>>771 (・∀・)人(・∀・)ナカーマ
ウリなんて、
「過去なんて必要ない」「過去から学ぶことは無い」
とDQN発言をしておりました。_| ̄|○
ところで、現代版拷問・ベトナム戦争編はいつ頃を予定しているんですか?w
>>775-776 歴史の背景や流れを見ないで、意味も分からず「単語」と「その意味」だけ覚えてたからね。
おいら、歴史って単なる暗記科目のひとつだと思ってたw
ウリも先生に直接逝ったことがあるですよ。「過去に起きたことなんか覚えて何になる」・・・
DQNでした。 _| ̄|○
■現代版拷問・ベトナム戦争編
ネタは
>>66 参照。
その後、元兵士たちが「ベトナムに対する謝罪」を韓国政府が行おうとしたとき
何をやったかについては、まだ触れていなかった・・・かな
社会科教員免許を持っている私が浦風邪を叱ります!
政経だけど。
>>777 当時、白馬師団や猛虎師団と言った韓国軍のいるところは、治安が良かったのは、
ある意味事実。
米軍のリエゾンオフィサーの目の前で、村民を拷問するのが多かった。
VC容疑者にたいしては、水瓶を使って逆さにして水につける拷問が有名になった。
それも徹底的にやったから、さすがにすぐに周辺に知れ渡り、VCは少なくなった。
そう言った意味では、米軍にとっては有難い部隊だった。
>>760 彼らの習性としての文化を破壊する行為が、何故、形成されたのか考えてみた。
決定的な要因は、明らかに「元」の侵攻である。
騎馬民族である彼らは、文化など略奪の為にそこに存在するようなものであった。
彼らが、破壊することにエクスタシーを感じていたのは疑いようが無い。
これは、サディズムの原型に最も近い行為なのだ。
話を朝鮮半島に戻そう。
「元」の軍隊は、チンギス・ハーンの本隊を除いて無慈悲の限りを尽くした。
これは、朝鮮半島でも同様である。
「元」の侵攻までは、属国とはいえ朝鮮半島にも彼らの文化が存在していたと思われる。
朝鮮半島は、チンギス・ハーンが侵攻した地域ではなかった。
それまで、「鎮定」程度の無慈悲さしか知らない朝鮮半島の民は、「元」の圧倒的破壊と
言語を絶する無慈悲さに、いきなり直面したのだ。
古代アッシリアの例もあるように、度が過ぎた無慈悲さは憎悪しかもたらさない。
朝鮮半島以外の地域では、「元」の支配は憎悪しかもたらさず、大ハーンの死後、次々に崩壊していった。
そして、各民族は、その文化を再構築していった。
しかし、朝鮮半島では事情が少し違う。
理由は解らないが、彼らの精神的文化として、「元」の文化を破壊する行為が根付いてしまったのだ。
ここは、生き残ってくれたか。
無事でよかった。
782 :
「ど」の字:04/11/02 21:40:10 ID:sApAyA1j
>>780 理由は解らないが、って、『 共 感 を 覚 え た 』 以外の理由があるはずもなかろうに。
勝者にすりよって、それまでの宗主国に対し悪の限りを尽くすのは、朝鮮半島の伝統だった。
弱い者に対する無慈悲さを是とする精神土壌が、文化破壊の伝統をさらに定着させただけ。
熨斗
↓そろそろ殿下がお見えになるニダ。
ニダーリw
>>780 確かに井上ひさし氏の「蒼き狼」を見ても、朝鮮半島は侵攻しなかったね。
それだけ魅力がなかったのか、それとも勝手に属国になるのがわかっていたのか。
おそらくは後者なんだろうけどなw
ハーンは戦を始めたらあくまで敵国の男は全部殺して、女には自分達の種を植え付けて、
完全に自分達の物にすることを目標にしたから、その後に分裂するのは当然だね。
無事でなにより。
>>782 それまでの半島人に、そのような習性があった証拠が在る訳では無い。
「元」の侵攻前は、中国でも特別な場合を除いて残虐な処刑は、行われてなかったようだ。
Σ (゚Д゚;)
やはり、「共感」を覚えたからなのか・・・・・_| ̄|○
>>785 耶律楚材が幕下に加わってから、チンギス・ハーンの部隊は殺さなくなった。
しかし、他のハーン達は、彼の言葉に耳を貸す事は殆ど無かった。
しかし、謎は残る。
何故、「共感」を覚えたのか?
