テイルズ オブ バトルロワイアル Part17

このエントリーをはてなブックマークに追加
1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part10
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1188467446/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part11
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1192004197/l50
テイルズ オブ バトルロワイアル Part12
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1197700092/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part13
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1204565246/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part14
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1213507180/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part15
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1224925862/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part16
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1231916923/


【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル2nd Part12
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1283236233/


【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html
2名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:23:54 ID:h5sFnkmw0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:25:55 ID:h5sFnkmw0
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:26:16 ID:hqpPGzGd0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:27:01 ID:h5sFnkmw0
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
6名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:27:29 ID:hqpPGzGd0
あ、すまん割り込んでしまったようだ。
続きドゾ
7名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:28:07 ID:h5sFnkmw0
【参加者一覧】 ※アナザールート版
TOP(ファンタジア)  :1/10名→○クレス・アルベイン/●ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :2/11名→●ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :2/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計9/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4 C5

18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
8名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:29:23 ID:h5sFnkmw0
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
9名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:30:22 ID:h5sFnkmw0
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/12(火) 00:31:18 ID:h5sFnkmw0
テンプレ終了です。ぶつかってすいませんでした…
じゃあちょっと来週まで時間転移してくる。
11名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/13(水) 20:58:54 ID:dQbwOszz0
スレ立て乙
さて来週まで時間転移するか
12名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/15(金) 09:22:37 ID:5kf5fBOf0
あんまり時間転移するとルールに引っかかって首輪爆破されるから気をつけろよ
13名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 07:35:43 ID:+aCYCcq20
お待たせいたしました。今晩、7時以降に投下いたしますので支援をよろしくお願いします。詳しい時間はまたお知らせいたします。
14名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 16:23:29 ID:WKw8WZ5y0
本投下来るか!
wktkしながらお待ちしてます
15名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 18:01:31 ID:iDDnHV0C0
代理のものです。本投下に先立ち、先行β版の再投下を行います。
支援は大歓迎ですが、ゆっくりやりますので、
どうか後の本投下用に蓄え頂きますようねがいます。

では、再投下いたします。
16:2010/10/16(土) 18:02:47 ID:iDDnHV0C0
「今だけ、その道を支えてやる。この“時空剣士”ミトス=ユグドラシルが」

仲間を喪って、人間に裏切られ、姉を喪い英雄として敗北した挙句、天使やハーフエルフとしても崩れかけている。
そんなニンゲン・ミトス=ユグドラシルは、まるで獣に喰い散らかされた屍肉の様な哀れな風貌で、継ぎ接ぎの皮と芯で辛うじて地に立ちそう吐き捨てた。
どうしようもなく朽ちてしまったミトスの身体は、見せ物にしても流石に見るに堪えない代物だ。
しなやかで張りがあった筈の肉は、精力を失い乾燥し、皹割れた地表の様に萎びていた。
天使の輪が光り、艶があった筈の金髪は、血と油に汚れてすっかりくたびれてしまっている。
死に損いも死に損い。体躯と対照に酷く綺麗な天使の翅は、取って付けたようで最早笑い種だ。
しかしカイルの目には、そのゴミの様な四肢は確かに凛と、一人の完成されたニンゲンとして見えた。
有象無象を静止に至らせる無慈悲な絶氷……いや或いは万物を灰燼に帰す地獄の豪火か。
力強く猛りながらも、冷徹で幽邃な圧倒的覇気。
器と呼ぶ物があるなら、この威厳にも似た清冽な存在感の事を言うのだろう。
カイルは、熔解した後に固まって妙に歪んだ大地に立つミトスをまじまじと見つつ、そう思った。

「ミトス、お前」

……ソレ、取って大丈夫なのか。
要の紋を指差しそう続けようとしたが、カイルはいや、と呟き言葉を飲み込んだ。
確かにエクスフィアの直接装備は身体に毒とはロイドから聞いていた。
だが、この状態のミトスにそれを訊くのは野暮過ぎる質問だと思ったからだ。
ミトスからしてみれば、こんな有様の身体に触ろうが何だろうが、きっともうどうでもいい事なのだろう。

カイルは両手で紫色に染まってしまったズボンを握ると、黄昏の魔手に浸蝕される空へと目を泳がせた。
程無く呆れた様な溜息と舌打ちが、もう一人から一つ。
【それでいい。馬鹿は余計な事を言うな。時間がないんだ、黙って見てろ馬鹿】
「ばッ……!? に、二回も言う事ッ」
『おいミトス、呑気に喧嘩をしている場合では!』
【五月蠅いよ、餓鬼共】
ミトスはしたり顔をしたまま心底苦しそうに笑うと、心外だと食い付くカイルから視線を外した。

油断すれば今にもぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな脆弱な脚腰。
関節を動かす度にみぢりみぢりと千切れる、余りにも頼りない神経。
“辛うじて”瞬きをする度に、ねとりと目の縁から溢れる黒い体液。

……ああ、クソッタレ。ミトスは腹の底から、自らを呪う様に唸った。
部品共が、末端が最早まともに命令を聞きゃあしない。
生憎と油を差してる時間は無いし、ボルトを締める余裕も無ければ補強する道具も無い。
今の僕には無い物が多すぎて、何かが有る事の方が異常になっている。
皮肉な話だな。元々、僕には何も無かった筈なのに。それが自然だったのに。
でも今は、これが自然とは到底思えない。欠損はやっぱり、異常なんだと今更気付くんだ。
……だが、手前らの主は腐ってもこの僕だ。これからギアはまだ上がるぞ。
この程度でへばってたら即ゲーム・オーバーだ。
僕とこの肉とはもう腐れ縁のレベル。
ま、肉体なんて無機生命体にとっちゃキャラメルに付いてるおまけの玩具並だけどさ。
でも、折角なんだ。最期まで付き合わなきゃ損だぞ? このポンコツハーフエルフ。
バイト代の代替に良いモノ見せてやるから、もうちょっとだけ残業してけよ。

五月の蠅を軽くあしらい、ミトスは己が相棒へと視線を移す。
使ったのは僅か2日程度というのに、今じゃ随分と手に馴染んでいる。
何故かと少しだけ考えて、直ぐに得心した。少なくとも、エターナルソードよりはこの身体のサイズに合っている。
『ミ、と』
アトワイトの消え入りそうな電子音に、ミトスは今から行うべきことを再確認する。

【悪いけど、悠長に語ってる時間がない。“剥がす”よ】
17:2010/10/16(土) 18:04:11 ID:iDDnHV0C0
何時になく険しい声色にアトワイトはマスターへ声を掛けることを止め、その表情を窺った。
震えている……否、“肩を揺らして笑っている”。
何処をどう見渡しても残骸以下の肉体。だが、その笑みはただそれだけでミトスを死に損ないの少年と認識させなかった。
むしろ、何処か若返っているとさえ錯覚するその笑みは、生まれた瞬間の生命の溌剌さに近い。
しかしこの状況でなおも笑うのか。これは言うなれば、そう――――――狂気の類。
本人は自らが形作る表情の意味に気付いているのだろうか。
絶望的なまでの制限時間――否、それさえも疾うに終わっている――を添えたこの逆境を、無意識に愉しんでいる事に。
ならばこの意識外の狂的な愉悦は、何処に向けられたものなのか。
カイルへの? ……いや、十中八九違う。ならば誰へ、何へ?
(……違うワね。そんな複雑なものじゃない)
コアクリスタル、そしてそこに寄生するエクスフィアにかかる斜陽の光線をミトスの掌が遮った時、アトワイトは脱力するように溜息をついた。
『ミトス……』
【何?】

これは、彼女が道端で小銭を見つけた時のような笑みは―――――――――大人の鼻を明かすため。

『痛く、しないでね?』

この子供が大人への悪戯を思い付いたかの様な笑みは――――――――――ミトスが追い求めた大人の背中への。

【死ねバカ】



【17:55'10】



エクスフィア。人間に着床することでその人間の長所を強化する増幅器であり、
鉱石でありながらヒトに寄生しその感情・精神を餌にして成長する歴とした“生命体”。その呼称である。
エクスフィアは通常、要の紋という接続装置を介して肉体に装備する。エクスフィアの直接装備は身体に猛毒である故に、だ。
毒素と言う名の力の代償。増幅させるためには肌につけなければならないのに、直接つければ寄生されるという矛盾。
自然はそう簡単に人間へと力を授けないということらしい。
だが、ヒトには知恵があった。
かつて世界が統合されていた頃よりも更に昔、ドワーフは持ち前の技術を活かし、その毒素を抑える特効薬<要の紋>を精製したのだ。
だが、ヒトが火を使う術を覚えたとしても火の恐ろしさが減じるわけではないように、エクスフィアの呪いは厳と存在しつづけている。
要の紋無しにエクスフィアを剥すと、身体を形成するマナが毒素に蝕まれ、暴走――――肉体構築バランスとマナの結合を崩す。
それは人間を人間と構成している結合の崩壊。つまり、心身共に怪物の様に成り果てるという事だ。

『お、おい……!』

それが今、目前で繰り広げられようとしている。
ミトスはあろう事か、アトワイトのコアクリスタルに直接寄生したエクスフィアを剥そうとしたのだ。
その行動へと声を荒げながら咎めたのは、当然同じソーディアンであるディムロスだった。
無論、寄生者が人間の場合ではなくソーディアンの場合にもそのルールが適用されるかは定かではない。
が、エクスフィアが貪るものが人間の生命ではなく“精神”である以上、
人格を持つ武器であるソーディアンに及ぼす危険性は、単純機械のそれを遥かに凌駕する。
なにより、この弱ったアトワイトの様子。これは確実にエクスフィアを利用して限界を超えた“利息”だ。
この状態からコアクリスタルに癒着したエクスフィアを剥ぎ取る事は、相当危険なのではないか。
彼女が破損する可能性を少なからず感じとったディムロスには、ミトスの行為を見過ごす事は到底出来なかった。
18:2010/10/16(土) 18:05:16 ID:iDDnHV0C0
【何だよ】

ミトスが目を細めながら低く呟く。心底面倒臭そうな声だった。
『気でも違ったか!? 直接装備したエクスフィアを剥すなど到底正気の沙汰とは思えんッ!』
【何だそんな事か……心配無用だよ王子様。ただの応急処置さ。魔法使いの仕儀に口を出すと、舞踏会に間に合わないよ?】
ミトスはカイルが所持しているディムロスへと嘲笑を浴びせると、アトワイトのコアクリスタルへと手を伸ばした。
『応急処置!? 何を言ってッ』
「ディムロス」
す、とカイルが興奮に紅く輝くディムロスの刀身をはたく。
何事かとディムロスが見上げると、カイルは首をゆっくりと左右に振ってみせた。
冷静なカイルの様子に、ディムロスはコアクリスタルの発光を止め、喉元まで競り上がっていた怒声を飲み込む。

「信じよう」

……信じよう。はっきりとした口調で、カイルはそうディムロスを諭した。

   <信じる事。信じ続ける事。それが本当の強さだ>

一閃。
切っ先からグリップまで、思わず身震いする様な電流が走った。
脳裏に浮かぶ青年の顔。重なる面影、真の強さ。ディムロスは思わず息を飲んだ。
(……あぁ。確かにお前の血を引いているよ、この莫迦は)
何処までも真直ぐで、図々しくて熱くて、危なっかしくて……どうにも放ってられん。
ディムロスは苦笑いを堪える。創られた記憶と知りつつも、呆れざるを得なかった。
確かにミトスは負けを認めているだろうさ。そして、もうこちらへの殺気もない。
それでも、今の今まで敵だったミトスをそうも即座に信じるのか、マスターよ。
他に道がないとは言え、それが最善だとは言え。そこまで純粋な目で私に信じろと言うのか。
これでは……まるで。

【立場が逆だね?】

ミトスが辛そうに嗤った。
ディムロスはむっとして、ミトスへと視線をやる。
……そこには、まるで全てを見透かしたかの様な嫌らしいしたり顔があった。
ディムロスはコアクリスタルの奥底で低く唸った。そうだ。信じる。それしかないのだ。
全く、スタンと言いカイルと言い……つくづく私を辱める。
これではどちらが導かれているのか分からんな。まだまだ私も駄目だ。

『……もう! 黙って聞イていればミトスも随分と性格が悪いわね』
痺れを切らしたアトワイトが、呆れた様に苦言を零す。ディムロスは僅かにたじろいだ。
声色の節々に混ざる不自然な機械音にコアクリスタルを点滅させつつ、アトワイトは続ける。
『安心シてディムロス。後遺症の可能性はともかく、破損まデはいかないのは今日の朝に一度確認済みよ』
アトワイトがミトスの行為に殆ど声を上げなかったのは、主への忠誠と言うよりはその経験によるところが大きい。
【言うなよ。面白くないなぁ】
母親へ仕掛けた悪戯が失敗したかの様な、そんな不服そうな表情を浮かべると、ミトスは口を尖らせた。
「ぶッ」
ディムロスを杖にバランスをとっていたカイルは思わず噴出す。そんな顔もするのか。
と、途端にミトスの顔が険しくなる。カイルは慌てて視線を流した。
……ひー、おっかないおっかない。

【……ま、いいや。じゃあいくよ。観客も居ないのに仲良く漫才してる場合じゃない】
19:2010/10/16(土) 18:07:15 ID:iDDnHV0C0
ミトスは残った指を器用に動かし、アトワイトのコアクリスタルに寄生するエクスフィアを引っ張った。
『あふッ』
アトワイトの喘ぎに被さり、コアクリスタルが鋭い悲鳴を上げる。
みしみしと、太い木の幹が重機でブチ折られた様な音が辺りに響いた。
次いで、エクスフィアが一度だけどくんと脈打つ。心臓を彷彿とさせる様な、有機的な躍動だった。
カイルは目を凝らし、エクスフィアを観察する。
癒着しかかったエクスフィアがどくんと脈打つ。
アトワイトにへばり付いている輝く魔触手は、まるで毛細血管の如くコアの奥深くまで張り巡らされていた。
うねうねと蠢きならがら輝くその魔触手は、恐らく高濃度のマナで構成されているのであろう。

『……あまり見ていて気持ちの良いものではないな』

それを無理矢理にぶちぶちと引き剥がす作業を見ていたディムロスが、ぶっきらぼうに零した。
剥し終えたミトスを見たまま、そうだね、とカイルは顔を顰める。
度々上がっていたアトワイトの喘ぎは苦悶に溢れていた。

エクスフィア。ロイドやミトス達の住まう世界の力。
その強さは、ミトスやアトワイトとの戦いで身に染みて理解している。
だが、同時にその恐ろしさもカイルはしっかりと理解していた。
コレット、シャーリィ。方向性は違えど心や身体を、その石に囚れた人たちがいた。
クラトス、ロイド。力を得た代償として、人間としての死を失ってしまった人たちもいた。
ヒトが人である為の最大の証を、エクスフィアは喰うのだ。
カイルにとって、それはエクスフィアの恩恵やエクスフィア自体にに悪意が無いことをを差し引いても認め難いものがあった。

カイルは黙ってディムロスのコアクリスタルを見つめた。
なら、レンズはどうだというのか。人格さえ完全に模倣し、ヒトの願いを束ね精神さえも宿す遊星からの物体。
(もし、レンズがエクスフィアのように使われていたら、あの現代みたいになるのかな)
エルレインの手によって改変された現代。全人類が頭にレンズをつけ、
神の眼から放射されるエネルギーに生かされたあの世界は、正にレンズに寄生された世界だった。
意思を食らう石、エクスフィア。願いを集める物質、レンズ。
無機物にヒトの心が侵されるというのは、少なくとも正しいことではないはずだ。

「……ディムロス、ごめん」
『唐突だな。脈絡もない』
「エクスフィアを見てたら、鉱物が……無機生命体ってのが、やっぱり納得いかないなって思った。
 でも、ディムロスもアトワイトも……剣でも、無機物でも、生きてるって…………ああ、畜生」
うまく言葉が纏まらず唸るカイルを見て、やはり正直な奴だなとディムロスは思った。
幾ら恩恵があろうと、人間を、有機生命を不幸にするエクスフィア、無機生命体という存在を認めきれない。
だが、今その手に握っているディムロスもまた形は違えど、ミトスの定義に従うなら無機生命体だ。
イコール、ディムロスを、ソーディアンを認められないというところまで論理が飛躍したのだろう。
眼は口ほどにものを言うとはいうが、カイルのはそれ以前のレベルだった。
『気にするな。お前の想いは正しいさ。戦時のこととはいえ、人格を兵器に写すなど正気の沙汰ではないからな』
ディムロスは昔を懐かしむように言った。かつてなら自らを唯の剣だと嘯いたであろうが、
例え複製の人格であろうと、その人格さえ粗悪品の可能性があっても、あの滾った血潮の熱さは人間のそれだった。
今なら、ソーディアンにも心があると認められる。故に、自分達やエクスフィアが如何に禁忌の存在であるかを認識できる。
「……なんで、ソーディアンだったんだろう」
カイルが、誰に聞かせるでも無くつぶやいた。天地戦争において、地上軍が劣勢だったのは知っている。
それを覆すために、強力無比な局地戦仕様の決戦兵器が必要だったことも理解できる。
でも“何故それが、意思を持つ剣でなければならなかったのだろうか”。
『お前も知ってのとおりだ。我らソーディアンとマスターが同調した時、その力は何倍にも膨れ上がる』
その力が、戦争に勝つためには必要だった――――――ディムロスはそこまでは口にしなかった。
20:2010/10/16(土) 18:08:40 ID:iDDnHV0C0
「分かってる。でも、ディムロスにも……ソーディアンにだって、心はあるんだ。生きてるんだ。
 そう思ったら、少しだけ辛くなった。もっと他に、心を傷付けない方法がなかったのかなって」
バカだな。ディムロスは素直にそう評価した。
ソーディアンに人を見出すとは。何処まで父親に似ているのか。だが、それは正論のみが持つ愚直な響きだった。
スタンとの別離を思い出す。ダイクロフトとこの世界で二度別れたが、その痛みが変わることは無い。
モノに心を与えてヒトを成す。その全てを悪しと断ずる気は無いが、やはり自然ではない。
そして自然で無いものは、いずれ何がしかの悲劇を生む。
ソーディアンに人格崩壊のリスクが付いて回ったように。剣であるはずのアトワイトが壊れかけた今のように。

『戦争だったからな。生きる為には、捨てなければならないものもある』
「うん」

ディムロスの言葉に、カイルは頷いた。選ぶことの意味を知ったカイルはディムロスの言葉をしっくりと受け止められた。
だが、それでも。彼女はどうだったのだろうか。彼女なら、きっとその程度の危険性は知っていただろうに。
カイルが識る彼女なら、意思を持つ剣以外の選択肢を創りだせただろうに。
(ハロルド……)
ミトスの腕から奔る光を見つめ、虚空に呟くソーディアン・メーカーの名前。
誰よりも神を否定した彼女なら、その解を持っていただろうか。


遠い目をするカイルを一瞥してミトスは舌打ちをした。
【チッ……怪我人に仕事をさせておいて黄昏かよ。良い御身分だこと】
『仕事って、貴方が勝手にやり始めたことじゃ……ふあっ』
文句を言うよりも早く、ミトスがアトワイトを構成する回路の“勘所”を強めに直す。
『い、いま、セ、セクは』
【痛くしないで、なーんて言ったのは何処の誰だっけ? 分かったら少し黙ってろ】
アトワイトの嬌声なんぞ何あるものかと、ミトスは直ぐに作業に意識を戻した。
ミトスとて本気でいらついている訳でもなく、この精密作業の前ではそんな余裕もない。
確かに昼に一度エクスフィアの換装作業は行ったが、あの時はそれまでアトワイトもエクスフィアを使っていなかった。
ソーディアンの同調機能を逆に用いたコレットの外部操作。村全体を覆うほどのディープミスト。
ミトス及び自身のエクスフィアのEXスキル調整。そして極めつけはテトラスペル、そして射撃系術撃の際の高速精密演算。
いずれも、エクスフィアによるソーディアンの性能強化無くして成しえないことであった。
そして、ミトスの望みを支える為にアトワイトがどれだけのものを差し出さなければならなかったのか、その答えが今ミトスの指先に示されている。
【アトワイト】
厭味にか、主の命令を律義に履行していたアトワイトにミトスは小声で剣の名を零した。
アトワイトは相槌代わりにコアクリスタルを輝かせる。
【悪いね。ここで死ぬつもりだったんだろうけど、そういうわけにも行かなくなった】
『いいわよ。今の私の願いは、彼と共にあること。出来ることなら、貴方も見届けたかったけど……ごめんなさい』
【変な気遣いは止めてよ。僕はもうこんなザマだ。今更見届けるモノもない】
憂うアトワイトの未練を断ち切る様に、ミトスは唇が半分無くなって露出した歯ぐきを見せる。
【代わりと言っちゃなんなんだけどさ、一つ、頼まれてくれない?】
何を、と彼女が聞く前にミトスがコアクリスタルに顔を近づける。
エクスフィアとコアクリスタルの間に糸を引く光を繊細に断ち切りながら、ぼそとミトスは言った。

【あいつをしっかり見届けとけ】

何故、と訊きたい衝動にアトワイトは駆られた。その言葉が余りにも意味深過ぎたからだ。
何か言葉の裏にずっしりと大きな槍を据えている様な、そんな印象を受けた。
アトワイトはミトスの表情を覗き込む。深い影の向こう側には、険しい表情が掘られていた。
『分かッたわ』
アトワイトは応じる。裏に据わる槍ごと意志を受け取ったが、しかし詮索はしなかった。
裏に孕まれた明確な意味は理解しかねたが、そこに何かがある事を理解しただけで充分だったからだ。
【何だ。意外と素直だな】
ミトスの口が歪む。皮肉ったらしい口調は、しかしやけに温かかった。
危険そうなラインを全て断ち切ったことを確認したミトスが、エクスフィアを摘み一気に引き抜く。

【……姉さんほどじゃないけどさ、良い奴だよお前】
21:2010/10/16(土) 18:10:12 ID:iDDnHV0C0
重油の様に汚く粘性を帯びた血液をぼたぼたと零しながら、ミトスは微笑んでみせた。
それに応えるように、アトワイトも少しだけ笑ってみせる。
マスターの笑顔は酷く醜かった。
身体は笑えないくらいにグロテスクだったし、言葉にはいちいち皮肉が混じるときた。
相変わらずの呆れた子供っぷりだ。
だけど……だけど不思議と、悪い気はしなかった。むしろ全てが心地良い響きに感じられた。

【あ、あとさ】
ミトスは空を見上げながら、思い出した様に呟く。
アトワイトは何かしら、とコアクリスタルを輝かせた。
【もし戻れたら、クルシスを頼む】


は?


気の抜けた表情で空を仰ぐミトスへと、アトワイトは目を白黒させながら質す。
『……貴方、今、何て?』
そんなアトワイトの様子にくすりと笑うと、ミトスはさもそれが当然であるかの様に、言葉をさらりと繰り返した。
【だから“もし戻れたらクルシスを頼む”って。四大天使がもう誰も居ないんだ。
 どのタイミングから僕がいなくなるかにも因るけど、オリジンとの契約もなくなるし、調整者を失った世界は荒れに荒れるだろうね。
 まあ、下界も下界で碌な事にはならないだろうな……なあんだ、考えてみるとヤバいな】
邪魔だった神子<ゼロス>の死により教皇は権威を増大し、やがては国王達を毒殺しハーフエルフ狩りを始めるだろう。
予備素体<セレス>を担ぎあげて、後はテンプレートの傀儡政権の出来上がりか。
ミズホは次期当主を失い、迷走は避けられない。現テセアラの神子はミズホと個人的な関係を持っていたはずだが、
それも断たれれば、容易に状況はひっくり返るだろう。
シルヴァラントに至ってはもっと酷い。何せ世界を調停するクルシスの中枢が軒並み居なくなるのだ。
クラトスが抜けて、レネゲードを纏めていたらしいユアンが死んで、再生の儀式は進まず、衰退の一途をたどるだろう。
ハーフエルフ社会もユアン殺害のレッテルを張り付け、ディザイアンとクルシスの残党との抗争に巻き込まれる事は想像に容易だ。
世界が統合されていたら話は別だが、ロイドが死んだ以上それも怪しいか。

もし、この世界の結果が元の歴史に反映されるならば―――――
コレットの時間軸か、ミトスの時間軸か、マーテルの時間軸か。
どの段階から“改変”になるかは分からないが、少なくともまともな歴史にはならない。
レネゲード残党、残る五聖刃を中核としたクルシス残党・ディザイアン連合、教皇旗下テセアラ軍。
少なくともこの3つは遠からず争いになる。最初はテセアラだけの競り合いになるだろうが、
規模の小さいレネゲードは確実にシルヴァラントを巻き込むだろう。
それを止める為のコレットを中核としたシルヴァラント・ミズホ連合が動くか……
少なくとも四つ巴……戦争は必至だ。とてもではないが避けられはしないだろう。
コレットの仲間もまだ残っているらしいが、一個人でどうにか出来るレベルの流れじゃない。
特需でレザレノあたりは若干潤うだろうが、経済でコントロールは―――――――――――

【……それに、五聖刃にも怪しい動きをしてる奴等が居たみたいだしね。となると正史も危うい。
 特にロディル辺りは僕が居なくなった世界で何をしでかしてるか分かったもんじゃあ】
『嫌』

ぴしゃり、とアトワイトははっきりと断言する。ミトスはむっとした表情をアトワイトへと向けた。

【アトワイト】『イ・ヤ』
【そこをなんとか】『絶対嫌』
【頼むからさ】『幾ら頭を下げられても嫌なものは嫌なの』

予想以上の頑固さに、ミトスの目尻がひくひくと振れた。こいつ、もう一度エクスフィアぶち込んでやろうか。
『そこまで心配しなくてもいいんじゃないの? 貴方の姉さんの居ない世界に、興味は無かったんじゃないの?』
22:2010/10/16(土) 18:12:02 ID:iDDnHV0C0
改変ポイントを場合分けしながら未来をシミュレートしたミトスはアトワイトに言われて初めて、自分のらしくなさに気付いた。
全く……この僕が姉さまの居ない世界の心配なんかするなんて、どうかしてる。
ミトスは口を半開きにしたまま、ぼんやりとそう思った。
胸中で少しだけ自嘲する。とんだお人好しもいたもんだ。こりゃあ、どっかの英雄に毒されたか。

『確かにね。でも、姉さまの望みは、世界が無くちゃ始まらない』
差別のない世界―――――本当の意味でマーテル=ユグドラシルが夢見た世界。
自分では無理だった「理想」。今でも叶うとは思っていない。
でも、あんなバカな人間がいるのなら……もう一度だけ、奇跡を願ってみたくなる。
それはきっと涅槃寂静の遥か彼方の確率。でも、ゼロではない。
奇跡を諦めた彼に出来るのは、それをゼロにしないことくらいだ。
いつか奇跡が叶うという夢を、見続ける為に。

『そんな目で睨んでも折れないわよ。大体どウやって? 私はただの剣よ?』
【知らないよそんなの】

ミトスは肩を竦め、アトワイトを馬鹿にする様に語尾に笑いを含めた。
その余りにも自分勝手な様子に、とアトワイトは言葉を失う。
これは驚いた。天使様は即答策無しときたか。
【ああ、じゃあこうしようか……これはマスターからの“命令”だ、ソーディアン・アトワイト】
ミトスはアトワイトに不満を入れられぬよう、間髪を入れずそう続けた。
あっけらかんとしたミトスを見つつ、めいれい、とアトワイトは胸中で繰り返す。
そう言われてはどうにも具合が悪い。
コアクリスタルの中で口を少しだけまごつかせながら、アトワイトは溜息を鼻から零した。

『意地が悪いのね、最期まデ』

……本当に、意地悪よ。
ぽつりと呟かれたそれは、怒りと諦観、そしてほんの少しの優しさの響きに包まれていた。
【ハッ! 言ってろ。大体そんなの今更だろ?】
ミトスはそれに気付いていたのか気付いていなかったのか、笑い飛ばす様に言葉を返す。
アトワイトはそよぐ葦の音色に耳を傾けながら、苦笑を零した。
相変わらずね、と一言。

ミトスは醜く、けれど今まで以上にとびきり柔らかく笑ってみせた。

【お前に、四大の空席を与える。お前の瞳から、僕は世界を見続けよう。だから見届けろ。
 僕が辿り着けなかった道の本当の果てに、何があったのか――――――それを僕に見せてくれ】

そういってミトスは外した自らの要の紋をとりだし、震えた指先でかつてエクスフィアがあった場所に近づけていく。
エクスフィアによる毒を抑える為の要の紋ならば、アトワイトに残留する毒にも効果があるか。
ミントの時にも行った手法だが、もう気休め程度だとしても何もしないよりはいいはずだ。
だが、アトワイトにはその行為がまったく別の意味合いをもっているような気がした。
まるで、叙勲式だった。今までと、そしてこれからの彼女の功績を讃える為に。
そして、己が瞳をその水晶の角膜に託すために。

【……“任せていいな”】

断る事だって、アトワイトには出来た。剰え、本当は解っていた事があった。
たかだかどこの馬の骨か分からない剣一本、増えたところで崩壊寸前の組織を纏める事なんて出来はしない。
ましてや戦争を止める事なんて。
けれど、関係ないのだ。そんな理屈くだらない。
ミトスの願いに対する答えは、最初から一つしか存在しないからだ。
ミトスは恐らくアトワイトが言うであろうその唯一の答えに、
ありがとう、なんて高尚な謝辞は言わないだろうし、アトワイトもそんなもの要らないだろう。
彼女にとっては世辞も抜きで、その笑みだけで充分だ。
だから、アトワイトは胸を張ってこの台詞を言える。
23:2010/10/16(土) 18:13:47 ID:iDDnHV0C0
『勿論よ。私、良い女だから』

マスターとソーディアンの関係なんて、総じてそんなものだ。



【17:56'00】



【記念品だ】
ミトスはそう言うと、エクスフィアと自らのスカーフをカイルに投げた。
緩やかな放物線を描きながら胸の間に着地したそれを、カイルは慌てて掴む。
ミトスはそんなカイルの様子を鼻で笑うと、カイルが握るエクスフィアを顎でしゃくった。
【好きに使いなよ。僕にはもう必要ないし】
アトワイトのコアクリスタルに要の紋を癒着させつつ、ミトスは自嘲する。
『それは?』
ディムロスが訊く。アトワイトに要の紋を装備させる理由はない筈だと思ったからだ。
「形見さ」
ミトスは口の端を吊り上げながら応えた。カイルがミトスへと怪訝そうな表情を向ける。
【冗談だよ。あいつの時もこうしたけど、アトワイトの後遺症を抑えられるかもしれない。
 ま、気休め程度だね。けど、それでも無いよりはマシだろう。運が良ければ、言語障害位は抑えられるさ】
ミトスはそう言い終わるや否や、それよりもお前、とアトワイトを翻してカイルを指す。
その意味を理解しかねたカイルは首を傾げた。
【早く箒に跨がってディムロスとマナを練っとけよ。何時でも出発出来る様に、さ】
疎ましそうに目を細めて夕日を見るミトスは、そう言うとカイルへと背を向ける。

【あぁ、そうそう。言い忘れたけど時計をそこら辺に置いといてくれない? 正確な時間を見たいからね】
カイルは頷くと、ポケットから時計を取り出し、地元に放った。
時計には目もくれない。とてもじゃないが、地獄を指しているだろう長針を見る気にはなれなかった。

「ディムロス、あと少しだけ力を貸して」

自分は、墜ちる為に翔ぶのではない。昇るんだ、帰るんだ。何があっても、あの人の元へと。
『当たり前だ、馬鹿者』
例え翔ぶ為の翼が――――――太陽に焼かれる蝋の翼でも。



【17:56'35】



焦げている。緋色の世界を見て、そう感じた。
空が、地平線が、大地が……そして、未来さえもが。
落ちる日は墜ちる愚直な英雄が世界に投影された物に見えた。
遠く霞む落陽の焔は、何かを迫る様にじりじりと肌を刺す。
噎せ返る様な汗と血と煤の臭いが辺りを包んでいた。
常識を逸脱した熱により液状化し大きく歪んだ大地は、どこまでも奇妙に写った。
先の戦闘に焼かれ、からからに乾いた空気が、双眸の粘膜を刺激して仕方がない。
身体が、痛い。
表面だけでなく、中身も限界近くまで擦り切れていた。
精神もズタズタだった。気を失いかける自分に鞭を打って、精神力を残り一滴まで搾り取る。
重い瞼の裏側に、幻覚が見えた。天使と自分の首輪が爆ぜる映像が、意識の淵で繰り返される。
その隣に、約束した人が墜ちるさまが見えた。
暗い未来を握り潰す様に、明るい未来を逃がさぬ様に、オレは拳を強く強く握る。
本当の終わりは時間じゃない。拳を崩したその時がきっと、デッドエンドだ。

「……終わったよ。何時でも行ける」
24:2010/10/16(土) 18:14:27 ID:iDDnHV0C0
詠唱を終わらせたカイルが呟いた。声は少しだけ低い。
ディムロスはカイルを少しだけ見ようとしたが、やめておいた。

『ミトス、箒の問題はどうする? 正直1エリア分耐えられるかは――――』
『私がサポートするわ。水に圧力を掛けて蒸発モさせない様にコントロールする。
 これなら熱処理問題は解決するでしょウ?』
アトワイトの言葉に成程、とディムロスは唸った。要するに常にユニゾンアタックをする様なものか。
確かに解決はするが……徒に神経を遣いそうだ。ソーディアン2本の操作など、カイルのキャパシティを凌駕している。
だが、それ以外に手が無いならば行くしかない。

【それにだ】

ミトスがアトワイトをカイルに放りながら、少し声を大きめにそう切り出した。
酷使されるだろう未来に覚悟を燃やしていたディムロスは、その声に現実へと引き戻される。

「ちょ、まッ」

カイルは空を割きながら回転するアトワイトを慌てて全身で追った。
“ソーディアンには鞘がない”。
カイルはアトワイトをキャッチしつつ、そんな当然の事すら無視するミトスを怒気を孕んだ双眸で睨む。
【まぁ聞けよカイル。水の圧力と冷却、熱……条件は揃ってる。
 ソーディアンのポテンシャルなら、即席の水蒸気機関を作る事も充分に可能だ。
 まぁ速度がどの程度上がるかは僕には判らないけど、上手く操ればまだ時間はどうにかなるだろうさ】
すいじょうききかん、と小難しい顔をして小首を傾げるカイルを一瞥すると、ミトスは両手を上げながら肩を竦めた。
【残念だけど、馬鹿に説明してる暇は僕にはないよ? それよりアトワイト、チャージだ。
 カイルとディムロス、お前のマ……いや、晶力を最低限だけ残して限界まで全部僕に寄越せ】

ミトスは輝石の周囲に光るEXジェムを、窮屈そうに弄りながら言う。
ミトスはロイドの様に器用ではない。本来、EXスキルは何かをしながら手軽に変えられるものではないのだ。

【限界まで絞れ。死ぬ気で……いやむしろ殺す気で搾り取れ】
「いや殺すのはやめろよ!」
【黙れ馬鹿。どうせもう死んだ運命だ。だったらもう一度くらい死んでみろ】

ミトスは憤慨するカイルを鼻で笑い一蹴すると、セットされたEXジェムを確かめる様に指でなぞる。
【ここまで来ると哀れを通り越して吐き気がするね。お前、知力を低下させる装備品か何か持ってないか?
 そいつを捨てろ。少しは馬鹿が治るだろうよ】
死相を歪めて冗談めかすミトスに、カイルは喰ってかかった。
だが、振り上げられた拳が最頂点で止まる。
「そんなものある訳……………あ」
【…………………? おい、どうしたんだよ。とっととチャージを】
アトワイトのコアクリスタルが一際鈍く光る。ミトスは雲行きが怪しくなった流れに不安を覚えた。
『?? 晶力の伝導率が落ちて…………ちょっと、カイル。貴方、何持ってるの?』
「……………………………………エート、ソノデスネ……」
【………………………………………………おい真逆、お前】
 
カイルの懐からポロリと何かが落ちる。
コロンカランチャカポコと転がり落ちたのは、非常に禍々しい気を放っていた。いたのだが――――――

『カイル―――――――――――後で説教だ』

―――――――――ケンダマダッタ――――――――。

notice:
魔玩ビジャスコア――――――魔将ネビリムを封じた魔装具のひとつ。
攻撃力:変動、知力:−30、回避:100、幸運:−50――――――“知力:−30”。


25:2010/10/16(土) 18:15:30 ID:iDDnHV0C0
【お前がここまで馬鹿だとは……こんな奴に負けたなんて末代までの恥だな……】
「そ、そこまで言う事ないだろ!」
『馬鹿者! お前がそれを捨ててさえいれば、知力が上がって戦いが楽になっていたかもしれんのだぞ!!?』
「う……スミマセン」
ディムロスの小言を直立不動で聞きながら、アトワイトを介してTPを根っこから
持って行かれているカイルは何処か枯れ木に残った最後の一葉を思わせた。
戦闘中とのギャップに舌打ちしながらミトスは少しだけ目を細めた。
(だが、あの回避力が無ければ1分保たなかっただろうね。しかも、補正無しのラックで僕<英雄の天運>を上回ったと)
馬鹿さ加減と、本当の意味での“悪運”に喉を鳴らしながら、ミトスは要点を切り替えた。

【まぁ、いいさ。取り敢えずそれを寄越せ。無いよりはマシだ】

差し出された手に、カイルはビジャスコアを渡す。
何に使うのかはカイルには到底分からなかったが、寄越せと言われたら差し出すしかない。
ミトスがビジャスコアを握り、カイルの手がけん玉から離れる。

瞬間、ビジャスコアを握ったミトスの腕が―――――否、“ミトスの腕であり続けようとしていた棒”が落ちた。
けん玉の重さにさえ耐えきれないと言わんばかりの、重力に服従した落ち方だった。
【……フン。まぁ、保った方か】
その自然法則に過ぎる光景を前に一歩後ずさるカイルを尻目に、ミトスは器用に足の指でけん玉を拾い上げる。
ポンと宙に上げて、器用に頭の上に着地させる。
そうしてミトスは何事もなかったかのようにカイルに背を向けた。それが意味する事をカイルは知っている。

【これでもうお前等に用はない。そろそろ餓鬼の顔にもうんざりしてたんだ……さっさと行け。時間が無い】

四秒。
ミトスが背を向けてから過ぎた無意味な時間だ。
おい、とディムロスがカイルを急かすがカイルは動じない。
ミトスは背に感じる痛い程の視線に、馬鹿が、と呟く。
『……カイル?』
アトワイトが心配そうな声をカイルに掛けた。
ミトスは恨めしそうに唸り、頭から下ろしたけん玉を蹴り上げ、振り返る。
崩れそうな表情で上唇を噛むカイルの表情が、そこにはあった。
ふざけるな。ミトスは先ずそう思った。単純に覚えたのは呆れよりも怒りだ。

【おいッ、僕は時間が無いって言ってるんだ!】
なんて面だ……考えてる事が丸分かりだ。これだから馬鹿は。

舌を打ち苛立ちを顕にするミトスを、カイルは真直ぐ見つめた。
ディムロスとアトワイトが時間が無いと咎めるが、カイルはそれを無視して口を開く。
「ミトス、お前は」
【待った】
わざとらしく声のトーンを上げ、ミトスはカイルの言葉を遮った。
たじろぐカイルを尻目に、ミトスは早口で続ける。

【お前には待ってくれてる人が、居るんだろ?】
   ....
……お前には。
カイルは何か言いかけた口を悔しそうに噤むと、への字に唇を曲げ、目を細めた。
マーテルの事を聞くのは、少し酷だと思ったからだ。
同時に、野暮な事を訊こうとした事を少しだけ反省する。
もう諦めて壊した―――――違う、覚悟したんだ。現実に覚悟させられたんじゃない。
きっと、自分から壊す選択をしたんだ。歩いて行くと決めた――――例え、そこに屍があろうとも。

「……うん」

2611:2010/10/16(土) 18:19:22 ID:iDDnHV0C0
天使は四千年もの気が遠くなるような間、御丁寧に研き続けてきた自慢の枷を躊躇い無く壊した。
それは、なんて勇気の要る選択だろう。どれだけ辛かったろう。
悠久にも似た苦しみはあまりにも茫漠としていて、カイルには想像もつかなかった。
考えると頭が爆発しそうになり、目眩を覚えたのでカイルは考えるのを止める事にする。
だが、そんなカイルにも一つだけ分かる事があった。
四千年の呪縛から解き放たれた少年の顔が……まるで生まれ変わったかの様に清々しいという事だ。
カイルはディムロスを確りと握り、ミトスを凝視する。
一瞬見せた清々しいそれから険しいそれへとシフトさせたミトスは、焼けた大地にぽつりと置かれた時計を一瞥していた。
ミトスは中途半端な表情を向けるカイルに気付くと、顎で先を促し、心底鬱陶しそうに溜息を零す。

【行け。そして、二度と振り返るな。
 お前の道は僕の4千年でもまだ足りない。一度でも顧みたら、人間の内には届かないよ】

ミトスはそう呟くと、少しだけ儚げに唇の端を吊り上げた。
カイルはこくりと頷き、箒をくるりと右に回転させる。
木々が、これからカイルが受けるであろう試練に恐れ慄き、ざわざわと奇妙に騒ぎ立てた。
からからに乾いた空気が、箒に巻き付いてばさばさと螺旋を描く。
それは英雄を見送るにはあまりにも不気味な演奏だった。
「なあ、何でここまでしてくれたんだ?」
【さぁね。気まぐれと、暇潰しと…………まあ、そんなとこさ】
焼け焦げた地平線が陽炎に蕩け、天と地は紅い化物に飲み込まれる。
血腥い臭いだけが空気に充満し、カイルは吐き気がするような思いだった。
英雄の旅立ちだと言うのに、景色はどこまでも殺風景で冷たくて……
そして……どうしようもなく死んでいた。
そう、間違えるな。ここは生と死の狭間<デッドオアアライブ>じゃない――――確定した死郷<オールデッド>だ。
カイルはきりりとしたその瞳で、森の最果てのその先、待ち人を見る。
そうだ、とカイルは汚い風の中で思った。
それでも自分は此所に居る。汚れても、醜くても飛んでいる。
助けてくれる人がいる。待っててくれる人がいる。言わなきゃいけない事もある。
……後ろなんて、振り返るもんかよ。

【取り返してこい。お前になら――――――――――いや、なんでもない】
「……ありがとう、ミトス」

刹那、カイルは風になった。
その背中に熱い何かを感じながら、カイルは吹き荒ぶ。
まるで未来に吸い寄せられる様に、後ろから押される様に、真直ぐにカイルは翔んだ。
どこにだって、きっかけはある。救われるものがある。誰にだって、譲れない想いがある。
現実がどうだろうが世界がどうだろうが、関係ない。
墜ちる口実のずっと奥には、必ず翔ぶ理由が燻っているものだ。
2712:2010/10/16(土) 18:20:52 ID:iDDnHV0C0
【死ぬなよ、馬鹿】

ミトスは嬉しそうにそう呟いた。
夕日を居抜く一投の矢の如く翔び去ったカイルの背を見送り、傍らで虚ろに光る懐中時計を一瞥する。
未来。死のデッドラインが現在に届くまでまで――――――――あと、170秒と少し。






















――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――準備、終わった?

 時間はたっぷり上げたよ。私からの出血大サーヴィス。いや実際は出てないけど。

 陣形は万全? 駒のコンディションは想定内? 保険は重ね掛け? 懐のナイフはちゃんと聖別法銀? 戦略戦術抜かり無し?

 ああ、そう。準備イズカンプリィション? それはそれはとてもとっても重畳々々。

 よかった――――――――――――――――これで“必死こいて積み上げたモノが全部ブッ壊れても文句ないよね?”



 嗚呼ァァァあああアあァAaaAAAあああああああッッッ駄目だ駄目駄目、全ッ然駄目だね!
 何をするかと思えば下らない塵手! その程度の悪足掻きで一体何が攻略出来るって? ええ!?
 24時間、1440分に88400秒ッ。人類に、生命に、否無機物でさえもッ、万象等しく縛られなければならぬ絶対の法ッ!!
 その壁に蜉蝣が一匹立ち向かったところで寿命が幾ら変わると?
 ハッ! 笑止! 羽虫が一匹騒ぎ立てたところで、時間という絶対の魔法<タイム・リミット>は壊せないッ!
2813:2010/10/16(土) 18:23:38 ID:iDDnHV0C0
 だが! そう、だ・が・し・か・し、だ……このベルセリオスの揚げ足を取り、尚且つ抗うその覚悟、自信や良し。
 乞食じみた手にズル賢い事この上無い攻め、ああ結構じゃあないか。
 あすこでオッ死ねば多少は見てくれ良く終われたのになぁ。
 そりゃ最早成りも振りも構ってられないよなァ。無様に這い蹲っても生かしたいよなぁ?
 くくくッ、いやそう考えると面白い! 意地でも“私”に勝とうとする気持ちが透けて見える様で実に良い!
 結構結構。そうではないと心の折り応えがないというものッ!
 希望の暗示、最期の反抗、限界を超えた努力の結晶ッ!
 導き出される手は那由他不可思議無量大数の内、たった一つ!!
 ああ成程それはまさに、陳腐な言葉ではあるが一般的に言う“奇跡”と呼ぶに相応しいだろうよッ!
 お前ら“希望側”がいつも最後に縋るのはそれだ。私も、だァい好きだよォ?
 だって……その手が決まる寸前、王に喉元に刃を当てた瞬間、絶頂に達する刹那、希望の爆発的快感。

 “それを唾を吐き掛け粉々に捻り潰すのは、磨き上げ終わった玉を本人の目の前で笑いながら踏み砕くのは、さぞかし愉快な事だろうからなァ?!”

 さぁ、これで終わりか? 違うだろ? まだまだ隠し持ってんだろ? こんな安手だけじゃないだろ?
 次はどんな手で来る時の紡ぎ手? 常に全力で来いよ、さもないとその瞬間に終わらせるよ?
 貴様が積み上げた努力・叡智・戦略。どんな手でも一つ一つ丁寧に微に潰してやろう。最後まで、何一つ残さずね。
 オセロといっしょさ。お前らが白く白く積み上げれば積み上げるほど、それが地面に墜ちた時に裂く柘榴は真っ黒に熟れる。
 その傲慢ちきな表情が屈辱と絶望の色に染まると思うと、実に痛快だッ!
 結構! その鬼をも畏れぬ指し手、実に結構ッ! これだからバトルロワイアルはッ!
 乗り掛かった愚船だ、朽ち果てるその時まで付き合おうッ!

 ……ジャッジ、判定者サイグローグ。“通し”だ。“私は―――――絶望側はこの手を認めるッ!!!”

 ククククッ! 了解しました。これより、第七最終戦――――B3撤退戦を開始します…………ッ!!

 一流のプレイヤーはチェックメイトを悟った時点でリザインする。
 徒に盤を掻き回すことは恥であり、未来を読み切れぬ自らの無能を示めすことに他ならないからだ。

 さぁ始めるよド三流? 自らの無能、その醜悪―――――――臓腑の底から絞り出せ!!


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn Shift
29名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 18:24:58 ID:Lu0ERvdl0
 
30名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 18:25:39 ID:Lu0ERvdl0
 
31名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 18:26:25 ID:iDDnHV0C0
再投下終了。それでは、本投下をお待ちください。
32名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 19:11:11 ID:iDDnHV0C0
すいません、代理の者です。7時以降投下予定でしたが、別件で少々手間取っており本投下が9時頃になりそうです。
支援にお待ち頂いている方々がおりましたら誠に申し訳ありませんが、改めてその時、ご助力をお願い申し上げます。

万が一それより遅れることがあれば、分かり次第直ぐに連絡をここに入れます。
重ねて、もうしばらくお待ち頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。
33名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 19:14:04 ID:Lu0ERvdl0
了解いたしました。
レス数見ずにウッカリ支援するようなアレですが、アナウンスがあれば
可能な範囲で助力いたします。
ここまで待ちましたし、待ちたいと思いますので、別件のほうも焦らず
片付けていただければなによりです。
34名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 20:59:39 ID:+aCYCcq20
お待たせいたしました。私情で遅れて申し訳ないです。ではこれより、第372話を投下いたします。
35黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 1:2010/10/16(土) 21:01:22 ID:+aCYCcq20



【17:57:15】



枯れ禿げた荒野に徐々に緑が目立ってくるのは、徐々に戦域を離れつつある証だ。
死より生へと近づく道。なのに、咎人を祓う煉獄を思わせる大空にカイルは強い眩暈を覚えた。
世界を刻々と染め上げる茜色自体に、まるで重さがあるかの様だった。
時間という名の、どうしようもない壁が、上からじわりじわりと切迫する。
勝利にそぐわぬ暗過ぎる現実に息が詰まる様な思いだった。
……だが、それでも。
『過熱か…………アトワイト、もっと冷却速度を上げろ!!』
『やってるワよ!! だけど、下手に出力を上げたら凍る。その意味が分からないワけじゃないでしょ?!』
『チィィッ……』
焦れるのはカイルの後腰に交差して固定されたディムロスとアトワイト。だが、それも無理からぬことだった。
アトワイトがラジエータとしての機能を担ったことによって、再び飛行可能になった。
もう飛べないとさえ思っていたことを考えれば、感謝こそすれ怒りなどあるはずもない。
“だが、足りないのだ”。実際、今現在の速度は戦闘時の6割弱。とてもではないが、音速は超えられない。
ディムロス達にそのエネルギーが無いわけではない。それを受け止められるだけのキャパシティが箒に残っていないのだ。
ミスティブルームは魔法の“箒”―――植物だ。火力が強すぎれば、燃える。
それを抑える為の冷気とて過ぎれば凍る。そして凍った植物は脆い。なにより、火力そのものを減じてしまっては元も子もない。
つまり、どちらの力が強すぎても箒にダメージが入ってしまう。
それを避ける為には、絶妙なバランスの熱機関サイクルが必要だ。しかし、
(……分かってたけど、処理速度が落ちてる。限界を越えた経験が裏目に出るとはね……)
エクスフィアを失い能力を落とした(正確には元の水準まで戻った)ハードと、限界を越えたハードを動かしてきたソフト。
その二つの齟齬がアトワイトの総合能力を若干――――だが、確実に落としていた。
なにより、あまりにも対極過ぎるマスターに率いられてきたアトワイトは、その性能を完全にカイルと同期できていない。
そして、それを理解しているからこそ彼女は自らにリミッタ―を掛けることで辛うじてアジャストしているのだ。
全ては必然とした理路の整然――――故に、全力が出せない。


<――――詩に曰く、将を射んと欲すれば先ず馬を射るべし。序盤<ギャンビット>は素直に。さあ、どう出る?>


秒単位で減速していくのを錯覚するディムロス。エンジンを廻しているからこそ分かる致命的損失が、彼の眼に映る距離を無限に延ばしていた。
『くぅ……もう、無理、なのか』
『ミトスが何とかしようにも……これではもう…間に合わないかもしれないわね』
ソーディアンの口から僅かに、しかし濃密過ぎる感情が洩れる。
覚悟はした。立ち向かう覚悟も、受け入れる覚悟も。だが、今回の相手――確定した運命――はあまりにも悪過ぎる。
「諦めない……まだッ、こんな所で!!!」
『『!?』』
それさえも吹き飛ばさんほどの意思が、ディムロス達を伝う。
幾度となく運命を乗り越えてきたカイルにとって、それは意思を挫くものには成り得ない。
向かうべき場所、求めるモノが見つかったのなら、後は唯突貫するのみなのだから。
カイルの皮膚を赤銅の覇気がうっすらと纏う。
そしてそれがディムロスとアトワイトにも伝わり、輝きをを介して繋がり合う。
そう、それは魂魄の輝き。限界を超えるという意思の具現。天使を、英雄を乗り越えたスピリットブラスターが、今運命を―――――――

36黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 2:2010/10/16(土) 21:03:23 ID:+aCYCcq20
<宣言―――――――――敵手強制破棄≪インバリット・アタック≫>


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

 下座の仕掛けた一手が、黒き一閃にて斬り裂かれる。
 無惨に散る展開の裂け目から、ベルセリオスが凶悪な笑みを浮かべた。
 「何度も何度も黙って通すと思った? 莫迦が。
  お前も分かってたろ? どっちでもいいって、どっちが勝っても問題ないって。
  だからさぁ“こいつがソーディアン2本持って脱出に足掻くパターンは想定済み”なんだよおおおおお!!!!」
 ベルセリオスの背後から黒き渦が現れる。処刑<エクセキューション>。それは、あらゆる希望を赦さぬ、闇の絶望。
 「一番最初に炎剣がSBを使用したのが2日目深夜。そして今3日目夕方2度目のSB使用。
  つまり“SBの再使用には少なく見積もって12時間以上の溜めが必要だと言える”」
 ベルセリオスは至極真っ当な理屈を振りかざして、水を差した。
 闇の圧力が、論理という名の重圧が一切合財を押しつぶす。夢も、希望も、事実の前にはチリに同じ。
 「絶望手、受理しました。
  下座は本手を撤回するか、絶望手を上回るロジックを、溜めを要さずに発動てきた理由を提示してください」
 ジャッジの裁断が、更に希望を締め上げる。ジャッジは公平にして絶対。そこには一切の憐憫も同情もない。
 だが、サイグローグは内心でほうと嘆息をついた。
 ルールには秘奥義は回数縛りがあるが、SBやOVLにはそれがない。
 加えて言えばクライマックスモードと違い使用間隔制限も提示されていない。
 その気になればSBを根性で発動した、という理屈で強引に突破することも不可能では無い。だが――――
 ビタ、と女神の手が止まる。強引に歩を進めようとしたその運指が、凍りついたように止まった。

 「気付いたね? 偉い偉い。後一歩前に進んでたら、終わってたよ?」

 ベルセリオスが女神の筋肉の硬直を恍惚に見つめる。知能の無い獣ではこうはいかない。
 今この瞬間だけに囚われるモノには、プレイヤーたる資格すらないのだから。
 「後一歩で、睾丸潰されても牛がグチョグチャの挽肉未満になっても本気を出せない糞野郎に墜ちるところだったのになあ?」
 そう。それでは海神戦でSBを使わなかった理由が説明できない。
 あれだけの辱めを受け、それでも立ち上がってなお本気が出さなかったということになってしまう。
 いや、それどころか、これまで炎剣が立ち向かってきた全ての危機にたいして手抜きしていたという主張さえ罷り通すことになる。
 そしてそれは、英雄と成ろうとする駒に永遠に消えぬ傷を付けることになるだろう。
 見事、とサイグローグは素直に感心した。退けば地獄、進めど煉獄。
 僅かばかりの逃げ道さえ潰すベルセリオスの指手は合理かつ盤石、精密にして悪辣。
 それこそが上座の、ベルセリオスの骨頂だ。その仕手によって、何匹の獣が葬られたことか。
 硬直は一瞬。だが、それこそが儚き道を刹那に砕く。
 宇宙を統べるロジックの細網が、傷んだ蝶を絡め捕る―――――――

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Shift Break

37名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:05:02 ID:Lu0ERvdl0
 
38名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:05:46 ID:Lu0ERvdl0
 
39黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 16:2010/10/16(土) 21:06:10 ID:+aCYCcq20
――――――覆すほど甘くは無かった。
「ガッ……」
『カイル!?』『……内臓機能と代謝機能低下……余剰のグリコーゲン、殆ど無い……何これ、酷使し過ぎでしょ!?』
口元から血にもなれない薄い唾がカイルから漏れ出、スピリットブラスターの気流が淡く霧散する。
驚愕するディムロスを脇目に療兵の本領で分析を行ったアトワイトは呆れたように呟いた。
時間が無いため簡易のメディカルチェックではあったが、カイルの疲労がどん底を三層ほど打ち抜いた状況であることだけはハッキリしていた。
昨夜のE2城から数えてもロイド、クレス、シャーリィ、そしてアトワイトとミトス。僅か24時間足らずの間にこれほどの激戦があった。
そう幾らカイルの心が、魂が強かろうとその器は15歳、未だ成長途上の肉体なのだ。
精神が肉体を凌駕すると言えば聞こえはいいが、その精神は肉体の健全より育まれるのも事実である。
『労働基準法を無視しているって次元じゃないわよこれ……ディムロス、貴方……』
『言いたいことは山ほどあるが、とりあえず、基準を天使に置くのだけは金輪際止めておけ!』
ディムロスの反論は至極もっともだった。加えて言うなら、そのボロ雑巾の身体の僅かなエネルギーもミトスがチャージで奪ってしまっている。
二刀は言い合いにはならなかった。そんなことは死んでからでも遅くは無い。
しかし、カイルさえも口を動かせない本当の沈黙は、二刀の中で燻っていた意識を思い起こさせるのに十分だった。
分かっていたこととはいえ、現実の壁は厚過ぎた。
元々無理で当然、死んで必然の挑戦だ。合理を是とする軍人としての思考が、燃料を全て使い切って尚燃えようとする主の痛々しさに鎌首もたげる。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

 「そら、鈍ったよ。鴨撃ちだ」
  動きの止まった英雄に、ベルセリオスが畳みかけるように絶望を霰と降らせる。覚悟なんて移ろう蜃気楼に過ぎない。
  こうして流れを淀ませれば自ずと揺らぎ、勝手に崩れていく。一体幾つの駒が、その色を保てたと思っている。
 「正直さ、よく頑張ったと思うよ?―――――――だけど、もう無理だ」
  畳みかけるベルセリオスが、目元をひん曲げて謳う。
 「軍人の駒動かしてるんだからさぁ、冷静な判断ってのをしなよ。
  マスターは青息吐息。エネルギーは乏しく、私がSBの線を潰した今、加速する手段が無い。
  そもそも加速出来たところで、時間が足りないって話はとっくの昔だ」
  聞き分けのない子供をあやす様に、ベルセリオスが優しく語る。
 「ほら、簡単だろう? 理由もハッキリしている。むしろ諦めない理由が無いくらいだ。
  だからさ、そんな“えせソーディアンマスター”なんて護る意味が無いって」
  わざわざ敵にチェックメイトの流れを説明されなければ分からないとは、今までの評価も雲散霧消だ。
 「それとも何? 無茶でも頑張るのが美徳とか思ってるクチ? 
  何人間気取ってんの? 無理だって。そういや、この炎剣だって言われたんだよ。元相棒にさ。なんて言われたと思う?」
  目線、手筋、話術。そのどれもが“絶望”に集約する。少しでも、ほんの少しでも壊れてほしいと、折れてほしいと願うように。
 「ウルセェオマエミタイニニンゲンヤメタヤツニナニガワカル―――――――――グフヒャヒャッハァ!!。
  いや正しいね、流石英雄(笑)。どーせ人間じゃない無機物とか神なんざに、人間の不合理は理解できないんだからさぁ。大人しく“理”に縋っておけよ」
 まるで人間以外を下等と詰る様に、ベルセリオスは盤を、下座を見下す。
 「もうさ、いいじゃない。最善は尽くしたんだからさ。ここで死んでも誰も文句は言わないって。
  アレだろう? あんまり駒が成長目ざましいから、ちょっとグラァってキタんでしょ? 
  ひょっとしたら何とかなるんじゃないかって、思っちゃったんでしょ」
 力の限りを尽くして、それでもまだ足掻くなんて無様過ぎて泣けてくる。
 「無理だから。相手が魔王とかなら分かるけどさ。“現実”相手じゃそれも限界ってね」
  無理。この二文字ほど今の状況を集約する言葉なあろうか。理が、策が無ければ、根性だけでは徹らぬものがある。
 「だから、ね? 最後のチャンスだ―――――――――大人しく負けとけ」
  ごり、と逃げる駒に絶望を叩き込む。ベルセリオスの言う通り、状況は初手から既に女神の負け。一手潰れれば、覆す奇跡さえも願えない。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

40名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:06:46 ID:Lu0ERvdl0
 
41黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 17:2010/10/16(土) 21:07:38 ID:+aCYCcq20
やはり、無理なものは無理なのか。ディムロスの中で封じられていたモノが目覚めかける。
戻ったところで、その後のカイルはしばらくはまともに戦えない。ミクトランに対抗する為の手段もハッキリ言って未計画。
所詮は、この足掻きさえ遥か天上より見下ろすミクトランの余興にしかならないのではないか。
自分でも信じられぬ程の弱気……いや、理由は薄々分かっている。
自分には、共に死んでくれる“つがい”が直ぐ傍にいる。その僅かな満足が、死を微かに甘くしている。
(なんと、脆いことか……カイル、俺は――――――)

ディムロスの煩悶が電気信号と化す直前、物理的な振動が刀身を伝った。
カイルの手の震え、服を通じて伝わる汗の冷え。

「まだだ……まだ、諦め……ッ!!」

それは、雁字搦めにされた獣の咆哮だった。意思だけは折れぬのに、身体が、世界が言うことを聞かぬ。
言の葉と裏腹にぼたりとカイルの口から零れる一滴の雫。
それは汗よりも苦く、血よりもくどく、脳髄よりも塩辛い。
希望に満ち溢れた少年の、末期の一滴はどんな美酒よりも糞不味い。だから良いのだ。

(……だと、言うのか……ッ 無理なものは、何処まで行けど無理だというのか……ッ!?)



<希望側、受け手無――――――「宣言。自手修復≪リカバリング≫」>――――・――――・――――Turn Shift



―――――――――――――――ふざけんなよ! ここまで連れて来ておいて、そんな無責任なことを言うなよ!!

(ッ!?)
カイルが吐き出した特濃の呪いにディムロスは心の底から憤慨する。
ここまでの現実を直視してなお、立ち上がろうとするカイルに自らを恥じる。
(俺としたことが、何を迷っている。こんな時、スタンなら折れたか……否!)
神の眼、空中都市、ベルクラント、そしてミクトラン。千億の絶望を前に屈しなかった我が相棒。
奴ならば、この程度の壁程度で躊躇しなかったと確信する。
だったら、カイルは? ありとあらゆる英雄の形を超えていかなければならないカイルが、
“スタン=エルロン如きが超えられる壁”程度に躊躇していいと思うのか――――――――

『っつ、ざけるなァァァァ!!!!!』
『「!?」』

――――――――――俺、頭良くないせいかさ、聞き分けも悪いんだ。だからどれだけ無理だって言われても、納得できない。
『なんだカイル、その弱弱しい音は!? まさかこの程度の障害で折れようとしているのではあるまいな!?』
ディムロスがカイルを叱り付ける。いや、自らが弱さを吐くことでその醜悪を具現する。
『お前は莫迦だろう!? 何を聞き分けの良いことをッ!? その程度の無理に今更何を納得している!!」
ディムロスが叫ぶ。カイルの弱さを、そしてなにより自分の弱さを壊すように。かつて奴がそうしてくれただろうと。
「……ディムロス」
『天命にお前自身を譲るな!』
それは無知であり、短慮からくる無能だったかもしれない。百人見れば百人笑い、千人聞けば千人が嘲る愚劣さだろう。
だが、だからこそなのだ。だからこそ奴は絶望と向き合えた。その中でも消えないものを見出せたのだ。
『なんだその震えは! 笑わせる! ならば何故お前の心臓は今ここに動いている?
 足は、拳は、脳は、何故そんなにも必死になっている!? その双眸は、何故前を見るッ!』
思い出せ。天地戦争の頃も、その千年後も、きっとその18年後でさえ、何時だって絶望はあった。それこそが今更だ。
その時に自分が何を言われてきたか。カイルに、そして、スタンに。
42名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:07:57 ID:iDDnHV0C0
 
43名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:08:09 ID:Lu0ERvdl0
 
44名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:09:04 ID:Lu0ERvdl0
 
45黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 18:2010/10/16(土) 21:09:12 ID:+aCYCcq20
――――――――――ディムロス、お前の本当の気持ちを聞かせてくれ。軍人としての判断じゃなく、お前自身がどう思っているのかを。
『何故ミトスを超えた。何故命を賭け、傷を負っても生き延びた。傷みは、疵は、お前の体に刻まれた歴史は決して嘘を吐かんッ!!
 お前の歴史は、まだ生きたがっていたではないか!“もう”ではない!“まだ”……“まだ”だ!!』
人間だから時に膝を折ることもあるだろう。だが、膝が折れるのはそれまで立って頑張ったからだ。
真なる絶望は本当に本当に頑張った者にしか得られない。そして、本当に本当に頑張った者は、真なる希望を得る資格がある。

――――――――――“お前は剣の形をしているけど、人間だろ”? そんなお前はこの状況をどうしたいんだ?
魂の底から吐き出た絶望。だが、その更に奥にある希望―――――――それこそが、人間を人間たらしめる。
傷を、歴史を辿り、そして思い出せ。絶望を乗り越える、現実を超えた始まりの願いを。
『帰ると約束したのだろう! ならば!!』
「―――――――――――――ああ、勿論!」
陰っていたカイルの顔が上がる。
「そう、全部呼吸するよりも簡単な事だったんだよね。俺は運命なんかに俺を譲らない。あの人と……約束したんだからさ!」
“運命に抗う”。もとよりそれはカイルの専売特許。思い出せば、後は水を吸うがごとく。
戻るって、言ったんだから。だったら……
「……守らなきゃ。帰らなきゃ、生きなきゃ! ああそうさこんな所で死んで堪るかよ!
 こんな、こんな……こんなちっぽけな現実に俺の世界が止められて堪るもんか!」
『ならば前を見ろ。行け、超えろ! 翔べカイルッ! ブチ壊せ、英雄カイル=デュナミス!!!!
 五臓六腑に全神経、四肢から手足の先まで死ぬ気で動かせッ!!!!!
 この程度の絶望に屈するようでは、ミトスはおろかスタンさえも超えられないぞ!!!!』
「ああ、俺の歴史を勝手に終わらせなんかしないッ! まだ、諦めるもんかあァァァァァァッ!!!!!」
千年前に棄てて、今取り戻した我が人間の性。みすみす奪われてなるものか。


真なる絶望? 笑止、あのバカの血を引くこの真のバカを諦めさせたければその3万倍は持ってこい!!


