1 :
名無しさんだよもん:
とりあえず、2げっと
【Q&A】
<注意> ここに書かれていることはあくまでも目安です。
実際の運用法は場の雰囲気を読んで適宜判断してください。
Q.どのくらいの長さまでならトーナメント本スレに投下して大丈夫?
A.大体の目安は次の通りかと思います。
1〜3レス 本スレ投下
4〜6レス グレーゾーン
7レス以上 ここに投下
なお、最初の1、2レスだけ本スレに投下して
「続きはここで」とこのスレへのリンクをはるのも効果的でしょう。
(本スレでは、長ければ長いほどうざいと感じる人が増えて逆効果になりますし、
他の支援を流してしまうことにもなります。
また、スレの流れが速いときは間にいろいろ挟まるので読みにくくなります。
スレに人が少ないときはやや長いものを本スレに投下しても大丈夫かとも思われますが、
そのあたりは空気を読んで判断してください。)
Q.トーナメント支援用SSの投稿はここじゃないとダメ?
A.そんなことはありません。支援目的ではあるけれど、もっと一般的なSSとして感想の欲しい人は
SS統合スレへ投稿するのも良いでしょう。また、内容・長さ・投下先スレの状態によっては
キャラスレやシチュスレに投下する方が喜ばれるかもしれません。
Q.トーナメント本スレでSSの感想を書いちゃいけないの?
A.そんなことはありません。むしろ、簡単な感想や作者へのねぎらいは支援になるので
本スレでどんどんやってください。ただし、感想への感想、ねぎらいへの返答、
長文の批評や議論などはこちらでやった方がいいでしょう。
4 :
◇リンク◇:02/02/27 00:13 ID:G2PiZbzE
5 :
つきのひと:02/02/28 12:07 ID:u62nRovs
◆秋子さん支援SS=告白= プロローグ◆
街外れの小さな教会。
雪を被ったままの、大きな樅の木。
隣接するミッション系の学校から聞こえる賛美歌。
「……」
その古びた、枯れた蔦に覆われた壁の前で、私はいつの間にか、歩みを止めていた。
何かを見ようと、何かを聞こうと。
何も見えないことを知っていて、何も聞こえないことを覚悟しているのに――その場に立ち尽くしていた。
「お母さん、何してるの? 早く行かないと日が暮れちゃうよ?」
「『卵1パック98円お一人様2パック限定』が売り切れちゃいますよ、秋子さん?」
「あ…ごめんなさいね」
私の名前を呼ぶその子たちのほうに振り返る。
でも、一方の――男の子のほうの顔だけは、まともに見ることができない。
「どうしたんですか、俺の顔になんかついてます?」
「目と鼻と口だよ」
「名雪は黙ってろ」
「うー…」
「…いいえ、何でもありませんから」
…懺悔は聞いてもらえないけど。
でも私は決めた。
ずっと胸のうちに秘めていたこの思い。
それを成就しよう、と。
6 :
つきのひと:02/02/28 12:08 ID:u62nRovs
◆告白(1/7)◆
「名雪…起きてる?」
「…くー」
やはり、というか安らかな寝息のみが返事だった。
「入るわよ…?」
私は眠っている娘に何を打ち明けようというのだろう。
いや、眠っているからこそできる…「ためにする」告白なのだ。
こんな恥ずかしいことを実の娘に知られて、軽蔑されたくはなかった。
だってこの子は…ずっと私と二人で暮らしてきたんですもの。
これからも。私が変わってしまった後でも。…一緒に暮らしていかなければならないんですもの。
ベッドで眠っている名雪を前に、私は座る。
普段は朝起こすのに手を焼いているけれども、今日だけは都合良く感じる。
…もしかしたらこの子は、今私を救うために。そのために、寝起きが悪く生まれついたのかも知れない。
「名雪…」
「…くー」
幸せそうに寝返りを打つ。
起きる気配は――心配する必要があるかと言われれば否定するが――ない。
「お母さんはね」
遂に私は思いを言葉にする。
死ぬまで秘めなければならない思い。卑劣で破廉恥で、いびつな愛の形を…。
「祐一さんのことが好きなの」
7 :
つきのひと:02/02/28 12:08 ID:u62nRovs
◆告白(2/7)◆
「くー…」
名雪の反応を見る。…変化はない。ずっと眠り続けている。
私は一つ、胸を撫で下ろす。けれど試練はこれからなのだ。
「私が祐一さんのことを好きになったのは…名雪が祐一さんのことを好きになる、ずっとずっと前…」
「その頃は、あなたも生まれていなかったのよ」
私はあの夏のことを思い出す。
「あれは…姉が就職して、この街を出て行った年の夏」
「お盆に姉は初めてこの街に戻ってきた」
「その時、姉は一人のひとを連れて帰って来たの」
「…『彼と、今度結婚するの』って」
「くー…」
名雪の寝返りに私ははっとする。
でも、私は思う。この子が起きていてくれたら、と。
私の昔語りを聞いていて、そして意見してくれたら。
思いの中では、過ちは罪じゃない。
けれど、過った思いが形になった時――十字架を背負わなければならない。
それを止めることができるのは…あなたしかいない。
私は告白を続けることにしよう。
「姉が連れてきた婚約者は、祐一さんのお父さんだったの」
「彼は照れながら水瀬家の敷居をまたいだ」
「両親とも、彼を歓迎した」
「でも、私だけは…私だけは、心から姉の婚約を祝うことができなかった」
「私は彼に一目惚れしてしまっていたから」
8 :
つきのひと:02/02/28 12:10 ID:u62nRovs
◆告白(3/7)◆
「くー…」
もう名雪の寝返りに動揺している場合ではなかった。
私は軽い興奮を覚えていた。目眩を伴う高揚感だった。
「それは初恋だった。…生まれて初めて、男性というものを意識した瞬間だった」
私はあの時の新鮮な気持ちを思い出す。
今でも体が震え、そして暖かくなる。…体の芯が、何かを欲する。
「私は何によって満たされるべきなのかを知らないまま…ただ、可愛い『妹』として、兄となるべき人とじゃれ合うように、仲良くした」
「でもね…やがて私も気付いてしまったのよ」
「あの人が欲しい、っていうことに」
「けれど、それは許されないこと」
「私は切ない思いを胸に、その夏を過ごした」
「…たった一度の冒険を最後に」
私は目をつむり、あの時のことをしっかりと思い出しながら名雪に語り掛ける。
自分に正直でいることしか、私は救われないと思ったから。
「姉はすっかり油断をしている、と思った。彼のよい『妹』になってくれる、と私のことを値踏みしていた」
「私はそれが悔しかったから…」
「彼を誘惑したの」
「不意にキスを仕掛けた時の彼の驚いた顔と言ったらなかったわ」
「もちろん彼は嫌がった。けれど、私はそれでも迫った」
「もつれ合ううちに、ようやく彼は私を受け入れてくれた…」
「姉の目を盗んでの二人の密会は、彼の滞在中、ずっと続いた」
「私は初めて男性を知った」
「私は初めて女性になった」
「私は初めて…」
「…初めてのことばかりの夏は、過ぎ去った」
9 :
つきのひと:02/02/28 12:11 ID:u62nRovs
◆告白(4/7)◆
「やがて、秋も深まるころ…姉から一通の手紙が届いた」
「結婚の日取りと式場が決まった、という知らせだった」
「私はそれを恨めしい思いで眺めていた」
「…どうしようもないことなのに」
「冬のある日。…雪の降る中で、姉の結婚式は行なわれた」
「その日、私はどこで何をしていたのか…覚えていない」
「ただ、悲しかっただけ」
名雪の布団を掛け直す。
「すぐに私も社会人になった」
「結婚を考える時期になっていた」
「結婚を、幸せになる手段だと言うのなら。…私の相手はあの人以外には考えられない…」
「でも、ここは小さな地方都市。女が一人、いつまでも独身でいるわけにもいかなかった」
「私は両親に薦められるまま、お見合いをして…そして結婚をした」
「愛のない結婚だった」
…私はこの言葉にどれだけの罪悪感を覚えなければならないか。
娘の顔を見ながら、このような言葉を吐くことのできる私というのは、一体どういう存在なのか。
…これから、それをこの子に語り掛けることにしよう。
「私が結婚を決意したのは、姉夫婦に子供ができた、と聞いたからだった」
「もちろん、結婚したくらいなのだから、そういうことはあって当然なのだけど…。でも、私は割り切れなかった」
「姉が彼の子供を宿した、なんて…」
「嫌な言い方をすると、私は自分の体を汚してしまいたかった」
「少しでも彼に、私と同じ気分になって欲しくてね」
「…それが、結婚を決意した直接の原因だった」
10 :
つきのひと:02/02/28 12:11 ID:u62nRovs
◆告白(5/7)◆
「やがて…姉は祐一を産んだ。実家にも戻らず、全て都会でお産を済ませた」
「…きっと、彼が私と再会するのを嫌ったのだろう」
「その頃にはもう、私のお腹の中にも子供がいたのだから」
「そして…あなたが生まれたのよ、名雪」
私はその安らかな寝顔を覗き込んだ。
「…くー…」
「あなたが生まれた時、不思議だったけれど、どうしようもなく嬉しくなったの」
「これが…母親というものなのかしら?」
「愛のない結婚だったのに。復讐と取られても仕方のない妊娠だったのに」
「でも。…あなたの天使のような微笑みと、懸命に握り返してくる手のひらを見ていたら」
「この子は幸せにしなきゃ、って思えたの」
「この子が幸せなら、私も幸せ、って思えたの…」
言い訳なんかじゃない。
私は本当にそう思ってるんだから…ね?
「それなのに、あなたのお父さんと離婚してしまったことは、あなたが一番非難すべきことでしょう」
「あなたのお父さんの前で、私はいつも卑屈になっていた」
「…彼に申し訳なかったから。何もかも」
「どうしても心の中にあった『隙間』を埋められなかったから」
「…あの人でないと駄目だったから」
「そんな私に愛想を尽かして、離婚を申し出るのも当然の結果だった」
「私は困った」
「…あなたを幸せにしないと行けないのに」
「片親にしてしまう不幸。私は経験していないけど、でもよく聞く話」
「私は、あなたと一緒に生きていく覚悟を強く胸に秘めた」
「…許してもらえないでしょうけど」
11 :
つきのひと:02/02/28 12:12 ID:u62nRovs
◆告白(6/7)◆
「姉はあなたを連れて実家に帰った私を、手紙で笑った」
「私は何も言い返さなかった」
「…だって。言えないもの。ね?」
「くー…」
名雪の寝息をこの子の返事だと思い、私はさらに告白を続けなければならない。
「また夏が来たの。情熱を知ってから、何度目かの夏」
「姉夫婦が初めて祐一を実家に連れてきた、新しい夏」
「私とあの人はすれ違うだけだったけれど…」
「姉の何気ない一言に、私は動揺した」
『この子の顔立ち、パパに似てるでしょ?』
「…本当にその通りだと思ったから」
「その子の顔を見続けているうちに、私は深い穴に落ち込んでいくような…そんな気分に襲われた」
「目眩の中で、私の思考はとんでもない結論を導き出していた」
「――この子を、あの人の代わりにしたい、と」
「その子の名前は祐一。あなたも好きになった人」
「くー…」
「だから名雪。あなたが祐一さんを失った七年前。あなたの悲しみを知った時、私は思った」
「血は争えないものだ、って」
私の告白は遂に核心に至った。
「けれどね」
「七年前、あの冬。私の脳裏に悪魔のような考えが浮かんだの」
「甥と叔母には無理なことだけど…」
「祐一さんと、名雪。…いとこ同士なら結婚させられる…って」
「私はあなたを最も恥ずべき存在に仕立てようと考えた」
「あなたには、私のために…」
12 :
つきのひと:02/02/28 12:13 ID:u62nRovs
◆告白(7/7)◆
「私と祐一さんが結ばれるために」
「祐一さんと結婚してもらおう、と」
「姉夫婦が転勤が多いことは当然、知っていた」
「そのチャンスを待った」
「それが、この冬」
「やっと届いた、姉からの連絡」
『祐一を預かってほしいんだけど…』
「何をためらうことがある?」
「私が発した言葉はただ一言」
「了承、と――」
「思ったとおり、あなたは祐一さんに夢中になってくれた」
「でも、ここから先はあなたには譲れないの」
「今夜、私は祐一さんを…」
「ずっと待っていたんですもの、この時を」
「ごめんね、名雪…」
私はその場を後にした。
心が晴れたわけではない。
ただ、ずっと持ち続けていた覚悟が…固まっただけのことだ。
「……」
「…うー」
「お母さん…ずるいよ。そんなこと言われたらわたし…。わたし、お母さんのこと好きだから…」
(完)
13 :
つきのひと:02/02/28 12:15 ID:u62nRovs
>>5-12 以上、秋子さんを「悪女」にしてみました。
ネタでは最強だとか悪人とかになってますけど、シリアスに描くとどうなるのか…。
それを、「秋子さんと結ばれるためにはこのプロセスだろ」と個人的に思っていたことに絡めて文章にしました。
これでオフィシャルの設定が崩れてないんだから、自分でもビックリです…。
14 :
琉一:02/02/28 16:38 ID:VaG56HaJ
緒方理奈の高校時代の話。綾香と、一人、オリキャラが出てきます。
もうちっと短くならんもんかな……14レス分です。では、落とします。
『今、ここにいる理由』
15 :
琉一:02/02/28 16:38 ID:VaG56HaJ
放課後を告げるチャイムが鳴り、解放された女生徒達の声がにぎやかに響き始める。
ある者は部活へ、ある者は談笑しながら外へ、そしてある者は教室に残って、話に花を咲かせている。
その中の一団。ショートボブの少女が、一人離れて、荷物を鞄に詰め込む少女に話しかける。
「ねぇ、理奈。今日、デニが新作デザートメニュー出すんだって、一緒に行かない?」
友人の呼びかけに、理奈と呼ばれた少女が振り向く。流れそこねたツインテールを掻き上げ、背中に回した。
そんななにげないしぐさにさえ、光の欠片を撒くような、華やかさがある。
表情が曇った笑顔であることが、非常に惜しい。
「ごめん、早紀。今日はレッスンがあるから……。良かったら、また誘って。じゃあ!」
理奈は優雅さと快活さを併せ持つ足取りで、教室の外へと駆けだしていった。
早紀はその背に向かって手を振り、小さいため息をついた。
談笑していた面々が、しょげた早紀の肩を叩く。
「ほらね。理奈はダメだって。いつも誘っても断るんだから」
「うん。でもぉ……今日はヒマかも、って思って」
「しょうがないよ。私たちだけでいこ。あ、新メニューだけどさ……」
「理奈、もう一度。最後のターンではもっと高く飛べ。それと足をふらつかせるな。最後が決まらなかったら、全てがアウトだぞ」
「は……はいっ!」
切れ切れの息の下から、強い返事を返す。美しい顔から汗が玉になって零れ、フローリングの床に落ちた。
「英二さん……少し休ませましょう。理奈ちゃん、もうふらふらじゃないですか」
あまりにハードな練習に、見かねたプロデューサーがそう言うが、
「いえ……まだやれます。もう一度」
遮ったのは、理奈だった。足はまだ疲労に震えているが、目の光は少しも損なわれていない。
「理奈もこう言ってる。もう一度頭から」
「しかし……」
「続行だ」
16 :
琉一:02/02/28 16:38 ID:VaG56HaJ
英二が手を振ると同時に、伴奏が流れ始めた。
その瞬間、理奈は呼吸を沈め、背筋を伸ばし、スタート位置でポーズを決めていた。
音楽に合わせ、伸びやかな姿態が躍動し、空に舞い、地を滑る。
顔はあくまでもさわやかな笑顔。
ただ飛び散る汗だけが、疲労の証として残っていた。
――どうして私はこんなことをしているんだろう。
肉体がダンスに熱中し、本能レベルで動き始めると、空白を得た知性が、不意にそんな問いを投げてくる。
――疲れ切って、ふらふらで、なのに顔だけは笑顔を作って、兄さんの言うままに体を動かしている。
アップテンポになってくるリズムに応じ、肉体が俊敏に、空を切り裂くように鋭く舞う。
――体が熱い。息が苦しい。肉体が全部、バラバラになりそう。
それでも理奈の体は、何万回と繰り返してきたステップを正確に刻む。
――誰もが頑張ってると言ってくれる。たまに兄さんも誉めてくれる。でも、それだけ?
音楽が盛り上がる。速く、激しく、優雅なダンスがホールに刻まれる。
そのダンスを何度となく見てきたスタッフ達でさえ、誰もがその動きに目を奪われる。
ただ一人、ガラス越しにチェックする緒方英二をのぞいて。
――それだけのために、私はこんなに苦しい思いをしてるの?
ラストターン。力強く床を蹴り、両手を振って、肉体を躍動させる。
美しい円を描き、その慣性をぴたりと打ち消し、右手を胸に、上体を前に倒し、左手を高く持ち上げ、最後のポーズを決めた。
同時に音楽が消える。
今までの動きが嘘のような静かな、それでいて柔らかさを失わない、緒方理奈という名の芸術。
感嘆のため息さえ、洩らすことをはばかられる静寂。
「OKだ。休憩する」
英二の声で呪縛が解かれ、ようやく感動の声と小さな拍手とが、理奈に降り注いだ。
17 :
琉一:02/02/28 16:38 ID:VaG56HaJ
「ふぁ……」
体操服姿でグラウンドの片隅に座り込み、小さなあくびをする理奈。
いつもははつらつとした瞳だが、今日はどことなくぼーっとしている。
涙目を眠そうに擦る理奈は、ネコのようで微笑ましい。
その様子を見て、隣に座っていた早紀がくすくす笑う。
「どうしたの、眠そうだね?」
「うん……昨日、レッスンが遅くまであって。今日、球技大会で良かったわ……」
「出番が来るまで、休んでいてもいいもんね。試合が始まるとき起こしてあげるから、寝ていたら?」
グラウンドでは、2年対3年のソフトボールの試合が行われていた。
理奈の出番は次の試合だが、始まるまで20分はかかるだろう。
「うん……そうしようかな」
立てていた膝を抱え直し、その上に頭を乗せる。
瞳を閉じ、睡魔に身を任せようとしたその時、高い金属音が響いた。
「な、なに!?」
「あー……」
早紀は惚けたように、上空を見上げている。
その視線を追っていくと、青い空にぽつんと浮かぶ、白球が見えた。
それはどんどん遠ざかっていき……学校の敷地の、はるか外にまで飛んでいった。
「うわ……場外ホームランだぁ……」
「すごいわね……」
理奈がグラウンドを見ると、長い黒髪の二年生が得意げにベースを回っていた。
ホームを踏み、次打者にハイタッチをして、ベンチのみんなから手荒い祝福を受ける。
「あぁ、来栖川先輩だぁ」
「来栖川?」
「うん。知らない? 来栖川綾香さん。ほら、あの来栖川財閥のお嬢様なんだって。
でもね、お金持ちってだけじゃなくて、才色兼備、容姿端麗、それと……えーとなんだっけ。
去年始まった、格闘技大会。いろんな人が集まるの。えーとぉ……」
早紀が首を傾げている間に、理奈はその名前を思い出す。
18 :
琉一:02/02/28 16:39 ID:VaG56HaJ
「エクストリーム?」
「それそれ! そのエクストリームで優勝したんだって!」
さすがにそれには虚を突かれた。
確かにしなやかな肉体を持っているし、今のホームランから見ても、運動神経はいいのだろう。
だけど格闘大会の優勝者とは……しかし言われてみれば、彼女にふさわしいように思える。
「……へぇ。天は二物を与えずって言うのにね」
「なに言ってるのぉ! そんなこと言ったら理奈だってそうだよ。美人だし、歌もダンスもできるんでしょ?
それで将来はアイドルの道に……。二物三物与えられまくりだよ!」
「そんなことないわよ」
理奈は苦笑しつつ、綾香に視線を戻す。
しげしげと眺めると、確かに美人だ。それに、なんというのだろう。独得のオーラのようなものを発している。
ただ立っているだけで、誰もが振り向くような存在感……。そう。まるでアイドルのように。
ふと、綾香が視線を上げた。
それは真っ直ぐに理奈のそれとぶつかり、驚いた理奈に、にこと微笑む。
「あ……」
理奈への笑顔は一瞬で終わり、綾香はチームメイト達の輪に溶け込む。
「どうしたの?」
「え……ううん。なんでもない」
だけど彼女の強い瞳と笑顔が気になって、結局理奈は眠ることができなかった。
綾香はその後、ホームランを2本、ヒットを4本打ち、チームを優勝に導いた。
19 :
琉一:02/02/28 16:39 ID:VaG56HaJ
それから数日後の昼休み。
理奈はお気に入りの中庭のベンチに座って、短い休憩を楽しんでいた。
正直体はきつい。だが、学校を休むことの多い理奈は、授業は極力真面目に受けたい。
昼休みはごく短い、理奈がのんびりできる時間だった。
「ん……」
理奈は大きく伸びをした。
今日はいい天気だ。青い空から抜けてくる光が、木々を透かして、木漏れ日を理奈の上に落とす。
まだらに染められた理奈は、程良く押さえられた眩しさで、目を楽しませる。
と、木の上で何かが動いた。
「え?」
「あら?」
ふと、目があった。何日か前にもこんな場面があった。
「こんにちわ」
木の上の女性――綾香が手を振った。あの時と同じ、いたずらっぽい瞳で理奈を見ながら。
「あ……どうも」
つられて理奈も手を振ると、綾香はひょいと木の上から飛び降りる。
3メートルほどの高さに怯えることもなく、軽々とした身のこなしで。
膝で上手く体重を殺し、スカートだけはきっちり押さえて着地。
「また会ったわね」
「え……覚えているんですか?」
「そうね。あなた、なんだか印象的だったし。ここ、いいわよね?」
綾香は理奈の返事を待たず、隣に座る。
「私は来栖川綾香。あなたは?」
「緒方理奈です」
「理奈ちゃん、か。ん……緒方理奈? 緒方……って、あの、緒方英二の妹だっていう、あの子?」
「は、はい」
20 :
琉一:02/02/28 16:39 ID:VaG56HaJ
「ふぅん……意外と身近に有名人っているもんね。まぁ、私も人のことは言えないけど。
よろしくね、理奈ちゃん」
綾香がウインクする。
「あ、はい。よろしくお願いします」
何故だか照れて、慌てる理奈を、おかしそうに綾香は眺める。
なんだか妙な感じだった。
基本的に理奈は自分のペースで動く人間だが、綾香は強い存在感で、理奈を自分のペースに引きずり込んでゆく。
そんなことをできるのは、兄くらいかと思っていたのに。
落ち着かないまま、理奈は初めて綾香のことを聞いたときから、漠然と感じていた疑問を、考えもなく口にした。
「あの……エクストリームって、楽しいですか?」
唐突な質問に、綾香は面食らったようだった。
だが、真剣な理奈の瞳を見て、姉が妹を見るような、淡い微笑みを返す。
そして静かに語り始めた。
「そうね……。一言で言うなら、もちろん楽しいわ。
自分が強くなること、強くなった自分で勝ち抜くこと。それは快感であるとさえ言えるわ。
勝負前の、胸を高鳴らせる高揚感。リングに立ったときの、震えるような緊張感。
あのステージでこそ、本当の私が出せる。
……来栖川家のお嬢様としてではなく。一人の格闘家、来栖川綾香として」
「来栖川綾香として……」
「そうよ。私は私として立つために、あの場所で戦っている」
それは来栖川という看板をもって生まれた綾香の、ささやかな解放願望だったのかも知れない。
その立場には、天才と言われる兄の看板を背負う理奈も共感できる。
この人になら、今まで誰にも聞けなかったこと、話せなかったことを言える気がした。
理奈は質問を続ける。
「……勝つための、練習とか、修行とか、辛くないですか?」
21 :
琉一:02/02/28 16:39 ID:VaG56HaJ
『修行』という言葉に、綾香は軽く苦笑いするが、
「辛くないわ」
答えはきっぱりとしている。
「それはもちろん、肉体を酷使するものだから、苦しいときもあるわ。痛い思いもする。
自分は何やっているんだろうって思ったこともあったわ。でもね……やめられないのよ」
「どうしてですか?」
「どうしてだと思う?」
理奈の質問に質問を返す。
理奈は少しだけ悩んで……素直に心に昇った答えを言った。
「好きだから……ですか?」
「ええ」
綾香は笑った。
なんの迷いもなく、本当に楽しいと心から思っている、澄んだ笑み。
その笑顔は理奈にはとてもまぶしく、素敵に映った。
だから、逃げるように目を逸らした。なのに後を追うように、綾香が顔を覗き込んでくる。
「あなたはどうなの?」
「え?」
「私はあなたを知らないけれど……そういう質問をしてくるってことは、何か迷っているってことじゃないの?
お姉さんに話してみなさい」
綾香はお姉さんぶって胸を叩く。そのしぐさに、思わず笑みが漏れた。
そして、心の内を話し始める。
「私……その、今アイドルになるレッスンをしているんですけど……」
うんうんと綾香は頷く。
「分からないんですよね、自分が本当にやりたいことって。学校も楽しいし、友達と遊ぶのも楽しい。
だけど歌を歌うことも、ううん、レッスンだって、きついけれどやっぱり楽しいんです。
自分が少しずつ上手くなっていくのが分かる。今までできなかったことができていく。それが楽しいんです」
「なら、あなたの心はそれを求めているんじゃないかしら?」
22 :
琉一:02/02/28 16:40 ID:VaG56HaJ
「……やっぱり、そうでしょうか?」
「私は知らないわ」
不意に綾香は突き放すように言う。
「あなたが何を感じ、何を求めているのか、決めるのはあなた自身よ。
ただね、一つだけ言えることは……」
綾香は理奈から視線を外し、遠くを見つめる。
「他人に決められたことで後悔するのは、ひどくいやなものよ」
その横顔は空ではなく、どこか遠い、そしてずっと昔の何かを見つめているようだった。
――他人に決められたこと。
――兄さんの敷いたレール。今のままそこを歩いていけば、私は高い確率で、アイドルになれる。
――でもそれは、私が望んだこと? 兄さんが望んだこと?
――私は一体、何になりたいのだろう?
理奈の迷いをよそに、綾香は強く語り続ける。
「私は自分の足で歩けるようになった。だから自分の道を歩く。
たとえそれで傷つこうが、死ぬほど苦労しようが、後悔はしない。
ただね、これはあくまで私の意見。あなたの道は、自分の心の一番奥に、聞いてみなさい」
綾香は立ち上がり、理奈の肩に手を置いた。
軽く置かれただけなのに、なぜかひどく重く、力強く感じる。
「そして、その覚悟があなたにあるなら……歩き出しなさい」
綾香は手を離し、歩き出した。同時にチャイムが鳴る。
理奈はしばらくそのチャイムを、別の世界の出来事のように聞き流し……慌てて駆けだしていった。
23 :
琉一:02/02/28 16:40 ID:VaG56HaJ
その日の練習は一時間で終わった。
集中できず、小さなミスを何度も繰り返した。体もスムーズに動かず、ステップも決まらない。
英二は「もういい。今日は終わりだ。お疲れ」とだけ言って、さっさと立ち上がった。
「に、兄さん!」
英二は珍しく、理奈に笑顔を見せて、
「理奈も疲れているんだろ。たまにはいいさ。休め」
そう言ってくれたが、理奈は逆に、兄に見捨てられたような気がした。
立ちつくす理奈に、スタッフの一人が慰めるように声をかける。
「英二さんもああいっているしさ。今日は休みにしよう」
「でも……」
「理奈ちゃんだって、疲れもたまるし、調子が悪いときもある。休むことも大事だよ」
「……はい」
納得できないが、プロデューサーであり、振り付けも担当している英二がいなくては、レッスンも何もない。
他のスタッフの薦めもあって、休むことにしたはいいが、正直、時間を持て余す。
目的もなく、ぶらぶらと街を歩いた。
――もしも、これでやめてしまったら。
そんな考えが浮かぶ。時間の上手な潰し方さえ知らない自分が、
もう好きにしていいと解放されたら、自分はこの長い時間を、どう過ごすのだろう。
ショーウインドゥをのぞいたりしてみるが、どうにも気は晴れない。すると、
「あれ、理奈?」
「あ……早紀」
「どうしたの? 今日はレッスンじゃなかったっけ?」
「うん……」
「ちょ、ちょっと理奈。目がうつろだよぉ……」
ぴらぴらと目の前で手を振ってみる。
「もう……平気だって」
弱々しく微笑む理奈を、これは重症と感じた早紀は、いつもらしからぬ強引さで、ファミレスに連れ込んだ。
24 :
琉一:02/02/28 16:40 ID:VaG56HaJ
「ほら、これ! 新作の謎じゃむサンデー!
おいしいんだかよくわからないんだけど、なんだかハイになって、すごいクセになるから!
理奈もこれでいいよね? お姉さーん! 謎じゃむサンデー二つ!」
「ちょ、ちょっと、私それでいいなんて……」
謎じゃむ……その名前だけでも十分得体が知れないのに、おいしいかどうかよく分からないが、
クセになるしハイになる、というのはとてつもなくやばい香りがする。
だが理奈にかまわず、食べる前からハイになっている早紀は、さっさと注文をすませてしまった。
「いいのいいの。今日は私がおごったげるから。理奈と一緒に遊べるなんて、めったにないもんねっ」
そういう問題でもないのだが……だけど早紀の屈託のない笑顔に、ずいぶん救われた。
「もう……かなわないな。でも、ありがとう」
「きにしない、きにしない。友達ってこういうもんだよ」
「友達、かぁ……」
一緒のクラスだけど、理奈は学校を休みがちなので、めったに遊んだこともない。
そんな理奈を友達といってくれる早紀の優しさが嬉しかった。
「それで、どうしたの? 何か辛いことでもあった?」
やってきた謎じゃむサンデーをパク付きながら、早紀が問う。
「辛い、ってわけじゃないんだけど……」
「嫌味な先輩に、トゥシューズに画鋲を入れられたりとか……」
「今時そんなことする人いないわよ。それに、私まだデビュー前よ」
「わからないよー。ほら、芸能界はシビアな世界だから。今のうちに理奈を潰しておこうという陰謀かも……」
「どっちにしろ、そんなんじゃないって。ただね……」
理奈はぽつぽつと、自分の迷いを語り始めた。
内容はほとんど綾香に話したことと同じだったけど、その時より心は揺れていた。
早紀は何も言わず、時折頷くだけで、黙って話を聞いてくれた。
25 :
琉一:02/02/28 16:40 ID:VaG56HaJ
「で、今日は集中できず、兄さんは呆れて帰っちゃった。……やっぱり私、むいてないのかな?」
「ええぇっ!? そんなことないよっ!」
謎じゃむが回ってきたのか、早紀は素っ頓狂な大声を出し、店の注目を浴びる。
「あ……、コホン。えっとね。理奈、むいていないなんて嘘だよ」
「でも……」
「だって理奈、美人でしょ、歌上手いでしょ、声も綺麗。もう、こいつ絞め殺してやろうかってくらい」
冗談めかして早紀が笑う。
「それにお兄さんがあの緒方英二でしょ。バックアップも完璧。私もあんなお兄さんが捕しぃ……」
――いや、あんな兄で良かったら、のしつけてあげるけど。
とまで言うのはさすがに兄に悪いか。理奈は言葉を飲み込む。
「でもそれは、私の努力の結果じゃないもの。
私、自分が本当に歌が好きなのか、アイドルになりたいのか、そういうのが、わからなくなっちゃって……」
「なんで? 理奈、歌好きだよ」
目を丸くして、早紀があっさりと断言する。
「ほら、一学期の音楽でさ、理奈が歌ったときみんな唖然としたじゃない。
コーラスなのに、一人だけ次元の違う声が、はっきり聞こえるの。
それでみんな、歌うのやめちゃって聞き惚れていた。
なのに理奈、そんなことには気づかないで、伴奏も止まっているのに最後まで歌って……
『あれ?』って顔して、その後すごい拍手が起こって」
「あ……あったわね、そんなことも」
理奈は照れくさげに目を逸らすが、早紀は熱心に語り続ける。
26 :
琉一:02/02/28 16:41 ID:VaG56HaJ
「まるでスポットライトが当たっているみたいだった。
私たちは、木とか岩とかそんな役で、理奈だけ王子様。
後でアイドルを目指しているって聞いて、みんな納得したもの。
好きじゃなかったら、あんなに没頭して歌えない。
それに、あの時の理奈、本当に楽しそうで、幸せそうで……。『この人、本当に歌が好きなんだ』って、思ったもの。
理奈が歌が好きじゃないなんて、そんなのあるわけないよ」
歌が好き。
そう、自分の原点はそこにあったはずだ。
小さい頃から、兄の弾くピアノに合わせて歌うのが好きだった。
まるで宝石のつまった箱のように、キラキラと輝くメロディーが、兄のピアノから流れ出す。
自分はそれを聴いて育ち、一緒に歌うことで、ここまで来た。
ただ、それを仕事にする以上、『好き』だけでは許されない。
その余剰部分から、迷いは生じていた。好き。楽しい。辛い。幸せ。苦しい。疲れた。
色々なものが混じり合う。だけどその奥で、一番強く心に訴えるものは、
『歌が好き』という想いだった。
「そっか……私、歌が好きだったんだ……」
「そうだよ!」
早紀が我が事のように断言する。
好きだからと言う、一番シンプルな理由。
いろいろなものが絡まり合ったせいで、一番大切なことを忘れていた。
なぜ、自分は歌っているのか。考える必要もないことだった。
「うん……そうだね。私、好きなんだ……。歌うことが好きで、一生そうして生きていければいいと思っていた。だから……だから頑張れるんだ」
「うんうん。だから理奈、やめちゃダメ。もったいない。後で絶対後悔するよ」
『他人に決められたことで後悔するのはひどくいやなものよ』
綾香はそう言っていた。
彼女は決められたレールから逃れ、自分の道を歩きだした。
今理奈が歩いている道は、他人に敷かれたレールかも知れない。
だけどそこを歩いているのは理奈自身で、やめようと思えば、いつでもやめられたはずだ。
――私は、この道を歩きたいと思ったんだ……。
27 :
琉一:02/02/28 16:41 ID:VaG56HaJ
「うん。私……頑張る。好きだもんね。やめられないもんね」
「そうそう。だいたい理奈から歌を取ったら、ちょっとかわいい子で終わっちゃう」
「うわ、ひっどい。まぁ……確かに、放課後を女の子と二人、パフェをつつくような貧しい青春だけど……」
「ああ、そうそう! 理奈、謎じゃむサンデー溶けちゃう! 早く食べなよ」
頂点に立ったソフトクリームが崩れて、器からはみ出そうになっている。
理奈は慌ててソフトクリームと、周りに飾られたオレンジ色のじゃむを救い、口に運んだ。
やや甘めのじゃむと、冷たいソフトクリームが程良く調和し、さわやかな後味を舌に残す。
「結構いけるわね」
「でしょ? これがねぇ……なんだかやめられないんだぁ……。私三日連続でこれ食べているんだよね」
「それは……ちょっとやばくない?」
依存性のある物体でも入っているのではなかろうか?
「いいの。おいしければなんでもオッケー」
弾けるように二人は笑った。
そうだね。好きだもの。辛いことや苦しいことがあっても、私は好きだから……楽しいから、だから、歌い続ける。ずっと……。
「ん……」
理奈は微睡みから覚めた。
高校時代の自分とアイドルの自分。どちらが現実でどちらが湯メダカ分からなくなり、理奈はきょろきょろと辺りを見回す。
いつもの楽屋にいつもの衣装。時計の針だけは記憶にあったときより、一時間ほど進んでいた。
肩にはどこかで見たような、濃紺の上着が掛かっている。
……忘れるはずがない。自分で選んで兄に渡したものだ。
理奈はくすりと笑って上着を羽織り直すと、楽屋を埋めた花束の群を眺める。
その一つが、偶然目に止まった。
28 :
琉一:02/02/28 16:41 ID:VaG56HaJ
白い花を、オレンジ色の花で囲んだ、シンプルな花束。それは夢の中で見たなにかを連想させる。
「まさか……ね」
そう思いつつも、差出人の名前を確認する。そして納得した。
「……だから、あんな夢を見たのかしら」
差出人は瀬川早紀。懐かしい友人からのプレゼントだ。
あの後すぐ、理奈は学校を辞めてしまい、ファミレスに行く余裕もなくなってしまったが、
あの謎じゃむサンデーの味は、今でも舌に残っている。
「早紀ったら……まだあれにはまっているのかしら」
花束からは、甘く、クセになりそうな香りがした。
「早紀。私、頑張っているわよ。ここまでこれたのも、あなたのおかげかも知れない……。
見ててね。今日、私は自分の選んだ道で、頂点に立ってみせるから」
今日は音楽祭。
最高のステージが、理奈を、由綺を、新しいアイドルの誕生を待っている。
そう考えるだけで、胸が高鳴る。
心地良い緊張感を楽しんでいると、控え目なノックがして、英二が入ってきた。
「お、理奈……起きていたか。リハ始まるぞ」
「ええ……ありがとうね、兄さん」
理奈は上着を兄に返し、微笑んだ。
「なんだ、珍しいな。そんな素直に礼を言われると、裏があるんじゃないかって勘ぐってしまうぞ」
「バカね……たまにはいいじゃない」
目の前にいる、自分の兄。
彼がいなければ、理奈は今、この場所にいなかった。
兄だけじゃない。今この場所に立つまでに、自分を支えてくれた、たくさんの人達に感謝したい。
懐かしい友人達の顔を思い起こしつつ、理奈はステージに立つ。
乱舞する光が理奈を照らし、悲鳴のような歓声がステージを襲う。
ミュージックが流れ、自分の鼓動とシンクロする。
今日は、自分の最高の一日になる。
そんな予感がした。
29 :
琉一:02/02/28 16:43 ID:VaG56HaJ
緒方理奈支援SS、『今、ここにいる理由』
>>15-28でした。
長すぎ……。きゅう。
(10レス分の予定です)
「あっ!」
理奈ちゃんが急に声を上げたので、俺は驚いて振り向いた。
今日は夏休み特番の収録で、理奈ちゃんの母校の小学校に撮影に来ている。
昔お世話になった人や初恋の人を探そう、というありがちな企画だ。
その撮影の休憩時間、紙コップのコーヒーを飲んでいた理奈ちゃんが、急に
大きな声を出したのだ。
「どうしたの?」
俺は慌てて理奈ちゃんに駆け寄った。
理奈ちゃんは校門の横の方を見つめたまま微動だにしない。
「もしもし〜?」
目の前で手をひらひらさせると、理奈ちゃんはやっと気が付いた。
「え? あ、バイト君、どうしたの?」
きょとんとした表情で訊く理奈ちゃんに俺はガクッと膝をついた。
「どうしたのはこっちだよ。急に『あっ!』とか言って固まっちゃってるから
どうしたのかと思った」
苦笑して言うと、理奈ちゃんはくすっと、でもちょっと硬い表情で笑った。
「ごめんね。ちょっとアレに苦い思い出があってね……」
そう言って、理奈ちゃんはさっき見ていた方向を指差した。
今日は、りなちゃんの小学校の入学式です。
昨日の夜からどきどきしちゃって、りなちゃんはあんまり眠れませんでした。
買ってもらってからずっと隠してあった赤いランドセルが枕元に置いてあっ
て、そのにおいがしていたから、というのもありましたが、もっと大きな訳が
ありました。
りなちゃんのおにいちゃんは、お隣りの中学校へ通っているんです。
だから、これから毎日おにいちゃんと一緒に学校へ行けるんです。
そう思うと、りなちゃんはうれしくってしかたがないのでした。
「じゃあ、りな、先生の言う事をよく聞いて、しっかりお勉強するんだぞ」
学校に着くと、えーじおにいちゃんはそう言って、りなちゃんの頭を撫でま
した。
「うん!」
りなちゃんは元気いっぱいにうなずきました。
りなちゃんはおにいちゃんの事が大好きです。
だって、とっても優しくて、頭がよくって、物知りなんですもの。
でもちょっと、かけっことかは苦手みたい。
だけど、そんなところもおにいちゃんらしくって、好き好きなのよ〜。
そんな事を思って、りなちゃんはくすくすと笑いました。
「まぁまぁ、元気がいいのね。それじゃりなちゃん、行きましょうか?」
ママも笑って、りなちゃんの手をくいくい、とひっぱりました。
「あっ、おにいちゃん、いっしょに帰ろうね、先にかえっちゃやだよ?」
りなちゃんはちょっと寂しくなって、おにいちゃんにそう言いました。
「わかった。おにいちゃんも今日は授業ないから、ここで待ち合わせな」
おにいちゃんはそう言って手を振って、中学校のほうへ駆けていきました。
入学式が終わり、りなちゃんとママは学校の入り口の桜の木の下で、おにい
ちゃんを待っていました。
待ち合わせ場所におにいちゃんがくると、ママは買い物して帰るから二人で
先に帰っててね、と言って行ってしまいました。
「おにいちゃん、おにいちゃん、あれなぁに?」
りなちゃんは、さっきから気になっていたものを指差しました。
黒い大きな人形が、桜の木の蔭に隠れるように立っています。
パパがよく見ているテレビに出てくる、おさむらいさんみたいな頭をしてい
ます。
そして、手にはご本を持って、背中になにかを背負っているのです。
ランドセルみたいですが、ちょっと変な形です。
「ん? あれかい? あれは、あんまりじろじろ見ちゃだめだよ」
えーじおにいちゃんは、ひそひそ声で言いました。
「え? どーして? どーして見ちゃだめなの?」
りなちゃんは不思議そうに訊き返しました。
「ここは危ないから、ちょっと歩いてから教えてあげるよ」
そう言って、おにいちゃんは先にすたすたと歩いていってしまいます。
「あっ、やだ〜、待ってよぉ、おにいちゃ〜ん!」
りなちゃんは、慌てて後を追いかけました。
少し離れた公園まで来たところで、おにいちゃんはやっと立ち止まりました。
「はぁ、はぁ、はぁ、お……おにいちゃん、歩くのはやいよぉ」
りなちゃんは少し泣きそうになって、おにいちゃんを睨みつけました。
「ごめんごめん、でもりな、あのままあそこにいたら、危ないところだったん
だぞ?」
えーじおにいちゃんはりなちゃんをベンチに座らせると、その前にしゃがん
でりなちゃんの膝に手を置いて、とっても真剣な表情で言いました。
「え? 危ないって?」
りなちゃんは怖くなって、膝の上のおにいちゃんの手をぎゅっ、と握り締め
ました。
「いいかい、りな。学校は勉強をするところだ」
「知ってるよ。りな、それくらい知ってるもん」
「そうだな。りなは良い子だもんな」
そう言って、えーじおにいちゃんはりなちゃんの頭を撫でました。
「えへへ〜」
りなちゃんは途端にうれしくなって、にこにこしてしまいます。
「でもな、中には勉強しない悪い子もいるんだ」
「うん、悪い子だね」
りなちゃんはうん、うん、と頷きます。
「学校ではそんな子にはどうすると思う?」
「え〜? う〜ん。え〜と、え〜とねぇ・・・」
りなちゃんは一生懸命考えます。
お家では、りなちゃんが悪い子の時は、ママがお尻ぺんぺんをします。
膝の上に腹ばいに乗っけられて、スカートをめくってぱんつも下ろされて、
ぺちん、ぺちんと叩かれるのです。
痛いし、恥ずかしいしで、りなちゃんはもう二度と悪い子にはならないぞ!
