浄土宗・称名念仏第三回

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1名無しさん@京都板じゃないよ
浄土宗と念仏について大いに語れ。

●過去ログ●
浄土宗・称名念仏第一回 http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1101618487/
浄土宗・称名念仏第二回 http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1113414378/
2名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:14:39
で、結局阿弥陀仏はいるの?
”とりあえずいる”ということを前提に話すのではなく、実際にいるの?
”信仰とはそういうもんだ”っていう便利な言葉を使うんじゃなく、科学的に納得できる証明は出来るの?
3名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:18:13
>>2
いないという証明を先にしてください。
訴える側に挙証責任があるのがわが国の法制です。
4名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:21:11
>>3 違う。”いる”とおまいらが言っていることに対して聞いているのだ。
>>2の論法なら、検証責任があるのはそっちだ。

そもそも、”ない”ことを証明することは、悪魔の証明ではないのか?
5:2005/06/28(火) 20:22:44
ごめん。ミス。

× >>2の論法なら
○ >>3の論法なら

嫌がらせで聞いている訳じゃないのよ。
6名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:24:50
>>5
ではお引き取りください。
7名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:26:36
>2
「科学的に納得できる証明」が何を意味(意図)するのか説明せよ。
科学的というのは曖昧すぎる。
8名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:33:14
>>6
「浄土宗と念仏について大いに語れ。」と言いながら、否定系は相手にしてもらえませんか。そうですか。

>>7
「客観的事実によってのみ証明できる命題」です。
意図としては、単純に客観的事実として阿弥陀仏の存在を信じたいのです。
9名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:35:32
>8
客観的事実というのは、人間の五感の対象として認識可能か、五感の対象として認識された事実から推論して実在性が証明できる、という意味ですか?
その意味でいっているならば、実在性の証明は不可能です。
10名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:47:37
阿弥陀:immeasurable or uncountable だよ
11名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:55:10
>>9
そうですか。それは、教典等を通じてのみ、我々はその存在を認識することが出来るということなのでしょうか。

>>10
それも結局、教典等の記述を根拠に無数だ、計り知れないとおっしゃるのでしょうか。


言い忘れ。>>1さん乙。
12名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 20:58:24
>>8
君は信じたいのか?知りたいのか?

信じたいなら客観的事実など求めてはいけない。客観的事実とは信じるものではなくて、あるがまま知るものだ。
知りたいなら阿弥陀仏の存在など信じてはいけない。
13名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 21:13:15
>11
経典等を通して阿弥陀仏についての記述があることのみを知ることができます。
一方、さまざまな体験を通して阿弥陀仏の存在を確信できたと感じることもあります。
その両者を通して阿弥陀仏の存在を信じることもありえます。

しかし、どちらの根拠も他者によって検証してもらえることではありません。
後者については、妄想かもしれませんし、ただの偶然をそう思い込むことがあるかもしれません。
何かの力が働いたとして、それが悪魔の力であることも否定できません。
ひょっとしたら中東起源の宗教の神さまかもしれません。

そうであっても阿弥陀仏の存在を確信したと信じてる限り、その人にとって阿弥陀仏は実在するでしょう。
その確信を通して自己の行為を省み徹底して懴悔し、今の瞬間に生きる力を得ることができれば、
それで十分だと思いますよ。

何が言いたいかというとね、阿弥陀仏の存在を確信したり往生を確信したりするのはいいけれど、
他人に強制したり、ましてや神秘体験みたいなものを引っ張り出してきてやたらとありがたがるのは
カルト街道まっしぐらということ。
14名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 21:40:24
浄土宗の教えや念仏を
子供達に勧めるのはいいことなんだろうか?
子供達にとって生きる力の源になるんだろうか?
浄土宗僧侶は子供達の未来のために何ができるんだろうか?
15名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 21:47:39
>>12
ありがとうございます。ただ、知ったうえで信じることはいけないことなのでしょうか。
阿弥陀仏のことを知って知って知りまくったうえで信心がわくことは、イケナイ事でしょうか。
それでは、”信仰とはそういうもんだ”ってことになりませんか。

>>13
ありがとう。変なヤツに丁寧で冷静なレス、感謝してます。
結局”そういうもんなんだ”と、思いこむしかないのでしょうか。
阿弥陀仏を客観的にみつめることは、受け売りの文章でいうならば、
正確に時を刻む時計を分解するような行為でしかないということなのでしょうか。
16名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/28(火) 21:56:47
>>15
阿弥陀様を客観的にみつめようとトライしていいんじゃないかな?
でも、
行き着くところは梵網の世界に驚嘆して帰依と感謝の気持ちで
自然に念仏を頂けるようになると思うよ。
17愚者ぐしゃ:2005/06/28(火) 23:42:17
なんか、活気づいてきましたので、このコテのアイデンティティを消費してしまう
つもりで参加しましょうか。
私は前スレの984で

>>983
のおっしゃっていることは「浄土門=万人が実行でき救済される」というそもそも
の精神に反しているように私には思えます。
983さんは僧侶でしょうか? 少なくとも浄土宗の僧侶の方だとしたら私は自分の
見解を相当修正しなければならない気がしております。

と言ったものです。

信仰における「神(に相当する者)の実在」はいつでもどこでも問題になりますが、
浄土宗における阿弥陀如来の実在ほど所謂「証明」のむずかしいものは(私の知る
かぎり)ないという気がします。たとえば一神教の神ヤーヴェはときどき実際の歴史
の段階に現れて預言者を通じて物理的な現象を起こしたりしていますが(十戒など)
阿弥陀仏が歴史において何かを行ったという記録すらありません(無量寿経に
歴史的なモデルがあるという話も今のところ聞いたことがない気がしますし)。

だからこそ、阿弥陀信仰というのは「信仰」というものの本質を象徴している気がします。
このスレで問題になっている「存在の証明」などというものたとえばヤーヴェについても
誰についても成り立ちはしない、と思います。
私はキリスト者でもありませんが『法然〜イエスの面影をしのばせる人』(井上洋治)など
を読むと、信仰に神の証明など必要ないということが明らかだと思っています。
18愚者ぐしゃ:2005/06/28(火) 23:46:04
>>14
またすごいことを問うていますね。
ほんとうに浅学な私ですが、なんとなく、そんなふうに方法論的に
問うていくと浄土真宗の過激派みたいになっていくような印象を受けます。

どんな宗教でも長い歴史のあるものなら伝統と方法論の蓄積がある
それを運用していくのは各宗教の僧侶・司祭の実力次第ではないでしょうか。
その伝統を運用できなくなった時がその宗教の滅びる時でしょう。

こんなエラそうなこと言ってると、愚者ぐしゃはそう長く存在できないかな・・・。

19名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 00:04:52
>17
善導大師は弥陀の化身だよ。
阿弥陀は「二祖対面」を通じて我々日本人の歴史に関与してる。
20愚者ぐしゃ:2005/06/29(水) 00:07:56
>>19
その通りですね。失礼いたしました。
ただ、善導大師という歴史的に実在の確かな人物と超越的存在との
排中律を乗りこえてしまうと、さらに信仰を要求される気はしますが・・・。

21けちゃっぷ:2005/06/29(水) 00:13:47
>14 念仏を称えると、あっちこっちに飛んでいた心が念仏に戻ってきます。心が阿弥陀仏の前に瞬間移動します。
空や四諦などを理解していない子供でも、念仏するだけで心が仏に向きます。阿弥陀仏に観られている自分が瞬間的に想定されます。
阿弥陀仏に自分はどう観られているのかと想うことは、自分の内面を観察することです。そういう子供は、キレかけてもいち早くブレーキがかかると思います。
社会心理学では、人は鏡があるところでは不正をする確率が下がるといいます。鏡によってフッとわれに帰って、魔が差すのを防ぐのです。
22名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 00:17:10
>>21
とてもよい考え方ですね。
浄土宗(的)な考えの「ひとつ」ととってよいのでしょうか?
それとも多分にけちゃっぷ師の個人的見解でしょうか?
23けちゃっぷ:2005/06/29(水) 00:26:41
>>22 個人的見解です。
しかし、思想として理解するだけじゃなくて実際に念仏をしている人なら、なんとなく共感してもらえると思います。
24名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 08:59:56
それではお待たせいたしました。
渡海難さん! どうぞ、ご入場お願いいたします!
25名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 10:41:17
>>15
証明できないものは信じれないなら、一生信仰は無理だと思いますよ。
26愚者ぐしゃ:2005/06/29(水) 10:57:39
前スレで「煩悩がなければ科学的思考に基づいて行動できる」という問題がありましたが、
あれを続けてほしい気がします。
いや「煩悩を抑えられれば」の方がいいでしょうか。

そこに「科学的思考」「理性的思考」と「信仰に基づいた思考」の差、つまり宗教的思考の
本質や価値が見えてくる気がするのですが。

「証明」とは「存在を納得させること」「存在するとということを<誰にでも>納得させることでしょう」
この場合<誰にでも>とは「信仰のないもの」のことを意味すると思われます。

「まったく信仰を持とうとも思わないもの」つまり、簡単に象徴すれば「別の信仰をもって
いるもの」にまで「存在を納得させられれば」それはもう、「科学的事実」ということになる
でしょう。
たとえば、「善導大師の存在」や「法然上人の存在」でしょう。
しかし、思うのですが、このレベルの「存在証明」は「信仰の最終的な拠り所」にはならない
と思っています。つまり、信仰で掬い取ろう、救い取ろう、掬いとってほしい、救いとってほしい
問題は「科学的に証明されるレベルの存在で構成される現実」を超えていることが多いと
思われるからです。

代表的なものは「死後の世界」についてでしょう。
このような問題には「超越的存在」の存在なしには思考不能で、ここに信仰の本質があらわれてきます。

だから信仰の最終根拠には所謂「科学的証明」は必要ない、と言っていいのではないでしょうか。

27愚者ぐしゃ:2005/06/29(水) 11:04:07
キリストの存在の事実はまだ確認されたとはいえなさそうですが、いつかは証明される
可能性があります。
しかし、ヤーウェの存在証明など絶対にありえないことは言うまでもありません(天地創造の神ですからね)。

阿弥陀如来の存在もまったく同じではないでしょうか。

なお、私はやたらとキリスト教を引いてくるのは、浄土宗というのは仏教の他派よりもキリスト教に
学ぶところが多いのではないか、という気がしているからです。
もちろん、たとえば涅槃の状態をあらわすタームなどは仏教のものを使う方が体系化されていて
便利だと思いますが、多くの点で聖道門の他宗派を補完(批判とはいいません)しようとして生まれて
きた「宗派」いや「宗教」ではないかと思うからです。

ここからは単なる推測ですが、だからこそ、誰かの思いつきでなく「知恵第一」の法然上人の数十年
に渡る思索から生まれてきた意義が大きいと考えています。

28けちゃっぷ:2005/06/29(水) 12:23:02
>>25 たとえば、脳死を人の死だと「みなす」かどうかは、人それぞれの価値観によるものであって、証明云々より信仰に近いでしょう。
「死」という概念自体がもともと「空」です。その人が「死」だと想っているコトが、その人にとって「死」なのです。阿弥陀仏も、その人が「阿弥陀仏」だと想ったコトが、即ちその人にとって「阿弥陀仏」です。
モノではなくコトの問題です。
病気になった時など、転重軽受という考え方ができます。「本来はもっと重い病のはずが、仏のおかげでこの程度で済んだ。ありがたいコトだなぁ。」と「みなす」のです。
29けちゃっぷ:2005/06/29(水) 12:32:53
コトというのは、そのコトに名前をつけるとどんどん新しいコトが生まれます。
たとえば今日を「阿弥陀仏記念日」と名付ければ、僕にとって「阿弥陀仏記念日を過ごした」というコトは現実の体験となります。
「西方極楽浄土に実在する阿弥陀の記念日」と名付ければ、「西方極楽浄土に実在する阿弥陀の記念日」が現実に生まれます。
その記念日の名前をじゅげむじゅげむみたいにたくさんつけ加えて、お経1冊分の長い長い名前になったら、その長い長いお経で呼ばれるその記念日は、現実に存在する記念日ですよね。
赤い彗星のシャアは人間であって本当に彗星ではないけれども、赤い彗星と呼ぶことで、その強さを連想させます。
30けちゃっぷ:2005/06/29(水) 12:33:53
僕は自分の人生を、「念仏したので往生決定した人生」と名付けます。
31名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 12:37:35
>>30
>僕は自分の人生を、「念仏したので往生決定した人生」と名付けます。

だからお前はカルトだというのだよ。
32けちゃっぷ:2005/06/29(水) 12:52:13
>>31 カルトでもカルトでなくても、念仏すれば往生できます。だからどっちでもいいのです。
まぁしかし、人間、どっちでもいいことであれば、人の頼みを聞きますし、人がいやがることをわざわざする必要もありません。
隣の席で食事してる人に「すみません、コショウとってもらえますか。」と頼まれたら、「はい、どうぞ」とためらわずに取ってあげます。
コショウを取ってあげてもあげなくても、僕には損も得もない、どっちでもいいのです。
どっちでもいい場合、頼まれたことをわざわざ断るはずがありません。どっちでもいいと思えない執着や打算があるとき、はじめて断るのです。
だから、どっちでも往生できると信じる人が悪に走るんじゃないかと思うのは、まちがいです。どっちでもいいなら、わざわざ法律を破ったり、人を悲しませるような罪をわざわざ犯す必要がないから。
33けちゃっぷ:2005/06/29(水) 12:57:23
凡夫が罪を犯してしまうのは、どっちでも往生できることに甘えているのではない。むしろ、「どっちでも往生できる」という信仰に撤してないから、罪を犯す。
罪を犯したことに気付き反省するなら、「どっちでも往生できるじゃないか。わざわざ罪を犯す必要ないじゃないか」と思って、念仏するべきです。
34愚者ぐしゃ:2005/06/29(水) 13:40:44
けちゃっぷ師は携帯だそうなので、感想を完結に三点。
1.「死が空である」というのは「空」について大変よくわかる例えでした。エピクロスの例を思い出しました。
2.「どっちでもよければ悪を犯さない」というのは一般的には理解されにくいでしょう。まず煩悩を排したものの
見方に慣れていませんので。「人に頼まれてただで動いたら損じゃん」という○○(適当な用語がありそうです
が思いつきません)まみれの心の人が多いですから・・・執着、かな?
3.これは自論ですが、いきなり悟ると(たいてい似非ですが)「自転車からチェーンを外したような」状態に
なって、楽だけど前に進まない、という感じになる気がします。煩悩を生きる意欲に変えるという考えかたも
あるでしょう。

浄土宗の中ではけちゃっぷさんが代表的な印象をこのスレでは受けています。異論があればどんどん
聞きたいです。なにしろ無知ですので。

35名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 13:41:59
>>32
脳検査受けてください。双方向対話が全く成立していませんよ。
往生決定のお人よ。プゲラ。
36名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 15:07:50
奉請渡海難入道場散華楽
奉請電波男入道場散華楽
奉請化茶腐入道場散華楽
37名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 18:24:53
>>34 読むのには支障ありませんが、お気遣い大謝。
念仏者は仏教徒であるという前提で考えるなら、基本的には善をめざすのではないでしょうか。
38名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/29(水) 18:30:47
頭のおかしな人には気をつけましょう

利用者が増えるに従って、頭のおかしな人もそれなりに出没するようになって来ています。
頭のおかしな人に関わるとなにかと面倒なことが起こる可能性があるので、注意しましょう。


頭のおかしな人の判定基準

・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人
 他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど
 無茶をし始めるので見かけたら放置してください。

・根拠もなく、他人を卑下したり、差別したりする人、自分で自分を褒める人
 他人を卑下することで自分を慰めようとする人です。実生活で他人に褒めてもらう機会がないが
 プライドだけは高いとか、匿名の掲示板しか話し相手のいない人です。可哀想なので放置してください。

・自分の感情だけ書く人
「〜〜がムカツク」とか自分の感情を掲示板に書くことに意味があると思っている人です。
何がどのようにムカツクのか論理的に書いてあれば、他人が読んでも意味のある文章になりますが、
そういった論理的思考の出来ない人です。もうちょっと賢くなるまでは放置してあげてください。
39愚者ぐしゃ:2005/06/29(水) 18:43:29
>>37
コショウの例ですが、私自身はこう考えています。
とりあえず私は仏教の本質を「空」にあると解釈しております(現時点で)。「空」の悟りに近づけば
自分とか他人とかに関する執着もなくなるので、「コショウがほしい人がいる」と感じればコショウを取って
あげることは、まるで自分の頭が考えて自分の右手が動くように自然にできるようになるのではないかと。
以前、サービス業をやっていて、お客さまの要求を感じて先に動くよう訓練していると、別にお客さまでなく
てもなんとなく要求がわかるようになりました。その時「別にお金もらってないし」という執着(コトバが違う
かなあ・・・)がなければ自然と人のために動けるようになるわけで。当然「悪」は人の望まないところですから
自分の右手が自分の首をしめることがないように、たとえしめても絶対に殺すことはできないように、自然に
「悪」をなさなくなるのではないかと思います。

仏教はどの宗派もこの境地に近づこうとするのもで、その方法が色々あるだけではないでしょうか? 念仏
を唱えることも、公案をもって座ることも、ただ座ることも、自分を仏と前提にすることも、経文の例え話を理解
することも、自分の無力さを常に自覚することも、すべて「空」にいたる道ではないかと。
40名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 01:02:08
もしオレが浄土宗の僧侶でなければ、
仏典という古代の伝説とスターウォーズという現代の伝説の違いについて
素朴に疑問をもつだろうな。
仏典のメイキングレコードが無いということに尊き奥深さがあると、
僧侶だから思うのは悲しいサガか?
41名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 08:10:21
>>40
もう少し詳しく。
42けちゃっぷ:2005/06/30(木) 12:27:04
>>39 仏教はすべて四諦説だと思います。空を説くのも、それが苦を消すのに有効だからでしょう。
特に重要なのは、感情が空であるということ。
お金は空だとわかっていても、お金が減った時にその事実を変えることはできません。
しかし、お金が減ったという事実に対してどう感じるのかは、心の問題なので、変えることができます。
43けちゃっぷ:2005/06/30(木) 12:33:46
小遣い減ったので節約せねばならないという事実は変わらなくても、それに対して感情がどう動くかによって、平安な日常生活をおくれたりおくれなかったりします。
44名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 16:54:23

仏典と言って権威づけて有り難がったり拝んだりしているけど、実際のところ現代のスターウォーズあたりとなんら変わりない。

スターウォーズは熱狂的なファンや微に入り細に入った分析家がたくさんいるみけれども、所詮は人の手なるスペースオペラ。

たくさんの注釈家や信奉者にまつりあげられてる仏典も誰かが考えて作り上げたおとぎ話、ファンタジー。

その『誰か』がどんな人たちで『どういう風に作ったか』がはっきりとは分からないから神秘性が保たれているに過ぎない。
45名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 17:25:10
>>44 たとえ物語でも、みんながもれなく救われてほしい…という阿弥陀仏の慈悲に共感することが重要でしょう。
46名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 17:27:06
教育テレビの子供向け道徳ドラマや、金八先生なんかも、架空の物語ですが、共感しながら観ることで色々学べます。
47愚者ぐしゃ:2005/06/30(木) 17:59:55
>>44
筋が通った意見のようですが、「誰が作ったかわからないから神秘性が保たれている」なんて
根拠で何百年も生き残ってこれるとは思えませんね。スターウォーズも経典も全部読んだわけ
ではないから断言はできませんが、スターウォーズを読んで心から救われる人がいるとはとても
思えないです。「スカッとした」「おれもジェダイをめざして頑張りたいと思った」くらいのことはある
でしょうが、そんなことはどんな物語にもあることでしょう。

仏教の経典は「どういう風に作ったか」は難しいでしょうが、「どんな人たちが作ったか」はかなり
わかってるのではないでしょうか。たとえば「観無量寿経」にはサンスクリット語のものもウィグル
語のものすら発見がないようですから、かなり後代に作られたもので、釈迦牟尼仏が説いたと
いうことはない、つまりフィクションでしょう。しかし、それを作った人たちは釈迦牟尼から始まった
思想をどういう風に説明すれば今(当時)生きている人がより良く生きていけるか、を考えた人たち
でしょう。

スターウォースがあまり好きでないからかも知れませんが、いくらなんでもこのふたつを同等に
見ては仏典が可哀相ではないかと思います。じゃあ金八先生ならいいのかといえば、まあ人を
救うために書かれたというのは事実でしょうが、視聴率や放送コードがなかった分だけでも経典
の方が密度は高いに決まっています。

それが何百年、何千年の風雪に耐えた意味を考えるのが仏教者であり、僧侶のつとめではない
でしょうか。44さんは40さんとは別人物のようですが、あまりに皮相な理解に読めます。

48愚者ぐしゃ:2005/06/30(木) 18:10:16
>>43
むずかしいのは「執着をなくした状態」のバランスでしょうね。出家者が完全にお金に執着しなく
なれば大変な成果ですが、一家の主がとつぜんお金を欲しがらなくなったらそれで家庭が維持
できるかむずかしいところですね。その時は家族全員が「そうだね、食べるものだけあればいい
よね」と共感してくれれば素晴らしいのですが。
そういう状態を「素晴らしい」と感じられない、感じてはいけないと圧力がかかるのが現代でしょうね。
凄いヘンなことを言い出すと、「空」を悟ればお金を儲けることもできるようになると思ってるんですよ。
たとえば株のトレードなんていうのは、失敗するのは必ず「欲をだして判断を誤る」からだといわれます。
ただ、本当に執着をなくした状態で金を儲けはじめたら、いつまでその状態が保てるか疑問ですしね。

49名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 18:11:55
観無量寿経の「観」を、「イマジン」と解釈してみるのはどうだろう?
ジョン・レノンのイマジン。「想像してごらん。地獄も天国もないと。」みたいな感じで、「想像してみよう、阿弥陀という仏がいて、誰でももれなく救ってくれるとしたら、どんなにすばらしいでしょう!」
50名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 18:16:58
>>49
「想像してごらん、父は子を憎んでないと、子も父をキライでなかったと、すべては光に包まれていると
想像してごら、方法はかんたんさ、夕日を見て、水を見て、世界は美しいと感じるんだ・・・・」
You may say I'm a dreamar But I'm not the only one I hope someday you'll join us And the world will live as one♪

・・・・・それが「観無量寿経」

51名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 18:20:29
浄土三部経の現代語訳はどれがいいの?
52名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 18:23:00
>>51
それに答えられる人がここにいるかな・・・(とケンカを売る)。
私はとりあえず講談社の『浄土仏教の思想』のシリーズで全体像を学びました。
53名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 19:00:18
>51
浄土三部経というからには『無量寿経』は(伝)康僧鎧訳、『阿弥陀経』は鳩摩羅什訳からの現代国語訳でいいね。

はっきりいって、語学的にまともな訳は皆無。
箸にも棒にもかからないのが殆どだわ。

多少ともましなのは藤田宏達先生の訳。安居の講録を刷りなおしたやつだが、今では入手しにくいよ。
手軽に安価で入手できるのは本願寺出版社の『浄土三部経』。

『無量寿経』は漢訳一本ではとても読みきれる代物ではないので、どうしても注釈者にたよらないといけなくなってくるので、
宗派色がでてしまっています。浄土宗と本願寺系では読み方が違うところがありますので要注意。

浄土宗総合研究所が現代語訳を作っているが(教化研究に一部掲載済)、訳出の方針がはっきりしないところがあるので、
ある程度自分で読みこなせる人でないと參考にならないかもしれないな。
54名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 19:05:25
>>51
この辺か?
浄土宗総合研究所
ttp://www.jsri.jp/kyoka/kyoka15/index.htm

真宗ですが。
何で 何で ナモ なの
ttp://www2.saganet.ne.jp/namo/index3.htm
55名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 19:10:48
>47
スターウォーズも伝説、経典も伝説、どっちも伝説に違いないだろう?
キーワードは「伝説であるということ」
そりゃ、経典は崇められ、スターウォーズは楽しむものだけど。
我々の集団的無意識に語りかけるものには間違いない。
「伝説」ってバカにできない。
奥が深い。ユング心理学とか読んでるとホントそう思う。
Old Wise man 経典では勿論、釈尊。スターウォーズでは、ヨ−ダ。
Hero 三部経では。阿弥陀様(法蔵菩薩)。スターウォーズでは、ルーク。
何て見方もできる。
56名無しさん@京都板じゃないよ:2005/06/30(木) 20:14:38
索強付会
57愚者ぐしゃ:2005/06/30(木) 20:40:57
>>55
スターウォーズがお好きなら申し訳ない。六作ちゃんと見てない人間が
いうべきではありませんでした。
ただ、私はスターウォーズはアメリカ人の歴史コンプレックスの作り出した
伝説と見ていて、ちゃんとイラク戦争が正当化されるような構造を持ってい
るのではないかと心配しています。世界を善と悪に分けすぎている気も
します(善が悪に転化したり戻るあたりは西部劇の時代よりはずいぶん
進歩したようですが)。
ふむ、それこそ、「ジェダイ=時代劇」とか「阿弥陀ラ女王」にいたるまで、
アメリカ人がその単純さを反省して作ろうとした伝説という見方もできる
かもしれませんね。もう一度そういう目で見直してみます。
58名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 00:28:35
>57
っていうか、ユング心理学の本を1冊でも読んでみたら?
59愚者ぐしゃ:2005/07/01(金) 00:35:05
『ヨブへの答え』を読みました。
神話を現代人の心理から分析するのは相当無理がある感じがしましたけどね。
60名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 00:58:14
>59
そっか共感がなかったんだ。そんじゃ、お手上げ。
「ヨブへの答え」は専門的すぎるかも、
ユング心理学の元型的心理構造の見方だけ知る程度で十分でしょ。
61名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 02:54:49
>>58
ユング心理学はもう完全に死んでいますが?
62名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 04:27:35
>>61
そんな智者の振る舞いをして。ははは。
63愚者ぐしゃ:2005/07/01(金) 06:18:59
>>60
信仰の問題をユングで理解する、というのはそれでも意外と新鮮に感じますね。
あれだけ曼陀羅曼陀羅いってるのに、仏教者がユングの話をしているのをあまり
聞かない。でもそれは、当然仏教の方が豊かな学問体系だからでしょう。
でも、「助業」として心理学を勉強するのは悪いことではないでしょう。ただ、玄侑宗久師
のように物理学との「うまい接点」を見つける方が有効なのでは? と思います。心理学
は自然科学ほどに説得力のある学問ではまだありませんからね。
逆に聞きたいのはたとえば経典をユング的に解釈してそれが一般に対して説得力を
高めるのか? ということでしょう。

ユングはシンクロニシティというものを重要視しました。仏教でいえば「縁」というものが
非常にわかりやすい形で実現したもので、これを利用すると非常に治療がすすんだと
いうことで、たとえば人がなくなった時刻に「知らせ」があったとか、葬儀の時に突然雨
がふったとか、そういうことを「意味づける」感性は僧侶にとっても非常に大切な資質だ
とは思います。ユングが宗教者になっていたら、一宗を成すほどの才能だっでしょうね。

64名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 08:18:51
学問の種類を問わず、
学べるものは大いに学んで行くのが僧侶の本来の姿勢でしょうね。
65けちゃっぷ:2005/07/01(金) 08:25:00
無理に物理学とかに近付けようとしてもボロがでて、かえって信じられなくなるかもしれません。
まったく別のものだと思ったほうがいい。だいたい、他の浄土や天で裟婆世界の物理学が通用するかも、わかりませんしね。
66名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 08:49:51
>65
でも、
自然界についての科学的知見は有意義だ。
視野が広がる。
できれば僧侶も身に付けたい教養だね。
同じようなこと前にも書いたな。
67愚者ぐしゃ:2005/07/01(金) 09:33:49
>>65
物理学の方が客観性をもっている、という見解とみましたよ。
あまり引用すると支持者のように思われそうですが玄侑師の場合は
「人間が死ぬと体重が減る(らしい)、その減った重みがエネルギーに転換して
往生するのではないか」というハッキリいえばムチャクチャな理屈で接点を
つけたのです。
ただ、その方が自分の思想(信心)を説明するのに便利だったのでしょう。
さらにいえば『アミターバ』は浄土宗の僧侶という設定にしていながら、そして
死後の世界を確信させるように書きながら、よく読むと「死後」の世界には一歩
も踏み出していないんです。けっきょ「現世をどう生きるか」という禅宗のテーマ
にみごとに合致しています。

浄土宗としては、「三経を踏み台にした!」と怒ってジェットストリームアタックを
かけるべきところでしょう。
68愚者ぐしゃ:2005/07/01(金) 09:52:24
たとえば、このスレの最初の方に出てきた
「阿弥陀仏の存在を科学的に証明してくれ」という人が「信じたい」と思った場合、
ムチャクチャな理屈でも物理学を援用すると信じられる度合いが強くなるでしょうね。
ただ、そうして度合いがあがっていくのと「確信する」つまり「存在を認める」とは
どこかで一線を画すると思います。
信じる度合いがあがっていく、というよりは、「信じたい」ことを諦めるまでの期間が
延長される感じでしょうか。

かといって、かならずしも緞帳があがるように「確信」があるのかどうか、それは私にもわかりません。
私の場合、必ずしも阿弥陀仏を信心しようと思っていなかったのですが、ある日夕日を
見て「存在を確信しなくてはならない何か」を感じたように思うのです。そしてその「存在」は
やはりたとえば宇宙にロケットを飛ばして火星の裏側で阿弥陀仏の足跡を発見するよう
にはいかないと思います。繰り返しておけば、その確信の前には「空」の認識が先行すると
思っています。

念仏を唱えることは一種の「ワープ航法」ではないかな、と思っているところです。
69けちゃっぷ:2005/07/01(金) 12:36:02
阿弥陀仏を信じるのが難しい人は、念仏という行を信じることから入るのも手だと思います。
阿弥陀仏が実在するかどうかはわからないけれど、口で称える修行には効果があるのだろう…というところから入ってもいい。
往生で体重が減るとかって、物質的なタマシイを認めることになりかねないので、危険な気がします。
赤信号が青信号に変わっても、信号機の重さは変わりません。しかし通行人の心にはちゃんと「進め」という情報が伝わりますよね。
「あなたを兄貴分だと思います」「おまえを弟分だと思う」と情報を交わせば、血はつながってなくても「兄弟」という関係が一瞬で出現します。
往生ってこういうものかも。
裟婆の衆生と浄土の修行者が、因果関係で結ばれたよ、という情報が発生する。そうすると、物質の移動はなくても往生は成立する。
70けちゃっぷ:2005/07/01(金) 12:47:33
極楽の無数の菩薩の中には、すでに(阿弥陀仏が成仏した時から)「私は地球の念仏者けちゃっぷの生まれかわりだ」と思っているマヨネーズ菩薩もいる。
しかし、けちゃっぷが「僕は念仏で往生してマヨネーズ菩薩に成るんだ」と気付かないと、けちゃっぷ→マヨネーズ菩薩の往生は完成しない。
極楽の菩薩の側から裟婆の衆生達への片思いは、もう存在しているのです。あとは衆生のほうも念仏すれば、両思い(往生)は完成します。
71名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 14:38:19
何百年、何千年のあいだ積もりに積もった風雪が大事ならば、釈尊はヴェーダ聖典の祭式・崇拝から一歩もお出にならなかったであろう。
72名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 18:30:47
>>71
だから、みんな「仏」になるというのを「新しい釈尊になる」というふうに考えて修行すればいいのだ。

「ジャクソン」は無罪だったし(←バチあたり)
73名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/01(金) 22:48:42
浄土宗のお坊さん(けちゃっぷさんも含めて)に質問。
長崎県にアンデルセンという喫茶店がある
そこのマスターが超能力?を披露してるそうだが、
行ったことがある人いますか?
どんな感想持ちました?

昨日フジテレビで
セロというマジシャンの番組がやっていた。
路上で魔法円を描き、通りすがりの女性を宙に浮かせたり、
ハンバーガーショップ玄関のメニュー立看板の写真からハンバーガーを
取り出して食ったり、戻したり。
ガラス板のテーブルで瓶状の塩入れを貫通させたりしてた。
見た人いますか?
どうも仕掛けのあるマジックに見えなかった。

経典には神通力がよくでてくるが、
実際に起きていた現象なんだろうな。
74けちゃっぷ:2005/07/02(土) 07:22:08
セロの番組観ました。
破れた障子に手をあてて治すのとか、ガラスを物が透りぬけたり、透りぬける途中でガラスの中にコインが入ってしまったり、すごいですね。
まぁマジックって言ってるのだから、VTR自体がヤラセでも詐欺にはならないけど。
超能力はある程度信じています。
75名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 08:28:12
けちゃっぷさん。レスありがとう。

セロは「信じる力(believe)」の大きさを強く主張してました。

法然上人の直弟子法力坊蓮生(熊谷直実)は
念仏で蓮の花を出現させたという話がありますが、
深く強い信心はそういうことを可能にさせるんですかね?

セロがどういう心の持ち主で、どういう心の有り様の時、
500円コインをガラスの中に入れることができるのか、
知りたいものです。

76一宗教師:2005/07/02(土) 10:12:09
話が危ない方向に流れてますので一言。
超能力なんてあろうとなかろうとどうでもいいこと。
要はお念仏を申すだけ。
直実が蓮をだしたかどうかだって、どっちでもいいじゃん。そんなにありがたがることではない。
そんなことに目が行ってお念仏がおろそかになるなら、害毒じゃないの?
>75 は何を求めているの?
77名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 10:29:20
>76
視野が狭いオッさん
78名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 11:52:15
>>77
でも、超能力が好きなら、浄土宗より、阿含宗の方がいいよ。
79名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 12:50:07
念仏者にとってどうでもいいと思われていたなら、真偽はともかくとしてそういう出来事が書かれて残されてきたということ
自体があり得ない。人の関心の的だったからこそ、奇跡・奇瑞・神通のたぐいの記録が残されたのだ。
念ずれば花開くの言葉、まことに至言なるかな。
80名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 13:11:54
信じる心と耐えられる苦しみの量は比例するそうです
だから、信じる心が強ければ、それだけ苦しい事もやり通せるわけで
生きていくうえで信じる心はやはり大事だと思います。
しかし、苦しみから逃れたいと言うのが一般の凡夫の望みで
苦しみに耐えられるようになりたいと願えるなら凡夫ではなく聖人に近いでしょう
とは言え、現実世界は苦しみに耐えなければならない世界であったりします
逃れる事はなかなか難しい
そこで「苦しみから逃れられますよ〜〜」と信心を勧める
結果、信心が強くなる>いつの間にか苦しみに耐えられるようになる
という面もあるように思います。(残念な事にこの部分が今カルトに利用されてるわけだが・・)
蓮を咲かせる事も極楽浄土も信心を勧める手段であって
信心を得ればどうでもよいことではないでしょうか?
只々生きて往くだけです
て浄土宗の教義と関係ないこと書くとまたカルト認定されそうだなw
過去にここになんか書くたびにカルト認定を受ける一在家の意見でした〜
81けちゃっぷ:2005/07/02(土) 13:12:52
>>79 「うわ、すげーっ!」という出来事があれば、語り継がれるのは自然だと思います。
しかし、往生には関係ない。仏教は超能力開発が目的ではないですしね。あくまでオマケです。
超能力ではないけど、運転してて眠くなったり注意力が低下してきた時に、口と頭で念仏を高速でとなえると、意識がはっきりしてきます。
本来の念仏の目的ではないけれど、便利なのでときどき使ってます。
82名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 14:10:14
>79
関心を持つ人は持つのでしょうね。でも、関心を持つ人がいるからといって、有益、正しいこと、であるとは限らないね。

>80
その通りだと思うよ。問題になるのは
>(残念な事にこの部分が今カルトに利用されてるわけだが・・)
というところ。本筋とは関係のない部分というのは使い方によって毒にも薬にもなる。
むしろ超能力や奇蹟なるものは、毒になる場合が多い。それどころか意図的に悪用して人を惑わすやからがおおいし、
正邪の区別もつけにくい。それならば、むしろ害毒として切って捨てた方が世のため人のためだ。
83一宗教師:2005/07/02(土) 14:10:45
>82 は私。コテつけ忘れ。
84名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 16:32:03
>>76
視野が狭いというのであれば、あんたは超能力を使えるんだな?

