1 :
いち :
04/02/11 16:47 ID:uGLYfK42 せつない想い出を語ってください。 思い出して泣いちゃってもOKです。
2 :
いち :04/02/11 16:48 ID:uGLYfK42
クリスマスに買ってもらったおもちゃ。 次の日に、近所の悪餓鬼に破壊されました。
耳スレのために立てた?
なんでこうしょっぱいスレばっかり
5 :
いち :04/02/11 16:52 ID:uGLYfK42
あと、多分このスレも100いかないで終わっちゃうだろうから、 そしたらせつない想い出になるだろうな・・・。
6 :
いち :04/02/11 16:54 ID:uGLYfK42
えーと。 耳スレってわからないです。ごめんなさい。 無性に寂しい気分だったので、こんなスレ立てちゃいました。
寂しいだけのやつはメンヘルサロンか馴れ合いか電波に行けばいいと思う
8 :
いち :04/02/11 16:57 ID:uGLYfK42
2ゲットーズサーもないし、 100どころか50いかないで終わるかも・・・。 一昨日友達の犬が老衰で死んじゃいました。 お正月に会った時、勢い良く飛び掛かられて、 思わず鼻ぺちってしちゃったけど、 遊んであげるべきだったなぁ・・・。
なんで女ってこうな訳
10 :
いち :04/02/11 17:03 ID:uGLYfK42
おとこでつ。 女じゃないです。
てかいちの独り言で100まで逝くから安心しな!
嘘つけ ともかくてめえが寂しいだけで いちいち糞スレ立てんな 構って厨
13 :
いち :04/02/11 17:09 ID:uGLYfK42
自分のひとりごとで100いったら、かなりせつないな。 そうなりそうだけど。 ありがちですが、 好きな子から片思いの恋愛相談を受けたこともせつない想い出です。
おれは祝日になんの予定もなく 冴えないスレ立てて独り言なあたりが もっとも切なく かつ終わってると思う
15 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 17:22 ID:iMd0HH8G
納豆のカラシを出そうとして ビニールの袋を破ろうとしたら微妙に切れず 仕方ないのでそのままひねり出したら その切れ端にカラシが大量に付着していたとき
16 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 21:05 ID:IgEfELGn
見たいHビデオがたくさんあるのに 選んだ結果、以前借りたやつだったとき
17 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 21:10 ID:neFY1NFl
かなしいときー、 期待してたかわいいAV女優がぶさいくだったときー
18 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 21:11 ID:kAJNH35V
かなしいときー、 不倫してた相手の家庭の離婚が決まったら急に冷めてしまったときー
20 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 21:14 ID:TYrOlRJF
>>19 もうあとにひけませんね。
その後はどうなったんですか?
21 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 21:15 ID:h/FyfJEg
(*´Д`)ハァハァ
22 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 22:18 ID:Tq7HX/VD
かなしいときー 初フェラをしてもらいにヘルスに行ったら、化け物がでてきたときー(実話)
昔、とっっっても好きだった片思いの相手が海外赴任になった。 二人でご飯食べに行くほど仲が良かったけど、 自分には好きだと伝えられる度胸はなかった。 彼は、送別会のカラオケの席で、 「この曲をお前のために歌ってやる!!」と、 ビリー・ジョエルの「今夜はフォーエバー」(←邦題)を歌った。 邦題があまりにツボに入ってしまって、ずっと大笑いしていた。 歌詞の意味を知ったのは、相手が海外に行ってから。 「君とは友達だと思っていたけど今夜からは違う」みたいな内容だった。 英語が出来ないならまだしも、当時の自分は英語で仕事をしていた。 最近「今夜はフォーエバー」の原曲?がCMで使われていて、 すごくせつない。 あのときの自分を殴りたいです。
なんかスレ違いだったかも。 ごめんなさい。 せつない・・・。
いまからでも「好きだ」って伝えたら? 俺が言うのもなんだけど
9キロ痩せて会った相手に次に会ってしまったのは リバウンドして10キロ太った時だった。 …それっきり。
27 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/12 08:18 ID:7dDK4pQA
>>24 今からでも遅くないよ!
メールするとかしたほうがいいよ・・・。
28 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/13 09:23 ID:k8hwnTfJ
>>26 同じ経験あるよ。
二度目に会った時+8キロで、すごい引かれた。
小さい頃の思い出で、駄菓子屋の前で
「お菓子買いたいけどお金落としちゃった」って
同世代の子に話し掛けられた。
服も顔も薄汚れていて、晴れの日に長靴だった。
(男の子なのに赤い長靴)
「あたしのおやつ買うんだからあげない!」って
つっぱねちゃったよ。ごめんなさい…。
29 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/15 14:38 ID:ZGIQ2LFd
このスレを見つけてしまった。 いちの存在がせつない。
高校生の時に、大好きだった男の人の後をつけてしまった。 池袋で降りてタカセビルに入っていったので「メンズエステなんとか」に 行くのかと思ってたらエレベーターが献血ルームでとまった。 子供の頃から注射が大嫌いだったんだけど、その人と仲良くなりたくて、 私も献血した。その人と離れたベッドになりそうだったので、「こっち じゃダメなんですか!」っていって、むりやり近くにしてもらった。 「別にいいんですけど準備ができてないので・・・」って言ってたのに、 看護婦さんを困らせてしまった。 針刺されるのも我慢して血を採られたのに、でもその人は私に気づいてくれ なくて、看護婦さんと話してた。 彼女はいなそうでちょっと安心したけど、そのあとつきあえたわけではない ので、私は血を取られただけだった。 あーせつなーい。
>>30 せつないけど、その血は誰かの役に立った訳だ。
えらい。
17歳の冬、東京ドームにコンサートに行った。 アリーナ席に腰を下ろし開演を待っていたら、真後ろの席に小学6年生くらいの女の子が 不安そうに、低学年くらいの妹らしき女の子を連れて座っていた。 元祖ビジュアル系アーティストのコンサートだったので、周りは過激な恰好の大人ばかり。 きっと親がどこかで貰ったチケットを持って、お姉ちゃんが妹をしっかり連れてきたんだろう と、想像したのは、その数日後だった。 私が振り返ってその子達を見た時、上の子と目が合った。不安そうだった。 下の子は開演前のざわめきにワクワクしてるみたいだった。 「二人で来たの?偉いね」と、声をかけてあげれば良かったと、今でも思う。 コンサートが始まったら総立ちだったから、あの子達は見えなかっただろうな… もう12年も前のことですが。自分も妹がいるので、ずっと切ないままです。 長くてすみません。
33 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/15 23:34 ID:pqEW0+gl
小学生の時クラスでクリスマスプレゼントとカードの交換会みたいなのをやることになった。 私は絵が苦手だったけど、一生懸命サンタさんのイラストを描いた。交換会終了直後、私のカード があたった女子が「何これー」と、友達にぼやいていたのを見てしまった。そして私が当たった プレゼントはティッシュペーパー一箱だった。
34 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/15 23:59 ID:YbeL+Tlb
>33 すごく切ない。・゚・(ノ,_ゝ゚)・゚・。
35 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/16 08:40 ID:tPdpV/oI
>>32 その子たちが多少でも音楽で楽しめたならいいなー。
>>33 貰った物を貶すなんて、相手の人間性たかが知れているよ。
一生懸命書いたあなたはえらい。
36 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/16 13:45 ID:j7UGYc3+
>>32 えらいな。
楽しそうにしてる妹のために
姉として頑張ってたんだろうな。
不安だったろうな・・・・(つд`)
小さいころ我が家で牛肉と称して出されていたものが牛肉ではないことに気づいた小学校の給食。
38 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/16 19:08 ID:cpCD3O2G
>>37 何の肉だったの??
昔の彼氏からの手紙が出てきた。
私がわがままで一方的に振ってしまったんだけど、
すごくいい人だったって思い出して、今更ながら泣いた。
すごく好きだった昔の彼。偶然友達の結婚式の二次会で再会して、メル友に。 お互い新しい恋人はいたけど、なんていうか・・・。いつ復活してもおかしくない 感じだったので、お互いが少し距離を置きながらのメル友だった。 数ヵ月後、彼の彼女が妊娠したらしく、入籍することに。式も挙げず、内輪でやるって。 しかし、数週間後、彼女の狂言だったことがわかり、「今から会えないか?」ってメールが。 二次会後、初めて「会おう」って言葉だったけど、今会ったらみんなが駄目になるとおもい、 「無理だよ〜。今会ったらまたあんたのこと好きになっちゃうかも。なんてね。」 って返事して会わなかった。次の日、携帯解約して新しい番号とメアドにした。 それ以来、音信普通だった彼が、今月結婚するって聞いた。 これで良かったんだなって一人で泣いた。
>>39 あんたいい人だな・・・
漏れが付き合ってやるよ
>39 。・゚・(ノД`)・゚・。 でもどうして会わなかったのかわかんないな。。 今の彼氏も大事にするあなたはすごくいい人だ・・
42 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/17 08:43 ID:glywVizh
>>39 せつない…せつないよ…(つд`)
39さんが幸せになれますように。
43 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/17 09:19 ID:TGvNQWXH
>>39 私なら、一度だけ逢っておしまいにすると思うな。
なんか感動した・・・・・
44 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/17 19:34 ID:i9jJY2aa
このスレせつない。 良スレに育って欲しい。
39です。 何度も書こうとしたけど、駄目だった。 彼と会わなかったのは、押さえてた気持ちがぶわぁって一気に出てきて 自分でもどうしようもなくなってしまうのがわかりきってたから。 彼の彼女が、友達の友達で、こんな気持ちを誰にも言えなくて、 (彼女の耳に入ったら、彼女だって気分悪いだろうし) かといって、彼が幸せになるのを見届ける根性も無くって、一人で苦しかった。 会わなかったことは後悔していない。後悔してるのは付き合ってたころ、 なんでもっと彼の気持ちを考えてあげれなかったのかってほう。
小学校のとき、クラスの女子に秘かに憧れの的だったA君。 足が早くてハンサムだけど、とても無口でおとなしい子だった。 学校の玄関においてある中履き用の靴を、 夏休みの間は全員家に持って帰る事になってたんだけど、 私はがさつな少女だったので、まいっかーと思っておいて帰る事にした。 そしたら、帰る途中で、A君が目の前に息をきらして立っていた。 無言で差し出す手には、私の靴が。 彼は、私が忘れたのだと思い、ずいぶん長い距離を追いかけて走って きてくれたのだった。内気な彼が、そんなことするのもびっくりしたけど、 私がわざとおいてきたなんて、夢にも思わなかったんだろうなあ。 きちんとしたしつけのいい男の子なんだなあと思った。 お礼を言うと、にこっと笑って、無言で走り去った。 中履きは、しかたなく、持って帰る事にした。 こんなこと知られたら、クラスの他の女子に殺されると思ったので、 誰にも秘密にしてました。 あんましせつなくないかな。
47 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/17 23:16 ID:ho+A2Bw8
>46 Aくん萌え・・・・・
小学生だった頃。待望だった犬を飼い始めた。 その犬に「コロ」という名前をつけたのも私だった。 すごくすごく可愛がってたのに、ある時、コロに吠えられたのを きっかけに、私はコロに全く近づけなくなってしまった。 そのうち、祖父が無くなったり、父親が病気になったり、 家庭内がごたごたし始めて、コロにまでみんな気が回らなくなっていった。 コロはいつも寂しそうだった。 私は近づけないながらも、コロのことは大好きで 時々様子を見にいっていた。 コロの純粋な目を見る度、私は何とか構ってあげたいと思ったけれど、 やっぱりコロが怖くて、遊んであげる事が出来なかった。 そのうち、ストレスからかコロは病気になり亡くなってしまった。 私はコロに申し訳無い気持ちでいっぱいで、 その亡骸にお祈りする事さえ出来なかった。 あれからもう13年。 今でもコロの事は忘れていない。そして、今でも謝りたい。 コロ、こんな飼い主でごめんね。本当にごめんね。
51 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 00:09 ID:H+dI+k8d
このスレのレスを読むと人に優しくしようと思う・・すごく良スレ
52 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 00:10 ID:ws05gfg6
53 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 00:18 ID:Ye6zgfbv
小学校6年生の頃、密かに好きだった男の子と同じ掃除の班だった。 メンバーは5人で、掃除する場所が2ヶ所あったので、半分に分かれた。 そしたらたまたまその好きな人と私2人っきりで下駄箱掃除することになった。 普段はお調子者でクラスの人気者だった私だけど、掃除中一言も彼と喋れなかった。 向こうも一言も話し掛けてこなくて、無言の15分。すごく長く感じた。変に思われただろうな。 中学に上がったとき、体育祭で学年でフォークダンスを踊ることになり、練習をしてた。 その好きだった人の順番になった。こっちはドキドキ。 そしたらその彼、私の顔を見て「あ、Y(私の名前)じゃん。」って言った。 もう、その一言がめちゃくちゃ嬉しかった。どんな顔したらいいのかわかんなくて照れた。 二十歳になったとき、クラス会で、その好きだった男の子が白血病にかかってたことを人づてに聞いた。 完治したらしい。生きててくれて良かった、って思ったら、酒入ってるせいもあってボロボロ泣いてた。 その人にどうしても会いたくて、小6の時のクラス会を開いた。友達と協力していっぱい人が集まった。 その好きだった彼も来てた。絶対なんか喋ろうと思ってたけど、一言も喋れなかった。十年進歩なしか、私…。 でもその好きな人の前で、ジュディマリのクラシック歌った。友達にマイク渡されたから。 「愛しい人 震える想いをのせて いつまでも夢の中にいて」
54 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 01:29 ID:s6hAtjo/
55 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 01:29 ID:WahrDlBg
237 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/15 14:33 ID:mGlAqmmo 高校生の時に、大好きだった男の人の後をつけてしまった。 池袋で降りてタカセビルに入っていったので「メンズエステなんとか」に 行くのかと思ってたらエレベーターが献血ルームでとまった。 子供の頃から注射が大嫌いだったんだけど、その人と仲良くなりたくて、 私も献血した。その人と離れたベッドになりそうだったので、「こっち じゃダメなんですか!」っていって、むりやり近くにしてもらった。 「別にいいんですけど準備ができてないので・・・」って言ってたのに、 看護婦さんを困らせてしまった。 針刺されるのも我慢して血を採られたのに、でもその人は私に気づいてくれ なくて、看護婦さんと話してた。 彼女はいなそうでちょっと安心したけど、そのあとつきあえたわけではない ので、私は血を取られただけだった。 超バカみたいな思い出。
小6のとき、同じクラスでいつも顔色の悪い男の子Mくんがいた。 心臓に穴開いてるんだよね、って彼は言ってた。 性格がスキじゃなかったのもあるけどいつも具合悪そうな感じが ちょっと苦手だった。 ある放課後、忘れ物かなにかして教室に戻ると、Mくんとその友達が 円陣組んでなにかやっていた。ソレを尻目に教室を出ようとしたとき、 友達の一人が「Mの好きなひとを発表します、いま教室を出た人です!」 さけんだのが聞こえた。 スキじゃなかったから気づかないフリをした。それからそのまま卒業した。 中学から別な学校だったので、それからもうずっと会うことはなかった。 それから10年後の冬、大学入試で一浪したわたしは大学3年だった。 母が偶然隣街のショッピングセンターで偶然当時のPTA仲間に会い、 Mくんは現役で大学に入りXX(大手化粧品会社)に内定してたのに、 亡くなったと聞いたそうだ。 遠いアノ日、わたしは彼をスキになることはなかったけど、 彼の短い生涯に、わたしをスキだったという歴史が刻まれていたと 思うと切なかった。
57 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 02:02 ID:hBWIjdwF
中学2年のこと。 川岸を一人下校していたらすごく微かに音がする。ニンニン、みたいな、明らかに虫の音や水音じゃない音。好奇心が強かったのでなんだろうって辺りを詮索したら、音はごみ箱のなかの袋からしている。 めちゃくちゃ気になってごみ箱から袋を取出して(すごいな)その場で開けてみたらとても可愛い子猫が居た。たぶん生まれたてに近く、目は開いておらず片手に乗るくらい小さかった。よく鳴き声が届いたなぁってくらい弱っているのが、猫飼ってない私にもわかった。 子猫は小箱→大箱→ビニ袋→紙袋→大きな袋、といった厳重包装でごみ箱に捨てられていた。飼い主はこのコを死なせようとしたんや…と思い、多感だった私はショックを受けた。 数週間飼ったが結局子猫は死んでしまい公園に埋めた。ごめんね。今でもあのことを思い出すと切なくて涙が出そうになる。なんで飼い主はあんな捨て方したんだろうって、今でも思う。 長文でゴメン
58 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 02:17 ID:rgrIQMp0
きっとその子猫は生まれ変わってハットリ君に(ry
小学校のとなりの席の男の子、2年生になれなかった。 白血病だった。 私はずっと学校を休んでるその子の家に、 毎日給食のパンと牛乳を届けていたんだけど、 その子が亡くなったことと、給食を届けなくていいってこと が結びつかなくて、御葬式のあともパンと牛乳を届けてた。 給食を届けるのは、なんかとても大事だと思っていた。 その子が、学校にとても行きたがってたし、給食べたがってたから。 ある日、その子のお母さんが、 もう、届けてくれなくていいのよ。ありがとうね。 と泣きながら言った。 今思うと、その子のお母さんは、 毎日とどくパンと牛乳を見て、どんな気持ちだったろう。 馬鹿な子供でごめんなさい。
60 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 02:34 ID:uAqDgXjk
うちの妹の同級生も白血病だった。 その子が白血病で入院して間もなく、父親に末期ガンが見つかり入院、 お母さんは病院から病院へ2人の世話に追われる毎日。 白血病の子が入院中にお父さんがガンで亡くなり、その子もドナーが見つかって 骨髄移植したものの時期が遅くてお父さんが亡くなった2ヶ月後にその子も亡くなった。 妹が葬儀に出席したんだけど、お母さん短い期間に家族全員亡くして1人になってしまって 1人で経っていられない状態で身内の人に支えられながら列席者に挨拶してたんだって。 それ聞いて神様なんていないのかってすごくせつなくなってしまった・・・
中3の時に告白した女性、結局実らず、違う高校へ。 この間、彼女を見かけた。 こちらは車の中だったので気付かれなかった。 彼女、ベビーカー押してたよ。 あぁ、結婚してお子さんもいるんだ・・・幸せ、なんだな。 少しだけ、ほんの少しだけ切なくなった、そんな今日この頃。
九歳のとき、いとこが生まれた。盆にじいちゃんとのころへ行くと、まだ首の据わってない頃で、 人見知りするのに、なぜか、漏れが抱っこするとおとなしかった。 おまぃは初孫で、みんなに抱っこしてもらったから、どんな抱き方が良いかよく分かってる、とか 言われて親戚の大人にからかわれた。 四年して、叔母が結婚した。披露宴で祖父がほろほろ泣いた。 そこから二十二年して、そのいとこが今度結婚するという。 じいちゃんが泣いたのは、こんな感じだったのかと、解る気がする。
63 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 09:07 ID:jA/vHxIP
中1の時、仲良かったO君って男の子がいた。 マンガやCD貸しっこしたり、放課後一緒に勉強したり、 土日も二人で図書館とかであったりしていた。 中2になる前に、私が転校することになった時、 O君は泣くほど悲しんでくれた。 私も悲しかったけど、O君の親友から、 「Oはおまえの事が好きなんだよ。気づいてやれよ」って 言われてパニックになってしまった。 子供だった私には、好き・嫌いが全然解らなかった。 他の女の子たちが恋愛の話で騒ぐのを理解できなかったから、 そういう話のないO君と一緒に遊んでいただけだった。 突然、O君がすごく怖くなって、 残りの1ヵ月はO君と殆ど話す事もなく、私は転校した。 O君は最後に、彼が大事にしていたCDをくれた。 私はそれすらも怖くて、一度も聞かずにどこかにしまった。 何年かして、ようやく人を好きになるってことが理解できた時、 自分がO君にした酷い仕打ちに泣いた。 私もO君が好きだったんだと思う。ごめんなさい。
64 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 09:13 ID:zREO+kFg
なーんか、作り話特集ってかんじー。
65 :
56 :04/02/18 10:00 ID:PhRTaSNQ
64さん、あなたがせつなすぎる
私には年子の娘がいます。長女を年少さんで幼稚園に入れて 初めての親子遠足の時、私は次女を連れて行くのがいやだった。 いろんなお母さんと話して、長女にお友達を作ってあげたいのに、 活発で、どこに行くかわからない次女がいては 他のお母さんとゆっくり話せない!と思ったから。 遠足での私は、次女に冷たかったと思う。 でも、後日できた遠足の写真を見ると、タイミングが悪くて 次女は目をつぶってるの。 なんだかわかんないけど、それを見たらすごくあの時 次女を邪魔者扱いした自分が情けなくって泣けてきた。 今でもあの写真を見ると、すごくせつなくて悲しい。
>>66 なんかすごく良く分かる…読んでて切ない。次女にチューしてやって。
68 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 21:10 ID:WahrDlBg
そのうち虐待しそうなかんじー。
69 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 00:54 ID:S7HqSTQb
女って お母さんになっても 勝手なんだね
70 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 00:58 ID:ZCO7uJkE
勝手というか、一度に二人を管理するのが大変でパニクってだったのだろう。 ガキはとにかくうろちょろして目が離せないからな。 二人も居たら修羅場だ・・・。
71 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 01:09 ID:EURFs2zO
>>63 切ない…。意識しちゃうと駄目になっちゃうんだよねぇ。
家に転がり込んで,彼女の家族と一緒に暮らしていたが、いろいろあって離れてしまった。 彼女が見合いして,結婚するその日,式場の前を仕事でとおることになったが、 回り道し他ところ,彼女の家族が乗るバスとすれちがった。 その日は仕事にならなかった。 その後からだ壊して入院することになった時,大きなお腹で彼女がきた。 どうしても早く子供を生みたかったと彼女は泣いていた。 今住んでるところは大体分かるけど,その辺りに行くとなんか切ない
7歳の時、ゾイドが流行っていた。 その年の誕生日、いつもは両親がプレゼントを買ってくれるんだが、その年に限って 祖母と買いに行くことになった。 もちろん、目当てはゾイド。しかもCMでやってるような(子供心に)カッコいいやつ。 おもちゃ屋に着き、祖母とゾイドを物色していると、CMで見た1万円くらいするすごいのがあった。 折れはそれが欲しかったが、6歳のガキにそれは高すぎる。 祖母もそう思ったのか、違うのを勧めてきた。 で、周りを見ると、その1万円くらいするやつのパッケージと同じパッケージの物が、2000円くらいで売っていた。 6歳の折れは、それがてっきり1万円くらいするやつの小型版だと思い、それを購入した。 そして意気揚揚と家に帰り、プレゼントを空けてみた。 中から出てきたのは、1万円するやつ専用のパワーアップキットみたいなやつだった。 大砲が大きくできるようになってたり、足や腕のパーツを付け替えたりするやつだった。 もちろん、それだけでは何の意味もない。 それに気付いた折れは号泣し、祖母に当った。 しかし、すでに65くらいだった祖母にそんな違いはわかるはずもなく、申し訳なさそうに折れをあやすだけっだった。 そこへ、3つ年上の兄が帰ってきた。 そして、折れが間違えて買ったプレゼントを見るなり、「こんなもん買ってバカじゃねーの?」と言い放った。 折れはさらに号泣。 それ以降、そのプレゼントは押入れの奥の方へ追いやられ、2度と日の目を見ることはなかった。 辛い誕生日だった。 今思い出してもせつない。ばーちゃん、ごめんよ。
幼稚園のお友達A子ちゃんが引越ししてしまう前夜、私は母親とA子ちゃんの 家に行った。私は赤ちゃんの頃から大事にしていた、くまさんのぬいぐるみを 持って行ってA子ちゃんにあげた。A子ちゃんは喜んで受け取ってくれた。 A子ちゃん一家が引越した後、母親が「A子ちゃんにあげたぬいぐるみ、 ゴミ捨て場に捨ててあったわよ。あんな汚いものあげて恥かしい…」と言った。 私はすごく悲しくなったけど、なぜか母親の前で泣けず、布団の中で泣いた。 くまちゃん、ごめんなさい。・゚・(ノД`)・゚・。
>>73 切ない…涙出てきた…ばあちゃんが健在なら、大事にしれ…
>>74 これも切ない…捨ててあったなんて言うなよ、おかん…
76 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 09:32 ID:27bUEH96
みんなせつなすぎです。
涙でてきちゃうじゃないか…。
>>72 彼女のことは忘れられないだろうけど、
次の恋が見つかるといいですね。
77 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 12:13 ID:10Tm34Ha
数年前に死んでしまった犬のロッキー。 中学生だった私はじぶんが飼いたいといいlはじめたのに散歩がめんどくさくて いっつもダッシュではしって終わりにしてた。死ぬ2ヶ月くらい前、ロッキーが ひっぱっても走ってくれないから反抗してるのかと思って散歩綱でおもいっきり 引きずりまわしてしまった。そのあとしばらくしてフィラリアだと分かったけどもう 手遅れだった。かわいそうなことした。 でもロッキーのおかげで夢だった獣医学部にうかったよロッキー
78 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 15:01 ID:PQad/lvh
だめ!動物物はだめ!ないちゃうよ〜
79 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 16:09 ID:QiKn3/KD
保育園に通ってた頃、「今日はお母さんが迎えに来る♪」と、 とても楽しみにしていた日に、じいちゃんがタクシーで迎えに来た。 「なんでじいちゃんが来るの?お母さんがいいのに!」と、じいちゃんを 足で蹴りまくった。 じいちゃん「ごめんよ。」 私がごめんなさい。
幼稚園ぐらいの頃、月を見ながら 父親に「ウサギさんお餅ついてるねっ(´∀`)♪」って言ったら 「そんなものいない」って言われた。
81 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 16:18 ID:QiKn3/KD
月はポテトチップスだと幼児系テレビで言っていたのを見て 本気で「そうだったらいいな。」と空想していた。
じいちゃんばあちゃんネタ多いな・・・ 大丈夫、孫には何されたって可愛いもんなんだよ・・・(多分ね)
83 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 02:12 ID:i0B+TIal
>>77 最後の一行だけでマジ泣き…。
そうやって恩返ししていけばいいんだね。
84 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 02:20 ID:ePnSfhJt
車屋に居たんだけど受付の女の子。 俺が会社の新車を買うと決めた時、「じゃ、私その車の勉強しますね」って熱心にカタログ 読み出したり、仕事の関係でその子の家に行った時、じっと俺の新車見つめてた。 今考えりゃ乗せてやればよかったよ。
85 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 02:24 ID:sY+pfUW9
今考えりゃ乗ってやればよかったよ。
寝る前に良スレ発見してしまったぜ
87 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 09:36 ID:ISmqu2/z
小学6年生の夏休みに入ってすぐ、 親の離婚が成立し俺と弟は母親に連れられて逃げるように大阪へ引っ越した。 学校のみんなにあいさつできずに離れることがとてもつらかったが、 しょうがないって感じだった。 10月ごろ、元いた東京の小学校から大きな封筒が届いた。 卒業アルバムの表紙に使うための絵を描くための画用紙だった。 (みんな自分で思い出の絵を描いてそれを表紙にして製本してもらう習慣だったので。) 俺はまだみんなが覚えていてくれたことがすごくうれしかった。 即座に画用紙に学校にあった池とあひる、大きなフェニックスの木、 りゅうぜつらん(巨大アロエみたいなやつ)を描いて、 その横に小さくあひるにえさをあげる俺の姿を描いて送った。 翌年の春、出来たアルバムが送られてきた。開いてびっくりした。 画用紙のはじっこの折り返されてしまう3センチ分くらいは色を塗らずに送ったのに、 クラスのみんなが塗ってくれていた。 そして俺の周りには友達がたくさん描かれていた。 アルバムの中のひとりひとりに当てた寄せ書きにも俺は登場していて、 「大阪でも元気でサッカーやどうぶつの世話、ガンバッテね!あひるも元気だよ!」と書かれていた。 当時、親の離婚で醒めたような態度になって、ついでに標準語の俺は 大阪でボコボコにいじめられており、東京に帰りたくなってバカほど泣いてしまった。 長文スマン
88 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 10:01 ID:IrYTO4GE
遊び友達のあの人…。 なんだかんだ、車で遊びにいった後は毎回地元まで送ってくれる人だった。 そんな素敵な彼にひかれていったわけだが…今じゃ疎遠気味。 あぁ、あの時あー言っていれば、 こーしてれば、違う今があったのではと後悔ばかり…。
89 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 10:07 ID:nd9s97pn
冷めた態度の標準語の彼・・なんて大阪じゃモテまくりそうなのにな。 うちはそうだった。てか、私は好きだった・・・・・
>92 せつないな・・・
小学3年の時好きな人がいて、 席替えでその子と隣同士になれて最強に嬉しかったんだけど、 すぐに転校してしまったこと・・・。
ラーメンのスープをどんぶりに入れようとして、 袋を2つに折って指で挟んで力いっぱい絞り出したら、 すべって指にみそが大量に付着した。 「もったいねー!」と、指についたみそを溶かそうと 沸かしたてのお湯を指にぶっかけて大火傷を負った6歳の冬(実話)。
97 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 22:38 ID:33CH6Kga
母が家計の足しにと数年前からパートで働いているスーパーが 経営者が変わり、違う名前のスーパーになった(従業員は前と同じ) この前母と商店街に買い物に行った時、見知らぬおじいさんが母に親しそうに話しかけてきた。 どうやら母のスーパーによく買い物に来る常連さんらしい、その人が急に深刻な顔になって 「今度(店が)○○○(店名)に変わるんだって!?今までのパートさんは辞めさせられちゃうのかい?」 この人はスーパーが変わると働いている母も辞めさせられるのではないかと心配していたみたいだった。 母が「いえ、経営者が変わっただけで従業員は変わらないんですよ」と言うとおじいさんは 「あぁ、よかったねぇ〜!心配してたんだよ安心した、じゃあまた買いに行きますから!」 と言って去っていきました。 母は「あのおじいさん一人暮らしだから話す人いなくていつも店に来ると長話しになっちゃうのよね」と笑っていた。 私はただ母が普通にパートしているとしか思ってなかったけど、 おじいさんのように店が変わることを心配している人がいると知ってなんだかとても切なくなってしまいました。
自分で言うのもなんだけど、僕と彼女はとても仲が良いカップルだと思います。 同じ夢を追いかけていて、夢を語り合い、時には泣いたり、励ましあったり 喧嘩もたくさんしたけど毎日がとても楽しく、とても輝いていました。 昨年の11月、突然降りかかった交通事故で最愛の彼女を傷つけられてしまいました。 手足の一本や二本ならまだよかったのですが、彼女が失ったものは意識でした。 ゆうこ、早く良くなってね。一緒に夢をつかもうね。
99 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/21 00:03 ID:sijI042C
>>87 >そして俺の周りには友達がたくさん描かれていた。
ここ読んだ途端涙ドバー。涙もろいなぁ、おいら。
100 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/21 00:54 ID:W0qCkG6T
100
俺が6歳程の頃、祖父は亡くなった。 祖父は寡黙な人だった。 幼かった俺の彼に対する記憶は、何時も縁側の日の当たる位置に座り、ぼーっと空を眺めてる、と言った物だった。 帰省するのは年に1、2度。 それでも祖父は俺を見て毎回「大きくなったなぁ」と微笑んでくれた。 祖父が亡くなったのは丁度、4月1日のエイプリルフール。 葬式の時、握った手が酷く冷たかったのを良く覚えている。 死因は脳梗塞だった。 あれから二十数年、今度は親父が同じ脳梗塞で入院したとの知らせが届いた。 親父も、あの優しかった祖父が幼い俺の前から姿を消したように、俺の前から姿を消すのかと考えると、何だか全てが良く分からなくなった。 兎にも角にも、祖父にその事を言いに行こうと思い、電車に揺られて彼の墓に行った。 前来た時には吸っていなかったタバコを燻らしながら、その旨を報告した。 帰ろうかと思うと、携帯電話が突然鳴り出した。 何かと思い手に取ると、親父の容態が悪化した…、との知らせだった。 その後は覚えていない。 病院に到着した時には親父は死んでいた、という事実だけは確かだったが。 もしもし、天国の祖父と父へ。 元気でやっていますか。 あの墓の前で吸ったタバコと同じ銘柄のタバコの煙が嫌に目に染みる、今日の一時。
305 名前:のほほん名無しさん メェル:sage 投稿日:04/02/21 15:04 ID:??? 真昼、午後、特にこの時間帯が鬼門。 今日は程良く晴れてるし。 ちょっと長い文になるが、愚痴を聞いてくれないか。 今日は俺の元彼女の誕生日なんだ。 一昨年の今日も、こんな快晴だった。 その頃、彼女と俺は、彼女が援助交際をやってる事でもめていた。 しかもその客を好きになってしまったらしい。 所詮俺は工房で、相手の男は社会人。経済力も包容力もある。 でも、裏切られた悲しさと悔しさに頭がいっぱいになった俺は、 彼女を殴ってしまった。 一度だって手をあげた事はなかった。 彼女は怯えていた。倒れた彼女を蹴った。 鼻血を出しながら彼女は俺に縋り付いて泣いた。 俺も、彼女を抱き締めて泣いた。 彼女は結局高校をリタイア、その後はあまり知らない。 風の噂でAVに出るとかエロサイトでセルフヌードを出してるらしい。 そんなに綺麗な体って訳じゃなかったのに。 俺は、春から大学に行く。 DVをする奴の心を学ぶ為に、自分自身を知る為に、心理学部に。 誕生日、おめでとう。
103 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/21 23:55 ID:PDSCct5o
中学の時に、お互い出席番号が後ろの方で、 何かとクラスの班分けとかで一緒になったり隣になることが多かった。 でも、仲が良いってわけでもなくてたまたま同じ班だから ってことでしゃべる機会が多かった。 卒業式のいちばん最後に在校生と先生が花道を作って そこを通って校門出て行くっていうのがあったんだけど。 それもやっぱり近くだった。 で、卒業生は一人一人花持ってるんだけど、ほとんどは それをお世話になった先生とかにあげてたけどその子は ずっと持ってて、そろそろ出口ってところで話かけてきて 「もう、一緒に授業することなくなちゃったけど違う高校行っても頑張ってね」 って持ってた花差し出して来て 「私の事絶対忘れないでよね」言われた。 むこうは歩き出す前から泣いてたけど、今まで何とも 思ってなかった記憶が浮かんできて、思わずこっちもジーンと来た。 途中で他の人に花渡さないでずっと持ってればよかった。
J( 'ー`)し たけしへげんきですか。いまめーるしてます (`Д) うるさい死ね メールすんな殺すぞ J( 'ー`)し ごめんね。おかあさんはじめてめーるしたから、ごめんね (`Д) うるさいくたばれ、メールすんな J( 'ー`)し お金ふりこんでおきました。たいせつにつかってね 食事はしていますか? (`Д) 死ねくそ女  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ o __ ゚ 母 | の | 墓 | ∴ ('A`)カーチャン.......... ──┐ ∀ << )
はじめてのオナニーをおかんに最初から見られてた・・・
・・・・・・。
107 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/22 05:51 ID:+URCIukr
>>105 夕食でおかんからやけによそよそしくされた時のあのやるせない気持ちと言ったらもう・・・
>>104 いろんなスレでもう十何回見てるのに、見るたびに悲しくなる。
自分高校入った頃から今までずっとこんな感じで、親が死ぬ前に
きちんと話しとかなきゃすごく後悔するのは分かり切ってるのに
なんでかまともに話せないんだよな…。すごく感謝してるのに。
>>108 何も話さなくてもいい。
自分の稼いだお金で、エプロンとかペンダントとか買って、
(毎日身につけられるから)
無言で誕生日にでも差し出せば、全てつたわるよ。
きっと泣いて喜ぶよ。
母の日にカーネーションのでっかい花束5000円くらいあげても
いいかも。とりあえず何も言えないなら
行動で示せ。
110 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/22 23:19 ID:9LGGsK0j
>109 これから明るく接すればそれでいいじゃないか。 まだ生きてるんでしょ。生きているうちに親孝行汁。
通信簿オール1だった俺が、某大学に現役合格できたキッカケを作ってくれた 中1のときの担任が、高2の冬に癌で亡くなった。 合格通知を持って墓参りに行った。 勿論今も墓参りに行っている。 俺の息子である、先生の孫を連れて。
112 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 12:53 ID:KL+yq7Y1
先生のムスメと結婚したってこと?
113 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 12:58 ID:OdxG1kZB
114 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 13:10 ID:5KY4FKAw
もう20年ほども前の話です。 私の曾祖母は手まりを作る職人でした。 小さなピンポン玉くらいの大きさのものからドッジボールよりも一回り小さいくらいのものまで とても精巧で美しく、工芸品屋やお土産物やさんに卸していました。 ついて遊ぶものではなく飾って楽しむものでした。 どうしてだったか忘れたけど小学校の校庭に曾祖母からもらった大きめのマリを持って遊びに。 そこには年上の女の子たちがいてハンドボールをしようということになったんだけど あいにくボールがない。仲間に入れてほしかった私は大きいおばあちゃん(と呼んでいた)の マリを差し出してこれを使ってといいました。 女の子たちはさすがに込んだ刺繍細工を見ていいの?いいの?と口々に言ってくれたけど 「いいの、いいの!」と遊んでほしい一心で言いました。 で、それを蹴って遊んだんだけど校庭の隅にあった池にはまったり泥だらけになったりで もうもう、ぼろぼろになってしった。 それをどうしたか、家族に見せられなくて捨ててしまったか、それとも持って帰って怒られたのか どうしても思い出せないけどあのまりを足蹴にしてしまったことは確か。蹴った感触や池に落ちたときの様子はよく覚えてる。 曾祖母はもうなくなりましたが初めての曾孫である私ととてもかわいがってくれて ボケてからも何度もなんどもお年玉をくれようとしたり名前を呼んでくれたりしていた。 ごめんなさい。おっきいおばあちゃんごめんなさい。 未だに思い出すとせつない。苦しい。
115 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 13:18 ID:p4Pl3g99
116 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 13:19 ID:KL+yq7Y1
極悪人め!
>>114 おばあちゃんは、そのこと少しも恨んでないと思うよ。
むしろそのことで114がずっと苦しんでいる事を、
心配すると思う。
もし私の孫が(いないけど)、私の大事なものを壊しても、
きっとにやにやしながらこいつうーーーって感じだよw
114だって、もし自分の孫がやったことなら、簡単に許せるでしょ?
おばあちゃんが、大好きだから、苦しんだんだね。
でも、もう忘れていいよ。子供のしたことだよ。
118 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/23 23:33 ID:1PoZNEJ6
あるいみ切ない話〜!! 消防のころの友達?が教室で女子の水着を舐めてハァハァしてたときー・・・ しかもあわててしまい僕が声をだしてしまって目があったときー・・・ その子が必死で僕に謝ってきた時ー・・・ 僕はあまりに気の毒に思い言わなかったら他の子も見てて 結局ばれてしまいその子が女子に寄り付かれなくなってたときぃー・・・ 悲しいときー・・・。・゚・(つд`)
小学生の時に一輪車が流行っていて 「いいなぁ。乗りたいなぁ」と言っていたら 母親が従姉妹の家にあるから借りに行こうと言うので ワクワクしながらついて行った。 希望が叶うドキドキの対面‥ それは「運搬用の手押し車」でした。 大人はわかってくれない。もう何も望むまい と思いました。
>>119 わかってくれないにもホドがあるのでは。
でもこうしてネタになって役立って良かったね(・∀・)
>>119 ( ´∀`)私はその手押し車にずっと乗りたくて乗りたくて、でもお店とかに置いてあるやつに
乗るわけにもいかず、就職してから職場のに乗せてもらったよ。
乗ってみると結構不安定でドキドキものでした。
>>120 、121さんレスありがとうございます。
お店とかにある手押し車でなくて、砂利とか運ぶ用の車です。
「確かに一輪」だから母親に反抗出来ず、半泣きで帰ったのが
せつなかったです。
123 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 01:46 ID:AbnjNAAE
>104 初めて見た。切ないよ! うちのおかんもそんなようなメール送ってくる・・・。 わたしは、「あっそー」とか「はいはい」みたいな 冷たい返事をしてしまう。・゚・(ノД`)・゚・ごめん、おっかたん!