>>780 >>決定的な要因は、明らかに「元」の侵攻である。
モンゴル帝国の文化破壊の習性が、1259年の「高麗」降伏以降、朝鮮半島に根付いてしまったという訳ですね。
たいへん興味深い考え方だと思います。
しかし、朝鮮半島が「元」によって支配されたのは、三代目フビライ(支那ナイズされたモンゴル人)の時代。
おいらにも、その頃まで、元祖モンゴル帝国の破壊原理が生きていたとは思えないのですが・・・
とりあえず、逆らうものは全て滅ぼすという「モンゴル初代の所業の凄まじさの例」を貼っておきますね。
もう少し、突っ込んでみたいです。
> サマルカンドのこと
>
http://yasyas.web.infoseek.co.jp/silk-3.htm >
> ここサマルカンドは、首都タシケントに次ぐ第二の都市である。その歴史をたどれば、十四世紀から十五世紀
> にかけて、中央アジアはもとより西アジアに覇をとなえたチム−ル帝国の首都で、別の名を「青の都」とも呼ば
> れる。ブル−に輝くド−ムの美しさから、そう呼ばれるのに違いない。この地はシルクロ−ドにおける最重要オ
> アシスの一つであり、この地に生きる人々は隊商貿易に依存して繁栄を続けていた。
>
> それもホラズム朝の頃、モンゴルのチンギス汗に攻撃され、町は全滅する。女子供はもとより、飼い猫や犬の
> 首までも切ったという大殺戮にあったのである。水利施設も壊され、町は一瞬のうちに廃虚となった。
> チンギスの戦術は、一つのオアシスを落城せしめると、その城民を捕え、次のオアシス攻撃の先鋒として送り
> 込む。そして背後にはモンゴル軍が待機し、攻撃を拒む者を殺すという戦法なのである。こうして滅ぼされた都
> 市の残骸のむごさは筆舌に尽くし難い。
> 女、子供、犬猫、生あるもの全てが死体と化し、枯木さえも抜き去られ、人間の首で山が築かれたという。
>>782 >>勝者にすりよって、それまでの宗主国に対し悪の限りを尽くすのは、朝鮮半島の伝統だった。
これは、記録にシッカリ残っています。
「元」の属国だった事大、強要もされていないのに自ら進んで「辮髪」を奨励したのが属国王自身でしたから。
>>781 >>781 なにかあったのでつか?
>>787 >>中国でも特別な場合を除いて残虐な処刑は、行われてなかったようだ。
支那は・・・・筆舌し難しという事例が山ほどあります。
彼らは、古代から現代まで、常に残酷ですw
http://homepage1.nifty.com/nWojoushou/keibatu8.htm >>耶律楚材
ウルツサハリは、2代目オゴデイの宰相でもあります。
おいらが、彼のエピソードで覚えているのは、モンゴル人が耕された畑を見て「勿体ないから牧草地にしよう」と
言ったのを、なんとか説得してやめさせた・・・・ということでしょうか。
文化・文明以前だった彼らに「略奪」→「徴税」への道筋を教えたのが彼だったと理解しております。
だから、三代目では「初代」ほどの残虐行為は既にできなくなっているのでは・・・と
>>789 >
>>781 >>781 >なにかあったのでつか?
