>>246 > あんたの漢文の素養は厳復さんより上ですか。そうですか凄いですね。
厳復の漢文の素養がどれほどのものであろうとも、厳復自身が書いたものは、古典とは見なされない。
> 得的の検索は単に支那語と一緒になって難しいってだけじゃん。
難しいから見つけられなくてもいい、あったに決まってる、信じてくれと?
そんな甘ったれた泣き言がよく言えたもんだ。「得的」は古典にあるから正統だと言い出したのはそっちだろ。
私だったら恥ずかしくて絶対言えん。
249 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/04/29(土) 01:43:47
>>厳復自身が書いたものは、古典とは見なされない。
はあ?じゃあ古典の定義は?時代で決めるわけ?じゃあ水滸伝も古典文語なわけ?
当然ながら文語・口語の弁別基準という無形のものが漢文圏に成立してる
わけでしょ。水滸伝くらいならすぐ区別できるけど、もっと微細なところが
本当の勝負どころなわけでしょ。そもそも文語にネイティブはいないよ。
修練で得るのが文語の能力。それは厳復でも韓愈でも一緒。
>>難しいから見つけられなくてもいい、あったに決まってる、信じてくれと?
有ったに決まってるんじゃなくて、無かったというだけでは無意味なの。
漢文圏に成立している無形のもの、それこそが勝負どころなわけでしょ。
その勝負をできない奴が検索とかしちゃうわけでしょ。馬鹿か。
検索で点数取れるのは、用例の存在するところまで。その先こそが勝負。
>そんな甘ったれた泣き言がよく言えたもんだ。
甘ったれない・泣き言言わない必要条件が、検索中毒ですか。馬鹿か。
そういう下等な仕事は君がやりなさい。
>「得的」は古典にあるから正統だと言い出したのはそっちだろ。
有るから正統?有り得るから正統なんだが。もちろんたまたま有れば
分かり易いから引用する。それは単に分かり易いというだけの理由なんだが。
>>249 > はあ?じゃあ古典の定義は?時代で決めるわけ?じゃあ水滸伝も古典文語なわけ?
歴史的価値があると信じられているものを古典と呼ぶ。厳復は日本人が漢籍を無条件にありがたがらなくなってから現れた人物なので、彼が書いたものは日本人にとって古典ではない。
水滸伝も、例えば都賀庭鐘にとっては古典だったろう。文語かどうかはどうでもいいことだ。
> 無かったというだけでは無意味なの。
なかったとは一言も言っていない。
> 漢文圏に成立している無形のもの、それこそが勝負どころなわけでしょ。
> そういう下等な仕事は君がやりなさい。
> 有り得るから正統なんだが。
君は有形の証拠を示す義務を持たず、ただ在り得ると叫んでおればよく、決して反証されないわけだな www
251 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/04/29(土) 05:55:44
「得的」や「得正鵠」を検索するとき要注意なのは
動詞の後に「得」が用いられている場合
「得」が本動詞ではなく補語を導く構造助詞となっている場合があるということ。
“只是見得不完全”(朱子語類)
こういうタイプの「得」の後には主語述語を備えた文が来ることもある。
252 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/04/29(土) 07:19:05
>>251 補足すると、構造助詞の「得」を「得る」と訳すのは間違いということ。
日本語の「言い得て妙」の「得て」は構造助詞の疑い濃厚。
宋江道,莫不是和近上打得熱的。(水滸伝第72回)
宋江道ふ,是,今上と打し得て熱する的(もの)ならざる莫(な)きや。
水滸伝は白話小説に分類されている。
>>224 それだ!!過剰修正!!
むかし東北出身の友人と格ゲーしてるときに「蹴ろ!!蹴ろ!!」
って云ってたのを思い出した。いつも「やめれ」をバカにされてたから・・・・。
射撃(射的、狩猟)のプロセス
(1) 的を得る(目標を認識する)
(2) 的を射る(矢、弾丸などを目標に向けて発射する)
(3) 当を得る(命中という現象が起こる。通常射撃者に利する現象なので得ると言う)
(4) 的を得る(射撃の対象物を取得する)
誤用かどうかはともかく喩えとしての射撃プロセスにおいて
的を射たり当を得たりするのと相前後して現れる現象のため
この表現もありうると思ってしまうのではないだろうか。
255 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/09/07(木) 04:40:32
>>253 職場で部下に向かって「帰ろ、帰ろ。」言っているやつがいたw
2ch用語の過剰修正だろうな、きっと。
一緒に帰ろうと誘ってるわけではないのか?