>>78
法力合戦で決着つけようという電波の阿含宗に対する提案があった。
阿含宗のゲイカ含めて逃げ回っていることを知っていますか?
85名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 19:34:14
けちゃっぷくんは、伝宗伝戒を受けて5年ぐらいだったかな?
ある意味大したもんだ。
70、80の坊さんになった頃、どんな念仏者になってるか
楽しみだ。
86名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 21:30:25
おれは、けちゃっぷくんのような、
一所懸命なヤツは好きだがね
87名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/02(土) 22:29:23
聖号
けちゃっぷくんがいるから、
このスレッドに燃料が補給できるんだよね
けちゃっぷくんのお蔭でいろんな話ができる
有意義 有意義 
88愚者ぐしゃ:2005/07/02(土) 22:45:38
私にはけちゃっぷ師はずいぶん正当な浄土教徒にみえるんですけどね・・・。
89けちゃっぷ:2005/07/03(日) 00:40:56
燃料投下しろって催促ですか
9078:2005/07/03(日) 04:42:01
>>84
別に阿含宗が本当に超能力を使えると思ってるワケじゃないよ。ただ、そういうものを
求めているのならそれに答えるのはあそこじゃないかと。
ちなみにむかしゲイカの本を読んで手印を毎日熱心に切っていたら、なんか性欲がもりもり増進したんで
効き目はあるんだなあ、と思ったぞ。途中でやめちゃったけど。
91名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/03(日) 08:00:41
>>89
普通にもっと話を聞かせてくださいってことです。
92けちゃっぷ:2005/07/03(日) 11:53:27
僕もかなり勉強になってます。
93愚者ぐしゃ:2005/07/03(日) 18:00:26
たとえば浄土宗の方は、法蔵比丘が「生きていた」のはいつごろのイメージなんでしょうか?
それとも、いわゆる歴史の軸にはのっていないのでしょうか?
94名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/03(日) 18:11:08
>>93
めっさ昔
95けちゃっぷ:2005/07/03(日) 19:11:26
>>94 めちゃくちゃむかしでしょうね。
玄侑さんの小説で、成仏とは死んだ人の肉体がこっぱ微塵になって宇宙にバラバラに散らばることだ…みたいな内容がありました。
それと、極楽までの距離を計算し、49日でそこまでたどりつける速度を計算すると、ちょうど光速になるとも。
まぁ信憑性は別として、おもろいです。
で、思ったのですが、人間サイズの法蔵菩薩を構成する物質がバラバラに宇宙に散らばって、その範囲がお経にあるサイズに及ぶ時間は、修行してたのかな。
96けちゃっぷ:2005/07/03(日) 19:32:27
法蔵菩薩のいた世界(世自在王仏の浄土)は我々の宇宙ではないので、想像できませんね。
サイズも全然ちがうかもしれない。法蔵菩薩から見たら、我々は素粒子みたいに小さいかも。
97名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/03(日) 19:41:17
なんか
『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)みたいな展開っスね。
98名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/03(日) 23:51:42
経典のファンタジー感を楽しんでる最中悪いんだが。
オレは葬儀社で葬儀をやると、空しさと悲しさがこみあげてくるんだ。
葬儀産業に組み込まれている坊主って感じで。
みんなは、そんな心境にならないかい?
99名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 00:43:11
儀式っていうのは空しいもんだからね。
100名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 00:46:57
>>98
部外者がよけいなこというけど、その「産業構造」に宗教を介入させてくれるのはお坊さんしかいないんだよ。
頑張ってくれよ。
101名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 00:47:12
>>98
なる!なる!
葬式仏教そのものや。葬儀屋の雇われ坊主に見られそう。
社葬以外は自宅で葬儀したらええのに。
病院や施設に長年いた老人は特に家から出棺してあげてほしい。
枕経の間しか自宅に帰れないなんてかわいそう。
102名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 01:23:03
いやあ、東京周辺では枕経もないとこがほとんどですよ。
だから、ほんとうに、病院 → ソーギ屋ホール → 焼き場で、下手すりゃ病院から
家へ帰れるのは、繰り上げ初七日が終わからというのが殆ど。
なんか構造的におかしいよ。
103102だす:2005/07/04(月) 01:25:05
訂正、上記102
(誤)終わからというのが
(正)終わってからというのが

ひつれえしますた。
104名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 02:07:39
『仏教・キリスト教 死に方・生き方』の中に、延命を重んじるあまり
せっかく家族が全員集まったのに面会もできないで(意識もあったのに!)
死んでから通知だけが来た、というヒドイものがあった。
ヒドイのだが、医学の立場からは何の意味もなくても「一秒でも延命すること」
が至上命題になっている。
僧侶が「家へ帰らせてあげましょう」などといえるタイミングはどこにも存在しない。
この矛盾を如何せん。
105104:2005/07/04(月) 02:16:38
すまん、眠れなくて頭に血がのぼってるからちょっと書く。
俺の世話になった人で、90才でなくなる時、枕元に牧師さんが来て
「苦しいですか? でも、これから神の身許に召されるのですからね、怖がる
ことはないのですよ」と言ってもらって臨終を迎えた人がいた。
正直、どんなふうな気持ちで往生(?)したかはその場にいなかったから
わからないけど、それはずいぶん苦痛を和らげられただろうと想像する。

しかし、実はこれは、牧師が娘婿だったから実現したことで、どんな熱心な
信者でも、臨終を牧師・僧侶に見取ってもらえる人はまずいない。

けっきょくは家族がそういう役を果たすしかないのだが、その家族すら隔絶された
集中治療室での死は本当に物理的な死でしかないのではなかろうか。

そのへん、浄土宗って、臨終の時に安らかに阿弥陀如来の元へ送ってあげる
のが仕事の半分ではないのかしら。

むずかしいね・・・・・・・。
106名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 02:19:02
>>102
構造的におかしいし、人としてもおかしいなぁ。
骨にならんと家に帰れへんのか?
私は繰り上げ初七日も嫌やし、ましてや葬儀屋で初七日はもっと嫌や。
五七日で忌明けも大反対。まだ浄土へ行ってないのに納骨ってなんやの?
遺骨が邪魔なのか?訳が分からん。
107名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 02:25:27
>>105
私もその事について前々から考えていた。
亡くなってからではなく亡くなる前に連絡が欲しい。
でも現実は違うので、老人には普段から発願文を読ませてる。
108名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 06:47:44
>>107
そうですねえ、よほど熱心な檀家さんでもなければ、亡くなる前に僧侶が行くのはむずかしい
文化になってしまいましたからねえ。
普段からのケアや、家族への教化をしっかりするしかないんでしょうねえ、今は。
109名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 08:23:59
私僧侶ですが、病院に僧服で行くと縁起でもないと言われ、ホテルの法事で結婚式とぶつかるとやはりというか、避けられてしまいます。不徳のいたすところです。
110名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 08:25:37
平生からいつでも臨終だとおもって、元気なうちから念仏してもらうしかないのでは
111名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 08:55:46
>>109
お前は修行不足。浄土宗の坊主なら、即刻やめてしまえ。
浄土教で唯一実践的な方法として「臨終行儀」がある。
この世のあらゆる執着を捨て、弥陀三尊の来迎を待つのが
その行儀。

使役形の言葉を使わない意味もお前にはワカランだろうな。
そして、病院には臨終行儀を受け入れるべしという了解が
あるのも知らないんだろうな。
112愚者ぐしゃ:2005/07/04(月) 09:02:34
>>110
ここ、大事なとこだと思います。
素人議論を勝手に続けますが、念仏するという行為は、もちろん「実際に往生するため」という問題と「ともに」
「生」というもののとらえ方を確認する行為だと思うのですよ。もちろんそういうことを考えて、またはそういう
ことを目的として念仏することは宗義に反し、また「方法論としても間違っている」と思いますが。結果として
「常に生を意識する」という「副産物」を生むことはかまわないと思うのです。
ただ「いつでも臨終だと思って」というのは、指すところはわかりますがちょっとうまく伝わらないかも。

俗っぽい話ですいません。誰だったかどこだったか、個人だったか政党だったか「まず完全な社会保障を行う
ようにする。そうすればみな老後の不安もなく安心して消費するから景気も回復する」というような主張をしてました。
この主張が正しいかどうかは別の議論ですが、少なくとも往生の問題には適用できるのではないでしょうか?

「死後のことはすべて阿弥陀如来が保証してくれている。ならば安心して生を充実させればよい」
すこし禅宗っぽいかも知れませんが、外側からそう思えるのですが。

113名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 09:04:50
>>111
でも、自分なら親しくもない坊さんが、親の病院でうろうろされたらイヤですね。
自分の心の問題とともに、外から信頼される存在にならなくてはいけない、という課題を
忘れて他人を批判してていいのですかね。
114名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 09:36:13
>>113
>でも、自分なら親しくもない坊さんが、親の病院でうろうろされたらイヤですね。

↑これと、

>という課題を忘れて他人を批判してていいのですかね。

↑これは矛盾してないか?死んで出なおせ。きちがい。
115名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 10:34:50
>>114
なるほど。よくわかりました。ありがとうございました。
116名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 13:16:33
>>111
単なる理想論。
葬式と法事のための制服つけて病院ウロウロしてもらっては困るんですよ。
坊主が自分でどう思おうと「黒い衣=葬式=縁起悪い」ってのは世間の常識。
それすら考えられずに病院にノコノコ衣来て行こうって根性が、自分がどう見られてるか全然自覚してない証拠だ罠。
ふだんは私服で葬式とかだけ衣に着がえてまた夜には私服で夜の町に繰り出してるって、みんな知ってるんですよ?
117名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 13:46:18
>>116
お前はただの世間知らず。アホ馬鹿間抜けだ。
夜の街?制服?この発言でお前の程度の低さがわかるのだ。
早く氏ね。
118名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 14:07:42
>>117
あなたがどういう立場で発言してるのかすごく知りたいんだけど。詳しくなくていいから。

119名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 14:23:46
>>118
だからお前はキチガイだというのです。わかりましたか?
120名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 14:30:50
>>117
あんた坊主だね。聞きたいんだけどさあ、衣(袈裟?)って脱いだり着たり自由なの?
葬式と檀家参りの時だけ着てそれ以外は私服で飲みに出かけたりしていいってお経に書いてあるのかなあ?
ひょっとしてあなた一般人が坊主が私服着てそんなことしてると知らないとでも思ってるの?
一般人がどういう目で衣着た坊さんのこと見てるのか、あなた考えたことある?世間知らずはどっちかな。
坊主は葬式やってりゃいいのよ。その姿のまま病院来られても困るんだよ!何が臨終行儀だ。
やりたいんなら禿かくしに野球帽でもかぶってこっそりやってくれ。
121名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 15:21:50
>>120
俺は坊主ではないよ。だからお前はきちがいだというのだよ。
おまえ、何も知らないんだな。中卒低学歴が偉そうに発言するな。
122名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 15:47:17
>>121
はぁ・・在家を見下さしたこの言いぐさ。あ〜ヤダヤダこれだから坊主と話すのは・・・
坊主が学歴差別とかしていいんですか?ふだん命は平等とか言ってこんな掲示板では露骨に>>111「キチガイ」とか
>>121「中卒低学歴」とか言いたい放題ですか?
人を低学歴呼ばわりするんだからよほど高学歴でしょうねえ。
衣で飲みに出かけていいっていう根拠ももちろんご存知でしょうね?
123名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 15:54:26
>>122
お前は文盲か?低学歴以下だな。
俺は坊主ではないと言ってるだろ。この糟がぁ。

お前、臨終行儀ってなんのことだか知ってるか?
早く氏ねや。
124名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 16:13:33
臨終行儀とかローカルな話は寺の中か仏教の大学でやっといてください。
今話してるのは衣脱いだ坊主が飲酒風俗パチンコやってる延長で病院ウロウロすることの是非ですよ。
葬式仏教もそろそろ危ないから、こんどは病院の中で儀式やろうかって画策してるんでしょうけどね。
はっきりいってこっちも見たくないんですよ。さっきまで病院いた坊さんがさっそく着替えて夜の街でバッタリなんてね。
スーツグラサンになってヤクザまがいにいかつかったりねw
ま、そのうち赤い顔して臭い息はきながら緊急治療室に入ってくる坊主も出てくるかもしれませんねえ。

125愚者ぐしゃ:2005/07/04(月) 16:16:04
南無阿弥陀仏

茶化しているわけではありません。
私は仏教徒といえるほど熱心ではありませんが、高校生の時に「南無」の意味をならってから、
自分では力が及ばず、それ以上どうしようもできないものごとを見過ごしにする時、阿弥陀仏に
免罪を乞う気持ちでつぶやいてきたからです。一日一回くらいは唱えてますから、年に300回
としても数千回ですね。

南無阿弥陀仏
126名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 16:22:21
>>124
だから低学歴が知った風な口をきくなといっているのだ。
今話しているのはスレ題にそった臨終行儀の話だ。脳梅毒のお前がかってに飲食風俗なんたらかんたら
抜かすな。きちがい。

もう一度聞く。「臨終行儀」って知っているのか?知らないのなら発言するな。これはターミナルケアに
深くかかわる大切なことだ。お前は早く氏ね。用無し人間め。
127名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 16:27:44
いろいろ考えさせられる発言が多いですな。
事実、僧侶は学歴が大事。高ければ高いほどええけど批判はいかんな。
私は普段、衣か作務衣。
つるっ禿に背広はヤクザ、カジュアルな服はチンピラに見えるから。
童顔な人、やさしい顔の僧侶がつるっ禿で背広着てるのを見ると
むっちゃ笑える。いつもこらえるのに必死。
時々檀家が入院したとき見舞いにいくが相手が男性の場合は衣。
喜んで笑顔も見せる。衣で病院に行っても特に支障はない。
女性の場合は作務衣。
性差別してるのではなくおばちゃん、おばあちゃんは衣を着ていくと
恐縮され、頭下げて謝られることが多いから何をしに行ったのかわからんことが多い為。
128けちゃっぷ:2005/07/04(月) 17:31:20
仏前結婚式だって衣でやるんだし、病院行くのに支障あるとは思いませんが。
単純に、衣汚したくないから普段は私服で生活してます。掃除の時とかは、作務衣もたまに着るけどたいがいジャージです。
129名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 18:01:03
>>126
あなたがターミナルケアやったら「お前は早く氏ね。用無し人間め!」って言いそうだねえ(爆
医者が勤務後に酒飲もうがどうでもいい。裏で不倫してても患者に誠実で腕が確かだったらまあいい。
でもな、坊主たちが今やってることの延長で衣着て病院ウロチョロされてもねえ。
宗教系の病院でその宗教の信者にやるならまあいいとして。
あなたのように普通の病院でまったく他人の目を考えないでっていう想定じゃね・・・。あきれますわ。
130名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 18:24:37
>>129
典型的な脳障害の発言だね。支離滅裂、前後不覚、本末転倒、思い込み、思考障害、
統合失調、被害妄想、きちがい。

で、臨終行儀って知ってるの?
131愚者ぐしゃ:2005/07/04(月) 18:28:50
現状として僧籍のある者に聖人君子をもとめるのはどうでしょうね。
教師に潔癖を求めるから爆発した時はヒドイ事になってる気もするし。

まさか酒飲んで枕経を上げるひともいないでしょう。まあ、ひとが死ぬタイミングなんて
わからないから飲んだ後に呼び出されたら仕方ないけど。でもまあ、危篤の檀家さんが
いる時はいちおう心がまえして深酒を控えるくらいは医者と同程度の倫理だと思いますが。

けっきょく「ターミナルケアにまでかかわられても困る」ってことになると、本当に僧侶の存在意義に
かかわるわけで。
『がんばれ仏教』を書いた上田氏自身が「何にもしない僧侶だから気がるでいい場合もある」とまで言ってるし。

またカブレですまんが、海外ボランティアにまで行って、本当の人の生き死にの場にかかわってくる、
くらいの努力は要るのかも知れませんね。それは英語教師に必ず海外留学せよというくらい酷なことなの
かも知れませんが。「念仏となえれば往生できる」という安心があるのなら、少々のことは積極的にできるんじゃ
ないかと思うんですがね。

132名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 21:36:06
けちゃっぷには臨終行儀は無理だな。
彼の浄土教解釈の中ではターミナルケアが必要条件ではなくなるのだから。
浄土教の要義とは臨終行儀である。
133けちゃっぷ:2005/07/04(月) 21:49:26
>>132 卒論は一応臨終行儀だったんですけどね。
正念→来迎ではなく、来迎→正念。下手に臨終行儀だけがひとり歩きした場合、信者がこの点を誤解しないように気をつけねばなりませんね。
134愚者ぐしゃ:2005/07/04(月) 22:03:45
>>133
さらにツッこみますけど、浄土宗は衆生済度もかなり重要なのではありませんか?
「念仏して自分が往生決定している」だけでは足りないのでは? いや、もちろんケチャップ師
のことをここでしか知らないので無礼なことを言ってるんでしょうけど。
臨終だけ安らかならいいのなら、モルヒネでも打てば事たりるでしょう。

法然上人の頃には「救われたいけど、救われないのではないか」と苦しむ衆生がたくさんいました。
今は自分が救われないことにすら思いいたらない人であふれています。かといって人の罪悪感を
掘り起こしてはカルトになってしまいます。生の苦しみの多くが死の不安に基づいている、その部分
を和らげることが課題なのではないでしょうか。

(そろそろこのコテもつらくなってきたな・・・)
135名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:04:23
>>133
それはよかったな。おまえ、臨終行儀が全くわかってないよ。
A山とかの知恵遅れが指導教授だったのじゃないか?

F貝先生亡き後、高橋先生除いてまともな先生がいないじゃないか。
若手然り、ADは別格だから言及はしない。
136名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:06:54
セカキョウいけw
http://www.kiken.nu/bbs.html
137名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:20:31
けちゃっぷよ。お前の臨終行儀のとらえかたは、>>124のきちがいがいう

>臨終行儀とかローカルな話は寺の中か仏教の大学でやっといてください。

と同レベルだ。臨終行儀とは見取りであり、それは往生時に限定されたものではなく、
またホスピスに限定されたものでもなく、出世時からはじめるものだ。

そしてな、臨終行儀を執り行うものは自らの往生を捨てるんだよ!!
すべてを回向してしまうんだ。大悲せんだいの菩薩の菩薩業のために、
自分は消えてなくなるんだ。浄土教の能化とは念仏者ではない。廻向者だ。
よく覚えておけ!!
138名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:22:30
>>135
F貝先生はいつ亡くなられたのですか?
私は今の学長は尊敬してますが、皆さんの評価はどうなのでしょう。
田中先生のインド話しが好きでした。
139けちゃっぷ:2005/07/04(月) 22:29:08
>>134 臨終行儀を否定するつもりはありませんよ。そう聞こえましたか。
でも基本は、普段の念仏が毎回臨終の念仏です。それが生き延びたら平生の念仏になります。元気なうちから信仰していただくのが理想です。
140名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:29:17
>>138
去年か一昨年だ。
ま、F原先生はまだましな方だな。でも、自称京都学派を名乗っているうちは「?」が付く。
どっちかと言うと、天台学だしね。
141名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 22:31:50
>>139
そんなだからカルトと言われるんですよ。
142けちゃっぷ:2005/07/04(月) 22:40:18
>>137 臨終行儀って素人から見ると、臨終に正念のままで念仏して大往生を遂げさせるためにサポートしているのだと、誤解されないか心配です。そのあたりは、ご家族にもしっかり説明すべきですね。
臨終間際に心が散乱してしまったり、臨終行儀の準備が間に合わないうちに亡くなった人の往生を、家族が疑わないようにしなければなりません。
143けちゃっぷ:2005/07/04(月) 22:47:19
>>141 「そんなんだから」って、「どんなんだから」でしょう?
できれば具体的にあなたのご意見をお聞かせください。そうすれば、僕の発言との違いがわかりますから。
144けちゃっぷ:2005/07/04(月) 22:53:43
臨終行儀って、看取ることそのものに意味があるのではないでしょうか。往生人の息のリズムに合わせて、一緒に念仏する。
「心乱さず念仏しろ!心が乱れたら往生できないぞ!」と激を飛ばす監督みたいに思われると、困ります。その点を誤解されないようにしたいです。
145名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 23:02:57
144さんて、ちおん院さん系ですか?
146名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 23:09:38
>>144
おまい。ぜんぜんわかってないな。一緒に念仏するのではない。能化の臨終行儀の念仏とは
往生に望んだ人の念仏であって、おまいの念仏ではない。まだわからんのか?
147けちゃっぷ:2005/07/04(月) 23:22:40
>145 知恩院で加行を受けました。
>146 そういうとらえ方で見た場合、能化(坊さん・善知識)が念仏を回向してるの?それとも、往生人(つまり病人)が、臨終行儀に来た「坊さんの口を使って」念仏してるのでしょうか?
148名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/04(月) 23:25:37
>>147
能化の念仏とは、往生人の念仏のことです。
相対化する必要はありません。弥陀の光明の一端です。
149けちゃっぷ:2005/07/05(火) 00:07:37
>>148 法然浄土教的にも、そうなのでしょうか?
150名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 02:32:54
一文不知の愚鈍の身と自省して、
ただひたすらに心の底から念仏を称えれたらいいですね。
151名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 07:01:14
>>149
成文化された法然浄土教は往生人のためのものです。
能化も同じだと思わないで下さい。
152名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 07:19:04
自分が往生するための口伝や奥義は存在しません。
しかし、能化は一切衆生が成仏あるいは往生するために存在しているだけなのです。
いやなら糞坊主やめなさい。
153名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 08:00:57
こういうのって、法然上人が懸念していた
「滅後の邪儀」とは違うのかい?
154名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 08:26:48
>>152 あなたは浄土宗の人ですか?
155名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 09:17:21
>>153
ちがうぞ。
>自分が往生するための口伝や奥義は存在しません。

といっている。更に「滅後の邪義」は完全に構成の加筆であることが証明されている。
当たり前の事実なんだけどな。

臨終行儀は関しては、法然は屁たれで知恵なしだ。宗教も発展昇華せねばならないのに、
屁たれに原理してどうする?馬鹿かおまえは。仏教全体については釈尊原理主義に
かえるべきなのだが、それは別の話だ。
156名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 10:16:49
仏典とか聖典とかいうものは、
全て教祖や宗祖だけによって作られるものではないのが当然だろう。
しかし、教祖や宗祖の真意が込められているからこそ仏典や法語として
拝読されるんだぜ。
「滅後の邪儀」についての心配は、
法然上人の真意であったに違いない。
157名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 10:31:57
宗教の世界の同語反復的議論というのは、
言葉遊びの域のなかで悪循環する傾向がつよい

科学は宗教界に比べ歴史があさいが
建設的で着実なる人類への遺産をアーカイブし、
諸刃の剣ではあるが、我々の生活への恩恵は大きい。
科学は自己修正能力を備えているから、
「科学的真実を見い出す度に、改める事を憚らない」

浄土宗が率先して科学的認識力も兼ね備えた僧侶の育成を
実践してみないか?

抑、僧侶は博識なる頭脳集団だったはずだ・・・と懐古しても
手後れかな〜〜〜
いやいや、変革の時代は到来している、どっちにころぶかは、
われわれ一人一人の自覚にかかっている・・・と思う
158愚者ぐしゃ:2005/07/05(火) 11:14:27
素人には手をだせないような議論になってきましたね、面白いですね。
なんとなく論戦がまざってるような気がしますね。
>>157
科学の優れたところを指摘したこれは面白いですね。
159名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 11:51:32
>>156
議論の出来ないアフォは出て行け。
160けちゃっぷ:2005/07/05(火) 12:24:05
>>148 法事で行なわれる回向も、そういう意図なのでしょうか?
161けちゃっぷ:2005/07/05(火) 12:28:19
すべて相依相関で成立してます。往生人がいたから能化は念仏できた。だから能化の念仏は即往生人の念仏?
ヒトラーがいなければ僕は生まれなかったし念仏もできなかった。ヒトラーがいたから僕が念仏できる。だからヒトラーも往生できる?
162名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 12:46:42
●能化(のうけ)師として他を教え導くもの。教化されるものは所化。
↑えっと、この意味とはちょっとちがいますね?
163名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 12:49:51
けちゃっぷよ。
能化の念仏は能化が念仏しているのではない。能化の念仏とは弥陀の光明の一端であり、
念仏者の念仏であり、往生人の念仏である。能化は即得往生も糞もない。光明が切れたら
それで終わりだ。その覚悟が能化の決定心だ。
164名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 12:54:32
>>163 だとしたら、所化は能化の念仏を聞いて信じるだけで往生できますね。能化の念仏を聞くことは、阿弥陀仏の光明に触れていることになるから。
165けちゃっぷ:2005/07/05(火) 12:56:23
「光明が切れる」とは?
166名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 12:56:49
>>164
突き詰めればそういうことになるが、能化の念仏とは念仏者の念仏があってこその意味になる。
167名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 12:57:49
>>165
用済み、ゴミ箱逝きということだよ。往生も関係ない。
168けちゃっぷ:2005/07/05(火) 18:22:34
>>167 誰にとって「用済み」なのでしょうか?
何が言いたいのかよくわかりませんでした。
169名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 19:01:01
>>168
それは、極楽往生を願う人にとって用済みとなることを言っているのです。

ここまで言ってまだ解らないのであれば、あなたには浄土教における能化の適性はありません。
浄土宗の腐れ組織の中に埋もれてください。
170名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 20:07:08
昨日から名無しさんでカキコしている人、言葉はきついけれど同感できるな。
法然上人のものを読んでいて、法然上人の教えを信奉する場合、僧侶と在家信者の区別ってあると思う?
はっきりいって、能化という意味での僧侶は不要だと思う。
必要だというのなら、葬式屋としての坊さんが必要だという程度だろ。
教えを伝える人が必要だというなら、別に僧侶でなくてもいいわけなんだよな。

法然上人は「臨終行儀」という特別の儀式の必要性は説いていないと思うが、臨終の正念は不要だとは言っていなかったのではないかな。
ただ、臨終の正念を自分でなんとかしろ、という立場は否定している。臨終の正念は弥陀の来迎による、といっている。
それで往生がかなう、といっていたはず。臨終に正念がたもてないことに対する不安をあおるやからも多かったんだろうね。
そういう人に、平生の念仏がそのまま臨終の念仏になる、念仏申せば、臨終に来迎があり、その来迎によって正念を得られる、という筋で
説いていたんじゃなかったっけ。
平安時代、貴族たちのあいだで行われていた臨終行儀はそういった金と手間のかかる不安を助長するタイプのもの。
だから、同じ言葉を使うことに抵抗もあったのかもしれない。

能化がどこで必要になってくるかというと、安心(あんしん)して生を全うし、死を迎えることができるようにお手伝いすることだと思う。
そういう意味で、臨終の枕辺で共に念仏を申すことは不可欠だと思うよ。
171けちゃっぷ:2005/07/05(火) 21:01:46
>>169 往生を願う所化が念仏して、彼らの往生が決定すれば、能化は用なしになります。これはたいへんめでたいことではないでしょうか?
そしたら能化はまた別の人に念仏を説けばいいし、生命つきたら適当なとこで往生すればいいだけのことです。
172名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 21:07:40
>>171
まだ解らないのか。。。往生が必要な人は能化にはなれない。
また能化は往生して還相廻向しているわけでもなく、ただ朽ち果てて消え去るのみである。
けちゃっぷよ。もうやめたらどうだ?人が人に念仏を説けると思っているのか?
ただの糞坊主で終わっておけ。
173愚者ぐしゃ:2005/07/05(火) 21:10:45
正直、死ぬまぎわに連続して念仏を唱えたいとは思わない。
そんなことするんならお坊さん呼びたくない、というのが素直な気持ち。
174けちゃっぷ:2005/07/05(火) 21:28:40
>>172 では、>163でおっしゃった能化の決定心とは、どういうことですか?
175名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 21:43:35
>172
一連の話は称名念仏第一回の菩薩戒の議論にまでさかのぼるものですね。
たしか、けちゃっぷ氏は、円頓戒の儀式を受けたら菩薩さまという考えではなかったかな。
そうであれば、彼には理解どころか、何が問題とされているのかすらわかっていないでしょうね。
176けちゃっぷ:2005/07/05(火) 21:51:37
では、何が問題とされているのかをお教え願えないでしょうか?
177けちゃっぷ:2005/07/05(火) 21:56:07
>>173 死ぬ間際になる前に、やり遺したことがないようにしなければならないのでしょうね。
臨終行儀では、家族も傍にいないほうがいいらしいです。家族が別れを惜しんで泣いたりしては、この世に未練が残るからでしょう。
178名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 21:58:12
>176
今の君には考える素養すらない。
マグロのトロの美味しさをどれだけ説明しようと、舌で受けた刺激を伝達する神経が生まれながらに無く、
魚という生き物の存在を知らない人にはどれだけ懇切に説明しても理解できないのと同じ。

ひとつだけヒントをあげておこう。
「日蓮聖人と法然上人はまったく同じ基盤で発言している」。
時機という表面的な点ではなく、二人の教えの本質は同じ。
これが納得できたら、一連の名無し氏の意図が分かってくるとおもうよ。
179名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:18:55
熱いバトルの中すみませんが・・・・
F貝先生が亡くなられたのはもっと前では?
F貝先生のお寺どうなったんですか?
いろいろな噂が飛んでますが。
180名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:25:14
>>179
F貝先生は確か2年前だったかなぁ、、、、
F貝先生の奥方を寺から追い出しに掛かったり、子飼の坊主を後釜に据えようと
画策するテイノウ一派がいたらしいが、あとは知らん。
181名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:31:46
念仏者は、み〜んな菩薩さま。
愚者になって念仏させてもらえたら自然と気がつく。
182名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:38:14
>179-180
亡くなったのはもう四年ほど前になる。
彼が亡くなってからの浄土宗の教学・布教面での混乱と廃頽ぶりは見るも無惨。
高Hやその息のかかったS研の連中のやってること見たらひどいぞ。
歯止めがかからなくなってしまったようだね。
183名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:43:03
>>182
そか、、もう4年になるか。。
F貝先生が浄土宗最後の防波堤だったんだけどね。
もう魔界に脱した浄土宗は邪悪宗だ。くさい。
184名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:45:06
>>180
ご回答ありがとうございます。
F貝先生にもっともっと活躍していただきたかった。残念です。
先生は滅後の邪義をふせがんがための所存を記してはいらっしゃらなかった
ようで。
185名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:47:11
>>182
ご回答ありがとうございます。
本当に残念です。
186名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 23:53:58
>184
>179が書いている事情で、彼の書いたものがどうなったのか誰も本当のことを知らんのだよ。
187名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 00:27:21
>>186
奥方は教師資格を取得したが、後を継いだの?
F貝先生の起請文に奥方を住職にと書いてあったのか?
188けちゃっぷ:2005/07/06(水) 00:55:25
>>178 たしかに、本質的には同じですね。
189名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 03:02:11
話題が変わって恐縮だが、
「念仏は、阿弥陀様に人生をお任せし、
     阿弥陀様をおたよりし、
     阿弥陀様の本願の素晴らしさを讃美し、
     阿弥陀様の念仏の有り難さに感謝する4ツのことが
     託されている尊い祈りの言葉で有ると」
京大のカールベッカー教授が話されていたが、

念仏は現代日本人の心の光、
導きてとなるだけの資質をそなえているだろうか?

団隗の世代以降の教育は、仏神をないがしろにし、
合理主義に片寄ったものであった。

そういう集団を葬儀や法事の時だけで改心させ念仏に帰依させることが
できるんだろうか?

そして、それがその人物にとって幸せの道標になるんだろうか?

「後世を恐れ、三悪道に落ちる」ことなど全く無関心の現代人、
無理して伝えていかなければならないのだろうカ?

坊さんとして歩んで、よく小馬鹿にされてきたな。

どうですか?みなさん。
一般の人々の人生感に想いを巡らして、我々はどう結束して、
お念仏を伝えていくことができるでしょうか?



これを受け入れて、念仏できる現代日本人は
190名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 08:00:25
お念仏で救われた人が、お念仏で救われる人に、お念仏を伝えればいい。
191愚者ぐしゃ:2005/07/06(水) 08:24:51
法然上人が浄土宗を開宗された頃は武士階級の出現により現世に地獄の如き
苦しみが広がっていたはずです。そこから逃れるために民衆は浄土という救いにすがったのです。
その時代には貴族階級は往生するために寺院の建立など、財力をつぎ込んでいました。
つまり「浄土」は実在を疑われない存在であったはずです。

何が言いたいかといえば、階級を問わず、人々が望んでいるのは、どんな時代でも「現実的な利益」でしょう。

現実の生活にいくらでも快楽が求められる(と信じられている)時代に浄土を求めさせるのは困難に思われます。

と、いうことは、念仏が「現世」にもたらしてくれる報いを強調するしかないのでは?

極論かもしれませんが、けちゃっぷ師の「交通事故を防ぐための念仏」なんていうことも価値があると思います。

もちろん、そのためには浄土を信じられなくてはいけないし、そうすれば現世利益追求の空しさからも自由になれるし、
無用な争いからも逃れられる。最終的には戦争すら防げるだけの素晴らしい可能性を秘めていると思うのですがね
(法然上人の立宗の根本が報復を禁じた父の言葉だったことからも)。そういった可能性を僧自身が信じられなくては。
192けちゃっぷ:2005/07/06(水) 12:30:14
>>191 この世には苦しみがたくさんあります。執着があるから。
人生は念仏のためにあると信じるなら、執着が減りますので、苦しみも減ります。
浄土が実在してもしなくても、念仏できるから人生OKです。
193名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 12:41:33
>>192
デタァー!!!
アンタ、阿弥陀経を敬って拝読してないのかい?
といいたくなる・・・けちゃっぷくんのお決まり台詞
194けちゃっぷ:2005/07/06(水) 12:51:07
>>193 世間の人が実在しないと言っても、僕が実在を信じて念仏することはできますので、OKです。
195愚者ぐしゃ:2005/07/06(水) 12:57:48
>>194
ご回答ありがとうございます。専門的な教義の論争のジャマになってはいけないと思っていますが・・・。
だからこそ、世間の人(衆生に)アピールしようとは思わないのですか? それによってさらに実在を確信
できるようになると思いますが。北朝鮮のミサイルが落ちても大丈夫なのはわかりましたが、落とさない
ようにするということがさらに浄土の実在を確かにすると思うのですが。日想観を行う時、この先にミサ
イルを落とした国があると思えたらそこに浄土を見れないのではないですか?

196名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 13:16:10
>>194
世界の宗教の信者数は、
キリスト教の20億人 (33%) 、イスラム教(イスラーム)13億人 (22%) 、
ヒンドゥー教9億人 (15%) 、仏教3億6000万人 (6%) だそうだが、
そのうち、阿弥陀仏を信仰して念仏している人は1万人いくんだろうか?
197名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 13:21:31
>>196
1万人いかないんじゃない?
浄土宗の坊さんと真宗の坊さんあわせればなんとかって感じ
そうすると、天国と地獄で人々の魂は一杯で、
極楽浄土って魂数少なそう。念仏で救われるって誠に希有なことだ。
198名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 13:40:01
けちゃっぷって、本当に頭が弱いんじゃないか?
199名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 14:07:03
臨終に来迎を待つなんて精神は法然上人の頃でピークを迎えてその後は急速にしぼんで行ったと見るね。
無住の沙石集だったか雑談集だったか、「念仏して臨終来迎を待って大往生をとげたと思われた人が実はタヌキに
バカされていただけだった」という話しを読んだことがある。
臨終に仏さまが枕元に立ってくれることに期待するというのが、うさんくさいものと考えられるようになっていったんだろう。
臨終の一点に奇跡や光明を期待するんじゃなくて、もっと平生から仏道に身を置けば臨終も自然に悪くはならないという
方向へ、日本人の反省意識が進んでいったんだね。
200名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 15:11:02
>>196-197
数などどうでもいいんですよ。多けりゃいいっていうもんでもないし。仮に
1万人だとしても、その中身がホンモノかどうかが大切ですね。
>>198
けちゃっぷさんはけちゃっぷさんで、そっとしておきましょうねw
>>199
法然上人はそういうことは実はよーくわかっていたんではないでしょうかね?
201名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 17:21:01
けちゃっぷさんてウチの住職よか全然まともかと思った
なんでこんなに叩かれちゃってんのかわからない
ウチの住職も相当ネットやってるみたいだけど、まさか・・・
202けちゃっぷ:2005/07/06(水) 17:33:48
>>195 世間の人にアピールするのが能化ですしね。とりあえず檀家さんにお話することです。
中には、「説教しても檀家さんにバカにされるだけだから、やらない」と、拝み屋に撤してる僧もいるようですが。
観想念仏をしようとしても別のことを考えてしまうのは、北朝鮮のせいではなく自分の煩悩のせいです。
そのような乱想の凡夫でも救われるのは、ありがたいことですね。
203名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 17:54:38
>>201
叩いているのじゃなくてね、まじめだから鍛えてるんだよ。
204けちゃっぷ:2005/07/06(水) 18:01:35
>>201 コテハンだと目立つから余計かもしれませんね。
ところで、隣の寺(真宗)の檀家もお参りに来る地蔵盆の時に、少し説法するつもりなんですが、どういうお話がよいでしょうか?来るのは年配の方ばかりです。
205名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 18:04:36
>>204 おいおい、2chできくなよw
206名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 18:05:28
>>203 いいこというね〜♪
207愚者ぐしゃ:2005/07/06(水) 18:26:21
そろそろ名無しに戻りますか…どうやら反論がくるほどの意見はいえないようだし。
>>204
ほかに知らんからこればっかりですが『アミターバ』の話はどうですか? 別に批判しても
いいし、素直にほめてもいいし、話題としては阿弥陀如来が現代とかかわるという珍しい
サンプルなんだから。

208名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 18:30:56
207です
何度か書きましたが、別に物理学が引用されてるからいいとかじゃないんですよ。それは
作者もわかっている書き方をしていると思います。ただ、生きてきていろいろ思い残すことも
あるだろうけれど、それは解決されるから安心していいんですよ、ボケるということは怖い
ことではないんですよ、という思いが伝わって、私自身は人を見送るときに思い出すだろう
という気になりました。これをまんまいただきで阿弥陀仏による解決と説いても何の問題
もないと思います。宗派的てくだらんプライドより大事なことがあるはずだと思いますし。
(それに主人公は浄土宗という設定になってますからね)
209名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 19:32:51
>>204
まあ、それだけ注目されてるということなんでしょうか
お説法は、自分なら親しみやすく、解釈しやすいものがいいです
わからせようとするよか、けちゃっぷさんの情のこもった法話が聞きたいです
じゃなければ、いっそ、ありがたすぎて訳わからんくらいのがいいな
中途半端に現代風にアレンジされたマニュアル説法はお腹イパーイ

というのは、愚者さんみたく極めていない不真面目信徒の意見ですよ
210名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/06(水) 23:45:23
よく托鉢僧を見るけど、あれはどこの宗派なの?
すくなくとも人を感化する仕事には人生経験は必要だと思うな。
あれくらいで人生経験になるかどうかは知らないけどね。
211名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 00:27:47
>>210 浄土宗青年会も、たまに托鉢やってますが、その場合は団体になります。
浄土宗で、独りで托鉢やってるのはあまり聞きませんね。高野山に行くとそういうの見かけます。
212けちゃっぷ:2005/07/07(木) 00:34:16
>>209 ありがとうございます。うちの境内のお地蔵さんは、たまたまうちの寺にあるけれどもうちの寺の地蔵じゃなくて、地区のお地蔵さんなんです。
ですから、宗派に偏らない話にしたいんですが。超ありがたいような話は僕にはムリです。
この間、寺に来た保険屋さんに仏教の本を差し上げたら、ギョッとしたような反応されました。自分が勧誘するのは平気でも、勧誘されるのはイヤなのでしょうか。別に勧誘のつもりはなかったのですが。
213けちゃっぷ:2005/07/07(木) 00:46:41
>>208 僕は青春時代に仏教の次に影響を受けたのが、大槻ケンヂの作詞や著書なんです。
たとえば自称霊能者・自称超能力者の中には、明らかにトンデモな人がいる。
しかし大槻ケンヂは、超常現象があるかないか、事実かどうか、という見方で彼らを見ませを。
なぜ彼らはそのような発言をしなければならなかったのか、なぜ彼らは超能力者にならなければいけなかったのか、ということに注目します。
214名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 01:01:20
>>213
いいじゃん。それ、そのまま法話にすれば?
お年寄りが中心なら、まず大槻ケンヂの説明から入ればいい。
なんならメイクしていけば?
説得力のある話なんて、体験談にしくものを作ろうと思ったら並みの修行じゃムリだし。

