「いってきます」
そう言って玄関のドアに手をかける。
開け放ったれたドアの向こうからは、温かな春の陽射しがさしこみ、新たな季節の訪れ
を肌で実感することができた。
久しぶりに袖を通した制服は、なんだかわたしの物じゃないみたいで、なかなか体に馴
染まない。まるで長い間使われなかったことに、制服が怒ってるみたいだった。
わたしは、ずっと学校をお休みしていた。別に学校が嫌いなわけではない。むしろ大好
きなくらいだった。
小高い丘の上にある校舎、教室の窓から見える風景、校門までまっすぐにのびる坂道。
わたしは、それらすべてが大好きだった。
でも、わたしは長く学校を休んでいた。それにはちょっとした理由があった。
制服を着て、久しぶりに歩く通学路。学校に近づくにつれ、わたしと同じ制服を着た生徒
たちが目立つようになる。
真新しい制服に身を包んだ数人の生徒がわたしの横を通り過ぎた。
この春から、わたしと同じ学校に通う新入生。その表情はとても輝いていて、これからの
学校生活に大きな期待を抱いているようだった。
そんな生徒達の中に混じって歩く通学路の途中、わたしはふと、足を止めた。
わたしの目の前にあるのは、まっすぐにのびる長い坂道。少し見上げれば、そこには、
わたしの通う学校の校門が見える。
道の両脇には、満開の花を咲かせたさくらの木々が立ち並び、まるでアーチのように学
校までの道のりを覆っていた。
「はぁ……」
と、わたしは小さなため息をもらした。
そよ風が吹き、さくらの木々がわずかにそよいだ。
「この学校は、好きですか?」
だれに対するでもなく、そうひとり言をつぶやく。
さくらの花びらが風に吹かれ、ひらひらと舞い落ちた。
「わたしはとってもとっても好きです。でも、なにもかも…変わらずにはいられないです。楽
しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ。……ぜんぶ、変わらずにはいられないです」
だれに対するでもない言葉。
舞い散るさくらの花びらにのせるようにして、ただつぶやく。
「それでも、この場所が好きでいられますか?」
風にのったわたしの言葉は、ひらひらと宙をただよい、そして地面に落ちた。
「わたしは……」
「見つければいいだけだろ」
「えっ……?」
突然かけられた言葉に、わたしはおどろいて声の方向に頭をむける。
そこには、わたしと同じ学校の、同じ学年の制服を着た、見知らぬ顔の男の人が立って
いた。
「次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ。あんたの楽しいことや、
うれしいことはひとつだけなのか? 違うだろ」
そう言って、その人は面倒臭さそうに坂道を登り始めた。
次の楽しいこと、次のうれしいこと、わたしにとってのうれしいこと……。
「ほら、いこうぜ」
――なんとなく、わたしもその人のあとに続いて坂道を登った。
まっすぐにのびる、長い、長い坂道。
さくらの花びらは、ひらひらと舞い落ち、長い坂道を絨毯のように彩っていた。
FIN
>>90-92 『Prologue』
クラナドSS一番乗りを目指して急造したSS(というかネタ)です。
しかし、残念ながらその栄誉は、母乳スレの職人さんにとられてしましました。南無〜。