何を聞きたいの?(w
要するに削除人が暴れたってことw
それで結構みんなが行っていたスレがスレストされたってことニダ。
>>787 やはり、「共感」を覚えたからなのか・・・・・_| ̄|○
> 元王朝 歳出と国際商業 (から抜粋)
>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83_(%E7%8E%8B%E6%9C%9D)
>
> 元の経済政策は商業を重視する点で先進的であったが、中国王朝がもっとも統治にあたって意を注ぐ
> べきとされてきた農村社会の安定を軽視し、また発達した商業資本が徴税請負人や高利貸など農村に
> 経済的な搾取者として君臨し、農村がややもすれば荒廃に向かうことをまったく問題としていなかった点
> が大きな欠点であり、元末の反乱続発の要因ともなった。
金で官位(徴税請負人)を買って、住民から「搾り取れるだけ搾り取る」制度などは、李王朝とそっくりです
>>789 チンギス・ハーン死後、彼らの間でも論争があった。
すなわち、「我々は草原に生きるべき」か、「定住するべき」の論争である。
結果的に、オゴタイが首領の座に就く事により、「定住するべき」との意見が勝った。
しかし、それはあくまで、オゴタイの支配地域に限られた。
他のハーンが支配する地域では、相変わらず無慈悲な行為が繰り広げられていたのだ。
>支那は・・・・筆舌し難しという事例が山ほどあります。
この点だけは、異を唱えさせてもらう。
中国に限らず、古代では国王の意に反する意見を述べただけで「死刑」とする法が
まかり通っていたのだ。
個人のエゴとサディズムだけで人を殺すようになったのは、「元」以降だと考える。
>>794 >>しかし、それはあくまで、オゴタイの支配地域に限られた。
「金」討伐の責任者はオゴタイですよ。
「高麗」討伐も、その延長です。
>>個人のエゴとサディズムだけで人を殺すようになったのは、「元」以降だと考える。
なにかソースがあれば、おいらにも教えてください。
現代人の感覚を歴史に持ち込むのは野暮ですが、「殷」の歴史には占いに良い卦が
出るまで「奴隷」を生贄として殺し続けたというような記録があるようです。
また、殷墟の王族の墓からは、手足を縛られたり、首を切られた殉死者の人骨が、
ぞろぞろ出てきているそうです。
まあ、戦利品である奴隷は、当時は人間として扱われていなかったとか、宗教儀式は
エゴやサディズムでないと考えれば、この定義に当てはまらないことになってしまう訳
ですが・・・
「殷」の時代から「周」の時代に変わった後、墓の副葬品が「人間」から「人形」に変わった
ことからも、これらの習慣が残酷であったことが一般に認識されていたのではないで
しょうか?
>>778 忘れてた
センセ〜ゴマンナサ〜イ!!
(Д´ )゜。←涙
つг/ )□=====
◎」<−◎====
女教師ねね…
いや、なんでもない
>>795 説明が足りなかったようだ。
彼らは、耶律楚材の言に従う事が、「得」だと判断した場合のみ従った。
つまり、オゴタイや耶律楚材が見ていなければ、あいも変わらず無慈悲の限りを尽くしていたのだ。
>宗教儀式はエゴやサディズムでないと考えれば、この定義に当てはまらないことになってしまう訳ですが・・・
まさしくそのとおりなんだが、適当なソースが無い・・・・・_| ̄|○
脳分離の側面から解説するのが一番適当なんだが・・・・・
以前、ニュートンか何かで、「西洋人より東洋人の方が脳分離の割合が少ない」と書いてあったのを憶えている。
これは、自我(エゴ)の発達と深い関連がある。
つまり、古代の王や巫女・占い師・預言者等は、「右脳の声」を神の声として聞いていたのではないかと言う事だ。
しかし、脳分離が進むにつれて、右脳の声は次第に聞こえなくなっていく。
ここで、何故脳分離を問題にするのか?