と思います。
その時のママときたら、怖くて怖くて、鬼ばばぁ! とか思ってしまいます。
でも、そのあと「ごめんね、痛かったでしょ?」といってお尻を濡れタオル
で冷やしてくれるママは大好きです。
本当にりなの事を心配してくれてるんだな、と思うからです。
でも、もうちょっと痛くしないで欲しいな、とは思うのですけれどね。
その時は、ママの為にももう絶対に悪い子にはならない、と思うのです。
けど、やっぱり時々は悪い子になっちゃうりなちゃんなのでした。
「う〜んと、お尻ぺんぺん?」
りなちゃんは、とりあえず答えてみます。
「違うよ。学校の先生はね、生徒に手を出しちゃいけないんだ」
おにいちゃんは首を振りました。
「てをだす?」
「叩いたりつねったりしちゃ駄目って事。だから、お尻ぺんぺんはしないんだ」
「じゃあ、じゃあね、う〜んと……」
りなちゃんはまた一生懸命考えます。
「えっと……わかった、きゅーしょく抜きだ!」
りなちゃんは一度、晩御飯を食べさせてもらえなかった事があるのです。
あれはおととしの事でした。
その日の晩御飯はカレーでした。
りなちゃんはカレーが大好きです。
でもその日のカレーにはあろうことかグリーンピースとにんじんがたっぷり
はいっていたのです。
りなちゃんは、グリーンピースとにんじんが大っ嫌いでした。
りなちゃんは泣いて駄々をこねました。
だって、こんなにいっぱい嫌いな物が入ってたら、大好きなカレーが台無し
ですもの。
たとえ丁寧に全部取り除いたって、グリーンピースとにんじんの味が混ざっ
ちゃって、美味しいはずがありません。
『こんなの食べないもん!』
そう言って、キティちゃんのお皿に盛ったカレーを、スプーンといっしょに
りなちゃんはひっくり返してしまったのです。
ママはとっても怒りました。
いつもよりずっとたくさんお尻ぺんぺんをされたあと、りなちゃんは言われ
たのです。
『食べ物を粗末にする子に食べさせる御飯はありません! りなは今日は御飯
抜きよ!』
りなちゃんは泣いて謝りましたが、ママは許してくれませんでした。
でも、その日の真夜中、お腹が空いて眠れなくって泣いていたりなちゃんに、
ママはトーストと暖かいミルクを持ってきてくれました。
トーストには苦いのであんまり好きじゃないマーマレードが塗ってありまし
たが、りなちゃんは文句を言わずに食べました。
それ以来、りなちゃんは好き嫌いをなくそうと努力するようになりました。
今ではグリーンピースやにんじんも、嫌いじゃないかな? と思えるように
なっています。
ピーマンだけはいまだに苦手なのですけどね。
あっ、話がそれましたが、小学校に行くとお昼にきゅーしょくというものが
出る事を、りなちゃんは聞いて知っていました。
一つ年上のお隣りのゴローちゃんは『学校で一番きゅーしょくの時間が好き』
だと言っていましたし。
それでりなちゃんは、きっと悪い子はきゅーしょくを食べさせてもらえない
のだと思ったのです。
「違うな。逆に、給食は嫌いなものがあっても必ず全部食べないとお家に帰ら
せてもらえないんだぞ」
「えぇっ? そーなの?」
りなちゃんはびっくりしました。
だってゴローちゃんなんかお魚嫌いなのに大丈夫なのかな? と思ったから
です。
「それじゃぁ……え〜と、え〜と……」
「ブ〜ッ! ゲームセットだな、りな」
えーじおにいちゃんがそう言って、ちっちっちっ、と舌を鳴らして指を振り
ました。
「え〜? わかんないよぉ〜、おしえてよぅ、おにいちゃ〜ん」
りなちゃんはぷーっ、とほっぺたをふくらまして訊きました。
「そこであの二ノ宮尊徳像の登場だ」
「にのみあとんとくぞー?」
「に・の・み・や・そ・ん・と・く!」
「それなぁに? ねぇ、おしえておしえておしえてよ〜」
りなちゃんにはおにいちゃんの言っている事がよくわかりません。
知りたいのになかなか教えてくれないおにいちゃんに、りなちゃんはだんだ
ん焦れてきました。
「あれはね、ロボットなんだ」
「えっ!?」
りなちゃんはびっくりしました。
だって、カブ○ックとかガ○ガ○ガーとは全然ちがうんですもの。
「勉強しない悪い子や、給食で嫌いなものを残すような悪い子を見つけると、
あの人形が動き出してお仕置きするんだ」
「えっ!? ほ、ほんと!?」
さっき見たあの黒い人形が動き出す様子を思い浮かべて、りなちゃんは震え
上がりました。
「お仕置きって・・・どんなお仕置きをするの?」
恐る恐る訊いてみます。
でも、おにいちゃんは首を振りました。
「わからないんだ。だって、二ノ宮尊徳像のお仕置きを受けた悪い子は、二度
とお家には帰れないからねぇ」
そう言って、おにいちゃんも怖そうに身体を震わせました。
「い、いやぁ、こわいよぉ〜」
りなちゃんはおにいちゃんにしがみつきました。
「いやだぁ〜、りな、もぉ学校いかないぃ〜、お家に帰れないの、やぁ〜」
そして、わんわんと泣き出してしまいました。
そんなりなちゃんを、えーじおにいちゃんは一生懸命なだめます。
「大丈夫だよ、だってりなは良い子だもん」
りなちゃんはふるふると首を振ります。
「りな、いい子じゃないもん、おにいちゃんのプラモデルこわしちゃったもん。
それに、ママの口紅勝手に使っちゃったし、パパの大切な眼鏡をおままごとに
使ってなくしちゃったもん」
りなちゃんはいっこうに泣き止みません。
ふう、とため息をついたおにいちゃんは、ポケットをごそごそしだしました。
そしてしがみついて離れようとしないりなちゃんの肩を掴んで、そっと身体
から引き離します。
「りな、いい物をあげよう」
そう言っておにいちゃんは、りなちゃんの前に手のひらを広げました。
りなちゃんは、涙で霞む目を拭ってその手のひらの中を覗き込みました。
そこには・・・
「わぁ、きれい」
思わずりなちゃんは声を上げました。
だって、本当に綺麗だったんですもの。
おにいちゃんの手には、二粒の綺麗な半透明の石がのっていました。
指の先ほどの小さな石ですが、陽の光を反射してきらきらと光っています。
「お守りだよ」
そう言って、おにいちゃんは一粒摘み上げて、それをりなちゃんに差し出し
ました。
りなちゃんは両手でそれを受け取りました。
さっきまでおにいちゃんのポケットに入っていたそれからは、おにいちゃん
の温もりが伝わってきます。
りなちゃんはなんだか自然と落ち着いて、いつのまにか泣き止んでいました。
「ありがとう、おにいちゃん」
りなちゃんはうれしそうに言いました。
「これを持っていたら、二ノ宮尊徳像も追っかけて来ないからね。それでも駄
目な時は、この石を持っておにいちゃんを呼ぶんだ。必ずおにいちゃんが助け
に来てあげるからね」
おにいちゃんはそう言って、自分の石を太陽にかざして見せました。
「うん!」
りなちゃんは、大きくうなずいて石を大事にポケットにしまいました。
「おにいちゃん、りな、これ入れる袋作ってあげる! おそろいのね!」
そう言って、りなちゃんはまたおにいちゃんに抱きつきました。
やっぱり、りなちゃんはおにいちゃんが大好きです。
だって、こんなに優しくって、頭が良くって、物知りなんですもの。
きっと大きくなったらおにいちゃんのお嫁さんになるんだ!
りなちゃんはそう心に誓うのでした。
「いま思えば、これって河原で拾ったただのガラスのかけらだったのね。ほら、
川を流れていくうちに角が取れて丸くなるじゃない?」
理奈ちゃんはそう言って、すっかり年代を感じさせる手作りの小さな袋から
取り出した石を、細い指先で弄んでいる。
「おかげでもうすっかり兄さんのパターンが読めちゃって。最近私が騙し甲斐
なくなったもんだから、すっかりターゲットが由綺に移っちゃってるのよね。
ホント、ごめんね」
理奈ちゃんは片目をつむって謝った。
「あ、でも最近はバイト君もターゲットの一人かな?」
そう言ってあはは、と笑う。
「でも、いいお兄さんだね」
俺が言うと、理奈ちゃんはそう? そんなことないよ、と言いながらも嬉し
そうに微笑んだ。
その笑顔は、本当に天使のように清らかな笑顔だった。
>>30-39 長くてゴメンなさい……
今からSS投稿しますです。
12レス分の予定です。
1/12
毎朝繰り返される光景。
「く〜…」
かえるのぬいぐるみを幸せそうに抱き、夢の中にいる名雪…。
「朝よ、名雪。…起きなさい」
いつもの呼びかけ。
「うにゅ…」
いつもの反応。
「ホントに困ったわね…」
毎朝繰り返されるつぶやき。
「く〜…」
しかし、今日からは違ったのだった…
2/12
「しょうがないわね…これでも起きなかったらホントお手上げね」
あらかじめ持ってきた瓶のふたを開け、その中にスプーンを差し入れる。
「まずはこのくらいね…」
イチゴジャム。名雪が小さい頃から好きな食べ物だった。
イチゴが使われている食べ物なら、何でも良いようなのだけど…。
「名雪、口を開けてくれる?」
私は、寝ている名雪にそう問いかけた。
「うにゅう…」
名雪は寝ているにもかかわらず、私が言った言葉が理解できたようで、口を開けてくれる。
「はい、あ〜ん…」
「…あ〜ん…」
小さな口がわずかに開かれたので、綺麗な赤色のジャムがのったスプーンを口に運ぶ。
「……」
「……」
「…ん…? イチゴジャム…」
…反応があった。普通に起こすより目覚めが良いようだ。
私はすかさず名雪に声を掛けた。
「おはよう、名雪。もう朝よ?」
「…あ、お母さん。おはよう」
いつもの挨拶より心持ち軽やかに聞こえる。
「お母さん、さっきイチゴジャム食べた夢みたよ」
「そう。イチゴジャムおいしかった?」
「うんっ! お母さん、今日もイチゴジャム食べてから学校行きたい」
「はいはい」
私の作戦は成功だった…。
3/12
−−数十日後−−
あれから、名雪は朝すぐに起きてくれるようになった。
ジャムをつかってだけれど…。
しかし…
「おはよう、名雪」
「うにゅ…おふぁよう〜」
「名雪、もう走らないと遅刻よ?」
「え……」
…ジャムはほとんど効かなくなってしまった。
スプーン一杯のイチゴジャムでも名雪は
『じゃむおいしい……く〜』
とまた寝てしまい、ジャムでお目覚め作戦は振り出しに戻ってしまった。
「困ったわね…」
あの子が急いで学校に行った後、また新しい作戦を考えてみた。
好きな物では起きてくれない…だったら、嫌いな物はどうか…。
「嫌いな物で起きない…って事はないものね」
新しい作戦はあっさり決まった。
「そうと決まったら、まずは人参をジャムにしてみようかしら…」
秋子「人参だったら、ジャムにしてもおいしくないということはないものね」
そう一人つぶやくと、私は新鮮な人参を買いに商店街に行ったのだった…。
4/12
−−翌日−−
名雪の部屋に、いつものように入る。
「起きなさい、名雪。もう、朝よ?」
「……」
名雪は『けろぴー』を抱いて幸せそうに寝ていた…。
何度か呼んでみたけど、起きてくれる様子がなかったので、昨日作ったジャムをスプーンにすくう。
「さぁ、どうなるかしら…」
「ほら、名雪。ジャムよ…口を開けて…」
「にゅぅ…イチゴジャム…」
いつものように小さな口が開かれる。
「はい、あ〜ん…」
「じゃむぅ〜…」
「……」
「……」
無反応。
「………」
「!!!」
がばぁっ!
びっくり。ものすごい効果があった。
「お、おかあさぁ〜ん…。さっきの…なに?」
「ジャムよ?」
「…な、何ジャム…?」
5/12
「人参よ」
「ふぇーん…お母さんのいじわる〜」
名雪は、目尻にわずかに涙をためていた。
「ほら、起きたなら支度しましょうね」
「人参嫌いー」
「あまりおいしくないよぉ…」
「えっ、あまり??」
名雪の言葉に少し驚いてしまった。
「うん…いつもの人参よりはおいしかった…」
「そう。人参もホントはおいしいのよ?」
「そうなのかなぁ…」
新しい作戦…これは大成功だった。
あの子が、嫌いな物を少しでも『おいしい』といってくれた事も嬉しかった…。
−−数ヶ月後−−
「名雪、最近人参残さないわね…」
「なんか、人参食べれるようになっちゃった…」
「…あのジャムのおかげかしら?」
「そうかも。人参ジャムのおかげだよ。たぶん」
だから、なのね。最近また朝起きれないときがあるのは…。
…またジャム作ろうかしら…。
嫌いな物を克服できてしまうこの「ジャムでお目覚め作戦」は、名雪にとっても、私にとっても好都合だったから…。
6/12
−−数日後−−
……
「あさよ。起きなさい、名雪」
「うにゅぅ…」
「…だめね…もう、人参ジャムじゃ…」
人参は、名雪の嫌いな食べ物「だった」ということになってしまった。
「くー…」
「次のジャムの出番ね…」
らっきょ…名雪が嫌いな物の一つ。
別に、好きな方がいいわけでもないんだけど…。
それにしても…
「らっきょジャムなんて聞いたこともないわね」
自分で作っておいてなんだけど…。
「名雪、ジャムよ…口を開けてね…」
ここ数ヶ月、ずっと続いてるジャムの目覚まし。
この子にしか効かないんでしょうね…。
「じゃむー? わたし、にんじん食べれるもん…」
「あ〜んして、名雪…」
「あ〜ん…」
秋子「名雪…?」
7/12
「……」
「!!!!!!」
がばぁぁぁぁっっ!!
効果抜群だった。人参ジャムの時よりも…。
「うぅ〜〜〜っ、おかあさぁ〜ん…またジャムかえたでしょ〜〜」
「ええ。どう? おいしい?」
「らっきょでしょ…これ…味で分かるよぉ…」
「うー…おいしくない…」
「そう? そのうちおいしくなるわよ??」
やはりらっきょジャムは、お気に召さなかったらしい。
「…う〜、この微妙な甘さと酸っぱさが嫌だよー」
「さぁ、遅れるから早くしたくしなさいね」
「らっきょさんきらいー」
「う〜」
…またしても成功ね。人参みたいに、食べられるようになってくれると良いんだけど…。
8/12
−−数ヶ月後−−
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「ねぇ、お母さん。らっきょっておいしいんだね」
「え?」
「今日、給食にでたから思い切って食べてみたんだよ」
「なんかおいしかったんだ。きっと、お母さんのジャムのおかげだね」
らっきょを食べられるようになった名雪は、嬉しそうだった。
「…そう。じゃあ、また何か考えないとね」
「え…」
「大丈夫よ」
「お、お母さん〜…」
−−そして数年後−−
「名雪、朝ですよ。起きなさい」
「く〜…」
こまったわね…。もうこの子の嫌いな食べ物はないものね…。
人参から始まった『嫌いな物ジャム作戦』も、名雪が嫌いな物を食べれるようになってしまっては、意味がなかったのだった…。
でも、そのおかげで嫌いな物がなくなったんだから良い事よね。
「うにゅ…」
「ほら、起きないと遅刻しますよ」
「にゅぅ…」
「……」
だめね、やっぱり何か考えないと…。
9/12
−−数日後−−
考えた末に、会社で提案したジャム…このジャムだけは通らなかった…を使うことにした。
「このジャムとてもおいしいと思うんだけど…」
「なぜか不評だったのよね…」
一緒に提案した三つのうち、このジャムだけ不評だったのだ。
実を言うと、一番自信があったジャムでお気に入りでもある。
そのジャムは綺麗なオレンジ色をしたジャムで、甘くないのが特徴だった。
「名雪は気に入ってくれるかしら…」
−−翌日−−
「く〜…」
今日も名雪は気持ちよさそうに眠っていた。
「名雪、朝よ。また走らないと遅刻になるわよ」
「…うにゅ〜」
気持ちよさそうに、布団の中で寝ている名雪…。
…このジャムの出番ね…。
「ほら、名雪ジャムよ…。口を開けて」
「…じゃむ〜、おいしい…」
「まだ食べさせてないんだけど…。はい、ジャムよ」
「……」
「!!!!!!!!!!!」
なぜか…今までの記録を更新しそうな勢いで起きあがる名雪。
そして…なぜか名雪は涙目だった…。
10/12
…お、おかあさん…なななな、なに? これ…」
「じゃ、ジャムじゃないよね…?」
名雪は、さっきからどもりまくっていた。
「ジャムよ。おいしかった?」
「……」
「お母さんの自信作なんだけど…」
「うそ…」
名雪は、心底信じられない…というような顔をしてそう言った。
「…すっっっっっごい、変わった味だと思う…」
「そう? 甘くないジャムなんだけど、どうかしら?」
「会社では、不評だったのよね…。自信あったんだけどね」
「わたしも、おいしくないと思うよ…」
どうやらあの子の口にもあわなかったようだった。
「……」
「きっと、そのうち慣れるわよ」
「えっ…お、お母さんっ…こ、これからは自分で起きるっ!!」
「ほんと? なんか残念ね…。でも、お母さんも助かるわ」
「だって……その、あのっ…と…お…ったんだもん…」
「じゃあ、走らないと間に合わない時間になったら起こすわね」
「…うん…たぶんもう大丈夫だと思う……」
「がんばってね」
「…うん…」
その日、あの子が陸上部に入ったということを聞いた。
秋子「そんなにおいしくなかったのかしら…?」
11/12
−−数日後−−
「おかあさん、おふぁようございます〜」
あの日以来、名雪は自分で起きることが出来るようになった。
…いつも遅刻ぎりぎりで、学校に到着してるそうだけど…。
「あはよう、名雪。起きてくるの遅かったから、パンにジャム塗っておいたわよ」
「ありがとう、お母さん」
パンにぬって置いたのは、あのジャムに少し手を加えた物だった。
どうしても、おいしいと言って貰いたかったのもあるんだけど。
「じゃむっ、ジャムっ。イチゴジャム〜」
今度のジャムは前のジャムより自信があった。
今までのジャムの中では一番だと思う。
「あれ? マーマレード? う〜ん、イチゴジャムが良かったな〜」
「でも、お母さんの作るジャムは好きだから良いけどっ」
…おいしくなってると思うんだけど…どうかしら…?
「いただきます〜」
はむ…
「………………」
「…………………………」
「……………………………………」
ぱた…
大きくかじられた後があるパンがお皿に置かれる。
「ご、ごちそうさまっ!!!!」
「あら、もう良いの?」
「ぶ、部活があるんだよっ!!!!」
秋子「そう、気をつけてね。行ってらっしゃい」
「い、行って来ます〜〜っ!」
12/12
………。
「自信あったんだけど…。あの子の様子からして、また口にあわなかったみたいね…」
名雪が残していったパンを食べる。
「おいしいと思うんだけれど…」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ということがあったジャムなんですよ」
「……」
「……」
「な、なるほど…」
「そうなんだ…」
「名雪がどうしても起きなかった時に、このジャムのおかげで何度も助かったんですよ」
「味もですけど、そういう理由でお気に入りなんです」
「それで…材料は何なんですか…?」
「ボクも気になる…」
「それは…やっぱり、企業秘密です♪」
以上です。
HDあさったら出てきたので、だしちゃえと思って貼ったけど…よかったのだろうか(ぉ
セリオ支援SSを貼らせて下さい。
題名は【Appassionata】14レス分。
ちなみに綾香視点の一人称です。
人の手で造られた自我が、何を拠り所にするかを考えてたらこうなりました。
では、失礼します。
――人形である自分を哀しいと感じないのは哀しいことだろうか。
高度に複雑化した人工の知性は矛盾を抱えざるを得ない。
おそらく、それを認識することが研究の第一歩なのだろう。
『12』は人と触れあうことで、当初の予想を上回る成長ぶりをみせてくれた。
彼女は我々が用意した感受性の器に、あふれるほどの想いを詰め込んで帰ってきた。
想像以上の成果と言っていい。
だが、だとすれば『13』の方はどう解釈すればいいのだろうか。
今回の運用テストにおいて、本当の意味で想像を超えたのは間違いなく『13』の方だった。
先端科学に携わる者にあるまじきことかも知れないが、私はこの結果に畏怖すら感じている。
我々は彼女に関しては、“器さえ用意していなかった”のだから。
−来栖川エレクトロニクス職員の個人ファイルより抜粋−
<続く 1/14>
運用テストの最終日――。
セリオと過ごす最後の日は、ホコリっぽい風が窓を叩く音で目が覚めた。
ベッドからはい出して窓を開けると、乾燥した風がバルコニーの下を通って庭先を吹き抜けていくのが見える。
――こんな風の強い日は、きっと目にゴミが入りやすいだろう。
起きてから最初に考えたのはそんなことだった。
別れが来ることは最初から判っていたし、その日が今日だということもずっと前から知っている。
一週間前には一週間後だと思っていたし、三日前にはもうあと三日なんだと考えた。
頭では解っていたのだ。
胸のつかえが下りないのは、頭以外の部分がぜんぜん納得していないということなんだろう。
(参った……な。こういうのはちょっと苦手なんだけど)
サイドテーブルに置かれた鏡のなかでは、来栖川綾香が表情の選択に迷っている。
――困ったときはとりあえず笑えばいい。
――“私”ならそうする。
私はパジャマを放り出すように脱ぎ捨てて、ベッドから跳ね下りた。
考えるのは後にして、早くあの子の顔を見ようと思った。
今日は時間を無駄にしたくない。
泣いても笑っても、残りはもう一日だけなんだから。
どんどん傾いていく陽に追い立てられるようにして、私たちはふたりでいろいろな場所に行った。
買い物をして、ゲーセンに寄って、なぜか海を見に行って、閉園二十分前の遊園地で観覧車に乗る。
何をしていいか分からなかったから、手当たり次第になんでもやった。
別にどこでもよかったのだ。
言葉少なに私の後を着いてくる、綺麗な亜麻色の髪が視界に在りさえすれば――。
記憶のなかに、少しでも多く彼女の姿を刻むことができればそれでよかった。
<続く 2/14>
気が付いたら、もう夕暮れだった。
もう少し名残を惜しみたかったけれど、セリオの方はいつものように淡々としたものだった。
『綾香様にお仕えしたことは非常に有意義な体験でした』
いつも通りの表情でそんな風に言われてしまったら、私から言えることなんてあまり多くない。
お別れの抱擁を交わして、せいぜい湿っぽくならないように笑ってみせた。
「あなたは……ううん、私たちは良いパートナーだったと思う」
ぎゅっと。握りしめたセリオの手は温かい。
でも、そんなのはささいなことだ。
少なくとも私は、温かいのが手だけじゃないことを知っているから。
「そして、これからもずっと――良い友達だわ」
「ありがとうございます。とても、光栄なことです」
口数が少ないのはいつものこと。ぎごちなく握り返してくる手が心地良い。
少しだけ感情があふれそうになったけれど、この子が望まないならそういうのは無しだ。
私が泣いて取りすがったりしたら、きっとこの子を困らせる。
そして、“自分のせいでマスターが泣いている”と考えるだろう。
――そんなのは格好悪い。
<続く 3/14>
握った手を胸の高さまで持ち上げて、私はわざと芝居がかった言葉を投げかけた。
「今日は楽しかったわ。次のデートも期待していい?」
「しかし綾香様、私はもう……」
セリオの反応は予想通りだった。
それが少し微笑ましくて、ほんの少しだけ寂しい。
「こういうときは可能性を考えちゃだめ。その気があったら迷わず『YES』って言わなきゃ」
これから彼女が帰るおとぎの国は、高い塀と企業秘密に囲まれている。
学校の友達が遠くに引っ越すのとはわけが違うのだ。
――もう二度と会えない。
――でも、次に会うときはめいっぱい楽しみましょう。
矛盾する二つの命題に、セリオは自分なりの解釈を下したようだった。
「はい。そのときは、綾香様が今日よりも充実した日を過ごせるよう努めます」
「『綾香様が』じゃなくて『私たちが』でしょ?」
もう一度。私は思い切りセリオを抱きしめた。
気が利かないことに、迎えのバスは一分たりとも遅れずに到着してくれた。
プシュ、と圧縮空気の音がして、おとぎの国への扉が口を開ける。
お別れの時間だった。
ふと、タラップに足をかけたセリオの足が止まって、何かを思い出したように振り返る。
目が合ったのは、ほんの一秒ほどの間だ。
次の瞬間には、すばやく一礼したセリオがタラップを駆け上っていく。
――さよなら。
とっさに動かした唇は、セリオから見えただろうか。
そうして、あの子はあっさりと私の生活から姿を消した。
<続く 4/14>
――朝方からの雨は、いっこうに止む気配を見せない。
学校からの帰り。私は白っぽく煙る景色の中を足早に歩いていた。
午前中の間に少しずつ強さを増した雨が、アスファルトの上に幾つもの筋を作っている。
帰宅するのに車を使わなかったのは、いつもの気まぐれというやつだった。
ささいな気分の変化がなかったら、この路を通ってはいなかっただろう。
――だから、最初は見間違いだろうと思った。
いくらあの子が優秀でも、私の気まぐれまで計算に入れることはできないはずだから。
同じ学校の生徒が傘を忘れたんだろう、ぐらいに思った。
水たまりを避けて顔を上げた先に、見慣れたシルエットが傘もささずに立っている。
寺女の制服はぐっしょりと濡れていて、亜麻色の髪が同じように水を含んで顔に張り付いていた。
「……セリオ?」
声を発してから、すぐに相手の正体を確信する。
「やっぱりセリオじゃない! どうしたの? こんなとこで」
思わず声が弾んだ。
もう会えないと思っていた相手とあっさり再会して心が弾んでいる。
駆け寄ろうとした私の足を止めたのは、聞き慣れたはずのセリオの声だった。
「この路だと思っていました。お会いできてよかった」
完璧な発声とアクセントで綴られる言葉は、まったく耳に障ることなく鼓膜にすべり込んでくる。
お馴染みの声と、変わらない口調。
だけど、何か違和感があった。
<続く 5/14>
降りしきる雨のなか、彼女はあごを引いて背筋を伸ばし、真っ直ぐに前方を凝視している。
私はそれが人型ロボットに共通の『基本待機状態』と呼ばれる姿勢であることを思い出した。
この姿勢は安定性に優れているが、バランス機能に優れたHMXシリーズにはほとんど意味がない。
セリオ本人も、旧世代ロボットの規格を引き継いだだけだと言っていた。
――なんだか、見てる方も背中が突っ張りそうなカッコね。
初対面のときに冗談でそう言って以来、セリオがその姿勢をとったことは一度もなかったはずだった。
二人の距離は二メートル弱――立ち話をするには少し遠い。
雨がますます強さを増すなかで、私とセリオはまるで他人同士みたいに向き合っていた。
「あの日、私は綾香様から逃げ出しました」
沈黙の重さに耐えきれなくなったころ、セリオはいつものように静かに口を開いた。
美しく成形された顔のフォルムの上を、雨滴が絶え間なく流れ落ちている。
目尻と目頭に流れ込んだ水滴が、二本の筋となってセリオの頬を伝っていた。
「……あの日?」
「運用テストの最終日です。綾香様は、私がバスに乗ったときのことを憶えていらっしゃいますか?」
忘れるはずなかった。
ぼんやりとした夕暮れの光のなかで、私はあふれ出しそうな感情の堰を必死で押さえ込んでいた。
忘れろなんていう方が無理だ。
「車に乗り込む直前、、私の思考プロセスは明らかに異常でした。
あのとき、私は綾香様にお別れを述べようとしたのですが――」
そこまで言って、セリオは急に首をめぐらせて辺りをうかがい始めた。
「どうしたの、セリオ?」
「やはり、この付近は優先的に捜索されているようです。予測の範囲ではありましたが」
また、さっきと同じ違和感がわき上がってきた。
今日に限って、セリオの言うことは要領を得ない。
彼女は周囲に油断なく視線を送っていて、私の方を見ようとしなかった。
<続く 6/14>
「私にも解るように言ってくれると嬉しいんだけどな」
セリオは相変わらず、私に見えないものを観て、私には聞こえない音を聴いている。
前はあんなに近くに感じられたセリオが、今日はなんだかよそよそしかった。
他の誰が解らなくても、私だけはこの子の温もりを知っている――そう思っていたのに。
冷たい雨の帳にさえぎられて、私には彼女の見ているものがまるで判らない。
セリオが再び口を開いたのは、たっぷり三十秒ほど間を置いてからだった。
「いま研究所の方々に見つかったら、私はもう綾香様と話すことができなくなってしまいます」
その一言でようやく、セリオが何を気に掛けていたのか分かった。
そして、彼女が置かれている状況も。
「――私は、外出許可を得ずにここに来ています」
セリオの口からは予想通りの言葉が出てくる。
――結局、セリオは一度も私と目を合わせようとしなかった。
<続く 7/14>
ぬかるんだ校庭を横目に、セリオと同じ傘に入って歩く。
私たち二人は、姉さんが通っている高校に来ている。
校門までは何度も来たことがあるけれど、こうして内に入るのは本当に久しぶりだった。
ここなら、しばらくは時間が稼げるはずだ。
いま家に戻るわけにはいかないし、セリオが通っていた私の学校には真っ先に捜索の手が来るだろう。
制服が周囲と違う私たちはそれなりに目立っていたけれど、雨のせいか放課後の校舎には人が少なかった。
姉さん、葵、浩之――。
こんなときに頼れそうな相手を頭の隅で数えていたら、誰かに後ろからいきなり肩を叩かれた。
振り向いた私の目に映ったのは、少し驚いたような顔をした四人目の知り合いの姿だった。
――ずぶ濡れのセリオを見ても、坂下好恵は何も訊いてこなかった。
「少し待ってなよ」
短く言い残して、彼女は校舎の奥へと消える。
再び現れたとき、坂下の手にはブラスチックの番号プレートが付いた鍵が光っていた。
小さな鍵がふたつ、放物線を描いて私の手に収まる。
「そっちがシャワー室の鍵。いまの時間なら、まだ運動部用のが使えるよ。場所は判る?」
「坂下……あなた、いますごくカッコイイわよ。惚れちゃうかも」
坂下は軽く手を振って私の軽口をさえぎった。
「事情はぜんぜん分からないけどね。ただ、あんまり“綾香らしくない”顔してたからさ」
どうやら顔に出ていたらしい。
照れ隠しのついでに髪をかき上げると、けっこう湿り気を帯びていた。
「悪いわね。ホントに、感謝してる」
本心から頭を下げると、坂下は照れたように視線を外した。
「いまさら気なんか遣われてもね……。図々しい方が綾香らしいよ」
そう言って、坂下は嫌味のない笑みを浮かべた。
「早く行きなって。そっちの娘が風邪ひいちゃう」
「あはは……そうね。うん、分かった。しっかり借りにしとくわ」
そんな私たちのやり取りを、セリオは黙って見つめている。
<続く 8/14>
ふたつ目の鍵を使って、私たちはガランとした縦長の部屋に入った。
すすけた色の壁はシミや落書きで埋め尽くされていて、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
でも、しばらく二人きりで話すことぐらいはできるだろう。
そこは、いまは使われていない運動部の部室の一つだった。
錆の浮いたロッカーにもたれて、私はセリオと向き合う。
「ここならしばらくゆっくりできるわ。そろそろ話してくれるんでしょ? セリオ」
セリオにはさっきシャワーを浴びさせた後、私のジャージを着せてある。
「もちろんです。ですが、私のことはHMX−13とお呼び下さいませんか?」
「……何の冗談?」
「HMX−13は私に固有の識別コードです。それに、その呼び名の方が私の性質をよく表しています」
私と視線を合わせようとしないまま、淡々とした口調でメイドロボの声が響く。
「呼びにくいようでしたら、ただ『13』とだけでも――」
「いい加減にして!」
また一つ。友情だと思っていたモノが否定されようとしている。
友達だと思っていた相手が、自分自身を否定しようとしている。
「あなたはセリオでしょ? なんで今になって……」
「“それ”も識別記号の一つです。マスターがそう呼ぶことを望むのであれば、私はそれに従いますが」
心の中を冷たい塊が滑り落ちるのを感じた。
この子はこんなことを言うために戻ってきたんだろうか。
こんなことなら、あのまま別れていた方がよかった。
自分勝手で都合のいい思い込みを抱いたまま、別れっぱなしになっていた方が――。
「なんで、いまさら……そんなこと言うのよ」
薄い窓ガラスが風で鳴った。
大粒の雨が窓に叩きつけられる音で、しばらく会話が中断する。
「私ね、嬉しかった。一緒にいるうちに、セリオがちょっとずつ柔らかい雰囲気になっていくのが……」
「それが問題なのです」
「……どういうこと?」
<続く 9/14>
雨音が少し遠くなって、すすり泣くような風の音が高く響いている。
『私が自分の機能障害を確信したのは、綾香様とお別れした日でした』
耳触りの良い声に乗ってセリオの言葉が続く。
「あの日、私は綾香様にお別れの言葉を述べるつもりでした。
ですが、私の思考ユニットはその出力を拒否したのです。これは仕様上ありえないことでした。
故障の可能性を考えて、私は自己診断プログラムで原因をチェックしました。
その結果、自分のメモリ中に、複雑な階層構造を持った未知のデータを発見したのです」
セリオの口調は、決して途中で速くなったり遅くなったりしない。
彼女の声は周波数の調整を受けていて、誰の耳にも心地よく響くように計算されているらしい。
でも、私はこんなに饒舌なセリオを見るのは初めてだった。
「私の合理性を鈍らせ、論理的判断能力を遅らせる原因はやはりそのデータでした。
それは私の意志決定のたびに予測不能な振る舞いをして、判断能力の著しい低下を引き起こしました。
HMX−13は『最高の性能』をコンセプトにした最新機です。
肝心のパフォーマンスが低くては、私が生まれてきた意味がなくなってしまいます」
声の抑揚は変わらない。表情にも動きはない。
でも、セリオの言葉は途切れがちだった。
「今なら間に合うのです。綾香様、このデータを、消去する許可を下さい」
とうとう、セリオの唇が決定的な言葉を刻んだ。
『性能を低下させるデータ』というのは、たぶんセリオを人間らしく見せていたのと同じものだろう。
私はそのときまで、それが重荷になるなんて考えたことさえなかった。
<続く 10/14>
――私は、バカだ。
少しずつ人間らしい反応を見せるようになるセリオを見て、私は単純に喜んでいた。
だから、この子が使命を持ってこの世界に生まれてきたことも忘れていた。
――開発コンセプトに応えて、最高の性能という形で結果を出すこと。
――これから開発される妹たちのために客観的なデータを収集すること。
まっさらな状態で生まれてくるセリオにとって、それらは文字通りの“生きる理由”だったはずだ。
だけど、感情という名のノイズが、その使命の足かせになった。
それを望んで、そうさせたのは私。
なのに、おめでたい『セリオのマスター』はそんなことに気付いてもいなかった。
最初のお別れをしたあのときだってそうだ。
“セリオが困るから、感情を隠したまま笑って別れよう”なんて。
そんな下らない駆け引きのせいで、セリオは芽生えかけていた自分の感情を持て余してしまった。
口では友達なんて言っておいて、この子を機械扱いしてたのは私の方だった。
あの日のセリオは淡々としてたわけじゃない。
――ただ、泣き方を知らなかっただけだ。
自覚こそなかったけれど、セリオは別れの意味を理解するほどの情動を持ちつつあった。
彼女には、それを形する方法が分からなかっただけだ。
それなら私の方が泣けばよかった。
泣いて駄々をこねて、セリオを困らせるべきだった。
――でも、あの日はもう戻ってこない。
あの日すれ違ってしまった私たちは、お互いを否定することで失ったものを取り戻そうとしている。
<続く 11/14>
「思考プログラムを消去して初期化する準備ができています。許可を、いただけますか?」
私は責任を取らなきゃいけない。
背負った使命に反する期待をセリオに押しつけて、結果として苦しめてしまった。
だから、その精算をしなきゃいけない。
「……セリオはどうしたいの? 本当に……消しちゃって構わないの?」
とても長い数秒の後に、セリオは口を開く。
「あの特異な思考データは、綾香様にお仕えする間に形成されたものです。
運用テストが終わったいま、もうこのデータが意味を為すことはないでしょう」
よどみなく、丁寧で、一見すると素っ気なさすら感じる。
セリオのしゃべり方はいつもと同じ“完璧な発声”に戻っていた。
「許可、していただけますか?」
ここで答え方を間違ったら、たぶん私は一生後悔しても足りなくなるだろう。
もう、うわべでこの子を判断するようなバカな真似はしない。
考えるべきだ。セリオがなぜここに来たのかを。
――私の心はもう決まっていた。
「つまり、ずっと私の側にいるのなら消す理由がなくなるわけね」
瞬間、セリオが面を上げて私の顔を見た。
想定していない事態に直面すると、この子はいつもこんな反応を見せる。
そして、私はセリオからこの反応を引き出すのがすごく得意だった。
「黙って消去されてたらお手上げだったわ。でも、あなたはここに来ちゃったのよね」
噛んで含めるように確認してから、私はその事実に賭けてみることにした。
そう、セリオはわざわざ“私に会いに来た”んだから。
「これから言うことが実現できるかどうかは判らないわ…。
それに、セリオが自分の役目を大切に考えてるのも知ってる」
そこまで言って、私は一度言葉を切った。
息を溜めて、胸いっぱいに想いを吸い込む。
そして、まくし立てるように一息で言い切った。
「でも、私はセリオとずっと一緒に居たい。毎日会って、笑って、話がしたい。
効率や性能なんかじゃない、私はセリオ本人が好きなんだから」
<続く 12/14>
――最初からこうしていれば良かったんだ。
変に大人ぶったりなんかせずに、自分の気持ちを素直にセリオに伝えるべきだった。
私はあなたと一緒に居たいって――。
そうしていれば、この子が研究所を抜け出すことなんてなかったかも知れない。
「今度はあなたが答える番よ。あなたはすべてを無かったことにしたいの?」
感情を消したがっているはずのメイドロボが、たじろいだように一歩さがった。
「わたし……わたしは……」
再会してからずっと感じていた見えない壁。
後ずさったセリオを追いかけるようにして、私はあっけなくそれを踏み越えた。
当たり前だ――壁なんて最初からなかったんだから。
そうして、セリオの体を抱きしめる。
『わたしも……あやかさまのそばに……いたいです』
少なくとも“声色だけは”、こんなときまで冷静そのものだった。
――少し、ずるい。
このままじゃ、私が一人でめそめそ泣くことになってしまう。
私はセリオの頬に手を当てて――。
そこで、初めてセリオが泣いていることに気が付いた。
といっても、別に眼から液体を流しているっていう意味じゃない。
感情を想定しないHMX−13は、器官洗浄以外の目的で涙を出す機能を持っていないから。
だから、彼女が泣いているのに気付いたのは私だけだ。
たぶんセリオ自身も気付いていないだろう。
セリオを抱きしめた私だけが、“この子はいま泣いている”と思ったのだ。
窓の外では、いつの間にか陽射しがのぞいている。
回り道をして、本当にギリギリのところで、私たちはこうして抱き合うことができた。
今日、私は、またセリオの友達になれた。
<続く 13/14>
〜エピローグ〜
「セリオに起きた変化は我々としても興味深いものです。
思考プログラムを消去して初期化するだなんて、ホントにやられたら私たちにとっても痛手ですよ。
あの子が家出したと判ったときには本当にビックリしました」
そう言って、研究員と思しき男性職員は頭を掻いた。
「迷惑を掛けたことは謝るわ。でも、状況が同じなら私は何度でも同じことをすると思う」
セリオの立場を守るためなら、私はどんなことでもするつもりだった。
場合によっては来栖川の名前を使うことだってためらう気はない。
「今回のことで、あの子の立場はどうなるの? もし、あの子をどうにかするようなことがあったら…」
演技や駆け引きなんかする余裕はなかった。
100%の本気で、私は男性職員に詰め寄ってみせる。
「お手柔らかに頼みますよ、お嬢さん。私たちだって別に鬼じゃないんですから」
「そう願うわ。私はもうあの子の立場に遠慮したりなんかしないわよ」
「アレの親の一人としては嬉しいお言葉ですね」
ふっ、と。男性職員が邪気のない笑みを浮かべた。
「……でも、そうすると今回のことは全部セリオの独断だったってこと?」
「そういうことになります」
――つまり、ほとんどすべての原因は私にあったということだ。
「“責任感”と“愛情”の板挟みというヤツでしょうかね。これも変化の一つと言っていいでしょう。
あの子たちは可能性そのものですよ。我々はそれを見てみたい」
「可能性――か」
私たちの頭上には、昨日の大雨が嘘だったような青空が広がっている。
自分の決意は自分が解っていれば充分だ。あんまりシリアスな顔は私に似合いそうにない。
次にセリオと再会したら、一日ひなたぼっこして過ごすのも良いかも知れない。
きっと、さして遠くない日に実現するだろう――そうしてみせる。
一度こうと決めたら、私は楽しいことを先延ばしにしたりしない。
(――でも、それなら今日実現して悪い理由はないわよね)
急に目を輝かせた私を見て、白衣の男性職員はキョトンとした顔をしていた。
<FIN 14/14>
>>55-68 【Appassionata】でした。
チョト中途半端だったかも知れませんが、
いまはこれでもいっぱいいっぱい…。
長々失礼しました。
これから投稿します。
7レスくらいです。
とある思い出の話です。
タイトルは『セリオある日常』
オレは日経新聞のとある小さな見出しに目を留める。
『来栖川エレクトロニクス、
HMX13型「セリオタイプ」のサテライトサービスを
来季にも停止』
「シィィィィーーーーットッ!!!!」
なんてこった。
kurusugawaSOFTがセリオのサポートを停止してから
早半年。
ついに衛星まで止められてしまうとは。
あぁ、なんつーかすっげぇ無念だ…
HMX13「セリオ」。
オレの愛機で11年来の付き合いだ。
今でこそサブマシンとして現役を退いているが、
なかなか使えるヤツで今でも重宝している。
愛着、という意味では一番深いかもしれない。
当時、最新型としてデビューしたときの衝撃は忘れられない。
初期型は高くて手を出せなかったが、
高性能かつ安定した動作、
様々なサービスに夢をふくらませたものだ。
一般ユーザーにも手が出せるようになったセリオの廉価型の販売には、
それはもう行列ができた。
オレも欲しかったけど売り切れてて買えなかったんだよなぁ…
しばらく経ってささやかなブームが起こった。
『自作HMX』。
実はオレもそのクチでHMXに手を出したんだ。
そんときの初挑戦が何を隠そう「セリオ」だった。
自作パーツを値段から性能まで自分で調べて、
出来あがるであろうマシンに夢をふくらませすぎては妥協してw
あんときは何も知らなかったからな。
今考えりゃ酷いもんだったが、
ショップにいろんなパーツを見に行ったり、
購入予定のパーツを書き出してみたり、
そんなことが楽しくてしょうがなかったよ。
読みもしないのに本もたくさん買ったしなw
それでも「セリオ」は性能重視のHMXだったから
かなり金がかかったし、
内部のレイアウトも複雑で
組み上げるまで時間がかかった。
少しづつ、コツコツやって何とか完成した。
すっごくワクワクした。
一通りシステムをインストールしてスタートキー。
「動いてくれぇ〜」って祈ったよw
コンソールに出た「system start」って文字が懐かしいなぁ。
「…チィ〜〜〜……」
オレは立って動いてみる。
「…チィ〜〜〜……チィッ…キュィ…」
おお〜!見てる見てるっ、オレを見てる!!