『アトワイト! 晶力の出力データと箒の熱サイクルデータをこちらに回せ!!」』
ディムロスがアトワイトに声をかける。その声は今までと同じ冷静さを持ちながらどこかが僅かに違う熱を帯びていた。
『いいけど、次はどんな無茶をするツもり?』
『無茶が前提か……いや、強ち間違っていないなッ』

――――――――――――――だったら、一緒に考えよう。やれることは全部やってやろう。
              お前と本当の意味で協力し合い、この世界を守る方法を見つけたいんだ。
やれることは、全てやる。絶望するのはその後でいい。
そして今やれることは、カイルを護る為に本当の意味で“協力”することだけだ。

『カイルとのリンクを切れ。コレットやミトスはともかくカイルと今直ぐ同調はできまい。全力で排熱に注力しろッ』
『そんなことしたら今度こそ箒が壊れるわよ!?』
驚くアトワイトに、ディムロスはさも当然のことのように吠えた。
『問題無い。我が、全てをマニュアルで調整するッ!!』
カイルに2本を器用に操れという方が土台無理なのだ。ならば、自身が中継点となることでその負荷を軽減させる。
『……言い争う時間も惜しいわね。カイルのバイタルも渡すわよ。任せていいわね?』
『すまんな。その代わりエスコートは任せろ』
諦めたように、アトワイトは自身が管理していたデータをディムロスに流す。
こうなった時のディムロスが梃子でも動かないことを彼女は知っていた。
『了解。カウント5からMAXにするわよ。恥をかかせたら許さないから』
そして、こういう時のディムロスが期待を裏切らないことも。
「ディムロス……」
『まったく、見所があるかと思えば抜けも多い。まだまだ未熟だな。戻ったら覚悟しろ、骨の髄まで鍛え抜いてやる』
申し訳なさそうなカイルに、ディムロスが呆れたように呟いた。志高くとも器は幼い。
『だから―――――――ここは預けろ。お前が見出した路、今は俺達が切り拓こう』
「うん……お願い!!」
なんとも。例えリーダーの役を辞めても、まだまだ自分の役割は多そうだ。
46名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:10:27 ID:Lu0ERvdl0
 
47黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 19:2010/10/16(土) 21:10:28 ID:+aCYCcq20
『5』
『聞こえているだろう、見えているだろうよ、ミクトラン。
 死が定まってなお無様に生き足掻こうとする我らを見下ろして、さぞ気分が良かろうな!!』
黄昏の天空にディムロスは吼える。かつてパートナーだった英雄のように、少し前世界に吠えた黒翼のように胸を張り、高らかに。
『4』
「だがそれもだけ今だけだ。俺達は決してあきらめない!!」
気力を振り絞り、カイルが言葉を紡ぐ。口に出せば意味と成る。そしてそれは、カイルの心に力を与える。
『3』
『どれだけ難しくとも、どれだけ苦労しようとも、必ず“そこ”まで辿り着く!!』
それは決意でさえなかった。高められた意思が紡ぐは絶対の未来であり、ならば既に勝利は約束されている。
『2』
「地面に根を張る植物のように、しっかりと生きている俺達人間の強さ!」
天空を、異界の狭間を超えた先の王に、いや、その向こうの絶望そのものよ。目に、耳に、心に刻み尽くせ。
『1』
「『必ず思い知らせてやる、覚えておけ!!』」
幾千幾万の絶望にさえ屈さぬ一なる希望―――――それこそが、英雄の力なのだと。

『行くわよ……出力全開!! セット、ブリザード!!』
『イクティノス、技を借りるぞッ! セット、エクスプロ―ド!!』
ディムロスとアトワイトのコアクリスタルが輝き、赤と青の力が箒の中に注がれていく。
絶対零度と無限熱量が相殺、増幅されていく炉心は最早極小の恒星に等しい。
その中心に座して熱量を制御するディムロスの負荷は想像を絶する。
だが、ディムロスはそれを成していた。アトワイトと、そしてカイルの意思を受けて自らの力を相乗する。
安ッぽい男の意地と、一番最初にこの血の通わぬ剣を相棒と言ってくれたスタンへの借りを以て、臨界点ギリギリで安定させる。
『『コアクリスタル二重起動<ツインリンクユニゾン>――――――ゴッドブレス!!!!!』』
反発する二つの属性が混じり合い、気流と蒸気が螺旋に渦巻く。
「物語は!」
『ここから!!』
『始まるッ!!!』
限界。現実。運命。バトルロワイヤル。
この刹那に、そんな陳腐なものにどれだけの意味があるって?
そんなもの、紙よりも薄くて空気よりも軽くて、豆腐よりもずっと脆い。
「運命を!!!」

―――教えてやるよ。息をするのよりももっと簡単な、奇跡の起こし方!!

『『「ブッッチ抜けええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェッッッッ!!!!!!」』』
火と水より生れし神の息吹が箒を、カイルを南へと押していく。
風をベースとしたその推力は今までの火力よりも安定し、耐熱的にも箒への負荷は小さかった。
アトワイトとディムロスを重ねたからこその、理想的推進力が少年を未来へと進ませる。だが、
『…………汲めて8割…………これでも足りんと言うのかッ!!』
箒の耐久力。カイルの負荷。それら全てを帳消しに出来るほど都合よくはない。
最高速度の8割。それがディムロスに引き出せた、限界の限界だった。
全力を出しても間に合わない時間だというのに、これでは、とても。
『諦めないで。ここまで出来たなら、きっと行ける』
アトワイトが、ディムロスを激励する。根拠のない気休めよりも密度の高い音だった。
『貴方がカイルを信じているように、私も信じてる。
 カイルが全力で走れば間に合うと言った時、言ってたわ。“僕じゃあるまいし”間に合わないと。
 私のマスターなら、不可能を可能にできるかもしれない。カイルに超えられないものを、超えられるかもしれない』
『時空剣士―――――まさか、狙いは――――――』
ディムロスが固唾を呑む中、アトワイトは天を仰く。
こちらで出来ることは全てやった。あとは天命を待つしかない、天の御遣いが運命を捻じ曲げるその瞬間を。

48名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:11:17 ID:iDDnHV0C0
 
49名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:11:22 ID:Lu0ERvdl0
 
50名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:11:33 ID:ch0lodI10
51名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:12:47 ID:Lu0ERvdl0
 
52黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 20:2010/10/16(土) 21:12:54 ID:+aCYCcq20
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn

 「修正手を受理……通しです」
 サイグローグの宣言と共に、先ほどまでの熾烈な駒音が止む。
 静止した盤上には首の皮一枚でギリギリ、しかし確かに上座の攻めを受け切った炎剣があった。
 南方へ前進する炎剣を疎ましそうに見つめていたベルセリオスが、舌打ちと共に下座に向き直る。
 「チッ……やってくれたね。この手筋、あの剣を非人間扱いした私への当てつけかい?」
 ねめつけるような視線を受け流す様に下座は無言を貫き、やがてベルセリオスは諦めたようにどっぷりと椅子に沈こんだ。
 「フン……まあ、いいよ。ここまでは所詮前戯だしね」
 サイグローグは顎を擦りながら、盤を精査する。
 「どうする? こっからなんだよ。貴方が本気で私の包囲網を破るなら、こっちをなんとかしないといけない」
 ベルセリオスの組んだ炎剣脱出不可能のロジックは大別して二つ。「速度」と「時間」だ。
 速度を出せないから、間に合わない。そして“速度を出せても時間が無いから”間に合わない。
 「さあ、見せてみろよ。時間を、世界遍く通ずる絶対の法を破る、神の奇跡を!!」
 「言われずとも」
 女神が駒を掴む。それは先ほど引きこんだ、傷んだ天使の駒だった。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Shift



【17:58'30】



彼女の願いが空を渡る頃―――――――――――――彼女の主はけん玉遊びに興じていた。
飛行機、つばめ返し、円月殺法、世界一周etc。
唯一残った足指をまるで手のように扱って回し、時には蹴り上げて中空に弄ぶ。
宙高く昇った珠は酷く窪んだ眼窩から覗くと、まるで三つ目の月のように見えた。
遊ぶなんて、それこそいつ振りだろうか。顔を動かす体力も惜しいミトスは心で苦笑した。
(多少行く先が違っていたら―――――――僕も、こんな風に遊べたのかな)
ミトスは目を細めて、ほんの少し前の過去を思い出す。リアラが語った自身のIF。
そこには、ミトスにも友達がいたらしい。けん玉を遣うハーフエルフの子供が。名前を、確か――――
(悪いね“ジーニアス”。何処で死んだか知らないけど、僕にはとんと意識が無い。
 怨むなら僕の初期配置だけ弄った指し手を怨んでくれ。お前とは、遊んでやれそうもない)
けん玉を弄ぶのは名前しか知らぬ同族への惜別か。
その真意は兎にも角にも、中空に浮かぶ4つの球体の内、赤き太陽は消え失せようとしていた。

(そろそろか。バカ共の首尾は分からないのがもどかしいけど…………仕方ないね)
【スキル起動。キープスペル、スペルチャージ、リズム、スピードスペル】

ミトスが自らの輝石に意識を通す。輝石を安定させる要の紋を敢えて捨てることで、逆にリミッタ―を壊す。
要の紋もアトワイトも無き今、これが正真正銘最後の技錬。
正直に言えば使用したいスキルはもっとあるが、無いものを強請るほど子供ではない。

【− ・・−− −− −・−・ ・−・ ・−−・・・・−−・(日月星。昼夜の狭間、黄昏の一番星に並びし天の三精よ)】

ミトスが詠唱を始めると共に、足指と剣玉の動きが速度を増していく。
口の殆どを失ったミトスのそれは字義的な意味で詠唱ではなかったかもしれない。
だが魔術の本質は世界、そしてマナへの語りかけだ。必要なのは集中と意思。
それさえあれば、例え舌を切られても何かを護ることができる。

【−・・− −−−−・− ・・−・・− −・・ ・・− −・(休生傷社景死驚開。道に惑う旅人を導く地の八門よ)】

剣玉の珠と糸と剣先の軌跡が、立体の陣を刻んでいく。
それはミトスが刻んだ中で今までで一番複雑で、一番美しい紋様だった。
何が自分をここまで駆り立てているのか、その意味を問うように彼は世界に呼び掛ける。

【−・ ・−−−−−・− ・・−・・  −−・ ・・・−−・(掛けて二十四、人の運命を廻す歯車の速度よ)】
53名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:13:11 ID:ch0lodI10
54黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 21:2010/10/16(土) 21:14:11 ID:+aCYCcq20
ミトスには分かっていた。もう、カイル達は間に合わない。どれだけの速度で走ったところで夜は来る。
ギンヌンガ・ガップ―――死都ニブルヘイムへと通ずる魔界の門は奴の運命を呑みこもうとその顎を開き始めている。
だが、自分ならば。その開門を僅かに遅らせることができる。

【−・・−−− −−・−・・−・ ・−−・・・・−−・(天地人。その源流、命数を掌握せし王よ。
 契約者―――時空剣士・ミトス=ユグドラシルが、失効たる契約に敢えて今此処に願い奉る)】

カイルのエネルギーを奪っても、その回復は微々たるもの。
肉体はどころか、霊的器官が潰れかけている今、初級魔術でさえも放てるかどうか。
優良種たる血を失いてマナはろくに視えず、剣士を壊し剣も握れず、五衰近付く今天使でさえない。
アトワイト無き今晶術は使えず、ハーフエルフとしての属性魔術も使えず、天使でなく天使術は使えず。
“だからどうした”。
我が名はユグドラシル。これでも一度は世界を救った、世界の支配者。
魔剣が無かろうが、たかが人一人の運命――――――――――――捻じ曲げられなくて、何が時空剣士か!!

故に、それはミトスが使える最後の魔術。
ミトスの周囲に12等分に刻まれた真円の魔法陣が4枚発生する。



【17:59:――――その慈悲を以て、彼の運命を“稼げ”―――――――――――テトラスペル・タイムストップ×4!! ――θθ】



秒針が12を刻んだ刹那、世界はその心臓を止めた。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn

 「こ、この手は……ッ!!」
 さしものサイグローグも盤上の光景を見て絶句する。白と黒しかないモノクロームの中で更なる灰色に切り取られた世界。
 タイムストップによる時間停止。しかも、それを4枚重ねで発動を狙うとは。天使を最後の最後まで生かしたのは、この為か。
 サイグローグはこの様な手を下座が用いるとは思わなかった。予想だにしていなかったというのもあるが“そもそも不可能だからだ”。
 今までの手筋から考えて、この戦法には絶対に無理な理由が存在している。
 (どうするか、ここは私が指摘するよりないか――――)
 だが、そんなサイグローグの思惑さえも切り裂くように、下座の美しき指先が更に動く。
 見惚れるような道化の視線には、ベルセリオスの歪む唇は映っていなかった――――――――

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Shift



【--:--:--】


55名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:15:02 ID:Lu0ERvdl0
 
56名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:15:23 ID:iDDnHV0C0
 
57黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 22:2010/10/16(土) 21:15:29 ID:+aCYCcq20
「ディムロス、これッ……」
剣山の如く突き立つ草木。固着する大気。停滞する光の速度。
音よりも光よりも早く変貌した世界に、カイル達は驚愕をせざるを得なかった。
世界から命を奪いきったような灰色の世界は、水迷宮の悪魔が<時>を奪う現象そのものだ。
『ストップフロウ……否、タイムストップか!? だが、何故我らが入門している!?』
クライマックスモード、そしてタイムストップ。
マーダーに、そしてミクトランに抗う者達が何よりも警戒していた現象が、今眼の前に展開している。
だが、この世界に於いてこの状況はあり得ない。
ミクトランがマナを操作したのか、この世界には微小かつ悪質な制限――――“術対象敵味方識別無効”がある。
敵味方の区別が無いこの世界のタイムストップにおいて、その中で動けるのは術者だけのはずだ。
だが、カイル達は認識している。自分達が時の止まった世界を動いていることを。
何故か。人の身体だった頃なら頭を抱えていただろうディムロスは頭を捻りながら周囲を見渡す。
やはり、自分達以外に動くものは無い。まるで、自分達が世界から守られているかのよう――――――
『アトワイト、お前、その光は』
そこでディムロスは気付いた。自分達を守る“何か”。その中心がアトワイト……否、そこに装備された鉱石であることに。
『これ……ミトス、貴方……』
要の紋。ミトス=ユグドラシルが天使に墜ちた時より彼と共にあった、輝石と対を成す最古の宝石。
その宝石に直に触れて、アトワイトは改めて理解する。
自分が託されたモノの重み。そして、それを託してくれたという信頼。
(安請合いするんじゃなかったかしら。こんなに重いものだなんて、思わなかった)
だが、その胸中とは裏腹にアトワイトの意思は漲っていた。
(任せなさい。貴方の願い、未来の果てまで届けてあげる)
要の紋の光と連動するようにアトワイトの刃が煌めく。
コレット、そしてミトス。二人の天使と同調してきたその経験、能力を全力で解き放つ。
エクスフィアを失った今、異常ともいえた全盛の力は既に無い。
(ミトスの固有マナはこの刀身が憶えてる。後は、それをカイルに―――)
それでいいと彼女は思った。ミトスの願いを、ミトスの意思を継ぐ。生きていく理由がある。ただそれだけで、人は強く在れるのだから。
ミトス=ユグドラシルの代理として、世界を見届けるという意味が。
『これは、晶力……いや、マナとやらが、我にッ!? アトワイト、お前……』
『つべこべ言わず疾走りなさい! こんな子供騙し、長くは保たないのよ!!』
ディムロスの驚きを一蹴するアトワイトの罵声。一番最後までミトスの状態を見ていたからこそ、彼女には分かっていた。
タイムストップの連続詠唱。そんな大魔術に、はたして彼の身体が何処まで耐えられるのか。
『カイル、今の貴方なら私とディムロスを通じて分かるはず。お願い……ミトスの夢を、こんな場所で終わらせないで…………っ!』
「分か、ってる………! あいつの、運命もォ、俺が…………持っていくッッ!!」
アトワイトの想いが、ディムロスを経由してカイルに通ずる。
双刃を介して奴の、ミトスの激情が伝わるような錯覚をカイルは覚えた。
これは支援なんて生易しいものなんかじゃない。

―――――――超えるって、決めたんだろう? ついてこれなきゃ、其処で死ね。

カイルは走る。原初の英雄が贈る、終の試練を見事達しようと疾っていく。
吹き荒ぶ荒野の嵐を布一枚で護り裂くように、時の凪を掻き分けてゆく。
四千年の長きに渡る英雄の業。その地獄が、決して無駄で無かったと示す為に。
静止した時間を斬り裂いて、最後の英雄が未来へと突き進む―――――――――ッ!!



【--:--:--】


58名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:15:55 ID:Lu0ERvdl0
 
59名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:16:40 ID:ch0lodI10
60黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 23:2010/10/16(土) 21:16:51 ID:+aCYCcq20
奇怪。その魔術を形容する言葉はその一つしかなかった。
本来なら1つしか現出しないはずの時刻盤が4枚。そしてその中心に立つ残骸。
もしもこの単色世界を認識できるものがいたならば、それは生贄を捧げる儀式にも見えただろう。
だが、紛れもなくその贄こそが魔陣を統べる主であり、この昼夜を分かつ黄昏の狭間を“斬り裂いた”存在であった。

鼓動を認識し、領域を選定し、そして一点を隔絶する。
眼には見えぬ紅い糸を手繰る様に、四千年を共に歩んだ半身とも言えた要の紋、そしてそれを託した彼女の位置を“信頼する”。

全ては当然の帰結であった。
如何に速度を上げようが、疲弊しきった一人と二振り。あまつさえ漕ぐ船は半壊した箒。
余程要領良くやったところで、飛翔の真似事を整えるのが精一杯だ。

軋みを上げる時計の音に、未完の呪文を滑らせていく。
波も渡らぬ世界に音が響き、そしてそれが更に波を静めていく。
詠唱が効果を生み、生まれた効果が詠唱を紡ぐ暇を作り出す。

速度だけではどうこうならないこの状況。時間が足りぬこの状況。
運命を司る悪意が組み上げた不可能奇問。
それを破る手は一ツ―――この前提条件を打ち砕くことに他ならない。

眼にも心にも映らぬ時間の流れ。稚魚にとっての滝がそうであるように、絶対に逆上がることの出来ぬ河。
それを天使は堰き止める。幾戦を経て培った連詠の技術と、辛うじて残った剥奪間際の称号の残滓を絞り出し、世界を逆しまに捲き返す。
我が要石を鍵に、我が仇者の衣を盾に、我が半刃を槍としてこの絶対次元にモーゼの奇跡を構築する。

マクスウェル術法体系の初等呪文。
Distance(距離)=Velocity(速度)×Time(時間)。
ゴールまでの距離が不変一定、速度は下降減衰――――であるならば、“所要時間を弄繰り回すより他は無い”。

タイムストップ連続詠唱による、長時間の停止。究極の時間稼ぎ。
最後の問題はミクトランの、否、悪意が布石し敵味方識別無視<ターゲットレス>の縛り。
ここで詰むはずのロジック。これ以上はあり得ぬ壁。だが、英雄にそれが無意味であることは先刻承知だ。
昨日の味方が今日の敵であり、今日の敵が明日の味方であるバトル=ロワイアルに於いて、
このような小細工を施されるまでもなく敵と味方の境は存在しない。
あるのは、自分と他人の区別だけ。この世界に入門できるのは、自分のみ。

だったら“自分と言う領域をもう一つ創り上げるまで”だ。

カイル=デュナミス脱出の為の鍵は、速度と時間。
そしてその内の一つ<速度>を得る為には、ディムロスとアトワイトが一“刃”同体の境地に達する必要がある。
ソーディアン同士の共鳴<ユニゾン>が叶うならば。ディムロスとアトワイトの間に回路が徹るならば。
例え違う世界であろうとも、姉の魂が重なりあう奇跡が真だとするならば。
ミトスとアトワイト、カイルとディムロス、人刃一対の同調があの一時の夢でないと願うならば。

音も光も渡らぬ野外の無響室。眼を閉じれば虚ろだけ。
これぞ真実、これぞ現実。惑わす音も、眩ます光も閉ざせば宇宙にお前もヒトも独り法師<ぼっち>。
見えぬ聞こえぬ届かぬ叫びは、四千年を経ても反射しない。誰の心にも響かない。
だが、少年は詠った。届けと―――否、届くと歌った。
かつてその宿願は伝わらなかった。どれだけ声を大きくしようが、低くしようが、想いは、願いは届かなかった。
違うのだ。“つたえる”とは“つたわる”とは“そういうものではないのだ”。
楽器は剣二本で事足りる。要の紋をメトロノームに。歌詞は彼女が憶えている。
心に焼き付いた刹那の剣戟音に、天使が鼓動は確信する。

魂よ、運命に響き合え――――――――――――これがミトス=ユグドラシルの周波数<固有マナ>だ。

ソーディアンの同調能力、その離れ業が交響曲を紡ぎだす。
かつて英雄だった少年は己が全ての小細工を以て唯一人の聴衆を――――カイル=デュナミスを“英雄”に偽装した。

61名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:17:19 ID:Lu0ERvdl0
 
62黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 24:2010/10/16(土) 21:18:00 ID:+aCYCcq20
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

 「なんと、強引な……ですが」
 粗く、言い方を誤れば無謀な一手。だが、とても力強い一手だ。サイグローグはその気性には珍しく、素直な溜息を付いた。  
 盤上から息づくそれはまるで、荒々しくも雄大で、慈悲深く世界を覆い包む海のように。
 呼吸が、止まる。聖なる者はその美しさに息を呑み、邪なる者は肺に水を詰まらせるように。
 二人の英雄が紡ぐ第5番。盤上を踊るその大いなる旋律を前に、ヒトは唯立ち尽くすことしかできない。
 (傍観者たる私の仮面まで震わすとは……ククククゥクック……コレだからヒトの、心の輝きはッ、選択はッ!!)
 サイグローグがその仮面の口元を強く押さえつける。それは女神の指から放たれる波動から仮面を護る為か、
 それとも仮面の内側から漏れだしそうになる何かを抑えつける為か。
 ジャッジと言う最高の観覧席からこの戦いを眺めることができる己の幸運を噛みしめながら、サイグローグは認識した。
 コレが時の紡ぎ手、世界の存続と繁栄を司る女神の――――神の一手なのだと。
 これならば、開くかもしれない。否、開く。
 四つの音が開かずの扉を叩く。その先の奇跡をその手に掴む為に!!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――・・・・ン

  扉が開いたのはその時だったように思う。ただ、錆びついた軋みの響きが老婆の泣声のようだったが。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Intercept……


時の大魔術が天地を縛る。体中から血と泥混じりの汗を噴出し続けながら、ミトスは声無き詠唱を続けていた。
まだ走っているのか。よろよろ進んでいるのか。もう動いていないのか。
もうアトワイトやカイル達の状態がどうであろうと把握する術は無く、その余裕もない。
だが、それで術が止まることは無かった。
耳に伝わる掠れた何かをかき消す様に。ただ紡ぎ、ただ歌う。その道を誰かが進んでいるのだと信じて。

―――――――ブゥー・・・・ン
<それがお前の“奇跡”か。しぶといったらありゃあしない。まるで夏場の羽虫のやうだ>

静止した時間をミクトランが認識できるのか、できないのか。
首輪の時刻判定は内蔵式か、電波式か。カイルの首輪は止まっているのか、どうか。
ありとあらゆる不確定要素が薄皮一枚を隔ててミトスの喉元に刃を震わせている。
だが、怯みはしない。それは失敗する要因にはなっても、挑戦を諦める理由にはならない。
失敗して当然。カイルもミトスも既に死んだ身であり、死よりも恐れるべきリスクなどないからだ。

―――――ブゥー・・・・ン
<ああ、うるさいなあうるさいなあ。傷んだ翅で、バタバタバタバタ。障る障る耳に眼に虫唾に障る>

気を抜けば一瞬で飛ぶ。脳味噌の中を千の蟲が這いずる感覚の中で、ミトスは碌に残っていない歯を食いしばった。
視界が霞み、舌先が詰まったように喉に窄む。肌先の傷口が、神経一本一本に針を刺されたように鋭く尖る。
ハッキリ言って、割に合わない仕事だ。大人しく一人で死んでいた方がいっそ楽だったろうに。
自嘲するミトス。だが、悪態に歪むことのない顔は真剣そのものだった。

―――ブゥー・・・・ン
<何処にも行けないんだよ、何処にも行かせないんだよ。視えないのかよその虫ピンが>

周囲に展開した4つの時計を、ミトスはじぃとねめつける。
ブンブン煩い時計共、どうかまだ動いてくれるなと。今は1分1秒でも惜しいのだ。
自らの感覚が過敏になっている為か、顎を伝う脂汗とそれを拭う腕が無いことを鬱陶しく感じ――――

“汗が出て、それを感じている?”

―ブゥー・・・・ン
<じゃあさ、見せてやるよ。釈迦の掌の真実を、猿でもわかる絶望を>
63名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:18:22 ID:ch0lodI10
64名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:18:52 ID:iDDnHV0C0
 
65名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:19:20 ID:Lu0ERvdl0
 
66黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 25:2010/10/16(土) 21:19:31 ID:+aCYCcq20
ミトスの内側に生まれた疑問。それを自分の中で咀嚼するよりも早く“解答の方がミトスに歩み寄った”。
時計の内の一つが、震えだす。否、針が無理矢理曲がり始めた。

“時計も動かぬ世界――――――その中で這いずり回る不協和音”。
“感覚無いはずの天使――――――その中で確かに存在する五感”。

それは、ちょうど夏の河の景色に似ていた。雪が溶けて増大した河の水に耐えかねる寸前の堰に。
堰き止めていたはずの水が溜まりに溜まりて、劣化した堰よりちょろちょろと水が流れ出す。

ブゥー・・・・ン
<今更リザインなんて認めないよ。コレがお前が紡いだ神の一手の“結果”だ。啼いて這って受け止めて――――>

ピシリ、ピシリ。2つの亀裂がミトスの耳に走る。
一つは、時計盤を滑る音。なら、もう一つは? 
既にその答えに思い当っていたミトスは、首をその背中にゆっくりと向ける。
壊れる音が、毀れるオトが、その耳朶をぬるりと這っていく。




<CHECKMATE――――“自害しろ”>
(パ(バ)キ(ギ)ン(ン))



【1-:--:--:72】



時の流れに押され堤が“決解”する。
壊れたのは時計が1つ――――――羽が“2つ”。


「――――――――、ァ―――――、――――ャ――――!――――!!!」
ミトスの絶叫が静寂の中に響き渡る。それは姉の死体を見たときよりも大きな音だった。
情緒も何も無い唯の生理現象が引き起こした絶叫。故に、それは何より分かりやすい。
血液が煮沸する色や三半規管が逆巻きされる振動、筋繊維で弦楽を弾かれる喝采が身体と呼べる部位全てで同時多発する。
紛れもない“痛み”。カイルの時とは違う、幻覚や想起などではない“現実”がミトスの脊髄を揺さぶった。

【―――――4番車、封鎖。脱進、逆―――止――――】
だが、ミトスはその痛みに溺れる訳にはいかなかった。飛び出そうな眼球が、天体の配置がズレかけたのを認識する。
痛みを絞り尽くすように眼を細めたミトスは、蹴足で零れかけた剣玉を拾い紋様を追加で書き込む。
すると剣玉の糸が伸びて堤の綻びをくくる様に、再び時間のベクトルが静まる。
「ァプッ―――――ンマッ――――」
安堵する暇も無い。堰が切れたのは痛覚だけではなく、その小さな口からも血流が滂沱と落ちている。
血のあぶくを湧かしながら、ミトスは否応にも理解した。
かつて泥水を浴びるほどに覚え込まされた古い感覚を、自分が今から終わるということを。

67黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 26:2010/10/16(土) 21:20:44 ID:+aCYCcq20
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
 
 「翅を、このタイミングで……ッ」
 様々な言葉が浮かんでは消えるこの状況で、サイグローグが辛うじてそれを口に出した。
 神が繰り出した一手に対し、人間の一手が炸裂する。
 それは神々の手に比べ地味で小さな一撃だったが“確かに心臓を撃ち抜いていた”。
 「そう、いうことですか……天使の心臓喪失……前例が適応される………」
 双剣の天使。かつて己が理想に燃え、いつか理想を抱いて死に、そして理想を棄てて護り抜いた男。
 その運命を決定づけたのは、ある一人の少女を救おうとした結果だった。
 人間を生命たらしめる心臓を失い、人として死んだ。
 それでも天使として未練がましく現世にしがみ付いた。意思の力だけで動く死骸と成った――――そう、ちょうど今のコレのように。
 「精神が……術力<テクニカルポント>が尽きれば“終わる”…………なんとも、痛烈な……ですが……」
 古い証文だが、有効なことに変わりは無い。この大掛かりな魔術に対し、即席のカウンターとして引っ張り出したのだろう。
 (ですが“何故2枚”? 一気に、全部壊してしまえばいいものを)
 壊れた翅が意味するのは、マナが尽きかけていることと輝石が壊れかけていること、つまり天使としての終わりだ。
 このクライマックスを破りたいベルセリオス側としては早々に終わらせこそすれ、態々延す意味は無い。
 (何故、2枚? 一体、何を待って――――――――ッッ!!)

 道化は漸く、漸くそれに“とっかかった”。
 堪らず漏れだそうになった言葉を手で抑えつけて、牛のように反芻する。
 (…………今、2枚減った…………“何枚から”減った……?)

 成長した天使の翅は、合計で12枚。

 道化は反芻する。

 天翔翼に対抗する為、ディバインパウアを強化して1枚。

 盤面を反芻する。

 崩れた肉体を無理矢理活性化させて1枚。

 棋譜を反芻する。

 その身体で立ち向かって1枚。

 過去を反芻する。

 渾身を振り絞り空間転移して、2枚。


 虹の七色、七枚の翅。それが、天使に遺された答えの全てにして、運命の筋道。


 結論は、正解は既に出ていたのに。
 そう嘲笑うかのように、ベルセリオスの指がもう一度弾かれる。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――



【17:--:--:84:92】


68名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:20:57 ID:Lu0ERvdl0
 
69名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:21:16 ID:ch0lodI10
70名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:21:59 ID:Lu0ERvdl0
 
71黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 27:2010/10/16(土) 21:22:11 ID:+aCYCcq20
ビシビシビシ。
続いて三重奏。一枚を失ったことで、残る三枚の時計に負荷が増加する。
かつて美麗とまで称された天使の歌声は、既に聞くに堪えぬ阿鼻と叫喚に成り下がっている。
傷み、老い、朽ちる…………それは最早人間だ。
ココロなどという曖昧なもので定められるものではなく、種族区分としての人間だ。
今、ミトス=ユグドラシルは少しずつ、しかし確実に人間と化していた。

だから、その魔術は人間には時間は過ぎたる力であり――――――崩れ落ちるのも已む無しだ。
【――――――――――――3番、くる、―――――――秒し、ん―――――壊―――】

<“仕掛けていた”というのですか……伏線を…あの段階で……テトラスペルさえ……破滅の鍵………>

終ぞ耐えかねたか。2枚目の時計と、更に2枚の翅が砕け散る。
大火の前の如雨露の如く、大雨川の堤防の如く。一度崩れかけたモノが朽ちるのは早い。
だが間違えてはいけない。それが“当然”なのだ。
本来火は燃え盛るものであり、水は下に流れるもの。それが“自然の流れ”だ。
それをヒトは小手先の知識と技術で、制御下に置いたと勘違いすることもあった。
それを消そうなど、塞ごうなどということが“おこがましいのだ”。
そして、過去より来て未来に向かう時間の流れは自然の極みである。

だが、ミトスは抗った。既に自らに起こった現象を正確に理解しているのに、抗い続けた。
術を解けば、時間の流れに押し潰される。一度流れを許せば、もう止める力さえ残っていない。
今や、少年に出来るのは間に合うと信じて肺の無い身体で走り続けることだけ。
崩れかけた魔術に紋を継ぎ足して継ぎ接いで、更に無様に紡ぐだけ。
もしかしたら、もしかしたらと扉を叩き続ける。次の一回で開かれると信じて。

<きっかりと、確実に一歩手前でオとす……引き下がって他の選択肢を探す余裕を与えない。
 もしかしたら届く、その一歩手前まで引き込んでから―――――呑む……これが、絶望……>

だが、届かない。“届かないことが確定してしまった”。
赤い靴をはいた子供の“オチ”は、万億読み返そうが不変。

莫迦でも分かる。足の指が欠けていなければ幼子でも、解ける。
自然であることは、現実は何よりも“強い”。それに逆らうことを奇跡と讃えるならば―――――知らしめなければならない。

   
   あるところに知識はあっても知性の足りないカスな餓鬼がいました。
   餓鬼はなけなしの12ガルドで武器屋に行きショートソードを5ガルドで買いました。
   その後、道具屋に行き、1個2ガルドのアップルグミを買おうとします。

   坊や、幾つ買うんだい?

   「○つ」
   
   問題です。
   
   坊やは幾つと言ったでしょうか?
   坊やは幾つ買えたでしょうか?
   坊やはそもそも道具屋に入る資格があったのでしょうか?
   薄汚れた“雑種”が町に入っていいのでしょうか?
   その金は盗んだものじゃないのか?
   あのファンダリアの花も何処かから奪ってきたのか?
   世界を一つにとかバカじゃないの?
   万歩譲って、一つになった世界にお前の居場所なんてあるの?
   多分無いんじゃないの?
   生きている意味なんてあるの?

   死んだ方が、いいんじゃないの?
72名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:23:00 ID:Lu0ERvdl0
 
73黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 28:2010/10/16(土) 21:23:07 ID:+aCYCcq20
『    G           ィ      ン  』


骨の折れる音。翅の砕ける音。空いた心臓から血が流れる音、2番車の長針が止まる音。時間が軋む音。もう一枚翅の砕ける音。終わるオト。
荘厳なる交響曲を覆い尽くすノイズの海に包まれて、英雄でも天使でも少年でも肉片でも無い屑が、地面に倒れ伏す。
そして、残骸の眼の前で遊び主を失った剣玉が遊泳を止め、剣を地面に突き立てた。

あとは、何も無かった。何も動かなかった。誰も動かなかった。動けるモノがなかった。
残る第四節。一番車の大発条は辛うじて動いているが、回りも重く、直に停止するだろう。
四には届かず、死に至る。ここに、唯一の解は算出された。

<知れよ、劣悪。運命は――――――変えられないから運命なんだ>

様々な韻律が夕闇の四十万に木霊する。
大自然――――運命の怒りに触れた愚かな子供を蔑む為の嘲笑合唱だった。



【17:5-:--:96:18:76】



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn END.

 ……これが現実だよ。
 ベルセリオスが冷酷に呟く。肉体破損。精神力枯渇。輝石損傷。―――そして、止めの翅の枚数不足。
 何より足りない時間。根性ではどうにもならない物理的不可能の、壁。
 サイグローグは顎を擦りながら胸中で唸った。“完璧に”詰みだ。
 天使個人の能力では“絶対に”・“100パーセント”打破出来ない。

「で? どんな気持ちだい? セコい手まで使って紡いだ希望とやらを微塵に砕かれるのはさ?
 ……ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちどんな気持ちィィぐフふヒヒヒヒひゃふフヒヒハはァヒャヒャハハハヒャハァッ!!」

 ベルセリオスの頬肉が、さながらディストーションを掛けられたモンスターの如く醜悪に歪んでゆく。
 それを見た女神はその整った顔を僅かに顰めた。
 傲慢無礼な態度を咎める気は疾うに失せていたが、マナーの悪さは矢張り鼻につくものだ。
 サイグローグもそれを感じているのか、わざとらしく咳払いをしてみせる。
 「だが、評価しない訳じゃあない。これでも感服したんだ私は。
  成程、確かに手は善かった。グッド。素直に褒めよう……いや、素晴らしいよ“時の紡ぎ手”。
  “ド三流”は訂正する……“一流”だよ、お前はさ。
  唯一の動かし方を外・内要素を上手く活用し、更にサイコロの出目を常に六に固定する。
  それにより奇跡は必然となり、故にこの時間の壁を壊せる希望手へと炎剣を誘える……」
 が、ベルセリオスはサイグローグの咎めなぞ何処吹く風。
 品の無い下衆染みた笑みをその顔に張り付け、肩を揺らしながら女神を見下す。
 だがその言葉は見下している筈の女神の手を褒め称えるものであり、珍しく真っ当なものだった。
 奇跡だの一流だの素晴らしいだの、とてもプライドが高いベルセリオスの口から出た言葉とは思えない。
 故に女神は目を丸くして、僅かに驚いた様な顔を向ける。
 真逆、あの人を見下す事しか知らないベルセリオスが少しでも理解を示して―――
74名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:23:20 ID:ch0lodI10
75名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:24:23 ID:Lu0ERvdl0
 
76名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:24:24 ID:VzapuOqQO
77名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:24:34 ID:ch0lodI10
78黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 29:2010/10/16(土) 21:24:37 ID:+aCYCcq20
 「……ッワケねぇだらぁぁあぁああァァァァッ!!! ワケねえぇぇぇんですよぉぉォォオォッ!!!
  ゲロクズ同然の天使を横取りして、死ぬ運命ならと酷使して何が希望ッ!
  視点変えれば犠牲役の傷を抉って血潮を絞り出して灰になるまでぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり痛めつけてるだけだろぉよぉぉッ!
  文字通りただの横暴、ハッ! 自分は上から犠牲役を私刑しといて、誰かを救ったつもりでドヤ顔か!
  ねぇどんな気分だったどんな気持ちだった!?
  あれだろォ? 大方“いい事した”って気分だったんだろォ?
  何だ? お前、メシアにでもなったつもりか!? 誰かを殺して誰かを生かす、それが神の一手で希望ゥ?
  ヒャハッ、ハヒハハヒャァ! これは笑い種だなッ!
  ……これが一流な訳あるかよ、ヴゥワあァァァァぁぁぁァか!!!! ド三流に決まってんだろうがよォォォッ!!
  そこまで残酷な事をしといて成立する残滓を神の一手と言うなら、それは随分とッ!
  ――――――――――――安  い  奇  跡  だ  ね  ッ  !」

 女神の鼓膜をびりびりと揺らすベルセリオスの声は、蔑みと憤怒に満ち満ちていた。
 一通り唾を撒き散らしながら吠えたベルセリオスは、粗暴にサイドテーブルからワインボトルを掴む。
 それを勢い良く口に宛行うと、年齢相応に発達した喉仏を力強く脈打たせながら力強く飲んだ。
 「……おい、何とか言ったらどうだ“ド三流”? 悔しいんだろ?」
 しばしの静寂の後、額に血管を浮かべたベルセリオスが、荒々しい息遣いと共にそう吐き捨てる。

 「一生懸命積み上げたモン崩されて、悲しくてたまらないんだろぉ? あァ解るよその気持ち。
  こっちとしても心が痛んで痛んで痛んで痛んでいたんでいたんでいたんでイタンデ――――――――――――」

 ベルセリオスは肩を竦め、頭を左右に振り項垂れてみせた。
 同時に眉を顰め、悲壮感に同情のスパイスを乗せた猫撫で声を零してみる。
 こっちとしても辛かったんだ、と。選択は仕方なかったんだ、と。
 ベルセリオスは皮肉にしかなり得ない飴を女神の豊満な胸に投げ付け、そして。


 「――――――――――――それが堪え難いくらい、快感だよ!」


 ……蔑みに満ちた極上の黒い笑みを浮かべた。
 思わず顔を顰めたくなる様な下品な哄笑が辺りに響く。
 唾をまき散らしながら腹を抱えるベルセリオスを、女神はけれども顔色一つ変えず観察していた。
 道化師は溜息を吐く。矢張りこれが現実。言い返す事すら女神には許されない。その要素すらないからだ。
 どう足掻こうと絶望。正にその言葉の通りだった。コールするまでもない。
 “女神は敗者だ”。
 劣勢を感じさせないそのポーカーフェイスも、敗者となった今、道化師の目には滑稽にさえ見えた。
 徐々に女神の表情に深い影が落ちてゆく。流石にこの屈辱は、神と言えども堪え難いのだろう。
 道化師は同情すら女神に覚え、もういいだろう、と眉間を揉みながら右手を挙げる。
 「ベルセリオス様静粛に……。下座、もういいですね……?」

 絶望を届ける王、道化師……この場に居る女神以外の全員が思った。女神の負けだ、と。
 天使一人の力ではもう如何しようもない。それが現実だ。
 誰かの力を借りようにも、その“誰か”が居ない。
 ならば時の魔王に頼む? ……無理だ。何故なら天使の世界の理が崩れるからだ。
 天使の世界での、時の王は精霊王オリジンだ。天使は別世界に時の魔王が居る事を知らない。
 剰え、時の魔王が手を貸す理由がそこにはない。
 故に“詰み”。

 「勝者……上座、ベルセリ―――」
79名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:25:30 ID:Lu0ERvdl0
 
80名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:25:40 ID:ibfBnY2C0
支援
81黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 30:2010/10/16(土) 21:26:07 ID:+aCYCcq20






 「先程言いましたねベルセリオス。“ストレートフラッシュ”、と」






 そう。“詰み”。誰もがそう思ったろう。“女神以外の”だが。
 凛とした清冽な声色で、女神が道化師のコールを遮る。その声色には弱気など微塵も存在しない。
 今更敗者に、いや真逆女神から口を挟んだ事に道化師も驚いたが、
 一番驚いていたのは他でもないベルセリオスだった。
 「……それが?」
 吊り上げていた唇の端をひくひくと痙攣させながら、ベルセリオスは平静を装う。
 恐る恐る窺った女神の双眸は、諦観の闇に溢れるどころか、むしろ決意と勇気に燃え上がり、光に満ちていた。
 得も言われぬ悪寒がベルセリオスの身体を駆け巡る。背筋が凍る様な鋭い視線が、ベルセリオスの胸を深く抉った。
 「私も手札を揃えさせて頂きました。確りと。
  ベルセリオス、貴方は致命的なミスを冒しました。貴方は―――惜しまず最強の役を提示すればよかったのです」
 柔和な面持ちに文字通り女神の様な微笑を浮かべながら、ゆっくりと駒へと細く華奢な指先を伸ばす。
 そこには疲労困憊の上、満身創痍の天使が横たわっていた。
 振れれば崩れてしまいそうなその体躯を、優しく労る様な慈愛に満ちた柔らかな掌が、けれども強く包み込む。

 「悲しい事ですが、孤独な貴方には千年を経ても決して理解出来ない事でしょうね。
  人の絆が、覚悟が、信念が……時に、神を打破し得る事を」
 「何が言いたい……!?」
 
ガタン、と椅子が倒れる音。鼻息を荒くしたベルセリオスは犬歯を剥き出しにし、女神に食ってかかった。
 しかし女神は動じない。立ち上がったベルセリオスを睨み、座ったままゆっくりと口を開く。
 「“そこが貴方の思考の限界”だと言いたいのです。彼等の歴史は、貴方程度に屈しはしない。
  幾ら絶望手が来ようが、彼等はそれを覆せる力を秘めています」
 タァン、とチェス盤に打ち付けられる駒の軽快な音に、道化師は仮面の下に三日月を作る。
 過信と慢心は隙を生む。何時か何処かで四大天使の一人がそう謳った。
 盤を支配する王とて、それは変わらない。抜かったな王よ。女神との違いはそこだ。
 これだからゲームは面白い。さぁ、しかし現実は非常だ。天使個人の力ではこの壁は打破出来ない。“絶対に”。
 強固過ぎる運命を前にどんな手を見せる? 見せてみなさい、希望の紡ぎ手!!!

 「何故なら彼等は……“貴方と違い一人ではないのですから”!」

 フォーカード?
 成程、確かにギャンブルではこの上ない安全手だろうよ。確率的にも実に稀有だ。
 ……だが、甘い。それでは誰も奇跡とは呼ばない。それだけでは殺せない。
 運が良ければ誰でも出せる無難な役なんて、必要ない。
 1/4165、その程度の確率では意味が無い!

 「さて。こちらの、いえ……“ド三流”の手番ですが―――」
 にっこりと笑う女神の皮肉に、王の表情がみるみる歪んでゆく。
 顔色は真っ赤になっていたが、しかし直ぐに青ざめていった。
 待てよ、と。これ<ストレートフラッシュ>以上の手があるとすれば、それは運をも超越した―――
 「驕った事を悔やんでも……もう遅いですよ?」
82名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:26:41 ID:Lu0ERvdl0
 
83名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:27:08 ID:ch0lodI10
84黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 31:2010/10/16(土) 21:27:38 ID:+aCYCcq20
 ……さてそれなら、ストレートフラッシュ?
 1/72193.3もの低確率、ならば確かに勝利は確実になるだろう。恐らく誰もがそこで満足する役。
 ベルセリオスもそれを分かっていたが故にそこで留めた。少なくとも逆転はされないだろう、と。
 だが足りないのだ。それでもなお足りない。まだ到達出来ない。それでは及ばない……!
 現実を砕くには、運命にも似たシナリオを打破するには、遠く遠く及ばない!
 保身に走るならそこ止まり。ミスを恐れる逃げの思考。ある程度の利に満足する、偽者の王者!
 だが未来を開拓するには、逆境を乗り越えるには……自力で毎回、最高の手を持ってこなければ話にさえならないッ!
 賽を振るなら常に六の目を。牌を切るなら頭を崩し更に高みの役を、掛けは常に持ち金全額を!
 運を超越した絶対の命令をッ! 定まった未来さえも覆せ!!
 何、問題はない。なにせ1%=100%のバトルロワイヤル、確率なんて存在しないのだから!
 全てが必然であり奇跡! 役を考える時間も要らない。悩む必要も要らない。

 だって―――“最初に配られた手札で既に十分なのだから”!

 準備は最初から整っていた。
 絶望の王が国士無双<ストレートフラッシュ>を放った時から、未来が覆されるのは決まっていた。
 たかが国士、そんなものは少しの運と力があれば成立つ。
 運命を壊すなら、狙うは一点。天和並の奇跡手ッ! 国士など足元にさえ及ばない!

 「き……さ、まァ……!」

 さぁて、紳士淑女の皆様。
 お待ち兼ねの答え合わせだッ! 揃った役は、勿論最強1/649720ッ!

 「受けて貰いましょうか、ベルセリオス――――――――――――――――――――希望の一手<ロイヤルストレートフラッシュ>を!」

 偽者の王者よ、目前の盤より消えろ。希望一つも捻り潰せずして何が絶望か!
 目を見開いてよく見ておけ!
 細く拙い希望の一閃が闇を切り裂くその瞬間ッ、さぁさぁこれより……真の王者のお通りだッ!!

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Shift!!!! Game has not ended yet!!!!


凍り付いた沈みかけの夕日は、まるで僕を忌み嫌うかの様にぎらぎらと大地を照り付ける。
天へと伸びる事を諦めてしまったかの様に幹の途中からばきりと折れてしまった樫の木だけが、僕の身体を夕日から守ってくれていた。
遠く固まった陽炎は、直ぐ側にある未来の様にどうしようもなく、景色を崩し歪めていた。
やっとの思いで首を回し、血反吐を吐きながら空を一瞥する。
流れる事を諦めた雲は、水分を招入れる事を止めていたのか、細く頼りない。
唾を飲み込むと、土と鉄が混ざり合っただけでは到底出来ない様な苦く複雑な味がした。
ぴくりとも身体が動かなかった。いや……むしろ僕は動く事を諦めかけていたんだと思う。
何かが崩れてゆく予感は、少し前からしていた。
決して抗えない壁がある事くらい、僕にだって分かるつもりだ。

虫一匹居ない世界は死を待つ老人の様に穏やかで、僕は一人だけ理不尽な置いてけぼりを食らっている様な気分だった。
僕は必死に命を繋ぎ止める為に土に噛み付いた。小石が余った歯を砕き、歯茎をじくじくと痛め付ける。
ふと目前を見た。名前も知らない群青色の花が一輪、うなだれている。
“痛い”。
人として当たり前の感覚が、今では呪いたくなる程に重く身体にのし掛かる。
虫一匹殺せない様な静寂が、けれども僕の翅を、マナを、四肢を確実に喰い潰す。
残酷なほど静かに訪れる終焉は、自然の摂理は、絶対の魔法は……余りにも冷酷に僕を嗤っていた。
85名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:28:16 ID:VzapuOqQO

86名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:28:34 ID:Lu0ERvdl0
 
87名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:28:43 ID:ch0lodI10
88黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 32:2010/10/16(土) 21:28:45 ID:+aCYCcq20
「……―――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

喉が焼け、朽ち裂ける感覚。声は愚か咆哮にさえ成らない呪詛の様な何かが、血肉と共に僕の口から溢れ出す。
怖いくらいに紅く濡れた夕焼けに抱かれ、世界から無音の罵声を浴びながら―――――――――――――僕は、初めて真の絶望を知った。


<諦めちゃえよ。もう無理だって判ってんだろォ?>


“嘘だ”。
ミトスは紫色の唇をぶるぶると震わせながら、その三文字を腹の奥から搾り出す。
かたかたと音を上げる血塗れの歯は、最早残っている数の方が少なく、その隙間の風通しは実に良さそうだった。
生温い吐息が、馬鹿にした様な笑い声を上げながらミトスの口から零れる。
<身体、動かないんだろ? どう見てももう無理だろ?>
“嘘だ”。
少しでも触ると崩れ落ちてしまいそうなか細い声で、ミトスは莫迦みたくそう繰り返した。
青ざめた顔を小刻みに左右に振ると、光沢を無くした毛髪が、渇いた頭皮と共にぱらぱらと抜け落ちる。
肌の上を醜く這う脂汗が、ぽたりと渇いた大地に滴った。
音が死に尽くした白い世界の脳天に罅が入ってゆく。血で紅く染まる景色の中、天使は砕けてゆく世界を見た。
<ねぇそれなのにまだやれるとか、思ってんの? 思っちゃってんの?>
“嘘だ”。
背に鈍く輝く二枚の翅を見つめたまま、ミトスはどうしようもない現実に沈黙する。
―――限界。
たったそれだけの二文字。しかしその二文字の魔法の言葉の大きさに……ミトスは目眩を覚えた。
<いっそ終わった方が今よりもずっと楽になれるんじゃない? 本当は知ってんだろぉ?>
“嘘、”
背にある虹色の翅は次第に色を失い、病に侵される様に黒く変色してゆく。
どうすれば、とミトスは縋る様に師匠の輝石を見た。輝石は沈黙し、ちっとも光らない。
ミトスに渇いた笑みが浮かぶ。今更誰かに頼ろうというのか。
今まで一人だったくせして、それを望んだくせして虫が良過ぎる。
<動かなきゃ、頑張らなきゃいいんじゃない? 諦めた方が、いいんじゃない?>
“……ぅ、”
何かの力に縋るのか、この僕が? 一体何処の誰が力を貸してくれるんだ?
無理だ。誰も居ない。アトワイトも、姉様も、ユアンも、クラトスも。
なんて……孤独で無力。
<な? だって無理だもんな? 仕方ない事だよな? どぉせ終わるんだもんなぁ?>
“―――”
ミトスは死んだ様にぴくりとも動かない。
地に俯すその小さな身体はまるで……天に立つ強大な神に屈伏した、陳腐な奇跡の様に意味も価値もなかった。
<なら“こう”思ってもさぁ、いぃィよなああぁァ?>
“―――――――――――――――”
世界が軋む音がした。むわっとする様な強い熱気が、ミトスの身体を包み込む。
崩れた腹の孔からじわりと溢れる胆汁の生臭さ。
穴という穴から吹き出る脂汗の嫌な感覚。
神経そのものを焼かれる様な凄まじい激痛。
泥と血と脂が濃縮された塩辛く苦い味。
肉体が千切れ、文字盤が崩壊する音。
……味覚、聴覚、触覚、痛覚、嗅覚。
それぞれが不協和音を響かせ合って出来た愉快な五重奏は―――人間を辞めて生きてきたミトスにとって、壮絶な拷問だった。
堪え難い苦痛、歩み寄る絶望。紅黒い感情の坩堝。
故にミトスは現実に屈伏する。“こう”思わざるを得なかったのだ。


<“僕ってもう、死んでもいいんじゃない?”>



【17:59:--:66:66:66:66:666:666:666:6666:666666:666666666――――――】
89名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:29:32 ID:Lu0ERvdl0
 
90黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 33:2010/10/16(土) 21:30:04 ID:+aCYCcq20



べきべきめきめきばきぱきん。

信念が、強さが、根本から盛大な音を上げて崩れ落ちてゆく。
遠く遠く、七色の翅が、希望の権化がまた一枚―――無残に砕け散った。
冗談。ミトスは無表情のままそう思った。翅は背に在る筈で、本当はずっとずっと近いからだ。
だがどうした事か、ミトスにはそれが果てしなく遠く、まるで自分には無関係であるかの様にさえ聞こえたのだ。
ミトスは理由を考えようとしたが、止めた。
考える前に理解したからだ。
ミトス=ユグドラシルは、もうこの現実に興味を失いかけている。殆ど諦めている。
簡単な事だった。少し考えればわかる事だ。“無理なものは無理だ”。

「ぢぐぅッ、ヂょおッ……!」

ミトスは吠える様に唸る。血走った双眸は、赤黒く染まった大地を見据えていた。
畜生……畜生。ミトスは壊れ掛けの螺旋仕掛けの玩具の様に、そう繰り返し唸る。
不可能。
その大き過ぎる三文字は巨大な虫ピンとなり、ミトスの身体を現実へと展翅していた。

……もうそろそろ終わってもいいんじゃないか。
ミトスの中の8割はそう言って姦しく笑っている。如何、足掻いても地獄は地獄。
億に一つ奇跡は訪れない。財布の中の駄賃が増える事は、物理的に有り得ないのだ。

“箱の中を見るまで猫が死んでいるか否かは分からない”。

かの有名な猫の逸話だ。だがそれは、中の様子が分からないから成立する。
ところが今回はどうだ。予算も買うモノも決まっている。フィフティ・フィフティは成立しないのだ。
“死んだ猫を箱に居れても、猫は何時までも死んだまま”。
―――至極当然の、幼稚園児でも理解出来る真理だった。



<じゃあさ《では、願いなさい。神に助けを乞いなさい。
 さすれば永遠の幸福を差し上げましょう、ミトス=ユグドラシル》>



夢か、幻か。ミトスの脳内に直接語りかける声は、まるで聖母の様に慈悲深く聞こえた。
それまで動こうとしなかったミトスの身体が、ぴくりと動く。
助けを求めれば、神に平伏し靴に口付けをするならば。
……そうすれば或いは、現実を覆す事が出来るかもしれない。
何故ならば相手は神だからだ。物理法則なんてものは意味が無いだろう。
ミトスは震えながら渾身の力を振り絞り、俯せから仰向けへと体勢を移行させる。
皹割れた唇から小さく息を吸うと、ミトスは目尻を歪めて表情のみで笑った。
言う言葉は最初から決まっている。ミトスは幻聴に心底感謝し、そしてにいと唇を横に伸ばした。



「断る」


91名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:30:19 ID:ibfBnY2C0
支援
92名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:30:23 ID:Lu0ERvdl0
 
93黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 34:2010/10/16(土) 21:31:40 ID:+aCYCcq20
ミトスは天を嘲る様にそう零す。寸分の迷いすらない、清々しい否定だった。
「確がに゛、僕だけ、じゃ……もう……無理ばぼ。でぼ、僕は、譲だだい。
 お前、に……言ばれで目がダめだ。
 黙ッ、てれ……ば、大人デぃく死んだがも……じれないのに……残念、ばっば……ね?
 誰かに゛指図ッ、されるのば……嫌い、なんだ」
そう言うとミトスは唾を天に向けて吐く。
それが自分に返って来ようが、知った事ではなかった。

「やっばり、嫌……なんだよ。
 ごこま゛で、来で、諦めぶ、なんでッ……嫌、なむ……だ。ばから……ッ」

そこまで言って、鼻の奥に激痛が走った。爛れた粘膜が剥離し、鼻で息が出来なくなった。
眼球を鈍痛が駆け、左目に光を感じなくなった。左頬を生暖かい液体が伝う感覚がした。
破裂したか、とミトスは笑う。
堪え難い痛みに、しかしミトスは先程とは違い、絶望よりむしろ嬉しさを感じていた。
まだ。まだやれる。
逆境だからこそ味わえる究極の生の実感は、死が目前のミトスにとってとてつもない幸福に違いなかった。
この瞬間の幸福を越えるものが、果たして神程度に造れるのか。



「信じだッで……いいじゃない゛か」



決断させたのは、神だ。ミトスは血の泡を吹きながら空を仰ぐ。
幸せも不幸せも、救いがあるのもないのも含めて現実だ。ましてやそれを決めるのは自分。
これ以上の救いなんて、幸福なんて要らないし、期待もしない。
だから助けも許しも乞わない。
神に奇跡を頼るくらいなら……生きだ方が(死んだ方が)マシだ。
相手が仏だろうがなんだろうが関係ない。誰かの思い通りに歩いてなんか、やるもんかよ。

自分の歴史は、誰のものでもない。自分のものなんだ。誰かに終わらせられる訳がない。

ミトスは立ち上がろうと歯を食いしばる。
両手が無い状態で立ち上がるのは、酷く骨が折れそうだった。
残照に焼かれる蜉蝣の様に惨めに翅を羽ばたき、魔力を搾り出す。
イカれた激痛に電流が走る頭の奥底には、幼い馬鹿の顔が浮かんでいた。
どうしようもなく真直ぐで、どうしようもなくもなく狂ってて、どうしようもなくムカつく餓鬼の顔が。



『信じよう』



あの時、わざわざ意地を悪くしてまであんな事<応急処置>を言ったのは、あいつを試す為だった。
本物なのか、そうでないのか。……結果あいつは本物だった。本物の“馬鹿”だった。
どうしようもない餓鬼。利用されるかもしれない、そんな一抹の不安すら覚えない掛け値無しの阿呆。

「箱、の中ど……駄賃は、3……ガどゥド。
 買ばなぎゃッ、だらだい゛、グミ……2つ。1ッ個、2……ガルド」

その阿呆が……何で、そんなに真直ぐ僕を見つめるんだよ、クソ。

「“死んだ猫を箱に入れても、猫は何時までも死んだまま”。
 “足りない金貨を箱に入れても、枚数は何時までも足りないまま”。
 成、程……確……かでぃ、幼稚え゛ン児でぼ、理解、でぎる、真理……ばッた、よ。……でも、」
94名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:32:04 ID:ch0lodI10
95名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:32:14 ID:Lu0ERvdl0
 
96黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 35:2010/10/16(土) 21:32:47 ID:+aCYCcq20
何でさっきまで敵だった僕を信じていられるんだよ。
何で、ニンゲンの癖に僕を越えると信じれたんだよ。
何で、四千年の苦痛よりずっと先に在る最果てを見れると……信じてるんだよ。
そんなんじゃあ――――――



「……駄賃が道端に落ぢでい゛ない……だ、なンて、誰が……言っだんば?」



――――――僕がお前を信じない訳にいかないじゃないか、くそったれ。



《……いいでしょう。一度完全に過たねば願えないというなら―――無様に死になさい、ミトス=ユグドラシル》

誰かが目前に居るのか、居ないのか。
それとも頭に語り掛けている誰かが居るのか、或いはこれは幻聴なのか。
激痛の一方通行に霞む景色の中、朧気に宙に浮かぶ光を見ながら、ミトスは肩を揺らして嗤う。
「……馬鹿か、ぼ前」
この声が本物だろうが偽者だろうが、自分は果たして喋れているのかとか、そんな事は何だっていい。
「僕……ば、“僕とアイツは”……ぼゥ、おッ死ンで、るんだ。
 今、更……死ぼッ、ぢらつかざれで……何処のッ、誰、ばッ……怖気、付ぐかでィ゛ょ……ぉ……ッ!」
溢れ出す時の重圧に、迫り来る終焉の鼓動に堪えながら、ミトスはカカカと砕けた顎を開いて笑う。
体液の飛沫を全身から迸らせがくがくと膝を揺らしながら、ミトスは折れた木にもたれ掛かった。
とすん、と体重を受ける細い木はびくともしない。
生気を根こそぎ吸い取られたミトスは、さながら枯れ掛けの雑草の様に軽く弱くなってしまっていたのだ。

《愚かな……無謀と知りながら、現実へ歯向かうとは》

「喋り……がでェ、ぶな゛……ぼグは……ぼ前、がッ、ギらい……ばッ……」
背後から不吉な音を聞いた。
大自然の雄叫びが、現実の濁流が、時空の割れ目をびりびりと揺らしている。
右耳から血と水が溢れた。鼓膜がマナ不足により腐敗し、耳たぶと一緒にびたびたと土を汚す。
右脚の感覚がなくなった。腿が剥れ脛は砕け、スカスカになった白い骨が渇いた皮膚を喰い破る。
腹が朽ちて、穴だらけの腸が飛び出た。少しでもマナを得る為に、左半身へのマナ供給を殆ど遮断した。
文字盤は残り一枚。翅も一枚。天使の啖呵を前にしても、現実はそれを嘲笑う。

「ぞれび……僕゛、はッ、生憎゛……ばけぼな……ァ……!」

ミトスは焦点が合わぬ右目で世界を睨んだ。
それでも譲らない。神にも頼らない。何故なら自分は。



「――――――――――――――――“がみざまなんでじんじな゛い”ッ!!!!!!」



1ガルドの奇跡<エンジェル・ロア>。

在るか無いかすら分からぬ可能性に掛けたミトスの決意は、神をも否定した。
だが、それでも過ぎる制限時間。足りないマナ、崩れる肉、亀裂が走る翅。
高らかに口上を謳ったミトスだったが、その胸の内は焦躁に満たされ、今にも喉から怨嗟の声が溢れ出しそうだった。
97名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:33:05 ID:Lu0ERvdl0
 
98黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 36:2010/10/16(土) 21:34:10 ID:+aCYCcq20
【最期だ……オリジン】

ミトスは心の中で呻く様に呟く。
時空剣士として最期の言葉を、決意を、言える内に言っておきたかった。

【僕をもう一度信じろなんて言わない。だけど、あいつになら託せる。託せるんだ】

一度精霊王でもあるオリジンを失望させたのは、他でもない自分の所為だ。
……問うた先から応えは無い。
時空剣士であるクレスが生きている可能性がある今、返事がないであろう事は薄々分かっていた。
いや、そうでなくとも自分は愛想を尽かされているか。
ミトスは僅かに自嘲すると、それでも構わないとオリジンへの言葉を続けた。

【本当にどうしようもないくらい馬鹿で脳天気で、図々しくて、馴々しい……僕はそんなあいつが、大嫌いだ】

時計の針が震え、徐々に激しく歪んでゆく。
びしりと世界が悲鳴をあげ、時の狭間から現実が押し寄せる。
寂しく一枚生える翅は最早、七色六対の頃の華麗な様子は見る影もなかった。
罅だらけになり、光を失った翅はその三分の一が砕けている。

【でも、そんなあいつだから。僕が破った誓いを、あいつなら。だから、】

それでもミトスは、必死にタイムストップの追加詠唱を唄った。
ぐちゃぐちゃの生ゴミ同然になりながらも、崩壊が防げぬであろう未来を見なかった。
見たくなかった。見れなかった。
ミトスは叫ぶ。声帯から血を吹き出し、背骨と肋骨を砕きながら、醜く叫ぶ。
色素が抜け銀色になってゆく髪の毛一本まで神経を巡らせ、集中力を研ぎ澄ます。
……何故そうまでして、人間の為に命を遣うのか。何故、諦めずに信じ続けるのか。
その理由は、たった一つだけだ。

【あいつの、カイル=デュナミスの時間を、】



“全てを賭してでも、守りたい夢<未来>がある”。



「守だぜろ゛ォお゛ぉオオぉォおォぁァぁあぁア゛アぁぁあぁぁア゛ぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

―――それは、四千年にも渡る悲劇の幕を降ろすにしては余りにも馬鹿馬鹿しく単純で。
そして思わず吹き出してしまいそうな程に、何処までも愚直過ぎる理由だった。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:34:30 ID:Lu0ERvdl0
 
100名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:35:07 ID:ch0lodI10
101名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:35:36 ID:vJCAEUTf0
 
102黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 37:2010/10/16(土) 21:36:00 ID:+aCYCcq20
……だが。

(動け。守れ。防げ。前を見ろ。あと一秒、いや半秒。堪えろ、堪えろッ、堪えろォ……ッ!!)

だが、それはあくまでも天使が諦めない理由であり、確定した死<運命>が覆される原因には決してなり得ない。

(あいつの道を見たいんだ。守るんだ。あと半秒あれば、紡げる未来があるかも知れないんだ!
 この瞬間に何かを変えられるかもしれないんだ。ざッけんな動け動け動―――ッぶォあ゛ッ!!?)

悲しいかな、天使の限界は疾うの昔に越えているのだ。
安い根性論でどうにかなる話ではなかった。精神力や体力といったレヴェルではない。
正真正銘の、ヒトとしての限界だ。それは寿命と言ってもいいだろう。

(タイムスと……加、詠しョ、陣変え……四、破、割れッあ゛あァァァァあがッ!!
 嫌。誓っ、嫌だ嫌ッ嘘だま、だやれッる……こんなの、ごのくらい゛何とか、マナ、時間……無ッ)

ミトスの心臓が一度だけ、どくんと跳ねる。
永久に近い時間にすっかり忘れてしまっていたその躍動は、実に奇妙な感覚だった。
血潮が全身に巡り始め、赤血球中のヘモグロビンは長すぎる休暇から復帰し、その重い腰を上げる。

(違ッ、畜生止まれ止ま止とと魔まれととトまれ戸ままれれ止斗ッまれまとっレれとま止まッ……れ!)

