686 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:03:58 0
>>683 どこでどう拡大解釈しているのか具体的に指摘してみなよ。
それに、丸山さんは自著のなかで読む行為がすでに創造的営みなんだと再三強調していたはず。
『ソシュールの読む』手続きのなかに自身の学業的なプラスアルファがあるんだと宣言している。
自分の「読む」は能動的な読みだと言っている。
そう言いながらも私が読む限り、原テクストを忠実に解説している人のように見えたけどねえ。
だからどこがどう拡大解釈だというのか具体的に示してくれるとありがたい。
あと、
>>634にある通り、丸山圭三郎は初期はまだよかったが、
精神分析用語を導入したあたりからひどい。
>>673は「精神分析にも懐疑的だったね」とか知った風なことを言ってるけど、
『欲動』とか『言葉と無意識』とか『言葉・狂気・エロス』とか見てないのかね。
689 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:16:11 0
>>685 どこが無理な発見なの?
ソシュール自身は、ちゃんとした書を残していなくて、講義を聴いた学生らの
ノートが資料として残っているだけだから、新たに発見公表された資料を丹念に追いながら、
(ポスト・動態論的)構造主義者ではないとするそれまでのソシュール像が必ずしも
そのとおり的を射たソシュール理解ではないことを丸山さんは丁寧に説明を加えていたね。
もちろんその「読み」には丸山さん流の解釈が新たに付加価値化されている点もあるんだろうけど、
それを言うんだったら、デリダらのソシュール理解にしたって誰の読みにしろそれはあるでしょう。
690 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:19:30 0
>>687 丸山さんのソシュール読解の問題意識はそもそも、それまで一般に流通している『一般言語学講義』が
ソシュールの思想を正確に伝えていないというところにあったわけで、今更『一般言語学講義』を持ち出されても。
>>690 なら、
>>392に引かれた箇所が原資料と背馳してるってのかい?
そこを確かめないで、『講義』だから駄目ってのは、自分の頭で思考してないよ。
ソシュールは言語学者として飽くまで言語学のために思考したのであって、
哲学思想のために原資料を綴ったわけでないことは、原資料が出てきたって変らない。
『言語哲学の地平 丸山圭三郎の世界』(夏目書房)の鼎談でも、
弟子から丸山解釈の行き過ぎを指摘してたっけね。
692 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:27:36 0
>>688 > 精神分析用語を導入したあたりからひどい。
どう酷いの?
>
>>673は「精神分析にも懐疑的だったね」とか知った風なことを言ってるけど、
> 『欲動』とか『言葉と無意識』とか『言葉・狂気・エロス』とか見てないのかね。
そこからもうソシュール学を越えて、丸山さんが独自に展開なさっているからね。
つか、『文化のフェティシズム』以降あたりからはもう丸山思想に入っていくね。
彼には、マルクスとフロイトとソシュールは思想的な問題意識の点でよく似ている
という認識があったようだから。フロイトよりもラカンだったかな。
>そこからもうソシュール学を越えて、丸山さんが独自に展開なさっているからね。
で、それが
>>673の知ったかぶりを帳消しにできるとでも?
>>691 > なら、
>>392に引かれた箇所が原資料と背馳してるってのかい?
> そこを確かめないで、『講義』だから駄目ってのは、自分の頭で思考してないよ。
それを言うなら、
>>392が丸山さんの著書を読んで書いているのかあやしいよ。
>>392はともかく、それを参照せよというあなたが。
丸山さんがそれをもって唯言論の提唱なんて解説をしていたかな?
彼のソシュール解釈からして到底ありえない話だよ。
695 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:32:32 0
>>693 意味不明。あなたは何が言いたいの? 精神分析用語を導入したのが気に入らないだけなの?
で、だからどうしたの?
丸山さんがクリステヴァに懐疑的な冷たい評価を下していたのは事実でしょう。
>>696 クリステヴァ=精神分析、なのかよ。
それは丸で、或る選手に冷評的だったらそのスポーツ全体に冷評的だとするみたいなもんだ。
699 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/09/22(月) 01:54:29 0
彼が対象に選んでいたフランス現代思想界(特にポスト構造主義論壇)では、
クリステヴァさんが精神分析論系の代表論者にはなっていたね。
で、精神分析用語を借用したところのどこが気にくわないの?
丸山さん的には、精神分析もそれ以前の心理学に対する批判的な構造主義の
一種のように映っていたんじゃない?
フロイトはまだそこまで洗練されていなかったと評価していたから
ラカンを買っていたのか。しかしラカン派のクリステヴァへの評価も微妙だったな。
丸山の思想(めかしたもの)とは、ソシュールを主とした現代思想材料の
心理学化(心理主義化とすべきか)であり
延いては実存主義化(詰まるところが人生論化)であった。
その心理主義化に際して精神分析が参照されたわけである。
丸山圭三郎氏のソシュール理解でちょっと分からないというか、明晰でないと感じるのは、
シニフィエ(意味されるもの、記号内容、所記)とレフェラン(指向対象、指示対象)とを
混同してはならないと読者に再三にわたって警告しているにもかかわらず、結局のところ、
丸山氏ご自身もこの二つを一体のものと見なす理解に与しているように思われるところ。
シニフィアンス(意味するもの、記号表現、能記)とシーニュ(記号)とを混同したり、
シニフィエとレフェランとを混同して語っているところがソシュール自身にもあると丸山氏
は著書(『ソシュールを読む』岩波書店)のなかで指摘してもいるから、ソシュール自身にも
使用された概念に一貫性を欠くところがあったのかもしれない。
ソシュールの言語理論ができあがっていく過程を時系列的に厳密に見ないとなんとも言えないけど。
フレーゲ読め
704 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/11/13(木) 00:32:17 0
ELGの邦訳が出たらソシュールの評価はかなり変わるでしょう。
まともな翻訳になれば、の話だけれど。
705 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/19(月) 14:51:34 0
>702 まあ、日常生活で二つを混同しないことはほとんど不可能
でしょ? あ、ウンコふんだ、というときのウンコは、どっち?
