神7のストーリーを作ろうの会part8

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1ユーは名無しネ
前スレ容量オーバーのため
2ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:05:20.79 0
 第五話 その1

岸くんは買い物に来ていた。休日の繁華街は大賑わいだ。
「あ、パパ見てぇこれパパに似合いそぉ。あ、でも恵ちゃんにも似合うかなぁ」
古着屋に入って嶺亜が手に取った服を岸くんに見せてくる。
そう、今日は夫婦水いらずの時である。家の中だと誰かしらいるのでなかなかイチャイチャできないから貴重な時間だ。いやまあ夜はベッドの中でイチャイチャしてるけど…
「パパどうしたのぉ?なんかぁ凄い情けないしまりのない顔してるよぉ?」
怪訝そうな嶺亜の顔がすぐ近くにあり岸くんは顔を引き締める。が、すぐに緩んでくる。その繰り返しだ。
マックでお昼を食べて、カラオケに行って映画を見て夕飯の材料を商店街で買って帰る頃にはもう陽はとっぷりと暮れていた。
「今日は恵ちゃんと勇太がご飯いらないしぃ昨日の肉じゃがもまだ残ってたからぁ簡単で済むねぇ」
機嫌良くしゃべる嶺亜の手を岸くんはそっと握った。手を繋いで歩く…それだけで幸せを感じるからだ。嶺亜もにっこりと微笑んで握った手に力をこめてきた。
これぞ幸せ…岸くんがじぃん…とそれを噛みしめていると急に嶺亜の手がぱっと離れた。
「嶺亜じゃん。お兄さんと夕飯の買い物?」
慎太郎が前から歩いてきた。嶺亜はよそいきの声で答える。
「うん。慎太郎くんもお買いものぉ?」
「ああ。オフクロに卵が足りねえから買ってきてくれってパシられた。兄貴も妹もいるのに俺におしつけてきてさー」
「慎太郎くんが優しくて頼りになるからだよぉ。御苦労さまぁ」
「んなことねーよ。うちは兄貴が面倒くさがりだし…。その点嶺亜のお兄さんは買い物にもつきあってくれてんだ。優しくていいよな」
「そんなことないよぉ。頼りないしぃ汗だくだしぃ何かっていうと涙目になるしぃほんとどうしようもないお兄ちゃんでぇ」
さんざんな言われようであるがそれよりも嶺亜が憧れの眼差しで慎太郎を見つめるのを、岸くんは黙って見ている余裕はない。嶺亜の手を握り返すと早々に退散するべくこう言った。
「嶺亜、早く帰らないと遅くなっちゃったからまた郁が腹減らして暴れるよ。それでは慎太郎くんごきげんよう!」
嶺亜を半ば引き摺るようにして早足で歩いて帰ると岸くんは拗ねに拗ねた。
3ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:06:46.15 0
「…で、パパはご機嫌ナナメってわけか」
バイトから帰って来た勇太が呆れながら呟く。
「そうなのぉ。そんな怒ることでもないのにぃ」
洗い物をしながら嶺亜は愚痴をこぼすが同意は得られなかった。
「そりゃ怒るだろ。自分という夫がありながら他の男にデレて繋いでた手まで離したんだろ。パパとデキてること慎太郎に知られたくないっつーことはやっぱ慎太郎のことどっかで初恋のあいつとまだ重ね合わせてんだろ」
的確な勇太のツッコミに嶺亜は口を尖らせた。他方向からも非難が飛んでくる。
「それはいくらパパでも怒るな。言っちゃなんだがパパは超温厚だから怒るってのはよっぽどだと思うぞ。嶺亜は八方美人すぎるし改めた方がいいな」
挙武も厳しいことをいう。そして珍しく颯までもが苦言を呈した。
「嶺亜くんダメだよ。パパの気持ちも考えて。パパが怒ってるとこなんか俺見たくないよ」
「颯までぇ…恵ちゃ〜ん…」
圧倒的に形勢不利な嶺亜は恵に助けを求めた。こんな時必ず味方になってくれるのは恵なのだが…
「俺もフォローのしようがねえよれいあ…。俺パパにいつもえらそーにれいあのこと泣かすなって言っちまってるだけに今回これでれいあの肩持っちまったら合わせる顔がねえっつうか…」
恵はジレンマに陥っている。嶺亜の味方につきたいのは山々だが今回だけは分が悪い。
最後の頼みの綱である恵にも責められ、嶺亜は溜息をついた。
「…分かったよぉ。僕が悪うございましたぁ」
渋々嶺亜は自分の非を認め、洗い物を済ませると岸くんの部屋に上がって行った。その後ろ姿を兄弟達は見守る。
「ま、嶺亜が謝りゃパパはイチコロだろ」勇太は水着グラビアを開いた。
「だな。颯、龍一、今夜は早く寝た方がいいぞ。でないと夜通し声が聞こえてくるかもしれないからな」挙武が颯と龍一に忠告する。
「あーくっそー…こういう流れになっちまうから嫌なんだよなー…」恵は愚痴愚痴言いながらゲームの電源を入れる。
「喧嘩するほど仲がいいっていうしいいんじゃね?」郁がスナック菓子をぼりぼりやりながら言う
そして颯と龍一はインターネットで防音壁について調べ始めた。


仲直りをした嶺亜と岸くんは翌朝手を繋いで出勤・通学に出る。駅で別れて手を振り、嶺亜は電車のホームに立った。
「よ。おはよ」
すぐ後ろに慎太郎がいた。眩しい笑顔を嶺亜に向けてくる。
「あ、おはよぉ慎太郎くん」
一緒の電車に乗り合わせることなどほとんどないのだが嶺亜は岸くんの出勤時間に合わせたから若干早めである。そのせいかもしれない。
「嶺亜、本当にお兄さんと仲いいんだな」
電車が到着する。乗り込みながら嶺亜は答えた。
「そお?普通だよぉ」
「だってさっき後ろから見えたけど手繋いで歩いてたじゃん。仲良さそうにじゃれあってたし。俺も兄貴と仲悪いことはないけどあんなことはしねえな」
やばぁ…見られていた?と背中が冷たくなったがそもそも誤解されたままなのだからやばいもへったくれもない。嶺亜は返す。
4ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:07:44.64 0
「あ…あれはねえ…お兄ちゃん低血圧で朝に弱いからフラフラして溝に落ちちゃうから手繋いでてあげないと危なっかしくてぇお兄ちゃんじゃなくておじいちゃんみたいだよねぇうふふ」
「そうなんだ。だよなー。これくらいの年の男兄弟が手なんてつなぐわけないし。お兄さん想いだなー嶺亜って」
また嘘をついちゃったぁ…嶺亜は自分の頭を小突きたくなる。
「嶺亜ん家って兄弟だけなんだって?偉いよな嶺亜、弟達の世話もしてんだろ?」
「そんなことないよぉ。四つ子だしぃ一番下だってもう中学生だしぃ」
「でも嶺亜、飯作ったり洗濯したり家のこと全部やってやってんだろ?それってすげー偉いよ。嶺亜の作った料理美味いんだろうな」
「そんなことないってぇ。あ、でも良かったら今度食べに来てぇ。いつもお裾わけもらってるしぃ」
「あ、まじで!?行きたい。いつならいい?てかケータイの番号も知らなかったし教えてくんねえ?」
なんだかどんどん泥沼にはまっていくような気がしたが嶺亜は二つ返事でOKを出してしまった。そして慎太郎は乗り換えの駅に着くと爽やかに手を振って降りて行った。
「じゃな。楽しみにしてる」
ドアが閉まり、電車は走り出す。
「…僕悪くないよねぇ…?」
微かな罪悪感と不安を無理矢理押し殺しながら嶺亜は誰にともなしにそう問いかけた。

「おーっす。慎太郎。なんだボーっとして。似合わねえぞ考え事とか」
慎太郎は頭を小突かれる。気付くともう二限の休み時間だった。
頭を小突いた相手…クラスメイトの田中樹を見上げ、慎太郎はぼんやりと呟いた。
「なあ、樹…」
「何?てかその沈んだトーンやめろよ。調子狂うから。ツタンカー麺食う?」
樹は焼きそばの入ったタッパを差し出しておどけてみせるが慎太郎にはそれに付き合う余裕がなかった。そのまま疑問を口にする。
「お前、兄弟多かったよな…?」
「あ?何を今更。男ばっかの5人兄弟だけど文句ある?何か問題でも?」
樹は両手を広げた。
「俺にも兄貴がいるけど…お前、兄貴と仲いいって言ってたよな。朝、手繋いで登校とかする?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をあげて、樹は慎太郎の額に手を当てる。
「お前熱でもあんの?んな気色悪いことするわけねーだろ。仮にねーちゃんがいたとしてもしねーよそんなん」
「…だよな…」
呟くと、近くを通りかかったクラスメイトが確か嶺亜達と同じ中学出身だったことを思い出す。彼に嶺亜のことを聞いてみるとかなり有名な兄弟だったらしく、知ってると返事が返ってきた。
「男ばっかの7人兄弟の4つ子だろ。嶺亜は女みたいだけど長男なんだよ。で、二男が恵っていって…」
「ちょっと待て。嶺亜が長男?もう一人上に兄貴がいるだろ?二つか三つ年上って言ってたかな…うちの兄貴と同い年だったような…」
「え、んなわけねーよ。あいつらは四つ子が一番上で下に双子の弟、んで末っ子の7人兄弟だって。俺小学校から一緒だから間違いねーよ。あ、でも母子家庭っつってたから再婚相手の連れ子とかじゃねーの?
でもあいつらのお母さん夏に交通事故で死んだって聞いたけど」
5ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:08:25.85 0
「再婚相手の連れ子…義理の兄貴か…」
なんとなく、そんな気がした。嶺亜とその兄はなんだか兄弟って感じがしないし仲がいいのはそうかもしれないがとりわけ兄の方が嶺亜に固執しているように見えた。そう考えれば合点がいく。
いくら仲がいいからって高校生にもなって兄弟と手なんて繋がない。だけど義理の兄が「朝に弱い」と偽って嶺亜に介護まがいのことをさせようとしていることも充分考えられる。
「…まさかな。何考えてんだ俺…」
だが慎太郎はその推測を打ち消した。そんな風に考えるのは良くない。他人の家の事情なんて詮索すべきではない。それは下衆の勘繰りというものだ。
「慎太郎お前大丈夫かよ?考え事なんてお前の脳みそがそんな負荷に耐えられるわけねーんだからいつもみたいにパーっと弾けてバカやろうぜ!ここはバカ高なんだからよ!」
樹があっけらかんと笑って背中を叩いて、慎太郎は一時的に気分を切り替えることができた。
そう、家に帰る直前までは。

慎太郎は商店街の本屋に寄った。ちょうど漫画雑誌の発売日だったからだ。これを読んで昨日録ったドラマのDVDを見て…と考えながら雑誌を手に取る。
「…でパパの野郎アッサリ許して夜はれいあとお楽しみってか。あーくそ!むかつくー!あいつの味噌汁に鼻クソいれてやろうか」
どっかで聞いた声が棚の裏から聞こえてくる。なんとなく覗いてみるとそこには恵と勇太がいてコミックを物色していた。
「嶺亜が悪いんだろ。あいつ八方美人だからなー。慎太郎にいい顔してぶりっこふりまいてっからそりゃ怒られて当然だ」
自分の名前が出たことで慎太郎は反射的に姿が見えないよう気を払いながら聞き耳をたてた。
「れいあのぶりっこは今に始まったこっちゃねーけどよ、これでパパが味しめてくだんねーことでも拗ねてそん度にれいあがパパのご機嫌とってあいつらがイチャイチャすんのは正直ムカつくぜ。知ってっか?パパ毎日のように嶺亜と一緒に風呂入ってんだぞ!」
「知らねえわけねえだろ。前に颯も龍一も郁も出かけてて挙武が勉強で部屋でこもりっきりの時、俺がバイト早あがりで帰ってきたらリビングでおっぱじめるところだったんだぜ。知ってりゃ物音立てずに覗いてオカズにしてやろうと思ったのに」
「てかパパのヤロー今朝もれいあと手ぇ繋いで出てったろ。後ろからとび蹴り喰らわしてやろうかと思ったぜ!」
恵は吐き捨てるように言って棚を蹴った。そうするとコミック本が棚からバサバサ落ちて来て勇太が「バカお前!」と恵を小突いて彼らの会話は終了した。
「…パパ?」
慎太郎は考える。彼らの会話の中の「パパ」はどうやら今朝嶺亜と手を繋いで家を出た人物…ということになるが、だとするとそれは慎太郎が目撃した嶺亜の兄だ。
どう考えてもどこをどう見ても彼は「パパ」には見えないし彼らの家には両親がいないことは近所の人から聞いている。とするとこれは皮肉を交えたニックネームのようなものだろうか。
そんなことよりも気になるのは「夜は嶺亜とお楽しみ」「毎日一緒に風呂に入ってる」「嶺亜がご機嫌をとってイチャイチャ」のあたりだ。
これはどういうことなのか…考えたくはない。考えたくはないが足りない脳みそを振り絞って慎太郎は仮定をたててみる。
6ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:10:16.41 0
嶺亜の義理の兄は何か嶺亜の弱みを握っている。そしてそれをいいことに女の子のように可愛い嶺亜に己の欲求を満たそうとしているのでは…
考えてみれば、今朝手を繋いで歩いていることを指摘された嶺亜はどこかぎくりとしていたようにも見えるし、その後の「お兄ちゃん朝に弱くってぇ」も、とってつけたような苦し紛れのごまかしのようにも思える。
嶺亜の兄は介護されるような年齢でもないし至って健康体そのもののように見える。
それに…一昨日会った時もそうだしお裾わけで何回か訪問している時に薄々感じたことだが、どうもあの兄は嶺亜に固執しているように見える。自分と嶺亜が仲良く話していると無理矢理強制終了させようとしているような…
考えれば考えるほどに深く堕ちて行く。もし自分の仮定が当たっているのなら…これは放っておくことはできない。
慎太郎は携帯電話を手に取った。

「じゃあねぇ。ばいばーい」
学校帰りに友達とファストフード店でおしゃべりをして嶺亜は帰路につく。今日の晩ご飯何にしよぉ…と考えながらなんとなく携帯電話を手に取るといきなり振動し始めた。
「あ」
着信相手を見て嶺亜は反射的に通話ボタンを押し、それを耳に当てる。
「もしもしぃ。慎太郎くん?」
「あ、嶺亜。今いい?」
「ん、何ぃどしたのぉ?」
「えっとさ…ちょっとあつかましいお願いなんだけど…今日さ、うち母親の帰り遅くて自分らで飯作れって言われてて…飯とか作ったことねえし外食しようにも金もなくて…。今朝言ってた嶺亜ん家に食べに行かせてもらうのって今日じゃダメかな?やっぱ迷惑?」
「え…」
嶺亜は返事を躊躇った。社交辞令というわけでもなく慎太郎を家に招いて食事をするのは楽しいだろうなと思ったからこそ出た言葉ではある。
だが昨日の今日で彼を招くと絶対に岸くんは怒るだろうし兄弟達だって非難GOGOだろう。これはなんとか上手いこと回避しなくてはならない。せっかくだがタイミングが悪すぎる。
「あ…あのぉ、慎太郎くん…せっかくなんだけどぉ今日はぁ…」
「あ…やっぱ迷惑かな…。ごめんな、なんか。俺頼れるのが嶺亜しかいないから…。ごめん。忘れて。一食ぐらい抜いたって死にゃしねえしな…」
落ち込んで沈んだ慎太郎の声に、嶺亜は罪悪感が押し寄せてくる。
「そ、そんなことないよぉ。ただうちすんごい散らかってるしぃ食い意地はった弟がいるから慎太郎くんの分まで食べかねないしぃ一年中停電みたいなくらぁい弟が自我修復とか言って指くるくるしてて引くだろうしぃ
下ネタばっかでセクハラ攻撃してくる困った四つ子の弟もいてぇ嫌味ばっか言うエリート気取りとかぁ何かってぇとすぐ逆さまになって回りだす子とかギャハハハハって声が大きい可愛い恵ちゃんがいたりぃそんでそんでぇ…」
「嶺亜…俺はお前を助けたいんだ」
助ける?助けるってなぁに?家事労働から?よく分かんないけどぉなんか超真剣だからこれで断ったらもう慎太郎くん僕と口きいてくれなくなっちゃうかもぉ…
嶺亜の思考はこの時正常な作動をしていなかったことは確かであった。気がつけば嶺亜は「じゃぁ7時に来てぇ。その頃にはできてるからぁ」と返事をしてしまっていた。
7ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:12:27.31 0
「なんか岸くん今朝からずっとにやけてっけどなんかいいことでもあったん?」
退勤時間が迫り、仕事も全て終わらせて時計を眺めていると先輩から声をかけられる。
「いえ…そんなににやけてます?」
岸くんがとぼけて返すと先輩社員の福田悠太はお見通しとでも言いたげに口元を吊りあげた。名前が同じなこともあり可愛がってもらっている先輩である。
「さては彼女でもできたか。ようやく新しい恋を見つけたってわけだな。その年で奥さんと死別、7人の父親だもんなあ。激動の人生だけどようやく再び春が来たってとこ?」
「いや…!違いますよ!そんな、彼女だなんて…」
彼女ではなく亡き嫁の息子の16歳の男の子が現嫁であるということはなかなか説明が複雑なので岸くんは職場では嶺亜とのことは伏せている。
「何なに、岸くん彼女ができたって?」
わらわらと先輩達が集まってきて岸くんを囲んでガヤガヤ言いだした。
「まーなー。若者は彼女くらいすぐできるっしょ。いいねー若いって」先輩社員の松崎佑介がニヒルな笑いを浮かべておっさんくさく頷く
「なんかその言い方凄い年より臭いけど!で、どんな子?お兄さんに教えてみな岸くん」同じく先輩社員の辰巳雄大が前歯を光らせて顔を覗きこんでくる
「そんな矢継ぎ早にまくしたててやるなよ。岸くんどうなん?」先輩社員、越岡裕貴が皆を宥めつつ探りを入れてくる。
「いや…違います!違いますって!あのですね、今日は楽しみにしていたDVDが届く日でして…。超レアものの入手困難なDVDだから楽しみで楽しみで…」
岸くんはとりあえずごまかすことにした。本当のことは言えない。ちょっと拗ねてみせたら思いのほか嶺亜が反省して昨日も一晩中やらせてくれたので今日も多分いけるはず…という本心は隠しておくべきだと判断した。
だが岸くんの言い訳を先輩社員の兄さん達は少し曲解したようである。
「そうか…。彼女を作る暇もなく死別した女房を想いながらレアAVで寂しさを紛らわせているというわけか…」
涙ぐんで岸くんの肩に手を置く兄さん達に続いてもう一人会話に参加した。
「岸くんお前健気だな…。よし、今夜は俺がおごってやる。泡の出るお風呂屋さんに行くぞ!!みんなも付いて来い!」
そう言って音頭を取りだしたのは山本亮太というちょっとやんちゃな先輩社員だった。あれよあれよという間に岸くんは妖しい繁華街へと連れていかれた。
8ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:13:48.24 0
家に帰り、事情を説明すると予想通り嶺亜には非難が集中した。
「れいあそれはやべーって。せっかくパパと仲直りしたんだからよ。またパパ怒んだろ。そしたら同じことの繰り返しじゃん」恵が諭すように言った。
「あーあしょーがねーなー。だいたい嶺亜お前いっつもぶりっこばっかしてっからこういうことになんだよ。知らねーぞ俺」勇太は冷たく言い放つ
「今から『やっぱり無理ぃ。ごめんねぇ』って言ったらどうだ?向こうだって子どもじゃないんだから外食するなりなんなりできるだろう」挙武は興味なさげに呟いた。
「嶺亜くん!反省だよ!パパ怒らせたら俺が許さないよ!」颯は熱弁した
だがしかし龍一と郁は嶺亜に寄り添った。
「…別に家に呼んで食事するくらいいいと思うけどな…二人きりで食事とかじゃないんだし…」
龍一がぼそっと呟く。いつも虐げてばかりの弟が味方についてくれたこともあり嶺亜は珍しく龍一にシナを作る。
「龍一はよく分かってるよねぇ。別にやましいことなんてないからこそ誘ったんだしぃ」
「飯食わせる代わりに田舎から届いたコシヒカリ持ってきてくれんだろ?だったら大歓迎じゃん。なんで兄ちゃん達そんなに怒ってんの?」
「だよねぇ郁ぅ」
兄弟間で意見が食い違う中、7時になり慎太郎が岸家にやってきたがいつもこの時間には帰宅しているはずの岸くんはまだ帰ってきていなかった。今日は残業もないと言っていたが連絡はない。
「お邪魔します。あ、これ田舎から届いたコシヒカリ。どこに置けばいい?」
慎太郎はスマートな動作で登場する。兄弟全員が固唾を飲んでその姿を視界に入れた。慎太郎は颯爽とした様子で自己紹介をする。
「初めまして。…あ、初めてじゃない人もいるか。向かいの森本慎太郎です。今日はあつかましくお邪魔してご馳走になりすいません」
完璧な立ち居振る舞いとそのオーラに岸家の兄弟達は圧倒される。16歳にしてこの貫録。完全なる好青年っぷりにただただ唸るばかりである。
「お、おう…遠慮すんなよ。まあゆっくりしてけよギャハハ…ハ…俺は二男の恵っつーんだけど…」恵はいつものバカ笑いが出てこない
「い…いつもお裾わけありがとな…。まあ座れよ…。俺は三男の勇太だ」勇太は呼んでいたビニ本をそっと隠した
「これはどうもご丁寧に…狭くはないけど汚い家でおかまいもできないが…。僕は四男の挙武です」挙武も珍しく緊張を隠しきれない
「こんにちは!僕は5男の颯です!いつもお裾わけありがとうございます!」颯はいつも通りの天真爛漫さを出した
「…六男の…龍一…です…」龍一は怯えに似たものを見せた。まさに光と影で慎太郎は自分と対極にある人間であることを無意識の内に察しているからだ
「俺は末っ子の郁!!いつも食いものありがと!これからもよろしく!今度はバナナがいいな!」郁は遠慮というものがない
「こんな感じでぇ…騒がしい我が家だけどゆっくりしてってねぇ」
嶺亜が微笑むと、慎太郎は部屋を見渡して首を捻った。
「あれ?お兄さんは?」
全員がぎくりとする。なぜぎくりとしてしまったかは分からないがとにかくしてしまった。嶺亜が取り繕うように答えた。
「お仕事長引いてるのかなぁ…。いつもならもう帰ってきてる頃なんだけどぉ。冷めちゃうしぃ先に食べとこっかぁ」
「ふうん…」
どこか腑に落ちない様子で慎太郎は呟いたがにっこりと嶺亜に微笑みかけると
「嶺亜、配膳とか手伝うよ。ご馳走になるばかりじゃ申し訳ないから」
と言っててきぱきと嶺亜と配膳を始めた。二人でキッチンに立つ姿はまさに夫婦そのもの。ここに岸くんがいたらダメージ100000000000ポイントで即死だろう。いなくて良かった…と皆は胸を撫で下ろした。
「にしてもパパは一体どこで何をしてるんだ…?残業にしては遅いな…」
8時になっても岸くんは帰宅せず、挙武が訝しげに呟いた。
9ユーは名無しネ:2013/04/19(金) 20:14:53.00 0
岸家が慎太郎を迎えている頃、断るタイミングを見計らっているうちに気付けば岸くんは先輩達と共にそれらしい店の前にいた。陽も暮れて今からがこの街の夜明けだ、とでもいうようにネオンが輝き、客引きが声を張り上げて闊歩する。
見渡す限りのおピンクなお店ばかりの場所に岸くんは真冬なのに発汗し始めた。
「お前もそろそろひと肌が恋しくなってきただろう…お好きなコースを選んでいいんだぞ。可愛い後輩のためだ、先輩としてできることをしてやろう」
がしっと肩を組まれ、山本は岸くんに言う。ありがたいやらそうでないやら…また別の意味で発汗がやってくる。
「いえ、あのその…俺まだ未成年ですしおすし…!そんな図々しくおごってもらうわけには…!」
一度入って見たいとは思っていたがそれは嶺奈と出会う前の話である。こんなところに入ってピンクなサービスを受けたとあっちゃ何かの間違いで嶺亜にバレでもしたら即別れを切りだされるし兄弟達からも八つ裂きにされる。岸くんは断固拒否を貫いた。
「遠慮すんな。右手が恋人は今日だけ卒業だ。大丈夫、プロに任せておけば間違いない!!」
「いやだから俺の恋人はですね…」
恋人兼嫁は16歳の男で戸籍上の息子であるがこの際その説明は省略する。だが彼らは聞いていなかった。
「よし入るぞ。野郎ども、出陣!!」
店に入ってしまったらもう後戻りはきかなくなる。だが先輩5人に囲まれ岸くんは身動きが取れない。あああもう俺どうなっちゃうの…?このまま風俗デビューしちゃうの…?そんなことしちゃったらバレる云々より自己嫌悪で死にたくなっちゃうに決まってる…!
意識が遠くに行きかけていると、携帯電話が鳴る。家からだった。
「あ、ちょっとすいません電話が…もしもし?どうしたの?」
「あ、パパおっせーからどうしたのかと思ってさー。何してんの?残業?」
勇太の声だった。岸くんは答える。
「いや、残業っていうかちょっとなんていうか社会人としての付き合いというかそのあの…」
「あ?訳わかんねーけど早く帰って来いよ。でないと嶺亜、慎太郎に取られっぞ」
「へ?」
「へ、じゃねーよ。慎太郎がうちに来て飯食ってんだよ。もう食い終わって嶺亜の部屋に二人で上がってったぞ。早くしねーと嶺亜が…」
岸くんはマッハで帰宅した。


その2につづく
10ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 19:26:41.58 O
作者さん乙乙乙です!!!!!!!!
まさかの衝撃メンの登場w
11連載リレー小説 岸家の人々2:2013/04/20(土) 22:20:21.58 0
 第五話 その2

(僕何やってんのぉ…?まずいよねぇ…)
夕飯が終わってじゃあまたねぇ…という流れに持って行くつもりが何故か慎太郎と二人で自分の部屋にいる。幸いにも岸くんはまだ帰宅していないがこのままでは今度は激怒されてしまう。嶺亜は焦る。
「嶺亜、ほんとに料理上手なんだな。すげーおいしかった。うちのおフクロより遥かに上手いや」
「そんなことないよぉ。でもそう言ってもらえると嬉しいぃ」
反射的にぶりっこスマイルを作ってしまう。もう癖になっていてこれはなかなか直らない。イケメンの目の前だと尚更である。
「慎太郎くんが手伝ってくれて大助かりだよぉ。うちの弟たちなんにもしてくれないんだもぉん」
「そう?でも個性豊かな弟ばっかだよな。うちも賑やかっちゃあ賑やかだけど嶺亜ん家ほどじゃないな。楽しいよ」
「そぉ?そっかなぁ…」
照れてみせながら呟くと、次に慎太郎は真剣な表情になる。くらっとするほど凛々しい。
「なあ、嶺亜のお兄さんって血は繋がってないんだよな…?」
慎太郎から予想外の質問が投げかけられる。
「え?な、なんでぇ…?」
「嶺亜達と同じ中学の奴が、嶺亜達の上には兄貴はいないはずだって。親が再婚した連れ子の義理のお兄さんなんだろ?」
「え?えっとぉ…」
どう説明したものか、嶺亜は迷う。だけど迷ってること自体おかしいのではないか…とも思う。何も隠す必要なんてない。岸くんはこの家の主でありパパであり恋人であり夫(の予定)なのだから、それを一からちゃんと説明すればいいのだ。嶺亜は答えた。
「そうなのぉ。でもパパとママ交通事故で死んじゃってぇ…僕達兄弟だけ残されてぇ…。お兄ちゃんが働いて養ってくれてるんだぁ」
なんでこうも自然にすらすらと嘘が突いて出るのぉ…?嶺亜は自分で自分を小突きたくなる。
12ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:22:06.24 0
「そうなんだ。で、嶺亜が家のことやってんだな。養ってもらってるんだったらそりゃ気を遣うよな…」
「え?」
「嶺亜、お兄さんに何かこう…普通の兄弟以上のことされてたり要求されたりしてない?」
「え、なんでぇ?どういう意味ぃ?」
「俺…なんか心配になって。義理の兄弟なんて他人も同然だし、その…嶺亜はなんか普通の男とは違う可愛さがあるからさ…変なことされてやしないかと心配で…。
お兄さんのこと悪く言うわけじゃないけど、俺と話してる時すぐに引き離そうとするし、お兄さんは嶺亜に兄弟以上の感情を持ってるんじゃないかと思って」
「な…何言ってんのぉ慎太郎くん。そんなわけないよぉ。お兄ちゃん別に「嶺亜、背中流してー」ってお風呂にいきなり入ってくることもないしぃ毎晩一緒に寝てなんかないしぃ
一日一回までなんて決めてないしぃ最近コスプレをそれとなく要求されるなんてこともないしぃえっとえっとぉ…」
なんか口が勝手に動き出す…嶺亜は慌てた。だが嶺亜の動揺をよそに慎太郎は目を見開いた後、わなわなと唇を震わせ、こう呟いた。
「…許せねぇ…!」
なんかすんごい誤解を招いてる気がするよぉ…嶺亜は思った。だから可及的速やかにそれを解こうとするといきなりドアが開いた。
13ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:23:31.94 0
「嶺亜もしょうがない奴だな…部屋になんて入れて二人きりになるなんて…いくらパパでも怒るだけじゃ済まさないんじゃないか?」
リビングで紅茶をすすりながら呆れ気味に挙武が呟く。
夕飯が終わると手際よく片付けと洗い物をして慎太郎は嶺亜に「部屋で話がしたい」と願い出た。全員が固唾を飲んでそれを見ていると嶺亜はにっこり笑って「いいよぉ」と二つ返事だった。全員ずっこけた。
「そのパパは一体何やってんだよ。連絡もよこさずこんな遅いなんてよ。パパの方こそ浮気でもしてんのかぁ?」
勇太が雑誌を読みながら冗談めかす。
「ふざけんじゃねー!そんなことしやがったら俺あいつのこと切り刻んで枇杷の木の下に埋めんぞ!!」
恵が憤るがその後ろで龍一がぼそっと呟いた。
「でも、浮気しそうなのは今現在嶺亜兄ちゃんなわけで…」
「うっせー!!てめーは黙って自我修復してろ!!」
恵に蹴りを入れられ、龍一は涙目で指を回し始めた。
「でもさ…パパ心配だよ。連絡も出来ないなんてもしかしたら事故に遭ってるんじゃ…」
颯の呟きに、勇太がやれやれと立ち上がりリビングの固定電話をかけ始めた。程なくして通話が終了する。
「どこにいたのか知らねえけどあの様子じゃ多分すぐ帰ってくんだろ。さて、問題はパパが帰って来た後のことだけどな…」
勇太が言うと、兄弟はそれぞれ今後の展開を予想し始めた。
慎太郎が嶺亜と二人きりでいることを知って岸くんがマッハで帰宅する。そうすると待っている展開は一つしかない。
14ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:25:39.17 0
その結論に行きつくのにほんの数分だったが玄関のドアが勢いよく開閉し、ばたばたと階段を上がって行く足音が聞こえた。岸くんが帰宅したのである。驚異的な速さだ。
「やべーぞ…修羅場だ…」
恵の呟きに、兄弟はその後の展開をそれぞれ予想し口にした。
「まじやべーな…これでもしパパがれいあに別れを切りだすか、れいあが慎太郎の方を選んだりしたら…俺ら一家離散じゃね?」恵は珍しく真剣な表情になる。
「するってーともうこの広い家で思いっきりオナることもパパの会員カードでAV借りまくることもできねーのか…?こいつは一大事だぜ…」勇太の額から汗が伝う
「ちょっと待て…じゃあまた3DKに7人暮らしになるのか…?またあの環境で発狂しながら勉強をしなくてはならないのか…そんなの無理に決まっている…」挙武はわなわなと震えた
「嫌だよそんな!パパが俺達のパパじゃなくなっちゃうなんて…そんなの絶対に嫌だよ。俺はパパにまだまだしてもらいたいことがあるのに…!」颯も感情を爆発させている
「嶺亜兄ちゃんが慎太郎くんの家に嫁いでしまったら誰が家事をするのか…なんとなく嫌な予感がする…。シンデレラのようにこき使われる己の未来が見える…」龍一は指を回しながら慄いている
「パパはともかく飯食わせてくれる奴がいなきゃどーしよーもねえじゃん!俺は育ちざかりなんだぞ!」郁は叫ぶ
「なんとかしなきゃ…」
全員、一致団結して岸家の危機を乗り越えるべく階上に向かった。
15ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:27:16.43 0
人間の限界を超えた速さで帰宅し、そのまままっすぐ嶺亜の部屋に突入すると、悪夢のような光景があった。
嶺亜の部屋の中には慎太郎と嶺亜がおり、慎太郎は嶺亜の両肩に手を置いていた。「さあこれからキスしちゃうぞ」というシチュエーションにしか岸くんには見えなかった。反射的に嶺亜の腕を取り、自分に引き寄せる。
「し…慎太郎くん、悪いけどこの子は…!」
俺の嫁だ、と言おうとするとしかし次に更に物凄い力で嶺亜は引き戻される。
「へ?」
岸くんが事態を理解できずきょとん、とすると慎太郎は燃えるような眼差しを岸くんに向けてきた。
「これ以上嶺亜に手を出すな」
言われている意味が岸くんには分からなかった。それはこっちのセリフなのに…
岸くんが時を止めていると、慎太郎は続けた。
「お兄さんの気持ちも分からなくはないけど…俺は大事な友達があんなことやこんなことをされているのを黙って見過ごすなんてできない。俺は…嶺亜を守りたい」
かっこよさ満点のセリフだが岸くんにはますます訳が分からない。ハテナマークを飛ばしていると、嶺亜が慎太郎を宥めるように言った。
「し、慎太郎くん、落ち着いてぇ…違うよぉ…誤解だってばぁ」
だがしかしトランス状態の慎太郎の耳には届かなかった。
「今はまだ高校生だから無理だけど…高校卒業したらこんな家出ればいい。そしたら慰みものにされるなんてこともないだろうから。俺も手伝うから、嶺亜」
「あのぉ…」
「ちょ、ちょっと待って、嶺亜これどういうこと?説明して!」
耐えられなくなった岸くんが叫ぶとドアが開いて兄弟達が雪崩れこんできた。
16ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:29:26.75 0
今こそ団結の時…岸家オールスターズは可及的速やかにこの修羅場をおさめるべく6人の騎士となって現れた。
「慎太郎、おめーの気持ちは分かるけどよ、れいあにはもうパパがいんだ!諦めてくれ!おめーとはなんていうか古くからの友達みたいな気がするけどこれは家族の危機なんだよ!ギャハハハハとか言ってらんねーんだ!」恵は声高に叫んだ。
「そりゃあよ…嶺亜はぶりっこだし裏表激しいし二面性どころか多面性あって何面体か分かりゃしねえしイケメン大好きの面食いで色目だの桃色視線だのありとあらゆる手段を駆使して自分になびかせようと手法を変えるオトメンだけどよ…
それでも色々あってパパと結ばれてんだ!毎晩ヤりまくってんだよ!だから諦めて次に行け慎太郎!」勇太があることないことまくしたて始めた
「俄かには信じ難いだろうが…こんな情けないパパでも僕らのパパであることには変わりはないし嶺亜にとっては恋人も兼ねている。そりゃあこんな汗だく涙目法令線に負けているなどと認めたくはないだろうけど…
世の中には蓼食う虫も好きずきっていう諺があるように嶺亜にとってはパパはなくてはならない存在…恋人なんだ。極めて遺憾ではあるだろうが諦めてくれ、慎太郎くん」挙武は沈痛な面持ちで頭を下げる
「パパ!嶺亜くんを責めないであげて!これは多分…そう、壮大なドッキリだよ!嶺亜くん時々そういうタチの悪いイタズラするから…
小悪魔ぶりっこの堕天使なイタズラとでも思ってくれれば…!」颯は切羽詰まると思考がぶっ飛んで訳のわからないことをのたまう機能がついていた
「人はあり得ない事態に遭遇すると自ずとポジティブ思考になるようで、『これは夢だ。俺は今壮大な夢を見ているんだ』と想いこんでこれ以上傷つかぬよう自衛策を取ると言われています…。
だから俺を無視すると不幸になるよ、と俺は思うようにしてるんです…あ、なんの話だったっけ…」龍一は途中から主旨を見失った
「コシヒカリは嬉しかったけどよ!一家に波風立てられちゃ困るんだよね!それとも俺を森本家の養子にしてくれて毎日腹いっぱい食べさしてくれるんならもうどうにでもなれって感じではあるけど」郁は自己中心的な言い分を放った
「ママぁ…まぁた僕に呪いかけたのぉ…?うふふ、僕にこっちに来いって言ってるんだねぇ分かったよぉ…」
嶺亜は現実逃避をしてあっちの世界に行っていた。
17ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:30:38.87 0
「ちょっと待ってくれ…どういうことなんだよこれは…!?」
慎太郎は混乱している。手を額に当てて目を見開き、唇は震えていた。だからこそ岸くんは言った。いつ言うの?今でしょ!!誰かが背中を押した。
「しししししし慎太郎くん、嶺亜は俺の息子であり嫁であり恋人なんだ!だだだだだからふ、二人っきりで会ったり触ったりするのはや、やめてくれないか!?」
嶺亜を抱き寄せて、岸くんはどもりながら魂の叫びを放った。
しん…と静寂が室内を包む。
一体何時間たったのか…時間にすればほんの数分であることに違いはないのだがそれでもその場にいる者にとっては永遠とも思える長さに感じた。
最初に口を開いたのは嶺亜だった。
「慎太郎くん…ごめんなさい…」
消え入りそうな声で、嶺亜は言った。
「嘘ばっかりついてごめんなさい…パパはお兄さんじゃなくてぇ…僕達のママと結婚したんだけどぉママが死んじゃってぇ…色々あって僕はパパと恋人同士になったのぉ。だから僕がパパに一方的に何かされてるってわけじゃなくって合意の上なのぉ」
「…」
慎太郎は放心状態なのか、立ち尽くしたまま何も言葉を発することはなかった。

  
  
18ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:32:37.51 0
「今回の件は完全に嶺亜が反省すべきだ。いつも息を吐くようにぶりっこをして嘘をつくからこういうことになる。僕達が助けに入らなかったら今頃一家離散だぞ。分かってるな?」
慎太郎が無言のままに岸家を去った後、リビングで大反省会が行われた。挙武の痛烈な批判に嶺亜はしゅんとして俯いていた。そこに恵がフォローに入る。
「けどよ、れいあだけのせいじゃねーぞ!パパだってすぐさま否定して俺は兄貴じゃなくてパパであり恋人だって説明してりゃあここまでにならずに済んだんだからよ!」
「はい…すみません…」
岸くんは頷くしかない。
「パパ気にしないで!俺達はパパと嶺亜くんの味方だよ!」
颯が岸くんの肩を掴んで激励する。岸くんはありがたくて涙が出そうになった。
「パパと嶺亜の痴話喧嘩は岸家の危機に繋がるんだからな。お前ら二人もうちょっと自覚持って行動しろよ」
勇太が珍しく真面目な意見を出す。龍一と郁はうんうんと頷いていた。
かくして大反省会が終わった後は岸くんと嶺亜の仲直りタイムである。岸くんの部屋のベッドに正座して嶺亜は深く頭を下げた。
「ごめんなさい、パパぁ」
「うん…」
岸くんはそれしか出なかった。嶺亜を責める気持ちはこれっぽっちもない。
彼にぶりっこをするなと言うのは自分に汗をかくなと言われているのと同じだし、慎太郎に対するぶりっこは所謂イケメン相手にそうなっちゃうだけであってそこには自分に対する気持ちと同じものはない…と確信している。
「嶺亜のことは信じてるからさ…でも、やっぱりその…男としては他の子と間違いが起きちゃうような環境になっちゃうと不安が生じるわけで…」
「はぁい」
嶺亜は素直に頷く。もうこれで十分だった。
「慎太郎くんにも誤解は解けたんだしもういいよ。もう遅いから寝よ」
嶺亜の頭をぽんぽんと撫でながら岸くんは蒲団を被った。一件落着したし、心地よい眠りにつこう…電灯を消し、目を閉じようとすると…
19ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:41:20.55 O
「パパぁ…」
甘えるような声で嶺亜が抱きついてくる。ほのかに香るシャンプーの匂いと衣服越しに伝わる体温とその感触…岸くんはくらりと目眩がした。
「れ、嶺亜…」
暗闇に目が慣れてくると、間近にある嶺亜の目が潤んでいることが認識できた。息遣いも感じることのできるこの距離を更に縮めるべく岸くんは無意識に自分の顔を嶺亜のそれに近付けた。
「…」
岸くんも嶺亜も、ひたすらお互いの唇を求めた。絡みつく唾液の味まで愛しい…体温が一瞬にして沸点に達する。
「嶺亜…嶺亜…」
衣服の中に手を滑り込ませると、嶺亜は小さく喘いだ。そのか細い声が余計に岸くんの神経を昂ぶらせた。すでに下半身のとある部分は痛いくらいに膨張している。
嶺亜の陶器のように滑らかな肌の感触を十分に堪能すると岸くんは自分の穿いていたものを下げた。それを察したのか嶺亜はそっとそこに手を添えてきた。
「パパ…」
吐息のように呟いて、嶺亜は少し冷たい手でガチガチになった岸くんのものを弄り始める。ソフトな手つきだがもうツボは心得ているのかその動きは岸くんの脳髄を痺れさせた。
「ぅあっ…」
たまらず、声をだしてしまった。その反応に満足したのか嶺亜はくすくす笑いながらなおも艶めかしい手つきで岸くんのものに摩擦を加える。そうなるともう岸くんはお手上げだ。
「やば…嶺亜…ぅわ…!」
息が荒くなり、全身は燃えるように熱くなってゆく。抗いがたい快感に岸くんは喘いだ。程なくして果てると、岸くんから放たれた熱い粘液を嶺亜は手で受けてこう囁いてくる。
「今度はぁ…僕の番だよぉパパぁ」
息を整えながら岸くんはお望み通り嶺亜の下着をずらした。
「あっ…」
すでに固さを増しているそれを手で包み込んでやると、嶺亜は吐息混じりに声を漏らした。目を閉じ、指を噛んで小刻みに震えている。その姿がたまらなくいじらしくて愛らしい。岸くんは手を激しい摩擦を加えた。
「あっ…あっ…あっ…!」
嶺亜は眉根を寄せ、悶え始めた。少し鼻にかかった声が次第に大きさを増してゆく。泣き声のように喘ぐと嶺亜はしっかりと岸くんにしがみついてきた。
「嶺亜…」
嶺亜の耳たぶを甘噛みしながら、岸くんは全身で彼を愛撫する。右手の動きだけは激しく、あとはソフトに…そうして繰り返し繰り返し愛でてやると唐突にそれは訪れる。
「あ…あぁ!」
ひときわ甲高い声が上がると、岸くんの右手が濡れた。
20ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:42:43.63 O
雨降って地固まる。そして雨上がりの虹が頭上に輝いている。岸くんは恵にお尻を蹴られつつ嶺亜と手を繋いで家を出た。
門を出て一歩踏み出したその時、向かいの家の門から人影が踊り出る。
「あ…」
それは慎太郎だった。張り付いたような能面で岸くんと嶺亜の前に歩み寄ってくる。嶺亜の手に力がぎゅっとこめられた。
「嶺亜…だ、大丈夫…」
岸くんは唾を飲んで嶺亜にそう言った。何があっても俺が守って見せる、という意志をそこにこめる。慎太郎がどう出てこようともどんとこいだ。若干足が震えたがそれに自分で気付かないフリをした。
慎太郎は手を繋ぐ岸くんと嶺亜を交互に見据える。どっかの学校のケンカ番長だと言われれば信じてしまいそうだ。そのド迫力に岸くんは足がすくみそうになった。
「あの…慎太郎くん…!」
岸くんが口を開きかけると慎太郎は深々と頭を下げた。
「え?」
「昨日はすみませんでした」
はっきりと、意志のこもった声で慎太郎は謝罪の意を示した。岸くんと嶺亜は一瞬目が点になる。
「家にお邪魔した上に俺の誤解で失礼なことばっかり言って家族みんなに迷惑までかけて…ほんとにすみませんでした。謝ってすむことじゃないかもしれないけど、昨日一晩反省して、どうしても謝らなくちゃと思って…」
沈痛な面持ちで慎太郎は吐露する。
「嶺亜ごめん。俺、勝手に嶺亜がお兄さ…お父さんに望まない関係を強要されてると思い込んでて…。本当に自分が恥ずかしい。こんな早とちりの勘違いであんなこと言ってしまうなんて…。許してもらえないかもしれないけど、どうしても一言謝りたくて」
慎太郎の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。イケメンの涙…それは反射的にとある現象を招く。
21ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:44:15.10 O
「慎太郎くんが謝ることなんて何一つないよぉ。嘘をついてたのは僕だしぃ誤解されても仕方のないことだしぃ…悪いのは全部僕だよぉ。僕の方こそ本当にごめんなさい」
嶺亜はぶりっこ全開で慎太郎の手を握った。そう。イケメンの涙と笑顔とボディタッチは嶺亜を自動的にぶりっこモードにする。パブロフの犬と同じ原理である。
「嶺亜…こんな俺でもこれからも友達としていてくれる?」
「もちろんだよぉ。これからも仲良くしてねぇ」
嶺亜と慎太郎は見つめ合う。待て。ちょっと待て。また元の木阿弥になっているぞと岸くんがようやくそこに意識が行きつくと次に慎太郎は岸くんに向き直った。
「お父さんすみません。俺まだ事実が完全に受け入れられてないですけど…。嶺亜のこと幸せにしてやって下さい。お願いします」
「え?あ、うん…」
なんという潔さ。漢らしさ。まさに男の中の男。岸くんは状況も忘れてただただ感心した。
世間的にはまだまだ偏見の目で見られるであろう岸くんと嶺亜の関係についても、慎太郎は微塵も歪んだ眼で見ることなくエールすら送ろうとしている。まさにパーフェクトイケメン。思わず岸くんも惚れそうになった。
「慎太郎くん…ありがとう…」
岸くんと慎太郎はがっちりと握手を交わした。
もしかしたら、彼とは親友になれるかも…岸くんがじいんと胸を熱くしているとしかし、慎太郎はその手に尋常ならざる力をこめると最後にぼそっとこう呟いた。
「嶺亜泣かすようなことしたら俺が全力で奪いに行くからな」
まるでそれが一番言いたかったことだとでも言うように、手を離すと慎太郎は背中を向けて歩いて行く。痺れた右手と共に岸くんの胸の熱さが一気に冷却された。
「慎太郎くん…かっこいい…」
嶺亜は両手を胸の前で組みながら乙女の視線でその背中を見つめている。
「嶺亜!気を確かに!!ここに正真正銘の夫がいるでしょ!目を覚ませ!ウェイカップ!!」
嶺亜の肩を揺さぶっていると背後から声が聞こえた。
22ユーは名無しネ:2013/04/20(土) 22:46:42.21 O
「おいパパよお…あれ相当な強敵だぞ…。おめー風俗とかに誘われてる場合じゃねーぞ。れいあの心ちゃんと繋ぎとめとかねーと俺ら路頭に迷うことになるからしっかりしろよ」
何故岸くんが昨日先輩社員に風俗に誘われたことを知っているのか知らないが、恵がそう呟いた。
「もう無理じゃね?パパと慎太郎じゃイケメン指数が違いすぎんだろ。俺らでパパ守ってやるしかねーよ。俺のAVのためにも」勇太は腕を組んだ。
「3DKに7人住まいだけは何としても阻止しなくては…。勉強の合間にパパのイケメン指数を上げるにはどうしたらいいかを考えるしかないな…博多にでも出張してもらうか…?」挙武は何かを考えている
「パパがんばって!俺はパパの味方だから!!パパのためにヘッドスピンで毎日願掛けするからね!諦めるな!!」颯は物真似を交えてエールを送った
「もし最悪の事態になった時には自我修復一緒にしようパパ…」龍一は縁起でもないことを呟く
「やっぱよ、男はたらふく食わしてくれる頼りがいのある奴に限るよ。だからパパ、焼き肉食い放題にみんなを連れてって嶺亜兄ちゃんとの愛をさらに深めりゃいいんだよ!俺も応援すっからさ!」郁はさりげなく自分の願望を織り交ぜた。
「みんな…!」
息子達の協力体制に岸くんは涙ぐむ。父親としてこれほど喜ばしいこともない。感涙に咽びながら可愛い息子達と抱き合おうとすると嶺亜の冷たい声が響いた。
「風俗ってなぁに?パパぁ…」
岸くんはいきさつの説明と嶺亜の理解を得るのに慎太郎どころではなくなったのは言うまでもない。




つづく
23ユーは名無しネ:2013/04/21(日) 01:18:48.14 0
前スレずっとリロードしてたw

新スレ乙!作者さん乙!
強敵が現れて岸くん大変だwww
24ユーは名無しネ:2013/04/21(日) 23:38:52.00 0
作者さん乙です!
岸くん良かったねと思いつつ慎太郎を応援したくなっている自分がいるww
25ユーは名無しネ:2013/04/22(月) 11:47:43.72 0
すばらしい!
26ユーは名無しネ:2013/04/27(土) 00:10:24.21 0
れあたんって魔法使えるの?

彼の名前はれあたん。
魔法の国からやってきたちょっとチャームな男の子だ。
今、れあたんはちょっと困っていた。
「……あーあ。これからどこ行こぉ」
魔法の国でイタズラのかぎりを尽くしてきたれあたんは、王子様の礼様に叱られて人間界に修行にやってきたのだった。
右も左も分からない人間界で、これから先どうすればいいのやら。
いつか見た映画のように魔法を生かして宅急便屋さんでも始めるべきか…。
途方に暮れながら、れあたんは公園のベンチに座りこんだ。
肩にかけていたバッグを膝に置くと、ネコに似た生き物が二匹、ぴょこんと頭をだした。
栗色のネコ(に似た生き物)の名前はくりた、真っ黒のネコ(に似た生き物)の名前はタニムラ。
くりたとタニムラは、幼いころかられあたんと一緒に育った、れあたんの使い魔である。
「れいあー!れいあー!腹減ったんだけど!ギャハハハ!」
「れいあくん、魔法の国にはいつ帰れるの…早く謝って帰らせてもらおうよ…」
めっぽう明るいくりたと、むやみに陰鬱なタニムラを、れあたんは黙って見ていた。
「れいあー!無視すんなよ!ギャハハ!」
「れいあくん、ぼくらとお話したくないの…?」
話すのをやめない二匹を見て、れあたんはため息をつく。
「…人間界ではくりちゃん達と話してると、頭おかしいやつだと思われちゃうんだよぉ」
「なんだそりゃなんだそりゃ、ひでーな!ギャハハハ!」
「頭がおかしいのはくりたくんだけだよ、れいあくん…」
「うるせー!てめー何言ってんだタニムラ!ギャハハハ!」
「だってホントのことじゃないか…」
「もー、うるさいよぉ」
れあたんが二匹の小競合いを止めようとしたそのとき。
「すごい!ねこが喋ってるっぽい!」
一人の少年が、れあたんたちの座っているベンチに駆け寄ってきた。
中学校の詰め襟の制服をきちんと着こんだ、一見大人っぽいが、表情にあどけなさの残る少年だ。
「あれ?あれ?お前、おれらの言葉わかるのか?ギャハハハ!」
「この子、魔法使いなんじゃないの、れいあ君…?」
くりたとタニムラは不思議そうに少年をじろじろ見ている。
「……お前、誰だよぉ」
怪訝な表情のれあたんにはお構いなく、少年は明るい笑顔を見せた。
「オレは高橋颯!一応ふつうの中学生!別に魔法使いじゃないよ!」
少年…颯に頭をなでられて、タニムラはヒッと身をすくめた。
「で、キミは?」
颯が無邪気な笑顔でれあたんに尋ねる。
少しだけ躊躇したあと、れあたんは固い表情で答えた。
「俺はれあたん。一応、魔法使いだよぉ」
27ユーは名無しネ:2013/04/27(土) 15:48:51.85 0
誰かまとめ貼ってくれないか
28ユーは名無しネ:2013/04/28(日) 03:37:59.99 0
新作きてた!んんんんんんれあたんんんんんん
29ユーは名無しネ:2013/04/28(日) 17:06:59.14 O
魔女っ子れあたん可愛いお!
30連載リレー小説 岸家の人々2:2013/04/29(月) 12:57:20.50 0
第六話 その1

まだ暗いうちから颯は起きる。街は眠っていて犬の遠吠えが静かに谺している。しんとした冬の朝。颯はジャージに着替えていつものようにジョギングを始めた。
「おはようさん。今日も寒いのに走り込みかー。偉いねー」
商店街を通りかかると配達のおじさんが声をかけてくる。挨拶をして颯は駆け抜ける。
「颯ちゃん今日もいい走りっぷりだねえ。よ、未来のオリンピック選手!まあまあ座ってこれ飲みな」
魚屋の店主がホットレモンをくれた。お礼を言って飲み干すとまた颯は走りだす。
そうして一時間も走り込むとようやく街は目覚めだし、朝陽が眩しく降り注ぐ。いい感じに体が温まってきてすっきりと爽快感に包まれる。これが一番の精神安定かつ健康維持法なのである。
「おはよぉ颯。ご飯できてるよぉ」
嶺亜がトーストとスクランブルエッグの朝食を作ってくれていた。他の兄弟達もぞろぞろと起き始める。
「くぁ…」
欠伸をしながら双子の弟・龍一が半分覚醒しきっていない緩慢な動きでリビングに姿を現す。昨晩遅くまで勉強していたらしくやや寝不足気味の様子でボーっとしている。
「龍一早く食べてぇ。片付かないじゃん」
嶺亜にせかされて、龍一は慌てた様子で食べ始める。が、卵が嫌いな彼はさりげなく郁に押し付けようとして見つかった。
「好き嫌いばっかしてるとぉ肝心な時に風邪引いちゃうよぉ」
「そうだぞ龍一。僕みたいに入試の日にインフルエンザになってもいいのか」
嶺亜が母親、挙武が父親のように龍一に説教をする。当の父親の岸くんは郁の分のトーストを間違って食べて郁にガチギレされてボコボコにされかけていた。
「郁、俺のあげるからパパのことそんなに責めないでよ。家庭内暴力はいけないよ」
颯が自分のトーストを郁に分け与えたことでそのいざこざは収まる。岸くんはできた息子に涙しきりだ。
「龍一、今日私立の願書見てもらう日だけど書けた?」
「あ、忘れてた…」
颯が問いかけると龍一はそう呟く。
「おいおい大丈夫かよ龍一。お前勉強はできるけどそういうとこてんで抜けてるもんな。颯は心配ねーけどよ」
勇太が制服のネクタイを締めながら茶化す。
「添削しなくて大丈夫か?まあでもその添削を今日してもらうんだからちゃんと持って行けよ」
挙武に言われて龍一は慌てて部屋に上がって行った。その後ろ姿を四つ子の兄達はやれやれと見る。
31ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 12:59:11.45 0
「まったくもう龍一はぁ…勉強以外のことなぁんにもできないんだからぁ…。本番にも弱そうだし心配だよぉ」嶺亜が溜息をつく
「あいつほんと勉強だけのアホだからな!テトリスなんか小学生並みなんだぜギャハハハハハ!」恵が豪快に笑う
「ま、でもうちの出世頭2になってもらわなきゃいけねえからな。颯、お前はどこ受けるんだっけ?」勇太が問いかける。颯は答えた。
「私立はF高だよ。でもうちには私立に行くお金なんてないし俺は挙武くんみたいに奨学金制度のあるような学校は受けれないし…。本命の県立のD高はまあ今のところ大丈夫って言われてるから…」
「まあ颯の成績ならF高もD高も大丈夫だろう。お前は普段から走り込みをして体を鍛えてるから風邪を引くなんてこともないだろうし…早く受験が終わって陸上部の練習に出られるといいな」
挙武が颯の肩に手を置く。兄達のエールをうけて颯は頷く。岸くんも颯に関しては何の心配もなかった。勉強も部活もちゃんと両立できる子だ。
「颯、高校に入ったら陸上の大会にも出るんだろ?ちゃんと観に行くから受験がんばって」
岸くんが励ますと颯は満面の笑みを見せた。
「うん!ありがとうパパ!絶対だよ!絶対観に来てよ!」
「颯、僕達に励まされるより嬉しそうな顔してるぅ」
嶺亜に指摘されて、颯は「そんなことないよ!」と顔を赤らめる。
そして願書を急いで書きあげた龍一と共に颯は登校した。
32ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:01:06.94 0
岸くんはマックにいる。ポテトが半額デーなので調子に乗ってLサイズ二つも頼んでしまい若干胸やけを覚えた頃、待ち合わせの相手が到着する。
「岸くんお待たせ。ポテト半額なんだよね?僕もポテトにしようかな…」
岩橋はそう言ってMサイズを一つ注文した。それをちびちびと食べつつ世間話に花を咲かせる。
「そろそろ双子の受験が迫って来てさ、そう遠くない昔のはずなのになぁんか懐かしくって。部活引退後にけっこう必死になって勉強してたなぁって…」
「僕は中学は不登校だったから選択肢があまりなくて…でも合格してがんばろうってその時は思えたんだよね。岸くんと同じクラスになってなきゃまた不登校に陥ってたかも…」
「不思議なめぐりあわせだよな。颯も龍一も高校でまたいい友達を出会えるといいな…。颯は心配ないけど龍一とかちゃんと友達出来るのか心配だし」
呟くと、岩橋はくすくす笑った。
「なんか、岸くん日に日にお父さんっぽくなるよね。とても同じ18歳とは思えない…」
「え、そ、そう?いやまあだって7人もいるとさー」
そう言われつつもまんざらではなかった。なんだかんだで少しは父親らしくなれてきているのかなあ…と岸くんは自分自身を評価する。
「さて、今日もがんばって働くか。安月給だけど家族7人養わなきゃいけないし」
岸くんは立ち上がる。そして意気揚々と会社に出勤した。

「えー提出してもらった願書は赤ペンで添削しているから本提出用の願書はこれを参考にして書くように。提出期限は…」
HRで担任から添削済みの願書を配布され、皆と見せ合う。
「颯、私立はF高だっけ?家から近いから?」
「うんまあ。でもF高は私立だしうちの経済事情じゃ行くのは無理っぽいからD高一本にしようと思ったんだけど受験の雰囲気に慣れてる方がいいからってパパが…」
「そっか。颯って陸上部命だったからてっきり陸上の強い高校行くのかと思ってた」
「部活はどの学校行ってもできるよ。それに陸上は個人競技もあるから。自分との闘いだし」
そんな会話をクラスメイトと交わしつつ、下校時に昇降口に降りると溜息をついた龍一と会った。どうしたのかと尋ねると願書が赤ペンだらけで担任に軽く説教されたのだという。
33ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:02:32.48 0
「勉強だけでなく他のこともきちんとできるようになれ、って…」
「あはは。そんなこと言われたんだ。でも四つ子兄ちゃん達もおんなじこと言ってたよ。今度挙武くんに書き方とか教わったら?」
「挙武兄ちゃんは嫌味だからな…かといって恵兄ちゃんになんか絶対正しい書き方教わるのは無理だし勇太兄ちゃんはすぐ話が下半身に反れ出すし嶺亜兄ちゃんは「こんなのも書けないのぉ?」って絶対零度降り注いでくるし…やっぱりパパしかいないのかな…」
「あ、そんなこと言ってパパと二人で親密な時間を過ごすつもりだね?ズルいよ龍一!」
「あのな…」
龍一は呆れ顔だったが颯にはその意味は分からない。自分だって進路相談や部活についての相談がここのところ岸くんと充分にできていない。だから龍一に先にそれをされるのはなんだか悔しかった。
「颯は別に今更相談することもないだろ。受ける学校だって十分合格圏内だし願書だってちゃんと書けてるし…」
「そういう問題じゃないんだよ。パパとの時間をちゃんと確保するという…」
颯が熱弁していると、前からぞろぞろとジャージ集団がジョギングしているのが見えた。その中の一人が立ち止まる。
「お前らは…!?」
「あ」
ジャージ集団の中には朝日がいた。良く見るとその青いジャージには「虎比須中」と記されている。
「なんだ朝日か。ジョギング中?いいね私立エスカレーターは受験なくて」
虎比須中は私立の中高一貫校で部活動が盛んだ。そこの陸上部のホープが朝日である。
「何を言う!俺達は高等部の部活についていくために今必死になってトレーニングしてるところなんだ!受験の方がまだナンボかプレッシャーが軽いくらいだぞ。…お、そうだ!」
朝日はそこで指を鳴らした。そして颯にこう持ちかける。
「お前ら暇か?いいもの見せてやる。うちの学校に来い!」
半ば引き摺られるようにして颯と龍一は虎比須中学に連れて行かれた。
34ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:03:56.24 0
虎比須中学は高等部と隣接しており大規模な校舎と豪華なグラウンドを擁していた。さすがに私立のマンモス校なだけはある。様々な部活動が盛んで生徒も多い。
朝日はこの度中等部を卒業するが高等部には海人・顕嵐・海斗の三つ子もおり閑也もここの出身である。兄弟全員が虎比須学園に通っているのである。
「こっちだ。来い!」
颯と龍一は狐につままれた様子で導かれるがままに朝日に付いて行った。
そこは陸上部専用のグラウンドで部員らしき生徒が練習に励んでいた。ぼんやりとそれを眺めているといきなり大歓声が上がった。
「見ろ颯…あれが虎比須高校陸上部のエース達だ!」
大歓声の中登場したのは四人の少年だった。彼らが真っ直ぐに歩いてくる。朝日は一歩前に出てお辞儀をした。
「お兄さん達、御苦労さまです!練習見学させていただきます!」
朝日はかしこまって彼らを「お兄さん」と呼んだ。一瞬、これも兄弟なの?と龍一は思ったがそうではないらしい。
「やあ朝日。練習捗ってる?高等部に上がってきたら一緒に練習できるの楽しみにしてるよ」
朝日の肩をぽんぽん、と上品な仕草で叩いた若干三白眼気味の前歯が特徴的な少年はそう言っていきなりバック宙をしだした。女の子の歓声があがる。
「ノエル兄さん…さすがです!」
朝日はバク宙を決めたその少年を「ノエル」と呼んだ。12月生まれかクリスチャンかだろうか…と颯と龍一は顔を合わせる。
「ノエルは派手だなー。あーバナナ上手い」
のらくらした感じの少年はバナナをもぐもぐやりながら呑気な口調で呟いた。朝日は彼にも礼をする。
「ヒロキ兄さん!バナナ上手いっすよね!栄養満点だし!ワカメはどうします?」
「んーワカメは後で味噌汁に入れるよ」
なんだか良く分からないノリに颯も龍一のもなんとなく圧倒されているとまた違った雰囲気を放ってもう一人少年が通りかかる。
「可愛いキャラは譲らないよ…」
小柄で可愛らしい顔をした少年が呟く。何故か視線は誰とも合わない。だがなんか良く分からないが可愛い。もっとも岸家の長男とは少し毛色が違うが…
「しめ兄さん相変わらず可愛らしいっす!誰も兄さんの可愛さには勝てないっす!」
「そう?…上手だねぇ朝日…フフ…フフフ…」
可愛いがちょっと笑い方が怖い。颯と龍一は思わず後ずさった。
そして…
35ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:05:54.38 0
「朝日…俺は誰だ?」
ひときわ背が高く目立つ容貌をした少年が呟く。朝日は即答した。
「みゅうと兄さんです!!」
その答えに、「みゅうと兄さん」と呼ばれた長身イケメンは恍惚とした表情を浮かべた。
「ちょっと…もう一度言ってくれないか?その…「兄さん」ってとこ強調しながら…」
「みゅうとに・い・さ・ん!!」
「兄さん…俺は兄さん…みんな可愛い俺の弟達…!!」
ふるふると震えた後、「ん、待てよ」とみゅうと兄さんは呟いた。
「『兄さん』より『お兄ちゃん』の方が響きが良くないか?そこの君、そう思わねえ!?」
いきなり話しかけられて龍一はびくついた。人見知りの彼は黙って頷くしかなかった。
「だよな!よし朝日、訂正だ。「みゅうとお兄ちゃん」でよろしく頼む!!さあレッツコールミー!!」
「はい!みゅうとお兄ちゃん!!」
朝日が大声で呼ぶと感極まったみゅうとお兄ちゃんは顔に手を当てた。
「生きてて良かった…!俺は「お兄ちゃん」…みゅうとお兄ちゃん…!!BAD BOYS Mお兄ちゃん…!!」
颯と龍一はもうすっかりどん引きだった。一体ぜんたい彼らは何ものなのだろう…訝しんだ頃、朝日が二人に向き直ってこう囁いた。
「…こんなおかしな人らだがひとたび走りだすとそれはそれは凄いんだ。よく見ておけ」
颯と龍一が半信半疑で見学をしていると先程のキテレツ4人衆がバトンを持ちリレーの練習を始めた。号砲が鳴り、第一走者の「ノエル兄さん」が走り始めると颯はその瞬間から魅入られた。
ノエル兄さんからヒロキ兄さん、しめ兄さんそしてアンカーのみゅうとお兄ちゃんが走り抜けるまでほんの数十秒…それだけで彼らの凄さが颯には分かった。なんという華麗でダイナミックな走り…まるで踊っているかのような…
「凄い…」
生唾を飲みながら颯が呟くと朝日は得意げに胸を張った。
「だろ?あれが虎比須高校陸上部のエーススプリンター達だ。川島如恵留・仲田拡輝・七五三掛龍也・森田美勇人…4人とも全日本の選手にそのまま選ばれてる通称トラビス・ジャパンの面々だ。俺も彼らのようになるのが目標だぜ」
「トラビス・ジャパン…」
「身近にああいう素晴らしい先輩がいて部活に打ちこめる俺は幸せ者だな。FUよ、お前はどこの高校に行くか知らないが俺が二代目トラビス・ジャパンとなってお前との決着をつけてやるからな!」
朝日が威勢よく言い放ったがしかし颯の耳には届いていなかった。ただただその凄い走りっぷりに魂が震えていた。
36ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:07:05.78 0
「おい颯と龍一遅くね?もう7時になんぞ。あ、パパお帰り」
恵が双子の帰りが遅いことに訝しんでいると岸くんは帰宅した。嶺亜は皿に豚カツを盛りつけながら答える。
「ほんとだよねぇ。遅くまで学校で自習してるのかなぁ」
「あれ何?颯と龍一がまだなの?」
岸くんがつまみ食いをしながら問いかけるとしかし程なくして二人は帰宅した。全員で食卓を囲んで賑やかな夕食がいつものように展開される…はずだったのだが…
「どうした颯?全然食べてないじゃないか」
挙武に問われたが、颯は「うん…」と力なく呟くだけで箸が進まない。すかさず郁の箸が伸びたが嶺亜に止められた。
「どうしたんだよ?まさか風邪とかじゃねーだろうな。でも顔色は悪くないよな?」勇太が顔を覗きこむ
「帰り遅かったけどぉ勉強疲れとかぁ?颯、どうしたのぉ?」嶺亜が郁のおかわりをよそいながら訊く
「颯、しんどいんだったら夕飯は軽くして早く寝た方が…インフルエンザとかが流行りだす頃だしいくら鍛えてても安心はできないからさ」
岸くんがお椀片手にそう問いかけると颯は箸を置いた。
「…パパ」
「ん、何?どうした?」
「俺…」
颯は溜息をつく。そしてその後きゅっと唇の端と端を結んでこう言った。
「虎比須高校受けたい」
「へ?何?虎比須高校って?」
だが岸くんはきょとん、とする。
「私立のマンモス校だろ。なんでまたそんなとこ受けたいなんて今んなって言うんだよ、颯?」
勇太が問うと、颯は皆の目を交互に見据えて答えた。
「今日偶然虎比須中に通ってる子に会って…そこで陸上部の練習見せてもらったんだ。とにかく凄くて、俺もここで陸上やりたいって思って…」
「どの学校でも陸上できるって言ってたじゃねーかよ颯。それがなんでいきなり」恵がご飯を口に入れながら訊く
「俺もそう思ってたけど…あまりに凄くて…この人達を目標に同じフィールドで練習すればなんか自分が凄く伸びそうな気がして、それでどうしても入りたくなって」
「いーんじゃねーの?何を悩んでんだよ颯兄ちゃん?」
郁の無邪気な質問が響く。彼は隙を見て颯の豚カツをゲットしていた。
37ユーは名無しネ:2013/04/29(月) 13:09:10.72 0
「虎比須高校は私立だろ?それに…奨学金制度もないしおまけに部活動が盛んだから寄付金とかもかなり取られるって聞いたが」
挙武が呟く。
「おいおいまじかよ颯。うちにゃこれ以上私立通わす金なんてねーぞ。今だってエンゲル係数跳ねあげるブラックホールがいるし家のローンもあるしよ」勇太が指摘する
「でも…行きたい」
颯は絞り出すように言った。全員押し黙る。
これまで何一つ我儘も自分勝手も言ったことのない颯がここへ来て生まれて初めて頑なに自分の意志を示した。それを叶えてやりたい気持ちとそれができそうにない現実…まさに板挟みの葛藤だ。
「だ…大丈夫だよ、俺がこれまで以上に働くし、颯が行きたいんだったら…学力は大丈夫なんだよね?」
「パパぁ…僕達もそう思うけどぉ…実際問題としてうちの経済事情も考えて決断しないとぉ…」嶺亜が眉根を寄せる
「そーだぜパパ。そりゃ俺らだって颯に行きたい高校行かせてやりてーよ。でも入学したはいいけど学費払えなくて退学なんつーことになったらどうすんだよ?」
「いや…でも、颯がそこまで言うんなら行かせてやりたいし…」
岸くんが言うと、颯は声を震わせて頭を下げ始めた。
「お願いパパ…俺はどうしてもあそこで陸上がしたい。そのためならなんでもする。だからお願い…!」
「も…」
もちろんだよ、と言いかけて、挙武の声が重なった。
「今夜僕が学費とうちの収入をちゃんと計算して行けるかどうか見る。それまでは保留にしとこう。颯、それでもいいか?」
颯は頷いた。


その2につづく
38ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 12:56:19.64 0
虎比須高校に入ってほしいようなほしくないようなwwwww
続きも期待してますぜ
39連載リレー小説 岸家の人々2:2013/04/30(火) 21:56:45.63 0
第六話 その2

挙武が弾きだした結果、岸家の経済事情ではどう節約を試みても赤字になってしまうことが判明した。四つ子と岸くんで頭を悩ませる。
「こうなったらぁ…僕もバイトするしかぁ…」
嶺亜が言うと、恵が首を振った。
「れいあがバイトに行っちゃったら家事する奴がいなくなるしそうなるとうちは崩壊すんぞ。破産より深刻だぜ!」
「俺と恵がバイト増やすか…?」
勇太の提案に今度は挙武が首を横に振る。
「そうならないよう僕らは最初に決めたじゃないか。平日ぐらいはみんな揃って夕飯を食べようって。それに、自由な時間を削られると自ずと不満も出てくる。今が一番ちょうどいいバランスだ。だったら僕がバイトをする」
「でも挙武、お前は1、2学期の成績が奮わなかったから3学期はなんとしても50番以内に入らなくちゃならないって言ってただろ。それに体も弱いんだからまた体調崩したら大変だよ」
岸くんが言うと、挙武は方目を瞑って頭を掻いた。
「あちらをたてればこちらがたたずか…」
5人で溜息をつく。室内には重苦しい空気が流れていた。
「交互にバイトをすればどうかな?そんな都合いいバイトあるかどうか分かんないけど…」
「けどよ、それはともかくとして龍一が公立に必ず受かるって保証もないし、もしあいつが私立に通うことになって奨学金がもらえなかったら…そっちも深刻だぞ?」
「龍一は僕より成績がいいが…それ以上に本番に弱いからな…こっちも覚悟しとくしか…」
話は颯の学費の計算から龍一の心配へと移行する。呑気に構えていた双子の受験がここへきて岸家に大きな波紋を呼んだ。
40ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 21:58:13.03 0
叶えてあげたい…だけど現実がそれを許さない…板挟みのような状態を引き摺りその夜、岸家の電灯は消えることはなかった。


「やっぱり無理かな…パパやみんなに負担かけてまで我儘貫き通すなんて人間失格かな…」
部屋で颯が頭を悩ませる。机の上には元々受ける予定だったF高の願書と今日の帰りに虎比須高校でもらった願書が二枚広がっている。
「観に行かなきゃ良かったね…。まさか颯がそこまであのおかしな四人衆に感銘を受けるなんて…」
龍一は呟く。陸上のことなんて何もわからない彼にとってトラビス・ジャパンは足の速い変わり者集団にしか見えなかった。
「でも、あそこで陸上できたら、最高の三年間が送れる気がする。朝日ともこれまではずっとライバル同士だったけど肩を並べて切磋琢磨できそうだし」
「けど、うちの経済事情が…」
颯と龍一は溜息をついた。父子家庭で父親は18歳の新入社員。兄二人が週末バイトをしているのと各種手当でなんとかもっている家計…とてもではないが寄付金遠征費がかかる私立校になど通えるわけがない。
「それに…俺まで公立落ちたらシャレにならないし…」
ぼそっと龍一は呟く。彼は自己評価が低い。それに自信がないから本番に弱いし勝負事はまるで負け神が憑いているかのようにてんでダメだ。どれだけ勉強して合格確実と言われても決して油断ができないのである。
「…だよね。冷静に考えてみると無理な話だし、興奮して夕ご飯の時はあんなこと言っちゃったけど…やっぱりみんなに迷惑かけるわけにいかないし、諦める。寝て頭冷やすよ」
颯は力なくそう呟いて、虎比須高の願書をしまった。そしてベッドに入る。
41ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 21:59:41.36 0
「…」
龍一はそれから一時間ほど勉強したが颯の寝息が聞こえてきたのはその頃である。いつもベッドに入って5分もすれば寝てしまう寝付きのいい颯がこれだけ時間がかかったということはやはり葛藤があるのだろう。
小さい頃から颯は自分の好きなことにストイックにうちこんで努力を惜しまない性格だった。何も趣味がない自分とは対照的だ、と龍一は思う。中学入学時に「龍一もやってみなよ」と陸上部に誘われたが走り出した途端に肉離れをおこして卓球部の幽霊部員になった。
龍一には学校の成績以外他人に誇れるものがない。志望校決定だって「この学校に行きたい」のではなく偏差値
を照らし合わせて一番妥当なところを選んだだけだ。きっと高校に通っても勉強以外何も趣味がなく毎日が過ぎて行くだろう。
だから、颯が少しうらやましくもあり、輝いて見えた。
行きたい理由があって、それを熱望する姿を見て、何故か自分まで颯を虎比須高に行かせてやりたいと思った。自分なんかに何もできないことは分かっているのに…。
颯が机の引き出しにしまった虎比須高の願書を出してみた。そこにはもう全ての項目がきちんと埋められていて、志望動機は欄いっぱいに書かれていた。F高の願書はまだ白紙である。
「…」
龍一は自分の受ける私立の滑り止め高校の願書を見る。それは挙武の通っている学校で彼は去年公立の本命を不合格になったがために奨学金制度を利用して通うことになった。入試の成績がトップクラスだったからだ。
自分がそうなれる保証などない。それ以前に公立に受からなくてはならない。
「…颯…」
龍一はベッドの方へ視線をやる。颯があどけない寝顔で横たわっている。
兄弟だから、双子だから…そういった当たり前の兄弟愛とは無縁だったけど、もし俺にできることがあるのならば…
龍一は願書を手に取り、それを自分の出した決断に従ってとある行動に出た。
42ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 22:00:19.66 0
岸家の朝は騒がしい。だが今日は変に静まり返っていた。いつもバラバラに起きてくる兄弟達も岸くんも何故か揃って食卓についている。食卓には嶺亜が作った卵焼きとウインナー、サラダそしてご飯とみそ汁の朝食が乗っている。
「…」
しばらく沈黙でみんな黙って食事をした。誰が颯に昨日の結論を話すのか揉めに揉めて決まらなかったから四つ子と岸くんは俯きながら食事をする。
だがその沈黙を破ったのは颯だった。
「みんな昨日はお騒がせしてごめん!一晩冷静になって考えてみたらなんか馬鹿なこと言っちゃったって反省した。だから忘れてよ!俺は私立はちゃんと変更なくF高受けて、公立はD高受けるから。勉強もちゃんとするし。だからそんな沈まないでよ」
「颯…」
「パパ、ごめんねなんか…。どこに行ってもちゃんと陸上続けるし、試合観に来てくれる約束はちゃんと覚えてて。さ、もう学校行かなきゃ」
空元気を装って颯は鞄を掴んで玄関を出て行く。皆、溜息をついた。

岸くんはいつもの岩橋とのファストフード店での待ち合わせで自分の不甲斐なさを嘆いた。
「俺ってさ…だめな父親だよなあ…行きたい高校の一つも行かせてやれないなんてさ…父親失格だよ」
「岸くん…そんな落ち込まないでよ。そんな、18歳で何もかも抱え込まないで。落ち込んで沈んでネガティブで暗くて被害妄想全開は僕の役目なんだし岸くんはいつだって元気で能天気でいてよ」
「そんなこと言われてもさ…もう颯の顔見てるのが辛くて…」
岸くんは机に突っ伏した。
「やっと出してくれた我儘なのに…それを叶えてやれないなんて、またあいつは何かあっても自分の中だけで処理しようとするように戻っちゃうんだろうな…俺のせいで…」
「岸くんのせいなんかじゃないよ。家庭の経済事情はどこにだってあるし…。颯くんのこと、みんながフォローしてあげたらきっと颯くんだって立ち直れるよ。こんなに悩んでくれてるんだもん、颯くんにも伝わってるって」
「ありがとう岩橋…」
少しだけ救われたものの岸くんは仕事に身が入らず、その日はその後処理に追われ残業になってしまった。
心身共にくたくたで帰宅すると何やらリビングが騒がしかった。
43ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 22:01:32.11 0
「ただいま…何、どうしたの皆?」
岸くんがリビングに入るとそこには中央に正座をした龍一とそれを囲む四つ子、そして龍一の隣で彼の肩を揺する颯がいた。郁は少し離れてソーセージをかじりながら傍観している。
「なになに、どうしたっていうの?龍一なんかやらかしたの!?」
仕事場に学校からの連絡はなかったがそれ以外で何かあったというのだろうか。岸くんは皆に訊ねた。
「どーもこーもねーよ、パパ。こいつ…」
勇太が正座をして俯く龍一を指差して言った。
「私立校、受けねえなんつーんだよ!願書も破り捨てたって」
「え…ええーーーーーーーーー!!!!」
岸くんは鞄を落とした。
「どうするつもりなのぉ龍一ぃ。公立落ちたら中卒だよぉ。あとは夜間しか選択がないよぉ!?分かってんのぉ?」
「おめー勝負にすこぶるよえー負け神しょいこんでるくせに滑り止めとっぱらってどうするつもりなんだよ!滑り落ちて笑い合えるのはセクサマの世界だけだぞ!分かってんのかよ!」
「龍一、受験を甘くみるな。僕だって最後まで気を抜くつもりもなかったのにあんなことになった。だからお前にはそれ以上に万全にしてもらわないと…」
「龍一、何考えてるんだよ。俺だけじゃなく龍一まで皆を困らせるようなこと言わないでよ!」
四つ子と颯に説得と叱責の嵐を受けて龍一は涙目で震えていた。だがその震えた声がこう言った。
「俺は…公立に入学したらバイトする…」
「はあ!?」
郁以外の全員が声をハモらせる。
44ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 22:02:18.79 0
「何言ってんのぉ龍一ぃ。対人恐怖症で要領悪くて勉強以外のもの覚えが超悪い龍一がバイトなんてできるわけがないでしょぉ。カナヅチが濁流に飛び込むようなもんだよぉ」
「そーだぞおめー。何考えてんだ!自我修復おっつかなくなってメンタルやられっぞ!」
「悪いこと言わねえから滑り止め受けて公立受けて今まで通り勉強してろ。人には向き不向きがあんだよ!お前がバイトとか俺がオ○ニーやめるくらい無理がある!」
「龍一、お前ちょっと疲れてるんじゃないか?一日ぐらい勉強はいいからリフレッシュしてこい。そうしたらちゃんと正常な思考が戻ってくるだろう」
四つ子の兄達がそうまくしたてても、龍一は首を横に振った。いつも兄達に屈してばかりの龍一が頑なな姿勢を見せる。岸くんは龍一に何か決意のようなものを感じた。
「龍一、なんで急にそんなこと言いだしたんだ?ちゃんと聞くから、理由を最初から順に話してよ」
岸くんが問うと、龍一はぼそぼそと話し始めた。
「俺がバイトすれば颯が虎比須高に通えるかもしれない…それに…」
「それに?」
「滑り止めを受けなかったら絶対に公立は落ちれない。それぐらい追い込まないと俺はきっと落ちる。だから、後がないのと颯のためって思ったら…できる気がしてきた」
「だからって、龍一…!」
颯が龍一の肩を揺する。龍一は颯の目を見て行った。
「颯のためでもあるけど…自分のためでもあるんだ。趣味もないし不器用で人見知りで要領の悪い自分を変えたいって思った。できる自信もないけど、それでもやらないよりはましかなって…」
「しゃーねーなーもう」
それまでむしゃむしゃソーセージを食べているだけだった郁がそれを食べ終えてこう言った。
「じゃあ俺も牛乳配達のバイトするよ。上手くいきゃ余った牛乳もらえるかもしんねえし、ダイエットしてひきしまったら瑞稀が惚れ直すかもしんないしな」
「龍一…郁…」
四つ子は顔を見合わせて目線で会話を始めた。そして挙武が頷く。
45ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 22:02:56.09 0
「分かった龍一。じゃあもう一度計算してみる。お前が時給750円で土日6時間働く計算と郁の週3の牛乳配達の分、それと家庭菜園で食費を浮かしつつ僕が週2で家庭教師のバイトを入れる。
あと、嶺亜も空いた時間に内職ができるよう見つけてきたそうだ。それでなんとかなるかもしれない。颯」
颯は弾かれたように顔をあげた。
「急いで虎比須高の願書を書け。受けたいと言ったからには不合格は許されない。いいな?」
挙武が言うと、颯は頷く。そして岸くんのように涙目になりながら
「ありがとう…がんばる」
と宣誓した。

「なんか今回俺の出番全然なかったな…嶺奈、息子達は逞しく育ってるよ。そのうち俺、父親じゃなくて一番立場低くなってるかも…」
久しぶりに亡き前妻の遺影に話しかける。もし彼女が生きていたらこの事態をどう切り抜けただろう。嶺奈は天然っぽい部分があったから「なんとかなるよぉ」って笑って楽観視してたかもしれないな…なんてことを思いながら岸くんは遺影を仏壇に置く。
「パパぁ」
ドアが開いて、パジャマ姿の嶺亜が入ってくる。
「色々お疲れさまぁ。なんとか解決しそうで良かったよぉ。龍一があんな男らしいこと言いだすとは思わなかったぁ」
「そだね。陰薄くているかいないか最近の話の中でもそうだったけど…あいつはあいつなりに色々考えてるし優しい奴だってことは前回の迷子騒動でも分かったから。美形で秀才だってことをもっと自信持ってくれるといいんだけど」
「そうだねぇ。颯ともねぇ、小さい頃から双子なのに全然双子らしいとこ見せなくてお互いどう思ってるか僕らでも分かんなかったけどぉ…やっぱ絆があったんだねぇ」
絆か…兄弟がいない岸くんには少しうらやましくもあった。そう思っていると嶺亜が顔を覗きこんでくる。
46ユーは名無しネ:2013/04/30(火) 22:03:51.46 0
「パパと僕たちにもあるよぉ…でっかくてぶっとい絆がぁ」
そしてぎゅっと嶺亜が手を握ってきた。岸くんは嬉しいやらなんやらで感涙に咽ぶ。とりあえずはその感情の昂ぶりを性欲に互換させた。でっかくてぶっといものをああしてこうして…
「れい…!」
本能の赴くがまま、嶺亜に覆いかぶさろうとすると懐かしの展開が訪れる。
「パパちょっといい!?あのさ、入試に面接があるんだけどパパに面接官になってもらって練習を…」
颯が目を輝かせて現れた。今まさに嶺亜を押し倒そうとしている瞬間に出くわした彼は慌ててドアを閉め…
ることはなくなおもぐいぐい迫って来た。
「嶺亜くんとのあれやこれや非人道的行為は後にして、面接の練習手伝ってよ!いいでしょ?パパはみんなのパパなんだから嶺亜くんだけが独占するのは良くないよ!そうでしょ嶺亜くん!?」
「えぇ…もぉ…しょうがないなぁ…」
嶺亜は頬を膨らませ、渋々譲った。
「えー…では我が校を志望した動機を…」
「はい!たまたま偶然陸上部の練習を見てノエロ兄さんとワカメ兄さんとしめ姉さんとえっと…消音…じゃなくて、みゅ…みゅうとだったかな?お兄ちゃんのトラビス・ジャパンの走りに感銘を受けて!
俺もここで陸上やりたいと思って急きょ家に無理言って志願させてもらいました!それから…」
岸くんと颯の面接官ごっこは夜通し続いた。


つづく
47ユーは名無しネ:2013/05/01(水) 00:59:34.54 0
作者さん乙ー
タニムがあまりにも男らしくて涙でそうになったよ
かっこいいよタニム!
48ユーは名無しネ:2013/05/02(木) 19:27:26.44 0
んんんんんんん作者さん乙乙乙乙乙乙乙乙乙乙!
いつも長編をたくさんありがとう!

