1 :
日本@名無史さん :
03/02/16 19:06 戦国時代に謀略に暗躍した「しのび」について、妄想ではなく まじめに語りましょう。 忍者は実在したのですから。。。
2 :
日本@名無史さん :03/02/16 19:09
3 :
日本@名無史さん :03/02/16 19:16
にんにん!
4 :
日本@名無史さん :03/02/16 19:36
伊藤博文は、林利助という名の忍者だった。 暗殺者。
+ 激しく5ゲト + ∠ ̄\ |/゚U゚|〜 ───╂⊂|y 二0 〉 ´⌒l ___(__ノ ^U___
もう語ることなんかねえよ
>>1 がテーマあげるのがスジだろ
スレ水遁の術〜
8 :
日本@名無史さん :03/02/17 15:40
忍者が使っていた道具に、撒菱(鉄菱ともいう)がありますが、これは第2次大戦中 日本軍も使っていたそうです。しかし、その効果のほどは。。。。
9 :
日本@名無史さん :03/02/17 15:45
次の文章の間違いを指摘せよ 「服部半蔵は伊賀の忍者である」
10 :
日本@名無史さん :03/02/17 16:18
>>9 服部半蔵は伊賀の忍者ではない。
服部半蔵は忍者ではない。
11 :
日本@名無史さん :03/02/17 16:37
>>9 服部半蔵など存在しない。
忍者など存在しない。
12 :
日本@名無史さん :03/02/17 17:35
>>9 服部半蔵は伊賀の生まれだが忍術より槍術使いだった。
13 :
日本@名無史さん :03/02/17 17:50
服部半蔵は三河の生まれで、本来忍者とは縁がなかった。
14 :
日本@名無史さん :03/02/17 18:24
忍者は山賊だった
15 :
日本@名無史さん :03/02/17 18:34
次の文章の間違いを指摘せよ 「くの一とよばれる女忍者は実在した」
16 :
日本@名無史さん :03/02/17 18:36
次の文章の間違いを指摘せよ 「服部内臓は伊賀の忍者である」
>>16 お前、どうせネタレス付けるのなら、もちっと面白い事書けよ。
18 :
日本@名無史さん :03/02/18 00:03
19 :
日本@名無史さん :03/02/18 15:54
>>15 くの一と言う言葉は、江戸時代の終わり頃勝手につくられた造語。
21 :
日本@名無史さん :03/03/05 05:53
忍者ゲームでおもしろいのあったら教えてください。20年くらい前、ボードゲーム の忍者ものが面白くてかなり好きでした。
22 :
日本@名無史さん :03/03/06 17:34
後にも先にも、ジャレコの忍者くん&忍者じゃじゃ丸シリーズを超えた傑作は無い!
23 :
日本@名無史さん :03/03/06 17:43
風魔小太郎は北条氏を扱う本に全く名前を見ないから創作の人物みたいだ。 風魔の存在自体もあやしい。
24 :
日本@名無史さん :03/03/06 17:50
天皇の隠密が実在した! 後陽成、後水尾天皇のお抱え忍者の物語 「花と火の帝」はおもろかった。 作者忘れた。途中で死んだので未完成ではあるが。
25 :
日本@名無史さん :03/03/10 00:33
>>23 風魔小太郎とは、風魔党の頭領が世襲する名前だね。
だから、風魔党が実在したか否かが、問題。風魔党の存在が疑われているのは
彼等が活躍したとされる北条と武田の黄瀬川の合戦に、不明な点が多い為。
風魔党は、一般にいわれている忍者のイメージとは違い、ゲリラ戦等を
おこなう傭兵集団だったと言われている。つまり、北条家に仕える忍者
というより普段は盗賊で、北条家に情報提供したり、合戦の時は味方したり
する。こう言う連中は、戦国時代沢山いたから、風魔も実在したんじゃ
ないかな。忍者とよべるかどうかは、別として。
北条家滅亡後は、ただの窃盗団になったらしい。
江戸吉原の開祖といわれる庄司甚内は、この一味だったそうな。
26 :
日本@名無史さん :03/03/10 21:03
>>25 つまり伊賀・甲賀以外の忍者の多くは風魔党みたいに傭兵集団みたいな存在だったかもしれないことだね?
たしかに時代劇で見られるような忍者が様々な地域に存在していたのは疑問に思っていたのだが。
正直、戦国時代の忍者(主に伊賀・甲賀)が実際にどんな忍術を使ったのかが気になるところだが。
27 :
日本@名無史さん :03/03/10 21:10
日本には戦国時代を中心に忍者が数多く存在したが、 その忍者を養成した人々も忘れてはならない。 忍者に成り立ての者は、「にんたま」と呼ばれ、 冷えた八宝菜を代表とする極悪組織と、身命を賭して戦っていた。 ソースは教育テレビ。
>>26 >実際にどんな忍術を使ったのかが
最高の忍術書と言われ、国立公文書館内閣文庫等にある「万川集海」や
服部半蔵が記したとされる「忍秘伝」に伊賀・甲賀の忍術が詳しく書かれて
いるそうです。残念ながらまだ読んだ事はありません。
>>29 「万川集海」は、甲賀の藤林保義が延宝四年(1676年)に書き上げた物と言われ
内閣文庫本は、寛政元年(1789年)に甲賀衆が幕府に提出しています。
全22巻もあるので、内容は相当充実しているでしょうね。
それに比べて「忍秘伝」は、はっきりしません。一応永禄三年(1560年)と
なっているようですが・・・・
一説には、半蔵自身が著したのではなく、彼の息子正成が書いたという説
もあるようです。
>>30 さんくす。
「万川集海」はやはり忍者が廃れた頃に書かれたようですね。
「忍秘伝」が1560年なのは疑問。たぶん「万川集海」と同じ頃に書かれたのだろうなあ。
32 :
日本@名無史さん :03/03/12 13:36
真田忍者って実在したの? 真田紐を行商してまわってたって聞いたけど?
ごしゅりんさまぁ〜
34 :
日本@名無史さん :03/03/12 14:10
本邦最初の上忍が聖徳太子で 最初の下忍が大伴志能備って話のでどころはどこですか? なんとなく「万川集海」だと思い込んでたら 本邦最初の上忍が天武天皇で 最初の下忍が多胡弥ってなっていた・・・
36 :
日本@名無史さん :03/03/17 22:54
37 :
日本@名無史さん :03/03/17 23:22
忍術学園なんてあったんかな?
>>35 >大伴志能備って話のでどころはどこですか?
甲賀の「忍術秘書応義伝」
大伴細人(細入)という名前の忍び(志能備)ですな。
まあ、聖徳太子の実在を疑う人もいるけどねw
>>38 さんくす
甲賀忍者は聖徳太子の系統で
伊賀忍者は天武天皇の流れってわけですね。
ホントかどうかはともかく。
聖徳太子や天武天皇が忍者なんて いってるのは井沢信者だけだよ、ヴァカ!
>>40 山田風太郎が忍法帖の中で触れていましたが何か?
山田風太郎は井沢信者なんだよ
43 :
日本@名無史さん :03/03/28 15:16
忍者の起源は中国という説があるよん
>32 真田は諜報活動得意でした。 武田の家臣のとき鍛えられました。
46 :
日本@名無史さん :03/03/31 17:04
47 :
日本@名無史さん :03/04/13 09:20
武田信玄は、信濃の祢津村に身寄りのない少女たちを集めて、巫女の 修行をさせたという。当時の巫女は、あちこちを渡り歩いて祈祷や病気 の治療のほか、武士達の夜の相手をする者たちもいた。 信玄は、ここで養成した巫女たちを使って、各地の情報収集をやっていた ようだ。情報収集を重視する、信玄らしい話だ。
49 :
日本@名無史さん :03/04/15 06:33
>>47 山岡荘八の徳川家康の中に信長がそれと同じ方法で
情報収集しようとする場面がでてくるね。他にも諸国を渡り歩ける職業には
諜報活動者がたくさんいたらしい
50 :
日本@名無史さん :03/04/16 15:53
>>25 >>26 風魔小太郎を忍びの基準にすると広い意味で言えば、雑賀孫一なんかも一種の忍びと言えると思うが?それとも傭兵集団でいいかな。雑賀孫一も伝説では好人物だったと聞きますね。
51 :
日本@名無史さん :03/04/16 21:24
>>23 風魔小太郎ってのは代々の頭領がそう名乗ったんでないの?
52 :
日本@名無史さん :03/04/16 22:05
後北条氏は郷村の顔役に、賭場を独占的に開くという特権を与えて支配したそうだ。 後に徳川氏は賭博を禁止したため、顔役の一部は任侠渡世の徒のはしりとなった。 風魔小太郎もヤクザの親分ではなかろうか。
53 :
日本@名無史さん :03/04/16 23:03
紀伊の鉄砲使う雑賀忍者
54 :
日本@名無史さん :03/04/17 08:35
55 :
日本@名無史さん :03/04/17 11:08
ニンニンニン
(^^)
57 :
日本@名無史さん :03/04/18 01:33
にんにん!
∧_∧ ( ^^ )< ぬるぽ(^^)
59 :
日本@名無史さん :03/04/20 02:29
ニニンがしのぶ伝
60 :
日本@名無史さん :03/04/20 09:47
島原の乱の時、甲賀忍者が幕府軍に参加している。 彼らは、一揆勢の立て篭もる原城内に侵入して、糧食を奪おうとしたが 発見されて、命からがら逃げ出している。 また、農民になりすまして、情報収集しようとしたが、島原の方言がわからず 結局なにも情報を得る事ができなかった。 平和が永く続くと、かれらの腕もしだいに鈍っていつったということですかね。
61 :
日本@名無史さん :03/04/20 09:59
>>49 甲賀の三雲氏の場合,商人として三雲九郎左衛門,公家として施薬院宗伯を京都に置いていた。
いずれも豊臣政権下で重用され,江戸幕府に変わっても地位を維持してる。
さらに,六角義治が甲州に落ち延びる時に護衛についた三雲の子が猿飛佐助らしいよ。
ただ,三雲氏は本家が没落したからネットワークとしては死んだけど。
62 :
日本@名無史さん :03/04/20 12:07
男の俺でも惚れるくらい千葉真一の服部半蔵はカコイイので、 くのいちがお頭を好きになってもおかしくないと思われ。
63 :
日本@名無史さん :03/04/20 12:22
乱太郎は何流なのでつか??
64 :
日本@名無史さん :03/04/20 12:27
実は忍者と言う諜報、戦闘専門職集団がいたかどうかに関しては疑問の声も 多い。忍者、乱波が使用したと言われる武器は武士も使用したものが多い (鎖鎌、手裏剣等) 勿論隠密活動は存在し寛政の改革では松平定信自身隠密の重要性を 示唆しているし、江戸時代の初期には西国の間諜として甲賀者が雇われた 事を示唆している文書もある(所謂薩摩飛脚とか遠国御用言うヤツね)。 ただ1650年以降になると殆どは江戸城の警備が職務となっていて、 公式記録上伊賀、甲賀者が隠密を行ったと言う記録は殆ど無く、 これ以降は目付配下の常御用とか、御庭番集が隠密活動を行った。 彼らの中にはお目得を許され、勘定奉行まで出世した者もいると言う。 ただ文献からは、彼らが忍術を使ってどうこうと言う記録は無いし、 活動内容も基本的に情報収集、世論調査と言った感があり。 忍術を使って云々と言う華々しい活躍とは程遠いものであり、現在の 諜報機関そのままの存在だった様だ。 実際、商人の賄賂云々と言ったみみっちい事も調査させられている。
65 :
日本@名無史さん :03/04/20 15:34
甲賀忍者の忍術を取得したとする藤田西湖氏は、戦前陸軍の諜報部員を養成する 中野学校の教官をしていたそうだ。しかし、この人の自伝はかなり、ぶっ飛んでる みたいだなw
そもそも忍術は間諜の術だから 戦闘技術なんておまけみたいなものなんだが。 なんで特殊な戦闘エキスパート集団のようなイメージばかりになってしまったのだろう・・・
67 :
日本@名無史さん :03/04/21 23:46
>>66 講談で取り上げられた事…は当たり前として
何のかんので、非日常的な香りがするからじゃない。
スパイだって暗殺や破壊工作なんて実際にはやらないけど、そういう
イメージが付きまとうのと同じ事では?
68 :
日本@名無史さん :03/04/21 23:56
69 :
日本@名無史さん :03/04/22 00:00
我が心すでに空なり、わが身すでに鉄なり 天魔伏滅
70 :
日本@名無史さん :03/04/22 00:52
71 :
日本@名無史さん :03/04/22 22:43
どこのスレだったかな・・・ 聖徳太子や天武天皇が上忍だった?とかいう話が 「聖徳太子が手裏剣投げるか!」「天武天皇が水遁や火遁するかい!」と つるしあげくってたのがあった。 聖徳太子や天武天皇でなくても 手裏剣投げたり、水遁や火遁する上忍ってイヤだ。
72 :
日本@名無史さん :03/04/22 22:56
やっぱ鎖鎌って最強ですか。 どう考えても刀じゃ勝てないような気がしますが。
73 :
日本@名無史さん :03/04/22 23:04
大河ドラマの忍者団の鎖鎌みたいなの猛烈に間抜けだったよ。鎖じゃなくて縄だったから武蔵にジョキッて切られてたよ
74 :
日本@名無史さん :03/04/22 23:35
>>72 確かに武芸の中で「レン(変換できない…)」と呼ばれているが、縄跳びか
何かで試して冷静に考えてみろ。振り回しているものがそんな簡単
に当たるか?ハッタリは効いているが、判っている人間にとっちゃ何て
事無い。せいぜい捕縛用としてしか使えないだろ(開けた場所で無いと
使えないし…)。
75 :
日本@名無史さん :03/04/22 23:44
>>74 投げて当てようとすれば確かにそうだけど
反対の分銅側をぐるぐる振り回したら半径内には近づけない
で、隙を見て踏み出して背中あたりにドゴッと当てれば相手は呼吸できず悶絶する。
そこを鎌でさくっとやったら最強じゃないか。
76 :
日本@名無史さん :03/04/23 03:21
板違いの様な気もするが… ぐるぐる廻している場合、、鞘で叩いたり、絡ませたりすれば、 簡単に勢いがなくなる、あるいは止る。 それが不可能な間合いから、鎖を振り出す場合、 真っ直ぐ: 簡単に避けられて、伸びきったら捕まれる。 回して: 角速度一定の法則により、伸ばした比率だけ、先の分銅の速度は遅くなる。 であるから、間合いが遠ければ、有利というわけではない。 それから、回している間は、俊敏な移動が不可能。 分銅(の回転接線方向へ)の動きと同方向に動くと、 分銅を中心へ引っ張り力がなくなってしまい、回転が弱くなるから。 だから、回している腕が錨となってその場に立ち尽くすことになる。
77 :
日本@名無史さん :03/04/23 03:26
黒脛巾組は何故黒い脛当てをつけようと思ったのだろうか?
78 :
日本@名無史さん :03/04/23 05:46
大河の黒脛組は全身真っ黒ですたw
あぼーん
80 :
日本@名無史さん :03/04/23 06:29
NHKの歴史番組がまだライバル日本史だった頃 武蔵と宍戸某の決闘を再現するといって 現代の剣道家と古流鎖鎌術の伝承者を戦わせたことがありました。 剣道家の人は鎖分銅(稽古用のやつだけど)でぼこぼこにされてました。
あぼーん
82 :
日本@名無史さん :03/04/23 13:08
>>80 映像見たい。やっぱり鎖鎌は最強だったんだ。
あぼーん
84 :
日本@名無史さん :03/04/23 13:51
風魔忍者の話になるんですが、 武蔵村山党、野与党=風魔党説と言うのは説得力あります? 東北の郷土史で「武蔵村山から全国に三万戸に散らばって」と言うのを読んだことあるんですけど。
>>80 剣道て
武術違うやん…
小柄や手裏剣投げへんのやろ?
86 :
日本@名無史さん :03/04/23 23:27
>>82 だから、それは相手が鎖鎌を出して、周りに何も無い道場で戦っての話だろ。
携行しにくい上に、障害物が多い場所では使いづらい。
その意味では決して最強では無いよ。暗殺用として便利とは思えない
(捕縛用には重宝するだろうけどね
鎖鎌の種類はマチマチだが、どれもそんなに鎖や紐は長くない(正木流だと
長いけど、
>>76 の言う通り、殆どその場に立ちっぱなし)。つまり槍だの
手裏剣だのを相手にしたら、分が悪い。
大体本当に強い武器だったら、世界の何処か
で類似した武器がある筈だけど、そんなの実際無いジャン。アレは
一種のハッタリ武器だよ。
ま、板違いになろので、ここまで
87 :
日本@名無史さん :03/04/24 00:50
>>84 風魔党は箱根の風間谷に住んでた野武士だの野党だのみたいなもんだろ
88 :
日本@名無史さん :03/04/24 00:55
後北条氏の文書でもあたってみろ。
89 :
日本@名無史さん :03/04/24 11:11
鎖鎌は室町時代から戦場でつかわれていた武器で 本来のつかい方は遠心力にまかせて分銅で撲殺することなんだが。(西洋のモーニングスターやフレイルと同じね) 三十匁(約百十グラム)の分銅が頭に直撃すればたいがい即死する。 当時の鎖鎌の長さは3〜5メートルだから長柄の槍とそんな変わらない。 (ちなみに戦国時代の長柄の槍は刺突よりもぶんぶん振りまわして撲殺するのがふつうだった) 江戸時代の鎖鎌というか 鎖打棒や微塵その他の捕り物用鎖武器の鎖の長さはだいたい1メートル前後。 それ以上の長さになると大味なコントロールしかできなくなるんだと思われ。 折れ的には最強ウェポンは印字打ちだな(w
二十八が鎖鎌なんぞはったりの極みと言ってたが
91 :
日本@名無史さん :03/04/24 16:30
>90 槍か日本刀持たせて 鎖鎌と戦わせてみれば分かる(藁
忍者の起源はインドだよ。中国→朝鮮、日本
93 :
日本@名無史さん :03/04/24 21:10
94 :
日本@名無史さん :03/04/24 22:27
バラモン妖術説か。 折れも読んだことあるけど 何だったかな・・・
95 :
日本@名無史さん :03/04/24 23:24
>>91 時々古武術大会なんかでやるみたいだと、刀持ってる側はカカシ状態の時
が殆どらしいけどね(w
1対1の決闘用の武器としては、それなりに有効だと思うけど、あんなもの
普段持ち歩くワケにはいかないから、武芸として隆盛出来なかったのは
無理ないよね。
>>89 の言う通り4、5m離れた遠距離の敵を倒すなら印字打ちや手裏剣使えば
良いんだから。
ちなみに中公新書の「江戸城御庭番」読み直したら、御庭番って本当に
家禄百俵から、役高千二百石まで出世していた人もいた。
隠密もそれなりに報われる仕事だったのね。
96 :
日本@名無史さん :03/04/29 16:11
風魔一党とよく似ているのが、尼子氏のもとで活躍したとされる、鉢屋衆 だ。かれらも最初は、盗賊集団だった。 尼子経久が京極氏の富田城を奪還する時、鉢屋衆の働きがあったとされる。 どの様に活躍したかについては、江戸期にかなり誇張されたり脚色された ふしはあるものの、毛利元就が尼子氏をやぶった時は、彼等の裏切りが あったとされる。つまり、最初は尼子氏に重宝された彼等も、尼子晴久の ころには、軽んじられる存在になっていたようだ。 毛利元就はそこに目をつけ、利用したらしい。
97 :
日本@名無史さん :03/04/29 17:37
>>89 >鎖鎌は室町時代から戦場でつかわれていた武器
ソースは? 江戸時代以前に鎖鎌の存在した記録はないハズ
二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン という記述が
あるが刀身に鎖を撒きつかせてもすぐに外れてしまう よって二天記の記述は
デタラメ 鎖鎌が実戦に用いられた史実は存在しない
98 :
日本@名無史さん :03/04/29 18:22
>>95 ほとんどの御庭番が3石とかで終わったわけだから、極一部を以って
報われる職業だったといえるかどうかは難しい
>>97 『二天記』の該当記事だが・・・
一、武蔵伊賀国にて完戸何某と云者、鎖鎌の上手也。野外に出て
勝負を決す。完戸鎌を振出す所を、武蔵短刀を抜き、完戸が
胸を打貫、立所に斃れしを進んで討果す。完戸が門弟等抜連れ
各斬て懸る。武蔵直ちに大勢を追崩せば、四方に逃走す。武蔵
優然として引去る。
>二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン という記述が
>あるが
嘘つけ。どこにそんなこと書いてある。
ちなみに俺の持ってる本では「完戸」のところに「宍の誤り」と
注釈がついているんだが・・・ホントは「完戸」が正しかったら笑えるな(w
忍者の話題から遠ざかってんでsage
漏れが思うに忍者は武士のように剣術だけ鍛えるわけにはいかないから戦闘には意外性で戦おうとしたと思われ。 鞘ウンヌンは見慣れない武器に対してとっさにそのような機転が利くか怪しい。 たしかに攻略法があれば弱体化されるかもしれない。
鞘ウンヌンのソースは・・・・?(w
[知り合いに忍者の方はいらっしゃいますか?]
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/min/1038836914/ >15 名前: 天之御名無主 投稿日: 02/12/04 00:58
>草の一族ってなんですか?
>16 名前: 天之御名無主 投稿日: 02/12/04 01:11
>草とは他の領国に住みついて情報収集をおこなう下忍らしい。
>上忍からのツナギがあるまで、家族にも正体を明かさず、
ひたすら情報収集を続けるのが使命らしい。
…という書き込みを読んで思ったんだが、それは何かの術中に嵌っているのでは?
暴力団員で 麻酔や大麻を使用して深層暗示みたいな偽記憶を植え付ける人が居るから
そういうのに引っ掛かったのでは、と思う。
「貴方の尊敬する人が(予め言って置いた発言を繰り返して言う)そう言ってたんですってね?」
とか、朦朧としてるときに言われると
会ったばかりの近所の小母さんのような人の聞きたての発言を
「昔 そう聞いていた。」と思いこむらしい。
選ぶターゲットは珍しい苗字の人(親戚が少ない。女腹の家系?)
草は大麻?
パシリ(薬物中毒)の下っ端として任命された務めなんて手伝う必要性無いよ…。
(こんなことを知ってる私は「風魔一族」かよ?! あいつら「言霊の術」とか言っていたが やってることはゾンビマスターだよ。)
>>100 > 武士のように剣術だけ鍛えるわけにはいかないから
いつの話だよ。
戦国時代は石飛礫(印地打ちですか?)や砂の目潰しが当たり前だよ。
そもそも剣術が重んじられるようになったのは戦国時代末期以降だからね・・・ 鎌倉時代頃の武士のたしなみといえば弓と馬だったわけだし。 鎖の話をすると 鎖鎌は知らんけど 鎖武器は室町時代どころか鎌倉時代から戦場で振りまわされています。 中世の絵巻物にしっかり描かれてるんで確かでせう。
106 :
日本@名無史さん :03/05/05 03:53
忍者の装束は、全身黒ずくめと思われていますが、以外にも黒い色というのは 目立つ色で、実際には鼠染めが多用されていました。鼠染めとは、やや赤み がかった灰色で、暗闇に溶け込みやすい色です。 忍者の装束は、表裏異なった色模様のものを使っていたようです。表面は 普段領民が着ていた渋染め等を用い、裏面を鼠染めにしていました。昼間は 表着で領民を装い、夜間装束を裏返しにして潜入したものと思われます。 また三尺手拭で頬かむりをしますが、この手拭は、包帯や泥水を濾して飲む のに使ったり、塀を越える道具や小石を包んで振り回す武器等、多種多用な 使い道がありました。 足袋には、底に綿が入れてあり、潜入する時の消音と足裏の防御に役立ち ました。 また、忍者は装束の下に刃物等の攻撃から守る為、鎖帷子を着こんでいたと 言われます。しかし、鎖帷子は以外に重く、むしろ武士達が着用していた ようで、忍者はゲリラ戦を行う時以外はあまり着用していなかったのでは ないかと思われます。
109 :
日本@名無史さん :03/05/05 12:26
>>106 しかし…それは「潜入用の服」としては説得力があるのだが、
「忍者、乱波専用」である必要は無いのでは?
何かの文献で
「特殊技能の戦闘集団として存在した「忍者」などは江戸時代以降
講談の中でしか存在しない。」と言うのを読んだ気が…
白土三平の忍術漫画読んで
「ウォ!これが本当の忍術か!」と叫んでいた自分が懐かしい…
ちなみに鎖鎌の使用記録は『太閤記』にあるよ。三国合戦で使われたとさ。
110 :
日本@名無史さん :03/05/05 12:42
>>108 シッタカって俺のことか そもそも鎖鎌が実戦で使われたというソース
が全くないだろが。 鎖鎌妄想者は「カタナに鎖が巻き付けば外れなく
なり、身動きできなくなる」だとか「分銅で叩かれれば相手は即死」
なんて本気で考えてるのか? そういえば昔、空手の達人の正拳は
一撃必殺、貫手は相手の腹を裂き内臓を掴み出す、なんて言われて
たっけなあ(W それでも空手家の手刀はブロックくらい割れるが
鎖鎌の分銅じゃブロックも割れるまい 低偏差値ども
111 :
日本@名無史さん :03/05/05 12:47
112 :
日本@名無史さん :03/05/05 12:54
忍者とは スパイ兼ゲリラ戦のエキスパート 決して特別な身体能力を持っていたわけではない。 もっとリアルな忍者を扱ったドラマが見たい。
113 :
日本@名無史さん :03/05/05 13:03
>>110 ブロックは知らんが鉢植位なら簡単に割っていたぞ。
ソース?NHKの歴史発見で実際にご披露されましたがな。
それに実戦ならまとまった数で用いるのだから有効だと
思うんですがね?
まさか君の実戦って一騎打ちの事だけっすか?
まあ、戦国時代の日本にブロックなど無かったという事に気づけよおまいら。
115 :
日本@名無史さん :03/05/05 13:48
だからさ、鎖だ分銅だ鎌だ、なんて捕縛用か拷問用か農耕用にしか使えねーの 世界中どこ探したって鎖武器軍団なんか存在してねーんだよ ナイフ(短刀)類は現代戦だって銃剣(ある意味、槍)として活躍してるし、 カタナ類も殺人事件には頻繁に登場する。 しかし、鎖だ分銅だ、なんて殺傷力は0に近いから殺人事件にも使われない。 鎖鎌に夢を見る低IQたちは、対北チョン戦争には89式自動小銃に着分銅して 白兵戦でもするつもりなのかね 荒木流拳法の乳切木みたいにして
116 :
日本@名無史さん :03/05/05 13:57
>>115 >鎖だ分銅だ、なんて殺傷力は0に近いから
アフォか。当たり所が悪けりゃ分銅で死にもするだろうし
打撲・骨折で戦闘能力も激減するだろう。
いいかげん誤りを認めろ。
大人になれ。
117 :
日本@名無史さん :03/05/05 13:59
まあ『太閤記』からして軍事の素人、小瀬甫庵が書いたわけだが・・・ 伊賀者とかだって江戸時代は御庭番やってたわけだけど、 どれほど忍者っぽい忍者だったことやら。 普通の警備員だったんじゃないかな・・・
118 :
日本@名無史さん :03/05/05 14:02
>>116 個人の好みで使う人間はいたかもしれないが、
普通に考えれば鉄砲・弓矢・長柄・鑓の方が戦場で役に立ったと思うわけで。
振り回すスペースがあるのか、どの程度の間合いまで有効なのか、
とか考えたら鉄砲・弓矢・長柄・鑓に落ち着きそうだが。
119 :
日本@名無史さん :03/05/05 14:04
『太閤記』の戦闘描写ときたら、腕力自慢の豪傑は決まって重たい鉄の棒を 振り回してるといった具合で、まさに講談そのものじゃん。
120 :
日本@名無史さん :03/05/05 15:15
太閤記、二天記、鉄砲記なんてものは、ほとんど創り話。 忍者の話に戻せば、例えば手裏剣。江戸時代以前なんて鉄は超貴金属。 今の金、プラチナ以上の価値があった。 その鉄で出来た手裏剣をバンバン投げる(しかも殺傷力は知れてる) なんてことは下層階級である忍者には無理じゃ。 鎖鎌もそう。鉄をフンダンに用いた割りには殺傷力のない鎖鎌なんか 振り回わすくらいなら、棒か杖でも振り回した方がずっといい。
122 :
日本@名無史さん :03/05/05 15:41
>>120 >忍者の話に戻せば、例えば手裏剣。江戸時代以前なんて鉄は超貴金属。
>今の金、プラチナ以上の価値があった。
>その鉄で出来た手裏剣をバンバン投げる(しかも殺傷力は知れてる)
>なんてことは下層階級である忍者には無理じゃ。
そいつはすごい。足軽も超貴金属で武装してたんだNE!
はるか昔から超貴金属を矢の先っぽにつけて飛ばしまくってたんだNE!