>>104 うちのおかんに「氏ね」とか「くたばれ」とか言ったら大変だな・・・逆に殺される
125 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 02:15 ID:r0fJ1+y8
ここは切なさが炸裂するスレですね。
13年ほど前、私が6歳の頃、一つ下の従兄弟が交通事故で亡くなりました。 その従兄弟をすごくかわいがっていた、私の母方の祖父は、 精神的に参ってしまい、体を壊しました。 パーキンソン病を患ってしまいました。 それから寝たきりになってしまい、 喉に管も入っていたので、話すこともできなくなってしまいました。 私もちょくちょくお見舞いに行っていたのですが、 目の焦点も合わず、私の事を誰か分かっているのかも定かでありませんでした。 寝たきりだったので、足も腕も肉は落ち、ほぼ骨と皮だけでした。 それでも祖父は生きていました。 しかし今年の一月、祖父の長い闘病生活は終わりました。 祖父はやっと楽になり、可愛い孫の元へと旅立ちました。 従兄弟が亡くなった時は私も幼かったので、 祖父や祖母、伯父、叔母の心中はどんなものか理解できませんでしたが、 この歳になってやっとその辛さを理解することができ、 胸が痛かったです。 おじいちゃん、そちらで仲良くやっていますか? もうすぐ祖父の四十九日です。 また私は泣いてしまいそうです。
127 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 03:03 ID:qRNTHYxH
>>118 俺もあの時
あの子のタテブエ舐めておけばよかったなー
せつないぜ
>>124 うちはむしろ私が
「氏ね」とか「くたばれ」等と言われてる。
更年期障害かなぁ・・・はあ・・・
130 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 10:28 ID:mSeP4mix
昔、ものすごく好きだった人がいたんだけど、 片思いのままで終わって、今ではどこにいるのか解らない。 彼に似ている俳優が出ていた、私のお気に入りのビデオは、 彼に貸したら、気に入ってくれて、 最後に餞別にくれって言われて返って来なかった。 たまに、その映画を見ると彼の事を思い出す。 ギャグ満載なのに泣けてくる。 5年以上たった今でも、胸がきゅーーーーんってなる。 でも、その映画って、 オースティン・パワーズ・・・・
何回もでてる話でごめんだけど、 5年前くらいに好きだった子と昨日久しぶりに話す機会があって、 妙に雰囲気が違うから「何か変わったことあった?」って聞いたら 「んー、先月結婚した。」だって。 今となっては素直におめでとうって言える気持ちなんだけど、 「あぁ、こういうのが2ちゃんのネタになるかな…」って思った途端 なぜか泣きそうになってしまった。
132 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 13:53 ID:GuC5mEEg
6年間付き合った彼氏がいた。 私が18歳で彼が24歳の時から付き合い始め、 ほぼ毎日会っていたし、休日にはいろんな所へ連れていってくれた。 人生のいろんな事を教えてくれたのも彼だった。 ケンカばかりしていた彼は、高校を卒業してから仕事はマジメにしてたけど 刺々しいかったみたい。 彼の親には「あなたと付き合い始めてから優しくなった」と言われるほどだった。 彼も「こんなにありのままの自分を出せる人はいなかった。 それに怖がらず俺に向き合うヤツも、怒るヤツもお前しかおらんw」と言っていたな。 お互いこの人と結婚するんだろうなと思っていた。 でも付き合い始めて5年くらい経つと、慣れすぎたのか異性ではなく家族だった。 私がその事に悩んでいることを知った彼は、 「お前はまだ若いから俺といるより楽しい事があると思う。いい女になれよ」と。 中学の時に母親が亡くなってから、誰かが自分から去っていくのが怖いって言ってたのに。 あの時、彼はどんな思いで私に別れを告げたんだろう。
133 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 14:25 ID:Pqqhvpkj
昔、親子で田舎へ行った帰りに苺を買って帰った。 親は俺にその買った苺を持たせた。幼稚園児だった俺には パックに入った苺の鮮やかな赤とそれを包んでいる薄くて透明な セロファンという組み合わせが非常に綺麗でかっこいい物に思えた。 だから、親に苺を持たされた時は凄く嬉しかった。その後、帰りの電車に乗って しばらく経った後、親が俺にお前苺はどうしたと聞いてきた。 俺はすぐに気がついた。電車に乗る前、駅のベンチに座って自分の隣に苺を置いて、 そのまま置きっ放しにして電車に乗ってしまったのだ。うっかりしていた。 もちろん今更引き返すこともできず、幼稚園児の俺には自分の過失をどうすることも できず、悲しんだ。しばらくの間、駅のベンチに淋しく取り残された苺のことを考えていた。
134 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 15:33 ID:0v/6aVzG
2月5日、尊敬する祖父が80歳で逝った。 実家の近くの一軒家で7年間一人で暮らしてた。その日の朝も車でゲートボールに 行って、近所の店のおばあちゃんに300円返しに行ったんだと、 通夜の時にウーロン茶を買いだしにその店に行った時に直接おばあちゃんから聞いた。 祖父は生真面目で、働いている時は家族のため酒も博打も遊びもしない人だった。 退職してからも痴呆の祖母の看病。 祖母が逝ってから、一人暮らしになっても、父にも頼らず生活し続けた。 趣味のゲートボール仲間を毎朝車で送り迎えして、常に誰かのために生きていた。 不満も言わない。愚痴も弱音もこぼさない。去年風邪で入院した時、父の希望で 祖父を強制退院させた。病院にいると体力低下と痴呆が進行するからと。 きっとそれは正しい選択だったと思う。祖父は祖父らしく最後まで生きていられたから。 昔は天狗のような顔立ちで寡黙な祖父が内心怖かった。でも、本当は人の輪の中心にいるより、 輪の外から優しく皆のことを見守っていた祖父の笑顔に幼すぎて気づけなかったんだと思う。 もっと早く、もっと多く祖父と一緒にいたかった。切ない。
>128 せつないことに、母というものは息子には優しく 娘には冷たいものです。 息子がどんなに悪態ついてもエプロンでも買ってやればよろこんで 息子自慢しまくるくせに、 娘がどんなに勉強やら家事やらがんばっても「やって当然、してもらって当然」で エプロンなんかプレゼントしようものなら「まだ私に家事やれっていうの?」と切れられます。
>>135 「フレンズ」っていうアメリカのテレビ番組の
モニカって女の子も、母親になぜか嫌われているというのが
ギャグのネタになってたから、
きっとあんまりめずらしいことでも無いのかもね。
でも私が母にエプロン買ってやったら、すごく喜んでたよ。
遠くに住んでて、めったに会えないからかな。
日頃あまり近い関係だと
かえって有り難みがお互いわからないのかもね。
137 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 15:47 ID:W3JluThy
>>134 思わず自分の祖父を思い出したよ。
亡くなって3年ほどたつけど、穏やかで元気で器用で働き者の
今も尊敬できる祖父だったなぁ。
きっとお祖父さんはあなたのことを見守ってるよ。
晴れていたので布団を干した。 その夜、布団で寝るとき、亡くなった母の匂いがした。
139 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 17:02 ID:Gw7WpUsq
>>104 オカン、なにげに息子の悪態シカトしてるね・・・。
140 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 17:11 ID:6s4xEWjK
長年一緒に育ってきた犬。 なんだかちょっと元気なさそうだったんで、普段は外に繋いでるのに その夜は部屋に上げてやったんだ。 大喜びではしゃいで元気いっぱいに喜んでたのに、朝起きたら冷たく なってやがんの。 心配させまいと思って無理してたんだろうなぁ。 お前、辛かったら辛いって態度を示してくれよ。 俺はわかんねぇよ( ´Д⊂ヽ
141 :
121 :04/02/24 20:41 ID:Mh78eu7r
>>122 ( ゚Д゚)あ!!
>>122 さんが言ってるのはネコ車のことか!!
デパートやスーパーの裏に置いてある台車だと勘違いしてたよ。
ネコ車に轢かれて逝ってきまつ。
>141 いや、それは俺が乗りたいからいちいち逝かなくてよろしい。
>>140 このスレを最初からいっきに読んだんだけど、最後の最後で涙が出たよ。
特に、俺はわかんねぇよって一文。
俺も可愛がってた犬を亡くした経験あるから。
小学校3年生の時 おじいちゃんが危篤状態でもう駄目だという時に ベッドの近くにいた漏れにすいっと手を差し出したんだよね。 きっと最後に漏れに手を握って欲しかったんだろうと思う。 子供は残酷だね……。 当時小学生だった漏れには、病人であるおじいちゃんの 点滴のくだがついていて細くごつごつした手が酷く汚らわしく見えたんだ。 で、嫌だと手を握るのを拒否した。おじいちゃんの気持ちも考えずにさ。 それから暫くしておじいちゃんは亡くなったんだけど あれから数年。今思い返すと悪い事したなぁ、と切なくなります…… 。
146 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/25 08:28 ID:7eigTGW7
せつない・・・
>>133 分かる、分かるぞぉ・・・
俺は子供の頃初めて風船貰ったときはほんとに嬉しかったなあ。
で、その風船手放しちゃって高く飛んでったときは大泣きした。
でもそれからしばらくは親に「あの風船今どこ飛んでるかなー」って聞いて
南極とか宇宙まで飛んでってるの想像して遊んでた
148 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/25 13:36 ID:ex45zT0l
幼稚園の頃「お母さんにドラえもんの縫いぐるみを作ってもらってきてね」と言われて 作ってもらったものがある。 かなりアレな出来で、幼稚園児だった俺は「こんなのいやだ」と喚きまくった。 しかし結局期日がきてしまったので、嫌々それを持っていった。 幼稚園の本棚の後ろに押し込んで、「なくした」と嘘をついた。 それでもなぜか手元に戻ってきてしまい、 俺は鼻をむしったり、腕を無理やり伸ばしたりして壊そうとした。 今写真で見ると、確かにヘンだけどなかなか愛嬌のあるドラえもんだったのにな…。 オカンは健在だけど、思い出すと「ああ〜」って切なく申し訳ない気持ちになる。
149 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/25 14:30 ID:vQDdbDPl
私が生まれて間もない頃、父が猫をもらってきた。その頃のことを幼心ながら鮮明に覚えている。 私はその猫にシロをいう名をつけをすごく可愛がった。 寝るときも布団にもぐりこんできたりゴロゴロとじゃれあったりした。 シロは長生きした。五年また五年と年を重ねても毛艶は良く、シロが死ぬなんて考えられなかった。 シロが18歳を迎えたころ、突然シロが弱ってきた。歯がガタガタになりご飯を食べられなくなっていた。 私はシロに栄養ドリンクを飲ませ、生を繋ぎとめる毎日を送った。シロが弱る姿が痛々しかった。 私も家族もみんながシロの死を覚悟してきたころだった。歩くこともままならないシロが部屋を出て、 よろよろと庭の木の下で倒れてしまった。最後の力を振り絞り死に目を見せまいとしてそうしたんだろう。 その日は雪のふる寒い日だった。寒空の下シロを死なすことはどうしてもできなかった。 シロを部屋に入れ、コタツに寝かせた。次の日、シロはそのまま動かなくなっていた。 最後を暖かい部屋で終えれて幸せだったかなぁ。そんなことを思いボロボロ泣いた。 私は今19歳になる。私の青春はシロとの青春だった。雑種ながらも聡明で何より 愛嬌のある猫だった。今書き込みながら泣いてしまった。シロとの思い出が堰を切ったように あふれ出してきた。切ない思い出だが暖かい思い出でもあった。 長文&乱文すいません。
152 :
136 :04/02/25 18:34 ID:KjuD+Qzs
>>97 を読んで思い出した事があります。病院で窓口の仕事をしていた時、
独り
暮らしのいつも通っている患者さんの世間話が長くなる事がよくありまし
た。そんな
人達の中の六十代の男性のAさんに、
「女の
人は結婚前にダイエットなんかしちゃだめだよ、体がボロボロになる
から」と、お昼の
テレビでやっていそうな健康法などを延々説明され、ずっと一人の
相手もできな
かったのもあって、「もうお嫁に行ってるんですよねー」と言った
ら照れた様に
「そうか、じゃあ次は出産だね」と笑って帰って行きました。私は仕事を辞
め、1年程
経ちたまたま観ていた地域のニュースで、Aさんが不慮の事故で亡くなっ
た事を知りまし
た。あの時、私達の年代に合わせて話をしてくれたんだろうなぁ。
Aさんどうもありがとう、安らかに眠ってください。
153 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/25 19:49 ID:7eigTGW7
142 名前: (・ω・) 投稿日: 2004/02/23(月) 13:59 [ Yyux9WxU ] 俺んち母子家庭で貧乏だったから、ファミコン買えなかったよ。。。 すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。 俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、 「ファミコン持ってない奴が怪しい」なんて、真っ先に疑われたっけ。 貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!って悪態ついたときの 母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。 どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。 これでようやく遊べると思ったんだけど、ニチイのゲーム売り場の 前まで来て買うのやめた。そのかわりに小3の妹にアシックスの ジャージを買ってやった。いままで俺のお下がりを折って着ていたから。 母にはハンドクリーム買ってやった。いっつも手が荒れてたから。 去年俺は結婚したんだけど、結婚式前日に母に大事そうに錆びた ハンドクリームの缶を見せられた。 泣いたね、、。初めて言ったよ「生んでくれてありがとう」って。 を貼り付けつつ、142げっつ
155 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 00:59 ID:7BXnVCZY
俺は長男で初孫だったから、生まれた時はみんな喜んだらしい。 特に母方のじいちゃん。いっつも酒飲んでたらしいけど、俺の相手するときは絶対に飲まなかったらしい。 多分誤って怪我させたりするのが怖かったんだと思う。 それほど、俺を大事に思ってくれてたじいちゃんだったから、俺も本当に懐いてた。 幼稚園にあがろうとしてた3月、じいちゃんが肝硬変で倒れた。 その時俺は「病気」とかをよくわかってなかったから、ベッドで寝てるじいちゃんを見るたびに 「なんで遊んでくれないのかなー」とか思ってた。 一ヵ月後の4月、俺は幼稚園の入学式を終えた後に、じいちゃんの入院してた病院に行った。 というか、母親がごねる俺を説得して連れて行ったらしい。 多分、遊んでくれないじいちゃんを見るのが面白くなかったんだろうな。 でも、その病室に行った後の事はよく覚えてる。 びっかびかの服装で行った俺の頭に、じいちゃんが手を乗せて言ったんだわ。 「大きくなったなぁ。ワシじゃもう抱っこもできねぇなぁ」 って。 後ろで母親すげー泣いてた。俺はじいちゃんの行動も、母親が泣いてる原因もピンとこなかった。 それから2週間位してじいちゃんが亡くなった。 葬式が終わっても俺は全然わかってなくて、じいちゃんが火葬場に連れて行かれて燃やされようとしてるときに、 母親に聞いた。「じいちゃんどうなるの?」って。 そしたら「燃やされて、天国に行くんだよ」って母親が言った。 天国とかもよくわからなかったけど、じいちゃんがいなくなるのだけはわかって、大声で泣いたっけ。 「じいちゃんいなくなっちゃやだー!」ってずっと泣いてた。周りの大人たちも泣いてた。 それからもう15年も経つけど、毎年実家に帰るときは母方の家に行って仏壇に線香供えるのを欠かしてない。 明後日に実家に帰るから、またお土産持って線香供えに行こうと思う。 今年の土産は酒にしようと思ってる。やっと、じいちゃんと一緒に呑める歳になったんだから。
誰しもが泣くのを我慢して、荷物背負って歩いてるんだよなぁ・・・。
俺が中学のころ、父方のばあさんが倒れたって連絡があった。 でも父の仕事が忙しくて、しばらくお見舞いに行けなかった。 ずいぶん遅れて、父をおいて母さんと兄と見舞いに行った。ばあさんは入院してた。 もうしゃべれなくて、立ち上がることも出来なかった。 ただ手を一生懸命持ち上げて何か言おうとしてたのだけ覚えてる。 いまから思えば左手だったと思う。 母さんは「もう私たちもわからないのよ」って言って、1分の半分も病室にいないで 病室をあとにしてしまって、兄もそれについていった。 一人残された俺は、ばあさんの必死の形相に手を握ってあげようとしたけど、 けっきょく置いていかれるのが怖くて、振り返って母親の背中を追いかけた。 それからすぐばあさんは死んだ。 あのとき手をにぎれなかったのはなぜなのかと、たまに思い出してた。 いまは自分は病院で働いてて、 そのときの祖母がたぶん左脳の脳梗塞で、 右半身麻痺+失語症で、 しゃべれないし立ち上がれないけど孫の顔を覚えてたことを知っている。 ごめんなさい。
私の母は、私の父と結婚する前に、一度結婚していて、 私の兄は前の旦那と母の子なんですが・・・ 前の旦那は酒と女にしか興味がなくて、ほとんど家にいなかったらしい。 しかも兄が2〜3歳の時に離婚したため、 兄は本当の父親の顔はあまり覚えていない。 それでも、兄は23歳の時、結婚する事になったのだが、 その時、もう20年もあっていない本当の父親に、 知人を通じて連絡をとってもらい、 「結婚する報告をしたい」と伝えてもらった。 やはり本当の父親に会いたかったらしい。 本人は、やはりすごく楽しみにしていたそうだ。 でも前の旦那は「会いたくない」とだけ返事をよこしたらしい。 兄はどれだけ楽しみにしていたんだろうとか、 やっぱりお父さんに会いたいんだろうなあとか、 会いたくないって言われた時の兄の心情を思うとせつない。
159 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 03:24 ID:0qQQ0gqM
5年前に親父が他界した。 ずっと親父の事が好きになれず、ろくに口を聞こうともしなかった。 実家に立ち寄った日 親父の背中を見た時に「まだ元気そうだし、正月に酒を一緒に呑むかな」 と、ふと考えたりしてた。 しかし、その僅か一週間後に心不全により還らぬ人に。 安らかに眠る親父の顔を見た途端、 小さい頃遊んでくれたり、自転車の乗り方を教えてくれたりして貰った事とかを 思い出して、涙が止まらなかった。 信じられなかった。 申し訳なかった。 後悔ばかりした。 なぁ、親父…俺がそっちに行ったら 、一緒に呑もうな。 それまで少しだけ待っててくれよ。親父。
160 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 03:30 ID:6xvCwXS+
私は初孫で、かわいがってくれた祖父が痴呆の初期の頃、私の足をさすった事があった。思春期だったから「気持ち悪い」と言っちゃったんだけど、祖父は悲しい顔をした。あんな事言わなきゃよかった…
161 :
159 :04/02/26 03:31 ID:0qQQ0gqM
補足 そんな親父の命日は母親の誕生日。 母親の気持ちを考えると更にせつない…
162 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 03:32 ID:OBtcuL87
>>153 その長男じみた感覚、ものすごいわかるよ。
いいな。。何がいいな、ってその母。
うちなんかそのパターンで
「だったらお金くれたほうがよかった」と言われたこと有り。
今だからこそ「照れかくし」って解るけど、子どもは解らない。
凄く傷付いた。誰にも物は上げないって思った。
その時から記念日などに誰かに何かをあげる習慣はなくなった。
163 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 03:37 ID:5i92grCC
高校の同窓会の通知が来た時友達に「同窓会行く〜?」と電話したら 「私、○○ちゃん(私)と親しかったっけ?(笑)」と言われた・・・。
164 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 03:54 ID:OBtcuL87
8年前新入社員だった私は今より12キロも太っていました。 当時同じ事務所にとてもカッコイイ同い年の同僚(A君)がいました。 すごく親切で、いい人でした。 A君が「今日雨降ってるから駅まで車で送っていくよ」とか 「俺、休み一人だからやることねーし・・」とか「休みとか空いてない?」とか言ってきたり、 色々勘違い出来そうな事がありました。 でも私は自分がデブなので、絶対それは勘違いしちゃいけない。勘違いしたら痛いデブだ。 私はただのデブでいい!構わないで!!と思い「へー」とか「ふーん」で済ませていました。 あるクリスマスの日人づてに「A君が○○ちゃん(私)の事デートに誘いたいって言ってたよ!」と言われました。 絶対からかわれてる!!ありえない!と思い、避けていました。 そうしている内にA君は転勤してしまいました。 それから私は転職し、体重が14キロほど減り、結構モテるようになった。 性格も変わり、それなりに彼氏もデキ、2年前A君のいた会社の人とばったり合い、それが縁で結婚。 そしてこの間旦那の事務所にAさんが転勤してきた事を知り、なんだかそわそわ/・・。 だから何、ってわけじゃないけど・・・。もしかしてあの時、A君本当に私の事好きでいてくれてたのかな。。 とか急に思い出してせつなくなってきた。 旦那に「A君結婚してるの?」と言うと「さぁ?車イプサムだから結婚してんのとちゃう?」と。 狭い街だから、ばったり街であったりしたら・・と思うとなんだか気分があのころにタイムトリップして切なくなりました。
165 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/26 04:44 ID:q00K5jV1
かなりモテた時期があって、ほぼ同時に3人の中学生から告白されて、 一番強引だった女の子と付き合ってしまった。 その中には以前から知り合いでほぼ相思相愛だった子がいたのに。 強引だった子は恋愛ごっこにすぐ飽きて違う男子に心変わりした。 一時の感情に流されてしまった俺はほぼ相思相愛だった子を傷つけ、失った。 そんなにモテた俺が、今ではデブでハゲてきて面影がなくなったのも切ない。
恋愛事で思い出した。 消防の頃からずっと気になっていた子がいた。 その子とはあまり話した事もなかったけど、いつもちょっかいを出したり 今思えば、苛めと思われるようなこともしてしまった。 餓鬼だったからそんな事でしか気持ちの示し方が分からなかった。 中学を卒業の時に、その子から第二ボタンを欲しいといわれ、 気持ちが高ぶる中、投げ飛ばすように渡してしまった。 別々の高校へ進学して、地元の夏祭りで卒業式以来の偶然の再会。 人込みの中、数人の女友達と来ている彼女を見つけた。 俺は高校で知り合った彼女と一緒だった。目も合わせる事無く、すれ違ったが 少し歩いた所で彼女の姿をもう一度見たくて振り返った。 すると、少し離れた所でその彼女も一人だけ振り返ってこっちを見ていた。 目が合い、隣にいる彼女の事もあって直ぐに又前を向き歩き出したが、 あの時の彼女の顔が今でも忘れられない・・・。 好きなのにその事に素直になれないで、高校で他の女と付き合ってしまった いい加減な自分を思うと今でも恥ずかしい。 それ以来偶然見かける事も無くなって、今何をしているのかも分からないが 元気で幸せに暮らしている事を願ってしまう。
名文に紛れてるが、さりげなく163が すばらしくせつないじゃないか。
切ない思い出をたくさん読ませてもらって胸が熱くなるよ。
優しくしてくれた相手にそっけなくしてしまった系の話は
切なさと同時に、優しくしてもらえて羨ましくもあるなあ。
家庭に問題あり、友達も少なくモテない毒男の俺は
>>163 的な、相手が自分を避けていく系の切なさが
いちばん身にしみてしまうよ。
小学生の図工の時間、節分の季節だったので 鬼のお面を作ることになった。 自分なりにいい出来映えで、親に見せるのを 楽しみにしつつ持って帰ったけど、家について居間に入ると 親がやはり鬼のお面を手にして家族でわいわいやっていた。 節分の豆を買ったらおまけで付いてきたものらしい。 急に自分の画用紙やら毛糸やらで作ったお面が ひどく情けないものに思えて何ともいえない気持ちになり、 そのまま自分の部屋に行って、持って帰ってきたお面を ぐちゃぐちゃに破って捨ててしまった。 今思えばおまけのお面も単に紙に印刷しただけのもの だったんだけど、その時は自分のよりすごく立派に思えた。 次の日学校にいくと、みんなのお面を教室に飾るので また持ってくるようにと言われ、捨ててしまった私は 子供心になんであんな事してしまったんだろう?と妙に 冷静に思いながらまた家で作り直したのを覚えている。
>160 遅いレスだけど、痴呆入った老人は家族もなにもわからんくなるし エロ全開だから、年頃の160の足を撫でたかっただけだと思う。 かわいそうって許したらしまいには乳もんだりしてくるし 冷たくあしらってよかったんだから、気にスンナ。
高校のとき、彼氏と自転車で二人ノリして帰っていたときのこと。 彼は工業高校で、はっきり言って頭は良くなかったけど、 石鹸の匂いがしそうなくらいさわやかでホント子供のような無邪気な人だった。 雨上がりで目の前に大きな虹が出ていた。そしたら彼が子供のように 「うぉぉ〜虹だ〜!!ヤバイ!!」と突然自転車でダッシュをかけ、あせった私は 「ど、どうしたの?」と訊ねると「虹の下には宝物が埋まってるんだよ!早くしないと虹が消える!」 と自転車ダッシュを止めない。反射的に出た私の言葉は 「ええ?虹なんか存在しないよ!宝物なんてあるはずないじゃん!」だった。 彼はピタっとこぐのをやめ「・・・え?」と止まってしまった。 私は駄目押しのごとく「小学校のときにプリズムで習ったじゃん、虹は雨とかの 水滴に光が反射して見えるだけで、いくら走っても追いつけないよ。」 彼は全く意味がわからなかったようでポカンとしていた。よせばいいのに 「ん〜だからぁ、目の錯覚って言うか蜃気楼っていうか・・・とにかく存在しないんだよ」 そういうと彼は「え・・・じゃあ宝物があるって話は?」とまじめに聞いてきた。 「え?う〜ん、現実問題、虹の下にはいけないから 作 り 話 でしょ。」 と私がいうと、ものすごくショックそうだった。いつも明るい彼があんな顔を見せたのは 初めてだった。「そうなんだ・・・。それって誰でも知ってるのかなぁ?」と 聞いてきて、そのときようやく私は彼が本気で、走ったら虹に追いつける& 虹の下に宝物があると信じていたことを悟り、あわてて 「誰でもは知らないんじゃない?わ、私も偶然こないだTVで見て知ったぐらいだから」 とめちゃくちゃな返事をした。 今でも虹を見ると、彼の夢を壊したことを思い出して切ない。 私があんなことを言わなかったら27になる彼は今でも信じてたかも知れない。
>>171 彼は将来恥をかかなくて済んでよかったと思うよ。
私は4歳のとき、兄に
「サンタクロースなんていない」
「1999年に人類は滅亡する」
「人間はどんな人でもいつか必ず死ぬ」
「コックリさんで指がうごいたのは指に力を入れたからだ」
などいろいろガーンとくることを教えられたので、
夢みる暇もなかったよ。
兄は理数系に進学してエンジニアになりますた。
にいちゃんのばかー
>>171 せつねー
虹の下には宝物が埋まってるんだ!→頑張ってこいで!
っていう流れでもオレ的にはせつなかったな。
帰らない青春の1ページって感じで。
>>171 なんか映画ランドリーの主人公みたいな奴だな。
175 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/27 10:47 ID:PhAhhhge
>>171 私的にはこういう事いうわざとらしい男は一気に萎え
埋 ま っ て る ハ ズ ね ー だ ろ
「虹に宝物埋まってると思ってる俺、可愛い少年」な自己演出かなり萎え
175の周りにはある一定のレベル以上の人しかいないのな・・・ 普通学級スレスレのバカってみんな171にでてくる程度。 バカなこと言う女は計算入ってるけど男はマジでバカ。ほんとバカ。 太陽が沈んだら、やっほーとかいいながら月がでてくるとか信じてる。 ペンギン村が常識。
>>176 ないないwそれは言いすぎw
しかしペンギン村って古いねぇ。
>>171 の男は自己演出っていうより本物っぽい。
ある意味(;゚д゚)ヤヴァイ
>>171 >「そうなんだ・・・。それって誰でも知ってるのかなぁ?」
ここらへんが実にせつない
ときどきホントにいるよ、こういう奴…
>>175 あなたには心ってもんがある?
ないんじゃない?
一人遊びが好きだった幼少の頃、 雑木林の大きな木の上に秘密基地を作った。独りで。 あまり周囲に溶け込めず友達も少なかった私の拠り所だった。 ある日秘密基地に行ったら数人の男の子達がその木に登ってた。 ゴミ捨て場から拾ってきた青い鳥文庫の入った箱は踏み台にされていた。
182 :
175 :04/02/27 13:37 ID:PhAhhhge
い る わ け ね ー だ ろ そ ん な ヤ ツ 土曜の昼間っから眠てーこと言ってんじゃねーぞ マジで。
183 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/27 13:39 ID:ovxfdPZX
|Д`)今日は金曜日だよ
184 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/27 13:40 ID:ccJ7i4+M
185 :
175 :04/02/27 13:47 ID:PhAhhhge
うわあああああああああ、今日土曜だとおもってた!!!!!!!!! か、か、かいしゃああああああああ!!!!!!!
>>185 よかったな。
明日からず〜っと日曜日だ。
>>185 曜日を素で間違えるような奴、初めて見たよ。
実在するんだな、あんたみたいなの
せんせー変な女がパンスト爪に引っかけて破いて泣いてまーす
「素で曜日間違えちゃった私、可愛い少女」な自己演出かなり萎え
そんな夢見勝ちな男いるわけねーだろ土曜の清々しい朝にくだんねーこと… いやんっ今日金曜日?!どーしよ!! もうね、萎え過ぎて _| ̄|○ _/\○_ ___○_ _/\○_ _| ̄|○
べつな意味で切ないな
クス笑スレから来ましたw 素敵な週末を〜 |彡サッ
頑張れ若人
去年、彼氏と旅行にいくことに。 待ち合わせ場所に彼氏の車が来ると、 助手席には彼氏の友達(男)が乗っていた。 精神的な病気になっている人で、 彼氏以外に友人がいない人だった。 昨日の夜、親に殺され掛けたと言って、顔中アザだらけだった。 帰れと言えず、2泊3日ずっと一緒に行動した。 ずっと助手席で、持ってきたアニソンをかけつづけられた。 私も彼氏も煙草吸わないのに、ずっと吸っていた。 お金も持っていなかったので、彼氏と私で出した。 聞いてもいないのに、 いかに自分が辛い目にあってきたか話てくれた。 その人は、小学校の頃からひきこもりの人だから、 はじめての旅行に大喜びだった。 私と彼は、必死に働いてとった有休が無駄になった。 旅行の後、彼と大喧嘩した。 今は仲直りしたけど、旅行の時の写真をみるとせつなくなる。 彼・友達・私って写真しか、とらせてくれなかったんだよ・・・
>>194 せつねぇってゆうか・・・
彼氏はイイヤツじゃん。
でも俺が女だったら別れるね。
>>195 イイヤツかなぁ。
別な日にオマイラ2人で行けよ、って感想を持つけど。
> お金も持っていなかったので、彼氏と私で出した。
ここら辺も納得いかなくね?
>>194 その彼の友達が凄く喜んでくれたのだから
それでいいじゃん!
いつも楽しく過ごしている二人。
初めての旅行でたった3日楽しく過ごせた友達。
友達の悲しい日を3日減らせたんだもん
人に喜んでもらえる事ってなかなか出来ない事だよ
それを彼と一緒に出来たんだからいいじゃない?
>>58 のせいで泣きながら笑っちまったじゃねーか。完全に不意をつかれた。
ま、喧嘩した上で仲直りできたんならよかったね。
二十歳のとき初めて買ったバイクで婆ちゃんの家に行ってみた。 「婆ちゃん、いきなり俺が来たら驚くだろうな」なんて思いながらチャイムを押した。 で、出てきたばあちゃんが俺を見て言った一言。 「新聞屋さんですか?」 _| ̄|○ 痴呆症の始まりだった・・・
(´;ω;`)ウッ
201読んで私も思い出した・・・。
高校のとき、おばあちゃんが入院して、結構大変な状態らしくて家族から
覚悟はしておきなさいって言われた。それを聞いて、家族に彼氏を紹介したことは無いけど、
おばあちゃんが私の結婚式には出たいというのが口癖だったのを思い出し、
当時、彼氏とは結婚するつもりだったので(←アホ)彼氏を連れてお見舞いに行った。
彼氏も快く引き受けてくれて、家の花壇から花を持ってきてくれた。
私は初めて彼氏を家族に紹介するのと、おばあちゃんが軽い痴呆がはじまっていることを聞いて
おばあちゃんが変なことを口走ったりしないかと、不安と緊張でドキドキだった。
個室に入るとおばあちゃんは絵を書いていた。私を見つけると手招きした。
私が近づくと、私の腰を持って、くるっと回し、ドンっと背中を押した。
意味がわからず戸惑っていると、また手招きしてドンっと背中を押す。
それをみた彼氏が「あれ取って、ってことじゃない?」と言って私が押された方向にある
水を指差した。ああ、なるほど。と思って水を持っていったら、違う!といわんばかりに
ブルブル首を振った。???じゃあこれ?と彼氏と二人で洗面器やタオル、鉛筆などを持って見せたけど
おばあちゃんはブルブル首を振るだけ。
私たちがパニックになっていると、担当の看護婦がちょうど入ってきた。
「あ、あのー。おばあちゃんが何か欲しいみたいなんですけどぉ・・・。」と聞くと、おばあちゃんはまた
私の背中をドンっと押した。それを見た看護婦が一言。
「ああ、帰れってことですよ。」
私たちはおばあちゃんと一言も会話することなく病室を後にしました。
ちなみに私
>>171 本人です・・・。彼氏も虹の彼氏です・・・。
ぺんぎん村は知りませんが
>太陽が沈んだら、やっほーとかいいながら月がでてくるとか信じてる。
そんな感じです、まさに・・・。
>>203 なんで、帰れっていわれたのかな。
悲しいね。
虹の彼氏笑ったw 171の周りはいいキャラそろってるなぁ
>>203 せつないけどおもしろい。
気悪くしたらごめんだけど・・・
他にもスレ違いでもいいからエピソードないの〜?
いやスレ違いならここではやらないで欲しいわけだが。
208 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/27 22:41 ID:VHoqcbOC
>>203 その看護婦、もう少し別の言い方してくれりゃ良かったのにね。
彼氏つまり他人がいるまえでさ、帰れってのはないんじゃないの。
>>208 私もちょっとそう思った。
看護婦無神経な気がする。
210 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/27 23:19 ID:fNWNf+V/
一年間遠距離恋愛してた彼女と別れて半年、彼女の地元に突然行くことになり せっかくだからと彼女の自宅を訪れてみました。 ( ・∀・)σ=σ[]ピンポーン 漏れ「○○と申しますが△△さん(彼女の名前)はいらっしゃいますか?」 △△母「少々お待ちください」 ・・・・・・家の中で話し声が・・・・ 「お姉ちゃん〜(恐らく彼女のこと) ○○さんがきてるよ〜」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ しばらくして、 △△母「今、△△は出かけてます」 漏れ「突然お邪魔して申し訳ありませんでした。」 居留守使われますた。(⊃д`)
甘酸っぱい思いを胸に訪ねたんだろうけど、 居留守は当たり前だと思うよ 大概の女にとっては、別れた男の顔も見たくない物だからね
別れてからイキナリ来たら怖いわ。
215 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 00:59 ID:URwxNgFK
わたしが幼稚園児、妹はそれにも満たない年令だった頃、父方の祖母が肺癌だった。 よく分からないが自宅で看護婦をつけており、祖母の家は私たち家族の家の近所(徒歩10分程度)だったのに、母が父方の親族と疎遠で月に一回くらいしかお見舞いに行かなかった。 祖母の家に行ったら行ったで出されたお菓子をおかわりし庭を走りまわって、祖母と交流なんてしなかった。祖母は私たち姉妹をじっと優しげに見つめるだけだった。 数年後祖母はひっそり死ぬ。私は幾分分別もついた頃で、祖母は晩年ほとんど物を食べることが出来ず、点滴で栄養を摂取していたことを知りショックを受けた。 祖母はお菓子を食べる私と妹を見て何を思ったろうか、と今も考える。 人を思いやる心の無い幼児って、本当に残酷だ。食い意地のはってた自分が腹ただしい。祖母ともっと話をすれば良かった。
__ |^.^|ノ ノ| | −−− | | ヤァ、
下手なようかんまんをみちゃった 切ない
>>215 おばあちゃんはきっとあなたと妹さんが元気に物を食べて走り回っているのを見て
とっても嬉しかったと思うよ。
自分はいなくなるけど、自分の命は繋がっていく、あなたがたがいたことでそう思えて、
元気なあなたがたの存在が、何よりの「おばあちゃん孝行」だったと思うよ。
禿堂
大学時代にDという友人がいました。 そいつは性格もすっごく良くて、女の子達にも人気があったんだけど、 彼女はいませんでした。いつも、断っていたんです。 まだ、償いが終わってないからと。 Dには高校時代にSという彼女がいたんです。 でも、Dにはプログラマーになりたいって夢があって、 そのためにとある有名大学に入りたいから、受験の間だけは勉強に専念したいので、 会えないと彼女に言ったそうです。彼女は了解しました。 猛勉強の甲斐あってDは合格しました。そしてSが亡くなっていたことを知りました。 病死だったそうです。 Sは入院中、Dは今が大事な時だから彼には入院のことは知らせないでと言っていました。 そのため、その時までDはそのことを知らなかったんです。
Dは大学卒業後、大手IT企業に就職し、プログラマーとなりました。 その後僕はDとの連絡も途絶えがちになり、疎遠になっていきました。 そして5年後、Dの死亡通知が届きました。 享年27才でした。 過労死だったそうです。稼いだ金のほとんどを、病気で苦しむ人々 を支援する団体への寄付につぎ込んだそうです。 葬儀にてDの顔を見てショックを受けました。 たった5年でここまでボロボロになるのかなって。 それぐらい痩せ細っていたんです。 どうすればよかったんだろう。本当にこれでよかったのかな。 今となっては、もう遅いけれど。
切ない・・・(´Д⊂グスン
224 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 02:20 ID:ziaC7/kf
いつの時代か知らないがプログラマーになるために猛勉強して大学入ったってのがせつない。
227 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 08:16 ID:Zp19z2m0
>>221 不謹慎だが韓国ドラマみたいな話だな、と。
昨日、友達とお互いの子供の頃の話をしていて 友「俺の姉貴、大学生の頃クルマ買うって報告したら 親父すぐさまディーラー呼んで新車買ってやってんの。 ずるいよな〜!!他にも旅行とか全部オヤジに出してもらってたよ」 私「いいなぁ…我が家はずーっと貧乏だから 父親に何か買ってもらったことなんてナイよ〜」 と会話していて突然思い出した。 高校生の頃、お金が足りなくて悩む私に 買ってくれた。ファミコンのソフトを。 ああ、確かタイトルは「ウルティマ・聖者への道」だったなと ゲームの内容を思い出していたらポロポロ涙が出てきた。 あの時父は1マンも持っていなかった。
>>227 観た観た観た観た。
その映画観たよーーーー!
タイトル忘れたけど・・・・・・。
230 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 11:14 ID:hyduMO8m
>>221 不謹慎だがPGやってますがPGなんか有名大学に入ってなるような職種じゃねーよ。
高卒DQNでもやとってもらえるデジドカなのに・・・。
そんな事の為に/・・というきになります。
あんたらもすきねぇ
有名大学でて優秀なら、
少なくとも
>>230 がいうような三流の雑用の仕事じゃないと思うけど。
>>221 はITに携わる人はすべてプログラマーだと思ってるんじゃないかと。
234 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 13:56 ID:ff0Bp5rZ
小学3年生の時、同じクラスになってからずっと好きな人(以下、M)が居た。初恋だった。 私は、好きな人を聞かれると素直に答えていたので、なんというか周知だった。 囃し立てられるって事は無かったけど、それでも、その人には伝わっていたと思う。 小四の運動会の時。Mは徒競走の選手として出場していた。 精一杯応援した。3位だった。 その小学校では、1〜3位の選手には、色違いのリボン(飾れるように安全ピン付き)が配られていた。 私は足が遅かったので、そのリボンにすごく憧れていたのを憶えている。 運動会が終わり、テントとか色々な道具を撤収していた時、彼が走り寄って来て、「ん」と、手を差し出した。 その手には、3位の選手のリボンが。私が受け取ると、Mはそのまま自分の持ち場へ走り去って行った。 「憧れている」とMに話した事があった。Mはそれを憶えていてくれた。 しかも、自分のリボンを私にくれるなんて。すごく嬉しくて、嬉しくて嬉しくて。 でも、急なことでその時はお礼が言えなかった。翌々日言ったけど。 それからは、給食でデザートをくれたり、ドッジボールで鈍くさい私を守ってくれたり。 今思えば、きちんと告白してればよかったのかもしれない。でも、出来なかった。 小5になって別のクラスになり、私には別に好きな人が出来て、そのまま疎遠になった。 今でも、リボンをくれた時の笑顔を思い出す。夢に見る。
M君可哀想・・・
238 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 16:53 ID:jZ4Ai36Y
>>194 絶対近い将来、借金の連帯保証人になりそな予感。
その素質はある、って感じかな
241 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 18:10 ID:hyduMO8m
私は小さい頃8歳年下の妹を苛めていた。 殴る蹴るの暴行をしたり、妹に辛い仕打ちをしていた。いつも頼ってくる妹が大嫌いだった。 ある日喉が乾いたので小1の妹に「おい、何か飲み物買ってこいや!」と命令した。 妹は出かけたが待ってもなかなか帰ってこない。 どうせどこかで道草食ってんだろう、買ってきたらしばきまわしてやる!と思っていた。 とうとう夜になるまで帰ってこず、やっと7時に帰ってきた ドアを開けるとびしょぬれで両膝にすりむいた跡のある妹が立っていた。どうしたか聞くと 「おかね、、おとした、おかね、、、おとした、、こけて、、お金おとした、、、探したけど、、 みつからんかってん、、ごめんなさい、、ごめんなさい、、、」 ひっくひっくとびしょぬれの体で泣く妹がそこにはいた。 外は夕方から酷い嵐でその大雨と台風の中、妹はずっとこけてドブに落とした100円玉を探していたという。 「なんで、お金なんかどうでもええやん、なんでこんな時間まで・・」 と言うと「おこられる、、お金、おかねおとしたらおこられる・・ごめんなさい、、ごめんなさい」 とぶるぶると震えていた。 私は今までどれだけ妹に酷いことをしてきたか気づいた。 妹にとって私はそれだけ怖い存在だったんだと気づいて自分で自分が嫌になった。 ぎゅーっと抱きしめたら冷たかった。それから二度と妹に対して手を挙げることはなくなった。
242 :
241 :04/02/28 18:17 ID:hyduMO8m
父と母は幼い頃に離婚し、母が私たち二人を育ててくれた。 17で私たちを産んだ母は当時毎夜毎夜飲み歩いていた。 夜、一緒に寝て欲しかった。一緒にいてほしかった。けれど母は毎夜むっくり起きどこかへでかけてしまう。 今思えば朝にはいるのだから、大したことはないのだけれど 当時小学生だった自分は毎夜が心細かった。私たちより夜の飲み会のほうが大事な事がいやだった。 ある日ぐずる私に「お母さん、今日夜勤なの。だからぐずらないでね」と母は言った。 私は夜勤ならしょうがない、お母さんがんばってね。妹は僕がみておくから、とそう言った。 母はにこにこ出ていった。 夜私は妹とおにぎりとあついお茶を作った。働いてるお母さんに会いに行きたかった。 家から会社までは歩いて1時間くらいかかる。でもお母さんに届けたかった。 この間かってもらったジャンパーを妹にきせて、私も着た。ちょっとした旅行気分だった。 夜中歩いた。道道で「どうしたの?こんな夜に」と大人に声をかけられたけど、妹の手をにぎって一生懸命 先を急いだ。不安だったけど合えばお母さんになでて貰えると思った。 会社についた。シャッターは締まっていた。その時初めて嘘をつかれたのだとわかった。 同じ道のりを帰った。 次の日それを母に言った「いやらしい!!!なんなん?あんたってコは!!人の会社までつけて!!! いつからそんないやらしい子になったん!!ええかげんにしいや!」とはたかれた。 その時の事を思い出すと妹の事と同様せつなくなる。
あなたにとっては切ない思い出でも された側にしてみれば地獄の思い出で 例えあなたが死ぬ間際に許してと呟やくぐらいのことをして そんなことは忘れてたよと微笑んでみせたとしても その後も折に触れて思い出して苦しくなる、物凄い傷になる思い出です。 一生ものです。 責めはしなくてもずっと忘れることもできずに、許されることのないこととして 後悔していて下さい。人前で泣きながら謝るくらいのことをしてみせたとしても それで危害を加えた方は、許された気になって安穏と暮らすことが可能になっても 実のところは、必死で考えないようにしても、一生記憶も消せずにされたことの一つ一つ 許すことができないことだということを覚えておいて下さい。 万が一、危害を加えられた人間と力関係が(介護などで)逆転した場合 されたことを返したくなる衝動とよくよく戦っているということを 覚えておいて下さい。 我ながら性格悪いな・・・・・でも 煽りじゃないです。
>>241 これが、小3のお兄ちゃんと小1の妹の話
っていうなら良かったんだけどね…。
小1の妹に暴力をふるうあなたは、中3だったわけで。
反省したのは判ってる。
家庭環境において不遇だったのも判る。
でも、なんか胸糞悪いや…。
245 :
241 :04/02/28 19:08 ID:hyduMO8m
>>244 なるほど、そうなりますか。人物の特定を避けるために年齢差は嘘を書いています。
8はとりすぎだったか。
小1と小6ぐらいでしたね。
>>245 自分も丁度同じくらい離れた弟がいます。
なので、やはり暴力をふるうには、
気がひけるくらいの歳の差じゃないか?
