テイルズ オブ バトルロワイアル Part13

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1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part10
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1188467446/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part11
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1192004197/l50
テイルズ オブ バトルロワイアル Part12
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1197700092/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ11
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1198028693/l50
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html
2名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:28:05 ID:CtK362g+0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:28:48 ID:CtK362g+0
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:29:25 ID:CtK362g+0
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:30:09 ID:CtK362g+0
【参加者一覧】 ※アナザールート版
TOP(ファンタジア)  :2/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :3/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :2/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計11/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5

12:00…D4
15:00…C5
18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
6名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:35:34 ID:CtK362g+0
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
7名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 02:36:39 ID:CtK362g+0
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
8彼が願ったこと 1:2008/03/05(水) 18:04:37 ID:4FbHP+7H0
こつこつと階段を下りる音が聞こえてくる。
「……ここだと、思ったんだがな……」
青年はそう呟き、首をみしみしと動かし辺りを見渡す。
窓のない薄暗い部屋の中、何からが特に黒い形や陰影を持って存在を主張している。
それらは例えば背を丸めた老人の姿でもあり、まだ幼いのに表情が消えた子供の姿でもあり、
まるで見知らぬ侵入者をじっと鋭く艶かしく見ているようだった。
世界から見捨てられ、切り離された哀れな影の果て。あえて命名するならこんな感じだ。
しかし、彼は1度ぎょっとしただけで、その後は平然と部屋の中に踏み込んでいっていた。
テーブルにイス、棚といったものが目が慣れてきて見え始めた。
その内彼は部屋を散策していて、床に打ち捨てられた人形の影を見つけた。
闇の中で目を引く白さ。それは身に纏う法衣と血の気が引いた陶器のような肌だった。
腰まである金のロングヘアーも精彩を欠いている。何よりもあらゆる箇所の傷跡が痛々しかった。
女なのに傷物にされて、と思う。
彼は転がったまま動こうとしないその人に近付き、しゃがみ込んでぺちぺちと頬を叩いた。
反応はなく、次は医者が行うように瞼を上げて瞳を覗いた。
水気はあるのにどこか乾いたような、枯れた目が彼を捉えた。思わず舌打ち。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に」
淡々と述べ彼は立ち上がり、部屋の探索を再開した。
ここは恐らくミトスの拠点なのだろう。床の僅かに黒い部分、独特の臭いを発する染みは、未だ乾いていなかった。
つまりつい最近まで使われていたということ。サックも2人分置かれている。
手ぶらで行くということは大した物も入っていないか、後で戻ってくるということか。
彼はそう考え、さして困ってもなさそうな顔をして頭を掻いた。

弱った。来てみたはいいが、声の主はいない。この女の人かと思ったが、その割には反応が薄い。
何よりあの焦点の定まらない目。見えていないようにも思えるし、見たくないとも思える。
「やっぱ、気のせいだったのかな」
嘲りを込めて呟き、彼は笑った。
自分1人にしか聞こえていなかったということは、それこそ勘違いという可能性も秘めているのだ。
そもそも、か弱い鈴の音が聞こえるということ自体馬鹿げている。
鐘の音ならばこの村には鐘があるから考えられるし、鎮魂の鐘といった、そんな洒落たことも考えられたのに。
鈴なんていう有り得ないものだからこそ、却って気になってしまう。
だが、結局は無意味だったのだ。
「仕方ねぇか。おとなしく退散して……」
そう言いかけて、彼は倒れている女の方へと向いた。
ここにミトスがいたというのなら、あの正午前の悲鳴は目の前の女によるものだったのか。
調整されていない楽器のように、外れに外れた音響。そして連呼されたクレスの名。
彼は再び近付き、傍に座り込む。
床が軋む音に気付いたのか、僅かに首を動かし音源の方へと女は向いた。
綺麗な碧眼に光が宿っていないのは単にこの部屋が暗いからではないだろう。
まるで瞳の中に映される闇を内包しているようだ。映し出される絶望感に、彼は得も言われぬシンパシーを抱いた。
9名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:06:32 ID:P41mg2010
 
10彼が願ったこと 2:2008/03/05(水) 18:07:36 ID:4FbHP+7H0
「多分、あんたはクレスの知り合いなんだよな。目が見えないのは喜ぶべきだよ。きっと、現実は酷過ぎる」
ぴくりと女の身体が動いたように見えた。
だが彼は得心行ったようなしたり顔もせず、無表情のまま女を見つめていた。
「クレスのことは昨日から見てきたけどさ。あんたの知ってるクレスと今のクレスは違うんだろうなって、何となく分かってる」
彼の脳裏に再び海岸での記憶が蘇る。あのクレスが何かに苦悩する姿。
ふと女の顔に付いた両目に視線をやると、涙が零れていた。
素直に彼は驚いた。これだけ生気の失せた姿になっても、誰かを想ってまだ泣けるということに。
「……そうやって泣けるんだな。羨ましいぜ」
言葉に少しだけ付いた色が自分でも憎たらしかった。
早急にその場を離れようとすると、足に何かが触れる感触がした。ろくに握る力もない、女の手だった。
いくら脛とはいえ、人の肉ではない硬さに気付いたのだろうか。
はっとした、驚愕というよりは悲哀を帯びた顔付きを顔面に張っていた。
元からこんなんだよ、と言えばよかっただろうか。
伏せたままの女を見下ろす彼は代わりに嘘の笑顔を浮かべた――――尤も、見えていないだろうが。
彼は座り込み、足を掴む女の手を握り、解こうとした。相手は何も言わず、強く彼の手を握り返した。
線の細い白い手を、その中にあるだろう骨をへし折りたくなる衝動に駆られる。
彼はどことなく分かっていた。
この女が手を掴んだのは、恋人を引き止めるような陣腐なものではないが、待って、という思いからだ。
『……レイ』
突然の女の声、静かだが可憐な声に彼は身体をびくつかせた。
『……レイ、ティトレイ……』
確かに聞いた。あの声だ。目の前の女が出したのかと思って見てみたが、口はまっすぐ直線に閉ざされている。
彼は弾かれたように首を動かし、周囲を見渡し主を探す。
目の前の女は少し不思議そうに彼を見ている。沈黙の中では衣ずれの音や髪が擦れる僅かな音さえ聞こえるのか、彼の異変を感じ取っているようだ。
だが、彼はそれを気にも留めない。
「誰だよ。どこにいんだよ!」
『ここです……ティトレイ』
声を頼りに彼、ティトレイ・クロウはその方向へと顔を動かす。
そこにあったのは配給された袋。ミトスが置いていったサックだった。
中に人が入るのかなどという疑問よりも先に、彼は緩まりつつあった女の手を解き、サックの封を開けた。
彼は分かっていたのかもしれない。迷うことなく、彼は“それ”を取り出した。
両手で包められる程しかないサイズの実、いや種だろうか。それに取り付けられた宝石が一瞬光を放つ。
暗い部屋では目を眩ませるには充分過ぎる光で、彼は思わず目を細めた。
目を元の大きさに戻す頃には、目の前に人影が浮かんでいた。
感情の有無などに関わらず、彼は反射的に身体を跳ね上がらせ種子を落としそうになった。
『やっと届きましたね。来てくれてありがとう、ティトレイ』
新緑の葉のような、鮮やかな緑のロングヘアー。全身を包むローブ。
そして慈愛の微笑みを浮かべた女性が、そこに存在していた。
“居る”ではない。確かに“存在する”なのだ。
それほど目前の女性は、近くで倒れていて目を背けたくなる傷塗れの女と違い、何か超越した存在なのだ。
そう思うのも、彼は目の前の相手を一目見たことがあり、尚且つあまりに想定外の人物だったからである。
健やかな笑みを浮かべている姿が理解し難い。
何故なら、この女性は“死んだ”筈だ。
「何で、あんたがここに」
そして、彼女が――――マーテル・ユグドラシルが殺されるところを、彼は見ていた筈なのだから。
11彼が願ったこと 3:2008/03/05(水) 18:09:15 ID:4FbHP+7H0
呆然としたような間の抜けたような、空っぽな声だった。
女も僅かに顔を向かせ、何かがいると感じているのか、マーテルの方を見ている。
それでも2人の反応とは正反対に、彼女は笑みを絶やさない。本当に嬉しそうな、安堵したような表情だった。
『私の意識は、死の間際に輝石へと取り込まれ、こうして精神体として生きていたのです。
 今のこの姿も、実体を持たない幻のようなものでしかありません』
彼は手の中の種子に目を移し、改めて取り付けられた石を見る。
しげしげと見つめた後、触ってみたりつついてみたりして、彼女に何の影響もないことを確認しテーブルの上へと置いた。
依然、マーテルの微笑に変化はない。
『ですが……私はマーテルであり、マーテルではないのかもしれません』
え、と言わんばかりの顔でマーテルを見つめるティトレイ。
『私の、マーテルという存在は変容しつつあります。
 エターナルソード、ひいてはオリジンが本来有らざる事態に対応し契約を凍結させたように、
 複数の時代の人物が同時に存在することで、時空間の矛盾が複合によって解消されようとしているのです。
 世界というのは脆いものです。大きな矛盾を内包すれば、時空自体が破壊されかね……』
静かに語るマーテルだが、時空などという小難しい概念に縁のない彼は、頭に手をやり唸っていた。
そんな彼に微苦笑を浮かべる彼女。
『マーテル・ユグドラシルという人物は、ある時代ではミトスの手によって永い間大いなる実りの中で眠っていたこともあり、
 精霊マーテルの側面の1つでもあるのです。
 そしてそこの彼女、ミントの時代でも、マーテルはマナを生み出す樹の精霊として存在している』
「……やっぱりイマイチ分かんねえんですけど」
『マーテルはミトスの姉でもあり、遥か未来まで続く樹の精霊でもある。
 私は、精霊としてのマーテルに変わりつつある、ということですよ』
やはり分かっているような分かっていないような、そんな面持ちの彼だが、不意にぽむと手を打った。
「確かに。生きてた時と声が違うよな」
『そうですね。それも変化の1つです』
話し方や大人びた印象は同じなのだが、昨日のシースリ村で聞いたマーテルの声と、今のマーテルの声は違っていた。
生前の方が少しだけ声が低く、平坦な調子だったような気もする。
死ぬだけで声って変わるものなのか、と思ったが、案の定「まあいいや」と竹を割ったように放り出してしまった。
要するに彼にとっての結論は「石に宿って生き延び、精霊になりつつある」というだけのことである。
机の上に浮かぶ彼女を見上げるようにして彼は見ていた。結果的に見下ろされている形になるが不快感はまるでなかった。
感じることが出来ないのではなく、元々彼女にそういったものが滲み出ていないのだ。
むしろ神々しい、荘厳な雰囲気にティトレイは無意識の内に息を呑んでいた。
だが逆に違和感も覚えた。そんな人物が何故自分を選んだのか。ましてや面識などこれっぽっちもないのだ。
12名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:10:01 ID:j/26zY3HO
13彼が願ったこと 4:2008/03/05(水) 18:11:52 ID:4FbHP+7H0
「で、どうして俺なんだよ?」
思わず聞くと、マーテルの瞼が伏せられた。
『受け取る側の素質があったのが、あなただけだったということです』
長く、柔らかい睫毛がしおらしく動く。
『私は樹の精霊。そして、あなたは樹の力の持ち主。何よりも……あなたの身体自体が、力に蝕まれつつありますね』
一転して表情が険しくなる。
「……優しい顔して痛いトコ突いてくるんだな」
視線を逸らし、そう言った彼は1度短く嗤う。顔を元の向きに戻すと、にへらとした緩んだ表情が浮かんでいた。
「じゃ、俺を呼んだ理由は? あるんだろ、理由?」
明るい調子で尋ねる彼をマーテルは1度だけ寂しげに見つめたが、すぐにふっと元の微笑、慈悲のある笑みに戻した。
視線を黙ったままミントの方へ向けられるのを見て、彼も視線をミントへと移す。
当人は当然気付く筈もなく、光のない目で中空を見つめていた。
『彼女がクレスという男性を想っていることは知っていますか』
「ああ。あんたを殺したあのクレスをだ」
そうですね、とマーテルは言う。
『彼女を、クレスの下へ連れて行って欲しいのです』
彼はマーテルとミントを交互に見て肩を竦めた。
「正気かよ? 何されるか」
堪ったもんじゃ、と続けようとした彼の言葉を、マーテルは首を振って制する。
憂いを秘めた彼女の瞳はミントへと向けられ続け、幻影でしかない手が胸元へと重ねられる。
『それでも、彼女はクレスのことを想い続けています。舌のない口でも彼の名を紡ごうとしていた程に』
唸りを発し、手を口元に当てる。場を少しの沈黙が支配する。
彼はふと感じた違和感を1つずつ解体していった。
「……舌のない? でも、名前呼んで……」
『あれは、私が呼んだのです』
再び沈黙。困惑げな表情を微かに出す彼と、はっとした顔のミントに、マーテルはふふっと笑う。
『混乱して当然です。彼女の想いを感じ取った私は、傍にいた少女の身体を一時的に借りクレスの名を呼んだのですから』
「そんなこと出来んのかよ。声まで同じだったぜ?」
『ええ。コレット達の時代では、同じように別の人の身体に入ったこともあります』
にべもなく言う精霊を前に、彼は腕を組みながら便利なもんだなあと思う。
彼の勤めていた製鉄工場でも幽霊騒ぎはあったが、本当に目の前にいるのは幽霊ではないかと疑いたくなる。
いや、確かに死んだ筈の上に、当人はそれすら超越したとは言っているのだが。
マーテルは常に優しい笑みを浮かべている。引き受けて欲しいからなのか、それとも既に自信のようなものがあるからなのか。
薄闇の中で燐光を発しているかのように彼女の身体は淡い光を発しており、彼女自体が光なのではないかと思った。
そうだとも思う。あの延々と続いた光の糸は彼女、マーテルであり、どこか気になってしまうものはあった。
二元的なもので表せば、間違いなくこの精霊は絶望の権化などではない。それは絶対的だ。
しかし、それならこの胸のしこりは何だ。何故、彼女という存在を素直に受け入れられないのだろう。
何もないのに胸を打つ早鐘が収まらない。
14彼が願ったこと 5:2008/03/05(水) 18:13:58 ID:4FbHP+7H0
「クレスは覚えちゃいねえよ。実際そう言ってたし」
ティトレイは重い息をついて言った。傷付けるつもりなど毛頭なかったが、びくりとミントの身体が跳ねて微かに音を立てた。
暗い部屋は風通りがなく、どこか息苦しく、わだかまっていて、
部屋がぐちゃぐちゃに丸められた粘土のようで、暴れ出したくなるような閉塞感と粘性があった。
『それでも構わないのです。彼女はクレスと会うことをひたすらに望んでいます』
「あいつに殺されたなら分かってんだろ? あれと同じようなこと、いや、もっとそれ以上のことをされてもいいのかよ?
 この人は会うことを望んでいるだけで、殺されるのを望んでる訳じゃない」
『彼女に、クレスを元に戻せる可能性があるとしたら……』
ぴくり、と彼の髪が動いた。良くも悪くも露骨な反応だった。
そうして彼はしばらく黙り込み、視線をミントへとやった。
「……悪いけどパス。この人の安否とかより、今クレスに戻られちゃ困る」
『何故?』
問い掛けるマーテルの顔には既に悲しみが浮かんでいる。
「殺して欲しい奴がいる」
無表情のまま、簡潔に淡々と語る彼の視線は逸れ、何もない空に投げ出されていた。
頬に張った脈が蠢き、彼の目へと向かっていった。
「呼吸と一緒だよ。あいつにとって人を殺すってのは。
 空気が必要で、意味もなく鼻や口から息を吐くみたいに人を殺して、それで時々何かを確かめるように殺す。深呼吸みたいに」
ティトレイは明朗な笑みを浮かべる。
「俺はそんな、ただの呼吸に期待してるんだ。つまんねえエゴだよ」
だが、そうとしか見えないそれを構成する要素は紛れもなく自嘲だった。マーテルもそれを見抜いていた。
『自分の都合で利用することにあなたは何かしらの思いを抱いている。違いますか?』
「さあ。よく分かんねえや」
『何故、そうやってはぐらかすのですか?』
動じず、ティトレイは視線だけをマーテルに向ける。沈黙を守ってはいるが細められた目は鋭い。
『ミトスが海岸であなたと話していた時、私も聞かせてもらいました。
 あなたは、1番大切なものを失った。それでいて、あなたは何かに悩んでいるようにも見えます。
 知りたいのではありませんか? “気持ち”というものを』
彼女の言葉に一瞬怯むが、何とか顔面に出す前で留まった。
「何も悩んでることなんか」
『そうやって、あなたは自分と向き合うのを恐れてきた』
強く、はっきりとした口調に尚更彼は目を鋭くした。
「あんたは俺に何を求めてるんだ」
『しっかりと向き合って欲しいのです。
 あなたのその身体は、自らから生じる迷いの証。このままではあなたの身体は完全に木と化してしまう』
「つまり、この女の人を助けるのにこんなままじゃ困る、ってことか?」
ぶっきらぼうに吐き捨て、彼は無色の瞳でミントを見た。
微かに顎を上に向けてはいるが未だ倒れたままで、その場から全く動いていない。
このままでは自分で動くことすら叶わないだろう。鐘楼台に放置されたまま死ぬことだって有り得る。
動けない、ただ呼吸をしているだけの人間。
ただ生きているだけの人間に、一体マーテルは何の価値を見出しているのか。
どんなにミントのことを助けようとしても、喋れず、動けず、目も見えない――――絶望しかないのに。
15名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:14:31 ID:P41mg2010
 
16名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:15:36 ID:j/26zY3HO

17彼が願ったこと 6:2008/03/05(水) 18:16:16 ID:4FbHP+7H0
彼は滞りなく自分のサックから巨大な斧を取り出した。無闇に大柄で、彼の体躯に合った武器ではない。
相当に重いのか、両刃を下に向け床に当てている。そのすぐ傍にミントがいる。
「例えば、あんたはこの人を助けたい訳だから……俺が今ここで殺したら、何もかも振り出しに戻るよな?」
普段は武器を用いないティトレイが両手で斧を握る姿は異様でもあったが、この慣れない武器で
必死に人を殺そうとする稚出さが妙に彼に似合っていた。
ミントは声の方を向いている。その表情もまた驚きよりも慈悲に近い悲哀に満ち、マーテルによく似ていた。
2人の聖母の間に立つ憔悴した男は、それほど孤独な存在なのだった。
『そうして罪を重ね、一体何の為になるのです?』
「増えるモンはない。でも、減る訳でもない」
落ち着いた声とは逆に胸を打つ鼓動は更に早くなる。気付けば下唇を噛んでいる。
まるで、衝撃に耐えるかのように。
『いいえ。あなたの心は悲鳴を上げるでしょう』
彼に1度震えが走った。頭で理解するより無意識に身体が反射していた。
ぞわぞわと葉脈が広がっていく。それを隠すように彼は顔を俯かせていた。
内側にある空気のようなものが急に生暖かくなり、肌にまとわり付く。
ミントは急に黙りこんだティトレイの方へと顔を向けたままだ。
「……あんたに何が分かるっていうんだよ」
掴んでいた斧が手から離れ、がたりと重厚な音を立てて落ちる。
彼は膝から崩れ落ち、両手で身体を抱え込んだ。顔には苦悶の表情が広がっており、歯を食い縛っている。
「こうなってる原因すら、俺は分かんねえんだぞ……?」
頬の管が身体の軋みと同時に這い、ハイネックに隠された首の表皮が硬くなっていく。
全身緑の服で覆われたティトレイの身体は、とうに頭を残し樹木へと変貌していた。
汗が出ていれば一筋伝いもしたかもしれないが、変わってしまった彼に分泌といった機能は消え失せていた。
マーテルの顔が悲痛に襲われるが、すぐに強い、凛とした表情へと塗り替えられる。
暗い中、光に映える姿はいやでも彼に見せ付けられ、まざまざと網膜に刻まれる。
『答えに至るピースは、全てあなたの中で出ている筈です。
 でもそれがあまりにばらばら過ぎて、何よりもあなたが目を向けるのを恐れていて、掴めずにいる。
 見えないものを苦しめられる程恐ろしいことはありません……私は、ただその恐怖からあなたを救いたい』
手を組むマーテルは心からそう言った。膝を付けたままの彼は辛辣な面持ちで彼女を見る。
身体を地に付け、苦しむ人間に差し伸べられる女神の手。
彼女が纏う厳かな光は、正に天から下りて来た使いのように思えた。
何故自分はここへ来たのか。苦しみを和らげてくれた鈴の音に、光の糸に、何かを縋り求めていたからではないのか。
無意識の内にではあったのかもしれないが、確かにそんな思いを抱いてはいた。だからこそ足は勝手に動いていた。
自分は、優しい鈴の音に、差し伸べられた手に、救いを見出していたのではないか?
「……救ってどうなるんだよ。俺のことなんか」
一層強くなった全身の痛みを堪えるように、ティトレイは互いの両腕を強く握り、搾り出すような音で言った。
『救える人が目の前にいるのなら、私は救い出したい。それだけです。
 あなたが本当にそのままでも構わないのなら、私はそうします。
 でも、どうしても私には……あなたは苦しんでいるようにしか見えないのです。今のように』
沈黙する彼。無音の世界が痛々しく、彼は静寂という音が無数の針に思えた。
日が差さず、昼間でも少しひんやりとした空気に心地よさなど全くなかった。
むしろこのまま気温が下がって下がって冬になり、木々は枯れ始め――――自分も枯れるのではとさえ思った。
そう考えてしまう程、胸が詰まった感覚がするのは半植物として光が足りず活力が得られないからだと信じたかった。
18彼が願ったこと 7:2008/03/05(水) 18:18:19 ID:4FbHP+7H0
「どうとでも思えばいいさ。俺はもう価値なんてねえんだから」
『何故、そう思うのですか?』
マーテルの言葉を鼻で笑う。
「親友を殺そうとしてるんだ。最低だろ?」
『最低と思うのなら殺す意味などないのでは?』
「ある。でなきゃ、俺は俺を殺せない」
光に包まれたマーテルの顔に陰りが落ちたように見えた。
『……そう、あなたは自分が恐ろしいのですね』
びくり、と目で見て取れる程にティトレイの身体が揺れた。
思わずばっと顔を上げてマーテルを見上げるが、彼女は喜ぶような素振りは何も見せない。
1つ核心に迫ったからといって、彼女にとっては論理的なパズルのようなものではないのだろう。
顔の管は頬の全体にまで広がっていた。
それはまるで、リバウンドが彼の内側にある要所を1つずつ陥落させているようだった。
侵略に慌てふためき、何も出来ないままに落とされる。そうして次々と侵攻を受けていく。
尤も、旗を振り、高らかに歌い、士気を鼓舞させているのはマーテルの言葉である。
『あなたが恐ろしいと感じる自分は、きっと親友を殺したくはない筈です』
何も言わず、彼は首を横に振るだけだ。
しかし表情はより苦悶の色が強くなり、腕が掴まれている部分の服のシワが締められ、間の影を濃くする。
無数のシワは荒れ始めた海の波に似ていた。
「違う。俺はバトルブックを燃やそうとした」
『燃やしたくない自分もいた筈です』
彼の長髪が激しく揺れる。
「……俺はしいなを見殺しにした」
『それを悔やむ自分もいる筈です』
急速に強まった痛みに彼は身体を畳んだ。先程夢で感じたのと同じ不快感が襲い掛かる。
しかし、それでも彼は何故自分の身体が悲鳴を発しているのか分からなかった。
事実はあっても、それが何から発露されたものなのか分からないのだ。
自分が恐ろしいと言われても、何故恐ろしいのか分からない。彼は未だ見えないものに苦しめられていた。
声を出すことさえ辛くなってくる。全身から溢れ出す痛みが声の代わりのようだった。誰かが叫ぶ。
『分かりましたか? 2つの柱が、自分の存在が』
マーテルは尚も問い掛ける。けれども彼は返答をしなかった。
彼女の言葉を認めぬ度に隔たっていく世界。様々なものが分解されていき、あちら側とこちら側との境目が見えてくる。
何本も何本も線が引かれていき、その向こうにぼんやりと“ティトレイ”がいる。
無表情で、あまりに澄んだ、どこまでも繋がっていそうな瞳の彼が、じっと微動だにせずに見つめている。
『あなたが罪を重ねるのも』
「……おっさんの、デミテルの恩に応えるためだ!」
『手を汚して、自分を捨てるため。自分を否定するため。自分を分かつため』
2人は別の空間にでもいるのだろう。
どんなに線が引かれても、どれだけ向こうが遠いと感じても、向こう側の自分の位置は変わらず、
鏡映しのように立ってこっちを眺め続けている。
いや、世界が違うのなら誰も見ていないのかもしれない。実は通り抜けて背後を見ているのかもしれない。
その内に分からなくなってくる。
あれ? 目の前にいるのは俺か、ティトレイか?
『でも、汚れが酷くなればなる程、元の白さが際立つ。自分の姿がより鮮明になっていく』
「違う、違う、違う……」
向こうにいるのは一体誰なのか。それとも、誰ですらないのか。
『今のあなたは自分を殺そうとして罪を重ね、しかし逆に自分の存在をより強くしている。悲しいまでの連鎖です』
マーテルは強烈にそう言い、彼は屈ませていた身体を少しだけ起こした。
顔は相変わらず苦しそうだが、目付きだけは新品の剃刀のように鋭利だった。
初めは穏やかというよりは緩やかだった彼の印象も、発せられるものは殺意に似てきていた。
19彼が願ったこと 8:2008/03/05(水) 18:20:03 ID:4FbHP+7H0
「……苦しめるために俺を呼んだのかよ」
『それが何よりの証拠ではありませんか? どうして苦しいのです?』
「わっかんねえよ、分かってたらこんなことなってねえだろ……!」
『あなたはまだ理解するのが怖いのですね』
言葉を強く吐くものの、それに反し身体は言うことを聞かない。
答のようなものは、あと薄皮1枚破った先にあるのだろう。しかし、彼はそれを頑なに拒む。
空に浮かぶ彼女は彼がそう返すごとに悲痛の色を強くしていく。
それがまるで子供をあしらう大人のようでティトレイは嫌だった。
「何でも分かったような口利いて」
子供っぽく口答えする彼に、マーテルは握る手の力を更に強める。
『あなたが自分自身を強く拒む理由は何なのですか? それはきっと、あなたが求める“気持ち”そのものです。
 拒み続け、手を汚し続け……その果てに一体、何があるのですか?』
だが彼女の強い手に反し、声の音階は静かで穏やかなものだった。
不意打ちだった。釣られたように彼は黙り込み、醸し出していた鋭いムードは消えて行った。
痛みは収まりはしなかったが、ふっと波打ちのなくなった頭が彼女の言葉の意味を咀嚼する。
自分を拒む理由。そんなもの、やっぱり分かる訳がない。
「……俺は、俺はティトレイを放棄できれば、それでいいんだ」
『けれども、放棄しようとする度に自分を強く感じているのは事実でしょう』
心はどんなに引き裂こうとしても離れない。磁石のN極とS極のように、別物なのに引き寄せあう。
だが、だからといって簡単に同じ極にはなれない。
同じ極では逆に離れてしまう――――いや、同じになることを拒むからこそ、離れるのではなく“離す”のだろうか?
Nも嫌でSも嫌。ならばどうするのか。
答は簡単だ。壊せばいい。自分でも相手でも構わない。磁石そのものをなくしてしまえば、全ては解決するのだ。
ヤマアラシのジレンマ。触れたくとも触れられない。だからと言って離れることも出来ない。
辛い思いをするなら、初めから自分も相手もいなければいいのだ。果てしなく暴論で、極論だけども。
しかし、彼にはその暴論的極論しか道は残されていないのだ。他のあらゆる解決策や妥協案は全てへし折られてきた。
すうっと全身の穴から熱が抜けて行き、身体の温度が一気に下がった気がした。
内側にある暗い樹海の冷気が膨らんで熱を追い出しているかのようだった。
20名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:22:28 ID:P41mg2010
 