215名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 08:25:44
葬儀屋は連合化していて商魂であれやこれやとサービス競争している。
一方、坊さんは教団に属しているが自営業主と同じで孤立化していて、
葬儀産業になんら改革をもたらすことができないありさま。
こんな仏教でいいのかと心底から思うのはオレだけじゃないだろう?
全浄青の幹部或は会員が読んでいたら、もしくは、
けちゃっぷ氏でもいいけど、意見を聞かせてくれ。

「葬儀屋に頼らないでいい葬儀のやり方ハンドブック」とか
作成して浄青会員に配るとか?
216電波男Ψ(´д`)Ψ@ヒロヘロ ◆RHudQb4c9k :2005/07/07(木) 08:26:25
けちゃっぷさん。
折角親切であなたのことを指導してくださる人がいるのに、きちんと答えたらどうですか?
217電波男Ψ(´д`)Ψ@ヒロヘロ ◆RHudQb4c9k :2005/07/07(木) 08:41:59
葬儀屋の連携は絶対に避けるべきでしょうね。
いまや弱小寺院は葬儀屋の外注みたいな位置づけに考えているみたいです。

互助会と言うくだらない葬儀屋があって、葬儀の打ち合わせでスケジュール調整
していたら、「他にも寺があるんだからそこに頼みます」というような考えなのです。
すべて葬儀屋に従えという意図ですね。菩提寺と墓地、そして住職と檀信徒という
つながりを理解していない。

ある意味、日本仏教がくだらないということを一番理解できていると言うことにも
なるのでしょうか。
218名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 12:36:20
> 「葬儀屋に頼らないでいい葬儀のやり方ハンドブック」とか
いいんじゃねーの?
あんたみたいな坊さんは応援したいね。
でも、ただ本配るだけじゃ変わらんぞ。これだけは言っておく。
219名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 13:16:53
>>218
きっと、葬儀屋の団体から絶対的な圧力がかかるだろうなあ・・・
でも、僧侶という存在は只一人仏(神)の前に立つ存在だから大丈夫だよね
220名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 15:29:02
>218
「葬儀屋に頼らないでいい葬儀のやり方ハンドブック」
製作そして配付の活動が起きた時点で、
それは、
仏教界が葬儀産業を大きく変革する狼煙となるのだから、
大改革されるだろうよ。
問題は、その狼煙があげられるかどうかだ。
それだけの問題意識と行動力と結束力が全浄青にはない。
葬儀屋連合め、蔭で笑ってやがるな・・・
221名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 15:37:06
>>220
まあ、政治的なことが好きな人は僧侶にはならない・・・・ってことはないですよね
父親を継ぐ人だっているだろうから。
でも、もしその改革が本当に衆生のためになり、仏の心に沿うものだとしたら・・・。

現代は何にせよ「利益」の上がらないものには振り向いてくれません。孤高の極みに立って
人を感化するほどの天才的な僧が出てくれば別でしょうが・・・・いかに心のこもった葬儀を
やろうとしても、利益が上がらないものは・・・・・いや・・・・・しかし・・・・現実的な利益でなく、
心の満足としての事業としては、葬儀は最適の場所かも・・・・・だがそれは現実的でない
かも・・・・・花輪も葬儀幕も拡声器も焼香受け付けの机も霊柩車も必要ない葬儀を断行でき
るなら別だが・・・・。

本当に心のこもった、自分もこういうふうに見送られたいと思う葬儀が考えられれば
それには葬儀屋だって乗ってくると思いますけどね。何事も中道ですよ。

222名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 15:37:12
以前NHKでやってたね。
坊さん呼んで自宅で家族だけで葬式+どこかホテルでお別れ会
223名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 16:37:12
当然のことですけど、私はお坊さんの底上げが必要だと思うんですけどね
たとえば町の電気やさんです。
その昔は、ラジオが接続悪いくらいなら直してくれたハズ。
それがいつの間にか、単に取り次ぎ店になって、量販店やネットショップで完全に息の音
を止められました。
それに対して、自転車屋さんは今も健在です。なぜなら、パンクは日常的に起こり、自転車
は使い捨てにできないからです。

お坊さんは自転車屋さんの地位に甘んじています。
でも、自転車よりも便利なものが発明されたら一瞬にしてオシマイでしょう。

その意味で、人にとって死が不可解なものである以上、なんらかの宗教は意味があり続ける。
しかし、西洋化というかアメリカ化で文化的にはキリスト教に押され、現世利益というテーマで
神道に押され・・・・仏教に残されたものは何かといえば、その深遠な哲学的資産でしょう。
しかし、それすらも、幼児がエヴァンゲリオンを見る時代に、一般大衆の哲学的レベルは飛躍的
に上がっています。あがっていますが偏っています。

哲学的な底上げが必要だと思いますけどね。
224牛飼い:2005/07/07(木) 16:56:17
五年ぶりに風邪で熱でたぜ
大変だった・
225名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 17:00:55
>224
オマエか確か自分の血統を威張ってたヤツ
226名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 17:49:23
>>225
おいおい、今頃血統を威張るヤツなんて、いるわけないだろ。

227名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 00:15:43
>以前NHKでやってたね。
>坊さん呼んで自宅で家族だけで葬式
俺これやりたい。つきあいで通夜や葬式を考えるのはやだ。自分が行く立場でもね。
228名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 07:23:58
>>227
坊さん呼ぶ必要を感じるかどうかが問題だな。
お経が流れる緊張感と沈黙が死者を弔う時間になる、というのは文化であるわけで。
「みんなで故人の一番好きだった音楽を聞いてしばし黙祷しましょう」なんてのが
流行ったら飛んでしまうわけで。
坊さんが葬儀社に反旗をひるがえしたら、いくらでも対抗策はあるでしょうね。
もし「葬儀」というものの宗教性の重要さを考えるなら、若い人にもアピールが
できないとダメでしょうね。
229名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 09:30:22
浄土宗って悩める僧侶に門戸は開かれているんだろうか?
オレ、未だに坊さんとして生きていくことに悩んでいる。
本気で真心をもって接してくれる窓口ってないの?
230名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 09:42:34
つ『がんばれ仏教』(上田紀行/NHKブックス)
231227:2005/07/08(金) 11:49:37
>>228
そういう人はそういう人でいいんじゃない。俺の場合は、お経はBGMじゃ
ないし、文化的なことだからという理由で葬式したり、お参りしているわけ
じゃないからね。個人的には中途半端なアピールならしない方がいいと
思ったりしている。

232けちゃっぷ:2005/07/08(金) 12:31:43
>>229 何について悩んでるのでしょうか?
悩みの裏にはあなたの欲があります。
人生にいいとこ取りはありません。相反する欲があるなら、どちらかを捨てねばなりません。
どうせ捨てねばならないなら、未練たらたらで捨てるより、「まっ、いいか!」と軽快に捨てましょう。
233けちゃっぷ:2005/07/08(金) 12:43:52
>>216 きちんと答えてるつもりだったのですが、具体的にどのことを指摘してくださってるのでしょうか?
234名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 15:33:54
>>232
けちゃっぷくんは立派なこというね。
自分でもどうしようもない葛藤を味わったことがないのかい?
単純明快な悩みだったらそんなに苦しんでないよ。
敢えて言えば両親への恩愛や中途半端な義理で
僧侶として不適任であり不本意な自分にもかかわらず坊さんの道を歩んでることだね。
現代日本のお坊さんには矛盾がありすぎる。
鈍感に生きてる坊さんも立派に坊さんやってる人もいるけどね。
235名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 16:18:09
断固とした意志で肉食・妻帯を拒絶して、畢命を期としていったん袖を通した法衣を脱がない覚悟が必要だよ。
また若い坊さんが比丘・比丘尼として生きていくことに自信を持てるように、きちんとした律制に基づいた僧伽も必要である。
236名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 17:49:56
>>235
そんなお坊さん見たことないよ。
あと、浄土宗の場合、「断じて」じゃ、宗義にも反しないかい?
237けちゃっぷ:2005/07/08(金) 18:12:32
>>234 葛藤はたくさんありますよ。でも、その状況を葛藤だと感じるのは、自分の欲のせいです。
親への恩返しや義理のために僧侶になったが、自分の能力が足りない。法然さんだってそのように感じて悩んでいたのではないですか?
親に尋ねてみましょう。能力がないけど寺継いでいいのか?親がOKと言ったら、親への恩はそこで解決です。
それとも、自分が僧侶になりたくないのですか?だったら辞めればいい。
親がそれで怒るかもしれませんが、自分の子供にあとを継がせたいという欲望で苦しんでるだけなので、それは親の煩悩のせいです。あなたのせいではありません。あなたの親が凡夫だから仕方ないのです。
僧侶にはなりたいけど能力がない?凡夫だから能力・適性は劣っています。浄土宗でよかったですね。
238けちゃっぷ:2005/07/08(金) 18:21:52
今さら僧侶を辞めたら失業してしまうから、恐いのですか?
それだったら、僧侶を続けるべきです。あなたが僧侶を続けられているうちは、僧侶としてギリギリ合格なのでしょう。クビになるか死ぬまで、精進しましょうよ。
できることしかできないのだから、できることだけやればいいのです。
239名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 18:48:20
けちゃっぷ法話炸裂の巻ですね!
自分の人生にあてはめてうけたまわります。
240名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 20:30:39

どこらへんが法話なんだろう。。
241名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 05:31:33
>>238
けちゃっぷよぉ〜。
どこまで他人の人生を洞察することができて、
それだけの大言がいえるのかい?
10年後までには、かならず「生意気だった自分」を自覚するだろうな。
242名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 07:34:01
>>けちゃっぷ師
229師は「窓口」といっているのだからもっと組織的な救済を
求めてるんでしょうね。
ところで、浄土宗の僧侶への尊称は「〜師」でよいんですか? たしか「〜和尚」はいけない
と聞きましたが。

243名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 07:55:40
>>242
そんなぁ〜こたぁ〜ない。
ガセビアです。
244けちゃっぷ:2005/07/09(土) 11:53:56
○○上人って言いますね。
郵便の宛名とかに「○○○○上人前」とか書いてあったり。でも、個人的に、郵便は「○○○○様」でいいんじゃないかと思います。
245名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 12:41:45
>>236
浄土宗の場合、宗義は念仏往生に終始するので出家比丘・僧伽・僧制がどうあるべきかといったことは全く説かない、
別の問題でしょうし、法然上人もあれこれ言った形跡がありません。
念仏すれば往生できる、と説いたからとて出家比丘も肉食妻帯して良い、とは成りませんし、
「持戒破戒を問わず」というのは往生のことを言うのであって、「出家として如何にあるか」とは別問題かと。
246名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 12:48:56
>>242
浄土宗は○蓮社○譽○阿○○○○和尚だが。
247名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 12:55:31
>>245
236です。
なるほど、よくわかりました。出家としては断固妻帯肉食するな、という御意見ですね。
でも、そんなお坊さんもあまり見ないなあ・・・。やっぱり宗派によるのでしょうか。
248名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/09(土) 13:39:54
>>246
「かしょう」って呼ばれちゃうよ。そのままじゃ
249電波男Ψ(´д`)Ψ@ヒロヘロ ◆RHudQb4c9k :2005/07/09(土) 16:14:32
>>246
阿号はジショを受けてもらうものだよ。
阿呆にもう一つ磨きがかかるんだ。
250名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 04:30:09
皆さん璽書は受けましたか?
私はまだです。
251名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 08:22:27
加行が終わって10年だが、
オレも璽書はまだだ。
252けちゃ:2005/07/10(日) 09:04:45
僕もまだです。加行終わって8年か。
253けちゃっぷ:2005/07/10(日) 09:07:17
>>252 名前まちがった
254名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 10:51:55
>>253 専用ブラウザ使ってないの?
255名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 15:44:03
浄土宗は徳川家というビックスポンサーがいたから繁栄できて、
教えも日本に広まることができたのか?
それとも、教えそのものが日本人の心に適うものであったから
広まったのか?
どちらの要素もあったのかもしれないが、
これからの浄土宗はどこに進むんだろうか?
浄土宗だけでなく日本仏教界はどこに進むんだろう?
現象の観察からいくと淘汰の時代を迎えるのだろうか?
日本仏教って「先祖供養」と結びついているから、
先祖崇拝が廃れなければ存続の可能性は高めかもしれない。
しかし、核家族化や団塊の世代の大量退職の影響って、
先祖供養にも現れてくるだろうね。
ここ10年ぐらいで大きな変化がでるかな?
大地震も来るだろうし・・・
けちゃっぷ氏、ほか諸氏のご意見をお聞かせください。
256愚者ぐしゃ:2005/07/10(日) 17:59:29
私は現在のテロが蔓延する=貧困の差が広がり続ける
出口のない世界は、かならず仏教に救いを求めると信じています
もちろん、仏教自身がそれに応えられるかどうかはわかりませんが

257名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 18:02:37
え、けちゃっぷさん、加行は平成9年すか?
258名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 18:05:17
>テロが蔓延する=貧困の差が広がり続ける出口のない世界
に対して仏教は一体何を応えることができるというのでしょうか。
仏教という教えではなく、仏教を体して生きる人は応えることができるかもしれない、と思います。

もっとも、組織としての宗門や、現に宗侶養成にかかわっている大学関係者が欲得ずくで
動いている以上、そのような人材の育成は不可能でしょうから、少なくとも浄土宗は
応えることができないでしょう。
259名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 18:07:09
>>255
あのね。
浄土宗の宗務は法然上人800年大遠忌に向けて
お金集めに一生懸命になってるんだ。
それが侘びしい現実。
浄土宗の舵をとる人々の実体って全くわけわからん。
また、集めたお金で知恩院だけの修改築しようとしてるんだから、
何かもっとお金の使い道ないのかね?
自坊で檀家一軒につき3萬円以上の寄附とか
してもらったことここ30年近くないのになぁ〜。
260名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 19:41:58
>259
そういうところは誰でも気がつくから、宗門の問題はこのあたりについて、末端から声を上げていくぐらいしか改革の方法はないかもしれないね。

八百年遠忌にあわせるように、宗侶養成のシステムがいびつなものになろうとしていることは、あまり知られていない。
2chにそぐわない話題かもしれないので、具体的なことは差し控えるが、この一年あまりの宗報を読み返してみてくれ。
261けちゃっぷ:2005/07/10(日) 19:51:02
>>257 そうだと思います。
262牛飼い:2005/07/10(日) 21:01:11
>>245 貴方の言うと売りで御座います。
現在の形ばかりの坊主では不浄なカルマになるだろうな
プライベートならいざ知らず職業でカルマを作るとは・・かえって俗人のほうが罪軽い可能性があるな。
263257:2005/07/10(日) 21:10:50
>>261
なんか……一緒の飯を食ったようです。
私ははるか関東ですが……がんばりましょう。
264名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:17:04
>>262
末法の世の僧侶という宿命でもかい?
265名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:20:47
>>260
具体的なところを2、3点挙げて教えてください。
1年分の宗報を見返す気分になれないから。
266名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:48:07
>>259
3万円は知恩院が独自に集めてる分でしょ
他の本山も独自に集めてるし、宗は課金で強制徴収してる。
あっちこっちからマジで取りすぎだと思う
一つに纏めてくれよ・・・ホントに・・・
267名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:48:26
>262
不浄なカルマっていったいなんだい?
坊主相手に拝み屋やってもうけようっていうのかよ。
268名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:49:23
>266
もともと黒谷は集めない方針だったらしいが、今年、執事が替わってから方針変更みたいですね。
269名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:50:46
客観的な時代として末法というのがあるわけでは無い。
この年は正法で今年は末法―ということはないのだ。
たとえ釈尊から遠く離れた時代であっても正法を志す個人がいる時、その人はすでに末法ではない。
そういう人がいなくなるのを末法という。
270名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 21:55:42
>265
宗報にだって明示してあるわけではありません。でも丹念に読むと、講座の講師陣の顔ぶれが替わっていたりとか
あれっとおもうことがいろいろありますよ。
2chでどこまでさらしていいのかな。
271けちゃっぷ:2005/07/10(日) 22:05:05
>>263 ちなみに5班でした。そうですか、こんなところで再会できるとは、心強いです。
272名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/10(日) 23:42:43
>>269
法然上人は「末法」の認識が強かったはずだが・・・
アンタ、何もんだい?
273名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 00:47:59
確かに浄土宗内部事情 & 浄土宗僧侶の本音 ってどこまでここで
さらしていいのかなと考えてしまいますが・・・・・
八百年遠忌の寄付は確かにちょっときつい。
3万だと思ってたけど他の本山の寄付も集めるというのは檀家に説明できない。
うちでは無理だと思う。
ただ七百五十年遠忌の時はかなり派手に行ったようで、真宗と合同だったから
盛り上がって布教の面でもとても良かったと聞いている。

外国でテロがあり報復戦争に日本も支持表明してる中、法然上人伝を
もっと多くの人に伝えなければならないと思う。
寺に来る檀家だけに話していても仕方ないんじゃないかな。
そういう意味のあることをドーンと打ち出し、浄土宗の教義を日本中へ広め、
世界へアピールするということを強烈に力強くいって欲しい。

「八百年遠忌を控えておりますのでそれに全力で取り組まなければ。」としか言わない。
何が目的で何をすべきか、本山の偉い坊主も全然解ってない。見えてない。
伽藍を直します、改築しますだけではなんだか遠忌に便乗して直しちゃえ感が強い。
274263:2005/07/11(月) 00:48:07
>>271
僕は自分の班を言えずにご無礼お許しを。あらためて、よろしくです。
275名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 00:54:47
>>274
ここでは言えないでしょう。
276名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 12:01:19
>>270
布教師養成講座の件だったら、第2回で話題になったよ。
F貝先生の件も。ここにはF貝先生の薫陶を受けられた人が
けっこういるんですね。F貝先生とM島先生は教学と布教の柱
だったなぁ。
277名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 13:29:29
>>276
F貝先生はどっちかというと法然原理主義+浄土教原理主義。
先生は偉ぶらず、そのお地蔵さんのような尊顔で淡々としておられたが
インド仏教学や浄土教以外の見地から法然浄土教に批判的な人には
怒りのようなものをお持ちでした。決してそれを表に出さなかったのですが、
表に出してしまうのが、F原先生です。「唯識を極めても浄土教が解る貝!!」
と学会でも平気で発言されるのです。火と水のコンビで心強いものがありまし
たが、本人達はどうお思いだったのでしょいうか。
278名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 16:02:18
>>273
ということは、浄土宗内部通でいらっしゃる?
どうぞ、お話を聞かせてください。
内部事情や本音はどこにいても容易に聞けるもんじゃありませんから。
お願いします。
279名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 16:36:23
>>278
どこまで暴露していいのか悩みどころ。
280名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 16:45:03
F原先生とF貝先生では学者としてのレベルが違う。
F貝先生の人柄は大変好感持てましたが、F原先生の方が上。
281名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 17:34:47
>>280
なぜそう思う?
F原先生は知名度があるが、それは環境に恵まれたから。
F貝先生は名声など無頓着であったために、TやSやIやAなどに
おいしいところをさらわれてしまっている。

F原先生も怒りっぽいが、人柄は非常に好感が持て、慕われている。
先生のお寺の地蔵祭りでは呼んでないのに、たくさんの学生や
OBが手伝いに来る。しかし、学問的にはF貝先生とそう大差ないと
思うよ。どちらもいい先生だ。

でも、浄土学でいうならば、F貝先生の方が専門だね。F原先生は
天台学だ。
282名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 17:50:03
>>279
そこを何とか、
浄土宗内部のお話はなかなか聞けないので
いくつか箇条書き程度でお願いします。
283名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:11:52
>>281
思う、思わないの話しではなくて、学会での話しです。
T中先生F田先生の下にF原先生、F貝先生も含む浄土教専門の先生という順番。
284名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:15:48
>>281
F原先生のことはもちろん尊敬してるし、私も慕っております。
285名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:34:35
>>282
なんでそんなに必死なん?
286名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:48:51
仏教大学だけじゃなく大正、大谷、龍谷その他もろもろの宗門大学の
サンスクリットも読めない教授連中は国立大の学生以下。
大学3、4年の学生にかなりバカにされてるぞ。
287名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:48:59
>283
F田ってオーモトキョーの人?
288名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:50:13
>286
おまえはアホか。中国・日本仏教を専門にしていてサンスクリットができる人、どれぐらいいる?
必要な人には必要だし、必要でない人には必要でない。
末木文美士さんを想定しているのなら、あの人は例外中の例外。
289名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 19:53:26
>286
サンスクリットが読めたって、な〜〜〜んの役にもたってないやつって、
B大にもいるだろ。Aとかいうやつ。
あいつ、浄土教も法然もわかってないだろ。知識しかない。
290名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 20:20:48
>>283
F田先生って誰ですか?大本教?

サンスクリットは読めた方がいいのではないでしょうか?
読める人が少ないからといって必要ないと決めつけるのはどうかと思います。
291名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 20:21:21
もう15年以上も前の話ですが養成講座で一緒だった国立の哲学科の学生が
ここに来る先生は間違ったことばっか言ってるから信用するなと言ってた。
彼が質問したり、意見を述べると先生達はたいてい降参してた。
292名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 20:42:44
>290
誰にでも彼にでも必要なものではないだろ?
どんな知識でもないよりはあった方が役に立つ、というその程度の知識。
それよりもインド仏教をやっていて漢文が読めない連中はどうにかならない?
漢訳資料を誤読していて、それに気がつかないのだから痛い。
周囲もきがつかんのかね。うちわぼめの世界だからしかたないか。
293名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 21:04:49
>>283
F田とは誰のことですか?T中とは誰のことですか?
私が知る範囲ではその二人はチンピラですよ。

で、学会の話とは何のことでしょうか?浄土教に関する見識についてお話
しているのですよ。
294名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 21:12:41
>>289
そのAはもともとインド哲学専攻なんだから。佛大に潰された一人だよ。

>>290
F田の信者っているんだな。あいつT大ではかっこつけで有名人だった。

>>291
15年前か。ろくな先生がいなかったと思う。今もそうだけど、中には侮れん
人もいるから、あまり天狗にならない方がいい。

>>290
インド仏教の漢文知らずが多いが、浄土学でも殆ど漢文読めてないぞ。
かの牧田御大もかなり怪しい。
295名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 21:21:01
なんかオモロイな。
ゴシップは沢山しってるど。インド留学でメイドを孕ませて流産させたら死んじゃったとか。
浄土宗の坊主であり、職員の○×は若きころ、集団で○△■□して、示談金で○△したとか。
もっともっとあるど。

んーーーーーーーーーーーーーー。浄土自堕落満載だ。
296名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 21:25:25
誰かF貝先生の奥方その後を報告しる。
297名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:05:07
奥方は去年の冬に加行を終えた。
298名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:06:13
全く、いつの間にか○○先生がヘチマだのゴシップがどうだの・・・
口からクソを垂れる前と後に南無阿弥陀仏と書け!
299名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:06:45
>>297
そして寺をF田一派の魔手から守れたのか?
300名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:09:12
>>298
お前もくそったれだな。
301名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:09:20
どうでもいいが教授が学生にバカにされてるのはいかんなぁ。
俺らバカに教えられたのか?
302名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:13:09
>>299
F田先生も関与してるの?何故?
と言うかF田先生って誰ですか?
でも守るも何も他の人が住職になってるから無理では?
303名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:24:59
>302
結構有名な話だとおもっていたのだが、そうでもないの?
この件についてうやむやにされてしまっているというのが、今の浄土宗という教団の体質だと思う。
304名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:28:45
>>303
結局はその寺の責任役員が判をつかんことには住職になれない。
法類や檀家が認証したから問題はないと思う。
305名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:31:12
>304
手続上(法的に)問題がなければそれでいいというものではないよ。
306名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:34:08
>>305
そう言われるとそう思える。
でもあの奥方が住職というのも法類や檀家は困るのでは?
307名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:34:12
>>302
F田といってるだけなのに、なぜ先生になる?
あいつは先生と呼ばれる資格はないよ。いろいろ知ってるから暴露してやろうか?

>>303
この祭、ここで晒し挙げてもいいんじゃねーか?

>>304
>法類や檀家が認証したから問題はないと思う。
そんな問題じゃないんだよ。F貝先生の喪が明けないうちに、奥方を寺院から追い出しに掛かったことだ。
それとそのやり口。いろいろあるんだよ。その他には桂の。。。。。
308名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:38:02
>>307
桂の。。。。。の後は何ですか?
309名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:40:51
>>307
知り合いの宗務庁職員からの情報。
宗務庁に助けを求めた奥方に
「寺族ってのはなぁ住職がいなくなったら風呂敷に荷物包んで出て行くもんや。」
と言ったそうな。
310名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:43:54
>>307
喪が明けないうちに奥方を追い出しって?
F貝先生と奥方があまりにかわいそう。
311名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:46:10
>309
その職員、ほんとうにそういう発言をしたのですか?
今、寺族の保護がうるさく言われるようになってきていまして、そう簡単には追い出せません。
これは宗務庁の基本的な立場のはずです。
312名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:49:23
>>309
>「寺族ってのはなぁ住職がいなくなったら風呂敷に荷物包んで出て行くもんや。」

これを晒し続けようぜ。F田の寺はある程度権力があるから圧力掛けたのかもしれんな。
これらの仕打ちは法的にかなり問題がある。実際上、寺院運営について、奥方がいかに
貢献してきたかということを斟酌せず、寺を追い出したとすれば、法的にいろいろ楽しい
ことになるな。今居座ってしまった住職も既成事実だけではすまなくなる。

まりつあげようぜ。
313名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:51:29
>>311
>今、寺族の保護がうるさく言われるようになってきていまして、そう簡単には追い出せません。
>これは宗務庁の基本的な立場のはずです。

だから、それをまげて実際に追い出しに加担した宗務庁があるということだ。
そしてそれを唆した○×一派がいるということだ。晒し挙げようぜ。
314名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:54:12
>>311
つーか、基本的に宗務庁は一寺院の内部事情に手を突っ込めないわな。
あくまでも寺院は一つの法人だとかなんとかで、逆に肝心なところで役に立たない(何もしてくれない)

>>312
>まりつあげようぜ。
とりあえず、もちつけ。
315名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:56:14
>>311
説明が悪くてすみません。
私の知り合いの職員が言ったのではなく他の職員の発言です。
どういう話し合いがあったか正確なことは知らないようです。
ただ、こんなに後を引く問題に発展するとは想像しなかったのだろう。
あちこちからこの件で噂が広まり対応に困ってるって言っていた。
316名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:56:26
>>309
随分口の軽い職員もいるのですね。
個人情報漏れ漏れなんじゃないのか?ww
317名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:57:48
>314
もちつけ、で思い出した。満中陰前に紅白饅頭を配ったという件はほんとうなの?
318名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 22:58:34
>>311 宗務の中の人ですか?
319名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:03:05
>>314
私も書類に問題がなければ住職申請受理するのは当然だと思う。
宗務庁が首突っ込んだらそれこそ問題。
ただ寺族保護はしないとな。
どうしようもなくて相談に来た人にその仕打ちはないだろう。
320名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:05:19
>306
あの奥方って、ご存知なんですか?
321名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:09:06
>>319
それは違うだろ。
書類に不備がなかったとしても、奥方が宗務庁に救済措置を求めているんだ。
受理する要件がそろっていないぞ。

増上寺にはあまり知られていないから、この際ぶちまけろ。
322名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:20:04
>>316
もう噂も広まった後のことですからね。
その後奥方の知り合いに聞いたところ奥方があちこちでぶちまけてるそうです。
323名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:21:07
>322
もう一方の当事者もぶちまけているという話も聞くぞ。
324名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:23:42
宗務庁職員の通常の言い分は、書類に不備がなければ、問題があるのがわかっていても受理せざるを得ない。

となるのだが、先ほども言ったように、奥方の救済願いがあるのに受理してしまうのは、違法行為であると断定
出来る。その時点で寺院に詳しい弁護士に相談すればよかったのにと悔やまれる。

今出来ることがある。

1)宗務庁が受理した事に関して、不法行為であったことを明らかにさせ損害賠償請求をする
2)出来なかった場合には宗務庁の違法行為が天下に晒しだされる
3)そのように画策した○×一派の行状も公になる
4)喪があけないうちというのが○×一派に対して更なる効果をもたらす
5)紅白饅頭も。プゲラ

とにもかくにも、証拠を残しすぎたな。増上寺に食われてしまえ。○×一派の行状は色々聞こえてくる。
イタデン始め、西山派からも色々とうわさがある。もっとオモロイネタもある。プゲラ
325名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:24:20
>>323
例えば?
326愚者ぐしゃ:2005/07/11(月) 23:24:54
なんか盛りあがってますね、読んでないけど。
けちゃっぷさんのお説教が聞きたい、わけわからんほど有り難そうなヤツを、
っていってた信者さんも読んでるのを忘れてませんか?
327名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:28:46
>325
奥さんに対する人格攻撃。ちょっと、ここじゃ書けん言葉だわ。
328名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:29:16
>>321
いや、私もそう思うのだが、確か住職申請って寺族の同意はいらなかったはず。
冷たい様に思えるが書類上の話です。
「法類と檀家が認証します。」という書類に組長と教区長の認証を受けて宗務庁に
届いた書類を受理しないとなると問題ではなかろうか。
しかし寺族保護は当然しなければならない。宗務庁職員の発言はおかしい。
329名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:30:13
もっというとね、先生本人への人格攻撃にまでなってしまっているようだから、腹がたってくる。
330名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:30:41
>328
宗務庁のシステムとして、不服審査みたいなのはないの?
331名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:33:02
受理と救済願いの前後が逆だったのかもしれない。
満中陰を待たずに速攻で住職承認証手続きを済ませたことを後で知り、救済願いをしたのだろう。
そして、先代の喪が明けないうちに檀家に紅白饅頭をくばったと。。。

救済願いを出すのは当然のこと。
また、○×一派の住職や、F貝氏の寺に新参した住職が先代奥方のことを「きちがいばばぁ」と
人格攻撃していることは証拠保全してある。これらをぶちまけて公にして住職の地位を剥奪する
のが浄土宗にとって大切なことなのかもしれない。
332名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:35:18
檀家はどうしてそんな人を住職と認めたの?

333名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:36:19
>>330
不服審査ではないが、法律的に救済を求めることが出来る。
これまでの寺院貢献度が材料とされるのは当然であり、宗務庁の発言に対して謝罪、慰謝料請求も出来る。
また○×一派や新住職の人格攻撃は刑事告発できる。そうすれば、住職として知恩院は認めなくなるだろう。
334名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:38:41
>>329
F貝先生のことまで言うとはどういうこと?
そんな住職追い出して欲しい。
335名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:43:50
>>334
○×たちはF貝先生のことを本当は知らないのだよ。
336名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:45:05
>>326
信者さんが読んでいるから、浄土宗の膿を知らせるべきなんですよ。
337名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:45:43
>>334
その住職はF貝先生のことを知らないの?
一体どういう縁でその寺に入る事になったの?
338名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:49:19
あの寺の一件、まだ解決してないのか。
もう終わったと思ってた。
339名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:49:49
>>333
刑事告発したら面白いだろうね。沢山過去の行状も出てくるからね。
奥方も人格攻撃してるかも知れないが、この場合は新住職がわに勝ち目はない。
なんたって、喪が明けていないうちでの寺院のっとり、奥方追い出し、紅白まんじゅう
だもんな。害意が認定されやすいね。奥方のは抗力だけ。

宗務庁さん。総入れ替えしますか?
340名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:54:39
>>337
かなり有名な話なんだけど、知らない人も多いみたいだね。
京都のある等級の高い寺院があって、怠け坊主が住職をしていた。
遊ぶために随身を置いて、寺の仕事をさせていた。年月がたてば
寺院をあてがわなくてはいけない。そこで法類続きの組内のF貝
先生の寺をターゲットにしたわけ。

>>338
なぜ終わることが出来るの?犯した罪を償ってないじゃないか。
いまだに「きちがいばばぁ」と中傷しているじゃないか。
341名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/11(月) 23:58:00
住職の奥方批判は直接聞いた事がある。
住職の話も宗務庁の発言も奥方から直接聞いた。
どちらの言い分も聞いていると疲れる。
お互いをののしってるだけだから。
奥方も僧侶になったわけだから、どちらも僧侶らしい振る舞いをと願う。
342340:2005/07/11(月) 23:59:44
>>340
事実誤認があったようだ。また発言しなおす。
343けちゃっぷ:2005/07/12(火) 00:00:24
>>326 他人の罪を言いふらすのは破戒なのにね。
あと、問題を解決しようとする手段が、なんだか世俗的すぎる気がしますね。それと、できごとを感情に直結しすぎる。
344名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:04:21
>>340
ではその住職をまた等級の高い寺院の随身に戻し、奥方を住職に
すれば問題解決ですか?
345名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:05:08
>343
けちゃっぷ君、君の言い分は一面の真理だけれど、そういう良心的な態度に隠れて悪事が横行しているのはどう思う?
それも默っているべきなのかな。
このやり取りを見ていて、私はこういう批判を受けるようにはなりたくない、と思うし、 宗門として、改めるところがあるなら
改める方向に転じて欲しいとも思う。

こういう情報が提供されなかったなら、考えもしなかったことだよ。
君の発言自体が、浄土宗を腐敗させることになるのではないかな。
346けちゃっぷ:2005/07/12(火) 00:05:41
>>343 自戒の意味もこめて書きました。僕自身に対しても、いつも気にしてることです。そう思った時は、念仏します。
347けちゃっぷ:2005/07/12(火) 00:09:12
>>345 そうですね。あくまでイニシャルトークということで、教訓として拝聴したいです。
348名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:12:03
>340
法類組内続きではなかったんじゃない?現住職も等級の高い寺の隨身はしていなかったと思うよ。
小遣稼ぎに手伝いには行っていたらしい。
349名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:12:44
奥方から直接聞いた話ではあの住職は先生の弟子だと言って現れて
寺の仕事を始めたと・・・・・
違うのか。弟子じゃなかったのか。
350名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:15:31
>>349
そして一方ではF田とは密接な関係であった。というのが真実。
351名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:33:00
檀家はどう思ってるんだ。
前住職の奥方と現住職がバトルを展開してるんだろう。
檀家の身になれよな。
現住職と奥方、どっちも住職になられては困ると思うぞ。
352名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:37:35
もう伏字は止めて晒しちゃえば?
いいよね?

F田さん&そこの住職&宗務庁の職員

誰なのか知らないけどね。でも馬鹿なことしたね。晒され続けたら住職生命が終わっちゃうのにね。
でも、なぜこれだけ怒りが湧いてくるのだろう。F田や宗務庁の暴虐を怒るのか、なんなのか解らない。
中傷は逝けないよね。刑事告発されれば、判決のいかんを問わず、失墜させられちゃうんだからね。
353名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:40:46
>>351
んー。それはちょっと違うね。
バトルはどこでも起きるもの。攻撃されれば身を守る。それでもバトルであるといえるのだよ。
あんたを殴ったとする。当然よけるよね?それもバトルなんだよ。

バトルを仕掛けたほうが悪なんだ。喪が明ける前に紅白饅頭を配ったことですべてが語られているのだ。
354愚者ぐしゃ:2005/07/12(火) 00:41:53
>>336
なるほど。
まあ、2ちゃんねるがどう機能して何が良くなるかはわかりませんからね。

ただ、「書いたことはそう簡単には消せないよ」と「ただの膿出しに終わらず、破壊して
まで書いたことには自分なりに行動しようね」と・・・・・・外野が言っておきます。
(自分でも人に言ったことは省みるようにしますし)
355名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:42:36
手順としてはF貝先生の喪が明けてから、等級の高い寺院の怠け坊主が
お金を積んで奥方に出て行ってもらい、随身坊主を住職にしたらよかったと。
この手順を踏まなかったため浄土宗の恥さらしとなったというところですか?
356名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:48:07
>>353
なるほど。よくわかった。
では檀家は奥方指示なのか?
357名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:48:48
なんだかなぁ
358名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:49:52
すごい内容だね。
359名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:50:18
>>355
その論法は変だ。非論理的だ。
こうすればヨカッタ論は相手を侮辱する文脈で使われることが多い。
また実際に名誉毀損が成立した判例もある。あんたがF田や新住職
なら法的に負けてしまうよ。その発言。論理的になにが問題なのかは
解るよね?わかってないか。「相手の意図を恣意的に読み替えて、その
悪意を喧伝する論法」といえば、馬鹿なあんたでもわかるかな?
360名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:53:18
>>356
>では檀家は奥方指示なのか?
それは「論点先取の虚偽」法的には却下されますよ。情報操作は非常に簡単ですしね。
356=355=F田一派なのは見え見えです。論理的なことことは無縁な方ですね。脇が甘すぎる。
361名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:57:29
>>359
気分を害したようですね。申し訳ない。

>「相手の意図を恣意的に読み替えて、その 悪意を喧伝する論法」
そのように言われると深く反省。そんなに重い発言とは思わなかった。

このスレ内容が内容だけにうっかりしたこと書けないね。
362名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 00:57:47
自浄作用を通り越して破壊するなよ。
363名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 01:13:41
>>360
F田一派ではないです。私は檀家が気になる。紅白まんじゅうの件は檀家にしてみたら嫌な話だ。
それに今までお世話になった奥方だったらやっぱり檀家は味方してくれているのかと。
しかし322-323でお互いがぶちまけてると書いてあったし喪が明ける前からの話となれば
たしか前住職のF貝先生は4年前に亡くなったということだから結構長い。
何年も解決してないのであれば檀家は嫌じゃないのかなぁ。
364名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 01:39:34
奥方は絶対悪くない。
F貝先生のことまで悪く言ってる住職がどうかしてる。
365名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 01:43:28
もうこの話題は終わろう。
2ちゃんねるではなしても解決しない。
今後の宗務庁の対応に注目しよう。
いろいろな組織で問題にしてほしい。
366名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 01:45:39
もう寝る。おやすみ。
367名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 01:49:06
称名念仏からすっかり外れてる。
もとに戻してよけちゃっぷ君。
368けちゃっぷ(ニセモノ):2005/07/12(火) 06:47:17
破戒しても念仏すれば往生できます
369名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 06:49:01
>>367
けちゃっぷに頼ってる時点でこのスレは終わってると思うが。
370名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 08:39:09
>>363
檀家をたぶらかすことに掛けてはプロですからね。
奥方も、檀家に対して救済を求めるほど馬鹿じゃない。
奥方にとって、檀家とは救済する対象であって救済を求めてはならない
という寺族の根性があったのでしょう。

>>365
2chで問題提起したほうがいいと思うのだけど?今後の対応といっても
腐った宗務庁や寺院はそれをもみ潰そうとしているのだから。
刑事告発なら当事者でなくとも出来るんだよ。
2chには寺院の権力は及ばない。だからいいんだ。
371名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 08:57:11
F田て誰だ?
等級の高い寺院?
京都?
怠け者?
○中に次ぐB大での地位がある?
イタ電?
大本教?
「きちがいばばぁ」などの中傷が好きな人物?

