----基本ルール----
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。
----「首輪」と禁止エリアについて----
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。
----「首輪」と禁止エリアについて----
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。
----スタート時の持ち物----
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。
四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
----制限について----
身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
(ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
しかしステータス異常回復は普通に行えます。
その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。
----ボスキャラの能力制限について----
ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
----武器による特技、奥義について----
格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。
虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
(ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。
武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。
----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
(魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。
----時間停止魔法について----
ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。
----TPの自然回復----
ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。
----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。
*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。
*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
【参加者一覧】 ※アナザールート版
TOP(ファンタジア) :2/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー) :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア) :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :2/11名→●ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース) :2/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア) :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム) :0/1名→●プリムラ・ロッソ
●=死亡 ○=生存 合計10/55
禁止エリア
現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4 C5
18:00…B3
【地図】
〔PC〕
http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg 〔携帯〕
http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
【書き手の心得】
1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)
〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。
※基本的なロワスレ用語集
マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。
またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。
その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。
生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
恋愛:死亡フラグ。
見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
人の死なんてものは、その人物の命の重さとは無関係に唐突に突き付けられるものだ。
その程度の事は旅をしてきた事とは微塵も関係無く理解していた事。
それはまるで天災の様に、その悲惨さや時間帯に関係無く、その時の思考に左右されず訪れる。
空に投げられた林檎が地に落ちるという絶対の解答の様に、決して揺るぎない事実なのだ。
話は逸脱するが……日々には、毎日を懸命に生きる事で充実さを見出す事が出来るものだ、と彼女は思っている。
後悔が無い様に生を完する事が何より大切な事だとも思っている。そして、彼女は今この時まで自分がそうしていると思ってきた。
我々もそうであると考えていただろう。
少なくとも彼女の直向さの前では“何故ベストを尽くさないのか?”などと云う無粋な疑問は意味を成さないと。
何故なら彼女は透き通る水晶の様な純粋さを以て、常に前を向き頑張っていたのだから。
“何故過去形か?” 良い質問だ……勿論理由は在る。
“それは昔の話だから?”―――残念、正解に非ずだ。
現実は時として残酷だ、などという実に軽薄な言葉は屡々耳に挟むが実はそうでは無い。
現実は何時であろうと甘くは無く、例えそれが楽園の中であろうと常に残酷で在るものなのだから。
さて、前座は終いだ。ここでスポットライトを彼女の内面に向けてみよう。
彼女は、ドジを除けば実に完璧で善良的な人間に見えていた。
現に見られていた。
しかし彼女には穴があった。小さな、だが決して両手で覆い隠せぬ穴。
だがそれは針の穴の様に小さいが故に普段は気付かない。
それは流砂の如く、例えそこにあるのが小さな穴であろうと、時として外面に多大な被害を招く原因となると言うのにである。
彼女の決定的な弱点―――それは自分を優先出来ない事。
極端に言えば彼女は深層意識で自分がすべき事を無意識の内に拒んでいるとも言える。
その点では“彼”と酷似していたとも言えるだろう。
つまりは一言で言ってしまえば、彼女には自己主張が絶望的と言える程に足りないのだ。
自分よりも世界を優先する、それが彼女のやり方であるし、彼女はそれを正しいと信じて居た。
無論、確かに旅を経て彼女は成長した。以前よりは自己主張をする様にはなっている。
が、しかしである。バトルロワイアルという現実は純粋な彼女には酷過ぎたのだ。
残酷なリアルは彼女の周囲に殻を構築するには充分過ぎた。
確かにそれを穴と呼ぶか否かは甚だ疑問ではある。正解と不正解の狭間は常に揺らいでいるのだ。
明と昼との境界線の様にそれは曖昧であり、だが言葉で捉えると明白過ぎる違いだ。
しかし個々の主観によってそれすらも異なる。
だがここは敢えて穴と言おう。
何故なら彼女は今、己の過失を、いや、取り返しが付かぬ大罪を犯した事に気付いたのだから。
本人がそれを罪と認識した以上は、我々傍観者はその選択に逆らう事は決して出来無い。それは当然の事である。
しかしだからこそ愉しいのだと、傍観者の一人―――メルヘンチックな部屋に立つ彼は考える。
今まで培ってきたもの、宝物と信じていたもの。それがふとした瞬間にゴミへと変わる。それが溜まらなく愉快なのだと。
これだけ聴くと非常に悪趣味な人物像しか浮かばないが、何も不幸への変化にだけ彼は喜ぶのでは無い。
何故ならば絶望の淵から希望へ這い上がる様、華麗な逆転劇。それら全てを彼は同等に愛でるからだ。
正義や悪、正解や間違いなどは問題では無い。
極端に言えばそう、どうでもいい。
生きようが死のうが滅びようが救われようが、彼にとっては道端ですれ違った他人の血液型よりもどうだっていい事なのだ。
それは私も―――目の前の貴方もきっと一緒だろう。
愉しいから見る。それが貴方に否定出来るだろうか。
興味があるのだろう?
さぁ、ならば殺人ゲームの続きといこう。
更に深みへ、深みへ―――。
妙な音が聞こえた気がした。
少女はそれはもう目を覆いたくなる程、盛大に地面に倒れ込んだ。
如何に怪力を持つ少女と言えど、力と天然要素意外は一般的な少女だ。
……その一般的な少女とやらに羽が生えていてチャクラムが使えるか否かはこの際スルーして欲しい。
兎にも角にも、少女は何の前触れも無く天使に突き飛ばされた。
それも手加減無しでだ。
完全に不意打ちをされた彼女は、故にそれは素晴らしい程綺麗に顔面から地面にダイブしたと言う訳である。
「……ッ」
ウェーブが掛かった金色の髪を泥で汚した少女は、地に左腕を突き身体を中途半端に起こす。
右手で目を擦りながら、彼女は思考の整理を試みた。
―――自分は何で地面に倒れたんだっけ?
目に入った土に瞳を潤しながら、彼女は頭に先ずその疑問を浮かべる。
倒れた際、鼻に傷を負ったのだろうか。少し鼻の頭が痛んだ気がした。
「……ロイド?」
えっと……そうだった、何故だか分からないけれどロイドにいきなり身体を突き飛ばされたんだ。
少女は周りに聞こえぬ様に小さく悪態を吐きつつ彼の名を呼ぶ。
視界が大分明瞭としてはいるが、まだ目に入った土の違和感があり、再び目を擦る。
本来は回復を待ちたい処ではあるが、しかし彼女は先程突き飛ばされた瞬間、何か並々ならぬものをロイドの表情から感じ取っていた。
一体、如何したと言うのだろ―――
「やっとだ」
少女は唐突に低く響いた第三者の声に肩をびくんと揺らし、腰を捻った。
ロイドが先程居た方を、もとい“彼”の声が聞こえた方を向く。
ぽつり、と何かどろりとした滴が少女の絹の様にきめが細かい白い肌を打った。
瞬間、嫌に生温い風が髪を、いや全身を舐める様に撫でて行く。
彼女は嫌悪の余り、まるで自分が生暖かい粘液の中に居るかの様な趣味が悪く訳の分からない違和感を覚えた。
目の前の事象による判断能力の低下だろう、と脳が結論付ける。
「漸く君の元に行く事が出来た」
少女は酸素を求める魚の様に口をぱくぱくと動かし、瞳孔を開いた。
目線はその景色から離さぬまま、ゆっくりと全身を濡らしたその液体を指先で掬う。
それを更にゆっくりとした動作で視界へと収めようと試みた―――コレは何かの間違い、そうだよね。
こんなの嘘だよね。ねぇ、ロイド。
嘘だって言ってよ。
ねぇってば。
如何して、ロイドは、動かないの?
「ごめんね、随分待ったかい?」
視界の端に現れた紅色に、喉が小さく、しかし強く音を立てる。
血液が赤いのはヘモグロビンと酸素が結合しているからで、血液中の酸素が減ると血液は暗くなるとリフィル先生が生物学の授業で言っていた。
……ああ、そっか。成程。
「大丈夫」
少女はゆっくりと顔を上げた。
乱れた金髪の奥で光を失った暗い蒼の瞳が覗く。
淡く煌めく蒼炎が彼の紅のバンダナと共に虚空に揺らいだ。
やがてそれは残滓となり、ザンシとなり、惨死と。
「もう大丈夫だから」
つまり、これは、そう、つまり、つまり、つまり、やっぱり。
だから、つまり、その、つまり、ロイドは。
ロイドは?
落ち着け、私。何を今更言っているのだろう。
ロイドは今目の前に居るじゃないか。
「ただいま」
蒼に包まれた刃はいとも容易く胸元から彼の喉元まで上がり、そしてぐるりと縦と横を入れ替える。
頭部を繋ぐ糸が切れてしまった操り人形の様に、ロイド=アーヴィングは全身を一度びくりと動かし、頭部をだらりと斜め後ろに情けなく垂れた。
無機質極まりなく、味がこれと言って無い音が彼女の鼓膜を打つ。
剣が抜かれ、操り人形が宛らボロ雑巾の様にぐちゃりと地に崩れ落ちる。
その向こう側には、紅に染まる陽を背負う血塗れの彼。
決して忘れる事無き王子様、少女がファーストキスを捧げた相手―――クレス=アルベイン。
「迎えに来たよ、ミント」
どれだけ残酷であろうと、世界は廻る。ひたすらに廻るのだ。
止まる事無く先へ先へと急く様に。
ゆっくりと濃い蒼を纏う刃が奇妙な音を立て、彼の脳天に侵入する。
嗚呼、空が、とても紅くて、赤くて、赫くて、あかくて―――――蒼い。
少女の悲痛な絶叫が、黄昏時の世界を抱擁した。
小さく華奢な身体を抱き寄せる学士は目を細め、更に強く下唇を噛んだ。
ただでさえ徹夜がちの彼の血行が悪く薄紫色の唇は、血液を遮られ更に蒼白く変色している。
「……メルディ」
言いつつ己の無力さに絶望する。
散々掛ける語句を考えた挙句がこれだ。笑えよ。
自分には慰めの言葉一つ言えない。
今メルディの名を呼んだ処で何も解決しないなんて事は疾うの昔に理解している。
そう、“最初から理解してるんだ。何もかもを”。
だけど、だけどあんな詭弁に今更、今更、今更!
もう、全て遅いと分かっているのに僕はッ!
如何してこんなにも苦痛を味わっているんだよッ!
「……そか」
汚れたローブを更に涙で汚しながら、少女は拳を握り締めた。
可能性と絶望の狭間で、少女はどちらも選択出来ず、どうしようも無く葛藤し苦悩する。
選ぶ事すら止めてしまう程に、今の少女は疲れきっていた。
ポットラビッチヌスがちょこんと脇に座り、心配そうに少女を無垢な瞳で見上げる。
「メル、ディ?」
少女の自嘲気味な呟きを聞き、学士は彼女の顔を覗き込んだ。
諦観にも似た乾ききった笑いは、此処に居る筈の彼女の、だがしかし決して触れられぬ虚像の微笑の様な気がして。
幻で無い事を確認するかの様に、彼は彼女の肩に置く手に少しばかりの力を込めた。
そして痛い程に理解出来るのだ。
“彼女はそれでも今此所に立って居る”。
「メルディ、自惚れてたな」
虚ろな少女はローブに埋めていた頭を離す。
だらりと頭を項垂れ、その影に隠れた表情は学士からは窺い知れない。
「ロイドがメルディと一瞬だと思ってたよ。ロイドもメルディと同じ景色が見えてたと思ってたよ。
実際……やっぱり、ロイドは月までは届かなかったよ」
「お前、何を言って」
少女は力無く学士の胸板に手を添え、彼の抱擁から自ら離れる。
痛い程に此所に居ると分かっているのに、学士は身体から少女が離れるだけでどうしようも無い不安に駆られた。
「じゃあ、どうしてロイドは笑えるか? メルディには、メルディには……“笑っても笑えない”よ」
飽和した感情が少女の口から弾かれる様に次々と溢れる。
いや、少女にとっては感情とすら言えない、純粋な疑問なのだろうか。
では、一体何なのだろうと少女は思う。
この止まらぬ涙は、一体何の捌口なのだろうか。
それが知りたいのだと悲しそうに少女は笑う。
涙は枯らしたと思っていた。思考は無くしたと思っていた。
それなのに。
「希望なんて無かったな。光なんて何処にも無かったな。
メルディとロイド空っぽだったよ。何も出来ないって分かってたよ」
学士にはそれを理解出来ると思った。だから少女はゆっくり話した。
自分達にはもう何も出来ない。何も救えない。
何かしたって結局は皆死んでゆく。辛そうに戦って、辛そうに死んで。
敵を倒しても辛そうな顔をしている。
何をしても辛いなら、だったら、“何もしない方がいい”!
「もう歩けないって、分かってたよ」
目を細めて自分の握られた拳の中を見る。少し汚れた指先が、ぴくりと動いた。
それが少し厭で、少女はきゅっと強く瞼を閉じる。
漠然と全てに疲れていた。何も見たくないし何もしたくない。
そもそも何も出来ない。
生きるとか死ぬとか、正解だとか間違いだとか、どうでもいい事だ。
“それでも、まだ、自分の指は彼の様にこんなにも未練がましく動いている”。
「違う、メルディは「違わないよ」
それは如何してか。
茫漠と目前に横たわる生なんてものに興味は無いのに。
“それでも涙はずっと止まらない”。
「……違わないよ」
見上げてくるその瞳は、はっきりと何かを否定していた。
その瞳は、しかし暗い紫の奥に確かに―――。
はっきりとした否定。断言された言葉。
しかしどうしようもない迷いを彼は彼女の瞳から感じた。
否定されているのは自分なのか。彼女自身なのか。
断言するのは可能性を断ち切る為なのか、それともそれが真実故になのか。
呟かれた力強い言葉は、説得と納得の境界線上を揺らいでいた。
「違わないのに」
そう、違わない。
違わないのだ。
それなのに。
「なのにメルディ、変な気持ち」
自分には何も出来ない。天使が死ぬまでそう信じてきた。
実際そうだとも思う。自分にはもう何も出来ない。
でも、はっきりとは言えないけれど。ロイドは確かに此所に何かを遺した。
ならば自分は。
「“何がしたい”か分からないよ」
少女は頭を抱えて蹲る。
自らの奥底で、何かが蠢いている。どうしようもなく空っぽの筈であった心の中で、何かが跳ねている。
それはとても暖かい光の中に居る様に心地良くて。
けれども古傷を刃物で抉られる様に果てしなく不快で痛かった。
今にでも内側から皮を突破って爆発してしまいそうな何かが、彼女の中でカタチを成そうとしていた。
それが堪らなく不安で、彼女は呻く。
何かを、何処かで、見落としている――そんなの嘘だ!――少々は瞼をゆっくりと上げ――違う!――縋る様に強く粗暴に握った手を、けれども優しく開く。
涙がぼろぼろと零れ落ち――信じるな、見るな! どうせまた辛い想いに苛まれるんだ!――色褪せた景色が少しだけ鮮やかに変化する。
もしかしたら――何を今更! もう何もしない方がいいに決まっているじゃないかッ!――彼女の中を忘れかけていた感情が逆流する。
“お前は俺より強い。生き方を選べるお前のほうが、俺なんかよりずっと強いんだ。
お前は今、自分の意志で立っているじゃないか。まだ坐りこんじゃいない”
少女は無言で立ち上がり、学士のローブの端を握る。
「……キール」
メルディ、と目の前の学士が心配そうに呟いた。
足元で尻尾を立てるポットラビッチヌスは彼女の影に隠れたその目を見つめる。
少しだけ、本の少しだけ、彼女の表情が世界に溶け込む。
あの日あの時あの場所で、確かに景色と乖離していた彼女が少しずつ、しかし確かに溶け込んでゆく。
―――もしも生き方がこんな自分にも選べるとするならば。
「メルディあと少しだけ、ほんの少しだけだけど」
勇気を振り絞り乱れた前髪に指を掛ける。
少女は眩しい光に怯える事無く空を仰いだ。
地平線の向こうに陽が沈む。茜雲は形を変えながら泳ぐ。
そう、こんなにも世界は綺麗だったのだ。
前髪が風に揺らぎ額のエラーラが橙を映す。
少女は右手でラシュアン染めのスカートを、彼女が自分にくれたそれを強く握った―――全て消してもこれだけは消したくなかった。
一拍置いて“それ”を呟き、夕陽を拝む。
「……メルディ」
学士にはただ莫迦みたいに彼女の名を繰り返す事しか出来なかった。
……彼女のラシュアン染めの橙が世界を染めているのだろうか、あの陽が世界を染めているのか。
馬鹿馬鹿しくて彼らしからぬ事この上無い妄言だが、一瞬学士はそう思う。意味が分からない疑問だ。
しかし自分にしか分からない程度の、いや自分でさえ本当にそうであるか分からない程の小さい、しかし“大きな”変化がそこにあった。
確かに今この瞬間が、少なくとも彼女にとってのターニングポイントである事への疑いを浮かべる余地は無かった。
「メルディ、お前……!?」
少女は少しだけぎこちない笑みを浮かべると、口を半開きにした学士の袖から手を離し、腕を後ろで組む。
月まではもう行けないけれど。
だけど自分にも、もしかしたら、まだ月に向かって一歩だけなら歩ける余力はあるのかもしれない。
なら、歩いてみて何が変わるのかをこの目で見るのもまた手では無いのだろうか。
無論、何も変わらないかもしれない。
彼、ロイドは勿論それを理解していただろう。自分に見えるものは彼にも見えていた筈だから。
それでも彼は、月までは飛べなかったけど。あんなにも幸せそうに笑ってみせた。
灯台下暗しという言葉がある。案外、大切なものはすぐそこにあるのかもしれない。
冷たい空気を一度だけ肺に満たし、大きな一歩を踏み出す。
それに伴い堪え難い恐怖が彼女の心を抉り取ってゆく。
(どれ程勇気が要っただろうか)
まるで未踏のジャングルにでも踏み込んでいるかの様な錯覚に苛まれた。
(今直ぐに止めてしまいたい)
鐘の音を耳元で鳴らされているかの様に心音が五月蠅い。
(絶望に身を委ね傍観者となればどれ程楽か)
後ろで組んだ腕が、痛みと不安に震える。
少女は誰にも見られない様に掌の中のそれを指で弾いた。
(それでもメルディは、ロイドが見た景色を見てみたいよ)
最高に意味が無く下らないだけの石細工が、少しだけ紫が差した橙を浴びて煌めいていた。
数分経過しただろうか。
過呼吸気味だった少女は恐怖に震えるが、しかし落ち着きを取り戻しつつあった。
が、相も変わらず頭はだらりと下げ、血の海には滴を落とし続けていた。
「……どう、して」
戸惑いを隠せずただ黙す騎士を尻目に、消え入りそうな声で少女は呟く。
項垂れた頭はぴくりとも動かさず、しかしそれは独り言でなく確実に少年へと向けられた言葉だった。
「どうして……?」
二度目のそれに少年は弾かれる様にびくんと身体を震わせ、何かを拒絶する様に一歩後退る。
何故自分が責められているのか、少年にはそれが理解出来なかった。
「ミン、ト……?」
よろける彼の口から零れ落ちた言葉は、驚く程に弱々しかった。
目の前の彼女へは手を伸ばせば届く距離なのに。何か巨大な壁が自分達の間に在る様な錯覚。
吹き抜ける旋風が彼女の髪を流した。
揺れ踊る血塗れの金の中を幾千もの影が掛けてゆく。
“……どうして?”
先の彼女の言葉を脳内で繰り返し、彼はまた一歩後退った。
何度繰り返してもせれは確実に己に向けられた強い言葉。
しかし諄い様だが彼には矢張りその真意が全くと言って良い程理解が出来なかった。
何を意味しているのか分からない。故に“怖い”。
半ば理不尽とも言える一方的なエゴの押し付け。
彼はそれを理解していないが、しかし彼女の言葉は彼の心を確実に壊死させて行く。
彼の思考には“拒否”の二文字は全くの埒外だったのだ。
「あ……ああ…」
少年は頭を抱え現実を否定する様に強く瞳を閉じた。
タイムリミットを知らせる鈴の音が、扉を乱暴に叩き出す。
「はは、嘘だそんなの……ミントは、ミントはそんな事を言わない……」
目の前の少女は如何して褒めてくれない?
如何しておかえりと言ってくれない?
僕はこんなにも苦労した末、漸く君を救い出したのに。
僕の苦労は何だったんだ?
真逆、僕が間違っているとでも?
そうじゃないならば如何して笑顔を見せてくれないッ!?
「……何故「どうしてッ!!?」
半ば悲鳴に近い三度目のそれを彼女は放つ。
その言葉を理解出来ず畏縮する彼を尻目に、彼女は自責の念に駆られていた。
彼はこれが自分に向けられた言葉と思っているが、実はこれは彼女から彼女自身への言葉だった。
故に決して噛み合う事の叶わぬ会話。
元から彼女は彼の答えなど埒外であり、期待すらもしていない。
その事実を知る我々からすれば、これは実に滑稽な構図だった。
「うっ……ロイドっ、ごめんね。ごめん、なざいっ、ごめんなさぃ……ごめんなさいッ!」
指を絡ませ、合わさった手を項垂れた頭に乱暴に当てながら少女は血の池に崩れ落ちた。
指の間に爪を立てる。白い手袋に血が滲んだ―――ロイドが感じた痛みはこんな程度では足元にさえ及ばない。
嗚呼、自分は何て罪深い神子なのだろうか。
何故こんなにも汚くて愚かな私がロイドよりも長く生きているのだろう。
大切な友を、リアラをこの手で殺し、自分を閉じ込め、クレスさんをこんな風になるまで追い詰めて。
挙句、ロイドの前で笑う事も出来ず。
何がごめんね、だ。何が泣かないで、だ。
私は何も分かってない!
私は何も!
私は、ロイドにただ、“ありがとう”と笑って見せればよかったのに!
なのに、もうっ―――
「ミント」
少女はその低く落ち着いた声に今度こそ思考を停止せざるを得なかった。
びくりと畏縮する様に身体を反応させ、はっとした様に少年を見上げる。
鮮血の様に生温い風が戦場を吹き抜けた。
黄昏に染まったかの様な血塗れのマントを靡かせながら、少年は髪の隙間から少女を“見ていた”。
焦点が定まらぬ血走った目で、しかし彼は少女をただじっと見つめている。
期待とも脅迫とも取れる視線に少女は何を言う訳でも無く見とれ、口を半開きにした。
「……っ」
少女はその瞳に耐え兼ね、一度目を逸らし俯く。
(自由でいるより何かに束縛されている方が楽で)
―――でも、もう、絶対に。
(未知の恐怖より知っている絶望の方がずっと心地良くて)
赤に染まった衣を右手で強く握り、迷わぬ様に左手で約束の紋をなぞる。
一抹の静寂が戦場を駆け抜けた。
ただ自分が唾を飲む音だけが聞こえた気がした。
それは自分の覚悟を試されているかの様でもあり、少女の顔に少しだけ陰を落とす。
(でも、本当は分かってる)
―――後悔はしたくないよ。
(何時までもこのままでいい筈も無いって事)
三拍程の間を取って、少女は陽に輝く青い瞳を少年に向けた。
「クレスさん」
ごめんねロイド。今はまだ、悲しくしか笑えないよ。
ねぇ。思えば、色んな事があったね。
旅をして、精霊と契約して、世界を統合して―――私は、貴方に恋をしてた。
ロイドは、私が嘘を吐いた時も、私が感情を失った時も、私があんな身体になった時も、何時でも私を信じてくれたよね。
本当言うとね、えへへ。ごめんね、それが辛かった時もあったんだ。
でもそれが私の弱さ。ロイドはきっとそれも分かってたんだよね。
分かってたくせして私に“強くなれ”とは絶対に言わなかった。ただ何時も教えてくれるだけ……優し過ぎるよ、ロイドは。
そんな貴方ももう手の届かない所に居る。
勿論今も苦しいよ、悲しいよ?
こんなにも、心が、痛いよ?
でもね。
……これだけ罪に絶望しても、やっぱりロイドへの想いは消せないんだ。ううん、消えないんだ。
貴方が、こんなにも、愛しいんだ。
それはね、何でだと思う?
「貴方はどれだけ人を殺して来たんですか」
ロイドへの思慕で心が痛むのはね?
きっと、この世界では、まだ。
やらなきゃならない事があるからだ、って思うの。
勿論ただの依存かも知れないね。
でも本音を言うと、それでも私は構わないと思ってるんだよ。
きっと大事なのは、進んで行く事で善し悪しに関係無く私達は変化していけるって事だと思うから。
その切っ掛けがロイドだって事は事実だよ。だから誰にも否定出来ない。
だから。
私は。
進まなくちゃならない。
自分の罪と向き合わなくちゃならない。
何時か、心の底から笑える様に。
「こんな事、誰も望んで無いです。
ごめんなさい……そして、お願いします。昔のクレスさんに、戻って」
彼女の哀願に一瞬の静寂が訪れる。
クレス=アルベインはその言葉に反応せず無表情のまま、静かに口を開いた。
上擦った声が彼の喉から吐き出される。
「な、何を言ってるんだ、ミント? 僕はただ強くなりたかっただけで、君を救い出したかっただけで「私は!」
「私は、そんなクレスさんを見たくないです!」
少年はぎこちなく笑い、掲げていた剣をだらしなくだらりと下ろし俯く。
少女はそんな血塗れた彼に怯える事無く更に続けた―――此所で逃げていては意味が無いのだ。
何故なら目の前の少年をこうしてしまったのは自分なのだから。
ならば、自分の言葉で彼を終わらせるのが筋と云うものだ。
そして何よりここで逃げれば……また私は罪を繰り返してしまう。それだけは避けたいから。
「お願いです、クレスさん……もう、良いんです。だから、止めて下さい」
覚束無い足取りで少年は二、三歩後退り、顔面を左手で覆った。
そしてまるで何かを畏れるかの如く奇声を上げ、剣を誰に向ける訳でも無く目茶苦茶に振るい出す。
少女は少年の変わり果てた憐れな姿に下唇を噛み目を細めた。しかし決して目を逸らそうとはしない。
「ひいぃいぃぃあぁあああああぁぁぁッ!」
少年は頭を掻き毟り血を撒き散らす。
少女の一言一句が、まるで自分の全身を図太い矢で打ち抜いてゆくようだった。
しかもその矢は抜ける事無く身体に突き刺さったまま堪え難い苦痛を累乗的に心に与える。
結果、身体が腐敗して行くのだ。肉が蕩け、白骨から零れ落ちて行くのだ。
嗚呼、鈴の音が耳の直ぐ側まで来ている。
来ている。
来ている来ている。
来ている来ている来ている。
来ている来ている来ている来ている来てぃいぃいいぃぁああぁあぁあああぁぁあぁあぁぁッ!
「……クレスさん、私は、それでも貴方に敢えて言います」
指の間から見える景色が遠くに映る陽炎の如く揺らいで行く。
赤と黒とが渾沌とした幻の扉は、目の前に自分を誘惑するかの様に開いていた。
がらがらと足元から何かが崩れ落ちて、墜ちて行く―――そんな感覚に苛まれた。
“哀れな姿ね、クレス=アルベイン”
幻想の少女が彼を見下し、蔑む様に嗤う。
小刻みに肩を震わせながら、少年は膝を折った。
……溶けてゆくんだ。全てが壊死し再び暗闇に溶けてゆく。
何もかもが、自分さえもが等しく無に還って逝く。
「貴方は、」
この闇の中には、果たして終着点と言える様な場所は存在するのだろうか。
絶対に存在するのだと、僕は極めて愚かしくもそう思って来た。
行き着く先が分からぬ迷路程怖いモノは無いだろう。だから終点を決めた。間違っても阻喪とならぬ様に。
だってそうだろう? 人はゴールがあるから必死にそこに向かい歩けるんだ。
終点がそこに在るから迷わず僕達は生きる事が出来るんだ。
“だが、本当にこの世界に地平線はあるのだろうか?”
くく。
嗚呼、僕は何と愚かな生物なのだろうか。
此所が出口だと疑わなかった。疑う事すら忘れていた。憐れだとしか思えない。
“もしも終点が存在しないとしたら?”
さぁ、改めて見渡してみろよ僕。
目の前は未だに闇だ。行き止まりなど何処にも存在しない。
此所は、無限の地平線を繰り返しているだけなんだ。
“もしこれが妄想と幻想に過ぎないのだとしたら?”
現実など何処にも在りはしないのではないのか? ならば探すだけ徒労に過ぎない。
在るのはきっと、腐敗したリアルと言う名を騙る幻想だけなのだ。
“目に映る全てが虚像に過ぎないとしたら?”
理由なんて下らない。所詮は歩き続ける為の言い訳に過ぎなかったのだ。
嘘っぺらい正義感の持ち主の方便にしか過ぎない。
僕はもっと早くその事実に気付くべきだった。
ほぉら、否定するつもりなら探してみなよクレス=アルベイン。
闇意外に何があるんだい?
後ろを見てみなよ。“最初”なんて、もう何処にも存在しないじゃないか。
歩かなくても変わらない。何も変わらない。何も、何も、何も、何も、何も、何も。
得るモノさえ何も無い。あるのは、喪失と忘却と絶望だけ。
その狭間に何時しか堕ち、もがき、苦しみ、痛み続ける。そう。もう永遠に僕は此所から抜け出せない。
帰る道は、疾うの昔に忘れてしまったのだから当然だ。
“自分自身すら偽者だとしたら?”
オワリなんて無く、この闇は永遠にハジマリの世界なのだ。
ならば僕は、俺は今まで何をして来たのだろうか。
……分かっている。僕は、ただリアルの虚像に踊らされていただけだった。
それは何もしていない事と同義だ。
虚偽の世界で見苦しく足掻く事は無意味だった。
「……貴方のしてきた事は、間違っています」
ああ、何だ。そうだったのか。成程。
やっぱり間違ってたんだ。
でももう遅い。この闇からはもう、永遠に……逃げられない。
僕は何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度此所に戻って来る。
笑い種だ。実に滑稽な構図じゃないか。
くく。
はは。
はははは。
ははは。あはははは。
ほら、また僕はハジマリに立っている。物語は終わらない。
だったら、いっそ、こんなせかいなんか、ぜんぶ、こわれてしまえばいい。
けたけたと箍の外れた嗤いが戦場を包み込む。
しかしその様子が与えるものは恐怖でなく憐憫。
どこか哀愁を纏うそれは少年が黄昏時の世界から浮いている様な印象を少女達に擦り付けていった。
少年は世界を、少女を、己すらをも嗤う。―――何も変わらぬのならば、全てが偽者ならば、自分はただの道化にしか過ぎなかったとでも言うのか。
へたりと座り込み、空を仰ぎながら少年は壊れる。
その姿を少女は悲しそうに見つめた。
俯き少年の名を呟くが、それを遮るかの様に発狂した少年の悍ましいまでの嗤い声は続く。
少女は何か声を掛けようとするが、それらしい言葉が思い浮かばず、堪らず目を地に滑らせた。
そして目を細め悲哀の滴を落とす。もう彼には、自分の言葉さえ届かないのかと。
そんな筈は無い、と地に爪を立てた。
何故ならば、彼は強いからだ。
そう、自分なんかよりも、よっぽど強い。
こんなにも弱い自分に出来て彼に出来ない事なんてある筈が無いのだ!
「お願い……!」
少女が神に縋る様に呟いた―――――その瞬間だった。
血の池に映る夕陽が形を歪める。
少女の碧眼に、幾つもの円が波状に広がる像が映し出された。
目を見開き、何事かと息を呑みつつ少女は顔を上げる。
少し、語弊がある。
何事かと息を呑みつつ、とは書いたが、彼女は全く理由が理解出来なかった訳では無い。
確信に近い推量は確かに少女の中にあった。
しかしそんな筈が無いと、少女は半ば無意識の内にそれを否定していたのだ。
今の彼がそんな行為に出るなんて、信じられないと。
だがその推量は実に見事に的の中心を射ていた事を少女は自らの碧眼をして知る。
……勿体振らずに事実を述べよう。
黄昏時の廃墟の中、発狂したクレス=アルベインは大声で虚偽の世界を嗤いながら――――――泣いていたのだ。
零れ落ちる大粒の涙を視界に収めて少女は全てを理解する。同時に、激しい憐憫の情を催した。
「クレスさん……」
彼は狂いながらも悲しんでいたのだ。
激しい失望と諦観を抱いているのだ、この世界に。
しかしだからこそ、と少女は強く確信する。
悲しみがある内は、きっとまだやり直しが利くのだ、と。
少女は肩の力を抜き、紡いでいた口を開く。
「……貴方にまだ渇かぬ涙がある内は、きっとやり直せます、クレスさん。だって私もそうだったから。
流せる涙がある時が、一番“生きている”時なんです。
だから同じ様に貴方もきっと……だからお願いッ!」
少女の悲痛な叫びに少年は初めて反応し声を止めた。
ゆっくりと輝きを失った瞳が少女を見つめる。
私を信じて? と少女は頭を傾ける―――そう、罪を見つめ直す事が出来れば。
時間はとても掛かるかもしれないけれど、それでもいつか笑える日が来るかも知れないのだから。
そうして唾を飲み込み、少女はぎこちなく笑いながらゆっくりと口を開く。
「……だから、私の話を聞いて。ね?」
少女は口を半開きにして自分を見つめるクレスの手を取り、優しく、言い聞かせる様に呟く。
その言葉はまるで人類全ての母を連想させる様な不思議な包容力を持っていた。
変わり果てた様に怯える事無く、真直ぐな彼女の二つの青い瞳が彼の血塗れた顔を覗き込む。
……どうか、祈りが届きます様に。
「お願い。私達ならきっと何時の日か――――」
―――――ぐるりと、視界が反転した。
唐突なそれに三半規管が機能しているのかどうかすら分からなくなる。
一体何が起きたのだろうか。
視界からの少な過ぎる情報ではまるで判断出来ず、少女は落ち着くまで身体を預ける事を選択した。
薄く伸びた茜雲は地を流れ、血濡れた廃墟が空に浮かぶ。
と思えばまた反転し、再び逆になり。七、八回それを繰り返した末、彼女は漸く己の身に何が降り懸かったのかを理解した。
同時に激しい吐き気を催し口から酸味掛かった液体を撒き散らす。
「んっ…ケホッ…ぁ、はっ」
前触れ無しに己を襲った喉を焼く様な激しい不快感と下腹部の痛みに、堪らず彼女は身体を丸めた。
自ら吐いた酸の臭いにより、少女を更なる強い嘔吐感が襲う。
少女は口から糸を引き溢れる唾液を拭う事すら忘れ、口元を必死に押さえた。……気持ちが悪い。
生理的嫌悪による涙が少女の頬を伝う。
少女の中で混沌としていた最悪の予想、それが起きてしまったのだ。
と、焼ける様な茜色が差していた筈の視界が唐突に暗闇に包まれた。
乱れた呼吸と髪を整える暇すら無く、少女は半ば反射的に顔を上げる。
「もういい。お前の声は一々勘に障る。実に癪だ」
低く、小刻みに怒りに揺れる言葉が虚空に轟く。
紫の大剣を携える少年は、口元を歪ませとても愉快そうに自分を見降ろしていた。
「……僕は、な!」
鈍く湿った音が辺りに響く。頬を爪先で強打され、少女はただ成す術無く崩れた家屋へと吹き飛ばされる。
少年は剣を地に引き摺りながらその構図を鼻で嗤った。
嗚呼、何と滑稽なのだろうか。
この汚らわしい屑女は、まだやり直せるなどとふざけた戯言を吠える。気持ちが悪い事この上無い。
全てが幻想で成る世界で何をしようと無駄だと云う事がまだ理解出来ないのだろうか。
実におめでたい頭の奴だ。
「あ……っ、うっ…ぐ、ゲホッ! あぐぅ…」
いや。或いは、滑稽なのは自分なのだろうか。
少年は目を細め、土煙の向こうで顔を鮮血で濡らした少女を見て歯を軋ませた。
こんな愚かな紛い物に自分は踊らされたのだ。
何と情けないのか。情けなさ過ぎて泣けてくる程だ。
少年は眉間に皺を寄せ少女の腹に容赦無く蹴りを入れる。
蛙が潰れた様を連想させる情けない声を吐き出し、少女は身体を丸め蹲った。
「ずっと君に会いたかったんだ。それなのに“お前”は僕を間違っている、だと?」
少年は瓦礫に情けなく埋まる少女の腕を掴み無理矢理身体を引き上げた。
目の前の少女の目には涙が滲み、恐怖の色が浮かんでいる。
それが寒気を覚える程に堪らなく快感で、己の顔面を目と鼻の先まで接近させた。
お前に、僕の何が分かるんだ。
お前に、何が出来ると言うのか。
分かってるさ。何も分からないのだろう? 何も出来ない、そうだろう?
それでも貴様はそんな低俗な世迷い事を吐くのか、女!
「……挙句、僕の手を握ってやり直そう、だとッ!?」
「クレ……さ、や、め……んはぅッ」
ふつふつと募る怒りを飽和させては、身を任せる様に鳩尾に膝を繰り返し叩き込む。
少女はその暴力に抵抗も出来ず、血を吐きながら瓦礫に転がり込んだ。
少女は朧気な視界の中必死に少年に一瞥を投げる―――突然、訳の分からぬ奇声を上げ彼が頭を抱えた。
「あぁあAaぁああaaaぁaあAaAあぁああaあぁぁAAぁあaaあぁぁぁッ!」
脳内を何かが過ぎてゆく。
ただ無言で自分を哀しそうに見るもう一人の自分が、硝子の反対側に居た。
しかしサディスティックな思考はそれを歯牙にも掛けず己を昂揚させ、ブレーキを確実に破壊してゆく。
駄目、だ。
もう、止め、ら、れない。
“……クレスさんはまだ負けてませんッ!”
(そうだ、僕は今何をしているのだろう)
黙れ。
(俺は、でも、何も、もう)
黙れ。
(こんな筈じゃ、無かったのに)
黙れッ!
“クレスさん”
「う、五月蠅い! 黙れ黙れ黙れッ!
汚い手で触るな、触るなよおぉぉッ! 俺に話し掛けるなああぁぁッ!」
幻想の城の中の少女の言葉に苛まれ、少年は剣を振り回す。
しかし第三者から見ればそれはさながら狂人の一人芝居であり、少女コレット=ブルーネルは全身の血が凍り付く様な未知の恐怖に震える。
暫く頭を抱え譫言の様に何かを繰り返した後、少年は態度を一辺し満面の笑みで少女の前にちょこんと腰を降ろした。
「……ねぇ、ミントは僕の事を忘れてしまったのかい? ははは……真逆そんな筈は無いよね。
……ねぇミント、僕がどれだけ君に会いたかったか知ってる?」
寒気を覚える程優しく甘い声で少年は呟く。
左手で彼女の血と土に絡まった髪の一本一本を梳きながら、しかし右手に持つ剣の切っ先は、甘い響きの言葉とは裏腹に少女の喉元に冷酷なまでに強く突き付けられていた。
これ程までの恐怖がこの世に在っていいものなのかと、少女は涙を浮かべる。
確かに自分は大罪を犯した。が、しかしだ。それにしても少々罰が不釣り合いではないだろうか?
「い……いや…いや、嫌ッ」
嫌という言葉も虚しく、紫の鋭利な刃先は少しづつ肉に喰い込んで行く。
妙な汗を背中に垂らしながら、彼女は懇願する様に少年を見る―――仔猫をあやす様な笑顔の中に言い様の無い冷酷さが見え隠れしていた。
彼女は懇願が無駄だと理解するや否や必死に抵抗を試みるが、背後には瓦礫があり後退りは出来ない。
おまけに追い討ちを掛ける様に――何とも情けない事だが――腰がそれは見事に抜けていた。
「ねぇ、どんなに君を助けたかったか知ってる? ねぇ?」
ぷつ、と鋭利な刃先が少女の喉元の皮を1ミリ程破る。
真紅の宝石の様な鮮血は玉となりじわりじわりと彼女の脈の動きに従い大きさを増した。
尤も、少女が天使化すればそれは解決する問題なのだが、今、少女に精神的余裕は一抹程も無かったのだ。
極度の恐怖はそれだけで少女の脈と呼吸数を増加させ、精神的に追い込み、朱玉はやがて剣を伝い少年の手を濡らした。
少年はさも不快そうにそれを目線だけで追う。
その様子に今にも喉を撥ねられるのでは、と全身の血液がシャーベット状になり爪先から脳天まで駆けてゆく様な感覚が少女を襲っていた。
「お、お願い、お願いします。やめて……く、クレスさ―――ッあん!」
「あぁぁあぁああぁあぁぁあッ!」
少年は子供の様に地団駄を踏み、左手で乱暴に少女の金色の髪を握り上げる。
数十の汚れた金糸が少年の握り拳の隙間から散った。
「お前、が! その名でッ! ぼ、俺をッ! 呼ぶな、よぉおおぁああぁぁッ!」
逆上した少年は少女を崩れ損ないの廃墟の壁に力尽くで何度も叩き付ける。
血で顔面を濡らしながら苦痛に喘ぎ痙攣し始める少女に、さも先程何も無かったかの様に唐突に少年は笑顔になり、続けた。
「……知ってる訳、無いよね?」
その到底正気の沙汰とは思えぬギャップが彼女を更に恐怖の深淵に突き落とす。
「うっ……ぁふ…んッ」
真っ赤に染まり騒がしく動く視界の奥で嫌らしい嘲笑と共に少年は再び訳の分からぬ金切声を上げた。
嗚呼、自分は此所で生きたまま身体を開かれ殺されるのだろうか。
激痛と恐怖に度々飛び掛ける意識の中で少女は死を覚悟した。
「だって“こいつ”は、偽者なんだから、よぉおおぉッ!」
少年は再び表情を鬼の様に歪ませて喚き散らす。
勢い良く振り上げられた拳は矢張り少女へと注がれた。
破壊され損なっていた壁を衝撃で容易く微塵に破壊し、再び鳩尾を突かれた少女は地面に胸を強打する。
意識は薄れつつあるものの、半ば反射的に胃液と飲み込み損ないの空気を体内から吐き出し、痛みに喘ぐ。
少年は無表情でその様子を見下しながら、ゆっくりと足を少女の元へと運んでいた。
「騙し通せるとでも思ったのか? ……甘いな」
幻影の大理石製の廻廊を進みながらクレス=アルベインは剣を、“ダマスクスソードを”握り直す。
魔力が収束する。男が導いた答えを、生きた証を守りたい女が意を決し走る。
『クレスさん……』
ああ、そこに居たんだね。随分探したんだよ?
お陰で苦労したんだからね。え? あはは、そんな顔しないでくれ。
何々? 怒ってるんじゃないかって?
はは。馬鹿だな……それに怒られるなら僕の方なんだ。
紛い物と君を間違えるなんて失礼だった、本当にごめん。
……待っててねミント。
もう直ぐだから。
大丈夫。心配は要らないよ。
僕には出来る。だからそんな顔は止してくれ。
うん。そうだね。
じゃあ、また。
僕は何もかもを壊してから、君の元へ行くよ。
「僕は“この城”の地下へ行って“本物のミント”に会いに行く。大丈夫、下から僕を呼ぶ声が聞こえる。
ほら、こんなにも手に取る様に分かるじゃないか。
だから今度は間違無く本物だ。ミントは僕を否定したりはしない」
少年は幸せそうに微笑みつつ剣に蒼い炎を乗せる。
足元に転がる少女に向けそれを大きく振り被って、
男は女に言われた言葉を保留する。作戦やその言葉を放り出してでも守りたい人が危機に晒されようとしているのだから。
微笑みが崩れる。一瞬だけ覗いた表情は、般若の様に冷酷だった。
「だから偽者、お前は僕の為に逝け」
眩暈がする程の血の臭いに顔を顰める事無く淡々と少年はそう言い放ち、そして―――。
“信じていた”。
それを嘘だと疑う事すら忘れていたし、そもそも身体は疲労し尽くし精神はこの上無い程に困憊して居た。
いや、正直に言えばどうでも良かったのだろうか。
“信じる”なんて陳腐な言葉よりもそっちの方がよっぽどしっくりくる。
ただ、どうでもいいからだと割り切るよりは疲労困憊の所為だと、そう思っている方がずっと楽だった。
だからどうでもいいからだとは思わないようにしていたし、だがしかしそれとは裏腹に自分には何も出来ないのだと“思っていたかった”。
だってもう限界だったのだから。
話は脱線するが、願った事全てが叶う世界では無い事は疾うに理解している。
ただ、分かっていても矢張り、人の辛そうな姿を見るのが厭だった。
それがエゴだと言う事は充分過ぎる程に身に染みている。
しかしそれでも如何にもならない。嫌でも皆の疲れきった顔が視界に入るのだから。
そして気付いてしまったのだ。見てしまった。
“生きて居る”内では決して辿り着けぬ禁断の地平線の先の景色を。
そして全てに絶望した。
中でも何より、人の疲れる顔を嫌がっていた自分の顔が一番疲れた表情をしていた事に絶望を覚えた。
そして、ふと思う。
だったら、何も考えず“何もしない方が”ずっといいと。
これならば人の疲れた顔に鬱になる事も無ければ、自分がこれ以上疲れる事も無い。
何と素敵な考えだろうか。
―――だが、本当は全て分かっていたのだ。
本当は痛い程に理解していた。そこにある大きな矛盾を。
言っている事と本音の差異。どれだけ差別化を謀ろうと、自分はそれだけは消せなかった。
どれだけ感情を消そうと、どれだけ形を消そうと、自分はこの服のカタチだけを消せなかった様に。
人は、道を二つ同時に選ぶ事は出来ない。
そんな事、子供でも理解している。
唐突に何の話かって?
……取り敢えず、だ。先走らず耳を傾けておいて欲しい。
話を戻そう。
くどいようだが人は二つの事象を同時に選択する事が出来ない。
しかし、理解していながら私は未だに廻っているのだ。二本の平行線を無理矢理に繋げてしまっている。
交わる事は永遠に無いと理解しながら、平行線のずっと先が見えぬ事に安堵していた。
もしかするとと、在りもしない希望を持っていたのだ。
無論心の底では、どちらかを早く選ばなければならない事を理解していた。
この世は曖昧な返事ではありとあらゆる事象が成し得無いのだ。
だがしかし、選択する事への恐怖は一向に緩和しなかった。
どうしようもなく私は臆病だった。だから理解しながらも選択が出来ない。
何処かで何かが、撞着していた。
“何も出来ない”と語る外面の自分と、“何もしない方が良い”と語る内面の自分。
どちらがどちらを語っていて、どちらがどちらを騙っているのか。
(それも本当は分かっていたのに)
何もしない方が良い、それは即ち何かが出来ると云う事であり何も出来ない事とは似て非なるものだ。
(ただそれを認める事は決意を壊してしまう行為だったから)
しかしその矛盾を認めてしまえば、誓いの両刃と約束の十字架はどうなる―――それは遁辞に過ぎない。
何の為に消したのか―――その行為にも矛盾があった。
それでも消せなかったものが、確かに此所に在る。
(だから、曖昧な境界線上を揺らぎ続ける方がずっと心地良かった)
矛盾だらけの世界。しかしその景色を見る事が出来るのは恐らくはある意味で達観してしまった自分だけ。
……仲間が、欲しかった。
同じ景色をその目で見て欲しかった。
しかしそうして話した彼は、自分とは違った。だが確かに彼は同じものを見ていたと思う。
それでも彼は醜くも足掻いていた。それはそれは最高に疲れきった笑顔で。
その表情を見た瞬間に全てを理解した。嗚呼。彼は、縛られているだけなのだ、と。
だから少しの好奇心が沸いた。例え原動力が何であろうと動ける事は素敵な事だと思うから。
雁字搦めにされた翼で何処まで飛べるのか、それを見てみたかった。
しかし、
しかし彼は。
これはどういった風の吹き回しなのだろうと思った。彼は―――歩いてみせたのだ。
巻かれたゼンマイは既にして止まっていたのに。
彼はそれを無視し、無理矢理に歩き出したのだ。
自分の考えが藪睨みだったのだろうか。いや、そうだとしても有り得ない。
有り得ない事だと思った。疲れ果て、自分と同様に色褪せた世界を見つめる彼が、歩いて見せたのだ。
一抹の光が、差し込んだ気がした。
確かに結果は散々たるものだった。
見るに耐えない程残酷で汚く、何も知らぬ側の人間から言ってしまえば恐らく惨め極まった情けない最後だった。
それでも。
それでも彼は遺したのだ。少女の心と――――この腐敗した心に一筋の、だが確かに強く照らす光を。
本当はとても簡単な事だったのかも知れない。
だって、高が一筋の光が一方の地平線を照らすだけで、自分はそちらに向き直せたのだから。
―――こうして少女は、一歩を踏み出す。
自分は彼と違い、今何がしたいのかは善く分からない。
ゼンマイを巻く螺子が無い分彼よりも余計に進まなければならないだろう。
それでも、視点を変えるだけでこんなにも世界は広くなると教えてくれた。
思えば、自分は何故彼に声を掛けたのだろうか。
あんな思いをするのは一人でいい筈じゃないか。
疲れる顔を見るのが厭じゃなかったのか。
確かに仲間が欲しかったからだとは言ったが、彼にこの景色を見せて何を期待していたのだろう。
自らの力で動いてみせるというこの奇跡を?
それとも敵を倒す事を?
はたまた、彼の無残な死を見る事により本当の諦めを得る為?
ううん、きっと、全部違う。
期待なんて、多分してなかった。
途方に暮れていた私は、何か切っ掛けが欲しかったのだ。
(どれだけ、自分を偽って来ただろうか)
そして……何よりも。
どんなに罪を犯しても。
どんなに己に苛まれても。
どんなに厭なモノを消そうとも。
どんなに世界に絶望しようとも。
どんなに諦観の狭間に居場所を造ろうとも。
それでも、
一人じゃ、
寂しかったんだ。
「ま、待てよメルディ!」
血相を変えて走り出そうとした少女の腕を学士は力任せに掴む。
そこで初めて自分の掌が汗ばんでいた事を知り、学士は気付くのだ。こんなにも自分が動揺している事を。
「今出て行けば危険だ! お前、晶霊術士なんだぞ? 自覚してるのか?
その態で単身でクレスに挑むつもりか?
それにそもそもだ。これは一体何の冗談だ!? そんな愚行をしてる場合か!
無関係なお前が容喙する理由は何処にも無いだろう!
僕達がすべき事は奴等に仲良く馴れ合う事じゃないだろうッ!?」
思わずヒステリックな声で学士は叫ぶ。
一瞬の静寂と赤い光が辺りを包み、学士の荒い息だけが音となり互いの鼓膜を刺激した。
学士はここで漸く自分の喧しい事この上無かった声に焦りを覚え唇を指でなぞった。
少し不安になり辺りを目線だけで見渡すが、変化は無く再び少女を見据えた。
上手く自分の立場を弁えぬ声が少年の絶叫により掻き消えてくれたようで安堵する。
「……ごめんなキール。メルディ、行かなくちゃ」
幼き晶霊技師は透き通る様な目で学士を真直ぐに見つめた。
良い意味で――学士にとっては悪い意味かも知れないが――変化し始めているその瞳に何もかもを見透かされている様で、学士は少し圧倒され尻込みをする。
その隙に腕を引き抜こうと少女は抵抗するが、そうは行かないと学士も必死に押さえ付けた。
如何にキール=ツァイベルが非力と言えど、少なくとも目前の少女よりは力があるであろう事は学士は自負していた。
「待てよ、そんなの……そんなの! お前まで失ったら僕は如何すればいいんだよ馬鹿!
僕は……僕は、ただお前と一緒に……」
「それでもメルディは、行かなきゃならないよ……ロイドが守ったものを、メルディ守りたい」
「ロイド、だと? 何を毒されたかは知らないがあんな夢見がちな馬鹿で愚かな主人公気取りの奴の為なんかにッ!
良いか? あんな阿呆共に付き合ってる暇は無いんだよ!
奴等は何もかもを理解して居ない! 平気で奇跡を起こせると思ってるッ!
何が奇跡だ。僕らをその身勝手な行動で突き落とし、そして現実はどうだよ! それがあの様だッ!」
「キールの分からず屋……!
ロイドは、あのロイドは違うんだよぅ……」
「分からず屋はお前だろうッ! あのロイドがどうであろうが茶番の末死んだ、その事実は変わらない! クレスだってもう死にかけだ!
奴を屠れば全てが終わる、それが分からないのかメルディッ!」
「違う……違うよ、メルディには分からないよキール」
「……ッ! 何にせよお前は僕に付いてくれば大丈夫なんだよ! 僕の計画は完璧、ああ、そうさ! 僕の計画は完璧だッ!
欠点なんか何処を探しても有りはしない……それの何が分からないんだ!」
「メルディはキールのお人形さんじゃないよッ!」
空に吸い込まれて行く金切声にはっとした様に目を見開く。
息を吐く間が無い程の怒濤の争いが止み静寂が辺りを包んだ。
何かを反論しろ、と命令が学士の脳から発せられるが上手く言葉が口から出ない。
学士は口を紡ぎ地面に目を泳がせた。
何時の間にだろうか、肩で息をしているのは目の端に涙を溜めた少女となっていた。
「……メルディには、メルディ自身のやりたい事があるよ」
辺りを重い空気が包み込む。
成体のポットラビッチヌス、もといクィッキーはそんな空気を気にも止めず足で耳の裏を掻いていた。
現れた静寂をタイミングを計ったかの様に切り裂いたのは瓦礫が崩れる音。
二人は肩をびくんと震わせ音源の方向を一瞥する。華奢な少女が狂った少年に今にも殺されようとしていた。
少女はその景色に歯を軋ませ、血を流し痙攣する彼女から目線を学士に戻す。
「駄目だよキール、コレットが死んじゃうよ……お願い、早く離してよぅ」
「嫌だッ!」
声を裏返してまで叫んでおいて、嗚呼何と自分は餓鬼なのかと情けなくなった。
これではただの駄々を捏ねる子供じゃないか。
正面な反駁も出来ずこの程度の低俗な言葉しか言えないのか僕は。
不意に、自分の目が少女のずっと後方に伏す馬鹿を認める。
何と間抜けな姿だろうか―――でも、ならば今の僕は何だ。
はは。全く情けない。これじゃあ僕の言葉に反駁出来ず飛び出したあの凡人と同じじゃないか。
散々奴を馬鹿にしていた僕がこの様では世話が無い。
笑いたければ笑うが良い。
それでも、それでも僕は……この腕を手放す訳には行かないんだ。
……もう、嫌なんだ。
これ以上何も喪いたくは無いんだッ!
「僕達力の無い凡人達には道は残されていないんだよ! 如何してそれが理解出来ない!
奇跡なんて期待する権利は一抹さえ無いんだよ僕達にはッ!
見下される存在、無意味な存在、“何も出来ない”無力な存在ッ! あぁそれが僕達さ!
だからもうこうするしか無いッ!
そうさこれがラストチャンスなんだよメルディ、ミステイクは一度足りとも赦されないッ!」
「……キールは」
一旦唾を飲み込み、荒く息をする少女は続けた。
「キールは、皆がキールが同じかそれ以下じゃないと認められないの?」
腕を掴む学士の手がその言葉にびくりと反応し緩む。
少女はそれに目敏く反応し力尽くで腕を引き抜いた。
成す術無く学士は掴むものを失った腕をだらりと垂れる。
夕陽を浴びた少女は、瓦礫の影に埋もれた自分と対の存在の様で、学士は言葉を失った。
これから自分に言われるであろう決定的な一打への確信に近い推量を持ちながらも、学士は黙す。
「だったら本当に人を見下してるのは……」
頭を垂れた少女は拳を強く握りながら涙を零す。
一瞬の戸惑いを経て、だがしかしそれでも少女は容赦無くその言葉を学士に突き付けた。
「……キールの方だよ」
残酷な言葉と共に少女は踵を返し路地裏から飛び出した。
学士には少女が涙を袖で拭い泣きじゃくりながら走り去って行く様を見届ける事しか出来ず、唇の端から血を流す。
「はは……。何なんだよ……何も分かって無いくせによくそんな大口が叩けるよな。
……僕は、僕はただ! お前と居たかっただけなのにッ!!」
崩壊した涙腺と自らを支えてきた柱の破片は、彼の中を目茶苦茶に掻き回してゆく。
この戦場がこれからどうなるのか、それは彼の混乱とは無関係に、予想が出来無い程の境地に達していた。
敢えてこの行動に出たのは何故かと訊かれれば言葉を失ってしまう自信がある。
これと言って特に理由は無いのだ。
言うならば理由よりは断然使命感の方を強く感じていた。
自分はコレットを守るべきだ、と。
ロイドが奇跡を起こしてまで――奇跡なんて言ってしまえば陳腐な言葉になってしまうけど――遺した証を失う訳にはいかないのだ。
だってロイドが自分の中に遺したこの気持ちはこんなにも輝いてるじゃないか。
ならばもう一つの、この少女の中のそれも輝いてるいる筈だ―――そんな根拠も無い確信が何処かに有った。
「駄目ええええぇぇぇぇぇぇぇッ!」
少女は学士の裏返った絶叫を背に自らも叫び、剣を振りかぶる騎士の背中へと己の身体を丸めて投げ出した。
錯乱していた騎士は予想外の攻撃に見事に吹き飛ばされ、瓦礫に突っ伏す。
「だ、大丈夫だったか……?」
手を胸の辺りで握りながら目の前の褐色の肌をした少女は心配そうにそう言った。
妙な青い宝石のような物が額に着いているけど、エクスフィア、だろうか?