最近忙しくてなかなか感想書けなくてごめんよ…
でも、家族の絆が深まっていくのを読んで胸を熱くしているよー!!
みんなそれぞれ成長したり、トラビスや慎太郎もいいやつだったり盛りだくさん!

颯くんが虎比須高に進学したらまたあの子たちといろいろありそうな…w
49ユーは名無しネ:2013/05/03(金) 21:47:04.46 0
いつも感想くれる人達ありがとう。只今ネタを探しに横浜に遠征中。
何より嬉しかったのは二男(栗ちゃん)と六男(谷村)がそこにいたこと。もう一度夢が見れそうで泣けてきた。
長男(れあたん)は相変わらずの可愛さ全開で二男と方を抱き合って歩くというもう見ることのできない場面を見せてくれて自分はこれを見るためにここに導かれたのではないかと思えるほどに奇跡的な光景でした。
岩橋と三男(神宮寺)は風格が出てきて歓声も大きかった。四男(あむ)はまた最近ぐっと大人っぽくなっていて横顔が素晴らしく凛々しかった。
五男(颯)のヘッドスピンは今日も健在。こちらもびっくりするほど大人びてきた。末っ子はもう背丈だけなら四つ子と同じかそれ以上。でもやっぱり無邪気さが残っていてほっとした。
パパ(岸くん)が不在だったのが寂しい限りだったけどまた別の舞台では見れるとのこと。こちらも楽しみにしつつ残る6公演岸家の人々を堪能してきます。
ちなみに長男はゲストの慎太郎とイチャイチャしていてこれまたたまらん気持ちになりました。どっちかっていうと慎太郎の方から寄って行ってただけに…
以上5月3日セクゾンコンレポでした
50ユーは名無しネ:2013/05/04(土) 22:04:44.95 0
5月4日二部で岸家全員揃って涙ちょちょぎれました。岸くんパパはなんだか特別扱いで不憫が一カケラも感じられなかったw
岸くんパパは昨日が不在だっただけにもう出ないんじゃないかと思われたけど信じて今日行った岸くんファンの人は強運の持ち主だね!
しかし今回はなんと言っても二男恵ちゃんと六男龍一が元気に踊っている姿を見られて感涙しきり。
2人は「knock!knock!knock!」で同じ衣装で隣同士で踊っていて恵ちゃんはこんなシリアスな曲なのにアホ笑顔だし龍一は龍一らしからぬ激しい動きでロックに踊っていたしでちょっと見ない間に変わったんだか変わってないんだかで…
長男・嶺亜は今日も絶好調で顕嵐くんにおんぶしてもらってました…うーん期待を裏切らない小悪魔っぷり
末っ子の郁がダンスが上手くなっていることにも驚いた。挙武の「ラブ!ケンティー!」の絶叫や勇太が岩橋をおんぶしたりと見どころ満載でした。
以上、5月4日セクゾコンレポでした
51ユーは名無しネ:2013/05/08(水) 22:17:52.30 0
颯くん誕生日おめでとう
シンメ解体気味だけど少しでも岸くんと距離縮められるといいね
52連載リレー小説 岸家の人々2:2013/05/12(日) 19:18:33.69 0
 第七話 その1

岸家は鬱期を乗り越えて、春の兆しを見せていた。
「迷惑をかけたね。これは僕からみんなの協力への感謝の印だ」
学校帰りに挙武はロールケーキを買ってきた。夕飯の後にそれを皆でつつく。
挙武の実力テストが今日で終了した。テスト前の一週間、岸家は全員挙武の勉強している間は無音生活を余儀なくされた。受験を間近に控えた颯と龍一ですら気を遣うほどに。
「やっと大音量でゲームできるぜ!!ギャハハハハもできなくて辛かったぜギャハハハハ!!」
恵は早速ゲームの電源を入れた。その横で勇太も頷く。
「せっかく超レアものAV貸してもらったのにそれを見れない歯がゆさ…それも今日で終わりだ。おい恵、ゲームなんて後でできる。とりあえず代われ!!」
恵と勇太はテレビ争いをしている。その後ろではケーキを食べながら嶺亜も安堵の溜息をつく。
「お皿洗うのだって気を遣うしぃ…カチャカチャうるさいって怒るんだもぉん」
「陶器のぶつかり合う音は一番神経に障るんでな。そう言うな。もう一切れ食うか嶺亜」
挙武がケーキを切ろうとしたがすでにもう郁がフォークをぶっ刺していた。
そして岸くんは春の訪れを誰よりも喜んでいた。
「やっと…やっとやらせてもらえる…!!」
歓喜の涙目で岸くんは呟いた。
辛かった…一週間させてもらえないなんてまさに地獄。一週間前に「声出さなきゃ大丈夫」と強引に踏み切ったものの、集中モードの挙武は超人並みの聴覚を有する。
「ベッドをギシギシ揺らすな!!」とコトの最中に現れキレて行ったのである。「怒った挙武怖いからぁ…言う通りにしないとパパ去勢されちゃうかもよぉ」と嶺亜が本気で心配したので岸くんはそれから禁欲生活を余儀なくされた。
だがそれも今日で終わり。明日は土曜日だし、一週間分やらせてもらおう…と心に秘めながら岸くんはロールケーキの最後の一口を口の中に放り込もうとした。
「あれ?」
最後の一口は郁に食べられていた。
53ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:19:31.81 0
実に久々の休日、挙武は一人気ままにショッピングに出かけた。友達同士でワイワイやるのもいいがたまにはこうしてゆっくり心ゆくまで自分勝手に楽しみたい。テストがわりと手ごたえがあり、体調も崩さず挑めて気分は晴れやかだった。
「へえ…新作のチョコブッセか…よし食べてみよう」
コンビニで買い食いをし、服やアクセサリーのウインドウショッピングをして歩く。まだまだ寒かったがそれでも久しぶりの買い物は楽しかった。
「たまには新境地でも開拓してみよう」
いつも同じルートじゃつまらない、知る人ぞ知る隠れた名店や穴場スポットがあるかもしれない。そんな探究心から挙武は繁華街を進んで行く。だがどうやら進む方向を間違ったようである。
「ううむ…ここから先は勇太のテリトリーのようだな…」
なんだか艶めかしい通りに出てしまった。軒を連ねる風俗店、ラブホテル…その他いかがわしい類の店が溢れていて道行く人も「そっち系」が多い。完全に場違いである。
とんだ道草をくってしまった…と引き返そうとした時である。
「あれ…挙武?」
名前を呼ばれて、挙武はそこに視線を合わせた。
「…松島?」
そこにいたのは中学時代の同級生、松島総だった。会うのは実に久しぶりだ。
松島は中学一年生の時に静岡からこっちへ越してきた。ちょうど席が隣同士だったこともあり三年間仲良く過ごした。
少し子どもっぽいところがあるが真面目で何事も卒なくこなす優等生だ。本人はそういったところを鼻にかけるでもなく、他人を見下すでもなく至って自然体で皆と接していた明るい人気者だった。
挙武と松島は同じ高校を受けた。松島は受かったが、挙武は当日インフルエンザに罹り実力が出せなくて不合格になったから高校はバラバラになってしまった。それから少し疎遠になってしまっていたのだが…
「ひさしぶり…なんでこんなとこに?」
「それお互い様じゃん。挙武こそなんでこんなとこにいんの?」
「え、ああ…迷い込んだだけだ。引き返そうと思って…松島はなんで?」
「…ん、別に…」
少しばつが悪そうに目を逸らして、松島は早足で挙武の前を通り過ぎ、
「じゃね」
と繁華街の方へと姿を消して行った。
54ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:20:11.80 0
その日の夜、挙武は勉強を早くに切り上げ撮りためたDVDでも見ようとリビングに降りた。
「おや…颯に龍一…なんでこんなところで勉強してるんだ?」
リビングでは颯と龍一が問題集を広げ、黙々と勉強をしている。だが彼らは二人部屋にそれぞれ学習机がある。わざわざ何故リビングでしているのだろう。
「あ、うん…。ちょっと。ここの方が広いし集中できるし飲み物とかもすぐ取りに行けるから…」
颯は言い訳っぽくそう答えた。龍一もぎこちなく頷く。
「…ふうん。まあ受験が近いし集中しやすい方ですればいいと思うが…じゃあ僕はもう寝るか。邪魔するわけにいかないしな」
自分の試験前には受験生である彼らに協力してもらっているし、兄として勝手は言えない。さすがに勇太も恵もそれを察したから早くに寝たのだろう。挙武は水を飲んで就寝することにした。冷蔵庫を開けようとしてそこに貼ってあるカレンダーをぼんやり見て思い出す。
「あ…月曜は三者面談か。忘れていた。パパに言っておかなくては」
会社を早退もしくは急いであがってきてもらわなければ間に合わない。早く言っておかないと岸くんのことだから当日涙目で「なんで早く言ってくんないの!早退申請しなきゃ!あああああ」なんてことになりかねない。
まだ起きているかな…と挙武は岸くんの部屋の前に立った。声らしきものが聞こえたから起きていると確信し、挙武はドアを開けた。
「パパ、悪いが月曜は…」
「あ」
そこに飛び込んできた光景に、颯と龍一がリビングで勉強していた理由が挙武には一瞬で理解できた。
「あ、挙武…」
「え…挙武ぅ…?…あ…」
岸くんと嶺亜がコトの最中であった。気まずい沈黙が流れる。
かなり盛り上がっていたらしく、嶺亜が恥ずかしそうに顔を隠し、岸くんはどうしていいか分からずおろおろと汗だくで涙目になっていた。颯と龍一の部屋は壁一つ隔てた隣の部屋だから声が聞こえてきたのだろう。だから階下のリビングへ…
「…月曜は三者面談だから5時に学校に頼む」
用件だけを簡潔に告げて、挙武は部屋のドアを閉めた。
55ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:21:51.83 0
「…まったく…中学生がいるというのになんといういかがわしい…嶺亜、勇太の下ネタに怒っている場合ではないぞ。パパもパパだ。すこしは節操というものを…」
ぶつぶつ呟きつつ受験生二人を労ってやろうとすると彼らは休憩中だった。
「お気の毒だな。明日僕の方から言っといてやる。二人の受験が終わるまで自重しろと」
挙武も紅茶を淹れて二人の間に座った。
「いいよ。パパは仕事で疲れてるし僕らの父親やらなくちゃいけないから嶺亜くんと…することが活力源なんだろうから我慢させるの気の毒だよ。俺に回るなって言ってるようなもんだし」
「颯…お前はよくできた奴だな…」
挙武は感心する。
「それに…我慢させたらなんか良くないことが起こりそうな気がする…なんとなくだけど…」
龍一は呟く。どこか予言めいた説得力があったから挙武は「そうか」と妥協した。
「龍一、お前なら合格確実だと思うが…僕はそれで油断して去年インフルエンザに罹ってしまったからお前も油断するなよ」
挙武が志願していた公立校を龍一も志願している。自分はT高への入学を果たせなかったから余計に弟には合格してほしい気持ちが強い。
「うん…がんばるよ」
シンプルに龍一は答えた。
「そういや今日そのT高に行った松島に会ったな。どんな感じなのか聞いとけば良かった。今度メールして訊いとくかな」
挙武は紅茶の残りを飲むと自分の部屋に戻った。
56ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:23:34.74 0
三者面談はもう慣れっこ…のはずだったが岸くんはもう背中に汗をかき始めていた。
「…それでですね、指定校推薦を希望し、且つ奨学金制度を希望しているとのことなんですが、挙武くんの希望の学部と大学を照らし合わせますと…」
挙武の三者面談は岸くんにとって最も厄介だった。何せ言われてることがほとんど分からないのである。大学受験をしていない岸くんにとってそれは未知の世界なのである。
嶺亜の三者面談は「家事と学業の両立ができていて非常に感心です」と褒めてくれただけで終わったし恵の時はひたすら頭を下げるだけでいい。
勇太も基本的に学校ではほとんど問題を起こさない。颯も先生からの評判はいいし龍一も明るくなってきたと言ってもらえた。郁の三者面談は気楽である。
「私ども教員としては…あまり声を大きくして薦めることはできませんが予備校も検討いただいた方が成績があがるかもしれませんし二重に受験対策ができるかもしれません。
もちろんご家庭の教育方針や経済的事情がおありですからその点はお父さんとよく話し合ってもらって…。学校でも補習授業や進路相談は随時行っておりますので…」
終わった時には岸くんは疲労感でいっぱいだった。仕事よりキツイかもしれない。
「御苦労だったねパパ。パパにとっては外国語でしゃべられているようなもんだと思うが致し方ない。まあ僕は今までどおりのやり方でがんばるからパパはテスト期間中やその他僕が勉強している時に静かにしてくれるだけでいい。
嶺亜とのお楽しみもほどほどにな。僕だけでなく颯と龍一は受験も近いし」
「…はい…」
どっちが父親か分かりゃしない。完全に岸くんは立場を逆転されつつあった。
「パパは素直でいい。それなのに嶺亜ときたら…」
挙武は目を細め、恨みがましく呟いた。
57ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:25:13.38 0
昨晩、挙武と嶺亜は大喧嘩をした。理由はシンプルで、土曜の晩に岸くんと嶺亜がフィーバーしちゃって颯と龍一が自室で勉強できなくなったことを挙武が注意したことから口論になったのだ。
「いくら家族でもぉ…プライバシーってものがあるじゃん、ノックして返事してから入って来てよねぇ」
「8人家族なんだから無理言うな。それに見られるのが嫌だったらヤらなきゃいいだけの話だ。勇太のAVやビニ本を注意する前に自分も気をつけたらどうだ」
これを受けて、恵は嶺亜についたし勇太は挙武についた。颯と龍一は自分達が喧嘩の原因になってしまったことでうろたえるしかなく、郁は完全に無関心である。ただ、食事を作ってもらわなくてはならないのでやや嶺亜寄りではあった。
「あのぶりっこ小悪魔…僕の分のご飯は作らないよぉなんて言い放ったんだぞ。なんという非人道的発言…!」
「まあまあ…。でも実際問題として受験生が隣の部屋にいてヤりまくるのはさすがに非人道…なんだっけ?行為かなあ…でも一日一回でも足りないのにどこでやれって言うの…」
岸くんは溜息をついた。
「家がダメならしかるべき場所しかないだろう。ああいう所とかな」
挙武が指差した先はおピンクな宿泊施設および休憩所である。挙武の高校の近くは都心故にちょっと歩けばそういったエリアにさしかかってしまう。
「おお…」
岸くんはちょっと興味が沸いてしまう。家の中がダメならこういう所もアリか…色々グッズもありそうだし…と生唾を飲んでいると挙武の冷めた目がそこにあった。
「…オホン、いやいや俺達二人ともまだ未成年だし男同士だしこういうとこには入れないよ…ざ、残念ながら…」
「そんなこと言って、興味津々というのが顔に現れてるぞパパ。なんならちょっとリサーチに行くか?」
悪ふざけでぶらついてみるが、岸くんは新境地にわくわくしっ放しだ。なんだか夢が膨らんでくる。勇太もいれば盛り上がったかもしれない。今度連れてきて一緒にリサーチしようかな…と思っていると曲がり角で人にぶつかりそうになる。
58ユーは名無しネ:2013/05/12(日) 19:26:24.86 0
「おっと…すみません」
「いえ、こちらこそ…」
ぶつかりかけたのは中年サラリーマン風の男でスーツを着こんだ真面目そうな男である。そのすぐ隣に息子らしき少年がいたが彼を見て挙武は驚いた顔をした。
「松島!?」
「挙武?…すごい偶然。また会うなんて」
松島、と挙武に呼ばれた小柄な少年はその大きな目を見開いて驚愕の表情を見せた。色の黒い、人懐こそうな少年である。こうして見ると中学生のように見えるが挙武の知り合いなら高校生かもしれない。
「友達かい?」
中年の男が松島に問うと、彼は無表情で頷く。
「こないだもそうだが…なんでこんなとこにしょっちゅういるんだ?…僕の場合は今日は悪ふざけでパ…この人と散策してるだけだけど。まあいいや。うちの弟がね、T高受けるんだよ。校内の様子とかどんな感じなのかまた聞かせてくれよ。都合が合えば一緒に遊ぼう」
「うん…またね」
松島はどこか優れない表情だった。おとなしい子なのかもしれないな、と岸くんが思っていると挙武は顎に手を当てた。
「なんだか変わったなああいつ…それに、一緒にいた人は誰なんだろう?」
「え?お父さんとかじゃないの?」
「いや…松島のお父さんは僕も何回か見たことがあるけど彼によく似てたからあの人は違う。親戚って感じでもないしな…」
挙武はう〜ん…と考え込んでしまった。仕方がないので岸くんは一人でラブホテルの外観見学に勤しんだ。


その2につづく
59ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 11:49:15.66 0
作者さん乙です!
松島に秘密がありそうで気になりますな
まさか・・・続きも期待してます

くらもっちゃんとみずきのドラマ見ましたか
60連載リレー小説 岸家の人々2:2013/05/14(火) 19:33:14.49 0
 第七話 その2

「挙武は自分でよそってぇ」
嶺亜が冷たく言い放つと、食卓に張り詰めた空気が走る。今日の夕ご飯は鮭のムニエルである。ムニエルは一応全員分あったがご飯とみそ汁は挙武のお椀だけ空っぽだった。
挙武と嶺亜は目下のところ冷戦状態にある。二人とも決して折れないからいつまでたっても平行線だった。
「…子どもじみた真似をするなよ」
挙武が嶺亜を睨みながら炊飯器に向かう。嶺亜はふんだ、と頬を膨らませた。
「ま…まーまーれいあ、そう怒んなよ。挙武、おめーも素直に謝っとけって!!」恵がご飯粒を撒き散らしながら嶺亜を宥める。
「挙武は間違ったこと言ってねーだろ。嶺亜が大人気ねーんだよ。俺のAVやビニ本にはぐちぐち文句言うくせによー」勇太が挙武の加勢をすると嶺亜は「勇太の分もじゃあもう作らないよぉ」と拗ねた。
「お願いだから二人とも仲直りしてよ…こんなんじゃ余計に集中できないよ、ね、龍一?」颯が涙目で懇願した。
「お願いします…二人とも怒りを収めて下さい…」龍一はさりげなく人参を郁の皿に移した。
「パパなんとか言ってよー。パパがやりてーやりてーって言うからだろー」郁は岸くんになすりつけてきた。
皆の視線が岸くんに突き刺さって来た。
「えっと…えっとですねぇ…」
岸くんは茶碗を持ちながら発汗である。波風立たせず双方に納得してもらうにはどうしたらいいか…皺の少ない脳みそを懸命に絞って考えた。その間にも嶺亜と挙武の口論は激化してゆく。
「だいたい怒り方が幼稚すぎる。僕のだけよそわないとかご飯を作らないとか…16歳にもなってすることか?」
「嫌だったら自分で作ってぇ。だいたい自分は人に無音生活強いておいて何様ぁ?なんで何もしない挙武にそこまで気を遣わなきゃいけないのぉ?おかしいでしょぉ」
「それは前々から役割分担で決めているだろう。今更持ち出すのは卑怯というものだ。それに僕は自分のためじゃなくて颯と龍一のために言ってるんだ。この二人は弟だから何も言わず我慢してるだけで兄ならばそこに気付いて然るべきじゃないのか」
「僕はちゃんと颯と龍一のお世話してるもぉん。お弁当だって作ってるしぃ洗濯物だってちゃんと部屋にまで持って行ってあげてるしぃ部屋のお掃除だってしてるよぉ」
岸家で最も口のたつ二人の口論は留まるところを知らない。恵と勇太は口を挟む隙すらなかったし郁は避難してテレビ前のテーブルで食べ始めた。岸くんもただおろおろとするばかりである。
「あ…ああああ嶺亜も挙武もちょっと落ち着いて…俺が、俺が悪かったからどうかどうかお怒りをお鎮め…」
「いい加減にしてよ嶺亜くんも挙武くんも!!!!」
颯が茶碗をテーブルに叩きつけて叫んだ。シン…とリビングを静寂が支配する。
61ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:34:51.13 0
「…俺は…二人が喧嘩するのが一番勉強の邪魔だよ…だから仲直りしてよ二人とも…」
颯は震える声で呟いて、腕で目を拭った。感情を表に出さず耐えているだけだった颯はそれを少しずつ表に出すようになってきたようで、鼻をすすってしゃくりあげている。
岸くんは颯の頭を撫でた。
「ごめんな颯…大丈夫だよ、嶺亜も挙武も分かってくれるって…。俺も気をつけるから…」
「気をつけなくてもいい…パパも…嶺亜くんも挙武くんもしたいようにしてくれてるのが…俺にとって…」
「分かった。嶺亜も挙武もそれでいいよな…?」
嶺亜と挙武は反省の色をその表情に宿した。
「…ごめん、颯ぅ…。お兄ちゃんが大人気なかったよぉ。だから泣かないでぇ」
「僕もだ、すまん。とんだおせっかいだったな」
颯の涙の効果は絶大だった。嶺亜も挙武も先程の険悪な雰囲気を一掃させて和やかなディナーが戻ってくる。避難していた郁も席に戻って来た。
「いやー良かった良かった。これでヤるとこがなくなったら…って挙武の三者面談の日にラブホテル街とか見て回っちゃってさーそれで…」
「あーパパずりーぞ!!俺だって見学してーよ!!今度一緒に行こうぜ!!」
「勇太何言ってんのぉ?パパぁ…そんなとこ見てたのぉ?不潔だよぉ」
「そういやそこで松島に会ったぞ。その二日前にも似たようなとこで会ったんだ」
挙武が言うと、四つ子はへえ…と意外そうに呟く。
「松島ってあれだろ?T高行った…。そういや最近めっきり会ってねーな」
勇太がムニエルを口に入れながら言った。
「あーそーだっけ?そーいやあいつにはよく宿題写させてもらったなーギャハハハハハ!」恵が再びご飯粒を撒き散らした
「松島元気そうだったぁ?身長伸びてたぁ?」嶺亜が龍一に「ちゃんと人参食べなさぁぃ」と睨みながら言う
「元気…そうにはあんまり見えなかったな…あいつにしては。身長はあんまり伸びてなかった。おっさんと一緒にいたっけな…」
「なんだよそれ。少年援交とかじゃねーの?」勇太が茶化した
「アホかおめー!!いくらラブホテル街で会ったからってそれはねーよAVの見すぎだギャハハハハハ!!」
「でもぉ…松島って可愛いしぃもしかしたらぁ…なーんてねぇ」嶺亜も珍しくこの手の冗談に参加した。
「まああいつは勉強もできるし明るいし友達も多いからきっと高校生活を満喫してるだろうな。龍一、今度T高のこと訊いといてやるからな」
挙武は人参を涙目で口にしている龍一の肩を叩いた。
62ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:36:01.68 0
その次の日、挙武は帰り道に松島を見かけた。また知らないおっさんと歩いている。
「…松島?」
またしてもラブホテル街へと松島は消えて行く。その横顔は優れなくてどこか鬱っぽく見えた。心配になり声をかけようと後を追ったが見失ってしまった。
「君、こんなところで何をしてる?」
ふいに肩を叩かれ、挙武は振り返る。手帳を見せた私服警官とおぼしきおっさんが不審そうな眼で自分を見ている。
「友達を見かけて、声をかけようとしたら見失ったんです」
毅然と答え、挙武は踵を返した。だが警官はまだ疑わしい目で見ている。
「その制服…M高だね。駅まで送るから一緒に来なさい」
「大丈夫です。駅までの道なら知っているし迷子になるような年齢でもありません」
何故こんなにしつこく食い下がられるのか、若干不快に思っていると私服警官はぼやくように言った。
「最近この界隈で援助交際が横行しているとのことでね、しばらく張り込んでるんだよ。だから一応念のため学生を見かけたら声をかけて駅まで送ることにしているんだ。そんなわけで、一緒に来てもらう」
「それはどうも御苦労さまです」
この僕を援助交際少年と間違えるだなんて失礼な…と挙武は憤ったが抵抗しても仕方がない。素直に従い、駅に着くと私服警官はむやみにあの辺に立ち入らないようにと忠告して去って行った。
「少年援交…ねえ」
馬鹿馬鹿しい、と鼻白む一方で何故松島がここのところ同じような場所に違うおっさんといるのかが気になり始める。挙武は次の日もその界隈に足を運ぶ。同じような場所を張っているとやはり松島がいた。今度はかけよって声をかけた。
「挙武…」
「松島、ここのところいつもここで見かけるけど何をしてるんだ?まさか援交なんてことはないよな?」
松島は冷めた目で挙武を見ている。援交をしているのならもっと後ろめたそうな表情になるだろうからシロかな…と挙武が分析していると松島が力なく首を振る。
「挙武には関係ないよ。またね」
「ちょっと待て、松島。おい、松島!!」
しかし松島はそのままホテル街に消えてしまった。
63ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:37:05.72 0
「俺、なんか変な噂聞いたぜ」
その日の夕飯の席で挙武が松島の話をすると勇太がたくあんをかじりながら言った。
「T高の勉強についていけなくてノイローゼ気味だって。そんで、なんか最近は学校終わったらいつも一人で帰ってどっかに消えて行くってよ。何してんのかほんと謎だけど、「お金がいる」って誰かに話してたらしい」
「金がいるって…あいつん家それなりに金持ちじゃなかったっけ?」
恵が味噌汁をすすりながら呟く。颯もその横で首を捻った。
「親には言えない使い道とか?でもだったらアルバイトとかしてんのかな?」
「ホテル街でのアルバイトって言ったらぁ…一つしかないよねぇ…」
「ちょっと待て。少年援交なんかそんなに簡単にできるもんじゃないだろう。こういうのは需要と供給というものがあってそんなに少年好きのおっさんがそのへんゴロゴロしてるわけでもあるまいに」
挙武はトンカツを口にしながら否定してみる。してみるが一旦植わった疑念は消えない。
「援交ホモプレイかーそういう動画一度でいいから見てみてーなー。一度でいいけどな」
勇太がわくわくしながら目を輝かせる。その横で龍一がぼそっと呟いた。
「うちで毎晩似たような行為が繰り広げられてるけど…」
「龍一あとでおしおきねぇ」
すかさず嶺亜の絶対零度が飛んできて龍一は軽はずみな発言を心底後悔させられる。
「もしも松島がそんな非人道的行為に身を染めているのならば…可及的速やかに阻止しなくてはならない。これは友人としてまっとうな道に連れ戻す必要がある…」
挙武は使命感に燃えた。
64ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:38:30.61 0
翌日も挙武はホテル街に立ち寄った。制服だと目立ってしまい警官に補導されかねないので私服に着替えた。そこで松島を待つが彼はなかなか現れない。そうしているうち私服警官らしきおっさんが前からやってくるのが見えたから咄嗟にビルの陰に身を隠した。
ぽん、とそこで肩を叩かれた。びびって声が出そうになったがなんとかそれを喉の奥に封じ込める。
振り向くと、真面目そうなサラリーマン風の男がいた。
「こんなところで何してるの、君?」
私服警官か?と思ったがそうではなさそうだった。友達を待っている、と答えると男は言った。
「友達って?写真ある?見かけたら教えてあげるよ」
「はあどうも。こんな顔してるんですけど」
挙武は携帯電話の画像フォルダを開いて中学時代に撮った松島との2ショットを見せた。男は片眉を上げた。
「この子ならさっきあっちに入ってったよ。男と一緒に」
男はラブホテルを指差した。挙武の全身から血の気が引く。
「なんということだ…今すぐやめさせなくては…。松島は、僕の中での松島は純粋でキラキラした瞳をたたえていて、好き嫌いは多いけどクラリネットの練習をがんばっていてそこはかとなく静岡訛りが抜けなくて…
とにかく友人がそんな非人道的行為に及ぶだなんて黙って見過ごしていられない。なんとかしなくては…」
挙武が独り言のように呟くと男は挙武にこう囁いた。
「だったら僕と一緒にあそこに入ろう。お友達が救えるかもしれないよ」
挙武の思考回路はこの時狭窄していて、後先があまり考えられない状態になっていた。
そして気がつけば挙武はホテルの一室にいた。
65ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:39:51.31 0
(ちょっと待て挙武…何も考えずこんなところに来てしまったがここからどうするというのだ?松島の泊まっている部屋なんて分からないし一軒一軒ノックして回るわけにもいかない。だいたいなんで部屋にまで入る必要がある?冷静に考えておかしいだろう…)
ホテルの一室で、挙武は今更ながらにおかしいことに気付く。男は挙武を部屋に入れるとタバコをふかしながらまるで舐めまわすように挙武を視姦する。思わず背筋が冷たくなった。
「ちょっとトイレに行かせていただきます」
挙武はトイレに行くふりをしてもう一度考える。これはもしかしてひょっとしてピンチって奴ではないのか?あのおっさんは松島がここにいる、と嘘をついてこの僕を手ごめ(死語)にしようとしているのではないか?
トランス状態だったからこの挙武様としたことがそこに気付かずむざむざ檻の中に入ってしまったのではないだろうか?
「冗談じゃない…」
挙武はどうにかして脱出をしようと試みた。トイレから出るとおっさんは立ち上がる。
「じゃあ僕はシャワーを浴びてくるよ」
何が「じゃあ」なのか良く分からないが男はタバコを灰皿に押し付けると、バスルームに入って行った。よしチャンスだ。脱出…
「…なんだこれは…」
ドアの防犯バーが固定されてびくともしない。一体どういうカラクリなのか、中からドアを開けることができなかった。独房でもあるまいに、どういう作りになっているというのだろう。
「ならば窓から…」
しかし窓は転落防止のため、10センチほどしか開かない。これでは脱出は無理だ。というよりここは8階だから飛び降りるのも無理である。
「そうだ、フロントに電話…!」
室内の電話機を手に取ってボタンを押す。が、死んだように何も反応がなかった。
「何故だ…!?」
挙武は受話器を持ちあげてみた。すると線が抜かれていることに気付く。その抜かれた線はどこにもなかった。
「かくなる上は助けを呼ぶしか…!」
鞄の中から携帯電話を取りだす。だが…
「なんということだ…」
バッテリーが抜かれていた。なんという周到さ。かかった獲物をなんとしても逃すまいとする執念、恐るべし援交オッサン…
66ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:44:30.67 0
「って感心している場合ではないぞ!僕はそういうキャラじゃない!おっさんに好かれたりそういう妄想をされるのは専らうちの長男の役目だ!僕は潔癖キャラだ!
そりゃあこの僕のスラリと伸びる手足や小さい尻、色は浅黒いけどもシミ一つないこの少年期特有のつるつる肌、ヘッドライトのごとき鋭い眼差し、サラッサラの髪の毛は世の中のホモおっさんを魅了してやまないだろう。
某横浜の多目的アリーナ会場で生涯に一度の神席が来て神7メンバーを余すことなく至近距離で観察した作者をもってして「勝利とあむあむのケツの小ささは国宝級」と言わしめるほどのナイスバディの持ち主だ。
だがしかし、それとこれとは別。この僕の神聖な貞操がどこの誰とも知らぬおっさんに奪われれるだなんてそんな不条理で理不尽なことがあろうか!
いかん!断じていかん!全国100万の挙武ファンが『いやああああああああむあむの貞操がオッサンに奪われるだなんてえええそんな非人道的展開ダメよおおお!!あ、でもちょっと見てみたいかもおおおおお』とおピンク妄想にお花畑作ったとしても断固拒否だ!
あああこんなことしている間にもヤツがあがってきたらめくるめく官能の世界に引きずり込まれてしまう!ヘルプミー!」
挙武は叫んだ。力の限り叫んだ。叫んだところでどうなるものでもないがとにかく叫んだ。叫んで叫んで天井を仰ぎ見る。オーマイガー…オージーザス…オーサクルムコンヴィヴィウム…
そうして挙武の目は一点を捉えた。
67ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:46:55.01 0
挙武が貞操の危機にある頃、岸家では夕飯の準備がなされていた。
「挙武の奴おせーな。どこで道草食ってやがんだ?」
勇太が窓の外を見やる。恵がゲームをしながら爆笑した。
「あいつ少年援交にでも手ぇ染めてんじゃねーのギャハハハハハハ!」
「挙武くんは潔癖なところがあるからなあ…「やるなら全身シャワーを浴びてからにしてくれ」なんて相手のおじさん説教してそうだよね」
颯の冗談に龍一までもが乗った。
「いちいち『ここの感度はイマイチだからこっちにしてみてくれ。この角度だ』って指示しそうだよね…フフ…」
「龍一気持ち悪ぅい。近寄らないでぇ」
ガチで嶺亜に気持ち悪がられて龍一は自我修復に勤しむ。郁は夕飯の時間を今か今かと待ちながら、
「挙武兄ちゃんが他人に簡単に体許すわけないだろ。『この僕の神聖な貞操を何故君のような輩に…』なんて今頃言ってんじゃねーの?そんなことより早く飯くいてぇよ!」
兄弟がわちゃわちゃやっていると、岸くんが帰宅する。
「ただいまー。今日のご飯何?あ、てんぷら?いいねー」
食卓に乗るえびのてんぷらをつまみ食いしながら岸くんは「いやあ〜」と笑う。なんの思い出し笑いかと勇太が尋ねると岸くんは答えた。
「さっき岩橋と電話してたらさ、あいつどこそこのホテル街で挙武に似た子を見かけたって言ってたんだよ。サークルの帰りに。そんで挙武似の少年が真面目そうなサラリーマン風のおっさんとラブホテルに消えてっただなんて…
うちの兄弟で一番そういうのとは無縁そうな挙武が少年援交とか考えただけで笑えてきてさ、『痛くしたらモデルガン乱射の刑だぞ』とか『そんな非人道的プレイがあるか!まあ…嫌いじゃないがな』なーんておっさんに説教気味にしてたら笑えるなーって」
全員爆笑した。そしてああだこうだと挙武について面白おかしく話しているうちに7時を過ぎたが挙武はまだ帰宅しなかった。
68ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:50:54.00 O
耳の奥でサイレンの音が谺する。髪は濡れて、騒然としたホテル街を挙武は放心状態で歩いた。
まさに黒ひげ危機一髪…人は追いつめられると思考回路が物凄い勢いで疾走するらしい。我ながらGJだ。
天井を仰ぎ見た挙武の視界に一つの丸いポッチが目についた。火災報知機である。
次にオッサンの残したタバコとライターが目に入る。そして気付けばタバコ数本に火をつけ、机と椅子を駆使して火災報知機に思いっきり近づけた。
案の定、報知機は作動しあれよあれよという間にドアがこじ開けられ、次いで消防車までやってきた。どさくさにまぎれ、挙武はそこを抜けだしたのである。
「恐ろしい…少年援交など…もう二度とその世界を垣間見るだけでも御免だ…」
恐怖のあまり忘れていたがばったりとその人物と会う。松島だった。
「挙武?またこんなとこに…」
「松島…」
松島が出てきたビルの看板を挙武は見る。そこには社名と共に「海外ボランティア」とあった。
「海外ボランティア…?」
挙武が問うと、松島は照れ臭そうに頭を掻いた。
「誰にも知られたくなかったんだけど…しょうがないか。実は俺、ちょっと海外ボランティアに興味があって、そこの説明会と交流会に通ってるんだよ」
歩きながら、松島は語った。
69ユーは名無しネ:2013/05/14(火) 19:54:42.80 O
「高校の勉強がしんどい時があってさ、夏休みに軽い気持ちで参加したボランティアで感動して…。どうせ勉強するなら人の役に立てることとか自分がやりがい感じることに向けた方が良さそうで。
ボランティアって行ってもそこに行く費用がかかるから大学生になったらアルバイトもしたいし、今はとにかく無駄遣いやめるしかないけど。でもこういうのってちょっと人に話すのは照れ臭いし勉強から逃げてるって思われるのも嫌だったからあんまり言えなくて…」
「なるほど…それでお金がいるのか…おっさんと歩いてたのも…」
「うん。そこの交流会で知り合いになった人。働きながら休暇を利用してあちこち行ってんだって。大人の知り合いができるのも楽しいよ」
「そうか…」
挙武は安心する。やはり松島は松島だ。いらん心配をして九死に一生を得たがそうでなければ危うく貞操を奪われるところだった。これからはもっと思慮深く行動しなくては…。
「ところで挙武はここんとここの辺で何かしてたの?まさか少年援交じゃないよね?取り締まり強化してるみたいでさあ俺もボランティアの知り合いと歩いてると尋問されたことあってさー。失礼な話だよねーばかやべーよね」
「冗談もほどほどにしてくれ松島。この僕が援交なんかするわけがない。
見た目だけは真面目そうな変態サラリーマンに口八丁手八丁でホテルの一室に閉じ込められあわやこのミラクルボディサンクチュアリがおっさんの汚い手で弄くり回されてあむあむ言わされる危機に瀕していただなんてそんな馬鹿なことがあるわけがない。
ところで近くのホテルでボヤ騒ぎがあったそうだが火の元には気をつけないとな。松島、お前はしっかりしてそうに見えて案外だらしがないところがあるから気をつけるように。あと、ちゃんと好き嫌いなくなんでも食べないと身長が伸びないぞ」
「うるっさいなー。そういう自分だって大して伸びてないくせにー」
肩を抱き合って笑いながら挙武は松島と歩く。そして駅で別れると今更ながらに空腹が襲ってきた。
「すっかり遅くなってしまった…今日の夕ご飯はなんだろう…あわびのてんぷらが食べたいな…」
腹を押さええながら帰宅すると、すでに夕飯の時間は終わっていて郁が挙武の分まで食べてしまっていた。
怒り狂った挙武はモデルガンで家中乱射して回った。



つづく
70ユーは名無しネ:2013/05/20(月) 17:56:41.00 0
作者さんいつも乙
松島無事でよかったよ!
あむあむも無事でよかったよ!

>あ、でもちょっと見てみたいかもおおおおお
本音これだけどwww
71ユーは名無しネ:2013/05/26(日) 08:18:21.13 O
保守
72ユーは名無しネ:2013/05/27(月) 20:15:03.69 0
作者さん待ってるよおおおおおお
73連載リレー小説 岸家の人々2:2013/06/02(日) 21:27:30.99 0
 第八話 その1

岸くんはリビングで岩橋と映画のDVDを見ている。久しぶりに有給が取れて、大学生で世間より一足早い春休み中の岩橋を家に呼んで一日のんびり過ごしている。
ここんとこ父親業や良き夫としての夜のサービスなどで忙しかったが今だけは18歳の等身大の少年に戻って友達とわいわい遊んでいた。
「でもさ、去年の今頃は岸くんがまさか7人の子どもの父親になるなんて夢にも思わなかったよね」
レモンティーをすすりながら岩橋がしみじみと呟く。
「そうだよなぁ…激動の一年だったよなぁ。我ながらよく駆け抜けたもんだ…」
思い出を走馬灯のようにめぐらせていると、皆が次々に帰宅する。気付けばもう4時過ぎだ。
「ただいまぁ…あ、玄樹くんいらっしゃいぃ」嶺亜が買い物袋を下げて帰ってくる
「へっくし!あーさみー。あれ岩橋じゃん相変わらず具合悪そうだなギャハハハハ!」恵が身震いしながら帰ってくる
「こんな寒い日は人肌が恋しくなるな!脱・童貞!!」勇太が勇ましく帰ってくる
「ただいま…今夜は鍋物がいいな。おや岩橋じゃないか」挙武がマフラー巻き巻き帰ってくる
「あー寒い寒い。あ、岩橋くんこんにちは!」颯が指を擦り合わせながら帰ってくる
「ただいま…こんにちは…」龍一が岩橋に頭を下げる
そして最後に末っ子が帰ってくる。玄関から威勢のいい声が響く。
「たっだいまー!!今日の飯なに?あ、岩橋じゃん何しに来たの?久しぶり!」
兄弟が帰ってくると賑やかさは何倍にも膨れ上がる。みんなで鍋をつつきながら雑談していると郁が「聞いて聞いて」と挙手をした。
「今度の三送会でさ、劇やるんだけど俺と瑞稀がさ、小さい頃から家族ぐるみで仲良かったんだけどとある事件を境に引き裂かれちゃってでも親に内緒で時々会ってるという切ない役どころなんだよ!
瑞稀がさ、俺のこと「お兄ちゃん」とか呼ぶわけよ!薄幸の少女役なわけよ!そんで…」
珍しく郁は食べるのも忘れてうきうきとしゃべりまくった。その話を聞きながら、颯の虎比須高受験が二日後に迫っていることが話題になる。
74ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:28:38.77 0
「やるだけのことはやったし、後はがんばるのみだよ!」
颯らしいさっぱりとした決意表明である。そしてその横では卵をよけながら龍一がちびちびと鍋のスープを飲んでいた。
「龍一、お前はどうだ?」
挙武に訊ねられて、龍一は「まあまあ」とだけ答える。皆はやれやれと肩をすくめた。
「龍一はほんとやる気あるんだかないんだか分かんないよねぇ…大丈夫なのぉ?好き嫌いばっかしてるけどぉ肝心な時に風邪ひかないでよぉ?」嶺亜がちくちくと刺してくる
「ギャハハハハハ!ほんとおめーは暗くてじめじめしてて負のオーラ満載だな!負け神落とすお祓いに行っとかなきゃな!」恵がバカ笑いでからかってくる
「まー龍一、お前にも息抜きが必要だ!今夜は俺が選りすぐりの特選AV見せてやる!」勇太が下ネタでからんでくる
「龍一が不合格になると颯の虎比須高校入学もおじゃんになるわけだが…がんばるんだぞ龍一」挙武がいらんプレッシャーをかけてくる
「龍一、俺も頑張るからお前もがんばれよ!お互い笑い合おうよ!」颯はガッツポーズをする
「受かったらなんかおごってよ龍一兄ちゃん」郁はよくわからないおねだりをしてくる。
「まあとにかく平常心で挑めば大丈夫だよ。でも龍一にはそれが一番難しいかもなあ」
岸くんがまとめる。横で岩橋は微笑ましくそれを見て呟いた。
「ほんと良きパパだよね岸くん。とても同じ18歳には見えないよ。倍くらいに見える」
全員爆笑した。
75ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:30:11.40 0
受験を明日に控えた颯とその半月後に入試が迫る龍一は最後の追い込みをしている。深夜までコツコツと勉強をしていると、隣から声が漏れてくる。
「…始まっちゃったね…」
気まずそうに颯が呟いた。
「…今日くらいは遠慮してくれるかと思ったけど…」
龍一も気まずそうに呟く。そう、彼らの隣の部屋は岸くんと嶺亜の寝室だった。
「…あ…あっ…」
リアルなサウンドが壁の向こうから響いてくる。暫く聞こえない振りを貫き、心頭滅却すればの精神で集中しようと試みるも…
「あ…あぁっ!!…パパぁ…!!」
「嶺亜…!!」
無視できないほどにボリュームが大きくなっていく。岸くんが博多に出張に行っててなかなかできなかったせいもあり盛り上がってしまってるようだ。
「…今夜は一際激しいね…」
「…リビングでやった方が良さそうだな…」
「ダメだよ、リビングはさっき勇太くんが『AVオールナイだぜー!!』って大はりきりで恵くんと挙武くんを誘ってたから多分…」
「そっか…」
四つ子の兄達のそれぞれの夜を邪魔してはいけない。かいがいしく双子の弟達は勉強を切りあげることにした。睡眠も大事な受験の準備には違いない。
勉強道具を片付けようとして、颯の机の上にカラフルな折り紙が乗っているのが目についた。龍一は訊ねる。
76ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:31:52.25 0
「何それ?」
「ああ、これ?」
颯はその折り紙…で折られた千羽鶴を掲げた。先端にメッセージボードが付いている。
「陸上部の後輩が作ってくれたんだよ。受験の成功を祈って」
メッセージボードには『颯先輩絶対合格!!陸上部一同より』とあった。
「…千羽鶴ってお見舞いとかで作るもんじゃないのか?」
「まあそうなんだけど…気持ちってことでありがたくもらっておいたよ。可愛い後輩たちが作ってくれたんだし」
「後輩、ねえ…」
龍一は卓球部である。だが幽霊部員でその腕前は遊びでしか卓球をしたことのない嶺亜に惨敗する程度のものだ。もちろん、後輩の名前も顔も知らない。
「こんなのもらっちゃったらもう落ちるわけにはいかないよね。さ、ぐっすり寝て万全の体調で挑まなきゃ。龍一ももう寝る?」
蒲団を被りながら颯は龍一に訊ねる。龍一は頷いた。
隣の声が気にならないよう、二人ともヘッドホンで音楽を聞きながら眠りについた。
77ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:34:23.12 0
「颯おめでとー!!」
クラッカーが鳴り響き、爆音と紙吹雪が舞う。つんと火薬の匂いがリビングにたちこめた。
「ありがとうみんな…やりましたー!!」
颯の合格発表があり、彼は見事に虎比須高校に合格した。今日はその祝賀会である。
勇太がギターを弾き語り、岸くんが熱唱し、挙武が和太鼓で、嶺亜がピアニカで、郁がリコーダーでプチコンサートのようになっていた。龍一はタンバリンを叩いたが掻き消されてしまった。
「さあ次は龍一だな。がんばれよ!!」
岸くんに背中を叩かれ、龍一は「はあ…」とだけ答える。
「その前にぃ卒業式があるよねぇ。パパ参列するのぉ?」
「え…俺が…?保護者として…?」
岸くんは戸惑った。だがしかし颯の熱烈な要望により出席を決める。
「思い出すよなー去年の俺らの卒業式。俺なんか第二ボタンどころかカッターシャツのボタンも全部なくなっちまって最終的にベルトまで取られちまったぜ。人気者はつれーなー!!」
「勇太、事実を誇張しすぎだ。お前が自分でボタンを配って歩いたのを僕は知っている。思い出といえば僕は卒業生代表で答辞をしたっけな…」
「挙武おめーの答辞長すぎてみんな途中から寝てたぞギャハハハハハハ!!俺終わったらすぐ帰ったかんなー。誰とも写真も何も取らなかったぜギャハハハハハ!!」
「恵ちゃんらしいよぉ…。僕はぁ担任の先生がぁ号泣しながら「先生のこと忘れるんじゃないぞ!!毎月一回くらいは顔を出すんだぞ!!」って手握りながら熱弁してたの思い出したぁ」
「嶺亜、その担任って…男の先生…?」
「そうだけどぉ?どうかしたぁパパぁ?」
「いえ別に…」
「兄ちゃん達が持って帰ってきた紅白まんじゅうと瓦せんべいおいしかったなー。颯兄ちゃんと龍一兄ちゃんもよろしくー!!なんなら一年生の教室まで届けに来てくれたら俺持って帰るから」
郁のブレない食い気と、四つ子の卒業式の思い出話で盛り上がった。
そして颯と龍一は卒業式を迎える。
78ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:37:36.04 0
「あお〜げば〜とお〜とし〜わが〜しの〜おん〜…」
卒業式はつつがなく終わった。龍一はひな壇に立ちながら参列者の中に岸くんを見つけた。
当たり前だが40代が中心の保護者の中に18歳が混じっているのは違和感がありまくりで笑いそうになった。笑いをこらえていると隣の高橋凛が「龍一…泣きたい時は我慢せず泣いたらいいんじゃない?」と顔を覗きこんできた。
教室に戻り、担任教師から最後のHRで話をしてもらい、順次解散になる。門の前にはたくさんの保護者や在校生が花道を作って待っていてくれた。
「龍一、まっすぐ帰るよね?残ってても意味ないし」
凛が問いかけてくる。龍一はそのつもりだった。友達らしい友達も彼一人だし、別れを惜しむような恩師もいなければ後輩もいない。いつものように二人でぼそぼそしゃべりながら帰宅するだけである。
「颯先輩合格おめでとうございます!!俺達も来年虎比須高校受けます!!」
「颯先輩、第二ボタンください!いいえ、どのボタンでもいいです」
「高校の陸上の大会、応援しに行きます!颯先輩も時々部活見に来てくださいね!!」
門の前で、颯が後輩たちに囲まれているのが見えた。同じ双子でも颯は明るくて人あたりもいいから後輩にも慕われる。ふと見やると少し離れたところに岸くんがいて目が合った。
「龍一、もう帰るのか?」
「あ、うん…。いてもしかたないし、もう終わったし…」
岸くんと話していると、凛が「この人誰?」と訊ねてくる。簡潔に新しいパパだと答えると凛は人見知りしながら頭を下げた。
「龍一の友達だろ?一枚くらい記念に写真撮っとこうよ。俺デジカメ持ってきたから。さあ並んで」
岸くんがそう言ったが、暗い二人はやんわりとそれを断る。
「え…いや、いいです僕は写真とか苦手なんで…上手く笑えないし」
「俺も…また家で笑いのネタにされるだけだからいいよパパ…」
「んなこと言うなよ!颯とも撮っとこうよ。な?」
戸惑っていると凛が母親に呼ばれて「じゃあ」と言って帰って行く。颯はまだまだ後輩が離してくれそうになかった。
「俺、先に家に返ってるよ。じゃあパパ…」
岸くんにそう言って門を出ようとしたその時である。
「龍一先輩、卒業おめでとうございます!!」
明るい声で龍一は呼びとめられた。一瞬、自分の名前は「龍一」だったっけ…?と錯覚してしまった。同名の人がいるのかと思ったがそうではなかった。
79ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:38:08.32 0
大きな花束を持った純粋そうな少年が龍一の目の前に飛び出す。彼はその花束を龍一に差し出した。
「龍一先輩、おめでとうございます。受験もがんばってください」
これは精巧なホログラムか何かだろうか…それともドッキリ?龍一は白昼夢でも見ているのではないかと錯覚した。
「ど…どうも…」
みっともないくらいおどおどしながら花束を受け取るとその後輩はにっこりとピュアスマイルを向けてくる。そして龍一を憧れの目で見た。
「龍一先輩、D高受けるんですよね。双子の兄の颯先輩のために私立を受けずにD高一本に絞ってバイトまでするって聞きました。僕、感動しました。応援してます!」
がっちりと握手をしてきて、龍一は益々戸惑った。キラキラ眩しい眼差しに思わず目をそむけそうになる。暗黒オーラ万歳の自分とは対極にある存在だ。
龍一が何が何やら混乱を極めていると、後ろで岸くんの嬉しそうな声が響いた。
「へえ…龍一にもこんなに慕ってくれる後輩がいたんじゃないか。よし、記念に一緒に撮影してあげよう。はい、笑ってー」
龍一は家に帰って岸くんが現像してくれた写真を見た。そこには全開キラキラ笑顔の少年の横で挙動不審の自分が映っていた。
80ユーは名無しネ:2013/06/02(日) 21:40:10.35 0
「うっそぉ龍一のことそんな好意的目線で見てくれる子なんているのぉ?からかわれたんじゃないのぉ?」
夕飯の手巻きずしの準備をしながら嶺亜は半笑いで返す。もちろん他の4つ子も大爆笑だ。
「ぜってー罰ゲームかなんかだって!!龍一のどこに憧れる要素があんだよ!!俺だったら小石投げ付けて指差して笑うね!!ギャハハハハハハ」
「おい恵、言いすぎだぞ。あーでも腹いてー!!なんか悪いもんでも食ったんじゃねそいつ。それともオ○ニーのしすぎでおかしくなっちゃったとかよー!!あとでカツアゲでもするつもりとか!」
「いやいや勇太、世の中には蓼食う虫もすきずきっていうことわざもあるぐらいだからな…。笑っちゃだめだ。笑っ…ははははははははは」
「挙武笑いすぎぃ」
さんざんな言われようである。花束の花を花瓶に移しながら龍一が暗黒に染まっていると写真を見た颯と郁が呟いた。
「これサッカー部の松田じゃん。松田が龍一のこと慕ってるの?」
「サッカー部のエースの松田元太?世の中わかんねえもんだなー。龍一兄ちゃん元太に食いもんでもあげたことでもあんの?」
件の少年は松田元太というサッカー部の二年生エースらしい。その名前を聞いて龍一は今更記憶が繋がった。
「思い出した…去年、転校してきたって話したことがある…」
龍一はその時のことを思い返してみるが大したことはしていない。学校内の案内とか、質問に答えただけである。
「俺友達がサッカー部だし、ちょっと聞いてみる。龍一兄ちゃんのどこにそんな憧れたのか」
そして郁のつてで、写真を手渡すために週末に松田元太が岸家にやってくることになった。


その2に続く
81ユーは名無しネ:2013/06/03(月) 01:09:12.67 0
続ききてた!んんんんんんんんんん作者さん乙!!
六男の受験の行方も気になるしげんげんの登場も気になる!!
82sage:2013/06/05(水) 22:29:32.28 0
作者さん乙ー
げんげんとれあたんの嫁姑戦争…
83ユーは名無しネ:2013/06/05(水) 23:27:59.22 0
名前欄にsage入れてしまった…恥ずかしい…
84連載リレー小説 岸家の人々2:2013/06/06(木) 19:47:23.96 0
 第八話 その2

「今日はお招きいただき、ありがとうございます。これはつまらないものですが、龍一先輩が好物だと聞いたので…」
松田元太は手土産持参で岸家にやってきた。元太の友達で郁とも瑞稀を通じて仲のいい玉元風海人という少年もやってくる。極度の童顔で最初は元太の弟かと思ったが同級生らしい。
「おー!!プリンじゃん!元太お前いい奴だな!さすがサッカー部のエース。風海人、お前はなんかないのかよ!」
怖いもの知らずの郁はタメ口だったが元太の風海人も一応先輩である。
「おばあちゃんちで採れたさとうきび持ってきたよー。広い家だなーいいなー」
山盛りのさとうきびを玄関に放ると風海人は子どものように岸家を散策し始める。自由奔放なぼっちゃんだ。そして元太はと言うと…
「素敵なお宅ですね。さすが龍一先輩のお家です」
背筋を正して礼儀正しい元太に、岸家一同はたじろぐ。
「おい、なんでこんな品行方正そのもののお坊ちゃんが龍一みたいな暗くて負のオーラに包まれたネガティブ大王のことこんな慕ってんだよ」
小声で4つ子は話し始める。
「勇太…世の中には自分にないものを求める傾向のある人間がいる…元太はまさにそれじゃないのか?」
「でも挙武ぅ…求めてどうすんのぉあんなのぉ…」
「いやれいあ、考えても見ろよ。憐れみの一種じゃね?アフリカ難民に心を痛めて募金する精神と似たようなのあるんじゃね?」
ヒソヒソ話をしながら元太を見やると上品な仕草で出された紅茶を飲んでいた。風海人はというと、郁とテトリスで対戦して負けて文句を言っている。こっちはこっちでなんだか幼稚園児のようである。
「元太はサッカー部のエースなんだよね。すごいよね、転校してきていきなりレギュラーになったって聞いたけど」
颯が話しかけると元太は謙遜する。
「いえ、そんな…大したことはないです。僕はボールを追いかけるのが好きなだけですから。あと多分前世がサッカーボールだったのかと」
「俺なんか卓球部の幽霊部員だけどね…」
ぼそっと龍一が卑下しながら呟いた。空気の読めないこの発言…まさにうっとおしいの極みだ。4つ子は我が弟ながら哀れに思う。
だが元太はぶんぶんと首を横に振った。
85ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:48:40.15 0
「龍一先輩は勉強で忙しいし部活よりきっとそっちの方が大変ですよ。学年トップクラスを維持するなんてそうそうできることじゃありません。龍一先輩の方が断然僕なんかより凄いですよ」
一点の曇りもない穢れなき瞳で断言され、その眩しさに龍一は目を開けていられなかった。思わずそらしてしまう。
「龍一先輩が優しいのってきっとこんなに賑やかなご家族に囲まれてるからですよね。お兄さん達も颯先輩も、郁くんも岸くんお父さんもみんな楽しそうな方ばっかりで。うらやましいです」
「う、うらやましい?」
龍一は思わず素っ頓狂な声が出る。
何かと嫌味で絶対零度を飛ばしてくる長男、何かと怒鳴って蹴りつけてくる二男、何かと下ネタでからんでくる三男、何かと嫌味パート2でエリート意識の塊の四男、何かと回って風を起こす五男、何かと食い意地がはって人の分まで食べる末っ子…
そして何かと汗だくで頼りにならない義父…これのどこがうらやましいというのだろう。
「楽しそうな方だってー。奇人変人オブジェクションって感じだけどー」
きゃははははと風海人が笑った。こっちはこっちで的確に表現しすぎだ。
「僕は妹がいますけど、まだ小さくて…年上の兄弟がいたらなあって時々思うんです。だから龍一先輩みたいな優しくて頭が良くてかっこ良いお兄さんがいたらきっともっと楽しいだろうなって思って…」
「優しくて…頭が良くて…かっこいい…だと…?」
四つ子は笑いをこらえるのに必死だった。肩がプルプル震えている。
「じゃあ晩メシでも食ってく?なんなら泊まってけよー」
郁がそう持ちかけて、風海人と元太は岸家に泊まることになった。
86ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:49:37.02 0
今日の岸家のディナーは煮魚である。岸くんの給料日前は節約メニューになるのだ、煮魚の他はかぼちゃのソテーとほうれんそうのおひたし、そして卵焼きだ。
「粗末な食事ですけどぉ」
「いえ、凄くおいしそうです。いただきます」
礼儀正しく手を合わせ、上品な作法で元太は食している。その横で郁がガツガツ、恵がぼろぼろこぼしながら食べていた。岸くんと勇太は卵焼きの取り合いをしている。颯はほうれんそうにケチャップをかけ、卵焼きに納豆をかけて食べていた。龍一は恥ずかしくなった。
「龍一ぃ、好き嫌いしたら元太くんに幻滅されるよぉ」
卵焼きをどけようとすると早速嶺亜の絶対零度が飛んでくる。龍一は硬直した。
「卵焼き嫌いなんですか?龍一先輩?」
「…うん…まあ…」
「だったら僕が食べます。卵は食べ過ぎるとアレルギー反応起こしますからね。健康に気を遣ってらっしゃるんですね。僕なんかどうしてもアイスが好きな誘惑に勝てなくてつい食べ過ぎちゃうんです」
「…」
龍一は開いた口が塞がらなかった。本来ならこれは呆れてものが言えない、という例えなのだがそういう意味ではない。単純に驚いたからである。
この菩薩のような笑みは一体どこからやってくるのだ。不思議で仕方がなかった。こんないい子がなんでよりにもよって自分なんかを慕ってくれるのか…
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。あ、食器洗います」
綺麗に全部たいらげて、元太は皆の分の食器まで洗い始めた。その後ろ姿を複雑な気持ちで岸家一同は見ながら思う。
87ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:50:35.49 0
「あの子…龍一がただの暗くてネガティブで負のオーラの申し子で家族からも大自然からも虐げられてる惨めな勉強だけが取り柄の残念すぎる宇宙の異端児だってこと知ったらどう思うんだろう…」
岸くんは思わずぽろりと零した。それは言いすぎだろと龍一がつっこもうとすると嶺亜も溜息をつく。
「完全にフィルターがかかってるもんねえ…可哀想にぃ…」
「人を見る目なさすぎじゃね?あいつ。結婚詐欺とかに遭わなきゃいいけどなギャハハハハハ!」
「一晩たってこの家を出る頃にゃ偶像が破壊されて人間不信に陥るんだろうな…」
勇太が首を横に振り、目を閉じる。挙武も天井を仰いで手を合わせた。
「僕達にできることはせめてあの純粋な少年が早く立ち直ってくれることだけだな…」
「龍一…ここは何が何でも受験合格するしかないよ。そしたら少しは見直してもらえるかも。俺も協力するからね」
颯は龍一の肩を抱いた。
「ちょ…なんで颯まで…」
さんざんな言われよう似龍一が顔をひきつらせていると郁がさとうきびをかじりながら風海人と見解を述べていた。
「元太はねー、いい奴なんだけどねー。思いこみの激しい部分があるっていうかーいいように受け取るとどこまでもそのイメージで膨らましていくからねーちょっと変わってるよねー」
風海人は風船を膨らませながら言った。中学二年生か小学二年生か良く分からなくなっている。
「じゃーさ、龍一兄ちゃんがただのネガティブ自我修復野郎だって分かったらどうなっちまうの?」
郁はさとうきび5本目に突入した。そして全員顔を見合わせる。
「…どうなっちゃうんだろうな…」
88ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:52:10.47 0
「…」
龍一は風呂に浸かりながら悩む。元太が自分に対しいいイメージだけを膨らませてしまっているが、それを維持できる自信がない。何せ美形でモデルスタイルな上に頭が良いという三大神器を持っていてもなおそれを軽く凌駕してしまう負のオーラが自分にはあるからだ。
誇れることは街に出る回数の少なさ…歩けば迷子、カツアゲの格好の餌食、見知らぬおばあちゃんにゴミを渡されるほどの不憫さ…自分で見出しておきながら湯船に沈みたくなる。
「…どうしようもない…だって俺は龍一だし…岸家の不憫の六男だし…」
そんな諦めすらやってきた。どう着飾ったって無理だ。所詮それは付け焼刃ですぐにボロが出る。
まあ幻滅されたらされたで今まで通りの人生なんだし、その不憫な人生の中でほんの数日間後輩に慕われるという気分を味わっただけでも良しとしよう。龍一はそう結論付けて風呂をあがった。
「あ、龍一先輩、お風呂あがったんですね。僕、先に入らせてもらって…すみません」
廊下でパジャマに着替えた元太とすれ違う。爽やかな好少年そのものである。
「いや…あ、何か飲む…?」
飲み物を取りにリビングに入ると勇太がドラムロールを口ずさんでいた。そして元太に歩み寄り方を組んだ。
「よし元太!今日は岸家お泊り記念としてこの勇太様がお前に大人の階段を一歩登らせてやる!何、遠慮すんな。可愛くない弟の後輩のためだ!今夜はとっておきの上映会だ!」
「上映会…映画か何かですか?」
龍一は嫌な予感がした。まさか…
「映画じゃねーよAVだよ!お前どんなジャンルがお好みだ?ほれ言ってみろ。俺のコレクションはすげーぞ大抵は網羅してるからな!」
「AV?AV機器に関するDVDですか?良く分からないんですけど…」
「元太お前おもしれーな!よし、ここはいっちょいきなりのス○トロ行っちゃうか!レッツパーリナイ!!」
勇太は威勢よく叫んでパッケージを元太の目の前に掲げようとした。
「げげげげげげげげげげげげんたくん!!!!俺と一緒に部屋でオセロでもしませう!!そうしよう!!なんだったらルービックキューブもあるから!!!」
間一髪、スカ○ロAVのパッケージが元太の目に触れる前に龍一は彼の救出に成功する。こんな純真無垢な穢れを知らない純粋な少年があんな下衆の極みのようなものを見たら幻滅どころでは済まない。断固阻止だ。
89ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:55:08.66 0
「せ、狭い部屋ですけど…!」
龍一は自分の部屋のドアを開けて元太を招き入れる。すると突如台風のような暴風が轟いた。
「うおおおおおおおおお虎比須高校待ってろよおおおおおおおおおお朝日、因縁の決着を付けるよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
「ふ、颯…」
中では颯が尋常ならざる勢いでヘッドスピンを繰り返していた。中心は何ヘクトパスカルあるか計り知れない。アメリカのハリケーンもびっくりの風が8畳間で起こっていた。
「ちょ、ちょっと扇風機の調子が悪いみたいだから…郁達と遊ぼう…」
元太をあんな暴風域に入れることなどできない。階下に降り、龍一は郁の部屋を訪ねた。
「郁、風海人くん、一緒に人生ゲームでもやらな…なにやってんだ?」
中に踏み込むと、部屋中にさとうきびの皮やら何やらが散乱していた。
「何って見りゃ分かんだろ?風海人が持ってきたさとうきび加工して砂糖にする準備してんだよ」
「さ、さとうきび…」
「めんどくせーけどこれが砂糖になるんなら俺はエンヤコラだよ。でもよー風海人、次はマンゴーかパイナップルにしてくれよなー」
「はいはい。考えとくよー。ていうかさー俺一応先輩なんだけどさーいい加減敬語にしてくんない?」
郁と風海人はせっせとさとうきびの皮を剥ぐ。
「はっくしょ!」
元太が可愛らしいくしゃみをした。彼は鼻をすすりながら
「すいません龍一先輩。僕、植物の花粉とかに弱いので…」
「あ、そ、そうだね。じゃあそうだ、挙武兄ちゃんに宿題でも教わりに行こう…」
この際仕方がない。龍一は妥協して挙武の部屋をノックした。寝ていたらどやされるがまだ就寝時間でもないし起きているだろう。
90ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:56:37.37 0
「挙武兄ちゃ…」
ドアを開けるといきなり顔の横をひゅんっと空気が掠めた。
「…へ?」
龍一の目の前には軍服に身を包んだヘッドライト…じゃなくて挙武がライフルのようなモデルガンを構えていた。
「おや龍一、危ないじゃないかいきなり入ってきたら。これはモデルガンとはいえ当たると内出血レベルの怪我をする超強力モデルガンだぞ。ちゃんとノックして入ってこいよ」
なんか目がイっている。まさか…これは…
「ようく見ろ。このハリウッド仕込みのガンスタイルを…フフ…フフフ…シュワちゃんもびっくりだこれは…!!」
陶酔しきった表情で挙武はモデルガンを乱射してきた。彼はこうして時々ハリウッド映画の世界に浸る。そうしている間はなんぴとたりとも正気には戻せない。だからそうなると誰も挙武の部屋には近寄らないのだ。
「い、痛い!挙武兄ちゃんやめてくれ!元太くんに当たる!いて!いててててててて元太くん逃げて!逃げてくれえええええええ」
死にそうになりながら元太をかばいつつ無我夢中で隣の部屋に逃げ込むと、いきなり何かが足にひっかかって派手に転倒した。
「いって…」
呻きながら身を起こすと、龍一は硬直した。
「てめ…今まさに最後のボスが仕留められようとしていたのによ…」
ゆらりと目の前にその人物がたちはだかる。それは恵だった。
恵はオンラインゲームの最中だった。起きている時間は大抵これに費やしている。まさに廃人一歩手前の彼はここ一カ月夢中になっていたオンラインゲームでようやく最後のボスまでたどりつき、あと一撃でクリア…というところでその夢が絶たれる。
龍一がパソコンのケーブルに引っ掛かり、それが本体からひっこぬかれてしまった。画面はフリーズしている。
「け…恵兄ちゃん…とんだ粗相をいたしまし…」
最後まで言い終わらないうちに龍一は恵の蹴りを連続で喰らう。瀕死の状態で元太を連れて部屋に戻るとようやくヘッドスピン台風はやんでいて、はりきりすぎた颯はもう寝ていた。
91ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 19:59:43.09 0
「元太くん…疲れただろう?俺のベッドで寝ていいから…」
もう気力も何もかもごっそり奪われた龍一は二段ベッドの下段を指差す。自分はタオルケットにでもくるまって寝ようと押入れから蒲団を出した。
「でも龍一先輩、僕はお邪魔している身ですから。先輩はいつもどおりベッドで寝て下さい。僕そっちの布団でいいです」
元太は遠慮するが龍一は首を横に振った。
「いいよ。俺はいつでもどこでも寝られる人だから。おやすみ」
「本当に先輩って優しいですね。大事な受験を控えてるのに泊めてくれて色々とお世話してもらって…。先輩みたいな人と出会えて僕、良かったです」
「いや…俺はそんな…そんな風に言ってもらえるような人間じゃ…」
「受験頑張って下さい。龍一先輩なら絶対合格です」
ぺこりと頭を下げて、元太はベッドに入って行った。
龍一は少しだけ嬉しくなる。誰かに好意的に見てもらえたり、褒めてもらえることがほとんどなかっただけに最初は戸惑ったがなんだかそれもいいもんだな、と思った。
がんばろう、という気力が不思議と沸いてくた。誰かに期待されるというのは義務感や使命感よりもパワーが沸いてくるようだった。
「うん。がんばるよ。絶対合格してみせる。おやすみ」
元太にそう誓って、龍一は蒲団を被った。
「あ、すみません。お手洗い貸してもらっていいですか?」
電気を消そうとすると、元太が起き上がって言った。龍一は二階の手洗い場の場所を教え、彼は部屋を出ていった。
92ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 20:09:18.04 O
用を済ませた元太は龍一の部屋へ戻ろうと廊下を歩く。階下から誰かの興奮気味の声が聞こえてきたが気にせず進む。
岸家は広い。何せ岸くんと7人の兄弟達が住まう邸宅である。部屋数は6つもあり初めて訪れた元太にその詳しい間取り図は頭に入っていない。
だから部屋を間違えてしまうのも無理はなかった。廊下は薄暗いし、部屋のドアは全て同じものだったからパッと見では区別がつかない。
結論から言うと、元太は戻るべき部屋を間違えた。龍一の部屋の奥隣のドアを開いてしまったのである。そこは岸くんと嶺亜の寝室だった。
元太はドアを開けた。そこで目に飛び込んできた光景は彼の純白の穢れなき世界からは想像もつかないものであった。
「龍一先輩のお兄さん…とお義父さん…が、裸で…プロレス…してる…」
そう、嶺亜と岸くんがコトの最中であった。そりゃもう盛り上がりに盛り上がってその夜はまた一段と激しくサカっていたのである。
水を飲みに部屋を出た龍一が見たのは岸くん達の部屋の前で真っ白になった元太と、汗だく涙目の岸くん、何事もなかったかのようにパジャマを着て寝る(寝たふりをする)嶺亜だった。
そして夜が明ける…
93ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 20:11:11.72 O
岸家の朝は賑やかだ。朝食はいつも郁に奪取されまいと必死に皆が食べる。モタモタしていると自分の分がなくなるからだ。
「ふぁ…」
元太は目をこすっていた。かなり眠そうである。それを訊ねようとすると颯が首を左右に振りながら
「昨日、龍一の寝言凄かったよ。俺は慣れてるけどそれでも気になったもん。元太くん、寝れなかったんじゃないかな」
「ね、寝言…」
龍一は忘れていた。自分の寝言がひどいことを。そしてそれは精神状態に大きく左右される。昨晩は嶺亜と岸くんのニャンニャン現場を目の当たりにして石化した元太を抱えてベッドに乗せたからその心労が響いていたのだろう。
緩慢な動きの元太はかろうじて残っていた食パン一枚を食すと、お礼を言って玄関に立った。
「元太くん…なんとお詫びしてよいやら…何もおかまいできませんで…」
もう二度と彼はこの家を訪れることはないのだろうな…と龍一はわびしさと共に確信する。ほんの数日、後輩から慕われた。その気分を味わえただけでも15年の人生の光となるだろう。諦めとともに龍一は元太を見送った。
「龍一先輩…」
元太は、目を細めるとまじまじと龍一を見つめる。
そしてこう言った。
「先輩は、本当に凄い人ですね…。あんな家族を抱えてそれでも勉学に勤しんで努力してらっしゃるなんて…」
「…え?」
94ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 20:12:49.64 O
「僕ならとてもまともでいられる気がしません…。殴る蹴るの暴行に耐え、モデルガンでの襲撃に耐え、AV責めのセクハラに耐え、食べ物を根こそぎ奪われる飢餓に耐え、部屋が度々暴颯域に巻き込まれる苦難に耐え、
果ては実のお姉…兄さんとお義父さんが道ならぬ関係に染まるという現実に耐え…。僕は本当に龍一先輩のこと尊敬します。龍一先輩の抱える苦脳を思えば、僕の悩みなんてちっぽけなものにすぎないんだって…
そう、どうしたら山田くんのようになれるか思い悩む日々なんて龍一先輩に比べたら…」
元太は涙ぐんでいた。そして龍一の手をがしっと握る。
「僕、先輩のこと応援してます。何か僕でお役にたてることがあったらいつでも言って下さい…!」
ぶんぶんと手を振って、笑顔全開で元太は去って行く。
何が何やら狐につままれたような感覚であるし、誤解…というほどでもないがそれに近いものを元太に抱かれたままなのはいささか心苦しかったがもういいや、と龍一は思う。
この世にたった一人でも自分を慕ってくれる存在がいるというだけでなんだか自信が沸いてくる。この調子で受験も成功しそうな気すらしていた。
「よし…やるぞ!!」
三日後に控えた高校受験本番に万端の準備で挑むべく、龍一は踵を返した。そして意気揚々とリビングに戻ると…
「てめ龍一!!俺の分までプリン食ったのおめーだろ!!楽しみにとっといたのによ!!卵嫌いなくせしてプリンは好きとかふざけんな!!お前はチーズ嫌いだけどピザは好きな作者かってんだ!!」
いきなり恵がとび蹴りをくらわしてきた。続いて勇太が四の字固めをかけてくる。
95ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 20:13:59.95 O
「龍一!俺の命より大事な痴漢電車モノAVのパッケージどこにやった!?お前ぐらいしかいねーだろあんな変態モノ見て悦ぶの!さっさと出せ!!」
「ちょ…知らな…」
痛みに喘いでいると、挙武が溜息をついて嫌味をかましてくる。
「やれやれ…受験本番も間近だというのに呑気なものだな…まあ落ちたら中卒で住み込みで出稼ぎに行ってもらうだけだけどな…」
「龍一…俺の入学が痴漢電車モノでおじゃんになるとかそんな殺生な話ってないよ…」
颯が涙ぐむ横では何故かまだいる風海人がスーパーマリオをしながら郁に同情の声をあげる。
「なー郁、お前の兄ちゃんって卵が嫌いでプリンが好きな痴漢電車モノが好きで出稼ぎに行く変態自我修復野郎なん?お前大変だなー」
「まーよ、今に始まったこっちゃねーからなー。こんなどうしようもない兄貴だけど嫌いなもん俺にくれるしどうしても腹減った時は強奪できるしそれはそれで利用価値もあんだよ」
「お前大人だなー。見た目だけじゃなかったんだなー」
「まーな。瑞稀もそこんとこ分かってくれるといいんだけどよー」
「…」
折角生きる希望を見出していたのに挫けそうになる。もう何も考えず勉強だけして三日後の受験に少しでも影響を及ぼさないようにしなければ…
96ユーは名無しネ:2013/06/06(木) 20:15:19.90 O
龍一が瀕死のハートを引き摺って自分の部屋に戻ろうとすると、肩を叩かれる。
振り向くとそこにはにっこり笑った嶺亜がいた。天使の微笑みを湛えている。
嶺亜が自分に笑顔を向けてくるなど何年ぶりだろう…絶対零度か蔑んだような冷笑か睨まれた記憶しかない龍一にとってそれは一片の救いをもたらす…はずだった。
「龍一ぃ…今度連れてきたお友達に僕達の部屋間違って開けさせたら特大のおしおきするからねぇ」
目の奥は当然というか、全く笑っていなかった。後ろで岸くんがあたふたとしていたが頼りにならないこの義父は「き、気をつけてね。もうやらせてもらえなくなるから…」と呟くばかりだった。
そして満身創痍で龍一は受験に挑んだのだった。