このキーワードをもとに晒しちゃえ。個人情報暴露しても軽微な科料ですむ。
晒された方はもう終わりだ。(プゲラ  つーか個人情報暴露したひとを追及
する過程で、○△一派はどんどん落ちていくわけだが。

こんな奴ら僧侶として存在しちゃならんのだ。そんな糞宗務庁を擁する浄土宗
自体解体されるべきなんだ。
372名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 09:07:40
>>370
そんなにいい奥方であれば本当にかわいそう。
なんとか出来ないの?
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
F貝先生が亡くなられたことが残念でならない。
奥方の心労ははかりしれませんね。
373名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 09:10:46
>>367
浄土宗からは外れてないよ。こんな汚い宗派なら信者さんがかわいそうだ。
「念仏そのものには何の影響もない、個人の問題だ」と説教する人が登場
しそうだけど、それは腐ったものを容認してしまうというほろびへの道だ。
374名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 09:19:16
もう一気に晒してしまおうぜ。
F田はインド学だから浄土学が理解できていない。だからF貝先生の学術水準
など知る由もなかったんだ。A・S・F貝の三人の通り過ぎざまに、F田が「クルクルパー」
した現場を語る人もいる。要するにくず人間なんだ。でもだまされている人も多いんだよな。

そういう人の目をさます必要があるだろね。
375名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 10:12:20
事実関係を把握したいのですが、奥方は弁護士などに相談されたのでしょうか?
追い出しや紅白饅頭その他の証拠保全がなされているのでしょうか?
宗務庁の言動を証明する人が居るのでしょうか?

もしそのF田一派?を追求し、宗務庁の責任を問われたいのであれば、いくらでも
方法があります。二人とも住職の地位を退いていただくことも出来ます。社会的な
道義を問うことも出来ます。どちらにしても、彼らに失脚していただくことは造作も
ないことです。
376名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 10:25:03
週刊誌ネタとしても面白いな。こうして潰されていけばいいんだ。
377名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 11:14:17
自浄作用とは思えないけどね・・・
結局、隠れたところから告発しても力はないよ
時代は個人の英雄的な犠牲によって変わるものさ
法然上人の世にも落首はあっただろうけど、それは後の学者が
面白がるだけで、「現代」を変える力にはなりえなかったのさ
378名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 11:33:21
>>377
>自浄作用とは思えないけどね・・・
>結局、隠れたところから告発しても力はないよ

誰もそんなたいそれたこと考えていないって。告発しても大勢は変えられん
だろうが、当事者に悪行の報いを受けさせるには十分すぎる。また、彼らを
弄ることで溜飲の下がる人が居るのもたしかみたいだ。
379名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 11:41:29
F田の情報まだぁーー?
380名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 12:26:23
>>375
紅白饅頭のことはその寺の関係者に配られたわけだから、証拠として成立すると思う。
追い出しや宗務庁の発言がもし本当なら奥方が証言すればいいのではないか。

381名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 12:33:27
宗務庁の発言って本当のこと?
誰か他に聞いたという人はいるのか?
本当だとしたら問題だ。

382名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 15:46:51
「寺門興隆」に載りそうな話題なのか?
383名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 15:51:45
載りそうだね。あれゴシップ大好きだから。
384名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 16:13:34

浄土宗のみなさんは「阿頼耶識」については、どのくらい知っておられるのですか?
385名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 16:20:47
>>384
京都市に住んでいたら、F田が誰のことを言っているのかを知っている。
それと同じぐらい阿羅耶識については知っているだろう。
386名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 16:29:07
「寺門興隆」に情報流すのも面白い。
どうすれば有効か?
387名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 17:14:42
388名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 19:55:03
>>384 質問の意図は?
389名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 20:56:03
>>255
> 浄土宗は徳川家というビックスポンサーがいたから繁栄できて、
> 教えも日本に広まることができたのか?
> それとも、教えそのものが日本人の心に適うものであったから
> 広まったのか?

徳川の時代に、政治的に拡大したのは歴史上有名な話。
おかげで、西山派などはずいぶん強制的に鎮西に変えさせられた。
念仏の解釈など、法然の弟子のなかでもいろいろあったが、
徳川のおかげで飛躍的に大きくなった鎮西が力をもった。
教義的に支持を受けて大きくなったわけでも、
鎮西が法然の正統な系統を伝えているわけでもない。
むしろ、今の浄土宗鎮西派は法然の教えより、通仏教の影響が強く、
習俗や民族宗教や他宗の要素がずいぶんと入ってしまい、
それを排除できないくらいに根が深くはびこってしまった。
学会などの発表を聞いていると、法然の教えと矛盾する内容は、
うまくごまかして、法然義と、通仏教義と、使い分けてる。
過去の歴史はしかたないとしても、
現状に対する批判精神を持てないほど、
徳川の時代の安泰は、あの法然のすばらしい精神を失わせてしまった。
390牛飼い:2005/07/12(火) 21:46:58
>>389
おい、徳川氏の悪口言うな!俺に対する侮辱でもあるぞ。
391名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 22:49:44
今夜は静かだね。何かあったの?
392名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 23:12:12
225 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2005/07/07(木) 17:00:55
>224
オマエか確か自分の血統を威張ってたヤツ
226 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 2005/07/07(木) 17:49:23
>>225
おいおい、今頃血統を威張るヤツなんて、いるわけないだろ。

393名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 23:30:41
>>392
現在でも血統を威張るヤツは存在する。
威張っていわれてもこっちは「ああ、そう。」と思うだけだが、一応
「へーすごいな。」などの反応はしておく。
本人は「すごいだろう。」と鼻高々だ。
もうそんな時代は終わったのにね。
394名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/12(火) 23:32:12
>>389
貴方がこのスレで「あの法然のすばらしい精神」を存分に説いてください。

今の浄土宗が通仏教の影響を受けていると思われる部分とはどのような部分ですか?
法然義と通仏教義は対立、矛盾するのですか?
395愚者ぐしゃ:2005/07/12(火) 23:40:29
無視されるの許容で書いておきます。
私が知る限りでは、法然上人は、まず「浄土門ありき」だったと思います。
すなわち、金やヒマや能力がない人間が「空」を知るための、現実の価値観を
相対化できるための方法が必要なことにまず思い至られた。その後、その根拠を
捜し続けて善導大師と出会ったのだと考えています。
396名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 12:15:46
>>395
違うと思うな。
法然は、自分は何をやってもあかん阿呆ボケ間抜けの根性なしで、底抜けの劣等生だと
悟ったんだ。

出家自体自分にとって無意味で、税金(年貢)の無駄遣いで申し訳ない。
生きる価値のない、仏道を歩むなんてたいそれたことすべきじゃなかった。法然の糟!
ハクチ!!きちがい!!

と思っているときに善導の観経疏に出会い、これなら戒も守れない、ちゃんと禅定も
出来ない、なんぼ勉強しても次から次へと抜けていくチンカスのボクでも阿彌陀さまが
救って下さるかも、、、〜〜〜〜(TOT)と思った。そしてその晩泣きながら就寝したら夢枕に
下半身金メッキした善導が川の向こうに立ってなにかホザイタ。

「阿彌陀佛はお前みたいなアホボケ間抜けこそ救うのだと誓願されたのだ。
彌陀本誓願の正機とはお前みたいなチンカスなのだ。安心しろ。わしの姿を
ミロ。下半身がウズウズじゃなくて、光明変刷りになってるだろ?そしてな、
この川を渡るときは一人でもいいから道連れにして溺れてしまえ」

という事だ。
397名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 15:15:39
>>396
吹田市にある○善寺の住職の話か?
398名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 16:17:07
>>396
下品な言葉というのは全く悪徳を醸し出しますな。
「南無阿弥陀仏」は万徳無漏の徳の高い言葉というが・・・
ホントに救われたい。
399名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 17:01:34
>>398
あなたは阿弥陀仏では救われないでしょう。
なぜなら、>>369の真意をつかめないから。
ケチャップさん含む大多数は異議がないと思いますよ。

○田は上品な言葉を巧みに使い、悪行をなすのです。
あなたは彼にころっと騙されるタイプですな。
400名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 18:07:41
>396
お見事!
こういう布教実演を布教師養成講座で教えてもらいたい。
少僧都や律師の養成講座の講師たちにもこれぐらいお下品にやっていただければ
受者の頭にすっきりはいるであらう。
401名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 18:10:09
>399
おためごかし、という言葉は彼のためにあるような言葉ですね。
その他、妄語、綺語、悪口、両舌、ぜんぶあてはるんじゃない?
402名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 18:12:12
>>399 よぉ。
そんなに威張るな。
如来の心は、「大慈悲、是也」じゃ。
403名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 18:18:48
>>402
如来の大悲は五逆罪には灌がない。
404名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 18:58:51
>>398

もし
>下品な言葉というのは全く悪徳を醸し出しますな。
このようにお感じになられるのでしたら、あなたには浄土門は不要だと感じます。
事実確認なしに、このように他人の悪徳を一般化し断定するのは大罪だ、と仏教では
説いており、きつく戒めております。

下品な言葉には教導効果があるのはよく知られたことでもあり、彼の発言には浄土門
の真髄が語られています。それを見抜けず悪徳だというのであれば、弥陀本誓願に
漏れ候ですよ。

あなたは一体なにから救われたいと思うのですか?「罪悪生死の凡夫」の自覚はありますか?
おそらくないでしょうね。あなたが出家だとすれば、檀家さん信者さんにはいい迷惑なので
還俗をお考え下さい。
405名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 19:08:33
>398
400だが、漏れも404に同意だ。
比喩的にいうと、法然上人は泥まみれ、糞まみれ、ボロボロになって念仏の教えにたどり着いた。
澄ましこんで、お上品に着飾ってお念仏を見出したんじゃない。
法然上人はかっこつけ、お上品(ブル)ところからは正反対のところにいてる。

それをさぞ取り澄まして「すばらしいことでございます」などとほざいている布教師たちを見ていると
虫酸がはしるわい。

ところで>396 にどんな悪徳がかもしだされているっちゅーのよ。いってごらん。
悪徳なんてなんも感じないぞ。
406名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 19:46:31
>>404
さぞ、檀家や信者のためになる浄土宗の坊さんなんだろうな。

>>405
実際、396 のような言葉使いで法話できるものかね?
鈍感になってないか?
407名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 19:54:39
>>404
檀家や信者のためになってる浄土宗のお坊さんってどれくらいいるんだ?
オマエは別格として。
408名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:04:04
考えすぎかもしれませんが、>>398 が関西人であるかどうかで、聞こえ方がちがうのではないでしょうか。
409名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:13:58
>>399,400 は 396に共感を覚えた。398 は違和感を覚えた。
ということではないかい?
人柄の違いでしょう?
410名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:19:25
>>408
関西人なら、あの言葉づかいは普通ですね。大阪の布教師共通言語です。

大体、

浄土門は下品中の下品
聖道門は上品中の上品

ですから。あれが標準ですね。浄土門つまり誓願の懐の深さ、暖かさを感じるよ。
411名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:22:33
>>410
せやけど、大阪の布教師にはあの内容のお説教は期待でけへんで。
何でてか?それは阿呆馬鹿陳問屋、お前の母さんでべそやからや。

わかったか?
412名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:27:34
やっぱり、下品な言葉って悪徳を呼び寄せるんじゃないか?
398はある意味、的を得ている。
413名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:30:39
あの内容とはな、全体やちゅーたらそうなんやけど、特に

>そしてな、この川を渡るときは一人でもいいから道連れにして溺れてしまえ

この箇所や。通仏教、浄土教を広く深く勉強して本人も苦しんでないと絶対に
出てけえへん言い分や。大概の浄土学の学者は文句つけるな。F貝先生以外は。
414名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:31:20
>>412
なぜ?
415名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:34:55
>>412
あんたには「下品な言葉」など、言葉について言及する資格はありません。
だって、日本語知らないみたいなんだもん。
416名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:47:36
>413
このスレのずっと上の方の、能化に関する議論と同類の問題ですね。
このこと、理解できる人は、ほとんどいてへんやろ。
417名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 20:53:17
>412
そんで、どないな悪徳をよびよせてるっちゅーねん。
いってみんかい。
418名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:01:56
>>416
そうですね。能化に関する議論につながりますね。でもここに来て少し捻りが
必要になるような気がします。苦しんでいる法然に対してなぜ「溺れろ」という
能化の自覚を促すのかという疑問が生じます。もう少しカンギョウショを深く
読む必要がありそうですが、もしかして、念仏者は悉く能化あるいはそれに準じる
道を歩みなさいという意図があるのかもしれません。

それ以降、法然は善導のみ姿のみを見続けていたのかもしれません。考えさせ
られることが多いですね。
419名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:02:14
>417
類は友を呼ぶってことじゃないか?
420名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:05:24
>>419
類は友を呼んで、高度な浄土学が展開されようとしていますが?
421名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:16:53
>420
そんじゃ、論文でも書きなさい。笑止。
422名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:18:59
>>421
はい、はい、そのような物言いがお上品なのですね。
お上品一匹お持ち帰りねがいまーす。
423名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:19:17
>>420
そんじゃ、論文にでも実践法話にでもしてみなさい。笑止。
424名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:22:07
>>422
「お上品?」、丁寧語、標準語で十分だろう。
425名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:23:38
>>423
内容のない、唯の中傷を「悪」と言います。その悪は能く下品を呵責して虚栄を張り、正法を曇らすのです。
426名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:24:53
>>424
本人は日本語を知らないんだから上品だと思っているのでしょう。
427名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:30:51
>>425
「悪」の定義までしちゃうんだ。
「呵責」「正法を曇らす」って言葉まで使って・・・。
立派だね。

428名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 21:48:44
>420-421、423、427
こういう粘着なレスのつけ方をどっかで見たことがあるよなきがする。
おもいだせねえや。気がついたひと誰かいないでつか。
429名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:00:00
>>427
いや、悪かった。あんたは日本語が出来ない(*1)だけじゃなく、脳味噌そのものが不自由(*2)だったんだ。

(*1)誤「的を得る」→「的を射る」
(*2)「悪」の定義なぞ誰もしていない。中傷と言う行為の善悪を評価しただけ。
    定義だあるなら、「悪とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・である」となる。

それにまだ内容のないことを垂れ流し、正法を汚している。
430名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:09:46
>>429
そっか、謝ればいいよ。ははは、笑えるよ。
「定義だある」→「定義である」
431名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:16:24
人生のリフォームはみのもんたでよかったっけ。
432名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:16:31
>>430
誤字脱字と指摘2つについては天地の違いがある。
相変わらず内容のない発言だね。とことんテイノウ君よ。
そこまで非論理的な奴も珍しい。

非論理的以前に脳味噌空っぽか。(プゲラ
433名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:20:25
「的を得る」は、

「正鵠を失す」→(失の対義語は得)→「正鵠を得る」→(正鵠=的)→「的を得る」と派生したものだから必ずしも間違いとは言えない、

という意見もある。
434名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:22:13
>>432
果たしてそうかな?
435名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:24:23
>433
正鵠を射るともいいますな。そもそも正鵠とは的の中心だから。
436名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:24:43
そんなややこしいこと言わんと念仏しようよ・・・
437名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:25:28
>>433
それは完全に却下されています。射的の的を射るから来ているのは明白であり、別筋は全く関係ありません。
そんな屁理屈が通るとはSenior High Schoolへ逝ったのですか?

で、その意見のソースは?けけけ。
438名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:27:04
「正鵠を失す」と「正鵠を誤る」。どちらが正しいの?
439名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:27:39
>>434
全くその通りだけど?「誤字脱字」と完全な「間違いと定義という概念を知らずに運用」とでは
超えられない大きな壁がある。つまりあんたは脳味噌弱者ということだ。
440名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:28:00
>433 のちゃちゃいれはすっげ粘着。やっぱりみおぼえあるわ。
441名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:37:10
ここは「揚げ足を取る」スレッドになってしまったね。笑えるよ。ははは。
浄土宗でも、こんなことに異常な反応する坊さんいるんだね。
坊さんなんだろうな・・・学歴コンプレックスあったりして?
442名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:38:03
>>440
あの手の屁理屈居直りはF田に似てるな。何でもかんでも言い訳しよる。
T大の時からそうだった。(東大とちゃうぞ)
443名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:39:11
>>441
浄土宗の坊主は糞坊主だよ。
444名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:40:34
スルーで、高度な浄土学の展開があるかと思ったけどな?
445名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:40:40
>442
ということは、みのもんたと問題の人とはよくにてるわけね。
誰か覚えてる人いない?
446名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:42:15
>>434

>果たしてそうかな?
じゃ早く以下の指摘に対して反論してみろよ。出来ないだろ?
物事の筋道をたてて考える能力のない能梅毒の癖に偉そうに言うな。カス!!

>(*2)「悪」の定義なぞ誰もしていない。中傷と言う行為の善悪を評価しただけ。
>    定義だあるなら、「悪とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・である」となる。

447名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:45:00
>>443
糞坊主だからせめて一生懸命念仏するしか出来ないのですが、何か?
448名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:45:10
いったい >427 は何が言いたかったのだろう。
「呵責」や「正法を曇らす」という表現を使うことに何か問題でもあるのか?
問題があるんな書いてもらわないと何が言いたいのかわからないぞ。
449名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:46:03
どうも当事者二人が書き込んでる気がする。
二人ともかなり頭が悪いんだね。
権力を振りかざして人を制御して来た人種だからね。
こんな言論だけの場では糞の役にも立たない脳味噌
だということが立証されているのかも。
450名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:49:16
>>447
何かも糞もないだろ。それしか能がないのなら、能化をやめろ。
お布施泥棒だぞ。自分のケツは自分で拭け。頭悪いな。汚らわしい。
451名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:54:16
>>450
お前、お布施の意味分かって言ってるのか?
452名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:58:32
>>451
解ってるが?何が言いたい?また屁理屈炸裂か?
このテイノウ。
453名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 22:59:59
>>451
それよりも先に>>446に答えろよ。卑怯者。腰抜け。
454名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:00:23
>451
450のいう意味はここの住人ならたいがい分かるとおもうよ。
お布施の意味をわかっているかと問うなら、君の知っている意味をおしえてくれたまえ。
455名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:02:03
もしかしてジサクジエンが山盛りいるのか?
456名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:02:43
>>451
そのような問い返し、お前は全く布施の意味が解ってないと思う。
いや、お前には理解する能力がないと言うべきだろう。
457名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:04:34
>>455
ジサクジエンはお前。早く>>446に答えろよ。チンカス以下野郎め。
458名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:06:15
>>455
ジサクジエンがこれだけするのはしんどいっしょ。
あんた側は特定できるけどね。(プゲラ
459名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:06:48
ははは。笑止。みんな若いんだろうなぁ。
460名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:07:57
>>451
あ、解った。おまえの言うお布施の意味は

檀家をだまくらかして、得た金銭だな?
461名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:10:46
>>459
>ははは。笑止。みんな若いんだろうなぁ。

何が笑止なんだかワカランが、あんたの予測は多分間違っている。
多くの証拠や真実を握った人が、じわじわと追い詰めている構図が私には見える。
正直腸煮えくり返ってる部分あるからね。
462名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/13(水) 23:23:02
的を得た人みたいなアホばっかりで物足りんな。
こんな薄ら馬鹿がF貝先生の奥方を追い出したのか。
463けちゃっぷ:2005/07/14(木) 00:11:22
怒りは懺悔すべきものです。
怒りまるだしな態度を平気で表現するのは、よくないと思います。
うっかり怒りが出てしまったのと、怒りを放し飼いにするのとは、全然ちがいます。
464名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 00:15:36
>>463
結果は一緒だわさ
465名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 00:19:54
>463
>460-462のカキコをしたひとは感情が抑制されているよ。
それより、この流れの発端になった >396 に対する、けちゃっぷちゃんの感想を聞きたいものだな。


466名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 00:28:37
聖号。念仏して自浄吾意しましょう。合掌
467名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 01:14:47
>>404
>比喩的にいうと、法然上人は泥まみれ、糞まみれ、ボロボロになって念仏の教えにたどり着いた。
>澄ましこんで、お上品に着飾ってお念仏を見出したんじゃない。
>法然上人はかっこつけ、お上品(ブル)ところからは正反対のところにいてる。

ここの所、具体的な証拠はあるのですか?
後世の伝記の付加ではなく、実際に民衆の中に入って泥まみれ、糞まみれ、ボロボロになったという記述はあるのでしょうか?
京都四条の河原で寝起きしていた念仏聖はまさに文字通り泥まみれになったでしょうし、ハンセン病患者等の救済に
力を尽くしたという叡尊、忍性といった人たちはその可能性もあるかと思いますが、法然は比叡山でひたすら一切教を読んで
いたと聞いたんですが。
468名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 01:25:47
>そっか、謝ればいいよ。ははは、笑えるよ。

>とことんテイノウ君よ。

>非論理的以前に脳味噌空っぽか。(プゲラ

>で、その意見のソースは?けけけ

>脳味噌弱者ということだ。

>頭悪いな。汚らわしい。

>何が言いたい?また屁理屈炸裂か? このテイノウ。

>。卑怯者。腰抜け。

>チンカス以下野郎め。

>>396以降を読むと、下品な言葉というのは全く悪徳を醸し出す、ということは実感できます。
469名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 07:34:16
>>468
了解。悪徳を醸し出すという意味が理解できました。
内容を全くみずに、考えることなど遠くに忘れ去り、たでそのような言葉を列挙して
相手を非難して悦に浸るあなたのような悪徳者が醸し出されるのですね。

なるほど。あれに共感する人も多いのに。
でも、あんた完全に対象をすり替えていますよ。本当に物事を考える能力が
おありになるのかどうか疑問ですね。
470電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :2005/07/14(木) 07:44:33
面白いことになっていますね。見物させていただきます。

けちゃっぷさん。内容をつかめずに無責任なことは言わないで欲しい。
無知ならば無知でいい。でもその無知を省みずずさんな根拠のない
評価を下すのはよくないよ。
471名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 07:51:11
>>467
もう少し読解力を養った方が、皆さんの迷惑にならないと思ふ。
472けちゃっぷ:2005/07/14(木) 08:20:13
>>470 >463のことでしょうか。文字面だけだと怒ってるのかと思えるレスもあったので。
473名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 08:56:14
>467
こういう誤解を避けるためにわざわざ
比 喩 的 に い う と
と付け加えたのに。困った人だね。
474名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 08:58:21
そうか、467ではご丁寧にも
文字通り
というわけね。悪意ある意図的な誤読というわけか。
475名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 10:29:04
>>474
>文字通り
そうでも無いみたいですよ。

>後世の伝記の付加ではなく、実際に民衆の中に入って泥まみれ

という発言はありません。完全な悪意の捏造付加です。404はそんなこといっていない。
476名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 10:32:10
>>472
文字面?やっぽり、その程度の認識しかなかったのですね。
文字面だけでは絶対に真実はみえてきません。あなたの浄土教にかんする知見と同じですね。
477名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 11:23:12
>>467
あなたの読解力のなさと、読み替える悪意は別にして、

>ここの所、具体的な証拠はあるのですか?
「具体的な証拠」とは何ですか?典拠のことを仰っているのでしょうか?それとも

>後世の伝記の付加ではなく、
のように、文献学や資料学の洗礼後の結論を求めているのでしょうか?どちらにしろ
「具体的な証拠」と言うのはピンと外れな用法ですね。あまり学問的な手続きの経験が
ないか、その世界をお知りにならないのでしょうけど、それならもっと謙虚になるべきです。

叡尊、忍性に関しては戒律復興などの視点で捉えないと唯の可能性だけで考えてはいけません。
社会福祉の観点から研究する人が居ますが、それは仏教をわかっていない、唯の自己満足です。
478けちゃっぷ:2005/07/14(木) 12:19:01
>>476 真実がどうかという点ではなくて、判明した真実と感情(特に怒り)を結合する点が、仏教徒としてはよろしくないと思ったのですが。
別に怒っていないヨというのなら、それを信じますが。
479名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 12:28:08
>>478
真実が大切なのです。住職が他界された途端、四十九日も待たず寺族を追い出し、
新住職を据えたと思ったらこれまた四十九日を待たずに紅白饅頭を配るという行為は
仏教徒として許せるのですか?また宗務庁が寺族に対して馬鹿にした口調で出て行け
といったことを仏教徒として許せるのでしょうか?

けちゃっぷさん。あんたには物事を見る目は無いのですか?
480:2005/07/14(木) 12:29:27
>>478
こいつ広島県の田舎者。
怒り、暴力行為は低能者のすること、民度が低い、などと解釈していること自体、仏教指導者としては向かない。
頭の中お花畑三昧思想は、けちゃっぷの雑界特性です。
481名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 12:39:45
F田の情報まだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?
482けちゃっぷ:2005/07/14(木) 12:45:37
>>479 許す許さない以前に、まず感情的にならないようにしようと努めるべきだと思います。
483牛飼い:2005/07/14(木) 12:46:09
>>479
あなたいいね〜。純粋な特性の持ち主だね。けちゃっぷ氏とは大違い。
俺と組まない?いい結界が出来ると思うのだが。救世事業推進の時はおれとやろうぜ!
これより、あんたの固定H.N望む。
484けちゃっぷ:2005/07/14(木) 12:56:51
>>480 民度が低いとは言ってないですが。
煩悩には常に注意すべきだと思います。
485名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:01:12
>>482
感情的だとあなたが見るのであれば、もう少し自己洞察があなたには必要なようです。
何年も前のことで感情的になれるのでしょうか?要するに、当事者の一方を攻め立て、
あるいは揶揄し、あるいはおちょくって楽しんでいるのです。

勿論目的はそんなところにはありませんが。けちゃっぷさんは係わらない方がよろしい。
486牛飼い:2005/07/14(木) 13:08:41
阿修羅はもともと神様だったからな〜
軍神はこの階級が多い^^;
487名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:09:29
新住職は水子供養もするらしい。
488牛飼い:2005/07/14(木) 13:24:42
俺も水子を供養する派だよ。十つき十日の出産6ヶ月前に魂が入るので、それ以下の期間に中絶しても
なんら問題はない(供養する必要などない)、とする聖者もいるが・・

しかし、生命現象というのは、神の意思なくしては起きない現象だから。水子は供養(供儀)するべし!
489名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:31:00
>488,483
カルト君、いい結解ってなに?水子供養?せいぜい霊感商法でもしてな。
何考えてんだか。

>487
それは事実ですか?あの寺の歴代がどういう人だったのか現住にはまったく自覚がないみたいですね。
あの寺と関係のあるなんちゃら会という寺院のグループがあったはずだけど、そこの長老たちは文句をいわないのか?
490名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:32:51
489
結解は結界のまちがい。スマソ
491牛飼い:2005/07/14(木) 13:42:36
>>489 おまえは意味不明。ここは素人が来るところではないぞ。
492名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:43:34
>489
ここは霊感商法野郎がくるところでもない。
493名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:48:09
>483
けちゃっぷの純粋さが分からないくせによく言うよな。
494名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 13:54:15
>>469
>考えることなど遠くに忘れ去り
これは誰が何を「考えることなど遠くに忘れ去り」なのでしょうか。
レスのある部分を書かなかったからと言って、考えることなど遠くに忘れ去ることになるという論拠がないし、
もし私が「考えることなど遠くに忘れ去」ったならば、それは私にしかわからないはずです。また

>相手を非難して悦に浸るあなたのような
とありますが、私が「非難している」かつ「悦に浸る」という、その証拠を示してください。
あなたは私の文章を見て「非難して悦に浸る」私を思い描いたのだと思いますが、それはあなた自身が作り上げた観念です。
真実は、「下品な言葉は下品な言葉を招く」という事実を再確認できたということだけです。
そのサンプルが>>396以降のスレの流れにあるのです。
495名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:05:14
>>489
ご詠歌ですよ。水子地蔵和賛を詠じるのです。
問題視されているこのご詠歌をHPに載せるのはいかなる神経をしているのか、それとも
ただの馬鹿なのか。

詳しくは当該HP(重い、センスがない、構成がドシロウト丸出し)の行事予定をご覧下さい。
496名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:08:18
>494
>下品な言葉は下品な言葉を招く
という感想は君のものだね。
そんな感想が何の役に立つのかね?ああそうですか、で終わりですよ。

396は見事に浄土宗義の核心をついているよ。君は浄土宗教師ではないね。もしも浄土宗教師だとするなら
加行で聞いたことをきれいさっぱり忘れているんだねぇ。
内容について分からないから表面的なことにしか目が行かないんだろうね。可愛そうに。
下品な言葉であれ、上品な言葉であれ、真実を的確に伝えることができる。
逆に言葉のうわべがどれだけ上品であろうと、綺語・両舌・妄語になる。

そんな君には論語の一句をはなむけしよう 「巧言令色鮮矣仁」。

497牛飼い:2005/07/14(木) 14:09:19
>>495 貴方の主催しているHPあるのか?ここにURL貼ってくれ!
498名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:12:36
>>494
なにが言いたいのでしょうか?証拠?論拠?また頭が悪い証明をしに来たのですか?
本当に哀れですね。言論の場では言論そのものが評価対象になるのですよ。それ以外の
あなたのことなんかしったこっちゃない。なにを偉ぶってるのでしょうか?「本当の俺は
こんなに偉いんだぞー」とでも言いたいのでしょうか?汚らわしい人ですね。

そもそも、証拠、論拠の違いってわかってますか?

>真実は、「下品な言葉は下品な言葉を招く」という事実を再確認できたということだけです。
>そのサンプルが>>396以降のスレの流れにあるのです。

ものすごっく阿呆ですね。あなたは議論の対象にもならない。筋道をたてて考えることが出来ないのですから。
499名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:13:23
怨みは怨みを招き、怒りは怒りを招く、下品な言葉は、下品な言葉を呼び寄せます。
たとえばゴミ一つ落ちていない、常に誰かによって清潔に保たれたれている場所は、ゴミを捨てることがためらわれます。
しかし道ばたや植え込みでも誰か不届きな者がゴミを捨てると、それに釣られて次々とゴミを投棄する者があらわれ
ついにはそこがゴミ捨て場のようになってしまう。
仏教徒ならばこの連鎖、悪循環を断ち切る努力を惜しまないようにしなければなりません。
500名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:19:03
>499
あんた、アフォだなぁ。同じことを繰返すしか能がないの?
下品な言葉と君が感じたんならしょうがないが、
下品な言葉であれ、それが真実核心をついていれば、そして核心をえぐるのに必要な言葉遣いであれば
有用なものでしょ。

真実虚偽や有益有害の区別と、下品上品の区別はまったく意味がちがう。

>496にこたえてみなよ。
501名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:22:54
>>499
さて、下品な言葉とはなんでしょうか?何をさして下品だとあなたは判断するのでしょうか?
下品な言葉には現にな言葉を呼び寄せるとあるのなら、あなたの発言も下品な言葉になるの
ですよ。

あなたに大切なこと。下品とは何であるかを見極めることです。かの発言を下品であると
言うのなら、あなたには浄土教は必要ありません。そもそも発言に下品も上品もありません。
そう感じるのはあなたの煩悩であり、穢れた心から由来するのです。

それで、↓はなんですか?

>仏教徒ならばこの連鎖、悪循環を断ち切る努力を惜しまないようにしなければなりません。
論点先取した上に、勝手に間違った評価を下しているその姿は仏教徒でもない。
汚らわしくて醜いだけですよ。
502牛飼い:2005/07/14(木) 14:24:13
誰が誰やら、わからんわい(笑)
503名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:28:56
F田派はいないのー?
504名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:29:17
>>496
感想ではなく事実です。>>468がその指摘です。
あなたは仏教徒であることを忘れてしまったようです。
たとえ真実であろうとも言葉を選んで説かれねばなりません。

「最上の善い言葉を語れ。これが第一である。正しい理を語れ、理に反することを語るな。これが第二である。
好ましい言葉を語れ。好ましからぬ言葉を語るな。これが第三である。真実を語れ。偽りを語るな。これが第四である。」
(『ブッダのことば』スッタニパータ450)
「かれ(法蔵菩薩)は求道者のおこないを実行しながら、自分や他人や自他の両方を傷つけるような言葉を口に出すのを
やめて、自分や他人や自他両方に利益と幸福をもたらすような言葉を口にすること、そのことだけにいそしんでいた。」
(『浄土三部経』無量寿経梵文和訳)
505名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:30:02
>>503
ここは反F田で満ちている。
506名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:31:18
宗務庁の発言は本当か?
奥方は追い出されて、その後どのようにしているの?
507名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:33:38
>504
>たとえ真実であろうとも言葉を選んで説かれねばなりません。
その通り。どのような荒々しい言葉、一見人を傷つけるような言葉であっても、
それによって適切な效果があれば、ためらわずに用いる必要があるでしょう。

君は、表面しか見えていない。
きっとわざと表面しか見ないようにしているんだね。
論点先取、すり替え、まるで批判のための批判。
508名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:35:42
>>504
そのことなら誰かが指摘したはず、「自身は三学の器にあらず」の説明と、>>468はどうリンクするのですか?
その混同すり替えがあなたにはある。混同やすり替えにはある隠された動機があります。それを分析すれば、
あなたの立場もすぐわかるのですが、それにはお気づきになっておられませんか?

スッタニパータなど、今遡上にはありません。あなたは「下品な言葉」をどう定義し意味づけておられますか?
509名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:39:55
ここに書かれていることは事実なのか?
もし本当なら浄土宗全体で問題にしなければならない。
これは住職を亡くした寺族問題の中でもかなり悪質なケースだ。
解決できずに何年も放置してるとなれば宗務庁の責任を問わなければならない。

510名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:49:57
>>499
それではF貝先生の奥方に対して「くそばばぁ」と罵り、周囲に非難中傷を撒き散らした一派をどう思うのですか?
511牛飼い:2005/07/14(木) 14:50:53
皆さん雄弁ですね〜。弁舌の鬼。
俺は口下手ですが〜
512名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:57:17
>>509
真実ですよ。四十九日以前に起こった出来事です。
513名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 14:58:00
煩悩具足の皆さんへ

http://feeds.directsex.com/res/all/ds.asp?room=2 

メモ帳にコピペで拡張子はhtml
ルームNoは各自好きなのに変更しる!