それは、人間が生き残る為には、左脳による合理主義が無くてはならなかったからだ。
無慈悲さを可能にするのも、この左脳である。
間接的なソースを提示しておく。
自意識をつかさどる脳部位を特定 右前頭葉
ttp://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/8080/p/brain_mem_01.html
(続き)
チンギス・ハーンは、秦の始皇帝続いて現れた、極東アジアでの二人目の「左脳優先主義者」だった。
目的を達成する為なら手段を選ばない事を、当然と考える人間の事だ。
しかし、彼に比べれば始皇帝など赤子も同然だ。
始皇帝は、「安定」のためにその無慈悲さを使ったが、彼は、「殺したいから」という理由にならない、
まさしく、個人のエゴの為に殺し、無慈悲な行為を繰り返したのだ。
適当なソースは、探してみる事にする。
ウリの考察は、A・E・ヴァン・ヴォクトの「激発人間」に関する考察が元になっている。
脳分離に関するソースも適当なものがあれば提示する。
探す時間を頂けるだろうか。
書籍を紹介しても良いのだが、内容が掴めなければ買う羽目になってしまうので。
何だか面白い展開になってきましたね。
元の残虐性に共感したことが朝鮮人気質を形成する大きな要因とするなら、
どうして彼らがそこまで共感できたのか。素地があったのではないか。
心理学的な分析と、他の被支配地域のことも絡めながら考察していくと、
いろいろ見えてくるような気がします。
マターリ進行してきたこのスレも、800まで来ました。
そろそろ次スレのテンプレなども、レスの合間に考えていってはどうでしょう?
802 :
浦風15号 ◆URA15/24Bc :04/11/03 13:53:24 ID:i7pCDl7b
>>799 >>まさしく、個人のエゴの為に殺し、無慈悲な行為を繰り返したのだ。
支那では、国王が自分のエゴのために人を殺し続けただけではなく、その家来だって人を陥れるために
いろいろと策を弄して残虐な行為を行っていたことは事実です。
才能を妬んだ「同門の友人」が、その友を仕官させないようにするために「濡れ衣を着せて「両足の膝下を
斬る刑」に嵌める・・・・
日本ではチョット考えられない(感情的に嫌悪感が先に立つ)ことですが、支那という国では、市井社会でも
こんなエピソードがてんこ盛りなのです。
> 孫ピン
>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E3%83%94%E3%83%B3 >
> 孫?(そんぴん、紀元前4世紀頃)は中国戦国時代の斉の武将で、兵家の代表的人物の一人。彼の生ま
> れる百数十年前に没した孫武の子孫であると言われ、孫武と同じく孫子と呼ばれる。
> 『史記』孫子伝によると、孫?は斉の生まれである。若い頃、魏に仕える?涓(ほうけん、?は{广龍})とともに
> 兵法を学んだが、孫?の才能を恐れた?涓によって陥れられ、足切りの刑に処せられた。「足切り」を意味
> する「?」({月賓})の名は彼の本名ではないらしい。その後、斉の将軍田忌の客となった。
秦始皇帝に仕えた「韓非」は、その著書「韓非子」の中で、「王たるものが如何にして他人から騙されない
ようにするか」ということについて多数のページを割いています。
しかし、その「韓非」でさえも、才能を恐れた同僚によって罪を着せられ、最後は始皇帝に殺されてしまいます。
> 飛鳥尽きて、良弓蔵(おさ)められ、狡兎死して、走狗烹(に=煮)らる
>
http://www.japanphil-21.com/club/haohao/hao-gd-goetu.htm 上は、「范蠡」が残した至言です。これが支那(朝鮮も似ている)という国を、端的に物語っていると考えます。