「あ、え…えと……?」
私はさぞ目をぱちくりさせていただろうと思う。
それは当然の反応なのかもしれない。だって私はこの少女が誰なのか、全く知らなかったのだから。
「どいつもこいつも……」
ゆらり、と少年は低く唸りながら瓦礫の山から身体を起こす。
青筋を額に浮かべながら、少年は乱れた前髪を乱暴に払った。
「そんなに殺されたいのかよ……?」
どうしてこいつらはこう何時も僕の邪魔をする。
路傍の石の分際で、そんなに僕に殺されたいのかこの自殺志願者共はッ!
いいだろう、ならお望み通り一撃で叩き割ってやるよッ!
「そんなに俺の邪魔をしたいのかよおぉぉおああぁぁぁあぁぁッ!」
少年は血走った鷹の様な目で自らを吹き飛ばした少女を睨む。
少女はその人間とは程遠い鬼の様な表情に畏縮し鳥肌を立てるが、唾を飲み込み何とか口を開いた。
「……メルディ、何とかするから、コレットが早く逃げて」
え、と動揺する血塗れの少女。
それを尻目に訳の分からぬ悲鳴を上げつつ、騎士は大剣を振り上げた。
学士は自分を分析出来ない程に混乱していた。
冷静にならねばと考えれば考える程、焦躁は累乗的に蓄積し、心の中の糸は絡まってゆく。
解いているつもりが更に複雑に絡めてしまっているのだ、全く以て世話も無い。
彼の中では今、確実な悪循環が生じていた。
「ちくしょう……畜生!」
今出来る最善を早く考えろ―――違う。
僕が今すべき事は何だ、思い出せ―――違う!
優先すべき事を考えろ―――違うッ!
クレスをインディグネイションで討つんだろう!? ―――違うって言ってんだろうッ!
今、この頭を使わないで何時使うんだよ!
なぁ、そうだろキール=ツァイベル!
何も違わないだろうッ!
ああ良いから冷静になれ! そう、素数を数えてクールになるんだ!
1、3、5、7、11……!
大丈夫だ。お前ならやれるさキール=ツァイベルッ!
この程度のエラー、屁でも無いさ。想定内だ。ああ想定内だね。バックアップで何とかなるさッ!
「いいから冷静になれって言ってるだろ、畜生おぉぉッ!!」
今更奇跡なんか信じないんだろ!?
馬鹿か僕は! それとも阿呆か!?
みすみす最後のチャンスを棒に振るとでも言うのかッ!?
なぁ、はっきりしろよ!
なあおいッ!
ミステイクは赦されないんだぞッ!
分かってる。それも分かってるんだよ! じゃあ、如何してだよこんちくしょうッ!
誰でも良いから教えろよ―――答えは分かってるだろう馬鹿野郎!
“だからまだ間に合う。引き返せ!”
「……メルディを、」
ああそうさ、僕は願いの為なら優勝をも考えてる最低な人間だッ! そうだろ!?
ロイドという手札を捨て、カイルとヴェイグを戦場に送り込み! ミトスに付け入ろうとした。そういう奴だよ僕は!
そうするしか無かったッ!
仕方が無かったッ!
もう止められない所まで来てしまった……鬼になる覚悟だって勿論在るさ!
此所でクレスを殺せば後は苦労せず一直線だ! そうだろうッ!?
何も違わないだろうッ!?
なら、何で!
なら何で僕は今!
―――メルディを庇ってクレスの目の前に立ってるんだよ畜生おおぉぉぉぉぉッ!
「……メルディを傷付ける奴は」
紺碧の空を思わせる髪が風に掠われる。
俯かれた顔からは表情を到底伺い知れない。
「喩え誰だろうと、この僕が」
学士は意を決して顔を上げる―――“もう一人の鬼”の顔が、目前にあった。
「……許さない!」
収束した魔力が解放される。圧縮された水の刃が、弧を描き空気を裂きながら鬼へと飛翔した。
あらゆる思惑の糸が絡み合い、彼等は一点に収束する。
葛藤の渦中の鬼達は、果たしてこの死闘の末に何を見出だすのか。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP20% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
重度疲労 調和した錯乱 幻覚・幻聴症状
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キールを殺す。その後コレットとメルディを殺す
第二行動方針:本物のミントを救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP15% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷
昏睡寸前 深い悲しみ
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:目の前の男性と女性の真意を探る
第三行動方針:クレスをこうしてしまった責任を取りたい
第四行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:自分が何をしたいのかを見つける
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟? 裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
正しさへの葛藤 メルディの変化と自分の行動への戸惑い
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:願いを叶える?
第一行動方針:クレスからメルディを守る
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処?
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP15% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:何とかして体を動かす
第二行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
我ながら、褒められた人生は歩んでいないという自覚がある。
最初に彼女に出会って知ったときに思ったのは、『こいつを使って大学の莫迦共の鼻を明かしてやろう』ということだった。
マレビトは所詮マレビト。食生活も思想も宗教も言葉も違うのだから、せいぜい利用するだけ利用してやろうと思った。
彼女と言葉が通じるようになって、僕は少し変わった。
少しだけ、知らないものに触れて、少しだけ僕の心に波紋が起きたと思う。
その波数を覚えている。その振動数を今でも思い出す。
でも、僕は融通が利かないから、それを認められなかった僕はまた道を過つ。
ゾシモフ台長に、王立天文台に誘われた。お前の理論が要ると請われた。
いつもリッドとファラの後を追っていた僕がこんな風に誰かに必要とされるのは、これが初めてだった。
でも、それがリッドや、ファラ彼女を見捨てることに等しいことは、あの頃の僕にだって分かった。
苦悶の末に選んだ答えは、今までの僕だった。
学問と政治が分離できないように、
僕には夢があって、あと半歩踏み込んだ所にそれはあって、それを捨て切れなくて、僕は一度彼らを裏切る。
きっと彼らはそういう風には絶対に思わないけど、僕は忘れない。
あの港で、彼女だけは、最後まで僕も一緒にいてほしいと言ってくれた事を。
彼女たちを見捨てて得た夢の中で、僕は新しい事実を知る。
光の橋を渡り、空の国に侵攻する王国軍の途方もない侵略戦争の計画。
馬鹿だ、馬鹿ばっかりだ。僕は、こんなことをするために、僕の理論を提唱したんじゃない。
『知不可知』
先生が言っていたことはこの事だったんだろうか。
新しいことを知るということは価値観のアップグレードなんかじゃない。ベクトルすら引っ繰り返す。
リッドにもファラにもなれなかった僕が追い求めてきた夢は、酷く乾いたモノに成り果ててしまった。
僕は怖くなって、光の橋に関する書類を焼却する。また裏切りだ。
大学にも王都にもいられなくなった僕は、抜け抜けと彼等の所に潜り込んだ。
今にして思えば、相当恥知らずだと思う。
そんな嘘と温い真実だけの僕を、彼らは何の疑いもなくもう一度迎えてくれたのが、嬉しくて、少し悔しかった。
詰る所、恥の多い人生だったと思う。
ただ、僕なりに一つだけ曲げなかったと思っていることがある。
「メルディを傷付ける奴は……許さない!」
誰かの叫び声が聞こえた。何処の莫迦だ、そんなことを口走るのは。
目の玉が飛び出そうになるほど剥き出して睨むが、喋った者はいない。
だが鼓膜は聞きなれた声に痺れ、その舌の根が渇きを覚えていた。
痛みすら覚える程の鼓膜の震えに耳を手で覆おうとしたが出来なかった。
腕が動かない。否、腕がその命令を受け取るよりも先に別の命令を受諾し、動いていた。
その左手は杖を確りと握り締めて、この右手は剣指を回して陣を刻み、晶霊術を組んでいる。
耳朶を打つ痛みが自分の怒声によってもたらされたものであると気づいた時には、もう手遅れだった。
「――――アクアエッジ!!」
眼前の目標へと水流の刃が進む様を見て彼は呆然としかける。当然の反応だった。
一体全体、誰が何の断りを入れて自分の口を動かしているのだと。
何の意味があって、勝てもしない相手に攻撃しているのだと。
目の前の男が大きく剣を持ち上げ、迫る刃が全て刃の内側に入った瞬間、振り下ろした。
水刃はまるで最初からそうであったかのように水飛沫へと戻る。
ああ、と内心で嘲るように震えた。どう考えても敵う相手ではない。
彼ではあの鬼神のような暴力の結晶に太刀打ちできる筈がない。
予想を裏切らぬ当たり前の帰結にほんの少しだけ安堵し、その直後に、猛烈な恐怖に襲われた。
暴力の切っ先が、こちらを向いている。それだけで白目を向いてしまいそうな悪寒にさらされる。
藪を突いて蛇を出すとは正にこのこと。蛇を出さぬように今まで緻密に緻密に計画を組んで来たのだから。
過失が過失を呼んで至ったこの境地に、神よりせしめる好機すら残されていない。
だからこそ、彼は不思議で仕様がなかった。
何故懐に伸びた手は武器を手放そうとしないのだろう。
もう終わりだというのに、何故この両眼はあの剣を追い続けているのだろう。
横薙ぎに払われた刃に向かって、腰に杖を預けて空いた掌が合わせるように突き出される。
何か鈍い音がして、血が線を描いて飛ぶ。
吹き飛ばされた自分の頭が地面に擦れていることに気づく。
唯でさえ纏まらない頭が朦朧と崩れるような気がした。
ネレイドと刃を交えた時すらも味わうことのなかった、あの時はまだ信じるべき仲間が居たから。
それは男がたった一人で相見えた、この世界にきて初めて知るデッドラインだった。
支援
自分がどうしてこんな鉄火場に立っているのか、男には自分を納得させる説明が出来なかった。
指も、口も、舌も。思考以外のありとあらゆる全てが彼を裏切っているようにすら感じられた。
あるいは、思考すらも彼を裏切っているかのように。
―――――だったら、本当に人を見下してるのはキールの方だよ。
体から力が抜け、狭まっていた視界が広がりながら暗くなっていく。
諦観に満たされた意識の中で彼は寧ろ清々しさを感じた。
その薄氷一枚を隔てた先では、濁った恐怖が怨嗟を渦巻いている。
見下しているか、確かにそうだな。
そうであるなら、こうして自分にすら見下され裏切られるのも道理に適っている。
どの道キール=ツァイベルがクレス=アルべインに勝てる余地は十中八九無い。
なら、もう僕に出来ることは何も残っていない。
もう面倒だ。どいつもこいつも裏切るというならば勝手にすればいい。僕がそうしたように。
こんな世界、もう僕の頭じゃ手に負えない。好きにでも何でもしてくれよ、と。
瞼が閉じゆくとともに失われゆく色彩の中で、一人の少女の後姿が映っていた。
酷く寒そうに見える背中だった。
痩身とはいえ身長のある青年が横に大きく吹き飛ばされたことに、コレットは驚かずにはいられなかった。
ましてやその男が項垂れて、何の反応も見られないとあってはなおのことだった。
そして、彼を吹き飛ばした槌を振るった男の撃鉄を引いたのが自分だと自覚しているのであれば。
「……あ………つぁ……」
彼女が生み出してしまったクレス=アルベインという殺人鬼は今し方自分が吹き飛ばした男に対し何の感慨も見せる素振りがなかった。
むしろ感慨に耽る余裕すら無いといった方が正しかった。
増大する発汗、浅く回数の多い呼吸、散大しかける瞳孔、ありとあらゆる状態が彼を正常から乖離させ続けている。
しかし彼女には声が出せなかった。先ずクレスに絞め続けられた喉が未だ機能を取り戻していないということが大きかった。
だが、と彼女はそこで漸く気付いた。普通に考えればまず其処に行き当たるべきだった。
喉が戻れば声が掛けられる? 無理だ。
そもそも彼女はこの場において、今倒れている男の名前を知らないのだ。
あの洞窟から今の今まで、彼女は自らを取り巻く現実から目を背けていたのだから。
この期に及んでの余りの無知さ加減に悔やむ余裕など無く、クレス=アルベインは何の感慨も無く少女たちの方を向く。
箍の外れかけた肉体をそれでも繋ぎ止めるのは皮肉にも箍の外れた精神だった。
不快感を指先から外に追い出すかのように魔剣を強く握り締めて少女に向かう。
偽物の少女は未だ首を押えて咽ており、その柔かい肉に刃を立てることは彼にとってみれば造作も無い。
だがその狭間、彼と彼女の逢瀬を阻むようにして褐色の少女が両手で塞ぐようにして立っていた。
喋るのも億劫とばかりにクレスはメルディの鼻先紙一重に剣先を突き付ける。
斜陽を横に受けて赤みがかった双眸の凶眼が、退かねば殺すと露骨に示していた。
「でぃ…………に、げて……」
コレットが辛うじて紡いだ三文字は実に明快だった。
これ以上傷つく人が出て欲しくはないという、至極博愛かつ強欲な願いだった。
理由は分からないが自分を守ろうとしている誰とも知らぬ彼女が斬られることも、
その彼女をクレスが斬ることも、片方でも耐えられるはずもなかった。
「何とかするから、コレットが早く逃げて。ロイドがやったみたいに、守ってみせるから」
しかし、皮肉にも前方後方から同じことを頼まれてもなお、
淡白くくすんだ彼女の髪が靡くだけで、半歩後ずさる以上には動かない。
先ほどと同じことを紡ぐ少女に対し―――守ってもらう側として有るまじきことだが―――酷く不安を覚えた。
人一人越しでも、クレスの殺気は自分を明確に貫いている。
それほどのものを受けて、彼女はその背中に怯懦も震えも顕してはいる。
だが、それでも彼女は動かなかった。業火を前にしても、ここ以外に居場所を知らない。
そんな哀れさを湛えた背中が震えと共に滲んでいた。
(だめ、きっと、これじゃダメ……)
コレットはある種自分に通じた何かを感じ取って彼女を理解した。
恐らく、いや、確実に彼女はまだ何かが壊れかけたままなのだ。
自分と同じ。たった一つ暗がりの中から明かりを見つけて、そこにふらふらと誘われた蝶々。
これはコレットを助けるなどという健全なものとは程遠い。コレットを助けるという名目の自殺と何が変わるだろうか。
彼女は彼女なりに決意を以てこの絶死の位置に立っただろう。
確かにその決意は大きな一歩ではあろうが、まだ決意というには幼く、弱く、儚すぎる。
そんな張り子の勇気で入るには、この嵐はあまりにも暴風過ぎた。
コレットを守りたい。その願いは、ロイドの覚悟だからこそ輝いたのだ。
確かにそれは闇の中の標にはなるだろう。だが、決して彼女の答えにはなりはしない。
だから、これは間違っている。誰かを理由にして逃げ込めばきっと後悔する。
その儚い決意はまだ、ロイド=アーヴィングという光によって焼きつけられた陽炎に過ぎないのだから。
「クィッッキー!!!」
横合いから殴りつけるような鋭い高音が空気を裂いた。
青い影となってクィッキーが剣の反対である左側からクレスの喉元に喰らい付こうとする。
メルディの状態を把握していたのは何もコレットだけではない。
意向は汲んでも、未だ具体的な勝利の策がある訳でもないのならば、これはやはりポジティブな自殺。
それを受け入れることなど到底できないクィッキーが、決死の覚悟でクレスに挑んだ。
しかし、命を賭ければ一矢報いることが出来るとは限らない。
「クヴィッ」
一瞥もしないままなクレスの左が裏拳となって飛び、クィッキー『で』厭な音を鳴らす。
コレットがまた声をかけようとするが、矢張り知らぬ名を呼ぶ方法など存在しない。
そして、彼女のペットか何かであろうソレが吹き飛んでも、何も変化の無い彼女に掛けられる言葉もない。
コレットは如何することも出来なかった。代わりと言わんばかりにクレスを強く見つめる。
その押せば崩れてしまいそうな彼女の細い背中にかける言葉が、自分にあるとも思えなかったから。
なにより、本当に自分がなんとかしなければならない罪を二度と見誤る訳にはいかなかった。
「やめてください、クレスさん! これ以上、無関係な人を巻き込まないで!!」
「黙れよ。彼女じゃないお前なんか、もう要らないんだから」
ようやくまともな文節になった彼女の言葉に対する返事は酷く冷たい。
荒く息を吐きながらクレスが斜めに剣を大きく振り抜く。
びっしりと浮かんだ脂汗は肉体に因るものか否か、死線の前に並ぶ彼女たちに判別は付かない。
「ダメ、このヒトは、絶対殺させない」
そう言うメルディの虚ろな瞳の中に映ったクレスの瞳が大きく引き絞られる。
強さもなく情欲を駆り立てる訳でもない無価値な小動物に憐憫を与える余裕など、今の彼にあるはずが無い。
「なら、斬るだけだ」
この世で一番淡白な斬首刑宣告と共に、雑草を刈るかのような躊躇い無さで紫の魔剣が流れた。
『フレイムヲウォール解放――――フレイムトラップ』
クレスの視界が赤く染まる。既に固まった顔面を覆う血液にではなく、熱く蕩けた焔の渦に。
汗が一瞬で蒸発する中、本能的に大きく下がるクレス。
あの子供二人のどちらかかと、炎の壁の向こうを強く睨付ける殺人鬼。
しかし一切の予備モーションを感じなかったことから、少なくとも眼前の二人ではないと彼の本能が違和感を告げる。
あれは意志をもって放たれたのではなく、クレス=アルベインが一定以上踏み込んで作動した無機質な罠。
眼前の焔がその火力を弱める。落ちる陽よりも赤い光のその奥に、黒く高い影がぬうっと立っていた。
支援
「一体、何が」
目の前で起こった人体発火―――炎壁を隔てたコレットの位置からはそう見える―――を前にして、
コレットは呆然としていた。メルディもまた弛緩したように足を崩してへたり込む。
最も、メルディの方は呆然と超然の区別が難しかったが。
「退け」
突然といってもいい性急さとその音の冷たさにビクリと肩を震わせ、コレットは恐る恐るそちらを向いた。
一瞥することもなく幽鬼のような滑らかさで男はするりとコレットの脇を通る。
「あ、あの」
炎の壁の前で、男は足を止めた。鬱陶しそうに、本当に鬱陶しそうにコレットを睨む。
何もかもが己にとって好ましく感じられなかった男の頭は未だ霞がかっていた。
もう好きにしろよと言っただろうに。僕は、もう面倒で仕方ないというのに。
何故だろう。どうしてこの体は勝手に動くのか。
「頭、怪我してます」
コレットはその名前を知らない男にそれしか言えなかった。
自分がこの人からも殺意を受けていることは感じていたが、まずその頭から首に伝う血が気になって仕方なかった。
男は驚いたように目を開いて、ゆっくりと手を後頭部に伸ばす。
転んだ時に石でもあったか、切った後頭部が外気に曝されてしくしくと痛むことに、漸く気づいて吹き出しそうになる。
ほら、やっぱりそうだ。
たった一撃、たった一撃でこのダメージだ。我ながらこの虚弱振りには呆れを超えて笑うしかない。
彼我の能力は歴然。なのに、なのにどうしてこんな無駄なことをしているのだろう。
掌がズキリと熱に傷む。肉に食い込んだスティレットを引き抜いて、再び血と激痛がそこそこに漏れ出す。
楯代りに手のひらに押し当てたナイフは簡単に割れた。自分と相手の差はこんなものだろうかと男は当たりをつける。
「私を……助けてくれるんですか?」
コレットが確かめるように男に聞いた。男の中に猛烈な殺意が込みあがる。
お前を助ける? 馬鹿を言え。そんな下らないことの為に僕はあんなイカレの前に出たと? ふざけていると殺すぞ。
だが、すぐにそれは押し込められた。現象だけ取り出せば、確かに男は彼女を守っていたことに気付いたのだ。
「…………どうして、ですか」
コレットの問いに、男は直面せざるを得なかった。それは自分がさっきから自らに尋ねていたことだった。
アクアエッジを囮にしてまで、フレイムウォールを仕込んで何がしたい?
ナイフ一本で一分生きながらえて何がしたい?
段々と小さくなっていく炎の壁の向こうに、殺人鬼の姿が薄らと映った。
心は既に恐怖に屈している。相手は超人、こちらは凡人、勿論敵う道理はない。
例えるなら、そう、兵と軍に似ているかもしれない。男は考え付く中で一番気持ちのいい解釈に顔を僅かに緩ませる。
圧倒的な敵軍を前にして、キール=ツァイベルの全てを統括している司令部は戦意を失った。
心の支えであった緻密に組んだ計略のすべてが瓦解した今、それは当然だった。
後に残るのは、骨とか、筋肉とか、内臓とか細胞とか、そんな有象無象の群れ。
命令系統を失い、軍から群へと変わってしまったキール=ツァイベルだったもの。
残されたモノの全ては考えざるを得ない。
肉体だけではない、側頭葉も前頭葉も後頭葉も海馬も否、脳という集合性を失った脳細胞の全てすらも。
そのキール=ツァイベルを構成するもの全てが、自分で考えざるを得ず―――そして独自に動いた。
「決まってるだろ――――仕方ないじゃ無いか」
口が勝手に言葉を紡ぐ。だが、無意識に紡ぐなんてことは絶対に有り得ない。
ということは、あれか、つまりこれは。どうしようもないという事か。
男は―――キール=ツァイベルは自分というもののあまりの単純さに悦びを覚えざるを得なかった。
「何でこんな面倒になったかは知らないが、お前を捨てればどういう訳かこいつも無事じゃ済まないらしい」
足が、壊乱した騎兵達が隊列を勝手に組みなおす。
手が、散り散りになった歩兵達が陣を敷き直す。
血液が、意義を見失った補給部隊が寸断された路を充たす。
脳が、唯一の取り柄である首脳共が、引っ切り無しに戦術を模索する。
壊乱したはずの『群』は奇しくも全員が同じ方向を向き、たった一つの目的の為に再びキールという『軍』を成していた。
つまり『理性』も『本能』も、僕の目的は、僕というモノは最初から一貫していたという訳か。
「だったら、是非も無い。好みとは180度違うけど」
自分の強情さを思い出して再び顔が歪む。なんとも不器用で、愚かしい。
そうさ、僕はこの脆弱で未熟な価値観を通すことを曲げなかった。
何度変容しようが、何度破壊されようが、“その後に出来上がった”モノを徹すことを曲げなかった。
夢を、恐怖を、嫉妬を、たとえ幾度煩悶と後悔を繰り返そうが、何を犠牲にしても曲げなかった。
僕の本質は弱さやコンプレックスに根ざした『闇』だからだ。
目的の為なら、手段を選ばない。リッドやファラのように強くない僕には選べない。
その場で体の向きを180度変えて、キールはメルディの方を向いた。
ゆっくりとしゃがんで、間近で眺めたメルディの瞳はやはりくすんでいた。
見ないようにしていた現実だった。自分では、この瞳に再び輝きを取り戻すことは出来ないだろう。
そのまま、華を手折らぬような慎重さでキールは彼女を両腕で包んだ。
コレットや突っ伏しているクィッキーは、彼の行為が理解できずに目を開くしかない。
メルディは何も言わず、何も感じず、ただその成り行きを他人事のように思うだけだった。
少なくとも外部からはそうとしか見えなかった。彼の背中に這わせた手のひら以外は。
首筋に顔を埋めて甘い匂いを吸い、守らなければならないことと為さなければならないことを確認する。
キールは彼女の衣服の下を弄って、所望の品を探す。
何とも明解で、何とも気分がよかった。肉体が足先から下半身を越えて脳天まで充電されるような快さがある。
「借りるぞ。終わったら返す」
今ひと時この動物的な悦楽に身を委ねていたかったが、彼には時間がなかった。
充電終了と名残惜しそうに手を離して、キールは彼女たちに背中を向ける。
「おい」「は、はいッ」
先ほどまでの繊細さとは真逆の不躾さで、キールはコレットに言葉を投げ捨てた。
漸く何とか動けそうになってきたコレットは、立ち上がって戦闘態勢を取ろうとする。
「そこから一歩も動くなよ、動いたら、もう命は保証できない。尤も、最初から保証の仕様がないが」
まったくの逆の言葉にコレットは意味をつかみ損ねるが、キールはさも当たり前のように言葉を紡いだ。
私も戦うと言おうとしたが、再び向けられた眼光が明確な拒否を示していた。
「お前、アレと殺し合えるか? ロイドみたいな莫迦を見たくなければ黙って座ってろ」
押し黙るよりなかったコレットを見て、キールは満足そうに嘲笑った。
その瞳の中にロイドの名を汚された怒りがある。結構。少なくとも簡単に僕の援護に割り込んでくるようなことはないだろう。
今この瞬間、彼の中でキール=ツァイベルとしての才覚が暴力的に機能していた。
先ほどまでの状況から推し量る限りでは肉体的にも精神的にも、コレットはどう考えても本気で戦えそうもない。
それにコレットが動けばその分メルディが不確定な動きを見せる。そうなってしまえばもう守り切るなど不可能だ。
主題はあくまでもメルディを守り通すこと。そしてアレ相手に逃げることは不可能。
つまりはなんだ、結局のところ。
「そういう訳で、僕一人でお前を仕留めるより無いらしい」
単純明快、そして不可能極まりない状況に締まりのない口から涎が毀れた。
笑おうと思っても恐怖に引き攣ってうまく口が動かないのだ。
絶望、正に絶望。だが、少なくとも明確なその恐怖は定量だった。
守るべきものはこの手の中にある。ならばもう迷う余地はない。否、最初からない。
僕はどんな手段を使ってでも、この価値観に従う。
変わり果てた僕の、僕のたった一つの小さな願いを、今度こそ絶対に譲らない。
炎壁が開いて、殺人鬼と畜生鬼の視線が交錯した。
やることなんて、たった一つだ。弱い僕が、僕である為に。
クレスが両手で剣を掴み直し、体を屈めるようにしてキールに襲いかかる。
辛うじて残った理性かそれとも幾度もの戦いで体に刻み込まれていたか、魔術師相手に距離を許す愚は無いらしい。
初級術すら撃たせまいと切り込んでくるクレスを前にしてキールは。
「!?」
数秒かからずに届くだろう斬撃を前にして、キールはケイオスハートを大きく投げ飛ばした。
放物線を描いてゆっくりと落ちていく魔杖を目の当たりにして、誰もかもが、メルディすらもが驚きを禁じ得なかった。
キール=ツァイベルに残された火力は晶霊術しか無い。
曰く付きの呪具とはいえ、それを増幅する魔杖を手放すのは自殺行為ではないのか。
「あああああッ!!!」
そして驚愕は階乗される。杖を捨てただけならば戦意喪失の白旗とも思えたかもしれない。
とても疾走感の欠片もない鈍臭い走りかたは、平穏の中ならば軽く失笑を誘いそうなものだった。
だが、真剣そのものでしかない表情を前にして笑うものなどこの場にはいない。
その眼に溢れた何かと明らかに恐怖を押し殺すためだけに叫ばれる声を前にしては、虚偽も冗談も欠片すらない。
もう一秒でぶつかるという距離で、キールが懐に何か手を入れる。
斬撃の有効圏内寸前でクレスが大きく剣を引いた。罠の可能性をいぶかしむことは無く、寧ろ嘲笑うかのように剣を振る。
甲高い金属音が、赤の空を切り裂くように響いた。
吹き荒れる風に土埃が舞ったか、コレットが目を瞑る。
直ぐに風が已んだが、次に目の前に広がる光景が赤く染まっていることの恐れから中々瞼を開けられなかった。
だが、そんな女々しさを許容できるほど状況は甘くはないことも彼女は理解していた。
うっすらと瞼を開けて取り戻した視界は紅く染まってはいなかった。
キールとクレスがまた2、3メートルほどの距離を空けて対峙している。
クレスの手には相も変わらず魔剣がだらりと垂れていたが、キールの方は聊か異なっていた。
「…………何をした」
絶対的な力量の差を確信しながらも殺せなかった相手を前に、露骨な苛立ちと共にクレスは罵る。
「さあっ……ァ……何か、は、したっ、だ」
不敵に皮肉を笑おうとしたらしいがやはり口周りの筋肉は凝り固まっているようで、
不細工な呂律と顔になったキールの手にはフライパンが確りと握られていた。
華美でありながらもその機能美を損なっていない黄金のフライパン。
それを握るキールの手は、金の重さに耐えられないのか小刻みに震えていた。
「そんな―――」
そんなことじゃあない、と言いかけた言葉をクレスは呑み込んだ。
水を欲する口の中の乾きが強すぎて言葉を吐くことすら億劫に感じられたからだった。
無論、それは彼の体を蝕んでいるモノが引き起こす現象の一端だった。
あの手に持った何かが、そこそこの硬度を持っていることは打ち合ったクレスにも十全に分かっている。
だが、エターナルソードを受け止められる得物を持っていたとしても、
それを握っているのが目の前の男が実行できたことと結び付かない。
「斬って、落とせば……同じだ!!」」
本来ならその程度にはまとまる筈の疑問だったが、今のクレスには唯の不快としてしか受け止められなかった。
体の内側から押し寄せる何かは、疑問を解くことによる回答よりも噴き出す鮮血の匂いによる陶酔を欲していた。
再びクレスが切り込む。しかし今度は地面から進むのではなく飛び上がっていた。
支援
上段よりの一閃を前にして、キールは自分の身体が選んだ判断を呪っていた。
上下して息をする肩が、その尋常でない疲労の度合いを教えている。
やっぱり大人しく晶霊術で戦うべきだったか、と悔やむ。
クレスを相手にして、選ぶ戦術が近距離戦というのはどう考えても理にそぐわない。
そも理屈云々以前に、ロイドとヴェイグを二人相手にしてなお拮抗する戦いや、グリッドとの戦い、
そしてあのロイドが真っ二つにされる鮮烈の一幕が彼の脳裏にフラッシュバックして震えを量産していた。
勝ちたければアウトレンジだ。それは解る。
三節紡ぐ時間さえ稼げれば、クレスを殺すだけの上級術が構築できる。
いや、さっきまで作っていたインディグネイションをもう一度流用するなら二節でいけるか。
だがキールはそれを敢えて選ばなかった。
選ぶ前に、この体が、脳が、全てを勘案した上で“それではダメだと”走っていたのだから止めようがない。
フライパンを片手で強く握り、更に懐から何かを取り出す。
血まみれの手に握りしめられたのはクレーメルケイジ。そう、“メルディが持っていた”ケイジだった。
肉体だって、否、肉体だからこそ精神よりもはっきりと恐怖を自覚している。
真っ当にクレスと接近戦なんて正気の沙汰ではない。
だが“正気で戦って勝てる相手でもない”のだ。
勝ち目の見えない絶望一色の戦い。ならば打つべき手は何か。
貪るようにして取り込まれた酸素を送り込まれた脳が、回転数を増していく。
未だ光明は見つからない―――――――ならばと、脳は然も当たり前のように必然を導く。
(死ぬ気で稼げ、勝ち目を解き明かすまで)
「エアリアルボート・シールド展開!!」
クレーメルケイジに込められた風晶霊を定められた方式に当てはめて、キールは風の渦を発生させる。
近接した状態では中級の呪文すらまともに唱える時間は無い。
使えるとすれば下級の安い晶霊術か、あるいは既に半固定構築がされた術を敷くか。
フライパンの平面に沿うようにして大気が密度を高め、壁と呼べるほどの圧力を持つ。
一枚で人一人を完全に浮かせるほどの風が、剣とフライパンの狭間を分けた。
魔剣が風を押し退けて冗談としか思えない武器を両断しようと迫るが、風壁は生半なものでは無かった。
絶えず反力によって彼を追い出そうとする風圧はこのフライパンと剣の交わる一点だけに限るならば台風そのもの。
斬撃に込められた元来の威力は見る間に減衰し、逆にキールのフライパンは風を受けて加速する。
「おああああッッ!!!」
故に殺意と殺意が直交する一瞬、両者のそれは限りなく拮抗していた。
霧散して解き放たれる風が辺りの土や石ごと二人を捲り上げる。
風圧を受けて二歩下がるクレス。体と剣が幽かに風に泳ぎ、再び攻撃態勢をとるために必要な最低距離がそれだった。
支援
だが、キールは一歩踏み込んで既にフライパンを振り上げていた。
フライパンといえど鈍器、まともに食らっていいモノではない。
最早神懸りといった反射神経でクレスは迫り来る金属の鎚を弾くようにして剣を振る。
その一合に合わせるようにして、再び風壁が両撃を拮抗させて再び弾く。
打ち、弾き、また詰めて打ち、弾いて打って、再び踏み込む。
無限に循環するのではと錯覚してしまいたくなる単調過ぎる戦いに、
クレスは苛立ちを吐き出すように犬歯を剥き出しにして唸り、キールは滑稽すぎるほどに顔をクシャクシャに歪める。
これでいい。これしかない。今までの情報が正しいならば相手の獲物は文字通り神が鍛えた魔剣。
そんなモノを相手に武器無しで打合えるほどの自信などあろうはずも無い。
まともに打ち合えそうな武器はこのフライパン一つ。こんな非常識な杖は初めてだが贅沢を言う余裕はない。
何せ武器の差への嘆きなど、クレス=アルベインとキール=ツァイベルの差の前にはゼロに近似できるのだから。
獣よりも品格の低そうな喚きをあげてフライパンを振り、キールは思考する。
おそらくまともに打ち合えば、10秒保たないうちに五体を分解されるだろう。
その厳然たる事実を前にキールの心臓は外に出るのではないかと思いたくなるほどに締め付けられる。
いっそ、圧倒的な死を前にして心を押し潰されればどれほど楽かと羨望すらする。
だがそんな妄想に耽って感じ入る暇などあるはずはない。
諸手を挙げてフライパンをブンブン振りまわして稼げる時間はせいぜいが5秒。
その後頭蓋を叩き割られ内臓を掻っ捌かれグチャグチャに混ぜられるまで10秒。
その後でクレスが狙う肉体に起こりうることを考えれば、とても玉砕突撃は割に合わない。
未来予想図の余りの酷さ故蛮勇に酔うこともできない。ならば、こんな捻くれて拗ねた戦いをするしかない。
相手は魔剣とはいえ『大剣』、そしてそれに対抗する彼の武器は『フライパン』。
リーチにしろ素材にしろまともにやって敵う相手ではないが、ひとつだけ明確に両者を分け隔てるものがある。
剣は握りに対して縦に平面であるが、フライパンは横に対して平面だということだ。
真上から振り下ろせば剣は相手を線で裂くが、フライパンは面で叩く。
ただ戦うならばむしろ武器として洗練とされた剣の方が明らかに強いだろう。
では空気抵抗の受け方が90度異なる武器の打ち合いにおいて、強風が不運にも吹いたならばどうか。
剣は横から殴りつけるような風に僅かに剣筋を乱され、フライパンはまるで凧のようにその威を微かに受ける。
無論重金属の武器同士の戦いで風の影響などほとんどないだろうし、そんな神風など吹くはずもない。
だがなんとも間の悪いことに、今気を違えたような行為に走っているのは“晶霊術師”だった。
クレスの剣を弾くというよりはエアリアルボートの面を叩きつけるように懸命に叩く。
叩いて、叩いて、飽き足りないように未だ叩く。
当然のことながら剣など学んだことのないキールのそれは癇癪を起した子供のような不細工な動作だった。
壊れかけて尚その所作に無駄の無いクレスの太刀筋のお陰で、
知らぬ者から見ればまともな打ち合いに見えるのは皮肉としかいいようがないと、キールは内心で自嘲する。
本来移動用の略式であるエアリアルボートを防御壁として利用するなんて、正気の沙汰ではないと彼は自覚していた。
しかし、このプランそのものは突発的な閃きなどではない。
エアリアルボートを運用し始めた頃から彼が頭の片隅で弄んでいたことだった。
“物理的に”身を守る手段は誰もが敵と成り得るこの世界では術師としての死活問題だからだ。
(たとえ自分の詠唱時間を守ってくれる前衛がいたとしても、その刃が自分に向けられないとは限らない)
だが、それはあくまでも緊急避難としての意味合いが強く、ましてこんな半ば攻撃補助のように使うなどという発想はなかった。
もし常の慎重な気性があと少しキールに残っていれば、ここでの使用は躊躇っただろう。
本当に有効かの審議、実用するための具体的な運用法の思索、移動に使う場合と異なる故の微細な式の変化。
バトルロワイアルという非常下だとしても、実践に踏み切るまでにあと一日は悩むはずだ。
それほどまでに術師が接近戦を挑むという前提が異常だった。
そんな下らない戦術を考えるよりも、接近戦という状況そのものを回避するための戦略を模索するほうが理に適っている。
だから彼はその発案を風の晶霊と共に棄却した。
そして今訪れたこの異常な状況が、彼に廃棄されていた案を更に過激に運用させることを後押しした。
あらゆる逡巡を無視して、迷うことなくそれを選んだ反応はまさに脊髄反射に近かった。
ただし、近いものではあっても事実とはまるでかけ離れている。
キールの脳は、既に普遍的な機能を忘れていた。
はち切れんばかりに目を見開いて素人そのものの振り方でフライパンを回すキールの顔は青ざめている。
青ざめていたというよりは、もうその色は紫になりかけていた。
胃を裏返したくなるような吐き気、もう耐えられないと泣き出す肋を渡る脇腹、そして遠のきかける意識。
内側から込み上げてくるものは勇気や覚悟などとは程遠いものだった。
その体を攻囲するのは燃えて焼き尽くされる感覚。
全身を万遍無く悉く駆け巡る熱さと寒さ。
動くという動作に付随するエネルギーはどこまでも熱く滾り、
そして、その熱さを逃がす代謝を超えた先にある寒さはいつまでも続く。
筋肉は間断無く痙攣にて悲鳴を上げ続け、その振動が体をボロボロと崩していくように彼には感じられた。
その認識は概ね間違っていない。彼の肉体はその振動でボロボロと崩れてしまいそうな程に弱く見えた。
びっしりと覆う汗でぐっしょりとローブが張り付いている背中はまるで淡雪で子供が作った雪玉の如く果敢無い。
だがそれはの雪のような、月花と並ぶものに例えるには、どうしようもなく醜悪に過ぎた。
彼の骨を覆う頼りない全身の筋肉は、その全てが心臓と同じように震え唸る。
そんな筋肉に守られた骨は相手の剣を受ける度に、倒れぬよう大地を踏みしめる度、骨の中の空いた隙間を圧し潰すようにして痛み嘆く。
動くために必要な熱量は、ともすれば細胞を焼いて固めてしまうのではないかというほどに高まり続けている
当然心臓の機能は弱まる。肉体が求める酸素消費量と供給できる血流量のバランスが崩れる。
重力に逆らって流し込まなければならない脳への血液は自覚できる程に減り、その機能を低迷させる。
この島に来ても碌に動かしていない体が急激な運動に耐えられるわけがなく、
慢性的な運動不足が引き起こす至極当然な欠陥は容赦無く彼を責め立てていた。
痛みは実に雄弁だった。“休め、動くな。動くのなら体を壊してでも止めてやるぞ”と威力勧告を引っ切り無しに行う。
だが、彼らはキールというモノを構成する細胞たちは、それに沈黙で応えた。
口から泡を吹いても彼らは足を止めず、手を動かし、風壁を構築し続ける。
疲弊し痛み叫び慄き泣き喚きながら――――それでも一つ一つの意思で懸命に何かを耐えていた。
彼らは恐らく耐えきるだろう。神経を擦り切らせて彼らが信じるべきものを見失い磨滅するまで。
だが、それよりも先に体が両断される方が速そうだった。
彼らに襲いかかる剣戟はその速度を増している。自滅を許してくれるほど、殺人鬼というモノは寛容ではない。
遮二無二剣を振り回すのはキールだけではない。
自分の剣が思うように届かない苛立ちを撒き散らしながらクレスは更に剣を振る。
「何でだ、何で斬れない、斬り飛ばせないッ!?」
目の前の男は息にもならない短さの呼吸で、今にも倒れてしまいそうだった。
そんな糧にもならない弱者に、自分の剣が止められている。
それは仮想とはいえ拠り所であったコレットを失ったクレスにとって意味が大きすぎた。
こんな雑魚に負ければ彼がここで培った剣の強さそのものまでも紙切れ以下に墜ちることに他ならない。
コレットを失って剣を振るう目的が無意味になった今、彼の拠り所はその強さしかないのだから。
「ああああああァァァッ邪魔だ邪魔だお前邪魔だ引いて退いてそして死ね!!」
精神的に追い詰められた反動か、クレスの剣速が更に上がる。
一撃、たった一撃決めてしまえば全てが終わる。取るに足らない鼠の生なんてそんなものだ。
なのに、ちょこまかとちょこまかとちょこまかちょこまかちょこまかと。
速く、大きく、そして強く。そうあれかしと払われる斬撃はどこまでも鋭い。
鋭すぎて、まるで今にも折れてしまいそうなほどの脆さと共に。
だが、相手の危うさも決して負けては居ない。
剣を交えるたびに腰や膝が落ちかけ、弾く度に反応速度が目に見えて悪くなっていく。
ヒキガエルを潰した様な醜い喘ぎを間近で耳に入れるたび、クレスの剣にがむしゃらな速さが上乗せされる。
「おおおおおおおぉぉおおおおっっっっっ!!!!」
剣撃が金の盾と風を挟んで再びぶつかる。
遂に、或いは当然の帰結というべきか、風の守りと金属の壁、
その二つを合わせての防壁を前にしても、クレスの剣が弾かれること無くそこにあった。
迷わず脚を上げてその空いた腹をめがけて蹴りが叩き込まれる。
「あぶぇッ」
キールの口から泡のような呼気と赤色の混じる飛沫の唾が少量飛んだ。
それが引き金となったのか、酷使された肉体の緊張、その糸が全て打ち切れたかのように膝を折り地に伏せられた。
その倒れ方は、まるで取り返しのつかない罪を懺悔するかの様だった。
しえん
分厚いローブの布地越しにも分かるほどの肉の固さと緩さがクレスの脳内に伝わる。
金属を中に仕込んでいたような気配などなく、どれどころか骨が逝くときの懐かしい音すらあった。
「あ、はあっは、はははははははは!!!!!!!!」
クレスは堰が切れたように笑いながら無造作に脚で身体を押し上げうつ伏せたキールの身体を仰向けにする。
エターナルソードを地面に深々と突き刺し、逃がさぬようにと馬乗りになった。
そうなった後にすることなど、そうそう多くは無い。クレスは掌を握り作った拳を持ち上げて、落とすように叩いた。
ぶちゅりという軟い音と共に鮮血が飛び散る。汗が混じった血がクレスの拳に付着した。
「これで、僕の、勝ちだ!!」
殴る。頬骨の割れる音。殴る。鼻が曲がる音。ぐちゃり。何かが終わる音。
辛うじて握られていたキールの指が、弛緩した様にだらりと開かれる。
よろよろと立ち上がって今まで殴ってきたものを俯瞰した。
ケチャップで汚した子供のようにだらしなく開かれた口。血と汗でべっとりと張り付いた青髪で上半分をすっぽり覆われた顔。
顔についた体液を手の甲で拭うと、余計に汚れてしまう。
その全てに等しく悦びを見出していたクレスの浮かべる顔は、既に人と鬼の一線を越えているようにしか見えない。
これだ、これこそが強さだ。一切の理不尽を相手に叩きつけるような暴力の塊。
あの刹那に見た、強さというものの原景。誰よりも強くある、『王者』という一つの最強の形。
もう弱いのは嫌だ。――ないから。あの時力があったなら――たのにと嘆かぬように。だから強さが欲しい。
だがまだ足りない。前戯はこれまでとばかりに、クレスは遊ばせていた魔剣を地面から引き抜いた。
矢張り剣じゃなければ実感できない。あの時のように、あの屍骸を打ち崩したときのように。
殺す。まだ殺す。それこそが、強さの頂点に至る唯一の法。あの王者を倒すためにこそ、最強へと到る路。
今度は中の蟲も丁寧に裂いてやる。
「止めて、お願いだから!! もう止めてッ!!!」
コレットの叫びは最早哀願に近かった。信じたいと願う彼の姿は秒単位で跡形を失っていく。
彼女には解っていた。これは当然の推移なのだと。
あの城の地下で、あの時のまま彼の時計は止まってしまったのだ。
本来ならば緩やかに時間が解決してくれるだろうはずの狂気はある魔術師の手によって凍結された。
そのまま終わってしまった方が彼は幸せだったかもしれない。
妄想の海で血に溺れて何も解らず死んでいく方がまだ優しいのかもと。
だがコレットは思い出してしまった。止まって、漫然と諦めて、考えることを放棄するの悲しさを。
自分の中の時計の針を動かしてくれた人の想いを。
だから彼女は動かした。彼女によって始まった狂気を終着させられるのは彼女だけなのだ。
そして彼女は彼の時間を動かした。それは間違っていない。
だからこうして目の前で凄惨な状況になっていることも間違っていない。
止まっていた時間が動き出せば歪が出る。ズレた時間が急激に復元される。
クレス=アルベインが止まっていた間に犯した罪が今こそ開帳され、この一瞬に集約されていた。
だから当然、彼女はクレスがああなってしまうことを覚悟して時間を動かした。
そしてその後クレスが自分をどうするのかも、それを甘んじて受けなければならないかも考えた上で呪いを解いた。
クレス相手に抗うかそもそも抗えるかどうかは別にして、クレスは真っ直ぐ自分を殺しに来るだろうと彼女は確信していた。
ただ一つの誤算があったとすれば、彼女にとって予期せぬ乱入者たちの存在。
一人は自分を棄ててまで彼女を守ろうと耐え切れるはずのない殺意に耐え、
もう一人はその彼女を守る為に、今顔の半分を真っ赤に、もう半分を真っ青に染め上げている。
「目を覚まして!! 貴方はそんな人じゃ……そんなのじゃない!!」
嬉々として握り拳を倒れた相手の顔面に叩き込むクレスにコレットは駆け寄ろうとするが、
彼女の前面を覆う大の字を作った人の形は、実測より大きく感じられた。
「お願い! 通して!! これじゃ、このままじゃ!!」
「…………ダメだよう。行ったら、コレット、殺されちゃう」
自分より一回り小さい娘に哀願するコレットもそうだが、
冷たい言葉が震えてしどろもどろになりかけたメルディも、等しく滑稽だった。
二人が目尻に浮かべた液体は、本当にどうしたらいいのか解らなくて途方に暮れる子供そのものだ。
悲劇を回避したくて時間を動かしたのに、希望を守りたくて立ち上がる決意をしたのに、
救いたかった人は殴るたびに壊れて、巻き込みたくなかった人は殴られるたびに壊れていく。
その様を見続けるのは、拷問以外の何にも替える表現が無い。
「クレスさん……」「キール……」
呟かれた男の名前はまるで祈りのように純粋で、それ故に儚かった。
神が嘲笑うこの世界では、それは己を無力と証明する最後通告に他ならないから。
自分を支える何かを失ってしまったクレスは、溺れる人が藁を掴むようにして血と死を求めていた。
泣き叫ぶ女の声が聞こえた。誰のものかは、もうよく分かっていなかった。少なくとも『彼女』の声じゃない気がした。
剣を高々と持ち上げながらクレスは思う。ねえ、ミント。君に会えたら、聞いてみたい
どんな悦楽よりも愉しく、デミテルに受けた何かよりも陶酔的。こんなにも殺すことは素敵なのに。
振り下ろされる断頭台の剣戟。それは斬撃というよりは重力になぞって下ろしただけのようにも見えた。
なのに、どうしてだろう。涙が、止まらないんだ。
『下らんな、実に下らん』
顔の血が混じった落涙が剣よりも先に一粒落ちた。
それが地面の半死人に当たる直前――――――――――一滴は“止まった”。
そこを基点とするようにして彼らの世界が色彩を失いモノクロームに貶められる。
メルディとコレットも例外ではなく、二色に埋もれていた。
風も、熱も、光も、何もかもが止まった世界。それは、この空間から時間が失われた証左だった。
「――――――――――――ッ!!」
クレスの眼が大きく引き絞られる。目の前で起きたその光景にではない。
“彼の背後に立っていた何か”が洩らした言葉が、余りにも冷え切っていたから。
懐かしくもあり、同時に魂の奥底に刻まれた恐怖を喚起する声だった。
迷う暇も無くクレスは一足で横合いに飛び退きそれを視界に納めた。
『ヒトの愚かしさに呆れ、もう関する気も失せていたが。少しばかり不快が過ぎる』
ボディラインを示すような黒の衣は、この血溜まりの場所ではくすんで見えた。
だが、うねる髪の黄金と仄かに放たれる波動はそれを跳ね除けるようにして存在感を与えている。
神々しさを備えながら唯其処に居るだけで72軍の悪魔を従えられそうな暴力的な威風は、正に魔王と呼ぶに相応しい。
クレスはその男を射殺すように見つめながら歯を軋らせた。
強者ゆえに分かる、絶対的な存在としての格差がクレスを下がらせている。
男はクレスを見下すように睥睨し、手にきつく握りしめられた剣に着眼して嘆息を洩らした。
『我が支配する時間領域で動けるとはな。流石は曰くの魔剣か』
だが、それを踏まえたうえで男は改めてクレスを見下して言った。
『だが、如何なる業物を持っていようと畜生は畜生。
過ぎたる力に呑まれるは人の業なれど、どうにもお前は見るに耐えん。
あの時もヒトとして愚かしかったが……今の貴様はそれ以下だ』
男は金髪を掻き揚げ、哀れみとも憤りとも違う唯の侮蔑だけで履き捨てる。
「お前、オマエ――――――」
薬によって滅しかけた五感がクレスに告げる。
あれはコングマンではない。それどころか誰かも分からない。
だが、あれもまた“最強”なのだと。亡くしてしまった何かが確信している。
クレスが剣を構える。男が右手に光球を形成する。
女子供しか居ないこの戦場でクレスに対抗できる、たった一つの存在である鬼札。
魔刃と魔神の交錯、激戦は必死。
『お前が積み立てたその無価値な時間ごと虚空に還してやろう。
せめてお前の時間を葬る者の名を刻んで逝け。我が名は――――――』
「なにをやってる、ゼクンドゥス」
なんとも無粋極まりない皺枯れたな声だった
クレスと男……時の大晶霊・ゼクンドゥスが同時に声のほうを向く。
時の止まった世界、そこに彼は立っていた。
顔を真っ赤に腫らしながらギラついた瞳で彼らを睨み、その左手にゼクンドゥスが入っていたクレーメルケイジを掲げて。
「邪魔をするな。お前から消すぼ(ぞ)!!」
キール=ツァイベルは、この世界で限りなく無力な男は、一切合切を無視し彼らの世界に立っていた。
三人だけの閉鎖された時間――――――――その外で一人の男と一匹の獣の指がびくんと動くのは、時が再び開いた後。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP20% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
重度疲労 調和した錯乱 幻覚・幻聴症状 目の前の魔王に驚愕
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キールを殺すorゼクンドゥスを殺す?
第二行動方針:本物のミントを救う
第三行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第四行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP15% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷
昏睡寸前 深い悲しみ
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:目の前の男性と女性の真意を探る
第二行動方針:クレスをこうしてしまった責任を取りたい
第三行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 目の前の光景への葛藤
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:自分が何をしたいのかを見つける
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※クィッキーは吹き飛ばされてメルディとは離れた位置で気絶中
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:HP15% TP20% フルボッコ ふっきれた? ??? 酸素欠乏 筋肉疲労 頬骨骨折 鼻骨骨折 歯が数本折れた
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
基本行動方針:願いを叶える?
第一行動方針:???
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処?
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除?
ゼクンドゥス行動方針:クレスを殺す?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP20% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血 動ける?
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:何とかして体を動かす
第二行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※現在ゼクンドゥスの手でC3村西地区・ファラの家焼け跡前の時間が停止中。
解除されるまでエターナルソードを持ったクレス・Cケイジを持ったキールを除くキャラの行動フェイズは来ません。
何も分かろうとしていなかった。
間違いなんて、最初から一つしかなかった。
正しさなんて、言ってしまえば合理化の材料でさしたる問題ではなかった。
手を尽くしてさえいなかったくせに、手遅れだなんてどの口が言う。
近付く勇気があればある程、苦痛は多くなってゆく。それが、少しだけ辛かった。
その果てに待つ終焉が何よりも辛いと、分かっていた、なのに。
何時まで隠れているつもりなのだろう。
何時まで監獄に閉じ籠っているのだろう。
どれだけ立派に拵えても、所詮はバラックだと言うのに。
何時まで俺達は親友の助けを待つつもりでいるのだろう。
偽りの檻への合鍵なんて、誰も彼も持って無いのに。
地面に情けなく転がる箒へとこれまた情けなく這い、やっとの事で空中へ浮遊する事が出来た少年、カイルは静かにその戦闘を見ていた。
目まぐるしく動く二人は流石と言うのだろうか。
お互いの機動力は下手をすれば追い切れない程に目を見張るものがあった。
本質はインファイターながらも短弓や蔦を駆使したトリッキーな攻撃手段を秘めたティトレイ、その攻撃は大味ながら三属性を有効に利用し敵の体力を賢く削るヴェイグ。
無論心の力、フォルスという特殊能力の賜物在っての戦術なのだろうが、その戦闘技術は他の追随を決して許さない。
だが。
だがしかし、である。
カイルは微妙な違和感をその戦闘から感じ取っていた。本の微かだが、何かが何処かに引っ掛かって仕方が無いのだ。
喉の奥に刺さった魚の小骨の様に、探ろうともがく程奥に深く刺さり、しかし正確には何処に刺さっているかすら分からない。
故にそれが取れる事は無く苦しむ羽目になる……そんな、煩わしい歯痒さ。
確かに言うまでも無く二人が繰り広げている戦闘は華麗にして圧倒的だ。
間違っても実力が不足している訳では無い。
が、何故だろうか。息を飲むまでとは行かないのだ。
何処か二人に、微かながら鈍りがある。そうカイルは直感的に感じる。
それは敢えて言葉という形にするならばそう、“迷い”。
いや、敢えてと言う必要性すら無いか。この小骨の正体は間違い無く迷いだ。
互いが互いを攻撃しながらもその理由を失っているかの様な、手段と目的を履き違えてしまった様な、そんな違和感。
端的に言うならばこれは戦闘ではなく劇のレベルだとさえ思える。
双方ともが己を動かす理由に疑問を感じ、なお且つ落とし掛けている。
成程、これでは劇の域を出ない筈だとカイルは一人納得した。
自分自身が考える戦闘としての定義から、目の前で展開されている構図が外れ過ぎている故に戦闘として見た時に違和感を拭い切れないのだろう。
いや、それとも別の何かなのだろうか?