つづく
97ユーは名無しネ:2013/06/15(土) 00:41:23.67 0
乙です!規制でなかなか書き込めないけど見てるよ!
作者さんの書く岸家の日常風景が好きだ
無事にサクラ咲くといいね
98ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:16:38.59 O
日曜ドラマ劇場 岸くんの憂鬱


岸優太(17)は悩んでいた。
最近…いやかなり前から自分を取り巻くこの環境に悩んでいた。俺は一体どうすればいいんだ。誰か道標を照らしてくれ、そんな思いだった。
今日も岸くんは悩む。さっそく悩みのタネの一つがお出ましだ。
「ゆーたんゆーたん!」
リハ会場で一人ごちていると神宮寺勇太がやってくる。小走りで駆けより岸くんの隣に座った。
「ゆーたんはやめろよ…お前だってゆーたんじゃん」
「じゃあ俺のこともゆーたんって呼んでいいよ!呼んでみてくれよ、さあ!」
カモン、と神宮寺は両手をクイックイッと曲げる。岸くんはそれを苦笑いしながら持っていたカレーパンの残りを口にした。
「あ、ゆーたん指にカレーついてる。きったねー」
「いいんだよ後で洗うから」
「いや洗わなくてもいいよ。こうすればほら」
神宮寺はなんとカレーがついた岸くんの指をしゃぶってきた。職業チャラ男の名が泣くぞ…と岸くんが言おうとするとしかしいきなり神宮寺はシリアスな面持ちになった。
99ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:25:22.44 O
「今はさー…岩橋との仲良しアピールしなきゃなんないけど…俺が本当に好きなのはゆーたんだってこと、分かってくれるよな」
岸くんはどきりとした。神宮寺のその横顔はあどけない少年そのものだ。最近背が伸びてきて類人猿化が進んでるとか言われているが元々神宮寺は女顔だ。女装すればそれなりに…いや、かなり可愛いに違いない。
岸くんは想像してみて唾を飲んだ。
「おっと打ち合わせの時間だ。じゃあゆーたん俺行ってくるぜ!」
投げキッスをして神宮寺は立ち去る。複雑な気持ちでその背中を見送り、見えなくなったのを確認すると岸くんは廊下を歩いた。
「あ、岸ぃ」
呼びとめられて振り向くとそこには中村嶺亜が微笑んで立っていた。
「嶺亜…どしたの?」
「岸ぃもうお昼ご飯食べたぁ?」
「うん。パンだけど…もう済ませたよ」
答えると、嶺亜は上目遣いで見つめながら近寄ってくる。最近前にも増してフェミニン化が著しい。松倉が「いつも女の子に見えてしまう」と言うわけだ。
100ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:26:57.79 O
「じゃあ歯磨きはぁ?俺があげた電動歯ブラシちゃんと使ってるよねぇ?」
岸くんはちょっと遅れた誕生日プレゼントに嶺亜から電動歯ブラシをもらった。使い心地がよく愛用しているが今日は持ってきていなかった。それを言うと嶺亜はほっぺをぷくっと膨らませた。
「なんで持ってきてないのぉ?」
これが16歳男子とは到底思えないような乙女ちっくな仕草で嶺亜は拗ねた。岸くんがそこにどぎまぎとしていると嶺亜は周りに誰もいないのを確認して岸くんに抱きついてくる。
「じゃあ俺が直接磨いてあげるよぉ」
意味深な言い回しで嶺亜は岸くんを見つめる。間近でみてもその肌のきめ細かさといい濡れたような切れ長の瞳は否が応にも心拍数を上昇させる。
いかん、これはいかん。異次元の世界にひきずりこまれてしまう…。
だが団体の声がどこかから近付いてきて嶺亜はぱっと離れた。
「明日はちゃんと持ってきなよぉ」
ウインクをして嶺亜は走り去って行く。その後ろ姿をまたも岸くんはふくざつな想いで見つめる。
楽屋に戻ろうとすると、今度は岩橋玄樹に呼びとめられた。
「岸くん…」
岩橋はいつもの通り具合の悪そうな涙目になっていた。岸くんが「どうしたの?」と訊ねると岩橋は岸くんにもたれかかってくる。
「お腹が痛くて…プレッシャーが…」
最近重要な位置を任されることの多い岩橋はそのプレッシャーに参っているようだ。持病の腹痛も悪化の一途をたどっている。
101ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:28:10.31 O
「俺には岸くんしか頼れる人がいないんだ。年下のメンバーの前で弱音は吐けないし…」
潤んだ目で岩橋は岸くんを見つめてくる。こいつも女顔で女装姿がちらつくんだよなあ…と岸くんは揺れる。子犬のようないたいけな瞳を向けられると庇護欲がそそられるというかなんというか…
「岸くん…不安な俺をぎゅっと抱きしめて…」
抱きしめたいのはやまやまだがここはリハーサル会場の楽屋前…抱きしめた途端に誰かが通りかかって即終了、なんてことになりかねない。
どうせなら場所を選んでくれたら…と岸くんは思うが岩橋にそんな機転のきいた真似はできないことは百も承知だ。
「岸くん、俺と感じるままにYou&Iだよ…」
上手いこといいやがってこのこの…なんて言ってる場合じゃない。岩橋は迫ってくる。岸くんは決断を迫られた。
102ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:29:34.88 O
「…」
しかし岸くんが決断を下す前に楽屋からちびっこJrがワラワラと出てきてそれは先送りになった。ホっとしたような勿体なかったような…。
その楽屋に戻ると岸くんは一人溜息をついた。悩ましい。実に悩ましい。
そもそも、岸くんの夢は「可愛い女の子に告白されたい」だ。それがどこでどう間違ったのか可愛い男の子に告白されまくっている。どいつもこいつもそれがまた本当に可愛い奴らで本当に悩む。
神宮寺とは「Wゆうた」の通称の下、Jr内名コンビの名を馳せている。性格も合うし買い物をしていても何をしていても楽しい。同じ名前でこの相性の良さはまさに運命なんじゃないだろうか…とすら思う。
嶺亜はもうとにかく可愛い。イタズラばっかりしてくるのも愛情表現の一つだし何より抱きしめたら柔らかそうだしすべすべのお肌もさぞかし触り心地がいいだろう。
まだ見たことがないがきっと女装も似合う。想像したらなんだか下半身が玄樹…じゃなくて元気になっちゃいそうなくらいだ。「Jrの紅一点」のあだ名はダテじゃない。
岩橋は健気で守ってあげたくなる。岸くんを無条件に慕うその姿…それに応えてあげたいという思いすらやってくる。ふにゃふにゃしたしゃべり方も可愛いし夜はちょっぴりおてんばになるところもご愛嬌だ。
三人とも、甲乙つけがたい…いわばステーキと豚カツと唐揚げがならんでるようなもんだ。選べるわけがない。
アチラを選べばコチラが立たず…岸くんはジレンマに陥っていた。
そして最も岸くんを悩ませるのが…
103ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:30:45.56 O
「あ、岸くん。こんなところに」
高橋颯が入って来た。彼はにこにこ笑顔で岸くんを見ると嬉しそうに歩み寄る。
「あのさ、さっきの曲のここの部分の振り付けがさ、自分ではよく見えないから分かんなくて…」
「そっか。あ、ここはこうした方が…」
しばらく振り付けについて二人で模索した後、颯は「休憩」と言って持っていたメロンパンの袋を開けた。彼はそれをおいしそうに頬張る。
あんまりおいしそうに食べるもんだから、岸くんもさっき昼食を済ませたばかりだというのに食べたくなってきた。
「やっぱこっちのコンビニのメロンパンの方がおいしいな。ホイップクリームも入ってるし」
「え、そんな違いとかあんの?」
「あるよ。今日はこれで3個目なんだ。駅前のパン屋で買ったやつ、セブンイ○ブンで買ったやつ、で、これはロー○ンで買った」
岸くんは感心する。好物もここまでいけば大したもんだ。
「颯はほんと、メロンパン好きだなあ」
呟くと、颯はにっこりと笑う。眩しい笑顔はしかし次の瞬間に切なげな表情に変わる。
「でもね、俺はメロンパンより好きなものがあるんだ」
「え?何?それって」
何気なく訊ねると、真正面から颯が自分を見つめているのが見える。
岸くんには分かった。颯の言いたいことが…
104ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:31:46.47 O
「俺はね…」
颯が口を開こうとしたが、その先を聞くことはなかった。楽屋にはメンバーが次々と戻ってきたのである。
「お、ゆーたん…じゃなかった岸くんちょっとこれ見てよ。こないださー」
「神宮寺下ネタやめてぇ。ねぇねぇ岸ぃ、あのねえ…」
「嶺亜、さっきあっちで顕嵐が探してたよ。岸くん、あのさ、相談があって…」
神宮寺、嶺亜、岩橋と次々に話しかけられ岸くんが俺は聖徳太子じゃないからと冗談を飛ばしている間に颯はメロンパンの残りをかじっていた。
颯の気持ちもまた岸くんにはちゃんと分かっていた。
他の三人みたいにぐいぐい迫ってくるわけじゃないけど、雑誌や舞台やあらゆるところで岸くん好きを明言してくれている。あくまで「尊敬している」というニュアンスは崩さないけど、本心はちゃんと伝わって来た。
自分より背が高くてガタイのいい颯のことを、そういう目で見てしまうのはどうなんだろうか…そんな迷いはあった。だけどこんなに慕ってくれる颯のことを全く意識していないわけじゃない。
きっと、きっかけがあればすぐにでも…
105ユーは名無しネ:2013/06/16(日) 20:33:57.71 O
実に悩ましき問題である。
神宮寺、嶺亜、岩橋、そして颯…自分は誰を選ぶべきなのか…両手どころか両手両足に花のハーレム状態…しかしそれゆえに選択の難しさとジレンマに苦しまされる日々…
かくなる上はもう読者投票するしか道はないのかもしれない。岸優太に一番ふさわしい相手は誰なのか、そこのアナタに決めてもらって…投票の結果は発表をもってかえさせていただきます。
岸優太の運命やいかに…


楽屋の響き渡る騒音を顔をしかめながら二人の少年が聞いていた。
「なあこれ…放りだしていいかな?いくらなんでもこのいびきは異常だろ。鼻に異常でもあるんじゃないか?」
目を細めながら羽生田挙武はそれを見おろす。
「鼻の穴にとんがりコーン詰めてやろうか。起こしたらまた怒るしさータチ悪いよねー」
ぼりぼりととんがりコーンを口に入れながら倉本郁が呟いた。
「それにしてもしまりのない顔だな…なんかいい夢でも見てんのかな」
「さあ…とりあえず濡れ布巾でも被せてやろうか。まったく困った最年長だ。SHOCKで成長してきたんじゃなかったのか」
岸くんが夢の中でハーレム状態であることなど知る由もなく、挙武と倉本はそのいびきという騒音公害に悩まされたのだった。



END
106ユーは名無しネ:2013/06/17(月) 01:50:02.51 0
あむあむ!濡れ布巾は死んじゃう!
107ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:25:17.66 O
日曜ドラマ劇場 嶺亜くんの憂鬱


中村嶺亜(16)は悩んでいた。
Jrになって三年半が過ぎ、自分を取り巻くその環境に悩んでいた。
今日も頭を悩ませていると、早速声をかけられる。
「れいあー!れいあー!」
聞きなれた酒ヤケ声…何故か声変わりする前も、した後も変わらずガスガスのその声の主はJrでの幼馴染である栗田恵だった。
「栗ちゃん。どうしたのぉ?」
「おいこれ見ろよ、昨日ゲームで最高得点だした!俺マジ天才!ギャハハハハハハハ!!」
スマホを見せてバカ笑いする栗田に、嶺亜は胸がきゅんとする。
こんなに綺麗な顔をして、自分よりもずっと女の子みたいな可愛い目をした超小顔八頭身モデルスタイルの非の打ちどころのない美少年なのに、しゃべると知性のカケラも見られないアホ丸出しの脳みそ8歳児な栗田が愛しくて仕方がない。
嶺亜は想像する。きっと栗ちゃんは夜寝ている時だらしなく口を開けていびきをかいて涎垂らしまくりでお腹も出しているんだろうな…と。そんな時、俺が「もぅ栗ちゃん起きなよぉ」って体を揺らして朝起こしてあげるんだぁ…
「あ、わり。れいあ今からリハだったよな。わりーねわりーね!また記録更新したら教えるかんな!」
栗田は去って行く。カモシカのような足。その割に遅い脚力…ああもう可愛い…可愛いすぎるぅ…
栗田の愛らしさに胸を温かくしていると、ぽん、と肩をたたかれた。
108ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:26:39.64 O
「よう、嶺亜」
振り向くともう一人のJr幼馴染の森本慎太郎がいた。初めて会った時から変わっていない身長差だが、驚くほど逞しくなったその肉体美に見とれる。
「どした、嶺亜?俺の体になんか付いてる?」
「ううん、なんにもぉ。あ、ドラマ最終回見たよぉ。かっこ良かったぁ」
「まじで?ありがとなー」
大人っぽい容姿に相反した子どものような笑顔…そのギャップがたまらない。同い年なのに頼りがいがあって素敵な彼だが勉強だけはてんでダメだというところも萌えポイントである。
いつか二人でハワイの海に行ってきゃっきゃと水をかけあうんだよぉ…そんで夕陽の沈むビーチで愛を語り合うんだぁ…
そんな妄想をし、きゅんきゅんしながら廊下を歩いて行くと、お腹を押さえた岸優太が向こうから歩いてくる。
「岸どうしたのぉ?お腹痛いのぉ?」
「いやもう腹減って腹減って…なんでもいいから食べたい…」
「さっき楽屋にピザ届いてたよぉ」
「まじで!?」
岸くんはダッシュで楽屋へ駆けて行く。が、ややあって戻って来た。
109ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:27:46.37 O
「届いてないじゃん!また騙された!」
汗だくで悔しそうにするその姿を見て、嶺亜はまた胸がきゅんとなる。
自分より2つも年上の、今年18にもなろうとしてるのにまだこんな小学生でも気付きそうな嘘に騙されるなんて、なんて幼稚…じゃなくて、ピュアな精神なんだろう…。
この反応が可愛すぎてついつい嘘をついてしまうのだ。
「あー…お腹減りすぎて余計に暑くなってきた…」
加えてこの異常とも言える汗っかきが愛しくて仕方がない。これからの季節、さらにその量は増して行くばかりだろうな…と想像する。
岸の汗ってどんな味がするのかなぁ…と危険な妄想に片足を突っこむ。お互いの汗の味まで知る仲…なんかそういうのってキスをしたり抱きしめあうより官能的で憧れる。嶺亜は夢見る乙女になった。
「嶺亜、どうした?」
顔を覗きこまれて、嶺亜はその妄想を断ち切った。えへへとごまかすと、岸くんは頭をぽんぽんと撫でてくる。
「別に怒ってないから。あ、いっけね!もうこんな時間だ。取材が!」
岸くんはせわしなく駆けて行った。その後ろ姿をぽや〜っと見送る。
「頭撫でてもらっちゃったぁ…」
いつもちょっと頼りなくてすぐ嘘に騙されてぼけぼけしているけど、ふとした瞬間年上っぽいところを見せる岸くんのそのギャップに嶺亜はもうきゅんきゅんだ。
その胸の高鳴りとともにスキップしながら楽屋に向かうと、曲がり角で誰かにぶつかりそうになった。
110ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:28:48.05 O
「おっとごめん。大丈夫?」
よろけそうになったレイアをその長身で支えてくれたのは森田美勇人だった。165センチの嶺亜でも見上げなくてはならない高身長に眼力満開の大きな瞳は憧れの的である。思わずうっとりと見とれた。
「すみませぇん…みゅうと君の方こそ大丈夫でしたぁ?」
ぶりっこ全開で嶺亜はスマイルを作った。先輩Jrには無条件で発動するがとりわけ憧れの美勇人にはその2.5倍(当社比)は強化され声も3オクターブは高くなる。
「俺は大丈夫だよ。ごめんな。よく前見てなかった」
なんて素敵な笑顔…そしてその立ち居振る舞いのイケメンが過ぎること過ぎること。これが所謂「カズ立ち」か…と嶺亜は両手を組んで魅入る。
「こちらこそぉ…あ、プレゾンがんばってくださぁい。僕絶対観に行きますぅ」
「ありがと。じゃあな」
颯爽と美勇人は去って行く。嶺亜はその後ろ姿にシビれた。よし、さっき雑誌の企画で書かされたアンケートの「彼氏にしたいJr」は美勇人くんで決まりだよぉ…
そんな浮かれ気分でふらふらと歩いていると階段を踏み外しそうになる。
「わわっ」
慌てて手すりにつかまると、後ろから「大丈夫?」と声をかけられた。
111ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:30:06.46 O
「あ…」
振り向くとそこには松村北斗がいた。こちらも負けず劣らずのJr一のイケメンと名高い今一番ノリにノってるノリノリJrだ。
「ネクタイ曲がってるよ。はい」
嶺亜の衣装のネクタイを北斗は直してくれた。年は2つしか違わないはずなのにこのアダルティーな男の魅力はなんなんだろう…。
「ありがとうございますぅ…」
うっとりとお礼を言うと北斗は微笑んで階段を下りて行く。背中までイケメンで溜息が出た。
よし、さっき雑誌の企画で書かされたアンケートの「落ち込んだとき励ましてくれそうなJr」は北斗くんで決まりだよぉ…
るんるんと階段を下りて行くと、ロビーの自販機で阿部顕嵐がジュースを買っているのが見えた。
「あ、あらんだぁ」
「あ、嶺亜くん」
王子様のようなスマイルに嶺亜は頬が熱くなる。れいあ姫とあらん王子なんて童話のタイトルみたいだよぉ…と思っていると神宮寺と岩橋もやってきた。
「何飲んでんの?あ、俺もコーラにしようっと」
「神宮寺、炭酸は変にお腹が膨れるよ。腹痛の原因にもなるし…」
神宮寺も一時期の険悪期を超えて分かり合った今はなんだかチャラさが可愛くて仕方がないし岩橋も優しくて和むしああ、もう一人に絞れないよぉ…
栗ちゃん、慎太郎、岸くん、美勇人、北斗、顕嵐、神宮寺、岩橋…一体自分には誰がふさわしい相手なんだろう。
それともこの中にはいなくて案外一番ないない谷村とかとどうにかなっちゃったりもするのかなぁ…いやでもあんな暗くてネガティブな自我修復しか取り柄のない美形はちょっとぉ…でも美形なんだよなぁ…
かくなる上は読者投票で決めるしかないよぉ。れあたんにふさわしい相手を一名明記して書きの住所までお送り下さい。当選は発表をもってかえさせていただきます。
112ユーは名無しネ:2013/06/23(日) 23:31:17.54 O
楽屋の真ん中ですやすやと寝息をたてる小悪魔堕天使を囲んで4人の少年達は悩んでいた。
「…これどうする?誰が起こす?」
倉本郁が眉間に皺を寄せながら皆に呼び掛ける。その横では羽生田挙武が溜息をついていた。
「いつも人を起こす係のくせになんだって今日はこんなに深く寝入っているんだ?なんか幸せそうな顔をしてるし今ここで起こしたらどうなるか…」
「でもそろそろリハ始まるよね?起こさないと…」
高橋颯も腕をくんで悩ましげな表情だ。
「起こしたらどうなるんだろう…?」
谷村龍一が額に汗をかきながらその恐ろしい想像を断ち切る。
「とりあえず…谷村、起こしてみろ」挙武が谷村の肩を叩く。
「い、嫌だよ…絶対零度で「あぁ!?」って睨まれそうな気がするし…」谷村は首を激しく左右に振った。
「でもさ、起こさなかったら起こさなかったで「なんで起こしてくれなかったのぉ!?」ってキレそうな気がする…」倉本が颯を見ながら言った。
「どーしよー…。それにしてもどんな夢見てるんだろう。なんか幸せそうだし…このままの方が世界平和のためにはいいのかも…」
4人は楽屋で誰が嶺亜を起こすかえんえん押し付け合っていたという…。


END
113ユーは名無しネ:2013/06/25(火) 21:49:18.32 0
れあ君キュ〜トぉ!誰とでもお似合いだよ!!
114ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 18:36:53.69 0
日曜日だよwktk
115ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:21:29.66 O
日曜ドラマ劇場 挙武くんの憂鬱


羽生田挙武(15)は悩んでいた。
Jr活動と学業の両立がさして苦にもならなくなった入所二年目にして現在の自分を取り巻く環境に悩んでいた。
今日も頭を悩ませていると、声をかけられる。振り向くと高橋颯が立っていた。
「なんだよ」
「はにうだ、ホイップ入りメロンパンとカスタード入りメロンパンどっちが食べたい?」
ちょうど腹が減っていたところである。同期の桜である颯はなかなかどうしてこういう絶妙のタイミングで自分の欲しているものを察してくれる良き仲間だ。ありがたく頂戴するとしよう。
「そうだな…今の気分はなんとなくカスタードってところだな。悪いな颯」
「分かった。はにうだはカスタードなんだね。じゃあホイップを岸くんにあげることにする!」
「は?」
眼を瞬かせていると、颯は二つのメロンパンを愛しそうに見ながら
「はにうだと岸くんの好みって合わないからはにうだがカスタードなら岸くんはホイップだよ。カスタードは自分で食べよう。あ、岸くん!」
と彼方に見える岸くんだか誰だか分からない影を求めてマッハで去った。あいつの視力は針の先ほどの岸くんの姿も見逃さないというのか…
116ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:23:29.74 O
「なんという嘆かわしい…」
挙武はかぶりをふった。
颯の岸くん好きは異常だ。エキセントリックだ。最近はもうなんだか本人も止められないくらいに暴走機関車トーマスと化している。実に嘆かわしい事態である。
「まったく…なんだってあんな汗の量だけが取り柄の年中涙目不憫体質がいいんだ…僕の方がよっぽどあれよりは…」
ぼやいていると、曲がり角で人とぶつかりそうになる。
「おっと失礼」
謝りかけて、その必要はなかったと後悔した。
「もぉはにうだどこに目つけてんのぉ危ないじゃん」
中村嶺亜だった。出会いがしらにこの言い様。全くこいつとは相容れない。
「そっちだってぼーっとしてたんだろう。お互い様だ」
「うっそぉはにうだなんかぶつぶつ言ってたじゃん絶対注意散漫だよぉお互い顔に傷つけたらえらいことになるでしょぉ気をつけなよぉ」
ああ言えばこう言う…こういう女々しいところが嫌なんだよ全く…はにうだが呆れていると誰かが通りかかる。
「お、はにうだと嶺亜、今日も双子チックだねえ二人とも可愛いねえ」
それは先輩の深澤辰哉だった。先日の某アンケートで挙武が「落ち込んだときに励ましてくれそうなJr」に挙げた頼りがいのある尊敬すべき相手だ。
117ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:25:25.38 O
しかしながら、嶺亜と双子扱いされるというのは心外である。僕はこんなに女々しくないし二面性もないし男と見れば誰にでも尻尾を振るような小悪魔ではない。やんわりと否定しようとすると嶺亜が腕を組んでくる。
「ほんとですかぁ?よく言われるんですぅ。はにうだと俺ってそんなに似てますぅ?」
「うん。似てるよー。二人とも可愛くて誘拐し…弟になってほしいくらいだよ。ところではしもっちゃんどっかで見なかった?」
「あ、楽屋12にいたと思いますぅ。はしもっちゃんも深澤くん探してましたよぉ。BBJかっこ良かったですぅ」
「まじか!?まったくはしもっちゃんときたら可愛いなあもう…今行くからねえええええ!!!!」
そうして深澤がマッハで去ったあとその腕がぱっと離れた。
「ねぇあらん見なかったぁはにうだぁ?」
先ほどとは打って変わった冷めた口調である。気のせいか3オクターブは下がっている気がする。だが彼のこういう二面性にはもう慣れた。それよりも嘆かわしいのは…
「知らん。が、この際言わせてもらう。君のその不純同性交遊がSexy Boyzに悪影響を与え始めてるから自重しろ。神宮寺と岩橋だって最近おかしな営業に走っているし、もうちょっとJrとしての自覚を…」
「あーはいはいぃ。知らないんならもういいよぉ」
素っ気なく言い放ってぱたぱたと嶺亜は走り去ってしまった。
118ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:27:14.64 O
「なんという嘆かわしい…」
挙武は再びかぶりをふった。
嶺亜の男好きは異常だ。エキセントリックだ。Jrのはずなのに何故か最近ではどこに行ってもお姫様扱いで本人もどんどん女体化している。
このままいけばいずれは本当に女の子になるんじゃなかろうか…実に嘆かわしい事態である。
「まったく…最初に会った時はあんなに女の子女の子してなかったと思うが…どこでどうなってああなったんだか…」
ぼやきながら階段を降りると倉本が下から上がってきた。
「あ、はにうだー。みずき見なかった?」
むしゃむしゃとホットドッグをかじりながら倉本が問いかけてくる。口の周りにケチャップがついていた。
「いや知らない。橋本達のいる楽屋12じゃないのか?」
「それがいねーんだよ。さっき深澤くんがはしもっちゃんの名前叫びながら目ぇ血走らせて駆けて行ったけどなんかあったんかな。つくづくみずきがターゲットじゃなくて良かったぜ」
「ものを食いながら歩きまわるのはやめろ。井上に嫌われるぞ」
注意をするとしかし倉本はいやいやと首を左右に振った。
119ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:28:41.45 O
「みずきが俺を嫌いになるとかないって。だってみずきは俺のお嫁さんだもん。その嫁がどこに行ったのか分かんなくてちょっと困ってんだけどさ」
この自信はどっから来るんだろう…ある意味見習いたいものだ。
「嫁嫁って言うがな…もうちょっと体型とか見た目に気を配らないと…。だいたい井上は某誌のアンケートの「彼氏にしたいJr」にお前でなく松田を挙げてたぞ。もっと危機感を持て」
しかし倉本には馬の耳に念仏だった。
「みずきは照れ屋だからなー。全国誌で俺がこんなにラブコール発信しちゃったもんだから自分は自重してんだろ。はにうだ駅弁刑事見た?敏春はママに内緒で隼人に会いに来て…まるで俺達ロミオとジュリエットだったろ?萌えただろ?」
倉本は悦に浸っている。こっちはせっかく撮ったドラマが未だに放送日未定だというのに…
「あーみずきどこ行ったのかなー」
倉本はホットドックをかじりながら階段を上がって行く。すれ違った瞬間その背がもう遥かに自分を超えたことに気付いた。
あいつはどこまで大きくなるんだろう…ますます井上との身長差がえらいことになってそのうち親子役とか来るんじゃなかろうか
120ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:30:42.94 O
「なんという嘆かわしい…」
挙武は嘆く。もう神7内は滅茶苦茶である。どいつもこいつも腐女子の妄想ばっかり肥大させるネタをふりまきよって…もうこの中でまともなのは自分しかいないじゃないか…。
こうなったら一人で闘うしかない。羽生田挙武は決してそうした腐った世界には染まらない…健全で清潔な少年であり続けよう…。
決意を固めつつ楽屋に戻り一人優雅に紅茶をすすっていると首筋に生温かい風が当たった。
「…?」
不思議に思い振り向くとすぐそこに人の顔があった。気付かなかった。挙武は思わず肩を震わせた。
「…なんだ驚かすな一平…。なんの真似だ?」
そこには林一平の顔があった。最近一緒に活動することが多く、楽屋も同じである。今日もSexy Boyz総勢11人で一つの楽屋でひしめきあっていたが何故か今、二人しかいない。
「はにうだくん、はにうだくんのこの首のラインってすっげえ綺麗っすね…セクシーっす…」
一平は後ろから抱きついて挙武の項にふっと息を吹きかけてきた。
「おいおい一体なんお真似だ一平…悪ふざけBABYは僕の特権だが…っておい!」
なんと一平は挙武の首に唇を押し当ててきた。厚ぼったい唇の感触が首筋に伝う。挙武は焦った。
「はにうだくん、楽屋には今俺達二人しかいませんね…ってことはこれ、もういいってことっすよね」
訳の分からない理屈を荒くなりかける息と共に一平は漏らす。なんだこいつは。ファンの皆さんの前ではトゥーシャイシャイボーイのくせになんだって今こんなに積極的なんだ…?
121ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:31:58.76 O
「待て一平!僕は神7最後の良心だ!僕まで腐化してしまったら…もう神7の風紀は乱れに乱れそりゃもうめくるめく官能の世界…
さながら『楽屋は乱交天国!ドキッ男だらけの11人が入り乱れて舞い踊り!これがほんとのSexy Boyz白書』とでも言ったところか…そんな90年代ショタビデオのタイトルじみたことは断じて…」
しかし一平はおかまいなしに挙武を抱き締めてくる。こいつ、背丈はそう変わらないくせに腕の筋肉が凄すぎる…!マイケルダンスで鍛えた下半身もがっちり挙武の動きをホールドしていた。
「はにうだくん、俺だけのマイケルになってください…」
「ちょ、待ってくれ!俺だけのマイケルってなんだ!?お前マイケルの亡霊に祟られるぞ!いいから落ち着けって!いいか僕はな、お前は好みじゃないんだよ!
その円らな瞳とか厚ぼったい唇とかいつもなんか眩しそうに目を細めているところとかしっかりしすぎている下半身とスタイル悪いのに何故かエロさを感じさせるとことか一切好みじゃないんだ!
あああ自分でも何言ってるか分かんなくなってきた!」
頭がぼうっとしてくる。実はこういう世界もそう悪いもんでもないんじゃないか…今まで「あむあむだけは最後の良心」と言われていたが実は一番弾けたらおてんばさんになるんじゃないかなんて予感すらしてきたぞ…
ああ、実に嘆かわしい…
この僕の初体験がまさかの年下だなんて…そんなことあってはならないはずなのに実にゆゆしき問題だ。
かくなる上はもう開き直ってしまうしかないのだろうか。そう心の扉を開いてみればそこは楽園で皆が微笑んで僕に手招きをしている…相容れないと思っていた嶺亜までもが…
122ユーは名無しネ:2013/06/30(日) 22:34:00.73 O
「ねーもうすぐ本番始まるからぁこれぐらいにしとこっかぁ」
嶺亜の一声でペンを持つ手を皆は止めた。
「起きたら怒るかな。岩橋は『いじめだ…これはいじめだ…』って涙目で言いそうだしはにうだなんか『こんな非人道的行為をしたのはどこのどいつだ!?』って怒鳴りそう。岸くん可愛い」
颯が肩を揺らしながら隣にいる倉本に言った。
「水性なんだからすぐ落ちるでしょ。あー面白い顔―あはははははは神宮寺サルみてー」
本番を10分後に控えた楽屋内では寸暇を惜しんで体力回復に努めるメンバーもいる。岸くん、神宮寺、岩橋、そして挙武は楽屋できのこのようになって眠っていた。そこに嶺亜がいたずらを颯と倉本にもちかけて顔に落書きをしていたのである。
依然として深く眠る挙武の落書きで間抜けになった寝顔を見ながら誰かが楽屋の端でこう呟いた。
「寝顔もセクシーっすね、はにうだくんって…」



END
123ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN 0
毎週楽しみにしてます!
124ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
日曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」


俺は嶺亜兄ちゃんに嫌われてるんだと思ってた。

中三になってすぐに父親が再婚した。相手の人も連れ子がいてお互い子どもがいての再婚だった。
「よろしくね、龍一くん。あら、大人っぽいのね。うちの嶺亜の方が年下みたい」
継母の連れ子である嶺亜兄ちゃんは俺より一つ年上だった。見た目には年下っぽいというのもそうだが色が白くて中性的で、まるで女の子のようで少し面食らったのを覚えている。
俺は人見知りがひどいのと元々内向的な性格だったが嶺亜兄ちゃんは違った。初めて会ったその日から俺の父親とも打ち解けて笑顔を振りまいていた。
「嶺亜がいい子で良かった。龍一のこともよろしく頼むよ。この子は人見知りがひどいから…」
父は安心したようだった。嶺亜兄ちゃんはすぐに俺の父とも本当の親子のように自然に接していた。
俺はというと、うまく話せないし、訊かれたことに答えるだけで一向に継母とも嶺亜兄ちゃんともぎくしゃくとしてしまう毎日だった。
それでも継母は俺と打ち解けようと色々としてくれた。そして嶺亜兄ちゃんも…
「龍一くん、凄く賢い学校通ってるのね。小さい頃からがんばってるってお父さんからも聞いたわ。嶺亜も見習わなくちゃね」
継母がいつものように夕飯の席で俺に気を遣って褒め言葉を並べる。俺は相変わらず「はあ…」としか返事ができなかった。
「龍一、宿題教えて。龍一なら高校生のでもできると思うんだぁ」
嶺亜兄ちゃんは笑いながら俺にそう言う。
「何言ってるの嶺亜。あなた自分の宿題くらい自分でやりなさいな。そんなこと言ったら龍一くんに笑われるわよ。まったくもう少しはしっかりしなくちゃ…」
「だってぇ勉強好きじゃないんだもん。がんばったって龍一みたいにはなれないよぉ。頭の出来が違うもん」
最初は、嶺亜兄ちゃんも俺を気遣ってそう言ってくれてるんだと思っていた。いや、それは間違いじゃないだろう。気を遣っていることは確かだ。
だけど俺は気付いたんだ。そう笑顔で言った後の嶺亜兄ちゃんの眼はいつでも次の瞬間全く無関心な冷たいものになるということに。
それに…
125ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
父や継母の前では嶺亜兄ちゃんは俺にも気さくに話しかけてくる。だけどそうでない時…例えば父が仕事で、継母が買い物かなんかに出かけていて家に二人でいる時、嶺亜兄ちゃんから話しかけてくることは一切ない。
廊下ですれ違ってもまるで誰もいないかのように全く視界にも入れないで通り過ぎるんだ。
一度だけ、勇気を出して話しかけたことがあった。
「嶺亜兄ちゃん、さっき母さんから電話があって…。宅急便が来たら受け取って判子を押してって言われたんだけど…。判子どこにあるか分かる?」
なんでもない内容だったが俺は言いながら鼓動が速くなっていた。普段も人と話すのは緊張するけどこの時は背中に汗をかいていた気がする。
携帯をいじっていた嶺亜兄ちゃんは無言で立ちあがってリビングの棚の引き出しを開けて判子を出した。
俺には目も向けず判子を食卓の上に置くとまた携帯を見ながら部屋に戻って行った。
ああ、嫌われてるんだな。
その時、そう確信した。だから俺は極力嶺亜兄ちゃんの癇に触る言動を控えようと決意した。それは少し息苦しい生活だったがそれでも俺はこれ以上嫌われるよりはましだ、と自分に言い聞かせていた。
そんな生活が一カ月近く続いた頃…
「龍一、嶺亜、今度の土曜なんだけど…お父さんとお母さん、知り合いの結婚式に呼ばれてて泊まりがけで北海道まで行くことになったんだ。お前達も連れて行きたいけど今回は我慢してくれるか。今度家族旅行でゆっくりできる日程で行こう」
父が夕飯の席でそう言った。
「分かったぁ。楽しんできてねぇ。龍一の勉強の邪魔にならないように家事は僕がやるから安心してねぇ」
にっこりと天使のような笑顔で嶺亜兄ちゃんは父にそう言った。けどそれは建前なんだろうと俺は即座に思ってしまった。きっと、両親不在の二日間一言も口をきいてくれず、いない人間のように扱われるんだろう…
126ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
そして迎えたその日…
「行ってらっしゃい。気をつけてねぇ。お土産よろしくねぇ」
玄関で両親を笑顔で見送る嶺亜兄ちゃんの後ろで、その背中を見つめながら俺は「行ってらしゃい」とだけ声をかけた。
ドアが閉まる。
嶺亜兄ちゃんが振り向く。
視線はどこか遠くに向けられていた。俺はもう彼の世界からは排除されていて、まるで透明人間のような存在になっているのだろう。
たった二日間の我慢だ。そう自分に言い聞かせた。いや、我慢と言うほど苦痛なものでもない。いつもの生活とさして違わないんだ。ただ俺と嶺亜兄ちゃんの会話がなくなるだけ。そう思うことにしたその瞬間だった。
すれ違いざまに嶺亜兄ちゃんがこう呟いた。
「龍一、僕の部屋においで」

嶺亜兄ちゃんの部屋に入るのは初めてだった。
6畳ほどの広さに学習机とベッド、洋タンス、カラーボックスには雑誌や漫画が収まっていてその上にはCDラジカセが乗っている。
整頓された部屋だった。嶺亜兄ちゃんの几帳面な部分を現しているようだった。
絶対に踏み入ることがないと思っていた空間に自分がいることに、今更ながらに神経がぐらぐらと揺れる。
一度も二人きりの時に話しかけてきたことのない嶺亜兄ちゃんが、何を思って俺を部屋に招き入れたのか、その真意が全く分からなくて混乱した。
俺がそんな混乱に陥ってると嶺亜兄ちゃんはベッドに腰掛けながらじっとこっちを見る。
どくん、と何かが跳ねた。それは心臓であると一瞬の後に理解する。
「ねえ、龍一」
嶺亜兄ちゃんは薄い唇を少しだけ開く。
「龍一って、女の子とキスしたことある?」
127ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
質問の意味が最初は分からなかった。それほどまでに突発的だったからだ。こんな話題は夕飯の席や休日の団欒の時には出ないし、俺には全く無縁の世界であるからだ。
「な、ないよ…」
何故かどもってしまう。声がうまく出せなかった。
「ないんだぁ」
嶺亜兄ちゃんは笑った。それはいつもの作り笑顔でもなく、清楚で天使のような微笑みでもなかった。
どちらかというと、悪魔的な笑みだったように思う。
だけどその根拠を探し出す前に俺はもう何も考えられなくなっていた。
「れ…嶺亜兄ちゃん…?」
何が起こっているのか…何をされたのか、考える前に俺の心臓の鼓動はとうに限界を越していた。
ただ、じんじんと痺れるように残る唇の余韻だけがやけにはっきりと刻まれていて…それを認識すると、顔じゅうが熱を持った。
腰が抜けた。
文字通りその場にへたりこんで、俺は嶺亜兄ちゃんの顔を見上げた。
くすくすと笑っている。どこか小馬鹿にしたようで、イタズラっぽくもあった。
「もう一回してあげようかぁ?」
その顔がすぐ目の前にあった。へたりこんだ俺と同じ位置に目線を合わせて、嶺亜兄ちゃんは蠱惑的な笑みを湛えたままで俺の両頬に手を当てる。
128ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
泣きそうになった。
何故かは分からない。怖いわけでも、哀しいわけでも、決して嫌なわけでもない。なのに何故か、目頭が熱くなってゆく。
多分それは、感情が昂ぶっているからかもしれない。
「嶺亜兄ちゃん…なんで…」
なんでこんなことするの、と言い終わる前に再び嶺亜兄ちゃんは俺の唇を塞いだ。
「ん…んん…!」
一回目はそっと触れただけのキスだったのに、今度は深く濃厚だった。
舌が滑り込んできても俺は動けなかった。あ、唾液って甘いんだな…なんてことをぼんやりと思い始めると、もう全身に力が入らなくなった。
背中に何かが当たった。
白い天井が見えた。
ややあって、自分が床に背をつけていることに気付く。依然として全身は弛緩したままで俺はその声を聞く。
「龍一、お前は悪い子だねぇ」
叱られている気はしなかった。むしろからかわれているような口調だ。そのすぐ後でその意味が分かった。
「ほら、もうここがこんなになってる」
ズボンの中に手を入れられた。言われて初めて自分のその部分が膨張してしまっていることに気付く。
慌てて起き上がろうとすると、ズボンの中に侵入した嶺亜兄ちゃんの手がそこに摩擦を加え始めた。
「い…」
また力が入らなくなる。ただ、呼吸だけが荒くなっていく。
「気持ちいいでしょ」
嶺亜兄ちゃんは嗤っている。俺がこうして戸惑っているのがさもおかしいといわんばかりの表情だった。
129ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
「やめ…てよ。こんなこと…するの…!」
今更ながらに羞恥心に襲われ、なんとかそれだけを口にする。だが抵抗らしい抵抗などできない。多分、腕力だけだったら俺の方がずっと上なのだろうがそれよりも絶対的な「力」の差が存在していた。
だから故に体は動かなかった。それが分かっているのか嶺亜兄ちゃんの手が離れることはない。
「やめないよぉ」
にたりと笑った後に、嶺亜兄ちゃんはぞっとするような冷たい目で俺を見下ろした。
絶対零度
文字通りこの世のあらゆるものの中で比べるものもない類を見ない冷たさ。
だけど俺は自覚してしまった。
氷のようなその眼に、戦慄する一方で強く惹かれていた。だから俺のその部分…嶺亜兄ちゃんに握られたままの…はより一層の反応を示してしまった。
「やめてほしいなんて思ってないくせに、生意気だよねぇ龍一って」
下着ごとズボンをずらされる。そうして露わになった俺のそれを嶺亜兄ちゃんは…
「気持ちいいなら気持ちいいって素直に言えばいいのに」
口に咥え始めた。
130ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
「あ…あ…う…!」
舌で、唇で、指で、嶺亜兄ちゃんは弄んでくる。
我慢しようとしてもすぐにそれが無駄なことを思い知る。こんなこと、自分でもしたことがないしまして嶺亜兄ちゃんにされているんだ。否がおうにも体は反応するし、頭の奥が痙攣しているかのように小刻みに震えていた。
俺はただ喘ぎ、悶えるしかなかった。
「ぅあ…あぅ…いぃ…」
余裕なんかすでに失われていたがそれでも視界に映った嶺亜兄ちゃんの表情は俺の精神をさらに昂ぶらせた。
さっきまで人を小馬鹿にしたような、それでいて冷たい目を放っていたのに今度はまた違った色を嶺亜兄ちゃんの瞳は湛えていた。
まるで少女が初恋の相手に見せるような…それは希望的観測の一種かもしれないが、そんな儚さや愛おしさすら感じる恍惚とした淡い色だった。
体じゅうが熱い。俺はうごけないのに、まるで全身運動でもしたかのように汗が滲み、息が荒くなる。
羞恥心と背徳感、それを遥かに凌駕する快楽の間で俺の意識はどこか遠くへ飛んで行ってしまった。
一瞬の閃光、そして…
131ユーは名無しネ:2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN O
「…っ!」
やばい、出る…!と思った時にはもう遅かった。自分ではどうしようもなかく、意志とは無関係に粘液を放出すると、呆然としてしまって何も考えられなかった。
しかしそれは束の間だった。
呆然とする暇を与えてはくれなかった。嶺亜兄ちゃんの顔がぼんやりと、しかしすぐにピントはあわさってそれがしっかりと目に焼き付けられていた。
嶺亜兄ちゃんの白い肌…頬のあたりに、俺の飛ばしたであろう精液がどろりと伝っていた。
それを目にした瞬間、何かが俺の中で弾けたんだ。
「…早いよぉ、龍一…」
頬についたそれを指で拭いながら、嶺亜兄ちゃんは呟いた。不満そうな口調とは裏腹に、口元は吊り上がっている。
「ご…ごめんなさい…」
俺は何故か謝っていた。
嶺亜兄ちゃんは笑う。俺はそれを不思議な感覚で見る。
そうして数秒の沈黙の後、嶺亜兄ちゃんの細い指が俺の唇に触れた。次は何が起こるのか…再び心臓の鼓動を早くしていると囁くように小さな声が耳を掠めた。
「パパとママには内緒だよ」
俺は頷くしかなかった。
「誰にもいっちゃダメ。約束だからねぇ」
もう一度頷くと、嶺亜兄ちゃんはそのまま立ちあがって部屋を出て行った。




to be continued…?
132ユーは名無しネ:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
ひぃ…谷無が…谷無が…(動揺)
133ユーは名無しネ:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
ここにきて谷れあとは!
日曜だけといわず平日も更新待ってます
134ユーは名無しネ:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
いつも楽しく見ています
谷れあハアハア
現実の世界でももっと谷れあの絡みあるといいのに
135ユーは名無しネ:2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN I
なんでかわからないけど裏7を思い出したよ…
裏7、最後まで見たかったな…
136ユーは名無しネ:2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN O
んんんんんん谷れああああああああああああああああああ
続き待っています
137ユーは名無しネ:2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN O
>>135
裏7も好き。続きが読みたかったな。
138ユーは名無しネ:2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN 0
裏7懐かしい。あれシリアスなのに何故か笑えるってかツッコミどころ満載なところが良かった

あと羽生田観光の作者さん、お時間がある時でいいんで神7を某ネズミの国に連れてってやってもらえたら嬉しいです
139ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
It's a Small World!!〜神7、夢の国へ行く〜


「すっげー人…」
ゲートの前で神7達は唖然とする。日本中の人口がここに集結したのではないかと思うほどに、見渡す限りの人、人、人…人の群がゲートの前に吸い込まれていった。
「やっぱビッグサンダー・マウンテンはかかせないよね!!」岸くんはガイドブック片手にノリノリだ
「岸くんと一緒にスペース・マウンテン…」高橋は夢いっぱいに胸を膨らませている
「男ならやっぱスプラッシュ・マウンテンだろ!!あとシンデレラ探すぞ!!」神宮寺はカメラ片手にはりきっている
「チュロス食いてー」倉本はもう空腹を感じ始めた
「たまには日本の方にいってみるのもいいもんだな」羽生田はのんびり観光気分だ
「栗ちゃんシンデレラのフェアリーテイルホール一緒に行こうねぇ」中村はぴったりと栗田に寄り添っている
「れいあシンデレラのコスプレしてくれよー!貸し衣装あんじゃね?」栗田は中村の肩に手を回してご機嫌だ
「やはりプーさんのハニーハントみたいなおとなしめのアトラクションがいいかな…」谷村はしかしもう人ごみに酔い始めた。
神7一行は羽生田家の取引相手の好意により夢の国のフリーパスを手に入れここにやってきた。クリエ公演を無事に終え、忙しい合間の遊びに皆うきうきと浮足立った。中でも一番浮かれているのが…
「ああああワンダフル…!!なんて素敵なんだ…!!絶対ミ○キーと写真撮らなくちゃ…!!」
いつもおとなしめの昼行燈な岩橋はもう浮かれに浮かれていた。普段見せないようなテンションで跳びはねている。
「みんな!!夢の国の案内は僕に任せて…!まずはやっぱりミ○キーを探しに行くことから…!!」
しかし岩橋が振り向いた先には神7の姿はなかった。
「…?みんな…?」
一人悦に浸っている岩橋を置いて、さっさとゲートをくぐって行ったのである。拗ねた岩橋は「いじめだ…これはいじめだ…」と呟きながら正露丸片手に後を追った。
140ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
何から回るか、ファストパスはどうするのか、そんな相談を始めたところで神7達を緊急事態が襲った。
「ねえあれ、神7の…」
何せこの人口密度である。神7メンバーが9人でいればそれを知っても知らずとも目立つ。それに最近は個人仕事や外部のメディア仕事も増えて知名度も人気も上がってきている。当然の如くファンの女の子に見つかり、一瞬で取り囲まれた。
「ほらあれ、『仮面ティーチャー』の…」
誰かが岸くんを指差す。岸くん初出演ドラマの影響がここに現れており岸くんは感涙した。ちなみに作者の住む地域では三か月遅れの放送枠である。ただいまBadBoysJが絶賛放送中だ。
「おシシ仮面…じゃなかった。しし丸役の子だよ!ほら」
「ほんとだ。チクワあげたら喜ぶかな?誰か持ってない?投げてみたら飛びついてくるかもよ?」
それはしし丸違いだろと岸くんがつっこもうとすると今度は神宮寺が指される。
「ほらあれ、『幽かな彼女』の不登校だった子の…」
「フッ…仕方ねえな…バレちまったか…」
神宮寺が髪を掻き上げると歓声が上がる。
「え、でもさーなんかチャラくない?人違いじゃない?髪の色とか髪型も違うしー」
「あーほんとだ。でもさー童貞っぽいのは共通点あるかも。だからやっぱ本物だよー!!」
「そっかー。確かにチャラいのに童貞臭凄いわー」
童貞童貞言われ、神宮寺のプライドがズタズタにされかけてると岩橋も気付かれる。
「ほらあっちも『幽かな彼女』に出てた…」
「あ、そうそう。アシタハナシアル君。役名なんだったっけ?」
「アイスクリームのCMにも出てたよねー。お腹痛いのに大丈夫だったのかな?次は正露丸か太田胃酸のCMで見れるかも!」
岩橋はこれは何かのいじめかと被害妄想に浸かりそうになった。夢の国まで来て何故こんな想いをしなければならないのか…
141ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
そしてアイスクリーム関連で中村と倉本も指を指される。
「ほらあの子、サーテ○―ワンのCMの…!」
「ほんとだー!!可愛い!!横にいる子彼氏かな?大スキャンダルじゃなーい?写メっとこ写メっとこ」
中村は栗田と腕を組んでいるところを一斉に写メられる。そして倉本は…
「ほらサーティー○ンのCMの雪だるま役の子じゃん!やっぱでっかいよねー!」
「ほんとだ。まるまるしてて気持ち良さそう!!」
だるま扱いに倉本は憤慨した。そして羽生田は…
「あ、金田一vs明智小五郎に出演予定の子!」
「いつになったら放送されるのかな。なんか放送したら負けみたいなひっぱり具合だけど」
「不憫だよねー初出演なのに」
いきなり不憫扱いされ羽生田は心外だった。不憫3はなんとしても御免である。
「あー、あの子どっかで見たことある。ほら、地球はいつでも回ってる…の」
「あーそうだそうだ。スピ…スピンヘッドじゃなくてなんだっけ?」
「とにかくくるくる回ってバキバキの腹筋覗かせてる子だよ!やっぱ夢の国でも回るのかな?」
高橋を指さして女の子達が騒ぎ始める。回りたいのはやまやまだが高橋は岸くんとスペース・マウンテンに乗ることしか考えていない。早くファストパスを取りに行きたかった。
栗田と谷村もここのところJJLに出ずっぱりで俄かに知名度は上がってきている。二人とも指を指され、
「あーほら、あのギャハギャハ笑うアホ丸出しの…でもこうして見ると美少年なのにねー。チッ彼女持ちかよー」
栗田に寄り添う中村を見ながら女の子達は舌打ちをした。そして谷村はというと
「ほらあいつ!指くるくる回して自我修復する不憫の象徴!!」
「うわほんとだ美形なのに陰のオーラ半端ない!誰か茶碗蒸し投げ付けてやりなよ。自我修復見れるかもよ!」
「街に出る回数極小なのに夢の国とか来て大丈夫なのかな?ミ○キーにもおしおきされたりして!」
あんまりじゃないだろうか…谷村は涙ぐむ。勉学との両立を必死にしながらのJJL出演がこういう形にしかならないなんて…益々殻に閉じこもりたくなった。
「これは…ヤバイな。9人でいると目立ちすぎる…」
とにもかくにも神7メンバーはファン(といえるかどうかは不明)の女の子達に追いかけ回されちりぢりになってしまった。
142ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
「…ハー、ハー、すっげー執念…女って怖い…」
パーク内を全力疾走して岸くんばりに汗だくになった神宮寺は呟く。もう夢中で逃げたからどこにいるのか分からなかった。
「あっちー。アイスとか売ってねーかなー」
すぐ側で倉本の声が聞こえる。そして高橋も少し離れたところから歩み寄って来た。
「岸くんどこに行ったんだろう…スペース・マウンテンはどっちかな…」
「お前岸くんとスペース・マウンテンにこだわりすぎだぞ。せっかくよー夢の国に来たんだから今日ぐらいは岸くんラブから離れて楽しみゃいーじゃん」
「神宮寺くん!僕がどれだけ岸くんとスペース・マウンテンを楽しみにしていたか分かって言ってんの!?夢の国はドリームをかなえてくれるんだって昔社会の授業で習わなかった!?千葉県民のくせにどうかと思う!!」
高橋は普段は温厚でたまに訳の分からない発言をするが、こと岸くんのこととなると完全にエキセントリック少年フウになってしまう。神宮寺は肩をすくめた。
「あーはいはい。念願の岸くんとスペース・マウンテンでお前のスプラッシュもマウンテンしないようになー」
「ちょっと何そのよく分からない卑猥な表現!?夢の国と岸くんに対する冒涜だよ?あああそれにしても岸くんはいずこ…」
高橋と神宮寺がやりあっている間に倉本はアウト・オブ・バウンズアイスクリームでミッキーオレンジバーとアップルバーを二本ずつ買って食べていた。
「トゥーン・タウンか…」
どうやら突っ走ってトゥーン・タウンまで来てしまったらしい。周りは親子連れでごったがえしている。
「ちょっと俺らには子どもっぽすぎるな。トゥモローランドまで行こうぜ」
神宮寺が指揮を取るとしかし二人の年下はいやいやと首を横に振った。
「駄目だよトゥモローランドは岸くんと回るって決めてんだから。まず岸くんとスペース・マウンテンだよ。で、次にバズライトイヤーで僕がバズの物真似をしながら…」
「俺腹減ったからどっかレストランに入りたい。あとみずきへのお土産も買わなきゃなんねーし。あーあ、みずきが取材入ってなけりゃ二人で来れたのによー」
頑として二人は譲らなかった。暑さもあいまって神宮寺はイライラしてくる。
「てめーら妥協ってもんを知らねえのか!?ここは千葉県民の言うこと聞いとくべきだろ!」
「何その理屈、分かんないよ。神宮寺くん暑さでやられたの?」
「あーみっともねー。高校生のくせにダダこねてんじゃねーよ。来月には俺、もう神宮寺の背丈越すからなー」
「ちょっと待て高橋!お前岸くんにはあんなに従順で素直で純情片想いのくせになんで俺にはそんなテキトーなんだよ。おい倉本!お前同期のくせに少しは俺に寄り添ったらどうなんだよ!?やだやだやだトゥモローランド行くんだぁ!やだやだやだ!!」
神宮寺が暑さにキレて幼稚園児のように地団太を踏み始める。高橋と倉本は顔を見合わせて溜息をついた。
「どうしよう…こうしている間にも岸くんが遠ざかるかも…もう捨てていこうか、倉本…」
「その方がいいな。こいつにはトゥーン・タウンが一番お似合いだよ」
二人が神宮寺を見捨てて行こうとするとしかし神宮寺の眼が光った。
「あれは…!!!シシシシシンデレラ!!!!?」
神宮寺の眼はマサイよろしく遥か遠くのシンデレラ衣装のお姉さんを捉えていた。
「おい高橋!!倉本!!行くぞ!!シンデレラと写真撮るんや!!!!」
神宮寺はその華奢な腕からは考えられない怪力で高橋と倉本を引き摺り、そのシンデレラ衣装までマッハで駆けて行った。
143ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
「あぢー!!なんだって真夏に鬼ごっこしなきゃなんねーんだよふざけんじゃねーくっそー!!」
栗田の酒ヤケ声はしかし人ごみに吸い込まれて行く。だがさすがに女の子達はまくことができたようだ。
「れいあどこ行った…?あ、岸」
すぐ近くに汗を滝のように流している岸くんがいた。ガチリンで岸くんは100M一位だったが栗田は最下位だった。にもかかわらず同じ速さで同じ場所に辿り着いていたのは不思議である。
「おい岸、れいあどこ行ったか知らねー?」
「知らない…。逃げるのに夢中だったから…。あーこわ…あやうくチクワぜめにされるとこだった…。ハッ○リ君のしし丸じゃないのに…」
ぜえぜえと息を切らす岸くんのズボンのポケットにはしかしぎっちりとチクワが挿し込まれていた。ぞっとしながらそれを近くの池の魚にやる。
「ここどこだ?分かるか岸?」
「さあ…」
栗田も岸くんもテーマパークは好きなわりにその場の雰囲気だけで動くからあまり詳しくない。ガイドブックも追いかけられている時に放り投げてしまった。
「使えねーなおめーは年上のくせに!」
「そんなこと言われても…ていうか年上なんだからもうちょっとそれ相応の扱いを…」
しかし傍若無人を地で行く栗田には年上も先輩もない。なんなら唇先輩も呼び捨てであるのに岸くんに気など遣うはずもなかった。おまけに最近現場が離れていて久しぶりに会ったが身長が軽く越されている。でっかい幼児を連れて歩くようなものである。
「俺はれいあとシンデレラ行くって約束したからとりあえず城目指すぞ!いいな、おシシ仮面!!」
「おシシ仮面ってなんなの…しし丸だってば…。ていうか観てくれたのドラマ?」
「あ?その時間俺はオンラインゲーム真っただ中だし」
「…でしょうね…」
すっかり立場が逆転した感じで岸くんは栗田の後を歩く。真夏のパークは暑い。また汗が滝のように流れてくる。そう、スプラッシュ・マウンテンのように…
「って、あれ?おい栗田。なんでスプラッシュマウンテンに向かってんの?シンデレラ城じゃ…」
「え?おいあれシンデレラ城じゃねーのかよ!?でっけーから城かと思ったのにもう嫌だ!あっちーよ!!あれ乗って水浴びてかられいあ探すぞお岸仮面!!」
「だからその変なアダ名はやめろよ…谷なんとかじゃあるまいし…」
うんざりしながら岸くんは栗田とスプラッシュ・マウンテンに乗り込むことになった。
144ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
「もぉやだよぉ…紫外線きつすぎだよぉ。お肌の大敵ぃ」
木陰に身を寄せながら中村はぼやいた。せっかく愛しの栗田と夢の国にやってきたのに女の子に追いかけ回されるわ栗田とはぐれるわさんざんである。
「まったく…だから夢の国はロスの方がいいと言ったんだ…」
すぐ隣で羽生田の愚痴が聞こえた。どうやら同じ方向に逃げてきたらしい。
「ねぇはにうだぁ、栗ちゃん達どっち行ったのかなぁ?」
「そんなこと僕に分かる訳がない。まあいい。時間を無駄にしたくないからとりあえず近くのアトラクションに乗ろう」
羽生田は切り替えが早い方だ。今どの位置にいるのか確かめ、ファストパスを取りに行くかアトラクションに並ぶかを検討しているとしかし中村は頬を膨らませた。
「やだよぉ栗ちゃんとシンデレラのフェアリーテイルホール行くんだもん」
「何を子どもじみたこと言ってるんだ?栗田だってどこにいるか分からないしこの炎天下の中を歩き回りたいか?僕はごめんだぞ。この際仕方がないから妥協して君と回ってやってもいいと言ってるんだ」
「なぁにその言い方ぁ?僕だってはにうだと二人で回るのなんか望んでないよぉ栗ちゃんどこぉ?」
「だから栗ちゃんとやらを探す暇があったら並んだ方が時間が有意義に使えると言っとろうが。分からん奴だな」
「そっちこそ分からず屋じゃん。第一、なんのアトラクションに行くつもりぃ?」
「なんのって…お、丁度あそこにあるぞ」
羽生田が指差した先にはホーンテッドマンションがあった。
「嫌に決まってるでしょぉ!なんで夢の国まで来てお化け屋敷に入んなきゃいけないのぉ?暑さで頭やられたんじゃないのぉはにうだぁ?」
「そっちこそ暑さでイライラしすぎだろ!それとも何か?今日は○理の日か!?」
「あぁセクハラぁ!どん引きだよぉ!」
「そっちが女々しいことばっかり言うからだろう!?だいたい中村、君は…」
神7で最も口のたつ二人の言い合いに割って入ることのできる者はいない。
それでも普段は栗田が「まーまーれいあ」と宥めたり高橋が「はにうだもういいじゃん」とすかしたりして適度なタイミングで鎮火されるのだがはぐれてしまったため止めに入る者がいない。口論はいつまでもどこまでも発展していく。
「ていうかさぁ、ロスがどーのこーのってぇまた自慢?いい加減にしてよねぇ」
「自慢なんかしてない!僕はそれを言われるのが一番嫌だってこと分かってるだろう!?ほんと君という奴は学習しないな!」
「なぁに言って…」
中村と羽生田がヒートアップし始めているとそこに何かが割って入った。
「ハーイ!」
にゅっと二人の前に踊り出たのは夢の国の象徴でありメインキャラクターのミ○キーマウスであった。そこにキャストのお姉さんも現れる。
「あらぁ!?ミ○キーどうしたのぉ?この可愛い双子の美少年達と写真撮りたいの?」
ミ○キー(の着ぐるみ)は頷く。愛らしい仕草で中村と羽生田に手を差し伸べた。
「ちょ…ちょちょちょちょっとぉはにうだぁミ○キーが僕達に話しかけてるよぉ僕達双子じゃないけどさぁ」
「ま…ままままままじでか…?あのミ○キーの方からアプローチだなんて…なんたる幸運…」
中村と羽生田は先程の刺々しさもどこへやら、色めきたった。
「ハーイ、それじゃあ撮りまーす!ハイ、チーズ!!」
キャストの掛け声と共に中村と羽生田はミ○キーを真ん中にして肩を組んで写真撮影をしたのだった。
145ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
「ここはどこ…わたしはだあれ…」
物凄い数の女の子に追いかけ回され、半泣きになりながらようやく振り切ったもののどこにいるのか分からなくなってしまった。谷村は茫然と立ち尽くす。
「だから嫌だったんだこんな人が多いところ…家で勉強してた方がまだましだ…」
谷村がフィンガーセラピーの態勢に入ろうとするとすぐ後ろでウィスパーボイスが響く。
「そんな、夢の国に来てまで自我修復しなくてもいいじゃないか。ネガティブにもほどがあるよ」
振り向くと岩橋がいた。彼は息を整えながらミ○キー柄のクールバンダナを巻き、ミ○キーのドリンクホルダーに入れたアクエリアスを飲んでいた。頭にはこれまたミ○キーのキャップが乗っている。いつの間に買ったのだろう…
「でもみんなとはぐれたし…第一、俺はどこに何があるのかも知らないし乗り物は苦手だしキャラクターが寄ってきてもひきつった笑いでしか返せないしどうやって楽しめと…」
「そうか…谷群、君は夢の国と最も縁遠いもんね…」
岩橋は憐れみの眼で谷村を見る。おまけにまだ名前を間違えている。
「そっちだって似たようなオーラ放ってるくせに…」
ぶつぶつと呪詛を吐くと、岩橋は心外だ、とでも言いたげにかぶりをふった。
「そりゃあ僕は元不登校児で根暗オーラ満載の年中腹痛持ちだが決定的に谷室と違う点は街に出る回数の多さだよ。特に夢の国は大好きだし」
岩橋はド○ルド柄のハンカチで汗を拭く。本当にいつどこで買ったのだろう。まさか逃げながら買ったのか…?谷村は背中が冷たくなった。
「じゃあここは一つ年上として僕が谷睦を案内してあげよう」
なんか得意げになっている。だが谷村はここで置き去りにされるといよいよもってのっぴきならない事態に陥りかねないため素直に従うことにした。
「アトラクションもだめ、キャラクターもだめ、パレードも興味ない、お腹もすいてないとくればやっぱりショッピングしかないよね!ワールドバザールにしゅっぱーつ」
いつも自分とそう変わらないくらい暗いくせにまるで人が変わったかのように岩橋は意気揚々と歩き始めた。仕方がないので谷村は後に付いて行く。
店の中もそれなりに混雑していたがまだ暑さからは解放された。谷村は両親と姉、そして高橋凛と金田くんにお土産を買うことにした。
146ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN O
すったもんだがあった神7達が再び9人で落ち合ったのはもう陽も暮れかけの頃であった。
「おいみんな見ろよこれ!シンデレラとの2ショットだ!!やっぱガイジンのおねーさんはサイコーだな!」
神宮寺は自慢げにシンデレラとの2ショット写真を見せて回る。
「スペース・マウンテンはまだ二時間待ち…行けるかな…き、岸くん…」
高橋はまだ岸くんとのスペース・マウンテンを諦めていなかった。
「チクワ怖い…チクワ怖い…」
岸くんのポケットには気付けばいつの間にかチクワが挿し込まれている。
「あーチュロスうめー」
倉本はチュロスを薪束のように抱えながら食べている。
「栗ちゃん、なんで岸とスプラッシュマウンテン行ったのぉ?ずるいよぉ」
「わりーれいあ。でもシンデレラ城はれいあと行くからなー!」
「もぉ、栗ちゃんたらぁ…」
中村と栗田はイチャつきながらシンデレラ城を見つめる。それを呆れ顔で谷村が見ていたが…
「ギャハハハハ!んだよ谷村そのミ○キーのヘアバンドは!似あわねーことこの上ねーな!」
谷村の頭には岩橋のオススメでミ○キー耳のヘアバンドがつけられていた。
「…俺は嫌だって言ったのに…」
「嫌ならさぁ僕にちょうだいよぉ。僕がした方が可愛いよぉ」
中村お得意のおねだりでミ○キーのヘアバンドをゲットした。谷村は静かに「俺がつけたものを中村が…」と興奮したがすぐに栗田に身抜かれて蹴りを入れられる。
「は、はにうだと中村、ミ○キーと写真撮ったの!?」
岩橋が羽生田からミ○キーとの3ショットを見せられ叫んだ。羽生田は得意げである。
「ミ○キーの方から申し出があったんだ。断りづらくてな…」
「ああ…ミ○キー…。どうして僕のところには現れてくれないんだ…これはいじめか…ああでもミ○キーにならいじめられてもいい…」
こうして夢の国でのひと時は過ぎゆく。神7達の夏の活躍はどこで見られるのか…未だ謎であるが再び忙しくなる前に彼らは夢の国で鋭気を養った。
岸くんはビッグサンダー・マウンテンに乗り(乗り終えるとやっぱりチクワが一本増えていた)高橋は念願のスペース・マウンテンに岸くん(と神宮寺)と乗り、倉本は井上にお揃いのカーズのTシャツを買った。
羽生田はワールドバザールで「この棚のここからあそこまでの商品を全部下さい」と言って店員を驚愕させ、中村と栗田は二人仲良くシンデレラのフェアリーテイルホールでいちゃいちゃし、谷村はプーさんのハニーハントに一人で行って周りに引かれていた。
そして岩橋は閉園までミ○キーを探し彷徨い続けたという。



END
147ユーは名無しネ:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN P
早速リクエストに応えていただき感激です
ミ○キーの中人オッサンかよ
せっかく夢の国に連れてってもらったというのに谷村ときたら
148ユーは名無しネ:2013/07/15(月) NY:AN:NY.AN 0
はにうだ観光なつい!あいかわらず面白いな〜
ファンの子達色々と詳しすぎw
この夏で神7の風紀が乱れませんように…
149ユーは名無しネ:2013/07/16(火) NY:AN:NY.AN 0
おシシ仮面で吊るされる岸くん想像しちゃったじゃないかwwwww
作者さん乙!またはにうだ観光が読めて嬉しかった!
150ユーは名無しネ:2013/07/17(水) NY:AN:NY.AN O
作者さん反応早い!いつも楽しませて貰ってます。おシシ仮面のポケットにチクワ突っ込みたいよ
151ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
夏だ!山だ!神7だ!〜神7、山ごもりに行く〜 その1