<html>
<head>
<meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=shift_jis">
<title></title>
</head>
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<frame src="http://feeds.directsex.com/res/all/ds.asp?room=15" name="rightFrame">
<frame src="http://feeds.directsex.com/res/all/ds.asp?room=18" name="rightFrame">
<frame src="http://feeds.directsex.com/res/all/ds.asp?room=14" name="rightFrame">
</frameset>
</html>
514名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:01:37
自分を苦しめ他人も苦しめ、一般的にも不快であると感じさせる言葉が下品な言葉でしょう。

>比喩的にいうと、法然上人は泥まみれ、糞まみれ、ボロボロになって念仏の教えにたどり着いた。
>澄ましこんで、お上品に着飾ってお念仏を見出したんじゃない。
>法然上人はかっこつけ、お上品(ブル)ところからは正反対のところにいてる。

たとえ上記の通りだとして、掲示板に下品な言葉を書き連ねて書き込んでいいという論拠には成りません。
「法然上人はかっこつけ、お上品(ブル)ところからは正反対のところにいてる」と考えるからといって、
下品な言葉で書き込むことが仏教として正しい論拠には成らない。混同すり替えがあります。
もし下品な言葉遣いで仏法を説いて善いというなら、残された法然の消息類に>>468と同類の言葉がたくさんあるはずです。
またスッタニパータ等仏典も同類の言葉で書かれているはずでしょう。ところがそうではありません。
たとえまわりのすべての同行、同胞の者が百千万の荒々しい言葉でもって非難挑発しようとも、たった独りでもそれに同じて
荒々しい言葉で返すことがないように、というのが仏教徒の覚悟でしょう。
515名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:02:51
>514
みごとにすり替えやってるね。自分でやっててはずかしくない?
516名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:04:15
>514
ちなみに>396は
>自分を苦しめ他人も苦しめ、一般的にも不快であると感じさせる言葉が下品な言葉でしょう。
ではありませんよ。なるほどと得心させるものでした。
517名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:05:36
F貝先生の給料で建てた建造物がある。現在はそこにお住まいらしい。

惜しいかな名義が寺のものになっているので、新住職は
「お情けで置いてやってる。本当は出て行けと言えるんだ!!」
と攻め立てているらしい。

奥方は仏道を求め、確か加行を済まされたと聞く。
518名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:10:48
>>514
>自分を苦しめ他人も苦しめ、一般的にも不快であると感じさせる言葉が下品な言葉でしょう。
あなた一人が不快だと感じていることを一般化しないで頂きたい。詭弁論理学の用例に見る典型的なことしないで欲しい。

>たとえ上記の通りだとして、掲示板に下品な言葉を書き連ねて書き込んでいいという論拠には成りません。
また論拠ですか?あなたは質問対して何一つ答えてはいませんね?あなたの論理矛盾、完全な間違いを
指摘しているのに、恥の上塗りしているのですね。

>またスッタニパータ等仏典も同類の言葉で書かれているはずでしょう。
あなたの発言を見ていますと、絶対にスッタニパータを読めていないでしょうことは明白です。
519名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:12:45
>>510
どう思うも、私はその件をまったく知らないのですから。
そもそもまったく>>368とは関係ない事です。下品な言葉を是とする論拠には成り得ません。

誰かが誰かの周囲に非難中傷を撒き散らしたからといって、それと同じことを返してやれば同じ非難を受けることになります。
法的に問題のあるとことならば、然るべきところへ訴え出ればよい、浄土宗は大きな組織なのだから宗の規定上問題のある
ことならそれを検討する所もあるはずでしょう。

誰かが「周囲に非難中傷を撒き散らした」。>>396以降スレの下品な言葉を是とする論拠が、このことに端を発するなら
まったく嘆かわしい限りです。
520名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:15:24
>>519
×>>368→○>>396ですね。
521名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:15:48
>519
あれぇ?
あなた、>396のことを批判してたんじゃないの?
522名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:16:10
>>519
訴え出るところが不法行為をしているのだから問題にしているのですよ。
それを読めなかったのですか?
523名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:19:49
>519
批判対象を混同したらダメですよ。
>468で
>>>396以降を読むと、下品な言葉というのは全く悪徳を醸し出す、ということは実感できます。
なんていうものだから、あの表現をつついているものだと思って対応していたのですよ。レス番号を明示して。
あなたの批判対象は最初から別のところにあったわけですね。
そりゃ、すり替え、強弁、何でもあり。まともな議論はできないはずだ。
意図してやってたら、あなたに元からほとんどない論理性がマイナスになっちゃいますよ。
524名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:20:23
>>519
そして、浄土宗そのものを法的に問題にしようという動きがあるのです。
あなたの思いは非常に狭い一部分なのです。
525名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:26:11
>>518
>あなた一人が不快だと感じていることを一般化しないで頂きたい。詭弁論理学の用例に見る典型的なことしないで欲しい。

一般化はしていません。私が不快に感じるのです。それで充分です。
その他の人が>>396>>468を見てどう感じるかは推して知るしか有りません。

>>469
>あれに共感する人も多いのに。
このような書き方が一般化というのです。私にも、この掲示板を読む一般の人にも、その多いというのが、何処において
どの程度の人数で言っていることなのか全く知りようがないのですから。





526名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:30:26
>525=514という認識で発言します。私は518ではありません。
>514
>自分を苦しめ他人も苦しめ、一般的にも不快であると感じさせる言葉が下品な言葉でしょう。
あなたは明確に「一般的にも」と条件をつけていますね。これは
>525
>一般化はしていません。私が不快に感じるのです。それで充分です。
と矛盾しますね。もうちょっと頭を使う訓練したらどうですか?
527名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:32:51
>>525

>一般化はしていません。私が不快に感じるのです。それで充分です。
そうですか。じゃ、あなたの発言、
>自分を苦しめ他人も苦しめ、一般的にも不快であると感じさせる言葉が下品な言葉でしょう。
というのはとう開き直りするのですか?妄語、二枚舌ですね。

>その他の人が>>396>>468を見てどう感じるかは推して知るしか有りません。
憶測であなたは考えるのですか?あなたの言葉は下品を通り越して悪意しか見えませんよ。

>このような書き方が一般化というのです。私にも、この掲示板を読む一般の人にも、その多いというのが、何処において
>どの程度の人数で言っていることなのか全く知りようがないのですから。

都合のいい「一般化」ですね。あれに賛同する発言はあっても、あなたに賛同する発言はありません。
お疲れ様でした。もう阿呆と話すことはないでしょう。時間の無駄だ。つーか何必死になってるの?
528名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 15:49:41
たとえ愚かな私が不快に感じない場合でも、賢い一般の人が不快と感じる場合もあります。
掲示板では一般の人がどう感じるかは、私には知り得ませんが。
私一人が不快で下品だという分には、私一人がそう感じると言うことで充分です。
529名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:01:21
>>528
不快の押し付け表明は、不快そのものよりも遥かに不快であることに気づきなさい。
あなたは黙っていろと言われてるじゃないですか。もうそれ以上発言しないことです。
530名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:07:58
浄土教と水子供養についてお話しませんか?
お念仏は即得往生です。そこには水子なるものが介在する余地を許さないと思うのですが、
水子地蔵和讃などに謡われる内容が浄土教として受容できるのかどうかという点でお話し
たいものです。
531名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:16:38
浄土宗を親鸞的に理解する傾向があって悪を造って憚らない考えに陥る危険があるとの論考を読んだことがあります。
一連の言葉遣いもそうしたことの現れでしょうか。
私的には聖道門の戒めるところは浄土宗においても戒められると考えます。不快な言葉は仏の制するところであります。

法の将軍と言われる舎利弗尊者を讃える言葉です。
「その談話は、丁寧で、障害なく、濁りなく、事柄の意義を知らせるものであった」
「かれが、魅惑的な、聞くに快い、甘美な声で教えを説いているとき、その甘く快い声を聞いて、修行者たちは、
心喜び、なごんで、耳を傾けた」
532名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:18:02
>>528
この発言自体、ものすごく下品に感じます。下品と不快の違いもわからず発言するなんて、
非常に迷惑極まりない下品な人だと私は感じ取ることが出来ます。
533名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:20:09
>>531
意味を成さない発言は共有財産の浪費です。あくを作って憚らないとはどれのことでしょうか?
「くそばあぁ」でしょうか?
534名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 16:32:07
>>533
再三>>396とまったく関係のない文脈の事件や発言を絡めて論じようとしているが、
>>519で書いたようにそれは私のまったく知らない件である。その件については別スレを立てて問題にすればよいと思う。
私が発言しているのは>>396>>468で指摘するような言葉づかいか如法かどうか、浄土宗では是とするかどうか聞きたいです。
教導効果があるとか、適切な效果があると言われるのも、過去にその様な事例はあるのか証拠を示していただきたい。
535名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 17:11:18
>534
というか、当初>396の言葉遣いを問題にしようとしていたフリをしていて実際には他のことを論じようとしていたのは
あなたですよ。
>519-523のやりとりで明白ではないですか。

あなた一人が不快に感じるからといって「一般的に」「下品である」こととは結びつかない。
まず、不快と下品とは違う概念だよ。それぐらい区別しなさい。
つまり、あなたは、自分にとって不快なことはすべて批判対象になるというわがままかってなおこちゃまなんですね。

ここはわがままなおこちゃまがくるところではありまちぇんよ。よくわかりまちたか?
536名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 17:15:19
>534
第一回の終わりから第二回の初めにかけて、強弁とすり替えと拡張論法とレッテル張りで恥をさらした上に
三吉さんとかいう名前をつけられてた人いたな。
あんたもまったく同類。
過去スレ見て他山の石にしたらどうよ。
537名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 17:46:03
水子のお話はとても気になりますね。
538けちゃっぷ:2005/07/14(木) 17:53:08
>>485 はぁ、おちょくるためにやってるなら、悪口と変わらないではありませんか。
浄土宗の能化と思われる人が、悪口・陰口を楽しんでいる。これって、イメージ悪すぎますやんか。
間違った行為をしているなら、本人に直接忠告してあげればよいことではないでしょうか。
僕は、下品な言葉については、さほど気にしてませんが、自分が匿名でないなら口にしないであろうと思われる言葉遣いは、匿名であっても遣わないほうがいいでしょうね。
僕なら、檀家さんの前で「チンカス」は言わないと思う。
539名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 17:56:48
>538
私はつかったことある(爆)。万人向けの言葉ではないから使いどころは考えないとダメだけどね。
かのF貝先生も璽書の勧誡ではかなりキワドイお言葉をお使いになったと記憶しております。
540名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:03:18
>>534
また証拠ですか?論拠と証拠の違いがお分かりか?あなたに課した宿題は山ほどあり、
まだ全く手がついておりません。「如法」?あなたのしていることは如法だと思いませんよ。
今までも指摘してきたとおり、「悪意」の塊であり、仏教徒と思えません。あなた一人が不快
だと発作を起こしているだけじゃありませんか。迷惑です。

それと再三指摘されていますが、>>396>>468と同列に語らないで下さい。迷惑です。
理解できないのなら自分を呪いなさい。そしてもう出てくるな。
541名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:05:34
>>言葉遣いを問題にしようとしていたフリをしていて実際には他のことを論じようとしていた、

と言われますが、「他のこと」あるいは私が何のために何の「フリ」をしようとしていたのか、明確に指摘してください。

私の意図は>>368の書き込みを「法然はお上品に着飾ってお念仏を見出したんじゃない」から等という理由で支持し、
それを根拠にひいては「ハクチ」「キチガイ」あるいは>>468で挙げるような言葉遣いすべてを仏法として正当化しようとする、
そのことに対して抗議しているのです。
542名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:06:45
>>541
また間違えた。>>368ではなく>>396ね。
543名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:13:42
>>534
わたしは光明寺の受戒会で花園先生が戒師でした。
そのときの先生のお話し振りは>>396の言葉遣いよりもっときわどかったことを覚えております。

五重の時も高橋先生は

「おんどれ寺が大きいからというて、なにいばっとるんじゃ!!おまえが寺かい!!」

と僧侶のあり方を叱咤しておられました。当然>>396よりも言葉遣いは下品でした。しかし
先生のお言葉は今でも心に残っております。「法然の苦しみとそのギリギリでのあがき」
についてのお話は私の自殺を思いとどめてくださいました。

>>396のお言葉も同じ響きがあります。

しかし、あなたの「下品だ」と言う指摘とその後の「自分が不快に感じた」といういいわけなど
聞いていると、誰かの仰った「悪意」しか感じることができません。もうあなたには吐気がする
のです。
544名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:14:24
>>539
小学生ですら2ちゃんねるに読み書きしています。日本語を解するすべての人が見る可能性があります。
個人的には日本語を勉強している私の知人の留学生(仏教徒)にこのスレを教えてあります。

>万人向けの言葉ではないから使いどころは考えないとダメだけどね

と言いながらあえて放置あるいは扇動しているとしたら、あなたは「考えていない」のか悪意があるのかどちらかでしょう。
545名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:17:06
>541
>398の「悪徳を釀し出す」という発言に対して、私を含めて何人かがどういう悪徳だ?!と
問いを発していますね。541=398かは分からないけれど、おそらく398自身を含めて
誰もそれに答えていない。

唯一具体的なのが
>519
>誰かが「周囲に非難中傷を撒き散らした」。>>396以降スレの下品な言葉を是とする論拠が、このことに端を発するなら
>まったく嘆かわしい限りです。
です。これで十分でしょ。あんたの頭の中なんかしるかいな。
下品と不快を一方的に同一視し、人には一般化するなとけちをつけ、「下品」を定義?する時には「一般的に」
と条件をつけているくせに、自分ひとりが不快感を感じれば一般的である必要はないとかいう。まことにもって支離滅裂。あんた大丈夫?

>544
次から次へと論点を移動させる。私にとってはあなたのような論じ方が不愉快です。あなたの定義に随えば「下品な」カキコですね。
こういうのを「ああいえばこういってはぐらかす論法」という。
546名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:17:29
>>541
>「ハクチ」「キチガイ」

これは>>396が法然上人の言葉として書いていますね。これは間違いありませんよ。単語は違いますが、
法然上人は自身を「ハクチ」「キチガイ」と呼んでおられるのです。

あなたにはもう少し法然浄土教を勉強する必要がありますね。
547名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:27:01
>544
知人の留学生にはあなたの発言がどれだかは教えているのですか?
老婆心ながら、教えない方がいい。あなたの言葉が信用をうしなうだけのことになってしまいます。
仮にあなたが浄土宗教師なら、ひいては浄土宗教師、日本の僧侶というものに対する不信感を植え付けることになります。
ご自分の不誠実さにあなた自身が気がついていないとしたらなおさらです。
548名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 18:39:30
でもな。

>とことんテイノウ君よ。
>非論理的以前に脳味噌空っぽか。(プゲラ
>で、その意見のソースは?けけけ
>脳味噌弱者ということだ。
>頭悪いな。汚らわしい。
>何が言いたい?また屁理屈炸裂か? このテイノウ。
>。卑怯者。腰抜け。
>チンカス以下野郎め。

これって、言われても仕方ない発言してるもんな。言われている方は悪意に満ちた誹謗中傷
がある。それにたいする対抗的な言論として認めないわけにはいかない。
さらにあんたが示しているものの中には敵どうしで言い合っているものもある。あんたは何を
照準しているのだ?唯の言葉遣いか?意味のないことを延々としてないか?
549名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 19:12:14
>>543
話し手、対告衆、場所が特定されている上での「話し言葉」と、日本語を理解することができるすべての人が読む可能性の
あるインターネットでの「書き込み」を、同列に語らないで下さい。

「同じ響き」というのは、>>396>>468の列挙する文言のことではありませんか。
まさに同じ単語、同類の単語が使われています。匿名の書き手による文章である上は、同じ響きとしないわけにはいかない。

>>546
>単語は違いますが、法然上人は自身を「ハクチ」「キチガイ」と呼んでおられるのです。

これも明示してください。

以下法然が自身を「ハクチ」「キチガイ」と呼んでいるというのが正しいとして、ですが
ならばこのことを根拠として言えるのは、あなた自身が自分のことをハクチ・キチガイと卑下して言えるということだけなはずです。
他人は「法然は自分のことをハクチ・キチガイ〜のように言った。自身卑下された」となら言える。
しかし「法然は〜だ」とは断言できない。さらにはその発言を根拠に、掲示板の誰かに向かって

>とことんテイノウ君よ。
>非論理的以前に脳味噌空っぽか。(プゲラ
>で、その意見のソースは?けけけ
>脳味噌弱者ということだ。
>頭悪いな。汚らわしい。
>何が言いたい?また屁理屈炸裂か? このテイノウ。
>。卑怯者。腰抜け。
>チンカス以下野郎め。

と発言することが正しいという根拠にはまったくならない。
550名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 19:41:12
法然が自分をキチガイと呼んでへりくだるのは勝手ですが
人に言うのはまた違うでしょう。
551名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 19:46:45
>549
単語の意味はその使われる状況によって判断しなければならない。
それでは単なる言葉狩りにすぎない。
そんなこともわかってないの?
552名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 19:51:02
>549
あんた、書き込めば書き込むだけ自分の愚かさをさらしているようなものですよ。
まぁ、いってもわからないだろうが。
553名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 20:59:36
>>488
> しかし、生命現象というのは、神の意思なくしては起きない現象だから。
浄土宗は阿弥陀仏以外に、神もいるのか?
で、いのちは「神の意志」と考えるのが浄土宗?
浄土宗に仏教の教えはないのか?
554名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 21:48:35
牛飼い氏はヒンドゥー教を信奉しておられる。
ところで>>530
即得往生が水子なるものが介在する余地を許さない、と考える場合は中陰供養はどうなるのかも併せて御考察いただきたい。
「十王経」の説に従い七日七日の供養を行うのが現在の中陰供養だと考えるが、即得往生であるならば、
中陰の余地なく、中陰供養の用もなしではないか。水子供養が受容できない場合は、中陰供養も同様と考えるが如何か。
555543:2005/07/14(木) 22:15:19
>>549
>話し手、対告衆、場所が特定されている上での「話し言葉」と、日本語を理解することができるすべての人が読む可能性の
>あるインターネットでの「書き込み」を、同列に語らないで下さい。

わたしは在家ですが、あなたの仰ることが全く理解できません。日本語自体が変ですし、
「特定の場所」とここの「書き込み」を同列で語るななと仰いますがそれはなぜ?
実例を出されてあなたの立場が悪くなったので、前後不覚になっておられるのでしょうか?

>「同じ響き」というのは、>>396>>468の列挙する文言のことではありませんか。
これまた変ですね。だいたいこの2つをあなたはずっと同じものとして取り扱われていますが、
私は>>396のお話をしているのです。話をごっちゃにされるのは大変迷惑です。私は花園先生
と高橋先生のお言葉と>>396さんのご発言には同じ響きを感じております。心に響くものです。

以下は私が変わってお答えいたしましょう。わたしの心に響いたお言葉ですから。
>>単語は違いますが、法然上人は自身を「ハクチ」「キチガイ」と呼んでおられるのです。
>これも明示してください。
あなたは明示しろだの、証拠を出せだの仰いますが、なんなんですか?あなたのような僧侶が
菩提寺の住職でなくて私は幸せです。そのような知見しかないのであれば、私なら排斥運動を
起こします。法然上人はご自身を「愚痴である」と仰っております。それは「ハクチ・キチガイ」を
意味することは在家の私が知っているのですから、出家の御僧侶が知っていて当然だと思います。
それを知らないで明示しろだなんて、どこかおかしいのだと思いますよ。
556543:2005/07/14(木) 22:15:46
>ならばこのことを根拠として言えるのは、あなた自身が自分のことをハクチ・キチガイと卑下して言えるということだけなはずです。
>他人は「法然は自分のことをハクチ・キチガイ〜のように言った。自身卑下された」となら言える。
>しかし「法然は〜だ」とは断言できない。
誰かが仰るように、あなたには決定的に読解力がないと断定しましょう。>>396さんは「法然は〜である」
という命題を示しておられません。法然の言葉として語ったと仰ったのです。前に、あなたには「定義作業がなにかわかっていない」
というご指摘がありましたが、その通りであり、論理的な話は絶対に不可能だと断定しておきましょう。

>さらにはその発言を根拠に、掲示板の誰かに向かって
以降、あなたの悪意なるすり替えです。この言葉すべてが>>396さんの言葉だという証拠が必要ですね。
557名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 22:55:23
>>554
浄土教の理想では勿論中陰供養など必要ありません。
しかし「十王経」が七七日の根拠ではありません。根拠にしているのは説一切有部の中有の考え方です。
7日単位で人間の生に対する執着が消えていき、その長さは執着の度合いによって変わると言います。
執着の無い人は直ぐに中有の状態から次の状態へうつるのです。しかし長くて四十九日だと言います。
「十王経」はそれを脚色したのでしょう。

水子供養はこのような中陰と別に語られてきたものです。関係ありません。
558名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/14(木) 23:28:35
>>554
当然、中陰という意味づけは必要なくなるだろ。
だいたい、臨終に迎えに来た阿弥陀如来は、
四十九日もの間、いったいどこに寄り道しているのか。
559名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 00:35:15
私も菩提寺の坊さんが娘の前でこんな言葉を使って話し始めたら排斥運動を起こします。
私と同じ仏教という名の教えを信奉しているかも知れないがまったく中身は違うようです。
今の人たちが言うようなものが仏法だったらかえって人を悪くすると思います。
書き込んでも無駄だと思いましたから、あとは好きなようにハクチやテイノウとかの言葉で罵りあってください。
560名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 00:37:04
子供たちのための地蔵盆などは、情操教育に絡む風俗習慣として否定するものではありません。
また水子の話もしませんね。

いい年した大人が水子地蔵和讃を詠じるのはいかがなものかと。。。。
561名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 00:40:59
>>559
どうぞ何でも排斥運動を起こして下さい。あなたたちがする罵倒を含むすべての教義には
各国からカルト認定されていますから何の説得力もありませんね。
562名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 00:56:03
>>561
あなたたちって誰ですか?あなたいったい誰と話してるの?
すべての教義には各国からカルト認定されていますからって何の話?
いったい何を頭に思い描いているのか・・・
>>494でも指摘したんだけど、結局初めから終わりまで自分が好きに思い描いた像を批判してたんじゃないの?
>>548も「敵どうし」とか訳分からんし・・orz浄土宗クオリティですか
563名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:01:52
>>530 拝まずにはいられない、供養せずにはいられない。そういう人の気持ちを解きほぐす儀式でしょう。
あくまで儀式
564名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:04:23
>>562 「仏法」と言ったから、学会員だと妄想されたんじゃない?
565名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:06:20
>>562
だったらくるなよ。このきちがい。浄土宗も完全にカルトだけどな。おまえはもっとどたま逝かれた
脳梅毒だ。はよしねやこのカス。
566名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:09:09
確かに「仏法」という言い方は富士門流の在家に多い。人口比で言うと創価学会ということになる。
だから釣ったのかもな。

だが、創価学会は現在少なくとも3カ国からカルト認定され、彼らの罵倒は日本の宗教において、
一番汚らしく最悪であることも確かだ。
567けちゃっぷ:2005/07/15(金) 01:10:59
悪口言うにしてもマシなの考えたら?
568名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:14:13
>>567
こどもは早く寝ろ。悪口言ってる。先生に言ってやるぅ〜〜〜〜ってか?
569名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:16:32
>>566
少なくとも、「仏法」というタームを使う奴はカルトであり、人の罵倒を攻める資格は無いということですな。
富士門流はすべてカルトだしね。
570名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:19:17
>>561
「仏法」という言葉を使う人たちがすべてカルトだといわれていますよ。
さぁどうします?カルトだということには異議がありませんね。
571名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 01:23:40
熱いカキコの途中ですが、皆様中陰五七日忌明けをどう思いますか?
私は反対なのですが、檀家が忌明けを早くしたいらしく、毎回困っています。
説明しても納得してもらえず、「坊さんお布施が欲しいから長引かせてる」
など言われ「あほ言うな」と怒鳴り散らしたくなりますが、
皆さんこんな時、どうされていますか?
572名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 02:39:04
>>571
そもその忌明けや中陰の意味をどう説明してるの?
その意味を納得できるように伝えることが出来るなら、
檀家は四十九日までちゃんと勤める。
納得できるように説明できないなら、
「長引かせる」と思われてもしかたがない。
それは僧侶の側の問題でしょう。
573名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 03:09:25
>>571
思うんだけど
僧侶の仕事って何?
ありもしない…とはここでは言わないが、目に見えない、手に触れないものを、実感させるのが仕事じゃないの?
ここの他の薬師もそうだが僧侶の仕事が言葉の仕事だとわかってない
「仏の単なる取り次ぎ役」と言うなら、仏に会ってから言いなよ
574名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 08:27:01
>>517 六七日以降はお寺で勝手にお参りしておきます、と伝えておけばいいでしょう。
575名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 08:43:33
>>571
>私は反対なのですが、檀家が忌明けを早くしたいらしく、毎回困っています。
なぜ困る?
576名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 09:25:21
>574
どうして困るの?三月越しにならないように、五七日で満中陰にするなんてよくあるじゃない。
四十九日間にこだわらないといけない理由があるわけ?
577名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 09:28:22
そもそも死後の儀礼は、遺族のお気持ちをどのように平常にたもち、向上するように向けてゆくのかということが
第一の目的じゃん。
亡者廻向を第一の目的とするなら、遺族がいなくたってしたらいい。それこそ坊さんの仕事だろ。
ひょっとして、た〜だのお経はあげないってくちかい?>574
578名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 09:29:05
>576-577の
×>574 ○>571
579名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 12:09:27
F田の情報まだぁ?
580名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 12:23:09
581けちゃっぷ:2005/07/15(金) 12:51:03
葬式の時、喪が明けるまで、神棚を白い紙で覆い隠しますよね。神さんと仏さんがケンカするとか言って。
あれって、仏教的には根拠ないですよね。神道側の都合なのでしょうか。
582名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 12:56:31
>>581
脱力するようなこと言うなよ。流れを読め。いまは「水子供養について」だろが。
人の死は穢れであって、神はその穢れを忌み嫌うというところから在家が勝手にしたんだ。
それが定着しただけ。そんなことぐらい、親父に聞け。
583554:2005/07/15(金) 13:37:23
>>557
<中陰>じたいは「説一切有部の中有」の考え方かもしれないが、<中陰供養>中陰中に何度も追善回向を
勤めなければいけないというのは、説一切有部の教えるところなんであろうか?
僧侶(もちろん浄土宗)が読経中に「十王経に曰く云々・・・」というのを聞いたことがあるのでやはり十王経に基づいて
やっておられるかと思った次第だが。

それはともかく即得往生だから中陰供養が必要ないとなれば、今実態として行われている中陰供養の意味づけは
>>563のように人の気持ちを解きほぐすとか、遺族を慰めるとかの理由となる。
となれば形式的に四十九日を勤めあげなければならない根拠は薄弱で、今後すたれていくのは仕方なしということ
であろうか。
584名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 14:32:40
>>581
けちゃっぷというのは浄土宗の坊さんかと思ってたら、
何も知らない素人だったんですね。
585名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 16:11:47
>>584
坊さんに憧れてるただの素人だな。
586けちゃっぷ:2005/07/15(金) 17:26:08
>>582 ありがとうございます。そこまでは予想した答えなんですけど。
結局、慣習として定着してるからやる、慣習が変わればやらなくてよい。水子供養もこの考え方でいいのかもしれませんね。
587名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 19:58:06
一件落着か
588名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 20:06:06
けちゃっぷくんは、遠山の金さんかい?
しっかりとしたステータス築いてるね。
589名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 20:39:12
>>586
おやおや慣習に妥協ですか。
仏教であることの見識も、ポリシーもないわけですか。
まあ、「ポックリ寺」もあることですから、
浄土宗の末寺には、そんな寺が多いということですか。

しかし、仏教学ぶ機会なかったの?
590名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 22:13:47
>589
慣習は大切だよ。それいいだしたら現実の宗教活動なんて成り立たなくなってしまう。
現在の宗教活動だって50年ったったら仏教文化の研究対象なんだから。
591名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 22:54:17
>>590 そうだね。今現在日本にある昔からの宗教は、
みんな慣習との折り合いを良きにしろ悪しきにしろ上手いことつけて、
社会の一部として成り立っているわけだし。

浄土宗鎮西派の中だけでも、
各地方の風習で色んなバリエーションもあるしね。
それが良いことかどうかは知らんけどね。
592名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/15(金) 23:34:13
中陰の話にしても、下品ネタにしても、途中で立ち消えだ。
一体どうなってんのよ。
叩かれたらひっこむっていうヘタレばっかか?浄土宗の坊主は。
中陰ネタはむしろ坊主らしくない燃料投下だったが。
593名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 00:32:21
>>590-591
慣習だったら何でもいいわけ?
仏教の教えや精神に反する、悪しき慣習でも、
折り合いをつけていくことが仏教文化?

法然が生涯をかけて、それまでの日本仏教の慣習を否定し、
選び、捨てて、選択念仏の道をひらいたのは何だったのか・・・

法然上人って、そんなことを教えたわけ?

594名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 00:33:22
【門徒】どうして真宗ってダメなの?【物知らず】U
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1121403126/

「六曜もダメ。(西暦や曜日は使ってる!) 」
について、熱く議論を交わしたいと思います。

六曜がダメで、西暦や曜日は認める理由を探しているのですが、なかなか見つかりません。
博学の方、ご教示願います。
595名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 00:43:35
全部は否定しなかったから死後すぐに中陰法要あったんじゃないか?
生前それまでの日本仏教の慣習を否定するよう口を酸っぱく言い含めて弟子を鍛え上げてたら、
だれもやらんかったと思うけどね。
596名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 00:59:31
>>594
世のならい
597名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 01:11:09
>>594 仏滅は縁起悪いとかいうのは間違い。
598名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 01:56:52
法然上人は否定はしてますよ。
599名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 01:59:16
間違えた。法然上人は否定はしてませんよ。
600名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 02:17:23
法然上人は、戒定慧の三学を修めることのできない
凡夫のために、念仏を選び取られたわけだが、
それまでの全ての教義を否定してはいないよ。
慣習に折り合いをつけるとか、そんな細かいことはどうでもいい事で、
何を信じ、何を行ずるか。それさえ間違わなければ良いと思う。
601名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 02:38:59
法然上人が選択(せんたく)したんじゃなくて、阿弥陀仏が選択(せんちゃく)された。これ大切。
602名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 03:08:25
釈迦・弥陀・善導をして選択(せんちゃく)された、と
選択本願念仏集に書かれてありますな。
603名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 06:47:40
>593
法然上人は習慣や文化のすべてを捨てたわけではありませんよ。
法然上人はきちんと折り合いをつけることを教えている。
『一百四十五箇條問答』を見れば一目瞭然です。彼が拒否するのは念仏往生の教えと実践をさまたげる部分のみ。
逆に、念仏申すことに抵触しなければ大概大目に見ている。

あなたの主張なら、中陰の法要やきっと先祖供養だって
>仏教の教えや精神に反する、悪しき慣習でも、
ですか?このスレでの発言ですから、念仏往生の教えに反するものになると考えているのですか?
その理由をお示しください。
604名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 08:26:10
>>603
>『一百四十五箇條問答』を見れば一目瞭然です。彼が拒否するのは念仏往生の教えと実践をさまたげる部分のみ。
そんな偽書にぶら下がっているのですか?浄土宗義など糞だと思っているのがこのスレの流れであり、天然をかまして
るのがけちゃっぷ君です。

法然の言葉でさえ、仏教・浄土教に反するものであればズバット切り捨てなければ悪しき因習・思想から逃れることは
できません。中陰の法要は檀信徒の心のケアになるのであればそれでもいいのですが、四十九日を能化が強要する
のはいかがなものでしょうか?先祖供養も仏教・浄土教から見れば、完全に反往生です。それを自覚しないと日本
仏教は滅びますよ。もう手遅れですが。
605名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 08:31:04
撰擇とは選択ではない。
606名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 08:41:07
法事などが念仏する機会になるなら、助業として認められるのではないでしょうか。
607名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 08:45:28
>>606
それはそれでいいのです。ですが、四十九日などの中陰や年期法要を強要してはいけません。
608名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 08:56:09
中陰より年忌法要のほうが、さらに根拠薄そうですね。
609名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 09:02:54
何も法事とかすべての慣習を否定しろとは言ってないだろ。
悪しき慣習でも、慣習なら妥協するのかと聞いている。
中陰の話ではなくて、
慣習に妥協とか言いだしたケチャップは、神棚に白い紙を貼るのは、
神さんと仏さんがケンカするからで、神道の都合でやる、
という慣習を、死を穢れとする慣習だからそれに妥協すると言っている。
>>586 >>582 >>581
死を穢れとして、死から顔をそむけて逃げ回るという慣習は、
仏教としてはどうなんだろう。
そんなことを法然上人は教えたのだろうか。

誰かが間違ったことを始めても、いつの間にかそれは慣習になる。
その軌道修正に、法然上人の教えが大事なんじゃないか。
法然上人が他の行を捨てて、専修念仏を選択した、
その意味は重い。
それが教えじゃないのかな。
610名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 09:06:43
>>593
> 法然が生涯をかけて、それまでの日本仏教の慣習を否定し、
> 選び、捨てて、選択念仏の道をひらいたのは何だったのか・・・

選択念仏 → 専修念仏 の間違い。
611名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 09:09:20
>>610
>選択念仏 → 専修念仏 の間違い。

なぜ??????????????????????????????????????????????????????????
612けちゃっぷ:2005/07/16(土) 09:14:42
尋ねられたら、「仏教的には絶対しなければならないものではないですが、昔からの習わしですね。地域によっても違うでしょうね。」と答えればいいのでは?
613名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 09:16:10
>>612
なにも読んでないのか?
614名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 09:20:37
読んでないんだろうな
615けちゃっぷ:2005/07/16(土) 09:29:59
水子供養をした人は、その時称えた念仏のおかげで往生します。水子のために念仏してるつもりが、水子のおかげで念仏を与えられた。
水子こそが、実は私のために現われた能化だったのです。私と出会うために生まれてくれたのです。
616名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 10:09:36
生まれなかったから水子なんじゃねーの
617名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 10:09:55
>>615
だめだこりゃ。
618名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 10:16:43
603ですが、
>604
>法然の言葉でさえ、仏教・浄土教に反するものであればズバット切り捨てなければ悪しき因習・思想から逃れることは
>できません。中陰の法要は檀信徒の心のケアになるのであればそれでもいいのですが、四十九日を能化が強要する
>のはいかがなものでしょうか?
この点にはまったく同意します。法然上人の言葉に「〜に反するもの」がありうることは認めますし、それが法然上人に
とって必然であったことも理解できるからです。
また、慣習的な面以外で中陰の法要をする理由を私も見出しませんし、いわんや坊主が檀家さんに強制するべきものでもない。
また、大変な弊害ももたらしていることもみとめます。
>571の発言が本末轉倒してしまった坊主の、それでも控えめな発言なんでしょうね。

ただし、現在の状況として先祖供養としての法要儀礼に有用性がある点も認めています。
とまで書いてきておもったんだが、折り合いつけるのは難しいな。結局>604のいうように、一度ぶっ潰さないとだめか。
619名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 10:30:57
>604
一百四十五箇條問答が偽書だというのは確定ですか?実はよく知らないんですが。
一々の問答が誰に対するものか、ということを十分に考えて読めば私は有用な書物だと考えています。
この手の書物の問題は、都合のいいところを都合のよいように使うことができるところであって、
浄土宗の坊さんの場合、誰に対するものかというところを無視して自分に都合のよいように使っているのが大半のようです。

そもそも、オメコして念仏申していいかとか、酒飲んだらどうかなんていう質問を出すこと自体が、
そういう行為をしてしまう自分に対する罪悪意識があるからなんで、その点を無視して、
坊さんが、オメコやりたいほうだい、酒は飲みたいほうだいでもいいのよ、なんて考えてしまったら困る。
こういう困った使い方をするのだったら偽書と切って捨ててしまった方がいいかもしれませんがね。
620名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 10:31:57
念仏は法然上人が選び取ったのではなく、仏が選び取ったもの。法然上人が勝手に取ったり捨てたりしているわけじゃない。
621けちゃっぷ:2005/07/16(土) 10:39:25
>>616 水子として生まれていますからね。民法では胎児にも相続権があります。もちろん、出生しなければ相続できませんが。
622名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:11:24
>609
>誰かが間違ったことを始めても、いつの間にかそれは慣習になる。
はいいこといってるね。
さらにいうと最初は間違ったことであっても、意味づけを替えることによって正しいことになることもある。
逆に、正しいことだったことが意味づけを替えることによって間違った悪しき行為にもなる。
両者の意味で、年回や中陰を強制するように檀家を騙し、脅し、怒鳴りつけるような坊主は悪しき行為をしていることになる。
>571に聞きたいんだけれど、五七日で忌明けにすることに何か問題があるのですか?
説明したというけれど、檀家さんに一体何をどう説明したの?
もしもうちの檀家さんなら何も問題なく認めるし、むしろ檀家さんのことを考えれば先方のご希望にかなうようにするのが
檀那寺のつとめではないですか?

慣習は大切だと思うけれど、だからといって何でも許容してしまっていたら、いつの間にか何が本義かを忘れてしまうことになる。
623名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:24:19
法然上人も対機説法してる部分があるからねぇ。。
すべての言葉を真に受けてはイケナイというのは
理解できる。
624名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:33:43
>623
対機説法している部分がある、というより、すべて対機説法ではないかとおもいます。
『選択集』まで含めてね。
相手を想定しない発話行為なんてありえないんだから。
625愚者ぐしゃ:2005/07/16(土) 11:39:38
なんとなくいい流れに見えますね
けちゃっぷ師のいうのは観音さまではないのですか?水子が
626名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:49:54
>>620
> 念仏は法然上人が選び取ったのではなく、仏が選び取ったもの。
> 法然上人が勝手に取ったり捨てたりしているわけじゃない。

専修念仏の、念仏以外の行を捨てたのは仏?
627名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:54:35
>>615
水子供養をして、水子のために念仏した、その念仏のご利益で自分が浄土往生?
浄土宗って、そんなふうに教えてるわけ?
628名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 11:59:27
>626
少なくとも『選択集』を読む限り法然上人の理解はそうですね。
でも、条件はつけてくださいよ。あくまでも「往生行として」のみ捨てたのであって、やみくもに捨てちまったわけではない。

>627
そんなことはない。でも、今の浄土宗なら宗としてそういうことを言い出しかねないところがこわいのですが。
629名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 12:03:35
>>627
浄土宗では基本的に水子供養などの定義をしていない。
各教師の解釈や各地方の風習に任せている面もある。
それが、>>600 あたりにつながるのかも知れんが、
いつまでもこういう議論をよぶ原因にもなっている。
630名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 12:08:13
>629
ところが法要集を見ると、亡者回向や祖先供養に関するいろんな差定があるんだよな。
どういう経緯でそういう差定が定められたのか、宗義上どういう意味合いを持つものかなんて
誰も教えてくれない。考えれば分かりそうなものもあるのだけれど、それなりの立場でなければ
何を言っても陰で文句を言われて叩かれるからいわないわな。

という事情をみると、
>各教師の解釈や各地方の風習に任せている面もある。
というのは必ずしも正確な現状ではないな。
631名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 15:00:23
水子の供養でないと念仏できない人は水子供養で念仏すればよい。
念仏申して、往生の後は真っ先に水子を救わんと願うなら、
それで一向かまわないことと思います。
632けちゃっぷ:2005/07/16(土) 15:06:01
>>627 この世の過ごし方は、念仏できるようにしなさいと、法然さんはおっしゃいます。すべての生活は、念仏するための助業です。
結果的に念仏できたら、今までの生活は助業として報われたことになります。念仏できる環境に至った総ての要因、因縁、それらの集約である私のいのちに、感謝すべきです。
地球が回ってるのさえ、私に念仏させるためなのです。ありがとうございます。みなさん、生きてくれてありがとう!死んでくれてありがとお!
633けちゃっぷ:2005/07/16(土) 15:11:58
念仏者にはもはや、何も恨むものがありません。すべては、私を念仏するために、必要なできごと、意味のあることだったのです。
もはや、この世界を憎んではいません。私にとっては、この世のいのちはすべて意味のあるできごとなのです。
私に念仏を出力させるために、つながって展開して集約して、私に入力されてくるのです。
634名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 15:14:58
結果として念仏できなかったら大変だ
635けちゃっぷ:2005/07/16(土) 15:15:22
宇宙よ!私に入力してこい!すべて念仏に変換して出力してみせよう!無駄にしないぞ。無駄にしないぞ。六根から白道に至るぞ。
636571:2005/07/16(土) 15:17:08
忙しくしていて2ちゃんねる見てる暇なかった。
見ないうちにたくさんのご意見カキコしていただきありがとうございます。
私が反対している一番の理由は中陰檀と骨壺を邪魔にしていることです。
五七日忌明けを言う檀家に満中陰まで忌明けしないと言うと、
いつまでもこんな大きな中陰檀は置いて置けないとか納骨も早くしたいとか
さっさと片付けたいという感情が入った言葉が必ず出てきます。
亡くなった人が仏壇に毎日手を合わせてた人の場合、やはり自分の死後は当然
満中陰まで家族に勤めてもらいたいと願っていたのではないかと思うと、
やはり49日まで忌明けすることは出来ないなと感じる。
三月越しとはよく言うが、大半三月越しになる。これはいつから言われだしたのだろう。
他の地域での言い伝えなのだろうか。

>そもそも死後の儀礼は、遺族のお気持ちをどのように平常にたもち、
>向上するように向けてゆくのかということが 第一の目的じゃん。

  向上するようにということでしたらやはり満中陰まで勤めるほうがいいですね。

>亡者廻向を第一の目的とするなら、遺族がいなくたってしたらいい。それこそ坊さんの仕事だろ。
>ひょっとして、た〜だのお経はあげないってくちかい?>571

  私は満中陰まで本堂で毎晩お勤めしてるが皆さんはしておられないのでしょうか?
637けちゃっぷ:2005/07/16(土) 15:23:37
>>636 だいたい、骨壺を分けておく必要もあるんでしょうか?
すべてお墓に納めるか、あるいは全骨納骨したらいけないのでしょうか?
それに、今の焼却炉の火力なら、骨まで灰にするのも可能だそうです。わざと骨を残す必要があるのでしょうか?肉体に執着するのはよくない気がしますし。
個人的には、位牌や搭婆に供養するだけでいいと思います。
638636:2005/07/16(土) 15:36:05
うちではすべてお墓に納めてますが。
骨壺を分ける?分けて手許に置くのですか?あまり聞かないですね。
二つの墓に分けて納骨はありますが。

関東では骨壺ごと墓に入れるのは本当ですか?
639けちゃっぷ:2005/07/16(土) 15:48:15
>>638 そうなんですか。うちの地元では、墓に納めるのとは別に、お骨を自宅で保管しておいて、後で納骨堂のあるお寺に納めに行く方が多いです。
3回忌くらいで納骨する人もいれば、もっと早い人もいます。大半は、知恩院への納骨を希望します。
640名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 15:51:40
知恩院への納骨のついでに、家族で京都の観光をするのが、楽しみの人もいます。
641名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 16:21:38
>571
>577=603です。
四十九日であろうと、三十五日であろうと、その日がご遺族にとっては一つの区切りになる日ですね。
ご遺族にとって気持ちを切り替えるきっかけにるのであればどちらでもいいことだと思います。
坊主が口を出すことではないでしょう。逆のケース(三月越しになるが四十九日で)もあるでしょう。

この手の慣習は要はご遺族が納得すればそれでいいわけだと思いますよ。
早く片付けたいという気持ちが出てしまっている人に対しては二週間延ばすように説得したところで、
その気持ち自体をかえさせるのは難しいでしょう。かえって逆效果になると思います。
むしろ三十五日で忌明けとするのであれ、その一つ一つを丁寧に努めることによって
ご遺族の気持ちをほぐすことができるのではないでしょうか。

>私は満中陰まで本堂で毎晩お勤めしてるが皆さんはしておられないのでしょうか?
するのがあたりまえですね。
642名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 17:25:00
死んだ人が主役になりすぎるのも如何なものか
生きてる人のための仏教なんじゃね
643名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 18:19:33
>>604>>642
すでに浄土真宗では葬式仏教や先祖供養に堕した本山に見切りをつけて、生きてる人を今生で救うための教えを説いている方がおられます。
644名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 19:55:10
>>842
そうも思うし、主役にすることが生きている人のケアにもなるとも思うし。要はバランスでしょ
645名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 21:43:11
>>636
> 三月越しとはよく言うが、大半三月越しになる。これはいつから言われだしたのだろう。
> 他の地域での言い伝えなのだろうか。

その土地の慣習に従うのが浄土宗なら、
三月越しはやめて三十五日で切り上げるのに従うべきでしょ。
浄土宗の末寺は、その手の慣習を無批判に受け入れているよ。


646名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 21:57:06
>>628
> 少なくとも『選択集』を読む限り法然上人の理解はそうですね。
> でも、条件はつけてくださいよ。あくまでも「往生行として」のみ捨てたのであって、
> やみくもに捨てちまったわけではない。
法然上人が他の行をすすめているのは、『選択集』のどこ?