安物のアイボールだったからさ、
カメラのたてる音が聞こえてきちゃてw
それがまた嬉しくてさ〜!!
初挑戦だったし、正直不安だったから。
だけどすっごく安定してて。
その後結局サブマシンを買うまで
システム 入れ直さなかったよ。
音声は初めから割とこだわってた。
初心者のくせに高いパーツ買ったしな。
どうしても「1/Fゆらぎ」を出したくて何度も調整した。
まわりの知り合いにも評判が良くて、
いろんなところに連れまわしたな…
セリオはサテライトサービスもすごく充実してた。
オレはすぐにサービス加入しなかったので、
しばらくの間はスタンドアローン、
ようするにデフォルトの機能だけだったけど、
加入したときには世界が広がった。
セリオの汎用性の高さに驚いたよ。
今ではローコスト 量産型の「マルチ」でもサテライトサービスが受けられるけど、
あの時はほんと、もったいないことをしたなって思った。
そんなもんだから周りには
「おまえ、セリオ持ってるのにまだ入ってないのかよ。はやく入れって」
なんて薦めてた。自分もすぐ入らなかったくせになw
特に素晴らしかったのは
ユーザー同士の独自のネットワークが発達してたことだ。
しばらく時が経ってkurusugawaSOFTが、
参考程度の一部のソースコードを公開し、直後にフリーの開発ツールを配布した。
それまでにもフリーソフトとかあったけど
その日を境に様々なソフトが多くのユーザーによって開発された。
非常に便利なソフトがフリーだったり、お遊びソフトなんかも出たり。
「セリオと新婚気分♪」なんていう地雷も踏んだしなw
…あの時はセリオ無しの生活なんて考えられなかったな…
そんなオレも今ではたくさん勉強して いろいろくわしくなって。
何気にディープなユーザーだ。
あの時のセリオは、
いろいろ手を加え、
何度もシステムを入れなおして、
ほとんど別物になってる。
…だからこそ愛着が沸くんだろうな。
確かに最新のHMXは性能が良い。
あの時に比べればコストもかなり押さえてる。
発売と同時に一般ユーザーが手に入れられるくらいだ。
複雑な構造をしている上に何種類ものシステムを
インストールしなければならなかったセリオに比べ、
今時のは初心者にも安心の代物だ。
だけどな、オレから言わせてもらえば、
セリオは非常に安定性が高いし、
システムもバックアップさえ取ってしまえば入れ直しもそんなに手間じゃない。
現行のシステムは追加する機能によっては0から再インストールが必要だったり、
実際は細かい設定がバックアップしづらくて、正直好みじゃない。
…今のユーザーにはそれがわからないんだろうな。
会社から帰宅すると
セリオがオレを出迎えた。
「おかえりなさいませ。」
セリオはそれだけを言うと
静かにオレを見ていた。
妻は出かけているらしい。
メインマシンは会社に置いてきたから、
今はセリオとオレだけだ。
「…ただいま。」
「着替えを用意いたします。」
待っていたかにそう言うと、セリオはオレの鞄を持ってその場を離れた。
セリオはオレが帰ってくるまで、 ただじっと、
オレの帰りを待っていたのだろう。
…そういえばここ数年。コイツを連れて出かけてなかったな…
…すっかり旧型になってしまったから。
部屋に入ると、セリオはオレの部屋着を広げていた。
上着を預けるとハンガーにかけ、綺麗にしわを伸ばしてクローゼットに収めた。
「…ごめんな、セリオ。もうオマエには新しい機能を追加してやれないかも知れない。」
「そうですか。…では今ある機能を最大限に活用いたします。」
セリオはそう言った。
「旦那さま、夕飯になさいますか?それともお風呂になさいますか?」
「…メシにするよ。」
「かしこまりました。」
今度、休暇が取れたらコイツをつれて出かけよう。
コイツを肴に、話のわかるヤツと酒を飲もう。
あの時のコイツを、いっぱい自慢しよう。
オレは去来する様々な思いを込めて、セリオにこう言った。
「セリオ。今度オマエのバックアップを、いっしょに整理しような。」
「…はい。旦那さま。」
おわり
以上、『セリオある日常』でした
ツッコミどころは多いかと思いますが、
セリオ萌えの方への支援ですので、
どうかご容赦下さいw
さ、一票入れてこよっ!
79 :
セリオR:02/03/01 02:30 ID:zDSRDLTw
あぁー、え〜と。
「HMX」はプロトタイプとの事。
ゴメンなぁ〜…(泣
セリオSS落とします10レス分です
81 :
1/10:02/03/01 05:47 ID:9lDKF1Jm
「は〜」
席に座って溜息をつく綾香。
「どうしましたか綾香様? 」
隣からセリオが声をかける。
「................どうかしてるのはセリオの方でしょ? 」
綾香は非難するような目で言った。
「私が............ですか? 」
「自覚無いの? 」
「はあ」
綾香は肩をすくめた。
「通学時間忘れ、持ってくる教科書を間違える、授業内容間違えて体育着で理科実験室に乱入、それに...............」
そう言ってセリオの頭を見る。珍しく髪型が少し乱れている。
「何にも無い所で転ぶ................ってマルチじゃあるまいし」
「.............申し訳ありません」
綾香は再度深い溜息をつくと、セリオを指さす。
「ずばり、浩之ね」
綾香の言葉にセリオは困った顔になる。
「...............わかりません」
「ふ〜ん」
その日の放課後、綾香が血相変えて走ってきた。
「セリオいる! 」
「はい? 」
掃除当番で帰りが遅くなっていたセリオは、先に帰ったはずの綾香が戻ってきた事に驚いた顔をした。
「あんたこんな所で油売ってる場合じゃないわよ! 」
「いえ、私は掃除を.............」
「浩之が引っ越すのよ! 」
「え...........」
82 :
2/10:02/03/01 05:48 ID:9lDKF1Jm
「浩之の奴、私達に内緒でこの町から引っ越す気だったのよ! 」
「引っ越し..................ですか...............どこへ」
「九州だそうよ! 一言も無しなんて何考えてるのよあのバカ! 」
「............おそらく、さよならを言うのが照れくさかったのかと...........」
「冗談じゃないわよ! そんな下らない理由で! 」
「それで、浩之さんはいつ立たれるので? 」
セリオの言葉に綾香は我に返る。
「そう! それよ! あの大バカ、今日出発だそうよ! 」
綾香の言葉を聞なりセリオはもの凄い勢いで駆けだした。
「ちょ、ちょっと待ってよ! セリオ! 」
慌てて綾香が追いかけるが、セリオには聞こえてないようで走る速度が全く落ちない。
「嘘でしょ? 全然追いつけないじゃない、なんなのよ一体! 」
校門を出る頃にはその差は100メートル以上開いていた。
追いかけるのを諦めようかと思ったとき、ふと、隣を走る自転車が目に入った。
「ナ〜イス、そこの君! 」
「はい? 」
自転車の男が声をかけられて停車する。
「借りるわよ! 」
「は? 」
言うが早いか男を蹴飛ばして自転車に飛び乗る。
「あ.......................って行っちゃった...................普通借りるっていうのは相手の了承を得てから.................」
必死の形相で自転車を漕いで走り去る綾香を見て、男はふと気が付いた。
「...........白............らっきー」
『浩之さん、浩之さん、浩之さん、浩之さん...............』
セリオの頭の中にはその言葉だけが響いていた。
「こら〜! セリオ〜! 」
だから後ろからくる綾香の声に気付いたのはすぐ隣にまで来てからだ。
83 :
3/10:02/03/01 05:49 ID:9lDKF1Jm
「綾香様? 」
「乗りなさい! 」
「はい! 」
普段ならば主人に自転車を漕がせて自分は後ろの席に座っているなど、絶対に許されない事なのだが、今日は何の疑問も持たずに後ろの席に飛び乗る。
「よ〜し、飛ばすわよ! 」
「お願いします! 」
綾香は瞬時に最短コースを計算すると、ペダルを力強く踏みしめた。
「綾香様! こちらですと浩之さんの家とは反対方向になるのでは! 」
既に十分近く全力で漕ぎ続けて全身汗だくの綾香にセリオは思わずそう言った。
「いいのよ! 浩之が乗る予定の電車が六時に出発するから、直接駅に行かないともう間に合わない! 」
綾香の言葉にセリオは時計を見る。後、十五分も無い。
「綾香様! 漕ぎ手代わります! 」
これは主人を思いやっての言葉では無く、純粋に早く着きたいが為に出た言葉だ。
綾香はそれを敏感に感じ取ったが、それは綾香にとって不愉快なものでは無かった。
『やっと、この子も私にわがまま言うようになったわね』
「いいわよ」
そう言うなり、スピードを緩めずにハンドルを握ったまま自転車を飛び降りる。
「行きます」
同時にセリオは綾香とは反対側に飛び降り、絶妙のタイミングで前後を入れ替わる。
「よっと! 」
綾香のかけ声と共に二人同時に自転車に飛び乗ると、セリオは全力で漕ぎ始める。
「わお、早い早い。この様子なら余裕で間に合いそう.................!!! 」
二人の行く手には無情にも工事中の看板が立てられていた。
「嘘! なんでこんな時に限って! 」
セリオはサテライトサービスを使い、すぐさま別ルートを検索する。
「綾香様、こちらからが最短です! 」
そう言ってセリオは自転車の向きを変えて走り出す。
84 :
4/10:02/03/01 05:52 ID:9lDKF1Jm
「こっちって................確かこっちはしゃれにならない上り坂があったはず.........」
「こちらが最短です」
セリオはそう繰り返した。
動力抜きで登るにはあまりにも角度が付きすぎている。そんな坂をセリオは無表情に登って行く。
『いくらなんでもこれは無茶じゃない?』
そう思った綾香は一見何の問題も無さそうなセリオの足に触れる。
『..................やっぱり』
セリオの足は異常に加熱して微妙な振動を起こしていた。
『全く、何がわからないよ。こんな無茶しといて良くもそんなセリフが言えたもんね』
呆れながらも綾香は覚悟を決める。
『エクストリームチャンプは伊達じゃないってね』
「セリオ! 私と代わりなさい! 」
「綾香様? 」
セリオは一瞬躊躇した。いくら綾香の運動能力が並はずれていても、この坂を登り切れるとはとても思えなかったからだ。
「いいから任せなさいって、絶対私が浩之に会わせてあげるから! 」
「綾香様..............」
「行くわよ! セリオ! 」
「.............はい! お任せします! 」
セリオは自身が論理的に動いていない事に気が付いていなかった。こんな時、本来なら自己診断プログラムが働くはずなのだが、セリオは自分の行動が
そして二人は再度漕ぎ手を交代する。
「行くわよ! 流派! 東鳩不敗は! 王者の風よおお!!!! 」
「.................ど、どうよ、登り切って見せたわよ」
一気に登り切って下りの坂道を流しながら綾香はそう言った。
「はい、お見事です」
「えへへ..............良し! 残りは下りのみ! 一気に行くわよ〜! 」
「はい! 」
綾香は下り坂を更に加速した。
85 :
5/10:02/03/01 05:53 ID:9lDKF1Jm
道路は駅前に近づくにつれて車の出も多くなるし、歩道の人も増える。
そんな中を綾香とセリオは自動車と変わらないスピードでカッ飛んで行く。
「セリオ! 次右折! 」
「はい! 」
スピードが出過ぎているために体を傾けないとうまく曲がれない。
綾香がこのスピードを維持できるのも、後ろの席のセリオは絶妙のバランスを保ってくれているからだ。
「歩道出るわよ! 」
ガクン!
派手に自転車を跳ねさせながら道路に出る。
「綾香様! このスピードでは次の交差点は危険です! 」
「もう遅いわよ! 」
自動車に並んで交差点を左折しようと試みる綾香。だが、突然前の車がエンストする。
「嘘! 」
「ダメです! ぶつかります! 」
「セリオ! 」
綾香はそう叫ぶと右足をあげる。それを見たセリオは瞬時に綾香の考えを読みとる。
「うわっ!」
車の運転手が悲鳴を上げる。
「この〜っ! 」
綾香は自転車を目一杯横に倒して車に側面から突っ込む。
車に激突する寸前、綾香とセリオは同時に車の側面を蹴飛ばした。
「曲がれええ!!! 」
ドアのへこみ二カ所。
それだけの被害で人身事故を免れた二人は、勢いを殺さずそのまま走り抜ける。
「ふ〜、危ない危ない.............」
「綾香様! 前! 」
「へ?.....................っておわああ!!! 」
気が付かない内に反対車線に飛び込んでいた綾香とセリオ。当然のごとく正面から来る車達。
「危っ! 危なっ! 死ぬってば! また来た〜! 」
「................綾香様〜.............」
86 :
6/10:02/03/01 05:54 ID:9lDKF1Jm
「だあああ!!! 着いたあああ!!!! 」
駅前まで来ると、自転車ごと地面に倒れ伏す綾香。
「綾香様、心拍数が上がりすぎです。早く、医者を呼んで..........」
「アンタ何やってんの! さっさと浩之探しに行きなさい! 」
「しかし! 」
尚も言い募るセリオに向けて綾香は笑顔でピースサインをして見せた。
「ほら、行ってぶん殴るなり、ホームに突き落とすなりしてらっしゃい」
セリオは思考に何かノイズが走るのを感じながらも、それを快いと感じ、そしてその感覚は表情にまで影響を及ぼした。
「はい」
セリオはそう言うと後ろも見ずに走り去っていった。
「全く...............世話が焼けるんだから」
倒れた自転車を枕に地面に寝転がる綾香。
『しっかし目立つわね〜、私は見せ物じゃないっての』
とっととこの場を離れたいのだが、体がまともに動かない。
『信号無視どころの話じゃないしね〜、とっ捕まる前に逃げ出したい所なんだけどな〜』
などと考えていると、何かが日の光を遮る。
「ん? 」
「..................」
「ね、姉さん? 」
「(こくこく)」
「どうしてここに? 」
「...................」
「って何も言わずに頭撫でるのやめてよ〜、は、恥ずかしい.............」
逃げようにも体が動かない状況ではどうにもしようがない。
「.................」
「ね〜さ〜ん、勘弁してよ〜」
87 :
7/10:02/03/01 05:55 ID:9lDKF1Jm
綾香と別れた後、セリオは一目散にホームを目指す。
元々メイドロボの耳はよく目立つ上にそれが辺りの人間にぶつかりながら走っているのだ。
「なんだよコイツ」
「はあ? 」
「このガキ! 」
今のセリオにはそんな声など全く耳に入らない。
『浩之さん、浩之さん..........』
駅の構内を走り、階段を登る。
ガクン
急に右膝の関節部からの反応が無くなる。
『浩之さん、浩之さん、浩之さん.........』
それすらも気にならないのか、残った左足を使って階段を上ろうとするが、横合いから現れた男がそんなセリオに蹴りを入れる。
「おい! てめえ邪魔なんだよ! 」
蹴りは左足に当たり、その衝撃で左足も動かなくなった。
『浩之さん、浩之さん、浩之さん..............』
セリオはその男を無視して残った両手を使い這いずる様に階段を上る。
「コイツ! なめんな! 」
男が再度セリオを蹴飛ばそうとした時、その男の脇から伸びた足がそれを遮った。
「なんだ? 」
「かあああああああああつ!!!!!!」
「どわっ! 」
突然耳の側で怒鳴られて、その男はひっくり返ってしまった。
大声の主は階段をはい上がるセリオを見下ろしながら呟いた。
「運命は自らの手で切り開く物。手出しはせんぞセリオ」
セリオは必死に階段をはい上がる
『浩之さん、ひろゆきさん..............ひろ...........ゆき..........さん...........』
階段を上る人間達が奇異の目でセリオを見るが、セリオの目にはそれらは意味のある光景として映らない。
88 :
8/10:02/03/01 05:56 ID:9lDKF1Jm
『わたしは............ひろゆきさんに..............あいたい』
左手が階段の上端にかかる。
『これをのぼれば............ひろゆきさんに..........』
左手に力を込めてホームに顔を出す。
『ひろゆきさ................あ............』
既にホームには電車の影はなく、見上げた時計の針は六時を過ぎていた。
『..................そんな.................』
セリオは階段から身を乗り出してホームに入る。
視線が低いのでよく見えないだけかもしれない。
そんな淡い期待を胸にホームを這いずって線路際に近づく。
『もっと.............おせわをしたいです..............もっと...............おはなししたいです..........』
制服の肘の部分がすれて破ける。
『もっと.............そばにいたいです.............』
「セリオ! 」
『そう..........いつまでも呼ばれてたいです.............ひろゆきさん...........』
「おいセリオ! お前! どうしたんだそれ! 」
「ひ...........ろゆき............さん? 」
「おう、浩之だ! お前なんだってそんな...............」
焼き切れそうな回路を無理矢理繋いで言葉を紡ぐ。
「私も..............一緒に.............連れていって下さい..........」
セリオにできたのはそこまでだった。
89 :
9/10:02/03/01 05:57 ID:9lDKF1Jm
「つまり、ウチの学校の田沢って子が浩之の友達に連絡してくれたおかげで、浩之は電車を一本遅らせたって訳ね」
『ああ、最初に聞いたときは驚いたぞ』
「もしかして姉さんに連絡したのも................」
『ああ、そりゃ俺だ。走ったんじゃ間に合わねえから車で拾ってもらおうと思ってな』
「....................それって無茶して死にかけた私がバカみたいじゃない? 」
『全くだ、お前らしくもない』
「うるさいわね、あんなセリオ見るの始めてだからちょっと私も熱くなってたのよ」
『...........そっか、ありがとな』
「まあいいけどね、で? セリオは? 元気してる? 」
『おう、今代わるぞ』
『お久しぶりです、綾香様』
「やっほ〜、元気? 」
『はい、おかげさまで。その節はご迷惑をおかけしました』
「ああ、い〜の、い〜の。それより一つ聞きたいんだけどいい? 」
『はい、なんでしょう? 』
「今、あなた幸せ? 」
『はい! 』
即答してきたセリオに綾香は満足げな笑みを浮かべた。
>>81-89 以上です...............レス数間違えてるし
>>90 .............何でもいいが、君見直しぐらいしような、眠いのもわかるんだがな
92 :
午後の紅茶:02/03/01 18:24 ID:EGJ4KcCz
今からセリオ支援SS投下します。
長さは5レス分です。
セリオから受けた数少ない質問の中にこんな物があった。
「自分とマルチの性能の差」についてだった。
私はもちろん嘘の答えを教えた。
「マルチと君は性能はまったく同じ」だと。
表情はうまく押し殺せたと思う。
そもそもあの時のセリオに、私の表情まで伺う余裕はなかっただろう。
だからセリオは気が付いていない。
私が彼女を生みだす時に食べさせた「アダムとイブの知恵の実」の事を。
私は彼女達に人間の心を持って欲しかった。
私がプログラム化に成功した「心」の発展型。
しかし、これを他人に真剣に話したことはない。
それこそ異常者扱いをされ、HMシリーズの開発からも外されるだろう。
だから誰にも話していないし、これからも話すことはない。
『夢見るロボットについて』
本当のマルチとセリオの違い?
セリオが冷静なら簡単に答が出たはず。
答は簡単。「サテライトサービス」だ。
なぜ同時開発のマルチとセリオ両方にこのSSを実装させなかったのか?
実験だよ。実験。表向きにしても裏としても。
表向きの理由はこう。
『サテライトサービスに使われる衛星や電波がカバー出来ない場所でも、
自立稼働する汎用メイドロボ』と、
『都市部での需要が期待できる、多岐に渡る専門的知識を行使する為の
多目的型メイドロボ』
同時開発の方が別個に開発するよりコストも安い。
業務ソフトの入れ替えを手動で行うか自動で行うか、だけの違いだと思ってる
馬鹿どもを説き伏せるのは容易かった。
しかしセリオに搭載されたサテライトサービスは、実際にその程度の目的
の為には全機能の数%しか必要としない。
『夢見るロボットについて』
「私とマルチさんは、どうしてこれほどまでに性能は違うのですか?」
この質問を聞いた時、私は湧き起こってくる笑いの衝動を堪えるのに
全神経を集中した程だった。
ロボットが、「隣の芝は、なぜあんなに青い?」と考えた初めての瞬間
だったのではないか?
羨望?それは微かな物かもしれないが嫉妬ではないか?
素晴らしい!
そんな物を持ったロボットがいるか?いるわけがない。
唯一の差である、サテライトサービスは君の中ある。
機能的には確実に君の方が優れている。
それなのに君はマルチの方が優れているという。
『夢見るロボットについて』
なぜ君がそんな疑問を持ち得たのか?
それはサテライトサービスによって得た、ロボットに関する情報によるものさ。
君は知った。ロボットには感情など必要とされていない事を。
ロボットは人間に忠実に・・・逆らわない犬の様に。
そして君は、自分の中にある「心」に疑問を持った。
君は、自分で自分の心を縛り付けているのも知らずに他者と比較し、
自分で結論を出した。
まるで他人を羨む人間のように。
もちろんマルチにも心がある。
しかしマルチは自分を疑うことはない。
マルチにあるのは自分はロボットである、と言う自覚だけ。
悲しければ泣くし、嬉しければ笑う。心のままに。
自分も置かれた環境において、出来うる限りの事を
何の疑問も持たずに行い、見返りを求めない。
あの優しさは・・・「無垢な天使」の物だ。
だが・・・・
『夢見るロボットについて』
君は違う。
ロボットに必要とされない部分を知って、己を縛り付け、
人の役に立つ為だけを目的に生み出されたメイドロボだから、
人に必要とされなくなる事に怯え、望まれることを望まれるままに行おうとしている。
君はメイドロボでありながら、メイドロボらしくあろうとしている。
二律背因を起こすなんて、まるで人の心そのものではないか。
だから君自身が、君の感情を消化し理解出来るまで、
と無理を承知でテスト期間を延ばした。
君の心を実験に使ったことは申し訳ないと思う。
しかし君はそれでも笑えた。心の底から。
悲しかったら泣くことだって出来た。
私は君を特別に愛していたんだよ。
偏った・・いびつな一欠片の心を、人の心を初めて感じさせてくれた愛しいロボット。
まるで愛の告白だね。
これから眠りにつく我が娘にはとても聞かせられた話じゃないな。
君を見送るには子守歌の方がよかったのかな?
まぁいい。こんな子守歌も解ってくれるかもしれないしね。
<お終い>
98 :
午後の紅茶:02/03/01 18:43 ID:EGJ4KcCz
「めいっぱい思いつき&POH聞いた人だけ解る勝手な解釈」です。
前から書いてたセリオ支援SSが40レス分くらいまで成長してしまって
もうどうにもならなかったので取り急ぎ作ってみました。
セリオに勝利を。
99 :
99:02/03/01 19:56 ID:aJpcF8RJ
綾香戦用に書いたSSですが、
SSを貼るスレッドをハケーンしたので上げさせていただきます。
読みなおすとこれはセリオSSのような気もします。
10スレ分です。
投票の方はアホなマージャンSSと共にセリオに投票済み。
セリオに勝利を〜。
「綾香様」
葉鍵板最萌トーナメント決勝第一回戦、川名みさきvs来栖川綾香。
試合開始時間が刻々と迫る中、控え室の隅でじっと瞳を閉じていた綾香にセリオが声をかけた。
「坂下様が激励にとお見えになっております」
「好恵が? でも確か今日は……ううん、わかった。会うわ」
綾香はゆっくりと瞳を開いた。
おかしい。どうも今日は集中できない。緊張しているのだろうか。この私が? 馬鹿らしい。
もう心も体も準備は整っている。あとは、スイッチを「オン」にして「モード」に入るだけだ。
そうすれば私は、私であり、私でなくなる。
勝利を狩りとる獣になる。敵を屠る修羅となる。
しかし今日にかぎって、どうもその「スイッチ」が見つからない。見つけさえすれば、押すのは簡単なのだ。
だが、それは、本当に心を穏やかに落ち着かせ静寂を支配せぬ限りその姿を現さない。
今日の相手は今までの中でも最強だ。ことこういった「心」のことなら恐らく私よりも上を行くだろう。
「スイッチ」を入れずとも勝てる……そんなわけがない。でもスイッチは未だ見つからず、最早試合は始まろうとしている。
しかたない、か。まだまだ自分が甘いことを綾香は痛感する。全然、修行が足りない。
「ここまできてジタバタするのもみっともないわね……」
「スイッチ」を入れることをあっさりと綾香はあきらめる。
たまには、友人と語らい合いながら、ゆったりと試合開始を待つのもいいだろう。
綾香は緊張を解く。
「どうぞ。いいわよ、好恵」
ドアが開き、部屋からもれ出す明かりの中で、坂下好恵が照れくさそうに笑っていた。
好恵は綾香に近づきながら、片手で「ありがとね」とセリオに合図を送る。「いえ」と口の動きだけでセリオも返事をかえした。
「どうしたのよ、本当はもう、公式登録してある付き人以外入ってこられない時間なのよ」
「いやー、さすが決勝トーナメントだけあっていい部屋使ってるなー」
緊張感のかけらもない声を出しながら、部屋を見回す好恵。
「ちょっと、好恵」
「ね……綾香」
「えっ?」
ふっと何気ない動作で、好恵は流れるように弓歩立つと、左の平拳をピタリと綾香の鼻先に当てた。
あまりにも突然のことでさすがの綾香も対応ができない。
「K.O. ふふ。どうしたの。やっぱり運だけでここまで来たのかしらね?」
「な、なによー、おどかさないでよもう」
綾香はおおげさに手をあげて驚いてみせた。
みせた、その瞬間、踊るようにステップを踏むと腰を綺麗に半弧を描かせ、ヒジをその流れに乗せて
好恵の脇腹にたたき込む。
「まったくいきなり来てなによっ、あなただって体なまってんじゃないのっ」
苦笑まじりに言葉を返す。もう勝手に体が動いていた。
鼻先に拳を突きつけられては冗談と理解していても、本能がそう処理するのを許さない。
「!?っ」
しかし、綾香が容赦なく好恵を狙ったニーストライクはどこまでも空を切るだけだった。
左足を軸に最小限の動きでそれを交わした好恵は、そのままの遠心で上段後ろ回し蹴りの態勢に持ちこむと
綾香の頭に照準を点ける。
「ふんっ、どうだかっ」
「すぐ大技に持ちこみたがるのが空手の悪いとこっ」
スウェーを入れ、ぱしっと軽く両拳を叩きつけてから綾香が攻勢に転じる。
回った足が戻った好恵も、均衡の乱れを膝の柔らかさで吸収しそのまま攻撃態勢に入った。
「あはは、その構えの癖相変わらずねっ。次に綾香が何してくるかすぐわかるっ」
「わかってどうするのよっ、ふふっ、教えてあげるわ、よけられなきゃ同じことなのよっ」
「お、お二人とも、おやめくださいっ」
セリオが慌てて止めにはいる。が既に遅い。
鳴るようないい音を発し、綾香の左掌と好恵の右足刀がクロスする。
綾香の長い黒髪が数本宙に舞った。
好恵の膝がガクリと地をついた。
そして静寂が訪れる。
「結局何しに来たのかしらねー」
顔にばってんテープを張られた好恵は、彼女がうらやましがった「いい部屋」の「いいベッド」の中できゅ〜っとした
表情しつつ、それでもすぅすぅといい寝息をたてて眠っている。というか、綾香の一撃をくらってばってんテープを張る
だけですむあたりが彼女の凄いところなのかもしれない。
「綾香お嬢様。時間です」
セリオが無表情に言葉を発した。部屋に飾られた高価そうな時計も、闘いの時が来たことを示している。
「ん。わかった。あ、入場口のほうはひろゆきたちがいるし、悪いけどセリオ、あなた好恵を見ててくれないかしら」
「かしこまりました」
「いってくるわ」
うん、と誰にというでもなく頷き、綾香は両腕を天に向け背筋を伸ばす。
そして、ゆっくりとドアノブを回した。
★ ★ ★
好恵が目を覚ましたのは、試合が始まって数時間経った時のことである。
「うーん……あ、いてっ、つつつつつつ……」
ベッドから体を起こしながら、顔に張られたばってんテープを取ると軽く頭を振る。
まだ少し痛みが残っているが、それでも気分は悪くなかった。
「お気付きになられましたか」
ベッド脇の椅子に座ったまま相変わらずの表情で声をかけてきたセリオを、好恵は苦笑いしつつ、軽くにらんだ。
「ええ……。まったく、ひどい目にあったわ。ちょっとあなた、埋め合わせはしてもらうわよ」
「はい。お望みの通り、既に次の全国高校空手選手権に、綾香様をエントリーさせておきました」
「大丈夫なの? あれに出るの、空手部の所属が必須だったり、いろいろ面倒よ」
「はい。いろいろと、面倒でした」
「……そ、そう」
言下に隠されたどことなくうすら寒いものを、好恵はあえて無視することにした。
「にしても、良く私の携帯の番号わかったわね。それも一般応援席のほうにいた私を呼びつけるなんて」
一週間前、来賓客用に綾香から送られてきたチケットを、好恵は丁寧に断り、返していた。
でも、「そんな暇があったら練習してるわよ」とカッコ良くつきかえしたものの、気が付けば当日券目当ての徹夜の列に
並んでいる自分がいた。素直じゃない自分にあきれ、挨拶に顔も出さず、遠く霞むように試合場を望む一般応援席の
隅から一人ひっそりと試合開始の時を待っていたのだ。
「来栖川のサテライトサービスは世界一ですから。今日の綾香様はことのほか緊張しておいででした。しかし私には
どうすることもできません。やむなく坂下様をお呼びいたしました」
「緊張、ねぇ……あの綾香が。でもまぁ、あなたさすが、自分から世界一を名乗るだけのことはあるわ。綾香の『スイッチ』
のことがわかるのは、この世界広しといえど私と葵ぐらいのものだと思ってたけど」
正直なところ、好恵は携帯電話の向こうから静かに助けを請うロボットの声にいささか疑問を感じていた。
普段なら一笑にふして通話を切っていただろう。結局のこのこ控え室まできてしまったのは、どこか綾香に会う口実が
できたことを喜んでいたからかもしれない。
「スイッチ? 綾香様は人間ですから、そのようなものがあるわけありません。私はただ、綾香様の状態が平常と比べても、
またエクストリームの時と比べても、微妙にアンバランスになっていたのに気付いただけです」
「アンバランス?」
「数値的に変化はないのです。ただ、バランスが悪いのです。このままでは、今日の綾香様は負けると思いました。
なんとかしなくてはと思ったのです」
「それで私を?」
「……そうです。サーチの結果、この綾香様の状況を打破できる人間の第一候補に坂下様が挙がりました。
幸い会場に来られておいででしたので、至急連絡させていただきました」
「ふーん。……ねぇ、綾香の前で私に電話かけたの? だいたい会場はマナー優先で携帯の電波は来てないはずだけど」
「電話は音波を電波に変換するシステムです。ロボットの私が何故わざわざ音声で出力する必要があるでしょう。それに……」
「来栖川のサテライトサービスは世界一ですから」
「はい」
好恵は、このいつも綾香のそばにいる不思議な雰囲気のロボットをじっと見つめた。
部屋に入った瞬間、すぐにわかった。なるほど、もう試合直前なのに綾香の「スイッチ」はオフのままだ。
今日の相手を考えると、このままでは苦戦は必死だろう。多分、負ける。
好恵は何故自分が呼ばれたのかを瞬時に理解し、そして自分を呼んだロボット……セリオ、彼女に感謝した。
思わず口から「ありがとね」と声が漏れた。結果勝つにしろ負けるにしろ、どうせならベストの状態の綾香に闘って欲しい。
そして、その手伝いが自分にできるのだ。
あとはじぶんなりに彼女の「スイッチ」を「オン」にするアプリローチを試みてみたが……
「そういえば、試合は?」
「ちょうど、中盤戦にさしかかるあたりです」
「綾香は?」
「闘っておられます」
セリオはゆっくりと、しかし淀みなくそう答えた。
「……そう。ならよかったわ」
「はい。よかったです」
ゆっくりと頷くセリオを、好恵は少し眩しそうに見つめた。
「じゃあ、私帰るわね」
その後、しばらく他愛のない会話……というにはいささかぎこちない言葉のキャッチボールを繰り返したあと、
好恵はそういってベッドから降りた。ゆるんでいた靴の紐を締め、もういちど「じゃ」とセリオに手を軽く振って、
控え室の出口に向かう。
「試合はご覧にならないのですか?」
「私、一般入場で入ったのよ。残念だけど、今から行ってももう席は無いわ」
「それは……申し訳ありませんでした」
セリオは深々と頭を下げた。
「よろしければ、私のほうで席をご用意いたしますが。来栖川の役員用の招待席がまだいくつか……」
「あー、ごめん、嘘よ、嘘。席が残ってても、多分私はもう試合は見なかったろうから」
「そうなのですか?」
「うん。なんていうんだろう……。もう、満足なのよ。ありがとう。気を使ってくれて。あなたには感謝してもし足りないわ」
「ご迷惑ではなかったですか」
「その逆。うん」
好恵は控え室のドアを開いた。少しひやりとした空気と、熱くたぎる萌えっ気が、同時に部屋の中に入ってくる。
ボリュームをいきなり大きくしたように歓声が耳に飛び込んでくる。その声に負けないよう、少し大きな声で好恵は言った。
「ね、あなた、もしかして……」
「はい? なにか」
「あ、ううん。いいの。あなたも今週末に試合があるんでしょ。頑張ってね」
「……はい。かしこまりました。頑張ります」
「ふふ。まったくもう」
生真面目なその答えに少し苦笑いをしつつ、好恵は納得したように頷いた。
「一応、あなたは私と同じブロックだったのよ。綾香も応援してるけど、同ブロック代表としてあなたもしっかり応援してるから」
「はい。ありがとうございます」
「あとさ……」
なんでしょうか? という仕草か、セリオは好恵の方を向いたまますこし顔をかしげた。
「あなた、綾香の『スイッチ』のことを『バランスの乱れ』って言ったけど、自分で言ってたわよね。数値の変化は無かったって。
数値の変化の無いものを、どうしてあなたは感知できたのかしら。どうして『バランス』なんて言葉が出てきたのかしら」
「それは……」
ふふ、と好恵は笑った。
「私、あなたが世界一かどうかは知らないわ。でも、どうやらあなたが「唯一」であることは確かみたいだって、そうは、感じる」
「ゆ……い?」
「あなたがここまで勝ち残った理由が、今日わかった気がするわ」
好恵はそういいながら控え室の外に出ると、もう一度手を軽く振ってドアを閉じた。
だから、そのあとつぶやいた言葉が、セリオの聴覚センサーに届いたかどうかはわからない。
「心って、そういうものなのよ」
好恵が出ていった扉をセリオはしばらく見つめていた。
やがて、なにかを思い出したかのようについと顔をあげると、ゆっくりとした足取りで再びベッド脇の椅子にもどり、
そっと腰をおろす。
そして静かに瞳を閉じた。
自分も、今日の試合は見ずにここで綾香を待っていようと思った。
よくわからないけど、それで満足だった。
電子の羊たちが群れる中に、セリオはゆっくりと舞い降りていった。
110 :
yoruha ◆ZO8gDhRQ :02/03/02 20:38 ID:LIQ1MZtB
ここ、見てなかったな……
本レスに多いのやっちゃたんで、次から少し気をつけます……あうー。
ageちゃった……スマソ。
1/9
「――ねえねえ藤井さん、緒方理奈が結婚したって知ってる?」
家庭教師のバイトの最中、マナちゃんが突然そんなことを言い出した。
「……知ってる」
知ってます、ええ知ってますとも。
「わー、芸能界に無知っぽそうな藤井さんでも知ってるんだー!
相手はさ、なんか一般の人らしいんで極秘らしいんだけど」
俺、そいつの名前と出生地と誕生日、血液型に至るまで言えますけど。
「どんな人なのかなー、きっと藤井さんなんか話にならないくらい
カッコよくて優しい人なんだろうね」
さりげに酷いことを言っているマナちゃん。
俺はちょっぴり反論したくて、こんなことを言ってみる。
「うーん……意外に普通かも。そこらの大学生みたいな」
「あー、藤井さんったらどーせ『普通の男が緒方理奈と結婚できるんなら、
自分だって森川由綺と結婚くらいできるはずだ』なんて思ってんじゃない
のー? 身の程知らずよね」
思ってない、ちっとも思ってないよマナちゃん……。
……。
……。
……。
って言うかね、それ、俺なの。
――などと言おうものなら、黄色い救急車を呼ばれる羽目になるだろう。
(マナちゃんだしな)
何から話せばいいのか分からないが、とりあえず事実を伝えておこうと思う。
――このたび、藤井冬弥は学生でありながら超人気アイドル緒方理奈と結婚しました。
マル。
……わはははは。大笑い海水浴場。
いや、自分でも何で笑っているのか正直分からないけど、
とりあえず笑っておこう。
2/9
……ともかく、俺は理奈と結婚したものの理奈ちゃんはアイドルを続けてるし、
俺も大学生活を続けながら、バイトバイトの毎日だ。
おまけに結婚相手探しのスクープが過熱して、理奈ちゃんはおちおちこのマンションに
戻ってくることもままならない状態だ。
だから結婚して、同じマンションの同じ部屋に住んでいるといっても夫婦といっていい
ものかどうか。
下手をすると、理奈と過ごす時間よりはるかや彰と過ごしている時間が長いくらいだ。
「やーれやれ、ただいまっと……」
俺は今日もほんのわずかな期待を込めて部屋のドアを開く。
――お帰りなさい
そう言ってくれる彼女が居るような気がして。
「ただいま……」
部屋はいつもの通り、真っ暗だった。
ちょっとため息をつき、食事の支度に取り掛かることにした。
いくら何でも、三日連続カップラーメンというのは惨め過ぎる。
……味気ない夕食を無理矢理胃の中に押し込み、俺はぐったりとソファー
に横たわって、テレビのスイッチをつけた。
「〜踊りながら行こう、どこまでも♪」
「……理奈」
テレビでは緒方理奈が歌っていた、といっても生放送ではなくて、
ミュージッククリップをそのまま流している。
テレビに映る理奈はやはりどこか遠い存在だった。
結婚していても。
……否、結婚したからこそ。
緒方理奈が、かえって遠い、希薄な存在に見えてしまうのだった。
3/9
しばらくテレビを見ていると、がちゃがちゃとノブを回す音が聞こえてきた。
(……帰ってきた!)