身体中が軋み始め、損傷した箇所から血が吹き出す。四千年ものツケは、死んだ身体に生というマナ爆弾を突き付けた。
ミトスは途端にもがき苦しみだす。今までとは比べ物にならない、形容すら出来ない苦痛。
その正体は即ち―――“老化”そのものだった。
今のミトスは少年の姿、13歳程度の見た目だ。
鍛え抜かれた肉こそあれど、結局は矢張り究極の“餓鬼”。
そしてミトスは生命力であるマナを抜き、エルフの血を失っている。更に輝石損傷。
その状態から天使ですらなくなると、どうなるか?
……天使として、無機生命体として終わる事は即ち是、四千年間の全てを身体に返却するという事だ。
つまり、殆ど単なる人間と化したミトスの小さな杯は、突然注がれた四千リッターもの酒に堪え切れる訳もなく―――。

(いだァ……あ゛ッづ、血がお輝石ォ、生き、四翅マナ枚、出来、りッ……ォ゛!
 まだ……終わり……たくな、夢を見、死、痛……諦め……な、ッ………嘘、違ッ、もう、ッ)

一枚だけ残った背の翅は五分の四以上が砕けている。
今のミトスは既にその九割以上が、成金前の烏以下の脆弱な凡人だった。
「おご……ぱっぐ、ぷふォ……オ゛ゥお゛ォお……ッ! がら゛ぁぁぐっぷァァァァ……ッ!!」
ゲリラ豪雨で堤防が決壊する様に、時間という必然で強固な、“絶対の魔法”が一気に世界に逆流し始める。
残酷な様だが、それはごく自然な事だった。たかが人一人がそう容易く時間を越えられる筈がない。
津波、雷、竜巻、火事、地震、雪崩、そして不可逆な時の流れ。
何時だって人間は……雄大過ぎる大自然の力の前に絶望し、平伏す他ないのだ。

(……も、足り゛魔……限ッ界、不、可……。止、……な、翅ッ……壊、)

もう防げない。どうにもならない。
血走った目玉が飛び出そうになるくらい、目を見開いてマナを練った。
全部の歯が砕けるくらい歯を食い縛って、堤防に重い土嚢を積み上げた。
それでも矢張り、表面張力にも限界があるのだ。
翅が、文字盤が、遂に砕け―――――――

「悪、ぃ……カ、ル゛……も、ゥ、僕ッ……に……は、止゛、、め……らッ、な゛――――――――――――」



【17:59:00:9999999999999999999999999999999999999999999999999―――――――――――――――――】


103名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:36:12 ID:Lu0ERvdl0
 
104名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:36:17 ID:vJCAEUTf0
 
105名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:36:25 ID:ibfBnY2C0
支援
106名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:37:00 ID:ch0lodI10
107名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:37:26 ID:Lu0ERvdl0
 
108黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 38:2010/10/16(土) 21:37:35 ID:+aCYCcq20












―――――――――どうした。もう終わりか?











109黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 39:2010/10/16(土) 21:38:23 ID:+aCYCcq20
ぱぁん、とフライパンで思い切り殴られた様な衝撃が脳天から髄を経て爪先まで走り抜ける。
プリズミックスターズ顔負けの満天の星空が、ミトスのブラックアウトした視界に広がった。
ミトスは思わず息を飲む。ぐんと濃縮された時間の中で、燃える様な紅に輝く石を見た。
破綻の最中に凍結した青黒い世界の中で、その石だけが圧倒的な存在感を放っている。
沈む陽よりも熱く、己の心臓よりも紅く、七色の翅よりも眩しい。
それは絶望の大渦の中で輝く―――確かな希望の一等星だった。

走馬燈。
ミトスは全身に染み入る景色と音に、その三文字を先ず思った。
続けて、低く威厳のあるこの声が誰のものなのかを考える前に理解する。
一秒が無限に伸びた究極意識の中では、百四十六万日間の記憶を優雅に泳ぐのも赤児の手を捻るより簡単だった。
『く……ラ』
これは現実か、夢か。もう自分は死んでいるのか、未だ生きているのか。
確かなのは一つだけ。今の自分には眼の前の“これ”を認識する意識が残っているという事だ。

“せんせい”。

間違いなくその声は、目の前に浮かぶ姿は……クラトス=アウリオンそのものだった。
だが、仲間でも部下でもなく、現在から数えて思い当る近しい関係をすっ飛ばしで、ミトスは彼をそう呼んだ。
懐かしい匂いをミトスは鼻腔に感じた。
全て幻だと判っていたが、記憶はミトスの感覚を根こそぎ奪っていった。
【少なくとも私の知っているお前は、この程度で音を上げる程弱くはなかったはずだが。
 ……真逆、たかが数千年程度のブランクで腕が鈍ったとは言わないだろうな、ミトスよ】
そう嘲っているような仏頂面の瞳の奥が、古きよりさらに古いものを想い起させたからかもしれない。

もう驚く気も無かった。ただ決して予見していた訳ではない、驚くには十分な出来事だ。
だが、心の何処かで、願っていたかもしれなかった。
全てを終わらせようと思った直前、カイルに“それ”を渡された時から。
もしも、僕以外の誰かが僕の物語を終わらせるのであれば、それはきっとお前なのだろうと。

ミトスは笑う。皮肉が混じった、けれども生気が満ちた声色だった。
続けて中空のそれを疎ましそうに睨む。
どの面を下げてこんな死に損ないに会いに来たのかと。
『……よくも、“あんなの”をけしかけてくれたね。おかげで僕はこのザマだ』
何事にも動じない表情を壊したくて、吐き捨てる様に言の葉を垂れた。
だが、クラトスは応えない。厳しい顔をしたまま腕を組み、口を間一文に閉ざしていた。
飽く迄もだんまりを決め込む腹らしい。別に気にはしないが。

……思えば昔からそうだった。
こっちが感情的になればなるほどクラトスは仏頂面になり、必死な自分が馬鹿みたいに思えた。
ただ、昔ほど昂ることは無かった。
必死な自分は呆れるほど馬鹿臭かったが、今はそれほど不快ではない。
『どんなつもりかは知らないけど、僕程度を止めるのにあんな神殺しの剣を引っ張ってくるなんて。
 いつか必ず後悔するよ。アイツはお前の息子とは根本が違う。いずれ星さえも斬るよ……たった一人の為だけに』
ミトスは静かに呟く。
あの戦いの後、最初にカイルに手渡されたクラトスの輝石が、全てを彼に理解させていた。
“カイルが何故墜ちなかったか”。
疑問に思っていた事が、たたが石ころでミトスには綺麗に解く事が出来た。
聖女殺し―――ミトスが構築したあの洞窟の絶望からカイルを護り、そしてこの戦場にカイルを導いた“縁”を。

魔装を持っていながら、何処までも幸運な奴め。
そりゃあ墜ちないはずだった。なにせ最高のセコンドをつけていやがったんだから。
ここまで来ると呆れてモノも言えやしない。
律義に、その願いを届けようとしやがったのか。どこまで―――どこまでバカなんだ。
110名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:38:39 ID:Lu0ERvdl0
 
111名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:38:52 ID:vJCAEUTf0
 
112名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:39:30 ID:ibfBnY2C0
支援
113黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 40:2010/10/16(土) 21:39:31 ID:+aCYCcq20
『……もしかして、あいつらに同情した? 悲劇の運命に閉ざされたあいつ等の愛に、自分を重ねた?』

小馬鹿にしたようにミトスの言葉に、網膜のクラトスが僅かばかりに歪む。
天空の天使と牧場の家畜。まるで絵空事の様な禁断の恋物語。
エクスフィアの鎖によって結ばれたその小さな愛の終点は、あまりにも無残で……しかし約束された運命だった。
運命に導かれ愛する者をその手にかける慟哭は、15才だろうが4028才だろうが、変わることはない。

何かを言おうとしたクラトスに、ミトスは目だけで笑ってそれを制した。
皆まで言うなよ、今更言葉にされたら、身体以上に心が惨めだ。


『今なら、分かるよ。誰だって、喪ったら、痛いに決まってる』


自分よりバカな奴がいると、存外自分の馬鹿さを受け止められるらしい。
それを認めたくないから八つ当たりするしかなかった事が、心底情けなかった。
その情けなさを紛らわせる様に、滲み出る腐肉や黒血と共に弱音を吐露する。
……或いはそう。聞いてほしかったのかもしれない。
そう考えると胸の奥がじくりと痛んだ。

『四大天使。無機生命体。優良種。クルシス英雄時空剣士……―――――ハッ………なんて、下らない』

憎悪に殺して、復讐に溺れて、四千年間一歩も動いて来なかった。
幾ら大層な肩書を持った所で、僕の時間は何一つ動いていなかった。
進む事は忘れていた。体内時間は止めていたくせして、無駄なものばかり大きくなった。
両手から零れたものは計り知れない。何時からこうなってしまった。一体、何時から。
『……そんなもの、何の意味も無い。
 ……“姉さまと幸せになりたかった”。その想いだけで、十分だったんだ。後は何も要らなかった』
ミトスは自嘲しながら、吐き捨てる様に叫んだ。
四千年。無駄に過ごす時間にしては、余りにも永過ぎた。何故この考えに至らなかったのか。
一人だったからか、誰も信用しなかったからか。人の話に聞く耳を持たなかったからか。
『なあ、クラトス。今更僕の前に現れて黙り込んで、一体何の用だよ。
 まだこんな力が残っているなら、息子にでも会いに行けばよかったろうに』
首を少し傾け、クラトスに質す。
何の用なのかは、本当は考えれば理由は解るとも思ったが、考える事は億劫だった。
網膜に映る像は組んでいた腕を解き、少し間を置いて口を開く。

『伝えるべきことは、疾うに伝えた。後は、ロイドの決めることだ』

今更会ったところで、言う事は何もない。
……視線一つ動かさず、クラトスは事務的な口調でそう締めた。
ミトスは口を尖らせる。最初の質問には触れていないクラトスが、少しだけ癪だった。

『じゃあ、なんで―――あぁ、カイルを助ける為か』

少しだけ、自虐を込めて笑ってみせる。その為に僕の尻を叩きに来たのか。ご苦労な事だ。
“心の何処かでは、もしかしたら望んでいた事かもしれない”。
予感も前例もあった。でも、その理由が自分な訳がないんだ。そんな事が今更赦される筈がない。
―――けれど、そうであればどれだけ救われただろう。
『精が出るね。そこまでしてあいつの未来を、』
『一つ聞くが』
言葉を遮られ、ミトスは訝しげにクラトスを見た。何だよ、と視線だけで先を促す。
同時に、ミトスは少しだけ違和感を覚えた。何故口を挟む。アレの為だと言うなら……。
クラトスが口を開く中、ミトスは眩しい光にゆっくりと目を細める。



『弟子を案じることが、師としてそれほど可笑しいか?』
114名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:39:43 ID:Lu0ERvdl0
 
115黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 41:2010/10/16(土) 21:40:43 ID:+aCYCcq20



言葉に詰まった。口を開いても、情けなく動くだけで二の句が継げなかった。
やるせなさに下唇をぐっと噛む。笑う気すら起きない。やっと呟いた答えが、それか。
畜生。卑怯じゃないか。あの馬鹿の為じゃないのかよ。
折角あいつっていう逃げ道があったのに。言うに事欠いて、僕かよ。
お前はなんて……なんて、馬鹿で、厚かましくて、図々しい奴なんだ。
まだ、僕を、そう呼んでくれるのか。
お前を我儘に付き合わせて、両手両足では到底数え切れない時間を奪った僕を。
お前の死体の首を落として裏切り者と罵倒したこの、僕を。
まだお前は―――――――――――――弟子と、そう呼んでくれるのか。
……いや、最初からクラトスはそうだった。僕が一人でいいからと、師匠と呼ばなくなっただけだった。
あの時は師弟の関係なんて、煩わしいと思っていたから。
他人の力を借りずに一人で生きるには、邪魔な肩書きだ、と。
でも断ち切ったと思っていたのは……やっぱり僕だけだったんだ。
お前だけは何時も、師匠気取りだったっけ。

ミトスは溜息を吐くと濡れた双眸を強く閉じる。瞼の奥が熱い。
喉から溢れ出しそうな言葉も。伝えたい数え切れない気持ちも。
全てをぐっと胸に押し込み、ミトスは震える呼吸を押し殺す。
零れそうな何かを抑えながら目を開けば、崩れかける世界の中、ぎこちなく微笑む師が見えた。

―――あぁ、敵わない。

胸中で唸る様に苦笑する。何もかも全部バレていたのだ。
この気持ちだって、僕が言いたい事だって、僕が我慢しているモノだって、全て。
“後はお前が選ぶだけ”、そういう魂胆か。
……なんだよその顔。無理して笑うもんじゃないのにさ。
全くお前は天晴な奴だよ。最期までとことん、僕の師匠のつもりなんだな。

ミトスは苦笑する。ふと空を仰げば、弾ける世界が見えた。
崩れ逝くモノトーンの景色は、もう直ぐ全てが終わる事をミトスに直感させた。
この幻の幕間さえも無くなれば、正真正銘の終焉だ。
ミトスの意識が現実へと戻ってゆく。痛みが神経を再び焼き始める。
残った脚も崩れ、遂に五体不満足となった。
希望に伸ばす手は無い。未来へ歩く足も疾うに無い。それでもなお惨めに這いずり、ミトスは輝石へと向かう。
溢れ出す汗すら出し切って、皮膚は酷く崩れていた。口の中は砂利と血に溢れ、嫌に土臭い。
滲み出た脂だけが、やにの様に顔に纏わり付いていて心の底から不快に感じられた。
色も、音も、希望も、そしていずれは命さえも。
何もかもが無くなってゆく世界の中、醜く這うミトスと輝く石だけが在った。
ミトスは震えながら色褪せた輝石を見下ろし、血走った目で凝視する。

一度決めた言葉だ。守ってやる。現実なんか越えてやる、止めてやる。
それに未来一つ変えられずに名乗れるほど、時空剣士は温い称号ではなかったはずだった。
でも、もう一人ではどうしようもなくなってしまった。だから、だから……だから。
神にも誰にも頼らない、そんな僕が今更誰かを頼るなんて、縋るなんて……都合が良過ぎるとは思っている。
僕から一方的に断ち切った鎖が残ってたからって、未練たらしく噛み付くのは馬鹿らしいとも思ったさ。
だけど、赦されるならば、僕の我儘を聞いておくれよ。他の誰でもなく、お前に聞いて欲しいんだ。
神でも、アイツでも僕の影でもない。相手がお前だからこそ、聞いてほしいんだ。
聞いてくれるだけでいいんだ。それ以上は何も―――いや、やっぱり望ませてくれないか。“頼むよ”。
これは、僕が、ミトス=ユグドラシルが初めて自分の為に願った夢なんだから。
「く、ラ…………ぉス」
震える口で、わななく歯で、輝石を銜える。何時しか流暢に喋る事すら出来なくなっていた。
どうやら、もう戻ってしまうという事らしい。思ったよりも時間はない様だ。
渾身の力を顎に込める。筋肉は未だやられていない。存外運だけは良いらしい。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:40:48 ID:ch0lodI10
117名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:42:20 ID:Lu0ERvdl0
 
118黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 42:2010/10/16(土) 21:42:24 ID:+aCYCcq20
これが僕の選択だ、クラトス。少しだけで良いんだ。贅沢は、多くは望まない。
元より命はくれてやるつもりだった。だから応えてくれよ。
ユアンが、もしあのニンゲンにその力を与えたというのなら、僕にだってきっと。
なぁ、クラトス……僕から断ち切った鎖が、まだ生きているというのなら。
お前がまだ僕を弟子と呼んでくれるならさ。
絆というものを、この一瞬だけ信じてみてもいいだろうか。
こんな僕にも、そんなものを信じる資格はあるだろうか。
少しだけ、それに頼っても、いいだろうか。
夢を見ても、いいだろうか―――。









「―――――――僕にッ!!! 力を、貸じでくだざい゛ッ……師匠お゛ぉぉオォおぉぉォォぉぉッ!!!!!!!」








此所が運命の終わりだと誰が決めた。死に場所だと誰が言った。
絶望の淵にて噛み砕かれた輝石は、崩れゆく漆黒の世界の中で、きっと何よりも力強く輝いていたに違いない。
幾重にも重なる影の中にて、光の結晶達が流麗に舞い踊る。
同時に何もかもを漂白し尽くしてしまうような希望の白が、世界を呑み込んでいった。
その中でただ一人だけが呑まれずに在る。凛と前を見据える死に損ないの胸に、標が輝いている。
数多の星屑をその標に集わせた天使、ミトス=ユグドラシルは僅かに顎を上げて瞳を閉じた。
瞼の向こう側には、二度と師が映る事はない。けれども、鎖は確かにそこに在った。
確りと繋がっている。幾ら道を違えようが、幾ら情を殺そうが、心と心は切れない絆で確かに繋がっていた。
希望は胸に灯る熱。想いは背を押す力。絆は永久を生きる鎖。夢は運命を断ち斬る剣。
未来への願いは、それら全てを凝縮し奇跡へと昇華させる――――――――――七色の翅。

ミトスの背から旋風が巻き起こる。虹色の光明が、白亜の世界に満ちた。





「輝石融合<エンジェルコール>――――――――――――――まだ、歴史は終わらせない」





運命は人の命よりも強大で重い? 故に断ち切れないだって? 笑止千万。
ならばこの小さな胸に宿る絆は、想いは――――――――――――――救いの塔より遥かに大きく、デリス・カーラーンよりもずっと重い。

119名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:42:34 ID:ibfBnY2C0
支援
120名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:43:11 ID:Lu0ERvdl0
 
121黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 43:2010/10/16(土) 21:43:54 ID:+aCYCcq20
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

「ぐうぅ、こ、こんなッ、馬鹿なッ!! あッ、あり、ありえ、う、ウググググッ」

こんな局面で英霊召喚<リザレクション>だと?
つい十二時間前に指した手だぞ? 二度もやるか普通!?

「“有り得ない”、ですか? ……これはまた随分可笑しな事を言うのですね、ベルセリオス」

女神の満面の笑みが、ベルセリオスの暴れる双眸の隅に映る。
何が可笑しいものかと口を開き掛けたベルセリオスを咎める様に、女神はすっと右腕を掲げた。
ベルセリオスは何事かと女神の肩から伸びた腕の先、天を貫く細い指先をゆっくりと目線だけで追う。
指先からは四つの光……いや、四つの金色に輝く鋭い杭が風を切る様な悲鳴を上げていた。
ベルセリオスはごくりと唾を飲む。この杭の正体が理解出来ない程、愚かではない。
そう、何せこれは“今まで自分が使ってきた手”そのものなのだから。
唖然とするベルセリオスの顔を見て、女神が優しく微笑む。何と恐ろしや、神の微笑。
容赦無き論理の牙が、遂にベルセリオスを断崖絶壁へと追い詰めた瞬間だった。

「【“天使”は“蒼雷”の輝石による“烏”の成金をその目で見ている事を確認要求。
 ―――――即ち手法と結果、可能性を“天使”が知っていた事は疑い様のない事実である】!」

ドズン。
女神が叫んだ瞬間、鈍い音と共にベルセリオスが短い悲鳴を上げる。
虚空に漂っていた黄金の杭の一つが、光の速度にてベルセリオスの右肩を深々と射抜いていた。
ベルセリオスは苦悶に血走った目玉をひん剥き、杭が刺さる肩をがばりと見る。
“堅い”。
一筋縄では外せない強固な理。強度は即ち正確さ。これは欠点無き正当な主張。

「【先の決闘後にて、“群青”の輝石が“天使”の手に渡った事実を提示。
 ―――――充分な旗は立っていた。故に輝石の利用が認められる事は明らかである】!」

ドズッ。
肉を抉り抜く音と共に続けて二撃目。左肩に食い込む杭に、ベルセリオスは唾を撒き散らしながら絶叫した。
杭から注がれ、身体を巡るは矛盾と言う毒。やがてその毒はベルセリオスの口から否定の言葉を溶かしてゆく。
“有り得ないなんて言葉は認めない”。
女神の強く崩れぬ意思が、論理武装を纏いベルセリオスの四肢を蝕む。

「【“炎剣”と“紅蓮”や“狂牛”と“料理人”の様に、精神世界での意思疎通による覚醒は既に何度も認められた手。
 ―――――ロジックが通用しない幻想界下での影響故に完全否定は不可能である】!」

眩い閃光の中、三撃目。右腿に杭を打たれ、ベルセリオスは獣の様に中身の無い台詞を叫ぶ。
犬歯を剥き出しにして身体を無理矢理動かそうと試みるが、椅子と肉を繋ぐ杭はびくともしない。
根性論では如何にもならない強固さ。パーセンテージは100。準備は万端、用意されていた不可避の論理連撃。
“ざけんな……認めてたまるかお前がそれを使うなんて。それは私の十八番だろうが”。
ベルセリオスは女神を一億回殺す勢いで睨む。
ぎらぎらと脂ぎった執念の瞳が女神の整った顔を、豊満な乳房を、肉付きの良い身体を滅多刺しにした。
しかし女神は醜悪な視線に眉一つ動かさず、杭に力を注ぎ続ける。いや、それどころか。

「【輝石を手にする事で、対象者は輝石の持ち主の記録や、溶けた精神体を垣間見る事がある。
 ―――――これは“烏”と“神子”により証明されている。“天使”のみが例外であるとの主張はロジックエラーである】!」

それどころか……四撃目の杭をとどめとばかりに放つのだ。
左腿に金色の杭をめり込ませながら、ベルセリオスは遂にがくりと項垂れる。
中途半端に開かれた口からは、最早悲鳴すら出る事はなかった。
抗えない。壊せる訳がない。当然の結果だった。これだけ強固な杭を破壊する牙など、何処にもある訳がない。
否定は元より不可能。確率や可能性を超越した、必然の奇跡。
122名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:45:19 ID:Lu0ERvdl0
 
123黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 44:2010/10/16(土) 21:45:27 ID:+aCYCcq20
全身で息をしながら、ベルセリオスは汗だくの顔をがばりと上げる。
女神の冷酷な瞳が、見下す視線が、ベルセリオスの理不尽な憎悪に満ちた面を貫いた。



「四連命題――――――――――――――以上より、この一手【絆と想い、論理による奇跡】は絶対に侵す事の出来ない完璧な手であると宣言します!!!」



Quod Erat Demonstrandum<証明完了>。
女神の清冽な、それでいて威厳のある声がホールに谺する。
論理が具現した四つの杭はまさに“天使”が今編んでいる究極四連術式の再現。
テトラ・ロジックとも言うべき絶対の法が、否定する限りは外せぬ魔杭となり、最早虫の息のベルセリオスを貫いていた。
そしてこの手を否定する材料は今、存在しない。先程のスピリッツブラスターの件とは訳が違う。
そしてこれは砕かれた“蒼雷”の輝石ですらない。前例や矛盾が無い以上、制限も課されない。
この世界のルールを上手く突いた見事な一撃、紛れもないループホール。

「はぁ、はぁ、はッ……う、ぐッ、ぐぬぬ……」

生気を無くし燃え尽きた様に疲労しきったベルセリオスが弱々しく、けれども腹の底から天を呪う様に唸る。
ロジックの鎖では搦め取る事の出来ない、小さな綻びすら見せぬ完全なる“定義不可能”。
何と言う事だろうか。女神はベルセリオスが最も得意とする論理戦を真っ向から挑んできたのだ。
しかもそこには反撃の刃を入れる僅かな隙間すら存在しない。何処から見ても完全完璧なロジックだった。
その全てはベルセリオスを完膚なきまでに叩きのめす為。
ただその為だけに、敢えて女神は理詰めを攻撃の主軸に起用した。
真逆ここで自分の手を使われるとは思っていなかっただろうベルセリオスは言葉を詰まらせ、わなわなと拳を震わせる。
地面に無理矢理這い蹲され、苦汁を舐めさせられる事の……何と言う屈辱か。

「クククッ……クック、クハハハハ……これはこれは……!」
観戦に徹していたサイグローグは、ここで漸く肩を揺らして笑みを零す。
仮面の下から覗く瞳は、がくがくと顎を揺らしながら悶絶するベルセリオスの姿を鮮明に映し出していた。
椅子から崩れ落ちそうになりながらも、冷静を保とうと深呼吸を試みてはいるが……最早その姿は滑稽としか言い様がない。
自信満々だった先程とは打って変わりすっかり青褪めてしまった表情は、
ベルセリオスにとってこの一手が如何に予想外であったのかを如実に物語っている。
女神の放った希望の一手<ロイヤルストレートフラッシュ>は、ゆっくりと、しかし確実にベルセリオスの首を締め上げていた。
剰え、この一手はまだ終わっていないときている。
女神の広げる展開に入り込む権利すら、ベルセリオスには許されていないのだ。
つまり、これは完全なる空間断絶。
論理結界により青黒く凍て付いた盤は、女神以外に触れる事すら叶わぬ独壇場。

絶対不可侵領域形成<クライマックスモード>。

何者にも侵されない聖域とも言うべき強力な盤上支配。想いと絆に論理を乗せた究極の戦況凍結。
対戦相手は何も言えず、ただただターン<ゲージ>終了まで攻撃を受け続け、悶え苦しむのみ。
これこそが女神の持つ真の能力。そしてそれをこの場で使ったという事は、確実に“勝ちにきている”。

ベルセリオスが暴れれば暴れる程にロジックの杭が身体を貫き、凍った盤上に触れようとする度に指先は強制停止される。
成程確かに最強の一手に違いなかった。最早イニシアチブは完全に女神にある。
前戯でこの有様となれば、これ以上の希望の波はベルセリオスにとって危険過ぎる。
ベルセリオスもその程度の事は重々承知だろう。だからこそ顔色にまで出して焦躁を感じているのだから。
(……こんな切り札を用意していたとは……奇跡の名は決して伊達ではないと、そういう事ですか……しかし……)
124名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:45:42 ID:ch0lodI10
125名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:46:31 ID:Lu0ERvdl0
 
126黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 45:2010/10/16(土) 21:47:09 ID:+aCYCcq20
「ぐぅッ……だ、だがッ、そんな搾りカスのカスのカスを今更引っ張ってきたところでどうなるってんだッ!」

そう、確かにその通りなのだ。サイグローグは顎に手を当て、胸中で深く頷く。
輝石融合<エンジェルコール>による“天使”の復権。
予想外の一手ではあった。あったが……“それだけ”だ。
単にベルセリオスに一泡吹かせるつもりにしては、労力の割に利が合わない無駄な一手。
輝石破壊で体力や精神力が回復する訳でもないのは、“蒼雷”による“烏”の成金の流れで既に定義されている。
故にあくまでも石のみへの影響。今回の影響は翅の枚数と輝石に走る亀裂リカバー。成金とは異なるが根底は輝石の修復。
だが今の“天使”の条件では、それを以てしても秘奥義超級のタイムストップ四連は流石に不可能だ。
精神力不足による魔術効果低下、即ち停止時間減少。ダメージによる集中力不足がもたらす詠唱時間増加。
挙句が効果発動中の硬直による長いラグ。例え完成したとして、不完全な四連術式になるのは明らか。
これでは“天使”は満足しないだろうし、何より停止時間を考慮したところで“炎剣”の脱出には到底間に合わない。

「ぐふ、ぐふふふふふふ。ぐふふふふふふふふふひひゃははははッ……そうさそうだよなぁ……?
 こっちはなぁんにも焦る事なんかねぇんだよなぁ……ぐふふふふ。
 だあってぇ、“天使”のキャパシティはぁ! 最早とッッッくに不足が確定してんだからよぅ!!
 これは【絶対】だ! どうよ! 【100%】だぜぇ【100%】ぉ!! 否定出来る? 出来ねえよなあぁぁ!?
 たかが死に損ないのゴミクズ石程度で四連タイムストップなんてふざけ腐った手に足りる訳がッ! ぬえぇぇぇぇんだよおぉぉ!!!
 何が絶対不可侵領域形成!? くッッだらねぇ!
 クライマックスだかなんだか知らねえがよお、負荷がゼロになる博打でもやらない限りはそん な  、  も       ん――――――――――――――」




…………………………………………………………………………ぁ。




薄暗いホールに残響する叫び声の中、腑抜けた声がベルセリオスの口から零れ落ちる。
嘲笑に弧を描いていた唇は歪に固まり、頬はぴくぴくと痙攣を繰り返していた。
今にも飛び出そうな程にひん剥かれ、血走った目玉は忙しなく虚空に流れている。
見る見るうちに血の気が抜けてゆく顔は、この部屋を照らす青白い灯の影響にしては酷過ぎた。
何に気付いたのかと盤上の情報を見た道化師は、思わず口元を押さえる。そういう事かと。

「さ、サイグローグ!! 2日目E2城の情報封鎖申請!!
 “群青”の死亡状態を固ちゃ―――――――」
「遅いッ!!」

ベルセリオスが助けを求める様にサイグローグへと震える声で叫ぶが、それを女神の言の葉が白刃へと変化し一刀両断する。
速く正確に急所を狙う一撃は、最早容赦の欠片も無かった。
女神の持つ威光が、情報の羅列が、真直ぐに放たれる。
瞬く間にロジックの鎖へと黄金の光は姿を変え、そしてベルセリオスの四肢を椅子へと磔にした。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

127黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 46:2010/10/16(土) 21:48:43 ID:+aCYCcq20
神には絶対に頼らない。何があっても縋らない。他人の力なんて借りてやるもんか。
何事も一人でやり通す。絶望も一人で克服する。問題も一人で解決する。
運命だって一人で捩じ曲げてやるし、人生だって一人で歩いてやるよ。
戦争だって勿論一人で戦ってやる。悲しみも痛みも辛さも、言うまでもなく一人で乗り切ってやる。
全ては願いの為に。何者にも頼らないからこそ、理想を追求し続ける事が出来たんだ。
一人で、一人で、一人で、一人で一人で一人で……。

姉様が死んでから、一人で出来ない事は何も無かったと言ってもいい。
利用出来る全てを利用して、富と名声、地位に世界の仕組みまで全部を造り上げてここまで到達した。
今までそうやって生きて来たし、その方が何かと都合が良かった。
孤独、結構じゃないか。それが何だと? 今まで生きてきて不都合がほんの僅かでもあったか?
仲間なんて、師弟なんて一々五月蠅いだけだ。どうせ何時かは裏切られるんだ。
なら最初から何も要らない。邪魔なものは望みさえしなければ、痛みなんてものは一切ない。
出来た繋がりはこっちから先に絶ってしまえば良い。
喪うものが無いから人は強くなれる。何も無いから、恐れずに戦へと向かえる。
孤独は強さだ。僕は全てを喪ってからその真理に至った。
何かを喪うから、人は“世界を救った英雄”なぞという糞喰らえな称号を手にする羽目になるのだと。

でも、するとこの気持ちは何だ。何時からこんなにも、不思議な安らぎを感じる様になった。
……解ってるさ。あの馬鹿餓鬼と闘ってからだ。
あいつは本気で、僕が到達しなかった道の先を目指している。
自分の夢とリアラの夢、その二つともを本気で叶えようとしてやがる。
喪っている癖に、英雄たる意味を知っているのに、もう一度愛する人に会える気でいやがるんだ。
本当にどうしようもない奴だよ、カイルは。ありゃあきっと死んでも治りゃしない。
いや、何を思ったかそんな馬鹿の未来に懸けたくなって、ここまでしている僕の方が余程馬鹿なのかもしれないけどさ。
なぁ、お前もそう思わないか? クラトス。

今思えば、やっぱり一人だと思っていたのは僕だけだったみたいだ。
あの馬鹿も、アトワイトも、お前もユアンもアレも……姉様を亡くしてからは、全員利用してやる算段で組んでたのに。
何だかんだで、今も背を押されている気がするよ。僕との絆が在ったのは、多分お前だけじゃなかったんだ。
他人に縋るなんて真似は、したくないと今でも思う。でも、絆を信じる事くらい僕にだって出来る。
背が、心が熱いんだ。でも、たった一人の力がここまで大きな筈がない。
今此所に立っている僕が、お前との絆だけで出来ている訳あるもんか。
確りと在るんだ。この心に、何本もの絶対に千切れない鎖の束が。
今ならその全てを受け取れる自信がある。この鎖の束で、あと少しだけ命をこの大地に繋げられる自信がある。
だって、一度信じられたから。
……なぁ、笑えるだろ? こんなにも穏やかなんだよ、心が。清々しいんだよ。満たされてるんだよ。
手も足も無いのに、負けたのに。これから死ぬのに、こんな姿なのに。

孤独なつもりで居たのにさ――――――――――――――どうしてこんなに、温かいんだろうなぁ。

この胸に在る気持ちは、“おもいで”は、皆との絆は……きっと、運命を破る剣となる。
あぁそうともさ。こんな僕でも、ずっと一人な訳じゃあなかった。こんなにも、こんなにも囲まれていたじゃないか、皆に。
行くよ、お前ら……その絆で僕の背中を、あと少しだけ押せ。


128名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:48:46 ID:Lu0ERvdl0
 
129名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:50:18 ID:Lu0ERvdl0
 
130黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 47:2010/10/16(土) 21:50:22 ID:+aCYCcq20
【EXスキル追加:コンボプラス――――――――――――――複合スキル発生―――――――“スペルエンハンス”!!】



それはまるで一天の星影。ミトスの胸元を中心に、世界へと輝石が眩い光を放つ。
クラトスの遺した奇跡が、砕けたEXジェムの欠片が踊りながら銀色に輝き未来へと導く。
ミトスは背に熱く重い力を感じながら、色を失った彩雲が辛うじて制止している中空へと飛翔した。
七色に煌めくマナの嵐に髪をばさばさと揺らしながら、静かに血塗れた瞼を開く。
途端に目を襲う峻烈な光明。ミトスは一瞬だけ目を眩ませた。
細めた目を再び開いた時、銀と虹が混合したベールの向こう側に、ぼんやりと桃色の翅が見える事に気付く。
紫電がばちりと散り、その奥では夏の空よりも蒼く清い長髪が揺れていた。
ミトスは四千年前に嗅いだ事のある、懐かしい花の蜜の香りを鼻腔に感じる。
絶望の不毛、希望の天空―――――ならばそう、これも一つの絆の形。世界一陳腐で孤独な奇跡の具現。

『仕方無い、私が最初に支えてやろう。マーテルがそう望むだろうからな。
 ……くれぐれも勘違いするなよ。“マ ー テ ル の 為”、だ。お前の為などではない! 分かったな!?』

呆れる様な台詞にミトスは思わず噴き出しそうになる。
憎まれ口と素直じゃないのは相変わらずだな、と思った。
ここまでだらしない顔を晒しツンデレを地で行くハーフエルフを、ミトスは他に知らない。
しかし最初がドジっ子とは。ミトスは唇の端を吊り上げ、肩を震わせた。
大の大人にも関わらず、目前のユアンは頬を染め一丁前に照れている。

幾ら時が経っても変わりゃしないな、お前は。
ファンダリアの花……姉様と一緒に花畑に行けなくて、お前は一人で拗ねてたっけ。
あぁ、今なら分かる。お前も喪ってさぞ辛かっただろう。
元々人間に手を貸す僕と姉様の偽善を暴く為に着いて来たお前の事だ。
人間とエルフと、その狭間の者達が手を取り合える未来を信じ始めた矢先、姉様を、婚約者を人間に殺された。
痛くない訳が、ないんだ。

『こんな時にそんな寂しい顔をするものではないぞ、ミトス』

くしゃり、と突然頭を乱暴に撫でられる感覚。荒々しく、しかし、何処か優しくて。
唐突過ぎる感覚に流石のミトスも少し怯んだが、この手が誰のものかなんて、疑うまでもない事だった。
顔を見る必要さえもなかった。心が覚えているのだ、この手の大きさも、暖かさも。

四千年経っても何故か忘れないんだ―――――どうしてなんだろうな、クラトス。

『マーテルの為とは言ってはいるが、コレもお前の事をそれなりに心配しているのだ』
『待て。コレとは私の事か貴様。というか誰がミトスの心配など!』
『我々はお前に謝罪や同情を貰いにわざわざ来た訳ではない。胸を張って、素直に受け止めれば良い』
『おい! 無視をするな無視を!!』

やれやれ。ミトスは苦笑しながら宙に浮かぶ群青色の翅を見上げた。
また現れたかと思えばこの後に及んで説教と漫才とは。相変わらず芸の無い奴等だ。
ミトスは声を上げて笑うと、鼻を小さく啜る。目前の二人はしばし居心地が悪そうに腕を組んでいた。
『……ま、まぁそういう事だ。話す事はもう何も無い。
 全く調子が狂う。威張っていないお前の顔など、もう見たくもない。私は失礼する』
沈黙に耐え兼ねたのか、ユアンはそう吐き捨てマントを翻す。
輝くマナの渦に消えて行く背を、ミトスは何時までも真直ぐに見ていた。
世界に蕩ける瞬間に少しだけ覗いた横顔は、何とも言えない表情で少しだけ胸が詰まる。
勝手に喋って勝手に消える、か。さっぱりしててあいつらしいと言えばあいつらしい。

『では私もそろそろ行こう。時間も、語るべきも無い』
131名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:51:01 ID:ch0lodI10
132名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:51:08 ID:vJCAEUTf0
 
133名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:51:12 ID:Lu0ERvdl0
 
134黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 48:2010/10/16(土) 21:51:36 ID:+aCYCcq20
消えゆくユアンを最後まで見届け、一拍置いてクラトスが呟いた。
ミトスは惜しむ素振りすら見せず素直に頷き、顎で先を促す。早く行け、と。
その仕草に呆れた様に少しだけ笑い、背を向けるクラトス。
ミトスは少し迷い、口を開くが言うべき言葉が見つからず視線を地に滑らせる。
だがこれでいいのだ。別れの言葉はきっと要らない。柄でもない事はするものじゃない。
みるみる溶けてゆく蒼い翅。揺れる鳶色の髪、白銀の星々。
ゆっくりと瞳を閉じ、ミトスは喉元まで上がった台詞を飲み込む。

『行って来い、ミトス。私の自慢の―――――――』

あぁ。言われるまでもないさ。そこでドジっ子と一緒に指を咥えて見てろ。
弟子は師匠を越えるって、相場は決まってるものなんだから。



【EXスキル追加:ディフェンド――――――――――――――複合スキル発生―――――――“ランタマイザー”!!】



瞼を閉じたミトスの輝石が光をより一層強く放つ。
まるで輝石そのものが呼吸でもしているかの様に、世界に渦巻く白銀がミトスの胸元へと吸い込まれていった。
果てしなく続く地平線は七色に輝いている。ミトスはそれを見ながら、背に感じる熱と重力が強まるのを感じていた。
地上でありながら絢爛に輝く世界はさながら銀河。
そしてこれが銀河であるならば、中心に構える天使にはきっと、無限の可能性があるに違いなかった。

『きっと大丈夫よ、ミトス』

聞き覚えのある声にはってして瞼を開く。
空に浮かぶ女の容姿を見た瞬間、ミトスは思わず声に出して笑ってしまった。
……何だ、お前。人間の時はそんな格好だったのか。

『聞こえてるわよ、心の声。全く失礼な子ね……まぁいいわ。
 貴方の過去は、確りと受け取った。後は私に任せてくれて良いから』

始まりは人形。意思無き道具が“任せてくれて良い”とは、大層な台詞をほざく様になったものだ。
ミトスは頬を膨らませるアトワイトを見て自嘲する。
自分は散々恨まれても良かっただろうに……むしろお前にどれだけ救われた事か。
“神には頼らない、一人でやり通す。でも、仲間に背を押して貰う事も、きっと悪じゃない”。
最初にその予感をくれたのは、他でもないお前だった様に思う。
……あぁ、成程確かに言う通りだったな。アトワイト、お前は存外“いい女”だったよ。

『この私は幻。貴方の側に私はもう居ない。けれど、“私は貴方の側にずっと在る”わ。
 ありきたりで陳腐な言葉だけれど、それだけは忘れないで』
いや、とミトスは頭を振った。決して陳腐なんかじゃないし、心配しなくても忘れない。
『有り難う……じゃあ私も行くわね。あんまり得意じゃないのよ、こういう湿っぽいの』
柔らかな表情を浮かべるミトスに、アトワイトは遠慮しがちに手を振る。
切なそうに笑うアトワイトの声が小さく震えている事に気付き、ミトスは拳を強く握った。
足元から徐々に消えてゆく像。皺一つ無い純白の服が世界に混ざり合ってゆく。
青紫色の髪が銀色の風に掠われてゆく。
ミトスは泡沫の如く溶けたアトワイトの顔を最後まで見なかった。
鼻を啜りながらだらしない顔をする女なんて、見なくなかった。

『安心なさい、マスター……いえ、ミトス。
 誇りに思っても良いのよ? こんな有能なソーディアン、そうそう居ないんだから』

勿論だ。お前は世界一のパートナーだった。よく今までこんな馬鹿の我儘に付き合ってくれたな。
自慢に思うよ。お前は有能過ぎて、困ったくらいだ。この、馬鹿が。


135名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:52:20 ID:Lu0ERvdl0
 
136名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:52:24 ID:vJCAEUTf0
 
137名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:52:38 ID:ibfBnY2C0
支援
138黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 49:2010/10/16(土) 21:52:52 ID:+aCYCcq20
【EXスキル追加:ダッシュ――――――――――――――複合スキル発生―――――――“スペルボルテージ”!!】



強く、強く。更に強く。星々を廻す恒星の様に熱く、紅蓮の魂の如く滾る様に。
此所には絶望など無い。影など、闇などこの一瞬には一片も在りはしない。
そう証明するかの様に、輝石の輝きはどんどん増してゆく。
それはきっと全てを照らす聖なる光。少年が往く暗い道をも拓く道標。
ミトスは心地良いマナの風に全身を打たれながら、掠れた声で咳払いをする。
喉は疾うに潰れていた。口からは血肉が溢れていて、相変わらず死に損ないには違いなかった。

『ミトスさん』

あぁ、今度は誰だ。
ミトスは自分を呼ぶ声の方向を視線だけで追い、その像に思わず息を詰まらせた。
よりにもよって何故、お前なのかと。
一瞬愛しい姉の姿と重なる、聖母の様な存在感とすらりと伸びた手足。
スレンダーな体型に豊満な胸、ゆったりとした口調と甘いマナの匂い。
純白の法衣に身を包み何処か哀愁を漂わせる少女は、汚れの無い瞳を真直ぐにミトスへと向けていた。
そう。少女の名は……ミント=アドネード。

ミトスは一瞬だけ顔を苦痛に歪ませ、そして何も言えず項垂れる。
当然だった。
ミントに負い目を感じない訳がなかった。
彼女を“キズモノ”にしたのは、他でもないミトス本人だったのだから。
なのに何故、とミトスは歯を軋ませる。……何故、お前が来るんだ。
何を思って、何の為に。お前にした仕打ちを忘れたのか。お前の光と希望を奪った事を忘れたのか。
お前が僕に会いに来る必要なんて、あったのか。

『私が力になる事が出来るのかは分かりません。
 ですが、私は貴方を助けたかった。マーテル様の影から出ようとしなかった貴方を』

ミトスは紡がれた像と、その言葉を直視する事が出来なかった。
今更彼女に合わせる顔なんて、一つも持ち合わせていなかった。

『夢は逃げません。何時だって、夢を追う対価から逃げるのは自分です。
 運命は決まっていません。何時だって、それを破れるのかと疑わず受け入れるのは自分です。
 人が変わらない訳がありません。何時だって、変わろうと思わなくなるのは自分です。
 居場所が無い訳がありません。何時だって、此所に立つ事を諦め嘆くのは自分です』

ミトスの胸に震えが走った。つい数時間前の記憶が、鉄砲水の様に押し寄せる。

“此所に立つ”。

口内で反芻した言葉は、ミトスの心に深く刺さった。……諦めるのは自分。諦めないのも、自分。
全てを分かろうとしていても何処か譲れずにいたミトスにとって、女の言葉は肉体的なダメージよりも遥かに“痛かった”。
何よりもそれを姉でも師でも仲間でもなく、被害者であったミントに言われた事がミトスには一番堪えた。

『伝えたかったこの想いが力となるのなら、力は絆と言えるなら。私にも貴方の背を押せるでしょうか。
 私にも、癒せるでしょうか』
139名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:54:03 ID:vJCAEUTf0
 
140名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:54:30 ID:Lu0ERvdl0
 
141名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:54:44 ID:vJCAEUTf0
 
142黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 50:2010/10/16(土) 21:55:19 ID:+aCYCcq20
ミトスは応えない。
ミトス=ユグドラシルの持つ闇にとって、ミント=アドネードは直視したくない全ての権化だった。
英雄ミトスが堕天使ミトスたる、最後の砦。
カイルに壊されても未だ残っていた四千年の努力を水泡に帰す、最後の引き金。


『――――――前を見なさい。彼女という現実すら見えないようでは、未来は到底見えませんよ、ミトス』


告げられた言葉の重さに息を呑む。頬を思い切りぶたれた様な、痛みを伴う強い衝撃が胸を打った。
背後から聞こえたのは、懐かしさを漂わせる優しくも威厳のある声。
ミトスははっとする。四千年を、自分の全てを捧げてきた愛しい人の澄んだ声を聞き間違える訳がない。
がばりと顔を上げようとするが、それよりも前に女が強く、けれども慈愛に満ちた腕で優しくミトスを抱擁する。
背後から回された手、背に当たる身体。そして耳元に聞こえる呼吸の音に、ミトスの脳は得も言われぬ悦楽に満ちた。
女神マーテル、いや……マーテル=ユグドラシル。
そこに居たのは神話の女神でも大樹の精霊でも何でもない、ただの姉だった。

『気付いているのでしょう? 過ちに、支えてくれていた人に、自分の存在に。
 貴方は、一人ですが決して独りではなかった事に』

その言葉にどくん、と心が脈を打つ。
支えてくれる人が居た。分かり合える仲間が居た。最高のパートナーが居た……僕は独りじゃない。
あぁ分かってる。分かってるんだ。ずっと理解しようとしなかった。
自分の哀しみが他者から理解されるなんて思いもしなかった。
だから、奪ってきた。
喪う気持ちがお前らに分かるのかと、分からないだろうと全てを殺してきた。
まるで……苛められっ子が泣きじゃくりながら苛め返すみたいに。
姉様の願いまで自分に都合良く捩じ曲げて……全く、格好悪いったらありゃしない。まるで餓鬼の我儘だった。
そしてその我儘の先に残ったものは、孤独と虚しさと、深い絶望だった。


気付いてた。ずっと気付いてたんだよ、姉様。僕は……とんでもなく馬鹿だった。


ミトスは姉の腕の残香をゆっくりと堪能し、腕からするりと抜け、顔を上げる。
凛と輝く双眸は確りと二人の女神を見据えていた。
―――――すまない。
ミトスの目がミントにそう言った。曇り一つ無いその硝子玉に、ミントはいいえ、と微笑む。
マーテルはそのやりとりを見て表情を和らげると、小さく息を吸い口を開いた。

『漸くいい目になりましたねミトス。……全てを理解した貴方に、私達から話す事はもう何もありません。
 だって、ほら。貴方はもう、自分の足で此所に立っているんですもの』

ミトスはぽかんと口を開け、言葉を失う。
屈託の無い笑顔を見せる二人から、ミトスは暫く目が離せなかった。
マーテルの言葉に、ぽっかりと空いた胸の穴が満たされてゆく。

此所に、立っている。

……何と壮大な響きだろうか。ミトスは胸に込み上げる熱いものをぐっと堪え、息を詰まらせた。
下唇を固く噛み、ぎゅうと瞼を下ろして二人の幻を脳裏に刻み込む。
もう、先程の抱擁されていた感覚は無い。けれども温かさは何時までもそこにあった。
ミトスにはそれだけで充分だった。充分過ぎた。
だから二度とマーテルに抱き付く事はない。その必要は、もうないのだ。
ミトスは唇の周りの筋肉をわなわなと震わせた。柄にもなく鼻水を垂らしながら、我慢していた嗚咽を零す。
姉の言葉が、抱擁が弟の何もかもを溶かしてしまった。
幾ら歳を取ろうが……姉にとって弟は何時までも子供なのだ。
143名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:55:34 ID:Lu0ERvdl0
 
144名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:56:15 ID:vJCAEUTf0
 
145名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:56:24 ID:ibfBnY2C0
支援
146名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:56:34 ID:Lu0ERvdl0
 
147名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:56:56 ID:vJCAEUTf0
 
148黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 51:2010/10/16(土) 21:56:59 ID:+aCYCcq20
ミトスは震えながら、姉の名を名残惜しそうに口にする。
消えゆく姉にその言葉は届いただろうか。再びミトスが顔を上げた時、そこには人一人、居はしなかった。
情けない顔で天を仰ぐ、ハーフエルフが一匹居ただけ。それ以上も以下もなかった。
ミトスは、マーテルの弟であれた事を誇りに思っている。姉との思い出は一生忘れない事だろう。
だが、もうミトスが姉の影に縛られる事はない。だって、“居場所は此所でも良かった”のだから。

『いってらっしゃい』

――――――いってきます。



【EXスキル追加:マジカル――――――――――――――複合スキル発生―――――――“マジカルブースト”!!】



『本当の事言うとさ。オレ、あの洞窟で終わってたんだ。あの人の言葉が無かったら、きっと今頃無様に死んでた』

空と大地の境界が混ざり合って生じた、眩暈がする様な光の中でその声だけがやけにはっきりと鼓膜を揺らしていた。
だがミトスは声の主へと見向きもしない。ただ黙したまま数千万の星々が輝く天を仰ぎ続けていた。
油断すると零れてしまいそうな何かを抑える様に、熱い目頭を冷ます様に、悠久の空を見上げていた。
声の主にはこの無様な顔を絶対に見られたくなかったからだ。

『オレは強くなんかない。馬鹿でチビで弱虫で我儘な、ただの子どもだ。
 誰かが居なくちゃ駄目なんだ。寂しいのは嫌なんだ。喪うのは嫌なんだ。一人で生きるのは、無理なんだ』

ぽつぽつと呟かれた言葉は、脆さと弱さに塗れていた。
震える声は現実への悲しみよりも、むしろ自らの不甲斐なさへの怒りに満ちている。
ミトスの指先が小さく跳ねた。その原因が自分にあるのだろうと気付いたからだ。
カイル、と小さく胸の中で呟く。今、後ろを向けば。向きさえすれば、まだ間に合うかもしれない。
“未練”。その二文字がミトスの身体を底無し沼へと引き摺り込む。

『だから、頼むよ。こっちを向いてくれ。オレもそっちを向く。自分は死んで未来は預けるなんてそんなのッ』
言うな。今更卑怯だろ。泣くなよ。迷わせるなよ。逝かせろよ。
『夢があるなら助からなきゃ、嘘だろ! 来たいって、生きたいって、言えよ!』
頼むよ。全部が自信に満ちてる選択な訳がないんだ。僕だって、分かってるんだよ。
『まだ、死にたくないって、言えよ……!』

英雄が零すには余りにもか細い声は、目が眩む様な光に掻き消されてしまいそうだった。
ミトスは喉元まで競り上がった台詞を飲み込む。言ってしまえばどれほど楽なのだろう。
どれほど二人は救われるだろう。

『オレはお前にも、本当は―――――――――』

とん、とカイルの背に柔らかな衝撃が伝わる。
何かを咎める様な肉の重さにカイルは目を僅かに見開くが、その意味に気付き直ぐに細める。
背に触れた肌は小刻みに震えていた。カイルが零した言葉は、ミトスにとってあまりにも残酷過ぎたのだ。
咄嗟に後ろを向きたい衝動に駆られたが、カイルは拳を握り感情を抑える。
他人の決意をないがしろにする事なんて、今更誰にも出来る訳が無かったのだ。
捩じ曲げたい願いはあれど、決して捩じ曲げていいものではないのだ。
越えるべき相手が、震えながらも振り返らずに居るのだ。己が此処で折れて如何すると言うのか。

『ごめんミトス。そうだよな。オレがどうかしてた。それじゃ、駄目なんだよな』

それに、振り返らないのは“約束”だった。一度した約束を破るほど、格好の悪い漢は居ない事を二人は知っていた。
149名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:57:55 ID:Lu0ERvdl0
 
150黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 52:2010/10/16(土) 21:58:30 ID:+aCYCcq20
『……うん。だからミトス。その代わりにオレ、絶対忘れないよ。
 お前と出会った事、お前と戦った事、お前が助けてくれた事。お前が夢を託してくれた事。
 確かにお前の選んだ道を、オレは認める事なんて出来ない。
 けれど、お前がくれた“おもいで”は……たとえ何度生まれ変わっても絶対に忘れない。
 忘れそうになったとしても意地でも思い出してやる。死んでも思い出してやる。いや死なないけど!』

ミトスは少しも頭を動かさないまま、小さく笑う。酷く震えた声だった。
……そこまで言われちゃあ、奇跡を信じたくなるじゃないか。
だって、こんなにも自信満々に大言壮語を吐くのだ―――――――――

『だから……お前も絶対に忘れるなよ。死んでも、忘れるな。お前も俺も、いきる。“漢の約束”だ』

―――――――――たった一つの想いさえ、貫く事が難しいはずだったこの空の下で。

肩を震わせて辛そうに笑うミトスに背を向けたまま、カイルは未来を……自分の歩むべき方向を見据える。
ミトスには何となく分かっていた。カイルが律義にこちらに背を向け、“約束”を守っている事が。
もう迷わない。例え幻であろうが、相手が本人であろうがなかろうが一度立てた旗を折る様な真似は二度としないだろう。
背面越しの英雄。何処までも、二人は意地っ張りだった。

『夢も未来も、おなかいっぱい受け取った。だから、オレにもちょっとはお返しさせてくれよ。
 お前の……君の背中を押す事くらいなら、オレにだって出来るからさ』

背にどんと大きな力が乗る。大気が震撼し、マナと熱気の波が周囲の湿っぽさを吹き飛ばした。
空を焦がす様な光は何処までも愚直で、まるで誰かのようだなとミトスは微笑む。
何時しか背の気配は消えていたが、お互いに悔いなど少しもありはしない。
これで、良かったのだ。

『期待しても、何も言わないぞっ。“漢は黙って別れるもんだ”って、父さんが言ってたんだ』

……誰が期待なんかするかよ。黙って行ってこい、“英雄”。


<――――――奇跡四撃・クライマックスコンボ。
 私の凍結領域下では、貴方にこの奇跡は絶対に打破出来ない……受けなさい、これが希望の力です―――――――――>


ミトスは幻達を笑い飛ばす様に鼻から息を吐き、顎を少しだけ上げて節を口ずさむ。
嗄れた声はボーイソプラノと呼ぶにはあまりにも醜かった。
けれども、確かにそれは天使の歌声。奇跡の旋律。
絆が紡ぎ出す聖なる歌は、決して誰にも語られる事の無い孤高の譜。
だが確かに此所に在った。雄大で、絢爛で。そして荘厳な生き様が確かにこの瞬間に在ったのだ。

世界に染み渡る様な音律に合わせ、天使の背に二重三重と虹が集ってゆく。
煌びやかな鱗粉は世界を取れる程に豪勢な旋風と化し、天使の背へごうごうと渦巻いていった。
そしてその小さな銀河とも言うべき渦は圧縮され、大きく羽ばたく為の翅と成るのだ。
かつて天使が持っていた翅よりも遥かに大きく、この舞台で散った天使の影よりも遥かに煌びやかな翅。
だが、それは最早翅と呼ぶには壮大過ぎるだろう。言うなればこれは運命を越える為の――――――――――翼。
ばさりと一度だけ背の翼の感覚を確かめる様に羽ばたき、大天使ミトス=ユグドラシルは首を捻りぱきりと慣らした。
そして躊躇い無く術を編み、唱う。対価は命とこの立派な翼だが、今更惜しむ理由が無かった。
リダクションによる魔力消費率減少、ディフェンドによる肉体劣化速度低下。
マジカルとマジカルブーストによる時間停止時間上昇、スペルエンハンスの硬直解除による即時詠唱連結。
リズムとスピードスペル、スペルボルテージとランダマイザーによる運すらをも味方にした詠唱時間短縮・破棄。
その恩恵達が響き合い、瞬く間に四節の魔紋様を編んでゆく。
天空に広がる陣……否、“球”は半径十数メートルにも及んでいた。
四連の上級超魔術となれば平面の陣如きでは御せはしない。立体化は半ば必然だった。
薄さ数ミクロンの白銀の糸が、まるでミシンで縫われるかの様に高速かつ精密に空間を這い回り、ミトスを中心を球となり取り囲む。
銀色の髪よりも細く頼りない魔糸だが、その強度は金剛石をも上回っていた。
151名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:59:04 ID:Lu0ERvdl0
 
152名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 21:59:12 ID:vJCAEUTf0
 
153名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:00:01 ID:ch0lodI10
154名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:00:11 ID:ibfBnY2C0
支援
155黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 53:2010/10/16(土) 22:00:11 ID:+aCYCcq20
ミトスは幾何学模様の複雑な魔紋様に力を注ぎながら、黄金に輝く時計の文字盤へと歌を捧げ続ける。
魔方球から迸る光の柱が呼んだ聖なる風は、箒星が翔んだ方向へと勢い良く吹き抜けた。
風は星へと届かないかもしれない。星は燃え尽きているかもしれない。未来は誰にも分からない。
だが、それでも風は未来へと進み続ける。自らが神風となって英雄の背を押す事を信じて。
喉元からは肉がぼろぼろと剥離していた。全身の節という節は、がくがくと笑っていた。だが、天使は尚も唱う事を止めない。
翼から翅を数百数千と落としながら、命を文字通り散らしながら朽ちた唇を震わせた。
その姿を応援するかの様に、四つの文字盤には数字と針が再び浮かび上がり、天使を前後左右から取り囲む。
全ての盤の間を、立体化した数十の魔紋様の歯車が噛み合いながら巡り、輝くマナの鎖は螺旋状に巻き付いた。
それは天地人魑魅魍魎、万物に通ずる絶対の法の固定……即ち儀式の完成を意味している。
天使は息を小さく吸い、瞳を閉じて心に祈った。
どうか守ってくれ。運命よ捩じ曲がれ。道よ拓け。





「時よ止まれ、未来は美しい―――――――――魔術四連。タイム、ストップ」





ぼそぼそと吐かれた情けない台詞は、祈りでも願いでも何でもなく、一人のハーフエルフの餓鬼としての純な想いだった。
そこには歳や肩書きやプライド、虚栄……それらを含む僅かな飾りさえもなく、
声音には真理に迫る様な何かが、世界を震わせる強い何かがあった。
だから今こうして訪れている一瞬の静寂は、世界がこのたかが一匹の死体に慄いている様にさえ見える。

そして世界が人の子の想いに応えたかの様に―――――――――全てが溶けてしまう様な光の束が、高く高く構える空を割った。

完全なるテトラスペルが放たれる。ミトスは遂に完成させたのだ。ソーディアンの力も借りずに一人の力で。
根元から翼をもがれながら、ミトスは瞳から滴を一筋流した。
目頭が熱い。喉に息が詰まる。胸がぎゅうと絞まる様だ。頬に這う水滴が心地良い。

―――――あぁそうか、忘れてたよ。これが……涙か。

数えるのも億劫になる年月我慢してきた“涙”がミトスの瞳からぼろぼろと零れ落ちる。
溢れても溢れても止まらない感情の激流に、ミトスは四千歳若返った気分だった。
そしてミトスは皆を想う。この気持ちを思い出させてくれた、仲間達を。

そう……皆と出会わなければ、皆に力を貸して貰わなければ、今の自分はきっと居ないだろう。
何時か裏切られる。どうせ差別される、いずれ取り残される、居場所なんてある訳がない……馬鹿め。だから何だと?
今更グチグチ言って過去が変わるか? 今が変わるか? 未来が良くなるか?
この際どうせ死ぬなら受け入れてやるよ、全部。後悔も未練も残して逝ってなんかやるもんか。
生きてよかった。死んでよかった。一人を貫いてよかった。
此所に居てよかった。独りじゃなくてよかった……そう思いたくて一体何が悪い。
今までの自分を笑い飛ばしてやる―――――――――それも含めて、“人生”なのだと!
感謝しよう。お前達に出会えた、これまでの全てに!!