末法の衆生にふさわしい行は念仏行とするのは仏だという理解だが、
そう理解した善導の『観経疏』の解釈を選択したのは法然上人でしょ。
法然上人が数多の経典や釈から、それを選び、他の解釈を捨てたわけでしょ。
その選択があったからこそ、専修念仏が成立したわけでしょ。
647名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 22:04:16
>646
いつでも「往生行として」という条件をつけているでしょ。法然上人は。
単に教や行の優劣をいいだしてカルト化するのは、聖冏以後。もちろん、アフォの良忠にもその傾向はあるが。
648名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/16(土) 22:07:55
>646
いきなり、
>法然上人が他の行をすすめているのは、『選択集』のどこ?
というあたりがあんたがバカである証拠だよ。
あんたみたいなのが霊感商法のカモになるんだよね。
649名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 01:32:18
>>648
いきなりじゃないだろ。
>>628 に、やみくもに捨てたわけではない。 とあるから、
じゃあ、すてずに残して、法然が必要だとすすめている行は何だと聞いてるんだろ。
650636:2005/07/17(日) 01:38:34
>>645
その土地の慣習で言うなら私の周りでは宗派を問わず49日ですので
やはり満中陰まで勤めるべきなのですね。
檀家に詳しく聞くと他の地域の親戚が提言することが多いようです。
やはり他の土地の慣習なのでしょう。
651名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 09:45:00
議論中すまん。
念仏は日頃往生人の供養のために称えることが圧倒的に多いためか、
念仏して笑顔になることは余りない。
細木数子が怒りや悲しみが込み上げたら「オンニコニコエガオデソワカ」と
唱えなさいと言ってたが、確かにニコニコするな。
単なるシャレだから、念仏ほど重みを感じないけど。
652名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 09:47:07
>649 ここまで書いてやらないとわからんのかい。
やみくもに捨てたわけではない≠他の行をすすめた
わかった?
653名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 16:20:19
>>652
じゃあ、捨てなかったのは何?
654名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 18:06:22
>653
そんなもん知るかい。
往生行を必要としないのでなければ知る必要もないだろう。
法然上人の書き方は無条件で全ての行や教えを捨てたものではない、いつでも「往生行として」という
条件付の表現になっているということをいってんだよ。
655名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 18:52:21
>>654
オレは、653じゃないけど。
なるほど。「往生行として」の条件付き表現か。
「諸行往生称名勝」だよな。
いろんな宗教があるが、
結局、人生を生き抜くための方便なんだろうな?
いろんな宗教がある現実があるから、
「念仏行」を相対的なものに受け止めてしまう。
現代日本の浄土宗の寺の住職の後継人として生きるってことは、
前世なんか罪を償うべきことをしたのかね?
わかんねぇ〜。
656名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 18:56:38
>>655
人の世に生まれている時点で業を背負っているわな
657名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 19:08:31
>>656
人生格差ってかなり大きいよな?
人生の違いって何が決めてるんだい?
658けちゃっぷ:2005/07/17(日) 20:49:12
>>657 昨日の自分と今日の自分が同一人物だと思うから、格差を感じるのです。今日のけちゃっぷと今日のホリエモンが別人だと思うから、格差を感じるのです。
宇宙はたった1個の粒子からできているという説もあるそうです。1個の粒子が時空を超えて行き来しているので、同時にたくさんの物質があるように見える。
実はたった一人の役者が、独り芝居でたくさんの役を演じていて、それを合成してたくさんの人物が登場する映画にしているのです。
自分が演じる主役を引き立てるために、自分で悪役を演じて登場させているのです。
659名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 20:50:40
>>657
人生格差?
あんたら本当に仏教学んだの?
660659:2005/07/17(日) 20:52:38
信じられん
661名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 21:05:38
けちゃっぷは天然馬鹿のカルトですので、放置でお願いいたします。
662名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 21:13:05
>>659
あんた”ら”って何だよw
”ら”って・・・www
663名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 21:16:17
おまいら、こんなとこでアホだの馬鹿だのいってる暇があるのなら、
↓この辺のヤツらでも救ってこいよ

ttp://school5.2ch.net/test/read.cgi/job/1118967828/
664名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 21:26:26
>>658
けちゃっぷさん好きなんだけどなぁ・・・
とくに殺伐としていたときのけちゃっぷさんの、
案外落ち着いた対応がすごく好きなんだけどなぁ・・・

>宇宙はたった1個の粒子からできているという
こんな切り口で語るからみんなに色々言われるのだと思いますよ。。
665名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 21:36:58
人生に大きな違いがあるのは事実だ
「人生いろいろ」なんだから
666名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 22:34:11
F田の情報まだ〜〜?
皆さん、諸悪の根源を忘れていますよ〜〜〜〜。
667名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 23:04:43
>>654
法然は、浄土往生するための行について語っただけで、
後は何をしても自由ってことはないでしょう。

浄土宗が、後の弟子達の解釈によって変化していき、
今では、水子供養からポックリ寺まで、
無批判に何でもありの状態なのが気になってね。

668名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 23:12:21
けちゃっぷさん江
昨日のテレビ朝日の番組「ドスぺ、オーラの泉」、
見たかい?
江原啓之さんが自殺霊に取り憑かれた時、
美輪明宏さんが「観音経」と「九字の真言」を唱えて
お払いの手伝いをしてたね。
「念仏」では払えないのかな???
他に見た人いたら、意見聞かせてください。
669名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/17(日) 23:58:08
>667
>法然は、浄土往生するための行について語っただけで、
>後は何をしても自由ってことはないでしょう。
そりゃそうだよ。だから正確に読んで考えろっていってんだ。
往生を目的にするのなら、往生行としての念仏以外はとりあえず捨てとけってなるだろ。

ず〜〜っと上の方で話題になった能化の議論にしても
我が身一つの往生がかなえばいいっていうのと、他者を往生させることを目的とするのでは
おのずと念仏の意味が異なってくると考えればすんなり理解できる。
年回や中陰の問題にしたって、法然上人が誰がどうなるために教えたのかを考えれば
慣習として認めていいところとそうじゃないところとおのずと判別できるはずなのに、
わけもわからずすばらしい教えですなんて奉るだけだから本末転倒なんでもありの浄土自墮落になっちゃうんだとおもう。
670名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 00:04:35
>>668
自殺霊に取りつかれたなんて、妄想です。
それに観音経?九字?きちがいですね。
671けちゃっぷ:2005/07/18(月) 00:33:41
>>670 知人の高野山の僧侶(真言宗)は、ガンの場所を手でさぐったり、治癒したりする力があるそうです。在家出身ですが、もともとそのような家系らしいです。
672けちゃっぷ:2005/07/18(月) 00:49:35
>>668 念仏は往生のために称えるもの(廻向発願心)ですからね。霊の退治のために称えるのならば、目的が違うのではないでしょうか。
673名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 01:28:00
>>671
おいおい、浄土宗なのか密教シンパなのか。
ほんとに何でもありの宗派なんだな。
674けちゃっぷ:2005/07/18(月) 01:45:11
>>673 ジャンルが違いますからね。
やはり一般の方には、僧侶に「拝み屋」としての威神力を求めている人も多いです。「拝み屋」としての力量は真言宗にはかなわないでしょう。
さっき話した僧とは別の僧侶で、地元で有名な真言宗の老僧もいます。
友人の親戚が、深夜になると「マリアン」という霊に憑かれて英語を話しだしたそうです。(本当に霊なのか、別の心理的要因かは不明。)その時、その老僧に拝んでもらったら、次の日から「マリアン」は現れなくなったそうです。
675名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 02:27:13
祐天上人
676名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 05:16:40
江戸時代には浄土宗にも拝み屋のエキスパートがいた気がするが
677名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 08:22:38
>>674
私は真言宗の坊主ですけど、拝みやと思われていたのですか?
法力とは加持力の事で、諸仏諸菩薩への廻向、祈りのことを言うのです。
浄土宗のご僧侶のなかには下らない人も居るのですね。密教系
にもカルトなひとは居ますがね。
678名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 08:37:34
民谷隆誠台下著「歓喜の音」の中で、
ある少女が霊感が強く毎晩訪れる未成仏霊に悩まされていたのだが、
民谷台下が授与念仏した数珠を渡したところ
その夜から霊たちは現れなくなったという記事ある。
念仏には彷徨える魂を成仏させる力があるはずじゃないのか?
679名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 09:41:21
>>678
浄土宗って、そこまで落ちていたのか。
法然上人の教えって何だったんだ?
あきれるな。
680けちゃっぷ:2005/07/18(月) 09:53:38
>>677 「拝み屋」という言葉は悪かったかもしれませんが。
681名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 10:55:19
>>680
がんがれトマト大徳
682名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 12:32:06
阿弥陀様は良き人としての教えを残して下さった師
人恨まず、人につくし我救われ 死して極楽浄土…
南無阿弥陀仏…
浄土宗の教えは私の人としての道であり、
別の教えを道とする人はその道を歩むと良いと思われ…
ただひたすら全ての人に日々平穏を願いつつ南無阿弥陀…
683けちゃっぷ:2005/07/18(月) 12:54:38
>>681 >682 ありがたや。なむあみだぶつ。
684名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 12:58:16
>>674
仏を拝み仏飯をいただくという意味では拝み屋です。
あなたは念仏を唱えても小役人風情なので、僧侶はおろか『拝み屋』ですらありませんね。
685名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 13:03:48
>>678 結果として治ったのは事実ですからね。
霊が救われたのか、霊は救われたと思った少女が救われたのか、それはわかりませんが。考えてもわかりませんし、どっちでもよいことです。
大事なのは、少女と家族の悩みが消えたことです。
686けちゃっぷ:2005/07/18(月) 13:12:04
>>684 うっ…「小役人」って、キツいなぁ。
まぁしかし、そのとおりです。勉強中の段階ですし、副住職にすらなっていませんから。

サラリーマンしながら僧侶やってる方ってかなり多いと思いますが、専業の方と壁みたいなのを感じることありません?
僻みかもしれませんが、加行からの年数は同じくらいでも、やはり小さな寺で兼業の僧と専業の僧とでは経験値が何倍もちがうんですよね。
687名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 13:22:28
>679
同意。本山の法主がそういうことを書くか?
そんなところで邪義邪宗になっていれば手の施しようがない。

浄土宗って強いものにはへこへこし、弱いものは踏みつけつぶせ!だもんな。
688名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 13:31:35
極楽往生の道って、
平たく言えば
魂が救われる道じゃないの?

邪義なのかね?
689682です:2005/07/18(月) 13:33:32
体が病む心が病む…
体がいくら健康でも心が不幸であれば人救われず…
一生懸命働いて健康を保っているのに心が満たされない方、
死ぬまで働く必要が無いほど財産があるのにさらに他人から奪おうとする強欲な方、
他人を妬み多数で1人をイジメている子ども達
幸せな家庭に産まれたのに人運なくイジメにあい辛い思いをしている子供…
彼らの心はいつ満たされるのでしょう…私は彼らを助ける力はありません
私はイジメに合う側でした当時は辛く怨みにとりつかれていましたが
今現在の彼等を恨んでは居ませんし彼等の子ども達の心が満たされていれば良いなぁ…
なんて偽善的と思われても仕方がない考えをしています。
人は全て心…それが浄土宗の教え全てでは無いと思いますが
私の中の宗教心です。
犯罪を侵した人、人をにくみ続けた人、陥れる事しか頭に無かった人…
どんな人でも後世に何か教えを残し死した後は皆仏…無駄に生きた人など誰もいない
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀
690けちゃっぷ:2005/07/18(月) 13:33:45
>>687 実際体験したことを書いてるんだから、仕方ないのではないでしょうか。
691けちゃっぷ:2005/07/18(月) 13:40:09
>>688 邪義だとは思いませんよね。
苦悩には原因がある。苦悩の原因を消せば、苦悩も消える。
仏教はすべてここから始まるのではないでしょうか。浄土宗も、このための手段の一つです。手段のために目的を見失っては、本末転倒になります。
692682、689です:2005/07/18(月) 13:42:53
私は生まれ死ぬまで浄土宗信徒でしょう。
私は私の言ったこと、全てを必ず貫いているか…
いいえ私の中には人より弱く人より欲深く、人に迷惑をかけ、
他人に思いやりをもてず、他人を妬み恨みに思うetc…
そんな部分がたくさんたくさん有ります。
全てを教え通りに生きていくのは到底無理だと思いますが、
今よりもう少し、さらにもう少しと近付いていければと思ってます。
全ての人の心に平穏…難しいですね
693名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 16:37:12
>>666
k死k苦s、s痔。(プゲラ
694名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 16:44:37
>>666 知ってどうするの?
695名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 17:51:58
>>694
極悪を晒したいんだろ。
必要なことだ。自衛する必要もあるだろうしね。
696名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 20:05:27
こんな掲示板でイニシャルトークして晒すも何もなかろうに。このスレもdat落ちするだろうし。
佛教大学も大正大学もホームページの仏教学科教員名簿にはF田なる人は載っていないようだし。
糾弾ページなり作って名前を出してもらわないと見てる方にはもどかしか。
697名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 21:06:32
名無しで糾弾も何もなかろうに。
698名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 21:12:15
ホームページ作るよりも被害者の会結成の方が先って事か?
699名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 21:52:33
>>678
> 民谷隆誠台下著「歓喜の音」の中で、
> ある少女が霊感が強く毎晩訪れる未成仏霊に悩まされていたのだが、
> 民谷台下が授与念仏した数珠を渡したところ
> その夜から霊たちは現れなくなったという記事ある。
> 念仏には彷徨える魂を成仏させる力があるはずじゃないのか?

「霊感が強い?」
「未成仏霊?」
「授与念仏した数珠?」
「念仏は彷徨える霊を成仏させる?」

法然上人がどこでそんなことを説いている?
そもそも浄土宗のトップに立つ人間は、
法然上人の教えや、仏教そのものを学ばないのか?

>>690 実際体験したことを書いてるんだから、仕方ないのではないでしょうか。

まず、そういう行為をして、そう解釈すること自体が問題じゃないのか。
これじゃちまたのオカルト宗教や、霊感商法の論理ご変わらないな。
御法主の念仏力のこもった霊験あらたか
700699:2005/07/18(月) 21:54:55
おっと失礼。続き。
御法主の念仏力のこもった霊験あらたかな数珠を売り出したとしても、
浄土宗では、批判する論理はないということか。

701名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 22:23:18
浄土宗でも法力の記録は多いよ。
法然上人にまつわる奇瑞談も沢山あるしね。
>>699,700 オマエの調べが足りないんだ。
702名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 23:21:50
>701
法然上人なら何でもありでいいの(ホントは困るが)。
。本人がひっくり返って恥かしがるほどのヨイショ話は宗祖にはつきものだ。

問題は直近まで生きていた人や、現に生きている人のその手の話。

>699のいうとおり、ほとんど霊感商法の世界だ。
703愚者ぐしゃ(部外者):2005/07/18(月) 23:29:25
しかし、法然上人だって九条兼実に戒をさずけている、それは
そのことが相手を救う方便だからと思ったのではないでしょうか。
「拝んで」人を苦しみから救うことができれば、それでいい気がします。

浄土宗に求めたいと思うのは、そういう方法の厳密な統一ではなく、
「それはなんのためなのか、何故に人を救いたくなるのか」という
根拠を「実感」させてくれることでしょう。それは阿弥陀如来の慈悲なのか、
慈悲が存在するということなのか、念仏という易行の存在なの、それとも
その存在なしには往生かなわないという人間の無力さへいとおしさなのか・・・。

江戸時代、なかば「拝み屋」の扱いも受けていた徳本上人が禅宗の僧に
法戦を挑まれて念仏を唱えてその場を立った。禅僧は「勝った」と思った
ようだがこれは徳本上人の勝ちだと思う。問題はつっこまれて揺らぐ根拠
薄弱さ。だから私はトマト上人を応援します。
(ただ、その考えを広めたくないか? という質問への答えには納得してませんが)
704名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/18(月) 23:35:47
愚者くん。
「念仏を唱える」× ⇒ 「念仏を称える」○ です。
細かいが案外重要。
705名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 00:01:35
>>703
九条兼実が出家したい(その方が兼実自身は念仏しやすいと思っている)から
しただけのことじゃないの?
706けちゃっぷ:2005/07/19(火) 00:45:57
>>705 当時、授戒は魔除けみたいな意味もあったそうです。貴族が病気になった時など、高僧を招いて何度も授戒したそうです。
707名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 00:46:53
そもそも、
お念仏して魂が極楽往生できるというのは、
阿弥陀仏の本願力という法力によるものだよな。
708けちゃっぷ:2005/07/19(火) 00:54:56
心霊現象や神通力を期待して念仏称えるのは反対です。しかし、念仏称えて結果的に守られた、ということはありえるし、そのことによって信仰が深まったり感謝したりするなら、それは幸せなことだと思います。
709けちゃっぷ:2005/07/19(火) 00:57:37
>>707 往生はお経に書いてあるけど、悪霊退治はお経に書いてない。だから宗義に反する…という点が問題です。
710名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 01:20:30
>>701
> 浄土宗でも法力の記録は多いよ。
> 法然上人にまつわる奇瑞談も沢山あるしね。
> >>699,700 オマエの調べが足りないんだ。

後に出来上がった伝記(史実ではない)や、
堕落してからの浄土宗の記録と、
法然上人の教えとをいっしょにしないでほしいなあ。
711名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 01:31:44
>>709
拝みやなどの心霊術はお経の中で否定され、禁止されています。
また、浄土宗の口伝として、加行を終えた人にしか開示されていない書物の中で、
心霊現象に関して明確な言及があります。
712名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 01:38:21
>>711
> また、浄土宗の口伝として、加行を終えた人にしか開示されていない書物の中で、
> 心霊現象に関して明確な言及があります。

浄土宗は、霊魂の存在を認めるの?
霊魂のたたりも認めるの?
713名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 02:38:04
いろんな習俗と融合するのが日本仏教の特性ともいえる。
施餓鬼法要、盆供養、根本には
三悪道に堕ちた魂を救う供養だ。
浄土宗で「魂救済」は大前提で自明の筈。
714愚者ぐしゃ:2005/07/19(火) 05:27:19
>>713
>日本仏教の特性ともいえる
いや、日本渡来以前の仏教自体が、釈尊に教えに元のバラモン教の釈尊が
否定した部分(ブラウマン=霊魂の存在など)を融合させてると思うんだが。
理論的に純粋でも、「その時々の衆生」にマッチしなければ宗教とて生き残る
ことはできないし、衆生に受け入れられなければ存在意義すらない。
否定したけど、たとえばテレビに出てる某霊能者をみんなが信じるような状況
ではそういう材料を引き寄せて法を説くことは有意義かつ有効だろう。たぶん
それは鎌倉期も江戸期も同じはず。
問題は、だからこそその根本の教えも同時に深めることでは? でなけりゃ
なんの宗教だかわからない「ぬえ」になってしまう。

>>704
エラソウに言ってながら面目ない。「称名念仏」のスレでしたな。
715714:2005/07/19(火) 05:28:32
あ、「ブラフマン」ね。「ウ」って発音はない。誤記。
716名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 10:14:47
>>713
> いろんな習俗と融合するのが日本仏教の特性ともいえる。
根本の仏教からはなれてしまったらヒンズー教と同じじゃないの。
仏教に三法印という、どの宗派も一番の根本とする教えがある。
仏教が、他の宗教とこの点で異なるという、いわばアイデンデンティティーだが、
その中に「諸法無我」がある。
実体的な霊魂を説き、その祟りを説くことは、それに反している。
日本の仏教各宗派にアンケートをとった正式見解では、
やはり仏教は諸法無我だから、実体的な霊魂を説かないとの答えが多い。
そのアンケートでは多くの宗派が真面目に答えているのに
鎮西は解答なし、西山は規定がないとの返事。
根本の教えがないがしろにされていて、方便だけ説かれても問題だし、
それに対する批判や反省が起こらないのが不思議、
仏教を勉強したら、すぐに矛盾に気がつくでしょうに。


717名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 10:50:31
>>716
宗義の本質をかけた大変な問題になってきた。
もちろん、サッとかわすのも方法だし、真っ正面から議論するのもオモシロイ(しょせん2ちゃんなんだし)。
浄土教が成立した時点での「実体的な霊魂」の解釈と現在のそれには大きな隔たりがある。
また、江戸時代、御用宗派になってしまったために宗義を洗練を怠った部分もあるだろう。
しかし、現在まで続いてきたことには意義があり、それはもちろん、人々に求められたからだろう。

もっというと、「実体的な霊魂」などなくても阿弥陀の慈悲を説く教義を成立させなくてはならない。

矛盾して聞こえるかもしれないが、たとえば法然上人は心底では実体的な霊魂なんぞ問題に
してなかったと思う。そこに鍵がありその鍵を見つけられなくては前へ進めないでしょう。
718名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 11:25:34
>>717
そういう問題意識に期待します。
このままでは霊感商法と区別がつかなくなる恐れがあります。
719名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 11:50:49
>>716
浄土宗では実体的な幽霊も、その祟りも仏教の文脈では認めていません。
加行を終えた人に開示されるものの、その範囲内です。

幽霊の存在を感じている人を否定するな。
否定が念仏の妨げになるのなら。

幽霊の存在に言及するな。
迷妄だから。

「祟り」について助けがあるのなら捨て置くな。
念仏で心安穏にすれば「祟り」におびえる心が見えるから。

法力とは念仏往生のみ。
それ以外の法力は必要ないので論ずるな。
畜生の通力も混ざっているから。

これが浄土教の答えです。
720部外者:2005/07/19(火) 12:13:18
迷悟三界城
721名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 12:18:20
>>719
> これが浄土教の答えです

浄土教ということはないでしょう。
浄土経典の何を根拠にそれが言える?
722けちゃっぷ:2005/07/19(火) 12:20:30
霊だけじゃなく、生身の人間も空・無我・非我なんですが、そこには触れなくていいのでしょうか?霊にだけ無我を適用するのはおかしくないですか?
723けちゃっぷ:2005/07/19(火) 12:23:17
よく、「無我なのに、何が往生するのか?」という人がいますね。しかしそれ以前に、「何が念仏しているねか?」
724けちゃっぷ:2005/07/19(火) 12:26:58
無我を悟れたら苦労しないんですよね。空なるできごとを実体的なものとして分別・執着してしまう凡夫だから、苦悩が生じるのです。
霊が実在してもしなくても、念仏すれば往生できます。
725名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 14:13:35
これまでの話を読むと、ここの浄土宗の坊さんは、
『仏説救拔焔口餓鬼陀羅尼経』『盂蘭盆経 』を敬い、
念仏供養して、三悪道に堕ちた魂を救おう、或は
檀信徒各家の施主と共に其の家先祖代々の魂に感謝の気持ちを
表そうという真心が欠けてる人がいるってことになるね。
726名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 14:55:11
>>722
誰も、霊魂だけが無我だなどと言っていない。
諸法無我という言葉自体があらゆるものと言っている。
今の浄土宗は、あまりにも実体的にいろいろなものを説きすぎるのじゃないか。
727名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 18:51:55
>716
>719
見事な解答ですね。

どうして浄土宗ではことの本質を見落とすことがまかりとおってしまっているのか?
大本山の法主をつとめるような人までむちゃくちゃなことをいいだすのか?
教えに対するひたむきさが欠けているということなんでしょうか。
728けちゃっぷ:2005/07/19(火) 20:08:39
>>725 「浄土宗の坊さんは」空です。このスレの数人のカキコだけで、「浄土宗の坊さん」を判断するのは危険です。
729名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 20:16:25
けちゃっぷくん。
「空」という言葉の意味、わかってるのかい?
730名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 21:01:05
唯識も忘れないでね。
731けちゃっぷ:2005/07/19(火) 22:58:51
>>729 たぶんわかってないのでしょうね。
想い出すのは、O先生が授業でおっしゃってた話です。
「人間」というヒトは実在しない。街で「おい人間」と呼んでも、自分のことだと思って返事するヒトはいない。「人間」は概念だけで実態のない存在であり、空である。…みたいな話でした。
732名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:16:59
>>731
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!
さすが。
733名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:27:34
>>731
あの先生の空りかいはチベットに偏りすぎだよ。あんた、もっと勉強しろ
734名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:30:16
O先生ってあの人のことか。今の姿はどこから見ても昔のヒッピーだな
735名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:33:12
仏教の議論は、言葉遊びの世界だな。
科学の議論は人類にとっての確実な遺産となって引き継がれる。
しかも自己修正能力という機能があるから真理探究の道を誤らない。
しかし、科学は苦悩する人々の心の拠り所とはならないが・・・
736名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:45:32
>>734
昔は、ほんまもののヒッピーだったらしい。
737けちゃっぷ:2005/07/19(火) 23:53:10
>>736 オ○ムの暗殺リストに載ってたという噂も。
研究室に信者が乗り込んで来て、「先生に本当の仏教をお教えします」と言われたらしいですね。
738名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:53:24
欧米の仏教学者やチベット学者にはヒッピーあがりいろいろいるね。
739名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/19(火) 23:54:22
>737
それ、自分で自慢そうにいいふらしてたな。
740愚者ぐしゃ:2005/07/20(水) 00:10:26
>>735
ま、宗教の立場からは反論すべき言葉なぞないけどね。
科学には永遠に解決できず、しかも、人間が理性を持つ以上永遠に悩み続ける
であろう「死」という問題をどう考えますか?
今考え得る科学では解決の方向すら見いだすことができませんよ。

ま、それに宗教が答えてきたかと言われると疑問は残るけども、
少なくとも「科学」は「完全に無力」だという結論は出ていると思うが。
仏教にかぎらず宗教全体を「言葉遊び」と言い切れるとはなんという偉大な精神の持ち主なんだろう。
741愚者ぐしゃ:2005/07/20(水) 00:19:16
話が余所へ行っちゃいそうなんで、もう一言だけにしとくが、
科学がわれわれを幸福にしてくれたろうか?
食料を増産させ、医学を発達させ、情報を共有させてくれた。
結果、不幸な人は数で行っても増え続けている。
一部の先進国の人間に堕落の中の安寧をもたらしたとしても、
結局はテロと理由なき殺人におびえるだけだ。そして、「死」については
何の受け入れ態勢も考えつかず、ただ麻痺させたまま永遠と信じる日々を
無為に(というとカルトっぽいな)、薄暗い不安と不満の中に過ごしてゆく。

科学を攻撃してるんじゃないよ。そういうことに現代的な解決を与える力
を無くした宗教の怠惰を責めているんだよ。

742けちゃっぷ:2005/07/20(水) 00:52:54
仏教はブッダの時点で完成しているんですよね。答えは出てる。
でも、ブッダの教えの通りに実践できない凡夫が増えるばかり。
743名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 01:12:50
>>731
そりゃ、先生が悪かったな。
話だけでなく、きちんと本でも読んでみれば。
744名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 01:19:52
>>731
> 「人間」というヒトは実在しない。街で「おい人間」と呼んでも、
> 自分のことだと思って返事するヒトはいない。
> 「人間」は概念だけで実態のない存在であり、空である。…みたいな話でした。

大阪へ行って「社長」と呼べば、半分ぐらいが振り返るという噂が・・・
中小企業が多いからなあ。

「社長」は空? 「先生」は空?
「浄土宗のお坊さん」は、概念だけで実態のない空?
745名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 05:45:49
>>742
すごい結論出してますけど、浄土教は仏陀の仏教とはほぼ別物だと思うのだが・・・(仮に目指すところは
同じにしても)。
>>731
これは記号論やってれば基礎的な話で、部外者としては何の感銘も受けられないことを付記しておこう。

よく芸能人で「いずれ私たちもあちらに行くから」なんてお年寄りが言ってるのを聞くと、そういう人に「死など
恐れず今を精一杯生きろ!」なんて、「いまさら」教える気になれない。それが仏陀の本願だとしてもね。
746けちゃっぷ:2005/07/20(水) 08:29:33
すくなくとも念仏してる時は、「人間」も「暑いなぁ」も「蚊が飛んできた」も同じことです。
すべて、念仏をさえぎる妄念になります。
747名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 09:01:00
>>746
ええ加減にしろよな。
念仏を妨げる妄念?そう考えるお前が妄念じゃゴルァ。
748名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 09:50:35
>>742
末法ですから。仏法無常。
749名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 13:13:31
何を言っても所詮戯論
750名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 14:48:33
>>745
> これは記号論やってれば基礎的な話で、部外者としては何の感銘も受けられないことを付記しておこう。

仏教における「空」の思想は、記号論とは関係ありませんが。
ひょっとしてあの例は、記号論の学者の空の話?
751名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 14:51:00
>>745
> 「死など恐れず今を精一杯生きろ!」なんて、「いまさら」教える気になれない。
> それが仏陀の本願だとしてもね。

阿弥陀仏の本願を、何か誤解されているんじゃないですか。
752名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 15:08:03
漏れの本願は腹上死
753名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 15:12:58
ダメな人生生きても
阿弥陀様の救済のお力を信じて念仏すれば、
魂が極楽浄土に迎えられ救われるから、
念仏往生の教えって素晴らしいんだろう?

754名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 15:19:08
地球世界は苦しみ・悲惨・汚れに満ち満ちているので、一刻も早く清浄な極楽世界へ行きなさいよというのが釈尊の教え、
阿弥陀仏の本願です。今を精一杯生きろというよりは、苦の世界には見切りをつけて生きることに執着せず死後の未来に
報われることを期待しなさいという教え。
755名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 15:20:11
F田の情報まだぁ??????

ゴキブリ僧侶は排除されるべし。
756名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 15:35:40
>>754
「一刻も早く」とか「見切りをつけて」とか
誤解を招いて、自殺奨励になっちゃうから気をつけてよ。
「念仏しながらこの娑婆世界を生き抜いて極楽往生の素懐を遂げる」
ことに意味あるんだよね。
757愚者ぐしゃ=745:2005/07/20(水) 16:04:16
本質的な問題が出たので匿名はずします、745は愚者ぐしゃです。
>> 「死など恐れず今を精一杯生きろ!」なんて、「いまさら」教える気になれない。
>> それが仏陀の本願だとしてもね。
>阿弥陀仏の本願を、何か誤解されているんじゃないですか。

>地球世界は苦しみ・悲惨・汚れに満ち満ちているので、一刻も早く清浄な極楽世界へ行きなさいよというのが釈尊の教え、
>阿弥陀仏の本願です。今を精一杯生きろというよりは、苦の世界には見切りをつけて生きることに執着せず死後の未来に
>報われることを期待しなさいという教え。

↑もし、前者と後者がともに浄土宗の教えとしての中心であり、ここに参加しておられる方に共通の
認識であるとしたら、私もそろそろおいとましたいと思います。
もちろん後者については否定されることを期待するのですが。


758名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 17:26:20
>>754 生きることに執着しないだけでなく、死ぬことなも執着しない。
759名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 18:39:52
>>757
去る者を引き止めないでしょ。
760名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 18:48:32
>757
>地球世界は苦しみ・悲惨・汚れに満ち満ちているので、一刻も早く清浄な極楽世界へ行きなさいよというのが釈尊の教え、
>阿弥陀仏の本願です。今を精一杯生きろというよりは、苦の世界には見切りをつけて生きることに執着せず死後の未来に
>報われることを期待しなさいという教え。
これはまったくの間違い。こうなったら邪教だよ。
確か、前々スレのけちゃっぷの自殺しておめでとう発言で荒れたテーマだ。
761名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 21:32:40
この娑婆世界は五濁悪世です。経典によれば劫濁、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁という汚れに満ちた世界です。
そこで悟りを得るというのは極めて難しい。何百回生まれ変わっても、地獄、餓鬼、畜生の三悪道を巡り巡って、
そこから浮き上がるということがありません。たまたま人間、天界に生まれることがあっても仏教の教えを聞くことすらまれです。
こうしてむなしく六道を輪廻してきたのが私たちの姿だと経典は教えます。
762名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/20(水) 23:03:43
この前、お見合いパーティーで
お坊さんという自己紹介して、
食前食後に合掌して食事してたら、
もろ笑われた。
>>761
のようなことを真に受ける現代人いるんだろうか?
763名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 03:15:02
浄土教は仏教とは違うという方に質問です。
仏典に書かれている事を、仏の教えではないと
どうして言えるのですか?
悟りを開いて、お釈迦様と同じ境地に立たなければ
分かるはずもない事だと思うのですが。
764名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 03:17:07
>>760
>けちゃっぷの自殺しておめでとう発言

ワロスwwwwwwwwww
765愚者ぐしゃ=745:2005/07/21(木) 05:10:46
>>763
「仏典に書かれているから仏の教え」という定義はさまざまな考え方ができると思います。
それをまず定義として仏の教えを考える、という方法もありでしょうし、方法といわずそれ
を信仰と定義してもよいと思います。
もし、763が私の発言のことを言っているとしたら、私は「浄土教が仏の教えではない」など
という大それたことを言った覚えはありません。
ここでは「所詮部外者」といういいわけはしません。ただ、専門の方とは知識が圧倒的に足り
ない、ということを自覚したうえで・・・
たとえば「毒矢の教え」に私は釈尊の教えの本質を感じている訳です。そしてたぶん、ブラフマン
という実体的な魂を否定するところから始まっている、という解釈をしています。
浄土教の最も皮相(と思える解釈)、たとえば754のような、は私の考える釈尊の教えの本質とは
真っ向から対立するものだと思っています。しかし、そんなオウム以下の内容のものが、何千年
にわたり人々に支持されることは有り得ない。
私の思うふたつはつなぐ鍵は「空」にあると思っています。人の心が感じる「苦」を滅するための
「空」にちかづくために、いわば反対の入り口からのアプローチであると。たとえば「念仏」という
方法は有効だからこそ維持されてきた、そのことはこのスレを総合的に読んでも間違いではな
いと思えてきました。
しかし、本当に763のように「厭離穢土、欣求浄土」が単なる現実逃避にすぎないとしたら、これ
また皮相なけちゃっぷ発言と同じように(元の発言を読んで763とはまったく違うと思いましたが)
魅力のない教えになってしまうと思いますね。そんなものを精神的なささえとして家康が天下を統一できたと
は思えませんね。
766愚者ぐしゃ=745:2005/07/21(木) 05:14:52
>>765
の発言の下から3行目と4行目の「763」は「754」の間違いです。
あと、
763の「悟らなければ分かるはずもない」というのは一理あろうと
思っています。ただ、それでは凡夫には盲目的な信仰しかあり
得ないでしょう。仏教は一神教と違ってもう少し思弁的な要素を
重んじると思うのですが・・・。
767名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 10:41:27
>>765
ちょっとずつ仏教をかじった方のようですね。
用語をならべるだけでなく、もう少しまとまりのある文でないと、
何が言いたいのかわかりづらいですね。
768名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 11:08:52
浄土教ってイスラムっぽくっておもしろそう。他力なんて発想はまさにイスラムだな!
769765:2005/07/21(木) 11:10:01
>>767
反論なら具体的にどこがわかりにくいかをどうぞ。
感想なら甘んじてお受けしますが、私としても仏罰を受ける覚悟の発言とお察し下さい。
770名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 11:28:52
>>768
まぁ、ある種一神教的な考え方だからイスラムやキリストに近いよな。
771名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 12:16:53
>>768 一神教との違いは、仏はたった独りではなく無数にいらっしゃるという点です。
772けちゃっぷ:2005/07/21(木) 12:20:46
>>764 死んでもおめでたいし、生きてもおめでたいのです。片方だけに注目しないでください。
773名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 12:56:39
>>772
けちゃっぷが一番おめでたい。
774名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 16:51:57
>>770
阿弥陀仏一仏に帰依すると言ったって、
単に数の問題じゃないんだから一神教とはまったく異なる。
一神教は、世界を創造し、世界のあり方に意志を示す
人格神である点が特徴だから、阿弥陀仏とは似ていない。
阿弥陀仏は世界を創造したこともなく、
人類に罰を与えるような意志を示すこともなければ、
戦争の勝利を祈っても、そんな願いを叶えることもない。
イスラムやキリスト教の神に、戦争の勝利を祈り、
自分たちの勝手な正義に力を与えるように神に祈った、
あのブッシュやフセインの発想が一神教。
775名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 16:58:13
>>765
「毒矢の教え」が釈尊の教えの本質?
ブラフマンという実体的な魂を否定するところから始まる?
「苦」を滅するための「空」にちかづくために念仏?
「厭離穢土、欣求浄土」を精神的なささえとして家康が天下を統一?