123 :
日本@名無史さん :03/05/05 17:24
>>122 のオナニー時精液じゃあるまいし「飛ばしまくり」はねーだろ
そりゃ合戦となれば勝つことに必死だから、足軽にだってカタナも槍も
持たせりゃ鉄砲だって貴重品の火薬だって使わせる。
しかしそれは必要最小限なんだよ。足軽=小具足ってくらいなもんで、足軽
の防具なんか鉄がほとんど使われてない。その事で解かる。
話は違うが、戦国時代の武士は戦場で名を上げてナンボだった。
だから「氏名詠み」なんてことをやったんだな。自分は死んでも家が、子孫が
取り上げてもらえればいいのだから。でも忍者にはそれ(家)がないんだ。
それだけ下層階級だったてこと。だから忍者は手裏剣、鎖鎌みたいな非効率的
非実戦的道具(武器に非ず)などは使わなかった。そう考えるのが正解だろ
124 :
日本@名無史さん :03/05/05 18:03
>>115 平家物語、源平盛衰記にも鎌を武器に用いている記述があるんだけどね…
(平家物語自体の信憑性は別とすれば)。後さ、君分銅投げてみたら?
少なくとも投石と同じで殺傷力ゼロってのは君が余程の虚弱体質で
無い限り有り得ないと思うけど?
後、十字軍が使ったフレイルは鎖武器では無いのか?ボーラボーラって言う
投げ分銅の狩猟用道具(つまり武器)をご存知?
>>117 江戸時代伊賀者、甲賀者の役目は江戸城各施設の勤番、警備役、
若しくは普請場の巡視、与力、同心と言った役職。
三代家光の頃には目付配下の隠密が、情報収集活動に当たっている。
>>118 弓矢の間合いが通常30m程度、手裏剣、小柄が10m、槍が長いもので5m強、
ならば投石と同じ感覚で用いれると言う常識的な判断が下せるわけだが?
そうでなければ、印字打ち達は存在意義が無くなる。
>>120 手裏剣は戦場で使う武器ではないし(WWTでフランス軍が使ったらしいけどね)、
相手を「殺す」事を目的とする武器では無いぞ。後分銅が鉄である
必要なぞあるまい。それこそ石を結び付けても効果は同じだぞ。
125 :
日本@名無史さん :03/05/05 18:20
>>123 忍者がいると言う基本前提で話を進めているみたいだが、
その事自体の信憑性に疑問を感じないのか?
後、戦国時代既に、名乗りは既に廃れていたぞ。
そもそも、このスレで誰も「鎖鎌が最強の武器だ」なんて
事を言っている香具師はいないと思うが?
126 :
動画直リン :03/05/05 18:21
>>125 京より西にいたっては信長時代もまだ名乗りはあったと思われ。
128 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:04
>>112 は俺だが、
スパイというのは実際には地味な活動。
ジェームズ・ボンドみたいなのはいない。
城下町に商人として住んだりして
城に出入りするようになるまで何年もかけるケースもあっただろうし、
敵の家来を買収して機密を知ったり、
あんまや旅の僧侶として諸国の噂を聞いて回ったり、
いろいろなやり方で情報を探ったのだろう。
あるいは内通者との連絡をとったりするなどの情報伝達の役目、
嘘を信じ込ませて敵を欺いたりする情報工作の役目といった
ことが彼らの仕事であって、
派手な武器だの、忍法だの、
育ちが早い木の上を毎日飛んでジャンプ力をつけただの、
からくり屋敷だの
すべて嘘八百もいいところ。
奴らにそんな能力があったらあんな身分に甘んじているわけがない。
また、足利義尚、義植の六角攻めの時に
甲賀衆が幕府軍を壊滅させているだろうし、
天正伊賀の乱では信長軍を敗走させているだろう。
忍びとは地味な役目に過ぎないのである。
そろそろ、江戸時代以降の嘘八百本や
講談、映画のフィクションを取り去って実像にもっと迫ったらどうか。
129 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:09
>>128 スレの前の方見ろよ。お前よか詳細に書いてあるぞ。
130 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:18
忍者が初めて日本の文献に登場するのはいつの頃?
131 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:18
>>125 >忍者がいると言う基本前提で話を進めているみたいだが
忍者が存在しなかったというのなら、国立公文書館等に保管されている
「万川集海」は、誰かの創作物という事になりますが、全22巻もある書物を
誰がなんの目的ででっちあげたのか、説明してみて下さい。
133 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:21
とりあえずシッタカは 99氏を論破してから発言してくれ(w
134 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:38
>鎖鎌の分銅じゃブロックも割れるまい 低偏差値ども おまいは村田兆治が現役時代に手伝わされた具足耐久度テストを知らんのか? 野球ボール全力投球してぶつけたら鉄の具足の胴だっておもいきり凹むんだよ! 硬くて重い分銅を鎖ふりまわした遠心力プラスしてぶつけたら 野球ボール以上の破壊力があるのに決まってるだろーが!
135 :
日本@名無史さん :03/05/05 19:58
>>130 「忍者」そのものの初出は十七世紀後半の『万川集海』。
それ以前から「乱波」「透波」「ちゅう盗」
「間者」「遊士」「忍」といった用語は文献に出てくるけれどね。
武田の三つ者は「間見」「見方」「見付」。
古代の「うかみ」まで忍者に加えるのはさすがにどうかと思うが。
136 :
日本@名無史さん :03/05/05 20:18
>>132 誰って…編纂者は藤林保武だけど?で、それと資料としての信憑性と
何の関係があるの?大体アレには全然役に立たない水蜘蛛とかも
載ってるんですがね?(まぁ貴重な資料だとは思うが。)
>>135 でも「乱波」や「透波」が今で言うスパイと言うか、専門技能職の人間
なのか、単なる地侍なのかと言う区別は付いていないのでは?
137 :
日本@名無史さん :03/05/05 20:39
>>135 「忍者」というのは17世紀で、それ以前は「乱波」「間者」「忍び」っていう呼ばれ方があったんだね。
ではその忍びっていうのは戦国以前から 鎌倉〜南北朝辺りにはすでに忍びが存在してたとか?
138 :
日本@名無史さん :03/05/05 21:30
>大体アレには全然役に立たない水蜘蛛とかも >載ってるんですがね?(まぁ貴重な資料だとは思うが。) 役に立たない以前に 水蜘蛛は図面の他には名称と寸法しか記載されていない用途不明の代物なんだが・・・ 名和弓雄の書いた本によると 最初に水蜘蛛を水上歩行器と解釈したのはTVの『隠密剣士』なんだとか(ホンマカイナ
スパイ活動を請け負っていた地侍の集団(伊賀者、甲賀者、風魔など)
各々の大名家が養成したスパイ組織(武田の三つ者、上杉の軒猿、伊達の黒脛巾など)
どっちも忍者と称されているのが現状なんだが
さて
>>136 の考える忍者とはどういうものなのだろう・・・
忍者のルーツといわれている非定住民の「傀儡子」や「いぼろ」は
忍びの術に長けていて略奪・押込・夜討を行い
金で雇われて間諜の仕事も請け負ったというんだが・・・
こいつらまで忍者に入れるのは何だかなあ。
スパイ行為のことだけなら『日本書紀』にも記録されてるけどね。
140 :
日本@名無史さん :03/05/05 23:07
甘粕正彦が対リットン調査団に使ったという スリ軍団も忍者みたいなもんか。
141 :
日本@名無史さん :03/05/05 23:40
>>139 まさか 忍びって山賊みたいに商人を襲って金銀を奪ったり 婦女暴行もやったりするの?
密偵と暗殺と諜報活動だけが役目だと思ってるんだが・・・
南北朝期には鈴鹿山手の「名誉山賊」三雲伊予房とかいう人物が,山守護の山中氏に捕縛されたって記事があるよ。
>>141
143 :
日本@名無史さん :03/05/06 00:16
>>124 弓矢の30mは確実に人間を殺傷する距離であり、有効射程で80mと
言われているけど。最大射程で350mとかね。
投石の方はとにかく投げまくって牽制、あわよくば負傷を狙うのが常道。
とすれば実際に投石が行われた射程は数十メートルってところだろう・・・
投げるだけなら俺でもそれぐらい投げられるし。
鎖分銅だかなんだかと投石を比較する事自体おかしいと思うよ。
鎖状武器は一対一の果し合いなら使う人間もいたんだろうし訓練できて
いれば有効な武器だと思うけど、多数対多数の戦場で使える代物だとは
とても思えない。一人打ち倒しても隣の奴に鎖捕まれそうじゃん(笑
実際問題として『太閤記』のような講談じみたものを除いた信頼の
おける史料で、戦場での投石について触れたものはいくらでもあるけど
戦場での鎖分銅使用について触れたものって知らないわけなんだけど。
>>138 名和弓雄からして武道関係者からするとしょうもない詐欺師だけどな・・・
どうでもいいけど。
>>141 諜報活動は分かるんだけどさ。武田信玄が「すっぱ侍」30人を部下に
預けて諜報活動に当たらせたとか浅間神社の神官に「すっぱ侍」がいたとか
情報収集に当たる存在としての忍びは史料でいくらでも裏付けられるけど。
忍びに暗殺された武将とかってどのぐらいいるわけ?
あと、情報収集に野武士だの山賊だのを使う例は当然あったと思うよ。
戦国時代ぐらいまで、実際に山賊ってのはいて、山を通る人間から
通行料を巻き上げたりしてたからね。で、支払いを拒否すると
略奪したり殺したりしてた。海賊が海で同じようなことをやってるね。
144 :
日本@名無史さん :03/05/06 00:34
山賊や旅芸人や山伏なんかは 源平の頃には間諜の役割に用いられている。 忍者とどう違うのか、といわれても説明が難しい。 松尾芭蕉や世阿弥が忍者じゃないかという説があって 誤解している人も多いんだが、これは「本職は忍者、俳諧や能楽は世をしのぶ仮の姿」じゃなくて 「俳諧や能楽を職業にしながら、諜報活動もしていた」というもの。 手裏剣や鎖鎌をつかって戦っていたわけじゃない(笑)
家政婦も忍びか
146 :
日本@名無史さん :03/05/06 00:42
木下藤吉郎なんかが典型だと思うが、 血統の正しい(と少なくとも称している)エリート武士のやらないことをさせる 常勤/非常勤混在した子分たちは幾らでもいたはずだわね。 戦になると雑兵やるような奴等。今と違って徴兵制度がないんだから。 そういう奴等は、秀吉の刀狩で潜伏、より隠密っぽくなったってことはないかね?
147 :
日本@名無史さん :03/05/06 00:46
>>141 忍者と盗賊は紙一重・・・少なくとも技術的にはほぼ同じだし。
「盗賊」の意味で「忍び」と書いている文献もある。
>>143 おまいはほんの少し前のレスも読まんのか・・・
>鎖の話をすると
>鎖鎌は知らんけど
>鎖武器は室町時代どころか鎌倉時代から戦場で振りまわされています。
>中世の絵巻物にしっかり描かれてるんで確かでせう。
148 :
日本@名無史さん :03/05/06 00:57
中世の絵巻物・・・ 絵巻物を信じ出すとしょうもない事態がいくらでも起こると思うが。
149 :
日本@名無史さん :03/05/06 01:03
>>134 腕の能力は変わらないのだから
重量がある物体は高速で投擲できない。
単に投擲した場合、分銅と野球ボールでは同等の破壊力しか持たない。
また、鎖も長すぎるとコントロールができない。
腕力でコントロールできる範囲の長さでは、結局直接投擲するのと大して変わらない。
150 :
日本@名無史さん :03/05/06 01:05
鎖の重さはどう計算すりゃいいのかな。 鉄製だとかなり重くなるでしょ。それだけで。
>>149 単に投擲だけなら、鎖を引っ張っていかないといけない分だけ損。
ただ回転させると継続的に力を加えることが出来るから、
原理的にはどんどん運動エネルギーを貯めていくことができる。
ただ、それが武器として有効かどうかは、
欠点も合わせて考えないといけないわな。
152 :
日本@名無史さん :03/05/06 01:51
周りに人がいないことが条件、とかかね。
153 :
日本@名無史さん :03/05/06 03:48
>>134 >村田兆治がry 野球ボールry 鉄の具足の胴だっておもいきり凹むんだよ
子供が飛び乗っても具足は凹むよ。 だからって小学生のフライングドロップ
が必殺の武器になるのかね。 鎖鎌が実戦で使えるか使えないかは実際に振り
回してみれば解る。 まずモーションが大げさ過ぎて完全に相手に動きを
読まれてしまう。 鎖鎌が槍と同等かそれ以上の実戦性があるのなら、槍
よりも携帯に便利なんだから、合戦その他でもっと使われているだろうが。
154 :
日本@名無史さん :03/05/06 03:51
>>134 追伸。だから職業高校卒なんかに歴史を語られたくねーんだよ。
155 :
日本@名無史さん :03/05/06 04:09
>>124 >十字軍が使ったフレイルは鎖武器では無いのか?
メンドイけど早起きしたついでに、これにも答えてやるワ
十字軍なんてのはプロの戦闘集団じゃねーの
以上。また寝るワ
156 :
bloom :03/05/06 04:21
157 :
日本@名無史さん :03/05/06 04:26
もまいら、ちょっともちついてみれ。 つか、そんなことより、義経は忍者なのかね?
>>155 フレイルで5m先の人間は倒せません。コンセプトが違います。
という回答になるんじゃないかね・・・普通は。
わかったよ シッタカ 学歴あるんなら さっさと99氏カンペキに論破してくれ
160 :
日本@名無史さん :03/05/06 07:17
>子供が飛び乗っても具足は凹むよ。 だからって小学生のフライングドロップ >が必殺の武器になるのかね。 鎖鎌が実戦で使えるか使えないかは実際に振り ソースは? 脳内妄想じゃないだろうな、自称高学歴クソ ちなみに同じ耐久度テストで角材でぶん殴った時と刀で切りつけた時 具足は漆がはげた程度でまったくノーダメージだったんだがね。 刀や角材は小学生のフライングドロップ以下の威力しかないわけだ(w 追伸。鎖分銅が実戦につかわれてるかどうかなんて問題にもしてねえ 鎖分銅でブロックを壊せるかどうかって話してんだろうが。 そんなことも読みとれんのか、文盲野郎。
161 :
日本@名無史さん :03/05/06 07:51
>まさか 忍びって山賊みたいに商人を襲って金銀を奪ったり 婦女暴行もやったりするの? 忍者というと語弊があるが 盗賊の鳶沢甚内と庄司甚内は徳川家康から それぞれ古着屋と遊郭の経営権を与えられて 代わりに諜報活動をまかされている。 同じく盗賊の向坂甚内はもとは武田の透波だったんだとか。 >つか、そんなことより、義経は忍者なのかね? 当時の山伏や金売りが忍者的諜報活動に従事していたのは間違いないが だからといって忍者扱いってのはねえ・・・ ちとこじつけ。 >絵巻物を信じ出すとしょうもない事態がいくらでも起こると思うが。 鬼や天狗ならまだしも 器物の類なら当時に存在していたことの確認にはなるだろう。 「鎖武器」という概念が存在しないことには絵巻に出てくるはずないんだから。
>まさか 忍びって山賊みたいに商人を襲って金銀を奪ったり 婦女暴行もやったりするの? 加賀前田家の隠密はその名もズバリ「偸組」(ぬすみぐみ) 同じ技能を略奪のために用いれば盗賊と呼ばれ 請け負って間諜のために用いれば忍者とか間者と呼ばれる。 それだけの違いだ。
>>162 >同じ技能を略奪のために用いれば盗賊と呼ばれ
>請け負って間諜のために用いれば忍者とか間者と呼ばれる。
島原の乱の時、松平信綱が甲賀衆に兵糧を盗んでくるように命じた。
しかし甲賀衆は「われらは、物盗りのために参陣したにあらず」
と反発した。
忍者には、忍者のプライドというものがあったということか。。。
>>136 >それと資料としての信憑性と何の関係があるの
忍者が実在したかどうかを問題にしているのだから、万川集海の内容に
ついての信憑性は、関係ないでしょ。実際に万川集海という文書が
あるのだから、忍者が実在しなかったとするのなら、なんでこんな
文書が存在すかるのか、あなたの考えを述べて下さいよ。
万川集海は、徳川家斉が金子を払って入手していますが、忍者が実在
しなかったとするなら、なんの目的で幕府はこの書物を入手したのです
かね。ぜひご教示下さい。
また水蜘蛛の用途については138さんも書いている通り、万川集海では
触れられていません。なんに使われていたかも解らない物を
>全然役に立たない
と断言しているあなたは、水蜘蛛についてかなり研究なさっている筈
ですよね。役に立たないと断定する根拠について、ぜひ浅学な私に
ご教示ください。
165 :
日本@名無史さん :03/05/06 23:31
三重県上野市には、江戸時代に建てられた忍者屋敷が現存しています。
らっぱもの(?)やその他の呼び名で呼ばれた経緯の解説をお願いします。
だから滋賀県はチョンの地域。 甲賀はチョンの巣窟。
168 :
日本@名無史さん :03/05/07 05:29
>>164 >忍者が実在したかどうかを問題にしているのだから、万川集海の内容に
>ついての信憑性は、関係ないでしょ。実際に万川集海という文書が
>あるのだから、忍者が実在しなかったとするのなら、なんでこんな
>文書が存在すかるのか、あなたの考えを述べて下さいよ。
「妖怪に関する史料はいくらでもあるのだから、実際に妖怪が実在
しなかったとするなら、なんでこれだけ史料が残っているのか
説明してくれ」
みたいなもんかねえ。大袈裟な例えだけど。
戦国大名や幕府が諜報活動の為にその手の人間を使っただろうことは
想像に難くない。「すっぱ侍」だのの存在そのものは確認できるわけでね。
だが、それと「忍術」とを結び付けちゃ飛躍し過ぎ、という問題だな。
江戸時代には武術としての「忍術」も大いに発展しているわけで。
『万川集海』は書き出しからして『孫子』だし、陰陽道なんかの影響も
見て取れるし、どこまでが戦国大名や幕府に仕えて諜報活動に従事した
連中の実態と重なるか、という問題やね。
>>168 平日の朝の5時から168=169の自作自演ご苦労様です。
>妖怪に関する史料はいくらでもあるのだから・・・
>大袈裟な例えだけど
いえいえ、なかなかどうして素晴らしい的確な例えですよ。
妖怪が実在しなかったとするなら妖怪に関するする資料は沢山あるのは
なぜでしょうか、という質問には普通の人なら簡単に答えられますでしょ。
まさか君は、そんな簡単な質問にも答えられない訳じゃないでしょうね。
なんなら、鬼や河童に関する伝承に考察を加えてもいいのですが、スレ違い
なので、止めときます。
さて、君は読解力皆無の日本語不自由君なんですかね?
それとも自分に回答できない質問は全く無視する、単なる厚顔無恥男
なんですかね?
私も暇じゃないので、これが最後に再度質問させてもらいます。
質問1
忍者が実在しなかったとするなら、藤堂家に仕えたとされる甲賀衆の子孫
の家などに大切に保管されている「万川集海」がなぜ存在するのでしょうか。
質問2
現在内閣文庫に保管されている「万川集海」は、甲賀衆から幕府に献上された
物ですが、忍者が実在しなかったのなら、一体なんの為にこの文書を幕府は
金子を払ってまで入手したのですかね。単なる道楽でつかw
しかもこの本を旧日本軍も研究してますが、昔は随分と電波人間がいたわけ
ですな。
質問3
君が水蜘蛛を役に立たないと断言している根拠を、ぜひ説明して下さい。
君が博学なのは認めるから、いつまでももったいぶらずに
ぜひ教えてくだされ。
171 :
日本@名無史さん :03/05/08 00:26
そもそも、甲賀衆の実態は甲賀郡に住んでる地侍の連合体という程度の ものなんだが。伊賀衆も伊賀惣国一揆を指揮したような地侍の連合だな。 山の地理を熟知し奇襲や放火で恐れられた、とは言われているが。 それ以上の事が出来たとはとても思えないねえ。 何しろ忍者集団だと言われている割には、信長暗殺計画に使ったのは 鉄砲だったしw しかも道端に潜んで狙撃して逃げるというだけのお粗末な作戦。 どこが忍者なのやら。 結局確認できるのは奇襲・夜襲・放火ぐらいなんだよね。 だいたい『万川集海』の編年、1676年だしね・・・ 世間じゃ山鹿素行なんかもとっくに出てきてて、軍学が大流行。 逆に言えば武士たちですら既に実戦から遠ざかっていた時代。 『万川集海』の書き出しはまんま『孫子』からのパクリで、 つまりは軍学の流行に乗っかって、俺は一つ「忍者学」を創設しよう、 これで自分を売り込んでやろうって下心丸見え。 だから色んな兵法や宗教の思想を取り込んでいかにももっともらしく 書いてあるけど、それで「忍者」の「実態」に迫れるかという問題に なると、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。 もちろん、諜報活動に従事した人間が古くからいたことを否定するもの ではないわけだけど。
>>170 そもそも俺は
>>136 でも
>>169 でもないけどな。
>質問1
>忍者が実在しなかったとするなら、藤堂家に仕えたとされる甲賀衆の子孫
>の家などに大切に保管されている「万川集海」がなぜ存在するのでしょうか。
「スパイ」的な活動に従事した人間の存在はいくらでも裏付けられる。
だがそういった連中の実態と『万川集海』を結びつける理由は存在しない。
これは前のレスでも書いているがね。
君こそ読解能力欠如の「日本語不自由君」だな。
>質問2
>現在内閣文庫に保管されている「万川集海」は、甲賀衆から幕府に献上された
>物ですが、忍者が実在しなかったのなら、一体なんの為にこの文書を幕府は
>金子を払ってまで入手したのですかね。単なる道楽でつかw
>しかもこの本を旧日本軍も研究してますが、昔は随分と電波人間がいたわけ
>ですな。
伊賀甲賀が忍者集団だと言うのなら、伊賀者を御庭番として抱えている
幕府がそんな物を殊更必要とする理由が無いね。つまり、道楽。以上。
ただし内容はそれなりに整理されているから、「スパイ学」の古典としては
うってつけである。もちろん、スパイの心構えなどの面においてのみだが。
もっとも、旧日本陸軍は講談も軍記もいっしょくたにして日本戦史を書いた
ぐらいで、彼らは歴史研究の面では完全に無能な集団である。
だから『万川集海』にしても本当に鵜呑みにした可能性はあるw
>質問3
>君が水蜘蛛を役に立たないと断言している根拠を、ぜひ説明して下さい。
それは俺が答えることではない。
俺は170じゃないが
>>172 > 幕府がそんな物を殊更必要とする理由が無いね。つまり、道楽。以上。
おいおい…。何だこの幼稚な回答は。
つか、貴方史学科?
高校生とか道楽で歴史研究してる人間じゃないだろうな。
それよりいつになったら
自称高学歴クソは
>>99 たんに反論してくれるんだろうか。
よくレス読むと
>二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン
の主張ひっこめてないようなんだが。
ついでに
>>101 たんの質問にも答えてやってくれ。
175 :
日本@名無史さん :03/05/08 09:12
水蜘蛛の用途で
いままで読んだ中で一番説得力あったのは
対岸や下流にいる仲間に荷物だけを渡す場合に
水蜘蛛にのせて水面に押し出すというものだったな。
なるほどとは思ったが、これも想像の説だからホントかどうかは分からない。
一番バカバカしいと思ったのは
二つ組み合わせて車輪の代用にするってやつ。
>>136 は、水上歩行器以外にいろいろ説のあること知らないんじゃねーの?(藁
ちなみに、生き物の水蜘蛛ってのは、 空気の泡抱えて水中で生活する蜘蛛のことな。
>>175 まだまだだな。
俺の知っている中で壮絶にバカバカしかったのは
フリスビーみたいに投げる飛び道具(オイコラ
名前と図面しか書いてないから好き勝手なことがいえるわけだ。
178 :
日本@名無史さん :03/05/08 12:40
このスレには、雲隠れの術や、変り身の術使っている香具師がいておもしれーな
>>170 >しかもこの本を旧日本軍も研究してますが、
旧日本軍は電波の集団じゃないか? チェックする機関の存在しない軍隊は
電波な思想に犯されやすいだろ。旧ソ連軍やナチスドイツなど、全体主義な国の
軍隊は みな電波。
>昔は随分と電波人間がいたわけですな。
その通りだと思うが。
180 :
日本@名無史さん :03/05/08 15:35
>二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン 『二天記』に作り話が多いのはほとんどの武蔵ヲタも認めるところだが 『二天記』に「カタナに鎖を絡ませてウンヌン」と書いてあるなんてことは どんなアンチ武蔵だって認めんと思うぞ。ソース教えれ
>>179 旧日本軍と忍者に関するエピソードを書きたかっただけで、質問に付け加えた
のは、確かにまずかったです。スマソ。
要するに以前カキコした
>>65 の続きのつもりで書いたまでで、他意はなく、
貴方のカキコと趣意は一緒だと思って下さい。
>>171-172 >甲賀衆の実態は甲賀郡に住んでる地侍の連合体
>何しろ忍者集団だと言われている割には
甲賀衆が忍者と呼ばれている訳ですから、その忍者が地侍の連合帯であった
と仮定して、なんで忍者が実在しなかった事になるのですかね。忍者の実態
が、世間で考えられている忍者のイメージからかけ離れたしょぼい集団だった
として、それがなんで忍者は実在しなかったという結論になるのですかねぇ。
「万川集海」にうさん臭い部分がありますが、直ちにそれがなんで忍者が実在
しなかったという結論に結びつくのか、全く理解できません。
質問12回答が
>スパイ」的な活動に従事した人間の存在はいくらでも裏付けられる。
>だがそういった連中の実態と『万川集海』を結びつける理由は存在しない。
忍者が実在しなかったのに「万川集海」が存在するのはなぜですか、という
質問にこれでは全く答えになっていませんねぇ。
あなたも、水蜘蛛男と同類の日本語不自由君でつか?
質問2は、173さんのいう通りこれも回答になっていませんな。
そもそも
>伊賀者を御庭番として抱えている
伊賀者がお庭番を務めていたという信用するにたる資料があるのですか?
まあ、役職名として「広敷伊賀者」とは呼ばれていたようですが、私の知る
限り、お庭番を務めたのは、元紀州藩士だったと認識しているのですが。
わざわざ、水蜘蛛男に代わって質問に答えて下さったのですが
185 :
日本@名無史さん :03/05/09 00:02
>>170 正直アンタもしつこいと思うが…
多分水蜘蛛男クンが言いたいのは
漫画やゲーム、講談で出てくる忍び装束着て暗殺だの、間諜だのを
専門にやっている「忍者」ってのはいないって事なんじゃないのか?
実際御庭番だって、忍者漫画みたいに手裏剣投げて闇から闇へと戦い続ける
なんて事は、ほぼ確実にやっていないと思うしな(勘定奉行にまで出世した
ヤツの隠密内容が打ちこわしの調査や役人の不正監視…)
俺自身は、万川集海は忍術の本だと思うが内容を100%信じるのは
危険だと思っている。
>>172 じゃ無いが、何かいかがわしい。
伊賀や甲賀者だって所詮、ゲリラ戦や、間諜術が得意な集団と言う程度
だったろうとは思うからね。
案外解読したら何て事無い事しか書いていないのでは?と言う気もする。
186 :
日本@名無史さん :03/05/09 01:35
諜報活動に従事する者たちの存在を否定したことは一切無いのに、 なんで毎回こんなレスがつくのでしょうか。
>>185 やれやれ、あんたが水蜘蛛男やお庭番伊賀者説男でない別人なら、なぜ人を
しつこいと書くのか、不思議ですね。こんな事書けば、あんたが同一人物で
ある事ばれちゃいますよ。
水蜘蛛で論破され、お庭番伊賀者説で論破され仕方なくまた別人になりすま
す訳ですか?それとも、忍者が実在しなかったとする人たちは、書き
逃げばかりする卑怯者の集団なのですかなw
否定したいのでしたら、水蜘蛛男とお庭番伊賀者説男に再登場願いましょう。
でないと、せっかくあなた方の弁明をなさっている方が窮地にたたされます
よ。
さて、あなたがた三人の共通点は、自分の脳内妄想で造りあげた忍者に
対するイメージと、忍者と呼ばれた集団の実態がかけ離れているという
理由で、忍者は存在しなかったと、主張する点にあります。
>なんで毎回こんなレスがつくのでしょうか。
それは、あなた方三人w が、このスレの趣旨を理解していないからです。
>漫画やゲーム、講談で出てくる忍び装束着て暗殺だの、間諜だのを
>専門にやっている「忍者」ってのはいないって事なんじゃないのか?
このカキコであきらかなように、
>>1 の
>「しのび」について、妄想ではなくまじめに語りましょう。
を、無視してカキコを続けているからですよ。
ここでは、現在「忍者」と呼ばれている集団が、実際にはどういう者であったか
を検証するスレなのです。あなた方がw その集団がこう言うものであった
ろうとするのなら、それを率直に語ればいいのです。このスレをたてた
私としては、その趣旨を理解してもらおうと「しつこく」書いているまで
です。
忍者と呼ばれるが集団が、個人個人で定義した「忍者」とその実像が違う
からといって、忍者は実在しなかったと主張される事は、このスレの存在
自体を否定することにつながります。
以上ご理解下さい。ご理解できないのであれば、他の忍者について興味を
もたれて、このスレを訪れる人達の迷惑になりますから、速やかに
退去願います。
188 :
日本@名無史さん :03/05/09 13:31
京都在住だけど、以前タクシーに乗ったら、 運転手が滋賀の人で奥さんが忍者の家系だって。 結構上の位の家系って言ってたけど、婿入りしたらやっぱり フツーに外で働くのね(当然か) 年に数回会合が有るらしいけど、畳の上に座る人、板の間?に座る人、 ムシロに座る人、玄関で座って待つ人、て感じで上忍などランク分けがあるって。
雑誌 剣道日本5月号のコーナー、韓国剣道便り(文 イ・キョンヨプ)より本文を引用
>前略
>日本人は、剣道は日本だけで発達したと考えているようだ。
>しかし韓国では、「スポーツ剣道は日本人が始めたが剣道の本流は韓国である。」
>という考えが一般的であるのをご存知であろうか?