「……迷い、か」
先程感じたその語句を何の気無しに口にしてみる。
そう。本当に何の気無しにだ。けれどもカイルは胸を締め付けられるにも似た重圧を感じた。
それは自分にも言える事じゃないかと一人自嘲する。最早他人事では無い。
薄々、気付いてはいるのだ。……母を殺した人物が、一体誰であるのか。
「オレは、どうすればいいんだろう?」
それが逃避に他ならないと何処かで感じ取っているというのに。
少年は俯き、そう呟くと力無く笑ってみせた。
口の端が嫌に重く、上手く笑顔が造れずに出来損ないの表情が七色の魔力を帯びた箒に晒される。
半ば自棄になり呟かれた自問には期待する答えも、そうでない答えさえも提示されなかった。
自分でさえ訳が分からぬ溜息が一つ、吐かれた。
自分から出た筈のそれは、しかし何故かやけに疲れきった音で少しだけ驚かされる。
「……オレって、こんな溜息吐く人間だっけ?」
動揺と疲労が少年の声に歪みの補正をかける。
そんなつもりで口から出した言葉では無い筈なのに、流石にここまでテンションが落ちた声だと笑えない。
いっそこの口を無くしてしまえば、無駄な感情の爆発や呆れる程の逃避発言もしないで済むのに。
自分の気持ちすら制御出来ない癖に、目の前の彼等の心情への考察、いや邪推をするなんて。何と自分は馬鹿なのだろうか。
「分かってるよ。分かってるけど、オレには判らない!」
苦悶に満ちた表情から搾り出されたそれには、見えない鎖が絡み付いていた。
その鎖は実態が無いが故に、例えどれだけ抗おうと外せない。
錘を纏った者はただ、もがき溺れる運命なのだ。
漆黒に澱む葛藤の水底で、少年はただ水面に浮かぶ淡い月明かりへと手を伸ばす。
それが偽りの月であると、分かっているのに。
「そんなに、簡単じゃないよ。分かっててもどうにもならない事だって、あるんだ」
この闘いの末に待つかもしれない“最悪の結末”を見た時、一体自分は何を思うのだろう。
カイルは小さな不安に駆られながらも目の前で展開される戦闘を見るべくして顔を上げた。
「“貴方”もそうなんでしょう?」
……何よりも先ず今は、彼等の闘いを見届けなければ。
支援
結論を出すのはそれからでも、きっと、遅くない。
「せいッ!」
放出された水流を掛け声と共に振り下ろされた重い一撃が割る。
氷の青年、ヴェイグ=リュングベルの額に浮かんでいた汗が空中に飛び散った。
表面張力により霧散した無数の細かい水滴は玉と成り、各々が放物線を描きながら夕陽を浴び紫掛かった橙色に煌めく。
黄昏に染まった廃村に浮かぶそれらは宛ら宝石の様であり、瞬間的にその景色を切り取った一枚絵からは到底此所が死闘の舞台とは思えない。
と、その瞬間に一際大きな滴が空中で風圧により破裂する。蔓がその字の如く蔓延り、青年が居た場所を襲ったのだ。
ヴェイグは目の端で若干の違和感を地面に認め、半ば反射的に中腰からバック宙で勢い良く飛び出した蔓を避けた。
後ろで固く括られた三つ編みが遠心力により円の軌跡を描く。
夕焼けが彼の白銀の髪一本一本を息を飲む程美しい金色に染め上げ、蔓を出した張本人ティトレイ=クロウは口笛を吹き、一瞬だけ目を細めた。
一方、華麗に後方宙返りを決めたヴェイグは間髪を入れず左手にフォルスを集わせる。
蒼白く輝く掌が崩壊した家屋が散らばる地面に密着し、迫る蔓を瞬く間に透き通る氷の柩に閉じ込めた。
同時に軸足を捻りつつ身体を翻し氷の飛礫を手中から親友へと飛ばす。
ティトレイは氷の弾丸とその攻撃に至るまでの手際の良さを見て眉間に皺を寄せ苦笑いする―――パターンが分かっているだけで此所までやり辛くなるものなのか。
矢を左手で弄りながら目前に迫る氷飛礫を避ける為サイドステップをし、参ったな、と独り言。
水と植物を使う自分にとって氷使いと炎使いは最も苦手なタイプだ。
遠距離攻撃は時間稼ぎ程度にしか成り得ない。
だが、かと言って接近戦で有利なのかと問われると答えは限り無ぁく否だ。
確かに機動力は勝るものの、一撃が剣対拳。
威力を比較する方が野暮と言うものだ―――さぁて、ならどうしたものか。
生温く不快な汗を顎に溜めながらも手慣れた様子で彼は矢を弓に装着し片目を閉じる。
半秒後、シュコンという軽快な音と共に短弓から木の枝で作られた矢が飛び出した。
更にバックステップをしつつ続けて二発。
合計三発の攻撃は自らに突っ込んでくるヴェイグの眉間、心臓、喉元を正確に捕捉した見事な連射だった。
一方のヴェイグは器用にそれを往なしてゆく。
一本目を体勢を低くし避け、二本目をディムロスの炎で葬り、三本目は刀身で弾いた。
この程度で俺を倒すつもりなのか、とヴェイグは鼻で笑いつつ改めて前方を睨む―――刹那、視野に違和感。
“先程までそこに居た筈のティトレイが居ない”。
「まぁあれだな、お前が三本を落とすのは予想済みだよヴェイグ」
矢が右手方向から迫ったのは死角を利用し左から回り込む為の布石だと気付いた瞬間にはもう遅い。
圧縮された体感時間の中で、ヴェイグは己の胸に親友の両手がゆっくりと添えられる感触を確かに覚えた。
「弱点突くみてぇで悪ィが、それをカバーすんのも見つけて攻めるのも実力の内ってな。文句は言わせねぇぜ―――轟裂破」
炸裂した拳による衝撃派は青年の身体を強制的にくの字に曲げさせる。
横隔膜を圧迫され、まるで灼熱の炎で喉を焼かれている様な錯覚を感じた。
景色がぐらりと歪み、意識が一瞬飛び掛けるがその中でヴェイグは歯を食い縛り何とか耐える。
地に引き摺られる左足に無理矢理力を入れ、そこを軸とし力尽くで身体を捻り、隙だらけの青年の横腹へと伸ばした右足を襲わせた―――俗に言う下段の回し蹴りだ。
そしてヴェイグとティトレイはほぼ同時に瓦礫の山に仰向けに突っ込んだ。
どちらがどちらに遜色しているなんて事は無い。力は完全に互角と言って良いだろう。
ふと、ティトレイは大の字に倒れたまま目を細め遠く浮かぶ空を仰いだ。
今日は風も強くは無く、茜雲は実にゆったりと流れている。
その余りの優雅振りに急に全てが馬鹿馬鹿しく感じ、本当にこんな事をしていて良いのだろうかと自嘲した。
この闘いの先に一体何が待っているのか。
論じるまでも無く最悪のパターンだって数え切れない程にある。
自分はその中の内、どの選択肢を望んでいるのだろう。どれを、何故望んでいないのだろう。
こうなってしまった以上は結果に文句は付けられない、そんな事は疾うに分かっている。
しかしかと言って自分には別の方法が思い付かない。恐らくそれは、ヴェイグにも言える事だ。
ならばあいつも今同じ事を考えているのだろうか、と間抜けな表情でティトレイは思う。
……だったら兎に角、俺達はこの道の先、遠い地平線の向こう側に待つ結末を受け入れるしかないと言う事。
間抜けに開けられていた口の片端を釣り上げ、ティトレイは小さく嘲る。
何だ? 此所に不器用極まれり、ってか? 俺達らしいなぁおい。
しえん
実にゆっくりとした動作でティトレイは瓦礫から身体を起こす。
何故だろうか、それはこの隙に相手は攻撃してこないだろうという絶対に近い確信があったからだ。
そして、今しがた同じ事を思っていたのだろうという確信もまた、だ。
向こう側に居た親友に一瞥をやると、自らと同じように少しだけぎこちない笑いを浮かべていた。
「随分鈍ってんな、ヴェイグちゃんよォ」
フォルスキューブを右掌の上に浮遊させながら、ティトレイは皮肉めいた口調でその台詞を吐き捨てる。
ゆっくりと上下しながら旋回する彼の立方体が光を屈折させ、内部で全反射を起こしていた。
まるでプリズムの様で綺麗だが、一々反応している程暇は無い。
ところで自分は随分余裕めいて口上を吐いているが、本当に鈍っているのは誰なのだろうか、と思う。
全く、皮肉る相手を間違えている様では世話も無い。
「……そんなんじゃこの先、簡単に死ぬぜ?」
自分らしくない考えは終いだと気を紛らわせる様に左手でサッカーボールか何かを回す様にフォルスキューブを弾く。
内側に閉じ込められた光が乱反射を繰り返し、幻想的なオブジェへとそれを変える。
現実との乖離っぷりに思わず吹き出してしまいそうになる程の美しさだった。
ティトレイは景色から目を逸らす様に回転する半透明な立方体を見据える。
フン、と鼻で馬鹿にする様に笑う―――この後に及んで現実逃避か自分は。実にお目出度い脳味噌だ事で。
この場に来る前までは微塵もその様な事は思わなかったのだが……漸くそうか、と一人納得する。
何も難しい事ではない。正体は理解している。
つまるところ、自分は怖がっているのだ。
そしてその対象は他でも無い、ヴェイグ=リュングベル本人。
……嫌になるぜ、ホント。
ティトレイは立方体の光り輝く核を見つめたまま自嘲する。
もしも時間が赦すならば、ずっとこのまま光だけを見て居たいと少しだけ思った。
が、半透明なそれは知った事かと言わんばかりに現実を突き付ける。
フォルスキューブは御丁寧に向こう側に立つ人物を、青年の網膜に焼き付けたのだった。
「お前もな、ティトレイ。……高が剣士の俺の御座なり体術を往なせないとは、格闘家の名が泣くぞ?」
ヴェイグは血が滲んだ頭を右手で支えながら挑発を返す。
フォルスキューブを浮かべながら瓦礫の山に腰を沈めていた親友が少しだけ笑った。
「……そうだよなぁ。御互い様ってヤツだ。
ったく、五ツ星の格闘家、ティトレイ様があんなへなちょこキック喰らっちまったなんて……あれだなあれ、一生の恥ってヤツ?」
捲し立てる様な言葉と共にガラガラと瓦礫で音を立てながら青年は重い腰を上げる。
尻に付いた白い砂塵を手で払い、落ち着いたところでゆっくりとティトレイはヴェイグの“無い方”の目を見つめた。
唐突に吹き抜けた旋風が、彼の肩にまで伸びた髪を攫う。
少しくすんだ黄金のサークレットに付けられた飾り布がぱたぱたと音を立てた。
「来いよ。まだ“終わり”じゃねぇ」
拳を顔の前に構え、ファイティングポーズを取るティトレイ。
自分が言った事なのにその“終わり”が意味するものがあまりにも抽象的で、彼は少しだけこれが他人事の様に感じる。
曖昧過ぎて、もしかしてそんなもの自体存在しないのではないだろうかという疑問さえ沸いた。
ティトレイは少し離れて立つ親友へとピントを合わせる。
その奥には絨毯が敷き詰められたかの様な茜色が広がっていた。
雄大なそれを前にして、己という存在が如何に矮小かを理解させられた様な気がした。
『今更、羞恥が拭えなくて』
吸い込まれてしまいそうな橙から逃げる様にティトレイはヴェイグへと駆ける。
『どうにもならなくて』
朽ちた建造物から伸びた影が、視界を少しだけ暗くする。
『どうしても素直になれなくて』
構えられた拳と足、そして短弓にフォルスが集う。
『それでも俺は―――』
弦が軋みながら鳴り、煌めく水晶を思わせる圧縮された水球が発射された。
「蒼破」
ヴェイグは咄嗟にディムロスで防御の体勢を取る。
彼の対処は間違いでは無い。ブーメランにも似たそれを避けるのは不可能には近い事に加え、打ち落とすとなれば次に待つ強烈な踵落としをガードする隙が無くなるからだ。
唯一の誤算があるとすればそれは、彼がこの技の特殊能力を忘れてしまっていた事だろう。
ヴェイグはディムロスとその弾丸が接した瞬間、奇妙な手応えに漸くそれを思い出す―――あ、しまった。弾かれる。
ディムロスはそれを本人より僅かに早く、刀身をして知った。
不味いぞヴェイグと叫ぶが反応が皆無に等しく、ディムロスはどうしたのだとマスターを見上げる。
……どうしようもない、とでも言いたげな苦い笑みが零れていた。
しえん
一瞬の油断が招くものは、致命的な失態だ。
思えば、何時だってそうだった。一時の気の迷いが取り返しの付かない事態を生み出してきた。
今回も、そうなのだろうか。
蒼破連天脚の能力を忘れていた事、では無い。
何かに迷いを覚えているのは確実だ。何かに縛られているのも分かっている。
知っている。知っているのだ。そこに大した意味は無い事だと万すら余裕で過ぎる程に。
ふと、手元を見る。
大層な手錠を繋げたまま、何かを掴もうとする醜い両手があった。
自分はまた間違ってしまっているのだろうか―――本当に?
頑丈に造り過ぎた自前の手錠が、脳内で乾いた金属音を鳴らす。
―――もし、それすらもが間違いだと言うのならば、何が正解なのだろうか。
足元に何かが煌めく。自前の鍵は、何時だってそこにあるのに。
「―――連天脚」
蒼い瞳がかろうじて弧を描いて飛んでゆく炎の剣を捉える。
目線はそのままで慌てて懐に入れておいたチンクエディアを取り出す。
上から迫る重力を味方にした渾身の一撃を受け、魔力で固められた水の刃はぴしりと音を立てた。
「くぅッ!」
水の刃の面に衝撃に備え十字に拵えた左手が軋む。
高が刃一枚、威力の吸収は矢張り期待出来ず、痛みは半端では無い。
食い込む刃には歯を強く食いしばり耐えた。細かい血飛沫は透き通る水色によく栄える。
直後バックステップで距離を取りながら、だがしかし同時にヴェイグは安堵していた。
繰り出されたのは奥義、これ以上の追撃が無いと踏んでいたからだ。
しかしその予想は大いに裏切られる羽目になる。
「何だよそのユルい顔。安心でもしたか? ……甘いっての」
とすん、と肩と胸に衝撃。何が起きたか理解する頃には、太腿にも電流にも似た激痛が走っていた。
「ぐ……あああぁぁぁッ!」
ヴェイグの顔が苦悶に歪む。
喉から搾り出される様な不快な叫び声が轟いた。
苦痛をして細まった視界でヴェイグはそれを捉える。
三発の鋭い弓矢は、見事に彼の肉に食らい付いていた。
ふと先程のティトレイの行動を思い起こす―――フォルスキューブを回していたのは、この為だったのか。
「あぁ、悪いがこいつは貰うぜ。戦闘で相手の攻撃手段を減らすのは常套手段だ」
左手を翳してティトレイはそう笑う。
ぱちんと彼の指が鳴ると、ヴェイグの足元に現れた蔓がチンクエディアだけを正確に弾いた。
もう一本、ティトレイの足元から伸びた蔓が空中で旋回する刃を華麗にキャッチする。
「そう睨むなよ……何もあっちの剣まで取ろうってんじゃねぇんだ。
取っていいぜ、待っててやるよ。丸腰の剣士を嬲る程悪趣味じゃねぇ」
余裕を見せ付ける様にそう言うと、ティトレイは顎で地面に転がるディムロスを指す。
額に皺を浮かべる青年は到底自分が信用ならないという様子で、ティトレイは自嘲気味ににへらと笑った。
「へっ、そんなに信用がねぇか?
安心しな。本当に俺が一方的に殺るつもりなら、今頃お前は額で呼吸してら」
BANG、と額に短弓を当て弾くフリをしつつ、そう言い捨てるティトレイ。
お世辞にも笑えはしないジョークだが、成程それも尤もな話だと額に浮かぶ脂汗を袖で拭きつつヴェイグは思った。
高が相手は獲物を失い身体は重症の剣士。
本当に屠るだけがティトレイの目的ならば、彼の言う通り疾うに額にそれは涼しい風穴が空けられ、ジ・エンドだっただろう。
漸くぴんと張っていた糸が緩み――無論彼を信用した訳では無いが――、視界の隅にあったディムロスを直視する。
茜色が精錬された刃に反射し、正に炎の剣に相応しい風貌だった。
勿論、地に情け無く落ちているという事を除けばの話だが。
そんな下らない事を考えながらディムロスを拾った時だった。
小さな違和感が全身を駆け巡る―――待てよ、ならばティトレイの目的は何だ?
俺の行動理由は見定める為。すると奴の行動理由は一体?
殺す為で無いとすれば、即ち奴がマーダーで無いと云う事か?
いや。それは否だ。
奴が先程俺を殺さなかったのは紳士的な理由であり、マーダーでない事への必要十分な条件には成り得ない。
だが、今までのティトレイの行動から考えても此所であの様な行動を敢えて取る理由が無いのは明確だ。
その理由は至って簡単だ。
二対一という不利な状況に居るマーダー、ティトレイ=クロウにとってそれは不利益にはなるが利益にはならないのだから。
ミントを逃がすというお座なりの理由も遂げてしまった今、それは更に説得力を増している。
だとすれば矢張り妙だ。何かが、矛盾している。
根本的な部分のいずれかが間違っているとでも言うのか……?
「……まぁいい。考えて分からないならこの目で見定めるまでだ。絶―――瞬影迅」
しえん
ティトレイの両目が速度を上げたヴェイグを、その背後の地平線の彼方に夕陽が沈む様を認める。
……そう言えば、クレスはもう限界だったか。
ミントがあいつが狂う前に追い付けたかは運任せだが、さて。
ティトレイは速度を上げて迫る親友へダッシュする。
刹那に迫る三連撃を往なし、裏拳がヴェイグの顔が“あった”位置を襲った。
空振りをした拳を掲げたまま、ティトレイは背後に一瞥を投げる。
流れる様な美しい剣閃が幻と共に現れる。最後の切り上げがティトレイの背中に傷を刻んだ。
苦痛に顔を歪めるティトレイ。この時ばかりはリバウンドを克服しヒトの身体に戻った事を後悔した。
やるじゃねぇか、と言ってやりたい処だが、とティトレイは軸足に力を入れながら思う。
……生憎と、今はそんな下らない口上に暇を回している余裕は無い。
間髪を入れず繰り出された回し蹴り。
鬱陶しい程に適当に伸ばされた髪が激しく衝撃に揺らぐ。
束になった毛髪の先から、汗の飛沫が飛び散った。
時を同じくして、息を吐く間が無い程に早撃ちされた追尾性の三連発がヴェイグを襲う。
彼が持っていたディムロスが蔓に弾かれ、鮮血が緑の衣服に降り注ぐ。
刹那、ティトレイは大きく目を見開いた。
―――俺は一体、何をしているのだろう。
何故こうも必死に親友と戦闘を繰り広げている。
発端はミントの邪魔をさせない為だった筈だ。それだけで以上も以下も存在しない。
ミントはもう十分に逃げた筈だ、そうだろう?
カイルだって、ミントを追う素振りは見せていないじゃないか。
ならば、もう俺がヴェイグと争う道理は無い筈だろう?
実に簡単に導き出される結論じゃないか。
いや、或いは……真逆。
――――その先の想定出来る未来が、俺の望んだ事?
それを想像した瞬間、形容し難い恐怖と寒気がティトレイの身体を包み込む。
結局マーテルに諭されても諭されないでもヴェイグとこうして争うのか。
別に、単にそれだけの理由で俺は今畏れている訳じゃない。
その先の選択肢を、きっと俺は知っている。だから。
きっと、俺達のどちらかが ぬ。どちらかが される、その選択肢側に足が沈み掛けている、だから―――。
瞬間、身体が一瞬だけ強張る。
飛び込んでくる景色、音、この身体。全てが紛い物に見えた気がして。
宝物が急にガラクタに成り下がってしまう気がして。
結果が分かりきっているならば、これはまるで意味の無い人形劇じゃないか。
観客の為の娯楽の一つに過ぎない。
(違う。本当はそうじゃないと分かっている。
何時だって宝物は宝物で、景色は景色で、音は音で は だ)
けれど俺がやっているのは、矢張り諄い様だがまるで意味の無い事だ。
そこに意思と理由は存在しない。
(でもそれは違う。
分かっていながら必死に闘うのは、それで何かが“変わってくれる”かもしれないと期待しているからだ。
だから意味が無い事なんかじゃない!)
笑わせる。何かに頼らないと、何も変えられない臆病者のくせに、どの口が大層な事を吠える。
意味が在るなら“意味を持たせてみせろ”。
何も出来ないならば、矢張りそれは理由じゃない。
誰かに縋るだけなら、親友に期待するだけなら、有りもしない奇跡に期待するだけなら誰にでも出来る。
必死に動いているつもりでも、誰かさんはずっと座っているだけだ。
牢獄という名のとびっきりのバラックの中で。
だったら結論は何も変わらない。変える術すら持ち合わせていない。
そこにあるのは腐敗したプライドと、本音に似せて造った建前と、形骸の口実だけだ。
「―――なら、曲がりなりにも立派な理由を持ってるお前に負けるのは必然ってか。
そうだろ? ヴェイグ」
彼は歯を剥き出しにして笑った。
嘲笑でもなければ自嘲でもない、冷笑や苦笑いでさえもない、意味を失った曖昧で極限まで還元された笑みだった。
親友は何かに堪える様に懐に手を伸ばす。
忍んでいた血を欲する桔梗が彼の胸に咲く。
真っ赤なシャワーを全身に浴び、漆黒の刀身は嬉しそうに怪しく黄昏時の光を反射していた。
ほらな、やっぱりだとティトレイは目を細める。
親友が胸倉を掴み、自分に覆い被さった。
これから何が起きるか、そんな事は想像に難くない。
ただ、その先にある残酷な現実を彼は知っているから、だから少しだけ悲しくなった。
避けられない現実は、すぐそこにある。
親友の掌が白銀にも似た淡い蒼に光る。
それが聖獣の力だという事実は勿論直ぐに分かったし、矢張りなとさえ思った。
それは何故だろうか、それが無意味だと知っていたからなのか。
すごく興味が薄れて、目の前で行われている一連の動作がまるで他人事の様に感じた。
「漸くだ、これで終わる事が出来る……ッ!」
支援んんんn
支援
ヴェイグは目が眩む程の光に違和感を感じざるを得なかった。
自分で言っておいてと思うがこれで本当に終わり、なのだろうか。
そもそもだ、何がどう終わるのだろう。
成功したら一件落着? 元の親友に戻る?
“本当に、そう、だろうか?”
もしかしたら、何も終わらないかもしれない―――そんな筈は無いッ!
余計な事を考えるな、ヴェイグ=リュングベルッ!
今、ティトレイをシャオルーンの力で元に戻してやる、それだけだ、それだけでいい!
今俺が思うべきはそれだけだッ!
―――――――ただ、そうであって欲しかっただけだった。
「……な?」
十数秒に渡って継続した呆れる程の静寂を切り裂いたのは、自嘲気味な微笑みとくたびれたその一言だった。
何故だ、と小刻みに震えながら呟くヴェイグを見てティトレイは目を細める。
鬱憤と共に生気すらも絞り出す様な深い溜息を一つ吐き、目線を高く広がる茜色の海へと泳がせた。
薄く伸びた雲がゆっくりと、しかし互いを競う様に走ってゆく。
何故かその様子がとても滑稽な気がして、ティトレイは唇の端を少しだけ歪めてみせた。
「あーあ」
夕暮れの冷たい空気が肺を満たす。
―――少し、先程に比べ冷た過ぎる気がした。
「……一番星、まだ見えねぇなぁ」
その言葉に特別な意味は無い。
恐怖を覚える程に深く、巨大な空に怯えた訳でも無ければ、特別星を見るのが趣味という訳でも無かった。
ただ何か、少しだけ、星が恋しい……そう感じたのだ。
そうして呟かれたそれは、尺では計れない程に遠く、冷めきった悲しさを帯びていた。
水の聖獣の加護を受けた燦然とした光の残滓が、まるで蛍の光のようにゆっくりとヴェイグの手から儚く消えてゆく。
ティトレイの胸に薄く根を降ろしていた氷が、冷えきった涙を零した。
「真逆、いや、そんな筈、は」
極度の狼狽は吸い込まれる様なアイスブルーの瞳を騒がしく流す。
それ以上言葉を続けられず、ヴェイグは親友の胸に置かれた手を無言でだらりと下げた。
空気さえも、掴む気にならなかった。
無意識に下唇を強く噛む。ずきり、と痛んだのは白く変色した唇でなく身体の芯である事に少し動揺する。
―――予想外だった、と言えば嘘になるかもしれない。
その可能性を自分は放棄していた。
それは埒外とも同義ではあるが、即ち“選択肢の一つとして思考の中に、確かにあった”と言える。
つまり、俺は何処かでそうであるかもしれないと考えていたのだ。
考えていたのに。
「……どうして、こうなっちまうんだろうな」
小さく静かに、それでいて低くしっかりとした声がヴェイグの鼓膜を揺らした。
無造作なまま茂った緑色が風に乱れる。閉じられた瞼の裏側に、ティトレイは何を見るのだろうか。
紛い物の黄昏が青年の顔に影を落とす。
顔の起伏は強調され、ヴェイグに嫌にリアリティを感じさせた。
そして、痛い程に理解するのだ。自らが無意識に求めていたのは虚偽で塗り固められたリアルなのだと。
何も希望を持つ事が悪いと言っているのではない。
ただ、絶望的な現実への目を逸らすべきでは無かったのだと彼は早く気付くべきだった。
……どくん、と心臓の鼓動が一際大きく響いた気がした。
それは己が何処かで拠所にしていた何かが、崩れた事に気付いたからに他ならない。
「つまりあれか。こうなっちまうのが運命とでも言いてェのか、神様って奴はよ?」
ぎこちない微笑みから苦々しい嘲笑が溢れ出す。
しかしそれが向けられたものは王都を覆う濃霧の様に不鮮明だ。
ティトレイは形容し難い違和感を覚えながらも自問する。
それは果たして自分への嘲笑なのか?
親友への嘲笑なのか?
それとも、舞台裏の悪魔の脚本家へか?
或いは、最初から誰に向けられて発せられたものでもないのだろうか。
「……まぁ、なんでもいいや」
そう呟くと自分だけの細い笑いが何故だか急に虚しく感じてきて、ティトレイ=クロウという存在が寂しく感じて。
笑いが止まり重い溜息が一つだけ漏れた。
口を真一文に閉じる。つられて笑いすらしない親友を細く、感情無く開かれた虚ろな目が捉えた。
「別に戸惑う必要は無いから安心しな。至って当然の反応だぜ?
そりゃあ笑えねェよな」
そうして静寂が訪れる。
穏やかな夕闇が包み込んだ戦禍の傷跡を残す廃村は、どこか淋しげだった。
「何故だティトレイ……何故なんだ……ッ!」
不意に、ヴェイグがティトレイの胸倉を強く掴み、訴える様な強い言葉を口から放った。
切り裂かれた静寂の穴から、飽和した様に様々な感情が溢れ出す。
地に伏す親友を、氷の青年は乱暴に揺さぶった。
だらしなく転がる炎の剣がマスターの名を呼ぶが、青年は反応すらしない。
真実を見ても尚、彼には理由を直接聞かねば納得出来なかったのだ。
それを目にして息が詰まる様な胸の痛みを、全身を緑に包む親友は感じた。
信じるとか信じないとか、そういう薄っぺらい次元の話では無い。
ただ、想定はしていて許容が出来ずに項垂れる目の前の友と、そこまで追い詰めてしまった自分に心が痛んだ。
ぎり、と強く拳が握られる。
何も掴めない役立たずの両手のくせして、人を傷付ける事だけは一丁前に容易く出来てしまう。
如何して、何時もそうなってしまうのだろうか。
それならもういっそ―――。
「全部、俺が選んできた道っつー事だよ。……分かるだろ、ヴェイグ?」
ヴェイグははっと息を飲む。何か、何かがこのままでは“また間違った終焉を迎えてしまう”気がしたからだ。
「頭のてっぺんから爪先まで汚れちまったこれが、俺なんだぜ」
下手をすれば蜘蛛の糸よりもずっとずっと細い糸なのかもしれないのだと、分かっていた。
キールも、俺に口をすっぱくして釘を刺した。
他人から見ても簡単に無謀だと言えてしまう、それ程に高く聳える壁。
俺自身が一番、シャオルーンの力を使うだなんて甘過ぎる考えと理解していたのだ。
それでも、希望を捨てられなかった。
理屈では無いのだ、可能性の問題では無いのだ。
希望というものは、持っているだけで楽になれる。それをよく知っているから故に、縋らずには居られない。
それが絶望を無視している行為だと分かっていても。
「なぁ、“ヤマアラシのジレンマ”って言葉、分かるか?」
知らない方が幸せな事もあるんだぜ、とでも言いたげな顔をしてティトレイはそう呟いた。
元から期待などしてはいないが、疑問に相応しい答えは幾ら待てども親友の口からは発せられない。
「やっぱり、」
やがて痺れを切らし、ティトレイが口を開く。
何処か諦観を漂わせる声でそれはぽつりと呟かれた。
俯いた氷の親友をその両目に収める度に心が削られてゆく。
「林檎は地面に落ちるだけだ。例外は無ぇ。
……近付き過ぎると、傷付くだけなのかもしれねぇな」
胸倉を掴んでいた手が粗暴に、しかし何処か優しく握られる。
それはスローモーションに感じる程にゆっくりとした動作だったが、ヴェイグはそれを目で追う事しか出来なかった。
この先に何が起きるのか、何が待っているのか、ヴェイグは確信に近い予想を持っている。
分かっていながら、これでは駄目なのだと痛い程に理解しながら、抵抗する事が出来なかった―――否、抵抗をしなかった。
「知ってるか、ヴェイグ」
ぐらりと砂を噛むにも似た色をした風景が歪む。
地面へ引き摺り下ろされ、身体への痛みをヴェイグが感じた時には手遅れだった。
いや、どうこうしようという意思さえなかった訳だからその表現は間違っているのかも知れない。
―――嗚呼、ほら。また“間違い”だ。
親友に馬乗りにされたヴェイグは絞られて軋む短弓を見て思う―――何故自分は抵抗しないのか。
忘れていたのでは無い。完全に埒外だった。
何処か、間違っていると知りながらこうなる事を求めていた自分が居たのか。
しかし、すると何が間違いだったのだろう。
いっそこのまま何も分からず終焉を迎えてしまった方が、或いはずっと幸せなのかもしれない。
「花ってよ、水をやり過ぎても枯れちまうんだぜ」
崩れそうな決意で保つその笑顔は、その手は、とても弱々しかった。
親友に馬乗りになり弓を引いたティトレイは思う―――何故、こうなるのか。
これでは駄目なのに、何も生まないのに。
後に残るものは深い後悔と、目標を失った情けない自分だけだ。
何の為に罪を受け入れたのだろうか。
狂おしい程に罪を理解しながら、自分はまた罪を犯そうとしている。
つう、と顎まで生温い汗が伝う。生唾を飲み込む音が妙に響いた。
今引いている弓を離せば終わる。
実に明快、何と呆れる答え。それだけの当たり前のこと。
それ程に簡単で、実に単純な解。
それなのに、とティトレイは小さく冷笑を零した。
……どうしてこんなにも俺は簡単に見失ってしまうのだろう。
答えがなきゃ、こんなにも不安なくせに。
お願いだ、答えを知っているならば誰か教えてくれ。
自分の手で掴むには、恐怖が過ぎる―――“また”他力本願か。いい身分だな。
この手は他人を傷付ける事だけが取り柄の汚れた手だ。
いくら優れた洗剤で洗おうと、漂白剤に漬けようとこの汚れだけは落ちはしない。
否、“絶対にこれだけは落とさせない”。俺が汚れた俺である為に。
なのに、そんなどうしようも無い程の愚かなこの手は頑なに、弦を放す事を拒み続けている。
「何してんだろうな、俺」
全身を得体の知れぬ汗でぐっしょりと濡らし、小刻みに震えながら苦しそうに青年は呟いた。
馬鹿、そうじゃないだろうと脳内で何かが叫ぶ。
破裂しそうな風船が身体の中から圧力を掛ける。それはとても不快で、息が詰まった。
……放せ、早く放せよ俺の手。
それで全て終わる。楽になる。
今更汚れる事に戸惑う必要は無いだろうッ? ―――そんな事の為に俺は此所に来たんじゃない筈だろう!
それだけのことが、何で出来ねぇんだよ―――そうじゃねぇ。本心から望んでいるのはそうじゃねぇ!
『見たかった景色は、どんな色だった?』
「何でこうなっちまうかなぁ。何処でミスっちまったんだろうなぁ。
こうするしか、ねぇってのかよ、これ以外、残ってねぇってのかよッ!?」
リュックに必死になって詰め込んできた何かがぶち撒けられた。
開ける切っ掛けなんて、ほんの些細な事だった。
少しの覚悟さえあれば、容易い事だった。
目頭が熱さに耐え兼ね、くしゃくしゃの悲しそうな顔で青年は笑う。
それはこの世の何よりもどうしようもなく汚い顔で、けれども。
つうと熱い何かが頬を伝う。
生まれた雫の理由なんて分からないしどうでもいい。
だけれどもきっと、それは何時でもそこにある。
「こんなんじゃ、俺が望んだのはこんなんじゃねぇ」
ぽつりと彼の頬に温かい雫が落ちる。空を切り取る様にそこに在る親友の赤い目が覗く。
嗚呼、とヴェイグは思う。
忘れかけていた暖かさが。
諦めていた懐かしさが。
壊死しかけていた気持ちが。
喪いたくない理由が。
全てがそこに詰まっていた。
四角い部屋の中でヴェイグはゆっくりと蹲る。落ちていた鍵は、こんなにも近くに何時だって在ったのだ。
かちゃりと何かが外れる音。探す事すら忘却していた探し物は、直ぐに見つかった。
斜陽がヴェイグの顔を照らす。
風が吹けば壊れてしまいそうな程に脆い笑顔を、確かに見た。
音の無い助けを呼ぶ声を、確かに聞いた。
自分は今まで何をしていたのだろうか。少なくとも目の前のそれらから逃げていた事は事実ではないのだろうか。
安息を手に入れる為に、自分は何を棄てようとしていた?
終わらぬ親友の苦しみを、少しでもその低俗な脳で悩殺した事はあるか?
嗚呼、何と程度が知れたヒト。何と莫迦で愚かな存在。
救い様が無さ過ぎて呆れを通り越して笑えてくる。
支援
すう、と茜が差した光が瞳に宿る。
こんなにも近くに、何よりも大切なものはあるじゃないか。
見たかった景色は、何時でも目の前にあったじゃないか!
「……そうだ、こんなにも簡単な事なのに、俺は」
思い出した様に力が抜けた声でヴェイグは呟いた。
「……間違いだらけでうんざりするぜ。これすらも間違いだってんなら、何が真実だってんだよッ!」
「……違う。それは、違う」
「違わねぇ! 何が違うってんだ!」
泣きじゃくりながらティトレイは頭を左右に揺らす。
それでも引かれた弓は、未だに放されず握られたままだった。
「この村を火にかけちまった。ジェイって子供も刺した!
カイルを殺そうとした、しいなも見殺しにしたし、ダオスのおっさんだって殺したッ!
それなのに何がどう違うってんだよッ!」
必死の叫びに喉が渇きを覚えた。
壊れてしまったタイプライターの様にただただ言葉が喉から発せられる。
「俺だって!」
耐え兼ねた様にヴェイグは子供の様に叫ぶ親友の胸倉を掴み、地面に押し倒した。
構えられていた弓から発せられた矢が射るモノを失い虚しく茜空に消えてゆく。
「俺だって二人殺した! トーマも俺があの時躊躇う事をしなければきっと死ななかったッ!
今だって、ロイドやグリッドを見殺しにしてきた様なものだッ!
辛いのは皆同じだ、悲しいのは皆同じだ! 屍の上に立っているのは皆同じなんだッ!
自分だけ悲劇の主人公ぶるなティトレイッ!」
牙を剥いて逆上するヴェイグ。
一瞬その剣幕に圧倒され尻込みをするが、挑発とも取れるその罵倒を無視出来る程ティトレイは冷静ではなかった。
頭に血が上るのを感じる。歯を軋ませながら同じ様に乱暴に胸倉を掴んだ。
服の生地が軋むが、どうにも怒りは治まらず目を見開いて親友に迫る。
……何も知らないくせに、全部知ったみたいな口聞きやがって。何様なんだこいつは。
「じゃあお前に何が分かるってんだ! 俺がどれだけ苦しんできたか分かるってのか、あぁ!?
近付いても傷付くだけなんだよ、裏切られるだけなんだよ、結局こうなるんだよッ!
ならどうしろってんだッ! 俺でさえ分からねぇのに、お前にそれが分かるってーのかよおぉッ!」
「何も分からないに決まっているだろうッ! 俺はお前じゃない!
お前も俺の事が分からない様にそれは当然なんだッ!
それを理解した上でお前に聞きたい―――では“それ”が、お前の本当に望む事なのか?」
その静かに呟かれた一言にヒステリックな声が止み沈黙が訪れる。
何故ならばそうじゃないと理解していたから。
核心を正確に突かれたティトレイは、故に黙らざるを得なかった。
荒くペースが早い呼吸の音だけが、ただ徒に互いの鼓膜を刺激する。
その鋭利な静寂の一秒一秒が、ティトレイの宛も無く剥き出しにされた小さなプライドを痛め付けていた。
「…それは……」
荒々しく上下する肩が漸く収まった頃、胸倉を掴んでいた手がその声と共にだらりと下がった。
ヴェイグはそれを見届け、親友を睨み付ける。
鋭い目線に耐え兼ねたのか、ばつが悪そうな表情なままティトレイは項垂れた。
彼を目の前の男の親友として繋ぎ止める心は、何故だろうか。
断ち切れもしていないが地に着いてさえもいない。
未だに、どうしようも無い程に宙ぶらりんだった。
「俺が言えた義理では無い。そんな事は分かっている。だが、だがな……!」
何かに怯える様に後退る彼の両肩が乱暴に握られる。
それを振り払いたいという自分が居て、けれども確かにそのままで居てくれと肯定する自分も居る。
中途半端なヒトの中途半端な脳は、矢張り中途半端な指令しか出せないのだろうか。
ティトレイのこれまた中途半端に曲げられた腕は、宛も無く空中で見事に止まっていた。
「これ以上嘘を吐くな、ティトレイ=クロウッ!」
―――嘘、か。
確かにそうだとティトレイは自嘲する。
理解するつもりが煙に巻いて、近付くつもりが遠ざかって、謝るつもりが傷付けて、触るつもりが撃ち抜いて。
成程、確かに嘘に塗れている。
そして同時に、そんな俺は赦されざる咎の住民だ。
「……俺はヴェイグ=リュングベルでしかない。世界は世界でしかない。お前も、ティトレイ=クロウでしかない。
元から、誰も裏切ってなど、間違ってなんかいない。最初から何も狂ってなんか、いない」
親友の戯言に、けれども耳を傾けてしまう自分が、そこに居た。
そんなハイエナの様に狡く卑しい自分が堪らなく腹立たしくて、少しだけ親友が羨ましくて、疎ましくて、悔しくて。
―――眩しくて。
また無理をして搾り出す強がりが口から零れる。
支援
「は、はっ……! 口だけなら何とでも言えるからな!
綺麗事なんだ、そうさそうじゃねぇかよ! ははッ!
綺麗事なんだよそんなのはよおッ!」
「……俺は、全ては自分を否定し、世界を否定し、仲間をも否定してしまうこのバトルロワイアルという土壌に依るものと、そう思っていた。
……それは、違うんだ」
「五月蠅ぇ……黙れよ」
震える声が命令をする。しかしヴェイグは止まらない。
ティトレイの言葉には怯えと虚勢は在っても、伴える筈の“強さ”は皆無に等しかった。
「全ては逃避に過ぎない。“仕方無い”? “それがバトルロアイヤルだから”?
違う、そうじゃない」
「……五月蠅ぇって。今更講釈垂れてんじゃねぇよ」
「それは盲目になる口実には成っても、否定する理由には決して成り得ない」
「五月蠅ぇっつってんだろッ! 違わねぇ、違わねぇんだよ……黙れよッ!」
「……ならば、そうして選んだ先に待っている終焉は、」
「黙れ、黙れよ畜生おおぉぉぉぉぉぉッ!」
瞬間、風を切る高い音と共にヒトを殴った時特有の鈍く生々しい音が響いた。
あ、とティトレイは自分のした事が信じられずに目を丸くして呟く。
何回自分から生えている腕と親友を交互に見ようと事実は変わらない。
彼の右ストレートは見事に親友の左顔面を貫いていた。
「―――軽いな」
ヴェイグは狼狽える親友を睨みそう吐き捨てた。
ゆらり、と顔面を血に濡らすヴェイグは右腕を構える。
何とスカスカなのだろうか。
「は、はっ……! 口だけなら何とでも言えるからな!
綺麗事なんだ、そうさそうじゃねぇかよ! ははッ!
綺麗事なんだよそんなのはよおッ!」
「……俺は、全ては自分を否定し、世界を否定し、仲間をも否定してしまうこのバトルロワイアルという土壌に依るものと、そう思っていた。
……それは、違うんだ」
「五月蠅ぇ……黙れよ」
震える声が命令をする。しかしヴェイグは止まらない。
ティトレイの言葉には怯えと虚勢は在っても、伴える筈の“強さ”は皆無に等しかった。
「全ては逃避に過ぎない。“仕方無い”? “それがバトルロアイヤルだから”?
違う、そうじゃない」
「……五月蠅ぇって。今更講釈垂れてんじゃねぇよ」
「それは盲目になる口実には成っても、否定する理由には決して成り得ない」
「五月蠅ぇっつってんだろッ! 違わねぇ、違わねぇんだよ……黙れよッ!」
「……ならば、そうして選んだ先に待っている終焉は、」
「黙れ、黙れよ畜生おおぉぉぉぉぉぉッ!」
瞬間、風を切る高い音と共にヒトを殴った時特有の鈍く生々しい音が響いた。
あ、とティトレイは自分のした事が信じられずに目を丸くして呟く。
何回自分から生えている腕と親友を交互に見ようと事実は変わらない。
彼の右ストレートは見事に親友の左顔面を貫いていた。
「―――軽いな」
ヴェイグは狼狽える親友を睨みそう吐き捨てた。
ゆらり、と顔面を血に濡らすヴェイグは右腕を構える。
何とスカスカなのだろうか。
この馬鹿の拳は何時からこんなに日和ったモノに成り下がったのだ。
「こんな拳じゃ、こんな何も籠っていない嘘に塗れた拳じゃ俺は倒れない……!
俺に一人じゃないと教えてくれた誰かの拳は、こんな陳腐で薄っぺらいものじゃなかった!」
どずん、と鈍い音が響く。
彼の左頬には青年と同じような見事な右ストレート。
繰り出された反撃の拳に、ティトレイはいとも容易く膝を地に立て苦しそうに呻いた。
そんな彼にヴェイグは容赦無く続ける。
「立てよティトレイ……話の続きだ」
「……ッ」
「“……ならば、そうして選んだ先に待っている終焉は、”」
それは今し方至った真理。
親友の涙が、教えてくれたとても大切で、言ってしまえば簡単だが気付くのがとても難しい事。
「本当に俺が……お前が望んだものなのか?」
それをティトレイに教授する様に――実際は自分に確認したかっただけかもしれない、二度と迷わぬ様に――言う。
少し過去の自分の虚像がティトレイの実像に僅かだが重なっていて、不思議な感覚を呼ぶ。
「俺達は今、此所に居る。それは間違いじゃない。
過去にどれだけの罪深い事を重ねようと、俺達は俺達だ」
頭を抱えて荒く息をする親友を尻目に、彼はだが、と続ける。
「……罪を忘れてはいけない。それも間違いでは無いからだ。
しかしだ。何も、無理に罪を償う必要は無い。
何故なら罪滅ぼしと言ってしまうのは簡単だが、“罪は償えない”のだから。
例えヒトに万赦されようと、それは単なる互いの自己満足に過ぎない。
過去の傷跡は絶対に消えない。何時までも着いて来る。
しかし、だからこそ俺達は生きなければならないんだ。罪を受け止めて、その気持ちを忘れずに」
分かっていた。
分かっていた事なのに、何故だろう。
傷付け合う事への、ヤマアラシのジレンマの解決にへは足しにさえ成らない綺麗事なのに、如何してだろう。
脳内に響くのだ、こんなにも新鮮で心地良い音色が。
ティトレイはしかし唇を噛み身を委ねようとする己に耐えた―――分かっていても、認める訳にはいかない。
それは何故か? 簡単な事。
脳裏に焼き付いていた表情が鮮明に瞼の裏に映し出される。
聖獣の力が通じなかったと知った瞬間の、彼の絶望にも似た表情が。
―――きっとまた、この繰り返しだからだ。リピートなんだ。
どうせまた傷付くだけなんだ。選択を強いられ合うんだ。ならばもう二度と近付かない方がいい。
この馬鹿の拳は何時からこんなに日和ったモノに成り下がったのだ。
「こんな拳じゃ、こんな何も籠っていない嘘に塗れた拳じゃ俺は倒れない……!
俺に一人じゃないと教えてくれた誰かの拳は、こんな陳腐で薄っぺらいものじゃなかった!」
どずん、と鈍い音が響く。
彼の左頬には青年と同じような見事な右ストレート。
繰り出された反撃の拳に、ティトレイはいとも容易く膝を地に立て苦しそうに呻いた。
そんな彼にヴェイグは容赦無く続ける。
「立てよティトレイ……話の続きだ」
「……ッ」
「“……ならば、そうして選んだ先に待っている終焉は、”」
それは今し方至った真理。
親友の涙が、教えてくれたとても大切で、言ってしまえば簡単だが気付くのがとても難しい事。
「本当に俺が……お前が望んだものなのか?」
それをティトレイに教授する様に――実際は自分に確認したかっただけかもしれない、二度と迷わぬ様に――言う。
少し過去の自分の虚像がティトレイの実像に僅かだが重なっていて、不思議な感覚を呼ぶ。
「俺達は今、此所に居る。それは間違いじゃない。
過去にどれだけの罪深い事を重ねようと、俺達は俺達だ」
頭を抱えて荒く息をする親友を尻目に、彼はだが、と続ける。
「……罪を忘れてはいけない。それも間違いでは無いからだ。
しかしだ。何も、無理に罪を償う必要は無い。
何故なら罪滅ぼしと言ってしまうのは簡単だが、“罪は償えない”のだから。
例えヒトに万赦されようと、それは単なる互いの自己満足に過ぎない。
過去の傷跡は絶対に消えない。何時までも着いて来る。
しかし、だからこそ俺達は生きなければならないんだ。罪を受け止めて、その気持ちを忘れずに」
分かっていた。
分かっていた事なのに、何故だろう。
傷付け合う事への、ヤマアラシのジレンマの解決にへは足しにさえ成らない綺麗事なのに、如何してだろう。
脳内に響くのだ、こんなにも新鮮で心地良い音色が。
ティトレイはしかし唇を噛み身を委ねようとする己に耐えた―――分かっていても、認める訳にはいかない。
それは何故か? 簡単な事。
脳裏に焼き付いていた表情が鮮明に瞼の裏に映し出される。
聖獣の力が通じなかったと知った瞬間の、彼の絶望にも似た表情が。
―――きっとまた、この繰り返しだからだ。リピートなんだ。
どうせまた傷付くだけなんだ。選択を強いられ合うんだ。ならばもう二度と近付かない方がいい。
支援
汚れた自分には、親友を傷付ける事しか出来なかった自分には。
彼の隣りに居場所を求めるなんて贅沢は、決して許されはしないのだ。
俺にはその権利も無いし、勇気も、無い。
それが答えだ。
「でもヴェイグ、俺は、こ――――」
こんなにも汚れてるんだぜ、と口が紡ごうとするが、その発言の矛盾に気付き発音し損ないの口を固く閉ざした。
その言葉だけは絶対に言ってはいけない。続く言葉は分かりきっているから。
あいつならきっとそう言うに決まっているから。
だからそれを求めてはいけない。耐えろ、その安息を求めてはいけないッ!
頼む、頼むよ。
お願いだから、これ以上俺に拘るなよ!
崩れてしまいそうになる程優しい言葉を掛けるなよ!
俺には、もう引き返せないんだよッ!
決心が崩れる前にいっそ突き放す様な目で見てくれよ。
あの頃にはもう、“戻れなくてもいい”から!
「……間違いなんて、この世には一つしか存在しない。分かるか、ティトレイ」
え、と口から出る。思いもよらない一言だった。
「一つしか、存在、しない……?」
情けなく脱力した声が絞り出される。
その声色は諦観や絶望と言うよりも期待と希望が見え隠れしていた事に強い絶望感を覚えた。
何を期待している。何故まだ希望を見ている、何故まだこの両目は親友を見据えている!
如何して嫌な言葉に耳を貸す?
塞いでしまえばこんな想いを覚えずに済むのに。期待なんかしないで済むのにッ!
嫌だ、もう嫌だ。“嫌なのに!”
こんな汚れた奴は親友なんかじゃないと、蔑んでくれ。罵ってくれ。
そうすれば、もう一つの安息が待っているのに!
「―――自分の気持ちに、嘘を吐く事だ」
瞬きすら忘れはっと息を飲む自分が呪わしい。
それは嘘だ、こんなの望んじゃいない―――本心じゃないッ!
違うね。決まってる、これが本心だ―――嘘だッ!
違う、違うんだ。あれも違うこれも違う、じゃあどっちだよ畜生ッ!
……そうして気付くのは何時だって一緒なんだ。
そう、マーテルに諭された時もそうだった。何時だって、境界線を綱渡りしていた。
きっと全部不安定に、曖昧にしておきたいだけなんだ。
「だからお前が例え何をしていようと、どうなろうと」
拳が震える程に固く握られる。滲んだ真紅の血は、吐き気を覚える程にヒトの温もりがした。
言うな、と瞳を固く閉じる。
その先は絶対に言わないでくれ―――聞きたいから耳を塞がないくせに。
五月蠅い。仕方無いじゃないか。
だって、俺には、そんな言葉を受ける様な資格は、一つも、一つも、一つも…………ッ!
「お前はずっと俺の一番の親友だ」
一度枯れた筈の、涙が溢れる。
なんて、なんてずるい一言だろうか。
お前はこんなに汚れてしまった自分を、未だに親友として見てくれるのか。
まだ待ってくれているのか。まだ、信じていてくれるのか。
地に、足が着く。
ずっと中途半端だった何かが、寄り道をしながらも確かに終着点へと辿り着いた。
断っておくがそれは一直線では無い。一直線ならば、終わりはまだ訪れないのだ。
故に彼は戻ってきただけなのだ。
たったそれだけ。今、ティトレイが立っているのはゴールであり、スタートであり、そして通過点に過ぎない。
おかえり、と何かが呼ぶ。
数秒後気恥ずかしいのか、彼は俯いたまま小さくただいまと呟いた。
取返しのつく物語など無い、だから彼等は生きて行く。故に命は尊い。
従って、彼等が歩んできた道は間違いではない。
否定すればそれは自分の人生を否定する事に同義だ。
その結果最果ての地平線には、彼等自体が居なくなってしまう。存在が消えてしまう。
自分が居なくなる、それはとても悲しい事。
だから間違いは、きっとその一つだけ。
罪を犯した物が愚かなんじゃない、罪を受け止められない者が愚かなんだ。
それは、あの女性からも彼が教えられたとても簡単な事。
そして、その彼が滴をして親友に教えた事でもある。
……彼等は此所に居る。しかしながら居る理由は矢張り罪滅ぼしの為では無い。
“此所に居るから、居る”
たったそれだけのこと。
居場所は何時の日も、此所に在る。
立っている場所は、雨の日も風の日も雪の日も、常に自分の居場所だ。
必死に造った居場所なんて、ただの隔離された牢獄に過ぎない。
親友、ティトレイ=クロウと名を打たれた席は何時だって彼の横にある。
そこに座る権利だって、必要な勇気だって、本当はずっとずっとその汚れてしまった掌の中に、けれども大切に持っていた。
「もう一度行こう、俺達はまだ此所に居る」
そうしてヴェイグは俯いたティトレイに手を差し延べる。
ぴしりと檻に罅が入る。何故、壊そうと試す事さえしなかったのだろう。
座り込んでいるだけじゃ、何も変わらない。
重い、けれども何より尊い一歩を踏み出したティトレイの答えは、疾うに決まっていた。
罪滅ぼしの為―――ルーティの為、ジェイの為、カイルの為―――それが理由だと思っていた。
違うんだ。俺が望んでいたのは理由では無く口実に過ぎなかった。
それの何と愚かな事か。
それ以前に俺は、大切な想いを持っていた筈だろう?
だって俺は、どれだけ迷っても矢張りお前に手を差し延べているじゃないか。
迷った結果は、きっと間違いだと言って片付けてはいけない。
「全てを終わらせる為じゃない。全てはそこから始まる。俺達は全てを受け止めて歩む」
この世に禊なんて要らない。必要が無い。
罪は一人一人が受け止めるべきなんだ。
禊なんて只の逃避に過ぎず、自分が禊になるなんて自己満足にも程がある。
言ってしまえばただの驕りだ。そして俺はそんな事は一抹も望んで居ない。
ただ、親友と笑って此所に居たかった。それ以上も以下も無い。
後は、お前がこの手を掴むだけ。
「林檎は落ちる。だが、その途中で掴む事だって出来るんだ」
少しだけ湿った苦笑が、二人分の苦笑が澄み渡った空に消えて行く。
「馬鹿は楽でいいな、ヴェイグ。おまけに根暗でムッツリってか? 五ツ星だなこりゃ」
交わされた不器用な握手は、ヒトの暖かさがした。
自分より素直だったヴェイグに少しだけ嫉妬を覚えた。
同時に何だか照れ臭いな、とティトレイは左手で頭を掻く。
今更の様に羞恥心が顔を赤くする事に少し驚き、照れ隠しに目を滑らせた。
空に目が行った瞬間に、あ、と口から漏れる。
何事かとこちらを覗く友。見ろよ、と顎を動かすティトレイ。
期待していた訳じゃない。理由があった訳じゃない。
ただそれでも、在って嬉しいものだってある。
子供の様に目を輝かせながら、彼はヴェイグの肩を抱く。
その左手は背後に高く広がる虚空を指差していた。
ヴェイグは溜息を吐きつつ怪訝な表情をしながらも急かされ、はいはいと言わんばかりに後ろへ鈍い動作で振り向く。
―――あ。
ごくごく自然に笑顔が零れる。ぎこちなく作ったそれでなく、意識せずとも。
悠然と白く輝く最初のそれが、薄紫に染まった海に浮かんでいた。
ふとヴェイグは隣を見る。
こちらのテンションにお構い無く無邪気にはしゃぐ親友の笑顔に、自然と心が水面の様に落ち着いた。
同時にその立ち直りの早さに驚く―――いや、違うか。素直になっただけなのだ。
少しだけ目を細め、曲げた首を再び空へと戻す。
喧しい程の声も、暑苦しい程の元気も、体重が掛けられて痛い程の肩と首も。こんなにも、心地良いのは何故だろうか。
ああ、成程。そういう事か―――ヴェイグは全てを理解し、微笑みながら瞼をゆっくりと閉じた。
これだ。
求めていたのは、この自己中心的な騒がしさと、鬱陶しい程の暑苦しさと、この乱暴でごつい痛さだ。
そう、全てはこれでいい。気持ちを語る言葉はこれ以上何も要らない。充分過ぎる程だ。
俺達は此所から、進んで行く。
……確かに近付けば近付く程、痛みは大きくなる。
おまけに罪の重圧が加わった分、針には返しが付き、痛みは増している。
堪え難い痛みを味わう位なら、何時か離れてしまうなら、孤独でいる方がどれだけマシなのだろうと何度思ったか。
『ならば、この身体はどうして此所にある?
この足は、手は、血潮は、筋肉は何故こうも必死に動いている?』
だが、それでも……いやだからこそ俺は、俺達はこうして此所に居る。
お互いの罪を知り苦痛を味わいながら、地に足を立てている。
また、同じ繰り返しなのかもしれない。否、それは最早想像の域を出ている。
詰まる処が実際そうなのだ。
生きて、罪を知り、自己嫌悪し、他人への恐怖が始まる。
傷付け合い、迷い、様々なヒトの終焉を超えて行く。
それは生半可な事では無い。
とても辛い思いをするだろう。
悲しい思いもするだろう。
深い傷も負うだろう。
けれど、それでいいのだ。
何故なら俺達は、今、此所で、生きているのだから。
「一番星、みっけ」
きっとそれこそが、“生きる事”なんだ。
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP10% TP30% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:西地区へ移動?
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区→?
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷
両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット S・D 漆黒の翼のバッジ
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる(カイルについては考え中?)
第一行動方針:西地区へ移動?
第二行動方針:ロイド達の安否が気になる
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村北地区→?
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み) 背部鈍痛
ルーティとヴェイグの関係への葛藤
所持品:フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ミスティブルーム
首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:自分の気持ちに素直になる
第二行動方針:西へ向かい、ロイドと合流?
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
現在位置:C3村北地区→?
保守
ほ
あの人は、罪は償えないと言った。確かにそうだと思う。
あの人が母さんを殺したという事実は、これからもずっと変わらない。
父さんを殺したのはクレス。ロニやジューダスを殺したのがリオン。
リアラを殺したのがミトスやアトワイトさん、止め切れなかったオレ。
そして母さんを殺したのが……あの人。
もしオレがあの人のことを許さず、復讐すると言ったら、甘んじて首を差し出すのだろうか。
いや、違う。あの人は罪を受け止めて生きることを選んだんだから、オレの言葉を拒否するだろう。
なら、あの人にとっての罰は、いつまでも罪を背負い、呵責を続けながら人生を歩むことなのだろうか?
あの人は、罪を償えないと言った。そうだ、あるのは償いではなく罰だ。
死という形ではなく、生きて、本当なら普通に過ごすはずだった時間を奪い去られる罰。
――例え罪は消えなくとも、オレが許したとしたら、それは変わるのだろうか?
許し許されることは、本当に自己満足なんだろうか。
――それでも、やっぱり母親を殺した人を許すことなんてできない?