「――――――――――――――――――ありがとう!!!!!!!」





156名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:01:04 ID:Lu0ERvdl0
 
157黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 54:2010/10/16(土) 22:02:05 ID:+aCYCcq20
尊敬する師へありがとう。仲間へありがとう。最高のパートナーへありがとう。
最愛の姉にありがとう。あいつらにありがとう。かけがえのない出会い達に、全てに……ありがとう。

無い筈の中指を天に向けて立て、ミトスは泣きじゃくりながらも心底無邪気に笑った。
世界の理そのものを嘲笑うかの様な、純粋過ぎる笑みだった。

<―――――……“ありがとう”……だぁ……? はあぁぁ!? こっちがぶつけた手にありがとうだああぁぁあぁぁ!?!?
 み、認めッ……ふざ、そ、そんな手ッ、こんな茶番ッ! こ……こんなもん、こんな……こんな……―――――>

凍て付いた時間が、何かを思い出したかの様に騒がしく動き出す。最期の文字盤の針が歪み、魔法が砕けてゆく。
マナの輝きも、魔方陣も、七色の翅も。全てが不可逆な時の流れの前に等しく朽ちていった。
歴史が直ぐ側に待ち構えていたかの様に慌ただしく動き出す。世界に茜色が満ちてゆく。
奇跡が霧散してゆく。勇気も決意も、想いも。そこには全てが無い。何もかもが正常に戻ってゆく。
時間の狭間で起きた小さな奇跡など、歴史は無視して進んでゆく。
夕闇に喰われた天地へ散り逝くマナの鱗粉に、燃える斜陽は何時までも見とれていた。
固まっていた風が“動き”を思い出し世界を吹き抜け、ミトスの身体を通り抜けていく。
頬を掠め髪を靡かせる微風は、何処までも清々しく心地良かった。

終わる世界。
素肌に死を感じながら、天使は安らかな表情を浮かべる。
見上げた悠久の大空には、鮮やかな雲達が優雅に泳いでいた。
ミトスは大地に墜ちながら静かに息を吸う。澄んだ空気は冷たく、熱くなった胸を内側から静かに冷やしていった。

今頃同じ空気をあいつも吸っているのだろうか、と思う。
身体を受け止めた大地はミトスを砕くには充分に固かったが、複合EXスキル“パッシブ”がその衝撃を和らげる。
肉を抱く大地は冷たいはずだったが、ミトスには不思議と暖かささえ感じられた。
土を、空気を、世界の感覚を確かめる様にミトスは瞳を閉じて大自然に身を任せる。

青臭い匂いが鼻腔をくすぐった。
これが世界、これが歴史……これが己の歩んで来た道。
こんなにも美しく雄大な世界に抱かれて逝けるなら―――――あぁ……命ってのも、悪くない。

未来は、夢は、居場所は――――――――――――――――――ここにある。










「はは。ざまあみろ、ダオス。僕だって……やるときゃやるんだ」










見たか世界よ、おののけ神よ。何が運命、何が現実。
たかが一人の想いに罅を走らす脆き壁、砕けぬ訳があるものか。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――turn shift
158名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:02:24 ID:Lu0ERvdl0
 
159名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:03:10 ID:WKw8WZ5y0
支援
160黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 55:2010/10/16(土) 22:03:19 ID:+aCYCcq20
「ンなっ、お前、こ、こん」
顔面を青一色に染め上げたベルセリオスの口から単語未満の音声が零れ落ちる。
無様を少しでも光に晒さぬ為か右手で顔を覆うが、その見事なまでの狼狽え振りは隠しきれるものではない。
最早演技もへちまも無い、剥き出しの驚愕が傷ついた論理の隙間から噴出していた。
「ププププ…………ああ、失敬………クク、ップクック……」
サイグローグは戦いが始まってから初めて御目にかかったそれを満足げに眺めた。
あれほど高慢ちきに相手を散々こき下ろしていた上座が、見事なまでにカウンターでその鼻柱を圧し折られたのだ。
その無様たるや、石膏で型を取って胸像を作り廊下に飾っておきたいレヴェルだ。
だが、無理もないとは思う。
ベルセリオスが組み立てた包囲網は完璧だった。不確定な要素を極限まで排除した万に一つも抜けられぬ壁だった。
現に、枯渇寸前の群青の輝石と廃棄寸前の天使の輝石が融合したところで、ただ輝石の機能を僅かに延命するのが関の山だ。
天使のポテンシャルそのものを復活させることなど出来るはずが無い。だからこそベルセリオスはそれを脅威と認識しなかった。
しかし一瞬、一瞬だけベルセリオスは見逃していた。奇跡を、キセキの滑り込む余地を見逃した。
(群青はEXスキルを発動する間もなく滅びた…………つまり、EXスキルは何一つ“確定していなかった”)
確定していない要素は、矛盾さえなければ如何なるタイミングでも開闢可能。
未確定要素。それは言わば、パンドラの箱だ。
その中にあるのは絶望か希望か。先にその鍵を開けた者だけがそれを選ぶことができる。
あの城の中に眠っていた最後の宝箱――――――それこそが、女神の切札だった。
恐らく、常のベルセリオスならば見逃すはずもないだろう。真っ先に潰すであろう、逆転の布石。
だが全てを見通すベルセリオスの瞳は、この刹那覆われてしまったのだ。

(四大天使の輝石は“全て一回づつ使われていた”。これが迷彩になった……)

『輝石の一手は全て使い終わった。まさかもう一度同じ死者を使う訳がない』。
ベルセリオスはこの盤に熟達しているが故に、プレイヤーとしての常識に引っ張られた。

論理で世界を切り分けるこの絶望は、己が論理に眩まされたのだ。そして―――

「終わりです、下郎よ。これが貴方が見ようとしなかった力です」
その僅かな間隙にロイヤルストレートフラッシュを作り上げた女神。論理の楔によって磔にされたベルセリオス。
その実力が、神が神たる所以がハッキリと示していた。
4連続タイムストップが成立したことで、炎剣がC3に逃げ込むに十分な時間が残った。
もうそろそろ効果が切れるが、このままの速度でいけば、抜けても15秒は余裕があるだろう。逃げ切りと言っていい時間と距離だ。
精緻な金細工と思えたベルセリオスの現実でさえ、こうして真っ向から並べて比べれば、泥団子にも見える。
それほど神の紡ぐ真実は美しく、完璧に絶望を貫いていた。
正にこの世界は灰色のオセロ。絶望が極まれば極まるほど、それを打破する希望は頂天に輝く。
今や、ベルセリオスが作り上げた絶望など――――神の希望を輝かせる為だけの踏み台に過ぎなかった。

冷やかに敵を見据える女神に対し、ベルセリオスの視線はどんどんと散逸を強め、身体のバランスも崩れていく。
恐らくは必死に打開策を考えているのだろう。だが、皆まで言わずともその苦悶の表情と抜けない楔が答えを教えていた。
タイムストップが発動している間はあらゆる力が通じない。
魔剣のような規格外があれば話は別だが、この周囲には存在しない。希望側に利用されぬよう、ベルセリオスが先に排除してしまったからだ。
つまりこの盤上で今動けるのは天使と炎剣、そして蒼紅の2刀のみ。
炎剣の操作権は現在女神が占有しており、そして天使と2刀が今、絶望を、ベルセリオスの魔手を撥ね退けた。
虎の子<強制首輪爆破>ももう不可能だろう。爆弾で川の流れをせきとめようとするようなものだ。
追い風と向かい風が逆転した今、ここまで回りくどい手を仕掛けてからやるには手数が掛かり過ぎる。
(……そもそも、絶望側が望むのは禁止エリア発動による炎剣の爆破。ここでその前提を崩すなら本末転倒です。
 遊びが過ぎましたな、ベルセリオス様。貴方らしくも無い)
油断か、性格か、それとも別の何かか。彼の内にあった何かが、理の極みたるその思考を僅かに硬直させた。
その結果が盤上に写る。時間が停止し物理干渉が通じぬ今、ベルセリオスが干渉できる余地が無いのだ。

(その完璧さが、仇と成った…………水も漏らさぬ絶望の壁が、逆に希望の楯と機能した……)
161名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:03:31 ID:Lu0ERvdl0
 
162黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 56:2010/10/16(土) 22:04:59 ID:+aCYCcq20
今やベルセリオスの敵は、女神などではなく己が積み上げた絶望だった。
兎にも角にも天下分目の天王山。天使の攻防を突破した今、英雄の道を遮るものは何も無い。
後は動くことの出来ぬベルセリオスの口と鼻をそっと塞ぐだけで、息の根を止めることができる。

「Smothered Mate<自駒による窒息>。貴方は神の力に敗れたのではない。想いの、絆の力に、敗れ去るのです……ッ!!」


全てが窒息する世界で、撃鉄が引かれた。

「ざっけんなあああああああァアアあああァあああアああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

静寂、後に爆発。自らを絡めとる杭を強引に引き千切ってベルセリオスは僅かに抜けた腕を伸ばす。
目指すは炎剣…………否、あの一線を越えれば英雄に“成る”駒。
されどその手は虚空を抜けるばかりで、何もつかめない。

「何が想いだ、何が絆だッ!! そんなものがこの世にあったか!? 
 誰かがそれを発見したか!? ちゃんと荷電子の数を見たか!? X線を当てて干渉縞の幅を調べたか!?
 お前らは何時だってそうだ。愛だ、希望だ夢だ友情だ奇跡だって、
 ありもしないものを、分析も証明も出来ないものを、僅かな言葉に無理矢理閉じ込めて全てを知った気になってる!!」

宙を泳ぐ指先が軌跡を描く。もし、今ここに何も知らぬ誰かが現れてそれを見れば、ただのエアダンスにも見えたかもしれない。
全ての駒を天使の翅に収束させ、今や動かせる駒を持たぬベルセリオスには何もできないからだ。

「私は違う! 私は全てを“偽らない”!! 事実だけを縁に、現実だけを標に、私はわたしを構築した。
 希望と言う名のまやかしを破る絶望を―――お前と言う嘘を斬り裂く、真実の刃を!!」
 
だがサイグローグには、そして女神には分かっていた。否応にも理解した。
その指の先、爪の先一線までも貫く意思が、指手から伝わってくる。
ベルセリオスから一切の余裕が消えた。軽薄な悪辣に覆われていた感情が剥き出しになって迸っている。
だが、一体この完全に詰んだ状況から何を―――――――

「もういい! せめて死に際位は美しく飾ってやろうかと思ったが、もう止めだ!!
 絆だろうが、想いだろうがグチャグチャのベチャベチャのドッロドロに原型留めない位ほど解剖して、ホルマリンに漬け込んでやる。
 コレが神の希望だってなら、とくと見ろ――――――――――――絶望という名の、真実をッ!!」

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

163名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:05:19 ID:Lu0ERvdl0
 
164名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:05:42 ID:vJCAEUTf0
 
165名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:06:09 ID:ibfBnY2C0
支援
166黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 57:2010/10/16(土) 22:06:45 ID:+aCYCcq20
『どうやら、なんとか行きそうだな』

そう言って、ディムロスが空を見上げる。
死より生へと逃げ続けるカイル達を見下ろす空は、漸くその色彩を落ちつけようとしていた。
最初は色気のないモノクロームだった空が、侵蝕するかの如く夕の赤と宵の黒を滲ませて、
モノクロとカラーの間でマーブルになった空は次第に追いつめられるようにして色味を取り戻した。
そして、あわやあと一色でフルカラーになろうとした世界は、“最後の意地”とでも言うようにもう一度だけ全ての色を消し去った。
カイル達は、その色彩の拮抗が何を意味しているのかを誤るほど馬鹿ではなかった。

『もう直ぐ、効果が切れるか……』

そして今、夜明け前の空の如くあるがままの色を取り戻しつつある世界の意味も。

「アトワイト……」
カイルはおぼつかない意識で、腰に差した二刀のうちの1つに声をかける。
彼女はどうしたの、などとは答えない。
敵としてカイルに相対してきた彼女にはカイルの言いたいことは何となく分かっていた。
「あいつ、俺に託すって。俺なんかに、4000年もかけてきた夢を」
『そうね。私には過去を託して、あなたには未来を託したんだわ』
「未来、か……」
なんて聞こえのいい言葉だろう。だが、カイルにはその言葉の綺麗さとは真逆の感情が浮かんでいた。
時間の流れが無いためか、出している速度に比べれば風圧は緩い。
だが、心を吹き抜ける得も言われぬ風に、カイルはぎゅっと胸を握り締めずにはいられなかった。
重なる鼓動、響き合う魂。
例えこの感覚が幻であり、瞼の暗闇に映る姿が幻視に過ぎないとしても、吐き出さずにはいられなかった。
疲れて疲れて全身から液体をみんな出して、それでも頬を伝う一筋が、アトワイトには見えていた。

「――俺に鼓動を重ねるくらいなら、生きればよかったのに!」
『カイル……』

アトワイトは言葉に窮した。
何故、ミトスが生を望まなかったのか。カイルと共に死より帰還することを望まなかったのか。
生と死の狭間の戦いで、生きるということの意味を少年は知ったのに。
彼女は……その答えを知っていた。正確には、この島で一番彼と共にあった存在として“多分そうなのだろう”という推測だが。
それをカイルに伝え、ミトスを代弁して慰めることはできるかもしれない。
だが、口にするのはおろか、頭で浮かべた先から言葉が腐っていくのを感じた。
どれだけ真実に近くとも、それはアトワイトの推測だ。ミトス以外がそれを口にするのは、許されない。

(後は、カイル一人で乗り越えるしかない。貴方なら、いつか分かるわ)
<いつか? そんなに待たせるなよ。ほら、手伝ってあげるからさ――――――――――――

沈黙するアトワイトに、何を思ったか。カイルは、少しだけ首を横に回した。
何故、一緒に生けなかったんだ。何で、俺だけに行けといったんだ。
答えが返ってくる訳が無い。だが、カイルはそれを求めずにはいられなかった。
もう少し首を捻れば、後ろが見える。そこに、アイツが居る。“振り返れば”――――――


【言ったはずだよ。一度でも振り返ったら、人間の内には間に合わないって】
―――――――――――――――――――――天国で屑肉と仲良く答え合わせしなッ!!>
167名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:06:47 ID:vJCAEUTf0
 
168名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:06:56 ID:ch0lodI10
169名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:07:29 ID:Lu0ERvdl0
 
170黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 58:2010/10/16(土) 22:08:05 ID:+aCYCcq20
パァン。
その時、紅が咲いた。モノクロの世界で夕日よりも真っ赤な、真っ赤な血の花が。

「ぎ、な……ッ」
『カイルッッ―――――!!』

カイルの脇腹から噴き出る血液に、ディムロスが絶叫した。

『カイル、無事か、カイル!!』
「…………なん、とか………』
『ディムロスは黙って! ……良かった―――肉が抉れたけど、骨まで届いていない』
「へへ………ミトスが、教えてくれなきゃ、逝ってた、かも……」

そう言ってカイルは笑うが、その笑顔には血よりも先に放出しようと汗がどっと溢れ、見る間に生気を減じている。
間髪で捩じらなければ骨にまで達していたであろう威力が、カイルの体にありありと刻まれていた。
それに呼応するように、箒の制動が緩みブレ始める。

『く…………誰だ!? 一体、何処からッ!!』
『それより、今はまだ時間が止まってるはず――――どうやって!?』

カイルという主翼を弱らせた航空機が、サブエンジンで辛うじて自らを安定させる。
その間も、ディムロスとアトワイトは周囲に目を凝らしていた。
だが、その心中は肉体以上に揺さぶられていた。
突如傷付けられたカイルの翼。鋭利さは微塵も無く、ただ肉を引き千切られたような傷跡。
刃というよりは握力。“強奪”。古今東西無数にある言葉の中では、そう呼ぶのが一番しっくりきた。
ディムロス達はそれを考慮さえしていなかった。時間や、速度やら……そんな曖昧な概念よりも最も警戒すべき“直接的暴力”を。

だが、それを以てディムロス達に罪を詰ることはできない。それは“ありえない”のだから。
誰が奪う<フーダニット>――――――時間の止まった世界で、誰が。
何処から奪う<ホウェアダニット>―――――止まった世界を高速で進む鳥を、何処から。
どうやって奪う<ハウダニット>――進めない止まった世界の中で、どうやって。
なぜ奪う<ホワイダニット>――――――――お前が絶望する様が見たいから!!。

もうマーダーはほとんどいない。クレスが態々カイルを狙う理由も無い。
誰もカイルを妨害しない。妨害できない。なのに、どうやって―――――――


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

「ぐふ、、ぐひゃ、ひゃはははははは!!!! 最初からこうすれば良かった!! 
 七面倒な構成組むくらいなら、こうしておけば、どれだけ楽だったか………」
改めて両腕両足を鎖に雁字搦めにされながらも、ベルセリオスは笑った。
もう何も出来ぬはずなのに、その口から湧き出る嘲笑は途絶えることは無く、南へ逃げる炎はその勢いを大きく弱めていた。
「バカな、どうやって…………」
サイグローグが盤面を凝視する。あり得るはずの無い略奪が盤面にて繰り広げられた。
見まごうこと無き犯行の現場―――――だが、犯人が存在しない。これほど矛盾に満ちた犯行があるだろうか。
「絶望側……説明をお願いします。駒の追加申請は受けておりません。この攻撃が誰の手で行われたのか、お答えください。
 さもなければ論理破綻、虚偽のルール違反としてペナルティを執行いたします――――――――!!!」
真正面からの反則行為にサイグローグはベルセリオスを拘束する黒き鎖に力を注ぐ。
『はぐれた仲間達を探せ』『ペナルティを克服し次の階を目指せ』『各階層開始時に参加メンバーを設定』――――――
“自らの領域に対しルールを敷く”能力、その具現こそがこの鎖であり、この道化が判定者を務められる理由である。
もしも僅かにでも矛盾があれば、か細いベルセリオスの肉体はミートソースのようになっていただろう。

「何度も言わせるな。私は――――――“偽らない!!”」
171名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:08:09 ID:vJCAEUTf0
 
172名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:08:37 ID:Lu0ERvdl0
 
173黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 59:2010/10/16(土) 22:09:17 ID:+aCYCcq20
だが、ベルセリオスの一喝と共に、鎖が粉々に砕けてゆく。
当然だ……真実は、誰にも縛れない。例え、誰も望んでいない真実だとしても。
「ックッ……ベルセリオス様……説明をッ!!」
「ああしてあげるともさ、単純明快明朗快活愉快痛快な答えを教えてあげるよ…………」

ベルセリオスの指が断頭台を降ろす腕の如く振り下ろされた。
狂える隕石の様に、真っ直ぐに一か所を目指して。
狙うは唯一つ、ベルセリオスがかつての盤上にてそうしたように。
その熱い熱い血潮を溜めた、その軟い軟い筋の塊を。

「その心臓と引き換えにねッ!!」

希望に夢見て、走って、走って、どれだけ走っても、その果てに待っていたものは変わらない。
結果は、歴史は変わらない。小さな少年は、英雄になれぬまま、胸を、腹を穿たれて死ぬのだ。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn Shift


「あああッッ」
<な!?>

歴史を決定づける刹那、鈍い炸裂音が静止空間に木霊する。
その音の中心、カイルの胸の前で二つのソーディアンの刀身が交差していた。
ハッキリ言えば無意識だった。無我夢中で剣を前に出しただけだった。
誰が、どこから、何が来るかなど分かっていようはずもない。だが“腹<ここ>だけは今度こそ”守らなければならない。
そんな曖昧すぎる確信がカイルを防御させ―――――それは的に中った。
そしてその威力は未だ剣に乗っていて――――カイルを襲う“敵”がまだそこにいた。

<ギリギリで読んだか、よくやるよくやる。まぐれに凌いだご褒美だ――――――死ぬ前に答えを教えてやる>

『も、もしかして。こ、これが……?』
『まさか、先のあれも同じだというのか……? バカな……有り得ん』

ソーディアン2本が交差する一点、そこにそれは在った。
鉛よりも薄汚れた灰色で、金属よりも卑屈な複合鉱物で、銃弾よりも軟弱な決意。
なんの殺意も無く、ただ其処に在る。ただ其処に在って、カイルを殺す。


意思なき殺人装置――――――握りこぶし大の、石がそこに在った。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
174名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:09:23 ID:vJCAEUTf0
 
175名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:09:54 ID:Lu0ERvdl0
 
176黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 60:2010/10/16(土) 22:10:17 ID:+aCYCcq20
「ば、かな…………正気、なのですか……」
サイグローグは絶句した。息を呑むとか圧倒されるなどというものではなく、本当の懐疑と侮蔑を以て。
盤上で起こったことは、ハッキリと理解できた。

【炎剣の進行方向に拳大の石が中空で停止しており、炎剣はそれにぶつかった】。以上。

「いやー、なんせ音速の何割かで飛んでるんだ。ぶつかればそりゃあこうなるよね。現実的に考えて」
高速で進む何かが襲いかかったのではない。“静止した物体に高速で進む炎剣がぶつかったのだ”。
「タイムストップ中だからなあ。普通なら前方衝撃波で吹き飛ぶんだけど、時間的に断絶してるからなあ」
タイムストップ中は、一切の存在は動けない。
故に、衝撃波だろうが、何がぶつかろうと“動かない”。炎剣という空間の特異点に接触するまでは。
「さっきの戦闘で風とかいっぱい吹いたしね。石とか礫が空中に飛んでたんだろうね」
勿論タイムストップ中に干渉が出来るはずもないから……時間が止まる寸前、そこに落下しようとしていたのだ。“そういう設定に書き換えた”。

朗々とベルセリオスが語るは、確かに“説明”だった。起こった現象を一本の筋を通して説明していた。
だが……その説明を受け止められるモノがどれだけ居ただろうか。
石が風で舞い上がった。それがタイムストップ詠唱中に落下していた。それが炎剣のエアライン上に在った。
サイグローグでさえ、それを額面通りに受け止められるはずが無い。
確かに……かつての盤に於いて、罠によって敗れた駒は在った。だが、これはそれとは根本から異なる。
あの時の罠には、誰かを殺す為に作られた……誰かを殺そうという意思が存在したのだ。だから殺せた。
運命を、世界を変えるには、意思が必要なのだ。小さな胸に秘められた想いが。
誰か未知の存在がこっそりと戦いを観戦し、炎剣の速度と航路を分析し、悪意を以て石の罠を置いたというならまだ分かる。
その誰かの意思が炎燃え盛る剣の意思を、運命を阻んだのだ。それならば、まだ納得もできる。

「いやあ、運が無い。現実は時に厳しいッ!!」

そんな一縷の望みさえ、人間が悪魔のように吐き捨てる。
意思など無い、在ったのは唯の偶然だと。
星より重き絆、意思の力―――――――――――そんなモノなんて無くたって、未来は“壊せるのだと”。

「こ、こんなことあり得る訳が……」
「無いって言える? “普通は”とか“常識的に考えて”とか、そういう接頭語無しで。
 …グヒャヒャヒャヒャッ!! 言える訳が無い!! だって、今ここにそうなってるんだから!!」

普通は、在り得ない……言いかえれば、普通じゃなかったら、在り得る。
常識的に、在り得ない……言いかえれば、非常識の中では、在り得る。
そう、在り得るのだ。それは天文学的極小の確率だが“ある”。そして―――――

「1%=100%。この盤上では、可能性さえあれば“存在する”。
 確率的にしか存在しない可能性の分岐の中から“選択”できる」

例えば、移動方向。北に行くか南に行くか、西か東か。
何の外圧情報も無ければ、移動しない可能性を含めて5通り……確率的には20%だ。
それを、選ぶことができる。もし空を飛べる可能性を提示できれば、その選択肢はさらに広がるだろう。
例え100回に99回は同じ選択を行くような太い手筋もあれば、1回のか細い筋もある。
そして、プレイヤーはそれを選ぶことができるのだ。

「それを止めたきゃ、否定するしかない。その可能性が“存在しない”ことを証明しなきゃいけない!!
 そしてぇ、それはぁ、原則、出来ない。消極的事実の立証困難性――――――つまり、悪魔の証明だ!!」

可能性があることは言える。今ベルセリオスが盤面でそうしたように、その可能性の結果を示せば良い。
だが、その可能性が存在しないことは……言えない。
例え、今ベルセリオスが提示した可能性を否定したとしてもそれ以外の可能性を否定したことにはならない。
また新しい可能性を引っ張り出して、望む結果に合わせればいいのだから。

「グヒヒヒヒッ! 石を取り除いたところで幾らでも“設置してやる”。
 狂える隕石の数は無限――――――この手は、絶対に止められない!!」
177名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:10:21 ID:vJCAEUTf0
 
178名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:11:21 ID:Lu0ERvdl0
 
179名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:11:25 ID:ibfBnY2C0
支援
180名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:11:28 ID:vJCAEUTf0
 
181黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 61:2010/10/16(土) 22:11:46 ID:+aCYCcq20
【在り得ないとは言えない。だから在る】
小難しい設定も、複雑な知識も要らない、完全なる偶然<確率論>による力押し。
マーダーならば、利を説けば味方になる可能性もあるだろう。
狂気に呑まれた哀れな一般人ならば、辛抱強く想いを伝え続ければ正気に戻る可能性もあるだろう。

誰かは言った。人の心に、色など無いと。
僕達は真っ白なカンパスであり……なんにでもなれるのだと。
だから、変われる。
だから、分かりあえる。
だから、信じられる。だから―――――奇跡は起こる。

だが……こうも言える。心に、色など無いと。
私達は真っ黒なカンパスであり―――――――“なんにもなれないのだと”。
だから、変わらない。ゼロに何を掛けてもゼロなように。
だから、理解できない。無いモノを分かりあえるはずがない。
だから、信じる必要が無い。信じなければ奇跡は起きないかもしれないが―――――偶然は起こる。

「どうよ女神サマぁ……? これが私の奇跡だ。お前らが縋っていたものの正体だ!
 N個の賽の目を振って全て6が出る確率も、全て1が出る確率も、等しく1/6のN乗。
 奇跡と偶然の間に、絆や意思というモノしかないのなら…………“違いなんて、無い”ッ!!」

唯の石に意思など無い。そして意思なき偶然に奇跡は、届かない。
シンプル故に最強のロジックは、例え神でさえも否定はできない。

「理解した? 満足した? だったら、仕舞いだ――――――――――――CHECKMATE!!」

ベルセリオスの宣誓と共に、神の絶対領域が打ち砕かれる。
時間の針が動き出し、世界が色を取り戻す――――――真っ黒な真っ黒な夜色が。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――



【17:59'01】


182名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:12:09 ID:Lu0ERvdl0
 
183名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:12:09 ID:vJCAEUTf0
 
184名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:12:50 ID:vJCAEUTf0
 
185黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 62:2010/10/16(土) 22:13:06 ID:+aCYCcq20
「う、ああああああああ!!!」

黒き夜は青の闇に、白き光は赤い陽に。黒と白が混交する世界に、本当の色彩が戻る。
時の縛めが砕けたのと、カイル達が衝突した“不運”が砕けたのは同時だった。
そして、カイル達を繋ぐモノが砕けたのも。

『カイルァァァァァァァァ!!!!』
『ディムロスッ! カイルッ!』

ディムロスとアトワイトは、それぞれが違う方向から吹き飛ぶカイルを見ていた。
カイルに害を成す石と砕くと引換に、ソーディアン達はその柄をカイルの手から離されてしまった。
“運悪く”アトワイトとディムロスはそれぞれが違う場所に弾かれ、空を泳ぐカイルに息を呑む。
『くッ! カイルッ、箒を掴め!』
己が剣である身を激しく呪いながら、自らのことなど気にせずにディムロスが叫ぶ。
分かたれたのはソーディアンだけではなかった。もはやカイルの足とでも呼ぶべき魔法の箒さえも、カイルの足から無くなっていた。
カイルの真横で泳ぐミスティブルームを掴めと剣は叫ぶ。足の骨という骨を粉砕されたカイルでは、一度墜落すればもう起き上がる術が無い。
なのにカイルの腕はピクリとも動くことは無く、最後の翼さえもカイルから離れていく。

『カイル! 何をしているッ、カイルッ!!』
『……血が出てない…………尽きた、の……?』

ひたすら呼び続けるディムロスの声も空しく、カイルの肉体は筋一本の反応さえも見せはしない。
ディムロスの死角で、アトワイトはカイルの裂けた腹の傷から血がろくに流れて居ないことを認識していた。
一見しただけならば出血量が少なく、傷が浅いと喜ぶことも出来るだろう。
だが、カイルのバイタルを常に確認していた彼女にはそれは喜びとは真逆の印だった。
噴出することなく、ただ重力に沿って垂れるだけの体液。
血が勢いよく噴き出るならば、まだいい。それは流れるだけの命が余っている証拠だ。
それさえ、カイルには無い。血液を送り出すポンプが機能していない。
熱を逃がすことを止めた汗や張りを失った皮膚も、同じことをアトワイトに伝えていた。

(――――――――――本当に“切れた”)

タンパク質。脂質。炭水化物。糖質。カイル=デュナミスを維持し続けていた全てが、途絶えた。
今までも決して十分に残っていた訳じゃない。疾うに擦り切れ肉体を強靭な意思で凌駕し続けて誤魔化してきた。
苦しくても、辛くても、走っていたから走り続けられたのだ。
だが、それが今、無慈悲で理不尽過ぎる害悪によって無理矢理止められてしまった。

想像できるだろうか。
張り裂けそうな心臓を抱え、砂嵐の奔る視界で、軋る肋骨を笑わせながら、
それでも後少し、後少しと動き続ける身体を無理矢理動かして、走り続けている。
それが最後の最後で“路傍の小石に蹴躓いてしまったとしたら”。
手は動かない。汗は気持悪く冷えている。一息つくごとに喪われていく熱。摺り向けた膝小僧。痛みに塗り潰される精神。
「どうしてこんなことに」「立ち上がらなきゃ」「足が痛い」「肺がチクチクする」「動けない」
「もういやだ」「運が無かった」「もう間に合わない」「立てない」「仕方ない」「立ちたくない」
「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」「いやだ」
186名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:13:07 ID:ch0lodI10
187名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:13:15 ID:Lu0ERvdl0
 
188名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:13:54 ID:WKw8WZ5y0
  
189名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:13:59 ID:vJCAEUTf0
 
190黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 63:2010/10/16(土) 22:14:16 ID:+aCYCcq20
か細くも、燃え続けていた灯りが消える。
一度灯りを失えば、疲労という名の闇を否応なく直視せざるを得ない。
幾ら耳を閉じようが、その意思の声を掻き消すほどに肉体の声を聞かざるを得ない。

生き続けることが出来ても、生き返ることが出来ないように。
“走り続けること”よりも“走り始めること”は何倍もの意思が要る。
そしてその意思は、魂は―――――――――――滅びかけた肉の器には、宿れない。
欠けた杯には、酒を満たすことは出来ないのだ。

『……こんな、こんなことが……在り得て堪るか……カイルッ!! 戻って来いッ!!!』

剣の声も空しく、宙を舞う少年は途絶えていく。
その手に剣は無く、その足に翼は無く、その心に灯は無い。
全て“もがれた”。少年と世界を結ぶ何もかもが断ち切られた。

自らを生かしていた全てを断ち切られた人形は、そのガラスの瞳に空を映す。
太陽の殆どが喪われた夜空に流れる星々は――――――――彼を愛していなかった。



【17:59'15】



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

それは、もう戦いでさえ無かった。
まだ時間はある。30秒以上残っている。天使がその命と引き換えに作り上げた時間が。
だが、もう意味が無い。
ソーディアンはおろか、箒からも切り離して、炎剣を空中に放り投げた。
両足を粉砕されている炎剣では、一度墜ちればもう立ち上がれない。
這って動いても、箒と剣二本を回収できるはずもない。
あれだけ命を掛けて紡ぎ出した時間が、台無しになった――――――――完全に、終わった。

「グシャシャヒャイーッハァッハッハァ!!!! 完ッ璧! 計画通ぉりッ!! イッツァパーフェクツッ!!!
 ざまぁないわ奇跡! ダサ過ぎるわ神様!! あんた達のご都合展開なんて所詮こんなもんなんだよ!!!」

ベルセリオスの嘲笑が部屋の空気を震え上がらせる。
だが、今までのそれに比べれば僅かばかり乾いたようにも感じられた。
……それは、本来“やるべきではない”行為なのだ。
ルール上禁止はされてはいないが、在る程度経験を積んだプレイヤーならば自戒する汚れ技。
それを行わざるを得なかった…………自らを一流と謳うベルセリオスにとってそれは屈辱であっただろう。
しかもそれは、なんの美しさも輝きも無い、唯の投石だった。
懸命に演目を行う役者に対し、観客席から「つまらない」と野次と一緒に投げつけられた泥団子だった。
これまで、壮大に絢爛な仕掛けと策を展開していたあのベルセリオスが、子供のように石飛礫を投げつけている。

まさに、無様。
191名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:14:24 ID:Lu0ERvdl0
 
192名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:14:41 ID:vJCAEUTf0
 
193黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 64:2010/10/16(土) 22:15:47 ID:+aCYCcq20
サイグローグは、虚空に嘲笑う下種を仮面の奥から眺めていた。
……本気を出せば、摘まみ出すことも不可能ではない。無礼に振舞う客を持成すホストなどいないように。
だが、そうしなかった。サイグローグには、出来なかった。
これが、人間の叡智の極限なのか。だとしたらなんと醜いのだろう。
神の御業に比べれば人の技の、なんと卑しいことだろう。
そんなものにしか縋れぬ人間の絶望の――――――なんと哀れなことか。

ベルセリオスは、これまでの六戦で徹底的に対戦相手を屠ってきた。
時に飴を与えより多くの鞭を与え、逃げまどう所に火と油を浴びせ、死体の山を築いていた。
容赦も憐憫も許容も一切なく、機械のように執行するその様は一見すれば圧勝そのものだっただろう。余裕さえ感じ取れただろう。
だが、今ならハッキリと分かる。この第七戦こそが、本当の人間と神の戦力差なのだ。
緻密な計算の元相手の全てをコントロールし、罠に嵌め、相手の力を出させずに完封して“ようやく勝てる”。
こうして、神と真っ向から対立すれば…………ご覧の有様だ。
謎というヴェールを剥いでしまえば、後に残るのは卑劣で浅ましく往生際の悪い人間が一人。

だが、それでもベルセリオスは諦めなかった。
知略を尽くし、持ち得る駒を全て使い、禁忌を通った。
それほどに、ベルセリオスは本気なのだ。遊びなど微塵も無い。

全ては、全ては勝利の為に。

「―――――――判定、通しです。結果を…………反映させます」

その意思<選択>を――――――――――――――この私が否定できるものか。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn Shift


流れ出る血液が、身体の熱を急速に奪っていく。
吹き抜ける空気が寒い。
ああ、もしかしたら。
脇腹の傷に今までの消耗も重なって、思考がおぼつかない。
もしかしたら、もうだめかもしれない。
っていうより、落ちてて、傷まみれで、動けなくて。ディムロスもアトワイトも、誰もいなくて。
もう、だめだろ。ダッサいなあ。
やっぱり、ひとりじゃ何もできないんだ。
ひとり。
アイツはひとりだ。自分だけ残って、戦い続けた。それを貫くことは、きっとすごく難しい。
アイツはそれが出来るんだからすごいよな。

ああ、だから、ひとりだけ北に残って――――

ごめん、ミトス。
もう、身体が言うこと聞かないんだ。
働いているのはバカな頭だけで、動けない。寒くて寒くて仕方がないんだ。
194名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:15:48 ID:vJCAEUTf0
 
195名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:15:56 ID:ibfBnY2C0
支援
196名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:15:57 ID:Lu0ERvdl0
 
197名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:16:38 ID:vJCAEUTf0
 
198黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 65:2010/10/16(土) 22:16:52 ID:+aCYCcq20
幾度と聞いてきた罵声が、遠く掠れる程の小ささで聞こえる。
そんな顔、するなよディムロス。死にたいなんて、これっぽっちも思ってない。

―――――――俺、やっと分かったんだよ。
俺がしたいこと。俺が前に進むための力。俺の中に残ってた、最後の気持ち。
言いたいことがいっぱいあるんだ。俺の我侭に最後まで付き合ってくれた、お前に最初に伝えたいんだ。

だから、生きたい。

まだ、もう少し生きていたい。

出来ることなら、ずっと生きていたい。

けど、血が寒くて、眼が霞んで、砕けた膝が笑ってる。陽の光が無くて、夜が痛い。
時間が無いのが、悔しい。音にする時間さえ惜しい。
ああ、誰か、俺に時間を。

「誰か……」

夜空に瞬く流星に、カイルは呟いた。それは最早願いですらなかった。

「誰か……」

消え墜つ星に自分を重ねた、哀れな子供の泣き声だった。

<無いよ。お前一人が此処で死ぬ。ここで、私の手で終わるんだ!!>

愛を墓場に、正義を土に、夢を棺に、幸福を骨壷に。
泡沫の光よ、闇に抱かれて永久に眠れ。
私の全力で、この漆喰の夜空に煌めき墜ちろ箒星。
星の光に三度祈る願いは――――――間に合わないからこそ、奇跡なのだから。

<想いなんてありはしない。絆など何処にもない。祈りは届かない。
 私は絶望、私は真実、私は式。全ての嘘を斬り裂く黒刃!!>

でも、なんだか懐かしい気がする。もしかしたら前にもこんなことがあったのかな。
はは。そんな訳ないか。
でも、じゃあ何が懐かしいんだろう。ハイデルベルク? ラディスロウ?

ああ、でも、あの雪の日を思い出すよ。

<我が名はベルセリオス。その名の下に、神々の座よりあんた達を奈落へと引き摺り落とすッ!!
 死ねよ伝説【レジェンディア】ッ! これが希望を断ち切る、終わりの剣だあああああああああッッッ!!!!!!>

話さなきゃならないことが、貴方に――――――――――――――――――
伝えたいことが、君に――――――――――――――――――――――――

「誰か……ッ!!」


<以上の過程に於ける結果を以て、ここに希望の不在を、証明する!!!>
199名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:16:56 ID:Lu0ERvdl0
 
200名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:17:29 ID:WKw8WZ5y0
支援 
201名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:17:39 ID:vJCAEUTf0
 
202黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 66:2010/10/16(土) 22:18:01 ID:+aCYCcq20










                           


                          |   |
                          | 絶 |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
その後、かれの行方を知る者は、           | | |        誰もいなかった――――――――――――――
                          | | |
                          | 瞬 |
                          | ・ |
                          | 影 |
                          | ・ |
                          | 迅 |
                          | ・ |
                          | ッ |
                          |   |
                          | ! |










                           

203名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:18:18 ID:Lu0ERvdl0
 
204名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:18:20 ID:vJCAEUTf0
 
205名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:19:02 ID:vJCAEUTf0
 
206黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 67:2010/10/16(土) 22:19:09 ID:+aCYCcq20
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?



―――――――――――――――――――――――――――は?



はあああああああ!?ああああああああ!?!?!?!?!?ああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?





吹き抜ける冷気。
氷のように厳しい威圧。
包帯で覆われた左目。
アイスブルーの三つ編み髪と紺色の服。
凍てついた瞼の奥の光の、僅かな、温かさ。


<もう分かっているでしょう? 時間がないので、一言だけ――――>


「助ける。絶対に」

少年の絶望に割り込むように、誰かの声が響く。
心の奥底にまで届くように、反響する。

誰もいない草原で、カイルは人の声を聞いたような気がした。
もちろん人がいる訳なんてない。ここにいるのは自分と、ソーディアン2人だけだ。
誰かがいて欲しかった。そんな期待から出てきた、ただの幻聴なのかもしれない。
カイルは思考の片隅で前向きな可能性を閉ざそうとした。
だが確かにカイルは聞いた。低く、それでも熱の籠もった声を。
いつも自分を庇い、傷ついてきた声を。
馬鹿だ、とカイルは不謹慎にも思った。自分だって馬鹿なのに、そんな奴に言われるんだから、「あなた」は相当な馬鹿だ。
だってここは、あとほんの少しで誰1人居てはならない場所になるのに。
カイルはそれでも、声が聞こえたことは真実だと思った。
『……!!』
空に漂うディムロスは息を詰まらせた。カイルと同じことを考えているのだ。
否、ディムロスは既に、声の正体を知っていた。
カイルは、意識を通じ合わせる相棒が見ている方へ、無意識的に顔を動かした。

墜ちるカイルは最後に、何かを見た。
見渡す限り赤く焼け爛れた草原に、走る黒い影を見た。
何かは分からずに、少年は疲れきって霞んだ視界を瞼の奥に閉じこめた。
意識を手放すのは安堵ゆえか、現実逃避なのかどうかは分からない。

ただ、少年は笑っていた。
何故かは分からないけど、笑っていた。



207名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:19:23 ID:ibfBnY2C0
支援
208名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:19:24 ID:Lu0ERvdl0
 
209名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:19:49 ID:vJCAEUTf0
 
210黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 68:2010/10/16(土) 22:21:01 ID:+aCYCcq20
『何故だ……』
ディムロスは疑問を吐露する原因となった影を見据える。
『何故、此処にいる』
アイスブルーの三つ編み髪と紺色の服。包帯で覆われた左目。
得物である大剣こそ構えていないが、ディムロスにとって誰であるかを判じるには充分すぎた。
何者かがこの草原にいる。ディムロスにとっては1番予想外の出来事であり――――1番予想できる来訪者だった。
『状況が分かっていないわけではないだろう』
来るとしたらこいつしかいないだろう。
ディムロスが抱いた感想もカイルと同じだった。馬鹿が、と。

水のように透き通った銀糸。
翠鎧が砕け傷を負ってもなお、立ち続ける長躯。
既に無き左眼の虚空は、ただ墜ち行く少年だけを見つめている。


『地獄に降りて、何をしに来た! ヴェイグ!! ヴェイグ=リュングベルッ!!』


蒼き氷が、影断つ程に迅く。夕闇の中でも決して見逃さぬ輝きとと共に。


「――――――――――――――――約束を、果たしに」


絆というものに形があるのなら―――――――きっと、こんな形なのだろう。



彼は錬術「絶・瞬影迅」を纏い、落下するカイルへ向かって駆け続ける。
北にて待ち続けていた者が、更に北の草原に毅然と立っていた。
来訪者の存在に、ディムロスはヴェイグに向かって叱責する。
1分もしない間に首が飛ぶのだ。怒りたくもなる。だが、青年は素知らぬ風にディムロスの言葉を聞き流す。
『約束だと? ふざけるな。ここがどのような場所なのか分かっているだろう!?』
「分かっている」
『ならばお前は命を捨てに来たのか?』
「違う」
『ならば、何故だ!?』
ヴェイグの心情を推し量ることもできず、ディムロスは苛立った唸りを上げた。
「ディムロス、あんたは約束を破るのか?」
ヴェイグの質問に、ディムロスは顔があるならば顰めていたことだろう。
『約束? それは、お前とカイルの』
「違う。そうじゃない。あんたは言ったはずだ、必ず生きて戻れと」
切迫した思考の中、ディムロスは記憶を辿る。記憶の糸を辿り、言葉を探す。
意識と呼んでいいのだろうか。蓄積された情報が、曖昧な輪郭線で作られた光景となる。映像を巻き戻すかのように、光景が前へ通り過ぎていく。
ミトスと戦い、アトワイトを取り戻し、ティトレイを止め、クレスと戦い――――
ああ、そうか。そうだった。この村に来る前――――

――――いいかカイル。言った以上は嘘はつくなよ――必ず、生きて戻れ!

言った本人が先に絶望し、戻ろうともがく手を打ち払おうとしていたとは。
戦場において最も無謀な、しかし勇気を奮わせる約束を公言していたのは、何よりもディムロスなのだ。
こんなことも忘れてしまっていたのか。それほど死が付き纏う地なのだろう。
211名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:21:10 ID:vJCAEUTf0
 
212名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:21:37 ID:Lu0ERvdl0
 
213名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:22:20 ID:vJCAEUTf0
 
214黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 69:2010/10/16(土) 22:22:42 ID:+aCYCcq20
思考を中断させるかのように、渦巻く水の轟音が聞こえた。

ディムロスにとって、それは全くもって予想外の事象だった。
ヴェイグに気を取られている内に、「それ」は激しい水流を纏いながら高速回転し、ディムロスへと接近していた。
大きさは剣よりも小振り。短剣だろうか。その程度のサイズでしかない。
今になって何の因果か。確かにそれはディムロスをしかと狙っていた。
疑なる思考を呈し始めていたディムロスは、その思考ごと――――凍り付かされた。
視界の片隅に、青い光を観測して。


『ディムロス!』
同じく空中を舞うアトワイトは、番いの異変を感じ取って姦しい声を上げた。
ディムロスから少し離れていた彼女は遠目から状況を眺めていた。もちろん襲いかかっていたものの正体も分かっている。
あれは、短剣でも何でもない。あれは――――
『……っ!?』
彼女は地面から現れたモノに絡め取られた。そしてそのまま、無造作に放り投げられた。
ちょうどB3とC3の境目に着地し、結果的には禁止エリアから脱したことになる。
だが素直に喜んでもいられない。そもそも、首輪のないソーディアンに禁止エリアの概念はさして関係ないのである。
アトワイトは視界を動かした。
彼女には、こちらに飛んでくる冷凍ディムロスの姿が見えた。


水流を纏う「何か」は、ディムロスの刃に接触した瞬間、別の「力」によって、矢も剣も問わずまるごと凍結した。
だが運動は未だ絶えず、氷付けにされたまま回転し続け、操縦手の下へと帰還する。
無論、標的<ターゲット>であるディムロスを引き寄せて。
魔力がなければ貫けぬ氷が溶け始め、皹が入る。そして音を立てて砕け散る。
引き剥がされたディムロスは運動力に振り回されたまま円弧を描き、くるくると落ちて、地に着く前に力強く掴まれた。
そのまま振り払われる。ディムロスは握られたまま再び前進し、動き始めた。
氷のフォルスで大剣を凍らせていたヴェイグが、なおも墜ちるカイルへ向かって疾走する。
表情に曇りは微塵も見えない。

一体、どのような気持ちで待っていたのだろうか。
タイムストップによって時が止まっていたということは、ヴェイグは自分たちが現れる前からここに向かっていたのだ。
逆に言えば、“タイムストップがなければ自分たちは今彼の目の前にすらいない”。
時間停止を知らないヴェイグの視点を想像すれば、いきなり中空に人影が現れたようなものである。
ただ空しく広がる落陽の原を見続けることの、なんと寂しいことか。なんと無謀なことか。
残り時間1分にも満たない空には誰もいない。諦めてもいい理由は、どこもかしこも散らばっていたはずだ。
それを、ヴェイグは立ち続けていた。待ち続けていた。
約束を信じて、悲観すべき圧倒的な現実と、無理だと嘆く自分の心を否定し続けていた。
ただ、手を繋げるために。小指の約束を解かないように。
諦めるつもりなど更々なかったのだ。
そしてカイルは現れた。窮地の少年を助けるため、手を伸ばした。
恐らくヴェイグが諦めて踵を返していれば、この好機は訪れることすらなかっただろう。
だが、未だ状況は暗雲に支配されている。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
215名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:23:05 ID:Lu0ERvdl0
 
216名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:23:44 ID:vJCAEUTf0
 
217黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 70:2010/10/16(土) 22:24:10 ID:+aCYCcq20
「何だ……? 何でこいつが、ここにいる……?」
椅子に打ちつけられたままのベルセリオスは、盤上に現れた駒を見て素直に呻いた。
しばし盤を黙視していたが、やがて口元をぬうっと笑みで歪ませ、高らかな声を上げた。
まるで啄むべき獲物を見つけたかのように。
「ジャッジ! こいつ、こいつは規則違反、論理破綻だ! 氷剣と射手は、既に行動を凍結されている! ここに来れる筈がない!!」
ベルセリオスは窮地に見つけた相手の失策を、こことぞばかりに攻めたてる。小さな穴も、何度も突けば大きな風穴となるように。
悪辣な笑みを浮かべ、大きく開いた口からは舌が飛び出かけている。
舌は悪意を乗せる。
操られる言葉も、あっかんべと垂れられる蔑みも、それがなければ成り立たない。
そして悪意は、啄む嘴から哀れな供物へと――――

「……だから、貴方は過ちを犯すのです」

崇高で、気高い神が、フレンチキスを越えた浅ましいものでも求めると思ったのか。
女神の凛とした声がベルセリオスの誘惑を打ち払う。
「聡い貴方にも見えていないのですね。動かぬ時と、動くヒトの理が」
すらりとした、白磁の指が盤を指し示す。しかし、示しているのは北の草原ではなく、ベルセリオスが凍結されたと主張する村の北地区。
「一見、氷剣と射手は凍結されていたようにも思える……ですが、ここで思い出してほしいことがあります」
そこには今、誰もいない。空間を凍結していた鎖と錠前もなく、自由に空気が行き渡っている。
「……凍結を宣言したモノは、懐中時計の針。
 では……ベルセリオス、今ここで“証明”してください――そのとき、懐中時計はどこにあったのか!」
「――――っグ、ぐゥ……っっ!!」
ベルセリオスは脂汗を垂らして唸った。額には青筋が浮かんでいた。
こいつは、こいつは自分と同じ論法を使ったのだ。
在り得ないとは言えない。だから在る。
確率が1%でもある限り、可能性がある限り、否定はできない。

そう、18時を迎えていたのはあくまで北地区という場所であり、そこに人がいたかどうかまでは分からない。
なにせ誰かがいたという証拠がないのだから、現場不在証明<アリバイ>がない。
ないということは、つまり、その時間に現場にいたかどうかは“分からない”ということだ。
――――いや、そもそも、“本当にそこは北地区だったのだろうか?”
ただ、時計は18時を指し示した。提示された事実はそれだけなのだ。
それが、C3であろうとB3であろうと単に袋の中であろうと、指し示したことに変わりはない。
論理破綻を起こしかねないのはベルセリオスの方だった。
白も黒も在り得る灰色の中、女神が先手を取った以上、ベルセリオスは氷剣の出現を否定する手段をなくした。
「全く、貴方は本当に“信用ができない”。そしてこれは、貴方が成立させた初級術式にも言えるのです」
時間<time>=距離<distance>÷速度<velocity>……時は四連魔法によって停止・延長させ、速度は蒼紅の二剣による加速機関の構成によって崩された。
そして、距離。
「炎剣が帰るべき約束の場所は、地ではない。約束を果たすべき人の前です。そして、動くヒトである以上……距離は固定値ではなく変数へと成り得る!」
分子が大きく減少すれば、導かれる値も同じく減少することは自明の理。
ベルセリオスが構築した論理の鎖を、女神はいともたやすく書き換えた。
女神の手に光槍<ブリリアントランス>が生み出される。

「不可能を消去し、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる……絆が見えない貴方には、正に奇妙でしょう。
 ですが、それは貴方の落ち度。貴方の視野の狭さ。貴方の思考の、弱さと限界です。
 なぜならこれは、唯一無二の真実なのですから!!」
218名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:24:44 ID:vJCAEUTf0
 
219名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:24:47 ID:ch0lodI10
 
220名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:25:02 ID:Lu0ERvdl0
 
221黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 71:2010/10/16(土) 22:25:08 ID:+aCYCcq20
真実を照らし、虚偽を払う一閃の光が、ベルセリオスの腹を穿つ。激痛に潰れた悲鳴を上げ、上座の指手は大きく痙攣する。
息を荒げ、じくじくと痛む腹を押さえるベルセリオス。
汗に涙に顔は液体まみれだが、まだ憎たらしい笑みまでは曇らない。
「ったく、女神サマは真似っこが、好きだねえ……格調高い神様が人間風情なんかの真似しない方がいいと思うよ――――高が知れる」
「人の子に心配されるのも神の役割でしょう――――見抜いてないと、思っていたとでも?」
――否、それは劣勢を隠すための苦し紛れに浮かべられたものだった。
苦痛に顔を歪めながら、僅かに動く人差し指と中指を動かすベルセリオス。
まだやるのか、とサイグローグは思った。呆れたと言ってもよかった。
確かに、ここで足掻かなければベルセリオスが詰むのは間違いない。
だが、先程ベルセリオスは、凍結されていたと思っていた駒の名を挙げた。
そして間違いなく「もう1人の名」を呼んだ。
自分でさえ無意識の認識があるのだ。女神が見捨てておくはずがない。
神と人間の狭間に立つ道化には、見えていた。四肢を縛されても足掻くベルセリオスの死角で、女神がもう一本槍を隠し持っていることを。
携えるは、もう一つの槍。その神性には似つかわしくない、怨磋を上げる禍々しき槍<デモンズランス>。
光あるところに闇はある。その言葉にふさわしい、正義を照らすための闇が。

ベルセリオスとて技術だけなら最高峰のプレイヤーだ、恐らくその槍があることを見抜いている。
だが、それでも尚、足掻こうとしている。
もしも万が一にでも、女神が見落としていたとしたら。
女神が決戦の地に呼び出したのが、炎剣に因縁のある氷剣だけだったとしたら。

一流の指し手は敗北を悟った時点でリザインを宣言する。
それが自分の賢明さと潔さの主張でもあり、相手の指手に対する敬意の証明でもあるからだ。
何よりも、作り上げてきた美しい譜面を汚すことを、一流は許さない。
ベルセリオスは自分を一流であると自負している。
それを、相手のミスを願って手を進めるなど、ベルセリオスにとって唾棄すべき屈辱であろう。

――――だが、それよりも許せないことがあるのか。
例えそれがプライドというものさえも棄ててしまう、唯々醜い行為だとしても。
この女神を前にその知的なる健闘を讃え、素直に王の駒を倒すことなど――仲良しこよしで握手をするなど許せるはずもないと。

「ああ、真実……真実ね……それ、ッだけは認めてやるよ。
 たかが一人ポッと出てきたところで現実は何も変わりはしないってこともね!!」

故に、ベルセリオスは盤上に指を差すことを止めない。
既に光明“しか”ないと分かり切っていたとしても。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

222名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:25:25 ID:vJCAEUTf0
 
223名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:26:00 ID:ibfBnY2C0
支援
224黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 72:2010/10/16(土) 22:26:10 ID:+aCYCcq20
『……馬鹿者が。お前一人で何ができる?』
言葉の節々に心地よい甘さを滲ませつつ、ディムロスは己の浅慮さと相手の愚鈍さを嘆いた。
哀れみと言ってもおかしくはなかった。
どんなに約束のためとはいえ、無謀すぎる。
約束を信じ、果たそうと駆けつけた。思わず誰かに語り継ぎたくなるような美談だ。
しかし、自分の命を省みぬ万歳突撃では意味がない。これを美しいと思うのは突撃した人間だけだ。
核弾頭と呼ばれた突撃兵は、確かに苛烈で、迫りくる大波をより強い波で返すような男だ。
だが決して無策ではなかった。
戦局を見据え冷静に。後続の兵士の損害をできるだけ少なく。それでいて士気を鼓舞し、勇ましく敵を断ち切る。
「必ず生きて戻れ」と口にする戦好きが、たぎる血のまま、欲のままに力を行使した筈がない。
だからこそ、ヴェイグの行動はただの無鉄砲、自己犠牲にしか思えないのだ。
「そうだな。俺1人では、何も出来ないかもしれない」
だが、言葉とは裏腹にヴェイグは首を横に振る。
そして強く柄を握る。ディムロスに自分の思いを伝えようかとするかのように。
篭められていたものは、撤退の意思なき強い思い。決して退かず、諦めない心。

ディムロスは意思こそ持てど、その身はただの剣である。
自身の力で空中に留まることなどできない。重力に身を任せ、あえなく落ちていくばかり。
だが、それを途中で放棄させられるということは。地面にキスをせずに済むということは。
そこに、何者かの意思が確固として介在しているということなのだ。
人はそれを何と呼ぶだろうか。運命か、奇跡か。否、そんなものでは到底生温い。
相違ない――――人はそれを――――


ずさ、と草が踏まれ、青い匂いが少しだけ風に薫る。
夕闇時の風は疲弊した者を癒すかのように涼しく、心地よい爽やかさだ。


まだだ。尚もカイルは落ち続けるままだ。
俊速を保ち、ヴェイグは少年の下を目指す。草を蹴り、ただひたすらに。足は前へ前へ。
カイルと共に太陽は落ち、終末への残り時間を告げている。タイムリミットまでには数十秒と満たない。
あと少しで落下地点まで到達する。
同時に、禁止エリアの予定地に入っていることを意味している。
ヴェイグは一歩足を大きく踏み出し、力を込める。つま先をバネにして空へ跳躍。
だが、上空のカイルにはまだまだ届かない。届く距離ではない。ならば何故ヴェイグは跳んだのか。

「俺は、約束を破るつもりはない。1人では無理でも……俺には、仲間がいる!!」

緩やかな放物線が描かれ、頂点を過ぎたときだ。
ヴェイグの通過経路に、大輪の葉が広がる。ヴェイグはそれに着地し、すぐさま跳躍する。更に跳んだ先にも葉は広がっていた。
葉はもちろん地面から生えてきている。ただ、自然にではなく、ちょっと人外の力を加えられているが。



【17:59'25】



225名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:26:25 ID:vJCAEUTf0
 
226名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:26:40 ID:Lu0ERvdl0
 
227黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 73:2010/10/16(土) 22:27:14 ID:+aCYCcq20
「ったく、俺の出番遅すぎだろ。――いいかヴェイグ、“あと30秒”だ!」


声の主は充填した矢にフォルスを込める。そして遠くへと発射する。
一見なんの狙いもない弾丸に見えるだろう。
しかし、着弾した場所から蔓が伸び、一気に逞しく――異常に成長した。大きな葉を広げ、人1人の重さくらいなら耐えられるまでに。
『ティトレイ……!?』
後方からの声にディムロスは視線を移した。
エバーグリーンの蓬髪と全身緑の装束が、左手の弓に矢をつがえながら前を向いていた。
その横には、同じく飛ばされていたはずのアトワイトが地に突き立てられていた。
「ま、ヴェイグに何を言ったって無駄だぜ。そうそう簡単に引き下がる奴じゃないからな」
ティトレイはにかっと笑っている。
確証はないが、地平線の向こうに僅かに村の影が見えることを考えると、ティトレイが立っているのはB3とC3の境目――そのC3側だ。
このままなら、ティトレイだけは首輪の爆発を免れる位置にいる。身を挺して救助に向かうヴェイグと比べて、ティトレイの態度は浅薄にも思える。
――違う。ただ、信じている。間違いなく、自分たちを信じているのだ。
ディムロスをヴェイグに渡すための水塊、「蒼破連天脚」が何よりの証拠だ。
「ったく、果報者だよなあ!」
呆れるしかなかった。何と、何と馬鹿な者たちか。
しかし、すぐに自身のことを思い返す。

ディムロス・ティンバー中将は1人で戦っていたか?
その背に負っていたものは、守るものばかりだったのか?
率いる白装束の背後には――――共に戦う、大勢の人間達がいたではないか。

すぐにディムロスは笑った。笑ってみたくなった。
運がいいだとか、巡り合わせがいいだとか、そんなことは関係がない。
ただ、カイルによって今までに、ここまでに紡がれてきた絆の力に、心から感謝を表したくなったのだ。
動くことも叶わないが故に、ただの戦争の道具でしかないが故に。
鼓動を重ね、きっと途方もない何かを犠牲にしてまで繋いだ友誼に、ディムロスは心の中でそっと落涙した。
涙と一緒に、重々しい憑き物がどこかに流れていって、吹っ切れてしまった。
ディムロスは、今己を掴んでいる氷の青年に向かって言った。
『残念だったなヴェイグ。今、我のマスターはお前ではなくあいつだ。それはもう覆らないぞ』
こんな状況下なのに減らず口を叩くとは。我ながら余裕ぶったものだ、とディムロスは昴ぶった心で皮肉を吐いた。
突撃兵は突撃兵らしく。ただ愚直に、素直に言葉を発すればいいのだ。
『……だから、一人の友人として頼む。――助けてくれ、あいつを、カイルを助けてやってくれ……!!』
ヴェイグはこんな時でさえ笑わない。ただ柄をぎゅっと握り締めて答えるのみだ。
沈黙の中に、意思だけが存在する。

人はそれを何と呼ぶだろうか。運命か、奇跡か。否、そんなものでは到底生温い。
相違ない――――人はそれを、真なる希望と呼ぶ。

ティトレイは間髪なく矢を放つ。葉の足場を空へ空へと作っていく。
大剣士であるヴェイグの跳躍力を見誤らず、的確に、タイミング良く。
正に2人の息のあった――否、息に息を重ねていく、玲瓏とも言えるコンビネーションの賜物だ。
ディムロスは感嘆の息をつく。ならば次は自分か。
刀身に熱き血潮が巡る。そして、冴え冴えとした氷結の力が迸る。
何度も何度も繰り返してきた現象だ。自然すぎて、これが当然の経路だと思える。
今一度、炎と氷の力で、大局を揺るがす玲々たる大気を生み出す!
届け。絶望がカイルを引き寄せるより前に。
「――――風神剣ッ!!」
ヴェイグは思い切り跳ぶ。剣に暴風を纏わせ、足場に叩きつける。炸裂した風はヴェイグの巨躯を持ち上げる。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
228名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:27:43 ID:Lu0ERvdl0
 
229名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:27:57 ID:vJCAEUTf0
 
230黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 74:2010/10/16(土) 22:28:29 ID:+aCYCcq20
「あ、ギャアアァアィア痛、いだい、ひゃ、ややや!!!!!」
予想通りに輝光の槍が右肩を、予定調和に悪魔の槍が左肩を穿つ。
四肢を四重論理の楔に射抜かれ、雁字搦めに拘束する鎖を打たれては誰も動けはしない。
ベルセリオスは鉄の海の中でもがく。
網目をうまくくぐり抜けて突き出た腕。だが、それでも指先は駒に触れることはない。
あと少しで届くかと思えば、するりと駒が抜けていく。その繰り返しだ。
リピートする度に駒はB3からC3への境界線へと進んでいく。
ベルセリオスの指から逃げているようにも見えるが、別の見方をすれば、ベルセリオスが押しているようにも見える。
しかし、ベルセリオスの願いは炎剣を――英雄の駒を引き留めることだけ。叶わぬ内は、顔を歪めることしかできない。

「畜生……ふっざけんな……」
下の下手を打ってまで炎剣を殺そうとしたのだ。今更はいそうですかと諦めることはできない。
なんとしてでも、行かせるのを拒まねばならない。
ベルセリオスは苦痛を堪えて、動けぬ身体の中でまだ唯一機能している器官――――口を動かした。

「なあ……何で……こいつを生かすんだ? 生き残ったって……この傷じゃもう……戦うに戦えない。
 ただの、お荷物……ルーンボトルで変化させたってどうせガラクタだよ? 他の駒の、モチベーションの為……? 最低だな時の紡ぎ手」
手足を動かせない中、ベルセリオスは顔の筋肉だけで侮蔑の表情を作り上げる。
「お前が絆だ想いだなんて喚くから、先の絶望まで頭が回らない、見えていない。全く、眩しさが目をくらませる典型例だな。
 いいや、本当は、教えないつもりだったけど、此処まで私を追いつめたご褒美だ……教えてやるよ」
 
これが……今可能な、最後の一手だというように。

「“この先には誰もいないんだよ”。炎剣の仲間も、家族も、想い人も、憎たらしい奴も、だあれもいない。
 聖女に会いに行くとかのたまってるけど――バッカじゃないの。そんなこと出来たらどこの誰も苦労してないに決まってるだろ!
 世の中、死ぬより生きる苦しみってモンもあるんだよ? 神様って無慈悲なもんだよなあ!!」
勢いづくための酒を煽るかのように、ベルセリオスは大きく息を吸い呼吸を整える。
「……いや、違った。死ぬ生きるの問題じゃなかった」
能面みたいな無表情でベルセリオスは呟いた。ぴたりと止まった時は針の氷原のように刺々しい。

「“こいつを受け入れられる場所がもうないんだ”。世界の、どこにも。お前も分かるだろう? 分かってるんだろう?」

この先には絶望しかない。生きても意味などない。
彼が配置し用意した絶望は、死に至らせるためのもの。
決して、呼吸のたび肺に刺さる鋭い針ではない。生きるために設計されたものではないのだ。
ベルセリオスの言葉に、女神の瞳が一瞬だけ陰る。そして……その鎖が、僅かに緩んだ。

「だから……とっとと捨てろよ、未来なんてさあああぁぁぁぁぁ!!!」

刹那の間隙を縫い、ベルセリオスは留めるよう、懸命に手を伸ばす。
あと少しで手が届きそうなくらいに――――掴めないものをやっと引き留めるかのように――――

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――


231名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:29:06 ID:Lu0ERvdl0
 
232名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:29:15 ID:vJCAEUTf0
 
233黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 75:2010/10/16(土) 22:29:55 ID:+aCYCcq20
ヴェイグは思い切り跳ぶ。剣に暴風を纏わせ、足場に叩きつける。炸裂した風はヴェイグの巨躯を持ち上げる。
墜ちるカイルと昇るヴェイグ。2人は次第に接近していく。
だらりとして動かないカイルの身体に向かって、ヴェイグは両手を伸ばす。
「カイル……ッ!!」
後少し、後少し。指先まで伸ばし切る。
目の前に、影の落ちたカイルの姿が映る。髪は輪をかけてぼさぼさで、全身は傷でぼろぼろだ。
ヴェイグは、掴むことはせず、そっと手を差し伸べた。
開いた掌の上に、カイルの背が重なる。ふっと触れた衣服の感触のすぐ後に、どさりと落ちてきた。
力が入っていない少年の体はいやに重い。
改めて目の前で見てみると、カイルの損傷はひどいものだった。下手に触れれば逆に悪化しかねない。
ヴェイグは少年の身体を慎重に、だが手早く自分の方へと寄せ、抱え上げる。
汗にまみれ、弾性のない子供らしからぬ肌は、とても冷えていた。まるで、脇腹の傷から命そのものをこぼしていっているように。
僅かに伝わる心臓の鼓動だけが、生きていることを伝えていた。
生きている。まだ、生きている。
ここがどんなに命を奪う死の草原であろうと、カイルはまだ生きている。
ヴェイグは意識のないカイルの頭を、そっとぽんぽんと叩いた。
吹き飛ばされかけていた微かな命の灯火を、再び消させることはしない。

しかし、このままでは落ちるばかりだ。
ヴェイグはカイルを抱える手の片方を離し、ディムロスに再び風を纏わせる。
風神剣による跳躍は、風を地面に叩きつけた際の、反発する局地的な気流によって成り立つ。
逆に言えば、大きく跳んでいるのではなく、単に気流に乗っているだけなのだ。

「……カイル……済まない」
ヴェイグは一言謝った。
「……お前は頑張ったな。よく、頑張った。だからもう大丈夫だ」
もう片方の手がカイルから離れる。風を帯びる剣が振り下ろされる。

「俺は死なない。カイル、お前も……死なせは、しない! それが、交わした約束だからッ!!」

ごう、と風が迸る。同時にパキィンという尖った音が聞こえ、先鋭な破片が飛び流れる。
ディムロスは瞳を開け、あらん限りに見開いた。
赤黒い空の中で飛び散るのは、僅かな光に反射して煌めく氷の欠片。ほとんどが粉々に砕けており、星のようにも見える。
欠片は追い風に乗って飛んでくるため、まるで襲いかかってくるようにも見える。現に、ヴェイグの皮膚には真新しい切り傷があった。
だが、これは――――ヴェイグがもう片方の手で少年の後方に発した、氷のフォルスで作られた氷壁の断片だ。
ヴェイグはカイルに背を向けていた。氷の壁に叩きつけられた風神剣のせいで、カイルが風に流されたためだ。
それでも。
それでも、此岸と彼岸の境界線にはまだ届かない。
もう1度風神剣を行う暇はない。その前に地面に着いてしまうだろう。
何かないのか、とディムロスは考える。
ヴェイグは振り返り、カイルの方へと手を伸ばす。必死に伸ばす。生へと繋ぎ止めるように。
左手がカイルの右手首を掴む。そのまま落ちていく。
残り時間は僅かばかり。もう駄目だ、おしまいだ。四度叩いて開けた運命が、涎を垂らしながらまた大きく嘲い出す。

<おいで。辛くて苦しい現実なんて捨てて、こっちにおいで。だからその手を払いなよ!>
「その手、しっかり掴んでおけよ――ヴェイグ!」
234名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:30:06 ID:vJCAEUTf0
 
235名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:30:46 ID:Lu0ERvdl0
 
236名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:30:54 ID:vJCAEUTf0
 
237黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 76:2010/10/16(土) 22:31:14 ID:+aCYCcq20
声に呼応して、ヴェイグはぎゅっと強く手を握った。
決して離さないよう、強く、強く。
例え少年の手首にしばらく痣が残ってしまうようなことになっても、彼は厭わない。
そんなもの、ここで死んでしまうことよりは、馬鹿馬鹿しくて笑えるだろう?
黒い皮手袋が、ぎり、と軋む音を立てる。
手首の先にある少年の手が、僅かにぴくりと、指先だけ動く。
まるで、壁に指をかけるかのように。指に力を込め、壁を乗り越えようとするかのように。

いきたい。行きたい。――――生きたい!