ところで皆さん、前田英樹『言葉と在るものの声』は読みましたか。
そこであえて排他的になる必要はもちろんないよね
丸山・言理学ふうには、「ウンコ」という網の目で分節されているから、シニフィエのほうが権利的に先行するだろうね
丸山の警告は結局、言語=名称目録観をいましめるいつものパラフレーズでしょ
「言葉と言葉の仕切り」
の英語は
「the partition of words」
でいいですか?
708 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/20(火) 21:24:53 0
>706
例えばウンコを投げつけられた場合悲惨なのは、
レフェランとしてのウンコにまみれることなのであって、それは
どう呼ばれようとかまわないでしょ? 権利上SEが
先行するという言い方は、正しいとしてもかなりお上品ではないかね?
しかしそもそもその現象を悲惨なものたらしめているのは「ウンコ(=不潔)」というカテゴリーではないか
もしそのウンコがカレーのような外見をしていたなら、あるいはウンコがカレーに見える催眠術をかけられていたら
事件はそこまで悲惨なものとはならなかっただろう
一般に考えられているのとは逆に、シニフィエ(シーニュ)こそ言語主体にとって一次的なものであって
個人にとってはレフェランの実在性は祈りのようなものでしかない
ただし、他者が同一のウンコを感じ、措定している、という事実によって、ウンコの運用性にあらたな価値が生じる
710 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/20(火) 21:46:03 0
↑ いや、あれをなげつけられるとね、とにかく臭いの。
ていうか、臭かったの。とっても。あれ、ほとんど物自体だった。
711 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/01/22(木) 20:07:11 0
>705
岩波『思想』の今月号に『言葉と…』の書評でてる。
前田英樹は詩人なので信用できない。自己陶酔するよね、自分の言葉と論理に。
丸山圭三郎にもそんなとこあったけどさ。
713 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/02/06(金) 21:52:28 0
↑ でもさ、その意味で陶酔しないしない人っている?
うん。詩人でない人。
学者が一般に論文のなかで好んで使うコノテーションの少ない語彙やフィギュールに従容と従ってれば
陶酔してないということになるんだろうか
仏文畑の人はあえて”日常語”で思考することをよしとする傾向があるに思う。パスカルやデカルトの伝統からか
「言葉に酔う」か「数学を使う」の
二択なんだよ。
二者択一ではないな。
厳密な学術用語に従ったものならば、少なくとも詩的陶酔ではないし。
構造主義以降の仏文系は日常語よりか詩語で思想することを好む傾向がある。
ニーチェ、ハイデッガーなどのドイツ系晦渋文体の影響もあったからフランス語のクラルテ(明晰性)神話なんて崩潰してる。
"深読み"ならぬ"横読み"されてナンボっていうスタンスでやってるからな
そういう意味で
>>716の二つは同じこと
詩的陶酔ではないけど、それもまた一種の象牙の塔的陶酔に見えますわな
Firefoxで開くとHTMLソースまる見え
今回も監修はしてないんでしょう
互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール 〈言語学〉の孤独、「一般言語学」の夢』
今度出たこの大著、どうなんだ?
著者は岩波書店『思想』のエディター。
前田英樹の推薦文が、萎え。
でも肝腎なのは中身だ。読んだ人〜?
723 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/07/28(火) 20:45:03 O
ときどき病気がぶりかえして暴れるのねw
725 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/10(木) 23:34:28 0
age
普段はいい人なのに、飲むと別人のように暴れるところ
727 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/27(日) 20:33:41 0
互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール 〈言語学〉の孤独、「一般言語学」の夢』を買おうか
どうしようか悩んでいるですが、実際のところ買うに値する本なんですか?
どなたか、お教え下さいませ…。
728 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2009/12/29(火) 02:01:09 0
729 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2010/01/08(金) 19:43:19 0
>>728 なんだ、その評者?
二人とも言語学には関係ないじゃん
渡辺哲夫なんか精神科医?
わけわからんねえ
まあ、エディターが書いた本じゃあ
大した本なわけないんだがな
あっちで暴れていたバカが、またこっちで同じネタで暴れるという
まあ渡辺哲夫が書くものが駄目なのは同意する。
あいつの本は二度と購入しない。
732 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2010/01/09(土) 15:14:53 0
正直、この暴れん坊さんにはもう飽きました…
733 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2010/01/10(日) 13:49:24 0
734 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/19(金) 23:16:04 0
遅れ馳せながら『ECRITS DE LINGUISTIQUE GENERALE』を買って読んだけれども
どうなんだろ…目新しいことは書いていないね
ソシュール自身の遺構であっても、「講義ノート」でほぼ言いたいことはいっているな
ソシュールが長生きしていて、これを完成したとしても、発表はしなかっただろうね
そんな気がするよ
言葉・言語をこねくりまわして解釈するとが使命・役目だと
信じ込んでいて、しかも名前が so シュールであること。