>韓国が剣道の本流と聞いて、日本人はふざけるな!と怒る
>かもしれない。しかし韓国では、昇級審査や昇段審査に日本剣道型のみならず
>本国剣法の型が課されているのである。
>本国剣法は三国時代の剣道で、現存する世界最古の剣法と
>韓国では信じられている。
>韓国剣道の歴史についてはいずれ詳説しようと思う。
■剣道の起源は韓国に有り!
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Acropolis/6963/
190 :
日本@名無史さん :03/05/10 01:42
186 :日本@名無史さん :03/05/09 01:35 諜報活動に従事する者たちの存在を否定したことは一切無いのに、 なんで毎回こんなレスがつくのでしょうか。 「彼」は読解力が全く無いらしい。
>>172 > 幕府がそんな物を殊更必要とする理由が無いね。つまり、道楽。以上。
マジレスするのもアホらしいが
幕府に『万川集海』が献上された経緯は
そこらの書店で売ってるちょっとカタメの解説書ならたいがい説明しているはずなんだが・・・
もしかして読んだことないのか?
かなり(´・ω・`)ショボーン ではあるけどね
甲賀ものと伊賀もののいがみ合いのスレですか?
193 :
日本@名無史さん :03/05/10 03:18
結局『万川集海』と伊賀甲賀の実態はどうなのさ?
tonyの〜忍び〜
195 :
日本@名無史さん :03/05/10 03:58
甲賀って、甲斐の国の忍びだって思ってたヨ
196 :
日本@名無史さん :03/05/10 04:01
甲陽流という忍術もあったね。
滋賀県は倭・百済が白村江で敗れた後、連れ帰った百済民の流れ者が たどり着いた場所であるから甲賀忍者は在日チョンが多かったのは否め ないだろうな。甲賀の帰化百済僧が忍術使いの新羅族を呼び寄せたらしい。 余計な事するなよな(w
198 :
bloom :03/05/10 04:20
百済人は今の朝鮮人とは関係ない。 >甲賀の帰化百済僧が忍術使いの新羅族を呼び寄せたらしい。 なんじゃそりゃ。
だったら織田信長を忍術駆使して暗殺すれば良かったのに。
枝葉末節はどうでもいいから 97氏、はやく99氏を論破してくれ。 威張れるほどの高学歴で博識でちゃんと歴史の勉強してんなら朝飯前だろ。
204 :
日本@名無史さん :03/05/10 09:17
>>回して: 角速度一定の法則により、伸ばした比率だけ、先の分銅の速度は遅くなる。 先が遅くなる? 手元が二周してるのに先は一周とか? バカ! 逆だろ 鞭は先端音速超えるといわれてるぞ 大体 廻した分銅はまっすぐ飛んでくるだろ?
205 :
日本@名無史さん :03/05/10 09:38
>>202 忍術じゃなくて鉄砲じゃん。
しかも20メートルちょいの距離で外すなんて、ダメダメじゃん。
206 :
日本@名無史さん :03/05/10 10:03
果心居士、加藤段蔵、 藤林正保、石川五右衛門杉之坊照算…。 服部正成、風魔小太郎、鈴木重秀の有名どころに負けるな!!
忍者も韓国起源でしょ、いい加減なことを海外に広めるな。
209 :
日本@名無史さん :03/05/10 12:33
>>204 真っ直ぐには飛ばないよ。鎖なり紐に繋がっている以上、円運動で相手
に向かう…ボールじゃないんだから…
ところでスッゲー素朴な疑問でスマンが、漫画で良く出てくる
忍者や九の一の格好ってのは何処まで本当なの?真正工房の俺には
全く判らん…
特殊部隊が今の忍者みたいなもんだろ イギリスではIRAのアジトを監視するための手ごろな建物が 近くに無い場合、小さい穴を掘り3人で入って何日も 交代で立ったまま眠て、瓶にオシッコとウンコをする。 最近便器が改良されあまり臭くなくなったらしい。 発狂しないように日ごろから訓練してるんだとか。 アメリカ特殊部隊の父リチャード・マーチンコは、 テロリストとの闘いで、長髪、ヒゲ、ピアスで酒場に入り浸り 情報収集、そのままの格好で、国防総省に出入りし、 幹部を説得し巨額の軍資金を調達してくるので全能の神と呼ばれた。 特殊部隊の地位は低く、正規の軍人からは毛嫌いされている。 湾岸戦争時、シュワルツコフ司令官は、特殊部隊の連中は使わない と言い張ったが、正規兵では対応できない事態に、周囲に説得されて 渋々、投入を許可した。 フセインの周りには、イラクが西側諸国と仲がよかったころ 教育した特殊部隊がいるためフセイン狩りは同士討ちともいえる 困難な任務だった。 スペインあたりの特殊警察の名前は、ローマ字でそのまま忍者だったと思う。
211 :
日本@名無史さん :03/05/10 15:56
>>209 まっすぐは語弊があるが
鞭と違って 廻しといて手を離すと思うが どうだろ
ただ 練度が高いから百姓がちょっともっと野戦に使うとは
いかないが
ごめん 鞭も直線とはいわないが まっすぐだ
213 :
日本@名無史さん :03/05/10 18:38
以前見た古武術の番組では漫画に出てくるみたいにグルグル回すような 事はしないで、釣り糸を飛ばすような感じで使っていたよ。 実際先に重りを付けた糸なり鎖なりが何mもあったら、ヒュンヒュン 振り回しているだけで直ぐにスタミナ使い切っちまうでないかしらん? でもアレ本当に使えるのかなぁ…なんかソレ見た感じでは結構間抜け だったけど。何か忍者の武器と言う雰囲気では無い様な…
>ところでスッゲー素朴な疑問でスマンが、漫画で良く出てくる >忍者や九の一の格好ってのは何処まで本当なの?真正工房の俺には >全く判らん… そらフィクションでしょう。 あんな目立つカッコはしないって・・・・ >でもアレ本当に使えるのかなぁ…なんかソレ見た感じでは結構間抜け >だったけど。何か忍者の武器と言う雰囲気では無い様な… 武芸者はともかく、忍者はつかわないだろうね。 せいぜい護身用に鎖の短い玉鎖もってたぐらいなのでは。
>>208 忍者は韓国起源ではないですよ。
諸葛孔明を見れば分かります。
基本的に忍者は戦闘要員ではないので (戦国時代のゲリラ戦専門野武士集団も忍者扱いされてるが) 鎖武器なんぞつかわなかったと思われ。 以前に資料館で忍者のつかった鎖鎌なるものを見たこともあるけど てのひらサイズの小さいものだった。武器じゃなくて侵入用の小道具だろうね。 つか、じっさいに忍者が戦いに巻き込まれて ぶんぶん振り回すとしたら「鉤縄」があるじゃん(w
>>214 Thx
そらそうですわな。
まぁ実際に天誅や獣兵衛忍風帖、DoAみたいなミニスカ九の一がいたら
俺としても嬉しかったんですが…
>>217 また論争を蒸し返したくは無いんだが…
基本的に忍者って…何をもって定義するんだろ?
御庭番とかもやっぱ忍者の範疇に入るのかなぁ…
219 :
日本@名無史さん :03/05/10 21:44
>>218 江戸時代の隠密は忍者といっていいと思うが・・・
つか、いまの忍者のイメージでカンペキに講談からきたもんだけどね。
×いまの忍者のイメージで ○いまの忍者のイメージて
222 :
日本@名無史さん :03/05/11 00:02
>>219 江戸時代より連綿と続く講談馬鹿どもは雑賀衆をも忍者にしてますな。
223 :
日本@名無史さん :03/05/11 00:58
>>218 「間諜、ゲリラ戦(江戸時代には全くしていないが)と言った隠密活動
を行った者」
で良いんでないの?チミの好きな九の一と言うか女忍者だって
あんなハズい格好はしていないが、実際女を武器にしてと言う
事はやっていただろうし。
歴史上もっとも知られた江戸時代の隠密と言えば間宮林蔵あたりか…。
224 :
日本@名無史さん :03/05/11 06:14
>>209 >漫画で良く出てくる忍者や九の一の格好ってのは何処まで本当なの?
忍者の装束については、
>>106 に書いているので、読んでね。
現在に伝わる忍者の黒装束の原型は、上野市にある敢国神社で行われて
いた服部一族の私的な祭り「黒党祭」で使われていた装束のようだ。これは
服部一族の威勢を示すために行われていたという私的祭りで、戦国末期には、
廃れてしまったという。とにかく、この祭りに参加する忍者は全員黒装束
を、身に纏いこれを一般の人々が観ることができた。
黒装束は、祭りの時のいわばユニフォームであり、忍者としての任務を行う
時には着用していなかったと、思われます。106では、装束の色を鼠染めと
書きましたが、城や武家屋敷には白色が多いため、白装束も用いたようです。
あと、くノ一という言葉は、忍術書では女を利用して行う忍術をさします。
ソ連のKGBが、女の色香を使って行っていたスパイ戦術のようなものです。
女忍者をくノ一と呼ぶようになったのは、江戸末期の小説からだと思われ
ます。
実際に女忍者もいたと思いますが、彼女たちの名前は、残っていません。
225 :
動画直リン :03/05/11 06:20
226 :
日本@名無史さん :03/05/11 07:21
「そもそも忍者が着たのは黒装束ではない、○○色の・・・」 とかいう話自体、作られた話のような気がする。 本当に武家屋敷に忍び込んでまで情報収集した(できた)奴がいるのかね。 商人のふりして行商に入った方が簡単だべ。
227 :
日本@名無史さん :03/05/11 19:32
>>226 夜中屋敷に忍び込んで書類だの暗殺だのなんてのは最後の手段だろ。
仮にやったとしても、それこそ盗賊と全く見分けが付かない格好で無いと
失敗した時に
「何故公儀は我が家に嫌疑をかけるのか?」と言った感じで不必要に
大きな政治問題にまで発展してしまうと思うが?
それこそ今の諜報組織と同じで、普段は一般の武士や町人と代わらん
格好で情報収集じゃないのかな?現在の公安だって、基本的には
法の範疇でしか情報収集活動をしないし、非合法な手段を用いるのは
余程の重要性が認められる事態のみと言う話だし。
228 :
日本@名無史さん :03/05/11 20:39
そんなスキルがあるなら信長殺せって・・・ 矢切みたいに本能寺から信長の遺体を持ち去ったのは伊賀忍者だなんて 話を始める奴もいるがな・・・
どうも忍者というと、江戸時代に武家屋敷に忍び込み、密書等を盗んでいた というイメージをもっている人がいるようですね。 彼等が一番活躍したのは戦国時代で、敵情偵察のため城内に侵入したり、 敵領内で放火、略奪、殺人などの工作をおこなっています。 また、鉢形城主の北条氏邦は、 「今の季節月夜でなければ、忍びの者は潜入しないだろう。不寝番は 夜間に三度警備にまわり、城壁の下に石をおとし、松明をなげて警戒せよ」 という指示をだした記録があります。攻城戦では味方の士気を鼓舞する為 敵陣に進入して軍旗を奪った話が、大津城戦や島原の合戦時に残されている。 こうした活動を忍者が行う場合、それに適した装束を身に纏っていたと 考えるのが普通でしょう。 >「そもそも忍者が着たのは黒装束ではない、○○色の・・・」 >とかいう話自体、作られた話のような気がする。 というのは、いかがなものでしょうか。 また、忍者が使っていた道具には、巻梯子、刃曲(鍵を開ける道具)、延錀 など明らかにどこかへ忍び込むための物が多数残されている(なかには、 現物が残っていない物のありますが)わけですから、彼等がそれなりの 装束を使用していたと考えるほうが自然じゃないでしょうか? しかし江戸時代になると、どこかへ忍び込むといった活動の機会が少なく かつ必要なくなっていたものと思われます。
>>228 >そんなスキルがあるなら信長殺せって・・・
ま、確かに君が言うと通り忍者は巷でいわれている程の超人集団では
なかったと思いますが、だからと言って決してしょぼい連中でも
ありませんでした。
藤堂藩の「宗国史」には、諸藩が競って伊賀・甲賀者を抱えようとして
いた事が記録されており、彼等がそれなりに評価されていた事が
うかがえます。
231 :
日本@名無史さん :03/05/12 02:21
>また、忍者が使っていた道具には、巻梯子、刃曲(鍵を開ける道具)、延錀 >など明らかにどこかへ忍び込むための物が多数残されている >藤堂藩の「宗国史」には、諸藩が競って伊賀・甲賀者を抱えようとして >いた事が記録されており、 忍者≠伊賀甲賀だと思うけどね。道具の類なんて後からいくらでも 捏造できるわけでね。伊賀甲賀って単なる地侍の連合でしょ。 伝統的にゲリラ戦は得意とはしたようだけど。 諸藩が伊賀甲賀の衆を雇いたがったと書かれるなんて、 『万川集海』を書いた効果は抜群かね。
>『万川集海』を書いた効果は抜群かね。 おまい 擁護派以上に『万川集海』を過大評価していることに気づいてないのか?
233 :
日本@名無史さん :03/05/12 12:35
>>231 >諸藩が伊賀甲賀の衆を雇いたがったと書かれるなんて
>『万川集海』を書いた効果は抜群かね。
ネタですかい?
というか 江戸時代の出版事情(?)を知ってるのか?
江戸時代の忍者文献は『万川集海』しか知らない・・・に16文
そのうえ 『万川集海』読んだことない・・・に30文
んなこたぁどうでもいいから 『二天記』に宍戸の鎖をからませてウンヌン……の釈明しやが(ry
『万川集海』はいろんなもののパクリ
>>238 武芸書や兵法書もだいだいそんなもんだと思うが
240 :
日本@名無史さん :03/05/12 21:45
あのぉ、上野市にある忍者博物館の手裏剣や撒き菱などの忍者道具や武器は あとから誰かが作った偽物ですか?あと変なノコギリとかスパイ道具のような 物とか・・・ 夢が崩れるなぁ・・・
手裏剣とかも、鎖鎌とかとおんなじで武術としては立派に存在 したんだろうけれども。
>>231 君が全く答えられないでいた、忍者が実在しなかったのならなぜ「万川集海」
は、存在するのかについて、やっと回答できたね。おめでとう!!!
「万川集海」は、幕府の道楽本であり、伊賀・甲賀者が仕官する為の宣伝の
為に書かれた物だったのですね。君の事をこれから、水蜘蛛電波男と呼ばせて
もらうよ。
>諸藩が伊賀甲賀の衆を雇いたがったと書かれるなんて
>『万川集海』を書いた効果は抜群かね。
君のドキュソ加減にあきれはててコメントする気にもなれんのだが、、、
「宗国史」のいう伊賀者を諸藩が欲しがったとするのは、寛永14年(1637年)
頃の話。一方「万川集海」が成立するのは延宝4年(1676年)つまり「万川集海」
の宣伝効果は、なんと40年も過去にさか登って波及すると言うわけですか?
忍者が使っていたとされる道具は、捏造された物と主張する脳味噌不自由な、
水蜘蛛電波男は、まさに最強!
こいつには、どんな一次史料を示したところで、それは捏造された物である
と主張するなw
皆さん、もうこんな電波男は相手にしないことにしませんか?
>こいつには、どんな一次史料を示したところで、それは捏造された物である >と主張するなw 忍者の一次史料って何だ?w
万川集海
>>242 もういい加減蒸し返したくないんだが、俺がこのスレに
買きこんだのは水蜘蛛云々、つまり
>>136 だけなんですがね。
水蜘蛛云々は俺のミスとしても良いけど。自作自演だの捏造だのと言われる
のは不愉快なんでこれだけ書いておく。
万川集海信奉者は何故こうも勝手に人を決め付けるのか知らんが
勝手にやってくれ。俺は黙って言われるがまま退場させて貰うよ。
246 :
日本@名無史さん :03/05/12 23:36
>>243 一次史料かどうかわからんが、後北条氏関係の古文書に「忍」は
出てくるよ。
横書きで許してチョ
葛西要害以忍乗取上申付者、為御褒美可被下知行方事、(以下略)
「大田文書」より
なんて、あったよ。
247 :
日本@名無史さん :03/05/12 23:45
>>246 「忍者」でも乱波でも良いけど、間諜なり隠密活動を行った者達
がいるのはこのスレの皆が認めているから良いんでないの?
問題は忍術と言うか万川集海の方だが、これに関して俺は全く
知らないので誰か成立過程とか教えてクラハイ。
248 :
日本@名無史さん :03/05/12 23:51
あとね、金剛峰寺が発給した文書で「犬飼文書」からなんだけど、 また横書きで許して 以上 和州宇智郡坂合部兵部大夫城江、夜中ニ伊賀衆忍入候処、(以下略) なんてあったよ。この文書は天正八年のモノらしい。
249 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:16
夜襲とか奇襲とか放火が得意だったってのは裏付けられるんだから、 忍術を使ったという一次史料を出せってことだろうねw
250 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:25
224あたりの話が大体あってるような。 そもそも忍術をどう定義すればいいの?俺的には立川文庫の世界に しか思えんが。仮にあったとしてもそんなもん、一次史料として 忍者自身が残すかよw
251 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:30
>>250 一次史料で示してくれるのを待ちましょう。
252 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:35
>>251 元忍者が『わが生涯の忍術の告白』なんて回顧録でもあればなあ。
忍術の定義をはっきりさせたらいいんじゃないの。
253 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:38
>>252 甲賀衆が伏見城攻めに加わってた時に鎖帷子着て頭巾被って
手裏剣投げて謎の道具と脅威の身体能力でいつの間にか城内に
侵入してたら面白いが、実際は違うだろうな・・・
254 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:49
>>253 普通の武装だと思うよ。なんせ、中束正家の工作で内応した時
「影の軍団」みたいな格好でいたら衆目明らかで間抜けだ。城内の
持ち場でそれじゃあ意味無し。
まあ、情報収集や潜入工作が主な仕事だったんだろうから、TPOに
合わせた格好だろう。
255 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:55
潜入工作なるものはどの程度までできたのだろうか・・・ 架空戦記物なら名のある大名があっというまに暗殺され、 篭城していると火の手が上がり、どんな情報も筒抜けに なっているわけだが・・・ それは都合良すぎだw
256 :
日本@名無史さん :03/05/13 00:56
今日イメージされる「忍術」は工作活動技術の神秘化されたもの と思います。
257 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:02
>>255 古文書では篭城している味方の城内に入り、連絡をつけるモノは
あったよ。
258 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:05
それは匂坂牛之助みたいな普通の武士でもできたけどな・・・ ちなみに匂坂は武田勝頼に囲まれた高天神城と浜松の家康の 間を往復した男だ。 まあ鳥居強衛門みたいに捕まってる奴もいるが・・・
夜陰に紛れて一人二人警備の手薄な所から侵入することは できても、警備されている場所まで忍び込んで誰かを暗殺 するなんてのは無理だろうな。
260 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:19
恐らく、中世の段階では山伏や御師あたりの寺社関係者から始まったん だろうね。他領に入りやすいからね。どうも後北条氏関連の古文書から 見た印象では、「衆」をなして集団で活動していたらしい。 城内で潜入・放火などはあったかもしれないが、暗殺はきついのでは。 史料が少ないんだよね。この件に関しては。
忍者はみんなの心の中で永久に生き続ける でええだろ?w
262 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:31
>>260 信玄関連で浅間神社の富士御師の中に「すっぱ侍」がいたと
『吉田恩師由緒覚書帳』にあるよ。
まあこの手の連中は情報収集には役に立つだろうが潜入工作は
無理っぽいな・・・
『甲陽軍鑑』にも「すっぱ」30人を部下に預けて信濃で
情報収集にあたらせたとかあるね。
史料が少ないというより、忍者に暗殺された奴なんていな(ry
264 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:44
>>262 その辺が実態だろう。
「梁田晴助文書写」にこんな記事がある。
横書きでお許しを・・・
夜前、水海之際小屋火事、無是非次第候、然共敵地へ申合子細無之、
忍之所行無之由申上候間、(以下略)
とあり、放火などしていたようだ。
伊賀衆や甲賀衆も放火は有名だな。
>>263 おれも暗殺は聞いたことが無い。史料でも見たこと無い。
>>264 は天正2年ごろの話。場所は下総の水海城周辺で後北条氏側の
工作活動に対する記事。
268 :
日本@名無史さん :03/05/13 01:56
やはりゲリラ戦を得意とする風間党の仕業か。
多分、そう。北条氏繁がやらせたらしい。
270 :
日本@名無史さん :03/05/13 02:04
伊賀・甲賀・風間・・・ 平時は情報収集を得意とし 戦時はゲリラ戦を得意とす。 結局、こんなもんでいいのかね。 まあ弱小勢力が生き延びる為には周辺の情勢に通じると同時に ゲリラ戦に長ける事が必要だったということかね。
『吉田恩師由緒覚書帳』→『吉田御師由緒覚書帳』
>>252 吾妻記にスッパ(忍者)の記録が色々出ている。
武田信玄のスッパ頭を務めていた出浦対馬守(信州埴科郡坂城出身)は、
武田氏滅亡後真田氏に仕え、昌幸・信幸の下で吾妻郡奉行にまで出世する。
真田氏の吾妻郡の諸城の攻略に功があったため。
しかし、平和な時代になるとすっぱの需要が減り、かつて出浦の部下だった
すっぱが農家を荒したりするようになり、出浦が捕縛する等の話。
時代背景が判って、中々面白いよ。
こういうカキコがあると 「らっぱもすっぱも忍者じゃない!」とかいいだすヤシが出てくんだよな
んなこたぁどうでもいいから 『二天(ry
>>272 サンクス。後北条氏配下の風間孫左ェ門の集団も郷村に駐留時に
問題を起こしていることを窺わせる文書がある。夜盗まがいの連中だった
んだろうか。
278 :
日本@名無史さん :03/05/13 23:23
>>270 良いと思うんだが、実際彼らの情報収集やゲリラ戦の能力って
どの程度のものだったんだ?
現在の諜報機関だってそれなりの経済的、政治的な援助が無ければ
興信所やマスコミ程度の能力しか持てない、特殊部隊なんて言わずもがな
と言う事実から考えると仮に彼らの勢力が弱小であったなら、
全国津々浦々で活躍と言うのは常識的に考えにくいんだが…
やっぱ戦国時代には全国的に、こういった地侍連合なり、領主が組織した
諜報部隊がそれなりにあったって事かな?
江戸の太平の世になると彼らも殆どは失業してしまったんだろうか…
>>274 >で、忍術の一次史料は?
おいおい、なんで俺がこんな質問に答えならなくなったんだいw
忍者が使っていた忍びの道具が捏造された物だ、と言い張る人間なら
一次史料で答えたとしも、それは捏造ですと切り捨てて、しまうという
事を言いたかったわけだが、おまいさん論破された腹いせに必死だね。
一次史料にあらわれた忍びの者に関するものはあるが、それだけじゃ
満足せず忍術を使ったという、一次史料までだせってか?
伊賀の忍者某がこれこれの忍術を用いてこれこれの事を行ったって
記録まで示さにゃならんのか?
誰かも書いてたけど、もともとそんな物が残されてる訳ねぇだろw
徳川幕府でさえ、お庭番や隠密がいた事は記録されているが、彼等が
どの様な行動をとっていたかなんて残していないよ。
280 :
日本@名無史さん :03/05/14 00:16
>>279 オイオイ…
って事は忍術は存在したかどうかも判らない。
資料も捏造か実在かも判らない。
忍術なり、忍び道具の実用性も
説得力の無い妄想話と大差無い受け止められないぞ。
万川集海にその辺は少しは書いてあるんでしょ。取り敢えず
それを一次資料とすれば良いじゃん
(俺はこの書物に関して全然知らんので教えて。)
後水蜘蛛男云々と絡めるのはいい加減に止めれ。文体も明らかに
違うし、必要以上に絡むと要らぬ荒らしを巻き込むし、
アンタ自身が荒らしにみなされかねん。
281 :
日本@名無史さん :03/05/14 00:20
>>278 そもそも、テレビもラジオもマスコミも無い時代なのだから、
遠国に行って見聞した事を伝えるだけでも価値があると思うが。
例えば、軍事行動を起こそうとすれば、まずは武器や兵糧を集める。
村々に触れを出して期限を決めて兵の集合を促したりもする。
そんな動きは、その地元にいれば一目瞭然だろうが、隣の国にいれば
ほとんど分からない。
だから、相手の地元に少数でも自分の息のかかったものがいれば、
充分に価値のある情報が手に入れられると思うが。
そもそも、行商人に変装したり神職の者を潜入させたりしたぐらいでは、
それぐらいしか探れないだろうし。
甲賀なんかは街道筋でもあり、全国を行商して回る商人なんかから
情報を仕入れやすかったという部分もあるかもしれないね。
283 :
日本@名無史さん :03/05/14 00:30
>>280 万川集海って一次史料と呼ぶには書かれたのが遅すぎると思うけど。
>>283 すまんすまん、言い訳がましいが279の続きを書き込んだのだか、
パソコンの調子が悪くなぜか消えてしまった。
君のいう通り「万川集海」に書かれている実在したと言う忍者の事と
その忍者か使ったとする忍術の実例を書けばよかったのだろうが
そもそも「万川集海」そのものがいまいち信用できないと俺自身
思っているので、あえて書かなかった。
疲れたので続きは明日書くから、今日のところは勘弁な!
ていうか荒らしでしょ。口調からしてそうじゃんw
ていうか、忍者否定派はどうして否定するのかをイメージで語っているようで ちゃんと理由を書いていないから、気持ちもわからんじゃないけど・・・・
287 :
日本@名無史さん :03/05/14 04:46
どう読んでも忍者というか諜報活動に従事した人間の存在を否定してる 奴は一人もいないがな・・・
お庭番の活動記録や報告書なら残っているはずだが
御庭番は土遁の術が得意だった
反対してる人は、『萬川集海』がなぜ在るのか、納得できるように 説明してくれ それができないなら、頭ごなし忍者は、いなかったなんて 口にしないでくれ
291 :
日本@名無史さん :03/05/14 09:45
忍者は確実にいた。 しかし忍術は無かったかもしれない。 今のところはそういうことでいいんでないの?
292 :
日本@名無史さん :03/05/14 22:48
>>281 しかしその程度の情報しか判らないのなら、ワザワザ外部の人間を雇う事
無いんじゃないのか?それこそ、自分の身内からそういうのを
出した方が得策だと思うのだが?まぁ街道筋にある地理的状況なり
山伏、歩き巫女といった連中と特別な繋がりがあってより精度の高い情報を
得られた可能性もあるんだが…
正直どうも伊賀、甲賀と言った連中の実態が判らん。それなりの諜報活動を
しいたと思いたいのだが、反面それ程の連中だったのかと言う疑問符が
頭の中から離れん。
江戸初期には、既に伊賀、甲賀も諜報活動を隠密に、さらに後年御庭番に
とって変わられた事実を見ると、意外と大した事無い集団だったので、
それなら幕府自身の手でそういった諜報組織を組織した方が
速かったと言う妄想がどうしても出てきてしまうのだが…
>>280 昨日書くつもりだった続きです。
史料に基づいて「忍者」と「忍術」について書きます。これは、過去レスでも
ふれていますが、島原の乱での事。この乱がおきた時、幕府は敵城内に忍び
込む等の「特殊技術」を身につけた「特殊部隊」を出動させようとしました。
この時召し連れられたのが、近江の甲賀衆です。彼等は「特殊技術」を身に
つけた選抜された十人編成の「特殊部隊」でした。そして、注目すべき事は
彼等がいずれも高齢であった事です。つまり「特殊技術」を身につけた者は
この頃には、年寄りしかいなかった事を意味します。
彼等が出動した事は「徳川実記」等の史料で、明らかなので問題ないでしょう。
さて彼等は島原で一揆勢の立て篭もる原城に潜入し、情報収集や色々な工作を
行いました。彼等がどのような行動をしたかについては、この時参加した甲賀
者の1人が記した「鵜飼勝山実記」に、具体的に書かれています。しかし、そん
な史料がどこまで信用できるんだと、突っ込まれそうなので内容については、
あえて省略します。とは言えこの内容は、軍記物などにみられるいわゆる
誇張された手柄話ではなく、むしろ失敗談でそれゆえにかえってリアルで信用
できるのではと思いますし、「特殊技術」を身につけたものの「活躍」克明に
記された貴重な史料だと思います。
という事で、先にも述べた「徳川実記」に「甲賀忍び者」と記された、「特殊部隊」
の事を「忍者」と呼び、彼等が身につけていた「特殊技術」の事を「忍びの術」と呼
びたいのですが、いかがなものでしょうか?
なお、「万川集海」については、また改めて書いてみたいと思います。
>>284 > パソコンの調子が悪くなぜか消えてしまった。
忍者の仕業じゃねえの?