夏真っ盛り。世間はもう夏休み。だが多忙なJrに夏休みなどない。レッスンに舞台に撮影に大忙し…
のはずだった。
「暇だな…」
神7達は暇を持て余していた。
レッスンと撮影はちょこちょこ入っているのだが毎年夏はサマリーや各グループのバックなどで目も回る忙しさなのに今年はそれがない。今日のスタジオでのレッスンが終わると数日空いてしまう。
「俺達、今年の夏はレッスンと撮影だけなのかな…」
神宮寺がぼやいた。それに反応するように高橋が肩を揺らす。
「先の予定が全く分からないよね…。レッスンは大事だけど何かこう、目標になる舞台がないと張り合いが…」
「俺は9月からの舞台の稽古がまた始まるけど…こう、忙しくないと不安になっちゃうな…」
岸くんも珍しくテンションを下げている。
「ドラマの撮影も終わっちゃったし、やっぱり漢検に向けて集中しろってことなのかな…」
岩橋は漢検の問題集を開いた。その向かいで通常モードのれあくりがいちゃついているが…
「栗ちゃん僕達いつになったらJJLで再共演できるのかなぁ。作者なんか「いい加減れあくりで出せや!こちとらそのためにスカパー契約しとんねん!」って毎週TVの前で悪態ついてるしぃ…。でもプライベートはこんなにらぶらぶだけどぉ」
「だよなーれいあ。俺なんかもうセクゾンの現場に呼ばれることもほとんどなくなったぜ。こいつはあれだな、織姫と彦星っつうやつだなギャハハハハハ!!」
「夏期講習に通えるかな…」
谷村は東○衛○予備校のパンフレットを広げた。いつ勉強するの、今でしょ!とパンフレットにでかでかと乗っている有名講師が言っているような気がする。そしてブレぬ食欲のはずの倉本はこんなことをぼやく。
「いい機会だからそろそろ俺もダイエット考えるかなー。みずきとの身長差と体重差が笑えないことになってきたしなー」
「そんなこと言いながら倉本、お前アイス何本目だ?」
羽生田が指摘する。すでに倉本の周りには10本近くのアイスの棒が落ちていた。
「まあ僕としては時間は有効に使いたい。せっかく空いている時間があるならばこの機会に己を見つめ直し、スキルを磨くことに費やした方がいいかもしれない。ところで僕の親戚がロッジを経営しているのだが…」
羽生田のいつもの一声で、神7達は都心から遠く離れた山のロッジで各自武者修行をすることになった。
152ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
山道を揺られること1時間、バスの中で神7達はそれぞれの誓いをたてる。
「滝に打たれて精神統一ってのもいいかもな。これで脱・不憫!9月からの舞台にも挑めるし」岸くんは腕を組んで頷く。
「ヘッドスピン強化したいな…。回りながらラーメンとか食べられるようになれるように…」高橋の目指すところは大道芸人のようになっていた。
「俺はやっぱ下半身の強化…じゃなくって、そうだな…ポージングとかキメ顔とか更に磨きをかけてえな。大自然の力を借りてな!」神宮寺は髪をかきあげたが誰も見ていない。
「まー俺は身長はもう理想的だからあとは食べても太らないように体質改善すっかな」そう言いながら倉本は袋菓子をボリボリ食べている。
「とりあえず『金田一vs明智小五郎』が早いとこ放送されるよう山の神様にでも祈ろう」羽生田は切実な願いをかける
「体力作りたいなぁ。コンサート全部フルで踊れるようになりたぁい」中村はきゃぴきゃぴしながら栗田に寄り添う
「俺も鍛えてマッチョになるぜギャハハハハハ!もう難民キャンプ体型とは言わせねえぜ!!」栗田はでかい声でバカ笑いをする
「とりあえず学校の成績を上げなきゃ…」谷村は通信簿とにらめっこしながら問題集を解く。が、酔ってそれどころではなくなった。
「お腹を鍛えなきゃ…。もう正○丸や太○胃酸に頼らなくてもいいように…」しかし岩橋は○露丸の瓶を持っていると落ち着くのである。
都会の喧騒を離れ、うだるような暑さからも逃れ、爽やかで涼しい山の上のロッジに着いた神7達はしかし解放感に浸るとそこはやはり遊びたい盛りのガラスの十代。大自然に包まれてはしゃぎまわるのだった。
153ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
川で泳いで、虫取りをして、バーベキューをして暗くなるまで楽しんだ後は花火タイムである。羽生田が調達してきた各種花火で盛り上がった。
「たーまやー!!」
夜の山に爆音と光の饗宴が谺する。川の周辺にはロッジも民家もないから苦情も出ない。神7達は大はしゃぎである。
「ロケットしゅっぱーつ!!」岸くんはロケット花火を皆に向けて非難GOGOだ。
「岸くんロケット花火は人に向けちゃダメだよ…ああでも岸くんになら…」高橋は危険なM思考に浸かりかけている
「イエーーーーーーー!!ネズミ花火――――!!」神宮寺はネズミ花火の上をぴょんぴょん跳ねている
「みずき今頃何してるかなー」王道のすすき花火を持ちながら倉本はバーベキューの残りをたいらげている
「やはり日本の夏はこれだな…フフフ…」羽生田はヘビ玉を見て悦に浸っている
「栗ちゃんこの花火と僕どっちが綺麗ぃ?」中村は右手にスパークラー、左手に栗田の手を握っていちゃいちゃモードだ
「れいあに決まってるじゃんよーギャハハハハハハ!!あっづ!!」栗田は手持ちナイアガラを掲げようとしてやけどする
「これが一番落ち着くよね…」谷村は線香花火を見つめながら近くにいた岩橋に同意を求める
「一緒にしないでほしい…ああでも落ち着く…」岩橋はじっと線香花火の玉を見つめた
時間の経つのも忘れて花火を楽しむと、神7達はロッジに戻ることにする。だが夜の山道は暗くて分かりにくい。行きは10分ほどで着いたはずだがかれこれもう30分は歩いているのに一向に着かない。そのうちに道はどんどん険しくなる。
「これって迷ってない?」
岸くんが問う。皆周りをきょろきょろ見渡してみたが看板もないしそれらしい建物も見当たらなかった。
154ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
「おいおい山道で遭難とか不憫な役目は岸くんか谷山の役目だろ。じょーだんじゃないぞ」
神宮寺のぼやきに岸くんと谷村は顔をひきつらせる。
「困ったな…。こんな山の中じゃスマホも役にたたないし…」
羽生田が圏外表示のスマホを苦々しげに睨んだ。
「岸くんと遭難…」
高橋はこんな状況で不謹慎だがちょっぴりドキドキしている。
「ちょっとぉ岩橋ぃ、今お尻触ったでしょぉ!」
中村の悲鳴が響く。辺りは暗闇だ。岩橋のデーモンタイムが始まろうとしていた。
「触ってほしそうだったから…」
「てめー岩橋!!れいあのケツ触るとかいい度胸してんな!!山中に埋めんぞコラ!!っておい!俺のケツまで触ってんじゃねえ!!見境なしかお前は!!」
中村と栗田が岩橋のデーモン化によるセクハラ被害に苦情を訴えている後ろでは谷村が夜の山道に怯えていた。
「この先の展開はだいたい予想できる…。幽霊か何かがでてきて皆ちりぢりになるんだ…そして俺は置いて帰られるんだ…」
ぶつぶつと谷村が今後の展開を予言する横で倉本が鼻をひくつかせた。
「食いものの匂い…!!」
倉本がふらふらと微かに漂う食べ物の匂いに釣られて先頭を切って歩いて行くと、どこかの施設の前に出た。
「おや…?君達、どこに行ってたんだ。早く入りなさい」
玄関先に立っていた職員らしき男が神7達を手招きした。事情を話し、神7達は一時保護された。
155ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
施設の中には同年代とおぼしき男女が沢山いた。合宿所か何かみたいで、岸くんが職員に訊ねる。
「あのー、ここってどこか部活とかサークルの夏合宿でもやってるんですか?」
「自己啓発セミナーだ。良かったら覗いていくかい?」
今の自分達にぴったりだ。神7達は興味津々である。一人ずつ個室に案内された。
「ようこそ『神の家』へ…。そこにお座りなさい」
岸くんが通された部屋はスモークがたかれていてモヤモヤした薄暗い小さな部屋だった。その中央に座禅を組んだおっさんがいる。なんか胡散臭いなあと思いながらも岸くんは中央に置かれている丸イスに座った。
「君は今の自分に満足しているか?」
皺枯れ声で訊ねられ、岸くんは若干緊張して発汗した。
「いえ…。そうですねえ、ダンスももっと上手くなりたいし、演技もできるようになりたいし、歌も…。
色々出させてもらうことが増えたからスキルアップはもちろんのこと肝心な時にヘッドセットのマイクが飛んでエアマイクしちゃったりとかカッコイイ振りつけの時に滑って間抜けなポーズになったりする所謂不憫体質もどうにかしたくて…」
「きえぇえええええええええええええええええええい!!!!!!!」
おっさんはいきなり奇声をあげた。びっくりして岸くんはイスから落ちそうになった。
「もう汗だくではないか!!その発汗量…尋常ではない!!このままではいつ脱水症状をおこすかしれん…体質改善じゃ!!」
「ちょ…だってこの部屋蒸気でどえらい暑さになってるんですもん…おっさんだって汗ダラダラ…」
「ワシのことはいい!!おお…この汗が…この汗が多くの男女を惑わすのじゃな…!!作者が『セクゾンGW横浜公演で目の前で「スキすぎて」を踊る岸くんにカッコ良さよりむしろその汗の量に度肝を抜かれた』とぬかすほどの…」
「あの…何言ってんですか?」
岸くんは身の危険を感じ、立ち上がった。
「おお…見える…お前に惑わされておる者の苦しみが…!!回ることでその思いを昇華しようとする健気なメロンパン少年の…なんという罪深き汗か!!」
おっさんは襲いかかってきた。
「ちょ…誰か!!!あああ犯されるううううううう!!!!初体験がおっさんだなんて嫌だあああああこんなことならSHOCK博多遠征の時に明太子食べてないで遊楽街で童貞捨てとくんだったああああああああ!!!!」
「何を言う!!貴様など私の好みではな…いやまあウブで細マッチョで声が高くて不憫体質なところが父性をそそったりもするが…ふむ、君がそのつもりなら私とてその汗が放つフェロモンの謎を解き明かしていいかもしれん…」
「いやあああああああああ!!!!助けて金ちゃーん!!じゃなかったクチビルゲ…じゃなかった風磨くーん!!!」
岸くんは湯気がもうもうと立ちこめる半サウナ状態の部屋で絶叫した。
156ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
岸くんが貞操の危機にある隣の部屋では高橋が入室していた。一見してなんてことはない畳敷きの小部屋だが…
「ようこそ。なりたい自分になるためのセミナー「神の家」へ。あなたはどう自分を変えたいの?」
まるで茶道の先生みたいな和服の中年女性が正座したままで高橋に問いかけた。
「え?あ、変えたいっていうかそうですね、もっとヘッドスピンで色々な技ができるようになりたいしブレイクダンスの技ももっと増やして…あと世界中のメロンパンが食べたいです。でもメロン味のメロンパンははにうだが邪道って言ってたからそれなしで」
茶道の先生はじっと高橋を見つめてくる。そして静かにこう言った。
「それだけ?」
高橋はたじろいだ。
「えっと…あ、あと受験生だから勉強とJrの両立を…」
「違う。ほんとのあなたはそんなことは求めていない」
断言され、純粋な高橋の精神はぐらりと揺れた。見ず知らずのおばさんに自分の深層心理が見透かされているようで混乱する。
「一番あなたが求めているものを言いなさい」
「そ、それは…」
「さあ。恥ずかしがらずに」
おばさんは迫ってくる。高橋は一種のマインドコントロールに陥りそうになった。そして思わず答えてしまう。
「き、岸くんです!!」
「岸くん?」
「岸くんと一緒に海の見える丘、もしくは北海道のラベンダー畑で手を繋いでメロンパンを食べたいです!!」
叫びながら、なんで見ず知らずのおばさんに密かに抱いていた自分の夢を暴露しなくちゃいけないんだろう…と高橋は我に返る。そしておばさんが立ちあがった。
「ずばり、その岸くんとやらが今のあなたの最大の足枷になっています!!自分を変えたいならまず岸くんを頭の中から消去しなさい!」
「ちょっと何言ってんですか!そんなことできるわけないでしょ!僕から岸くんを取るのはショートケーキに苺が乗ってないようなもの、もしくはミ○キーのいないディ○ニーランド、あるいは四次元ポケットをなくしたドラ○もんだよ!
とにかくそんなの不可能っぽい中の無理っぽいうちのインポッシブルだよ!!」
「その岸くんのことを考えている時間があなたの人生の中で多すぎるのです。その分他のことを考えた方があなたの人生をより豊かなものにするし、ヘッドスピンしながらラーメンを食べることだって可能になるのよ」
高橋はキレた。
「うるさいな!!僕の岸くんへの想いはそんな簡単に消せるようなもんじゃないんだ!!
いいかおばさん、よく聞け、岸くんとのシンメが結成されたのが2011年秋ごろで、二人は「岸颯」とか呼ばれてそのシンメおよび関係性には俗に言う「岸颯ジャスティスビリーバー」という特殊部隊を呼び起こし、それからそれからくぁwせdrftgyふじこlp;!!!!」
温厚なはずの高橋はおばさんが降参するまで岸くんとのヒストリーをえんえん叫び続けた。
157ユーは名無しネ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN O
高橋がプッツンしてシャウトしている部屋の隣には神宮寺がいた。そこは部屋の壁から天井から床から全て鏡張りのミラールームだった。どこを見渡しても自分が映っている。
「ようこそ迷える子羊。ここは「神の家」…」
黒装束に身を纏った若い男が低い声で呟いた。神宮寺は頭を掻きながら鏡の中の自分に見とれた。
「あーびっくりした。誰これかっけぇって思ったら俺だった。で、これなんのセミナー?」
「なりたい自分になるセミナーです。君はどうなりたくてここに来たんだい?」
「いやー。どうなりたいっつうか、まあ俺今でも十分かっけぇけどまだまだカッコ良くなれんじゃね?って思ってさー。そろそろ経験の多い夏に脱・童貞もしてえしー」
いつもの調子で神宮寺がスカしていると、若い男は「ほう…」と浅く頷いた後でこう呟いた。
「チャラい…チャラいな…」
神宮寺はその言葉を待ってましたといわんばかりに調子を上げた。
「そう!俺はチャラ宮司こと神宮寺勇太!チャラさでは右に出る者はなし!それが俺のアイデンティティなのさ!」
「でも、本当は違うんだろう?」
若い男は神宮寺を真っ直ぐに見据えた。
「へ?」
「本当の君は決してチャラくなんかない…。チャラ宮司なんかじゃない、至って真面目な純情少年だ。人が見てないところで悩み、苦しみ、陰で努力をする…。そんな自分を見られるのが照れ臭いからチャラ男を演じているだけだ、そうじゃないのか?」
「そ、それは…」
「一匹オオカミを気取っていても実は仲間想い、下ネタばっかり言ってても実際は恋バナの一つもできやしない、腰を回してもセクシーさよりも童貞っぽさが出てしまう。そうだろう?」
「い、いや…」
「見ろ!鏡に映る自分を!これが本当の自分だ神宮寺勇太くん!君は真面目で努力家で純情で童貞でちょっぴり泣き虫なギター好きの15歳だ!仮面の自分など捨ててしまえ!!」
「お、おお…」
神宮寺はなんだかその気になってきた。これからは真面目さを全面に出していった方が正しい自分を理解してもらえるような気がした。
「お兄さん…ありがとう。俺は…俺は生まれ変わるぜ…。本当の自分…マジ宮司になるぜ!」
神宮寺は鏡の中の大勢の自分と若い男に誓いをたてる。目頭が熱くなってきた。
「役に立てて嬉しいよ…。そう、そのスマホの中の膨大なエロ動画ももう君には必要ないものだ。全てデリートするといい…」
「あ、それ無理」
そこで神宮寺はマインドコントロールが解けた。

その2につづく
158ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
夏だ!山だ!神7だ!〜神7、山ごもりに行く〜 その2


神宮寺がやはりマジ宮司になるのはまだまだ先送りになっている隣の部屋では倉本がフローラルな香りに少々酔いかけていた。
「何この匂い…それにしても腹減った」
お腹をおさえていると部屋の中にいた花冠を被った女性がぺこりとお辞儀をした。まるで鶏ガラスープのダシみたいな体型だ。状況も忘れて倉本は心配になった。
「ようこそ「神の家」へ…。なりたい自分になりましょう。そのためのお手伝いをしましょう」
女性の声は聞きとるのがやっとの小声だった。谷村といい勝負である。
「じゃあとりあえずなんか食わして。山道歩きまわってお腹ペコペコなんだよねー」
「そうですか…。ではどうぞ…」
部屋にあったダンボールを女性は開けた。そこには袋菓子がぎっちり詰め込まれていた。倉本は大喜びで飛びつこうとした。が…
「待って…。それを食べたらあなたはなりたい自分になれないけどいいの…?」
「は?」
倉本はカールの袋を掴みながら訊き返す。
「これを食べたらあなたは今以上に雪だるま体型になるでしょう…。そうしたら愛しい人に振り向いてもらえなくなるのよ…」
倉本は考える。そういやここに来る前にダイエットを誓ったっけ…
「欲望の赴くがまま食べるのは弱い証拠…そのままではこの先の人生で失敗ばかりするわよ…自分の欲望を押さえるの。そう、愛しい人を思い浮かべながら…」
倉本は井上の顔を想い浮かべた。ラブリーなほっぺ、クリクリキラキラの瞳、おちょぼ口、栗色の髪の毛、小さな体型…
「みずきぃ…」
倉本はとろけた。そしていい感じに食欲が収まってくる。
「そう。いい感じよ…ほーら…チョコフレークの匂いなんか気にならないでしょ…?」
女性はチョコフレークの袋を開けた。チョコレートのいい匂いが広がる。
159ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
「ぐ…!!」
倉本の胃が悲鳴を上げた。
「駄目よ雪だるま坊や…愛しい人とのあれこれを思い浮かべるの…」
倉本は再び意識を井上との妄想に傾けた。井上が「ねーくらもっちゃんおんぶしてよ」って甘えてくる。そこで俺は「仕方ねえなあ」とおぶってやる…井上が「えへへ。ありがとくらもっちゃん」ってほっぺを擦りつけてくる…
「みずきぃ…」
倉本はまたとろけた。井上に比べたらチョコフレークなどペペペのペーだ。よし、大丈夫だ。
「あなたなかなか筋がいいわね…。そう、カラムーチョの匂いなんてしないも同然よね…?」
女性はカラムーチョの袋を開けた。一際強い匂いがたちこめる。フローラルな部屋の香りも全て押し殺している。
「ぐおお…!!」
腹の虫が暴れ出す。倉本はうずくまった。
「がんばって雪だるま坊や…ほら、愛しい人があなたを呼んでいるわ…」
倉本は座禅を組んだ。井上のことだけを考える。「くらもっちゃん…俺の初めてはくらもっちゃんのものだよ?」ってキラキラお目目を潤ませる。
夕陽の見える丘の上の公園で二人は永遠の愛を誓うんだ。みずきの肩を抱き寄せて、しばらく見つめ合った後、その小さな唇を…
「みずきぃ…」
「そうよ…こんなパイの実とかポッキーとかすっぱムーチョとか源氏パイとかポリンキーとかじゃがりことかチーズおかきとかたけのこの里の匂いなんて…」
「いい加減にしろよババア!!!なんの漫才だよ!!?」
倉本は段ボールを抱えて部屋を飛び出した。
160ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
倉本が鶏ガラ女性の拷問にあっている隣の部屋では羽生田が眉をひそめて中に入った。
「なんだこの部屋は…」
部屋の中には般若心経じみた読経が流れていた。ポクポクポク、チーン…といったお約束の効果音つきだ。辛気臭いことこの上ない。
「どもー!!ようこそ「神の家」へー!!なりたい自分になっちゃおうよー!!ヘイヘイ!!」
部屋の雰囲気とは真逆の軽いノリのヒッピースタイルのおっさんが羽生田を出迎えた。なんだか驚いていいのか呆れていいのか分からない。
「君ってさー、なんかこう…背筋ピーン!って感じでちょっと肩に力入っちゃってるよねー!もっと楽に行こうよー!」
「いや…背筋がいいのは生まれながらですが…」
「まったまたー!!無理しなくってもいいんだよー!ありのままの自分、ホントの自分、受け留めていこうよー!!」
ヒッピー男は馴れ馴れしく肩を組んでくる。どうでもいいが般若心経のBGMは止めてほしい。
「人に言われるまでもなく僕は自分自身を良く分かっているつもりだし日々努力もしている。他人の力や教えを請うまでもないので」
「ほんとにー!?ボクには君がまだ、ホントの自分を拒んでるようにしか見えないなー!」
「余計なお世話です。失礼します」
羽生田が踵を返そうとすると、低い声が響いた。
「君は自分がセレブでエリートでちょっぴりおふざけもできるおしゃまな高校一年生だと思っている…。だがそれは本当の君の姿ではない」
誰の声だ?と思ったがそれはヒッピー男の口から漏れているようだ。
161ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
「本当の自分を認めたくない…そうじゃないのか?本当の君は…」
「やめろ!僕は不憫なんかじゃない!断じて不憫じゃない!」
言った後、しまったと羽生田は口を押さえた。
「言っちゃった!?言っちゃったね!?そう、君はねー、実は不憫体質なの!そりゃもう不憫なの!不憫3なの!」
「違う!不憫なもんか…!僕はエアマイクなんかしないし画面から弾き出されることもないし自我修復なんかしない!メロン大好き羽生田挙武だ!」
「やせ我慢はよしなー!自分でも気づいてるんでしょー!?初出演のドラマがまさかの放送延期のまま半年が経とうとして不憫指数上がりまくりなことをさー!」
「な、何故それを…!」
羽生田は戦慄した。
「Jrの真実でもさー、衣装間違えちゃって凹んじゃってるとことか激辛食わされてリバースしたりとかマッサージに悶絶したりとかラジコンで見せ場ほとんど潰されたりとかさー。
影の不憫王子はあむあむっすよね!たまんないっすねあの不憫さ!って密かに萌えられてんだよー!おわかりー!?」
「やめろ傷をえぐるな!認めない!認めないぞ!!」
羽生田は耳を塞いだ。だがヒッピー男の陽気な説教は止まらない。
「心配しなくても君は生まれ変われるよー!!ほら、心の扉を開いてごらん!さあ僕の胸に飛び込んでおいで!!あむあむ!!」
ヒッピー男は両手を広げた。ついでにズボンも下げた。
そこで羽生田はマッハで部屋を飛び出した。
162ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
羽生田が己の不憫さと対峙している隣の部屋では、中村が真っ白な空間に目を細めていた。白い背景は同化しちゃうからあんまり好きじゃない。
「なぁにこの部屋ぁ…。谷村が入院してた病院みたいだよぉ」
部屋の隅に、これまた真っ白なシーツを被った女性がいた。じっとこちらを見ている。不気味だったが中村は営業スマイル&ぶりっこで訊ねる。
「あのぉここってぇ何をするお部屋なんですかぁ?」
女性は答える。
「ここは「神の家」。あなた、今の自分に満足してる?」
「ん〜…そうですねぇもっとぉ体力つけたいしぃ歌とダンスも上手くなりたいしぃ栗ちゃんとらぶらぶしたいしぃ満足というよりはぁもっとできることあるかなあってぇ」
「その気持ち悪いしゃべり方はおやめなさい」
急に女性は看守のように厳格な口調になって叱責してきた。中村はたじろぐ。
「アナタ本当は早口でまくしたてるように話す子でしょう?それ、キャラ作ってるだけでしょう?語尾伸ばしの「だよぉ」口調が「可愛い!」ともてはやされることを知り尽くしている計算ずくの上でしょう?」
いきなり核心を突かれ、中村は戸惑った。初対面なのに何故そこまで…と慄いたが冷静になるよう自分を戒めた。
「そんなことないですよぉ。これはぁ生まれつきでぇ…。年上や先輩や目上の人にはこういう話し方になるんですぅ。というのもぉ幼少期からスケボーやってたおかげでいかついお兄さん達に囲まれて育ったからでぇ」
「おだまんなさい!小さい頃から年上の男に色目使って媚びて上目遣いのきゅるるんで落すテクを身に付けたってことね!?なんて嫌らしい子なの!?同じ女として許せないわ!!」
女性は息が荒くなっている。
163ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
「ああ!それ!その眼!!「僕に落とせない男はいないよぉ」とでもいいたげな…!
コンサートでもガチのおっさんオタが「嶺亜」団扇持ってセンター最前陣取ってるのを気付かないふりしてスルーすると思いきやぶりっこスマイルで「ありがとうございますぅ」ってお辞儀してんの!!マジ小悪魔!!
女の嫉妬すら肥しになっちゃってるからもう手の施しようがないわ!」
「落ち着いて下さいぃ。僕はそんなつもりないですぅただファンの皆さんに喜んでほしいだけでぇ」
「握手会でもひたすら天使の笑顔で神対応ときたもんだ…!?作者も「まるで女神様のようだった」と骨抜きにされたって…。なんてことかしら、末恐ろしいわ…今の内に矯正しなければ…」
これって更年期なんたらってやつなのかなぁと中村はぼんやりと思う。思っていると女性は白いシーツをもう一枚出して来た。
「真っ白になりなさい…。あなたを今、真っ白にリセットしてあるべき姿に戻してあげます…。あなたは生まれ変わるのよ…!れあたんではなく中村嶺亜に…」
「これ被るんですかぁ?」
もううんざりしてきた。栗田が気になるし、お肌にも悪いから早く疲れを取って休みたい。中村は強硬手段に出ることにした。
「お姉さぁん。僕、ちょっと疲れてるんですぅ…。友達と一緒に早くロッジに戻りたいんですけどぉ」
必殺上目遣いのおねだりれあたんで攻めてみる。
「あら可愛い…じゃない!ダメよ!このまま返せるもんですか。でないとまた新たな被害者が…」
「お願いぃ。僕が頼れるのお姉さんだけなんですぅ」
「やめなさいそのうるうるお目目…!私は惑わされないわよ!そんなこと言ってアナタ影で「あれぐらいちょろいよぉ」ってほくそ笑んでるんでしょう?そうでしょう?」
「どうしてそんなこと言うんですかぁ?もぉひどいですよぉ」
「いやあああああ!!私までれあたんワールドに引き摺りこまないで!!私は違う私は違う!!こんな二面性腹黒小悪魔ぶりっこなんかに騙されるもんですか!」
悶絶する女性に、中村はめんどくさくなって放置して部屋を出た。
164ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
中村が更年期女性とサドンデスマッチを繰り広げている隣の部屋では栗田がけだるい動作で入室していた。
「なんだよこの部屋きったねえな…」
中はごみが散乱していて、空気も澱んでいて埃っぽい汚い部屋だった。部屋の真ん中で無精ひげを生やした汚い身なりの男が寝そべって漫画を読んでいる。
「おっさん何やってんの?」
栗田が尋ねると、男はだるそうに身をおこした。
「おっさんとはなんだ。俺はまだ二十代だぞ」
16の俺からしたら充分おっさんじゃん、と言いかけて栗田はやめた。男は頭をぼりぼり掻きながら漫画方手にこう言った。
「ここは「神の家」っていう自己啓発セミナーでね、自分を見つめ直して新しい自分になるっつーキャッチフレーズで人呼んでんの。君達と同じような年代の子がいっぱいいたろ?」
「ジコケイハツ…?どーでもいーけどよー、部屋汚くね?掃除とかしないわけ?」
「めんどくさいからねー」
男はくしゃみをした。鼻水が垂れている。
「きったねえなおっさ…ニイちゃん、、拭けよ!」
「いーじゃんそのうち乾くよ。で、君どうなりたいわけ?どういう自分になりたいの?」
鼻水を垂らしたまま男は言った。間抜けにも程がある顔を見ているとなんだか真面目に答えるのが馬鹿らしくなるが…
165ユーは名無しネ:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN O
「いやまあ俺現状に不満はないけどよー。見てのとおり顔いいしモデル体型だし小顔だしれいあとはらぶらぶだしゲームもできるし…
まー他もそれなりに。ただまあ最近れいあと現場が離れてるのが不満かなー。あとれいあが体力作るっつってるから俺もついでに鍛えて筋肉つけるのもいいかなって」
「ふーん。まあテキトーにやんな」
男は欠伸をした。
「んだよそれ!お前が訊いてきたんだろうが!」
「そうなんだけどさ…なんかめんどくさくなって。アホにものを諭すのって骨が折れるんだよ。分かる?」
「あ?誰がアホだよ?俺高校行ってんぞ!」
「あそう。じゃあさー愛媛県の県庁所在地くらいわかるよね?言ってみて?」
「エヒメケンってなんだよ?ワケわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
「うわー…引くわー…」
男はどん引きの顔を栗田に向ける。こんなだらしのなさそうな大人にそんな顔をされるとさすがに腹がたってきた。
「アホは谷村だけで十分だっつーの!俺はアホじゃねえ!」
「アホな子は自分でアホだとは言わないからねー。ふぐが自分の毒で死なないのと同じ」
男は鼻をほじった。そして鼻くそを飛ばす。
「ふぐと一緒にしてんじゃねーよ!ていうかお前みたいな小汚くてだらしない奴に言われたかねーよ!あー腹立つ!谷村が立ち位置間違えた時と同じぐらい腹立つ!谷村どこ行った!?このやりきれねー怒りをぶつけねーと!」
栗田は谷村を探しに部屋を出た。
166ユーは名無しネ:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN O
栗田がアホとグータラの低次元対決をしている隣の部屋では怯えながら谷村がドアを開けた。なりゆきとはいえまた嫌な予感がする。引き返したかったがその前に腕を掴まれた。
「ひぃっ!」
反射的に振りほどこうとすると、相手がよろめいた。谷村は慌てた。
「す、すいません、びっくりして…」
「ううう…ひどい…」
しくしくと長い黒髪の女性が泣き始めた。顔が見えないが痩せこけていてなんだかひどく幸薄そうな雰囲気がした。
「ごめんなさいすみません申し訳ございません…」
谷村はひたすら頭を下げた。謝罪を続けていると女性はようやく泣きやんで鼻をすすりながら谷村にこう言った。
「ここは「神の家」…あなたを救う場所…」
女性は俯いている。この陰のオーラはなかなかのものである。谷村も同類種の人間としてなんだかいたたまれなくなった。まず自分を救うべきじゃないのだろうかこの人…
「は、はあ…」
「あなたは…ごほっ…どういう風に自分を変えたいの…?」
「変えるっていうか…成績上げたいです」
「だったらこんなところでなく予備校か塾の夏期講習に行きなさいな」
「…ですよね」
沈黙が流れる。気まずい空気が充満し、谷村は出て行きたくなる。そもそもなんでこんなとこに来たんだっけ…
「うううう…」
突然、女性が顔を覆いだした。悲痛な声を漏らし、ふたたびうずくまってしまった。
167ユーは名無しネ:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN O
「あ、あの…」
「どうして私ってこう訪れた小羊をより暗い気持ちにさせてしまうのかしら…。だから私の講座は人気がないんだわ…ううううう」
女性は悲観に暮れだした。谷村はどうしていいか分からない。
「あの…元気出して下さい…」
「ダメ…元気なんて出ない。どうしたらこの重苦しい気分を和らげることができるの…」
膝を抱えて女性は落ち込みだした。他人が落ち込んでいる姿を見るのは谷村にはあまりない経験である。何故ならそれはいつだって自分の役目だからだ。
「あの…」
谷村は女性に声をかける。
「落ち込んだ時は、指をこうすると…克服できたりします」
伝家の宝刀、フィンガーセラピーを伝授すると、女性は顔を上げる。
「指を…?」
女性は人差し指と親指を交互に合わせ、エンドレスで流れるその動きをじっと見ていた。そして…
「ああ…なんだか落ち着く…克服できそうな気がする…」
「そうです…何も考えず…そうしたら大抵のことはどうでも良くなります」
「ありがとう…あなたのおかげで私も自我修復ができそう…」
谷村は感謝されて部屋を後にした。
168ユーは名無しネ:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN O
谷村が一人の人間に救いをもたらしている隣の部屋では岩橋がお腹をおさえていた。よく分からないが緊張してしまってまたしくしくと痛む。生憎正○丸は置いてきてしまった。
「どうした若者」
アームチェアーに座った白ひげをたくわえた老人が岩橋に問いかけてくる。よく見ると中の内装はまるで大正時代の洋館の一室といった様相でひどく時代錯誤な感じがした。
「いえ…あの…お腹が痛くて…」
「いかんな…。まだ若いのに…どれ、体質改善といこうか」
老人はよいこらせと立ち上がる。
「え、あの…」
「心配せずとも良い。ここは悩める者の駆け込み寺「神の家」。なりたい自分になるべく導かれたのだ。お前も私も」
「はあ…」
「いかんな。覇気がない。そんなウィスパーボイスでは腹に力も入っておらんだろう。どれ」
老人は岩橋のお腹を触り始めた。
「ちょっと…何を…」
「まずは発声練習じゃ。健康なお腹は健康な声から。マーマーマーマーマー!!」
老人は発声練習を始めた。エエ声で音階を唱え出し、岩橋にも促す。渋々つきあったがやはり中途半端になってしまいお叱りを喰らった。
「なんじゃその声は!まったくなっとらん!」
「ひどい…いじめだ…これはいじめだ…」
叱られるのは鬼振付師で十分だ。何故見ず知らずの老人にまで…
「何を言う。自分を変える手伝いをしてやっているというのに全く最近の若者は…わしが若い頃は…」老人はえんえんと説教を始めた。岩橋は涙目でそれをひたすら耐え忍んで聞いていた。そのうちに老人は穏やかになり始める。
「まあこんなところだが…お腹には温かい飲み物が効く。夏場といえども冷たい飲みモノばかり飲むのは良くない。ほれハーブティーだ。腹痛に効く成分が入っておる。薬だけに頼るのは良くない。
「ありがとうございます…」
「いやなに。ところで若者、お主腹痛のほかに克服したいものはあるか?」
「そうですね、漢検をがんばりたいなと…」
ハーブティーとクッキーをごちそうになりながら岩橋は漢検に対する意気込みを老人に語った。そのうちにすっかり意気投合してお互いの身の上を語り合った。
169ユーは名無しネ:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN O
犯されかけた岸くんと羽生田、ブチギレの高橋と倉本、なんだか疲れた神宮寺と中村、充足感いっぱいの谷村と岩橋がぞくぞくと玄関口に戻ってくる。
最後に戻って来た栗田は「あー腹立つ!谷村一発蹴らせろ!!」といきなり谷村にとび蹴りをくらわした。
「あー怖かった…おっさんにヤられるなんて嫌だ…だったらまだこの中の誰かと…」岸くんは恐怖のあまり危険な思考に陥っていた。
「全く失礼しちゃうよ!岸颯ジャスティスは誰にも壊させない!!」高橋は憤慨している
「やっぱ俺はエロ宮司でナンボだよなー」神宮寺はスマホで早速エロ動画鑑賞を始めた
「みずき…俺はたくさん食ってたくさんお前を愛してやるからな!」倉本はもうダンボール箱のお菓子を食べ尽くそうとしていた。
「くそ…最近マジで不憫になりかけてないか…?あと犯されかけることも多くないか?」羽生田は下唇を噛みしめる
「栗ちゃん聞いてぇ失礼しちゃうんだよぉ僕のこと男に色目使って誑かしてる小悪魔だなんて言うんだよぉそんなことないよねぇ」中村は頬を膨らませている
「俺もグータラ野郎にアホよばわりされてよー!腹立つからもう一発谷村蹴っとくか」栗田は谷村に蹴りをいれた
「いてて…こんな俺でも人を一人救ったんだ…!」谷村は自分に自信が沸いてきた
「いいじいさんだったな…お腹を鍛えるには発声練習か…」岩橋は発声練習を始めた
かくして武者修行に山に出かけたはずの神7達は結局「日々のレッスンや舞台での成長が一番」という結論に達し、ロッジに戻ると怪談話で夜通し盛り上がった。
170ユーは名無しネ:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN O
岸くんは羽生田の話すあまりにもリアルな怪談話にちょっぴり涙目になりトイレに行く時に「誰か付いてきて」と言って大笑いされた。
「岸くん!ぼ、僕で良かったら…」と高橋は付添いを申し出て岸くんと二人きりで暗い廊下を歩くという幸運にありついた。
「幽かなAV女優とかねーかなー…」怪談話に飽きた神宮寺はスマホで検索を始める。
「そーそんでさーそのオバチャンがさー」
倉本は井上に電話で愚痴ったが井上は眠気で半分も聞いてくれず、羽生田はとっておき怪談話100選を蝋燭に火をともしながらえんえんと語ったが12話目ぐらいでもう誰も聞いていなかった。
中村と栗田は早い段階で二人で寝室に上がって行った。一度神宮寺が覗きに行こうとしたが「覗いたら去勢してやるよぉ」の中村のマジな一言にすごすごと戻って来た。
「フフ…自我修復は世界を救う…」谷村には自信が備わって来たがそれはあくまでも自我修復によるものであった。
そして岩橋はデーモンタイムに突入したがために皆の手によって柱にくくりつけられた。翌朝、目を覚まして「いじめだ…これはいじめだ…」と拗ねたのであった。
さて、夏に神7に会える機会は巡ってくるのだろうか…



END
171ユーは名無しネ:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
作者さん乙です
夏休み満喫かと思ったらやっぱり変な人たちに邪魔される神7w
あむあむ不憫の仲間入りか〜
172ユーは名無しネ:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN O
作者さん乙です
どんな状況下でもキャラブレない神7流石すぎるw
173ユーは名無しネ:2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN 0
【韓国】韓国の性暴力発生件数は日本の5倍★2[07/23]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1374568812/

【韓国】性暴力被害者支援冊子、日本語版・英語版・中国語版を作成し提供-外国人の性暴行被害66%増[07/23]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1374583752/

【韓国】増えていく性暴行事件、ますます低下する検挙率[07/23]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1374509784/

【韓国】10代少年が女性を性暴行しようとして殺害 死体の肉をトイレに捨てて骨をキムチ漬け込み袋に入れて自宅に隠す[07/10]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1373449830/
174ユーは名無しネ:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN 0
作者さん乙乙!いつもの面々が夏休み満喫しているようでなにより
175ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
日曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」


夏休みに入ると塾の夏期講習で普段よりも忙しくなる。俺の予定には盆も関係なく毎日ぎっしりと講習が詰まっていた。。
「大変ね龍一くん。家族旅行なんて呑気なこと言ってられないわね…」
夕飯の席で継母が心配そうに呟いた。
「え、でも龍一の学校は高校までエスカレーターなんでしょ?受験なんてないんじゃないのぉ?」
嶺亜兄ちゃんが上品にパスタを口にしながら言った。薄い唇の中に吸い込まれて行くそれを見ると何故か体温が上昇を始めた。
「内部進学者の数が決まってるんだよ。成績下位者は進学させてもらえない。だから皆必死になって勉強するんだ。龍一は決して油断できない位置にいるからね」
ぼうっとしている俺の代わりに父が説明する。嶺亜兄ちゃんは「へえ〜。すごぉい」と感心したように頷いた後、またいつもの冷めた眼をしていた。多分、どうでもいいんだろう。
「嶺亜、あなただってすぐに大学受験がやってくるんだから夏休みはしっかり基盤を作りなさいね。龍一くんに笑われないようにね」
「はぁい」
ぶっきらぼうに継母の忠告に答えて、嶺亜兄ちゃんは食べ終えたお皿を流し台に置いてさっさと部屋を出て行った。
「いちいち龍一と比較するのは良くないよ。嶺亜は嶺亜でちゃんと勉強してるし、あんなに素直ないい子なんだからもっと褒めてやらないと」
嶺亜兄ちゃんがいなくなった後、父が継母をたしなめた。
「あらそんな比較するつもりなんてないわよ。あの子はそんなことで拗ねたりしないわ」
継母はさらっと答える。父は溜息をついて今度は俺に向き直った。
「龍一、勉強より大事なことは世の中にいくらでもあるんだからな。嶺亜みたいに誰にでも優しく感じよく話せるようにお前はならなきゃ。
もっと色んなことを嶺亜に教えてもらいなさい。あの子はお前のお兄ちゃんになったんだからもっと打ち解けないと」
父のお説教よりも、「色んなことを教えてもらいなさい」というのを変に曲解してしまって俺はどきりとした。
176ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
誰にも、あの日のことは話していない。
もちろんおくびにもださない。嶺亜兄ちゃんの方はというと、まるで何もなかったかのようにそれまでと態度が変わることもなかった。両親の前では愛想よく、いないところでは相変わらずの…
人のせいにするわけではないが、俺はあれからしばらくの間勉強が手につかなかった。
どうしてもあの時のことを思い出してしまって…思い出さないようにすればするほど逆にそのことを考えてしまって悶々としてしまっていた。
誰にも言えないが、思い出して一人でしてしまったこともある。だけどそうすると次の日、嶺亜兄ちゃんと顔を合わせると凄まじい自己嫌悪に襲われる。だから相当な覚悟が必要だった。
幸いにも…という言い方はおかしいが、終業式があって一学期の通知簿が受け渡されるとさすがに危機感が襲ってきた。この成績では内部進学から漏れてしまう。俺は前にも増して勉強に集中する必要に迫られた。
だから余計なことを考える暇がなくて、自慰の回数も自ずと減って行った。講習から帰れば継母も帰宅しているし、嶺亜兄ちゃんは週に三日、夜の夏期講習に行っていたからあまり顔を合わせることもなかった。
その日は夜まで入っていたはずの講習が講師の都合で昼過ぎで終了になった。
177ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
「暑い…」
帰り道、じりじりと照りつける紫外線と蝉のうるさい鳴き声に体力をごっそりと奪われ、帰りついた時には汗だくになっていた。
まずシャワーを浴びよう…いや、水分補給の方が先か…そんなことを考えながら鍵をさしこみ、ドアノブを回す。
家の中も咽かえるような暑さだった。連日の猛暑で毎日30度台をキープしている。エアコンなしではとても寝られやしない。
やっぱり水分補給が先だな、と俺は結論づけた。冷たいものを呷ってからシャワーで汗を流そう…
リビングのドアを開けると、嶺亜兄ちゃんがいた。
「…」
嶺亜兄ちゃんはソファに横たわって寝ていた。すぐ側には弱風モードにした扇風機がある。
くらっと一瞬目眩がした。
リビングに挿し込む強い日差しから逃れるようにして、嶺亜兄ちゃんの白い肌は静かな光沢を放っていた。
その寝顔はまるで大理石を彫った彫刻のように美しく、しかし生気がなくまるで死んでいるかのようだった。
俺は一瞬鼓動が速くなる。だけどすぐにそれを収める。死んでいるんじゃない、眠っているんだ。色が白いからそう錯覚するだけだ。よく見ると胸のあたりが上下しているから呼吸をしていることは確かだ。
喉の渇きはもう感じなかった。
だが、代わりに別の渇きがやってくる。
178ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
「…」
そっと鞄を床に置いた。そして、足音を立てずに嶺亜兄ちゃんに近づく。
嶺亜兄ちゃんは部屋着だった。ポロシャツの胸元のボタンは止められておらず、そこからも白い肌が覗く。部屋の中はうだるような暑さだったが扇風機が弱弱しい風を生んでいるだけで気休め程度にしか暑さを和らげる効果はなかった。
前に「クーラーをつけて寝ると調子が悪くなっちゃう」と嶺亜兄ちゃんが話していたのを思い出す。だから扇風機なんだ…とぼんやりと納得した。
「ん…」
寝苦しいのか、嶺亜兄ちゃんは緩慢な動きで寝がえりをうった。
白い首筋が露わになる。そこに、つー…っと一筋の汗が伝った。
どくん、と何かが脈打った。
「…」
唾を飲んでいた。
今度はじわじわと鼓動が速くなる。金縛りにあったように俺はそこから動けない。視線も反らせない。
嶺亜兄ちゃんの周りの景色だけがまるで蜃気楼のように揺らめいていた。
179ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
一瞬の瞬き
息を吸い込む
次の瞬間には間近に嶺亜兄ちゃんの顔があった。ほとんど無意識だったから俺は最初、嶺亜兄ちゃんの方から俺に近寄ったんだと思った。だが違う。俺が顔を近づけたんだ。
微かな呼吸…息遣いと共に、ほのかな汗の匂いが鼻腔をくすぐる。
もうすでに下半身が疼いていた。下唇を噛んでその沸き立つ欲望を抑制しようと試みる。
寝込みを襲うなんて卑怯もいいところだし、第一すぐに眼を覚ますだろうからそうした時、嶺亜兄ちゃんがどういう態度に出てくるかは分からない。一度したことがあるとはいえ、次も許してくれるとは限らないんだ。
だが俺の思考は意に反して余計に危険な方向に向かってしまった。
もし、嶺亜兄ちゃんが拒んだら…
俺は自分がどうするのか分からなかった。精神的に支配されていても、欲望が、感情が打ち勝つかもしれない。もしかしたら腕力にものを言わせて嶺亜兄ちゃんを…
また、唾を飲んだ。ほんの0.何秒かにそのシュミレーションが駆け巡る。そうすると抑制がきかなくなってきた。
嶺亜兄ちゃんの薄い唇から息が漏れている。
この儚ささえ感じさせる小さな唇が、あの日俺の唇に触れ、俺のものを…
その光景がフラッシュバックすると、欲望の波をせき止めていたダムが決壊した。
180ユーは名無しネ:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN O
「れい…あ…にい…ちゃん…」
ほとんど息だけで俺はそう囁いた。
閉じた美しい瞳に自分の唇を近づける。瞼にそっとキスをしようとして俺の体は金縛りにあった。
「…!!!」
閉じていた瞳が開いた。
まどろみらしいものは見せず、嶺亜兄ちゃんは一瞬だけ目を細めると、全く動じることもなく低く、静かに囁く。
「おかえり龍一」
常識的に考えて、目覚めていきなり目の前に俺がいれば多少は驚きを示すものだと思うが嶺亜兄ちゃんは何故か微塵もそんな素振りを見せなかった。
まさか、気付いていた…?
そんな俺の懸念をよそに、嶺亜兄ちゃんは身を起こす。俺は無意識に後ずさって腰を落としていたのだ。
心臓が痛いくらいに鳴っている…
後ろめたさと恥ずかしさと、恐怖にも似た感情で頭の中はぐちゃぐちゃに混濁していた。
「あっつぅ…」
けだるそうに首筋のあたりを手で拭い、嶺亜兄ちゃんはそう呟く。それがひどく官能的で、色気に満ちていて、こんな状況なのにまた喉の奥が鳴った。
動けない俺を見下ろして、そのまま通り過ぎざまに嶺亜兄ちゃんは言った。
「シャワー浴びる。おいで龍一」



   to be continued…?
181ユーは名無しネ:2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN 0
ひええ谷無が谷無が谷無が谷無が…!
作者さん乙です!!続きを…その…
182ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN O
続きを期待していいだろうか…
鳥肌立った…
183ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN O
日曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」

昼間のバスルームは、採光窓から漏れる光に人工大理石が白く反射して目に眩しい。普段入る時とは全く別の様相を呈していた。
嶺亜兄ちゃんはさっさとバスルームに入って行って、俺は混乱したままそれに倣う。
嶺亜兄ちゃんの後ろ姿…当たり前だが一糸も纏っていない…それはその大理石の白い光に溶け込むようだった。黒い髪だけがその白さに反発するように不思議な対比を醸している。
華奢な肩、ごつごつしていない滑らかな体のライン…まるで少女のようだった。
俺は不思議な錯覚に陥る。
嶺亜兄ちゃんは男だ。それは間違いない。なのに今、それが揺らぐほどの曖昧さが脳の中を掻き乱していた。
まるで酔ったような感覚…ぼうっとして、自分の中の常識が全てひっくり返されるような…
「…」
嶺亜兄ちゃんは無言でシャワーを浴びている。一歩、バスルームに足を踏み入れるとどくん、と心臓が高鳴った。
振り向きもせず、嶺亜兄ちゃんはこう呟く。
「なんでこんなに早かったの?」
白い肢体が水を弾く。それはとても神々しいもののように見えた。
184ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN O
「…講義が急に休講になって…それで…」
息も絶え絶えに、俺は答える。というのも今嶺亜兄ちゃんに振り向かれたら、言い訳のしようがない程に体が反応してしまっているからだ。タオルをまいてくれば良かったと後悔したが遅い。
「ふうん」
興味なさげに、嶺亜兄ちゃんは呟く。そしてシャワーを止めた。
「僕が寝てるからって好き勝手なことしようとしたらダメでしょ?」
振り向き、ぞっとするような冷たい眼で嶺亜兄ちゃんは俺を睨んだ。
透き通るような白い肌、濡れた黒い髪から覗く絶対零度、滴り落ちる水…スローモーションのように展開していく世界…
俺は魅入ってしまって一瞬、声が出なくなった。
「ごめんなさい…」
声が掠れて上手く発音できなかった。
蛇に睨まれた蛙…ということわざがあったが今がまさにそれだ。にもかかわらず、体のある一部分は余計に熱さを増し、最大限に反応していた。
鳥肌が立っている。
ぞくぞくするような興奮に、痺れに、俺は声をあげそうになった。
自分の中にあった、自分自身をも知らない性癖を嶺亜兄ちゃんが放つ絶対零度が呼び起こす。無理矢理にこじあけられ、無視できないくらいに
185ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN O
嶺亜兄ちゃんは嗤った。いつもの穏やかな微笑みじゃない。悪魔めいた嗤い…
「洗いっこしようよ、龍一」
急に子どものようにはしゃぎ始めて、嶺亜兄ちゃんはスポンジにボディソープを垂らして泡だてた。一つを俺に手渡して、もう一つを手にイタズラっぽくにたりと笑う。まるでスイッチが切り替わったかのようで俺は戸惑った。
「座って」
言われて、俺はぺたんとその場に腰を落とした。困ったことに下半身はより一層膨張していて今更ながらに羞恥心にみまわれる。隠そうとすると嶺亜兄ちゃんは呆れたような視線を向けた。
「最初から勃ってるの知ってるけど」
「…」
顔が熱くなる。穴があったら入りたかった。
そんな俺を嘲笑うかのように嶺亜兄ちゃんは接近し、スポンジを俺の足に当ててきた。
「汗でべとべとでしょ…ちゃんと綺麗にしなきゃね」
優しく、撫でるような手つきが俺の全身を弛緩させてゆく。力が入らなくなり、されるがままになっていると、嶺亜兄ちゃんは睨んでくる。
「龍一も手、動かしなよ」
「だ…」
だって、手に力が入らないんだ…と言おうとすると、それを待たずに嶺亜兄ちゃんは体をくっつけてきた。
186ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN O
温かく柔らかな肌の感触…そしてボディソープの滑りがそこに加わってそれが俺の神経をひどく昂ぶらせる。
爆発的な感情がやってきて、それが自分でも思ってもみない行動へと導いた。
俺は嶺亜兄ちゃんを押し倒していた。
驚いたように見開かれた嶺亜兄ちゃんの瞳…しかしそれはすぐに元の冷めたような眼に戻っていて、真っ直ぐに俺の瞳を捉えていた。
重なり合った肌と肌…俺は上に乗ったままの状態で嶺亜兄ちゃんの唇に吸いつく。夢中で、貪るようにキスを繰り返していると急に痛みが走った。
嶺亜兄ちゃんが俺の唇に噛みついた。反射的に顔を離すと、俺の唇から滴った赤い血が嶺亜兄ちゃんの頬に一滴落ちる。そこで俺は冷水を浴びせられたかのように我に返った。
「あ…」
背筋を寒くしていると、無表情で嶺亜兄ちゃんは言った。
「洗いっこだって言ったじゃん。聞いてなかったの?」
怒っているわけでも、許しているわけでもない、どちらとも取れぬ口調だった。ただ俺が最初に言われたことから逸脱したから罰を加えた…そんな感じだった。
「いや…えっと…」
「重いから早くどいて」
俺は言われたままに体を離す。そして続きが始まった。



   to be continued…?
187ユーは名無しネ:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN I
作者さん乙です!!!
毎週日曜楽しみにしてます!
ご勝手ながら、続きを待っております!←
188ユーは名無しネ:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN 0
れあたん超ドS・・・
ゾクっとする
189ユーは名無しネ:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN O
んんんんじれったくてゾクゾクするんんんんんんんんんんんんれあたんんんんんんん
190ユーは名無しネ:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN 0
お前らの中にイケメンいない?
イケメンじゃなくても、
話すの好きならOKみたいなんだよね。
稼げるのかレポ頼むw

URL貼れないから
MENS ガーーデン
って検索して!

※正しいサイト名は英語です。
191ユーは名無しネ:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN O
日曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」


「んっ…」
嶺亜兄ちゃんは自分の動きを止めて、俺にするよう指示した。
白くて滑らかな肢体を、スポンジで撫でる。泡がぬめりを生んで肌の柔らかさを際立たせているような気がした。
白い頬が、薄紅色に染まっていく。俺に弄られながら感じているのだと認識するとどうしようもない興奮がかけめぐった。
興奮するあまり、俺はスポンジを落として手で直接その肌に触れていた。
怒られるかな…とも思ったが嶺亜兄ちゃんは何も言わず、指を噛んで眼を閉じていた。時折ビクっと体を震わせると声を殺している。
泣きそうなほどに美しい…俺は唾を飲んだ。
我慢ができなくて、もう一度その唇に吸いついた。さっき噛まれたところがまだ鈍い痛みを持っていたがおかまいなしに重ねて腰に手を回すと、嶺亜兄ちゃんは少しだけ抵抗の意思を見せた。
「ごめんなさい…我慢ができない…」
192ユーは名無しネ:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN O
正直に告白すると、その抵抗が弱まる。
しばらく俺に好きにさせてくれたかと思えば、また顔を背けてぼそっとこう呟いた。
「さっさとしなよ。焦らすのなんか100年早いし」
俺はそれを「早くして」という意味と同義であると捉えた。手をそっとそこへ持って行くと、嶺亜兄ちゃんのものはすでにもう充分な硬さがあった。
「…っ」
声を噛んで、息を荒くするのを必死でこらえるその姿が、どこか健気で愛おしい。絶対的に優位なのは嶺亜兄ちゃんなのに、今こうしている時だけは対等のような…そんな錯覚すらおこさせた。
手の動きを早めると、嶺亜兄ちゃんはきつく瞼を閉じた。
気持ちいい?と問いかけてみたかったけどそれが声に出ることはなかった。まだまだ対等には程遠いようだ。
狭いバスルームに、吐息のようなか細い声が響いたかと思うと、次の瞬間何かが俺の手を濡らした。
193ユーは名無しネ:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN O
どろっとした白い液体…それが嶺亜兄ちゃんの中から放たれたものであることに気付くと、彼が薄眼を開けて呼吸を整えているのが目の前に広がる。
俺がこの手で嶺亜兄ちゃんを…
震えるほどの悦びに包まれていると、嶺亜兄ちゃんはシャワーのお湯で全てを洗い流す。泡も、俺の手についた精液も…
そうしてさっさとバスルームを出ようとする嶺亜兄ちゃんに、俺はほぼ無意識でこう問いかけていた。
「…なんで俺とこんなことするの?」
素朴な疑問だ。義理の兄弟。男同士。タブーのオンパレードだ。にもかかわらず、両親がいない時に嶺亜兄ちゃんはそのタブーを犯す。それはどういう心理からだろう…と単純に疑問がやってきたのだ。
きっと、嶺亜兄ちゃんは答えてくれない。
だからその言葉が俺には信じられなかった。
194ユーは名無しネ:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN O
「…こういうことでしか、表現できないんだよね」
どういう意味かわからなかった。もう一度訊ねようとしても、嶺亜兄ちゃんはバスタオルを手に脱衣所からも出て行ってしまった。
それっきり嶺亜兄ちゃんは部屋に閉じこもってしまって、継母が帰宅し、夕飯になるまで出て来なかった。



   to be continued…?
195ユーは名無しネ:2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN 0
うわあああああああああああああああ
すごいなすごいな
続き楽しみだ!
196ユーは名無しネ:2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN 0
なかなか書き込めないけど
いつも楽しく読ませてもらってます
ありがとう
197ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.1


―あれは暑い夏の出来事だった。俺達はまるで運命に導かれるようにして、彼らに出会った―


「忘れもんないね?よし、しゅっぱーつ!!」
ギラギラと照りつける太陽に拳をかざして、岸優太が出発の音頭を取った。
盆が過ぎ、夏休みも折り返し地点にさしかかった8月後半。かねてからの計画で男4人で無計画な自転車の旅に出かけたのだった。
「なー岸くん、自転車ってとこが情けなくね?もっとこうさ…バイクとかの方がかっこ良くね?」
神宮寺勇太が必死にペダルを漕ぎながらぼやく。高校生になって明るく染めた茶髪が陽光に照らされてより明るく見えた。
「熱中症には気をつけよう…みんなこまめに水分補給と塩分を…」
心配気味に岩橋玄樹が呟く。彼はペットボトルの水を一気に呷った。
「ちょっとちょっと、みんなペース遅くない?どうせならうんと遠くに行きたいよ!もっとペースあげて!」
先頭をきるのは高橋颯だ。まるで競輪選手かのようにマウンテンバイクを突っ走らせている。ママチャリの岸くんはついて行くのに必死だ。
「颯、お前のペースに俺らが合わせられると思ってんのかよ!?加減しろよ!」神宮寺が叫ぶ
「バイクの免許なんか誰も持ってないし自転車の方が冒険って感じするじゃん!何より安上がり!」岸くんは爽快に風を切る
「お腹痛くなったら止まってね。置いてきぼりにしないでよ?頼むよ皆」岩橋は弱気な一言を漏らす
「今日中に東京都は抜けたいね!大丈夫、地図は持ってきた!」颯はそう言って世界地図を掲げた
岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹、高橋颯の四人は年も住んでいる場所もバラバラだが少年野球の元チームメイトでずっと仲がいい。それぞれ別々の学校で普段はあまり一緒に遊べる機会もなかったが今年の夏休みは不思議と全員暇を持て余していた。
岸くんは高校三年生で最後の野球部の試合は7月に終わり、引退した。岩橋は肩の故障で野球部を辞めた。神宮寺は所属する野球部が人数が減ったため廃部になった。そして颯は中学三年生で受験のために部活は7月の総体で引退した。
夏休み、どこにも連れて行ってもらえず、かといってうちこむこともなくなった四人はこの持てあました暇を有効に活用できないか考えた。せっかくだから何か思い出に残ることをしたい。そして結論が出た。
自転車であてもない旅に出よう、と。
小遣いをかき集め、リュックにできる限りの荷物を詰めて、意気揚々と出発した次第である。
北に行くか南に行くか、それとも東かはたまた西か…方角すらも定めず、道なりにずんずん進む。体力だけはありあまっているから日没までには国道にまぎれこんだこともありすっかり地名も分からなくなってどこを走っているのか定かではなくなった。
申し訳程度の舗装された補足長い山道を抜けると、いよいよあたりは夜の帳が降りてきた。
198ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
「なー暗くなってきたらさすがにちょっと危なくね?どっかでチャリ停めて寝られそうなとこ探そうぜ」
神宮寺の提案で、しばらく進んだところで自転車を停めた。
「どこまで来たんだろう。えーっと」
颯が世界地図を広げようとしたが岩橋がちょっとちょっととつっこんだ。
「そんなもの見るよりこのへんの案内板みたいなの探した方がいいよ。ずい分都会からは離れちゃったみたいだけど」
岩橋の言う通り、辺りは近代的な建物もなく田んぼや畑、それに四方に山が広がっていて民家は点在程度だった。相当な田舎に来てしまったようである。
「いいじゃんいいじゃん。なんかさあこういう田舎の方がワクワクするよ。神社の境内で寝泊まりとかしちゃったりする?」
楽天的な岸くんをまるで導くかのように鳥居のようなものが見えた。そこから小さな山に続く階段が伸びている。といっても山道に段差を作った程度のものだが…
「俺、懐中電灯持ってるよ」
颯がごそごそとリュックから懐中電灯を取り出し、辺りを照らしてくれた。その頼りない光と共に進んでいくと、狙い通りに神社らしき建物にぶち当たった。が…
「ここで寝るの…?」
岩橋が顔をひきつらせる。確かに…と全員ちょっと引いた。
夜の神社は想像以上に不気味だった。神社、と言ってもそんな立派なものではなく申し訳程度に境内があるだけで賽銭箱の類もなく、ほとんど忘れられた場所のようで朽ちかけている。まるでオバケでも出そうだった。
颯が中を照らしてみる。
「うわっ!!」
四人は思わず後ずさった。格子を隔てた中に何か化け物のような彫像が見えたのだ。どす黒く変色していて、まるで呪われた人間の嘆きのような禍々しさに、鳥肌が立つ。
「ちょっと保留にしませう…お、こっちにも道があるぞ」
岸くんは神社の裏手に伸びる道を発見した。四人で進んでいくと、小さな池に出た。暗く澱んでいてさらに不気味だ。
「なんかだんだん肝試しっぽくなってきたな…」
神宮寺が呟く。
「よせよそういうこと今言うの!怖いだろおおおおおおおおお」
「岸くん…ビビリすぎだよ…最年長でしょ…」
岩橋が呆れ気味に岸くんを見た。が、岸くんはぶんぶんと首を横に振る。
「最年長だろうが怖いものは怖い!ちょっと颯、歩くの早いよ!俺からそんな離れないでよ」
「え、ご、ごめん岸くん」
腕を引かれ、颯は戸惑った。憧れの岸くんに頼られている…そんな気がしてどぎまぎとした。緊張するあまり手が滑って懐中電灯を落としてしまう。運が悪いことにそれはコロコロと山中の深いところへ落ちて行った。
「うわ…灯りがなくなっちゃどうしようもねーぞ!」
慌てた神宮寺の声に他の三人も動揺した。暗闇であたふたしていると、いきなりどこかから怒声が響いた。
「誰だテメーらぁ!!!どっから入ってきやがったブッ殺すぞ!!!」
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
びびるあまり、四人は散り散りに逃げだした。暗闇で右も左も分からずとにかく闇雲にその場から退散しようとして岸くんは視界が暗転した。
199ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
誰かがぼそぼそと話している。話の内容は分からない。意識が混濁して夢か現実かすら分からなかった。
「…ちょうどいいじゃん。こいつに身代わりになってもらえば。どうせ衣装で顔かくして棺に入れりゃ分かんねーよ」
「…でも、見ず知らずの人をそんな…」
「かまうこたねーだろ。人ん家に無断侵入するようなクソガキだぞ。家出してきたのかもしんねーし」
薄眼を開けたがしかし変わらなかった。どこか暗くて狭い場所に自分がいる。それを認識すると急に意識がはっきりしてきた。
身を起こそうとして、それができないことに気付く。どうやら相当に狭い場所に閉じ込められているようだ。途端に恐怖が襲った。
「ちょっと!!ここどこ!!誰!!出してよ!!早く!!」
力の限り岸くんは叫んだ。ドンドンとそこいらじゅうを叩くといきなり目の前に眩しい光が挿し込んできた。
「お目覚めか」
少年が自分を見下ろしている。岸くんはまるで棺桶みたいなところに入れられていた。慌てて身を起こす。
「こ…ここはどこ!?わたしはだあれ!?」
錯乱気味に岸くんがまくしたてると少年はぎょっとしながら頭をどついてきた。
「おめー声がでけーよ!!黙りやがれ!!」
少年は語気を荒くして小声でまくしたてた。が、岸くんには訳が分からない。それに全身が痛い。
「ちょっと俺今どうなってんの!?神宮寺は!?岩橋は!?颯はああああああああああああああ!!!!!」
「うっせーつってんだろこのアホ!!」
またどつかれた。可愛い顔をして下品な声と話し方の少年をしかし、側にいたもう一人の少年がやんわりとたしなめようとする。
「恵兄ちゃん…兄ちゃんまでそんな声出したら…」
「うっせーおめーは黙ってろ龍一!!おいてめーさっさと棺桶に戻れ!!」
龍一、と呼ばれた暗い瞳の美少年はその一言ですごすごと引き下がる。
岸くんは予感した。棺桶に戻ったら最後、生命に危機にさらされるんじゃないかと。だから全身で抵抗した。
200ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
「なんなのこれ!なんで俺棺桶なんかに入れられてんの!?そこんとこの事情詳しく!!」
「黙れ!!おめーは不法侵入だから処刑だよ!!さっさとこん中戻りやがれ!!」
「いやだああああああああああああああ!!!!!」
「なんの騒ぎです?」
突然、扉の開く音がした。そこで気付いたが岸くんはどこぞの倉庫か蔵のような所にいた。と言っても収められているものはその棺桶一つでかなり広い印象を受ける。中央に岸くんが入れられていた棺桶だけがあった。
恵と呼ばれた少年がやべえ、と表情を歪ませた。龍一は青い顔で俯いている。
「何をしているのです!!神聖な棺を…!!今すぐおどきなさい!!恵様!龍一様!これは何事ですか!イタズラでは済まされませんよ!」
入って来た初老の和服の女性は二人を叱りつける。岸くんはその剣幕にびびって棺桶から転げ落ちた。

「ねーいい加減泣きやんでよ」
岩橋は泣いていた。これは何かのいじめだろうか…何故僕はこんな目にあわなきゃいけないんだ…果てしない被害妄想にとらわれて、もう涙が止まらない。
「いい年して泣いてんじゃねーよ。どっから来たの?名前は?年いくつ?」
岩橋を囲む二人の少年は困り果てて溜息をついていた。だが岩橋はもう自分が可哀想で可哀想で悲観にくれた。
無我夢中で逃げるあまり、山道を転げ落ちて全身をしたたかに打ち、無数の擦り傷がしみる。岸くん達も見失いとどめに田んぼに落ちた。泥だらけで助けを求めて現在に至る。
「この村の子じゃないでしょ?見たことない顔だし…」
「うう…自転車で…東京から…夏休み最後の思い出に…ううう…」
ようやくそれだけ言うと、少年二人は顔を見合わせてもう一度深い溜息をついた。
「ねー、くらもっちゃんどうする?駐在さんももう交番にいないよね?」
「どうするもこうするも…だから知らんふりしときゃよかったのにどーすんだよこんな厄介なのに声かけて。みずきお前大体真面目すぎんだよ。まーそれがお前のいいとこだけどよ」
岩橋は顔をあげた。みずきと呼ばれた小柄で目のぱっちりとした可愛らしい男の子は心配そうに岩橋を見ている。一方、くらもっちゃんと呼ばれた大柄で肉付きのよい少年は呆れた眼で見てくる。
二人が年下らしかったのもあり岩橋は徐々に冷静さを取り戻した。ハンカチを出して涙を拭くと二人に訊ねてみる。
201ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
「ここはどこのなんていう所?僕の他にも三人仲間がいるんだけどその子達一緒に探してくれない?生憎携帯も何もかも神社の建ってたあたりにリュックごと置いてきてしまって…」
「おいおいなんで俺らがそんな面倒なことに付き合わなきゃなんないんだよ。断る」
「くらもっちゃん、この人困ってるみたいだからさー。ほら、学校の先生が「情けは人のためならず」の正しい意味教えてくれたじゃん。あれだよ」
「そっか。なんか見返りあるかもな。おいお前、名前は?」
「名前…岩橋玄樹です。16歳高校二年生…趣味は野球でポジションは…」
「おい岩橋、俺は倉本郁だ。こう見えて中学一年生だ。とりあえずお礼はスイカでいいや」
倉本は岩橋の自己紹介を途中で遮って図々しく言い放った。
「俺は井上瑞稀。同じく中学一年生だよ。ねえ岩橋、リュックどこに置いてきたの?」
どうにか記憶をたどって逃げてきた道を逆に行くと、見覚えのある鳥居が見えてくる。自転車もまだそこにあった。
「あ…あそこ」
岩橋が指を差すとしかし倉本と井上は顔を強張らせた。
「ちょっと…あそこはヤバイよ。勝手に入ったりしたの!?ヤバイって」
「よそ者ならではの大胆な行為だよなー。声かけたのが俺らで良かったな岩橋。でなきゃえらいことになってたぞ」
一体ぜんたいなんのことか岩橋にはさっぱりだったが藁をも掴む思いで岩橋はリュックの発見と三人の安否について倉本と井上の協力を要請した。 


暗い山道を夢中で走ってどうにか逃げおおせたはいいが、岸くんを見失ったことに気付いて颯は足を止めた。
「岸くん!?どこ!?」
叫ぶと、すぐ後ろから誰かが駆けてくる音がする。岸くんかと思ったのだが…
「おい颯、お前早すぎ。俺を置いてくんじゃねーよ」
神宮寺がぜえぜえと息を切らしながら颯の肩に手を置いた。
「神宮寺…岸くんは?」
「知らねえよ…俺だって必死だったからな。お前が前に行ってくんなきゃ俺もとっくにはぐれてただろうよ。岩橋も見当たんねえ」
「どうしよう…岸くん…」
「おい戻るのは危険だぞ。なんかよく分かんねえけどきっと入っちゃいけねえ場所だったんだよ。見つかると厄介だしとにかく先行こうぜ」
202ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
山道は突如として途切れ、どこかの庭に出た。恐ろしく広い敷地と屋敷だ。時代錯誤な世界に迷い込んだようで、神宮寺と颯は混乱した。
「誰…?」
暗闇に、か細い声が響いてライトがぱっと光る。神宮寺と颯は思わず目をそむけた。
「誰だ君らは?」
また違う声が響く。神宮寺と颯が目を開けるとそこには二人の和服の少年が立っていた。
双子…?いや、よく見ると少し違う。だが醸し出す雰囲気は同様に高貴で、それこそまるで映画か何かの世界かのような非現実感がある。
「いや、誰って言われてもよ…」
神宮寺はとりあえず間を置いた。現実に頭がついてくるのを待ったからだ。だが直球型の性格の颯は
「高橋颯です。15歳中学三年生。あの、ここどこですか?旅館?」
とあっさり名乗った。仕方なく神宮寺も倣った。
「俺は神宮寺勇太。高一だ。山登って神社に辿り着いてそんで誰かに怒鳴られてびびって逃げたらここに着いちまった。そんなとこだ」
落ち着いて目の前の二人を神宮寺は観察した。一人は線が細く、まるで女かと見間違うほどに不思議な艶やかさを放っていて錯覚に陥る。暗いから良く分からないが肌が白く滑らかでより中性的な雰囲気に輪をかけていた。
もう一人は、鋭い眼差しに厳然とした雰囲気を放っていて、年はそう違わないはずなのにどこか老練した何かを感じさせた。一見してIQが高そうな…ごまかしが通じなさそうな気がして下手な言い訳が無意味であることを悟らせた。
二人とも浮世離れした雰囲気だった。気を引き締めていないとその雰囲気に飲まれそうになる。
「俺らはちゃんと名乗ったぜ。お前らは?」
神宮寺が促すと、少年二人は顔を見合わせた。ややあって、鋭い眼差しをした方が口を開く。
203ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
「僕は中村挙武。この家に住んでいる。こっちは双子の兄の嶺亜だ。人の家に無断で入ってきてずいぶんな態度だな」
「挙武、そんな言い方…この子達、多分この村の子じゃないよぉ。迷い込んだんだよきっと」
嶺亜が挙武を宥めるとしかし挙武は首を振る。
「なら尚更だ。即刻出て行くことを勧める。よそ者がこんなとこにいたって何一ついいことなんかない」
背中が痒くなるような口調に、神宮寺はキレた。
「俺らだって好きでこんなとこ来たわけじゃねーし!言われなくても出て行ってやらあ!」
「落ち着いて神宮寺。実際問題として俺達今困った状況にあるんだから助けを求めた方がいいと思う。岸くん達も探さなきゃなんないし」
年下の颯が冷静な見解を展開する。神宮寺もそれは分かっていたが…
渋る神宮寺をよそに、颯は丁寧に頭を下げて挙武と嶺亜に事情を説明した。
「俺達、自転車で旅に出ててここに辿り着いたんです。だけど寝泊まりするところがなくて、神社ならいけるかもって思ったけどちょっと不気味すぎて…
歩いているうちに誰かに怒鳴られて驚いて逃げて来てここに来たんです。俺達二人の他にももう二人いて…。その子達がどうしてるか分からないから協力してもらえませんか?」
「こっちはまだ常識がありそうだな」
挙武が皮肉っぽく呟く。神宮寺はふつふつと沸き上がる苛立ちを必死に抑えた。
「そう言われても…僕達にどうしろっていうのぉ…?」
困惑した嶺亜が指を口元に当てて小首を傾げる。仕草まで女っぽい。神宮寺には未知の領域だ。
「よそ者の噂ならすぐに回ってくるだろう。見つかり次第出て行くことを条件に家に入れてやってもいいが?」
「挙武くんありがとう!ぜひそうさせて下さい!」
颯が素直にお礼を言うと、挙武は少し面食らったようだった。
「…馴れ馴れしい奴だな…まあいい。こっちだ」
挙武が屋敷の方に案内しようとすると、嶺亜は少しためらいがちに挙武に何かを耳打ちする。彼はこう答えた。
「今日は諦めるんだな。おそらくこいつらの片割れは恵と龍一の家にいるだろう。大方怒鳴りつけたのは恵だな。あいつはお前に会う時だけは早めに行動するから待ってたんだろう」
なんのことか分からなかったが神宮寺と颯は屋敷に入れてもらい、岸くん達の安否の確認を待った。
挙武の言うとおり、30分も経つと岸くんと岩橋の所在が分かった。
204ユーは名無しネ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN O
「うわあああああああああ神宮寺いいいいい岩橋いいいいいいいい颯うううううううううううもう会えないかと思ったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
岸くんは岩橋と神宮寺、そして颯と感動の再会を果たした。離れていたのはほんの何時間かだがまるでもう一年も離れていたかのように思えるのは自分が生死の境を彷徨ったからだろう。
「岸くん大げさすぎんぞ。全く世話かけやがってよー」
「神宮寺何もしてないじゃん。でも良かった。岸くんが無事で」
颯は涙ぐむ。そして傷だらけで何故か着替えをしていた岩橋はお腹を押さえながらソファにぐったりと身を沈めた。
「お腹痛い…とんだ大冒険だったよ…。もう家に帰りたいよ…」
しかし室内の時計を見るともう10時近くになっていた。安堵感もあり空腹が訪れる。そういえば持っていたお菓子を夕方に食べて以降何も口にしていない。
「世話んなったついでで悪いんだけどよ、泊めてくんね?こんだけ広い家なら余った部屋くらいあんだろ。雑魚寝でいいからよ」
神宮寺が挙武に言うと、彼はやれやれと肩をすくめる。
「何故僕がそこまでしてやる義理がある?見つかり次第出て行くとさっき約束しただろう?」
「おいお前には人情っつーもんがねーのかよ!情けは人のためならずって学校で習わなかったのかよ!」
「それが人にものを頼む態度か?」
挙武と神宮寺が睨み合っていると、颯が間に割って入る。
「挙武くん、厚かましいのは百も承知だけど…俺達には他に頼れる人がいないんだよ。お願い、一晩でいいから泊めて下さい」
「…」
挙武は口をつぐむ。それを見て、それまで傍観していた嶺亜がぼそっと呟いた。
「すごいね、颯…だっけ?挙武を黙らせるなんてぇ…」
「勝手にしろ。ただし無礼を働いたら即刻追い出すからな」
ぶっきらぼうに言い放つと、挙武は部屋を出て行く。嶺亜もそれに倣ったが部屋を出る直前に岸くん達の方に向き直って
「…ごめんね。挙武は素直じゃないからぁ…」
と一言だけ言って出て行った。入れ替わりに使用人らしき老婆が現れて岸くん達を案内した。軽い夕食も用意してくれて、ようやくひと心地ついた。