と思ってしまいますが…。
そうは言っても、胸糞悪さは解消しました。
失礼な事を言ってすみませんでした。
言わなくても充分ご承知でしょうが、妹さんを大切に。
暴力を受ける側だった漏れは全然胸糞悪さは消えないが
241は親を殺して自分も死ぬべきだと思う。創思う。
でも241が死ぬときっと妹は悲しむよ
こういうことを書き込むスレじゃないのはわかってるけど・・・。 私、5歳年上の兄にまさに241みたいな仕打ちを受けてた。 私自身、それが原因で何か生活に支障があるわけじゃないし、普通に明るく人並みの人生を送っているけど、 県外の兄が正月とかに帰ってくるのがすごい嫌。超がつくほど一流企業に勤めてて 顔もいいし、普はたから見てれば自慢の兄。 もう30過ぎてるから暴力なんかふるわないだろうけど気に障ること言ったりしたら、 またやられる気がして兄が帰ってくると私はほとんどしゃべらない。目も合わさない。 仲が悪いわけじゃなく、私の世界に侵入ささない。 殺してやりたいとかも思わない。でも時々 「事故って氏ね。最初から存在してなかったように消えろ。」って思う。 きっと兄が氏んでも泣かない。きっと胸のつかえが取れて楽になれる。
ごめんなさい。 自分の発言、実際に虐げられた人に対して無神経でした。 何歳だったかなんて、関係無いですよね。 苦しく辛いことには変わりない。 軽率な発言お詫びします。
>>250 俺も似たようなものかも。
2歳年上の兄がいるんだけど、小さいころからホント嫌だった。
暴れる上にひねくれているものだから、小学生の時も
友達を自分の家に招いて遊ぶなんて数回だったと思う。
そんな兄はすでに5年前から下宿。
もちろん最後に顔を見たのもその5年前。
きっとこのまま親の葬式まで会うことも話すこともないんだろうなと思う。
身内につけられた傷ってのは、消えないもんなのかね。
241がつらかったのはわかるし、もう反省しているみたいだから責めてもしかたないが・・・。 兄から暴力を受け続けた小さい女の子のことを思うと切ない。 ひどい風雨の中を、小銭を捜し続けるなんてよほど兄がこわかったのだろう。 せめて妹さんが幸せになっていればいいのだが。 男性に嫌悪感を持ってしまい、交際できないとか、暴力的な男性と結婚してしまったとか。 そんなことにならないといい。 250さんのように、兄への恐怖や嫌悪感はどうしても残ってしまうのだろうか・・・。
普通虐待された奴は虐待するからな。 今後周りも気をつけてやらんと。 俺はその辺り分かってたんで 強い意志でもって長男防波堤やってたがきっつかったな。
256 :
241 :04/02/28 22:18 ID:hyduMO8m
妹とは今でも仲いいですよ。最近結婚して子どもができた。 当時は自分でもどうしてそんな事をしていたのかわからない。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と何でもあとをついてくる妹がただただうざかった。 お前は「お兄ちゃん」と甘えればそれですむかもしれないが、こっちはそうはいかんのだ。 何も知らない顔でベタベタしやがって。という気分でいっぱいでした。当時はね。 妹を自分に接待服従させる事で自分の安心感を得ていたんだろうな。 妹の面倒を見てるのに「お兄ちゃんのくせに!」と折檻される腹いせだったのかもしれないです。
最近の思い出でなので微妙にスレ違いかもしれんが。 某宅配業者に勤めていて、お客から不在連絡票が入ってたけど、もう帰るから帰りに直接寄ってその時受け取る、と電話で連絡を受けた。 電話の話し方からして8*3だ!と気付いたので、急いで荷物を探し、伝票も探した。丁度その時その客が来店(時間にして10分満たない時間)。 態度からしてもやはり8*3。てゆか届け先の会社からして8*3なので、もう確実に8*3、そして電話口でも確認した「荷物は一つだけか?」を繰り返す。 態度には出さず、でも内心未着だったらどうしよう!非常に怯えながら笑顔で一つだけです!と対応。サインひとつも渋りながら、なんとかその客は帰った。 その後帰ってきたドライバーに「8*3でしたよ!めちゃめちゃ怖かったですよ!!」と泣きつき、何とか心の平常心を取り戻した。 ドライバーは笑顔で「そうそう、8*3なんだよ、ちなみに今日誕生日なんだ」と言った。 何故そんなプライベートを知っているのか?と疑問に思いたずねたら、電話口にて彼本人が言ったそうだ。そして 「今日はおれの誕生日だから、荷物がたくさん届くかもしれない。」 と。 聞いてなんだか切なくなった。それで一つだけなのか、と何度も聞いたのかと。 誕生日、たくさんの人に祝ってもらえると思ったんだろうな。 めちゃくちゃ怖かったし、今更だけど、おめでとうと言っておくよ。
258 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 01:57 ID:eDJcmtuw
私が小5くらいの頃。 ある雨の日に家路についていた時、目の前を障害者が走っていた。 その人は半身が動かないのか不自由そうに、 でも何かを急いでいるのか一生懸命走っていた。 だけどその人は転んだ。 無抵抗のまま倒れるように転んで、しかも雨の日だから水たまりに顔から突っ込んだと思う。 頑張って起きあがろうとしてたけどやっぱり体は上手く動かないから なかなか起きあがれなくてしばらくそこに突っ伏してた。 私はその一部始終を見ていたけど障害者に偏見があって、 もし襲われたらどうしようって思いが強くて走って逃げた。 その後自分の非情さに泣いた。 顔に当たる水たまりは冷たかっただろうな。 服も濡れて寒かっただろうな、痛かったろうな。 と思うと切ない。助けられなくてごめんなさい。
深夜にこのスレ見ると鬱になる‥
せつない、というよりも懺悔に近い。 中学の頃、席が隣になって、お互いマンガ好きということで 意気投合して、ちょっと仲良くなった男子がいた。 学年があがりクラスが違っても、彼と会話することは時々あった。 ただ、その子は生まれつきの持病があった。 私は、彼の病気がなんなのかを聞いた事はなく、 彼が私の身内ネタで色々冷やかしてきたときには、反撃のつもりで 冗談で「病気持ちのくせに〜w」と返していた。何回も。 そのうち彼が話しかけてくることもなくなったが、 特に不信にも思わなかった。 中学の卒業式の時、彼は体調を崩していたらしく出席しなかった。 壇上で校長先生が、彼からの、頑張って闘病するとの旨を書いた 手紙を、涙声で読み上げていた。 けれど、私はその時はまだ病名を知らず、常識にも無知で、 不治の病は大人だけがかかるものだと思っていた。 肺炎かな?なんて・・・ 深刻な事態だと捉えておらず、すぐに退院できるだろうと。 大変なんだなあと、ぼんやり考えていたように思う。 結局、彼は私が高校に入学してから半年ほど、初夏の季節に逝ってしまった。 同窓生みんなで実家の通夜に参加し、その時はじめて病名を知った。 ・・・白血病だった。 彼は、不治の病だと感じさせない、明るい性格の人だった。 もう何年も前のことで、だけど時々思い出して、ちくりと来る。 なんであんなことを言ってしまったのか。 情の無い子でした。ごめんね・・・。 謝り足りない。 スレ違いかもしれない、けれど、一度どこかに吐き出したかった。長文ゴメソ
>>257 イイ!!!
せつない!!
俺、こういうの激弱い・・・。ギューしたくなる。*93って特だよなぁ。
なんでもない事が可愛く見える。。。
262 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 03:59 ID:57bnUOCI
全部読んで泣いた。 せつなすぎるよ みんなが持ってる優しい部分に心がキュンとした しかし、この時間に女が一人で泣いてる [鼻をすすり たまに笑って 鼻をかんでる 笑って] これいかに?
>262 せつない・・・
よっしゃ、じゃあ、
>>262 をもう一回泣かせてみよう(できるかな…)。
私は、4ヶ月の時に両親が借金で失踪したので(いまだ会いにこない。
別の町で2人も子ども作っているくせに)、ばあちゃんが親代わりに育ててくれた。
中学時代はグレるわ、大学では事故って死にそうになるわ、とさんざん迷惑を掛けたけど、
どうにか、私が社会人になるまで頑張ってくれた。
私が働きだした後、やっと自分の時間を取り戻したみたいに、海外旅行にはまり、
年に3,4回行くようになったそのちょうど20回目。
イギリスで交通事故に会い、即死したとの連絡を旅行社と外務省から受けました。
どうしても日本に連れて帰りたかったけど、遺体のままはダメだといわれ、
火葬し、お骨ではなく粉になって一緒に帰ってきました。
それから4年。
ばあちゃんもいない今、ひとりぼっちの生活がむちゃくちゃせつない。
時々、向こうの世界に行ったら一人じゃないよな…と思う。
長文スマソ。
265 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 07:10 ID:/kshBZbh
このスレ切ない・・・ 私が高校生の時、妹は小学生。 近所で、夏にお祭りがあって、妹は朝からずっと楽しみにしていた。 夏休みの補習が終わって家に帰ったら連れて行ってあげる約束してたのに その日、学校で嫌な事があって、ムシャクシャして帰宅した私は不貞寝を始めた。 お祭り行こうーって妹が呼びに来ても、わざと知らん振りして 結局は妹に八つ当たりしてた。 仕方なく、仕事を終えて帰ってきた母が、妹と一緒にお祭りに行き 帰ってきた妹の手には、私へのおみやげのガラスで出来た風鈴。 それをもらって、部屋に戻った瞬間泣いた。 あんな小さい子に八つ当たりした自分を最悪だと思ったし そんな姉でも慕ってくれて、少ないおこづかいの中からおみやげを買ってきた妹の 気持ち考えると、我慢できなくて本気で泣いた。 今でも、その風鈴は、私の部屋にぶら下がっていて 夏にその音を聞くと、もっともっと優しい人間になりたいっていつも思う。
267 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 13:36 ID:qPJfAfNi
良スレage
268 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 14:26 ID:57bnUOCI
>>264 泣いた・・ ばーちゃんは264を見守ってくれてる!!
心の優しいええ子やなぁっていつも見守ってくれてるから!!
269 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 19:21 ID:Ig5F97t3
もう10年まえだが、それほど仲がよくなかった高校時代の同級のやつから 電話がかかり金を貸してくれと、いわれた。 当然断ろうと思ったが「大切な人が困ってる」とホロリときたというよりは 「ここで断る自分が嫌い」になりそうで3万円貸した。 数週間後個人的には忘れてたが別の同級の人と話す機会があり、その事を 話すと「あぁなんか結構借りまくってたみたいだぜ」といわれ、なんとなく そんな気はしてたし、もうお金は返ってこないだろうなぁと思ったがその場 はそれですんだ、たぶん「困ってた」のは事実だと思ったし、逃げるなり なんなりするのに役に立ったのではないかと「騙された」という後悔や憎さ は不思議と感じなかった・・・ しかし、その後彼が某宗教団体に属し「世界が終わるので借りた金はチャラ になるから借りまくってお布施に出せ」と指示を受けていたことが彼の両親 から伝えられ、両親からお金は返してもらった。 お金は返ってきた、しかし私はそれ以上にショックを受けた、彼は最初から 返す気などなく、裏切るつもりで私達に電話したのという事に・・・
小学校に上がったばかりの頃、 祖母に飴が入った可愛い小瓶を色違いでいくつか買ってもらった。 嬉しかった。宝物だった。 近所に住む全く仲の良くない1つ年上の女2匹が突如 「遊びに行ってやる(オマエの部屋及び家を偵察してやる)」と勝手にやって来た。 タンスや机の引き出し、本棚、あらゆるものを物色され小瓶も発見されてしまった。 歯磨きチューブがニュルッと出たような鼻を垂らした女がそれをよこせと言った。 私は祖母に貰ったものだから嫌だと答えた。 「たくさんあるんだからいいじゃん!!」 「年上の言うことは絶対聞かなきゃダメ」 「何様のつもりだ、生意気な」 ということをしばらくまくし立てられ、それでも断っていたら チューブ鼻女が目の前で小瓶のコルク蓋を押し込んで壊した。 「言うことを聞かないからバチが当たった(プゲラ」とそいつらは帰って行った。 その時は泣かなかった。 祖母に瓶の蓋が壊れたことを告げた。 「おばあちゃんがまた買ってあげるよ」 祖母と小瓶に対して申し訳なかった。 祖母にも両親にも自分が近所の奴らにいじめられて瓶の蓋を壊されたということは 情けなくて言えなかった。 あいつらからはその後事ある毎に嫌がらせを受けた。
271 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 20:43 ID:PgoyLArC
272 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 22:09 ID:BP3+WtkN
小学校低学年まで、漏れら姉妹の遊び相手は近所に住む精神遅滞と発達障害を あわせもった父の従妹だけだった。当時もう二十歳はゆうに越えてたと思う。 中身はまったく漏れらと同じぐらいだった。 或る花火大会の日、母と漏れらとその彼女と見物にいったら、偶然漏れの同級生 で仲良しの男子(イケメン)に会った。で、漏れらと一緒にずっと見物した。 帰り道、父の従妹は漏れらと離れて一人で先を急いで一言も発せずにスタコラ夜道 を帰っていった。うちのおかんが苦笑しながら「漏れと同級生が仲良くしてて自分 が構われなかったからおかんむりなのだ」みたいなことを言ってた。 今なら彼女の気持ちがわかるよ。知能は子供なみでも、彼女の意識はちゃんと年相応の 結婚適齢期の女性になってたんだよ。自分が恋をできないのに、親戚のガキが男を 連れていたらそらムカツクだろうなあ〜と。
>>74 あんた、くまちゃん、ごめん、て・・・。優しいんだな。
そのおかんちょっとゴメンやけどサイテーだよ・・・。切ないです。
小さい頃母親と父親が事業に失敗して借金を返すため、 私たち兄妹がいては邪魔なので田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に2年間預けられていた。 私は5歳で弟が1歳。 おじいちゃんの虐待が酷くなり、おじいちゃんの家から兄夫婦の家に預けられた。 兄夫婦の奥さんの方からもひどいしうちをうけていた。当然といったら当然だと思う。 自分のところにも子どもがいるのに2人も子どもを預けられてうざかったに違いないと思う。 その後福岡の父方の田舎にあずけられ、たらい回しにさせられた。 その時の事を思うと辛くて切ない。 自分がもし子どもを産むのなら、こんな事にならないようにしてあげたいと心から思う。 私よりも1歳で2年間も母のだっこをしらない弟の方がとても可哀想で切なかった。
小学5年だったかなあ、そんくらいの時の話。 ある結構雨降ってた日、学校からの帰り道の坂で猫の声が聞こえて来た。 「ミャー、ミャー」って。 そこは木が沢山生えていて見つからなくて、どっかに居るんだろーなーと思って探してみた。 探してたら、いきなりクラスで片思いしてた子が 「どうしたん?猫おんの?」って。 いつの間にか近くにいてた。 「あ、ウン…。たぶん」 っていって、そのあとも彼女と探してたんだけど、見つからなかったなあ、猫。 ただ雨の「ザーザーザーザー」っていう音と猫の「ミーミーミー」という 声がなんかすごい切なくて、雨の音が聞こえるたびにあの時のこと思いだしてすごく切なくなる。 その子とは学校が別れたけど、元気かなあ、今も。
276 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 23:42 ID:57bnUOCI
小学校の卒業文集に今でも忘れられない作文がある 私が小4の時、下校してるとA君の妹がついてきたので一緒に帰ることにした A君の家は遠く、私は心配になりA君の妹を家まで送っていった 家が近くなるとA君の妹は私の腕をつかんでそのまま自宅に招いてくれた(力が強いんだよ) A君のお母さんはとても喜び、お礼を言われたが私は恥ずかしくて「買い物のついでだから」と言っちゃった そこへA君が学校から帰宅した(居残り?) びっくりしている彼に妹が私を紹介している 私は照れ臭くて困った A君は笑って台所に立ちりんごをむいてくれた もちろん見栄えは悪かったがすごく甘くてみんなで美味しねーと言いながら食べた 家で会ったA君はとても楽しそうに笑ってた つづく
277 :
つづき :04/02/29 23:47 ID:57bnUOCI
文集にはたいてい運動会の話やや修学旅行の思い出、自分の将来の夢を書いていたりする A君の作文は他の子に比べて短かった 『ぼくの家はお金がありません。 お父さんは仕事を頑張っています。 お母さんは体が弱くて、しんどいというと、ぼくは背中をさすってあげます。 妹は養護学級にかよっています。 ぼくはお母さんの代わりに妹のめんどうもみます。急に走りだしていなくなるので、めんどうをみるのは大変です。 ぼくは中学校を早く卒業したいです 働いてお母さんに楽させたい。』 A君へ りんご美味しかったよ
278 :
おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 23:52 ID:6nXJkR8K
>『ぼくの家はお金がありません。 みもふたもないな。
>227 ダメ…涙でモニターが燃えないじゃない見えない(⊃д`)
>227 !?
281 :
175は :04/03/01 00:02 ID:nivg3s8n
バカか?
中卒で働く、か・・・ 言うほど楽じゃないだろうな。 世間の風にメゲずA君がまっとうに生きていることを願う。
>>278 なんかすごい笑ってしまった。私は嫌な人間かも…。
高校を卒業して大学に入学して一人暮らしをすることになった。
出発前日の夜、母と並んで皿を洗っていた。
ふと母を見ると、めったに感情をあらわにしない母が泣いていた。
「何泣いてんのー」といって笑ったけどなんかせつなかった。
>>53 白血病って完治するものなんだなぁ
いい体力してるな 友達ばんざい('∀`)bて
中3の頃〜高校3年までずーーーっと片思いしていた人がいた。 背が高くて,体が大きくて、態度が大きくて、居眠りしてて、でもめちゃくちゃ頭がよくて。 その態度のでかさとか堂々とした感じがすごく男らしくて大好きだった。 実は彼が中2の時は身長が157cmぐらいしかなかったことを、私は知ってた。 その時からずーっとずーっと好きだった。 私はクラスでも目立たなくてどんどん目立って人気者になっていくその彼のことをずっと見ていた。 ものすごい偶然な事に中2〜高校2年まで4年間も同じクラスだった。 4年も同じクラスだと、私の事覚えていてくれるかな・・・って思ってた。 告白は考えなかった。自分に自信がなかったし。ある日の放課後、クラスの女子が彼に告白している 場面にでくわした。多いプリントを教室に置きに行くだけだったので、会釈してとおりすぎた。 自転車をガーーーーって走らせて急いで家に帰って,帰ったら泣けてきた。 どうして告白しなかったんだろー、と自分が嫌になった。鏡にうつったあかぬけない自分と 告白してたクラスの子の可愛さを比較したらまた泣けてきた。 その後何度か登下校時に二人をみかけた。彼らしく両手をポケットにつっこんでつっけんどんに歩くそばを その女の子がちょこちょこついていく感じ。心底羨ましかった。 それから卒業後私はそれなりに華やぐモテた時期もあり、適当に結婚。 今でも思い出して後悔する。告白しなかったこと。今でもはっきりあの告白の教室の場面は覚えてる。
切ないスレですね
このスレには「ドラクエ3のラーミアに乗ってるときの音楽」が BGMとして似合いそうだ
中三のとき、折れには付き合っていた彼女がいた。 同じ部活の、一コ下の少し暗めの女子。人見知りで、同性の友達以外とはめったに話さない子だった。 彼女に告白され、その時フリーだった折れはなんとなくOKしその子と付き合うことになった。 しかし折れの部活には可愛い子が三人いて、頼りない部長と比較された結果、三人とも、副部長の折れに必要以上になついてくれた。 いつも三人とばかり話す折れ。三人とも、彼女が唯一といっていいほど話しかけられる友達だった。 そして折れは卒業。その三人とは“恋人らしいこと”をしたが、彼女とはほとんど話すことのないまま自然消滅した。 一年後、彼女と狭い古本屋で再会。 会釈してくれた彼女。 友達と一緒にいた俺は、なんとなく恥ずかしくなって無視してしまった。 さらに一年後。ひょんなことから、三人のうちの一人と会うことになった。 その子は、「“彼女”が折れの卒業とともに部活を止め、卒業するまで誰とも話さなくなった」と、折れに話した。 ふと、思い出してしまった。 再開したあの日。無視してしまった俺へ向けた、彼女のとても寂しそうな瞳を。 急いで彼女の家に向かった。 ・・・・・・空き家だった。 それ以来、女の子と話をすること自体少なくなった。 彼女と再会して“ごめんね”って言えるまで、これからもずっと、このまんまだと思う。
>>289 んー、なんか自意識過剰感が否めない。
自分の中で美化しすぎてると思うよ?
彼女はもう彼女でいい彼氏みつけてうまくやってそう。
そこまでひきずることだろうか?
>>289 の元彼女からの視点。
部活の先輩に告白して付き合ったがいつの間にか自然消滅した。
その後一度だけ偶然会って会釈をしたが無視された。凹んだ。
再会することなく親の事情で(たぶんね)引っ越した。
292 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 10:46 ID:d0XdzHoU
>>272 亀でスマンけど、その彼女は自分が障害者と言う事で
貴方とその男の子との間が気まずくなるのを避けたかったんじゃないかな
293 :
292 :04/03/01 10:53 ID:d0XdzHoU
ミスった(;´Д`) 帰ったのは男の子と花火見てからか
294 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 13:43 ID:OwrQX6OB
イイ話も多いけど、それよりも、2ちゃんでこんな優しいレスがくることに感動!
胸が締め付けられるスレでつね。゚(゚´Д`゚)゚。 頻繁にチェックすると免疫はつくでしょうか
296 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 14:28 ID:O+BctMG0
小学生の時、知恵遅れの女の子がクラスにいた。 みんなに苛められていたが気だての優しい子だった。あるとき、誰かにいじめら れて机にポツンと座ってひとりクスンクスンと泣いている姿を見て、オレはその 子が可哀想なような可愛く思うような感情に襲われた。 でも心の貧しい俺は知恵遅れの子を可愛いと思った自分の感情に慌ててフタを したのだった。「クラスで勉強も出来る人気者のオレが知恵遅れの子と仲良くす るなんて!みんなに笑われる!」と本気でそう思っていた嫌なヤツだった。 オレはその後も「この子は知恵遅れだけど気だてが良くて可愛い子なんだ」とい う自分の本音から目をそむけてクラスのみんなといっしょにその子に意地悪をし 続けた。 その子とは中学校で別々になって以後の人生で一度も会ったことはない。だが折 りに触れその子の事を思い出すと「申し訳なかった」という気持ちと同時に「オレ は何という卑怯なガキだったんだろう」という悔恨の情が湧いてくる。 人間、過去に遡って人に謝ったり自らの行いを改めたりすることは出来ないって のはせつない事だね。
こぴぺっすかー。
298 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 14:45 ID:O+BctMG0
>>297 こぴぺじゃないっすー。30年前のオレの実体験っすー。
少なくとも30代後半の男性が 「こぴぺじゃないっすー」って言う事がせつないね
300 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 15:00 ID:Nyga0onm
せつなくて せつなくて ことばに できない
301 :
297 :04/03/01 15:18 ID:GVLEJVDl
そうだったんすかー!! 申し訳ない!! >>299 叩くとこ違うし。 >>300 氏ね
302 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 15:24 ID:O+BctMG0
>>299 バカ者!オレは30代後半ではない!立派な40代のオジサンである。
人生はせつないから40代でも変な言葉で2chをやる事もあるのであるピープー!
303 :
297 :04/03/01 15:26 ID:GVLEJVDl
ピープーってのは意味わからんよ。 俺の父も40歳・・・。 おとうさーーーん。
296と297の応酬を見てせつなくなった。
305 :
297 :04/03/01 15:34 ID:GVLEJVDl
だからあやまってんじゃん。 もう一回言うよ。 雰囲気壊しちゃってごめんなさい。
私の母の小さい頃の話。 その頃あるおもちゃが流行っていてクラスメイトのほとんどがそれを学校に持って来て遊んでいた。 あまり裕福で無く、継母のいる家庭で育った母は今まで何かをねだった事もなかった。 でもその時はどうしてもそのおもちゃが欲しくて欲しくて、我慢したんだけど自分以外の友達が持っている事が悲しくて、初めて両親におねだりをしてそのおもちゃを手に入れた。 翌日。母はおもちゃをかばんに入れてわくわくしながら学校に行った。 これでみんなと同じように遊ぶ事が出来ると思った。 ところがその頃はもうそのおもちゃはみんなに飽きられていて、誰も持ってきてる人がいなかった。 母はかばんからおもちゃを出すことは無かった。 数年前母から何気なく聞いた話なんだけど、思い出すたび小さかった母が脳裏に浮かんで 切なくなります。
>>303 息子よスマン、お父さんは2ちゃんねらーだったのだ。
お母さんやお前には黙っていたが何年もせつない思いが消えなくて
人生に悩んでいるのだった。
309 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 19:17 ID:MU1qiAcE
私の結婚するまで働いていた40代の上司。 凄く仕事人間っていう感じで、部下に厳しくまた、 人付き合いも悪い方で仕事が終わったらすぐ家に帰っていた。 OLには嫌われていて、陰口の対象によくなっていた。 ある年の夏、会社の屋上からいくつかの花火大会が同時に見えるという事で、 屋上で飲み会を行った。家族も連れてきていいということだった。 その上司も参加していて、そこで初めて奥さんと子供を見た。 家族仲良く寄り添っていて楽しげで、その上司は常に笑顔だった。 すごく饒舌で冗談ばっかり言っていた。いつもとまったくの別人だった。 陰口では「家に帰っても何も会話無いんじゃない。」とか、 「ああいう人とは結婚したくない。」とか言っていたので、凄く驚き見直した。 次の仕事の日から、またいつもの厳しい上司だった。でも陰口は無くなった。 その上司の仕事以外の面はそれっきり見る機会なく退職してしまったけど、 いつもと違う人間性を一度でも見ることができよかったと思う。
>>309 いいなあ。うちの父は外では愛想いいのに
うちの中では突然切れて怒鳴る人だったから、
うらやましい。
312 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 21:41 ID:r+u7C8yN
大人の事情なんだよ・・・・
313 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 21:52 ID:GIb4UPFx
314 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 22:51 ID:W1Fd2hjz
この間、うちの車の横にネコが。 なんとなく右前足が赤い。 こっちを見るなり威嚇してきた。 なんだろう?と思い近付くとヨタヨタと逃げ去った。 そやつの右前足は無かった。 自動車でそこだけ轢かれるのもおかしいから誰かにやられたのかも。 3本足で何処かへ去ったネコを見て、なんだか切なくなっ
た。
以前テレビで自分ちの畑に入る猫を片っ端から捕まえて 前足切っちゃうじいさんがいると放送していた。 別に虐待して喜んでるわけではなく 「だって畑荒らすんだもん」とあっけらかんとした感じだった。
318 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 23:30 ID:kb86uqQs
小さい頃に母が死んだので、兄ちゃんと俺は親父に育てられた。まあ不器用な人だったから、 素直な兄とは違って、俺はいろいろ親父と衝突した。それでも兄弟二人、無事に社会人になり、 両方合わせて5人の孫を親父に見せてやれた。 そんな親父がガンで入院。もう助からないのでモルヒネで痛みを和らげて最後を待つ日々に なった。モルヒネの幻覚作用で訳の分からないことばかり口走る親父を見て、夢見ながら楽に 死ねるのがせめてもの救いかな、なんて兄ちゃんと話していた。 ある日、俺が付き添ってるとき、急に俺の手を握って真顔になり、「ちゃんと飯くってるか?風呂 入ってるか?病気とかしてないか?」とか心配し出した。「ああ、大丈夫だよ」と答えると、手に 力を込めて「父さん、お前のこと分かってやれなくてごめんな」と言った。それきり、また幻覚の 世界に戻っていった。 親父が死んで遺品を整理していたら、小学校の頃の作文とか通知票とか、社会人になって 初めての給料で買ってあげたネクタイとか、いろんなものが詰まった衣装ケースが俺の分と 兄ちゃんの分、宝物のように大事にしまってあった。 母が死んでから再婚もせず、好きな釣りもやめて仕事と子育てに追われるだけの日々を送った 親父。これから孝行してやれたのに。早すぎるよ・・・せつないよ・・・。
319 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 23:36 ID:GIb4UPFx
去年の暮れに短期のバイトを友達とやった。時給もそれなりによかったし 友達と一緒となれば当然自分にとって都合の良いバイトだ。最初の1日目は かなりの不安があったが、徐々に慣れていった。周りの人はみんなに本当に いい人ばっかりだったし、社員の方は本当に私たちに優しくしてくれた。 社員は殆ど男性で、馬鹿だった私は一人の社員に恋をしてしまった。その人は 私にとても優しくしてくれて、日に日に思いが募っていった。しかし、彼の左手の 薬指にはキラリと光るものが。叶うはずのない私の恋は「短期のバイト」と共に 打ちきられてしまった。もう会えなくなると思うと切なくなって泣いてしまった。 このバイトをしてる1ヶ月間、2`くらい痩せてしまった。本当に恋をすると 食欲がなくなるんだ・・・と実感させられた。 っていうか、何しにバイトしに行ってたんだよ、私・・・⊂⌒~⊃。Д。)⊃
>>320 うーむ、ちょっとステキな話だったが…。
いいじゃん、またいい人に出会えるyo!
>>318 にマジ泣き。
でも、親父さん幸せだよ。いい息子に育ったねぇ。
322 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/02 00:17 ID:F5qFrx8x
父は実は2chで言うDQNに近い人。 全然家族を省みず、切れやすいし、パチンコ三昧で サラ金で借金作って、何にも何にも先のこと考えられない。 で、愛想が尽きた母に離婚されてしまったんだけど(母はきっちり働く人)、 それを機にすごく人が変わった父から、時々電話がかかって来る。嬉しそうに 「お父さんさ、これから真面目に働くよ。お前元気でやってるか?」とか。 真面目にって言ったってもうすぐ60才じゃんか・・・。 あんまり嬉しそうに話すから、何にもしてもらえなかったのに 嫌いになれなくてものすごく切なくなる。
>>270 せつねぇなーくっそー
「おばあちゃんがまた買ってあげるよ」
っていう一言で胸がいっぱいになってしまって何もいえなくなります。
良スレ マジで(´Д⊂グスン
325 :
289 :04/03/02 01:24 ID:hzUa4fmg
<290 やっぱそーでしょうか。 ちょっと至らなかったなぁってことに神経過敏になっちゃってるんで、そう言ってもらえるとうれしいっす。 <291 親の都合で引っ越したらしいです。 でも、その前に一言話したかったなぁって。 変なトコでびくびくするチキンなんでナル入ってるの解ってても気分が沈むんですよ・・・・ スレ違いっぽいレスっすね。 雰囲気読まずにスマソ。
>>309 うちの旦那がこのタイプなんだよね・・・。
会社じゃ全然しゃべらないくせに家では明るく、まっすぐ帰ってくる。
外で愛想良くバリバリな人に憧れてたけど、こういうの読むと旦那にありがとう、っていいたくなる。
でも愛想と人脈も大事よね
それから全部通して思うのは、やっぱり親孝行はやっておくべきだよね。
なんか親に対して孝行できずに亡くなってしまった人の書き込みは全部胸が痛い。
でもなかなかできなかったり・・・。
転載の転載だけど切ないから貼る 976 名前:水先案名無い人 投稿日:04/03/02 13:30 ID:gvIrQ5BD 483 名前:ロシアのルーレット ◆s595hC62I6 [sage] 投稿日:04/03/01 06:23 ドラクエで凹んだときスレに書いたら凄い引かれたのでここに書きます 小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた 彼は脇目もふらずにドラクエ3をやっていて、正直、「こいつでもドラクエとかわかるんだなあ」と思った 三十分ほど彼のプレイを見ていて、とても悲しい事に気が付いた 彼がそのゲームでやっているのは、アリアハンの周りでスライムとカラスを倒す、ただそれだけだった。パーティにただ一人の勇者のLvは50を越えていた。彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた とても楽しそうだった 先に進めてやろうと思い1コンに手を伸ばしたら凄い剣幕で怒鳴られた。なんて怒鳴られたか聞き取れなかったけれど、とにかく怒鳴られた それを見て彼の母親が「ごめんなさいね、○○ちゃんはファミコン大好きのよ」と僕に謝った 彼はドラクエ以外のソフトは持っていなかった 僕はそれ以来、ゲームをやらなくなった。以前のようにゲームにのめり込めなくなってしまったのだ。コントローラーを握るとやるせなくなった。友達の家に行ってもみんながやるのを見ているだけだった その間、僕はゲームに興じる友達の背中だけを見るように努めた 本当にむなしかった その内に、僕はファミコンを憎むようにさえなった。今までの人生の中で、あんなに何かを憎んだことはない それは真夜中に僕を目覚めさせた ゲームなんかこの世からなくなってくれと本当に願った 僕はソフトを彼に全部あげて、本体は捨ててしまおうと思ったが、兄に怒られそれすらできなかった。 一人暮らしをしている今でもゲームは嫌いだし、もちろん家にも置いていない。 時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、とても悲しくなる
>>329 いや、俺はこの話はせつないと思うんだが・・・
少なくとも、くすっと笑えはしない。
これ書いた人の気持ち、わかる気がするからな。。
>>329 私もこれ、笑えないわ・・・。
最後の一文がすごい切ない・・・。
切なくも笑えもしないなぁ。
>>329 あなたがこれに笑えた理由を知りたい・・・。
どこに笑うポイントがあるのか真剣に悩む。
ちょっと狙い過ぎかな。
ドラクエやったことなくて分かんないから、 くすっと笑う気持ちも切ないと思う気持ちも分からない(⊃д`)
336 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/02 15:25 ID:+HSziQb9
ドラクエやったことなくてもなんとなくせつない気持ちはわかるよ でもスライムだけを倒すゲームが大好きなだけても、ゲームをやってる彼は幸せなんだよね
大叔母(祖母の姉)は旦那さんが戦争で死んで、 子供もいなくて一人暮らしだった。 実年齢より若々しくて、多才で、カッコイイ人だった。 私は本当の孫みたいに優しくしてもらってたけど、 90歳を超えて、大叔母も入退院を繰り返すようになった。 今度は危ないかもしれないと言われていた大叔母が、 朦朧としながらも、チョコが食べたいと言うので、 大叔母が好きだった洋菓子店に行って買ってきた。 本当は食べさせちゃいけないから、二口だけあげた。 泣きながらおいしいって言ってたけど、これ以上は駄目って言うと、 いやだいやだと子供のように泣いた。 次の日、私は病室に泊まり込んでいたけど、 手持ちぶさたなので病院内の売店へ行った。 本を買って帰ると、大叔母は血を吐いていて 医者や看護士が急いで処置をしようとしている所だった。 大叔母はそのまま死んだ。 今でもその洋菓子店の前を通ったり、 あの時買った本の作者の名前をみると苦しくなる。 もっとチョコをあげれば良かった。 本を買いに行かなきゃよかったって。
>>328 × 彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた
○ 彼は延々と素手でスライムを殺し続けた
町の人と話せば基本的なことは出来るようにスタート地点の町は異様に
親切に出来ている出来ているドラクエで、まずゲーム内の文字が読めて
理解できるならありえない話だな、これは。
スライムとカラスでLV50ってどんだけの時間を費やしたのだろう
まぁ…好きとは違うのかも知れんけど 彼は今も生きているかな。
>>328 を切ないと思った奴はどこらへんが切ないと思ったんだ?
知的障害者って可哀想とか思ったのか?
>341 ドラクエはやった事ある?
>>318 すげー泣けてきた・・。ウチは逆で母一人で頑張ってくれた。
幸いまだ元気でいるのでこれからもたくさん孝行するよ。
ありがとう。
344 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/02 17:06 ID:3XmgXJTs
>>328 これを書いた人に言いたい。
馬鹿だな。それでも彼が楽しんでいたんならそれでいいじゃないか。
それを可哀想と泣き、切なくなるから問題がややこしくなる。
楽しいねと笑顔で見守るのでいいじゃん。
>>342 1〜6までやったことあるけど。
で、どこらへんが切ないんだ?
>>346 禿同
知的障害を持ってるその子には「勇者」も「レベル」も関係ない。
スライムとカラスを倒すって行為・音・映像がたまらなく楽しいのだ。
「もっと面白い所があるのに」「これにはストーリーがあるのに」なんて考えは、
その子にとっちゃ、お節介極まりない事だ。
宇宙に住んでいる者が居るとしたら、そいつが地球に住む我々に対して、
「あんな小さな所しか知らないで・・(ノД`)なんて可哀想なの」
と哀れんでいるのと同じ事だと思う。
>328 書いたヤシも貼ったヤシもドラクエがすごく面白かったんだろうな。 だから、もっと楽しくて面白いことを教えたかったのに、 それが彼には理解できないことなんだと知って、 それでなんでファミコンを憎むのかがワカラン。ドラクエに罪はない。 多分、自分が彼よりもいろんなモノを手にしていることに気がついて、 それに対する自己嫌悪なのかな。割と良いヤシだね。
でも>328は読んでるとなんとなく切ない気分になるよ、やっぱり。 なんでかな、なんかうまく説明できないけど。
>>328 このスレで一番切ない。
素手でスラ医務倒すだけでレベル50って,、、ほんとなんか、もう、切ないよ。
これってゲーム好きな人にはよくわかるんじゃないかな。
延々ワードに「あ」を打って印刷を繰り返して全部ファイリングしてにこにこしてるようなのに
通じるだろ。
彼はそれで満足してる。なんだかそれが、切なかったんだろうね。
小学生の時猫を飼っていたんだけど、結構放任飼いしてた。 頭がすごくよくて、トイレもすぐ覚えたし(猫だからかもしれんけど) あまり泣かないし、お風呂もあまり嫌がらないし、顔も精悍な顔したやつだった。 よく外にでていき、ご飯だけうちに帰ってきて食べる。3日に1日くらいは 外泊が多くて、でも気づいたらうちにいた、って感じだった。 そういうべったりした関係じゃない動物とのふれあいが楽しかった。 何年かたって、1週間も帰ってこない日があった。 最近外泊が目立ったし、イイヤツでも見つけて子どもでも産んだのかな。 なぜか寂しくなかった。どこかへ行ったんだろうな、幸せにな、って思った。 数日して近所の人がなぐりこんできた 「そこの角のどぶに猫がしんでる。あんたんとこのとちゃいますのん?ええ加減にしてください!」 どぶへ急ぐと数日前の大雨であふれたミゾにパンッパンにふくらんだ猫がいた。飼っていた猫だ。 胸の奥から悲しさがわきあがって涙が出た。 「もう、はよ処分してくださいよ!きったない!!お母さんはどこ?」 とオバサンに言われて余計に涙が止まらなかった。 お母さんに泣いて猫が死んだことを告げて家族で埋めた。 猫は死ぬ前にいなくなるって本当だったんだ、って思った。
>>352 せつないが、そのむかつくババアを埋めとけよ。
小学生の時お祭りで金魚すくいをやった。 2匹捕まえて家に帰る途中、金魚をいれたあのビニール袋を落としてしまった。 あの袋って巾着状になってるから、落とすと中身をぶちまけちゃうんだよね…… あたりは水浸し、路上にビチビチはねる金魚。 でも自分にはどうすることもできなくて 悲しくなりながら家までダッシュで逃げ帰った。 次の日その道を通ったら白くなった金魚が2匹横たわっていた。
>>337 ドラクエコピペでスルーされてるけど
大叔母さんは最後にチョコ食べられて幸せだったと思う。
付き添いしただけでも立派だよ。
自分を責めちゃだめ。
>>335 自分も同じことやった。
泣きながら金魚を掴みあげたけど、
水なんてどこにもなくて・・・結局金魚は死んじゃたよ(つд`)
俺は金魚の入った袋を親父の車の中に置きっぱなしにして ゆで金魚にしてしまったよ・・・・。
フナの入ってる水槽に入れたら喰われちゃったよ。
中学の頃、物凄く気の合う男の子がいた。 打てば響くって感じで、今に至るまで、あれ以上相性の良い異性には 巡り会えていない。(昔の思い出を美化してるのかもしれないけど) 一応、コクられて交際したものの、拠所無い事情で卒業後は疎遠に。 成人したのち一度だけ会った折に、妙に色気のある男になったなぁ と感じたが、それっきり十年の歳月が流れた。 お互いイイ歳になって私は結婚し、アイツも身を固めたかしらんと 懐古していたら、流れてきた噂… 『○男、2丁目の住人になったんだってさー』 女として、なんか切なくなった思い出っす。 (つд`)
2丁目?