罪を背負い続けることが罰だとするなら、一思いに許さない方がいいのか。
こんなことを考えるのは、オレもリオンとリアラの命を奪ったからなんだろうか。
たった15歳の自分が断定できるものなんて、見渡してもどこにもない。
ならせめて、一体自分の気持ちはどこにあるのだろう。
身体の中のものを全部吐き出したとしても、そこに自分の名を冠するものはあるのだろうか。
何が、あの人のためになるのか。
「自分の気持ちに嘘を吐くな」
あの人の言葉が頭に蘇る。中でがんがんと響いて、跳ね返って、オレの心を強く揺さぶる。
はっと視界が白くなっていき開けていく。
心の淀みがさっと押し出され、まっさらな地平線が広がる感覚。
足りなかったのは1歩踏み出す勇気だ。あの人がオレにすべてを告げるのが怖かったのと同じように。
自分の気持ちに素直になるのなら、答えなんて――――
夜空に輝く一番星。落ち始めた夜に煌く、1つの希望。
互いに素直になって元の親友同士に戻った2人は、肩を組んで――というよりは1人はいやいや組まされている状態で――
残された少年の下に戻ろうとしていた。
肩にかかる重さは鬱陶しくも心地よく、懐かしさすら覚える。
それほどこの重みは今まで遠くにあって、自分にとって大事なものだったのだ。
振り返ったヴェイグは、1つの違和感に気付いた。
弾き飛ばしてしまったディムロスは地に転がっているはずなのに、地面に肝心の影はない。
どこに行ったのかと目を配らせると割とあっけなく見つかった。
炎の大剣は後方で待機し、箒に乗ったカイルの手に握られていたのだ。
そのカイルは、じっとディムロスを見つめている。
ヴェイグがティトレイの腕をほどきカイルに近付いても、顔を上げずただ鈍く光る刀身と、そこに映り込んだ自分の顔を見つめていた。
光源が沈みかけていることによって少しだけ影に隠されたカイルの表情は、
口元をきつく縛り、眉間を寄せるシリアスなものだった。
15歳とはいえまだ幼さの残る顔立ちに、その表情は相応の重みを伴って浮かび上がっていた。
カイル、とたまらずヴェイグは一声かける。
「……ヴェイグさん。罪は、償えないんですよね」
返答が来るのにもやや時間がかかった。
静かな、搾り出すような声音と、その発言自体にヴェイグは驚いて身を震わせる。
「……ああ」
しかし彼はそれが真実だとでも言うように、カイルの言葉を肯定した。
夕方の空気は冷え込み始め、肺を満たす酸素は爽やかだ。
ティトレイに向けて叫んだ言葉たちは決して自分にとって偽物ではない。
罪は償えば消えるものではなく、いつまでも付いてくるものなのだと。
カイルは未だ顔を上げていない。
今更ヴェイグは当然だと思い、何も知らないカイルの表情が罪の証だと感じた。
肉親の命を奪ったのである。自らの行いは許されていいものではない。
少なくとも誰かを殺したとは知っているのだから、もしかしたらカイルは、償えないと断定したことを
「罪なんて忘れてしまえばいい」と捉えたのかもしれない。
償わないのに生きるなんて、聞き方によってはそれこそ傲慢だ。
ヴェイグは沈黙を続けるカイルに、自然と頭をうなだらせていた。
「罪を受け止めて、生きることが大切なんですよね」
ディムロスを見たまま、カイルは再び口を開いた。
「ああ」
「自分の気持ちに嘘をつくのは、間違いなんですよね」
「……ああ」
ただ頷くしかなく、ヴェイグはそれ以上を何も言えなかった。
カイルが顔を上げ、揺れた髪の隙間に残っている明かりが差し込んだ。
照らされた真摯な顔が、目の前の青年を見つめた。
「なら、オレはこれから北に向かいます」
少年の口から発せられた言葉はあまりにも予想からかけ離れたものだった。
見当違いも甚だしいと、少々間抜けた顔をしてしまったほどである。
意識が定まり両目の焦点も適合したところで、カイルの真剣な面持ちにやっと気付く。
即座に彼は首を大きく振った。
「正気か!? 北は禁止エリアに」
「だからです。北には、アトワイトさんがいます」
けれども、カイルは動じずにすぐさま答えた。一寸のぶれさえない。
むしろ、ヴェイグの反応があらかじめ分かっていたかのような淀みのない回答だった。
「アトワイトはミトスが持っているんだぞ。それにお前の怪我ではろくに戦えないだろう?
さっきの戦いを忘れたのか!?」
事実や経験に裏打ちされた、確定事項による論理。まさに正論だった。
カイルもそれを承知しているからこそ、ここだけは反撃できないようだった。
一層表情が険しくなり、視線の方向がヴェイグからずれる。正視できないのを隠すように目を伏せる。
両肩が持ち上がっている姿は、感情が溢れ出てしまいそうになるのを抑えているようだった。
「……それでも行かなきゃいけないんです。例え命を投げ出すのに等しいことでも、これだけは譲れません」
カイルの手の内に握られたディムロスが一驚したような息をこぼす。
少年の顔付きはまるで諦めの兆しが見えなかった。
どれだけ力を加えようが、反射する鏡を置こうが曲がりようのない意志。止められないのか、と彼は思った。
「なら、俺も北へ行く。お前1人をみすみす行かせる訳にはいかない」
「……ヴェイグさんなら、そう言うと思ってました」
目を閉じたままのカイルの表情がふっと柔らかくなり、彼に笑いかける。
期待がヴェイグの顔に表れ、彼にしては珍しく明るくなる。
だが、カイルが瞼を上げることでそれもあっけなく裏切られた。
「でもダメです。オレ1人で行きます」
目の色はまるで先程と変わっていなかったのだ。
何者も寄せ付けない、あまりに強く眩すぎる眼光。そこに踏み込んでしまえば、逆に呑まれて足場を見失ってしまう。
決意は誰にもへし折りなどできなかった。
「何故だ? 無茶というのが分からないのか!?」
カイルはうーん、と唸り、少し考え込んでから答えた。
「あなたまで危険に巻き込む訳にはいきませんから。それに十分あなたも傷がひどいです」
先程のヴェイグの理論とほぼ同じ内容だった。すなわち、彼もまた反駁することはできない。
それでも、と彼も言えばよかったのだろうが、E3にいたときのカイルの言葉が脳裏に再生され、口は開かなかった。
自分は1度でもカイルの意思をちゃんと尊重したことがあっただろうか?
自分の求めるものは償いによる自己満足ではないと知った今、
カイルに一方的に同伴することは、結局は自己満足の域を出ていないのではないか?
シャーリィの術を防いだあのときのように、カイルを「死なせたくない」のではなく、「死なせてはいけない」だけだと。
「大丈夫です。オレには生きて戻る理由があります。
生きて、あなたに言わなきゃいけないことがあります」
え、とヴェイグは呟いた。カイルの顔を見れば、何かを取り払ったような晴々とした表情だった。
反して彼の顔には明らかな困惑がにじみ出ている。そして彼はまさか、と思った。
否定の言葉にすらならない文字の羅列が、意味もなく紡がれていた。
心の奥で誰かが囁く。
ほら、全て喋って吐き出して楽になってしまいなよ。すぐに頭と身体は離れてもう何も考えずに済むから。
「いいじゃねえか、行かせてやれば。それがカイルの気持ちなんだろ?」
唐突に響いた埒外の声に、2人はほぼ同時にそっちの方を向いた。
頭に腕を組んでいるティトレイはごくごく普通の面持ち、すなわち当然だとでも言いたげな表情だった。
ヴェイグの口から言葉が出る前にティトレイはカイルへと近付き、何かを差し出す。
「お前がそうしたけりゃ、そうすりゃいい。きっとお前は1人で行くことの意味もリスクも分かってるんだろ?」
カイルは差し出されたものを受け取る。
「なら、俺に止める理由はねえ」
へへ、とティトレイは笑う。ヴェイグは黙ってその様子を横で見ているしかなかった。
「……さっき聞いてたなら分かってっと思うけど、昨日の夜、お前を地下に突き飛ばしたのは俺だ。
悪かった、っつっても簡単に許してもらえるとは思ってねえ。
けどな、お前を行かせるのは引け目があるとか、そんなんじゃない。それがお前の決めたことなら、止めるべきじゃねえから」
頭を掻きながらとつとつと語る青年に、カイルは頷くことも否定することもなく笑っていた。
ティトレイの言葉に、先刻のある言葉を思い出していた。
沈み込んでいたかと思えばいきなり高々と演説を始めた、痛みを伴った青年の繰る言葉。
血を吐いてまで伝えたかった、何かを失った自分たちへの真っすぐな言葉。
自分の意思を尊重しろ。その言葉通りなら、ヴェイグの阻止も自分の意思ゆえなのだからあながち間違いではない。
だが、それ以上に彼は自分の行いを疑問視し、カイルの「自分」の意思が気にかかっていた。
これまでが何らかの形で誤っていたのなら、違う一手を出すべきではないのか?
首輪、禁止エリア、命を奪い合うゲーム、効率化、守るということ、罪と償いと罰、それらはある前提の上に成り立った概念である。
すなわち、バトル・ロワイアルという枠組みの。
そこまで考えて、自分はこの殺し合いの一部として取り込まれているのだと理解した。
「本当に、それでいいんだな?」
ヴェイグは一息分の沈黙ののち、カイルへ向かって言う。
ひどく抑圧された低声だったが、それは我を押し殺しているというよりは、真剣に相手の意思を確かめる意味合いが強かった。
カイルはただ黙って頷いた。
そうしてヴェイグもまたティトレイと同じように、何かを差し出す。
「なら、俺も止めはしない。ただ」
彼は目を細め、少しだけ俯く。
「必ず、生きて戻れ」
迂遠な約束だった。今は聞かないから、代わりに生きて会えたら聞くから、すべてを話すからと。
横でティトレイが罪を明かすのを聞きながら、語らぬのは卑怯だ、ともヴェイグは思った。
しかしこれが約束の形だ。後ろ向きの感情も消え去ってしまう。
ティトレイの差し出したものが餞だとするならば、ヴェイグが差し出したものは無事への願いである。
別にカイルにルーティのことを告げられるのを恐れている訳ではない。
むしろ、すべてを明かす勇気を持てたからこそ、ここで告げてはならないのだ。
今、限りある時間をカイルから奪う訳にはいかない。
何よりも、ここで吐露して満足してしまってはいけない。彼にとって重要なのは明かした先にある行程だ。
帰還を信じるために、それを残しておかねばならないのだ。
ヴェイグの重々しくもはっきりとした言葉に、カイルはアイテムを受け取り別の手へと移し、そしてもう1度手を差し出して応えた。
グローブのはめられた手の1番下、小指がちょこんと飛び出ている。
「約束といったら、指切りでしょう?」
何事か、と小指をしげしげと見つめていたヴェイグは、その言葉でようやく意図を理解した。
指切りなんて子供の時分からどれくらいしていないか、覚えてすらいないほどだが、
彼は気恥ずかしさを抑え小指を出して相手の指に交わした。
この小指ほどに細く心もとないが、せめてこの繋がりが絶たれぬように。
指を離したヴェイグは、どこかすうっとしたカイルの表情を見ながら一言、「行け」とだけ言った。
口に自らの感情の支配権を委ねてしまえば、時間を食うどころか
一体どんな言葉が出てくるか分からない。やはり止めてしまうかもしれない。
カイルの思いを優先するとしても、それほどカイルは危険な状況に乗り込もうとしているのだ。
少年は彼にただ笑って応えた。何の余韻も残さぬよう、そのまま箒を反転させ、フルスロットルで発進させる。
夕闇に七色の軌跡を残し、カイルの姿はあっという間に溶けて消えてしまった。
今になって、どこか後悔めいたものが胸を過ぎる。
「やっぱ止めときゃよかった、とか思ってるか?」
横に立っていたティトレイが、完全にカイルの姿が消えたのを見計らって声をかける。
「半々、だな」
ヴェイグは顔を背け答えた。
「カイルはああ言うが、帰ってこれる保障などどこにもない。
このまま何も告げることなく、約束は約束のまま終わるかもしれない」
「けど、な」
「止めてもあいつは……振り切ってでも行っただろう」
分かっているからこそカイルを止めるべきでもあり、しかしどうしようもなかった。
こうしてカイルは2人の目の前から消えてしまった。
約束を交わした手を見つめ、握った拳をゆっくりと開く。5本の指は伸び、小指は特別な存在ではなくなってしまった。
彼の頭を過ぎるのはいつも最悪の結末だった。
それを思い描くということは、カイルの死とは一体どれだけ自分に比重があるものなのか。
自分の背中にかかる重み以上に、少年の存在は大きいのかもしれない。
違う、と思った。
少年はこの背中にかかる重さが現世に形を持って表れた、罪の象徴なのだ。
目に見えるうちはまだ自分の過ちを自覚でき、取るべき道の標榜として先へと歩むことができる。
だが象徴自体を失ってしまえば、彼の罪は浄化されることなく姿を消し、行き場を失ってしまう。
残るのはその場で跪くことだけだ。
「でも、お前は確かに言ったよな。行け、って」
「そうだ」
「少なくとも、お前はカイルを行かせることを選んだんだ。それは大事な一歩だ。
中途半端に行かれてそのまま死なれるよりは、よっぽどマシだろ?」
彼は罪の証をあえて突き放した。道を見失うことを恐れるよりも、これから新たな道を歩む一歩にしようとするために。
カイルを自由にすることは、同時に自らを自由にすることに他ならないのだ。
親友の方を向くと、にかと笑っている。
「行かせるって決めたんなら、胸張ってしっかり前を見てろ。それで信じてればいいじゃねえか。
この今は、間違いじゃねえ」
ヴェイグは顔を北へと向き直させ、見えない影を視界に捉え、ただまっすぐに見つめていた。
両目をしっかりと開け、どんな結末になろうと、その結果をしかとこの目に焼き付けるように。
それでも、「死なないでほしい」と祈りながら。
カイルに全てを告げ罪を少年から乖離させたとき、そのときが真に2人の道を分かつのだろう。
「ちょっと休んでようぜ、俺らは。くたくただしな」
一番星の下、ティトレイはその場にどっかと座り込み、ヴェイグはなお北を見つめていた。
『本当に、これでよかったのか?』
宙を疾走し耳が空気を切る音しか聞き取らない中、その声は頭の内側で響いた。
ばさばさと髪がはためき、ときおり隠される顔の上に笑みは広がっていた。
「その割にずっと黙ってたくせに。じゃあどうして止めなかったんだよ?」
芯を貫くほどに的確に打たれ、見事にソーディアン・ディムロスは沈黙した。
その指摘の鋭さといったら、不用意に打ったパンチをすいと避けられ理想的なカウンターフックが頬を打ち抜いたようなものだ。
関節の骨1つ1つが突き出され、えぐるように肉を削いでいく。そしてダウン。
『……期待、という甘い棘なのだろうな』
ディムロスは観念したように言葉を吐き出した。
『最後かもしれないが、まだチャンスはある。
もし、彼女を取り戻すことができるなら……そうでなくとも、せめて何か一言でも伝えられるなら』
「大丈夫だよ。必ず一緒に帰れる」
風が裂かれる音で少年の声は聞き取りにくいものだったが、炎の剣は確かにその一言を聞いた。
重みは確かに剣の内に響いた。
「過去……過ちは、去るんだから」
コアクリスタルがもう一方の反応を感じ取り、彼らは発生源である森の奥へと入る。
『カイル、お前がここへ来たのは、本当に私のためだけか?』
生じた風で葉が揺れ、がさがさと盛大な音を立てる。
ディムロスの言葉にカイルは黙ったまま、前方を向いて箒を走らせていた。
涼しい気の流れに草木の匂いが混じる。疾走の最中にそれを感じ取ったほど、カイルの意識はどこか茫然としていた。
「……分かんない」
ぽつり、とカイルは小さく呟く。
『お前は怖くないのか?』
「……分かんない」
連続した問いにも首を横に振って同じことを返す。
かといって箒の速度を落とす訳でもない。引き返すような素振りも見せない。
非凡なる力の軌跡はただ真っすぐに。前へ前へ、それしかできないかのように進んでいく。
「でも、これだけは分かってるよ。このままじゃ納得はしないって」
木と木との間をくぐり抜け、深い森の中を進んでいく。
置かれた2つの碧眼は暗闇の中に確かな光を宿している。
「助けて、って言うのはそんなに悪いこと? 辛い気持ちを隠し続けて、それで何が手に入るんだ?
1人でいることの方がよっぽど寂しくて悲しいよ」
欝蒼とした森は、光が乏しくなったことで本来の薄闇を更に増して暗がりを作っていた。
風でがざがざと木の葉が揺れ、鋸でこすり合わせたようながさつな音を立てる。
誰1人として招かぬように、と森自体が不快な要素を作り出し弾こうとしているようだった。
しかし、招かれざる客は箒を駆り、気味の悪い緑の中を進む。
目当ての剣は、ある1本の木の下に腰かけていた。
小ぶりの刀は金髪と緑の目を持った少年の傍らに突き刺され、ただ無意味に時間を過ごしていた。
互いに、特に少年の方はこの闇と同化してしまうのではないか、そう思えるほど存在は弱々しい。
長い前髪の間から少年は来訪者を確認すると、億劫そうに口を開いた。
「何しに来た、帰れ」
訪れた少年とさほど外見の年は変わらないのに――むしろ幼いのに――その声は恐ろしく低かった。
声だけで相手をねめつけるような、希薄な存在のはずなのに覇気すらある。
しかし、来訪者ことカイルは退きはしない。
「用はある。だけど、オレじゃない……アトワイトさんにだ」
少年は無言で地から抜き取り、カイルにソーディアン・アトワイトをかざした。
同じく、カイルも腰に納められたディムロスを抜き払う。
暗闇の中、赤と青のコアクリスタルの輝きが森を照らす。片や憂い気に、片や複雑そうに。
『アトワイト……』
『……今更、何の用? ディムロス』
名を呼ぶ声にもそっけなく、抑えられた声で返したアトワイトに、ディムロスは苦しそうに息を呑んだ。
変わってしまった彼女と対面することがディムロスにとっては1番辛く、そして1番に乗り越えなければならなかった。
『……確かにあの夜、私はお前の声を受け取った。それでも向かわなかったのは私の落ち度と言える』
『今頃になって詫びを入れようとでもいうの?』
『そうだ。結果としてリアラという少女を死なせ、お前を傷付けた。それは、拭い切れない罪の1つだ』
アトワイトは静かに笑った。
乾いた響きが森の中で幻の反響を作り出し、暗い森の色合いを更に黒く塗り替えていき、緩やかにディムロスの心をえぐりこんでいく。
『……何も変わらないわ。何も戻ってこない』
暗がりに紫色の髪が流れ、冷たい微笑を浮かべた彼女の姿が浮かび上がる。
対峙する2人。今、互いは敵である。向かい合ったまま剣を交えるのが正しき光景である。
歯をむき出し、目をぎらつかせ血肉を滴らせ食らい奪い合う、実に醜い光景。
『ああ。だが、これからを変えることはできる』
けれども、ディムロスは肯定を手に、理性の輝きを灯して剣を構える。
無意味に奪うのではなく、失ったものをもう1度この手で抱き止めるために。
『そのために……私はお前を取り戻す。
覚悟は決めてきた。例えなんと謗られようと、今度は2度と手放さないッ!』
一瞬の剣閃が闇を切り裂き、彼女の幻と共に霧消させる。
アトワイトは瞳孔が瞠るのを必死に抑えていた。
意気を吐くディムロスを尻目に、少年はくつくつと笑っていた。
その熱さすらどこか郷愁めいた、むしろもうどうでもいいとでも言うかのような笑い方だった。
「だってさ。いいよ、アトワイト。お前の好きにすれば?」
アトワイトの方へと首を動かし、光の輝きを確かめる。
『……私は、もう戻ることなどできません。私の居場所は、あなたと共に』
彼女は淡々と答え、反発の意を示した。
少年は納得したように小刻みに首肯し、改めてカイルたちの方へと向き直る。
「……ってことだから、帰ったら?」
小馬鹿にしたように彼は言うが、カイルたちが退く様子はない。
逆に、どう言おうが必ず連れて戻るつもりなのか、戦意の高まりすら感じる。
そのとき、彼は自分の中に何かが湧き出たのを感じた。
何もかも分かっているような、同情でも寄せているのかと思えるカイルの目付き。
それをくり抜いて落してやらなければ静まらない。お前に一体何が分かる。
やがて生まれたものは内発的に生じた心地よいリズムとなり、胸を踊らせるような愉しい感情へと変遷する。
叩き落としねじ伏せねば気が済まない、そんな嗜虐的なもの。
彼は口元が弧を描いていることに気がついた。
「……姉さまにも棄てられて、正直もう何もすることがなくなったんだけど。2つ忘れてたことがあった」
ゆっくりと立ち上がり、彼はアトワイトを握り締める。
「1つは僕がこいつの飼い主で、ソーディアンマスターであるということ。
一応は、ソーディアンの顔くらい立てておかないと示しがつかない」
緩慢に胸元の輝石に触れると、周囲にこの闇を照らす純白の光の羽根が散り始める。
「2つ目は、ああ、もの凄く個人的な、どうでもいいことなんだがな……そう、昨日の夕方を思い出したんだ。
堕ちたかと思ってたのに、顔付きがまるで変わっていない。むしろ強くなったくらいだ。
つまり……何が言いたいか分かる?」
ミトス・ユグドラシルは自身の湛えられた幼い双眸と、射抜くような冷徹かつ鋭い眼光を以ってカイルを睨みつけた。
カイルは無言のまま相手を睨み返す。
あの殺意に満ちた目はどこへ行ってしまったのか。ミトスはなんだか笑ってしまった。
「直にここも禁止エリアになる。アトワイトさえ見捨てれば、僕は追わないよ。
まさか僕を倒してからアトワイトも拾って悠々と戻れるとは……思ってないよな?」
ミトスの威圧的な問いに、カイルは臆することなく、
「思ってたら?」
いつものように楽天的かつ自信ありげに笑って答えた。
ミトスの顔が一気に歪む。
「……上等。どこまでもムカついて素晴らしい」
純白は彩となり、一閃の光ののちミトスの背に、他のどの天使も持たぬ七色の羽が広がった。
その光だけで森の暗黒を全て払ってしまいそうな、そんな厳かなものすら感じさせる。
カイルは静止させていた箒に再び晶力を込め、いつでも発進できるようにブーストをかける。
手にディムロスを握り、その刃を以って成し遂げてみせると力を込めた。
「アトワイト、射撃は任せる。残った魔力も半分は使っていい」
『……了解しました。フルショットで行きます』
七色の光の中に青い輝きが混ざり合い、冷気が周囲を満たす。
「ディムロス、箒をお願い。オレを届く位置まで運んでくれ」
『……承知。セミオートで行くぞ』
七色の光の中に赤い輝きが交わり合い、熱気が辺りを包み込む。
決戦と呼ぶに相応しい、僅かに残された時間の中で、強大な力と力はぶつかり合う。
「行くぞ、英雄!」
「来いよ、英雄!」
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP10% TP30% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷
両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット 漆黒の翼のバッジ
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ロイド達の安否が気になる
第三行動方針:カイルに全てを告げる
現在位置:C3村北地区
*2人のアイテム欄はそのままの表記になっていますが、この内の「何か」がカイルの手に渡されています。
何が渡されたかは次の人にお任せします。
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み) 背部鈍痛
所持品:S・D フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ミスティブルーム
首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ミトスを倒し、アトワイトを連れ戻す
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグにルーティのことを話す
SD基本行動方針:アトワイトを取り戻す
現在位置:B3森林地帯
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖
ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷
所持品(サック未所持):S・A ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:無し。ほぼすべての事象に無関心
第一行動方針:カイルを撃破する
現在位置:B3森林地帯
1の感想議論スレのあった場所から2ndが始まるので、
以後1stに関する感想雑談もこちらのスレでお願いします。
>>113 把握しました。
そういやアナザーにはいってからミクたん一度も出てない?
出て来てないな。
普通のロワだと終盤になれば主催の露出は増えるもんなんだが、このロワは逆だな。
そういう意味でもミクは手ごわい。
ミトスとカイルが楽しみだ。
なんてわくわくさせる引き……
次の放送ってもうすぐ?
恐らく今が一番星的な意味で5時半くらいだろうし、もうすぐじゃないかな。
ミトス戦が終わって一息付いたら放送ってな感じじゃないだろうか。
ハロルドもどんどん介入して来るのかと思ったら全然しないなぁ
もしかしたらしてるのかも知れないが
本当に主催陣が不透明なロワだな
一応アナザー第一話で主催陣は明らかになってる。ただ…
>空間安定、マナ・晶力・晶霊力・滄我etc――――各種外力の調整、首輪機能維持、バトルロワイアル運営に必要な作業プログラムがひっきりなしに作動している。
>予想通り、ミクトランはベルセリオスそのものを一つのコンピュータとして、この舞台をたった一人で管理していたのだ。
ミクとベルセリオスしかいない。シンプルすぎて内乱とか異常事態とかが起きる要素が無いw
>>119 いや、そうでもないぜ?
例えば本編とアナザーのミトスの行動の違い。キールとの接触は言葉に出してさえいないし、同じようにマーテルに諭されたのにあんなにも違う。
違いを何かって考えると…チャネリング入り大いなる実りの所持、非所持。
そしてアナザーティトレイはミントに実りを渡した。
……な? ハロルドが誰に何を何故したかったか、予想くらいは出来てくるぜ。
アナザー冒頭でミトスのチャネリングは壊れているとベルセリオスは言ってるぞ。
厳密には分岐後の話だから本編のチャネリングが壊れていたかどうかは分からないが。
つーか、ベルセリオスとハロルドの区別が曖昧なのが輪をかけて難解にしてるんだよな…
ハロルド=善、ベルセリオス=悪ってことでいいのかね。ワロルド?
ハロルドが遠くからチャネリングを故障させたのなら、
もしかしたら、ベルセリオスが遠くから復旧させた可能性も…とか言ってみる。
そう考えるとどこから手が入ってるのか分からなくて何だか怖いw
ベルセリオスの方はともかくミクトランが介入しない理由は分かる気がする。
エターナルソードで脱出されても湖直行で即死コンボが入るわけだから、
多少不利になっても何かする必要もない。地味に凶悪。
やり口が罠を仕掛けるタイプだから、動かずに獲物がかかるのを待ってる感じだ。
>>122 ワロルドワロタw
>>123 チャネリングを故障させたのってベルセリオスじゃなかったっけ?
マーテルは本編とアナザーでティトレイに話してる内容も違うみたいだな
投下します。朝までだらだら投下するので、支援は無用です。
風、即ち乾。土、即ち坤。対を並べて天地を表す。
火、即ち無限温度。氷、即ち絶対零度。対を並べて万物を記す。
水、即ち創造。雷、即ち破壊。対を並べて推移を示す。
音・波・炎・樹etc……未知なるものも含め細分化された無数の現象、これらを人の手にて類型し六属。
風火水、陽性束ねて光。土氷雷、陰性束ねて闇。陰陽を並べて世界を成す。
あらゆるものの中に遍く在り、あらゆる事象を司る現象そのもの。
物質でもなく精神でもないもの。
神代の時代よりも前から遍在し、物質と精神を渡るもの。
それを何時しか、人は一なるもの―――――『晶霊』と呼んだ。
神々が、セイファートとネレイドが争うよりも前から、
そもそも先ず世界が精神世界<バテンカイトス>だけだった時よりも前から、我らは在った。
我らは存在するものではなく、遍在するものである。風が吹こうが吹くまいが、風という現象は在るように。
「有る」か「無い」か、ではなく「濃い」か「薄い」かで表す方がまだ正しい。有無ではなく疎密なのだ。
その晶霊の「濃い」部分、即ち我等のことをさして人は『大晶霊』という。
万物の現象を司る晶霊、それを取り纏め司る我らもまた広義の意味では晶霊といって差支えはない。
イフリート、ウンディーネに代表される六属を取り纏める者達は根源“晶霊”であり、
その根源晶霊を統括するレム、シャドウもまた統括“晶霊”なのだから。
まず晶霊が存在してそこから大晶霊が顕現したのか、それとも大晶霊ありきで晶霊が生まれたのか、
それを考えることは卵と鶏を追い掛けるほどに無駄なことなので、試したことはない。
だが晶霊と大晶霊を明確に分け隔てる線引きは存在する。意志の有無、そして肉体の有無だ。
精神でない晶霊に知能―――ヒトで言うならば人格に相当するもの―――は無い。
自律思考を行える大晶霊が采配を行うのだから必要がないのだ。
我らが思考できるのだから晶霊にも知能が無い道理はないかとも思うが、これも疎密で表せる現象なのだろう。
一つ一つ(ということ自体が間違いなのだが)の晶霊は単細胞のようなもので、複雑な思考などできるはずがない。
だが、それらが高密度に集まりラインを作れば、神経群となって思考回路を生む。
原始生物から時を経れば猿も人に成り得る、という所だろうか。
大晶霊とは、神霊としての格を持ちうるほどに集った晶霊に他ならない。
そして、集ったものが散らないようにする為には器が要る。
だが物質でもない晶霊はオリジナルの器を持たない。晶霊は八百万の存在に「宿る」ものだからだ。
同じく大晶霊もまた、現象に溶け込んでいる普段は肉体など持つ必要は無い。
しかしながら人が脳という物理的な器を持たねば精神を保持できないように、
高密度晶霊が「大晶霊」であり続けるために何がしかの形は必要なのだ。
イフリートが力強い男性としての男性性、セルシウスが強気ながらも繊細な女性性を持つように、それに見合う形が在るのだ。
精神でも物質でもない晶霊が自我と自己の器、即ち精神と物質を持つ。
それこそが大晶霊と晶霊を分けるものなのだ。
だからこそ『この世界』では我らは現れることが出来ない。それどころか、思考することすら不可能だった。
一体如何なる原理からかは分からないが、我らはこの世界で自分の形を構成できない。
肉体を構成できるだけの晶霊はあるのに、骨子となる核がないのだ。無理に集まっても、形を成せず再び霧散するばかり。
器が整わなければ、杯に注ぐ水もまた形を定めること能ず。大晶霊としての霊格を持つこともできない。
晶霊を扱える人間の指示で形を成すことはできるだろうが、人間のキャパシティでは完全再現などできる筈もない。
まるで、そう、まるで“この世に神は二人と要らぬ”とでも言いたげに、この世界は大晶霊を許容しなかった。
大晶霊にとって異常極まるこの事態に、私はさほど興味がなかった。
そもそもその時の私も他の大晶霊と同様、思考など出来る筈もない。
興味が無かったというこの認識は、今振り返ってみて恐らくそうだっただろうと確認しているだけにすぎない。
ともかく、私にはこの異常の原因にも、この異常がもたらす結果にも興味がなかった。
時は不変にして悠久。ただあるがままに流れるべきなのだから。
だがある時、それが起こった。今私を構成している晶霊が入っていた篭に、一つの羽が入ってきたのだ。
それは、翅というにもボロボロな魂の亡骸。炎を燃やし尽くした後の、無念冷めやらぬ末後の煙火だった。
私はその亡骸が私の身体を構成するのにしっくりくることを理解し、興味を覚えた。
どうせ傍観に徹するのだ。ならばせめて、退屈しない程度の知性は持っておいて損はない。
ゼクンドゥスとして集合する前の私の認識を確認する術はないが、恐らくはそう思ったはずだ。
いずれにせよ私は――――時を司る高位晶霊・ゼクンドゥスはその亡骸を核として肉体を得、神格を取り戻すことになった。
だが、あの時の私にはやはりこの状況に介入する気はなかった。
籠目の中より覗く断片的な世界は確かに興味深くはあったが、それが霞んでしまうほどの愚かさがこの世界には多すぎたからだ。
絶望に塞ぎ闇に沈む者、希望に盲い眩い光に世界を見失う者、
罪に陶酔して現実より目を背ける者、自らの在り方すら理解できずにいる者。
そして、自分の愚かさを知り尽くしてなおその愚性を言い訳にしか用いられぬ者。
どれも等しく愚かだった。賢しい愚者と、普通の愚者と、どうしようもない莫迦しかいなかった。
“たとえ心優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある”
別にそれに対して憤慨する気にはなれない。人間というものは賢さという愚性を付随した獣だから。
ウンディーネあたりならそれすら人間の善き所であると笑いさえするだろう。
だが私はそこまで寛容にある存在ではない。怒りはなくとも軽蔑はある。
ゼクンドゥスは自らが僅かながらにも失意と絶望に傾いていることすらも俯瞰しながら自らを分析した。
×××の遺した言葉、その意味を何一つ学ぶことなく、ただ無意味に同じ所をグルグルと回るだけ。
ただ回るだけならば犬の方がまだ賢いか。
彼らの時間は円ではなく螺旋。下方に罪悪を紡いで、ただ無意味な時間を摩耗させるだけ。
愚か過ぎて手を差し伸べる気になどなるはずもない私は、ただ傍観に徹することに改めて決めた。
時間は誰にでも等しくあるものなのだ。
どうせ手を加えずとも遠からず彼らの世界は終わる。それもまた、一つの時間なのだと。
だから私は何もしない。ただ滅ぶであろう時間をその時まで客観視するだけだ。
そう、思っていたのだが――――――――――――存外、彼らの時間は“しぶとかった”。
何処か懐郷を誘う羽根の輝き、満足そうに悔しそうに終わる命。
何もかもが愚かであることには何一つ変わっていないのだが、愚かさに愚かさを積む噛み合せの妙とでもいうべきか。
もうろくすっぽ残っていない足場を渡るように、紙一重の処でその時間は醜くも保たれていた。
そう、全く以て醜悪だった。大晶霊といえども嘆息の一つでも付きたくなるほどに。
既に破綻した芝居をアドリブでなんとか保たせているようなものなど、見せられる側からしてみれば堪ったものではない。
まだ足掻くか人間よ。終り際こそ美しくあるべきなのは、人も世界も時間も同じなのなのに。
ゼクンドゥスは、大晶霊として客観的に世界の滅びを肯定する。
――――――――――――そら見たことか、あんまりにも愚かしすぎて醜さが際立って仕様がない。
だが、だからこそゼクンドゥスは主観的にその愚かなるそれを肯定できなかった。
ケイジの中から覗く彼の眼が捉えるのは一人の剣士。血に塗れて嗤う殺人鬼。
―――――×××を斬ったその剣で、幾人の血を吸えば気が済むのか。
楽しそうに弱者に跨ってその顔に拳を叩きつけるのを見て、ゼクンドゥスは憐憫も義憤も抱かない。
時間は中立に、何処までも客観的でなければならないのだから。
なのに唯々湧き上がる他者の悔恨、止め処無く溢るるのは主観的憎悪。
ゼクンドゥスは理解している。これは自分の感情などでは決してないことを。
―――――×××を倒した貴様の、なんたる無様なことか。
現世したばかりの筈の体に身に覚えのない古い瑕疵が、疼くように哭く。
決して無勝手に肉体が精神に命じている訳ではない。ただ哭いているのだ。
―――――×を打倒したお前が、そんな無様を二度も曝して許されると思うのか。
古い体に傷と刻まれた存在しない記憶に、ゼクンドゥスは感情を覚えた。
不快にして醜悪、愚かしさにも加減があってしかるべきだ。
故にこの時間という客観に立つ大晶霊は、主観的な感情にその重い腰を上げた。
彼の指先が世界を刻む時間の針に触れる。一撃にて一切合財を終わらせる。
“されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず”
なればこそその刃、これ以上見るに堪えないというならば。殺すに是非も無い。
右手に集う白光はその殺人鬼という汚辱を消し去るために。工程は滅ぼすという一撃で済む。
否、時間の流動はこの左手の内に。我が絶対領域に於いて一瞬が来る前に終わらせよう。
その泣き散らす涙すら、今の彼には癇に障った。
『下らんな、実に下らん』
自身の“感情”を端的に言い表しながら、ゼクンドゥスは現在を閉じた。
切り離される過去と未来。発動する時間停止に精彩を失った世界。
『ヒトの愚かしさに呆れ、もう関する気も失せていたが。少しばかり不快が過ぎる』
そう、呆れるだけで済めば彼とて動かなかっただろう。
だが彼の肉体は目の前の殺人鬼をただ呆れるだけでは許容できないのだ。
軋る歯の音が憐憫を、飛び退いて土が爆ぜる音が憤怒を、
切り取られた時間の中でも自由に泳げるその事実が、慈しみすらも混交させる。
『我が支配する時間領域で動けるとはな。流石は曰くの魔剣か。だが、如何なる業物を持っていようと畜生は畜生。
過ぎたる力に呑まれるは人の業なれど、どうにもお前は見るに耐えん。
あの時もヒトとして愚かしかったが……今の貴様はそれ以下だ』
その右手の光が、眼前の汚濁を消し去ろうと戦慄く。
目前の身に覚えのない宿敵が剣を強く握った。その剣の絶技は、この体の知らぬ傷が承知している。
話に聞く異界の時の剣の威力は本物で、この時間操作に囚われないとなれば条件は五分。
だが、ゼクンドゥスは負ける気は微塵もなかった。
この場にアレを終わらせることの出来るものがいなくなった以上、
例え力は互角だとしても、あの哀れな様はこの自らの手で引導を渡さなければならない。
『お前が積み立てたその無価値な時間ごと虚空に還してやろう。せめてお前の時間を葬る者の名を刻んで逝け。我が名は――――――』
これ以上の醜態を晒す前に終わらせるのは慈悲ですらあると、ゼクンドゥスは彼の知らない縁を了承した。
「なにをやってる、ゼクンドゥス」
その右手が振り抜かれる一瞬、その一歩手前。
水を差す皺枯れたな声にゼクンドゥスは手を止める。声のほうを向いたその先で、そこに男が立っていた。
ゼクンドゥスは彼を知っていた。一度は自分と契約を交わしたこともある晶霊術師。
ただそれだけで、感慨など殆どない。そこで大人しく寝ているのが賢かろう愚者の一人。
「邪魔をするな。お前から消すぞ!!」
だというのに何故立っている、キール=ツァイベル。この世界で限りなく愚かなる者よ。
未だゼクンドゥスの手によって掌握された時間世界の中で、キール=ツァイベルは文字通り“ただ”立っていた。
何をするというわけでもなく何を出来るという状態でもなく、やっと立てたと言っても差支えないほどに。
顔面は拉げ、青痣と出血が上手い塩梅で交じり遠目には紫にも見える。
そんな這う這うの体を晒す男は突如ぐいと、自らの左の親指で曲った鼻っ柱を押した。
鼻に引っ掛かって鼻血が少し洩れ出すが鼻は動かない。
今度は力強くもう一度穿つように押し込むが、非力故かやはり動かない。
唇を奇妙な形に曲げた彼は、周囲が見えていないのかそれとも周りの状況など無縁とでもいうように、
ゼクンドゥスの晶霊が今まで納まっていたクレーメルケイジを懐に仕舞い、両方の指を用いて強引に捻じ込む。
繰り返すこと四五回の後、少しばかりの出血とともに鼻が辛うじて顔の中心線に揃った。
軟骨とはいえ折れた側と逆方向に押し込むだけで元通りになるならば接骨医は要らない。
しかし汗と血に乱れた髪の向こうの眼は胡乱に揺れて、そんなことに気を留める気がないことを雄弁に語っていた。
詰まっていた血が抜けて、鼻の気道さえ通ればそれで構わないとでもいうかのような乱雑さだった。
口周りの血を拭こうとキールは袖で顔を拭うが、4割が裾についてその内の7割が再び顔に着く。
鼻水と涎が混じったことに気づいたのか、数回したところで諦めたらしい。
ゼクンドゥスはその男の情けない様を見ながら、横目でクレスに焦点を合わせた。
出鼻を挫かれたのはゼクンドゥスだけではないようで、
その手の剣は未だ握りを甘くしていないが手を下げたゼクンドゥス同様、腰溜めに蓄えられたままになっている。
むしろ明らかな動揺すらその肩に溢れていた。自分が滅多打ちした男が無理に起きただけにしては大きすぎるほどに。
「良く聞こえなかったな、晶霊術師。貴様、何と言った?」
その視線はクレスの剣の柄に集約したまま、ゼクンドゥスがその口を開いた。
それは質問の体をしただけの脅迫であることは、あからさまだった。
契約を行った事実を忘れた訳ではないが、水を差されて流せるほど彼の気分は安くは無いし、
邪魔な路傍の石を消滅させることを厭うほど、彼は博愛主義ではない。
その“質問”をどう受け取ったか、口元を歪めたキールは止まった世界の零秒で即答した。
「聞こえ、なかっ、たか、ゼクん、ドゥス。邪魔、を、するなと、言、ったんだ」
馬鹿にするというよりは侮蔑に近いアクセントで、キールはさも当然にように吐き捨てた。
既存の時間に縛られた音は全て失せた無音の中で言葉尻を遮るように混じる断続的な呼吸は浅く短く煩く、
聞くもの全てを苛立せることに加担している。
ゼクンドゥスが目を細める。殺意が右手に伝播し、その矛先をキールに向けようとするが僅かに止める。
彼を殺すことに一秒かかることはないだろうが、その僅かな時間をクレスに与えることは出来ないからだ。
何よりも同時にゼクンドゥスは、この人間が“何を邪魔と思っているのか”ということへの疑問を浮かべずにはいられなかった。
「……今は忙しい。こいつを殺した後なら、幾らでも話は聞いてやろう」
意図的に虫けらを扱うような語調で、試すような言葉をゼクンドゥスは選ぶ。
世界で一番気難しい大晶霊の申し出は破格以外の何物でもなかった。
そもそもキール=ツァイベルの目的はこの殺人鬼から後ろの女どもを守ることに相違無く、
そしてゼクンドゥスの目的はこの殺人鬼を一切の余韻なく消滅させることに他ならない。
どれだけ足掻いても彼がクレスを倒すことの出来ないことは、今までの無意味な足掻きで証明されている。
ならばゼクンドゥスと彼は、動機はともかく目的は一致している。
ましてこの不遜な態度を取り続ける男にはもう虚勢以外の一欠けらも残っていないのだから、
有り難がってこそすれ邪魔になどなるはずがない。
だからゼクンドゥスは明確に“クレスを殺した後なら邪魔をしない”と意図を含めた。
既に固まった予測を、何が邪魔であるのかを浮き彫りにするために。
キールは彼の言葉の裏、その意図を見透かしたように顔を卑しく歪め莫迦を諭すように言った。
「それが、困る、と言って、いるんだ」
その手には、ゼクンドゥスを構成する晶霊の入ったクレーメルケイジが握られている。
右手の五指全ての関節を鳴らしながらゼクンドゥスは内心で舌を巻いた。
分かっていたことだが、さてどうしたものかと。
この男を無視して殺人鬼と殺し合いを始めるのが一番手っ取り早い。
小物臭い笑みを浮かべる顔の紫色は、決して痣と血の色のせいだけでなく酸素が足りていない証拠。
既にキール=ツァイベルの戦闘力は無いといってもいいのだから、一度始まれば止めることなど出来ないだろう。
だがただ一点、キールの持つクレーメルケイジだけがその例外だった。
万が一にも、それを壊されれば今度は体に満たすべき晶霊が欠乏しこの存在を維持できなくなる。
それはどうしようもなく本末転倒でしかないが、くすんだ彼の壊れた瞳が露骨にその可能性を示唆していた。
先にキール=ツァイベルから奪ってしまうという手もあるが、それは一瞬とはいえクレスに隙を与え先手を奪われることになる。
一転、打つべき手を詰まされてしまったゼクンドゥスは溜息を付いたような素振りをして、口を開いた。
「何故だ。大した違いはあるまい」
「理由は3つある。一つは言えない。一つは言わない。そしてもう一つは、全部話すには時間が無い」
まるで最初から答えを用意していたかのような滑らかさでキールは速やかに答えた。
無論、それはゼクンドゥスを納得させ得るものであるはずがなかった。
それも承知とばかりに、キールはゼクンドゥスが口を開く前に震える右手を前に出した。
「まあ、待て。話さなイと、いう訳、じゃナいが、とりあえず…、…一息、つかせて欲しい」
気安い調子で口を動かしながら、キールの左手が自らの懐に入り一本の瓶を取り出す。
蓋を開けて、一気に逆さにして口元に流し込む。口の端から液体が漏れていた。
飲み終えてキールは大きく息を吐いた。全身で生命を謳歌するような満たされた呼吸だった。
だが、それが状況と場の流れに適合していない素振りであることは明らかだった。
「貴様、ふざけているのか?」
「まさか。こいつは“特別製”でな。苦しい時には、効果が覿面なんだよ」
重圧を乗せたゼクンドゥスの言葉に、キールは流すように言葉を重ね――――――そこで、初めて視線を別のほうに向けた。
その先にいたクレスが反射的にキールの方を向き、そして目を逸らすわけにはいかないゼクンドゥスに戻そうとしたとき、
そこでようやく、彼の脳が目に映った画像を処理し、痙攣したように視線が止まる。
その先にあるのはキール、否、彼の持つ唯の瓶。だがクレスには瓶の中にもう一つの意味があった。
それは、まさか、否、もう無いはずじゃあ。
殺人鬼の表情から零れたそれを目聡く確認したキールは、虫を捕食するような賤しさを露わにして言った。
「お前も飲むか、クレス? お前ならこれをよく知っているだろ?」
幽かに揺れた瓶の中で、液体が揺れる音がした。
「そうさ、お前がデミテルから貰ったモノだよ」
途端、目に見えてクレスに異常が発生した。
散大する瞳孔、乱雑に途切れる呼吸音。皮膚に浮かぶ脂汗は、陽の落ち始めた夕の涼やかさには似つかわしくない。
小瓶を凝視したかと思えば、直ぐにゼクンドゥスに視線を戻し、また瓶に移ろう。
剣だけは確りと握りしめられているが、その覇気は明らかに揺らいでいた。
その様を横目に観察していたゼクンドゥスは嘆息をついて、睨め付けるようにキールに吐き捨てる。
キールはクレスの方を注視しながら、ゼクンドゥスには目は合わせずに答えた。
「……やってくれたな。最初から取り込む用意はあった訳か」
その態度にゼクンドゥスは確信した。咄嗟の判断で苦し紛れに付いた嘘にしては余りにも堂が入りすぎている。
懐に仕込んだボトルの用意の良さは、明らかにクレス=アルベインを懐柔しようと目論んでいた事を教えていた。
「別に最初から全てを準備していたわけじゃない。ただ、無策よりは愚策の一つでも持っていた方がマシというだけだ」
叱られたことを屁でも思っていない悪童のように、キールの言葉には罪悪の欠片もなかった。
ロイドを捨てるという奇策にキールは全てを賭けていた。
そんな一世一代の大勝負だからこそ、考えうる全ての状況に思考を巡らせなければならない。
ミトスがクレスとぶつかり、先に死んでしまうという最悪のケースを。
キールにとって重要なのはロイドではなくクレスではなく、ミトスですらない。
最後に残った時空剣士を手中に収めることだったのだから。
なれば、クレスが生き残ってしまう最悪の状況に手を考えるのは至極当然ともいえた。
クレスを御するに一番いい手は何か? 手段も時間も無いこの極限状況で一番簡単で効果の期待できる手法。
それはデミテルがクレスに打った呪術式をそっくりそのまま流用するのが最も手堅い。
それさえできれば、ミトスも要らなかっただろう。デミテルの位置にそっくりそのまま滑り込んでしまえばいいのだから。
だがそれ故にキール=ツァイベルは諦めざるを得なかった。不可能なAが可能ならBが可能、というのは条件にすらなっていない。
ゼクンドゥスは何故か理解している。あれを作るには相応の外法の知識と相応の材料が不可欠だということを。
そのどちらも無いキールにはその画餅に過ぎないプランを弄ぶ余裕などなかった。
そもそも彼はクレスに起きた“病”を“呪”としてしか認識できていないのだ。開始線にすら立っていない。
彼が知る事実はたった一つ。クレスは呪いが発症したとき、何かを飲んでいたということだけ。
回収したデミテルの所持品から、クレスの持っていた瓶が各参加者に一般的に支給されているものであることは判明している。
ならば、同じ瓶を用いれば、騙すことが出来るのではないか?
―――――――――論外だ。キール=ツァイベルの結論は至極真っ当だった。
その場を凌ぐためだけならばともかく、長時間拘束できるとはとても思えない。
そして、そんな安い策を打って失敗し無様に死んでしまうというのは、流石に納得できない。
キールは、ミトスへ下ることの妥当性を補強するためにそこまで考えて順当に下策を廃棄した。
たかだがその程度の想いつきをここまで弄繰り回すあたり、彼がどこまで狂い、逼迫していたか推し量ることができる。
そしてこの一手誤れば死に至るこの状況下で捨てた案を躊躇いなく用いたキールは、
間違いようもなくその時の狂気を遥かに凌駕していた。
普通に用いたとしても苦し紛れの時間稼ぎにしかならない口八丁など策とすら言えない。
クレスの側からしてみれば判断に迷う必要すらない。その瓶を持っている腕を切り落としてしまえばいいだけなのだ。
仮にその瓶を隠されたとしても同じこと。本当に作れるのか分かるまで殺してやればそれで済む。
取引とはある一定以上の力の均衡が働かない限り成立しない。だから、キールとクレスの間に駆け引きが差し挟まる余地は無い。
単体では時間稼ぎにも使えない下の下策。
だが、“クレスが動きを止めざるを得ない状況が先に存在していたならば”話は別だ。
ゼクンドゥス。ロイド亡き今、クレスと単体で渡り合える鬼札。
この二者の拮抗を見切ったのか、キールは恐らくこのバトルロワイアルが始まってから最も迅速な決断を下した。
時を掌る人と時を司る神の睨み合い。人であるならば誰もが傍観してやり過ごしたくなるシチュエーション。
だからこそ彼は動かねばならなかった。一度火蓋が切られれば、もう彼が介入できる余地がなかっただろうから。
新しい策を用意できるような時間もなく、そこからキールが辛うじて見出した計略は一つだけ。
薬を自ら作ることができなければクレス自身に作らせればいい。
かくしてキール=ツァイベルの才覚は発動した。
ゼクンドゥスを前にして動けないクレスに、それらしく瓶の中の中身を仄めかす。
疲れ切った自分が飲む一掬いの水の癒しは何処までクレスの呪いと酷似しただろうか。
下手に情報を与えて嘘だと露見されても困るから、此方からは不用意に嘘はつかない。
必要なのは『薬があるという真実』でも『薬があるという嘘』でもなく『薬があるかもしれないという幻』。
後は勝手にクレスが中身を勘違いする。瓶の中に、精巧に自分の妄想を投影する。
それこそデミテルが作ったオリジナルよりも遥かに甘露なる毒を作り上げるだろう。
夢はいつだって現実より都合よくできているから。
ゼクンドゥスとの対峙はただそれだけで消耗に繋がる。
そのタイミングで、既に無いと思われていた物があるかもしれないとなればクレスが食いつかないはずがない。
本来なら今すぐにでもキールのもとに駆け寄り、切り伏せてその小瓶を奪い取ってしまいたいだろう。
だがだからこそクレスは動けない。“それは目の前の最強に対して致命的な隙に他ならないから”。
単体では時間稼ぎにもならない下策を、キールは予測外に発生した時間稼ぎの補助に回した。
いずれクレスは耐え切れずに振り切れるだろうが、それでもいつ振り切れるか分からない状況からは脱した。
延びる時間は一分か、一秒か。だが、その時間こそはこの半死半生の人間にとって値千金に他ならない。
ゼクンドゥスは誰にでも聞こえるほどの大きさで舌打ちをした。
この限定領域下にて、一番無力な男が残り二人を手玉に取っている。
後々のことを見据えれば、どう考えても壊せるはずのないクレーメルケイジ。
そもそも存在しない、虚勢以外の何物でもない幻の禁薬。
いわば使い物にもならない玩具のナイフとピストル。だが、そう分かっていても動けない。
この狂人を抑えに動けば相手に殺される。かといっても無視も出来ない。
結果、状況は彼が動かさない限り動けなくなった。動きようをなくしてしまった。
そんな玩具の鉄砲でこの血潮に塗れ卑しく笑う男は、この場の主導権をこの二強から奪い取ったのだ。
当然、神が人に弄ばれて快く思う者などいない。
だが超越存在というよりも強者としての気分が強いゼクンドゥスは、種族的にではなく個人的な感情で彼に不快を持っている。
同時に、今までの興味もまた強まるのを認識していた。
一歩踏み外せば何もかもを台無しにしてしまうような手を躊躇いなく打つこの男が、未だ一線で狂っていないが故に。
「………で、何時までそうしているつもりだ? 聞きたいことがあるなら早くしてくれ。見ての通り、喋るのも億劫なんだ」
見透かしたように薄らと笑うキールの額には溶けた垢交じりのどろどろとした汗がびっしりとついていた。
相も変わらず不遜な態度を取るのは、狂っているならばただの思い上がりで済む。
だが人と晶霊の在り方を知るキールがそれでもその態度を改めないのは、
敵でも味方でもない大晶霊と自分が親密な関係にあるとクレスにアピールしたいが為。
クレスに逡巡の要素を付加して少しでも時間を稼げれば御の字という、明確な足掻こうとする意思。
主導権を握ったのは、先手を取って何かをしなければならないから。そして時間を稼ぐということは手段にすぎない。
“キール=ツァイベルには、ゼクンドゥスを止めてでも為さねばならない何かがある”。
それは一体何だというのか。何故ゼクンドゥスがクレスを殺しては駄目なのか。
まさかプライド? 今更ここまで闘ったのだから最後は自分の手で倒すというような感傷だというのか。
それこそ真逆だ。可能ならばクレスにすら尻尾を振るつもりだった男が、そんなものを持つとは考え難い。
悠久なる流れにあるゼクンドゥスはその捻じれに捩じれ切った正気にこそ不満を抱き、そして興味を深く覚えたのだ。
その視線をクレスに向けたまま、キールは頭を掻いて傷口を血を拭い、頭皮の脂交じりのそれをちゃにちゃと弄りながら尋ねた。
「言えない理由を言う前に確認させて欲しい。この首輪の時間は止まっているのか?」
ゼクンドゥスは微かに喉を鳴らし、押し黙った。頭の回転が早い彼はそれだけで“言えない理由”の大凡に見当をつける。
「止まっている。この世界の存在条件にも依るが、仮に首輪が止まっていないとしても、
空間の時間が止まっている以上電磁波・音波も進まない。お前が危惧するように、聞かれていることは無いはずだ」
「うん。僕もそう判断する。少なくとも、お前の時間停止なら全員の首輪が止まってるはずだ」
二日分の頭皮の油を指で練りながらキールは今までの捩れ方からはとても想像できないほど素直に同意した。
首輪にタイムストップを防ぐ仕掛けを仕込むことはあまり意味がないからだ。
この世界において、術は敵味方などの『自己とそれ以外』以外の線引きを引くことができない。
これを他世界の時間停止魔術・タイムストップに適応すれば恐らく自分以外の全てが止まるはずである。
となれば、この停止時間中は盗聴はあまり意味がない。
本人以外の誰も喋ることができないのだから、この間に大した小細工は出来ないし、
唯一縛りを受けない術者本人の首輪さえ確認できていれば、それで問題はないはずだ。
ジェイから聞いたクライマックスモードという技の存在も加味すれば、恐らくはその仮定で問題ない。
参加者がタイムストップを使えば、その術者の首輪からその使用が確認できる。
なら、参加者以外の奴がタイムストップを使ったらどうだろうか。
“術者以外のすべてが止まってしまうタイムストップを参加者でない奴が使う”なら、考えうる結果は一つ。
参加者全員が止まる。何が起こっているのか、何が起きたのかは闇の中。
「証明する手法も時間もないから原理から導くことはできないが……最初に確認したときクレーメルケイジの中に大晶霊は居なかった。
今大晶霊がここにいる事実、そしてお前がタイムストップを平然と行使できる事実。それを受けてなおミクトランが手を打たない事実。
この三点から導き出せることは一つ。お前の登場は、ミクトランにとってイレギュラーであることは間違いない」
キール=ツァイベルが直ぐにこの話を切り出せなかった理由。
それは天上の観客席にてこの殺し合いを観戦するミクトランに他ならない。
果たしてこの大規模な時間停止が、首輪のどこにまで作用するのか。限りなく零秒で行われる会話を奴は聞くことができるのか。
それを明らかにしない限り、彼はとてもではないがまともに言葉を紡ぐことなど出来ないと思っていた。
否、ゼクンドゥスが能動的に舞台に上がってしまった以上そこは諦めざるを得ない。
だから彼が今の今まで確認したかったのは、この会話が何処まで踏み込めるのかどうか。
『聞いているが、危険ではないから反応しない』と『聞こえていないから反応しない』では大きな違いがある。
そしてそれを分かつのは、突如ケイジの中に存在したゼクンドゥスがミクトランのシナリオに組み込まれているのかどうか。
その一点についてキールは首輪にかかるタイムストップの作用及びそれ作成するミクトランの利得損失、
そしてこの世界における大晶霊の立ち位置から分析し、これをイレギュラーと断定した。
ゼクンドゥスの存在がイレギュラならばこのタイムストップはゼクンドゥス以外のすべてに作用することになる。
最も、そのゼクンドゥスのタイムストップをキャンセルしたキールとクレスの首輪が盗聴可能になっているケースを
キールは完全に否定することができなかった。だが、その点に関してはキールはさほど警戒を抱いていない。
ミクトランが別空間で、時間が止まった世界の盗聴ができると仮定しよう。
それはつまり、ミクトランが時間が止まっている間の時間を刻んでいるということだ。
例えばタイムストップで午後5時から1時間、時間を止めたとする。盗聴ができるからその1時間をミクトランは経過する。
そうすると“タイムストップが解けたときミクトランは午後6時に居る”ことになる。
するとどうなるか。この世界はまだ午後5時なのに、午後6時だから放送をしなければならないという事態になる。
勿論これは極論だ。だが理解は容易くできるだろう。
ミクトランが静止時間を把握できるということは“止まった時間の分だけミクトランと参加者の時間に差が出てくる”ということ。
一回のタイムストップで10秒しか止められないとしても、6回で1分。
1時間狂わうことはそう難しいことではない。
禁止エリア、首輪の動作…………最悪、最長8日で終わるはずのバトルロワイアルがさらに伸びる可能性すらある。
その歪は、バトルロワイアルの運営を困難にすることは想像に難くない。
故に、ミクトランは静止時間を盗聴しない公算が高い。できないのではなく、しない。
より大きな困難を避けるために、小さな困難を甘んじて受けることは理に沿うからだ。
だが、それを時間の支配者に語るほどキールは暇人ではなかった。
「もしこの会話を盗聴していたと仮定して、それでもここまでアクションを起こさないということは、
少なくとも今この状況に介入する気がないということに等しい。クレスをお前に殺されてもいいということだからな」
「成程。故に今ここで会話する分には問題ないということか」
少し理屈として弱いか、と思いかけたキールは直ぐに思い直す。
いや、これはこれで結果論として判断材料に成り得るだろう。背理法による証明というやつだ。
重要なのはミクトランに気づかれないこと。気付かれたとしてもミクトランの不興を買う限界線を見極めること。
それが根源的な意味での首輪への対処法。首輪の解体は最終的な詰めでしかない。
ここまでの会話はキールにとってそれを判断するための反応確認に過ぎなかった。
分かり切った事実を言語化し、一から組み直して原点に立ち返ったのはゼクンドゥスに語る為。
そしてそこから先の言葉とそれを紡げるだけの呼吸を作る為の時間稼ぎ。
「そう、ここまでは問題ない。だがお前がクレスを殺すことは問題足り得るんだ。
気付かれていなくても気付かれていても、だ。解るか?」
莫迦にするなと言いたげにゼクンドゥスは目を閉じた。
タイムストップ中に誰かを殺すと、実時間で換算すれば突然死んだように見える。
会話だけならば後には何も残らないだろうが、誰かを殺せば物的な証拠が残ってしまう。
ミクトランがタイムストップに気付いていなかったとしても、こうなればクレスが突然死んだことに気付く。
しかし参加者は誰もタイムストップを使っていない。バトルロワイアルを円滑に進めてくれている存在が原因不明の他殺に死ぬ。
それを看過してくれると思えるほど、キールはミクトランの人間性に評価を与えていなかった。
ミクトランが余程の無能でもない限りこの事実から、遠からず大晶霊―――――ゼクンドゥスの存在に気付くだろう。
ミクトランがもとからゼクンドゥスに気づいていたと仮定しても同じこと。
黙認の時間は終わり、不興を買うどころか逆鱗に触れる可能性を考えるほうが健全だ。
キールは知っていた。ミクトランはルールを超越して、マリアン=フェステルの首輪を爆破していることを。
口実を与えれば敵に付け入る隙を与えることになる。
そして彼女と同じ被害を被るとすればそれは首輪に縛られないゼクンドゥスではなく、十中八九そのマスターである晶霊術師。
つまりゼクンドゥスの行為はキールとメルディにとって迷惑以外の何物でもない。
「だから私が手を出すのは困る、と?」
「それ以外に解釈の仕方があったら是非聞いてみたい」
キールは瓶を握り再び喉を潤す。一定のリズムで飲む感覚を短くすることは忘れない。
それは出来る限り、クレスにこれが『それ』であると思わせるためにか。
突如、乾いた笑いがゼクンドゥスから漏れた。右目だけでキールは窺う。
「お前の言い分は、解った。―――――――――だからどうした?