21彼が願ったこと 9:2008/03/05(水) 18:22:40 ID:4FbHP+7H0
「……そうだよ。俺を本当に捨てるなら、死ぬしかないんだ」
結論に至った彼は異常に冷たかった。
「死ねば邪魔なものをまとめて捨てられる。こんな煩わしいもの、感じずに済む」
ひどく低く抑えられた声だった。彼は俯きがちに己の胸に手を当てた。
常に内側で渦巻く、姿の掴めぬ霧は冷たくせせら笑うように存在し、声高に主張する。
自分の行いを冷え切った目で見ている誰かが常にいるのだ。
『それが、あなたの果てなのですね。あなたにとっては全身が木になったとしても、それが本望なのですね』
静かに言うマーテルにティトレイは無言のままだった。
青みがかった光のない部屋は空気中の埃すら全て落ちてしまいそうな、一瞬の静寂に襲われる。
波が一瞬高くなったようなそれは刃よりも尖鋭だった。
沈黙の間を狙ったかのように、葉脈はサークレットに隠れた額にまでかかろうとしていた。脳まで届けば彼の思い通りになるだろう。
『なら、あなたが恐れるあなたは、何を望んでいるのですか?』
「え?」
ならば何故今も尚、根は這い続ける? 問い掛けに思わず上擦った声で返すティトレイ。
『あなたは何故、ここにいるのです? あなたの手や足は何故動いているのです?
 何故、今もあなたは苦しみ続けているのです?』
彼の顔に見る見るうちに怯えが満ちていく。
線の向こうにいるティトレイがこちらを見つめている。じっと、逃がしなどしないかのように。
答はあと薄皮1枚の先。それを足を掴んで阻止しているのは誰なのか。
「そ、れは……」
向こう側のティトレイの背後に黒い手が現れ、線を通り越して襲い掛かってくる。
『もう1度聞きます。あなたは、何に迷っているのですか?』
苦しむ彼が避ける術などなく、簡単に手は彼の中へと入り込んだ。
再び襲い来る不快感。しかし流れ込んでくるものが何なのか、今の彼には理解できた。
自分が恐れる自分――――本来のティトレイが持つ全てだ。
親友を殺したくない。本を燃やしたくない。そんなティトレイの思いとでも云うべきものが、彼の中に入り込んできていた。
それを彼は必死に拒み続ける。認めてしまえばどうなってしまうのか分からなかった。
旅の中笑う自分。闇の試練を乗り越える自分。ユリスを倒す自分。
しいなと話す自分。暴走してしまう自分。サウザンドブレイバーを止める自分。
叫び声を上げながら、それらの奔流を否定し続ける。
急速に進行し始めたリバウンドの痛みが彼を支配し、首を越えて樹皮が現れる。
「俺は、お、れは……!!」
このまま死ねるのならどんなに幸せだろう。なのにこの痛みは何だ。
髪が少しずつ葉へと変貌していき、彼の視界が霞み始める。
身体の痛みもどこか遠くへ置いてかれたようだった。このまま死ぬのだと彼は思った。
全身が崩れ、床にうつ伏せになる。
ひんやりとした板張りの床が熱を奪っていき、全部吸われたときに意識も吸われるのだと思った。
それでも氷のように冷え切りもせず、人形のように白い肌になったり手や足の指先がむくんだりはしないのだと思った。
自分はヒトとしての最期は迎えられない。
この光の当らぬ部屋の中で植物となって、水も日光もなくそのまま枯れていくのだ。
リバウンドによるこの痛みがあるのは、死を望んでいるからなのか、何かに迷っているからなのか、理由が分からなくなってくる。
死にたいのに迷いがあって、迷っているのに死にたい。
何度も何度も交わり合っていて、そのようでいて平行線で、よく分からない。
これが矛盾ってやつなのかな、と今更ティトレイは思った。
彼は痛みと騒ぎ立てる2つの柱の濁流に飲み込まれ始めていた。
双方に手を引かれて、真ん中に立つ自分の存在だけがやけに顕わになっている気がした。
22彼が願ったこと 10:2008/03/05(水) 18:25:06 ID:4FbHP+7H0
腕を触れられる感覚がした。本当に指先で触れただけの静かなコンタクトに、少しだけ顔を上げる。
ぼやけた視界の先には、緑のロングヘアーの綺麗な女性が立っている。
「あね、き……?」
搾り出すように声を出し、何とか顔の向きを固定する。目の前に、大切な姉がいる。
もう1度身体を触れられる感触。
「だめ、だ……ちが、ついち、まうよ……」
怒ったように、それでいて微かに笑みを浮かべてティトレイは言う。
白く靄のかかった視界ではろくに姉の顔を見ることも出来なかった。
「ごめん、あね、き……おいて、って……」
『ティトレイ……もう、戻ってこれないの?』
姉の寂しげな声にふっと彼の表情も沈んだように見えた。
「おれ、は……たくさん、ひと、を、きず、つけた、から……。もう、あともどり、なんて……できない……」
苦しい様子でか細く絶え絶えに言う彼に、姉の雰囲気が柔らかくなる。
『そう思える優しさを、あなたはまだ持ってるのね』
身体にかかっていた手は暖かかった。
肩が触れられ、頭が触れられ、僅かに上げていた頭部が優しく抱えられる。
『ねえティトレイ。木ってね、どんなに葉や花が付かなくても、幹がぼろぼろでも、根が無事なら治せるものなの。
 自分だけでは難しいかもしれないけどね、誰かが一生懸命処置してあげれば持ち直すのよ』
耳元で姉の優しい声が聞こえる。
身体が頭に当てられているのが分かった。焦げ茶色の硬い皮膚でもまだ感じることが出来た。
『昔のあなたなら、どんな相手にでも生きろと言った筈だわ。あなたはそう言う意味の大切さを知っている』
(紅茶を濁らせると、何になると思う?)
『あなたは十分、罪の重さに苦しんだ筈よ。もう、自分を許してあげてもいいんじゃない?
 許せなくとも、1人で背負い込むのはもうおしまいにしましょう?』
(答えは2つあるの。 1つは、D。 もう1つは――――)

『どんなに汚れてしまっても、ティトレイはティトレイなのよ』
23彼が願ったこと 11:2008/03/05(水) 18:27:26 ID:4FbHP+7H0
声が、頭の中で響き渡る。
姉の体温が抱えられた腕の中で伝わってくる。ごわごわとした表皮と擦れ合う葉を持っていても、ヒトの熱を感じる。
まだ辛うじて人間としての肉を留める眼球から、どうしてか液体が零れる。
彼の瞳の色と同じ、琥珀色の粘り気がある液体だった。
無表情のまま表情筋が固まっていき、起伏のない幹を液が伝っていく。
少しの沈黙。森の中に入ったような静けさが場を包み込む。
1つの木が静かに揺らめき、風に吹かれたように葉の擦れる音が、部屋の中で形を持ったように姿をはっきりとさせて行き渡る。
抱えられる腕の中で、彼は震えていた。
グローブの奥にある木製の指が姉の服をぎゅっと握り締める。
震えを抑えるためのそれは、指先もまた震えていた。
樹皮に覆われた、ヒトではない気味の悪い弟を、姉は優しく抱き止める。
柔らかい身体は震えを吸い取っていくようだった。
葉の茂った頭を、髪を解きほぐすように指を入れて支えている。
暖かい。ヒトの身体って、こんなに暖かかったんだ。
このまま抱き締められて死ぬなんて、何て幸せなんだろう。
そんな権利なんてない筈なのに。沢山の人を傷付け殺してきた筈なのに。
離さないような強い抱擁。離させないような、抱擁。引き止めて、待ってと言いたいかのような。
どうしてこの粘々とした水は止まらないのだろう。
シャッターを下ろすように瞼を落とせば光は消えていく。
気を緩めればこのまどろみに呑まれていく。気を緩めれば――――どうして、緩めないのだろう。
自分が望んだ死はもうすぐそこだ。手を伸ばせば届く距離だ。
なら、どうして自分の手は震え、繋ぎ止めるように服を握り締めているのか。
離さなければならないのだ。掴んでいる権利など消えてしまったのだ。
手を伸ばせばいいじゃないか、死にたいんだから。
なのに止まらない。樹液が、涙が止まらない。
例え無様でも手を離したくない。
24彼が願ったこと 12:2008/03/05(水) 18:29:25 ID:4FbHP+7H0
「……おれ、だって……」
暗闇の向こうの、線で隔てられた先に“ティトレイ”が立っている。明瞭な姿でこちらを見ている。無表情のままだ。
だが、一体目の前の存在は何者なのだろう。
無表情で透き通った目をしているのに、反対側に立つ自分は、紛れもなく自分が恐れる自分なのだ。
なのに相手は、死を望む自分のようでもあって――――2つの自分を併せ持っているようだった。
……俺は、誰? 
彼ははっとして目の前を見る。姉の声が頭の中で響いている。
ティトレイが、“自分”が線を踏み越えてこつこつとこちらへやって来る。
黒い手を背後に持っている。しかし、彼はそれを恐れはしなかった。
“どんなに汚れてしまっても、ティトレイはティトレイなのだ”。
罪を苦しむ正義感溢れる自分も、苦しむが故に罪を重ねティトレイを殺そうとする自分も、
全てはティトレイ・クロウという1人のヒトが持つ心の側面。
決して離れ合った、乖離した存在ではなく、1つの心から生まれる多くの気持ち。
背中合わせのようで面と向き合っている。それが矛盾や葛藤や二律背反である。
「……おれだって……」
“自分”の手が肩に置かれ、すうっと消えていく。
再びシャッターが開けられ、淡い光が差し込む。

「おれだって……生きたいっ!!」

その叫びは、心からの叫びだった。
大声で叫んだ彼の身体から青い光が溢れ出し、立ち昇る。
蛇口を急に捻ったとき飛び出る水のように、勢いよく、力強く迸る。足元から腰へ、胸へ、腕へ頭へ。
生じた風によって髪が浮き上がり、とにかく上へ上へと向かって昇る。
真っ暗だった視界に光が満ちていく。
この明かりは自分の力による光なのだろうか。それとも、これがユリスと戦う前に感じたヒトの心の光なのかもしれない。
急激に目の前が白ばんでいくが、危険だとは感じられず、むしろ頭は落ち着いていた。

これが、俺の見たかった景色だ。

自分が出したのであろう光によって、姉の姿が呑まれて消えていく。
姉は最後に笑ったように見えた。
25名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 18:31:36 ID:P41mg2010
 
26彼が願ったこと 13:2008/03/05(水) 18:32:04 ID:4FbHP+7H0
光が納まり、元の暗い部屋が戻ってくる。
すぐ傍には驚いた様子のミントと、依然空に浮かぶマーテルが佇んでいた。
何事もなかったかのように光景には変化がない。
彼はふと腕に触れて、すぐ何かに気が付いた。今度ははっきりと握る――――その感触は柔らかかった。
目を移しても袖があって確証が持てなかったので、次は髪に触れる。
ぼさぼさで先端が色んな方向に跳ね、つるつるとしていて柔らかで、するっと1本に流れる。
1房摘み顔に寄せる。細く1本1本にほどける緑の糸。針葉などではなかった。
「俺……まさか、元に戻った?」
そう言う彼の中で暴れ狂っていた嵐は、いつの間にか収まり、元からなかったかのように穏やかになっていた。
ふと頬を伝う液体が気になって手で掬ってみる。透明の水がグローブにすっと染みていった。
心底不思議そうな顔をしてマーテルを見、彼女は笑顔でティトレイを見ていた。
『あなたは望みました。迷いを断ち切り、1つの答を選んだのです。その心に偽りはありませんか?』
ティトレイは少しだけ複雑そうな表情で床の方を見た。
左手首に装着された短弓に触れて、そのまま自分の手にも触れ、両手を広げる。
互いの手で感じる体温が、彼には特別で浮いたものに思えた。
「……正直、まだ混乱してる。戻ったって今までみたいには笑えないし、自分の気持ちもまだちゃんと整理出来てない。
 自分を許せったって、はいそうですねって許すことも、俺には出来ない。だって俺は人殺しだ」
相応の罪は、彼の背に科せられている。それは変えることのできない事実だ。
広げてみた手を彼は握り締める。
「けど、まずは受け入れることから始めねえと。
 人を殺して、身体も心も、元の俺と掛け離れた姿になったって……それでも、生きたいって思ったんだから」
その言葉にマーテルは頷いた。
『その思いが胸にあれば、あなたは道をしっかりと歩めるでしょう。どうか忘れないで下さい』
彼は考え込み、少しして大きく頷いてマーテルの方を向いた。
「……ありがとう。心配するなって!」
胸をぽんと叩き、人好きのする笑顔で言う彼にマーテルも笑みかけた。
心臓が胸を叩くリズムが彼には心地よかった。
「……そう、生きてるんだな、俺……」

罪を犯してしまったことは、もう変えられない。正義感に満ちた清廉潔白なティトレイは戻ってこない。
それは、白か黒かの正義を語るティトレイにとっては、アイデンティティーの崩壊に等しいことだった。
彼の対極にある答、死を選び楽になろうとする程、辛いことだ。
それでも彼は自殺だけは拒み、そして生を望んだ。
呵責に苦しむ茨の道でも、彼は生きることに固執した。
受け止めきれていなかった迷いを、罪を受け止める覚悟を決めたのだ。
問題の原因を探る内は問題から離れられない。大切なのは、これからどうするかということだ。
その決断は、どんなものよりも尊い。
生きたいと願うことは、罪でも何でもない筈だ。
27彼が願ったこと 14:2008/03/05(水) 18:34:06 ID:4FbHP+7H0
彼の瞳には2日ぶりの光が戻っていた。ずっと心の奥で閉ざされていた光が戻ってきた。
共に戻ってきた様々な感情が歓喜の声を上げる。大手を振り、両手を上げ手を結び合う。
正の感情であろうと負の感情であろうと、それが彼らしさであり、彼が訴える“気持ち”そのものなのだから。
フォルスと共に湧き上がるそれを、彼は水に浸かるように身を委ねながら感じていた。
今まで喉元で消え失せてしまっていた感情が管を通っていく。
それは何だか新鮮味があるような、慣れない感覚だったが、空っぽだった自分に満ちていくものに充足を感じた。
普段なら思わず目を潤ませてしまいそうになるが、今の彼にそんな時間はない。
「……この人、ミントさんのことだけど」
視線をミントに移し、少し黙り込んで再び口を開いた。
「俺にはクレスが何に悩んでんのかまでは分からない。
 けど、一緒に悩める人がいるならいいと思うし、その力にもなりたいと思う」
マーテルは満足した表情を浮かべた。
ミントは驚きと喜びが綯い交ぜになったような顔で、彼は初めてミントが嬉しそうなのを見た。
構いませんね、というマーテルの声に、僅かではあるが首を動かし肯定の意を示してみせた。
暗い部屋に初めて、1つにまとまったような連帯感が生まれる。重苦しい雰囲気は消え去っていた。
『大いなる実りから輝石を外し、ミントに付けてあげて下さい。少しでも力になる筈です』
「あんたはどうなるんだ?」
『何もありませんよ。一時的に眠るようなもの。ミントには干渉しません……大丈夫ですね、ミント?』
マーテルの問い掛けに、ミントは舌の回らない口で小さく「はい」と答えた。
実際は「あい」だが、そんなことよりもティトレイはその声に驚いてマーテルとミントを交互に見た。
「本当に声同じなんだな」
『ええ。性質が似ているのかもしれませんね』
こうなるとマーテルとミント、どちらが喋っているのか分からなくなってくる。
実は今まで全部ミントが話していたのでは、という馬鹿らしい考えが頭を過ぎったが、ないないと1人で手を振って否定した。
彼はマーテルの方へと向き直る。
「マーテル……助けてくれて、ありがとう」
『いいえ。私はあなたを本当に助けた訳ではありません。私はただ、助言を与えただけ。
 答は与えられるものではなく、自分で導き出すものなのですから』
「そっか……うん、そうだよな。じゃ、外すぜ」
種子から輝石を外し、ミントの手首に取り付けられた要の紋に装着する。
肌に直接付けたら危険というのはしいなから又聞きしている。
とはいえしいなの世界の住人ではない以上、何か異変があったらと心配していたが、何事もなく杞憂で終わった。
彼は息をついた。自然に出てくる感情に、彼は初めての土地に来たときのような困惑と、
久々に故郷に戻ったときのような喜びを同時に覚えていた。
28彼が願ったこと 15:2008/03/05(水) 18:36:05 ID:4FbHP+7H0
オーガアクスを回収し、置かれていたホーリィスタッフも一応ミントのために頂戴し、自分のサックの中へ収めた。
机上にある、輝石を外した大いなる実りを一瞥して、どうするべきかと考える。
マーテルはミントを気に掛けていた。自分の心配はなくなったのだから、
今度はミントを見守るべきだろうと思い、ミントのサックに入れた。
辺りを見渡し、やり残しがないことを確認する。
「んじゃ、ミントさん。おぶってくから……動けるか?」
ミントは1回小さく頷き、ゆっくりではあるがティトレイの肩に手を回し、広い背中に身体を委ねる。
彼はサックを手に持ってミントを背負い立ち上がった。
2人分のサックを持ち苦労する姿は、さながら道端で困っている老婆をかついで助けているようだったが、
彼の人柄を考えればとても似合った姿だった。


この状態では3階から蔦を下りていくことは出来ないので1階へと降りる。
ある区画に家具が山積みになっておりバリケードが作られている。この先に入口があるのだろう。
はじめ扉が開かない時点で予想は出来ていたが、ここまで大袈裟で酷いとは思っていなかった。
どうしたのものか、と考え、すぐに安易なアイデアを閃いた。
家具が重ねられていない壁の方へと進む。
フォルス良好。駆動、とりあえず問題なし。
「振り落とされたくなきゃしっかり掴まってろよ……――――空破、墜蓮閃!」
フォルスを足に集中させ、ミントを背負ったまま蹴撃を木の壁へと繰り出す。1発蹴り上げ、それによる跳躍を利用しそして踵落とし。
背負ったままでは大した飛翔も出来なかったが、反して威力はなかなかだった。
地面にではなく壁に落とした足は見事に突き破り、穴を作り出すのに成功したのだった。
本当に単純な作戦だった。
緋桜轟衝牙の方がもっと楽だっただろうが、ミントをわざわざ降ろしてまたおぶるのは面倒なのである。
崩れかけている姿勢を直し、いびつな形の穴をくぐる。
久々の外の空気を吸う。未だに霧は出ていたが澱んでいる訳ではなく、ひんやりとした空気は爽やかさがあった。
「さってと、行きますか。多分まだ西にいると思うんだけど」
そのまま歩いていこうとしてティトレイは思い立ったように足を止めた。
中央広場にカイルがいたことを思い出したのだ。
先程、ここに来る前の敵対行動を考えれば、当然だが自分を敵と思っているだろう。
ましてやミントを背負っている身。どう捉えられるか分からないし、万が一戦闘になったら後手に回る。
カイルもこの村に来ている以上、ミントの救出は目的に入っているのだろう。
「……色んな意味で面倒臭くなりそうだなあ」
溜息をついて身体が上下に揺れるのが分かったのか、ミントは不思議そうにティトレイを見る。
「ちょっと遠回りになるけど、北を迂回して行く。そっちの方が安全だ。大丈夫、クレスはそう簡単にやられねえよ」
僅かに顔を後ろに向け、彼はミントの視線に答えた。
ミントは少しだけ戸惑いがちに頷いてみせた。
クレスは負けないとはいえ、つまりそれは人を殺しているかもしれない、ということだ。懸念はあって普通だ。
「……駆け足で行くからさ。それでイーブンにしてくれ」
顔の向きを戻し、表情に真剣さを帯びさせて言う。
ミントが頷くのを確認して彼は走り出した。
29彼が願ったこと 16:2008/03/05(水) 18:37:46 ID:4FbHP+7H0
ミントをクレスの下に連れて行くのはいい。
その後、自分は一体どうすればいいのだろうか。
ヴェイグを殺したいと思っていたのは、ヴェイグを殺すことでティトレイを放棄しようとしていたからだ。
だがもう放棄という目的はない。殺す必要がないということだ。
だからと言って、自分は今まで通りにヴェイグと接してもいいのか。
例え感情を取り戻したとはいえ、以前のように潔白に振る舞うことは許されない。
ヴェイグにあの少年を殺すよう仕向けたのは間違いなく自分であり、その罪も消えるものではない。
相手も相応の感情をこちらに抱いているだろう。
ヴェイグが戦いたくないと言ったのは、あくまでデミテルに操られていると考えたからなのだから。
どんな顔をしていればいいのかまだ分からなかった。
西にはヴェイグがいるだろうが、彼は再び、出会わないことを願った。
でもやはり、願うのは会いたいからなのかもしれない。会って、この胸の靄を消し去りたい。
あのときの海岸での殴り合いのように――――今度は自分が何かを吐き出してしまいたい。
そうすれば、自分の罪をどうすればいいのか分かる気がした。

今はまだ何も考えないでおこう。今はミントのことに専念しよう。
もし出会えば、何らかの形で決着を付けなければならないだろうから。
30彼が願ったこと 17:2008/03/05(水) 18:38:45 ID:4FbHP+7H0
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP60% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル ミントのサック(ホーリィスタッフ、大いなる実り同梱)
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:ミントをクレスの下に連れて行く
第二行動方針:ヴェイグとは何らかの決着をつける?
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
   舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷  全て応急処置済み  
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル(マーテルの輝石装着)
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)
31彼が願ったこと 14@一部修正:2008/03/09(日) 10:24:02 ID:c7Nn6FQ+0
「本当に声同じなんだな」
『ええ。性質が似ているのかもしれませんね』
こうなるとマーテルとミント、どちらが喋っているのか分からなくなってくる。
実は今まで全部ミントが話していたのでは、という馬鹿らしい考えが頭を過ぎったが、ないないと1人で手を振って否定した。
『気をつけて下さい。ミトスは、大規模な術によって西に光の雨を降らせようとしています』
頭の片隅に僅かに残った馬鹿らしさが一気に吹き飛んだ。
「それって、止めないとマズくないか?」
『はい。ですが……』
言葉の語尾が濁るのを聞いて、いい内容ではないなと思った。
マーテルの深刻そうな面持ちがそれを物語っている。
思わず身体を引き締め、身構えて次の発言を待つ。顔は自然と真剣味の帯びたものとなっていた。
『1人でミトスを相手にするのは危険です。万が一阻止出来たとしても、無傷では済まないでしょう。それに』
「それに?」
彼の疑問にマーテルは困ったような微笑を浮かべた。
『ミトスはあなたに対して、とても怒っていましたよ?』
ティトレイは額に手を遣り溜息を1つついた。
「……どうしたもんかなあ」
そう呟き、彼は親指を口元に、肘を空いた方の手で支え考え込む。
ミントを連れつつミトスも止める、というのがベストなのだろうが、やはり厳しいものがある。
人質にでも取られたらこちらは手を出せなくなるだろう。そうなれば先は簡単に見えてくる。
こういうネガティブな想像は好きではないが、もしミトスに負けた場合のことを考えれば後は悲惨だ。
自分1人でミトスに勝つのも、仮に西の連中が避け切るのも希望的観測だとするならば、どちらが望ましい選択なのか。
限りなく五分五分。2分の1。正直、優劣も何もない。
術が放たれれば危険、しかしクレスは今も誰かを殺しているかもしれない。
傷を負えばミントを助けられなくなる、しかしミトスを無視すればクレスやヴェイグは死ぬかもしれない。
迷いだ。リプレイだ。どちらかを選ばなければいけないのは確かなのだ。
「……あー、うだうだ考えるのってやっぱり俺の柄じゃねえ!」
髪をがしがしと掻き毟りぶんぶんと振る。多分これでも考えられる方になった方だ。
彼は勢いよくマーテルの方へと向き直る。
「あんたの頼みはあくまでミントさんをクレスの所に送り届けることだろ? なら、俺はそっちを尊重するぜ。
 もし先に西に着けば避難させることも出来るかもしれねえしな」
拳を握り熱弁するティトレイに彼女は少し唖然としていたが、すぐに表情を和らがせた。
幻の姿で頷いてみせ、手を胸元で組み笑いかける。
『ごめんなさい……いえ、ありがとう』
ちょっとは落ち着いたのか、彼は首を横に振り、マーテルと同じく笑ってみせる。
「それはこっちの台詞だぜ。……助けてくれて、ありがとう」
『いいえ。私はあなたを本当に助けた訳ではありません。私はただ、助言を与えただけ。
 答は与えられるものではなく、自分で導き出すものなのですから』
「そっか……うん、そうだよな。じゃ、外すぜ」
32名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 10:26:08 ID:c7Nn6FQ+0
お手数ですが、14の一部分を以上のように修正お願いします。
よろしくお願いします。
33Answer 1:2008/03/15(土) 19:48:25 ID:nKluE3s30
それは、たった一人の中に閉じ込められた物語。