個人のエゴによる残虐行為は、決して「元」が起源ではないと思います。
野蛮さで言えばモンゴルが上でも、陰険さ(たちの悪さ)で言えば支那のほうがモンゴルよりも上では・・・・
803 :
浦風15号 ◆URA15/24Bc :04/11/03 14:18:29 ID:i7pCDl7b
あと、もうひとつ中国社会の異常性について・・・・
日本でも有名な「岳飛」を奉った「岳飛廟」の中に、「秦檜」という文官の像があるのですが・・・
現代中国の愚民は、それに唾を吐きかけることが無邪気に「正義だ」と考えています。
で、その愚民どもに共通することは、「秦檜が国を売った売国奴である」という認識があるだけで
その当時の「南宋」の情勢や、具体的に「秦檜」が何を行った人物か?などということは誰ひとり
知らないのです。(知ろうともしない・・・)
物事を正しく理解することよりも、「目の前の怒りに集団で暴力のはけ口を求める」のが支那人の
特徴です。
彼らにとって、今から1000年も前に生きた人間なんてどうでも良いのです。
> ●南宋 (から抜粋)
>
http://www9.wind.ne.jp/fujin/rekisi/nanboku/shusigaku.htm >
> 岳飛を祭る廟(びょう・・・祠・・ほこら)が岳飛廟です。凛々しい名将という感じです。尽忠報国(じんちゅう
> ほうこく)・・・忠義を尽くして国の恩に報いる・・と壁に書かれています。この言葉は岳飛の座右の銘でした。
> 岳飛の人気が高いと言うことは、逆に秦檜は国民的(?)悪者とされています。
> 岳飛廟内で、妻と共に柵に閉じこめられ、縄で縛られひざまづいた秦檜の像があります。
> 別に秦檜は夫人と共に捕らえられて獄につながれたわけではありません。この廟を建てた人はこのよう
> にして岳飛の霊魂を慰めているのです。
> 夫人は岳飛を無実の罪で捕らえることを躊躇する秦檜に、『虎を放つは易しく、捕えるのは難しい』と言った
> ため秦檜と同罪とされたのです。
> この廟の参観者は秦檜夫妻を罵り、時には唾を吐きかける人もいます。
で、
>>802-803 に示す特徴は、しっかり「朝鮮人」にも伝播されています
804 :
浦風15号 ◆URA15/24Bc :04/11/03 14:32:37 ID:i7pCDl7b
>>798 右脳に異常があると感情のコントロールができなくなるというのは医学的には面白いです。
朝鮮人については、カプサイシンの過剰摂取によって、民族すべてに右脳障害が発生している
というのも説得力があると思います。
しかし、民衆の愚民コンプレックス(阿Q精神)の暴発による「集団暴力」は、支那・朝鮮に共通
したものであって、全てをカプサイシンの原因とするには無理があると思います。
やはり、心理的には・・・・
・ 「金」も「知識」も「知恵」も「地位」も無い愚民集団(支那・朝鮮人)が
・ 身近な成功者(または先進国)に嫉妬して
・ 何か八つ当たりできる理由を求め
・ 目の前に噛み付けるネタがあれば
・ 集団で自分たちの嫉妬心を、もっと次元の高いものだと(むりやり)思い込み
・ 暴れる快感に浸る
という、情けないものだと思います。
要は、阿Qなんですよ。
なぜ朝鮮人がこうも精神的に下等であるのか、その「生物学的」根拠を基盤として彼らの精神現象を
観察せよ。彼等が、人種的に近いかどうかではなく、いかにして、かれらは、こうも
われわれと正反対の性格、資質、行動傾向をもつに至ったかの生物学的メカニズムの把握が、彼等を
解明し、彼等の行動が引き起こす被害をコントロールするために、不可欠だ。朝鮮の半万年の
歴史で、「黒化現象」と同じ現象が起こった。「黒化現象」とは、産業革命時代のロンドンで、
10年も経たずに、白かった蛾が黒くなった現象を言う。スモッグのために黒くなった葉っぱに