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205ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.2


「どうなることかと思ったけど…生きてて良かったよー…あの後さー…」
岸くんは恐怖体験を皆に語った。あわや棺桶に閉じ込められかけたこと、物凄い剣幕で怒られたこと、その家の兄弟の兄に逆恨みで暴行を受けたこと…
「僕は親切な中学生がね…」
岩橋も二人の中学生に助けてもらったことを語った。お礼もろくに言えずここに連れてこられたが明日どこかで会ったらお礼を言わなくてはならない。服も借りたし…
「いけすかねー双子だよな。今時和服で生活してるとか何時代かっつーの」
神宮寺が吐き捨てるように言うとまあまあと颯が宥めて
「そんな悪い人でもなさそうだよ。なんだかんだ泊めてくれてるし…俺達が招かれざる客なのは事実だしさ」
「お前はいい奴だなー颯。俺はダメだわ。背中が痒くなるあの喋り方。もう一人の女みたいな奴もダメ」
「さ、俺は風呂貸してもらおうかな。もう汗だくすぎて早く洗い流したいし」
岸くんは立ち上がってさっき教えてもらった浴室までタオル片手に行った。まるで旅館のように広い。何人家族か知らないがこんな広さに意味があるのか。金持ちの考えることは分からない。
浴室もまるで旅館の大浴場のようだった。曇りガラスの向こうが暗いからもしかしたら露天風呂なんてシャレた作りだろうか。風呂好きの岸くんは俄然テンションが上がる。
206ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
「やっほー!!おじゃましまーっす!」
意気込んで戸を開けようとすると、すでにほんのわずかに開いていた隙間から露天風呂の真ん中に人が立っているのが見えた。
「…!」
岸くんはどきりとした。後ろ姿だったし体つきが滑らかで肌がびっくりするほど白かったから女の子が入っていると思ったからだ。
その白さに、影のような薄い痣が浮かんでいる。
その形は、蝶のようにも龍のようにも見えた。不思議に思って見とれていると振り返ったその人物と眼が合ってしまう。
嶺亜だった。
「あ…嶺亜…だっけ?ごめんね、誰も入ってないと思って…」
岸くんはどぎまぎとする。男だと分かっていてもこの色の白さと妖しい色気になんだか血液の循環が促された。
「…」
嶺亜は岸くんを睨んだ。羞恥と困惑と嫌悪、その他幾つもの苛立ちに似た感情が含まれている。岸くんはただ頭を下げるしかない。
「ごめんなさいごめんなさい!ほんと覗くつもりもやましい気持ちもないんです!ただお風呂に早く浸かりたかっただけで…!」
言い訳と謝罪を展開していると、嶺亜はさっさとあがって行ってしまった。まるで覗きか痴漢にでも遭ったかのようにばたばたと脱衣所に駆けて行った。岸くんは自己嫌悪に陥りながら湯に沈んだ。
207ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
月が雲に隠れている。明日は天気が悪くなりそうだと天気予報が言っていた。このところあまり当てにならない予報だが湿っぽい匂いがそうなることを予感させた。
窓の外に広がる闇を嶺亜は見つめる。その闇に山が溶け込んでいる。小さな山だがこれさえなければその向こう側が見えるのに…と恨めしく睨んだ。
「残念だったな。今日はあっちこっちでアクシデントだ。全くなんでこんな時によそ者が紛れ込むんだか」
振り返ると、挙武が立っていた。険しい顔で虚空を睨みつける。
「恵のところにも紛れ込んでたんだねぇ」
「らしい。あの、岸とかいう大げさに泣き叫んでいた奴だ。恵がお前に会えなかった腹いせにボコボコにしたそうだ」
皮肉めいた笑いを挙武は浮かべた。
岸…その名前と顔を想い浮かべて、嶺亜は目を細めた。
「どうした?」
「…さっき、お風呂に入ってたらあの子がいてぇ…見られた」
挙武は片眉を吊り上げた。だがすぐに元の冷静な表情に戻る。そして嶺亜の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。よそ者が分かるわけがない。ただ、何かの拍子に言い触らされでもしたら厄介だからやっぱり彼らには早くこの村を去ってもらった方がいいな」
「うん…」
頷くと、挙武は後ろから嶺亜を抱き締める。痛いくらいに力がこめられていて、嶺亜は挙武の胸中が伝わってくるようで胸が痛んだ。それを察したのか挙武はこう囁いた。
「お前のことは俺が守ってやる。だから心配するな」
「うん…でも挙武…」
「分かってる。無駄かもしれない。だけど…」
挙武は震えている。その手を嶺亜は握った。
闇の向こうで、何かが蠢いた気がした。運命に翻弄される自分たちを、嘲笑ったかのような歪みだった。
208ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
岩橋が目を覚ますと、辺りはもうしんとして深い闇が吐息を流していた。岸くんは派手にいびきをたてて眠っており、神宮寺と颯もその疲れからか深い眠りに堕ちていた。
「…」
なんとなく落ち着かなくて、トイレに立つことにした。廊下は真っ暗かと思われたが常夜灯のような小さな灯りが点々と灯っていて歩くのに苦労はなかった。
トイレはどこだったっけ…と記憶を掘り起こす。だがちゃんと聞いていなかったから分からなくなってきた。加えて、この屋敷は異様に広い。それだけに不気味でだんだん怖くなってきた。
ふいに、誰かの話し声が聞こえた。その音に導かれるようにして進むとだんだんはっきり聞こえてくる。そして灯りの漏れている部屋があった。
「…明日は天気が悪くなるから、また少し先延ばしになるな」
「…まるで儀式を邪魔するように、ここのところ天気が悪くなりますね」
「馬鹿を言うな。大切な儀式を邪魔する意志などどこにある。次の満月の頃には何がなんでも済ましてしまわなくてはどんな災厄が降りかかるか…」
「ですが、そもそも捧げられるのは中村家の「娘」でしょう…残念ながら奥様が亡くなられた後ではもう子どもは生まれない…。旦那様も再婚の意思はありませんし、挙武様か嶺亜様のお子様に継がれるべきだったのでは?」
「そんな先までは待てないだろう。村の人間もその間何かあったら儀式を行わないせいだと言いだすだろうし…。嶺亜様には気の毒だが、あの痣を持って生まれた宿命として…」
そこで、岩橋はくしゃみがでてしまった。いきなりだったから音が抑えられなくて、思いっきり声を出してしまった。
209ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
「誰だ!?」
やばい。岩橋は咄嗟に近くの部屋に逃げ込んだ。
息をひそめて、人がいなくなるのをじっと待つ。小心者の岩橋は自分の心臓の音が漏れてしまいやしないかと生きた心地がしなかった。口の中は恐怖と緊張でカラカラだ。
どれくらいの間、そこにいたか…時間にすればほんの数分なのだろうが岩橋にはひどく長く感じた。もうそろそろ出ても大丈夫…と辺りの気配に神経を集中しつつ、部屋を出た。
自然と足音を殺しながら自分が泊まっている部屋への道をなんとか探り当てるとそこで誰かが前から歩いてくるのが見えた。
「あ…」
嶺亜だった。薄暗い廊下の灯りは彼の容姿をよりミステリアスに見せた。和服を着ているから余計にそれが際立つ。
嶺亜は、岩橋を認識すると訝しげに見てくる。
「あの…トイレを借りようと…」
岩橋が言い訳がましく言うと、嶺亜は静かに廊下の先を指差した。
「トイレはそこを曲がった先だよぉ」
「あ…どうも…」
頭を下げてすれ違う瞬間、岩橋は見た。だから通り過ぎようとする彼の腕を掴んでいた。
「どうしたの?」
嶺亜の頬には涙の跡があった。声も少し鼻声で、泣いていたであろうことは明白だった。何故か放っておけなくて、岩橋は訊ねてしまったのだ。
「…」
嶺亜は目を見開く、岩橋が心配しているのが不思議なようだった。その瞳がまた濡れ出す。見る間にその美しい顔が歪み、彼は絞り出すように、嗚咽交じりに岩橋にこう言った。
「助けて…」
210ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
「まだ寝ないの?」
龍一の声を無視して、携帯ゲーム機の操作を自動的に進める。こんな時に限って高得点を叩きだす。どうやら少し苛ついていた方がゲーム操作にはいいようだ。
だが、ちっとも気は紛れない。余計にモヤモヤするばかりだ。
「もう3時だよ。夏休みとはいえ、もう寝た方が…」
「じゃあおめーはなんで起きてんだよ」
鋭いツッコミに、龍一は返す言葉がなかった。おそらく、起きているのは同じ理由だろう。
「明日、天気悪そうだね」
窓の外はまだ静かだった。だが未明には降り始める、と天気予報は言っていた。それを予感させる涼しさがあった。
「毎日嵐だったらいいのによ。おめー毎日雨乞いしろよ。そしたら…」
「無駄だよ。いざとなれば月が出てなくても…」
言いかけて、ゲーム機を投げ付けられた。今の恵は相当ナーバスになっている。こう言う時のネガティブさは自分の比ではない。龍一は今しがたの発言を後悔した。
211ユーは名無しネ:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN O
「今日はさんざんだぜ。れいあに会いそびれたどころか棺桶いじってむちゃくちゃ怒られるしよ…それもこれも全部あの変な汗だくの涙目法令線ヤローのせいだ!蹴り25発じゃ全然足りねえ!しかもあいつれいあん家行ってやがんだぞ!」
「だから俺はあんなわけのわからないよそ者なんかほっとこうって言ったじゃないか。それを恵兄ちゃんがこいつ身代わりにしようぜとか訳分かんないこと言うから…」
「おめーが怪しい奴がいるっつったんだろ!!それこそほっときゃ良かっただろーがよ」
理不尽に責められて、龍一はさっさと寝れば良かったと後悔した。が、寝付けないのもまた事実だった。
「…どうする?明日無理にでもやるって言われたら…」
「あ?そんときゃもう全部ぶっ壊して逃げるしかねーだろ。龍一、おめーも覚悟決めとけよ」
恵らしい破天荒な返事に苦笑しつつも、それが現実のものとして刻一刻と迫ってきているのを龍一は感じていた。
明日は流れるだろう。だが、おそらく次はない。
その時こそ、嫌でも覚悟を決めなくてはならないのだ。
龍一がそれを胸に刻んでいると、恵もまた真剣な表情で虚空を見つめていた。


To Next vol.3
212ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
やっと規制解けた!
いつも楽しみに見てます!神シネマも谷れあも続きがきになって寝れないくらいです
213ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.3


「おい岸くんいい加減起きろよ。朝メシ食いっぱぐれるぞ」
神宮寺の声に起こされて、岸くんが重い体を起こすと窓の外に荒れ狂う嵐が目についた。まるで台風が来たかのように暴風雨が猛威をふるっている。これではとても自転車に乗れそうにない。
トーストと目玉焼き、サラダにヨーグルトというありがたい朝食をいただくと、目がすっきり醒めてくる。岸くんの一番の目覚ましは朝食だ。食べることによって脳が活性化する。
「あれ?岩橋もういいの?んじゃこのトーストとヨーグルトもらっていい?」
「あー、岸くんずりーぞ。ヨーグルトは俺がもらうんだからな!」
神宮寺と岸くんがヨーグルトの取り合いをする横で、颯は不思議そうに岩橋を見る。
「岩橋、なんか元気ないね。玄樹なのに。疲れてんの?」
「え?あ、うん、ちょっと…」
ヨーグルトはジャンケンの結果神宮寺が勝ち取った。それを美味しそうに舐めながら窓の外の暴風雨を見やり、神宮寺が呟く。
「これじゃチャリ漕ぐのなんか無理だな。けどあいつらのことだ、「約束は約束だからな」って俺らのこと追い出すんだろーなー」
「頼んでみようよ。雨が落ち着くまでいていいか。ちゃんと謙虚な姿勢で頼めばいいって言ってくれるって」
「お前は純粋ミネラルウォーターピュアネス野郎だな颯…うらやましいぜその性格」
「え?なに?どういう意味?神宮寺」
神宮寺と颯の横で岸くんがトーストをかじりながら溜息をつく。
「俺は追い出されるだろうなあ…覗き野郎と思われたかも…」
「え?何?どういうこと岸くん?」
颯が目を丸くして岸くんに訊ねた。
「いや…そのつもりはなかったんだけどさあ…昨日かくかくしかじかでなんか後味悪いっていうか思いっきり痴漢野郎を見るような眼で見られて逃げるように出て行っちゃって…」
「き、岸くん…」
ショックを隠しきれない颯に、神宮寺が茶化しに入る。
「おいおい岸くんそりゃないだろー。いくら女みたいでも男に欲情するとかねーよ。ぶっちゃけアレ勃っちゃったの?」
神宮寺が下ネタを飛ばすと同時に襖が開く。挙武が無愛想な仏頂面で入ってきてこう告げた。
214ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
「雨風がひどいからいたければいればいい。但し、粗相のないようにな」
「んだよ、素直に「いてもいいよ」って言えねーのかよ」
神宮寺の憎まれ口を、颯が口を塞いで阻止した。
「ありがとう!ちょうどお願いしに行くところだったんだ!ただお世話になるのも心苦しいから何か俺達で役にたてることがあったらなんでもするよ。こうしてご飯までご馳走になってるし」
「君らにしてほしいことなんて何一つない」
あくまで馴れ合う姿勢は見せず、挙武は断言するかのように言い放った。
「あの…嶺亜くんは…?」
それまで俯いていた岩橋が挙武にそう訊ねた。彼は目を細める。
「…今朝から具合が悪くて寝てる。僕も丈夫な方ではないが嶺亜はそれ以上にデリケートなんでね。知らない人間が家にいるから落ち着かなくて体調を崩したんだろう」
「俺らのせいだっつーのかよ」
またも颯が神宮寺の口を塞いだ。岸くんは昨日の風呂での一件のことを言われているのではないかとヒヤヒヤする。
挙武は出て行った。神宮寺が空になったヨーグルトの容器を放り投げながらぼやく。
「あーあ。こんなとこ早く出て行きたいぜ。けどここがどこなのかも分かんねーし天気わりーしもうちょい我慢するしかねーのかな。こんな田舎じゃ遊べそうなとこもないしな」
「田舎でもスーパーかコンビニぐらいあるでしょ。次出発する時に備えて必要なもの買っとこう。昨日の教訓を活かして寝袋とか懐中電灯とか食料とかさ」
岸くんの提案で、傘を借りて店の場所を教えてもらって岸くん達は近所の店に買いだしに行くことにした。
215ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
村で唯一のスーパーには食料と申し訳程度の日用品しか置いていなかったがそれでも十分だった。こんな天気でも人はけっこう入っている。夏休みだからか、子どもも多かった。
「あ。昨日の泣き虫岩橋」
幼い顔つきだが体格のいい少年が岩橋を指差した。その隣にいる真面目そうな可愛らしい少年も岩橋を見て駆け寄って来た。
「あ…昨日はありがとう。倉本に井上…だったよね。おかげさまで皆にも会えて…あ、そうだ服返さなきゃ」
岩橋は倉本の家でシャワーを浴びさせてもらい、彼の服まで借りたのである。スーパーにはコインランドリーもあるから洗って返す約束をした。
「泣き虫ってなんだよ岩橋。俺らとはぐれて泣いたの?」
岸くんが茶化すと、岩橋は顔を赤くして否定した。二人の中学生はおかしそうに笑う。すっかり意気投合してスーパーの飲食コーナーでアイスを一緒に食べた。
「それにしても知らないとはいえ勇気あるよなーあの山に入るなんて。見つかったらどえらいことになるところだったぞ」
スイカバーを両手に持ち、倉本は半ば感心、半ば呆れたように言った。
「え、何?なんかあんのあの山?てか鳥居だってあるし誰でも入れるでしょ」
岸くんの疑問に、井上が首を振る。
「あの山はね、私有地だよ。この村で有名な中村家と栗田家の共有の山なの。だから特別な時以外は誰も入っちゃいけないんだよ」
「なんだそりゃ。中村家ってのはあのいけすかねー双子の家だろ。栗田家ってのはなんだよ。入られたくないんだったらガードレールでも敷いてろよ。いかにも入って下さいといわんばかりになんにも遮るもんなかったぞ」
神宮寺の問いに、井上が社会科の先生のように説明した。
「この村の人間なら誰も勝手に入ったりはしないからね。栗田家と中村家はあの山を挟んで建ってるんだけど、この村の権力者の家でね、でも両家の人間はお互いに顔を合わせないようにするしきたりなの。…特別な時以外は」
「噂をすればほら、あの二人が栗田家の兄弟。でかい方が弟の龍一で細い方が兄貴の恵」
倉本が指差した先には岸くんを棺桶に閉じ込めたあの二人がいた。おまけに岸くんは恵に「てめーのせいで何もかも台無しだ!」と25発も蹴りをくらったのである。忘れもしない。自然と背中に汗をかいた。
その恵と龍一がこっちに気付く。まるで因縁をつけるヤンキーのように恵がその可愛らしい顔とは裏腹な険しい表情で近寄ってくる。
216ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
「てめー確か昨日の…何やってんだこんなとこで」
「いえ…アイスクリームをですね…」
「岸くん誰この人達?知ってんの?」
颯が訊ねる。倉本と井上も不思議そうに顔を見合わせていた。
「お前らだろ昨日うちの山に不法侵入してきたヤローどもは。フザけた真似しやがって」
恵が凄むと、岩橋と颯はたじろいだ。神宮寺だけが対抗して前に出る。
「入られたくなきゃ注意書きでも貼っとけよ。お前だろ昨日いきなり俺らを怒鳴りつけたの。おかげで俺らあの辛気臭え家に不本意に泊まる羽目に陥ってんだからな」
「あ?やましいことがなけりゃ堂々としてりゃいいんだろ逃げるってこたあなんかやましいことがあったんだろうが。それにな、お前らのおかげで俺はれいあに…」
「やめなよ、恵兄ちゃん」
龍一が宥めようとする。が、恵は聞く耳を持たない。
「てめーらよそモンがれいあの家に泊まってるっつうだけでもうっとおしーんだよ。妙な真似してみろ、タダじゃおかねーぞ」
「あ?タダどころか高くつかせてやんよ」
神宮寺と恵が睨み合って戦闘態勢に入る中、岩橋が疑問を口にした。
「待って…今、井上が言ったよね。栗田家と中村家はお互い顔を合わせたことがないって…なんで君は嶺亜くんのこと知ってるの?」
井上と倉本は気まずそうに顔を見合わせた。恵が二人をじろりと睨むがしかし、龍一が首を横に振る。そこで恵は怒りを和らげる。
「んなしきたり守るわけねーだろ。表向き知らないことにしてりゃ問題はねえ。おい郁、瑞稀。あんまよそ者に村のこと話すな。おめーらじゃなかったらボコボコだぞ」
「…ごめん、この人たち悪い人じゃなさそうだから…」
井上が反省した表情で言った。
「恵くん…恵くんは、嶺亜くんと仲がいいの?」
岩橋の問いに、恵は少し照れたような反応を示す。それまで神宮寺相手に凄んでいた表情とはまるで違ってあどけない少年そのものだった。
「俺らは幼馴染みだよ。俺とれいあと挙武と龍一と…あの山で一緒に遊んで育った。大人の目を盗んでな。俺らは本当は会っちゃいけない間柄だからな」
「なんで会っちゃいけないの?」
当然の疑問を颯が口にするとしかし、そこまでは教えてくれなかった。「いろいろあんだよ」でごまかされてしまう。
だが、次の岩橋の言葉に恵と龍一は表情を一変させた。
「昨日、僕、嶺亜くんに「助けて」って言われたんだけど…嶺亜くん、何かあったの?」
217ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
「具合はどうだ?」
挙武の声に、読んでいた本を閉じる。グラスの水を一口飲んで、嶺亜は答えた。
「だいぶましだよぉ。薬が効いたみたい」
「疲れたんだろう。よそ者が来たりしてバタバタしたからな」
挙武はベッドの端に腰かけた。
「あの人達は?」
「天気が荒れてる中追い出すのは気がひけてな。仕方がないから回復するまで置いてやることにしたが今買い物に行ってるらしい」
「ふうん…」
呟き、嶺亜は窓の外を見た。相変わらず雨と風が荒れ狂っている。
「今日も恵たちには会えそうにないねぇ…」
「そんなに会いたいか?」
挙武の問いに、嶺亜は苦笑して頷く。そしてぼやいた。
「不便だよねえ…同じ村にいて、家も隣同士みたいなものなのに山の中でしか会うことができないなんてぇ…」
「仕方がない。本来ならそれも許されないぐらいだからな。見て見ぬふりしてくれるうちの人達はまだ優しい。村の頭の固い連中にばれたら何を言われるか…」
「郁と瑞稀ぐらいだよねぇ、内緒にしててくれるのはぁ…」
溜息をつき、嶺亜はぎゅっとシーツを握る。
「どうした?」
「挙武、僕…」
嶺亜は一度言葉を切る。そして唇を噛みしめた。
「あの子達がうらやましい…自由に色んなところに行けて、友達を作って遊んで…」
「…」
「どうして僕達にはその自由がないんだろぉ…。時々ねぇ、しょうがないことだって分かってても理不尽で凄く悔しいの。なんで僕達だけぇって…」
「言うな。考えるだけ辛くなる。僕だって思わないわけじゃない。だけど、思ったところで何も変わらないんだから…」
218ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
宥めすかすような挙武の言葉はしかし逆効果をもたらす。
「会いたい人ににろくに会いにもいけず、もうすぐ死ぬって分かってて、それなのになんにもできずにいるのなんか、生まれてきた意味がないよぉ!」
抑えることができず、つい声を荒げてしまう。どうしようもなく不安定になる心。それは荒れ狂う外の天気と同調していた。
「嶺亜、落ち着け。まだ時間はある。だから…」
「僕を殺すのが、恵だっていうのだけが救いだよぉ…そうじゃなかったら僕はとっくに…」
「バカなこと言うな!!」
今度は挙武が声を荒げた。
「お前は死なない!恵だって死んでもそんなことできない!だから必死になって逃げ道をさがしているんだ!お前がそんな弱気でどうするんだ!しっかりしろ!!」
しかしそうして嶺亜を諭す挙武の目からは涙が流れていた。彼もまた、嶺亜以上に不安定になっている。普段気丈にふるまっている挙武がこれだけ取り乱すのはそれだけ残された時間がないということを示している。
荒れ狂っている。
それは嶺亜と挙武の心と、それを取り巻くすべてかもしれなかった。
219ユーは名無しネ:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN O
岩橋の問いに、恵はその瞳に昏さを宿した。
「れいあが、おめーに助けを求めた…だと?」
その迫力に、岩橋は気圧された。狼狽してしまって上手く説明ができないができるだけの言葉を並べていきさつを話した。
「と、と言っても何をどう助けてほしいのか具体的には言ってくれなくて…本人も無意識っぽかったし…。
でもなんかただならぬ雰囲気ていうか追い詰められてるっていうか無視できない感じで。訊こうと思ったら今日は具合悪くて寝てるって言うし…」
「なんか持病でもあるのかな?色も白いし、背中全体に大きな痣もあるし…」
岸くんの呟きに、龍一が身を乗り出した。
「嶺亜くんの背中の痣のことを何故知ってるの!?」
「え?あ、昨日偶然…偶然だよ!風呂が一緒になっちゃって…。そこで目に入っちゃったというか…ホント、見る気はなかったんだけど」
あたふたと岸くんは言い訳混じりに答えた。神宮寺がソーダバーの最後の一口を放り込む。
「あいつ病気なんか?まあ病的に白いけどよ」
「病気じゃないよ、あの痣は」
井上が言った。倉本が頷く。
「特殊な痣で…普段は見えないけど、お湯に浸かると浮き出てくるんだって。体そのものには害はないんだってさ。害はないんだけど…」
その続きを、龍一がした。
「あの痣のせいで、嶺亜くんはこの村のしきたりに縛られて、その命を奪われるかもしれないんだ」
颯は持っていたアイスを床に落とした。岸くんも、神宮寺も、そして岩橋も同様の反応を示す。
悪い冗談のようだった。が、龍一にも、他の三人にもからかったような様子はない。とりわけ恵は怒りに満ちた眼で恨めしげに呪詛を吐く。
「そんな糞みてーなしきたりに従う義理なんかねえ…。れいあは殺させねえよ。俺の命にかえてもな」
鬼か修羅か…恵にはそんな怪物が憑依したかのような凄みがあった。岸くん達は言葉を失う。
そして恵と龍一は暴風雨の中に消えて行った。


To Next vol.4
220ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN 0
規制長かった
作者さんいつもありがとう
221ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.4


あれだけ荒れ狂っていた嵐は日が暮れる頃にはもう落ち着いていて、空には星すら瞬いていた。まるで嘘のように穏やかな夜だったが、挙武の胸中は全く正反対だった。
月は欠けている…
それを確認して懐中電灯を持つ。そして庭の裏手から山道にさしかかる階段を登る。慣れた道だ。灯りなしでも進めるくらいにもう体が覚えてしまっているが念のため懐中電灯はつけておいた。
嶺亜は部屋で休んでいる。天候が回復すれば行きたいと言っていたが大事をとらせた。嵐が今夜も続くと思われていたから儀式は先延ばしであることを知り、そうさせた。
歩き続けて数分、辿り着くと予想通り先客はいた。「よお」と声をかけるとその人物…恵は立ち上がる。が、挙武をみて少々不満そうな顔を見せた。
「挙武だけかよ」
「悪いな。嶺亜は今朝から体調を崩してるから大事をとって休ませた」
「そっか。明日は大丈夫だろ?」
挙武が頷くと、浅い溜息を恵はつく。
「雨がやむのがはえーから、今日かもしんねーってヒヤヒヤしたぜ。まあ準備してる気配がねーからやるわきゃねーって分かってはいたけどよ」
「仮にもし今日だとしたら…どうしてた?」
挙武は訊ねた。恵は腕を組んで闇を見つめた。
「分かり切ったこと聞くんじゃねーよ。ここから脱出してるに決まってんだろ。…れいあと一緒によ」
「考えが甘いな。そんなことができるわけがない。この山から出る前に取り押さえられておしまいだ。多勢に無勢、村の人口が何人だと思ってるんだ。敵うわけないだろう」
222ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
「分かんねーだろそんなの!向かってくる奴全員切りつけてやりゃあ皆逃げんだろ。そしたら…」
「まず刀をもぎ取られて終了だ。大人をなめちゃいけない」
「うるっせーよ!お前こそよくそんな冷静でいられるな!今日かもしれなかったってのによ!平気なのかよ!」
「平気なわけないだろう」
恵が覗いた挙武の横顔は冷静そのものだった。だが、そうでないことを次の瞬間に悟る。
挙武の握った拳が震えている。彼もまた、儀式が今日でないことに泣きだしたいくらいの安堵を抱いている。
「龍一は?」
挙武は話題を変えた。冷静さを取り戻すために。
「昨日棺桶いじってたのバレてむちゃくちゃ怒られてその罰受けて家の掃除させられてる。クソ真面目にやってやがるけど俺は途中で逃げてきた。あいつ要領わりーからな」
「棺桶をいじった?」
「あのよそモン…岸とかいう奴がよ、俺の声にびびって逃げる途中山道踏み外して転落して気ぃ失ってたからうちに運んで棺桶ん中入れてやったんだよ。
なんとかこいつをれいあに見立てらんねーかなって。結局気がついて大騒ぎされて結果家のモンにバレちまったけど」
「呆れたな…殺人罪になるぞ。全く不憫な男だなあの岸とかいう奴は」
「どっちみちこのままだと俺は殺人者になるからな。殺すのがれいあじゃなかったらもう俺にとっては誰でもいーんだよ」
「お前に嶺亜を殺せるわけがないだろう。そんなことするくらいなら…」
恵は頷く。そして断言した。
「俺があの刀で喉かっきって死んでやらあ」
223ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
神宮寺は見た。何気なく外に目をやっていると、誰かが山道に入って行くのを。その後ろ姿は挙武か嶺亜か見分けがつかなかったが恐らく挙武だ。嶺亜は体調が悪いらしいから…
岸くん達が早々に風呂に行ったから神宮寺は暇だった。それに、なんとなく虫の予感めいたものが働いたから後をつけてみることにした。
昼間にスーパーで買った懐中電灯を手に山道に入る。もっともつけていることがバレたら何を言われるか分からないから細心の注意をはらって見失わないように、足音をたてずに歩く。
(…って俺何やってんだ?別にあんな奴のこと気にする理由もねーのに…)
しかし疑問を抱いた時にはもうそこに辿り着いていた。
神社の石段に誰かが座っている。挙武の持っている懐中電灯で照らされ、そいつは立ち上がった。
恵だった。
神宮寺は神社の裏手に回った。二人の会話に耳を澄ませる。
「…!」
俄かには理解し難い内容だった。
殺す…?誰を…?嶺亜を…?恵が…?
神宮寺は混乱する。話の概要しか分からないがつまり恵が嶺亜を殺すかもしれないってことだろうか…
何故?
昼間、彼は強い意志を宿した瞳で「れいあは殺させねえ」と断言した。それなのに、どういうことだ…?
神宮寺の理解の範疇を軽く超えている。こいつは全く未知の領域…所謂「ピー」というやつだ。
なんか知らんがおかしい。異常だ。こんな奴らに関わるなんて常識的に考えてまっぴらごめんだ。今すぐ出て行って、記憶から消し…
「おい、どういうことだよ」
しかし無意識に体が動き、声が出ていた。
神宮寺の声に恵と挙武は振り返る。
「てめえ…昼間の…」恵が凄む
「盗み聞きか。全くいい趣味してるな」挙武が冷たい視線を刺してくる。
224ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
神宮寺は自分が何故首をつっこむような真似をしてしまったのか分からない。分からない、が自分の中の何かが静かに火を灯した。そんな感じだった。
「なんとでも言え。それよりどういうことなんだよ。お前ら殺人計画でも練ってんのか?おい挙武、嶺亜はお前の双子の兄貴だろ!それを恵が殺すってどういうことなんだよ。お前ら、なんか嶺亜に恨みでもあんのかよ!」
言いながら、全くの見当違いであることは自分でも分かる。その証拠に挙武は呆れたような白い目で神宮寺を見据えた。
「馬鹿に説明するほど暇じゃない。ただ、このことを口外したらただでは済まないぞ」
「だからタダどころか高くつくっつってんだろ!尋常じゃねーよお前ら!15やそこらで殺すだのなんだの…。ここは法治国家日本だぞ!憲法習わなかったのかよ!まあ俺も何一つ覚えちゃいねーけどさすがに殺人が罪だってことぐらい知ってるぜ!」
「お前には関係ない。よそ者が村のことを嗅ぎ回って首をつっこむな。お前たちのためにもならないぞ」
どうしてこうも予想通りの答えしか返して来ないんだろう…神宮寺は苛立った。何故なら神宮寺はもうすでに感じとってしまっているからだ。
冷静に言い放つ挙武が…その鋭い眼差しの向こうで助けを求めているのを。
「そりゃカンケーねえけどよ!けどお前らがおかしいことぐらい俺にだって分からあ!一体なんなんだよこの村は!お前ら何を抱えてやがんだよ!」
そして神宮寺は自分にも苛立った。何故昨日今日出会ったばかりのいけ好かないこんな奴らのことを放っておけないのか。この胸騒ぎはなんなのか。
何か、とんでもなく根強いものが彼らを縛りつけている…
そうだ。違和感はそれだ。
挙武も嶺亜も、そして恵も龍一も、無邪気さがまるでない。井上と倉本だってそうだ。村のことを話す彼らは年相応の少年では出しようもない悲哀をその眼に宿す。まるで何もかも諦めたかのような、それでいて諦めがつかない葛藤…
自転車の旅に出る時、神宮寺は未知への冒険に期待に胸を膨らませた。岸くんも、岩橋も、颯も瞳をキラキラさせて出発した。同じ瞳を、だれしもが持っているものだと思っていた。
225ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
だが、彼らにはそれがない。
呪縛に囚われて、生きる希望を持つことも、自由も許されずにやがて来る死を迎える。そんな瞳をしている。
もし仮に、自分がそうだったら…?神宮寺は自問してみた。答えは明白だ。
とっくに気が狂ってる。
その強さ、脆さ、相反する精神が彼らをこんなにしてしまっているのだろう。それとも…
「…お前に何が分かる…」
挙武の声は震えていた。その隣で恵が彼を制しながら
「おめーらには分かんねえだろうよ。俺らはな…俺はな、生まれた時からこの村にいて、ここが世界の全てなんだ。外のことなんて知らねえ。隔絶された世界なんだよここは。おめーの常識なんざこの村では非常識そのものだ」
整った顔立ちに、鬼を宿して恵の低い声が闇にこだまする。それは叫びのようにも、嘆きのようにも、そしてSOSのようにも聞こえた。
「だけど、一番大切な奴のことこの手で殺さなきゃなんねえなんて、世界中どこ探したってこのフザけた村にしかねえしきたりだろうよ!!」
闇はその魂の叫びを無情に吸い込んでゆく。
恵の眼からは、涙が溢れだしていた。


「ねえくらもっちゃん、大丈夫かな…」
縁側でスイカを食べながら、井上は呟く。岩橋に買ってもらったスイカだ。
「何が?」
種を飛ばしながら、郁は訊き返す。
「昼間…よそから来たあの人達に村のことしゃべっちゃって…怒られないかな。嶺亜くんのことも…」
郁は頭を掻いた。
226ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
「言っちゃったもんはしょーがねーじゃん。みずきだって言ってたろ、あいつら悪い奴じゃなさそうだって」
「そうだけど…」
俯く井上の頭を、ポンポンと倉本は撫でた。同い年だが弟のような存在の彼を安心させてやろうと拙い言葉を投げかける。
「たまには誰か知らない奴らにでも言わなきゃ、俺らだって潰れちまうよ。「王様の耳はロバの耳」って話でさ、秘密をずっと誰にも話せない床屋が病気になってたろ。それと一緒」
「そうかなあ…」
「俺はこの村好きだけど、あの変なしきたりだけはどうしても好きになれねー。なくせるんならなくしてーっていつも思ってるよ。あれさえなきゃ嶺亜くんだって挙武くんだって皆と堂々と遊べるし、恵くんも龍一くんももっと笑ってくれるようになってただろうしさ」
「うん」
井上は頷く。最後の一口を食べると星を見上げながら呟いた。
「なくすこと、できないかなあ…」
そこで倉本は母親から呼ばれた。
「昨日お洋服貸してあげたお友達が来てるよ。服返すのと、郁達と話したいって」
「え?」
玄関に回ると、岩橋の他に岸くん、神宮寺、颯が立っていた。
「服ありがとう。あと…」
岩橋が倉本に服を差し出し、神宮寺を横目に見た。それを受けて彼が前に出る。そして真剣な表情でこう言った。
「教えてくんねーかな、知ってんだろお前ら。この村のしきたりってなんなんだよ?」
倉本は井上と顔を見合わせた。


龍一はそこに立っていた。ぬかるんだ山道を慣れない足取りで歩いたから足元は泥だらけだった。
闇にまぎれて、足音を殺す。存在感のなさが役立つことがあるのは皮肉だ。
ここを訪れるのは何年ぶりだろう…3年か4年か…もっと前か…。
近くて遠い所、中村家。確か前は恵が「れいあの部屋が見たい」と言いだして、4人で使用人に見つからずに部屋に辿り着くために試行錯誤した。
それは大成功だった。挙武の綿密なシュミレーションと恵の行動力が成せた業だ。本来ならタブーである両家の行き来が成功してその日は皆で笑い合った。懐かしい思い出だ。
だが今、恵も挙武もいない。自分一人であの時のように上手くやれるか心配で仕方がなかったが何かが味方したのかそれは達成できた。入って来た自分を丸い目で嶺亜は見る。
227ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
「龍一…!!」
ベッドで本を読んでいた嶺亜は、窓の向こうに龍一がいるのに心底驚いたようだった。しかし素早い動きで窓を開ける。
「なんで…!恵は…」
靴を脱ぎ、それを手に龍一は嶺亜の部屋に入る。
「恵兄ちゃんは今ちょっとふさぎこんでて…。てっきり嶺亜くんと山の神社のところで会ってると思ったらそうじゃなかったみたいで…」
「僕はまだちょっと具合が良くないから大事を取れって挙武に言われたんだよぉ。それより、一人で来るなんて無茶もいいとこだよぉ。誰にも見つかってないだろうねぇ」
「大丈夫…だと思う」
答えると、嶺亜は呆れ気味に浅い溜息をついた。
「まったく…龍一って時々無茶するよねぇ。大変なことにならなくて良かったよぉ」
「じっとしてられなくて…」
「恵がふさぎこんでるってどういうことぉ?さっき、挙武も帰ってきて…元気がなさそうだった。二人に何かあったのぉ?」
龍一は首を振る。恵が山から帰ってきて、声をかけたが虚ろな眼をして何も答えてはくれなかった。気のせいか、目には泣き腫らしたような跡があったのだ。
心配でどうしようもなくて、いてもたってもいられなくてここに来たことを告げると、嶺亜は眉根を寄せた。
「何があったんだろぉ…挙武とケンカでもしたのかなぁ」
「多分…もう限界なんだ、恵兄ちゃんは」
龍一は自分の見解を述べる。
「昨日は流れたけど、次こそは…って。どうにかしたいけどどうにもならなくて、それがもどかしくて…。だから見ず知らずの人達にも…」
見ず知らずの人達…それはきっと岸くん達のことだろう。龍一達も彼らに出会っていたのか…
「嶺亜くん、あの人達に「助けて」って言ったの…?」
228ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
そういえば、そんなことを言ってしまった気がする。だけどあの時は自分が普通じゃなかったから…。見ず知らずの人間に助けを求めることの無意味さぐらい分かっていたつもりなのに、どうしてあんなことを言ってしまったのか自分でも不思議だった。
「おかしいよねぇ…僕ももう限界にきちゃってるのかなぁ。だってもうすぐ…」
嶺亜が自嘲気味に呟くと、龍一は首を振る。
「嶺亜くんは死なない。死なせない」
なんの根拠もないが、龍一はそう言わずにいられなかった。自分なんかに何ができるわけでもないが、それだけは強い意志として漏れた。
「龍一…」
嶺亜は唇を噛む。龍一の気持ちが嬉しかった。たとえそれがどうにもならないことだとしても、その気持ちだけで少しは救われる。そう、涙が出そうなほどに。
だから精いっぱいの強がりを嶺亜は見せた。
「生意気なこと言うなよぉ。何やってもトロいくせにぃ。初めて会った時だってさぁ、龍一が山の中で恵に置いてきぼりにされて迷って泣いてたのを僕達が見つけたからだよねぇ。さすがに今迷ったりはしてないよねぇ」
龍一の苦笑いに、嶺亜も少しだけ気分が紛れて笑顔が出せた。



To Next vol.5
229ユーは名無しネ:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN O
実に読み応えがあるね
いつもありがとう
230ユーは名無しネ:2013/09/01(日) 02:18:59.63 0
ありがとう!いつも更新楽しみにしてます!
231ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:29:22.15 0
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.5


村の児童公園に倉本と井上は岸くん達を連れてきた。当たり前だが9時を過ぎたこんな時間には誰も遊んでいない。錆の浮き出たすべり台とブランコ、そして鉄棒と砂場があるだけの小さな公園だ。
ベンチに腰掛け、倉本は話し始めた。
「この村…神七村っていうんだけど…周りが山に囲まれてるだろ?だから昔から他と隔絶されたような村だったんだ。古くからの独特な慣習とかがまだ根強く残ってて…俺も社会の授業で習ったことぐらいしか知らないけど江戸時代にはもうあった村なんだ」
公園の街灯に虫がぶつかっている。辺りは不気味なくらい静まり返っていた。
「村ができて何年も経たないうちに、疫病や災害、飢饉なんかで人が次々死んで…他の村はそんなことないのに、この村だけが災厄にみまわれてばっかで、村人がその原因をつきとめようと躍起になってる時に一人の旅の僧がこの村に辿り着いてこう言ったんだ」
「『この地には古の呪いが降りかかっている』って。神様の怒りを買っているって。それを鎮めるために神社をたてて、神体を祀る必要があるってその僧は言ったんだ」
井上が補足説明をする。彼は続けた。
「村のど真ん中にある小さな山にそれを建てて、神体も作って祀った。けど、災厄は収まらなくて…そしたら今度は「生贄が必要だ」って僧は言いだした」
232ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:30:47.33 0
「その生贄の血を御神体にすすらせて、生贄の亡き骸を棺に収めて池に沈める…古文書みたいなものに「池に餌」…「いけにえ」って記されてたみたい。
神社の完成に合わせるように、大雨でその近くに池ができたらしいよ。そこに儀式の度に死体が入った棺を沈めたんだ。災厄はそれでピタリとやんだらしい」
棺…まさか、あの時自分が入れられていた棺桶のことでは?岸くんは思い出して身ぶるいした。
岸くんの話を聞いて井上と倉本は頷く。倉本は言った。
「儀式に必要な棺桶と日本刀は代々栗田家が管理するって決められたんだ。その頃から中村家と栗田家は村の重要な役を任される権力者だったから…」
「栗田家が棺桶と刀を管理する。じゃあ中村家は…」
颯の言わんとすることを、井上が代弁した。
「そう。中村家は生贄の方を担うんだ。家に生まれた女の子を、16歳になった年の8月の満月の晩に捧げる…それがしきたり。そして、その女の子の血を御神体に捧げるために日本刀で切る役目が…」
「まさか…」
神宮寺は声を震わせた。彼の中で繋がったのだ。挙武と恵の会話が。
井上は頷き、わずかに震える声で言った。
「栗田家の跡取り…長男である恵くんなんだ」
233ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:32:30.02 0
全員絶句した。
そんなしきたりがこの平成の世の中にまだいきづいているとは…驚きだけでなく、憤りにも似たものを感じた。颯がまくしたてるように叫ぶ。
「そ…それって殺人罪でしょ!?そんなの、警察に通報したら今すぐにでもやめさせられるじゃん。どうして…」
「無駄だよ。だって村の大事な儀式だもん。よそ者になんか介入させたりしないよ。この村全体がグルみたいなもんなんだよ。いくらでもどうにでもなるんだよ。
表向きは病死か事故死…お医者さんだってこの村にいるんだから死亡診断書も書いてもらえる。そうしてずっと誰にも見つからず、騒がれずに続いてきたんだ」
「けど、おかしいよそれ…」
岩橋が言った。
「今、中村家の「娘」って言ったよね?でもあの二人は男じゃん。妹やお姉さんもいなさそうだし、女の子がいないんじゃ儀式は成立しないんじゃあ…」
岩橋の疑問に、倉本が沈痛な面持ちで答える。
「中村家の女の子には…代々不思議な痣があるらしいんだ。昼間言っただろ。お湯につかると浮かびあがる痣…それが何故か男である嶺亜くんに宿ってたんだ」
「え…」
岩橋はそこで記憶が掘り起こされる。中村家の使用人たちが話していた会話の内容が。
そうだ。彼らは言っていた。「気の毒だがあの痣を持って生まれた者の宿命として」と…
そして岸くんもまた、自分がこの眼で嶺亜の背中の痣を見たことを思い出す。
「嶺亜くんと挙武くんのお母さんは村の外からあの家に嫁いできて…村のしきたりを知って凄い嘆いたそうだけど…生まれてきた双子が二人とも男の子で、安心してた。けど…」
倉本はそこで口を抑えた。
「お母さんが赤ちゃんを…嶺亜くんを沐浴させてる時に、その痣が浮かび上がったのを見てしまったんだ。しきたりには正確には「娘」ではなくて「痣が浮かびあがりし者」ってあって…
それが何故か女の子にしか出ないからいつの間にか「娘」っていうことになってたけど…。それを見て、嶺亜くん達のお母さんは絶望のあまり病んでいってそれからすぐに亡くなった。自分の息子が16年後に殺されることが耐えられなかったんだろうって…」
「そんな…そんなことって…」
岸くんは声を震わせた。
234ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:34:34.03 0
幼馴染みである嶺亜と恵はそれぞれ生まれた時からお互いに殺し、殺される運命にあったということだろうか。
だから…
「だから栗田家の人間と中村家の人間は会っちゃいけないんだ。中村家の人間は学校にも通わない。家から出ることも稀なんだ。生贄になる方がより自由がきかない。だっていなくなられたら困るから。
村中で監視してるようなもんなんだよ。俺達が嶺亜くんと挙武くんと知り合ったのは昔、イタズラ心であの山に入ったのがきっかけなんだ」
井上は寂しげに視線を落とす。
「嶺亜くんは16歳になったら自分が死ぬって分かってて、挙武くんは嶺亜くんを失うだけじゃなくていつか生まれる自分の娘を同じように失うっていう運命を背負ってる。
恵くんだって生まれた時から自分が人殺しをしなくちゃいけないことを義務付けられていて、龍一くんはそんな恵くんの背中をずっと見て…」
「そんなバカな話あるかよ!なんであいつらは逃げようとしないんだよ!」
神宮寺が叫ぶ。
「逃げることはできないんだ。村への出入り口はあの狭い国道一つ…あとは山を越えるしかないけど、それも無理…。
お前らがここに辿り着いたのだって奇跡みたいなもんだよ。普段、怪しい奴が紛れたりしないよう大人が見張ってるけど、多分お前らが来た頃、ちょっと村外れで小火騒ぎがあってそっちに人が狩り出されたから…」
倉本が言った。彼らは二人して俯いた。
「俺達だってこんなのがおかしいことは分かってるけど…でも俺達だけじゃどうしようもない。だけど…」
そこで井上は顔をあげた。
「だけど、もしかしたら…岸くん達に協力してもらえば…ねえくらもっちゃん。話してみようよ」
倉本は頷いた。


.
235ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:35:50.01 0
蝉しぐれが燃えている。窓から覗く夾竹桃の花が真っ赤に染まり、暑さを引き立たせていた。
嘘のように晴れた空には雲一つない。快晴。この空に溶けていくことができたら…
染みわたる青に想いを馳せていると、襖が控えめに揺らされる。
「挙武様、お客さん達が…」
使用人の女性が岸くん達を連れてきた。四人揃ってぞろぞろ挙武の部屋を訪れる。
「おはよ。この度はお世話になりましたー」
岸くんが快活に挨拶をする。
「僕は何もしていない。泊まりたいなら泊まれと言っただけだ」
ぶっきらぼうに言い放つ。ちらりと神宮寺を見やると鼻を鳴らして生意気そうな眼で自分を見ている。
その神宮寺が、頭を掻きながら不本意だとでも言いたげに無愛想な口調で言った。
「まー俺らは律儀な都会モンだから一宿一飯の恩義は返すことにしたんだよ。じゃ、着替えっか」
「は?」
挙武が理解が及ばないでいる間に彼らは勝手に部屋にあがりこんでしまった。そして挙武は神宮寺の服を手渡された。
「おいこれはなんの真似だ?どうして僕が君らの服を着なくてはならないんだ?」
「うるっせーな。おとなしくしとけ。嶺亜の部屋はどっちだ?」
「嶺亜に何をする気だお前ら!」
激昂しようとする挙武をまあまあと颯が宥める。
236ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:37:01.42 0
「お礼なんだから決して悪いことじゃないよ。喜んでくれたら…と思って。挙武くんも嶺亜くんもほとんどこの家から出たことないんでしょ?」
「一体何を…」
しかし詳しい説明は嶺亜の部屋に行ってからと言われ、挙武は何がなんだか分からないままに神宮寺の服を着せられて嶺亜の部屋に彼らと雪崩れこむ。
「どういうことぉ?この服を着てどうするのぉ?」
「いいからいいから。もしかして、今まで和服しか着たことないとかじゃないよね?」
岩橋が自分の服を手渡しながら言うが、嶺亜は半信半疑の表情だ。
「あ、で、出て行った方がいいかな…着替える間…」
岸くんが頬を染めながら気遣いを見せたが逆に軽蔑の眼差しを喰らっていた。


.
237ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:38:01.67 0
「こんなとこ呼んで一体何のつもりだ郁と瑞稀のヤロー。川遊びとかとてもじゃねーがそんな気分じゃねーぞ」
「まあまあ…あの二人は悪い子じゃないから…もう少し待とう」
村はずれの山の中を流れる川岸に恵と龍一はいた。倉本と井上に誘われて行ってみたはいいが二人はまだ到着していない。恵は拾った石を川に投げた。
「それはそうと龍一、おめー昨日どこ行ってた」
「え…?」
「え、じゃねーよ。俺が山から帰って来た後どっか行っただろ。おめーの靴がドロドロだって今朝家政婦がぼやいてたぞ。山に行ったのか?」
龍一は言いたくなかったがごまかしはきかなさそうで正直に話した。話すと、案の定蹴りを連続で喰らう
「てめふざけんな!俺だってれいあの部屋に行くのは我慢してんだぞ!!見つかったらシャレんならねーからな!それをお前なんかが…!!」
「だって…」
「だってじゃねー!!なんで俺がここ2日会えねーのにお前が部屋にまで行くんだよ!!まじふざけんな!!」
「痛い!暴力反対!!…あ」
龍一が恵からの暴行に耐えかねていると、向こうから人がぞろぞろとやってくるのが見える。目を凝らすとそれは…
「まさか…」
「おい、嘘だろ…」
恵は大きな眼を更に見開いている。龍一もまた同じように信じられない思いだ。
ぞろぞろとやってきた少年達は郁と瑞稀を先頭に神宮寺、颯…そして…
「れいあ…」
挙武と嶺亜が歩いてきた。彼らはいつも和服のはずなのに、洋服を着こんでキャップを被っている。だから最初は残りの二人…岸くんと岩橋かと思ったがそうではなかった。
「どういうこと…これは…」
龍一が呟く。目の前にやってきて、神宮寺が腰に手を当てながら説明した。
238ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:40:01.06 0
「ま、せっかくの出会いなんだしよ。皆でここいらで遊んでパーっと騒ごうと思って。お前ら辛気臭いし」
「どうやってここまで…」
「俺らよそ者が来てるっつー噂はもう村中に知れ渡ってるだろ。そこを利用よ。挙武と嶺亜もろくすっぽ家の外に出たことねーから服変えてキャップにグラサンでもしてりゃそうそう分かる奴もいないし.
俺らといりゃあよそ者のがきんちょにしか見られないだろ。実際、誰にも怪しまれずに来れたぜ」
「おいてめーはアホか!家の使用人たちが気付くだろ!飯の時間になったら呼びに来んだろうが!」
恵が指摘した。その間も彼は嶺亜から視線を完全に外すことはできなかった。
「だから岸くんと岩橋が今頃上手くやってくれてるよ」
颯が言った。そういえば、岸くんと岩橋の姿が見えない。挙武が補足した。
「僕と嶺亜は気分がすぐれないから今日は部屋で昼ご飯を食べると伝えてきた。ぐっすり寝たいからご飯は部屋の前に置いて、誰も入るなと言ってある。
ご飯に手をつけていれば疑われることもない。もっとも、夕飯までには戻った方が良さそうだが」
「そういうこと。そのお昼ご飯を食べたら岸くんも岩橋も上手いこと抜けだしてくるよ。ここまでの地図は倉本に書いてもらったから来れるはず」
颯が笑って、倉本と井上も頷く。
「てなわけで、泳ぐぞー!!」
神宮寺が服を着たまま川に飛び込む。井上と倉本もそれに倣った。挙武はやれやれと呆れたようにそれを眺め、龍一も戸惑いながら川に足をつけた。颯は持ってきたデジカメでそれを撮影する。
そして恵と嶺亜はお互い向かい合っていた。



.
239ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:40:41.44 O
「…体、もう大丈夫なのかよ」
「うん。昨日は大事をとっただけだから…」
「気をつけろよ。今年の夏特別あちーみたいだから」
「うん。ありがとう」
恵は嶺亜の顔を真正面に見る。白い肌。真夏なのに、全く日焼けもしてなくてその白さはどの景色にも同調しない。
唯一無二の色だ、と思う。
陶器のような滑らかなその頬に触れたい衝動を抑えながら、恵は言った。
「龍一が昨日、邪魔したみたいだな」
「あ、うん。驚いたぁ。よく見つからずに来れたなって…。龍一って時々無茶するよねぇ」
その龍一は足を滑らして川に転落し、颯に助けられていた。
「もし見つかってたら俺らもう山ん中でも会えなくなるとこだったんだぜ。あいつにゃ後できっつーいおしおきが必要だな」
嶺亜はふふっと笑う。柔らかくてふわっとしたその微笑みを恵は今、ひどく懐かしく感じた。
「そうだねぇ…」
空を見上げようとして、その狭さに気付く。生い茂る木々がブルーを遮っていた。木漏れ日に嶺亜は目を細め、複雑な表情でその狭小な青さを映す。
「今度はきっと、晴れるだろうねぇ」
その意味を恵はすぐに理解した。
これまでもう何度目か…悪天候に救われ、儀式は先延ばしになっている。まるで死刑宣告が伸びているかのように、それは真綿で首をしめるような苦しみを自分達に与える。最期の日が近づく恐怖。何もできない無力な自分への苛立ち…
240ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:41:50.84 O
だけどこうして、お互いの顔を見ていればそれが少し和らいでいることを無意識に感じとっていた。だから会いたい。例え、それが許されないことであっても…
知らず、恵は嶺亜の手を握っていた。白くて小さい手。冷たいが、体温を微かに感じる。
どうしたらこの手をずっと握っていられるか。離すことなく、ずっと…
もう何万回と唱えたその問いに結論はまだ出ない。出るはずもないのかもしれない。
恵が意識を暗い淵に落としかけていると、握ったその手に力がこめられた。
「れいあ…」
「そんな顔しないでよぉ。せっかくあの子たちがこうして僕らを外に連れ出してくれたんだから、何もかも忘れて遊ぼうよぉ。ね?」
健気に微笑んで、嶺亜は恵を皆のいる川まで手を引いていってくれた。
それから程なくして岸くんと岩橋が到着した。
241ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:43:53.01 O
「お、見てみてこれ。沢ガニじゃん?いって!挟まれた!」
「何やってんだよ岸くん、沢ガニにまで馬鹿にされてんじゃねーよ!」
「岸くん大丈夫?俺、絆創膏持ってきたよ」
「颯…僕がさっき転んだ時は笑ったくせに…これはいじめか…?」
はしゃぐ岸くん達に、最初は戸惑い気味だった倉本と井上が同じようにはしゃぎ始め、龍一は川に落ちたところを颯に助けられて少しずつ打ち解け始めた。
「おい、挙武、お前も入れよ」
それまですまして傍観していた挙武を、神宮寺が手招きする。彼は眉根を寄せ、難色を示した。
「なんで僕が…第一、滑ってこけたりしたら大変だ。龍一のようにはなりたくない」
「ごちゃごちゃ言ってねえで入れって!」
強引に神宮寺に川に引き摺りこまれ、案の定川底の滑った石に足を滑らせ挙武は思い切り尻もちをついて下半身がずぶ濡れになる。
「貴様…」
挙武はひきつった表情で憎らしげに神宮寺を睨む。
「あ、わりーわりー!」
神宮寺は爆笑だ。その笑い声は次の瞬間に悲鳴に変わる。
「ぶはっ!何しやがる…てめー恵、いい度胸してんなこの俺に喧嘩売るとは!」
後ろから恵に蹴られ、神宮寺は水面にダイブしたのだった。恵が高らかに笑う。
「挙武の仇だ。あとてめーにはいっぺんギャフンと言わしてやりたかったしな!」
恵と挙武、神宮寺が入り乱れて水しぶきをあげる中で嶺亜はおろおろと心配そうにそれを見る。颯がその様子をムービーに収めながら嶺亜に言った。
「神宮寺ってね、ああ見えて人見知りなんだ。俺達は少年野球で知り合ったんだけど神宮寺って最初一匹狼気取ってて誰ともしゃべらなくて、なんか近寄りがたい感じがしたんだけど後でそれ、単なる人見知りだって分かって」
「そうそう。おっかなかったよね最初は。でも岸くんがさ、まるで10年来の親友みたいに話しかけたりするもんだからさすがの神宮寺も心を開いたみたい。で、僕たちともだんだん打ち解けた」
岩橋がペットボトルの水を呷りながら説明する。それを颯がまるで自分の自慢話のように胸を張った
242ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:45:32.67 O
「岸くんってさ、明るくて面白くて…ほんと一緒にいると楽しいんだよ!野球だって上手かったし…俺にとっては憧れの人なんだよ」
「颯は岸くん大好きだから…でも確かに一緒にいると安心するよね。僕が中学で不登校になっちゃった時も何かと励ましてくれて支えになってくれたし」
「そうなの…。僕には単なる覗き趣味の変な人にしか見えなかったけどぉ…」
嶺亜が首を捻っていると、岸くんが全身ずぶ濡れのパン一姿で駆けてくる。
「なになに!なんの話!?俺がどうしたって!?」
しかし岸くんは石に躓いてこけ、派手に転倒した。体が砂利だらけになってよろめいている。情けないことこの上ない姿である。
「…岸くんが…えっと…その…」颯は気まずそうに言葉を濁した
「…タイミング悪すぎるよ岸くん…」岩橋は目を覆う
「…やっぱりただの変な人じゃないのぉ…?」顔をひきつらせた嶺亜は一歩引いて岸くんから遠ざかる。
「ねー腹減らない!?沢ガニって食えんのかな?川魚とかいねーかな?」
倉本が無邪気に叫んでお腹を押さえる。
「くらもっちゃんお腹壊すよ。お菓子持ってきたじゃん、それ食べようよ」
倉本と井上が持ってきたお菓子を分け合いながら、10人で川岸でささやかなお菓子パーティーを開く。
蝉の声がBGMとなり、その賑やかさに華を添える。カンカン照りの猛暑日でも山の中にいると天然のクーラーに包まれているようで心地がいい。
他愛もない雑談で盛り上がったが、いつしか話題は神七村に根強く残る古のしきたりについてになってゆく。
243ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:46:35.81 O
「倉本達から聞いたけど…ガチでそんなキチガイじみたしきたりが実行されるの?俺達にはとても信じられないんだけど…」
岸くんの疑問に、挙武と嶺亜、そして恵と龍一は複雑そうな表情でお互いの顔を見合わせる。
「信じられないならそれでいい。…その方がいい」
挙武がペットボトルを強く握りながらそう答えた。
「ねえ、嶺亜くん達のお父さんは…本気で自分の子どもをそんなしきたりのために捧げてもいいと思ってるの?だって、自分の子どもなんだよ?いくら村のためでも…」
颯の疑問に、挙武と嶺亜は唇の端をきゅっと結んで複雑な表情をより色濃くさせた。
「…僕らは実の父とほとんど顔を合わせたことがない。もう何年も会話らしい会話をしていない。家があれだけ広いし、生活するスペースが区切られているようなもんだからほとんど接触もないんだ」
「なんか、わかる気がする…」
「え?どういうこと、岩橋?」
「そのしきたりの通りになるなら、16歳になった我が子を失わなくちゃいけない…。そうした時、愛情を持っていると辛すぎるだろうから…だからきっと…」
挙武は頷いた。
「その通りだ。僕らの家系は代々親と子はほとんど切り離されて生活するらしい。最も、それは生贄に捧げられる子だけだったらしいが…。僕らの父親はどちらとも接触を絶った。多分、嶺亜が独りぼっちにならないために…」
それがせめてもの父親の愛情だったというのだろうか。あの広い家で、何を想いながら生きているというのだろう…未だ会わぬ彼らの父親のその心境に寄り添おうとして今度は恵が答える。
「俺らは両親はいねえ。龍一が生まれてすぐに二人、交通事故で死んだ…ことになってる」
意味深な言い方だったが彼自身もよくは知らないようだった。龍一が続けた。
244ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:47:42.39 O
「俺達の家には俺達を監視する使用人しかいない。嶺亜くん達と違って俺達は学校には行けたけど…皆口には出さないけどその眼が言ってる。「人殺しの家系だ」って…だからあんまり行ったことがないんだ」
学校にあまり行ったことがない…それは、不登校の経験を持つ岩橋の胸を突いた。だが理由が全く違う。
「まともじゃないよ、この科学文明の世の中にそんな迷信じみたしきたり…誰もやめよう、やめさせようとはしないわけ?だって、これは立派な村ぐるみでの殺人だよ。いじめなんてレベルじゃない」
岩橋が言う。それを受けて倉本が答えた。
「俺達はおかしいと思ってるよ。でも、他の家の奴らは…。うちはじいちゃんがこのしきたりに大反対だったから俺もそれを聞かされて育ったからかもしれないけど、それでも疑問に思ってる奴らがいないわけじゃないのに誰も声をあげないんだ」
「うちも。だけどお母さんが言ってた。『この村で生きていくのなら、しきたりに異を唱えることはできない』って…」
井上が沈んだ声を出す。
「嶺亜くん達は、それでいいって思ってるわけじゃないよね?」
颯の問いかけに、嶺亜は肩を震わせた。
知らず、視線は彼に集まりだす。ふと気付けばさっきまで澄み渡っていた青空が今は重苦しい鉛色に変わっていた。まるでその胸の中を映し出したかのように…
「僕は…」
嶺亜は一度、視線を落とす。その憂いを帯びた瞳は哀しみに染まっている。そしてそれがまた違った色合いを放つと、声をわずかに震わせて吐露する。
「生きたい…。生きて、挙武と、恵と、龍一と…ここでみんなで笑いあって生きていきたい。いつでも会いにいけて、誰の目も気にすることなく外にでて…それだけでいい。それだけでいいから…」
その想いは、その場にいる全員が痛いくらいに感じとった。とりわけそれは恵の胸にダイレクトに届いたようで、彼は嶺亜の肩を抱き寄せて、同じように強い意志をその声にこめた。
「死なせるわけねえだろ。絶対に死なせねえよ。俺の命に変えてもな」
「よし、なら決まりだな」
岸くんが頷く。それに呼応するように岩橋、神宮寺、颯も頷いた。
245ユーは名無しネ:2013/09/02(月) 21:50:07.50 O
「決まり?何がだよ」
恵の問いに、岸くんは答える。
「嶺亜の気持ちもここで確かめることができたし、恵達だって同じ気持ちだってことは分かった。だから俺達はその手助けをしたい」
「手助け?」
挙武が片眉を上げる。颯が頷きながら、
「実はね、考えてることがあるんだ。倉本と井上の提案で…」
そう話しかけた時、頬に冷たいものがあたる。空を見上げようとした時にはもう大粒の雨が降り注いできた。数秒経たぬうちに勢いを増してくる。
「やっば…とりあえず話は後で!どっか雨宿りできるとこない?倉本、井上!」
「山を降りて…こっから一番近いのって村役場かな?くらもっちゃん!?」
「多分そう。うわ、こりゃすげえよ。急げ!」
雷鳴が轟く。川遊びをしたからどのみち濡れてはいるが、あっという間にずぶ濡れになり会話もままならない。爆弾低気圧のもたらすゲリラ豪雨というやつだ。風も出てきて目を開けているのがやっとだ。
川の側にいたら危険かもしれない。急いで山を降り、乗って来た自転車で雨が凌げる場所に移動しようとしたのだが予想だにしない展開がそこに待っていた。


To Next vol.6
246ユーは名無しネ:2013/09/03(火) 22:23:16.55 0
うおおおどうなるんだあああああ
作者さん乙です
なんか涼しくなるストーリーだ
247ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:04:28.40 0
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.6


山を降りたところでその異変に気付く。先頭を走っていた颯が反射的に立ち止まり、後ずさった。
岸くん達の自転車を取り囲むようにして、十数人の大人たちが目の前に立ちはだかっていた。合羽を着こんでいたり、傘をさしていたり、何もせずそのまま雨風にさらされていたり…いでたちは様々だったが全員異様な眼つきでこちらを睨んでいる。
「見つけたぞ…」
皺枯れた声で、誰かが呟いた。
「やはり嶺亜様と挙武様だ…屋敷を抜け出して何を…!」
「なんということだ…栗田家の倅達までいるではないか…掟を破りよって…!!」
嶺亜と挙武がいなくなったことがばれていた…うまくやったはずなのに、何故…?
岸くんと岩橋が顔を見合わせていると、「もしかしたら…」と挙武が呟く。
「昨日、嶺亜の具合が良くなかったから…誰かが心配して部屋を訪れたのかもしれない…薬を持ってきたのかも」
村人たちは挙武と嶺亜ににじり寄ってくる。まるで罪人を追い詰めるような切迫感があった。
「よそ者に何か吹きこまれたか…いずれにせよ、勝手な行動が取れぬようにせねば…」
「どうする?中村の旦那に知らせるか…」
「いや駄目だ。あの人はあてにならん。何せ父親だ。いざとなったら情が動いて…儀式の邪魔をしかねん。これは我々で…」
徐々に、これは非常に深刻な事態になるのではと岸くん達が悟っているとしかし、恵が叫ぶ。
「おいてめえらいいどういうつもりだ!!れいあに指一本でも触れてみろ、ブッ殺し…」
恵が言い終わる前に、雷鳴の合間をぬって冷たく暗い声が響く。
248ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:06:21.92 0
「とりおさえろ」
その声を合図のようにして、大人たちが数人がかりで挙武と嶺亜の自由を奪った。拘束された嶺亜は苦痛と恐怖に顔を歪ませ、叫ぶ。
「やめて!!離してえぇ!!」
その声に弾かれるようにして嶺亜を助けようとした恵をまた数人が押さえつける。岸くん達も龍一も倉本と井上も囲まれていた。
「や…やめて下さい。嶺亜くんと挙武くんを連れだしたのは僕達です。二人は僕らに無理矢理外に連れ出されただけで…だから離してあげて下さい!」
震える足を懸命にこらえながら、岩橋は説明をした。村の人間達は嶺亜と挙武が逃げたと思いこんでいる。そうでないことを伝えなくては彼らの身が危ない。そう判断した。
「てめえらフザけんじゃねえ!!れいあを離せ!!離しやがれ!!」
だが村人たちは嶺亜と挙武を解放する気配はない。恵が暴れてもがく。しかし地面に押さえつけられねじ伏せられてしまった。
「ちょっとあんたら異常じゃね?儀式とかしきたりとか…。幼稚園で習わなかったのかよ。人を傷つけてはいけませんってよ。これ立派な犯罪だぞ!」
神宮寺が大声でまくしたてる。その勢いに岸くんと颯も乗った。
「あんたたちにも子どもがいるだろ!その子どもを村のために殺すって言われて平気でいられるのか!?この村にどんな災厄があったか知らないけど、そんな迷信で人一人の命を奪うとか間違ってる!!」
「そうだよ!!どうしてそんなわけのわからないことのために嶺亜くんが死ななきゃならないんだ!!今すぐやめようよそんな狂った儀式なんか!!」
「迷信だと…?」
暴風雨の轟音の中、恨み節のような声が響く。村人たちの眼つきがより一層妖しい光を増した。
249ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:07:35.28 0
「貴様たちよそ者に何が分かる…邪魔をするとお前らもただでは済まさんぞ」
その眼に宿る狂信的な禍々しさに、岸くん達は震えあがった。それほどまでに何かに憑りつかれたような、不気味な迫力に満ちていた。一瞬で黙らせるような強制力がそこには含まれていて、体が動かない。
「屋敷の地下牢に閉じ込めておけ」
老人が嶺亜を捕えている村人にそう指示した。それを聞いた瞬間、挙武の顔がさっと蒼ざめた。
「待ってくれ!!僕と嶺亜はもうどこへも行かない!金輪際屋敷から一歩も出ない!だからあんなところに嶺亜を閉じ込めるのだけはやめてくれ!!…頼む!!」
しかしその願いは聞き届けられるどころか彼らはこう囁き合う。
「もう満月が…などと言っておれん。この荒れ狂う天気に不審火に…こうしてよそ者が掻き乱してもいる。俄かに村では不穏な空気が流れている…。これ以上災厄を招く前に儀式を済まさねば」
その声に挙武は咆哮を轟かせた。半狂乱になり、衣服が乱れるのもかまわず泣き叫びながら懇願した。
「嫌だ!!嶺亜を連れて行くな!!だったら僕を生贄にしろ!!僕の命ならいくらでもくれてやるから…だからやめろ!!やめろおおおおおおおおお!!!!」
「挙武!!挙武!!!」
嶺亜も泣きじゃくりながらもがいている。だが無情にも彼らは口を塞がれ手足の自由も奪われ連れていかれてしまった。
雨と風は、不協和音となって不穏なメロディを奏でてゆく…突然の雷雨に引き裂かれた運命の双子を、そのひずみに誘うかのように…

.
250ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:09:06.25 0
岸くん達は倉本の家に身を寄せた。村人たちはあの後、狂ったように喚き散らす恵と、同じように叫び続ける龍一をも連れ去った。その後で岸くん達には「これ以上首をつっこめばお前達にも制裁を加える」と脅し立ち去ったのである。
「あの様子じゃ…雨があがったらすぐにでもやるつもりかも…。時間がないよ、もう…」
井上は下唇を噛む。悔しそうに畳みのケバをむしっていた。
「なんにもできなかったね、僕達…。目の前で助けを求められてるのに…」
岩橋は自分が許せなかった。どうしてあの時身を呈して助けに行くことができなかったのか…それを思うと自己嫌悪がからみついて取れない。
「まだ遅くない。少なくとも今夜までまだ時間はある。だから協力してくれよ、岩橋、岸くん、神宮寺、颯!」
倉本が四人の顔を交互に見据えて懇願した。
「でもくらもっちゃん…そのせいで岸くん達が村の人達に何かされたら…」
「…けどよ、俺達だけじゃ…」
井上と倉本は歯痒そうに床を見つめた。幼い自分達だけではどうにもならない。だけど、岸くん達の協力があれば…そう思って彼らに相談したのである。しかしここへきてそれが困難であることをついさっき突き付けられた。
生半可な覚悟では、村人たちに潰されてしまう。現にあの時誰も動けなかった。その悔しさと己の非力さ、現実の非情さにやり場のない苛立ちが襲う。
「…冗談じゃねえ…」
ぼそっと誰かが呟いた。それは神宮寺だった。
「こんなワケわかんねえ村に来て殺されるとか、まっぴらごめんだぜ!狂った奴ら相手に正論なんか通じるわけがねえよ!」
「神宮寺…」
皆が神宮寺を見つめる。諦めに似た倉本と井上の視線…岸くんと岩橋、そして颯が三人顔を見合わせるとしかし次に神宮寺はこう叫んだ。
251ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:10:16.61 0
「けどこのまま見殺しになんてできるわけねえ!!んなことしたらあいつらのあの時の顔が毎晩夢に出て来てうなされらあ!!そうだろ!?」
「うん…そうだよね」
岩橋は頷く。
「あの時、嶺亜くんは無意識だったんだろうけど…僕に助けを求めた。それに応えないで帰るなんてできない。僕だって兄弟と引き裂かれて命を奪われるなんて絶対嫌だから…」
「大好きな友達を殺さなきゃならないなんて、俺だったらとっくに発狂してるよ。恵くんと龍一くんのことも心配だし、絶対その変な儀式だけは阻止しないと!」
颯も目に強い意志を宿してそう言った。最後に岸くんが立ちあがる。
「川で遊んでた時…あいつらいい目してたよな」
言われて、三人は思い出す。それまで憂いを帯びているか、何かに囚われているかのような陰のある瞳をしていた嶺亜と挙武のそれに年相応の無邪気さを見たことを。
そして何かに縛られたようにいつもギリギリの精神状態を保っていたかのような恵と龍一が穏やかさを見せたことを。
「嶺亜は…生きたいって言った。毎日呑気に暮らしてた俺たちじゃ絶対に出ない言葉だ。あいつが、挙武が、恵が、龍一がどんな思いでこの村で過ごしてきたのか俺には分からないけど…」
岸くんはその大きな瞳を何かに向けて真っ直ぐに向けた。
「あいつらの本当に心の底から笑った顔が見てみたい。だからそのためにはこんな忌まわしいしきたりはなくしてしまうべきだと俺は思う。だからそのためにできることをしなきゃ。びびってる場合じゃないよな」
岩橋も、颯も、神宮寺も岸くんのその言葉に深く共感する。
出会いこそあまりいい形ではなかったし、出会って間もないが不思議と岸くんも、岩橋も、神宮寺も、颯も彼らのことをどこか放っておけない存在になっている。そう、違う世界では馴染みの深い仲間だったかもしれないとさえ感じていた。そして倉本と井上のことも…
「岸くん達、それじゃ…」
倉本と井上の目に希望と期待の色が宿る。四人は頷く。
与えられた時間はごくわずかだ。1秒も無駄にできないし、失敗は許されない。
嶺亜を助けるために、挙武を、恵と龍一を絶望から救うために、6人はそれぞれの小さな勇気を共鳴させた。
252ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:11:30.00 0
挙武は目を覚ます。薄眼を開けると見慣れた自分の部屋の天井がぼんやりと映し出された。
一瞬のまどろみの後、頭の中をおぞましい絶望がかけめぐる。これは現実だ。嶺亜は今屋敷の地下牢に閉じ込められていて、自分はさんざん暴れて薬を打たれて眠らされたのだ。
起き上がる気力はない。だが視界の隅に時計が映った。午後6時。外はまだ完全な闇に染まってはいない。
雨と風は相変わらず窓を殴りつけていて、悪天候は続いている。が、どのみち関係ない。早ければ明日にでも嶺亜は…
それが脳裏を掠めただけで、挙武は歯の根が合わなくなる。叫びだしたいくらいの絶望感。もう成す術もなく嶺亜の命が奪われてしまう。できれば完全に狂って、もう何もかも…感情も何も宿さない廃人になってしまいたかった。でなければ耐えられるはずもない。
ならせめて嶺亜が儀式によってその命を奪われた後に、自分もその後を追おう…
そんな決意が脳裏に宿った時だった。
足音が聞こえる。それは静かに、しかしいやにはっきりと挙武の耳に届いた。それが、部屋の前でピタリと止まる。
ほとんど音をたてずに襖が開く。入って来た人物を見て挙武は知らず、身を起こしていた。
「父さん…」
挙武の記憶はまだ父親の映像を消していなかった。会うのは何年ぶりになるか…同じ家にいながらにしてほとんどお互いが干渉し合うことはない。それはタブーとして暗黙の了解になっている。
その父が、哀しげな眼で自分を見下ろしていた。
「どうして…」
挙武が無意識にそう疑問を口にすると、父は静かにこう答えた。まるで重機が擦れ合うような重低音…挙武の記憶は父のその声までは保存していなかった。だが、どこか懐かしくもある。
253ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:13:09.98 0
「嶺亜を…助けてやってくれ、挙武…」
ああ…と挙武は思い出す。それはフラッシュバックのように脳裏に蘇る。
幼い日、まだしきたりのことも、儀式のこともよく知らなかったあの日…嶺亜と二人で「僕達のお父さんってどんな人なんだろうね」と話し、来てはいけないと言われていた父の部屋に内緒で潜りこんだことを。
父はその時何か書物を読んでいて…その背中の記憶だけがあった。そしてその背中からこう聞こえた。
「来てはいけない。まだ、その時じゃない」
幼い自分達にはその意味が分からなかったが「いけない」といわれ意気消沈して戻ったのを覚えている。だが嶺亜も自分もそれが拒絶によるものではないことだけは分かった。だから「その時」を待つことにしたのだ。
今が「その時」だというのだろうか…父の方から挙武に会いに来てくれた。
嶺亜を助けるために
挙武は立ち上がる。父の顔立ちをじっと見る。どこか自分に似ている気がした。では、嶺亜は母親似なのだろうか…
そんなことをぼんやり思っていると、父は挙武を庭に招いた。もっとも使用人達も挙武を見張っているから極力誰にも見つからないように人目を避けながら。
「雨と風がひどいが…我慢してくれるか?」
挙武は頷く。嶺亜を助けることができるのならどんなことでもできる。その意志が伝わったのか父は和服が濡れるのも構わず庭から山道へと走り出す。挙武もそれに倣った。
何故今、山に入るのか…それは分かりかねたが疑っている余裕はない。挙武は父の後を追う。
254ユーは名無しネ:2013/09/04(水) 20:14:21.43 0
「ここは…」
見慣れた場所だった。父は神社に挙武を連れてきた。
石段を登り、鍵を挿し込んで格子戸を開く。薄暗い中にあってもその像は強烈に視界に飛び込んできた。
御神体として祀られたその像は、どす黒く変色している。何人の血を吸ってきたのか、腐臭すらした。挙武は思わず顔をしかめた。
こんなものさえなければ、嶺亜も自分も何の不安もなく生きることができたのに…
呪詛のような思いを噛みしめていると、突然ガコン、と何かが外れる音がした。挙武はそこへ視線を合わせる。
「これは…?父さん…?」
本殿の中の神体の真後ろにぽっかりと穴が開いた。父はその穴を懐から出した懐中電灯で照らす。石造りの階段のようなものが浮かびあがった。
「いつ造られたものかは知らないが…屋敷の地下牢に通じている」
言われるがままに石段を降りていくと、行き止まりにさしかかる。その狭い天井にある取っ手のようなものを父はいじりだした。そして…
控えめにそれが開く。父に促されて挙武はそこから慎重に顔を出した。
「嶺亜…」
掠れた声でその名を呼ぶ。暗く冷えびえとした地下牢に、嶺亜は横たわっていた。