用語をわかって使っているのでしょうか。
無理して用語を使うことはありません。
776名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 17:40:17
家康は「厭離穢土、欣求浄土」とは掲げたけれども
それは乱れた天下を統一してこの世に浄土を打ち立てようというもの。
浄土宗の意とは大いに異なる。

浄土宗の意は、汚れたこの世は人間がどんなに努力しても浄土ではあり得ないので、
弥陀の大悲誓願を頼んで極楽世界に生まれ変わるしか救われる道はないということ。
777765:2005/07/21(木) 18:09:01
あいかわらず、具体的な反論ではないですね。
「用語を使うことはありません」そうですね。用語は聖職者の独占事項というわけですか?
では

「おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教えを説かれたのではないのですか?」
「おしゃかさまは<人は死んでも魂は残って何かに生まれ変わる>とおっしゃったのですか?」
「<空>というのが仏のおしえのひとだと聞いております。<空>とは何だとお考えですか?」
(家康については776さんにご回答いただきましたので、無用です)

はい、775を書いた方、教えてください。
778名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 18:10:06
>>777
×「仏のおしえのひと」
○「仏のおしえのひとつ」

です
779名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 18:49:15
おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教えを説かれたのではないのですか?

その通りである。ただし仮の教えとしてであって、釈尊が本当に言いたかったのは汚れ乱れたこの世で迷いを断つことは
無理なので弥陀の本願を頼りに極楽世界に生まれ変わりなさいというのが真実の教え。
いきなり極楽世界とか本願とか言っても通じないので、初めは迷いを断つことを勧めて人々を仏道に誘い、後に浄土を
説いて全人類を救わんとされた。
780名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 19:26:04
>>779 出世の本懐ですか。さすがに、そこまで言い切るのは抵抗あります。
781名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 19:38:57
>>777
毒矢のたとえは、そういう意味ではない。
ブラフマンは実体的な魂ではない。
空に近づくために念仏があるのではない。
782777:2005/07/21(木) 19:48:56
>>781
うけたまわりました。
もちろん、「おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教えを説かれたのではないのですか?」
は「毒矢の教え」ではないことはわかっていますよ(どちらかというと「杯蛇の厄」でしょうね)。
では、虚心に聞きますので、どちらからでも教えてください。

「毒矢の教え」はどういうことを諭しているのですか?

「おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教え」
よりも本質的なのが「極楽世界に生まれ変わりなさい、という教え」なのですね? つまり、「苦は現世では絶てない」という
こと?
783名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 20:20:36
>>782
ちょっと通りかかったんだけど、少しは勉強してから質問するのが礼儀だよ。
ゼロから10行ぐらいで誤解なく説明できる訳ないよ。答えているのもいるけど。
784名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 20:33:58
>779
まさか親鸞会ではないと思うが。
おまえの言っていることは仏教でも浄土教でも浄土宗でもない。
でてけ。
785767 775 781:2005/07/21(木) 21:24:52
>>782
> 「おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教え」
> よりも本質的なのが「極楽世界に生まれ変わりなさい、という教え」なのですね?
> つまり、「苦は現世では絶てない」ということ?

どこをどうひねったらそんな答えがでてくるのかよくわかりませんが、
毒矢のたとえとは、今、目の前に毒矢に当たって苦しんでいる人がいるのに、
どんな毒矢なのかを探る前に、まず毒矢を抜いて目の前の苦を取り除くべきだということでしょ。
苦しみの原因の迷いを探り、その迷いの原因を探ったりする前に、
まず、しなけらばならないことがあるということでしょう。
それに、釈尊のたとえは、浄土教の文脈のなかで説かれたものではありません。
釈尊のたとえに極楽や来世をそのままあてはめるのは無理ですね。

ブラフマンの理解もそうですが、
本当の「愚者」というのは、知ったかぶりはしないものですよ。
786愚者ぐしゃ:2005/07/21(木) 22:58:40
>>785
>「苦は現世では絶てない」ということ?

799の
>いきなり極楽世界とか本願とか言っても通じないので、初めは迷いを断つことを勧めて人々を仏道に誘い、後に浄土を
>説いて全人類を救わんとされた。
を受けただけですが。
>それに、釈尊のたとえは、浄土教の文脈のなかで説かれたものではありません。
それは、やはり釈尊の考えと浄土教の考えの間には隔たりがある、という理解でよろしいですか?

787名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 23:27:09
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
苦しい 苦しい 苦しい 苦しい 苦しい 苦しい 苦しい 苦しい
悲しい 悲しい 悲しい 悲しい 悲しい 悲しい 悲しい 悲しい
寂しい 寂しい 寂しい 寂しい 寂しい 寂しい 寂しい 寂しい
悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい
辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い
虚しい 虚しい 虚しい 虚しい 虚しい 虚しい 虚しい 虚しい
788名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/21(木) 23:29:28
>>785 「まずしなければならないこと」とは、「今すぐ私たちにもできること」でなくてはなりませんよね。
浄土宗の場合、それは念仏だというのが結論ではないでしょうか。
789ちょっと勉強にいれてください:2005/07/21(木) 23:33:53
我=霊魂のようなもの、輪廻の際に持ち越される対象だとして
まず、それを否定する。=無我

その次にこの世は、因果で成り立っているとする。
輪廻に影響するが、それは我のようにわかりやすいものではなくて
因→果が現象としてあるわけで、その間に我の存在を認めているわけではない。

阿弥陀がいるとかいないとかは、今になって議論されていることでもなくて
教典が作られた時からそんな話はあったのだとおもう。
般舟三昧経で、見仏なんてのはその証明してるを求めたのかなって思ったりする。
また、浄土思想が意味無いというのは、ちょっとわからない。
善根つんどかなきゃ、早く往生できないし。善根積むってことはすくなくても
今生きているこの世の中で、悪いことしないとか、社会的な意味も持つわけで。

お釈迦さまの考えていたことは、たぶん今から推定するのは難しい。と思う。
阿含経のように、最も古い経でも、後からの挿入はみられると学者はいうし。
だから自分にあったものを認めればいいわけで、その中であれがおかしいこれが
おかしいっていうのはあんまりわからないなと。

790ちょっと勉強にいれてください:2005/07/21(木) 23:37:01
ついでに無量寿経で、(たぶん極楽において)阿難が、スメール山にいる天は
どこにいるって聞いているんだけど
これに対しての、お釈迦さまの答えよくわかりません。

エロいかたおしえて
791オッペケ信徒:2005/07/21(木) 23:54:08
あの…浄土宗の教えや高僧方の深い内部事情をお話の所
私の様な手抜き信徒が口をはさんで申し訳ないのですが
宗教とは本来人の心に安らぎを与える為に有るものじゃ無いですか?
浄土宗本来の教え全ては私にはわかりませんが
行中のお坊さまなら相手を論破して悦びを感じて徳をつめるものか…
少々不安を感じてしまいます。
どうか宗派が違えども仏教僧でいらっしゃるなら心穏やかに話して頂けると安らぎますm(__)m
お邪魔しました
792名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/22(金) 00:29:07
「おしゃかさまは苦しみは迷いであるからその迷いの原因を絶て、という教え」
よりも本質的なのが「極楽世界に生まれ変わりなさい、という教え」なのですね? つまり、「苦は現世では絶てない」という
こと?

一応苦を断つということと悟りを開くということを同等に見れば、この世で悟りを開くことは無理なので
完全に現世で苦を絶つことはできないというのが正解。総じてこの世に望みを絶って来世での福徳を願うべき。
真に浄土の法門に入った人はどこかこの世を恨んだ様子をしているものである。
この世での快楽も悟りも両方打ち棄てて生きるのはしばらくの間苦しいけれども、死んだ後浄土で得る至福は莫大である。
793愚者ぐしゃ:2005/07/22(金) 05:42:55
>>792
>この世での快楽も悟りも両方打ち棄てて生きるのはしばらくの間
>苦しいけれども、死んだ後浄土で得る至福は莫大である。
どう聞いてもオウムに聞こえます。
たぶん、一人からの答えだと思っているので、浄土宗の意見とは思っていませんが、
他のひとからの反論が784くらいしかないのが気になりますね。
>>791
他宗ですが「法戦」というがありますね。
浄土宗には折伏とか、論を戦わす機会が少なそうなので、こういう場もあっていいかと思うのですが・・・
日々心おだやかに信仰されている方には過激になってるかもしれませんね。

あいかわらず、糖尿病の少女の死んだニュースが報じられていますね。
既成宗教の衰退が生んだ悲劇でもあるのではないでしょうか。
794名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/22(金) 08:26:01
>>793 生死ともに煩いなし、です。早く死ねと言ってるわけじゃありません。
795793:2005/07/22(金) 09:03:24
>>794
>浄土で得る至福は莫大
あきらかに死後に重きを置いてるとしか読めないので書いたまでです。
ただ、死後は不知であるからバランスのために重きを置く、というのならありかも知れません。

796名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/22(金) 15:06:51
>どう聞いてもオウムに聞こえます。
ほんとに?ネットに落ちてるやつでもいいのでオウムの文献挙げてみて。
797793:2005/07/22(金) 15:41:38
>>769
「聞こえます」というのは私の主観的な解釈で、文献と照らし合わせるようなものではないでしょう。
しかし、あえて厳密な議論を求められるのであれば「オウムに聞こえる」という発言は撤回してもかまいません。
おそらくオウムが死後得るための至福のために積む「徳」の種類に決定的に違いがある、ということ
でしょうか。または、その「死後の至福の保証」が「もたらすもの」が違うという反論もありえると思います。
では、その前にある発言を取りあげましょう。
>真に浄土の法門に入った人はどこかこの世を恨んだ様子をしているものである。
これはどうですか?
とてもじゃないけれど、そういう人や僧侶とかかわりたいと思えなくなるような見解ですが。

798797:2005/07/22(金) 15:46:53
最大にひっかかるのは「恨んだ様子」です。
浄土門にはいることで「恨み」が増すのですか?
私の考える仏教からもっとも遠いもののように感じられます。
それとも「恨んだ様子」というのは「恨む」ということとは違うのですか?
「私の考える仏教」が違うというなら、浄土宗の考える仏教とはどのようなものですか?
いや、話が大きすぎますね。
念仏を称えると世の中を恨むようになるのですか?
そういうふうにしかこの文章は読めないです。
799名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/22(金) 21:08:43
>978
けちゃっぷの天然ボケはあなたには相応しいかもしれない(彼の発言をある意味評価してるんですよ)。
浄土門は「恨んだ様子」とは対極にあります。
法然上人や善導の言葉を見れば明らかです。
法然上人の浄土教は徹底した自己否定が前提にあります。であれば、恨み(おそらくは観念的な)が増大するはずはないです。
800牛飼い:2005/07/22(金) 21:48:30
>>792 こいつ学会員。福徳、福徳って?よく大作が使う言葉
801牛飼い:2005/07/22(金) 22:00:12
果報的活動=現世利益ばかり追い求めていると地獄の釜が開くぜ

あの世でも主のいないとことが地獄であります。天上界に逝けたとしてもその天界に
主がおられない場合(信仰不成就)は、その本人にとって地獄となります。
これから行く界が極楽浄土か地獄なのか、そんなことは全然関係ないことです。
信仰者にとってあの世でも今生でも何時までも主の蓮の御足にすがることが出来ればよい、ということであります。
802名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/22(金) 22:17:18
・往生を願い極楽に参らんことをまめやかに思い入れたる人の気色は、世の中をひとくねり恨みたる色にて常にはあるなり(法然)

・この界は穢悪にして苦多し。わずらわしく貪楽せざれ(善導)

・一世、勤苦すといえども須臾の間にのち無量寿仏の国に生まれて快楽きわまりなし(無量寿橋凶)

・今身にかの国に生ぜんと願わば行住坐臥に、必ず心を剋して昼夜に廃することなかれ。畢命を期とせよ。
まさしく一形にあって小苦に似たれども、前念に命終して後念に即ちかの国に生まれて、長時永劫に常に無為の諸楽を受く。
ないし成仏まで生死を経ず。あに快きにあらずや(善導)
803けちゃっぷ:2005/07/23(土) 05:31:56
>>798 「恨み」という表現が誤解を生むのかもしれませんね。
速やかに生死輪廻の世界を離れたいから、浄土門に入るのです。
末法の世である現在の地球を浄土に変えようなどと考えて道を誤ると、政界に参入して世俗的になってしまいますし、争いの種になります。
私達は、仏でも転輪聖王でもない凡夫ですから、この世を浄土にすることは不可能です。ただ念仏を広めて、一人でも多く浄土門にご案内するだけです。
804けちゃっぷ:2005/07/23(土) 05:42:18
念仏者は往生が決定しています。本願力によって極楽浄土で無量の寿命を得られます。もはや二度と三悪道に墜ちることはありません。
イスラム教徒やキリスト教徒が死んでも、せいぜい梵天のもとに往くだけです。彼らが信仰している聖書の神の正体は梵天だからです。
天衆の仲間になっても寿命には限りがあり、死んで再び三悪道に墜ちる可能性もあります。
805愚者ぐしゃ:2005/07/23(土) 06:38:26
>>802
何の説明もなく二代祖師の引用をしているのは792の絶対的な根拠ってことで自信満々みたいですね。
私は(まだ)浄土衆徒というわけではないので別に何の説得力もありませんが。
法然上人が「恨み」という表現を使っていることにはついては私が何かいう必要もないのですが、一応
考察してみれば、宗祖のいった言葉をなんでもかんでも絶対とするのを「ドグマティズム」というのでは
ないでしょうか。たとえば浄土教自信が釈尊の教えの根本を時代や社会に合わせようと出てきたであ
ろうように、真にその時代の衆生を救おうと思うなら原典の細部を解釈し直すことなく絶対視するのは
どうかと思いますね。せめて802の説明が792だという主張と「思ってあげる」として、「恨み」という言葉
に感じた疑問の答えにはなっていないですね。少なくとも私の疑念は深まっただけです。ただ法然
上人の言葉を現代の文脈でそのまま読んで正しいとは思えないと感じるだけです。

もちろん、ドグマを方法とする態度もあるでしょう。前にけちゃっぷさんに感じていた疑問は803-804で
理解できました。文章だけ読むとドグマそのものですね。でも、いままでの発言と併せて考えればこ
れは「一貫した態度」と取れなくもありません。その点ではまだ共感できる部分は残ります。792への
反感とはずいぶん違います。
でもやはり、けちゃっぷ師は現代の法然にはなれないな、とも感じましたが(もちろんそんな大それた
こと考えてないでしょうが、いかなる宗教人にも人は期待をするものなのですが)。

806名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 10:21:17
けちゃっぷに愚者、
どっちもどっちだけど、
こんなのしかいないのか、
浄土宗のスレには。

聞きかじりの思い込みばかりでなく、
きちんと浄土教を学んだ人は?
807けちゃっぷ:2005/07/23(土) 11:35:36
>>805 愚者ぐしゃさんは、浄土宗を現実逃避的な教えだと理解して、抵抗を感じていらっしゃるのでしょうか。
仏教は出世間の教えです。世俗的価値観をひっくりかえして苦悩の原因である執着から離れる効果は、浄土教にもあります。
また、執着と関係が深いのは「念(忘れないこと)」です。
たとえば、もっとお金が欲しいという執着があっても、そのことを忘れてる時には憂いがありません。お金のことが頭によぎった時に、憂欝になるのです。
そして、お金について考える必要がない場面でもお金について想ってしまう人は、日常生活で余計な憂欝を感じてしまいます。
注射の痛みは一瞬なのに、一日中注射におびえてる子供は、注射についての余計な憂いを感じてしまいます。「あー痛かった。」で次の瞬間に忘れてしまえば、注射についての憂いはありません。
808けちゃっぷ:2005/07/23(土) 12:16:41
「明日注射だ恐いな」と思ったら、口で「なむあみだぶつ」・心で「往生するぞ」と念じます。すると、注射についての恐怖の念は中断されます。
「それじゃあ念仏マシーンになってしまうじゃないか?」と疑問に感じる人もいるでしょう。安心してください。念仏マシーンでも往生できますから。そして再び念仏にもどってください。
「極楽に往けるなら、いっそ早く自殺してしまおう。この世は苦しいだけだし。」と思う人もいるでしょう。念仏してください。念仏している瞬間は自殺の念も消えます。自殺が頭によぎった瞬間は、心の念仏が中断されているからです。
809けちゃっぷ:2005/07/23(土) 12:20:14
「念仏している時に、悩みや自殺のことが頭によぎってしまう(妄念が浮かぶ)。」という人もいるでしょう。
安心してください。妄念があるままでも往生できます。また、妄念が済んだら再び念仏にもどればいいだけです。
どんな妄念もかならず過ぎ去る現象です。過ぎ去ったら念仏できるので、心配しなくていいのです。念仏できる時に念仏すればいいのです。
810名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 12:37:06
恐怖心を忘れるための念仏。

念仏が、単なる呪文になっていますね。
法然の説いた念仏は、そういうこと?
811名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 14:41:03
けちゃっぷよ。
執着するな云々、出世間の教え云々、というなら役所勤めを辞めなされ。
自らが出世間できとらんこと、念仏に執着しとることに気づけ。
812けちゃっぷ:2005/07/23(土) 15:36:18
>>811 その論法では、生命に執着していない人は死なねばならなくなりますし、往生浄土を願う人はすぐ自殺しなければならなくなりますね。
自分で選んだ仕事なのだから、それに不随する苦労に愚痴を言わない。自分で選んだ道だから、捨ててきたもう一方の道を振り返らない。
凡夫なので難しいですが、念仏に心をもたれかけさせて、念仏を杖にしていれば、倒れずに最後まで乗り切れると思います。
813けちゃっぷ:2005/07/23(土) 15:43:55
>>812 ちょっと何が言いたいかわかりにくかったかもしれませんね。
出世間の教えであるということは、世俗であたりまえだと思われていることがあたりまえじゃないと、気付かせてくれる教えだと思います。
仕事を辞める辞めないではなくて、仕事の中で世俗の人が感じるストレスを感じず、体験と感情を接続しないことが大事です。
世俗の人が怒ったり悲しんだりする場面でも、気にせず淡々と仕事をこなせばいいのです。
814けちゃっぷ:2005/07/23(土) 16:09:47
>>790 釈尊がアーナンダ尊者に、極楽にはスメール山が無いことを説明された。
アーナンダ尊者は、「そしたら、スメール山を住居とする神様達の居場所がないじゃないですか。極楽ではその四天王等の神様達はどこにいるのですか?」と尋ねた。
すると釈尊は、「じゃあ聞くが、もっとエライ神様達は、スメール山の上空に住んでいるとされるが、どうやって住んでると思うのだ?」と問い返す。
アーナンダは答える。「なんか不思議な業の報い・業の形成の力で、そうなってるみたいですね。」
釈尊は応える。「そうだね、業の不思議さをおまえは理解しているね。仏の加護もやっぱり不思議なんだよ。前世の善根の報いで極楽の神様になっている彼らの力も不思議なのだ。だから山がなくても住めるの!」
アーナンダ「いや、そうですね。別に疑ってたんじゃないです。このお経を読むであろう未来の人々が、余計な疑問を抱かないように、私がここで質問しておいただけです。」
釈尊「気がきくなぁ。さすがだ。」
815名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 16:33:32
とりあえず、けちゃっぷさんのおかげで念仏とやらが非常に滑稽なものだってことがわかった
816愚者ぐしゃ:2005/07/23(土) 16:53:33
ふーん、けちゃっぷ師は専業僧侶じゃないのか・・・(ヘンな言い方)。
だと逆に純粋に教義にむかえるのかもしれませんね。しかし、広がりというか慈悲というか、
いわゆる聖職者に求めるところを求めるのは無理かも。いや、それとここでの議論は別ですが。

私はこう思っています。「仏教」の目的は人間の苦しみからの解放であり、そのためには世界に
対する認識の変更を行うこと、そうすれば世界そのものが変わる(この「変わる」という意味の
とり方でいろいろな宗派が生まれていると思う)。その中心概念を無理矢理一言にすれば「空」。
たとえば聖道門における「空」は太陽を宇宙空間で見るようなイメージ。純粋ではあるけれども
非常に難解で到達しにくく、到達しようとする人も少ない。それを「浄土門」というか、法然上人は
「青空」のイメージに変えた。空気がある分、太陽の姿も明確ではなく、朝昼夕と別の姿を見せる
が雲ひとつない青空は誰にとっても親しみがあり理解しやすく、かつ宇宙空間の空を感じること
と「効果」そのものは変わらない。

へいへい、単なる部外者の思い込みです。でも、けっこう確信あるんですがね。

817名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 18:18:16
そうですね。
818けちゃっぷ:2005/07/23(土) 20:18:52
>>816 だいたい同感です。
「空」を説くのも、苦を滅するためですからね。「空」を悟ることが目的ではない。
「空」を理解していると、できごとを多角的に観ることができ、執着を消すことができます。
ただし、聖道門は、単なる思想の理解ではなく、行を通して鍛練し、熟練しなければなりませんね。反射神経を鍛えるように。むしろ思想はあとから体系化されたものであり、まず行ありきでしょう。
>816 愚者ぐしゃさんは、末法思想を信じますか?
819名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 20:50:51
仏教では抜苦与楽という。浄土宗では往生浄土がそれに当たる。
この命終わって苦の世界に別れを告げ彼の安楽世界に生まれる、往生の時が浄土宗の信者にとって抜苦与楽である。
820名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 20:57:05
そうですね。
821名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 21:00:40
>819-820
だからさ、そういってしまうと浄土宗の教えが自殺奨励になっちゃうじゃん。
前々スレから前スレにかけてそれが問題になっていたんだよ。
とちゅうでバカがでてきて(だれかに小学校の算数も分かっていないバカといわれた)、
尻切れトンボになったが、重大な問題だと思うよ。
822名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 21:37:11
このスレは「浄土宗」の看板をかかげているだけに、
誤解を招く表現は注意したほうがいいだろう。
小中高大生も読んでいると留意したほうがいい。
ところで、話は変わるが
隣町に創価学会の池田記念講堂があって
今日集会があってた。
子連れで若い母親や壮年層が大勢集っている姿に
圧倒され脅威を感じた。
最近、
創価学会の脅威を感じたことないかい?
ああいう熱心さは既成仏教信者にはないよね。
どうなるだろう・・・これから。
廃仏毀釈が起きて137年、
葬式仏教と言われ続け100年近く、
仏教衰退の余波はまだ残っているんだろうな。
仏教復興の兆しは全く見当たらない。
823愚者ぐしゃ:2005/07/23(土) 21:56:57
ズブの素人が同感されてうれしいです。
ですが、「末法思想」?
いままで、いちども考えたことがありません。「末法思想」って何?
正法・像法・末法で1000年ごろキターッて時代区分? それとも単に
この世には限りがある、っていう「終末論」のこと? いよいよオウムですよ。
末法が1000年も続いてる時点で何の説得力もないように思いますが。
確かに、自然科学の発達で人類が滅びやすい時代に入っているとは思いますが、
思想に関しての衰退や自然に存在する生命になぞらえての「滅び」なんぞなんの
積極的な意味もない「あきらめ」いや、「放棄」にすぎないと思っています。

嘆くべき時代、嘆くべき自分の現状、嘆くべき「法」のありようだとしても、たとえば
そんなことを知らずに生まれてくる次の世代のためにも投げ出す訳にはいきません。
というか、少なくとも、自分たちが投げ出されていなかった以上それは許されません。

トンデモの結論をもう一度出しておけば『風の谷のナウシカ』(原作)です。
824けちゃっぷ:2005/07/23(土) 22:25:10
末法思想とは、べつに人類が滅びるような終末思想ではありません。
ブッダが亡くなって時が経ち、悟る人がいなくなり、正しい修行も失われ、ただ経典のみが残っている仏教になってしまった。仏教徒のレベルがとりかえしつかないくらい落ちてしまった。
そういう認識が末法思想です。現在の地球ではもう悟れない(弥勒が現われるわでは)ということです。死ななきゃ治らないバカばかりということ。
この末法思想を前提に、この世を「恨む」という表現も出てくるわけです。
825けちゃっぷ:2005/07/23(土) 22:35:36
>>821 念仏できれば何があっても幸せなんだから、わざわざ自殺するほどの苦悩などもはや無いのです。自殺する代わりに念仏が与えられているのです。1回の念仏ごとに死んで往生しているのです。
死にゆく細胞達を、1匹1匹の単細胞生物だとは思いませんか?私を念仏させてくれた細胞達もまた、念仏者なのです。彼らは毎日往生しつづけています。
ずっと同じ「私」が生きているというのも実は間違い。自殺しなくても毎秒死に続け生まれ続けているのです。
ただ「○○太郎」とかいう「名称」と、たい焼きみたいに生き写しの「形体」が、相続しているだけです。
826けちゃっぷ:2005/07/23(土) 22:44:13
>>822 学会のような強引なまでの布教活動を浄土宗もやれば、同じように信者を増やすことは可能でしょう。
やるかやらないか、それだけの問題ですよね。あと、檀家や会員のような数字に残る信者を増やすべきか、どこの寺に属すわけでもないけれど書店で念仏の本を買ってくれて自分で念仏するような念仏ファンを増やすべきか、そのあたりはどうなんでしょう。
827けちゃっぷ:2005/07/23(土) 22:49:24
余談ですが、先日僕のホームページの常連の女の子が、2度目の自殺未遂をしたらしいです。病院からケータイで書き込みをくれました。
828名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 23:45:14
末法というのは釈滅後、時代が降るに従い、世の荒廃・汚れが増し増してくるのを言います。
これを阿弥陀経は五濁悪世、劫濁、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁と説きます。
無量寿経にはやがて経典も修行もすべて滅んでしまうことが予言されています。
人も世も改善する望みがあるうちは往生を願いきれません。末法と凡夫の自覚があって浄土の初入門とします。
829名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/23(土) 23:59:32
愚者です。
けちゃっぷさんは現実に(サイトを通じてといえ)そういう人とかかわっているだけでも
十分に宗教者であると思います。
思いますが、ひとつ間違えば大変な責任も負っておられるわけです。
その責任感も「念仏」ひとつでクリアされているのだろうか・・・。
浄土宗は念仏と浄土往生というシンプルさがある分、なんというか「脅かしが効かない」と
いいましょうか、僧侶の責任とするところ、要求される人間性が、他宗に比べて格段に大きい
と思っています。
学会は現実社会の利益一辺倒の価値観のカウンターとしてはよく機能していますが、正直
教えそのものがぜんぜん見えません。なぜ「法華経が最高です」なのかわからない。結局
悪い表現ですが「洗脳」の部分が多いと思えます。
830名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 00:00:48
「末法」ですが、正直、しろうとにはぜんぜんわかりません。実感できません。
釈尊の生きていた時代やその直後にはすべての人が救われていたとでも?
831けちゃっぷ:2005/07/24(日) 00:47:45
>>830 すくなくとも、ブッダに直接教えを受けた人は救われたと思います。また、教団には実際悟った人がたくさんいました。
実は僕も末法思想は半信半疑ですが、自身が心散乱する「末法の凡夫」であることは、痛感しています。
末法が嘘なら、ブッダと同じように修行すれば悟れることになります。今の日本でそのような修行をしたいなら、浄土系と日蓮系以外の宗派に入るべきですね。
832名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 02:28:34
>>804
> 念仏者は往生が決定しています。本願力によって極楽浄土で無量の寿命を得られます。

往生が決定しているなら、もはや往生のための念仏は必要ないですね。
じゃあ、往生決定後の念仏は何のための念仏なんですか。
833けちゃっぷ:2005/07/24(日) 03:37:16
>>832 念仏が楽しくおもしろいから念仏するのです。
1回1回の念仏ごとに往生の喜びを味わうのです。念仏を味わうのです。
1回の「南無阿弥陀仏」の間に、心は念仏の世界に入って、また世俗の五感の世界に還ってきます。
心は世俗のスケボーで滑走していますが、なむあみだぶつで念仏の世界にジャンプします。そして再び滑走中のスケボーの上に飛び乗ります。
このジャンプが実に楽しい。また、このジャンプの時間が非常に短いことも発見します。1念1念が独立した時間であり、しかも連続性があることも感じられます。
念仏を通して、心を使ったゲームを手に入れるのです。とても楽しい遊びを手に入れます。仕事中に電話が鳴ったとして、そのベル1回の時間の間にも、心を休憩させられるようになります。
834名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 06:46:11
末法が本当なら現代の釈尊になればいいだけの話でしょう。
「けわしき道ぞ、悟りを開くよりもな」
「しらねえよ! これからなるんだから!」
835けちゃっぷ:2005/07/24(日) 11:20:28
現代のブッダになるには、どこの宗派で学べばよいのでしょうか。
まぁしかし、今の日本に自称ブッダが現われても、カルト扱いされて潰されてしまう気もしますね。
836名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 11:57:29
カルト扱いをされる自分は現代のブッダであると。そう言いたいわけですな。
837名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 12:42:30
>>833
お気楽な念仏ですね。
浄土宗では念仏をそのように教えているわけですか。
なるほど、浄土宗の現実をよく表していて、
ためいきがでてきますね。
838けちゃっぷ:2005/07/24(日) 12:51:41
>837 けちゃっぷの日常の念仏についてお話したのです。以前法然さんの法語を持ち出したら、「またそれか」みたいに言う人がいたし。
人生そのものがお気楽なんですよ。念仏のおかげで。
839名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 12:56:42
仏法無常 死生無我 涅槃念仏
840834:2005/07/24(日) 13:58:11
愚者です
>>835
そりゃもちろん、仏陀が学んだ宗派ですよ
841けちゃっぷ:2005/07/24(日) 15:08:58
>>840 やはりスマナサーラ長老とか?
上座部ではブッダは釈尊のみで、あとの仏弟子は阿羅漢が最高ですが、呼び名にはあまり意味ないでしょう。もちろんテーラワーダもブッダ当時の教えのままだとは思いませんが。
842名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 15:32:12
>>841
は?
「釈尊が開いた宗派」じゃありゃあせんよ。
「釈尊が学んだ宗派」ですよ(w
843名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 15:40:45
今日、六時半からTBS系に浄土宗のお坊さんが出演されますね。
興味ないかもしれませんが・・・。
844名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 16:13:41
>>842
> 「釈尊が学んだ宗派」ですよ(w

織田信長の子どもの頃の髑髏くらいあやしい。
845名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 16:38:57
施餓鬼会ならびに地蔵盆勤修の貴台方、お疲れ様です!
846名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 16:41:03
これがほんとの「餓鬼入れどき・・・・・」、貧乏エンマなし(お地蔵さまが閻魔さまと知らないと成り立たないトリビヤ)
847名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 17:47:46
この世は苦しみのみぞ有る。楽しきことは露も無し。このように思い定めて後生を願うありさまを恨みたるとは申すのです。
848名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 17:50:59
・汝、今また自ら生死老病の痛苦を厭うべし。(世間は)悪露不浄にして楽しむべきもの無し(無量寿経)
849名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 18:20:57
>>847-848
そういうこと。
それでも生きていてしまうアンタの愚痴を如何せん、だよ。
850名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 18:34:12
生きているのは生命の働き。根本的な生存欲でありこれを無明と言う。
逆に言えば愚痴と無明によって生かされている。人は凡夫でありこの世で無明を捨てることはできない。
弥陀の本願はそのような凡夫をも救い取って浄土へお迎え下さる。
851名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 20:18:13
話題のフジテレビ菊間アナの年収1600万円なんだってねぇ。
すごいな。
娑婆は金、金、金って感じを受けるよな。
お寺も財施がなければやっていけないからな。
矛盾の中に今の寺はある。
852名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/24(日) 20:25:16
>>850
それを無明とは言わんだろ。
煩悩と言うべきだろ。愚痴と無明というのも変だが。

なんかここは仏教の聞きかじりが多いな。
853名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 00:21:56
TBSの「夢の扉」見ますた。

一言。「信仰がある、というだけでそれは超能力、超常力なんだなあ」ということ。
その意味で、カルトっぽくてもけちゃっぷ師に期待するわけです。
854けちゃっぷ:2005/07/25(月) 00:32:13
>>853 僕も観ました。すごいエネルギーのある和尚でしたね。
お寺というハードと経済的支えがあるからこそ、あそこまでの活動が可能なのでしょう。また、あんな住職なら檀家も支えてあげたくなるはず。
僕なんかまだまだ力不足です。
855:2005/07/25(月) 01:30:55
>>854
おまえはお払い箱だ 早く肉体から離れろ 煩悩坊主めが
856名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 03:21:30
あのお寺は51等級だよ。法務してるようすもないし、檀家が訪ねてくることも電話もないっておかしくね。ホストがどうたらは放映中止。
857名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 04:30:28
>>ホストがどうたらは放映中止。
↑これ、ちょっと知りたいね。予告ではやってたんですよね?
>>855
この「m」という人はどういう人なんだろう。考えてみました。
もし、僧侶であるとすれば、ああいう活動をする人をすごく一般人とは違う目で見てるのでしょう。
フツーに見れば「立派なお坊さんだな」と思い、「浄土宗の教義とどう関係あるのかわからない
けど宗教の力って凄いなあ」と感心するでしょう。そして854のような発言を「頑張って!」と応援
したくなるでしょう。「ああいう活動を立派と思わない」という視点はたぶん同業者なのでしょう。
その心はひとつしかありません「自分にあんなのを期待されても困るんだよ!」

「金八先生」が流行った頃、実際に「あんなのが本当だと思われても困る」という先生がいました。
金八は、しかし、フィクションです(モデルになった先生はいますが)。今日のはドキュメンタリーです。
もちろん、ドキュメンタリーにも編集があり、そのまま真実であるというのは違うと思いますが。
それでも、>>855のような感想の述べ方はとてもじゃないけど、一般人の共感は得られないでしょう。
まあ、それを言うのなら>>856もどちらかというと批判ですわな。でもまだ少し理屈をつけようとして
いるだけでもマシでしょう。

けちゃっぷ師は思った通りの反応でしたね。「思った通り」とは、良くも悪しくも態度が一貫している
ということでしょう。

>>855さんの批判の根拠をぜひぜひ聞きたいものです。もう一度言いますが、同業者ですね?
もういっぺん自分を見つめ直した方がよくないですか?
858857:2005/07/25(月) 04:37:18
何を粘着しているかというと「早く肉体から離れろ」っていう表現にとてもイヤなものを感じるんですよ。
ムカついたんなら「死ね!」とかいう方がよほど正直で凡夫らしくていいです。
「肉体から離れろ」というのは僧侶でないにしても宗教者っぽい表現であり、そこには「死ね!」という
ことへのためらいがあり、そのためらいが反省に向かわず(「死ね!」というより往生や輪廻があるから
ソフトでいいだろう)という傲慢さに向かっています。「死」という宗教の本質の半分以上を占めるような
テーマを無神経に人に吐き出しているその態度に怒りを感じるわけです。「m」などとコテを名乗ると
ころに「吐き捨て」にしたくない主張を感じるので反論を期待します。


859けちゃっぷ:2005/07/25(月) 12:25:43
>>855 ごめんなさい。ありがとう、いつも。
860名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 12:55:22
>>859
きもい。
偽善。

本気でありがとうなら、
忠告を聞いて、もう来ないこと。

同じ事を繰り返すのなら、
単なる偽善。
861名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 15:44:28
ちょっと、みなさんにお尋ねします。
けちゃっぷさん、他もろもろの方々、教えてください。
念仏の功徳を列挙するとどんなことがあがるのでしょうか?