ハロルド=ベルセリオスは彼の腹から噴出し続ける血を止めながら、微かにそちらを向いた。
「…………頼むわよ。貴方が何をするのかは分からないけど、それはきっと未来を変えうる要素よ」

天を見上げれば、重厚な黒と爽快な藍を同時に備えたかのような闇が浮かんでいる。
そこに座すかのような綺羅星の輝きが、その在り処ここにあると叫んでいた。
星々の中央には巨大な双月が、夜の支配者として優雅に君臨している。
それは彼らだけが見ていた、意味も無く語られなかった物語。


トーマはその大きな尻を地面に据えた。草の潰れる音が冷たい夜気に好く通る。
顎に手を当てて大きく鼻を鳴らすその姿は、本来の威容を大幅に削いでいた。
いや、最早意気消沈しているといってもいい。それほどにこの状況は“トーマの出鼻を挫いて”いた。
―――――――――― 一体、何がどうなっているのやら。
トーマはもう一度鼻を鳴らした後、横で気絶している男を見た。
ノビているという表現が見事に正しい、大の字で白目を剥きながら間抜けが気絶している。
そして首を上げて少し遠くを見た。その先でハロルドという女が有らん限りの速度でヴェイグに外科処置を行っている。
この距離でも分かる程の殺気を発しながら、殺すように癒していく。
いや、実際このガキを殺したくてしかたないのかもしれない。
そう考えれば俺をいきなり顎で扱き使いながらこいつの見張り番などさせるのも納得がいく。
トーマは目を閉じて、先ほど起こった事象を脳裏に再現する。
神速と言っていい程、鮮やかな出来事だった。
「ミミーの仇予定雑魚その一」の女があのヴェイグに抱きついたと思ったらすぐにそのヴェイグは血を垂れ流しながら崩れ落ちたと来た。
赤髪の女はすぐに逃げ去り、反応が間に合ったはずの桃髪の女の導術はここで寝ている馬鹿の体を張った行為で水泡に帰る。
介入する機会など与えないかのような不可思の一瞬の間に、その一幕は閉じられた。
総時間僅か一分にも満たない寸劇。
文字通りの死線を抜けてその一息をついたばかりだったその時のトーマには、それは地に足の着かないフィクションのような出来事だった。
―――――――――― 漸く筋が掴めて来たが、今一つしっくり来ねえなあ。
耳を小指で穿りながらトーマは目を細める。
発狂の後即殺実行。「雑魚その二」の遺体を見るにそれしか考えようが無い。
自慢するつもりはないがあの戦闘は四星たるこの自分でも睾丸が縮み上がる程の“極限”だった。普通の、なんの心得も無いヒューマが触れていい世界ではない。
最上で衰弱、良くて発狂、悪くて頓死。最悪ならば“捕食される”だろう。
断言できる。まだ逃げる理性があっただけあの女は“幸せ”だ。最上の目が出続ければ、戻ってくることも夢ではない。
もっとも、あの殺意十全のハロルドとやらの気でも変わらなければそれも望み薄だが。
34Answer 2:2008/03/15(土) 19:49:02 ID:nKluE3s30
トーマはごそごそと懐から何かを取り出す。
それは何かの装飾品のようだった。中央の石が、月の光を受けて寂しげに輝いた。
―――――――――― どうよ、お前が守ろうとしたもの全部台無しになっちまったぜ?
あれだけの策略とコンビネーションで自分とミミーをこんな有様にした彼ら4人組は、見事なまでに瓦解した。
ざまあみろ、ざまをみろ。俺とミミーのように、お前らも粉々に砕けてしまった。
俺がついさっきまで壊してしまいたかったお前たちは俺が何をするまでもなく木っ端微塵と成り果てた。
あれだけの奮戦の結果がコレだ。あの化け物がやらなければ俺がやっていた結果だ。
なのにどうしてだ――――― これっぽちも笑えはしない。

“貴様らと私では残念ながら年季が違う。 素人が気安く愛を語るな”

ああ、大体の理由は分かっている。負けた気がしたのだ。自分には無い何かを持つお前に。
内臓を失って腕を失って骨を砕きながらなお満たされて戦場にあったあの男に。
ミミーへの愛が他の誰にも負けているとは思わない。だが、怖かった。
俺の愛の行く先があの化け物と同じ所なんじゃないかと思うと、それだけで怖かった。
もしあの時この無力なヒューマどもを殺していたら、化物の役は俺のほうだったのかもしれない。

―――――――――― でもなあ、だったらなんでお前はこいつらを守ろうとしたんだよ。
そこだけがトーマには分からなかった。あれだけの愛を語った男が守る価値が、この三人にはあったのか。
お前一人ならば逃げ切れたはずだ。そしてこいつらはお前の死とともに直ぐに瓦解するような連中だ。
もう一度トーマは気絶した男の方を向いた。自称、四人組のリーダーらしい。
―――――――――― 多少の才能は認めるけどよ、その前に死ぬぜこいつ。
トーマのなかでハロルドの術を食らったグリッドの姿が思い起こされる。
あの時のハロルドの頭の回転は最高速だったはずだ。プリムラという敵を認識し、最短手順で呪文を編み狙い打つ。
トーマが指の一本も動かせなかったあの異常事態で一番最初に適応を見せたのがハロルドだった。
“だが、グリッドの無鉄砲はその速度を上回った”
しかも体が勝手に動いたというレベルではない。明確にハロルドとの間に立ってプリムラを守ろうとしたのだ。
ハロルドが何をプリムラにしようとしていたのかを察せなければ有り得ない行為。これが意味するのはたった一つ。
異常なまでのハロルドの計算力を凌駕する、“もっと”異常なまでのグリッドの直観力。
―――――――――― つってもこいつは才能というよりは病気だろ、戦場で真っ先に死ぬタイプだ。
おそらく無自覚なのだろう。後先の考えが無さ過ぎる。
誰かを庇って撃たれるのはいいが、現実はフィクションじゃない。
人は空を飛べないし撃たれても胸にドッグダグなんてない。
本当の戦場で戦争ごっこをするようなもの、現実に気づかなければいずれ現実に食い殺される。
そんな道化に、一体何を貴様は見たって言うんだよ。
35Answer 3:2008/03/15(土) 19:50:16 ID:nKluE3s30
夜空に投げた宝石を、トーマは鮮やかに掴んだ。
“…私の胸元の石を壊せ、手が無いから自分で出来ん”
少しだけ、興味が沸く。
あの愛を知る漢がそれを置いて尚護ろうとしたモノ、その中心に在る男の価値は一体何なのか。
「悪ィが他人の、ましてや野郎のケツを拭く趣味はねえよ」
その中身を知ることが、彼女に通じる“想い”への近道かもしれない。
気絶したグリッドのサック、その空いた横ポケットに宝石を滑り込ませる。
彼らの世界では宝石は守護と力の装飾だ。ならば、お守りにはなるだろう。

「せめて形見くらいは遺してやれよ。こいつは少しばかり“面白かったんだから”よ」
それは、たったそれだけの物語。
「だからお前も付き合え。もしかすると、もっと面白いものが見られるかもしれないぞ?」
そういった牛は鼻で笑う。ミミーが死んだときは、まさかもう一度笑うことがあるとは思わなかった。
もう天使も牛も化物も、愛を歌うものは居ない。だからこれは無意味な物語。
「俺をここまで虚仮にしたんだ。勝手に舞台を降りるんじゃねぇよ」
でも、きっと大切な物語。

「最後まで見届けてやんな、仲間なんだろ?」

彼の幕はとっくに下りた。だけど耳を澄ませば喝采はまだ鳴っている。
それではどうぞ舞台へ。最後にもう一度、カーテンコールを。

36Answer 4:2008/03/15(土) 19:50:50 ID:nKluE3s30
『このまま死んでいるつもりだったのだがな』
狭いようで存外広い、その深く掘り下げられた縦穴は実に涼しかった。腹から突き出た槍を構成する土が血の熱を微かに奪う。
『馬鹿な牛男は末期の願いすらをも聞き入れんし、何処かの誰かはギャアギャアみっともなく泣き喚く。
 まったく、五月蠅くておちおち死んでも居られない』
太腿から滲む血が土砂を微かに凝固させる。命が溢れ出すということを実感する。
細胞の一つ一つが絶叫を上げている。阿鼻と拍手、叫喚と喝采が混交した哮る遠吠えが内より響く。
それをみっともないと言われるのならば甘んじて、否、堂々と誇って泣いてやろうと彼は思った。
血を出して、腹を穿ち胸を裂かれて、それでも尚立ち上がることの尊さを彼は知っている。
ありとあらゆる全てを失って尚失われない誇りという物を知っている。

『黙れと怒鳴りつけようかと思ってみれば、そんな気も失せるほどになんとも酷い有様だ。なあ、グリッド』

向こうの土壁の色が分かるほどに透けた目の前の男はそういって口の端を軽く歪めた。
「……お前、ほ、本当に、お前なのか……ユアン……」
声を震わせながら、しどろもどろに問いかける。だが問うなどせずとも、グリッドには分かっていた。
自分がよく知る彼らしい諧謔味に満ちた心地よい笑みだった。疑う気など端から微塵もない。
『さあな。厳密に言えば私であって私ではないのだろうが……お前相手に説明するのは面倒だ。
 お前達と一緒にいた記憶もこの石に刻まれていることだし、ここは素直に“私”ということにしよう』
遠い目をしながらクククっと笑うユアンに、グリッドは眉をしかめて不満を表す。
「ちっとも分からねえが、バカにされたのは分かったぞこの野郎」
しかし、その口元から漏れ出す嬉しさは止め処なく、どうしようもない。
理由なんて聞かされてもきっと意味はない。夢でも、幻でも、グリッドは唯々肯定しただろう。
「で、何しに来た?」
『冷やかしに、だったらどうする?』
「帰れ」
グリッドは即答する。何処か遠い昔に置いてきた旋律を、ふと思い出すような感覚を覚える。
『随分強気だな。そんな有様になっているのに、どの口がほざく』
腹に溜まった血が喉を駆け回った。どくりどくりと心臓の鼓動が強まり、流れ出る血が微かに増える。
無言のまま、時間と共にゆっくりと血液が流れ落ちる。そう多くない時間の後に、ユアンが口を開いた。
『蓋を、開けてしまったのだな』
グリッドが目を見開いて仰ぎ見た先で、ユアンがまるで予定されていたかのように悲しそうな顔をしていた。
「そうか…………流石だな……はは、やっぱ分かってたのか」
まるで母親に自分のちんけな隠し事が最初からバレていたことに気付くかのように、曖昧な笑いが顔に張り付く。
無様な格好よりも無様な自分をせせら笑うかのようにグリッドは言った。

「ああ……見ちまったさ…………中に、俺はいなかった。俺は、ただのヘタレだ」
37Answer 5:2008/03/15(土) 19:51:28 ID:nKluE3s30
漆黒の翼の団長、ただそれだけの肩書きを演じるだけの無銘の男。
がむしゃらに足掻くのも、巨大な悪に相対するのも、リーダーとして当然のことだった。
そこに疑問すら抱いたこともないし抱けない。抱いてしまえば全部終わる。
終わってしまえば、ただのグリッドとしてこのバトルロワイアルという現実と相対しなければならなくなる。
逃げようにもミリーもジョンもいない。漆黒の翼はその現実に存在しない。
その現実が与える仕打ちにただのグリッドでは耐え切れなかった。
『だからお前はカトリーヌを巻き込んで漆黒の翼という“仮初の世界を現実の中に構築した”。
 現実から目を背けるために、他のありとあらゆるものを利用して作り上げた……否定できるか?』
「……出来ない。ああ認める。俺は、俺の勝手な我侭で、俺の嘘に巻き込んだ!!」
グリッドはまるで痛みを堪え膿を掻き出すかのようにその意識が朦朧としたなかで明瞭な声で言った。
考えたくなかった。何も考えたくなかった。
目を開けたらいきなり見知らぬ世界に連れられて、訳の分からない金髪男はゲームをしろという。
言うことを聞かなければ死ぬ首輪。それが爆発するエリア。八日後には確実に死ぬ。
そして、現実を認めず必死に抗おうとした男は、首を、頸をこきゃりと折られて。
それを見せられた。見せ付けられてしまった。
「力こそ正義であり全て……俺の弱い心はその現実に絶対に耐えられない。だってよ、だってよう……
 そいつは“力どころか何も無い俺は最初からここにいちゃいけない”ってことだろ?」
グリッドは餓鬼の様に泣きじゃくる一歩手前で戦慄く。しかし、先程までの涙は目元からすうっと引いていた。
「腕っ節も無いから殺せない。頭も無いから誰も騙せない。要領もよくないから勝ち組に乗ることも出来ない。
 勝てない。俺はこのゲームで絶対に勝てない。それどころか、存在を認めてもらえない。俺は要らないんだ」
力が全てなら、グリッドの居場所は何処にも無い。
たとえこのゲームに乗ろうが、否定しようが、“盤の上にすら乗せてもらえない”。歩兵(ポーン)以下の塵芥。
盤上に於いて影響を及ぼすことが出来ない。ただ蹂躙され、踏み潰される。首を折られたあの村人のように。

 嫌だ。俺はあんな風に死にたくない。俺はあんなのとは違う。俺はグリッドって名前がある。
 俺はあんな無様には死なない。じゃあ俺はアイツと何が違う? 
 俺と同じように力が無くて、俺と同じように取り柄が無くて、俺と同じようなアイツと何が違う?
 ……俺は“漆黒の翼”だからだ。それ以外に違いは、無い。

そんな安っぽい自尊心だけがグリッドの寄る辺だった。
それを演じてこそようやくグリッドはグリッドでいられた。それが無ければただのコキャ男だ。
漆黒の翼のグリッドである限りは、強いフリが出来た。ヒーローごっこをやっている限りは、グリッドは本物の英雄だった。
怯えながらもモンスターに立ち向かえるし、強く生きることも出来る。ごっこ遊びの中ではなんでもできる英雄だった。

 俺は妄想の中の、いやはっきり言おう。漆黒の翼のグリッドは、俺の中に作った嘘の中の英雄だ。
38Answer 6:2008/03/15(土) 19:52:22 ID:nKluE3s30
「なあ……ユアンは、分かってたんだろ? 俺のやってることが、どうしようもなくごっこ遊びで意味の無いことだって。
 どうして、どうして教えてくれなかったんだ?」
グリッドの問いにユアンは腕を組んだまま沈黙する。考え込むというよりは、グリッドの心が落ち着く呼吸を計っているかのようだった。
しばらくして、漸くユアンは口を開いた。
『敢えて聞くか? 妄想や夢の中で戯れるのは子供の特権だ。だがネバーランドは存在しない。
 人はいつまでも子供ではいられない。いずれ大人になり、“現実”を知るときが必ず来る。いや、現実を知って大人になるのか。
 どちらにせよそれは必然だ。絶対に変えられない不可避の理。グリッド 嘘から始まったお前の正義は最初から滅びが定められていた。
 遅いか早いかの違いだ。ならばこそ、せめて遅くあれと願うのが人情だろう』
そうやって滅んだ子供を、彼は一人知っている。
ユアンは上を見上げた。穴で区切られた空が高く見え、そこにちらちらと魔力を帯びた光があった。
純粋なまでの理想を掲げて戦い、そしてその一切合財に裏切られて、大人になる前に時を止めた一人の餓鬼がいた。
それは今天使として、この村全てに滅びの光を下そうとしている。
「だから、何も言わなかったのか……ずっと黙っていたのか……? プリムラが、死んだときも…?」
グリッドは息も絶え絶えながらも明確な怒気を乗せながらユアンに言い返す。
俺のサックはずっと俺が持っていた。だから、ユアンはきっとヴェイグを背負ったときから俺のことを見ていたはずだ。
それはつまり、あの洞窟での顛末も黙って見ていた事を意味する。
『ああ、見ていた。…正確には聞いていた、が正しいだろうがな。否定はせんよ』
グリッドは衝動的に湧き出た何かを言おうとして、それを言うことは間違いなのだと悟り口をつぐんだ。
『そうだ、グリッド。幽霊のような今の私がいたところで何もならん。あの場でプリムラを救えたのはお前しかいない。
 そしてあの青年が言ったことは紛れもなく現実だ。“嘘で出来たお前が、プリムラを救えるはずが無い”……認めるか?』
ユアンの死刑宣告にも近い詰問の後に、静寂が混じった。暗い穴は何処までも深い闇のように、グリッドの心を沈めていく。
沈みたくなければ否定をしなければならない。否定をしなければグリッドを保てない。
だが、“それでは駄目な事を今のグリッドは知っている”。

「認める。認めるよ、ユアン。俺はプリムラを救えなかった。力があっても無くてもあの時の俺には救えなかった。
 俺は、『団長』と呼ばれて、躊躇した。あの時、一瞬だけ思っちまった。
 『団長』として、プリムラを生かすことを迷っちまった。いや、そんな生温いもんじゃない。
 “望み通りに死なせてやる方が、漆黒の翼として正しいのか”と疑った!! あいつは漆黒の翼に、俺の嘘に殺されたんだ!!
39名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 19:52:38 ID:7JXkY7+k0
40Answer 7:2008/03/15(土) 19:54:02 ID:nKluE3s30
ミクトラン? 正義の使徒? 漆黒の翼? 
一体それの何に意味があった。あの場所でそんなものにどんな価値があった。何の関係があった。
意味は無く価値も無く関係は無縁。現実と乖離する嘘にして正しく虚構。
そんなものをプリムラは信じた。信じてグミを使うなといった。信じて仲間を殺したことを悔やんだ。信じて団長に後を託した。
それがどれほど、心地よかったか!! プリムラの死という圧倒的な現実から目を逸らす嘘を、プリムラ本人が口にしてくれたのだ。
目を背けていいよ、無かったことにしていいよと。茶番に逃げ込んでもいいよ。
その甘い誘惑からグリッドは逃げ切れなかった。一時の嘘では、現実からは逃げ切れないというのに。
『……私が何も言わなかったのはな。お前がここで現実を知るべきだと思ったからだ。
 はっきり言おう。お前の卓越した才能は紛い物だ。だからこそ現実を知り、中身を埋めて本物になるべきだと思った』
ごっこ遊びの中で培われたとはいえ、その才は紛れも無く本物。だから、現実に適応さえ出来ればグリッドは本当の指導者になれるとユアンは思っていた。
団員の死を経て漆黒の翼を捨て、残った参加者を併呑し強固な組織を作り上げ敵対勢力を完膚なきまでに屠りミクトランを誅殺する。
恐ろしく期待値は低いが、それも有り得ただろう。
『だがお前は現実を認めることから逃げた。最後の一人になっても漆黒の翼であろうとしてしまった。
 だから、お前は最悪の形で現実に相対することになった。まったく、実に的を得ていたと感心したよ。射殺された、と思ったほどだ』
キールの言ったことは、グリッドの嘘を的確に突いてしまった。
一番最悪の形で嘘を暴かれたグリッドに為す術があるはずもない。

嘘や妄想に幻想。逃げて逃れて足掻いてグリッドはここに逃げ込む領地を全て失い、チェックメイトと相成った。
そして、その左腕に現実を宿さざるを得ない。力という現実を。

『だが、お前はそれでもそれを善しとしていない。既に身体が現実に屈した最後の最後、今この刹那に於いてなお、それを認めていない。
 骨折裂傷出血多量。もはやお前が人として生きる道は塞がれた。お前が生きる術は、その要の紋を外し全てをあの化生に委ねる事のみだ。
 この状況を打開するには力しかない。その現実すら拒むなら、お前に待つのは絶対の現実―――“死”だ』

グリッドは沈黙する。その俯いた表情は、ユアンからは窺うことが出来ない。
それは蝋細工の翼。現実という太陽は容赦なく翼を溶かす。
“それでは太陽に届かない”。その現実から目を背けグリッドはここまで飛んできた。
どれだけ羽が落ちようとも、どれだけそれは違うと言われても、たとえ自分自身がその間違いに気づいても飛んできた。
だからグリッドはここで死ぬ。もう、やり直すにはグリッドは高みに上りすぎた。
それが当然。それが現実。いくら足掻こうとも、何れ終わりはやってくる。
おしまいだ。終点だ。終焉だ。現実には絶対に勝てない。
理由など無用。思索など要らぬ。解に至る過程は知らずともいい。
答えを問うまでもなく世界はそういう風に出来ているのだから。

だが敢えてユアンは言った。誘うように、挑発するように、否、それよりももっと信ずる何かに期待するように。

『お前はここまでだグリッド―――――――――さあ、認めるか?』

41名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 19:54:34 ID:H/ALrfn6O
支援
42名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 19:55:33 ID:j7iqI4kDO
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43Answer 8:2008/03/15(土) 20:03:32 ID:nKluE3s30
一秒が無限に近似できる、そんな錯覚をグリッドは覚えた。
その感覚を忘れぬようにとゆっくり目を閉じる。
  希望、「殺せ」、憎悪、「殺せ」、絶望、「殺せ」、最善
  偽善者、「殺せ」、理想、「殺せ」、夢、「殺せ」、現実
  制裁、「殺せ」、殺人、「殺せ」、「殺せ」、憤怒、「殺せ」、正義
  恐怖、「殺せ」、「殺せ」、聖人君子、「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、自己愛
  「殺せ」、虚栄心、「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、利己的、人間性「殺せ」、「殺せ」、
  「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、欠落、「殺せ」、幸福、「殺せ」、平凡、感情、「殺せ」、
  優勝、「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、「殺せ」、欲望、「殺せ」、破壊、「殺せ」、「殺せ」、殺戮、「殺せ」、
  「殺せ」、「殺せ」、脆弱、「殺せ」、地獄、「殺せ」、「殺せ」、存在、「殺せ」、「殺せ」、選択 「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」ミクトラン、「殺せ」「殺せ」バトルロワイヤル「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  唯我独尊、「殺せ」「殺せ」仲間、「殺せ」「殺せ」馴れ合い
  意味、「殺せ」「殺せ」罰、「殺せ」「殺せ」罪、信念、ミトス
  ヴェイグ、「殺せ」「殺せ」作戦、「殺せ」「殺せ」嘘、凡人
  形骸、「殺せ」「殺せ」リーダー、「殺せ」「殺せ」過ち、力「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  疑心、血、悪、責任、犠牲、「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」、自己満足、自分、トーマ
  バッジ、否定、価値、意義、「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」、生、我執、我儘、自分らしさ
  カイル、メルディ、ロイド、「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」
ああ、またこの部屋だ。
赤い文字と黒い部屋。結局、行き着く先はこの二文字に収束する。
震えているだけでは、何もしないのでは、目を背けているだけでは、何も変わらない。
それこそが現実<バトルロワイアル>なのだと―――


“鬱陶しいぜ。少し黙ってな”


グリッドは暗黒たる箱の内側で大きく笑った。一切の唾棄を打ち捨てた、曇り無い笑い。
否、これは嘲笑だ。グリッドは心底からこれを下らないと思っている。

そうして外側のグリッドはその笑みのまま眼を開く。焦点をかっきり合わせてユアンを見据えた。
猛る心に火が付く。燻っていた物が動き始める。止まっていたのはいつからだろうか。
否―――――――――“そんなことは、もう関係ない”。

          



           「真逆――――――現実<バトルロワイアル>如きに俺を止められるかよ」





44Answer 9:2008/03/15(土) 20:05:19 ID:nKluE3s30
グリッドは笑った。呵々大笑とユアンに答えを告げる。
「俺としてはもう疲れて疲れて、もう負けてもいいかって思ってた。何度も思った。
 ハロルドに、シャーリィに、トーマに、キールに、そしてお前に何度も言われて俺の信念はもうスッカラカンだ」
最初からスッカラカンだったけど、とグリッドは懐かしむようにへへらと顔を渋くした。
「でもなあ、何でか、何でか俺は厭なんだよ。納得できないんだ。俺を譲りたくないんだ。
 価値がない俺を手放したくないと思ってる。俺の中でまだ何かが叫んでるんだよ」
血を失い、肉体が寒さを嘆く。しかし、その心はかつて失った熱を取り戻そうと足掻いている。
「“まだだ”“まだ終わってない”“ここからだ”“面白くなってきた”って、“俺はこれからだ”って。どうしようもなく聞こえるんだよ。
 そいつにとって、どうやら俺はそう言うモノらしいんだよ。不屈の男で、いつでも前向きで、バカで、無鉄砲だって」
口が大きく歪む。笑おうとしているというよりはそれは最早獣の威嚇だった。

「ミリーはたまに冷めた目線で一歩退いていたけど、それでも俺についてきてくれた。
 ジョンは俺よりもバカで仕方ないけど、だからこそ俺を俺として扱ってくれた。
 世界最高にふざけた俺に、いつまでも付き合ってくれた、最高に誉れたヤツらだった。
 カトリーヌはこんなイカレた島に連れてこられていきなりなのに変なことを抜かす俺に着いてきてくれた。
 プリムラは死に際でも、俺を信じて命を賭けようとした。
 二人ともコングマンから逃げた後に、そのままバックれても良いのに、戻ってきてくれた。
 俺が考え無しにお前を助けに行くと言ったときも、着いてきてくれた。
 どっちが良いか何て比べる気も起きないくらいに、最高に愛すべき奴らだった

 ――――そんな最高に、心底最ッ高な莫迦共が嘘塗れの俺の中でそうあれと信じてくれているんだよ」

俺の中に俺は居ない。俺という箱の中には何もない。
だがなあ、俺の箱の外にはあるんだよ。“俺を漆黒の翼のグリッドだと信じている奴等がいるんだよ”。
俺が漆黒の翼を疑い、放棄してるのにそいつらがまだ信じてるんだよ。
それは絶対に否定できない。否、否定なんてさせない。嘘の俺を俺たらしめてくれた彼奴等を穢させない。

それこそが俺の真実。今ハッキリと宣言する。
今までの容認を、そして決別を。
俺の中に何もない? ああ、何一つ正しいモノなんてなかったよ。

だって、俺はこんなにも貴い嘘で満たされている。

「俺は嘘だ。だが、その嘘を信じてくれた奴がいる。なら俺が俺の嘘を疑う理由は微塵もない。
 結果論、力による正義、弱肉強食、正当防衛――――ありとあらゆる現実を、俺の嘘が否定する。
 俺はこの嘘を最後まで徹す!! お前達が認めてくれた俺の嘘が、現実如きに負けるはずがない!!」