今私が為したいことは、あの愚かなる者を絶滅させることだ。
その後のことなど、況してやお前達のさして面白くもない時間の保証などしてやる義理も道理もない」
馬鹿を素直に馬鹿と罵るような調子で嘲笑を浮かべるゼクンドゥス。
どんな言い訳をこじつけてくるかと思い蓋を開けてみれば、その程度でしかない。
キール=ツァイベルが言いたいことを要約すれば、
『ゼクンドゥスが勝手なことをして、自分の首輪が爆破されてはたまらない』ということでしかない。
ただ自己の未来、その保身しか考えていない。そしてそれはゼクンドゥスにとって重視するべきものでは決して無い。
ましてゼクンドゥスは、彼の為してきた時間が如何に無意味かをよく知っている。
それこそ、ゼクンドゥスの行為によって首輪が爆破されて死んでも、大して違いはないだろうに。
「この際、お前の好みはさして重要じゃないんだよ、ゼクンドゥス」
「ならば貴様のヒロイズムにも意味はあるまい」
もう王手をかけられ滅ぶことが運命付けられた物語。だからこそ、好み位は通さなければ仕様がない。
この期に及んで首輪を気にしたところで、それは皮算用に過ぎない。
いや、そもそもの前提が現実との位相から大きく逸脱している。
ゼクンドゥスが仮にクレスを殺すことを止めたとする。その後誰がクレスを殺すというのか?
殺せない。キール=ツァイベルでは、クレス=アルベインに勝てない。
低俗な希望や浅薄な楽観を上乗せしても到底届かない絶対の現実。
いや、キール=ツァイベルにもクレスを殺すことはできるのだ。それが、正に今だ。
完全なるインディグネイションを破棄し、魔力を枯渇した彼に出来る唯一の法は、
召喚を以てゼクンドゥスという他者の力を借りること以外にない。
だから、キール=ツァイベルの死が確定するとするならば今この瞬間こそが岐路。
首輪の警戒、ミクトランを念頭に置いた状況の分析をゼクンドゥスは認めた。
だがそれが人間の限界だ。推移とは無数に切断された現在の連続。
未来の死を回避したとしても、現在の死を回避できなければそれは無意味なのだ。
キール=ツァイベルは計算された未来に目を向けることで逆に現実から目をそむけている。
だから、ロイドを殺す算段すら立てられるのだ。
「語るに落ちたな。アレは私が殺す。その檻で私を縛れるというなら、やってみるがいい」
ゼクンドゥスは、キールに向けていた意識の大半をクレスに設置しなおした。
体内に晶霊を循環させ力を練り始めると、血が出るほどに頬に指を食い込ませたクレスが反応する。
これ以上の茶番はゼクンドゥスにとって無駄でしか無かった。
キールがクレーメルケイジに手を出すならばそれもよし。こさえる死体が一人分増えるだけだ。
ゼクンドゥスは目を細め、その拳を硬く固めた。
ゼクンドゥスがその侮蔑を内心に含めた時を見透かすような、絶妙な間だった。
「ひゃ、ははっ、ひゃはははははははっ!!!!」
戦闘態勢を取りきったゼクンドゥスの耳朶を、乱れた音が打った。
笑い声ということも憚れるような、乾き、崩れかけた音の奔流。
嘲るというよりはただ感情が漏れ出したような、不快そのもの。
「好みは重要かそう来たか。カカッ、そうだよ正しくそうなんだよ。ヒガッ、お前らは何時だって傲慢に勝手だ。
だがなゼクンドゥス、時を司る神よ。好みを通そうというお前の理を通そうというならば、だ」
人差し指を目に向けてくるキールの顔は、最初に比べてかなり膨らんで腫れていた。
だがその腫れた瞼の奥から覗く眼光は濁って尚鋭い。神すら射殺せるほどに。
「僕も通しておかなきゃいけないことがある。聞かせろ―――――――何故あの時僕達を助けた」
ゼクンドゥスはこの時初めて、この人間に対して威を感じ取った。
その眼より放たれる眼光は脅威であり、威力を持つと。
そして通常の理解速度よりも若干遅く、ゼクンドゥスは目の前の男の言う時に思い至った。
「お前が出てきた今ならあの時を簡単に説明できる。
今より約半日前。ネレイドと僕達が戦ったあの時、僕たちは死ぬはずだった。
ネレイドのほうが僅かに一手早かった。それを覆したのは、お前以外を置いて出来る訳が無い」
この島に生き残る殆どの人間が関わった物語の一つ。
闇よりなお黒い全てを支配する神・ネレイドとの戦い。リッドとメルディを生かすためだけに組んだ勝利への方策。
キールは知っていた。彼らは、メルディを救うことが出来ずそのまま死ぬはずだった。
多層精神による多重詠唱。ほんの些細な、気付けていれば幾らでも対処できたことを見逃した為に、
彼らは未来に一歩届かずに終わるはずだった。
その届かない未来と現実を引き寄せたのは、或る神の気まぐれ。
「…………大した意味は無い。目覚めたばかりの体で何処までの力が出せるか試しただけだ」
ゼクンドゥスは正直に答えた。嘘を吐くことに意味がないから。
「つまりは好みを通したと。いいよなあ、そういう好き勝手が出来るやつらは。本当に」
目を細めたようにキールが甘ったるい声を出した。
弱者が強者に本能的に抱く憧憬が、腫れた瞼の奥に光っている。
キールはそれを弄ぶように瓶の先を摘まんでグルグルと回した後、何かの堰を切った。
「時の大晶霊・ゼクンドゥス。瑣末なる人より忠言を申し上げる。――――――――あまり、舐めるな」
正真正銘に、きっぱりとキールはそう言った。その顔に怯懦も竦みも無かった。
強者に弱者が抱く綺麗でないものを全て吐き出すような憎悪に包まれた言葉だった。
ほう、とゼクンドゥスは捨て去った評価を組みなおす。無論、殺すべきかどうかという再検討のために。
「お前は一度僕たちをお前の好みで生かした。自分の都合の為だけに。
お陰で僕はこうして生きて、こんな下らないことをしている訳だ。ははっ、死にたくなるほど笑えるだろ?」
泣き笑いに近い形を作って、キールは嘲った。彼の周りには勝手に生きて勝手に死んでく奴らしかいない。
それは当然だ。死だけがこの世界で絶対に保障された権利なのだから。
「今更だな。あの時死にたかったというなら、今死んでも大差ない」
ゼクンドゥスは呆れたように言った。死は等価値故に選択権があるのだ。
犬に食われて死ぬのも、孫にみとられて死ぬのも、結果は等しく大差ない。
「同意するよ。死は等価値で生は無価値。人生のなんと浅薄なこと」
自分の愚かさを言い聞かせるようにキールは言った。だが、と区切る。
「だがなゼクンドゥス。それを理解していないのはお前だって同じだろう。
お前がやろうとしていることは自己満足で、それはお前が愚かだと切り捨てたあいつらと同じなんだ」
キールの視線の先には一つの死骸があった。既に終わってしまった命を推して、最後まで羽ばたいた男の末路があった。
ゼクンドゥスの目が強く絞られた。×××の記憶が、何処かで猛っている。
その内側で燻ぶる何かは青く燃える。命を賭けて戦い、そして後に続く者に託した願い。見知らぬどこかの10億の命。
ゼクンドゥスは迷わずにキールに殺意を向けた。時間の流れがなく死まで零距離なら、もう死んでいることになるのだろうか。
「愚かな奴らに失望していると言ったな。換言すればそれは希望の証明だ。失う望みが無くては失望できない。
お前は期待していたんだろう? 僕たちが何とかする可能性を、あの時お前は確かに持っていたはずだ」
指を突き刺してキールはゼクンドゥスを指摘した。指先の微かな震えが無ければ様になっていただろうが、
それが失血からくるものか恐怖からくるものかは分からない。
「逆上せ上がりも其処までくると妄想だな。お前たち如きの為に動く気など爪一本分も無い」
「そこまでお前が僕たちの為に動くなんて思っちゃいない。だが髪の毛一本分くらいはあったはずだ。
準備運動に晶霊術が使いたかっただけなら、食らわせる相手は誰でも良かった。
僕でも、リッドでも。ネレイドでも良かった。お前はその三択からネレイドを“選んだ”。恣意は確かにあるんだ」
キールの語り口はまるで今ネレイドとの戦いを行った後の様に臨場をゼクンドゥスに感じさせた。
ゼクンドゥスに否定は許されない。体を動かしておく必要があったのは事実であっても、
そのタイミングや対象を選んだのは彼本人。肯定する必要は無いが、それを証明するものが無いから否定も出来ない。
「一度肩入れして旗色が悪くなったら失望か。羨ましいご身分だ。
流石僕たちが遠く及ばぬ存在、脳味噌も天に飛んでいる。希望も絶望も、現象としては変わらないというのに」
諸手を胸まで上げてやれやれと呆れる素振り。煽っているのか狂っているのか、外目には判別しづらい。
ゼクンドゥスの中の葛藤は沸々と煮立っていた。之もまた策なのか、それとも策を弄しているつもりの奇行なのか。
その判断がつかないまま、怒りだけが純化していく。
人間は、下らない。それを世界の一部として当然だと受け流す自分。
人間は、下らない。それを忌まわしきものだとして吐き捨てる自分。
誰よりも公平であるはずの大晶霊が“誰かに期待し誰かに絶望する”という矛盾。
「そんなお前はクレスを殺すという。何とも自分勝手、何処までも自己中心。
――――――――――――――――――――勝手に生きて、勝手に死んだそこに転がった莫迦共と何が違う。
お前が愚かだと一笑に付したあいつ等と同じじゃないか」
既に事切れたロイド、未だ臥したままのグリッドたちを顎で示すキールの言葉。
それは心の底から彼らを侮蔑する音階だった。ゼクンドゥスは、言葉に初めて感情を上乗せする。
「それを貴様が言うか。奴らを贄にして自分一人生き延びようとしたお前が。
奴らの生き様を愚かだと嘲笑いながら何一つ為せないお前に、その言葉を吐く権利があると思うのか」
軽蔑にして批難。風刺に近い毒を秘めたその言葉に、キールは初めて顔に苦渋を浮かべた。
体に浮かぶ内外百近くの傷を受けてなお嘲笑う男には似つかわしくない顔。
だが、それを万力で捻じ曲げるように不自然なほど顔全体の筋肉を総動員して、キールは笑みを浮かべた。
「有る。あいつ等を見捨て、あいつ等を認めなかった僕だけがあいつ等を侮蔑する権利を持つ。
世界中の誰からも馬鹿にされうることを知る奴だけが世界を嘲笑える。
だからこそ僕以外の奴があいつ等の有様を馬鹿にすることは許さない。それは他でもない、最も愚かな僕だけの特権だ」
自嘲というよりは自傷。自分の中の不確かな憤りをそれを生み出す愚者の頂点にぶつけ、
そして返された言葉にゼクンドゥスは息を呑まざるを得なかった。
誰よりも愚かに賢しらに立振る舞おうとしたこの男は、誰よりも自分の在り方を恥じている。
恥じて自分の愚かさを知って尚、それでも自分の愚かさを捨て切れない矮小さを更に恥じている。
なんと哀れなのだろう。何かと重ねるようにゼクンドゥスはそう思った。
もし自分の愚性すら気付けぬ程の愚かさであれば、まだ救いがあったものを。
もし彼に力があったのなら、こうも捻じれ曲がらなかっただろうに。なんと憐れなのだろう。
ゼクンドゥスは、薬への欲求と殺人への欲求の間で苦悶する男を横目で見た。
気が触れかかったような有様は、正しく醜悪の一言に尽きる。
去来するは、ある男が打倒された過去。
エターナルソードを持って戦いに臨んだ彼等は×××を打倒するに十分な力を持っていた。
男が戦う理由を知ることなく打倒した。知無き力は、希望しか掴むことができない。
ゼクンドゥスは自分の掌を見つめた。
だが、果たして×××が正しかったかといえばそれも否だ。救うべき十億の民。
×××一人が命を燃やした処で届く願いではない。それでも人間に絶望した×××には、信じられる力がそれしかなかった。
だから×××は愚かにも魔王になるしかなかった。力なき知は、絶望しか識ることが出来ない。
そしてこの世界も、そのどちらかだけでは救われない場所なのだ。
「あいつ等を笑うというならあの時お前は僕たちに手を貸すべきではなかった。
乞食に与える一時の施しも、乞食に与える冷たい罵倒も、どちらも富める者が持つ傲慢以外の何物でもない。
恣意を介入させておきながら賢しらに、ぬくぬく傍観者を気取るお前にだけは、あいつ等を嘲笑う資格は無い……ッ」
狂気というよりは、憐憫を誘うような矮小さだった。淀んだ瞳に光など殆どない。
ああ、とゼクンドゥスは自分が目の前の弱者に興味を抱いた理由を本能的に理解した。
こいつは私ではない“×”と同じなのだと。
力でもなく、格でもなく、魂でもない。その在り方と苦悶の形こそが相似していた。
世界を敵に回してでも何かを為さねばならない、その覚悟を以て悪にすら至る存在。
だからこそ、ロイド・リッド……嘗て誰かが信じた者たちと相反する。
「御託はもう十分だ。古い証文を持ち出し、私があの殺人鬼を殺すことの論理的矛盾を説くまではいい。
些か論理をすり替えているきらいがあるがこの際だ、否定もすまい。だが――――――ならば貴様はどうしろというのだ」
キール=ツァイベルの持つ本質を見切ったゼクンドゥスは核心を突いた。
誰からも理解されず、誰も彼も見捨てて何をそこまで頑なに通そうとしているのか、何を守ろうとしているのか。
ゼクンドゥスはそれを問わなければならない。
「大晶霊に強要を強いれるほどの力なんて僕にあるはずも無い。
僕は理を説いただけだ。お前は僕に僕たちに借りがあると。僕たちを生かした責任を取らなければならないと。
一度僕たちを勝手に助けた以上は、せめて仁義は通すべきが道理だろう?」
依然として瀕死に、彼我の優位差は変わっていない。
ゼクンドゥスはその真実を見極める為の、最後の試しを投げかけた。
「答えになっていない。万歩譲って私が貴様に借りがあるとして、その清算を何で払えと?」
「―――――――――――――機会だ。ここでお前が戦うという時間そのものを買い上げたい」
ゼクンドゥスには力がある。この問答の時間すら無かったことにできるだろう。
そも人と大晶霊の間に駆け引きが成り立つ訳がない。神と人の関わりは、畏怖か契約しかないのだ。
それでもキールは震えを隠せないまま、大晶霊に、神に不敵な笑いを送った。
ゼクンドゥスの中で様々な事象が組み上げられ、その中で最も重要なことを問う。
「その時間を得て、貴様は何を為す? 唯でさえ時間の使い方が下手な人間のすること、瑣事ならば与える意味もない」
時間の止まった世界の中で更に時間が止まったような、そんな無言。
呼吸の律動だけが生を示す点の中で、キールは確かめるように言った。
「―――――――――――――――――――――――手に入れる。彼女の未来を」
確かに、彼はそういった。気恥ずかしそうな素振りなど欠片もなく。
初等数学を解くかのような当然さでそう答えた。それが強がりであったかどうかは、ゼクンドゥスにとってどうでも良かった。
「それはどう繋がる?」
目的語に視線を向けながらゼクンドゥスは尋ねた。髪が千切れるほどに頭を抱えながら剣を少しずつ上げるクレス。
振り切れるまで、そう時間は残っていない。
「ここでお前を使うという手段は、最初から考えていた。それが最も楽で、容易であることも」
キールは握り拳を弱弱しく作った。掌を開いて閉じて、辛うじて握力らしき物を示す。
「だが駄目だ。そのルートじゃ、詰む。それは大局的に理に沿わない。
エターナルソードに期待が出来ない以上、僕にはお前を使ってメルディをこの世界から逃がす他の手段が思いつかない。
そしてお前の存在を悟られれば最後の切符もご破算だ。完全に詰んで、チェックメイト」
口元を指で拭い、唾液が凝固した滓を掬って朱に塗れた服に捻じるキールは淡々と告げた。
大晶霊を用いる手段を既に模索していたことに、ゼクンドゥスは驚きつつもある種の納得を持った。
キール=ツァイベルがゼクンドゥスというカードを出し渋ったのは命惜しさだけではなかった。
“彼女を救う手段が潰えてしまうから駄目だった”。
未来しか見ていないのではなく、無限に続く現在の一つとしてそれを計算していただけに過ぎない。
彼にとって、彼女以外のものはもう利用するべき要素でしかないのだ。
「だから、お前は取っておく。それ以外に活路がないが故に」
少なくともそう思い込まなければならない。精神の内側でその感情を弄ぶ余裕など、弱者には与えられないのだから。
それを、世界を敵に回す者の孤独を、ゼクンドゥスは識っている。
そうでなければ、人は鬼にも魔王にも成れない。
「これが最後の問いだ。大晶霊ゼクンドゥスが、キール=ツァイベルに問う」
一切の感情を改めて排除し、荘厳さだけで周波数を決めたような神声と共に、ゼクンドゥスはキールに尋ねた。
「お前はこれ程に絶望を知り、人を信じず、小娘一人の為に世界を棄てる覚悟すら抱いている。
そんなお前が、これほどの回りくどいことを行うことそのものが矛盾だ。
彼女以外の全員を殺し、その後自害するという手を考えなかったのは何故だ」
風の概念が無い場所にも、凪は訪れる。
そう、それは当然行き着かなければならない疑問と結論。
瓶に口を付け、全て飲み干す勢いでキールは水を呷った。そうしなければ言葉も通らないというかのように。
「当たり前なことを聞くなよ。あのメルディを一人放っておいて、あいつが一人で生きていてくれると思うのか。
一人生き残ったあいつが、何かを願うとでも思うのかよ」
キールはそう、臓腑と血液の全てを体外に絞り出すように答えた。
女に纏わる全てを背負い、潰されようとしている男の嗚咽だった。
ゼクンドゥスは彼の賢者に関する全てを確信し、幽かに頷いた。
遠くで、獣の遠吠えが聞こえた。
キールによって引き出された理性と、ゼクンドゥスによって刺激された本能が鎌首をもたげて壊れ始める。
静止した昼夜の稜線、自分の打った策。どちらの崩壊も近いと見切ったか、キールは誠意以外の全てで言葉を紡いだ。
「ゼクンドゥス。僕を信じろとは言わない。信頼に値するものを僕は何一つ持たない。
だから、ただ哀願する。“僕に賭けろ”。対価は――――――――――――――お前が失った未来だ、×××」
潤ったはずの彼の喉は乾き、嗄れたように痺れていた。未来、なんとも不確かでなんとも曖昧な言葉だろう。
だからこそ追い求めざるを得ない光。何もない若者には、そこにしか託すものが無い。
「駄目だ。お前を信じる理由はない。不確かなものを拠り所に一方に寄ることはない」
ゼクンドゥスの言葉に熱は無かった。大晶霊は、時間は常に中立であり何処かに偏ることを許されないから。
ただでさえそうであるキールの醜い表情が一気に険しくなった。
だが、それは諦めではなく、何処をどう徹底的に傷めつければゼクンドゥスが折れるか言葉の銃弾を選んでいるような目付きだった。
「――――――――故に私はお前を試そう。お前に順番をくれてやる。
その一回で見せてみろ。お前の言葉の真贋、そこで見極めよう」
ゼクンドゥスが漏らしたその言葉を聞いた瞬間、腫れた瞼の奥、彼の小さな眼が年相応の輝きを浮かべたのを大晶霊は見逃さなかった。
「お前が何も為せずに死んだならば、その時は何もかもを反故にするぞ。
私がクレスを殺す。そしてお前たちがどうなろうと一切の考慮をせん」
だが、その輝きは瞬きのうちに立消え、再び目まぐるしい散乱と縮小に濁る。
キールの中で、一瞬崩しかけた計算が未来と命を貪るように舞い上がった。
「これは契約だ。人と大晶霊が結ぶ儀式。私の力を貸すに値するかどうかの吟味。
見せてみろ、お前の意思を。ここまで啖呵を切ったのだ。真逆、否応はあるまいな?」
甘いか、とゼクンドゥスは思った。順番を、時間を貸し与えるだけでもゼクンドゥスとしては破格としか言いようがない。
微かに人間の口より告がれた誰かの名前。心に突き刺さった棘のようなものが、ここまで弛ませるとでも言うのだろうか。
否と大晶霊は思い直した。決してこれは試練などという生ぬるいものではない。
キールとクレスの戦力差、それは今もこうして絶対の差として存在している。
まっとうに考えて勝てる相手ではない。ほぼ間違いなく、ゼクンドゥスがクレスを殺すことになるだろう。
だが、それでも甘いと思ってしまうのは。
乱杭歯のように犬歯をむき出しにして笑う悪鬼が、余りにも嬉しそうだったからだろうか。
「それこそ真逆。是非も無いさ」
ゼクンドゥスの横を通り過ぎるようにして、キールは数歩前に出た。
語ることはもう無いと判断したか、ゼクンドゥスの体が幻に揺らぎ粒子のように籠の中に納まっていく。
二色の世界に罅が入る。時間が可塑性を以て空白を埋めていく。あと十秒経たずにこの零秒は終わるだろう。
そして、また現実が始まる。命を死に晒しながら、蟲のように甚振られて朽ちていくようなそんな人生が。
上等じゃないか。屑に相応しい人生がこれ以上にあるだろうか?
キールの中で様々な計算が組み上げられていく。それは常に行われていた。
クレスと闘っていた時も、ゼクンドゥスを説き伏せていた時も、片隅のどこかで演算が組まれていた。
畜生が、何でこんな痛い思いをしてまで立ち上がってるんだこの馬鹿は。
へへ、と彼の口元がこれ以上ないほど卑しく歪む。
クレスを討つ算段はもう立っている。布石も全て打った。後は上手く事態が転べば、多分殺すことは出来るだろう。
いやそうでもないのか。もっと楽にどうにかする手段はいくらでもあった。
大晶霊が、ゼクンドゥスの存在などとっくに読み切っていたのだから。
大晶霊に手を汚させるほど面倒を打つ必要もない。
ゼクンドゥスにちょちょいと時を止めさせて、“コレットを殺してしまえば良かったのだ”。
彼の中の三分の一の何かが拍手を喝采した。手首、いや、10秒じゃ指が限界か。
ともかく彼女の肉と骨の一部を切り離して、クレスに投げつければいい。狗ならそれに喰いつくだろう。
その間に彼女と逃げればよかったのだ。そうしなかったのは実に手痛い。
いや、とキールは血流が渦巻く脳の中で、詰らないことを思い出した。
もっと、もっとお前は効果的に使うつもりだったんだよ、ゼクンドゥス。
全てが上手くいって、ミトスを懐柔できたとき最後の最後でミトスを出し抜く為に。
コレットにマーテルを降ろした瞬間、タイムクレーメルで時間を止める。
彼女の体に死者の魂が入っているかどうかなんてどうでもいい。
お前以外の全てのカードを曝して、それっぽく誘導して、マーテルが入ったと思い込ませて、
最高の人質を手に入れることさえできれば、僕の計画は完璧だったのに。
キールは小刻みに頭を振った。何を女々しいことを考えているんだろう。
もうミトスを抱き抱える手は使えない。それは何時の間にか零れてしまった計略。
屑が。自業自得という言葉の意味を忘れようとする為にこれほど無駄な思考を回さなきゃいけないのか。
瓶の縁を掴み、プラプラとさせる。クレスの奇声が耳に障り、駆動率を二分減衰させる。
少し黙ってろよ。お前はどうせ死ぬんだ。殺す。僕が知る限りの知識を総動員して殺し尽くす。
だけど未だだ。未だ見えない。まだ計算が終わっちゃいない。
“どうやれば、彼女を救えるのかまだ筋が見えない”。
ゼクンドゥスが最後に尋ねた言葉を思い出して、キールの二割三分がくすと笑った。
優勝? それも考えたさ。でもそれじゃ駄目だったんだ。
知略の限りを尽くして、僕と彼女が生き残る。その後出来ることはたった二ツ。
僕が死んだら、メルディは一人だ。空っぽのあいつは遠からずきっと死ぬ。
彼女が死んで、僕が願うなんて、考えられるはずもなかった。例え本当に願いがかなうとしても、メルディを殺せる訳がない。
だから、あれしかなかった。彼女の未来を守るにはそれしか無かった。
せめて、せめて彼女がもう少し壊れていなかったら――――――――――――
突如、キールの中の八割九分が灼けるように膨れ上がりダウンしかける。
殺意に等しい怒りと軽蔑が怪物のように腹の中でのた打ち回る。
莫迦か、度し難いほどの莫迦かお前は。“全部僕のせいじゃないか”!!
あの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時も、
もう少し僕にほんの少しブドウ糖と勇気があればこんな碌でもないことにはなっていなかったはずなのに。
結局自業自得なんだから、笑えるくらいに死にたくなる。
内側を駆け巡る怪物を宥め賺して飼い慣らし、キールは回路を整理した。
死ねない。未だ死ねない。僕は罪を清算していない。僕が無残に死ぬことは構わない。
だが彼女は別だ。これ以上あんなメルディを放っておくことなんて、僕には想像もつかない。
例え、ミトスを使った一世一代の大計が壊れたとしてもそこで諦められるほど僕の罪は軽くない。
彼女だけは、彼女だけは何とかしたい。僕が今おめおめと生きるのはそれだけだ。
その為には彼女を守らなければならない。故にクレスはどうにかしなければならない。
ここまでは当然だ。だがクレスを“ただ”殺すだけではもう足りないのだ。
殺して、その後どうする……? もう、きっと疲れ切った僕は、彼女以外の全てを殺すことでしか彼女を救えない気がする。
そしてそれでは彼女はきっと救えない。命は救えても、僕が全てを賭けてまで取り戻したかった彼女は二度と帰ってこない。
それでは駄目なのだ。彼女の為にではない。僕がそれでは満足できない。
は―――――――――――――ハハハハハハハッ!!!!!!
自分の中に見つけたある一つの結論に、キールの全てはこれ以上ないほどのおかしみを覚えた。
結局自分の為なのか? 彼女の為と嘯きながら、あんな締まりのない人形じゃ僕が愉しめないから彼女を取り戻すのか。
彼女への償いなのか自分への欲望なのか。これではゼクンドゥスを、ロイドを莫迦に出来ないじゃないか。
知ったことか。そんなの彼女を救ってから考えろ。
思考・演算・演繹。尋常でない脳への負荷を和らげようという本能か。酩酊のように狂ったように心が昂る。
余裕はない。キールは割ける限り有りっ丈の細胞を現実に回す。
もうバトルロワイアルも寄せの段階だ。もう時間がない。駒もろくすっぽ残ってない。
この条件下でその虹を掴むように在るかどうかも分からない未来を掴もうとするならば、ここから先、一手たりとも外すわけにはいかない。
一手、一手たりともだ。“マーダーを殺してから考える”なんて白痴のような莫迦は絶対に出来ない。
メルディを救うという明確なヴィジョンに対し、其処までの手番全てを読み切らなければ届かない。
もしそれを抱く前にクレスを殺してしまえば、何の手がかりもなく殺してしまったら。
その想像をキールは皮肉にも明確に見ることができてしまった。
確かに勝算はある。その為の準備も確信も得た。だが、それは命を賭けることが前提項。
僕はきっと、気が触れる。計算することに疲れ摩耗した理性がもう保たないだろう。そんな状態であのメルディの顔を見たら――――。
だから、今しかない。死線に身を晒すこの瞬間しか計算時間は無い。
ゼクンドゥスの存在が薄れ、同時に接近してきたキールに焦点を定めたか、
クレスの剣がキールに向けられる。剣先の震えがゼクンドゥスが現れる前よりも大きくなっていることだけを確認して、
キールはポーンと30p程瓶を空に上げた。
クレスの目線がそこに拘束されている間に、キールはロイドの遺骸を見た。
畜生、お前は、何処までも理想を貫いて死ぬと思ったのに。最後の最後でクレスを殺すと思っていたのに。
畜生、畜生。最後の最後で、悔しそうな顔しやがって。何でそれを、もう少し先に見せてくれなかったんだ。
錯覚するじゃないか―――――――――――――――僕も、お前みたいになれるのかと。
「随分と嘗められている。一騎当千の力を持つと、態度がでかくなるのはどこの莫迦も変わらない……なッ!!」
殺人鬼のよろよろと伸ばす手に呆れるような素振りを見せたと思った瞬間、キールは手に納まった瓶を、片腕が許す限りの全力で高く高く夕空に上げた。
クレスの眼が、顔が、首が、空を見上げる。もう色づいた世界が芽吹き始めている。針が動く。幕間が終わる。
「人間一人の大脳、その細胞総数凡そ140億」
全てを今ここで解き明かす。例えそれが六徳よりも虚空よりもか細い道だとしても。
届いてみせる。否、届くと信じろ。この虚構こそが、僕を現実に引き留める。
「例え、お前が一騎当千、否、万夫不当だったとしても」
僅かに休まった身体は気休めの息を吐き、再びいつ終わるとも知れぬ煉獄へと自らを晒す。
計算された痛み、予測された苦悶、その程度に臆するほど正気ではいられない。
彼女の痛みを理解できない痛みで割れば、所詮は零に等しい。
「この脳<中身>は光の速さでシナプスを連携する140億の群勢――――――――――端から僕の勝ちは決まっているッ!!」
彼はそういって、駆け出すように通過点へと自らを一手進めた。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP25% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症・悪化
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状をやや上回っている 放送を聞いていない
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
重度疲労 調和してない錯乱 幻覚・幻聴症状 目の前の魔王に驚愕
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キールを殺す(出来れば瓶の中身がほしい?)
第二行動方針:本物のミントを救う
第三行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第四行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:HP15% TP25% フルボッコ 半発狂 酸素欠乏(微弱回復)筋肉疲労 頬骨骨折 鼻骨骨折 歯が数本折れた
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:クレスと闘いつつ、メルディを助ける具体的な方策を模索する。
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処?
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除?
ゼクンドゥス行動方針:二人の勝負に決着がつくまで静観
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※ゼクンドゥスによる時間停止状態が解除されました。
投下終了。途中で寝落ちしてしまい申し訳ありません。
投下乙
改めてキールの微妙な位置のスタンスが明らかになったな。
実にいいタイミングで切りやがる…続きが気になるじゃねぇか
投下乙。
ゼクンドゥス……というかダオスかっこいいな。
そしてその力を突っぱねるキールもまたかっこいい。
どうやって戦うつもりなのかwktkせざるをえない。
投下乙です
キールのスタンスが確定したか、セリフもやたらカッコいいな
クレス戦ミトス戦どちらも大詰めだが、どうなるかわからない恐さがある
続きが楽しみだ
投下乙。
キールの台詞がいちいちかっこいい。
このロワでキールの見方が180度変わったと思ったが
更に180度変わりそうだ。
投下乙!
第六以降のキールは悪、ってイメージがあったが
よくよく読んでみるとやっぱりそうは言い切れないんだな。
ダークヒーローみたいでかっこいい。
投下乙。
凄まじい展開だが1秒も経過してないんだな、信じられん
>>154 会話だけ切りつめてもざっと2、3分は止まってるな。まさにタイムアウト。
イレギュラーな存在とはいえ流石ゼクンドゥスというかダオスというか。
ひょっとしたらエタ剣も絡んでるのかも。
キャンプポイントで常に息切れすることに定評のあるキールだから、
三分程度じゃ休憩にすらならなさそうではあるが。
>>153 ダークヒーローって言葉でなんかしっくり来た気がする。
キールは力の伴ってないダークヒーローなんだろうなあ。
クラトスやらリヒターだって、力が無かったらただの蝙蝠キャラだし。
part14まで読んだ
とはいえ、しょせんキールはどこまで行っても三下の小物にしか思えんがなあ、俺には。
どんなに気取った論理をかざしてはいても、
結局やったことはゼクンドゥスに土下座しての懇願みたいなもんだし、
キールは最悪クレスにすら媚びるつもりでいた恥知らずだし。
確かに一般人がロワに巻き込まれりゃ、どんな恥知らずな手を使ってでも生きようとするのは分かるが、
仮にもエターニアを救った英雄の一人であるキールは、そもそも無力な一般人か?
俺には未だにキールの言った「誰もがロイドみたいに強くなれるわけじゃない」って言いぐさは、
三食コンビニ弁当暮らしのフリーターが、
飢餓に苦しんでる難民の前で「俺はろくなものを食えない。不幸だ。悲惨だ」って公言するような、
随分とふざけた発言に思えてしょうがない。
だがしかしキールは頭良いぞ
頭の良さでクレスを撃退出来たら凄い
あああしかしアナザーでも単純に救われる展開になってるキャラは少ないなぁ
ティトレイはだいぶ本編よりいいが今後どうなるかも分からんし
キールはロイドみたく飛ぶのを半ば諦めてしまったから、惨めに見えるのかな。
キールは翼作りかけてたけど完成出来ないと気付いて(そうと断定出来ないのに)、それでも飛びたくて、でも何も出来なくて。
だから他人に翼作らせて飛ばせて無賃乗車して、もしくは飛んでる奴等全員踏んずける勢いで突っ走ってる。そんな感じ。
そんな自分が許せないけど、他に手が無いからそうするしかない。
だからそれはキールにとっての最善で決して不本意じゃない。
キールの弱点は「想像しえる一手」が無いと一気に崩れるとこじゃないかな。
盲目だね、いろんな意味で。それとなく言いくるめてるけど論点ずらしてるし。
キールはハロルドやジェイドの様な天才キャラじゃなくて努力の人だからね。知識があっても融通が効かない
確か学問を志すようになったのもリッドやファラへのコンプレックスが原因だったし
だから他シリーズと違ってEだけ知性的キャラ=パーティーのまとめ役じゃ無いんだろう
キールが自分を無力な一般人だと思ってしまうのはしょうがない。
だって、クレーメルケイジが無ければ、本当にただの一般人並みの能力しか無いんだから。
そして、周りにいるのは時空剣士だのフォルス能力者だのと特別な存在ばっかだから、コンプレックスだって爆発しちまうさ。
なんにせよ今がキールの正念場だろうな。
メルディを助けるためにクレスと戦ってるうちに
想像しえる一手を創造できなきゃ、こんどこそ優勝狙いに流れかねない。
盲目だろうがなんだろうが、もうこいつしかそれが出来る奴がいないんだから。
なんか、みんなのコメがカッコイイ。
キールについては考えさせられるところが多いからな。
「個人的な理由でどこまで外道が許されるのか」っていう。
キールがマーダーだったら、よくある奉仕マーダーで片付けられるんだが。
キールは前に交流所で話題になってた危険対主催になるのかな。
対主催だけど手段を選ばず、殺し合いを認めてる点ではマーダーに限り無く近い。
本編とちょっと前までのミトスも似たようなスタンスだな。
手段は選んでられない、殺し合いを認めるしかない。
そこをグリッドにぼっこぼこに糾弾されたアナザーじゃどうなるのかね。
実際、もう手段を選ぶ選ばないより手段そのものがない気もするが。主に脱出の。
まだわからんぜ、脱出の鍵の時空剣士のクレス、ミトスが改心してくれれば……!
無理ですね、わかります。
エタ剣使った脱出もまだ誰も知らないとはいえ、
ミクに封じられてるようなもんだしなぁ
仮にどちらかの協力が得られたとしても
このままだと溺死か首輪爆破かでみっくみくにされるのがオチだし
首輪のレンズ式制御装置が島の中心にあるんだったよな。
それだけがミクトランがこちらに干渉する唯一の方法、つまり制御装置を破壊してしまえば池の溺死も防げるしミクトランの残像(?)は現れない。
キール達がそこが池の底と気付けずに、もしミトスみたいに知らず知らずに禁止エリア内に入ってしまえば、ボン! だが。
うーん、難しいな。
>>170 見た感じ首輪制御装置と溺死トラップは別物っぽいぞ。
溺死トラップはいうならデスノートに竜崎と書き込むようなもの。
竜崎(池)と偽名名乗ったL(ダイクロフト)は死なず(ワープできず)、
代わりに皆によく知られたアイドル竜崎が死ぬ(池にワープする)、って感じか。
思い込みを利用した罠だから、ハロルドが参加者にメッセージでも伝えないと無理くさいな。
んーにゃ、そういう意味じゃないんじゃないか?
あの空間にワープするトラップは先入観だから制御装置に関係無く発動するが、水没タイミングはミクトランがダイクロフトから操作しなければならないから、全ての指示や命令を介する制御装置が壊れればミクトラン側からの水没命令含む一切の干渉は不可能になる。
例外は禁止エリアでの首輪爆破と24時間ルールだけかな……?
どっちにしてもキツいがな。
水没や首輪爆破を避けたとしても根本的な解決にならないあたりが。
アナザーも何気に終盤だね。ところでアナザーでこの話は良かった! っての、皆はある?
俺はティトレイ復活話とロイド死亡話かね。ロイド死亡話は賛否両論みたいだけど、俺はあの退場はよかったと思う。
ロイド死亡の流れかな。
本編を読んだ上で読むとこれも一つの救いだと思える。
そもそもロイドは本編じゃ、
ミトスの策略にハメられ、クレスに雑魚呼ばわりされ、キールには自らの価値観を全否定され、
挙げ句の果てには守りたかったコレットはすでに魂が消滅して、肉体をアトワイトに奪われていたっつう
あまりに悲惨な死に方だったからなあ……。
それに比べりゃ、コレットを救って死ねただけ、アナザーのロイドはマシだっただろう。
つーかなんで感想スレじゃなくここでだべってんの?
せっかくあるんだから移動しろ
それはしたらばの避難所のことか
それともここと同じ板にある2nd用の感想議論スレのことか
どちらにせよ1stの感想議論はここでも問題ないはずだぞ?
なんでこう沸点低い奴がいるんだろうか。
あまりに馬鹿な発言に久々に笑ったwwww
>>176 ロイドの理想論は気持ちいいくらいバトロワと相反するから、本編でああなるのはある意味当然ともいえる。
けれど、あれが成長と言えるかどうかは分からない。
理想論者こそがロイドらしさとも言えるし、ある意味での達観が理想を捨てるという手段を取らせた訳で。
結局、ロイド死亡話の回想通り
「何が自分らしさかは自分じゃ分からない。他人が認めて始めて自分らしさが生まれる。だから自分らしさは変に気にしなくていいんだ。
俺はやりたい事をやるだけでいい。他人がそれを認めてくれるかどうかなんて知るか。
大切なのはやらなきゃならない事じゃなくてやりたい事に全力を注ぐ事だ。惨めで構わない。後は他の人に頼めばいい」
って結論になるから、読み手任せなんだろうね。その考え方がロイドらしいかすらも意見が分かれる。
だから賛否両論な訳で。
本編のロイドはボコボコにされたが、だからと言ってロイドの理想主義が悪い訳ではなく
単にロイドは相手やタイミングが悪かっただけなのかなーと。
アナザールートのロイドは、第六クールで最悪の結末を迎えてしまった彼への救済でもあるけど、
「時空剣士=世界を救うヒーロー」という自分の重圧から解放された姿なんだと思う。
どうだろう。確かに村に入ってからの事は不運の連鎖と言っていいと思う。
でもその発端である心臓喪失はロイドが理想を求めた結果。
それの良し悪しを問う気は無いけど、仮に本編の不運を避けたとしても、何か別の問題が出てたと思う。ロイドだからこそ。
なんせロワじゃ絶対に報われない理想だからな。
しいなやジニが死んだ時点で詰んでた気がする。
>>174 最近だと354話のカイルとミトス、ソーディアン同士の対比が好きだな。
どちらにも生き残って欲しいところだが…
タイマンでさらに禁止エリアデスマッチ、不毛すぎて逆に燃えざるを得ない。
ティトレイとヴェイグで燃えた俺は異端?
途中のヴェイグ覚醒の流れまでヴェイグが死ぬんじゃないかともうハラハラした
あの2人は同シリーズ出なのもあって絶対どっちか死ぬと思った
そしたらそんなことなくてものすごく安心した
むしろ親友に戻れて良かったと思ってる
本編が悲惨な結末だっただけに
あの物騒な殴り合いの過程にはハラハラもんだったがw
で、いつまで続くの?この流れわ・・・
べつにいいんじゃねぇの?
投下宣言来たら止まればいいだけの話だ
>>191みたいな沸点低い奴が定期的に現れるのはなんでなんだろうね。
あ、自分もティトヴェイのどっちかが死ぬかと思ってたわ…本当によかった
反応は人それぞれだから良いんじゃないの?
寧ろ
>>193みたいに火に油を注ぐようなことを言う方が不味いと思う。
俺はグリッド天使化とその後の演説、あと351話が好きかな
グリッド関連は普通に燃える
351話は…クレスが怖すぎる。あてコレットがエロいで(ry
351話は実はクレコレがメインじゃなくて題名の通りキルメルが主軸の話でryってのは野暮だな。
そんな俺もコレットのエロryが大好ry
…メルディのエルフェン名言パロディも素晴らしいと思った。グリッドのおいなりさんみたいなユルいパロでなく涙腺を刺激する効果的なパロだ。
いや、グリッドのおいなりパロディは声出してワロタがw
アナザーって書き手が絶妙なタイミングで入れてくるパロディが面白くて好き。さすがです。
>>196 確かにそうかもしれないけど、「まだ残っていたもの」ってワードを考えると
あながちクレスも間違いじゃないかもしれないよ。
ま、コレットの言葉で崩壊しちゃったけど。
保守
投下します。短いので支援は大丈夫です。
陰影を落とし冷たくなった岩。そこに薄く敷かれた苔が彼の引き締まった筋肉質な尻を受け止める。
「なぁ」
空に毅然と浮かぶ双月を見つつ、座していた青年はゆっくりと間一門に閉ざされていた口を開いた。
ヴェイグは揺れる髪の隙間から一瞥を投げる。影に切り取られた親友の口には草の茎が咥えられていた。
単なる格好付けなのか、それが薬草だからなのか、草花に知識も無い彼には到底理解に及ばない。
ただ、予想は出来た―――十中八九前者であろう、と。
回復ならば先程情報交換をしていた際、彼が己に掛けた激・樹装壁が熟している。
何より、ヴェイグはティトレイの性格を熟知している。故に容易くその考えに至れる。
「なんだ」
一切の無音の世界――尤も時折戦ぐ雑草の心地良い音はするが――の中で親友は小さく呟く。
戦場から隔絶された沈みゆく廃村で、しかし彼等は気が気で無かった。
少年が、遅過ぎる。
軟らかい微風が村を縫う様に抜ける度、不安は累乗的に募る。
だが双方とも一切の焦躁の念を口にしない。
最悪の結果も踏まえて行く承諾をしたのだ、その話題は単なる野暮と言う以外の何物でもない。
「その、ポプラおばさん……逝っちまったらしいな」
トーンが更に低くなった青年のバスが鼓膜を刺激する。
氷の青年は両手を顔の前で組み、額にこつりと当てた。
揺れる叢を彷徨う瞳、幾千もの影の奥。そこに確かに何かを見る。
ヴェイグはゆっくりと瞼を下ろす。紫が差した金色は断絶され、夢幻の懐古的な馨しさが鼻の奥と涙腺を少しだけ刺激した。
奥歯が軋む。大事な、とても大切で掛け替えの無い家族の様な、そんなヒトだった。
「あー……悪ィ、空気読めなかったか。すまねぇヴェイグ」
親友が鼻を小さく啜る音を聞き、ティトレイはばつが悪そうに肩を落とす。
「いや、いい。今更泣いてばかりでは居られない。サレも、トーマだって逝った。
ポプラおばさんの事は、もし此所から脱出出来たら……俺達の口から皆に話さなければならない事の一つだ」
その為にも矢張り俺達は生きなければならない―――そう続けられた言葉にティトレイは眉間に皺を寄せ下唇を噛む。
絡むように続く裏路地から流れる冷えた風が彼の中身を靡かせる。
僅かに、心の表面が歪む。落陽が彼の表情に深い漆黒を刻んだ。
“俺達の口から話さなければならない事の一つだ”
その意味が彼の心をぎゅうと締め付け、ぶんと揺さぶる。
ぐわんぐわんと隅から隅まで色が混ざり合い、趣味の悪いシチューの出来上がりだ。
味は皮肉にも五ツ星。どうだ、味見したいだろう?
(馬鹿が、今更誰がそれを舐めるかよ)
苦虫を噛み潰した様な顔のままティトレイは掌を顔の前に上げる。
気を張らねば気付かぬ程の微々たる震えが、これ程までに恐ろしいだなんて。
一体幾人が思っただろうか。
不意に脳が彼の口の端を釣り上げる。
妙な汗をグローブの下に感じたまま、彼は手に固く拳を作らせた。
僅かに滲んで居た誰かの紅が、閉ざされて見えなくなる。
「消えねぇんだ」
一種の安堵さえ覚えるのは、きっとヒトとして至って普遍的な感情なのだと思いたい。
「蜂蜜みてェに甘い誘惑が、消えねぇんだ」
腹の底から捻り出された濁声は、酷く苦しそうで。
しかしそこには親友にのみ理解出来る一厘の苛立ちと深い影があり、ヴェイグは組んだ手を下ろし呆けた表情でティトレイを見上げた。
一抹の悪寒が、全身を電流の如く駆け抜ける。
「へへ、笑っちまうだろ?」
無理をして作られた彼の微笑は口元だけで、そこには締まりの無い酷く中途半端な表情だけがぽつりと在った。
……喉が、小さな音を立てた。
「ティトレイ」
堪らず彼は慌てて親友に声を掛ける。
半ば反射的に紡がれた親友の名は、えらく間が抜けていた。
「分かってる」
黒い手袋の下に在る細長い指がぴくりと動いた。
ヴェイグは半ば無意識に、粗暴な仕草で立ち上がる。
「分かってるんだよ。覚悟だって一万飛んで十位ある。でも―――」
そうして一歩踏み出そうとするが、気付くのだ。
足元が石化された様で、まるで動かない事を。手も、筋肉も、眼球も、同様だった。
ただ、内側から壊され兼ねない様な荒れた潮の音は聞こえた。
「―――でも、心の何処かではな、」
ばくん、ばくんと早いリズムはヴェイグの隅を揺らす。
乾く舌の根。手薄な警備。忘却された瞬き。
石化された身体。刹那的な共感、息が詰まる様な苦しさ。
一筋の冷たい汗が背中を這う様に流れた。
腐敗からの浸食は、実に恐ろしいスピードだと彼は身を以て理解しているが故に。
「言うな、ティトレイ、崩れる」
言ってから漸く口が動く事に彼は気付く。
そしてそれは本当は誰に向けられた言葉であるのかも同様だった。
説得と納得を両側に乗せて揺らぐシーソーは、微風が吹けば揺らぐ程までに脆い。
「駄目だ、ティトレイ、それは、腐る」
瞬間、親友の口から茎が落ちる。雑草が茎を受け止める微かな物音、そして僅かな狼狽。
それでも眼光が全く鈍らないのは、彼が言いたい言葉を言わねば気が済まない性格だからだろう。
だが、だからこそこれは彼の喉に小骨となる。
「怖いんだ、まだ」
反応が、自分が、未来が、何より怖がられるのが怖いんだ――――ティトレイはそう弱々しく呟いた。
彼等は腐ってもヒトだ。何かを悟っても居なければ諦観に身を寄せもしていない。
本当の強さなんてたかだか知れたもので、弱さはいくらでも、それこそ吐いて捨てる程にある。
故に生きる上では仕方無い事だと理解しながらも彼等は苦悩するのだ。
誰だって立ち止まるのは悪い事だと理解している。だが誰だって進む事は怖い。
その人物の意見が本当に本人の100%だという保証は何処にも無いのだ。無論、100%でないという保証も皆無なのだが。
そこにある矛盾。だがその濃霧に覆われた迷宮には活路が無い。
故に矛盾は解消される事は無い、けれども。
狂おしい程までにそれを理解しているからこそ、覚悟をし、敢えてヒトは選択をするのだ。
「ティトレイ」
暮色の中、ヴェイグは莫迦みたいに彼の名を繰り返す事しか出来なかった。
部屋の何処を血眼になって探しても、掛けるべき一切の言葉が存在しない。
彼はその事実に少しだけ目を細めた。
「違う選択があるんだよ――――」
“怖がられるのが怖い”
真直ぐで言いたい事を言わなければ気が済まない熱血漢、ティトレイがペトナジャンカにて己のフォルスについて黙秘していた理由が、それだ。
「―――心の中に、確かに」
胸に手を当てて、青年は静かにそう呟いた。
金色のサークレットが黄昏を映す。
飾り布の先にある装飾が揺れて、高い金属音を上げた。
「隠匿か」
ヴェイグは親友を見据えたまま訊く。
裏の想いを確かめる様に。
「そうだ」
ティトレイの拳に僅かに力が入る。
光を秘める真直ぐな視線が親友を、親友の“無い方の目”を貫いた。
ざわざわと針の山の様に一面に広がる雑草が揺れる。
リズムは一定、だが彼の中で五月蠅い大太鼓よりは少しばかり遅かった。
「だが、」
「分かってる」
分かってるんだ―――念を押す様に低く繰り返された言葉に、親友は言葉を失う他が無かった。
蝕む千の蜜を押さえ込む様に呟いたティトレイの目は俯きがちだ。
ヴェイグは目を泳がせる。対峙したそれは、少々荷が勝ち過ぎていた。
だが、疾うに理解しているのだ。実に下らぬ机上の空論だと。
「だから、そん時はそん時だと思う。未来の思考なんて、神じゃねぇ俺達にわかる筈もねェからなぁ」
とびきりにぎこちない笑顔が、溢れた。
朽ちた木材に置かれた腕時計が時を刻む。約束の時間と、決断の時間は、直ぐそこだ。
ふと氷の青年が一瞥をやると、長針は55を刻んでいた。
瞼が再びゆっくりと降りる。漏れた吐息は少しだけ、火照っていた。
そうだな、これだけ悩んでおきながら、俺も分からない。
……何がだ?
告げた、その後がだ。
前提かよ、強いな。お前は、怖くないのか?
強くはない。そうでなくてはならないからだ。それに怖いさ。震える程にな。
どういう意味だよ? じゃあ何で告げる?
きっと、告げないと俺はカイルをまた守ってしまう。だから、約束した今、俺に他の選択肢は無い。
それは、強制?
違う。俺が選んだんだ。それに恐らく、告げないでもカイルは知る。絶対に。
……はは、大層な自信だな。
茶化すな。
悪かったよ。いや、ちょっと羨ましいんだ。
何故だ?
俺は相手が今居ないから、な。だから分からないし、怖い。
大丈夫だ。きっと、一緒だから。セレーナは、きっと気付く。いや、無論気付く事で強制されると言う訳じゃないが。
……。
俺達の仲間だって、きっと―――。
……もう二度と、嘘は吐かねぇんだ。
ん?
だからな、その時の選択は、きっと間違いじゃねぇ。
……ああ、そうだな。
自然な笑みが零れる。
そうして彼等は空を仰いだ。
蟠りは、そのままに。
何を選ぶかは、きっとその時の心が決める事。
―――そして長針は静かに12を刻む。
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP20%(動くまで回復継続中) TP35% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷 不安
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷 不安
両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
軽微疲労 左眼
失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット 漆黒の翼のバッジ
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ロイド達の安否が気になる
第三行動方針:カイルに全てを告げる
現在位置:C3村北地区
*2人のアイテム欄はそのままの表記になっていますが、この内の「何か」がカイルの手に渡されています。
何が渡されたかは次の人にお任せします。
*二人が持ち得る可能性のある情報が全て交換されました。
具体的にはセネルの死因とシャーリィ狂化の関係、首輪と樹のフォルスの関係、マーテルの死因等です。
またティトレイはデミテルが得ていた情報の全てを共有している前提、即ちデミテルがティトレイに情報を余す事無く話している、とします。
それらによりすず、セネル、リアラ、クラトス、サレ、しいな、モリスン等の初期情報をヴェイグが得ました。
投下終了。
終盤に似つかわしくない短く静かな繋ぎですが雰囲気を楽しんで頂ければ幸いです。
おお、新作来てた!乙です!!
隠匿か。帰還した後のことを考えるとどの参加者も気が重くなるな。
でも、そんなことを考えられるだけの余裕が得られただけでも本編とはえらい違いだ。
投下乙です。
そういや帰還後どうするかってことを具体的に考えるキャラはほとんどいないな。
結構重要な事だと思うが、どうして忘れられやすいんだろ。
そういえば、アナザーでパーティーメンバーが一人も死んでないのはRだけだな。
投下GJ!
待つ側は待つ側で考えることが多いな。存在を報われたポプラおばさんに合掌。
>>207 ここの場合忘れられたってのとは違うかと。
生き延びることに精一杯で後のことを考えている余裕がないし、
そもそも脱出後のことを考えたくても、詳細な脱出計画は無いし。
>>208 お前さん、それは参加者2名の作品にまだ一人も死んでないなというようなもんだぜ。
新作乙!そしてGJ!!