1.死後に西方極楽に往生できる。
2.逝前、六方恒沙の諸仏諸菩薩の護念を頂ける。
3.己の心を浄めることができる。

ほか何かありますか?
862名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 16:10:36
>>861
>1.死後に西方極楽に往生できる。
>2.逝前、六方恒沙の諸仏諸菩薩の護念を頂ける。

現当二益と言って現益が2.、当益が1.とされるが、本当は1「死後に西方極楽に往生できる」の当益だけ。
護念を頂けるは浄土往生が大前提。念仏する人がちゃんと往生できるように守ったり縁が深まったりするんであって
普通の意味でのいわゆる現世利益が説かれる場合は単なる方便に過ぎない。

>3.己の心を浄めることができる。
そんなことできるかヴォケェ。汚い心のまま往生できるから素晴らしいんじゃ。
綺麗になってしまったら意味ないわ。
863名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 16:38:22
>>862
「ヴォケェ」なんて言葉つかうな。知ったかぶりするな。
法然上人ご法語「十二箇条の問答」に
『衆生の心はつねに名利にそみて、にごれる水のごとくなれども、
念仏の摩尼珠を投ぐれば、心の水おのずからきよくなりて、』
とあるぞ。
864名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 17:25:57
>>861 滅罪
865名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 17:52:04
>>864
念仏して滅罪を実感したことある?
866名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 18:22:41
>>863
だからそれも方便だって。本気で言ってる訳じゃない。
結果念仏して浄土往生してくださればいいという配慮。
>>779でも書いてるだろう。心が清まるうんぬんは釈尊が衆生を極楽へ導くための方便説。
聖道門は浄土門へお膳立てする方便だということははっきり言われている。
867けちゃっぷ:2005/07/25(月) 18:22:54
>>860 参考のために教えていただきたいのですが、なぜ来て欲しくないのですか?
868名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 19:04:19
>>866
法然上人のお言葉は謹み敬って受け止めるべきだろう。
念仏の信者の我々にとって専修念仏の元祖様のお言葉なんだから。
869けちゃっぷ:2005/07/25(月) 19:23:18
>>868 でも日蓮さんみたいにはなりたくないです。
他の教えとの関係がどうであろうと、あまり重要ではないでしょうね。どっちにしても念仏で往生できるんだから。
最初からラーメン食べに来てるんだから、店長のおすすめが炒飯だろうが餃子だろうが、ラーメン食えたら満足です。
870名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 19:40:54
>863
あんたはどうしょうもないバカだね。方便とその意図の区別もつかないらしいな。

浄土宗略抄より
>また宿業限りありて受くべからん病はいかなる諸の仏神に祈るともそれによるまじき事なり。
>祈によりて病も息み命も延ぶる事あらば、誰かは一人として病み死ぬる人あらん。
>いわんやまた仏の御力は、念仏を信ずる者をば転重軽受といいて、宿業限りありて重く受くべき病を軽く受けさせたまう。
>いわんや非業を祓いたまわん事ましまさざらんや。
>されば念仏を信ずる人は、たといいかなる病を受くれどもみなこれ宿業なり、これよりも重くこそ受くべきに仏の御力にてこれ程も受くるなりとこそは申す事なれ。
>?我らが悪業深重なるを滅して極楽に往生する程の大事をすら遂げさせたまう。ましてこの世にいか程ならぬ命を延べ病を助くる力ましまさざらんやと申す事なり。

現益があると説いているかのように見えるが、法然上人が一番言いたいのは、最後の一文。
871名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 19:48:28
もりあがってまいりました
872名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 19:52:27
>863
あんたが引用した十二箇条問答の次の一文はこれ。
>我が心を鎮めこの障を除きて後念仏せよとにはあらず。ただ常に念仏してその罪をば滅すべし
自分が煩悩にまみれていることを悩む人に、そのままで念仏をもうせばよい、と勧めているだけ。
あきらかに方便だ。心が清浄でございとすましこんでどうするの?
煩悩具足の凡夫がそのまま阿弥陀仏国に往生させていただけるのがありがたいんじゃないか。
バカじゃないの。
873けちゃっぷ:2005/07/25(月) 22:10:53
念仏する度に罪は滅するのでしょう。でも凡夫だから滅しても滅しても罪を造ってしまいますが。
874名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 22:52:53
>>873
往生成仏の障りとなる罪が念仏によって滅せられるということは、
人間の心が清浄になることとは違う。
875名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 22:59:23
>>862, 866, 870, 872
何威張ってんだ? 
同一人物だな。
876名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 23:08:41
>>872
で、結局あなたは何が言いたいの?
人に「バカ」って言いたいだけなの?
不自讃毀他戒って知ってる?
877名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/25(月) 23:16:18
法然上人のお言葉は素直に受け止めていきたいものだ。
「お念仏という浄摩尼珠を投げ入れると、
 心という水は自ずと清らかになるのです。」
素晴らしいお言葉だと思うよ。
878けちゃっぷ:2005/07/25(月) 23:29:45
口に「なむあみだぶつ」・心に「往生するぞ」と称念同時に念仏申してみましょう。「その瞬間」だけは罪が滅している。
凡夫の心は枝を飛び回る猿のようにあっちこっちに乱れるので、「その瞬間」はすぐ崩れてしまいますが。
879名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 06:42:11
脚下照顧。
880蜜兄弟 熊造と鉄五郎  :2005/07/26(火) 11:15:08
「わいが食わしちゃろか」
兄貴は、剃り立ての髭の青々とした頬を俺に擦り付けてくる。
じゃりじゃりと、微かな髭の感触が、俺の頬にもろに伝わり体が芯から
火照ってくるのがわかる。
「おれが……おれが、先にいくけえ」
おれは、自分のクリーム餡蜜をひと匙掬って、自分の口に含んだ。
寒天とぎゅうひと、アイスクリームの絡みついた豆が舌の中で、蕩けそう
になる。
おれは、唇を兄貴に向けて差し出すと、右腕を腹巻にそって、兄貴の太い
胴に廻した。
兄貴は目を瞑り、おれの口移しのクリーム餡蜜を、貪る様に吸い取った。
(つづく……)「わいが食わしちゃろか」
881名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 12:53:30
この世で心が清くなってそれが何なの?皆誰もが死ぬんだよ。
それで命終わってむなしく六道へ還るところ、お救い頂けるというのだ。
仮初めのつまらない利益に心奪われて往生の大利を見落とすな。
882名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 14:05:16
死んだ後の事なんざどーだっていいんだが
883名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 15:13:02
>>878
癒し系の念仏ですか。
念仏となえたら、その時だけは心が清くなった気分で、
それ以外は、相変わらずの煩悩まみれの普通の人間。
結局、何も解決せず、何も理解せず、
その時その時の、刹那的な快感に酔いしれる。
法然上人が命がけの求道の末に出会った念仏って、
そんないいかげんなものだった?
884名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 15:23:06
いい加減でもいいから易行なんでしょ。
885名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 16:51:52
>>881
>この世で心が清くなってそれが何なの?皆誰もが死ぬんだよ。

ここで読んだもっともカルトな意見に聞こえるなあ。
あんたは往生した後も「こんなところに居てもつまらん」とか言い出すだろうな。
もうどこにも行くとこなくなってるのにね。

886名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 17:17:47
>>885
881じゃないけど、あれってカルトじゃなくて浄土教の本質。
この世でいくら偽善を積んでも、癒し系で癒されても、
人生における一番根本的な問題、「死」というのを解決せず、
眼をそらして逃げ回っているだけ。
その仏教における根源的問題を正面から解決しようとするのが浄土教じゃないのかな。
887名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 17:19:06
>>882
じゃあ何のために往生するの?
888愚者ぐしゃ:2005/07/26(火) 17:25:18
時々愚者にもどってすまん(だって、コテだとスルーされるんだもの)
>人生における一番根本的な問題、「死」というのを解決せず、
>眼をそらして逃げ回っているだけ。
法然上人はひとつの解決をもたらしたのだと思いますが?

889けちゃっぷ:2005/07/26(火) 17:50:27
>>883 往生が決定した上で、「生けらば念仏の功積もり」、ですよね。
たとえば怒りはストレスの原因になります。怒りを念仏で停止させる習慣が身についてくれば、それだけ日常生活のイライラも減り、健康にも好いことでしょう。
念仏で毎日にこやかに生活させてもらって、臨終には来迎・往生です。なんて幸せなんでしょうか。
890名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 18:28:02
念仏で怒りが停止したら苦労ないわ!いったいどれだけ脳天気なんだ?
念仏で心が清まりなどしない。念仏しつつも腹の底、心の内はドロドロと醜くて怒りや情欲で一杯だろ。
それをこらえつつ何とかその日暮らしで生きながらえてるに過ぎない。すべては臨終の浄土往生に向けてだ。
ただその一点のみがすべての苦しみからの解放だ。それ以前にはない。
臨終の一点に凝縮された解放、そのために人生すべて掛けろというのが教えだ。
この世に幸せなど在りはしないし期待もしない。
891名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 19:31:24
>>889
だめだこりゃ
892名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 19:32:56
>>888
あいかわらず、文章よめないやつだなあ。
893名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 19:38:18
けちゃっぷさん、念仏で戦争・紛争を根絶してください
894名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 19:50:12
>>892
愚者です。
886さんは881のヤツを批判してくれたんで婉曲に言ったんですが・・・。
886の一行めと5行めの指す「浄土教」はどう違うのか・・・。
895名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 21:07:05
浄土宗って穏やかな雰囲気がある坊さん多いと思っているが、
このスレッドも穏やかな雰囲気でレスが交わされるといいね。
一人、言葉使いの荒い奴がいるのはわかっているんだ。
896:2005/07/26(火) 21:21:27
>>895 おまえに何がわかる。ホイド野郎!悪口懺悔汁。
雰囲気で物を話す不可思議な奴。けちゃっぷは悪辣で不敬虔な輩。
早く肉体から離れろ、死んで誰もが仏になれるわけではないが。お前らはそのほうがよい。
897蜜兄弟 熊造と鉄五郎 :2005/07/26(火) 21:24:44
「わいが食わしちゃろか」
兄貴は、剃り立ての髭の青々とした頬を俺に擦り付けてくる。
じゃりじゃりと、微かな髭の感触が、俺の頬にもろに伝わり体が芯から
火照ってくるのがわかる。
「おれが……おれが、先にいくけえ」
おれは、自分のクリーム餡蜜をひと匙掬って、自分の口に含んだ。
寒天とぎゅうひと、アイスクリームの絡みついた豆が舌の中で、蕩けそう
になる。
おれは、唇を兄貴に向けて差し出すと、右腕を腹巻にそって、兄貴の太い
胴に廻した。
兄貴は目を瞑り、おれの口移しのクリーム餡蜜を、貪る様に吸い取った。
(つづく……)「わいが食わしちゃろか」
898名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 21:58:35
m、蜜兄弟 熊造と鉄五郎 よ。
人間の醜いところばかり見つめるなよ。
精神衛生的によくないぜ。周りの人間に嫌われてないか?
899けちゃっぷ:2005/07/26(火) 22:48:25
>>890 口と心で念仏する刹那は、怒りも停止します。ドラマ見てる時にニュース速報が入ったら、意識が一瞬ニュースにスイッチするようなかんじです。
情動を消したくない時は、わざと念仏しなければいいですが。怒りの間に念仏を挿むと、冷めてしまいます。セクースの時も醒めてしまうよ。
900けちゃっぷ:2005/07/26(火) 22:52:10
>>890 念仏する刹那は、怒りも停止します。ドラマ見てる時にニュース速報が入ったら、意識が一瞬ニュースにスイッチするようなかんじです。
強い情動をあえて消したくない時は、わざと念仏しなければいいですが。セクースの時にも念仏したら醒めてしまうしね。
901けちゃっぷ:2005/07/26(火) 23:01:03
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
902けちゃっぷ:2005/07/26(火) 23:03:22
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
903けちゃっぷ:2005/07/26(火) 23:08:02
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
904名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 23:10:55
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
905けちゃっぷ:2005/07/26(火) 23:07:38
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
906けちゃっぷ:2005/07/26(火) 23:17:50
>>890 怒りが停止するのは、口と心で同時に念仏した瞬間の話ですよ。
念仏しながら腹の中でドロドロ考えてる時は、妄念が出てる時です。それでも往生に支障はないでしょうけど。
口で「なむあみだぶつ」と言いながら、同時に頭で「往生するぞ」と念じると、口業と意業が念仏に忙しくて、その瞬間は怒りにさえかまってられないのです。
口の念仏を続けていても、意にはすぐに妄念が浮かびます。それは凡夫だから仕方ありません。妄念に気付いたら、できるだけ早く心を念仏に帰してあげましょう。
907名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/26(火) 23:25:02
>>900
実験しおったな。このバチあたりめ(w
908けちゃっぷ:2005/07/27(水) 08:26:11
書き込みがなかなかできなかったと思ったら、何回も重複になってました。すみません。
909名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 09:21:15
夏休みだから人大杉で
サーバー重くなってるんだな。
910名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 10:40:36
サーバー重杉。
911名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 10:41:05
浄土宗というか、仏教者全般にお聞きいたいんですが、
私はあの「風水」ってのがムシズが走るほどキライなんです。
「あなたは金運が悪いので、出入り口に黄色いものを置かないとダメです」
占いはそれなりにカウンセリングの意味を持ってると思うのですが(それでもキライだけど)
あの「風水」だけは、なんとなく科学的・論理的な貌を見せているだけにヘドが出そうなんです。

「あなたの歯が痛いのは東に花瓶を置いているからです」・・・・「歯が痛い」が「金運が悪い」に
なったとたんに人は理性的判断をなくしてしまうのでしょうか。

仏教者には共感していただきたい。「因と果の間に入り込んだペテン師ども」への反感を。
あと、あんたらが無力だからだよ!
912名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 10:51:27
風水や占いを信じたい人って結構多いから信じない人には不快だよね。
家族がはまったら困る。
花瓶とか鏡が妙な場所にある家って落ち着かない。
度を超えるとリフォームや引っ越しまでするから考えものだ。
913名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 11:12:15
けちゃっぷ氏、私はあまり「往生するぞ」と念じなくてもいいと思っています。
「かわや念仏」と言うんだから意は他にあって口だけ念仏しても問題は無い。
という考えは間違っていますか?
914名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 11:28:19
>>911
仏教の本質から言えば、風水など占いは人間の迷いの産物。
しかし、今の浄土宗は、教えに対してのけじめがあまりないから、
占いでも習俗でも取り込んでしまって無批判な状態になっているのが残念。
ぽっくり寺でも受け入れる浄土宗だから、
風水でも細木数子でも、無批判に受け入れそうだ。
915名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 11:30:07
ぽっくり寺って何ですか?

無知ですみません。
916けちゃっぷ:2005/07/27(水) 12:31:36
>>913 口先だけの念仏が出るのも、心のどこかに信心があればこそですから。口先だけの念仏で往生できるでしょう。
信心が全くないのに念仏するのは、人目を気にして信心があるように見せかけようとする場合でしょう。そんな人は、かわや(トイレ)でまでわざわざ念仏しないでしょうね。
風水も、心のどこかで信じてるからカーテンの色を気にしたりするのです。
心のどこかで信じていても、疑いが頭に浮かぶ。これは凡夫だからしかたありません。
念仏の時「往生するぞ」と念じるのは、念仏を楽しくするコツです。また同時に、自力の念仏としての効果もあります。阿弥陀仏のお顔や白毫を想い浮かべながら称えるのもいいでしょう。
917けちゃっぷ:2005/07/27(水) 12:38:04
>>911 色彩が与える心理的効果は実際あるでしょうし、玄関や水回りを清潔にするのは見た目も健康面でも悪いことではないでしょう。風水に気配りできる注意力がある人なら、客人に気配りする能力もあるでしょう。
その程度の方便として考えています。
918けちゃっぷ:2005/07/27(水) 12:45:20
占いといえば、以前トリビアで、長寿の老人の手の生命線を計測して統計をとったら、平均よりも長かったんですよね。あれはビビった。
919名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 12:54:57
>>918
年取ってシワシワになったからでないの?
920名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 14:43:07
>>915
奈良にある浄土宗のお寺。
拝んでご祈祷を受けたら、寝たきりにならずにぽっくり死ねると宣伝してる。
そんなまじないや祈祷でご利益を願うのは浄土教にはない。
しかも、肝心の和尚さんが寝たきりになってしまったら、
「うちの和尚さんはみんなの身代わりになった」と奥さんが言い出し、
再びご利益信仰を集めている。

現世利益のために、あれこれすがるのは民衆の心理かもしれないが、
それを利用して、教えに反する「商売」をするのは間違っている。
宗派は黙認しているようだが。
921名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 14:46:58
>>917
浄土教が風水肯定してどうする。
風水のなんたるかを、本当に知って言っているのか?

>>918
ものごとの判断がつかない人ですね。
本当に仏教を学んだことがあるのですか。
浄土教の仮面をかぶった、単なるオカルトファンですか。
念仏も、まじないの呪文のようだし。
922名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 15:46:05
>>920
ご回答有りがとうございます。初めて知りました。
奥さんもなかなかのやり手ですね。
老人にしてみたら切実な問題だからたくさん拝みに来てるのが目に浮かびます。
923名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 15:52:36
けちゃっぷ氏は確かにオカルトファンのような気がする。
とても共感出来ることを書いてる時もあるし、「あれ?」と思うこともある。
世俗を出たり入ったり・・・・・不安定かも。
924名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 16:45:18
養成講座の時期や回数が変わるようですが・・・
宗門大学卒なら小僧都で養成講座だと律師になるのでしょうか。
これって何の為の改革ですか?
僧侶の質の向上が目的だったのに方向性見失ったのかな?
925名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 16:49:17
>>922
> 老人にしてみたら切実な問題だからたくさん拝みに来てるのが目に浮かびます。

ところが、老人会の団体で来たじいさんが、
帰りのバスの中で心臓麻痺で亡くなった。
さっそくのご利益で、みんな喜んでいるのかと思うと、
効き目が早すぎると文句言ってたそうだ。

「方便」とは、真実に導くための手段。
真実に導く教えも説かず、ただ金儲けだけに宗教を利用する、
どこかのあやしげな新宗教となんら変わりはないのに、
あれが法然の浄土教を説く、浄土宗なんですかね。
926名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 16:54:23
>>925
普通の活動はしてないのでしょうか?
浄土宗は何故怪しげな寺を受け入れたのかわかりませんね。
団体で来るってすごい繁盛ぶり。ちょっと驚いた。
927けちゃっぷ:2005/07/27(水) 17:29:20
>>921 あくまで世俗のお遊びとして、ある程度は認めますけどね。
風水信者も占い信者もキリスト教徒もイスラム教徒も日蓮信者も、念仏すれば往生できます。
928名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 17:47:36
けちゃっぷ氏、結論がいつも念仏ですね。
別にけちゃっぷ氏のこと嫌いじゃないけど少し強引かな。
まぁ、私も念仏して往生したい。その気持ちは一緒です。
929名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 18:15:22
私にいわせればけちゃっぷ師だけが念仏を理解して信仰を持っているように見えますけどね。
それが人々に伝わるかどうかは別問題。もちろん浄土宗として「ミサイル飛んできても念仏すれば
往生できます」なんて公式見解は持てないだろうし。だからこそ、他の浄土宗の方がけちゃっぷ
さんの薄弱な根拠をどんどん補強していく、という図式が見たかったんですけどね。
そういえば親鸞学徒とかどうしたんだろう? 熱心だったのに、所詮は念仏の徒ではなく親鸞信者
だったのかな。親鸞上人の「絶対他力」ってものすごくいじけてひねくれた思想に見えるんだけど。
930名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 18:35:35
>924
宗門大学を志望する学生を増やすのが目的でしょう。
佛大、正大卒より、律師養成講座出身者の方が加行直後の資質が高く、
師僧からの評判もよい、という現実をどう考えているんでしょうね。

ちなみに、この改革はまだ決定ではなかったのでは?
931名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 19:10:59
>>929
> 私にいわせればけちゃっぷ師だけが念仏を理解して信仰を持っているように見えますけどね。
浄土宗って、あの程度のものだっのか。
中身のない、念仏ごっこ、仏教ごっこに見えますが。
932けちゃっぷ:2005/07/27(水) 19:42:44
>>931 仏教に何を求めてるのでしょうか?
むしろ、「程度」が低ければ低いほど法然さんが求めた教えに近付けるのかもしれません。サンタを信じる子供のように、単純に信じるのが理想です。
933名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 20:04:11
>>931
「空」を悟れればよいのです(私の言い方ですが)
ただ、確かに「易行」であったはずの念仏が、情報量においてだけは利口になり続けた
近世>>近代>>現代人には逆に信じるのが難しい行になっているのかも知れません。
座禅組んだり、やたらたくさん法話を聞いたりする方が「心の隙間」は埋まるでしょうが、
それで「空」に到れるかどうかの保証はありません。
念仏で空を飛ぶとか台風を消すとか、そんなことができれば人気は出るでしょうが所詮
手品師になれるだけです。
どんな方法でも信心の強い人ほど修行が進むのは当然のことでしょう。
934けちゃっぷ:2005/07/27(水) 21:55:01
>>933 何のために「空である」と悟るかといえば、執着しないためでしょう。
「空」を悟って、エライ人になったりお利口さんになったりするのが目的ではありませんよね。仏教は、知的好奇心を満たすのが目的ではない。
執着しなければ憂いはない。
「極楽に往けるから、ま、いいかぁ!なむあみだぶつ!ぃやっほーっ!僕ってしあわせー!」って思って執着しなければ、憂いはない。まぁ、憂いがあっても往生できるので、憂いに執着する必要もありませんが。
935名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 22:19:54
920 そこが浄土宗のダメなとこ。みんな法然上人の教えを自分なりに理解している。間違った教えをなおす人もいないし、間違った教えの人が偉いから、浄土宗はこのままじゃヤバいと思う。
936名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 22:26:46
愚者です
>>934
そんな感じです、私の理解は。
ただ、それを広めるためにはやはり何か助業がいる気もするのですが。これは素人にはわかりません。
>>935
浄土宗なんてなくなっても、正しい教えが広まればそれでいい。そうは思いませんか?
937名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 22:54:05
>>930
決定ではなかったのですね。
だいたい宗門大より偏差値の高い人は受験もしないと思います。
僧階がなんだ!そんなもんいらん!という方が多いから
何の改革にもならないでしょう。
938名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/27(水) 23:00:54
世界中に広まればね、無理だけど。
939名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 00:20:28
人々が幸せになるなら仏教徒は多くならなくてもいいと考えるか、
仏教徒が多くなるなら人々が幸せにならなくてもいいと考えるか。
940名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 10:23:04
何を持って幸せだと思うかは人それぞれだと思いますが・・・

人々が苦しみに耐えられる強い精神を持ち、幸せになるすべを知り
行動出来れば宗教などいらない。
941名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 11:17:23
>>932
> むしろ、「程度」が低ければ低いほど法然さんが求めた教えに近付けるのかもしれません。サンタを信じる子供のように、単純に信じるのが理想です。

教えなど何も知らなくても、ただ念仏だけしてればよいということですか。
念仏は呪文で、なにも南無阿弥陀仏でなくてもいいわけで、
浄土宗である必要もない。
お寺は、そのように檀家を無知のまま念仏だけさせておき、
わけもわからないまま、儀式だけをさせてお布施をいただくのですか。
942名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 12:16:55
>>941 世間の人がみんなお金のために動いているようにしか見えないのは、あなた自身がお金に執着しているからです。
お金のためだけなら、わざわざ転職しませんでした。
943名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 12:30:26
>>941 深い教えを知らなければ救われないという教義なら、知識人しか救われなくなってしまいます。智者でも無知の者でも、念仏すれば往生できます。
臨終間際に初めて仏教を知った人に、「あなたは仏教の知識がまるでないので救われない」「空や無我を悟っていない愚か者は、救われない」などと言うのでしょうか?
阿弥陀仏は、そのような人でも迎えに来てくださいます。
944名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 12:32:15
>>942
いやきっと、941さんは家にきても話もしないで長い呪文を称えて帰っていく
髪の毛のない黒い着物を着た人に毎月払うお金が惜しいと考えているのですよ。

だったら「もう今月からけっこうです」と言ってしまえばどうでしょうか?

少しも心にひっかかりがないならそうすれば?
あるいは、黒い着物の人に正直にそう話せば?

私はその時の着物の人の答えがしりたいです。
945けちゃっぷ:2005/07/28(木) 12:46:16
>>944 「もう今月からけっこうです」と、言ってあげればよいでしょう。
ただ、その理由も伝えてあげましょう。
お金が惜しいだけなら、無料ででも拝みに来てくれるはずです。
今のご時世ですから、毎月拝みに来るしきたり自体がウザイのなら、事情を話せば了承してくれるでしょう。
坊さんは、特に自分が送った往生人は気になるものですから、ないがしろにしたくないという気持ちもあります。
946名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 13:31:43
>>943
> 深い教えを知らなければ救われないという教義なら、知識人しか救われなくなってしまいます。
> 智者でも無知の者でも、念仏すれば往生できます。

またそんな極論を持ち出す。
学者みたいに仏教の深い教義を勉強するなどとは言っていない。
「程度が低ければ低いほどいい」という意識は、ちょっとバカにしていない?
念仏の「意味」さえも説かずに、わからんでもいいからただ念仏せよ、
とだけ伝えれば充分なわけ?法然上人の時代じゃあるまいし。
「空」や「無我」をさとらないと往生出来ないなどとは言ってない。
しかし、念仏さえ称えておけば、ぽっくり死ねますよとだけ説いて、
何も法を説かず祈祷をしてお金をとるのは、相手が愚者だからいいというわけ?
金が惜しいとか下世話な話ではなく、ぽっくり寺のように金をとる方のことの話です。
947名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 13:57:07
仏教は時代や風土に即応して発展するもの。
今のご時世に原理懐古主義じゃ苦しいわな。
948名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 15:11:33
へえ〜、浄土宗じゃぽっくり寺も肯定されるのか。
堕ちたもんだな。

しかし、調べてみたら、奈良に2つもあるんだな浄土宗のぽっくり寺。
しかも、阿弥陀さんだけでなく、大日如来までまつっている。
節操がないというか、浄土教を知らないというか、
法然上人もお浄土で嘆いておられるでしょうな。
今のご時世に流されるのが浄土宗ですか。
細木数子や風水と手を結ぶのも時間の問題ですな。

しかし、それ宗派として認めているわけ?
誰もおかしいと言わないわけ?
浄土宗の僧侶って、仏教の教えは何も知らなくても、
念仏を十回さえ称えられたら合格?
949名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 15:25:38
十回じゃ合格じゃないだろう。
六万遍とは言わないが一万遍で相続らしいから、そのあたりが合格ラインか。
まああとは細かいことは言わない。
950名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 15:34:11
>>948
浄土宗の人間じゃないけど、そのへんの「ゆるさ」も含めての浄土門だと思うけどねえ。
厳格なのが好きなら他に厳格なのがいくらでもあるじゃない。
「大日如来を置いたらその瞬間から破門だ」なんてそれこそ浄土宗らしくもない。
「これはご実家が真言宗の信者さんからのリクエストで置いてござる」くらいの
ことをスラッと言ってほしいものだ。

こないだの不登校児の面倒をみる和尚さんじゃないけど、「ゆるい」宗派ほど個々の人間性には
高度なものが求められると思う。たとえば浄土宗の教えをもとに念仏の大切さを説き
ながら「じゃあ自殺して早く楽になりたい」と言われた時に言葉につまるようじゃ困ってしまう。
他宗なら暗記している文言からなんでもひいてこれるだろうが、浄土宗にはそれは難しい。
となると、より対機説法を重んじなくてはならない、ということでしょう。

ま、ゆるくなろうと思うえばどこまでもゆるくなれるってことだが・・・。

951名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 16:19:02
>>948
推測だが、大日如来は廃仏毀釈で廃寺された寺から引き取ったのではなかろうか。
952けちゃっぷ:2005/07/28(木) 17:33:33
>>946 易しい行が売りですから、往生するための行は程度が低い(簡単)なほどいいのです。勉強しなくていいという意味ではないですが、「勉強しなければならない」と誤解されると困ります。
たった1回の念仏でも往生できると信じるべきです。しかし、その信仰が毎日の念仏を妨げてはいけません。
毎日毎秒念仏の行に励むべきです。しかし、その行が「1念で合格」の信を妨げてはいけません。
毎日1万回念仏しなければ救われないなどというのは、阿弥陀仏の慈悲をみくびっています。
953ヘッポコ信徒:2005/07/28(木) 17:56:34
以前愚者さんがおっしゃっていた様に
ある程度問答も必要なのは解りますが
浄土と言う文字を見て心安らぐお話も有るかと覗く度に論争論破ばかりで
少々悲しく感じています…2chでそんな物を求める私もいけないのですが(´・ω・`)
時にお布施のお話が出ていましたが、
私の亡くなった祖父や叔父、従兄弟等も僧職
(浄土宗、従姉妹婿は浄土真宗、真言宗)ですが
お布施が大変だからとおっしゃる檀家さんのお宅にも欠かさず御参りに
行ってます。宗派の問題では無いのではないでしょうか…
954けちゃっぷ:2005/07/28(木) 17:57:59
基本的なことですが、他宗の方もいらっしゃるので。聖道門は自力・難行、浄土門は他力・易行です。
この世で自力で悟れなければ、死後再び迷いの輪廻をくりかえし、この世で積んだ修業の成果も、レベルダウンする可能性が高い。
浄土門は自力が弱い凡夫でも、他力(阿弥陀仏の本願力)で往生させてもらえるので、今のレベルから落ちることなく極楽で修業の続きができます。
自力が階段なら、他力はエレベーター。せっかくのエレベーターも、使い方が難しくて誰も動かせなければ意味がありません。念仏は、老若男女・初心者でも、すぐに使えるエレベーターです。
955名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 22:27:40
基本は「ただ一向に念仏すべし」
それで素直に念仏できるのなら、それでよし。
でもそれじゃ納得できないけど、勉強すれば納得して念仏できるのなら、それでよし。

念仏は、法然上人によって論理的に出された結論だから、
その過程を知らなくても往生できるし、知ることでより念仏出来るならどうぞ・・・ってことですな。
956名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 22:37:37
>>955
のおっしゃる通りだと思いますね。
生死にの問題は阿弥陀様にまかせるしかないと思って
素直に念仏できる日々が一番いいのでしょう。
実際、死を目前にしてできることはお念仏が一番すぐれている
という気がします。
957名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 23:28:08
で、ぽっくり寺やって、祈祷して現世でのご利益を宣伝することも、
大日如来をまつって、それを拝むことも、
浄土宗は認めているということですか。

浄土教の、法然上人の教えの、何を根拠に認めるのでしょう。
958名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/28(木) 23:32:44
>>957
「一人残らず、凡夫も含めて、いま苦しんでいる人を救いたい」という本願じゃないの?
959けちゃっぷ:2005/07/29(金) 00:15:19
>>957 逆に聞きたいのですが、大日如来やお地蔵さんなど、阿弥陀三尊と釈尊以外の仏菩薩をおまつりすることが、なぜ問題なのでしょうか?

話変わりますが、ご住職方、この時期お中元のお返しでけっこうサイフきつくなりません?
960名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 02:08:54
>>959
> 逆に聞きたいのですが、大日如来やお地蔵さんなど、阿弥陀三尊と釈尊以外の仏菩薩をおまつりすることが、
> なぜ問題なのでしょうか?

いやあ、まいったまいった。こんな答えが返ってくるとは思わなかった。
なんだか情けなくて涙がでてくるよ。

浄土教の寺院に、真言宗の本尊をまつり、加持祈祷をすることの矛盾が理解できない?
浄土宗って、本当に何も教えを学ばなくてもできるようですね。
念仏称えたら浄土往生できる、それだけ知っているだけで充分なら、
何も寺を構えて僧侶であることは必要ないようですね。
あ、お経を読めるというだけの違いか、ただし内容は知らなくてもいいか・・・

阿弥陀仏の本願にまかせるなら、他の仏菩薩は必要ないだろ。
阿弥陀仏じゃあ、たよりない、信用しきれない?
それとも、阿弥陀さんは浄土往生だけまかせて、現世利益は他に依頼?
阿弥陀さんも、バカにされたもんだな。

浄土宗の寺に、キリスト教の礼拝施設あっても、神だながあっても、
イスラムのモスクがあっても、日蓮がまつってあっても、阿含宗と共同で火祭りしても、
麻原彰晃の説法会しても、人がよろこぶなら一切問題なしか、すごいもんだ。
961名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 04:15:53
>浄土宗の寺に、キリスト教の礼拝施設あっても、神だながあっても、
>イスラムのモスクがあっても、日蓮がまつってあっても、阿含宗と共同で火祭りしても、
>麻原彰晃の説法会しても、人がよろこぶなら一切問題なしか、すごいもんだ。

まあ極論すぎますが、もしその施設で念仏を称える人が「念仏称えれば西方浄土へ往生できる」
と信じるならそれは浄土宗だと思いますね。「死」についての見解をゆだねる相手こそが宗旨を決定
するのだと思いますから。
あ、私は聖職にはついてません。

962名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 08:09:33
まぁ、京都の本山も法然上人が本尊だしなぁ。
何故法然上人なのか、よく分からん。。

俺は、本尊やら荘厳なんていらないと思うんだけど。
あんなに有難がって大事に色々世話してる暇が
あるなら、念仏しとけと思う。
963名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 08:24:22
>>960 浄土宗は一神教じゃないんだし、他の神仏を敬って阿弥陀仏が嫉妬するわけでもないでしょう。
個々のお寺にはさまざまなご縁があって、他の神仏をおまつりしている場合もあるはず。阿弥陀三尊がメインであるならば、あとは、他にどんな神仏が同居してても問題ないでしょう。
964名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 08:39:56
問題が無いと考えるのが問題。
965名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 09:25:03
>964
何が問題になるのですか?
ポックリ寺の件と、阿弥陀仏以外の仏菩薩もお祀りしてあることとは別の問題ですよ。

ポックリ寺の件は、京都の釘抜地蔵とか六地藏信仰と同じように、
あくまでも民間信仰の一形態として、という範囲でなら認めてもいいとおもう。
ただ、それを商売にしてしまっている、という点が問題でしょうね。
それと、ポックリの方だけを取り上げてしまって念仏を説かないようであればもちろんダメ。

阿弥陀仏以外の仏菩薩をお祀りしてある件は、>963 の言うとおりで一つの寺は、
単に浄土宗という教団に属しているだけではなく、地域の中で長い歴史を持っているのであり、
その中でさまざまな尊像をお祀りするようになってきているわけです。
新たにお祀りするようになる場合でも、住職が金儲けのためにするというならダメでしょうが、
檀家さんや信者さんの要望によってお祀りするようになる場合や、種々の事情から尊像を
お預かりすることだってあるわけで、そういうものを切って捨てる、というのは寺が長い間になってきた
社会的な役割を放棄することになるとおもいます。
阿弥陀仏以外をお祀りしてはダメだという宗義上の根拠でもあるのですか?
肝心なのはお念仏を申すこと。この一点を第一にしていれば、とやかく問題にすることではないとおもいます。

とはいえ、何が大切で何が付随的なことなのかの区別がつかなくなってしまった坊さんが多いのは事実。
区別がつかないのになんやかんやを認めてしまうと本末転倒してしまうでしょうから、今の浄土宗の状態なら
念仏以外のことは、年回も葬式も、すべて捨ててしまわないといけないのかもしれません。
966名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 10:13:04
往生の業としては、念仏に任せて。
科学的知見なども大いに身に付けて行くオールラウンドな
お坊さんになっていかないか?
あまりにも閉息的な考えになってるぞ。
967名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 10:32:33
馬の耳に念仏
968名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 11:47:18
ゲンユウソウキュウ程度は勉強しる
969名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 11:54:19
私の寺の本堂には大日如来もお地蔵さんもおります。
昔、近くの寺が廃寺になったため寄贈されたそうです。
別に問題はないと思う。
問題だと言うほうが問題だと思う。
一神教の教えが今日の宗教戦争の原因なんだし浄土宗というか仏教はおおらかさが
いいと思う。

970名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 12:00:55
真宗なんて気にしないおおらかさ
971名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 14:07:44
>>969
なんか根本的に理解が間違っていない?
阿弥陀仏だけ本尊としても、それを一神教とは言わない。
仏教なり宗教なりを、少しでも知識として持っていますか?

阿弥陀仏の仏教と大日如来の仏教じゃ、
世界観や仏教体系が、異なるから少しでも知識があればその矛盾に気がつく。
それも知らないくらい、念仏や信心について何も知らないということか。

何も知らない人にとっては、「おおらかさ」なのだろうが、
少しでも仏教を知っているものにとっては「節操のなさ・無知」でしょうね。

真言宗が、いろいろなものをまつって矛盾を感じないのは、
あの宗派自体の成り立ちからいって、問題はないが、
浄土宗は、法然上人が、それまでの仏教とは異なる、
新たな展開を専修念仏でなしとげたものだから、
他とは違う点が、法然上人の法然上人たる意味がある。
だから、他の仏教から弾圧や非難があっても、
命がけで守られたんじゃないか。

今の浄土宗は、仏教大学とか行って仏教を学んだりはしないの?
ちょっと心配になってきた。

972名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 15:14:50
>971
そんな感想を持つのはあなたの法然理解がおかしいからですよ。
弥陀一仏のみを尊重して他をないがしろにしていい、なんていうことは逆に法然上人が批判していることです。
973名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 15:57:59
真宗なんてのは真の念仏ではありませんから。
974名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 17:21:57
申し訳ないのですが、どなたか次スレ立てをお願いできないでしょうか。
975名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 17:42:52
結論は「一枚起請文」に表されてる。
「往生極楽のためには、智者の振る舞いをせずして、
 ただ一向に念仏すべし」
往生の業として、念仏にお任せして沙婆を生き抜く。
異学異見のものを誹謗中傷せず、
温故智新も忘れず、
現代のいろんな斬新な見識をも身に付けていける坊さんでありたい。
976名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 18:56:23
 
977名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 19:29:35
総括すると、親鸞さんの御影も一緒に安置しておまつりしちゃえ、ってことだね!
さっすがぁ浄土宗!!
978名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 19:47:29
>977
諸仏菩薩と、親鸞や麻原を同列に並べるな。
979名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 20:00:43
ちっせぇやしだな浄土宗
半島やら童話やら取り込むくらいの度量がないから真宗に負けてんだよ
親鸞御影とりこんだら勢力拡大できるぜ!
980名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 20:41:58
九八零
981名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 21:02:09
>>979 法然さんの弟子というくくりで念仏系が結束すれば、かえって念仏系全体のイメージアップになるかもね。
982名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 21:40:33
アカとは手は組めない。
983名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:11:51
>>979
それが称名念仏の興隆につながるのであれば大歓迎なのだがな。
984名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:20:53
あんたらの五百円貯金箱ってえぐいねぇ
985名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:26:14
>>984
知恩院が勝手にやっていることだから、嫌ならほっとけ。
986名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:31:54
あんたは別の派なん?
987985:2005/07/29(金) 22:36:44
>>986
浄土宗=知恩院ではなかろう。
総本山は、あくまでもシンボルだと思ってる。
それに”嫌なら”と断っている。

ちなみに俺は、檀家さんたちの納得する範囲で
出来る限り協力するようにしてる。
988名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:50:05
弥陀一仏だけをまつって伝統的な先祖供養も禁止と言えばs鸞会らしい。
989名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:54:19
やっぱまとまりもなにもないあかんたれやなぁ
990名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 22:57:31
ある意味○○だね
991名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/29(金) 23:32:56
徳川家が浄土宗にも帰依してたからかろうじて続いてこれただけ
992名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:25:43
親鸞の血筋を売り物にするほど腐ってはいないということですよ。
993名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:26:10
徳川家康の後ろ盾で、ずいぶん他宗の寺も乗っ取ったしな。
一番の標的は西山だったようだ。
994名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:29:10
>>991
確かにそれは言えてるな。
未だに葵の紋を見せびらかすしか能が無い浄土宗寺院は多い。
995名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:30:03
一番すごいのは、浄土宗の坊さんと話ししてると、
仏教の基本的なことや、法然の教えをあまり知らないことだ。
それで説教をしないのか、知識がばれたらこまるからかな、
本気でそう思ったさ。
996名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:30:18
腐り切った浄土宗
997名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:30:56
真宗を妬み続けて数百年
998名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:31:16
>>995
同意。
999名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:31:42
1000名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/30(土) 00:32:03



   結 論 : 浄 土 宗 は 外 道 の 教 え

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