果ての果てでようやく見つけたものが此処にある。
現実なんかいくらでもくれてやる。だがこの答えだけは、この真実だけは譲らない。
45Answer 10:2008/03/15(土) 20:06:28 ID:nKluE3s30
「生憎と中身の無い貧弱な俺サマだ。一回でも負けを認めたら俺は俺じゃなくなる。“だからこの生き方と在り方しか出来ない”んだよ。
 どうだユアン? 期待に添えられなくて悪いが負けを認めて手に入れるホンモノなんざ、この俺には必要ないッ!!」

一人の青年、いや、最早その心は少年に等しい男の宣誓が大喝一斉にて締められる。
ありったけの命を賭けたようなその勝負宣言の後に訪れた静寂は、尋常ならざるものだった。
重圧は桁をこえ、荒く霞むグリッドの吐息は今にも死に掛けた人間とはとても思えないほどますますと鬼気を迫る。
『どうやら私の見込み違いだったようだ。最後の最後で、そんな答えを聞くことになろうとはな』
ユアンが重苦しそうに、脅すように言った。
だが、グリッドの表情はその外傷からはありえないほどに、穏やかな笑みを湛えた。
笑みも浮かぶだろう。声に混じって笑いを抑える息が、これほどに鮮明に聞こえるのだから。

『フフフ…ハハハハ……お前はあの時から何も変わっていないな。グリッド』
ふっ、とユアンが笑いを漏らした。
あの失禁の時とまったく変わらぬ、何かを夢見てしまう笑みを。
『どうしようもない馬鹿だ』
だからこそお前には期待をしてしまう。塵芥の様な夢を見てしまう。
こんな有様になっても、見届けてみたいという欲が出る。
『だが、“お前は紛れも無いリーダーだよ”。私も保証してやろう』
笑えグリッド。そしていつものように私達を騙すがいい。
お前にとって嘘かもしれないが、騙される私達にとってお前は“ホンモノ”であったのだ。
その稚拙な嘘に、私達は何故か騙されたくなってしまうのだから。

グリッドは鼻を指で擦りこそばゆい感覚を隠す。それを悟られないようにグリッドは“いつものように”隠そうとした。
腹の痛みも忘れて、大声で気分を変えようとする。
「へへへ…………当然だ。何しろ俺は漆黒の翼の団長! 音速の貴公子! しかしてその名は―――『ところで』
しかし、その口上は最後まで言い切られる前に塞がれた。ユアンのほうを向く。
『そこまで啖呵を切ったからには何か手を考えているんだろうな?』
46Answer 11:2008/03/15(土) 20:07:15 ID:nKluE3s30
サイレンス発動。視覚化した「…………………………」が見えるほどの静寂が縦穴を襲う。

『…………………………………………………………………………………………………………おい、リーダー。こっちを向け』
「…………………………………………………………………………………………………………ハイ」
『…………………………………………………………………………………………………………無いのか。もしかして何も無いのか』
「…………………………………………………………………………………………………………無いって言うか、これから考えるっていうか」
『…………………………………………………………………………………………………………答えを見つけたんだな?自力で、私の出る前には』
「…………………………………………………………………………………………………………ウン」
『…………………………………………………………………………………………………………私が来なかったらどうするつもりだったんだ?』
「…………………………………………………………………………………………………………いや、なんていうか、その……………………」

「………………………………………………………………考えたら負けかなって思ってる」

はい、効果時間終了。

ユアンが大声で怒った。精神体でなければ確実に血管を二三本切っていただろう。
『莫迦か貴様! 莫ッ迦じゃないのか!? それともアレか、または阿呆か!!??』
グリッドがムキになって否定する。嗚呼どんだけ馬鹿なのだお前は。
「しょうがねえだろ! ついさっき見つけたばかりだぞ答え!! 
 お前それでここからの打開策まで見つけてたらそれこそ何てご都合展開だよ!! 公式アンケートでボロクソ書かれるぞ」
『待て、公式アンケートあるのか!?』
「無いに決まってるだろ常識的に考えて」
『嘘か貴様!』
「ああ嘘だッ!!」
最悪だ。これは確実に最悪な「嘘の使い方」だ。間違っても良い噺家は使ってはいけない。
だがグリッドだからこそ、ともいえる。
『もういい。お前に少しでも期待した私が莫迦だった。私は寝る。もう溶けて曖昧に生きるから勝手にしろ』
「待てよ! いや、寧ろ待ってください!! なんかあるんだろ俺が生き延びる方法!?
 わざわざ来たんだもんな! ただの激励ってことは無いよな!?」
『無いな。あったとしてもお前には絶ッッ対に教えてやらん』
腕を組んだままそっぽを向いたユアンに、グリッドが世界が三回ぐらい割れたかのような顔をする。
「お前この期に及んでツンかよ……ヤンデレが今一つ食傷気味な昨今でそれは時代遅れにも程があるだろ……」
『人を勝手に群集共の薄弱な価値観を相互補完で増幅保護するために方便として作ったカテゴライズに当てはめるなと、言っているんだがな。
 
 ――――――――――――それに、ヤンデレならそこの左腕にいるだろう?』

“!?”「!?」
47Answer 12:2008/03/15(土) 20:08:16 ID:nKluE3s30
ユアンが振り向いて指を向けた先には、ネルフェス・エクスフィアが脈動といって差し支えないほどの生命感溢れる怪しい輝きを放っていた。
グリッドもそちらを慌てて振り向く。そう、まだ未来の地獄はおろか、目先の危機すら避けられていない。
『久しぶりと言うべきなのだろうか? 私もお前も、元の人物は既に存在しないのだから』
間合いを計るかのように剣呑な言葉に、沈黙を守っていた石がその口を開く。
“…………アンタ……何時から、気付いていたの?”
再会の祝杯とは間逆の忌々しげな音調に、ユアンは何処吹く風と流した。
『気づいていないと思うか小娘。それとも何か、真逆それが自分だけに与えられた奇跡とでも勘違いしたか?
 まだまだ青いな餓鬼。精神同様、碌にアストラル体を構成できぬ辺り、やはりまだそのエクスフィアを扱いかねていると見た』
徹底して上から物を見下ろすような言葉運びにシャーリィは怒りを覚えざるを得ない。
事実、あれほどの意思で運命に打ち勝ったという感慨に図星を突かれ水を差された。
私は勝ったはずだ。覚悟に対する対価を得てここに生き延びたはずだ。それを嘲笑うなんて許されるはずがない。
そして何より、その意思に刻まれた男の顔は、体中をナマス斬りされて最後まで彼女を鼻で笑っていたのだから。
“相変わらずそのスカした物言い、ムカツクわね……今すぐぶち殺したいわ”
『その割には先ほどまで黙ってくれていたようだが。私はてっきり気を利かせてくれたのだと思っていたぞ?』
“ハッ? グズが死ぬ前に少しだけ夢を見させてあげただけよ。今からアンタも纏めて壊すんだから”
そう言い張るシャーリィの言葉は微かに上擦っていた。
それはある種必然かもしれなかった。策謀の限りを尽くしたった一人で自分を嵌めかけたハロルドと圧倒的絶望下でもその心を折ることができなかったユアン。
単純に困難さや対抗戦力としてはあの七人やダオス・ミトスチームのほうが上だが、単体の存在としてならば少し事情が違う。
この島でもっとも“遣り難かった”二人のうち一人とこの局面で遭遇してしまう可能性など、
エクスフィアに触れて二日もたっていない彼女には想像すらできない。
『ほう? 豪く強気じゃないか。お前も私も所詮石ころ、虚勢など張っても仕方ないぞ?』
“やあっぱりオツムが茹ってるわね? 死んでもゴミは所詮ゴミよ。私とアンタじゃ決定的に立場が違うのよ?
 こいつに寄生している分、私とアンタには肉体という点で絶対的なアドバンテージがあるのに!!”
シャーリィは獰猛な感情を剥き出しにしてユアンに喰らいかかる。
そして、その瞬間にエクスフィアを埋め込んだ左手にビキリと異質な音が走った。
「ぐ、アアッ!!」
堪らず声を漏らすグリッド。その異質な管が左腕を走る様は、まさに“喰う”という表現が正しかった。
“どうせ外すだろうからと思って今まで待っていたけどもういいわ。こいつの自我も、その変なペンダントも纏めて奪ってやる!!”
要の紋が付いたまま、尚且つグリッドが自我をしっかりと保っている。しかし、シャーリィは無理にでも“略奪”にかかるしかなかった。
諦めを促すような発言だったから黙って聴いていれば、むしろこのクズは変にやる気を出してしまった。
これじゃ内からじわじわと食っていくには長すぎる。そして、その時間ではクズの体が保たない。宿主の死という現実が待っている。
一気に喰らって、エクスフィギュアの姿を取り戻す以外にシャーリィも打開の手段が無い。
王手を掛けられているのはシャーリィも同じなのだ。
正直、限りなく不利な条件。しかしシャーリィはそれでも勝てると確信していた。
左腕一本でも支配権を奪えればなんとかなる。あのネックレスだけでも外せば一気に押しつぶせる。
そして何より、今から奪うのはチンケなゴミの意識。誤って踏み潰すことはあっても、負けは絶対に有り得ない。そう思っていた。
48Answer 13:2008/03/15(土) 20:09:13 ID:nKluE3s30
だが、一つだけ彼女は見落とした。
『さて、どうする? このままだと恐らく喰われるぞ。左腕は保って数分。あとはジリ貧だ』
なんとも複雑そうに困る振りをみせるユアンは静かに微笑んだ。その目は既にシャーリィを見ていない。
「お前が焚き付けたんだろ……で、どうすればいい?」
『私が答えるとでも?』
グリッドもユアンも既に心持は決まっている。それでもこの状況を楽しんでいた。
まるで、一秒毎に成長する才能を惜しむように。この千金を超える一秒を惜しむかのように。

「俺は答えを決めた。もう決めちまったんだ。意地を張ったまま死んでいっても多分俺は満足は出来るだろうけど、
 “お前らが満足しないだろ”? 生きるぜ、いや、生きて誰にでもわかる形で“負けてないことを先ずは証明する”!!」

シャーリィは、一つだけ見誤り一つだけ応手を誤った。
「さあ、俺は決めたぞ。したいことを決めた。後はお前の仕事だぜ、ウチのNo.2!!」
シャーリィはグリッドがキールに責められている内に手を打つべきだった。
仕損じたのはタイミングと盤の把握。グリッドが口に飛び込んでくるのを待つよりも率先して喰らいに行くべきだった。
『リーダーはあくまで方針を定めるのみ。あとは下の仕事か……よくも死人を扱使う気になる。
 勘違いするなよ。あくまで参謀としての責務だからな。仕方なくだ』
そして、シャーリィはグリッドの本質を見誤った。
その蝕まれた記憶から、フェロモンボンバーズ―――――真に空気の読めない連中の恐ろしさを引き出すべきだった。
『借り物の要の紋を外せ。それを外さねば前には進めん。先ずは真っ向勝負、餓鬼の意思一つ正面から捩じ伏せてみろ。
 篭城・防衛などの類ではない。正真正銘、お前の初陣だ』
外せばどうなるか、自分がどうなるかも分からないグリッドではない。
だが要の紋を躊躇い無く外す。それも至極当然。これは本当ならロイドに渡すべき、自らの穢れの証明なのだから。
ぼそりと何かを言って、グリッドの意識が一度完全に破砕する。
泡立つ左腕以外の全てが行動を取りやめた。
49Answer 14:2008/03/15(土) 20:10:04 ID:nKluE3s30
『ハッタリとはいえ随分と頼もしいことを言う。エンジェルス計画―――――これならば、もう一度届くかもしれん』

そういって幽かに笑うユアンの瞳は、ほんの少し先の未来を見据えた悲しみに満たされている。

『些細なことだ。たとえ何があってもお前は笑え。それで、いいんだ』


かつてそこは白亜の空間だった。いや、誰しも最初は真白い部屋だ。
人は背が伸び、歳月を重ね、人と出会い、愛を覚え、裏切られ、殺し、見捨て、絶望する。
そうやって経験によって部屋を自分色に染めて自らの王城とする。それが個性だ。
そして、今、この部屋は真っ黒に染め上げられている
たった一点を除き赤黒い文字列によって包囲された箱の内側。色を混ぜすぎて逆に個性がないとも言える。それがグリッドの世界だ。

「よう……こうして会うのもこれで三度目だ。いい加減マンネリ入ってるとは思わないか?」

どす黒い箱の中に怯むことなく目を覆うことなく、目の前の少女だけを見つめてグリッドはそこに立った。
もう一度、自分に言い聞かせるようにユアンに答えた言葉を言う。

「任せとけ。こんなのスグにブッ倒してきてやるよ」

そして彼女は思い出すべきだった。力を持たない者が弱いとは限らないことを。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 20:37:43 ID:nKluE3s30
投下終了。支援感謝。
51AnswerU−懸ける− 1:2008/03/16(日) 23:55:07 ID:aLh1HQrK0
「任せとけ。こんなのスグにブッ倒してきてやるよ」

投げかけられた言葉に少女は、シャーリィ=フェンネスは吐き捨てるように返した。
腕も変わらず、化け物としての輪郭もなく、しかして石に侵されてもいない、たった一人の女の子がそこにいた。
「何を言い出すかと思えば……正気なの? それを外して、私のチカラを抑えられると思ってる訳?
 それとも、勝てないって分かって体を明け渡す気になった?」
だが、その脅威は何も変わらない。彼女をあの高みまで持ち上げたのは紛れもなく彼女の意思だ。
滄我―――――海そのものを受け止めて尚打ち砕けぬ絶対の自我こそが彼女の真の強さ。
幾らエクスフィギュアを殺そうが焼こうが磨り潰そうが、そんなものは瑣末でしかない。
「だったらサービスしてあげる。痛くしないよう、一呑みで終わらせるから」
だからこそ彼女はこうしてグリッドの意志を喰らおうとしている。
それでもグリッドは目の前の彼女に笑った。哀れむでも嘲るでもなく、ただ笑った。
「生憎とお前なんかに喰えるほど俺の意思は安くないな。帰って何時まで経っても減らないマフィンでも喰ってろ」
――――――――――だからこそ、俺が戦うに相応しいのだと。
「言ってくれるじゃない。力も無いくせに、粋がるなんて恥ずかしいと思わないの?」
「またそれか。“力こそ正義”……飽きもせずによくもまあワンパターンな」
挑発を逆手にとって挑発し返され、シャーリィは怒りに目を見開く。
さっきまで糞虫だったのに。私がこいつを見下していたのに、なんでお前はそんな目をするのよ。
「はっ……それこそ何を今更って話よ。力は正義なの。道徳とかそんな薄っぺらいものじゃ正義と悪は分けられない。
 力。単純にして明快な物差しだけが、この世界を分けられる。それこそが“絶対”よ」
シャーリィは迷い無く断言する。それは地面にリンゴが落ちることが不可避であるかのような命題。
覆すことなどできるはずが無く、する意味も無い。それはそういうモノなのだ。
誰がなんと言おうと絶対は絶対、“絶対”に抗うものは何時だって偽善者の戯言。
スカスカの甘い言葉なんかに、彼女の意思が折れるはずが無い。

「――――――――――――――――――――――――――――――OKだ。“その現実を肯定する”」
52AnswerU−懸ける− 2:2008/03/16(日) 23:55:58 ID:aLh1HQrK0
だが、それ故にグリッドだけがシャーリィに抗する事ができるのだ。
「え……?」
真逆の言葉にシャーリィは一瞬呆気にとられた。今まで相手にしてきた人間が次々に手を変え品を変え“それは違う”と謳ってきた。
賛同者など一人もいない。それを認めるということはシャーリィに殺されることを意味しているのだから。
「な、何いきなり訳の分からないこと言ってるの? あんた馬鹿になった?」
「訳の分からないって、お前が自分で言った理屈だろ? 俺的にはお前のほうが分かりません先生」
グリッドは調子を崩さずにのびのびと手を伸ばす。無駄極まりない動作に、尋常でない余裕が伺える。軽んじているとすら思えるだろう。
「俺も散々ヘタレ街道まっしぐらに進んできたんだ。“力こそ正義”、その言葉の強さはようく身に染みて分かってるんだよ。
 実際、お前と戦ったときも俺は暴力を力と認めないって条件付で肯定してしまっている。
 今にして思えば、あれが俺の手痛いミスだ。認めない認めないと否定するだけで、本当に否定しなければならないモノを見落としていたんだよ」
言葉を綴るグリッドの表情が若干翳った。プリムラを見殺しにしてアイデンティティが揺らいでいたとはいえ、間違いは間違いだ。
一手先の危機を凌ぐために逃げた先は、三手先の壊滅だと思うことなく手を指した。
「力は正義……かなり強い攻め手だ。実際ミクトランはおろかディムロスやキールはこの手札を信用している。
 いや、見方によっちゃカイルやロイド達もこれを肯定していると取れなくも無い。なんたって多分今も現在進行形で戦っているだろうからな」
「だから何を言ってるのか分からないって言ってるでしょ?! それとも何? それはいけない事だから全員で武器を捨てましょうとでも言いたいの?
 ふざけてるのはどっちよ。それこそ滅茶苦茶だわ!! 力無しに正義なんて貫けると思ってるの!?」
「お前はお馬鹿サマか。人の話聞いてたか? 俺は肯定するっていってるだろ。だからこの話はもう“オシマイ”なんだよ」
そういった瞬間、シャーリィは背筋にゾクリとした悪寒を覚えた。

グリッドが“力こそ正義”を肯定した。これはこの状況下において二つの意味を持つ。
一つはシャーリィの理屈が認められたということ。
力こそは正義であり、持たざるは悪。痛みの前に偽善は容易く崩壊し、弱者は強者に搾取され骨の髄まで搾り取られる。
暴力は万国共通の絶対言語でありそれを回避したければ対価による妥協点を見つけろ。
正義は無くとも力は肯定され、刑罰は自らを以って其れを肯定する。
虚は実の前にゼロに近似でき、微小誤差はその存在を認めず四捨五入。
数多の怨嗟を地面の下に踏みにじり、ここに新たなる正義は生誕を迎える。

以後、グリッドはこれに反論することを許されない。そういう理<ルール>を認めてしまったのだから。
そしてそれを行うということは、逆説的にもう一つの意味を発生させる。

「そう、オシマイなんだ。だからお前も“力こそ正義”を二度と話にだすなよ? 俺はもう正義の定義を取り合う気はないんだから」

―――――グリッドが正義を論点において戦わない限り、シャーリィは強大無比なこの攻め手の使い場所を失った。
53AnswerU−懸ける− 3:2008/03/16(日) 23:57:16 ID:aLh1HQrK0
「あ、あんたあ……」
「気付くのが遅いな。遅すぎるぜ。“俺の攻め手は百八式まである”。
 それを忘れて、俺はずうっとお前が一番強くなる場所で戦っていた。勝てる道理がねえ訳だ」
鮫に海で戦いを挑むようなものだ。それを勇敢と戦えるか無謀と謗るかは別だが、少なくとも今のグリッドに打てる最善はこれだった。
トーマと戦ったときも、コングマンと戦ったときもそうだった。相手のペースを乱し、自分“達”のペースを保つこと。
それが漆黒の翼の戦い方だ。そう、気付くのが遅すぎたのはグリッドの方。
「……だからどうしたってのよ。根っからの正義馬鹿のあんたから正義をとって何が残るっての?
 無いでしょなあんにも! だから私を拾って石を付けたんじゃない!! その事実を放って、偉そうなこというんじゃないわよ!!」
シャーリィは自らに架せられた鎖を食い破るようにグリッドに突っかかっる。
これ以上調子付かせると不味い。外交官としての片鱗がシャーリィの危機感を煽った。
「よっぽど正義論戦したいらしいな……だけどさせねえよ。“その理屈も条件付で肯定だ”。
 俺は確かに正義に固執していた。漆黒の翼は正義の味方だからな。だが、あの時の俺は正義という意味を問うことを忘れてたんだ」
固執するべき正義を見失っていた。自分を取り繕うことに惑わされ闇雲に正義を追い求め、否定するべきものを考えなしに受け止めた。
それでは駄目なのだ。漆黒の翼は正義の集団であっても正義の奴隷ではないのだから。

「答えを得た今なら断言できるぜ。正義ってのは正しさだ、納得も出来ない正しさが全てだというなら“俺に正義は必要無い!!”」

シャーリィの顔が苦悶の極みと大きく歪む。
肯定すれば、正義を話の引き合いに出せなくなる。否定すれば、グリッドの正義を半ば認めてしまう。
どちらにしてもグリッドを大いに有利な立場にしてしまう。打つ手無しの封殺だ。
「辛そうだなあ? お前の考えていることは手に取るように分かる。
 その攻撃一辺倒の攻め手は、俺が正義を掲げなければ成立しない。其の手札、“俺の正義と一緒に道連れにさせて貰う”ぜ?」
グリッドがずいっと体を前に押し出した。シャーリィの体が半歩下がる。
髪ごと手を耳に押し当てながら、シャーリィはかぶりを振った。
「だったらどうしたってのよ……あんたの話を聞いてたらこっちがおかしくなるわ。
 あんたが正義をどうこうしようがそんなの私の正義には関係ない!! 私は私の正義を絶対に譲らない。
 私はお兄ちゃんに会いに行く。全員バラバラにして、砕いて、磨り潰して、そうして出来た道の向こうに行くの。
 例え誰が間違っているって言ったって絶対に聞かないわ!! 私は私と私の力しか信じない!!」
声を張り上げるシャーリィの姿は、誰から見ても必死だった。
自分を否定してくるもの全てを否定してここまで生き抜いた彼女は味わったこと無い攻め手に困惑している。
精神性だけが問われるこの箱の中では物理的実力行使が出来ない、という問題はあるが、
たとえ直接攻撃が可能だったとしても、彼女はその発想に至れたかすら怪しい。
“この場において正義はもはや何の意味も持たないというのに”未だに正義に固執するという矛盾に気付きもしない。
幾人もがそうであったように、彼女もまたグリッドのリズムに狂わされていた。
54名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 23:57:53 ID:iFPge1BG0
 
55AnswerU−懸ける− 4:2008/03/16(日) 23:57:53 ID:aLh1HQrK0
「ダウト! ようやく見つけたぜ。お前の解れ、お前の矛盾。
 “お前は自分自身だけを信じるといいながら、ミクトランの言葉を信じている”ッ!!」
「ハ、ハア!? そんなの当たり前じゃない! 全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無いのよ!?
 今更そんな当然のこと言うなんて、頭オカシイんじゃない!?」
「ミクトランが素直に願いを叶えてくれる保証も無ければ、帰してくれる確証も無い」
優勝後の公約証明不能。その言葉にシャーリィは獲物が隙を晒したのを確認した獣のようにニヤリとした。
「……やっぱりあんたもその程度の奴なのね。ミクトランの言うことが信じられないから、殺さない。
 私にしてみればそっちの方が分からないわ。私の世界のカッシェルってやつはもう死んでるはずだった。
 でもこの島で私を殺しにきたの! 死んでる人までこの世界にいるのよ、それだけじゃない。
 滄我やクライマックスモードを封じたり、ううん、この島を用意したことだけでも凄い力。それを信じない方がおかしいわ」
信じるための材料は幾らでもあるのにそれを信じない。
物証が有る分、ミクトラン肯定のほうが有利である。
「あんた達は殺さなきゃいけない現実に目を背けているだけの弱者の謗りよ。
 私だって心の底から信じているわけじゃないけど、そこにしか可能性が残っていないなら私はそこに全部を賭ける!!」
シャーリィは止めていた息を吹き返したように、多く酸素を取り込むためのような大きな声で叫んだ。
「そっちだって十分おかしいわ。それって要するに貴方たちはミクトランが信じられないからこの殺し合いに乗らないってことよね?
 それこそおかしいわ。それって逆に言ったら“信じられたら殺し合いに乗る”って意味じゃない! あっは、何ソレ?
 ご褒美が目の前にぶら下がってないからやる気が出ません、だから確証を見せてくださいって言ってるようなモンじゃない。
 見せられたら貴方たちだって尻尾を振るのよ、舌を突きだしてだらしなくハッハハッハって莫迦みたいに涎垂らすに決まってるわ!」
それでなくても極限の極限に至りもうミクトランに抗う手段が無いと確定すれば、脱出するよりも優勝する方が現実的だと天秤が傾けば、誰しもが狗になる可能性はある。
それはバトルロワイアルというゲームルールにおいて常に付きまとう問題だ。

「フン」
だが、グリッドもそれはようく分かっていることなのだ。最早彼は夢見る子供ではない。
「鬼の首を取ったように嬉しそうな所悪いが…………甘い甘い。“そんなことは関係ないんだよ”」
「なんですって?」
「言葉通りの意味だ。俺はあくまで『全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無い』というお前の発言に対し証明が出来ないと間違いを指摘しただけだ。
 別に可能性は否定してないんだぜ? 『ミクトランが優勝者の願いを叶える』って可能性はな。
 そもそも『自分の力だけを信じる』って話は力こそ正義、『より強大なる力の肯定』と矛盾! お前の発言、殆ど的外れだ」
小馬鹿にするようにグリッドは人差し指を振ってチッチと舌を打った。
「ハッキリさせておこうか。“ミクトランが優勝者の願いを叶えるかどうかは俺達には判別できない”!!
 判別出来ない以上、何時どのタイミングで信じるも信じないも個人の自由だ。俺の首輪を爆破しない時点でミクトランがそれを保証していることは証明できる。
 したがーって! 他人が幾ら信じなくてもお前は優勝による蘇生を信じて良い。
 ただし逆に他人が幾らミクトランを信じようが、お前の正しさを保証する材料にはなりはしない!!“まったくもって関係無しだ”!」
人差し指と中指を突き出してグリッドはその言葉をシャーリィに突きつけた。
赤信号を渡っている人数の多寡は、赤信号を渡って良いことの証明にはならない。
「く……そ、そんなこと……私には関係ない…!」
舌戦では圧倒的不利、それはとっくに痛いほど理解できているがシャーリィには逃げ場がない。
雁字搦めに鎖で縛られた獣のように蠢くが、敵は微かな逃げ道を念入りに潰す。
「いいや、こっちは関係有るね! 俺はお前の言葉に対し指摘しているだけだ。自分で言った言葉に責任持てよ、なあ?
 自分で決めた理屈じゃないから俺なんかに崩されるんだよ。そんなスッカスカの理屈、今の俺には通用しないぜ」
「あ、アンタみたいな偽善者が何を!!」
シャーリィはそこまで言ってハッとする。グリッドの目元の笑いが、誘いであることを教えていた。

