが声を上げる。
『毎度まいどTH-11でTH-32の追跡調査するのには無理があるよ。テスト
が終わる前に分解するんじゃないの?』
ウォリスの背後で空気の壁をしのぐグース機が答えた。
「おい、そろそろ交代しろよ。こっちが恐くなってきたぜ」
PIYYYYY、PIYYYYYYYY
ウォリスの言葉に警報シグナルが答えた。
「なんだぁ!?」
『ミサイルだ、ハイマニューバが三四発接近!』
グースの声がウォリスの驚きに重なった。
『現在接近中のミサイルはα-1が回避した模擬弾です。命中しても危険はあ
りません』
アルシアの声が二人に届いた。
「それならどうーしようがおれの勝手だな。グラウの野郎に避けられて、お
れにできねえ筈が無いっ」
ウォリス機は一気に急上昇開始、ミサイル回避行動を取った。
「ウォリス、無茶な機動はやめろ!」
速度を落として素直にミサイルを受け止める体勢に入ったグースが言う。
その間に新たな目標を捉えたハイマニューバミサイル達は二手に分かれて
それぞれの目標に鼻先を向けた。
上昇を続けるウォリス機を狙う一七発のミサイルは後方を追跡する一団と、
上方へ先回りしてTH-11の攻撃死角位置からの接近を行う二つの団体に分か
れて行動を開始する。
「追い付いてきたなァ。──そらっ!」
気合一閃、ウォリスを乗せた機体は着陸体勢に入った。
422 :
竹紫:02/06/16 01:25 ID:Rqk1iyUr
しかし、ここは高度五二マイル(約八五〇〇〇メートル)、降りるべき場
所はない。それでもなお機体はウォリスに従う。ランディングギアダウン、
フル・フラップダウン状態になったTH-11は発生した揚力に対して機首を上
げ、竿立ち状態になった。
急上昇からの竿立ちへの激しいGと無理な機動に対する警告音に包まれな
がら、しかしウォリスは正確に次の操作を行っていた。
ゴーアラウンド
「着陸復行!」
着陸形態をキャンセルし、一気に操縦桿を引いたウォリスの入力に反応し
たTH-11は急反転して後方のミサイル群と相対した。
「もらった!」
同時に右側のロケットブースターを切り離して操縦桿のセーフティカバー
を跳ね上げる。
主の元から飛び出したブースターは螺旋を描いてミサイル群に突入した。
そこをバルカンの火線が貫く。
ブースターの燃料に引火して大爆発が起こり、ミサイル群は回避する隙も
なく爆炎に包まれて姿を消した。
一方、片方のブースターを失ったウォリス機は異常な軌道を描いてUター
ン状態に入った。
彼はそのターンを利用してミサイル第二群を迎え撃つつもりか?
ウォリスはタイミングを先読みしてスロットルと操縦桿を引いた。
「なにっ!?」
回り続けている……。彼の機体は彼の意志とは無関係にスピンを続けてい
た。
「エンジンが止まっているっ!?」
フェイルセーフ
機体保護機構の働きでエンジンが停止したのは彼最大の誤算であった。
慌ててスロットルを閉じてイグニッションスイッチに手を触れる。
……始動しない。
423 :
竹紫:02/06/16 01:26 ID:Rqk1iyUr
ミサイル命中の振動が響くコックピットでウォリスはもう一度スイッチに
触れた。
……動かない。
メインモニターに映る警告表示に眼をやり、ウォリスはスイッチに拳を打
ち付けた。
ブースターだけは火を噴き、真っ赤に染まったTH-11は奇妙な螺旋を描い
て高度を急速に下げていた。
「メイデー、メイデー。こちらα-U、スピンから回復できないっ!」
『こちら管制室、状況を報告せよ!』
ウォリスの救難信号にアルシアが答えた。
チャンバー
「圧力室の圧力が漏れている。エンジンが始動できない」
「どうしたウォリス!?」
グース機が身を翻し、ウォリスの機体に向けて加速する。
『機体にクラックが入ったらしい。……墜落だな』
「脱出できるか?」
『多分な……。だがなんとか立て直してみる』
「余計なことを考えずに脱出しろ、ケイスがすぐに拾いに来る」
墜落するウォリス機の周囲をグース機が旋回する。どちらも真っ赤に染ま
り、さながら血糊を浴びた様にすら見える。
『ウォリス! 今度は何をやらかした?』
ヒックスからの通信が入った。
「別に。……墜落してるだけさ」
『貴様、この時期に戦わずに貴重な戦闘機を潰してどうする?』
「だから、なんとかやってる!」
424 :
竹紫:02/06/16 01:27 ID:Rqk1iyUr
「高度五〇〇〇〇(約一五〇〇〇メートル)、超えました!」
管制室でアルシアの声が響く。
『何があったかと思えば……、新しい遊びか?』
グラウの声と共に、レーダーに突如AF02の機影が表示された。彼は別
空域でテスト中だったのだが、騒ぎを聞いてステルス状態のままで駆けつけ
た様だった。
「ほっとけ!」
残りのブースターを切り離し、操縦桿とペダルのみで機を立て直そうと奮
闘中のウォリスが言う。
バーニアでスピンから回復したものの、TH-11は大気圏内外往来型航空機、
大気圏内では最低限度の翼とエンジン出力で揚力を得ているため、自力での
滑空はほとんど不可能に近い。エンジンに点火しなければ、帰還はおろか不
時着さえも万に一つもできそうに無かった。
『ウォリス、素直に脱出したらどうかな?』
「こいつはおれの機体だ。おれが乗っていながらむざむざ潰す訳にはいかね
え!」
グラウの超然たる言葉に、ウォリスは腕を組み眼を閉じた状態で言い返す。
「ウォリス、もういい。脱出してくれ!」
グースが必死の声を上げる。
『高度二五〇〇〇。これ以上は危険です!』
「どうしたウォリス。なんとかしてみろっ!」
パネル上のマイクを持ち上げ、挑戦的な口調でヒックスが言う。
「主任!」
アルシアが唖然として彼を見上げた。
『こちらα-1。カナードが降りない、現在の速度では到達まで三分。オー
バー!』
「三分──それじゃあウォリスは地面とキッスだ。ウォリス、早く脱出して
くれっ!」
425 :
竹紫:02/06/16 01:29 ID:Rqk1iyUr
グースは左拳を太股に叩き付けた。ウォリスの性格は熟知している。彼が
そう言った以上、死んでも実行するだろう。確率ゼロに等しいギャンブルで
あっても──
しかし、彼はこれまでも危険から生還した。
フリーフォール
──高度二七〇〇〇〇からの自由落下から不時着なんて聞いたこともない!
この機体では支えてやる事もできない。……ウォリス、頼む!
グースの悲痛とも言える心の叫びは、果たして、ウォリスには届かなかった。
『高度二〇〇〇〇……。あまり時間が無いぞ』
同じく旋回中のグラウ機の通信が入った。
「そうだ! Ω-1、その機体ならウォリスを支えて着陸できる」
拳を打ち鳴らし、歓喜の表情でグースが呼び掛けた。AF02の桁外れの
エンジン性能であれば戦闘機一機を背負って飛行するなど造作もない事であ
ろう。彼の提案はこの場において最も適切と言えた。
『どういうことかな? IWAMURA君』
「どういうって、ウォリスを助けてやって欲しいんだよ!」
グラウの無感情とも言える返答を聞き、グースは困惑の表情で返した。
『彼は自力で復帰すると言っている。そうさせてやればいいだろう』
「そんな馬鹿な──仲間を見殺しにする気かっ!」
「高度一五〇〇〇! 危険ですっ!」
アルシアが声を上げた。管制室のメインモニターは側面レーダー映像に切
り替わり、ウォリス機と地表との位置を正確に指し示し、全員が固唾を飲ん
でそれを見守っていた。
「ウォリスッ! 脱出してくれっ」
グースが叫ぶ。
426 :
竹紫:02/06/16 01:30 ID:Rqk1iyUr
『今バーニアのプログラムを変更している。バーニアを無制限に逆噴射させ
て軟着陸させる。……まあ見てな』
『名案だな、やってみせろ』
ウォリスの計画を聞き、笑いを含んだグラウの声が耳に届いた。
「一〇〇〇〇を突破! イエーガー主任、良いのですかっ!?」
「……」
アルシアの言葉に沈黙を送るヒックス。その一方、管制室には方々でざわ
めきが巻き起こりつつあった。これは明らかに事故である。その対処が、被
害者の意志に任せるでは、あまりに異常ともとれる主任の判断であった。
「九〇〇〇……八〇〇〇……墜落だっ! 救護班をっ!」
ざわめきの中、誰かが声を上げる。
フカン
メインモニターには地上面とウォリス機との俯瞰図がCGで描かれている。
地上のディテールは先程までとは比較にならない程精密なものに変わり、激
突の瞬間をより正確に映し出そうとするコンピュータの氷の意志が見て取れ
た。
「六五〇〇……六〇〇〇。主任!」
ヒックスの表情に変化はない。ただ、アルシアは丁度自分の眼の高さ迄上
げられた彼の打ち震える右拳に気付いた。
『ハッハッハ……。ウォリス、プログラムはできたか? 地上はすぐそこだ
ぞ』
嘲るようなグラウの声が響く中、ウォリスは必死にキーボードを叩いてい
た。
──もうできる。……見てやがれ、グラウッ!