と、ここでちょっと違和感が
ヴェイグってセレーナのこと呼び捨てしないような気がするんだけど…
仮にも年上だし
新作乙。
静かながらもいい作品です。状態欄の追記が地味に気になる。
>>209 それもそうだな。
後、読み直して思ったんだが首輪と樹のフォルスって何か関係あったっけ?
氷のフォルスならわかるんだが…
ただの見落としだったらスマン。
>>212 海岸でミトスが持ってた首輪を確かめたやつじゃね?
セレーナの呼び捨ては確かにちょっと気になるけど…
原作で呼び捨てしてたときあったっけ?
投下乙!
なぜだろうな、Sのオリジン戦前夜イベントやフラノールイベントを思い出しちまった。
これから終わりに向けて更に苛烈を極める戦いの前に許されたわずかな小休止、といった雰囲気がよく伝わってきたよ。
いいな、こういうの。
>>213 確か一度セレーナのことをティトレイに「おまえの姉さん」といった感じで言っていた気がする。
暴走したティトレイと戦うときだったか。
サブイベントやスキットに関してはわからないが。
気のせいだったら許してほしい。
ヴェイグはセレーナにはさん付けだよ
ちゃんと敬語も使ってた気がする
携帯まとめです。
セレーナへのさん付けについては、勝手ながら本編更新の際に付け加えておきました。
一応、報告までに。
>>216 いつも乙です。
乙する機会も少ないのですが、
用語集やキャラアンカーも充実しててよく利用させてもらってます。
2ndにも作品がたくさん来てるけど、こっちも続きにwktkしてる
書き手さん頑張って
ほっしゅ
投下待ちつつMVPでも決めるかい?
対主催、頭脳派、マーダー、あとは和み系とか死に様とか。…うーん結果が見えてるかなぁ
アナザーの展開次第じゃ本編の評価も変わりそうだからクールごとのMVPでどうだ?
俺は第一クールのマーダーMVPにサレを推すぜ。ティトレイの命運を変えたのはデカい。
あの頃はサレも立派にステルスマーダーしてる・・・そう思っていた時期が俺にもありました。
死者スレ:セネル
やっぱ一期のマーダーでMVPはバルバトスだろ
城まで破壊して大暴れ過ぎる
和み系ならミミーだな、マーダー候補の牛さんごと和ませるのは圧巻。
MVPならデミテルだろ。
デミテルは最早MVPを通り越して殿堂入り
第4クールはデミテルが盤石だがティトレイもなかなか。
本格マーダー化直後に
ダオス殺害、ジェイ殺害を仕向ける、ロイド達からエタ剣奪取・クレス保護、ミトスを騙す。
特に重要アイテムのエタ剣とクレスは後々の展開に響いてくるしな。
成長はアナザー入れたらグリッドだろうか。
酢飯さんの進化っぷりもMVP級でしょ
かっこいい最期:ゼロス、クラトス、ユアン…あれ?
頭脳派:トーマ
異論は認める。
>>230 天使組w
しかし確かにかっこよかったw
ジューダス、リオンはどっちも切ない最期だったな
ロイドの死に様に涙…切なすぎるorz
頭脳派はミトスかな。最後の詰めが甘すぎたのは失策だったが。
マーダーは文句なしでクレッスw
…あれw時空剣士www
恋愛MVPはトーマ。
ヒロインMVPはカイルに決まってる
死者スレはコキャ男だろ
スタンだとは思った
明日の夜6時より投下します。 100k越えしてしまったので、
6時間くらいかけて気長に投下するので支援はいいです。
ktkr
楽しみにしてます。
おk
期待してる
西か北か…
どちらにしても山場だなwktk
投下します。あんまりにも長すぎて俺が挫けそうになったので、
申し訳ありませんが二日に分けて、今日は前半だけで。
蝶を絡め捕るは八方に張り巡らされし蜘蛛の巣。もがけばもがくほどに絡むそれは無間の地獄。
しかし、その地獄から蝶を掬い揚げるものもまた蜘蛛の糸。
蜘蛛巣城に根を張る無数の中の一本。貴方は、それを見つけられる?
見つけたとしても、か細いそれを最後まで信じられる?
放り上げられた小瓶、それが受ける放り上げられた力と重力の和がゼロになった時キールはその足で大地を蹴った。
その一点で静止する瓶詰めの幻薬。クレスの目がそこに完全に釘打ちされた一瞬の間隙。
このタイミングで後ろに下がる手も彼にはあった。
メルディを攫い、一目散に逃げおおせることはひょっとしたらできたかもしれない。
少なくとも五回に2、3回は、クレスは先ずコレットを殺しただろう。
残り1、2回は自分が間に合わず背後から斬られるケース。後の1回は、万が一メルディが率先して斬られるケース。
どうしようもなくなった状況から運否天賦を託すには悪くない確率だ。
だが、キールはそれを選ばなかった。
別段逃げるのがカッコ悪いとか、ましてコレットを見殺すのが目覚めが悪いからという訳であるはずもない。
彼女以外の全てに価値を見出さない彼にとって“この状況が本当にどうしようもない”のかどうか、まだ確認しきってなかったからだ。
キールは遠くから見れば口の中の傷を舌で舐めているように見えるほど小さく口を動かしながら、
挙動に反応し自身に対しに視線を合わせるクレスに向かって一直線に走り、残り少ない力を回して詠唱を開始した。
もうフライパンを使った攻撃のように見える防御は使えない。
エターナルソードと打ち合って尚維持できる強度で、
かつフライパン全面を支えられるほどの大きさエアリアルボードを長時間維持するだけの力は残っていない故に。
言語以下に退化したクレスの発叫を聞きながら、キールはクレーメルケイジを握った。
しかし方法論は変えない。エアリアルボードによる楯以外に、
膂力差を踏まえた上であの攻撃を凌ぐ有効な手段が確認されていないから。
ならば自ずと強度か、効果範囲か、持続時間かどれかを切り捨てなければならない。
「我、キール=ツァイベルが詠唱完了を前提とする。エアリアルボート、展開」
選んだのは効果範囲。キールの右手に辛うじて掌を覆う程度の小皿のような風盤が形成される。
彼を守る唯一の壁は音が鳴りそうなほどに強く吹き荒ぶが、その大きさの前には逆に不安感を守り立てる役にしかなっていない。
射程に入るや否や、クレスは剣を持って片手で袈裟に振り下ろした。
一目見れば死の瞬間として目に焼きつくほどの剛剣を前に、キールは逆に凝視していた。
『まだ撃つな。まだ距離が思考後36足りない“はず”』
続く文言。クレスの剣があと10cmでキールの肩に届くかというところで、キールの右手が魔剣の腹を抑えた。
フライパンのときと違い、持ち上げるように流されるエターナルソード。
だが、クレスの奇声も斬撃も終わっていなかった。小さすぎる風盤、真っ向から打ち合えばするりと落ちる人間の手。
フライパンでさえ頼りになるか分からないモノを相手にとって、それは余りに脆弱に過ぎた。
斜めからの斬撃が横になって、丁度首を通る軌跡が描かれる。
「先の詠唱を以てキール=ツァイベルが詠唱完了を前提とし、前述手順を省略する」
だが、首に向かおうとする剣に見向きもせず、クレスの顔色だけを凝視しながら、
キールは曲がったことを含めて剣先がきっかり30と6センチ進んだところで、詠唱破棄を完了させた。
「略式完了。“エアリアルボード、二層展開”!!」
一回でダメなら二回。子供の理屈は時々真理に至る。
言い終わるや否や空いた左手に渦が巻き、ベクトルの減衰したもう一度下から剣に突き上げると、
今度こそそれは上に持ち上がり、ぼさぼさになったキールの前髪を翳めて昇った。
左手にあるのは同じように掌を覆う程度の大きさの、同じくらいの風盤。
クレスの見開いた眼は驚愕を僅かに交えていたが、キールの見開いた眼にはそれがない。
驚くことは特にない。もともとエアリアルボートは一つしか展開できない訳ではないのだから。
仮初の休息で整ったはずの呼吸の律動は一瞬の交錯の前に乾いた砂の如く崩れ、
キールは途端にその疲労を露呈することになった。
≪一撃、正に一回。たったこれだけでこの様かよ≫
閉めるよりも先に空気を欲するために開こうとする口から唾液を漏らしながら、キールは大気を浅ましく貪る。
『クレスが再び動くまであと5秒半。初手は』≪息が、止まる。全身が、重≫
先ほど飲んだ水が、もう汗腺にまで届いているのか。腕と顔に珠のような汗が目に入る。
だがそれを閉じている暇などキールにはなかった。目に染みる塩分の刺激すら思考の前には忙殺される。
キールの目の前でクレスが二歩だけ退いて、金色の盾を抜いているはずの男に攻撃が届かなかった驚きを滲ませる。
(どうする。どうやって)『その3秒後唐竹!!』(どうやって救えと)『対処後2秒で右薙ぎ、対処及び3手目演算ッ!!』
吸い切れなかった酸素を漏らすようなたどたどしさで、キールはエアリアルボードを補強する。
1秒あるかないかの一節でも、可能な隙間に術式を追加をしていかねば直ぐにでも霧散しそうな風の手袋。
止めたい。今すぐにでも飛んでフライパンを手に握りたいと、70億くらいのキールが同時に思った。
あの時もクレスの猛攻を支えるのに頼りなかったが、無手に比べれば聖剣ほどの有難味がある。
だが、キールは足指一本分さえも後方に力を込めない。そっちは死ぬからだ。
『駆動関節呼吸確認。過去参照、仮想参照、ルーティーン参照』
≪指が震える。髪の毛、飛んで。まともに当たったら、シ、使、死は≫
クレスが剣を大きく振り上げる。キールが相対するのは人間失格であるが、それでも生存者。
何度も同じ手が通用するような唯のバカならば、とうに死んでいる。
流すことしかできない盾に、その強度を問うようにクレスはハンマーを振り下ろすように打ち下ろした。
(なんでこうなった。どうしてこうなる前に止められなかった)
受け止められないそれをクレスが振り上げきる前に横に飛ぶ。
体液が混じって重くなった袖の裾がクレスの剣に掠められ、吊るされたハムのようにカットされる。
切れ目から見える脚は半ば痙攣しかけているのが誰の目にも見て取れた。
倒れるキールを草ごとカットするように地面擦れ擦れ。右の逆しまに薙ぐは魔剣。
(僕の計算は間違っちゃいない。それでも間違うというなら、何かが間違っていたからだ)
≪やめろ来るな来るなもう止めろ畜生畜生!!≫
斬られるかどうか刹那の瞬間、キールは掌を地面に叩きつける。
地面と手に挟まれた風は反作用を生んで反発する。どちらが弾かれるかなど見るまでもない。
右手が跳ねるように飛び上り、それに引き摺られるように右半身が辛うじて浮いた。
そうして僅かに空いた隙間を剣は縫うように潜り、その真上には今まで体と地面に押し潰されていた左手があった。
「エアリアル!」
右手と同じ要領で押し込まれる風の盾。キールを弾くと同時にクレスの魔剣を地面に叩きつける。
頭からごろりと一回転して、横に捻じれてもう一回転。
クレスが剣を持ち上げるまでの僅かな時間に、ようやくキールは地面を足につけ直した。
『三撃目の後四撃目直ぐ。まだリカバリの慣性が剣腕に残ってる。可動範囲に制限を付加。この条件下でクレスが可能と採り得るは』
<グロビュール歪曲の算出式、まだこれ短縮できる気がする>
持ち手を整えて直し、握り、剣を浮かせるまでの三手を2秒掛からず為すクレスの巧みな捌きを眺めながら、
キールはぶつくさ言いながら、どろりとすら表現できそうな黒目をクレスに向けていた。
十秒にも届くか怪しいほど短くも、苛烈の一言では足りぬ濃密な交錯。
それを観ながら佇むコレットはある種の呆然を感じていた。
クレスの拳によってどろどろにされたはずの男性が、気づいたときには立っていた。
まるでコマ落ちしたかのような光景の欠落。それは彼女を唖然とさせるに十分な不可思議だった。
だが、今の彼女を呆然とさせているのはそれではない。
驚くよりも早く、高く上げられた小瓶に目が行き、そしてその間すら遅いとばかりにクレスに向かっていった人。
彼の手にはフライパンすら握られていなかった。そしてそのまま戦いだし、そして10秒生き延びている。
そして今も、紙一重よりも深いところで辛うじて剣閃を裁いている。
「クレスさんを相手にして、まだ、立ってる……?」
前後の状況を鑑みれば不謹慎ともいえそうなコレットの一言。だが、それは確かに認められるものだった。
コレットはこの島で唯一、こうなってしまう瞬間のクレスの力を知っている。
互いに満身創痍とはいえ一切の手加減も正道邪道もない、あのコングマンを一閃で葬る絶技は彼女の瞳に焼き付いていた。
だからこれを喜ぶべきか悲しむべきかという前に、まず疑問を抱かざるを得ない。
身を守る武器を手放し、手だけであの剣を相手に取る。
あの剣と剣士に深い縁を持つ彼女だからこそ、その無謀はよく判っていた。
あのコングマンでも最後にはそれを出来なかったのだから。その差を考えてしまえば厭でも思う。
本来なら既に死んでいても可笑しくない。否、既に死んでいなければならないほどの差。
だが現実に繰り広げられている光景の中で、クレスはキールを殺せてないしキールは辛うじて凌いでいる。
「もしかして、見えてるの?」
自分はほとんどあの男性のことを知らない。だが、それでも、彼の剣に対応出来る人間がまだいたというのか?
実はあのボロボロの青年は今までやられたフリをして、その本来の実力を隠していたというのか。
「違うよ」
まるでコレットの推論を聞いていたかのように、彼女の耳に幼い声が聞こえた。
メルディ。今この目の前で死を演じている男が全てを捧げると決めた女の名前。
「キール、そんな器用じゃない。運動からきし。だからそんなの出来ないよ」
心はくすんでいても、記憶は欠けてはいない。だからこそ疎ましきそれを懐かしむように咀嚼しながら彼女は言った。
キール=ツァイベルに運動神経はほぼ無い。
キャンプポイントに来るたび休んだ方がいいと提案するような奴にそんなもの期待できないし、本人も恃まないだろう。
「だから、きっと考えてる。どうやったら避けられるか。どうやったら死なないか。全部全部、考えてるよ」
熱が微かにしか込められてない言葉には期待と言うよりは、事実を論ずるような響きがあった。
E2での死闘が終わってからキール=ツァイベルがどれほどまでにクレス=アルベインを警戒していたか。
それは今更言うまでもない。
その緻密すぎる作戦は時空剣士であるロイドに頼り過ぎてやや硬直気味だったが、
それが逆にキールがどれだけ危険に思っていたかを示していた。
シャーリィが死んで脅威が絞られ、ロイドが直に使えなくなると判った後、
ミトスを懐柔するなら確実に相手をしなければならないという段になってからはそれがさらに顕著だったといえる。
呪い返しでクレスを手駒にしようと考えたくなるほどに、クレスという存在はキールにとって避けうるべき危険だった。
ミトス懐柔もロイドを捨て駒にすることも、クレスとの直接戦闘を避けて優位を得ようというベクトルがある。
キールは戦術的にクレスを相手にせずに戦略で押し切るつもりだったのだ。
ロイドを捨て石にして時間を稼ぎ、ミトスという火力を経て術にて圧殺する。
全てがキールの計画通りに進めばそれも上手くいっただろうが、もう叶わないそれを望むのは詮無いことだ。
クレスの力を測りかねたが故に対クレス戦術をロイドに頼ったキール。
「ずっと、キールさっきまで見てたから。みんなを、全部を。だから今度はきっと考えてる」
だが、キールには一つだけその時と違う点があった。
防戦一方の虐殺時間。防いでいるのはその風だが、防げるという確信は其処にはない。
<あの時のカルボナーラ、卵が全部固まってたじゃないか>『戦闘データ抽出、必要箇所を整理』
『ロジックに当てはめて算出を合計3ループ』(初期値が間違った。このやり方じゃ、メルディを救えるはずがなかった)
『6手まで演算終了』≪腹が、軋んで痛、あう、あがっが、息≫『以降8手までを3パターンまで絞り想定開始』
「それに、キールは準備が無かったら絶対あんなことしないよ」
剣筋、剣閃の速さに初速の間合い。真空破斬。獅子戦吼。時空蒼破斬。空間翔転移。そして冥空斬翔剣と零次元斬。
この二日間でほとんど得られなかったものがこの一分そこらに手に入ったというのは皮肉以外の何でもない。
情報とは、大抵それを一番必要とする状況を過ぎてから得られるものだ。
キールの口は恐怖と喜悦が綯い交ぜになったように歪な形をしていた。
アルベイン流剣術と、時空剣技の二つを奥の手レベルまで晒してくれなければキールもこんな博奕は打たなかっただろう。
だが、打てる。キール=ツァイベルは幾人もの戦士によって散々に晒された情報から、
クレス=アルベインの持つ手札に当たりをつけていた故に。
「そんなの、出来るの……?」
素直な疑問が否応にも漏れる。彼女のそれは至極当然。
そんな一目見ただけで、剣筋や行動が読めるものなのだろうか。それすら第一に疑ってしまう。
「…………キール、バカだよ。やっぱり」
嘘、とコレットはその小さな口から漏らしそうになり危うく止めた。
それが彼女を追い詰めないためか、はたまた別の動機から来るものか自分でも判らなかったからだった。
少なくとも、彼女の瞳ははキールがクレスの行動を読み切ることを確信しているのだろうか。
ならばなぜとコレットは思う。それを分かっているはずのメルディの瞳はなぜも変わらず暗いのか。
「でも、結果はきっと一緒。何も……変わらないよ。だから……」
キールがクレスの技をそこそこ識った程度で補えるほど、この絶望は浅くはなかった。
隙を付いて逃げようとする気も起きないくらいに、それは深かった。
確かに、とキールが持つケイジの中のゼクンドゥスは手首で頬を突いた。
外の時間の流れを認識しながら、キールとクレスの戦いを見物しているゼクンドゥス。
既に興味のピークは過ぎており、結果が出るまで手を出す気にもなれない。
何より、これは戦いと呼ぶにはあまりにも差が有りすぎた。
「…………その策、悪くは無いが、遠いな。その前に力尽きるぞ」
世界と隔絶されたそこで、呟くようにゼクンドゥスは言った。
彼はこの場の全てを把握していたが故にキールの狙いも、分かっている。
細部までは分からずとも、その一点にさえ気づけば骨子はすぐに露見できるような策だった。
全ては其処に到達するまでの布石。
フライパンで戦ったのも、接近戦をあえて行ったのも、今も更に近づこうとしているのも。
キールが行ってきた何もかもがクレスにそれを気付かせないための、計画された伏線なのだろう。
まだその札は存在すらしていないが、その為の時間をキールは自らだけで稼ぐつもりでいる。
自らの計算によってクレスの行動を先読みしその攻撃を全て紙一重で避けることで。
危険ではあるが、キールが自らの手でこの状況を何とかするならば確かにそれしかない。
ゼクンドゥスをしてそう言わしめる最後のカードだった。
だが心からの同意は示せない。
クレスの攻撃を避けきるという根拠がつい先ほどに盗み見た幾つかの技、というだけではあまりにもお粗末に過ぎるからだ。
技を幾つか見た程度で凌げるなら、知識だけで下せるのならば、世に剣士という戦闘スタイルは成立しない。
耳鳴りすらしかねない程の音を轟かせながら、クレスの逆袈裟がキールの足もとから一気に爆ぜる。
手で捌く以上、此方の盾の範囲外である胸よりも下からの攻撃は限りなく避けうるべき事態だった。
『演算ミス、2手目は足掬いじゃなくて切り上げ』≪嘘、外れたって死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!≫
(先ずは正確な認識なんだ。誰がメルディをこうした?)<たった一手誤ればすぐに死んでしまう>
クレスの剣に速度が乗るよりも2秒も早く、キールは尻もちを突きかねないほどに大きく後ろに下がる。
≪いやだ、やめて、怖い≫<これが、接近戦>『トラブルシューティング・ケース3。即時修正パッチ対応開始』
(ロイドかリッドかマーダーか僕か、それとも運命か)
ミスを確信したのはクレスが逆袈裟を仕掛けるよりも一撃前だったからこそ可能だった回避だった。
(先ずは問題を認識しなければならない。そうでなくては、計算が正しくても答えは出ない)
どろりと何かが垂れる。避けきれなかった筋をなぞる様にキールの頬に、すうっと深い溝が生まれていた。
斬撃の通り過ぎた場所で髪の毛が焦げ、剣閃の筋道をなぞる様にぶつぶつと血が溢れ、
人の命が一秒たたず泡のように消えてしまい、その1秒が連綿と続く世界。
後衛にて術を唱える者たちが本来味わうことのない世界に、改めてキールは身の毛を震え上がらせた。
<これが、お前達の居た戦場なのか>『五手から先の推論を全て破棄!!再計算開始!!』
刹那よりも速い世界で無数の剣戟が交錯し、培った鍛練、磨いてきた技術、
彼らを彼らたらしめた人生の全てが一瞬で崩れ去る場所。それが本当の前衛戦。
制限時間コンマ2桁の判断を常に迫られる場所に、全ての未来を計算にて算出しようという莫迦の居場所などない。
完全なる未来予測・ラプラスの悪魔が存在できないとされる理由の一つだ。
筋肉の微細な動き、眼球の変化など、未来を予測するためのすべての情報が用意されていたとしても、
1秒先の未来を計算するために2秒を要していたのでは計算の意味がない。
まして防御側は常に攻撃側に先手を取られているため、更に猶予時間は短い。
「理屈では不可能なそれを可能にする要素……経験も、反射神経も、動体視力も、ましてや予測してから対応できる筋力も無い。
見てから計算して対応するというのは現実的に不可能」
だからこそ、その世界に住まう者たちは修行を積み感覚を磨きそれを可能とするのだ。
ルールブックを読んだだけでトップアスリートになれる奇跡など、キールに与えられるはずもない。
だが、それを踏まえてもゼクンドゥスはある疑念を収めきれない。
「ならば何故生きている。予測では得られない未来視――――――どうやって得た?」
籠の中のその疑問は誰に伝わることもなく、悲惨な拮抗は未だ外で続く。
たたらを踏むように三歩後ずさるキールにセオリー通り間合いを詰め、クレスは追撃を仕掛ける。
<尋常ならざる体技から強烈に放たれる運動エネルギー>
『突進。この状況から派生する追撃パターンを選別。完全限定まで1m半の近接を要す』
<だがその駆動は途切れることなく緻密。その上どこまでも合理的だ>
≪待て、いいから、とりあえず待って!!≫
<シャーリィ、デミテル、クレス。僕の知らない世界には、こんな非常の常識が幾らでもあるのか>
≪勝てるはずがない! ポテンシヤルの時点で明らかじゃないか≫
顔を青いのか赤いのか中途半端にしながら、キールは四歩目の左足を当人から見て右後ろに送る。
後ろ足で大地を強く踏みしめて体を押し止め、半身の迎撃態勢をとるまで約半秒。
その僅かな時間は、クレスが背中を右側に晒したキールの右に回り込むには十分だった。
半身を晒したことによって90度早く背後に回るクレスの剣は、既に攻撃準備を整えている。
完全に視界から失せた場所からの攻撃が振りぬかれる。
未来を予測する為の情報の断絶は、キールにとって致命的なミス以外の何物でもないはずの状況。
『―――――――――――誘導、完了。以後7手目までを収束整理』
<だから確信できる。通る。お前だけは、僕が真っ向から凌ぐ!!>
だが、それはキールによって呼び込まれたミスだった。
一切相手の方向を見ないキールの両の手が、正確に斬撃を弾いて飛ばす。
弾かれた剣を握る両腕が持ち上がり、クレスの胸部が一瞬がら空きになる。
相手が比較して明らかな弱者故の鈍化か、完全な無防備を初めて晒したクレス。
(考えろ、何んでメルディはこうなった? メルディはこの島で何を行い、何を行われた?)
『予定より2秒半回復が早い。賛成2割3分5厘。追撃中止。退いて再計算』
<それは解ける?>(解ける! 既に初期値は、この胸中に有る!!)
飛び跳ねる虫けらのように後方へ退くキール。それを見て逃げられたことを驚愕とともに確信するクレス。
既に意味はないとわかっていても筋肉はすでに命令を実行しており、弾かれた腕がそのまま振り下ろされて地面に深く溝を刻む。
眼球だけを回すようなクレスの睨みの向こうで、肺を握りつぶすようにしてキールが息を付いていた。
支援してもいいかな?
作者です。
>>252 願ってもないことです。では、宜しければ避難所に投下する分を代理でお願いします。
その頃ならさるさんも解けてるとおもうので自分が。
ゼクンドゥスの瞳が従来より僅かに大きく見開かれた。
「まさか……何も見ずに受け止めた、だと?」
提示された状況を莫迦のようにそのまま口にする時の神の言葉は決して無能の証とは言えない。
一瞬たりとも目を離してはならないインファイトの世界において、視界より逃がすということは命を相手に差し出すことと同義だ。
だが、クレスに命を差し出したはずの男の手は背後からの凶手を狙って撃ち落とした。
既にまぐれでガードできたというフロックの可能性は埒外に追い出されている。
それは仕留めそこなったクレス=アルベインの表情の捩子曲がり方から見て取ることができる。
ゼクンドゥスはキール=ツァイベルが与えられた視覚的情報から近似的未来を算出し、
対応することによってクレスの行動を予測しているものだと思っていた。
だが、この一撃は予測の仕様がない。何せ予測するための前段階のモーションを見ていないのだから。
背後からの攻撃と分かっていても、背後からくる斬撃が何かを分かっていなければ防御など出来る筈がない。
キール=ツァイベルは識っていた。背後に回られた時点でどんな斬撃が来るのかを見もせずに知っていたのだ。
「否、逆なのか。見ずに知ったのではなく、識っていたから見ていなかったと。
ならば―――――――訂正だな。愚者もここまで来れば大莫迦だ」
ゼクンドゥスは奥歯に詰まった何かを取り除いた後のような虚脱感と共にひとりごちた。
そもそも冷静に考えてみれば、彼の莫迦者にクレスの剣閃を一撃ごとに処理できるほどの動体視力があるはずがない。
事前に得られる情報など何もないに等しい。だから逆だ。
クレス=アルベインにあの状況で背後を取らせた時に、何%の確率でどのような攻撃が仕掛けられるかを識っていた。
キールが防いだのは、キールが想定したクレスの攻撃。言わばこれも一つの幻か。
「統計情報はそれだけでは未だ足りないはずだが……これも現実か……?」
汗と固まった血にへばり付いた青髪の向こうの眼球の曖昧さを見直し、ゼクンドゥスは確信する。
筋肉の動きや、微細な仕草から十数手など読み切れるはずもない。
キール=ツァイベルは、現在のクレス=アルベインの剣を見て一寸先の未来を計算・予測しているのではなく。
「標本、整理。追加デー、ダを、母集団につめ、て、再統計開始……!!」
得られたクレスの攻撃パターン。自分の反撃モーション。
全ての状況を過去の情報に落とし込むことで、集合的な確率を弾き出そうとしているのだ。
STATISTICS――――統計と呼ばれる計算方法。
バラバラに散らばった無数のデータを束ねて集め、数値解析などの応用的手法からそのデータに法則性を導き出す算界の魔術。
過程から結果を求めるのではなく、得られた無数の結果を見ることでそこに潜む過程を見抜こうとする技。
斬撃方向、連携、呼吸のタイミング。無数に存在し、互いが不明瞭でありながらも強烈に影響を及ぼしあうデータ群。
その全てを内包し、キールは膨大な計算処理から成るこの算術によって、クレス=アルベインの攻撃パターン・及びその確率を導き出す。
一のデータを式に当て嵌めて一の結果を予測する時間の無いキールに出来る、唯一の魔法だった。
『二手目フェイントの可能性82%。フェイントが来ると仮定して4パターン、念のため反例で1パターン構築』
≪頭が割れ、キシキシキキシキいずずる響いて鳴って≫
『三手目、A75・B22・C3。系統分岐。配分。Aを主軸として12手目まで演算』
外界では既に二人が応酬を再開していた。
鈍く緩くしか動けない手を最短の距離と時間で運動させて、クレスの攻撃を凌ぐキール。
もうその眼には現実など映っていないだろう。
外側の恐怖と内側の痛みに蕩け切った本能はデータという過去しか写さず、
それと無関係な位置に置かれた理性の計算機が出力するのは、およそ血肉の通わないいい加減な未来。
故にその瞳は今その瞬間自分に刃を奮うクレスを映さない。あるのは膨大な過去より計算される確率的な未来像。
誰が見ても笑うだろう。戦いは算数ではないと。
全てを計算にて解き明かそうというのは、世の理を知らぬ学生が一時見る泡沫の夢だと。
≪無理だ!そんなことは出来っこないッ!!≫<そんなことは分かっている>
捌き切れなかった剣閃に付けられた傷が渦巻く風に煽られて傷口を深く掘り進める。
ささくれを毟る様な激痛に脳の一部を悶えさせながらも、その脳漿は煮えたぎる様に未来を模索し続ける。
<だけど、僕にはこれしかない。人より賢しい程度の脳以外、クレスに渡り合うものがない。だけど>
空いた僅かばかりの合間に再び胸のあたりを手でなぞる。
<この賢しい頭でだけは、負けを認めるわけにはいかない。だって>『今現在のクレスのパターンは、解析可能だから』
両の風でクレスの白刃を取るようにして挟んで弾くキールは、涎を止め処なく垂らしながら自らに確信を説いた。
それと同時に首を横に伸ばして斬撃を避けるキールの頬に、もう1つ赤い稜線が重なる。
読みきれるはすのない攻撃を読むという無謀。
それを為そうという以上、何の目算も無しに実行に移す程、キールは博徒ではなかった。
統計によるクレスの行動パターンの推定。それを行えるという確信があってこそ、この死線に自らを晒す意味が初めて生まれる。
「先の戦いは前哨戦、か。全ては、統計に必要なデータを集めるための言わば前戯」
なんとも危険な火遊びだ、とゼクンドゥスは溜息をついた。
恐らく、先のフライパンによる攻防は本当に統計予測が行えるかの最終的なデータ採取の意味があったのだろう。
外目で見ただけでない、血風吹き荒ぶ中で得る生身のデータを。
無茶と無謀を相加平均して二乗したような発想だが、理合は通っていた。
キールがクレスと一対一で闘うならば、其処に至るまでの過程はともかく近接戦闘は避けられない。
そして、その中でクレスと渡り合うならばたった一つのミスが致命傷足りうるゆえに、一手たりとも外せない。
一見全てがキールにとって都合よく出来ている展開のように見えるが、実際は逆。
何か1つでも都合よく行かなかった時、キールの命が潰えるだけなのだ。
―――――ここまでが、キール側が“あの”クレスと戦う上での大前提。
それを成立させるためには、クレスの一挙一動を逃さず把握する必要がある。
クレスが発する様々な事前の信号を逃さず拾い上げ、
右脳の想像力と左脳の構成力全てを回転させて成立させる「確定予測」という手もないわけではないが、
それは類まれなる接近戦のスキルが必要であることは前述の通りだ。そしてそれらの才能がキールには欠如していることも。
更に、疲労・恐怖・別問題への演算。様々な事情によってキールはそれだけに集中することも出来ない。
故に「統計推定」。クレスの行動、そのアルゴリズムを分析することを選んだ。
言わば、対クレス攻略の為の書物を頭の中でリアルタイムに編纂しているようなものだ。
「だが、足りんな。推定統計からクレスの全容を解き明かすには、データが圧倒的に甘い」
支援
キールが生み出した本当の剣。それを見てもなお、外界を傍観するゼクンドゥスの表情は硬い。
未来を予測することに問題が山積するのと同様、統計による未来の推定にも困難が付きまとう。
無数の結果より過程を導き出すならば、その結果群が信頼できるデータであることが絶対条件となる。
それさえ一度手に入れば、分析・推定は数学的に為す事もできるが、その収集は難しいの一言に尽きる。
キールが得たクレス=アルベインの実質的な戦闘データは大きく枠を設けたとしてもロイド&ヴェイグ戦とグリッド戦のみ。
とてもではないがクレスの行動の全てをパターン化して見切るには情報が足りなさ過ぎるし、
そのデータ自体が、データを生み出すクレスの気まぐれとデータを観察するキールの主観によって公平性を失う。
本来なら統計とは気の遠くなるデータ量と分析時間をかけて、大理石から塑像を取り出すように地道に緻密に作り上げていくものなのだ。
この短時間のデータ量での未来推定は、結局の所画餅に過ぎない。
<そう、出来っこない。人間一人の完全な攻略パターンを作り上げるなんて、いくら情報が有ってもできっこない>
結論―――――――情報不足。
たった四文字にして、知に縋ったキールを唯の餓鬼に貶めてしまう呪いの言葉。
だが、その呪いを前にしても、キールの目は濁ってこそすれ死んでいなかった。
<だが、全ての条件に制約が付いているなら話は別だ>≪痛、刺さ、刺さってってる≫
(キール=ツァイベルが自問する。何故、メルディはこうなってしまった?)
<だからこそ“今の”クレスという“剣士”のモーションだけは、推定できる>
頭の中でそう希望論を反芻しながら、キールは魔剣を避けるように尻餅を搗き、距離をあけるように転がる。
幾人もの戦いによって撹拌された路傍の石の幾つかが、転げる彼の背中や首の肉を穿つが、
彼の脳は一方で痛みと虫のように這いずる自分に嘆き、その一方でこれは想定できたコトだと認識を流し、計算を留めることはない。
計算を止めれば死ぬことには変わりないのだ――――クレスが術技を使えないと確信していたとしても。
一見してクレスは常にキールを一方的に攻撃を展開しており、圧倒的な優勢を得ているのはクレスのように思える。
だが、その相貌や呼吸の律動、いずれを見て取ってもクレスのそれはアドバンテージを得ている側のものとは程遠い。
瞳は虚ろを通り越して焼き魚のそれと区別が難しく、呼吸のざらつきは嬲られているキールといい勝負だ。
幽鬼と言えば様にもなるが、つい先ほどまでは兼ね備えていた静謐さのない今は半死体という方まだしっくりくる体だった。
「クレス、さん……」
両の手で口を塞ぎたくなる程の嗚咽を、内側の更なる内側から感じるそれを懸命に抑え、
それでも尚コレットの口から洩れる彼の人の名前は、まるでその名の人と目の前の存在を無理にでも等しくしようという響きがあった。
この場にて唯一、まだ“何かが始まってしまう前のクレス”を知っている彼女にとって、
そう言葉で確かめなければならないほどに、今の彼はかつての―――――否、つい数分前の彼とすら乖離し過ぎていた。
少しずつなどとオブラートに装飾する余地も無いほどに、
今の彼の闘いぶりからクレス=アルベインという個が失われていることに、彼女が気づかぬ筈もない。
否、その兆候はその前段階から存在していた。
キール=ツァイベルがマウントポジションで無数の殴打を食らう前、フライパンと魔剣の斬打が乱れ撃たれていたころから。
当たり前の話なのだ。いくらエアリアルボードで武装に補助効果を付加していたとしても、強化されるのはあくまで武器。
その担い手であるキールが強化されるわけではないのだから、撃ち合いになることそれ自体が一つの矛盾をはらんでいることを。
(……クレスさんは、出し惜しみする人じゃない。本当なら、きっともう終わってる)
コレットが見たクレスの戦いは、この村での出来事を除けば三度。
暴走した青年との戦い、マグニスとの戦い、そしてコングマンとの戦い。
戦績でいうならば負けが色めくが、その戦いぶりはいずれも理合いに則ったものだった。
クレスは力ではなく技で制するタイプの剣士であり、少なくとも意味もなく手加減をするような人物ではない。
大技など要らない。ちょっとした小技を絡めて少しコンビネーションを仕掛ければフライパンがあろうが無かろうが、
地力にて勝るクレスが剣の届く領域で素人のキールと五分になる筈がない―――――クレスが技も使えないほどに弱まっていない限りは。
「こうして考えてみれば、この滅びは必然か。寧ろまだ戦えるだけでも驚嘆するところだろう」
魔剣の嘆きを聴くようにして、ゼクンドゥスは哀れみすら覚えるようにクレスを眺めた。
ある魔術師の手にてその想いを歪められて存在するクレス。
だがその心は歪められても尚折れず、その狂気は魔術師の人形としてでは無くクレスのものとして保持され続けた。
魔術師亡き後、僅かばかりの強制力からすら解き放たれた狂気は呪いの制約<禁断症状>すら塗りつぶし、
むしろ呪いすらも味方とし、五感への極限にまでの引き上げをして、結果として彼は一つの悪夢にまで昇華した。
禁断症状すら押し潰すほどの強烈な情念。
全ては魔王を打ち滅ぼして囚われたお姫様を救う為という、何処までも子供じみた幻想こそが、
狂い壊れかけながらもギリギリのラインでクレスをクレスのまま引き止めていた。
だが、幻想は一人の少女の手によって完膚なきまでに終わってしまった。
彼が脳裏に描いていたハッピーエンドなど、この世の何処を探してもないことを知ってしまった。
クレス=アルベインが存在する理由が、音を立てることさえなく喪われてしまったのだ。
拠り所を喪った狂気はもはや狂気ではなく、唯の妄執に過ぎない。否、執着する対象すら今の彼には無いのだ。
今さら幾ら強さを求めようが、強さを求める理由を喪った今それは慰撫にもならない。
何せ何処まで強くなればいいのか、倒すべき指標も無いのだから。いくら堆く積み上げようが砂は城にはならないように。
我を支える中心核を失った今、クレス=アルベインに残されたのは悪魔の契約――――――今まで払っていなかったそのツケの返済。
一気に脆弱化した彼の自我を容赦なく犯しむるのは、彼の呪い。今までの反転、俗にいえば悪い方にキマッた薬物。
既に最後の薬物を摂取してから数時間が経過している。
そしてそれは同時にロイド・ヴェイグ・アトワイトにグリッドと今までで一番永い戦いの時間でもある。
意思なくして耐えられるものではなく、挙句もう一人の悪魔の手によって薬の存在を明確に想起させられた今、彼の内側は急激に削れている。
いや、外側も失われているのかもしれない。馬乗りになってなお貧弱な魔術師一人を殴り殺せなかったのだから。
ここにいるクレス=アルベインはクレスである唯一の証明すら失った、唯の薬物中毒者。
クレス=アルベインでないものが、時空剣技もアルベイン流も使える道理など無い。
それでもクレスがまともに剣術を振るえるのは、その肉体に積み重ねられた武練の蓄積の賜物であることは皮肉でしかなかった。
半ば無意識ですら振るえるほどの剣であるが故に応用がなく基本にどこまでも忠実。
故に、キール=ツァイベルが扱うべき計算は誘導すら可能となり、さらに容易となる。
『状況再整理まであと2秒半』
(簡単すぎて話にならない。それは、メルディがネレイドに囚われたからだ)
『前十手に於ける特技使用零秘技使用零奥義使用零』
(重ねて自問。何故メルディはネレイドに囚われた?)
『時空剣技使用零。以後十手までに通常技から技を繋ぐ可能性、三位以降四捨五入して3.65%』
伝え聞く限りのE2におけるクレスの闘いぶり、それと現状を比較してキールは確信をもっていた。
先日のデータと比較して明らかに技のバランスに対して時空剣技のウェイトが大きく偏っている。
次元斬、空間翔転移、虚空蒼破斬――――そしてあの零次元斬とやら。
確かに剣技の枠を超えた強烈な特性をもって他者を圧倒する技だが、撃ち過ぎだ。
キールは剣術など本に書いてある程度のことしか知らない。
クレスのような剣術の権現のようなものにしか分からないものがあるかもしれない。
だからこそ、素人には数字としてのこの差異が際立って映る。
『念のため全体使用数における先ほどの真空破斬と獅子戦吼の割合を検算。
“クレスは現在アルベイン流を使えない”という仮説に対して再度仮説検定開始』
再度計算を行いながらも、キールの脳裏ではもうそれは決定事項として扱うべきことだった。
術技を全て使用不可、通常攻撃のみ対象とする程の制限でも掛けない限りは、
クレスのパターン解析など一朝一夕で構築できるものではない。
その最終確認としての意味合いを、あのフライパンの応酬は含んでいた。
キール=ツァイベルが博打を張ったとすれば、それはクレスと素手で戦うことではなく、
不確定な仮説を立証するためにフライパン片手に火中へと飛び込んだ此の局面だった。
尤も、分が悪いというほどのギャンブルでもなく、
万一仕損じた時は迷わずメルディを抱えて逃げる目算であったことを考えれば生死を賭けたギャンブルには程遠い。
(それは――――――ああ、それこそが悪辣な話だ。決まっている。
メルディにリヴァヴィウス鉱が支給されたからだ。
ここが精神体であるネレイドを生かすに都合のいい、バテンカイトスだからだ
一人きりの時に、散々マーダーに追い立てられて、メルディがどうしようもないほど衰弱したからだ)
<当たり前だ。命を賭けるのは一回だけ。いくら相手が化け物でもそれ以上は使えない>
沈む夕日の相対的な冷たさを感じながら、キールは自嘲するように悪態を吐いた。
例え技をクレスが使わなくなった、或いは好意的に考えて技を使えなくなったと仮定しても、
キールが処理すべきデータ量が膨大であり、そして唯の斬撃も虎牙破斬も一撃即死であることには大差ない。
クレスを理想的な状況下で打ち倒すためには、このように潜るべき通過点が無数にあり、
一々斬撃の度に命を捨てる覚悟をしていたのではキリがない。それほどまでにキールには後が無かった。
(最初から、その可能性を“深く”考えておくべきだったんだ。メルディがネレイドに侵されたのは偶然じゃない)
<もう、僕には未来を託せるものがない>
(まず間違いなく主催者の恣意が混じっている。メルディを取り巻く一連の件は、必然によって組まれたものだ)
<僕が、この手で掴み取るしかない>
今度こそは、キールのそれは明確な自虐だった。
この大地に染み込んだ血の量は多すぎて、もう白い所は殆ど残っていない。
絶望が確定する前に死んだ奴らが託したときとは状況が違い、託すべき“人間”が居ない。
ましてやこの汚物と血に塗れたこの手は穢れが過ぎて、白いものを触れない。
残存ずる参加者全てを贄にして願いを叶えようとした自分には、託すに足る“資格”が無い。
物理的にも精神的にも、次はない。だからこそ、まだ命は賭けられないのだ。
≪眩暈が、酷い。景色が霞む。畜生、こんなことなら、あの時≫『変調。次の次、モーションが1秒遅れる』
(それを考えたくなかったから、ここまで走ってきたのに……どう考えても“出来すぎてる”)
≪リッドに苦任せて頭割死ねたら良かっ、潰た≫
悶え苦しむ脳の片隅で洩れる感情をキールは止めなかった。自分の弱さを罵倒し、叱咤する思考すら惜しい。
ふと或ることに気づき、彼の感情が苦痛以外のものに揺らいだ。
(だが、それを考え出したらキリがない。何処までが主催者の、ミクトランの思惑だ?
リヴァヴィウス鉱がメルディに意図的に支給されたとしたら“他の参加者の支給品まで全部意図が混じっているのか?”
僕たちを襲ったカッシェルがその後メルディを襲ったことも、
あのシャーリィがメルディを襲ったことも、ミクトランの手の内だとでも言うのか?)
<…………ああ、そうか。僕も、あの時はそのつもりだったんだな。忘れてた―――――思い出しただけで死にたくなる>
自分も一度は命を捨てて誰かに未来を託そうとしたことがあったことを思い出し、怒るように嘲笑う。
(莫迦な。マーテルの話じゃ兄とやらが死んで堕ちるまでシャーリィは彼女らの庇護下にあったんだぞ。
そいつの死ぬタイミングが、第一放送じゃなくて第二だったら、メルディとは“かち合わない”)
≪血管が、破、裂しそうだ。バチンバチンバチンって、足も手から≫
(カッシェルにしたって、メルディは所詮狙いやすい参加者程度の関係しかない)
<糞ッ! 後悔はしないと決めたのに、こうも女々しいことしか考えられないのか僕は!!>
一秒前の信念は、一秒後の苦痛に容易に靡く。誰もが持つ人間としての弱さをキールは呪う。
足掻けば足掻くほど、自分の惨めさにキールは自殺したくなるほどの衝動を覚える。
自分じゃない他の誰かならこんな下劣なことを考えなくても、もっと綺麗な方法を見つけられたのじゃないかと。
あいつらなら、自分のように弱くないあいつらなら、きっとなんとかできた。
(襲わない可能性は十分にあるんだ。これをマーダーをメルディに確実にけしかけることなんて出来っこない。
否、そもそもその後ロイドたちと合流して持ち直したと聞いたぞ? これはどう説明する?!)
そして勘違い甚だしい嫉妬に身を焦がす自分を処刑したくなるのだ。
お前らが勝手に死ななければ、僕が手を汚す必要はなかったのだと逃避する自分を。
(出来る筈がない――――――――全ての因果でも操作し切らない限りは)
『負荷増大。演算処理速度15%減。余計な思考の終了を推奨』
<もし――――――ミクトランが、全部の要素を支配して 僕達が筋書き通りに踊らされているとしたら>
軟弱な意志に晒される思考に厭な妄想が根を張るようにして侵食する。
いつだったか、自分の内側で生まれたある一つの仮説。
このバトルロワイアルが無限に近い回数を繰り返され、ミクトランはその全てを把握しており、
自分たちの行動は全てミクトランの手の内にあり、因果もろとも奴の筋書きにことが運ばれているというもの。
とてもではないが口に出せるものではない。口に出せば首輪が爆ぜる可能性が高すぎるからだ。
それが真実であるか否かは関係がない。真実なら、口封じに殺される。
そして真実でないなら“ロワイアルに抗う者を萎えさせる”から殺されるのだ。
それを肯定すれば一切の反逆行為は無意味になる。そして、それでも人を殺すことの出来ないお人好しは打つ手を失くす。
バトルロワイアルを喜悦的観点から観戦する者にとって、それは望まざる事態だからだ。
それは否定されるべき仮説、だが並べられた情報は否定しきれない仮説(論点が逸脱している。メルディを救う手段以外の模索は必要無い)
<だけどメルディを軸に状況を並べれば状況は自ずとこのゲームの恣意性に至る。
ならば何故主催者がメルディにネレイドを寄生させるように仕向けたか、その意図を考えるべきだ>
(それは同意する。だけど、その恣意性は証明不可能だ。解けもしない問題を解いている暇なんてない。
パンがない理由とパンを得る方法は混交して議論するべきではない。
況してや、この世界がミクトランの手によって繰り返されているかなど、無駄以外の何物でもない)
【それは“もしこの世界が繰り返しだったら、メルディを救う意味は無い”ことを暗に認めてないか?】
(は?)
【簡単な理屈だ。まず前提としてミクトランがどうやって因果を操ったか、その方法論は捨て置く。
もし、ミクトランが意図してメルディをこの状況に追い立てたと仮定すると】
<待て、それこそが議論の掻き回しだ>
【僕達がメルディを取り戻したあの夜も、メルディがこうして半分壊れた今も、その全てがミクトランの意中にある可能性が発生してしまう。
“何もかもがミクトランの計画通りなら、お前がこうして一人虚しく闘っていることすらも計画通りで、意味が無くなる”】
(論旨はもういい。主旨を述べろ!!)
【(僕)はミクトラン因果掌握説を、メルディを救えない方向への議論を避けようとしている。
それを真っ向から論破できない(僕)は心の内の裡で、メルディを救えないと断定している。
出来ないことを、しないことに置き換えて誤魔化しているってことだろう、それは】
<それは詭弁だ。ミクトランがこのゲームを無限に繰り返しているという仮説そのものが、情報不足で成立しない>
【成立しない≠存在しない、だぞ? だったら言い換えてもいい。メルディを救う手段が一向に見つからないから、
僕達はミクトラン因果掌握説というあるかないかも立証できない屁理屈に身を委ね始めている、と】
(莫迦を云うなッ!! メルディは僕が救ってみせる!!)
【碌な仮説も無いくせに吠えるな。『僕』は今からクレスを殺す。『僕』のその絶対の策がクレスを確実必殺必中に殺す。
こんな状況になってしまった以上ミトスは絶対に此方には寝返らない。故に何れ殺す。殺さなきゃ殺されるからだ。
分かるか?“もう時空剣士をお前の手札に加えることはできない”んだ。ならば自ずとメルディを優勝させる以外に手段はなくなる。
だが、メルディはあの様だ。一人生かしたところで、独りでは生きていけない。優勝者に与えられる願いを願うかどうかも怪しい。
判れよキール=ツァイベル。“もう、詰んでるんだ”】
≪イダいダダダいグあ骨、ビヒヒビビ指罅ッユビビビ皹ビビビビビ≫
【第一、どうやって救う? どうやって生かす? そもそも僕の云う“救う”って何だ?
命のことか? 心の癒しのことか? それともいっそ殺してやることか?】
<話にならない! これは完全な論旨のすり替えだ!!>
【黙れよ<僕>。これはメルディを救うための議論なんだ。その骨子である救う、という部分が不明瞭だから論が飛び散るのさ。
悪境・困難・危険・苦痛・堕落・不安定etcetc。さて、何から救う? 何から救うにも、手段はあまり残っていないけど】
(糞、糞がッ! 一々言われなくてもそんなことは分かり切ってるんだよ!!
メルディを救うには、メルディを何からどうやって救うのかを明確に定めなきゃいけない。
その為には、メルディが置かれた状況を正確に認識しなきゃ成立しない)
<おい(僕)、止めろ、その考え方は不味い!!>
(それを突き詰めていくと、どうしたって途中でミクトランの動きを推察しなきゃいけないくなる。
どうやってメルディを追い詰めたのか、何が偶然で何が必然なのか。そしてその目的は終わっているのか続いているのか)
<その結論だけは駄目だ、終わるぞ、何もかもが!!>
(そして“その全てを解き明かすことは不可能”なんだ。≪チクチクジクジクズグブ≫島が半分隔絶され、
大多数の参加者達が死んでしまった今となっては)『反応速度さらに減少。動作パターンを3種から2種に削減』
<摩り替ってるじゃないか! メルディを救うこととミクトランの意図は同一のステージに上げて議論することじゃない!!
分けて考えなければ正確な≪ずは、らへ、吸う、ひぃ≫認識すらままならないだろう?!>
【“分けて考えていたらそこに行きつくから”今こうなってるんだろうが】
<煩いッ!! さっきから僕達の≪ゴリって関節がこうゴリって≫揚げ足を取ってばかりで、
何一つ建設的な意見を立てないくせに!!>『熱処理急げ! 過負荷増大!!』≪あ痛ずんバズ≫
【あるに決まってるだろ! 非建設的な意見を挙げているのは僕達の方だろうが!!
こんな無駄な議論をする時間が無いことくらい判ってるだろ!?】
≪ひぃっひいいぃ息ギチッチギジジジジチ痘痕チチチ、アバラバラ肋≫
(だったら何がある! 想定しきれない物も含めた全部の可能性からメルディを救うことは不可能なんだ!!
お前は、一体何から、メルディの何を救おうというんだ!!)
【―――――――――――メルディの、命だけでも救う。“もう一度、ミトスとの打診を検討するべきだ”】
<(…………お前、何を>)
【ミクトランの意図のすべてを読み切るなんて、不可能なんだ。“だったら計算に入れない方がいい”。
だから、条件を絞るんだ。≪伸びッ筋逆伸びッ≫そうすれば正確な過程から≪ずあいだいいだぃだだだ≫正しい答えが導出できる。
ミトスとの共闘が不可≪お前らッ少ッはこっぢぎぎゃ≫能だというのはまだ推論にすぎない。
奴も奴で僕達の様に不測の事態に陥っている可能性がある。『パターン構築2限から1限ッ! 全状況への対応不可!!』
ここでクレスを殺して、エターナルソードを手にいれて、コレット諸共を餌に取引を持ちかける。
向こうも無碍にはしないだろう。得体の知れない奴を相手取って妄想に耽るよりかは、滅法現実的だよ】
<お前≪なひ、どま≫それでいいと≪もう、動け≫本気で思っているのか>『最終警告! 即時≪辛、厭≫ソフト終了せよ!!』
【――――――――――――あれもこれもに手を出して、何の算段も立たないよりはマシだよ。
僕達は所詮何処まで行っても理論屋だ。有の知識から有を生み出すことしか出来ない。
僕達は全てなんて抽象的なモノを救う天才的発想も持たない。“現実を見ろよ”。
僕達は、キール=ツァイベルは何処までいっても、凡人に過ぎないんだ。】
『――――――最終判定、二手目回避不能!! 防御!防ギ』
「え?」
もう何度捌いたか数える記憶野すら摩耗したキールが、
振り下ろされたエターナルソードを機械的に捌いきながら頓狂な声を上げた。
剣は算出結果通りに振り下ろされて、出力結果通りにキールを避けた。
その顔に刻まれた無数の雑傷の中には今の攻撃で発生したものはない。
何が起こったか、本当に考えていなかった―――――今までの張りつめた糸が切れたようなそんな呆け顔だった。
<終った。不味>
落雷があった後の一瞬の停電のような、そんな僅かな思考の寸断。
直ぐにキールは、自分に何が起こったのか理解した。理解するよりも早く、認識した。
ぐぬゅ、という音が鼓膜の内側から聞こえる。続いて、視線を若干下へ。濡れた衣服越しにも分かる金属の冷たさが腹部に。
≪来る、下ッ、下からッ、お、ウオォンオッオッツオン≫
(畜生。結局そこかよ、僕じゃ何処まで行っても、僕に出来る範囲のことしか出来ないってことなのか)
骨盤と肋骨の間の軟い処をすり抜けてめり込むように入っているのは、クレス=アルべインの脚。
もう一度面を上げて、キールはクレスを見る。やっと徹った一撃という事実に、クレスの呼吸は大きな吐息を顕していた。
『無かった。そういえば、そうだった……“アイツは、蹴りを、使わなかった”けど、こいつは使うんだった』
統計に用いた母集団の中から外れた要素。鈍化した思考の更に外からの攻撃にキールは避ける手段も認識もなかった。
ドクン、ドクンとのた打ち回る腹の中。掻っ捌いたらきっと動物が出てくる。そう思えるほどにのた打ち回る腹の中。
ドクンドクギュルルルンルルゥ。鼠花火上へ、地殻マントル上へ、怪生物下から上へ。
≪せり上がって、うお、ドッ、食ドッ、灼ける。胃溶≫
胃が熱をもつ。過度な運動は内容物を凶器に変える。ペプシン徒党を組みて噴門を突き破る。
昇り龍が辺りを片っ端に焼きながら、食道を邁進する。鼻が、内側から桃の香りを思い出した。
「うぷっ」
頬がシマリスのように膨らむ。然し、人の頬袋は貯蓄性能を退化させているから、それほど膨らむはずもない。
水の味と果物の味と胆の中に溜まったどす黒い何かが纏めて彼の中で想起される。
「お………」
遅れた思考が再びバチリと立ち消えそうになる。
それは反応ではなく反射。始まってしまったら、もう人の意思じゃ止められない。
逆流物が、精神的にも肉体的にも内部での処理能力を飽和したとき、
「お゛お゛おぶげえええええええええええええぇぇぇぇぇええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
キール=ツァイベルに文字通り“虫唾が走った”。
タンパク質をさほど摂っていなかったキールの内容物に固形や粘性の少ないことだけが不幸中の幸運だった。
鼻腔まで上った胃液も素直に鼻から吹き出るから、最低限の気道は確保されていた。
代わりというかのように、濃縮された果実の酸が食道から口内にかけて徹底的に熱を孕ませる。
特有の渇きが口の中で火となって不快感を煽り、吐瀉は止むことは無い。
<じぐ、ぢょお……届かない、のかよォ……僕じゃ、そこまでしか行けないって、いうのかよォ……>
人が一生かけても得られるかどうか分からないほどの鬱屈と秘密を抱えたキールの胃は、
吐瀉物の構成が胃液から唾液と水だけに近くなっても止まらなかった。足りない水分を補うように、液に血の赤が混じる。
「おぐ、ごぶぅ、う、おげゃっ、うおえ゛え゛え゛っえ゛っ」
胃壁からの神経性内出血か、蹴られた際に血管が寸断されたか、あるいはそのどちらもか。
パンドラの箱の絶望のように、キールの中から裡出るものは止まらなかった。
考えても考えても先は見えない。答えは見つからない。見つかるのは手を伸ばすのも億劫なほどの徒労ばかり。
彼女はもう救えない。自分じゃ救えない。その計算結果だけが空しく答えを繰り返す。
数字の入れ間違い、記号の書き間違い、括弧による計算順序の間違い、何もかもを検算した。
でも救えないと答えは出る。ならば間違っている。絶対にこの計算は間違っている。
「ぼぼぉ、あ、ッガッガガ、うえ゛っお゛ごごっごごおッおおおお゛おぉお゛」
だけど間違いは見つからないという矛盾を、どう解釈すればいいのか。
(なら、これ以上何処に間違いがあるんだ? それとも、認めるしかないって言うのか!?)