296 :
日本@名無史さん :03/05/14 23:30
>>293 説得力はあるとは思うんだけど…相手側が上層部を除いて殆ど素人集団と言っても
過言では無かった筈の島原の乱で失敗したってのは格好悪いな…
幕府は忍者育成等の為に伊賀、甲賀に援助をしなかったのかな…
それとも、幾つか存在した工作部隊の一つとして送り込んだに過ぎないのか…
超人的技術を身につけた忍者ってのはヤッパ漫画だけの世界なんだな。
>>296 夜襲、奇襲、放火じゃあ、籠城狂信集団にはキツイわな。
籠城する前の陽動作戦なら有効だろうけども。
298 :
日本@名無史さん :03/05/15 01:03
>>292 「軒猿」でも「黒脛組」でもいいけど、有名どころはみんな自前の
諜報組織を持ってる。わざわざ外部の者を雇わなければならないほどの
効果は無かったということではないかと思う。諜報活動においてはね。
やはり、雑賀衆や根来衆が鉄砲傭兵として活躍したように、伊賀甲賀は
ゲリラ戦を得意とする傭兵のようなものだったのではないかと思う。
もっとも、どの程度の事なら出来たかと言うと、記録に残るのは
放火だの夜襲だのぐらいなんだよなあ・・・
299 :
日本@名無史さん :03/05/15 01:23
>彼等が出動した事は「徳川実記」等の史料で、明らかなので問題ないでしょう。 >さて彼等は島原で一揆勢の立て篭もる原城に潜入し、情報収集や色々な工作を >行いました。彼等がどのような行動をしたかについては、この時参加した甲賀 >者の1人が記した「鵜飼勝山実記」に、具体的に書かれています。しかし、そん >な史料がどこまで信用できるんだと、突っ込まれそうなので内容については、 >あえて省略します。とは言えこの内容は、軍記物などにみられるいわゆる >誇張された手柄話ではなく、むしろ失敗談でそれゆえにかえってリアルで信用 >できるのではと思いますし、「特殊技術」を身につけたものの「活躍」克明に >記された貴重な史料だと思います。 内容を示さないで「信用できる」とだけ主張されてもね・・・ 「鵜飼勝山実記」に書いてある内容って、確か「一揆衆と同じ格好をして 忍び込んだ」とか「堀の深さを測った」とか、全然「忍術」じゃあない。 一番役に立った報告が「彼らの食料は海草と芝ばかり」では・・・ 工作員としてそれなりには働いたようだけど、確かにこれでは甲賀衆も 没落するわけだ。寛政年間にはすっかり貧乏だったようだしねえ。 戦のある時代なら、ゲリラ戦の得意な者として重宝されただろう。 しかし、諜報員・工作員としては、わざわざ雇う必要があるほどの ことはできなかったということだ。
300 :
日本@名無史さん :03/05/15 01:45
>戦のある時代なら、ゲリラ戦の得意な者として重宝されただろう。 >しかし、諜報員・工作員としては、わざわざ雇う必要があるほどの >ことはできなかったということだ。 十分に役目を果したんじゃないの? 「ゲリラ戦」って要するに 敵にみつからないように放火して逃げてくることでしょ? つーか、あんたの考える「諜報員・工作員としてわざわざ雇う必要があるほどのこと」 って一体何?
301 :
日本@名無史さん :03/05/15 20:21
>>299 そう、あなたの言うとおり。それが忍者(しのびのもの)の仕事。
忍者の実相は時代劇とは異なる。忍之者は古文書でも数は少ないが
確認できる。実在論で300までいっちゃったね。
混乱のもとは時代劇の忍者(にんじゃ)のみを念頭に考えている人が
いるからじゃない?史料から見た忍者は前スレに多少書き込みが見られる。
立川文庫的忍者は虚像だが、忍者(しのびのもの)などと言われた存在は
確認できる。
特殊技能の持ち主だったか、単なる汚れ仕事の請負人だったのか?
戦国時代のゲリラ戦や斥候・偵察に長けていた乱波や透波その他と 江戸時代の情報収集専門の隠密をいっしょにするからややこしくなるんだよ。 それに島原の乱は最後の大きな合戦(大阪の陣)が終わって二十年じゃない。 武士だって平和ボケして、職業軍人としてはヤクタタズになってたんだから 仕事の需要が激減(消滅?)した忍者なんぞは輪をかけて形骸化していたハズでしょ。
>>303 >戦国時代のゲリラ戦や斥候・偵察に長けていた乱波や透波その他と
>江戸時代の情報収集専門の隠密をいっしょにするからややこしくなるんだよ
禿同!
>>294 自作自演過敏性になってつい感情的になってしまった自分にばちがあたった
のかも?私のカキコに不快感を感じた方々にお侘びします。ただ、例えば
ある人物のスレがあってその人物が実在しなかったとするなら、その人物
についてレスつけていた人達はみんな電波だったという事になります。
このスレも、忍者が実在しなかったという事は、忍者をいるという前提で
書き込んでいた人たちは、皆電波だと言っているのと同じですから、きちんと
その根拠なりソースなりを示すべきだと思ったのです、解って下さい。
島原の乱に参加した忍者たちが、めざましい活躍が出来なかったのは、彼等
が、高齢だったことと、日頃の鍛錬を怠っていた事にあります。ま、怠って
いたといっても、雇ってくれるあてがない時代になっていましたから、厳しい
修行をあえて行えって方が無理ですよね。
あと情報収集に失敗してますが、これは一揆勢が話していた、方言が理解
解らなかったからです。事前準備等する暇もなく、出動したのですから
無理もありませんけど。落ちぶれていく忍者の地位を、島原で高める
チャンスだと張り切って出動したかれらも、報われることなく時代の流れ
の中に消えていきました。寂しい話ですね。
島原の乱に出動した忍者たちは、確かにめざましい活躍はしませんでした。 一揆勢は、長い籠城戦のため食料が不足し、飢餓状態になりました。この為 備蓄された残りわずかな食料を盗もうとする者たちも現れだした為、とくに 食料については厳重に警備していました。忍者たちは、厳重に警戒されてい る城内に忍び込み、さらに厳重に警戒されていた食料13俵を、見事に盗み だしています。 彼等の名誉の為に付け加えておきます。
306 :
日本@名無史さん :03/05/15 23:23
でさー。『万川集海』にはどんな忍術が書かれているの?
307 :
日本@名無史さん :03/05/15 23:24
>>303 そうだよね。現代でも特殊部隊と、諜報組織は全く別物だものな。
江戸時代になって伊賀、甲賀者が諜報任務に使われなくなってしまったのは
(彼らがそういう活動に従事していたとすればね)
結局求める情報の質が異なってきたからでは?
>>304 の言う通り、地方になれば方言や習慣の違いの問題等もあって情報
を得にくい側面もあるから、それなりの準備をする必要がある。
それらを全国規模で行うには、甲賀、伊賀と言った地侍連合程度
の組織では限界があるから、幕府自身の手でもっと確実な諜報組織を
作ると言う流れがあったのではと思うのだが…
しかし
>>298 や
>>304 を見ると忍術とやらも結局は放火や、着替え程度なのか
何か特別に訓練だの修行だのをしなくても良いような気がしてロマンが無いな…
所で質問したいんですが…娯楽の素材として「忍者」が取り扱われる様に
なったのって一体何時頃からなの?
308 :
日本@名無史さん :03/05/16 00:37
そりゃもう、江戸時代でしょ。
ところで服部半蔵はどうよ? こりゃどういう"忍者"に分類されるのよ?
310 :
日本@名無史さん :03/05/16 10:06
>>309 オヤジの代に三河にやってきて松平家に仕え、半蔵は普通に武士として
活動してたみたいだけど・・・
311 :
日本@名無史さん :03/05/16 12:00
柳生家の末裔が、ゴールデンハンマーでおなじみの柳生博 ※本当の話らしよ。本人が講演で言っていた
>>309 親父が伊賀出身だったんで
本能寺の変以降に新規に召抱えられた伊賀者を任されただけだろう。
313 :
日本@名無史さん :03/05/16 15:16
>309 伊賀者を任されてたってのは考えられるよな それだけで忍者の棟梁ってのは言いすぎだけど、カッコイイじゃん
314 :
日本@名無史さん :03/05/16 18:41
伊賀者を任されたのは、伊賀越えの時に昔の縁故を活用して、信長から 逃れて野に潜んでいた伊賀衆を動かし、家康をサポートした功績によって、 この時働いた伊賀者たちが家康に雇用されたからだよね。
315 :
日本@名無史さん :03/05/16 21:14
>>314 実際のところ
伊賀越えの頃まで「昔の縁故」が残ってたのかは疑問なんだけどね。
『徳川実記』『寛政重修諸家譜』では伊賀越えの時に服部半蔵が活躍したとは書かれていない。
だいいち半蔵(正成)は岡崎生まれ・・・・
ただ服部半蔵の初陣は
三河の宇土城(鵜殿城)に伊賀者をひきいて夜襲をかけたこととされている。
やっぱりゲリラ戦なのか。
316 :
日本@名無史さん :03/05/16 21:38
松浦静山著『甲子夜話』にある話 家来に柘植姓の者がいて、先祖は伊賀者。 忍びの術をもって召し抱えられた。 けれどもいまではすっかり途絶えて、その家来もただの人。 こういう話もあるんだから 戦国時代から江戸時代の初めにかけて 伊賀者が忍びの術を飯の種にして諸大名に召し抱えられたってのは 肯定していいんじゃない。 しかしこの松浦静山って殿様はいったい…(^^;
317 :
日本@名無史さん :03/05/16 22:51
>>316 『甲子夜話』って書かれたのが1804年以降。
史料として信用できるものでないことぐらい、わかるよね?
>>308 て事は江戸時代には既に忍者ってのは一般市民でも知ってる言葉だったって
事か…何時の時代に人間もああいった職業に漠然としたロマンを感じるんだな…。
まぁ実際には地味な情報収集なり、窃盗まがいなり、戦場での放火、奇襲
が主体の今ひとつロマンから遠い仕事が多かったんだろうが…
手裏剣投げて戦ってる間宮林蔵なんて想像できないもんな。
319 :
日本@名無史さん :03/05/16 23:20
>>317 だから?
松浦静山が『甲子夜話』書いた当時
松浦家中に「先祖が伊賀者でした」という家柄の家来が
いたことが疑わしいとでも?
お前ら池波正太郎先生の忍者丹波大介を見ろ! もう最高だよ(^−^)
>>317 >書かれたのが1804年以降。
>史料として信用できるものでないことぐらい、わかるよね?
漏れ、316じゃないけど意味がさっぱりわからん
ドキュソな漏れにもわかるよう、教えてプリーズ
322 :
日本@名無史さん :03/05/16 23:52
>>317 書かれた年代が遅いから信用できんなんて
アタマの悪そうなことなら小学生でもいえる。
ちょっと上に出てきた『徳川実記』『寛政重修諸家譜』も信憑性ナシになるわけだし。
『甲子夜話』の記事のどこの部分が
マジメに考証してみて信用できんのか
長文にならないように理由を挙げて説明せよ。
>>317 それは「忍者」と言う言葉がある種の権威として使われていた
と言う前提がなければ成り立たないと思うぞ。
当時の武家社会で余り忍者と言う職業はなりたい職業では
無かった様な気もするんだが…
324 :
日本@名無史さん :03/05/16 23:55
325 :
日本@名無史さん :03/05/16 23:58
板違いかもしれんが、忍者を題材にした漫画、小説、ゲームで好き なのは何かな? 俺は何のかんので忍者武芸帳、カムイ伝、次に甲賀忍風帳と言う どちらかと言えばトンデモ系忍者モノばかり好きになってしまう。 辻村ジュザブローの真田十勇士が見てみたい…
326 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:10
>>319 「先祖が伊賀者」ということと「忍びの術」なるものを結びつけて考える
根拠にならないということ。
>>322 『徳川実記』なんて徳川マンセー本を信用してたら、江戸時代の話は
ともかく、戦国時代の話は書けないよ。
327 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:35
>>326 忍びの術ウンヌンは松浦の家来の自己申告だが?
松浦の家来が嘘ついてるとでも?何のため?
328 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:38
>>327 子孫が自分の先祖をことさらに良く言うのは珍しくない。
「忍びの術」が何を想定しているのかは知らんが。
「万川集海」について知りたがっていた人がいたかので書きます。 主観をまじえずに書いてみます。 この本は、1676年に成立した、伊賀流・甲賀流の忍術書で、甲賀の藤林保義 が著した、忍者の奥義書です。それまで、口伝によって伝えられてきた忍術を 集大成した書物であり、三大忍術書とよばれる物のなかでも最も充実した 忍者全書ともいうべき本で、伊賀・甲賀の11人高名な忍者の忍術や忍具 忍者の歴史や心得などについて書かれてあります。 江戸時代初期まで、忍者は引く手あまたでしたが、その後は次第に必要 とされなくなり、雇われる機会もなくなってしました。こういった時代を反映して 忍術を修行する者も減り、忍者は急速に廃れていきました。「万川集海」は こうした状況を打破し、忍術を代々伝えていこうという、目的で書かれたもの です。もちろん、この書物は、門外不出でごく限られたものだけが、写本する 事を許されていました。読むことが出来るものも、ごく一部の者だけでした。 これには、この本は他流はの人間に読まれても読み解く事が出来にくいよう わざと難しくかいており、さらに師匠から内容を補足解説してもらわないと 忍術を習得できないようになっている、書かれています。 つまり、この本を読んだだけでは、忍術の極意はわからないのです。 幕府は、甲賀伊賀者に忍術のさらなる進歩と修行を奨励していたものの 幕府の体制が強固なものになると、彼等を厚く保護する事をしだいに 怠るようになり、甲賀伊賀者たちの生活は困窮を極めるようになってきました。 同じ傭兵集団でも、戦国時代に子々孫々まで働かずに暮らせるほど、荒稼ぎ したという鉄砲集団雑賀衆と比べると、忍者は儲からない商売だったようです。 追い詰められた彼等は、ついにこの忍者の奥義書に加えて「軍要秘記」を 幕府に献上し、今一度忍術についての必要性の見直しと、かれらの保護を うったえました。これに対して幕府は、「いよいよ怠りなく心掛けよ」といって そこそこの褒美を与えただけで、その後彼等の待遇改善をはかる事は ありませんでした。
雑賀衆なんて秀吉に攻められて壊滅してたが・・・ 誰も遊び暮らしてないだろー
>>328 どこがだよ(藁
松浦の家来はぜんぜん先祖のことなんかよくいっとらんぞ
332 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:53
忍者の剣術って侍より上だったの?
333 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:57
>>328 >子孫が自分の先祖をことさらに良く言うのは珍しくない
このカキコを読んだだけで君が「甲子夜話」を読んでいない事がバレバレ
なんだけどな。
あ、断っとくけど漏れ、327じゃないよw
334 :
日本@名無史さん :03/05/17 00:58
>>329 煽るワケじゃ無いんだが…忍術を再興したいと言う割には
門外不出にしたり、暗号めいた書き方したりと偉く矛盾している
と思うんだが?何か根本的な所で方向性を間違えている気がする
忍者達…
>>332 絶対とは言わないが、それはチョット考えにくいのでは?
大体当時剣術は黎明期で、忍術としてそれ程重要視
されておらんだろ。
335 :
日本@名無史さん :03/05/17 01:00
>>333 読む必要性を感じなかったから。
で、「忍びの術」とは如何なるものなわけ?
>>335 図書館逝って読んでこい。
「甲子夜話」ぐらい
ちょっと大きい図書館なら置いてある。
>忍術を修行する者も減り、忍者は急速に廃れていきました。「万川集海」は >こうした状況を打破し、忍術を代々伝えていこうという、目的で書かれたもの >です。もちろん、この書物は、門外不出でごく限られたものだけが、写本する >事を許されていました。読むことが出来るものも、ごく一部の者だけでした。 >これには、この本は他流はの人間に読まれても読み解く事が出来にくいよう >わざと難しくかいており、さらに師匠から内容を補足解説してもらわないと >忍術を習得できないようになっている、書かれています。 >つまり、この本を読んだだけでは、忍術の極意はわからないのです。 確かに、矛盾しているな。
338 :
日本@名無史さん :03/05/17 01:06
>>336 忍びの術を200年後の人間がどう考えていたか分かる内容だと
言うなら、読まないでもない。
339 :
329 ではないんだが :03/05/17 01:29
>>334 >>337 「万川集海」が幕府に献上されたのは
成立してから100年経った寛政元年(1789年)。
「万川集海」その他の忍術書を著した藤林某らは
忍びの技術を子孫にちゃんと継承させることが目的だった
(だから「万川集海」も門外不出にした)のに
生活にこまった子孫は幕府に秘伝書を献上してしまったのです。
なんてヤシラだよ。
書いてて気づいたんだが・・・
すると「万川集海」は寛政元年までは
まったくの非公開だったことでいいのか?
>>339 >忍びの技術を子孫にちゃんと継承させることが目的だった
読んでも理解できないなら無理じゃない?
341 :
日本@名無史さん :03/05/17 01:37
>>340 日本は武術でも芸能でも伝統的に秘密主義で
大事なところは口伝でしか教えないことを知らないのか?
古武道なんか
いまでも入門の際に血判押させるところがあるぞ。
342 :
日本@名無史さん :03/05/17 01:48
>>341 それは一般の人に広める必要が無いからだろ。一般の忍者を
養成せにゃならんのに、そんな一子相伝みたいな事をさせる
メリットがあるとは思えないのだが…
現に口伝で伝える様な芸能なり武芸は、殆どがオープンにした
流派に比べ衰退してしまっているぞ
343 :
日本@名無史さん :03/05/17 01:57
>一般の忍者を >養成せにゃならんのに どんな忍者だよ(藁
344 :
日本@名無史さん :03/05/17 02:05
>現に口伝で伝える様な芸能なり武芸は、殆どがオープンにした >流派に比べ衰退してしまっているぞ 衰退してるから問題ないじゃん、忍術。
オープンな忍術・・・すげえ矛盾した表現だ・・・
>>326 >『徳川実記』なんて徳川マンセー本を信用してたら、江戸時代の話は
>ともかく、戦国時代の話は書けないよ。
彼は気づいているのだろうか
『徳川実記』の信憑性否定したことで(しかも徳川マンセーを理由に)
その直前の話題
「服部半蔵が伊賀越えの時に活躍した事実はない」・・・を信用できないといってしまっていることに・・・
347 :
天之御名無主 :03/05/17 03:01
それは脊髄反射でせう
>一般の忍者を >養成せにゃならんのに、そんな一子相伝みたいな事をさせる >メリットがあるとは思えないのだが… そんなこと誰が書いてんだ?
349 :
日本@名無史さん :03/05/17 08:27
>>330 >雑賀衆なんて秀吉に攻められて壊滅してたが・・・
>誰も遊び暮らしてないだろー
ネッ、ネタだよね。ネタだといってくれーw
だいたい、どこに遊び暮らしたなんて書いてある。
351 :
日本@名無史さん :03/05/17 08:56
>>339 >書いてて気づいたんだが・・・
>すると「万川集海」は寛政元年までは
>まったくの非公開だったことでいいのか?
じゃあ「万川集海」の宣伝効果ウンヌンって
成り立たないやん
>>342 武術で相伝をオープンにしたのは中西派一刀流や直心影流あたりから。
それまでは一子相伝やら門外不出やらが当たり前で
入門するまでは厳格な審査があった。
芸能なんかはいまでも宗家やら家元やらが幅を利かせている。
それ以前に忍びの術をオープンにしたらいかんと思う。
>>351 成立後百年以上も伝承者以外実見を許されず
DQN子孫によって幕府に献上されるもろくに相手にされなんだ
宣伝効果抜群の秘伝書・・・・
353 :
日本@名無史さん :03/05/17 10:45
>>352 それなりに武芸者は尊敬されていたから良いものの、武芸として
尊敬されているワケでも無し、将来が安寧としているワケでも無い
状況下で余りに厳重な秘密主義にしてしまっては、
結局の所継承する者もいない、いても極少数であって技の研鑽も覚束ない。
間諜術なりゲリラ戦なんて一人ではなく、集団でやってナンボのもの
なのでは?
実務として間諜を行うからには、最低限の部分はオープンにしておくのが
こういった技術の伝承のセオリーだと常識的に思えてならないのだが…
354 :
日本@名無史さん :03/05/17 13:33
ベトナムでアメリカは負けたけど、ゲリラ戦では忍者は圧勝。 ベトコンの独特の体臭を嗅ぎ掃討するんだって。 草の中に隠れて息を殺し、目と鼻の先にベトコン50人が歩いてくると 4人ぐらいで倒せる。スパイでも女は殺さないとか、自分のルールで 行動する人が多いし、それも許されている。 フセインの銅像を引き倒す情報戦とか、人質救出。 戦地に先乗りしての、空爆誘導。前線から遠く離れた場所でのスカッド狩り。 忍者の仕事は大変だねw
355 :
日本@名無史さん :03/05/17 13:41
>>353 むしろ江戸時代の伊賀者や甲賀者は
公儀や各大名家の自前の隠密組織から締め出されて
形骸化した忍術を伝承している片田舎の郷士の集まりに過ぎなかったのでは?
356 :
日本@名無史さん :03/05/17 14:03
>>354 4人で50人は幾らなんでもウソだろ。相手が竹槍で自分が
重機関銃だとかなら話は別だが…
>>355 それと最も得意としたゲリラ戦の活躍の舞台が無くなったとか、
全国レベルでの諜報活動には対応しきれなかったとかのも大きかった
と思われ。まぁ、誰でも出来るから、ワザワザ伊賀者、甲賀者に
依頼しなくなったなんて事は有り得ないし、思いたくないのだが。
>>346 気づいてないというより
読む必要認めてないんだろ(藁)
359 :
日本@名無史さん :03/05/17 17:07
>>346 『徳川実記』を根拠に服部半蔵が活躍した事実は無いのだと主張するなら、
『徳川実記』より古い史料に服部半蔵が活躍したと書いてある場合には
そちらを信頼すべきだと思う。あるのかどうか知らないけど。
「長篠では織田軍は苦戦したが徳川軍のおかげで助かった」というような
内容を目にして以来、正直、俺も『徳川実記』は信用していないw
『徳川実記』の内容のネタ元となった史料があるなら、それを探す
べきだと思うよ。
>>357 ネタじゃないよ
ほふく前進で数時間移動とかハンパじゃねえよ
敵も必死だから大変だよ
361 :
日本@名無史さん :03/05/17 17:33
>>360 なんでベトナム戦争に「忍者」が出てるんだよ・・・
>359 『徳川実記』の信憑性ウンヌンより >346 は脊髄反射そのままのレスのつけかたを揶揄してるんでは 前後の文脈読んでない、知識人な誰かさんの(w 伊賀越えの話に戻ると 服部半蔵が伊賀者集めて活躍したエピソードのでてくる文献 『伊賀者大由緒記』以外にある?
『三河物語』だと伊賀の地侍どもが、信長の伊賀攻めの時に逃げ出した
連中を匿ってやったのを恩義に感じて自発的に道案内や護衛をした
というような感じの記述だね。簡単すぎて何とも言えないけど。
「伊賀者が自発的に」だったのが、「服部半蔵も伊賀出身だから
加えてしまえ」みたいな感じで変化したのかねえ。
「服部半蔵は伊賀者の頭領」みたいな考えって、どこから出てきたんだろ?
>>362 同じ話に関する史料なら「書かれた時代が古く」かつ「書いた人間が明確な」
ものを信頼するべきだ、とは思うけどね。
まあ長篠だとかを語る場合なら両方に当てはまる史料が多いからいいけど、
忍者ネタはどうだろうね。
「万川集海」の書かれた理由について、誤解されるような書きかたをしたので 訂正します。「万川集海」は別に忍術を再興する為に書かれたものでは、あり ません。長い時間をかけて築かれてきた忍術が、このまま消滅してしまっては いけないという趣旨のもとに、書かれたものです。忍術を繁栄させたいとして 書かれたのではなく、先人たちの血のにじむような努力とまさに命賭けで 実践される事により磨かれてきた技術を、時勢にかかわらず、遠い未来に まで伝えていこうという目的の為に作成されたものです。 そもそも、忍術とは秘密にすべき技術であり、秘密を暴かれたらその対処策 がたてられて、その効果が薄れてしまいます。窃盗の技術が明らかになれば その防犯技術が向上し、より高度な窃盗技術を開発しないと通用しなくなる のと、同じです。従って忍術は、門外不出が原則で、口伝による伝授が 常識でした。ですから、極論をいえば、口伝で伝授すべき忍術を文書に すること事態、邪道であり厳しい言い方をすれば、その時点で忍術ではなく なってしまったとも言えます。 忍術書は、「万川集海」の他多数ありますし、一般の忍者は口伝で忍術を 伝授されていた訳ですから、なにも「万川集海」がないと忍術が伝わって いかないという話では、ないのですか。 つまり「万川集海」は、忍術の最高技術をたえらぱれた者にだけ、秘伝として 確実に伝承していこうとして書かれた奥義書なのです。
365 :
日本@名無史さん :03/05/18 00:52
>>364 つまり、基礎的な部分は口伝で、核心部分は暗号化された秘伝書で
学んで下さいと言うワケか。しかし作成時期が作成時期だから
少なからずハッタリが含まれている様な気がしてしまう。
366 :
日本@名無史さん :03/05/18 00:59
五遁の術だのなんだのみたいな、ぁゃιぃ忍術は誰が考えたの?
>>363 >同じ話に関する史料なら「書かれた時代が古く」かつ「書いた人間が明確な」
>ものを信頼するべきだ、とは思うけどね。
「書いた人間の意図」と「記事のソースの信憑性」及び「傍証の有無」も忘れちゃこまるよん。
いまどき無条件に「古い文献の信憑性>成立の遅い文献の信憑性」なんてプロの学者でもいわない。
半蔵と伊賀越えの関わり(伊賀者にツナギをとったか否か)は
『徳川実記』>『伊賀者大由緒記』でいいんでは。
>>366 『太平記』にも出てくる千方ノ鬼あたりが元ネタ(?)なんじゃない。
天智天皇の御宇に藤原千方と云ふ者ありて
金鬼、風鬼、水鬼、隠形鬼と云ふ四つの鬼を使えり。
伊賀、伊勢を押領し、為めに王化に従ふものなし。
369 :
日本@名無史さん :03/05/18 10:08
けっきょく 「万川集海」には(最近まで)宣伝効果なんてなかった つーことでファイナルアンサー?
>>370 ヴァカか。
太平記の成立時点でそういう伝説がすでにあったことすら認めんとでも?
372 :
日本@名無史さん :03/05/18 13:17
>>371 忍術ちゅうより陰陽道のような方術の類だろそれw
それなら日本では役小角あたりまでさかのぼれるし
元祖たる中国に至っては紀元前までいけるぞw
373 :
日本@名無史さん :03/05/18 13:59
>>372 忍術じゃなくて
忍術の元ネタの話してるんだろーがw
マジレスすると 伊賀や甲賀には陰陽道もわりと入ってきてるんで (例えば、百地家の先祖は陰陽師だった……と伝書にはあるらしい) 忍術なるものの実態は知らんが 陰陽道のたぐいが忍術の元ネタになってるのは確かだろう。 陰陽道は忍術と違う! とか、脊髄反射丸出しのレスはつけるなよ。
375 :
日本@名無史さん :03/05/18 19:28
>>374 しかし、その場合陰陽道と忍術はどう結びつくんだ?
>>375 >五遁の術だのなんだのみたいな、ぁゃιぃ忍術は誰が考えたの?