高空では赤いだけにしか見えなかった地上は、それ以外の巨大な岩塊の輪
郭や陰影をその色彩に加えつつあった。
427 :
竹紫:02/06/16 01:31 ID:Rqk1iyUr
「残り四五〇〇フィート。ウォリス! 無理だ。機体を傷付けずに降りるな
んて出来っこないっ!」
グースの必死の叫びもウォリスの意志を撤回するに至らない。バーニア噴
射による減速を行っても、機体はかなりの速度で地表に激突する。もし燃料
の反物質が他の物質と反応してしまえば、周囲百キロは跡形もなく吹き飛ぶ。
──対艦ミサイル数発分の爆発力である。
対消滅燃料を搭載する航空機はそれ自体が悪魔的破壊力を持つ強力な爆弾
なのだ。
「三五〇〇、三〇〇〇……二五〇〇! 周囲に民間人は?」
対消滅機が高度二五〇〇フィート(約七六〇メートル)を過ぎて未だ墜落
状態。管制室は蜂の巣をつついた様な状況である。
「一五〇〇……一〇〇〇……九〇〇、八〇〇、七〇〇……」
「イエーガー主任っ!」
アルシアの声はヒックスには届かない。
「五〇〇、四〇〇……」
だが、場の雰囲気に耐えかねたようにヒックスはマイクを取った。
「Ω-1、α-Uを救助せよ」
『こちらΩ-1、彼は自力で復帰すると……』
グラウの声が返る。
「命令だ」
『……ラジャー』
計器を睨み、噴射の瞬間の一瞬に精神を集中させていたウォリスだが、突
如衝撃が襲い、続いて浮揚感を感じて驚愕した。
「グラウッ!?」ニアミス警報を聞くまでもなく、足元のモニターに濃紺の機
体を認め、ウォリスは驚きの声を上げた。
「何のつもりだ? 頼んだ覚えはないぜ」
『頼まれてもやるつもりはなかった。命令だよ』
疲れたようなグラウの声をウォリスは聞いた。
428 :
竹紫:02/06/16 01:34 ID:Rqk1iyUr
その頃、管制室は大きな安堵に包まれていた。画面が示した最終高度は地
上九二フィート(約二八メートル)だった。
「ひとつ頼みがある……」
沈鬱な声音でウォリスが言った。
『何だ? 内容によっては聞いてやるが』
同じ声音でグラウが返す。
葬儀の場を想わせるトーンでの会話であった。
「いつまでおぶってる? さっさと降ろせ」
『フッ……了解だ』
大きく傾いだウォリスに、やや遅れて大きな衝撃が伝わった。彼を取り巻
くモニターの幾つかはノイズだけを映し、周囲には美しいスパークが飛び交っ
ていた。TH-11は外見上さしたる破損箇所は見受けられなかったが、その銀
の左主翼は誰の眼にも大きく折れ曲がって見えた。
やがてキャノピーと機体の接触面が小さく火を噴き、その炎の熱に耐えか
ねた様にキャノピーが宙を舞った。
ウォリスはハーネスを解いて立ち上がり、ヘルメットを脱ぎ捨てた。同時
に彼を迎えた赤い砂埃を左手で遮る。
無言で地面に飛び降り、機体に背を預けて座り込んだ。
赤い埃にまみれた機体を撫でながら、彼は呟く。
「悪いな、壊しちまって……」
429 :
竹紫:02/06/16 01:34 ID:Rqk1iyUr
5
「あれ? ウォーレンス……さん、どうしてこんな所へ?」
二日後である。
パイロット控え室に姿を現したリアナを認め、ケイスと談笑していたグー
スが訊いた。
「ウォリス……いるかしら。フライトはまだの筈よね?」
「ああ、彼ならそのドアの向こうだよ」
「ありがとう」
にこりと会釈をし、彼女はグースの指差したドアに歩みを進めた。
女性のヌードグラビアが無造作に張り付けられたドアの前に立ち止まり、
オープナー
開閉装置に手を触れた。
「ウォリス……きゃあっ!」
小さく叫んでリアナは開いたドアの前から飛び退き、横の壁に背を張り付
けた。ドアを開けた途端に彼女に眼に飛び込んだのは、トランクス一丁でパ
イロットスーツに足を突っ込むウォリスの姿だった。
「何だよリアナ。見たけりゃ見てもいいぜ」
「冗談よして。着替えなら着替えって言ってよ。もお……」
「はあ? いちいちおれはリアナお嬢様にやる事を報告するのかァ?」
「早く着替えてよぉ」
リアナはウォリスに背を向けたまま開いたドアを隔てたオープナーに手を
伸ばした。
「きゃっ!」
430 :
竹紫:02/06/16 01:35 ID:Rqk1iyUr
しかし次の瞬間背後から腰に手を回され、室内に引き込まれた。すぐにド
アも閉じる。
「ごゆっくり〜」
その光景を眼にし、グースとケイスはにこやかに手を振った。
「ちょっとウォリス、気は確か?」
リアナは彼の腕を振り解いた。彼に背を向ける事は怠らない。
「何言ってんだ。そんな仲じゃねーだろ? ここで待ってろ」
「もお、信じられないっ」
背を向けたまま彼女はそっぽを向いた。
「で、おれに何の用だあ?」
「……えっと、あなた、明日誕生日でしょ?」
「よく知ってんなあ。もしかしておれのファン?」
それまでおとなしくスーツを着込んでいたウォリスだったが、そう言って
彼女の肩越しに手を回した。
「昔イヤってほど祝わされたわよ」リアナは又もそれを振り解いた。
「わたし、当日都合悪いから今日あなたに渡すわ」
「プレゼントか、いいねえ。お前なら貰っとくぜ」
「冗談。……これよ」
リアナは右手を上げた。その先ではHMDが揺れていた。二インチ四方の
樹脂製カバー内には三〇Tバイトの容量を持つ光ディスクが居座っている。
「何だそりゃ?」
手に取ってしげしげと見つめるウォリスだったが、外見からは無論中の情
報は読み取れなかった。
「中にあるプログラムが入ってるわ。それをわたしだと思って使って」
「これがお前?……もしかしてAIシステムってんじゃないだろうな?」
431 :
竹紫:02/06/16 01:39 ID:Rqk1iyUr
「うふふ、当たりよ」
「完成したのか?」
「大元はね。後は使用者とのマッチング……、明日には機体に組み込まれて
動作テストが行われるわ」
「へえ……。これがねえ……」ウォリスは更に用心深くHMDに見入った。
天井のライトに透かしてもみる。
「どうやって使うんだ?」
シードフリーズ デコーディング
「種子圧縮が掛かってるから、 解凍 して実行して」
大規模化複雑化を続けるデジタルデータは今日の大容量メディアを以って
してもその手に余る。数々のデータ圧縮技術の中でもシードフリーズはとり
わけ優秀な効果を示す。データを微小な状態へと簡略化しデータの種とする。
デコーディングの際は植物の種子が発芽生育するかのプロセスを経、時間を
かけて成長し本来のデータに復帰するという。
「シードフリーズぅ? そんな大層な圧縮掛けてHMD一枚丸々かあ……」
みたびディスクをひねくるウォリス。
「ある程度学習させてあるからね」
「……サンキュー、ありがたく使わせてもらうぜ。オ・マ・エ☆だと思って
な」
彼女の耳元にそう囁いた。
「馬鹿……」
ウォリスは薄く笑ってHMDをスーツの胸ポケットにしまい、リアナの肩
に手を添えて振り向かせ、
「なあ、ついでにもうひとつプレゼントしてくれよ」
「えっ?」
反射的に眼を閉じるリアナ。
432 :
竹紫:02/06/16 01:39 ID:Rqk1iyUr
「昔、おれがパイロットになったら、飛行機をバックにお前と記念写真を撮
るってさ……」
「……覚えてるわ。……まさか、それを今?」
薄く眼を開けて言った。
「当たりだ」
ウォリスは親指を立てて彼女にウインクした。手近なロッカーを開けてパ
イロットスーツを放り、
「これを着てついて来いよ」
「でも……まずいわよ」
「いいからっ」
そう言って彼女の上着の前ボタンに手を伸ばしたが、途端に平手打ちを食
らって慌てて引っ込めた。
「着替えるから外で待っててよ、そ・と・で」
幼児に言い聞かせるようにウォリスにそう告げ、ドアを開けて外に押し出
した。
「へ〜い。待ってまーす」
最敬礼で彼は答えた。
「ドアも閉めてっ!」
「無念……」
彼女の姿はドアの向こうに消え、代わりにヌードモデルが彼を迎えた。
「お前は見飽きた」
グラビアを指で弾き、ウォリスはグース達の元へ向かった。
「おい、彼女は?」
迎えたグースが訊いた。
「中でお着替え」
「はあ?」
「なあ、彼女とα-1をバックに一枚撮りたいんだ。どっちか彼女と代わって
くんない?」
その言葉を聞くなりグースとケイスは顔を見合わせた。
433 :
竹紫:02/06/16 01:40 ID:Rqk1iyUr
「フッ。行って来いよ、ウォリス」
その役を苦笑まじりのケイスが引き受けた。
エプロンに三人のパイロットスーツ姿が現れた。
ウォリス、グース、それにリアナである。ウォリスを除く後の二人はヘル
メットを被りバイザーを降ろしている。
本日はAF02を交えて市街戦の戦闘テストを行う。白銀とオレンジの機
体は整備を済ませ、エンジンは低いうなりを上げていた。
「今日は何です? 記念撮影ですか?」
ウォリスの手にデジタルカメラを認め、整備員の一人が声をかけた。
「ああ、記念すべき機体だからな」
平静を装ってウォリスがさらりと言う。
「そうですか。エンジン、暖気終わってますからいつでも飛び立てます」
「サンキュー」
発進前を控え、整備員は全員ガラスを隔てた隣室に待避している。行動を
起こすには絶好のチャンスである。
付近に人気が無いのを確かめ、二人はヘルメットを取った。整備員の待避
所からは人相を見分ける事はできない。計算済みであった。
「やっぱりまずいわよ……。見つかったらどうするの?」
「いーからいーから」
ウォリスはグースにカメラを手渡し、リアナの手を引いて立ち位置を探し
始めた。
「この辺でいいかあ?」
「いいねえ、戦闘機は斜め前からの位置が最高だね」ファインダーを覗きつ
つグースが親指を立てた。
「用意はいいかい?」
「オッケー」
ウォリスはリアナの肩を抱いて引き寄せた。
434 :
竹紫:02/06/16 01:40 ID:Rqk1iyUr
「──はい、チーズッ!」
レンズ脇の赤いライトが点灯し、シャッターが降りた事を被写体に示した。
レンズを通した映像は数百千万画素のデジタルデータに変換され、ビットイ
メージを変更して良好な露出を得た。フラッシュを焚かずとも周囲の色彩を
強調または減退し、鮮明な画像を得るデジタルカメラの威力である。
「おい、イエーガーだ。イエーガーがこっちに来るぞ!」
何度目かの赤いライトが灯った頃、グースが二人の背後を指差した。
「なにぃ!?」
ウォリスがその方を振り返る。窓ガラスの向こう、エプロンに続く廊下を
進むヒックス主任の姿が確かにあった。
「まずいぞ、どーする?」
グースが頼りない声を上げた。社外の人間を機体に近付けた事が判明すれ
ば、何らかの処分が下る事は明白だ。
「……くそっ。リアナ、こいつに乗れ!」
「ええっ!?」
ウォリスはコックピット下方のプレートを開け、中のスイッチを押した。
機体後部座席のキャノピーが圧搾音と共に横に跳ね上がり、流体金属製のラ
ダーがうねる蛇の様に地に伸びた。
「ばれたら上からどやされるぞっ!」
「でも……」
ウォリスは素早く向こう側の前席用のラダーを伝ってコックピットに滑り
込んだ。搭乗の邪魔にならないよう下に降りていたカナード前翼が跳ね上が
る。
「早く、リアナ。後は僕がうまくやっておくよ」
グースに後押しされ、リアナは渋々ラダーに手をかけた。
435 :
竹紫:02/06/16 01:41 ID:Rqk1iyUr
「座ったらバイザーを閉じて後に垂れてるチューブをメットに繋げ」
「は、はい……」
乗り込むなりウォリスに言われ、渋々リアナは従った。
やがてキャノピーが閉じ、足元からA・Gリキッドが注入され始める。く
るぶしがAGLに浸かった辺りで気がついたリアナが驚きの声を上げた。
「何よコレ、水?」
「水じゃねえ、アンチグラビティリキッド。こいつがないと加速Gで失神だ
ぜ」
耳元のコミューターを通してウォリスの声が届き、リアナは胸を撫で降ろ
した。その間も見る間に水位は上がり、一分も待たずにコックピットは青い
ミズゾコ
水底 と化した。
『クレファルトさん、今回は二人ですか? 聞いてませんよ』
やがて、整備員からの通信が入った。
「ま、まあな……火器管制のテストもあるからな」
『そうですかぁ?……おかしいなぁ』
「まあ、いいから、そー悩むな。切るぜ」
『あっ、クレファルトさ……』
ウォリスは回線を切った。
436 :
竹紫:02/06/16 01:42 ID:Rqk1iyUr
「ちょっと、どーなるの?」
「記念撮影が初飛行になったな」
エンジン出力を上げてTH-32はゆっくりとエプロンの出入口を目指す。
「昔あなた、冗談で飛行機に乗せてやるとも言ってたわね」
「……ウソから出た誠ってやつかな?」
「わたしはあのときちゃんと断ったわよ」
「ワリィな。今回は成り行きだ」
TH-32は出口に差し掛かるや、下面のVTOL用スリットカバーを開きゆっ
くりと浮き上がる。機体はそのまま垂直上昇を続け、十分な高度に達した後
テスト空域目指して飛び去った。
「なあ。α-1の後席のアーム、調整したか? してないとパイロットが大変
な目に遭うぞ」
ウォリスと最後に言葉を交わした整備員が、隣の整備服に声をかけた。
「……さあ?」
<つづく>
ツマンネ
>437
お前の感じている感情は(略
>CHAPTER3いってもいいですか?