To Next vol.7
255ユーは名無しネ:2013/09/05(木) 19:24:13.08 0
ドキドキする
ついにクライマックスか?
256ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:05:33.36 0
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.7


「じいちゃんが車出してくれるって。早く乗って」
倉本の祖父が車で岸くん達を目的地に運んでくれた。定員オーバーだったが身を寄せ合い岸くん達は車に乗り込む。
「あの…大丈夫ですか?村の人たちに知られたら…」
岩橋は倉本の祖父に問いかける。目下のところ、自分達はこの村の人間たちの目の敵ナンバー1だ。その手助けをしていることが知れたら迷惑がかかるかもしれない。
「かまうこたねえ。あの連中はな、憑りつかれてんだよ。何言ったって聞きゃしねえ」
吐き捨てるように、倉本の祖父は言う。
「俺は仮に自分の孫が…郁が生贄にされたらって考えただけで気ぃ狂いそうだ。こんな慣習、なくしちまった方がいいんだ。もう二度と…」
そこで倉本の祖父は言葉を切る。車は目的地…栗田家の裏側の山の手前に停まった。
来る途中に山の入り口の鳥居が見えた。その近辺には見張りの村人が何人か立っている。だからこっちを選んだと倉本と井上は言った。
「神社への道はあの鳥居からと嶺亜くん達の家の庭、恵くん達の家の庭からの道の3つって思われてるけどもう一つあるんだ。ちょっと天気わりーから大変だけど…」
雨風は相変わらずひどかったが嘆いてはいられない。岸くん達は車から降り、倉本と井上の案内でそこに入った。
草木に隠れるようにしてそれはあった。
257ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:06:43.59 0
「俺とくらもっちゃんが昔作ったんだよ。半年がかりで」
もう一つの神社への道…それはおよそそう呼べるものではなかったが確かにそこへ続いている。
「小3の時だったかな…ここから入れそうだなって発見して。ここに入るのはタブーだってちっちゃい頃からいい聞かされてたけどそれ聞いたら余計に入ってみたくなって。で、入ったはいいけど…」
井上の言わんとすることを、岸くんが先取りした。
「恵に見つかって怒鳴られた、ってとこ?」
「当たり。もうさーすんごいおっかなかったんだよその時。ヤクザみたいな剣幕でさー『おめえらこんなとこ来てタダで済むと思ってんのか!?あぁ!?』ってまくしたてられて俺とくらもっちゃん涙目になって…」
「そうそ。でもさ、その直前に見つけたでっかいクワガタあげたらさ、すぐに仲良くなって…そんで嶺亜くんと挙武くんとも仲良くなった。しばらく内緒で通ったっけ」
荷物を抱え、雨風にさらされながらで多少きつかったが倉本たちの懐かしい昔話がそれを緩和してくれた。
そして唐突に視界が開ける。岸くん達は到達した。
池がある。ここには多少見覚えはあった。ここから神社へはもうすぐの距離にある。そこで二手に分かれた。
「健闘を祈る!」
まるで戦地に出兵するかのように敬礼しながら岸くんは颯と岩橋と井上を見送る。
「岸くん達も気をつけて」
颯がそう声をかけ、岩橋達と共に池の脇の山道を下り始める。そこは栗田家の裏庭に通じる道である。
栗田家の裏庭に到達すると、屋敷の中は騒然としていた。


.
258ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:07:45.93 0
暗く澱んだ水の底に沈んでいるかのような錯覚…自分が生きているのか、もう死んでしまったのかすら曖昧になった時その声は微かに嶺亜の耳に響いた。
「嶺亜…嶺亜…」
囁くような掠れた声…それでもそれが挙武のものだと認識する。だがそんなはずはない。地下牢の戸は固く閉ざされていてそこへ続く廊下の先には見張りの使用人がいる。挙武が入ってこれるはずがない。
幻聴が聞こえ始めたら、いよいよ精神状態が深刻なものになっているのかもしれない。そう懸念すると今度は幻覚が見えた。
「挙武…?」
牢の中の床にぽっかり穴が開いたかと思えばそこから挙武が顔を出した。
一体自分の五感はどうなってしまったのか…幻だとすればあまりにも生々しい。挙武のまぼろしは確かに嶺亜の前に姿を現した。
「挙武…どうして…なんで…?」
「嶺亜、説明したいけどその余裕がない。とにかくここを出よう」
小声でそう囁くと、挙武の幻は嶺亜をその穴へといざなった。そこで嶺亜はまた信じられないものを見る。
「…お父さん…?」
嶺亜は混乱した。信じられないことの連続で、思考は一時停止する。その前にさんざん泣き叫んだからもう驚く体力も残されていない。
だがそれは確かに父親だった。幼いころに見たその記憶。初めて会った時はその背中だけだった。その後、数えるほどしか顔を合わせていないがそれは確かに父だ。挙武に少し似た鋭い眼差しは真っ直ぐに自分をとらえている。
259ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:09:47.56 0
「嶺亜、挙武、こんなことになるまで何もできなくてすまない。だけどもう時間がない。村の奴らは天気が回復次第儀式を始めると言っていた。そうなる前になんとかしてこの村から脱出しなさい。父さんにできることはこれぐらいしかないが…」
嶺亜と挙武の顔を交互に見据えながら、父は牢に上がって行く。
「お父さん…?」
「見周りに来た使用人が、牢の中がからっぽになっていたら騒ぐだろう。できるだけ気付かれぬようにしておくから。早く行きなさい」
「けど、父さんは…?」
「父さんはここで母さんに報告をする。お前達が無事逃げることができたら…その時は母さんにやっと許してもらえる」
父は微笑む。そして扉を閉めた。
挙武と嶺亜はもう一度父の声を聞こうとしたが、その開け方が分からず、それは叶わなかった。
「嶺亜…行こう」
懐中電灯を手に取り、挙武は嶺亜の手を取る。嶺亜は頷いた。
石段を登りながら、嶺亜は挙武に言った。
「挙武…生きてまたここに戻ってきて、今度はお父さんと三人で一緒に…楽しく暮らそうねぇ」
「…ああ」
手を繋いだまま、嶺亜と挙武は神社の本殿へと続く道を歩いた。そして視界が開ける…


.
260ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:11:30.55 0
なんとか誰にも見つからず恵と龍一と接触できないだろうか…と颯達は思案にくれていたのだが栗田家ではそれどころではなかった。
「恵様!!おやめ下さい!!神聖な刀を…」
「どうかお気を確かに!!こんなことをすれば恵様も…!!」
颯達が屋敷に近づいても、使用人たちはそんなことを気にする余裕もなく恵の名前を叫んでいる。何人もの叫び声が入り乱れていた。
「様子がおかしいよ、恵くんどうしたんだろう…?」
見つかるなどと言ってられない。颯は屋敷の中を覗き見た。
そこに、日本刀を手にしている恵が見えた。彼はにじり寄ってくる使用人にその鈍色に光る刃をつきつけながら低い声を出した。
「近寄るんじゃねえ…たたっ切るぞ」
使用人たちは動けない。恵の眼はそれが本気であることを悟らせるのに十分な迫力を備えていた。狂気と紙一重のその色に、思わず覗いた颯も戦慄を覚えた。
「邪魔すんな…邪魔したら切る。死にたくなかったらそこどけ」
ゆらりと恵は使用人達の間を通り抜ける。そして庭に降り、颯を横切った。どうやら自分達の存在も認識していないらしい。異常な眼つきだった。
恵は山道へとゆっくり歩いて行く。雨風が当たるのもおかまいなしに。
「恵くん!!」
颯は弾かれたように後を追った。岩橋と井上がためらいがちについてこようとしたがそれを止める。
「岩橋と井上は龍一くんの方を頼む!俺は恵くんが何をするのか聞いてくるから!」
岩橋と井上は頷いた。それを確認して颯は全速力で恵を追う。
すぐに追いついた。恵はまるで夢遊病患者のようにゆっくりと歩いていた。雨に濡れているせいか顔色が悪い。
「恵くん!!待って!!」
颯が叫びながら腕を掴むと恵は颯を睨んだ。その大きな瞳が業火をたたえている。激しい感情がそこに密集されているかのようで慄いた。
261ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:12:46.14 0
「颯…お前なんでこんなとこに…」
「助けに来たんだよ!嶺亜くんを、みんなを!それより恵くん、そんな物騒なもの持って何するつもりなんだよ。とりあえず俺達の話を…」
しかし恵には颯の言葉が伝わらないようだった。依然として恵は何かが憑依したかのようなおよそ人間離れした眼つきで刀を見た。
「俺はこいつで自分の血ぃあの薄汚ねぇ像に浴びせてやってくる。れいあの血なんかやらねぇ。お前が浴びるのはこの俺の血だってな」
「何を…!!」
颯は愕然とする。恵は死ぬ気だ。それを察知すると全身の血が逆流しそうになり、颯はなりふりかまわず彼の両腕を掴んで説得する。
「駄目だ!!そんなことしたらなんの意味もないよ!!俺達は誰一人死なせないためにここに来たんだよ!!いいから冷静になって。恵くんが死んでも嶺亜くんが助かるわけじゃないんだよ!!」
「助けられるんだ…」
うわ言のように、恵は呟いた。整ったその顔は怖いくらいに冷静さを放っている。恵は狂っているわけではない。何故かそう思わせるものがあった。
「颯、お前がどれだけこのしきたりについて聞いたか知らねえけど、それにはこうあるんだぜ。『生贄の血を捧げるための刀を握ることができるのは栗田家の跡取りのみ。
それ以外の者は何人たりとも刀を振ることはできない』ってな。俺が死にゃあ跡取りはいなくなる。だから生贄は次まで持ちこされるんだ」
「でも、そしたら龍一くんがその役目を…!」
「龍一も覚悟決めたぜ」
恵はそこで後ろを振り返った。自分が歩いてきた道…屋敷の方を。
262ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:13:26.11 0
覚悟…?
それはどういう意味だろう…しかし考えてすぐに結論がそこに達してしまう。颯は嗚咽がこみあげた。そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。
「そんなの駄目だ!!恵くんも龍一くんもいなくなったら嶺亜くんと挙武くんがどれだけ悲しむか分かってんのか!?それじゃ意味がない!!
そんなことで生かされたって嶺亜くんは絶対に喜ばないし、死んだ方がましだって思うに決まってる!!だからそんな馬鹿な方法で救うとかやめろ!!お願いだから!!」
颯は泣いていた。その涙を降りしきる雨が拭っていく。恵の顔も雨で濡れているのか、その涙なのかは分からない。だがこの腕だけは離してはいけない。颯は恵の細い腕が折れてしまうくらいにそこに力をこめた。
「これしかねえんだよもう!!」
魂の底を震わすような声を吐きだし、恵はもの凄い力で颯の手を振りほどくとまっしぐらに神社へと駆けて行く。
颯は懸命に後を追う。だが足が震えて思うようにスピードが出ない。
恵の決意は痛いくらいに伝わってくるが、それこそ悲劇を生むだけだ。何がなんでもそれだけはやめさせないといけない。
呼吸がおかしくなるくらいにもがきながら進んだ先に恵は佇んでいた。
そこにいたのは恵だけではなかった。彼にたちはだかるようにして、数人の村人が神社の前にいた。


.
263ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:14:53.26 0
「恵くんのことは颯に任せて…とにかく龍一くんを探そう」
岩橋は胸騒ぎを押し殺しながら井上に言った。彼は頷き、屋敷の人間が騒然とする隙をぬって龍一の部屋へ到達するにはどこを通ればいいかを教えてくれた。
「あんまり家の中には入ったことがないから…しかもあの騒ぎだし、岩橋が見つかるとちょっとややこしくなるかも。俺だったら別に家にいてもおかしくはないからちょっと呼びだしてくるよ」
井上はそう提案した。岩橋もそれがいいような気がする。井上なら忘れ物を届けにきた、とかの名目で訪れてもおかしくはない。もっともあの騒ぎで使用人達にそこまで気が回るかどうかは分からなかったが…
岩橋は庭にある大きな土蔵のような建物の横の木陰で井上を待つことにした。雨が少しだけ凌げるし、誰かがきたらすぐに分かる。
「…」
浅く溜息をついた。神社に向かった岸くん達はうまいことやっているだろうか…まだ静かだから実行には至っていないだろう。
もっとも、成功したところで根本的な解決になるかは分からなかった。
だがやるしかない。やってみるしかない。変わらなくても、残酷な結末が訪れようとも。
岩橋は両手を握りしめる。自分を奮い立たせるために。弱気に支配されぬよう懸命に自分自身を強く保とうとした。
そうしてどれくらいの時間待っただろうか…しかし時間に直せば数分程度だが屋敷の騒ぎが今度は庭の方にまで広がってくる。岩橋は身構えた。
「龍一様!!お待ちください!!一体何を…!!」
誰かの叫び声がつんざく。岩橋は身を寄せた木陰からそっと覗き見た。
龍一が必死の形相で使用人を振り切り、何かを抱えて土蔵の中に雪崩れこむ。後を追ってその中に入ろうとする使用人達をこう一喝した。
「来るな!!来たらあんた達も俺の巻き添えになるぞ!!」
龍一のものとは思えぬほどの大声だった。使用人達は肩をびくつかせながら静止する。知らず、岩橋は木陰から飛びだし中の様子をその眼に見た。
264ユーは名無しネ:2013/09/06(金) 19:18:02.99 O
「龍一くん…!?」
土蔵の真ん中には奇妙な棺桶が置かれている。これが岸くんがここへ来た初日に入れられたという棺桶だろうか。距離があってよく分からないが不気味な木造りの棺桶だ。ここに、嶺亜が入れられて沈められるというのか…
「龍一様!!何をなさるおつもりです!!馬鹿なことはおよしなさい。その棺桶は儀式に必要な、大切なものなのですよ!!」
「何を考えている龍一様!!恵様ばかりでなくあなたまで気が違ったのか!?いいから早く…」
喚き散らす使用人達を、冷めた眼で睨みつけながら龍一は持っていた何かを高らかに掲げた。
「何を…!?」
「棺桶なんかなくなる。嶺亜くんを入れることもできないよ。儀式なんかもう二度と行われない。嶺亜くんを死なせたりはしない」
まるで独り言のように、静かに龍一は言い放つ。その後でうすら笑いを浮かべながらライターに火を灯し、こう呟いた。
「ここにいるとあんた達も吹っ飛ぶぞ」
あれは…!岩橋は記憶を掘り起こす。
同じものだ。恐らく龍一が火をつけようとしているものは程なくして爆発する。どれくらいの威力なのかは分からないが、棺桶を木端微塵にしてしまうには十分なのだろう。当然、側にいる龍一は…
「龍一くん!!やめろ!!」
岩橋は叫び、彼に駆け寄ろうとした。
だが、それは叶わなかった。
龍一は土蔵の扉を閉めた。岩橋がそれをこじ開けようと扉にしがみついたが使用人によってそこから引きはがされてしまう。庭の隅に追いやられ、近づくこともままならなかった。
「龍一くん!!!龍一くん!!!」
喉がおかしくなるくらいに岩橋は叫んだがその叫びは龍一には届かなかった。
爆音が岩橋の声を無情に吸い込んでゆく。岩橋は咆哮をあげた。



To Next vol.8
265ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 19:53:51.24 I
どうなるの?!
266ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 19:55:40.92 0
栗谷コンビの本気
栗ちゃんが神7のみんなに恵くんって呼ばれてるのが新鮮
267ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:19:14.48 0
神7シネマ劇場「Rhapsody in Summer」vol.7


本殿から出ようとして、それは視界に入った。嶺亜と挙武は繋いだ手に同時に力をこめる。
村人たちが神社の周りをうろうろと歩き回っている。さっき、挙武が父と来た時は誰もいなかったのに…
「見られたのか…」
挙武は小声で言囁く。父と山に入るところを誰かに見られていた。だから集まってきたのだろう。
だがこの地下牢への道の存在は誰も知らないようだ。神体が祀られているここまでは入ってこようとする気配はない。
「見つかったか?」
「いや…すでに山を出たのかもしれん。だが挙武様だけ連れて出て行くはずがない。まだ近くにいるかもしれん」
「一体何を考えている。中村家の当主ともあろう者が儀式の邪魔をするなど…」
「やはり子どもへの情は捨てきれぬか…」
嶺亜と挙武は息を殺した。見つかったら最後、父もろともおしまいだ。
「戻った方がいい…か…?」
「でも挙武、お父さんが…」
囁き合っていると村人たちがざわつき始めた。格子の隙間から嶺亜は信じられないものを見た。
「恵…!」
恵が刀を手にしているのが見えた。村人たちは騒然とする。
刀を突きだし、恵は村人たちと対峙する。この位置からではその表情がよく分からないが彼は非常に冷静にも、とっくに正気を失っているようにも見えた。
「何するつもり、恵…!?」
「駄目だ嶺亜、今行ったら…」
嶺亜が飛びだそうとするのを挙武が必死に抑える。だが、そうしているうちにまたも新たな展開が訪れようとしていた。
268ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:22:15.33 0
「なんだ、今の音は…?」
どこかで爆音が鳴り響く。それはそんなに遠くない場所のように思えた。
村人たちはざわめく。恵は何かを悟ったかのように一瞬だけその音のする方向を見つめた。
哀しい色がその瞳に宿っている。嶺亜と挙武は胸騒ぎが駆け巡った。
何かが…何かとてつもなく哀しいことが起ころうとしている…知らず、震える手を二人はぎゅっと握り合った。
そうして騒然とする中で、颯の叫び声が轟いた。
「恵くん!!駄目だ!!戻ってきてくれ!!」
「颯!どういうことだ!?恵は何をしようとしてんだよ!?」
また違った人の声が響いた。それは岸くんだ。見ると、そこには神宮寺と倉本もいた。
恵が何をしようとしているのか。
岸くん達は何故ここに現れたのか。
何がどう動いているのか…嶺亜と挙武には分からない。
だが、このまま身を潜めているだけではいられないことを二人は予感した。


.
269ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:23:05.40 0
岸くんと神宮寺、そして倉本は神社を目指す。池のある場所から神社へは登りである。栗田家の裏庭に通じる道は下りだ。颯達の後ろ姿を見送って三人は山道を登り始めた。
だが…
「…人がいる…!?」
先頭を行く倉本が振り返り、岸くんと神宮寺にそう告げた。急いで近くの茂みの中に身を隠した。
「なんで…?神社にまで見周り…?」
「でも様子変じゃねえ?あいつらなんか探してる感じだぞ」
「何かあったのかな…」
分からなかった。だが迂闊に近づくことはできない。ひどくもどかしかったが村人たちが散るまで待つしかなかった。
「…なあ、刀ってなんだ?」
茂みの中は窮屈だったが雨は少し凌げる。顔を拭いながら神宮寺は倉本に問いかけた。
「恵の奴が前に言ってたんだよ。嶺亜を殺すくらいなら俺があの刀で喉掻っ切るって。そんな物騒なもんがあんのかよ」
倉本は頷いた。
270ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:24:08.99 0
「儀式が始まった時に造られたっていう謂れがある刀で…すごく長い日本刀らしい。俺も実物は見たことがないんだ。栗田家のどこかに保管されてるらしいけど」
「そいつも一緒にどうにかした方が良くないか?神体と一緒に…」
「けど、そんなものどうやって持ちだしたら…」
囁き合っていると、ふいに誰かが山道を駆けのぼってくる音が聞こえた。岸くんが茂みの中からその方向を覗き見る。
「恵…!?」
「え?なんで恵くんが?」
「おい…なんか持ってなかったか?あれって…」
物凄い勢いで山道を駆けあがって行った恵の手には確かに今しがた神宮寺が倉本に問うた日本刀のようなものが握られていた。ややあって、それを誰かが追うように続いた。
「颯…!!」
それは颯だった。岸くん達は茂みから飛びだす。
「どういうことだよ、なんで颯が恵を…」
「恵の家で何かあったのかもしれない。俺達も行こう!!」
颯を追って、岸くん達は山道を全力疾走した。


.
271ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:24:49.12 0
「栗田家の…貴様、正気か?儀式に使う神聖な刀はその時まで持ちだしてはならぬ。その掟を…」
「掟なんか知らねえよ。俺は頭わりーからな」
村人をねめつけながら、恵は低い声で答え、かぶりをふった。
「けどよ…」
恵は笑う。それはどこか自嘲めいた、渇いた笑いだった。
「俺がいなくなりゃあお前らが必死んなってやろうとしてるキチガイじみた殺人儀式を止められるってことくらいは分かる。せめて次が見つかるまでこの村に何も起きなきゃいいな。まあ、次はないだろうけどよ」
恵は刀の刃を自分の喉に当てた。
「やめて!!恵!!!!」
神体を祀る本殿の格子戸が勢い良く開く。そこから飛びだしてきたのは嶺亜だった。
「れいあ…?」
恵は目を見開いた。何故、嶺亜がここにいるのか…彼は屋敷の地下牢に閉じ込められているはず…
混乱する恵はだらん、と腕を降ろす。その表紙に日本刀がぬかるんだ地面に落ちた。
「嫌だ!!恵が死ぬなんて嫌だ!!そんなことになったら僕はもう生きていけない!!生きていたって意味がない!!だからお願いだからやめてよ!!お願い…」
泣きながら、嶺亜は恵にすがりつく。恵は放心したように立ちつくした。
「何故ここに地下牢にいるはずの嶺亜様が…。誰が逃がしたというのだ…」
呆然とする村人たちはしかし、次の瞬間にはもう眼の色を変えて嶺亜ににじり寄ってくる。
272ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:25:43.10 0
このままでは、さっきのようになってしまう。岸くん達は急いで行動に移った。だが…
「一体何をするつもりだ貴様ら!!一度ならず二度までも…生きては返さんぞ!!」
「うるせえ!!やれるもんならやってみやがれ!!俺を誰だと思ってんだ!!神宮寺勇太だぞ!!こんな神聖な名前どこにあんだよ!!俺に危害加えたらそれこそバチが当たりまくんぞ!!」
啖呵を切って神宮寺は飛びだす。村人は老人も含まれていたからなんとか振り切れる…と思ったが二人がかりで襲ってこられ、分が悪い。向こうも必死だった。
「誰も死なせないって皆で誓ったんだよ!!恵くん、だからもうそんな馬鹿な真似はやめなよ!!他でもない嶺亜くんがそう言ったんだから…!!」
颯も神社に向かってまっしぐらに突撃した。だが颯には三人かがりだった。
「儀式はなくならない…この村に災いはもうもたらせぬ…!!」
そう怒鳴る相手に、岸くんが叫んだ。
「災いはこの儀式そのものだ!!」
ゴロゴロと、低く唸るように雷鳴が轟く。雨はより一層激しさを増したがかまわず岸くんは続けた。
「生きたい人間が死ななきゃならない、殺されなきゃならない、どんな立派な理由があるっていうんだ!!
この村に何があったのか、どんな歴史があるのか俺は知らない。だけど、災いがあるとしたら…それはこんな忌まわしいしきたりを呼びこんだ奴そのものだ!!そのために、どれだけの人間が理不尽に命を奪われたっていうんだ!!これ以上の災いなんかないだろうが!!」
岸くんは、持っていた包みを開け、そこに火をつけた。
273ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:26:35.50 0
それはダイナマイトの一種で、倉本と井上が自由研究の延長上で作ったものだった。
倉本と井上はずっと、この呪わしいしきたりがなくなることを嶺亜たちに出会った時から思っていた。
幼い発想ではあったが、それは無意味ではないと自分達に言い聞かせていた。
御神体がなくなれば…血を必要とするあの呪わしい彫像がなくなれば、もしかしたら儀式を止めることができるかもしれない。嶺亜を助けることができるかもしれない。
だからそれを作った。村はずれでその実験をして、その結果予想以上の威力に数日前小火騒ぎを起こした。ばれるとまずいから一目散にそこから逃げ帰る途中、岩橋に出会ったのである。
「こんなものがあるからいけないんだ!!」
倉本はそう叫んだ。
岸くんが神社に向かってそれを放り投げようとして、体当たりを喰らう。爆薬はコロコロと転がって水たまりに落ち、鎮火してしまう。
「像は壊させはせん…」
ぞっとする声がどこかで響いたかと思うと、激しい雷鳴が轟く。
村人たちがぞろぞろと集まってくる声が聞こえる。その前に起きた爆発事故で俄かに緊張が走ったのだ。
岸くん、颯、神宮寺、そして倉本は押さえつけられた。そして集まってくる村人は次に嶺亜達に…
そこで、挙武が叫ぶ
「爆薬とライターをこっちにくれ!!嶺亜!!恵!!」
その声に弾かれるようにして恵が爆薬を、嶺亜が岸くんの手から放られたライターを拾った。
だが二人はそれを挙武のいる本殿に放り投げはせず、持ったままそこへ駆けて行く。村人たちは挙武の突然の出現に戸惑い、動きが遅れた。
彫像の前には嶺亜と挙武、恵の三人が集まる。
挙武は驚いたように目を見開いたが、ほんのわずかな瞬間のアイコンタクトの後浅く頷いた。彼らにしか交わせない会話がその一瞬にあったのだ。
274ユーは名無しネ:2013/09/08(日) 20:27:29.07 0
嶺亜、挙武、恵の三人は、岸くん達の方に視線を向けた。
「岸くん達…ありがとう」挙武は穏やかな瞳を湛えてそう言った。
「世話んなったなおめーら。ありがとよ」恵もまた、照れ臭そうに微笑む。
「守られてばっかりじゃ申し訳ないもんねぇ…ありがとう」嶺亜はライターに火を灯した。
「三人一緒なら、全然怖くないよぉ。龍一は…もしかしたらちょっと先に行ってるのかもねぇ…」
最後は寂しそうに嶺亜は呟いた。そして爆薬にその火を当てる。
像の側には恵が爆薬を拾う前に再び手にした日本刀もたてかけられていた。
全てをもう終わりにする。
三人の瞳は、そう言っていた。
岸くん達はもがいた。そうじゃない。そんなことをさせるために、ここまで来たんじゃない。そう言いたかったがそれが声に出せなかった。狂いそうなもどかしさに涙が溢れる。
だが…
「…!?」
爆薬はなんの反応も示さない。死んだように静まり返っていた。
「なんで…?」
嶺亜と挙武、そして恵は眉根を寄せる。どうして爆発しないんだろう…確かに火はつけたのに…
戸惑っているうちに、駆け付けた村人たちによって嶺亜も、挙武も、恵も本殿から引き摺りおろされる。
そしてそれは起こった。
一際高い雷鳴が、轟音とともに悲鳴のように轟いた。閃光が瞬いたかと思うとそれは柱のように真っ直ぐに、真一文字に神社を貫いた。
「うわ!!」
連鎖反応で爆発が怒る。吹き飛ぶ木片とともに、何かが飛び立っていった。
「これは…?」
燃え盛る神社のその中央…像のあったあたりから、まるで天へ昇る蛍のように無数の小さな白い光が放たれてゆく。それは誰かの魂のようにも、さすらう星々にも見えた。炎と煙に混じって立ち昇ってゆき、夜空を繚乱と飾る。
その場にいた全員が呆然とそれを見つめていた。あれだけ激しく燃え盛るような意志をぎらつかせていた村人たちは立ち尽くしている。そう、まるで憑物が落ちたかのように…
そして夜が明ける…




To Next Epilogue
275ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:51:39.29 0
Epilogue


嘘のように晴れた空。雲一つなく澄み渡るその青空を、眩しい目で岸くんは見た。
寝起きが悪いのに今朝は一番早く眼が覚めてしまった。伸びをして、三人の寝顔を眺める。
岩橋は、静かな寝息をたてている。
神宮寺は、何か寝言を呟いている。
颯は、口を開けて時折鼻を鳴らしている。
いつも最後に起こされるから、こうして仲間の寝顔をまじまじと見る機会はない。なんとなくイタズラ心が芽生えて、デジカメを取り出した。
「後で見せてやろ。はい、チーズ」
シャッターを押すと同時に襖が開く。
「…何やってんのぉ?」
怪訝な表情の嶺亜がそこに立っていた。岸くんは慌ててデジカメを後ろに隠したが遅かった。
「覗きだけじゃなくて、盗撮の趣味もあるのぉ、岸…」
「違う違う!!違います!!壊れてないか確認してただけで…!!」
大声であたふたと言い訳をしたもんだから、次々に三人は起きてきた。けだるそうに覚醒を促して、目を瞬かせる。
「ご飯できてるよぉ。挙武もとっくに起きてるし…お父さんにも紹介したいから早く来てねぇ」
くすくす笑いながら、嶺亜は出て行った。身支度を整えて、言われた場所に集まるとそこには挙武と、彼にどこか似た男の人がいた。
「おはよう、岸くん達」
挙武は優雅に茹で卵をの殻を剥いている。嶺亜は上品にスクランブルエッグを口にしていた。まるで高級料亭の一角のような世界だ。
「おい、なんだか俺達場違いっぽくねぇ?」
神宮寺が頭を掻く。それを受けて、挙武が皮肉交じりに言った。
「気にしなくていい。父にはちゃんと君達がどういう人達か説明済みだ。遠慮なく下品に食べてくれてかまわない」
「てめホント口減らねえな。いただきまーす!」
憎まれ口を叩いて、神宮寺は席に座る。岸くんと颯、岩橋もそれに続いた。
「この度は…お礼の言葉もない。息子達がお世話になり…ありがとう」
嶺亜と挙武の父親は、岸くん達に深々と頭を垂れた。なんだか恐縮してしまう。してしまうが岸くんはちゃっかりおかわりまでもらって食べた。
276ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:52:14.02 0
朝食を食べ終えると岸くん達は嶺亜と挙武と共にあるところを訪れる。
「山を経由するとけっこう遠いような気がしたけど、こんなに近かったんだな」
「ほんとだよねぇ挙武。これならすぐ会いにいけるよねぇ」
「まあ僕はほとんど用はないがな。お前は良かったな、嶺亜」
「あ、またそういう言い方するぅ」
中村家を出て数分、似たような大きな屋敷の前に着く。表札には「栗田」と記されていた。
「あれ、倉本に井上、先に来てたんだ?」
岩橋は、通された部屋に倉本と井上がすでに来ているのを見て微笑む。二人はにっこり笑って返した。
「井上、大丈夫かそれ」
岸くんが井上の左腕に巻かれた包帯を指差す。彼は健気にそれをぶんぶん振って明るく答えた。
「全然平気。大したことないから」
「そう…。良かった。あやうく大けがするとこだったもんね」
岩橋がほっと胸を撫で下ろす。そんな会話を交わしていると騒がしい声が近づいてきた。
「ったくおめーはどこまでグズでノロマなんだよ!!目覚ましくらいセットして寝ろ!!」
「痛い!…ケガ人にそんな暴力…あんまりだ」
襖が開く。恵と龍一がぎゃあぎゃあと言い合いをしながら入ってきて岸くん達を見て笑った。
「よ。おめーらわざわざすまんな。こんなアホの見舞いとか」
恵は片手を上げる。その後ろで龍一は気恥ずかしそうに会釈した。
「龍一、腕、大丈夫ぅ?」
嶺亜が龍一に歩み寄る。
「あ、うん…全治一週間程度…」
龍一の両腕には包帯が巻かれている。それを擦りながら彼は答えた。
「いやーでもホント生きててくれて良かったよ。みずきは龍一くんの命の恩人だからな!感謝してよ!」
倉本が龍一の背中をバン、と叩く。すると彼は悲鳴を上げた。
「背中にも包帯巻いてるんだ…お手柔らかに」
「しかしよく生きてたな…棺桶どころか土蔵半壊させる威力あったんだろ?あれ」
神宮寺が出された茶菓子をつつきながら感心したように呟いた。井上がそれに答える。
「だいぶん離れたんだよ。でも穴を抜けるのに手間取って…龍一くんの体大きいんだもん、俺が入るのとは訳が違うよ」
「あの蔵にそんな穴があったなんて俺でも知らねーぞ。瑞稀、お前よく見つけたな」
恵が感心しながら腕を組む。井上は照れ臭そうに笑って
「発見したの、つい最近だよ。内緒だって棺桶見せてくれたことあったでしょ?その時になんか変なくぼみがあるな〜って思って…そしたら外に出られたからさ」
「俺も知らなかった」
277ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:52:45.89 0
土蔵で自らと共に棺桶を爆薬で吹っ飛ばそうと覚悟を決めた龍一は、爆薬に火をつける直前に後ろから名前を呼ばれた。そこには井上がいた。
「説明してる暇はないけど、嶺亜くん達を助けるんだよ!!だから龍一くんは死んじゃだめだよ!!」
井上は簡潔に、土蔵に空いた穴から脱出するよう龍一に説明した。火をつけてから爆発するまで若干2〜3分程度。その間に抜けてできるだけ遠くに行けば死なずに済む。
だが穴は小柄な井上なら全く問題がなかったが177センチの龍一では多少手間取った。そのロスで、背中に爆風を受けて龍一は怪我をした。井上をかばおうとしたからだった。
井上から知らせを受けて、岩橋は神社が焼けおちた後に怪我をした龍一に肩を貸し、山道を登って井上と共にやってきたのだった。
「ほんと、龍一って時々無茶するよねぇ…」
嶺亜が困った子どもを見るように龍一を見る。そして溜息をついた。
「だって…どうしても死なせたくなかったから」
誇らしげに龍一は言う。だがその凛々しさはすぐに恵の蹴りによって歪んだ。
「てめーがれいあ守るとか100年はえーよ!俺がいんだからてめーの出番なんかねえ!」
「だから痛いって!」
勝敗の決まりきった兄弟げんかを、岸くん達も、嶺亜と挙武も、倉本と井上も笑いながら見る。明るい笑い声が奏でるハーモニーは倍音の洪水となって部屋を明るく染めた。

.
278ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:53:55.41 0
岸くん達四人と嶺亜と挙武、そして倉本と井上は皆で栗田家に泊まることにした。栗田家は中村家と同じぐらい広く、露天風呂もある。岸くんは夕飯が終わると大喜びで露天風呂にすっとんで行った。
「おっじゃましまーっす!!」
勢い良くドアを開けると、また風呂の真ん中に人が立っているのが見えた。
女の人かと思って慌てたがそれは嶺亜だった。なんだか奇妙なデジャヴがかけめぐる。
「あれ、背中の痣…」
嶺亜の背中にあった痣が、綺麗に消えていた。確かに岸くんは見たことがある。だが今その肌の白さには一点の影もない。
「なんか、昨日から薄くなっていってて、今日見たら消えてたんだよねぇ…。不思議…」
嶺亜は自分の背中を見ようとして振り向く。艶やかな肩、滑らかな肌…背中から腰にかけてのラインとその下…まるで見返り美人のようで女性に免疫のない岸くんは下半身が反応してしまった。隠そうにもタオルも何も巻かず入って来てしまってそれができなかった。
「れいあ待たせたな!背中流してやるよ!」
悪魔のようなタイミングであった。太陽のように眩しい笑顔で風呂に入って来た恵は、一糸纏わぬ嶺亜の前に下半身非常事態の岸くんがいるのを見るやいなや、怪物のような形相で岸くんに襲いかかって来た。
「てめ覗きだけじゃ飽き足らず堂々と痴漢行為かコラぁ!!粗チンぶら下げてれいあに迫ってんじゃねーよ切り刻んで山に埋めんぞこの変態大魔王が!!おめーこそが俺にとって災いだ!!死ね!!溺れて死ね!!」
「うわああああああああ暴力反対!!命の恩人になんてことを!!嶺亜助けて!!死んでしまう!!」
岸くんを湯に沈めようとする恵を嶺亜がくすくす笑いながら止めるが岸くんはその後に井上と倉本が入ってくるまで半分溺れかけていた。
279ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:55:10.48 0
「なんか外騒がしくない?岸くん達はしゃいでんのかな?」
広間でトランプ遊びをしていた颯が外を見やりながら呟いた。
「おや、いないと思ったら岸くんは風呂に行ったのか?それじゃ鉢合わせかもしれないな」
挙武は颯の持つトランプから一枚引いた。ババ抜きをしているのである。
「鉢合わせ?」
挙武から一枚引いて、岩橋が訊いた。
「さっき、嶺亜くんと恵兄ちゃんが風呂に入るって行ったからね…恵兄ちゃんは部屋まで着替え取りに行ったからちょっと遅れて、かもしれないけど…」
岩橋から一枚引き、龍一が呟く。ババを引いて顔をひきつらせた。
「恵は嶺亜にご執心だからな…。タイミングによっては岸くんが湯に沈められてるかもしれん。ご愁傷様だな。本当に不憫な奴だ」
「あ、やっぱそーなんあの二人?俺もそうじゃないかとは思ってたんだよなー」
神宮寺がニヤニヤしながら龍一から一枚引く。あがりで一抜けだった。
「でもホント、みんなでこうしてまた笑い合うことができて良かったね」
岩橋のしみじみとした一言に、皆で頷く。
「しっかし不思議なこともあるもんだよなー。倉本と井上の作った爆弾、なんであの時火ぃつけても爆発しなかったんだろ。俺マジでもうダメかと思ったぜ。トラウマになるとこだったじゃんよ」
神宮寺は頭に手を乗せて横たわった。
「俺がもらったやつと同じやつだよね…こっちはちゃんと火をつけたら爆発したけど」
龍一は最後までババを引いてもらえず、負けに終わった。
大破した神社は取り壊される予定で、不思議なことに大雨だったにもかかわらず池は今朝干上がっていたそうである。栗田家の土蔵も残骸が片付けられた後は何も建てられないという。
「きっと、誰かが守ってくれたんだろうね」
颯がトランプをくりながら言った。至って真面目な口調でこう続ける。
「案外、この村には神様がいるのかもしれないよ。だって神七村でしょ?神様七人はいるかも」
皆が爆笑する。当の颯は別に受け狙いで言ったわけではないから何故皆が笑うのか分からなかった。
「お前は面白い奴だな颯…こんな奴見たことない」
挙武は腹を抱えて笑っている。クールな彼がこんなに笑うというのはなんだか不思議な光景のようだ。
280ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:55:48.17 0
「よし颯、挙武に見せてやれ、お前の必殺技!!」
神宮寺がけしかける。颯は笑われている意味が理解できないままにそれを披露した。広間はかなり広いし、畳みだから滑りがいい。何故かニット帽を持っていたから颯は小学二年生の時に体得したヘッドスピンを炸裂させる。
「おお…凄いな…」
挙武は目を見開いて拍手をする。
盛り上がっていると、瀕死状態の岸くんが風呂上がりにもかかわらず全身汗だくで戻ってくる。そして嶺亜の肩を抱きながら恵も戻って来た。
「てめーはれいあの半径3メートル以内侵入禁止な」
「んだよ岸くん何やっちゃったの?ん?言ってみ?18禁?」
神宮寺が茶化すと、岸くんは慌てて否定したが笑い声に掻き消されてしまった。
「あ、月が出てるよぉ」
涙目の岸くんをよそに、嶺亜が窓の外を見る。空には無数の星が瞬き、満月が柔らかな微笑みを湛えていた。
「うお、すげー綺麗じゃん!東京では見れなさそうな星空だな」
神宮寺が感嘆しながら呟くと挙武はふっと皮肉な笑みを浮かべた。
「ここも一応東京都なんだがな」
「え、まじ!?」
岸くん達4人は大げさなくらい驚いた。地の果てまで来た気がしていたが、まだ東京都は抜けていなかったのだ。
「それにしてもよ、夜空見上げるなんてすげー久しぶりじゃね?」
恵が嶺亜の肩を抱いたまましみじみと呟く。龍一も感慨深く頷いていた。
「前は…月を見るのも嫌だったもんねぇ」
「ああ…特に満月はな…」
嶺亜と挙武がその瞳にその淡く輝く月を映す。生きる希望と未来への期待がそこには確かに宿っていた。


.
281ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:56:58.25 0
岸くん達は結局3日間泊まり、神七村での夏を満喫した。そして出発の朝…
「あれ?」
ひと足先に玄関を出た颯は首を捻った。
中村家の敷地内に自転車を停めていたのだが、それが倍に分裂している。8台もある。
「おっす颯。お、届いてる届いてる」
恵と龍一が門をくぐってやってきた。やたら大荷物だ。その直後、自転車に乗った倉本と井上も訪れた。
「どういうこと?」
ぞろぞろと皆集まった中で岸くんが問うと、神七村組が目配せをしながら微笑みあう。ややあって、挙武が答えた。
「僕らも自転車旅行に行こうと思ってね」
「ええ!?」
四人は同時に声を出した。
「僕達まだこの村から出たことないからぁ、ナビゲーションよろしくねぇ」
可愛らしく嶺亜が頭を下げた後で恵がバカ笑いしながら
「てゆーか俺達自転車自体乗ったことねーからまずは乗り方教えろよ!ギャハハハハハハ!」
「よろしくお願いします…」
龍一も深々と頭を下げる。
「俺達はちゃんと乗れるから大丈夫!」
倉本と井上は胸を張った。
「てことはこれ、10人所帯のツーリングになるわけ?目立ってしゃーねーな」
神宮寺が頭を掻いた。そんな彼に澄ました顔で挙武は言う。
282ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 19:59:52.34 0
「というわけでだ、早いとこ乗り方講座を始めてくれ。分かりやすく頼む」
「おいそれが人に教えを請う態度かよ。もっと謙虚に頭下げてお願いしろよ」
「情けは人のためならず、だろ?能書きはいいからさっさとしてくれ。時間の無駄だ」
「てめーはほんといけ好かねー野郎だな!よっしゃそんなら教えてやらあ。言っとくが神宮寺様はスパルタだから覚悟してろよ!」
神宮寺と挙武がやり合う横では恵が新品の自転車のサドルに跨ぎながら首を捻ってた。
「なんかこれ足が余る。おい岩橋どうしたらいーんだよ。乗りにくいぞ」
「…どれどれ。僕が乗ったら足が届かないんだけど…驚異的な足の長さだね、恵くん…」
うらやましく思いながら岩橋はサドルを調整してやる。
「まーな。足の長さと顔の小ささだけが俺の自慢よ。これで頭さえ良けりゃなーギャハハハハハ!」
「面白いね、恵くん」
岩橋と恵が和やかに自転車をいじるすぐ側では黒雲がたちこめていた。
「あれ?どうしたの嶺亜、ほっぺた膨らませて」
嶺亜が頬を膨らませながら恵と岩橋を凝視しているのを岸くんが気付いて指摘する。
「別にぃ」
機嫌悪そうに呟いたかと思うと、嶺亜は百面相のように次の瞬間にっこりとぶりっこスマイルを岸くんに見せた。
「じゃあ岸、僕に教えてねぇ。それで覗きと痴漢の件はチャラにしてあげるぅ」
「あ、そ、そう?じゃあ手とり足とり密着で…」
舞いあがった岸くんが嶺亜に手を伸ばすとしかし恵の蹴りが飛んできた。
「てめーはれいあの半径3メートル以内禁止だっつっただろうがこの公然ワイセツ野郎!」
「いて!違うってあれはですね…」
言い訳を始めようとすると、嶺亜がつんとした顔で岸くんをかばった。
「僕が岸に教えてって頼んだのぉ。恵はそっちで岩橋に教えてもらえばいいじゃん」
「えっちょっと待てよれいあ。なんか機嫌悪くね?怒ってね?なんで?」
「知らないよぉ」
恵と嶺亜が謎の喧嘩を繰り広げている横では龍一が早くも青痣を作っていた。
「これはかなりの練習が必要だよ。ていうかコマ有りにした方がいいかも」
颯が渋い表情で腕を組む。龍一の自転車の乗れなさは深刻だった。
「コマ有り…そしたらこけないの?」
「うん。ただしスピードが皆と段違いになるから一人置いていかれるかも」
「そんな殺生な…」
龍一はくるくると指を回し始めた。落ち込んだ時にする癖である。
283ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 20:01:43.09 O
結局龍一がどうにか乗れるようになった頃にはもう昼過ぎだった。夏の終わり、それを誇示するかのように南中高度の太陽が容赦のない日差しを降り注いでいた。
「んー!!快晴快晴!!」岸くんが眩しそうに太陽に手をかざす
「次はどこ行く!?北海道とか良くない?」颯は世界地図を広げた
「経験の多い夏にしなきゃな。この世間知らずどもに俺が色々教えてやんよ」神宮寺は袖をまくった
「どっか広いとこ行ってみんなで野球しようよ」持ってきた野球ボールを岩橋は掌で弄んでいる
「楽しみだねぇ。あ、日焼け止め塗っとこぉ」嶺亜はバッグから日焼け止めを出した
「少々頼りないナビゲーター達だがこの際仕方がないな」挙武はキャップを深く被った
「おい都会行こうぜ。ゲーセンとか行ってみてー。ギャハハハハハ!!」恵は豪快に笑う
「ここを…こうして…」龍一はまだ運転に不安があった
「美味いもんいっぱい食いたいなーみずきー」倉本は腹を抑えて井上に同意を求める
「そうだねくらもっちゃん」井上はにっこり微笑んでいる
蝉が最後の鳴き声を振り絞っている。生きた証を精いっぱいにその大合唱に乗せて。そうして夏の狂詩曲は最後の一小節を奏で終え、余韻を残して幕を閉じ始める。
10人はそれぞれお互いの顔を見やった。奇妙な縁で出会った奇跡。それを胸に刻みながら、岸くんが音頭を取った。
「忘れもんないね?よし、しゅっぱーつ!!」


―あれは暑い夏の出来事だった。僕達は運命に導かれて、彼らと共に旅に出た―



END
284ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 20:04:35.90 O
最後まで読んでくれた人、感想をくれた人、ありがとう

長らくほったらかしていた日曜裏ドラマ劇場や新たなストーリーができ次第また細々とやっていきます
285ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 21:01:39.38 0
作者さんおつおつ
ハッピーエンドで本当に良かった
底抜けに明るいのに切なくてホロリときたよ…
286ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 21:05:57.62 0
あっ!裏ドラマの続きも楽しみに待ってます
287ユーは名無しネ:2013/09/12(木) 22:50:21.54 i
みんな笑顔で終われてよかった!作者さんお疲れ様。
裏の続編を期待してます!
288ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 01:17:14.16 0
神7楽屋劇場 「この夏の思い出」

「おはようございます」
いつもより軽く挨拶をした谷村龍一は、ゆっくりと控え室を見渡した。
「おはよー」
「あ、おはようございます」
帰ってくる返事も、少し軽やかに聞こえた。
今日は関西ジュニアの全国ツアー最終公演に当たる、東京NHKホール公演の初日だ。いつもの見慣れた場所だが、気持ちは少し軽い。
それもそのはず。今回バックに付くのは関西ジュニア。収録などで見ていてもいつも明るく楽しそうだ。ネガティブキャラの自分でさえ、同じ空間にいるだけでも明るくなれそうな気がする。
それに、神7からは栗田と自分だけ。そのほかの顔ぶれもどちらかというと、すぐに絶対零度を飛ばしたり、モデルガンを振り回したり、ましてや誰かが滑りそうになるぐらい大汗をまき散らすなんて人はいない。
しかも、いつもだとあっという間に振り付けや場当たりが終わってしまうので振り抜けなどもあり得たのだが、日頃知らない曲もあってかいつもより長い時間をかけてレッスンをした。
だから自信も余裕もあるし、なんといってもチームワーク感を感じる。
これが本当のジュニアだよなぁ、と今日出かける前にもふと思ってしまった。

ストレッチをしていると、高橋実靖が近くに来た。
「どうすっか、調子は?」
「...まぁまぁかな...」
「...そうっすか...」
こちらはいつもの調子。ちょっと安心した。

そうしていると扉が開いた。いつもより青白い顔をした松倉海人が松田元太に支えられながら入ってきた。
「うー。うー。なんで今日に限って電車の冷房きついんだよ−。はきそ−。う”−」
「ほらほら、着きましたよ。水飲んでくださいよ」
こちらもいつもの調子だ。

それからしばらくすると廊下が騒がしくなった。
「りゅーせい、おまえどこでなくしてん」
「いや、新幹線まではあってんで」
「新幹線って、乗るときもってたんか?」
「いや、あったって。右手に持って、」
「右手って、そんときお前手ぶらやったやん。鞄は左手やって」
「うそ?!おれ手ぶらやった?」
「持ってなかったすよ。その前のコンビニで会ったときから右手なにもなかったっす」
「まじか、大吾?俺ずっと持ってへんかった?」
そこで楽屋の扉が開いた。

「おはよーっす。今日からよろしくね−」
どでかいテンションで第一声を切ったのが桐山照史。これもいつものイメージ通りだ。
それから次々と入ってくる関西ジュニア。やっぱり画面上と同じだ。いや、舞台上でも同じ。裏表のない人たちに谷村の心も救われる。
入ってからまだ藤井流星は何かを探している。そこへ突っ込みを入れていたのは年下であるはずの小瀧望。後ろでは平野紫耀が心配そうにしているが、片手には小倉クリームパンを手にしていた。
同じ流星でも大西流星は早々に場所取りをしてストレッチを始めている。並んでアクロバット担当の濱田崇裕と神山智洋が同様に準備を始めていた。
289ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 01:19:01.50 0
今日の谷村には一つ目的があった。それは数少ない同じ年の関西ジュニアである永瀬廉と多少なりとも近づく事だ。
深い目的はない。ただ今後もしかしたら関西での仕事があるかもしれない。そのときにひとりでも心の友がいると少しでも助かるかもしれない、そんな打算的なこともあった。
もう一つ、理由を加えるとしたら、今日分からないところがあったら、聞きやすいかな、と思ったのもある。そうは言うものの、純粋に仲間がほしいのかもしれない。自分の中でもそれは明確ではないのだが。

なんであれ、今回の仕事で何か変われるような気がしてきた。そんな頼りない自信だけを持って話しかけてみた。
「あの、...」
「ん?なに?」自分より少し高い声で永瀬は答えた。
「あの...永瀬君も中3だよね?同い年なんだ」緊張のせいか、少しうわずった声で谷村は話し出した。
「あ、そうなん?今回同い年少ないらしいし、うれしいわぁ。」屈託のない笑顔で永瀬は答えた。「あ、でもごめん。名前よく知らないや...」
「谷村って言うよ」
「谷川?」
「いや、谷村。谷村龍一。」
「谷沢りゅうち?どんな字?」
「いや、あの。谷村...」
「おいっ!たにー。スタッフからよばれてるつーの!!」いつものボディータッチを栗田は食らわしてきた。
「あ、たにーね。その方が覚えやすいや。」永瀬は一発で覚えたようだ。
「...ま、それでいいよ。途中でフリとか分からなくなったら教えてね」流れでさらりと谷村は頼んだ。
「おう、ええよ。ってか、呼ばれていたんとちゃう?」
じゃ、と軽く挨拶をして栗田とステージに向かう谷村。目的は少し果たせたが、このあたりから少しずついつもと違うことに気づいた。
そう、その横では金内柊真の肌の白さがいつもと違うなんて事にも、谷村は気づくはずもなかった。

ステージに行くと、角田侑晟がローラースケートを履かずに半泣きになりながら踊っていた。その前では鬼ヤク...ではない。いつもの振り付け師がいた。
「なんかさぁ、あいつセンターで踊ることになるんだってよ」さすがの栗田も小声で説明する。
へぇ、と思うや否や、いつもの怒号が飛んでくる。
「おい、お前たち来てるんならさっさと入ってあわせろ!」
「「はいっ!!」」
しばらくやっていたとはいえ、フォーメーションが変わるとどうも勝手が違う。それでもなんとか1曲こなすと、次々と変更されたと思われるジュニアが来る。その中で関西ジュニアも自分たちの合わせをする。
「お前ちげーだろ!!一度で覚えろ!!出来ないんだったらそのまま目黒川に埋め込むぞ!!!」
もう全く何が何だか分からないが必死でとりあえず通し稽古が終わった。もう一公演が終わったぐらいの疲労感だ。
「何だろ...嫌な予感がする...」
290ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 01:19:55.41 0
しかし公演は始まった。客席からの反応もいつもと違ってノリがいい。勢いもある。半分以上は関西から来たファンかもしれない。
そんな空気に押されてか、谷村はいつも以上にテンションが上がっていた。気がついたらもう10曲は済んでいた。
「たにー、すごいやん。あんなにシャカリキなんや」出番待ちの永瀬が声をかけてきた。
「う、うん。まぁ」何に照れてしまったのか、いつものような声で返事をしてしまった谷村。
「そういう永瀬君も、あれだけ激しい曲の連続、よく持つね。」
「あぁ、あれ?でもいっつも松竹座はこんなんやで。袖で待機していても誰か変顔してわらかしてくるし」そう言いながら永瀬が変顔をしてきた。
ぷっ、と思わず吹き出してしまった。ああ、こういうのっていいな。
「谷村君、次出番ですよ」松田がそう言ってきた。現実に戻ると、永瀬はもう衣装をかえていた。
「おっと、ありがとう」軽く礼を言うと、谷村は衣装を速攻着替えた。「次はこの緑...」

無事公演は終了した。今日は夜の部だけだから帰ってシャワーでも浴びよう。そう思いながら楽屋に向かっていた。
そう、その楽屋の帰り道で...
「くぉぉぉらぁ、谷なんとかってどこやぁ〜!!!」
ひぃ、と思わず背筋が伸びた。あれ、どこかミスったか?ってそんなに大きな間違いとか、栗田の前を横切ったとか、そんなのないはず...
一瞬のうちに公演を振り返り、そして振り付け師の姿を探した。あれ?社長と談笑してる?
声の主を捜すためにゆっくり振り返ると...
そこには鬼のような形相をした神山が立っていた。「おまえかぁ、谷なんとかっていうのは!!!」
「は、はい...」久しぶりに感じた恐怖心であった。
「おまえなぁ、何であの緑の服着て壇上にいるときにはけるタイミングおかしいねん!!しかもブレまくっとったやないかぁ!お前全然分かっとらうんとちゃうんの?ほんでなぁ...」
もう猛烈なまくし立てようである。途中からは谷村の理解能力を超えていた。こんな早口聞いたことない...しかもどんどん迫ってくる...
「てめぇ、ふざけてるんとちゃうぞ!コrrrrゥラァ!」
291ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 01:20:43.83 0
何があったのか。
その緑の服を着て壇上から捌ける時が一番シャカリキになっていて、しかも出るタイミングがほんの数カウント早かっただけだったのだ。
しかしそれを神山は見逃さなかった。それに気づくや否や周りいた東京ジュニアに尋ねた。「あいつ、なんていうんや?!」
「えっと、あの...谷際...」「ちがうって。谷間...」「ちがうだろ、谷袋...」
「もうええ。谷何とかやな。わかった」この瞬間に神山の顔は鬼ヤ...いや、振り付け師の顔負けの職人となっていた。

関西ジュニア一のダンスにこだわる男、神山を怒らせてしまった谷村は少し離れたところにいる永瀬を見つけた。
もちろん声には出せないが、助けを求めるような表情をしてみた。
しかし、小さく両手を振って「ムリ!」とだけ示してそそくさとその場を後にした。
後ろから重岡大毅が「もう、神ちゃんええやん」と止めようとしても聞こえていない。
後ろで桐山が「今晩何食べよ〜」と叫んでいても表情一つ変えない。
谷村の後ろで藤井が「俺の靴どこ〜」と探していても声一つかけようとしない。
「いまからお前特訓じゃ!シンメはどこ行った!!」
「あの...シンメは...栗田...」谷村はそう言いながら指で指した。もうちびる限界である。これだったら100枚、いや1000枚デッサンしている方が平和かも...
「おいっ!栗田!!」
「はい!」珍しくキレのいい返事をした。当然栗田は訳が分かってない。
「お前とこいつ、今から特訓じゃ!!」神山は言い放った。

ああ、やっぱりこういう流れなのかな、と谷村はふと思った。
今日は無事帰れるといいな。

the end.
292ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 01:22:37.87 0
横入りで申し訳ない。7月に遠征したときに見た感動で書き上げたのが、
規制で今頃になってしまいました。
しかも勝手に上げて申し訳ない。
いつも読んでいる感謝の気持ちとでも思ってもらえれば幸いです。
293ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 15:34:55.58 O
作者さんおつです
れあむも谷栗も無事で終わってよかった…
ひやひやしながら読んでたらあっという間に読み終わるから完結が待ち遠しかったよ

関ジュと神7たちの絡みおもしろいなー
れんれんと谷村実際絡んだらどうなるのか見てみたいw
294ユーは名無しネ:2013/09/13(金) 17:47:03.22 0
作者さんおつかれです

この神ちゃんぶっ飛んでてガラ悪いなw
295ふみと☆ほの♪:2013/09/13(金) 19:59:40.55 0
ふみと好きな子だけきて。アンチはおねがいだから来ないで。
296ユーは名無しネ:2013/09/14(土) 23:23:24.93 0
これ他のいわしの掲示板から引用してきた。
今の彼女か?ブスそうだw

twitterやってるやついる?
@ck87_am1126
こいつ調べてほしい
よくコンビニで一緒にいるところ目撃されてるらしい。



これ他の掲示板に載ってたやつ引用してきた

初めまして!!
twitterやってる子いますか??


@ck87_am1126
↑の子玄樹くんと知り合い?繋がってるっぽいです!!


私twitterやってないんで
やってる方に聞いていただきたいです☆


玄樹&神ちゃん担


------------------------------------------------------------------------

いわかな★Q9dMcNFP4y_Xty



まりこさん
↓の子知ってますか?
@ck87_am1126

よくコンビニで二人でいるところを目撃されてるみたいで…
すごい気になります!!

何か本当に何も教えてくれないみたいで
聞き上手な方に聞いていただきたいです。
297ユーは名無しネ:2013/09/14(土) 23:26:35.47 0
何か見にくいから書き直すわ


↓引用してきたやつ
twitterやってるやついる?
@ck87_am1126
こいつ調べてほしい
よくコンビニで一緒にいるところ目撃されてるらしい。



これ他の掲示板に載ってたやつ引用してきた

初めまして!!
twitterやってる子いますか??


@ck87_am1126
↑の子玄樹くんと知り合い?繋がってるっぽいです!!


私twitterやってないんで
やってる方に聞いていただきたいです☆


玄樹&神ちゃん担


------------------------------------------------------------------------

いわかな★Q9dMcNFP4y_Xty



まりこさん
↓の子知ってますか?
@ck87_am1126

よくコンビニで二人でいるところを目撃されてるみたいで…
すごい気になります!!

何か本当に何も教えてくれないみたいで
聞き上手な方に聞いていただきたいです。
298ユーは名無しネ:2013/09/15(日) 19:49:15.30 0
日曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」


「こういうことでしか表現できないんだよね」
バスルームで嶺亜にいちゃんが呟いたその意味を、俺はずっと考えていた。当然と言うか勉強には身が入らなくて気付けば深夜一時を回っている。
水を一杯飲もう、と台所に降りる。もう廊下もリビングも真っ暗で皆寝静まっていた。
冷たい水を呷って部屋に戻ろうとすると、ちょうどトイレから嶺亜兄ちゃんが出てくる。
「…」
やっぱり、俺には目もくれないで部屋に戻って行く。昼間、バスルームであんなことをしても今はそれがなかったことのように扱われる。
表現、と嶺亜兄ちゃんは言った。
だとするとそれは何かのメッセージだろうか…
子どもが母親の気を引きたくてわざと叱られる行為をするのと似たような心理の現れ…?俺とこういうことをしているのを知れば絶対に父も継母も穏やかではいられない。どうにかしてやめさせようとするだろう。
それとも二度とそういうことができないよう離婚して別々に住まわそうとするか…
そこまで考えて、もしかしたら嶺亜兄ちゃんは母親の再婚について反対だったんじゃ…という推測がやってくる。それを壊したいから俺とこういうことをしていずれは暴露をして困らせるのでは…
299ユーは名無しネ:2013/09/15(日) 19:53:20.44 0
俺はかぶりをふった。
そんなわけがない。そんなことでダメになるわけじゃないし、俺とこんなことができるくらいならとっくに母親の再婚について阻止してるだろう。だからきっとそれは違う。
気になりだすと歯止めがきかない。気がつけば俺は嶺亜兄ちゃんの部屋のドアを開けていた。
「嶺亜兄ちゃん」
起きているのは分かっているから俺は声をかけた。が、反応はない。暗闇の中に息遣いだけが充満している。
「嶺亜兄ちゃん、起きてるんでしょ?」
控えめに言ったつもりだが、嶺亜兄ちゃんはうっとおしそうな小さな呻き声を出す。寝てたのに…といいたげに。
「なぁに?」
暗闇に目が慣れてくると、嶺亜兄ちゃんが起き上がってこちらを見ているのが分かる。まどろんだ様子はないからやっぱり起きていたんだ。
だけど俺は困った。呼んでみたものの、次どうしていいか分からなかったからだ。今更ながら自分でも何故こんな行動に及んだのか分からない。
300ユーは名無しネ:2013/09/15(日) 19:54:09.60 0
「あの…」
口ごもっていると、嶺亜兄ちゃんは無言でまたベッドに横たわり始めた。シャットアウトされてしまう。俺は慌てて自分でも思ってもみない行動に出ていた。
「ちょっと…」
戸惑った嶺亜兄ちゃんの小さな声が響く。それが近くにあった。
俺は嶺亜兄ちゃんのベッドに潜りこんでいた。
「やめてよ…向こう行って」
迷惑そうな声に挫けそうになる。だけど俺は言った。
「…一緒に寝たい」
どうしてそんなことが言えたのか、自分でも不思議でもある。甘えたいとかやりたいとかそういう気持ちが全くないわけじゃないが、もっとずっと原始的な感情だったように思う。だからこそ躊躇いなく口に出せたのかもしれない。
「…」
嶺亜兄ちゃんが一瞬、戸惑ったのを俺は見逃さなかった。
「お願い。一緒に寝たい。それだけでいい」
もう一度、俺は言った。嶺亜兄ちゃんの手を握りながら。
小さくて少し冷たい手はから少しの混乱が伝わる。俺がこんなことをして、嶺亜兄ちゃんは動揺している。
301ユーは名無しネ:2013/09/15(日) 19:54:56.43 0
それだけで十分だった。現に追い出される気配もないし、拒絶してる素振りも見せない。
ただ、嶺亜兄ちゃんは消え入りそうな声でこう呟く。
「…朝5時に起きて自分の部屋に戻って。誰にも知られないように、何事もなかったようにできるよね?」
俺は頷いて目覚まし時計を5時にセットした。
嶺亜兄ちゃんがなんでそんな条件をつけたのか知らないが、翌朝目を覚まして俺は背筋が凍った。
やけに眩しいから目が覚めた。そしたら時刻は9時を回っていて、すでに嶺亜兄ちゃんはいなかった。
「なんで…目覚まし時計、ちゃんとセットしたのに…」
ちゃんとセットは5時になっている。だけどアラームを鳴らすスイッチがオフになっていた。これもちゃんとセットしたはずなのに…
家にはもう誰もいなかった。この時間、父はもう出勤しているし継母もそうだ。嶺亜兄ちゃんはどこかに出かけたのか夏期講習が午前に入ったのか…
しかし考えている時間はなかった。夏期講習に遅れてしまう。慌てて用意をして家を出た。
そうして講習を終えて夕方帰ってきて自分の机に置かれたメモを見て、俺は目覚まし時計を嶺亜兄ちゃんがわざと止めたことに気付いた。
メモにはこうあった。
『約束破ったからおしおき。夜12時に部屋に来て。誰にも知られないように』



   to be continued…?
302ユーは名無しネ:2013/09/16(月) 21:16:55.37 I
裏ドラマ待ってた!
続きが読みたすぎてorz
303ユーは名無しネ:2013/09/18(水) 12:12:00.72 0
【静岡】男子バレー部で体罰、部員の頬を十数発平手打ち ネットに動画が投稿される-浜松日体高★6




http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1379467365/
304ユーは名無しネ:2013/09/19(木) 23:16:20.84 I
いつも楽しみにしています。岸くん一家の続きもやってほしいな…
305ユーは名無しネ:2013/09/22(日) 20:25:33.57 0
作者さんいつもありがとうございます
今週は更新ないのかな?続きが気になるー
306ユーは名無しネ:2013/09/23(月) 01:12:25.06 0
神7は夏休みとか村の子供の設定とかが似合うなぁ。作者さんいつも乙です
今日久しぶりに初期から今までの話を読み返してたんだけど岸颯はずっとピュアだねw
颯きゅんが少女漫画の恋する女の子みたいで可愛い
307ユーは名無しネ:2013/09/24(火) 12:11:08.04 0
中どらいぶ

びーるウマイ

オ前ラ

仕事ダナ
308ユーは名無しネ:2013/09/24(火) 19:40:42.94 0
くらもっちゃんお誕生日おめでとう!
309ユーは名無しネ:2013/09/25(水) 23:09:47.32 0
水曜裏ドラマ劇場 「誰にも言っちゃダメ」


日付けが変わるその瞬間を俺は自分の部屋で静かに待った。
目覚まし時計の秒針を見つめ続けること数分…それはぴったり12時に重なった。
「…」
足音を殺して、嶺亜兄ちゃんの部屋に向かう。その途中に父と母の寝室を通るが物音や話し声は聞こえて来ない。念のため、階下のリビングや他の場所も見たが誰もいなかった。
ノックをするのも憚られて、俺は嶺亜兄ちゃんの部屋のドアをそっと開けた。
「嶺亜兄ちゃん?」
中は真っ暗だった。文字通りの真の闇。その中に溶け込むようにして微かな気配だけを感じる。
すぐに暗闇に目が慣れて、その姿が闇に浮かびあがる。
嶺亜兄ちゃんはベッドの上に座っていた。壁を背にもたれかかるような感じで。
じっとこちらを見据えている…気がした。
「…」
その視線の湿り気に、俺は無意識に身震いした。
「嶺亜兄ちゃん…」
声が掠れて上手く発音できなかった。だけど嶺亜兄ちゃんは反応を見せる。闇の中に漂う吐息が、不思議と俺を誘っているような気がした。
ゆっくりと嶺亜兄ちゃんに近づくとしかし、はっきりとした意思のこもった声が響く。
「龍一」
俺の名を、嶺亜兄ちゃんは呼んだ。
310ユーは名無しネ:2013/09/25(水) 23:10:39.54 0
肩が震えた。その声には拒絶と許容の両方が含まれている気がして、一瞬判断が遅れる。
「…なに?」
「僕としたいの?」
はっきりとそう聞こえた。聞き間違いなんかじゃない。確かに嶺亜兄ちゃんはそう問いかけた。
表情が見えない。だけどなんとなく、能面のような無表情の嶺亜兄ちゃんが浮かんだ。きっと灯りが灯っていてもその真意は表情からは読み取れないだろう。
「…」
俺は返答に迷った。答えはイエスであり、ノーであるからだ。
正直な気持ちとしては、したい。だけど本当に嶺亜兄ちゃんがそれを許してくれていないのならするべきじゃない。相反する感情が交錯して、スパイラル状になって葛藤を生んだ。
俺が黙っていると嶺亜兄ちゃんは少し不機嫌そうな声を出した。
「したくないんなら出てっていいよ」
「いや…えっと…」
言葉に詰まりながら、俺は嶺亜兄ちゃんの前に座る。闇の中で目と目が合う。だけどその瞳の奥はまた更に深い闇で…
「おしおきって…このこと?」
俺が訊ねると、嶺亜兄ちゃんは眉根を寄せた…気がした。
違うよ。
無声音で、そう聞こえる。だけどそれは俺の錯覚かもしれない。そうであってほしいという希望的観測と、そうではないという確信…それが幻聴をもたらしたのかもしれない。
311ユーは名無しネ:2013/09/25(水) 23:11:20.17 0
「…!」
ふいに、頬を撫でられた。
その冷たさ、滑らかさに思わず鳥肌が立つ。
暗闇でもそれは強烈に俺の五感を突き刺してくる。嶺亜兄ちゃんの鋭い眼差し。その奥に潜む狂気。そしてその体温。
「れい…」
名前を呼ぼうとしたが、それは叶わなかった。
俺は唇を塞がれる。嶺亜兄ちゃんの唇で。
頭の奥が痺れ、強制的に俺の脳髄は嶺亜兄ちゃんの支配下に置かれる。文字通り、抵抗不可能な闇の中にまっしぐらに堕ちていく。そして最も原始的な感情だけが後に残った。
それは本能かもしれない。
瞬間沸騰した血は爆発的な原動力になってまるで何かが憑いたみたいに俺は嶺亜兄ちゃんを求めた。こういった経験が全くないのに、何も考えずひたすらに肌と肌を重ね合わせていると不思議と体が動く。そう、恐ろしいくらいに…。
「…んっ」
それまで吐息だけを流していた嶺亜兄ちゃんの小さな喘ぎを俺の聴覚は捉えた。
そこで俺はもう完全に壊れてしまった。



   to be continued…?
312ユーは名無しネ:2013/09/26(木) 16:06:56.86 0
うまいBEER

中HIGHドライブ

仕ごと

オマエラ
313ユーは名無しネ:2013/09/26(木) 22:47:56.60 0
こら!谷無!もっとやれ!
作者さん乙です続き楽しみにしてますー
314ユーは名無しネ:2013/09/27(金) 01:45:28.60 0
先日、二回目になるが例の浮浪者の親父と川原の土手でひさしぶりに会ったんや。
高架の下で道路からは見えないとこなんで、
2人で真っ裸になりちんぽを舐めあってからわしが持って来た、
いちぢく浣腸をお互いに入れあったんや。
しばらく我慢していたら2人とも腹がぐるぐると言い出して69になり
お互いにけつの穴を舐めあっていたんだが、
わしもおっさんも我慢の限界が近づいているみたいで、
けつの穴がひくひくして来たんや。おっさんがわしのちんぽを舐めながら 
ああ^〜もう糞が出るう〜〜と言うまもなく、わしの顔にどば〜っと糞が流れこんできた、
それと同時にわしもおっさんの口と顔に糞を思い切りひりだしてやったよ。
もう顔中に糞まみれや。お互いに糞を塗りあいながら
体中にぬってからわしがおっさんのけつにもう一発浣腸してから
糞まみれのちんぽを押し込みながら腰を使い糞を手ですくいとり、口の中に押し込むと舐めているんや。
お互いに小便をかけあったり糞を何回もぬりあい楽しんだよ。
最後は69のままお互いの口に射精したんや。
3人や4人で糞まみれでやりたいぜ。おっさんも糞遊びが好きみたいじゃ。
わしは163*90*53、おっさんは、165*75*60や一緒に糞まみれになりたいやつ連絡くれよ。
岡山県の北部や。まあ〜岡山市内ならいけるで。
はよう糞まみれになろうぜ。
315ユーは名無しネ:2013/09/27(金) 01:46:59.94 0
昨日の8月15日にいつもの浮浪者のおっさん(60歳)と先日メールくれた汚れ好きの土方のにいちゃん
(45歳)とわし(53歳)の3人で県北にある川の土手の下で盛りあったぜ。
今日は明日が休みなんでコンビニで酒とつまみを買ってから滅多に人が来ない所なんで、
そこでしこたま酒を飲んでからやりはじめたんや。
3人でちんぽ舐めあいながら地下足袋だけになり持って来たいちぢく浣腸を3本ずつ入れあった。
しばらくしたら、けつの穴がひくひくして来るし、糞が出口を求めて腹の中でぐるぐるしている。
浮浪者のおっさんにけつの穴をなめさせながら、兄ちゃんのけつの穴を舐めてたら、
先に兄ちゃんがわしの口に糞をドバーっと出して来た。
それと同時におっさんもわしも糞を出したんや。もう顔中、糞まみれや、
3人で出した糞を手で掬いながらお互いの体にぬりあったり、
糞まみれのちんぽを舐めあって小便で浣腸したりした。ああ〜〜たまらねえぜ。
しばらくやりまくってから又浣腸をしあうともう気が狂う程気持ちええんじゃ。
浮浪者のおっさんのけつの穴にわしのちんぽを突うずるっ込んでやると
けつの穴が糞と小便でずるずるして気持ちが良い。
にいちゃんもおっさんの口にちんぽ突っ込んで腰をつかって居る。
糞まみれのおっさんのちんぽを掻きながら、思い切り射精したんや。
それからは、もうめちゃくちゃにおっさんと兄ちゃんの糞ちんぽを舐めあい、
糞を塗りあい、二回も男汁を出した。もう一度やりたいぜ。
やはり大勢で糞まみれになると最高やで。こんな、変態親父と糞あそびしないか。
ああ〜〜早く糞まみれになろうぜ。
岡山の県北であえる奴なら最高や。わしは163*90*53,おっさんは165*75*60、や
糞まみれでやりたいやつ、至急、メールくれや。
土方姿のまま浣腸して、糞だらけでやろうや。
316ユーは名無しネ:2013/09/27(金) 01:47:49.76 0
糞まみれのプレーをやりたいぜ。お互いに浣腸してから、
ちんぽを尺八しながら顔や頭から糞をかけたりかけられたりしたら最高や。
もう考えただけでちんぽが勃起してしまう。
出来れば年配の親父や爺さんの糞が一番だが、
糞だらけになれるなら30代40代のおっさんでも
一緒に変態の限りをつくし気が狂うほどぐちゃぐちゃになりながら、
けつの穴に入れたり糞だらけのちんぽを舐めあおうや。
又浮浪者のおっさんにせんずりを見せ合ったり、
そのまえで小便を掛け合ったら興奮してたまらないぜ。一緒にやろう。
岡山県の北部なら良いが、岡山市内でも良いぜ。
163*90*53の変態親父や。土方姿のままで汚れながら狂うのが一番や。
連絡早くしてくれ。糞、ためて待つぜ。
317ユーは名無しネ:2013/09/27(金) 21:45:28.75 O
ああああああたにれああああ
作者さん乙です…!
318ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:43:53.22 0
月が昇れば神7〜神7お月見紀行&岸くん、倉本生誕祭〜