ぁゃιぃ忍術を考えた誰かが元ネタにしたんだよ。
確認できる忍者の「実態」 「変装して潜入する」「放火」「夜襲」・・・ 四種の鬼とか使役できてたら江戸時代の覇者は忍者だっただろうね・・・ 「よくわからない連中」ということで何でもかんでも一括りに しちまった奴がいたんだろうな。江戸時代にでも。 それで百地丹波は陰陽師だとか言い出す、と・・・
>>365 >少なからずハッタリが含まれている様な気がしてしまう。
いや、誠に鋭いです。確かにそのようなフシはあります。ですから
現代語訳をよんでみると、おいおい忍術ってそんなに凄いものだったのかよ
と、思わず突っ込みを入れたいちゃくなる部分が多分にあります。
しかしこれは、忍術とはそもそもこんなにも凄い歴史と伝統に培われた
物であるのだから、誇りと敬意を払って身に付けよと言う意図でその様に
書かれたのであって、一概に忍術書を権威づけようとしたものだとは、言え
ないとも思います。
379 :
日本@名無史さん :03/05/19 22:25
このスレをたてた1です。 私は、このスレで皆さんに忍者の実態や実際に使われたと思われる忍術に ついて、色々と検証し本当の忍者とはいかなる物であったかについて私も 含めて皆さんに知ってもらおうと思って、このスレをたてました。 忍者に関する本は、歴史書から百科事典はもとより、デンパ本から漫画本に 至るまで、数多くあります。さて、忍者や忍術が実在しなかったとするなら そのような事を主張している本が、絶対ある筈でしょう。テレビや小説に 出てくるような忍者を否定している本は、数多くありますが、忍者や忍術 の存在その物を否定している本には、今まで出会った事はありません。 それなのに、なんで忍者そのものの存在から、論議しなければならないの でしょうか?いい加減アホらしくなりました。 忍術を使ったという一次史料!オープンな忍術! やめて下さい。 忍術書にかかれた忍術については、まことに興味深いものがあり、そこには 神秘とロマンを感じます。私は、そういうロマンを感じてもらおうと思い 忍術書にかかれてある忍術について書き込んで、皆さんに検証してもらう つもりでした。テレビや小説にでてくる虚像の忍者でなく、本当の忍者の 姿を知ってもらいたかったのですが、いい加減疲れました。 このレスを最後に、ここを去ります。 忍者に興味をもち、忍者にロマンを感じていた同志の方々、さらばです。
380 :
日本@名無しさん :03/05/19 22:42
>>1 嘘八百の本のことをああでもない、こうでもないと
言っているだけで、みんな乱波と言われたような忍びの存在は
認めていると思うよ。
よほどの馬鹿じゃない限り、万川集海のような
ものを真実を語っていると認める奴はいないというだけのこと。
そういう意味でのスーパーマン的な「忍者」はいないと
言っているだけ。
商売として現代の忍者を名乗ったり、忍者村やからくり屋敷を
作って客を集める人はいるけど。
というか・・・ネタだろ・・・
382 :
日本@名無史さん :03/05/20 02:06
『万川集海』には天文に関する項目もあり、百地丹波の先祖は陰陽師だ というのも全くの嘘から出たものでは無いのかもしれない。 陰陽師というのも誤解されやすい職業で、実態はあくまでも星読みが 仕事であり、鬼を使役するなどというのは極々一部の、伝説の域にまで 踏み込んだ連中に関してのみ伝えられているだけである。 しかし、その本来の仕事はあくまでも星読み、すなわち占いの域に とどまるものである。占いと馬鹿にしてはいけない。彼らの星読みの 知識こそが、日本の暦を維持してきたのだから。星の正しい運行を 知らなければ、占いはできない。星の正しい運行を理解していれば、 ただしい暦が作れる。彼らの朝廷での主な仕事は、まさに暦の作成 であった。
383 :
日本@名無史さん :03/05/20 07:32
服部家ってお家断絶になってるよね。 あの過程を見るとやっぱり伊賀者とのつながりは薄かったのかなという気はする。
385 :
日本@名無史さん :03/05/20 14:30
先日、父が死んで親族が集まった際に「お前は忍者の子孫だ」と言われました。 大久保に百人町というのがありますが、私の先祖はここに住んでいたらしいです。 この「百人」というのが忍者を指しているらしく、調べたところ、伊賀流で「鉄砲隊」の忍者ということがわかりました。 鉄砲隊の忍者って、一般のイメージとはかけ離れているのですが、詳しいことご存知の方いらっしゃいますか?
386 :
FOREVER :03/05/20 15:56
>>380 >よほどの馬鹿じゃない限り、万川集海のような
>ものを真実を語っていると認める奴はいないというだけのこと。
オイオイ
いつ万川集海が嘘八百本になったんだぁぁぁ!
万川集海をマンセーしてるヤシがいないというだけで
宣伝効果抜群というのが、嘘八百というのがわかっただけだぞ!
>>1 ちょっと煽られたぐらいで、逃げるなっつーの!
>忍者の実態や実際に使われたと思われる忍術について、色々と検証し
そう思うんなら、忍術書に書かれた忍術について書けようー!!
おれも知りてーよ。頼むから忍術のことかいてくれよ。煽ったり、つっこんだり
してくるヤシなんか無視だよぅ。
ところで、アンタいろいろ忍者のこと詳しいみたいだから、
とりあえず385の質問にこたえてやったら?
くじけるなぁぁぁ!
>>387 サンクスです。ちょっと疲れてますので、しばらく休んでみますが、また
カキコするかどうかは決めかねています。そもそも、ここではまともな議論
が成り立ちません。今更ですが・・・
>>385 東京の地理に詳しくないのですが、その百人町は江戸の要衝で、そこを
警備するため1633年に配備された伊賀者により編制された鉄砲隊です。
彼等は、正確にいうと忍者ではなく、同心と呼ばれる武士でした。
元忍者もしくは、祖先を忍者に持つ者達です。
徳川家に最初から忍者としてではなく、武士(下級の)として召抱えられた
もののようで、主な任務は城内の警備で、それに従事しているうちに
完全に武士化してしまったようです。勿論臨時的に一部の者が諸国の探索を
行ったようですが・・・
彼等は、大坂の陣でも忍者としてではなく、鉄砲組として参加しています。
この組織は次第に拡大整備され、伊賀組・根来組・甲賀組となり、与力20
同心100で編制されるようになりました。
>>382 忍術には、陰術・陽術というものがあり、あきらかに陰陽道の影響というか
そういうものを取り入れています。「万川集海」はいろんなもののパクリだ
と書いている人がいましたが、そもそも忍術にしろ忍具にしろ、いろんな
もののパクリともいえます。よくいえば、ありとあらゆる利用できるものは
すべてとりいれた、技術だともいえます。
手裏剣がその良い例でしょう。武術に手裏剣術というものがありますが
彼等は、それにオリジナルな形態の手裏剣をつりくあげています。
しかし、この手裏剣にしても、忍者が常備携帯してたものではありません。
といいつつ、長文スマソ。 消えます。
390 :
日本@名無史さん :03/05/21 01:36
陰とか陽とか言ったって、変装して侵入したり放火したりするのに 何の関係があるのさ? ご大層な理屈付けで後世にカッコ付けようと思ったのかね。
391 :
日本@名無史さん :03/05/21 08:46
>ご大層な理屈付けで後世にカッコ付けようと思ったのかね 宣伝効果抜群だね(w
392 :
日本@名無史さん :03/05/21 08:56
他者を救おうとするあまり自らを変質させていった集団。 途中から他国に利用された面もあるかもしれないが、 それによって救われた人間という功の面が負の面を凌ぐか。 いや、 無理だろうなぁ。
>>385 伊賀って江戸時代から火薬術が盛んだったらしい。
TVでロケット花火みたいなのを打つ祭りを見たことがある。
所謂忍術と関係あるのかは知らんけど・・
>>388 >>393 ありがとう。
うちのお寺のある住職さんに聞いたら、百人町は「植木職人が百人集まったと聞いている」とのことでした。
ネットで検索したら、百人町の忍者(同心?)は忍者としてだけでは食っていけなくて、ツツジの栽培を初めたことが分かりました。
確かにうちの爺さんは植木職人で、3代目くらいの職人さんだったはずなんです。
ツツジ → 植木職人
ってことで、辻褄は合いますね。
どうやら、百人町で忍者をしていたが、だんだんと植木職人になっていったみたいです。
もうひとつ、親族から言われたことが気になります。
「あんたの親族が少ないのは、忍者だからだ」
要するに、もともとは伊賀の人間だったのだが江戸に来るに当たり、親族と縁を切ってきたと。
忍びの者にそういう事実は多かったんですかねえ?
397 :
日本@名無史さん :03/05/21 22:50
日本史板で 忍者スレが ここまで続いたのは 初めて、じゃ
398 :
日本@名無史さん :03/05/21 23:07
>>391 秘伝書を読むであろう子孫たちに対して先祖のカッコ良さを自慢してるんだよw
399 :
ФゝФ〕Иαηα∫н!∫αη :03/05/22 00:06
赤影参上ーー。ハハハハハハッ。
400 :
日本@名無史さん :03/05/22 01:13
そもそも忍者とは、正体不明で白黒つかんあやふやな存在ですよね。今まで我々が語ってきたことはまさに忍者の思う壺だったりする。 忍者の実体なんぞは正統な後継者以外わからん、まあどたたかも言ってたが、私のような庶民は池波さんの小説読んで愉しむのがよい。
401 :
日本@名無史さん :03/05/22 02:02
伊賀ってイガじゃなくて、最近イカって読むの教えてもろちた。
402 :
日本@名無史さん :03/05/22 02:28
池波さんの小説は蕎麦を食いたくなる
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
>>394 > 「あんたの親族が少ないのは、忍者だからだ」
> 要するに、もともとは伊賀の人間だったのだが江戸に来るに当たり、親族と縁を切ってきたと。
400年も前に江戸来たのに、おじいさんの代で江戸来たみたいな言い方だね…
405 :
日本@名無史さん :03/05/22 12:25
406 :
日本@名無史さん :03/05/22 12:33
>>400 忍者は古文書などの史料が少ないので・・・
論文は殆ど見たこと無い。『戦国史研究』に昔あったような
気がしたが・・・
誰か、学術論文で見たことある人いる?(書くのに或る意味勇気が
いる論文かもしれない)
>陰とか陽とか言ったって、変装して侵入したり放火したりするのに >何の関係があるのさ? >ご大層な理屈付けで後世にカッコ付けようと思ったのかね。 日本の芸能や武術がほとんど宗教の影響受けて成立してきたことを知らんのか・・・ 例えば古武道はミもフタもない説明をすればただの殺し合いの技術だが 戦国時代の成立過程で修験道や神道や禅と深く結びついていたのは有名な話。 能や狂言なんかも同じ。「風姿花伝」なんかまるっきり宗教書やん。 何しろ閨房術(SEXのテク)すら理論は陰陽道に依拠しているという(w まあ理論化の手本にしたというのが真相だと思うけど 当時の人間が陰陽道や修験道や神道をマジメに信じていたことをお忘れなく。
真面目に信じていたとは思えないんだよね。 何しろ戦国の頃から生臭坊主がいかに多かったかってことを知ってるから。 あるいは庶民が真面目に信じていたのを逆手に取る頭のいい人間も 多かったということなのかもしれねいけど。 論理付けとしては格好の良いものではあるが。
>>408 坊主は信じてなくても
信徒は信じてただろうが。
410 :
日本@名無史さん :03/05/22 21:56
>万川集海 否定的な研究者(?)は延宝4年(1676年)の成立自体疑ってたりする。 成立の下限は幕府に献上された直前ぐらい。 このスレ的にはますます宣伝効果ナシってなっていいわけか・・・(w
宗教というと語弊があったか。 日本の場合は神秘思想といった方が正しいかもしれない。 「日本人は宗教オンチのオカルト好き」俺の大学の宗教学の講師いわく。 インチキ坊主が多かったのは信心の有無とは少し違う。 「神(仏)に仕えてるから偉い=何をしても許される」と勘違いするヤシがはびこってたから(w; 「この国の人間は教義を理解できなくても、信仰する」と呆れた宣教師もいたわけだし・・・って、誰の言葉だっけ・・・
412 :
日本@名無史さん :03/05/22 23:35
>>410 1676年に書かれたのだ、といわれても、確かに幕府に献上されるまでは
誰も知らないもんねえw
最悪、生活苦に喘いだ甲賀の武士が「俺たちの先祖は凄いのだ、金よこせ」
と適当にかつもっともらしく書いてみたがあっさり却下されたという話
にもなりかねないのかね・・・
>>411 理解できなくても信じるのは信仰の基本では?
すべては神の思し召しであるとか何とかいいそうじゃんw
413 :
日本@名無史さん :03/05/22 23:45
>>412 >最悪、生活苦に喘いだ甲賀の武士が「俺たちの先祖は凄いのだ、金よこせ」
>と適当にかつもっともらしく書いてみたがあっさり却下されたという話
オイオイ、デムパ飛ばすのもいいかげんしろYO!
幕府はちゃんと金を払っているぞ。幕府が忍者の実在を認めてなかったら
そんなデムパ本に金はらうかYO!
頭ひやしてじっくり考えようや。
414 :
日本@名無史さん :03/05/22 23:52
>>413 甲賀の復興を訴えたが、一時金を受け取っただけに終わったのだから
同じこと。
415 :
日本@名無史さん :03/05/22 23:53
だいたい、“忍者”とは何を想定して言っているんだ?
416 :
日本@名無史さん :03/05/23 00:02
幕府の強さは諜報組織による情報の掌握。 甲賀が復興して大名たちと裏で通じたりしたら困るわな。 だから一時金与えてとりあえず追い払っとけと。 それほど幕府は甲賀忍者を恐れていたのだよ。
甲賀忍者ねえ・・・和田惟政が忍術使ったなんて聞いた事がない。
418 :
日本@名無史さん :03/05/23 00:11
>>416 その割には与力だの、同心だのに雇っているぞ。
戦争してたんだから諜報活動してた人達は当然いたんだろうけど、 小説なんかに出てくる忍者とはかけ離れた地味な存在だったろうね。
420 :
日本@名無史さん :03/05/23 00:33
>>418 雇われなかった香具師は、田舎で朽ち果てていくしかないんだね・・・
陰陽道うんぬんは、「NASAも採用した」みたいなものだと思われ
グル高橋「ドイツの最高裁判所が認めている」
くのいちは、やっぱりパイズリをしたんですよね?
昔は巨乳は少なかったんじゃないか。
>>418 採用された連中が江戸に移った時点で
地元との関係は切れてんじゃねーの?
せいぜい第一世代の与力や同心が実家に仕送りしてたぐらいで
>>1 この間は、逃げだしたなんて、書いて悪かったよぅ。
うんざりして、嫌気がさしたんだよな。
やっぱここは、あんたがいなきゃだめだよ。
はやく戻ってきてクデー!
そういや今日の武蔵は宍戸梅軒登場
>>97 :日本@名無史さん :03/04/29 17:37
>二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン という記述が
>あるが刀身に鎖を撒きつかせてもすぐに外れてしまう よって二天記の記述は
>デタラメ 鎖鎌が実戦に用いられた史実は存在しない
けっきょくこいつは
>>99 氏に反論してないのか・・・
漢字が多くて 高学歴の彼にも読めないんでつ。
誰も二天記なんか読んでないと思って タカくくってシッタカしただけじゃん。 でも鎌田は二天記読んでんのかな・・・?
>でも鎌田は二天記読んでんのかな・・・? 吉川英治の原作すら怪しい。 というか、役所版の武蔵が原作だったりしてw
431 :
日本@名無史さん :03/05/28 02:11
>二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン という記述が >あるが刀身に鎖を撒きつかせてもすぐに外れてしまう よって二天記の記述は >デタラメ 同意。で、以下鎖鎌に対する私見。 分銅の動きは一定のリズムであるので、武術の心得のない者でも読める。刀を絡めたり相手に命中させたりはできないと思う。 また、分銅を振り回しはじめると、それを止めることができないと思われます、止めた時に隙がしょうじるからね。この時点で鎌の負け、一流の武芸者は一番確実な方法で相手を殺します。 この場合のそれは、鎌の体力が消耗するのを何日も待ち続けます。
ちと板違いでしたが、あげのため書き込みました。
433 :
日本@名無史さん :03/05/28 02:37
この間の黒脛組と武蔵の戦いを見ても、やはり来週の宍戸梅軒は あまり期待できないだろうな・・・
∧_∧ ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。 =〔~∪ ̄ ̄〕 = ◎――◎ 山崎渉
>>431 ほっ、ホントに同意していいのかーっ!?
二天記にそんなこと書いてあるって?
活字化されてるから
大きい図書館に行けばカンタンに確かめられるんだぞ・・・
それでけっきょく『二天記』には >二天記によると宍戸某は宮本武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌン という記述が あるのかないのかはっきりしろよ
438 :
日本@名無史さん :03/05/28 17:25
だから そんなこと書いてないってば
大河の武蔵も鎖鎌を刀にからませて戦うみたい。 TVか小説の描写を真に受けて 博識の誰かさん 元ネタの二天記もそういう風に書いてあると思い込んでるんでは(藁
440 :
日本@名無史さん :03/05/31 22:14
ここは武蔵のスレですか?
441 :
日本@名無史さん :03/05/31 22:51
刀に絡められたら、むしろ鎖を使う側が不利じゃないですか?
442 :
日本@名無史さん :03/05/31 22:52
坂上忍のスレです!
443 :
日本@名無史さん :03/06/01 01:35
伊賀とか甲賀とか 流派っていくつぐらいあるの?
444 :
日本@名無史さん :03/06/01 01:43
伊賀流 甲賀流 秋葉流 戸隠流 甲陽流 あとは?
445 :
日本@名無史さん :03/06/01 01:52
風魔って 創り話?
446 :
日本@名無史さん :03/06/01 02:01
箱根の風間谷に住んでいた野武士の話に尾ひれが付いた。
447 :
日本@名無史さん :03/06/01 12:46
448 :
日本@名無史さん :03/06/01 13:12
根来衆ってゆうのも創作?
>>446−447 同一人物ですかね? サンクスです 小説とかにでてくる流派の名前は やはり創作が多いんですか?
450 :
日本@名無史さん :03/06/01 13:22
天津敏扮する風魔小太郎はよかった。
451 :
日本@名無史さん :03/06/01 13:54
>>448 紀伊の真義真言宗根来寺が抱えていた軍勢のこと。
鉄砲を主力とする。
452 :
日本@名無史さん :03/06/01 17:41
>>444 忍者は伊賀流と甲賀流の二つしかない、という人もいる。
正統派は、この二つという事だろう。
「万川集海」には、他流派ウンヌンとあるから、この二つ以外にも流派はあった
ということだろう。
453 :
日本@名無史さん :03/06/01 17:44
伊賀や甲賀の「武士」たちは普通に武士してるみたいなんですが、 忍者ってどこにいたんですか?
身分と職業をごっちゃにしてないか?
455 :
日本@名無史さん :03/06/01 20:48
忍者の身分は武士ですか?
456 :
日本@名無史さん :03/06/01 23:27
伊賀惣国一揆の掟書では、手柄を立てたら農民も武士にしてやると 約束していますね。
457 :
日本@名無史さん :03/06/07 00:21
隠密も忍者ですか?
458 :
日本@名無史さん :03/06/07 00:54
>>450 >>天津敏扮する風魔小太郎はよかった。
ウワハハハハハッ! 同世代の方とお見受けいたします。
本当に、悪そうなオヤジでしたよね、あの人。
それはそうと、風魔って、その実態をあまり知られていないみたいですが、
今でも風祭の辺には、地元の方で、風魔の御子孫とかおられるんですかね?
後北条関係の地方文書(あの時代の文書もジカタモンジョって言っていいの?
おりゃあ専門家でねえので……)なんか丹念に読んでゆくと、けっこう風魔
の実態が表われたりするんでないかね、とも思うけどどんなもんでしょ。
なんか、興味あるんすよね、風魔一族とか、北条幻庵ってね……。
459 :
日本@名無史さん :03/06/07 00:56
子孫っているのかね。風間党の連中は主家北条家が滅びて後は主君を 持たず盗賊となり、江戸の町を荒らしてとっつかまって処刑されたんじゃ。
あ、天津敏さんの人柄が悪そうなのではなく、風魔小太郎が悪そう なオヤジという意味ですよん。 風魔って、服部半蔵なんかと比べると、破懐工作や撹乱専門みたい なだけ、なんかおっかなそうな気がするんです。 しかし、興味があります。
461 :
日本@名無史さん :03/06/07 01:18
「風魔(ふうま)」っていうとカコイイが 「風間(かざま)」だと普通の人だねぇ
462 :
日本@名無史さん :03/06/07 01:42
忍者って本当にいたの? 資料とかちゃんと残ってるの? 霧隠才蔵とか、猿飛佐助って本当にいたの? 真田十氏とか言われてるけどさ、霧隠才蔵なんかは本によっては盗賊の頭だったりするよね。
>>462 真田十勇士は、もちろん大正期の立川文庫(今で言えば少年ジャンプ)の
人気講談なんだけど、真田十勇士のモチーフになったのは江戸期に書かれた
「真田三代記」。まあこの本も半分は作り話だが、十勇士の中で真田三代記に
明確にモデルがあるのは、霧隠才蔵・穴山小助・根津甚八・望月六郎の4人。
つまり他の6人は大正期に創作された訳。
ただし真田三代記では4人とも武士で、忍者ではない。霧隠才蔵が盗賊という
のは、どの本かは知らないが、かなり飛躍しているね。
さて、真田昌幸が山伏を諜者として使ったのは間違いない。
本拠地真田郷は山伏の集まる霊山、四阿山の麓にあり、真田一族が山伏を
手厚くもてなしていた事は多くの記録に残っている。真田系の忍者では
吾妻記に出ている出浦対馬守が有名。数多くの武功を上げ、最後は奉行職
にまで異例の出世をしている。真田氏が忍者を重視した証拠だろう。
464 :
日本@名無史さん :03/06/07 02:24
>>461 もともと風間谷に住み着いていた野武士か野盗のような連中らしいんだけど、
誰が風「魔」なんてカッコイイ名前を思いついたんでしょうねえ。
>>463 『風神の門』司馬遼太郎著のあとがきに書いてあったんだけど(あとがきは多田道太郎さん)、明治44年6月に出版された立川文庫の第5編『真田幸村』に載ってるらしい。
これまた風神の門のあとがきに書いてあったんだけど、霧隠才蔵を扱った本はいろいろあるけど、共通するのは才蔵は猿飛佐助に負けるということらしい。
もしも忍者がいないのなら、これだけ忍者という存在がメジャーで、忍者に憧れて日本に来ている外国人がいるというのに、悲しくなってしまうね。
しかし、想像されたものであるとしても、不思議じゃない。
忍者という存在自体が誰かの頭の中で想像されたもので、それが不幸にして一般化してしまったのかもしれないし・・・
466 :
日本@名無史さん :03/06/07 02:34
このスレの流れを見ると、なんだか忍者の存在自体が危うく感じるよ・・・
俺はちょっと前までは無知で忍者というのは、武士と同じようにちゃんと文献なんかに残っているものだと思ってたからね。
とにかく、このスレは忍者の存在肯定派の何人かの人は、あまりにむきになってるから、忍者の存在でなんらかの利害を被ってる人としか見えないよ。
もっと落ち着けないのかな?
まぁ、
>>1 もそうなんだけどね。
だいたい、忍者の家系だと言い張るのは怪しいよね。
そんな記録とか、言い伝えが残ってるんだったら、それをしっかり実証させれば忍者の存在自体が揺るぎようもなく証明されるのに。
僕は忍者は存在して欲しいと、心から思いますが、話の流れからしてどうも存在しなかったような感じがして、悲しいです。
467 :
日本@名無史さん :03/06/07 02:40
伊賀や甲賀の連中の情報収集ってのは、山伏や行商人に扮して行うものだった。 御庭番の情報収集も、商人などに扮した。
468 :
真相はこうだ :03/06/07 04:46
忍者は被差別民。
469 :
日本@名無史さん :03/06/07 05:01
穴山、根津、望月は真田(滋野)一族。 庶流が本家筋の家臣になるのはよくある話。 足利と細川・斯波‥‥など。
470 :
日本@名無史さん :03/06/07 06:50
>>468 甲賀はむしろ名家(を自称している家)が多いが?
真田十勇士はフィクションだとしても、諜報活動や破壊活動には 役立ったと思われ。
473 :
日本@名無史さん :03/06/07 07:50
真田信繁が家康を討ち取るチャンスを作るには、せめて本陣始め 敵の布陣ぐらいは調べられないとな。
474 :
日本@名無史さん :03/06/07 13:00
>>466 それは影の軍団みたいな格好しているのを「忍者」とし
更に「忍者」を本職としていると考えているから来る誤解じゃないのか?
江戸時代にも諜報任務はあったし(御庭番の一部は勘定奉行にまで出世、
これは明確に記録として残っている)、
戦国時代なら、そういった諜報任務が勝敗を左右する事だって充分あったろう。
ただ実態は、訓練を受けた地侍や、武士が地道な、それこそ現代のスパイ戦の
様に目立たない活動であって、だからこそ、それ程歴史には残らないし、
残っても華々しい印象は少ないのでは?
476 :
日本@名無史さん :03/06/07 19:04
日本の忍者や時代劇を語る上で立川文庫の存在は大きいな。 短期間で潰れちまった本屋だが、大正期に立川文庫に熱中した世代が 昭和の映画黄金時代やTV勃興期に監督・製作者・TV会社役員・作家だった から、立川文庫のスターだった「真田十勇士」「真田幸村」「水戸黄門」 「一休さん」「大石蔵之助」「柳生十兵衛」「宮本武蔵」「荒木又右衛門」 「塚原卜伝」が銀幕やTV初期のヒーローになり、今でも国民に絶大な影響を 与えている。
>>474 何の功績で御庭番が奉行に出世したか、調べてみると面白いよw
忍者ファンは悲しくなるだろうけどさ。
お久しぶりです。 少し元気になりました。 またぼちぼち書き込んでみようと思っていますが、とりあえずテーマを 「忍術について」か「江戸時代の忍者」にするか迷っています。
携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP) このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。 画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。 この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。 任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。
480 :
日本@名無史さん :03/06/14 12:29
このすれ非道いな。 1の牽強付会ぶり…しかも頭悪そうな 話題の展開ぶり…フゥ…
481 :
日本@名無史さん :03/06/16 12:35
つーか、忍者肯定派はみんなドキュソ。 忍者の子孫名乗ってる香具師は詐欺師か、頭がどうかしている人間。 立川文庫なんて読んでる香具師はど厨房というのが、このスレの結論。 結論がでたところで、このスレ終了!
482 :
日本@名無史さん :03/06/16 19:03
武術・体術としての「忍術」は確かに存在するわけですが・・・ まあ諜報活動とかやってたような人間とはあんまり関係ないけどね。
483 :
日本@名無史さん :03/06/16 20:25
>>478 おおっとぅ!!
気が付かなかった!忍術についてをぜひ頼む!
それにしも粘着荒らし、うぜーなぁ!逝ってよしだぜぇ!!
484 :
日本@名無史さん :03/06/16 20:59
>474、>477おまいら脳みそ大丈夫かよ! お庭番が忍者だったつー証拠でもあるの? お庭番が忍術使った資料あるの? お庭番が忍者なら間宮林蔵も忍者だな(ry >483 厨房は参戦板へ逝け!
>>484 オマエアホだな。出世した御庭番は、諜報活動だのなんだのとは
関係ない功績で出世してるから悲しくなるぞって言ってんだろボケ。
486 :
日本@名無史さん :03/06/16 23:49
>>484 ではお前の言う忍者の定義とやらを教えてくれ。
間宮林蔵は隠密。現代の定義で諜報員に近い事をしていたのは事実。
そして忍者の主たる任務は諜報。つまり忍者と言っても左程間違っては
いない。
まぁ君の脳内では間宮林蔵は手裏剣なげて、鎖鎌振るっているだろうけど。
♪そーれそれそれお祭だぁ〜〜〜〜 ってネタが出てないことに驚く俺(30歳)
>>484 忍者=黒装束で様々な術を使う超人、のイメージで固まっていないか?
蝦夷地にも行けば薩摩での欧米人との衝突事件も探りにいく。 薩摩に行って仕事こなして帰ってきてるんだから 間宮林蔵もそこらの旗本から見れば十分スーパーマン。
490 :
日本@名無史さん :03/06/17 23:01
>486 >ではお前の言う忍者の定義とやらを教えてくれ。 剣術できん香具師は武士とは呼べない事位、わかるよなー厨房クン? おまいどアフォだな、忍術を使えん香具師は忍者じゃねえだろボケェが! だーかーら、寝言こいてねぇでお庭番が忍術使った資料とやらをさっさと ダーセーヨ。 このスレじゃ昨日まで普通の武士だった人間が、隠密になった途端忍者に なるってのか?強引に話しをもってくんだなーここの住人はよ(ry とにかくごちゃごちゃ言い訳せずに、忍者が忍術使った資料ダーセーヨ! おまいら揃いも揃ってみんな文盲か(ry
491 :
日本@名無史さん :03/06/17 23:26
忍者だから忍術使えなんてのは強引な理屈だな。 「忍者」は「忍ぶ者」なのであり、そもそもは諜報など裏方の仕事を 担ってきた人間たちの総称に過ぎん。 忍術の方が後付けなのだから忍術が使えなければ忍者ではない などというのは阿呆の極地と言わざるを得ない。
492 :
日本@名無史さん :03/06/17 23:37
>>490 ではお前の言う忍術の定義を教えてもらおうか?
後普通の侍がいきなり隠密になれたなんて話を始めてきいたぞ。
文献を提示してくれ、文盲でない君なら簡単だ。
493 :
日本@名無史さん :03/06/17 23:48
公儀隠密とはよく言うが、目付などの裏の顔だな。 別に忍術が使える必要はありませんw
494 :
日本@名無史さん :03/06/18 00:10
て言うか間宮林蔵は、経歴からして普通の武士じゃないし…
公儀隠密といっても、所詮は役所の世界。 幕府も由井正雪の乱で「改易はまずい」と認識し 諜報に余り力を入れなくなった。 なにより平和が長く続き、諜報の必要性が薄くなった。 隠密もやる気を無くしておざなりの報告をする。 藩も隠密と判っても泳がせておく。消したりしては逆効果。 そうこうして、ぬるま湯に浸かった隠密の能力はどんどん低下する。 でも、たまにはやる気溢れる隠密も出てくる。 間宮林蔵もその一人。 超人的な体力気力能力で、密貿易や、藩や役人のスキャンダルを次々に暴く。 林蔵が一人で大活躍するという事は、如何に他の隠密の能力が 低下していたかの証拠だろう。
496 :
日本@名無史さん :03/06/18 21:54
オイオイオイ!お前らほんとに脳みそ大丈夫か! ○○は忍者でしたが忍術は使えませんでしたーー つー理屈が一般社会で通用すると思ってんのか? このスレじゃ、忍術使えない忍者もOKなのか? 一般社会じゃ、おまいら完全にキチガイ扱いだな(ry >普通の侍がいきなり隠密になれたなんて話を始めてきいたぞ。 そりゃおまいがドキュソなだけだろ。おまいそもそも隠密の意味 知ってんのか?戦国時代から普通の武士が、変装したりして隠密行動してた 話はイパーイあるぞ。おまい位の厨房でもよーく解るのは、幕末だろうな。 幕末はおまいらのいう即席「忍者」の大安売りだぜ(ry いちいち文献提示するのはメンドー臭せいから、後は自分で調べな、厨房クン とにかくつべこべ吠えずに、さっさと忍術使った資料ダーセーヨー! ところで忍術のこと書くとかほざいてた、1はどうした(ry ハーヤーク書けよ!