SF用語辞典エピソード3用
アーマー・ドール
全高一五メートル程度の巨大人型兵器。陸上戦において、二本足による悪路走破性、使
用する武器を選ばない両腕部の汎用性などから、現在最も多く使用されている。多足形態
や多椀形態など用途に応じて様々な形態が存在する。戦車に代わり、陸上戦で重要な位置
を占める兵器。
クロノス・ラムダ防衛艦隊旗艦ムーンクレスタ
α星系第四惑星クロノスとその衛星ラムダの公転軌道上に展開する防衛艦隊。現在は残
存する三五隻からなり、ムーンクレスタはその旗艦。ギガロード級の超大型戦艦で、先の
フォース戦で轟沈されたテラクレスタの兄弟艦。全長七六五メートル、一二八万t。乗員
二〇四八名、総艦載機数二五六機。
ドップラー効果
救急車が接近する際サイレンの音は高いが、遠ざかる場合は逆に低くなる。光もそれと
同じで、光速に近い速度で観測者に接近する物体は実際より高い周波数帯のスペクトル(紫
に近い)に移行して見える。逆に遠ざかる物体は低いスペクトルの光を放つ結果となるの
で、赤に近く見える(赤方偏移)。これらを発見者の名を取ってドップラー効果と呼ぶ。[類]
→バイオレットシフト(紫方偏移)
機内時間
宇宙船などが加速を続けると、速度の上昇と共にその質量も増加する。その質量は速度
が光速度に近づくにつれて無視できないほど巨大なものになる。更に、静止しているもの
と比べ、宇宙船内の時間の流れはゆっくりになる。光速の九九%に達した宇宙船内の時間
は、地球上で一分が経過した場合、船内では僅か八.五三秒である。
KF-4
川崎重工が民間向けに製造販売している機体。ハイパフォーマンスな核融合エンジンを
搭載し、軽量な機体は十分な推力比を提供している。その機動性はTH-11以上と言われ
ている。民間機であるため非武装であるが、グラウの機体は改装による武装がなされ、そ
れに伴いエビオニクスも専用のものに換装されている。
ETF-2(Extra Terrestrial Fighter)
異星人のテクノロジーを使用したと思われる敵機動兵器の総称。確認された順に番号が
付けられている。現在確認されているものは全てフォースから飛来したものであり、ET
Fはフォース軍兵器という意味合いが強い。
ここにおられる超先生は本物ですか?
CHAPTER 3
1
高度二〇〇〇〇フィート、銀とオレンジのストライプも鮮やかな機体が優
雅に飛翔している。
「もお、信じられないっ!」
鼻歌を歌いながら操縦桿を握るウォリスの耳にリアナの罵声が届いた。予
想外のトラブルで彼女をTH-32に同乗させる結果となったが、この後に始ま
るのがAOF選定の成否に関る重要なテストだという認識が欠如した様子の
彼であった。
「事故だよ。じ・こ☆」
自分に言い聞かせるように答えるウォリス。
「あなたって昔からそうよ。馬鹿で、無鉄砲で……」
「利口な無鉄砲はいねえよ」
「大体これから大事なテストがあるんでしょ? そんなことじゃグラウに逆
立ちしたって勝てっこない……わよ」
この場で口にするべきではない男の名を言い、リアナは言葉を詰まらせた。
「負けねえよ……。お前のいる前で、あいつに負けられるか」
気にしたふうもなく答えた。
「ウォリス……」
「さあ、着いたぜ。ここが大事な試験場だ」
パイロットに足元の視界を提供するモニターが、縦横に目盛り線が走って
いるが実物と寸分の狂いもないCGで機体下方の風景を映している。その雲
の切れ間に覗く赤い大地に小さな都市が見えた。乗員の眼を引くように蛍光
色で縁取られている。
「あそこ? 街じゃない」
街は街でも訓練用のゴーストタウンさ」
ウォリスの言うとおり、その街は陸戦訓練用に作られた無人の街であった。
住む者こそいないが、彼等を撃墜する意欲に燃える固定砲台や多数の陸戦兵
器がその牙を模擬弾に変えて待ち受けている。
「とんだ初飛行ね……」
リアナが他人事の様に呟く。
二人を乗せたTH-32は、風に乗る鳥のように訓練都市上空で旋回していた。
「ねえ、これだけ外がよく見えると、飛行機に乗ってるって言うより自分で
空を飛んでるって気になるわね」
コックピットの余分なスペースは全てモニターとなっており、周囲の状況
がテレビカメラの映像、もしくはCGで映し出されている。CGの場合、特
に必要が無ければ、後方視界を妨げる機体そのものも表示されていない。
パイロットは最低限度の器材に囲まれて自らが飛翔しているかの様な錯覚
に陥る。
モニター映像に囲まれた搭乗者は、さながら空中散歩の気分が味わえるの
だ。
「だろ?」
ウォリスがにこやかに返した。
PIIIIII……
不意に警報が鳴った。接近警報だった。
二人の眼の前の空間にその接近が後方からであることを示すマーカーが浮
かび上がり、後席のリアナのメインモニターには更に訪問者の拡大映像と詳
細データが次いで浮き上がった。
映し出された濃紺の機影、そしてAF02の機体名からではその正体を彼
女は知る事ができなかった。
「馬鹿で無鉄砲な誰かと違って、お利口さんのグラウのお出ましだぜ。
飛ぶときはいつでもステルスかと思ったが、今回はまともに飛んでやがる」
後席のリアナに振り返り、感心したふうでウォリスが言う。
「グラウなの?」
つられる様に彼女が振り返ると、後方には青空と雲海が広がるばかりで何
も見えない。
彼女がその事についてウォリスに尋ねようと思った瞬間、ショッキングレッ
ドのマーカーが点灯し、遥か後方に黒い点とだけ見えるAF02の姿を指し
示した。念入りに拡大映像のウィンドウが開く。
搭乗員の視線の向きを感知し、見ている物を判断、何も見ていなければ乗
員の注意を促す表示する、総合モニターシステムは高級な戦闘機には当然の
如く完備されているシステムである。
「へえ……便利ね、この戦闘機。見えないと思ったらすぐに教えてくれるの
ね。……どんなシステムかしら?」
言いながら、リアナは苦笑した。感心したかと思えば次に構造が気になる、
職業柄とはいえ女らしくないその反応に対してであった。
しかし、自分は一体何故、コンピュータエンジニアなどという職に就いて
いるのだろうか?
弟の夢を引き継ぐつもりなのか? 後悔にも似た暗い念が彼女の心を染め
る。そんな彼女の心中など知る由もなく、ウォリスは上昇を開始した。
「今からグラウにちょっかい出しに行く。ばれないように黙ってろよ!」
TH-32はA・Sモードでグラウ機へと身を翻した。
「ウォリスめ、くだらん真似を……」
先程まで捉えていたTH-32の機影をレーダーが見失ったとき、グラウはウォ
リスの魂胆を悟った。
「ステルス……」 グラウは呟く様に言った。
それまで鮮明に表示されていたAF02の機影が、ただの青い三角形に変
わったコックピットでウォリスは舌打ちした。
「読まれたか……」
A・Sモードに移ったAF02を捉えているのはアイ・レーダーの画像の
みである。光学レンズでは遠方の機体外形が判断できないため、暫定的な記
号で内部のスクリーンに表示されたのだ。
「同じことだぜ」
ウォリスが傍らのキーボードを操作すると、三角形が元の鮮明な機体に戻っ
た。
「一体今何が起こってるの?」
沈黙に耐えかねた様にリアナが訊いた。
「喋るなよ。奴が無線のスイッチを入れたら、おれたちの会話は筒抜けだぞ」
「だったらこっちも切ればいいじゃない」
「そらそうだが……、あいつの驚く声が聞きてえからな」
「もう喋らないからさっきモニターがおかしくなった訳を説明してよ」
「そんなことも知らねーで戦闘機のAIを作ってたのかあ?」ウォリスは回
線を内部のみに切り替え、
「おれがA・Sを使ったからあっちも使ったんだ。だからこっちのレーダー
はアイ・レーダーだけになっちまって、遠距離の奴の形がわからなくなった
んだ」
「だから三角?」
「そうさ。今回はあいつ一機だけだから、あいつの形をデータバンクから選
んで決めてやったんだ。──気に入らなければ別の飛行機もできるぜ」
そう言ってウォリスがキーを叩くと、AF02の機影が大型爆撃機のそれ
ヘン
に変わった。最新のCGが織り成す映像はあまりに真に迫るため、奇術の変
ゲ
化を思わせた。
「わかったから別に変えなくていいわよ」
やがて、黒い点にしか見えなかったグラウ機の姿がある程度判別できる距
離まで近付いたとき、異変が起こった。
グラウ機を表わす大型機が三機に分裂し、それぞれの方向へ散ってしまっ
たのである。
「なんだ!? どーなった?」
『驚いたか? ウォリス』
程よいタイミングでグラウの姿を映したウィンドウが開いた。
ウォリスは回線を開き、
「ロッキードやグラテリアの戦闘機にダミーを発射できるのがあったな……」
『この機体にも対アイ・レーダー装備としてダミーは備わっている』
予想通りのウォリスの対応に、勝ち誇った様な表情でグラウが答えた。
「やられたよ……」
驚かせるつもりの相手に逆に驚かされ、不貞腐れた面持ちのウォリスが返
す。そこへ、コールサインが響きグラウの隣にヒックスのウィンドウが開い
た。
『α-1へ、今回は地上戦審査を行う。W2038ポイントから都市に進入し
て縦断せよ。なお、対面して飛行するΩ-1には十分注意せよ』
「りょーかい」ウォリスが片手を上げて答えると、ヒックスのウィンドウは
閉じた。隣のグラウにも同じ指示が行ったらしく、見えない相手に向けて承
諾の意志を示した。
「グラウ、お前と衝突はごめんだぜ」
『それはこちらの台詞だ』
薄く笑い、グラウのウィンドウも消えた。
AF02の主翼が高速形態に変形し、噴射ノズルからプラズマを吐き出し
ながら速度を増し、降下を開始した。
TH-32も主翼を前進させ、機体をロールさせながらゆっくりと降下を開始
する。その下方の都市は大きさをどんどん増した。
かなりの大きさである。強化プラスチックやウレタンコンクリート製の建
築物が林立する『訓練都市』は総面積一二六〇〇平方キロ。四国に匹敵する。
ウォリスは西側の大通りに点滅するビーコンを発見した。
「こちらα-1。W2038ポイントを確認」
『こちら管制室、了解。直ちに進入開始せよ。──Ω-1以外は全て敵です。
可能な限り敵に損害を与えて下さい。オーバー』
ウォリスとリアナの耳にアルシアの声が響いた。
「りょーかい、ねーちゃん」
VTOLハッチを開き、TH-32は超低空で市街に突入した。
「行くぜリアナ!」
外部回線を切断し、ウォリスは声を上げた。
「勝手にどーぞ」
仏頂面でリアナが返す。
白銀の機体は六車線の大通りを赤い砂埃を巻き上げ、時速五〇〇キロで猛
進する。
アーマードール
不意に、交差点右側から人型機動兵器がダイビングして道路を横断した。
「出たっ!」
アーマードールの小脇に抱えたガトリングガンが火線を引いた。
ウォリスは道路一杯に高Gバレルロールの螺旋を描く。
機体のあちこちに埋めこまれた高機動用バーニアが青白い核融合の炎を吐
き、パイロットの入力に正確に対応する。一瞬で亜音速に達する代償に、機
体を猛烈なGが見舞う。
「きゃああああっ!」
ガトリングガンの火線が空を切り、入れ代わりに飛来したTH-32からのマ
イクロミサイルの群れがビルの陰に飛び込む寸前のアーマードールに集弾し、
赤いペイントマーカーが血まみれに変えた。
「どうしたリアナ!?」
回避行動を取った刹那リアナの悲鳴が耳を裂き、ウォリスはアーマードー
ルの末路を確かめることなく振り返った。
「ごめんなさい……。へたな遊園地の乗り物よりこたえるわ……」
息を荒げたリアナの声が届く。
「おい、今の機動がきつかったのか?」
「体がつぶれそうな感じ……」
「馬鹿な? A・Gリキッドに浸かっているんだぞ。Gがかかる筈は──」
アンチグラビティリキッドの満たされたコックピット内で、機体の運動時
に発生するGとパイロットは無縁の筈である。しかし、現に後席のリアナは
TH-32の回避運動で生み出されたGを恐らくまともに受けている。
ウォリスの思考を新たな敵が奪った。
突如両脇のビルの側面が展開し、地対空ミサイルが大量に吐き出された。
「くそっ!」
ウォリスの眼の前の風景が九〇度傾き、ビルの隙間の横道が大口を開ける
ように肉迫した。
すぐに頭上と足元がビルの壁に変わり、同時に日の射さない薄闇に包まれる。
白銀の怪鳥が通り過ぎた後には灼熱の閃光を放つ雪が舞った。ミサイル達
はビルの狭間に姿を消した怪鳥に眼もくれず、宙を舞う閃光──フレア弾──
を貫き、それぞれが爆発炎上した。
「ウォリス……、あなた、なにも……何も感じないの?」
リアナが苦しげに問う。高速で直角に方向を転じた先程の機動も、リアナ
にとって苦痛以外の何者でもなかった。
後方の何もない空間では垂直尾翼だけが空中に浮かんでいる。それは頭上
に当たるビルの側面と接触中の事実をパイロットに警告しているのだ。
ウォリスは前方に闇雲にミサイルを撃ち込んで相手を牽制しつつ、1Gで
の減速を続けながら意図的に細い隙間だけを選んで飛んだ。
「おかしい……。本当ならGは感じない筈だ……」
ようやく羽を休めるような場所を発見し、ホバリングさせながらウォリス
が呟いた。
それ以上の思考は許されなかった。
前後の物陰からアーマードールが半身を覗かせてガトリングガンを突き出
した。
前方にバルカンの掃射を浴びせながら瞬時に機体を垂直上昇させたウォリ
スは、リアナの苦鳴を聴きながら左手でスイッチを選び──、押した。
機体後部のウエポンベイのスリットが開き、後方のアーマードールに向けて
マイクロミサイルが発射される。スイッチを選ぶ一瞬の遅れに、巨人は素
「くそっ、うじ虫みたいにわらわらと……」
景色が下方へ吹き飛ぶようなコックピットでウォリスが毒づく。
数瞬後、機体はすぐにビルの最上階を越えた。
「うおっ!?」
上昇を待ち受けていたかの様に、ほぼ全てのビルの屋上に設置された対空
砲台がこちらを睨み、一斉に砲門を開いた。
ビルを一つ飛び越えて下降に移ったTH-32に、花火のようにきらめくパル
スビームの火線が集中する。
機体前方に発生した球状のプラズマシールドにビームが命中し、ビームエ
ネルギーはプラズマと激しく反応して電子と陽イオンに電離し、自らもプラ
ズマ化して派手に輝いた。別方向から飛来するビームの多くは特殊処理され
た機体外装に当たり、ろくにエネルギーを放射できずに向きを変えられた。
無論、模擬戦用にビームのエネルギー収束は甘い。
「空には上がれねえっ!」回避する度に耳をつくリアナの悲鳴に困惑気味の
ウォリス。
実戦同様のエネルギー収束としてダメージを算出したコンピュータが被害
無しとメインモニターに表示される。
──何がおかしい? リキッドは周りにある。一体何が……?