「おめでとーさん、岸くん!!倉本!!」
派手なクラッカーと共にお祝いがハモる。バスの中で岸くんはどもども、どもども、と皆に頭を下げ、倉本は井上の隣を陣取りご機嫌に頷いている。
9月23日の倉本13歳の誕生日、そして9月29日岸くん18歳の誕生日(ついでに作者も一つ年輪を重ねる)の夜、神7達はお祝いを兼ねて羽生田家所有の山上のコテージにお月見パーティーに出かけた。
「いやー岸くんSHOCKお疲れ。倉本ドリームボーイズお疲れ。カンパーイ!」
神宮寺が音頭を取って缶ジュースで乾杯が行われる。何故大阪にいるはずの岸くんがここにいるのかという疑問はさておき、皆はくちぐちにお祝いの言葉を述べる。
「岸くんおめでとう!こ…こここ今年は一緒に過ごせる日がもっとあるとぃぃな…なんちゃってごにょごにょ…」高橋はの声は後半小声になって誰にも聞きとれなかった
「いやー大きくなっちゃって!18歳ともなればやっぱ18禁オッケーだし期待してるぜ岸くん!」神宮寺は早くも何かを無心していた
「18歳なのに縮んでね?もう俺身長抜かしちゃったよ」冷蔵庫のカタログをパラパラめくりながら倉本は呟く
「そろそろ岸くんが神7で最年長であり最小という日も近くなるな」羽生田が恐ろしいことを言う
「岸おめでとぉ。プレゼントは気持ちだけでいいって言ってたから気持ちをあげるよぉ」中村はエアキスをして誘惑をした
「れいあやめろ!岸暫く会わねー間に縮んだな!ギャハハハハハハ!」栗田が中村の肩を寄せながら大笑いする
「ハッピーバースデーきーしくーん…」谷村はお経のように歌っている
「岸くんおめでとう…いつもありがとう…岸くんがいてくれて良かっ…うぅ…お腹痛い…酔った…」岩橋は涙目で腹痛と嘔吐感に耐えている
「岸くんおめでとう!」自動音声のようにハキハキと井上は言う
「みんなありがとう…!!久しぶりにしゃちほこやっちゃおっかなー!!?イエー!!」
岸くんははりきって伝家の宝刀、「しゃちほこ」を座席シートの上で披露しようとしたがバスが急ブレーキをかけ、派手に転倒して鼻を打って鼻血を出した。
次に倉本へのお祝いが並べられる。
319ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:44:42.12 0
「いやそれにしてもデカくなったよね倉本…」岸くんは鼻栓をしながら寂しげに呟く
「倉本には負けないぞ!僕もまだまだ成長期!」高橋は密かに対抗心を燃やしている
「13歳といえば俺がJr入りした日だな…感慨深いぜ…」神宮寺はうんうんと頷く
「成長期とはいえカロリー制限は大切だからな」羽生田はダイエットグッズを手渡した
「郁ぅおめでとぉ。初めて会った時はあんなにちっちゃ…くもなかったねぇそういえばぁ」中村は親戚のお姉さんみたく呟く
「おめーしばらく会わねーうちに巨大化したな!ギャハハハハハハ!」栗田はバカ笑いだ
「フフフ…何気にこの中で一番高身長…」珍しく谷村は自信ありげな表情だ
「おめでとう倉本…おめ…おええええええええええ」岩橋はエチケット袋を口に当てた
「くらもっちゃんおめでとー!!」井上が用意されたセリフのように祝いを述べた。
「よせみずき、みんながいる前で…。今日は忘れられない夜にしてやるからよ」
倉本はご満悦だ。井上の肩を抱きながらすっかり彼氏気分で最近検索して覚えた愛の言葉を述べる。が、井上はウォークマンを聞きだして聞こえていなかった。


山上コテージに着いた頃にはもうすっかり日は暮れ、いい感じに月も出てきた。神7一行は荷物を抱えてコテージの玄関をくぐる。
「お待ちしておりました。二階のテラスにお食事の用意ができる予定でございます」
使用人らしき老婆が羽生田にかしこまりながら案内をした。おのおの部屋に荷物を置いてテラスに集合する。部屋割は岸くんと神宮寺、高橋と谷村、中村と栗田、岩橋と羽生田、そして倉本と井上だった。
「岸くん帰ったら早速俺のためにツタヤで18禁借りてくれよ!!Wゆうたの友情は永遠だぜ!!」
1号室で神宮寺は興奮気味におねだりをした。岸くんは苦笑しつつ
「一人で行くのは恥ずかしいからさ…一緒に来てよ。あ、SMは必須で…」
Wゆうたが友情を深めている隣の2号室では…
「どうして岸くんと一緒じゃないんだ…どうして…」
高橋は岸くんばりの涙目で呪詛を吐いた。それを気まずい思い出聞きながら谷村は指摘する。
「仮に岸くんと一緒になったところで…正気でいられるのか?」
「そ…そそそそそそそっそそんな人を飢えた獣みたいに…!ひどいよ谷満月!いくら同い年だからって言っていいことと悪いことがあるよ!この人でなし!きのこ星人!あああああああああ」
高橋は回りだす。谷村は自分の失言を後悔した。
320ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:46:51.49 0
そして3号室では中村と栗田が正座で向かい合っていた。
「栗ちゃん…色々言われてるけどぉ…れあくりはジャスティスだよぉ。フォーエバーだよぉ。揺るぎない永遠の愛だよぉ」
「たりめーだろれいあ!!作者も最近サボりがちだからな!谷れあが密かにお気に入りだけど所詮は幻想の産物だなんて思ってたらJJL夏祭りで意外な谷れあの絡みを見て一人狂喜乱舞だ。
そしたら気がつけば昔チラ見したエロマ…成人漫画のタイトルそのままパクって裏ドラマ劇場に夢中になって(ちなみにその漫画の内容は本当に「誰にも言っちゃダメ」なものなので良い子も良い子でない大人も詮索しないように)
たらそのうち夕飯でサンマ食いながらニュース番組見てて映った田舎の風景に感化されて神7シネマ劇場にうつつぬかしてたからな!余計なことばっか言っちまったけど俺とれいあは固くて太いモノ…じゃなくて固くて太い絆で結ばれてっかんな!間違いねーかんな!」
「栗ちゃん…」
「れいあ…」
中村と栗田が合いを再確認し合っている隣の部屋の4号室は羽生田と岩橋だった。
「お腹はもう大丈夫なのか?吐く時は外かトイレで頼む」
「うう…辛い…ああでも倒れてる場合じゃない…漢検の勉強しなきゃ…」
岩橋はお腹を押さえながら漢検の問題集を開いた。
「岩橋、君アメリカに憧れていて留学したいんだろう?だったら何故英検でなくて漢検なんだ?」
「うう…それは言わない約束…」
羽生田が岩橋に鋭いツッコミを入れている隣の部屋は倉本と井上だった。
「あー腹減った!みずき冷蔵庫はやっぱパナ○ニックかな?それとも三○?シャ○プ?いやいや冷蔵庫はあくまで慰み者であって俺はみずき一筋だからよ…」
「くらもっちゃん今はプラズマクラスター除菌とかナノイーとか省エネタイプとか色々出てるから」
井上はマジレスをする。そうこうしているうちに夕飯の時間になり神7達は2階のテラスに集まった。
321ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:47:30.35 0
「おおー!!美味そう!!」
テラスには畳が敷かれ、そこに10人分のお月見御膳が並んでいる。倉本は飛びついた。
「んじゃ改めまして岸くんと倉本おめでとーカンパーイ!!」
月を見ながらご馳走を食べて談笑して…神7達はアルコールも入っていないのにすこぶるご機嫌だ。
「んじゃしゃちほこのリベンジ行きまーす!!」岸くんは鼻栓を取ってもう一度しゃちほこと披露したが誰も見ていなかった
「高橋颯!!回ります!!いつもより多く回ります!!何故なら岸くんの誕生日だからごにょごにょ」最後は小声になって高橋は高速ヘッドスピンをし始めた
「神宮寺勇太、脱ぎまーす!!ちょっとだけよー!!」神宮寺のストリップショーは羽生田の強い反対にあい中断された
「ふむ…まあなかなかの御膳だな…アワビはないのか。おやこれは珍しいきのこだな…そろそろ旬だもんな」羽生田は優雅に御膳を食している
「はい、栗ちゃん。あ〜ん」中村は新妻のようにかいがいしく栗田の口にものを運ぶ
「れいあもあ〜ん。ギャハハハハハハ!!月よりれいあの方が綺麗だなー!!」夜空に轟くバカ笑いで栗田も中村に食べさせている。
「これはなんのキノコだったか…どんな効能があるんだったかな…」忘れられたきのこキャラを谷村は思い出す
「ああ…せっかくのご馳走なのにお腹が痛いなんて…それにしても灯りが足りないな…」岩橋の中の厄介な血が騒ぎだそうとしていた
「ちょっとくらもっちゃんそれ俺のゆでたまごだよ!!あ、エビフライは絶対ダメだからね!だったらそっちのキノコあげるよ!」倉本の隣に座った井上は必死におかずを守っている
そしてそろそろ食べ終わろうとした頃…誰が呼んだのか落語家みたいなおっさんが座っていた。
322ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:48:27.84 0
「ようこそ山上コテージ「La luna asoma(月がのぼれば)」へ。ここいらにはねえ、ちょいと不思議な言い伝えがあるんでさあ」
扇子を額に当てながらおっさんは思わせぶりに話しだした。
「いやね、9月っていったらほら仲秋の名月の頃っしょ?古来から月には不思議な引力があると言われててねえ、潮の満ち引きだとか獣の衝動を作用したりだとか言い伝えや神話が尽きやせん。月なだけに」
「うまいこと言うなーおっさん」倉本が爪楊枝を咥えながら呟く
「あ、こりゃどうも。そんでねえ、その不思議な不思議な月の力を吸収したこれまた不思議なキノコ、「満月茸」はここいらにしか生えない幻のキノコでして。お味はいかがでござんしょう?」
「満月茸…知らなかった…」きのこ博士(自称)の谷村は少し口惜しげに言った。
「美味かったよおっさん!まあ俺のキノコの方が美味いけどなー」神宮寺の下ネタは中村の絶対零度で封じられた。
「このキノコ、栄養価は高いんですがちと妙な副作用があるようで…どうぞお気をつけくださいまし。それじゃあっしはこのへんで」
どこからか聞こえてくる三味線の調べに合わせて落語家は消えて行った。
「なんだ今の?」
それからほどなくして異変が神7達を襲った。


満月茸の副作用は人の感情の方向を歪ませてしまうことであった。ひらたく言えば「ありえないもの見せましょう」状態なのである。1号室には岸くんと谷村がいた。
「谷半月…なんか俺おかしいんだけど。俺の好みってどちらかというと色白で可愛くてショートカットでちょっと小悪魔な子なのに何故か陰気ででかくてホクロの多い谷半月が魅力的に見えてきた…。こんなこと絶対ありえないのに…」
岸くんは汗だくだ。谷村の周りがキラキラ輝いて見えてしまう。何度も目を擦ったが変わらない。
「岸くん…俺も変なんだよ。俺だってどうせなら色白で女みたいで語尾伸ばし口調の小悪魔ぶりっこがいいのに…なんでか汗だく涙目法令線が魅力的に見えて…
嫌だ俺はあの回る奴と同じ趣味だなんてそんなの…作者が今抱えている某非人道的ストーリーもこれではお手上げ…不憫同士の恋愛なんて不憫以外の何ものでも…」
「谷半月…」
「岸くん…」
お互い絶対にありえない組み合わせに戸惑っているその隣の部屋には神宮寺と倉本がいた。
323ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:49:32.05 0
「おい倉本…お前そんなにでかくなってまさかこの俺を抱こうって気か?ちょっと前までプリプリしてたくせになんか男になってねえか?…くそっ…この神宮寺、童貞は失っても処女だけは守るつもりでいたが…仕方がねえ…誕生日プレゼントにくれてやるぜ…」
神宮寺は脱ぎ始めた。痩せこけた上半身が露出する。
「神宮寺冗談じゃねーよ。俺のお嫁さんはみずきだって決めてんのに…なんでだよお前がなんか可愛く見えてきちゃうじゃん!
似あわねー茶髪もガリガリ通り越して難民体型なとこも必死になると日本ザルみたく赤くなるとこも愛しくてしょうがねえ…くそ…妾にでもしてやるか…?」
「倉本…」
「神宮寺…」
倉本と神宮寺が同期のいけない愛に目覚めかけているその隣の部屋には中村と高橋がいる。
「だめだよぉこんなのぉ…そりゃあ僕達は仲良しだよぉ?姉弟のように仲良しで二人で水鉄砲も買ったよぉ?
でも僕達がどうにかなっちゃったらぁ…岸颯ジャスティスとれあくりジャスティスが同時に崩壊しちゃうんだよぉ。ああでもこんな逞しい体にお姫様抱っこされてぐるぐる回されちゃったらもうそれだけでフォーリンラブだよぉ」
中村はくるくると回り始め、よろめく。それを高橋が支えた
「中村くん…僕は何があっても岸くん一筋なのにこれって一体どういうことなんだろう?回り過ぎておかしくなっちゃったのかな?地球三周くらいすれば元に戻る?ああ…可愛いよ中村くん…そりゃおっさんも魅了しちゃうよこの小悪魔っぷり…」
「高橋ぃ…ううん、颯ぅ」
「中村くん…いや、嶺亜…」
高橋と中村がまるで近親相姦のようなタブーを繰り広げようとしているその隣の部屋には羽生田と栗田がいた。
「ありえねー…ありえねーぞはにうだ。おめーとか俺の好みの遥か圏外なのになんでだよ…。おめーの普段はエリート、でも時にははっちゃけるお笑いキャラ嫌いじゃねー…くそ…」
栗田は葛藤している。れあくりジャスティスがまさかのはにくりジャスティスになってしまうのだろうかという迷いと共に。
「それはこっちのセリフだ栗田。君なぞ僕の中では恋愛対象どころが人類の認知ギリギリラインなのにこの僕がお前に心を奪われるだと?
しゃべらなければ美少女なことに気付かされてるだと?顔の小ささも足の長さもスーパーモデルクラスなことにクラクラきてるだと…?ありえん…ありえないぞ諭吉先生…」
8人が副作用に苦しんでいるよそでは、満月茸を口にしていない井上と岩橋が残された。なんのことはない、井上は倉本に食べられたし、岩橋はお腹が痛くてエビフライと月見ぞうすいしか食べていない。食べていないのだが…
324ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:50:22.47 0
「うわあああああああああああああああ来ないでよ岩橋!!!!あっち行けええええええええええええ!!」
井上の悲鳴が谺する。コテージ内を死に物ぐるいで逃げ回っていた。
「怖くないよ井上…僕達は雑誌でペアを組んだことがあるじゃないか…いい子だからこっちにおいで」
そう、岩橋のデーモンタイムが始まってしまった。他の8人は満月茸にやられて部屋に閉じこもってしまっているから井上がターゲットになってしまっている。
「井上…怖がることなんてないんだよ。全部玄樹お兄ちゃんに任せなさい」
「いやだよ!!お兄ちゃんってガラか!!ああああああもうこんなことならチュウガクイチネンジャーでプレステ大会の方に参加すれば良かった!!もう大人の階段は登りたくないよ!!けっこうです!!」
「僕のプレステをいじってみないか…?」
「何そのわけわかんない卑猥な表現!?岩橋、漢検より先に日本語検定受けなよ!!」
井上は手当たり次第にものを投げ付けるが岩橋はびくともせず迫ってくる。
「君はシャイだなあ…。そんなところが倉本もそそられるんだろうね。倉本の代わりにこの僕がいただくなんて申し訳ない…」
「誰か!!灯りを!!もっと灯りを!!もっと光を!!くらえ橋本(涼)特製の胡椒玉!!」
叫びながら井上は念のためポケットに忍ばせた橋本お手製の胡椒玉を岩橋に投げ付けた。が、くしゃみをしただけで、デーモンはものともしなかった。
「プリーズ、ライティン!!ルクスエテルナ!!永遠の光を!!くらえ林(蓮音)特製のスパイダーネット!!」
今度は林お手製のスパイダーネットを投げ付ける。が、岩橋は北斗の拳よろしくぶちぶちと糸を引きちぎった。
「ギラ!!ベギラマ!!ベギラゴン!!くらえ羽場ちゃん特製のまきびし!!」
井上はありったけのまきびしを蒔いて逃走を試みる。が、岩橋ははだしで踏みつけながらずんずん進んで来た。もはや大魔王バラモスよりも恐ろしきその風貌…井上戦慄した。
「それ以上近付いたら秘孔突くよ!!どえらいことになるよ!!ひでぶってなっちゃうよ!!くらえ金田特製対宇宙人用眼潰し!!」
井上はキンチョールを岩橋の顔に吹き付けた。だが岩橋はにたりと笑っている。
もう駄目だ。井上は白目を向いた。チュウガクイチネンジャーの奴らに明日から腫れものを触るように扱われるんだ…一人だけ無理矢理大人の階段を登っちゃった後ろめたさと共に…
「助けてくらもっちゃん…」
そこで奇跡が起こった。
325ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:51:14.73 0
暗闇を照らす一筋の光…それは月光であった。まるでパルック100万本のようにあかあかと岩橋の顔を照らしだし、そして正気を取り戻した彼は首をふるふると振る。
「これは一体…僕は何を…。足の裏が痛い…あ、どうしたの、井上?」
しかし岩橋が訊ねても井上は涙目で携帯電話で誰かと話していた。
「橋本の胡椒玉もっと強力にしてよ。林のスパイダーネットもピアノ線かなんかで強化して。羽場ちゃんのまきびしも毒ぐらい塗っておいた方がいいかも。あと金田、キンチョールで宇宙人撃退は無理があるよ。
まあとにかく今度のプレステ大会は俺も参加するから何か優勝賞品用意しといて。え?くらもっちゃん?さあ…冷蔵庫どこのメーカーにするか悩んでたから神宮寺にでも相談してんじゃない?」


月の光は岩橋のデーモン化を解除しただけでなく満月茸の副作用を消し去る効果もあった。寸前でそれが解け、各部屋は混乱に襲われた。
「うわああああ谷新月!!なんで裸で俺に迫ってきてんの!?嫌だ俺はそんな趣味はない!!だいたいお前は中村のおしおきで性的興奮を覚える真性ドMじゃん!!いったいぜんたいなんの真似これ!?」
しかしながら岸くんは自分も裸になっていることに気付く。
「き、岸くんこそ…そんなやる気マンマンなものをぶらさげておいて…。俺は密かに狙われていたのか?一体大阪で何を学んできたっていうんだ…梅田の地下街…ウメダンジョンで何が起こったっていうんだ?」
谷村はどん引きで部屋を後にする。その途中で高橋に会った。
「た…たたたたたたたた谷三日月!!なんで岸くんの部屋から裸で出てき…う、うううううううううううう嘘だ敵は本能寺にあり!?ああああああああああああああああああああああ」
誤解した高橋はヘッドスピンで超巨大台風を作った。
326ユーは名無しネ:2013/09/29(日) 21:54:16.19 0
「おい倉本!!なんで俺らマッパなんだよ!!はっ…そうか、お前も13歳…全裸オ○ニーの素晴らしさに目覚めたってことか!!よしそういうことならこの神宮寺様が伝授してやる!いいか、やり方はだな…」
「てめえふざけんなこの変態大魔王!!てめーは冷凍庫の中で凍ってろ!!みずきどこだ!?夫のピンチだぞ!!神宮寺の半径3メートル以内に近づくな!!」
神宮寺に思いっきりダイブキックして倉本は部屋を飛び出した。
「栗ちゃんのばかああああああああああああ!!!はにうだとか何してくるか分かんない奴に身を捧げようとするなんてひどいよぉ!!れあくりジャスティスはどこ行ったんだよぉ!!
もうこうなったら慎太郎とか顕嵐とか本高とかと間違い起こしてやるよぉ!!」
「ちげーよれいあ!!俺にも記憶がねーんだよ!!それより浮気はゆるさねーかんな!!高校生になったし俺も亭主関白でいくかんな!!ってれいあ待ってよ!!俺が悪かったからラインで連絡取るのやめろってば!!」
れあくりの痴話げんかを呆然と見ながら羽生田は頭を抱えた。
「なんということだ…この僕があのアホに毒キノコの副作用とはいえ愛の言葉を囁くなど…人生最大の汚点…」
ひたすら壁に額を打ち付け、血まみれになりながら羽生田は渇いた笑いを浮かべた。
その狂乱を、記憶のない岩橋は唖然と見た。
「井上…これは新手のいじめなのだろうか…みんなどうしたっていうんだ…」
「月が綺麗だねー」
夜空に輝く月を遠い目で眺めながら、井上は羽生田観光に誘われても次から断ろうと心に誓ったのであった。




END
327ユーは名無しネ:2013/09/30(月) 21:01:31.51 0
B'z New Album「SAVAGE」リリース決定!! 
    01.Scoop!!
    02.疾走
    03.DEARLY
    04.ストイック★LOVE
    05.SAVAGE
    06.NIHILISM
    07.この身、燃えつきるまで・・・
    08.昼庭
    09.SLUDGE
    10.GO FOR ITBABY
    11.哀切な色
    12.SAMIDARE
    13.二人あえる日まで
328ユーは名無しネ:2013/10/02(水) 22:17:55.56 0
作者さんおつー
思い出したようにれあくりジャスティスな作者さん大好き
谷れあの続きも是非
329ユーは名無しネ:2013/10/05(土) 17:28:58.15 0
お前らの中にイケメンいない?
稼げるのかレポ頼むw
URL貼れないから
メーンズ ガーーデン
って検索して!
※正しいサイト名は英語です。
330ユーは名無しネ:2013/10/06(日) 19:02:57.85 0
倉もっさん、岸くん、作者さん遅ればせながらおめでとう
僕のプレステを〜で吹くwww
最後はお約束のハチャメチャな神7好き
331ユーは名無しネ:2013/10/08(火) 07:54:18.69 i
谷満月すきです
332ユーは名無しネ:2013/10/13(日) 21:32:04.44 0
作者さん乙です。年の差が大きい9月生まれおめでとう
神宮寺とくらもっちゃんにチョト萌えちゃったじゃないか
はにくり意外すぎてw
333ユーは名無しネ:2013/10/17(木) 22:40:11.14 i
作者さん乙です!
最近お休みなのかな?ネタできたらお願いします!
334ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 07:30:54.76 0
田山

山村

下村

杉崎

長谷
335ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:26:01.95 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第一話

「転勤、ですか?」
二学期を数日後に控えたある日、岸優太は校長室で校長に転勤を告げられた。
「うん、ちょっと系列校で教員の急な退職があって。ほら、岸くんは新任でまだ担任を持ってないし何より若いし生徒と年が近いからすぐ打ち解けられるんじゃないかと思ってね。はっはっは」
快活に笑って岸くんは背中を押された。
「分かりました。岸優太、がんばらせていただきます!」
「うんうん。その意気だよ。いやあ若いっていいねえ。はっはっは」
岸優太、この春ピッカピカの新米教師として教壇デビューをした若き金八候補である。担当教科は保健体育。若さと情熱と体力を買われて採用された。この度系列校の神7学園高校に赴任を命じられた次第で前途洋洋、意気揚々と新しい職場への期待に胸を膨らませた。
小さい頃から教師は憧れの職業だった。高校生の時に出会った熱血先生のおかげで勉強が苦手だったにもかかわらずこうして教師になることもできた。もちろん好きなドラマは「3年B組金八先生」である。全シリーズDVDBOXを持っている。
9月1日新学期の始まり。岸くんは朝が苦手なのにもかかわらず5時に起きて誰よりも早く出勤した。高校の前には長くて急な坂道が立ちはだかっている。
「よし…夕陽に向かってダッシュの練習だー!!」
岸くんの夢は担任を受け持ったクラスのみんなと夕陽に向かってダッシュをすることだ。これは違うドラマの気もするがなんでも良かった。とにかく教師という職業に憧れそのものを抱いていたのである。
336ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:26:33.17 0
「おはようございます!今日からお世話になります、岸優太です!!」
校長室で元気いっぱい挨拶を交わすと校長先生はにこにこと笑顔で出迎えてくれた。
「いや待ってたよ岸先生、噂どおり若くて元気そのものじゃないか。君にならあのクラスを安心して任せられるよはっはっは」
前任校の校長と似たような笑い方をして岸くんの肩を叩く。ちょびひげがなんだかシュールなおっさんだ。
「実はね、前の担任が鬱で辞めてしまって…でもまあ岸先生なら大丈夫。あ、1年7組の担任やってもらうから」
「担任…僕がですか?」
岸くんはじいん…と胸が熱くなる。新米教師が担任を持つなど夢のまた夢…それが夢でなくなったのだ。
「期待してるよ岸先生。あ、7組の場所はだね…」
教室の場所を教えてもらい、岸くんは校長室を出て職員室で挨拶に回る。
「君が7組の新しい担任か…ご愁傷様…」
「夢を捨てちゃだめよ。半年の我慢だと思って耐えてね」
「いやあ。若いっていいねえ。わたしにゃとても勤まらん」
同僚の先生達は好意的というよりは同情的に岸くんを出迎えたがこの時まだ岸くんはその意味に気付いていなかったのである。
そして岸くんは出席簿を手に1年7組の教室に向かった。
「最初が肝心だよな…どうやって掴みはオッケーにするか…」
廊下を歩きながら、岸くんは考える。
フレンドリーを前面に押し出して「やあみんな!今日から7組の担任になった岸くんだよ!」と陽気に登場すべきか、それとも威厳を示して「担任の岸優太だ。黙って俺に付いてこい!」とビシっと言うべきかそれとも一発芸しゃちほこでインパクトを狙うか…
考えて考えて考えて…もうけっこう歩いたはずだが一向に教室に辿り着かない。岸くんはもう一度校長の書いてくれた地図を見た。
「なんだこりゃ…」
何故か1年7組の教室だけ学園内の果ての果てにあった。暗く長い廊下のそのまた先…進むにつれてどんどんひと気がなくなってゆく。電灯もこころなしか暗く頼りない。なんだか学校というより刑務所に近い印象を受ける。
「なんだってこんな離れてんの?」
訝しく思いながらも岸くんは進む。そしてそこに到達した。


.
337ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:27:10.57 0
「よ…よし、いざ、出陣!」
岸くんは緊張マックスで1年7組のドアの前に立つ。中からは賑やかに生徒達の笑い声が聞こえてくる。
「お…おおおおはよう諸君!俺が今日から担任になる岸優太でございまする!!」
やや裏返り気味の声を張り上げ、岸くんはドアを開けて第一歩を踏み出した。その第一歩は華麗に…
「うわ!!」
何か柔らかいものを踏みつけ、岸くんは思いっきり尻もちをついた。滑ってすってんころりんとひっくり返ったのである。
「…?」
まさかそんな、漫画みたいなことが…ちょうど岸くんが第一歩を踏み下ろしたところにバナナの皮がありそれで滑ってこけた。なんで教室にこんなものがあるのだろうか…。
狐につままれた思いで教室内を見渡すとそこには予想を超えて数人の生徒しかいなかった。1,2,3…10人もいない。だが欠席がいるわけではなく座席は埋まっている。
その数人が岸くんをまじまじと見つめたのち…
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」
と爆笑しだした。教室内は爆笑の渦に飲み込まれた。
「今時こんな古典的なトラップにひっかかる奴いるんだなー!!マジうける!!ギャハハハハ!!」
「しかもあのこけ方!!空を切ってたぜ!!ある意味芸術だな!!」
「こんなに綺麗にひっかかってくれるなんてやりがいがあるよぉ」
「あー面白かった。もう一本バナナ食っとくか」
「おい倉本、バナナは一日5本までだ。カロリーが高いからな」
「お腹痛い…さっきのバナナ、痛んでたんじゃないの…?」
生徒達はてんでに勝手なことを喚いている。岸くんはわけがわからぬままお尻をさすって立ち上がる。
「は、はちにん…8人のクラス…?」
どう数えても机は8台しかなく、そこに座る生徒も8人。確か高校の1学級の人数は40人じゃなかったか…?
しかし思っていても仕方がない、こほん、と一つ咳払いをすると岸くんは生徒達を教壇から見下ろしながら、できるだけ威厳を保って自己紹介を始めた。
338ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:28:40.42 0
「え、えー…本日より1年7組の担任になった岸優太です。岸辺の岸に優しいの優に太るの太。よ、よろしく…」
「…」
沈黙が流れる。張り詰めた空気がピリピリと頬を刺してくる。岸くんは思わず固唾を飲んだ。
「担任…?」
一番前に座って長い足を机の上に乗せている美少年が訝しげに呟く。しかし可愛い顔して酒ヤケのスナックのママみたいな声だ。そのギャップに驚かされる。
「前の奴どこ行ったんだよ?なんつったっけ、名前…覚えてねーな」
二列目にスマホ片手に頬杖をついたチャラそうな茶髪が言う。彼の手にもつスマホからは、あはーんだのいやーんだの音声が流れていた。
「神経性胃腸炎で入院したんだっけ…腹痛って悪化させると怖いよね。胃薬飲んどこう…」
どよーんとした雰囲気の美少年が正露丸の蓋を開く。その横でひたすらバナナをモグモグしている大柄の生徒が「それ美味い?」と訊いている。
「担任ということは一応教員免許を持った大卒ということか。僕らと年が違わないように見えるが転校生の間違いじゃないよな?」
最後列で机の上にランチョンマットを敷いて豪華な弁当を広げている、およそ庶民離れした雰囲気の美少年がなんだか失礼なことを言う。
「岸ぃ?岸っていうのぉ?担当教科はなぁに?」
女子が男子の制服を着ているのかと思えるほどにフェミニンな色白の美少年が岸くんに問いかける。
「あ、保健体育で…」
「お?俺の得意科目だぜ!」
茶髪チャラ男が踊り出る。
「まずよ、おしべとめしべの重なり合いから説明してもらわねーとな!視聴覚室でDVD鑑賞としゃれこもーぜ!いいなおめーら!レッツパーリナイ!!」
「もう下ネタは顔だけにしてぇ神宮寺ぃ」
「れいあ俺とお前で実演してやろーぜ!まー俺らの場合おしべとおしべだけどなギャハハハハハハ!!」
「栗田くん、オヤジギャグみたいだよそれじゃ」
それまで黙って見ていた純朴そうなガタイのいい美少年がツッコミを入れる。教室内はにわかにおしべとめしべの話題で盛り上がりその雰囲気に飲まれかける…が、岸くんはいかんいかんと居住まいを正した。
「し、静かに!!出席とるから静かに!!」
とりあえず、担任らしく…と岸くんは出席簿を開いた。


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339ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:29:18.37 0
「えっと…出席番号一番、岩橋玄樹…」
とりあえず出席を取り始める。1番の生徒の名前を呼ぶと、正露丸を開いていたどんより美少年がおずおずと手を挙げた。
「はい…」
訊きとるのがやっとの小声で返事をした後、岩橋は青い顔でこう申し出る
「あの…お腹が痛くて…保健室に行ってもいいでしょうか…?」
岸くんの返事を待たず、岩橋はよぼよぼ爺さんみたいな足取りで教室を出て行く。が、ややあって戻ってきた。
「保健室まで10分もかかるからやっぱり無理だ…ここで休んでよう…」
「…」
岸くんは引いた。だがそんな暇はない。続いて二番の生徒の名を呼ぶ。
「えー…出席番号二番、倉本郁」
「ふぁい」
バナナを口に入れたままで倉本は手を挙げる。机の上にはバナナの皮が散乱していた。一体何本食べるつもりだろう。
「…バナナは休み時間に食べてくれないか?バナナくさい…」
「俺食ってねーと授業に集中できねーもん」
ふてぶてしく言い放って今度はえんどうスナックの袋を開け出した。岸くんは気にせず続けることにした。
「出席番号三番、栗田恵…」
「ギャハハハハ!れいあ見ろよこれ!超おもしれーまじウケる!!傑作だなこの漫画!!」
栗田らしき足長の美少年は岸くんの声には反応せず隣の席の色白美少女少年に漫画雑誌を見せている。
「あの…栗田…」
「やっべーなこれ!マジやっべーな!!ギャハハハハハハ!!」
岸くんは諦めて次に行くことにした。
340ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:30:13.51 0
「出席番号四番、神宮寺勇太」
「ういーっす」
茶髪チャラ男がスマホの画面を見ながらちゃらい動作で手を挙げる。相変わらずその機体からは淫猥な音声が流れ出て来た。
「神宮寺、教室ではスマホは使用禁止だけど…」
「んな固いこと言うなって!おい担任、お前SMは好きか?俺の特選動画をお近づきの印に見せてやってもいいぞ」
「え、ホント?」
岸くんは一瞬素に戻りかけて慌てて取り繕う。咳払いをし、次へ行く。
「えっと…出席番号五番、高橋颯」
「はい!」
威勢のいい声と挙手が挙がる。純朴そうなガタイのいい健康的な美少年である。キラキラと目を輝かせていて岸くんはやっとまともな生徒が出てきた、と感涙したのだが…
「先生よろしくお願いします!!お近づきの印に回ります!!」
と言ったかと思うといきなりニット帽を被り、床に頭をつけてそのまま回りだした。なんていう技か知らないが教室内に旋風が巻き起こり、周りは「またか」という顔をしながら避け始めた。
「えー…出席番号六番、谷村龍一」
風を受けながら次の生徒の名前を呼ぶ。が、返事がない。休みなのだろうか…と次へ行こうとすると冷たい声が響く。
「谷村ぁ、ちゃんと聞こえるように返事しなよぉ。きのこだと思われてるよぉ」
「…う…はい…」
教室の隅でぼそっと重機が擦れるような低音が響く。そこに目をやるとさっきまで教室内のオブジェだと思っていたのが実は生徒で、それがじっとりと負のオーラを撒き散らしながらこちらを見つめていた。
「た、谷村…なのか…?」
「…はい…」
暗すぎる。岸くんは暗黒に染められそうで早々と次へ行った。
341ユーは名無しネ:2013/10/20(日) 13:53:30.95 0
「出席番号七番、中村嶺亜」
「はぁい」
ふわっとお花畑に迷い込んだような錯覚に陥りかけて岸くんは目を擦った。手を挙げたのは色白の中性的な美少年である。じっと魅惑の瞳で岸くんを見つめている。なんだか異世界に引きずり込まれそうで岸くんは目をそらして最後の生徒の名前を呼んだ。
「出生番号八番、はにゅ…はに…羽生田挙武」
「今食事の最中だから後にしてくれないか」
若干噛みながらその名前を呼ぶと後ろの席でお重を優雅に食している美少年がふてぶてしく言い放った。伊勢海老をを口に運び、番茶をすすっている。ここは高校の教室であって料亭ではないのだが…
「教室内でものを食べるのは昼休みだけにしてほしいんだけど…」
「今朝寝坊して朝ご飯を食べ損ねたんだ。ちゃんと朝食と摂らないと頭が働かない」
きっぱりと断言し、羽生田はゆで卵を剥き始めた。そしておかまいなしにもくもくと朝ご飯を続けた。
「…あの…授業…」
8人の生徒はてんでに勝手に好きなことをして岸くんがいても気に留めることなく自由奔放に振る舞っている。
お腹がいたいと机に突っ伏したりバナナをゴリラも顔負けなくらい大量に食したり漫画を読んで爆笑したりスマホでエロ動画を見たり回ったりきのこのようにじめっと生えたりきゃぴきゃぴしたり三段お重弁当の朝ご飯を食べたり…
「なんなのこいつら…?俺、こんな奴らの担任しなきゃいけないの…?金八先生助けて…」
涙目になりながら、岸くんは教壇に立ち尽くす。頭の奥では海援隊の「贈る言葉」がエンドレスで流れていた。
岸くんの教師生活はこれからどうなるのか…



つづく
342ユーは名無しネ:2013/10/21(月) 02:01:31.02 0
おおー!新作!!
岸先生がんばれwww
続き楽しみにしてます!
343ユーは名無しネ:2013/10/21(月) 20:41:49.50 I
新作キター
楽しみにしてます!
344ユーは名無しネ:2013/10/23(水) 09:41:24.34 0
滝沢

大滝

大池

新藤

岸本
345ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:39:36.91 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第二話

岸優太、昨春大学を卒業したばかりの新米教師。担当は保健体育。若さと元気さが売りの若き金八候補である。夢は受け持った生徒と卒業式で泣きながら「贈る言葉」を熱唱すること。希望と期待に胸を膨らませ、教師になって半年…
そこで大きな壁にぶちあたっていた。
「ちょ…!!教室内で焼き肉禁止!!倉本!!火災報知機が作動しちゃう!!神宮寺!!エロ本を広げるのやめなさい!!オ○ニーも禁止だってば!!ちょっと栗田と中村、教室内で堂々と不純同性交遊はやめなさい!!」
担任を任された1年7組は問題児だらけの8人編成のクラス。奇人変人ばかりが集まり担任の岸くんの言うことなど聞きゃしない。毎日毎日岸くんは悪戦苦闘であった。
「…うう…辞めたい…」
昼休み、職員室で涙目になりながらお弁当を食していると、お茶が机の上に差し出された。
「大変だねー岸先生、問題児ばかりのクラスは。心中お察しするよー」
ベテラン教師の茂木先生が労いの言葉をかけてくれた。岸くんは有り難くお茶をすする。
「あの…一つ訊いてもいいですか?」
岸くんは素朴な疑問を茂木先生に投げかけた。
「僕は保健体育担当なんですけど、なんで化学やら数学やらを教えなくちゃいけないんでしょう…まああいつら授業なんてなんにも聞いちゃいないけど…」
「そりゃ君、7組に行くの皆嫌だもん。遠いし問題児だらけだし。あそこは言わば掃溜めで隔離教室なんだから生贄は…担任は一人で全部教えてもらった方が効率いいっしょ」
「…」
つまり誰もが匙を投げる問題児クラスを新任に押し付けたということだ。とんでもない学校だ。
「あの8人は一体どういう問題を起こしたっていうんですか?」
岸くんは8人のことを全く知らないまま担任になった。だから今更だが予備知識が必要であると判断し、教頭に訊ねる。
346ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:40:41.72 0
「えっとね…まず岩橋玄樹」
教頭先生は生徒指導票をぱらぱらめくりながら説明し始めた。
「中学を不登校で、ほとんど行っていないらしいね。どうやらいじめにあったみたいで元々持病の腹痛でしょっちゅう保健室やトイレに入り浸っていたらしくてね。何かっていうと「いじめだ…これはいじめだ…」と被害妄想が強くてやりにくい。
あと、5月にあった宿泊訓練で消灯後に暴れ出して警察沙汰に。周りは「デーモンが…デーモンが…」と言っていたらしい」
「…」
「次、倉本郁。えー…とにかく食べている。しょっちゅう食べている。ひたすら食べている。中学時代は給食室に忍び込んで盗み食いを働いていたらしく内申書にもその旨書かれている。
そして教室内に冷蔵庫を持ちこもうとして大騒ぎ。とにかく食いもののこととなると人格がかわって巨大化するから手を焼いてね」
確かに食べてない姿を見たことがない。岸くんは脱力する。
「えー…栗田恵。学業不振で中学卒業資格をめぐってすったもんだがあったそうだ。あとはオンラインゲーム廃人一歩手前で三度の飯よりゲームが好き。ごはんよりパンが好き…なんだこりゃ。それと不純同性交遊でも指導あり、と」
「…」
「次…神宮寺勇太。教室内に猥褻物の持ち込みにより停学3回、指導数知れず。18歳未満立ち入り禁止エリアにて多数の目撃情報あり。あと隣の女子校の着替えを覗こうとする等風紀を著しく乱すとして隣の女子校からもマークされているとあるね」
「…」
「えーと…次は高橋颯。品行方正、学業それなりに優秀、スポーツ万能の天才肌」
「おお、まともじゃないですか」
岸くんは期待した。初めて7組を訪れた時、こいつだけはまともかと思ったのだが…
「けど精神を乱したり高揚したりするとところ構わず逆さになって回りだし教室内、はては校内を暴風域に巻きこむ迷惑行為を働いたとして指導されているという記録があるよ」
「…」
「次は…えーと、谷村龍一。この生徒はだね、有名中学に通ってたそうなんだけど何故か内部進学テストと間違えてうちの学校の入試を受けて…とあるな。無理がないかこれ?まあそれくらい不憫で負のオーラを纏ってるからどのクラスにも馴染まなくてね、7組に措置された」
「…」
岸くんはだんだん気が遠くなってきた。
347ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:41:34.69 0
「そして次は中村嶺亜。一見おっとりふんわり乙女系男子に見えてその実男子生徒と男性教師を誑かしてまわる淫乱小悪魔不純同性交遊誘発危険因子として7組に措置。前担任も色香に迷って手を出しかけて鬱に追い込まれたみたいだからな。岸先生も気をつけて」
「…」
「えー最後に羽生田挙武。元々この生徒も有名私立に通う財閥の息子だったのだが…。とにかく傍若無人の限りを尽くして好き勝手して教室内をハリウッド映画のセットにリフォームしようとして揉めて自ら自由のきく7組を希望した…と。
うちの学校も多額の寄付金を納めてもらってるからそう無碍な扱いもできなくてね」
無茶苦茶すぎる…なんて無理ゲー…岸くんは白目を剥きかけた。
「まあね、岸先生には我々期待しているからとりあえず今年度いっぱいはがんばってくれないか?」
「期待…?僕に、ですか…?」
そう言われるとちょっぴりやる気がでてくる。
「うん。なんだかよくわからん生徒にはなんだかよくわからん先生をぶつけてみるのがいいと思って。お、チャイムが鳴ったぞ。それじゃ岸先生がんばって」
「…」
納得できないまま5限の授業をしに教室に行く。次は現代国語である。だが一人足りない。
「…岩橋は?」
岩橋の席がぽつん、と空いていた。岸くんの質問には高橋が答えた。
「お腹が痛いってトイレに行きました。多分15分くらいは戻ってきません」
「…そう…」
岩橋はおとなしいが、確かにしょっちゅうお腹が痛いと言っては授業中にトイレに行く。それに彼の常備薬の正露丸は強烈な臭いで教室中が苦くなる。
「羽生田、昼休みもう終わってるぞ。お重はしまって…」
「まだシメのメロンが残っている。なんぴとたりともメロンの邪魔はさせない」
顔色一つ変えずに羽生田はお重を優雅に食している。その横で倉本がつつこうとするが箸で手を刺されていた。
348ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:42:22.61 0
「えー…授業始めるよ。じゃあ谷村、74ページ音読して」
指名すると、谷村はびくっと肩を震わせた。そして重機の擦れるような低音でぶつぶつ呟き始める。
「…で…は…の………ここ…」
「え?何?なんだって?いいから早く読んで。授業進まないから」
しかし谷村はなおも念仏のようなものを唱えている。岸くんは苛々した。
「ちゃんと読んでってば!!お前頭いいって他の先生から聞いてるし読めないわけじゃないだろ!!」
若干きつめに言うと谷村は教科書を落として指をくるくる回し始めた。訳がわからないし暗すぎる。岸くんはどん引きである。
「岸ぃ、さっきから谷村ちゃんと読んでるよぉ。超小声だから聞きとりにくいけどぉ」
鏡を持って前髪を整えながら中村が言った。
「え?そなの…?」
「おいおいしっかりしてくれよ岸くんよー。センセーなんだったらちゃんと生徒の声くらい聞きとってくれよなー」
ビニ本を開きながら神宮寺が呆れ気味に呟く。そこで岸くんはキレた。
「お前らがちゃんと真面目に授業に参加しないからだろ!!だったら担任の言うことをちゃんと聞きなさい!!あと俺はお前らの友達じゃなくて担任なんだから岸とか岸くんじゃなくてちゃんと先生って呼べ!!」
たまにはこうしてビシっと言わなければナメられっぱなしだ。キシ君は教卓をバン!と叩きながら厳然と言い放った。
「…」
生徒達は黙っている。どうやら岸くんの情熱は通じたらしい。彼らとて問題児扱いされてはいるがまだ15〜16の子どもだ。時には大人が叱ってやることも必要だろう。
「えー授業を続ける。じゃあ続きを高橋、読んで」
「はい!!」
高橋からの素直な返事が返ってきて岸くんは手ごたえを感じた。クセ者ぞろいではあるが、こいつらと分かり合える日も近いだろう。高校教師・岸優太。もう弱音は吐かない。だって俺は教師なんだから。見ててね金八先生…輝く星になるからね。
岸くんは悦に浸りながら授業を進めた。


.
349ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:42:55.09 0
ようやく放課後を迎え、岸くんは安堵の溜息をつく。職員室で一時のやすらぎ…ファンタオレンジを飲んでいると呼びとめられた。
「岸先生、7組の生徒が呼んでるよ」
「え?」
職員室の入り口に行くと、神妙な面持ちの中村が立っていた。
「中村?どうしたの?なんの用?」
「岸先生ぇ…今日はごめんなさぁい。あのぉ、相談があるんですぅ」
しおらしい表情で中村は岸くんにそう耳打ちした。
悩み相談…岸くんが理想の先生像で思い描いていた憧れのシチュエーションである。生徒の悩みを親身になって聞き、解決に導く…それが教師たるものの使命ではなかろうか。俄然岸くんははりきった。
「なになに?なんでも言ってごらんなさい」
「あのぉ…ここじゃちょっとぉ…」
もじもじしながら中村は周りを見渡す。これが魅惑の仕草か…と岸くんは鼻を伸ばしかけたが気を引き締める。
「じゃ、じゃあ生徒指導室に…」
岸くんは中村を生徒指導室に招いた。すると教室に入るや否や中村は抱きついてこう囁いた。
「先生ぇ…僕ぅ…先生のことが好きなんですぅ」
岸くんは我が耳を疑った。
「はい?今、なんて…?」
確か『僕ぅ…先生のことが好きなんですぅ』と聞こえたような…いやまさかそんな馬鹿なアホな…そんなシチュエーション、ショタゲーでも無理矢理すぎるだろ。なんなんだこの展開は
だが中村はより強く抱きついたその腕に力をこめてこう繰り返す。
「岸先生のことが好きなんですぅ」
上目遣いのその魔力に岸くんは目眩を覚えた。そしてあろうことか中村は目を閉じる。そう、所謂一つの「キスして顔」だ…。
いかん。いかんぞ岸優太、相手は生徒、しかも男、タブーの連発だ。俺は男は好きじゃない。あくまで柔らかくて可愛い女の子が好きで告白されたいと常々思っている。
だからこんな女の子も顔負けの異次元のフェロモンを垂れ流した美少年に劣情をもよおすわけにはいかない。いかないんだ。
350ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:43:35.03 0
「はぅ…」
だけど下半身はその意志が通じない。熱くなりだし、固さを増してくる。言うことをきかない暴れん坊将軍を必死に宥めているとシャッター音のようなものが響いた。
「へ?」
我に返ると、教室の入り口からぞろぞろと栗田、神宮寺、羽生田、倉本が出てきた。
「はい高校教師の淫行の現場押さえましたー」
神宮寺がスマホをかざし、高らかにそう言った。岸くんはわかがわからない。ハテナマークを飛ばしていると尻に蹴りをくらった。
「いつまでれいあにひっついてんだ早く離れやがれ!!この淫行教師!!」
「いで!!ちょ…待っ…なんのことだか…」
尻を押さえながら岸くんがおろおろすると、神宮寺がスマホを見せてくる。
「立派な現行犯だろこれ。明日の朝刊に乗るかな」
神宮寺のスマホには岸くんと中村が抱き合った画像が鮮明に映し出されていた。岸くんは顎が外れそうになる。
「うわーどう見てもスケベ教師が男子生徒にムラムラきてヤっちゃおうって画面だなー。これはアカンわ」
もぐもぐバナナを食べながら倉本が呟く。その横で羽生田が腕を組んでしみじみと言った。
「教師の不祥事が後を絶たないこの時代…学校側も責任を問われるだろうな。とりあえず岸くんは懲戒免職は免れないだろう」
「ちょっと…!ちょっと待て!!一体なんの真似だよ!!なんでこんな…俺はそんなつもりちっとも…!!」
「でもぉ…アレは半勃ちだったよねぇ?」
くすくす笑いながらレイアは指差してくる。その横で栗田が顔をひきつらせた。
「おいさっさとこいつクビにしよーぜ!!とんでもねースケベ教師だぜ!!れいあの貞操があぶねー」
岸くんは察した。これはワナだ。美人局ってヤツだ。異議申し立てしようとしたがいかんせん画像が真実味をおびすぎている。万事休す。
「嫌だ…教師やめたくない…」
結果的に言えば岸くんの魂の囁きは天に通じた。岸くんは次の日もなんら問題なく出勤したのである。
だが…
351ユーは名無しネ:2013/10/27(日) 21:44:10.22 0
「岸くん俺が頼んだSMモノ、ツタヤで借りてきてくれたー?お、これこれー!!よっしゃ今日は皆でAV大会だぜーい!!」
「やだ神宮寺ぃそういうの一人で見てよねぇ。あ、岸ぃカスタード味の白い鯛焼き買ってきてくれたぁ?栗ちゃん一緒に食べようねぇ」
「おう、れいあー。でもあのスケベ教師が妙なモノ入れてないか俺が味見して口うつしすっからよ。ほれ、あーん」
「岸くん、俺昼休みは焼きそばパンとコロッケパン二つずつね。あとバナナとヤクルトとジョア」
「倉本、だからお前は食べすぎだ。ああ岸くん、ちょっとこれ教室に飾っといてくれ。シュワちゃんの肖像画だ。高価なものだから丁寧に扱うように」
「はにうだ、教室内にそういうわけのわからないもの飾るのやめなよ。あ、岸くん先生、俺も手伝います!!あと…その…あとで数学の分からないとこ教えてもらえませんかなんてごにょごにょ」
「高橋…ちょっとどいてくれないか…お腹が痛くて…岸くん、校長先生に7組の隣に保健室を造ってって嘆願書だしといて。ちょっと…谷村、そんなとこできのこになってないでどいてよ…」
「…きのこって言わないでくれ…」
そう、岸くんは7組の連中に弱みを握られて担任というより目下のところパシリ扱いになってしまったのであった。
「うう…やっぱり辞めたい…こんな奴らと分かり合うの無理…」
岸くんは「辞表の書き方」を本屋で探しながら見えない明日に涙を溜めたのであった。



つづく
352ユーは名無しネ:2013/10/31(木) 21:56:52.18 i
作者さん乙!!!
岸くん毎度毎度大変だなwwww
353ユーは名無しネ:2013/11/02(土) 23:40:25.79 0
B'z New Album「SAVAGE」リリース決定!! 
    01.Scoop!!
    02.疾走
    03.DEARLY
    04.ストイック★LOVE
    05.SAVAGE
    06.NIHILISM
    07.この身、燃えつきるまで・・・
    08.昼庭
    09.SLUDGE
    10.GO FOR ITBABY
    11.哀切な色
    12.SAMIDARE
    13.二人あえる日まで
354ユーは名無しネ:2013/11/03(日) 00:00:39.40 0
氏乙スレを荒らしてる人の正体
http://www.youtube.com/user/soichi66?feature=watch
355ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:23:52.80 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第三話

「じゃあ問いの1を岩橋、解いて」
「こんな難しい問題、僕に解けっていうのか…?これはいじめだ…」
「じゃあ羽生田、解いて」
「断る。今新作のラップモノマネを考えているところだ」
「…じゃあ中村、解いて」
「やだぁ岸ぃそれってセクハラだよぉ」
「…じゃあ神宮寺…寝てるのか…栗田…も寝てる…倉本…教室内でホットケーキは焼くな…谷村…は声が聞きとれないし、じゃあ高橋お願いします…」
「はい!!」
高橋は威勢よく立ちあがる。黒板の前に立ち、数学の問題を解き始めた。が…
「…どうした?高橋?」
「…ななななななんでもありません、先生に見つめられて緊張してるとかそういうんじゃありません!!先生の視線が僕に注がれていることに頭爆発なんてしかけていません!!あああああああああああああ」
高橋は回り始めた。こうなると手がつけられない。みんな机を持って教室の隅に非難する。ようやくヘッドスピン台風が収まったころにチャイムが鳴った。
「…今日もまともな授業になりそうにない…」
岸くんはすごすごと昼休みに職員室に引きあげた。
「…はあ…」
岸くんは大きな溜息をつく。7組の担任になって早一週間。まともに授業ができた日はない。弱みを握られて生徒に傍若無人に振る舞われる毎日で一週間で2キロ痩せた。
356ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:25:05.11 0
「大丈夫かい?岸先生、まだ若いのに暗い顔しちゃってさー」
「ほんと。この一週間で老けこんだんじゃない?笑顔が足りないよー」
職員室ではくちぐちに同僚の先生達が声をかけてくる。先輩の先生達から何かアドバイスがもらえれば…と岸くんは相談を持ちかけるがしかし7組の連中には皆関わりたくないのか逃げ腰である。案の定、話は反らされ一カ月後に控えた体育祭の話題に変わって行った。
「一年は4組が優勝いただきますよ。あいつら文化部の連中も鍛えてやるってクラス一丸となって挑んでますしね」
「あら3組だって皆基礎体力を上げるための運動を休み時間ごとにしてますよ。それに陸上部が5人いますから」
「2組は際立った運動音痴がいませんからコンスタントにどの種目でも点数稼げますよ」
「いや、1組は…」
各クラスの担任達は自分のクラスについて熱く語っている。岸くんはうらやましかった。岸くんの夢の一つには受け持ったクラスが一丸となって行事で優勝し、胴上げをされるというものがある。
だが岸くんはその夢は当分棚上げである、と肩を落とした。授業すら真面目に聞かない奴らが行事なんか真面目に参加するはずがない。
「あいつらが真面目に体育祭なんかやるわけないよな…。岩橋はお腹痛いって保健室に逃げるだろうし倉本は食ってばっかで動こうとしないだろうし栗田はギャハギャハ笑ってるだけだし
神宮寺は男だらけの体育祭なんて興味ねーって言って隣の女子校盗撮に行きそうだし高橋は緊張したら回りだすだろうしそしたら体育祭中止だし谷村は木陰できのこになってそうだし中村は日焼けしちゃうよぉとか言って日傘持てって言いそうだし
羽生田なんか『この僕がこのクソ暑い中なんで走ったり投げたりしなくちゃいけないんだ?断る』って言う姿が目に浮かぶ…。7組は不参加で棄権だな」
そんなことより「バカでも分かる数学I」と「初心者のための化学」「親切すぎる地歴公民の手引き」を読んでしまって授業対策を練らねば。岸くんは本を開いた。


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357ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:26:11.32 0
昼休みの7組の教室はけっこうカオスである。今日も倉本が持ち込んだホットプレートを囲んで各々好きな具材を鉄板焼きにしている。
「ちょっとぉはにうだぁここは僕と栗ちゃんがお魚焼くからぁもっと違うところで焼いてぇ」
「何を言う。アワビは新鮮なうちに焼かないと」
「おい岩橋、そっちのタコ焼けてんぞ」
「ああ、ありがとう神宮寺。熱い!!こんな熱いものを投げ付けるなんてこれはいじめだ…」
「栗田くん、ホットプレートの上にビニール袋置いちゃだめだよ、溶ける溶ける!異臭が…」
「え?あ、わりー高橋。袋破ってなかった。おい倉本!なんでバナナなんか焼いてんだよ!」
「焼きバナナ美味いんだよ。谷村、このキノコちょーだい」
「俺それしかないのに…」
高校の教室が場末の定食屋のような雰囲気になる中、腹ごしらえが済んだ7組の連中は雑談に花を咲かせた。
「なあ、あの岸くんっていつまでもつと思う?」
神宮寺がビニ本を広げ問いかける。皆はそれぞれ顔を見合わせた後、口々に答えた。
「一か月…いや、半月くらいかな…」
食後の胃薬を飲みながら岩橋が言った。
「でもぉ、ああいうしょっちゅう不憫な目にあってそうなタイプはぁ意外と粘りそうだよぉ。三か月くらいはいるんじゃなぁい?クリスマスの頃にさよならって感じぃ?」
中村が爪を磨きながら呟く。その横で谷村がうんうんと頷いていた。
「俺は明日にでもいなくなると思うね。あいつスケベそーだしれいあのことオカズにしてんじゃね?」
栗田は漫画を読みながら鼻をほじった。
「辞める前にもうちょいたかっても良さそうだけどなー。ピザくいてー」
倉本はまたホットプレートの上に巨大なホットケーキを作っていた。
「担任なんて誰でもいいじゃないか。別に猥褻現場なんて押さえなくてもどうにでもなる」
「んなこと言ってはにうだが一番ノリノリだったじゃねーかよ」
栗田が羽生田にツッコむ。中村も一緒にツッコんだ。
358ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:26:52.02 0
「そうだよぉ。あのテの法令線が深い顔は絶対ショタ好みでしかも誘惑に弱いって自信満々に分析してたじゃん」
「実際当たってたじゃないか。もし僕らが現れなかったら中村、君はあの時暴走した岸くんに押し倒されてあんなことやこんなことされてたかもしれないんだからな。まあそれはそれで面白いがな」
「てめ冗談でもそんな気色わりーこと言うんじゃねー。れいあのやわ肌にあんな汗だく野郎が触れたと思うだけで身の毛がよだつぜ!」
それまで黙ってメロンパンをもぐもぐ食べていた高橋が突然立ちあがった。
「俺はあの先生いいと思う!優しそうだし一生懸命そうだし。みんな、そんな風に言うのはどうかと思うよ。変な写メ取って恐喝とかダメだよ。それこそヒジ…非人道的行為だよ!」
皆きょとん、とした後お互い顔を見合わせてにやりとした。
「おい高橋、お前まさかとは思ってたけどマジで岸くんのこと………なん?」
神宮寺が茶化すように問いかける横で中村もくすくす手を口に当てた。
「颯は分かりやすすぎるよぉ。ああいうのがタイプだったんだねぇ」
「趣味わりー!!ギャハハハハハ!!」
「回ってばかりで脳がシェイクされてしまったのか…御愁傷様」
中村、栗田、羽生田が真っ向から大笑いする横では岩橋と谷村が同じようにどんよりした空気を放ちながら、
「蓼食う虫もなんとやらって言うしね…やっぱり太田胃酸より正露丸の方がいいかな…」
「まあ人を好きになれるだけ人間らしいんじゃないかな…」
とわりと肯定的な感想を零す。しかしながら、高橋は顔を茹でダコのようにして超高速で首を横に振った。
「ち…ちちちちちちち違うよみんな誤解しないでよ!!俺はそん…そんなつもりで言ったんじゃないってば!!あああああああああもう!!!!!!!!」
高橋は動揺して回り始める。ちょうど換気扇代わりになると皆窓を開けて体育館に食後の運動をしにバレーボールを持って向かった。


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359ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:27:39.87 0
「そーれい!」
円になってバレーボールを7組の連中は楽しむ。落とした奴は皆にジュースを奢る、というルールーが課せられておりここのところ3連敗の谷村は必死だった。しかし元バレー部の栗田の容赦のないショットが放たれる。
「そらよ!!谷村!!上手く取れよギャハハハハハハハ!!」
「あああああああまたそんな変な方向…!!嫌だ!4連敗は嫌だ!何がなんでも今日こそは…」
谷村は必死でバレーボールを追った。少年バトル漫画の如く叫びながら。
「うわあああああああ!!いで!!」
夢中で追うあまり、体育館に入ってきた団体にぶつかる。7組の連中は笑ったがぶつかられた団体は顔をしかめた。
「おい昼休みの体育館は使用時間が決まってるだろ。何勝手に使ってんだよ」
団体の一人がそうからんできた。そんな決まりあったっけ?と皆で顔を見合わせていると岩橋が何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば…体育祭の一か月前から使用が交代制になるんだっけ…忘れてた」
ちょうど今日から一か月前である。どうりでいつも賑わっているのに誰もいなかったわけだ。
「わりーわりー!!じゃあ俺らははしっこでやってるからよ」
ボールを拾って栗田が手を顔の前で立てると、誰かが鼻で笑う。
「お前ら7組だろ?7組には体育祭なんて無縁だもんな。使用表にもお前らのクラス一回もなかったぞ」
「はあ?」
神宮寺が睨みをきかせる。しかし他クラスの連中の嘲笑は止まらない。
「神7学園の落ちこぼれのお荷物が体育祭なんか参加するわけないだろ。だからバレーボールで遊んでんじゃん?」
「てかたった8人でどうやって参加すんだよ。可哀想なことになるじゃん」
「女子も混ざってるだろ7組は。男子校なのに男女共学ってうらやましいな」
誰かが中村を指差した。
「誰が女子ってぇ?」
絶対零度を放ちかけて倉本が「やめなときなよ」とそれを制する。しかし血気盛んな神宮寺と栗田は掴みかかる勢いでまくしたてた。
360ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:28:32.63 0
「あぁ!?ナメてんじゃねーぞ誰がお荷物だコラぁ!てめーら俺を誰だと思ってんだ?泣く子も孕む神宮寺勇太だぞ!!」
「てめーられいあのこと女とかまじふざけたこと言ってんなよ!!女なんかよりずっと可愛いだろうがよブッ殺すぞ!!」
しかしたまたま訪れた教師によってその小競り合いは中断された。7組は全員腹の虫が収まらぬまま5限を迎えることになった。


「えーみなさん、それでは授業を始めたいと思います…が、あれ?」
キシ君は目が点になる。一度擦ってみた。しかし見間違いでも幻覚でもない。全員おとなしくきちんと席に座っている。
「あの…みなさん…?」
生徒達は黙って座っている。いつもなら岩橋がトイレか保健室に立っていたり倉本がものを食べていたり栗田がDSしながらギャハギャハ笑ったり
神宮寺がエロ漫画雑誌を広げては放送禁止用語を連発していたり谷村がきのこになっていたり中村が鏡を見て前髪を整えていたり羽生田が株価をチェックしていたりして真面目に授業に参加しているのは高橋だけなはずなのに…
その高橋はというと、何故かぐったりと机にうなだれていた。キシ君が教室に入ってくると回るのをやめたからもしかしたらずっと回っていたのかもしれない。なんでかは分からないが…
「じゅ、授業…始めちゃってもいいかな…?いいよね?」
恐る恐る訊ねるとしかし「バン!!」と大きな音が轟いた。反射的にキシ君は飛び上がった。
「冗談じゃねーよ」
神宮寺がドスの利いた声でそう呟いた。目は怒りに満ちている。
361ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:29:04.06 0
「へ?あの…何が?俺はちゃんと皆に分かりやすいように『猿でも分かる英文法』を用意してきたんだけど、それの何が気に入ら…」
「あんなこと言われて黙ってられっかよ!!おい岸!!」
今度は栗田が怒鳴る。もう岸くんはわけがわからない。
「な、何!?俺が何言ったっていうの?わけのわからないインネンはよしてくださ…」
「庶民に見下されることほど屈辱的なことはないな。タダでは済まさん…」
羽生田が殺し屋みたいな目をしながら呪詛のように呟く。もうちびりそうだ。
「だから俺が何をしたって言うんだよおおおおおおおおお!!!もう嫌!!おうち帰る!!おうち帰るううううううううううううううう」
岸くんはパニックになった。するとそれまで机でぐったりしていた高橋が立ちあがる。
「落ち着いて岸くん先生、皆は先生に怒ってるわけじゃないから。そうだよね?」
高橋の問いかけに、岩橋が答えた。彼は珍しくお腹を押さえていない。
「昼休みに他のクラスの連中に喧嘩を売られて…。7組は体育祭不参加決定とかなんとか…それで皆怒ってるんだ」
「僕は女子って言われたぁ。失礼しちゃうよぉいくら可愛いからってぇ」
中村は頬を膨らませた。その隣で谷村は何かつっこみかけたが気配を察してやめた。
「とりあえずさー。体育祭で7組が優勝すりゃーあいつら見返してやれるし、岸くんも一応担任だから辞める前にその責任だけまっとうしろよ」
倉本が指を指す。
体育祭…
優勝…
ていうかこいつら、こんなにやる気になってるの?信じられない事実ではあるが岸くんは感涙に咽ぶ。
362ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 19:30:11.67 0
「おい岸、てめー仮にも担任なんだから俺らがちゃんとエントリーできるようとりはからっとけよ。後は俺らでやるからよ」
「そう。とりあえず体育館の昼休み使用は7組も入れとけよ」
栗田と神宮寺はそう岸くんに指図した。高橋が張り切って挙手をする。
「俺、元陸上部だからみんなのコーチするよ!あと可能な限りエントリーして点数稼ぐから!!」
「まあこの中で一番運動神経があるのは颯だからな…。おのおの一番の得意科目で挑んで点数を伸ばして行くのが一番賢いやり方だ。うちは8人だが他クラスは40人。単純に一人あたり5種目出なくちゃならないのか。さて、競技種目の確認から始めなくては…」
羽生田が持参のパソコンを開いて何かを計算し始める。
「僕水泳は得意だよぉ。あとは玉入れねぇ」中村が羽生田のパソコンを覗きこみながら言う
「俺は得意なものはないけど…足ひっぱらないようにします…」谷村は謙虚に呟いた。
「野球があればいいのに…」岩橋は口惜しげに言う
「パン食い競争なら任せとけよ!」倉本は胸を張った。
7組は一カ月後に迫った体育祭にやる気まんまんで意欲を見せる。岸くんの予想を超えてなんかみんな一丸となっている。そうすればもう担任としては張り切らざるを得ない。辞表はとりあえず体育祭が終わるまでおあずけだ。
「分かった皆!!岸くん頑張る!!みんな揃って優勝だー!!まずはそのためにもちゃんと授業やろう!!」
高く拳を掲げたがしかし7組の連中は羽生田のパソコンを囲んで必勝法の検索に夢中でやっぱり授業を聞いていなかった。
さて、7組は体育祭で優勝できるか否か…


つづく
363ユーは名無しネ:2013/11/10(日) 23:15:49.28 I
神セブンがやる気に!
続きたのしみだー\(^o^)/
364ユーは名無しネ:2013/11/11(月) 22:29:30.25 0
作者さん乙です!
青春してるね神7!猿でもわかる英文法ww
365ユーは名無しネ:2013/11/23(土) 09:28:23.26 O
あげ
366sage:2013/11/24(日) 22:44:17.40 i
楽しみにしてます
367ユーは名無しネ:2013/11/27(水) 14:44:28.64 0
国米

吉有

国韓

橋石

谷渋
368ユーは名無しネ:2013/12/01(日) 18:52:47.04 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第四話

「これは予想以上に厳しい闘いになりそうだな…」
羽生田の(正しくは羽生田家が派遣した調査員の)作成した各クラスの生徒の体育の授業の記録を整理すると、高橋以外他クラスの陸上部に太刀打ちできそうなのがいないという結果になった。
「んだよ、俺らそんな運動音痴なわけ?」
神宮寺が不満そうに呟く。
「競技は100M,200M,100M×4リレー、200M×4リレー、スウェーデンリレー、障害物競争、借り物競走、そして大縄跳びだが…。勝てそうなのは颯ぐらいだ。一人で全種目出てもらうしかないがリレーはそういうわけにいかんしな」
「僕達の中で颯の次に速いの誰ぇ?」
中村が問うと羽生田はPCのキーボードを弾いた。
「どんぐりの背比べだが…おお意外にも岩橋が二番目に早いぞ。けど他のクラスの陸上部に比べたら大したことないが」
「野球部で鍛えたからね…。そうか、僕が二番目か…僕が…」
岩橋はなんとなく嬉しそうである。
「にしてもよー、颯だけで優勝とか限界あるし俺達としても情けねえじゃん。なんか対抗できそうな競技ねーのかよ」
机の上で胡坐をかきながらPSP片手に栗田が問う。
369ユーは名無しネ:2013/12/01(日) 18:53:48.43 0
「俺、障害物競争出る!!パン食いがあんだろ!!一位取れるって」
自信満々に挙手をして倉本は菓子パンを頬張った。
「全員参加の大縄跳びがんばろうよ!!これってさ、飛んだ回数がそのまんま得点になるんでしょ?一万回跳んだら優勝だよ!!」
破天荒な高橋の発言に皆「また言ってるよ…」と呆れつつもその作戦は悪くないと俄かに評価が高くなった。
「確かにうちの学校はチームワークを重んじるのか…ほぼ毎年大縄跳びで逆転現象が起こるらしいな。まあクイズ番組における「ラストの問題に正解したら大逆転のポイント3倍」みたいなもんだな…。しかもうちのクラスは8人と有利だ。これはやれるかもしれん…」
「てことはぁ大縄跳びの練習を重視したらいいってことだよねぇ。谷村ぁ、ちゃんと回すんだよぉ」
「え、俺が回すこともう決まってるの…?」
やいやいと作戦会議にあけくれる7組の連中だが思いっきり授業中である。しかしながら岸くんは『これで分からなきゃ嘘だ!クズだ!高校物理学の教え方』のテキスト片手に感涙に咽ぶ。
「こんなにクラス一丸となって体育祭に挑むなんて…お前ら…」
感激の涙で前が見えない。チョークを持つ手が震えた。
「そんなとこで涙目になってねーで岸くんも作戦会議に加われよ。ところで体育館の使用はちゃんと手配したんだろうな?」
神宮寺に問われ、岸くんは我に返る。
「あ、すみませんまだです…」
「早くしろよテメー。ぐずぐずしてんじゃねえさっさと使用表に書きこんで来い!!」
栗田に尻を蹴られ、岸くんは職員室に赴いた。


.
370ユーは名無しネ:2013/12/01(日) 18:54:26.44 0
体育館の使用表はもうすでにびっしりと埋まっていた。それもそのはず、一週間前に各クラス順番に書き込むよう回ってきたが岸くんは7組の授業をどうやって成り立たせるかに必死で後回しにしてしまっていた。その間にもう全部埋まってしまっていたのである。
「あの、すいませんがどこか譲ってもらえませんかね…」
岸くんは他クラスの担任に頭を下げて回る。が、渋い顔だけが返ってきた。
「7組が今更練習してどうなるの?彼ら本当に参加するの?」
「8人でどうやって参加するっていうんだよ。そもそも7組には行事参加よりも問題を起こさずいてくれた方が…」
「体育館でちゃんと練習するのかね。またバーベキューやって火災報知機作動させて大騒ぎなんてことにならなきゃいいけど」
こんな感じで誰も取り合ってくれない。だがしかし、岸くんはやる気になった彼らをがっかりさせたくない一心で必死に頼み込んだ。
「お願いします!!今、あいつらやる気になってるんです!!担任としてはその気持ちを無駄にしたくないし…それにあいつらならやれます!だからお願いします」
「そこまで言うなら…じゃあここの枠、あげよう」
ようやく折れてくれた学年主任が7組のために体育館の使用枠をくれた。だがそれは…
371ユーは名無しネ:2013/12/01(日) 18:55:25.82 0
「てめーふざけんな!!朝7時になんて学校来れっか!!俺は睡眠時間は8時間確保しときたいんだよ!!」
教室に帰って報告すると案の定栗田にどつかれた。
7組の使用は全て朝7時から8時の枠になってしまった。元々こんな枠はなかったが誰も譲ってくれなかったためにこうなったのである。
「早起きは三文の得、というが三文程度なら僕は寝ていたい。却下だ」羽生田が吐き捨てる。
「俺、朝メシはちゃんと食べたい派だからそんな学校早く来れねーよ。1限目始まる前にお腹すくね」倉本はバナナを食べながら頷く。
「低血圧で…早く起きるとお腹が痛くなるし…」岩橋も及び腰だ。
栗田、羽生田、倉本、岩橋は早朝練習に反対だったが残りの四人はわりと賛成派だった。
「僕毎日6時に起きるから平気だよぉ。栗ちゃんモーニングコールしてあげるからぁがんばろうよぉ」中村が栗田を説得する。
「俺も早朝ランニングしてるから大丈夫!はにうだもやってみなって。どうせ送迎の車の中で寝てるんでしょ?」高橋が羽生田を説得する
「岸くんにモーニングおごってもらえばいいんじゃね?倉本」神宮寺が倉本を説得する。
「早起きした方が胃腸にはいいって聞いたけど…」谷村が岩橋を説得する。
数分の討論の末、早起き苦手派が折れ、早朝練習をすることが決まった。
372ユーは名無しネ:2013/12/01(日) 18:56:37.96 0
「うう…美しき友情…お前らなんとしても俺が優勝させてやるから!何かこの岸くんにできることがあったらなんでも言ってくれ!!しゃちほこでもなんでもするよ!!」
岸くんは張り切った。ここらで一発担任らしいところを見せなくては。生徒がやる気になっているのだからそのモチベーションを更に高めるのが教師の務め。金八先生、俺やります!岸くんは希望を胸に高らかにそう願い出た。
「じゃあとりあえず…」
7組の連中は次々に要望を打ち出した。
「万が一の時のために各種胃腸薬を揃えておいてね」「朝ご飯はデリバリーピザとおにぎりな」「俺は朝はパン派だからな!ギャハハハハハ」「ツタヤでブルマーものAVレンタル頼むわ」
「岸くん先生も一緒に早朝ランニングしようよ!」「何かポジティブになれるハーブティーをお願いします…」「汗拭きタオルちゃんと用意しといてよねぇ」「モーニングのシメはメロン以外認めない」
岸くんは薬局とピザ○ットとロー○ンとパン屋とツタヤとハーブ専門店と雑貨屋と八百屋に走ることとなった。
そして優勝に向けての練習の日々が始まったのである。


つづく
373ユーは名無しネ:2013/12/06(金) 09:49:34.65 0
作者さん、乙です!