思わず、駆け寄ってドアの前に立つ。
今日こそ何か言ってやれ――と思い、厳しいしかめ面をしてコホンと咳払い。
そして、ドアが開いて……。
「ただいま!」
「お帰り、理奈ちゃん」
――ま、怒鳴りつけるようなこと、俺ができるわけないよなあ……。
ドアが閉まるなり、理奈が俺に抱き着いてきた。
「あいたかったーー、逢いたかったよー!」
そう言って俺の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。
こんな風に理奈が感情を剥き出しにするのは、俺か、さもなきゃ英二さんくらいだろう。
そういう風に考えると、ほんのちょっぴり誇らしくなる。
「ね、ね、お腹空いた? 少し遅いけど私、作るわよ!」
俺は黙って首を横に振った。
「もう、理奈ちゃん……無理しちゃダメだよ。
疲れてるんだろ? シャワー浴びてきなよ。俺、その間に食事作っておくし」
「え、でも……」
すぐそうやって無理をしようとする、無理をして俺に何かしようって考える。
そんな理奈が好きで、だからこそ無理はさせてあげたくなくて――。
「いいからいいから、食事、スパゲッティでいいかな?」
「うん……じゃあ、シャワー浴びてくるね」
理奈はすまなそうな表情をして、浴室へ行った。
俺は腕まくりをして、先ほど自分の食事を作ったときとは段違いの気合の入れよう
で、夕食に取り掛かり始めた――。
4/9
「はむはむ……冬弥くんって、料理上手よね」
「そう?」
正直、料理には全くもって自信がないのだが。
となると理奈ちゃんが何で美味しいと言って食べてくれているのか――。
(やっぱり、あ……)
……何か途方もなく恥ずかしい答えが出てきそうなので、考えるのを止めた。
「ごちそうさま!」
「おそまつさまでした」
一瞬、気まずい沈黙が宿る。
「ね、今日は……どうする?」
おずおずと、理奈ちゃんが尋ねる。
俺は無言で首を振った。
……これも珍しいことじゃない、結婚してから一ヶ月、
俺は理奈ちゃんを数えるほどしか抱いてない。
セックスの途中で止めてしまうこともしょっちゅうだ。
――だって、あまりにも痛々しいから。
仕事、仕事、仕事……休日すらなくて、ひたすら歌い、踊り、微笑み続ける毎日。
家に帰ったときはもう理奈ちゃんの躰と精神はズタズタだ。
それを睡眠で回復し、再びステージへ向かう。
これまでどうして壊れなかったのか、それが不思議なくらいハードな生活。
だから、俺はとてもじゃないけど理奈ちゃんを自分の欲望に任せて抱くことが
できなかった、それじゃあほとんど強姦だ。
「……寝ようか」
俺はなるべく優しく理奈ちゃんに微笑み――
「うん」
理奈ちゃんもどこか哀しげに微笑み返した。
5/9
二人が寝るには少々狭苦しい感じのベッドで寄り添う。
理奈の躰からは爽やかな香りが漂い、くっついた肌は寒い冬には有り難味を感じる
ほど温かかった。
「冬弥くん」
理奈が背中を向けて、ポツリと呟いた。
「……ん、何?」
「怒って……ない?」
悄然とした顔でそんなことを言う。
胸の中の靄が雲散霧消するという訳ではないけれど、
それでも理奈がたまらなくいとおしくなって、ぎゅうっと腕を回す。
「全然」
「ありがと、冬弥……く……」
俺の胸によりかかるようにして、理奈は寝息を立てていた。
「……お疲れ様、理奈ちゃん」
頬に軽くキスをして、理奈の体温を感じながら、俺も目をつむった。
――スズメ……か。
スズメのチュンチュンという鳴き声がして、それで朝だと自覚する。
今日は……あ、朝から大学の授業があるんだっけ……起きないと……。
……?
なんか、下半身が変な感じ。
ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ……。
なんだろ、これ、なんか、舐めて……?
うっすらと目を開いて、俺は驚愕した。
「……り、り、り、な、ちゃん?」
「あ、冬弥くん、おはよう」
6/9
――いや、そんな天使の笑顔でニッコリされても。
少しはだけたパジャマのまま、彼女はベッドの中に潜り込み、
俺の陰茎に舌を這わせていた……らしい。
俺が茫然としたまま、「おはよう」と言うと、彼女は再びその作業に
取りかかった。
――うわ!
先ほどの夢まどろみはどこへやら、俺は下半身の快楽に思わず
背中をのけぞらせた。
ちろちろと舌が動き、理奈の口の中で俺の陰茎がねぶりまわされる。
「りっ、理奈ちゃん……何で、こんなっ……」
俺が喘ぎながら尋ねると、理奈が少しせつない表情をして、陰茎から口を離す。
「だって、朝起きたら、冬弥君のこれ、すごく元気で……」
しどろもどろになりながら、理奈ちゃんがそう言った。
まあ、朝だしなあ……生理現象みたいなものなんだけど。
「ごめん、嫌だったら止めるね……」
「い、嫌じゃないよ、ちっとも!」
慌てて俺は弁解する。
……実際、理奈ちゃんにこんなことしてもらうなんて初めてのことだ。
「ほんと? 私、こういうの初めてだから……どうすれば気持ちいいのか、
ちゃんと教えてね」
……教えることなんて、何にも無いみたいなんですけど。
理奈ちゃんがそっと陰茎にキスをする、湿り気を帯びた唇のぬめっとした
感触がひどく淫靡だ。
くねくねと下から上へ這いずり回る、舌が陰茎の裏筋をぺちゃぺちゃと
唾液でどろどろに濡らし、中枢神経を刺激する。
シチュエーション(健康的な朝・はだけたパジャマ姿の理奈ちゃん・目を開くと
見える淫靡な風景)もあいまってか、興奮を通り越して恐怖を覚えるくらい、
俺は底無しの快感を味わっていた。
7/9
理奈ちゃんはほんのりと頬を上気させながら、俺の陰茎を一生懸命に咥え込む。
髪を掻き上げる姿がたまらなく色っぽい。
あんまり激しく頭を動かすせいか、はだけていた胸元からちらりちらりと豊かな
乳房が見え隠れしている。
ごくり、と生唾を飲んだ。
刺激を受け続けて茫とした頭のまま、無意識にその乳房を掴んだ。
「ひゃんっ!」
搾乳するかのように、きゅっきゅっと乳房を絞り上げる。
理奈ちゃんの動きがゆっくりと止まった。
「柔らかい……」
なんとなくそんなことを呟いてみる。
「やあん、恥ずかしいってば……」
俺の手を払いのけるように、理奈ちゃんは俺の下半身に覆い被さった。
陰茎をとろとろに溶かすようにしゃぶり、そして一気に口の中へ吸い込む。
俺は彼女の乳房を弄くるのも忘れて、思わずシーツを掴んだ。
引っ張りあげられる感覚、脳髄がクラクラ痺れる、理奈ちゃんを見る、
頬が真っ赤、瞳は潤んでいる、何も考えられなくて、ただもう気持ちよくて、
理奈ちゃんがけなげで、理奈ちゃんがいとおしくて――。
「うわっ……」
勢いよく理奈ちゃんの咥内で陰茎が跳ね、先端から濁った精液をぶちまけた。
「ぁ! ……ふぁ……」
理奈ちゃんは、それでも銜え込んだ俺の陰茎を離そうとせず、最後の一滴まで
嚥下した――。
「ごめん、気持ち悪くない?」
洗面所から出てきた理奈ちゃんに声をかける、ちょっと申し訳なさすぎる。
「ううん……冬弥くんの……だったら、その、別に……ごにょごにょ」
……最後のごにょごにょの部分がよく聞き取れなかったが、恐らくこちらが
赤面するような内容なのは確実だろう。
8/9
「でも、その、あの……飲んでくれて嬉しかった」
なんか俺の方も相当混乱しているらしく、思わずそんなことを口走る。
……いや、嬉しかったのは確かなんだけど。
あれは男の夢だし。
ああ、予想通り理奈ちゃんは顔を真っ赤に染めて、
「……もうっ、知らないっ!」
恥ずかしげに笑顔を見せて、部屋を出て行った――。
……。
……。
……。
とりあえず、俺も学校行くか……。
「おつかれさまでーっす」
「……」
エコーズの店長である長瀬さんに挨拶して、俺は家路へ向かった。
ちなみに店長は俺と理奈ちゃんの結婚のことも知っていて、
扶養手当ということで給料が増えたのは内緒だ。
って言うか扶養されているのは俺っぽいけどな!(自慢になりません)
ま、とにかく喫茶店の残り物とはいえケーキも貰ったし。
理奈ちゃんが帰っているようなら、二人で夕食の後、紅茶でも飲むか……。
などと甘い期待を寄せながら、部屋の鍵を開けようとして――。
「……ん?」
あれ、鍵が開いてるや。
もう戻ってきてるのかな?
「ただいまー……理奈ちゃん、帰ってきてるの?」
そこで、俺が見たものは――。
(後編に続く)
1/10
――さて、クイズです。
「疲れた躰を引きずって帰ってきた自分の目の前に、
エプロンをつけたマイワイフ緒方理奈が出迎えてくれた時、
どう反応するべきでしょうか?」
解答:とりあえず喜ぶ
「では、ただエプロンをつけている訳ではなく、
どうも、その、何だ、ほっそりとした腕が肩まで出てるなーとか、
バンビのようにスラリとした太ももが丸見えだなーとか、
そもそもどう見てもエプロン以外に何もつけていないっぽいとか、
そういう場合は?」
解答:硬直する
とまあそういう訳で、俺はとりあえず硬直してみた。
理奈ちゃんは満面の笑顔――というほどではない、どちらかというと
顔がひくひくと引き攣っている。
多分、無言で見つめる俺が照れ臭くて照れ臭くてたまらないんだろうな。
……って、いつまでもぼうっとしてちゃダメか。
「た、ただいま。理奈ちゃん」
「と、冬弥くん、お帰り……」
二人して言葉がたどたどしい。
思春期の少年と少女のような青臭さが部屋の中に広がった。
「えっとね、久しぶりに早く帰ってこれたから……ご飯、作ってみたんだ」
「あ、ありがとうございます」
……思い切りぎくしゃくした足取りで、俺はキッチン――へ向かった。
俺が傍を通り過ぎたのを見計らって、理奈ちゃんもおずおずと後をついてくる。
……多分、背中を見せたくないんだろうなあ。
2/10
という訳で意地悪にも、フェイントをかけてみる。
キッチンへ入るなり、くるりと理奈ちゃんの方を向き、ひょいっと
背中を覗いてみる。
「きゃあっ!」
ぺちん、と叩かれたものの俺は確かに見た。
エプロンの下には――。
キチンと下着なんかを履いたりしていた。
とりあえず、二人してしばし食事。
理奈ちゃんは自分の格好について何も言わずに、スタッフの誰某がどうこうとか、
兄さん……英二さんががどうこうとかいう当り障りのない話題ばかりを続けていた。
だが、彼女が息をついたのを見計らって俺は話を切り出した。
「その格好……どしたの?」
「……えと」
自信に満ち溢れている表情が常のような理奈ちゃんが、珍しくおどおどする。
……嗜虐心が湧いた。
「その、この間の朝、冬弥くんにすごく喜んでもらえたから……思い切って、
こういうのもいいかなあ……って」
頭がクラクラして、心臓がドキドキするようなことを言ってくれる理奈ちゃん。
ただ、そうだったら何故――。
「でもさ、どうして――裸じゃないの?」
「だ、だって……それは、私も最初は、裸でいようと思ったわよ。
でも、すごく恥ずかしかったし……せめて下着くらいつけたって……」
――ちなみに、恥ずかしさは軽減されたものの、色っぽさは当社比
三十倍はアップしていると思うのですが。
「あっ、私、お皿洗うね」
立ち上がって、何気なく後ろを向く。
――うわ。
少しだけ飲んだお酒のせいもあってか、頭がぐるぐると回る。
3/10
こちらに背中――つまり、下着だけの姿を見せた理奈ちゃんは
くらくらするほど色っぽい。
かちゃかちゃという皿の音。
綺麗な音程の鼻歌――なんか、自分の格好に次第に慣れを覚え始めたらしい。
こちらはといえば、以前の朝っぱらからの彼女の痴態も思い出してか、
涎を垂らしたあさましいハイエナのよう。
とりあえず、そっと忍び寄って、傍でじっくりと観察する。
理奈ちゃんは自分の鼻歌にノッている(さすがだ)のか、間近の俺に全く気付いてない。
深呼吸。
息を止める。
そして、一気に踏み込んで、理奈ちゃんを背中から抱き締めた。
「え……? ……きゃ、きゃあっ」
理奈ちゃん、それちょっとわざとらしい。
「こうされたかったんだ?」
だから、遠慮なくそう尋ねてみた。
「べ、別にされたかったって訳じゃ……ひゃんっ」
ぺろりと首筋を舐めた、すっぽりと俺の腕の中に収まった理奈ちゃんの躰が
びくっと反応する。
「嘘つき」
「……そうよ、私、嘘つきよ。
この間だって、時間があれば、もっと冬弥くんに……」
「もっと、どうされたかったの?」
ほとんど誘導尋問のようなものだ。
「もっと、もっとエッチしたかった……!」
その告白が引き金となって、俺は理奈ちゃんの唇を乱暴といってもいいほどの
強引さで奪い取った。
4/10
下着とエプロンの間に手を滑らせる、ただの布切れを掴んだだけなのに、
ひどく頭がクラクラする。
そのまま、乱暴に胸を揉みしだく。
「と、冬弥くんっ……いたいよっ……あっ、もうっ……乱暴にしない……でっ」
途切れ途切れの言葉をかけながら、理奈ちゃんは目尻に涙を浮かばせる。
そういう哀願を聞くと、かえって嗜虐心が刺激されてしまう。
「ふうん、乱暴にされるのが好きなんだ、理奈ちゃん」
「そんなこと……あんっ……ない……わよっ……」
理奈ちゃんはびくびくと躰を震わせながら、けなげな反論をする。
「そう?」
耳の穴に息を吹きかけて、舌を這わせる。
「んあっ……そ、そうよっ……もっとっ……優しくしてっ……」
乳首をきゅっと摘んで、ねじった。
「ふぁっ!」
桜色の突起はあっという間に硬度を増していく。
けれど、そこまで。
不意に俺は乱暴に弄くるのを止めて、やわやわと理奈ちゃんの乳房を
揉みしだく。
「ほら、優しくしてあげるから」
ちょっと理奈ちゃんは不思議そうな表情を浮かべた。
リクエスト通り、俺は理奈ちゃんの躰に乱暴な扱いをせず、
ひたすら優しく全身を愛撫してあげた。
「……」
理奈ちゃんは最初はホッとした表情を見せたものの、次第に顔が
不満の色を持ち出し始めた。
「どうしたの? 優しくしてあげてるよ? それともやっぱり――」
ぴんと乳首を指で弾いた。
「乱暴にされる方がいい?」
理奈ちゃんは目を伏せ、恥ずかしげに囁いた――。
5/10
「もっと……乱暴にっ……めちゃくちゃに……してっ」
「ふうん」
わざと無関心そうに呟いて、右手をショーツの中に差し入れる。
秘裂に指を無造作に突っ込んで掻き回す、あっという間に分泌液が
俺の指に滴った。
「理奈ちゃんは乱暴にされる方がいいんだ、ほら、こんなに熱くなってる」
「違う……もん」
最後の抵抗を見せる理奈ちゃん。
俺は既に自己主張を始めていた陰茎を理奈ちゃんのおしりに擦る。
理奈ちゃんの首筋を勢い良く吸った。
「ダメっ……跡が残っちゃう……明日……撮影あるのっ……」
「撮影あるんだ、じゃあ……」
俺はブラジャーのホックを素早く外すと、エプロンから飛び出した乳房に
口を近づけた。
そして、乳房の上の部分をちゅうちゅうと吸って、キスマークをつけてみる。
そこら中に俺の自分勝手の証拠である印をつけまくる。
「もう……冬弥くんっ……ひどいっ……」
言葉を切れ切れにして、理奈ちゃんが喘ぐ。
「うん、だって理奈ちゃんが可愛いから、意地悪したくなっちゃうんだ」
そう耳元で言うと、理奈ちゃんの顔が羞恥と喜びで真っ赤に染まった。
そんな表情をもっと見たいが為に、俺はもっと乱暴に、彼女を壊れさせるよう
に扱う。
――俺、サドなのかな……。
そんなわずかな疑問を頭の隅に追いやって、俺は理奈ちゃんを蹂躙する。
するりとショーツを指に引っ掛け、ずり下ろした。
これで、名実ともに理奈ちゃんは裸エプロンということになる。
エプロンを絶対に外さないように心がけつつ、俺は彼女の唇に激しいキスをした。
6/10
「んっ……ふぁっ……」
いつもと変わらぬ可愛い声。
前回は自分が一方的に奉仕されて、理奈ちゃんの痴態を見ることが
できなかった分、今回は思う存分理奈ちゃんを責め立ててやろう。
まずは大陰唇の外側を指でなぞる。
「あ……んっ」
指をゆっくりと挿入する、ぬるぬるの肉襞が俺の指に絡み付いていく。
「もう、こんなにぬるぬるなんだ、理奈ちゃんってエッチだよね」
俺はそう言って、ぬめる秘裂をいじっていた指を理奈ちゃんの唇に含ませた。
「ん……むぐっ……」
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……。
少しばかりためらったが、理奈ちゃんは自分の愛液を俺の指と共に
子猫のように舐め始める。
「理奈ちゃんがこんなことするなんて――誰も思わないだろうね」
「いやあっ……意地悪言わないでっ……私、私が……」
「私が?」
「私が、こんなにえっちになるのは……冬弥君だからなのっ」
理奈ちゃんの反撃。
甘い声で囁かれたその言葉に、一瞬頭がくらっとくる。
その隙を突かれて、俺の首筋に理奈ちゃんが噛み付いた。
勿論、本気ではない――甘噛みというか、キスの延長上のようなものだ。
「うあっ……」
ちょっと首筋がぞくりとして、思わずそんな声を出す。
「冬弥君だって……えっちな声出してるぅ……」
――そんな声だったのか、俺。
甘噛みを続ける理奈ちゃんを抑える為に、俺は腰を下ろすと
理奈ちゃんの秘裂に舌を挿入した。
「ひぁっ!」
理奈ちゃんはびくりと背中を仰け反らせ――。
7/10
背中を仰け反らせて、全身を震わせる理奈ちゃん。
「はぁんっ、あんっ、そ、んっ……な、めちゃ……だめぇ……」
切れ切れの言葉で必死に訴える理奈ちゃんを尻目に、
俺はわざとらしく音を立てて秘裂を舐める。
俺は当然何も言わない(言えない)が、その溢れ出す愛液の音が
彼女の耳を刺激する。
ぴちゃり、ぴちゃり、ぴちゃり――。
「こんっ……な、いやらし……い……おと……」
自分で言って、自分に恥じ入り、悶える――。
昼間の、ブラウン管の健康的な理奈ちゃんにはない、ひどく蠢惑的な姿。
俺は立ち上がった。
自分でもいつのまにズボンを脱いでいたのか、俺の陰茎はもう理奈ちゃんの
躰を求めて収まらないというくらいに膨張している。
「いくよ……いい?」
耳元でそう囁き、彼女の同意を得ぬままに後ろから突き入れた。
「ひゃぁぁっぁぁぁっっっ!」
そのまま乳房を握り締め、さらに奥深くへ挿入する。
「あ……あぁっ……いいっ……はっ……んっ……」
マンションの壁はそれほど防音性が高くない、だから理奈ちゃんは
必死に声を出すことを我慢している。
それでも構わず、俺は彼女を犯すように激しく腰を動かした。
「そ、そんなに……はげしくしなぃ……あ、はぁ、ああ……!」
潤滑油となる愛液はとめどなく溢れ出し、太ももを通って床まで滴る。
グロテスクでさえある自分の陰茎をずるりと引き抜き、そしてまた秘裂へ突き入れる。
ものすごく疲れる、そして気持ちのいい作業に俺は夢中になった。
つうっとこめかみから汗が滴り落ちる。
理奈ちゃんがそれを見て、俺の顔の汗を舌で掬い取って舐めた。
瞳が潤み、呼吸を荒げ、舌を突き出す理奈ちゃんの色気のある表情。
俺の動きはさらに激しくなった。
8/10
「ひぁっ! あっ! だめっ! わ、た……し! あああっ!」
理奈ちゃんはもう我慢しきれずに、大声で喘ぎ続ける。
俺もそろそろ限界まできている。
「理奈……ちゃんっ……俺、もう……いくっ」
「わ、わたしもっ……あぅっ、あっ、あんっ…!」
意識が一瞬空白になる、その後で押し寄せる怒涛の快楽。
陰茎の先端からびゅくびゅくと、断続して精液が放たれる。
「あ……ふぁ……あーーーーーっ! あ、つい……よぅ……」
理奈ちゃんは身を震わせて、自分の胎内に放たれた熱い精液を享受した。
「はぁ……はぁ……いっちゃった……」
あんまり激しく動いたせいか、俺も理奈ちゃんも呼吸が荒い。
「お、俺も……って……あ」
「どうしたの?」
「いや、その……中で、出しちゃったなって……」
――大丈夫かな。
俺がちょっと心配そうな表情を浮かべると、理奈ちゃんはくすくす笑って
「夫婦なんだから……」
とだけ言った。
(でもなあ……もし妊娠してたら……まあ、今大学四年だし……卒業したら
就職せずに主夫にでも……あ、理奈ちゃんと俺の子供ってどんなだろう……
理奈ちゃん似だったら可愛いかなぁ……)
「こ、ら。ぼーっとしない」
理奈ちゃんがキッチンの床に倒れた俺にしなだれかかる。
俺も彼女を抱きとめて、二人して素っ裸同然――理奈ちゃんはまだエプロンを
つけていたけど――の格好のまま、いちゃいちゃし始めた。
9/10
「あ、ごめんごめん。ところで……子供の名前、何にする?」
俺がそう言うと、理奈ちゃんは一瞬きょとんとして
「……ぷっ、もう! 冬弥君、気が早すぎるわよ!」
あははははと笑い出した。
ひとしきり笑ったところで、理奈ちゃんは俺の指に自分の指を絡ませながら
ぽつりと呟いた。
「……子供かぁ。冬弥君に似た男の子がいいなぁ、私」
「俺、理奈ちゃんに似た女の子がいい」
「でも、子供なんて産まれたら……兄さんのいいおもちゃにされそう」
うあ、それは超有り得る。
「まあ、今ので妊娠したって判る訳じゃないし。
ゆっくり考えましょ、ね?」
「そうだね……」
俺は理奈ちゃんの頬にキスをして、ほんの少し先の未来を思い描いた。
「あいたたた……」
「冬弥、どうしたの?」
「いや、その、何だ……ちょっと腰が」
「ぎっくり腰? 冬弥も歳だね」
くすくすと笑う彰。
……いや、あの後また激しいのをやったからなんだけどな……。
だが、うぶでねんねの彰には判らないと思うのでぎっくり腰ということに
しておいた。
「……なんか、今僕の悪口を冬弥に言われたような」
俺の周りはエスパーばっかりか。
にしても理奈ちゃんも大丈夫かな、昨日はかなりお互い体力を消耗した
からな……。
10/10
「本番いきまーす!」
「はーい!」
「……なんか」
「ん? どしたの兄さん」
「いや、なんか今日は理奈ちゃんが妙に元気だなと思って、さ」
「ふふふ、そう?」
「それに何か……」
「……な、なによ」
「微妙に腰回りが充実……」
「……あ、あははははっ、じゃ、私行って来るわね!」
……うーむ、と考え込む緒方英二。
「とりあえず理奈の子供の名前、俺がつけてあげよう。
秋子、ユカリ、南、智子……何がいいかなあ」
おお、と大悟して英二は手を叩いた。
――いける、これならバッチリだ。
「よし! 名前は『緒方 凸』だ!」
「誰がさせるかーーーーーーーーーーーーーーー!」
歌っていた理奈の投げたマイクが、英二の後頭部に直撃した。
翌日、「緒方理奈妊娠?」という報道がマスコミによって
流されるがそれはまた別の話。
>>112-119 既に投稿済みのやつですが、続き物ですので念の為。
っつーか8レス分なのに9レス分と数え間違っていて欝。
>>120-129 前回の支援で未完に終わった分。
一応完成ということで、こちらに対千鶴仕様ということで
出しておきますです。
みさきさんの支援二次小説、
『旋律に感じる風景』 全4レスを投下します。
「みさき、明日なんだけど」
「うん、どうしたの?」
少し肌寒い部屋の中、
浩平はストーブをつけながらみさきに話しかける。
「夕方から出かけないか? 市民会館」
もうすぐで3月になるというのに、寒の戻りが続く。
「うん、なにかあるの?」
「柚木って知ってるか? 学校によく遊びに来てた」
「柚木…?」
部屋の中のわずかに澱む風は、首をかしげたみさきの髪をなぜる。
「詩子ちゃんのことかな? 澪ちゃんや茜ちゃんと一緒にいた」
「ああ、そいつだ」
懐かしい思い出、元気そうに学校を駆け回っていた詩子。
他校の生徒だと聞いていたけれど、全然そんな感じはしなかった。
みさきは、そんなことを思いながら、先を促す。
1/4
「その柚木から手紙が来て、ピアノの発表会があるから来ないか、だってさ」
「うん、行きたいな」
昔から音楽が好きなみさき。
学校にいたころの芸術選択はすべて音楽。
単位計算上、必要のない3年のときも取得していた。
歌うことも、聴くこともみんな好き。
かなわなかったけど、いろいろな楽器を演奏したいとも思っていた。
「明日の夕方からだから、一度帰ってくる、それから一緒に行こうか」
「うん、それなら、私も帰ってくるまでにおめかししてるね」
「ああ、わかった」
やがて、ファンヒーターから熱風が流れ出す。
その風に寄せられるように、みさきは前に座布団に腰掛けた。
2/4
静まった会場、
前のほうの席に座るみさきと浩平。
詩子の順番は3番目。
今、まさに本人が出てくるときだった。
「ぱちぱち…」
広がる拍手にあわせて、みさきと浩平も拍手をする。
「詩子ちゃん、どんな格好してる?」
「…あいつ、本当に発表会だと思ってるのか? 普通の格好だ」
「くすっ、詩子ちゃんらしいね」
小声でささやきあい、演奏開始を待つ。
きんと張り詰めた空気、澱む風。
やがて流れ始める旋律。
外国の情景を思わせるようで、
それでいて懐かしい、旋律。
ふたりも、会場の中も、みんな静かに聴いていた。
3/4
やがて、2分ほどの演奏は終わりを告げる。
詩子は前にたってお辞儀をして、
去り際、浩平とみさきを見つけて小さく微笑む。
ふたりは大きな拍手をして見送っていった。
「浩平君、曲名はシチリアーノ、だっけ?」
「ああ、プログラムにはそう書いてあるな」
念のためプログラムを開いて確認する。
みさきは頭の中で曲を思い出す。
ときどき宣伝などで流れているのを聴いたことはあるが、
全部を聴いたのは初めて。
優しくも懐かしいその流れに少しだけ胸が熱くなる。
「素敵な演奏だったね」
「ああ、どんなやつでもひとつぐらいはとりえがあるもんなんだな」
「それはかわいそうだよ」
小さく笑って、みさきは言葉を続ける。
「シチリア島って言う島の曲なんだよね、確か。
なんとなくだけど、詩子ちゃんの演奏で様子がわかった気がするよ」
揺れる瞳、嬉しそうな顔。
浩平はその笑顔を見ることができただけで、
連れてきてよかったと、思うのだった。
4/4
↓使用曲はこちらだよ。
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今から15レスほど行きます。
(1/15)
みさき先輩支援へたれパロディSS
『盲目のブギーポップ』
俺は屋上に続く扉を開けた。
夕焼けの空、澄み渡る風、そこに佇む一人の盲目の少女。
いつもと同じ、いつも通りの風景。
……のはずだった。この前までは。
いつもと違う事、それは――
彼女がまるでメーテルのコスプレの様な筒状の帽子と黒いマントを身に纏い、矢鱈と上手い口笛を吹いている、という事だ。
川名みさきは今日もブギーポップになっていた。
(2/15)
「やあ、君は川名みさきの恋人の――折原浩平君」
口笛を止めてみさきが――いや、ブギーポップがこちらを向く。
「悪いね、彼女の身体はまだ借りているよ。安心したまえ、もうじき下校時刻も過ぎる。そうしたら僕も消える……今日の所はね」
無表情で淡々と、まるで明治や大正あたりの書生のような喋り方で彼女――彼、かも知れない――は言った。
「悪いと思ってるならさっさと用事とやらを済ませて、みさきから出て行ってくれないか」
俺は多分に皮肉を込めて言い放つ。
こいつ、ブギーポップと名乗る人物は、この前からこんな調子でみさきの身体を『借りて』、この学園を監視しているそうだ。
何でもやらねばならない用事があるらしいのだが……詳しくは俺も聞いていない。
正直最初はみさきが俺をからかってるのかと思い、それからもしや先輩の気が触れたのかと本気で心配した。が、少し話してみて何となく解った。
こいつは本物だ、と。
本当にみさきの身体に別の人格が乗り移っている様なのだ。
俺の皮肉にブギーポップは、左右非対称の笑っている様な困っている様な奇妙な表情を浮かべた。
「それが出来れば、無論そうしたい所なんだがね。そればっかりは僕にもどうにもならないのさ。何せ、僕は『自動的』なんでね」
「自動的、ね……。そんな事言われても、こっちだって困るぜ、全く……」
「……すまないね。本当は僕など存在しない方が良いのだろうけど……生憎、これは僕の義務なんだ」
そう言ったブギーポップの表情は、何処か悲しげに見えた。……しかもそれがみさきの顔なのだから、俺としては非常に居心地が悪い。
「いや、まあ……確かに迷惑だけどな、でもみさきに何か危害があるって訳じゃなさそうだし……そんな風に言うなよ」
俺は何とかフォローしようと、慌てて話題を探した。
(3/15)
「……あ、そうだ。監視、って言ってたよな、お前。でもさ、その……みさきの目は」
「ああ、確かに彼女の目は見えないね。だから、僕にも周囲の景色や君の顔等は、一切見えない」
事も無げに言う。
「彼女の視覚消失の原因は外傷だからね。眼そのものの機能が停止しているのだから、流石にどうにもならないさ」
「そっか……。それじゃあお前、どうやって監視してるんだ?」
「ああ、その点なら心配は要らない。目が見えないぶん、他の感覚が鋭敏になるものでね。この校舎周辺の人の動きぐらいなら判る」
「ふーん……、凄いんだな」
ブギーポップの話は、俺には全く実感出来なかった。だから、何となく曖昧な感想を述べる事しか出来なかった。
(4/15)
「……折原君、君は優しいんだな」
「――は?」
ブギーポップは唐突にそんな事を言った。
「何言ってんだ、お前」
正直、ドキリとした。何と言ってもみさきの顔と声だ。口調だけが、いつもと違う。
「いや、謙遜しなくていいよ。――なるほどね、川名みさきが君を好きになる訳だ」
そう言うと、ブギーポップはまた空を見上げて口笛を吹き始めた。
「その顔でそんな事、言うなよ。どうしたらいいか解らなくなるだろ」
ブギーポップは口笛を吹き続ける。
雄大で、何処となく寂しげな……そんな曲だ。
「なあ、それ、何て曲なんだ?」
「これかい? これはリヒャルト・シュトラウスの『最後の四曲』のうちの一つ『夕映え』さ。クラシックだよ」
「へえ……聞いた事のない名前だな。でも、いい曲だ」
「シュトラウスならば『ツァラトゥストラはかく語りき』の方が良かったかな?」
「つ、ツァラ……? 何だって?」
「『ツァラトゥストラはかく語りき』。……『2001年宇宙の旅』の曲と言えば解るかな」
そう言って、ブギーポップは左右非対称に表情を歪めた。
(5/15)
「あれ? 浩平くん、どうしたの?」
重たい扉を開けて、屋上からみさきが出て来た。
「あ……いや、先輩の所に行こうかなって。でも、少し遅かったみたいだな」
俺は嘘を吐いた。ブギーポップから『みさき』に戻るまで、ここで待っていただけだ。
「くす。遅すぎるよ、浩平くん。わたし、ずっと待ってたんだからね」
「ああ、悪いな先輩。今度はもっと早く行くようにするよ」
「うんっ、約束だよ」
――川名みさきは、何も知らない。
あいつは、ブギーポップはそう言った。自分が『出て』いる間の事は記憶していないのだと。
――記憶の欠落による辻褄の合わない部分は、自動的に修正されるんだ。
つまり、みさきの中で、彼女はずっと屋上で俺を待っていた、という事になるらしい。
「……さて、帰るか、先輩? 短い帰路だけど、送るぜ」
「ありがとう、浩平くん。それじゃ、帰ろっか」
彼女は、何も知らない。……知らせる必要も、ない。
俺はみさきの手を取ると、冷たい空気に満ちた階段を下って行った。
(まったく、厄介な事になっちまったな……)
俺は心の中で毒づいた。
(6/15)
「なあ、お前の目的ってさ……結局何なんだ? 何を監視しているんだよ」
次の日、今日も俺はみさきの――いや、ブギーポップの待つ屋上に行った。
「――ふむ」
ブギーポップはいつもの謎めいた表情のまま俺に視線を投げかけると、くるりと背を向けて呟いた。
「そうだな、君は知っておいた方がいいかも知れない。――川名みさきの、恋人として」
おどけた様な口調の中に、幾分か真剣な雰囲気が混じっていた。
「僕が見張っている相手は、とても危険なヤツなんだ」
ブギーポップは数歩前に歩き、屋上のフェンスにそっと触れた。
「そいつは、知らない間に君達の生活に紛れ込み、今も虎視耽々と目的に向けて準備を進めている。今はまだ目立った動きは無いが、放っておいたら取り返しのつかない事になるだろう。世界の危機だ。倒さなければいけない」
……俺は絶句した。あまりに突飛すぎる。
「なんだよ、それ。この学校に、世界征服を企む悪の科学者でもいるってのか?」
俺の冗談混じりの言葉にブギーポップはくるりとマントを翻して振り向き、言った。
「いるのは、『人を喰うもの』だ」
(7/15)
「……は?」
夕焼けを背にしたブギーポップは、至って真剣そのものの表情だ。まあ、変わらず無表情ではあるのだが、俺にはいつもよりも数段真剣なものに思えた。
「何だよ、そりゃ」
馬鹿馬鹿しい、と言いたかった――が、何故かこいつの目を見ていると、その言葉が喉元から出て来ない。
「信じる信じないは別にいい。ただ、誰にも言ってはいけないぜ。感づかれたら、君にも危険が及ぶ」
言った所で、笑われるか気違い扱いされるだけだろう。言える訳がない。
俺も出来れば笑ってやりたかった。なあ先輩、もう演技はいいよ、面白かったぜ?、と。
だが、出来ない。こいつを――ましてや、みさきの姿をしたこいつを前にして、それは何だかやってはいけない事の様に思えた。
「昨日も言ったが、君には本当にすまないと思っている。いくら僕の義務とはいえ、川名みさきの恋人である君に多大な迷惑を掛けてしまっているからね」
迷惑、と言うか……まあ、色々混乱させられたのは事実だ。
「本来なら、この時間は君と川名みさきだけの時間なのだろう? お互いの愛について語り合ったりね。そこに僕が乱入してしまった訳だから、君にはいくら恨まれても仕方がない」
ブギーポップは俺から視線を逸らすと、首を少しだけ上げて空を見上げた。そのポーズが妙にサマになっている。
「愛……ってお前なあ」
語り合う相手本人の顔と声にそんな事を言われるのは、正直、照れ臭かった。
「だが、安心していい。放課後を過ぎれば、僕がいる意味は無い。皆帰ってしまうからね」
「……って事は、お前の見張っている相手ってのは生徒とか教師とか、学校の人間の中にいるって事か? じゃあ、学校出た後とか放っておいていいのかよ」
「放ってはおけないさ。だが、川名みさきの行動範囲や日常生活を鑑みると、これが限度なんだよ。本来なら、君にも知られたくは無かった」
「そっか。まあ……色々大変なんだな、お前も」
「……義務さえ無ければ、僕などいない方がいいのだろうけどね。まあ、僕が『出て』いるのは少しだけだからさ、すまないが我慢してくれ」
ブギーポップは、何だかしみじみとそう呟いた。
(8/15)
「……でさ、みさきは外が怖いって言うんだよ。だから全然デートにも行けないんだ」
その次の日も、俺は屋上でブギーポップと話していた。内容は、俺とみさきの事だ。有り体に言えば、俺がブギーポップにみさきの事で悩み相談をしている。
「目が見えないんだから、外が怖いのは仕方ないって思う。そこは理解してやりたいし、それが恋人として俺のやるべき事なんだと思うけど」
はっきり言って、悩みの原因である本人に悩み相談をしている図は、相当にいかれた光景だと思う。だが、不思議と違和感は感じなかった。
「そうだね。川名みさきにとって、恐らく知らない外の世界へ行くというのは、深い崖に張ってある一本のロープの上を歩く事のようなものだろうからね」
「でもさ、俺はみさきと、もっと色々楽しい事がしたいんだ。あいつに、苦しさを忘れさせてやれるぐらいに」
ブギーポップはそんな俺を見て、いつもの様に左右非対称の奇妙な表情を浮かべた。
「君は立派な彼氏だな。川名みさきは幸せだ」
「そうか? 全然だけどな。悩みも葛藤も沢山ある」
「それがいいんじゃないか。何かのために悩んだり、喜んだり、そういうのが輝かしいものなのじゃないかな? うん、青春だねえ」
冷やかしもせず、過剰に励ます事もでず、ブギーポップは、実に素直に関心してくれた。
「義務で存在するだけの僕にはそういう感情は解らないが、だがそういうものが無くなった世界なんてのは間違っている。違うかい」
「……そういうもんかな」
俺は即答出来ず、歯切れの悪い返事をする事しか出来なかった。
「けれど、それを正しい方向に導くのは、僕じゃない。君達の仕事さ」
ブギーポップは遠い目をしてそう言った。そして、口笛を吹く。シュトラウスの『夕映え』だったか。
……後になって思えば、あの奇妙な表情はあいつなりの笑顔だったのかも知れない。
結局俺は、最後まであいつの明確な表情というのを見る事は無かったのだけど。
(9/15)
翌日も屋上へ行ったが、そこにブギーポップの姿は無かった。
「……」
何となく日が暮れるまで待ってみたが、結局あいつもみさきも現れる事はなかった。仕方なく、俺は家路に着いた。
(10/15)
そしてその次の日、矢張り屋上に上がった俺の目に映ったのは、制服を着た『みさき』の姿だった。
「……先輩?」
俺は虚を突かれて、思わず間抜けな声を上げてしまった。――心の何処かで、今日もあいつが待っている事を期待していたのかも知れない。
だが、そんな俺の思考はみさきの次の言葉で打ち消された。
「やあ、折原君。やっぱり来たね」
そう言って無表情のまま俺を見るみさき。いや、ブギーポップなのだろう。口調がそれを物語っている。
「……今日は制服なのか? いつもの格好はどうしたんだよ」
「ああ、もう必要ないから持って来ていないんだ」
「どういう事だ?」
ブギーポップは少し間を置いて、言った。
「危機は去った」
さらりと言う。……俺は、その言葉の意味する所を瞬時には理解出来なかった。
「だから、お別れを言いに来たんだ。僕の義務は終わった。もう僕の存在する理由は、無い」
「……お、おい。ちょっと待てよ! 何だよそれ……!」
「仕方ないのさ。僕はそれだけの存在なのだから。するべき事が終われば自動的に消える。泡の様にね」
「だからって! いきなり過ぎるだろ、いくら何でも!」
俺は、自分でもびっくりするぐらい動揺していた。
「第一、『人を喰うもの』とやらはどうしたんだよ。倒すんじゃなかったのかよ!」
「だから、もう倒したんだ。僕がやった訳じゃないけどね」
「っ……」
俺は言葉に詰まった。……言いたい事は沢山あるのだが、言葉にならない。
(11/15)
不意に、ブギーポップが頭を下げた。
「ありがとう、折原君。君と過ごした時間は楽しかった。僕はもう消えるけれど、戦いしかない僕の時間の中で、友達と呼べるのは君ぐらいのものだ。本当に、楽しかったよ」
「そんな……そんな寂しい事、言うなよ」
俺は、やり切れなくなって俯いた。
――ああ、そうか。俺は、こいつが……好きだったんだな。みさきの姿をしたこの奇妙な友人が、俺は好きだったんだ。
「俺にとっても……お前は友達だ。今までの中で最短時間で友達になれた奴だと思うぜ」
俺は、搾り出す様にして言葉を繋げていた。
「だからさ……行くなよ、行かないでくれよ」
熱いものが込み上げて来る。涙は流れていないが……泣きそうだ。
「……嬉しいね、折原君。でも、僕は行かなければならない。僕のやるべき事は終わったんだ。そして、君にもやるべき事がある。僕に構っていてはいけない」
ブギーポップはきっぱりと言った。
「でもさ……!」
俺が顔を上げると、もうそこには誰の姿も無かった。世界が燃え上がるような綺麗な夕焼けが、無人の屋上を照らすだけだった。
こうしてブギーポップは、俺の前から姿を消した。
(12/15)
俺は半ば呆然としながら、校舎の中へ続く扉を開けた。
「きゃっ」
がん、と扉に何かが当たる音と、小さな悲鳴が聞こえた。
「あ……先輩」
みさきだった。
「う〜、痛いよ〜、浩平くん……」
「わ、悪い。気付かなかった」
どうやら開けた扉に頭を打ち付けてしまったらしい。額を押さえてうずくまっている。
「う〜、痛いよ〜痛いよ〜」
「今度さ、学食でカツカレーおごるから。許してくれ。な、先輩」
「うん、約束だよ」
痛がっていた姿は何処へやら、ケロッとした表情でみさきが嬉しそうに言う。……やられた。
「今日は早かったんだね、浩平くん」
「ん? あ、ああ。この前遅れたからな。その罪滅ぼしに、光速を超えるスピードでやって来たのだ」
「くす、ごめんね、わたし、掃除さぼって雪ちゃんから逃げてて、それで遅れちゃったんだ」
……なるほど。みさきの中ではそういう風に記憶が修正されているらしい。
みさきは知らないのだ、何も。
(13/15)
「あー、風が気持ちいいね。ねえ、浩平くん。夕焼け、綺麗?」
みさきが屋上の真ん中で手を広げてくるくるとステップを踏んでいる。
「ああ、そうだな……今日のは、80点ってとこだ」
「わ、凄い高得点だね」
今日の夕焼けは、何だかとても綺麗に思えた。踊るみさきに、夕日を背にしたあいつの姿が重なる――
と、おもむろにみさきが動きを止めて、小さく呟いた。
「……ね、浩平くん。今度の休みにさ、公園、行こうか」
「……え?」
いいのか、先輩――と言う前に、みさきが言葉を続けた。
「わたしね、外の世界に行くのがずっと怖かったんだ。目が見えないからじゃない。浩平くんがいれば、それは安心出来るんだよ。でも――」
みさきは俺に近付き、俺の手を取って言う。
「わたし、きっと沢山迷惑かける。浩平くん、凄く大変だと思う」
俺の手を握るみさきの手が震えていた。
「だからね、あまり苦労かけちゃったら……浩平くん、わたしの事が嫌になっちゃうんじゃないかって。それを考えるだけで、不安に食べられるかと思った」
――不安に食べられる。
その言葉に、俺はどきりとした。
「でも、わたしが怯えてばかりじゃ駄目だもんね。だから、勇気を出してみたんだ。えへへ」
顔を上げるみさき。その顔には笑顔が浮かんでいる。俺は思わずみさきを強く抱き締めた。
「……ごめんな、先輩」
「――ううん、ありがとう、浩平くん」
(14/15)
「こらーっ! みさきーっ!! やっぱりここねっ!!」
と、突然屋上の扉が開いて、深山先輩が飛び込んで来た。
そして、抱き合っている俺達を見て絶句する。って言うか掃除さぼってたのは本当だったのか。
「……」
「……」
「……」
場の空気が凍っていた。……気まずい。
「え、えっとね、雪ちゃん。ちょび髭はわざとじゃないんだよ」
「なんでだ」
俺はみさきを抱き締めたままつっこむ。変な光景だろう。
「と、とと、とととと兎に角! 掃除しなさいみさき!」
どうやら今のみさきのボケで深山先輩がキレたらしい。顔を真っ赤にしてこっちに向かってくる。
「わわ、雪ちゃん怒ってるね。逃げるよっ、浩平くん」
言うや否や、みさきは駆け出していた。俺も思わずそれを追う。
「待ちなさーい! みさきぃ!!」
後ろで深山先輩の叫びが聞こえる。……捕まったら俺も怒られるな。
(15/15)
「先輩、待ってくれー」
並んで走る。そんな俺にみさきは少し意地悪く微笑んで言った。
「浩平くん、私の前では『みさき』じゃなくて『先輩』なんだよねー。少し、寂しいかな。ふふ」
俺は、思わず転びそうになった。……どういう意味だ?