「偽善上等。カイルやロイドには効くだろうが俺には効かない。なんつったって俺は“嘘吐き”だからな!!」
56AnswerU−懸ける− 5:2008/03/16(日) 23:58:33 ID:aLh1HQrK0
嘘吐きが偽ることになんの問題があろうか。だからこそグリッドだけがシャーリィに対抗できる。
今ある状況を直視し、最も有効な手段を用い最高の力を最速で最短距離に届かせるシャーリィ。
彼女という現実の具現に、虚言だけが拮抗できる。
「なあ、不思議だと思わないか? 今俺はお前とサシで勝負してるんだ。何人も集まって二回やって二回負けてるのに、こうして俺一人で互角に戦えているんだぜ?」
「私と互角!? 自惚れてるんじゃないわよ。アンタなんか、身体さえあれば何十回でもぶっ殺せるのよ!?
 そうやって何時までも話で説得なんて莫迦なこと考えている内に、私はアンタの身体を奪うんだから、少しは危機感持ったらどうなの!!」
「だからお前はアホなんだぜ! 説得ぅ!? 今更そんなことする訳ねえだろ?
 コレこそがお前を倒す最高の選択肢なんだよ。俺達は初手の段階からお前との戦い方を間違っていたのさ」
グリッドが腕を組んで仁王立つ。意味が分からない上に理解もしにくいが、溢れ出す自信だけは分かりやすく伝わる。
「どういう意味よ……」
「さっきも言ったろ? 俺はお前が一番強くなる場所で戦っていたんだ。つまり現実、“力こそ正義”というルール上で戦っていた。
 このルールで戦う限り、お前に負けの目が無いんだよ。戦って勝つ時点で、力は正しいってことを認める事になるからなあ!!」
シャーリィは身体を滅ぼしても死こそすれ終わりはしなかった。これは既に判明している。
ならば、シャーリィの心を折る以外にグリッドは勝利条件を規定できない。
ここでシャーリィの拠り所になっている“力こそ正義”が効果を発揮する。
“力こそ正義”という攻め方の最も恐ろしい所がそこだ。
これを証明したければ簡単だ。力を揮って、あらゆる反対意見を粉砕すればいいのだから単純にして明快である。

だが、これを否定することは難しい。
既に証明内容が証明方法を含めているのだから、否定側は自らの正しさを力によって証明できない。
例え“力は正義じゃない”といった所で、言いながらそれを賭けてシャーリィと力で戦うのでは意味が分からない。
矛盾ですらない、負けを認めてから争うようなモノだ。力を信奉するシャーリィは力では屈服させられない。
シャーリィが勝てばそれでよし。負けても、それは力による正義を肯定し、シャーリィの信念は保証される。
パワーゲームを開始した時点で、勝敗の如何に関わらずシャーリィの勝ちが確定するのだ。戦わずしてチェックメイトである。
力こそ正義、それは最高の攻撃力を誇る故に最高の守備力を備える無敵の論旨なのだ。“戦いというルールにある限りは”。
「だから俺は反省して“勝負のルールを変える”ことにした。お前を支える正しさはこの戦いに関係がないから、意味を成さない」
57AnswerU−懸ける− 6:2008/03/16(日) 23:59:24 ID:aLh1HQrK0
グリッドが一歩前に足を踏み出す。甲高い靴底の音が凛と箱を揺らした。
「お前の攻め手は強いが数が少ない。力は正しい、だからより強い力を持つ私は正しいってのが大まかの筋だ」
かつての自分じゃ踏み出せなかった一歩を踏み出す。かつて自分の仲間達を根こそぎ奪っていったモノに相対する。
「生半可な安っぽい不都合は関係ない・知ったことじゃないの一点張り。話をはぐらかして直ぐに話題転換か武力行使で直接逸らす」
だが彼は死者の想いは背負わない。背負っていてはこんな一歩も踏み出せない。
「外交官? 弱かったから悪い? テイク&テイク? 偽善? ぶっちゃけそれ今は関係ないだろ。それは真実じゃない。全部自分を取り繕うための現実だ。
 お前を悪と断じて安っぽい線引きを決めつけた俺と同じだよ。真実ってのはそんなあっさり断じられるモノじゃない。」
プリムラの為でも、カトリーヌの為でもない、もちろんトーマの為でもない。漆黒の翼の団長グリッドは敵討ちに一切の興味がない。
グリッドにはそれだけの死を支えられない。俺がそんな情けない奴だとアイツらは分かっている。
「無関係なお喋りのお陰でお前の差し筋はもう読めた。お前が口にする言葉は決まって“第三者による正しさの証明”だ。
 裏返せばお前の戦略が読める。なんせかつての俺と今のお前は構造が似ているからな。
 空っぽの言葉で取り繕う哀れな道化だよ。お前の手札が言ってるぜ、“どうか私の正しさを揺さぶらないで”ってな」
そしてシャーリィに対する憐憫も欠片すらない。敵として相対したならばやることは勝つことだけだ。
誰の為でもない、自分自身の為に。アイツらが信じてくれた俺自身の為に。
「何で正しさに証明が必要になる。自分一人が信じられるなら、それで何も要らないはずだろ。
 簡単に勝てると思うなよ。もうお前を守る腐った現実は俺の前では無意味だ。
 力こそ正義、この言葉によって力有るお前が得られるのは“正しさ”だ。つまりお前は何かの“正しさ”を欲しがっている」
眼前に聳え立つは転換点にして通過点、それ以上でもそれ以下でもないグリッドが越えるべき最後にして最初の壁。
「メガグランチャー、エクスフィア、サブマシンガン……いくら力を得てもお前はまだ足りない。お前は未だに正しさを欲している。
 お前を打ち倒す鍵はお前の中にあった。お前の圧倒的攻撃が、逆に弱点を浮き彫りにしたッ!!」

かつてを超えて、もう一度自分を始めるためにグリッドはこの戦いに勝たなければならない。

「もう五分五分なんだ。ガチのタイマンで使う手じゃねえよ、そんなぬっるいの。
 分かったら本気のカードで来い―――――――――――――――――――――――――コール<勝負>だ。
 “自分の正しさを信じきれないお前は、どこかで自分を疑っている”!!」


「何がイーブンよ……ふざけないで……」
シャーリィの口がぼそりと呻いた。しかしその文言は地獄の怨嗟のように深くより響く。
「嘘っぱちのアンタが、私の想いに勝てる訳無いじゃない……!!」
折れんばかりに歯を軋ませて彼女は顔に凶相を浮かべる。勝ち誇るな、見下すな。
「私が自分を疑っている、ですって? そんなこと絶対に無いッ!!」
私の願いがお前に劣るなど絶対に認めない。私の、私のたった一ツの願いを、その淡く散った命を。お前なんかに穢させない!

「もう一度会うの!! 例え世界中の誰もが私を間違いだと言っても、私はお兄ちゃんに会いに行く!! 私はその絶対を疑わないし、その絶対だけは覆させないッ!!」
58AnswerU−懸ける− 7:2008/03/17(月) 00:00:11 ID:aLh1HQrK0
彼女を支える本当の信念がついに姿を現した。
「ああ、漸く来やがったな『お兄ちゃん』。俺が最初に指摘した以上いつか来るとは思っていたぜぇ……」
グリッドが唇を笑みに歪める。しかし、眼には一切の余裕が失せていた。
最後にして最大の難関。それといかにして対峙するかが全てと言っても過言ではない。
だからこそグリッドは敢えて序盤からそこを突くことをしなかった。
いきなり本丸を攻めたところで関係ないとはぐらかされ、後はデコイをばら撒かれてするりと抜けられる。
セネルを使えば確かに“力こそ正義”は一瞬で崩せるが、それではシャーリィに兄という逃げ道を残す。
“まずは彼女の中の二つのロジックを切り離すこと”。そうすることで、ようやく本丸への攻撃が可能となる。
「じゃあまずは最初の禅問答に決着をつけようぜ。悪いとは一切思わんが本気で攻めるぞ。
 お前の理屈に照らせば12時間以内に死んだお前の兄は弱く無力、従って正義じゃないって話ができるが、お前はこれを認めるか?」
「認めるわけないじゃない! お兄ちゃんは強かった。私なんかよりもずっとずっと!
 優しくて、強くて、どんなことがあっても諦めなかった。そんなお兄ちゃんが悪である訳ないでしょ!」
そんなことがあってたまるかと、眼を血走らせてシャーリィはグリッドの言葉を否定する。
彼女にとってセネルは絶対だ。いつも傍にいてくれて、いつも助けてくれた大好きな人。 それが、悪であるなど、彼女にとっては許容できる事実ではない。
「そうよ…お兄ちゃんは誰にだって優しいから、きっと碌でもないゴミクズなんかを庇ったりして、ううん、騙されて死んだのよ!
 まともに戦っていたらお兄ちゃんが簡単に死ぬわけないわ!」
「その意見を否定する! それも含めて強さだって言ってたように思うんだがなあ、そこんとこどうよ?
 お前が散々言ってきた“力こそ正義”ってのは権謀策術何でもござれの悪逆非道の世界なんだろ?
 運が悪かろうが良かろうが生きたもの勝ち! 他でもないお前の言う現実がそれを肯定する!」
「うるさい…、うるさいうるさいうるさいィィ!!!」
シャーリィはたまらず掴み掛ってその首を塞いで黙らせようとするが、元の華奢な腕では届く距離でもない。
否、そもそも“力こそ正義”を限定無効化したこの状況下において物理的排除に意味など存在しないのだ。
「キッツイだろ? 自分の言葉が足枷になるってのは。だが、これがお前が縋った現実だ。
 お前はこの現実を隠れ蓑に、散々笑って現実を俺たちに押し付けてきたんだ。ならせめて楽しむのがスジってもんだ」
憐憫の混じったグリッドの声が箱の中を溢れかえる。シャーリィはその手を耳に当て、流れる血流を聴いて少しでも悪魔の嘲笑を退けるより道はない。
ヤダよ……こんなの、ちっとも楽しくなんてない。助けて、誰か。
「お前にはこの状況を打開する手段が二つある。
 一つは“力こそ正義”が間違いだったとここで認めること。そうすればお前のお兄ちゃん様が悪である必要は無いんだ」
カチカチと震わせながら仰ぎ見るグリッドの顔は、シャーリィにとってまさに悪魔の囁きだった。
そんなことできる訳無い。力による正義を失ったら、それを失ってしまったら、
“私が化け物になってまで得た力に意味が無くなる”。それだけは絶対駄目、私からタダシサが無くなってしまう。
一人で立てなくなっちゃうよ、誰か、私が倒れる前に、私を支えて。
「お前がそれを選べないことはもう分かってる。じゃあもう一つの手段だ。こっちは簡単だぜ?」
59AnswerU−懸ける− 8:2008/03/17(月) 00:00:59 ID:aLh1HQrK0
簡単、その単語に眉根を僅かに緩ませるシャーリィ。
既にグリッドの言葉が脳を冒し始めている今、その後に続く言葉に抵抗はできても対処はできない。
お、ニイ  ちゃ    ん……
「セネルを悪と許容する。初っ端で死んだどうしようもない不出来な兄は悪者でしたって認めてしまうんだ。
 そうすればお前の正しさは守られる。お前のその手で、兄を亡霊にしちまいな。“お前にそれができるというのなら”!」
世界は誰にでも寛容ではあるが、それ故に貴方を愛さないのだから。
「そ、そんな、ダメ……ダメよ、だって、あ、ああ…」
足が震え、呼吸が乱れる。彼女の嗚咽が四十万に消えて沈んでいく。
彼女が築いてきた物が乱れ、弾け、彼女の信じてきたものが砕け飛ぶ無音が聞こえる。
正義を立てれば兄が穢れる、兄を立てれば正義に意味は無い。
ならば彼女が選んだ正しさは、兄の為の正しさとして機能しない。
グリッドと同じく、最初から破綻しているのだ。
「諦めな。手段どうこうの問題じゃないんだよ、“力こそ正義”――――その思想は誰かの為に用いるものじゃないんだ」
「だからって……だからって諦められる訳が、無いじゃない……」
嗚咽は規則正しく音階を渡る。既に盤は詰めに差し掛かったが、それでも彼女は降参を宣言しない。
宣言できるはずも無い。
「私は、お兄ちゃんに会いたいだけなのに。それすら間違いだなんて、ある訳が、無いじゃない……」
最初から決めていたはずだ。否、一度元の姿を取り戻したときに決めたはずだ。
何度殺そうと、何度殺されようと構わない。誰を失おうが何を亡くそうが取り戻すと覚悟した。
それを今更否定するなんて、既に多くのモノを失った今までの私が許さない。
「仕方ないよ。だって、殺さなきゃ、お兄ちゃんに、逢えないんだもの」
もう途中下車などできはしない。それは既に定められた、彼女の運命だ。

「……その事実を否定する。お前はとっくの昔に弱音を吐いてるぜ」
その運命に、抗う男がここにいる。
否、抗えることを思い出した男がここにまだ一人残っている。
「俺は前から気になってたんだよ。その“仕方ない”って言葉がな。何が仕方ないんだ?
 一人しか生きられないから殺しても仕方ない。願いを叶える方法がそれしかないから殺しても仕方ない。
 弱肉強食だから死んでも仕方ない。弱いから欺いても仕方ない。正義の為なら悪を殺しても仕方ない。
 マーダーは殺しても仕方ない。生きるためには何をやったって仕方ない。
 この島は“仕方ない”でお腹一杯なんだ。いい加減、食い飽きてるんだよ俺は」
誰も彼もが口の端に出す言葉。自分の行為を正当化し、感覚を麻痺させ、疑うことを止める理由を生み出す。
まるで麻薬だ。神の酒にて酔い、その間のあらゆる行為は全て現実という免罪符が肩代わる。
それを罪とはこの際言うまい。現実に勝てるものなど、存在するはずがないのだから。
「…………だからこそ、俺は問わずにはいられない。もしお前に仕方があったのなら、お前はどうしていたっていうんだ。
 お前の兄ちゃんが死んでなくてまだ生きていたのなら、お前は今この時何をしていたんだ」
グリッドは体を半身にして指と目線を垂直に合わせた。
シャーリィは押し黙る。それは彼女が最初にも聞かれたこと。
セネルが、もし生きていたら。もし生きて彼女と再会できていたのなら。
一体彼女はこの位置に居ただろうか。化け物に身を窶し力を礼賛して、孤独の覇道を進んでいただろうか?
「そんな、仮定の話なんて意味がないわ! それこそ夢の、嘘の話じゃない!!」
有り得ないIFだ。セネルが死んでしまった以上、それを問う意味などもはや存在しない。
だが、全てを失った果ての終わりで答えを見つけた嘘吐きはそれをこそ必要だと本気で思っていた。
「関係は無いッ! “だからこそ必要なんだ”。
 俺たちが仕方ないといって割り切った感情、見捨てた未来。その全てが答えなんだ。
 仕方ないってお前言っただろ? 逆に言えば“仕方なくないお前は、絶対に今の自分を嫌がっていたはずなんだ”!!」
その瞳に明らかな同情を浮かべグリッドは唇を噛み締め、悔しそうに言う。
だが依然として憐憫は無い。グリッドは眼に写る少女に自分を重ねていた。
60名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 00:01:21 ID:/wlOC+qi0
 
61AnswerU−懸ける− 9:2008/03/17(月) 00:01:49 ID:aLh1HQrK0
シャーリィは形容できない思いのほんの一欠けらと共に生唾を飲み込んだ。
「私は、わ、たし、は……」
仕方が無かった。(厭だったけど)
だから痛いのも我慢した。(痛いのは厭)
怪物になる自分を受け入れた。(成りたいなんて思った?)
私を最初に助けてくれた人も殺した。(ただ、手放したくなかっただけなのに)
クロエに似てたから襲った。(友達だって、私が言ったのに)
あのカッシェルも、あいつモ、アイツも、みんなみんな私が殺した。
お兄ちゃんともう一度会うためには仕方が無かった。
仕方が無かったんだよ。“シカタガナカッタ”

グリッドがまるで天地を割る稜線を定めるかのように指を滑らかに動かす。
その指先はシャーリィの眼を掠めその後ろを指差している。
半ば無意識に、彼女はその指す方へ頸をゆっくりと回した。今の彼女は石ではないから、振り向くことが出来る。
彼女は、一度も振り返らなかった。久遠に等しい遥かな距離のその向こうに居るだろう兄だけを信じて駆けてきた。
兄だけを求めた彼女は振り返る必要が無かった。だが、同時に振り返ることが出来なかった。

シカタガナカッタンダヨ、“私は、イヤだったけど”他に仕方が無かったんだから。

振り返ってしまえば、見えてしまう。
彼女が兄の為に切り捨ててきたその悔恨、痛みの全てが白日の下に晒されてしまうことを。
力に因って、正義に酔って忘れようとしてきたことを思い出してしまう。
切り捨ててきたものは確かに兄に比べれば些細かもしれないけれど、かつての彼女にはどれも愛おしいものばかりなのだから。

ああ、そうか――――――――――――私は、今の私が、どうしようもなく厭だったのか。
62AnswerU−懸ける− 10:2008/03/17(月) 00:02:26 ID:aLh1HQrK0
「俺達は、もっと自分に眼を向けるべきなんだ。バトルロワイアルに捻じ曲げられる前の自分を、思い出さなきゃいけないんだ。
 ここに来る前、そんな殺したいとか思ったか? 易々と殺せたか? ああ、別に最初っからそういうやつも居るだろうさ。
 そいつらには容赦はしねえよ。その殺意にバトルロワイアルは関係ないからな。応じてただ粉砕してやるさ」
グリッドは眼を瞑って拳を硬く握る。
最初は、誰もが自分を持っていたはずだ。だがそれがいつの間にか何処かで摩り替わっている。
バトルロワイアルを肯定、否定する前にまずバトルロワイアルというルールを受け入れてしまう。
「だがな、お前はそうじゃねえだろ。お前はこんな馬鹿げたことが無ければこうはならなかったはずなんだ。
 それを思い出せ。お前はセネルの為に殺してたはずなんだ、なのに肝心のお前の感情がどっかすっぽ抜けてる。
 仕方ない仕方ないって色んなものを切り捨ててる内に、自分から切り捨ててると思い込んでしまう。
 後は最悪だ。セネルの為にバトルロワイアルをしているはずが汚染されて、
 言うに事欠いて矛盾したまま“力こそ正義”なんてのたまいやがる始末。
 バトルロワイアルをする為にセネルを理由にしちまうお前みたいな駒の出来上がりだ」
対主催? マーダー? 知ったことかボケが。そんなもの全部まとめて“駒”だ。
そんな自称“このゲームをよく理解している”連中どものいう正義や正しさなんて関係ない。
「正義じゃない、正しさでもない。あるのは想いだけだ。
 それだけはバトルロワイアルにも侵せない。俺達がたった一つ信じられる原点なんだ!!」
固めたグリッドの拳がシャーリィの艶やかな金糸を滑りながら耳元を掠める。
突き抜けた拳の位置に、皹が入る。
見失うな。バトルロワイアルなんて俺達には関係ない。あるのはただ錯綜する感情のみ。
そこを見失えば、俺達は永久にこの感情の迷路を抜け出せない。
漆黒の翼という役割に縛られていた俺のように。

皹は進み亀裂となって、亀裂は走り破砕となって、破砕は崩れ破片となって、終に黒い箱は打ち砕かれる。
後に残るは真白く純粋な輝きと、蒼穹の様にどこまでも広い世界。
「さあ、俺は証明と表明をした。チェックだシャーリィ=フェンネス!!
 お前と俺、どちらが間違っているかなんて何時までたっても決まらないが、
 今のお前がかつてのお前の価値観に照らして間違っていることは証明できる!! 
 言い逃れが出来るなら応えてみやがれこのブラコンが!!」
これこそが、グリッドの原点だ。カトリーヌと最初に出会った、あの時のまま。
どこまでも遠くに行ける、一羽の烏がここに在る。


63AnswerU−懸ける− 11:2008/03/17(月) 00:03:47 ID:aLh1HQrK0
暫くの間呆然としていた彼女が、憑き物が落ちたかのように乾いた笑いを見せる。
「認めるわ。私に正しさなんて無い。そんなこと、とっくの前に分かってるよ」
何時から彼女は歪んだのだろうか。最初は、ただ気が触れていただけだったはずなのに。
お兄ちゃんに会いたい一心で、罪も罰も考える余裕も暇も無かっただけで、正しいとは思っていなかったはずなのに。
自分の罪を覗いてしまった彼女は、何時しか捩れた。痛みに耐えるのではなく、痛みを心地良いと思い込むようになった。

そんな私に、幸せな選択肢があっただろうか。
もし、セネルに逢えたなら、その胸で泣いただろうか。
励ましてくれただろうか。頭を撫でてくれただろうか。
その隣にモーゼスさんがいて、お兄ちゃんをからかっていただろうか。
ジェイがそれを呆れた様に、でも楽しそうに眺めていただろうか。
マーテルさんが横に居て、ダオスさんやミトスもいて、和やかに笑っているのだろうか。

私はそれを喜んで――――――――――――殺すのだろう。
適当にマシンガンを掃射してジェイを殺すだろう。
腕を奇形に変えてモーゼスを刺し殺すだろう。
磨り潰してダオスを殺すだろう。
滄我砲でミトスを殺すだろう。
剣でマーテルの腹を割いて殺すだろう。

そうして、最後には私を否定するお兄ちゃんを殺すのかもしれない。
もう、今の私は、あったかもしれない幸せな私を享受出来ないほどに変わってしまった。

力に酔ったところで、誰かの一意的な受け売りの理屈を並べたところで、自分の心は騙せない。
殺せば殺すだけ辛くなる。だから騙して、もっと殺して、もっと騙して。そのループはとっくの前に軋んでいた。
あの石の身体が、きっと何よりの証拠。
認めざるを得ない。かつて最初に居たはずの彼女は、もう間違いに気づいていたのだ。
最後に揚げたあの断末魔に、お兄ちゃんへの思いはあっても、もう私の想いなんて欠片も無かったのだから。
64AnswerU−懸ける− 12:2008/03/17(月) 00:04:44 ID:aLh1HQrK0
それでも、それでもシャーリィはその歯を剥き出しにして噛み殺すように吼えた。
「でもね、貴方は一つだけ間違えてます。正しさだけじゃ世界は動かない。
 例え私が間違いを認めたとしても、私は止まらない。“私はお兄ちゃんに会いに行く”。この意志だけは、絶対に曲げるもんか!!」
毅然、それが今の彼女を表すのにもっとも相応しい言葉だった。
罪への穢れも、殺しへの陶酔も無い。ただただ真っ直ぐに一点を見つめた綺麗な瞳にグリッドは息を呑む。
「へえ……ご自慢の正義ってのはもう要らないのか?」
グリッドが笑って指摘するが、その表情は若干の汗を含んでいた。
狂的な感情を潜めたシャーリィに今までの面影は無かった。そこに有ったのは、少女の浮かべる年相応の覚悟。
「ええ、要らないわ。正義なんて無くても私は殺せる。私は進める。
 だって正しくても間違っていても関係ないから。“それが間違いであろうと、私はお兄ちゃんに会いたい”んです」
殺すと明瞭に宣告する彼女にはもう呪いは存在しない。だが、彼女は殺す。
既に体は無い。故に、今更ミクトランに反旗を翻した所で意味が無い。
彼女が彼女として願いを叶える状況を作り出すには、グリッドの体を奪うのが唯一の選択肢だ。
そして残る人間を殺す。それだけが彼女を兄の下へ至らしめる道だった。
彼女はあらゆる状況を吟味し、理性を回転させて改めてその選択肢を選び取った。選ばされること無く。
「殺したいわけじゃない。出来ることなら殺したくない。でも私はお兄ちゃんに会いに行きます」
「エゴイストだな」
「ええ、私、こう見えてもワガママですから」
そうして二人は晴れやかな世界でとても自然に笑いあった。
兄に逢いたいシャーリィ、自由であることを貫きたいグリッド。
両者の目的は既に交じり合うことなく、戦局は拮抗した。残された手段は意地の張り合いによる消耗戦のみ。
今から真っ向勝負の喰い合いをすることと、この笑顔に関係は微塵も無い。
現実に従えば有り得ないことだろうが、笑いながら仲良く殺し合えるくらいがこの世界には丁度良い。

グリッドはふと、笑いを止めて言った。
「知ってるよこのガキ――――――――――――――――――――――――“改めてチェックメイト”だ。お前の負けだよ」
65AnswerU−懸ける− 13:2008/03/17(月) 00:05:30 ID:aLh1HQrK0
シャーリィの笑いも止まる。殆ど呼気に近いほど擦れた声で「え」と聞こえた。
「悪いな、俺は嘘を吐いた。お前はまだ大きな勘違いをしてる。だから俺には絶対に勝てない」
金髪を掻き分けて、グリッドの中指がすうっと彼女の額を触った。
「いや真っ向勝負じゃ俺絶対にお前に勝てないからさ、嵌めさせて貰った。お前に気づかれるかどうか、賭けだったが」
親指の腹に中指の爪を食い込ませ、中指に力を蓄える。
「なあ、ワガママなんだろお前? その割にはさ、“お兄ちゃんだけ助けるとか望みがちっさい”よな」
所謂デコピンの態勢。それだけで、もう十分だった。

「ここまで悩んで苦しんで、それでも優勝するっていうんならさあ、“優勝の願いでお兄ちゃん以外にも会いに行けばいいだろ”?」
既に勝敗は戦う前から決しているのだから。

「あ」

バチン。

体が弾かれ、虚空を見上げる形になったシャーリィの表情は呆然としていた。
なんで気づかなかったんだろう。今になって、なんで気づくんだろう。
モーゼスさんにも、ジェイにも、ダオスさんにも、ミトスにも、マーテルさんにも会えたんだ。
「決まり手はデコピン。敗因は俺みたいな豊かに富んだ想像力の欠如だ。
 正義とかバトルロワイアル関係なく、お兄ちゃんと他を掛ける必要もない天秤に勝手に掛けた時点でお前は妥協してたんだよ。
 勝手に出来ることを限定して最良の未来しか頭に無い奴が、最高の未来を望む俺に叶う訳がねえ」

呆然としたシャーリィは振り返るグリッドの背中を見て幽かに笑った。
負けは負けかあ……負けちゃったなあ――――――――もし次があったら、今度は良く考えて選ぼう。
そうしてもし殺すことを選んだら、こんどこど完膚なきまでに殺してやろう♪

「悔しかったらそこで見てろ。
 この漆黒の翼の団長・音速の貴公子グリッド様が、お前を捻じ曲げた現実<バトルロワイアル>を台無しにする瞬間をな」

バトルロワイアルなんて関係なく、“私が”今凄く怒っているんだから!!