>>360 新宿2丁目
つまりオカマとかニューハーフとかそういうこと
へぇ。ども。初めて聞いた。
>352 せつないんだけど、 放任飼いって時点でなんか駄目だわ。 寿命っていうか事故で死んでたのでは?
小学生の時って書いてるし、今の事情とは違うかもしれませんよ。 私が小学生だった20年以上前は、家の中だけで猫を飼うのは、 チンチラとかペルシャとか、そういうお高い猫を飼うお金持ちだけだったなぁ。 もちろん、私も今は家飼い推奨ですよ。
うちの田舎じゃほんの5年前まではみんな放し飼いが当たり前だった。 保健所から「綱で繋ぐか、室内で飼う様にしましょう」 と、町内掲示板に貼り付けがあるまでは、 道を飼い犬がブラリと歩いてるのなんて当たり前の光景だったんだけどなぁ。 で、その犬と小学生とかがボール遊びとかしてるの。 自分も小学生の頃はよく行きつけの雑貨屋で魚肉ソーセージとか買って、 自分に懐いてくれた犬にエサやって尻尾振るのが可愛くて可愛くて。 学校に行く時、うちの前で待っててくれて一緒に小学校の入り口まで行ったりしてた。 その犬、なぜか寿命で死ぬ時に飼い主の所じゃなく、 いつも自分が小学校に行く時に通って、一緒に小学校行く場所で倒れてた・・・。 一番に見つけたのは自分で、動かなくなったその犬抱えて大声で泣いた。 「○○くんと一緒に、学校行こうとしてたんだね」と飼い主さんから言われて、 また泣いてしまった。その日は学校に遅れていく事にしてお墓を掘って、埋めてあげた。 どうしても一人で掘ってあげたくて、頼んで掘らせてもらった。小さなシャベルで1時間以上かかったと思う。 土かけるときに、寂しくないようにと宝物のキーホルダーも一緒に埋めてあげた。 今でもお彼岸などで実家に帰った時は、お墓に線香をあげたりしてます。
367 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 16:27 ID:59QAlEYy
>>365 君と彼は友達やったんやな・・・・ええ話しやな泣けたよ
368 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 16:34 ID:mIfKmP3F
>>365 せつないけどいい話だね。
書き込みしてくれてありがとうと素直に思ったよ。
369 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 16:35 ID:ZpNxveXa
子供の頃、父がDVでいつも殴られてた 髪の毛も女の子なのに、いつも短くするように言われてて・・・ 小学生の夏、母の姉妹3組とある島に旅行に行ったんだけど、 旅行の前日、「髪が長いから切って来い!」といわれて嫌々美容院へ。 「いつもよりも短く切って来い」と言われていったけど、普通に切られて もう一度美容院に行かされて、もうザンギリ状態に・・・ 旅行先のバスの中、私の両親はバスの前の方に座ってた 母の姉(教師)と妹が従姉妹と私の前に座ってたんだけど 「○○ちゃん(私)、あんな髪型にされちゃって・・・ 可愛がられていないのかしら・・・」 って伯母が言ってるのを聞いて、普段から自分はきっと父に可愛がられて ないんだ・・・って思っていただけに凄くショックだった 結婚した時にはすごく喜んでくれてたけど・・・
371 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 18:22 ID:59QAlEYy
うーむ 微妙だが、女の子っぽい格好だと、かわいすぎて、他の変質者な男からイタズラされたりする心配があって、子供の頃はざんぎり頭にさせていたのかな?お父さんの心って複雑だからね。。 私がガキの時、大人っぽいスーツを買ったら正座させられて、冷奴投げられたことがある。 それまで父は私に手をあげた事がなかったので、当時、意味がわからなかったが、今は父の気持ちがわかる気がする。 ちょとちがうかな?
>>371 優しい人なんですね・・・
父に本当は男の子だったら良いのに・・・って言われた事があって、
子供の頃から男の子っぽい格好しかさせてもらってなかったんですよ。
洋服も赤いのとか着せてもらえなったし、女の子らしい仕草とかすると
すごい怒られてました
自分の思うとおりにしたかったみたいですね
顔も人さらいにさらわれるほど可愛くも賢くもなかったしw
だからその小学校の先生をしてた伯母に言われた時は、学校の先生でも
そんな事言うんだ・・・って言う事がショックだった
父から助けて欲しい位だと思っていたのに・・・ってカンジです
暴力はふるわれたことは無いけど、私も>370みたいな感じだったよ。 自分の思うとおりにしたいっていうより、女の子っぽいのが嫌だったみたい。 私も親戚に学校の先生いるけど、先生も人の子だからね・・・。 バツっとするどい一言いうよ、私の親戚も・・・。 この間、サークルで飲み会したとき、偶然4人も保母さんだったんだけど その中の一人が、「子供が4月生まれになるように計画してる」っていうから 「なんで?」って聞くと「だって3月生まれなんて バ カ だからw」って言った。 まあ、幼稚園児の1年って大きいだろうけど、ある程度大人になったら関係ないでしょ。 と私が言うと、その保母全員が「いーやっ!絶対3月は バ カ 三つ子の魂百までだよw」 って言ってきた。私3月生まれなんだが・・・。 バカ短大卒の保母に言われたくネーヨ!って言いかけたけど飲み込んだ。飲み会の間も全然 気が利かなくて、大皿料理なのに自分の所で全部食べちゃうし。 そのときはムカついたけど、家に帰って、幼稚園のころ大好きだったみどり先生を ふと思い出し、「ああ、先生も私のこと バ カ って思ってたのかな。 大人になっても こ い つ は バ カ の ま ま」って思ってたのかなって 考えたら泣けてきた。
>>373 そーそー。そんなことを気にする方がバカだ。明るくイ`
>>373 みどり先生はその保母じゃないのですよ。違う人間なのですよ。
そんなことを思っていたら先生が悲しむぞ。
私の両親は癌で亡くなったんですが、 (今私は22歳で、父は私が4歳の時、母は私が9歳の時に亡くなった) 最近友達に母が亡くなった時の話をしてて気が付いたんですが・・・ 私の中では母が亡くなった日、夜中に起こされて病院へ行き、 病状が安定したので朝方家に帰って小学校に行き、夕方友達と帰ったら 家の前に花輪があり葬式の準備をしていた・・・と記憶していたんですが、 友達と話していて矛盾に気が付いたんです・・・。 母が亡くなったのは3月15日なので、小学校は春休み・・・。 それに、祖父母に聞いてみたら母が亡くなった時、私も病院にいたとの事。 自分で記憶を差し替えてたみたいです・・・。
>>373 さん、
>>370 ですが、私、まさに保母(ってゆーか幼稚園)やってたよ
でも、3月生まれが・・・なんて思った事微塵もなかったよ?
反対に4〜6月生まれはぼーっとしている子が多かったし、(因みに私は6月生まれ)
2・3月生まれは小粒でぴりりと辛いタイプが多かったです
お遊戯会の主役も2・3月生まれの子を選んでいる事が多かったし
そんな事を言う保育士がいること自体にに驚愕したたし、私にとっては
まさに切ない思いだ。・゚・(ノД`)・゚・。
そして
>>377 さん、私が思うに・・・ばっかりで悪いけど、私も高校卒業までの記憶、
特に幼児期の思い出が殆どない。そういうものなのかも・・・
379 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 23:45 ID:LFllWNQo
>>373 日本の企業のトップに早生まれが多いのって知ってました?
380 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 23:55 ID:BRTHd8Y/
うちの父親は癌で亡くなったけど、最後は頭が壊れてしまったなぁ。現在と過去がごっちゃに なってた。 私はちっちゃい頃から父さんが大好きで、結婚して子供を産んでからも、しょっちゅう孫を見せに 行ってた。5歳になった孫と私の区別が付かず、頭を撫でながら私の名前を呼んでいた。 いよいよダメだというとき、私が人目も憚らずに泣いていると、父さんが意識を取り戻し、泣いている 私を見て、ちっちゃい頃と同じように優しく微笑んでくれた。それから母さんを呼んで、イチゴを 食べさせてやれと言っていた。大好きなイチゴで泣きやんでいたのは5歳の頃の私だよ、父さん。
う・・・うわあああぁあぁ切ない
昨日までものすごく元気だった人が何故か今たくさん体に 機械を付けられて眠っている。何だろうって思ったよ。 意識取り戻したものの記憶が飛んでて言葉も上手く話せなくなってて 子供の名前どころか自分の子供だという事も 思い出せないらしく当時マッシュルームカットだった妹を見て 「マッシュルーム頭のおねえさん」とか言ったり俺を見て「だ・・・誰?」 とか言ったりして。
383 :
382 :04/03/04 00:20 ID:BVYbqbOs
ちなみに母親の話。 ある日いきなり脳出血で倒れた。
私は吹奏楽部でクラリネットのパートリーダーをやっている。 高校三年で最後の定期演奏会が学校の体育館であった。 私は演奏会のことを両親に話してはいなかった。 当時のうちの家庭事情は悪いほうで、普段の生活でも両親との会話はまったくなかった。 むしろ私は家が嫌いだった。 演奏会当日、少し緊張しながら音出しをする教室に向かった。 教室にはすでに多くの仲間がいて、それぞれ音出しをしていた。 そのほとんどは両親から楽器を買ってもらっていた。 私はおじさんから借りている楽器にマウスピースをさした。 いよいよ本番。 演奏会はポップスステージまで進み、いよいよ私のソロが迫った。 ステージの前まで行くとそこには両親の姿が! 私は驚いてうまくソロに入ることが出来なかった。 今までになかった大失敗。 演奏会が終ってから両親が私の元へ来た。 「一人で吹くとこは残念だったけど、とても素晴らしい演奏会だったわ」 少し申しわけなさそうな顔で母が言った。 「あんた達がいたからだからね! なんで勝手に来るのよ!」 なんだか母は酔っているかのように、ロレツがまわっていなかった。
数年後私は東京の大学にいた。 もう楽器はやめた。 あの時の恥ずかしさが忘れられなくて。 ある日講義の合間に友達と話しているとケイタイが鳴った。 番号を知らないはずの父からだった。 「母さんが死んだよ」 私は電車に揺られ、実家に帰った。 そこにはシワだらけの父と、真っ白な母がいた。 他に誰もいなかった。 母は鼻に脱脂綿を詰められて少し苦しそうに見えた。 「お母さんこんな顔だった?」 東京へ出てから一度も実家には帰っていなかった。 「母さんなぁ、耳の癌だったんよ。もう聞こえなくなってずいぶん経ってたんよ。 普通は猫の病気らしいんだけど、母さん運悪かったんだなぁ」 じゃあ、あの演奏会のときも聞こえてなかったの? 聞こえてないのにソロ入れなかったのわかったの? 母には聴こえていたんだ。 私達の音楽が聞こえていたんだ。 私は改めて母の顔を見た。 ふと目を横にやると棺には、おじから借りっ放しだった私のクラリネットが添えられていた。 私の耳にはあの時失敗したソロが聴こえている気がした。 私は泣いた。 母の耳元で泣いた。
3月15日ってまだ学校あるんじゃない?
誤爆?
388 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 02:14 ID:bQWCJQDO
亀レスだが
>>315 がせつなくてつらくて涙と鼻水が止まらん。
その猫に幸あることを心から願う・・・
うちの近所に来たら、かつお節いっぱいやるからなー!!!
ここ見ると、優しくなれる漏れ。
391 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 03:08 ID:sRrWYRYh
うん。つらいこと全部言っちゃいたくなる。
>>380 でも、泣いてるのがイチゴの好きだったあなただっていうのは
お父さんわかったんだねえ・・・
393 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 04:35 ID:b1+ngKHD
ショウユ カッテキテ.... J( 'ー,`)し (`Д)イソガシンダヨ! ( ) ( ) エキマデ ノセテッテ..... J( 'ー,`)し (`Д)イソガシンダヨ! ( ) ( ) アサゴハン..... J( 'ー,`)し (`Д)イソガシンダヨ! ( ) ( ) イヌノサンポ..... J( 'ー,`)し (`Д)イソガシンダヨ! ( ) ( ) __ 毒 | 家 | 墓 | ∴ ('A`)カーチャン..... ──┐ ∀ << )
394 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 06:08 ID:NZsP7R7X
こないだ高校を卒業した。 卒業式の後、仲の良い友達と卒業アルバムにメッセージを書き合った。 まったく卒業の実感も湧かないまま、友達とバカ騒ぎした後 夜7時に誰もいない家に帰った(両親共働き、祖父入院、祖母付き添い、妹夕寝中)。 何もすることがなく、卒業アルバムを見返す。 友達のメッセージを読んだ。 「○○(私)は今まで出会った中で一番素直でまっすぐな子でした。そんな○○を見本にしてたよ。」 「○○が学校休んだときは寂しさ5割増しだったよマジで。」 「もっと早く○○ちゃんと仲よくなりたかった」 「○○に出会えてしあわせ」 女子校+進学校だった事もあって、みんな大人で、そんな中で私はすごくわがままで泣き虫でガキだった。 でも、友達といるのが何より楽しくて、たくさんのことを学んだ。 そんな私にとってそのメッセージは、うれしすぎる、もったいないメッセージばかりだった。 もうめちゃくちゃに泣きじゃくって、夕寝中の妹が起きてくるくらい泣いた。 そして、もう今までみたいにバカみたいに笑って騒ぐこともできないんだと、 初めて卒業したという実感が湧いてまた泣いた。 今も泣いている。
395 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 06:45 ID:rXXLX9nn
>>394 卒業アルバムに個人宛のメッセージが書いてあるなんて、よっぽど人気者だったんですね。
>>395 そうでもなくない?
おれの周りでは普通にやってたよ。
もちろん卒業式終わったとたんに家に帰るやつとかはそういうことはしなかったけどさ
>>396 ひゃー、俺まさにそのタイプだったわ(´・ω・`)
とは言っても仲良いグループで帰ったけどさ。
皆バラバラのグループで帰ってたけどなぁ・・・
そりゃ六、七人ぐらいは集まってたけど。
まあ俺男だから、女はそういう事するだけなのかな?
泣けるスレだね
アルバムの最後のあまったページとかって友人から一言書いてもらうもんだろ。 あとは写真とかも撮りまくった覚えもあるよ。 名残惜しくてなかなか皆帰ろうとしなかったなぁ・・・。
400粒の涙
401 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 10:39 ID:LTJavnNZ
中学の頃、熱帯魚を飼っていた。経験がある人なら分かると思うけど、珍しい魚は何万円も する。5cmくらいで1万円近くした魚に一目惚れした俺は、何ヶ月も小遣いを貯めて、やっと そいつを買った。自分の水槽にビニール袋を浮かせていると(袋の中と水槽の水の温度を 合わせるため)、先住の魚たちが珍しそうに眺めている。いよいよ袋を開け、「新しい仲間だぞ」と 水槽に放した。 翌朝、10cmくらいの先住小ナマズの口からその魚の身体が出ていた。自分の半分くらいもある 魚をくわえたものの、背中の棘が口に刺さって抜けなかったらしく、2匹とも死んでいた。 せつなかった・・・・・。
当時俺は中学生。パソコンが欲しくて新聞配達をして金を貯めた。 冬は1mくらい雪が積もるのも珍しくはない地方で、自転車で配達してると 門前に停めてる間に、泥よけとタイヤの間に詰まった雪が凍って動かなくなったり 部活で遅くなって疲れてても、朝5時には起きて配達に行かなければならないなど 本当に大変だった。 そして1年かかってやっと貯めて、念願かなってやっとPCを買った。 無茶苦茶嬉しかった。 次の日の朝刊に、性能が倍で今より安い新モデルの広告が載るまでは。
403 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 11:26 ID:g5HT8uZ+
>>378 >>149 に記憶のコツを聞くのもいいかもしれない
生まれて間もない頃の記憶をおぼえてるそうだよ
404 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 11:28 ID:NZsP7R7X
>>402 せつねー!!新しいの買った?つか返品した?
>>394 見てるこっちが切なくなる。泣ける。
高1で楽しかった高校辞めちゃったからな〜。
407 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 11:32 ID:4q0wg+17
● ●
ω
>>404 いえ、きっとションボリしながら
旧モデルを使いつづけたのじゃない?
かなり前の話だが。 小、中と同じで高校に上がる時別れた奴から、10年位ぶりに電話があった。 小学校の頃はよく遊んでたが、中学になるとよく遊ぶグループが別になって ほとんど話もしなくなった奴だったから、突然の電話に驚いた。 「多分覚えてないだろうけど、小学2年の時、俺がいじめっ子に殴られた時に、 周りは皆見てるだけだったのに、お前だけ俺が殴られた事に腹立ててくれて そいつに殴りかかってくれたんだよな。礼、言ってなかったからさ。ありがとう。」 うっすらと覚えてて、懐かしい話だと思い2,3分だけ思い出話したんだよ。 今思えば、もう少し話しておけばよかったと思う。 それから半月もしないうちに、そいつは癌で死んだ。 葬式に行って、なんであんな電話が突然あったかやっと分かったよ。 アルバム整理してたら思い出して、ちょっと誰かに聞いて欲しかった。 いい奴だったんだよ。そいつ。
>>384 >>385 泣けた。
俺、反抗期のときに親亡くしたから、いまは後悔ばっかだよ。
ちょっと違うか。後悔ってか、悲しいばっかなんだ。
もう一生悲しいと思う。
>408 言えなかった感謝や謝罪の言葉を全て言ってから 旅立とうと思ったんだろうな。 いい奴だ。オマエモナ。
当時小学生だった頃の下校時の話。土曜日の昼だった。 家の近所でネコの鳴き声がしていたので、友人と辺りを探してみた。 そしたら道路に血が垂れているのを見つけた。 その血の跡を辿ってみたら、路肩に駐車してる車の下で 雑種のネコが苦しそうに、消えそうな声で鳴いていた。 友達と、車にはねられたみたいだね。 かわいそうだねーって話していたが、俺らじゃ何も出来ないから 家に帰ろうってことになった。 友人と途中で別れてから 血まみれで、威嚇するように鳴いてたあの猫には 何をしてやったら良かったのか 助けてやれなかった事を考えたら もの凄く涙が出てきた。ほんと止まらなかった。 泣きながら帰った。家でも泣いてたら母がどうしたん?って 聞いてくれたので、事を話したら、母も泣いてくれた。 結局、あの猫はその後どうなったのかは知らない。 10年は経ったが、たまに今でも鮮明に思い出してしまう。。
412 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 14:41 ID:KqQJURyZ
三ヶ月だけ、動物病院に勤めていたことがありました。 そのときに飼い主が刑務所行きになって飼えなくなった犬達が来て、 純血種の一匹を除いて安楽死させました。 (飼い主は全部やってくれと言ったらしいが、獣医師はその子は別の飼い主を探せると 判断したらしい。本当は安楽死なんてやりたくなかったらしく、だいぶふんだくっていました。) かわいがられていなかったらしくて、ひどく愛情に飢えていました。 トイレのしつけやシャンプーをしてやって、褒めてあげると一度で全て覚えました。 休憩時間のときはソファーに座っている私に寄り添って、とても賢い子でした。 当時その子は7歳くらい。5年くらい前の話です。 私はその子の行き先が決まる前に辞めてしまいましたが、 新しい飼い主が見つかって幸せであると信じたいです。
413 :
412 :04/03/04 14:42 ID:KqQJURyZ
さげわすれた・・・・ ごめんなさい
ネタみたいな本当の話 私は2chのとある二次創作を発表する板の住人なんだけど その創作が随分と好評で、スレ住人から「作品集めてサイトにしてみたら」と言われて、HP運営に踏み切った。 書いた作品を細々あげていくだけだけど、住人の人達が毎日のように遊びに来てくれて結構カウンタまわりもよく そんなサイトだからスレ以外どこからもリンクはってない、つまり閲覧者は全員2chネラーなのに、BBSが荒らされたりいたずらメールが来たりすることは全く無かった。 ある日、元作品の普通のファンサイトを何気なく巡っていたら、いくつかのサイトでうちのサイトがさらし上げにされてた。 「このサイトは○○というサイトの作品をパクっています。二次創作にだって最低限のモラルがあるだろう。最低」 「所詮そこの管理人は2chネラーだから」 「表立って書いちゃ駄目だよ。向こうの人達にばれたらどうするの。あなたのサイトが荒らされるかもよ」 自分はその○○というサイトのことを知らなかった。見たこともなかった。 リンクを辿って作品を見てみたが、ほんの一部ネタがかぶっているだけでストーリーも作風もまるで違う作品だった。どうしてこれで「パクリ」なんて言われなければならないのかわからなかった。
猫たん萌え
ひどく悔しかったけれど、自分のサイトは表に出れないサイトなんだから、と我慢するしかなかった。ただ、ひっそりとサイトの日記に、そのことを漏らした。 ファンサイトとうちのサイト両方見ている人もいるだろうから、その人達に対しての弁明のつもりだった。 それから数日間、サイトにさらしてあるホットメールアドレス(普段使っているプロバイダのアドレスとは別物)に、山のようにメールが届いた。 「管理人様の作品が大好きです」 「パクリをするなんて誰も信じていません。落ち込まないでください!」 「殴り込みをかけたくなりました。いくら何でもひどすぎる! こんなことに負けないでこれからも素敵な作品を書き続けてください」 2chネラーだから、って馬鹿にしたファンサイトの管理人達へ お前たちなんかより2chネラーの方がよっぽど優しいよ。 それ以上に、「どうせ表に出れないサイトだ」「どうせ2ch派生のサイトだ」「メール爆弾とかが怖いから捨てフリメ取得しよう」と、自分のサイトの閲覧者を信じなかった自分が恥ずかしい ありがとう。これからはもっと堂々とします。「こんないい閲覧者に恵まれた自分は幸せな管理人だ」って、胸を張って言います。
二次創作嫌いなんでちっとも同感できない 自ら何も作れない癖に甘い汁吸う香具師は違法
418 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 17:31 ID:KwQjx0Wr
420 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 17:45 ID:UKjWZcW5
>>414 2ちゃんって誤解多いけど、一部の人を除いては普通の良い人ばかりだと思う。
荒みきっただけの所だったらこんなにユーザーいないもんね。
応援良かったね!
>>403 >>149 のレスにはそういうの書いてないんだけど、どこにあります?
子供の頃に悲しい思いや、虐待にあってたりすると、その頃の
記憶がない人多いよ
422 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 19:10 ID:lvGT3UKc
《414 そういう優しさって、なんか胸にクルよなぁ。ネットの在り方みたいなものを垣間見た気がするよ。
423 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 19:48 ID:KwQjx0Wr
421 書いてるよ。生まれて間もない頃に飼ってた猫の話って
>417胴胃 虹しか出来ないパクリ魔がウダウダ言うな 被るなんて創意工夫の足りないからだよ 精々他人のマワシで相撲取り続けてください でも隔離板以外でそんな話すんなヴォケ
このスレでも切ない体験してますね417さん(w 人生得したもん勝ちなので、楽しくやるがよろしかろう
馬鹿な叩きの数以上に応援してくれる人がいるんだから頑張りぃ! 有名税みたいなもん! ・・・煽る人も応援してくれる人もいないサイトはもっとつらいぞ・・・。(T∀T)
>>417 に同意。
2次創作ごときを創作と言い切る根性の腐り方が嫌い。
自分をちやほやしてくれる巣にカエレ。もう出てくるな。
>>414
ハイハイ。あんたも巣にカエレ。もう出てくるな。
>>427
皆さん楽しいですか?僕はつまらないです。 そろそろやめれ。
>>430 同人だの2次創作だのというヲタ連中が嫌いなだけ。
このスレ好きなのに、ヲタなんかに出てきてほしくなかったよ。
>>427 アンタに言われる筋合いはないね。そっちこそ消えなよ。
432 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 20:38 ID:KwQjx0Wr
こんな良いところが汚れてるから今日はせつない
すいません、二次制作ってなんですか?同人誌みたいなもん?
ていうより今時2chをアングラ視してるヤツがいる事が驚きでならない。 もう5年か6年になるだろ? めちゃくちゃメジャーな巨大掲示板でしょ。 二次制作がどうとかはいいが、そこまで2chなのに、みたいなのにすごい違和感を感じる・・・
>>434 「同人 2次創作」でぐぐると出てくる。塵屑連中が集まってるので注意。
いいからどっかヨソでやれよ 良スレをクソスレにする気かよ
いいねいいねー2ちゃんらしい煽りあい 良スレといえども2ちゃんねる!!
そもそもヲタがこんなところで長文書いてるのが悪い
古式みたいな壮大なウォチが展開されてるのかも 本人にばれそうになったらネカマ総動員でごまかしたりして>同人サイト
441 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 21:16 ID:s+RASHA7
私には幼稚園のころ、すっごく気の合う病気の親友がいました。 でもその子は幼稚園の最初の2ヶ月は会うことはありませんでした。 ちょうど入院していて、来れなかったそうです。 名簿に名前は書いてあるのに、来ない人。 最初の2ヶ月、私はその子の事ばかり考えるようになりました。 それで、最初に会った時、私は強く心を打たれました。 とっても身長が低く、並ぶときに一番前だった私よりも低かったのです。 でも元気は人一倍で、いつも一緒に外で遊んでいました。 夏休みの真っ直中、一通の手紙が届きました。 漢字だらけでよく分かりませんでしたが、 お母さんの頬に涙が流れたのを未だに覚えています。 2学期、その子は二度と幼稚園に来ることはありませんでした。 当時は「引っ越した」と聞かされていたのですが、 今思えば真実に気づかなかった私もバカだったなあ、と思ってます。 結局、私は墓参りにも行かずに人生を送ってます。 何にもできなくて本当にごめんね。本当にごめんね。
442 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 21:21 ID:86VnbYuo
小学3年の時、九州から関西に引越しした。 当時好きな子がいて、思い切って好きだっていった。 その子も好きだっていってくれた。 2人で先生にお願いに行った。 引越しするまでの1週間、皆に冷やかされながら 隣同士の席で勉強することができました。 先生、白石君、あの時はありがとう。
半年前、おじいちゃんが亡くなった。 とってもしっかりしていて、 具合が悪くなったらすぐに病院に連れて行ってくれた、 保険とか保険証とか、全部おじいちゃんが管理してたっけ… 足が悪いおばあちゃんを旅行に連れて行って…旅行先のお風呂で亡くなった。 厨房だからよく分からないけど「脳の血管が切れた」とか、お母さんが言ってたなー… 私がおじいちゃんと最後に話したのは、亡くなる二日前、 お姉ちゃんと私が携帯電話を買った、と聞いてそれを見に来たらしい。 私はあの時…遊んでいたので、心の中でこっそり「早く帰ってくれないかなぁ」って思ってた。 今思えば、何て恩知らずだったんだろうなー。 昔っからおじいちゃん子で、小さい時もずっと面倒みてもらっていたし、 私立中に合格した時も真っ先におじいちゃんとおばあちゃんが来てくれたのに。 おじいちゃんごめんなさい。 すっごく元気な自慢のおじいちゃんだったから、 こんなに早くお別れが来るなんて思ってなかったんだ。 私がお嫁にいくまでは生きてるよなー、っていっつも思ってたんだ。 あの日、文化祭で先輩達の演奏聞いて、 部活に燃え出して… すっごく楽しい一日だった。 まさか帰ってあんなこと言われるなんて思ってなかった。 お父さんが「おじいちゃん亡くなった」って言った時、 ほんとは信じてなかったんだ… 冗談言ってると思ってたんだ。 会場には屋根がついてるけど、定期演奏会、空から見ててね。 空まで届くように、頑張って吹くから。叩くから。 …長文すみません。 ありきたりな話だけど…それにしても乱文;スルー推奨です…
でも実際親しい人が死んだことを人から聞かされても 本気で冗談にしか聞こえないんだよな。 死に顔を見せられて初めてじんわりとくるんだよな。
やべえ このスレ見てたらマジ泣きした。 泣きすぎて目が痛ぇ 明日学校なのに絶対目、腫れる。 何人かがもう言ってるけどさ、このスレ見てると人に優しくしようって思える。
446 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 00:10 ID:EpJ5ING3
447 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 00:13 ID:fxtSl0hG
独創性を持たない腐女子が喚くからだろ 巣に帰って眠れ。寧ろ土に帰って永遠に眠れ。出版界の害悪。
>>447 腐女子も腐ったオマエの性根も正直どうでもいい。
雰囲気悪くしたいだけならキエロ
450 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 00:51 ID:T7u2QlWr
5年前、女房が男を作って、4歳の息子を残して家出した。母親を求めて泣きわめく息子を 最初は正直疎ましいと思った。1週間もすると、二人とも現実を受け入れなきゃならないと 痛感するようになり、そのうちに男どうしの生活もうまく回り始めた。 慣れない家事をやってるうちに、何もかも女房任せにしていた自分も悪かったかなとか思う ようになった。1年もすると、料理や家事もそれなりに上手くなり、息子とも最高に仲良くなれた。 突然、女房に雇われたという弁護士から連絡が入った。俺と正式に離婚して、さらに息子を 引き取りたいと言う。なんでも女房の相手は結構な金持ちらしく、あちらも奥さんとの離婚が やっと成立したそうだ。ふざけるなと言う俺に、裁判をすれば親権は100%母親に行くと弁護士は 強気だった。 その夜、風呂に入りながら息子に「ママがお前と暮らしたいって言ってるけど、どうする?」と 聞いてみた。案の定、息子は目を輝かせながら「いつ?いつ?」とはしゃいだ。息子が嫌がったら 絶対に渡さないと思っていたけど、あの目を見たら、俺と暮らそうとは言えなかった。 いろんな手続きがあって、息子は(元)女房のところへ行ってしまった。数週間後、俺の口座に 大層な金額が振り込まれていた。その日に届いた手紙には、息子は新しい父親に懐いている から、もう会わないで欲しいと書かれていた。 ドブに捨てるような使い方をしてやろうかとも思ったが、その金には手を付けないことにした。 息子が成長して免許を取ったら、車でも買ってやろう。それまで俺のことを覚えていてくれる だろうか。
このスレいいねなんかやさしくなれるよ って見てたら、小学校の時好きで引っ越した奴からメアド変えましたってメール来たよ。なんかうれしかった
>>450 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
あんた悪くないよ。全然悪くないよ。
サイコーの父親だよ。
もう、涙が止まらないよー!
>>450 子供って残酷なんだなあ……
つか、元嫁ひでえなあ。辛いだろうけどガンガレ。
454 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 01:11 ID:oxLL/nTG
>>450 せつない!せつなすぎるよぉ〜
2人で風呂に入った時の事は息子さんも覚えてるはずだよ!!
ホロリと泣けた(;_;)
>450でマジ泣き
456 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 01:44 ID:rQQP65TW
>>275 きっとその猫は生まれ変わって名古屋人に(ry
457 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 01:48 ID:J2qabTno
>>450 そうやって同情かうような書き方してるけど、以前はオマイも相当ヒドイ夫だったんだろ? え?
458 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 01:48 ID:Q2q0LRYj
>>450 自分は逆に、離婚して息子を置いてきた立場なので、
父親としての自分の不甲斐なさに気付き
後悔の涙が出た。
時々厳しいツッコミを入れたくなるような文章もあるけど そういうのはしない方がよいのですかね?
思い出はいつも奇麗だから〜
461 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 02:57 ID:oxLL/nTG
>>459 できるなら激しい突っ込みはやめて・・・だって、その他の優しくてせつない話までもが台無しになるもん
それは悲しいし。。。
ごめん、
マジレスカコワルイ?
>>459 いいんじゃない?あっても。だって2ちゃんねるだもん。
それに、あのレスを読んだだけじゃ、>450がどんな人かなんて
わかんないじゃん。少しは厳しい突っ込みがあったほうが、
つりあいがとれていいと思う。
誰か、クレイマークレイマーって洋画観た人いる? 450の話なんて、ほんっとにまるっきりそのまんまなんだけど・・・ 黙ってりゃ良かったかな・・・・ しかしまあ、クレイマークレイマーではそれなりのハッピーエンドだったけどね。
そういえば結構似てるな・・・
デジカメノ ツカイカタヲ..... メモリ イパイナンダロ! J( 'ー,`)し ウツラナク ナチャタ..... (`Д) イソガシンダヨ! ( ) ( ) セツメイショ ヨメヨ! __ シバラクシテ..... 毒 | 家 | 墓 | ∴ ('A`) カーチャン.....ゴメン ──┐ ∀ << ) | □ | ('A`)ノ カーチャンノイヒン? / ̄ノ( ヘヘ ̄ ̄ デジカメ? ┌───┐ │ ('ー`) │オレノネガオ..... └───┘カーチャン.....
466 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 13:06 ID:oxLL/nTG
>>465 それみたら泣けただろ?
漏れ、かーちゃんにラジカメの使い方わからないよって言われたとき、誰にもわかんねーよラジカメなんて!!
っていっちまったよ
今度デジカメだって教えてあげよう・・・・
>>463 自分もクレイマー、クレイマーかと思ったよ。
でも映画はハッピーエンドだしね。
まあ虚実の詮索は野暮ってもんじゃない。
その人にとって真実なら真実なのさ。
子供の頃からいつも仲間外れにされて、ろくに友達も居なかった俺。 そんな俺を気遣って、 いつもトランプだのゲームだので一緒に遊んでくれたお母さん。 大人になったら恩返ししようと思ってたのに、 二十歳を過ぎてなお実家に引き篭もってる俺。 子供の頃に友達居なかったせいで、 大人になった今も対人関係が上手く築けず、 バイトをしても長続きしない。 そんな根性なしの自分が切ない。 つーか情けない。
472 :
450です :04/03/05 14:32 ID:T7u2QlWr
反響多くてビックリしてます。 そう、全部作り話なんですよ〜・・・なんてことならいいんだけどね。「全部うそ〜」とか言って 戻ってきてくれないかなぁ(もちろん息子だけ)。クレイマークレイマーは最後に家族が元に戻った けど、俺はもうあの女は御免だ。 そうね、ひどい夫だったかも知れないですね。でも浮気や暴力なんてぜんぜん。仕事が忙しくて 家庭を顧みなかっただけ・・・って、それだけで十分ひどい夫かも。まあ、彼女は上昇志向が強い 人だったから、今じゃ高級車乗り回してすてきなマダム(笑)だという風の噂。息子も結構な私立 小学校に行ってるみたいだし(聞きたくないんだけど、いろいろ教えてくれる人がいるのです)。 実は俺も再婚の話があって、気持ちの整理が付くかなと思ってここに書きました。なんかちょっと 吹っ切れたような。やっぱりあの金、新しい嫁さんと使っちゃおうかな(300マソもあるし)。 仕事に戻ります。
>471 そんな気持ちになれるだけ、十分やさしいじゃないか。 >そんな根性なしの自分が切ない。 >つーか情けない。 そう思うってことは「本当の自分」は今のヒキコモリの状態じゃないってこと。 自分自身が思い描く「本当の自分」になれるよう、頑張って。
474 :
471 :04/03/05 15:13 ID:ahLz2RMW
>>473 ありがとう。まず早いとこ働きます・・・。
475 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 15:47 ID:oxLL/nTG
>>474 あんたの幸せな姿が母ちゃんに対する一番の孝行なんだって!!あせらず前向きにいけよ!
>>472 あんたにホレタ
>>472 金は息子たちのために残しておけば?
新しい奥さんの子供たちのための、学校の資金とか。
それこそ前の奥さんの子供のための、車の資金とか・・・。
いつかふっと、使うと気が来るかもしれない。
なんか、その金は子供のために使ってほしいかもしれん。
勝手な言い草だがね。
>>471 その子供の頃のエピ激しくせつない。
胸を掻き毟られるようです。
ここを読んで、小学生の時に(卒業式) お母さんをすごく傷つけたことを やっと謝れたよ。 お母さん、涙をこらえてた。 夏に旅行にいったら、一緒に写真とろうね。お母さん 泣かせてごめんね。いつも心配かけてごめんね いい奥さんになるためにがんばるよ。
私も、年とった親が馬鹿な事言ったりやったりしても、 あんまりきついこと言わないようにしようという 心構えができた。 このスレのおかげで、きのう電話でやさしく応対できたよ。
>>476 前の奥さんの子供のためってあんた
大金持ちの息子が300万ぽっちの車で満足するように育つはずが無い
>>480 そんな・・・父親が精一杯の思いでかったものなのだったら、
死ぬときにでも一瞬、思い出してくれるよ。たぶん
482 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 19:01 ID:K0DqlOli
>>288 切ないね…名曲。
ノノノノ
( ゚∋゚)
483 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 19:53 ID:GNcEWB53
>>471 あれ思い出した。
うろ覚えだけど、お母さんが
酔っ払って「産んでゴメソ」っていうやつ。
484 :
名無しさん@HOME :04/03/05 20:09 ID:C1zD+Hq1
私が小学生の頃両親が離婚 私は父に引き取られたが、ご飯一つまともに炊けない父との暮らしは かなり大変で事あるごとに 「お母さんがいれば」みたいなことを口走っていた。 そんなある日、父が「お母さんに会うか?」 っていいだして父に連れられて母に会うことに 待ち合わせの場所で母にあって「お母さん!」って飛びつこうとしたら 母がなぜか体を引いたんだよね びっくりしてしばらく固まっていたら 「ゴメンね..お母さん、おなかに赤ちゃんがいるの」 それから母と一緒に一日過ごしたけれど、どこかぎこちなくなってしまって 夕方家に送ってきてくれた時に「また会おうね」って言って ぎゅって手を握ってくれたのに その手を振り払って家に逃げ込んじゃった。 結局それ以来母に会うことはなかったけど、あの日のと同じ 夕日を見るたび、母の手の感触を思い出して ちょっぴり切ない。
数年前、小学生〜中学生にかけてず〜っと好きだった人が、結婚したと聞いた。 中学の時からの彼女と結婚したと聞いてなんだか嬉しかった。 しかしながらいろいろ思い出してせつないですわ。やっぱり。
>>472 よけいな話だけどクレイマークレイマーは家族は元に戻ってないでしょ。
裁判やって母親が勝つけど子供を返す。奥さんは元には戻らないよ。
いくら親権うつしてもさあ、子供に会う権利はあるんだから、
子供のためにも会った方が良いと思うんだけどねえ。切なすぎ。
>>472 金は自分の家庭のために使え
息子に車買ってやるってあんた
自分で稼いだ金じゃないだろ(w
あぶく銭掴んで舞い上がるのも
ほどほどにな。息子の気持ちを
考えて行動するが吉。
>>472 しかし、男をつくって家を飛び出し、長いこと子供を放置していた女に親権がいくのか・・・。
やはり世の中は金なのかと、自分の財布を振ってせつない思いにふける春の夜であった。
472さん、今度はお幸せに。
>>488 お金というより、法律の上では母親が強いんじゃないかな。
なんで?
弁護士がいたからにきまっとるだろうが
スマップの草薙の今やってるドラマ思い出した。
493 :
林檎 :04/03/06 01:07 ID:h85/0+kB
私は18歳の時、7歳年上の人にずっと片思いしてたんだ。 出会ったときはその人には彼女が居なかったんだよ。 でも、彼は関西、私は関東に住んでいたから、バラバラになって。 メールして、繋いで繋いで、切れそうな糸を必死で繋いで。 それで半年後に会ったら、元カノと復縁してた。 でも別れそうなんだって相談を持ちかけられた。こっちの気持ちを知ってるのに。 7歳年上、まだ私は子どもだから、よく分からなかったんだと思う。 たぶんあそこで「付き合って下さい」って言ったら、付き合ってくれた様な気がする。 でもあえて「常に幸せでいて下さい」って伝えた。今でも連絡を取ってる。 まだ、忘れられない。
>>490 1、1年間大きなお腹をかかえてつわりを耐えて
産みの苦しみを味わったから。
2、幼い子供はたいてい母親の方を慕う。
3、世話も母親の方がゆきとどくことが多い。
からではないかな。ただ2、3、は、個人差があると思うけど。
世間の認識はこんなもんじゃないかな?