とまった白い蛾は、天敵に発見されやすくなり、淘汰され、同種でも黒を発色する蛾が生き残り、
たちまち黒い蛾が優勢となったのだ。零下20度に達し、餓死が常態の自然条件と、中国の奴隷
としての地政学的条件の下で、生き残ることができた朝鮮人は、「悪事を働いても嘘をつき通し」
「ブスであろうと白痴であろうと妹であろうと母親であろうと強姦しまくる異常な性欲を持ち」
「自分ひとり生き残るため手当たり次第に人を騙し」「強い者について、弱い者を足蹴にする」など、
朝鮮人固有の性格、資質を持つ遺伝子を持つ者だけだった。だから朝鮮人は、火病で、近親
交配による奇形が多く、ブスで、卑怯で、利己的で、公共マナーがない。創造性を発揮するような
夢を追い求めるような資質を持つ者は、死に絶えたのだ。
反対に、日本人の資質は、おそらく太陽と水が豊富で、自然の繁殖力が極めて強い自然的条件に由来する。
そこでは、温和で、協調性があり、ウソをつかず、信頼を基本にした、「ムラ」の論理で、自然に
寄り添って整然と農耕に励む人格こそが、より繁殖に有利な生き方であっただろう。「嘘つき」
「利己的」「怠け者」は、村八分という排除のシステムが自然条件よりもはるかに強く働き、そのような
資質を持った遺伝子を社会的条件が淘汰してきただろう。その排除の淘汰圧は、強烈で、排除された男は、
嫁を取ることに失敗することで、遺伝子を残せないのだ。要は遺伝子プール(集団全体の遺伝子の総体)は、
非情に、かつスピーディーに社会的・自然的条件とその変化に適応するために再編成されるのだ。
朝鮮人の集団としての最終的な適応の結末が、現在の朝鮮人の、人類史上まれに見る特異性を生ん
だのだ。朝鮮人を改造するためには、繁殖にもろに影響するほどの、道徳的淘汰圧が必要だが、
無理だろう。彼等の遺伝子は、倫理的要素が、既に完全に淘汰されつくして、すっからかんになっており、
選択されるべき要素(他人を思いやる性格、義のために、自分を捨てる、ひとつのことに、わき目も
振らずに打ち込むなどの性格・資質)さえほとんど失っているのだ。朝鮮人が、何万人渡来した歴史が
あろうが、日本では、朝鮮人たる資質は、淘汰され尽くしている。戦前に出稼ぎに来た朝鮮人、戦後に
密航してきた朝鮮人(60万人の在日のそれぞれ半数)は、この淘汰を経ない、ナマの朝鮮人であり、
現に、創価と結託して人口比5倍の生活保護費をかすめとっている。怒れ!日本人!
>>801>>802 う〜ん・・・
書き方に問題があるのか・・・・・
ウリは、権力欲や他人をだます行為は、人間の本能の一部だと考える。
理由は、「縄張り」・「群れ」だ。
これは、国家・民族と言い換える事が出来よう。
人間も、群れの縄張りを持ち、圧倒的多数がその群れの中で交配する。
サル山を思い浮かべてみると良い。
人間も、サルと同様に、ボスになろうと試みる。
しかし、ボスになれるのはただ一人である。
「支配欲」という観点で、二人の意見は至極最もである。
つまり、支配の為に残虐な行為を繰り返したと言う事だ。
では、何故チンギス・ハーンを問題にしたのか?
ウリは、「殺したいから殺す」に現代の快楽殺人者に通ずる、「エゴ」の爆発を見たためだ。
ネット上のソース探索中・・・・・
人間の行動原理の多くは
遺伝子レベルの行動原理と社会教育(育児・遊び・テレビや絵本・学校・)によって
>>801 なるほど、これだけ昔の事例が残ると言う事は、当時の人間にとってもインパクトが
大きかったのでしょうね。
「背水の陣」も、故事:「史記−淮陰侯伝」 漢の韓信が趙との戦いで、河を背にして陣を敷き、
味方に決死の覚悟で戦わせて敵を破ったことから現在まで残ったことで、絶対的に不利な
状態である為、その後の戦いでは決して有効に働いたことが無かった。
つまり、故事として残ったことは、どの時代の人間にとっても異常な行為だったからでは?