66AnswerU−懸ける− 14:2008/03/17(月) 00:25:18 ID:7EYUixg40
「――――――――――ぶっはぁ!! ア痛ッ」
グリッドが息を吹き返したように起き上がった。若干土の槍が傷に食い込み、痛みが走る。
『その様子では存外上手くやったようだな。(……真逆本気で勝つとは思わなかったが)』
「聞こえてるからな手前。心の声も生の声も殆ど同じく聞こえてるってか聞かせてるだろ」
ユアンの皮肉に応じながら窮屈そうな体勢で傷を摩るグリッドの左腕は、潮が引いたように侵食が治まっていた。
「まあ、本気だされてたら勝てねえよ。アイツはどっかで現実に願いを捻じ曲げられてた。
 その分気持ちが鈍ってたから、俺の気持ちの方が強かった……それだけだ」
グリッドは自分が彼女に言った覚悟を忘れぬように、噛み締める風に言った。
言ったからには為すしかない。たとえ嘘でもハッタリでも、グリッドはそういう風に出来ているのだから。

「で、約束通り黙らせてきたけど、後はどうするんだ?」
グリッドがユアンに尋ねた。その為には生きなければならないが、詳しい手法はユアンからまだ一言も聞いていなかった。
『ああ、紋を外さねば新しい要の紋を着けられんからな……グリッド、私の輝石から紋を外して装備しろ』
「……? あ、ああ……」
意図の掴めないまま浮遊したユアンの輝石を震える右手で掴み、グリッドは要の紋を外した。
何をするつもりなのだろうか一抹の影を引きながら、グリッドは新たな紋を左手に備えた。

『あの小娘のエクスフィアはな、如何な咬み合わせがあったかは分からないが確かにハイエクスフィアへの扉を叩きかけた』
それを私が止めたのだがな、と自嘲するユアンの顔を見てグリッドは更に眼を細めた。
『後一歩で開く扉に、鍵を差し込めば……お前次第では奇跡の模倣に至るかも知れん』
「何を、言って」
厭な影が、実体に成りかける様な暗澹たる思いに駆られたグリッドの言葉を、ユアンは遮った。遮らなければならなかった。

『グリッド――――――――――――――――――私の輝石を壊せ』

然程遠からぬ決別の瞬間。それはグリッドに与えられた、奇跡の条件にして、最後の試練だった。
67名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 21:02:45 ID:ENmRq1Jc0
期待
68AnswerV−応える者− 1:2008/03/24(月) 01:20:11 ID:+EC77FV80
――――――それで君、名前は?その様子だと大分疲れてるだろう。入団を断るのは得策ではないぞ?

あまり良い出会いではなかったとは思う。
偶々三人目が空から降ってきたので、ここぞとばかりに仲間にした。
本当に偶々だ。カトリーヌは出現場所が偶々近くに居たのだから遅かれ早かれ出会っていただろうけど、
正真正銘、この空から堕ちて来た天使は偶々俺達の近くに落ちてきた。
これが落ちて来たのが女の子ならちょっとした冒険の幕開けに相応しかったかもしれない。
もちろんこれはファンタジーやメルヘンじゃないからそんなパワフル全開な冒険は始まらない。
本当ならば、少し抜けた所のあるジョンがいるべき席に座ったのはお気楽とは懸け離れた堅物にして難物だ。
あったのは皮肉と、愚痴と、少しばかりの助言だけ。
正直、反りは合っていなかった。

「…ユアンだ」

本当に反りが合わなかっただけだから困る。
魂の奥底から反発や前世で因縁があったとか。そういう先天的な相性が悪いというほど合わないわけでもない。
相当の修羅場を潜ってきたのだろうあいつに比べれば、俺の切り抜けてきた伝説的危機なんて無いも同じなんだろう。
そんなことは一言も言わなかったけど、ハーフエルフがどういう立場なのかはロイドから聞いている。
ユアンというハーフエルフがどういう立場であったかも。

だからこれは、ただ単純に生きてきた環境の違いなのだと思う。
あいつはガッチガチのリアリストで、俺は見事なまでにロマンチストだった。
後天的な在り方からして、カトリーヌやプリムラ、俺とは決定的な隔たりがある。
でも一日ほど過ごしてみて一つ分かったことがある。
そんな隔たりを持っていながら、俺達は曲がりなりにも共にあれたと言うことだ。
多分――恐ろしく自分に都合のいい多分だが――あいつの根っこの部分は結構ロマンチストなのかもしれない。
村にトーマがやってきた時も、シャーリィに襲われたときも。
俺達みたいなお荷物を捨てずにあれだけ命を懸けてくれるなんて、一番あいつらしくないしな。
や、それに、だってなあ……イニシャルつけた指輪じいっと見つめるって……どんだけ青春なんだよって。
なんつうか、大本ではきっと熱くて噎せ返るほど青臭い奴なんだと思う。
69AnswerV−応える者− 2:2008/03/24(月) 01:20:48 ID:+EC77FV80
だからこそ、やっぱり俺と反りが合わなかったのかも知れない。
俺の根っこには弱さというコンプレックスを抱えたリアリストがいたから。
このまま二律背反に蝕まれていたらいつかきっと俺も壊れていただろう。
壊れて芯まで崩されて、俺はここで終わっていた。
あとは夢と現実の破片を後生大事に抱えて、ありもしない夢を追いかけるフリをし続ける人形だったかもしれない。
お前がいなかったら、きっと俺は今ここに立てなかった。
お前は自分がいなくても俺は立ち直ってたというけれど、
やっぱり、お前がいなかったら俺は立ち上がっていなかったと思うんだ。
誰かが見ていてくれたほうが張り切れるんだよ、俺は男の子かつガキ大将だからな。

泣いてないぞ。俺は泣かないからな。団長ともあろうものが、濫りに泣くわけが無かろう。
お前を犠牲にしていいのかとか、これっぽっちも思わんからな。
結局力を求めているんじゃないのかとかの煩悶も無い。
泣かない。俺は、もう前しか見ない。

そんな嘘と一緒に、もう一度俺は飛ぶ。

だから壊す。お前と共に、俺は往く。
お前だけじゃない。カトリーヌと、プリムラと、トーマもだ。お前達にとってカッコいい様に、駆けていく。
背負うんじゃない、役割を演じるんじゃない。俺が俺自身の意思で、まだカッコつけたいんだ。
だから往く。俺達が出会えたことこそが最高の奇跡だと思えるように。

お前は最後まで認めないかもしれないけれど、云わせてくれ。
ユアン、俺の最ッッ高の親友よ。

ありがとう――――――――――――“俺達”は此処より独り立つ。

70AnswerV−応える者− 3:2008/03/24(月) 01:21:25 ID:+EC77FV80
六割五分。
ミトスは舞い散る光の羽の中で舌打ちをした。
苛立った所で時計の針が進むことなど無いことはミトスも十全に了解している。
身体をユグドラシルから本来の姿に戻し、より術の行使に適当な姿になって詠唱を限りなく高速で行う。
これ以上の速度は望むべくも無い。
しかし、これが現状における最速だと分かっていながらもミトスは焦燥を抑えきれない。
先程現れた不確定要素……と呼べるか怪しいほどのゴミにかけた時間が、心の中に大きな陰りを落としている。
儀式工程そのものの予定所要時間と比較すれば、実際のタイムロスはそれほどでもないはずだ。
しかし実際に時計を見て測っていない以上、ミトスが推定するロスはその精神状態によって大きく水増しされていた。
唸るような歯軋りに、頬の焼け跡が大きく歪む。
充血した右目がある筈の無い痛みを幻視する。
(あんな劣悪種が……あんな奴までが、僕に抗うなんて……)
あの顔には覚えがあった。確かあれはリアラを殺しに洞窟に向かう途中に会った奴だ。
筋力もさほど無く得意とは言い難い僕程度の体術も持ち合わせず、魔力の欠片もない、まったくの素人のはずだ。
そんな輩に、傷を負わされた。
そんな輩を、完全に圧殺することが出来なかった。
そんな輩の運命を、弄び切ることが叶わなかった。
本来ならば手傷一つ負うことの無く惨殺できて然りの実力差だ。
それが叶わなかったという事実が、ミトスの心を大きく揺さぶっていた。
最終的に勝てたのだから、などというのは完全勝利を目指すミトスには戯言でしかない。
あの程度の雑魚を捩じ伏せられない今、流れは自分にあるといえるのだろうか?
最小の労力でC3残党とそして城の連中を消耗させ、コレットという駒を得た。
そしてティトレイとクレスという不確定要素すら巻き込める奇策を以って、この村に必殺の状況を生み出したはずだ。
今日の午前中までは確かに、流れはミトスにあったはずだ。
後はロイドとクレスが磨耗した後で、ゆるりと奴らの戦力を奪えばそれで自分の勝利は確定する。そのはずだった。
(だった? 違う。今尚盤面は僕が優勢を誇っているはずだ)
今の段階だけで言うならば、ティトレイとカイルが仕掛けに巻き込まれなかったことで若干の不利が生まれただけに過ぎない。
その僅かな隙間を埋めるために、こうして計を進めているのだ。これは起死回生の為ではなく、磐石を期す為の策。
“まだ『決定的な何か』は何も起こっていない筈”。だから、有利こそあっても、不利などあるはずが無い。
71AnswerV−応える者− 4:2008/03/24(月) 01:22:05 ID:+EC77FV80
(だが、僕は焦っている……事態が噛み合ってないからだ。ならば何が噛み合ってないっていうんだ?)
思惑から外れたティトレイ。呼応して型から外れたカイル。
ツキが翳っていることくらいは、鐘楼から飛び立つ前から了解していたはずだ。
流れが無いから、あの劣悪種も僕の所に現れたと捉えることが出来るだろう。だからそれはいい。
だがその劣悪種を満足に潰せないというのは、もはや流れを失ったという段階を超えてないだろうか?
これは運否天賦ではなく、ミトス自身の実力で思いのままになるべきの話のはずだ。
その実力差と流れを総合して、あの結果ならば……ミトスの流れは果てしなく悪い、と見て不思議ではない。
(馬鹿な。どうしてこうも一気に覆る。しかも、まだ何も起こっていない段階で)
一気に運気が翳るとなれば、絶対にそれに対応するべき現象があるはずだ。
ティトレイとカイルが何がしかの予兆であったとしても、それは結果ではない。
まだ『決定的な何か』は何も起こっていない。しかし、ミトスの流れが悪くなっているのは間違いない。
まるで僕の気づかないうちに『決定的な何か』が起こっていたみたいじゃ―――――
(待て……? 何か、何かおかしくないか?)
そもそも、ツキが翳っていたとしたらどこからだ。この頭痛は、一体何時から始まっていた。
劣悪種が儀式を妨害しに来たところから? 
カイルが僕を意識して守勢に入ったあたりから?
ティトレイが何を思ったか戦線を離れたからか?
否、その前からだ。

チラついて消えることの無い姉の幻影。壊し潰し叩こうとも影は消えずその脳裏にて雑音をかき鳴らす。
ミント=アドネード。
あれを抱えてからだ。僕のノイズが酷くなったのは。
ミントを一度御するだけで三度もミスを撃ってしまうほどのノイズ。
とても姉さまに及ばぬ贋作が、何故あそこまで僕の心を千路に乱すのだろうか。
(糞……分かってるんだよ。分かってるんだよ、頭では!)
コレットは限りなくマーテルと固有マナが……言ってみれば姉さまに最も近い存在といっていい。
だが“限りなくあっている”ということは決して同じではないということ。1を幾ら割っても0にはならないように。
当然だ。あくまで求めたのは姉さまの器であって、姉さまの魂ではない。姉さまの複製など必要ないのだ。
だがミントは、あの僕にすら哀れみを投げる女は、どうしようもなく似ていないくせに姉さまを思い出させるのだ。
頭では分かっていても、何処かで手を抜いてしまう。完全に叩き潰すことに躊躇する。
認めるしかない。ミントは、ありえるはずの無い0に届き得る存在であることを。
(あのノイズが、もし他に何かミスを隠していたとしたらどうだ……4番目の失策に気づかないままだったとしたら……)
だが、他に何が有り得る。
鐘は鳴った。ティトレイ達もロイド達も村に入った後はともかく、村に入るまではミトスの思惑通りのはずだ。
ギリギリでミントの自害を阻止した以上は、確実に鐘は高く響き遍く伝わったはずだ。
(待て。おかしいぞ)
術を編みながらも、ミトスはその思考に後ろ髪を引かれた。
明確な疑問点は無くても、決して見逃すべきではない違和感がある。
何だ、何がおかしい。鐘は鳴った。それに何の問題がある。
僕のミスは全てミントにタイムストップを放たせる隙を作ったことに集約されるはずだ。
それを阻止した。そして二度と術が撃てないように舌を切った。
その後で、僕は鐘を。
そこに至ったとき、一瞬のこととはいえジャッジメントの作業進捗が6割落ちた。
72AnswerV−応える者− 5:2008/03/24(月) 01:22:45 ID:+EC77FV80
ミトスは思い出せる限りの当時の、『声』を思い出す。
『クレスさん……』『クゥ……レ……さん』『――――くれすさん――――』
(何で、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ……鐘の音が高い……“活舌が、良過ぎた”)
舌を切っても発音が出来なくなる訳じゃないし、声は紛れも無くミントそのものだった。
それに、殴りに殴って磨耗していく中であの衰弱と錯乱は当然あってしかるべきだ。
だがそれを差し引いても、これは明らかに異常だ。舌を無くしてあそこまで正確な発音ができるわけが無い。
近すぎで、逆に見逃した盲点。
拡声器の大音量では逆に天使の聴覚が仇になって方向が分からない上、殴っている本人が一々相手の悲鳴なんて考えない。
血を頭に上らせ、ミントの方向へ視野狭窄に陥っていた故。アトワイトも、僕の方に注視していたのだろう。
(何より、成功していることに変わりはないから……僕がそれを疑問に思う理由が無い!)
もしその違和感が失敗に繋がっていたのなら、ミトスは徹底的に原因を究明しそれを見つけ出していたはずだ。
だが、その違和感が成功に繋がっている場合、ヒトの思考は失敗のときよりも大きく鈍る。
所謂『結果オーライ』である。鐘を鳴らすという実際的な成功が、思索する意味の無い違和感を掻き消した。
しかし、誰だ。誰がそれを為し得るというのか?
あの場にいたヒトはミントとミトスと、コレットだけだ。アトワイトの声は拡声器には乗らないからこの三人だけ。
ミントは無い、僕の声も入っていたような気がする……消去法でコレットしかない。
あの段階ではまだアトワイトはコレットを支配していなかったから、有り得ない話ではないが……
だが、要の紋の無いコレットは天使疾患の最終段階にかかっているようなものだ。
4の封印を開放している以上まともな手段では喋ることなど出来るわけがない。

可能性があるとすれば、アトワイトのように外部からコネクトして操作するしかない。
かといってアトワイトが知らない以上他に出来る人間が、

いる。

その瞬間、ミトスは全身の血が一気に重くなるような錯覚を覚えた。
儀式に回していた魔力が崩れかけてミトスの中で戦慄く。
有り得ない、まったく以って有り得ない。それは在ってはいけないことなのだから。
だが、果てしなく0に近い可能性が一つだけある。
ミントに相似する因子を持った人物で、器を乗っ取るなんて四大天使並にエクスフィアを扱える人物。
“そしてミントは、ある四大天使の面影を引いている”。

真逆……そんな、莫迦な話があってたま……
73AnswerV−応える者− 6:2008/03/24(月) 01:23:23 ID:+EC77FV80
その恐るべき思考に至る寸前、ミトスの耳は何かが砕ける音を知った。
目だけで後ろを振り返ろうとするが、自らの髪に隠れて足元しか見えない。
ミトスは肩を捻る。何処までも、何処までも上手く行かないとは思う。
金髪の簾の向こうに立つ二本の足と、一本の刀身が地面に垂直に立っている。
「……お前、どうして……?」
驚愕に目を見開いたミトスの瞳には、一人の男が写っていた。
馬鹿のように疑問を投げかけてしまうのも無理からぬことだった。
あの傷であの槍衾の穴の中に落とされて、起き上がってくるはずがない。
脇と片足に相当の重傷を負っている、他の各所も致命傷こそなくても失血で死んで不思議ではない程だ。
そんなことがあってはならない。常識的に考えれば、これは確実に起こってはいけないこと。
しかし、ミトスはこの現実を否定したいわけではない。
在り得るのだ。常識の埒外で気紛れの様に風が風車を回すことが。
人はそれを完全に解明する語る言葉を持たぬ故に、一つの単語にそれを集約させた。

「どう、して……だってか?」

その名を、奇跡という。
だからこそこの奇跡はミトスにとってあってはならなかった。
「ッッ! 工程凍結<キープスペル>……儀式中断!!」
あれ程に時間を気にしていたジャッジメントを止めて、ミトスは魔術を編成する。
起き上がった男を殺さなければいけないのではない。起き上がったところで、雑魚の実力は高が知れている。
無かった事にしなければならないのは命では無く、男が起き上がったという事実そのもの。
潰さなければならない奇跡だ。ミトスは思考が曖昧なままそれを確信した。
この奇跡は、気付かぬままに翳ったミトスの流れを完全に断ち切り得る『決定的な何か』だ。
故に力で捩じ伏せてでもここで止めなければならない。
奇跡を隠蔽してしまわねばならない。今ならばまだ誤魔化せる。流れは自分にあるのだと。
「雑魚は大人しく墓で寝てろ。ライトニング!!」
詠唱完了から攻撃判定発生までの最も短い、回避不可能の雷魔術。
あの損傷ならば、これでも十分に致命傷にもっていけるだろうことを踏まえて、
ミトスは威力より確実性をとった。
雷光が男の頭上で輝き、その背骨を通りうる軌道で一閃する。
土煙が巻き上がり、ミトスが完全に振り向いたときには男の姿は白い影の中だった。
「やった……か? ハハハ……驚かすなよ。今更舞い戻るなんて奇跡、お前みたいな雑魚には分不相応なんだから」
嘲るように言う言葉とは裏腹に、その表情は息切れたように青褪めている。
もしこれで潰せていなければ、もう―――

「当たり前な……ことを、聞くとは、思ったより情け……ない奴だな……ん?」
74AnswerV−応える者− 7:2008/03/24(月) 01:24:27 ID:+EC77FV80
砂塵が地面にゆっくりと呑まれ、曖昧な影が明瞭とした稜線を描く。
眼球が圧力で割れてしまいそうなほどに、ミトスの目は引ん剥かれた。
影から浮かび上がった有り得ない光景がミトスの前で展開される。
男の眼前で、かつてライトニングであったであろう雷の半分ほどが中空で男を守るように球状に帯電していた。
ミトスはびくりと術を撃った手を押さえた。何かで魔術を減衰させたのだろうか。
せめてインディグネイションならば突き破れたかもしれないと思うと、詮無き事とはいえ後悔に似た感情が沸く。
「耐雷性? それとも耐術のアクセサリでも持っていたのか? ……いや、違う!?」
ミトスは目を細めて凝視した。アクセサリでも男の特性でもない。
男の前に何かが広がって、キラキラと輝いていた。
破片……いったい何を壊した破片だ……まるで、宝石……ッ!?
クラトスとロイドの輝石は確認してある。マーテル、コレット、そして自分の輝石は手中。
ならばそれは誰の輝石だというのか。消去法で有り得るのは一つしかない。

「お前……エクスフィア……いや、その輝き……“輝石を砕いたのか”!?」
「言っただろうが。この俺の死に方を…………お前如きが決められるはず、無かろうと!!」

75AnswerV−応える者− 8:2008/03/24(月) 01:25:03 ID:+EC77FV80
その判断にミトスが至る一手先にグリッドが左手を掲げ、力強く握られた拳は高く突き上がる。
その心中から溶岩のように粘り、そして猛烈に熱いそれが殻を割って湧き上がる。
この衝動の命ずるままにグリッドは吼えた。
「疾風のカトリーヌッ!!」
          声が聞こえる。昨日のことのはずなのに、随分懐かしいものになっちまった。
                             ―――――行きましょう、グリッドさん。
周りを浮遊する輝石の欠片が、グリッドの左手に収束する。
「大食らいのユアンッ!!」
          唯の妄想だと笑わば笑え。それでもこの黄金よりも輝かしい36時間は、俺の中でしっかりと息づいている。
                        ―――――もたもたするな。置いていくぞ、リーダー。
その左手の中心に座すは埋め込まれた菱形のネルフェス・エクスフィア。しかしその中にはもうFesの三文字は浮かばない。
「迷…いや、名探偵プリムラッ!!」
          俺がお前らを忘れない限り、俺はお前たちが信じてくれると心から信じよう。
                   ―――――ちゃっちゃと行くわよ大将ッ ううん、グリッド!!
エクスフィアがその破片分の容積を埋めるように変わっていく。
「……あとついでにトーマ!!」
          だから、見ていてくれ。お前らの期待に、俺は応えてみせる!!
               ―――――……いや、まあ、いいけどよ……成してみな。世界を騙してでも、テメェ自身の理想をな。
それと同時に、グリッドの周囲に光が奔る。光とは呼べぬ、有り得ない色をした光りを。

          失望なんてさせはしない。させる訳が無い。
 
「御初に目見るは一世一代の飛び六方ッ! 一か八か当たるは八卦ッ! 
 これが俺の出した答だ。どいつもこいつも目ェかっぽじって見て見さらせッ!!」

          こんだけ素敵な奴らが俺を見ていてくれるんなら……俺にできないことなんて何も無いッ!!


「行くぞ……漆 ・ 黒 ・ 合 ・ 体  !!」


グリッドの体が、一瞬だけ輝きに包まれる。
刹那にも満たぬその瞬間こそが確かに、何かが変わったターニングポイントだった。

76AnswerV−応える者− 9:2008/03/24(月) 01:25:44 ID:+EC77FV80
ミトスは光りを遮る為に覆った腕をずらし、目をゆっくりと開ける。
それが眩しさに目が眩んだ故なのか、最後の最後まで有り得ない状況を拒む故なのか自身にも判別がつかない。
「真逆、こんな馬鹿な方法で……有り得ない、有り得るはずが無い!!」
癇癪のように叫ぶミトスを無視するかのように、その眼下で光は収まりグリッドの姿がハッキリと映っていく。
そう、ミトスにとってこれは有り得ない。
しかしその有り得ない手法を顕現させたのは、その先にあったはずのミトスとロイドなのだ。
限りなく輝石に近しいハイエクスフィアと一度はその門を自力で破壊しかけたネルフェスエクスフィア。
ミトスの輝石とユアンの輝石。
そして、喰われかけて尚立ち上がれる程の適応素体。
たとえみすぼらしくとも、聊かに見てくれが悪かろうとも、“コールできる手役はここに揃っている”。

「はーはっはっは!!! 有り得ない上等。君達のカワイソウな頭では理解できないのも当然。
 だがしか〜っし! 俺にかかればこの程度のこと、普通すぎて日常茶飯事よ!!」

グリッドは笑う。馬鹿っぽく、それでいて何処までも突き抜けたように清清しく。
体に変化は無く、傷も消えていない。
無くなったのは止め処なく流れていた血液。
あるのは意気揚々とその背中に負った、黒き羽根々々。

「そう、なぜなら俺は! 世界最高の猛者が集った漆黒の翼の団長! 音速の貴公子・グリッド様だからだ!!」

翼はあらねども、文字通り漆黒を背負った一人の天使がここに産声を上げた。

77AnswerV−応える者− 10:2008/03/24(月) 01:26:18 ID:+EC77FV80
穴の在る十数メートル先でグリッドの切った大見得を前にして、ミトスは彼を見据えたまま絶句した。
傍目に見れば、ミトスがその大見得に感動して動けないのか、
或いはその余りに酷い場違い振りに唖然としているかのように思える。
無論そのどちらでもない。眼を離せないのはグリッドではなく、その羽根だ。
霧の白の中でも、その黒色ははっきりと自己主張をしていた。
輝石は十数年単位の年月の培養で生まれる微少確率の突然変異でしか生成できないはず。
それを、たったの数分で為すなどという話は聞いたことが無い。
ミトスはグリッドを睨み付けるが、グリッドはダブルセイバーを背に乗せてニヤニヤしているだけだ。
仮に有り得るとしても、それを今この瞬間に成功させるなどという確率がどれほど乏しいか。
それがどれほど奇跡的な現象だというのか。
そしてお前がそれに至るというのか、ユアン。よりにもよってお前が。
「うん? さっきから唖然としてどうした? ああ、そうか。この俺のカッコいい姿に見蕩れて動けないか」
うんうんと勝手に頷くグリッドを目の前にして、ミトスは邪剣を抜いた。
上手く立ち行かない現状、その全てがこの雑魚に集約されるようにミトスは苛々としながら思った。
折角、折角上手くいっていたのに、どいつもこいつも僕を腹立たせる。鬱陶しいことこの上ない。
「おう、そうだったそうだった。さっき聞いたな? “そんなに死にたくて堪らないか?”って」
先程まで蔓延っていたある予感も混ざって、最早無色の砂嵐に近いノイズは頭痛と呼べるレベルに達している。
「もう一度はっきりと言ってやる。“死にたくないに決まってる”だろ。と、言う訳で殺さないで下さいッ!」
そういってグリッドはダブルセイバーを一振りして前傾に構える。足指がぎゅうっと音を立てて土を力強く踏んだ。
「だから大人しく悪巧みを止めてくれると、俺としては非常にエコロジックで助かるんだが……」
返事とばかりにミトスが剣をグリッドに向け、辛うじて笑いと取れる表情を作った。
「残念だけど、気が変わった。お前の意見なんかどうでもいいよ」
眉間に何本も皺を寄せ、その瞳には怯懦にも似た殺意が吹き上がっている。
これは奇跡なんかじゃない。
あれだけの傷を負って失血死していないのは、血の流れが止まったから。
痛みなど無い様に振舞えるのは、痛覚を切っているから。何のことは無い、全て自らの知識で説明がつく。
神が介在する程の不可思議など無い。奇跡など無い、在るのは唯の輝石だ。
それに、仮に奇跡だとしても、殺せばまだ間に合う。
幾ら無機生命体となったからといって、所詮はただの素人。捌いて縊り、もう一度穴に埋めてしまえばいい。
その穴に自らの不安も埋め立てることを想像するだけで、ミトスはほんの少しだけ安堵を覚えられた。
「此処で死ぬ以外の選択肢は無いと思――――――――――ッッ!!??」
だが、その安堵は一瞬で崩れ去る。
78名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 01:26:36 ID:1GWlE935O