“キール=ツァイベルが、この計算で正しいと、そう認められないだけか”。
メルディを形で救うことは最早不可能。今この場でキール=ツァイベルに出来ることは、
有無の判定できない妄想など今すぐにでも打ち切り、
限定的な彼女の救済―――即ち、彼女を優勝させる為に全計算を注力させることだ。
だがそれは彼女の救済になっていない。でも全てを救うことはできない。でも救いたい。
まさに、無限ループだ。キール=ツァイベルがどこかで妥協するまで終わらない無間の地獄。
キールの脚が罪と身体の自重に耐えきれなくなったように曲がる。腹がパンクしそうで、脳もダウンしかけている。
白目を向きかけて涙よりも汚い汁が腺より滲んだ眼球が、剣を握りなおしたクレスを確認した。
なんて無力で、弱いのだろう。実時間は恐らく5分も立ってはいまい。それでもこの有様なのだ。
何が、メルディの未来を取り戻すだ――――――――――――――身の程知らずにも程がある。
{そう、自分の身を責苛むことはありません。人は、弱く、不完全なのですから}
我ながら、恥の多い生き方だった。穴だらけで壊したくなる類の脆さだった。
{その中で貴方は、人の身で至る限界にまで到達しました。それは感嘆に値します。ですが、ここまでです。
況してや、貴方は只の人。異才を持たぬ貴方は現実に喘ぎ、現実に沈んでいくより他ない}
震えた瞳の映すクレスの魔剣がぽとりと落ちる。ざくりと土が数センチ溝を作る。
それでも、守ってやりたかった。分不相応だと分かっていても、叶えたい願いだった。
{ならば祈りなさい。神に奇跡を願いなさい。それこそが凡夫が奇跡を得る唯一の手段}
(嗚、それしかないか。僕じゃ届かないんだから、もう奇跡にでも縋るしか、手はないよなあ)
それは、キール=ツァイベルにとって全く埒外の発想だった。だが、理には適っている。
人の手には為せぬ業、それを為し得る者と方法があるとしたら、それは最早神か奇跡とでも呼ぶしかないだろう。
{祈りなさい。願いなさい。さすれば私は貴方の無力を赦し、無間の地獄より這い上がる力を貴方に授けましょう}
ぬるりとした体液塗れの手を顔に拭って、クレスは大上段に剣を構えた。
(僕は)
流動する内液は未だ止まらず。無ければ酸素を吐き出せ、二酸化炭素を吐きだせ。何もかもを出来ることなら内蔵すらも。
【僕は】
垂れるのは一本の蜘蛛の糸。あらゆる計算も理屈も超越した、奇跡という名の希望。
<僕は>
もう十分やっただろう。敗北を宣言しろ。せめて、退際くらいは鮮やかに整えろ。
≪ぼくは――――――――――――――――≫
{気に病むことはありません。貴方のような凡愚を救うためにこそ、私は定義されるのですから}
クレスの一蹴り、そしてキールの嘔吐。状況はもう決していた。
たった一度、たった一度でも喰らえば終わる戦力差だったのだ。そしてクレスはキールに一撃を決めた。
だから、もう夢幻の時間は終わりなのだ。そして現実に少女の甲高い声が劈く。
「もう、止めてください!! クレスさんッ!!」
コレットの泣き叫ぶような声は、クレスにもキールにも届かない。二人とも、嗚咽と狂喜が織り成す決壊の中だ。
あまりにも痛々し過ぎた。何度割って入ろうかと思ったか分からない。
でも、彼女の前で少女がその哀れな背中を向けて立ちはだかる。
分かっているのだ。自分たちが割って入っても、もう止まらないだろうことは。
それが、泣きながら嗤う男を知っている彼女にとっては余りにも辛すぎた。
自分を守ろうとしてくれた王子様は変わり果てて、もう――――
「お願い! 行かせて!! 貴女だって、こんなの望んでない!!」
「だ、めだよ……そしたら、ロイド何が為頑張ったか……」
莫迦の様に紡がれる言葉に、コレットは悲壮と焦燥を走らせる。
分かるのだ。彼女が今彼女として立っていられるのは、ロイドの輝きを見たからこそなのだと。
だが駄目なのだ。それはロイドが願ったことで、彼女が願うことではないのだから。
「ねえ……まだ、名前、聞いてなかったよね。……教えてくれる?」
逸る気分を懸命に抑えて、コレットは彼女の名前を聞いた。
コレットはその名前を知ってはいたけど、彼女の口から聞く必要があった。メルディは竦む様に答える。
「……メルディ」
「うん。メルディ、私も多分、メルディの気持ちが少し分かるよ。
どうにかしたくて、でも、どうにもできなくて、最後は何もしたくなくなる。目を塞いで、耳を塞いだ方が楽だよね」
そうして、誰かの導くままにある事のなんと楽なことか。
きっとメルディの言うとおりに逃げてしまうのも、きっと快楽なのだろう。少なくとも楽ではある。
「でもね、それじゃ駄目なんだよ。貴女はロイドじゃない。誰もロイドの代わりにはなれない。
悼むだけじゃ傷むんだよ。光を見つめるだけじゃ、何も見えないの」
闇だけを見つめていても闇しか見えない。だけど、光だけを見つめていても矢張り白色の闇しか見えないのだ。
ロイドは何処までも眩し過ぎたから。メルディに説いているコレットですら眩むだろう。
それでもコレットが眩まなかったのは、知っていたから。自分の傷を、拭えない過去を、そしてそれに向き合うという意味を。
口から紡がれる言葉は言霊となって彼女を傷める。傷んでいることを思い出させる。
「お願い。ちゃんと見てあげて。私はあの人を知らないけど、一つだけ解ってる。あの人は“貴女の為に、戦ってるの”」
だけど光に逃げないで、自分の傷から目を逸らさないで。そうしないと、本当に大切なものを見落とす羽目になる。
「……でも、メルディ、キールに酷い事をいっちゃったよう……」
今までよりも更にか細い声で絞るようにメルディは言った。
彼女にも痛いほど分かっているのだ。だけどどうしようもない。もう自分に出来ることなどないのだ。
「私もね、今貴女の目の前で戦っている人にね、酷いことを言っちゃったの。そしてそれは、きっとあの人を変えちゃった」
自分に言い聞かせるように、コレットは昔時を紡いだ。
「あの時のことが正しかったのか、間違いだったのか私には分からない。
分かってるのは、それがあの人にとってひどく辛い思いをさせちゃったってこと。もう赦されないかもしれないくらいに」
クレスのこと、リアラのこと、アトワイトにミトスのこと。覆えるものなら覆ってしまいたい幾つもの罪科。
「でもね、私は向き合わなくちゃいけない。自分が起こしてしまったことから目を背けたくない。だから、私は二人を止めたい」
それでもコレットは言った。傷つくと分かっていても言葉にした。その傷がもう惑わぬための証となることを信じて。
「どうしてか……? どうして、ロイドみたいなこと言えるか? なんで、まだ立ち上がれるか?」
メルディは今までよりもほんの少しだけ大きく、速い音でコレットに訊ねた。
それはロイドにも尋ねた言葉。疲れても、朽ち果てても、それでも前に進んだ人への問。
コレットは少しだけ目を閉じて、その問いを心に蒸留した。
知っている何かがあるわけじゃないけど、私と彼女は、酷く似ているんだと思う。
だから本当は私が答える資格なんて多分ない。罪を犯し過ぎた私は未だ笑えないから。だけど、
「――――――――――――――信じたいから。
何時かもう一度笑える日がきっと来るって、ロイドがそう信じてくれた今を失いたくないから
何時かもう一度笑える日がいつか来るって、私がそう信じられるかもしれない今を、棄てたくないから」
いつ辿り着けるかも、有るかどうかも判らぬ遥かに遠き未来。
だけどロイドは信じた。届くと、きっと届くと。今は無理でも、今より先に何かが有ると信じて笑った。
「だから、私は進むよ。何時か――――――何時か、ロイドが本当に笑える為に」
そう言葉にした時、コレットは自分の中で靄となっていた何かが明確な形を持っていく感覚を覚えた。
ロイドが笑える為には、コレットが笑えなければならない。コレットが笑える為には、ロイドが笑えなければならない。
だから、ロイドは最後まで“笑い切らなかった”。何時か二人が笑いあえる日が来ると、余りにも遠すぎるその夢を信じた。
コレットの目端から滴が零れた。本当ならもう二度と流すことはなかったはずの涙だった。
それを手で拭って、コレットはメルディを力強く見据えた。
「ロイドは最後まで笑ってた。きっと“貴方の笑顔も信じたから”。
だからメルディも目を逸らさないで。じゃないと、メルディが本当に笑えなくなるよ」
背中越しの問答、お互いの顔は見えず。メルディはその背中に確かなものを感じていた。
これがロイドが守りたかったものなのか。確かに、それは守り抜くに値するものだった。
「キール……」
それは音よりも弱い振動だったが、確かな洩れだった。
コレットは、強い。でも、自分はどうなんだろう。ただそうしなければと思いこんで、彼女を守ろうとしている自分はどうなのだろう。
クレスの剣が、ゆっくりと振り上げられる。その目の前で、キールが未だ嗚咽とともに悶えている。
あんなになって、自分を守ろうとしてくれている人がいる。あんなに酷いことを言ったのに、それでも守ろうとしている人がいる。
「キールゥ……」
そんな人に、なんと声を掛ければいいというのか。守られるに値しない自分に、なんということが出来るだろう。
でも、言わなければならない。“笑えなくなる”ということが、彼女には途轍もなく恐ろしいことのように思えたから。
謝罪か、謝意か、嘆願か。いつしかメルディは薄れてしまった心の中で懸命に言葉を探し始めていた。
それを見て、コレットはその愁いの表情を少しだけ和らげ、彼女の脇を通り抜けた。
これなら、なんとか鳴るかもしれない。クレスさんはまだ攻撃態勢を整えていない。
今なら走って止めに行くことが出来るだろう。後はメルディがキールという人を止めてくれれば、止められる。
一人では無理でも、二人ならなんとかなる。否、絶対に何とかしてみせる。
それが例え、どれほどに難しい奇跡だとしても――――――――――――――――
そう、神の奇跡は此処に起こる。メルディが、キールを呪うことで―――――――――――“さては皆様御待ち兼ね、惨劇の時間だ”。
メルディが発した言葉、その音速と彼女とキールの二点間距離の商が割り出す一秒にも満たない時間の後、それは起こった。
「お、あ、がっ、ああ、なああ、嘗め、どどぉ、あ、なむあああああおおおああぁぁああああああ!!!!!!」
倒れかけた体を無理に押し上げ、大きく手を上げる。その手には何の守りも無かった。
コレットはその尋常ならざる声に、思わず怯んで尻餅をついた。
(キール、××××)
血塗れた蒼髪を獅子のように浮かして振るかのように面を起こした。
彼の耳朶に入ったその言葉が、彼の中で電気信号に変わり脳髄を快楽物質でひたひたと満たす。
負けられないと、彼は唯そう思った。
あんなにボロボロになっても、自分を呼んでくれた。それが、傷ついた心にはとても嬉しくて仕様が無かった。
万の回復晶霊術よりも効果のある癒しだった。それにくらぶれば肉の痛みなど気にもならない。
「おおぅ、おず、が、回ぎしてだい、ざ、再度め、馬頭……フレイムドラッブ・連続詠唱<ダブルギョマンド>!!」
同時に、彼女の声の頼りなさに途轍もない悲しみと焦りが彼の胸を圧殺せんとばかりに縛り上げた。
あんなに苦しそうにして、それでも自分を呼んでくれる。彼女が一番苦しんでいるのに、今の自分は何一つ彼女に報いていない。
時間が無いのだ。自分の自己満足にもならない無数の計算など、彼女を現在進行形で苦しめる役にしか立っていない。
計算は後だ。先ずは目の前の乱数を排除しなくてはならない。
十三項三次連立方程式を十一項連立二次方程式に落として少しでも簡単にするように。計算など、後でもできる。
持ち上げた掌を力強く地面を叩きつけ、仕込んでいた術式を解放した。
キールが最初に放ったフレイムトラップ―――――――あの時、キールは式に隠れてもう一つのフレイムトラップを準備段階まで仕込んでいた。
だが、それをただ撃ったのではあの忌まわしき殺人鬼には当たりはしないだろう。
故に引き付ける必要があった。極限状態の極限までクレスと肉弾戦を“演じ”、クレスに思い込ませる必要があったのだ。
『キール=ツァイベルには、もう晶霊術が使えない』のだと。
フェアリィリング込みでギリギリの魔力量しか持たぬキールの目算通り燃え盛る炎の壁は再び現出し、クレスを朱に飲み込む。
「あ、ぎゃ、があああああああ…………あ…………あ!!!!!!!!!!!!」
舐めるように這いずる焔の中でクレスは絶叫を上げるが、それは直ぐに小さく掻き消えていく。
麻薬にて廃れた思考は完全に虚を突かれ、その状態で吠える叫喚は凄まじいが、
焔は無遠慮に開かれた彼の大口から簡単に侵入し、中を焼きにかかる。
同時に声を張り上げるための酸素含有の大気とて忽ち熱対流と二酸化炭素に奪われるのだ。声など出すことそのものが自殺行為である。
「ああず熱、焼灼、灼ッ、くそ、殺す、俺サマの剣で永久ニ焼殺斬殺モウ一度笑殺………ッッッ――――!!!」 」
しかし弱まれどその声は狂気の泉のように止まず、その魔剣を握り直し、斬りかかろうとする。
恐るべきは焼かれて尚強靭なクレスの肉体か。薬に湿気った殺意が熱を取り戻して燃え盛る――――――――――しかし。
「間違えるなよ、この無能が」
どん、とクレスの体にキールは寄り掛かるように体当たりした。彼の顔の表皮がちりちりと焦げる。
視界を夕日よりも濃い緋色に染められたクレスは無条件でキールごと倒された。
キールは最初から計算していたのだ。こんなものでは敵は倒せない。いつ不確定要素となってぶり返すか分からない。
獲物を前にして慢心し、無惨な最後を遂げた奴も遂げさせられた奴も、散々に見てきた彼に同じ轍を踏む気は毛頭無かった。
似非人道者や知性の欠如した正義信仰者の戯言と議論するほど無駄なことはないから“や”るかどうかの是非は問わない。
だが“や”るならば、徹底的に、完膚なきまでに殲滅しなければならない。それがバトルロワイアルなのだと、今の彼は確信していた。
そして、彼は“や”ると決めた。時間がないのだ―――――――今、彼女は泣いていると、その現実を直視しまったから。
「お前が僕を殺すんじゃあない。“僕がお前を殺すんだよ”ロイドと同じようにな、時空剣士<役立たず>!!」
明瞭にして酷薄なキールの言葉と共に、クレスの紅い視界が黒に染まる。
パン、とクレスの内耳だけを震わせる程度の小さな音と共に、何かが割れる。
球体の中に溜まった眼内リンパ液が内側より角膜を押す圧力は通常大気圧よりもやや高い。
既に毛様体による房水の調節機能も、薬漬けになったクレスの球体の眼圧は常人のそれよりも遥かに高く、
キールが手に持ったスティレットで切れ目を入れた瞬間、忽ちに眼球は弾ける様にパンと割れた。
しかし、そのナイフの軌道は止まらない。キールは別にクレスの目を潰したかった訳ではないのだ。
そこまで彼は露悪趣味でも、趣味に倒錯する余裕もなかった。
彼はそれが必要だと計算したからただ“眼球の奥の眼窩から直接大脳まで損傷させたかった”だけなのだ。
「が、この――――――――利く、もんかァッ!!」
キールの目的が眼球一つでは内ことを類稀なる超六感にて確信したクレスは、名状しがたい恐れを背中に覚えた。
それを必死で振り払うように左手でナイフを握った手を払う。
眼窩底七骨の壁に切れ目が入ったかというような辺りで、キールのナイフが弾かれて肉を割きながら飛ぶ。
既にキールは仕返しのように馬乗り体勢を整えており、それを振り払う様為には剣を握っていない左手を使うより無かったが、
それでも尚脳までの侵攻を許さずに留めたのはクレスの能力の賜物だろう―――――――キールの目算通りに。
「右眼球破壊。計算式よりクレスの視界補正を50%削減!」
十一項連立二次方程式は十項連立二次方程式へ。キールのその言葉は、クレスの右耳にしか伝わらなかった。
左耳は、鼓膜まで突き抜けるような風切音に満たされて、すぐに消えたから。
ストン、とクレスの耳に何かが入る。別段取り立てて驚くものではなかった。
さんざんッぱら破壊した村の、何気ない木片のような枝の一つ。それがクレスの左鼓膜を割っただけだった。
「ゴ、アアアッガアああ嗚呼アaa嗚AAAあああああアaあああ!!!!!!!!!」
「左鼓膜破壊。式より聴力補正を50%カット!」
痛みというよりは、耳に異物が入るという根源的な不快感に叫ぶクレスを見下しながら、キールは云った。
感慨は無い、というより耽る暇がない。未だ行程が終わっていないから。
「―――――――――――――――そのまま左三半規管削除!! 平衡感覚に減衰補正!!」
十項連立二次方程式は九項連立二次方程式へ。
支援
入射角を若干間違えて途中の内耳壁を割ってしまいそれ以上進めなくなった枝を少しだけ下げて、キールは角度を確り変えた。
むず痒さすら感じるほどの微妙な調整を中耳の中で感受するクレスは、こと此処に至ってその恐怖を名状の下に置いた。
一切の愉しみのない、遊びも無い、今までクレスが行ってきた殺人の間逆。
常に最短距離を模索して、完全に封じ込めて、反抗の余地を一つも与えない殺戮の行程。
前を向いて走るもの是後ろより追い縋るもののそれに弱し。
“弱者が強者を理知の極限を以て狩る時に或る恐怖”を、今クレスは初めて認識した。
傷だらけの内耳に、三半規管を満たすはずのリンパ液が流れ想像すら許されない不快がクレスを満たす。
最早まともな思考など出来る筈もないが、本能がこのままでは脳まで枝を差し込まれると悟ったか、
剣を手から離して逃れるように無理やり体をぐるりと回す。
一転してマウントポジションを取ったクレスはキールの喉を首ごと両手で握った。
右目と左耳からだらしなく垂れている体液を顔に浴びながら、キールの顔は一気に蒼褪めた。
「くそぉ死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!!!!!!!!!!」
唯力任せに握られるだけとはいえ、キールの細頸には充分な握力だった。
青筋を立てて、キールの舌が口から尖り出でる。
それを確認しながらクレスは透明な雫と赤茶色の液を両目から垂らしながら笑う。
「死ね、死ねっ、死しマ……ガウ゛ッア!!!!!!!!!!!」
その狂える笑顔が――――――――――――一転して大苦痛を顕した。
馬乗りにされ切る前に滑り込んだキールの左手がクレスの股間を握る。
別に男色趣味の無いキールは、睾丸を握った拍子に逃がさぬように確りと位置を確認した後即座に握りつぶした。
クレスが男性特有の痛みに悶え狂う隙間にキールはよろよろと立ちあがる。
鬼でも、一本しかない。悪魔は三本生えているらしいが。
一目すらせずに、あちらこちらを向いてキールは“それ”を探した。相手の状態などこの際どうでも良かった。
方程式次数項目減少ならず。“高々睾丸を潰した程度では”人は死なないと実証されている。
まして相手は痛覚があるのかも怪しいのだ。拷問紛いの無駄な行為をする気など更々ない。
キールは捨てたフライパンを拾い直し、剣も離して股間を抑えるクレスに一気に駆け出した。
「あ……ああ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁあああああッッッ!!!!!!!!!!」
声を振り上げて彼はなけなしの勇気を振り絞る。叫喚に僅かに麻痺した脳は程よく恐怖を追い出したと信じ込み、
その脳の命ずるままに、キール=ツァイベルはクレス=アルべインの脳を通る直線の軌跡でフライパンを振りぬいた。
ぱーんと小気味良い音。フライパンはさっきまでクレスの頭球があった場所で止まり、そのエネルギィを受けてこけしの様に吹き飛ぶ。
脳挫傷と推定。駆動伝達関係に補正。九項連立二次方程式は八項連立二次方程式へ。
未だだ、まだ足りない。シャーリィはあれでも死ななかった。油断は無謀と見るのがこの場合正しい。
両手で持って高く持ち上げ、振り下ろす。
「お前らは、最初から、終わってるんだよ。どいつも、こいつも」
陶器の割れるような音を確認。頭蓋骨軽度骨折。八項連立二次方程式は七項連立二次方程式へ。
クレスの胡乱な眼がビクリと動き、痙攣したように右手が動く。
「特別な、力が、有る癖に!! 勝手に生きて、勝手に暴れて、勝手に遊ぶ!!」
それが痙攣による反射か、或いは明確な反撃か。そんなことを悩む気など彼にはさらさらない。
理想的な殺害方法は万の数シミュレートできるのに、それを実現できないこの虚弱がもどかしい。
枯れ枝の割れるような音を確認。剥きだして肉から突き出た二の腕の骨折確認。七項連立二次方程式は六項連立二次方程式へ。
「そんなに勝手にしたけりゃ勝手に死ねよ! 僕が、手伝ってやるからさあ!!」
一回叩く毎に脳髄が震え、靄が晴れていくような気分をキールは覚えた。殺人への高揚感などではない。
一回叩く度に脳漿が澄み渡り、今まで解けなかった問題がすうっと解けていくことにただ歓喜していた。
尾てい骨が陥没。六項連立二次方程式は五項連立二次方程式へ――――――――――殺すことの是非を解いた。
今までの叩き方が非効率的だと気付く。動かない顔を確り抑え、取っ手の方で突き刺すように打つ。
叩く力が同じなら、“有効面積が小さい方が単位面積当たりの力が強い”のは当たり前だ。
左眼球噴出。酸化現象が其れを灼く。五項連立二次方程式は四項連立二次方程式へ――――――――――生と死の距離を解いた。
叩く音に水が混じった。ローブの中で下半身の何かが弾けたのを覚えた。無意味だ。
四項連立二次方程式は三項連立二次方程式へ――――――――――死の意味を解いた。
叩けば叩くだけ、世界の真理が解るような気がする。だから動かなくても叩いた。
三項連立二次方程式は二項連立二次方程式へ――――――――――生に意味など無いことを識った。
もう顔面の殆んどを開墾し終わっても、まだ叩いた。割れた頭蓋の狭間から酸化臭と蕩け切った脳が漏れる。
何度も何度も叩いた。苦しまぬように一撃で終わらせようという慈悲も、徒に長引かせて溜飲を下げようという嗜虐も無く、
クレスの強靭な肉体とキールの貧弱な膂力が、この“結果的拷問”を成立させている。それでもキールは構わなかった。
キール=ツァイベルを突き動かしているものは、紛れもなく愛だった。
血肉が酸化して熱を持った匂いに充實した愛だった。
愛する人が、傷つく自分を見ながら泣いているのだ。
彼女に泣いてほしくないから、一刻も早い排除が必要だった。それ以外の何の理由が要るだろうか。
二項連立二次方程式は一元二次方程式へ――――――――――世界と人の関数を造った。
よくある話だ。愛さえあれば人は何だってできる。自己愛家族愛親愛友愛、特に恋愛が好い。
よくある話だ。多少理合に反したとしても辻褄が合う。だから気にする必要も意義も無い。
“こんなに楽な手法も早々ない”。どんな反社会的な行為だとしても、倫理を踏み越えた行動だとしても、
愛さえあれば理解する必要さえなく納得できる。させられる。愛さえあれば、勝者になれるのだ。勝者にできるのだ。
叩けよ、されば開かれん。
肉を叩く。骨を叩く。人を叩く。音叉を鳴らして世の弦理を調律するように叩いて敲いて叩き尽くす。
愛を素晴らしいと思う。下らないほど有り触れすぎて理解できず吐き気すら催すほどだったが、今なら理解できる。
素直に愛を肯定できる――――――――――何故なら、愛はバトルロワイアルの中で限りなく完璧に近い戦術だから!!
「勝つんだよ、僕は、僕達は、絶対に勝つんだよッ!!」
方程式を判別――――――――――神の奇跡とその愛を体感した。
世の無数のゲームにおいて何故愛が腐敗すら起こしそうなほどに充満するか?
逆だ、逆なんだ。誰でも用いることが出来るくらいに洗練されたシステムだから使い古されるんだよ。
1+1=2が解けることを莫迦にすることなどできはしない。四則演算無しに微積分が行なえないことと同じ。
「正義と、愛はッ、必ず、勝つんだッッ!!」
何故こうも迷っていたのだろうか。答えは、最初からこの手が握っていたんじゃないか。
愛はどのような愛であってもその根幹に欲望を根ざしている。何かの生にベクトルを向けている。
だけど世界は理想よりも歪んでいる。理想定数なんて、実際の計算じゃ使えないだろ?
だから世界はいつだって理想よりほんの少し不完全で“誰かの生は誰かの死に直結している”。
そしてそれを突き詰めた完全なるゼロサムゲームであるこの盤上に於いて、それは一種の強大な死と変換される。
個人の愛情―――生への意思が、参加者全員というコミュニティを死へと追いやるのさ。
まるで自殺因子じやあ無いか。自殺は、究極の完全殺害法の一つに他ならない。
愛は生きることである。
この世界では生きることは誰かを殺すことである。
誰かを殺すことは誰かが死ぬことである。
誰かの総和は有限数である。
故に“愛は死ぬことである”はい証明完了。そら、すごく綺麗に収まるんだよ。古の先人達はそれを理解していたんだ。
重解。解は、たったひとつ。――――――――――――――――――世界<現実>は、「あい」で満たされていると確信した。
「だからッ、僕がッ、既にしてェ! 勝者だッっらああああぁぁああざああォアあああ!!!!!!!!!!!!!!!」
支援
簡単に使えて、即効性があって、その上応用が幾らでも効くからそりゃあ誰もが使う。
三流でも使えて、一流のプレイヤーでも使えるんだ。
これは陳腐だろうが低俗な感情だろうがマンネリだろうが使い回しだろうが使わざるを得ないさ。
だから使ってみたよ。ベーシックのベーシック。愛する人の声で立ち上がる男。捻りが無さ過ぎて欠伸が出る!
しかもあんなに強い殺人鬼の駒を単騎撃破だ。シャーリィの時の局面などメじゃない程の一方的攻勢かつ王道戦術!!
息を切らせたキールは脂塗れになったフライパンを無価値と吐き捨てるように捨てた。
そして、這い寄る幽鬼のようにしてコレットとメルディの下に向かう。
コレットは、腰を抜かしてしまった。腰どころか、寄るべき何かを失ってしまった。
自分のせいだと、厭が応にも認めざるを得ない。自分がメルディに、キールに呼びかけるように仕向けたのだから。
それが正しいことだと信じていた。それが正しくあれと願っていた。
抱き寄せるメルディの顔からは、もう何も浮かんでいなかった。希望どころか絶望も無い唯の人形。
そうでなければ、目の前の光景には耐えられなかっただろう。
それがもう戻ってこれない旅路である以上、それは耐えられなかったことと同じだが。
鬼ごっこだった。鬼は“憑く”ものなのだから、斃すことなど出来るはずが無い。
コングマンからクレスに憑いたように、唯クレスからキールに憑いただけなのだ。
馬鹿だ。私は今も、あの夜と同じことを繰り返している。
でも愛だから仕方ない。何処かの詩歌でも言っているじゃないか“必ず最後に愛は勝つ”って!
世界を侵しむるほどのエネルギィ! “私”にはまったく理解できないけど、便利なことは認めるさ。現実に使ってるしね。
切って嬲って叩いてもそれは愛なんだよ、素敵だ!! 愛で愛を愛に愛は愛が愛と愛愛愛って猿でも使える辺りが実に善い!!
キールはメルディを肉片と血漿に塗れた手で菩薩が珠を摩る様に優しく撫でた。
そして、ゆっくりと彼女をコレットから引き離し――――――――即座にコレットを蹴り飛ばした。
まだこいつには仕事がある。彼女を救う為にはまだまだ障碍があるから、使えるものはだいたい使う。
だがそれら全てを越えることが出来ると、“この”キールは確信していた。
コレットが力無く倒れる。もう、未来など微塵も期待できない失意に満たされた笑い顔だった。
それをグイと金髪を掴み上げて、キールは直視した。汚らわしい何かを見るような目つきで、嘲る様に、吐き捨てた。
出来る。今なら彼女を救える。その確信だけが、彼にしか理解できない方程式で顔面に綴られていた。
もう、希望など、何処にも無いけども、愛だけは腐るほどある。現実は正に愛憎醗酵の缶詰也。
「……選べよ。リヴァヴィウサを僕にかけて死ぬか、対ミトスの捨て駒として死ぬか」
だから愛を指してやったよ。愛に塗れて散りぬるはいつも誰かの常ならば、
チープ戦術そのままそっくり喰らって、浅き夢見に酔つて死ね―――――――――――“チェックメイト”。君の負けだ、『紡ぎ手』。
投下終了。本日はここまでにしたいと思います。
次は、明日の同じ時間からはじめたいと思います。
こちらの不手際を支えてくれた皆さんの支援に感謝。
次は最初から皆さんの力をお借りしたいと思うので、是非支援をお願いします。
乙です。明日も楽しみに支援準備しながら待ってます。
もう既に続きが気になって仕方ない…
投下乙です。
やっぱりこのロワは凄いと思った。
もう一回読み返してこよう…
超乙です
こんないいところで切るとか生殺しすぎる
乙です。続きが待ち遠しい…
投下乙です。これで半分とか凄すぎる・・・
キール・・・クレス相手に凄いけど、うひぃ後半は怖いよ・・・OTL
投下乙。
キール大ハッスルだね。
作者です。
まことに申し訳ないのですが、六時にパソの前に居られなさそうなので、
投下を十時からにしたいと願います。どうか宜しくお願いします。
それでは、投下します。
(――――――――――――――――――――――――違う“これじゃ駄目”!!)
メルディの脇を走り抜けようとして、二歩目を地面につけた時、コレットはその絵を視た。
泣き叫ぶ私。笑う闘鬼。打ち滅ぼされた王子様。かくして姫の言葉に呪われて、物語は惨劇の幕を開ける。
あの夜の地獄、過去の光景がこの今ある風景と重なる。
(そんなの、ホントは誰も望んでない、願ってない!!)
確かにそれでクレスを止められるかもしれない。でもそれは奇跡なんかじゃない。唯の悪趣味な再演<リテイク>だ。
(何で、何でもう少し早く気づけないの!! “だからロイドは最後まで言わなかった”んじゃない!!)
言葉は時に人を呪う。銃弾よりも速く、刀剣よりも鋭く、猛毒よりも早く、人を殺す。
誰よりもコレットの笑顔を希っていたロイドは、だからこそコレットの笑顔を言葉で求めなかった。
確かに、そういえば私は笑う。絶対に笑う。眼尻に涙を浮かべて、悲しそうに笑うだろう。
それでは届かないのだ。ホントウの笑顔は、ロイドが全てを捨ててでも願った未来にしかないのだから。
遅い遅い遅い。今更気づいて守備に回ってももう遅い。封じ手は既に指してある!
コレットは唇を噛んで血を流しながら、喉より競り上がる後悔を耐える。
今は自らの犯した過ちに悔いる時ではない。それを、本当の影にしてはいけないのだ。
(止まって、止まって!!)
しかし現実はそれを許さない。既に加速度をクレス達の方へ向けて、前足にしっかりと加重をかけたコレットは
慣性という名の種も仕掛けも身も蓋もない圧倒的物理法則に自らを縛られていた。
既にメルディは彼女から見て後ろに位置してしまっている。
正面を見ても、天使の目を持つ彼女が望むような新しい人影は一つも無かった。
“もうコレットに彼女が口を開くのを止める術は無い”。
チェックメイトと言ったろう? ここまで深く切り込まれたらもう受けは利かない!利かせない!!
言うじゃないか、備えあればロケットランチャー撃ち放題だって。準備の段階で気づけなかった時点で負けなのさ!!
「だ」
殆ど子音しか発音できていないような声で、コレットがメルディに声をかけようとする。
止めなければいけない。だが彼女はそこでもう一つの事実に気づく。
止めて、その後如何する? 否、その後はあるのか? “今クレスがキールを殺そうとしているのに”。
コレットは自分の周りに掛っている重力が2倍になったような感覚を内側より覚えた。
あの夜を躊躇う心が彼女に一つの問い掛けを生む。
自分のせいで、クレスさんは何か大切なものを見失ってしまった。それは間違い無い。
―――――――――――だが、“あの時声をかけなければ、クレスは死んでしまったのではないか?”。
今と過去が交錯するたった一つの命題。あの時声をかけたのは、本当に間違いだったのか?
今メルディが声を彼にかければ、少なくともクレスは倒せる。キールは生きる。だけどやはり何かが壊れる。
だけど声をかけなくとも、キールは今壊れようとしている。それに対し、何もしないことは正しいのか?
余りにも型に嵌った二律背反。どちらを選んでも、何かが壊れるように出来ている。
精神的にも、肉体的にも動きようを失くしたコレットを置き去りにしてメルディの口が少しだけ歪んだ。
(どうしたらいいの? ロイド……分かんないよ……!!)
メルディの小さな喉が幽かに震える。体内で音の素が蓄積していく。
(誰か……誰でもいいから、助けて…………!!)
何もできない彼女のそれは、もはや願いというより祈りだった。
身動きの取れない籠の中の鳥が、いつか籠より羽ばたく夢をみるような祈り。
さあどうする。そちらの手番だ。
@:メルディはキールを呼ぶ
A:メルディはキールを呼ばない
こっちはどっちでもいいよ? さあ、さあ、さあ。それともさっさと“それ”を使ってしまったら?
Please, your choice、Please。 Please! Please!! Pッleaaaaaaaase!!!
ほら(誰か)ほら
@A(誰か)ほらほらA(誰か)@ほらほら
ほらA(誰か)ほら@ほ(誰か)(誰か)ら(誰か)ほら@ほらほ(誰か)ら
ほら(誰か)ほらほら@Aほら(誰か)ほらほらほらほら@A@@ほら@ほらほ@(誰か)
AらAほらA(誰か)@(誰か)A(誰か)@ほらほらほAらほ(誰か)らほA@AA(誰か)ら@ほらAほらァB「未だだ」 なッ!?
「あばばああ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!!」
それは、余りにも奇怪な叫びだった。
コレットが俯きかけた顔をはっと上げて、瞑りかけた瞳を見開いてその叫びの方を向く。
彼女が見た光景の中には、今までのなんら変化もなかった。
颯爽と現れる英雄も、流星のように閃く幸運も、何もなかった。
何の奇跡も舞い降りないその場所で―――――振り下ろされようとしたはずの魔剣は、僅かに右上に弾かれていた。
誰もが、唖然とした表情を作った。コレットも、メルディも―――――そして目の前でそれを弾かれたクレスすらも。
「あ゛っ! あう゛ッ!! げほ!! ごぅおっ!!」
唾液を撒き散らしながら、噎せる音が夕陽の深まってきた空に溶ける。
赤い、赤い夕日。それを手で受け止めるようにして風の掌を天に突き上げながら、キール=ツァイベルは立っていた。
エアリアルボードが大気に溶ける。なけなしの魔力の尽き果てたような声。もう、初級晶霊術も撃てないだろうことが現われていた。
「えず、えう゛ッ……メル、おぐっ、……ずむ、あづッ………めずっ、づー」
嗚咽に交るのは人の名前か。えづく音が、一呼吸ごとに少しずつ声になっていく。
その名を呼ばれた少女は、胸の内で綴られた言の葉を心の箱に仕舞い込んだ。
息を呑む。彼の言葉のその先を聞くために、天を仰ぐその背中を見据える。
「びど、ぼどい、やづぁ……だばあ゛……ぼげ、な…えう゛っ、あ゛うっ…………
ばぼっ、まもっ……る、がら……ぼがぁ、おばぇばっ……ばぼっ、がら…………」
それは、泣いているようにも聞こえた。恐れもあった。惑いもあった。後悔すらもあっただろう。
「だがら…………だの、む…………もうずごじ……………待っててくれ………今、今なんとかずるから!!
はばっ、はなじ、そ゛うになったけど……ずびれそうになっだけど…………まだ、あきらめないから」
彼は、どうしようもなく弱いヒトだったから。その言葉は余りにも固く頼りとするには軟かった。
「お前の、未来だけば…………この手でぜっだい、掴んでやず。絶対に、絶対だ。ぞじたらも゛う、二度ど、離ざないッッ!!!」
そんな憐れな男の空しい叫びが、宙を舞う。信頼も信用も出来ない唯の言葉。
少女はその濁った瞳で彼の背中を追う。誰よりも頼りなく、誰よりも移ろう弱い背中。
だけど、その背中こそが彼女を背負ってきた。何度へこたれても、彷徨っても、最後にはそこにあった意志。
言い終えるだけ言い終えて、キールは息を荒げた。呼吸は未だ整わず。
だが、喉の通りは少しずつ整い始めている。『クレスの動向を精査。再行動までの時間を計算』
彼女からの返事があったかどうか、今の彼には分からなかった。
電気信号が脳の中で混線して音が上手く解らない。
【立ち上がってどうする? 今更逆転の手があるとでも思ってるのか?】
(あるさ。お前が軟い手段を軒並み潰してくれた御陰で胆が決まった。
生半可な覚悟じゃ届かない。【僕】はそう言いたかったんだろ?)
代わりに、彼の頭の中で無数の叫びが広がっていた。
≪……未だやるのかよ、アレ相手に、全然疲れが取れてないのに≫
その内の一つが心底不思議というように問いかける。
{何故なのですか? 何故、神の奇跡を、愛を受け入れないのです?}
(ここまでの論議でハッキリした。一発で解決するような、綺麗な計算過程じゃ届かないんだ)
<黙れ。そして死ね。そんなもの無くても、僕がメルディを守るからに決まっている>
『残り晶霊力から逆算して今の消費量でも足りない。エアリアルボードを一枚に限定。更に薄くする』
≪クソッタレが! その更なる無茶と無謀で矢面に立つと思ってるんだ!!≫
{それは夢想に過ぎない。貴方の力ではそれは叶わないのです。貴方自身がそう思っているからこそ私は在る}
<カカカカカカッ。そうだな、否定はしない。正直なところ、僕の手に余って今でも投げ出したい気分だ>
(他ならない【僕】が教えてくれた。この問題は、レポートの練習問題のように解けることを前提に作られたものじゃない。
僕たちは批判的な立場から、ありとあらゆる可能性を殺し尽くして、正解を掴み取らなきゃいけない)
{ならば、何故です。自らを信じず神を頼まず、貴方は何を以って奇跡を為すというのですか?}
『付き合えとは言わない。だが、薄くしなければどうにもならない。だからそれだけは譲らないよ』
キールの眼が、其処できゅうと引き絞られた。憎悪と殺意と怒気を練り合わせた黒い衝動だった。
≪ッ〜〜〜〜〜〜〜分かったよ! やるよ、やればいいんだろ!! ああ糞ッ、肉も、骨も軋んでいるってのに!!≫
<あいつ、最後に笑いやがった。あれだけは、解けたよ。アレの意味は>
無理をして笑うかのように心を弄ぶ。それを人は客観視と云った。
<散々っぱらメルディに色々吹き込んでたらしくてな、唯でさえアレなメルディが輪をかけてアレになりやがった>
『非効率的なのは承知している。だが“≪僕≫が痛みを手放さないでくれている御陰で『僕』は未だ自分の状態を明確に判断できる』
<お陰で僕は体の善い悪人だよ。笑える。でもな、そう考えると矛盾が一つ出るのさ。分かるか?>
声は答えない。キールは生傷を引き裂くように思考を弄り言葉を作る。
(解けてないんじゃない。未だ深さが、足りてないんだ。複雑化する計算、数値。全てを未だ取り込んでないから有効値すら出せない。
解かなきゃいけない計算式の複雑さに厭になって、何処かで楽な道を探してたんだ。答えの有無を、言い訳にして)
<あいつのバカ正直な性格から考えて、自分と関わった奴のこと心配しない道理が無い。深く関わった奴なら猶更な>
自重が混じった思考だった。表面にはおくびにも現れないだろうそんな漣のような感情だった。
<そんなあいつが―――――――自分の女一人取り戻した程度で笑うと思うか?>【無論、反語表現】
キールが片目を覆うようにして掌で顔面を覆いかぶる。指が頭蓋に減り込むかもと思いたくなるほどに力が指に込められている。
<それでも笑って逝きやがった―――――――ああ、理解したよ。是非を問いたくても、それしか、矛盾を解決する解釈が考えられない>
波打つ思考と沈む感情が交叉する。どうしようもない位に最悪な感情を、悦楽とは対極の嗜好で玩ぶ。
後、頼むぜ。
<あいつ、信じやがった。“この世界で誰よりもお前を信じなかった、僕を信じやがった”>
メルディのことは――――――俺じゃ無理だった。だから―――――――――
世界も、未来も、メルディも。コレット以外の全てを、他の奴に託して笑った。つまり、つまり―――――
<ロイドはな――――――――――――メルディが救われることを確信してたんだよ。だからコレットだけに全てを注いだ。
何の根拠もなく、僕があいつを必ず救うと“唯そう信じやがった”んだ。そうでなければ、あの馬鹿が笑って死ねる訳がないからな>
ニューロンが内側から感情に膨れて弾けるような気分を彼は覚えた。怒りの感情よりも硬度の高いそれを握り直して理解する。
最後の最後まで彼はロイドを利用し尽くすことしか考えていなかった。
最後まで理想を追い求めて滅んで逝くのなら、彼は喝采してロイドを見送れただろう。
<分かるか? あいつは、そんな僕が“自分の理想的な”メルディの救済を達成しうると信じて託しやがった>
(もう、妥協は無しだ。どの要素がミクトランの思惑で、どの要素がメルディを助けるヒントになっているかなんて、選ばない)
<楽観でも期待でもなく、“確信”だ。だから笑って逝くなんて、それこそ笑うしかないだろ?>
≪そんなことも分からないとでも思うのかよ莫迦! いいんだよ、痛いけど、苦しいけど、叶えられるなら割には合うから≫
(僕が知る限りの全要素を再検定する。どこかに真実があれば善し。無ければ、僕の知らないところに真実がある)
真贋の是非も、真実の有無も彼はもう疑っていなかった。ただ、彼はあると確信していた。
無いのではなく、その時は自身が辿り着けなかっただけ。そして今の彼は辿り着けると確信している。
見えざる自信が、彼の背中を推していた。
――――――――誰かが、未だ信じているのだと思える人間にしか得られない、一人では為し得ない力を。
<ここで僕達が折れてみろ。僕達はあいつの理想以下の救済しかメルディに与えられないってことになる。
僕達が奴の理想以下の能力しか持ち得なかったということ―――――――――――――――“僕”は、それが酷く我慢がならない>
頼った。何も持っていないキールに、何でも出来ると思っていたあのロイドが、頼った。
だからどうしたというのか。茶番だ。どこまでいっても、茶番に過ぎない。
今更の話なのだ、余りに遅すぎた。完璧な存在など無い。神だって滅ぶし、人だっていつか死ぬ。
不滅なる理想が無いように、ロイドとて、人に頼るような弱さがあった。そんなことに今更気づいても、もう遅い。
――――――――――――――――あいつの笑顔はお前が救ってやってくれ。頼んだぜ、キール。
ロイドも、キールも何も変わらなかった。淡く、儚い心。
そこには凡人も、非凡も無い―――――唯、人間が在るだけだった。
嗚呼、と彼は明瞭に理解する。それは捨て去った何かを取り戻したいと願う祈りか。
否、これは意地。未だ朽ちるには、余りにも自分は何一つ為してはいない。
『炉心確認。残存晶霊力残り僅か。メンタルサプライ・不能。メンタルチャージ・不能。
メンタルアップ・限定付き可能。能力使用及び活力補助を推奨』
【期待するな。ここは精神の牢獄バテンカイトス。
せめてセレスティアン側ならばともかく。ゼクンドゥスのようなイレギュラ以外で晶霊は当てにならない】
ロイドも唯のヒトだった。そして彼もまたヒトでしかないのなら――――――――キール=ツァイベルにも、未だ出来ることがあるはず。
<僕は、あいつを許さない。あいつの思想も生き様も、何もかもを認めない。“だが、だからこそだ”>
≪凌いでやるさ。未だ、終われない。あいつの痛みに比べれば、僕があいつらに与えるだろう痛みに比べれば≫
(回路が足りない。こっちに思考野を回せ)
『了解。分岐統計を4割カット。対クレスモーション想定方法を変更。更なるリスクを要す』
≪あれかよ、本気で始めるんだな。やってやるよ畜生、どうせ≪僕≫がもっと近づくんだろ、糞ッ≫
<あいつの願いなんて知ったことか。謝る理由もないし、償う気もない。ああ、絶対に譲らないね>
彼は心の底から赦しを請わなかった。資格もないし、キール=ツァイベルが赦されることに意味は無い。
<だからその上で、僕は僕のやり方であいつの理想以上の形でメルディを守ってみせる>
だがメルディという一点に於いて、それだけは後悔はさせないと、彼は心に吼えた。
その一点だけは、今の彼と過去のロイドの願いは完璧なまでに一致していたから。
{それが叶うと、本気で思っているのですか?}
<思うか思わないかじゃない。あるのは結果だけだ。僕は、ロイドでも神でも為し得ない方法で彼女を救う。
あらゆる要素は、その添え物にすぎない。利用できるものは全部利用して、必要なら屍で道を築いて笑いながら其処に彼女と至ってやる>
キールが獰猛な感情を抑えながら、手を懐に伸ばした。
ローブの中から若干湿った紙の束が現れる。汗でへばり付いた紙がゴワゴワと唸るような感触をキールは心強く思った。
偶々、本当に偶々入れていたそれが僅かにクレスの蹴りの威力を減じていた。なんとも益体の無い奇跡だった。
『クレスの予備動作を確認。再動まで、あと16』
<僕の手には神の奇跡なんか要らない。精々この程度の紙の軌跡で十分>
{そうですか。ならば、私は待ちましょう。貴方が、いつか深く頭を垂れて泣きながら奇跡を乞い願うその瞬間を}
約60時間。暇さえあれば補填追加してきた、この情報の結晶。
(第一次情報を整理、装填。一次より導かれる二次情報を設定。繰り返して第五まで待機)
リッド、ジョニー、モリスン、ダオス、ロイド、ミトス、メルディ、マーテル、ジェイ、ヴェイグ、グリッド、カイル。
<その日は、多分来ないよ。―――――――生憎と、元邪神の卵だ。僕が好きになった奴は>
≪ああ、ちくしょう。だよなあ仕方ないよなあ、仕様が無いよなあ! 好きになっちゃったんだからなあ!!≫
(この吐瀉物を飲み込むように、脳細胞を入れ替えろ。今までのような計算じゃとても辿り着けない)
キール=ツァイベルが直接接触して得、キールが書き記したメモに込められた情報そのもの。
それを、彼は高々と舞い散らせた。エアリアルに巻かれた紙が別れて舞い散る。
支援
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何でだ? 愛なんて、ただのマーダー増設と惨劇量産の体の好い言い訳だろ?
シャーリィも、リオンも、アーチェもチェスターもヒアデスもミトスも、全部全部そうじゃないか。
そんな、そんな愚かで馬鹿馬鹿しく下らない神経交感式が、私の指し手を狂わせただって?
それを、それを認めろっていうのか……この茶番を!?
<神の力も何も無い、誰でもないこの僕が至る。奇跡の一つや二つ、その程度だって証明してやる!>
彼の意思は弱かった。それは、何も無い人の当然の弱さ。だけど、それは弱さだけではない。
欠けた意思も、幾度も転がって、擦り切れて、磨かれて、そしてやがてまた意志となる。
変わらないものなどない。だが、その意志は紛れもなく不朽のもの。真実の不滅。
それを、きっと永遠と云う。
ぐふ、ぐふふふふっ。永遠? 成程、永遠か。永遠と来たか、その返し手は考えてなかった。ぐふふふふ。
―――――――――――“そんなものは存在しない”!!
エントロピーは常に増加する。外部からの生体の出入りを原則として認めず、
死者の発生という不可逆変化を繰り返すこの閉じた現実で、定常或いは再帰状態で評価される永遠は存在し得ない!!
滅ぶという運命は覆せない!!分かりにくいか? だったら今実際に証明してやるよ。
永遠は運命に勝てないということを、“人は必ず死ぬということ”をさ!!
支援
支援
「なんで……何で“立てる”んだ”?」
その光景を見たクレスが、うわ言の様に誰とも聞こえぬ程度に呟いた。
獣のような猛りしか出していなかった彼が、微かに漏らしたのは紛れも無く人の言葉だった。
汗と唾液に混じった顔面を拭うことも無く、舞い散る紙吹雪の中で立ち上がる男を瞼が裂けそうなほどに凝視して、
何か、耐え切れない何かを吐露するようにして、その言葉は紡がれた。
多分、それが彼の中に残っていた、最後の“人”だったのだろうか。
「う、うあ、おおおああああああああAAあAAAぁaaaAAAaatttッッッ!!!!!!!!!!!」
そう思わせるほどに、続く叫び声は獣の其れですらなかった。
強いて言葉を上げるなら、残骸の断末魔。そういって差障りの無いほどに醜く、無様にクレスの剣が振り上げられる。
血に塗れてなお夕に透き通って輝く魔剣の刀身が悲し過ぎる程に、その太刀筋だけは壊れ尽くして尚見事だった。
茶番は仕舞だ。この程度の手違い、今までもあったことじゃないか。
あの牛のように片付けるだけ。使えない駒は盤上から撤去撤去撤去!
奪った即座で悪いが、その駒、永遠ごと破壊してやるッ!!
クレスの斬撃がキールに迫る。腫れた瞼の奥に、ありったけの光を送るようにしてキールは目を冥く輝かせた。
『上段からの振り下ろし確定。以降の攻撃は攻撃種以外の一切の統計推定を排除』
(潜れ、計算の奥のそのまた奥まで。深く、どこまでも深く。考えうる全ての道筋を。
8×8の、この盤上の動きを全ての駒で勘定に入れて、行けるとこまで解き明かせ)
筋肉の磨耗を実感し、呼吸と排気がぶつかって詰まりそうになる気管支を体感する。
何の取り柄も無い、寧ろ平均以下の体力。体躯を駆け巡る痛みは、彼に自身をつくづく凡人だと悟らせた。
『あいつなら、あいつならきっとああ斬ってくる。そう、信じろ。信じて凌げ!!』
だが、彼は微かに笑った。それでも、構わないと今だけはそう心から思えた故に。
≪いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!!!!≫
(深算開始<ダイブ>―――――――――――――!!!!!)
支援
猛りを上げる思考の号砲にて、クレスの攻撃が始まるよりもほんの僅かに早くそれは作動した。
〔第二放送までの一次情報把握〕
己の許容量を超えた刺激を受けた場合、その脳は己を守る為に思考を切断する。せざるを得ない。
[リッド=ハーシェル]
〔リッドより二次情報取得〕
[バルバトス・マグニス・カッシェル]
(カッシェルのみ本人の一次情報で補完)
しかし、それが断続的に来た場合、人の脳は別の処理を行う。
〔第三放送〜C3村での一次情報把握〕
目一杯に肉体を酷使するとき、ふと、どうでもいいことを思い浮かべることがある。
好きな音楽、好きな人、どうでもいい思考に、そして肉体を行使する目的。
[ジョニー=シデン] [エドワード=D=モリスン]
[マーテル=ユグドラシル][ダオス] [ミトス=ユグドラシル]
[ロイド=アーヴィング]
集中する一方で、その負荷を少しでも和らげようと様々なことを考えだし、
それではいけないと気付いて、また本来の目的に集中する。それを反復して、脳は己を守る魔法を施す。
支援
支援
さるさん入りました。どなたか、代理投下をお願いします。
支援
〔ロイドより二次情報取得〕
[メルディ] [ジューダス]
[ヴェイグ=リュングベル]
{但しヴェイグの詳細に関してはこの時点で明かされていない}
[チェスター=バークライト]
{後々の一次情報から推定するにロイドが無意識に隠蔽した様子} [ヒアデス]
{チェスターとヒアデスに関しては、そこに死体があったという事実だけを適用する}
疲労と恐怖と諦観を少しでも自覚せぬように、全より個と散ってクルクルと同じところを回っていただけの思考群。
彼らはこと此処に至って、漸くある事実を実感した。漫然と全員が一点を向くだけでは最早足りない。
〔ロイド→メルディより三次情報取得〕
[カッシェル] (当時のメルディの錯乱状態から確度を下げる)
(カッシェルと同様) [シャーリィ=フェンネス]
深く、何処までも深く。誰も到達できなかった暗き境地に、至る。
人間が耐えうる深度の限界を超える為には、その前提として先ず人間に集まらなければいけなかった。
<もっと早く>
〔ダオスより二次情報取得〕
≪来る、対応、一種設定!! カウント、カウント!!≫
[ソロン]
(第1・表面接触のみ。情報密度は希薄。敵対立場であることのみ判明)
作業の独立化を撤廃。囲い込み開放。脆弱な意識が常に入れ替わり立ち替わるように分散。
効率化し、最適化し、全ての思考が明確な方針の下、自発的に運動する。
『未だ、あいつならもっと早いけど、疲労値を掛けたらまだ早い』
<もっと鋭く!>
〔モリスンより二次情報取得〕
≪できる、やれる。疑うな“僕”。“彼女”を疑うな≫
[ティトレイ=クロウ]
(第一〜第二間。表面接触のみ。情報密度は希薄。従属、或いはこれも呪い?)