それにこの場合、夫は離婚まで家庭を省みなかったという
ことだから、母親が新生児〜3歳くらいまでの
一番手のかかる大変な時期の子育てを独りでしてたことになる。
やっぱ母親に歩があるかなあ。納得行かないけどね。
495 :
490 :04/03/06 01:24 ID:kvj7Ppnm
なるほど、納得。 ありがとう。
遠距離の彼女が二ヶ月ぶりに遊びにきたときのこと。 初めて俺の家に泊めたんだ、その時。 数日の滞在の後、彼女を駅まで送り見送った後、自室に戻ってきたとき、 なんだか自分の部屋がものすごく広く感じた。 さっきまで当たり前のようにそこで寝てた彼女がいない。 シングルの布団に身を寄せ合って寝た4日間。 手を伸ばせばそこにいた彼女はもういない。 布団に転がったら彼女が使ってた枕から彼女のシャンプーの匂いがした。 枕抱きしめて声押し殺して泣いた。 あれから2年経ってまだ遠距離持続中だけど… やっぱり彼女が帰った日は部屋に残る彼女の気配がつらい…
高3のときすごい好きな男の子がいた。 相手は一コ下だったんだけど、私が卒業式の日に告白して付き合い始めた。 私は大学、むこうは受験で忙しくて月に1回くらいしか会えなかったけど、それでも私はすごく楽しかった。 付き合い始めて半年くらいたってから、彼にとっても私にとっても初めてのエッチをした。 そしたら、次の日から急に連絡が途絶えた。 毎日のようにやり取りしてたメールが来なくなった。 自分になにか悪いところがあったんじゃないか、すごく悩んだけど原因が見つからない。 事故にでもあったのかと思ったけど、それだったら共通の友達が教えてくれるはず。 2回くらいこちらからメールを送ったところで、急に怖くなった。 別れようって言われるのも怖かったし、何が原因だったのかを言われるのも怖かった。 あんまりしつこくして彼に嫌われるのも嫌だった。それ以来メールを送るのも電話するのもできなくなった。 その後も、彼から連絡は一回もなかった。そのまま自然消滅。 結局彼にとって、私は童貞を捨てるゴミ箱くらいの存在でしかなかったのかもしれないなと思う。 2人でどっか出かけたときも、楽しかったのは彼を好きだった私だけだったのかな、と思うと悲しい。
>>497 もしかしたら、血が(目に見えるほど)出なくて
経験不足の彼に非処女だったと誤解されたんでは?
仕事熱心だった祖父。 そして酒が好きだった祖父。 一緒に車で遊びに行った。高いたか〜いってしてもらった。 祖父は肝硬変になってしまったが、そんなことはあまり気に留めなかった。 命に別状はないから、と医師の許可も出ておにぎりを買っていって食べた。 なのに。 3日後、祖父は逝ってしまった。 あれだけ元気だった祖父が。 孫の中でも一番ちっちゃいわたし。 たくさんかわいがってもらった。 最後に見た祖父の顔はげっそりとやせていた。 こんな顔見たくなかった。 天国で元気にやっていますか、おじいちゃん
>>497 言葉の行き違いがあったんじゃないかな?
たとえば
終わったあと女性が「10分しかたってないよ」
といったら男は「早すぎる」って意味に取ることが多いけど
女は「まだ時間あるからゆっくりピロートークしよう」って
意味だったりするからね
小学校2年生の朝、いつも通り親から連絡帳を受け取り、 それを先生に提出。 連絡帳を見て先生は、少し顔をこわばらせて 「おばあさん亡くなられたのね…。悲しいけどがんばってね。」 と言われた。 自分はわけもわからず「え?え?え?」と混乱。 先生は「…ここにお母さんから、おばあさんが昨日亡くなったから、 明日と明後日お休みします、って書いてあるよ?」 先生の説明を聞いてわんわん号泣。 先生もまさか知らなかったとは思わず、慌てふためく。 その日はずっと保健室で泣いていた。
503 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/06 11:03 ID:MrVKPxMi
夢があったんです!夢が!まぁ、目標って奴かもしんないけど。 そのためにがんばりました。 たくさんのことを犠牲にしました。 たくさん夢が叶いました。 だけどね、犠牲にしたもの大切なものだった ことに気付くのが遅すぎた! だけどね、もう後戻りができないんですよ。 これからももっと夢を叶えるために何か犠牲にして 前に進むしかないなんてちょっと複雑。 夢なんて見なきゃよかった!なんて思わないけど。 世の中そんなに甘くない!大人はそんなに甘くない! なんていわれたくないけど。 たまに焦燥感と重圧感で切なくなっちゃうんだね人生。 がんばればがんばるほど鬱になるかも。
なんかの歌詞ぱくったのか?
>>504 歌詞パクっぽいというか、ありそうな歌詞をミックスしたというか
抽象的すぎ&ネガティブすぎな
506 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/06 12:32 ID:PX6rRq42
>>497 それは切ない…
相手の心がまだ子供だったんだね。
早く忘れて、素敵な人と幸せなセックスをいっぱいしてください。
子供のとき両親の仲がよくなかった。
ある日私が母親に激しく怒られて泣いていると、
父は母の叱り方が気に入らなかったらしく、食卓をリアルでひっくり返して(しかもメニューはカレー)
「○○(私)に謝れ!!」と母に怒鳴った。
母はカレーで汚れた床や壁を拭きながら、半泣きの顔で私に「○○ごめんね」と。
母の泣き顔を見たのは初めてだったから、すごくうろたえた。そして切なかった。
父親と父方の祖母がDQNで 小さい頃から私の知らないところで母は苦労していた。 小さい頃はそんなことを知らなかったので幸せだった。
>>497 九割九分九厘違うと思うけど・・・
小・中・高と一緒だった親友がいたんだけどさ。
そいつ、先輩に告白して付き合い始めてから、
頼まれて何度も恋愛に関して相談されてたんだよ。
なかなか一線越えられないっていうそいつに発破かけて
「お前のおかげで勇気でたよ」っていう電話を貰った翌日に事故で死んだんだ。
当時俺等は高三だったんだが・・・まさかな。
509 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/06 12:50 ID:412X9mp+
じいさんは戦争でシベリアに抑留され、アカに洗脳された挙句、妻子を捨てたも同然の身勝手な生活を送り 親父に散々迷惑をかけてきた。 そのせいで親父は今もじいさんが大嫌いで、同居していても口もろくに聞かない。 そんなじいさんから聞く話は戦争の武勇伝とか、シベリア抑留の悲惨な状況ばかりで、 じいさんの唯一の誇りと思っている自慢話を聞かされてるだけなので、親父の苦労を知って いる息子としては、正直呆れていた。 ある日、酔っ払ったじいさんが普段とは違う話をし始めた。 戦争が終わり、シベリアに抑留されたじいさんは、戦後の混乱で行方不明者として扱われ、ほぼ戦死したと 思われてたそうだ。 やがて抑留から開放され、やっと日本に帰ってきた時、港で待っていたのはひたすら泣きじゃくるばあさん と嬉しそうにじいさんの周りを飛び跳ねる親父の姿だったそうだ。 親父はそれから一月近く、寝る時も風呂に入るときもじいさんのそばをはなれず、うれしそうにじいさんの 後をついてまわったそうな。 今の親父とじいさんの関係からは正直そんな姿は想像できず、なんか切なくなって後で部屋で少し涙ぐんで しまった。 家族って一緒にいることが大切なんだな。いつか親父とじいさんがこの時に戻れるといいな、と思った。
(((( ;゚д゚)))
俺が小学3年生の頃 親と喧嘩して、その日はおばあちゃんの部屋で寝る事になった。 おばあちゃんの部屋は天井が高くて、怖くてなかなか眠れなかった。 色々な事を考えていた。死んだら人間はどうなるんだろうとか考えれば考えるほど怖くなってしまった。 おばあちゃんに怖くて眠れないと話したら 「大丈夫だよ。じいちゃんが見守っててくれてるから」と言われた 部屋には祖父の写真が飾ってあった。 俺が生まれる数ヶ月前に祖父は亡くなった。 後々、聞いた話だが祖父は孫が生まれたら俺が子守りをすると話していたらしい。 祖父は俺の顔を見る前に亡くなってしまった・・。 その話を聞いた後、俺は不思議とぐっすり眠ることが出来た。 それから夜怖いということはなくなった。 じいちゃん会いたかったよ。
512 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/06 13:17 ID:EU7rXdhV
いや・・・まさかねぇ・・・・
私には大好きな先輩がいた。サッカーと陸上と生徒会長やってて、 勉強も出来た。誰もが憧れるような、そんな先輩だった。 こんなに本気になった恋は初めてだったと思う。去年の12月4日の日、 ちょうど、大事な駅伝の3日前。私は先輩に告白した。 できれば、この日は避けたかった。 一番デリケートになる時期だと思ったから。 先輩がエースとして出る、大切な駅伝の前。 先輩は生徒会長候補の人の責任者もやってた。 しかも、次の日はその生徒会選挙の日だった。 思い切って、8月からの思いを伝えた。 ―ずっと好きでした。付き合ってください。 結果は分かってた通り、ダメだった。 生まれて初めての告白は失恋に終わった。 でも、先輩はこう答えてくれた。 ―ごめん。今、付き合ってる人がいるんだ。気持ちはうれしいよ。ありがとう。 笑顔でさようならと言ったけど、あの風が強くて寒かった日・・・ まだ覚えています。あの後、ずっと泣いていました。 みんなに励まされても、まだ泣いていました。結局帰ってきたのは 夜の7:00。そのときはもう、なんていうか・・・ すっきりとしていました。重荷が取れたというか。 先輩とあまり会話もしたこと無かった。でも、駅伝の前でデリケートな時期、 しっかりと答えをくれた先輩は、もうすぐ県外の学校へと行ってしまう。 私の学校からただ一人。県外へ、サッカーをするために。 先輩はサッカーが大好きですね。いつまでも応援してます。
>>509 シベリアに抑留されてたんじゃ、
帰るに帰れないし、妻子を捨てたとか身勝手とかいうのは
気の毒過ぎではないかと思った。
一度、腰をすえて戦争の話をきいてみるといいよ。
記録に残すぐらいのつもりで。
シベリアの抑留者は、手紙も検閲されたりして
日本に連絡する手立てがなかったりしたんだよ。
アカに洗脳されたのは戦後の占領政策で
WGIPの洗礼を受けたお父さんの方じゃ無いのかな?
戦争に対する嫌悪感から、あまり戦争の話聞く気しなかったでしょ?
つーかアカに洗脳されてたら戦争の"武勇伝"は語らないんじゃねーか? 語るとしたら悲惨さでも語りそうなもんだと思うが。
せつないとは違うかもしれないけど。 二年ほど前、貸していたゲームを姉の部屋にとりにいったとき 姉がいなかったので勝手に部屋に入ったら日記を見つけた なぜかそれがとても気になり、見てしまった〔オレは最悪だ〕 そこには姉が性同一性障害で悩んでいることや俺の好きだった 女の先輩と付き合っていることが書いてあった。 さらに、「親に秘密にしているのが一番辛い」と書いてあった。 このことは誰にも話していないが、思い出したので書いてみた。
切ないな。姉ちゃん支えてやれや。 親には言いづらいだろうけどお前には言うかもしれんから。
519 :
517 :04/03/06 16:40 ID:VRvuZ76O
<<518 ありがとう(⊃д`) 2ちゃんに来てはじめて泣いてしまったよ これからはしっかり支えてあげよう
シーッ
>>522 美しい話になんというしょうもないレスを…。
おしおきです!ぴしーっ
私の母は看護婦。薄給の父のために他の人が嫌がる夜勤をたくさん入れて 家計を支えていた。私は母が夜勤の日は近所の家とかに預けられて (父が全く家事のできない人だったため)育ってきた。 私が7歳の時に弟を身ごもって出産の為に退職した母は 弟が3歳の時に再び働きにでることにした。 そのとき私に「お母さん、また看護婦してもいい?」と聞いてきたのだけど 私の返事は「いいけど、○○君(弟)とは夕ご飯を一緒に食べてあげてよね」。 母をひどく落ち込ませた。ごめんよ……
>>524 今だ!今おかあさんにそのときのことを謝れ!
あなたがそう思ってる事知ったら
きっと長年の疲れなんかふっとぶぞ。
すぐだ!
>525 イイヤツだな、あんた。 漏れも禿堂。
527 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 00:29 ID:5ViQ33Rq
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった 母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた 土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。 娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに 遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。 ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。俺は生まれて初めての プロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。 野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは 招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わ なければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外の ベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、 母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。 俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。 新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せて やることもできた。 そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように 「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。
嘘だ!何という感動物語か! そんな話が現実にあるもんか・・・美しい 美しすぎる・・・・幸せになって良かったね・・・ 527が楽しかったよって言おうとしたことはちゃんと お母さんには分かってるよ。
529 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 00:50 ID:5xc+MD+1
>>527 作り話ならもっと上手に、と打ちながら涙で画面が見えないよぅ
どうでもいいがIDがレースクイーン
切ない。せつなすぎだって。。 こんなのせこいよ。。
>>527 某板のアホなスレへ爆笑しに行く前に立ち寄ったが、
マジで泣いてしまったではないか。もう今日はヤメだ。
しかし良いお母さんだなぁ。そしておまいも頑張ってるな。偉い。ほんと。
どうでもいいがIDがロバート・クワインだ。
>>527 このスレで初めて涙が出た・・・。
俺のつぼは母親なのかも知れん。
>>527 あぁあぁ…この次に腹筋スレをみるのか俺よ…
>>527 人間交差点にすげえ似た話があったが……いや、ごめん水差して。
結構こういうドラマって誰でも持ってるものなのかもね。
>>527 >>母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。
そんなことないよう、ウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン!
おがあでぃあああああああああああああああああんんん!! ・゚・(つД`)・゚・
…IDがルービックキューブ(つд・)
539 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 04:34 ID:2tFk0SJM
数年前に死んでしまった犬のロッキー。 中学生だった私はじぶんが飼いたいといいlはじめたのに散歩がめんどくさくて いっつもダッシュではしって終わりにしてた。死ぬ2ヶ月くらい前、ロッキーが ひっぱっても走ってくれないから反抗してるのかと思って散歩綱でおもいっきり 引きずりまわしてしまった。そのあとしばらくしてフィラリアだと分かったけどもう 手遅れだった。かわいそうなことした。 でもロッキーのおかげで夢だった獣医学部にうかったよラッキー
なんだコピペだったのか。
近くのジュースの自動販売機でジュースを買ったらさ… 当たったんだよ…でさ、何をもう一本買おうか悩んでたんだよ… そしたらさ…時間切れでもらえなかったんだよ… ヽ(`Д´)ノうおおおおおおおおお
さっき腹筋スレで超絶にうまいグラディウスの映像を見た。BGMつき。 で、あのオープニングの不思議な抑揚のBGMを耳にして、一瞬にして 子供のときに見てた、まだ小さな兄の背中と古いテレビ、 昔住んでた家の部屋の窓から見えた庭なんかの風景がを思い出されて 「ほぉ〜」っと懐かしい気持になってしまった。 小さい頃3歳上の兄がファミコンをするのをいっつもうしろでひっついて見てたっけなあ。 見てるだけなんだけど、自分もいっしょにやってる気持になって。 「うわっぶつかる」「よけろー」「わーぷわーぷ!モアイわーぷ!」とか騒いで、 妹の自分はうるさいってコントローラーで殴られたりしてたっけ。 グラディウスのBGMって、ピコピコした昔のゲームの音なのに、めちゃくちゃかっこいいよね・・・ 面が進むにつれて気持が盛り上ってわくわくしてたのを思い出したよ。 せつない っていうのとは微妙に違うかもしれないけど、 大人になってもう別々の場所で暮らしてあんまり話をすることもない兄との 思い出って感じがしたよ。
544 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 06:47 ID:jDVzrAsp
腹筋スレって何?
父と母は離婚して,母は何度も男を変えて、その中には悪い男もいた。 母はいつでも私たちより男が優先の「女」な人だったな〜。 目の前でセックスされたり、お母さんの男に虐待されたり散々だった。 でもたまーに夜中に思い出す。 7歳の頃、一緒に散歩しようって外に連れ出してくれた事があった。 数珠をつんで、お手玉をつくってくれた。 その時の映像がフラッシュバックする。たまにね。 子どもって親を嫌いになんてなれないんだなー。 そう思う。
>>527 やめてくれーーー!
昼から写真とりにいこうと思ってるのに・・・!
目がはれてしまったではないか!!
548 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 08:18 ID:SwPv9iSO
>>549 信じて夢中で読み込んでしまった・・・(´・ω・`)
でも今日から筋トレしてやる
551 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 12:07 ID:zkc3ow8k
>>527 ツボが違うかも知れないけど、
> 母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。
ここでぶわっと涙が出た。
======
うちの婆ちゃんも、死ぬ前にふっと目を覚まして「****(俺の名前)、レコード
すまねがったなぁ」と言った。俺は何のことか分からず「いいよ、大丈夫」と
言ったが、焼き場で姉に言われて思い出した。中学のとき、婆ちゃんが町へ
出るついでに(ご想像通りの山奥住まいでございました)、ツェッペリンの2を
買ってきてくれと頼んだら、何だかとんでもないアルバムを買ってきたことが
あった(あの有名なドラゴンバスターそのまんまw)。あらん限りの罵詈雑言で
婆ちゃんを罵っていたようだが、そんなことはすっかり忘れていた。死ぬ前って
そういうこと思い出すもんなんだなぁ。焼き場で一人遅れて大泣きして、少し
恥ずかしかった。
552 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 12:14 ID:fEZeG/r2
553 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 12:30 ID:floI85b2
112 :名無しさん 〜君の性差〜 :04/02/29 09:41 ID:3V/rRHD4 今回nanaが削除さひた記事 (無題) 投稿者:被害者の弟 投稿日: 2月19日(木)01時03分6秒 最高のDV 投稿日 : 2004年2月17日<火>20時13分/男性 最初にお断りしておきますが当サイトを批判・中傷する気はまったくありません。 私の兄は、昨年妻に殺されました。動機は妻・子に対するDVと証言してました。 兄は、女・子供に手を上げるタイプではまったくありません。刑事裁判でも虚偽の 証言が立証され兄に殺される非は認められない。との判決でした。 なのに、裁判中もDV擁護団体と名乗る女性がいつも数人訪れて 殺した加害者を擁護しマスコミも利用し、死んでいった兄の人権を踏みにじるのです。 これこそ、最大のDVじゃないのですか? 本当に苦しんでいる人もいると思います。また、DVの名の下に 裏で苦しめられている者もいる事を忘れないで下さい。
554 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 12:32 ID:DcvrigMj
オレ、高校生の時ちょっとだけズルい事をした。詳細は省くが先生の前でうまく立ち 回るような、自分だけうまく立ち回るようなズルい事だった。会社で言えば姑息な手 段で自分だけ勤務評定を上げるように立ち回るような感じ。 が、ハッと気づくと友人のTがその一部始終を見ていた。Tはオレの目をじっと見て 口を開いた。 「それは大人のやることだろう?高校生の今からそんな事しててどうするんだよ」 オレはマイクタイソンの右ストレートを喰らったような衝撃を受けてその場に立ち つくした。自分の卑小さに身の縮む思いだった。「いいよオレは今見たことは忘れるよ」 と言ってTは去っていった。 この時の自分の惨めさを教訓としてオレはその後二度と姑息な事はしまい、と誓って 実践してきたつもりである。Tには感謝しないといけない。でも今でもあの時の事を 思い出すと自分の卑怯な部分を友人に見られた恥ずかしさやTの態度の立派だった事 などが思い出されてせつなくなる。
555 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 13:26 ID:2DmrnttJ
>>554 マイク貸損はあの体型からファイタータイプだから
ストレートよりフックが得意なんだよ。
>>551 俺も弁当ネタに弱いなあ。
そういえば以前「お母さんの作ってくれたお弁当をさ…」
っていうすれがあったよね。
なんかスレタイだけでもじーんとくるよ
557 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 13:49 ID:toQgLVue
>>527 ええいあぁ、ええいあぁ 。゚(゚´Д`゚)゜。
558 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 14:23 ID:FbYl2CK5
もらいなきか!
559 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 15:54 ID:1Nu6J6Uc
高校のとき、駅前で制服でタバコを吸っていたら、父親くらいの男が寄ってきて、 「高校生のくせにタバコなんか吸うんじゃない」と説教してきた。うざいのでシカト してたら、「人は些細なことから道を踏み外していくんだぞ」と言う。今とは違い、 当時、人前で、しかも制服でタバコを吸ってる奴はほとんどいなくて、実際、俺も ちょっと道を外し掛けていた。 「うるせーな、ほっとけよ」と言うと、とつぜん、その男が俺のタバコを取り上げて 自分で吸い始めた。「何すんだよ」と言おうとしたら、「そうか。お袋さんも元気か」 などと陽気に話始めた。その直後、俺の死角だった路地からパトロール中の 警官が2人出てきた。 「ここは禁煙ですよ」と注意されると、その男は、「あ、すみません」と言って タバコを捨て、踏み消した。「こんなところに捨てないでください」とまた叱られると、 ポケットからティッシュを出して、吸い殻を包み、「じゃあ、またな」と俺に言って どこかへ行ってしまった。去ってゆく背中が咳き込んでいた。普段はタバコなんて 吸わない男なんだろう。 それからも別に素行や生活に変わりはなかったが、道は踏み外さずに、何とか 社会人になれた。 人の親になった今、あのときのことをたまに思い出すと、何だかちょっと切なくなる。
>>559 ネタくさいけど、こういう人は存在する。
小学校の時のN先生。万引きしてごめんなさい。
かばってくれてありがとう。
561 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 16:20 ID:5wBytU+J
>>560 俺にも経験がある。職員室の掃除当番だったとき、
誰もいない机の上に美味そうなどら焼きが
置いてあった。
お菓子くらいならいいだろうと思って速攻で喰うと、
机の主の教師がお茶を入れて戻ってきた。
「あれ?ここにあったどら焼き知らないか?」と
俺に聞くので、白状すべきか困っていたら、
見えない席に居た別の教師が、「あ、ごめんなさい。
私が食べちゃいました」と言ってくれた。気が付かなかった
けど、全部まる見えだったようだ。
最後までお礼は言えなかったけど、先生ありがとうございました。
おいおいなんだおまえら! 良スレだな!
仰げば尊し和菓子の恩と言いたいのか?
564 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 16:26 ID:2m1nTXO4
>>559 きっとその親父も学生時代道を踏み外しそうになって
同じように別の親父に助けられた。
そうやって歴史は繰り返していくんだ。
566 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 16:34 ID:dqbBcF3O
俺は東京に出て成功するという夢を持っていた。 その資金を貯めるために高校入学直後から3年間毎日、休刊日と修学旅行以外は1日も休まず 新聞配達を続けた。 高3になったころ、「東京にこだわる必要はない」と考えが変わったが、 貯金しておけばあとあと役に立つのは間違いないと、遊ぶ金は最小限で 結局貯めた金は120万。われながらよく貯めたものだ。 ところが、ある日ATMから金を下ろして、利用明細票を見てみると、 100万は軽く超えているはずの残高が3万しかない。 実は、残高が勝手に減っていることは今までも何度かあった。 自営業をやっている親が、経営のために俺の金を借りていたのだ。 しかし、これまでは金額が10万やそこらだったし、1ヶ月もすれば数千円利子を付けて返してくれていた。 だが100万以上を一気に、黙って引き出すのは度が過ぎている、俺はぶちぎれて親に問い詰めた
567 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 16:43 ID:2m1nTXO4
568 :
566の続き :04/03/07 16:43 ID:dqbBcF3O
だが親は生返事でまともに取り合わない。 その態度にまたぶちぎれるわけだが、俺は性格的にどんなことがあっても 一晩寝たら「ま、なんとかなるだろう」と思ってしまうので、 次の日には怒りが収まって、そのうち100万返してくれるだろうと納得してしまった。 だが、1年たっても2年たってもいっこうに返す気配はない。 たまに怒りが沸いてきて親に問い詰めるのだが、そのたびに 生返事→ぶちぎれ→一晩して怒り収まる の繰り返し。そんな感じで月日がたっていった。
>>567 ぜんぜんいい話じゃないよ。
期待しないで
>>569 いくら親でもそれは窃盗。まず暗証番号変えなされ。
572 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 16:55 ID:9FrOFsRc
続きはまだかな。
で、このあと親と疎遠になって、
親の死に目にも帰らなかったが、
実は死ぬまでに俺に金を返そうと必死で貯金していたところだった。
返済するために、新聞配達をしている途中に脳梗塞で倒れたのだった・・・。
ということになったらせつないなあという妄想。
>>566 と
>>568 は事実。せつない話にならないように、親ときっちり話しつけます
∧_∧
( ・∀・) | | ガッ
と ) | |
Y /ノ 人
/ ) < >___Λ
_/し' //. V(・∀・ ) ←
>>573 (_フ彡 ( )
575 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 17:04 ID:BqqnK/vf
>>554 一体何が姑息なんだ?
「それは大人のやることだろう?高校生の今からそんな事しててどうするんだよ」
こんな事いうぐらいだからお歳暮でも贈ってたのか?
>>573 妄想かよ!
……とにかく交渉ガンガレ!俺も親に貸した金戻ってこないんだが(額は小さいけどな)
もともとソリが合わなかったうえに距離的にも離れてるから
たぶん次に合うのはどっちかが死んだ時なんだろうな。
577 :
566 :04/03/07 17:28 ID:dqbBcF3O
悪いからほんとにほんとのせつない話書くよ。 一昨年、おじいちゃんがもう助からないって病気になったんだが、 おばあちゃんの意向で、どうせ助からないんだったらと入院させず、告知もせず 自宅で残された最後の日々をすごしてもらおうということになった。 で、結果から言うと、おじいちゃんは特に苦しむこともなく安らかに息をひきとったわけだが 死ぬ数週間前、おじいちゃんの寝室の時計が壊れて止まったんだが、 いつもいつも、死ぬその日まで「わしの体がよくなったら、自分で直すからあの時計はそのままにしといてくれ」 って言ってた。 あれから二年、おじいちゃんの寝室の時計は止まったまま。
579 :
566 :04/03/07 17:35 ID:dqbBcF3O
>>578 ほんとなのに(⊃д`)
578に信じてもらえなかった、これが俺のせつない話
このスレで初めて泣きました(´Д⊂グスン
翌日に、黙って名無しで書けばいいのに
566ガンバれ。心の底から応援してるぞ。
取り返せた暁には武勇伝スレへどうぞ
>>579 お前の話に泣きはしなかったが三回笑わしてもらったw
漏れは好き。
あと
>>574 も笑った。
ドドールだったかスタバだったか、 そういうコーヒー店で飯食ってたら、 5歳ぐらいの男の子と、60過ぎてんじゃないかというおじさんが近くの席に座った。 親子というより、じいちゃんと孫、みたいに見えた、 じいちゃんは男の子にときおり「おいしい?よかったね」とか 「こぼしちゃいけないよ」とか言ってる。 普通こういう風景は、微笑ましいもののはずなんだが、その二人見てて どうしてもそういう気持ちになれなかったのは、 男の子がおもちゃに夢中でじいちゃんの方を見てない からではなくて、 平日の朝7時ぐらいだった じいちゃんボストンバッグ持ってた じいちゃんが何も食わずにビール飲んでた からなんだろうか。
横断歩道の道路標識みたいなせつなさだな・・・
ボストンバッグと着の身着のまま 最後の食事はカッフェで
589 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 19:59 ID:dmkb/xQv
年取ってから話が長くなったおふくろ。毎日のように、つまらないことで電話してくる。 ある日、心底疲れ切って会社から戻り、風呂から出てくつろいでたら、またおふくろから 電話があった。女房が電話に出て、口調でおふくろだと分かったから、今日は話を聞いてる 余裕もなかったし、手で×を作って留守だと言ってもらった。女房の微妙な口調の違いで 居留守だと分かったのか、次の日から電話が来なくなった。 3日後、おふくろから荷物が届いた。開けると俺の好物の、おふくろ手製の漬け物が 詰まっていた。寒い中、また今年も一生懸命に漬けたんだろうと思うと、居留守を 使った自分が悲しくなった。 あれから電話の回数は減り、すぐに切ってしまうようになった。こっちから話を 引き延ばそうとしても、あまり話に乗ってこなくなった。そうこうしているうちに身体を 壊し、入院してあっけなく死んでしまった。もちろん俺が冷たくしたから病気になった とか、そういうわけじゃなくて、たまたま偶然タイミングがそうだったんだろうけど、 かなり落ち込んだ。 死ぬまでに話をできる時間は限られていたんだよな。気付くの遅かったな・・・
590 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 20:17 ID:z1iViEqu
↑↑↑ 鬼 ↑↑↑
591 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 20:17 ID:BmBYjQhK
>>589 最後の言葉が響いた・・・胸がぎゅんとなった。せつない・・
うちの母も年をとってから昔の愚痴ばかり電話で話すようになったな・・・ きちんと聞いてると「またこの話かよ」とか思ってさ きっといずれ自分もこうなるんだろうな お母さん明日電話するね・
親に金かしてる人、いるみたいね。 私も貸してる(・∀・)70万!!! 忠告するけど、親に貸した金は返ってこないよ− それと、親と供用の口座じゃなくて、 自分で開いた口座で、自分だけが管理して貯金しなきゃ。 じゃないと困った時におろされちゃうよー もちろん口座の存在や預金額は自分だけの秘密にする。 あると思うとあてにされるし、 親に借金たのまれたら心情的に断れないよん。 あるのに貸せないとは言えない。 無いから貸せないとなら言える。 だから、親には常にお金は無いと思ってもらおう。 (実家が裕福な人は別だが) 実家の商売の運転資金に 若者の預金ぐらいじゃ焼け石に水なんだし あってもなくても同じだ。なければ期待されないんだから、 心を鬼にして、無いって言おう。 どうしようもなくなったら、破産の手続きとかを手伝ってあげるとか それにかかわる弁護士代をもってあげた方がいい。 100万もってたら、50万貸しても、 50万は手もとにのこそう。 自分の人生ってのも、あるからさ。 せつないけどさ。
今全部読み終わった つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
すっごく亀だが
>>175 いdは知ってた
悪いが
>>527 は人間交差点の改変としか思えない…。
>>595 かなり馬鹿だが、借金ってこうやって増えていくもんなんだな
>>595 をかなり久々に読んだが、やっぱり最後のエピローグがどうもな・・・
400万完済したはずが結局またパチスロで25万って・・・
600 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 23:30 ID:pvoLdpmX
えっと、スレ違いだけど彼女の自慢話させてよ。 リーマンの俺だけど彼女が超超可愛くてさぁ、もうほんと最高なんだよ。 これ言うと嫌味みたいだけど、あり得ないくらいいい女。 カオはインリン似で、おっぱいもデカいし、 エッチも一日五回くらいしてる。 っつーかまぁおまいらオナニーばっかしてるヘタレな雑魚らにゃ 手の届かないFIRST CLASS QUEENだよ。 キモいお前等じゃ一生かかっても無理だけどね。 てゆーか彼氏彼女いないヤツが大半じゃね(プッ まぁ、今となってはいくらメールしても返ってこないし、 電話しても取ってもらえないわけだが(´Д⊂グスン切ない
>>600 >エッチも一日五回くらいしてる。
振られた原因はこれだな。
身体がもたないしうざい。
>>600 一度愛想つかされたらもう関係の修復はないと思った方がいいよ。
603 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 23:34 ID:sm6NMkP4
>>597 仮にそうだとして、ここでそんな水さして誰が得する?
605 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 23:44 ID:KbbHSU18
>>604 ひらがなカタカナ漢字混じりだからなぁ…
606 :
601 :04/03/07 23:52 ID:E6HcyU42
(゚д゚)ヨンジャッタ
607 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 00:01 ID:FB7CtShE
女が居ると変に気を遣うから、たまには男だけで、女の前じゃできない話とかしながら バーベキューをしようという話になった。賛同してくれた奴は結構多くて、10人以上も集まった。 昼休みに計画を立てていると、昼飯から帰ってきた同僚のOLが「何やってるの〜?」と 覗きに来た。計画を話すと「バーベキュー? 行きた〜い」とか言い出した。俺が「今回は 男だけのバーベキューだから、またね」と言ったら、一人の男が「いいじゃん、別に」と 言い出した。「それじゃ男だけのバーベキューの意味が無くなるだろ」と言ったが、 「じゃあ、お前ら勝手にやれよ。俺たちは女の子も誘って別にやるから」という話になった。 あっちに賛同して抜けたのが3〜4人いたが、残った連中で男バーベキューをやることになった。 道具と材料は全部言い出しっぺの俺が用意して、当日に予算を頭割りすることになった。 で、当日。早めに会場に着いて器具をセットし、火を起こした。缶ビールを飲んで待っていると 携帯が鳴り、1人が急に参加できなくなったとのこと。その後もドタキャンが相次ぎ、結局は 俺ともう1人の二人だけでバーベキューをする羽目になった。 後日、同僚の女が「見て見て〜」と、あっちのバーベキューの写真を見せに来た。ドタキャン した連中がみんな写っていた。せつないぜ・・・。
ドラゴンバスターflashどっかにないかな〜 ドラクエと間違えてばあちゃんが買ってきちゃったゲームソフトの話
>>607 ある一定の年齢を過ぎたら、
恋愛よりも同性との友情を優先させるタイプは
取り残される傾向があるように思う。
男も女もね。
本当は、女の子とのバーベキュー行きたかったんでしょ?
今度は本当の気持ちに正直にね。
面子や見栄はこの際、邪魔。
幸せになったもん勝ちなんだよ、世の中は。
>>607 なんつうかその・・・・・・・・・・イキロ
611 :
607 :04/03/08 00:16 ID:FB7CtShE
>>609 いや、いつもみんなでやってるバーベキューは女の子が一緒だから、気を遣ったりとかして
疲れるわけですよ。あんまり下品な下ネタも言えないし。だから、たまには男同士で、と思った
わけ。それだけですよ。あんまり難しく考えないで。
>>607 今度やるときは漏れも混ぜてくれ。
中学からの親友がこないだ結婚して、男だけでの話がしにくくなっちゃったよ。
電話で「あんな話ができないのは辛いよなー」と二人で言ってた。
30歳素人童貞のヤシが、風俗で3回目の絶頂の時に黄色い液体を出しちゃって…
なんて話ができないのがちと寂しい。
613 :
600 :04/03/08 00:39 ID:VlUdtUr4
>>604 ありがとう。ちなみに今でも毎日メールしてる。
けどもう一ヶ月ほど返信なし。。。
こうやって人ってストーカーになるんだなと思った。
>>607 せつな〜!!
ある意味一番切ないやん。
わかるよ。気を使うから男どうしで。って
全然違うけど、結構ライトな友人関係で10年続いた女友達5人いるんだけど、
10年記念にみんなでバーベキューでもしてみない?的な提案したら
「えー、いつー?えー、あつくない?」
「やけるよ〜。飲みでいいじゃん」
「んー、機材とかどうすんの?マンドクセ」
「あ,パス」
こんな感じでした。。。いやぁ、内心「いつもライトだけど、呼べば集まる」と思ってたの
私だけだったようです・・・
616 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 01:59 ID:5cxUowrT
遠距離恋愛中の彼氏の家へ初めて行くことになった。 彼氏の家に泊まることなんて初めてで緊張していた。 元々近くに住んでいて、彼氏が家の都合で実家へ帰って しまって遠距離恋愛が始まった。いつも相手が私に会いに 来ていたので彼の暮らす街は初めてみることになる。 とにかくドキドキしたし楽しみだった。みどりの窓口で 切符を手配してお土産を買った。勿論有給も申請した。 準備万端で出発の日を待った。 しかし出発の10日前、彼から電話があった。 「新しい彼女できたから、その子を大切にしたい」 一瞬何がどうなったのかわからなかった。会ったら連れて 行きたいところがあるとかなんとか数日前にも話していたのに。 一方的に別れを告げられて、ワケがわからないうちに朝になっていた。 仕事の帰りに手配した切符を全部キャンセルした。キャンセル料 なんてどうでも良かった。体調が悪くて旅行にいけなくてキャンセルを したことがあったけど、このキャンセルをするのが辛かった。あと、 部屋に残ったお土産も見ているのが辛くて全部捨ててしまった
>616 俺の胸で泣け
>>616 時間が解決してくれる。つωT`)ヾ (゚Д゚ )…イキロ
619 :
616 :04/03/08 02:10 ID:5cxUowrT
>>617 有難うございます。優しい人ですね。もう随分前のことなんですが。
有給を申請するときに同僚に「実は彼氏の家にいくんだよ」
と言ったら同僚が「そっかー。いいじゃん。もっと有給とって
ゆっくりしてきてよー」と応援してくれた事や、朝になって
無理やり仕事に行った事が思い出されます。夜中に泣いてしまって
目が腫れてしまいどうにもコンタクトレンズが入らず眼鏡で出勤して
どうにか仕事を終えました。彼と会えなくなったことも寂しいし
辛かったけど、何よりも「付き合うなら近くの女に限る」って言われた
のが切なかったです。一体付き合ったことってなんだったんだろうって…。
このスレには散々泣かされました。切ない思いをしている人がたくさん
いらっしゃるのですね…。
>>616 だめだー。彼氏を鈍器で殴りたいー。
あなたがもうとてもいい人で泣けます
>>600 オナニーよりハッピーなものって、正直ほかに思い当たらんけどねぇ。
…まあ、我ながら切ないが。
>>607 でもさ、一番切ないのは、君じゃあなくて、もう一人の方の人かもな。
恐らく。
多分。
の域だが、ドタキャンした人は直接メル等で引き抜かれたと思うんじゃが・・
もう一人の方の人は誘われなかったんじゃあ。と推測したりする
625 :
607です :04/03/08 08:03 ID:FB7CtShE
皆さん励ましありがとうございます。
>>622 いや実はね、後で聞いたんだけど、ドタキャン連中の方からあっちの幹事に
「俺もそっちに内緒で混ぜてくれない?」みたいに連絡入れたそうです。で、
現地に行ったら男バーベキュー組のはずだった奴が5〜6人、鉢合わせした
したので、あっちはあっちで気まずかったとか。
まあ切なかったけど、男二人でくだらない話で盛り上がれたから・・・って、
周囲の家族連れのはしゃぐ声がちょっと痛かったかなw
>>625 でも写真でばれるくらいだから、詰めが甘いね、その寝返った方々。
もうずいぶんとむかしのこと。 「妹がいるみたい」と言われてふられた。 そのときの男よりも年上になってしまった今思うに、 あの人もそれなりにおいらを傷つけまいとしてくれてたんだろうけど、 辛かったナアあの時は....(*′∀`*) とほろ苦い昔話のつもりで話したのに、聞いてただんなが 「お前にそんな悲しい過去が…(つД`⊂).....殴っとけよそういう奴は」 だって。 あれれ(′・ω・`)
>>627 それって殴るような事か?ヤり捨てされたり
>>616 さんの彼のようならともかく。
単なる「別れ」じゃないのん?
個人的につきあっていて「妹みたい」と言わせるのは
彼にとって甘えっぱなしの頼りっぱなしだった証拠だと思う。
彼にとっていい彼女でなかっただけの話なのに。
今の旦那との関係も甘えっぱなし,という印象を文章からうけました。
>>622 おまえするどいなぁ〜。確かにそうだ、せつなすぎる、、
また男二人でバーベキューて。
家族軍団から「あの人ホモよ」って思われてそう(w
切ない〜
>>628 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。
彼女が殴りたい、言ったわけじゃないぞ。
スレに沿ったれっきとした『切ない想い出』ではないか。
彼女の旦那に突っ込み入れるならともかく、
彼女自身にそういう批判入れるのは、ずれてるぞ、かなり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで、なにかあったのか? 過去に辛い事が?
うちでは猫を2匹飼ってた。 1匹目は捨てられるとこを貰った猫で元から3,4歳。 飼い始めて5,6年した頃に病気になり やぶ医者のせいでまともな治療もされないで家に帰らせられて 家族の目の前で苦しみながら死んでいった。 2匹目の方は1匹目が1年ぐらい家出してる間に飼い始めた。 私が小学校2年の時だった。 1匹目の方はうちの近所の猫で集会してると中心部とかちょっと段差があって高いとこにいる ボス的存在だったのに対して、2匹目は気が弱くいじめられっこ的存在で 集会してる近くには行けずうちの2Fのベランダなどから遠目で見てるだけのヘタレだった。 でもその2匹目が私はすごい好きで自分的には大切にしてあげたと思ってた。 夏の暑い時と冬の寒い時は何故か私の布団の足元でよく寝ていた。 2年前の夏、定時制の高校に行っていたのと夏休みだったのもあり私は朝寝る癖がついていて その日も朝寝ようとしていて「一緒に寝よっか」と猫に言い自分の布団に連れて行って寝た。 お昼頃家がバタバタしてうるさくて何だと思っていたら親が私の部屋に来て 「猫が家の前で車に轢かれて死んだ」と言われた。 ほんの数時間前までかわいい寝顔をして一緒に寝てたから信じられなかったけども 自分で猫の遺体を確認したら涙が止まらなかった。 医者によると即死だったそうで、1匹目のこともあったので今度は苦しまなくてよかったと思った。 母親が轢かれる1,2時間前にお刺身いっぱい食べたし幸せだったんじゃないかしらと言った。 私はキミと一緒の時間を過ごせて幸せだったけど、キミは私達に飼われて幸せだったのかな・・・?