79AnswerV−応える者− 11:2008/03/24(月) 01:34:01 ID:rRbW9CdB0
言い終わる瞬間の光景はミトスの想像を遥かに絶していた。
否、想像と現実が見事に絶たれ懸け離れていた。
遥か向こうにいたはずのグリッドが、“既に2m先の所にいた”。
「見逃す気は無いってか……気が合うな。俺もだ、よ!」
グリッドがその一言と共にダブルセイバーを振り下ろす。ミトスが半ば反射的に飛び退いて剣撃を避ける。
しかしダブルセイバーの重量の振り回されたグリッドの体は上手く刃に力を伝えず、スピードが鈍る。
「アワーグラス!?」
数秒時間を止められた、或いは吹き飛ばされたかと一瞬思ったが、ミトスは直ぐにその可能性を否定する。
無詠唱でタイムストップは有り得ない。そしてアワーグラスを使えるならば、穴に落ちる前から使っていたはずだ。
それに、ミトスはこの村の戦いが起こる前より時間停止系の手段には細心の注意を向けている。
ミトスはグリッドの足元から後ろに続く、足跡とは最早呼べない土の隆起を見た。ならばこれは、単純に。
「スピードだと……チャチな真似をする」
「自慢だが足の速さだけは、負けたことはねえッ! 最早音速どころか光速ッ!!」
顔を顰めるミトスと対照的に、グリッドは薄らと笑いながら再び突進する。
まるで牛だな、とミトスはグリッドを見て思った。
不意を撃たれれば確かに尋常ならざる移動に思えたが、こうして初動から意識して見れば何のことはない。
ただ恐ろしく速いだけだ。大地を砕く程の脚力、それが恐らくこの雑魚の取り柄なのだろう。
輝石と言えどもエクスフィア。そしてエクスフィアは被寄生者の長所をより重点的に強化する。
「だけど、幾ら速かろうがその腕じゃ意味が無い」
先程見た剣の振りがその証拠だ。エクスフィアは素質を伸ばす性質を持つが、決してインスタントに超人を生み出す万能兵器ではない。
素人剣術、況してや手に持つ得物は扱いにくいダブルセイバー。勝負は眼に見えている。

グリッドの突進を、今度は見逃す形でミトスは待った。
確実に剣撃を捌いて、素早く頚動脈か気道を裂けばそれで一切に始末がつく。
「甘い!」
しかしミトスの期待は裏切られた。ダブルセイバーの斬撃範囲に入って尚グリッドは構えを取らず突進を続ける。
「しまっ……」
ダブルセイバーを後ろに持ったまま、その体を当てる様に突撃する。
剣撃を待ち構えていたミトスにとってこれは完璧に虚を突かれた形だった。
扱いきれないダブルセイバーで、なおも同じように切り込んで来るなどとどうして思えるのだろうか。
体ごとぶつかるのであれば、剣の腕など関係ないと言わんばかりにグリッドが脇を絞めて右拳を固める。
テレポートが間に合わぬ超接近戦でカウンターのタイミングを逸したミトスに、これを避け切る術は無い。
グリッドの拳は殴るというよりも、背負い投げのように体ごと“投げる”というのが正しいようなフォームだった。
体に蓄えられた速度全てをエネルギーに変えて叩きつけるような渾身の右ストレートを、ミトスは首を回して間一髪威力を去なす。
しかしユグドラシルならばともかくミトスの矮躯では威の全てを捌くことなど出来るはずも無く、退くように数メートル吹き飛んだ。
「見逃す気は無いってのは俺も同意見だ。陰険そうな奴の悪巧みを黙って見過ごすほど、伊達に正義のレンズハンターやってないんでなァ!」
80AnswerV−応える者− 12:2008/03/24(月) 01:34:38 ID:rRbW9CdB0
「……成程。どういう手品を使ったかは知らないがその羽根、紛れも無く天使と見るしかないか」
手の甲で口を擦り、ミトスは皮肉っぽい調子で言った。
「だけど、真逆天使になっただけで僕に勝てるとでも思ってるわけじゃないよね?」
受身に回ればあの突進は少々面倒だ。距離を潰して攻めようとミトスが剣を構え直す。
「その前に…言っておくことがある」
グリッドが右手を突き出して、手相を見せるように手のひらを広げた。
若干の警戒をしたのか、腰を落としミトスの重心が少し下がる。
手を裏返し、首級を掲げるように拳の甲を見せてグリッドはおどけた。その甲にはべっとりと赤い血がついている。
「いいからさっさと鼻血拭いたらどうだ?
 この音速の異名を持ちダブルセイバーを自在に操る高貴なる俺の拳に血が付いてしまったではないか」
ミトスがとっさに鼻に手を当てかけるが、先程顔を拭った手には血が付いていない。
それがあの拳に付けられた血が自分のものではなく、殴った本人が後から自らに付けたものだと発想するまでに二秒を要した。
その二秒間の思考の断線は、グリッドが距離を詰めるのに十分すぎる時間だった。
「お前らの力なんかで、俺の運命簡単に決められると思うな!!」
だが、それでも殴り飛ばすにはグリッドとミトスの間には隔たりが大きすぎる。
グリッドの拳が音と共に空を切る。
「決められるさ。負け犬が馬の骨になった程度で、何かが変わると思う?」
瞬間移動したミトスは既にグリッドの背後に回っていた。
「例え天使になったところで、この経験の差は埋まらないんだよ……瞬迅剣!」
ミトスの鋭利な刺突が無防備なグリッドの背後に襲い掛かる。
その獰猛な一撃は背骨を抉り取ることを可能とする速力だった。
「〜〜〜〜ッ!!」
大きな金属音と袋に溜めた水が漏れるような音がした。
無我夢中で動かした後ろ手のダブルセイバーが短剣と交差し、皮膚より数mmの所でミトスの技は危うい均衡の上で止められている。
「チッ……運だけはいいようだな。だが、如何ともし難いこの実力差ではこれが限界。
 幾らハードをバージョンアップしようが、それを用いるソフトが腐ってるんじゃ仕方が無い」
手首を捻じ込んでミトスは短剣に力を込めた。皮膚を抜いて肉に刃がかかり、血がにじむ。
「ユアンも莫迦な真似をした。何の心得も無い素人にはそれは過ぎた玩具だ。
 どうにも、愚かな性分は歴史を変えようとも変わらないらしい」
ミトスがそういった瞬間、ギリと押し込んだ刃先が逆に押し返される。
「黙れシスコン。あいつの名前を気安く呼ぶなと言わなかったか…・・・それに、これは玩具などではない!」
背中をミトスに向けたままの体勢からグリッドはミトスを睨んだ。眼光は鋭く、しかし表情には笑みが残っている。

「原理は全然分からんが、一つだけ確実に言える。この羽根もこの刃も、“俺達の信念の形”だ。見縊るなよ。
 現に俺は現在進行形で、お前に殺される運命を回避し続けてるんだからな。力で出来ることなんて高が知れてるんだよ」
81AnswerV−応える者− 13:2008/03/24(月) 01:35:10 ID:rRbW9CdB0
ミトスは目の前の愚者を心底嘲笑するように吐き捨てる。
「信念の形? 笑わせるな。お前が手に入れたものも所詮は、戦争によって戦争のために生み出された下法。
 とどのつまり力だ。それを以って力を否定するなど反吐が出る偽善だ」
「…………どっかでやった話だがな、別に力は否定しない。ただ俺は、お前らの力とやらで勝手に型に嵌められるのが心底厭なだけだ。
 俺の運命は俺が決める。人の気持ちを勝手に捻じ曲げるようなこの現実<バトルロワイアル>を、俺は認めない。それだけだ」
「大言壮語も此処まで来ると滑稽だな。ユアンの猿真似程度の力では、現実はおろか僕すら止められない」
グリッドの言葉にミトスは頭痛を強めながら噛み付いた。
現実を否定するなどという愚想が、何処かしらに癇に障った。
一体この僕がどれだけの間、現実に苦しんできたと思っている。
それでも足掻いて、有り得ぬ夢を叶える為にどれほどの犠牲を出してきたと思っている。
この僕の行為を、お前如きが否定できるという―――
ミトスはそこで気づいた。何故グリッドは否定できるのか、拮抗できるのか。
現実などと抽象的なものにではない。“ミトスの剣と”である。
剣と剣がぶつかったのは偶然だとしても、この体勢でこれほど支えるなど素人にはとても出来るはずがない。
「ならば俺がその第一号決定!!」
グリッドが空いた手でスナップを利かせながら小瓶を投げる。
咄嗟のことに半ば反射的に短剣でそれを斬る。
切り抜く直前になってその禍々しい暗色からようやくそれが毒であると悟ったミトスは飛び散る液を避け切れないと判断し、
自らが天使であることを失念したまま、瞬間移動で退いた。例え失念していなかったとしても、恐らくは避けざるを得なかったが。

毒素が浸み込む大地の上に残ったリヴァヴィウス鉱を懐に入れたグリッドは再び剣を構え直す。
「甘く見ると後悔するぞ。俺はユアンには成れないが、ユアンの生き様はここにある。たとえ模倣だろうとアイツが残した力だ」
グリッドの輝石が一見では気づけないほど淡く輝いたのをミトスは見逃さなかった。
4度突進し、グリッドは剣を振り翳す。突進からの剣拳二択ではなく、最初から剣撃モーション。
ミトスが一歩踏み込んで応戦の構えを取る。初手の鈍ら剣術から判断すれば、それが一番賢い手に見えた。
だが先程の変則鍔迫り合いを脳裏が思い出し、名状しがたい悪寒に晒されたミトスは半歩下がって守勢の構えに切り替えた。
甲高い音が劈くように鳴り響く。
(やっぱり…さっきの防御も、途中から鋭くなってたのは…偶然じゃない)
グリッドの袈裟斬りがミトスの短剣を弾く。その鋭さは先程までの比ではなかった。
(こいつ……この攻撃モーションは紛れも無く…ユアンの)
その振り抜きの円運動を保ったまま、回し蹴りをミトスに浴びせる。
脇腹を掠めただけでも、エクスフィアで強化された脚力は凄まじい。
(真逆……ユアンの技術を、模倣しきってる!?)
そしてそのまま一回転したときには、縦斬りの体勢がグリッドの中で整っていた。
弾かれていた短剣を引き寄せてミトスは刀身に手を合わせ、盾としてその三撃目を辛うじて食い止める。
「そういうことか……エクスフィアによる宿主への寄生、乗っ取り。
 天使の座だけでは足らずその四千年の経験をもこの劣悪種に残したのか、あいつは」
素体が虚偽により人生を構築してきた男だからか、
土台となったエクスフィアが想い出だけで魔神拳を可能足らしめる異質のエクスフィアだからか、
それら全てを知らないミトスには全容こそは掴めずとも本質はそれだと悟った。
四大天使ならば、適当な器に寄生しその体を操ることも不可能ではないのだから。
アトワイトとコレットのような完全なる隷属ではなく、同調と呼ぶべき寄生形態。有り得ない話ではない。
82AnswerV−応える者− 14:2008/03/24(月) 01:35:45 ID:rRbW9CdB0
ミトスは焦れた様に舌打ちをした。
(まだ詠唱は七割……これ以上小細工で時間を潰されるわけには往かない。さっさと潰したいが……)
ミトスは内心で歯噛みした。多少足が速いだけで、総合的に見ればグリッドは弱い。
この勝負は数値的に見れば圧倒的にミトスが優位な出来レースだ。
しかし目の前の劣悪種がユアンの技法を得ているとなると、始末が難しい。
ジャッジメントを控え魔術を碌に使えない上、二刀が無い今受け流すことは出来ても反撃に転じるのは骨だ。
唯でさえ時間が無いというのに、目の前の雑魚は雑魚ではあるが小骨が多い。一口で食うには手間だ。
「だけど失策だね。過ぎた力は身を滅ぼす。ユアンの技能全てを継承するには、お前というOSは余りにも虚弱だ」
その言葉をミトスが言うと同じくしてグリッドの鼻から血が流れる。グリッドは黙って鼻を啜った。
グリッドの様を見てミトスが満足そうに言う。
「基本モーションだけでそれだ。四千年と二十数年かそこらの容量、混ぜればどうなるか予想も付かないぞ?」
グリッドはそれでも黙ってダブルセイバーを握り直した。
「まあ、それで留めて置くのが正解だ。どの道ハーフエルフでもなく魔導注入もされていないお前じゃ魔術は使えない。
 そもそもの前提からして、お前がユアンの術剣技を模倣するには無理がある。
 現実を受け入れろ、劣悪種。背伸びをしても人は神には成れないんだから」
ミトスの言葉に一瞬グリッドは怯えたように震え、そしてそれを収めてから言った。
「じゃあその現実、否定してみせようかい……それに、俺は最初から神様以上だ!」
大喝と同時にグリッドが剣を弾く。
足首を回転させて遠心力を生み、攻撃モーションを作る。
ミトスはスタンスを大きく広げて一瞬屈み、先手を取ろうと一気に間合いを詰めた。
相手取るのがユアンの斬撃ならば、カウンターなどと甘いことを考えるわけにはいかない。
ダブルセイバーと短剣ではリーチに差があり過ぎる中で先手を取るには、こちらから呵成に攻めるしかない。
斬撃有効圏ギリギリから、一気に加速して仕留めようとミトスが思った時だった。
グリッドが左拳をミトスのほうに向ける。その指にはソーサラーリングが嵌っていた。
(何かと思えば……その手はもう見ている)
ミトスはグリッドを穴に落とすときに一矢報いられたことを思い出して目を細める。
しかし速度は落とさずに切り込みを続ける。手の内が知れている以上、ソーサラーリングは所詮小細工だ。
「と、思うからダメダメなんだよ!」
放たれた球体を見てミトスは驚愕に目を見開いた。
(火球じゃない……雷球だと!?)
ミトスの予想を裏切り、装飾部分より放たれたのは通常の炎ではなく、帯電した雷の球だった。
何時の間に性質を変えていたというのか? 一体どこで電気を補充したのか…!!
その疑問に思い至ったとき、ミトスはグリッドが現れたときのことを思い出した。

最初に当てたライトニング、半分は帯電して、“もう半分は何処に消えた”?
83AnswerV−応える者− 15:2008/03/24(月) 01:36:27 ID:rRbW9CdB0
「自分で考えて悩んで苦しんで、それで出た答えなら例え間違いだろう別に関係ない!!
 その自由を邪魔する何か、そいつを俺は叩いて砕く。ミクトランなんてもう知ったことか。
 俺が否定する敵は、この捩れた現実<バトルロワイアル>唯一つ! これが俺の選んだ道だ!」
解答にいたる過程を得たときには、既にグリッドが突進を始めていた。
土を掻き分けるようにして雷球に追いつく。
グリッドが渾身のパンチを打ち込むように、剣を前に突き出した。
(突き!? いやこれは)
ミトスが間髪で避ける。しかし、その剣先には雷球が貫かれていた。

「分かったら退いてしまえ! グリッド様の御通りだッ、瞬雷剣!!」
「ッッッ!!!!!!!」
帯電した電気が刃を通ってミトスの体内に侵入する。
外部からの電気信号に筋肉が勝手に痙攣を起こし、既に役目を終えている血液が沸騰する錯覚を覚える。
リアルタイムで麻痺していく中で、ミトスは世界を呪う様に歯軋りをした。
「儀式解凍…………そのまま、強制起動開始」
何が悩んで苦しんで、だ。答えが出ればそれでその悩み苦しみが解放されるとでも思うのか。
本当の苦しみは答えを出した後にこそ訪れるのだ。常に過去の自分を現在の自分が批判し続ける責め苦。
――――――――輝く御名の下
「もうまどろっこしいこと終わりだ。先に用事を済ませてから全力で葬る」
しかし過去は変えられず、その解答が正しかったかどうかの証明は未来にしかない。
その一歩だったのだ。後一歩でその未来に辿り着けるのだ。
――――――――地を這う穢れし魂に
「安心しろ……お前も直ぐにロイド達の所に送ってやるよ」
マーテルさえ甦れば、姉さまさえ戻ってきてくれれば、ありとあらゆる過去の自分が悩み続けた責め苦も終わる。
正しかったのだと、僕は間違ってなかったと、よく頑張ったと、
姉さまが言ってくれればただそれだけでこの地獄のような四千年が報われるのだ。
――――――――裁きの光を雨と降らせん
「お前らなんかに邪魔をさせるか……道を退くのはお前の方だよ、劣悪種」
それが、こんな薄っぺらい信念などに道を譲れ、だと? ふざけるにも程が在る。
――――――――安息に眠れ、罪深き者よ
お前のような災厄の奇跡は、必ず後で禍根を残す。故に、今此処で死ねよ罪人。

「さよなら――――――――ジャッジメント!!」

左指を打ち鳴らし、今まで構築してきた儀式をミトスは全て開放する。
白き霧の村、その全てを魔力の闇黒が包みこんだ。その黒を打ち破りより強大な白が舞い降りる。
否、輝きそのものが威力となって降り注ぐ。
その光が地上の鏡面へと届き、鏡はそれを定められた屈折によって光を散らす。
東西南北遍く散光は行き渡り、地表の穢れた咎を全て駆逐せんと駆け巡る。
乱反射によって満たされた地上と、天を貫くような光の柱。
焼ける土、崩れ落ちる脆い木造壁面、火が回った一部の木々。霧は既に跡形も無く散った。
それはまるで、遠からず枯渇することを定められた神に見放された土地のよう。
光が降り注いでいるはずなのに、まるで光が天に昇っていくかのような異様の極致たる光景だった。
84名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 01:36:57 ID:1GWlE935O
支援
85AnswerV−応える者− 16:2008/03/24(月) 01:37:12 ID:rRbW9CdB0
「は、ハハ、アハハハハハハハハハ!!!!!!!!」

その光景を自分が引き起こしたことがまるで世界の全てを支配できたかのように思えるほどの征服感を以って、ミトスは高笑いをする。
そうだ、奇跡など何を恐れることがあろうか。流れなど腕ずくで引っ張ってしまえばいい。
こんなに簡単に引っ繰り返る程世界は脆いのだから。
七割五分しか構築できていなかったものの、混乱を引き起こすには十分だ。
アトワイトはその程度には信頼できるし、別にこの村を焦土にしたい訳じゃないのだから。
全力で撃って灰に変えてしまってもよかったか、と想像するほどの狂気を携えてミトスは光が止みかけた世界で目を凝らした。
これで気兼ね無く術を撃てる。お望み通り、僕の道から消し飛ばしてやろうじゃないか。
「悪かったなあ…続きを始めようじゃないか……って」
振り向いたその場で、ミトスの目が狼狽して泳いだ。
発動前とは打って変わって全体的に荒廃しているが、建物やオブジェクトの位置はそう変わっていない。
だが、その中で一つの要素だけが欠如していた。生きた人間が、その風景画から消え失せていた。
ミトスはあちらこちらを振り向いて当たりをがむしゃらに警戒する。
あの劣悪種は奇襲が大好きのようだから、何処かから機を伺っているはずだ。
ミトスはそうして目を瞑り、耳を澄ます。
所詮は素人、上手く隠れたつもりでも何れは何処かに音を放つだろう。
そこを逆に喰らい付いて、徹底的に逆襲してお仕舞いだ。
そうして直ぐにミトスは音を拾う。
(何だ? ドカドカ煩い足音だな……小さくなってる? こちらから、離れるように……!?)
その内容を考えてミトスが愕然、というよりは落胆に近いような気分を覚えざるを得なかった。
推測を言い聞かせて自分で確かめるかのように、ミトスは言葉を紡ぐ。

「まさか……逃げ出すなんて、そんなの……」
在り得るのか、という言葉をミトスは辛うじて飲み込む。
無い、などという法はこのバトルロワイアルでは存在しない。
そして、ミトスとグリッドの戦力差は歴然としていることは、先程から自分自身が認めていた。
なればこそグリッド側からしてみれば逃げて当然の戦いなのだ。

―――――――じゃあその現実、否定してみせようかい。
86AnswerV−応える者− 17:2008/03/24(月) 01:38:24 ID:rRbW9CdB0
グリッドの勝利条件は、最初から生き延びて死を否定することだ。
見逃さないとは言ったが、ミトスを倒すとは言っていない。
「最初から、逃げることが狙いだったのか……僕が油断して確実に逃げられる一点を待って!!」
ミトスとグリッドの実力差では唯逃げるだけでは、逃げられない。其処かで確実に捕まってしまう。
だからこそ、グリッドは持てる限りの全力で戦ってミトスをその気にさせたのだ。
その思考から逃亡の一択が完全に消し飛ぶその瞬間を、唯ひたすら耐え抜いた。
そしてあのジャッジメントを、恐怖で足が竦むよりも先に逃亡の好機と捉えたのか。
ミトスはグリッドが逃げたと思しき西に向かって意識を集中する。
既に距離は大分離され、しかも妙にグリッドの気配を掴みにくい。
恐らくはマジックミストかそれに準ずる逃亡補助のアイテムを持っているのだろう。

詐術に引っかかってしまった怒りの余り無理にでも追撃したい衝動に駆られるが、
大型のジャッジメントを放った疲れはその気負いだけでは無視することが出来ないほどの大きさだった。
それに、ミトスが西に出てしまえばジャッジメントの意味が無くなってしまう。それだけは避けるべきだ。
「……今更何が出来る。もう遅い。既に流れは僕の下に戻ったんだ」
悪態を付いてミトスは北を向き、遠くに高く聳える鐘楼を向いた。
「帰ろう……帰って、休まないと」
グリッドを始末できなかったことに際してか、再び頭痛を意識し始めたミトスは頭を片手で抑えながらよろめく様に歩き出した。
帰って、それで姉さまを、姉さまと一緒に……

「帰る……? 何処に? ……どうやって……?」

グリッドと出会う直前に浮かんだ最悪の妄想が吹き返す。
ミトスの投げかけた言葉は、虚空に浮かんで直ぐに泡沫と消えた。
その問いに答えられる神など、今しがた葬ったこの場所にいるはずもない。

87AnswerV−応える者− 18:2008/03/24(月) 01:39:08 ID:rRbW9CdB0
グリッドは全速力で走りながら心臓に手を当てて鼓動を聞いていた。
天使となったその心臓は実際的には動いていないのだが、それでも動いているのではないかと錯覚するほどに神経が高ぶっている。
「生き延びた……生き延びたぞ俺!!」
あの悪魔のような子供から逃げ切ることが出来ただけで、それはグリッドにとって勝利よりも尊いものだった。
まだ抗える。まだ何も終わってはいないことを心より実感できる。
団員が心の中でまだ自分を支えてくれているような気がして、グリッドは涙があふれた。
但しそれは感動を端にした美しい涙などではなく、眼球と骨の間から漏れ出す血涙だった。
グリッドは無言でそれを拭き、言い聞かせるように言う。
「ビビるな……こんなもん、全然大丈夫だ。怖くなんて無い……こんなもん…こんなもん!!」
一頻り血が治まってから、グリッドは面を上げて西を向く。
軽度の破壊の爪跡が万遍無く村中を駆け巡っている中で、グリッドは行動を考える。
バトルロワイアルを否定する。口では簡単に言えるが、どうすればそれが可能なのか、
或いはどういう状況になればそれが否定したといえるのか、その明確なヴィジョンが立たない。
しかしグリッドは悩む前に答えを決めた。自分ひとりで考えたところでどうしようもない。
「最初はロイドだ。とりあえずこの要の紋を帰して、その後決めよう。
 どいつもこいつも勝手な行動ばかりで、このグリッドがいなければ何も纏まらんからな!!」
“まずは好き勝手にやることが大事だ”。
そう吹っ切った烏は、風を抜けてこの現実を走り抜ける。

「じゃあ……行って来るぞ!!」

その先に、求める自分があると信じて。

88AnswerV−応える者− 19:2008/03/24(月) 01:40:01 ID:rRbW9CdB0
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP95% TP40% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安 タイムロスが気になる 若干の痺れ
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:鐘楼台に帰還する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村南東地区→C3村東地区・鐘楼台

【グリッド 生存確認】
状態:HP25% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』(要雷属性アイテム)
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 要の紋@コレット
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドにコレットの要の紋を返す
第二行動方針:仲間をもう一度集める
現在位置:C3村南東地区→C3村西地区

【ルール追加:グリッドの戦闘スキルについて】
・グリッドは天使化しましたが、あくまでも肉体的にそこそこ強くなっただけで技能的には今まで通りです。
・ど素人のグリッドはネルフェスエクスフィアとユアンの輝石から生まれた漆黒の輝石よりユアンの戦闘スキルを引き出せます。
・引き出せるのは『ユアン用剣技』及び『雷属性魔術』の二種類。但し、習得は系統順列を守ること。
・ユアンはPCキャラではないのでT・Sの系統は無視できます。
・引き出せるのはあくまで技術です。アイオニトスの無いグリッドは通常、術を行使できません。
・ステータスはあくまでグリッド準拠。天使化したからって調子に乗るなよ。

・引き出せるのは一度に一回。引き出し時に『対価』を支払って下さい。

89AnswerV−応える者− 20:2008/03/24(月) 01:41:14 ID:rRbW9CdB0
Ex:AnswerW −?−

或る神話に曰く、それはある神に魔術師より与えられた一振り。
その剣は抜こうと思うだけでひとりでに鞘から抜け、持ち主に収まるという。
また敵に向かって投げれば剣自らが敵を倒し、手元に戻ってくる。
さらに、その剣によってつけられた傷は治癒されない。
返す一撃でどんな鎧や武器でも貫き通す魔の十字剣、その名を魔剣フラガラッハ。別名―――――――