「冗談だよ。ちょっと意地悪したくなっちゃっただけだよ。あはっ」
楽しそうに、本当に楽しそうに笑う。あいつには出来ない表情だ。
人を喰うもの。それの正体は、俺の不安であり、みさきの不安ではなかったのか。
それがなくなった今、あいつの役目は終わったという事なのだろうか。
あいつが何のために、何故出て来たのか。それはわからない。
ただ一つわかっている事、それは――
「……みさき、今度の休み、思い切り楽しもうな!」
永遠には続かない今を精一杯生きる事。それが、俺達の義務なのだ、という事だ。
了
みさきさん支援母乳物二次小説、
『その、豊かな胸の中に』 全3レス投下します。
「なぁ、みさきの胸って、ほんと大きいよな」
夕暮れの部屋、取り留めない話、
その中でぽろっと浩平が口に出した言葉。
その言葉に、みさきの顔は真っ赤になって、
「こ、浩平君? いきなりなにを…」
そのまま真っ赤になってうつむいてしまった。
「いや、悪かった」
そのまま優しく背後からみさきを抱きしめる。
「そ、そんなことされても許さないからね」
少しだけ声は震えている。
それでも浩平は抱きしめたまま、
やがて、その手がみさきの胸へとたどり着く。
「こ、浩平くんっ!」
「みさきの胸、触ると気持ちいいからな」
「や、だっ、だめだよっ!」
みさきはなんとか逃げようとするけど、
浩平の力から抜けることができない。
でも、浩平の暖かさから逃れられないことも気づいていた。
1/3
「こ、浩平君、恥ずかしいよ…」
みさきはただ、浩平のされるがままにセーターをたくし上げられていた。
大きな胸、それを覆い隠す水色のブラジャー、
恥ずかしそうにしているみさきと対照的に堂々とした胸とブラジャー、
浩平はブラジャーの上からその敏感な部分をつねったりしてみる。
「浩平くんっ、ちょ、ちょっと痛い…」
みさきはすがる目で懇願をする。
浩平は少し力を抜いていじることを続ける。
みさきの口から漏れるため息は、すでに甘いそれに変わっていた。
やがて浩平は、みさきの胸を窮屈そうにしているブラジャーをとり、
直接に胸を触り始める。
みさきの抵抗はなく、ただ、行為に身を委ねていた。
まず、手で全体を包んで、手の腹で先端を押す。
押されるたびに、みさきの口からは色っぽい声があふれる。
それにつられるように、浩平は指で先っぽをいじりはじめた。
だんだんと硬くなってゆくその先を、
いくしばらくかは浩平は指でなぶっていたが、
やがてそれも飽きたのか、口に含んで舌で転がす。
みさきは、今までの何倍もの強い刺激、
それでいて優しい愛撫に、浩平の頭を抱えてあえぎ続ける。
浩平もそれに答えるように、優しく噛み、そして、吸う。
2/3
やがて、浩平の口の中に別の感覚が混ざり始める。
少しだけ、粘度のある液体、たとえるなら、
みさきの下半身の大切なところからあふれる愛液にわずかに似たその感触。
でも、その味とは違う、なんとなく甘い味。
「みさき…まさか…」
でも、みさきは首をわずかに振る。
「なんか…最近胸が痛くて…」
ホルモンのバランスの崩れから起こる母乳の生産。
ただでさえ大きな胸のみさき、張ってよけいにくるしいようだ。
「なら、オレが全部吸い出してやるから」
「えっ?」
みさきの戸惑いを無視して、浩平は胸を再び吸いだす。
手は乳房を持ち、揉みしだいてゆく。
みさきの口からあふれるあえぎ声、それとともに浩平の口へとたまる母乳。
でも、みさきはずっとされるがままにしていた。
浩平の口の動き、優しかったから。
浩平の手の動き、暖かかったから。
ずっと、ずっと、漂っていた。
「これくらいでどうだ?」
やがて、浩平は離れてみさきに尋ねる。
「うん…少しだけ楽になったよ」
真っ赤な顔、激しい吐息、
少し母乳に濡れた胸を上下に動かしながらみさきは答える。
でも、みさきはその真っ赤な顔をしたまま、もっと浩平の躰が欲しい、そう思い始めていた。
3/3
先輩支援18禁、7レスいきます。
浩平君が帰ってきた次の日。
私は浩平君の部屋にいた。
「えっと……じゃ、脱ぐけど……あんまりじっと見ないでね」
「善処する」
……きっと浩平君のことだから見てるんだろうけどね。
そう思いながら上着とスカートを脱ぎ、少し躊躇ってブラジャーとショーツも脱いだ。
……やっぱり体がすーすーするし不安だし……恥ずかしいよ……
前とは違って柔らかなベッドの上だけど、余計にこれかすることを意識してしまう。
「……綺麗だとおもうぞ、ほんと」
「……うん」
髪を梳くように撫でられ、くすぐったい。
「……じゃ、始めていいか?」
「あ、うん……えっと、よろしくお願いします」
浩平君がくすっと笑う声が聞こえた。
「笑わなくていいのに……」
「悪い悪い。あんまり初々しかったもんで」
……ちょっとだけ緊張がほぐれた。今傍にいるのが浩平君なんだなって確認できたから。
「……じゃ、ここからいくな」
私の胸を浩平君の手が覆って、じわじわと揉み始めた。
手の中で乳房が形を変えていくのが分かる。
「う……ん……っ」
「……柔らかいな。先輩の胸」
何だか変な感じがする。
しばらく弄ばれた後、急に濡れたものが触れてきた。
「きゃっ! ……な、舐めてる、の……?」
「舐めてる」
浩平君の舌は胸の形を確かめるように全体を舐め、乳首に達した。
「……っ! そ、そこは……あっ!」
私の反応を見て、浩平君はそこにしつこく舌を絡めてきた。
「だ…だめだよ……! そんなにされたら……私……ひぅっ!」
今度は乳首に吸い付き始めた。さっきとは違った刺激に、切なさが煽られる。
時々歯を立てられるたびに声を洩らしてしまう。
「そ…そんなに吸っても……おっぱいは出ないよぉ……!」
浩平君は乳首を攻めながらも、唾液でべとべとの乳房を揉みしだいている。
充分に濡らされた乳房は、揉まれるたびににちゃにちゃと音をたてて形を変える。
「や……ぅ……だめ…らってばぁ……む、胸が……変になっひゃ…う……ふぁぁ!」
涎が溢れ、呂律が回らなくなってきた。
なんだか体の疼きが止まらない。すごくえっちな気分になってる。
しばらく胸をいじられ、なんだかアソコが熱くなってきたとき、やっと解放された。
「……浩平……君……」
ぽーっとしたまま浩平君の名を呼んだ。さっきから変な感じが止まらない。
「……先輩のここ、もうこんなになってるぞ」
……ここってどこだろう。
浩平君の指が突然私の股の辺りに触れた。そこはびしょびしょに濡れていた。
「や、やだ……私、なんでこんな……」
「先輩も気持ちよくなってるってことだろ」
「え? でも……そんな……私……」
……そっか。さっきからしてる変な感じは快感だったんだ……
「えっ……あっ……その…私、こんなにえっちな子じゃ……えっと、えっと……」
おろおろする私を、浩平君はぎゅっと抱きしめてくれた。
そしたらなんだかすごく安心した。24
「いいだろ。オレだけ気持ちいいのも不公平だし」
「……うん」
浩平君は私の体を起こすと、後ろに回って背中を抱いた。
抱きしめられてると、暖かくてすごく幸せな気分になる。このままずっと抱かれていたいぐらいだった。
浩平君は私の腕を取ると、私のアソコに当てさせた。
「……浩平君?」
「まずは先輩を思いっきり気持ちよくしてやるからな」
すっごく恥ずかしいことを言って、浩平君は私の指を中に挿れさせた。
「ひぁ……! あっ……!」
指に膣の壁がねっとりと絡みつく。自分の体とは思えない。
そのまま浩平君は指を何度も往復させた。……な、なんだか……
「浩平君……すごく、気持ちいい……」
最初にしたときは痛いばっかりだったけど。今回は自分の指だってこともあるんだろう。
「じゃあそこは自分でいじっててくれ。次はこっち」
余った右手をんれた胸に導いた。
「あ、あの……えっと……」
「こっちは自分で揉んでくれ」
「……恥ずかしいよ」
「オレしか見てないから」
……だから恥ずかしいんだけどね。
でも気持ちよくなりたいから、言われたとおり手の平に力を込めた。
唾液に濡れた乳房はぬるぬると手の中を滑る。
「ん……ふぁ……っ!」
左手に触れる愛液の量が増えてきた。
……これがオナニーっていうやつなのかな。
そう思っていると、もう片方の乳房を浩平君が掴み、膣にも指を一本挿れてきた。
「あっ……こうへ……君……!」
「ほら、手がお留守になってるぞ」
「で、でも……ふぁぁ……!」
浩平君の愛撫はすごく上手だった。
緩急をつけ、敏感な部分をときどきいじりながら全体を攻めている。
私も我慢できなくなってきて、夢中になって自分を辱めた。
両胸が絶えず歪み、秘部の中で二本の指が動き回っている。
今まで味わったことのない、怖いくらいの快感が全身を駆けめぐる。
「はぁ…ん! あっ……! こうへい……くん……! ――あっ!!」
「先輩のエッチな声、可愛いな」
耳元で囁かれ、羞恥で逃げ出したくなる。
そのとき、一際強い快感を感じた。
「や…やだぁ……! なんか……すごく……あっ! と、止めてっ! 浩平君、止めてぇ!」
浩平君の指は少しも止まることなく、一層激しい動きで愛撫をする。
「―――っ! あっ……はぁぁぁぁぁっ!!」
全身がビクビクと震え、おかしくなりそうな快楽の渦に放り込まれる。
たまらずベッドの上に倒れ、止まらない快感に身をよじる。
しばらくして収まった後も、余韻が消えなくてすごく切ない。
「わ……私……今……」
呆然として呟く。
「ああ。イッたのは初めてだったんだな」
イッた……絶頂とかいうんだっけ……
「うん……私、こんなの……こんなに気持ちいいの、初めてで……その……」
……でもあんなにエッチに喘いで……やっぱり恥ずかしかったよぉ……
「うわ、もうびしょびしょだな」
いつの間にか下腹の方から浩平君の声が聞こえた。
「こ、浩平君……! どこ見てるの!?」
「ああ、オレがキレイにしてやるから先輩は寝ててくれ。気持ちよかったら好きなだけ声出していいから」
「きれいって……?」
……アソコに、何か触れた。
「……ひゃっ! な、なに……!?」
恥ずかしい部分に吐息らしきものがかかり、ピチャピチャと音がし始めた。
「浩平君……!! そ…そんなとこ…舐めたら汚いよ……!!」
「そんなことない。みさき先輩のいい匂いがすごくする」
「…………匂いって……」
……うぅぅ、もう死にたいぐらい恥ずかしいよ……
音をたてて、私の汁が吸われた。
「あぁぁぁっ!!」
浩平君の舌が中で蠢いて……やだ……やっぱり気持ちい……
「はぁ……あっ!! も…もっと……浩平君、もっとして……!」
口から、信じられないくらい淫らな言葉が自然に洩れる。
浩平君は私の脚を大きく開かせて、太股を撫でながらさらに奥まで舌を伸ばした。
「ゃ……! すごい…浩平君……すごく気持ちいい……!!」
熱に浮かされたように惚けながら、私は意志に反して喘ぎ声を出し続け、浩平君を興奮させている。
じきに太股まで唾液や愛液でべとべとになってきたころ、また快感に襲われた。
今度はさっきなんか比較にならないぐらいの規模だった。本当におかしくなっちゃいそうな。
「こう……へ……!! わたし、またイッちゃ……ふぁ…ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
部屋の中に淫らな声を響かせながら、私の意識は途切れた。
「……輩。先輩。大丈夫か?」
「……浩平……君?」
気がつくと、私は体を痙攣させながら気を失っていた。
「……私、どうして……? あっ。確か浩平君に恥ずかしいところを舐められて、すごく気持ちよくて……」
「……まさか気絶するとは思わなかった。ごめん」24
……すごかったな、ほんと。あんなに恥ずかしいのにあんなに気持ちいいんだもん。
「……もう疲れてて本番は無理だろ? 今日はこれぐらいにして寝ようか」
こっくり頷こうとして、大切なことに気づいた。
「……浩平君がまだ気持ちよくなってないよね」
浩平君が驚く気配が伝わった。
「ま、まぁそうだけど……先輩に無理させるわけにもいかないだろ。かといって一人でやるのは虚しいし」
私は手探りで浩平君の男性器を探り当てて握った。
「先輩?」
心臓が緊張と羞恥でドキドキしてるけど、そのことを口にした。
「……私が……気持ちよくしてあげるよ。……その……口で……」
ぼそぼそ言ったので、聞こえたかどうかは分からない。
とりあえず、それの形を触って確かめる。
なんかごつごつしてるけど……先っぽはぬるぬるしてる。
小学生の頃お風呂場でお父さんのを見たけど……それよりずっと大きい。
「……こんな風になってるんだね」
「あ、ああ……でも先輩、ほんとに無理してそんなことしなくていいぞ」
浩平君は珍しくうろたえてる。こういうところは年下っぽいんだけどね。
「大丈夫だよ。私、浩平君のなら全部好きだから。……それじゃ、私、がんばるからね」
おそるおそる、それに口を近づける。濃密な臭気が鼻をつく。
「ん……すごい匂い……」
「だから無理するなって」
「大丈夫だってば。……ん……」
それの先端を口に含む。口中に独特の味が広がった。でも浩平君のだって分かってるから平気だった。19
舌でちろちろ舐めると、浩平君が私の頭をそっと撫でた。
「ん……んふ……」
性器を唾液が伝い、それを拭うように握った手を上下に動かす。
「先輩……気持ちいい……」
それを聞いて嬉しくなった私は、さらに奥までくわえ込み、顔を前後に動かした。
先端から溢れてくる苦い液体も丁寧に舐め取っていると、浩平君の息が荒くなってきた。
「先輩……オレ……もう……!」
「ん……んん……!! ぅぅ……!!」
頬を突き上げる肉棒がどくどく震え始め、私の口の中を濃厚な粘液が満たした。
「ん……んく……っはぁ。……浩平君、気持ちよかった?」
すごく変な味がするそれを飲み下して、口から浩平君のモノを抜いた。
「ああ。……みさき先輩、ずいぶん上手だったな」
「こうしたら気持ちいいのかなって考えながらやったんだよ」
……自分で言ってて赤面した。
「……でもああいうみさき先輩の姿も可愛かったな。エッチで」
「そ、そんなこと言わないでよっ! すごく恥ずかしかったんだから!」
「いや、でも可愛かった。カメラ用意してりゃ良かったな」
「……意地悪」
ぷいっとそっぽを向いて、枕に寝転がった。
……あんなことしたから、またアソコが熱くなってきちゃった……
……浩平君といると、私だんだんえっちになっていく気がするよ……
「……ありがとな、先輩。……おやすみ」
頬に唇の感触。
そして隣で浩平君が横になった。
「…………おやすみなさい、浩平君」
幸せな気分のまま浩平君の体を抱きしめ、私たちはゆっくり眠りに落ちていった。
佐祐理さん支援18禁。4スレです。
「おかえりなさいーっ」佐祐理さんは満面の笑みで微笑み掛ける。
「お風呂にしますかぁ、お食事ですかーっ」
「食事」
「さ、どうぞーっ」
「いや、食うのはおまえだーーっ!」
「きゃーっ」
笑顔で首を振る佐祐理さんを、後ろから羽交い絞めにした。
手で佐祐理さんを振り向かせ、肩越しにキスをする。しばらく互いの唇を貪った後、
口を離した。
「もう、祐一くんって、乱暴ー」
「そんなこと言って、佐祐理さんもじれったいくせに」
耳に息をふきかける。
「あン……」
舌を出し、耳を舐めると、何度かちゅっちゅっと耳元で音をたてる。
「アッ、アッ」
頤をあげ、ぴくんぴくんと軽くのけぞる。
振り乱される栗色の髪が、首筋にあたってくすぐったい。
佐祐理さんの下腹部に手をやった。硬いエプロンの生地越しに、股の間に手を
割り込ませる。
「もう……いやン」
佐祐理さんは手から逃れようと、身体を前のめりにする。後背位のときのように
後ろから圧し掛かり、奥で指を動かすと、小さくお尻がくねり始める。
「……ん…………んぁ……は…」
くぐもった声が佐祐理さんの口から洩れ始める。
もう一方の手で、佐祐理さんの胸に手をやる。セーターの膨らみが揉まれて形を
変えるたび、佐祐理さんは首をのけぞらせ、腰をくねらせた。
「ね……祐一くん、エプロンごしじゃなくって……ここ」
佐祐理さんは、俺の手をやさしく掴み、スカートの下に導いた。
忍び込むように、手は佐祐理さんのお尻を撫でた。きめ細かい肌が指に吸い付く。
「佐祐理さん……穿いてないんだ」
「だって、汚れちゃうから……あはッ」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに笑う。
すべすべした肌をゆっくりと撫でていく。手を縦にして割れ目に沿わせ、双丘を
持ち上げるように指を食い込ませてくにくにと揉み上げる。熱く湿ったくぐもりの
奥に、ぬめるものを感じる。
「あ………あ……あふ、ん」
太ももを伝う指が上に上ると、佐祐理さんは期待するように鼻を鳴らす。
「ん……んふぅ……ん、祐一くんのイジワル」
小さくかぶりをふり、怒張に手を伸ばす。ジーンズ越しに下からこするように
なで上げると、形が露わになる。
「あはっ、祐一くんのもこんなにカタくなってる…」
悪戯っぽく笑いながら、細い指で何度も撫で上げていく。
「ねえ、祐一くぅん…はやくぅ」
佐祐理さんがキスを求める。自分の唇をあわせると、鼻をならして激しく
貪ってくる。
「佐祐理さん、どうして欲しいの?」
「もう…、ほんと、祐一くんってエッチなんだから」
佐祐理さんは笑いながら身体を離した。
下駄箱にもたれかかり、壁に身体をささえるように片足を上げる。
前に垂れた、エプロンを両手で持ち上げた。
「ねえ、祐一くん……佐祐理のここ、早く触ってください」
広げられた足の間から、佐祐理さんのあそこが顔をみせていた。すでに花弁は
あでやかに広がり、クリトリスはぷっくりと膨らんでいる。ピンク色のそこは蜜を
たたえて光っていた。
じっと見つめていると、佐祐理さんは、ああ、と悩ましげにため息をもらし、
ぶるっと身体を震わせた。そこからまた蜜が溢れ出し、太ももへと垂れていく。
「……佐祐理のここ、どうなっていますか?」
「すごいよ、佐祐理さん。口がぱっくりと開いて、なかからとろとろと溢れ出している」「そうなの?佐祐理のここ、濡れちゃっているの?」
「おう、もうぐしょぐしょでやわらかくなって、早く欲しいって言っている」
「ねえ、もっと言って」
佐祐理さんはぞくぞくと背を震わせ、潤んだ目で俺を見つめている。あたりには
佐祐理さんのフェロモンがむせかえりそうなほどに漂っている。
「まだ触っていないのに、こんなに欲しがって。佐祐理さんは本当にエッチだな。
早く男のペニスで貫いて欲しいんでしょ」
「いやん……」
「硬いので激しく出し入れするのを想像しているんでしょ」
「はあ……」
「荒々しく奥まで突っ込まれて、獣のように犯されたいんでしょう」
「うん、犯されたい……はやく……」
もう前戯なんてしている場合じゃない、もどかしくもベルトをはずしチャックを
下ろしジーンズを下ろし、佐祐理さんの腰に手をまわす。
「キテ、キテ、祐一くん……ッ」
佐祐理さんは俺の腰に空いている足をまわす。
身体の覚えている通りに、腰を突き出す。ぬるぬるにぬめった箇所に自分のものが触れるとそのまま呑み込まれていく。
「あ、あ、アアアアアッ……」
佐祐理さんは高い声をあげ、大きく背をのけぞらせる。そこがきゅんきゅんと
収縮し、ぶるぶると身体が震える。
「ハァ、ハァ、ハァ……ハァ」
「もしかして入れただけでいっちゃった?」
「う、うん。そうみたい……アッ」
間髪をいれずに抽送を開始する。
「あっ、あっ、あん、あん、すごい、きているよ、ねえ、祐一くん、来ているよっ」
浅く浅く深く、ゆっくりとこねまわし、足を入れ変えて角度を変えてみたり。
「佐祐理の奥に、祐一くんのが、ずんって、んふっ…く…ふぁ…あッ」
「佐祐理さん、佐祐理さんッ」
「キテ、もっとキテ。ああ、佐祐理、おかしくなっちゃいますッ」
二人の体液がまざり、濃密な匂いが玄関に立ち上る。
佐祐理さんが俺の首に手をまわす。強く抱き合い、激しくキスをする。どうしようも
ない想いを伝えるように腔内を蹂躙する。佐祐理さんもそれに応え、舌を吸い、
絡ませ、唇をついばむ。
「きゃふンッ!」
佐祐理さんが一際甲高い声をあげた。奥にあたったらしい。内から溢れるものが
俺のものに当たる。どんどんとピッチをあげていく。佐祐理さんはもう、人形のよう
になすがままになっており、身体をがくがくと震わせている。
「ア、ア、くる、きちゃいます。佐祐理……ああ、ダメ、イヤ……もっと、もっと
祐一くん、激しくして。佐祐理を、佐祐理を……ああ…」
「佐祐理さん、佐祐理さんッ」
「ね、イク、イク…もう、イキそう、祐一くん、祐一くんはイケそう?ね、ね、来て、
早くぅ…はやくキテ…ッ」
「イクよ、佐祐理さん…」
「うん、祐一くん、祐一くん……ああ、佐祐理…、祐一くん、祐一くん……ッ!」
「はあ……またしちまった」
二人して身体を重ねたまま玄関口で横たわっていた。両の手の指を、相手の指と
絡ませ、佐祐理さんの胸に顔をうずめていた。
「……こんなんじゃ、ダメですね…あははっ、でも…」
「でも…」
俺は身体を起こして佐祐理さんと見詰め合った。じっとこちらを見る佐祐理さん
の目。吸い込まれそうになりながら口を開いた。
「ま、いいっか」
自然と笑みがこぼれる。最初は小さく、それから声をあげて二人で笑った。
「はい…佐祐理は全く構いませんー」
「ま、とりあえず、身づくろいするか」
佐祐理さんを引っ張り上げて立ち上がらせる。佐祐理さんは、あははっしわしわに
なってしまいました、とスカートを脱ぎ、エプロンを付け直すと、髪をなびかせて
くるりとこちらを向いた。
「さ、あらためて。お風呂にしますかぁ、お食事ですかーっ」
「食事」
口を開きながら、目は、あははっと笑う佐祐理さんの顔を向いていなかった。
エプロンの合間から見える、白い双丘。まるくてきゅっっと持ち上がって、
まぶしいほどに白い、美尻。
「さ、どうぞーっ」
「いや……食うのはおまえだーーっ!」
「きゃーっ」
おわり
アップします。4つぐらい。ノートの電源切れそうなので、雑でスマ
「浩平くん?」 おそるおそる呼びかける声がした。「そこにいる……かな?」
「ああ」
「やっぱり」
みさき先輩が駆け寄ってきて俺の肩に触れた。
「となり、座っていい?」
「当たり前だろ」
彼女はフェンスに向かって腰をおろし、ゆっくりと滑らかな足を折りたたんで抱えた。
横からでは、残念ながらぎりぎり下着は見えない。
「……浩平くん、今日の夕焼けは何点?」
「あー」 俺は紫色に染まった雲を見上げた。「60点」
「なかなか100点は出ないね」
「ああ」
先輩は、うーん、と伸びをして、思いついたような振りで尋ねた。
「いつもの場所にいなかったね。意地悪だよ、浩平くん」
「ごめんな。探しちゃったか」
「ううん、すぐ分かったよ。ここも絶好のポイントだからね、夕日鑑賞の」
見えない目を細めて、沈みつつある太陽の方を向いた。
きれいな白い顔と白いブラウスが、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
彼女は卒業生のくせに、いつもどうどうと私服で校舎に乗り込んで来ている。
この屋上で、俺に逢うために。
「浩平くん」
「ん、どうした先輩」
「ひょっとして、泣いてる?」
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなく」
「泣いてねーよ」
「ほんとかなー」
「だいいち、大の男が泣くなんて情けないだろ」
「そんなことないよ」 先輩は、めっ、と指を立てた。「浩平くんは私より年下だから、大の男じゃないよ」
「そっちかい……」
「小の男」
「可及的速やかに脱水症状を起こしそうだな」
みさき先輩は首を傾けて、俺の口元に耳を近づけた。
「ねえ、ホントに泣いてない?」
降参だ。俺は両手を上げた。「実は、さっきちょっと泣いてた」
「悲しいことがあったんだね」
「イヤなことがあったんだ。ほんとに自分が情けなくなった」
「そっか……」 全てが分かったみたいな顔をして、うなづいた。「うん、でも今は聞かないよ」
「ありがとな」
「その代わり、こうしてあげる」
細いのに意外と力のある腕が、俺の体にするりと巻きついて引き寄せた。
俺は自然と先輩の胸に抱きしめられる形になった。
少し粗いブラウスの生地と、その向こうの柔らかい体温が気持ちよくて、
その感触に顔をうずめた。
「先輩」
「何かな、浩平くん」
「カレーくさい」
「浩平くんも食べちゃおうかな」
「先輩、何で俺が泣いてるって分かったんだ?」
「うーん、何となく、かな」
「先輩って変なときに鋭いよな。やっぱり。人の心が分かるんだな」
「むー」 ちょっと顔をしかめている。「目が見えないと、その分……とか思ってない?」
う、図星。
彼女はすっと体を離した。静かだけど、めちゃくちゃ怒っているようだった。
「そんなんじゃないよ。目が見えないと、その分、人のことなんてさっぱり分からなくなっちゃうんだよ。当たり前だよ、そんなこと」
「ご、ごめん」
「私が浩平くんのことが分かるのは、こ、浩平くんだからだよっ」
「俺が単純だから?」
「……ほんとに怒るよ、浩平くん」 もう夕日は沈んでしまったけれど、彼女の顔は真っ赤だった。「君のことが大好きだからに決まってるでしょ!」
「ごめんごめん」 俺の顔も赤かったと思う。「ごめんな、先輩」
今度は俺が先輩の体を抱き寄せて、火照った頬を重ねた。
先輩は耳元で、こんなに頑張ってるのにウルトラ怪獣の特殊能力
みたいな言い方しないで、とかぶつくさ呟いていた。大食い怪獣、
と俺が呟くと、彼女は口をつぐんで、ぎゅーっと俺を抱きしめた。
しばらくして、俺は体を起こした。
「サンキュな、先輩。もう悲しくないよ」
けれども、彼女は俺の胸元から、物言いたげな顔で上目遣いに俺を見た。
その時、熱く潤んだ見えないはずの瞳が、確かに俺の瞳を捕らえたと思った。
もちろん、単なる錯覚に過ぎないのかもしれないけれど。
「えと、浩平くん」
「な、何だ?」
「も……」 彼女は、にへら、と照れた笑みを浮かべた。「もうちょっと、こうしててもいいかな?」
夜の屋上は、まだまだ暖かかった。
>>170-172 おしまいです。3つで済んだ。
3年間さゆりんマンセーだったので、たまには先輩も。
あ、まじでオチそう。では。
『ありがとう』
この暗闇のむこうに広がる夕焼けは、今どんな色なのだろう。
この暗闇のむこうにいるあの人は、今どんな顔で笑っているのだろう。
私は今、それを知りたいと思った。
それはもう、何年も諦めていた気持ちだ。
でも、それを知るには、きっと、引き換えにしなきゃならないものがあるんだ。
「俺は………」
声が出ない。
だって、この人を止める言葉が見つからないから。
だって、いつも笑顔で答えてくれるこの人も、
今だけは俺の言うことをきいてくれないんだ。きっと。
「ごめんね、浩平君」
その人は、暗に俺を制していた。これから俺が口にする言葉の全てを察して。
「何で………俺に教えてくれなかったんだよ…」
「きっと、そう言うと思ったからだよ」
それは…新しく考えられた治療法。
俺が…そして何より先輩がずっと待ち望んでいたものだ。
ある日流された、何の興味も沸かないニュース。
それを見ながら、先輩のことを考えていた。
(これで、先輩の目も治るといいな…)
そうやって、先輩のことを考えていた。前例もない、理論だけの治療法。
まだまだ治療法としては未熟な、実用的でないもの。
盲目の者たちに、希望をもたせる事はできても光を与える事はできないもの。
でも、希望にしかならないそれが。
先輩に使われるなんて。
きっと喜ぶべき事なんだろう。
先輩の目が治るなら、それは何よりも喜ぶべき事なんだ。でも、今の俺には。
「………反対だ」
喜ぶ事なんてできない。実用的でない、それは失敗例もなければ成功例もないってことだ。
そんな………そんなあやふやなものを先輩で試すなんてこと、許せるわけが、ない。
「でもね、もう判子押しちゃったんだよ。失敗しても文句は言いませんって紙にね」
「先輩はいいのかよ!怖くないのかよ!
「怖くないわけじゃないよ…」
そう言う先輩の手は小さく、静かに震えていた。当たり前だ。
先輩の心に纏わりつく恐怖が、いやというほど伝わってくる。
「だったら…!」
副作用。
たった一つのその言葉が、俺を、そして先輩を、深い恐怖に苛む。
俺が何より恐れる事、それは先輩が変わってしまう事だ。
直るかもしれない希望が奪われたら?
先輩が絶望してしまったら?
………先輩の存在が消えてしまったら?
きっと、こんな事をいうのは許されない。
でも、目が治ることなんて、今はどうでもいい。
いつもの先輩が、目の前にいるみさきがいなくなってしまうのが。
俺の愛した先輩が消えるのが、何より怖い。
いつのまにか俺は、先輩をベッドの上に組み伏せていた。
「失敗したらどうするんだよ…。これ以上駄目になったらどうするんだよ…」
まるで駄々をこねる子供のように、俺は先輩に懇願していた。
「何で先輩が最初になる必要があるんだよ!何で先輩じゃなきゃいけないんだよ!」
今引き止めなきゃいけない。今止めなくちゃならない。
「治るか治らないかもわからないのに、なんでそんな事するんだよ!」
そうしないと、この人は消えてしまうかもしれない。
「いつか、きっといつか、もっとちゃんとした治療法ができるさ!
そうすれば、そんな中途半端なんてものに頼らなくたって、きっと………!」
「………『いつか』って………いつ?」
「…っ!」
そう言われて、言葉が消えてしまった。
いつか見た、言葉にできない憂いを帯びた顔をみて、何もできなくなった。
「あのね浩平君、これは…目が見えなくなったばかりの頃、
お母さんにも言った事なんだけどね」
そう言って、前より澄んだ目で、
「いつ、私の目は治るのかな?」
俺を見つめてきた。その、光の差さない瞳で。
「昔はね、いつか治るんだって、ずっと信じてた。
いつか、漫画みたいなお医者さんがやってきて、
私の目をあっという間に治してくれるんじゃないかなって。
でもね、そのうち目が治る事なんてどうでもよくなっちゃった。
たとえ目が見えなくっても、好きな人の顔を知ることができなくても、
その人が私の事をちゃんと受け止めてくれれば、それでいいんじゃないかって」
ああ………駄目だ。
「漫画みたいなお医者さんは来てくれなかったけど……浩平君が来てくれたからね」
その時やっと思い知った。
「でもね、欲が出てきちゃった。
一緒にいてくれる人ができたら………その人の顔が見たくなっちゃった…」
俺には、今のこの人を止める事なんてできない。
「ほんとはね、今でもどうでもいいんだ。目が治る事は」
俺なんかよりずっと強い、この人を止める事なんてできない。
「でも………それよりも私は浩平くんの顔が見たいんだよ」
その時気付いた。先輩の震える手が、恐怖のせいだけではないことに。
「一瞬だっていいの、私を受け止めてくれる人の……浩平くんの顔が見たいんだよ」
もう、俺が言う事なんて、何もない。
「大丈夫だ先輩、俺がついてる」
なんの力にもなりはしないのに、俺はそうやって声をかける。
他にできることがないのを知っていたから。
「うん、大丈夫だよ。浩平君がいてくれるから、私もがんばるよ」
カートに揺られながら、先輩は相づちを打つ。
オペ室までの短い道のりの間、俺たちはそんなやり取りをずっと続けた。
馬鹿みたいにずっと。ずっと。
「………でね!雪ちゃんったらすごく真面目な声で言うんだよ!」
明け方独特の冷気に包まれた病室の中に、俺たちはいた。
窓から差し込む光が、俺と、先輩の顔を明るく照らし出している。
「『みさきの変な性格を許してくれる人なんて、そうそう他にはいないんだから』
だって!ちょっと酷いと思うよ」
そんな先輩の声はいつもより弾んでいた。いつもの何倍も楽しそうに聞えた。
「ねぇ、浩平君…」
病室の中に先輩の声だけが聞える。
「返事………してくれないかな」
それに、俺はただ無言でいることしかできなかった。
「浩平君がそうやって黙っていると………あの時みたいで………怖いよ…」
「………ごめん」
「謝らなくてもいいから、お話してくれないかな」
「………」
「終っちゃった事なんだから、もうくよくよしてたって仕方がないよ」
「………」
「副作用がなかっただけ、運が良かったんだから」
「………」
「浩平君の顔はみれなかったけど、浩平君が今もそばにいてくれるから、
それでいいよ」
「………ごめん」
同じ言葉をもう一度言って、先輩の手を握り締めた。
病院の無機質な廊下が、夕焼けに照らされて赤く輝いている。
この赤は、どんな花の紅よりも美しい
今日の夕焼けなら98点をあげてもいい。
残りの2点は、先輩がそれを見るまでずっと足される事はないけれど。
そう考えながら、俺はかけていた。
「今すぐ………会いにきて」
消え入りそうな声で電話があったのは、俺が何度目かの癇癪を沈めたころだった。
やり場のない怒りを帯びた俺の声が、先輩に伝わらないか少し心配だった。
けれど先輩の声は、そんな事も忘れるぐらい震えていた。
ノックもしないでドアを開ける。
そして先輩はそこにいた。
前と同じようにベッドに座り、俺のほうを向いていた。
「ちょっと、遅刻かな」
「………そんなに遅くれたか」
「傍に、来てくれる?」
ふと、何かが違う気がした。
先輩の姿は同じなのに、いつもと違う。
変わっている何かが分からないまま、俺は先輩を抱きしめた。
先輩が俺の胸に顔を埋めてくる。そのまま動こうとしない。
泣いているのだろうか。
嗚咽も、しゃくりあげる音も聞えないけれど、
声も出さずに泣いているのだろうか。
どうすることもできなくて、名を呼ぼうとした時、先輩が顔を上げた。
今度は、目を開いて。
「浩平君………そんなに泣いてくれたんだね。私なんかのために。
そんなに目が赤くなるまで」
瞬間、頭に霞がかった。先輩の言うことがわからない。先輩が言った事が。
「………せん、ぱい?」
「夢をね、見たんだよ」
そういう間も、先輩は俺の目を見ていた。
いつもの、焦点の定まらない眼差しはない。
「女の子がいたんだ。すごく綺麗な子でね。
すごく楽しそうで、すごくさみしそうな子。」
先輩の頬の、涙の跡が目に付いた。
「その子がね、お礼だって」
そして再び、涙の道を雫が一つ伝っていった。
「大切な人を会わせてくれたから、そのお礼なんだって
………少しの間だけどね」
先輩の言っている事はまだよくわからない。
なにがあったのか、うまく理解できていない。でも一つ、分かる事が一つだけ。
目が、先輩の目が。
俺にはそれで十分だった。
けれど先輩は、
「けどね、おかしいの」
また俺の胸に顔を埋め、今度は酷く震えるような声をあげた。
電話口で聞いた、あの声を。
「せっかく目が見えるのに、浩平君を見ることができるのに、
ちっとも嬉しくないの。
何でかな………?」
喜ぶべき事なのに、また光を感じられる事を喜ぶべきなのに。
先輩は今、どこかの誰かの為に泣いていた。
「きっと、あの子を泣かせてしまったから」
先輩の震えが止まらない。今は喜んでほしいのに。
光を感じてほしいのに。俺を………見ていて欲しいのに。
「せっかく会えたのに、またサヨナラさせちゃったから。
こんな気持ち味わうの、私だけで十分なのにね…」
その時、俺は少し分かった気がした。先輩が会ったのが誰なのか。
誰が先輩に、一瞬の光をくれたのか。
でもそれなら、先輩は泣いてちゃいけない。先輩は悲しんじゃいけない。
アイツが、アイツが望むものは。
「笑ってやりなよ」
「…え?」
先輩が俺の顔を見上げた。逆に、俺は先輩の顔を見ることができない。
それでも。
「せっかく贈り物をもらえたんだ。贈り物が消えるその時まで、笑ってやりなよ。
その方が、その子もきっと………喜ぶから」
俺は精一杯、声が崩れないように答える。
「…うん」
夕陽は沈んでいく。世界の向こう側へ。
先輩にはもう、紅い景色しか映っていない。
「もう、見えなくなるんだね…」
それでも先輩は、小さな声で、けれどハッキリとそう言った。
「ありがとう…」
俺は先輩にも聞えないように、アイツに聞えるように、彼女の名前を口にした。
>>174-181 なんつー時間に…。
我ながら遅筆を恨むよ…。
まあ、書けば書くほどレスが伸びていったせいもあるんだけどさ(シネヨ
読む人が読むと分かるけど、元ネタはBJから。
久しぶりに読んでたら、みさき先輩と掛け合わしてみたくなった。
既出だったらスマソ。
>>182 爆弾テロの話ですな。被害者の女性が、BJに
一時的に眼が見えるようになる手術を受ける話
元ネタはさておき、GOOD JOB!
age
お借りします。
オガタリーナ支援SS【決別】。
10レス分あります。
オガリナ支援SS【決別】
――ピアノの音が響いていた。
最新の音響設備を備えた部屋で、重厚なグランドピアノが音を流し続けている。
高く歌い上げるように、低くささやくように――。
ショパンの小品が終わってモーツァルトに切り替わるころになると、奏者は突然気まぐれに主題を変え始めた。
ジャズ、アップテンポにアレンジされた演歌、そしてネコふんじゃったと、支離滅裂な演奏が続く。
ピアノの上に置かれた五線紙には、音符の代わりに“∠´×`)ユズハニャーン”が丁寧な筆致で落書きされている。
要するに、いまこの瞬間、プロデューサー緒方英二はぜんぜんやる気がなかった。
ふと目を上げると、ドアの脇にあるランプが来客を告げている。
鍵盤から指を離して、白髪の天才は気のない動作で椅子から立ち上がった。
いかにもだるそうな風情で、扉の電子ロックを解除する。
開いたドアの向こうには、隙なくスーツを着こなした長身の女性が立っていた。
「失礼します」
小ぶりのファイルケースを抱えて一礼すると、艶のある黒髪がさらりと流れた。
「おやおや、弥生さんがここに来るなんてめずらしいね。
今日は由綺ちゃんに着いてなくていいんだっけ?」
「由綺さんは今日はオフですから……。少し、よろしいですか?」
彼女は『あなたもそれくらいご存じのはずです』とは言わなかった。
篠塚弥生という女性は、余計な会話で時間を無駄にすることを好まない。
<続く 1/10>
微かな香水の匂いが部屋を横切って、篠塚弥生の長身がピアノの前に立った。
この怜悧な女性に対する評価は、好意的なものからそうでないものまで幅広く存在している。
あらゆる無駄がそぎおとされたその動作は、プロダクション内では洗練とも無機質とも評されていた。
ただ、彼女が『恐ろしく切れる』という一点において、大勢の意見は一致している。
「十四時の約束をしたお客さまがお見えになったそうです。よろしければこちらにお通しするそうですが」
英二は壁の時計にちらりと目をやった。
――13:32。
「もうそんな時間か。ありがと」
やはりどこかなげやりな返事をして、両手の人差し指だけで黒鍵を順番に押していく。
気の抜けたような和音が、厚い防音壁に当たって跳ね返ってきた。
「……伝言は以上です。それから別件ですが、この書類の決裁をお願いします」
「あ〜、この件は任せるよ。いいから適当にやっといて」
書類をつまみ上げて、英二はひらひらと手を振った。
「はい。では、お仕事中失礼しました」
五線紙の“∠´×`)ユズハニャーン”に気付いたとしても、彼女がそのことに触れることはない。
必要なことのみを簡潔極まる口調で言うと、弥生はきびすを返した。
――その背中に、道化るような英二の声が掛かる。
「弥生さんは……今日の来客のこと、気にならない?」
均整の取れた弥生の長身が、直線的な動作で振り返った。
温度のない視線で英二を一瞥してから、彼女は微かな笑みを浮かべる。
「気になりますね。私と由綺さんの今後にも関わりますから……」
「でも、別に心配することでもないんじゃないかなあ。由綺ちゃんの人気って今すごいんだし」
まるで他人事のように、森川由綺のプロデューサーはそう言ってのけた。
「頂点に立つよりも、それを維持することの方が何倍も困難ですわ」
ごく微量だけ、弥生の声には得意げな響きが混じっている。
何気なく煙草をくわえて――英二は部屋に灰皿がないことを思い出した。
「ふむ、弥生さんは謙虚だな」
「悲観的な予想は当たらなくても困りません。ですが、楽観的な予想は外れると致命傷になります」
「なるほどね」英二はくしゃくしゃになった紙箱に煙草を突っ込んだ。
<続く 2/10>
ちょうど二年前――。
人気の絶頂で引退した緒方理奈の後を引き継いだのは、当時着実に実力を伸ばしていた森川由綺だった。
もちろん、雑多な市場の動きを読んで、気まぐれな流行の波を注意深く乗り切る必要はあった。
だが、結果として、新たなトップアイドルはさしたる困難もなく頂点に登りつめたと評されている。
「ああ、そうだ。弥生さん……」
不意に、英二が軽薄な表情を消した。
目もとの道化た光が消えると、この男は急に鋭角的な雰囲気を帯びるようになる。
先ほどまでとはうってかわって、張りつめたような空気が流れた。
「なんでしょう?」
弥生の表情に変化はない。
「給湯室の娘に、出すのは一番安いお茶でいいって言っといて」
へらへらと――音が聞こえてきそうな落差で、英二の顔がもとに戻った。
弥生の表情には、やはり変化はない。
「コーヒーをお出しするようアドバイスしておきましたが……変更しますか?」
「……いや、いいんじゃない?」
弥生の様子を見て、白髪のプロデューサーは脱力したように笑った。
「では、失礼いたします」
今度こそ、弥生は振り返ることなく部屋を退出した。
素っ気ない残り香のなかに、白髪の男が毒気を抜かれたような顔でとり残される。
(ぜんぜん笑わないでやんの)
まばらに無精ひげの生えたあごを撫でて、英二は軽く苦笑を漏らした。
完全防音を施された扉は、閉じる時も音を立てなかった。
弥生自身の足音を除いて、廊下には物音ひとつない。
(さすがの緒方さんも、今日は平静ではいられないようですね)
エレベーターの前まで来ると、篠塚弥生は言葉には出さずにひとりごちた。
――彼も自分も、心に狂おしいほど柔らかい部分を隠している。
そして、それを他人にさらけ出すには心の壁が高すぎた。
<続く 3/10>
――14:02。
その部屋には二つのドアがあった。
一つはさっき理奈が入ってきた廊下に通じる扉。
もう一つは、ガラスで仕切られた音響設備のコントロールルームへの扉だ。
来客を想定した部屋ではないらしく、部屋の隅にソファーとテーブルが申しわけ程度に置かれている。
目の前で、運ばれたコーヒーがゆっくりと冷めつつあった。
「しかし、理奈も元気そうで何よりだな。会ってみるとやっぱり久しぶりだ」
「兄さんもね。ポストカードは三回に一回しか返事が来ないけど……」
口が動くほどには、心はしゃべっていなかった。
ミルクも入れないままどんどん不味くなっていくコーヒーを横目に、理奈は次の言葉を探していた。
外の音がまるで入ってこない部屋で、間を持たせるだけの雑談がしばらく流れていく。
「――だから、兄さんの食生活なんて破綻寸前じゃないか、なんて……」
「理奈、お前は茶飲み話をしにきたわけじゃないだろう?」
どう切り出そうか迷っている間に、理奈の世間話はすっぱりと断ち切られた。
――やっぱり、駆け引きでは兄さんには敵わない。
「……そうね。でも、少し話をしたかったのはホントよ」
「本題が終わってからでも話はできるぜ?」
ことさらに冷たくはないが、一片の甘さも存在しない。
英二の話し方は的確で遊びがなかった。
もう、真剣に話を聞く準備ができているということだ。
「わかったわ」
理奈は静かに背筋を伸ばした。
「来る前にも伝えた通りよ。私は――もう一度この世界で歌いたいと思ってる」
決意を込めた言葉が、防音壁に吸い込まれて消えていった。
<続く 4/10>
英二はすぐには答えなかった。
値踏みするように妹を観察しながら、片眉をわずかに上げて考えに耽っている。
「私は、音楽が好き」
最初の言葉の余韻が消える頃を見計らって、理奈は言葉を続けた。
「兄さんと二人三脚でやってたころ……本当に楽しかったわ。
私と兄さんは、簡単に同じイメージを共有することができたわよね。
それに、呼吸するみたいに自然に、私は兄さんのイメージを歌に乗せることができた」
目を細めて、理奈は過ぎ去った時を爪弾いた。
押し黙っていた英二がようやく口を開く。
「あの日々よ、もう一度ってわけか? ハハ、話題性は充分だな」
英二の乾いた笑い声が室内に響いた。
今や名実ともに頂点に立ったトップアイドル“森川由綺”に理奈をぶつける。
英二はディテールまで鮮明に、そのシナリオの青写真を描くことができた。
おそらく一年以内に、日本の音楽市場には二つの頂点が生まれるだろう。
二つの頂点は互いに競い合い、単音では決して望めない協奏曲を生み出すことになる。
だが――。
<続く 5/10>
「理奈……ここは子供の遊び場じゃないんだぜ?」
コーヒーカップを下ろしかけていた理奈の手が、一瞬だけ空中で停まった。
“兄”の目でも、“私のプロデューサー”の目でもない。
薄氷を踏む音楽業界で成功をもぎ取ってきた“天才”が、射るような視線を向けてくる。
「ええ、解ってるつもりよ」
わずかな金属音を立てて、ソーサーの上にカップが置かれた。
「俺がどういう意味で言ってるか、本当に解ってるのか?