「もし手ェ離したら、お前のこと、初めて軽蔑してやる!」
ヴェイグの身体に、しなやかな蔓が巻き付く。蔓の先を辿れば――発生源である樹のフォルスの持ち主、ティトレイへと行き着く。
蔓は上腕にまで巻き付いていた。そしてティトレイの両手は、綱引きの要領で蔓を掴んでいる。
もちろん、樹のフォルスは便利なものなので、わざわざ自力で引っ張りあげなくても大丈夫ではある。
だから、これは様式美だ。あちらからこちらへと引き寄せる、生きとし生ける現実からの呼び声のための。

「でぇぇぇェェりゃあぁぁぁぁァァァァアッ!!!」

ティトレイがあらん力の限りで蔓を引く。
蔓が波を打つようにたわみ、巻き付かれているヴェイグと手を掴まれているカイルが上方へと持ち上がる。
手にかかる力は相当のものだろう。だが、ヴェイグは離さない。ここまで来て離す理由もなかった。
軽蔑される気もさらさらない。
蔓が引かれ、空の2人は近づいていく。
オールデッドから、首輪が爆発するか否かの、生と死の狭間にあるデッドラインへと。

<ああ、だめだ駄目だダメだ、いくな、行くな逝くな生くないくなぁぁぁああああ!!!>

引き寄せられるのと共に、通り過ぎていく涼やかな大気。
ディムロスははたと気づいた。
風だ。
風が、吹き抜けている。
それは、鳳凰の風の余韻だった。
北からの風が神風となり、追い風となり、カイルの背中を押す。
見えない風の翼が、往けと押し進める。
鳳凰は英雄が誕生した時にのみ現れる――――即ち、この風は新たな英雄への祝福であり、送別。
もしかしたら、北に残った誰かが、カイルが振り返らぬよう吹かせているのか。
いったいそれは誰なのだろう。身を挺してまで帰り道を作り上げた天使か、それとも風を作り上げる源となった両親だろうか。
それとも、少年を支えてきた多くの絆たちか。
例え翼をもがれても、強く織り込まれた綾が大きな翼を作り上げる。
どんなことがあっても尽きない、尽きさせない推進力。それがカイルの強さなのだ。
『カイル、胸を張れ。お前の旅立ちを、多くの人達が見送っている!』
ディムロスは意識のないカイルに届かせるよう、一喝した。
238名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:31:53 ID:Lu0ERvdl0
 
239名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:32:08 ID:vJCAEUTf0
 
240黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 77:2010/10/16(土) 22:32:10 ID:+aCYCcq20
<祝福だと? 送別だと? 馬鹿らしい。
 何だァ? 誕生日のケーキのロウソクをふーっと吹き消すってでもいうのか? んなの、命の灯火くらいでいいんだよ!
 ああいいよ。どうぞ1回生まれ変わってからハッピーリバースデーってロウソク吹き消せばいいよ。だからとっとと終われ!!
 ふざけるな……ふざけるなあぁぁァァァッ!!>

ただ、分かることは1つ。

<――――――彼は、死にはしない>

デッドラインは、始めの一歩を踏み出す国境線に過ぎないのだから。
未来はここから、ここから始まるのだ。
ここに、カイル・デュナミスの冒険譚は始まる。




「戻ってこい。俺は、お前の背を見送りたいんだ」










<ふざけるな、時の紡ぎ手――――――グリューネ、グリューネぇ、グリューネエェェェェェェェェエエエエエ!!!>
力の差を知りなさい、人の子よ。これが――――――――――







渦潮にでも吸い込まれるかのようにティトレイへ接近していく2人。
互いの距離を証明する緑色の綱はどんどん短くなっていく。
少し。
少し。
あと少し。
ティトレイが片手を離し、フォルスを集中させる。
ヴェイグが再びディムロスを構え、風を集わせる。
2人が正面から激突しそうになる、その間際。
ティトレイの手から溢れた大量の葉が。
ヴェイグから放たれた風神剣が。
互いの威力を相殺し、緩衝材となり、ヴェイグの運動を止める。
241名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:32:40 ID:ibfBnY2C0
支援
242名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:32:44 ID:Lu0ERvdl0
 
243名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:32:57 ID:vJCAEUTf0
 
244黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 78:2010/10/16(土) 22:33:32 ID:+aCYCcq20
どさり、と最小限の高さからヴェイグは倒れ込む。
手を掴まれているカイルも一緒に倒れ込む。
手を離し、仰向けになったまま、ヴェイグは星々の浮かぶ空を見つめる。
横になった2人を見下ろすティトレイは、気軽な挨拶でもするかのように、手を額の際あたりに持ち上げていた。
ヴェイグの身体から蔓がすっと消え、やっとヴェイグは大きく、ゆっくりと息をついた。
「よくやったなヴェイグ。それでこそ俺の親友ってもんだぜ」

しかし、隣で横たわるカイルはぴくりとも動かず、ひどく青ざめている。
脇腹の傷から垂れていた血は、既に固まりかけている。流すほどのものもなかった。
「カイル。おい、カイル。起きてくれ」
上体だけ起こしたヴェイグはカイルの身体を揺さぶる。だが身体は小さく横に震えるばかりで、反応はない。
「カイル……?」
更に揺さぶるも、やはり何の返事もない。ぐったりと垂れた全身はぴくりとも動こうとしない。
伏せられた瞼は開けられることはなく――――ただ、重く閉ざされていた。
まさか。そんな。
ヴェイグの中で最悪の予想が過ぎる。いくらなんでも、こんな結末はあんまりだ。
「カイル! カイルっ!」
必死に呼び覚まそうと、ヴェイグは少年の身体を揺さぶり、叫ぶような大音量の声で呼びかける。
ティトレイも立ちすくんだまま、ヴェイグの後方からカイルを見下ろしていた。
ヴェイグは目を細め顔を歪ませた。
このまま、このまま眠ったまま――――――

「――ただいまぁ」

声に意識が引き寄せられたのか、眉間をひくつかせる。
意識を失っているカイルはむにゃむにゃと、寝言でも言うかのように呟いた。
寝返り付きで。
ぷしゅり、と脇腹から命の証明が流れる。

2人は呆然として顔を見合わせる。
その間抜け面といったら、形に残せれば後世にまで残るようなものだろう。
しばらく怠けた顔で見つめ合った後、ティトレイは1度吹き出した。腹を抱え必死に笑いを堪えている。
しかしそれもつかの間、堰を切ったかのように大声で笑い転げ始めた。
ヴェイグは口をへの字に曲げ、何とも言えない表情を浮かべる顔を逸らした。
恥ずかしいのか、僅かに紅潮している。
『アトワイト、お前はカイルの状態が分かっていたはずだろう』
『ええ。でも、あの子ならこうするかな、と思って』
くすくすと笑いながらアトワイトは3人の様子を見ていた。
嫌なマスターに感化されたものだ、とディムロスはため息をつく。

顔を隠していたヴェイグは、もう1度カイルの方へと向く。
いい夢でも見ているのか、寝顔は安らかなものだった。

「……ああ、おかえり」

ヴェイグはそれを微笑んで迎えた。
やれやれ、とティトレイが目線を逸らそうと手元の懐中時計を開き、見やる。
へへ、ざまーみろ――――そう小さく笑った。



【17:59'45】



カイルは、約束を果たしたのだ。


245名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:33:50 ID:Lu0ERvdl0
 
246名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:33:54 ID:vJCAEUTf0
 
247黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 79:2010/10/16(土) 22:34:45 ID:+aCYCcq20
<Turn End>











「って」
何をめでたし、めでたしみたいなムードで収めようとしているのか。
「ヴェイグ! 6時、もう6時だ!」
ぱちん、と懐中時計の蓋を勢いよく閉じたティトレイは、未だに倒れている2人の方へと素早く顔を動かす。
表情は見事に青ざめかけている。
それを見たヴェイグは少しの間思案した後、彼らしくもなく慌てて起き上がり、カイルを背負い始める。
意識を失っているカイルはともかく、状況を把握していないディムロスとアトワイトはさっぱりちんぷんかんぷんである。
『おい、どういうことだ。もうすぐ放送なのだから、大人しく……』
「すまない、事情を話す時間もない」
「とにかく急ぐぞヴェイグ!」
フォルスの蔦を使ってB3に落ちていたミスティブルームを回収すると、ティトレイはアトワイトと2人分の荷物を持ってC3村へと駆け出そうとする。
「あ、いや待てよ。その前に流石にカイルを回復させた方がいいのか? いや、だけどな……」
「村に急ぐぞ。お前よりキールの方が回復は得手だ」
ヴェイグはカイルの脇腹に手をかざし、傷口を凍結させる。そして絶・瞬影迅を発動させ、1人で勝手に走り始めてしまった。
「ちょ、マジかよおいヴェイグ! ふざけんなあ!」
荷物を両手で抱えたままティトレイは叫び、しかし後続した。
『な……! おい、ヴェイグ、ティトレイ!』
ディムロスが声をかけるも2人は黙ったままだった。
だが、確かに今のままではカイルが危険だ。一刻も早く回復させなければならない。性急になる理由は十分だ。
全速力のもう一段先で走る2人の顔面には必死さが張り付いていた。ここまで必死になるなら来なければよかっただろうと正直思った。
全くこういう時に剣という身は辛い。
しかし、走る2人の表情は張り詰めてはいるものの、どこか晴れやかなものだった。
ディムロスは無表情のティトレイと、いつも朴念仁のような面持ちのヴェイグしか知らない。
こんな表情をするのか、とディムロスは半ば新鮮な目で見ていた。
『落ち着いてディムロス。放送なら、私たちが把握しておけばいいのよ』
『そうかもしれないが……腑に落ちん……』
『除け者にされて寂しいだけでしょう』
ふう、と息をついたアトワイトは子犬を見るような目でディムロスを見ていたのだろう。
仮定形なのが幸いだ。実際に見えていたらディムロスは恐らく羞恥心のあまり卒倒している。
「なあ、カイルの状態はどうなんだ」
ティトレイがアトワイトに問いかける。彼女はデータを整理し、現状を弾き出した。
『そうね……まあ、掻い摘んで言えば……。
 両足粉砕骨折、両睾丸破裂、右腕裂傷、左足甲刺傷、背部鈍痛、頬に切り傷と火傷、鼻頭裂傷、
 左手損傷、肩に裂刺傷、腿に裂傷、頭部切り傷、脇腹大裂傷……』
「死にかけじゃねえかそれ!」
『落ち着いて。大声はそれこそ傷に障るわ』
「いやその惨状を自分で言って落ち着いていられるとか、それもどうなんだよ」
248名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:35:00 ID:Lu0ERvdl0
 
249名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:35:17 ID:vJCAEUTf0
 
250黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 80:2010/10/16(土) 22:36:00 ID:+aCYCcq20
ぼろぼろの身体を見ているだけで嫌になってくるが、改めて言葉として定義されると眩暈がしてくる。
幼い少年には余りに多過ぎる、そして似つかわしくない傷の量だった。
正直、本当に、よく生きていると言ってもいいようなものだ。
ティトレイは手に持っていたミスティブルームを見る。
箒草の端々は燃え尽きて灰になっており、触れば簡単にこぼれ落ちていく。
柄の部分もひびが入っており、いつぱっかりと割れ、折れてしまってもおかしくない。
サドルも数々の無理がある運動のせいか、ガタが来ている。近いうちには外れてしまうだろう。飛んでいる時に放り出されては話にならない。
箒を宙に浮かせる仕組みまでは分からないが、これ以上無理を強いれば物理的に全壊する。
「骨折して足が動かせないってことは、これがないとマズいよな。いつまでもヴェイグがおんぶしてる訳にもいかねえし。
 アニーの時みたいに交代交代って訳にもいかねえしなあ……」
走りながら、ティトレイは箒に樹のフォルスを込めてみる。
『それは?』
「箒だって元々は植物だ。俺のフォルスなら直せるかもしれないだろ?」
細かい部分は自分の手で直さなければならないだろうが、箒という「木」そのものは、生命力を込めれば少しは保つはずだ。
現に、ひび割れていた部分は接合が始まっている。それどころか乾燥されている箒草は再び鮮やかな小豆色を取り戻しかけているくらいだ。
柄からは小さな芽も出ている。流石にまずいと思い、フォルスの放出を留めた。
『不思議なものね。何でもできる力なのね』
「それ、フォルス能力者なら誰でも言われるんだろうな」
前方を走るヴェイグが微かに表情を歪めていたことは、誰も気付かなかった。
「けど、この調子なら箒も直せそうだ。……つっても、急がねえと何もかもおじゃんだけどな」
約束の時間は疾うに過ぎている。
だが、何としてでも間に合わせるために。カイルの治療を行うために。2人は更に加速する。





アトワイトはふっと全員を眺める。
気絶しているカイルはともかく、誰も後ろには省みなかった。
誰も、あの地に残されたものに思いを馳せようとはしなかった。
それが彼の願いでもあるから。
アトワイトにはそれが何だか微笑ましいものに思えた。
男というものはそういう生き物なのだろう。
気が済むまで殴り合って、満足したらお互いに笑い合って、別れるときはもう、背中を向けて振り返らない。
正味、ここまでやらなければ満足できないのか、アトワイトには理解できなかった。
けれど、アトワイトにも分かることはあった。後方から、血気盛んに戦う突撃兵を見ていた彼女は分かっている。
何かを背負った背中は雄大で、それだけで声なき言葉を発している。
男は背中で語る。よく言われることだけど、本当にそうだと、アトワイトは思う。
だから、相手の思いを背負った背中を向けるだけでいい。お前の志は受け取ったと、示すだけでいい。
あとは黙って見てやがれ――――全く、男はいつまでも子供じみたものだ。
……ええ、貴方は振り返るなと言うでしょうね。
一人であること。それが貴方の決めた結末であり、強さなのだから。

――――ああ、でも。
でも、私は女だから。
少しくらいは、振り返ってもいいでしょう?
251名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:36:37 ID:Lu0ERvdl0
 
252名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:36:45 ID:vJCAEUTf0
 
253黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 81:2010/10/16(土) 22:36:49 ID:+aCYCcq20
心は弾かれたように、けれども体はゆっくりと、アトワイトは後ろへ振り向いた。
そこには、何もない。
ただ夕日は沈んで、広大な藍の夜空だけが広がっていた。
静かな夜が始まっていた。
何もない。誰もいない。あるのは、そよぐ草原の音だけ。
ふっと気の抜けた、安堵の微笑をアトワイトは浮かべた。
手の掛かる子供を相手にして、観念したときのような笑顔だった。
素直に見送るなんてようなマスターではないと思っていたけれど――――ちゃんと、“見ている”のね。
そういうところでは貴方とルーティは似ているのかもね、とアトワイトは目を伏せた。
妙なところで意地っ張りで、でも本当はとても素直で優しくて、内に譲れないものを持っている。
ああ、素直っていうなら、物欲と金銭欲にはもともと素直かしら。アトワイトは笑いながら訂正した。
やっぱり、よく似ている。欲望の種類は違うけれど、とても素直だったから。
何だ、類は友を呼ぶというのは、こういうことなのか。
(じゃあ、貴方は弟のようなものだったのかしら……駄目ね。貴方のお姉さんは1人しかいないもの。せいぜい近所のお姉さんくらいね)
流石にそれを言ったら笑われるだろう。
夜空に吹く風は冷やされ、刀身をひどく凍えさせる。彼のマナの温かみは、もう心許ない。
『ねえディムロス、ダイクロフトでみんなと別れた時のことは覚えている?』
『ああ……忘れたくても忘れられない。忘れるものか』
『ええ。……あの時はそうするしかないと思っていたし、覚悟も決めていたから、何だか自然に受け入れられたの。けれど……』
言葉を途切れさせたアトワイトは頭を振った。
『駄目。しおらしいなんて、らしくもない。きっと今頃笑われてるわ』
アトワイトは、前を向いた。
剣に伝えられていたマナの流れも既に消え失せていた。今あるのは、鍔に据えられた勲章だけ。
もう、そこに振り返るべき理由はなかった。
貴方の過去は受け取ったから。想いも受け取ったから。強さも、思い出も、ぜんぶぜんぶ、受け取ったから。


だめだった。


(私、泣けないの。どんなに胸がいっぱいで、張り裂けそうでも、貴方のために、涙を流すこともできないのよ)

私は剣だから殴り合うこともできない。
背中を合わせ共に戦うこともできない。
並んで同じ世界を見ることもできない。
がんばったわね、ってこの手で撫でてあげることもできない。

(だから、忘れないで。どうか“おもいで”を忘れないで。私も、貴方のこと、絶対、絶対に)

私には、背負うことしかできない。

『――――忘れないから』

涙を流せないなら、せめてこの行き場のない感情は、心の震えだけは、レンズの瞳を通して届いてほしいと願った。
吹いた風に、彼のマナの香りが微かに燻り、消えていく。
細やかな、僅かな虹色のマナのかけらが、彼女のユニットから朝露のように散っていった。

さようなら、ミトス。
さようなら、姿なき過去の英雄。
さようなら、手の掛かるソーディアンマスター。

これから、この瞳からどうか世界を見守っていてね。




254名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:37:39 ID:Lu0ERvdl0
 
255テイルズ厨Lv8 ◆jPpg5.obl6 :2010/10/16(土) 22:37:50 ID:J8KeC32T0
 
256名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:37:50 ID:vJCAEUTf0
 
257黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 82:2010/10/16(土) 22:38:14 ID:+aCYCcq20
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP3% TP5% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)背部鈍痛 覚悟+ 意識不明 疲労困憊
   頬に切り傷・火傷 鼻頭裂傷 左手損傷 肩に裂刺傷 腿に裂傷 頭部切り傷 脇腹大裂傷(傷口凍結済)
所持品:フォースリング 忍刀血桜 料理大全  首輪 レアガントレット(左手甲に穴) 
    セレスティマント ロリポップ クローナシンボル ガーネット アビシオン人形
    漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ エメラルドリング ダオスのマント 要の紋なしエクスフィア
基本行動方針:リアラに会いに行く
第一行動方針:???
第二行動方針:ヴェイグのことはその後
現在位置:C3・北境界付近の草原

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP35% TP35% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷
所持品:S・アトワイト フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
    オーガアクス 短弓(腕に装着) ミスティブルーム
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:C3村中央広場へ向かう
第二行動方針:ミスティブルームの修理
第三行動方針:ミントの邪魔をさせない
SA基本行動方針:ディムロスと共に在る
現在位置:C3・北境界付近の草原

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP15% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し カイルを背負っている
所持品:S・ディムロス 忍刀桔梗 ミトスの手紙 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:C3村中央広場へ向かう
第二行動方針:カイルを治療してもらう
第二行動方針:カイルに全てを告げる
SD基本行動方針:アトワイトと共に在る
現在位置:C3・北境界付近の草原


*ミトスの荷物、および魔玩ビシャスコアはB3の草原に放置してあります。




258黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 83:2010/10/16(土) 22:39:00 ID:+aCYCcq20
<Turn End.Winner is hope:Grune>








――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――














<GameSet―――――――――――――――Sweep all away in the grave for the Last Game>



259名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:39:11 ID:vJCAEUTf0
 
260名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:39:12 ID:Lu0ERvdl0
 
261名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:40:03 ID:vJCAEUTf0
 
262黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 84:2010/10/16(土) 22:40:09 ID:+aCYCcq20
ソレは、夢を見ていました。
姉と旅をする夢でした。些細なことから生まれた故郷を追われ、新たな居場所を求める夢でした。
長く、辛い旅でした。彼らの内側に流れる血は、彼らの美しき髪の奥に隠れた耳は、その運命を示すのに十分なのです。
遠からず、その時は来ました。食べるモノもろくに食べず、唯一の力である魔術も尽き、たかが野獣の熊に追いつめられたのです。
ソレは、自分より傷ついた姉に守られながら、自らを呪い殺していました。
自分の弱さに、自分達を助けてくれない人達に、自分達を愛してくれない世界に、あらん限りの憎しみと絶望を込めた呪いを。
同時に、ソレは諦めていました。どうせ、ここで生きながらえたとしても、終わりはそれほど変わらないのだろうと。
今日熊に殺されるか、明日人間に殺されるかの違いしかないのなら、今日死ぬ方が無駄がありません。

現実と大差ない、幾度繰り返されようと結末だけは同じ夢。
ですが……今日の夢は、少しだけ違っていました。

「どりゃ!!」
風のような一閃に、熊は倒れ伏します。倒れ行く巨躯と、姉の影からソレは自らを助けた人を知ります。
「ふ〜〜あッぶね。大丈夫だった!?」
姉と自分を助けてくれたのは、自分と同じくらいの年頃の、自分とは違う金色を持った少年でした。

そうして、彼らは事情を聞いたその少年に導かれて、少年の街へと辿り着きました。
都から近くもなく遠くもなく、お世辞にも裕福そうには見えない街でした。
ですが、そこには久しく忘れていた人の温度と生活の匂いがありました。
彼らは孤児院――――少年の家に招かれ、包帯とパンとスープを貰うことができました。
それは決して豪華でもなく、都の水準に比べれば安いものではありましたが、
久しく忘れていた人間らしい食事に、ソレはスープに余計な塩気を混ぜてしまいました。

「もし貴方達が良ければだけど、ここで暮してはどうかしら?
 千年も永く宿木になることはできないかもしれないけど、ほんの少しの間の、羽を休める場所として」

お礼をして足早に立ち去ろうとする彼らを前に、白衣の美しい女性――――少年の母親の姉だそうです―――はそう言いました。 
彼らの中に流れる血は、何れ不幸を呼ぶかもしれない。それを理解した上で差し出された掌でした。
ソレは――――少しだけ迷った後、その差し出された掌を掴みました。まるで刃の柄を握る様に、強く、強く。

後は、語るもつまらない、何も無い日々。
日が暮れるまで、少年や孤児院の子らと遊ぶ日々。
何か役に立てることは無いかと、彼女に手当の仕方を教えてもらう日々。
いつかは此処を出なければと将来に悩み、街の司祭に悩みを告げる日々。
国内の巡察に来た、騎士団の団長に弟子にしてくれと頼み込む日々。
仕方ないとばかりに溜息をつかれ、団長に先生と付いて回る日々。
一緒に孤児院で手伝いをしていた姉に付きまとう隣国の騎士を追い払う日々。
そして――――姉が結婚するのを、涙ながらに見送った日。

びっくりするくらい普通で、どうしようもないくらい退屈で―――――――涙が零れてしまうくらい、幸せな日々。

それは、あまりにも都合の良過ぎる物語。
たったひとつの願いの為に、形の違うパズルピースを無理矢理くっつけて、ぎゅうぎゅうと握り締めただけの物語。
矛盾だらけで、不細工で、歪で――――まるで―――――いいえ、直ぐにでも壊れてしまいそうな雪兎。

でも、こんな果ての果ての最果てまで来なければ、願うことさえできなかった夢の破片。

ソレはそれを抱きしめ続けていました。陽の光に晒されれば直ぐにでも壊れてしまうだろうそれを、
愛おしく愛おしく、融けて散ってしまうその瞬間まで。


263名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:40:45 ID:Lu0ERvdl0
 
264黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 85:2010/10/16(土) 22:41:01 ID:+aCYCcq20
【17:59:45】



そこは、かつて草原でした。
北に海を讃え、東に森を翳す肥沃な大草原。日がな一日、そこでお日様と青空を眺めてぼうっとしていたくなるような、安らかな場所でした。
ですが、今やそこには何もありませんでした。
生気に溢れた緑色は焼け焦げた灰の荒れ野原となり、温かなる日差しは失せに失せていました。
天然の鯨幕がかかった空と相まって、必要以上に厭味でした。
ムスペルヘイムよりは熱くなく、ニブルヘイムよりは寒くなく、ただ暗く、冥いだけの場所。
本当の地獄というものがあるのならば、もしかしたらこういうものなのかもしれません。
既に死に絶え―――――そして今からもう一度死ぬ大地。そこには死以外の何物もありませんでした。

だから、そこに在ったのもまた、死でした。

幹から圧し折れて、二度と花を咲かせられない樹の根の傍にソレは在りました。
肉の形のようでした。頑張れば、人の形も見えたかもしれません。
辛うじて残った様々な色は斑過ぎて今一つとりとめもなく、結局使い古した雑巾のような黒に落ち着いていました。
ただ、その周りに散らばった翅の破片と、力無い白髪に残った髪の色が少しだけ綺麗でした。
その綺麗なものは秒を刻むまでもなく淡雪のように隠れていきます、
綺麗なものを亡くしながら佇むソレは、既に死んでいて、今から死に、これから死ぬだろう何かでした。

白い糸から、汚物が伝いました。そこには濁ったガラス玉がありました。
夢でも見ていたのでしょうか。
顔が無い為、よくわかりませんが、枯れ切った表面がほんの少しだけ歪んだ気がします。

ソレは、木にもたれかかりながら、南を眺めていました。
夜の空に遠く過ぎ去ってしまった渡り鳥を見つめるように。
鳥は……望む樹に辿りつけたのでしょうか。目指す空に、辿り着けるのでしょうか。
羽を失くしたソレには知る術もありませんでしたが、小さな溜息をついてそれを考えることを止めました。
こんなにも真っ暗な空を見ながら出る答えなんて、お先真っ暗しかないのですから。

全てが終ってしまった後に残った此処は、終わる前と変わらない、醜い世界の一部でした。
ですが、今ソレが見る世界は終わる前に比べて、少しだけ星空が輝いて見えました。
夜の黒も、大地の白も、全ては唯の灰色です。
何も変わらないの色彩。ならばなぜ、今こんなにも、世界は美しく見えるのか――――


ソレが本当の意味でモノになるその時でした。ソレの目の前に、光が集ったのは。
凍える月夜の下でも温かく、柔らかい碧の光でした。
それが、ソレの前で集まり1つの形を作り上げます。
その輪郭が完成した時、ソレは痰にも似た驚きを上げました。
265名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:41:21 ID:vJCAEUTf0
 
266名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:42:24 ID:Lu0ERvdl0
 
267名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:42:24 ID:ch0lodI10
 
268黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 86:2010/10/16(土) 22:42:34 ID:+aCYCcq20
(はは………最後に、また、逢えるなんて。なんて、都合のいい夢なんだろう)

それは、女性の形でした。
長く、すらりと伸びた翠銀の髪と凛々しくも優しい佇まい。
そして、全てを受け入れてくれそうな美しい女神ような微笑。
まるで、聖母。それは―――――――彼が四千年をかけて終ぞ辿り着けなかった願いの果てでした。

(ねえ――――聞いてよ。凄い、変な奴に会ったんだ。ほんともう、僕よりも変な奴)

ソレは、横に腰かけた彼女に楽しそうに語りかけます。
四千年分の想いの、どれから語ろうかと思ったのですが……結局、一番新しい想い出をソレは選びました。
頭が可笑しいだの、男のくせに箒に跨ってるなど、とてもとても暑苦しくて鬱陶しかっただの。
喋り立てるソレに彼女は黙って微笑むだけでした。それで伝わっているとソレが信じるには、十分でした。

(それで言うんだよ……俺は、彼女に会いに行く、ってさ)

それは、ソレが聞いた最後の決意。何が起ころうとも二度と覆らない、鳥が空を渡る為の力。
虹の翅よりも羨ましい、紅き翼。
彼女は優しく語りかけました。行けるかしら、と。
ソレは、頬の骨をひくつかせて乾いた笑みを作りました。

(無理だよ、きっと)

その言葉に彼女はソレの方を向きますが、ソレは今までと変わらず、慈しむように空を見上げていました。
どうしてかしらと彼女が問いかけると、それは笑う代わりに堰き込んで、ズタボロの喉で唸ります。憶えてるかな、と。

(前に、言ってたじゃない。主催者が――――可哀想って、こんな事をして喜びを得るなんてって。
 “違ったよ”。“そいつ”は、喜びとか悲しみとか、憎しみさえも、そういう過程は要らないんだ)

そういいながら過去を見つめるソレのガラス玉は、更に濁りを詰めていました。
かつてソレは世界に完全に愛されていたのです。
起こりうることの全てが自分にとって幸せを呼ぶものであり、不幸と呼ばれるものが勝手に何処かに行ってしまうくらいに。
少なくとも、今日太陽が高くにあった時は、そう信じられたのです。神の―――目の前にいる彼女の加護なのだと。
ですが……ソレは、知ってしまったのです。彼女が、そんなことを望んでいなかったことを。
幸せを集めていたのは彼女ではないのです。ですが、誰かがいなければあまりも“収まりが悪過ぎる”。
だからこそ別の“何か”がいると、そう思ったのです。彼女ではない、別の“何か”。
彼女への思慕を、購われぬ太古の後悔を、見えざる糸と括り付けて自分を操っていた“何か”。
この完璧すぎる箱庭を見下ろす玉座を遥かに超えた遠く、遠くの“何か”を。

(“結果だけなんだよ”。結果だけが欲しいんだ。その為だけに、この世界は在る)
269名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:42:41 ID:vJCAEUTf0
 
270黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 87:2010/10/16(土) 22:43:42 ID:+aCYCcq20
運も、必然も、愛も、夢も、絆さえもを材料として、完璧な世界を構築する“何か”を感じずには居られなかったのです。
(それが主催者のことなのか、あるいは運命なんて言う漠然としたものなのかは分からない。
 でも、そいつは結果を意地でも残すつもりだ。時を戻そうが、優勝して願おうが―――全てを無かったことになんて“させる気が無い”のさ。
 それが本当に可能だろうが何だろうが、このゲームの結果は、遺される。
 だからアイツの願いは多分、叶わない。ひょっとしたら、それ以前に―――――――)
ソレはガラス玉の瞳を閉じて、自分のパートナーのことを思い浮かべます。
喪われた彼女の本当のマスター。彼女が愛した刃。その刃の持ち主は彼の父親。“ならば、それらを結ぶ糸の先には”。
そこまで考えて、ソレは考えることを止めました。そこから先は、託した相棒の考えることなのですから。
複雑な皺を浮かべるソレに彼女は尋ねます。ならば何故、あの子に手を差し伸べたのかと。
叶わぬ願いと分かっているなら、未来など残酷なだけではないかと。
(僕には、この夜空に鬱蒼な闇しか見ることができなかった)
彼女の問いに、ソレは皺を歪めました。少し小馬鹿にしたような笑みでした。
少年達の運命が、暗く、ロクでもないものであることなど最初から分かり切っているのですから。

(でも、アイツなら……こんな空さえも綺麗だと言い切れるアイツなら…………何か違ったものも、見えるのかもね)

ソレはそう言って、頸のあたりを淋しげに見つめました。
自分で付けた肉の筋が逆向けのような傷痕ではなく、かつてそれを覆ったスカーフを見ていました。

(ずっと、ずっと心の何処かで思ってたんだ。何で僕なんだろうって。
 アイツだったら――――アイツだったら、良かったのに)

それは、ソレが最初に見た夢でした。
この島で初めてソレが見たのは、自分よりも大きく、自分よりも強く――――自分よりも、姉に相応しい存在でした。
こんな風になれたら、彼女を喪わずに済んだでしょうか。いいえ、喪ったとしても、取り戻すことができたでしょうか。
もし、彼がソレだったならば。世界に愛されたのが、彼だったならば。

彼は護るべき人をニンゲンの手によって殺され、世界を再び憎悪したでしょう。
そして彼は全てを敵に回しても、彼女を蘇らせたでしょう。
ソレよりも強い力で、ソレよりも強い憎悪で、ソレよりも強く強く願ったでしょう。
2人の姫を容易く奪い、この世界の最後の魔王として君臨できたでしょう。
しかして2人の騎士は、あるいはどちらかが、魔王を殺す剣を携えて、死体として剣を献上したでしょう。

そして全てが終わった時――――生き残るのは、たった一人です。
271名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:43:45 ID:vJCAEUTf0
 
272名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:43:51 ID:Lu0ERvdl0
 
273名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:44:53 ID:Lu0ERvdl0
 
274黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 88:2010/10/16(土) 22:45:12 ID:+aCYCcq20
それは、今よりも遥かに完璧な夢。徹頭徹尾他の夢の“存在さえ許さぬ”夢。
そうであったならば、どれだけ安らげたか。どれほどまでに安心して死ねたか。

たった一つ。たった一つ“エリクシールを交換しなかったら”良かったのに。

金色の魔王が紡ぐ眠り姫の物語。その時、その夢は永遠に叶わなくなりました。
“そいつ”は―――――最も完璧な物語の1つを喪ったのです。
“そいつ”は……何を思ったのでしょうか? 
羊皮紙を広げ、羽筆にインクを染み込ませ、書き始めようとした完璧な物語。
その一文字目で筆を止め――――クシャクシャにしてクズ箱に捨ててもう一度書き直した“そいつ”は。
より完璧な1枚目を捨ててまで、何を書きたかったのでしょうか。

きっと、それは―――――――――

どうしたの? と彼女が言うと、それははっとしたようにガラス玉をヒクつかせました。

(多分、要らないんだろうけどね。扉でも無し、宝箱でもなし。本当に何の為のものやら)

それは彼女にそう答えました。
ソレの問いに彼女は少しだけ悲しそうな表情を浮かべましたが、
ソレにはその表情に返せる言葉を持っていませんでした。
少しだけ、一秒にも刹那さえにも満たぬ静かな沈黙が、ソレらを包みました。
沈黙の中、彼女はゆっくりとソレの胸に手を添えます。
そこには、石がありました。
かつてはとてもとても美しく輝いていた宝石だったのでしょうが、今や見る影もなくくすんで汚れた屑石でした。
僅かに残った罅割れた輝きに、彼女は指を這わせます。永く傷ついてきたソレの歴史を、せめてこれ以上傷むことなく終わらせる為に。

(ごめん――――壊さないで)

ですが、ソレは微かな、しかしハッキリとした意思で拒みました。
手も無く、足も無いそれには拒む仕草さえもできませんでしたが、彼女の指先を止めるのに十分でした。

(分かってる。どっちにしたって永くないことは。それでも、少しでも、こうしていたいんだ)

彼女を止めたのは、渇望……いいえ、余韻でした。
数秒後、自分がどうなるのか。その後、不死さえ使い果たしたこの心がどうなるのか。
それを分かっていても、ソレはその想いに抗うことはできませんでした。
この空をもう少し眺めていたい。髄に這う痛みを確かめていたい。
この胸に確かにある夢を、もう少し、もう少し味わっていたい。
遥か遠くに忘れ去ったあの意味を、自分から捨て去ることなど出来なかったのです。


最後に、1つ教えてもらえないかしら。彼女は指先を止めたままそう言いました。
ソレは、答えずただ黙って南の空を向いたままでした。
彼女はソレを抱き締めました。強く、しかし優しく、
傷付きひび割れた表面が柔らかな感触につつまれ、甘やかな乳房の匂いが遥か遠くの記憶を誘います。
275名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:45:20 ID:ibfBnY2C0
支援
276名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:46:03 ID:Lu0ERvdl0
 
277黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 89:2010/10/16(土) 22:46:08 ID:+aCYCcq20
 生きたいとは、思わなかったのですか?
 未来を捨ててまで、貴方は何を願ったのですか?

ああ、とソレは観念したような溜息をつきました。
永劫の果て、ソレが待ち望んで止まなかった安らぎがそこにありました。
本当に、それだけがソレに遺された最後の問いだったのです。

ずっと昔に忘れた、生きるという意味。ずっと傍に在った、支えてくれた人達。
それらを思い出ました。それらを取り戻しました。
死より遥かに尊い、ソレがソレである意味―――――――――それを知ってなお、ソレは“こうなる”道を選んだのです。


先生の願いだったからでしょうか。
彼の愛する人を死に貶めた贖罪の為でしょうか。
理想の続きを、彼に託したからでしょうか。
きっと全てが本当でした。しかし何かが僅かに欠けていました。

(僕が、僕が、夢見たのは。本当に、願ったのは)

きっと、師匠も、相棒にも筒抜けだったでしょう。
それはもっと簡単で、バカバカしいくらい単純で、下らない答えでした。

それは―――――それは―――――――――――――――




 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・
「おまえなんかにおしえてやんないよ、バーカ」




そう言ったソレは―――――昔のように、何処までも不敵にに嗤うのでした。
彼女は―――彼女の幻は、微かに己を振るわせながら一瞬悲しそうな表情を浮かべ、
しかし、直ぐに穏やかな笑みを浮かべました。それでこそ、それでこそ貴方は貴方であり、彼女の手など必要なかったのだと。
ソレにはもう何もいらなかったのです。全てが、その朽ち果てた骸の中に満たされていたのですから。

ソレの意思に応えるように、彼女の体が再び淡く碧い光に包まれて粒のように波のように散って行きます。
救いも、同情も、施しも――――彼女がソレに与えられるものなど、無いのですから。
ですから最後に彼女は、消えゆく指先をスウと真横に伸ばしました。
ガラス玉の瞳が、その指し示す先に視線を這わせます。

今更、この瞳に映すものなど何もないのに。一体、何を―――――――――――


278名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:46:10 ID:vJCAEUTf0
 
279名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:46:57 ID:Lu0ERvdl0
 
280名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:46:58 ID:vJCAEUTf0
 
281黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 90:2010/10/16(土) 22:47:14 ID:+aCYCcq20
【17:59:58】



それは、線でした。
天と海を分かつ一本の線でした。
太陽の僅かな頭がその線の奥に沈もうとする瞬間でした。
清々しき青空は疾うに失せ、燃え盛るような夕日も失せて、全てが闇に満たされる刹那でした。

雲が、白く燃えていたのです。線に隠されてなお輝く炎が、空を照らしていました。
天海の境に近ければ近いほど白く紅く、遠ければ遠いほど黒く蒼く。
黒染の夜空もまた木目細かいグラデーションで紫の虹を浮かべています。

天が、白く輝いていました。
海が、黒く輝いていました。
大地と世界が、光と影に満たされていました。
昼と夜の間に、生と死の境に、全てが其処にありました。

光が、ソレを包みました。光源を失った狭間に映るのは一瞬だけの、弱い光です。
ですが、弱いからこそ影を作ることなく世界を光に充たしています。
白い翼だけでは得られない光。漆黒の死郷では見ることも出来ない完全なる美。
かつてソレが目指した遥かな理想、全てが一つになった世界……存在しない世界。
それは、確かに在ったのです。
一つになっては決して届かぬ、狭間が無ければ決して辿り着けぬ――――――――
その一瞬が永遠に続くかと思いたくなるほどの、黄金の王国でした。

とくん、とくん、とくん。

これは最後の光でした。
昼は黄昏を経て夜へ。輝きは昏がりに隠れ、これより逢魔の闇が世界を覆います。
生は送別を以て死へ。その輝きは死ぬ前の命の光であり、その煌めきは燃え尽きる魂の色彩でした。
全てが終わる神々の黄昏に相応しき、黄金の断末魔でした。

カチ・カチ・カチ。

ソレはその光をただじっと、覗きこむように見ていました。
歌劇のクライマックスが終わり、少しずつ黒幕が降り始めた真白き舞台を少しでも長く楽しむように。
既に最終楽章もアンコールも済んでしまい、鼓膜の破れた耳に入るのは秒間一拍の音律だけ。
この光が終わった時、その音が途絶えた時、ソレは終わります。

パチ・パチ・パチ。

ですが、その優しい光を浴びたガラス玉はとても優しく輝いていました。
終わりの光を受けて爛々と。死を告げる心音は、喝采の拍手を続けています。
そこには慈悲も救いも無く、故に一切の悔いも未練もありませんでした。
彼女が最後に、指差したものが分かったからでした。

どうして、こんなにも世界が美しく見えるのか。だって、
どうして、何もかもを失って、充たされているのか。それは、




「なんだ。もともと―――――――――――――――
黄昏のくせに、まるで――――――――――――――


282名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:47:45 ID:vJCAEUTf0
 
283黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 91:2010/10/16(土) 22:48:10 ID:+aCYCcq20
【17:59:59】



蒼穹を抜けて何処までも高く拡がる青空に、鳥が飛ぶことを楽しんで鳴いていました。
暑過ぎず寒過ぎず、風は適度に湿り、昨日の雨が上がった大地は踏みしめ易く、絶好の旅日和でした。
そんな田舎街の入り口で、ソレは自分の故郷を見ていました。
一日経ったでしょうか。千日経ったでしょうか。
初めてこの街に来たときのように見つめた景色は、相も変わらず貧乏臭く元気しか取り柄のない素晴らしい街でした。
不意に、空を見上げます。一つの月と一つの星が浮かぶ青空にソレは苦笑いを浮かべました。
あの大きな星のように、自分の故郷はこの大地に無いと思った頃を思い出したのでした。
随分とこじんまりした故郷だったなあ、とソレは気恥ずかしさから笑いました。
笑いの止まぬうちに、ソレは踵を街の外へ向けます。これ以上懐かしんだら、もう暫く留まりたくなると分かっていたからです。

「おい、待てよ!!」

馬鹿臭い呼び声に、ソレは心底鬱陶しそうな顔をしました。
せっかく黙って出てきたのに、なんと間の悪いことでしょうか。
いっそ他人と無視してそのまま進もうと思いましたが、どうせ追い付かれると分かっていたので、ソレは声の主を待ちました。

「ぜえ、ぜえ……………俺、聞いて、無いぞ…………おま、今日、あびに、どぅる……って……」

それはそうだよ、だってお前には言ってないから。
そう言いながら、それは手持ちの水筒から水を差し出しました。
水は一人分しかなかったのですが、どこかで汲めばいいと思ったのです。
「どうして、あがぼがぼど、ざんも、まおぶ、るさんも、ぶっはぁ、お前のこと……」
とりあえず、飲むか喋るかにしとけよとソレは思いましたが、面倒なので口にはしませんでした。
勿論、彼が我先にと爆睡に入ったのを見計らって、彼女達には今日のことを伝えてありました。
二言、三言僅かな灯りの中で話をして、今日が来ました。
もう翅の傷は癒えたから、羽撃たこうと思ったのです。

「でも、お前、姉さんのこと―――――」
いいんだよ。それはもう、叶ったから。

ソレがそう言えば、流石な彼の鈍い頭でも理解することができました。
あの指輪が姉の薬指に入った時、小さな教会で憂い一つ無いとびっきりの笑顔を見たときに、そう思ったのです。
だから……今日、この時を迎えることが出来たのです。晴れ渡る青空に巣立つ、今この時を。
284名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:48:26 ID:vJCAEUTf0
 
285名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:48:38 ID:Lu0ERvdl0
 
286黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 92:2010/10/16(土) 22:49:27 ID:+aCYCcq20
「何処に……行くんだ?」

彼は神妙な顔をして、そう問いました。恐らく、彼もいつかは旅立とうと思っていたのでしょう。
それをほんの少し先に越されて、定まらない心を定めようとしているかのようでした。
さあね、とソレは空を見上げながら言います。
先生の後を追って騎士団に入るもよし、散らばっているであろう未だ見ぬ同族に会いに行くも良し、
敢えて……あの森に一度帰ってみるのもいいかもしれません。
眼前に広がる草原には、道などありません。だから―――――――何処にだって、いけるのですから。

もう一度……英雄になってみるのも、悪くないかな。
「え゛、ちょ、おま、待て。待ってったら!! それは俺が先! 俺が先になるんだよ!!」

冗談めかしてソレが言った言葉に、彼が取り乱したかのように叫びます。
コレだから莫迦は飽きないのです。いっそ、彼が悔しがる様を見る為だけに目指してみるのも、面白いかもしれません。
人よりは永く、しかし確かに限りある命。使い切らなければ、勿体無いじゃないか。

「くっそー、負けるもんか! 見てろ。俺は、必ず英雄になってやる。誰も見たことのない、本当の英雄に!!」
そう。じゃあ、精々頑張りなよ。無様な所だけはばっちり見ておいてやるからさ。
「うわあ、すげえムカつく」
そういってソレと彼は笑いました。バカバカしく、しかし確かに聞き届けたと認め合う為に。
笑い声が途絶えた時、ソレと彼は黙って背中を向きました。
この青空が青空で在るうちに旅立たなければならないのですから。

一羽の鳥が、空を楽しそうに泳いていました。
「――――――あんな風に、空を飛んでいけたら、楽なのにな」
そうでもないよ。二本の足で歩いて行くのも、悪くないさ。冒険なんだから。

「また、逢えるかな」
さあね、分からないよ。冒険なんだから。だから、こう言っておくよ。

さよなら。
そういって、ソレは歩き始めました。陽の沈む方へ。夜の行く方へ。
ですが――――最後に、もう一度だけ、彼は言いました。

「違うよ、ミトス。こういうときは、こう言うんだよ。俺達、まだ子供なんだからさ」

彼の一言に、ソレは――――――“少年は”思い出しました。
ああ、そうだった―――――――――――――そんなことも、忘れてた。
287名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:49:37 ID:vJCAEUTf0
 
288名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:49:46 ID:Lu0ERvdl0
 
289黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 93:2010/10/16(土) 22:50:32 ID:+aCYCcq20
少年達は別れました。
彼は陽の沈む方へ、彼も陽の沈む方へ。誰にも彼にも等しく黄昏が来ます。
だから彼らは言うのです。了解でもなく、約束ですらない、唯の言葉を。





「「また、明日」」





黄昏を越えた夜の、その先にこそ―――――――――――――黎明があるのですから。





290名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:50:59 ID:vJCAEUTf0
 
291名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:51:06 ID:Lu0ERvdl0
 
292黎明の英雄−Schicksals Symphonie− 94:2010/10/16(土) 22:52:29 ID:+aCYCcq20
そこは、かつて草原でした。
北に海を讃え、東に森を翳す肥沃な大草原。日がな一日、そこでお日様と青空を眺めてぼうっとしていたくなるような、安らかな場所でした。
ですが、今やそこには何もありませんでした。
生気に溢れた緑色は焼け焦げた灰の荒れ野原となり、温かなる日差しは失せに失せていました。
鯨幕は取り払われ、役目を終えた斎場の灯りは閉ざされました。
ムスペルヘイムよりは熱くなく、ニブルヘイムよりは寒くなく、ただ暗く、冥いだけの場所。
本当の地獄でした。既に死に絶え―――――そして今もう一度死んだ大地。
そこには死以外の何物もありませんでした。


だから、そこに在ったのもまた、死でした。


僅かな温もりの幻も、思い出せぬ彼女の柔らかさも、失せてしまうのは瞬きの間のことでした。
後は、何も在りません。何も残らず、何も遺さず、ただ砕けた破片と頸の無い骸が在るだけです。
埋められず、燃やされず、啄ばまれず、乾かず、吊られず、ただ在るだけです。

此処には、死しかありません。
だって、生けるモノは、ここにはもう無いのだから。









ミトス=ユグドラシル、墜ちる黄昏に駆け抜けた始まりの英雄よ。
どうか安らかに―――――――――――――――いつか、いつか来ると夢見た黎明まで。









【18:00:00】



【ミトス=ユグドラシル 死亡確認】





293名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:52:51 ID:vJCAEUTf0
 
294名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:52:58 ID:Lu0ERvdl0
 
295名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:53:38 ID:vJCAEUTf0
 
296名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:55:27 ID:ch0lodI10
 
297黎明の英雄−Schicksals Symphonie−:2010/10/16(土) 22:55:40 ID:+aCYCcq20
これにて、投下終了です。支援のお陰もあり、さるさんもなくスムーズに10ヶ月ぶりの投下を終えることが出来ました。
長時間ご協力ありがとうございました!
298名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:57:23 ID:Lu0ERvdl0
執筆お疲れ様でした。
……すげえ。それ以外に言葉が出てこない。ただすごいと思います。
こんな話がリアルタイム読めて、ほんとうによかったです。
読ませていただいて、こちらこそありがとうございました!
299名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:58:33 ID:EjusyX5CO
いやぁ……何と言うか圧倒された……!
超乙!!
300名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 22:59:51 ID:vJCAEUTf0
よく書いた、よく描いた!
これを読むためにずっとこのスレで待ってたんだ!

さあ、もう一度じっくり読むぞ!
301名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 23:04:55 ID:ibfBnY2C0
投下乙!!
ミトスが見た夢が切なくも優しいものなのにグッときた
そして舞台裏の勝負も一区切りついたようだが……
これからどうなるのかますます楽しみです
302名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 23:08:09 ID:WKw8WZ5y0
執筆及び投下お疲れ様です
言いたいことはいっぱいありますが言葉にできません
ただただ圧倒されるばかりでした

ありがとうございます
303名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 23:12:12 ID:ch0lodI10
なんだろな
最後にミトスが見た黄昏じゃねえけどさ
すんげえ綺麗な画を幻視したんだ
カイルが飛び続け、ヴェイグたちが受け止めて、アトワイトが振り返り、ミトスが夢をみる
そのすべての光景が夕日と黄昏を背景にまじましと再生されてったんだ
本筋だったのはこれまでの過去やフラグを元にした論理と絆を組み合わせた物語だったはずなのによ
ただただただただ理屈じゃ説明できない綺麗さがあったんだ……

投下乙
これは紛れもないミトスの最終回だった
やばすぎるって、なあにあのクルシス四大天使プラスアルファ総出演
クラトスらは元よりミントやダオスん件も反則だろ
デモンズランス他が貫いたのはむしろ俺の心だったぞ、GJ!
304名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 23:15:51 ID:bw1rN+Pm0
投下乙です!!!
うまく言葉が見つからないですが本当に良かった!
決着もだが絶望的だったミトスの救済が読めるとは…
最終クールに向けてどう動くか楽しみだ
最後にもう一度お疲れ様でした
305名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/16(土) 23:16:37 ID:EjusyX5CO
投下乙と言うよりも、ありがとうと言った方が正しいな
最高の作品を読ませてくれてありがとう!!
306名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/18(月) 12:32:47 ID:4Y9b7voSO
うまく言葉にできないけど……執筆お疲れさま!
素晴らしい話を本当にありがとう!
307名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/18(月) 20:19:32 ID:vb7Ki5ir0
しかし、いい話であると同時に少し恐ろしい話でもあるな。
サイグロの「駒の追加申請を〜」って、逆にいえば申請したら追加できるってことだろ。
まさか五聖刃とか残りの四聖とか出てくるのか……
308名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/23(土) 17:24:26 ID:spFxsJSg0
さすがにそれはスレのルールに抵触するんでアウトでしょう
ただの演出だと思うよ
309名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/24(日) 13:33:40 ID:fLNwh/DE0
主催側の戦力のことならルールに抵触しない可能性もある。
なんにせよ、会場の中の戦いはほぼ終息したから流石にミクトランも動いてくるだろう。
どうなることか。
310名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/24(日) 23:29:09 ID:PKKdV0J10
久しぶりに来たら投下されていた・・・作者さん超乙。
しかし、これから先の展開が全く読めないな。
とりあえずミクトランはどう動くかだな。
311名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/24(日) 23:35:37 ID:KzKRGDdN0
今回のSSの名言ってなんだと思う?いいセリフがめっちゃ多いけど。
312名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/25(月) 14:08:31 ID:1E12gdg6O
グリューネが禿げ上がるほどカッコいい

>名言
「……ッワケねぇだらぁぁあぁああァァァァッ!!!」
に一票
313名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/25(月) 19:59:43 ID:SwtW8VhK0
>>312
あれは良い探偵という名の変態だったw

>名言
「――――――――――――――――約束を、果たしに」

ごめん、正直登場するまでヴェイグのこと忘れてたw
314名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/26(火) 01:07:28 ID:WRTHoucG0
                          |   |
                          | 絶 |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
                          | | |
その後、かれの行方を知る者は、           | | |        誰もいなかった――――――――――――――
                          | | |
                          | 瞬 |
                          | ・ |
                          | 影 |
                          | ・ |
                          | 迅 |
                          | ・ |
                          | ッ |
                          |   |
                          | ! |


に一票w
名言とはちと違うかもだが演出も相まってすごく好きだ
315名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/26(火) 01:56:55 ID:0+vAN4aA0
「ーーーーーーーーーーーーーーありがとう!」
とかよかったなあ。ミトスかっけえ…
316名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/27(水) 03:43:16 ID:5AWnjB0n0
セリフも地の文も名言多すぎて選べないけど
一番胸にきたのは

「時よ止まれ、未来は美しい――」

だった
317名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/28(木) 19:48:11 ID:eH5IzI6O0
>>316
ああ、そのセリフは確かによかったな
うん、なんていうか、そのセリフこそ美しい
318名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/28(木) 23:22:12 ID:VtpPNZOP0
元ネタの意味は「止まってくれと思うほど、お前(今この瞬間)が素晴らしい」って意味なのにな。
ミトスは、この瞬間じゃなくて未来が素晴らしいっていってるんだよな。
ミトスがどれほど未来に賭けて信じたかが伝わる台詞だ。
319名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/30(土) 20:28:09 ID:LkKVufHjO
今読み終わった…書き手さん乙です!

書き手さん凄いなとか超大作すぎるとか、言いたい感想が色々ありのに言葉にならない。
あとミトスがかっこよすぎて鼻水出た

とにかく、書き手さんありがとう!
320名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/03(水) 03:52:27 ID:cU8pOcy4O
保守
321名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/07(日) 19:12:29 ID:wfRZS0ZxO
保守
322名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/11(木) 07:34:14 ID:TOYa2kGU0
保守であります
323名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/11(木) 23:27:16 ID:GCoq4U130
お待たせしました。明日21時より投下いたします。
お手隙の方がおられましたら、支援のほどよろしくお願いいたします。
324名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 00:33:48 ID:S5tySjQK0
>>323
了解しました!
正座でお待ちしています!
325名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:10:03 ID:Mj69Jrdw0
こんばんは。書き手の者です。
大変申し訳ありませんが、リアルの事情のより、30分遅れて投下させて頂きます。
準備してくれている方がいましたら申し訳ありません。
もう少々お待ちください。
326名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:10:59 ID:c4kulHLI0
了解いたしました。
ネットよりリアルのが大事なので、どうか焦らず。
ゆっくり待たせていただきます。
327名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:34:31 ID:Mj69Jrdw0
すみません、お待たせいたしました。
これより投下を始めます。
328End of the Game -prologue!!- 1:2010/11/12(金) 21:36:01 ID:Mj69Jrdw0
強く振り下ろされた握り拳は、その一角を粉々にするのに十分な威力だった。
左上隅A1から数えて右に1つ、下に2つ。
そこはB3と呼称される、いや、されていた位置だった。
見るもの全てを魅了する局地戦が繰り広げられたその場所は、今やその痕跡を思い返すことも出来ぬほど破壊されてい

る。
頑と打ちつけられたベルセリオスの拳が、そのスクエアの全てを覆い尽くしていた。
ベルセリオスがゆっくりと拳を持ち上げたそこに残っていたのは、ただの残骸のみ。
四肢がもがれて、首の部分を真っ二つに叩き割られた駒だった。
ベルセリオスはそれを見てまだ足りぬと舌打ちし、握り拳の中から親指だけを伸ばした。
どれほどに労力を掛けたかも分からぬほど煌びやかな虹の翅が指で丁寧に押し潰される。
飴細工のような虹色の薄羽も余すところなく、パリパリと破片となっていく。
胴体部分も余すところなく負荷を与えて、日々の割れている所から爪を立て、ぐりぐりと抓るように捻るように破砕し

ていく。
彼の非力な筋力でも、損傷著しかったそれを砕くには十分過ぎた。

ベルセリオスが感情を抑制できる程度になって拳を戻したとき、
かつて天使と呼ばれた美しき駒は、今や無残そのものにまで粉砕されていた。

「……楽しいですか?」
その光景を対面より見ていた女神は、不快を露わにその性根を問いただした。
つい先ほどまで酷使に酷使を重ねていた駒に対する報いとしてはあまりにも酷すぎた。
「楽しい? ハァ?」
手に残ったゴミの粉末をもう片方の手でパンパンと打ち据えて払いながら、ベルセリオスは疑問符をことさら強調して

言った。
「楽しくないの問題じゃない。禁止エリアに残った駒を砕くのはルール、義務だ。咎められる謂われはない」
「咎めつもりもないのですが、そう聞こえましたか」
ベルセリオスは鼻を鳴らし、背もたれにがっぷりと体を預ける。
先ほどの激闘の傷は何処へ消えたか。その姿はあの戦いが始まる前と何一つ変わっていない。
しかし、姿形に変化はなくともコメカミが窪むほどに指で抑えつけられた頭痛の仕草、盤上の結果まで消えることは無

い。
冗談も余裕も見られないその言葉は、彼がこの盤上の結果に対して心底不愉快を持っており、
同時に、この局面を覆す方策を持たないことを示していた。
炎剣―――――否、ついに英雄と成ったその駒を即座に殺す手段はもう失われた。
どう足掻いたところで、そこに再び持っていくには手数もメリットも無さ過ぎる。
疑う余地は無い。この戦局の勝者は、ベルセリオスの対面する下座なのだ。

「やってくれたね……決して過小評価をしていたつもりはないんだが」

最後に大きく意気を吐いて怒気の熱を放出したベルセリオスは、改めて対面の女性に向き直った。
後ろでポニーテール状に束ねられた銀の髪は涼しげで美しく、肌は妙齢の女性特有の艶めかしさと瑞々しさを兼ね備え

ている。
黒いブーツとニーソックスと白のスカートの狭間にある領域は本当の意味で絶対的。
一般的な成人男性ならば誰もが一度は獣性を解き放ちたつ夢想を抱くだろう母性の象徴たる双丘は、
仕立て屋に惜しみない歓声を上げたくなるようなベストサイズの蒼い衣でぴつちり包まれている。
神代の造形師が作り上げた貴婦人の絵画が、そのまま額縁から飛び出てきたような完成度の高さ。
社交界に出るような正装を身に纏う美貌は、紛れもなく美の女神・ヴィーナスのそれだった。
329End of the Game -prologue!!- 2:2010/11/12(金) 21:38:43 ID:Mj69Jrdw0
だが、ベルセリオスが評価しているのはそんな表面的な数値ではない。
およそ人間としての常識から逸脱しているこの男にとって、性欲などあって無いに等しい生理現象に過ぎない。
今この男の眼を捉えてやまないのは、その女神の「眼」だ。
凛々しく、毅然と張りつめたその瞳は持ち主の高い知性を現わしている。
この眼がこの盤上の全てを読み取り、その知性がこのベルセリオスから(限定的とはいえ)勝利を勝ち得た。
今や下座のその卓越とした戦略眼は、神の眼と呼ぶにふさわしい。

「ぐふふふふっ、この私が神の眼にねめつけられ、追い回されてるなんて。素敵な皮肉だ」

ベルセリオスの挑発など眼もくれず、彼女はベルセリオスの瞳を見つめていた。
言葉にて揺さぶり、その反応から次の手を図ろうという思惑さえも見透かされているかのような瞳だった。
何物にも因らず輝くその太陽の眼にベルセリオスは疎ましさを覚えるしかなかった。
「――――――――――でも、君も酷い」
ベルセリオスの口から、自然と言葉が出ていた。反射的に口元を抑えつけようとする手を手摺に押さえつける。
それは眼前の女神を穢したいという衝動だったか。否、陰らせたいとベルセリオスは自覚した。
強い日差しを浴びて手を額に立てるように、少しでもその光熱量を遮る雲が欲しいという子供じみた反応だった。
「何がですか?」
「ボロボロの天使を、あそこまで酷使して。最後なんて見ていられないくらいに無残滑稽、ボロボロの襤褸っかす。
 あれだけの力がまだ残ってたんだ。その最後を、安らかに眠るだけの体力位はあったはず。
 それを、英雄を逃がすためだけに踏み台にした。これを酷いと言わずなんという? 文字通りの酷翅じゃないか」
ベルセリオスの言葉に、彼女は震えを見せなかった。だがその瞳の光が僅かに曇るのを、ベルセリオスは見逃さなかった。
たったそれだけのことが、彼にとっては慰撫となる。影そのものである彼にとって、陽の光は有害そのものなのだから。
「『それはお前ががやったことだ』なんて言わせないよ。僕は確かにその肉を食べて、皮を剥いでそれを売った……でも“そこまでだ”。
 墓に埋める骨は残したんだ。それを、バラして崩して擂り潰して畑に捲いたのは――――――貴女じゃないか」
何かを言い返そうとした下座の機先にカウンター。ベルセリオスの皮肉がその頭を押さえる。
詭弁であることは百も承知。だが、その詭弁もまた一つの真実である。
天使の駒の性能を100とすれば、その99%を使用したのは確かにベルセリオスだ。
だが、その最後の1つを使ったのは……紛れもなく、対面の彼女なのだ。
「ああ、いやいや、誤解しないでほしい。私は別にそこを責めるつもりはないよ。むしろ誉めているとさえ言っていい。
 まったく、これっぽっちも。女神グリューネ、貴女はこの戦いの法を誤解していない。その点を私は高く評価しているんだから」
両手を上げて竦むかのような彼のポーズの内訳は冗談四半分、敬意四半分、侮蔑が半分だ。
「いやね、今までの私の相手は、その辺りをどうも理解し切れていなかったみたいでね。
 やれ正義を貫くだ、理想が大事だとか、悪い敵には容赦しないとか、こんな催しには乗らないぞ!……とか。
 打筋は千差万別なんだけど、とりあえずゲームに乗らない行いイーコール正しい行いで
 ゲームに乗る行為イーコール主催の言葉を信じる莫迦の所業、って感じのさ。なんていうか、ガチガチに凝り固まってたんだよね。
 安易に人殺しに走らないのは素晴らしいことで、そんなマイノリティを貫く自分は環境に縛られていないイケテる奴で、
 勧善懲悪万歳三唱、こんな催しを行う主催者や乗る悪は滅びて当然万全……みたいなね」
それが彼女に“効く”と気付いた彼は眼を細め遠くを見るようにしてかつての戦いを振り返った。
生き残りたいと願う意思、高潔にあらんとする魂、気高き獣の感情。全ての願いが坩堝と化したあの窯を。

「“その式が本当に証明されているか”―――――その確認さえもせずに、ね」

その窯の煙を、穢れていると彼は吐き捨てた。
もうこれ以上犠牲を出したくないと誰かが言った。一体何人以上かも明記せず、その数は常に現在人員と一致する。
脱出には首輪を解かねばならないと誰かが言った。ゲームに乗って殺すのは駄目だが、ゲームに反抗して殺すのはいいらしい。
マーダーは殺すと誰かが言った。彼の世界には鏡が無いらしい。
命懸けで守ってくれた人の意思を継ぐと誰かが言った。その重量を秤で量ったこともないくせに。

かつて彼の対面に座った存在達が次々と放った“希望的一手”を思い返す。思い返して――――――――――腹が捩れた。
330名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:39:41 ID:c4kulHLI0
 
331名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:40:25 ID:c4kulHLI0
 
332名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:40:50 ID:498148YYO
支援
333End of the Game -prologue!!- 3:2010/11/12(金) 21:40:52 ID:Mj69Jrdw0
「どいつもこいつも屑だった。あいつ等はなァんにも分かっちゃいなかった。
 結局さ、どんなキレイな言葉を紡ごうとさ、やることは結局殺人でしか表現できないんだよ。
 否、はっきりと認めなければならない。“この戦いはどの陣営だろうが人数が減らなければ勝利にたどりつけないことに”」

下座の表情が、そうと完全に分かる形で陰ったことを確認してベルセリオスは内心狂喜した。
そうなのだ。誰か一人が優勝する場合に、人数を減らさなければいけないのと同じく、
主催に抗う場合も“首輪調達役”を殺し、対「対主催」を排除しなければならない。
マーダーを首輪調達役にすることや、対・対主催を対主催にひっくり返すことで殺傷人数を減らすことはできる。

“だが、ゼロには出来ない”。誰かは死ななければならない。

つまり、対主催であろうが優勝狙いであろうが、生存優先だろうが対主催・優勝のダブルスタンダードだろうが、
そんなものはポーンかナイトかルークかという微かな違いでしかない。意味を極限まで還元すれば、全ての駒の役割はたった一つだ。

「駒の仕事は愛とか正義とか夢とかを嘯くことじゃない。他の駒を盤上より墜とすこと。殺されるか、殺すか―――――それしかない」

マーダーが対主催を殺そうが、対主催がマーダーを殺そうが、駒が一つ墜ちるという事実に影響は無い。
“殺意の内容、即ち動機や過程はそれがどうであるに関わらず、殺害という結果には影響しない”。
ベルセリオスの思惑がなんであれ、彼女の想いがなんであれ……それは駒の消失という形でしか表現されないのだ。
結果とは、つまり残り人数。そしてそこに対主催・マーダーなどと言ったカテゴライズは無意味だ。
「この時点で証明可能なんだ。対主催・マーダーといったカテゴリはこの盤上では全く意味を成さない。
 手番が代わったらあっという間に白黒ひっくり返ってマーダーが対主催に、なんてザラにあるしね。
 だから私と君を分かつ境界はその線引きじゃない。言っている意味、分かるよね?」
このゲームは、二つの陣営がそれぞれの駒を用い己が勝利条件を達するために戦う。
チェスにも似た高度なボードゲーム。だが、チェスと違う点が一つある。
この世界の駒は……“灰色”なのだ。黒と白の境界を曖昧にした灰色の駒たちは、どちらの陣営なのか一目には分からない。
いや、そもそも陣営と言う概念があるのかさえ疑わしい。人の心の全てを知ることができないように、彼ら駒の本当の色は誰にも分からない。
ただ一つ分かっているのは、灰色の駒しかないこのゲームで彼らに動かせない駒は殆どないということだ。
「全ての駒を守りながら勝てるチェスなんて存在しないし、そもそんな動かし方をするプレイヤーも居ない。
 絶望を紡ぐ私が必要に応じてマーダーを殺すように、希望を紡ぐ君達も必要ならば対主催を殺す。
 誰も死なせない、これ以上の犠牲は出させない。盤上で吐き捨てられる理想は、偽善を通り越して滑稽だ」
ベルセリオスは瞳を閉じて過去の棋譜を思い返す。
グリューネを苦しませることのできる逸材は無かったかと考えて、一つ丁度良いモノを思い立つ。
天上に反逆せし騎士。その息子の番いを、そして英雄を待ち望んだ聖女を護るため己が命を賭して崩壊する城より救いだした男。
彼の末路は悲劇に満ち、だがそこに遺されたものは希望に輝いていた。

「いるんだよねえ。ここは俺に任せて先へ行け、とか命を尽くす行為を美談にする奴って。
 あんなもの、唯の戦術だ。使えない駒、先の展望無き駒を自陣から排除するのは当たり前の話だというのに」

だが、そんな光の美しさはベルセリオスの視点から見れば唯のサクリファイス――――基本的な戦術でしかない。
TPが底を突いて今後の戦力として期待できない死駒を生贄に、残りの駒を護った。ただそれだけの一手。
山積する色々な事象も、分解して整理すれば似たようなものだ。
例え弱い駒でも、その死は戦略に乗せることができる。弓使いの妹はその代表例と言ってもいいだろう。
生きている内はポーン以下の塵芥でしかない屑駒も、死ぬことでベルセリオスやグリューネの役に立つことができるのだから。
334名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:42:02 ID:c4kulHLI0
 
335End of the Game -prologue!!- 4:2010/11/12(金) 21:42:02 ID:Mj69Jrdw0
「どちらの陣営もやることは同じなんだ。敵を排除し、使えぬ味方を排除し、己が望む結末を紡ぎだす。
 私たちは、善悪によって分かつことはできない。望む結末が希望だろうが、絶望だろうが……“酷くなければ勝てない”のさ。
 だから、私は君を拍手喝采で誉めたたえよう。君は今までのプレイヤーの中で最高だ!!
 蒼翼や天使を死地より救いだすのではなく“極限まで酷使することで”その他の駒を全て生かしたこのC3村を巡る局面は見事に尽きた。
 時の紡ぎ手。君はこれまでで最高のプレイヤーであり―――――――――――最ッッッッ高の屑じゃないかッ!!」

人の心に色は無い、と言ったのは誰だったか。
ベルセリオスはふふん、と陰鬱な笑みをニタニタと浮かべていた。
その眼には生者死者問わず盤上を蠢く駒が映っている。だが、そこには何の色も浮かんでいなかった。
地に這い蹲る駒の視点では赤いほどに迸る熱さも、宇宙より高いこの場所には届かない。
白い駒だろうが黒い駒だろうが、灰色の駒の動かし方は同じ。
ならば希望だろうが絶望だろうが“えげつない指し方”が出来る方が勝つのは言うまでもないのだから。

その胆の裏側にあるヘドロを吐き終えたのか、ベルセリオスは僅かに腰を椅子に沈めた。
所詮、上澄みだけを見て綺麗などと嘯く偽善者の行為などその程度なのだ。
こんな風に嘲れば、一笑に附されてしまう程度の浅薄な藁ぶきの家だ。
さて、家を吹き飛ばされた哀れな子豚はどんな怯えた面を見せてくれるのか。
ベルセリオスは相手の瞳を覗き込む。だが、そこから彼が得たものは愉悦ではなかった。

「哀れな……貴方は、彼らをそういう風にしか見ることができないというのですか」

皮肉。いや、蔑みか。
対面に立つ女神は眼の前の人間を真に神らしく、そう評した。
血肉の全てを削ぎ落し、残った骨だけを見て人間を語る男は、
人間を見守り、導く神々から見ればそのような矮小な存在でしかないのだろう。

「…………ふ」

そんなちっぽけな存在の分際で幾つもの駒の命運を弄び破壊する男、ベルセリオス。
だが逆に返せば、そんなちっぽけな存在こそが幾つのも駒を命運を弄び、汚し尽くしている。
その事実は神からみても眼を背けたくなる下劣さだった。
「この私が”哀れ”だって? ぐふふふふっ、ぐひゃひゃひゃ!
 その世界中の人間を見下したような、自分の価値観を粉微塵も疑っていないその純粋!
 それが、それこそが、グひゃッヒャッ……」
顔と違い癖のあるその髪を頭皮ごと掻き上げてベルセリオスは笑った。
決して大きくはないが、喉の奥の奥でこびり付いていたような濃密な音が静かに部屋を満たす。
怒りでも、悲しみでも、楽しみでも、喜びでもあり、またその何れでもない感情を毒とまき散らす人間、ベルセリオス。
神でさえ理解し切れぬこの小物はおもむろに席を立ち、やはり理解しがたい言葉を紡ぐ。