「Ω-1、第二防衛ライン突破。順調です」
AF02が映し出されたモニターを見つめ、川崎側の管制官の一人が言っ
た。
管制室では両陣営のスタッフが詰め寄り、二機の戦績をそれぞれが慌ただ
しく見守っている。
「逃げてばかりだな……。ウォリスは何をやっている?」
その一画で、TH-32映し出されたモニター映像を睨み、怪訝そうな表情で
バー
ヒックスが言う。別のモニターに記された各種の成績を示す数値が、明らか
にAF02のそれより低い。
「いつもの彼らしくないですね……」
その言葉にアルシアもうなずいた。
「ミスった!」
攻撃を避けた際左翼端をビルに接触させたウォリスのシートに、硬質の振
動が見舞った。プラスチック製のビルの破片を巻き散らしつつバランスを崩
すが、各所のバーニアが火を噴きつつ姿勢を制御する。
──この揺れ……。もしかすると!
ウォリスの脳裡に何かが閃いた。
操縦桿から手を離さず、左手でキーボードを叩く。
メインモニターに数字の羅列が続き、次々と流れてゆく。
後席のリアナは度重なる高Gに苛まれ、ぐったりとシートにもたれている。
「これだっ!」
目的のデータが眼に止まり、画面の項目を指で触れて詳細データを呼び出
した。
NOT SETUPED.
「何ィ!? 後席のフレキシブルアームが未設定だあ?」
A・Gリキッドはその内部に浮遊している物体に対してのGを吸収する。
機体の一部であるシートと接触している乗員には本来その恩恵を受けること
はない。フレキシブルアームはシートを持ち上げ、外因を巧みに受け流すこ
とにより、乗員を浮遊しているかの様な状態にする装置である。
その装置の設定がなされていないとは、リアナの座るシートは単なる椅子
にすぎない事を意味する。
「基地納入以来、誰も乗ってないから設定されてないのか……どーりで」
避け切れないミサイルをアンチミサイルで相殺しつつ、謎を解明した喜び
に口元を緩め、ウォリスが言った。
すぐ後ろを振り返り、
「おいリアナ、生きてるか?」
「……まだ……ね」
息も絶え絶えでリアナが返した。
「前席のフレキシブルアームのデータを後席にコピーするプログラムを組ん
でくれ」
「え?」
「そうすれば苦しくなくなるんだよ!」
行く手をふさぐ装甲車両をバルカンでなぎ倒しつつ、ウォリスが言う。
「言語は何? 操作が……わからないわ」
眼の前には見たこともない軍用簡易キーボードがあるのみである。戦闘機
のOS、ましてやキーボードすら扱えないリアナにとって、ウォリスの指示
は無理難題であった。
ボイスオペレート
「……わかった。操作を音声認識に切り替える。口で指示しろっ!」
リアナの心中を察したウォリスは、左手でモードを切り替えた。
『TH-32オペレーションシステム、バージョン2・1Bです。指示をどうぞ』
リアナの耳に、底知れぬ知性と感情の片鱗さえ伴った音声合成が届いた。
「前席の……、──ウォリス、何のデータ?」
「フレキシブルアームだ」
「前席のフレキシブルアームのデータを後席に転送して」
『了解。データ項目を表示します。選択して下さい』
リアナとシステムの問答が始まったが、敵の攻撃は更に激しさを増してい
た。防戦一方でいまだ無傷のウォリスの腕前は驚嘆に値するものであった。
ビルの高みから砲台が回転ドアの如くくるりと展開し、TH-32を見下ろし
た。
「上かっ!」
マーカーの点灯に促され、ウォリスは上方の砲台を振り仰いだ。
キャノピー後部に突き出した二門のパルスビーム砲がウォリスの視線と同
じ動きを示し、ビームの代わりに模擬信号を発した。
見上げたウォリスの眼の前で、命中と判断された砲台に次々にチェックマー
クが灯る。次々と展開する新たな砲台を睨むウォリスの視界の片隅にウィン
ドウが開き、前方に出現したアーマードールの姿が映し出された。
上を見上げたまま前方の敵にバルカンを叩きこみ、
「ざ〜まみろ!」
子供のようにはしゃいだ。
不意に通りの遥か彼方より、無数のミサイルやガトリングガンの火線が尾
を引いてTH-32に迫った。
「おおっ!?」
激しい機動を起こすことができず、ウォリスはやむなくスロットルに付属
したスイッチのひとつを弾いた。
機首に装備された一二〇ミリ対空レーザーが模擬的に照射され、命中と判
断されたミサイルが自爆した。
その向こうに敵地上兵器の一団を発見し、ウォリスは大きく上昇してその
ままループを描いた。
「すまんリアナッ!」
「きゃあああああっ!」
あまりの速度に屋上の砲台の回頭が間に合わない。ループして地上兵器軍
団に背を向けたウォリスは、背面飛行のまま高度を下げ、半回転して姿勢を
正し、同じ通りを逆走し始めた。
『指定されたデータを転送します。転送中はアームの作動を停止しまがよろ
しいですか?』
気を失いかけたリアナの耳に、状況にそぐわないほど明瞭なシステムの声
が届いた。
「早くしてっ!」
わらにもすがる思いでリアナが叫んだ。
『了解。転送開始。……完了しました』
「ウォリスッできたわ!」
「りょーかい!」
管制室である種の変化が起こった。
「標準を下回っていたα-1の機動数値が初めて臨界に達しましたっ!
第一防衛ライン突破!」
その声を聞いたヒックスは小さく息をつき、
「奴め、これまでのは遊びか? 気を持たせおって……」
「しかし、Ω-1との差をこれから挽回するとなると……」
不安げな表情のアルシア。
「難しいな……」
朗報が飛び交う川崎陣営を横目に複雑な表情のヒックスであった。
「ウソみたい……。まるで映画ね」
Gによる苦痛から開放され、周囲に展開する激しい戦闘を眼にしたリアナ
の第一声だった。
「スターウォーズみたいだろ?」
「なにそれ、映画?」
一〇〇〇年以上前の地球の古典作品を口にされ、リアナは首をひねった。
「今までのでグラウに相当遅れを取ったぜ。逆転サヨナラは厳しいぞっ!」
意図的に爆風に飛び込んでエナジープロダクターにエネルギーを供給させ
つつ飛行を続けるウォリスの表情は、決して明るくなかった。
前方の敵は比較的簡単に撃破できるが、それ以外の敵はほとんど見逃しの
状態である。
TH-32本来の性能を発揮すればほぼ全域に対しての攻撃が可能であるが、
通常手を離すことができない操縦桿とスロットルレバーに付属しているスイッ
チは全て前方攻撃用火器のものである。スロットル脇に並ぶ火器管制スイッ
チを操作するには、そのスイッチの配置を熟知していないウォリスにとって
あまりに過酷な要求であった。
実際、火器管制は後席のコパイロットの役目だが、ウォリス以上に経験の
浅いリアナには役不足だ。
「逆転って、どんどん敵を逃がしてるわよ。できるだけ多くの被害を与える
んでしょ?」
「無茶言うな。こっちは腕が二本しかねえんだ」
前方からのガトリング掃射を激しいロールで回避するも、幾つかが機体を
かすめ、火花を上げる。
「ねえ。わたしのAIが今みたいな状況で役に立つのよねえ?」
「呑気に言うな。ほんとなら後ろのお前がAIの代わりに攻撃を担当するん
だよ」
「無茶言わないでよ。こっちの操作は右も左もさっぱりよ」
両手を振ってリアナが首を振った。
「AI……。今AIって言ったな?」誰に問うでなくウォリスが呟いた。
「これだ!」
ウォリスは胸ポケットからHMDを取り出した。すぐに後ろに放り投げる。
HMDゆらゆらと低重力空間を漂う様にリアナの差し出す手に渡った。
「わたしがあげたHMDじゃない」
「そいつを解凍してシステムに乗せんるんだ」
「?」
「TH-32はもともとAI火器管制に対応してるんだ。お前の言う人工知能な
ら火器管制を肩代わりしてくれるだろ?」
狙われやすい通りを避け、ビルの隙間を縫うようにTH-32は飛行を続ける。
「貴方の脳波を感知するインターフェースは?」
「これだ」
ウォリスはヘルメットにつながるコードの束を示した。
「AIが戦闘機のOSのシステムを理解できれば可能かもしれないわ」
少し考え、リアナは言った。
「ならやってみろ!」
「え、ええ……」
不意にCAUTIONの文字とともにメインモニターに機体の三面図が表示され、
機体各部に赤いランプが灯る。
「やべえ、バーニアが加熱してきた。燃料も残り少ない!」
ここに来てTH-32の欠点が露見し始める。
航空力学上、あまり理想的とは言えない翼形を持つTH-32は、複雑な機動
を行う際、不足気味の揚力を満たすため姿勢制御用バーニアを多用する。高
圧でプラズマガスを噴射するバーニアノズルは簡単に加熱される。
その上バーニアは量子ラムジェットとは別の燃料系で駆動しているため、
多用すると燃料切れのため使用不可能となる。
無理な機動を要求する市街地戦において、その欠点がより顕著に現れたの
だ。
「システムコンピュータへ……」
その頃重大な欠点の存在など知る由もないリアナは、HMDをドライブに
挿入し、システムを呼び出した。
『yes、指示をどうぞ』
「今セットしたディスクのファイルを解凍して」
『了解。フォーマットを解析中……』
バーニアに負担を掛けずに飛行できる大通りを進路に選んだウォリスは、
自分の進むべき遥か前方で火の手が上がっていることに気付いた。
同時に、眼に見えない何かが砂塵を巻き上げ、ミサイルやビームを周囲に
撃ち出していることも。
それは明確な意識を持った一迅の風とも取れた。
「ゲッ! グラウだぁ!」
ウォリスはスロットルを戻し、操縦桿を押し倒した。
ロールして横向きになったウォリス機は右手のビルに腹部を押し付けるよ
うな姿勢を取った。
グラウと呼ばれたその風は、ウォリスの譲った進路を猛烈な勢いで通過し
て行った。
すれ違った際、それまで不可視だった風の正体が判明した。その正体は左
手のビルの壁面にウォリスと同じ様に張り付きながら飛行するAF02だっ
た。
亜音速に近い二機がすれ違った瞬間に凄まじい乱気流が発生し、衝撃がウォ
リスとリアナを見舞った。TH-32は異常な外乱に対し現状維持しようとあち
こちのバーニアから炎を吐き出して対応するが、自然に巻き起こった気流に
対しての機械の反応には限界がある。
下面に位置するビルに何度も機体を接触させた。その度にウレタンコンク
リートの破片が舞う。
「グラウの奴、右側通行を守らなかったら、正面衝突だぜ」