>>809 仮に異常行動が故事として残るとしても、やはり国民性が反映されると思いますよ
敵に塩を送るなんてエピソードは軍事的に見て有り得ない話なわけですから。
適当な前例が無かったから故事成語として後世に残ると言う事もありますけどね
(例)杜撰の語源になっちゃった杜黙さんとか
日本の場合は死人が批判される行動が有っても死人を批判するのは憚られる文化ですが
大陸文化では違います、そのへんの話は
>>801のリンク先を読んで貰えればご理解頂ける
かと思います、
あと
>>808は推敲中の誤送信です、スミマセヌ orz
811 :
マンセー名無しさん:04/11/04 17:19:04 ID:Pu7s05BH
待て待て
>>803 これは日本にも伝わり、
水戸学など明治維新の原動力を生んでるぞ。
尽忠報国のスローガンは、
尊皇攘夷と共に好まれた。
回天詩史などを読むとよく分かるぞ。
>>810 まあ、あちらの死者に鞭打つ文化は有名ですから。
>>807 >>ウリは、権力欲や他人をだます行為は、人間の本能の一部だと考える。
ウリもそれは正しいと思うニダが・・・
しかし、どこまでの行為が人間として許されるものか?という点については、個人差というよりも、
民族性や国民性に大きく左右されるものだと思うニダ
で、それが大きく左右される理由については、その民族、国民の歴史(トラウマ?)が大きく関わ
っていると考えるニダ
例えば、13世紀のモンゴルにおいて、財産と女を略奪するという行為は、遊牧民集団を維持する
ための正当な行為(正義)であり、族長は、その利益を不満が起きないよう分配するという役目を
担っていたニダ。
だから、略奪を行う(または略奪を防ぐ)力の無い部族からは次第に人が離れ、また、略奪した財
産の分配が下手な族長からも人が離れ、その部族は衰退してゆくニダ。
部族を維持・発展させることが「部族の正義」であると解釈すれば、チンギス・ハーンが行った「凄
まじいまでの略奪、破壊行為」も、部族にとっての英雄的行動と解釈できるニダ。
民族の正義や道徳観というのは、↑ほどに違うものなのではないニカ?
赤犬 ◆5rFFPCvhwc 氏の
>>801>>810 の「文化の違い」がウリには、しっくりくるニダ
でも、「エゴ」について面白いソースがあれば、ぜひうっぷしてもらいたいニダ
よろすくおながいしますニダ
>>811 こらこら、わざと脇役の「岳飛」に誘導してはいかんざきニダ
>>812 >>まあ、あちらの死者に鞭打つ文化は有名ですから。
あちらの人の「死者に鞭打つ文化はたしかに有名です。 しかし、
>>801 で紹介された伍子胥の
エピソードには後日談があるのです。
それは、旧友の申包胥から「なぜ死者を辱めなければならないのか?」と非難されたとき、彼は
「吾、日暮れて道遠し、吾故に倒行(とうこう)して之を逆施(ぎゃくし)せり・・・」と言い送ります。
伍子胥が、「私も年老いたのだ、許せ」と言い訳をいうところに、「死者に鞭打つ行為」が、支那に
おいても、人として決して許される行為ではないのだ」ということを感じます。
では、なぜ道徳的に許されない「死者に鞭打つ行為」が行われてしまうかということですが・・・
権力者の「死者に鞭打つ行為」を、誰も止められない(止めない)からではないか?と思います。
支那で生き残るには、「権力者が常に「正義」であるということを黙認し、政治に関わらない」こと
が大切です。
だから、権力者は他人を気にせず「馬鹿」としか思えない行為も平気で行うことができる。
死者に鞭打つという行為も、そのひとつではないでしょうか?