「取り消せ。私は、哀れなんかじゃない。前の盤面を知っているだろう?
 お前の半神がボロッッカスに負け果てたあの戦だ。“あすこ”で踊った駒の末路をお前も読んだろう?」

その視線は、今まで彼が放ってきたものの中でも一際“歪つ”だった。
ネジ曲がっているようであり、直線でもあるような異質な線が彼女を射抜いている。
彼女や今まで対戦してきた獣共ごと、人の意思を護ろうとするもの全てを捻り潰さんとする悪意が、
ベルセリオスと言う人間から迸っていた。天才であろうとも、決して神ではない人間から。

「薬に幻をみた哀れな廃人も、姉の幻影に戸惑い児戯と爆ぜたあの餓鬼も、
 本当の願いから眼を背け続けた唐変木人も、初手から釈迦の猿だったあの狂妹も! そんなゴミ屑に蹂躙された対主催もぉッ!!
 みんな、みぃぃぃぃんなッ! 私の式に翻弄されるモルモット以下の廃棄物!!
 それが私の組み上げた陣形、私が脅かした世界、私の掌で踊る物語。即ち私こそが“絶望”! 
 その私が、あの駒どもよりも哀れなんて、あり得るはずがない!!」

だが、その人間がアレを仕組んだ。
誰一人として希望を掴めず、全てが黒一色に染め上がていった前回の盤面。
オセロでも達するに難しいその景色は、この男の指にて動いていた。
その事実だけで、その技術・知略を示すには十分すぎる要素。
絶望の指手・ベルセリオスもまた、屈指のプレイヤーであることの証明だ。
336名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:42:50 ID:c4kulHLI0
 
337End of the Game -prologue!!- 5:2010/11/12(金) 21:43:22 ID:Mj69Jrdw0
「まだ気づきませんか、矮小なる存在よ……“だから貴方は哀れだ”というのです」

凛とした、その音律だけで百邪を祓えそうな女神の言葉が彼の妄執を弾き飛ばす。
そのあまりにも神々しい佇まいに、ベルセリオスは母親に寝小便を窘められる子供のように身を屈めた。

「神は決して操らない。私はただ、その希望ある背中を押すだけです。
 何度でも言いましょう。ヒトの身で人の運命を操ると驕り、絶望を気取る小人よ。
 貴方は私に負けるのではありません。彼らの意思によって、打ち滅ぼされるのです」

女神はそこそこ端正な顔を醜悪に歪める男を見下し、嘆息をついた。
眼の前の男が如何に才を持っているかなど百も承知。だからこそ、女神は眼を細め小人を侮蔑するのだ。
勇気を失着と嘲り、愛を定石と置き換え、希望を罠と貶める。
そんなヒトの心を理解しない存在の紡ぐカストリなど神の綾なす聖典の前にどれほどの値があるか。
死闘を終えてなお白く輝くこの盤こそが、その証左に他ならない。

ベルセリオスは極寒の吐息の如く唇と喉を奮わせて問う。
女神は一片の慈悲もなく裁断する。
「撤回は、無いと」
「愚問を。何を目的としてこの遊戯を始めたかは未だ見えませんが、
 賢しきと賢きを弁えぬ人間如きが、賢明に生きる彼らの世界を脅かすなど……身の程を知りなさい」

グリューネの言葉に、どくんと心拍をかき鳴らす様に盤上が白く輝いて息づいている。
生きる意味を、なすべき事を、守るべきものを、貫きたいものを知り、その命を輝かせる白き駒たち。
まだくすんだ灰色であったり、弱々しい輝きの駒もあるが、
C3にて第二幕が開けた時……即ち、彼女がこの席に座った時は汚れきっていた盤面の黒き趨勢は、
いまや白がその劣勢を盛り返し、輝きの力は五分と五分―――――否、優勢にさえ持ち込んでいた。
対するベルセリオス側は、未だ王は無傷ではあれども、もう動かせる駒がほとんどないのだ。
戦慄きこそすれ、余裕をひけらかせる余裕が彼にあるとは到底思えない。
だが、ベルセリオスは顔を複雑に歪ませながらも、口元で辛うじて笑顔を作った。

「あっ、そう…………だったら仕方ない。おい、判定者」
「はい……ここに、私はどこにでも侍っております。ベルセリオス様」
ベルセリオスの呼びかけに幽、とサイグローグが姿を現す。
影絵が実体に取って代わったかのような不確かさは、道化の仮面以上に彼を不可思議な存在にしていた。
そしてその不可思議を前に彼が告げる言葉もまた、不可思議だった。
「疲れた。寝る」
「…………ふざけるのも、大概にしなさい」
そう言っておもむろに席を立つベルセリオス。その様、あまりの言葉に虚を突かれた女神が声をあらげた。
そんな生真面目な女神とは対照的に、ベルセリオスはバカにしたように呆れ返す。
「疲れたから寝る。当たり前の話だろ? 駒が昼夜ぶっ通しで戦い続けてるのを見て、あんたまで同化したの?」
ある意味当然の反論に女神は口を紡ぐ。だが、その暴論に応じたのは彼女ではなく道化だった。
「ベルセリオス様……現在貴方の手番です……この戦いは基本的に持ち時間はありませんが…………
 “この状況では貴方が駒を動かさなければ全体の進めようがありません”…………
 ジャッジの立場と致しましては……この状況での退席は……了承致しかねます…………」
サイグローグは判定者だ。戦いを円滑に進行させるための存在である彼はあらゆる意味において中立である。
故に、劣勢を認めぬが故の牛歩戦術などサイグローグが許す道理もない。
だがベルセリオスが次に放った呪文は、中立の道化をしても揺さぶられる物だった。



「――――――――――――――――――――――“だったら、お前が打てばいいよ”。私がいない間は好きに動かせ」

338名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:43:25 ID:498148YYO
しえん
339名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:43:40 ID:c4kulHLI0
 
340名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:44:40 ID:c4kulHLI0
 
341名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:44:42 ID:498148YYO

342End of the Game -prologue!!- 6:2010/11/12(金) 21:45:24 ID:Mj69Jrdw0
そう言って、ベルセリオスは懐から何かを取り出す。その正体に、グリューネの眼が大きく見開く。
この盤上に終ぞ姿を見せなかった、王冠を掲げし黒き駒―――――――即ち、王<キング>だ。
そこからベルセリオスが王の持つ剣を外し無造作に投げると、王冠が妖しく輝き、一つの紋章となってサイグローグの手元に落ちた。
受け止めたサイグローグはその紋章を見て微かに、しかし確実に息をのんだ。
それはある王国の紋章だった。外界より閉ざされしエルフの村に入る為の、唯一の許可証。
王の名の下にのみ賜ることができる、禁忌の世界へ入る為の鍵。
ジャッジ故にその本質を理解できる。会場の設営システム、首輪の詳細な構成と解除方法etcetc……。
エンブレム――――――――――それは紛れもなく主催操作権限そのものであり、絶望側を絶望側たらしめる証だ。

「プレイヤーなど…………私めにはとてもとても……」

軽薄な言葉とは裏腹に、形容しがたい重さをその手に感じながら、サイグローグは紋章をぎゅうと握った。
ベルセリオスは皮肉を炙った油を更に煮詰めたようなしつこさをその笑みに乗せた。
「それはひょっとしてギャグでいってるの? 冗談はその振る舞いだけにしておくがいいさ。
 それに、お前は分かっているだろう? 私が築いた王の守りは完璧だ。絶対に崩せない」
ベルセリオスが盤面と下座をまとめて見下す。疎ましき陽光とは違い、輝きに満ちた白盤を目の当たりにしてもその狂いに陰りはない。
如何なる城塞が見えているかは分からないが、その備えにベルセリオスの自信が感じられた。
「……まだ、貴方の持ち時間には余裕がある……この砂が零れ落ちる間際まで……
 しばし、この権限を、貴方のキングをお預かりします…………
 それまでにお戻りいただけば……私はこの心労から喜んで解き放たれましょう……」
そう言ったサイグローグの左手から音もなく砂時計が現れる。
いかなる奇術による物か、それとも、種がない事まで含めて手品なのかは判別つかない。

「寝ると言っているのに……“お前の好きにすればいい”――――――――と、いうわけだ時の紡ぎ手。
 しばらくの間はこいつが相手をする。勿論、私が戻ってくる前に決着していても文句は言わないよ」
「負けを察し矢面から逃げますか、人の子。あまり姑息が過ぎると歴史に恥を残しますよ」

ベルセリオスが陽光から逃げまとうようにして席を立ち、何処よりか現れた扉を開く。
女神は真意を探る様にその背中をねめつけ続けた。
安い挑発。この程度で動じると思うほど甘い期待は女神には無い。
だが、その境目に足を乗せた所でベルセリオスは止まり顔を背けたまま瞳だけでグリューネを見つめ返す。
光彩無き瞳。光さえ脱出できないブラックホールの井戸の底から見上げたような虚無が女神をただ見つめ続ける。
そして、思い出したかのように呟いた。

「…………言っただろう。私の盤は……この世界は“完全”だと。聖獣だろうが、創世の二女神だろうが、同じこと。
 そうまで言うなら一つ預言してやるよ。まるで神のように」

ベルセリオスは大きく扉を開く。一歩前に進み、扉がゆっくりと閉じていく。
閉じかける扉の狭間から、感情さえも井戸の底に沈めてしまうかのような黒眼はずっと女神を見つめ続けていた。
ギィィィィという扉の音に混じって、ベルセリオスの口から呪文が走る。
呪う、言葉。人間が神を呪う皮肉を乗せて、それは彼女の耳を――――――――――――――――
343名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:45:26 ID:c4kulHLI0
 
344名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:46:16 ID:c4kulHLI0
 
345End of the Game -prologue!!- 7:2010/11/12(金) 21:46:24 ID:Mj69Jrdw0
漆喰の闇で塗り固められた回廊をベルセリオスは歩く。
本来なら溶岩灼熱の煮立つ第十階層の炉心は落ちており、古ぼけた金属の道だけが続いていた。
歩みに応じて軋むのは鉄の嘆きか。さび付いたその不協和音は彼の不快を募らせる。
がしゃん。
女神の視界より十分離れた場所にたどり着いたベルセリオスがその歩みを止めた。
止まる、というよりは溜めるという語法のほうが正しそうなほど、その親指に感情が堪っている。
「何が希望だ……何が、神だ…………お前に、あんたらに何が分かる………………
 あんたたちが支えるのは、あんたたちが見守る世界だけだろうが…………」
その怨嗟は誰に向けた言葉なのだろうか。
対戦者個人に送るには余りに大きく、切な過ぎる情念だった。
「いいよ……私のバトルロワイアルを脅かせるというならばやってみろ。
 お前が最後だ……それでもう、私の相手はいなくなる。
 来いよ女神、神の名に相応しい燦然と輝くご都合展開を組むがいい」
 永い永い道のりを思い出してベルセリオスは虚空に嗤う。
もうすぐ、もうすぐ終わる。その最後に立ちはだかったのが、絆の世界の女神とは。
やはり“世界樹”は、私を許容しないらしい。

「それでも私が勝つよ。私のバトルロワイアルは負けない。決して、消えない。消えるのは、そう―――――――」

微かに遠く何かを見つめる。
その細い手のひらを胸に当てて、ベルセリオスは何かを確かめた。
失ってしまった心臓を労わるかのような、欠損への愛撫。
それはこのバトルロワイアルが生まれた因縁の根源たる、はじまりの種だった。
それを咲かせるために、ベルセリオスは神々へ戦いを挑んだ。

これはその最終戦。りょーかい。でも気負いはしない。
私は天才ベルセリオスで、目の前には神様。だったらやることはいつもどーり。




“ただ平伏しな。この私の頭脳の前に”。




「お前だよグリューネ……“お前だけは必ず、この私の手で殺してやるッ”!!」



誰もいないアルカナルインの地下10階に、ベルセリオスの嘲笑か木霊する。
神の加護を得られないその両足で気丈に立つその振る舞いは、やはり小物のそれだった。
346名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:46:54 ID:498148YYO
支援
347名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:47:08 ID:c4kulHLI0
 
348End of the Game -prologue!!- 8:2010/11/12(金) 21:47:37 ID:Mj69Jrdw0
ベルセリオスの居なくなった部屋に沈黙が訪れる。
時計の音さえ剥離する沈黙の中、対面の空席を凝視して彼女は固唾を呑んだ。
本当に退席するとは。対局の中、ベルセリオスの冗談、挑発は数知れずあったが
まさかここまでのことをされるとは、さしもの女神でも予想だに出来なかった。
相手は人間とは言え、本来神々にしか見えない世界にまで到達した天才。
いかな策謀かと勘繰っても見たが、盤面を手放すなどどう考えても悪手でしかない。
神々の座にいる彼女でさえ、一手を誤れば即座に奈落に墜ちるような接戦の中で
一手を捨てることがどれほどに愚かしいことか。そこにどれほどのメリットがあろうと、
デメリットの方が大きすぎる。少なくとも、実利を求めての行為とは思えなかった。
(実利を捨ててでも、この場から離れたかった……? 
 それとも、この不利さえも覆す隠し札がまだある……? あるいは―――――この道化)

「…………世界は…………二つに分けられます…………」

心臓が、無くなった――――そうとしか表現できない悪寒が、彼女の意識を犯した。
鷲掴みにされるとか、締め付けられるというならまだ分かるが“それ”は度が過ぎていた。
腐った果実に蠅が集る様に、甘く爛れた胡乱さがそこから洩れている。
つらつらと嘯かれる波は、色さえ認識できそうな密度で源泉へと彼女の視線を誘う。
薄暗い部屋の中でもそれと明瞭に理解できる傾いた装束。泣いているようで笑っているようでもある黒白の仮面。

「善と悪…………天上と地上…………物質と非物質…………人と神…………衰退と繁栄…………獣と人…………陸と海…………
 一より始まった世界は、必ず二つに分かたれる。そして、重なり交わり、響き合い、新たなる一つの世界となる」

道化師サイグローグ。屈強なる魂を持つ戦士を自らの屋敷に招き、様々な趣向でその煌めきを鑑賞することを愉悦とする好事家。
この戦いの審判であり立会人でもある彼が、初めて“ゲーム進行以外で”彼女に声を掛けた。

「二項対立の相克こそが世界の原型……ならば互いの勝利の為に相戦う貴方達は今、世界を創り出しているに等しい……
 そうは思いませんか…………存続と繁栄を司る女神……グリューネ様」

そう言ってサイグローグは彼女に……女神グリューネに問うた。
眼の部分が開いているのかどうかも分からない仮面越しに、しかし確かに感じる視線。
神とも人とも違う現外の存在からの呼び声に、女神は僅かに体を強張らせた。
「……何のつもりですか? 道化よ」
「おや、お気に障られましたか……この場の空気がひりついているご様子でしたので私なりに気を廻して見たのですが……」
「気にしていません。ただ貴方がゲーム進行以外の目的で私に話しかけてくることが、少々物珍しかっただけです」
陰気な笑みを浮かべる道化に、女神は養殖的な気丈さで応じた。彼女が奥底に隠したものを知ってか知らずか、肩をすくめて道化はおどける。
「これはこれは失敬の極み。確かに私はこの戦いの審判、中立的な立場ですので貴方達の集中を乱すようなことはせぬようにと控えた次第。
 ですが、今は戦いがベルセリオス様の中座にて止まっておりますからして……私の職務も、同じことかと」
おどけた調子で飄々と嘯きながら、道化は何処からとりだしたカップを手に取り湯気立つ紅い液体を注ぎ込む。
その様を見て彼女は嘆息をついた。彼女は見たことも無いが、あの仮面の奥ではきっと舌を出していることだろう。
女神は諦めた調子で、カップを手に取り艶やかな唇へと運んでいく。
「屁理屈を。道化……道を化かす者とは、つくづく貴方に相応しい称号ですね」
「いやいや、どうか誤解無きよう……素直に嬉しいのですよ、貴女のようなVIPを賓客と招くことはホストの誉れですから。
 まったく“貴女をこの催しに招いた、聖獣王には感謝せねばなりません”」

紅い茶の水面が僅かに波立つ。
女神はその胸中を一切表情に現わさなかったが、視線がその波紋につられ下を向く。
直ぐに自らの失敗を理解するが、慌てて道化を見直すことは無かった。
音さえ聞こえそうなほどに“にんまりと”歪んでいる顔が想像できたからだ。
349名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:48:12 ID:498148YYO

350End of the Game -prologue!!- 9:2010/11/12(金) 21:48:36 ID:Mj69Jrdw0
「……彼は、聖獣王は誰よりも早くこの“異常”を認識しました。
 そして直ぐにこの地を突き止め、聖獣達を遣わせました。その手際には一切の無駄は無かったでしょう」
サイグローグはグリューネの話に耳を傾けながら傍にあった花瓶の花をくしゃと千切り、握り締める。
揉むようにして手に力を入れた後、その掌に合ったのは程よく焙煎された豆だった。
「聖獣王と六聖獣、一つの世界を調停してきた彼らです。55の存在の消失と幽閉。
 この程度の“異常”ならば、容易く破れるはずだったでしょう」

「……ですが……この程度の“異常”は存外に……“しぶとかった”というわけですか……」

茶葉の香りと煎豆の香りがとぐろを巻くように混交する。
サイグローグは花の散った花瓶を用済みとばかりに布で覆いこつこつと指でなぞった。
ジャッジであるサイグローグは、その香りの向こうに思い出す。



最初に現れたのは『闇』であったか。
ただ王を討てば良いものと思い込んだ哀れな獅子は、何をすればいいのかも分かっていなかった。
故に、むざむざと相手に陣形を整えられ、当の本人は“樹の暴走”を赦して呑まれた。

次に現れたのは『風』であったか。
風は闇よりは賢かった。王を討つためにはまず“王を討つ準備を整える”必要があると知った。
その分だけ善く保った。だが、それだけでは説明できない何かがあることを知らなかった。故に、押し潰された。

ちちんぷいぷいと道化は布を掃う。そこには、美しき装飾に彩られたサイフォンがあった。
「彼らは……認識できませんでした。これは王という邪悪の根源を、正義が討ち果たす遊戯なのだと思い込んでいた。
 そして、“それが間違いであることに気付けませんでした”」
2匹を敵に落とされて、ようやく彼らは認識を改めた。

天上王。55の生贄を異世界へ集め殺し合いを強要した全ての元凶。
この世界で起きた全ての悲劇は、この元凶こそが全ての原因であると考えたくもなる。
だが、それだけでは“解釈しきれない”のだ。
ある者は己の性を満たすことのできる戦場で獣と成り、
ある者は喪命への怖れから殺人の生物的禁忌を破り、
ある者は異常と言う現象そのものに理解が追い付かず、本人の意図から逸脱して死を散布した。
――――――――――その全てが、主催者の仕業と言うにはあまりに杜撰なのだ。
全てを一個人を端に発した必然というには、散逸的であまりにも統一性が無く、逆に矛盾を生じさせる。
しかし、全てを偶然というには…………この後が“おぞましきに過ぎる”。

老獪たる『土』は手堅く手を進めた。
南西に萃まりし悪鬼三種を意図的に古城へ誘導し、殲滅を図る。
破恋の魔女が実らせし毒林檎を逆手にとりや、白雪姫が血の天誓を朝日に響かせた。
かくて風は嵐と成る前に消え、赤青双鬼は破つる。姫の棺には多くの弔問客が訪れた。
敵の駒は大きく減じ、北西の村には一大の陣形が構築された。
王が仕掛けし策を逆手に取った、見事な手の進めよう……“だった”。

「この戦況……一見すれば王だけが不利に見えますが……“彼の視点では”何一つ掌から出ていませんでした……
 ………そう、あの宴こそが、彼の存在を確かに知らしめているのです……」

そう……あの城を生き延びた策士が計画し“魔宴”。
西側の趨勢に楔を打ったあの一撃によって、強固強大な『土』の城塞は儚くも打ち砕かれた。
計算し尽くされた惨劇。だが、あの現象において全てを把握していたものはいない。
盤の中では不確定要素たるものさえも統べる計算は“彼”でなければ成しえなかった。

「………もっとも……彼が狡猾たるは……そこで全てを持っていかないところなのでしょうが…………」

希望と絶望は波の様な性質を持っており、片方に傾き過ぎると元のバランスに戻ろうとする性質がある。
そこで蹂躙してしまえば、生き残った者たちに反動する運命の力を与えてしまう。
故に、彼は星座だけを壊し、星そのものを壊さなかったのだ。
魔宴によって集いし星は、その星座を引き裂かれた。だが星光途絶えることは無く、再び輝かんと動きだす。
351名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:49:56 ID:c4kulHLI0
 
352名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:49:59 ID:498148YYO
支援
353End of the Game -prologue!!- 10:2010/11/12(金) 21:50:18 ID:Mj69Jrdw0
「線は千切られ、再び線を描こうと集い始める。傷ついた獣は、仲間を集めて力を蓄え、
 自らを傷つけた人間を殺そうと画策する……それこそが上座の思惑……“猟銃は貴方を狙い続けていたというのに”」

『水』は力の限り健闘した。そう言っていい程にこの局面は“酷かった”。
合わせ鏡の罪人は己が罪を己の手で清算し、怪人は海神としてその魔を制御する術を覚え黒き翼を蹂躙する。
魔宴の主は廃城に破壊神を招いて二度目のサバトを画策し、その裏で天使が血塗られた策謀を巡らせる。
東西問わず、様々な箇所で同時に、時に連鎖的に起こる局面の変化。
様々な思惑が絡みに絡み合った運命は、最早主催者を含めて、個人の意思ではどうにもならないレヴェルだ。
あまりの酷さに屈してしまいたくなる“敵”の攻勢――――――それに、水は耐えたのだ。

悪意に染まりし糸の絡みを、流水で解きほぐす様に少しずつ解き、多くの殺意に終止符を打った。
中でも、決まれば勝負有りだった魔砲をギリギリの線で凌ぎ切り、宴の主をこの段階で倒したことは驚嘆と言うほかない。
『水』は希望を諦めぬ不屈の意思で、その命と引き換えに混沌極まりない盤上の“乱戦”に終止符を打ったのだ。

「ですが……今にして思えば、ここで智将が墜ちることも折り込み済みだったのかもしれません……
 E2を基点とした乱戦が終わったことで、確かに敵と味方の境界線は鮮明となった……そして、敵の強大さがどれほどのものかも」

学士が語ったように、敵として残った四騎……いや、四鬼は……敵というには、強大過ぎた。

力に陶酔しその間合いに入る者全てを斬殺する剣鬼。
枯木の様な虚心の侭に己を含めた命を弄ぶ幽鬼。
思慕を狂気に換えて衝動のままに屍を積む鬼姫。
そして生者必滅の理にすら逆らい、盤上を支配しようとした天邪鬼。

智将の怨念を魔法陣として召喚されたかのような強大な4つの駒。
そして希望側に残ったのは、ボロボロの駒ばかり。俯瞰したこの視点からの戦力の優劣は明白だった。

「言わば終盤、詰めの状態です。ましてや、それを操るのがあのベルセリオス様であれば……
 “ここからさらに徹底的に追い詰められる”のは、最早避けられなかったのかもしれません……」

『火』は、完全にベルセリオスに翻弄されたといってよかった。
敵の駒に対抗する為、希望側にとって東西の軍勢と合流させることは必須だった。
絶望側の駒が休み準備を行っている間に、全てを整えなければならないと。
だが……“午前中は絶望側が動かない”という固定観念さえも、策略だったのかもしれない。
ベルセリオスは駒の位置と禁止エリアを巧みに用いた搦め手で、彼らを洞窟に誘導した。
白日の下ならばもう少し分かりやすかったはずのすれ違いを極限まで複雑な蜘蛛の巣とし、再びあの穴倉を墓穴としたのだ。

「挙句の果てに……魔杖を撒き餌として対主催を合流させる前に“釣った”。
 尖兵があの海神では、地獄以外のなにものでもないでしょうに」

『火』は、ベルセリオスの狙いが分かっていながら、そこに手を進めるほかなかった。
十全な備えをする間もなく、海神攻めを強いられた。
無論、敵の手が分かっていた以上『火』も全力を尽くした。
烈火の如き怒濤の攻めで、海神を焼き尽くした。

「しかし、これも捨て駒……いえ、最後の布石だった……駒に愛着の無いベルセリオス様らしい外道さです」

元々、海神は制限時間つきの駒だった。“だから最初に使い切ったのだ”。
求められたのは、より強大な呪いを放つ死であり、幸薄き妹の未練ある生ではなかった。
かくて哀れな生贄は計算以上の呪いを世界に撒き散らした。

双剣の天使が心臓を抉りとり、
学士は運命の決断を行い、
烏の黒は、闇に染まり、
海神は、トロイの木馬と成りて正義へ感染する。

あとは当人達は戦いの傷を休める間もなく、北にて鐘が鳴らされる。
……火は、誰かを滅ぼすことはできても、再生の炎にはならなかった。
354名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:51:22 ID:c4kulHLI0
 
355End of the Game -prologue!!- 11:2010/11/12(金) 21:51:45 ID:Mj69Jrdw0
「かくして……ここに、最悪の最終戦の配置が完成“させられ”ました……この後の流れは、最早語るまでもありますまい」

それはこの世の地獄、その完成形の一つだった。
怒りと、悲しみと、裏切りと、嘆きと、破壊と、
死と、死と、死と、死――――――――――――絶望一色、64マス悉く真っ黒に染まりしパーフェクトゲーム。
一切の希望を遺さぬキリングフィールド……誰もいない丘に、ベルセリオスの勝利だけが刻まれた。
ここで終わるゲーム。ここで終わる“はずだった”ゲーム。

「最終戦……いえ、最終戦に“なるはずだった”戦いは、文句無しで“彼女の”敗北でした。
 後は清算し、舞台を片付けるだけ……そのハズでした」

それはこのゲームを観戦する誰もが思った、究極の問いだっただろう。
“なぜ、再び盤上で戦いが行われているのか?”

「ですが……“一つだけ、希望が残っていた”……いや……保険を打ったというところですか」

香り立つ珈琲を淹れながら、道化は彼女を見つめる。
紅茶だろうが珈琲だろうが、カップを口に近づけ香りを楽しむその姿はヴィーナスそのもの。
女神グリューネ。世界を渡り歩き、人を繁栄に導く時の紡ぎ手。
“存在しないはずの第七戦”より参戦した彼女こそが、その答えにして最後の希望だった。

「聖獣王様もそうでしたが……一体、どのような手で此処を知ったのですか……?」
サイグローグは自分のカップを取り出しながら昨日見た歌劇の感想を尋ねるように問う。
ベルセリオスの作り上げた世界は、まだ出来たてであるはずなのに、こうもあっという間に客が入るとは思っていなかったのだ。
「それに答えろというならば、先ず貴方が応えるべきでしょう」
「はて……何のことでございましょうか?」
「惚けるのはやめなさい。そもそも、貴方は何故ベルセリオスに従っているのですか」
瞬間、二人の間に沈黙が走る。
そう、それも一つの謎であった。世界を渡り歩き、己が性に従って悦楽の限りを尽くす好事家が、
さも当然の様にこの戦いの運営を取り仕切っているのである。
あまりにも堂に入り過ぎて見逃してしまいそうになるが、彼女の側にしてみればベルセリオスと同等に警戒するべき存在なのだ。

「ふうむ……と、言われましても。私も中立の立場を表明している以上、
 ベルセリオス様にアンフェアとなりかねない情報を、御裁可も無しに申し上げることは大変難しいのですが……」
サイグローグはすうと己の仮面に手を透かし、涙を浮かべたような仮面へと切り替えてさも困ったように肩をすくめた。
「しかし、我が別荘に招いておきながらゲストの望みに応えられぬのもホストの名折れ……実に、ええ、実に困りました……」

そう言って、頭を小突きながらサイグローグが指をパチンと鳴らすと、グリューネの周りに品の良いサイドテーブルが現れる。
そして、そこには様々なお茶受けが用意されていた。。
マフィンやレモンタルトやフルーツケーキ、クレープにフルーツサンド?は序の口。
女王甘甘、あまにんとうふに、里より取り寄せた高級味噌(1つ80000ガルド)をふんだんに使ったマーブルチーズ。
トドメとばかりにドンと置かれたるは特製フルーツパフェ・ウィズ・チョコレートバナ〜ヌおいしおいし。

お茶受けというにはあまりにも万漢全席な菓子のバトルロワイアルがそこにあった。
356名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:52:36 ID:c4kulHLI0
 
357End of the Game -prologue!!- 12:2010/11/12(金) 21:52:54 ID:Mj69Jrdw0
「節操が無いと言われたことは?」
「いえ、何分急なお客様でありましたので……
 どれがお口に召すかどうか分からなかったものですから、とりあえず私の判断で“色々”揃えさせていただきました」
残りは私が責任持って片付けさせていただきますので、とサイグローグが苦笑する。
一見ふざけた態度ではあるが、あらゆる世界の出来立て菓子を一瞬で用意するその手際は、最早奇術というレベルを越えている。

「……パイがありませんね」
「申し訳ありません。良い桃が中々見つからず。別の場所から取り寄せても良いのですが」
「結構です……頂きますよ」

グリューネは少しだけ迷った後に、マフィンを手に取り口に入る程度に千切って頬張る。
毒の可能性は無きにしも非ずだが、神を殺す毒など有り得ない。ましてや、ホストが毒殺など己が名声を穢すだけだ。
上品な甘さが舌を浸し、そこに紅茶を注げば彼女の内側に苦みと甘みが広がっていく。
昔、こうしてパンやマフィンを食べながら冒険をしたことを思い出しながら、あの激戦で極限まで張りつめた緊張を僅かに弛緩させるのだった。

「……お気に召したようで、何よりです」
「…………別に。かつて食べたサンドイッチの方が、私には忘れられぬ味です」
「これはこれは手厳しきかな。確かに、甘いモノだけでは舌もお疲れになるというもの……
 さて、飲み物もお茶受けも揃いましたならば……後は良き花を咲かせる話の種があれば完璧というものですか。
 では……このような趣向はいかがですかな……」

サイグローグが指を弾くとグリューネの前方の空間が宇宙の収縮の如く歪み、
やがてビックバンの如く復元する。そして、そこには今まで無かった“窓辺”があった。
358名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:54:01 ID:c4kulHLI0
 
359GREAD SHOP:2010/11/12(金) 21:54:54 ID:Mj69Jrdw0
♪〜一週目クリアおめでとう!! これまでに手に入れたグレードを用いて新しくゲームを遊べます!!
  なお、使ったグレードは周回ごとに持ち越されます〜♪

 
GREAD SHOP                               所持グレード:2,000

□支給品無し                       :10000
□初期支給品所持数最大1個                :1000
□初期支給品所持数最大15個               :100
□術技消費システム変更(TP→CC)           :2000
□TP自然回復量10倍                  :200
□TP自然回復量0.5倍                 :700
□回復術制限解除                     :50
□回復術禁止                       :2000
□死者蘇生制限解除                    :300
□死者再登場(幻想・エクスフィア精神体等を含む)禁止   :2500
□支給品を除く飲食物の補給禁止              :1500
□支給品を除く道具・武器の調達禁止            :1500
□支給品の自律意思禁止                  :1000
□参加者途中参加開放                   :100
□外部介入禁止                      :4000
□主催サイド中途介入禁止                 :1000
□OVL系統禁止                     :500
□CERO:Z要素開放                  :500
□スキットシステム開放                  :50
□禁止エリア2倍                     :1000
□禁止エリア無し                     :100
□魔装具能力MAX                    :100
□記憶引継ぎ                       :50
□絆引継ぎ                        :50
□習得スキル引継ぎ                    :50
□スキル禁止                       :1000
□ユニゾンアタック系統禁止                :1000
□不意打ちによる即殺禁止                 :50
□オールズガン                      :40000
□一人称視点禁止                     :100000
□首輪フリー                       :1
□秘奥義(クライマックスモード含む)回数制限開放     :500
□秘奥義(クライマックスモード含む)禁止         :1500
□支給品の未確認状態禁止                 :15000
□武器スロット、武器エンハンス開放            :500
□敵味方識別個別設定解除                 :1000
□「召喚師の系譜の物語」開放               :2003
□「真実と向き合う物語」開放               :2010
□「生まれた意味を知る物語」開放             :2005
□「魂を解き放つ物語」開放                :2006
□「想いを繋ぐ物語」開放                 :2007
□「響き合う心を信じる物語」開放             :2008
□「『正義』を貫き通す物語」開放             :2009
□「心と出会う物語」開放                 :2008
□「守る強さを知る物語」開放               :2010
□「君の為の物語」開放                  :2011
□Now Locking……Coming Soon―――――――――――――――Next Tals of………

□サイグローグ視点における情報              :400
□ルート分岐理由                     :300
□勝利条件・敗北条件確認                 :200
□チャネリングの意味                   :50
□この世界の真贋                     :???
□                            :
360名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:54:57 ID:c4kulHLI0
 
361名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:55:38 ID:c4kulHLI0
 
362End of the Game -prologue!!- 14:2010/11/12(金) 21:55:58 ID:Mj69Jrdw0
洒脱な音楽というよりは、軽過ぎる奇妙な高音に包まれたグリューネが言葉を選び出すには数秒の時を要した。
「……なんですか、これは」
「グレードショップですが……何か?」
何を当り前を、と小首を傾げるサイグローグ。
10人が見れば15人が「お前みたいな胡散臭いのが小首を傾げた所で可愛くなるはずがない」と答えるだろう仕草だった。
ちなみに10人に5人は一度否定してから「こんな道化が可愛い訳が……いや、やっぱ可愛いはずがない」という意味だ。
「いえ、中立の立場といたしましてはこのサイグローグ……確かに無条件に情報を提供することはアンフェアになる故、出来ぬ次第です……
 しかし、情報が乏し過ぎることが逆にグリューネ様にとってアンフェアであることも事実……
 なればと私考えましたが……対価を以ての取引とあらば……公正は保たれるかと……
 とりあえず……前ゲームがNormalで決着しておりますので、周回ボーナスで1,000。第七戦最終戦の結果から765追加。
 後は、先ほどの勝負の勝利を讃えて……端数込みで、所要情報量200を追加。端数を御負けして合計2,000でいかがですかな?」
「しかし、どれもこれも今は使えないものではないですか……」
サイグローグはワザとらしく額をペチリと叩き、申し訳ありませんと冗談めかして謝罪の言葉を口にした。
グリューネもまた溜息をつきながら、しかし一方で冷徹な目で前方の窓辺を見つめ続ける。
如何な思惑が道化にあろうが、サイグローグの持つ情報を得る機会であることは事実。
こと遊戯に関しては真摯なあの道化が提示したこの好機を見逃すほど、彼女は愚かではない。
「しかたありません……つまらぬ揚げ足でこの機会を失うのも稚拙でしょうし、貴方の遊興に付き合ってあげましょう」
そういって、先ずはと女神は少し思案した後、一つの項目に指を伸ばす。

→□スキットシステム開放                  :50

「ほほう……まず最初にそれに眼をつけましたか…………」
サイグローグが腕を組みながら頸を揺らして、お目が高いと声を漏らす。
「かの術式そのものについては、今さらご説明の必要はございますまい……
 ここ暫くの盤上の展開……重厚ではありますが今一つ機敏さに欠けるものがあったことも事実……
 長考の果てに絞り出される一手もこの戦いの醍醐味ですが、感性に身を委ねたあの序盤の早指しノータイム乱れ撃ちもまた魅力………
 進行上の細やかな要素や、些細な一手に関してはこちらの術法を用いることで思考の負荷を減じようという……
 まあ、一種の補助術法と思っていただければ結構かと……」
「そういうことですか。一手の価値は? 通常手と同等ですか?」
「厳密な定義は難しいですが……【各駒の冒険の際にあったものと同等の価値と認識していただければ結構です】。
 無くても手筋が成立することが最低条件。あくまでも、メインディシュの為のオードブル……
 例えるならば、そう……肉料理のソース……定食の味噌汁と浅漬け……肉まんの辛子…………そんな所と考えて頂ければ」
高尚な茶葉の香りが吹き飛んでしまいそうな例えではあったが、グリューネは成程と気にせず茶を飲む。
「了解しました。この項目を購入します」
「承りました。どのような形式になるかは……本格稼働の前に……テストしてみましょうか……」
サイグローグがそう言いながら指を弾く。すると、女神から白い霧の様なものが漏れ出す。
霧がエクトプラズムのようにゆらゆらと漂ったかと思えば、それは次第にサイグローグの下へ近づき、その手元のサイフォンへと封じ込められた。
グリューネの持つグレードポイントが道化に徴収された結果だった。

「ああ………申し添える必要は無いとは思いますが…………スキットですので……少々……“病む”可能性もなきにしもですが……
 用法用量を正しく…………どうか……御寛大な御心でお使いください…………クハハハハ…………
 それでは……次なる項目を………もしくは……これで終わるか……どうぞお選びください………」

notice:スキットシステムが解放されました。本手以降のスキットはレコード内で閲覧可能となります。

〆スキットシステム開放                   :50

Grade Point:2000→1950

→□サイグローグ視点における情報              :400
363名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:56:44 ID:c4kulHLI0
 
364SKIT 【ここはどこ? わたしはだあれ?】:2010/11/12(金) 21:57:44 ID:Mj69Jrdw0
サイグローグはグリューネから差し出された靄の様な光を茶器に封じ、再び入れ直した茶の香りを楽しむ。
「ふむ、先ず先ずの香りです…………さて、ここが何処かと申しますれば『アルカナルイン』……
 私の持つ敷地の一つです……まあ、別荘の様なものと考えて頂ければ」
「別荘ですか。随分と羽振りの良いことですね。となれば、本邸はさぞや豪勢なのでしょう?」
「あの館が本邸と言う訳ではないのですが……申し訳ありません。ただいま改装中でして……
 このような絢爛豪華な催しに用いるには、とてもとても……重ねて、申し訳ございません……」
「招かれた時には、既にこの部屋に通されていましたが…………窓はあれど太陽は視えず、月も見えず……
 在るのはチェス盤と椅子と、僅かな灯りだけ…………察するにここは地下の様ですが、一体何階ですか?」
詰め寄るグリューネ。だが、サイグローグは諸手をひらひらと動かしてお手上げの意思表示をする。
「残念ですが、ここは何処かとの問いには答えましたので……これ以上“私の口からは”はお答えできません……」
諸手を挙げて勘弁してくれとジェスチャするサイグローグに、グリューネは若干眉間にしわを寄せる。
「結構です。では、続いて、この場に存在する人物について述べなさい」
「……これは……私に問うべきことですかな? 良い医者ならばご紹介致しますが……」
「正常ですよ。“貴方の口から言わせることに意味がある”のですから」
「これは手厳しい。グリューネはグリューネでも実は画家グリューネヴァルトでは……などと嘯くとお思いですかな?」
「ならばその証を立てて頂きましょう」
ほう、と嘆息をついてしばし黙考するサイグローグ。だが、直ぐにその問いを了とした。
再びグリューネから光が湧き、それがカップに注がれる。
「まあ半分は貴方がご存じのことですから、サービスしておきましょうか……。
 現在、このアルカナルインには私を含め3人がおります。一人は……グリューネ様、貴方でございます。
 先ほどもお尋ねしましたが…………いったい、何処でこの催しのことを……?」
「聖獣王から使いの鳥が来ました。それだけ言えば、十分でしょう?」
女神は茶を飲みながら目を瞑り、その時を思い出す。
あの蒼海より旅立ち、この盤に未だ関わらぬ世界で人の世の流れを見守っていた時に、燃え盛る炎のような女性が現れたことを。
「聖なる鳥ですか……成程、合点がいきました……聖獣の皆様がこうも早く参じたのは、彼女の力ですね……
 となると……“もう一人の方も”…………ありがとうございます………漸く背景を理解できました……」
「私のことなど、どうとでも良いでしょう。それより、あのベルセリオスという男、何者ですか?」
「何者……と言いましても…………今回の催し、その主賓です……
 いやはや、この様なモノを構築するできるとは……人間の力の恐ろしさ……いえ、凄さを改めて思い知らされます……」
「構築、ですか……随分と悪趣味な世界を構築したものです。血も涙も無い、いえ、ただの液体としてしか見ていないような」
「今度見えた時にでも、直接お云いください……恐らく、諸手を挙げて喜んでいただけるものかと……」
「そして、そのような外道に力を貸したのが貴方という訳ですか」
言葉の矛先が変わったことを感じ取ったサイグローグが、困ったような顔をする。
「最初は眉唾モノかと思いましたが……少し興味を持ちまして………こうして、ささやかな“お手伝い”をさせて頂いている次第です」
「ささやかな、ですか……」
「ええ、ささやかに…………ご紹介は、このようなところで十分でしょうか…………もう少し詳しい部分は、後で棋譜に刻んでおきましょう」

notice:レコードに新規キャラクター紹介が追加されました。

〆サイグローグ視点における情報                 :400

Grade Point:1950→1550

→□ルート分岐理由                       :300
365SKIT 【詳しくはアルタミラカジノで】:2010/11/12(金) 21:58:35 ID:Mj69Jrdw0
再び白霧がサイグローグのサイフォンに取り込まれ、内側の珈琲は既にミルクが混じったかのような色合いになっていた。
「ブラックも捨てがたいですが……時にはミルクやシュガーを入れるのも乙なもの……白と黒が交わる味わいは格別です……
 さて……この問いですが……これも、半分以上はグリューネ様も良くご存じかとは思いますが……」
「構いません。貴方の口から述べなさい」
「クク……了承いたしました…………確かに、本来ならば第六戦にて決着となるはずでした……
 第五戦までの状況が状況でしたから……後は最後に残った“雷”をベルセリオス様が屠ることで…………
 時に……先ほどの戦いを見る限りポーカーの知識はございます様子ですが……グリューネ様は……カードゲームなど、なされたご経験は……?」
「? ありませんが。何が言いたいのですか?」
「いえいえ……あの船は、闘技場位しかありませんからね……経験薄しも已む無しかと………
 カジノで用いられる代表的なカードゲームでは、ポーカーの他に……“ブラックジャック”などがありますね…………
 上座のディーラーと下座のプレイヤーが合計21の値を互いに目指すシンプルなゲームなのですが……
 シンプルなゲームであるが故に……“中には、特殊なルールも存在いたします”…………」
「…………」
「ディーラーが一枚目でAを出した場合……チップを上積みして保険を打つことが出来る【インシュランス】……そして…………【スプリット】」
「180度旋回による高度低下機動?」
「それはスプリットSでございます……【スプリット】……プレイヤー側が、最初の2枚で同じ数字のカードを引いた場合に同額のチップを積むことで、
 “その2つを分けて、2つのゲームとしてディーラーへ勝負を挑むこと”ができるというルールでございます……
 当然、Betは2倍掛かります故……リスクは2倍ですが………2回勝負が出来るという利点はなかなかにして大きいモノです……。
 ある海辺の企業系カジノでも採用されておりますルールです故、詳しくはそちらの方でご確認いただければと……」
「このゲームが終わったら、そうさせていただきます……で、このルール説明が、一体なんだと?」
グリューネの問いに、サイグローグが眼を横にそらす。そこには、打ち捨てられた前回の黒盤があった。

「何、第六戦開始時……プレイヤー側に入った手が“クイーン2枚だった”……それだけのことですよ……ハートと……真っ黒なスペードの、ね……」
「そうですね……彼女は、私の為に道を切り拓いてくれました。結構です。意味はこれで通じました」

〆ルート分岐理由                 :300

Grade Point:1550→1250

→□勝利条件・敗北条件確認            :200
366名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:58:52 ID:498148YYO

367名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 21:59:19 ID:c4kulHLI0
 
368SKIT 【勝ち方と負け方】:2010/11/12(金) 21:59:32 ID:Mj69Jrdw0
「……何度も尋ねるようで誠心苦しいのですが……これまでの戦いを見ていても……ましてや戦い、勝利してなお……この問いを――――」
「当然です。先ほどから、勝利・敗北という単語は幾度となくありましたが、実際何を以てそれが決定されているのかが不明ではありませんか。
 極端なことを言ってしまえば、判定者である貴方がそう判定したからとしか言いようがありません」
グリューネの問いに、道化は新しく譲渡された白い靄を綿菓子のように摘まみながら千切って食べながら、ふうむと唸った。
「成程、言われてみればご意見は御尤も……そうですね……それを探り合うことも戦いの一環ではあるのですが……
 まあ、少しならば宜しいですよ……ですが少々……」
「の・べ・な・さ・い」
「……いたします……いたしますとも……ええ私答えたくてたまりません……
 ……先ず……希望側は、盤を白く満たすことが勝利条件と成ります……
 絶望側は……盤を黒く満たすことが勝利条件と成ります……以上です…………」
「ふざけているのですか?」
「何がでございましょうか……?」
「これのどこが条件ですか。曖昧にも程があります。それに、この条件ではあまりに達成が難しいでしょう」
「ベルセリオス様は、見事やりおおせましたがね……もっともこの第七戦が無ければの話でしたが……」
 確かに……白い盤の中に、黒が混じっていないとは限らない……逆もしかり……パーフェクトゲームは難しいモノです……
 ですので……もう一つの手段による決着が専らですね………【相手の敗北条件を満たすこと】……それでも勝利と成ります……」
「……敗北条件は?」
「プレイヤーが指せなくなってしまった場合です……
 私が知る限りでは二つ…………一つは私も見たことがありません……もう一つは……相手が降参<リザイン>することです……
 ……諦めてしまえば…………そこで試合終了とはよくぞ言ったものです……」
「なるほど。ならば、問題は無いでしょう。了解しました」

(もう一つは……まあ、有り得ないと云えば、有り得ないですがね…………諦めること“さえ”できなくなってしまった場合など……)

〆勝利条件・敗北条件確認             :200

Grade Point:1250→1050

→□チャネリングの意味              :50
369名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:00:53 ID:498148YYO
支援
370SKIT 【PPPPP!!】:2010/11/12(金) 22:00:55 ID:Mj69Jrdw0
「ほう……此処に着眼致しますか……流石はグリューネ様……慧眼にあらせられます……」
「能書きは結構です。述べなさい」
「わかっております……分かっておりますとも……
 さて、先ほどベルセリオス様も述べられておりましたが……基本的にこの戦いは灰色の駒しかありませんので……
 原則……盤上に於いて……絶望側・希望側共に殆どの駒を使うことが可能と成ります…………ですが……“例外の駒がございます”……」
「“王<キング>”―――――主催者ですね」
「左様でございます……主催者……“王”、そして王のみが知りうる情報……王のみがとることができる行動……これら全ては、
 絶望側のみが使用可能な特権となっております…………先ほど私がベルセリオス様よりお預かりしたこの王家の紋章……
 この権限の証などを持たぬ限りは……主体的に動かすことはできません……」
「つまり“王”は絶望側専用の駒、ということですね。そして、恐らくチャネリングとは……」
「御想像の通りです……チャネリングとは本来絶望希望問わず使用可能な灰色の駒を黒く染め上げる鎖……
 “効果発動中の駒は絶望側しか使用できません”……」
「発動条件は?」
「御想像にお任せ致します…………解除条件は……まあ……電波が途絶えれば……解除ですよ……」
白煙を燻らせながら香りを楽しむサイグローグの視線は、グリューネの視界からは視えない。
「途絶えれば、ですか…」

「そう…途絶えれば……ピピピピ……電波が……ピピピピピピ……ククククク…………」

〆チャネリングの意味             :50

Grade Point:1050→1000
371名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:01:19 ID:c4kulHLI0
 
372End of the Game -prologue!!- 19:2010/11/12(金) 22:02:03 ID:Mj69Jrdw0

(ここまでは、先ず先ずですか……)
グレードと呼ばれる何かを半分サイグローグに渡しながら、グリューネは思う。
如何なる思惑かと訝しみながら道化の遊興に付き合ってみれば、サイグローグの返答は決して軽挙な妄言ではなかった。
言い回しは曖昧であったが、その解答の意味を理解しようと思えば8割は可能だ。
グリューネが答えをの一部を自分が知っている内容を道化に尋ねたのはそれを確認する為でもあった。
自ら敷いたルールは守る。それこそがサイグローグの矜持であり、ゲームを楽しむ為の自らに架す縛りなのであろう。

残り、1000。
グリューネは残された項目へ向ける視線を上から下へゆっくりと下げていった。
このグレードショップによる契約は恐らく真実だ。サイグローグの名の下に効果を発揮する強制力を持つ。
ならばこの残高を如何に用いるか…………
殆どの項目は高過ぎて購入できないが、グリューネにとっては問題なかった。殆どが自らに不利な項目ばかりであったからだ。
逆に、購入可能な項目には非常に魅力的な要素が眠っている。
それらは殆どがグリューネに、いや、希望に向かう駒達に利をもたらすものばかりで、
何故これほどまでに安いのか、逆に罠かと訝しみたくなるほどだ。
それらを手に入れ最後の戦いを有利に進めたいという衝動は、例え神だとして無碍に出来るものではない。

だが。それよりも、どうしても……眼を離せないものが……ある……

→□この世界の真贋             :???

対価の数値は隠されているが、決して少ないものではないだろう。
だからこそ、グリューネはそのポイントの半値を残したのだ。
だが、本当に、これを選んでいいのだろうか。
選ぼうとする彼女の指が、凍ったように動かなくなる。
末端まで血液が届かなくなったかのような鈍さ、息苦しささえ感じる粘性の空気。
空気の温さが、歪みかけた光が、揃い揃って警告しているのだ。

“それに触れたら、取り返しがつかなくなる”。

コノセカイ、ホントウハ。

「…………一つ……質問をいたしましょうか…………」
「ッ!!!!」
その柔らかな耳たぶの裏側を舐めるような道化の声が、グリューネを浸した。
想像さえ絶するほどの、底なし沼を逆に昇るような不快に堪らず女神は上半身を跳ね上がらせる。
だがサイグローグはそんな彼女を意も介さぬといった様子で、シックな意匠の長煙管から白煙を燻らせている。
瞬きの間の悪夢の後、そこに残ったのは胸を大きく揺らす心臓の動悸と白磁の肌に滲む汗だけだ。
(今のは、一体)
「貴方の手元に…………一冊の本があります…………何も書かれていない……真っ白な本です……」
自らが吐き出した煙をサイグローグが空いた右手でくるくると弄ぶと、いつしか煙は一冊の本になった。
絢爛豪華な装丁の表紙が勝手に捲れ、独りでにパラパラと進むページは何も描かれていない文字通りの白紙だった。
「貴方は……物語をその本に書こうとします……喜劇の神話でも……悲劇のオペラでも……惨劇の小咄でも……」
サイグローグが更に右手を握り、そして開くとそこには七色のインクと蒼い羽ペンが現れる。
如何なる翅を用いた筆か、どんな染料を用いたインクなのか。そんな瑣末なことなど考えられなくなる色合いだった。
手に取れば、忽ちの内に物語が書けるように思える、夢のように蠱惑的な代物だった。
だが、とサイグローグはそれをグシャと筆を折り、インクをドボドボと盤に垂らしてしまう。
「果たして…………それは…………本当に貴方が書く物語なのでしょうか………………
 真白い本に物語を描く貴方”という物語を…………誰かが書いているだけなのでは……?」
砕けた筆記用具の残骸を見て、グリューネは気付く。
折れた筆の断面にどす黒い骨髄が渦巻いている。盤に零れた虹色の川は血河のようにテラテラと人脂で輝いている。
「……もしくは逆に…………真白い本に……素晴らしき筆に……貴方が書かされているだけなのでは……?」
麗しき白薔薇が棘より吸い尽くしたるは血の赤。美しき満開の白桜の下に葬られしは亡骸。
物語を彩る“魅”惑、それが強く有れば強く在るほど裏側の魑“魅”はおどろおどろしく戦慄いている。
373名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:03:22 ID:T6L5dfG+0

374End of the Game -prologue!!- 20:2010/11/12(金) 22:03:38 ID:Mj69Jrdw0
「貴方は…………何を……読むのですか…………? …………何を……書くのですか…………? “それとも”……」

七色に穢れた道化の御手が五指を広げて、女神の美貌を覆う様に近づいていく。
グリューネは息を飲んだまま、退くことも進むことも出来なかった。
女神は誘われる。奥へ、更に奥へ、そのまた奥の、深淵のその先へ。
楽しさで、美しさで、明るさで、光輝く白道の先へ。

「…………何を……読まされるのですか…………? …………何を……書かされているのですか…………?」

その本の真白は、隙間無き細密なる蜘蛛の巣の色だと知らずに。


「―――――――ッ!!」
邪手が肌に触れる瞬間、辛うじて動いたグリューネの右手がそれを祓う。
だが、その手が自身の前方を通過した時、そこに彼女が見た手も、魔の筆も毒のインクも無かった。
ただ白煙を燻らせてクスクスと笑う道化が、対面の座に座っているだけだった。
「貴方は、今……考えました……それこそが……私の悦び…………」
「……戯言を……ッ」
仮面の奥で下弦の月を作るサイグローグに、グリューネは歯を食いしばって唸った。
無意味な問いと虚言を弄んで相手の心の奥を覗き見ようとするのはこの道化の十八番。
それにまんまと乗せられてしまった自分に、グリューネは自分の肩を抱きながら悔んだ。
「真実か虚構か……貴方は選んだ……どちらでもいいのに……胡蝶の夢を見る蛾は軽やかに空を舞うだけだというのに…………」
サイグローグは陰鬱な微笑を浮かべながら煙管の煙を肺に溜めこむように深く吸い、吐き出すことなく煙管を虚空に仕舞う。
そして、カップに残った冷めた珈琲をぐいと飲み干し、サイドテーブルにそっと置く。
「楽しんでいただけましたか…………?」
「ええ、反吐が出るほどに!! それが、貴方の答えという訳ですか
グリューネが噛みつくように、サイグローグの紡いだ解答を問いただす。
しかし、サイグローグははてや何のことやらと頸を折れるかと思うほどに傾げた。
「私はただ貴女に質問をしただけ…………私はまだ何も答えておりません…………おりませんとも…………」
「ならば、答えなさい! この世界が、本当に―――――」
そこまで言いかけたとき、グリューネは口を塞がれた。それは無論物理的な意味ではない。
対面で黒煙管をしまったサイグローグから放たれていた気配の性質が変化したからだった。
「残念ですが……“時間切れです”……最初に、私は申しました…………これは言わば茶会を盛り上げる為の茶受け…………
 お茶を下げても残っている菓子など……ありますまい……?」
それは、表面的には何も変わっていないかのような微細なものであり、女神でさえどう表現して良いものか判断をためらうものだった。
軽薄は変わらず、洒脱も変わりなく……なのに、明確な指向性だけが顕在している。
赤から紅へ、青から藍へ、黒から玄へ変わるかのような、密度の違いというべきであろうか。
今まで均等に存在したサイグローグの感情のバランスが、一気に傾いた。
(一体、何が―――――――ッ!!)
グリューネはついにそれに気付いた。変わっていたのは、サイグローグではなかったのだ。
サイグローグの横に置かれていた砂時計、その砂が全て硝子の底に沈んでいた。

【……この砂が零れ落ちる間際まで……しばし、この権限を、貴方のキングをお預かりします…………
 それまでにお戻りいただけば……私はこの心労から喜んで解き放たれましょう……】
「そう……全ては砂が墜ちるまでの余興…………時間制限があることは…………既に提示済みです……
 そして……時は空しくも満ちました…………残念ながら……ベルセリオス様は戻られなかった…………」

月が折れるほど、サイグローグの両目が歪みに歪む。
なぜ気付かなかったのだろうと、グリューネは悔んだ。砂時計以前の問題だ。
道化は既に着席していた。グリューネと盤を挟んだ対極に、“ベルセリオスが座っていたあの席に”。
「ええ……残念です……誠残念無念です…………ですが…………“約束は果たされなければなりません”…………!!」
全ては、時間稼ぎだった。サイグローグがこの席に就くまでの―――――絶望側の代行プレイヤーになるこの瞬間までの!!
375名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:04:32 ID:c4kulHLI0
 
376End of the Game -prologue!!- 21:2010/11/12(金) 22:04:56 ID:Mj69Jrdw0

「判定者宣言<リコール>……! 絶望側・ベルセリオス様が規定時間までに着席されなかったことを確認……
 事前約条に基づき……ベルセリオス様が戻られるまで……このサイグローグが絶望側代行を務めることを宣言いたします………ッ!!!」

「白々とッ!!」
頬を舐めるかのような錯覚を肌身に受けたグリューネは、サイグローグに有らん限りの敵愾心をぶつける。
判定者として中立の立場から全体を眺めていたサイグローグの視線、それが今絶望側からグリューネを…“敵”として射抜いている。
「どうしました……? まさか……私を味方だと勘違いしていたなどと……
 あのグリューネ様が……よもやそのようなチョロ甘なことをお思いになっていたとは……ええ……決して……思いませんが……?」
クスクスと笑うサイグローグに、グリューネは自分の甘さを痛感してその美貌を微かに歪めた。
味方などと思ったことは無いが、中立であるサイグローグがこの段階で敵に回ることを想定してはいなかったのも事実だった。
何をバカな。この道化が、誰かの味方になるなど有り得る訳が無い。こいつは自分だけの味方なのだから。
「さて……余興に大分時間を割いてしまいました……始めてもよろしいですかな?」
「……お好きになさい。どの道、初手は貴方なのですから」
グリューネが、半ば汚物を祓う様にサイグローグの確認をあしらう。
次の一手は既に決定している。だから絶望側が誰であれ、そこは不変であるはずなのだ。

―――――――――――――――――――――相手が“まともであったならば”。

「畏まりました……さて私の手番ですが……しかし……この盤は……寂しい……」
サイグローグは駒を動かすことなく、くるくると片手で器用に煙管を回す。
やるべきことは一つしかないというのに、一体何を待っているというのか。
女神が声をかけようとしたその瞬間、サイグローグの煙管がカンと盤を打ちならす。
「白く輝き過ぎて……綺麗過ぎて……淋しいですね……ならば“こう”しましょうか……」

サイグローグが煙管の端を片手で摘み、もう一方の片手でグリューネから隠す様に煙管を覆う。
そして腕を払った時、そこには煙管の姿は無く、一本の剣があった。何の変哲もないロングソード。
煙管と剣をすり替えたのか、煙管だと思っていたものが実は剣だったのか、それはグリューネには分からなかった。
あったのは、今此処に剣があるという事実。そして、事実の剣をサイグローグが投げ飛ばした。
投げた先が対戦相手などということは勿論有り得ず、グリューネとは全く別方向に―――棄てられた黒盤へ突き刺さった。
「!? 一体、何を……」
グリューネの声など金属には聞こえるはずが無く、底なし沼のようにずぶずぶと剣が盤に沈み、
やがて、柄だけが盤の上に突き刺さったまま静止する。
「始める前に……少し……ここまでの戦いの感想でも……お聞きしましょうか…………」
そう言いながらサイグローグが指を弾くと、貫かれた剣と黒盤が躍る様にしてサイグローグの手元に戻る。
その生きたような自然さは、最早奇術のタネを暴く気さえ奪ってしまう程のものだった。
だから、サイグローグがその剣を引き抜こうとした時、女神は心構えの一つも出来なかった。
「な、何をッ!!」
「なにも……唯の……インタビュウです……ギャラリィの……声をね……」
眼を見開くグリューネの驚愕を甘露の如く味わいながら、道化はゆっくりとゆっくりと剣を引き抜いていく。
ズルズルズルズルズブズブジュルルルル。
剣より伝う液体は、その盤の色に違わず闇黒だった。芳しい腐臭を、香ばしい死臭を撒き散らしながら剣が戻ってくる。
一体そこから何が出てくるのか。それは奇術の肝ではなかった。
それは既に終わった世界。ならばその冥府の底の底から引き上がるものなど、死以外に存在するのだろうか。
377名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:05:20 ID:c4kulHLI0
 
378End of the Game -prologue!!- 22:2010/11/12(金) 22:05:54 ID:Mj69Jrdw0

グリューネは絶句した。絶句するしかなかった。

そこには頭が刺さっていた。後頭部から刺して無理矢理引き抜いたのか、
脊髄がテラテラと首のあたりから血管と一緒に垂れさがっている。
ただの悪趣味な頭蓋だ。金色の頭髪が、真白い雪に覆われた――――――唯の子供の生首だ。
「よかった……冷やされたおかげで、まだ腐っておりません……
 フォルスで出来たものは……類する力でなければ解けない……だから……保存がいい……
 唇も、歯も、舌も……こんな風に………“まだまだ使えます”…………」
まるで杖のように突き刺さった生首、その閉じた瞼が爛と濁ったまま見開く。
――――――――最後まで英雄になれなかった子供の残骸、その口がガタガタと鳴り響きだす。

「ひっでーよね! 俺は腹イタいのイタいの我慢して、あの人を許したのに、
 今の俺は無様にぶっざまに、生きながらえて、色んな人にチヤホヤ守られて、
 そのくせまだ許すかどーかも決めてないってドヘタレ過ぎ!! 」

今読んでいる本に独り突っ込みを入れるかのように、生首の杖は独りでにもう一人の自分を酷評する。
グリューネはまるで人間のように口を手で押さえて、内側からマグマのように沸き立つものを抑えた。
眼球があらぬ方向を向いているわけでもない。腐肉や涎が垂れているわけでもない。
ただその円らな瞳と快活な喋り方が、あまりにも生者のそれであることが何よりもおぞましかった。

「まあまあ……そうおっしゃらずに……仮にも同じ駒だったではありませんか……」
「んなコトいってもさー。結局、あれって俺の負け方見てさ、対策考えてこうなったんでしょ?
 つまり俺の犠牲の上にアイツがああしてノウノウ生き延びてるわけじゃん。それってズルくない?」
「ククククク……ズルくなければ、勝てないらしいですから……この戦いは……そうでしょう……女神グリューネ……?」

そう言いながらサイグローグが杖をグイとグリューネへと伸ばす。
女神と杖があわや接吻してしまいそうなほどの距離に近づく。
杖より輝く蒼眸に、女神は己の歪んだ顔が映ったのを見た。
瞳の中には怨みも蔑みも無かったが、だからこそ水面の底に映ったものが耐えがたかった。

“お前達は一度ゲームを棄てたのだ”

                “犠牲にした俺達を見捨てたのだ”

                               “犠牲を出しておいて何が神だ”

「茶番を止めなさいッ! この様な座興、盤には何の関係も無いでしょう!?」
苛立つように吠えるグリューネの表情は、眉目秀麗たる女神の称号を返上しなければならない程だった。
だが、その言動には理があった。この様な盤外戦術など余剰もいい所だ。
“ここで何が起ころうと、盤上の動きこそが全て”なのだから。
女神の罵声などそんなことは百も承知だと、サイグローグは卑しい微笑を浮かべて杖を窘める。
「これは失敬……そうですね……ええ……いけませんよ……? 美しい御方を虐めては……?」
「まあ、いいけどさ。それよりさ、俺の天翔翼、凄いカッコよさだったよね!
 おっきくて、輝いてて! 暗くなった空にビカーってさ!! “あの村からも見えるくらい!!”」
先ほどまでと打って変わって、もう一人の自分を称賛する生首にグリューネは僅かな違和感を覚えた。
しかしその微細なノイズは、潮騒の如く広がる心のざわめきに掻き消されてしまう。
もしグリューネが常の聡明と神眼を備えていたならば、その違和感の行きつく先に至っただろう。

だが、全ての可能性が真実と成り得るこの戦いにおいて“もしも”などという腑抜けた言葉など、何の役にも立たない。
379名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:06:15 ID:T6L5dfG+0

380名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:06:28 ID:c4kulHLI0
 
381End of the Game -prologue!!- 23:2010/11/12(金) 22:07:33 ID:Mj69Jrdw0
「そうですね……実に……実に美しかった……夜空に輝く花火の如く……
 壮大なるフラメンゴに会場は歓声に包まれている…………おやぁ……? 何やら違う声も……聞こえますねェ……?」
サイグローグはワザとらしく耳を大きくして、手を当てておっきくなっちゃった耳を澄ます。
そして、その耳の穴が向かう先は剣を引き抜いた盤だった。
僅かに空いた女神の心の隙間を埋めるように、道化の鋭い手刀がズブリと突き刺さる。
そしてポケットの中のビスケットの粉を探す様にグリグリと盤の中を弄繰り回した後、あったあったとその手を引き抜いた。
そこには白手袋で包まれた手は無く、牛の生首がドンと鎮座していた。
正確には“そんな風にも見えた何か”が鎮座していた。
なぜなら、サイグローグの手が纏っていたのは唯のヘドロのような汚物だったからだ。
腐食して内部からガスをゴボゴボ吹かせている肉汁と、良く挽かれた小麦の様なきめ細かな骨の粉が混ざったパンケーキの種のようだった。
さらに捏ねて捏ねて、いい感じに粘ったソレをべたりと腕に纏わせただけのもの。
なのに、その非加熱牛肉骨粉は一流の影絵師の如き巧みな指捌きによってまるで生きた牛のように口を開くのだ。

「でもおかしくねえか?」
「何がですか……ウシ君……?」

サイグローグの見事な奇術の前に、女神は感極まって先ほど食したマフィンを吐きそうになる。
あの食べたマフィンは“一体何で出来ていたのか”。その可能性に思い当ったのだ。
小麦のような白い粉も、卵のようなタンパク質も、ミルクのような白い液も、果物でさえも何で出来ていたのか。その事実は一切確定されていない。
あの数々のスウィーツの絢爛舞踏さえも、今やモルグ街のびっくり挽肉市でしかなかった。
そして可能性は胃袋の中で新たな真実となり、おぞましき汚物と成り下がり女神に特大の反吐を催させるのだ。

グリューネの痴態をワザとらしく見逃すようにして、右手の“ウシ君”と左手に持った“杖”に道化は甘ったるい声をかける。
「いったい何が……可笑しいと……? 君は……分かりますかな……?」
「ん〜〜なんだろ……あ、わかった!! そうだよ、おかしいじゃん!」
「だろ? どう考えてもおかしいじゃねえか!」
「ううむ……困りました……私何のことかさっぱりこれっぽっちもけっして分かりません…………どうか……私にもお教え願えませんか……?」

もう呆れるほどのわざとらしさで頭を振る道化に、二つの死骸は顔を見合わせて笑う。
そして、1、2の3と声を合わせて大声で答えを言うのであった。


「「C3村北地区から見えたんだったら、C3村中央地区の奴らが何のリアクションも無いなんておかしいね!!」」
382名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:08:19 ID:T6L5dfG+0

383名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:08:20 ID:c4kulHLI0
 
384End of the Game -prologue!!- 24:2010/11/12(金) 22:08:33 ID:Mj69Jrdw0
「!? まさか…!」
口元の体液を拭うグリューネはそこまで来て漸く道化師の無意味な行い、その本当の意味を理解する。
だが気付いた時は既に遅く、道化の両腕は既に変化を起こしていた。
「おお……そうですねえ……村は小さい……そして北で見えるモノが僅かな距離の差しかない広場でも見えない道理はありません……
 教えてくれてありがとうございます……こんな大きなムジュンを見逃していては……先には進めません……進められませんとも……」
「―――――――猿芝居が……ッ!!」
グリューネは隠しようも無い怒気を乗せて叫んだ。ベルセリオスに対する蔑みとは全く別種の怒りだった。
だが、サイグローグはそんな上気した肌も見眼美しきとニヤニヤ笑うだけだ。
そして、その両腕に纏った骸の形が、役目を終えたとばかりに突如頸の額が罅割れだす。
額の骨をガリガリと削り、骨と大気の狭間の薄肉をくちゃくちゃと啜るようにして頭は破裂した。
原型留めし口元は永遠にワラッたまま―――――そして脂ぎった黒光りの羽蟲が孵化するように広がっていく。

「何がでございましょうか……? ギャラリィからの問いを無視するなど……私そのような無礼はとてもとても……
 紳士でございますが故に…………真摯にお答えさせていただきますとも…………ククククク…………」

子供の生首からは、眼窩や鼻腔から毛根・汗腺に至る全ての穴からひり出るようにして。
賞味期限をブッチぎったの牛100%ミンチからは、それ自体を餌として貪る様に増殖して。
骸の隙間に詰まった微小な産まれの卵より生まれ這って粘々と汁を垂らしながらビタビタと。
黒き水面に蠢く波濤の如く、十重二十重四万八方餌を求めて居場所を求めて不吉を携えて。
湧き上がる様に広がっていく。黒虫が、道化を伝い、剣を伝い、盤を、世界を覆っていく。
白だろうが灰だろうが、分け隔てなく虫が奔っていく。

「仕方ありません……それでは我が手番の前に……補完いたしましょう……仕方なく……しィ…かたァ…ぬぁ……クククククッ……」

忘れられた二つの骸が喰い尽くされて無数の黒虫が盤上を覆い尽くした時、グリューネは終ぞ理解した。
これが、これこそがサイグローグというプレイヤー――――――その本質なのだと。



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

385名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:09:40 ID:c4kulHLI0
 
386名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:10:25 ID:T6L5dfG+0

387End of the Game -prologue!!- 25:2010/11/12(金) 22:10:41 ID:Mj69Jrdw0

おっす、俺様はグリッド! 苗字は聞くなよ!! 正義のレンズハンター集団、漆黒の翼の団長だ。
眼が覚めたらいつの間にか変な所にいて、偉そうなオッサンがバトルロワイアルとかいうなんか訳わかんねえゲームをしろとか言いだしやがった。
強くてカッコ良くて頭脳は明晰でかっちょ良くてイケメンな俺がそんな命令に従う訳が無い!
だからカッコイイ俺はこんな良く分からん場所でも己を見失うことなく再び漆黒の翼を再結成、ミクトランを倒すことにした訳だ。
……まあ、途中ちょっと、ほんのちょっと。ホントこの若干内側に反って眼に入りそうな右目の端の睫毛の長さくらいちょ〜〜〜〜〜おっと、
自分を見失なった――――って今の無し、見失い“そうに”なったりもしたが、見失ってないんだから問題無し。結果オーライ。
人望厚い俺様程のカリスマになると、おちおち自分探し中に「おおっと?」とLOSTする暇も無いから困ったもんだ。
兎に角、ちょっとしたピンチをババッとささっと片付けて一回りも十一回りも大きくなった俺にとっては最早ミクトラン如きでは収まらない器になった訳よ。
主人公って大変だわー大変ヒーローホント大変だわー。大変過ぎてバトルロワイアルそのものをブチ壊したくなってきた。いまここら辺。

そんなこんなで雷光天使ヴォルタルグリッドさん−Fatal Strikers−始まるよ!!