危うくジョークが現実になりかけたが、ウォリスの声は明るい。
「すれ違うまでは彼が見えなかったけど、あれはどういう意味?」
今起こった現象で一番不可思議に思える部分をリアナが尋ねる。
「あれがアクティブステルス。詳しい理屈は説明できないが、一定方向から
は見えなくなるんだ。今のおれたちもそうだぜ」
「人間って、いろんなことを考えるわね……」
半ば感嘆、半ば呆れ顔で彼女がそう呟いたとき、システムからの応答が入っ
た。
『フォーマット解析完了。一つのファイルを発見しました』
「了解、そのファイルをデコーディングして」
「α-1とΩ-1が無事交差を終了しました」
「うむ……。だがウォリスはまだ三割程度しか侵攻していない」無事の報告
をアルシアから受けたものの、ヒックスは別の問題を思慮していた。このま
まΩ-1が都市を突破すれば、その時点である程度結果に差が付いてしまう。
「ウォリスめ……。次はどんな手札を持っている……?」
上空からα-1を捉えたモニターを見つめ、彼は呟いた。
TH-32からの一二〇ミリ対空レーザーの照射を受け、その進路に位置した
多数の地上兵器が沈黙する。
「戦闘の規模が小さすぎて、レーザーのエネルギーが収集できない!」
数分おきにしか発射できないレーザーに苛立ちを覚え、ウォリスは荒々し
くトリガーを操作した。
TH-32の固定武装で最も威力のある一二〇ミリレーザーは膨大なエネルギー
を必要とする。本来ならエナジープロダクターがエネルギーを外部から調達
するのだが、戦闘を行っているのはTH-32一機のみである。周囲で発生する
爆発やエネルギー兵器の余剰エネルギーはたかが知れている。現状では一発
毎に若干のチャージを必要とする。
「リアナ、まだかっ?」
「ちょっと待ってよ。シードフリーズなのよっ」
彼女の見つめる後席のメインモニターの片隅には、「NOW DECODING.」の文
字が明滅し、それ以外に理解しがたい機体情報や戦況が目まぐるしく表示さ
れている。
「くそっ! このまま黙って勝負を捨てるしかないのかよ?」
こうしている間もグラウとの差は広がるばかり。このようなグラウとの直
接対決は、グースとケイスがいるだけにこの先多くはない。しかるに、この
敗北はウォリスにとって言い様の無い焦燥感を駆り立てる。
「できたわっ! 後二分ほどで武器が自由に使えるわ」
「頼んだぜっ!」
リアナはAIに特殊コードを伝え、モニターに馴染みの配列のキーボード
を表示させた。手慣れた動作で画面に触れ、キーを叩く。同時に複雑なプロ
グラムが画面を埋め尽くし始める。
それはTH-32のOSのコントロールコードとBIOSを把握し、更にウォ
リスの脳波イメージから該当する武器を使用させるためのプログラムだった。
「ウォリス」
二分ほど画面上のキーボードを叩き、リアナが呼んだ。
「なんだ?」
「メモリが足りないからシステムの火器管制OSを削除するわ。しばらく武
器が使えなくなるわよ!」
「オーライ」
ウォリスは機体を急上昇させた。瞬時に音速を超え、衝撃波の輪を描きつ
つ雲海に消えた。
「α-1、作戦空域から離脱しましたァ!」
「なにィ!?」アルシアの驚きの声に、もっと驚きを隠せない様子のヒックス
が答える。
「エスケープか? ハイスクールの授業と勘違いしているのかっ!」
怒りに震える拳を手近のコンソールに叩き付けるつもりで振りかぶったヒッ
クスだったが、鈍く光るコンソールパネルがひどく頑丈に思え、踏み留まっ
た。
その頃、TH-32は宇宙空間で浮遊していた。
「いいねえ、ここだとバーニアの冷却にもなる」
頭の後ろで手を組み、足をメインモニターの上に投げ出した格好のウォリ
スが言った。後席では慣れた手つきでキーボード代わりのモニターに触れる
リアナの姿がある。
ルーチン
彼女の操作でAIは次々に専用の処理系を組み立ててゆく……。機体のO
Sから全武装を把握、パイロットの記憶から各武装の能力と効果を収得、パ
イロットの抽象的攻撃イメージを現実的攻撃に変換して実行する──。AI
火器管制システムはもう一人の自分として攻撃を担当するのだ。
それ程複雑なプログラム作成をわずか数分で成し遂げる事も、人間以上の
合理性と柔軟性とを持つAIならではの所業と言えよう。
やがてリアナは最後の指令を送り、息をついた。
「できたわ、ウォリス。これ念じるだけで武器が操作できる筈よ」
「おっしゃあ!」
すぐさま姿勢を正し彼はスロットルを開く、次の瞬間TH-32は急降下を開
始した。大気との摩擦で機体は紅蓮の炎に包まれる。
都市の上空には十数秒で到達した。
建物の屋上に設置された無数の砲台が迎撃を開始する。だが、あまりにT
H-32の降下速度が速すぎ、火線はその過去の位置を貫く。
「行っくぜえ!」
ウォリスは攻撃イメージを浮かべた。
視野一杯に広がる砲台の群れは次々にロックオンされる。TH-32のウエポ
ンベイがそれぞれに口を開け、マイクロミサイルを吐き出した。
白銀とオレンジの怪鳥を中心に蜘蛛の巣を広げるようにミサイルが水蒸気
の尾を引いて広がった。怪鳥はミサイルより早く地上に到達し、先程と同じ
通りを駆け抜ける。
その後には模擬弾命中の血潮を浴びた陸戦兵器のみが残された。
「α-1、復帰しました。陸戦部隊の被害がウナギ登りです!」
唖然とした表情でアルシアが振り返った。
「う、うむ……」
表情はアルシアを越える驚きの色に染まり、ヒックスは理由もわからず、
ただうなずいた。
──奴め、どんな魔法を使った? あのまま終わらせるような男ではない
と熟知していたつもりのヒックスであったが、想像を越える結果に内心不安
を覚えていた。
大型のモニターに並べられたα-1、Ω-1の戦績を示すグラフが見る間に
変化を遂げる。低迷していたウォリス機のグラフは誰の眼にも異常ともとれ
る速さでグラウ機のそれに近付きつつあった。
「どういうことだ!」
「信じられん……」
スタッフの驚きの声を皮切りに、管制室は新たなざわめきを生んだ。
「パイロット一名で……、これはα-1の限界性能を引き出しているっ!」
TH-32設計主任、バンーズは自身の眼を疑った。ウォリス機を捉えたモニ
ターに映るその有様は、自らが生み与えた攻撃能力を想像通り発揮していた。
がしかし、彼の知る限り、この能力を発揮できるのはまだ先の話であった。
「見ろっ! じきにΩ-1の数値を越えるぞ!」
スタッフの男が一人、自分の眼の前のモニターに同僚を引き寄せた。
だが、次に起こった出来事は、居合わせた者達に更なる驚きを呼んだ。
一級警戒警報である。
おどろおどろしいサイレンは基地職員にとって馴染み深いものであったが、
この警報を鳴らさせた者の実力を知っていれば、聞く者の背筋を寒くさせる
には十分の迫力があった。
不意に全てのモニターがカーマイン基地統括主任を映し出した。
「一級警戒態勢発令である。敵機動部隊が惑星シーラ軌道上にリープアウト
した。防衛艦隊より戦闘要員の招集があった。テストを中止し、要員は直ち
に艦隊と合流せよ、オーバー」
カーマインは一息にそれだけを告げモニターから姿を消した。入れ代わり
に元の映像が復帰する。
先程までとは別の慌ただしさを取り戻した指令室で、テスト結果を気にす
る者は皆無であった。──無論、TH-32がAF02のそれをわずかに上回っ
ていたことも……。
一方、同じ指令をウォリスも受け取っていた。
「やっべーな。おれたちも戦闘要員だぜ」
「わたしは違うでしょ」
ウォリスの言葉に自分も含まれていると気付き、リアナは精一杯否定した。
「おれは実戦初めてだぜ?」
「わたしに言わないでよ。しっかり人類を守ってよ!」
「よっしゃあ!」
ウォリスは操縦桿を引き、上昇に入った。
「α-1の動きが変です。宇宙圏に向かっています!」
「何だとぉ?」ヒックスはマイクを取り、
「ウォリス。何をしているっ?」
『──えー、ただいまより防衛艦隊に合流しまぁす』
ヒックスの問いかけにひと呼吸置いてウォリスの声が応じる。マイクを握
るヒックスの手が怒りで震えた。
「貴様! 貴様が今乗っているのは唯一飛行可能な原機だぞ。
……戻って自分の機体で行けっ!」
彼の怒りはもっともである。TH-32に万が一のことがあれば、プロジェク
トの勝者はAF02となる。理由が部下の機体無断使用とあれば彼の首の保
証はない。人類の未来を差し置いて、自らの食いぶちの危機が怒りの原因だっ
た。
『自分の機体は修理中であります』
「一般兵のフェリーで上がればよかろうが!」
『何に乗って行っても結果は同じです、オーバー!』
「回線が切断されました」
そう言ったアルシアの眼の前には怒りで顔を血袋に変えたヒックスの姿が
あった。それを見た彼女は彼の血圧の心配をしたが、気にしないことにした。
「α-1には誰が乗っているっ?」
スタッフの一人が顔を上げた。
「ウォリス・クレファルトだ!」
誰かが答えた。
「なにぃ!? またあいつか!」
ヒックスは耐えかねた様にマイクを持ち上げて、
「Ω-1、奴を止めろ!」
『ラジャー』即座にグラウの返答が返る。その指示を待っていたかの様だ。
AF02は身を翻し、遥か虚空に消える。
それを確認したヒックスは、アルシアに防衛艦隊に向けて回線を繋ぐよう
促した。
「えーっと、艦隊の現在位置は……」
惑星クロノス衛星軌道上を漂うTH-32で、ウォリスはキーを叩き艦隊の位
置を算出していた。
「ちょっとウォリス。あんた自分で何をやってるのかわかってるのっ?」
前席に身を乗り出した格好で、できの悪い息子を叱る母親の声音でリアナ
が訊いた。
「何を?」
できの悪い息子そのままでウォリスが聞き返す。
「何をって、たった一機しかない大事なテスト機を私用で使ってるのよ!」
「あのなあ、おれの愛機は修理中。どうせTH-32はエプロンにしまっとくだ
けだろ? だったら使って返せばいいだろ? 艦隊まで往復しても減るもん
なんて何もないしな」
「あのねぇ、減るとか減らないとかの問題じゃないでしょ?」
呆れ顔でリアナが返す。
「じゃあ何だよ?」
「ココにはわたしも居るのよ。民間人を戦場に連れて行くつもり?」
「心配するな。ムーンクレスタに連れてってやるよ。防衛艦隊旗艦だぜ?