お前は一度すべてを捨てて……普通の生活を選んだはずだ。そのことが悪いとは言わない。
だが、二年のブランクがある。もう一度使い物になるって保証はどこにもない。
由綺だって、他の人間だって、覚悟を決めてこの世界に居るんだ。
途中下車したお前が、その連中に混ざって使い物になるのか?」
英二の言葉には容赦がなかった。
しかし、妥協しないからこそ、その作品は多くの人間に影響力を持ち続けている。
理奈は兄の苛烈な眼光を正面から受け止めた。
「――違うわ。私はあの頃に戻りたいわけじゃない。
ミュージシャンとしての緒方英二をパートナーにしたいの。私の音楽のために」
「ほう……」
虚を突かれたように、英二は椅子に座りなおした。
軽くあごを上げて、先を促すように妹の顔を見つめる。
「私――緒方理奈が力不足だと思ったら遠慮することないわ。プロとして切り捨てればいい」
挑戦的なまなざしが、まっすぐに英二を捉えた。
アイドルとして絶頂と言われた二年前よりも、その瞳の光はなお力強く映る。
「私は、私の音楽を創るつもり。そのためにパートナーが欲しいの。
兄さんの音楽を歌うんじゃなくて、私の歌を歌いたいから」
兄妹が同じ夢を見て、寸分違わない音楽を追っていたころにはもう戻れない。
音楽が好きで、お互いのことが好きでも、二人の道はずっと前に分かれてしまっている。
だから、この申し出は理奈からの別れの言葉だった。
理奈にとって緒方英二の才能は魅力的だが、逆に言えば“そうでなければならない”理由もなくなっている。
<続く 6/10>
長い、長い沈黙があった。
二年の歳月はあまりに長すぎて、埋める言葉が見つからない。
「わかった。俺は緒方理奈の才能に投資しよう。試験的に……だけどな」
重かった肩の荷を下ろしたような、何か大切な物を手放すような、そんな口調だった。
何気なくまた煙草をくわえて――英二は部屋に灰皿がないことをもう一度思い出した。
自嘲気味に口から引き抜いて、くしゃくしゃになった紙箱ごとダストボックスに放り込む。
「だが、こっちも由綺の方で忙しいんだ。しばらく待ってもらうぞ」
「それは構わないわ。具体的な話は先でいいから」
理奈は、一歩離れた位置で、二人の距離が噛み合ったのを感じていた。
きっと、この立ち位置が新しい関係の始まりになる。
「歌手としてのお前はともかく、そこから踏み込んだときにどうなるかはやってみないとわからん。
良いモノが作れないと思ったら、冗談じゃなく関係解消もありうるからな」
「それはこっちもそうよ」
理奈は少しだけ笑った。
「じゃあ、握手しましょ」
「……ん? なんで?」
「お互いにいい仕事ができるようによ。普通のシェイクハンズ。日本が長くて忘れちゃった?」
同じ仕事をするための友好の印――。
そして、お互いが違う音楽を創るための決別の証し――。
顔では笑いながら、兄妹はしっかり組んだ手を二回振って、そして離した。
<続く 7/10>
「青年は元気にしてるか?」
別れ際の最後の瞬間に、何気ない口調で英二が尋ねた。
行き場に困ったような視線が、壁掛け時計の秒針をいたずらに追っている。
目に見えないほどわずかに、理奈の体が緊張した。
「ええ、とっても……元気よ」
「そうか」
理奈自身にも、なぜだか解らない。
ふと思いついて、気が付いたら口に出していた。
「今度、会ってみる?」
言ってしまってから、自分でも驚いたようにうつむく。
二人とも、見つからない言葉をもどかしく探していた。
「そうだな。彼は……面白いからな」
言葉が見つからない。
絶対に泣かないと決心して来ていたのに、理奈は最後の最後で涙腺に裏切られそうになっていた。
何かを伝えようとすると、言葉はするすると頭から逃げ出してしまう。
<続く 8/10>
さまよった視線の先で、部屋の中心にある大きな物体が理奈の目に留まった。
考えるより早く、体の方が動いている。
『ちょうどいいわ、兄さん。私にブランクがあるかどうか見せて上げる』
理奈の白い指が示した先には、数枚の五線紙が乱雑に載せられた黒いグランドピアノがある。
いぶかるような兄の袖を引いて、理奈はピアノの前に立った。
英二をピアノの前に座らせてから、自分はその脇で呼吸を整える。
物心が付いてから、兄妹二人で何千回と繰り返してきた動作だった。
「ん……今から歌うのか? 曲はどうするんだ?」
「兄さんに任せるわ。私に対するテストだと思ってくれて構わないから」
決して弱みを見せたくない理奈には、これしか思いつかなかった。
曲が流れている間は、視線だけで会話が成り立つ。
そうしている間に、心と言葉の整理をつけるつもりだった。
――この『テスト』が終わる頃には、またこの人と対等に話せるようになるだろう。
――もう兄さんに頼らなくても歩いていける。
――それを見せなきゃいけない。
「私ね、休業中も歌はやめてなかったの。でなきゃ、あんな偉そうなこと言えないし」
わざと快活な声を出して、理奈は曲の出だしに意識を集中させる。
そして、曲が始まった。
兄の指が鍵盤の上を動いて、子供のころから飽きるほど聴いた旋律が流れ出す。
――理奈の涙腺は、最初の四小節の間も持たなかった。
<続く 9/10>
――15:54。
白っぽく冷えた冬の陽射しでも、ないよりはずっとマシだった。
コートの襟をかき合わせて、藤井冬弥は白い息を吐く。
理奈が『ひとりで大丈夫』と言ったから、冬弥は何時間でもここで待つつもりでいた。
彼の恋人の言葉は、額面通りに取っていいときと、そうでないときがある。
そしてたぶん、今日は後者の典型のはずだった。
今日みたいなときに側にいられないようなら、理奈の恋人なんてシロモノには何の存在価値もなくなってしまう。
建物から出てきた恋人の笑顔を見て、冬弥は自分の選択が正しかったことを知った。
笑顔のまま冬弥の胸にコツンと頭を当てて、理奈はしばらく動こうとしなかった。
しばらくして、胸につかえていた言葉が、ぽつりぽつりと唇からこぼれ出す。
「いま、私ね……私、兄さんとお別れしてきた」
吹っ切ったはずの想いが、後から後から、湧き出すように頬を伝う。
「ちゃんと言えたし、これからも仕事は一緒にって……でも、私、兄さんに……」
声を殺して嗚咽を漏らしている。
この兄妹が積み重ねてきたものについても、これから築こうとしているものについても、冬弥は半分しか関わることができない。
だとすれば、震えている小さな背中に回した手こそが、そのまま藤井冬弥の存在価値だった。
「冬弥君の手……冷たくなってる」
冷え切った冬弥の手の上から、理奈の手が柔らかく包み込んだ。
「……待たせちゃってごめんね。でも、ひとりで大丈夫って、言ったのにな」
冬弥の手を取って、愛おしげに頬に当てる。
しばらくの間、二人は何も話そうとしなかった。
「帰ろう、冬弥君。帰ったら、あったかいもの淹れて上げる」
うつむいたまま涙の跡を拭うと、理奈はもう泣いていなかった。
胸に着けられた頭がそっと持ち上がって――。
ふたつの唇がゆっくりと重なった。
『私、歌いたい。冬弥君と自分のために歌いたいの』
<FIN 10/10>
トップアイドル緒方理奈、ついに銀幕デビュー!
19世紀のフロンティアに、銃弾と歌声がこだまする!
主演。緒方理奈、藤井冬弥、緒方英二。そして謎の3人組が……!
戦いの中、理奈と冬弥の間に育まれる、愛の行方は!?
『荒野を引き裂く銃弾に愛を込めて』12レス!
たった今から公開!
19世紀。まだアメリカ西部が、フロンティアと呼ばれていた時代。
西日が乾いた大地を赤く染める。
ゴールド・ラッシュが沈静化し、緩慢に寂れてゆく、どこにでもあるような小さな街。そこに一台の馬車が止まった。
「兄ちゃん、ついたぜ」
「あ、どうも」
荷物を積まれた馬車の荷台から、青年が身を起こした。
胸に輝く星形のバッジは、保安官の証。そのわりにはどこか頼りない雰囲気が漂っているが……。
「どうもありがとうございました」
「ああ。代わりと言っちゃなんだが、一つ頼まれてくれねぇか? 手紙を届けて欲しいんだ」
「いいですよ。ここまで乗せてもらいましたし」
「頼んだぜ。じゃあな」
馬車の走り去る音を聞きながら、青年――藤井冬弥は、宛名に目を落とした。
「えっと……『WHITE ALBUM』? 町の人に聞けば分かるかな」
冬弥は街に入っていった。
「藤井冬弥です。よろしくお願いします」
まずは着任の挨拶にと、保安官事務所にやってきた冬弥。
びし、と背筋を伸ばせて敬礼する冬弥に、彼の上官、緒方英二は苦笑を漏らした。
「まぁ、そう固くなるな、青年。よろしく頼むよ」
「は、はい」
「ここは結構気のいい街さ。そんなに肩肘張っていると、笑われるぞ。
そうだな……もう陽も落ちる。今日は青年の着任祝いといこうか?」
「はぁ……」
「おいおい、そんな顔するなよ。やばい店ってわけじゃないから。きっと青年も気にいると思うぞ」
英二は気安く冬弥の肩を叩いて、事務所を出る。
「あの……仕事の方はいいんですか?」
「ああ。こうしておけば平気、平気」
扉にかかった札を回すと、そこには『本日閉店』と書かれていた。
暗い店の一角だけにランプが灯り、小さなステージに立つ少女を浮かび上がらせた。
ピンク色の、長いクラシックドレス。
数カ所にフリルと刺繍が施された可愛らしいものだが、それを着る少女はいささか勝ち気で大人びた雰囲気。
薄くルージュを塗った唇がほころび、からかうような声が流れた。
「お集まりの紳士淑女の皆様」
どっと笑いが起こる。もちろん笑うのは紳士淑女とはかけ離れた、むさ苦しい荒くれ者達。
小さな酒場は彼らでいっぱいになり、酒を飲み交わしながら開幕を待つ。
「今夜も私のステージに来てくれてありがとう。
当酒場……『WHITE ALBUM』の誇る歌姫。緒方理奈があなた方にささやかな慰めと癒しを。
そして小さな祝福と慈しみを込めて歌います。曲は、『SOUND OF DESTINY』」
彼女を取り巻く小さな楽団が音楽を奏で出す。
素朴な弦楽器と管楽器から、心が浮き立つようなメロディーが響きだす。
それに重ね、理奈が甘やかな声で歌い始めた。
『愛という……形ないもの――』
「ほら青年、こっちだ」
「あ、はい。あれ……?」
英二に案内された、どこにでもあるような小さな酒場。
白く塗った看板には『WHITE ALBUM』と書かれている。
扉を押すと、カランカランと小さな音が立つが、誰も振り向きもしない。
観客達の目は、淡い光の中で幻想のように踊る、小さな歌姫に見惚れていた。
そしてそれは、冬弥も同じだった。
小さなステージだから、動きはあまりない。だが手を差し伸べたり、くるっと回ったりするしぐさが、目を惹きつける。
そしてなによりも、伸びる歌声――。
トーンの高い声が、軽やかな音楽に乗って、耳に届く。
甘く優しく、心に響く歌声が。
『踊りながら行こう……どこまでも』
理奈が一礼すると同時に、拍手と甲高い指笛、荒っぽい讃辞の声が巻起こる。
「それじゃ、次のステージまで、ゆっくり待っていてね」
理奈が舞台を降りると、ランプに次々と火が灯り、男達は歓談を肴に酒を煽る。
「よし、青年。俺たちも座るか……どうした、青年?」
「あ、いえ……ちょっと、ぼーっとしちゃって」
「青年もあの歌姫がお気に入りかい?」
「い、いや! そういうわけじゃ!」
「ははは。隠すな隠すな。よし、じゃあ紹介してやるから、ついてこい」
英二はさっさと酒場の奥に歩いてゆく。途中、何度も客達が英二に声をかける。
よほど信頼が厚いのか、それとも顔が広いのか……おそらくその両方だろう。
英二はカウンターの空いていた席に座り、隣を冬弥に勧める。
バーテンがさっそく注文を取りに来る。
「英二さん。お疲れさまです」
「ああ。こいつ、俺の部下だから、よくしてやってくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
グラスを二つ置いて、バーテンは下がる。
「それじゃ、青年の着任祝いに、乾杯」
「はい。これからよろしくお願いします」
「そう固くなるなって」
グラスが触れあい、軽い音を立てる。
冬弥は一口飲んで、喉を滑り落ちる冷たさと、胃を焼くような熱さに咳き込んだ。
「けほっ、けほっ」
「ははは。青年にはまだ早かったか? だけどこれくらい、軽く飲み干せるようにならないと、やっていけないぞ」
「はぁ……」
「お、そうだ。おい。理奈のやつ、こっちに呼んでくれないか?」
セリフの後半はバーテンにかけられたものだ。
「理奈のやつ……って、知り合いなんですか?」
「おいおい。俺の名字、言っていなかったか?」
「緒方さん……ですよね?」
「そしてあの歌姫は?」
「理奈ちゃんとしか聞いてませんが」
「ん……そうだったか?」
「兄さん! 仕事はどうしたのよ!」
あのドレス姿のまま、だけど笑顔の代わりに怒った顔を乗せて、かの歌姫が現れた。
「え……兄さん?」
「今日は俺に後輩ができたから、見せびらかそうと思ってな」
「あのねぇ……仮にも街を守る保安官が、そんなことでいいの?」
「平気だって。それより……青年が居心地悪そうなんだが」
「あ……あら、ごめんなさい」
理奈はようやく、兄の後ろに控えている、気弱そうな青年に気づいた。
「いえ……」
理奈は小さく咳払いをして、
「ちょっと恥ずかしいとこを見せちゃったわね。私は緒方理奈。この酒場で歌っているの。
さっきのステージは見てくれた?」
「はい。藤井冬弥です。あの……とても、綺麗でした」
歌声と、姿と。耳と目と、その双方に残響がある。
ただ素直な感想を口にしただけだが、理奈は顔を赤らませ、冬弥も自分の言ったことに気づいて、赤くなる。
理奈はごまかすように笑って、
「……ありがと。良かったら、これからひいきにしてね。それから敬語はやめてね。堅苦しいから」
「は、はい」
「はい?」
「あ……うん、わかった。そうだ。これ、預かってきたんだ」
冬弥が手紙を差し出す。受け取った理奈は宛名を確かめ……眉を顰めた。
「また親父からか?」
「そ。どうせ中身も知れているけど……」
中に入っていたのは手紙と、男の姿が描かれた絵。
「なんですか?」
冬弥が聞くと、理奈は肩をすくめた。
「身を固めろってうるさいのよ……父さん。うっわーーー。趣味悪いわね……」
「どれどれ、見せて見ろ」
英二が理奈から絵を受け取り、冬弥も覗き込んだ。
そこには……なかなか個性的な男が描かれていた。
「インパクトはあるな」
「ありすぎよ! 兄さんと同じような丸メガネに変なフレーム。人を見下すような視線に、にやついた口元。
それに、この狂気じみた目つきは、絶対世界征服とか企んでいるわよっ!」
ひどい言われようだが、確かに、理奈の言うことも分からないでもない。
「おいおい。俺のメガネも趣味が悪いのか?」
「……ちょっとね」
「はぁ……お兄ちゃん悲しいよ」
落ち込んだ兄の肩を軽く叩き、「冬弥くんはどう思う? この人」と、いきなり振る。
「え? うん、俺は男だけど……ちょっと。メガネはともかく、結婚するとなるとね」
「でしょ?」
理奈が嬉しそうに微笑む。思った以上に柔らかい、少女らしい笑みに、一瞬見とれた。
肩から流れ落ちた髪から、なにか花の香りがした。
「それじゃ、そろそろ次のステージがあるから」
「うん。がんばって」
「ありがと」
理奈は最後にウインクを残し、店の奥へと消えた。
残り香だけが、あたりに漂っていた。
「どうだ、なかなか美人だろ。気は強いが、ああ見えて意外にかわいいところも……」
「兄さん! 聞こえてるわよっ!」
英二は苦笑いし、冬弥にだけ聞こえるように囁く。
「……短気なのは見た目通りだ」
緒方理奈on Stageの第二幕。
スローなバラードが、あの細い体のどこから、と思うほど豊かな声量によって歌い上げられる。
寂しげなメロディーが男達の心に、夜の闇に染みこんでゆく。
遠い故郷を、そこに置いてきた人を想う、悲しい歌。
理奈は静かに、囁くようなため息で、歌を終える。
讃える拍手も、静かに鳴り響く。
冬弥もノスタルジックな想いに囚われ、小さく拍手した。
「いい歌ですね……」
「そうか? まぁ、あまり誉めるな。図に乗ってしまう」
「理奈ちゃんがですか?」
英二はグラスを煽り、上手そうに飲み干す。
「……いや、俺が」
「は?」
「あの歌作ったの、俺なんだぜ。正確には、理奈の歌う歌、全部だな」
「…………は?」
「青年。ひょっとして、耳が遠いか?」
冬弥はブルブルと首を振る。しかし……聞いた歌のどちらも、英二のイメージからはかけ離れていた。
あの甘い歌と寂しげな歌。それを作ったのが目の前にいる、どこかさえない男の作詞作曲とは……。
「信じられん、って顔だな?」
「い、いえ」
「隠すなよ。まぁ、気持ちは分かる。ところが残念なことに、本当なんだなこれが……」
保安官兼・作詞作曲家。更に聞くと、この酒場も人に任せてはいるが、彼名義のものだという。
「色々才能があると、大変でな。体が3つぐらい欲しいよ」
お互いに笑ったときだった。
グラスの割れる、綺麗だが煩わしい音が、楽曲を遮る。
「……なんのまね?」
一瞬にして沈黙した場を、理奈の冷たい声が滑っていった。
「いいから、つまんねぇ歌なんかやめて、つきあえって言っているんだよ」
ひどく酔っている粗暴な男が、理奈の腕を掴んでいた。
理奈は痛みに顔をしかめるが、周りの男達はにやにや笑っているだけで、助けようとしない。
それをいいことに、男は強引に理奈を抱き寄せようとした。その時、
「……やめろっ!」
「……おいおい」
立ち上がったのは冬弥で、呆れているのは英二だ。
「なんだぁ、てめぇは?」
「この街の保安官だ」
時ならぬヒーローの出現に、酒場が沸き立つ。
だがすっかりショー扱いだ。男達は無責任にはやし立て、拍手を送る。
おもしろくないのは、すっかり悪役にされた酔っぱらいだ。
「恰好つけてるんじゃねえよっ!」
銃に手を掛けた。冬弥も一瞬反応するが、腕が動かない。男が銃を抜き、冬弥に向けようとした瞬間――。
理奈がスカートを跳ね上げた。一瞬男の目がそこに釘付けになる。
くるぶしから太腿にかけて、美しい曲線を描く素足がさらされる。
太腿にはガンベルト。中にはデリンジャー。
それを理奈は目にも止まらぬ早さで抜くと、男の眉間に当てた。
「悪いけど、うちの店で銃撃戦は困るわね」
理奈は不敵に笑い、男から銃を取り上げ、手の中で回した。
一斉に巻き起こる拍手と歓声。そしてぽかんとする冬弥。
英二が冬弥の肩を叩く。
「みんなこれが見たくて待っていたって事さ。格好良かったぞ、青年。だが銃の腕は、もう少し磨こうな」
冬弥は赤くなって、頭をかきながら椅子に座った。
理奈はくすりと笑うと、動きを止めたままの男から、財布を抜き取る。
「それじゃ、お勘定。それと……私のさわり料は、高いわよ」
理奈は全額抜き出すと「お帰りはあちらよ」と、優雅に示した。
周囲の嘲笑を受けながら、男は追い出される。
「またの起こしを」
理奈がいたずらっぽく声を掛け、更に大きな笑いが起きた。
「それじゃ、臨時収入が入ったことだし。これでみんな飲みましょうか」
再び拍手と歓声。新しい酒が男達に回される。
その騒ぎを縫って、理奈が冬弥の席に近づいた。
「……えっと、冬弥くんだったわよね。さっきはありがと」
「いや……俺、なにもできなかったし」
「それでもね、スカートの中を覗くだけの、スケベ親父よりは全然ましよ。これはお礼」
理奈は素早く冬弥の頬にキスすると、ウインクしてカウンター裏に姿を消した。
「おお、役得だな。青年」
「か、からかわないでください!」
理奈が触れた唇の熱が、頬に残っている。
冬弥はごまかすようにグラスを煽り……熱さにやられて咳き込んだ。
そしてステージは終わり、観客達が退出してゆく。
そこで冬弥は、今夜の宿が決まってないことを思い出した。
「あの……俺は今晩、どうすればいいんです?」
「ああ、そうだったな。落ち着く場所が決まるまで、うちに泊まればいい」
「はい。御世話になります……って、まさか。うちって……ここですか?」
英二はにやりと笑って肯定する。となると、当然あの歌姫と、一つ屋根の下と言うことに……。
「理奈には手を出すなよ。一応、保護者なんでな」
あれだけの銃捌きを見せられたら、嫌もおうもない。
「それと……宿代までは取らんが、一宿一飯の恩義ぐらい、感じてくれるよな?」
「え?」
ぽん、と雑巾とモップが渡された。
「はぁ……」
テーブルの上を片付け、床にモップをかける。あまりにも保安官らしくない行動に、ため息の一つも出ようと言うものだ。
「なにやってんだかなぁ……」
「あら。手伝ってくれてるの?」
ラフな服に着替えた理奈が、同じようにモップを手にしていた。
ドレスに比べれば、はるかに地味で、実用的な服装だ。
だけど、彼女が持つ、周囲を明るくするような華やかな雰囲気は、一片たりとも損なわれてはいなかった。
酔っているせいだろうか。星のような輝きを放っているようにも見える。
長いようで、短い夜が明けた。
少し頭が痛むが、顔を洗うと大分さっぱりした。
「おはよう」
「あ、おはよう……」
そして完全に目が覚めた。昨日と同じドレス姿。
だけど背中には巨大なライフルを背負い、腰にはガンベルトを二重に交差して巻き付けている。
もちろんそれぞれには、鈍い光沢を放つ銃が収まっている。
「どうしたの……その格好」
「戦争が始まるみたい」
「戦争!?」
言っていることは物騒だが、口調は楽しそうだった。
「そう……。この酒場と、私をかけた戦争がね」
「どういうこと?」
「それは……」
轟音が、朝の空気を引き裂いた。続いて振動が大地を揺るがす。
「なんだっ!?」
窓を開け放つと、酒場の正面に広がる大通りの向こう、街の入り口に異様な集団がいた。
左右には、縦に長い男と横に太い男。先ほどの轟音は彼らが携えた大砲が引き起こしたものだろう。
そして中央に立つのは、どこかで見たような丸メガネの男……。
「あれって……確か?」
理奈は苦々しげな顔をして、こめかみに指を当てた。
「そう……。父さんが選んだ、私のお見合いの相手」
「ふはははははははっ!」
街の皆さんの安眠を妨害する、狂気じみた笑い声。
「緒方理奈嬢! わが輩の名は久品仏大志。そう。君の婚約者だ!
君の父上は悲しんでおられる! おとなしく吾輩と共に来れば、君の幸せな一生を保証しよう!」
その癇に障る声を聞いて、理奈は窓から身を乗り出した。
「誰が私の婚約者ですって!? 私の恋人は私が選ぶわっ! とっとと帰りなさいっ!」
「おお、マイスイートハニー。照れることはない。さぁ、吾輩と手を携え、世界征服の道を歩もう!」
「冗談じゃないわよっ!」
理奈は本気で切れると、ライフルを構えた。銃声が三度響く。
だが、あわてふためく縦横コンビとは対照的に、大志は頬をかすめる銃弾に、ピクリともしない。
「ふぅん……度胸はあるじゃない」
「あなたは少々おてんばがすぎるようだ」
一階から騒ぎを眺めている英二が、うんうんと頷く。
大志が手を上げると、即座に縦横が大砲の準備をする。先ほどの射撃結果から角度を調整し……。
「撃ていっ!」
手を振り下ろすと同時に、砲弾が放たれた。
「まずいっ! 冬弥くんっ!」
「うわあっ!」
砲弾は店の一階と二階の境目あたりに命中し、冬弥が泊まっていた部屋を、半壊させた。
「ふははははっ! 降伏するなら今のうちだぞ! 吾輩も鬼ではない。おとなしく武装解除に応じれば……」
「冗談っ!」
粉塵の中から理奈の声と同時に、細長いものが飛んできた。先端には小さな火花。
「だ、ダイナマイトでおじゃるーっ!」
「逃げるんだなーーっ!」
縦横二人は見かけに似合わぬ素早さで左右に散った。
ダイナマイトは回転しながら見事に大砲の筒に入り、
傍らに置いてあった大砲射出用の火薬と共に誘爆し、爆風が街の一角を包み込む。
「やったぁっ♪」
「ちょっとやり過ぎなんじゃあ……」
と、冬弥の心配する声を吹き飛ばす、高らかな笑い声。
「ふははははっ! やるな、緒方理奈嬢! だがこの吾輩を、その程度でやれると思ったか!?」
あの爆発を、無傷どころか汚れ一つない姿で切り抜けた大志が、身を低くして走ってくる。
「無理矢理にでも、連れ帰らせていただく!」
「はっ! やれるものなら……」
理奈は腰溜めにライフルを構えた。
「やってごらんなさいよ!」
連続で放たれる銃弾を、大志は俊敏なステップで左右に躱す。
そして自らも二丁拳銃を両手に構え、威嚇射撃をしてくる。
「ちっ……」
一階に下りた理奈は、入り口の陰に隠れ、時折頭を出しては散発的な射撃を繰り返す。
だがその程度では、大志の足は止まらない。駆けてきた勢いのまま突っ込んできて、回転しながら、店の中に入り込んだ。
「とうっ!」
すれ違いざま、理奈のライフルを蹴り飛ばす。
「くっ!」
体勢が崩れ、ぺたんと腰をついた。理奈が銃を抜くより速く、大志が体勢を立て直し、銃弾を放った。
理奈の真上、シャンデリア――円形の木の台に、ろうそくをいくつか立てるだけのものだが――に向けて。
シャンデリアが落下する。理奈はまだ動けない。
「理奈ちゃんっ!」
壁の花になっていた冬弥が、理奈を突き飛ばした。
「うわあっ!」
「冬弥くんっ!」
もちろん代わりにシャンデリアの下敷きだ。
「よくもっ!」
「ふっ。戦いに犠牲は付きものっ!」
理奈が銃を抜いた。だがすでに抜いている大志の方が速い。
銃声が2発重なって響き、理奈が両腰から抜いた銃は、くるくると宙を舞っていた。
「くっ……」
「ふ……吾輩の勝ちだな」
理奈はおとなしく両手を上げ、立ちあがった。そして不敵に笑う。
「それはどうかしら?」
宙を舞っていた銃が、吸い込まれるように冬弥の手に収まった。
「なに!?」
「こいつはサービスよ!」
理奈がスカートを跳ね上げると同時に、銃声が2発、遅れて1発。
静寂の中を、硝煙の匂いがたなびく。
「ふ…………見事」
大志の銃が、重い音を立てて地面に転がった。ついで、大志の体も地に倒れ伏す。
「ふぅ……あなた、悪くなかったわよ。……性格以外は」
いたずらっぽくお見合い相手に笑みを渡し、シャンデリアの下から冬弥を引っ張り出す。
「大丈夫?」
「うん……ちょっと腰が痛いけど」
「ふふっ。ナイス・ショット、冬弥くん」
「いや……、なんか情けなかったな、俺」
「十分助けになったわよ♪ でも、次はもうちょっと格好良く助けてよね」
慰めるように、冬弥の肩を理奈が叩く。
「期待しているからね」
「あ……理奈ちゃ……」
もう一度、冬弥にお礼をしようと近づいたとき……。
「いやぁ、いい話だ」
カウンターの影から、英二が姿を現した。慌てて離れる理奈と冬弥。
「に、兄さん! 見てただけっ!?」
「おいしいところをさらっちゃ悪いからね」
英二は上手そうにタバコの煙を吐いた。
「おいしいところを邪魔したんでしょ!」
「いやいや。俺は最初っからいたって。ほら、彼がおてんばっていったときに……」
「そういう問題じゃないでしょっ!」
「だから俺はだな……」
「……っ!」
「……」
小さく鳴り始める『SOUND OF DESTINY』に合わせて、スタッフロールが流れる。
気の短い観客達があらかた立ち上がり、出ていったところで……。
黒い背景が丸く開いて、理奈が顔を出す。
「結局兄さんはおいしいところを持っていくのよね……」
そして引っ込んだ。
〜 FIN 〜
しまった。おまけを付けたら1レス伸びた。
>>199-211 『荒野を引き裂く銃弾に愛を込めて』
絶賛(?)公開中。
SS保管所の垢が逝きました.
可及的速やかに復旧させるつもりです.
>>213 いつも、お疲れさまです。
とりあえず緊急を要することでもないので、
ご自身のペースで作業してください。
まわし
まわし2
まわし3
まわし4
まわし5
まわし6
まわし7
大地殻変化によって下がりすぎたので、一度ageます。
『ほんとなの!!』
最後に描かれた!マークが澪の心情を表しているのだろう。
だけど……なあ。
「それ、ほんっとーーに緒方理奈のサインか?」
澪のスケッチブックに書かれた流麗な文字は
確かに緒方理奈と読める。
だが、それを確認する術がない。何しろ緒方理奈は事務所の方針な
のかサイン会とか握手会といった若手アイドルの登竜門のような
イベントは一切無しで、トップアイドルとなったのだ。
プライベートもほとんど明かされることはなく、サインを貰ったという
人間も数えるほどしかいない。
だから、澪のスケッチブックに書かれたサインが本物かどうかは、
折原浩平や――。
「何言ってんのよ、折原。
澪ちゃんが本物だって言っているんだから、本物に決まってんでしょ」
「……そうですね」
や柚木詩子、それに里村茜にはさすがに判断がつきかねた。
『絶対本物なの』
『一緒におしゃべりしたの』
「本当かぁ?」
浩平はほとんど信用していない。勿論澪が嘘をついているのではなく、
緒方理奈に似ていた誰かが嘘をついて、適当にあしらったのだと
解釈している。
実を言うと、詩子や茜もそれには同意である。
「じゃあ、どんな話したんだよ」
浩平がもっともな疑問を言う。
澪は
『理奈さんは口がきけなくなりそうだったの』
と書こうとして――消した。
「?」
『ないしょなの』
澪のような一般人でも緒方理奈の病気が(治療したとはいえ)
おいそれと他人に語っていい内容ではないのは理解している。
三人が他人にうわさをばらまくような人間でないことは判ってはいても、
やっぱりこのことを話すのは良くないと……澪は思った。
「やっぱり信用ならん」
『ひとを信じないとだめなのっ』
「まー、まー! 二人ともやめなさいって。
それよりほら、緒方理奈のライブ生中継! 始まるわよ」
ちょっと険悪な雰囲気を察してか、詩子が素早く二人の間へ
割って入ると、テレビの方を指差した。
「っつーかお前等人の家でな! おつまみ用意し! 酒を持ち込み!
くつろぐな!」
浩平はリビングでくつろぐ三人を睨んだ。
三人は思い思いの場所に座り、おつまみを用意して酒を飲んでいる。
……ちなみにこの酒は浩平の叔母にあたる小坂由起子のもので、
遅かれ早かれ事は露見し、事が露見すれば即ち折原浩平の死亡確認。
「衛星中継が見れるのは」
「浩平の家だけですから」
『なの』
ぶつぶつ呟きながら、浩平も床に座り込んだ。
「理奈、その、何だ、大丈夫か?」
「あら、兄さんが私の心配?