ハーブ専門店ってなんかこわい…www
374ユーは名無しネ:2013/12/09(月) 09:13:08.57 0
大泉

森川

酒井

野村

沖村
375ユーは名無しネ:2013/12/13(金) 16:47:19.41 O
ネットで48万稼ぐって
うんこ見せるだけでwwwwwww
http://reikonosubete.blog.fc2.com/
376ユーは名無しネ:2013/12/21(土) 17:12:33.63 i
あげ
377ユーは名無しネ:2013/12/21(土) 19:01:44.22 0
谷茶浜誕生日おめでとう
378ユーは名無しネ:2013/12/23(月) 19:01:35.72 0
吹田

新宿

横浜湖

銃弾

大崎
379:2013/12/25(水) 20:29:30.44 I
神7のストーリー最高です!
岸家の人々もとっても面白いです!
頑張って下さい^_^
380ユーは名無しネ:2013/12/27(金) 18:06:36.48 0
兵庫

宮城

横浜湖

徳島

栃木
381:2013/12/29(日) 00:35:19.69 I
谷村龍一くん、ポジティブになれるハーブティーって面白すぎです💞
これからも楽しみにしてます✨
382ユーは名無しネ:2014/01/01(水) 16:10:11.51 0
あけましておめでとう!
今年もよろしく
383:2014/01/02(木) 14:04:24.37 I
明けましておめでとう御座います!!
神7今年もよろしくーー!
384ユーは名無しネ:2014/01/03(金) 17:23:15.68 0
金曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第五話

「岸くん、ちょっと会議中だよ君」
背中をつつかれて岸くんは慌てて目を覚ました。職員会議中に眠ってしまっていたのだ。涎を拭いながらすいませんすいませんと頭を下げる。
「どーしちゃったの。残暑バテ?若いんだからさー」
「いえその…」
岸くんはここのところ7組の早朝練習に付き合うために朝5時に起きて6時半には学校に着いている。そのせいで睡眠時間が足りないのだ。
岸くんでこれだから7組の連中はというと…
「眠い…これはいじめだ…」岩橋はいつも以上にとろんとした眼つきのウィスパーボイスで弱音を吐く
「あー腹減ったー。岸、ピザ追加お願い」倉本はお腹をおさえている。
「ZZZZZZZZ…」栗田は机の上に涎の海を作りながら爆睡している。
「ZZZZZZZZ…」神宮寺も右に同じ
「岸くん先生!ここの英文法の訳し方が分からないんですけど…こ、個人的に教えてもらえないでしょうか」高橋は通常営業である
「眠い…人間の三大不幸はひもじいことと寒いこと…そして眠いこと…」谷村は負のオーラ全開で自我修復中だ
「お肌荒れないようにしないとぉ」中村は肌の手入れに余念がない
「ZZZZZZZZ…」羽生田は教室にフランスベッドを持ちこんで爆睡中だ。
こんな調子で授業にならない。高橋の個人授業はさておき、早朝練習でそれなりの成果を出さないことには彼らのモチベーションにも関わってくるから岸くんも必死だった。
「おいまたかよ倉本。お前せめて10回は飛べるようになれよ」
「そーだぜ俺らこの長縄でしか点数稼ぐとこねーんだからしっかりしろよ!」
早朝練習は主に長縄跳びの練習に費やされていた。高橋と谷村が縄を回し、残り5人が跳ぶ。だが倉本がひっかかることが多く、神宮寺と栗田の怒号が飛んだ。
「うっせー俺はただでさえ重いんだからこれでも精いっぱいやってんだよ」
倉本は不貞腐れる。加速度的に成長を続ける彼は栄養補給がおっつかない。今も憎まれ口を叩きながらピザを口に入れていた。
385ユーは名無しネ:2014/01/03(金) 17:24:59.59 0
「せめて体育祭まではダイエットしろ倉本。ピザなんて高カロリーなもの朝から食べるな」
「はにうだの言う通りだよぉ。ほんとに雪だるまみたいになるよぉかおるぅ」
皆から非難されて倉本はぶーたれる。ここで自分の出番である。岸くんはメガホンをおろして駆け寄った。
「まあまあ、良く食べるのが倉本のチャームポイントだし食べることを取ったらあとはハチノコになるだけなんだからそのへんで。倉本、食べた分は動かないと。よし、もう一回!」
「はい!岸くん先生!!」
素直な返事が返ってくるのは高橋だけだったが勝負がかかっているだけに7組の連中は授業よりは素直に岸くんの言葉に従った。
早朝練習の甲斐あって数日もすると長縄跳びは50回はいけるようになった。いつもはバラバラの個性でまとまりのない7組だがここにきてなかなかのチームワークめいたものを見せている。岸くんはなんだか感動した。
「凄いよお前ら!これなら100回も夢じゃないかも!」
激励に走ると彼らはいつもの様子でパシってくる。
「お腹がいたい…早く胃腸薬と漢方を…」「ピザ!!」「おいパンにはやっぱりネオソフトだろ岸!」「今日は痴漢電車モノな」「岸くん先生、あの、クラウチングスタートの練習をこ、個人的にお願いしたいんですけど…」
「疲労回復のためのハーブティーを…」「やだぁもぉ汗びっしょびしょだよぉ岸タオルはぁ?」「メロンは静岡産がいいんだが」
生徒にパシられる自分を情けなく思いながら、岸くんは東奔西走し、その日の昼休みを迎えたのである。


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386ユーは名無しネ:2014/01/03(金) 17:25:43.82 0
「おい倉本、食べ過ぎだぞ。体育祭まであと一週間もないんだから体重管理しろ」
がふがふとブラックホールのように弁当を吸い込む倉本に羽生田が苦言を呈した。だが倉本は右から左である。
「動いてっと腹減ってしょうがねーんだよ。育ち盛りなんだから動いた分はちゃんと摂取しないと」
「見てるこっちが胸やけ起こすぜ。どうなってんだよお前の胃袋」
神宮寺が呆れながらサイダーを一気飲みし、こう呟いた。
「にしてもよー、長縄がノってきたから早朝以外にも練習してーな。100回いきゃあ他の競技がビリでも優勝できる可能性あるしよ」
「そうだよねぇ。昼休みとか放課後とかどっか一回でもいいから体育館使わせてほしいよぉ」
「れいあの言うとおりだぜ!岸になんとかしてもらえばいいんじゃね?でもあいつ頼りねーからな」
「そんなことないよ!岸くん先生なら俺達のためになんとかしてくれるはず!お願いしに行こう!!」
高橋がメロンパンの最後の一口を放り込みながら皆の腕を引く。渋々応じたのは食べ終わった神宮寺と羽生田で、三人で職員室に向かう。
「ちわーす…岸く…先生いますかー」
神宮寺が職員室の扉を開きかけると、岸くんの声が聞こえてくる。
「いやでもあいつらがんばってるんですよ。ですから一日でいいんで、どっか昼か放課後に体育館の使用を譲ってもらえませんか?」
「そうはいってもどのクラスも練習が佳境に入ってるからね。それに、7組には体育祭よりもがんばることがあるでしょう、岸先生?」
「そうだよ岸先生。あいつら未だにろくに授業も聞かないというじゃないか。体育祭の後には中間テストが控えている。1学期の7組の成績を見たか?谷村と羽生田以外は悲惨なもんだったぞ。栗田と神宮寺に至っては断トツの最下位争いだ」
「でも…」
「7組の連中は他のクラスに馬鹿にされて熱くなってるみたいだがすぐに冷めるよ。あいつらはこの学園の落ちこぼれの集まりだし期待すると裏切られるぞ。前の担任だって匙を投げたんだから」
教師達の会話の内容に、神宮寺が瞬間沸騰して乗りこんでいこうとすると高橋と羽生田が止める。その間も続いた。
387ユーは名無しネ:2014/01/03(金) 17:26:44.61 0
「そうそう。それに、早朝練習に狩り出されて岸先生、君会議で居眠りしたり他の業務がおろそかになってるじゃない。あいつらにいいように使われてるだけなんだからそろそろ目を覚まして職務を全うする方に神経を向けた方がいいよ」
「体育館でピザだのモーニングだのハーブティーだの宴会騒ぎを朝からされると他の生徒にも悪影響だ。7組のやることは学校の風紀を乱す。だから彼らは隔離されてるんだよ」
神宮寺と羽生田は舌打ちをし、唇を噛んだ。これでは練習時間の確保どころか早朝練習の時間まで奪われかねない。
「これじゃ無理だな。明日からは公園ででも練習すっか」
「それが賢明だな。うちの庭でよければ集合してくれれば貸すが」
神宮寺と羽生田が諦めて踵を返すと、高橋が待ったをかける。そして次の瞬間岸くんの大声が轟いた。
「でも俺、あいつらに気の済むまでやらせてみたいんです!!!」
その声に、一瞬職員室が水を打ったように静まりかえる。
「そりゃああいつらいい加減でだらしなくて人のことパシリみたいに扱うしどうしようもなく我儘でバラバラの個性の集まりでまとまりもへったくれもなかったけど…
体育祭での優勝っていう目標に向かって今一つになって団結しようとしてるんです!!だからできるだけその手伝いをしてやりたいんです!!」
「しかしね…」
「お願いします!!もう会議で居眠りしません!!業務日誌も遅れませんし誤字脱字にも気をつけます!!レジメのコピーもちゃんと抜けなくやります!!だから体育館使わせて下さい!!」
「おい、岸先生…こんなところで土下座なんてやめなさい。なんで7組の連中なんかにそこまで…」
「お願いしますお願いしますお願いしま…」
「あーもう分かった!!じゃあうちのクラスの明日の分をあげるよ。だから頭上げなさい」
「本当ですか!!?ありがとうございますうううううううううううううううううう」
388ユーは名無しネ:2014/01/03(金) 17:27:15.15 0
「うわっこら!!抱きつくな!!汗が…」
職員室はざわつき始める。ちょうど教師が職員室を出ようとこっちに来る気配がしたから神宮寺と羽生田、そして高橋は慌てて出た。
「やっぱり岸くん先生はいい先生だ!俺が言ったとおりでしょ、神宮寺、はにうだ!?」
教室への帰り道で高橋がハイテンションで得意げに二人に問いかける。あーはいはいとあしらう一方で神宮寺と羽生田はこう答えた。
「まああの頼んねー岸くんが土下座までしたんだからそれ無駄に終わらせるのは神宮寺ポリシーに反するからこれはもう何がなんでも優勝してあの教師どもを見返してやんねーとな」
「頼りないなりに努力はしているようだから男としてはそれに応えないわけにはいかないな」
高橋は笑う。二人はなんだか岸くんのことを好きになってくれそうで嬉しかった。嬉しさのあまり廊下で回ろうとすると全力で止められた。
そして三人は教室に戻ると残りの五人にとりあえず午後の授業はおとなしく聞くよう言い聞かせた。


つづく
389ユーは名無しネ:2014/01/07(火) 08:27:26.21 0
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/smap/1342387311/166
  ↑  ↑   ↑  ↑   ↑  ↑
390ユーは名無しネ:2014/01/12(日) 14:49:02.90 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第六話

体育祭まであと二日、練習はいよいよ佳境に入った。
「よっしゃああああああああ70回達成!!!!」
その日の早朝練習で長縄跳び70回を達成した。
回数を数える岸くんの声は嗄れ、縄を回す高橋と谷村の腕には痙攣がおき、岩橋は岸くんばりに汗をかいて干からびる寸前、倉本は空腹の限界、
栗田は成長曲線ギリギリにまで痩せ、神宮寺はサイダーを頭から浴び、中村は体力の限界に達し絶対零度の視線を放ち、羽生田は疲労で殺し屋のような眼つきになっていた。
しかしながら果てしない充足感と手ごたえを7組は全員感じていた。
いける
たとえ全種目ビリでも長縄が100回いけば優勝は可能。羽生田リサーチによるとどのクラスも全員揃っての長縄練習は難しいらしく50回が限界だった。
「凄いよお前ら!あとはおのおの怪我も病気もせず本番を迎えるのみ!」
岸くんはそうして一人一人に激励を飛ばす。
「岩橋、冷たいものの摂取はできるだけ控えて。飲み物は常温、寝る時は腹巻着用を心がけて!」
「10月に腹巻とか蒸れて痒くなるよ…でもまあ気をつけます」
「倉本、食べ過ぎには注意して。お前の胃はチタンでできてるから大丈夫だけど賞味期限切れ食品にだけは手を出すなよ!」
「俺がそんな過ち犯すかよ!腐った牛乳さえ飲まなきゃ大丈夫!」
391ユーは名無しネ:2014/01/12(日) 14:49:53.34 0
「栗田、寝坊だけはするなよ!ちゃんと中村にモーニングコールしてもらって。あと前夜のオンラインゲームは12時までな!」
「うっせー岸!オンラインゲームは母ちゃんに一日2時間までって決められてんだよ心配ねえ!」
「神宮寺、前夜のオ○ニーは三回までだぞ!厳選のエロ動画でしのぐんだ!」
「おいおい岸くんよ、俺の精力ナメてもらっちゃ困るな。精力ナメるってなんかエロい響きだなオイ…」
「高橋、当日はお前にかかってる!期待してるよ!」
「き、岸くん先生が俺のことそんなに…あああああああああああああああああああ」
「高橋回るのは自重して…。谷村、えーと…特に思いつかないけど当日事故ったりしないでね」
「なんか適当すぎやしない?俺だけ…。まあいいや、気をつけます」
「中村、応援合戦のチアリーダー楽しみにしてるね!」
「やだ岸セクハラだよぉ。やらしい目で見たら栗ちゃんに蹴っ飛ばしてもらうからねぇ」
「はにうだ、一応訊くけど学校中にスナイパー配置してないよね?フェアプレーだよ!」
「この僕がそんな卑怯な真似をすると思うか?念のためだ」
なんだか結束も深まって7組は万全の態勢で当日を迎えた。岩橋は腹痛を発症することなく、倉本は食べ過ぎることなく、栗田は遅刻することなく、神宮寺はほどよい興奮状態で、
谷村は朝家を出る時黒ネコに遭遇したが事故ることなく、中村はしっかりと日焼け止めを塗って、羽生田はスナイパーの配置を解いた。


.
392ユーは名無しネ:2014/01/12(日) 14:51:22.78 0
「それでは第77回、神7学園高校の体育祭を始めます!!」
ピストルの音が高らかに鳴り響いて、体育祭は開催された。おりしも天候は晴天、10月の爽やかな気候とほんのわずかな暑さが少年達の闘争心を駆り立てる。プログラム1番の障害物走から大盛り上がりだった。
「颯すごいよぉ!また一着だよぉ!」
岸くんからの期待を背負った高橋は驚異的な身体能力を発揮した。出る種目ほとんど一着で終え、昼休みを迎える頃には7組は全体で3位につけていた。
「いける…いけるそ俺ら。後は最終種目の長縄まで順位落さなきゃ勝てるぞ」
サンドイッチをほおばりながら神宮寺が目を輝かせた。隣で羽生田がうな重を優雅に食しながら頷く。
「スナイパーの出番はなかったな。午後からは各種リレーと100M走に応援合戦に最後の長縄か。気を引き締めていこう」
「谷村ぁさっき200M走でこけたとこ大丈夫ぅ?」
谷村は200M走に出場したがカーブで派手に転倒し膝を思い切りすりむいた。その傷口に中村が遠慮なしに触れると谷村は悲鳴をあげた。
「痛い!!ダイレクトに触らないでくれ…フフ…」
「てめーにやけてんじゃねーよ谷村!!このドMが!!」
「痛い!!傷口にコーラはやめてくれ!!」
「倉本…君よくそんだけ食べてお腹が痛くならないね…尊敬するよ」
倉本の底なしの食欲に感心しながら岩橋は番茶をすする。
「そりゃ動いてんだから食わないと。岩橋、そのおにぎり食わないんならちょうだい。後で食べるから」
「倉本、メロンパン食べる?」
「やったーいただきまーす!終わったら食べよーっと」
高橋が残りのメロンパンを差し出すと倉本はバンザイをして喜びを表す。
393ユーは名無しネ:2014/01/12(日) 14:52:48.34 0
「みんなお疲れ!!これは先生からの差し入れだよ!」
激励に岸くんは7組の生徒に差し入れを持ってきたが倉本以外は眉根を寄せる。
「てめー岸こんな暑いのに鍋焼きうどんとかフザけてんのか!!ジュース買ってこい!!」
岸くんは栗田に蹴られてやっぱりパシられてジュースを買いに走った。自販機コーナーに着くと生徒達がこんな会話をしているのが耳に入る。
「やべーな7組に負けるとかシャレんなんねー。あんな落ちこぼれクラスに負けるとかありえねーよ」
「あいつら8人しかいねーから速い奴…高橋とかいったっけ。あいつフルに出してきてるからな…なんか長縄もはりきってるらしいしやばくね?点差そんなに開いてねーだろ」
「高橋さえいなければ他は大したことねーよ。おいお前次の100M走高橋と一緒の組だろ?ちょっとさ…」
なんの相談なのか最後まで聞きとれないまま彼らは去って行ってしまった。嫌な予感が伝うがジュースを買いこんでいると他の教師から運営の手伝いを申しつけられた。岸くんは7組にジュースを届ける暇もなく忙しく走り回ったのである。
そして悲劇はおこった。


つづく
394ユーは名無しネ:2014/01/12(日) 17:14:35.26 0
次回がすっごく楽しみです!
395:2014/01/15(水) 19:12:27.08 I
次回楽しみにしてます!
頑張ってください!
396ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:28:03.72 0
第七話

「颯、だいじょうぶぅ?」
救護エリアに岸くんがかけつけた時には高橋が中村の付添いの元、担架の上でうずくまっていた。長い足からは血が流れている。
「高橋!!!大丈夫か!!?」
岸くんが駆け寄ると、高橋は方目を瞑りながら身を起こした。辛そうな表情だ。
「いて…岸くん先生ごめんなさい…ちょっとヘマをしちゃって…でも大丈夫…」
「大丈夫ってお前…すごい怪我…」
肉がえぐれてしまって出血がなかなか止まらない。養護教諭が一生懸命処置していた。
「おい颯大丈夫か!?あいつぜってーわざとだろ今からボコってきてやる!!」
遅れて駆け付けた7組の連中は皆憤慨の表情を示していた。栗田と神宮寺が今にも殴りこみに行きそうな勢いで叫ぶ。
「上等だコラァ!!実力で勝てねーからってフザけた真似しやがってあいつら…まとめてあの世に葬ってやる!!」
「どういうこと…?まさか…」
岸くんが記憶を掘り起こしていると、岩橋がそれに応える。
「100M走のスタートダッシュで体当たりされたんだ…。颯がそれで転倒してその足の上に乗っかられて…誰がどうみてもわざととしか思えないよ」
「そんな…」
「おい栗田行くぞ!!こんなことされて黙ってられるか!!神宮寺サイダーショットお見舞いしてやらぁ!!」
「たりめーだ!!栗田スペシャル地球破壊爆弾落してやらぁ!!!」
「僕の配置していたスナイパーを戻すか。完膚無きまでに叩き潰してやろう」
羽生田がスマホで誰かに連絡をとろうとし、栗田と神宮寺が殴りこみに行こうとテントを飛び出そうとした。
しかし岸くんは叫んだ。
397ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:33:10.19 0
「駄目だ!!栗田、神宮寺、校内で暴力沙汰なんか起こしたら優勝どころじゃなくなる!!羽生田もスナイパーは呼ぶな。高橋の代わりは誰かが出ればすむことだ」
しかし皆は岸くんの言葉に反論する。
「何言ってんだよ、やられたらやり返すに決まってんじゃんよ。そうじゃなきゃ泣き寝入りじゃん。俺だって食われたもんは食い返すがモットーだし」
「郁の言う通りだよぉ岸ぃ。こんなの許せないよぉ颯が可哀想だよぉ」
「俺も…なんか許せない…」
「僕も谷村に同意見だよ…これはいじめと同じくらいタチが悪いよ」
「岸、てめーは黙ってろ。これは俺らの問題だからな」
栗田が総括してそう告げると、岸くんはさきほどとはうってかわった冷静な口調でこう返す。
「お前らが悔しいのは分かる。俺だって悔しい。できれば高橋に怪我をさせた奴をボコボコにしてやりたい。だけど…」
岸くんはそこで目を瞑って絞り出すような声でこう言った。
「だけどそれをやったらもうこの後の種目は出られない。7組は暴力騒ぎを起こして棄権だ。そしたら今まであんなにがんばってきた努力が全部パーだ。
眠い目を擦って皆で朝早くから長縄跳びの練習にあけくれたのは優勝を目指してたからだろ?なのにそれを自分達の手で無駄にしていいのか?」
「…」
「岩橋が腹痛に耐えながら朝早くに登校してきたことも、倉本が何がなんでも絶対食べてくる朝ご飯を中途半端に終わらしてまで朝練に参加したことも、
栗田が必ず2時間やるオンラインゲームを1時間に削ってまで睡眠時間を確保しようと早寝したことも、神宮寺が一番家が遠いのに一度も朝練に遅刻しなかったことも、
高橋が朝練より早い時間から自主トレしてることも、谷村が縄にひっかかる度に自我修復で乗り切ってきたことも、
中村が体力がないのにもかかわらず一回も縄にひっかからないくらい集中していたことも、羽生田が長縄の極意を色んなサイトで調べてくれたことも俺はみんな知ってるから…
だから最後の長縄までお前らにちゃんと出場してほしいんだ。ここで問題を起こしたら『やっぱり7組は落ちこぼれの集まりだ』って烙印を押される。そんなのは俺は嫌だ。だってお前らは…」
岸くんは目を開けた。
「お前らは落ちこぼれなんかじゃない。こんなにも仲間思いで根性のある奴らだから、俺は皆にそれを見てほしい」
398ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:34:43.30 0
全員が押し黙る。お互いに顔を見合わせ葛藤と闘っていた。
仲間をやられた悔しさと、がんばってきたことがふいになるという板挟みの中で天秤は揺れる。どちらかに傾けばどちらかが未消化のまま終わる。そのもどかしさに誰もが頭を悩ませた。
「みんな」
ややあって、その沈黙が破られる。
「俺は大丈夫。足の怪我だから縄は回せるし長縄跳びは皆揃って出場できるよ。だからリレーの代わりだけお願い。やってくれるよね皆?」
それは高橋の声だった。一番悔しい思いをしているであろう彼から前向きな意見が出たことで、全員の天秤は同じ方向に傾いた。
「…分かった颯。スナイパーではなく医療班を呼ぶ。養護の先生だけでは処置にも限界があるだろうからな」
羽生田はスマホを再び動かす。そして岸くんにこう言った。
「とりあえず岸くん、君はエントリーの変更を本部に伝えてくれ。100Mリレーは誰が代わりに出る?」
「あ、じゃあ俺が出る!」倉本が手をあげた。
「200Mリレーはじゃあ僕が出るよぉ。スウェーデンリレーは谷村出てよねぇ」
「…分かった。自信ないけど…」
エントリーの変更が決まると、岸くんはそれを伝えに行く。その後ろ姿を見ながら7組は気持ちを切り替えた。
だが高橋が抜けた穴は大きく、それまで3位だった7組は下から二番目の6位にまで落ちてしまった。
そして最後の種目の長縄跳びを迎える。これで7組が優勝するには100回を超える必要があった。


「がんばれみんな…!」
岸くんは祈るような気持ちで両手を組みながら7組の長縄を見守った。
高橋の足の怪我は羽生田の手配した医療班によって万全の治療が施されたが予断はならない。歩くのも辛そうだがそれでも弱音一つ見せず彼は長縄を取った。
「はじめ!!」
号令とピストルが鳴り、最終競技の長縄が始まった。
399ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:36:23.99 0
掛け声と回数を数える声がこだまし、グラウンドには土埃が舞う。全校生徒およそ700人が一斉に跳ぶと地面が揺れそうな錯覚に陥る。各クラスの担任もそうでない教師も皆唾を飲んでその勝負の行方を目で追った。
20回…30回と進むごとに脱落するクラスが出てくる。その中で1年7組はまだ闘っていた。
「がんばれ…がんばれ…!!」
一歩も動いていないのに、岸くんの全身はもう汗だくだった。握った掌から汗が滴り落ちそうになっている。
50回を過ぎると、残っているのは4クラスになった。2年と3年に1クラスずつ。そして1年は7組と現在二位のクラスだ。
「大丈夫か…みんな…」
さすがに辛そうな表情になっていた。高橋は「上半身だけだから大丈夫」と言っていたがそれでも両足で踏ん張らないといけない。相当痛むのか脂汗が浮いていた。
身が軽そうな栗田と神宮寺も顔を歪ませている。岩橋は顔が蒼ざめているからもしかしたら腹痛が発症したのかもしれない。
羽生田は涼しい顔を装っているが着地でふらついている。中村は長縄の前のスウェーデンリレーで最終走者だったから400M走ったのがここにきて影響し始め辛そうにいつも以上に顔が白い。
そして倉本が腹を押さえてフラフラとよろめき始めた。
「71…!72…!」
70回を過ぎると一騎打ちになる。2年と3年のクラスは脱落し、1年同士の対決になり全校生徒がその勝敗の行方を見守った。
「がんばれ7組!!根性見せろー!!」
岸くんが叫ぶと、やがてそれは7組の応援コールに変わった。その力を受けたのか彼らの顔に生気が戻る。
「すげー!!90回超えた!!」
誰かがそう叫ぶと同時に、残っているのは7組だけになる。二位だったクラスは80回で終えた。これから7組が逆転で優勝するにはあと何回跳べばいいんだっけ…?と岸くんが計算を始めた時、100回を告げるコールと歓声が起こった。
「うおおすげえー!!!」
109回目で、倉本が着地時に足の踏ん張りがきかなくて転倒した。
「倉本!!」
岸くんは駆け寄り、倉本を抱き起こした。汗でびっしょりと濡れた顔からは悔しさが滲んでいる。
「ちっくしょう…なんでこけるんだよ…まだまだいけたのに…ちくしょう…」
「何言ってんだ!!凄いことだろ倉本、109回も跳んだんだぞ!!」
岸くんの言葉を肯定するかのように拍手がどこからともなしに起こる。やがてそれはグラウンドじゅうを埋め尽くした。
7組の生徒はそれをどこか不思議そうに、呆然と見ていたが神宮寺の「うおおやったぜー!!!」の雄叫びとともに抱き合ったりハイタッチで互いの健闘を讃え合う。それまで悔しそうに唇を噛んで涙をこらえていた倉本にも笑顔が戻った。


.
400ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:37:13.20 0
「それでは表彰します。優勝、1年6組…」
7組は惜しくも2位だった。あともう5回跳べていれば優勝に届いたが、それでも晴れやかな気分でいっぱいだった。2位のトロフィーと盾は高橋が受け取る。
「にしても凄いな岸先生、一体どんなマジックを使ってあいつらやる気にさせたの?」
横に立つ教師がそう問いかけてくる。答えは決まっていた。
「俺は何もしてません。だってあいつら元々やれる奴らなんですよ。ちょっと問題児っぽいところもあるけど根はいい奴らで…可愛い奴らです」
岸くんは心の底からそう思って言った。最初はとんでもない連中だと思ったが体育祭の練習を通じてかなり距離が縮まったように思う。もう辞表の必要はないかな…と思いながら教室に戻ってHRを始めた。
「あーくそ…俺がこけなきゃ優勝だったのに…」
「そんなことないよ倉本。お前、長縄のこと考えて弁当いつもの半分しか食べてなかったじゃん。岩橋からもらったおにぎりも颯からもらったメロンパンも終わってから食べようとしてるのも知ってるから」
岸くんがそう励ますと、倉本は照れ臭そうに鼻をかいた。
「皆もお疲れ様。ホント凄かったよ。もう誰も7組のこと落ちこぼれだなんて言わないだろうな。職員室でも見直したって話題になってたよ」
「まー俺らがちょっと本気だせばこんなもんよ。にしても疲れたぜ…今夜はオ○ニーは3回くらいが限度だな…」
神宮寺の冗談とも本気ともつかぬ軽口に皆で笑う。
「ホント感動した。だから今日は俺が皆に労いの意味をこめて奢っちゃうよ!何が食べたい?」
岸くんがそう申し出ると、歓声があがる。
401ユーは名無しネ:2014/01/17(金) 22:37:59.59 0
「僕はたこが食べたい。たこ焼きなんかいいかな」岩橋が食前の胃腸薬を飲みながら言った。
「俺はとにかくなんでもいいから食べたい!!やっぱ肉かな。おっにくー!!」倉本が叫ぶ
「俺はパンが食べたいぜギャハハハハハハ!!」栗田はあくまでパン派だ
「まー俺もやっぱ肉だな!!スタミナと精力の元だしな!!」神宮寺はサイダー片手に言う
「俺はメロンパン!!」高橋は拳を突き上げた。
「プリンが食べたい…」谷村は控えめに主張した
「ひじきが食べたいよぉ…あ、でもひじきって可愛くないからぁじゃぁオムライスぅ」中村がぶりっこしながら挙手をする
「纏まらないな…とりあえずひととおりネットで食材を出前するか」羽生田はPCを動かした。
あれよあれよという間に教室は宴会場と化した。飲んで食べてのどんちゃん騒ぎを繰り返した結果…
「何やってるんだお前ら!!!岸先生!!これはどういうことですか火災報知機が作動して校内中大騒ぎだぞ!!!ブレーカーも落ちてるし一体これはなんの騒ぎだ!!!」
「え?」
7組が教室にあったホットプレート5台とたこ焼き器2台、炊飯器3台、ティ○ァールのポット、電子レンジにオーブンレンジにホームベーカリーにもちつき器に電気グリル鍋をたこ足配線で使ってバーベキュー大会をしたおかげで電力がオーバーしブレーカーが落ちた。
さらに七厘でサンマを焼いたからその煙で火災報知機も作動する。見ると、校庭には消防車が何台も止まっていた。
「うっそ…」
岸くんは大目玉をくらった。そして一旦上がりかけた7組の評価は再び元に戻ったのである。
さらにお説教が終わって教室に戻ると食い散らかされた教室はそのままで、「岸後片付けよろしく頼む」と黒板に記されていた。
「うう…やっぱり辞めようかな…こんなクラスの担任…」
涙目になりながら片付けた岸くんだったがどこか達成感があったのは言うまでもない。


つづく
402ユーは名無しネ:2014/01/19(日) 13:13:51.00 0
カラオケ代宿泊

アイフォン

カラオケ

アイフォン

ぺヤングヤキソバin博多
403ユーは名無しネ:2014/01/20(月) 13:27:17.75 0
めっちゃいい話((泣
404ユーは名無しネ:2014/01/25(土) 18:20:45.97 0
感動した!岸くんは最近本当大人っぽくなってけしからん
最後は神7らしいごちゃまぜ感w
405ユーは名無しネ:2014/01/25(土) 21:21:08.07 0
作者さん本当に乙です
ここだけでも元気な栗ちゃんが見られて嬉しいな…
406:2014/01/26(日) 10:39:43.89 I
最高です!
407ユーは名無しネ:2014/01/26(日) 17:41:06.72 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第八話


昼休み終了の予鈴が鳴り、岸くんは早歩きで1年7組の教室に向かった。職員室から遠いため普通の速度では間に合わないのである。
「やばい…あと1分…」
腕時計を見ながら岸くんは歩みを速めた。と、そこで後ろからガラガラガラ…と車輪が回る音がして風が吹き抜ける。
「岸ぃお先にぃ」
「あ、こら、中村、廊下でスケボーはいけません!」
岸くんはたしなめたが中村は笑ってスケボーで廊下を走り去った。
「まったくもう…」
溜息をつきながら本鈴と同時に到着し、岸くんはガラリとドアを開けた。
「うわっ」
いきなり頭に何かが落ちてきた。お約束の黒板消しである。
「ギャハハハハハハハハ!!バッカじゃねーの!?」
栗田を筆頭に爆笑が起こる。しかしこれも日常茶飯事であるからもう岸くんは気にしない。てへへと笑って教壇に立つとそこには…
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああカエルううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
岸くんはカエルが大の苦手だ。そのカエルが教壇の上に乗っていた。おぞましい姿を目にしただけでもう脊髄反射的に生理的嫌悪が呼び起こされて全神経が拒絶する。天井に頭をぶつけるくらい跳び上がるとまた爆笑が起こった。
「やだもぉ岸驚きすぎぃ。これよくできてるでしょぉ昨日ド○キホーテで買ったんだよぉ」
くすくす笑って中村がぴょこんと前にやってきてそのカエルを掴む。どうやらおもちゃらしいがそれにしてもリアルすぎる。分かっていても鳥肌が立つ。
「はい。岸にあげるぅ」
あろうことか中村はそのカエルを投げ付けてきた。ぬめりまでリアルだ。岸くんはまた絶叫した。


.
408ユーは名無しネ:2014/01/26(日) 17:42:09.06 0
「えー…だからしてここの公式の答えはこうなってああなって…」
ようやくカエルの悪夢から立ち直った岸くんは「幼児でも分かるかもしれない数T」を片手に数学の授業を進める。だが…
「中村…栗田起こしてくれない?」
栗田のいびきで声が掻き消されてしまう。岸くんは隣の席でその栗田の寝顔を微笑ましげに見つめる中村に懇願した。
「えぇ〜こんなに気持ち良さそうに寝てるのに起こすなんて可哀想だよぉ。栗ちゃんの寝顔可愛いしぃ」
「岩橋…神宮寺起こしてくれない?」
神宮寺もまた深い眠りに落ちていた。同じく隣の席の岩橋に頼むと彼は眉間に皺を寄せる。
「寝てる時に起こされると嫌だろうから…僕は人の嫌がることはしたくない…」
「…じゃあ高橋お願い」
「はい!分かりました岸くん先生!神宮寺起きて!朝だよコケコッコー!」
神宮寺は起きたが栗田は最後まで爆睡だった。どうしたもんかと考えながら職員室に戻ると各教科担当が忙しく中間テストの問題を作成していた。
「岸先生、ちょっと手伝ってくれる?これを…」
「あ、ハイ」
作業をしながら岸くんは同僚の教師に訊ねられる。
「テスト対策進んでる?落ちこぼれ抱えると大変だよね。これ1学期の学年成績表なんだけど見てごらん」
「これは…」
岸くんは戦慄する。平均点が7組だけ異常に低い。それというのも8人しかいない中で学年最下位とブービーがいるからだ。最下位は栗田、その次が神宮寺である。
「栗田と神宮寺がいるから俺らは大丈夫って気ぃ抜かれるとちょっとね。まあ多少気を抜いたところであの二人より下がることはないけど」
「で、でもあの二人は勉強はダメだけどあれはあれでいいところが…えっと…あったっけ…なんだっけ…」
「でも実際問題としてクラスから留年出すと大変だから担任は必死だよ。岸先生もがんばってね」
ぽんぽんと肩を叩かれたがシャレにならない。皆揃って二年に進級させて涙涙の終業式を迎えたい。これはもう可及的速やかに学力アップに向けて集中的に強化する必要がある。岸くんは神宮寺と栗田に放課後補習を受けるよう諭したが…
「アホか!なんで俺が放課後までお前と一緒にいなきゃなんねえんだよ。れいあ、ゲーセン行こうぜー」
「うん。じゃぁねぇ岸ぃ」
栗田と中村は行ってしまった。それを神宮寺と羽生田がやれやれと肩をすくめながら見る。
「おい岸くんよ、栗田はしゃーねーよ。俺と違って前世からのアホだからよ。まあこの神宮寺はやればできる子だからな。いっちょ学年ブービーからトップへ昇りつめてやるか」
「お、おう…頼む神宮寺、お前だけでも…」
神宮寺だけでもやる気になってくれたのは有り難い。羽生田と谷村の手助けを受けて放課後の補習を始めた。
「いいな…岸くん先生に補習だなんて…俺も神宮寺くんみたいにバカかアホになりたい…」
「颯…うらやましい気持ちは分かるけど神宮寺に失礼だよ君…」
うらやましがる高橋を岩橋が教室の隅でたしなめていた。

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409ユーは名無しネ:2014/01/26(日) 17:42:57.88 0
けたたましい電子音が交錯する中でも特徴のある酒ヤケ声は絶好調である。得意のシューティングゲームで高得点をたたき出し、栗田のテンションは最高潮にまで上がっていた。
「すごぉい栗ちゃんランキング一位だよぉ」
「だろ?すっげーだろ手にマメできるまでやりこんだからよ!」
二人で盛り上がってプリクラを撮り、太鼓の達人で汗を流し、UFOキャッチャーでふなっしーのぬいぐるみをゲットする。はしゃぎながら店を出ようとすると、出口でヤンキーにからまれた。
「それ神7学園の制服だろ?おぼっちゃんがこんなとこ来ていいわけ?」
「こっちのボク可愛いねぇ。セーラー服の方が似合うんじゃないの?」
ヤンキーが中村の頬に触れようとすると中村は嫌悪感を露わにした絶対零度を放つ。
「クソ汚ねぇ手でれいあに触んじゃねーよ!」
栗田が反射的に蹴りを入れた。相手はよろめいたがすかさず仲間が「何しやがんだコラぁ!!」と殴りかかってくる。すると今度は中村が持っていたジュースをぶっかけた。
「栗ちゃんには指一本触れさせないよぉ。ジュースで顔洗って出直しなよぉ」
「てめぇこの男女!!」
あわや乱闘、というところで従業員によって通報を受けた警察が到着する。一時間後には連絡を受けた岸くんと付いてきた7組達がやってきた。
「何やってんだよ栗田、中村!ゲーセンで喧嘩とかテスト前なのに…!」
「うるせーなあいつらの方からからんできやがったんだよしょーがねーだろ」
「そうだよぉ。正当防衛だもん。僕達悪くないよぉ」
「だけど…」
確かに話を聞くと、きっかけは相手が作ったがやり返してしまうと同罪である。それをやんわり告げたが二人はそっぽを向く。神宮寺がやれやれと肩をすくめた。
「しゃーねーよ岸くん、嶺亜と栗田はお互いしか心許してねーし俺らが何言っても無駄無駄」
「まあ事なきを得たんだからいいじゃないか。それより腹が減ったからコンビニにでも寄ろう」
「いいねー!!肉まん食おうぜー!!」
羽生田と倉本も諦め気味でさっさと出て行く。岸くんは溜息をついた。
410ユーは名無しネ:2014/01/26(日) 17:43:40.16 0
「どうもあの二人は俺の言うことに全く聞く耳持ってくれないな…。何を言っても馬鹿にされるばかり…」
落ち込んでいると高橋と岩橋がフォローを入れてくれる。
「そんなことないよ!岸くん先生の良さは二人にだって分かってるはず。栗田君言ってたよ!「岸が涙目になるとおもしれー」って。嶺亜くんだって「岸ほどイタズラにひっかかってくれる単純な人はいないよぉ」って楽しそうに話して…」
「思いっきり馬鹿にしてるじゃん…」
「先生元気出して…良かったら胃薬…」
「ありがと…でもいらない…」
しかし落ち込んでいる暇はない。中間テストまであと一週間を切った。せめて神宮寺だけでも成績最下層から脱出させなければ…と放課後の補習の内容に頭を悩ませていた時である。
「大変だ岸くん!!栗田が…!!」
羽生田と神宮寺が息せき切って始業前に職員室を訪れる。何事だ、と職員室はにわかにざわついたが岸くんは二人の表情を見てただごとではないと予感し、廊下で聞くことにした。
「なんだって…!?」
岸くんは耳を疑う。教室に向かうと、ちょうど血相を変えて飛び出して来た中村とぶつかりかける。
「中村、どこに行くんだよ!?まさか…」
「離してくれるぅ?栗ちゃん助けなきゃぁ」
腕を掴む岸くんを睨みつけて、中村はそれを振りほどこうとする。だが、行かせるわけにはいかない。
「お前が行ったって二人してやられるだけだ!警察かどっかに…」
「あいつらは僕に一人で来いって言ったのぉ。でないと栗ちゃんが危ないからぁ。だから離せよ!!」
最後はいつものぶりっこ口調ではなく男の顔つきになって岸くんの腕を振りほどくと中村は走り去ってしまった。


.
411ユーは名無しネ:2014/01/26(日) 17:44:21.06 0
「ど…どうしよう…どうしよう…」
岸くんはうろたえた。せっかく用意してきた『ミジンコ脳のための化学T』のテキストをぐしゃぐしゃにしながら右往左往する。
「栗田が登校途中に昨日いざこざを起こした連中に拉致られたらしいんだ。中村に一人で来いって…そうしないと栗田の命の保証はないって…」
中村の机の上にはその連中が書いたと思われる汚い字のメモがあった。丁度門をくぐろうとした谷村が偶然それを受け取ったらしい。
「でも…危ないよそれ…だって昨日の報復でしょ?栗田も中村もやられちゃうんじゃ…」
岩橋が心配そうに呟く。
「シャレんなんねえぞおい…栗田はやられるし中村はヤられる…どーすんだよ…」
「神宮寺、今はそんな下ネタ言ってる場合じゃないよ!なんとかしないと!」
高橋がつっこむ。倉本も一緒に肩パンをした。
「やっぱり放っておけない…行かなきゃ!!」
「待て岸くん、教師の君がそんなトラブルの中につっこんで行ったら大問題だぞ。最悪の場合解雇だ。僕らが行って助けてくる」
「けどはにうだ、お前らが行っても問題になれば7組みんな停学か下手したら退学だぞ!お前らは問題児だけど暴力事件だけは起こさずにきてるからこその7組への処置じゃないか。これで暴力沙汰起こしたら皆揃って進級できなくなる!!」
「だけど岸くん先生がいなくなったら俺ら寂しいよ!!だから岸くん先生は行っちゃダメだ!!」
高橋が必死の形相で止めてくる。岸くんは葛藤に喘いだ。
こうしている間にも栗田と中村は…
もどかしさと闘いながら、岸くんは結論を出した。


つづく
412:2014/01/26(日) 17:53:31.33 I
今回も面白いです!
続きが気になる…>_<
413ユーは名無しネ:2014/01/28(火) 19:08:18.61 0
チャイニーズ空気プレン 沖縄そば  日テレマー君

チャイニーズ空気プレン 沖縄そば 日テレマー君  

チャイニーズ空気プレン 沖縄そば  日テレマー君

チャイニーズ空気プレン 沖縄そば
414ユーは名無しネ:2014/01/29(水) 19:48:41.07 0
作者さん面白いです。続き楽しみ〜
415ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:22:46.04 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第九話

指定された場所は使われていないプレハブ倉庫で、どこかの会社のものだったのか倒産したらしく荒れたままだ。ガラスがところどころ割れていてひと気は全くない。扉を開けると中に数人のヤンキーが待ちかまえていた。
「お?まさかほんとに来るとは思わなかったぜ。見かけによらず度胸あんだな」
「ひゅーひゅー、飛んで火に入る夏の虫ってヤツー?」
中村にはそのヤンキーは見えていない。見えているのは…
「栗ちゃん…」
縛られて苦悶の表情を浮かべる栗田だ。唇の端に赤い傷口が見える。
「れいあ来るな…今すぐ帰れ…でないとお前まで…」
「おっとお前は黙ってな」
頭を踏まれ、栗田はうめき声をあげる。中村の血は瞬間沸騰した。
「栗ちゃんに何すんだてめえら!!ブッ殺すぞ!!」
「おいおい女の子がそんなはしたない言葉使っちゃダメだろ」
跳びかかろうとすると、背後から羽交い締めにあう。振り向くと昨日ジュースをかけてやった男だった。男は中村の顔に自分のそれを近づけ、にやりと笑う。
「お前の言うとおり、今朝はオレンジジュースで顔洗って来たぜ。どうだ?少しは男前になっただろ?」
「汚ねぇ顔近づけんなよぉ。俺に触れていいのは栗ちゃんだけだ」
唾を吐いてやると、男は中村を乱暴に地面へと蹴りつける。華奢な彼の体はいとも簡単に吹っ飛んだ。
「上等だ…その栗ちゃんの前で犯してやろうか…女みたいに」
「やめろてめーら!!れいあに手ぇ出しやがったらマジで殺すぞ!!フザけんじゃねえ!!!」
栗田はもがく。が、縛られた腕と足ではどうにもできない。中村は数人に押さえつけられて制服を脱がされようとし、悲鳴を上げる。
万事休す
そう思った時だった。
416ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:23:39.36 0
「待てえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
誰かの絶叫が轟いて、扉が開く。
「…?」
栗田も中村も逆光でよく分からなかったが、目が慣れてくるとその姿が浮かび上がる。
「岸ぃ…?」
服装といい声といい、全体の雰囲気は岸くんだ。だが断定ができない。何故ならば、黒い仮面で顔を隠しているからだ。
「誰だてめえは!?」
誰かがそう訊ねた。すると岸くんとおぼしきその仮面の男はこう答えた。
「わ…私は仮面ティーチャーだ!!生徒を更生させるべく仰せつかった正義の男!!それ以上詮索するな!!」
「仮面ティーチャーだとぉ…?フザけやがって…パクリはどうかと思うぜ」
「おっと待った!!ここに仮面スチューデントもいるぜ!!」
仮面ティーチャーの後ろには同じく仮面で顔を隠した7組の連中(多分)がずらりと並んでいた。一人だけひょっとこのお面なのは恐らく谷村だろう。指をくるくる回していた。
仮面ティーチャーはヤンキー達を指差しながら、
「うちのマドンナに手を出してもらっちゃ困るな…あと、そこの酒ヤケボイスモデル体型ボーイは大事な中間テストを控えているからそれ以上アホになってもらっちゃ困るんだ。返してもらおう!!」
「上等だコラァ!!」
ヤンキーどもは襲いかかってきたが羽生田の用意した超強力モデルガンによって次々に撃ち落とされて行く。
そうこうしているうちに手配した警察がやってきて、仮面ティーチャーと仮面スチューデントは中村と栗田を救出するとこれまた羽生田が待機させておいたリムジンへと乗り込み、学校へと舞い戻った。

.
417ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:24:18.56 0
中村と栗田は保健室で手当てを受ける。中村は軽傷で済んだが栗田はけっこう痛めつけられたから大事を取って保健室で休むことにし、中村もそれに付き添った。
「先生、ちょっといいですか、技術の授業で生徒が怪我をしてしまって…ちょっと動かせない状態で…来てほしいんですが…」
養護教諭が呼ばれ、保健室を出て行くと二人きりになる。ベッドに寝そべりながら栗田は中村に問いかけた。
「…あぶねーとこだったな、れいあ」
「うん…」
「岸が…あいつらが来なかったら…俺らやばかったな。今頃ここにいねーかもしんねー」
「うん…」
保健室の窓の向こうではちょうど7組が体育の授業の最中だった。岩橋はお腹をおさえて走り、倉本はウィダーインゼリーでエネルギーチャージをしている。神宮寺はチャラさ全開でドリブルをし、高橋はそれをカットしていた。
谷村は木陰できのこになっていて羽生田は一人でエアリフティングをしている。それを岸くんが笛を鳴らしながらまとめようと躍起になっていた。
「なーれいあ」
「ん?」
中村が聞き返すと、栗田は身を起こす。彼は少し掠れた声でこう言った。
「…あと一週間で、俺、最下位から脱出できるかな」
栗田の言いたいことが、中村にはちゃんと分かった。だけど彼がちょっと素直でないことも分かっているからそれがどこか微笑ましくて笑みが漏れる。
「できるよぉ。栗ちゃんはぁほんとは頭いいってこと知ってるもん。やればできる子だもん、がんばろぉ」
中村は栗田の手をぎゅっと握った。


.
418ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:25:52.81 0
「へ?まじですか?本当ですか?これ幻覚じゃなく?」
岸くんは目を擦ってみた。だけど変わらない。神宮寺の隣には栗田が座って教科書を開いている。
「いーから早くしろよ。分かってると思うけど俺にも分かるように説明しろよ」
「え?あ、は、はいそれでは最初の公式から…」
狐につままれたような気分で岸くんは補習を始めた。一体どういう風の吹き回しか…栗田が放課後のゲーセンにも行かず、居眠りをすることもなく素直に机に向かっている。
やっぱりヤンキーどもに痛めつけられてどこか打ちどころでも悪かったのだろうか。それとも明日地球は滅亡するのだろうか…。
「わりーけど神宮寺、このクラスの最下位はおめーだ。俺はやればできる子、栗ちゃんだからな」
栗田は神宮寺の鼻をつついた。なにおう、と神宮寺も言い返す。
「何言ってやがる、能ある神宮寺は爪を隠す、次の学年トップはこの俺だぜ」
なんだかよく分からないがやる気になってくれたのは嬉しい。岸くんははりきって『記憶喪失になっても分かる数学T』『3歳から始める英文法』『はじめてのこぶんかんぶん』のテキストを開く。
「いいな…栗田くんと神宮寺だけ岸くん先生を二人占めなんてずるいよ…」
後ろの席で高橋がぶつぶつと文句を言いながら自習をする。
「がんばってクラスの平均点を上げれば先生に褒めてもらえるんじゃない?颯」
岩橋がぽんぽん、と高橋の肩を叩いて慰めるとその後ろからきついツッコミが放たれる。
「人のことより岩橋、君もうかうかしてるとあのアホアホコンビに抜かされて最下位になるぞ。君、漢検いつになったら合格するんだ?」
実は岩橋は栗田神宮寺に次いで成績が悪かった。特に漢字をがんばらなければいけないのである。辛辣な羽生田のツッコミに岩橋は目に涙を浮かべる。
「うう…これは言葉のいじめだ…でも最下位とかシャレにならない…僕は大学に行くっておじいちゃんと約束したんだ」
谷村は教室の隅で黙々と自学自習をし、倉本は「食べながらやると捗る」と左手で菓子を掴み、右手で鉛筆を動かして勉強していた。
7組は皆真剣に中間テスト対策に取り組む。普段の授業より真剣な姿に岸くんは苦笑いしつつも、このがんばりを無駄にしたくないとテキスト片手に張り切って挑んだ。
『1年7組、岸先生、至急職員室までお願いします。繰り返します…』
勉強が佳境に入った所で校内放送が流れる。岸くんは職員室に呼ばれ、教頭先生が苦い顔をして立っていた。
「岸先生、7組の生徒が1限と2限にごっそり教室からいなくなってたと聞いたんだが…本当かね?」
「え…いや、それは…」
やばい…岸くんは背中に汗をかいた。
「保健室に7組の栗田と中村が怪我で訪れたとあったが…何かやらかしたんじゃないだろうね?そういえば先日、この二人は補導されかけたと聞いたんだが…」
「いやいやいや、あれはささいな誤解で…!1限と2限は特別集中講座で別室で中間テスト対策に臨んでおりましたし本当に何も問題ありませんし今も中間テストに向けてがんばってますから御心配なく!」
「なんでもいいけど暴力沙汰だけは勘弁だからね。そんなことになったらもう7組は学校に置いておけないからね。岸先生もあまり彼らに肩入れせぬよう…」
ひとしきりお説教を喰らって溜息をつきながら教室に戻ろうとすると、その手前で声をかけられる。
419ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:26:44.16 0
「岸ぃ」
中村の声だった。
「なに?どしたの?」
しかし振り向くと目の前にカエルがあった。岸くんはびっくり仰天の総毛立ちである。
「うぎゃああああああああああああああああqwせdrftgyふじこlp;!!!!!!」
腰をぬかすと中村がくすくす笑いながら岸くんを見おろしている。
「岸ってほんとにカエル嫌いなんだねぇ。おっかしいぃ」
「あのね…」
取り繕いながら立ちあがると、中村はそのカエル(のおもちゃ)を手に持ちながら小悪魔的な笑みを浮かべる。
「岸ぃ目ぇ瞑ってみてぇ」
「へ?なんで…?」
またなんかイタズラをしかけてくるつもりだろう…分かっていたが条件反射的に岸くんは言う通りにしてしまう。こういうところが馬鹿にされる所以なんだろうなぁ…と思っていると…
「ふぇ?」
岸くんは一瞬何が起こったのか分からなかった。分からなかったがほっぺたのあたりになんだかふんわりと柔らかいマシュマロに包まれたような、そんな感触が当たった気がする。
確かめる間もなく中村が背を向けた。
「…助けてくれてありがとぉ」
それだけ言って、ぱたぱたと中村は教室に戻って行く。呆然としながらその後ろ姿を見ていると彼は急に振り返った。
「栗ちゃんには内緒だよぉ。…あ、あと颯にもぉ」
「ちょ…ちょちょちょちょっと…!!」
ほっぺたを押さえながら岸くんは動揺の頂点に達した。哀しいことに生まれてこの方女の子とは無縁で、こうしたことに慣れていないのである。ましてや女の子じみた男の子にほっぺたにチューされてしまってはもう心臓がどえらいことになっている。
違う。俺にはそのケはない。ないはず。ないと思う。ないかもしれない。ないとも言い切れない?いやいや違うそうじゃなくて…
パニック状態で岸くんが中村を追うとしかし彼はいきなり大笑いしだした。
「なぁ〜んちゃってぇ。今のチューはこの子でしたぁ」
中村はカエルのおもちゃを両手に乗せてにっこり微笑んだ。
「へ?」
「ほんと面白ぉい。岸って」
きゃっきゃと笑って中村は教室に入って行く。一杯くわされただけである。なぁんだ…と岸くんは肩の力が抜ける。浅い溜息をつきながら続いて教室に入った。
420ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:28:33.79 0
「おい岸何やってたんだよおせーぞ。お説教か?」
栗田が腕を組んで座っている。
「いやまあそんなとこ…そんなことより続きやらなきゃ。えっとどこまで行ったっけ…」
気持ちを切り替えて、岸くんは栗田と神宮寺の成績UPに努めた。二人は驚異的な集中力を見せ、暗くなるまでそれは続いた。
「おう、岸御苦労だったな。まあ見てろよ、俺次の中間テストは学年一位だからなギャハハハハハ!!」
「栗ちゃんお疲れぇ。ゲーセンよるぅ?」
「んー…ゲーセンは暫くいいかな。それより腹減ったからなんか食って帰ろうぜー」
7組達は上機嫌で帰って行く。それを見守りつつ、誰もいなくなった教室の窓を閉め、電気を消そうとしたところでそれが目についた。
教卓の上に、あのおぞましいカエルのおもちゃが乗っている。恐る恐る近づいて見るがやっぱり気持ち悪い。だけどおもちゃと言われればおもちゃだ。これがさっき自分のほっぺたに…と思うと身震いした。
「…?」
けど、待てよ。と岸くんは思う。カエルのおもちゃはプラスチック製である。ちょん、と触ってみたが無機質なぺたんとした感触が返ってくる。あの時のあの感触はもっとこうふわっとしていてそれでいて柔らかくてもうちょっと甘美な感じが…
「…」
ふと思い立って、岸くんは我慢に我慢を重ねてそのカエルのおもちゃを手に取ってみる。やっぱり軽いプラスチックだ。そして非情に嫌だったがそのカエルの口を自分のほっぺたに当ててみた。
「…うーん…」
やっぱり全然違う。だとしたら、あれはやっぱり…
思考に浸りかけていると、ガラリと教室のドアが開く。びっくりして岸くんはカエルのおもちゃを落としてしまった。
「あ?何やってんだ岸?」
入ってきたのは栗田だった。何故か背中に汗をかいた。
「いえ、何も…」
「ふーん。あ、こんなとこにあったぜ俺のケータイ!やべーやべーこれがなきゃれいあにおやすみコールもできねーとこだったぜ。んじゃな」
机の上に乗った自分の携帯電話を手にすると栗田は教室を出て行く。若干の安堵感と共にそれを見送ると岸くんはカエルを拾って教卓に乗せ、電気を消した。
「ま、いいか。皆無事だったんだし。それに中間テストの対策を練らないと…」


.
421ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:29:50.93 0
一週間後、中間テストの成績表が配られると7組はお祝いムード一色だった。
「見たかこれが神宮寺様の実力だ!!見ろ、この華々しい成績表を!!」
「やっぱ俺はやればできる子だったぜギャハハハハハ!!」
神宮寺と栗田は見事最下位とブービーから脱出した。平均には遠く及ばないがそれまでの彼らの成績からすれば驚異的な飛躍である。7組の平均点は7クラス中6位に浮上した。
「がんばらなきゃ…栗田と神宮寺には抜かされたくない…」岩橋は成績表を眉根を寄せながら見ている。やはり漢字と英語がネックだった。
「お、ちょっと上がってる。今夜はご馳走にしてもらえるな!」倉本はうきうきと出前のカタログを見比べている。
「はっ…化学の順位が2つ落ちてる…期末テストは岸くん先生に集中的に教えてもらわないと!」高橋は色めきたっている。
「さ…下がってる…」谷村はむしろ順位を落としてしまって自我修復にいそしんでいた。
「栗ちゃん凄いよぉ。前は最下位だったのに下から10番目に上がってるよぉ天才だよぉ」中村は栗田を褒め讃えている。
「さーて、来週のサザエさんは…」羽生田は切り替えが早い
テンションマックスの神宮寺と栗田を筆頭に7組は祝賀会の準備を始めた。しかし岸くんは前回の反省を活かし、学校内でのどんちゃん騒ぎは阻止する。7組はぶーたれたが渋々近所のファミレスで妥協した。
なんだかんだでけっこう言うこときくようになってきたなぁ…と岸くんが感慨に耽っていると乾杯の音頭をせがまれた。
「えー…それでは…7組のこれからの益々の発展を願いましてー…」
咳払いをしながら乾杯の音頭を取ると「年よりくさい」と笑われる。それを皮切りに店員が顔をひきつらせるほどのどんちゃん騒ぎを7組は始めた。
422ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 19:31:02.88 0
「んじゃ次は俺とれいあでテゴマスの「猫中毒」歌うぜ!!てめーら口伴奏よろしくな!!」
栗田と中村の猫中毒に始まり谷村の「最上川舟歌」で終わり7組の祝勝パーティーは終わった。テーブルの上にはおびただしい数の皿が乗せられており、そのほとんどを倉本がたいらげていた。
「これは…」
伝票を見て岸くんは凍りつく。これは明日から塩と麦で暮らさなければならないかな…と覚悟を決めているとひょい、とその伝票が宙に舞った。
「まーこれは岸くんの慰労会でもあるからよ。ここは俺達が払っといてやるよ」
神宮寺がそう言うと7組達はうんうんと頷く。
「へ?本気…?」
これはまた何かの落とし穴?と岸くんが半信半疑で言うと羽生田がゴールドカードを持って会計に向かった。その際に「おい倉本、君は食べ過ぎだから他の奴より多く払えよ」とつついていたが倉本はレジ前のキーホルダーを見ているふりをして聞き流していた。
ファミレスから出ようとすると、ちょうど出入り口のあたりで数人の男子高校生とはち会う。このあたりでは荒れていることで有名な工業高校のものだ。
「あ?なんだてめーら神7学園か?ちょうど良かった。俺らにおごってくんね?」
からまれ始め、緊張が走ったがしかし…
「そんじゃ誰が駅まで行っちゃくか競争な!!それいけー!!」
栗田の号令とともに、7組達は走りだした。岸くんも慌ててそれに倣う。
出遅れた分、岸くんは彼らの背中を拝むことになったがその背中が語っているような気がした。「問題はもう起こさない」と。
それは希望的観測のような気もしたが岸くんは何故か確信する。そうしてなんともいえない高揚感とともにぶっちぎって一番先に駅に到着した。もちろん「教師のくせに大人げねー」と非難を浴びたが流れる汗とともに笑ってごまかしたのだった。


つづく
423ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 20:18:30.99 0
仮面ティーチャー岸www
現実の世界は最近栗田不足過ぎだからここに来れば栗ちゃんが元気に暴れまわってる姿が見れて嬉しい
いたずらっ子れあくりかわいい
424:2014/02/02(日) 21:37:20.62 I
仮面ティーチャーを織り交ぜてくるとはさすが作者さん(笑)
谷村くんのひょっとこと羽生田くんのサザエさんに笑っちゃいました(笑)
425ユーは名無しネ:2014/02/02(日) 21:39:25.11 0
栗田って誰?聞いたことない笑
426ユーは名無しネ:2014/02/03(月) 13:19:39.61 0
★新@果てない空 嵐  グランドピアノ編曲および演奏 クラシック調
https://www.youtube.com/watch?v=hJLow1Hlf4g
★新@勇気100% NYC 光GENJI グランドピアノ編曲および演奏 クラシック調
https://www.youtube.com/watch?v=-jRDCkHe4pM
新@My Resistence タシカナモノ Kis My Ft2 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=D_6uy3vdmJ0
新@LIPS KAT TUN クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=T9GSSQP30Q4
新@青春アミーゴ 修二と彰 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=-p26Lw0-0wI
新@ココロ空モヨウ 関ジャニ∞ クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=3houfFK_-y8
※ジャニーズJr.の為にピアノで編曲し演奏しました。C.Pianoman
★ジャニーズとJr.のピアノ曲(36曲)
https://www.youtube.com/playlist?list=PLLk7LVX6o_zAj7S9uK8ADdjpXbt_gHyx5
427ユーは名無しネ:2014/02/06(木) 20:49:24.53 I
栗田知らないんならここ来るな。
それかちゃんと調べてから来い。
428ユーは名無しネ:2014/02/08(土) 14:00:06.57 0
ゴーヤ焼きそば

ゴーヤ焼きそば

ゴーヤ焼きそば

ゴーヤ焼きそば
429ユーは名無しネ:2014/02/08(土) 17:49:55.16 0
ぺヤング醤油スパゲティー

まるちゃんのケチャップそば
430:2014/02/08(土) 22:09:28.27 I
栗ちゃんかっこいいですよ!
知らないんですね^_^
431ユーは名無しネ:2014/02/10(月) 23:53:23.97 0
新@No 1 Friend Kis My Ft2 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=oRoZ08MwKxk
新@棚からぼたもち 舞祭組 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=ODTYFqQB9Xg
新@俺たちの青春 高木雄也 HEY! SAY! JUMP! クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=LSg4uRhWeho
新@Summer Lover Kis My Ft2 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=C6dUpndL3qk
新@冒険ライダー HEY! SAY! JUMP! クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=cxelJyYei6c
新@スクール革命 HEY! SAY! JUMP! クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=ImSSq3otkzg
新@Wonderful World!! 関ジャニ∞ クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=0bcO7utK46M
新@Luv Sick Kis My Ft2 クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=g6uWhNrZNgc
新@名前のない想い Sexy Zone クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=Cw0PafZPBag
新@急☆上☆SHOW!! 関ジャニ∞ クラシック調 ピアノ編曲および演奏
https://www.youtube.com/watch?v=OMA-5qmHLVQ
※ジャニーズの為にピアノで編曲し演奏したよ。C.Pianoman
432ユーは名無しネ:2014/02/11(火) 21:22:29.61 0
火曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第十話


岸くんは目覚ましの音と共に目覚める。あと5分…あと5分…このまどろみが最高に気持ちが良いのである。ああでもそろそろ起きないといけないかな…なんたって今日は…そうぼんやり考えながら時計のアラームを止めた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
天井に頭をぶつけるほどの勢いで飛び起き、半狂乱で岸くんは支度をして全力疾走した。汗がもうナイアガラのように流れている。しかしなりふり構わずそこまで猛ダッシュをした。その甲斐あって滑り込みギリギリセーフだったが…
「岸先生…生徒じゃなくて教師が集合時間に遅れるとかシャレにならないからね。あと汗拭きなさい。みっともない」
ハンカチを手渡されたがそれはあっという間にびしょびしょになった。とりあえず岸くんは他の教師達に頭を下げて回る。
「何やってんだ岸!滝にでも打たれてから来たのかギャハハハハハハハ!!」
栗田が指を差して大笑いである。その周りで7組の他の連中も笑っていた。
「いやどーもど−も…目ざましが壊れてて…」
「しっかりしなよぉ岸ぃ。岸が遅れたら誰が僕達の世話すんのぉ」前髪を直しながら中村がくすくす笑う
「岸くん先生間に合って良かった!あ…あの、このタオル良かったら…」高橋がぶるぶる震える手でタオルを差し出して来た
「おいおい担任が遅れるとかシャレんなんねーだろ。せっかくの修学旅行なのによ」神宮寺がぽんぽんと肩を叩く
「もしかして先生、楽しみで寝られなかったとか?」岩橋がくすくす笑う
「なんだよそれ小学生の遠足じゃないんだからよー」スナックパンをむしゃむしゃかじりながら倉本が笑う
「さて…そろそろ列車の到着時刻だぞ。おい岸くん、さっさと引率してくれ」腕時計を見ながら羽生田がせかす
「ごめんごめん。じゃあ点呼始めるね。1,2,3…あれ?7人しかいない。うちのクラス8人なのに」
岸くんは点呼をしたが何度数えても一人足りない。おかしい。1,2,3…
「うちのクラスって7人だっけ?7人で7組で神7学園?」
なんだかそんな気もしてきた。深く考えても仕方がない。いないものはいないしさして思い当たる人物もいない。岸くんは到着する新幹線に乗り込んだ。
そこで中村が岸くんに問う。
「ねぇ岸ぃ谷村まだ来てないのにいいのぉ?あの子一人で追いついてこれないと思うけどぉ」
「あ」
岸くんがそうやくそれに気付くと、叫びながら猛ダッシュしてくる谷村が見えた。

.
433ユーは名無しネ:2014/02/11(火) 21:24:03.62 0
「イエーーーーーーーーー!!!!修学旅行ううううううううう!!!!」
7組は浮かれに浮かれていた。おりしも天候は快晴。絶好の行楽日和に京都・奈良への修学旅行である。かくいう岸くんも楽しみで仕方がなかった。遠足の前日に眠れない小学生の如く前夜は興奮してなかなか寝付けなかったのだ。岩橋は図星をついていたのである。
「うう…疲れた…帰りたい…」
すでに疲労困憊の谷村はデッキで蹲って自我修復をしていた。そんなことはおかまいなしに7組は座席に向かう。他のクラスは車両貸し切り状態だったが7組は岸くん含め9人のため一般客と同じ車両にされた。
『絶対に騒ぎを起こさないように』と教頭から釘を刺されている岸くんはテンションアゲアゲの7組を宥めつつ座席の番号を確認した。
「えーっと…5AからE…それと6AからD…ん?」
今気付いたが一般客に混じって制服姿をちらほら見かけた。そして岸くんの席の隣には教師とおぼしき背広姿の恐ろしくイケメンの若者が座っていた。
「も、森田くん?」
「あれ…まさか、岸くん?」
岸くんの大学時代の同期、森田美勇人がそこに座っていた。同じ教育学部で志を共にした仲間である。私立高校の教師になったと聞いたが…。
岸くんが再会を懐かしもうとするとしかし黄色い歓声に包まれた。
「森田先生!写真一緒に撮ってー!!」
「こっちの車両に来てよー森田先生いないとつまんないよー!!」
来るわ来るわ女子生徒の波…どうやらどこぞの高校と修学旅行の日程が被っていたらしい。
しかし美勇人はそれをスマートに追い払う。180近いその長身と眼力…大学時代からモテにモテたそのオーラの前に7組の乙女男子の目がはぁとになっているのを栗田が察知した。
「超かっこいいよぉ…超タイプだよぉ」
「れいあ気を確かに持てよ!隣にもっとかっこいい奴がいるだろ!俺の方が小顔で足長いし!!」
栗田が中村の肩を揺さぶっているとそれまで座席に座っていた生徒が立ちあがる。
「おにい…森田先生、誰そいつら。知り合い?」
「あ、この制服知ってる。神7学園だ」
色白で外国の子役みたいな顔をした少年と、目が大きく紳士的な物腰の少年はまじまじと7組達を見つめた。
「宮近、顕嵐、この子はおにい…俺の大学時代の同期。そっか、岸くん神7学園の教員になったんだ」
「うんまあ色々あって…森田くんは?」
「俺は寅菱学園高校の教師やってるんだよ。俺のクラスは5人しかいないんだけど5人とも俺の可愛い弟みたいな生徒だよ。お兄ちゃんって呼ばせて…いや、えーと…まあ兄弟のように仲良くやってて」
何故か言葉を濁して森田は生徒5人を紹介してくれた。5人はそれぞれすっかり7組の連中とも意気投合し、他の一般客が眉を寄せるほど大騒ぎした。
434ユーは名無しネ:2014/02/11(火) 21:24:35.67 0
「では宮近海斗、得意のモノマネいきまーす!!!」
「おーいいぞいいぞー!!おもしれーなお前!!後で神宮寺特選エロ動画見せてやる!!」
「モノマネならこの羽生田挙武も負けちゃいないぞ!!」
宮近と神宮寺と羽生田は大盛り上がりである。
「阿部顕嵐と申します。ラノベが好きで…オススメはね、これとこれと…」
「顕嵐もかっこいいよぉ…超タイプだよぉ…」
「れいあ節操なさすぎね?イケメンに弱すぎね?いーよいーよ俺グレてやる」
「栗ちゃん拗ねないでよぉラノベ読もうよぉ。凄いよぉ下半分がメモ帳に使えそうだよぉ」
中村は顕嵐にはぁとマークを飛ばし、栗田が拗ねる。
「いやー旅の醍醐味ってやっぱ駅弁だよね倉本くん。もう一個追加する?」
「だよなー。えっと中村うみんちゅって読むのこれ?おもしれー名前だなー」
「二人ともそんなに食べたら胃を壊すよ…胃薬飲んどいた方がいいよ…」
倉本と中村(海人)の食欲に圧倒された岩橋は何も食べていないのに胸ヤケを起こした。
「うう…岸くん先生もかっこいいけど森田お兄ちゃん先生もかっこいいよ…揺れる高橋心…」
「何をそんな悩む必要があるってんだ。男ならどんと一発かましゃいいだろうが!」
「おじさんには関係ないでしょ…なんで高校生の制服着てるの?」
「おじさんじゃない!梶山朝日正真正銘の15歳だ!!」
高橋が己の心に揺れを感じているとそれまでもう一人の引率の先生だと思っていた梶山が同い年と知り、谷村が軽くカルチャーショックを受けた。
「同い年には見えない…世の中不思議だ…」
「お前だって十分老けてるだろうが!!市役所の窓口の隅っこにいそうだろうが!!」
「うるさいな梶山…静かにしろよ。まったくこのゴリラは…」
それまでおとなしくイヤホンで音楽を聞いていた吉澤閑也が迷惑そうな顔を向ける。
「いや吉澤くんも充分ゴリってるよ。ああ岸くん先生と森田お兄ちゃん先生どちらを選べば…。いや、やっぱり俺には岸くん先生しかいない。てなわけでお近づきの印に高橋回ります!!」
435ユーは名無しネ:2014/02/11(火) 21:25:57.20 0
高橋が車内でヘッドスピンを始め、岸くんは慌てて止めた。岩橋は腹痛を訴えてトイレから戻ってこなくなり中村が顕嵐に夢中で拗ねた栗田が暴れ出した。
神宮寺と羽生田がノリノリで宮近と物真似合戦を始めたり倉本が一般客に食べ物をたかりだし谷村は「老けてる」という言葉に傷ついて自我修復を隅っこでしだしたりてんやわんやだった。京都駅に到着した頃にはもうぐったりである。
「岸くんも大変だね。俺も問題児ばかり押し付けられてね…でもまあ慕ってくれるから毎日幸せなんだけど。可愛い男の子達が自分をお兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってくれる…こんなに幸せなことはないよね」
「え?あ、うん。まあそうだね」
岸くんはなんとなくぼんやりと思い出す。確か美勇人は小さな男の子が好きだったっけ…と。若干危ない性癖のような気もしたがそんなことより7組をまとめないといけない。挨拶もそこそこに旅館行きのバスに乗り込んだが…
「あれ?岸くん?」
旅館に着くとまたしても美勇人とばったり遭う。
「同じ旅館だったの?偶然だね〜」
しかし同じ旅館どころか人数の少ない7組と寅菱学園の5人組は同部屋に配置されていた。
そこは蒲団部屋を無理矢理宿泊室にしたてあげたような粗末で狭い部屋に骨董品かとみまがうようなブラウン管のテレビが一台。裸電球に破れかけた座布団が人数分あるだけだった。なんという扱い…岸くんは泣きそうになった。


つづく
436:2014/02/11(火) 23:24:16.89 I
今回も面白かったです!
まさか小説終わっちゃったかと思って焦りましたけどやっぱり最高です!
ついにトラビス組出てきましたね(笑)
437ユーは名無しネ:2014/02/15(土) 21:09:11.28 0
作者さん乙乙
ここではいつでも神7が元気で胸熱
438ユーは名無しネ:2014/02/16(日) 09:07:36.31 0
作者さん乙!
岸家の話続きやんないかなー
439ユーは名無しネ:2014/02/16(日) 18:24:20.28 0
日曜ドラマ劇場「私立神7学園高校」

第十一話

「これは物置部屋か何かか?」
部屋に入るなり、羽生田が顔をしかめた。
「うわぁなんか昭和の匂いがするよぉ。ブラウン管のテレビの実物なんて初めて見たよぉ。ねぇ栗ちゃん?」
「ギャハハハハハ!!倉庫かなんかじゃね?」
中村と栗田が埃の被ったブラウン管テレビを珍しがっている横では谷村が「神田川」を口ずさんでいた。余計に辛気臭さが増す。
「おい!!泊まりの楽しみっつったら皆で有料放送観ながらエロ談義だろ!!これ有料放送観れんのかよ!?」
神宮寺にとって重要なのは部屋のボロさよりも何よりも有料放送が観れるかどうかであった。
「観れなさそう…どこにもカードの挿し込み口もないから…」
何故か有料放送視聴の仕組みを知っている岩橋がそう告げると神宮寺は暴れた。
「ごほ…神宮寺くんやめてよ埃が舞うよ…窓開けよう」
高橋が部屋の埃に耐えかねて窓を開けるとそこに広がった風景は…
「うわーこりゃ見事な墓地だなー」
倉本がポテトチップス片手に呟いた。
そう、旅館の裏は墓地だった。しかも秋なのに周りは枯れ木ばかりで不気味さを更に際立たせていた。
「そーいやこの旅館って「出る」ってことで有名らしいね。だから格安なんだよね?おに…森田先生?」
同じくカラムーチョ片手に中村(海)が問いかけると美勇人は何故か目を輝かせて答えた。
「大丈夫だみんな!おに…先生が守ってやるよ!ああ、自分のクラスだけじゃなく他にもこんな可愛い男の子達を守ってあげられるなんて俺は幸せ者…」
悦に浸る美勇人をよそに岸くんはなんとかして部屋を変えてもらえないか室内電話で教頭に交渉した。が、無情な答えが返ってくる。
「何言ってんの。7組が問題起こさないようにそこにわざわざ配置したんだから。岸先生よろしく頼むよ」
「そんな…」
窓から一陣の風が吹き抜ける。生温かくて湿り気を帯びたそれに、不吉な予感だけがまとわりつき岸くんは涙目になる。
出ませんように…
岸くんの願いといえばただ一つ、それだけであった。そんなことはおかまいなしに7組と寅菱学園の5人ははしゃぎまわっていた。そしてそれを眩しい目で見守る同期のイケメン少年愛好者…
気が遠くなりながら夕食会場に向かった。


.
440ユーは名無しネ:2014/02/16(日) 18:27:41.99 0
「1番!神宮寺勇太、「抱いてセニョリータ」いっきまーす!!!」
夕食会場の大広間では案の定、7組は大騒ぎだった。しかし端っこに配置されているためさして御咎めもない。時たま教頭の苦い顔が目に入るだけだった。
「おに…森田先生、飲んで飲んで」
「おにい…森田先生、パセリ好きだったよな?あげる」
「おに…森田先生、この後自由時間?」
またしても隣に配置されていた寅菱学園五人組は美勇人にお酌をしたり好物の交換をしたりと和気藹藹と楽しんでいる。相当慕われているようでなんだかうらやましかった。
でも俺も運動会やピンチの救出なんかで7組と絆も深まってきているし…みんなだって少しは俺のこと…と期待しているとぽんぽんと肩を叩かれる。
「岸ぃこれあげるぅ。これもぉ」
中村が岸くんのお膳にトマトとうにを入れた。よしきた、岸くんは感涙に咽ぶ。こうして生徒に慕われることこそ教師の醍醐味…鼻をすすった。
「お、ありがとう中村。じゃあ俺もこれあげる」
岸くんが中村の好物である卵焼きを渡そうとするとしかしその箸が払われる。
「てめーの唾液がついた卵焼きをれいあに食わそうとかセクハラにも程があんぞコラ!!このセクハラ大魔王」
「やだぁ岸ぃそんなのいらないよぉ谷村にでもやっといてぇトマトもうにも僕嫌いだからちゃんと処理しといてねぇ」
「…」
いや違う。これは中村特有のツンデレであって決して残飯処理じゃない。決して…
「谷村、はい…」
卵焼きを仕方なく谷村にあげようとすると彼は顔をしかめた。
「俺、卵嫌いなんだけど…」
「…」
沈黙。
暗い。暗すぎる。谷村は好き嫌いが多いからそこかしこによけられたにんじんやら大根やらがあった。自我修復を繰り返しながら食事をしている。なんだか食欲がそがれるから見ない方がいいかもしれない。
441ユーは名無しネ:2014/02/20(木) 23:36:59.72 0
チャイニーズみそ漬けチャーハン

チャイニーズみそ漬けチャーハン

チャイニーズみそ漬けチャーハン

チャイニーズつけチャーハン
442ユーは名無しネ:2014/02/21(金) 11:57:26.09 0
トラビスキター!
そして修学旅行
羽生田観光じゃないけど羽生田観光のような
443:2014/02/27(木) 21:32:06.54 I
今回も面白かったです(笑)

羽生田観光思い出しますね〜(笑)
444ユーは名無しネ
このスレはもうすぐ容量オーバー(512KB)のため、こっちに引っ越しお願いします

神7のストーリーを作ろうの会part9

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/jr2/1392697912/l50