連邦最大の戦艦だ、そう簡単に沈まねえよ。──大体沈んだらクロノスは壊
滅される。なあに、死ぬまでがちょっぴり短くなるだけさ」
軽い口調でそれだけ言い、ウォリスはリアナのヘルメットの頬を軽く叩い
た。
「……好きにして。あなたには何を言っても無駄ってことがよぉ〜くわかり
ました」
リアナはシートに凭れ、腕を組んでそっぽを向いた。無重量だけに身体は
フワついていたが、シートに触れると吸い付けられたように安定する。
「はいはい、それでは艦隊に向けてしゅっぱあ〜つ!」
ウォリスは大袈裟に宣言するや、オートパイロットに切り替えた。機体は
あちこちからバーニアを吹き出して姿勢を変え、無数の星達が広がる暗闇へ
向け移動を開始した。
2
白銀の翼にオレンジのストライプも鮮やかなTH-32は、惑星クロノスの衛
星軌道を離れ一路防衛艦隊へと向けてその機首を巡らせていた。その後方に
は赤い砂惑星クロノスと、赤い想い人に静かに寄り添うブロンズ色の衛星ラ
ムダの姿が見て取れる。その遥か彼方には、小さいが力強く輝く太陽の姿も
見える。
「艦隊の位置は太陽から一億九千七二八キロ。ここから十三万二千キロちょ
い。
お客さん、急ぎかい?」
「別に……」
ウォリスのわざとらしい問いに、仏頂面でリアナが答えた。
こうなったウォリスを止めることはできない。幼い頃からウォリスのこと
は知っている。ハイスクールまでは毎日のように顔を合わせていた。あの日
までは……。──あれ以来何一つ変わっていない彼のことは自分が誰よりよ
く知っている。こうなってしまっては全てを彼に委ねるしかない、リアナは
そう思い、意を決していた。……事実、それは正しかった。
──その刹那。
青い閃光が彼方の闇より秒速三〇万キロで白銀の機体を貫いた。
警報が鳴り渡り、跳ね起きたウォリスが見たものは、HARD HITの赤い文字、
被弾箇所を表示する機体の立体映像だった。
「レーザーの直撃を受けたっ!」ウォリスの操作でオートパイロットは解除
され、機体はロールしてその場を緊急離脱。やや遅れ、多数のミサイルが白
い糸を引いて回避運動を取るTH-32に迫る。
チャフ
ウォリス機は金属片とフレア弾を放出して大きく身を翻すが、猛追するミ
オトリ
サイル群の半分はその囮に眼もくれずなおも追いすがった。
「くそっ!」
ウォリスが生き残ったミサイルの迎撃をイメージすると、機体後方に位置
した各ハッチが開き、対ミサイル弾が射出された。
示し合わせたように互いのミサイル同士が激突し、空間に赤い珠が弾けた。
イミテーション
「模擬弾か!?」
ウォリスが混迷の意を漏らす。実弾の反応燃料とは趣を異にする爆発は、
彼自身テストで見慣れた模擬弾同士の爆発だった。
『よくかわしたな、ウォリス』
「グラウッ!」
映し出されたグラウの姿を見るや、ウォリスの混迷は色を失った。
『まあ初めのレーザーといい、全ては模擬弾だ。せいぜい機体を汚す程度の
ものだ』
嘲るようなグラウの声が届いた。
「何のつもりだ、おれと一緒に行きたくなったのか?」
『ふざけるな……。お前が無断でテスト機を持ち出したおかげで、おれはそ
の阻止を依頼された』
通信だけは入るが、AF02の姿は見えない。アクティブステルスのため
だ。ウォリスもA・Sは使用しているが、どこから見られているのかわから
ない以上ほとんど無意味である。
「阻止? やれるもんならやってみろ!」ウォリスの台詞が終わらない内に、
前方の空間から無数のミサイルが吐き出された。
「前か!」
ミサイルの出現地点からグラウ機の位置のあたりを付け、重力磁場の位置
を調節しながらウォリスは回避運動を取った。
大半はその時に射出されたチャフ/フレア弾に引き寄せられて自爆し、残
りのレーザー式誘導指示のミサイルはウォリスを見失い、あらぬ方向へ消え
た。
「模擬弾を何発撃っても意味ねえぜ! こっちは食らっても痛くもかゆくも
ない」
『それならおとなしく攻撃を受けろ!』
「……」
──グラウ……何を企んでる? 非武装で自分の足留めを請け負ったグラ
ウの意図を読み取ろうと、ウォリスは思考を巡らす。
互いに位置を見失った両機はA・Sの死角をいち早く見つけようと闇雲に
その位置を変える。偶然が時折不可視の機体の姿を映し出すが、それも一瞬。
死角を捉えれば、その位置を維持して接近し、ロックオン、そして撃墜──
が新世代の格闘戦闘機によるドッグファイトである。
しかし、両機は実弾を装備していない。攻撃は無意味である筈である。
──ウォリスめ、気付いたか? 複雑な機動を描きながら、グラウは舌打
エアダクト
ちした。彼の狙いはTH-32のエンジンの空気取入口であった。量子ラムジェッ
トエンジンは、必ず外部空間との接点を必要とする。大気圏内では外気を取
り込んで加熱し、高圧で排気するジェットエンジン的性質を持ち合わせてい
るので、その取入口は前方を向いているのが普通である。
TH-32も例外ではない。
彼の狙いはそのダクトにミサイルを撃ち込む、そこにあったのだ。模擬弾
である以上爆発力はないが、その外形はアルミ等から成っている。その破片
と命中を示すペイントマーカーがエンジン内に入り込めば、エンジン停止は
確実。
エンジンを緊急停止させたいのであれば、何もダクトを狙う必要もない。
メインノズル
噴射孔に命中させるだけで、ダクトほどではないがある程度の効果は得られ
る。
それが彼の狙いであるが、対するウォリスは素直に従おうとしない。初め
の一撃で仕留められなかったのが失敗であった。
そんなグラウの眼の前に、よほど注意しなければ見ることのできない流線
型の小さな物体が横切った。
「あれは……!」
──ウォリスのサテライトだ。しめたぞ! グラウの表情は満面の笑みを
湛えた。
サテライトとは、A・Sの使用で自身も盲目となる事態を防ぐため周囲に
展開する、戦闘機の『眼』である。普段機内に映し出されている外部の映像
は、サテライトからもたらされるもである。その姿は一メートル未満で、ス
テルス性が施されているためにレーダーや肉眼で捉えられることはまずない
が、偶然がそれを可能にしたのである。
AF02のモニターセンサーがグラウの見つめる物体を捉え、記憶する。
そして見えにくいサテライトは派手な色に着色され、表示される。
猛スピードで追跡すると、すぐに追い付いた。
「思い知れっ!」
グラウが叫び、追い越しざま主翼を接触させた。
接触のショックで精密機械であるサテライトは身からスパークをほとばし
り、統制を失って暗黒の彼方に消えた。
「サテライトが一個やられたっ!」
ウォリス機のコックピットでは、サテライトを失った影響で右側上面の映
像が激しく乱れた。すぐに別の持ち場に付くサテライトがカバーに回るが、
失われた仲間の欠員の全て補うのは不可能であった。カバーしきれない範囲
の映像が消え、キャノピー越しの本物の宇宙に変わった。
「何なの!?」
無理矢理戦場へ連れ出されたかと思い気や、自分にプロポーズした男と幼
馴染みの男が空中戦を開始、そこで血相欠いたウォリスの声、である。彼女
の問いはサテライト欠損の事態より、この状況全てに対してと言えた。
「『眼』が一つ潰された。……グラウめ、やりやがったなぁ!」ウォリスは
彼女の問いにそう答えるや、スロットルを全開に送った。
「邪魔はさせねえっ!」
彼はこれ以上の闘いを時間の無駄と悟り、一気に逃走に転じた。艦隊に到
達すればグラウの任務は失敗である。彼にできる最大の反撃はそれであった。
「ばかめ……。エンジン出力ではこちらに利がある」
ウォリス機と大きく軸をずらし、結果A・Sの死角を取って追跡に移った
グラウは、今度こそ慎重にウォリス機のエンジンノズルに照準を合わせ始め
た。
モニターに斜め下方から捉えたTH-32の姿が揺れる。それにターゲット
マーカーがぴったり重なった時、グラウの望みは叶う。
「そのままで行け……」
揺れが少なくなり、ロックオン成立まであと数秒。
「お得意の回避もできないほどの至近距離で食らわせてやるよ、ウォリス……」
グラウ機は速度を上げて一気にウォリス機の背後に迫った。
PIIIIII……
「よし!」
至近距離でロックオンが成立した。グラウの右手親指が発射スイッチを押
す。それだけで良かった。
刹那、未確認機接近の警報が響き、グラウとウォリスの間を裂くようにミ
サイルが横切り、爆発した。
AF02の前方に発生したプラズマシールドがその爆炎と破片を防ぐため、
閃いた。グラウとウォリスは同時に回避運動を取り、謎の敵機の攻撃に備え
た。
『貴様等ぁ! 貴重な新型機を持ち出して空中戦ゴッコたあ何事だぁ?』
グラウとウォリス、二人のモニター上に、パイロットスーツ姿が映し出さ
れた。
「味方……?」
グラウは相手の確認に気を取られ、ウォリスのその後の行動を察する事が
できなかった。
一方、ウォリスはその声から相手の正体に気付いる。
「先輩だ!」
モニターには四機のTH-11Cを従えた真紅のTH-22Aの姿が映し出され
ている。それだけでも声の主を知るには十分であった。
ウォリスは重力磁場を真紅の機体に向け、一気に接近した。
鮮やかなターンで先輩と呼んだ紅の機体に並び掛け、事もあろうに相手の
翼に自分の翼を接触させた。
タッチライン
『何だ貴様? このおれに接触回線を仕掛けるたぁ、いー度胸じゃねえか』
タッチラインとは通信困難な状況において、機体の通電部分同士を接触さ
せて行う通信法である。だが、それを航空機で行うとはまったく無謀である
と言えよう。
謎の男はそれを見て驚きもせず、むしろ自分の専売特許を奪われたかの様
な口調で毒づいた。
『先輩、おれです。ウォリス・クレファルトです!』
「ウォリス?……おおっ、ウォリスか。どこぞのバカが新型機を無断使用し
ていると聞いて更正しに来て見たら……お前の仕業か」
ひどく納得した口調で男は豪快にうなずいた。
男は連邦の赤い稲妻、レトラー・J・アライズ大佐であった。
ウォリスはレトラーに事の次第を話して聞かせた。密談にはもってこいの
タッチラインであった。
「ほう……愛機を壊してそれで新型機か……」
『そうなんですよ。旗艦に着いたら乗って見てもいいですよ』
「いいねえ。……よし、わかった、おれが許可する。ムーンクレスタに着艦
許可を申請してやろう。そっちの若いのも来い」
「しかし……大佐」
突如指名され、グラウは困惑の表情で返した。
「はっはっは。もう遅い、艦隊が見えているぞぉ」
レトラーに言われ視線を移すと、彼方に明らかに人工のものと思われる光
点が見える。グラウは肩を落とした。
「……了解。従います」
グラウの諦めを含むその言葉を聞いたウォリスは、内心舌を出した。
「OK、若い内は遠慮なんぞするな」
レトラーは満足そうな笑みを返した。
都合七機の戦闘機は、大きく身を翻し、一路防衛艦隊に向けてノズルから
それぞれの炎を吐き出した。
3
クロノスラムダ防衛艦隊。ファルサ本星防衛艦隊に次ぐ規模を持つ、α星
系第二の艦隊である。駆逐艦、戦闘艦、空母など大小九二隻から成るこの艦
隊は、二年半におよぶ争いでその規模を削ぎ、現在は残存する三五隻で構成
されている。
その中で一際大きな体躯を横たえているが、旗艦ムーンクレスタである。
全長七六五メートルにもわたる巨大戦闘艦で、星系連邦軍の切り札的存在だ。
先のフォース一斉攻撃で同型艦テラクレスタが轟沈され、敗戦色濃厚の連邦
において唯一の守護神とも呼べる存在である。
ムーンクレスタ内の格納庫に降り立ったグラウは、同じく降り立ったTH-32
の乗員を認め、驚愕した。
「リアナ……!」
「グラウ……」
グラウの驚きの声を、申し訳なさそうにこうべを垂れたリアナが迎えた。
「よお、偶然だよ、ぐーぜん」
悪びれる様子もなくウォリスが言う。
「貴様……」
静かな面持ちでグラウはウォリスに歩み寄り、右手を振り上げた。
バキッ!
