九州戦国史について語ろう

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474日本@名無史さん
朽網氏は、藤原親能の第3子の筑井親直の子の古庄重吉が、大友能直に従って九州に下り
朽網郷に定住したことから朽網を氏とした。朽網氏の祖の藤原親能は、藤原秀郷の後裔。
大友氏は、大友能直が、藤原親能の子になっている。
古庄氏と大友氏については、「立花系図」には「能直、始め古庄の姓たり、後に大友の姓を号す」とある。「大友系図」には「能直の弟築井左衛門尉親茂、庶流古庄」とある。
>>451は、大友系図のことを言っていると思うが、「朽網家は大友一族ではありません。大友一門古庄家の庶流です」というのはおかしいだろう。
古庄家が大友一門なら、古庄の庶流の朽網も大友一族になるだろう。