このスレ読んだら、隠密は忍者じゃなかつたんだといってみるテスト
>>496 481も君のカキコですか、それなら随分ひどいカキコですね(怒
立川文庫読んでる人達は、勿論あんな忍者が実在したなんて本気で思って
読んでませんよ。それに、忍者の子孫を名乗ってる人たちが、一時期どれだけ
肩身の狭い思いをしていたか、君は知ら過ぎます。
馬鹿のひとつ覚えで質問します。
1.忍者がいなかったとするなら、なぜ「万川集海」が実在するのでしょうか
2.忍者が実在しなかったのならなぜ「万川集海」が幕府に献上されたの
でしょうか
いままで、この質問をすると否定派の人は書き逃げするか、幕府の道楽と
いった人を馬鹿にした回答しかもらっていません。まじめに答えて下さい。
499 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:02
>>496 どうでも良いけど早くオマイの忍術の定義を書けよ。
●●●マスコミの 「盗聴/盗撮」 は許されるの?その2●●●
http://natto.2ch.net/mass/kako/988/988402795.html 864 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/05/25(金) 02:10
>>860 856じゃないけど、盗聴/盗撮は、トイレの音や、自分の過去、
今日その日思いついた事、買ったもの、自分の体までネタですよ、気持ち悪いですよ、
本当に大変だから、気軽にそう書かない方がいいですよ。(マジレス)
(笑)って冗談のように書く時あるけど、別に気楽な気持ちで書いているんじゃ
なくて、悲しい事を楽しく表現する事で、重い気持ちを無くしたいんです。じゃないと、体にくるから・・・
710 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/05/21(月) 19:44
>>709 だから、気が付かなきゃ良かったのに。
気が付いたから、メディア総出でお前らを精神病者か自殺に追い込もうとしてたんだ。
ゴミとか野良犬とか言ってやったろ。それでも生きてるお前らはよほど神経が図太いんだな。
演技もいい加減疲れたらしな?。仕方ないよ自分達が悪いんだから。
だとよ。
501 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:21
>1 ようやく痛い真打の登場か(ry 質問のコタエ 万川集海は偽書。幕府から金をせしめる為に書かれた偽だっつーの。 だいだい、忍術書なんてインチキもいいとこ、あんなもの信じてる香具師 の気が知れんな(ry まさか麻の実まいて、それを三年間毎日飛び越えてたら9尺つまり2.7m 飛べるようになるなんて話し鵜呑みにしてんのか、メデテーな(ry 家康は、甲賀衆と深い繋がりがあったから、甲賀者が「万川集海」献上した とき無下におい払えなかった事情位、いくら頭の悪いおまいにも、 理解できるよな! それとおまい、島原ノ乱のことでとんでもねぇ間違いしてる事気づいちゃ いねぇみたいだな(ry 裸の王様!はずかしいねぇ(ry
502 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:21
わしの妄想だが、ソープやヘルスで使われる男を悦ばせる テクニックって忍者が考えたんだと思うよ。もちろん、 重要人物に取り入るためにね。忍者って要するにスパイだよ。
503 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:48
>499 ハァと・・ 潔く白旗掲げろよ厨房クン。定義だなんだと屁理屈は聞き飽きたから はやく忍術の資料とやらをダーセーヨ!
504 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:51
>忍術を使えん香具師は忍者じゃねえだろボケェが! てか忍術使うような忍者は忍者の中でも下っ端だろ。 例えば今のCIAでも盗聴器の扱いに慣れてるのも下っ端だろ。 CIA長官は盗聴器なんて使いこなせないよ、たぶん。
505 :
日本@名無史さん :03/06/18 23:51
>>498 内容からして江戸時代だなあってのが丸分かりじゃん。
「正心」とか言い出すのは、儒教の影響そのもの。
『孫子』始めパクリの山。
もっともらしく書かれているが、実態にどれだけ迫っていることか。
506 :
日本@名無史さん :03/06/19 00:04
>>503 おそらくは江戸時代に始まったであろう戸隠流などの資料なら・・・
507 :
日本@名無史さん :03/06/19 01:13
甲賀卍谷衆ってどう?
>>505 儒教や孫子の影響を受けたって、偽書だとは断言できないだろう?
509 :
日本@名無史さん :03/06/19 06:30
和田惟政が忍者だとか忍術使ったとか聞いたことないんですけど
甲賀出身者がすべて忍者であるわけはないだろう?
>>501 「鵜飼勝山実記」は、本人が記したものでなく、その子孫が書いたものでした。
訂正してお詫びします。スマソです。
しかし、こんな事まで知っている君がなぜ忍者を否定するのか不思議です。
さて「万川集海」について、初めてまともそうな回答をもらいましたが、あれ
が幕府から金をとるための偽書だとすると、その写本が忍家に代々伝わって
いる事や、写本をとる為に書かれた門外不出とする誓詞が残っている事実が
説明できませんね。
>お庭番が忍術使った資料あるの?
御庭番は、八代将軍吉宗によって伊賀者の流れをくむ紀州藩士によって編制
された組織です。彼等は表向きは「薬込役」等の比較的下級の役職について
いましたが、実態は密偵として他国へ派遣される隠密でした。このことは
「南紀州徳川史」に書かれてあります。御庭番は将軍直轄の隠密衆として
幕府の正式な組織であり、世襲制でしたから口述もしくは忍術書等で当然
隠密としてのノウハウを伝授されていたと思われます。かれらが遠国御用と
いう名目で探索を行っていた記録は残っていますし、その報告書もあります。
これで、充分でしょ?
512 :
日本@名無史さん :03/06/19 22:24
>511 オイオイ、おまい脳ミソ大丈夫か? 伊賀者の子孫とやらが隠密やったことが、どうして忍術を使った資料に なんだヨ! それのどこが忍術だ?
>それのどこが忍術だ? やれやれ、499さんじゃありませんが、あなたの忍術の定義はなに? 忍者が色々な人間に変装することを「七方出」といい、また彼等が情報 収集する為のノウハウが忍術書に忍術として書かれています。ですから それを忍術でないと否定したいのなら、忍者に直接文句をいって下さい よw そもそも否定派の人は忍者や忍術を過大評価しています。忍術書に 書かれた忍術は、ごくごく当たり前の事が忍術として書かれています。 忍術をおどろおどろしいものとするようになったのは、江戸時代中期。 自他ともに認める忍家の当主であり自身も忍術を研究している澤村氏は 「忍者・忍術をあくまで科学的に研究してほしい」 と、語っておられます。
>自他ともに認める忍家の当主であり自身も忍術を研究している澤村氏 オイオイ、忍者は大切な観光資源なんだから、自治体がバックアップして 忍者の子孫とやらに仕立てあげる事位朝めし前だぜ(ry だいたい忍者の研究自体激しく怪しいもんだ。 地方にはデンパ研究者はイパーイいる! サーラーニ、名家とやらにある系図や家伝書の類が全くでたらめだったり する事くらい、脳ミソ腐ってるおまいも知ってるだろ(ry
>>514 澤村家が忍家であった事は、藤堂藩の記録に記されており「伊賀付差出帳」
にも、はっきりと「忍びの衆」として職業が忍者であったことが書かれてある。
つまり澤村家は忍者として藤堂藩に仕えていました。
また、澤村家が江戸時代隠密をおこなっていた記録があります。
澤村家は、忍び衆の中でも狼煙や火薬の研究をおこなう役目をつとめています。
この忍家には、忍具や忍術書が残されており、水中松明や火矢などの研究書
が多数あります。勿論「万川集海」もあります。
>地方にはデンパ研究者はイパーイいるもんだぞい!
ちなみに、ここのご当主は三重大学の名誉教授で、専門の植物学者としての
立場から忍術を研究しておられるのですが、この方がデンパ研究者だとしたら
いったいどんな方が、まともな研究者になるのか教えてください。
忍術書にはたしかにいかがわしく、怪しい部分がある事は認めますが
あれが全く出鱈目なものであれば、名誉教授ともあろう方が、その忍術
書をまじめに研究したりするでしょうか?
君の意見を聞かせて下さい。
516 :
日本@名無史さん :03/06/20 04:29
江戸時代に書かれた史料は基本的に捏造を疑う必要があるけどな。
江戸時代以外に書かれた史料は基本的に捏造を疑う必要がないけどな。
明治もやばいと思うな
捏造ならやっぱ藤村だろ 昔「17人の忍者」という映画があったよ
520 :
日本@名無史さん :03/06/21 00:32
忍者って100キロの道のりを普通に走れたって 小説だけど話?訓練+天性のもので、本当のような ウソのような・・
521 :
日本@名無史さん :03/06/21 01:33
>>520 忍者でなくても走れたよ。
エルウィン・フォン・ベルツという医者が日本に来た時、
東京から日光まで人力車で行ったんだが、100km以上の道のりを、
たった一人の車夫が、交代することもなく14時間半で走りきった。
それでベルツは人力車の車夫に食事を変えながら毎日80キロの人を
乗せて40km走らせるという実験をやったんだが、結論としては
彼らの食事に秘密があるちゅうことだった。
といっても玄米の握り飯と味噌大根と梅干だったわけだが。
逆に肉など食わせようものならたちまち走れなくなってしまった。
もちろん、現代人が食事だけ変えても無理だろうがね。
明治時代になって「体育」が広められるまでは、日本人独特の走り方って
のがあったわけで、飛脚など走る事を職業とする人間はすべからくこれを
マスターしていたわけだが、今ではすっかり失われてしまった。
逆に一般人はマトモに走ることもできなくて、江戸時代の大火では
逃げ遅れて死ぬ人間が続出した。
体の運びが今と全く違うから起きたことで、現代人には理解しづらい
現象かもしれんが、嘘ではないんだなこれが。
昭和の前半ぐらいまではこの走法をマスターしてる人間も残っていて、
陸軍では通信を封じられた時の伝令手段としてこういった人間を
使う事を検討していたとも言われているが、これは定かではない。
ま、食事と訓練によって100km走る事は可能だったわけで。
それは別に忍術だとか特殊なものではない。
飛脚の走り方なら解明されてるんじゃないか?
某書によると、佐川急便の絵に書かれてるような、
あの走り方を真似して日本有数の強さを誇るに至ったバスケ部があるらしい。
>>521 氏の話もこれに近いのかもね
週間少年マガジンでそんなマンガやってるねw 古武道バスケで強くなるちゅう・・・ しかし東京から日光まで人力車引っ張って行けるもんなんだね。
いや、走り方だけだよ?w 長時間走れるから有利、ってそれだけ。
バスケなんてNBAでも1時間走れりゃいいだけじゃん。 スタミナ鍛えろよ!
その一時間が物凄く辛いんだろうが。 やってみてから言ってくれよ... ちなみに、NBAは48分だケドナー NCAAは40分ね
527 :
埼玉県民jp :03/06/22 10:55
あ、中公新書で『江戸城御庭番衆(?)』って題名の本があるから 見たら?(投げやり)
>>515 その方の忍術/忍者研究についてはしりませんが、
専門では自他ともに認める第一人者、
非専門ではデンパ、しかも有名かつ多弁って教授はたくさんいます。
ある意味、ネジが狂ってないと一流の研究者にはなれません。
>>523 江戸時代に、日本橋から三鷹まで歩いて診察に行っていた医者の記録ってのが、
以前読んだ本に引用されていた。主治医だから月に一回くらいは行っていたんだとか。
日帰りっていうんだけど、今やちょっと考えられないな。
>>528 >非専門ではデンパ、
澤村氏は歴史学の方面からでなく専門の植物学の立場から、火術や忍薬等の
研究をされているわけですから、非専門の研究分野ではありませんよ。
ところで、女忍者が使っていたとされる術にこんなのがあります。
敵に正体を見破られ捕われそうになった時、全身の力を抜く。
すると、敵の動作は一瞬緩慢になるので、すかさず両手の平であいての耳を
叩く。その時の風圧で敵は脳震盪をおこし、場合によっては鼓膜を破る事も
できるというものです。
「天狗倒しの術」というのだそうですが、ホントにこんな術が可能だった
のかどうか、私にはわかりませんので、誰かご意見をきかせて下さい。
531 :
日本@名無史さん :03/06/22 17:45
両の耳を同時に平手で叩くのは危険な技です。
あ、漏れは祖父にそれをやられて鼓膜が少し破けた。 今はもう直ってるケドナー
533 :
日本@名無史さん :03/06/22 17:55
甲賀だ忍者だといっても、飯道山に集まる修験者ってのが実態だろ。
535 :
日本@名無史さん :03/06/22 18:38
忍者の元は陰陽師なんじゃないの? 宮廷に仕えてた陰陽師じゃなくて 民間陰陽師がルーツって聞いたことあるんだけど。
ただの落ち武者だろ
>>531-532 サンクス。
随分危険な技なんですね。
忍者の起源には
山伏説・陰陽師説の他に、傀儡子(クグツ)説や鬼とか土蜘蛛とか呼ばれる
被征服先住民説もあるようですが・・・
山伏は、薬草についての知識が豊富で民間医療にたけています。
一度テレビ番組で修験山伏が、石に気合をかけた後、局アナがそれを、
持ち上げようとしたら、重くて持ち上げられなっているのを見た事が
あります。彼等の実態は不明な部分が多そうです。
また、傀儡子(クグツ)は、刀を飲んだり口から火を吹いたり軽業を
披露して歩く日本版ジプシーです。
ま、私はただの盗賊・野武士がそういうもろもろのものを、技として身に
つけたのが起源では?と思っているのですが・・・
>石に気合… そら催眠術じゃ…
539 :
日本@名無史さん :03/06/23 00:14
妖術使いの果心居士とか、とび加藤ってほんとにいた人物?
540 :
ニンニンニン :03/06/23 00:22
541 :
日本@名無史さん :03/06/23 02:33
>>537 少なくとも甲賀の「武士」がそのような怪しげな術を用いて何かした
という記録は無いな。甲賀の武士たちはせいぜい山岳でのゲリラ戦に
長けていたという程度のことしか確認できない。
だが甲賀には修験者はたくさんいたから、彼らが実際の諜報活動を
担っていたのだろう。
542 :
日本@名無史さん :03/06/23 23:45
平安の藤原千方が忍びの祖という説があるが、 どうなんだろうか。
544 :
日本@名無史さん :03/06/24 09:39
>平安の藤原千方が忍びの祖という説があるが、 伊賀や伊勢は陰陽道系の信仰がそうとう入ってるんで 後の時代に「俺たちの先祖はなあ〜」と伝えられるようになったことは 不思議じゃない。(げんに江戸時代の忍術書は陰陽道からのイタダキが多い) ただし「俺たちの先祖はなあ〜」というのが本当かどうかは分からない。
藤原千方実在の人物らしいね。 忍者の祖かどうかはわからんが、千方神社というのがある。 反乱を鎮圧されたから怨霊として祭ったのか、 民衆のために戦ったから、感謝の気持ちで祭ったのかわからんが。 金鬼、土鬼、木鬼、穏形鬼、を従えて戦ったと。 こいつらはどうも忍者の祖みたいな感じがするなあ。
548 :
日本@名無史さん :03/06/25 04:38
忍者の祖というより「忍術駆使する想像上の忍者」のモデルだろ。
549 :
日本@名無史さん :03/06/25 23:10
忍術が意外に単純なのはわかりもうした。 で、多少の訓練と知識があれば、某も忍者になれるので御座ろうか? おせえて、詳しい人。
550 :
日本@名無史さん :03/06/26 02:22
藤原千方って秀郷の子だか孫です。 同様に将門を倒した平貞盛の子孫と伊勢の所領を巡って争いになりました。
>>549 数種のスポーツをやって動きの妙を会得するのが手っ取り早いかと。
スポーツの動きでは忍者にはなれんよ。
動きの妙を、と言ったんだよ。 それに、スポーツの動きは武術にも応用可能。逆もまた然り。 スポーツ科学の世界では誰もが知ってると思うけどな。 理論も発展性も無いスポ根と一緒にして欲しくはない。w
554 :
日本@名無史さん :03/06/26 08:47
子供の頃の目で見ると、忍者って凄いって感じがするけど 単なる特殊技能者なんだから居て当然、居なきゃおかしくらいだよね。
555 :
日本@名無史さん :03/06/26 09:33
>>553 無理だって。動きの体系が根本から違う。
普通にスポーツやってそのレベルに達するのは本当に才能に
恵まれた人間だけだ。
557 :
日本@名無史さん :03/06/26 23:52
>>542 スレ違いスマソの上に、漫画からの引用でスマソだが
『公家侍秘録』だと果心居士は鬼一法眼流の内幻術(作者は催眠術では?
と推定している)を会得した人間と言う事になっていたな。
尤も鬼一法眼流と言っても兵法、刀術、チュウ盗術(忍術の一種?)とかを
内包していると言うイカガワな術なので、何処まで本当か信用出来んが。
横山光輝はとび加藤を催眠術に長けた忍者として書いていたし、幻術の
類を合理的に解釈しようとすると結局そういった類のものにしか
ならないのかな?
558 :
日本@名無史さん :03/06/26 23:56
中国に伝わる遁甲魔術をマスターすれば幻覚ぐらい見せられるな。
>>557 鳶加藤が人々の前で牛を呑んでみせた幻術の話は、怪談牡丹灯篭等で有名な
伽婢子の中にでてきます。幻術=催眠術ではないかと、私もおもっています
が、忍者と催眠術については、また後日書こうと思っています。
>>549 御庭番のような、隠密タイプの忍者なら可能では・・・
忍者は特に選ばれた者だけがなっていた訳ではないようですから、基本
的には、人並みの体力と運動能力があれば、戦国時代に活躍したような
忍者にもなれるのではないかと思います。ただし、子供の時から厳しい修
練をうけ、また身につけた能力を常に発揮できるよう耐えず鍛錬しておく
必要があるでしょう。
例えば、良く知られている水中に竹筒を使って潜む術があります。一見
簡単にできそうですが、普通の人なら水圧で苦しくなり、1分ともたない
そうです。こつもあるようですが、なんといっても呼吸筋とよばれる筋肉
を常日頃から鍛えておく必要があります。
忍術書には、30分で水一升か酒三升(!)を飲み、逆立ちで三町(300m以上)
歩き、二時間で7里(約28km)走り‥とか、3日の断食や仮死状態で1日
すごしたり、毒虫を食べたり関節をはずしたり等々の修行をすると書かれて
います。
こう言う厳しい修行に耐えられる自信があれば、忍者になれるでしょう。
どうでもいいけど、酒三升飲む事が、なんで忍者に必要だったんでしょう
ねw
561 :
日本@名無史さん :03/06/29 01:54
>>560 ありがd。
隠密を目指す事にしまつ。
幻術って引田天功イリュージョンみたいな感じなんじゃないかな?
実際に役立ちそうなトリックもありそうな気がしるんだけど。
562 :
日本@名無史さん :03/06/29 03:07
ええっとね。諜報活動の90%以上は、現地に行って現地で誰でも 手に入れられるような情報から、価値あるものを見つけ出すことに あるんだよね。例えば今の日本なら、マニア向けの雑誌や研究書を読めば、 所謂「軍事機密」級のことが、ポロっと書いてあったりするわけよ。
563 :
日本@名無史さん :03/06/29 03:52
服部正就の子孫はどうなったの?
564 :
日本@名無史さん :03/06/29 19:25
>>560 実際手品みたいな部分もあったろうね。当時の素朴な価値観の
人間相手なら簡単な手品でも充分効果があった部分はあると思ふ。
ま、酒を沢山飲むだの、関節外すだのと行った目指せ影の軍団
みたいな事が隠密に必要になる事は無いと思うし、
>>562 の言う通り
如何に確かな情報源を確保するかの方が遥かに重要では?
565 :
日本@名無史さん :03/06/29 23:46
ステッキから花を出すありがちなマジックでも 当時の人なら『杖を花に変える不思議な術』ってなるんだろうな。 マリックがタイムスリップしたら、果心居士も目じゃないね。
566 :
日本@名無史さん :03/07/10 21:42
ニンニン
__∧_∧_ |( ^^ )| <寝るぽ(^^) |\⌒⌒⌒\ \ |⌒⌒⌒~| 山崎渉 ~ ̄ ̄ ̄ ̄
__∧_∧_ |( ^^ )| <寝るぽ(^^) |\⌒⌒⌒\ \ |⌒⌒⌒~| 山崎渉 ~ ̄ ̄ ̄ ̄
流言蜚語の忍術の実例がかなりあるようで(w
伊賀盆地は古琵琶といって、古くは湖だったらしい。だから土壌がいいようだ。
(^^)
572 :
日本@名無史さん :03/08/02 11:44
あげとく
>>564 実際忍者の使った不思議な術と言われるものの中には、今の手品のテクニックと共通する
ものもかなり多かったと思う。
そのあたりはいつの時代でも、物理的法則内で人の考えることは同じだと思われるし。
ただジャンプ力にたけていたり、息が長く続いたり、肩の関節が自由にはずせるなどの
特殊な身体能力があれば、できることは飛躍的に増えてくるはず。
今の手品と違うのはテレビなどと違って、催眠術なども大いに利用できること。
催眠術と、手品のテクニックを組み合わせれば、相当不思議なことが出来てしまうだろう。
574 :
日本@名無史さん :03/08/03 14:49
このスレ万川集海の話題はやたら多いけど、正忍記の話題って全然無いね。 三大忍術書の中で一番入手しやすそうなのに。
,,,--─===─ヽ/へ /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶 iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ iiiiiiiiiiiiiiiiii/ \iiiiiiiゞ iiiiiiiiiiii/ \iiヽ iiiiiiiiiiiiiii《 ━━━'/ ヽ━━━ ヽミヽ ...iiiiiiiiii彡/ __,.:: :: __ ヽiiiii| ..iiiiiiiiiiiii》| ::: |iiiii| iiiiiiiiiiiiiiii|, |iii| ..iiiiiiiiiiiiiiiiii, ( ● ● ) .|iiii| iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii 》━━━━《 |iiiii| iiiiiiiiiiiiiii《《《ヽ 》 / ̄ ̄\ 《 |iiiiiiii| iiiiiiiii《《《《《《《《 《《 \ ̄ ̄/ 》》 |iiiiiiiiiii| iiiiiiiiiiii《《《《《《《《《《《 》》  ̄ ̄ 《《 》》》》》iiiii| iiiiiiiiii《《《《《《《《《《《《《《《《《《《《》》》》》》》》》》》》》》iii| iiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》》》IIII iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》iiiiiii
>影の軍団みたいな事が隠密に必要になる事は無いと思うし 忍びはいかにして得た情報を持ち帰るか、つまり生還することが 最重要視されていたので万が一追っ手に捕まるなどした時にも 対処できるだけの強靭な体力・腕力・知識はやはり必要だったと思う。 酒三升ってのはおそらくやむを得ず酒を飲む事態(怪しまれないようにとか)になっても ポロッと秘密を漏らしてしまったり前後不詳にならないようにってことかと思われ。 生中一杯でフラフラになる俺にはまず無理だw
577 :
日本@名無史さん :03/08/13 02:59
>560 >忍者と催眠術については、また後日書こうと思っています。 まだですか?
578 :
日本@名無史さん :03/08/13 12:17
松尾芭蕉が幕府の忍として奥州に潜入した・・・ みたいな話を聞いたことがある。
(⌒V⌒) │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。 ⊂| |つ (_)(_) 山崎パン
>>577 私が忍者に興味をもつようになったのは、叔父から聞かされた話がきっかけです。
叔父が小学校の時、甲賀忍者の子孫という人が学校にきて、いわゆる忍術という
ものを披露したそうです。それは、先生が校庭からひろってきた石を拳で割ったり、
小鳥を放ってそれに気合をかけ、気絶させて落としたりといったものでした。
なかでも一番驚いたのは、生徒の1人に(叔父の同級生)術をかけた時でした。
ようするに、催眠術のようなものなのですが、その生徒にしっかりと目をつぶらせ
両手に火のついた蝋燭をもたせます。そして、その自称忍者子孫氏(?)の腕の
動きにあわせて、生徒の蝋燭をもった手を前や横に動かすというものでした。
術をかけられた生徒は、自分では腕を動かすまいとしていたそうですが、腕は
勝手に動いたそうです。勿論目をつぶっていますから忍者氏の動きは見えません
し、その忍者氏も途中から生徒の背後にまわってあやつったそうです。
さて、忍術書にこのような催眠術のような術や小鳥を気絶させる気合術の事が、
書かれてあるかというと、そういった記述は全く見当たりません。
忍術書には、もっとも肝心な奥義の部分は、口伝となっているようですから
こうした特別な術については故意に触れられいないのだとも考えられますが。
続く
580のつづき 新撰組で有名な天然理心流にも、その名もすばり「気合術」というものが 存在しました。これは、相手に気合をかけると、かけられた者は全く身動き が、出来なくなるというものです。この術は口伝で、会得した者が他の者に 伝授する前に急死したため、現在この術はつたわっていません。 忍術は、いろいろな技術をあちこちから取り入れながら発達してきたものですか ら、こういった「気合術」に類するものや、催眠術に類するものがあったとしても おかしくは、ないのですが、いかんせん、それを裏付ける史料はないようです。 江戸時代に、様々な見世物が盛んになりましたが、そのなかに忍者ショーと 言うものがあったそうです。これは自称忍者が軽業やふしぎな技を披露 したというものですが、出演者はおそらくみんな偽者だったと思われます。 ちなみに以前誰かが書いていた甲子夜話にも、忍者ショーに関する ことが、でてきます。うろ覚えですが、内容は壁にはりついて姿を隠したり 一尺もある戸板を飛び越えたり、といった話です。 こうして行われていた忍者ショーのなかで催眠術を応用した見世物が 発展していった可能性はあります。 叔父が小学校でみた、催眠術的な忍術は、戦国時代に忍者が実戦で つかったものでなく、忍者ショーのなかで発達した技術なのかもしれま せんね。
忍者って火薬を使うのに長けてるやつが多かったからか鉄砲の使い手ってのがいるな。 根来衆なんか津田一族は忍術が使えたっつー話もあるし。
>580 詳しいお話ありがとうございます。 >催眠術的な忍術は、戦国時代に忍者が実戦でつかったものでなく、 >忍者ショーのなかで発達した技術なのかもしれませんね。 確かに直接忍術とは関係ない可能性が高そうですね。 ただ、似たようなことは昔から(忍術に大きな影響を与えた可能性が高い)山伏などに よって行われていたようなので、以外と起源は古いものかもしれません。
584 :
日本@名無史さん :03/08/23 11:21
585 :
日本@名無史さん :03/08/23 14:07
前に聞いた話 甲賀流忍術の子孫が千葉にいるって聞いた 武道の先生をやってるみたい その人の父は終戦後一時期アメリカの特殊部隊の体術の教官をやってたらしい
586 :
日本@名無史さん :03/08/23 17:27
>一尺もある戸板を飛び越えたり 俺でもできるYO!
30cmくらい誰でも飛べらぁ
588 :
日本@名無史さん :03/08/25 21:19
>585 初見さんのこと?
589 :
秋草新太郎 :03/08/26 16:17
テレビの初代の「隠密剣士」良かったな。あれで伊賀や甲賀のほかに根来や風魔とか いろいろな忍者がいることを知った。
590 :
日本@名無史さん :03/09/02 22:16
あげ
漏れ、静岡の北の方の出身だけど、 そこは「飛び加藤」とういう忍者が昔住んでたって謂れがあったyo。 なんか神社か寺だかが、祭ってるとか関係してるとか言ってたけど。
>>591 一応、飛び加藤は文献に残っているみたい。
その術がどういうものかはわからないけど。
一説では、武田に使えた後に、上杉謙信に殺されたとか。
>>591 そりゃ、加藤神社でそ.
加藤ってのはその神社のある一体(山?)を守る一族のことだよ.
>>592 山駆けに優れた集団で、元々山師だったらしいけど、発破の技に通じてたとのこと.
その後戦国大名に雇われて,傭兵(乱破・素破)や鉱山発掘をしてたらしい.
争いに巻き込まれて,ほぼ壊滅したけど明治頃まで末裔の家は残ってたららしいよ.
飛び加藤というのは,発破の技を争いで使うことを許された資格者に与えられる名だったそうです.
594 :
日本@名無史さん :03/09/03 22:16
>593 興味深い説だけど、ソースは何?
>>593 面白い。
オイラもその事について書いてある本読みたいです。
596 :
日本@名無史さん :03/09/03 23:56
鉄砲用の火薬の調達だって苦労してたのに「発破」w
597 :
日本@名無史さん :03/09/07 11:36
598 :
日本@名無史さん :03/09/11 01:44
599 :
日本@名無史さん :03/09/12 23:17
600 :
日本@名無史さん :03/09/17 00:29
あげ
601 :
伊賀流忍者 :03/09/21 19:53
隠密剣士のDVDが12万円、15年位前に萬川集海の豪華本を約10万円 で購入した。最高にGOOD。お勧めです。前者は第二部忍法甲賀衆、 第九部くぐつ忍法帖が気にいっていた。ストーリーの組み立て方では、 第三部,伊賀同心の技を伊賀十忍がひよこのように言う対応が興味を 沸かして面白かった。わらわもくノ一の気分。
603 :
日本@名無史さん :03/09/29 00:56
うちの先祖の親戚に幕臣の伊賀者がいました。 ぐっと身近になりました。
604 :
日本@名無史さん :03/09/29 06:44
いとし・こいしのいとしの方が忍者って事でOK?