グラウの拳がウォリスの顔面を強打した。
「ってーな! 何しやがんだっ!!」
「やめてっ!」
ウォリスがグラウの胸倉を掴み、右拳を振り上げた途端、間にリアナが割っ
て入った。
「リアナ……」
二人の口から同じ言葉が漏れた。
「あなた達、どうしてそうなの? 何故そんなに……いがみ合うの?」その
言葉を聞き、二人の男は一歩退いた。
「あなた達はわたしとって掛け替えのないものなのっ!……もう……もうわ
たしを一人にしないでっ!」
悲鳴に近い声でそれだけ言い、リアナはその場に崩れ落ちた。
彼女の悲痛ともとれる叫びに何を感じたか、無言でグラウは彼女を抱き止
めた。
「くだらねえ……くだらねえよ! 人間いざとなったらいつだって一人なん
だよ。一生弟が付いてないとお前は生きて行けねえのかよ!」
二人を見下ろし、ウォリスは言い放つ。その言葉に、大粒の涙がリアナの
頬を伝った。
「ウォリス! 貴様ぁ……」
「お前なんかリアナじゃねえっ! 死んだ弟の亡霊に取り憑かれた抜け殻だ
ぜっ!」
立ち上がりかけたグラウをそんな言葉で制し、ウォリスは出入り口で待つ
レトラーの元に駆け寄った。
「いいのか? ウォリス」
不満そうな顔で問うレトラーに、
「いいんです!」
半ばやけくそに言い放ち、彼は大佐を促して格納庫を後にした。
「──である。……フォース軍の行動は不可解な点が多く、予断を許さない
状況である。各自、二級戦闘配備のまま待機。今後の指示を待て、オーバー!」
大型のホログラフモニターの前に立つ士官の言葉で、対策会議は終了した。
薄暗かった部屋に照明の灯が戻り、パイロット達は一斉に席を立ち会議室
を後にする。
「で、結局、敵は近くにいるものの、いつ攻めて来るのか見当もつかない。
って事だろ?」
「……だな」
ウォリスの言葉にケイスがうなずいた。その隣にはグースの姿もある。彼
等はウォリスに遅れる事三時間あまりで旗艦に到着し、クロノスからの予備
要員が揃ったところで対策会議が催されたのであった。
自分達より奥のパイロット達が一通り引き上げ始めたのを見、ウォリス達
も立ち上がる。彼等の眼の前を数人のパイロット達が横切った。ウォリスは
その一団に見慣れた顔を認め、
「よお、ファル。元気でやってかぁ?」
と声を掛けた。一団は立ち止まり、
「何だ貴様? 少佐に失礼だぞ!」
パイロットの一団の一人が、敵意剥き出しの口調で応じる。
「待て、マードック」
もう一人、ウォリスとそう変りない年頃の青年が男を制した。
「しかし、少佐……」
「いいんだ、彼は私の友人だ。……ウォリス、久しぶりだな」
青年がそう言うと、二人は互いの腕を交差させ、がっちりと組んだ。
「紹介しよう。彼はウォリス・クレファルト、私のパイロット訓練学校時代
の同期生だ。現在はテストパイロットをやっている……だよな?」
「ああ」
ウォリスはうなずいた。
「君たちは戻って待機していてくれ。二時間後の偵察の準備を頼む」
「ラジャー!」
青年の言葉に、パイロット達は最敬礼で答え会議室を後にした。
「彼等はおれの隊のものだ」
パイロット達の後ろ姿を指差し、青年は合図を送った。
「おお」ウォリスはうなずき、
「こいつはファル、ファル・アルベルト。おれのダチ公で、サンダーボルト
隊の隊長をやってる。……で、こいつがケイスで、こっちがグース。同じ会
社のテストパイロットだ」
「よろしく」
ウォリスの紹介で二人はファルと握手を交わす。
「ほんと久々だよな。逢うのは二年振りくらいか?」
「そうだな」
ファルがうなずき、四人は揃って会議室を出た。
「大佐から聞いたよ。お前、新型機を無断でこの艦に持ち込んで、しかも女
連れだそうだな?」
「そんなところだ」そう言って親指を立て、
「お前こそ彼女とどうなんだ?」
「どういう意味だ?」
「進展はあったのかと訊いてんだ」
「バカ言え、ここは戦場だぞ」
一瞬唖然とし、ウォリスを肘で小突いた。
「おっ、噂をすれば……」通路の先から、プレートパソコンを胸元に抱えた
女性士官が歩いて来る。
「フィーリアちゃん」
「あら、ウォリス」フィーリアと呼ばれた長い栗色の髪の女性が微笑み、
「新型機を持ち込んだ男って、あなたね」
変に納得した表情でそう言った。
「おお、いっぱしの有名人だな、こりゃ」ポーズを付けながらのウォリス。
「今回のプロジェクトに加わってから、懐かしい顔に色々出逢うな」
「そうなの?」
「訓練生時代に戻った気分だ」
フィーリア・アーシアムはムーンクレスタの艦橋オペレーターの任務に着
いている。パイロット訓練校時代のウォリスのナンパが彼女との出逢いであ
る。ナンパは成功したかに見えたが、彼女はウォリスではなく居合わせたファ
ルと意気投合しそれから二人の交際が始まった──というエピソードもある。
ひとしきりの会話のあと、彼女はファルに呼び掛けた。
「ターリフィッシャー隊が帰還したら、偵察はあなたの隊の番よ」
「ああ」
フィーリアの言葉にファルが首肯する。
「気を付けてね」
「ああ」
「何だよ、新婚さんみてえだな。ちゃっかり進んでんなあ、君たち」
二人のやり取りを見ていたウォリスは、身悶えしながらそう言った。
「からかわないでよ、もお!」
頬を赤らめウォリスの視線から逃れるようにフィーリアはファル達の前を
通り過ぎ、小さく手を振って通路の角に姿を消した。
ウォリスとレトラーがパイロットスーツ姿で格納庫に姿を現したとき、既
に二機のAOF候補機の回りには黒山の人だかりができていた。
新型機は戦闘機乗りの憧れである。皆穴の開くほど機体の隅々を見回して
いる。
「どいたどいたぁ、デモンストレーションの始まりだよぉ!」
人ごみをかき分け、ウォリスが道を開き、レトラーが続く。
「大佐、二級戦闘配備中ですよ。よろしいのですかぁ?」
レトラーが前席、ウォリスが後席に乗り込んだとき、誰かが叫んだ。
「おれの仕事は出撃して敵を落とす事だ。待機ではない」
声の主にそう告げ、レトラーはシートに腰を降ろす。キャノピーがゆっく
りとその後を追う。ギャラリーはぞろぞろとエアロックへ引き上げ始めた。
「ゲートを開けてくれ」
AGLが満たされたコックピットでレトラーが言う。
『了解!』
引き上げたギャラリーの一人であろう男の通信が入り、赤いパトランプの
点灯と共に、格納庫の扉がゆっくりと開いた。
やがて、ギャラリーの詰めている管制室に艦橋からの通信が入った。
『四番格納庫のゲートが開いているが、どういうことだ?』
威厳たっぷりの男の姿がモニターに浮かび、訊いた。
「か、艦長!」
ゲートを開けた男は咄嗟に敬礼で答えた。
「ゲートオープンの理由を聞いている」
艦長と呼ばれた男が訊いた。
「はっ、アライズ大佐がAOF候補機でデモフライトします」
『二級戦闘配備中だぞ。即刻中止だ』
「手遅れでありますっ!」
フォトン
男の視界の片隅で、ノズルから光子を吹き出して発進するTH-32の姿が見
えた。
「レトラーめっ、やりおった!」
回線を切り、ムーンクレスタ艦長ボスコース提督は頭を抱え込んだ。
異常な速度で遠ざかる艦隊を背に、ウォリスが口を開いた。
デブリ
「先輩、スピード気を付けて下さいよ。宇宙ゴミにぶつかったら木っ端微塵
ですよ」
高速で移動する物体から見れば、静止している物体は自身と同じ速度で移
動していると言える。宇宙に散らばる小さなゴミも同じである。秒速二五〇
メートルで移動中の物体が、静止するスペースデブリ──仮にボルト一本──
に激突したとすると、その影響は拳銃の弾丸を受けたものと等しくなる。光
速に等しい速度でボルトと接触した場合、その威力は戦闘機の装甲すらたや
すく貫くであろう。
「心配するな、クリーンな航路を選んでいる」
操縦桿を操りながらレトラーが答えた。
その間も機体は加速を続け、最高速に達するのは時間の問題と言えた。
「ウォリス、今からファルサ見物だ」
「りょーかい!」
レトラーが速度計に眼を移すと、機体速度は〇・九九一C(光速度の約九
九%)の表示で停止していた。
「見ろウォリス。前方の星がドップラー効果で青く見えるぞ」
レッドシフト
「後ろは赤方偏移を起こしてますよ」
ドップラー効果で前方に見える星達は青に、後方の星達は皆赤に染まるコッ
クピットで、男達はそれぞれの収穫を告げる。戦闘機で光のドップラー効果
を体験し、興奮醒めやらぬ様子の二人であった。
光速に近付いた二人に見える宇宙の景色は、異世界のそれに等しかった。
アインシュタインの相対性理論の世界のただなかである。
「この速度ならファルサまで外部時間三分程度だな……」
レトラーがそう呟いてから丁度三分──機内時間で約一五秒後、二人はファ
ルサに到着した。
「よし、ファルサの重力圏に沿って減速する」
その言葉通り六〇〇〇万キロの旅を終えたTH-32は、相対論の予言通り幅
が二割程度につぶれて見えるファルサを右手に大気圏すれすれを飛び、瞬く
間にUターンを済ませた。
重力干渉と逆噴射で秒速八キロに減速したTH-32は、ファルサを周回する
軌道に入った。
「アクティブステルスは正常に作動中。探知された形跡なし」
あちらこちらに展開したファルサの警戒システムが未作動である事をモニ
ターで確認したウォリスが告げた。
「三本目のオービタルリングは完成間近だな。おれが最後に見たときは、ま
だ五分の一ほどの長さだったがな。おれが生きている間に、何本になる事や
ら……」
ファルサを取り巻く三本の金属の輪を眺め、レトラーは感慨深く語った。
あたかも土星のリングの如くファルサを取り巻く、その建造物は、オービ
タルリングと呼ばれている。リングは互いに一八〇度離れた位置に一対の軌
道エレベータをぶら下げており、エレベータは人員や資材を低コストで静止
衛星軌道上に引き上げる役割を担っている。また、リングには鉄道が併設さ
れ、銀河列車は十数分でファルサを周回している。
「ウォリスよぉ」
単なる周回飛行を止め、アクロバッティブな機動を繰り返しながらレトラー
が呼ぶ。
「はい?」
「こいつは思った以上にいい機体だ。これなら今すぐにでもフォースを叩け
そうだ」
「おれもそう思います。……プロジェクトは絶対ウチが取ります。川重なん
かに渡しませんよ」
拳を打ち合わせてウォリスが答えた。
「その意気で頑張れや」
「ハイッ!」
「──もう帰るぞ」
前方に群れなす防空システムの隙間を鮮やかにすり抜け、レトラーは宣言
した。
「もうですか?」
「こうしてる間に敵が攻めて来たらおれの楽しみが減る」
「……りょーかい」
苦笑混じりウォリスは答えた。レトラーにとっての戦闘は仕事でもあり、
一番の休息でもあるらしかった。
4
帰還した二人を待っていたのは激怒した提督の呼び出しであった。
「やってくれたな、アライズ大佐」壁と天井が全て外の映像を映し出す艦長
室で、快適そうな椅子に腰を降ろしたボスコース提督が、表情とは裏腹に静
かな口調で言う。