「……で、なんだその頭痛を通り過ぎて耳から汁が垂れそうな口上は」
大分陽が落ちて更けた夕空に、キールの呟きが拡散する。
烏がカアとでも鳴いてくれればオチもついただろうが、そんな生き物もいない。
これ以上のリアクションは求められないと、グリッドは右手で頭をかきながら口を開いた。
「いや〜〜〜〜、なんかノームが俺に【もっとかがやけ〜〜〜】と囁いたんでね。
 べ、別に最近別の誰かが滅茶苦茶フィーバーしてて1年半以上出番が無い俺達のこと忘れかけた人とかに
 アピールしなきゃとかコレッぽっちも思ってないんだからなッ!! ホントなんだからなッ!!」
「色々言いたいことはあるが、自分のことしかアピールしてないだろう」
「馬鹿野郎ッ! 真・漆黒の翼の団員規則第876条『団員の出番<モノ>は団長の出番<モノ>』を忘れたのかよッ!!」
「絶対王政も真っ青の強打主義だな……」
どっと溜息をついて、キールはやれやれと首を振った。
キールにしてみれば額を抑えたくなるほどの奇言だろうが、両の手が塞がっているためそれは出来ない。
激闘を終えた男達の、他愛無い雑談“だけ”が暗き夜を慰め程度に彩っていく。

はははと笑いながらグリッドは北の空を向いた。
東西や南、天頂と大差ない夜色の空。だがつい先程の一瞬、その空は紅く輝いていたのだ。
「なんだよ……カイルの奴、あんな大技隠してやがったのか。ディムロスの奴、俺といた時はあんなの一言も言ってなかったぞ」
「その前の4属性同時術撃……あれほどの術式を使えるのは、生き残りの中ではミトスだけだろうな。
 図らずともお前が述べたヴェイグ達の話を補強する形になったか。お前が丸々嘘をついていなければという条件付きだが」
「信用ねえなあ」
鳳凰と基幹四元素の混成大魔術のぶつかり合い、その威力は遠く離れたこの場所にも伝わっていた。
それは唯衝撃が届いたというだけの意味ではない。その攻撃に乗せられた、互いを撃滅させんとする“決意”というべき意思を感じるものだった。
今この瞬間まで、否、今もまだカイルは戦っているのだ。それほどまでの決意を乗せて戦っているのだ。そしてそれはつまり―――

「少なくとも、カイルは戻って来れないな」
388名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:11:00 ID:c4kulHLI0
 
389名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:11:36 ID:T6L5dfG+0

390End of the Game -prologue!!- 26:2010/11/12(金) 22:11:50 ID:Mj69Jrdw0
キールはつい先ほどまで自分が座っていた椅子の座り心地を語るように未来を論理的に断定した。
そこには当然、それを見届けるまでこちらには来ないと言っていたヴェイグとティトレイのことも含まれている。
グリッドはその一言にひくりと眉根を詰める。だが、その感情を眉に走らせたのはキールがカイルの帰還を諦めたからではない。
キールで無くとも、少し考えればカイルが生きて帰還することがどれほど難しいことかは否でも分かる。
そして今グリッドが背負う漆黒の翼とは己が想いに従い生き抜くことであり、その結果カイルが選んだモノがこの結果であるならば納得は出来ないまでも
団長として受け止めなければならない、そう考えていた。故に、グリッドがキールに対して思ったのはそこではない。
“何も無いのだ”。理屈に逆らってまで己が感情に従い、自ら地獄に足を踏み入る―――――あのキール=ツァイベルならば真っ先に唾棄し否定する行為。
それに対して、キールは一切の感情を示さなかった。カイルを愚かと貶す訳でもそんなカイルを待つヴェイグ達に苛立つ訳でもない。
“もうどうでもいい”。そう、その言葉がグリッドにとっては現状を一言で現わすのに一番しっくりとくるものだった。

「そういや、あの火の鳥のせいで話が途切れちまったな。悪ぃ」
「いや、別に大したことじゃないから構わないさ」

伏し目がちに、自らを背負う少女の幸薄い胸元をキールは見ていた。
グリッドはキールが自分から視線を外したように見えて、心にもやもやしたものを抱え込む。
彼らは向かい合っていた。開いた距離は、そのまま2人の関係性を表しているのか。
視線は、心は終ぞ重なることなく、少なくとも現時点では歩み寄る様子さえ見えない。

「悪いな、ホント。じゃあさ、さっき聞きそびれたから、もっかいだけ言ってくれないか? 出来れば、俺がハッキリ聴ける位の声で」
「その天使の耳は何の為についているやら……分かったよ、もう一回だけな」

グリッドと、コレットにおぶられているキールは、遠く離れたまま向かい合っている。
他愛ない刻限前の、仲間達のささやかな会話。そうあるべきだった。
さも余裕ぶって能弁を垂れるグリッドに、キールは口元を三日月型に歪める。
その笑みにグリッドの心が身震いし、メルディの肩を掴む手に僅かに力が入る。

「メルディをこちらに渡せ」
「敢えてもう一度聞かせろ。嫌だって言ったら?」

キールの言葉に、グリッドはこれが最後の我慢だと言い聞かせて冷静に問い返す。
血の色が抜け、青白い肌の上で浮かぶ笑みは人間味が消えたようで薄気味が悪い。
幽霊のように、ふっと目を離せばすぐ掻き消えてしまいそうな頼りない姿。気づいたらコレットの背から重みが消えているかもしれない。
なのに、その右手だけが、強く強く力が込められてそこに確かに存在した。

「この哀れな娘が、一人ここで壊れるだけだ」

ホント、何がどうしてこうなりやがった。
そう口の中で吐き捨てたグリッドが見つめるキールの右手には、コレット達のネックレスが強く握りしめられていた。


 始めよう。始まろう。新たなゲームを始めよう。
 ちょっと眼を離した隙に空気は険悪最低。下手を打てばすぐおしまい。ハッキリ言って無理ゲーだ。
 ああ、仕方がないさ! 運命の女神様は男の喧嘩程度では見向きもしてくれない。
 絶対に無理なものが覆って、まるで幸せな結末に向かっていくような予感を感じさせても。
 そんなもの、淫蕩な女神様が一夜をやり過ごす為に色目遣うようなもの。
 貴方に気があるなんて夢を見たら、浮き足立ったところでちょっと足を引っかけられれ簡単に転んでしまうよ。
 一度マントルまで掘り尽くされたガバガバな溝がそう簡単に埋められる訳がないじゃないか。
 まだまだ続くよエマージェンシー、終わらないよエマージェンシー、終わらせないよエラージャンキー。
 帰ってきたよロジカルカーニバル。あの懐かしのカニバルカーニバル。
 非常口なんてどこにもない。継ぎ目無き密室の内側で20枚全部剥がれるまで壁をひっかいてひっかいて――――――
391名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:13:02 ID:c4kulHLI0
 
392名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:13:09 ID:T6L5dfG+0

393End of the Game -prologue!!- 27:2010/11/12(金) 22:13:25 ID:Mj69Jrdw0
空は赤味を失い、地平線の向こうから紫のグラデーションが現れる。
もはや廃村にも等しいC3の村にも薄暗い闇が落ち始めていた。
吹き抜ける風も涼しさを通り越して、隙間に入り込んだようにうすら寒い。
寒暖を感じる感覚こそ失っているものの、今の風はそうなのだと彼は記憶を頼りに断じた。
彼は空を見上げ、忌々しげに舌打ちをする。背負っている漆黒の羽は、黒という色であるにも関わらず闇に溶け込むことなく凛然と漂っている。
しかし、ともすればその羽ばたきは、焦りに揺れているようにも見えた。

キールの考えは分からないが、時間が残されていないことはグリッドも漠然と感じている。
なのに本来の目的であった3人の回収は叶わず、ましてや黙認してしまった。
当然、それが間違いだとは思っていない。だが、どこか心の内で見えない霧のようなものが満ち始めていた。
ふと隣を歩くメルディを見ると、彼女もこちらを見つめていた。
いや、ずっと見つめていたのだろう。
寄る辺無き無機質で透徹した瞳は、年端もない子供のようにずっと彼の表情を凝視している。
その瞳を鏡として自分の有様を見つめ直す。こんなの自分らしくもない。
彼はかぶりを振って、メルディに向かって自信に満ちたいやらしい笑みを投げかける。
これもきっと虚勢だと彼女にばれているのだろう。構いやしない。
自分の目的はひとまずは達成したのだと、そう自分に言い聞かせてグリッドは歩き続けた。



北に向かったグリッドとメルディが中央広場へ戻ってきたのはキールが指定した時間より10分前、つまり放送15分前の頃合いであった。
2人の影に気付いたコレットは彼らに向かって手を振っている。
しかし、椅子に座っているキールは目を細めてグリッドを見やっていた。
連れてくるはずだったヴェイグとカイル、ティトレイの姿がないことに疑問と不満でも覚えているのだろう。
いや、むしろ原因はそこではない気配さえあった。
地面にそのまま置かれた机の上で指をとんとんと叩き、眉間に皺を寄せている。眉の端は時折ひくひくと引きつっていた。
3人を連れてこなかった“だけ”にしては、妙にキールは苛立っている。
「……遅い」
「は?」
「遅いと言っている」
「いや、約束の5分前には戻ってるんだからいいだろ? しかもまだ15分前だし」
「待っていたのはこっちだ。行動しているより、待つ方が時間を長く感じるのが常だ」
「……理不尽だ」
お前の方が色々な意味で理不尽だと机にひじを置き、顎を手に乗せてふてくされるキール。
頼んだのはどこの誰だよ、と彼は思わず突っ込みたくもなったが、売り言葉に買い言葉は頂けないと思いぐっと堪える。
「それで、目的の3人は?」
「ああ。それが、3人ともまだ北を離れられない用事があるようで」
「用事?」
「ここより更に北でカイルとミトスが戦ってるんだ」
へえ、とキールは珍しく感嘆したように息をつく。
首を軽く動かし、空を見上げる。
暗闇に覆われた天蓋には、幾つかの星と、赤と青の双子月が浮かんでいる。
下はどんなに血生臭く淀んでも、空気だけは澄んでいるらしい。
その中で、ぽつぽつと不自然な星が散り、長めの飛行機雲が多くたなびいている。
394名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:14:22 ID:c4kulHLI0
 
395名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:14:31 ID:T6L5dfG+0

396End of the Game -prologue!!- 28:2010/11/12(金) 22:14:39 ID:Mj69Jrdw0
「応援に行かなくていいの?」
心配そうな声音でコレットは尋ねるが、グリッドは目を伏せてかぶりを振った。
「ヴェイグとティトレイでさえカイルの帰りを待っていた。俺達が水を差す理由なんてないんだろう」
少しだけ肩を落とすコレットを見て、グリッドはああと納得した。
確かコレットは天使化していた時にカイルと会っていたと、カイル当人から聞いた。
そしてミトスとコレットがどれほどの縁かは、ロイドから大まかには聞いている。
だから彼女はカイルが心配なのだろうと彼は推測した。いや、もしかしたらミトスも。
グリッドは、どんな行動も自分の意志で決めたものならば、それが1番だと思っている。
相手の決意ある意志を尊重したいし、何よりそれを認める自分の意志を快く思っている。
もちろん、相手の行動が気に食わなかったら、当然のように乱入を(妨害を)するのだろうが。
だが、行く末を心配するコレットの気持ちが分からないつもりではない。
実際問題、B3で戦って無事に帰ってこれる確率は――――戦闘に敗れるにしろタイムオーバーになるにしろ、万に一つだろう。
だが、それをあの過保護のヴェイグが許したのだ。自分が許さないでどうする。海よりも広い器の大きさが高が知れる。

とはいえ、いわばそれはグリッドの事情であり。
キールは2人の会話を聞いても表情1つ変えなかった。
――いや、和らげることも更にしかめることもないので、さして内容を気にしてもいないのかもしれない。
ふう、とキールは一息ついた。輪にかけてぼさぼさになった長い前髪を掻き上げ、額を押さえる。
何も言わずに視線を横に流す。キールはグリッドの隣にいるメルディを見ていた。
疲れきった学士の重い視線は、メルディの首元に集約しているように思えた。

「まあいい。別にあの3人が遅れても支障はない」

は? と思わず疑問が口から飛び出そうになる。
だが、ふらふらと立ち上がろうとするキールと、阻止せんと近寄るコレットに意識が向かい、口は言葉を発せずに閉ざされた。
子鹿のように震える足で立つキールを支えるコレット。
「ああ、すまない」
「キールさん、私がいないと立てないんですから、立つときはちゃんと言って下さい」
「気をつけるよ。それと、僕のことは別にさん付けなんしなくていい」
「ふぇ?」

グリッドは吹き出しそうになった。それこそ噴飯ものだ。
あのキールが、妙に優しげな声で――それこそメルディにしかしないような声で、呼び捨てにしろと言ったものだから。
当のコレットでさえ困惑の色を隠せない。
「どうせ僕とお前は1歳くらいしか離れてないんだろう。さん付けするほどでもない」
「あ、う、うん……」
急に穏やかになったキールを、戸惑いつつもコレットは背におぶる。
立ち上がるとき、いつものように転びそうになったが、これまた珍しく何とか体勢を持ち直した。
コレットの幸運は転ばない方向へと転換したらしい。
傍から見れば、ほほえましい介助者と病人のやり取りにも見える。
なのに、グリッドは微かな不快感を禁じえなかった。奥歯で砂を噛む……いや、砂ほど自己主張はしていない。
せいぜいライスを食べていたら一つだけ生の固い米粒を噛んでしまったような。
有害ではない、しかし無視して噛み続けることもできない、そんな中途半端な違和感だ。

「さて、グリッド」
名を呼ばれた彼は、眉を寄せ目を大きくした。
コレットの背後、彼女が表情を把握できない場所で、キールは眼光を鋭く――否、どっぷりと深い沼のような瞳の暗さで彼を見ていた。
それだけならばまだ策士として様にもなろうが、自分と同じくらいの少女に背負われるその姿がその演出を台無しにしている。
そんな情けなさなど露知らず、キールはコレットの首筋近くでふっと笑った。
397名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:15:33 ID:T6L5dfG+0

398名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:15:37 ID:c4kulHLI0
 
399End of the Game -prologue!!- 29:2010/11/12(金) 22:15:57 ID:Mj69Jrdw0

「あの3人は、脱出には必要ない」

今回ばかりは流石に聞こえた。キールをおぶっているコレットも、メルディでさえ、声の方へ顔を動かした。
グリッドが口元を引きつらせている間、キールは涼しそうな面持ちでいた。さも当然のことだろうと言いたいかのように、無表情な顔だった。
闇の帳が更に深く広場へと下りてくる。空に光る人工の星が、生まれては激しく散っていく。
だが、そんなものなど比べ物にならない闇の誕生、生煮えの米粒程度のその予感をグリッドは確かに感じ取っていた。
「なんつったお前?」
「メルディを渡せ」
「いや、だからヴェイグ達待たねえのかよ」
「言っただろう。待つ必要が無い」
「意味分からねえって言ってんだろ」
成り立たない会話。まるで違う国の言語で喋っているかのような、空を掴むようなドッジボール。
その間にもグリッドは何かしらの危機感を感じたのか、残された左腕でメルディの行く手を遮っていた。
それを見たキールは、九九を何度教えても理解できない子供を見るように呆れた表情を伺わせる。
そして、少しだけ何かを考えるように眼を伏せた。
僅かばかりの逡巡、その後、やむを得ないとばかりにキールは目を伏せて講釈を垂れた。
「グリッド、さっき言ったな。僕の全てはみっしりとメルディだ。
 こいつを救う―――――――それだけを、僕は貫き通す。それが僕のバトルロワイアルだ」
「馬鹿にしてんのか? ンなことはバッチリ覚えてるよ。だったらなんで待たないって話になるんだよ」
吐き捨てるようにキールは短く笑った。グリッドも同じよう軽蔑にも似た笑声で答えていた。
しかし、彼の牽制に対してキールはすぐ答えを出した。汚れに汚れたローブからクレーメルケイジを取り出し、眼前にかざす。

「メルディを奴の所まで“飛ばす”」

瞬間、グリッドの表情に苦味が走った。
奴、則ち主催者ミクトランの元へ、メルディを転移させるとキールはそう言ったのだ。
常ならば冗談だと即座に笑い飛ばせる与太話。だが、そんな軽口さえ噤まされてしまう。
キールが所持していたケイジから、もう1つのケイジとは比べ物にならない威圧が放たれている。
天使となってマナという異世界の概念に触れたグリッドには、その威圧の源――――無数の晶霊を確かに感じ取っていた。
キールがケイジを取り出したことに、一体どんな意味があるのかまでは分からない。
だが、この圧力そしてキールの一切の迷い無き眼光がそれが決してブラフではないことを教えていた。

「は、それが何だっていうんだよ。単なるケイジじゃねえか。転移できるんだったらとっくの昔にしてるはずだ! そんな出任せ……」
「……できるよ」
グリッドの威勢のいい大声を遮り、隣にいるメルディが小さく呟く。小さい体躯と声量から放たれる抑止力は相当のものだった。
「できるよう。やろうと思えば、キールはいつでも」
彼は唇を噛む。ぷつりと切れた皮から、生産停止となり残り少ない血が湧き出る。
循環こそしていないものの、酸素に触れずに済む命の名残は綺麗な朱の色をなしていた。
ただの単なる揺さぶりであったはずのハッタリがそれ以上の結果を招き寄せてしまう。
メルディにもあの威圧の元が見えているらしい。
これまでの流れをぶち壊す、そんな荒唐無稽を可能とする何か―――グリッドが知らぬ、時晶霊の王―――があのケイジの中に入っているのだと。
「なんだそりゃ……何時の間に思いついたんだよ。まさかそんなチートがこの10分足らずでヒョロっと手に入ったとか抜かすのか。
 だいたいお前、普通はこれからみんなで集まってどうやってあの天上のおバカ様をブチ倒すか考える流れだろ。ドンダケ空気読めてないんですか」
唇を震わせないように、慎重にグリッドは皮肉を選ぶが、キールは薄く莫迦にしたような笑みを浮かべるだけだ。
ソレが何か明言しないということは、それこそ下手に口を出せば永遠に口を利けなくなる代物ということか。
更にそれを現時点で扱うことができるのは事実上、上級術を扱えるはキールだけということ。
半信半疑だった思考が、晶霊技師であり術士であるメルディの言葉によって確信へと変わる。臍を噛む思いだが。
400名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:16:46 ID:T6L5dfG+0

401名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:16:50 ID:c4kulHLI0
 
402End of the Game -prologue!!- 30:2010/11/12(金) 22:17:22 ID:Mj69Jrdw0
「なあ、一個だけ聞かせてくれよ。お前言ったよな。メルディを救うって、ついでに俺らを救ってやってもいいって。ありゃ、嘘か?」
「お前じゃあるまいし。嘘はつかないよ。虚言の総元締めのようなお前に嘘を付いたところで、敵う訳が無い」

キールは本心から純粋に讃えているように見えるのが、逆に馬鹿にされているようにグリッドには思えた。
だが、グリッドもそれはハッキリと理解している。あの時のキールの誓いに嘘は無い。正真正銘の慟哭だ。
行くなよメルディ。絶対に行くな。グリッドはキールを見据えたまま、横に立つメルディへと小声で伝える。
しかし、それも耳が異常に優れたグリッドにとっての小声なので、メルディには聞こえているかどうかも分からない。
辛うじて同じ天使のコレットが聞き取れたくらいか。
「とりあえずさ、お前が何考えてるか分からねえ。分からねえが、今のままハイそうですかとは言えねえな」
「問われたことには、全て答えたつもりだがな。時間が無い、僕に預けてくれ」
「ハン、今のままじゃ何度やっても答えは同じだよ。舐めんなよ俺の石頭。誰がお前に渡すかよ」
コレットも今の状況が剣呑であり、少しでも動けば綱渡りの線から落ちてしまうことは理解していたようだが、どう出るか考えあぐねているようだった。
というよりは、すぐに手を離してキールを突き落とすほどの冷たさを持ち合わせていないだけなのかもしれないが。
(待て。そういや、なんで“この距離でそんなことを言いやがった”)
グリッドはやっと自らを蝕む違和感、その一つを認識した。態々こんな怪しさを撒き散らして警戒させずとも、
メルディに頼みたいことがあるとでも言って、二人になればいいのだ。この距離ではキールの今の足ではメルディを強奪することも出来ない。
グリッドかメルディの自発的な意思が無ければ、メルディに触れることもできない。
なにせ、今のキールはコレットがいなければ動くことも―――――――――――――

“この膠着はコレットが動かないことが前提だ”。

「え、あの、キール……さ、ん?」
なよなよしくも強かな青年を背負ったまま動けないコレットはキールの言葉の意味を理解できていないのか、
首をきょろきょろとさせるが、天使といえど180度は回らない首ではキールの表情をみることはできない。。
動けないキールを背負うくらい、優しいコレットなら簡単な気持ちで引き受けるだろう。だから不自由を演出したのか。
それを尻目に、キールはグリッドの呻きが聞こえていたかのように強気に笑い続ける。
キール=ツァイベルを笑わせるほどの決定的な確信が、キールの手の中にあるのだ。
グリッドがその結論に至るよりも早く、キールがコレットの頸に回した腕を動かす。
その腕に走る迷い無き動きは、キールの決意をグリッドに教えているかのようだった。
仕込みに仕込んだ、この一瞬の為の引鉄を。自分の眉間に銃口を向けるようにして。

「するともさ……こうすれば、な」
セイファート、ネレイド、そして数多の世界の神々よ照覧あれ。
これが暗き未来を斬り裂き彼女に光を齎す―――――――――僕の答えだと。
403名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:17:50 ID:c4kulHLI0
 
404End of the Game -prologue!!- 31:2010/11/12(金) 22:18:26 ID:Mj69Jrdw0
ぬるりとキールの右手が幽婉に動く。爪の先まで意思を漲らせたその右手に、ともすれば心臓を素手で抉り取るかと錯覚する。
だが、幾らコレットが少女であろうとも、運動を得意としておらずましてや下半身の力を使えないキールの手刀などに命を奪える訳が無い。
「は。舐めてんのはどっちだ、お前の力でコレットを殺せるかよ―――――って、お前」
右手は静かにコレットの首に廻される。首筋をさすり、喉を撫で、浮き出た鎖骨を震える指先で食む。
その時、やっとグリッドはキールの狙いがコレットの命で無いことに気付いた。
「ああ、コレットは殺せない。でも、壊すだけなら……僕にだって出来るさ」
そして――――要の紋に取り付けられたネックレスを強く、しっかりと握り締める。
思いがけない行動にコレットは反射的に体を捩らせようとしたが、それも僅かな身じろぎで終わった。
無理に引き離そうとすればネックレスが壊れ、やがて瞳は赤く変わるだろうことは、彼女が誰よりも理解している。
「クレス・ミトス・ロイド。思うにな、エターナルソードを巡る三つ巴は、この女を誰が押さえるかというゲームだったんだ。
 マーテルの器を欲したミトスにも、こいつの幸せを望んだロイドにも……そしてあのクレスにさえ通じたワイルドカード。
 全ての時空剣士を支配できるこの切札を最後まで押さえた奴が、このゲームの主導権を握ることができる。
 クレスだけは確証の無い半信半疑の推測だったが――――――もう半歩早くコイツを押さえられたなら、もう少し楽ができたのにな」
コレットの抵抗があえなく終わったのを見届けたキールは、その表貌にキールは醜悪な表情を浮かべた。
グリッドは心の奥底から湧き出たものに吐き出しそうになった。感覚のない口内で、歯をへし折ってしまいそうになるほどに噛みしめる。
輝きの欠片も無い虚空の瞳は、地獄を睥睨するように無数の未来を読み切っているように思えた。
どの時空剣士が生き残るかではなく、どの時空剣士が生き残っても飼い馴らせる鎖を探す。
その為ならば、情報だろうがアイテムだろうが尊厳さえも献上して蔑まれながら相手の油断を誘うだろう。
この極上の反吐を出させる思考は、成程、確かに紛うこと無きキール=ツァイベルだ。

素晴らしいねキール。何処まで行こうがその糞野郎ッぷり。反吐が出て、その反吐見てまたゲロリングしそうだよ。
おうおうもっと良く見せろよ、屑を極め尽くしたそのどん底の眼を。
人形だった頃なら心地良過ぎて無条件で奴隷になっちゃいそうだよ。
俺が見てやる、怒りと吐き気と共に見続けてやるよ。でもよ。

「キー、ル…………」
「……………………」

それを、その顔をメルディにも見せるのかよ。
ぼろぼろのよれよれになって、あるかも分からない命を更にすり減らして、
中にあるもの全て吐き出しても、それでもずっと立ち上がって守り通したメルディに向かって。
メルディを遮る左手が、きつく握り締められる。強さの制御を忘れた手からは血がぽたぽたと流れ出ていた。
腹の中に佇む、居心地の悪い煩わしさが、ふつふつと沸き上がった熱となって血潮に紛れ込んでいた。
キールにとって実に甘美なあの表情と醜い手法に。何より手を出せない自分自身に向かって。

「キールッ!! コレットを離せ。俺は時空剣士じゃねえぞ馬鹿野郎。ンな人質、効くわきゃねえだろ!!」
腹の底から、唾液と憤怒をまき散らして喚いた。
重く冷めた目でキールは一瞥する。どうした、ボロが出てるぞ、と。
405名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:18:35 ID:T6L5dfG+0

406名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:18:36 ID:c4kulHLI0
 
407End of the Game -prologue!!- 32:2010/11/12(金) 22:19:19 ID:Mj69Jrdw0
「“嘘をつけ”……それがお前の限界だ。僕にとってコレットの心がどうなろうが知ったことじゃない。
 だが、お前はそうはいかないはずだ。“残る全ての漆黒の翼の生存が勝利条件であるお前は”。
 どうだ? 僕は僕なりに考えて、自分で決めたんだぞ? どうしてお前が文句を言うんだ?」
右手に力が込められる。待つ時間も躊躇する必要もない。
キールはコレットを壊せるが、グリッドはコレットを壊させる訳にはいかない。
人質であるコレットは瞳を潤ませ、すがるような目でグリッドを見つめている。
声にできぬ何かを懸命に伝えているかのようで、その姿といったら、雨の中置き捨てられた子猫のようだ。
コレットには理不尽な現状を打破する方法がない。
ロイドが残された全てを賭けて救い出したのは、望みを見いだしたのは何だったのか。
それを、いくら自分で動いたとはいえ、こんな腐ったやり方で無に返すなど許されるはずがなかった。
「あーそうですか。うっさいボケ。そんな御託を吐く暇があるなら、とりあえずそれを離せ。
 コレットを人質にすると、色々とヤバイ。特に、尊厳もない終わりを迎えるって面で」
いや、何よりも、その手に人質とした娘がキールを許すまい。
「それをやったら、死ぬぜお前」
コレットが天使に――無機生命体化するということは、目的を害する異物や障害は容赦なく排除するということだ。
いま背後を陣取っているキールも例外ではない。
「構わない。もう覚悟は出来ている」
だがその発言にも、キールは不敵に笑い返した。
失血寸前で顔は青ざめており、瞼は重く、息はところどころ震えている。時間さえ経てば自然と意識を失うだろう。
キールには時間が残されていないのだ。既にメルディと共に在ることは考えられない事象なのだ。
だって、時間がない。キールはいずれ死ぬのだから。タイムアップを迎えるか、ここで撲殺されるかなど、もはや些末な問題である。
ならば命がある内に救えばいい。
そんな悲観主義を、けれども愛の溢れたキールの選択を――――グリッドは「そんなの愛じゃねえよ」と思い切り蹴飛ばしたかった。


「答えろ。その覚悟、何処に向けるつもりだ」

たった一瞬で追いつめられたグリッドは、絞り出すように真実を問うた。
キールは一拍を於いて、呪文を唱える。紛うこと無き、彼の真実の呪文を。

「メルディを優勝させる。億が一、兆が一、ミクトランが本当に優勝者の願いを叶えるなら―――――運が良ければお前達も救われるかもな」



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

408名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:19:46 ID:T6L5dfG+0

409名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:19:55 ID:c4kulHLI0
 
410End of the Game -prologue!!- 33:2010/11/12(金) 22:20:41 ID:Mj69Jrdw0
ガン、と薄暗い部屋に響く鈍い打音は声にならない叫びの代替だった。
椅子の手摺に乗せられたグリューネの掌が震えている。手摺と重なって隠れたその掌はきっと真っ赤に腫れているだろう。
「なんですか……これは………」
手同様に震えた唇から洩れた言葉はグリューネの内側に湧きあがった全てを見事に表現し切っていた。
意味が分からない。いや、意味が存在しないというべきか。
こんなもの、補完でさえない。補完を口実とした唯の蹂躙だ。
全員が強大な敵に相対し、互いの弱さと強さを認め合って力を合わせ、それを打倒した。
譲れぬ所はあれど、それを抱えたまま彼らは手を取り合ったはずだ。
ぐうの音も出ない程の決着。初手の屑札の並びからはこれ以上そうそうに考えられぬエンディング。
其は女神の紡ぎし、完全なる輝きの芸術を。
それが、何故こうなる。何故こうも簡単に“落書ける”。
「回答申請! 学士の行動ロジックが不明瞭です。何故神子を傷つける振る舞いを?
 烏の信頼を裏切る行為を!? 黒神の器を―――――彼女への愛を裏切るのですかッ!?」
あの温厚な女神とは思えぬほどの相貌でグリューネは道化を詰問する。
この様な手筋など断固として認める訳にはいかない。
盤上の戦いには手筋と呼ぶべき“流れ”というものがあり、そこから急激に矛先を変えようとすれば必ず“歪む”。
この歪みを見逃すことは出来ない。ここで潰さなければならない。
故にグリューネは即座にサイグローグの一手の脆そうな部分を一気に攻めた。
この圧倒的な波状攻撃に、まっとうなプレイヤーであるならば即座に手を緩めて守りに入るだろう。

つまり、サイグローグに効く訳が無い。

「回答と申しましても……“私がこうしたかったからとしか言いようがございません”……
 いえ……やはり学士は善人を気取るよりこうして裏切るのが良く似合う……あの糞の様な下種の窮みこそが相応しい……」

女神がその小さな口を限界まで開いて押し黙る。何も言えなかった。言える訳が無かった。
理由もへちまも無い。“自分が見たかったから”。それだけの為に、あの黄金律で整えられた彫像を打ち壊した。
「そ、そんな理由が認められるとでも!?」
「認められませんか…………それならどうしましょうか…………ちょっと待ってくださいませ……私、この戦いは見ていただけの素人でございまして……」
駒が揺れそうなほどに机を叩きつけながら椅子から尻を持ち上げるグリューネなど眼もくれず、
サイグローグは懐からさも当然の如く質量体積を無視して巨大な本を取り出す。別に装丁が人皮で整えられた訳でもない、普通の辞書のようだった。
その中からインデックスを辿り、指を這わせながら目的の項目を探し当て、感情のこもらぬ声で理由を告げる。
「ええと……行動ロジックの不合理を追及された場合は……『ばとるろわいあるトイウ異常ナ環境ニヨッテ
 精神ガ追イツメラレタノダカラ非論理的ナ行為モ不思議デハナイ』……こんな所でどうでしょうか……? 理由はあると思いますが……?」
グリューネはこの部屋に壺がないことに感謝した。もしあったならば、即座に掴んで道化の頭に直撃させていただろう。
なんの心もこもらぬ、大人の言い訳のような紋切り型の答弁。それをあの道化はなんの恥ずかしげも無くのたまったのだ。
否、そこに恥の気持ちが無いのは当然だ。サイグローグはこの理由を本気で認めているのだから。
サイグローグが欲しているのは学士が腐っているという状況そのものであり、その背景にあるべきモノなどどうでもよいのだ。
着ぐるみの中の人が辛かろうが暑かろうが寒かろうが死んでいようが頸が無かろうが、着ぐるみが動いて自分を楽しませてくれればそれでいい。
サイグローグにとっての“理由”などその程度のものでしかない。

「例えそれが理由として認められようが、私が認めません……ッ!!」
411名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:20:51 ID:c4kulHLI0
 
412名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:20:58 ID:T6L5dfG+0

413名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:21:43 ID:c4kulHLI0
 
414End of the Game -prologue!!- 34:2010/11/12(金) 22:21:47 ID:Mj69Jrdw0
故に今必要なのはサイグローグを諭す言葉ではなく、その心を粉砕する楔だ。
グリューネの怒声と共に、彼女の背後に巨大な闇黒の刃が現れる。
四重論理の杭や輝きの槍と同様に、不条理を斬り捨てる否定の刃<ネガティブブレード>。
これほど多くの不純を抱えた軟弱な一手であれば、豆腐を斬るよりも簡単に断ち切るだろう。
「悪魔の証明は使わせません。貴方のエラーは学士の意思に対するもの。偶然の入る余地のない選択論の問題です」
「この私に悪魔の証明など……難し過ぎてとても私には使いこなせませぬ……それに、私は偶然よりも選択を好むクチでございまして……」
剣を振りかざす女神に、サイグローグはただ笑って応じた。万能の防御を封じられて尚、手に辞典を持ったまま優雅に寛いでいる。
自分の一手に対し守る素振りも見せないとは。その程度の覚悟でこのゲームに乗ってきたその愚かさごと、荼毘に付されろ。
「修正手など打たせません。宣言、敵手強制破棄<インバリッド・アタック>!!
 学士の前手までの動きに対し、ロジックが不整合。修正不可能な程の瑕疵――――故に本手は通らず砕け散ります!!」
女神の一撃がサイグローグに打ち降ろされる。神の裁きの前に、たかが道化に抗うことなどできはしない。

「判定<ジャッジメント>――――――」
“道化という役職だけしか、なかったならば”。


「控訴棄却<パリィ>ッ……!! 判定者の名に於いて……“我が一手を通しと認めます”ッッッ!!!」


グリューネの顔が驚愕で完全に歪む。
それもそのはず、神が鍛えし刃が微動だにせず止められたのだ。強固な楯でも不屈の鎧にでもなく、唯の一冊の本に。
「これはレオノア百科全書……その一冊でございまして……かの世界にて常識を司った魔術書でございます…………
 常識……其れ即ち『法』……ベルセリオス様のエンブレム同様……法を司る判定者権限……【私の手は無条件に通しでございます】……」
本の輝きに刃が消滅する中、グリューネはただそれを茫然と見ていた。見ていることしかできなかった。
サイグローグはプレイヤーであると同時にジャッジであり、その手がどれほど無茶苦茶であろうとも通る。通すことができる。
「莫迦な、審判がプレイヤーを兼ねるなど……そのような無法在り得ていい訳が無い!! どういうことですかサイグローグ! 答えなさい!!」
「上告棄却<マジックパリィ>……断固辞退させていただきます……此のサイグローグ……ベルセリオス様より絶望側独自操作の免許を頂いておりますれば……
 つまりはワンセルフ・ソロプレイ……私が……私こそが……バトルロワイアルでございます…………!!」
右手に王の紋章を、左手に法の書を携えて仮面の道化は不敵に笑う。
そんな道化を前に、女神は振り上げた拳を力なくだらりと垂らす。
女神は、道化の指手に何の気負いも無い理由を漸く理解した。プレイヤーとジャッジが同一兼務可能なら、何の恐れもあるはずがない。
“必ず通る一手が放つのではなく、放った一手が必ず通る”。百発百中・防御力無視・反撃不可・射程無限の究極絶対攻撃。
女神でさえ不可能なコトを、何のリスクも無く放つこの道化は今や神に最も近い場所に立っていた。

無気力に項垂れて椅子に深々と座り込むグリューネを満悦そうに眺めて、サイグローグは諸手を打った。
「御理解が早くて助かります……無駄も良いモノですが……スープが冷めては台無しですからね……それでは続けますが……よろしいですか……?」
サイグローグの心にもない気遣いにグリューネは何も返さなかった。
最悪だ。勝てる訳が無い。勝ちようが無い。ベルセリオスとは、根本的にその性質が異なり過ぎている。

自分が描き、自分が観劇し、自分が愉しむ。たった一人のバトルワイアル。

ならば――――――――サイグローグは既にして勝利者なのだ。



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
415名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:22:58 ID:T6L5dfG+0

416名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:23:27 ID:c4kulHLI0
 
417End of the Game -prologue!!- 35:2010/11/12(金) 22:23:30 ID:Mj69Jrdw0

そして時は冒頭へと至る。

「それが……手前の出したファイナルアンサーか……ええ、キールさんよォ……」
「何だ、いきなりさん付けなんて。お前の方が多分年上だろうに。僕のことは別にさん付けなんしなくていいさ」
「勘違いするな。手前ェにゃ、呼び捨てにする程の親近感も湧かねえって意味だよ」
さして意味も生まれなかった舌戦を経て、グリッドは今一度キールの顔を見た。
弱みを感じさせない傲慢な支配者のような勝ち誇った表情とは裏腹に、血が巡っていない白磁の顔は蝋人形のようで精気を感じさせない。
まるで彼の髪のように真っ青なキールが常に帯びているものは「終わり」そのものだ。
自身の命のこともあるが、今となっては皆にも関わる。
この島に残る希望を永遠に閉ざさんとする、何処からかの刺客。
(らしくねえ……いくらなんでも、露骨すぎる)
だが、これまでキールは焦ることがあっただろうか。
やること為すこといつでも計算ずくで、誰をも手の上で遊ばせてきたあの腐れ外道が。
今のキールは必死すぎて惨めすぎて、クレバーさを、否、クレバーな振りする気持ちを欠片も持ち合わせていない。
別に諦めろよとか止めろよとか、そういうことを言うつもりは更々なくて。ただ「キールらしくない」その一言に尽きるのだ。
グリッドは自分が思い描くキールの像との差に混乱していた。
キールは最高にふてぶてしくてむかつく奴だが、卑屈な自尊心の塊のような奴だ。ここまで浅ましい人間ではない。
彼は彼なりに評価していたつもりだった。それに、キール自身も頭の調子が悪いはずがない。
頭が回らないのなら、ネジが2個か3個弾け飛んでしまったのだろうが。
メルディにはキールが要る。コレットも要る。それはキールも分かっているはずだ。
ならば何故こんな真似をするのか。命乞いは絶対に有り得ない。
今キールを回復できるのはそれこそメルディかコレットぐらいだ。こんなことをした後で2人が許可するだろうか。
そもそも、こんな馬鹿げたことをしている時間すらない。
キールが持つロジックの変化が理解できない。

<難しく考える必要はありません……矛盾なんてあってあたりまえ……
 細かく鍋の蓋を開けて爪楊枝を刺していたら……シチュウの風味が逃げてしまいます……
 ……大事なのは……それを包み込む聖母の如き大らかさ……そして……いまある料理をどうやって愉しむカ……カカカカ……>

胎児は嗤う。玩具箱をひっくり返すように世界をあっという間にひっくり返して。嬉々と螻蛄螻蛄と爆笑する。
ここにはお片付けを急かすマミーなんていやしない。遊んで遊んで遊んで遊び尽くせばそれでいい。

頭がぐるぐる回る。ティーカップのように加速して、笑い出したくなるほど速く、ぐるぐるぐるるんロンドの如く。
ああ、この感覚、この感覚! 脳が、脳が痺れてれてれてれて、何かもうどうでも良くて!
そうして身体は硬直し身動きが取れなくなる。蜘蛛の巣に雁字搦めにされたように。
甘いあンンンンま〜〜〜〜〜い角砂糖。一粒300スオム、悠久の果て星辰の彼方までひとっ飛び!!
そのまま甘蜜べっとりまみれて頭のエンジン焼きついちゃう。
停止して静止して生死を。いっそ勝手にオーバーヒートして自滅したい!
何も考えないのってすごくシアワセだよ。視界がすごくクリア。
芯まで痺れて蕩けてしまうくらい、女王甘甘くらい甘くてシアワセなんだゾ?

<だから楽しみましょうグリューネ様……もうこの学士……貴女の使い物になりません……
 だから……貴女は今少し想った……“もう要らない”と……私が叶えて差し上げます……こんなふうに…………>
418名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:24:51 ID:c4kulHLI0
 
419End of the Game -prologue!!- 36:2010/11/12(金) 22:24:59 ID:Mj69Jrdw0
こどもはおもちゃの兵隊を前進させる。まだ前のおもちゃは片付けていないけど関係無い。
出したい時に出して、出して、箱が空っぽになったら新しいおもちゃを買って。
誰も怒らないんだから。誰も怒れないんだから。今日は楽しい楽しいバースデイ。


すいません、ちょっと通りますよ。

言葉にするなら、ちょうどそんな感じだった。
風がさあっと吹き抜ける。グリッドが思考の片隅で「それ」を視認し、思考の坩堝に沈みかけた我を取り戻す。
キールとグリッド、二人の譲れぬ国境線の上を何かが歩いている。
どう軽く見積もっても部外者立ち入り禁止のプライベートエリアを、空気を割る様にして通行している。
空気を読まない「通行人」は一体どこから現れたのか。近づいてくることもなく、既にここに居た。存在していた。
二人の視線を斬ったとき、グリッドは漸く「通行人」の存在に気付いた。

(なんでだ、なんで、出てきた)

もしヴェイグがここにいたならば、グリッドの問いにサニイタウンのようなものだと答えただろう。
小島の上に建てられた街の人々は何も気付かず、平平凡凡に生き続けている。“自分達が巨大な生き物の上に生活しているなどと”。
理解できる存在が、良く目を凝らして、やっと認識できるかどうか――――――巨き過ぎるというのは、そういうことなのだ。
人の輪郭をしていた。風に煽られる後髪、赤い外套と同じく前髪ごと顔に張り付く乾いた血で双眸は完全に覆い隠されている
夕焼けは落ちかけ、昼が死のうとしている。村全体に下りた死の影は、通行人の姿を完全に隠そうとはしない。

(心臓、極まったろ。深手も与えた。立てるわきゃねえ。在り得ねえ)

キールも気づいたのか、首下のネックレスを握ったまま身構える。
コレットもつられて僅かに顔を動かすと、ほころんだような驚いたような、そんな表情を見せた。
視線はただ一カ所に集中していた。影の中で澱んだ赤みへ、手の内の剣へ、恐るべき予期していなかった敵へと。
しかし、乱入者は特に口出しすることもなく、静かに2人の間を通り抜けようとする。
特に用件もないかのように、何も見えていないかのように。もしくは見る価値もないのかもしれない。
なのに、2人も口を閉じたまま、黙ってが通行するのを見届けようとしてしまう。
薬を失い完全に弱体化した奴など、歯牙にかけるほどの人間でもない。
哀れに惨たらしく、誰にも知られずにひっそりと死んでいくのだ。
そう、思っていた。

(それでも通っちゃうのかよ―――――――――クレス、アルベイン)
手に携えるは深き紫の魔剣が煌めくまでは。

腸を思いきり掴まれたような錯覚。
目の前を今まさに通り過ぎようとする通行人―――――クレスの瞳が映る。
冷たく冴え冴えとした、物悲しさを秘めた瞳。それはしっかりと理性を宿していた。
ぞくり、と背筋に薄ら寒い電撃が走る。

(っヤバイ……ッ!!)
420名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:25:53 ID:c4kulHLI0
 
421End of the Game -prologue!!- 37:2010/11/12(金) 22:26:07 ID:Mj69Jrdw0
もちろん、グリッドは感覚を失っているのだから、悪寒など感じるはずがない。
だが重苦しいモヤは彼の中でどっかりと居座っていた。1度心を覆った薄暗さはそう容易く消えはしないのだ。
(キールお前、真逆ここまで読んで―――――)
荒れ狂う時化のような心の中、一瞬でも意識を逸らせば斬殺される間合いの中で、グリッドは辛うじてキールの方を向いた。
キールが指示し、グリッドが行動して、クレスを殺さなかった。その結果が報いを受けろと今こうして顕現している。
ならば、これさえもキールの策略のうちなのか。グリッドは一切動じず、言葉も放っていないキールを見た。
予測不可能な事態に最も弱いあの男が動じていないということはやはりこの状況も奴の読み通りか。
<ああ……させませんよ……「ここまで全部学士の計算通り」なんて凡手で返そうなど……興が覚めてしまいますから……>
時化の海の中で藁にもすがるようにして見つけた一つの安心は微動だにせずどっしりと構え――――鼻血を垂らしていた。

(むっちゃ動じてやがる―――――――――――――――!!!!!!)

この異常事態に於いてさえ突っ込みを入れてしまう程、それは致命的な要素だった。
表面だけは辛うじて平静を取りつくろっていても、垂れていることに気付いていない鼻血が、
キール=ツァイベルの脳内演算処理がフル回転しても間に合っていないことを教えていた。
(キールが呼んだ訳じゃない。ってことはマジ偶然か、クソったれ!!)
微細な電流が走る。心で感じ取り、頭部から運動神経へ、シナプスを走って末梢へ命令を下さんために。
しかしグリッドの速さを以ってしても敵わなかった。
雷は音速よりも速い光速で走るとしても。彼が頭をキールに向けたときには、既に二手も遅かったのだ。
空に描かれていたのは、透き抜ける紫の円弧。凡人には見切れぬ刹那の剣閃。
それが斬る力などないと思わせるほど見事で柔らかな曲線は、けれども確かに鋭利な刃として、
キールの右手を――魚の肉で作られたソーセージを食べるときみたいにぷつりと割れ――離れるか否かの瀬戸際で皮1枚がぷらぷらと――
ぱらぱらと“何か”が落ち――ネックレスを握る5本の“何か”を解した。
しかも、要の紋を傷付けない瀬戸際で止めて。
この剣士にとっては、まだ穏やかで優しい処置だろう。しかしその優しさを剣戟に乗せるのに、一体どれだけの鍛錬と経験が必要なことか。
それでも剣を振るう限り血は飛び散る宿命だ。目の前で広げられた光景に、コレットは一瞬怯えた表情を見せた。

「だめ、クレスさ――――」

下半身の感覚はなくとも、それより上は消えている訳ではない。
鼻血に気付けぬキールも指が消えた痛みには終ぞ喚き声を上げ、コレットの背の上で暴れた。
コレットもまたキールの暴動に体勢を崩し、手を離して倒れ込む。
グリッドも手を下ろして身構えていた。
彼の横をメルディが駆け抜け、大切なキールとロイドにとって大切なコレットの下へと近づく。
良くなってしまった耳があらゆる音を取り込み、喧しくけたたましい音響を作っていた。
静寂が一気に膨張し騒がしく張り裂ける。その中で騒動の首謀者が、クレスだけが平然と静謐に佇んでいた。
血みどろの人殺しだけがノイズとは無縁のところに立っている。
切り離された、異質なところに立っている。まるで、一人だけおいてけぼりにされたように。




――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
422名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:26:35 ID:c4kulHLI0
 
423名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:26:55 ID:T6L5dfG+0

424End of the Game -prologue!!- 38:2010/11/12(金) 22:27:15 ID:Mj69Jrdw0

「クククク……やはりこうでなくては…………お涙頂戴の悲劇も……夕日の中で殴り合う青春活劇も悪くはありませんが……
 汚物をぶちまけたようなドス黒いグラン・ギニョールのグロテスク劇こそがメインディシュ…………この味は格別です……」
道化は仮面越しにさえはっきりと伝わる陽気を振りまきながら盤の駒を動かしていく。
まるで数年以上お預けを食らい続けた狗のように、浅ましく盤の要素を味わっていく。
サイグローグはずっと見続けてきたのだ。審判としてベルセリオスの次に永くこの戦いを見続けてきたのだ。
希望と絶望が、バトルロワイアルという名のフルコースを美味しそうに食べているのを、ずっと見続けてきたのだ。

そして、ついに給仕を止めてディナの席についたのだ。待ち焦がれたこの席に座ったのだ。
それなのに――――――もうコースメニューは殆ど終わって、後はデザートを遺すだけ。

「足りません……コレっポチでは全然足りませんとも……もっと食べたい……浴びるように……貪る様に……」

欲望の道化にそんな程度で足りる訳が無い。だからサイグローグは食べ続ける。
サラダに残ったドレッシングを、スペアリブに残った僅かな脂身を、メインディシュの皿にこびりついたソースを。
グラスごと、スプーンごと、フォークごと。テーブルクロスごと。
何もかも、喰い尽くす。例え、皿さえも噛み砕こうとも。血塗れの口元で美味しそうに。
「まだまだまだ……せっかくのディナーショウ……食事の時間は終わらない……時の王とて邪魔は許されない……
 帝王に仕えし法の守護騎士よ……不確定の狭間に隠れし不義を……その正義の光にて焼き払い給え―――――――――」
口元を真っ赤に垂らして笑いながら、サイグローグは紋章と百科全書を重ね合わせる。
世界を統べる王の力と、全てを認めさせる法の力がその瞬間、心響き合って交差する。

「宣言・主催側情報確定<ディバインストリーク>――――――対象……時の大晶霊……ッ!!」

道化の宣誓によって極大の光の柱が盤を貫く。
それは絶対たる正義の威光。王が定めし絶対の法律、その輝きは―――――――時の狭間に逃れた罪人さえ見逃さない!

notice:レコードが更新されました。

 ※ゼクンドゥスが一度クレスの攻撃を阻止しました。ミクトランに気付かれたかは不明。
→※ゼクンドゥスが一度クレスの攻撃を阻止しました。ミクトランにその存在を気付かれました。

「…………そこまで、そこまでするのですか……!!」
「お得意の奇跡で“気付いていない”と確定させられてもつまりませんので……つまらないので……クククククッ!!」
心の奥の奥から吐き尽されたようなグリューネの言葉さえ、狂喜の叫び声が掻き消していく。
二つの力を兼ね備えたサイグローグにとって『王』の情報を通すことなど造作も無い。
駒を動かすことさえ無く真実が決定されるなんて、最早無法地帯。ルールもなにもなく、ただ道化が満足する為だけに駒が踊り狂う。
こんな戦いに、一体何の意味があるというのか。何も無い、なんの意味も無い戦いに道化は何を求めるというのか。

「楽しいですかグリューネ様……楽しくありませんか……? でも……私はとっても愉しいですよ……?」

そう、サイグローグにとってはソレが全て。
勝利を追い求めるベルセリオスとも、駒を救おうとするグリューネとも違う。
希望や絶望という結果を求める彼ら2人と異なり、過程が全てである道化師に敗北の2文字は無い。
盤上の瞬間瞬間において如何に自分が楽しめるかが思考の根幹であり、それに付随する結果など興味の欠片も無い。
 
「さあ楽しみましょう……愉しみまショウ……悦しみまSHOW……私が織りなす「私が愉しむバトルロワイアル」を……」

王の力と法の力を用いて自分の好みを中心に全てを掻き回すその手筋は厄災そのもの。過ぎ去った後には無惨なモノしか残らない。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――
425名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:27:39 ID:c4kulHLI0
 
426End of the Game -prologue!!- 39:2010/11/12(金) 22:29:20 ID:Mj69Jrdw0

カァン!
目覚まし時計のように突如鳴り響く金属の音。
クレスは眼を微動だにも動かすことなく魔剣を背中に回し、何かを弾く。
そして首を僅かにずらし、つい半秒前に耳が在った場所に空いた手を伸ばして亜音速で飛来した矢を掴み取る。
そんな光景を茫然と立ち尽くして観ていたグリッドは肌の上で気泡が浮き立つ感覚を覚えた。
泡が消えてしまえば跡形もなくなってしまうような、ごく刹那の感覚。
だが、グリッドは直感した――――――――違う、と。
(畜生。なんだよ、これ、なんなんだよ)
違う。これは、自分自身の焦りではないのだ。
心が、勝手に外の違和感にざわついているのだ。
違う、おかしい、変だ、何かが変わった。
(これは俺達の戦いなんだ。俺のバトルロワイアルなんだ。なのに、なのに)
自分じゃなく、外の見えない何かが今この世界を作り上げているのだ。
いま彼を取り巻く世界が彼にとっての「バトル・ロワイアル」ではない以上、悲しいことに、彼の唯一の取り柄とも言える指導者の資質は機能しない。
彼が一喝すれば元に戻るかもしれないが、どの行動が最適なのか未だ見いだせていなかった。
指揮系統はバラバラだ。末端の兵は自分勝手に動き、司令部も機能が麻痺して慌てふためくばかり。

(俺の居ない場所で勝手に話を進めんじゃねェェェェェェェェェ―――――――――――――!!!!!!!!)

声無き叫びを虚空に向けるグリッドはこの瞬間、元の「無能」に戻っていた。

<それです……この表情こそが観たかった……一寸先さえ見えぬ未来に怯えきったその忘我……やはりバトルロワイアルはこうでなくては……
 第七戦など所詮は第六戦の焼き直し…………欠けたココロを繋ぎ合せただけ……実際は未だ王への道程は見えず彼らには何の方策も無い…… 
 ……これより先は全く未知の領域………このサイグローグが代行せし第八戦…………難易度【UNKNOWN】でございます……………!!>

 自分の為に描き、自分の為に観、自分が愉しめればそれでいい。胎児の宇宙はそれで満たされる。
 失うものは無く、得るモノしかない。たった一人で完成した宇宙の真理。
 バトルロワイアルを楽しむことが勝利条件であるサイグローグは、開始した時点で勝利者なのだ。
 後は、ただ勝者の手によって遊び尽くされるだけ。つまりは――――――――――

それぞれ声は上げずとも鼓動は高鳴る。頭部は霧が詰め込まれたように解答への道は不明瞭。
まるで目に見えない、赤紫色の甘ったるいモヤが広場に立ち込めているようだった。
そして広場に近付く、勇ましき帰還の足音。高らかで無知なる音は、広場に近付くごとに速度を上げる。
加速する、加速する。熱量を上げ、火照り発火し、そのまま燃え尽きて灰になってしまうかのように。
 じゃあどうする? 水でもかけてクールダウン? 無理。今から更に油を掛けるから。
  じゃあどうなる? 決まってる
   燃えて燃えて燃え尽きてもまだ燃えて、灰になっても塵になっても、燃やされ続けるというのなら――――――

<さあ……身体が出来上がってきました……それではそろそろ始めまショウか…………夢踊るアナウンスを……心響く鐘の音を……
 その後でもっともっと遊びましょう……もっともっと……永遠に永遠に…………>

 飽きるまで犯され続けた後に――――――――――木っ端微塵にブッ飛んで死ぬしかないのさ。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――Turn END


「――――……それでは、放送開始です……」
「いいえ、終わりです。貴方の愉悦も、この狂った遊戯も、何もかも」








だからこそ、此処で終わらさなければならないのだ。
427End of the Game -prologue!!- 40:2010/11/12(金) 22:30:24 ID:Mj69Jrdw0
【グリッド 生存確認】
状態:HP15% TP15% 大混乱 プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失 自分が失われることへの不安
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 左右胸部貫通 右腕損失
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
      『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』『インディグネイション』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 首輪×3 ジェットブーツ
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×5
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する。現状ではキールの方策に従う。
第一行動方針:何とかこの混乱を収める
現在位置:C3村・中央広場

【キール=ツァイベル 生存確認】
状態:ふざけんな馬鹿野郎何でクレスこんな僕の計画時間演算間に合え急げ開いて道に糞畜生頼む頼む頼む!!!
   HP3%/MAX5%(HP減衰が常時発生)TP50% フルボッコ ある意味発狂 頬骨・鼻骨骨折 歯がかなり折れた 【QED】カウントダウン
   指数本骨折あるいは切断 肉が一部削げた 胸に大裂傷 中度下半身不随(杖をついて何とか立てる程度)ローブを脱いだ 五指切断 鼻血
所持品:ベレット セイファートキー C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) C・ケイジ@C(風・光・元・地・時) 
    分解中のレーダー 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) フェアリィリング
    スティレット ウィングパック(UZISMG入り)魔杖ケイオスハート
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:ゼクンドゥスの力で扉を開き、メルディを優勝させる
ゼクンドゥス行動方針:静観。一度はキールの願いを叶える。
現在位置:C3村中央地区

※ゼクンドゥスが一度クレスの攻撃を阻止しました。ミクトランにその存在を気付かれました。


【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP25% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷 深い悲しみ
所持品:ピヨチェック 要の紋@コレット 金のフライパン メガグランチャー
    エターナルリング 細工工具 イクストリーム
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:クレス、さん?
第二行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村・中央広場

【メルディ 生存確認】
状態:TP40% 生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 神の罪の意識
   キールにサインを教わった 首輪フォルス付加状態
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド 
    双眼鏡 漆黒の翼のバッジ クィッキー(戦闘不可) マジカルポーチ ニンジン
基本行動方針:本当の意味で、ロイドが見たものを知る
第一行動方針:キール……
第二行動方針:キールを独りにしない
現在位置:C3村・中央広場

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP10% TP20% 放送を聞いていない 重度疲労
   善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 戦闘狂 殺人狂
  (※上記4つは現在ミントの法術により一時的に沈静化。どの状態も客観的な自覚あり。時間経過によって再発する可能性があります)
   背部大裂傷+ 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴
所持品:エターナルソード ミントの荷物(ホーリィスタッフ サンダーマント ジェイのメモ 大いなる実り)
基本行動方針:「クレス」として剣を振るう
第一行動方針:斬る
現在位置:C3村・中央広場
428名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:31:12 ID:c4kulHLI0
 
429End of the Game -prologue!!- 41:2010/11/12(金) 22:31:22 ID:Mj69Jrdw0
新期キャラ紹介

【グリューネ@TOL】
天女の如き絶世の美女にして、時の紡ぎ手と呼ばれる繁栄と存続の女神。
未発達の精霊を具象化させるほどの強大な力を持つが、
存在するだけで一つの世界の均衡を崩壊させかねない為、基本的に力を抑制している。
一時は力と同時に記憶まで封印してしまい、元の性格とはかけ離れた存在になったが
その際の冒険を経て現在は記憶を取り戻している「しゃっきりねえさん」。

前述の冒険の後にその世界を去り、様々な世界を見守りながら放浪していたが、
王の勅命を受けて推参した聖獣フェニアよりかつての世界をも巻き込んだ「現象」の存在を知り、
それを食い止める為、この戦いに参戦する。希望側が用意した最強の切札。
第六戦の犠牲を経て、第七戦にてついにベルセリオスに勝利。このゲームから駒を解放する為、最後の戦いに挑む。
曲がりなりにも催事への訪問客であるため、蒼と白を基調としたスタイル抜群の礼服を着用中。どたぷーん。


【ベルセリオス@TOD…?】
地上軍“中佐”。工兵部隊隊長にして、天才科学者。
双子の兄である稀代の天才軍師カーレル=ベルセリオスと共に、
ベルセリオス“兄弟”の名を知らぬ者は地上軍にいないほどの、史上最高の頭脳と称された。
一説にはハロルドとの名前で呼ばれているが、それが本名であったという記録は残っていない。
一卵性双生児であるため、容姿は兄カーレルに瓜二つである。

マッドサイエンティストとしても有名であり、その頭脳の中に何があるかは余人には与り知らぬものである。
故に、彼が何故ここにいるのか。どうしてこんなことをしているかなど考えるだけ無駄なのかもしれない。
「気まぐれなベルセリオスならやりかねない」という根拠なき空想。
「どれだけ難しくともベルセリオスなら不可能ではない」という軽薄な妄想。
その圧倒的なフーダニットの前にはホワイダニットもハウダニットも考察するだけ無意味なのだから。
しかし、第七戦にてついに敗北。サイグローグに自身の代行を委任し、姿を消す。




【サイグローグ@TOR+】
謎の洋館に棲む好事家(ディレッタント)にして、様々な世界を愉しむ道化師。
特に人間の限界と、そこにある心の在り様を観測すること好み、
自身の館や別荘に強き力を持つ客を招き、試練と選択を突き付ける趣味を持つ。
奇抜な衣装に覆われたその存在は全て謎に包まれており、ただ仮面に刻まれた笑顔だけが彼の全てである。

ベルセリオスが作り上げた「それ」に興味を持ち、彼のパトロン(出資者)となった。
別荘の一つ「アルカナルイン」をこの戦いの為に使わせたことや、人間と神の折衝を行い判定者を務めるなど、
その骨の折りようからこの戦いへの入れ込み様が察せられる。
一見ベルセリオスに協力的であるが、その心中はベルセリオスにも、当人にも分かっていないのかもしれない。
ジャッジにしてオーディエンス。そして、第八戦より絶望側代行としてついにプレイヤーとなる。
430名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:32:35 ID:c4kulHLI0
 
431名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:33:15 ID:Mj69Jrdw0
これにて投下終了です。
支援のおかげでさるさんもなく無事に投下が完了できました。
支援して下さった皆様、どうもありがとうございました!
432名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:35:20 ID:c4kulHLI0
執筆と投下、お疲れ様でした!
やー、これは、巧い。サイグローグのスタンスも……じつにいい。
これだけ考えを詰めて書いていくのも大変かと思いますが、これが読めて
良かったなあと思うことしきりです。本当に、本当にありがとうございます。
433名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:40:59 ID:T6L5dfG+0
投下乙でした!
希望側に有利になりかけていた流れがこうひっくり返るとは…
今からじっくり読みますがこの先も非常に楽しみです。
もう一度改めてお疲れまです!
434名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 02:47:22 ID:v2O5WEEEO
投下お疲れ様ですっ!
取り敢えずキールの状態吹いたwwww
本当エラーに弱いな
435名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 23:33:48 ID:h2Kuhc1YO
投下乙です!

ところで何回読み返してもわからないんだけど、クレスとして剣を振るうって言うのはつまり物である「剣」じゃなく、人である「クレス」としての意思で剣を振るい人を斬る、って解釈で良いの?