605 :
日本@名無史さん :03/09/29 08:05
忍者なんて存在しない、プラズマか何かだ
606 :
日本@名無史さん :03/09/30 10:29
プラズマってぬ〜べ〜のプラズマ先生ですか? すいません、ぬ〜べ〜オタでした。
大槻教授が草葉の陰で泣いてます
水銀をつかった懐中灯ってのはどの程度の明るさだったんだろう
610 :
日本@名無史さん :03/10/05 20:07
東京に忍者屋敷というものは無いのかしら? どこかに隠れて有るのではないでしょうかね。
612 :
日本@名無史さん :03/10/06 11:12
>>611 東京は関東大震災と第二次大戦の空襲で壊滅しているから
古い建物はほとんど残っていないよ。
613 :
日本@名無史さん :03/10/07 22:57
っていうか、観光地にある忍者屋敷は、実は忍者のものじゃない
隠密剣士 忍法根来衆 闇という名の忍者は秀逸物 暗闇の中で刀のぶつかり合うときの 火花の光がさらにその良さを盛り上げて、goodでした。 この忍者は仲間でさえも、その姿を見た者がいないという話。 忍者 闇役 若山弦蔵
615 :
日本@名無史さん :03/10/08 00:58
616 :
日本@名無史さん :03/10/10 16:18
忍者は歴史の舞台からどのように消えていったのでしょうか。
木の葉隠れ
甲賀忍法帳を読んだのでage
619 :
日本@名無史さん :03/10/14 02:23
ペルリ「日本人は卑劣だ、隠れて背後から襲いかかる」 忍者「もしかして欧米には忍者って居ないんじゃないの?」 侍「なにバカ言ってるんだよ、いるに決まってるだろ」 忍者「でも背後からどうのこうの言ってますよ」 侍「そりゃ俺だって忍者の必要性は理解してるけど 卑劣だと思うゼおめえらの戦い方は」 忍者「ひどいっす、ひどいっす。一所懸命に働いているのに 黒船の金庫から重要文献を盗んできた恩を忘れたんですか?」 侍「その重要文献だけど翻訳してみたら『フランス娘は料理がお上手 イギリス娘はベッドがお上手』ってかいてたぞ」 忍者「・・・・・・・・・・え?」
620 :
日本@名無史さん :03/10/14 22:42
とび加藤と果心居士、初代服部半蔵は、歴史的に同時代に生きて お互いに見知ってたという可能性ってありますよね。 果心居士は忍者とは言えないですが、田楽での幻術が史実なら 強烈ですね。
服部保長が伊賀出なかったら百地とか藤林とか配下にして戦国大名化できなかったなぁ…
622 :
日本@名無史さん :03/11/01 14:38
あげ
623 :
日本@名無史さん :03/11/01 14:48
十二月に公開されるラストサムライには 明治が舞台なのに忍者が出るらしいぞ
今でも居ますよ。
625 :
日本@名無史さん :03/11/01 22:04
626 :
日本@名無史さん :03/11/01 23:16
真田広之はトムクルーズを特訓する侍役 モデルは桐野利秋 忍者役は知らん
627 :
日本@名無史さん :03/11/01 23:41
真田広之は忍者装束がよく似合ってたが、さすがに歳だからきついかな?
俺の忍者のイメージは、隆慶一郎の影響が強い。 それが正しい忍者であるかどうかはともかくとして、 隆慶忍者は好きだ。
629 :
日本@名無史さん :03/11/06 18:31
630 :
日本@名無史さん :03/11/07 20:45
631 :
日本@名無史さん :03/11/22 14:48
拙者がこのスレを100万倍楽しく読める様になるスレを紹介するでござる
↓
伝説のネットアイドル、テルミを超えたツルツル頭のナイスガイ、鳴り物入りで衝撃のデビュー
ついに2典に暫定掲載!!!2ch新語誕生
★アホと一言言われただけで数百レスの自作自演で連日煽りっぱなし★
「鼻脂千右衛門時貞後の43」というコテハンが、過去スレで「能無し」みたいな事を一言言われただけで激怒
連日、自作自演で「バカはお前」「激同」と煽り続けてる。自演丸出しなので、通りすがりの人が呆れ様に書き込むと「43に煽られた奴キター」と、全部同一人物と妄想し更に煽る。
毎晩徹夜で自作自演。 通りすがりに一言43を煽ると、数時間後、恐ろしく(レス数も執念も)反論がついてます。
学校や仕事に出掛ける前に、一言煽って出掛けると、帰宅時に自分がどれだけ煽られてるか、スレを開いてみるのが楽しいかもしれません。
ミニゲームとして楽しむスレです。 現在新展開、なんと43は
「 稚 拙 」を「 せ っ し ゃ 」 と 読 む と 思 っ て た 事 が 発 覚。
伝説の目撃者達は43を神厨と崇め、とうとう2ch公式用語辞典に正式に「稚拙(せっしゃ)」が依頼され、
ついに2典に暫定掲載。2ch語「拙者」が誕生。FLASHも製作中の神光臨の噂も。
追いつめられた「鼻脂千右衛門時貞後の43」は、板違いのスレッドを立て仲間を呼び込もうとするが
最後の希望の星となったそのスレッドさえも、削除人さんに即刻削除されてしまい、更に恥をかくハメに。
「鼻脂千右衛門時貞後の43」の立場はますますどん底へ、彼の運命やいかに?!
連日祭は盛り上がる一方、スレは毎回あっと言う間に1000へまで
http://life.2ch.net/test/read.cgi/hage/1069429691/ 2典暫定掲載ページ
ttp://www.media-k.co.jp/jiten/my.htm その1 鼻脂千右衛門時貞後の43が稚拙を「せっしゃ」と読んだ瞬間
ttp://202.212.233.95/cgi-bin/bbs/18/img/4185.jpg その2 鼻脂千右衛門時貞後の43が追いつめられ、
助けを呼ぶ為に泣きべそをかきながら立てたスレがあっさりと削除。
その糞スレ削除の瞬間をスクープ!!!
ttp://shiori.pekori.jp/upload/img/697.jpg
萬川集海の外国語訳などというのは、いまだ出来ていないのでしょうね!
633 :
日本@名無史さん :03/12/19 22:24
発破の術
634 :
日本@名無史さん :03/12/19 23:25
635 :
日本@名無史さん :03/12/19 23:35
別に火遁やらマンガちっくな忍術を使わなくても、 超現実主義のスパイ稼業を専門とした忍者もカコイイな。 十分面白い。 それはそうと、やっぱ当時はどんな武器を使っていたのかは知りたい所だ。 護身術くらいは身につけるだろうし、どうやって追手などに対処していた んだろ?普通に刀とか? 前に鉄は貴重品だったとか手裏剣とかは重くて使わないとか言ってたし、 何を武器にしていたのか・・・・誰か教えて下さい。
636 :
日本@名無史さん :03/12/20 19:48
手裏剣には紐つけてあるんだよ。 あとは吹き矢
撒菱には ホントに菱の実撒くみたいだけどな 踏んづけると痛い・・・
638 :
日本@名無史さん :03/12/21 10:08
639 :
日本@名無史さん :03/12/22 16:41
今の技術で火遁とかの忍術を作るとどうなるのだろうか?
あぼーん
今でも忍者はいてるぞ
642 :
GORIRA :04/01/07 11:29
ドコにですか?
643 :
日本@名無史さん :04/01/12 15:02
芭蕉の本職は隠密ってほぼ決定なんですか?
644 :
日本@名無史さん :04/01/12 16:27
>>643 俺もその話は聞いたことがある!
奥の細道の日付をみるとかなりの健脚だったらしい・・・。
645 :
日本@名無史さん :04/01/12 19:40
伊賀の無足人が出自だから 伊賀忍者の血筋に生まれたのは確かだよ。 ただ忍者としての技量を修得して 隠密の仕事に実際に従事したかといえば疑わしい。
647 :
a ◆IApAHNvIKg :04/01/12 21:47
648 :
日本@名無史さん :04/01/12 22:43
>>646 さすがよく調べたな!
甲賀者は油断ならんなぁ・・・。
ペリーの黒船に忍び込んでエロ本を盗んできた幕末の忍者の話が知りたいんだが。
要するにバジリスク読んどけと。
651 :
日本@名無史さん :04/01/15 00:15
すいません、ageで質問させてもらいます 万川集海を探してるのですが、現代語訳のものは 「序」「凡例」「目録」「問答」1巻 「正心」2巻 「将知」4巻「陽忍」3巻 「陰忍」5巻 「天時」2巻 「忍器」5巻の計22巻すべてあるのでしょうか? あと昭和56年刊行の誠秀堂からでてる万川集海 陽忍篇・陰忍篇・忍器の3冊は現代語訳なのでしょうか? 教えて君で申し訳ないのですが、どうかお願いします
652 :
日本@名無史さん :04/01/15 05:16
部族内での言葉は、新羅語を使っていたらしい。 忍術の技術は新羅から日本に渡来したと言われていると、 伊賀上野出身の教師が歴史の時間に言っていた。
653 :
日本@名無史さん :04/01/15 05:58
ネタスレ?
>>651 童の持ってるのは先ず、昭和51年刊行の 忍器篇 表紙に現代語訳とあるわ。
同56年刊行のは 陽忍篇 中表紙?に現代語とあるわ。
この2冊のみだが、もう一つは10万円位しましたか?豪華本のやつよ!
655 :
日本@名無史さん :04/01/15 14:13
まんせんしゅうかいって、売ってるでしょ?
やっぱ忍者って隠れて殺すからちょっと卑怯だね
657 :
日本@名無史さん :04/01/15 19:15
本物の忍者は ニンニンとは言わない
最近ではオレンジ色の派手な忍者も許されるらしい
まあオレンジ色ってか柿色は伝統的な奴ですからね。闇夜で目立たないんだっけ? それ見て勘違いした奴がオレンジ色の忍者考えたんじゃねーの?
660 :
日本@名無史さん :04/01/16 02:10
カーキ色とカキ色を間違えてるだろw
661 :
日本@名無史さん :04/01/31 09:11
オレンジかよ
服部半蔵正成は忍者ではなく、 ただの武将とよく言われるけど『忍秘伝』を著しているよね。 やはり忍術を使えたという事? それとも『忍秘伝』自体がアヤシイ?
忍秘伝は半蔵保長が書いたんじゃなかったけ?
そうなの? ちょっと調べてみたんだけど、正成著としてたり、 保長が著して正成に授けたとなってたり曖昧だった。 実物を見ればわかるんだろうけどね。 保長の著作だとすると、保長は生粋の忍者で 正成は忍者の血を引く武将って感じになるのかな?
665 :
shinobi web :04/02/29 11:49
666 :
日本@名無史さん :04/02/29 11:55
667 :
日本@名無史さん :04/02/29 13:40
幻術を使える忍者もいたことは本当でしょうか?
668 :
日本@名無史さん :04/02/29 15:23
last samuraiの忍者はかっこいい
669 :
日本@名無史さん :04/02/29 17:53
670 :
日本@名無史さん :04/03/10 21:10
服部半蔵はDQN
671 :
日本@名無史さん :04/03/13 15:38
>>65 陸軍中野学校関係の書籍読んでみたけど
その人、声まねもうまかったみたいだね
673 :
日本@名無史さん :04/03/28 19:33
age
674 :
日本@名無史さん :04/03/28 19:43
伊賀者ってBだったの?乗換駅の関西線柘植駅は乗降客が少ないなと思っていたら B名簿に入っていたよ。影の軍団2(TVK・ちばTVで再放送中)の主人公は 伊賀者の柘植新八なんだ。隠れ里の殲滅シーンなんか出てくるよ。
>伊賀者ってBだったの? 江戸時代Bの人は、名字を許されてたと思う?
676 :
日本@名無史さん :04/04/03 15:55
忍者には片目を交互につむりながら睡眠をとっていたそうだ周りの注意を逸らさないために
いやそれ無理だろ。
678 :
日本@名無史さん :04/04/04 10:42
いや本当だって
679 :
日本@名無史さん :04/04/06 20:48
火遁の術とかの「遁」の字って逃げるとか隠れる意味なんでしょ? 土遁・・土潜り 水遁・・水潜り(竹筒のやつ) 火遁・・火撒いて逃げるってことか?
680 :
日本@名無史さん :04/04/06 21:24
幕府が抱えてた鉄炮百人組ってのは忍者とは関係ないの? 伊賀組とか甲賀組とかあるけど。
681 :
日本@名無史さん :04/04/06 21:32
そもそも伊賀者・甲賀者≠忍者であるわけだからして。
>681 松尾芭蕉を知ってる?
684 :
日本@名無史さん :04/04/18 03:05
685 :
日本@名無史さん :04/04/18 18:44
sage知ってる?
687 :
日本@名無史さん :04/04/19 01:21
伊賀 甲賀 雑賀
688 :
日本@名無史さん :04/04/19 12:31
伊賀上野市の忍者屋敷には・・・ ピンクやオレンジの忍服を着た忍者がいる。
689 :
日本@名無史さん :04/04/19 23:56
雑賀孫市って忍者だろ?
はぁ?
691 :
日本@名無史さん :04/04/23 20:01
雑賀衆は忍者なのだから、孫市は上忍と言える。
692 :
日本@名無史さん :04/04/23 20:38
抜け忍は死刑なの?
まぁなんだ、つまり破壊工作やゲリラ作戦では今で言う NAVY SEALSとか、デルタフォースとか、スペツナズみたいなものか。 で、CIAやKGBみたいなものか。 俺的忍者のイメージは一般的な武士が独自の思想で卑怯、外道と定義してる タブーを平気で犯して任務を遂行する集団で、隠密だろうが伊賀甲賀だろうが ソレっぽい連中は全部引っくるめて「忍者」なんだけどコレはOK?
695 :
日本@名無史さん :04/04/26 14:22
そういや外人の忍者に対する認識のトンデモさは何が原点なんだろう? タートルズ?
699 :
日本@名無史さん :04/04/30 14:56
700 :
日本@名無史さん :04/04/30 17:56
>>675 乗降客が少ない理由は過疎化が原因なんだが(w
それに一応、乗換駅だし。
旧柘植町ってひとつの集落だけじゃないのは知ってるね?
人権問題を抱えていることは事実だが、それだけで「忍者
はB」と決め付けるのは論法上よろしくない。
他の社会的な証拠で論じてもらいたい。
ちなみに「四民に入らない人=B」というのはXね。
701 :
日本@名無史さん :04/04/30 18:01
「忍者」のイメージって、事実とかなり違うでしょ。 講談・映画・TVの影響大。 実際には別々であった職業をミックスしている感じ。 だから、今日になって「忍者とはなにか?」という 定義がバラけているんだな。
伊賀や甲賀に忍者というか特殊技能者が多いのは土地が貧しくて作物が育ちにくかったから というのを聞いたことがあるんだがまじ?
704 :
日本@名無史さん :04/04/30 19:14
700です。
>>674 さんへ、の誤りですた。
675さん、ごめんなさい。
705 :
日本@名無史さん :04/04/30 21:00
伊賀、甲賀に忍者が多いのは、 山岳修験者の技術が継承されたからじゃない? もちろん、田圃がなくて、職業安定できない事情もあるだろうけど。
706 :
日本@名無史さん :04/05/02 00:24
梟の城やったが。アゲ
707 :
多羅尾 半蔵 :04/05/02 00:32
無意味にあげるな。保科殿にいいつけるぞ!
>梟の城 邦画自体が大抵つまらんが、ここまでつまらん作品は他には無いだろうというレベルだった 最低
709 :
日本@名無史さん :04/05/02 02:33
わー、このスレ全部読んだら夢が壊れたー。 ・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 俺はてっきり、人をまやかしたりする術を使うやつ等が、 戦国時代には、いたと思ってたのに・・・・ 地侍なのね・・・
710 :
日本@名無史さん :04/05/02 03:46
梟の城 , 録画して今日、見る予定だったのに ばかばかバカ
>>709 まぁどんな形であれ、いたコトは確実なんだからいいんじゃない?
地侍であれ、村の未来を思えばこその汚れ仕事だからカッコイイじゃない。
ただ、特別な訓練はしてたにしろ、超人的な連中ではなかっただけだよ。
城壁から足滑らせて落下死とか、狙撃失敗とか、珍プレーは多かったと思う。
712 :
日本@名無史さん :04/05/04 11:00
さっきNHKで戸隠流忍術の道場が紹介されてたよ。弟子が 外人ばっかりでワラタ。しかも道場一杯にいてんの。 中にはハリウッド関係者やプロのSPまでいるんだって。すごいね。
NHKで戸隠流と言うと・・・忍たま乱太郎?
>戸隠流 武道板で(いろんな意味で)有名なやつだな
最初ははやっぱり盗みの技術とかだったのかな。 交通の要所且つ難所…甲賀や風魔谷とかまさにそうだな。 鈴鹿とかにもいたんだろうか?
717 :
日本@名無史さん :04/05/04 20:23
718 :
日本@名無史さん :04/05/04 20:33
男の忍者も身体を武器に誘惑したりするの? 男を。
719 :
日本@名無史さん :04/05/04 21:40
そら 当時は男色(衆道)のおさかんな時代だったわけだし そっち方面に秀でたエキスパートもいただろ。
九ノ一の網タイツの歴史を教えてください。
721 :
日本@名無史さん :04/05/04 21:58
赤影の頃はミニスカだったし 変身忍者嵐ぐらいからかな
722 :
日本@名無史さん :04/05/05 00:37
忍者についての良い本、古い本でなんかないかなぁ… 秘術なんてのはイッパンにはみれるわけないよね
723 :
日本@名無史さん :04/05/05 00:46
724 :
日本@名無史さん :04/05/07 06:35
伊賀組頭の服部半蔵は忍者として扱われる事が多いけど 甲賀組頭の山岡道阿弥はあまり忍者として扱われないよね。 服部半蔵と比べてマイナーなイメージが強いし。なぜ?
725 :
日本@名無史さん :04/05/07 08:39
>>722 やはり、デパート等でたびたび催される古本市がいいんじゃない?
なかなか手に入らぬ物があるときがある。
数年前も東京新宿のデパートで忍術の本が多量の出品本の中に1冊見つけたりした。
ただ都会から離れて住んでいる方は遠距離で難しいか?
>>722 >秘術なんてのはイッパンにはみれるわけないよね
実際 忍術書でも肝心な部分は口伝になっており、自分達が知る事はできない
のが残念だね。
本なら、図書館にいけば 山口正之著「忍者の生活」雄山閣
ならあると思うよ。
727 :
日本@名無史さん :04/05/08 19:45
重複だったらスマソ、伊賀では忍者の家系の人たちは「無足人」っていう地位を もらって、幕末にその中の「沢村甚三郎保祐」という人が、藤堂藩からの密命で 浦賀に来ていたペリー艦隊の黒船の探索にいったらしいよ。 (・・忍び込んだというより、お偉いさんの後にくっついていったらしい。)
728 :
日本@名無史さん :04/05/09 22:35
>>727 沢村家は、無足人のなかの忍びの衆と呼ばれた組織に属していて
「のろし役」として、火薬の研究をやってたらしいね。
ペリー艦隊から持ち帰った文書が、今でも残ってるそうだ。
729 :
日本@名無史さん :04/05/15 20:29
忍者はテレビなんかに出てくるあんな手裏剣、ほんとに使ってたの?
いわゆるクナイの方が扱いやすそうだよね。 手裏剣なんて危なっかしくてつかえやしない気がする。
小刀タイプの手裏剣はダーツみたいに投げりゃ刺さるといった 簡単なものじゃないみたいね。 実際自宅でヒゴノカミでダーツしたけど、的に刺すにはコツがいるよ。 十字刃になってたりする、いわゆるオーソドックスな手裏剣は 大した練習しなくても的に刺さると思う。
ヒゴノカミは重心偏ってるし。
クナイは手裏剣じゃねーよ
誰もクナイが手裏剣だとはいってないようだが。
たしかにナイフ形の手裏剣は投げて刺さる武器として使用するには それなりの練習がいると、NHK教育の番組で見た。
忍者はそれなりの修練をつんでるんだから大丈夫。
737 :
日本@名無史さん :04/05/16 21:43
>>727 >>728 入手した書類に書かれてあった事が
「イギリス女はベットが上手、フランス女は料理が上手」
だったんだよなw
>>736 なるほど。それを踏まえて、さほど修練無しで比較的簡単に
「投げて刺さる」十字刃系の手裏剣を一体忍者達は
どういう用途で使用したかを考察してみまふ。
ひとつは未熟な下忍が使うビギナー用だったのでは…?
または、人間は「痛いッ!」と感じると無意識にその部分を押さえようと
する習性がある(ある?)。
その習性を逆手にとり、手裏剣のヒットした相手は咄嗟に手をやると
刺さってない側の刃がその手に刺さるコンビネーション!
…どうでしょ?
手裏剣は怖くて懐に入れてらんない。どうやって持ち運びしてるんだろうか。 手裏剣ようの鞘とかあったりして。
棒手裏剣なら持ち運びやすそうだな
741 :
日本@名無史さん :04/05/29 12:01
>>735 ナイフ形って、小柄を手裏剣と勘違いしてないよね?
武器と本格的に使えるのは、棒手裏剣の方。
742 :
日本@名無史さん :04/05/31 23:34
ぼくのいもうとは小柄です ぼくの棒手裏剣も小柄です
743 :
日本@名無史さん :04/06/05 15:59
忍たま乱太郎って結構良くない?漫画の方の。 忍術とかわかりやすいしさ。
数ある忍者漫画の中でトップクラスの考証の正確さだしな
745 :
日本@名無史さん :04/06/07 22:33
他の忍者マンガは色々誇張しすぎてるよねw
746 :
日本@名無史さん :04/06/07 22:35
以外だな
747 :
日本@名無史さん :04/06/07 22:36
>>743 それ読んでみたい気もするが、大人が読むに耐えるようなマンガ?
>>747 十分おもしろいと思うよ。
ただ、最初のほうの巻と最近の巻では雰囲気が結構ちがうから
全部読んでw
ちゃんとした資料なる&なおかつ手に入りやすい忍者本ない?
750 :
日本@名無史さん :04/06/13 08:42
751 :
日本@名無史さん :04/06/13 13:31
忍者の人材供給源はどういうものだったの?
753 :
日本@名無史さん :04/06/21 23:07
754 :
日本@名無史さん :04/06/22 04:19
暗殺などの政治的にマズイ活動の文献は、残ってない方が普通じゃないの? おれだったら暗殺を依頼した文書はすぐに処分するよ。
755 :
日本@名無史さん :04/06/22 07:24
ハットリ家と三葉家の関係について 誰か語ってくれない?
756 :
日本@名無史さん :04/06/23 10:11
伊賀忍者は江戸幕府のおかかえになったけど、そうでない忍者は活躍の場を失っていた。 そこで江戸幕府のキリシタン狩りのとき志願したそうだ。 しかし潜入してみたのはよかったものの、長崎なまりやキリシタン用語で何を言っているのかわからず。 全く役にたたなかった。
757 :
日本@名無史さん :04/06/24 00:59
>>756 >長崎なまり
島原なまりだよ。
島原の方言は鹿児島並に特殊で分かりにくいらしい。
758 :
日本@名無史さん :04/06/29 07:10
ホントに、忍者なんて、いたの?
759 :
日本@名無史さん :04/07/03 02:44
だからいるって。 このスレ最初からざっと見てみ。
760 :
日本@名無史さん :04/07/03 21:17
そ〜れ それそれ お祭りだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『二天記』の宍戸某の記事は
>>99 が正しいです。
収録している本が手元にあるんで確かめました。
二天記によると武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌンは流言蜚語の忍法の実例です。
762 :
日本@名無史さん :04/08/07 15:58
763 :
日本@名無史さん :04/08/15 19:18
バジリスクで忍者にはまったものですけど 実際の史実では、甲賀と伊賀の関係はどのようなものだったのでしょうか? 確か、服部家は伊賀出身でしたよね。
服部家については今度映画が公開されるから見てみればいいよ。 父上様、掟より大事なものを見つけたでござるらしいよ。
765 :
日本@名無史さん :04/08/18 08:59
>二天記によると武蔵のカタナに鎖を絡ませてウンヌンは流言蜚語の忍法の実例です。 山田風太郎の武蔵忍法旅を真に受けたのだと思われ
766 :
日本@名無史さん :04/08/20 18:35
実際、忍者がスパイという存在では無く、何かこう妖術使いのような 人間だという認識って、いつの時代から存在するようになったの? やはり、近代小説とかが原因なのかな? とすると、かなり最近だよね。
767 :
日本@名無史さん :04/08/20 18:44
江戸時代の講談や歌舞伎以降でしょう 石川五右衛門とか仁木弾正とか
京都を本拠地とする忍者は存在したのでしょうか?
八瀬童子 と隆慶一郎先生は言ってます。八瀬って京都よね?奈良だっけ?
770 :
日本@名無史さん :04/09/07 08:58
age
771 :
日本@名無史さん :04/09/09 13:37
あんま鍛えすぎると一般人に変装できないから、みんながみんな戦闘技術学んでたわけじゃないみたいね 情報網とか各地にあった任務用の拠点とかシステムそのものが忍者の強みじゃないかと
>>769 比叡山の京都側。
禁裏の駕籠丁で密偵役割もまかされてたそうだが
忍者と呼ぶのはなあ・・・
773 :
日本@名無史さん :04/09/09 22:53
伊賀も甲賀も京都に近いために戦乱に幾度も巻き込まれて 忍者の代名詞になるほど技術が発達したときいた
774 :
日本@名無史さん :04/09/10 08:18
京都は鞍馬・比叡・愛宕と修験道の本拠地に囲まれてるし 修験者が情報収集の役割を担っていたんじゃない? 特に後醍醐天皇の頃なんか。
775 :
日本@名無史さん :04/09/10 20:41:54
忍者の定義って何ですか? 広い意味での特殊技能もってる人? 後、忍者は何処からきたか? ここからは俺の仮説です。 多分、高句麗からの渡来人じゃないかと・・・ 彼らの一部は、最初山間部に住み、自給自足の生活をしていたが、 時々偵察目的や欲しい物を手に入れるために変装したりして町に出るようになった。 彼らは、色々な特殊能力を持っていて、その技術がもれない為にも山間部で独自の集落を形成していた。 その中に、火薬に精通してる物、または、土木技術、治水、精錬、窯業、天文学、仏教等に詳しい集団がそれぞれあった。 これらの技術を、各地の権力者に力を貸すことで、税の免除や食料などを得ていた。 それぞれ得意な分野で、諜報活動などをして後に忍者と呼ばれたり、金山衆と呼ばれた人も居た。 なかには、山賊のような事をしたものも居たのかもしてない。
そんなにご大層なもんじゃないって。 てかそんな技術を持ってるんなら忍者にならないでしょ。
777 :
日本@名無史さん :04/09/10 23:05:35
地理的にも忍者活躍してるあたりみると渡来人はなさげ
778 :
日本@名無史さん :04/09/12 00:08:30
地理的に渡来人じゃないと分かるんですか? もう少し具体的に教えてください。
779 :
日本@名無史さん :04/09/13 01:06:53
ニンニンageでござる
甲賀に住んでる人で、正月にお茶にうめぼしを入れる家は 忍者の家系とつながりがあるらしい。 ちなみにうちの家も正月にはお茶に焼いたうめぼしです。
781 :
日本@名無史さん :04/09/15 15:50:19
ho
784 :
日本@名無史さん :04/09/22 22:14:59
逃げ足の速いコミッショナー、根来衆っ言うんだ。
785 :
日本@名無史さん :04/09/22 23:48:16
↑ 衆は要らないってw(自分でつっこみ) ねごろって読むんですね。
786 :
日本@名無史さん :04/09/26 09:33:09
保守
787 :
日本@名無史さん :04/10/01 22:10:46
保守
788 :
日本@名無史さん :04/10/04 04:15:36
また保守
789 :
日本@名無史さん :04/10/08 13:03:15
最強の忍者って誰だと思う?
790 :
日本@名無史さん :04/10/08 13:18:22
名の知られてない忍者の方が多いのに、最強なんて分かる分けない。
791 :
日本@名無史さん :04/10/08 13:21:46
NARUTOだろ
792 :
VIPERの行動はすぐばれる ◆Iyutn6izzo :04/10/10 01:04:03
シノブでしょ
793 :
日本@名無史さん :04/11/04 13:15:56
ニンニン
794 :
日本@名無史さん :04/11/21 22:00:05
いつの間にか、甲賀市、伊賀市が誕生している
795 :
日本@名無史さん :04/11/25 18:18:05
796 :
日本@名無史さん :04/12/05 18:36:11
ニンニン
797 :
日本@名無史さん :04/12/05 20:57:00
にんにく
798 :
日本@名無史さん :04/12/24 16:34:52
禿
799 :
日本@名無史さん :05/01/07 02:19:36
ニンニン
栄光の23get
801 :
日本@名無史さん :05/01/09 20:58:36
802 :
日本@名無史さん :05/01/26 13:13:52
ニンニン
803 :
日本@名無史さん :05/02/15 02:12:36
age
804 :
日本@名無史さん :05/02/22 14:05:30
最近、ケーブルで千葉真一が忍者について語る番宣がよーく流れてるんですが、 彼の言ってることは、 (1)忍者は動物のような存在であった。 (2)土地の所有を許されなかった。だから野山を移動してしか生きれないような存在。 (3)戦国期にしか生きれない哀れな存在だった。 本当なんでしょうか? 自分のご先祖って忍者って聞いたし、幕末まで幕府に仕えて給料も貰ってたけど、 そんなひどい存在なの? 甲賀21家らしいけど。
>>804 映画の忍者はそうかもな。
施政者サイドによる忍びの里の殲滅とかあったのかな。
806 :
日本@名無史さん :05/02/22 15:23:50
>>805 信長の伊賀の里とか?