>>810 そのリンク先を読んだ上での事なんですが、それでも
>>809を思ったわけで。
国民性といえ、基本はそれぞれの人間性に鑑みての話しなんで、まず人間ありきで
考えると、だれだって墓をあばきたくは無いと思うんです。
特に土葬の頃なんて、中途半端な時期に開けた日にはもうw
人の形をしたものが腐敗し、腐臭に包まれた状態にあるわけで、その状態の死者の骸を
叩いても意味が無いのは、だれだって分かると思う。
それを考えても、やはり異常過ぎたから故事で残ったと思ったわけです。
>>816 >>人の形をしたものが腐敗し、腐臭に包まれた状態にあるわけで、その状態の死者の骸を
>>叩いても意味が無いのは、だれだって分かると思う。
意味がないことは分かっていても・・・ それをしないでは居られない心情というのはアリだと思うですよ。
おべんちゃら家臣のウソに「馬鹿王」が乗ってしまったはいえ、「親父」と「兄」を無実の罪で殺され、残った
家族や家臣も全て殺されて、
その「無能な王(とその元凶家臣)」に復讐することを目標に何十年も他国で、我慢に我慢を重ねて生きて
きた男が、復讐叶うとき、その対象を「相手の突然死」で無くしたらどうするだろう・・・・
おいらも、やりきれない気持ちで墓を暴いて、死者を鞭打ちそうですよ
> 春秋時代ノート
>
http://www.h3.dion.ne.jp/~maxim/syouou.htm >
> 楚の平王の6年、王は太子建のために秦の公女を娶ろうとし、大夫の費無極が花嫁を迎えに行った。
> しかし太子と不仲だった費無極は、先に帰って平王に花嫁の美しさを述べたてた。
> そこで平王は費無極の進言を容れて姫を自分の妻にしてしまい、太子には別の女性を娶らせた。
> 費無極はこれによって王の歓心を得ることができたが、一方では太子建のことが気になる。
> 平王が元気なうちはよいが、代が替わって太子建が王となったら、自分の身が危ういに違いない。
>
> そこで費無極は、太子がこの件で王を恨んで謀反を企てていると、王に讒言する。王も太子に対して
> 負い目があるからこれを信じ、太子建を殺すように命じる。太子は辛くも亡命したが、補佐役の伍奢は
> 捕らえられた。
> また、伍奢の二人の息子は優れた人物なので、これを生かしておいては後々厄介なことになると、二
> 人にも出頭を命令。来れば命は助けるが、来なければ父を殺すと。
> 兄の伍尚は、「行けば全員殺されるに決まっているが、そうであっても父を見殺しにすることはできない」
> と、後事を弟の伍員(うん、字は子胥ししょ)に託して出頭する。
>
> 案の定二人は殺され、亡命した伍子胥は復讐の鬼となる。
>>815 人間の欲求(破壊的攻撃行動?)は「創造力」に昇華させることができるというやつですね。
問題なのは、動機付けと方向性であって、人間の欲求そのものが悪であるわけではない・・・と
その考え方からすると、人の欲求は下の(1)→(5)へと昇華してゆく訳です。
(1) 「食う」「寝る」という原始的欲求が充分にかなえられる
(2) 「安全に住む」ことができるという安定欲求が叶えられる
(3) 「人とのつながり」が叶えられる
(4) 「自分を認めてもらいたい」という欲求が叶えなれる
(5) 「自分がどこまでできるか」という自己実現の欲求が生まれる
これから、考えてみれば、「中国は」 (1)〜(2)の中間くらい
「韓国」は (4)というところ・・・でしょうか?
しかし、おいらは「韓国」の場合、認めてやると「つけあがるだけ」ではないか?と思いますたw
もう忘れちゃってたけど、そういえば真剣に勉強したよなあ・・・「経営学における動機づけ理論」
たしか昔は、「マスロー」でなく「マズロー」と言っていたような
懐かしかったでつ
ウリは、もともと人間は自己矛盾していて、ダブルスタンダード、トリプルスタンダードは当り前。
それをいかに己の整合性を持たせる、または方向性をつけていくかいかないかは個人の資質
じゃないかと思うニダ(サ、サ、サ
822 :
マンセー名無しさん:04/11/08 15:58:31 ID:yPXVhJob
このスレは、
『 現在の(在日)朝鮮人・韓国人に、なぜ暴力団員やパチンコ屋など、
非合法の商売人が、(人口比率で)異常なほど多いのか?』
などを考える時に参考になりそうだ。
↓ そろそろ殿下の書き込み。
熨斗
>>817 なるほど、お見事な御高察に感動したニダ。
確かに、とことん憎めばそれもありだろうね。
でも、クチャイの苦手w
>>820 ねねさんの背後にいるニダw
>>824 うに〜w
まだ炭鉱にいらっしゃるのかとw