★★★☆ウノタンエンプレス・持統天皇☆★★★

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69日本@名無史さん
>>66
二上山の凝灰岩の切石を使った精美な横口式石槨を、鍵のかかった入り口から
伺うことができる。石槨は、21枚の切石を床面に敷き詰め、 奥壁1枚、左右の壁に
各2枚の切石を立てて玄室にしている。切石には 漆喰の名残を止めている。
羨道部も玄門を造出し、 敷石をはめ込む等、非常に精巧につくられている。
唐尺(29.75センチ)で設計されており、 石槨の全長は15尺、玄室の長さ10尺、
幅5尺、高さ6尺、玄室と羨道の長さの比は2対1。

古くから羨道の天井石がむき出しで、石室が開いていたため盗掘され、
遺物は少なかったが、 72年の発掘調査で、金環、銅鋺、銀の中空玉、金具のほか、
珍しい漆の棺の一部が見つかった。復元してみると、木炭を漆で固め、表面を
漆塗り仕上げした棺台上に、麻を網代編みした籠状のものを芯にした漆塗棺を
安置していた。高松塚よりやや古い時期、7世紀後半と見られている。