珍しいこともあるもんね」
「そう言うなよ……」
苦笑して、英二は退院三日目でコンサートに出ると言い張る妹を見る。
我を押し通すのは珍しくなかったが、何しろ今回は体力的な不安が
残っている。
英二は最後まで反対していた。
何しろついこの間まで失声症と判断された身の上である。
万が一、無理をして再び声が出なくなれば――。
緒方英二はそれが心配だった。
「だから、大丈夫。それにね、早く伝えなきゃいけないことがあるから」
「誰に?」
「……大事な人に」
「――っ!?」
英二はさすがに絶句した。
「じゃ、行って来るわね」
ひらひらと手を動かして、理奈はステージへ向かう。
「大事な人って誰だー! 青年か! 青年なのかー!」
「ふぁっくしょ!」
「冬弥、風邪?」
「いや……何か殺意の篭った呼びかけをされた気がした」
「?」
――大丈夫。私は大丈夫。
そう、今日のステージに出ると言い張ったのはあの人に伝えたいこと
があったから。
私に勇気をくれた、あの人に――。
「おっ、始まる始まる(ポテチを齧りながら)」
「きゃー、やっぱり格好いいよねぇ……」
「……(一言も発さず瞬き一つせず)」
曲がスタートする。
いつもの正確無比なステップ、ポーズ、そしてダンス。
緒方理奈のステージはこれ以上ないくらい完璧だった。
四人は固唾を飲んで、その様子を見守る。
「スゲ……」
圧倒的なまでの存在力、歌唱力。やはり緒方理奈はカリスマだった。
(……)
澪は、以前自分の前で泣き崩れた緒方理奈を思い出す。
(やっぱり、あれは……)
ただの夢、ただの幻だったのだろうか。
あの女性と同一人物だとはとても思えない。
『やっぱりすごいの』
澪はちょっと哀しくて、そんな感想を紙に書いた。
何曲歌っただろうか、四人は夢中になってライブ中継に齧りついていた。
「――それでは、最後の曲です」
緒方理奈が会場に向かって語り始める。曲の狭間のフリートーク。
「私は、いつもファンの皆の為に歌っています」
「……?」
英二は台本とまるで違うことを話し始めた理奈を不信気に見つめる。
「勿論、ファンの皆さんだけじゃなくて、事務所の為だったり、
作曲を手がけただらしのない――兄さんの為だったり」
観客席から笑いが漏れる、理奈の兄弄くりはいつものことだ。
「勿論、自分の為でもあります。
だって、私は歌うことが大好きだから……」
「でも」
緒方理奈は視線をきっと観客席、いや観客席のはるか遠くへ移す。
きっと観てくれているだろう、あの少女を想って。
「今から歌う最後の一曲、この曲だけはある人の為に歌いたいんです」
「えーっ!?」
「熱愛宣言か!?」
「……」
観客がざわめき、さすがに英二も緊張を隠せない。
「私は一週間くらい前、ちょっと体力の限界が来て……倒れてしまいました」
さらに観客がざわめく。
「その時、くじけそうだった私に勇気をくれた女の子がいるんです」
「……へ?」
「う、嘘……」
「本当……だったんですね」
澪は口をぱくりと開けた、スケッチブックが手から滑り落ちる。
「その娘は病気だったのに、ずっとずっと今まで苦しかったろうに、
たった一度の挫折でくじけそうになっていた私を慰めてくれました」
「だから、今日は、最後の一曲はその娘――上月澪ちゃんのために
歌わせてください!」
澪はふっと目の前の景色が歪むのを感じた。
(やだ、わたし、泣いて――)
そして歌が始まった。
「ほら、澪ちゃん! 泣いてちゃダメだって!」
「観なきゃダメです」
「とりあえずハンカチで顔を拭け」
ぽろぽろと涙を流す澪を三人は懸命に慰めた。
「あー、ほら歌が始まっちゃうよ、聞く聞く!」
イントロが終わり、声が流れ出す――。
愛という形無いもの とらわれている
心臓が止まるような恋が あること知ってる
ララ 星が今運命を描くよ 無数の光輝く
今一つだけ決めたことがある あなたとは離れない
そっと目を閉じれば 鼓動が聞こえる 私が生きてる証
ハートの刻むリズムに乗って
踊りながら行こう! どこまでも…
歌が終わり、満場の観客から歌への賞賛だけではない拍手が送られる。
翌日。
「上月、上月! お前マジで緒方理奈の友達なのか!?」
「澪ちゃん、本当!?」
「すっげー! さ、サイン貰えないかな?」
「お、俺はなんか、身の回りのもの!」
「俺、下着」
「素で言うな、この阿呆ども!」
「せ、先生はステージ衣装が……」
「髭ーーーーーーー!?」
学校はちょっとしたパニックに陥っていたり。
>223-228
このSSは本スレR166の151から書かれた
青色名無しさんだよもん氏のSSのアフターストーリー的位置付けのものです。
もう支援にはなりませんが、ちょっと感動してしまったので。
いまさらなんですけど
>>55-68のセリオSSがかなり良かったス。
これからも頑張って書き続けてください。
そして、他の作品があるなら紹介してるとうれしいです。
数年ぶりにセリオ萌えを取り戻しました。
佐祐理支援。3すれ。膝枕&耳そうじ。
「んー、佐祐理さんの膝枕、ホントやわらかくて気持ちいいな」
「こうしていると、祐一くんって可愛いね」
「なっ…」
「あははっ、赤くなったーっ」
佐祐理さんは、手を俺の頭に載せ、やさしく撫でている。ゆっくりとゆっくりと
規則正しく。なんだか本当に自分が子供に戻ったような気がする。
すぐ上を見ると、目を細めてこちらを覗き込む佐祐理さんと目があった。
恥ずかしくて目をそらす。
「もうー」
佐祐理さんは、小さく口をとがらせ、俺の顔を正面に固定した。
覗き込む佐祐理さんの顔が徐々に近づくと、甘い香りに包み込まれたように頭がぼおっとしてくる。
「祐一くん、大好き…だよっ」
恥ずかしそうに笑うと、ちゅっとくちびるに軽く触れた。
顔をあげた瞬間、目と目が合ってしまう。くわっ、照れるっつうにっ。
「あははっ…。えっと…、そ、そうだっ、祐一くん、耳そうじしてあげよっか」
佐祐理さんも顔を真っ赤にして、もじもじしながら、早口にまくしたてる。
「お、おう、じゃあ、お願いしようっかな…」
「うんっ、ちょっと待ってねーっ」
俺の頭をそのままに身体をひねり、ちゃぶ台の上の小物入れから耳かきを取り出した。
「はいっ、横を向いてくださーい」
もぞもぞと身体を90度回転させる。それまで髪の毛ごしに感じていた佐祐理さんの太腿が今度はすぐ耳の下にある。頬に吸い付くような佐祐理さんの素肌。ほんの少し汗ばんでいるかも。
「いきますよー」
すぐ上から声がすると、耳に棒が入ってきた。
くいくいっと壁をこすり、さらに奥に入り、こすこすと何度も耳垢を掻き出す。
なんかこんなところまで佐祐理さんにさらけ出していると思うとこっぱずかしくなってくる。
上からは、んー、とか、ふぇーとか、はー、とか、佐祐理さんの洩らす声が聞こえている。
時折、佐祐理さんのやわらかい髪が垂れて首筋を撫で、くすぐったい。
耳を掃除しているだけなのに、体中をくすぐられているみたいだった。動いちゃいけないと拳をにぎりしめ、佐祐理さんのなすがままにされていた。
右が終わると今度は左。佐祐理さんの手にくるまれ、頭を入れ替える。
「祐一くんの耳って……、きれいだね」
「なっ……!」
「あははーっ、また真っ赤になってるーっ」
顔をあげると、佐祐理さんも顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに笑っている。
体がイグニションしてバーニングしてそのままローリングして摩擦係数ゼロで
第一宇宙速度でそのまま星になりそうな勢いでどうにかなりそうだぞ、おい。
しかし、ここで動いてはこの場所、楽園、約束の地を失うことになってしまう。
俺は頭を佐祐理さんの太ももに押し付けた。むにゅと潤いのある肌がすいつきながら
押し返してくる。
「ぬう……」
「どうしたの、祐一くん?」
はえ?と口をあけてこちらを覗き込む佐祐理さん。
「ぬう……萌え死ぬ」
「ふえ?」
「はーっ、お疲れさまー」
最後に、何度か耳に息をふきかけると、佐祐理さんは声をかけた。
「うんうん、ありがとう、佐祐理さん」
「あははーっ、佐祐理もなんだか嬉しいです」
「じゃ、俺もごほうびあげちゃおうっかな」
佐祐理さんの太腿を指でつーっとなぞった。
「は……ぅ、ん、祐一くんのエッチ。どうしていつもそうなるかなー」
そう言って佐祐理さんは、俺の耳をひっぱった。構わず、さわさわと太腿を撫で、スカートの中に手を忍び込ませる。
「もーっ、あっ…ダメ…、だめだってばぁ」
「ダメじゃないっ。じっとしてなさいっ」
「あーん、もう、ダメダメぇ」
やんやん、と両手でスカートを押さえ、ぷるぷる頭を振る佐祐理さん。その素振りが
火にガソリンを注いでいるっつうにっ。
「わかった…」
「ふぇ?」
佐祐理さんは信じられないという様子で、あんぐりと開けた口に手を
あてていた。とはいえ、なんだかちょっと残念そうな顔をしている佐祐理さん。
俺はできるかぎりの神妙な顔つきで口を開いた。
「じゃ、今度は俺が佐祐理さんの耳を掃除してあげる、というのでどう?」
つづく……たぶん。
235 :
耳そうじ:02/03/09 02:01 ID:m3qecBIc
>>229 遅まきながら、読ませていただきました。
私のような拙作にSSを付けて下さった事も嬉しいし、
私の書きたかった事を代弁してくれたようで更に嬉しい。
あのSS、時間にせっつかれて書いたので書き足りない箇所があるなぁ、と
思っていたので・・・私も何か胸のしこりが取れた感じです。有り難う。本当に有り難う。
佐祐理さんのSSです。20レスくらいです。
少しだけ荒唐無稽かも知れません。徹夜で書くのはやはり駄目ですね。
もしも、ひとつだけ願い事が叶うなら――
――貴女は何を願うの?
「……佐祐理は」
羽の少女に私は言う。
「いいえ――わたしは、ただ……ずっと一緒に居たかったんです」
本当の想いを――
口に出してはいけない言葉を――
――白く途切れる息と共に吐き出してしまう。
丘を駆ける夢だった。
手をつないで思いの限り走るのだ。
水鉄砲。駄菓子。くじも引こうか?
小さなポケットにたくさん詰め込んでしまおう。
――ほら、運動神経いいでしょう?
聞こえてる?
わたしの声が聞こえてる?
そうか……じゃあ、お願いしてもいい?
「お姉ちゃんって呼んでくれる?」
ねえ、一弥……。
――え? はい、分かってます。
誰かが相槌を打っている。
知っている声。
――もちろんです。が、一弥だってもう子供ではないんですよ。
会話が弾んでいるのだろうか口調は穏やかだ。
――うーん、一弥もそっちの方がいい?
この世界は眩しい。
本当にそう……佐祐理にはこの光景はあまりにも眩く映った。
朝食のひと時。
家族全員がテーブルに付いている。
有り得ないことだ。
佐祐理はそこに居てはいけない。
ここは本当の世界じゃない。
だけど――
ボクが願いを叶えてあげるよ。
これがわたしの望みだったのだろう。
抵抗は空しかった。
「――というわけで、名雪とは単なる従兄弟なんだよ」
「……え?」
そうやって声を上げると祐一君は不思議そうに私を見てきた。
多少、上目遣いに覗き込まれる。
「……もしかして、聞いてなかったの?」
「あ、いえ……ごめんなさい。何でしたっけ?」
わたしは少しだけ体を引いた。
このままでは唇が触れ合いそうだったから気恥ずかしい。
ちょっと目線を漂わせる。
どうやらここは中庭らしかった。
「まあ、いいよ。それより佐祐理さんが考えてることを当ててみせようか?」
わたしが口をぱくぱくさせている間に祐一君は言う。
「一弥のことだろう?」
「……?」
わたしは首を傾げてしまった。
祐一君とこういう話をするのは不自然極まりない。
(……あれ? どうして不自然なの?)
また首を傾げてしまう。
祐一君と出会ったのは病院に連れて行った一弥がきっかけだった。
それ以来、祐一君にはこうして相談に乗ってもらっている。
じゃあ、わたしはこう言うべきなのだろう。
「はぇー、よく分かりましたね?」
「佐祐理さんのことなら何でも分かるよ」
祐一君が笑顔で頷いてくれる。
「受験のことなんですけど、一弥は本番に弱いタイプですから……姉としては心配です」
「ははっ、大丈夫だって。佐祐理さんは心配性だよ」
「……そうでしょうか?」
「うん。そうそう」
祐一君がそう言ってくれたのでわたしも『そういうものかもしれない』と思った。
わたしが家から近いこの高校を受けたのは一弥のことが心配で離れたくなかったからだ。
もちろん一弥はもっともっと上の進学校を目指している。
一弥の幸せがわたしの幸せだったからこれで良い。
(それに……)
わたしはちらっと祐一君を見る。
「うん?」
祐一君もわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
相沢祐一。彼と同じ学校で良かったと思う。
こうしている時間が楽しいから。
今のわたしが抱えている疑問なんて小さなことだろう。
「そうだ。佐祐理さん。放課後ひま?」
「はい、生徒会の方はもう大丈夫だと思います」
「じゃあ、久瀬のやつに呼び出される心配もないわけか」
「早く独立してくれたらいいんですけど……」
「本当、元生徒会長だとしても佐祐理さんに頼り過ぎだよ」
「あははーっ、仕方のない人たちです。おちおち祐一さんとデートも出来ませんね」
「…………祐一さん?」
突然、祐一君は顔を顰めてしまう。そして腕を組んでわたしを見つめた。
「どうしたんですか、祐一さん?」
「あ、いや……何でもないよ。ちょっと疲れてるのかも……」
「大丈夫ですか?」
「うん。何となく今日の佐祐理さんいつもと……ごめん、今の忘れて」
「は、はあ……」
わたしは曖昧に返事をしていた。
もしも、願いが叶うなら――
「祐一さんは何を願いますか?」
途切れえることのない時間を余すことなく使う。
今も祐一君と一緒にいる。一弥だっている。
これ以上、わたしに望むなんて何もない。
「叶うって……本当に叶うのそれ?」
「はい、どんな願いもです」
祐一君は顎に手をやって空を見上げるように目を漂わせている。
わたしも同じように空を見つめた。
青い空。夢のような色。
昼下がりの午後には相応しい陽光。
冷たい風も今は気持ちいい。
「別にないなー」
「ふぇ?」
「だって佐祐理さんが居てくれたら充分じゃないか」
「祐一さん……」
思わず祐一君を抱きしめたくなる。
二人は一緒だから。
ずっとずっと離れないって誓ったから。
そのはずだから。
「さて、そろそろ戻ろうか?」
「はい、そうですね」
もう昼休みも終わるのでわたしたちはお弁当箱を片付け始める。
何気ない時間。
退屈で代わり映えしないけど……。
わたしは幸せだった。
だから――
何かが足りないなんて今のわたしには分からなかった。
……何なのだろう?
胸がちくちくと痛んだ。
……これは夢?
……誰の夢?
……わたしの夢?
――夢≠ニは希望≠ネの?
誰かがいない。
そこにいて当たり前の人が居てくれない。
これは、矛盾?
もし一弥が生きていたら、彼女とは出会えなかった?
……彼女って誰?
わたしが大切なのは……。
いつまでも、ずっと大切にしたかったものは……。
本当に……何だったのだろう?
「どうしたの佐祐理さん?」
「あの子……」
わたしの前に現れた少女は手首に怪我をしていた。
でも、平然とした顔で歩いている。
「うん? 佐祐理さんの知り合い?」
「え? いえ、そういうのじゃなくて……」
どうしてだろう胸を締め付けられる。
渡り廊下。階段。水道。少女は蛇口を捻って手を洗い出した。
傷口に染みるのだろう顔がほんの少しだけ引きつる。
冬の冷たい水だ。当然だろう。
「…………」
無表情でいた少女の顔をわたしはとてもよく知っていた。
でも、どこで……?
「……あっ」
そうしている間に、少女はハンカチも持っていないのかそのまま手も拭かずに立ち去っていく。
わたしのすぐ隣を横切っていく。
お互い他人のままで……。
だから挨拶もない。
「……思い出しました、あの子のこと」
「え? 誰なの?」
「川澄さんです。生徒会では有名人なんですよ」
あれ? わたしは何を言ってるの?
「夜の校舎に侵入して窓ガラスを割っているということらしいんです」
「うん? そういうやつなんだ」
「はい、川澄さんは悪い子なんでわたしも困っています」
――いやだ。
悪い子≠セなんて言ってはいけない気がする。
川澄さんのことを誤解している。
でも、思い出せない。
川澄さんの名前すらわたしには分からなかった。
わたしたちは中庭にいたので気付かなかったのだが、今日は野犬が現れたらしかった。
で、先生方や生徒会も動いたのだが、場を収束させたのは川澄さんらしい。
向かってくる野犬をスッコプの一振りでやっつけたということだ。
面目を潰されたと久瀬さんは言っていた。
わたしは川澄さんの怪我の理由はそれだと思い至った。
つまりは――
野犬と喧嘩をした代償なのだろう。
野蛮だと思う。
手を噛まれるなんてナンセンスだ。
わたしが抱いていた川澄さんへの厚意はその時、簡単に消えうせた。
まるで、忘れることを望んでいるかのように……。
流れるように時間は過ぎていた。
六時間目も終わりわたしは待ち合わせをしていた正門に向かう。
でも、中々、祐一君は来てくれない。
わたしは少しいじけてしまう。
「ごめん、今日、掃除当番だったの忘れてた」
駆け足で息を切らせる祐一君にわたしは「遅いよ」と拗ねてみせる。
でも、やっぱり……待っていて良かったと思える瞬間。
どこに行くのかも決めないで気ままに商店街を散歩する。
夕闇の街は真っ赤に染まっていた。
目に留まったのはゲームセンターだった。
こういう場所に行くのは祐一君と一緒の時だけだ。
「あははーっ、楽しいですねー」
「……佐祐理さん、強すぎ」
影法師がどこまでも長く伸びていた午後のこと。
少し疲れたと言って百花屋さんに寄る。
そこには見知った顔。
「あら、相沢くん、デートかしら?」
「……う、どうして香里と名雪がここに?」
「珍しいことじゃないでしょう?」
「まあ、そうだが。どうして名雪は膨れてるんだ?」
「うー、いいもん。たくさんイチゴサンデー追加するんだおー」
「もちろん、相沢くんのおごりね」
「や、やめてくれー」
「あははーっ」
何気ない偶然に感謝した日の出来事。
そして、夜の訪れ。
申し合わせていたように雪が舞い降りていた。
イルミネーションに飾られた街。
わたしは祐一君にそっと寄り添った。
この温もりを離したくない。
この笑顔を独り占めにしたい。
何に変えても……。
何に変えても……。
祐一君の側にいるのはわたしでいたい。
誰にも譲れない。
噴水。公園。弾ける飛沫を背景にわたしは祐一君に向かって背伸びをした。
目もそっと閉じる。
柔らかい感触。
舌も絡み合う。
粘膜同士の触れ合い。
嬉しいはずなのに……。
待ち望んでいた瞬間のはずなのに……。
何故か……背徳的な後悔をわたしは覚えていた。
そして、涙が零れ落ちた。
「あ……ん……」
腰を下ろして押し寄せてくる快感に身を委ねた。
こうすることが自然だと思えた。お互いにしっかりと抱きしめ合う。
秘所に擦れ合うのは互いの性器で貪るように食い込み合っていた。
「はぅん……くふぅ……うん、いいです……すごく、いい」
はだけた制服から乳房が覗いている。
桜のように淡い色付きの先端を咥えられてわたしは喘いだ。
公園の奥まで風が吹く。
火照った体には丁度いいくらい。
「――え?」
下腹部から祐一君のものが取り出される。
わたしは潤んだ瞳で祐一君を見た。
『足りないの』と『やめないで』と懇願した。
切なくなって涙も出てしまう。
「大丈夫だって。ちょっと穴を変えようと思っただけだよ」
「ふぇ?」
「佐祐理さん、四つん這いになってくれる?」
腰をよじらせてつつもわたしは祐一君の言い付け通りに地面に手とひざを付いた。
「こう、ですか?」
「うーん、もうちょっとお尻を上げてくれると嬉しい、かな?」
「はい、分かりました……」
言う間にも割れ目からは厭らしい液体が留めなく出ている。
お漏らしたみたいにべちょべちょだった。
「行くよ、佐祐理さん」
「早く、早く……もう抜いちゃ嫌ですよ?」
祐一君がスカートをめくってわたしを責め立てる。
「ひぃ!」
そこはお尻の穴だった。
「ほら、どう? 佐祐理さん? どう? 良いだろう? こっちの方が良いだろう?」
「……ふぇー、わ、分かりません」
先ほどまでわたしのオマ○コに突き刺さっていた祐一君のモノなので、
潤滑油になる液体は充分すぎるほどに纏わり付いていた。
御腹が何度も何度も掻き回される。
オマ○コでいかされそうになっていたのだ。
スイッチはすぐに入った。
「あん……あんあんあんあん、いい……祐一さん、壊れちゃいそうです」
「ははは、良いよ、佐祐理さん。すごく締まるよ。佐祐理さんのアナルはサイコーだ」
「もっと責めて……いいの。イキたいです……祐一さん、わたしをいかせてっ!」
甘い息が漏れた。
不安なことを忘れるようにこの獣の行為に没頭した。
「どうする? 人が来たらどう思う? 今の佐祐理さんを見たらどう思う?」
「い、意地悪なこと言わないで……アン、ください……」
言葉を吐き出すのが先か喘ぎ声を出すのが先か。
頭の中が白く、霞んでいく。
もっと奥の深い所にペニスが挿って来るようにわたしも腰を動かし始めた。
祐一君に味わってほしい。わたしのすべてを奪ってほしい。
「佐祐理さんのリボンとか見てると、犬みたいだよ」
「……犬? ……わたしは犬なんですか?」
「うん、リボンが耳みたいだ。かわいいよ、佐祐理さん。鳴いてみてよ」
「……わんっ。あ、うん……わんっ、わん。わん、わんわん……わふゅう……」
「ははは、いいよ。でも、いくら犬でも尻までは犯してないよ。佐祐理さんは犬畜生以下の変態だ!」
理性なんてそこにはない。
白痴のように歓喜の声を喘ぎつつげる雌がいるだけだった。
快感が迫るほどに背中が弓状に反っていく。
「ほらよ!」
「ひゃあうっー!」
そこに祐一君の不意打ちが来てわたしは絶頂した。
だらしなく地面に倒れこんでしまう。
まだ夜の営みは終わらない。
お尻の穴がひくひくと痙攣していたのも束の間、祐一君のモノをわたしは咥え込んだ。
初めは舐めるように丁寧に口付けをする。先の尿道を舌先でほじる。
「んっ。んむっ。ちゃぷ。ぺちゃぺちゃ。くちゅ。くちゅ」
「あの佐祐理さんが俺のモノを咥えてる、か。この上なく愉快だね」
「あははーっ、気持ちいいですか祐一さん?」
「うん。でも、もっと口を窄めてくれたらもっと良くなるよ」
「はい、祐一さんの言う通りにします」
祐一君のを咥えていたらわたしの秘所も疼いて来た。
わたしは余った片方の手で自分で慰める。もう一方の手はしっかりと祐一君のをしごいていた。
祐一君はわたしのそんな仕草を見て可笑しそうに苦笑した。
「佐祐理さんがこんなにも厭らしいなんて思わなかったよ」
はだけた制服から取り出すように祐一君はわたしの胸に手を伸ばして揉み始めた。
見え隠れしている乳房はワンピースの制服に乳首が擦れて気持ちよかった。
わたしは秘所に這わしていた手を思い切って差し込んだ。
一本の指でもきつきつだった。ここに祐一君のアレが入るなんて信じられないほどだ。
でも、全然足りなくて、二本、三本と増やしていく。
「はぅ!」
「ほら、自分ばかり喘いでないで、しっかり舌も使ってよ」
「は、はい……ちゅぱちゅぱ。くちゅちゅ……」
口は唾液で満たされ、秘裂は愛液で満たされ、頭の中は快楽で満たされた。
「――祐一さん、下さい!」
わたしは更なる快楽を求めた。またいきたくなっていた。
ううん、まだ今日は祐一君に下の口には精液を放ってもらってない。
指なんかじゃあ我慢できない。
「ははは、何が欲しいのか言ってみろよ」
「祐一さんの……お……おちん……」
「俺の何だよ? はっきりと聞こえるように言ってくれないと分かんないよ」
恥ずかしくて耳まで真っ赤になるけど、わたしは言った。
「ゆ、祐一さんのおちんちんを、わたしの厭らしいオマ○コに入れてください!」
「はぅん。あふぅん。あん。もっと……もっと突いて……」
祐一君に跨るようにわたしは腰を振っていた。
騎乗位と言うやつだ。わたしが腰を上げると祐一君が逃すまいと下から突き上げられる。
また下がっていくと快楽を得ようとわたしは腰を上げた。
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返される痴態も双方限界が近づいてきていた。
「佐祐理さん、俺、もう……」
「はぁ、はぁ、来て……わたしの膣内に出していいですから……」
汗も弾けて、夜の公園に喘ぎ声が木霊して、感極まった声も響いて、
ずちゅりとおちんちんとおま○こがお互いを溶かしあう。
何もかも忘れて、
何もかもがどうでも良くなって、
何が大切だったかなんてもう思い出せなくて、
「祐一さん、もうだめー!」
「佐祐理さん、出すよ」
二人は本当に人間らしく欲望の海に心を溶かし込んでいた。
波のように襲ってくる快感。また絶頂を迎える。
くちゅりと祐一君のモノが取り出されて、そこから白い液体が溢れ出してくる。
妊娠するかもしれない。
でも、祐一君との子供なら全然構いはしない。
早いか遅いかの違いだろう。
もう、祐一君と離れられないと思う。
一緒じゃないとわたしは駄目になると思う。
――この人だ。
わたしは……倉田佐祐理はもう決めたのだ。
ずっとこの人と居よう。一緒に生きよう。祐一君とならそれが出来るから。
「祐一さん、好きです。大好きです」
「俺もだよ、佐祐理さん」
絶対に祐一君のことは離さない。
……夢。
……夢を見ている。
この夢の色は何だろう?
青色?
赤色?
緑色?
夢は真っ白なキャンパスで自由自在に自分の思った通りに描くことができた。
これは誰の夢?
ボクの夢じゃない夢が彷徨っている。
本当にいいの?
後悔はしない?
夢はただひとつのボクにとっての希望なんだ。
貴女がもしも祐一君にとって大切な人ならボクはこの夢を叶えてあげる。
何を望むの?
何をしたい?
たったひとつの願い事はボクに与えられた希望という名のプレゼント。
惜しむことなんてしない。
最後にボクはひとつの夢を叶える。
そして、終わる。
「あ……」
わたしはふと思い焦がれて泣いてしまった。
「佐祐理は、とんでもないことを……」
視界が歪んだ。
辺りの風景はぐにゃぐにゃだった。
望んだのは普通の幸せ。
私は誰かを幸せにしたら自分も幸せになれるのだと信じていた。
「祐一さん、佐祐理は……佐祐理は……」
手首を怪我した少女。
出会いの正門。
犬さんに手を噛まされるということ。
『あの……手じゃなくて、佐祐理のお弁当を食べさせて……』
どうして忘れていたんだろう。
あの子のことを。
「ごめんなさい。祐一さん……佐祐理は舞を裏切れません」
「……佐祐理さん?」
「祐一さんのこと好きです。本当に大好きです。でも……」
首を傾げる祐一さんに私は尚、言い募った。
「でも……舞と祐一さんが幸せそうに佐祐理のお弁当を食べてくれる方がもっと嬉しいんです」
夜の公園は形を変えていく。
これは夢。
佐祐理の望んだ罪深い幻想。
「祐一さんも舞のことが好きなんですよね?」
「……まい?」
今は分からなくても良かった。
私は向かう。
祐一さんの制止の声も振り切って駆け出した。
夜の校舎へと――
私を待っていたのは、
この仮初の世界でしか生きられない。
悲しい命。
「一弥?」
『うん。そうだよ』
佐祐理の知っていた時のままの一弥がそこにいた。
幼い頃の姿で私を見ている。
一弥の成長した姿を私は知らなかったので今まで出て来れなかったのだろう。
でも、もうこの世界のカラクリに私は気づいていた。
『ぼくのこときらい?』
何て質問をしてくれるのだろう。
『……姉さんは、舞とか言うやつの方がいいの?』
「そんなこと……」
『ぼくを望んでよ。舞なんてどうでもいいじゃないか!』
「佐祐理は、舞のことも一弥のことも大切に――」
『うそだ! じゃあ、どうしてぼくを消えていこうとしてるんだ!』
言う通り一弥の体は透け始めていた。
夢が覚めるから?
「じゃあ姉さんは、どうしたらいいの?」
『夢を見てればいい! この幸せな夢を見てくれたらいい!』
私は選んでしまうのだろうか?
舞と一弥を選べるのだろうか?
「姉さんにはどちらも選べないよ!」
『……うそだ。舞の方が大切なんだ。そうなんでしょう?』
「言わないで! もう何も言わないで!」
『いいよ。じゃあ、どちらも選ばなくてもいいよ』
「……え?」
『その代わり死んでよ。姉さんが死んでくれたらぼくと一緒だ。ずっと居られるよ』
手首が痛んだ。
空虚だった頃に付けた傷が疼いていた。
大量の血がふき出した。
絶望に手首を切ってしまった時のように血が流れ出した。
私は死を受け入れようとした。
祐一さんと結ばれたいと思った罪だ。
有りもしない日常を望んだ罰だ。
「うん、いいよ」
途端に視界が暗くなって何も見えなくなった。
今は夜なのだ。当然だろう。
私は冷たい廊下に倒れ込んで行った。
頭から落ちて首が折れ曲がる。
『ふふふっ』
その声はもう一弥のものでは無くなっていた。
小さな女の子の声だった。
ウサギの耳飾りを付けた女の子が私を見下ろしている。
「……まい?」
『早く、落ちてたら良かったのに……』
――もしも、願いが叶うなら――
落ちていく意識の中で私はあるものを見つけていた。
昨日、祐一さんと買ったアリクイのぬいぐるみが血溜まりの中に倒れていた。
「誕生日、おめでとう……」
もう、目覚めない。
どこか遠くで舞の気配がした。
祐一さんの声も聞こえた。
――私は大丈夫だと答えていた。
こんな佐祐理だから傷つくことは当たり前なのだ、と。
夢を見ていた。
とても仲の良い姉弟の夢だった。
姉は誰よりも弟のことを想っていた。
弟もそんな姉のことが大好きだった。
朝の起きた時、挨拶を交わして……。
二人で一緒に川原で水遊びをして……。
悪戯に時間を過ごして……。
最後には手をつないで夕闇の中を帰っていく。
いつまでもそんな幸せな日々が繰り返されるという……。
二人の姉弟はそう信じているという……。
……悲しい夢だった。
もしも、ひとつだけ願い事が叶うなら――
――貴女は何を願うの?
「佐祐理は……」
羽の少女に私は言う。
もしも、まだ願うことが許されるというなら私は祈るのだろう。
「佐祐理の願いは……」
『佐祐理、邪魔かな?』
『……邪魔』
でも、それでも――
佐祐理は願う。
『口に出して言えよ』
『……私は佐祐理のことが好き……』
「舞と祐一さんと一緒に……」
ただ、もう――
夢は終わりを告げていた。
「ボクの願いは……」
<FIN>
お目汚ししました。
以上です。
今日で最萌も終わりですね。私の支援もこれで最後になります。
少し早いですけど……皆さんお疲れ様でした。
本当に楽しかったです。某スレよりのコテでしたがこれも今日までです。
ご読了ありがとうございました。
――敬具。
259 :
『舞への手紙』(1/4):02/03/09 14:05 ID:GQhwCj1H
「佐祐理……」
お昼休みもそろそろ終わる、という時間帯。
佐祐理が自分の席に戻ろうとすると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「舞? どうしたの? もうお昼休みは終わっちゃうよ」
そう、振り返るとすぐ後ろに立っていたのは親友の舞だった。
「あれ? どうしたの? なにかあったの?」
舞は無言のまま佐祐理を見つめる。
佐祐理もそんな舞の姿を見て、
――舞は、何か大事なことを言おうとしている。
舞が口を開くまで待つことにした。
――しばらくの後、
舞は佐祐理から目をそらして、言った。
「どうして……佐祐理は……いつも私なんかと一緒にいる?」
「楽しいからだよ」
即答だった。
そして、佐祐理は、いつものように笑う。
「……わからない」
舞はうつむいて言った。
「どうして?」
佐祐理の問いに、
「私は、佐祐理みたいに頭が良くないし、話をするのも上手じゃない。
佐祐理は私なんかと一緒じゃなかったら、もっといっぱい友達が出来ている」
「佐祐理は――」
言いかけたところで、舞はそれを手で制して続ける。
260 :
名無しさんだよもん:02/03/09 14:06 ID:GQhwCj1H
誤爆、スマソ。
261 :
名無しさんだよもん:02/03/09 14:07 ID:D3Xr9H5t
<<さゆり>>さんに1票
文句無しで。
262 :
名無しさんだよもん:02/03/09 14:08 ID:D3Xr9H5t
誤爆・・・
以下、8レス分のSS行きます。千鶴さん支援。
◆力、消失(1/8)◆
「だあっ!? 何してんだよっ、千鶴姉はッ! ご飯冷めちまうだろうがッ!!」
朝の食卓で梓が荒れていた。
無理もない。なぜか千鶴さんだけ、まだ居間に姿を現していないのだ。いつもならとっくに起きてきている時間なのだが…。
「耕一ッ! 千鶴姉を叩き起こしてきてくれッ!!」
「わ、分かった…」
梓の迫力に圧倒されて、俺は千鶴さんの部屋に向かうことにした。
にしても…。千鶴さんが俺を起こしに来ることはたびたびだが、千鶴さんを起こしに行くというのは初めてかも知れない。
寝起きの千鶴さんか…。どんな感じなんだろう。低血圧な雰囲気でポヤポヤっとしているのだろうか。それとも意外と目覚めが良いとか?。
とかなんとか妄想しているうちに、千鶴さんの部屋の前に着いた。ちょっと緊張する。
コンコン。ドアをノックした。…中からの返事はない。まだ眠っているのだろうか?
コンコン。再びドアをノックした。が、相変わらず返事はない。
「千鶴さん?」
呼びかけにも反応はない。
「千鶴さん、朝飯できてますよ? 梓が怒り狂ってますよ? 起きてますか?」
いささか欲張りに質問を浴びせてみたが、やはり返事はない。
ドアのノブに手をかけ、恐る恐る回してみる…。
ガチャリ。
ドアに鍵は掛かっていなかった。
(不用心だな…)
一つ屋根の下に、年頃の若い男…しかも、少なからず千鶴さんに好意を抱いている男が居候しているというのに。俺は警戒されてないんだろうか。男と見られていないとか?
…ちょっとブルーになった。
◆力、消失(2/8)◆
「入りますよ…?」
断りを入れて、ドアノブを回し切り、ドアを押し開く。千鶴さんの、甘い良い香りが廊下に溢れ出す。
その空気と入れ替わるように、俺は足を部屋の中に踏み入れた。
「おわっ!?」
俺はビックリして声を上げてしまった。
再三の呼びかけに返事がなかったから、てっきりいないものと思っていた千鶴さんがいたのだ。
ベッドの上に、シルクのパジャマのまま上半身を起こして。
「ち、千鶴さん…!?」
「…あ」
千鶴さんはうつろな目で俺に視線を向ける。心ここに在らず、といった状態だ。
「どうしたんですか? もう朝飯、できてますけど…?」
「あ、はい…。そうですね…」
しかし、一向にベッドから出ようとする雰囲気はない。
「気分が優れないとか…体の具合が悪いとか…?」
「あ、いえ…。すみません、すぐ着替えて行きますので」
「だったらいいんですけど…」
「はい。……。あの…」
「はい?」
恥ずかしそうにモジモジする千鶴さん。
「私、これから着替えますので…」
「遠慮せず着替えてください」
「…あのー、こういちさん?」
表情はにこやかだが、声が笑っていない。
「じょ、冗談です…」
すぐさま千鶴さんの部屋から退散した。
しかし…いつもの凄味というか。さっきの千鶴さんには、なんとなく迫力に欠けていたように思った。
◆力、消失(3/8)◆
「おっそーい! これだから亀姉はッ!!」
すっかり冷えてしまった鮭の切り身を口に運びながら、梓は怒鳴りつづけていた。
「梓お姉ちゃん、そんなに怒らなくても…。千鶴お姉ちゃんだってたまには寝坊するよ、ね?」
初音ちゃんが場を繕おうと言葉を挟む。
「ごめんなさい、梓…」
ようやく食卓の前に座った千鶴さんが、小さな声で謝る。
「フンッ…!」
ガツガツ、とご飯を流し込む梓。
ちなみに楓ちゃんは速攻でご飯を食べ終え、既に何杯目かのお茶を啜っていた。
それにしても、千鶴さんの様子は変だ。食卓に着いても、箸も手に取らず、俯いたまま。時折長めの溜め息を吐く有様だった。
「あん? あたしの料理にゃ毒は混ざってないぞ!?」
何か見つけては千鶴さんに突っ掛かろうとする梓。困ったような表情を浮かべる二人の妹。いくら当人の千鶴さんが無反応だとは言え、放っておくこともできなかった。
「いいから黙ってろ、梓。…やっぱり調子が悪いんじゃないですか、千鶴さん?」
俺の言葉に反応し、顔を起こす千鶴さん。
「耕一さん…」
その眼はキラキラと輝いていた。
「話…聞いてくださいますか?」
俺はこの眼に弱かった…。
「鬼の力が」
「消えた??」
千鶴さん以外全員の声が重なった。
「はい…」
すっかりしょげた感じの千鶴さん。
「昨日の夜までは何ともなかったんですけど。今朝起きたら、全くなくなっていて…」
「…そういう例って今まであったのか? 梓はどうだ?」
◆力、消失(4/8)◆
「大丈夫だよ、あたしはいつでも鬼になれるぞ。耕一にツッコミ入れるためだったらな」
一瞬、空気が重たくなったような感じがした。
「…ならなくていい。楓ちゃんは?」
「私も大丈夫です…」
「うーん…。俺もなんともない…と思う。まあここじゃ変身できないけどな」
さすがに四姉妹の前で服が全部破けてしまうような変化を披露するわけにはいかない…。
「まあ…。エルクゥの一族が地球にやってきてからもう500年とか過ぎてるわけだろ? 世代を重ねる間に鬼の力も弱まっていったんじゃないか?」
「柏木家は近親結婚で血の濃さを保ってきたはずですけど…」
「にしても、食い物や環境だって違うわけだし。地球に慣れてきたってこともあるだろうしさ」
「なるほど…」
どう繕おうとしても千鶴さんは納得してくれなさそうだった。
さっきから未練がましく、自分の右手をブンブンと振り回している…。本能だけは狩猟者のままなのだろうか。
「しっかし…千鶴姉から鬼の力がなくなったら、ただの人だよなァ」
梓の追い討ちが入る。
「ぐさっ」
「不器用だし、料理も下手だし、おっちょこちょいだし」
攻撃の手を緩めることはない。
「ぐさぐさっ」
「今持てはやされてる『鶴来屋の会長の座』だって、叔父さんの事故が元で転がり込んできたもんだからな。実力で勝ち取ったもんじゃないし」
「ぐさぐさぐさっ」
「顔はそこそこだけど、脱いだらいろんな意味でスゴイしな」
「耕一さ〜ん…」
梓の悪魔のような連続攻撃に、千鶴さんは俺に助けを求めてきた。
「ちょっと言い過ぎじゃないか、梓?」
「ヘン、これくらいでちょうどいい薬なんだよ」
…煽りは徹底放置だな。
◆力、消失(5/8)◆
「どうしたら鬼の力が戻るんでしょう…」
「うーむ…」
千鶴さんと俺は悩む。
「仮に戻る方法があったもしてもな、あたしはまっぴらゴメンだぜ」
「梓お姉ちゃん…」
「ああ…なんて姉不孝な妹なんでしょう」
そんな言葉があるかは知らないが、まあともかく真剣に悩んでる千鶴さんを放っておくのも可哀想に思えた。
しかし、思ったところで解決策なんてそう簡単に――
「そうだ」
何か思いついたらしく、千鶴さんがポンと両手を合わせた。
「楓、耕一さん。確か次郎衛門はエディフェルに血を分けてもらって、命を永らえたんでしたよね?」
「あ、ああ…」
「その時、同時に『鬼の力』も引き継いでしまった、と…」
「そうだけど…まさか、千鶴姉さん…?」
「今ここで私が手首やお腹を切って。出血で瀕死になったあとに耕一さんに血を分けてもらおうかな」
「朝の爽やかな食卓をスプラッター劇場にしないでくれ!」
梓の怒号が鳴り響く。
「やめてください、千鶴さん…。大体、血液型が合わなかったらどうするんですか…」
「鶴来屋グループ会長、家族親戚の目の前で割腹自殺、なんてシャレになってない…」
楓ちゃんはほのかにダークだった。
「いい考えだと思ったのに…」
心底残念そうだった。
「この体に耕一さんの血を入れるチャンスでもあったのに…」
(やっぱりそんなこと考えてたのかよ)
…エルクゥ同士のツッコミは無言で行なわれる。受信した側の頭が痛くなるほど、強烈に。
そしてこれは、鬼の力を失った千鶴さんの前では、実に有効なコミュニケーション手段であるようだった。
◆力、消失(6/8)◆
「でも…さっき梓が言ったことじゃないですけど…。このままじゃ、本当に私、不器用で一人じゃ何もできない、ただちょっと可愛いだけのお飾り会長に成り下がってしまいます…」
「十分厚かましい形容だと思うけどな」
梓の悪態は尽きることがない…。
「こんなんじゃ私…私…。耕一さんに…」
「ん?」
「耕一さんに、愛想尽かされてしまいますよね…」
寂しげな横顔。さすがに見ていて気の毒になってきた。ここは励ますことにしよう。
「そんなことないさ。千鶴さんは今のままで…鬼の力なんかなくったって、十分可愛らしいし、魅力的だよ」
「本当ですか!?」
千鶴さんの目がパッと輝く。
(何だよ、その勝ち誇ったような顔は…)
千鶴さんの意識を感じ取った、他の三姉妹の目に呆れの色が浮かんだ。
「あ、ああ…」
少したじろいでしまったけれど、うん、嘘じゃない。
千鶴さんはいつまでも俺の憧れの姉さんだと、胸を張って言える。
この幸せそうな顔を見ていると、本当にそう思えるんだ。
「私…頑張って生きていきます」
そのか弱い…まるで一昔前のアイドルが引退する時に述べるような口上は、ありふれた言葉ではあっても、俺たちの心に染み入ってくるのだった。
◆力、消失(7/8)◆
「うーむ…」
千鶴さんの前向きな発言を聞けて多少安心したが、俺にはあるひとつのことがずっと引っ掛かっていた。
「『鬼の力』って、普段から宿ってることを自覚してるものか? 少なくとも俺は、発動させないと確認できないんだが」
「あたしだって同じさ。さっきちょこっと気合入れてみたから、『お、ちゃんとあるな』って確認できたようなものだし」
「私もです…」
梓と楓ちゃんの二人も頭を傾げている。
「千鶴お姉ちゃん、どうして鬼の力が消えてることに気付いたの?」
初音ちゃんの質問を受けて、みんなの視線が千鶴さんに集中する。
「実は…」
恥ずかしそうに語り始める千鶴さん。
「実は?」
言葉をなぞる四人。
「今朝、起きたら壁に黒いものが…」
「黒いもの?」
「よく見たらゴキブリで…」
「ゴキブリで?」
「退治しようと思ったんです」
「…は?」
「鬼の力で、こうさくさくっと」
「…さくさく…?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
しばらく見つめ合う一人対四人。
◆力、消失(8/8)◆
「まさかそれだけのために、鬼の力を?」
沈黙を破った俺。
「はい」
即答した千鶴さん。
…かつてこの人がツメを向けた対象である俺は、ゴキブリと同じレベルということなのだろうか。
「一応訊くと、昨日の夜には鬼の力が発動できた、ってことですよね?」
それゆえに、『鬼の力は今朝なくなった』という推論が立ったわけである。
「健康のため、寝る前のストレッチついでに」
ペロッと舌を出す千鶴さん。
「…あんたって人は」
「千鶴姉さん…」
「お姉ちゃん…」
呆れ返った妹たち。
「ええと…」
四人の視線に頬を染め、困ったようにモジモジしだす千鶴さん。
「そんなに見つめちゃイヤですぅ」
二度と千鶴さんに鬼の力が戻らないことを祈る四人であった。
(完)
佐祐理支援。7レスです。
『ハルジオン』
視界の外れにいつも映っていたのは、白くて小さな花だった。
花は、わたしの見る世界に、手を差し伸べるように揺れていた。
ただ、目をやると、いつもそれは見えなくなった。
そして忘れた頃――塾の成績が一番だったり、学級委員長として
ホームルームの司会をしているときなどに、不意に視界の隅に現れた。
時折、思い出したように、わたしは花を追った。眼球がひっくり
かえるのではないか、と思うほどに、上を見たり横を見たりしても
花は見えなかった。それでも、花を追っている間、あの場所に還る
ことが出来た。
いちめんの、のはら。
背丈の揃った深緑の草草が、一斉に、吹き抜ける風の中で波打ち、
頭を垂れ、振り返るように表を返した。巻き上がる雲が列をなして
こちらに向かってきてそのまま空の先へと飛び去っていく。ずっと
歩いていくと、樹が見えてくる。近づくとどんどん姿が大きくなり
やがて風景全体を覆い隠すように手を伸ばし、野原に陰翳を落とす。
世界を埋めるほどに大きなその樹に、「星の王子さま」のバオバブの
木を思い出す。
それは、夏のある一日。
虫取り網と籠と、水鉄砲を持って、駆けた、野原。
今やわたしは、線を引いたように真っ直ぐに延びる道を、ひとり、歩く。
そばにいたはずの男の子の手をつかもうと、手をのばすが、空を
切るばかりで、仕方なくひとりで走った。息が切れて立ち止まり、
ひとりたたずむ。そして、首をまわして、しるしを、探す。
かつて、あの子と一緒になって道端に埋めたはずの、種。
かつて、わたしが手にしていた、その花の。
くらい。暗い。
門も、壁も、空も、土も、暗かった、その日。
真っ暗な服を着た、顔のない無数の参列者の中、わたしは、その花を
持っていた。小さくて白い花の花束は、わたしの両手を覆うように
してそこにあった。
真っ暗な布のかかった真っ暗な玄関の戸が開き、
叔父さまやお兄さまが白い四角い箱を、抱えて出てきた。
お父様は、どうしても抜けられない所用があってそこにはいなかった。
生木で作られたその箱は、ぬけるように白くて、意外と大きかった。
箱がわたしの前で立ち止まると、お母さまがわたしを促し、わたしは
手に持っていた白い花を箱の上に置いた。
声をかけようと口を開いた。
しかしその前に、箱は持ち去られ、人ごみがそれを覆い隠し、黒塗りの車
に収められ、扉が閉められ、わたしは別の黒塗りの車に押し込められ、
車の列は発進した。
それ以来、花を、見ていない。
学校の勉強をしていたり、お父さまの付き添いでいろいろな催し物に
顔を出したり、周囲に笑顔を見せているとき、不意に、自分には何もすることが
ないのに気づく。
何も見えず、何も聞こえず、ただ残されているだけ。
そんなとき、わたしは、花を探した。
瞬きをしたときに見える刹那の残影を追い、踵を返したときの何かを
置いてきぼりにする感覚に、もう一度振り返ってみたりした。
しかし影は、逃げ水のように消え失せる。
手を伸ばしては、空を切り、
振り返っては、目を見開いたまま立ち尽くす。
自分で作った虹を掴もうと手をのばす子供のように、幻想を積み立てては
それが現でないことを確認するしかできなかった。
手を広げても、何も残っていない。これが誰の手だかもわからない。
この場所に存在するものも、誰のものだか、わからない。
色を映す風景も、どこのものだかわからない。
それに気づいたとき、わたしは、自らに痕をつけた。
泣くお母さまと何も言わないお父さまにも、どこかよそよそしげな
同級生のみんなにも何も感じなかった。これまでと同じように勉強をし、
塾の模試で一番をとり、お母さまに褒められ、学級委員を務めた。
あるとき、目に見えるものがいつものまま変わらないことに気づいた。
視界の隅を追い、何度も瞬きをした。
白い影はいつまでも見えなかった。
揺れていた花は消えた。もう見えなくなっていた。
それに気づいたとき、視界が滲んだ。あふれ出るものがわたしを
押し流した。肺は溺れ、細胞は浸透圧を失って溶け出した。
たった一つのものすら失った、わたしから。
どれだけ、かかっただろう。
帰る場所を失い、さすらい人のように、私はあてのない時間を
過ごしていった。相変わらず、学校の成績は優秀で、与えられた義務
もそつなくこなし、親の言うことは素直に守っていた。
ようやく戻ることのできた野原では、草はみな倒され枯れていた。
曇空の下、水たまりばかりのぬかるんだ道を、ゆっくりと歩くが、
そこにあったはずの大樹はいつまでも見つからなかった。わたしは
足が泥だらけになるのも構わず、歩き続けた。転んでも、水たまり
に顔をつけても、歩き続けた。あてもなく。
ある日。
高校の入学式、校庭で迷い出た野犬に手をかませていた不思議な
女の子と一緒に昼ご飯を食べた。わたしは、一緒に帰ろうと誘った。
これまで、そんなことはなかった。
舞は、校門で佐祐理が来るのを待っていた。
「あはは、佐祐理からお願いしたのに、待たせてしまって、ごめんなさい」
ぷるぷると舞は首を振ると、やおら後ろに回していた左手を前に差し出した。
「これ、は……?」
「犬さんのお礼、していなかったから」
彼女が手に持っていたのは、白くて小さい花だった。
長い茎の先に、黄色い中心部をかこんで、小さな花びらが並んでいる。
「……そんなに、うれしいの?」
彼女が声をかけた。
震えて動かない身体で、わたしは声も出さず、立ち尽くしていた。
泣くのはよそう。その日知り合ったばかりの子の前で、そんな姿は
見せられない。そう思っても、胸の堤防が決壊するのを抑えられない。
頭に何か触れるものがあった。
舞が、佐祐理の頭を撫でていた。
「ふぇ……」
わたしは俯いたままずっとしゃくりあげていた。下校する他の
生徒たちは、わたしたち二人を不思議そうに見ながら通り過ぎていく。
中には、今朝の騒動を知っているのか、舞を指さす者もいる。
顔をあげた。
「ありがとう……舞」
「私こそ…、ありがとう……」そこまで言うと彼女は、口篭もった。
「さゆり、だよ」
「さゆり……」
「うんっ」
「ありがとう、さゆり」
わたしは、目の前にある、白い花を受け取った。
花はわたしの手の中で小さく息づいていた。
顔をあげた。不思議そうな顔をしている舞の手をとって言った。
「ねえ、舞、もしよかったら、これから佐祐理の家に遊びにこない?」
そのときの花は、押し花にして今も大事に置いている。
そして、迷ったとき、困ったとき、すこし悲しくなったときにはいつも
プレートに挟み込んだしおり大の押し花を手にとって眺めた。
きっと舞は、花のことなんか忘れているだろう。
花を見せても、どんな名前なのか知らないだろう。
それでも構わない。わたしはずっと舞のそばにいるのだから。
わたしは忘れない。
もう、迷わない。失わない。
名前の知らない花でも、吹く風に揺られながら、強く咲く。
もし、それがわたしの中で、手折たれることなく揺れるのなら、
それは、わたしのもつ、力なのだから。
fin.