「それに、……ウォリス・クレファルト。君はカーマイン大佐より、アライ
ズ大佐に次ぐ要注意人物であるとの報告を受けている。──まったくそのと
おりだな」
「カーマイン……あいつ元気ですか? 奴とは七年ほど前、同じ部隊に所属
しておりましてね……」懐かしい名を聞き、レトラーは身の上話を始めた。
「ばぁかもおおおんっ!!」
提督の大音声は、周囲を優雅に泳ぐ巡洋艦達をも揺るがすのではと思われ
勢いであった。怒鳴られるのには慣れているウォリスが思わずのけぞった
程である。
「レトラー、君は連邦のエースパイロットであり、同時に他の兵の模範でも
あるべき人間だ。君のお陰で我が艦隊のモラルは低下する一方だぞっ」
モラール
「モラルは下がっても、士気は上がってるように見えますがね」
「つべこべ言うなっ!」
モラルとモラールを掛けた洒落に笑いさえ含んで口答えするレトラーに、
怒髪天を突く勢いのボスコース。隣で内心拍手喝采をレトラーに浴びせるウォ
リスとはひどく対象的だ。
そこでデスクが鳴り、回線呼び出しを告げた。
「なんだ?」
『艦長、敵機動部隊が短距離リープに入りました!』
女性オペレーターの切迫した声がそう告げる。
「なに!?」デスクモニターを見つめる提督の表情が変わる。
「……よし、出現地点を予測し、機動部隊を展開せよ。全艦一級戦闘配備!」
『了解!』
すぐさま警報が鳴り渡り、一級戦闘配備突入を告げる。
ボストークはちらりと眼を上げ、
「アライズ大佐、サンダーボルト隊全機スクランブルだ」
「ラジャーッ!」
連邦の要注意人物二名は艦長室を足早に後にした。
──頼むぞ、人類の希望。ボストークは黙って二人を見送った。
この五時間後、軍議会はAOFフォース撃退作戦の第一パイロットに、レ
トラー・J・ライズの名を挙げ、議会の決定とした。
指示された格納庫に到着したウォリスだったが、自分の乗るべき機体が無
い事に気がついた。
「ウォリス。君の機体はさっき届いたぞ」
既に耐Gスーツを装着したケイスが声をかけた。
「随分と早いな。TH-32はどうした?」
「フェリーで曳航されたよ。TH-11も引っ張って来たそうだ。パーツの交換
のみで大事に至らなかったが、君の機体は操作系の遊びが少なすぎて誰も乗
れないそうだ」
出撃の順番が迫り、ケイスは足早に控え室を出ていった。
「リアナもそのフェリーで帰ったよ」
そう言ってグースが肩を叩き、ケイスの後に続く。
やがて耐Gスーツを着込んだウォリスの眼に、モニターに浮かぶGETREADY!
W・CLEFALTの文字が映り、ウォリスはそそくさと控え室を後にした。
コンベアで次々と運ばれるTH-11の列に自分の機体を認め、ウォリスは乗
り込んだ。既に始動チェックは完了しており、いつでも発進OKであった。
ハーネスを閉め、キャノピーを閉じる。コックピットは密閉され、気圧が
調整される。
もう何百回も繰り返した発進であったが、実戦を前にしたスクランブルは
初体験であった。ウォリスの胸になにかしら言い様のない不安が花弁を広げ
始めた。
ドラマではない、これは実戦である。人の死もまた現実だ。雑誌などで見
た敵機動兵器の詳細や行動パターンが目まぐるしく脳裡を駆け抜ける。どれ
も役に立つ気はしなかった。
そもそも自分は生き残れるだろうか? ここで死ぬという事は今までの自
分の人生は何であったのか? 初めて浮かぶ疑問に、いつになく動揺するウォ
リスであった。
『ウォリス』
自分の名を呼ばれ、見覚えのある女性の姿がモニターに浮かび上がってい
ることに気付いた。
「おお、フィーリア……」
『あなたの任務はサンダーボルト隊ブルーランサーズに合流して後方支援よ。
……識別コードはE-238AL』
「ああ……」
気のない返事を返すウォリス。
『ウォリス、……恐い?』
「恐い? 死ぬのは恐くない。だがわからねえ、こんな気分は初めてだ……」
コンベアによる横移動は終わり、エレベータによる縦移動が始まる。やが
て彼の機体はカタパルトに乗せられるであろう。
『ファルはもっと前線で戦うのよ。……そしていつも帰って来た。今日もきっ
と同じ……』
「おれだって帰って来るさ。おれの事なんかより、ファルの無事を祈ってろ」
ウォリスの機体がトンネル内に設置されたカタパルトにセットされた。
三〇メートル前方の出口には、宇宙が広がっている。その奥には戦場が暗
い影を落として待っている。
──フィーリアの奴、おれなんかに世話焼くなよな。
シグナルがカウントダウンを始めた。レッドシグナルが三つ続き、グリー
ンシグナルが灯ったとき射出される。
『がんばって、ウォリス』
「おおっ!」
そう答えたウォリスの表情に先程までの不安は微塵もなかった。
グリーンシグナルが点灯し、猛烈な勢いで加速してムーンクレスタ船首よ
り吐き出される。強烈なGである筈だが、耐Gスーツの恩恵でそれほど苦痛
は感じない。
後方にて静止するムーンクレスタは秒速五キロで遠ざかって行った。
指示通りに飛行を続けると、ブルーランサーズと名付けられた小隊に遭遇
した。
一〇機のTH-11とKF-4一機。グースとケイスの識別信号も含まれてい
る。KF-4は恐らくグラウ個人の機体であろう。
『よく来た。君のコールネームはB12だ。当チームの任務は、前線を突破
した敵機及びミサイルの迎撃である。敵機一機につき三機以上、追跡迎撃の
二班に別れて攻撃にあたれ、オーバー』
隊長機からウォリス宛に指示があった。
「りょーかい」
『前線部隊、約三〇秒後に敵機動部隊と遭遇』
ムーンクレスタからフィーリアの声で状況が報告される。
やがて八万キロ彼方に小さな爆炎の閃光が閃き、戦闘開始を告げた。
小さな輝きはミサイル等のものであろうが、時折混ざる大きな閃光はどち
らかの機体の爆発であろう。
『これより赤外線照明弾を使用して警戒にあたる』
それより約二分後、隊長機から通達があった。前線を突破した敵機がいれ
ば、探知網に掛かる頃である。
基本的形状からレーダーに捉えにくく、黒く塗られているため視認も困難
な敵機動兵器を探知するには、照明を当てアイレーダーによって警戒するの
が普通である。可視光を使った照明ではパイロットの視界の妨げになる場合
があるため、眼に見えない赤外線で照らし出すのが常であり、赤外線照明弾
使用の理由であった。
その赤外線照明弾が、味方ではない存在を浮かび上がらせた。
『我々の領空に敵機動兵器三機侵入。B1からB8は二機づつのフォーメー
ションを組み、奇数番号機が指揮を取れ。B9以降は若い順に一機づつフォー
メーションに加われ、オーバー』
隊長機の指示でブルーランサーズは四つに分散した。
敵機動兵器はブルーランサーズを捕捉するや、それぞれが独立機動に入る。
その一機と、B1B2そしてグラウのB9の編隊が高速で交差した。
ETF-2
先頭のB1の発射したミサイルは全て撃ち落とされ、敵機動兵器はTH-11
を上回る鋭い機動を描いて編隊の背後を取った。
狙われたのはグラウの機体である。
振り返ったグラウの眼にCGで赤く縁取られた黒い物体が映っている。
「こちらB9、背後を取られた。援護を頼む!」
『任せろっ』
B1とB2はそれぞれ散開し、グラウの援護にまわる。
一方グラウは敵を十分に引き付けた後、回避行動を取った。時を同じくし
て敵からオレンジの火線が迸り、グラウの存在していた空間を貫く。
「見事なロールシザーズだ。さすがはテストパイロット」
援護に向かいつつグラウの回避を眼にしたB1──イワン少尉が呟く。事
実、グラウの操縦技術は現役軍人も舌を巻く程であった。
やがてB2機に背後を取られ、ETF-2は回避するが、B1に逃げ道をふ
さがれた挙げ句にB2のミサイルの餌食となった。
『こちらB1、こちらは片付いた』
『こちらB5、こちらも二機撃墜した』
ウォリスとグースの班もうまく敵を撃墜する事ができた。
──確かに敵の機動性はTH-11の比じゃねえ。だが集団でかかればまだや
れそうだ。
一度もトリガーに指を触れる事はなかったが、二機との交戦でウォリスは
そう判断した。
彼の見つめるその先には、前線での夏の花火を思わせる激しい爆発がきら
めいて見える。
その光景は彼に何と映ったか、口元に笑みがこぼれる。
「後方でゴミ掃除ってのはらしくねえぜっ!」
ウォリスは隊列を離れ前線に向けて加速を開始した。
『待てっ! B12、どこへ行くんだ!』
彼を追うのは制止の声のみであった。
《つづく》
スーパーティーチャーいる?
おながい☆スーパーティーチャー
489 :
名無しさんだよもん:02/06/17 15:04 ID:n9qHS1KZ
>「負けねえよ……。<お前のいる前>で、あいつに負けられるか」
気にしたふうもなく答えた。
RR見っけ〜
491 :
名無しさんだよもん:02/06/17 15:14 ID:7RRsD5NO
PS3=俺+あいつの・・・
超先生が素でキモく感じているのが今の俺の感情なわけだが〜〜。。
誰か俺の精神疾患治療してくれる人いる?
そろそろ、容量が気になりだした。
どうする、次スレ建てるか!?(w
このスレに来るたびにRRの偉大さを感じる。
―――――――――――――ここまで読んだ―――――――――――――
>>493 さびれている超先生関連スレでやってほしいぞ。
できればスレ内容が結果的に本スレ向け内容になったので
本スレでやってほしい。
497 :
竹紫:02/06/17 19:38 ID:l8buoXdw
499 :
竹紫:02/06/18 01:14 ID:LnOu7bcU
乗っ取ったぞ
500 :
:02/06/18 04:24 ID:WkYMmag1
-‐- ,、
へ〃 ヽ lv !
\\..ノノ人ソ リ ヽ' / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_ 口リ<┃┃‖| / < ――500のゲットに成功しました。
/\ 丿リ 、" - / リ/ \ \___________
/ ./l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|ヽ
\/l |―――――――! ヽ (´
l | ☆ セリオ様用 | (´´
l l―――――――| (´⌒(´
. \l_______|≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡=☆
(´⌒(´⌒;; ズザザーーーーーーーーッ
『よし、捉えたぞ。……ファイヤー!
……外されたっ』
私的にはコレがワラタ。
しかし、竹紫氏、マジで乗っ取るとは。
覇王学園よんだが
『超人(超地球人)』、『帝王拳』、『スカウター』 、ゾリーザ、
人造人間、パワーウェーブ、波動拳
パクリまくり。超ワラタ
それが超先生のカラーなんだよ(w
少年漫画板にリンク貼られたけど。
誰か読んでくれたかな?
正直DBスレに貼ってみたい…。