「一緒に帰ろう」でもないのだけれど、
「帰れ」ではきつい、「帰りなさい」ではよそよそしい
ということですぉ。
本当にどうでもいいんだけど。的を得るであってるよ。
的を得るの的は弓道の金的(つまり一番中心の白い○)のことだから。
621 名前:名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/04/16(月) 09:51:53
これもかなりどうでもいいんだけど。最近、あまりにも自分で調べないで”これは間違ってる”
”これは間違ってない”とかきめつける奴が多すぎて、逆に滑稽です。優しく教えたいけど、どう対処していいのか困るよな。
それと上記の記述間違い、
白い○じゃなくて黒い○。あとは精神論を大事にする弓道では射る前の心の状態や形を大事とし、
それが出来ていれば自然と中るということで、中ることで極意を得た、真髄を得たの意味と同等の意味があり、
そこから的を得たということに通づるわけです。逆に当てるために崩れた姿勢、心で当てるのを、当て弓、当て射、などといって無理やりに
当てる形のことをいい、これを悪いこととするので、ここからもわかるように的を射るというのは誤用です。
あと提案ですが誤用を見つけたなら、誤用の意味で成り代わる言葉も一緒に探すと良いスレになると思いますよ。
260 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/04/29(日) 18:24:00
ニダ
私たちはいつも一緒よ
そうよいつも一緒よ
そもそも何故「的に当てる」でも「的を射抜く」でもなく
「的を射る」という不自然な言葉が例えに使われているのか
264 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/04/29(日) 23:31:11
彼女のハートを射止める。
>>263 > 「的を射る」という不自然な言葉
あなたがどう感じようとそれを気にする人などいないし、
「的を射る」は全く不自然ではありません。
いつも一緒にいましょうね
喪舞え等ヴォキャ貧だな。
「射る」なんてゆう短い言葉は
複合語にして
射貫く
射とめる
などとするのがイインだよ。
でないとヴァカが「的を得る」とか
「的を煎る」とか書いたりするんだよ。
>>265 単に「的を射る」と言えば的を目掛けて矢を放つということだろう
269 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/01(火) 15:05:11
射的はあるけど
得的はない
いつも一緒にいましょうね
私たちはいつも一緒よ
私たちを離れ離れにしないで
275 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/07(月) 19:39:01
最近思ったんだが
よく「的を得るは誤用」と言われているが
「的を射て、得る」という考え方ではおかしいのか?
276 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/07(月) 19:46:13
中国古典に照らせば「的を得る」こそ正しいというスレあるよ。
私たちはいつも一緒にいたいの
私たちはいつも一緒にいるのよ
279 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/07(月) 23:25:36
「的を得る」とは、「標的にあてる」という意味。
本来はこちらが正しく、
「的」は「射る」もんだと、思って「的を射る」と間違って使い始めた。
それがいつしか南京虐殺事件のように、正しいとされてしまった。
私たちはいつも一緒にいるの
そう決めたのよ
そういう運命なの
281 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/12(土) 12:14:37
でもTVとかで「的をいる」って言ってたの聞いた事ないな。
言葉って時代と共に変化するものだから、
もう「的をえる」でもいいんじゃね?
的をいるのほうが、今や違和感あるもん。
「的をいる」じゃなきゃ絶対ダメってんなら、
「あたらしい」もダメって事になるよ?
本来なら「あらたらしい」が正しい読みなんだもん。
282 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/12(土) 12:28:36
だから、的をえるの方が本来なんだって。
283 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/12(土) 12:39:57
あらたらしい
私たちはいつも一緒にいる運命なの
だから一緒に居ましょうね
285 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/05/12(土) 19:21:40
しだらがねーな
私たちはいつも一緒にいる運命なの
だから一緒に居ましょうね
私たちはいつも一緒にいる運命なの
だから一緒に居ましょうね
私たちはいつも一緒にいる運命なの
だから一緒に居ましょうね
強い絆で結ばれた私たち
ずっと一緒に居ましょうね
290 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/10/28(日) 16:17:53 0
この用法を得意げに突っ込んでる輩を見るに悲しくなるぜ
291 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/10/28(日) 17:02:54 0
辞書はに
「的を射る」「正鵠を射る」
と載っていたからこれが正しい。
権威主義に陥っている感は否めないが
これでいいのだろう。
292 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/10/28(日) 17:04:47 0
× 辞書はに
○ 辞書には
辞書はに
(笑
的を得る論争に加担するとネラかと思われるので
「的確な」と表現するのが吉だな。どうやらATOK
信じた厨房とネトウヨが広めたようだ→的を射る
的を得るは少なくとも80年代(恐らくはもっと以前から)
からTV等でも慣用されてた。それを知らない厨房
が馬鹿騒ぎしてるだけだろうね。
295 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2008/02/01(金) 12:15:10 0
681 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/01/30 01:23
何かしら嫌いな言葉があって何が何でも言葉狩りしたい連中のしつこさは異常。
頭がおかしいから“こんなつまらない言葉”ごときにいちいち粘着するんだろうな。
得るをえると読む人の数 とかやれよ
俺的を得る派だけど的を射るも正しいと思うから
射る派も得るでも別にいいよって思ってくれ
どっちも意味同じなんだからいいじゃないか