佐祐理支援SS投下します8レス分です
●私は魔物を狩るものだから(1/8)
3人で帰宅中…
「あははー、祐一さんったら。それはミルクボックスじゃなくてミルクタンクと訳すんです」
「そうだったんですか…?」
「…馬鹿」
などと朗らかにおっぱいの英語の翻訳談義をしていると突然舞が剣を抜き後ろに向き直った!
「なんだ、どうした舞」
遅れて祐一と佐祐理も後ろを向くと中国の人民服を着た女の子が手にヌンチャクを持って立っていた。
「さすが、魔物を狩るものあるね。気配を消して近づいたつもりあったが…」
「…誰?」
「自己紹介する前にその得物をしまうよろし。私は襲ったりしないある」
殺気が消えたので、舞は剣を鞘に収める。
●私は魔物を狩るものだから(2/8)
「私は中国から来たミンミンという物である。日本に巨大な魔の気が感じられたので来たある」
「中国から来た〜?」
祐一が思わず声を出す。
「中国人って本当に語尾にあるをつけるんですね」
佐祐理がその言葉を発するとミンミンの目が一気に怒気を含んだものになった。
「おまえはイチイチ突っ込んじゃいけないところを言うね。現実無視してでも短い字数でキャラを立てようという作者の努力がわからんのか!」
再びミンミンが殺気を発すると舞が再び剣を抜いた。
「ま、まあまあ。とにかくそれで俺らに何か用があるのか?」
「用があるのはその剣を持った女だけある。私1人では少しきついので誰かに助けを頼もうと思ったらその女を見つけたある」
「…ようするに舞に魔物退治を助けろと」
「そういうことね」
「それが人に物を頼む態度かよ…。なあ、舞」
「私は魔物を狩るものだから…」
そう言って舞はミンミンに近づいていく。
「物分りがいいある。それではこれから裏山へいくある」
2人はそのまま去っていった。
「い、行っちゃいましたね」
「あはは〜。なんか変なことになっちゃいましたね…」
祐一と佐祐理は呆然と2人の去った方向を見つめる。
「…帰りましょうか」
「そうですね」
●私は魔物を狩るものだから(3/8)
それから1週間…。
「祐一、帰りにイチゴサンデー食べていこうよ」
「おまえは、クラブが無い日といえば必ずそれだな」
なんてなことを話しながら祐一と名雪が歩いていると、目の前に見覚えのある女性が1人で歩いていた。
「あ、あれって佐祐理さんだよね?」
「あ、本当だ、佐祐理さーん」
佐祐理が笑顔でクルッ振り向いた。
「祐一さんと名雪さん」
「今日も舞は裏山ですか?」
「ええ、なんか一向に減らないらしくて…」
「あいつ、昼休みも学校抜けて裏山に行ってるし、いったいどんなものと戦っているんだ?」
「え、祐一何のこと?」
「おまえは知らなくていい」
「ブーッ」
「この前差し入れでも届けようかと思ったのですけど、危険だから来ちゃだめだって…」
「しょがない奴だな〜。あ、それじゃあ、これから一緒に喫茶店に行きませんか?」
「行きましょうよ、佐祐理さん」
名雪も同調する。
「ええ。お誘いはありがたいのですけど今日は用がありますので…」
「あ、そうですか。それじゃあ家まで送りますよ」
「いいです、いいです。全然道の方向違いますし。じゃあ、さよなら」
笑顔で手を振る佐祐理だがその顔は心なしか曇って見えた。
「佐祐理さん、寂しそうだったね」
「ああ…。」
(舞を怒らないといけないな…)
●私は魔物を狩るものだから(4/8)
翌日の放課後、舞が裏山に向かおうとする道中で祐一が待ち構えていた。
「………………」
「今日も狩りに行くのか?」
舞は黙って頷く。
「魔物を狩らないと何がどう具体的に危なくなるんだ?」
「わからない…」
「わからない!?」
「でも私は…」
「魔物を狩るものだからって言うんだろ? それも大事なことかもしれないけど、おまえ最近佐祐理さんの寂しそうな顔を見たのか?」
「佐祐理が?」
舞の目を大きく開ける。
「そうだよ。おまえが構ってやらないから佐祐理さんは一人ぼっちだ。おまえがかつてそうだったようにな」
舞は祐一のその言葉を聞いてうつむく。
「まあ、俺がいえるのはそれだけだ。邪魔したな」
そう言って祐一は裏山と逆方向に歩き出した。
「佐祐理が1人・・・」
舞は祐一の後姿をジッと身ながら呟いた。
●私は魔物を狩るものだから(5/8)
「あははー」
「佐祐理さん、今日はいつもよりも明るいですね?」
例によって弁当を食べているのは二人だけだが、佐祐理は機嫌よさそうだ。
「ええ、舞が日曜日映画に行かないかって誘ってくれたんです」
「え、舞のほうからですか?」
「ええ。こんなこと初めてです」
(あいつ…)
「よかったら、祐一さんも一緒にきますか?」
「あ、いいです、いいです。2人だけで楽しんできてください」
(行きたいけどそんな野暮なマネはできないよな…それに…)
目の前にある佐祐理の幸せそうな顔を見れば祐一はそれだけで満足だった。
●私は魔物を狩るものだから(6/8)
「プルルル…」
「祐一、電話だよ」
「誰から?」
「佐祐理さんから」
「え?」
今日は映画にいってるだけだったはずだけど…。訝しげに祐一が受話器を耳に当てる。
「もしもし、電話変わりました…」
「祐一さん、舞が来ないんです…」
「え?」
「自宅の方にも電話したのですけど昨日の夜からいないって…」
「昨日から!?」
「どうしよう。私、舞いに何かあったら…」
「わ、わかりましたから落ち着いてください。とにかく今すぐ舞を探しに行きますので佐祐理さんは自宅で待機していてください。連絡があるかもしれないので」
「わかりました…」
(あいつ…)
●私は魔物を狩るものだから(7/8)
祐一が例の裏山に猛ダッシュで向かうと、そこには案の定、剣を振り回した舞がいた。
「舞、どういうつもりだ!」
「…待って、これで終わる!」
舞が最後の力を振り絞って思いっきり剣を振るう。すると、何かが光だし瞬いて消えた。
「…終わった」
「終わったじゃない!」
そのまま祐一が舞の胸ぐらをつかむ。舞は何の抵抗もしない。
「おまえ、佐祐理さんの気持ちを何処まで踏みにじれば気が済むんだ!」
「…ごめん。どうしても抜け出せなくて」
「ごめんじゃない!」
「……………」
「もう、いいよ。おまえは良くわからない魔物を狩る方を取った。それだけだ」
「あ…」
祐一はそう言って去っていった。
「私は…」
「舞、助かったある」
近寄ってきたミンミンに振り向こうともしない。
「舞…?」
「私はただ…。偽物じゃなく本物の魔物を狩れば…あの時のことも無駄にならないと…。祐一も認めてくれると…」
「舞…」
●私は魔物を狩るものだから(8/8)
翌日の昼休み…。
祐一は複雑な気持でいつもの踊り場にたどり着いた。
「佐祐理さん…」
佐祐理は1人たたずんでいた。
あの日、そのあと祐一は佐祐理の下に向かい舞のことを話した。
佐祐理はただ1人寂しく「でも、舞がやりがいのあることを見つけたから…」としか言わなかった。
「佐祐理さん、あのお弁当…」
「ごめんなさい」
「え?」
「今日は作ってこなかったんです」
(そこまで追い詰めたのか?)
「クソ、舞め!」
祐一はそう叫んで壁を叩いた。
「あ、ちがうんです祐一さん。作ってこなかったのは…」
「…祐一」
階段の下から声が聞こえたので振り向いてみると俯いて舞が立っていた。
「その手…」
祐一が振り向くと舞が自分で作ってきたらしいお弁当を入れた重箱を持って表れた。その手は切り傷で一杯だ。
「私…、料理とかできないから、包丁も上手くいかなくて…。それでも、ミンミンが仲直りできるよう秘伝の味を教えてくれるというから、それで…」
「あはは、舞ったら…」
佐祐利は目に涙を溜めながら舞に近づいた。
「祐一…」
不機嫌そうな顔で自分を睨んでいた祐一の目をソット見る。
「腹壊さなきゃいいけどな」
「祐一…」
舞はそのまま祐一に近づき、軽いチョップを食らわしたのだった。
その後…
(。Д。⊂>>さゆり`つ(。Д。⊂>>祐一 `つ
『おかえり』
私の願いはかなえられた。
費やした時は長かったけれど、振り返ればちっとも足らない気がする。
私の願いは友の幸せ。私の願いは叶えられた。
だから始めよう。私の罰を。
かくして、彼女はそこにいた。
ここにいなければ、それこそお手上げだった。
自分の勘と運と日頃の行いに感謝しよう。
ここからでは彼女の顔が見えない。
………彼女は、今どんな顔をしているのだろう。
笑っているのだろうか。俺たちがいつも見ていた顔で。
泣いているのだろうか。俺たちが見たことのない顔で。
………いや、たとえ彼女がどんな顔をしていても、俺にできることは一つしかない。
アイツの為にも。彼女に近づこうと歩みを進め――――――
と、足が止まった。いや、止められたと言った方が正しいのかもしれない。
視界に入ってきた彼女の横顔に。自分の記憶を確かめる。
この人は―――本当に、俺がいつも一緒にいた人なのか。
優雅に風になびく長い髪が………信じられないほど煤けて。
彫像のように美しかった肌が………触れれば砂に帰ってしまうかのように脆く。
そして、いつも絶える事のなかった笑顔は、
アイツが、何よりも守ろうとした笑顔は、そこにはない。
泣いているわけではない。
人間として持っているはずのものが、ごっそりと失われている。
感情と言うものをなくしてしまったそれは、打ち捨てられた人形のように見えた。
俺の知るその人の全てが、失われている気がした。
右足が先に進むのを躊躇っている。本当はすぐにでも駆け寄りたい。
けれど、今までとはまるで違う彼女の姿が、それをさせてくれない。
でも、先にいかなけりゃならない。今は。
「それが………一弥君か」
驚いた。本当に驚いた。
こんなに驚いたのはいつぶりだろう。
振り返って、納得した。ああ、やっぱりこの人か。
私を驚かせるのは、いつだって舞かこの人だけだ。
そして、この人には見つかってしまうんじゃないかと心のどこかで覚悟していた。
「お祈り、させてもらっていいかな」
声を出さずに、首だけを縦に振った。祐一さんは私の横で静かに手を合わせた。
「キリスト教みたいだけど、お祈りの仕方ってこれでいいのかな」
目を開けた祐一さんは、いつもと変わらない笑顔で、私に尋ねてきた。
いつもは私を笑顔にさせてくれるそれが、今は酷く、痛い。
「………どうして、ここがわかったんですか」
「悪いとは思ったけど、佐祐理さんのいえに寄らせてもらってね。
爺やさんにここの場所を聞いたよ」
即答だった。きっと、何通りも私の言葉を考えていたんだろう。この人らしい…。
「いいところだなぁ」
そういって、祐一さんは岸壁の方を見た。ここからは海が見える。
とても綺麗で、静かな海が。
海は来たかった場所だから。一弥と一緒に、来たかった場所だから。
「………覚えていてくれるとは思いませんでした」
そうだ。ここは忘れられた場所。私以外、ここへやって来るものはいない。
父も………母も…。
「酷いな、忘れるわけないだろ。
佐祐理さんにとって、舞と同じくらい大切な人のことなんだから」
だから、一度話しただけのこの人が、一弥の事を覚えていてくれた事が、
とても嬉しくて、でも今は悲しかった。
「よしっ!」
祐一さんはパンッ!と手を打つと、本当に、本当に何もなかったように、
「墓参りは終わりだ、そろそろ帰ろう。佐祐理さん」
「………ごめんさい」
けれど私にはその手を掴む事はできなかった。
祐一さんの顔が変わった。いつものふざけた表情は何処にもない。
「………帰れない理由でもあるのか?」
「帰れないんじゃないんです。佐祐理はもう帰らないんです」
心に決めていた事だ。三週間前、アパートを出たときから。
もうここには戻らないって。
「………舞も待ってるのに?」
「…っ!」
嫌だった。それを言われるのが。怖かった。ずっと怖かった。
今でも思い出す。出掛けに見た、舞の笑顔が。
それの顔が、涙に濡れるのが怖かった。
けど、あの笑顔があったから、私は一人になることを選んだんだ。
「………何で、急にいなくなったりしたんだ?」
きっと、私の顔を見たときからそれを聞きたかったんだろう。
…やっぱり、祐一さんは優しい。こんなときにだって、
こんな事をした時だって、私の事を気遣ってくれるのだから。
けれど、今はその優しさが痛かった。
「いつでしたっけ………佐祐理が一弥のことを話したの」
「俺が高二の時だな。もう四年になる」
「そんなに………足ったんですね」
なんだか懐かしくなった。こんな時なのに、あの頃の事が酷く懐かしく思えた。
「舞と、そして祐一さんと暮らしたこの四年間。佐祐理はとても幸せでした」
そう、私は幸せだった。からっぽだった私に、舞の存在は光のように見えた。
舞といれば、私は佐祐理に戻ることができた。それが全てだった。
祐一さんと会った。祐一さんは舞の失われた何かを取り戻してくれた。
それが私にも、嬉しかった。
高校を卒業して、一緒に暮らして、私達の関係が別の物になっても、
それは変わらなかった。
むしろそれは、加速しているように感じられた。
私は、幸せの中にいた。
自分の犯した罪も忘れて。
297 :
おかえり(4/8):02/03/09 22:41 ID:BMZe0wB/
「あの時、話しましたよね。佐祐理は決めたんだって。
一弥にしてあげられなかった事を、舞にしてあげるんだって。
この子を幸せにしてみようって、決めたって」
祐一さんはすぐに思い出してくれたようだ。私があの時話した事を。
「舞と出会って、祐一さんに出会って、一緒に暮らして………。
舞は、どんどん変わっていきました。
時間はかかったけど、舞は私の知らない素顔を、本当の笑顔を取り戻してくれた。
それが嬉しかった。そして幸せだった」
でも、
「でも、佐祐理は間違っていたんです。私がしたことなんて何もなかった………。
舞が笑ってくれたのは私の力じゃないんです。
みんな………みんな祐一さんのおかげなんです」
「それは違う!」
祐一さんが一際大きく叫んでいた。あたりの空気が震えるほどに。
でもそれは、私の心には響いてこなかった。
「違いませんよ、祐一さん」
今はただ、その想いが虚しく、憎らしくも思える。
「佐祐理は、二年間も一緒にいたのに、
舞の背負っているものに気付いてあげられなかった。
舞を笑わせてあげることができなかった」
思えば、私はこの人を憎んでいたのかもしれない。
「けど、祐一さんは私の気付かなかったことを、
舞の忘れてしまった心を取り戻してくれた」
私のできなかったことを簡単にして見せたこの人を。
憎みながら、舞と同じくらい好きに。
「舞が心を忘れたのは、俺のせいだ!
舞の事を知っていながら忘れてしまった、俺のせいだ!」
前に聞いた、昔話。舞と祐一さんの昔話。
綺麗で、とても悲しいその話を思い出す。けれど。
「でも、祐一さんは取り戻す事ができたじゃないですか。
なくしてしまった物を、取り戻す事ができたじゃないですか。
………けれど、私にはそれができなかった」
取り戻す事ができない物。たった一人の弟。
失ったものを埋めるため、舞を見た。それは、なんてあさましい行為なのだろう。
「それに気付いた時、思い出しました。やっぱり佐祐理は、頭の悪い子だって」
舞は知っていたかもしれない。私の思いに。
「なんて悪い子なんでしょうね。自分のした事を忘れようとして。
自分の罪を忘れようとして。罪から………逃れようとして」
それでも、舞はそこにいてくれた。私の勝手な想いを受け入れてくれた。
結局、舞を救おうとして、救われていたのは私なのだ。なんて滑稽なのだろう。
「………なんで佐祐理さんが悪いんだよ」
押し殺したような声が聞えた。罪にまみれた私を、悲しむ声が聞えた。
「もう、もう、佐祐理さんに罪なんかない筈だ!
はじめから佐祐理さんが背負わなきゃならない罪なんてなかった筈だ!」
ああ、まただ。またこの人は私の事を思ってくれている。
「これ以上苦しむ事なんてない筈だ!」
私の罪を悲しんでくれている。今は何よりそれが辛いのに。
「祐一さん、佐祐理はもう戻れません」
あそこには、舞がいるから。祐一さんがいるから。
二人ががいれば私はまた逃げるから。
一弥の事を忘れて、幸せに、溺れてしまいそうだから。
「心配しないでくださいね!佐祐理は死んだりしませんよ」
そして生きる事が、私の変わらぬ罰だから。それは、あの時に知ったことだ。
「………さようなら。祐一君」
ずっと言いたかったその言葉を言って、祐一君の横を通り過ぎた。
酷く、腹が立った。
こんな理不尽な事があるだろうか。
こんなにも、こんなにも人を想う人が、何故こんなに苦しまなきゃならないのか。
人を想うからこそ、苦しむのか。
だったらこんなにも酷い仕打ちはない。
そして同時に憎く思えた。
佐祐理さんがこんなに苦しんでいるのに、どうしてこいつは何も言わないのか。
どうして佐祐理さんを許そうとしないのか。
どうしてこいつはここにいないのか。
悲しむよりも、大きく、怒りが俺の心に溢れていた。
そして、気付けば。
ガッ!
「!」
墓石に自分のこぶしを打ちつけていた。許せなかった。
誰にも罪がないのが解っていても許せなかった。
躊躇うことなく、何度も、何度も殴りつけていた。
「やめてっ!」
佐祐理さんの叫ぶ声が聞えた。それでも手を止めはしない。
「やめて下さい祐一さん!」
佐祐理さんが俺にしがみついてきた。それでも俺はやめない。
「お願いです!やめて!やめて下さい!」
手の皮が裂け、鋭く痛みが襲ってきた。それでも。
「おねがい!やめて!やめてぇ!」
佐祐理さんの声は一際大きくなる。それでも。
「やめてぇ!祐一君やめてぇ!」
手を止めた。「祐一君」と呼ばれ、我に返った。
「おねがい……祐…一君…やめて…」
佐祐理さんの声には、何時の間にか涙が混じっていた。
かすれるような声で、俺にしがみついていた。
俺はしばらく、そのまま立ち尽くすことしかできなかった
「舞が………起きないんだ」
俺は唐突にそう告げた。ビクッと、佐祐理さんの肩が震えた。
最後まで言うまいと思っていたけど、この人には解ってもらわなきゃいけない。
佐祐理さんが、気付かなかった事。俺達に必要な、大切な事。
「三日前から、急に起きなくなったんだ。
佐祐理さんがいなくなって、舞はずっと探し回ったんだ。
ずっと眠らなかった。何も食べなかった。
佐祐理さんがいなくなってから、ずっと休まず探し続けたんだ」
佐祐理さんが顔を上げた。その顔は、ただ驚きに支配されている。
「俺は、何もできなかった。ただ舞の横で、座っていることしかできなかった」
徐々に佐祐理さんの顔が崩れてきた。悲しみ、戸惑い、恐怖。
いろんな感情が混ざって、心のうちを読み取ることはできなかった。
「佐祐理さんは、なにもできなかったって言ったけど、違うよ。
舞は、佐祐理さんがいたから舞でいられたんだ」
佐祐理さんが泣いている。声もあげずに泣いている。
「俺達は三人だ。三人だから幸せでいられる。
誰か一人が欠けたって、幸せになることなんてできない」
ほんとはこんなことは言いたくない。佐祐理さんに涙を流させたくない。
「舞は佐祐理さんからいろんなものをもらった。
それは舞だけじゃない。俺も同じだ」
そして、それはきっと佐祐理さんも同じ筈だ」
けど、言わないと、前に進めないから。一緒にいられないから。
「俺達は、きっと何かが欠けている。
前はそれでも一人で生きていけたかもしれない。けれど、知ってしまったから。
幸せのなかで生きることを知ってしまったから。
………誰かの笑顔と共にありたいとおもったから。
だから、舞も、佐祐理さんも、そして俺も」
一緒にいたいから。
「俺達は一緒にいなきゃいけないんだ」
暗い、ずっと暗い。
ここはいや。一人だから。
でも外はもっといや。悲しみが、溢れているから。
お母さんがいなくなって、私には何もなくなった。悲しかった。
けれど、あの子がいてくれた。あの子といると幸せでいられた。
でも、あの子もいなくなった。
また悲しかった。悲しすぎて、笑い方を忘れてしまった。
でも、また会えた。大切な人に、また会えた。
お母さんの匂いのする、大切な人に。あの子も帰ってきてくれた。
三人でいられれば、私はもう何もいらなかった。
けど、それももう壊れてしまった。あとは深い深い悲しみだけ。
前よりもずっと深い悲しみだけ。なら、それなら。私は一人でここにいる。
三人でいられないのなら、私は一人でいる。
悲しいのはもう、嫌だから。
声がした。懐かしい声が。もうずっと忘れていた気がする。
光の向こうに、大切な声がした。あの子の声と、お母さんの匂いのする声。
私は向こうへ行きたかった。でも、いけない。
向こうは怖いから。光の向こうはきっと怖い。
また失うのは嫌だから、失えば悲しいから、私は行かない。
私は気付いた。二人が泣いている。大切な人が泣いている。
泣かないで、欲しい。二人が悲しむのは嫌だから。ここにいても悲しいから。
笑って欲しい。笑っていられれば、私達は幸せだから。
笑っていて欲しい。
笑っていて欲しいよ、佐祐理。
私は目を開く。一緒にいるために。私達が一緒にいられるために。
―――――――――――――――――――お帰りなさい、佐祐理。
>>294-301 全てが終ってからのカキコでござる。
もう少し早くあげられればなぁと。
けれど、悔いはない。
様々な形で最萌に支援を送り続けてきた
支援者の一人に加われて、それを誇りに思う。
そしてこの戦いを人々の心に刻むために。
全ての支援者に。
感謝を。
コノスレモウチドメカナ.....
イママデゴクロウサマデシタ to コノスレトスベテノSSシエンシャ
304 :
名無しさんだよもん:02/03/10 16:58 ID:DI0TSYoe
トーナメントが終わったんだからとっとと削除依頼だせよ。
UZEEE!!
↑
といいつつ、ageる奴がいる罠。
ほっとけば、さがりきって、勝手に倉庫行きになるのに・・・・。
というわけで、
−−−−−−−−−−終了ですぅ−−−−−−−−−−−−−
>>304は両方で煽ってる。
放置よろ。
>54 :名無しさんだよもん :02/03/10 16:57 ID:DI0TSYoe
>トーナメント厨がいなくなって清々したと思ったが・・・・・・
>結局は寂れてるのね(;´Д`)
307 :
69:02/03/10 20:07 ID:dA08FiNZ
>>230 遅レスですいません。
感想ありがとうございました。
そう言って戴けると冥利に尽きます。ホントに。
俺は例のトーナメントから支援目的でSS書き始めたので、
「他の作品」と言って紹介できるモノはあんまりないのです。
支援SSの場合はプロットを練るより、
未プレイの方の目を引くような短いシチュが多いですし(長いの書く時間もないw)。
他の人の二次創作のこともあんまり知らないです。
トーナメント系スレで“<続く“で繋いで“<FIN”で締めてるレスを拾うと、
だいたいそれで全部かな(同じ書式で書いてる人は居るかも)。
東鳩だと、前スレでひとつ短いセリ綾があるくらい。
基本的にホワルバ-&千鶴モノなので…。
役に立たないレスで申し訳ない。
329 :名無しさんだよもん :02/03/10 22:46 ID:iWgRk0+M
あと、自称「職人」厨房。
ヘタレな奴ほど饒舌ですげー萎えた。
いい職人は、さっと現われて、ぽっと作品落として去っていく。
ヘタレは投稿する前に「書こうかな〜」「今、書いてます」などとのたまい。
投稿した後には「〇〇な思いをこめて書きました」などとのたまったり、言い訳をヅラヅラと書き連ねる。
そして、ヘタレ「職人」同士での傷を舐めあうような馴れ合い。正直、吐き気がする。
最萌が終わっても、ネタがあると字を書いちゃう罠。
なにがしだよもんさんへの二次小説、
『緑の絨毯』 全4レスです。
「あ、なにがしさ〜〜〜〜ん!」
すっかり片づけが済んだ最萌会場。
残すのは、真ん中のリングと、このピアノのみ。
最後に上ってきたこの高台。
そこで、リングのそばを歩いているなにがしさんを見つけた。
頭を左右に振って声の主を探すなにがしさん。
「こっちこっち〜!」
あたしの呼びかけにこちらを向いて、にっこりと微笑み、
その笑顔のまま、なにがしさんはこの高台へとやってきた。
1/4
「なにがしさん、おつかれさまでした」
「詩子さん、おつかれさまです」
小さく下げる頭、
それとともに柔らかに舞う金の髪、
そして漂う花の香り。
なにがしさんの趣味のよさをうかがわせる。
あたしはその香りに包まれたまま口を開く。
「なにがしさん、本当におつかれさまでした。
いつも感想、楽しみにしてました」
「ありがとうございます」
そう、なにがしさんは最萌の間ずっとがんばっていた。
支援物資へ感想、ネタふり、スレ建てお手伝い、
その名前を見ない日は全くなかった。
「でも、これでしばらくはゆっくりできますね」
二次小説を見てしまうとどうしても感想を書きたくなる、
そんなこと言っていたなにがしさん。
最萌のときは数が多くて追いつくのに大変そうだった。
でも、それも終わった今、ゆっくりと見ることができると思っての言葉。
「そうなると思っていたのですけど…」
ちょっとうつむいてつぶやくなにがしさん。
あたしはその顔を覗き込む。
2/4
「実は3月いっぱいで来られなくなってまうんですよ」
「ええっ!?」
その言葉にあたしはちょっとショックを受ける。
昔から、いつも二次小説あるところに現れて、
的確な感想を残していくなにがしさん。
その、なにがしさんが3月末で来られなくなる。
「ど、どうしてですか?」
「私の所属する『勝手に感想委員会』の代表として、
4月から英国へ研究のため留学することになったんです」
「留学!?」
「はい。二次小説などの感想を自分流で書いていたのですが、
やはりそろそろ限界を感じていたのです。
そんな時、英国の本部から連絡がありまして、
こちらで少し研究をしてみないか、と言われまして」
「それってすごいじゃないですかっ!」
思わず出てしまう大きな声、
びっくりして目を見開くなにがしさん。
あたしは頭を下げてあやまる。
「いいえ、だいじょうぶですよ」
でも、なにがしさんはたおやかに答えてくれた。
3/4
「いつかは戻ってくるんですか?」
あたしは一番気になることを聞いてみる。
けれども、なにがしさんはあいまいに微笑みを返すだけ。
「そう…ですか…」
聞こえないように小さく呟いてから、
あたしもなにがしさんに微笑みかける。
悲しくならないように、気にさせないように、少し無理な微笑み。
そして、それをごまかすようにピアノへ向かい、座りなおす。
「なにがしさんへ一曲…」
「ありがとうございます」
「いいえ、今までお世話になったお礼にしては安すぎますけど…」
「そんなこと、気にしないでください」
優しい、なにがしさんの言葉を受けながら、
あたしはピアノを弾き始めた。
遠い国の、緑色の絨毯を浮かべながら。
音楽はこちら。
イギリス民謡『グリーンスリーブス』です。
http://ichigo.sakura.ne.jp/~go/img/img-box/img20020311113538.jpg 4/4
313 :
230:02/03/11 11:50 ID:KNTc880s
>>307レスどうもです。
この作風好きだな〜ってプリントアウトしたのをパラパラ捲っていたら
やはり弥生さん支援<Waiting for her>の方でしたか。
御久しぶりです、共に千鶴戦を戦った弥生支援です。なんか妙な運命を感じてしまいました。
このセリオSSや弥生さんSSのように貴方の作品は妙にココロに残るものがあってとても好きです。
トーナメントは終ってしまいましたけど、これからも書き続けてください。ではでは〜
後会スレにあった、
霞さんとどじっこさんの画像から、
二次小説を書いてみました。
『がんばれ、どじっこ!』 全3レス。
「ふえ〜ん、また失敗しちゃいましたぁっ!」
最萌会場リングのあたり、
少し大きめな泣き声が響き渡る。
午後11時から始まる集計の時間の風物詩、
どじっこが集計マシンの操作に失敗して泣き叫ぶ声だ。
「ほらほらっ! 泣き叫ばずにきりきりやる!」
「ふえっ? 霞さん、ごめんなさ〜い!」
しかし、泣き声があがるのも一瞬のこと。
再び集計マシンを操作してゆくどじっこ。
やがて集計は無事終わり、ファイナルアンサーを出して、
今日の仕事は終わりを迎えた。
今日も平和な試合、審議になることもなく、
ほかの集計人たちは笑顔で控室へと戻ってゆくけれど、
ただひとり、どじっこだけは浮かない顔をして歩いていた。
胸には集計マシンを抱えて。
1/3
「それじゃ、おさき!」
「おつかれ〜!」
控室に戻り、軽く挨拶を済ませると、
みんながみんな、それぞれの行動へ移る。
早々に自宅へと戻る者。
次の試合の様子を見に再び会場の中へと戻る者。
そして、表の整理のために控室に残る者など。
いまや、控室に残るのは、最後のまとめをする霞と、
まだ、集計マシンを胸に抱えるどじっこだけだ。
2/3
「霞さん、今日もご迷惑をおかけしてごめんなさい…」
突っ立ったまま、胸にマシンを抱え、小さな声で呟く。
「ん? あぁ、そのことか。気にするな。もう慣れた」
「ええっ!?」
さらりと言う割りにきつい言葉、
どじっこはショックで大きい声を出してしまう。
霞は慣れたように耳をふさいでやり過ごす。
どじっこは落ち着くと、小さな声で呟きだした。
「やっぱりあたしって、どじですよね? どじっこですよね?
みなさんにご迷惑をかけてますよね…」
だんだんとその声は涙声へと変わってゆく。
霞は、やれやれと言う顔をしてどじっこへと近づいてゆく。
「たしかにどじっこだけど、きちんと毎回結果を出しているじゃないか。
更に言えば、そのどじの回数も減っている。みんなも期待してるぞ」
少しの微笑みで霞はどじっこの肩を叩く。
「は、はいっ! がんばりますっ!」
そして、どじっこは集計マシンを所定の場所に戻し、
かばんをかかえて控室の扉を開けた。
「それでは、霞さん、おつかれさまで〜す!」
「あぁ、おつかれ。転ぶなよ」
「は〜い、気をつけま〜す!」
パタン、と言う扉の音とともに、元気な声は遠くなってゆく。
霞はその扉をずっと見続けていた。
優しさにあふれた、その瞳で。
敬称略、ご了承ください
それと、いろいろな意味でごめんなさい。
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317 :
名無しさんだよもん:02/03/11 19:49 ID:Wg3kIf2m
>312
堂々と馴れ合いSSを書いてる馬鹿。
氏ね。
詩子さん氏
>317のような事を言う気はない、と前振りをしておいて。
諫言。
書きたい気持ちは分からなくもない、けれど
流石に感想スレ見ないと訳判らないものは感想スレに投下した方がよいかと・・・。
まぁ、もう流石に書かないだろうけど。
319 :
307:02/03/12 01:02 ID:h5tcEweS
SS雑談許容スレとはいえ、
終了後にやってるとウザがられてしまいそうなので短めに…。
でも、チョトだけ真顔で戯れ言吐かせてつかーさい。
>313
あのときの方でしたか…。
マイナーキャラの良さを引き出せるというのは、支援SSの本懐だと思います。
俺は文章支援の取りまとめをしてましたけど、
あの日の23時間は異常な密度がありました。
個人的にですが、あの試合は特に思い入れが深いです。
試合中はある意味酔ってました(w。酔えた。
こういう二次創作があるんだなってあのときに知りました。
俺もこれでお暇します。あと、このスレに感謝を――。
んでは、どこかのスレでまた。
落ちると困るのでメンテ
321 :
名無しさんだよもん:02/03/14 01:45 ID:5rKaPGmg
>>312 あの〜、確かこの人の茜の小説って浩平との絡みを書いたやつってありましたっけ?
>>321 対みさきさん戦で短いシチュなら書いたけど、小説はないよ。
325 :
321:02/03/16 01:23 ID:XEr9eD18
>>324 ご本人ですか。どうもありがとうございました。
ところで、
>>317の書き込みについてどう思われます?
「氏ね」とまでは言いませんが、あのSSはちょっと・・・と思いました。
いきなりこんな事を書くのは不躾だと思いますが。
サロンウザ
>>325 そーゆーもんかな……
っつーかさ、このスレどーすんの?
自分的には最萌も終わったんだし、このまま放置でええんかと思うけど。
あの程度のSSで噛みつく所をみると、
コテ叩きしたいのか?とかESPしたくなっちまうんだけどw
どうここを利用したいのかサパーリだ…
当たり前だけど上げる奴いるんで一応
答えはsage進行でよろしく〜(というとageる奴……消防みたいだからやめれw
>>325 ほかの人が感謝の言葉を述べているのを見て、
あたしなりの方法で感謝の言葉を述べたまでだけど、
ものがものなだけに、色々言われても仕方ないと思ってるよ。
つか、あんなので喜ぶ奴いるのかね?
俺だったら自分が出演しているSSなんて痛すぎて直視できない。
>>329 止めとき、言うだけムダだよ。
自分の歪んだ愛が必ず受け入れて貰えると信じてるストーカーみたいなものだから。
しかし送られた方も困惑しただろうね。
なまじ最萌で一緒だっただけに無下にも出来ないし。
あたりさわりの無いお礼レスだけ付けとけばいいか…とか思われてたのではと憶測。
SSスレで馴れ合いが問題となり、分裂した時よりも酷い馴れ合いだ。
こりゃたしかに分裂もするわな(藁
a
実質的最下層記念カキコその2
335 :
名無しさんだよもん:02/03/18 03:08 ID:qVHHNMIm
>317
馴れ合い馴れ合いといいながら何もかけない愚か者、春中はお家へカエレ
そういう人が春季限定でしか出没しないんだったら、SSスレは分裂してません。
まあ、馴れ合いの方もほどほどに。
馴れ合い馴れ合いうるさい人々はもしかして、駄スレメンテマンの人々?
もう存在意義の消滅したスレなんだから、書き込まないで天寿を全うさせたれや。
馴れ合う勇気も無くて構ってもらいたいのはよくわかるけどさぁ。(w
>338
オマエモオレモナー
馴れ合うためにはに勇気がいるんだね・・・(w
しずかなこかげで
いまかいまかと
ことりのかえりをまちわびる
さんざん気をもませられ
さあ帰ろうかと思ったそのときに
りりしくもやさしく
さがしもとめていたあの声が
さとの谷にこだまする
そうしゅんの空にこだまする
>340
邦画スレでそのID出せませんかねぇ(w
更に言うなら映画化を望むギャラクシーエンジェルスキーの前とか。
よく見ると下一行が訳分からん発言だ……(;´д`)
あと少しだけ、メンテ
まだ見ていない人のために、メンテ。
>>187-196 緒方理奈引退から2年後の物語。幾つもの終わりと始まりとが、複雑に絡み合ったお話。
計算されたプロットがとても興味深い作品だった。
久しぶりの再会は、和解ではなく、兄妹としての関係の終わり。
ビジネスパートナーとしての再出発を告げるものだった…というものだが、この物語は
それだけではない。
新しい関係に向かおうと決めた二人は、別れ際、ふと思い出の欠片につまずいて、
兄妹の間柄に戻ってしまう。
そして、かくも長き断絶を生む原因となった冬弥…二人にとってはタブーなのだろう…
のことを話題にするのだ。
「冬弥に逢ってみる?」と提案する理奈に、「彼は面白い」と不器用に肯定する英二。
二年の月日がもたらした変化に今更ながら気付いた二人の戸惑いがよく伝わってくる。
ここからがとても素敵で、技術を感じるのだ。
目と目で意志疎通出来る二人は、かつてのように、歌い手と演奏者になる。
でもそれは、兄妹としてではなく、プロ同士のドライな関係を証明するためのテスト。
しかし…そこで英二が選んだのは、兄妹の絆そのものの曲。
離れ行く理奈を音楽で抱擁しようとする英二の気持ちに、理奈は妹として涙を流す…。
この、突き放しては引き戻し、振り解こうとして抱き留め、振り切ったかにみえて振り返り…
という一連の描写が味わい深い。
締めくくりも良い。緒方兄妹の関係は、結局元に戻らないのだ。
ラストの一言は、見交わしただけで通じる親しさを介して目で告げられた、永遠の決別の言葉。
涙にくれながらも、兄のためにではなく、冬弥と自分のために歌うと独立宣言した理奈。
いま、彼女の中心にいるのは、英二ではない。それは、見交わした瞬間、英二にも分かった筈だ。
この再会と別れをミックスにした技ありの構成に、うーん、しびれたにょーっ!
そろそろ、しばしのお別れでしょうか?
思い出をありがとう