明治以降、うちの一族も、公務員とか薬剤師とか技術屋が多いみたいだけど、
少なくとも世界の千葉真一より堅実な生き方した人が多かったと思う。
ニンニン
808 :
日本@名無史さん :05/02/22 17:13:55
忍者を国家機関で雇ったら? アメリカのCIAやFBIみたいに。 もちろん服装は現代で。本気でどう?
810 :
日本@名無史さん :05/02/22 18:39:24
忍者って、下忍でも士農工商の身分制とは異なるでしょ。合議制社会だし。 それに大名直属だし。大統領とCIAみたいなものか。 千葉真一の間違った忍者観が流布するのは困ったもんだよ。
そもそもハットリ半蔵の子孫は風呂屋じゃなくて桑名藩の家老だしなw
812 :
日本@名無史さん :05/02/23 01:41:22
108 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 01/11/12 13:10 ID:Ca1Ho9FZ 忍術の古文書として有名な万川集海にすいとんの術やら水蜘蛛とか出てくるが、 どうもそれは中国のいかがわしい忍術書を丸写ししたためらしい。 ちなみにこの書物は江戸時代の平和な世で忍者の存在価値が希薄になったため、 口伝だった忍術が滅びるのを防ぎ、その存在をアピールするため藤林保武が記した。 また甲賀と伊賀は隣同士で忍術の内容もほとんど同じ。 ただ組織の形態に違いがあり、伊賀は上忍三家が支配していたが、甲賀は中忍ばかり53家あった。 109 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 01/11/12 13:12 ID:Ca1Ho9FZ 中国では真の奥義は書物には著さないのが通説になっている。 中国拳法の解説書でも、ほとんどがでたらめである。 だってさ
813 :
日本@名無史さん :05/02/23 08:07:35
すいとんの術ってすいとんの作り方?
>>813 惜しい。アツアツのすいとんを敵にブっかけるのさ。
815 :
日本@名無史さん :05/02/25 21:01:50
ニンニン
816 :
日本@名無史さん :05/02/25 21:20:34
ニンニン
ニンニン!! そら、火遁の術でござニンニン!!
ニンニン
819 :
日本@名無史さん :05/03/02 00:19:37
ninnin
820 :
日本@名無史さん :05/03/02 23:57:14
ニンニンニニン
821 :
日本@名無史さん :05/03/02 23:57:58
※ここは忍者を語るスレから、忍者になりきるスレに変更されますた。
822 :
日本@名無史さん :05/03/09 00:05:22
ニニンガシ
823 :
日本@名無史さん :05/03/09 01:23:08
ニンニク
824 :
日本@名無史さん :05/03/09 01:34:17
服部半蔵の単騎駆弱ッ・・・
825 :
日本@名無史さん :05/03/13 17:56:04
忍者を国家情報局みたいに機関すれば? よくわからんがFBIとかCIAみたいに。 忍者といっても現代人の格好だが。
826 :
ななしのこさん :2005/03/21(月) 15:18:50 ID:??? BE:138364496-#
信長VS伊賀忍者の結末は?
諜報屋が正規軍とぶつかって勝てるわけなかんべ
だな。特殊部隊が機械化師団とぶちあたるようなモン。
829 :
日本@名無史さん :2005/03/23(水) 06:58:48
昔の漫画とか通俗文学とか調べてると 忍術使い(昔は忍者なんて言葉使われてなかった)がかつての隠密が誇張されたと言うより 西洋の児童文学における魔法使いや中国のファンタジーの日本版である面が強い事がハッキリしてくる。 魔法使いのようにドロンと変身したり消えたり雲にのって空飛んだりと言う魔法と〜の術とした。猿飛は孫悟空の真似。 手塚治虫の忍者物なんてほとんどディズニー。 その後漫画においても劇画からリアリズムが取り入れられ多少は現実的な忍者が出てきたが、 これは忍術使いにリアリティを加味しただけでそのエッセンスとして隠密の存在が使わせているに過ぎない。 忍者の中核は西洋の魔法使いであって、この存在を突き詰めても実在の集団とは符合しないから まずは我々の頭の中から忍者と言う概念そのものを取り払った上で歴史を見なければ真実はわからない。
830 :
829 :2005/03/23(水) 07:06:56
>魔法を〜の術とし 間違えスマン。 あと >しただけでその味付けとして隠密の存在が使わせているに過ぎない。 のがよかったね。
831 :
日本@名無史さん :2005/03/23(水) 13:14:11
832 :
日本@名無史さん :2005/03/25(金) 13:48:56
忍者・・・。 世界で初めて、レーザービームを実戦で使用した 武装集団・・・。
833 :
日本@名無史さん :慶長410/04/01(金) 18:33:52
>>831 でも忍者がいる国は一番強いんだよ!
現在もそうだよ!本当なんだよ!
どこでも30分以内にハンバーガーを届けてくれるよ!
834 :
日本@名無史さん :2005/04/05(火) 20:42:16
835 :
日本@名無史さん :2005/04/17(日) 22:00:31
おれ忍者見たことあるけど忍者ってすげーケチだよ。 つまんねー屋の場所おしえてくれなかった。
836 :
伊賀のぬすみ組 :2005/05/02(月) 17:44:52
837 :
日本@名無史さん :2005/05/03(火) 09:09:31
忍者=日本に渡った墨家集団
ワタリとかマタギみたいに山中を移動生活してたような連中とは関係あったのかな? ゲリラ戦術に特化した地侍、ぐらいのもんだと思ってた。>忍者
839 :
日本@名無史さん :2005/05/10(火) 15:28:16
で どういう順番に強いの? 服部半蔵 風魔小太郎 猿飛佐助 霧隠才蔵 石川五右衛門 真田十勇士 伊賀 甲賀 風魔 柳生
百地丹波や鳶加藤こと加藤段蔵は除外か?
柳生? 忍者なの?
>>842 忍者の定義をどうするかにもよると思うが、柳生は忍者じゃないよ。
柳生家については、不明な部分もあり、江戸時代は新陰流を築き多くの門弟が
いた為、幕府の諜報担当をしていたともいわれている。
おそらくその辺から、忍者と混同されているのだろう。あと、映画やテレビの
影響もあるだろうねw
844 :
日本@名無史さん :2005/05/27(金) 12:10:49
柳生家は基本的に剣術の師範だから 忍者の役割も一部してたとしても忍者と呼ぶには抵抗あるねぇ
845 :
日本@名無史さん :2005/05/28(土) 09:13:01
846 :
日本@名無史さん :2005/05/29(日) 11:40:30
服部半蔵は忍者じゃないんだけど‥
槍の半蔵?
848 :
日本@名無史さん :2005/05/31(火) 00:06:13
あと、松尾芭蕉が忍者だったという説も、忍者研究者の間では、トンデモ説として 否定されている。
公儀隠密は、いずれもが忍者ではないよね?
忍者をどう定義するかにもよるが、忍び装束を着て懐に手裏剣をしのばせるといった 現代人のイメージで忍者を定義してしまうと、忍者ではないという事になるね。 しかし、例えば忍者が本当に手裏剣なんか使っていたかと言えば、非常に怪しい。 公儀隠密には、おもに伊賀組・甲賀組と目付け配下の者、御庭番に分けられる。 このうち戦国時代の忍者の流れをくむ、江戸時代初期の伊賀組・甲賀組と御庭番は 忍者とよんでいいと思う。江戸時代の忍者は、夜影に乗じて城内に侵入するような 技術をもった忍者はほとんどいなくなり、変装して他国の情報収集にあたるのが主 な任務だったわけだし。
御庭番は情報収集担当と言うイメージだあな。
このスレで「落第忍者乱太郎」の存在を知ってる人はあまりいないのか
忍玉乱太郎のことではなくて?
居るとしてもこのスレとはまた違うかと
>825 あの作品では妄想の類のスーパーマン的な忍者はでてこない。 なにかの参考になると思って。
闇に一番溶け込むとかで、橙色の忍者服があったって聞いたんですが本当?
857 :
日本@名無史さん :2005/06/03(金) 19:59:37
かなり昔にTVでやってた映画で、 10人の忍で秀吉か何かを暗殺する物語で、 相手がくのいちは10人に入れないのを知らずに、 10人捕まえていい気になってたのを、 刺客を差し向けてまんまと成功したのって、 なんて映画か覚えてません?
∩ | | | | ∧_∧ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( ´Д`)// <先生! 何を言ってるか分かりません / / \______________ / /| / __| | .| | __ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \ ||\ \ ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄ || || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| .|| ||
柿色のことをいってるんじゃないか?
861 :
857 :2005/06/07(火) 01:36:09
>>859 大変貴重な情報ありがとうございました!! _(._.)_
御庭番式小太刀二刀流後光十字
863 :
日本@名無史さん :2005/06/16(木) 02:19:21
史実はどうあれ、楽しめる忍者小説ってなんですか?
864 :
日本@名無史さん :2005/06/16(木) 09:11:04
バジリスク〜甲賀忍法帖
伊賀忍法帳 めちゃくちゃエロ&エグい
ところで、忍者ってどんだけの地域にいたんだ? 甲賀 伊賀 風魔 真田 雑賀 柳生 ほかにはいないのか?
一人もいない
>>866 僅か30レス前も読み返さない厨に答えるもの無し
なんで柳生や雑賀が忍者やねん。 風間は忍者っぽいけど。珍妙な馬の乗り方とか。
柳生には忍者はいた!!柳生忍軍ってのが・・
ゴーゴーウエスト!ニンニキニキニキニンニンニン…
こうがい(漢字失念)村知らない? こうがといがを合わせた名の村で地図にも載らない隠れ里なんだけど…
873 :
日本@名無史さん :2005/07/05(火) 22:59:45
浮上age
874 :
日本@名無史さん :2005/07/19(火) 12:05:56
ニンニン保守
スレ伸びねえな
876 :
日本@名無史さん :2005/07/19(火) 23:19:58
忍びは印を真言をとなえるんでしょ?
877 :
日本@名無史さん :2005/07/19(火) 23:20:33
あ、印をくんででした。
そんなことしたら敵に声が聞こえちゃうぞ。 てかなんで真言やねん。山岳修験かなんかと勘違いか? まあ漫画的なイメージではありそうだけどさ。
879 :
日本@名無史さん :2005/07/20(水) 12:01:52
まあ、柳生がいろんな特殊技能者を飼っていたのは事実だな。 一次資料「あずみ」
880 :
日本@名無史さん :2005/07/21(木) 10:20:18
あの時代で、すでに迷彩ってものを考えてた点がすごいな。 実際忍び装束って黒色なのけ?黒って結構夜でも見えるのだが(映画とか漫画だと黒だけどね)
881 :
日本@名無史さん :2005/07/21(木) 10:42:37
>>880 ずっと上のほうに黒ではないと書いていた。
882 :
日本@名無史さん :2005/07/21(木) 10:45:28
黒茶だった希ガス
忍玉乱太郎によれば柿色。あのアニメ妙にマニアックだから。
884 :
日本@名無史さん :2005/07/22(金) 13:25:51
黒っぽい柿色だろ?しかし、アニメや映画ではなんで黒になったんだろう。
以前もちょっと触れましたけど、正忍記では装束の色を茶染・ぬめりがき・黒色・ こん花色・濃い茶色・紺色としています。ぬめりがきというのが、黒っぽい柿色 の事のようです。また、蘇方(すおう)染めとよばれる、わずかに赤みがかった鼠 色があり、この色は闇にとけ込みやすかったと言われています。ただし、この様な 色の装束を実際に忍者がどの程度活用していたかは、不明です。 江戸時代中期の見世物は、幻術・妖術に加えて忍術が大流行。忍者は歌舞伎にも 登場するようになり、手裏剣なげや、印を結んだりして現代に伝わる忍者のイメ ージが人々の間で定着したようです。装束の色を黒色としたのも、恐らくこの頃 と推察されます。 忍術書に書かれた結印の術については、萬川集海の隠行術(身を隠す術)の一つ「う ずら隠れ」を行う時の精神統一のいわばおまじないとして出てくる位のようです。 なお、うずら隠れとは、うずらのように手足を縮めて、あたかも石のようになって しまうという術の事です。
連続カキコスマソ
>>872 >こうがい(漢字失念)村知らない?
>こうがといがを合わせた名の村で地図にも載らない隠れ里なんだけど…
東京麻布の笄(こうがい)町の事じゃないかな?
笄の地名の由来に甲賀・伊賀だという説もあるらしいけど、実際には甲賀組、伊賀組
同心が住んでいた形跡はなく、単なる俗説らしいよ。
887 :
日本@名無史さん :2005/07/23(土) 23:37:15
>地図にも載らない隠れ里なんだけど… 都市伝説みたいなものかなー
888 :
日本@名無史さん :2005/07/27(水) 19:36:44
忍者は暗殺もやってたの?
889 :
日本@名無史さん :2005/07/28(木) 14:11:55
やってたかもしれないし、やってないかもしれない 暗殺なんて裏方仕事なんぞまず記録には残らない そもそも記録を残したらその時点でばれる可能性が大幅に上昇する訳で ばれたら一番困るのは暗殺劇の首謀者だから
890 :
日本@名無史さん :2005/07/28(木) 16:58:26
時代劇では裏柳生が最強らしい
いや八代目が最強だろ。敵の本拠地に単騎特攻で殲滅できるんだから。 忍者じゃないけど。お庭番なんていてもいなくても変わらないし。
892 :
日本@名無史さん :2005/07/29(金) 03:13:27
お祭り忍者
893 :
日本@名無史さん :2005/07/29(金) 08:52:43
回転剣舞六連
夏厨うぜー
895 :
日本@名無史さん :2005/07/29(金) 11:39:48
「忍者」ってさ性格が時代によって変わるんでは 戦国時代と江戸時代では別物のような気がする 戦国時代は混乱に乗じた免許制の盗賊集団+情報収集 江戸時代はよりスマートな情報収集に特化した集団 こんなところでは
896 :
日本@名無史さん :2005/07/29(金) 11:53:49
戸隠流の宗家、初見さんを知ってますか? あの人の著書『いま忍者』はいい勉強になります。 特撮モノ『ジライヤ』に出演されてます。世界中から門下生が集まっていて すごい人です。 南米ではゲリラ対策の指導やアメリカでは警察官に 犯人を殺さず逮捕する体術を教えていて、うつ病の子供達に忍者の 装束で青空の下でスポーツ感覚で忍術を教えたりしています。 『初見良昭』で検索してみてください。
>>896 見た目おっちゃんだけど、スゴイらしいね。でも弟子は外人ばっかだな。
日本人は忍者の修行とか、いまひとつ真面目に考えらんないだろな。
898 :
日本@名無史さん :2005/07/31(日) 01:15:00
昔、『忍者辞典』というの読んだことがあるけど、無名の流派がいろいろあるんだな と思った。 羽黒流、上杉流、加賀流、義経流、薩摩流、南蛮流、紀州流、備前流、 秋葉流、松本流、芥川流、中川流、福島流、風魔流、北条流、武田流、
にんにん
| l l| | | l l| | ∩ ∩ | | ∧∧ アヒャ。 |l il (,゚∀゚*)| li ||i ┏━∪━∪━━┓ ┃ 240get ┃ ┗━━┯┯━━┛ |::| │::|グサッ ,.;,.:;,;.:,;.:,;.从│::|从.;,:;.:,;.:,;.,:;.
901 :
日本@名無史さん :2005/08/05(金) 03:37:38
飛騨高山にいた忍者はたしか、影一族。何流の忍びなのだろう?
902 :
日本@名無史さん :2005/08/05(金) 06:58:34
てことで最強の忍者は、バニラニンジャに決定。
今バイクで三重を旅行中なので 今日は伊賀の忍者村にでもいってくるよ
もちろんNinjaに乗ってるんだろ?
905 :
日本@名無史さん :2005/08/07(日) 02:09:15
服部半蔵の正体は松尾芭蕉
906 :
日本@名無史さん :2005/08/07(日) 02:10:00
やりにげでやってたね
907 :
日本@名無史さん :2005/08/07(日) 02:24:22
やりにげって・・・やりすぎねワラ
楠木流正成
朝鮮の忍者はなんて呼ばれてたの?
チョウセンニンジェン
911 :
日本@名無史さん :2005/08/10(水) 12:46:00
もともと忍者はわっぱとか呼ばれてたんだっけ? 忍者ってかこいい
別にかっこよくないよ かっこいいと思ってる人は何か勘違いしてる( ^∀^)ゲラゲラ
もともとそんな統一された名称なんてないでしょ。 それを一括りにして忍者と。
914 :
日本@名無史さん :2005/08/11(木) 15:52:59
某忍者博物館の話によると名字や地名に「賀」が付くのは、なにかしら忍者に縁があるらしい。 で、俺の名字にも「賀」が付く。 昔、俺が空手を習ってた頃、親父と組手をやった事があったが懐に入り手首から肘までの間を多用して攻撃する不思議な闘い方だった。 今にしてみれば手甲を使った武術か? そもそも手甲術なんてあるのか? 親父は紀州の山奥の生まれで、祖父は戦時中は諜報活動の部署にいたらしい。 ご先祖様は忍者の可能性あり?? 詳しい人情報求む。 長文スマソ
916 :
日本@名無史さん :2005/08/17(水) 23:08:38
917 :
日本@名無史さん :2005/08/18(木) 19:27:56
泥棒はニンジャの始まり
918 :
日本@名無史さん :2005/08/24(水) 01:02:01
伊賀の里って、信長に滅ぼされた後どうなったの?
おまえの親父と同じとこの出身なんだけど何とか就職斡旋してくれんね? と言う感じか。けっこうずうずうしいな。
名の通った派遣会社が倒産して優秀なスタッフが安く流れてきたら雇用側には悪くない話じゃろうて
>『戦国15大合戦の真相』鈴木眞哉 >戦国時代の合戦についての通説を痛切に批判している本。 > > 『冒頭から批判がましいことをいったが、別に私は他人さまのお書きになったものを云々しようというわけではない』 > >などと序文に書いておきながらも、あちこちで噴出する憤懣やるたかない表現の数々はなかなかに面白い > >島原の乱のところで、幕府側で忍びの者を用意してきた大名があったが、 >ろくに使えなかったので後で全員解雇というのが面白かった。 >私が思うそもそも忍びという不正規戦のエキスパートを終身雇用の武士にしようというのが間違っている。 >ああいうのは普段は貧乏な暮らしをさせておいて必要な時にだけ臨時雇いするものだ。
んんんんん、鈴木眞哉の本は面白いけどちゃんと検証せにゃ。 切り口は面白いんだけどさてそれが事実なのかと言うと。
925 :
日本@名無史さん :2005/09/07(水) 21:41:58
保守
926 :
日本@名無史さん :2005/09/16(金) 18:45:43
なると
甲賀は馬糞から火薬を精製する方法を編み出した日本で唯一の火薬生産地。 戦国期に入り火薬の需要が増大すると各地から買い注文が殺到し、指南役などで 人材派遣もするようになる(滝川一益など)。必然的に情報を多く抱える事に なり、情報屋として機能するようになる。この情報と製法を自衛するために忍術や からくり屋敷を開発した。ちなみに伊賀、甲賀、雑賀、加賀は元は同族。 江戸期以降は火薬の需要がなくなり衰退するが、忍術で江戸城警護(お庭番)の 職に就くが、火急の事態なんぞ起こらず本当にお庭番の仕事しかないので、実態は その辺の農民を派遣していた。 甲賀忍術屋敷の館長さんに聞いてきたっつーか暇だったらしく1時間くらい延々と 解説してくれた。茶くらい出してくれ。
>>927 茶を出さないのは、早よカエレや!ダボ!!と思ってたのかもね。
>>928 927は徳がないってことだよね。
私はお茶漬けだしてくれたよ! 日頃の行ないかなぁ(てへ
>>929 京都だったらネタとして成立するんだけど
931 :
日本@名無史さん :2005/10/05(水) 23:14:02
age
昔、風のフジ丸の終わりに、忍術千一夜ってコーナーがあって、○代目服部半蔵さんが出て忍術の解説をするってのがあったんだが、あの人は本物だったんだろうか? 当時、本編より、それが楽しみだったんたが…前レスに服部家はとり潰された、みたいなのがあったんで…。
半蔵正就の家系が桑名で代々半蔵〜〜と名乗ってはいるね。 それなりの家門らしい。藩主の家とも縁続きみたいだし。
934 :
日本@名無史さん :2005/10/09(日) 00:16:46
私は甲賀の出身ですが、母方は伊賀の阿山郡石川の出です。伊賀と甲賀の境に余野と呼ばれる地がありそこで薬屋をやっていました。 甲賀も南の方となると、伊賀との交流が深く遊びに行くのも伊賀上野御城下が多かったそうです。
935 :
日本@名無史さん :2005/10/12(水) 18:53:04
>>932 フジ丸の番組ラストの3分間の「忍術千一夜」で、本間千代子が案内役となってあれこれ
質問してた相手は、戸隠流忍法34代宗家・初見良昭氏だよ。
936 :
日本@名無史さん :2005/10/13(木) 15:14:53
友達がふうま忍者の血統。
937 :
日本@名無史さん :2005/10/15(土) 20:09:10
サスケの「分身の術」は男子たるもの必修の術といえるだろう。
938 :
日本@名無史さん :2005/10/15(土) 20:14:50
忍者は〜カゲ〜♪ 人のカゲ〜♪
939 :
日本@名無史さん :2005/10/15(土) 21:14:12
FFt 戦士系最強ジョブ
うちの父ちゃんも忍者。 でも今は失業中で家でゴロゴロしている。 産業スパイなんかするから・・・
>>935 さん。
あら、失礼しました。
…なにせ、あまりにも昔のことで…幼稚園にさえ行く以前なんで。
ご指摘、かたじけない。
ハットリ君(実写版ね)とごっちゃになったかな。
でも戸隠流なんてのも、あるんだね。
フジ丸は何流だったんだろう…記憶にない。いつもお母さんとすれ違ってばかりで、カワイソス、というのしか残ってないです。はい。
馬糞で作った爆弾の爆発音はやっぱりバッフ〜ンだったのかな?
何でそう思った?
945 :
日本@名無史さん :2005/11/04(金) 09:23:27
( ^^)Y☆Y(^^ )
ショー・コスギ
947 :
日本@名無史さん :2005/11/12(土) 10:27:55
ニンジャ特有の呪文もあったの?俺のなかでみたことない印と呪文がのってたけど。 水辺をわたるときあんな道具でわたれるのかと思った。
949 :
日本@名無史さん :2005/11/21(月) 12:42:25
忍者は内閣調査室として保護しておくべきだった。
ハットリ君がいるさニソニソ
951 :
日本@名無史さん :2005/11/21(月) 19:15:00
水蜘蛛については、最近の研究で中国のインチキ武術書を鵜呑みにして、まる写し した物である事が判明した。寸法まで一致するので、間違いない。 長い間、謎とされてきた水蜘蛛がインチキだったとは、必死に知恵をしぼってその 使用法を研究してた人たちの苦労は、まさに水の泡となったわけだ…
952 :
日本@名無史さん :2005/11/21(月) 19:24:05
萬川集海の解説書には、萬川集海のは水蜘蛛はそのままでは使いものにならぬ らしく、設計図の故意なる不足をやって残りの秘密を書かずの書だというが? インチキではないだろうがあれだけでは水蜘蛛の効用には至らぬらしい。 残りの口伝を持ってきて、はじめて水蜘蛛が役に立つんだそうな・・・?
953 :
日本@名無史さん :2005/11/21(月) 19:27:13
泳いだほうが早い
まあアレ如何にもばしゃばしゃ音がしそうだもんな。
955 :
日本@名無史さん :2005/11/22(火) 09:45:43
>>952 >インチキではないだろうがあれだけでは水蜘蛛の効用には至らぬらしい。
残念ながらインチキだよ。これ、読んで↓
http://ikebukuro.cool.ne.jp/ok20/oz/hu12.html そのサイトに書かれてある事を補足すると、萬川集海の水蜘蛛のところには、水かき
のような下駄が書かれており、これを水蜘蛛と組み合わせて使ったのでは、とされて
いる。しかし、「武備伝」にも全く同じものが書かれてあり、萬川集海がこのデンパ
本を丸写しにした事は間違いない。
要するに藤林は、実際に使えるかどうかを実地検証せずに、書いてしまったというのが
真相のようだ。
萬川集海では、この水蜘蛛をつかえば誰でも水を渡れると書かれてあるんだけどね…
956 :
日本@名無史さん :2005/11/22(火) 13:08:36
忍術というのは秘匿性が大なるもので、水蜘蛛に関しても萬川集海にも重要部分を抜かして 上っ面を書いているのみだということだ。どうすれば浮くかよ〜く考えなよ。 そうせずに、インチキと決めれば編者の思う坪なんだよ。w
>>956 >どうすれば浮くかよ〜く考えなよ。
>そうせずに、インチキと決めれば編者の思う坪なんだよ。w
建前論はいいから、君がよ〜く考えた結果を教えてくれ。
そもそも、編者の思惑ってなんぞや?
958 :
957 :2005/11/26(土) 14:09:34
956は、偉そうに能書きたれただけで、内容のある書き込みができずに、トンヅラ したようだな。
959 :
日本@名無史さん :2005/11/26(土) 16:52:14
遁法w
960 :
日本@名無史さん :2005/11/26(土) 19:31:42
忍者ってどこに消えたの?平家派も好きだった。
961 :
日本@名無史さん :2005/11/26(土) 19:48:05
蜘蛛?
963 :
日本@名無史さん :2005/11/27(日) 01:49:25
忍者刀っていうのは実在しなかったの?
>>915 >祖父は戦時中は諜報活動の部署にいたらしい
祖父も日清日露戦争時に諜報活動の部署にいましたよ!
代々文の配達みたいなことしてたそうですが忍者かどうかは解りません
ちなみに伊賀出身です
>>964 現在内閣文庫になっている萬川集海は、旧陸軍大学と旧海軍兵学校がそれぞれ複写
しています。この事から解るように旧軍は真剣に忍者研究を行ってました。
中野学校でも、教材にしていたとも言われてますので、君のご先祖が、忍者だったか
どうかはともかく、間接的に忍者とかかわりがあったともいえますね。
空挺に忍者っぽい格好させたら恰好良さそうだね。実際に動きやすいのかどうかは知らんが。
967 :
日本@名無史さん :2005/12/10(土) 22:48:53
忍者は、死ぬ時、どこの誰だったかを隠すために 顔を自らグチャグチャにして 死んでいった、、という話は本当ですか? 本当なら、可哀相すぎ、、、 ってか、生き様かっこよすぎ
なわけねーだろ。 顔見ただけで何処の誰かわかるほどの有名人なんてそれだけで忍者失格だ。
969 :
日本@名無史さん :2005/12/12(月) 11:41:47
忍者文化がきちんと継承されて科学技術なんかも取り入れてたら 世界でもトップクラスのスパイ集団だったに違いない。 日本のバカ!
970 :
日本@名無史さん :2005/12/12(月) 15:12:41
972 :
日本@名無史さん :2005/12/12(月) 22:21:10
ガッチャマンなんかホントはいない!
973 :
日本@名無史さん :2005/12/12(月) 22:29:00
いやぁ、獅子丸は最高のスパイでしたよ。 なんせ喋る犬でしたから… 服部半蔵談
藤岡弘、は現代の忍者だyp
975 :
日本@名無史さん :2005/12/13(火) 12:51:53
漏れの友達で忍者の子孫だと言う香具師が居ました。
976 :
日本@名無史さん :2005/12/13(火) 14:09:48
>>975 恥ずかしい先祖だな。先祖に忍者がいたら絶対隠すぞ。
977 :
日本@名無史さん :2005/12/13(火) 18:24:44
いや、だけど暴露ってたんだねコレが。 失礼だけど……う〜ん、としか言い洋画なかったお
昔、忍者というのはもともとは、山賊や野盗だったと信じられてた時期があり、 先祖が忍者だった家の人は肩身の狭い思いをしなくて済むよう、忍者だった証拠 の隠滅をはかったそうだ。 この為、貴重な資料がかなり失われたらしい。
979 :
日本@名無史さん :2005/12/14(水) 18:13:23
なんてこと考えてたんだ! 日本のバカー! 自ら世界一流スパイの伝統を潰すなんて!
980 :
日本@名無史さん :2005/12/14(水) 18:37:00
>自ら世界一流スパイの伝統を潰すなんて! 先祖がスパイ?あんまり聞こえが良い物ではないぞ。
アメリカではイチローが忍者のイメージにぴったり
982 :
日本@名無史さん :
2005/12/14(水) 21:16:08 >>980 先祖はスパイでも忍者でもなく
単なるスパイ&忍者好きですが、何か問題でも?