632 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 10:24 ID:gC+1L/P6
>>630 見て思い出したが、昔彼女をちょっと尋常じゃなく怒らせてしまい、
ずっと口を聞いてくれなくなった。
別れるときに駅まで送って行ったんだけど終始無言。
で、切符を買って改札に行こうとした彼女に「ごめんな」って言ったんだ。
そしたら彼女がくるって振り向いて、もの凄い怖い目をしていて
俺の首に手をかけた。
最初は許してくれたんだと思って(スキンシップだと思ってた)
たんだが、徐々に笑えないくらい力が籠もってくる。
声帯が締め付けられ、か細い声で「やめて」と言っても力はどんどん強くなっていくし、
身体中の力が抜けていって彼女の手を振り解こうとしても力が足りない。
その力の尋常じゃなさと、彼女の表情にはもの凄い恐怖を覚えた。
必死でもがいたんだが抜けられなくて、最後に渾身の力を込めて彼女を突き飛ばした。
その後無言で彼女は改札を潜って帰って行ったが、それ以来一ヶ月連絡取れなかった。
女性って怖いなと思った。
633 :
628 :04/03/08 10:31 ID:lziLy3Fv
>>630 いや,そうじゃなくて旦那にツッコミ入れたつもりなんだけど・・・。
そんなの「そっか〜。そんな別れもあったのか」とくるのが普通なのに
「殴りたい」とか言う過保護ぎみな旦那ってどうよ?と思っただけ。自分なら冷める。
>>632 ワラ
わかるよ。私も同じような事した事ある。すごい見た目おっとりとして優しい雰囲気なんだけどね。
怒るとマジ怖いよ。殴って奥歯折ったり、つねって血出したり
蹴り倒したりしたことあるな〜。ははは。
>>607 の最大の失敗は
女性陣にバーベキューの計画を話してしまった事。
父が6歳の時に亡くなり、母は幼い弟と俺を必死で育ててくれた 学校が終わっても家には誰もいないから、母の仕事が終わるまで児童館にいることに。 そこでは同じような境遇の仲間が何人もいて違う学校なのに仲良くなった。 学校終わると児童館へ直行という毎日。 ある日授業の途中で先生が「学校終わったらどこにいきますか?最近怖い人が増えて いるからちゃんと家にかえろうね」 「は〜〜い 家へかえりま〜〜す」 そんなとき漏れは・・・・
おもいっきり「俺は児童館!」と答えてしまった 何人かは「なんだよ児童館って あははは こいつ父ちゃんいないんだよな」 俺はうつむいたままで泣き出した・・・・ それを遮るように先生の怒号が響いた 「今なんて言ったんだ!!言った奴前に出てこい!!」そんなに怒った先生を見たのは初めてだった それと同時にクラス中から非難の声が。。。。 嬉しくてまた泣いた 今度は先生とみんなに感謝しながら泣いた
男にしろ女にしろそうやって友人関係を壊していくわけだが
もしかして世の中に一人愛する人がいれば後は必要ねーわとかなんか漫画みたいなこと考えてるんだろうか
それほど価値ある人をつかむ能力がなさそうな人間ほどそういった感じの主張する奴が多い気がする
恋人も友人も両立させてこそ有益な人生だと思うのは少ないのか?
それができないのは何かと言い訳を用意してそういう努力を怠っているだけだと思うんだがなぁ・・・
いや、ちょっと
>>607 を見て切なくなってのぼやきですわ
638 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 11:25 ID:kNcYPsEN
>>636 を読んで思い出しだんだが、小学校のときの担任の先生が絵に描いたような粗忽者で、
多くのクラスメートがせつない思いをさせられた経験がある。
その中でも最大級の話を。ある日、クラスの花瓶が割れていた。誰が落としたのか正直に
言いなさいと先生は言ったが、みんな黙っていた。そこで先生は全員に目を閉じて机の上に
顔を伏せるように言い、花瓶を割った人は静かに手を挙げるようにと言った。
1分後、先生が言った。「はい、皆さん顔を上げて下さい。それと中村さん、放課後に職員室
まで来なさい。」
そう言った直後、先生は「いや、あの、給食費の件で・・・」と、しどろもどろに壊滅的なフォローを
していた。ああ切ない。
>>638 ワロタ(w
それってクスッスレに書いた方がいいのでは?(w
最低だけど一応フォローした先生カワイイ
まぁ、普通にそれやられた事あるけどな、俺。 花瓶割ったとかじゃあないが。
641 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 12:29 ID:ewDBT39V
うちの近所に、散歩中の犬と飼い主が集まる公園がある。 そこで犬飼い同士として知り合った、よく太ったおばさんとラブラドール。 このラブも飼い主に似てちょっぴり太めで、 「飼い主が太っていると、飼い犬も太りやすいって言うのは本当だなぁ」 (つい過剰におやつを与えてしまうせい)と自分は内心思っていた。 実際そのおばさんは、犬用のおやつをいつも持ち歩いていて、よその犬にも配りまくっていた。 そのせいでおばさんは犬たちの人気者だったけれど 「気持ちはありがたいけど、犬が太っちゃうし迷惑ですよねー」と陰で言う人も多かった。 (自分もそのうちの一人) それでもまあ人間関係に特に問題はなく、犬飼い同士、 会えば挨拶を交わしたり、和気藹々とお喋りしたりしていた。 しかしある時期突然、おばさんとラブの姿を見かけなくなった。 噂ではラブが病気になってしまったらしい。 散歩もできないくらいなのかと犬飼仲間で心配していた。 それから随分たって皆がおばさんやラブの存在を忘れかけていたある日、 おばさん一人で公園にやってきた。 あんなに太っていたおばさんがげっそり痩せて、別人のようになっていた。 おばさんは犬飼い仲間の輪には入らず、 少し離れたベンチにひっそり座って、犬たちが遊ぶ様子をじっと無言で見ていた。 朝と夕方と、一日二回。雨の日も風の日も。 それから更に月日がたって、今ではおばさんは別の犬を連れて元気に散歩している。 おばさんはまた元のように太ってしまった。 だけど公園で犬たちにおやつを配ったりすることもなくなり、連れている犬はスマートだ。 たまに、以前おやつを貰ったことを覚えている古参の犬たちが おばさんのところに駆け寄りおねだりをするのだが おばさんはちょっと困った顔をして頭を撫で、「ごめんね」と小さく呟くように謝っている。
643 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 13:01 ID:21H/rIm5
18の誕生日に父親から突然、宅急便でプレゼントが届いた。 12歳で両親は離婚。その前の別居期間も長かったから、10年近く会ってなかったと思う。 なにやらデカイ箱。なんだろ?と開けてみると・・・ゾイドだったw 彼の中ではオレは小学生のままなんだろう。 もう高校卒業するんだと頭ではわかってても、自分の息子が18なんて想像できなかったんだろうな。 ゲラゲラ笑って、さんざん酒の肴にした。友達もみんな笑った。 でも、少し経って、彼の誕生日にお返しを考えたら・・俺も何あげたらいいのかわかんないのね。 ハイカットのオールスターにジーンズ、革ジャン、好きなレコードはエリッククラプトン。 そんなイメージなのだが、よく考えると・・・彼はもうすぐ還暦なのだ。 元気にしてますか? 「ママ」はやがて「お母さん」になり、今や「お袋」になったけど、あなたはまだ、「パパ」だよ。
ゾイドってまだ売ってるの?
645 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 13:14 ID:mKV1jzt5
>>33 に似てるが。
小学校4年のクリスマス会。
やはりプレゼント交換があるので、皆がプレゼントを用意してきた。
手先が器用だった漏れは前日に、友人と一緒に家でプレゼントを手作り。
パラシュート(ガチャポンのカプセルとタコ糸、布で作った)と、折り紙を数点。
自作折り紙は結構自信があって、友人も「いいねー」と言ってくれた。
当日にプレゼント交換後、「何これー」との声。
先生が「誰ですか、プレゼントにゴミを入れるなんて!許しませんよ!」と掲げたその手に、
漏れが作った折り紙が…
友人が「おい、あれ…」と言ってきたが、「いや、いいんだ」と制した漏れ。
その夜は飯を食べられなかったよ…
>>643 「パパ」もきっとすげー悩んだんだろうよ...エエ話やなぁ
647 :
643 :04/03/08 13:16 ID:21H/rIm5
>>644 どうですかねぇ?<ゾイド
私は今27なんで、この話もずいぶん前です。
ちと言葉足らずでしたが、想い出スレだから昔話でいいんだよね?
ちょっと待て・・・9年前にゾイドってあったのか? 似たようなのはあった気がするが・・・?
>>648 ゾイドなんて、今21歳の俺が幼稚園の時からあるよ。
結構昔からあるんだよなアレ。
651 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 13:29 ID:LILLSFI1
あまりにも突然だったので、病院から引き上げた私達はただ途方に暮れていた。 朝はちゃんと行ってらっしゃいと言われたのに。 ふと父を見ると手に小さな物をつまんで立っていた。 見るとそれはメモでこう書いてあった。 「このまま寝たらば、メガネお願い」 テレビを見ていて眼鏡をかけたままうたた寝するそんな横着な人だった。 几帳面な父が窘めてもそのクセは治ることなく、かわりにこう言うようになった。 「お父さんかお姉ちゃん、私が寝ちゃったらお願いね、メガネ」 一人っ子の私の事をお姉ちゃんと呼ぶのは、犬を飼い出してからの私の呼称。 でたらめな人だった。 当日お棺にその眼鏡は入れられず今も父の引き出しで眠っている。
>>644 2ちゃんには「ゾイド板」なるものが存在するのよ。実は。
いや、ネタでもなんでもなく。
犬とウサギを飼っていた。 2匹とも仲が良くて、一緒に昼寝したりしていた。(部屋の中で放し飼いだった) ある日、犬が死んじゃった。 ウサギはそのことが当然分からないから、毎朝犬を探していた。 その姿を思い出すと、今でも切なくて悲しくなる。 今ではきっと、2匹で仲良く昼寝してるんだろうな。
>>653 >>652 は「ゾイド板でいつから売られてるのか聞いてみたらどうよ」
と示唆したと深読みしてみるのはどうよ
小学校に入ったころから、太股の付け根にだけアレルギーがではじめた。 小さかった自分は掻きむしりまくってしまい、引っ掻く→傷→膿む→かさぶた→引っ掻く・・・の繰り返し。 私も年頃になり、学校のプールや体育がすごく嫌になった。 (尻のすぐしたにアレルギーがあるから。) なのでプールは見学、体育はブルマじゃなくてスパッツでやっていた。 しかし修学旅行の風呂という壁がまちうけていた。 自分の尻が見られたくないから先生に「部屋のシャワーを使わせてください」と頼んだがダメだった。 泣きそうな思いで風呂に入った。 友達の反応は驚くほど普通だった。 「アレルギー大変だよね」などといたわりの言葉もかけてくれた。 しかし次の日、男子がこっちを見て(・∀・)ニヤニヤしている。 「何?」と聞いたら・・・ 「女子から聞いたけどおまえケツにアレルギーでてるんだってな。きったねー(藁」 「うつるから近寄るなよ」 などと言われた。 女友達なんて所詮そんなものなんだと思った小6の秋。
父がガンで入院して1年経とうとしてた時の事。 10年続けてた歯の矯正治療がやっと終わり、そのまま父の病院へ向かった。 父はもう末期で時々目を開けて「あー」「うー」としか喋れなくなっていた。 父に矯正器のとれた真っ白な歯を見せて 「見て見て、やっと終わったよ」 と報告したら、父はゆっくり目を開けて一言、 「よかったね、よかったね」 それから一週間も経たないうちに父は意識不明になり、そのまま逝ってしまった。 あれが最後に聞いた言葉だと思うと1年半たった今でも泣いてしまう。
夫の子供の頃の話 ある日新聞に折り込まれた広告を見ると 近所に出来た電気屋さんの開店セールのチラシが入っていた。 そのチラシには 「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が! 焼きそばが大好きだった彼は、 タダで焼きそばか食べられるのかと ワクワクしながら弟を一緒に電気屋の前まで行ったが 電気屋の近くまで来た時に目にした光景は 閑散とした客が誰一人としていない店頭で 一生懸命呼び込みをしながら 焼きそばを小さなホットプレートで焼きつづける電気店主夫婦・・・ 子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので 「焼きそば下さい」と店の前まで行く勇気が湧かず 弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、 そのままそそくさと帰宅したそうです。 それから月日は経ち電気屋は無くなってしまったそうです。
659 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 14:23 ID:BG7UGLZU
このスレなける・゚・(ノД`)・゚・ 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
>>641 犬好きとしてはすごい泣ける・・・・゚・(ノД`)・゚・
やきそば好きも泣けてたまんないよ・・・・゚・(ノД`)・゚・
662 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 14:50 ID:dCVaKQxJ
>658 切ない!!
>>658 その電気店夫婦がどんな気持ちで焼きそばを焼いていたかと思うと…
。。・゚・(ノД`)・゚・。 。ウエーン 涙が止まらないよう!
きっと意気揚揚と電気店を始めて、でも誰も来なくて悲しくて…
でも顔はきっと笑顔だったんだあ!。。・゚・(ノД`)・゚・。 ウエーン
自分を「おっとりして優しい雰囲気」と言うやつはどうだろうと、 遅レスしてみたりして。
665 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 15:12 ID:8L9qFWrO
>>656 俺も似たような思い出が。
ひどいアトピーだった俺は、膝の裏とかもうぐちゃぐちゃで、自分でも気持ち悪いと思っていた
くらいだった。ある日、体力測定の前屈で、椅子の上に立って身体を折り曲げるときに、次の
順番の人が前の日との足を押さえるというのがあった。俺の次は女子で、嫌がって押さえようと
しない。先生が「早くしなさい」と言うと「気持ち悪いからいや!」と正直なお言葉。「押さえなくても
大丈夫」と俺が言うと、男子の一人が「僕が押さえる」と言って後ろの方から出てきて、嫌がりも
せずにしっかりと押さえてくれた。
些細な話だが、ありがたかった。彼とは今でも親友だ。
666 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 15:20 ID:BWu36b8Q
ええ話や…
>>658 の話、個人的にツボ。光景が目に浮かんですごく切ないです。
では、私もひとつ。
子供の頃、うちは貧乏で、お雛様が買えなかった。
でも当時、5〜6歳の妹は、単純に部屋が狭くてお雛様を置くスペースがないから
うちにはないんだと思っていたんだそうで。
友達の家で見るお雛様は8段飾りとかで大きいから、うちには置くとこないもんな、
お雛様置いたら寝るとこなくなっちゃうし、仕方ないよな、と単純に思っていたらしい。
そこで、幼稚園かどこかで、折り紙で人形だかやっこさんだかの折り方を習った時、
いいこと考えた!と思いついて大急ぎで家に帰ってきて、
それをいっぱい作ってクレヨンで顔を描いて並べ、わくわくして母親を呼んで、
「ほら、見て見て!おかあさん、うちにもおひなさまが来たよ!」
と言ったらしい。
すると母親は、すごーく悲しそうな顔をして、黙り込んでしまったそう。
妹は、喜んでもらえるとばっかり思ってたので、
笑顔じゃない母親を見てすごくびっくりした、と言っていた。
うちの母親はとにかく明るくてマイペースで、
何かに悩んだり悲しんだりする顔を他人に見せる人間ではないので、
無邪気な妹を見てきっとよっぽど切なかったんだろうと思う。
こないだ初めて聞いて、こっちが泣きそうになっちゃった。
僕が中2の時、夏休みで家でごろごろしてたら 母親から電話があって、すごい泣き声で何て言ってるかよくわからなかった お父さんがとか、労災病院とか、死にそうとか こっちも錯乱状態で、なんとかタクシー呼んで病院まで行ったら 父は脳内出血でもう意識もなくて、自力で息もできない状態で 母は必死で父の手を握って名前呼んだり、僕が来たこと告げてたけど 自分はなんにも出来ないで、ただ呆然と突っ立てるだけだった 父は結局そのまま意識も戻ることなく死んだのだけど それを今でもすごい後悔してる 自分が声をかけたり手を握ったりしてれば、もしかしたら意識が戻ったんじゃないかって それと死因が過労死だったのに 棺にはった時の格好が背広で、文句も言えなかったのがすごい悔しい なんで背広なんだよ、と思った 休ませてあげろよ、と思った なんでそれを言わないんだよ、と思った 母が死ぬ時は絶対に看取ろうと思った そばで手握って、笑えていたらいいなと思ってる 長い上に落ちもなにもなくてすまん
669 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 16:49 ID:7GVbKajL
>>668 お父さんの時はお母さんが手を握っていたんだから。。ね。。。。お母さんを大事にしてください
>>664 それを言ったら荒れそうだから…しいーーーっ
>>668 別れる時よりも、別れるまでが大切なんだと思うぞ
お金貯めて旅行にでも連れて行ってあげれ
672 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 17:48 ID:hrgGMYxz
子供の頃、離婚した父が月に1回だけ会いに来た。その日は母が朝から出かけて、祖母と 待ってると父がやって来る。1日中父にまとわりつき、一方的に喋る俺を、父は満面の笑みで 見つめてくれた。 夕方になると父は帰るので、通りのバス停まで祖母と二人で父を送っていった。バス停が近く なると俺は無口になり、父の言葉にただ頷くだけだった。バス停に着くと、バスの来る方角を 見ながら、ずっとバスが来ないで欲しいと思っていた。 やがてバスが来ると、父は短く「またね」と言って、祖母に一礼して乗っていった。顔を上げると、 父はやはり満面の笑みで手を振ってくれた。ずっと、バスが角を曲がるまで、その笑顔がだんだん 小さくなっていくのが悲しかった。 やがて母は再婚し、父は来なくなった。母の再婚相手に俺はなじめず、とうとう「父」とは呼べ なかったが、俺と母をきちんと養ってくれた。少し大きくなった俺は、父のことを口にしないのが 礼儀なんじゃないかと思うようになった。 俺は社会人となり、結婚して息子が生まれた。7歳になった息子は俺にすごく懐いている。 単身赴任中の俺は、週末だけ家に帰る。日曜の夜には赴任先に戻るので、妻が駅まで車で 送ってくれる。去ってゆく車の中から俺に手を振る息子に、俺も見えなくなるまで満面の笑みで 手を振っている。 笑顔の人間が心の中まで笑ってるわけじゃないんだなぁと、この歳になってやっと実感できた。
思い出すな。うちの父も単身赴任でした。 それなりに子供である私が大きくなってからだったけど やっぱりちょっと寂しかった。 しかし悲しいかな、オチはむしろ逆で 「離れて生活していた方が、家族仲がうまくいっていた」 ははは・・・
関係ないけど昔オタっぽい同級生がノートに せつないおもいってタイトルのへんてこな恋愛ものの歌詞を書いてた。 友達と濁点や線を付け加えて「ぜやなせおもせ」ってタイトルにして そっと引き出しに返しておいた(´・ω・`)
>>664 怒ると恐いアテクシ!ってヤシだよなぁ('A`)
昔弟が子猫を(勝手に)貰ってきたんだけど、母は割と動物嫌い。 でも「ちゃんと世話する」って説得して家で飼ってました。 時々勝手に家を出て外で遊んでたりすることもあったから(家の前の空き地で見たり)、 猫が家にいない時も気にとめたりしませんでした。 が、このまえ母が「お母さんどうしても嫌だったから、まだ帰巣本能とかなさそうな 子猫のうちに何回かNスーパーの横の空き地(家から歩いて3分くらい)に捨てに行った ことあるの」と。 何すんじゃゴルァ(゚Д゚)!!! 母曰く「後で見に行ったら、置いてきた場所にそのままじーっと座ってたから 可哀想になった」「でも、またそのまま置いてきた」って。オイ(゚Д゚) 結局何回か見に行って、夜になってもじーっと待ってたのでつれて帰ってきたそう。 知らなかった、知らなかったよ。 そのじーっと待ってる様子を想像すると胸がキュッと痛くなります。 ちなみにその後はお母さんに一番なついてたな(w
いいかあちゃんなんだか、悪いかあちゃんなんだか・・・ 猫って猫嫌いな人になつくっていうけど、お母さんはその後 猫好きになったのかしら?
678 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 19:20 ID:rBOKhIlA
猫と言えば、拾い猫を5年くらい飼っていた。嫁さんより俺に懐いていて、いつも一緒だった。 でも、息子が生まれてから、焼き餅を焼いたのか、俺を噛むようになった。ある日、本棚の上から 俺に向かってうにゃうにゃうにゃうにゃと、ずっと何かを言っていた。子供が生まれたら僕のこと なんてぜんぜん可愛がってくれないじゃんか、とか言ってるみたいだった。 猫への愛情は変わっていなかったのだけど、やはり新生児がいるから寝室への出入りを禁止したり、 あいつにとっては迷惑な話だったのだろう。 うにゃうにゃと猫の愚痴を1時間くらい聞いていたら、ふらりと表へ出て行った(近所はみんな猫を 出入り自由にしていて、うちの猫は鳩を捕ってきたことがある)。夜になっても帰って来なかった。 また外泊かと思っていたら、ずっと帰って来なかった。 もっとまじめに愚痴を聞いてやればよかったかなぁ、とかたまに思い出す。
漏れの妹は、祖父にとって一番最後の孫だったこともあり、 親戚の中で祖父に一番可愛がられていた。 祖父は痴呆症ではなかったけど、妹に会うたび 「○○(妹の名)は今部活入ってるのか?」 「大きくなったけど、今何年生だ?」と毎回聴いていた。 漏れや妹は「毎回同じこと聴くねぇ」といつも笑っていた。 仲の良い祖父と妹を見るのが大好きだった。 その祖父が、ふとしたことで亡くなった。もういい歳だったのでショックではなかった。 漏れも妹も親戚と共に葬式の段取りを黙々とこなしていた。 ではバスで火葬場へ…と言う時、今回の葬式で親戚一同を仕切っていた一番年上の従姉妹のHさんが 「○○(妹の名)はここに残って、チビッコ達の面倒を見ていて」と言って来た。 漏れも妹、そしてそれを聴いていた親戚達は正直驚いた。 祖父と一番仲が良いことを知っているはずのHさんがそんなことを言うなんて…。 (その後知ったが、Hさんは忙しさのあまり、少しキレぎみだったようだ。) そこへ漏れの3歳年上の従姉妹Tさんがスッとやって来て、 「○○、あんたはバスに乗りな。ワタシが残るから。」と言った。 漏れは「いや、自分が残る」とTさんに断ったが 「じいちゃんが成仏できないでしょ。早く行きな。」と。 それまでは「じいちゃんを笑って送り出そう」と心がけていた漏れと妹、 それに涙をめったに見せない気の強い母も、さすがに火葬場では号泣した。 いつもはバカばっかり言って親戚中を笑わせてるTさん。 あの時は本当に嬉しかったよ。ありがとう。 きっとじいちゃん、Tさんのおかげで成仏できたと思うよ。
>677 猫嫌いな人は猫から顔そむけたり見ないようにするでしょ。 でも猫はそういう人が好きなのね。だからじゃない? いや、だからなにって訳じゃないんだけどさ。
猫と言えば近所の猫が毎晩毎晩俺の家のガレージでギシギシアンアン五月蝿いです ('A`)チクショウ...
>>527 は全く人間交差点なので泣けない(-_-)
>>672 ウン、感動しました……。
単身赴任父ちゃんガンガレ。
このスレくるとブラウザが見えなくなるよ・・なんでだろ・゚・(ノД`)・゚・
685 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 21:59 ID:uOWSQta+
良いスレage こういうスレが時々あるから生活板はやめられない
なんか昔いじめられて、ぜってえ強くなってやる!特別な人間でありたい! とか思ってたのに、実際はふつうと言われる職業でふつうの生活を送る事が 本当に大事で難しくて、かつては疎んじていた父親の凄さや不器用さが悲しくて。 思えば彼女作る機会なんてたくさんあったのになあ、とか思ったりして、 そんなあほな事考えても何にもならないからとりあえず明日やるべき事考えて、 仕事の帰り道に自転車こいでる時間がたぶん後になって切ないんだと感じる。
>>686 普通の職業について、普通に生活を送る事が出来る。
それがどれだけすごい事か、そのうちわかるようになるよ。
と説教じみた事をかいてみる。がんばれ。
688 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 22:46 ID:rBOKhIlA
>>682 そういう突っ込みを入れて、
>>527 が実話だったら書いた本人がどう思うかとか
>>682 は考えているのだろうか?
また、そういうことを書いて誰に何の得があるのか? 俺は素直に読んで泣けた。それだけで十分だ。
689 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 22:54 ID:dzsAbXfz
>>688 僕は元ネタを知ってるんだよ、ということを顕示したいせつない人なんだよ
そう考えると、確かに
>>682 はせつないねえ(別の意味で
>>651 遅レスだが泣いた。多分ちょっと寝るつもりだったんだろうな
俺のじいさんも寝てる間に逝っちゃったからなあ、気持ち分かるよ
ちゃんと別れをすませて送ってられることってあるんだろうか・・・・
>>688 馬鹿はスルーで
692 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 23:10 ID:7GVbKajL
>>672 泣いた
母が私に言ってた言葉を思い出した
お前も子供ができたら親の気持ちがわかるんだから…
昔、母親と口論していた。反抗期の私は屁理屈をこねて母を言い負かし、最後は泣かせてしまう…
それしか言えないのか?というほど聞かされたのだが、母がもう話せない状態=説教終了なので
「キメ台詞!でました」と馬鹿にしていた
お母さんーごめんなさいー
まだ親になってないからわかることはできないけど・・・大切に思うから必死になって叱ってくれてるのに・・・私わかってるのにいっぱい泣かせてごめんなさい・・
子供もできなくて・・・親不孝でごめんなさい
ずっと元気でいてください
漏れは、両親が2歳にもならない頃に離婚して母親に引き取られた・・・・ 実の親父は、まぁ、世間で言うダメ人間。浪費・女癖etc・・・・で父方の祖母にも愛想つかされ勘当されたくらいだった。 だから実の父親の顔は記憶に無い。 大昔に結婚の時の写真を見たが忘れてしまった。 で、本来ならば母方の姓を名乗るべきだったんだが父方の祖母が色々と世話をしてくれた(特に金銭面) 母が再婚する小学3年まで実の父方の姓を名乗ってた。 それとなく義父となる相手(今の義父だな)と漏れを引き合わせていたから薄々子供心に染みていて 面と向って母から再婚するって言われた時は号泣した。 母も辛かったと思う。 女一人で子供を育てるという現実は厳しいものだったろうし、気を見るに敏な人なので 高校以降のことを考えると真剣に再婚を考えていたようだ・・・ 今、なんとか就職も決まって母親に憎まれ口を叩いているが少し真剣に考えるとせつなくなる。 ただ現実的に「せつなくなる」話として 血の繋がる繋がらない兄弟姉妹は5人以上は漏れに居るらしい。 しかも実の親父は、母との離婚後再婚。しかも最近、再々婚ようで萎える。 最近になって母から聞いた話だと父親、再婚するまで「養育費」と「慰謝料」払ってなかったらしい・・・・ 自分の血により「せつなく」なたよ。
普通の仕事で普通の生活が結構運の良い方だったりする
>>691 食卓で突っ伏してました。
母は犬の最後ををちゃんと見届けたというのに当の本人はこんな最期でした。
私は父似で、ぶっきらぼーな私達父娘の間を笑いで取り持つような人でした。
本当にちゃんと送ってあげれることって稀なんですかね。
泣いてくださってありがとうございます。
私も691さんのお祖父様のご冥福をお祈り致します。
大学院を修了し、ささやかな謝恩会を終えた夜 修了生がそれぞれ、世話になった教授に握手を求めていた。 萎縮しててダメだった自分、学生時代に何もやりきれなかった自分。 おそらく皆に馬鹿にされ、見放されていたろう。 でも、最後のけじめだしと思い 尊敬する教授に手を差し出し 「お世話になりました!」と握手を求めた。 教授はこちらを一瞥すると 目を伏せ、右手を引っ込めた。 それが自分の記念すべき学生時代の、最後のしめくくりだった。 むなしく差し出されたままの自分の右手が悲しかった。
697 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 23:59 ID:dzsAbXfz
698 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 00:02 ID:wNlrKFE9
>>696 差し出した手にケチャップが付いてたとか、あなたの握力が200Kgあるとか、
明らかにトイレ行ってすっきりした後だったとか、そういうことはないの?
699 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 00:06 ID:S6KLDis5
>>696 専門が何か知らないけど、これから死ぬ気で頑張ってノーベル賞とか獲れ! で、受賞パーティでその教授が
握手を求めてきたら、一回引っ込めてから、満面の笑みで握手してやれ! それがリベンジだ!
>>696 おそらく何度となく教授の信頼を裏切る行為をしたのでしょう。
かわいそうな自分に酔ってないで信頼とは何かよく考えろ。
いろんな物の見方があるんだね。
思わぬレスの数々、感謝です。 すんません、かの教授は入学時は自分を買ってくれてたようなのですが 恐らくあまりのダメっぷりに、愛想を尽かしたといったところでしょう。 かの教授も既に故人なので、真相は藪の中です。 自分ですが、社会に出てからは上手いこといって 起業もして、自信も付いたのですが 時々思い出して、やっぱ自分ダメ人間なのかなと無意味に凹んだりします。
学校では駄目でも社会では成功か。 人生とはわからないものだな・・・
705 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 00:40 ID:4H9XeX6F
俺の友達で名古屋大学出たのがいるが 理系なのに大学院行かなかったのが すごいコンプレックスになっている。 学部の授業の半分も理解できなかったそうだ。
>>705 卒業しちゃえば端から見れば内容は関係ないよ。
私は実家が貧乏だったから大学行けなかった。
いろいろ良い事もあったから、
不幸な人生でもなかったけど、
大学生活ってしてみたかったなあ。
ちょっとうらやましいよ。
今思い出したんだけど俺、一人ぐらししてる学生なんだけど2ちゃんのおかげで今年の母の日に 金なかったんだけど初めて母ちゃんに4000円の植木鉢(花もついてるよ)を 突然送る気になったんだよね。なんだかすごい照れくさかったから学校の帰りに花屋に行って勢いで買って しまって宅配便で送った。もちろんバイト代でね。 父から聞いたところによるといきなりだったもんでビックリして泣いて喜んでたらしい。 でも、年末に帰ったらもう花は枯れちゃってた。母ちゃんは落ち込んでたけど、 植木鉢は大事に使ってくれてた。うれしかった。来年はまた何か違うもの送ってあげようと思う。 生きてるに親孝行したいと思ったのも2ちゃんのおかげ。 来年までにちゃんと就職決まったらもっと親孝行したいと思う。 スレ違いすみません。なんだか書きたくなったもので。
>>707 お母さんよろこんでくれて、よかったね(・∀・)
>>707 毎年、お正月くらいには帰省できるの?
今年は梅の盆栽でもあげてみなよ。
12月から家の中の日当たりの良いところに置くように伝えれば、
あなたが実家に帰る頃、つぼみor咲くかしてるよ。
お母さんの楽しみもひとしおじゃないかな。
>>665 いいね、グッときたよ。そういうやさしい人の話には弱いな俺・・
>>707 漏れも今就職に向けてがんがってるよ
何よりの親孝行は自立して一人前の社会人になることだと思うし
まぁ初任給で親父にはランニングシューズ(トライアスロン選手だから)と、おかんにはバッグでも買えるようきっちりキメたいものだ
コンピュータ業界だから実家は出ることになりそうだけどね(つД`)
>>678 読んで書き込み。
私の家は、飼い猫が出入り出来るように風呂場の窓を開け放してたんだけど
ある日見知らぬ子猫が入ってきてた。
その猫はすごく人懐っこい性格で、(うざいくらい)纏わりついてきて困ってた。
猫って嫉妬したりするって聞いてたし、でも子猫だからあんまり無碍に扱うのも
なあ(生きるのに必死ってかんじだし)・・・って家族と話してたある日、
母がその子猫の頭を撫でているのを飼い猫が見て、部屋の隅で嘔吐→そのまま家出
したと、学校から帰った私は聞かされました。
その後、○○さんの家(近所)から出てきたとか、××さんの家からも出てきたの見た
とか、太ってたとか目撃情報があって淋しく&申し訳なく思うも「元気でやってんのね」と。
私は
>>676 なんですけど、なんかめぐり合わせが悪い気がする。おかんと元飼い猫。
ちなみに勝手に入ってきた子猫は、「うちの猫が出て行った原因はこいつ」と弟に
憎まれてつまみ出されました。・・・それもなあと思ったけど、この子を受け入れると
元飼い猫に悪い気がして、私は傍観してました。 ・・・・・・・ゴメン。
>>678 遅レスだけど。
それきっとよその家で幸せにかわれてるよー。だから安心して。
私が以前ワンルームマンションに住んでたとき、
たまに遊びに来ていたのら猫が、うちにだんだん居つくようになったので、
首輪も何もしてなかったのでそのまま飼ってたら、
実は二つとなりのお宅の猫だったことがあります。
その人もどこからともなくやってきたので飼ってたとの事。
スレ違いすいません。
714 :
707 :04/03/09 01:37 ID:hJ6Ktg5g
>>708 レスありがとうございます。
>>709 正月と夏くらいは最低でも帰るようにしてます。普段は電話をたまにするくらいです。
梅の盆栽ですね。いい考えだと思います!自分も実家帰るのが楽しみになりそうです。
>>711 お互い就職活動頑張りましょう。
一人暮しを始めると親のありがたみがホント身にしみますよ。
>>712 猫って、観察してると、
野良でもよほどのことがないと
子猫には基本的にあまり無体なことは
しない猫が多いから、仁義をとおして挨拶させてから
家に入れれば、大丈夫だったんじゃ無いかな−なんて。
ホントに猫てそんなの考えてルンディスカー??
717 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 07:51 ID:6S1vWJRv
うちのにゃんこの場合半野良が連れてきてごはん食べさせてた愛人野良猫♂は、 半野良の子供たちがなついてきても無視してたけどいじめたり怒ったりはしま せんでしたね。こいつは確実に父猫ではなかったですが。 子猫に手をだすと母猫との関係が悪くなるとわかってるのかな。 飼い猫が野良を連れてくる場合、許容されるスペースは勝手口までです。 上にあがっちゃいけないという暗黙のルールがあるらしくてどの猫も同じでした。 たまに不埒者がずかずかと上がってくるとばあさん猫でも必死で阻止してました。 うちは猫同士のつきあいに口も手もださない主義だったので観察のみ。
わたしが8歳、弟が4歳の時。 いつも弟ばかり可愛がられていて、私は母親からいじめられていました。 ある日、母親がパンを何種類か買ってきて、珍しく私から先に選んでいい と言いました。 うれしくて、おいしそうなチョココロネを選びました。 すると弟もソレが欲しくなったらしく、ぐずり始めました。 私が譲らなかったので、弟はいきなりチョココロネに唾を吐きかけました。 パンは台無し・・・母親も笑ってみてるし。。。 弟と母親にとって私ってなんだったんだろうなぁ(T_T) と思うと切ない。 現在、私は家族と縁を切って暮らしています。 昨年、やさしい主人と結婚しましたが、家族には知らせていません。 家族に関わりあわなくてすむ遠方に嫁ぎましたが、今は幸せです。
コシヒカリより高いおいしいイモを丁寧に焼いて、 少しの手間賃を載せて売値をつけても、なかなか売れなかった。 みんな容赦なく値引きを要求してくる。 中には自宅まで配達しろという人もいた。 帰りに買うから焼いて待って居ろというが、 いつまで待っても買いに来ない。 時間通りに焼きあがったイモは冷めて、 売り物にならなくなる。。。 世知辛い世の中に涙が出そうになる。 でも、焼きイモ屋を続けたい。 おいしいといって喜んでくれる顔がみたいから。 その日は大寒だった。その上、雪がちらつく絶好の焼きイモ日和。 一人のおばあさんが弾んだ声で 「一番うまく焼けたおいしいやつをちょうだい♪」といってきた。 今日は仲良しの友達がくるので、おいしい焼きイモを持って帰って 「こんなおいしい焼きイモ、いったいどこで買ったの?」と 驚かせたいのだという。 こういう人にこそ焼きイモを買ってもらいたかったので 釜をあけて、おばあさんと一緒にじっくり選別した。 おばあさん「甘い?」 ぼく「とっても甘いですよ。それに、焼きたてのアツアツです。」 つづく
そんな会話をしながら、一番おいしいく焼けたやつを人数分だけ選んだ。 そして、精一杯安い値段をいった。 するとおばあさんは目を見開いて、しばらく口をきけない様子だった。 そして、財布の中をみせて、 「どうしても500円を残しておかないといけないから今日は買えない」という。 財布の中には1000円札が一枚だけ入っていた。 「一つだけにしますか」と聞いたが、 自分だけ味を知ってしまったら、 友達と一緒に驚くことができないと申し訳なさそうにいう。 気の毒なことをしたと、おばあさんは しきりに「ごめんね。ごめんね。」と繰り返す。 涙がボロボロこぼれた。 混じり気のない心に打たれた。 紙袋に焼きイモを詰め込んだ。 「もっていってください。お金はいりませんから。」といって 渡そうとしたが、ほとんど声になっていなかったと思う。 おばあさんは 「ただでもらうわけにいかないから」といって、決して受け取らない。 そしてまた「ごめんね」といった。 おばあさんは悪くない。 つづく
どうしてこんなに焼きイモは高くなってしまったのか。 今、食べさせてあげたくて、それが叶わないことがやるせなかった。 「今度きっと買わせてもらうから、またここにきてね」といってくれた。 何度も振りかえりながら、おばあさんは去っていった。 しばらくして、別のお客さんがきたが、商売にならなかった。 涙をボロボロこぼし、オイオイ泣く姿をみると 足早に去っていった。 どうしてもおばあさんとその友達に食べてもらいたくて 何度か同じ場所に焼きイモを売りにいったが、ついに会えなかった。 きっとおばあさんも、そこを通るたびに屋台を探してくれたと思う。 おばあさんの言葉に偽りのないことは分かっていた。 きっと寒い日でも。 おばあさん、ごめんなさい。 ぼくは焼きイモ屋を続けることが出来ませんでした。 あれから20年、今でも焼きイモを食べると、 おばあさんを思いだして涙が出てくる。 長文ゴメン。
722 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 09:24 ID:n6rHY+XW
>>718 旦那さんと幸せになってください。
小学校時代の話。
転入した初日、手続きや書類か何かの関係で、
俺は給食の時間に職員室へ行っていた。
戻ってくると、皆、もう食べ始めていた。
その日はなんと、カップアイスがおやつについていた。
嬉しくて嬉しくて、勢い良く給食を全部かっ込んでから、
アイスの蓋をとると・・・・・。
からっぽだった。
奇麗に食べきったアイスに、
奇麗に蓋がさっていただけだった。
不覚にも俺は大泣き。
周囲は大爆笑。
しかもこれがきっかけでイジメにあうようになった。
ちなみに、教師はろくに取り合ってくれなかった。
人の話を聞いても、ふーんって感じに、
自分の分のアイスを食べはじめた。
(今思うとDQNばっかりのクラスだったので、
そんなこといちいち問題にしてられなかったんだと思うけど)
すごく些細なことだけど、
はじめての場所で、すごく不安で、
でも新しい生活を楽しみにしていた自分がかなしかった。
小学校の学芸会で演劇の主役をやることに。 当日はいつも忙しいお母さんが見に来てくれる! はりきって演じました。 家に帰ってからお母さんに感想を聞くと… 「ごめんね、開演前にウンコ漏れそうになってそのまま帰っちゃった」 _| ̄|○
724 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 09:54 ID:6qxuutX3
今日、地元中学の卒業式なんで思い出したことがある。 3年前の卒業式の日に好きな女の子に何も言えなかった。 せめて「好きです」でも伝えられれば自分の中で何か変わったかもしれない。 タイムマシンがあったら三年前の臆病な自分を殴って説教してきたい。
ゾイドは1983からかな。
>>724 3年前の自分を殴りにいってる暇があるなら
今、好きな娘に告白しろ。
3年後に後悔しないために。
727 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 11:43 ID:S6KLDis5
>>702 最後の愛の鞭だったりしてね。こいつはこのくらい突き放さないとやる気を起こさん!とか思いながら。
もし、そのときの悔しさがバネになって社会人として成功したんなら、効果あったじゃないですか。
728 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 11:44 ID:S6KLDis5
>>722 クズみたいなクラスメートと担任だな。人が泣いてるの見て
「やり過ぎた」と思うのならともかく、大爆笑するなんて!
>>722 まわりからみれば大したことない事で
ちょっとしたいたずらで「何やってんだよぉ〜!」とか言われてコミュニケーションはかろうとした
事だったのかもしれないけど、そこで泣いたから笑いがおこったんだろうね。
けど、その不覚にも泣いてしまう気持、すっごいわかったし、
その不覚にも涙がでてとまらなかった君のことを思うとものすごくせつない・・・。
子供の頃は何が傷付くか本当に大人にははかりしれない(にしてもその先生の態度はいかんが)
自分が子供と接する時は子供の気持ちを忘れないでいたいと思う
>>719 そのおばぁさんが確信犯にしか見えない私は歪んでいますか?
最初から財布に1000円てのは知ってたと思うに1000マッカ
731 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 12:42 ID:RRIGuaJ0
>>729 小学生にとってアイスがないっていうのはちょっとしたいたずらですまされないよぅ!
って思うのは単に私が食いしん坊なだけですよね。。。
まぁ確かに大人になった今でもその仕打ちは大泣きに値するかな・・・。 冷蔵庫のプリン食べられたら怒り狂うのと一緒だな・・・。
733 :
722 :04/03/09 13:28 ID:n6rHY+XW
アイス一個の話だけど、 自分の気持ち解ってくれる人がいて嬉しいでつ。 結局、その学校では最後までそんな感じでした。 今だったら 「給食費払ってるんだから、アイス食べさせろ!うらぁ!」 ぐらいは言え・・・ないかな(ワラ
734 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 13:34 ID:0j2aWHnA
あれ、527の話って4チャンネルでやってた 3本たてのアニメのうちの一本じゃない。 私はテレビでみながら泣いてしまったから覚えてるけど。
735 :
734 :04/03/09 13:37 ID:0j2aWHnA
あ、ごめんなさい。余計なこと書いちゃいましたね。 スルーして下さい。
736 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 13:44 ID:8rGKorSo
厨房のある日、メガネを忘れた。 私はその頃一番前の席で、担任じゃない教師になにか言われた?けど 視力が悪いので私に言ったのか確信が持てず、名前も呼ばれていないので 教師のほうを見ながらジーッとしてたら、 「そういう風にしとけば答えんでいいと思ってるんな。」 と言われた。 同じ教師でもう一個 高飛びの練習をしてたら、あの教師がまたなにか言っていた。 またジーッとしていたら内容忘れたけどムカつくことを言われた。 友達は「○○(私のこと)ちゃん、ちゃんとやってたのにね〜。」 と言っていたから、私は悪くないんだと思う。 そんなわけでその先生大嫌い。私は悪くない(=゚ω゚)
738 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 14:10 ID:Ahgv3m2g
>>736 一番前の席でもよく見えないのによくメガネ忘れられるね!