(ティトレイと同様表面接触のみ。情報密度は希薄。主従関係?) [デミテル]
(後述にて解明されたが、この時点ではマーダーの可能性があった)
[ジェイ]
キールの拳が飛ぶ。飛ぶといっても、クレスのそれと比べてば止まって見えるような速さ。
だが、それは彼の今可能な限界の速さにして、十分止めうると判断できた速さだった。
広域の情報共有と自己責任を持って、この狂える計算に参加した愚かな脳細胞共は再び個にして全を綾に成した。
今、今この瞬間―――――――曖昧な分散処理は完全な集中と共に――――――――統合する。
<もっと遠く!!>
〔ジョニーより二次情報取得〕
(……拡声器の使用、及び死体の確認にて、ほぼ一次情報まで確度大)
[ファラ=エルステッド] [アーチェ=クライン]
(三次情報な上、ファラが擁護の為の嘘をついた可能性から確度を最低ランクに設定)
<もっと深く!!――――――――――――――潜り込めェェェェェェェッッッ!!!>
細い掌が、風一枚でクレスの剣を捌く。本来の意味を超越したマルチタスク。
舞い散る情報が脳の中で踊り狂う。咀嚼する暇も無く脳漿に溶解させて行く。
人の限界、有り得ぬそれを成したのは、確かにキール=ツァイベルという一人の人間しての情だった。
<ここだ、ここで一気に、情報量がデカくなる。マーテルめ、下らない集団作りやがってェェエ……処理が面倒過ぎるッ!!>
[マーテルより二次情報取得]
シャーリィ(但し確定分は第一放送まで。擁護が混じっていたが、ミトス・ダオスからの視点で補正。
第二放送分はロイドの情報より4割三次補完可能)
「あ、おああ、がッ!!」
立ち止まりそうになる思考とは裏腹に、キールの拳は今までと同等の速さを維持していた。
それよりもクレスの剣が少しずつ遅くなっているのかもしれないが、相対的には同じことだった。
遅くなる拳の変わりに、先行して読むよりも早く手を回す。まるで、クレスが其処に剣を置くことが分かっているかのように。
マリアン=フェステル
(当時の極度の緊張状態にあったとされるが、マーテル達はこれを『真実』と断定)
『第四セクションにて判明するアトワイトの存在があると思われる。以降推定もこれに倣う』
【遠い、遠すぎる! ミクトランは“無敵”なのか? それとも、弱点があるのか? それすら証明が出来ないッ!!】
記した情報を拾い上げ、当時の評価を検分しながら、幾つかのキールがジレンマに根を上げる。
当たり前な話だ。この世界において参加者は絶対的“情報弱者”であるから、敵の全体像を把握することが出来ない。
推察が正しい保障など誰がしてくれる。少なくとも、僕の推察は一つたりともメルディを救ってくれなかった。
世界は何時だって深遠のように深い未知の道で出来ている。
そして、その全てを把握する神様は真理を人間なんぞに教えてくれない。そういう“悪魔”だ。
「ごがッ!!」
キールの喘ぎと共に厭な音が鈍く響いた。魔剣の腹に、風を差し挟み損ねた人差し指が強く減り込み、関節と逆に曲がる。
リオン=マグナス(首輪の爆破に至る状況が意図か偶発かも判別できない)
【マリアンからの三次補完も、要領を得ていない。この段階では推定できない】
<諦めない゛ッ!! 深さが足りない、もっと、もっと深遠を覗け、呑み込まれる位にッ!!>
折れた指を庇う暇も無く、キールは次の攻撃を堅実に裁く。脳を焼く痛みが、唾液を粟と分泌した。
それが“研究”だ。少し考えれば示し合わせたように答えが出てくるような、
テストなどとは比べ物にならないほど迂遠な無限の真理を暴く工程。真実を探求するということ。
・・・・・・・
だからどうした。世界は、未知で当たり前なのだから。
僕ら研究者が、そんな神様のような悪魔に何千年喧嘩を売ってきたと思っている。
『何故推定できない? 主催者の明らかな干渉、聞く限りではルールに反していないにも関わらず首輪の爆破!!』
【なのに何かがおかしいから推定できない】(何だ、何故推定できない)
〔――――――一つ一つを考えてみろ。主催者の立場になって〕(考えれば自ずと解けるはず)
≪以降の、情報検索とッ平行してこの議題を推論開始!!≫
―――――――簡単に情報に踊らされるな。バトルロワイアルによって捻じ曲げられた虚像に騙されるな。
全ての安易な予断を皆殺せ。その上で尚真理を探究せよ。誰かの答えではない、自分だけの解を得よ。
{ソーディアン・ディムロスによる証言からの二次情報から「リオン」を検索}
・リオンとマリアンは恋仲であり、リオンは彼女のためなら世界を壊すことも厭わない
・ミクトランはヒューゴ=ジルクリフトを支配していた時期にそれを知っていた。
『今更だよなあ、あんまりに此処が現実から遠すぎて忘れてた!!!』
【元々、学会の爪弾きだ。下らない常識を敵に回すことなんて、慣れているッ!!!】
そうして得られた答えなら、例え世界の誰もが信じなくとも人は貫ける。
今彼が欲しているのは、彼女の身を守る盾にして、彼女の害悪を全て撃ち滅ぼすような槍だった。
〔マーテル→マリアンより三次情報取得〕
『ゼロス=ワイルダー』
(ソロンによって彼女が連れ去られるまではほぼ確定)
[ジェストーナを殺した件が詐称の可能性があるが、放送から鑑みて無視する]
【ソロン】
(第1〜第2・これもほぼ表面接触・挙句マーテルの供述が曖昧なことから殆ど何も見ていないものと推察)
メモが紙切れに、紙切れが紙吹雪に、キールとクレスが拳と剣をぶつける度に斬られ、散らされ、情報は塵と舞っていく。
その幾つかは、キールが腕と手から噴出させる血にて赤く湿っていた。
〔後述のリオンに関する情報を先行して検索〕
・リオンはこのゲームにおけるジョーカーの立場だった。
≪リオンとミクトランの会話を検索―――――不能。記述無し≫
:但し、同行状態から考えればディムロスが何かを聞いている可能性は有:
〔未確認。再確認を要す〕
<何故だ、何故これだけしか無い情報に齟齬が生じる?>
/普通に考えれば一発で解ける。この場合首輪爆破が適応される条項は一つ/
「主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる」。
『彼女がバトルロワイアル、或いはミクトランに対して“不利益”な行為を行なったからだ』
〔C3村からE2城移動までの一次情報把握〕
<ジェイ>
(供述は正確にして簡潔』
|既にこの段階でソロンの死亡が確認されていたことから虚偽を行なう動機が薄く/
/また、C3に集まった人間を具に観察していた手腕から、彼の情報は確度最大で取り扱う)
[リッド及びロイドより二次情報取得]
≪マーテル≫ (遺体を確認、疑いの余地無し)
:ミトス} (戦闘後失踪)
*ダオス* (失踪)
<メルディ>
(……ネレイド化、確定。何処かに失踪)
≪リオンはマリアンをだしにされてジョーカーになった。それがマリアンと予期せずして接触し≫
成程と軋む身体が彼に教えた。これが、キール=ツァイベルが選んだ役割か。
・・・ ・・・・・・
【心変わりをしそうになったから、制裁を――――――――――これは、矛盾している!!】
支援
〔ジェイより二次情報取得〕
【クラトス=アウリオン】
(第3・後の遺体確認にてジェイの情報の確度を認識:
>E2における事件の推理に対する主軸とする≪
/表面接触。この時点ではまだ死亡の瞬間は確認されていない)【バルバトス=ゲーティア】
<マグニス; (バルバトスと同様。但し、死体は確認されている)
現出する情報量が一気に大きくなる。不可視のジェイが持ちえた情報は、余りに膨大であった。
どれだけ蛇口を捻ろうが、時間単位での水の供給量の上限は蛇口の口径によって定められるように、
キール=ツァイベルにも当然処理限界がある。
『サレ>
(表面接触。この時点では未だ死亡の瞬間は確認されていない)
「コレット」 (生存のみ確認。この地下にてクラトスが何か知っていたものと思われるが、この時点では不明)
『リアラ』(コレットと同様に生存のみ確認。クラトスが何か知っていたものと思われるが、この時点では不明)
」クレス『(生存のみ確認。クラトスが何か知っていたものと思われるが、この時点では不明)
‖捨てると決めたら、要らなかったはずなんだがな。この痛みも、僕の咎か‖
U“いいじゃないか”。まだ痛む自分を惜しめる可愛げがあることに気づけただけU
『ティトレイ】
(E2状況に対して、表面接触。デミテルと協力関係にあるのは間違い無い)
(ティトレイと同様。このタイミングからC3に来るまでに、クレスに対して何かを施したものと思われる^
】デミテル【
‖但し、コレットとリアラを殺さなかったことに関しては有効な行動理論を導き出せない)
/ソロン< //しかし、この移動はあまりに不可解)
(一方的な供述のみだが、今まで表面接触しかなかったことを考えればかなり有力//
『限界なんて、知ったことか。人はその気になれば世界から世界へ渡れる。
宇宙速度を越える力を出せなきゃ、インフェリアへも渡れない!!』
いつか世界を救ったときのように、今こそ“彼女を救う為に”不可知なるものを学ばねば成らない。
既存の価値を既視の可知を殲滅するが如く。未知を、蹂躙する。
右の薬指と中指を第一関節まで魔剣に捧げて彼は凌ぐ。
もうメモは空に舞った。後はこの脳に直接刻むより無いから指は無用だった。
≪ミクトランはメルディにリヴァヴィウス鉱を与えて、マーダーを嗾けて、彼女の運命を狂わせた≫
[方法も、手順も不明瞭だが、ミクトランはそれが出来るというのが事実]
“なら、何故マリアンをリオンと早期に出会わせた!?”
(リオンの目の前でマリアンを殺せば、リオンは確実にミクトランに敵意を抱く)
{下手をすれば要らぬ反発からそれこそミクトランの掌中を抜け出してしまう恐れだってある}
<そもそもこの二人が出会う程度でリオンが叛旗を翻すと、ミクトランは事前に想定できなかったのか?>
猛烈な勢いで彼の中の思考が並び替えされていく。その中で、キールは漫然と“其処”に眼を付けた。
望遠鏡で覗いた黒体が、変わらないまま違って見えたあの日のような、そんなセレンディピティ。
何か、ここに穴がある。メルディには全く関係の無い、しかし何か決定的な穴が。
『突き、斬り、払い。大体はあいつと同じか。補正更新! クレスの残りのプロテクタの重量から重心バランス割り出しッ!!』
<この穴、深い……だけど、躊躇する時間が惜しい!! 僕の脳で、一気に捻じ伏せる!!>
其処を特火点と見るや、彼の中の彼らは、その兵力をさらに分散させる。
僅かばかりの守備をクレス“に”残し、残る全兵でその謎を抉じ開けに入った。
【もし、ミクトランが神がかり的な力で運命を操作できるなら、もっといい手段は幾らでもあったはずだ】
≪例えばマリアンをリオンと出会わないように≫:二人を移動させてやることも:
≫マーダーを嗾けて、自分の手を汚さずにリオンから希望を奪うことも≪
<少なくともこんな直接的な方法、下の下に過ぎる>
/リオンとミクトランが会話できるなら、出会わせない方法がいくらでもあるのだから!!/
汚物塗れのローブを、濁った血で上書きしていくキールの眼はもう黒眼と白目の境を見つけるのも難しかった。
それでも、尚防ぐ。爪を二枚ほど剥がしながらも、骨と神経だけは線を引くように守り通す。
{それでも尚、首輪で爆破してまで殺す理由があるというのか?〕
[もしや今更対参加者用に首輪の見せしめを行なわなかったことを後悔して実演?>
≪莫迦な、殆どの参加者が見ていない状況で採る手じゃない<
<なら、考えられる可能性は、一つしかない>
{“ミクトランは意図的に下策を採った”或いは】 【“下策を採らざるを得なかった”か}
メゴリ、そういうシンプルな音を出して、キールの腹部は再び凹んだ。
焦点が結んでない瞳が火花を散らせそうなほどにめり上がり、味を占めた様な笑いに歪むクレスの顔を映した。
≪分からない≫
:ミクトランはメルディに対しここまで狡猾な手段を採っているのに対し、リオンのそれは明らかに直接的且つ杜撰だ:
(一歩間違えれば自分のジョーカーを溝に捨てるような、そんな愚策』
[これは、なんだ?]
{ミクトランの偶発的な油断か、或いは意図的な必然なのか、一体どっちか}
≪おごぅ、また、同じ場所か。こんなもんか、“ざまあみろ”≫
だが、彼は歯を食いしばって耐えた。寧ろその堪える顔が笑顔にすら見て取れたかもしれない。
クレスはこの一撃で味を占めるだろう。それはそうだ“キール=ツァイベルは剣以外の攻撃を回避する気が全く無い”。
殴ってくれば、殴られる。蹴ってくれば、蹴られる。もう、足もほとんど動かないのだから当然だ。
≪否≫ [発想が間違っている[
|そうじゃない|
『議論するべきは不確定な二択ではなく] <そのどちらにも関わる絶対の事実{
よろめくキールに向けてクレスの一撃。蹴りではなく、魔剣による振り下ろし。
それを、キールは先ほどとは打って変ったような迅速さで捌く。指の腹の肉が削げて紅くなった。
『反応がズレてきた。こっちの合わせと、噛み合わない?』
{重要なのは、首輪“で”殺害したという事実だ!!)
〔リオンに対する制裁としても、リオンを誘導する為の布石だったとしても、どちらにしても首輪爆破した事実は動かない〕
<――――――――――――――――――――――――“ミクトランは、首輪爆破でしか殺せなかったんだ”>
≪痛いもんか、痛くてたまるか!! こんなの、彼女の蹴りに比べたら、メルディにさっき言われた言葉に比べたら!!≫
〔確定。もう、クレスの打撃は考慮する要無し。向こうも大分、オチている!!〕
策も何も無い、唯の我慢で打撃は凌ぐ。来ると分かってさえいれば唯の我慢で十分堪えうる。
技によって攻撃してくる剣撃は未だ脅威の塊であったが、力に因って依存する打撃は十分に弱まっていた。
これによってクレスが打撃に攻撃を絞ってくれば占めたもの。回避モーション演算を減らして、更に計算できる。
【ミクトランが意図的にこの二人を引き合わせたとしても】〔或いは不本意に引き合ったとしても〕
≪その後の対応が首輪爆破であったのは間違いなく下策≫ (ミクトランの失着だ)
<それでも尚、ミクトランは“出会ってしまった彼らを早急に殺す必要性あるいは早急に殺したいほどの欲求があった”>
[その方法が首輪の爆破} 『つまり、この事実が意味する真実は、一つ』
そして何より、今彼の計算は、一つの大魚の尻尾を掴んでいた。
これを蹴りのダメージなんかで止めさせるなど、勿体無くて出来るはずが無い。
〔ミント=アドネード〕
(第1・これに関してのみ歯切れが若干悪かったことから、確度減。後述の二次情報の補完に回す)
:モリスンU
(一次情報の補完に回す)
(リオン>
(第2・表面接触・後述の二次情報補完に回す)
/マーテル‖
(ジェイが会ったときは未だ息を引き取る前だったが、要領を得ず)
【マウリッツ】
(洞窟内での行動は確定。もっとも、その時点で十分不可解だが)
<いける、いけるぞ!! “証明完了!”>
【“原則として”首輪の爆破以外に、ミクトランは僕達に直接干渉する手段を持ち合わせていない!!】
連続して来る蹴りに、体中の酸素が逃げていくような錯覚をキールは覚えた。
だが、止まらない。止められない。そんな程度で退くことは出来ない。ここまで来れば最早意地だ。
〔放送後、ジェイ→ダオスの三次情報取得〕
≪クレス>(ダオスが虚偽を行なっていない限りはマーテル殺害の実行犯と確定。失踪)
(ミトス( )虚偽条件はクレスと同様。マーテルの死体を確認後、失踪)
*ダオスの証言から、捜査線上にデミテルの名前が初めて浮上する。推論のみ、デミテルのE2→C3の軌跡をシミュレート可能/
{「主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる」のではなく}
(「主催者側がいつでも自由に出来ることは首輪を爆破させること“しか”ない」!! 集中解除、再び処理に半分回す!!}
彼の中の半数が猛りを挙げ、大した証明ではない。
あくまでも主催者の公言していたルールを都合よく曲解しただけのものでしかないだろう。
(キール=ツァイベルがこの定義を前提として証明完了を宣言する)
<“主催者は、圧倒的な優位性を参加者に対して持ち得るが、その力はある一定のルールを踏まえた上でしか行使できない!!>
{会場内のマナを操り}
〔強引に位相を操り〕
『異なる世界から参加者を引き合わせる主催者・天上王ミクトラン』
(ここまでのことが可能なのだから、全能の支配者であると錯覚したくなる)
『全ての因果はミクトランの手中にあり、無限にロワイアルを好みの結果になるまで繰り返している、などとも思いたくなる』
[第四放送前後までの一次情報把握]
【――――メルディ・グリッド・ヴェイグ】
Uカイル・スタンはこの時点では表面接触故、確度最低で評価U
マーテル、ダオス、ミトスが三人とも嘘を付いていれば、それだけで破綻する安っぽい推論。
だが、この推論が一つの法則を改めて導き出す。主催者の全能性を検証する唯一の鍵穴を、彼は自らの手で証明した。
{だが、それは無い』〔在り得ないことをこの事実で“確定”できる}
:このロワイアルが無限に繰り返せて/尚且つ好みの展開に操作できるのであれば_このマリアン殺害は矛盾する』
=無限に繰り返す中の一つに過ぎないのであれば= ‖マリアンを急いで殺害する必要は無い‖
^もう少し待って> 『もっと酷い展開になるのを期待して待てばいい』
<なにせ、ネレイド召喚という策を仕込んでいるくらいなのだから;
【好みの結果に出来るのであればそれこそ理不尽だ】
『リオンの目の前でマリアンに自殺させるなり/マーダーにその場を襲わせるなり』
{もっと残酷な脚本は幾らでも組める}
支援
支援
〔ヴェイグからの二次情報取得]
≪ルーティ≫
(死亡を直接確認。ただし、それ以上のことは不明)
【ジューダス:
(ロイドたちとの離別後、リオン接敵まで確認)
『リオン』
(表面接触のみ。この場にリオンがいたことで、マリアン爆破以降の軌道はシミュレート可能)
>ハロルド=ベルセリオス;
(グリッドとの情報も重ね合わせ、離別までは確定)
<トーマ≫
(ハロルド同様、離別までは確定。ミミーと呼ばれる少女の供述は、確度を下げて検討する)
〔ティトレイ/
(本人の自供、及び其処から得られたティトレイの述懐が輪をかけて不明瞭:
:フォルスに関しては門外漢なので事実のみを検討する)
【ジェイ』
(死亡を、確認。ジェイが残したメモから、ダオス・デミテルに関してはほぼ推定可能)
<ダオス>
(ティトレイに殺された死体を確認。デミテルを倒すことは出来た模様)
:デミテル]
(死体確認。彼が持ちえた情報はかなり大きかったはず)
食いつく。足や腕に絡みつく疲れや痛みを振り払って、更に脳は回転を増す。
それに伴い発生する熱が彼を内側から焼き尽くそうと牙を立てる。それすら振り払って、更に深く。
{これがミクトランの理想的な展開とはとても思えない〔 }少なくとも僕はそう思えない〕
(最初の一手で参加者の首輪を爆破しなかったから)
【悪くはないがとても理想とは程遠い展開、それを破棄しない】
『これだけ悪趣味なゲームを開く奴がそれを考えない訳が無い』
//それをしない。勿体無いから//
{何故か?}
:遣り直しがし難い或いは出来ないから!!:
〔ヴェイグ→ティトレイからの三次情報〕
/藤林しいな〕
(状況不明。放送と重ね合わせるに、第一放送時は彼女はティトレイと行動していた?)
支援
「どぇ、おっぱぁ!!」
斬撃に混じってクレスの三度目の蹴りがキールの腹に減り込む。もう殆ど何も入っていない胃袋が、
再び裏面と表面を引っ繰り返すように胃液を上部に送り込んだ。だが、その眼は死んでいない。
無限に近い数のキールの一人が、それを掴んだ感触を覚えていた。
(押さえたッ!!)
<このゲームは有限回、しかもかなり少ない回数しか行なえず、尚且つミクトランもまたその全てを操れるわけではないから!!>
脳を満たす水が、沸騰する幻覚。熱が回線を焼き払っていく。
防衛システムが働く。落ち着け、クールに、クールに計算を。
【[{『(≪<〔:なる必要は、無いッ!:〕>≫)}]】
彼らはその勧告の全てを無視した。熱とはエネルギィの移動。動かなければ何も始まらない。
そして今、彼が目指す場所は宇宙の果てよりも深いところ。燃料は幾ら在っても困らない。
今必要なのは、氷のように冷たい観察でも山のように泰然とした洞察でもなく、全ての肯定派を蹂躙し、殺戮する炎のような考察。
此処で退けば彼女は終わる。今は、もっと深くもっと早く。唯々前へ。
≪このゲームは解けるものではないと思っていた。何処まで行っても、ミクトランの手の内でしかないものだと思っていた)
『だが違う。敵が操作している可能性があるのは全て間接的なものばかりだ』
#放送、禁止エリア等直接的なアクションはかなり限定されている#
〔グリッドからの二次情報取得〕
<プリムラ> (……状況から考えて、精神状態は甚だ悪いと推定せざるを得ない。逃亡まで確定)
(状況から考えて、プリムラ以外に殺害が可能な人物がいない。コングマン戦後の分離以外はほぼ確定) 〔カトリーヌ}
≪ユアン≫ (ほぼ正確に把握されていると思われる)
(D4にて交戦を確認。移動経路設定可能) 【シャーリィ】
【コングマン】 (第1、第2にて表面接触)
<手だって動かせる範囲があるようにミクトランもまた駒であり、動かせる限界範囲が、行動するための式が存在する!!>
『その中にネレイドを召喚するための手段が存在する】
〔全てかもしれないし/全てじゃないかもしれない〕
[間接的な事象だけで説明するにはあまりにも障碍が多すぎるから、未だ僕達の知らない直接式が存在しているかもしれない]
“キール”に俄然と力が入る。精神を満たす何かが漲る。まだ、このゲームは詰んでいない。
あったらいいな、なかったら困るな、なんて曖昧模糊とした幻では得られないものがその目に写っていた。
<だがはっきりと言える事がある>
『その手を逃れることが出来れば、未だメルディは救い出せる!』
――――――――どんなに抗ってもこの現実は変えられない。“正しいのは、正義はバトルロワイアル”だ。
敵は、神ではない。王<キング>という“駒”だ。敵もまた現実に拘束されるのならば、それを踏み越えて更に深く潜れる。
この両手で確りと握り潰せる真実。今、遥か高みの底にいる悪魔の尻尾を彼はその手に掴んだ。
〔油断か、或いは制約かは分からないが』
【ミクトランもまた盤上の駒としての振舞いを見せている〕
/全能でないのであれば“絶対”は無い/
≪それが人の手で作り出された運命ならば、人の手で運命は覆せる! 否、僕が潰す!!≫
「何でだ……」
突如、クレスが剣をだらりと下ろして声を上げた。
その眼はキールといい勝負が出来そうなほどに濁っていて、違うとすれば、そこに上澄みのように浮かぶ疑問の色位か。
≪ど、止まっ?≫
『測定外。虚言を用いる知能が残ってるとも思えないが、警戒は厳に』
「何で“戦える”!? どうして、未だ!?!?」
之幸いと懐からリンゴを取り出す。十本のうち半数が折れるか削げるか曲がるかした手は余りに痛々しい。
何度も胃を引っ繰り返し、とてもではないが食べたいという気を彼は持てなかった。
しえん
いい加減に、何度蹴りを入れても倒れないことに気付いたのだろう。それを疑問に思う程度には未だ残っていたらしい。
キールは一方的にそう解釈し、これを好機と捉えて果物を食った。
「ごぶ、ぞべばま。僕の゛ごぶぢと、おばべの剣ばら、おばえが勝つ゛。だばば」
しかし、彼は食った。折れた歯も気にせずに無理やり噛んだ。
それは果肉を食うというよりも、歯を突きたてて果汁を啜ると言う方が正しい。
クレスが心底答えを欲しているかのように静聴しているのを、少しだけ怪訝に思うが舌にてキールは更なる時間を作り出す。
(ハロルド達とに離別時に譲渡。参加者ではない立場を鑑みて、確度を引き上げる) 』ディムロス』
(F3で確認。但し、幾つかの不自然な点がある) /ミトス】 :この時点でディムロスよりアトワイトの存在を確定‖
『だけど食う。まだ解く。エネルギィが要る。もっと、もっと奥に進む為に!!』
≪ミント≫(ミトスと同様。但し、共に要るのがミトスなため、無意識の虚偽の可能性はこの時点では拭えない)
(リアラと同条件。疑惑はこの時点では拭えない) 〔リアラ]
「お゛前のげんは、今“りっどのげん”だ。そじで、ほぐのけんは今、“ふぁらの゛けん”だ」
果汁の酸が、切れた口に中で染み入り、一瞬戻そうと血液混じりに口から漏れる。
リンゴを持っていない方の握り拳をポケットからだしながら、キールは言った。
「そぶ、ごぼっ。だがら、絶対にお前の剣はファラを超えられない。そういうふうに、世界は出来ていぶっ」
言い終わるよりも先に咽て、果汁すら吐き出しそうになるのをキールは止めた。
その栄養一滴たりとも逃さぬというように、彼はリンゴを落とし両手で口を抑え無理にも飲んだ。
「分からない…………認めるか……そんなの、認められるかァッ!!!!」
クレスがこれ以上聞くのは堪えられないといったような矛盾の構えで再び剣を握りなおす。
キールの眼が、凶悪に釣りあがった。
〔ヴェイグ&グリッド→ハロルドの三次情報取得〕
/スタン=エルロン】 (G3洞窟内のみ把握。後述する二次情報と矛盾は無い)
『ミント』
(スタンと同様。但し、スタンよりも若干空白が在るが、同様に二次情報で補完可能)
〔ジーニアス: (死亡までの過程はほぼ確定。ただし対象が中度錯乱状態であったことは補正する)
{リオン}(F7・この段階でリオンのレーダー所持を把握)
[ヴェイグ&グリッド→トーマからの三次情報取得]
『ミミー=ブレッド】 (ほぼ把握可能だが、所々虫食いが在る。述者であるトーマとの関係性に起因?)
【屁理屈だ、どうしようもなく屁理屈だ】
≪だけど構わない。これで、漸く一番の恐れを排除できた≫
『クレスが動いた、準備、準備!!』
一口しか食べてないそれを、キールは迷わず捨てる。落ちた知恵の実には歯が二本突き刺さっていた。
リンゴは知恵の実という説があるが、実際には確証が無い。イチジクかもしれない。
だが、このブドウ糖は確かに脳を巡り知恵を成す。それだけの薬効さえあれば十分なのだ。
*これで心置きなく、可能性に挑める>
]想像する限り上昇するミクトランの絶対優位性を打ち砕いた今なら]
/王の限界、その存在を確信できた今なら、挑める)
<思考群再整理。情報模索に集中。逝くぞ“キール=ツァイベル”>
キールの思考が十数秒にも満たぬインターバルから抜け出る。守りを固め、深遠を抉じ開ける為に。
あるかどうかも分からない、だけど在ると信じられる可能性を暴くために。
〔シャーリィ戦後までの一次情報把握〕
『カイル=デュナミス・ソーディアン・ディムロス』
*別項追認_ディムロスから得られた情報の確度は盤上に於ける立ち位置の違いから人間のそれよりも引き揚げる;
ここから、彼の持つ情報は爆発的に増加する。ヴェイグとグリッドが持っていた情報が東側のものだったとすれば、
カイルの持っていたものは南側のもの。北と西を根城に参加者を運動させてきたキールにその時与えられる負荷は、
正しく情報の流星群<シューティングスター>に他ならない。
<分かってたが、重いッ!! しかも時間が無くて碌に検討してない!! ロイド裏切る気満々だったしッ!!>
〔これを今捌くとか、出来るわけが、訳が】『でも、やるしか無いッ!!;
脳に掛かる負荷に引き摺られて、キールに与えられる被害が少しづつ増えていく。
汚物の匂いと酸化した血の爛れた匂いが、彼の周りには充満しているだろう。
その匂いの圏外から、彼女はただその背中を見ていた。
「バカだよ、キール。メルディは、メルディは」
胡乱な瞳は、血に塗れた彼の姿を映していた。何がファラの拳か。そんなものとは程遠い、不細工な戦い方だった。
「バカぁ……違うよぅ、そんなの、こんなのぉ……」
だが、その向こうで彼に剣を向けている人間はクレスではなかった。
獲物を狩るようにして、剣を突き立ててくるその斬撃は、いつも遠くで見ていたものそのもの。
リッド=ハーシェルのそれと錯覚できた。否、キールがそうさせていた。
【カイルからの二次情報取得】
『クラトス】
(本人は第1にての表面接触のみ。但し、言を信じるなら、洞窟にて輝石と接触した) ≪デミテル/
(二度接敵。この時点ではまだデミテルはティトレイを従えていない)
≫ミント〕
(洞窟から城滞在中までは確定。ミントに関しての情報はこれがもっとも確度が高い)
/リアラ^ (ミントと同様。但し、死亡状況に関しては詳細不明)
:スタン;
(城から死亡確認までほぼ確定: ;他情報との齟齬は無い)
【ミトス}
(城滞在中は確定。但しミトスの虚偽があるため、確度は低い)
(リオン)
(死亡を直接確認。但し本人の整理が付いていない為、ディムロスの情報を優先する)
Uジーニアス/
(洞窟内で接敵。本人は誰かとしか認識していない様子だが、他の情報を踏まえるにそれ以外に解釈の仕様が無い。補完移行)
さるさん入りました。どなたか、よろしければもう一度代理投下をお願いします。
<リッドなら、多分そうやって斬ってくる。だから、次は、ここで捌けば!!>
完全に決め撃ちするように手を動かすキールの瞳は、もうクレスを映像として電気信号化する力も残っていない。
それを支えているのは、記憶だった。剣術なんてイロハも知らない。だが、彼の剣だけは遠くから何度も見てきた。
その記憶を浪費して、彼はただ凌いでいた。それが、と彼女への償いだとでも言うように。
少なくともキール以外の誰もがそう見えて仕方が無かった。ありとあらゆる物への、償いの為に血を徒に流しているようにしか。
〔カイル→リアラから三次情報取得〕
(カイルは天使化する前にコレットから直接聞けなかったため、情報に穴が多すぎる)
/コレット=ブルーネル】
}状況を踏まえれば消去法でコレットにクレスとの接点があると思われる//
「何で、何でだよ!! だったら、それだったら、僕は、一体ッ!!」
泣き叫ぶようなクレスの魔剣が速度を増した。キールがそれを捌こうとするが、一手遅い。
『リッドの基礎モーションから外れ、違う、剣術そのものから外れ始めたか!!』
親指の付け根の肉を削がれながら、十数人のキールは悪態を心でついた。
キール=ツァイベルの計算を辛うじて成り立たせていた“クレス=アルベインの剣術への誠実さ”が崩壊し始めている。
〔クラトス: (第1・第2にて同行。大凡の状況は確定)
/サレ/ (第2にて接触。単独であるが故の虚偽の可能性と、クラトスの警戒を除けば対主催と思われる。コレットとの関係性確認)
【デミテル】 (カイル襲撃の瞬間を目撃。補完に回す) ≫コングマン<
(死体のみ確認。詳細をコレットより聞いているはずだが)
『くそ、時間が無い! どこだ、何処にある!?〕
【カイルがまともにメモを取っていればこんな面倒は無かったのに〕
‖他も大概だが、こいつは特に酷い|
(後で殺す/
{くそ、探せ、絶対に、絶対に在る!! そう信じろ!!』
〔カイル→ミントからの三次情報取得〕
{マウリッツ≪ (一度回復したものの、再度交戦。但し、直接の殺害は確認できていない)
ついに最後の検定が始まる。ソーディアン=ディムロス。彼が見聞きしたものの中に真実が無ければ、もう検定する材料が、無い。
〔ディムロスからの二次情報〕
探せ、死ぬまで探せ。在るかどうかも分からぬものを死ぬ気で探せ。それが厭なら神に祈れ。
神に縋れば、用意してやろう。お前の安っぽい推論にピッタリ合うように後から結果を用意してやろう。
『ソロン〕 (リオンが殺害するまでの状況を全て確定)
(死亡するまでの状況を全て確定) /ゼロス|
<畜生、未だだ、何処かに、何処かに在るんだ!! 僕の答えが、僕の望む世界が。在ってくれなきゃ、それが無かったらッ!!>
莫迦が。お前の都合で神は、世界は廻らぬ。お前が神の都合に廻るのだ。それを人は真理真実と云う。
『諦めるな、人間に限界なんて無い!! 魂を売ってでも成し遂げたい願いがあれば、何処までもいける!!』
阿呆が。人一人の魂程度で神が潤うか。願いは縁って束ねねば届かぬのだ。
【ディムロスへの確認を要す!!』
『※ソロンが単独で殺害した参加者の状況を再構築できる可能性あ】
キールの腹に十何度目かの蹴りが入った。減り込むだけでは飽き足らず、肋に厭な音が走る。口の中が血で潤った。
紙吹雪はもう終わり、再び彼と彼の間は夕の赤と血の銅で染め上げられる。
「お前だけは、認めない。そんなのだけは、認めない……ッ!!」
【畜生が……ここで折れたら、僕は、僕は……】
≪リオン] <可能ならこいつは後で確認しないと。覚えていればいいんだが>
(マリアン殺害からハロルドに奪われるまでの状況を確定。前後の流れからミクトランとリオンの会話を(あれば)聞いていると推定)
〔ハロルド< (リオンから奪取後、グリッドに渡されるまでの状況を確定)
‖トーマ/ (洞窟内の行動をカイルの情報と照らし合わせ、真贋確定)
クレスの剣が再び振りぬかれる。今度は溜めも無く、誰かの止める声も聞かぬという硬く素早い決意が乗っていた。
[ディムロス→トーマからの三次情報取得]
〔プリムラ// (……リオンからの四次情報まで含めればD4撤退後より死亡時までの行動を確定;
』ハロルドが監査を入れていることから、リオンと二人で虚偽を合わせた可能性は低い/
:ハロルド/ (遺体は無いが、現場及び放送にて死亡を確認。直前の爆発が原因か)
無い。何処を探そうが、無いものは無い。神を信じぬものを神は愛さないのだ。
[ディムロス→トーマ→リオンからの四次情報取得]
(リオンの信用は別にし、減衰率を鑑み確度は最低で評価する)
:ロニ=デュナミス‖ /ポプラ】
(第二・死亡を確認。放送とも合致) (第二・死亡を確認。ロニと同様)
<……カイル、ヴェイグ、ディムロス、ロイド………ファラ、リッド、メルディ……すまない、僕は、もう……>
.
【総論。この時点で、情報把握率】(死亡までの時間に対し、存在を推定させられる時間の割合と仮に定義)『が著しく低いのは』
{チェスター}(死体のみ。遺品の確定も不可能。同姓の参加者がいる点が気になる。第一放送で死亡確認)
/アーチェU(目撃者が少なすぎる。同世界者からの意見が欲しいところ。ジョニーが死亡確認)
』藤林すず】(完全な情報の消失。判定は絶望的。ロイドの確認する限り、藤林家に“すず”の名前は存在しないらしいが? 第一放送で死亡確認)
^アミィ=バークライト>(死体すら誰も確認していない。判別不可能。第一放送で死亡確認)
≪デミテル≫(存在は確認されているものの、目撃者も交流者も少なすぎる。保留にせざるを得ない。死亡推定時刻はグリッドが判定)
)ジェストーナ/(同様。ただし、死亡時間は早く確定されているので『率』としては高い。ゼロスが死亡確認)
//マリー=エージェント【(同様。死体すら誰も確認していない。判別不可能。第二放送で死亡確認)
『ロニ〕(アーチェと同系統。目撃者不足。レーダーを所持していたことが理由か。リオンが死亡確認)
]ヒアデス](チェスターと同評価。チェスターと戦ったかどうかすらも不定。第一放送で死亡確認)
‖藤林しいな[(情報不足。ティトレイが殺した発言が不確定ながら確認されているが、不可解。第二放送で死亡確認)
/ポプラ〔(ロニと同ケース。傾向を見るに、島の中央から開始した連中は交流が少ない? リオンが死亡確認)
【セネル=クーリッジ】(完全な情報の消失。判定は絶望的か。第一放送にて死亡確認)
〔モーゼス=シャンドル](セネルと同様、完全な情報の消失。判定は絶望的か。第一放送にて死亡確認)
誰も答えを持っていない。キール=ツァイベルが観測した参加者の誰一人として彼の望む答えを持っていない。
以上、13名。内7名が第一放送にて死亡を確認されている。第二放送までなら10人。
関数的には、正しい傾向ではある。“死ねば、もう情報は殆どない”。彼らの想定は絶望的か。
それが、彼の観測した真実。
―――――――――だったら俺“が”間違いでいい!!
崩れ落ちたキールの中で、ふと一部の彼が何処かで聞いたその言葉を思い出した。
―――――――――それが正しかろうが正しくなかろうが――――――納得できないこの現実を否定する!!
誰だったかは、疲れきった脳が思い出す努力を放棄している。その代わり、彼女の名前を思い出した。
―――――――――ファラ=エルステッドのあの叫びを間違いと看做す現実なんざ、こっちから願い下げだ!!
<ファラ……そういえば、ここは……>
自然に首が、東の空を向いていた。その赤い空を真っ二つに割るように、それが在った。
―――――――――私はそんなに頭がよくないから分からないけど、げほっ、絶対にこんなゲームをやめさせる方法があるはずだから!
そういって彼女は泣いていた。血を吐いていた。その言葉だけは、紙ではなく、心に焼き付いている。
報われなかった少女の名前が、痛い。信じられても、もう、自分には報えない。もう。
―――――――――最後に……リッド、キール、それにメルディ!! 私、げほっ、リッド達をごほっ、信じてるんだからね!!
でも、もし、本当に報われなくなるときがあるとすれば、それはきっと今託された自分がリザインを宣告する、この瞬間なのだろうと思う。
すまない、ロイド。悪かった、ファラ。すまない、リッド。ごめん、本当に、ごめん―――――メルディ。
―――――――――げほっ、リッド達ならイケる、イケるよね!?
<それでも、もし、僕がイケると信じるのか――――――ん?>
その時、キールに何かが見えた。
見えたというより、其処にあったことを思い出したというような、そんな些細なこと。彼女の言葉。
キール=ツァイベルがそこに至った時、クレスの剣は彼の頭上30cmから時速100kmを超えて走っていた。
鈍い音がする。金属と金属のぶつかり合いとは程遠い、エネルギィとエネルギィのぶつかり合い。
「ッ、存外、良い斬り込みをするではないか……」
一秒にも満たない生と死の狭間。
そこに、歪曲場を発生させてキールとクレスの前に立ちはだかるゼクンドゥスが居た。
「貴様ァ、邪魔を、邪魔をするなッ!!」
「―――――――この私が、偽善者にでも見えるか? ただ、もう時すら突き抜けたこの莫迦に少し付き合ってみたくなっただけだ」
そういいながら、ゼクンドゥスは内心で舌打ちをした。
その本心に偽りは無いが、介入したのは正しいとはいえなかったからだ。
エターナルソードを使わずに脱出するというなら、ゼクンドゥスの能力を次善策とするしかない。
<観測者が、観測出来ない。見えない。それがあるとしたら、自分を観測すること?>
だが、この介入はタイムストップだけでは済まない。完全に、キール=ツァイベルの運命を変えてしまっている。
0.01秒。それがゼクンドゥスが概算した、ミクトランに気付かれない“だろう”限界時間だった。
しかも、相手はエターナルソード。時の魔剣はそれよりも早くゼクンドゥスのシールドを破る。
<ファラが、死者が僕に託してくれたものが報いれなくなる時があるとしたら、僕が報いなくなった時?>
最早之まで。そう悟ったゼクンドゥスは限界を見極め、自らを無数の時晶霊へと散らしてクレーメルケイジに戻す。
たった之だけの時間稼ぎで、何が変わるとも彼は期待していない。だが、彼が望む夢の難しさも、同じくらいだった。
「限界かッ!! 眼を覚ませ、晶霊術師!! 貴様此処で―――――」
完全に消え去るその瞬間、ゼクンドゥスは確かに見た。キール=ツァイベルの瞳に、大粒の涙が零れていた事を。
時の流れは正常に戻り、クレスの一撃が振り切られる。
斬られて一秒後、吹き飛ばされたキールの胸が紅く染まる。
分厚いローブが濡れに濡れていたからか、綺麗に噴出はしなかった。
「はあ……ハアッ……これで、ははっ、やっぱり、そうじゃないか……」
クレスは確かな手応えを感じたその手を凝視して、力無く笑った。
その姿は今までに比べれば途轍もなく満足してなさそうではあるが、安堵のそれであった事は間違いない。
そして、そのそれは即座に打ち砕かれた。彼の、声がその耳に入っていた。
<そういう、ことだったんだ…………>
彼は其処に立っていた。血に塗れて、顔を青ざめさせて、それでも立っていた。
僅かに生まれた時間が、彼の命をそこに留めさせていた。
彼は天を見上げて、何かを呻いていた。それは言葉ではなく、泣き言だった。
大粒の涙を零しながら、誰かに対して謝っていた。
<逆だったんだ…………何もかもが、本当に、何でこんな>
もう、謝ることも出来ない誰かに、彼は泣いていた。
<“僕が、全部悪かったんだ”。なんで、こんな>
在り得ない、といった表情を一転させて、クレスは走る。
もう一刻の猶予もならないということが、露骨に表れていた。
それを見据え、キールは残った袖で涙を拭った。そこから、鬼のように濁った眼が再び覗く。
<だけど、まだ終われない。見つけてしまったから。それだけは、叶えてみせる!!>
キールの掌が、構えを取った。それはもう構えと言うよりは、ただ手を少し伸ばした程度のものでしかなかったが。
クレスが、魔剣を両の手に握って力を溜める。完全に磨耗しきった風の盾ごと、叩き割る腹積もりか。
「我、キール=ツァイベルが、既存詠唱を前提とし、エアリアルボードを展開する」
最頂点へと上る魔剣。もう、人の手で防げるような一撃では無い。
それを前にして、キールはそれを唱えた。
「エアリアルボード! 特殊機動<エクストラマニューバ>――――――“飛葉翻歩”!!」
クレスがそれを見たのは、一瞬のことだった。今まで手に展開されていたはずの風の盾が、彼の両足に付いていた。
それが何を意味するか、それを悟る前にキールの姿がクレスの意識の外に逃げる。
クレスの一撃が、宙を斬ったとき――――――――クレスは漸く、彼が背後に逃げたことを意識下に置いた。
<その為には利用できるものは、大体使う。ファラの技も、好みではないものも、是非も無く!!>
たった一回に虚を逃げられたクレスが、キールを捉えようと再び斬撃を加速させ始める。
完全なる奇襲。だが、逃げるだけでは事態は好転しない。
キール=ツァイベルに残る晶霊力は無く、その打撃はクレスを死に至らしめられない。
<だから“お前”も利用する。ここまで、此処までお膳立てをしたんだ、気付いてないとは、言わせないッ!!!>
「当たり前だ。確り、分かってるぜ」
バチンと、音がした。光の走るような音に、クレスは“背後のキールを見ようとしかけたその首”で更に背後を見る。
舞い終わる吹雪の向こう、今までは見えなかったそれが、あった。
「長かった……すっげえ長かった。10分も経ってないはずなのに、三ヶ月くらい長く感じたぜ」
切り刻まれたメモによる意識への結界。キール=ツァイベルはクレスの意識を紙吹雪に“閉じ込めていた”。
それが今最後のエアリアルボートによって解かれ、キールの本当の作戦が姿を顕す。
「もう我慢せんぞ。これ以上、俺のゲームを電波ユンユンの世界に漬けておく訳にはいかんのでな」
舞い散る黒い羽。迸るのは、雷晶霊渦巻く篭目の檻。
キール=ツァイベルが持っていたはずの、もう一つのクレーメルケイジ。
キールには、凡人にはクレスを倒せない。誰かが術を使わねばならない。クレスに気付かれぬこと無く。
ならば、方法は、たった一つ。
<一人より、二人。単純だが、間違いは、無いッ!!>
展開される魔術式―――――――彼に残された最後の魔術のその先。即ち、裏神の雷。
「捉えたぜ、クレス=アルベイン!! これでお前をチェックメイトだッ!!!」
そういってグリッドは、夕日の赤に逆らうようにその羽を大きくはためかせた。
目的も、思想も、信念すら真逆。そんな何も無い二人が、今始めて手を結ぶ。
最強の悪夢を、この夜が来る前に終わらせるために。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP25% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症・悪化
戦闘狂 殺人狂 崩壊寸前 放送を聞いていない 重度疲労 幻覚・幻聴症状
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 完全に虚を衝かれた
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キール&グリッドを殺す(出来れば瓶の中身がほしい?)
第二行動方針:本物のミントを救う
第三行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第四行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:HP1% TP0% 超フルボッコ 半発狂 酸素欠乏 筋肉疲労 頬骨骨折 鼻骨骨折 歯がかなり折れた
指二本第一関節から切断 指数本骨折 肉が一部削げた 胸に大裂傷(出血中) “QED”
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:作戦開始
第二行動方針:???
ゼクンドゥス行動方針:これ以上ボロを出さぬように静観
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※ゼクンドゥスが一度クレスの攻撃を阻止しました。ミクトランに気付かれたかは不明。
【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP25% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷 昏睡寸前 深い悲しみ
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:クレスをこうしてしまった責任を取りたい
第二行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 目の前の光景への葛藤
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化(中)
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:キール……
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP30% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失 インディグネイション習得中
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血 動ける?
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火)
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:作戦開始
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
投下終了。支援してくれた方々、大感謝です。
細かいことは避難所に書きます。
まさかの三度さるさんとは。
投下超乙。
キール…超フルボッコww
358 :
状態欄修正:2008/09/14(日) 23:11:18 ID:PhXq9V2f0
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 目の前の光景への葛藤
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化(中)
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:キール……
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:HP1% TP0% 超フルボッコ 半発狂 酸素欠乏 筋肉疲労 頬骨骨折 鼻骨骨折 歯がかなり折れた
指二本第一関節から切断 指数本骨折 肉が一部削げた 胸に大裂傷(出血中) “QED”
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:作戦開始
第二行動方針:???
ゼクンドゥス行動方針:これ以上ボロを出さぬように静観
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※ゼクンドゥスが一度クレスの攻撃を阻止しました。ミクトランに気付かれたかは不明。
一部の謎がネタバレになってるけど、気にしない方向性でお願いします!!
投下乙
なんて熱い考察話だ…
しかしキールもグリッドもHPが風前の灯火だな、勝てるのか?
投下乙!
相当頭良くないと書けないよな、これ…凄ぇ。
そうか、昨日の部分はコレットの予測だったんだな…ちょっと一安心。
キールがクレスと互角にやり合ってるのが信じられん。やり合ってないか?w
やっと起きたよグリッドオォォォォォォ二人とも頑張れ正反対だけど超頑張れ
2日に渡る投下乙!!
凄まじい状況なんだが、KYな発言をさせてくれ。
キールのHP1%に噴いたwMAX9999あっても99しかないんだよね?
おまけに状態欄が前回のフルボッコから、超フルボッコになってて噴いたw
クレスは強いけど、頑張れ、キール!グリッド!!
そんでもって、ミント、早く来いやぁ!
投下乙でした。
キールはミラクルグミ使えw
投下乙!
昨日のグロ描写→コレット「という夢だったのさ!」
グリッドの起き上がりといいなんという壮大な釣りww
キールが持ってたはずのケイジを持ってるってことは途中から起きてたのか。
しかし、コレットの奴は夢落ちで片付けきれないのが気になる。
途中で挟まっている地の文が誰と戦ってるのか、今後含めて期待するぜ。
内容が濃くて頭の弱い俺理解できなくて涙目
>>364 マジレスすると、この話は考察してるようで考察してない。
キールが考察できる範囲を考察しているとでも言うべきか。
そこらへんを読み飛ばせば幾分読めるはず。
それにしてもダイブ自重w菅田ww
投下乙。
……なあ、これ見てて思うんだが、どうみてもキールは凡才じゃなく天才だろ……JK
クレスの攻め手を戦士としての経験じゃなく計算で全て見抜いて、
しかもそれで弾き出した、もっとも可能性の高い目を引き続けるだけの強運すら兼ね備えてる。
おまけにこの計算を戦闘と同時進行で行うなんて、本当にこれが凡人の所業か?
どう考えても選ばれし者や英雄と呼ばれる人種でなければ不可能な荒技です、
本当にありがとうございました、って感じだ。
大作乙。
種割れキールgkbrでした。
曲がりなりにもロイドの遺志を継ぐあたりが、本編との対比が取れれて好きだ。
遅くなったけど新作乙。
何か途方もないというかスケールのでかい話をしてるな…
因果自体を操作しなくてもほぼ近いようにしてるよな、見た印象だと。みくたんあな恐ろしや
因果操作って単語見てキールの夜を思い出した。
あの時も確かこんな理論展開だったな。
>>368 まぁ実際に関与してるのはベルセリオスなんだろうけどな。
リバースコンビかミントの持ってる情報にヒントがあればいいんだが。
>>369 あっちは肯定してこっちは否定したけどな。
思考内だから首飛ばされないが、口に出したら飛ぶんだろうなw
>【セネル=クーリッジ】(完全な情報の消失。判定は絶望的か。第一放送にて死亡確認)
>完全な 情報の 消失
後になってからじわじわと笑いがこみ上げてくる。
キールかっこいいな。
今のうちに墓でも作っておくか。
そういやグリッドってもう心臓ないんだよな。
そうなるとロイドと同じでTP0で終了?
インディグ連発なんてしたらあっという間に0になりそうだ。
一回こっきりの大勝負だな。TPもそうだし、不意打ちの意味でも。
今のクレスが相手だと、マジで肉体を跡形もなく消し飛ばすような殺し方をしないと安心できないしなあ。
心臓ブチ抜かれたり首を切り落とされたり脳天をかち割られたりしても、大人しく死んでくれるかどうか……。
普通の人間なら、眼球を刺されて耳まで抉られた上にフライパンで頭部をめった打ちにされたら、
惨殺死体にならない方がおかしいはずなのに、
クレスは未だピンピンしている(?)あたり、素で肉体が天使化してるんじゃないかと疑いたくなってしまう。
そんな頭悪いですねプギャーみたいに言われてもな
>>373 今さらながらひでえwww
いや確かに瀕死の瀕死だけどね
ミラクルグミを使えばなんとかなりそうだけど、今後も含めて一回こっきりだから、使うのかどうかもわからん。
使わないと裏インディグが結局なかったことになってしまう
何故かグリッドと裏インデグ
グリッドごときに扱える代物じゃない
ごとき、と言っても結局はただのインディグだからなぁ…
スパークウェブまで行けたんだから代償さえ払えば行ける可能性もあるんじゃね?
次あたり体中の毛という毛が全部抜けるんじゃね? 代償w
グリッドはユアンの使える術しか使えないんじゃなかったっけ。
キールが手伝うにしてもクレスの為だけにミラクルグミを使うかどうか。
ユアンが使える術だけだったはず。
あとは、その技のレベルにあった雷属性のアイテムがあればいい…だったか?
一応ユアンはTOSでインディグを使う。裏は…ま、実際表と演出違うだけだしな。
>>388 使うかどうか、って言うよりはもう、使わざるを得ない状況も同然だけどな。
確かにミラクルグミは無駄遣いできるアイテムじゃないが、出し惜しみしてクレスに殺されたら元も子もない。
他に手としてはコレットのリヴァヴィウサーがあるが、
ロイドが死んだ今、キールには取れる人質もいないし、
(強いて言うならクレスだが、キールがクレスを人質に取れるシチュエーションは想像できん)
今のコレットに拷問や言葉責めが効くかどうかはかなり疑問だ。
となると、やっぱり上手い事グリッドを噛ませ犬にしてクレスもろとも始末する、
ってあたりがキールの今描いている絵だろうか。
あとキバヤシ理論ありなら、土壇場で我流の屍霊術を閃いて、グリッドの魂を生け贄に捧げてTPに変換とか?w
ミントが来るって選択肢はないんだぬぇー
すまん、KYはちょっと吊ってくる
ミントは目が見えないからねえ。
今来ても、キールがバリア代わりにするかクレスの刃に自らかかるか…
しかし、覚醒しても外道が良く似合うキールカワイソスw
覚醒かどうかも微妙だけどな。
キールはメルディを救う為なら手段を選ばないつもりだったけど
凡人云々であきらめたり、目を逸らしてる部分があった
それからの開放という意味では覚醒なのかな、外道なのは変わらんけど
しかしクレスは以前の覚醒が嘘かのようなgdgd振りだな
コレットにフラれた直後だからな。
ロイドぶったおしてコレットに感謝されて終わるはずだったのにこのザマだし。
本人のモチベ的にもグダグダになるのは仕方ない。キールと互角になるくらい鈍ったからな。
そんなカワイソスな彼にはこの称号を
つふられマン
集計超お疲れさまです
ミンウすげえwww
噛ませ犬ほしいし枠多め……と思ったけど全部通すと80余裕で越える勢いだな
3票以上全通しでも75人(違ってるかも)で0人作品が出ちゃうのか……
ちなみに投票だとしたら対象は5人以上書かれてる作品だけですか?
……超ごめん、誤爆しました
しかし、クレスは本編でもアナザーでも多少行動は違っても常時バーサーク状態なんだな
自力で復活するルートが無いんだろう。アドベンチャー風に考えると。
散々もう一人の自分(?)に説教されてるのに立ち直らないくらいだから。
ミントが間に合わない→「インディグネイション!」クレス死亡
ミントが間に合う→時すでにおそし。「インディグネイション!」クレス死亡
→ミントとして認めて貰えない。「お前誰だよ偽者は死ね」ミント死亡「インディグネイション!」クレス死亡
→奇跡中の奇跡。クレスがきれいになる
クレスがきれいになる→散々借りがあるのでキールが時空剣士として利用する。クレス断れない。
…………あれ?
どうして展開予測をするの?
なら早く投下しろカス^^
保守ついでに他ロワで拾ったタロットネタ振ってみる。
キャラが余るとかそういうのは気にしない方向で
【0 愚者 : 自由、天才/軽率、わがまま、落ちこぼれ】
【T 魔術師 : 始まり、創造/混迷、消極性】
【U 女教皇 : 知性、平常心、洞察力/激情、無神経、ヒステリー】
【V 女帝 : 繁栄、豊穣、母性/挫折、軽率、虚栄心、怠惰】
【W 皇帝 : 支配、安定、達成、責任感/未熟、横暴、傲岸不遜、無責任】
【X 教皇 : 慈悲、連帯・協調性、規律の遵守/守旧性、束縛、躊躇、お節介】
【Y 恋人 : 恋愛、趣味への没頭、試練の克服/誘惑、不道徳】
【Z 戦車 : 勝利、征服、独立/暴走、不注意、好戦的】
【[ 正義 : 公正、善行/不正、偏向】
【\ 隠者 : 経験則、助言、秘匿、単独行動/閉鎖性、陰湿、邪推】
【] 運命の輪 : 転換点、幸運の到来、定められた運命/情勢の急激な悪化、アクシデントの到来】
【]T 力 : 強固な意志、不撓不屈、持久戦/甘え、引っ込み思案】
【]U 吊された男 : 忍耐、奉仕、妥協/徒労、痩せ我慢、欲望に負ける】
【]V 死神 : 終末、破滅、離散、死/再スタート、挫折から立ち直る】
【]W 節制 : 調和、自制、献身/浪費、消耗】
【]X 悪魔 : 裏切り、拘束、堕落/回復、覚醒、新たな出会い】
【]Y 塔 : 崩壊、災害、悲劇/緊迫、突然のアクシデント、誤解】
【]Z 星 : 希望、ひらめき、願いが叶う/失望、無気力、高望み】
【][ 月 : 不安定、幻惑、現実逃避、親友の裏切り/軽微なミス、徐々に好転】
【]\ 太陽 : 成功、誕生、祝福/不調、落胆、衰退】
【]] 審判 : 復活、結果、発展/悔恨、行き詰まり、バッドニュース】
【]]T 世界 : 完全、総合/未完成、臨界点、調和の崩壊】
シャーリィの戦車っぷりはガチ。異論は認める。
ディムロスは教皇
愚者…グリッド
隠者…デミテル
悪魔…キール
月…ヴェイグ
ここらはガチだ
0はグリッド
]Vクレス
]\はミトス
]Wはミントっぽくね?
クレスは吊された男の逆位置
アトワイトが女教皇、ディムロスの教皇もしっくりくるなぁ
ロイドは力で
ティトレイは星かな闇トイレは逆で
ヴェイグの月は的確すぎw
恋人はコレットかな。
そしてあえてサレに節制の座をやろうw
世界は主催だしミクトランかな
メルディは死神だね
塔は…C3とE2の場所そのものを当てはめたいなw
無理臭いケースも考慮して、初期漆黒の翼四人で。
ヴェイグは審判でもいい気がしてきた。
あとミクトランは皇帝かな。
運命の輪はハロルドあたりか
ミミーも恋人だな。趣味の没頭という意味で。
しいなは女教皇の逆位置かね。原作はともかく、ロワじゃヒスってた記憶しかねえや。
アトワイトは節制でもいいかも
女帝はマーテル、正義はファラだな
カイルは太陽もいいが魔法元少年的に魔術師で
リオンとジューダスは吊るされた男。
ロワで、というよりもキャラがもうそんな感じだ。
スタンは不調的な意味で太陽の逆位置、
セネルは塔かいっそ運命の輪かw
リッドはいまいちピッタリくるのが思い付かないな
リッドは教皇の逆位置。前半の消極さと後半のお節介的な意味で。
書かれたの適当に並べてみた。入れただけだから複数箇所に同じ奴がいる。
【0 愚者 : グリッド】
【T 魔術師 : カイル】
【U 女教皇 : アトワイト・しいな】
【V 女帝 : マーテル】
【W 皇帝 : ミクトラン】
【X 教皇 : ディムロス・リッド】
【Y 恋人 : コレット・ミミー】
【Z 戦車 : シャーリィ】
【[ 正義 : ファラ】
【\ 隠者 : デミテル・シャルティエ】
【] 運命の輪 : ハロルド・セネル】
【]T 力 : ロイド】
【]U 吊された男 : クレス・リオン・ジューダス】
【]V 死神 : クレス・メルディ】
【]W 節制 : ミント・サレ・アトワイト】
【]X 悪魔 : キール】
【]Y 塔 : C3とE2・漆黒の翼・セネル】
【]Z 星 : ティトレイ】
【][ 月 : ヴェイグ】
【]\ 太陽 : ミトス・カイル・スタン】
【]] 審判 : ヴェイグ】
【]]T 世界 : ミクトラン】
ディムロスとアトワイトがセットされてる中シャルが不憫だったので、隠者に配置。
チャネリング隠してたしな。本人知らなかったけど。
このどうでもいい流れは何時まで続けりゃいいんだい
他にネタでもあるっていうのかい
他ロワだと一行感想とか煽り文かな?
人気投票は後に取って置きたい気もするし、好きな話はちょっと前にやったしなぁ
後はテイルズらしく称号とか?
前に避難所で少しだけ話題になってたな<称号
2ndももうすぐ2回目放送かな?1stはまだかねw
今魔法元少年の称号文とか考えると
「シャルリー(ry」みたいな文がありそうだから困る。
そういえばもうちょっとでテイルズロワ三周年だね
時間の流れは速いもんだ…