436名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 23:50:00 ID:pmQDaZGc0
>>435
そういういみじゃないかな。剣から人に戻るって感じの話だったし。
しかし、ここでキールを攻撃か……敵か味方かわからんな。

そういやパリィ、マジックパリィ、ディバインストリーク…
おい帝国騎士なにやってんのw
437名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/14(日) 00:04:01 ID:4YDDa20IO
>>436
違うのかぁ…
363話に「奪うための力じゃなく、守るための力として〜」ってあったから一時的とはいえ希望側になったかと思ったんだけど…

最新話でまさかのキールに攻撃でわからなくなった
438名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/14(日) 00:45:28 ID:C+atswpQO
首ぐさ〜とか心臓ざく〜とかじゃないだけマシなんじゃないか。>>キール

コレットは守ってるしな
439名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/14(日) 19:54:26 ID:iF4T9vvd0
投下おつ〜!
こうなることを見越して代行させるとは転んでもただじゃ起きないか、ベルセリオス
しかもちょっと心情も書かれたし注目度たけえなあ
そして色々散りばめられた遊び心に脱帽
グレードショップには吹いたw 内容もよくこれだけ考えたなー
あとディバインとかてめえほんと足引っ張るなよ、帝国騎士w
クレス云々はタイミングが何よりも悪かった
いや、グリッドの絶叫通りこいつは作為的なもんだからえげつない手だったというべきか
はてさて落ち着いた向こうの横でまた一波乱。楽しみだー
440名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:14:29 ID:LCDFiVxZ0
投下します。少量のため、支援は不要です。
441END of the game ーepilogue!?ー:2010/11/15(月) 00:16:11 ID:LCDFiVxZ0
<――――――――――――――――まず、三つの過ちを正しましょう>

「クククク……コレだから愚者は見ていて飽きん。
 この様な人数になっても私が手を差し伸べるまでも無く殺し合ってくれるのだから」

何も無い空間に表示された巨大なスクリーンを見ながら、天上王は愉悦の表情を浮かべた。
誰彼。 誰が彼も分からなくなる、ヒトを人と認識する為の光を失った状態。
死に行く黄金の空、光から闇へと空を、人を区別無き唯のヒトと堕しめる時間。
ならば、命を唯の点滅でしか表現しないこのチェス盤は、永遠の黄昏ということか。
C3に残る8つの光点を遥かな高みから見下ろすミクトランは、神の座におわす存在ということか。

「しかし、まさかカイル=デュナミスがあの状態から生き延びるとはな。
 ミトス=ユグドラシル……下らぬ真似をしおってからに」

愉悦を僅かに不満に歪めたミクトランは、そう呟いた。
現在カイルはヴェイグ・ティトレイの2人を示す光点と共にC3村へかなりの速度で移動している。恐らく放送中に入村するだろう。
死ぬと思っていたカイルが生き延びたことや、マーダーであったティトレイが
状況から見て奴らの味方となったことには当然この天上王にとって面白い要素ではない。
だが、それよりも見逃せないのがその際のカイルの“移動”だ。
時刻17:59にカイル=デュナミスを示す光点が瞬間移動したかのようにB3からC3まで移動したのだ。
まるでコマ送りのフィルムを抜き取ったような非連続の移動は、事前に傍受出来た詠唱から見て十中八九ミトスの手によるものだ。
タイムストップ、しかもそれを四連続で放つという非常識な行動は流石のミクトランでも驚きを禁じ得なかった。
実質的な静止時間がどれほどであったかは分からないが、
もしあの時間がカイルを逃がす為でなくミクトランに徒なす為に用いられたならばどうなっていたか。

「フン、まあよい。この場でそれを認識できたことこそが僥倖よ。
 最早タイムストップを使える者は存在せず、何よりも、もうそのような行為を看過する必要もあるまい」

眼を細めて玉座の縁を指で叩きながらミクトランはほくそ笑んだ。
逆に考えればミクトランに害を成す僅かな可能性がここで消えたということなのだから。
そして、万一そのような術を持つ者が残っていれば、そいつはその時点で逆徒だ。与える裁きは一つしかない。

「しかし、時間停止か。僅かなこと故に真逆と思っていたが……恐らくはやはりコレもそういうことか」

けれども、ミクトランといえども懸念が全く無い訳ではない。
ミクトランが一言二言を呟くと、スクリーンの中の光点が時間を逆巻くようにして動き、少し前の状況を示す。
それはキール=ツァイベルとクレス=アルベインが戦っている時の状況であり、
並行して記録されたコレット=ブルーネルとメルディの発言から類推すれば、キールは一度完全にクレスの剣を食らう状況にあったはずなのだ。

「同時に観測されたこの“力”の量……精霊、いや、大晶霊が発現する規模とは。
 単一属性クラスの精霊群は全て神の内部で掌握していたと思ったが……抜けがあったとはな」
442END of the Game −epilogue!?−2:2010/11/15(月) 00:17:38 ID:LCDFiVxZ0
一体どうやって再構成されたのか。この世界では存在できない筈の大晶霊が、その時の確かなデータとして弾き出されている。
参加者に支給されたクレーメルケイジには、大晶霊の力に匹敵しうるほどの“晶霊に相当する力”を入れてあるが、
大晶霊そのものが入っている訳ではない。明確な自我は持たず、単なるパワーソースとしての役割でしかない筈だ。
だが、キール=ツァイベルの死すべき運命が捩子曲がったという事実、そしてこの数値。そしてタイムストップによる介入の実例の存在。
確かに大晶霊は――弾き出された名はゼクンドゥス、時の高位大晶霊である――意思を持って、参加者を庇った。
その可能性を否定する理由は存在しない。そして、疑わしきはとりあえず罰しておくべきか。

「消すべきか……否か。さて……」

ミクトランは顎に手を当てて黙考する。
首輪を持たないイレギュラーな存在。時を司る以上、野放しにしていては危険因子に成りかねない。
ならば媒介と成る術者を消してしまえば、最悪の状況は回避できるが――――――

――――それに何の意味があろうか。

ミクトランはそれでも心安らかに、にんまりと笑う。
時の大晶霊を所持した参加者に何は出来るか。その答えは一つしかない。
主催者が……この自分がいる浮遊死都へ向かって、時空転移するためだ。
ゼクンドゥスを使う意図はどの道エターナルソードと同様のものとなるだろう。
戦いを望まず、脱出を模索する者のために参加者を“釣る”。そして、その際に生ずるエネルギーを以てオリジンを掌握する。
その為に時渡りの魔剣を、それを精錬するための双剣を、そして殺し合いを加速させる“3人の契約者”を会場に送ったのだから。
「聖女の奇跡、魔剣、時の大晶霊etcetc――――どの様な術を用いようが私の箱庭から抜けだそうとする手法は必ず“転移”に属する。
 つまり……我がダイクロフトの位置を座標的にも知らぬお前達に自力でここまでくることは“絶対に”不可能という訳だ。
 ならばどうして、天上王たる此の私が無粋に手を出す必要があるというのか」
だが、彼らは知らない。彼らが王城と信じ転移するべき場所が唯のハリボテであることを。
仮にハリボテであると疑ったとしても、彼らはそれを疑い続けることはできないだろう。
殺戮という荒野の砂漠で二日と半日、彼らは活路という水を一滴も飲むことできず歩き続けてきたのだ。
そこにやっと見つけた一杯の泥水。それを腹を壊すかも疑って飲むことを諦めることが、どれほど難しいか。
だから彼らは思い込むのだ。強く強く“この水を飲んでもお腹を壊さないと”。嘘さえも信じなければ、心が保てないから。
ならば、辿る結末はどれも同じ。湖の底で、絶望に落ちて藁を掴んだまま溺れ死ぬより他ない。
後はその絶望に染まりきったその首から上を破裂させればいいだけだ。

「何より、ここまで無様に踊っているのだ。観劇を終えてからでも遅くはあるまい」
とすれば自分がするべきは――――何も気にせず、無様な姿を見ているだけだ。ミクトランはそう思った。
ゼクンドゥスを内包するクレーメルケイジを持つキールは天使コレットを人質にとって喚いている。
そして、魔剣を持つクレスも今やキール達が密集している光点へ近づいている。
軒並みのマーダーが陥落し廃人の戯言が悪化している中、万一正気に戻っていたならば用済みとして殺そうかとも考えたが、
数少ない殺戮要素である以上結果を見届けてからでも遅くは無い。放送を終えてからでも問題は無いだろう。

「それに、そろそろ放送か。考えを纏めるには足りん」

ミクトランは玉座をたち、天を仰ぐように時計を見た。
人々は沈む陽を見て一日の終幕を感じ始めるが、闇の中のダイクロフトではこの時計が時の流れの全てだった。
長い日であったか、短い日であったか。充実していたか、空虚なものであったか。
だが、この世界の黄昏時は、少なくとも一日を思い返し明日に繋げる刻ではない。
全員がミクトランを静聴し、閉ざされた未来に嘆き狂う時だ。

「制裁をするにしても――――絶望に染まった奴らの絶叫を聞き終えたその後だな」

ミクトランは意気揚々と、相貌に狂気じみた笑みを浮かべながらマイクに語りかける。
あからさまで安い文句など、不快感を与えるにはもって来いの言葉だ。
会場の生き残り達が眉間に皺を寄せているのを想像するだけで、ミクトランは心が躍った。
時は、午後6時00分―――――玉音の時だ。

443END of the Game −epilogue!?−3:2010/11/15(月) 00:19:20 ID:LCDFiVxZ0
<一つ。私は脱出に関して、何の手も進めていないと云いましたが……しっかりと手は揃えさせていただきました。
 そして、私は待っていたのです――――――――――――――最後の1枚が手元に来る、その一瞬を。
 二つ。貴方は聖獣達がベルセリオスに何の太刀打ちも出来ず敗れたように言いましたが……彼らがいたからこそ今此処にある輝きがあった。
 だからこそ、貴方のその心無き暴虐があった後でも、私の手は――――――この輝きは消えなかった>


 諸君。いかがお過ごしだろうか?
『――――――随分楽しそうに遊んでんじゃねえか、混ぜろよクレス!!――――』
 早いものだ。このゲームが始まって3度目の夜を迎えようとしている。
『――――――――ティトレイ!? ヴェイグ達はどうした!?―――――』
 ここまで戦い抜いてきた君達に、私は敬意を表する。
『―――――――――おぶって遅いから置いてきた、って、ちょい黙っててくれ、意識外したら斬られるからよ!!―――――――』
 一体どれだけの血に塗れて生き抜いてきたのか。どれだけの命を殺めてきたのか。その崇高な意思と覚悟に、有り余る賛辞を与えたい程だ。
『――――――――――弱点の一つ、考えてないとでも思ったかよ!!――――――クレスさん……!?――――――』
『―――キール!キール!!――――――――接近、更に中!? そうか、あれなら翔転移で逃げられねえ!!―――――――』
 今頃、何の戸惑いも疑いもなく、この放送に耳を澄まし、血で汚れた手でペンを握っていることだろう。
『―――――――――随分元気そうじゃねえかよぉ……で、誰に治してもらった?――――――――――』
『―――――――――――痛、ぢぐ、ああああ、今しか、無い……―――――――キール、怪我大丈夫か!?――――――』
 全く、慣れというものは恐ろしい。下賤な地上人ではあるが――人間の生き死にを弄ぶことも、既に身体に染み込んでいる筈だ。
『――――虎牙――――だから振らせねえってんだよ、牙連撃ッ!―――――――』
『――――――何がどうなってって、いや、つーか放送、メモらにゃってかそれより――――――――――――――』
 戦いを求め身体が疼いているか? 殺さなければ気が済まないか?
『―――――――あの人、どうした―――――…………退け―――――――』
『―――――――――――――――――それが答えかァァァァァァァァ!!!!!!!!!――――――桜花ッ!!――――』
 至福だろう。生きる身には非常に耐え難い辛苦と、それを大きく上回る悦と快さを知ったのだ。

『―――――――――――退けと言った。“しゅうきほう”!!―――――――――グハァ!!!』

 知ってしまえば最早戻ることも叶わぬ。何と――――何と浅ましく、滑稽か。だが、実に素晴らしいことだ。そうは思わないか?
『―――――ティトレイの更に内側から、殴っただ!? あいつ武術まで、いや剄か!?―――――――』
『――――――――――――が、なッ ……お前のも、結構お喋りだなァ……――――――――――――――――――――』
 反旗を捨てろ。頭を垂れよ。理解したまえ。
『―――――――――ヤッバ、剣の間合い―――――――――――我キール=ツァイベルが大晶霊に願う―――』
『―――――――――――間合いに押し込む為の技かッ!―――――――』
 それがバトル・ロワイアルの醍醐味の1つなのだ。――もう、分かっているのだろう?

『―――――――――――タイム・クレーメル……ゼクンドゥスッ!! 一度きりの契約だ……“僕の為に扉を開けッ!!”―――――』

 何、知り得ぬ者もやがて気付くだろう。それまでこのゲームを大いに楽しもうではないか。

『――――――……ッ―――寸止めって、え、その声―――――ミント、さん…か?――――――――――――』

 まだゲームは5日間も残されているのだからな。ッククククク。

『――――止めなきゃ。もう止めてください、クレ―――――あっ――――――――あ、コケた―――――――』

 では、第五次定時放送を始めるとしようか。
444END of the Game −epilogue!?−4:2010/11/15(月) 00:21:55 ID:LCDFiVxZ0
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

不味い。サイグローグは心中でそう断じた。
(この放送を“続けてはならない”!……今、グリューネ様は“何かをするおつもり―――――否、既にしている”ッ!!)
サイグローグは今64マスの盤ではない別の小さな盤、そこに存在する王の駒を動かしていた。
地殻破砕兵器ベルクラントの如く、遥かな高みから一方的に神の言葉を下界に送り、あるものに狂気をある者に絶望を与える力を行使している。
だが、その目論見が通じないことをサイグローグはこの段階でハッキリと確信していた。
「サイグローグ。法を弄び、盤上の駒を玩具と嘲笑う貴方のことです。恐らくこの後に更なる地獄と狂気を用意しているのでしょう。
 貴方にはベルセリオスと違い、読みが通じない。ルール無きゲームの中で無限に膨れ上がる狂気を読み切ることは不可能と言っていい」
別の盤に眼を移しているサイグローグの耳に、女神の声が響く。冷徹な声の中に、確かに混じるのは怒りの気だった。
調子に乗った子供を窘める直前の、大人の如く。
「ですが、たった一度、たった一度だけ―――――――――――“貴方の手が読める一瞬がある”」
サイグローグの視線は王の駒に。しかし、響くのは王の声ではなく、自分の見ていない盤上でひっきりなしに打ち続けられる駒音。
動かしている。動かされている。全ての駒がたった一人の手で、何回も何回も。
(戻らなければ、不味い。何をしかけられるか――――――――――)
サイグローグは決心した。このまま王を操っていては“取り返しのつかないことになる”。私の遊びを台無しにする何かをされてしまう。
故に道化は手元に持った玩具を投げ捨てて、もう一つのおもちゃ箱へ――――――――――――


“駄目ですよ。午後6時――――――――――放送は必ず行われなければならない”。


「ガッ、ぬぅ……ッ!!」
その瞬間、サイグローグの手がまるで石になったかのように硬直した。
そして、まるで瞬間接着剤をつけられたかのように、王の駒が手元から離れなくなっている。
法を統べ、王を支配するサイグローグを拘束する力など、存在する訳が―――――そう、1つだけある。

王の行動を確定できない希望側が唯一、その手を読める一瞬が。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

愉しく話題を振ろうとしたミクトランだったが、ふと顔を顰めた。
先刻までは気にも留めていなかったが、いつになく音声が騒がしい。放送に割って入るかのように、言い争う音が絶えない。
声の質からして、多くの人数で喋っているようだが――

と、言うより……

――――こいつら、放送を聞いているのか?

ミクトランは一抹の疑問と怒りを覚えつつ、放送を途切れさせては下手に怪しまれると考え直し、再びマイクに顔を近付ける。
言い争って聞く気がないのであれば、少し悪戯でもしてやればいい。
445END of the Game −epilogue!?−5:2010/11/15(月) 00:23:55 ID:LCDFiVxZ0
 ……ごほん。ッん、ん。
『――――――――――入れ、メルディ。時間が無い―――――……キールは?――――――』
『―――――いっててて……血出てら。あ、紅い―――――あ、ご、ごめんなさい!―――――――』
 禁止エリアも死者の発表と同じく、命に関わる重大な要素だ。聞き逃さないよう心したまえ。
『―――――これは、一人用だ。気付かれれば2人目は確実に首を飛ばされる――――』
『――――……どいてくれ―――――どきません……どいたら、クレスさん―――――――』
 いいか、大事なことだから2度言っておく! 聞き逃すなよ! いいな、絶・対・に・聞き逃すなよ!!
『―――――…………頼む――――――え、クレスさん。もしかして―――――とりあえず。アニーくらいの年頃で、野郎の上になんて乗るなっての―――――』
『――――やだよぅ……これじゃずっと独りだよぅ…――――――大丈夫だ。向こうに行けばひとりじゃない―――――――』
 午後9時にE1、午前0時にC3、3時にF2、そして6時にH3を禁止エリアとする。
『―――――違うよ……キール、なんで分かんないよ……―――――分かるものなら、とっくの昔に分かっていたかったさ――――――』
『――――――――きゃっ、って、あれ? 良く見たら……どこかで会ってましたか?―――――んあ? ああ言われてみりゃ何度か逢ってたっけか?――――』
 参加者が全員西に集まっていることは、貴様達も既に分かっていることだろう。ならば、もっともっと狭い、逃げ場のない狩猟場の中で戦うがいい。
『―――――――何だこの状況は――――――――――――――ヴェイグ!? この混沌とした状況に救世主降臨ッ!?―――――――――――』
『――――――――――……ティトレイ――――――その胸の中……“逢えたんだな?”ならいい、行け―――――……すまない―――――』
 その方が結果的に、運営する側としても手間を削減できて助かるというものだ。それ位の優しさは見せてくれるだろう?

『――――――――――オリジン、“斬るよ”。―――――――――やば、キール逃げろッ!!』
『――――――メルディ、行け! 僕には、コレしか方法が思いつかなかった!!――――――キールッ!!―――――』
『―――――ZZZZZZZZZZZZZZん〜〜〜〜あと5時かあ〜〜〜〜〜〜〜んZZZZZZZZZZZZZZZZ―――――――』

ミクトランは決定的に確信した。
この私が、蒼穹大地の支配者である天上王たる私が――――まるで無視されている。

強張った口角がひくひくとのた打ち回り、目はあっちへこっちへと泳いでいる。
美しい金の長髪の影には、常に威厳と冷徹さを備え持つ彼に似つかわしくない、はっきりとした青筋が浮かんでいた。
ミクトランにとってこの事実は恐ろしく耐え難いものだった。
民の上に立つ者が聴衆に無視されることなど、あってはならない。
玉座に座る資格すらない、と言い渡されているのと同義だ。
今までならば場がしんと静まり返り、自分が放つ一語一句を傾聴していたというのに。
一体、一体何が変わったというのか。
ミクトランはこの時ばかりは盗撮用のカメラを会場に設置しなかったことを後悔した。

だが、だからといって放送を通じて「聞かんかああああぁぁぁぁぁl!!」などと叫んでは、それこそ間抜けの間抜け。
王の威厳を保つためにも、ミクトランは極めて、努めて冷静に、震える手でマイクをがっしりと握る。
446END of the Game −epilogue!?−6:2010/11/15(月) 00:25:08 ID:LCDFiVxZ0
――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――

【――――――――――――先に言っておくけど、誤作動なんて“絶対に”ないからね。
            6時ジャスト、禁止エリアの発動と放送はきっちり行うよ】

「貴方は所詮、代行に過ぎない。ベルセリオスの意向――――否、絶望側の、王を用いる者の義務からは逃れられない!!」
まだマーダーは残っている。参加者は首輪をはずしていない。バトルロワイアルは正常に運営できる。
バトルロワイアルはまだ、終わっていない。ならば――――――――“放送は必ず行われなければならない”!!
全ての権利には同時に、義務が存在する。そして、その権利が強力であればある程、責任と義務もまた強大になる。
王と法を操る権利―――――――――――――その裏にある王の義務が、サイグローグを縛り付けていた。
サイグローグは仮面の中で歯噛みした。完全に狙われた。恐らく、ベルセリオスと戦っていた時からこの一瞬を狙っていたのだ。
全てを見通す絶望の眼が王に集中するその一瞬―――――盤上の全てが死角と成り、奇跡を呼び込むその刹那を。
絶望側の手を120%読み切り、最大最良のタイミングで最強の一撃をカウンターで放つ刹那を!

「ぐぅ、早く、早く終わらさねば……ッ!」
「遅い―――――言ったでしょう。ゲームはここで“終わらせる”と!!」

王を動かす力無き駒音、それを掻き消すほどの無常な無数の駒音だけが世界を満たしている。
神の一手など比ではない――――――放送が終わるまで永久に続く神の∞手<インフィニティア・ストライク>が。

――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――


――――――ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ
 それでは、脱落した死亡者を発表しよう――――
ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ―――――――

自分でも笑ってしまうほど声の震えが隠し切れていないことに、ミクトランは愕然とした。
ぷつり、とミクトランの中で、王のカリスマのような何かが切れた。


 ――……だが、その前に一言、一言だけ言わせてもらおう
『―――――――――――扉が……拡がった……クレス、お前…………――――――――――――』
『――――――――おいカイル! ……眠ったように死んでやがる!?――――――……逆だ―――――』
 先程私は貴様達に敬意を表すると言った。だが、同時に多大に失望している。
『――――何だ? ああ、そういえばお前が操ってたのか…って―――アトワイトさんいいところに。すいません、ちょっと貸してください!!――――』
『違うよロニ……傷は舐めるモノじゃなくて…………うわ……何処舐めてんだよ―――――――なんか、やばくね?―――』
 何故か? 当然だろう。一体どこの手を、どこの足を、どこの口を弛めている?
『―――――――――――――う…だめだよ…リアラ…むにゃむにゃ――――――――緊張感ゼロだ! 何だこのKYっぷりは!! 父親を呼べィ!!――――』
『―――――――キール……―――――どいつもこいつも……僕の計算の中で暴れやがって……お前達がその気なら……もう知らないぞ……――――――』
 結論から述べよう。今回の死亡者は7名だ。残りの生存者が僅かである以上、むしろ多いと言うかもしれん。

『―――――〜〜〜〜漆黒の翼参謀より全団員に通達ッ! 急いで――――――――迷わずまっすぐ――――――灯り”の向こうまで!!』
447名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:25:30 ID:aa2m6+2k0
  
448END of the Game −epilogue!?−7:2010/11/15(月) 00:25:58 ID:LCDFiVxZ0
 だが、いくら全体の数が減少しようと、貴様達は殺すことを辞めなかった。今回の堕落ぶりは一体何なのか。
『―――――キール……ええーい! もう一回だけ賭けてやらぁ!! 皆、俺に…このグリッド様に続け!!―――――』
『――――――完全においてけぼりだ、ディムロス―――――――いいからさっさと入れってこったよ!!――――いや、まずカイルの回復をキールにだな――――』
 何故なのか。理由を考察してみても、私の頭脳でも解は導き出せなかったぞ。
『――――ティトレイ……いいのか?――――そりゃこっちの台詞だ……だけど、一人で、大丈夫なのか?――――』
『――――――――――しっかしこいつおきねーな。おーいカイルー。げ、そういやそうだ……後でキールにフライパン借りるか――――――』
 まあいい。今、貴様達は「7人も死んでいる」と思っているだろう。
『――――それは君が……いや、言うとおりだ。何時までこうしていられるか分からないし、その時は、遠くない。だから行くよ―――――――』
『――――キール、この向こう……――――――――――ああ、お前の想像通りさ――――――――――――』
 それは同時に、死者と同数の殺人者がいる可能性を秘めているということでもある。
『――――――――お前一人で行くんだ―――――――――キールも、来てよ……きっと、待ってるよぅ――――――――』
『――――――――僕はもう、一人じゃない――――――――そっか、そのマント……そうだよなぁ、ヘヘッ――――――あ、頭から血出てるぞ―――』
 その7人を殺したのは誰なのか、己の胸に聞いてみることだな。
『――――(ビリッ)クレスさん、しゃがんで下さい!―――……え?これは?――赤くはないけど、クレスさんはやっぱり、バンダナを付けてる方が似合うから―――』
『――――――ぐがー――――――スコ――――――血がー血が足りない……――――――こいつ本当に死にかけてるのか?―――――……一応な……―――』
 もしくは――隣に立つ友人達の胸を切開し、直接心臓に聞いてみてはいかがかな。己に聞くのはその後でも遅くはあるまい。
『―――――――――ありがとう。じゃあ、いってらっしゃい。こっから先は…………僕の出番だな【バンダナ】―――――ダジャレかよッッ!!―――――』
『―――――難しいことなんてなかったんだ。僕が受け止めていれば、答えは在った―――――――――本当、最悪の問題だよ――――――』
 ククッ、心臓は性急なモノだ。早く聞かねば口を閉ざすぞ? 永遠にな。
『――――――――ちょっと寒いけど……暖かいです。やっぱり、クレスさんでした。少しだけでも、笑えたから……ありがとう――――』
『――――はいはいもう入った入った!!―――――な、背中を押すな! カイルの傷にさわ――――んー……リアラー、背中押さないでよー……――』
 それでは、お待ちかねの死者を発表しよう。よく耳を澄ませるといい。私は大声で喋ってやる程、親切ではないぞ?
『――――――――私、この世界で色々あったけど、クレスさんのこと、忘れませんから!――――ああ、僕も、君に逢えて……良かった――――』
『――――キールも一緒! 一緒な!! 一人じゃ、きっと耐えられない!!―――――――――メルディ……僕は―――――』
 リオン・マグナス、プリムラ・ロッソ、トーマ、シャーリィ・フェンネス、
『――――――――終わったならお嬢ちゃん! 急いで入れ!! ……クレス、それでいいんだな?――――――頼んでいいのか?――――』
『―――大丈夫じゃね?―――――……――――――りあらあ…………いってきまーす……むにゃむにゃ――――――』
 ロイド・アーヴィング、ミント・アドネード、ミトス・ユグドラシル。
『―――――2人分の頼みだ。それに――――ダチの頼みならなおさらだ―――――――――ありがとう、もう一人の弓使い――――――』
『――――てめーも来るんだよ馬鹿野郎ッ!! うわ、グリッド、お前―――――――』
『さっぱり何が何だか分からんが、その眼の決意だけは信じてやる。お前も見届けろ――――こい、メルディ!!――――はいな!!――――』


 以上、計7名だ。優勝はクレス=ア、ルベ――――――――――――――――――――



『――――――――コレが俺達の答えだ。頼むぜ、どうか当たってく――――――――――――――



449名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:27:32 ID:swOTEzAS0
 
450END of the Game −epilogue!?−8:2010/11/15(月) 00:27:36 ID:LCDFiVxZ0
<こ、これは…………ここまでできるというのですか…………神とは、いやはや……ここまでのモノでしたか……ッ!!>

ミクトランの声が消えた。消えざるを得なかった。自分が何を言っているのか、分かるのに数秒の時を要した。
いくら放送の最中であろうと、口を閉ざさなければならない理由があった。
マイクの置かれたテーブルが微かに揺れる。天板に置かれている、強く握り締められた拳が震え、マイクは耳障りな物音のみを集音する。
目の前に広がる巨大ディスプレイ。そこには参加者の現在位置を示す光点が点っていた。
誉れ高く、そして哀れな供物たる参加者。
光は生き、命を落とせば灯りも消える。生存、死亡を区別する表示だけが、真実を物語っていた。
下手したら、両目の眼球が飛び出してしまいそうな。
それほどミクトランは眼を見開いていた。

<幾ら全てを弄ぶ道化といえど…………“ゲームが終わってしまえば”手は出せないでしょう?>


○クレス・アルベイン/●ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
●マリアン・フュステル/●グリッド
●カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/●キール・ツァイベル/●メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
●ロイド・アーヴィング/●コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
●ユアン/●マグニス/●ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ
●ヴェイグ・リュングベル/●ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
●プリムラ・ロッソ


1/48


ロスト。
湖を付近の光点を確認する。存在なし。死体も無し。
ロストロスト。
幾つかの言葉を呟き、ダイクロフト内の生体反応を確認。存在1。ミクトラン本人のみ。
ロストロストロストロスト。
頭で何度も過ぎる単語がゲシュタルト崩壊を起こしてしまうほどに、ミクトランの脳裏全てを占める。
巨大ディスプレイの、C3に集結していた8つの光点は、瞬時に1つだけになっていた。
死んだ痕跡も、生きた痕跡さえも全て“隠れた”。
見紛うなき死亡判定“不在”。7人の生体反応が同時に消えたのだ。

451名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:28:16 ID:swOTEzAS0
 
452名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:29:07 ID:swOTEzAS0
 
453名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:29:27 ID:aa2m6+2k0
 
454END of the Game −epilogue!?−9:2010/11/15(月) 00:30:47 ID:LCDFiVxZ0
<敢えて問いましょうグリューネ様…………この状況…………どういうことですかな……ッ!?>


主催者であるミクトランさえ解明できない、とても不思議な不思議なミステリィ。
放送の間に全ては終わり、村に残された者はただ1人だけ。
殺人鬼、クレス・アルベイン。まさか、あの剣鬼が残った7人を一気に屠ったとでもいうのか。それなら答えは簡単だ。

<三つ目の過ち――――――――答えを得たからといって、正直に答えなければならないというルールはありませんよ。
 いつも貴方達が首輪や、脱出方法について謎かけをするのでは不公平でしょう? ですから――――――――>



バトルロワイアル、終了―――――――――――――優勝は、クレス=アルベイン。



ロストロストロストロストロストロストロスト。
そうとしか言いようが無い。そうとしか表現できない。
だから、ミクトランが言うべき言葉は一つしかない。“ゲームは終わりなのだ”と。
なのに、その次に何とか単語の切れ端から思い浮かんだ言葉は――――――――――――――




<宣言・迷宮封印【パズルブース】。
 解いてみなさい、絶望。この“神隠し”―――――――――――――全ての希望が集った奇跡の意味を>




「有り得んぞオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

その後、沈黙のまま5秒経過。明らかに放送事故だった。








【優勝 クレス=アルベイン―――――――――――――――バトルロワイアル、終了】
455名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:30:53 ID:aa2m6+2k0
 
456名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:31:13 ID:swOTEzAS0
 
457名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:32:18 ID:swOTEzAS0
 
458END of the Game −epilogue!?−(last):2010/11/15(月) 00:34:45 ID:swOTEzAS0
806 名前:戦え名無しさん[sage] 投稿日:2010/11/15(月) 00:33:29
投下終了。支援無用と言っておきながらこの体たらく、支援いただき誠にありがとうございます。
バトルロワイアルは終わりましたが、物語はもうしばらく続きますので、もう少しお待ち頂きたく願います。

さるさんはいりました。どなたか最後にアナザーに代理投下ねがいます。
459名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:37:13 ID:swOTEzAS0
執筆お疲れ様でした!
いやー……これは、すげえ。状況ぶっぱなのに筋がとおってる……じゃないな。
筋とかぶっ飛ばして主催者側に謎掛けを行うグリューネさんマジ女神。
“絶対に”の強制力をぶっ飛ばしたかどうかはまだ未知数ですが、トリッキーな
構成を活かしての離れ業、素敵でした。
そしてミクトランwww 「よさんかぁああ!」だけは地の文でもダメだからな!www
460名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 00:49:37 ID:aa2m6+2k0
続きがすぐきただとおおお!?
おいおいあんたら、前回俺がサイグロに抱いた絶望を返せw
バトルロワイアルを終わらせる、がまさか決意宣言ではなく文字通りだったとは……
しかし確かに放送ってえのは確実に読める手だな
あいだあいだのクレスらの会話といいミクトランといい今回はかなりわろたw
投下おつ!
461名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 01:29:48 ID:9jYstP5kO
投下・執筆乙です!


前回での絶望感はいったい何だったんだw
まさかこんな展開になるとは…
そりゃあ天上王も叫びたくもなるさ
あり得んぞォォォォォはガチで吹いたw
462名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 01:46:38 ID:LCDFiVxZ0
投下した作者です。SS内の名簿においてミスがありましたので、
以下のように修正します。


○クレス・アルベイン/●ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン/●マリアン・フュステル
●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド●ヒアデス/●カトリーヌ
●ロイド・アーヴィング/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
●ユアン/●マグニス/●ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ
●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー/●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
●プリムラ・ロッソ


以上です。よろしくお願いいたします。
463名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 02:56:04 ID:KJV/HdGJ0
投下乙です!

いやはやミクトランの気持ちがよく分かる…リアルポルナレフ状態だ…
グー姉さんが何をしたのか気になりすぎる次回が本当に楽しみだ。
あと時空剣士自重
464名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 08:47:17 ID:exNcAKR0O
投下乙!
絶対の権力を持つサイグロも絶対行う義務には勝てないか…
しかしカイル起きろw
時空剣士今回は見逃してやろうw
465名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/16(火) 01:02:21 ID:ytYIFUFi0
投下乙です!
酷い放送事故を見たwwwwwwかわいそうな天井王…
まさかまさかの展開で、思わず「どういうことなの…」と呟いていました
書き手さんの創造力には毎回脱帽です
次回の物語も楽しみにしてます!
466名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/16(火) 21:51:33 ID:UX8+h9VJO
投下乙!!

とりあえず唖然として感想が思い浮かばないです。作者さん凄すぎる。

しかし残りの物語で1stが終わると思うと…2ndを読んでない自分としては一気に寂しくなったよ。
467名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/17(水) 20:36:38 ID:GGHALFMt0
( ゚д゚)<話を聞かんかぁぁぁぁ!!!!

【優勝 クレスアルベイン】

( ゚д゚)ポカーン


(゚Д゚)


こんな感じなのか。放送ガン無視された主催者として新しい伝説が生まれちまったな……
468名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/24(水) 00:16:18 ID:E6Bzo1o70
なんですか、これ?
優勝者はクレスなの?ってことはロワは終わったの?
いや、そんなことより、カイル達対主催組は脱出できたの?
もしそうなら、脱出エンドなの?
469名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/24(水) 02:19:22 ID:ZLN46sAAO
まだいたのかお前
470名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/24(水) 07:22:51 ID:FR9zfJUl0
>>468

優勝者はクレス?→バトルロワイアルという殺し合いゲームの優勝はクレス
ロワは終わった?→殺し合いという意味では終わった(と思う)。
カイル達は脱出できた?→分からない。少なくともミクトランはカイル達がどこに行ったか把握できていない。
脱出エンドなのか?→まだ続くって書いてあるから終わりじゃない。

こんなところか、真面目に考えたら。
471名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/26(金) 00:09:59 ID:ezMRz8iG0
投下乙です!
サイグロに絶望したまままた長期間待機かと覚悟してたよ
この脱出?のからくり、ベルセリオスの思惑、もろもろ解明されることワクテカで待ってる!

ところで前回の話、分岐の原因のクイーンて誰のことなの?
ハロルド?


472名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/26(金) 08:54:56 ID:E2yFcwZ9O
読解力不足の自分が憎いがスペードがシュヴァルツ
ハートがグリューネだと思ったけど違うんかな。
473名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/26(金) 13:50:13 ID:o9VRvM4g0
ここまでのあらすじ頼むよ
474名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/26(金) 21:37:21 ID:UEOEBWXs0
ベルセリオスが聖獣を片っ端からフルボッコして俺TUEEEE!!!(本編)
→グリューネが調子乗ったベルセリオスをフルボッコ(第七クール)
→サイグロにバトンタッチしてやりたい放題し始めると思ったらロワが終わっていた(いまここ)
475名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/29(月) 07:17:59 ID:bD97XYum0
ほしゅ
476名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/30(火) 10:46:20 ID:e67/ZNqb0
まさかの更新で感動した。

あれ天上王(笑)さんの威厳とかhどこに・・・
477名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/02(木) 15:02:22 ID:vANvtzTa0
今年中にこのモヤモヤは解消されるのだろうか?
478名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/05(日) 14:02:45 ID:lnbMF4Uj0
逆に考えるんだ。自分で解いて解消すればいいやと考えるんだ
479名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/12(日) 11:08:22 ID:V4RFdVRh0
時よ止まれ、保守は美しい
480名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/18(土) 14:51:42 ID:l02z77em0
書き手の一人です。お疲れ様です。
近々SSを投下できそうな運びになっていますが、現行スレだと容量不足になってしまうます。
そのため新スレを立てようとしましたが規制に引っ掛かってしまいました。
お手数ですがどなたか新スレを立てていただけないでしょうか。

1は以下のようになります。よろしくお願いいたします。

携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html

4811スレ:2010/12/18(土) 14:53:23 ID:l02z77em0
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコ及びバンダイナムコゲームス等とは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part10
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1188467446/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part11
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1192004197/l50
テイルズ オブ バトルロワイアル Part12
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1197700092/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part13
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1204565246/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part14
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1213507180/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part15
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1224925862/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part16
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1231916923/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part17
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1286810498/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル2nd Part12
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1283236233/


【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html
482名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/18(土) 14:57:43 ID:wm+8j+r30
スレ立てに成功しました。
以後、テンプレを貼っていきます。

テイルズ オブ バトルロワイアル Part18
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1292651805/
483:2010/12/18(土) 15:01:33 ID:l02z77em0
【参加者一覧】 ※アナザールート版
TOP(ファンタジア)  :1/10名→○クレス・アルベイン/●ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :0/7名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル
TOD2(デスティニー2) :0/5名→●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :0/4名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :0/10名→●ロイド・アーヴィング/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/●ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :0/3名→●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計1/48 【優勝:クレス・アルベイン】

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4 C5 B3

21:00…E1
00:00…C3
03:00…F2
06:00…H3
484名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/18(土) 15:13:03 ID:l02z77em0
スレッド立てありがとうございました。
投下の際はその前にまたご連絡いたしますので、支援のほどご協力いただければ幸いです。
485名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:24:29 ID:01ozJOtZ0
O.参加者を配置する8×8の盤を「会場」、王を配置する1×1の盤を「本拠地(真)」と以後便宜的に定義する。

第六戦noticeより
1.「会場」と「本拠地」の二つの盤は連続的に隣接していない。

(1)式より
2.特殊移動を除き、駒を「本拠地」に移動させることはできない。

(2)式より
3.この特殊移動を「転移」と定義する。

第六戦noticeより
4.駒を盤の外側へ移動させる場合は“絶対に”「本拠地(真)」を通らなければならない。


(3)(4)式より
5.駒を「会場」の外へ移動させる場合は「会場」より「転移」を行い「本拠地(真)」へ移動しなければならない。




第一戦及び第六戦noticeより
6.王を除く全ての駒の初期配置は「会場」のCD45の2×2マスである。

第一戦及び第六戦noticeより
7.この4マスはその構成が「本拠地(真)」と相似している。

(7)式より
8.この4マスを「本拠地(偽)」と定義する。

(6)(8)式より
9.王を除く全ての駒の初期配置は「本拠地(偽)」である。

主催情報より
10.王を除く全ての駒は初期配置以前に「本拠地(真)」を見たことは無い。

ここで第六戦noticeより
11.「転移」による移動を行う場合「現在位置」と「転移先位置」の2マスを確定させなければならない。

よって(9)(10)(11)式より
12.王を除く全ての駒が「現在位置:会場」より「転移先位置:本拠地」へ「転移」しようとした場合
   「本拠地(真)」の位置を知らない駒の「転移先位置」は自動的に「本拠地(偽)」になる。

(12)式より
13.「本拠地(真)」に一度でも配置されていない駒は「本拠地(真)」に「転移」できない。

(5)(13)式より
14.「本拠地(真)」に一度でも配置されていない駒は「会場」の外へ移動できない。


故に
15.【「本拠地(真)」に一度でも配置されていない王を除く全ての駒は「脱出」出来ない。】/ QED



「つまり――――――――――どういうことなんでしょうか……」

サイグローグはそういって、白煙と共に暗い天井へとぼそり呟いた。
486名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:25:11 ID:01ozJOtZ0
「とまあ、そんなことも最初は思いましたがね……この紋章を頂いた時は……
 ……盤上の駒は、誰一人として脱出不可能……まあ、こんな面倒な手順を踏まずとも……平たく言ってしまえば、
 【本拠地を通らなければ脱出できない】【本拠地に入ったことの無い駒は本拠地を知らない】【本拠地を知らなければ会場から本拠地には入れない】
 この3つの組み合わせというだけなのですがね…………」

そう呟くサイグローグは煙管を左手で弄び、薄暗い部屋の中に紫煙をくゆらせている。
本来の絶望側プレイヤーであるベルセリオスが構築した55の駒を閉じ込める鉄檻を眺めながら、道化は溜息をついた。
1つ1つは簡単に抜けることができるのに、3つ同時には絶対に抜けられない悪魔の監獄。
超技術フィールドでも膨大な監視でもない、たった3つの公式の組み合わせによって構成された王を守る論理の城塞。
エンブレムを手にし主催側の情報を知った今だからこそ、ジャッジでもあるサイグローグはその檻の強固さを実感する。
ベルセリオスは本気で駒を閉じ込めるつもりだったのだ。王に反抗はおろか、あの盤上から出してやる気さえない。
執念さえ感じるほどの完璧主義には、サイグローグでさえ『何もそこまでしなくてもいいのに』という想いを禁じえない。
水の一滴さえ漏らさないこの城壁は、一体王を何から守る為のものなのか。一体何を逃がさないようにするためのものなのか。
道化すらそう疑問を抱きたくなるほど、このシンプルな迷宮は完璧だった。
 
「私が見る限りでも、抜け穴のない……さながら出口無きラビリンス―――――――――――――――だったはずなのですが」

そう。完璧“だった”。つい先ほどまで―――“更なる迷宮が現れるまでは”。
サイグローグが視線を下げると、紫煙の向こうに見慣れた盤があった。
8×8の、何度見たかもわからない世界、唯一今までと違うのは“そこに駒が一つしか残っていない”ということだけ。
「少しはしゃぎ過ぎてしまいましたか……完全に虚を突かれてしまいました……いやはや、喰えないカミサマです……」
サイグローグが王を動かして放送の一手を行っている間に、全てが変わり、そして終わってしまった。
一体何が起こったのか、何故こうなったのか、こんなの有り得るのか。
様々な“謎”が盤上を蠢き、王と法を司るサイグローグでさえその全容を見渡すことができなくなっている。
「真逆、放送に被せてくるとは思いもしませんでした……
 例えるならば私がツモ山からじゃんぱいを掴んで捨て牌を切るまでに7枚全部をすり替えられたようなもの……
 いやはや、とんだギャンブラーがいたものです……」
迷宮封印<パズルブース>。それが人間の作り上げた絶対の檻に対する、女神の答えだった。
いや、これは最早答えとは呼べないだろう。むしろその真逆……“謎”の極致だ。
『この密室からは絶対に脱出できません。どうやれば脱出できるでしょう?』という問いに対し
『私は脱出しました。さて、どうやって脱出したでしょう?』と応じたのだから。
「場所が場所ならば『質問を質問で返すなあーっ!!』と怒っても良いのでしょうが……神様は学校を出ていないでしょうしねえ……」
サイグローグは煙を目いっぱいに吸い込んで、三度大きな溜息と共に白煙を吐く。
これではまるでトンチだ。屏風の中の虎を捕まえさせるはずが、逆に屏風に消えた虎を探す羽目になっている。
絶望側が用意した謎を更に大きな謎で覆い隠すとは。放送という絶望手によって隠された神の一手―――――それは正しく“神隠し”だった。

「という訳でグリューネ様……私、とんと分かりませぬ……そろそろ、答えを教えて頂けませんでしょうか……?」
487名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:25:51 ID:01ozJOtZ0
そう言ってサイグローグが顔を上げ、盤面から視線を対面へと移す。
そこには、女神はいなかった。代わりに存在感を発揮しているのは、女神が要るべき場所に屹立する一体の像だった。
木目と金属の意匠によって組み上げられた、両腕で自らの胸を抱きしめる聖母マリアの彫像。
聖母が抱擁せしは、咎を持った罪人。その茨の腕に抱かれた罪人は感激のあまり絶叫と自ら血液と共に罪を洗い流す。
故に人はそれをこう呼ぶ。アイゼルネ・ユングフラウ――――――鉄の処女<アイアンメイデン>と。
「鉄の処女といっても、実際は木で出来ているモノが殆どなんですが……その中でも随分と出来の良い品です……通販で買った甲斐がありました……」
何処から持ちだしたのか、何時の間に運び込んだのか。そんなことさえも馬鹿らしくなるほど中世の拷問具はその存在を誇示していた。
通販での謳い文句は縁結び・恋愛運上昇の御守りだといったか。だが、そんな華やいだ効能など消し飛んでしまうほど、その像は赤く染まっていた。
サイグローグが指を弾くと、ガシンと処女が震え、聖母の瞳や扉の隙間からじわりと紅い汁が血涙の如く漏れ出す。
像の股下を大きく濡らす血の池は、とてもではないが1回や2回で出来るものではない。既に処女は10回以上涙を流している。
例え処女の中が二重扉になっていようが、そもそも棘が付いていなかろうが道化にとっては関係無かった。
閉ざされている限り、アイアンメイデンの中がどうなっているかなど誰にも分からない。ならばそこから血が出ようが何が出ようが矛盾など存在しない。
2つの力を備え、天に最も近い場所に座すサイグローグにとって、閉ざされた鉄の処女の内側を弄ぶことなど造作もないのだから。

だが、サイグローグが相対する存在もまた天に座す女神だ。
鉄の処女が恥じらう様にゆっくりと開かれると、そこからグリューネが現れる。
拷問具から出てきたにも関わらずその立ち居振る舞いは一流のモデルの如く優雅で、
先ほどまでメイデンから噴出していた血は一体何だったのかという疑問さえ蕩けてしまう。
「何度問われようとも同じです。私が示したモノが全て。それ以上を答える義務はありません」
そう言ってグリューネは拷問具の中で少しだけ乱れた銀の髪をその手で中空に梳き、どさりと椅子に座る。
普通ならば不調法であるはずの仕草さえ華美に映るその美しさに誰もが思うだろう。
たかが鉄の処女ごときに、この神なる美貌を傷付けることが出来るはずがないと。
サイグローグは知ってか知らずか、女神の美しさから視界を掌で覆うようにして仮面を擦る。
女神に言われずとも、道化にもそれが無駄な問いであることは重々承知していた。
アイアンメイデンに閉じ込める前にも、サイグローグは既にこれと同等な“質問”を女神に繰り返していたのだ。
額のティアラに電気を流した。深い井戸に落とし水を流したetcetc。
およそ考え付く痛みを伴う心無い拷問を幾千幾万と、休む間もなく与え続けたのだ。
その中には当然“女”神にしか通用しないモノや、一目見ればお肉を暫く食べられなくなるモノもあったが、
その全てを克明に記すことさえも憚られる程、その毒に塗れた拷問は悲惨に過ぎた。
「……CERO:Z解放をご購入頂ければ全て公開したのですが……ええ……ま・こ・と……残念無念です……」
煙管を回しながらサイグローグは冗談めかすが、道化にとってこの状況は冗談ほどには笑えるものではない。
普通のプレイヤーならばそれだけで泣き叫びながら、どうか止めてくれと答えを吐露しただろう。
だが女神は決して折れなかった。決して口を開くこと無く、その全てをそよ風の如く流しきったのだ。
アイアンメイデンの前には、拷問のプロを呼んでまで女神の口を割らせようとさえしていたが、それさえも効果が無かった。
ちなみにそのプロがどうなったかと言えば、自慢のドリルで女神を喘がせるよりも前に、
女神の器の大きさに自信を喪失して白化してしまったのでサイグローグが速やかに片付けてしまった。
中年が石コロ遊びに興ずる彫像など、何処に置こうが部屋の景観を損なってしまうのだから。

「まあ、別の意味で十二分に愉しませていただきましたから良しと致しましょう……
 しかし、本当に教えて頂けませんでしょうか……? 一体この一手、如何なる思惑で打たれたのですか……?」
「どうしました、道化。貴方らしくない愚かな問いです……それこそ、答えるとでも?」
488名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:26:34 ID:01ozJOtZ0
道化のくたびれた様な問いかけに、女神は口元を手の甲で押さえ苦笑する。サイグローグもまた、煙管を噛みながら苦虫を潰す様にして笑んだ。
自分の打った一手について「こう打てば貴方はこう打つので、後何手でチェックメイトにできます」などと喋るプレイヤーがいるだろうか。当然反語だ。
その思惑を推測し、自分の戦略の中で愉しむこと。それもまたこの戦いの愉悦の一つなのだから。
もっとも、神の放ったこの一手は推測するどころの話で無かったのも事実ではある。
「何を悩むことがありますか? 私の一手が不服であれば、強制破棄で砕いてしまえばいいでしょう?」
「……クククク、グリューネ様も存外陰湿でいらっしゃる……それが出来れば労苦はありません……」
女神の挑発にサイグローグは自分の額を小突きながら項垂れた。
矛盾を見つけ出してこの一手を破壊してしまう――――確かにそれは最も確実な対応法なのだ。
サイグローグの力ならば僅かな矛盾の一つでもあれば、そこから鎖を撃ち込み粉々のバラバラに砕いてしまえるだろう。
“だが、矛盾があるかどうかも分からないモノ”を一体どうやって砕けというのか。
糠に釘、水に刀、暖簾に腕押し、カニに武器。最後の一つは若干意味合いが異なるが、つまりはそういうことだ。
(得られた駒の情報は飛び飛びの音声だけ……これだけではどうとでも解釈できてしまう……)
これだけの大掛かりな駒の消失、探せば矛盾はあるかもしれない。だが、それを立証することがあまりに困難なのだ。
曖昧過ぎて逆に矛盾を見いだせない。それを見つけ出せなければ、崩しようがない。
ベルセリオスの論理の檻を剛の極みとするならば、グリューネのそれは柔の極み。
人間は神を檻に閉じ込めたが、神は煙か光となってひゅるりと網目から逃げおおせたのだ。
(さらに押し込んで問い詰めても良いのですが…………これ以上は墓穴ですね……)
ならば、この謎の正当性を問い詰めるという手もある。『これでは私が手を進められない。この謎は本当に解けるのですか? 解けなければ矛盾です』と。
だが、サイグローグはそうしなかった。プレイヤーとしての経験は浅くとも、ここまでの戦いを見続けてきた経験がその一手に死の匂いを嗅ぎ取っている。
恐らく、否、間違い無く“グリューネはそれをこそ待っている”。
もしサイグローグがうっかりそれを問うたならば、女神は満面の笑みでこう答えるだろう。

『解けます。では、解けぬ貴方の代わりに今から答えを見せましょう』と。

そうして、悠々と種明かしと共に駒を更に進めるのだ――――――恐らく、チェックメイトまで一気に。
つまりは事実上の絶望側のパスだ。答えを持つグリューネだけが延々と手を進め、その答えを盤上にて示すだろう。
それが矛盾あるものであったならばまだ救いがあるが、もし矛盾が無かったら……恐らく、その時にはサイグローグの逃げ場は無くなっている。
(グリューネ様のあの自信……一か八か、運否天賦に賭けるには少々分が悪いですか……)
人間を観察することを趣味とするサイグローグは、神とは言えどグリューネというプレイヤーをある程度見極めていた。

グリューネというプレイヤーを一言で表すならば『絆が伝説を紡ぎだすバトルロワイアル』だ。

意味や想いなど、一つ一つは弱くか細い糸を紡いで強大な縁とし、圧倒的な火力で攻守ともに圧倒するスタイルを得意とする。
一度陣形が完成すればそれは七色の伝説となる。そうなってしまえば、彼女の奇跡の前に防御も攻撃も全く無意味だ。
ベルセリオスとの戦いからみても、女神が全力で放つ奇跡は多少の矛盾ではビクともしないだろう。
謎が解けずにパスを続けるということは、彼女が奇跡を構築するのを指を食わえて見逃し続けるということだ。
逃げ場無しの状況であのタイムストップ級のクライマックスコンボを食らったならば、サイグローグとて肉片が残るかどうか。

「……おや……もしかして私……かなり窮地ですか……?」

さも今気付いたかのように白々しく、サイグローグは煙管の灰を落とした。
つまり、サイグローグはこの神の一手を壊すことは出来ないし、かといって解けないからと見逃すことも出来ない。
こうして思考するだけでも、彼女に奇跡を生み出す時間を与えてしまっている。
向かい合わざるを得ないのだ、この神が構築した迷宮の謎へと。
489名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:27:26 ID:01ozJOtZ0
「全く……絶望…………王を操る側が『こうさつ』に挑む羽目に陥るとは…………では、参りますよ……」

サイグローグが煙管を虚空に片付けて盤をコツンと指で叩くと、一枚の羊皮紙が現出した。
道化はそこに、何処からか出した羽ペンに黒インクを吸わせ、洒脱な文体で自分の名前を書き記した。
「代行者サイグローグの名に於いて……オーダー発令…………“全軍集結しなさい”……」
その時だ、何処からともなく金属音が鳴り響いたのは。
重厚な白銀の鎧兜と腰に佩いた剣の擦れる音。無数の蹄鉄が地面を撃ち鳴らす音。
それは即ち、戦争音楽。戦士達がその命の価値を今一度問い質す直前の、開戦前のプレリュード。
序章が鳴りやむと、そこには錚々たる演奏者達がいた。彼らは己の楽団の御旗を立ててその出自を隠すことはしない。
魔科学を追及せし北部軍事王国軍――――――――――――――魔導砲2門以下、参軍。
神の眼を封印せし神殿を擁する世界最強の王国軍―――――――――――――七将軍旗下、参陣。
鏡面世界唯一の王国軍、賢王に統治された雪下の王国軍、繁栄世界教会騎士団、推参。
獣王に統治されし王国正規軍、七聖連合宗主国近衛軍、参戦。
ヘイズル神聖王国軍、フレスヴェルグ国家騎士団、ニーズホッグ新帝国軍、直参。
これだけでも半分も数え切れぬほどの軍団“群”が、サイグローグの背後に荒海の如く波打つ。
法を――――そして王を守る秩序の力が、部屋の間取りなど吹き飛ばしてしまうほどに集結していた。

その中から、白馬に乗った一人の騎士が躍り出る。真白き正義の甲冑を輝かせた、あの法の守護騎士だ。
「王の代行として……貴方にこの“群団”の全権を委任します……法の守り手としての務めを果たしなさい……」
横に並んだ騎士――――新任騎士団長にサイグローグは視線を合わせること無く機械的な命令を発する。
目で伝える必要などない。そこに騎士団がいて、そこに王を脅かす反逆者が隠れている。ならば果たすべき任務はたった1ツ。
「Order is only one……“生死不問<デッドオアアライブ>”……謎のヴェールに隠れた卑しき犯罪者7名を――――」
評議会の命令に呼応するように、騎士団長が剣を天に掲げる。それに従う様に、無数の兵士達が槍と剣を力強く構える。
兎にも角にも、消えてしまった7つの駒の存在を再び盤上に確定させなければ話にならない。
存在を確定させてしまえば、どのようにでも対処できる。
隠れているならば、見つけ出すまで。隠れることができる場所を、創りだすまで。彼らが隠れた場所を、棺桶とするまで。

迷宮ごと、焼き払ってしまえ。
「―――――見つけだして処刑せよ……!」

世界が、ひねくれ切ったアルカナルインが爆発した。
そう思えるほどの怒号と無数の足音が織り混ざった地鳴りが、一直線に迸る。
目指すは女神、そしてその奥に隠れた身元不明の7人の容疑者へと。

「考察提示……7つの駒はやはり直接盤の外側へ抜けだした可能性があります」
「反論します。絶望側代行に、ベルセリオスの組み上げた檻の絶対性を確認。“会場の駒は盤外に出る際、絶対に本拠地を通ります”!」
「絶望代行、及び判定者として回答……この檻に関するベルセリオス様の絶対を保障します……“会場の駒は盤外に出る際、絶対に本拠地を通る”……」

サイグローグが提示した一手が一軍の一斉突撃と化し、女神の喉元へ突き抜ける。
だが即座にグリューネが右手で空を横一文字に切ると、地面から真っ赤な溶岩が噴出して騎士の鎧や骨ごと溶解させていく。
女神の神術に対し、サイグローグは法律書を読み上げるように判定をその被害報告と共に告げた。

「ならば、本拠地に到達後にどこかへ隠れた……もしくは到達後、即座に脱出した可能性があります……」
「否定します。絶望側代行に放送時の王の状態を確認。王は本拠地に存在する駒の生体反応を確認していました。そこに抜けはありますか!?
 “参加者が本拠地に存在していならば、王はその生体反応を確認できます!!”」
「絶望代行回答、反論を保障します……“王は本拠地の生体反応を確認できます”
 ……判定者より追加補足……“本拠地内に限定して、王の観測エリアに死角はありません”……」

再び放たれた左翼からの弓矢の雨嵐を、グリューネが放った蒼き輝きが掻き消してしまう。
そして跳ね返った矢の一本一本が放った本人めがけて戻り、その喉や心臓を突き刺していく。
やはりベルセリオスが組み上げた密室は有効に機能している。密室から出る扉は1つ、そしてその扉は常に王の監視下にあったのだ。
490名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/24(金) 02:28:09 ID:01ozJOtZ0
「王が“天才”にアンデット化の処置を施していた事実を提示……7駒全てアンデットになった可能性……死体ならば生体反応は確認できません……」
「否認します。判定者に法の効果を確認。“死亡確認無き死者の存在を禁ずる”!!」
「判定者回答……法の効力を認めます……“生者は死を確認しなければ死者にはなれず、死者でなければアンデットにはなれない”……」

だが、更に死角を潰そうと騎士団は右翼から更に重装騎兵二個師団、突撃猟兵四個旅団を投入。
錐行陣で突撃し、前線の死体を蹄鉄でブチブチブチブチとミンチにしながら女神の脇腹を抉りにかかる。
しかし、女神の防壁は未だ機能を続け、氷壁と化した防御の前に騎兵は全て凍死してしまった。
だが戦果報告を紡ぐサイグローグは満足気に笑んだ。これでいい、これであの7駒全てを“会場に閉じ込めた”のだから。
その事実に比べれば、たかが三軍壊滅など必要経費でしかない。所詮は盤外の駒だ。換えは幾らでも効く。
たった一人、たった一人が女神に一太刀入れればいい。それで女神の持つ一手は消滅する。

「駒が全ての首輪を外した・壊した可能性を提示します……生死判定は首輪によるもの…………外してしまえば反応が無くなる可能性がある……!」
「却下します。例え王がそれを認識できなくとも“私達は認識が可能です”!」
「プレイヤーによる否定有効……例え王が知らなくとも、私達は認識できる……首輪の有無は、この謎に影響しない……」

死体の山以上に積み重なっていく痛みと怖れとそれを忘れる為の怒りの断末魔が空間を満たすが、サイグローグの報告にとっては何の阻害にもならない。
無理矢理の脱出・本拠地での潜伏説をほぼ完全に抹消された……否、“本当の意味で7駒を会場に閉じ込めた”騎士団はついに砲撃と共に大攻勢へと転ずる。
この戦争の中で恐らくは最重要となるであろう要衝――会場潜伏説を抑えようと、無数の兵士達が命を散らせていく。
一体何が彼らを戦いへと駆り出しているのだろうか。
それさえも瑣末なことと踏みつぶしながら、騎士たちは謎へと突き進んでいく。
謎に覆い隠された謎を暴き、その答えを殺す為に。

この戦いは、プレイヤーによって生み出された全ての可能性が真実となる資格を持つ。
そして今グリューネは自らが創りだした謎によって自分の持つ一手―――――7駒を王から逃がす1つの可能性を守っている。
だが、それと同等の一手をサイグローグが提示できれば“どちらを真実と選ぶかはプレイヤーの判断だ”。
だからこそサイグローグはこの騎士たちと同じく無数に存在する可能性を、1つでも多く届かせようと雨霰に降り注がせ、
グリューネはその全てを神の一撃で押し流し、サイグローグの放つ騎士たちを鏖殺し尽くす。
相手の持つ可能性を嘘と殺害する為に、自分の持つ可能性を真実と創生するために。
盤上に於ける真実を探す『考察』ではない『こうさつ』。
真実の創り合い、可能性の殺し合い――――――――――――それこそが、彼らの本当の『考殺』に他ならない。

「会場がバテンカイトスである説を用います……! 精神世界であるが故に……駒は全てデータ的存在であり……削除によって消えた可能性が……!!」
「本気で有り得ると思っているのですか!? 絶望側代行に確認。“データであろうとなかろうと、消えた痕跡を王は確認していない”!!」
「絶望代行回答……どちらにせよ痕跡は確認できません……“存在が生身であるかそうでないかはこの謎に影響しない”……!!」

ほぼ全ての兵力を潰され窮地にあるはずのサイグローグが腹の中で笑んだ。
騎士団の殆どを殺しているのが女神の力ではなく、ベルセリオスの密室の硬さであり、
自分が絶対に通れない壁にぶつかって死ねと騎士たちに命じていると理解していながらもなお嗤っていた。
駒は脱出していない。本拠地にも行っていない――――――つまり、まだ会場内だ。兵力の半分を殺して確認した。
そして状況から見て首輪は恐らくまだ解除されていない、更に、データや精神的な存在である可能性も潰した……
それを、更に半分の死体の山で塞いで潰した。ならばこれで終わりだ。
サイグローグが再び王の紋章と法の書を重ね合わせ、守護の光を生み出す。
逃げ場を全て死体で塞がれたグリューネの持つ謎の答えを――――希望の輝きを消し去る、真実の光を!

「ならばこれでチェックです!……宣言・主催者行動<光竜滅牙槍>ッッ……!! 
 【7駒の消失を王が確認……非常事態による特例を発令……“現時点で参加者7名の首輪爆破措置を行いました”】……ッ!!」
491名無しさん@お腹いっぱい。
生きた意味もろとも木っ端微塵に吹き飛んでいく兵士達、死に行く理由も木っ端微塵に吹き飛ばしていく神術。
その嵐中を辛うじて駆け抜けた法の守護騎士が剣に天の光を収束させ、眩い程の光の龍を女神に向けて穿ち抜いた。
会場の中にいるならば、7駒が何処に隠れていようがこれで死ぬ。首輪によって殺せぬ駒など存在できない。
死ななければ、会場の何処にも存在しない。“会場内から出られないのに、居ない”――――論理破綻だ。法の光の前に女神の迷宮は破壊される。
避けなければ必殺。しかし避けることは許されない光の一撃が女神を狙い穿つ。
駒が消えたからと言って首輪即爆破など、無粋極まりないものだろう。
だが道化にとっては知ったことではない。グリューネが尻込みして7駒の居場所を教えれば爆破を止めればいい。
言わないのであれば……この一手が空気を読んでなかろうが、会場内のどこに隠れていようが、殺してしまえば問題は無い。
どちらにしても希望は潰えて、これにて終了――――――

「無駄です―――――判定者に結果判定要請。王はその死を確認できましたか!?
 “存在しない駒の首輪を爆破を確認することは何人にもできません”!!」

だが、女神の奇跡は容易くなかった。
女神が正面ににかざした右手から蒼き障壁が生み出され、法に輝く光の龍槍を完全に防いでいた。
生死さえ謎のまま。矛盾も真実も覆い隠す闇の底に、光は届かなかった。
そして、空いた左手より振り抜かれた悪魔の槍が一直線に突き進み、守護騎士の鎧を貫いて射抜く。

「くっ……判定……通しです……“王による爆破指示は確かに行われましたが、首輪の爆破を確認できません”…………」

サイグローグによって述べられた結果に盤上が静まりかえる。
爆破すれば問答無用で死亡を確定させる王の首輪も、存在しない人間を殺すことはできない。法に従う無辜の民を斬ることはできない。
剣を以て切り拓くことが出来なかった騎士はガクリと膝をつき、その動きを静止した。
全ては決した。団長につき従う様に、その背後に可能性を失った騎士たちの骸が、海のように横たわっている。
法の光であろうが、謎の持つ闇を全て照らすことはできなかったのだと。

「これでも、届かないというのですか……」
倒れ伏す夥しいほど堆く積まれた騎死の墓標を横目に、サイグローグは口元を押さえて唸りを堪えた。
無論、全てを賭してその王命を遂行しようとした忠臣達に対する労いなどではない。
盤外へ逃げ出した訳ではない。死体で密閉した。
本拠地に隠れ留まっている訳でもない。死骸で封鎖した。
首輪をはずした訳でもない。死蝋で塗り固めた。
不正に消失した訳でもない。死者で閉じ込めた。
生きて出ること叶わぬ死の密室。なのに、その中で殺そうとしても―――――――――――その生死すら確認できない。

額を指で小突きながらサイグローグは頭を捻るが、この謎に対し打開策を見いだせない。
あまりに酷い論理破綻のように見えるのに、何が矛盾が分からないから通さざるを得ないとは何たる皮肉か。
道化は更なる抜け穴を探そうと考えるが、その可能性を一向に見つけられない。
考え得る可能性は全て叩き壊されてしまった。しかも、女神の力ではなくベルセリオスの檻の硬さによって。
ベルセリオスの絶対の檻がなまじ強力過ぎるが故に、可能性を消してしまうのだ。
可能性を考察するサイグローグの姿は、まるで密室に閉じ込められたのが道化の方であり、
懸命に檻から逃げ出す為に存在しない抜け穴を探しているかのようだった。
難易度UNKWOUN所ではない難易度GODの迷宮。ここに、出題者と回答者の立場は完全に逆転していた。

「どうしましたサイグローグ……貴方が次の手を進めぬというのであれば、私が先に手を進めさせていただきますが……?」

グリューネが気力と自信に満ちた声でサイグローグに甘い言葉を紡ぐ。
謎という最強の楯で駒を守りながら、一方的に王まで駒を進めていく心算であることは疑いようもなかった。
(さて…………どうしましょうかね……)
女神の魅惑的な睦言にサイグローグは煙管を銜えて煙を肺に充たし、状況を整理する。
(この状況で私が取ることのできる戦略は2つ……1つは謎を解くことを諦め、この結果を受け入れること……つまり狂剣優勝で戦いを終わらせること……)
7駒が消えてしまった以上は仕方が無い。とりあえず与えられた結果を唯唯諾諾と受け入れて、この戦いを終わらせてしまうこと。