739 :
736 :04/03/09 14:22 ID:8rGKorSo
740 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 14:30 ID:dU8+RLv2
中学の卒業式の日。朝早く学校へ向かう私に 「背中にゴミが付いてるから取ってあげる」と近づいてくるジーサン。 素直に取ってもらおうと立ち止まるとそのジーサンは背後に回り 「たくさんついてるね〜」と言いながら髪をグイグイ引っ張った。 慌てて逃げて学校までダッシュしてから三つ編がグチャグチャになっていることを 友達から指摘された。背中に埃もついていた。 怖かったのと安心したのとで生まれて初めて学校で泣いた。 三年間かけて伸ばした髪をキレイに編んで卒業式に向かいたかった。 肝心の卒業式で男女皆が泣いているのに私だけ泣けなくなってしまった。
741 :
736 :04/03/09 14:35 ID:8rGKorSo
あ、忘れたって書いてありますが今思うと 「メガネかけると余計ブサイクに見える。」と考えて はずしてたのかも・・・。
736 シ ネ
自分が小学生の頃いつも勉強部屋で一人で寝ていたが、今まで両親と一緒 に寝ていた妹が、もう5歳だからという理由で自分と同じ勉強部屋で寝ることに なった。 そのときなぜか自分が一緒の部屋に寝ることをすごく嫌がって、寝てるときも 「ちぇー、なんだかよー」とか、わざと妹に聞こえるように言っていた。妹は 「ゴメン、にいちゃん・・」とか言ってた。次の日から妹はまた両親と寝るように なった。 20年以上もたってもう覚えていないと思うけどゴメンよ、妹。・゚・(つД`)・゚・
>>743 妹の話は胸が締め付けられる。
漏れにも妹がいたから・・・。
>>743 きっと妹さんは忘れてるかもしれないけど
でも、兄者はずっと
そのときの妹さんの寂しい顔とか覚えてるんだよね
私もピアノのお稽古に行くので
家を出たら妹が「あたしも連れてって-」と泣いて叫びながら
私を途中までよたよた走りながら追いかけた3歳の頃の妹を思い出すと泣けてくるよ。
そして今は
30になるのに実家で貯蓄もせずに遊びほうける妹を思い出すと泣けてくるよ。
自分も10才年下の妹のオムツを替えてやってたものだが 今は腰パン、ヘソピアスでうろうろしてるの見ると泣けてくるな。
体が強くなかったのと、学校に馴染めなかったのとで、 1年の最後に単位が足りず進級できないということで 私は退学を選んだ。 偶然、退学届けを出しに行った日は丁度卒業式の日で、 届けを出し終え階段を下ると、卒業式が終わったあとのホームルーム中で 教室の外まで声が届いていた。 「今日卒業ですけど、みんなすごくいい人たちでした!」 「俺がビッグになったらまた会いましょう!」 「就職先進学先でも頑張ってください!」 学校であまり楽しいことがなかったけど、 あー私は卒業式を迎えることができないんだ。 もうこの学校に来ることもないんだ。 と思うと切なくなった。 加えて、見知らずの先生に、「卒業おめでとう」 と、卒業生と間違われて、すれ違いざまに微笑まれ、 切なさ倍増…。
748 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 18:03 ID:MIhh4l5i
>>746 私にも10歳下の妹がいるので思わず笑ってしまった。
おしめをかえてやったり(当時はまだ布が主流)ミルクをやったり我ながら良い姉だったと思う。
妹の成人式の日
振り袖姿の彼女をみて「こんなに大きくなったんだなぁ…」という嬉しさ&私も10年前は若くて………
隠れて泣いちゃった。
749 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 18:56 ID:3pHOWLO4
昔、同じ職場の男性と付き合ってタンだけど、 当時私は精神的におかしくて、結局双方ぼろぼろになった。 最後の方は泥沼。相手も完全におかしくなり、 非常に冷たくなった。 私は優しくして欲しくて、相手に「会いに着てくれたら高速代渡すから」 とか言ってちょくちょくお金を渡し、その額は結局総額10万ほどになった。 それから数年。私は別の人と結婚して、住み慣れた土地を離れる事になった。 一応メールで報告した所、 車でうちまできてくれて、ご飯を食べて、お祝いの封筒をもらった。 あけたら10万8000円入ってた。 私が渡したお金きっちりだって。 とってたのね…
750 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 18:59 ID:lZQu+kKj
大学一年の頃、パソコンの授業があり 隣りの席は女のコだった。そのコはパソコンを使うのが 初めてらしく、授業で教えられる手順がわからないようで しょっちゅう戸惑っていた。俺はそのコが困ってるのをみるたびに、 「ここをクリックすんだよ」とか教えてあげていた。 そのコとは他の授業も同じで、よく話す友達になっていた。 とてもおとなしいコで、他に男友達はいないようだった。 たまに一緒の授業に隣り合って座ったりした。 ある日、授業の始まる前そのコに呼びだされて廊下のベンチで話をした。 女のコ「私ね、今日で大学辞めて地元に帰ることになったの」 突然のことで俺は事情が飲み込めず「??」だった。 何度も理由を尋ねたのだが、はっきりと教えてくれない。 「最後に一緒に写真撮って」とその子は言い、自分撮りの姿勢で、 そのコが俺の肩に密着するかたちで写真を撮った(女のコとこんなにくっつくのは初めてだった)。 そのコはVサインをして、俺にもVサインをしてと言ってきたが俺は拒否した。 学校を辞める理由をはぐらかされたので納得いかず、俺は仏頂面でフレームに収まった。 その時始業のチャイムがなり、そのコはお別れを言って去って行った。 その日の授業は大事なテストがあったので、そのコを追っていくわけにもいかず それ以来会っていない。 すごく色白で細いコで、俺の勝手な想像だが、たぶん病気のせいで大学を辞め 地元に帰らざるをえなかったんじゃないだろうか。 今でも元気に生きているか心配だ。 彼女にとっては、俺と会ってから別れるまでの ほんの2、3ヶ月が大学生活の思い出なのだろう。 写真を撮るとき、笑顔を作ってあげれば良かったと思う。
>750 仲がいいと余計に言えない、言いたくない事情ってあらぁね・・・切ない >749 お金が貰えるからという理由で行っていたわけじゃないと暗に示して・・・ いい奴だな・・・切ない!
一昨日高校の卒業式だった。
前日徹夜した俺は卒業証書貰って退場するまで寝ていた。
高校で友達もいなかったし楽しいこともなかったので別に全然感慨深くなかった。
卒業式が終わったらすぐ帰った。
卒業アルバムを貰うのを忘れていたことを今日になるまで気づかなかった。
帰りに床屋によった。
顔剃りしてもらっているとラジオから松田聖子の「制服」が流れてきた。
今度モーニング娘だかが歌って再販するらしい。
何気なく聞いていたがさびの部分を聞いたとき死にたくなった。
失う時初めて まぶしかった時を 知るの
俺にはまぶしかった時もなかった。
ただ高校に入った時から「高校時代は大切だ」「今のままじゃだめだ」
という漠然とした思いはあったが結局卒業するまで何もできなかった。
他の人間は学生時代に部活や友人関係で
努力することの大切さを知ったり、コミュニケーション能力を培っていくんだろうけど
俺は帰宅してからゲームばかりやっていた。
大切な時間を無駄に過ごしていただけだった。
スレ違いだねごめん。
切なくもなんともないし文章下手だし完結してないし1時間かけて書いた文章なんだけどね。
さっき
>>595 の借金のメルマガ読んだけどその人の気持ちすごいわかる。
未来への希望が持てない。
明日は今より確実に悪くなってる。
俺もそんな感じです。
ありきたりな言葉だけど・・・ 若くて、命に関わる重大な病気では無くて・・・・ それほど幸せなことはないぞ! なんてね。
754 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 19:38 ID:S6KLDis5
>>735 意地悪いこと書くんなら最後まで徹底したら? 書いてからビビって「スルーしてください」なんてかっこ悪いよw
何だか素直な感動に水差す奴が増えたよな
>>752 さらにありきたりだけど……。
苦しいのは君だけじゃないよ。
756 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 19:48 ID:rCKAe9iv
昔、友達がいなくて孤独で良く学校をサボってたのだけど、 両親は働きに出て誰もいない家に独りでいた時に 外を走っている石油販売車から流れる「五木の子守唄」が 淋しげに聞こえて来た時、自分は何やってんだろうって すっごく悲しくなった。 でも石油販売車も何でこんな悲しい曲を チョイスしたんだろうかと未だに疑問です。
758 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 20:19 ID:MIhh4l5i
>>752 学生時代だけが青春ではないよ。
きっとこれからまぶしくなります。
失ってから気付くのでわなく、そのときを大切にできればいいですね。
無理をせず、自信をもって前向きになってね。
759 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 21:01 ID:I+yXWRI7
>>750 それ、すげー切ないな。でも、ありかたりだけど縁があればまた会える。 俺にもまた逢いたいって思う人はいるけどいつかまた逢える日を 心のどこかで期待して、その日のために頑張って生きようと思っているよ。
760 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/09 21:39 ID:dARmhilR
>>665 で思い出した。
背が一番低くて、なにをやってもダメで、「ゴキブリ」「妖怪」「気持ち悪い」と周囲から言われ
容姿に強度のコンプレックスを持っていた俺は
ある時、バイト先の同僚の可愛い女の子が
俺の食べていたカップラーメンを「私もちょうだい」と言って
俺の使っていた箸とともに食べ出した。
こんな化け物みたいな俺になんて気さくな香具師だと思って感動した覚えがある。
時は移り、コンプレックスを克服しようと運動も勉強も死ぬ気で頑張った俺は
おっさんになるに従い、逆に10代の頃には考えられないくらいもてるようになり、
人から見れば一応尊敬されるような社会的地位も得て家族も出来た。
いまだに
>>696 =
>>702 のようにダメだった頃の自分の残像に苦しむこと多々あり。
>>730 歪んでると思われ。
おばあさんが結局受け取ってたらそう思うのもありかもしれないけど、
頑なに受け取らなかったわけだし。それとも他に目的が?
焼き芋売りの声がうるさいから冷やかしの一環として?
他の焼き芋売りからの差し金?いじわるばあさん?
どんな予想にしてもそこまで飛躍してたらやっぱり歪んでるよ。
>>752 わかる。
漏れは大学時代に何もしなかったことを後悔してる。
DQN大に入ってしまったことも後悔してるが。
まだ若いんだからこれからでもまぶしくなるよ。
>>758 に同意。
>>595 のメルマガでさえ
「国立大に入れてすごい」「借金があっても大学時代は楽しそうで羨ましい」
と思ってしまった漏れって一体・・・。
763 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 00:05 ID:/BCwO4pQ
まだ小さかった頃、三歳下の妹は先天的に腎臓が弱く、よく入院した。 父は帰りが遅く、母も仕事を持っていて仕事帰りに病院へ寄って帰るため、 母が帰ってくるのは早くて夜の7時半。 私は小学校低学年の頃からよく手伝いをしていた。 自分の鍵で家に入り、おいてあるお金とメモを持って近所に買いだし。 肉や魚を冷蔵庫に入れて、ごはんをといで、みそ汁の用意をし、 風呂の湯をバケツで洗濯機に運んで洗濯もした。 子供にそのバケツは重く、バケツをゆらして服をぬらさないよう、 スクール水着に着替えて寒くても頑張った。 それもこれも、親に「やりなさい」と言われてしたことではない。 自分から進んでやっていた。 なぜなら、そうでもしなければ寂しくてやってられなかったから。 でも、周りの大人達は妹を心配し、妹を誉めた。 「小さいのによく頑張ってる。」「病院でよい子にしてエライ。」って。 母の友達や、妹の保育園の先生や、友達や、いろんな人が妹の見舞いにいって、 妹には山のように人形やオモチャや本が集まった。 私はといえば、ようやく帰ってきた母に 「ねぇごはん手伝ったよ、今日は洗濯もしてみた、窓もふいたよ!」と、 誉められたくて次々に報告するが、疲れ切った母はあまり聞いてくれなかった。
な、泣ける…。 誰かがきっと見ていたさ。
>>763 あぁあそのとき私があなたのそばにいたら
おもいっきり抱きしめてありとあらゆる手を使って褒め称えるのに!!!
悔しい。
>>752 わかる。わかるよー!その気持!!
私も高校時代全然輝かしくなかった。彼氏もできなかったし、太ってたし、
バイトばっかりやって、部活もしなかったし、男子とろくに話せもしなかったし、
今みたいに女子高生マンセーの時代じゃなかったし、本当に全然駄目。なんならちょっと苛められてた感じだし。
私にとっての青春はその後22〜26だったよ。
痩せて綺麗になって、彼氏もできて、短大時代に友人に恵まれてね・・。
ボード行ったり、オールしたり、サークル行ったり・・・。なんか急に活動的になって。
30になった今「青春だったな」って思うのは22〜。
人によって違うっておもう。
上にもあったけどその時々を大事にしていたら後から輝いて見える。
特に男性だったら・・・。高校なんかまだまだ未熟だし。これからどんどん油のっていける時期なんか
たくさんあるし。がんばれぇ〜!
>>763 うっうっうっ・・・・・・・!!!
今はいい伴侶に恵まれてる?
いっぱいギューしてもらって!な、泣ける!!
768 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 00:29 ID:D/kudOz3
中学の時、転校してきた子を好きになった。 うちのほうは冬になるとスキー授業があるんだけど、 雪の降らない土地から転校してきたその子はスキーが出来なかった。 好きだったし、チームも一緒になれたから いろいろ手助けしてあげたり教えてあげたりしていたら 友達から「好きなんじゃねぇの?」とからかわれてしまった。 そこで、つい、恥かしさと恋心がバレたくない一心で 「好きでやってんじゃねぇよ、同じチームで仕方なく面倒見てんだよ。」 と言ってしまった。 そしたら、その子に「ゴメンね、迷惑かけてばっかりで」と泣かれてしまった。 その子だってスキー初心者なんだから下手なのはしようがないし みんなの手前とはいえ悪いことを言ってしまったと思ったし、 切なくて胸がいっぱいになったけど、 「べつにいいよ、もう泣くなよ」としか言えなくて本当に辛かった。 もう、その子と二度と仲良くできないし 慕ってももらえないだろうなぁと思ったけど その子は今、俺の奥さんでーす。
>>752 皆、青春時代が輝かしいとは限らないよ。
自分も思い起こせば、高校時代なんてちっとも楽しくなかったなあ。
無駄に過した感じだ。昭和の話だけど。
もっと楽しい日々はこれからどんどん来るよ。
>>752 私も学生時代がまさに暗黒時代だったよ。
高校では女の子の陰湿ないじめやなかまはずれにあってたし、
よくぞちゃんと卒業したもんだと思うよ。
就職して、知り合いのいない遠くの街で、
ちょっと名の知れた会社に就職できた。
それから、今までいたのはものすごく狭い世界で、
とてもいびつなとこだったとわかったよ。
ごく健全で普通な人間関係、悪意をいちいち警戒しなくていい
人間関係というのを職場で知った。
尊敬できる先輩や、同僚や友人にも恵まれた。
厳しい先輩や上司もいたけど、学校にくれべれば天国で、
社会人の生活がものすごく楽しかった。
私自身はそんなに変わらないのに、学生時代とは違って
なぜか職場では可愛がってもらえた。
あのころが私の青春だなあ。
>768 のろけかよ
>>768 こいつめぇ〜
む、むかつく!何がでーすだ!何がでーすだ!
774 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 00:37 ID:W4qwsrMn
子供の頃父親の借金のせいで、両親が共に借金返済の為に働くので、 私と弟が田舎に2年間預けられた。私が5歳弟は1歳の時。 初めは田舎に遊びに行くよ!という事だった。 すっごく嬉しくて、更にいつも仕事で忙しいお母さんが「一緒に広場に遊びにいこう?」と私だけを 誘ってくれたのがすーっごく嬉しくて。 大きな広場でお母さんが「あっちまで走ってごらん?向こうにタッチしたらこっちにもどってきて。 どれくらい早く戻ってこれるかな〜?」と言った。 嬉しくて必死に向こうまで走って、そしてもどってきた。そしたらお母さんじゃなくおばあちゃんがいた。 「お母さんは?」と聞いてもおばあちゃんはにっこり。 その夜、お母さんが大阪に戻ったことを知った。 私は大泣きした。何って、何って、本当は知ってたから。家が大変だったこと。預けられるんじゃないかな、て事。 お父さんとお母さんがケンカばっかりな事も、離婚寸前だってことも薄々解ってた。 こんな風に嘘ついて置き去りにしていくなんて。最後に「バイバイ」って何で言ってくれなかったの。 置き去りにされたあの光景はいまでも心に残ってる。その後お母さんに会うのは2年後。 私は憎んでた。お母さんの事。弟の事必死に面倒みてきた。泣いちゃ行けないとおもってたし。 でも2年後初めてお母さんに会ったとき、弟が私じゃなく、「おかあさん!!」ってだっこしてもらいに走った。 私じゃなくてやっぱりお母さんなんだ・・!と辛くて哀しくて。 私は下向いていたけど涙が止まらなかった。 おかあさあんが、「おいで」って言ったとき、糸が切れたように号泣した。 許すつもりなんかなかったのに、涙が全然とまらなかった。 私はお母さんにしがみついて「おかあさん!!おかあさん!!」って泣いた。 親と子の絆ってすごい。どんなに合って罵倒あびせようとおもっていたのに、私はお母さんに会うと 涙が止まらなかった。すっごくお母さんに会いたかったんだってその時解った。 2年間会えなかったこと、辛かったんだって思った。 今大人になってもお母さんの気持ちはあんまりわからない。 私は愛されてなかったのかな?その時の事を思い出すといまでもせつない。
>>774 拙い。寝ようと思ったのに、涙が出てきて寝られない。
辛かったね、切なかったね。小さいのに良く頑張ったね。(⊃д`)
でも、痛みや辛さを知ってる分、774は強くて優しい人になれたと思うよ。
774が、今を幸せに生きている事を祈る。
776 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 01:17 ID:Vy9hrAq/
>>768 あー、なんか甘酸っぱくて爽やかでせつなくていいなぁ。
で、最後は羨ましい。
そういう思い出、欲しい。
777 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 01:21 ID:2mBlLn5t
>>773 どんなことされてもお母さん好きなんだよね。。
泣けた。。
>>774 水をさすつもりはないが・・
拙い(つたな・い)
>1)物事に巧みでない。へたである。まずい。
>「―・い文章」「―・い筆跡」
>(2)能力が劣っている。おろかである。
>「―・い者ですがどうぞよろしく」
>(3)運が悪い。
>「武運―・く討ち死にする」
>(4)卑しい。見苦しい。
>「大王は極めて美(うるわ)しく在(ましま)す、我は極めて―・し/今昔 3」
>(5)ひきょうである。意気地がない。
>「異者ども集まりて、―・し、―・し、弱し、弱し、と云ひければ/今昔 27」
使い方間違ってませんか?
今、友達からお誕生日おめでとうメールが来た。 誕生日は明日なんだけどな…。
>>777 「まずい」って打ってみ。「拙い」って変換候補があるから。
('A`)モマエ、カコワルイヨ
781 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 01:46 ID:qA1LORlm
不味い まずい マズイ マツイ マズイ 携帯だからかもしれんがでないよ。
>>777 ご指摘、ありがd。
“つたない”ではなく、こんな時間なのに寝られなくなって“まずい”
ってつもりで使ったのだが、不適切だったか。
ま、深夜だ。
脳味噌トロトロなんで、あんまり深く突っ込まないでくで。
このスレ読んでると、ついつい寝過ごしちゃうんだよなぁ。
>>781 PCと携帯の辞書を比べられてもナァ
変に言い訳せずに間違い認めれ
時々、何と言うか物語口調で文章を書いてる人がいるが、 何か自分に酔っているという感じがして萎える。
って書いてる端から、誤用。 寝過ごすでなくて、寝そびれるだ。恥ず〜 もう、本当に寝なきゃですな。
切なければそれでよし。
787 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 02:08 ID:JZVCMZj3
さっき母親から聞いた、父親側のいとこのお話。 (といってもうちは父が早くに亡くなってて疎遠なので私は面識なし) 彼は子どもの頃からものすごく頭がよくって、父方の親戚はみんな期待していて、 ストレートで某超有名大学に合格、親に仕送りしてもらって四年間大学に通った後 更に大学院に進み、更に超有名企業の研究室に内定が決まったそうです。 と、ここまではとっても順調だったのですが、なんと大学院留年しちゃったんだって。 で、内定先にも親にも言い出せずに結局自分のアパートで自殺しちゃったそうです・・・・ 何もそんな事で死ななくてもいいのに…かわいそうすぎる…
就職が決まらない。
切ねぇ…
790 :
787 :04/03/10 02:17 ID:JZVCMZj3
791 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 02:17 ID:XsshdzGz
>>774 な…泣いたよ。
お母さんはあなた達を迎えにくるために必死に頑張ったんだろうね…
そして、5歳のあなたはすごくしっかりしたお姉ちゃんだったから、事情を薄々感じているだろうと…お母さんは思ったのでは?
いつ迎えにくるのか約束ができない状態で待っててねと言えないなかったのでは?
お姉ちゃんは弟が生まれるまでの間、ずっとかわいがってもらっていたんだよ
だから、あなたは弟の面倒をみて頑張ったんだろうね。
お母さんはすごく感謝してるとおもうよ
>>750 いつの日か、その話にオチが付いたなら凄くいい話になるよ。
きっとまた逢える
今年の初めに、ばあちゃんが亡くなった。 ところがいざ死なれてみると悲しいとか悔しいとか何も感じない。 親戚とか、従妹とか、亡き骸の前でさめざめと泣いてるんだけど あの空間の中で俺だけ感情が無いように普段どおりの顔だった。 送辞の言葉を孫代表で書かされたけど内容のほとんどが本心じゃない。 ばあちゃんの骨を拾った時も、何も感じなかった。 なぜこんなにケロッとしてるんだろう。涙とか、出ないのか。 全て終わって帰りの新幹線に乗った後、急にやりきれなくなってきた。
>>793 悲しめない時が一番辛いね・・・
哀しみの感じ方は人それぞれ、
けして今悲しめないからと言って貴方がばあちゃんを軽んじていたわけではないと思います。
もしそんな貴方を咎める人がいるなら俺が殴りに行くよ。
795 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 03:39 ID:8yibVTpv
>>787 途中まで読んでうちのいとこと全く同じ境遇だな、
と思ってたら自殺しちゃったんだ…
いとこももしかしたらそうなってたかもと考えると…
(((((((;゚Д゚)))))))ガクブル
亀レスです。
>>730 >>そのおばぁさんが確信犯にしか見えない私は歪んでいますか?
買い物帰りで、財布の残金は把握していたようです。
帰ってから新聞代だかガス代だかの集金の人がくるだったかいわれたように
記憶してます。
演技でもなかったと思います。
焼きイモは安いものというイメージで買いに来て、ギャップに驚くのは
お年寄りの人はちょくちょくいたので。
経験上、意地汚い買い方をする客はそれが顔にでていたように思います。
それに、お年寄りならなおさらそれまでの人生が顔に刻まれているものです。
今となっては印象しか思い出せませんが、
そのおばあさんの顔も人柄がうかがえるようなとても穏やかな顔つきでした。
この話をいままで1度だけ人に話したことがあるんですが、
その相手もやはり自分が経験したわけじゃないので
感極まって泣いている私にちょっと戸惑っているようでした。
自分の書き込みを改めて読んで、どこかしっくりこなかったのですが、
784さんの書き込みで、ハッとさせられました。
自分の経験に酔いしれてたのですね。
生まれてこの方、家族というものを知らない私にとって、
人とコミュニケーションすることに
このおばあさんの友達に喜んでもらいたいという言葉と、
「ごめんね」といってもらえたことは本当に心にジンと来る思い出だったのです。
誰かに聞いてもらいたいという気持ちばかりが前に出てたんですね。
赤面しつつ、ご指摘に感謝しております。
>>796 スマンそのときの焼き芋っていくらだったの?
焼き芋ってそんな高いの?
当時焼きあがりの重量で100gあたり100円で売っていました。 現在の物価ならその1.5倍くらいでしょうか。 仕入れ値は焼くその半分。今でもコシヒカリより高いと思います。 探せばいくらでも安いイモを仕入れることは可能でしょうね。 事実、もっと安い品種を使ってる業者も多かったですね。 でも、それではおいしいといって売る焼きイモは焼けません。 卸売市場で一級の上を使用してました。 品種がいいだけでなくて、焼きイモ用に糖度が高くなるように 栽培したものからさらに大きさと形の整ったものを選別して 市場に出すので高くなります。 おばあさんと選んだ焼きイモは大きくて立派なのが三つ。 重さにすれば、三つで2kgくらい。 値段は2000円になりますね。 そのときは、ほとんど利益なしの1500円と言いました。 誰もが安く買えるようにしたいと思っていたのですが、 その夢は実現できませんでした。
今更なんだろうけど、
>>798 の焼きいも食ってみたかったなあ。
(⊃д`) どうもありがとう。
>>787 院で留年するなんて滅多に聞かない話だから
相当な挫折感だったんだろう。
>>798 そのばあさんは多分あんたの気持ち、嬉しかったと
思うからそんなに気にすんな。
803 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 09:32 ID:DyUkaYd1
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。 「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」 沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。 太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。 老人は村の若者達と共にその作業に参加した。 日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。 やがて戦況は日本に不利となり、 いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。 仲間達と話し合った彼は代表数人と共に 日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。 それを聞くなり隊長は激高し叫んだという 「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」 日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか 裏切られた想いで、みな悔し涙を流した… 船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。 村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。 しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。 そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。 先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。 あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。
パラオは今でも非常に親日的な国で、今でも子供に日本人名をつけたりしています。 ペリリュー玉砕戦で日本軍は全滅しましたが、ペリリュー島民の中には日本軍とともに 米軍と戦う意志を持った方もいました。 ですが、民間人を犠牲にしてはならぬという判断により、ペリリュー島民の強制疎開を実施したそうです。 日本軍玉砕後にペリリューに戻った島民は、島中に散乱する日本人の遺体を見て非常に悲しみ、 放置されていた日本兵の遺体を埋葬してくれたそうです。。 また、ブラッディーノーズの近くにあるペリリュー神社には、 米軍ニミッツ元帥による以下の日英2文が記されています。 「Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.」 「この島を訪れる、もろもろの国の旅人たちよ。 あなたが日本の国を通過することあらば伝えてほしい。 此の島を死んで守った日本軍守備隊の勇気と祖国を憶うその心根を……」
>>805 嫌ってるのは中・韓・北と、植民地での利権を持っていた華僑系住民だけですよ。
インドネシア取られたオランダも逆恨み。 逆にインドネシアはとっても親日。
>>793 俺も大爺(曾祖父さん)が亡くなった時そうだったよ。
ほんと心の底から尊敬してたし、好きだったけど何故か泣けなかった。
最後寝たきりになってたからかな。
何となく「楽になれてよかったね」みたいな感情もどこかにあった気がする。
でさ、その曾祖父ちゃんが亡くなったのが朝食の最中で、
看病してた祖母と大婆(曾祖母)が気付いて、まだ息のある内に呼ばれたんだよ。
父は早朝から市場に行ったりして仕事してたから間に合わなかったんだけど。
で、皆に声かけてから息を引き取って行ったんだけどさ、
俺のこと顔見せて、「○○だよ、分かる?」って母か祖母が言ったのさ。
そしたら、そこで俺の父親の名前呼んだんだよ。
当時小学校の高学年だったと思う。父親に段々顔が似てきてるって言われてて
父親の事は好きで、尊敬もしてたから嬉しいの半分、
俺って一発で気付いてもらえなかったのが寂しさと悲しさ混じり合って半分だったと思う。
皆でその部屋に集まって、看取られながら逝ったよ。
周りの皆が泣いてる中で、俺だけ泣かずにじっと大爺の顔眺めてた。
その内医者と介護師さんが来て、死んだの確認してもらって、
その日はそのまま学校に行かされたけど、一日何も覚えてない。
何なんだろうな。今これ書いてて途中で泣けてきた。
やばい。なんだろ。もう10年近くも前の事なのに。
何か俺が小さい頃水戸黄門見ようとしてるとこをリモコン取ってチャンネル争いした事とか
結局その後大爺の膝の上で時代劇見てたこととか思い出して涙がとまらねえ・・・
何なんだよ。今更泣いてどうするんだよ俺・・・・。その時に泣けよ・・・
友達の家で飯を奢ってもらった時のこと、食卓にて見掛けないモノを目の当たりにした。 一つ一つが赤くて丸くて小さい粒で、箸で多くを摘もうとするとポロポロ零れてしまう。 イクラみたいな奴だなー、と思ってた。 頬張ってみると、これが中々おいしい。気になったので、訊いてみる事にした。 俺「なぁ。(箸でその赤い玉をつまみつつ)これ、なんて食材?」 友「ほ?何って……イクラだろ。妙なことを」 俺「お前こそ何を言うかね。イクラっつーのは……こう、丁度この赤い玉が薄い膜で覆われてて……うまく説明できねぇな」 友「ちょっと待て。それはすじこだろうが」 俺「何?すじこ?」 いまいち事態を把握出来ていない俺。堰を切ったかの様に爆笑する友人達。 24年間生きてきて初めて知った。家の中で「イクラ」と呼ばれて出されていたのは「すじこ」だと言う事を。 せつねぇ。
810 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 11:16 ID:attjlvbz
3年前に父が亡くなった。俺は父に育てられたので、今で言うパパっ子だった。危篤の知らせを聞いたとき、 心臓がばくばく鳴った。死に目には会えなかったが、不思議と涙は出なかった。いろいろ思い出して泣いて みようとも思ったが、妙に冷静に送り出すことができた。母と兄は泣いていた。 でも、それから1年くらい、ほぼ毎日父の夢を見た。夢の中の俺はいつも5歳くらいで、いろんなところへ連れて 行ってもらったときの夢だったり、親父の亡骸にしがみついて「パパ、パパ」と泣きじゃくってる夢だったり。 最近やっとそういう夢を見なくなった。現実では未だに涙を流せていない。なんでだろう?
812 :
810 :04/03/10 11:27 ID:FswZcY8k
>>811 喜怒哀楽は激しいほうです。いつも女房や子供たちと大笑いしてるし。映画が好きで、
よく感動して泣いたりしてますし。
でも、父の件では未だに泣けません。それが不思議。
813 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 11:33 ID:ak9VpNnI
今から十年以上前の話しですが、小学校の修学旅行で日光に行きました。 初日の日程を終え、あとはお風呂に入るだけ。 各部屋で順番がくるのを待ちながら、皆で修学旅行用に買った新品のパジャマを見せっこしました。 生まれて初めて買ってもらったパジャマを見て、私は嬉しくなって皆に自慢げにこう言いました。 「パンツもきれいなんだよ〜明日履くの楽しみ〜♪」 一斉に「エー?!新しいパンツはお風呂上りに履くんだよ〜」と突っ込まれました。 すぐに「あはは〜な〜んちゃってw」と取繕いましたが内心では驚きでした。 パンツはお風呂上りに履き替えるものなのかと。 お風呂上りは脱いだものをまた着る。 翌日部屋にある衣類の山の中から比較的きれいなものを選んで着替える。 それが当たり前でした。 汚れた衣類が洗濯される事は少なく、ノーパンで学校に通うこともしばしば。 (セイーリの時はどうしたら良いのか分らず、トイレットペーパーを丸めて挟んでました。) そういえばこの修学旅行の初日、ズボンの下はパンツの代わりにブルマ…。 >パンツもきれいなんだよ〜 を「柄がかわいいんだよ〜」と勘違いしてくれた友達に感謝。 自分の子供時代を思い出すと本当に切ないです。
814 :
793 :04/03/10 11:57 ID:USPZfX1L
>>813 ネグレクトか…大変だったね。今は幸せですか?幸せだといいな。
816 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 12:26 ID:GH9shX+H
パンツ萌え〜
お前らのおじいさんが戦ったんだぞ。 悪いことするわけないじゃん。 日本軍は最も規律の高い国際法にかなった軍隊だったよ。 すれ違いすまん。
このスレ、ななめ読みしかできない・・・・ 「猫」なんて文字見たら、レス飛ばしてしまう・・・・・・
>>819 私は老人関係になると切なくてどーしよーもなくなる。
老人が悲しむ話は見てて辛くなる。
わしはおふくろものに……
/ヽ /ヽ / ヽ / ヽ ______ / ヽ__/ ヽ | ____ / :::::::::::::::\ | | / / \ :::::::::::::::| | | | (● (● ::::::::::::::| | | | ∪ ∪ :::::::::::::| | | | (__人__丿 .....:::::::::::::::::::/ | |____ ヽ .....:::::::::::::::::::::::< └___/ ̄ ̄ :::::::::::::::::::::::::| |\ | :::::::::::::::::::::::| \ \ \___ ::::::::::::::::::::::::|
>>819 なら来なくていいし。
いちいち報告しなくていいし。
824 :
823 :04/03/10 15:10 ID:I6fZ69VJ
>>819 はっ!
もしかして、じっくり読むと泣いてしまうからとか
猫ものなんて号泣しちゃうからとか
そんな理由?
だったらごめん (´・ω・`)
>>824 そうに決まってると思ったけどスレが荒れたらやだから黙ってた。
でも823が悪い人じゃなかったんでほっとしたよ。(´∀`)
826 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 15:56 ID:/maWE2Z9
学生時代、ラブレターを二通だけもらったけど、 どっちも罰ゲームの一環でした… もちろんわかってるからスルーしたけど悲しかった………
小学校低学年の頃、近くの席の女の子が私の持っている定規が気に入ったらしく 「自分のと交換しよう」と言ってきた。 私もその定規は親に貰ったばかりで気に入っていたので、断ったんだけど 次の日も「○○ちゃんもこの(その子の)定規気に入ると思うな」としつこく言ってきたので、 はっきり「やだ!」と言ったら不機嫌そうな顔をして離れていった。 良かったー、との安心感で、指でびよんびよん曲げて(柔らかい素材だった)遊んでたある日 「パキッ」と音がして定規が吹っ飛んだ。 せっかく守り通したのとお気に入りだったのとでかなり凹んだ。 アホだったな・・・。
小5位の夏、水泳の授業が終わって着替えていた時の話。 その日私は新しいパンツを着替えに持ってきていました。 とても可愛くてお気に入りで、履くのをすごく楽しみにしてました。 よっぽど嬉しかったんでしょう、近くで着替えてた友達に 「今日な、パンツ可愛いの持ってきてん、見て〜」 と、ウキウキしながら見せたんです。 「ほんとだ可愛い」みたいな返事を期待してたのですが、返ってきたのは 「そんなん見せびらかすもんちゃうで」 彼女が大人だったのか、私が子供すぎたのか…。 今思えば彼女が正しいのですが、切なかったです。
兄が自閉症だと母親から教えられた時は切なかった。 薄っすらと、彼が他の同級生達との扱われ方が違う事に疑問を持ち始めていた頃だったけど。 学校へ行くたびに「○○の弟」と上級生から囃し立てられていたのはこういう理由からかと 全てが頭の中でつながった。そして少し暗い気持ちになった。 兄が幼い頃の父親は固い頭で、偏ってて、仕事最優先で、理解できない息子に対して 「可愛い」とか微塵も思わなかったらしい。いつも怒ってたとか。 最近人間的に余裕が出てきたから今まで冷たくした償いのように兄に対して優しくなったけど、 向こうは小さい頃に怒鳴られまくった記憶が強く残ってるからあまり父と話したがらない。 彼らのやり取りを毎日見ている、そのたびに切なくなる。 んで、兄弟の俺ともコミュニケーションがうまく取れない。というか嫌われている。 昨日も顔引っ掻かれた。近くに座っただけなのに。切ない。
>>798 >誰もが安く買えるようにしたいと思っていたのですが、
>その夢は実現できませんでした。
元焼きイモ屋さん・・・ あんたいい人だな・・・
>>803 このスレはどれもこれも涙ぐんじゃうような話ばっかだけど、
>803はマジ泣きした。ええ話や。
833 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 21:56 ID:Y/xz5rf6
俺が小6の時、違うクラスだったけどある女の子が病気(腫瘍)で亡くなった。 霊柩車で運ばれて行くのを6学年全員で見送る時、その子と漏れが 小5の時に同じ委員会だった事を思い出した。 あの時彼女は同じクラスの同じ委員の子と楽しそうに普通に喋ってて動いてて、 つい2・3週間前に亡くなったとは思えなかった。 その子とは一回も話した事すら無かったけど切なくなった。
ageてしまった・・・切ねえ。 吊ってくる・・・。
>>832 そのあと、全員玉砕したんだよね…
父のアルバムに、かっこいい兵隊さんの写真が
はってあって、親戚の若い頃かと思って、
「これ誰の若い頃?」と聞いたら、
「お父さんの仲良かった友達」
「今はどうしてるの?」
「このあとすぐ戦争で亡くなったんだよ」
とてもあどけない顔の兵隊さん。
父は身体が弱かったので兵隊には行けなかった。
身体の弱かった父が生き残って、
この写真の人は戦争に行って死んだんだ…
父の若い頃、戦争があった、ということが
おぼろげに実感できた一瞬だった。
日本軍の戦争犯罪の話を学校で聞いてきては
父に問いただす私に、
「勝てば官軍」とだけ答える父だった。
どなたか、このスレのまとめサイトなど作ってくださいませんか? 私は――読み返すたび泣いてしまうので、ダメっぽいです。
837 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 22:46 ID:0TF1yNV4
中学を卒業する時に、同じ高校へ進学する子から 「サイン帳に何か書いて」とサイン帳を渡された。 同じ高校に進学するのに面倒くせぇと思った俺は、サイン帳に 「高校でもよろしく〜あとは特になし!!」と書きなぐって返した。 そしたらその子が「もっときちんと書いてよ!」と怒ってきたので 「同じ高校に通うのに何を書けって言うんだよ、バカじゃねぇの?」 と言い返してやった。 だけど、その子は卒業式の後 父親の転勤で遠くに引っ越していってしまって 同じ高校に通うことはもちろん、二度と会うこともなかった。 多分、「サイン帳を書いて」と言ってきた時、 自分が遠くに引っ越すことを知ってて黙ってたんだろうなと思った。 高校に入学して、しばらくしてからその子が引っ越したことをきいて 妙にサイン帳のことをしつこく言ってきてたことを思い出して後悔した。 言ってくれれば、もっと真心こめてサイン帳を書いたのに。 もし会えたら「あの時はごめん」って言いたい。
838 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 22:59 ID:hnrc2T35
839 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 23:05 ID:hnrc2T35
他力本願はいけないかなと思って自分で「泣ける〜」行ったらもう3/1に 掲示板に書き込みされてた。 折角行ったのでプッシュしてきますた。
840 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 23:07 ID:ixPC8+pL
>>835 死んだじいちゃんから聞いた話を思い出したよ。かなり前なんで俺の記憶もあやふやなんだが、
神風特攻隊で敵艦にぶつかるとき、通信兵が最後の言葉を聞いていたそうだ。出陣前は「死んで
護国の鬼となる」とか言ってた猛者が、体当たり直前には「母ちゃん、母ちゃん」と泣き叫んでいた
らしい。でも、その言葉はご遺族には伝えなかったと言っていた。すごく切ない気持ちになったの
だけは覚えている。
>>838 それ、今日はじめて知ったんだけど、やばい、涙出てきた。
まさか2ch関係でマジ泣きするとは思わなくて、ビックリしてる。
でも涙が止まらない……。
842 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/10 23:38 ID:BH3+c8gQ
( ~~.旦 .~旦 ) (( 旦~ グラグラ .旦 ..旦~ (旦~~ /⌒ヽ みなさん ごくろうさまです / ´_ゝ`) | / お茶がはいりましたよ | /| | // | | U .U ダシャーン \ ⊂\ _,,,,,,,,__ / \\_/ .,’'.,’:.',, .,’:.',, .,’: l .,’:.',,|[]].,’:..., ガッ _] ).,’:.',,:.',, []] .,’:.',,.,’:.',,.,日 .,’:.',,.,’:.',, / 凵シニニ_______________,,..ノ /[]].,’:',,:',[]]/[]]\[]].,’:.',,|[]].,’:.',, _ .,’:.',,]]/ 日.,’:.',,.., . ..,,,;:[]]
「通りますよ」の人がこんなに切ないキャラだったとはw
844 :
1/2 :04/03/10 23:44 ID:OHj+0YsQ
昔、家でヨークシャーテリアを飼っていた。ひねててわがままな奴で、他人からすれば ムカつく小型犬の典型みたいな奴だったんだろうけど、そこが逆にかわいかった。 でもお客が来ると吠え掛かるわ噛み付くわで大変なので、そういうときはいつも 2階にあげるようにしてた。そうすると寂しいのか、いつまでもキャンキャン吠えてた。 ある日、いつものように2階に上げてたんだけど、いきなり妙な物音が聞こえ、鳴き声もやんだ。 ただごとではないと見に行くと、息も絶え絶えで階段の下に転がってた。 階段のふちで力いっぱい吠えてるうちに足をすべらせて転げ落ちたようだった。 あわてて医者に連れていった。案の定、先生にはすごく怒られた。涙を流しながら怒ってた。 そのときのやりとりはなんだかはっきり覚えてない。ただ、回復するかどうかは微妙、 みたいな事を言われたと思う。結局、治療後に家に連れ帰った。 荒く浅い息を繰り返し、目はうつろで、体は強張ったままだが、家族に見守られてしぶとく生き延びてた。 なんとか回復してくれるかも、と思った。
845 :
2/2 :04/03/10 23:44 ID:OHj+0YsQ
怪我してから2日後、俺が家に帰ると、母が「ちょっと買い物してくるから、その間頼むね。」 と言って出て行った。犬の様子は相変わらずのようだった。 ちょうどその時期、俺はネットゲームをはじめたばかりで、寝る間も惜しいほどはまりつつあった。 犬も心配だったけど、まあどうやら大丈夫そうだし、と早速自分の部屋でゲームを始めた。 それから30分ぐらいして、母が帰ってきたらしかった。が、なんか俺を呼んでる。 「なにー?」 「死んだ。」「死んじゃった・・・。」 なんだそりゃ、さっきまでなんともないっぽかったのに。なんでいきなり死んじゃうんだ? そこでハッと気づいた。奴は必死に頑張ってたんだ。家族の看病に元気付けられて。 誰もいなくなり、孤独になった途端、気力が続かなくなったんだ。 ほんの30分足らずのこと、俺がそばにいてやるだけで良かったのに。 くだらないゲームごときを優先させて、俺が奴を死なせてしまったんだ、寂しい思いをさせて。 自分の薄情さにとことん嫌気が差した。これほど後悔したのは生まれて初めてだった。 家族の顔も見れなくて、一人でひたすら泣いていた。 未だに思い出すたびに自分に腹が立ち、泣きたくなる。 一度でもいいから謝りたい。ごめんて言いたい。
つい辛口になる。 大丈夫な様子だったのに死んでしまったというなら 30分目を離して息絶えてしまい、 その理由がゲームだからという理由で責める気は起こらない。 24時間つきっきりというわけにもいかないだろう。 でも、いくら可愛くても猫可愛がりするだけじゃなくて ちゃんと監督する立場から躾けておけば、 いや躾がうまくいかないとしてもせめて、 階段から転げ落ちることのない安全な部屋において置くとか 犬用の囲いの中に入れておくとかすれば・・・・ そんな事故が起こらなくて済んだんじゃないかって思ってしまう。
ちゃんとした躾を受けられなかったものの末路は寂しいものだな。 その犬はきっとその瞬間でも君のことを好いていたのだろうね。 再度躾る側になれた時にその償いをすれ。
悲しいが過ぎたことは仕方が無い。 自分が間違ったと思うことを今後繰り返さないことが大切。
兄貴が買ってきたカメが死んだ時すげえ悲しかった。 ペットボトルのキャップよりもひと回り大きいぐらいのまだ幼い命。 買った時から病気持ってたらしく元気がなかった。 家にいた間はほとんど薬品の入った水槽に入れてたな。 カメは鳴かないってのが一般的なイメージじゃん。 でも、その兄貴のカメ、病気で顔が腫れちゃってて鼻呼吸がうまくできないから たまに首をもたげて目をつむって口を開けて息してたんだ。 それが「泣いて」いるように、苦しいよって訴えてるように見えるんだよね。 ある日家に帰ったら母親が暗い顔してた。 カメにお迎えが来ちゃったんだね、薬品の水槽の中でじっと目を閉じたまま動かなかったんだ。 水槽を揺らしても、指で軽くつついても、動いちゃくれないし泣きもしない。 どんな生き物も遅かれ早かれ、原因は何であれ必ず死ぬ。 そんな事わかってるつもりだけど… 敷地内の桜の木の下に埋めてあげた。 最後まで病気で苦しんだままだったのかと考えると今でも胸がチクチクする。 宗教とか信じてないけど、もし天国なんて世界があるのならあのカメには 天国へ昇ってほしいって真面目に思う。 次に何かに生まれ変わるのなら、苦しい病気もない、薬の水もいらない強い命として 生まれて来てほしい。
>苦しい病気もない、薬の水もいらない強い命 こんな生き物いねーだろ。化け物以外。
幼稚園の頃、一度だけ父が夕飯を作ってくれたことがあった。 いつもなら、母が不在の時は、近所の親類宅に厄介になっていたのに、 何故か、その日だけは父が食事を作ってくれた。 優しい子煩悩な父だったが、如何せん“男子厨房に入らず”な教育を 受けて育った人だったので、それまで料理なぞ作った事もなかったと思う。 それが、子供のために悪戦苦闘して台所に立つ姿は、幼心にも胸に迫る ものがあった。 案の定、料理は失敗し、父はすまなそうに謝りながら食卓に並べた。 硬い御飯、真っ黒に焦げた大きなオムレツ、塩っ辛いホウレンソウ炒め。 三十年以上経った今でも、鮮明に思い出す。 でも、私には、それらはとても美味しく感じられたのだ。 苦くてジャリジャリしたけど、お水をガブガブ飲むほど辛かったけど、 美味しくて美味しくて、一生懸命沢山食べたと思う。 帰宅した母に、父は『○子は良く食べる』と嬉しそうに報告したそうだ。 結局、父の手料理を食べたのは、その時一度っきり。 今、父は、体も心も少しずつ動かなくなる病と闘っている。 お父さん、あの時の料理、美味しかったよ。 お父さんが忘れても、私がずっと覚えているからね。
このスレ。。 だめだって。。。。 悲しすぎ。
>>852 ヾ(-ω- ) ヨシヨシ
とりあえずあんたの涙だけ拭いて寝よう。モヤスミ(・ω・)ノシ
女房に初めての妊娠を告げられた時、 女房が実家に帰って産むことになるのかな 家のこと一人でやるの面倒臭いな 今までみたいに気楽に遊んでられないな ちょっと鬱陶しいな ちらっとそんなことを考えた。 五ヶ月後、女房は切迫流産で入院し、腹の中の子は八ヶ月で死産。 鬱陶しい・・・以前自分がそう考えていたことを思い出した。 月並みな言い方だが悔やむに悔やみきれなかった。 丁度女房が病院いた頃、義父が倒れて入院してしまった。癌だった。 初孫をとても愉しみにしていた義父だったが、 自分達夫婦が見舞いに行った席で子供の死産を聞かされる。 嗚咽をこらえていた義父。それから三ヶ月程して他界してしまった。 その日は順調に妊娠が進んでいれば腹の子が産まれる予定日だった。 - - - - - 切ない、というより辛い話だな。ゴメン。
855 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 06:26 ID:Xefraeyk
おまえらーー!! あんまり俺を泣かせないで.・゚。・.(・゚д℃) これからは人にやさしくなりまつ、、、
856 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 07:29 ID:R+deYuJy
>>849 子供の頃、ゼニガメを洗面器に入れて庭で飼っていた。真冬の朝、洗面器の水が完全に凍っていた。
氷を日なたに置いて解けるのを待ち、中のゼニガメを助けたが、まったく動かず、死んでしまった。
泣きながら庭に埋め、ごめんね、ごめんねと何度も謝った。
でも、春になったらゾンビのように復活して土から出てきた。
そりゃ凄い
初めてのプレイのときハナダシティでカメックスに進化したっけな…
>>854 あなたのせいじゃ絶対にないんですから、悔やんだりする必要はないとお思います
多分一番辛いのは奥さんだから大切にしてあげてね・・・・・
私が大学在学中、母が倒れた。あと2,3年の命と宣告された。 母は泣いて、泣いて、泣いて心も少し壊れてしまった。 父は仕事一辺倒の人で、家事等一切出来ない。 私が休学して、家事及び母の介護を引き受けた。 医学が進歩して、母は更に数年寿命が延びた。 が、入退院を繰り返した。結局私は学校を辞めた。 朝5時から夜12時過ぎまで家事・介護・仕事(在宅でPC関係のを 友人から紹介してもらった)という生活が7,8年続いた。 現在、母が発病してから十余年。医学は更に進歩した。 母はもうその病気で死ぬ事はない。 私も既に結婚し、別世帯を構える身となった。 が、母の心の病は残った。 普段は優しい母だが、病が出ると必ず泣きながら電話をしてくる。 「私があれほど行きたかった大学を、お前はどうして辞めてしまったの」と。 心が壊れていた時の記憶が彼女にはない。 多分臨終の際ですら、彼女は問い続けるのだろうが、私は答えない。
>>856 冬眠してたんやね。かわいいな。
爬虫類の生命力に乾杯だ。
>>856 な…泣かないぞ、泣くもんか…と思って読んでいたので、最後の1行で爆笑しました。
>860 切ねえ。お母さん大事にな。
>>860 私が>860だったら母親に対して「あんたのせいだよゴラァ!」くらい言いかねない。
いい人だね。いや私が性格悪すぎるのか。
病気だから仕方ないと思いながら、やっぱり心のどこかで母親を憎んでしまうかも。
うまく言えないけど、お母さんの心にも平安が訪れるといいね。
あんたの親じゃなくてよかったね
866 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 11:02 ID:3T/qo3Y8
小さい頃、とても綺麗な叔母がいた。親父の妹なんだが、いつも綺麗な格好をして、おふくろとは全然違う 匂いをさせていた。兄にも優しかったが、特に俺に優しく、いつもたくさんお小遣いをくれた。おふくろはいつも ちょっと冷たく当たっていた。大人になってから聞いたら、叔母は俺を養子にしたいと盛んに親父に頼んで いたらしい。これでおふくろの態度のわけが分かった。 叔母は、60近くになっても上品で、綺麗な人だったが、ある年の大晦日に急死してしまった。一人暮らしの マンションで、風呂に入っている最中に心筋梗塞を起こしたらしい。ダイニングテーブルの上には一人分の ご馳走が用意されていて、冷蔵庫にはシャンパンが冷えていたそうだ。風呂から出たら一人で年越しを 祝おうと考えていたのだろう。養子にはならなくても、もっと頻繁に顔を出してやるべきだったかなと、 少し後悔した。
>>866 でもさ、子供をくれって言う小姑の所へ
頻繁に顔を出す息子を見る母親ってのも切ないと思う。
行かなくて正解。
J( 'ー`)し ようじへ きょうはようじのすきな ハンバーグです (`Д) 外食してくるからいらねーよ メールすんな殺すぞ J( 'ー`)し きょうはなんじにかえりますか (`Д) 友達とカラオケ行くから今日は帰らねーよ うるせー J( 'ー`)し あなた!今日はようじ帰らないらしいわよヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ♪ 久しぶりにHしましょう(*≧▽≦)ノ キャー J( 'ー`)し おとうさんへのメールでした まちがえました ごめんね ('A`)
>>866 なんつうか・・・悲しいなあ。年くってから一人で年越しする気持ちって
どんな気持ちだったんだろ。
871 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 15:06 ID:j+Cv3uty
大学卒業して、故郷へ帰るという女友達を羽田まで送っていった。すごく気が合う女の子で、 4年間ずっと一緒だったけど、お互いに異性としては意識せず、お互いの恋愛の悩みとかを 話し合ったりした。最後の1年は二人ともフリーだったけど、今さら恋人同士になるのも照れ くさいのか、気持ちを口にすることはなかった。最後のクリスマスも二人で過ごしたけど、 友達以上の関係にはならなかった。 空港でかなり早めにチェックインを済ませて、あっちこっちぶらぶらしてるうちに、搭乗手続きの 時間が近くなった。彼女は急に口数が減り、手を握ってきた。思えば、4年間で手を握ったのは 初めてだった。そして彼女は「今日帰るのやめようかな」とぽつりと言った。「だってもうチェックイン しちゃったし、もったいないじゃん」と、俺は心にもないことを言った。「そうだね」という彼女は 俺の手を強く握った。 いよいよ搭乗手続き開始のアナウンスが入り、彼女は「じゃあ、元気でね」と言った。今しか ない、今言わなきゃ一生言えない。心臓が爆発しそうなほど高鳴り、俺は「待って」と言った。 「え?」と俺を見つめた彼女の顔は嬉しそうだった。俺は思い切って言った。 「君が好きだ」 「はぁ?」 「君が好...」 「やめてよ、あははははっ」 彼女は緊張の糸が切れたように爆笑し、嫌だ嫌だと笑いながら手を振って行ってしまった。実家に 着いた彼女からのメールの最後に、「気持ちは嬉しかったけど、ああいうのは困ります。4年間の 楽しい思い出を壊さないようにしましょう」と書いてあった。顔から火が出るほど恥ずかしかった・・・。
872 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 15:16 ID:HVOuqdlW
>>871 GJ!
君のような香具師を待っていたんだ!
このところ、ウルウルしすぎてたから。
>>869 きっと
寂しい。寂しいんだけど、それに気づかないフリをして
楽しいフリをしてる。と思う。
漏れの切ない?話し。
3年の頃、登校中にどうやら1年生らしい男子に「おはようございます」とあいさつされた。
知らない子だったけど、たぶん私の顔を知っていたんだろう(生徒会長だったので)
でも、私は挨拶を返すことができなかった。
数年後、外国人の多い土地に暮らしていた私。
海岸沿いを一人で散歩していると3才くらいの男の子を連れたパパさん(外国人)とすれ違った。
そのすれ違いざまに、「Hello」と彼は言った。私は何も返せなかった。
急に話し掛けられると面食らってアタマのなか真っ白になっちゃうんだよ〜・゚・(つД`)・゚・。
挨拶もまともに返せないなんて情けない、ほんと情けない。
決して無視したんじゃないんだ、声かけてくると思わなくてビックリしただけなの。
不愉快な思いをさせてたら本当にごめんなさい。
もう最初の件なんて10年以上も前だけど、今でも当時にもどって「おはようございます」と返したい。
返事がもらえなかった相手の気持ちを考えるともう辛くて・・・・・ウワーン
中学の時に好きだった子と銀行のキャッシュコーナーで 十年ぶりに偶然再会した。 お互いに「久しぶり」と声をかけ少し立ち話をした。 あんまり変わってなくて会社の制服を着ていたし、指輪も無かった。 「ぼちぼちお前も結婚しないと行き遅れるぞ」 軽い冗談のつもりで言うと、彼女は目を丸くしてこう言った。 「えっ?私もう子供が二歳になるんだけど・・。」 なんっつーか・・・せつない気分でいっぱいだった。
876 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 15:45 ID:9zWB1lD5
>871 言えただけ凄い だが伝えるのが遅すぎたな その友達は何をいまさらってかんじだったんだろうね 何年後かに燃え上がる可能性があるなw
878 :
871です(ID変わっちゃったかな) :04/03/11 17:14 ID:j+Cv3uty
>>877 燃え上がる可能性はないです。なぜなら彼女はその翌年に・・・あっけなく・・・
結婚してしまったからです。
披露宴にも呼ばれました。飛行機代とホテル代、それにご祝儀で10万以上
掛かったけど、友人たちと一緒に観た彼女のウェディングドレス姿は輝いて
いました。
別れの日から片思いが始まって、こういう形で終わったのは切なかった。
>>851 と似てるが、
うちの父親はそば打つのが好きだった。
そば打ちキット買って来て、
そば作りのハウトゥービデオとか見たりして、
父は熱心にそばを打ちはじめた。
父の作ったそばは最初全然おいしくなかった。
麺も太くてコシなんかなくて、ボソボソで、湯で加減も最悪。
「まずいよ。お父さん。こんなの食べられないよ!」と
ぼやく家族。
すると父は拗ねだして
「もうお前らには食わさない!」と言って
怒ってそばを流しに全部捨てた。
それでもまたそばを打ち始める父。
毎週末になると決まって父の不味いそばを食べさせられて
家族はうんざりしていた。
でも、だんだん慣れてきて、味もましになってきた。
「最近やっと食えるようになってきたね、お父さん。」
と言う家族のほめ言葉に少し照れながら
「うるさい、俺は飲み込みが早いんだ」
とぶっきらぼうに答える父。
880 :
879 :04/03/11 17:26 ID:dFIJUN6Q
それからしばらくして、 今週末もそばか…なんて憂鬱に思っていたら、 父が難病を発祥したと母から聞かされた。 体が段々動かなくなって、やがて死に至る。 父がそば作りをやめて4年経った。 父のそばは二度と食べられない。 でもまだ父はなんとか生きてる。 それだけで家族は幸せに思う。
小さい頃から自分の名前が嫌いだった。 周りの子は、みんな凄くかわいい名前で、子供ごころにものすごく羨ましかった。 私の名前は、ちゃんづけで呼んでもださいし、呼びすてにもゴロが悪くてイマイチだった。 だから、本当に大嫌いだった。なんでこんな名前付けたんだろうってずっと思っていた。 小学校だったある時、母親と大喧嘩をした。 「なんでこんな変な名前付けたの!?兄弟もいないし、一人っ子でつまんなくて、しかもこ んな名前だなんて最低!」 たぶん、こんなようなことを言ったんだと思う。 すると、いつもなら私以上の勢いで言い返してくる母が、黙ってしまった。そしてそのまま何 も言わずに寝室へ。 いつにない状態に混乱しつつも、私は悪くないもんと意地をはっていたら、ソファに座ってい た父がぽつりといった。 「お前の名前はな、魂が三つっていう意味なんだ。お母さんは、お前を生む前に2回流産して、 それでやっとお前を授かったんだよ。」 母が流産していたなんてまったく知らなかったので、その時私は、怒りも忘れて本当に驚いた。 驚きすぎて、何もいえなかった。 「お前には、その2人の子がいつも一緒にいてくれるように、例え何があってもお前は一人じゃ ないんだよって、そういう意味でお母さんと一緒に名前を考えたんだ」 そう言っている父もどこか寂しそうだった。その時初めて、私は父や母にとって、踏んではいけ ない地雷を踏んでしまったことに気づいた。 お父さんお母さん、ごめんなさい。 今はこの名前、ちゃんと大事にしています。彼氏にも大切に呼んでもらってます。
何「て」名前? の間違い
>>882 三つの魂がくっついてる絵があるじゃない。それと一緒。
○○○御前 とかいう人もいる。
886 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 19:59 ID:ytFCb9sy
>>878 なんつーか、切ないな。俺も似た経験ある。 これからいい恋愛してくれ。
>>885 それ、ダサイどころか、すごく良い名前だと思うんだけど。響きも、漢字の見た目も。
>>887 ぜんぜんわからないヨー ヒントお願いします。
>>887 でも当時は、漢字も一文字でかっこ悪いし、名前の判子もないし、本当に嫌で嫌で
たまらなかったんだよね。今はそうは思ってないんだけど。
なんか、本当に言ってはならない暴言を吐いてしまったなぁと、今でも思い出すたび
に後悔する。
>>889 漢字一文字?
それでひらがな三文字で簡単な画数の文字だったら
私が娘できたときにつけたかった名前と同じだ。
もしかして三つの魂がくっついている絵って、家紋にもある? 2つで白黒のやつも海外にある? 柔道の技にもある? デビュー当時奇抜なファッションと奇妙な動きがちょっとアレだった 女性タレントと同名?
磊矗蟲驫品晶轟贔姦森
ともえ 巴 トモエ
う〜ん、確かに子供心だと漢字見た限り嫌って思う気持ちは分かるかも。 でも名前を好きになれてよかったね。
名前で思い出したが、自分の名前を正確に言えた人がまだいない 子供のころはいちいち訂正してたけど今は面倒になってどうでもいいやって感じ ちょっと切ない
897 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 22:33 ID:SAYnmWGS
小学生の時、誕生日パーティを開いてもらった。友達が10人くらい遊びに来て、 たくさんプレゼントをもらった。当時、我が家はテレビゲーム禁止だったから、 トランプとかボードゲームとかで遊んでいた。そのうちに友達の一人が自分の スーファミの話を始めた。するとみんなトランプなんてそっちのけで、ゲームの 話に夢中になり、やがて「やろうぜ、やろうぜ!」という話になった。 言い出しっぺの友達が「じゃあ、うち来いよ」と言うと、「行く行く!」とみんなが 言い、「じゃあな!またな!」と雪崩のようにそいつの家へ行ってしまった。 俺は三角帽をかぶったまま、みんなを見送った。
>881さんとちょっと似ているなあ。ちなみに私も一人っ子。 私の母の場合は流産でなく死産でした。 無事であれば、私の姉になるはずだったそうです。 いつだったか、仏壇の中身を整理していたとき紙のお札みたいなものが出てきて、 「○○○○童女」という文字が書かれていたんですよ。 母に聞いてみると、やはり姉の戒名。 初めての子供を亡くした両親の気持ち、もし無事に産まれてたらどんな人だっただろうかと 考えると何ともいえない気持ちになります。 >885さんもヒントで書いているけど、巴御前て美人で武勇に優れた人だったらしいよ。 私も(・∀・)カコイイ!!名前だと思う。 私の名前はそんなに珍しくはないけど、漢字の当て方が珍しいらしく、ワープロなどでも 絶対一発で変換できないのが困るといえば困るw
モンモンモンの話みたい。
900 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 23:10 ID:kVgeMVjS
フレンズのモニカはお母さんに嫌われててかわいそう。
>>878 わかんねえ
何故彼女は君の告白を遮ったの?
だってきっと彼女も同じ気持ちだったんじゃないの?
それともそれって君の勘違いだったの?だったらせつな過ぎるぞ。それとも今更すぎる真っ向からの告白っていうやり方がいけんかったのかなぁ。
童貞の自分には女性の気持ちはわかりません・・。
童貞だからと放り投げるのではなく、人の気持ちを想像して理解しようとがんがれ。
>>881 巴って・・・・・普通に格好いい名前だと思うんだが
やっぱり女の子は格好いい名前よりかわいい名前のほうがいいのかねぇ
花の名前だとか芸能人と同じ名前だとか
でもあんたの名前は「会うことのなかった兄姉達」「日本史上最も勇敢だった女性の一人」
これらに関連してつけられたとても意味のある名前だと思うよ
904 :
903 :04/03/11 23:30 ID:QlxmhouN
俺なんか某ミスター赤ヘルにちなんでそのままつけられた(´Д`) 爺ちゃんがプロ野球選手になってほしかったらしい ありきたりといえばありきたりな名前 そんな俺は阪神ファン
905 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 23:40 ID:UCIBXEKj
同じ職場の40才台の女性のことです。 仕事もバリバリできて、かっこいい人でした。 ある日、会議が始まる前の雑談中のことです。 その女性が首の後ろをしきりにもんでいました。 「どうしたんですか?○○さん」と訊くと 「もうかれこれ3日前くらいから後頭部が痛いのよ。」 「大丈夫ですか?後頭部が痛いのって、結構やばいらしいですよ。 くも膜下出血で倒れちゃう人って、倒れる何日か前から痛くなるそうですよ。 病院行った方がいいんじゃないですか?」 と、雑談のように笑いながら言ったんですよ。 「でもね、実は私来週バリ島に行く予定なのよ。だから帰ってきてから病院にいくわ。」 見た目は元気そうだし、海外旅行にいけるくらいなら平気かな〜なんて思って会話はそこで途切れました。 つづく
つづき その翌日のこと。 いつもなら定時より早く出勤してくるはずなのに、○○さんは来ません。 最初は朝寝坊かな〜しょうがないな〜なんて同僚と話していたんです。 でも、ランチを過ぎても連絡が入らないので、さすがにちょっとおかしいなということになり 上司が携帯に電話を入れてみました。 すると電話に出たのは大学生の娘さん。 「あの〜○○さんは、いらっしゃいますか?」 「母は、今朝亡くなりました・・・」 私の予想は、運悪く当たってしまったのでした。 死因はくも膜下出血で、その朝家族が気がついたときはもう亡くなっていたそうです。 専門家ではないのでよく分からないのですが、 あの会話をした何日か前に小さい血管が切れていたそうです。 後頭部の痛みはそのためだったのでした。 で、亡くなった朝に大きいのが切れてしまったと。 お通夜で見た死に顔はまるで寝ているかのように穏やかなものでした。 あの時もっと強く病院に行く事を薦めるべきだったと悔やまれました。 ○○さん、本当にごめんなさい。 長文スマソ
907 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 00:16 ID:m//8oVtV
>>906 普通、死んだらもっと早く職場に連絡とか入るんでねぇの?
908 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 00:20 ID:m//8oVtV
また本でも出す予定なのですかね? 2ちゃんねるの本「せつないおもいで」
>907 自分もそれを思った。 他に家族がいたのかどうかわからないが、もし母一人娘一人だとしても 大学生にもなったら、会社に早く連絡入れろよ、と。 そんなことを真っ先に考えてしまった自分がせつないんだが。
>>909 >>910 補足です。
確かに連絡が遅いのですが、家族が気がついたのは
朝といっても9時近かったみたいです。
いつも早起きの人だったらしいのですが、
家族は疲れているんなら休ませてあげようとでも思ったのかもしれません。
いずれにしても、病院以外で人が亡くなると
色々手続きがあって面倒らしいですよ、行政解剖とか。
ああ、もうしっちゃかめっちゃかだったわけだよな。 分かるよ。うちも経験あるから。
913 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 00:38 ID:XoDKbqCB
>>881 三つの魂って。サンコンしか思い浮かばなかったよ!
>>910 今朝家族が亡くなったばかりの人達に、そんな事強要するような事言うなよ・・・。
医者呼んで確認取ってもらったりとか、(医師免許持ってる人の確認が必要)
他にも色々とやる事多いんだよ・・・?
心象的にも狼狽しているときに、職場は二の次もいいところ。出来て親戚止まり。
実際に家族の死に直面すると分かると思いますが・・・。
>>910 まぁまぁ。
世間知らずのバカの煽りにそんなに反応しなくても……
>>906 いい目してるなぁ…俺もそれぐらいぱっとわからないといけんなぁ
司法解剖じゃ?>行政解剖
918 :
917 :04/03/12 01:00 ID:If7gA155
ごめん。ググったら見つけた。 法医解剖には, 1.犯罪の疑いがある場合に行う司法解剖と 2.犯罪の疑いはないが死因が不明の場合に行う行政解剖 がある。 失礼しました。
ふと立法解剖って浮かんだやつ、手ェ挙げろ。
>>914 死因が確定するまでは、警察が遺族に根掘り葉掘り
質問するらしいね。他殺も考慮に入れているから。
小学校4年くらいの頃、いつもは給食なんだけどたまたま各自お弁当を持ってこなければ いけなかった日のこと。 お弁当を忘れてしまった男子がいた。 そのときの担任がやたら「助け合い」を強調する、子供心になんだかなーと 思わせる女性教師で、このときも「みんなでK君を助けてあげましょう。」と おもむろにわら半紙を出してk君の机の上に置いた。 「さあみなさん、この紙の上にみなさんのおかずを一品ずつ置いてください。」 そしてみんなが一列に並んで一品ずつおかずをわら半紙の上に乗せていった。 それを微動だにせずに見つめるk君。 そして私の番がきた。 わら半紙を見ると、あまり彩りもなく、あきらかにみんな自分があまり好きではない おかずを置いていったなと思われるおかずのオンパレード。 私も迷わず、白菜の漬け物を静かに乗せた・・・。 「いただきます。」の声に合わせてそれらのおかずをひとつひとつ食べ始めたk君。 大人なってあのときのk君の気持ちを思うと・・・。 あんまりだよ先生。 せめて一番イイおかずをあげればよかった・・・。 白菜なんて・・・。
922 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 01:26 ID:dB9eYzn3
>>885 「三つ巴」だと思うけど。 名前付け間違えかなぁ。
>>922 三つの巴、って意味だろ?>三つ巴
合ってるやん
元旦那が私に隠れてある商売をしていた。 2月15日朝6時半にオマワリさん達が来て、家宅捜索を始め、 その日から元旦那は塀の中の住人になった。 1歳の娘は自分のお父さんを「オダギリジョー」だと信じている。
>>924 状況がよくわからないのですが、どうかお幸せに。
>>924 頭悪い女の文章の典型だな。
状況がさっぱりわかんねーや。
>>925-926 想像だけど
オダギリジョー似の旦那と1歳の娘との3人暮らし
旦那が違法な商売をしていて2月15日にタイーホ
旦那とは離婚し、今も元旦那がムショにいる
1歳の娘は父親(つまり924の元旦那)が悪いことをしてムショにいることを知らず
テレビにオダギリジョーが出るとそれが自分の父親(テレビ出演で忙しくて家にいない)だと思い込んでいる
こんな感じかな?
929 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 08:11 ID:y58mkBKa
>>879-880 遅レスだが、後悔しないように孝行してやれよ。
879のオヤジさんが一日でも長生きする事を祈る
っつーことは、2/15に逮捕された人を調べれば・・・ 2/15に逮捕された人ってどの位いるんだろう?
調べるなよ!娘が可哀想じゃねえか…ガキに罪はねぇよ。
小学四年生の、授業で漢字辞典の使い方を初めて習った日でした。 「それぞれ自分の名前に使われてる漢字の意味を調べてみよう。 自分の名前がどういう思いでつけられたか、判るかも知れないな。」 というような事を担任が言いました。 クラス中にページをめくる音が響く中、担任が横に来て 「すまんな、○○(私)はちょっと待っててな」 と私の肩に手を置きました。 後に、私の名前は役所の手違いで平仮名になったと知りました。 あの日を思い出し、ほんのり切なくなりました。
私の名前は漢字一文字なんだけど、>933と同じように 小四の漢字辞典の授業で悲しい思いしたなあ。 読みの一つが「たま」だったんだけど、 教卓の近くに座ってた私の名前を先生が例に挙げて クラスみんなに意味の読み取り方を説明したもんだから 次の日からあだ名が「タマ」に。 にゃぁーん。
>>933 気にすんな。役所の手違いだろ?親御さんが願いを込めてつけてくれた
名前だろ?愛情が篭っていると信じてくれ。
せつなくなった気持ちも、十分わかるから、な。
俺は、親が勘違いして付けられた名前だよ…
>935 何だよ誰だよ勘弁してよそうだよ圭ですよハイ
938 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 09:57 ID:m//8oVtV
>>934 俺の中学んときの友達なんて「理」って書いて「さとし」って読む名前だから、誰も読めなくて
「り」と呼ばれてたよ。
939 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 09:58 ID:m//8oVtV
>>938 最初誰も読めなくて「り」って読んだから、「さとし」だって分かってからも「り」と呼ばれていたというお話ね。
最近ささいな突っ込み多いので補足。
940 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 10:02 ID:m//8oVtV
>>924 最初読んだとき、元旦がどうしたのかと思った。がんがれ
941 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 10:02 ID:fRX5m+cF
>>812 使い古された表現で悪いが、
おまいの心の中にパパンはまだ生きてるからだよ、楽しかったたくさんの思い出と一緒にな。
942 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 10:03 ID:moNnWquT
>>938 理で「おさむ」だった子も、「り」と呼ばれてた。
自転車乗っていたりして外で大声で呼ぶときは「りーーーーーーーー!」
944 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 10:09 ID:m//8oVtV
945 :
933 :04/03/12 10:19 ID:dyHQFRSj
もし知り合いが見てたら身元割れそうだけど 母は末妹を溺愛しています。あまりの可愛がりっぷりに 「母さんは本当に△△(妹)が好きだね」 とからかってみたところ 「あんたは試作品だけど、あの子は完成品だからね」 と笑顔で返されました。 あながち冗談でもなさそうな辺りが多少せつないですが そんな会話を交わせる程度には愛情を感じて育ってきたので ご心配には及びません。ありがとう>936。あなたいい人ね。
>>934 にゃぁーん。 なんかかわいいな。
俺の名前は5文字で濁点が一個つくんだが
小学校生の頃とか、ドラクエの主人公に俺だけ名前が長くて
最後までつけられなかった。なんかせつなかった。
じゅんいち?
ゆうじろう?
どんたこす?
950 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 11:45 ID:7dDK4pQA
次スレは950?970? どうしましょうか?
952 :
946 :04/03/12 11:55 ID:B6ajtSzT
953 :
950 :04/03/12 11:58 ID:7dDK4pQA
大学時代の約3年ちょっと、つきあっていた人がいた。 今考えれば「なんであんなのと???」と思うような、 数々の伝説を学内に残したくらい筆舌に尽くしがたい男だったけど、 そのご家族はとてもすてきな方々だった。 お料理が上手で、いつも静かに微笑んでいるような優しいお母さん。 お酒が大好きな大学教授で、学生の私も下に見ることなく、 うん、うん、と話に耳を傾けてくれた朗らかなお父さん。 ご本やらお手製の服やら、心のこもった戴きものは、今も大事にしている。 なぜ今になってこんなことを書いているかというと、 ついさっき、その元カレのサイトを偶然見つけて、 ご両親が相次いで亡くなっていることを知ったのだ。 あの人たちがもういないと思うと、なんだかせつない。 ま、元カレのサイトがとんでもなくイタイサイトだったので、 そっちの方も別の意味でせつないけど、それはそれでっ。
956 :
950 :04/03/12 12:54 ID:7dDK4pQA
>>955 ご両親が良さそうな人なのに、
何で元彼さんはそんな伝説の男に・・・。
950でスレ立て、ちょっと早すぎたかも。
反省・・・・。
>>956 (=
>>950 )さん
スレ立てありがと〜&おつです。
>>955 さんの仰るように、
元カレのサイトをヲチ板で晒すのも面白そう(黒)なのですが、
どうやら件の人は鬱状態のようでもあり、
徒に嵐を呼ぶのも仁義に反するような気もしますので、
はっきりリンクを貼るのはとりあえずやめておきますけれども。
「あーん」とか書いたり、語尾に必ず「ー」とか「♪」をつけたり、
やたらひらがな表記が多かったりと
とても*37歳の男*とは思えないイタタなネット詩人のサイトです。
(多浪多留くんだったのでかなり年上だった)
>>881 沖縄出身の俺のひいじいちゃんウンタマギル(漢字:雲玉切)って名前だけど
近所の人からも慕われて何の役職もないけど近所の小学校の卒業式に来賓として呼ばれたり
米兵がチューインガムお供えに来たり・・・
まあ何が言いたいかというと
>>881 がんがれってこった
>>945 こんな話を昔聞いたのを思い出した。試作品ってのは開発者が精魂こめて設計し、
与えられた予算内でなんとか作り上げようと
努力した結果生まれた限られた数体のこと。
対して完成品というのは性能調整をした後、
量産体制の整った状態で生まれる廉価品。
はげましでもなんでもないが。
>>958 ウンタマギルって音はともかく字が格好良いな。
>>959 電化製品でも
・初期モデルは贅沢に作ってあるから、後に出てくるモデルよりもいい!
って考え方もあるな。
まぁバグとか不具合とかが解消されてる事の方が多いけど。
一番絞りと二番煎じって言葉もあるしな。
1番目は試行錯誤でも愛情がいっぱいこもってるのです アカンボの頃の写真もいっぱい撮ってると思います 2番目は1番目で慣れちゃってるので 写真もめんどくさいからあんまりとって無かったり お下がりが多かったりと結構寂しい思いをしてるのです まぁガンガレ
ガンダムでも試作品の方が性能良かったよね。
965 :
949 :04/03/12 21:08 ID:OVbT7Cah
>>946 サンクス(・∀・)ノシ
漏れはけんいちろうだが、ドラクエとかでは「けんちろ」だったぞ。
ゆうじろもいいと思うぞ。
>>965 ドラクエは濁点つけられなかったからなぁヽ(´Д`)ノ
>965 なぜ「けんいち」にせんのだ。
名前のことでちょっと続いていたから私も。 私も小学校の頃、「自分の名前について調べてみよう」というような授業が あって、親に由来wを聞いた。 父親、「あー、オレから一文字とったんだよな」 母親、「父さんと私とで一文字ずつとろう、と父さんから言われてその気に なった私がバカだったんよね!だって、父さんから一文字とったら私からとる のは『子』しかなかったんだもんね!こんなことだったら、『雅(みやび)』という 名前を強引に押せばよかったわっ!」 …聞くんじゃなかった。 私には弟がいる。私で懲りて、ちゃんとした名前を付けたのかと 思っていたが 結局私といっしょで父親と母親から一文字ずつとっただけだとわかった。 ちっとは考えてよ〜。
>>968 まだいいさ。
俺の友人で「一一」と書く奴が居るんだが
これは親が2文字の名前にしようとして色々使える漢字をピックアップして
アミダで選んだら両方一になったという…
東東(姓がひがし、名があずま)という人が近所にいる…
>>969 それなんて読むの・・・?
かずはじめ?
そんな名前つけられた人の一生を思うとせつないなw
名前の由来がアミダって…
外人にワンワンとか呼ばれたりして
コイツ、縦書きだと「え〜ふたつさん?」とか言われるんだぜ。 せつねぇ。
金田一一
一一一
980 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/12 23:46 ID:y58mkBKa
うちの近所に島田しま子って人いるよ
981 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/13 00:01 ID:RcxmtFnQ
知人の知人に「まりこ」さんという苗字の人がいる。 うちの妹は「まりこ」。 2人が結婚したら「まりこまりこ」・・・・
本当に切ないって思ってるw?
>>983 スマン、、、スレ違いって突っ込まれるの警戒してた(´・ェ・`)
名前か…。皆さんいろんな謂われ(?)があるのですね。 私も一つ 私たち三兄弟はみんな父方の親戚に名前をつけていただきました。 が、画数に懲りすぎて先ず漢字有りき、その後読み仮名なんです。 普通は読めない。と言うより「そんな読み方しない」って感じ。 特に長男の私は難しい・画数多い・読めないの三拍子。 卒業式で卒業証書をもらう時には、証書にルビがふってありました。 で、小学四年の時、テストの名前欄に「名前は漢字で書くこと」と。 …書けませんでした。しかも担任に「あなた一人だけですよ」とみんなの前で晒されました…。 確かにその歳なら書けなきゃおかしいかもしれませんが、 名字も含めて一文字も教科書に載ってないですよ。習ってないですよ。 てか晒すなよ先生…。
その話題かなりスレ違いだと思うけど、良いのか?
長期出張中の旦那の1日の予算は昼食、夕食、煙草、コーヒー含めて1500円 だったが、500円増額してあげたら本気で感動していた。 おいおい、元はあんたの稼いだ金だろう、と思ったら切なくなった。 早く、自分で管理できるようになってくれ・・・orz
>>987 >1日の予算は昼食、夕食、煙草、コーヒー含めて1500円
切ない…( ´Д⊂ヽ
コピペなんだけどね 523 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:04/03/12 21:58 ID:wrtEU45a 息子の学校へ忘れ物を届けに行ったとき、 学校は中休みで、子供達は校庭で遊んでいた。 正面玄関を抜けた所にある花壇で、軽い障害のある子が、 上級生に囲まれて泣いていた。その中のリーダー格の一人が 「やれよ、時間がねえんだよ。やんなきゃ殺すぞ。」と凄んでいた。 頭にヘッドギアをつけた、おそらくは肢体不自由の他に知的障害もあるであろう、 特殊学級の男の子が、しくしく泣いているその姿に勝ち誇るかのように、 そう言い放っていたのは、俺の息子だった。 俺は背後から息子の髪を掴んで地面に叩きつけた。 まさかここにいるわけのない父親の顔を見て、信じられない表情の息子の 胸ぐらを掴んで立たせて、顔面を殴った。 生まれて初めて親父に殴られた恐怖に、顔をこわばらせる息子に、 「時間がねえんなら、てめえがやれや。」と俺は言った。 俺は息子をてめえなんて呼んだことはないし、ましてや殴ったこともなかった。 小さいときから、情操教育に気を使い、人に優しくあれと教えてきた。 小さい子、弱い者を守ることの美徳を教えてきたつもりなのに。 こんな陰湿ないじめをするようなガキに育ったのは、俺の責任だ、 そう思ったら、くやしくて、情けなくて、また息子を殴った。 鼻血を出してうずくまる息子を見下ろして仁王立ちになった俺を、 職員室から飛び出して来た担任が止めた。 もうこの先は書きたくないから書かないが、 帰り道で涙が止まらなかった。 全部俺の責任なんだ、そう思うといたたまれなくなった。 小学校の高学年から高校までいじめられていた俺の、 よりによってその息子が、あんなことをしていたなんて。
中学生の時、クラスに下半身が麻痺?の男の子A君がいた。 彼は感覚が弱いので尿漏れしてしまうらしく、ほぼ常ににオシッコ臭いのと 周囲のイジメでしょっちゅう「死んでやる!!」とはさみを喉元に当てたり 窓から飛び降りようとしたりしていたので更に周囲の人間から嫌われてしまっていた。 ある冬、私は風邪を引いてげほげほ咳き込んでいたんだけど、授業中に 咳してたらその咳が原因でむせて更に咳き込むと言う悪循環に陥りました。 苦しくて涙が出てくるし誰も声もかけてもくれないし、しかも誰かが「うるせえ」って 感じに舌打ちしたりして、すごくせつなくて悲しくて泣けました。 で、授業が終わってからまだ咳き込んでいたら一人の女の子が 「もしかしてさっきの咳も○○ちゃん?」「(頷く私)」「私てっきりAかと思って うるせーなー!とっとと帰れよ!!って思ってたよ〜。ごめんね気付かなくて」 その時私はA君の隣の席で、しかも1番後ろだったのでA君がむせていると思っていた らしい。 すると他の女の子も「私も同じだよ〜!○○ちゃんごめんね。後ろ見てみれば良かったよ〜」 とか言って背中をさすってくれた。 それはいいけど、お前ら激しく違うぞ…と言う思いと、A君はあんな思いをした後に更に 皆に「げほげほうるせえ!!帰れよ!」と罵声を浴びせられることになるのか…? と思ったらすごくせつなくなって何も言えなかった。
992 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/13 08:28 ID:ai2GF+fy
993 :
985 :04/03/13 09:41 ID:C556612k
>>986 ゴメンね。埋め立てのネタには丁度イイ!かと思って。
994 :
おさかなくわえた名無しさん :04/03/13 09:47 ID:/pimpi3n
まりこまりこはいるよ〜 名字が毬子 名前が真理子 んで『毬子真理子』 かわいそすぎる〜
中学の時オタク風女子4人で仲良くしていた。 転校生で孤立してるオタク風が居て、そいつも加わって5人になった。 マターリしてたが、ある日転校生が4人におそろいのシャーペンを送ったのか、 私以外の4人が胸ポケットにシャーペンを刺して盛り上がっていた。 仲間外れにされてるような気持ちになって仕方が無かった。 ある日つまらない事で喧嘩をして、私はその仲間から外れた。 進級でクラス変えの際、下駄箱の奥に砂だらけになった紙袋があった。 4人がしてたのと同じシャーペンだった。 添えられた手紙は転校生が来たばかりの日付けになっていた。
>>995 ・・・泣ける・・・いや、似た様な思い出が・・・
埋め立て〜
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