「魔剣アンサラー(Answerer)……『回答者』か。まるでお前のようだな、グリッド」

ユアンはそんな下らないことを思い出しながらクスリと笑った。
別に後より出でて先に立つ訳でも、空間の断層が生み出す超鋭利な刃を生み出せる訳でもない。
持たざる者故に自らは何も生み出せないが、誰かがいればそれに応じ、問いがあればそれに答え、そして途方も無い力を発揮する。
まるで触媒のような男だ。単体では無意味だが、そこに誰かがま交われば何かが変わると期待したくなる。

「そんな奴に……どうやら随分と手酷く叩きのめされたようだな、餓鬼」
振り向いたユアンの先には蹲った少女がいた。金の髪が吹き抜ける風にふわりと揺れる。
「ちょっとドジっただけです。あと、私にはシャーリィって名前があります。今度ガキっていったら……」
「言ったらどうする? 小娘」
鼻を鳴らすユアンを見上げて、シャーリィは頬を赤く膨らませたが暫く時間を置いてゆっくりと気を沈めた。
「…………今度にします」
「剣呑剣呑。少しは成長した…というよりは、成長していたことを思い出したか」
シャーリィは足を抱えたまま上を見上げる。何処までも遠く青い空。海のように澄んだ世界。
思えば、こうして空を見上げるゆとりも無かったような気がする。
「勝てると思ってます? 正直、あんまり期待しないほうがいいですよ」
何とはなしにシャーリィはユアンに言った。悪意は無く、単純に話を繋ぐ為である。
もうじき此処は溶けて無くなるとユアンは言った。部屋を…エクスフィアの構造を組み直すらしい。
シャーリィも、そしてユアンも自我という境界線を無くし溶けてしまうのだろう。そして終わる。

「まともな勝負ならアイツに賭ける気はしない。だが、“まともな勝負じゃなかったら”話は変わる」
え、とシャーリィはユアンを見返した。ユアンは色々考え込んだ風に真面目な表情を作っている。
「矢張り…普通のエクスフィアだ。少なくとも最初は、唯のエクスフィアだったはずだ。
 ……おい、小娘。お前に支給されたのは確かにエクスフィアなんだな?」
シャーリィは黙って頷く。紛れも無くその石こそが彼女に渡された悪魔のチケットだ。
「ならば何故要の紋が無い……正気とは思えん。これでは本来の使い方で使うことができんではないか。
 まるで最初からエクスフィギュアにしたかったとしか考えられない。これの説明書は無かったのか? 支給品には付いているはずだ」
シャーリィは頭を振って否定した。ユアンは頭に指を当てて考え込む。
最初から無かった。こんな危険なものを何故説明書も無しに?
否、それでは更に意味が分からない。説明書でもない限りは“エクスフィギュアにする方法”も分からないはずだ。
これでは唯の石ころ。誰か使い方を知っているものでも居ない限りは、支給品だと思うかも怪しい。
90AnswerV−応える者− 21:2008/03/24(月) 01:42:18 ID:rRbW9CdB0
「いや……そうか、マーテルがいる。あいつに見せればそれが危険なものであることは分かるはずだ」
マーテルもエクスフィアを用いる。もしシャーリィがそれを誰かに見せていれば、
マーテルはそれを危険と判断し、使わないように……いや、安全をそれが唯の石ころだと言い含めるはず。
結果、どう転んでもシャーリィが序盤でこの石の正体に気付くことは無い。
「……一体、何がおかしいって言うんです?」
「……本来、エクスフィギュアに成る条件は“要の紋を着けていないエクスフィアを装備し、外すこと”だ。
 だが、お前はエクスフィアを装備しただけでエクスフィギュアへと転じた。これは本来、有り得ないことなのだ」
実際の戦闘では気にする余裕など無かったが、今にして思えば根本的なことが酷く間違っている。
「仮に、お前がそういうイレギュラーな素体だとして、それにエクスフィアが支給される確率がどれほどだ?」
相当低いはずだ。しかも、要の紋を抜いて支給するあたりにえもいわれぬ意思を感じる。
「……ミクトランが、私を最初からあんな風に変えてしまうつもりだったって、いうんですか?」
シャーリィが立ち上がってユアンを見つめる。目は覚めたとはいえ、此処で培った眼光の鋭さは衰えない。
「……私が輝石となってグリッドと南西エリアを移動しているときだ。ミトスに出会った。
 そこに、リアラという少女が居た。その者が持っていた杖に、エクスフィアが嵌めこまれていた……
 要の紋があったなら態々武器に装備する必要は無い。恐らく“あれも要の紋が無かったんだ”」

「あれが、もし同じ悪意を端として支給されていたとしたら……恐らくはお前と同様だ。同族は今回の名簿に何人いる?」
「……マウリッツさん……」
要の紋の無いエクスフィアが二つが水の民が二人に支給された偶然。
そして、彼らが知らない二つのエクスフィギュアの共通点は物語に刻まれている。“要の紋無しで人間の姿に戻っていた”、と。
だが彼らはそれに意味を見出せない。二つのエクスフィギュアは、現に途中で無残に敗退しているのだから。
そして、既にマウリッツの情報を知る術が“ほとんど”残されていない。
この支給には悪意がある。だが、その意図が分からない。
時間は無常にも時の針を進め、二人を泡と変えていく。
「……一体、何が起こってるの? 違う、私達に何が起こってたの?」
「分からん。エクスフィギュアを使って殺しを加速させたかった? にしては詰めが杜撰過ぎる。
 まるで、最初からどうでもよかったとしか思えん。
 最悪、“弄ぶだけ弄んで、残ったゴミに興味が無いのか?”まるで創造主気取りだな……」
ユアンは皮肉をありったけ込めて笑った。既に胸より下は無くなっている。
既にシャーリィから得られた情報を誰かに伝える手段は無い。そして、その情報に脱出への糸口は無い。
語られずとも物語りは問題なく廻る。廻る。誰かが回し続けている。

――――でも、生き返らせたいなんて思わなかったわ。だって、歴史は変えられないもの。

全てが無くなる瞬間、シャーリィは誰かの言葉を思い出した。
誰だったかはもう思い出せない。だけど、その言葉が、とて、  も、       兄


――――――――――――――――――――――――――――――――――――変えようと思えば変えられたけど、ね。
91AnswerV−応える者− 18@修正:2008/03/25(火) 00:35:03 ID:14l+WIPQ0
グリッドは全速力で走りながら心臓に手を当てて鼓動を聞いていた。
天使となったその心臓は実際的には動いていないのだが、それでも動いているのではないかと錯覚するほどに神経が高ぶっている。
「生き延びた……生き延びたぞ俺!!」
あの悪魔のような子供から逃げ切ることが出来ただけで、それはグリッドにとって勝利よりも尊いものだった。
まだ抗える。まだ何も終わってはいないことを心より実感できる。
団員が心の中でまだ自分を支えてくれているような気がして、グリッドは涙があふれた。
但しそれは感動を端にした美しい涙などではなく、眼球と骨の間から漏れ出す血涙だった。
グリッドは無言でそれを拭き、言い聞かせるように言う。
「ビビるな……こんなもん、全然大丈夫だ。怖くなんて無い……こんなもん…こんなもん!!」
一頻り血が治まってから、グリッドは面を上げて西を向く。
軽度の破壊の爪跡が万遍無く村中を駆け巡っている中で、グリッドは行動を考える。
バトルロワイアルを否定する。口では簡単に言えるが、どうすればそれが可能なのか、
或いはどういう状況になればそれが否定したといえるのか、その明確なヴィジョンが立たない。
しかしグリッドは悩む前に答えを決めた。自分ひとりで考えたところでどうしようもない。
「最初はロイドだ。とりあえずこの要の紋を帰して、その後決めよう。
 どいつもこいつも勝手な行動ばかりで、このグリッドがいなければ何も纏まらんからな!!」
仲間をもう一度集めればきっと打開策は見つかるはずだ。
そう思うと同時に、つい先程キールやメルディに拒絶されたことを思い出して腹の中に苦いものを感じた。
それを癒すようにグリッドは懐に入れたリヴァヴィウス鉱のずっしりとした質感を服の上から確かめる。
この石と同じだ。黒い物を黒いと割り切るだけじゃその中に或る白いものを見逃してしまう。
死に際だろうが現実だろうが極限だろうが、それは見逃してはならないのだ。
まだ、全てを拒絶するには俺は余りにも物を知らなさ過ぎる。方針なんて立てる理由も必要もない。
“まずは好き勝手にやることが大事だ”。
そう吹っ切った烏は、風を抜けてこの現実を走り抜ける。

「じゃあ……行って来るぞ!!」

その先に、求める自分があると信じて。

92フェータル・スパイラル 1:2008/03/26(水) 23:00:56 ID:pHO2RZJB0
僕の術は例え7割であろうと中々の効果を出しているようだ。
全身に荷物を背負わせられているような倦怠感の中で、僕は盤面をリセットできたことを実感する。
別に見た見ていないは関係ない。できた、と決め付けるのが1番精神に負担がかからないだけの話。
焦げた大地に穴の開いた家。辛うじて村という1つの集合体の単位を留めている程度だ。
これぐらいで丁度よかったと割り切ることにする。
光の帯は全方位に放たれた。下手すれば鐘楼台を燃やしてしまっていたかもしれない。
結果オーライという奴だ――そう思って、さっき思い出したミスが心に浮かび上がってきた。
そして一気に影を落とす。これは本当に成功なのか。
僕は、真に流れを取り戻したのか。
鐘楼台までの帰路がとても長く思えた。単に足取りが重いことだけが原因ではない。

姉さまが、ミントに手を貸したのではないかという推測が僕の足に枷を掛ける。

認めたくはない。だが、そうでなければあの鐘で声を出せた人物は他に誰がいる。
クレスを村に呼び込むこと自体は僕の計画の内だ。名前を呼んだことは何の問題もない。
何の問題もない、が問うべきことはある。
「助けて」といった直接的なワードではなく、クレスの名を連呼したことが、
あいつの想い人であるクレスを呼び寄せようとしていることが、ミントに肩入れしていることを証明している。
どうして姉さまがあいつに入れ込むのか。
何よりも、それ以上に殺した張本人の名が姉さまの口から出るのが許せない。

詰まる所、払拭できない最悪の妄想は確実に、階段を上るように僕に近付きつつあるのだろう。
ミントを人質にしたことで僕の頭にはノイズが生じ、姉さまはミントに肩入れし、
僕は何度もミスを犯し、流れを手離してしまう。
その結末にあるのが最悪の妄想だ。この負の連鎖を断ち切れない内は、僕はまた1歩終焉へと進んでしまう。
さっきのジャッジメントで流れを変えられたのか。1つでも切れれば僕の結末は変わると確信している。
しかし、落ちた影はどうにも僕を懐疑的にさせた。
93フェータル・スパイラル 2:2008/03/26(水) 23:01:46 ID:pHO2RZJB0
そしてやっと鐘楼台に到着する。僕の眼は偽物だっていうのか。

この壁の穴は何だ。ジャッジメントで開通したものとは思えない。
別にあること自体が解せないんじゃない。もっとその先の、何者かが来たという事実が僕の頭を惑わせる。
外に向かって壁の残骸が散らばっていることを考えても、壊したのは内からだ。
誰が壊す。中にいたのは、ミントだけじゃないか。
僕には笑う余裕などなかった。
僕の流れを断った忌まわしき奇跡の存在が脳裏に影を落としていた。
掌握していた筈の絶対的優位は崩れ去ってしまっている。そして苛々としながら戻ってみてば、この壁の穴。
僕はまた、認識していない第5の失策を犯してしまったというのか。
当然かと自嘲する。あの女は、ミントは存在こそが『決定的な何か』なのだから。
どうやら負の連鎖は未だ断たれていないらしい。

壁の穴から鐘楼台へと入る。疲労も心労も気にせず僕は急いだ。
階段を言葉の通り“昇り”――地に足を付けていても1段か2段は飛ばす勢いだと思う――早急に2階へと殴り込んだ。
目に入ってくる光源の乏しい薄闇の部屋。

一目で見て違和感が分かる。あいつが、いない。

家具でしか影の濃淡が表れていない部屋に、人影などなかった。
僕はぴたりと止まった。開いた口は中途半端なまま洞を作っている。
意味もなく流れ込んでくる無味無臭の空気が、焦りと共に肺に詰め込まれていく。
10%、何故ミントがいない。
30%、あの傷で動けるのか。
50%、そんな筈がない。僕が徹底的に痛めつけた。
70%、本当に? だってあいつは姉さまの影を――90%、ひいて、僕は――――100%、姉さまはどこ?
94フェータル・スパイラル 3:2008/03/26(水) 23:02:42 ID:pHO2RZJB0
おかしい。残していった筈の大いなる実りのマナを感じない。
実りから溢れ出る姉さまのマナの匂い、それで部屋が満たされていない。
あるのは、霞のように薄く敷かれた残り香だけだ。
「姉さま!」
僕とアトワイトが置いていったサックへと駆け寄る。
案の定、というよりはあろうことか、サックの位置は変わっているし封も開けられている。
腕を内部へとねじ込み、中を弄りかき混ぜる。
それでも実りには当らない。当らないというのは中に必ずあるという前提から導き出される言葉で、頭の片隅で僕は嘲った。
焦りは最高潮になって、遂に僕はサックを逆さまにして中身をぶちまかした。
コンパスやら島の地図やらランタンやら色々出てくる。
なのに、それでも姉さまの影は見えない。間違い探しのように1つだけ絶対的に抜け落ちていた。

しばらく呆然として、部屋が本当に静まり返った頃に僕は思い切りテーブルを蹴飛ばした。

あの劣悪種と姉さまが消えた。最悪の展開が頭を過ぎる。
まさか、まさか本当に姉さまがあの女に手を貸したっていうのか?
2人でこの鐘楼台を脱出したっていうのか?
否、有り得ない。
いくら姉さまの力を借りたって――例えあの男のように天使化したって――目も見えないのだから1人で動ける訳がない。
じゃあミント1人で行ったのかと言えばもっと有り得ない。
傷塗れの状態で動ける訳がないし、壁を破壊するような力も残っていない。矛盾している。
一体どうやってミントはここを出た?

協力者がいるとして、西の連中は来れる筈がない。
クレスを相手にしている上にアトワイトが制圧へ向かった。西の陣営は固まり、動きたくとも動けない。
それがジャッジメントによる先導権奪取の目的なのだから。よってロイド、カイル、ヴェイグは除外。
第2の可能性として、遅れてやって来たロイドの仲間達。
だがこれも限りなくゼロだ。
何せ、そいつはカイルとヴェイグを先行させ、自分だけ遅れて来て、あのグリッドを僕にぶつけて来たのだから。
そう、これは相手にとっても誤算の筈だ。
本来なら、ティトレイの気紛れの一手さえなければ、僕は南に向かって然るべきだった。
自分の障害となる連中をわざわざ先遣隊として送ったそいつの目的は僕とコンタクトを取る、ひいては『裏切り』だからだ。
出迎えじゃあないが、僕には相手の言い分を聞き入れる権利がある。
そんな奴がわざわざミントを救うという、僕に歯向かうような真似をするか? 答えはノーだ。
もっとも、そもそも裏切るつもりなどなかったというケースも考えられるが、それならそれで東ではなく戦地の西へ向かう筈だ。
95フェータル・スパイラル 4:2008/03/26(水) 23:03:27 ID:pHO2RZJB0
こうなると考えられるのはアンノウン――不確定要素と定めたシャーリィやリオン、トーマ、プリムラだ。
もっとも化け物になったシャーリィが人を救うなんて真似は考えられないが。
とはいえ、それ以外の3人は十分考え得る。僕はその3人の人となりまでは詳しく知っていない。
リオンはマーダーだという情報があるが、今の状況では鵜呑みにすることはできない。
あの悲鳴を聞いて助けに来た可能性はある。
戦端にも加わらず、ロイド達とは何の関わりもないことを考えると、そいつらは東から来たか。
単純に遅れて南から来たのなら、鐘楼台なんかより物音のする西へ向かう筈だ。
あいにくC5が封鎖されるのは15時だ。そこを抜けて直接東地区に入ってきた可能性はあながち否定できない。
しかし、仮に助けたとしても、そいつはどこへ行く? まさか怪我人を抱えて戦場に行く訳がない。
再び東に戻ったとしても、西に人間がいると分かっている以上、それは自殺行為だ。24時間ルールを容認することになる。
考えられるのは――――村を抜けて南下することだけだ。

僕は急いで3階へ向かった。霧がジャッジメントによって散った今なら、鐘楼台からの見通しは回復しているだろう。
天使の視力も合わせれば遠くの影も見えるかもしれない。
再び階段を昇り、柔らかさを帯びてきた光を浴びながら、僕は鐘の吊るされた3階へと出た。
澄み切った青空に白い雲、そして太陽は燦々と照っている。ピクニック日和の晴天だった。
殺し合いの世界だというなら、もっと暗雲なり雷なりおどろおどろしくなればいいんだ。
いつもと変わらない晴れ間が、何の支障もなく順調に動く世界が憎たらしかった。
村の全景は見える。今頃西は混乱している頃だろう。無事にアトワイトがエターナルソードを手にしてればいいんだけど。
縁に近寄り、身を乗り出して景色を見渡す。目を見開き、血眼になっているだろうと思う。
しかしこうしても人物の影は見当たらない。
ジャッジメントで村は荒れていた。命中した木からは火と煙が上がっている。
火の中に見える黒い影が朽ちていく。ゆらゆらと揺れる影は人がよろけながら歩き、倒れる姿を想像させる。
僕は何だかそれから目を離せなかった。
96フェータル・スパイラル 5:2008/03/26(水) 23:04:32 ID:pHO2RZJB0
もし、もしあいつに……違う、姉さまにジャッジメントが当ってしまっていたとしたら。
それこそ僕がやってきたことは水泡に帰す。他の誰かの手によってではなく、僕自身の手で全てを台無しにしてしまう。
あの女と出会ってから僕が犯してきたミス、それらが頭を過ぎる。
同時に、負の連鎖が今現在にも繋がっているんじゃないかと邪推する。姉さまが跡形もなく消え去ってしまったのを想像する。
ある訳がない、と即断できないことが我ながら腹立たしかった。

手を縁に置いたまま膝を折る。僕の脳を蝕むネガティブな仮定は、僕の意志をへし折りかねないほどに肥大化していた。
ごめんなさい、ごめんなさいと呟きながら頭を俯かせる。
謝ったところで何になる? 姉さまは帰って来ないし僕が4000年の間にしてきたことが報われる訳でもない。
それでもやっぱり、僕は姉さまを殺して平然としていられるほど、ふてぶてしくはない。
この高さなら落ちれば死ねるだろうか。そんなことを夢想して僕は縁から頭を出して下を眺めた。
その瞬間に僕は刮眼した。

――――何だ、コレは。

不自然に壁の一面に繁茂した蔦。その内の1本は、屋根を支える柱へと伸びている。
あまりの焦心に視界に入っていなかった。
気付けば僕の口元は上向きに強張り、笑声が空いた口腔から零れ出ていた。
さっきまでの感情を考えれば、どうにも可笑しいことだった。
胸が熱く滾り、血流が巡り出すような感覚を覚える。それは、胸に炎が燈ったようなものだった。
僕は、僕はまたミスを犯すところだった。
1人まだいるじゃないか。何故、考えもせずに除外されていたのか。
希望の炎はやがて青ざめて、こうこうと青白く燃え上がる。僕はぎりりと歯を鳴らした。
「ことごとく僕を謀る劣悪種め……ティトレイ」
昨夜、浜辺で植物を操る異能を見せびらかしたあいつ。
アトワイトの報告なら睡眠中だった筈だが、上手く合間をすり抜けてきた可能性は十分ある。
いや、そうとしか最早考えられなかった。
97フェータル・スパイラル 6:2008/03/26(水) 23:05:16 ID:pHO2RZJB0
僕の中で積み重なっていた沈殿物が削げ落ちていく。
負の連鎖の切れ目を、ようやく僕は見つける。
そうだ、僕が姉さまを殺すものか。全ては姉さまの為だ。それが姉さま自体を殺すものか。
クレスが姉さまを殺せば仲間のあいつは姉さまを攫う。類は友を呼ぶとはこのことか。
僕を2度ならず3度も欺いたその罪、極刑に値する。
わざわざ証拠を残していくなんて余程抜けているか、それとも怪盗は敢えて盗み出した証明を残していくものなのか?
ふざけるな。姉さまも、姉さまに似た紛い物も、お前なんかに渡すものか。
そうだ、ティトレイが攫ったんだ。だから姉さまが手を貸した訳がない。悪いのは全部お前だ。

僕は勢いよく手摺を乗り越え3階から落下する。当然、自殺なんかする気は更々ない。
髪が気流によって大きくなびく。胸元の輝石に触れ、羽を広げる。
押し出された風が一気に羽に遮られて落下の勢いが落ち、自由に飛べない代わりに滑空で地表に着陸した。
すとん、と足の裏が地面を叩いて、僕は北を見据える。
ほんの僅かだが、姉さまのマナの匂いがする。
北は18時に禁止エリアと化す。そんな方向にわざわざ向かうとは、まさか北地区を経由して戦場に向かっているのか。
今更クレスに加勢するため――いや、まさかミントをあいつの所に連れて行こうとしているのか? あの木偶人形が?
わざわざ傷物にしかねない場所に連れて行こうとするなんて。益々腹を裂きたくなってくる。
「僕が逃がすなんて思ってないよね? ねえ?」
そもそも逃がさないけど、ね。そこまで僕は寛容じゃない。
あの何もない表情に絶望を叩き込んでやらなきゃ、僕のこの胸の炎は消えはしない。
まだ流れは完全に持っていかれていない。最悪の展開はまだ逃れることができる。
僕の手で、全て成し遂げてやる。

「待ってて姉さま、今行くからね」
そして僕は北へと、連鎖を断ち切る一手へと足を踏み出した。
98フェータル・スパイラル 7:2008/03/26(水) 23:06:00 ID:pHO2RZJB0
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP95% TP40% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:ティトレイから大いなる実りとミントを奪取する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→北地区
99Indulgence 1:2008/04/01(火) 23:02:12 ID:y1WWsufoO
今朝から続く相変わらずの明瞭さを欠いた視界にもいい加減に飽き飽きしてくる。
これだけ白濁して湿った空気の中をひたすら移動するのも、雪だるま式に気が滅入って行くだけだ。
全く、どうにかならないものだろうか?
青年は小さく舌打ちをし悪態を吐くが、文句を馬鹿みたいにだらだら垂れていても何の解決にもならないし、今はそんな暇があれば足を前へ動かす方が大切だと脳では理解していた。

ヴェイグは、無事だろうか。

ふと浮かぶ親友の名に瞼を一瞬だけ下げてみる。瞼の裏に描かれた親友は、近い様で如何しようも無く遠かった。
手を伸ばせば届く最後の一歩を、まだ自分には踏み出す事が出来ないのだ。……だから何より先ずは親友、ヴェイグ=リュングベルに接触しなければ。
彼と会えば何かしらの“結論”が出ると、思う。
未だ自分の変化にすら戸惑いを隠せない青年は、他人に頼った自分らしからぬ思考に強張った苦笑いを浮かべた。
うじうじ考えていても良い方には進展しない。それにこんな風に考え混むのも、“俺らしく無い”。
青年は重い溜息を一つ漏らすと、村だけでなく心にまで一方的に侵略する濃霧を吹き飛ばす様に喉から言葉を零した。
「ミントさん、あんたはその……クレスのガールフレンドだろ? 辛くはねェのか?」
ふぇ、と気の抜けた返事が背中から聞こえた。
ネタ振りが唐突過ぎたかな、と少し反省する。
「すまねぇ。唐突過ぎたな。いや、まぁなんとなくだけどな。少し気になったんだよ。
 ……辛いのか?」
二、三秒間が開きこくり、と確かな振動が伝わって来た。心無しか自分の首の下で交差する少女の手に力が入った気がした。
しまった、訊かない方が良かったか。
「そっか、そうだよな。変な事尋ねてすまねぇ。……よっと」
複雑な心境のまま岩を飛び越える。背負っていて体重が増加している分苦しかったが、それでも飛び越えるには充分過ぎる程だった。

しかしその時の振動に、いや、正確には違う。振動による音に違和感を覚える。
自らの服と背負う人の服が擦れる音の中に、ごく僅かだが明らかに布のそれとは違う無機質なものが紛れていたのだ。

何だろう? 紙?

青年はふいに足を止めて目をぱちくりさせる。
そんな事に割く時間は無い事は分かっているのだが、どうも納得いかなかった。
「ミントさん、何かポケットに入れてんのか?」
100Indulgence 2:2008/04/01(火) 23:04:18 ID:y1WWsufoO
少し首を後方に捻り少女の表情を見る。しかし少女はかぶりを振り、何の事かと言わんばかりの疑問顔。
こうなると益々意味が分からない。

元々が青年、ティトレイ=クロウは何事も曲がった事は大嫌い、白黒付けなければ気に入らない性格である。
中途半端は大嫌い、一度気になった事は明瞭とさせなければ気が済まないのだ。
「……悪ィ、ちっと拝借すんぜ?」
故に彼はポケットの中のその紙を見付けようと試みた。少女を支える片方の手を外してそれを探る。
成程、確かにくしゃくしゃにされた何かがグローブを装着した指に触れた。この質感、少々分かり難いが矢張り紙だろうか?
青年は短く唸るとそれを取り出す。危うく只のゴミかと間違えてしまいそうなそれは想像通りくしゃくしゃにされた紙きれ――潰されてぺちゃんこになってはいたのだが――だった。
「何だこりゃ?」
器用に片手でその紙を開いた時に、真っ先に閉ざされた口を割って出たのはその言葉だった。
ぎっしりと敷き詰められた文字。他の世界の言葉だろうか?
何やら初めて見るよく分からない文字――だが不思議と読めてしまうと言う矛盾に少し混乱した――で小さく何かが書かれている。
恐ろしい程の等間隔、等行間、そして整った文字からは書いた人物の几帳面さが伺える。
俺には到底真似出来ねェな、と呟くと青年は苦笑いを浮かべた。
「……ん」
メモに刻まれた皺を伸ばしつつ、青年は目を細めてそれを黙読する。

“シャーリィさんについて”。

シャーリィ、って誰だっけか?
青年はその疑問に口をへの字に曲げ、一旦文面から目線を離し渇いた空へと漂わせる。
自分が忘れているだけか、又は最初から全く接触や関係が無かった人物か。
駄目だ、分からない。
青年は頭をだらんと下げ、左右に振りながら溜息を漏らした。
まぁいいさ、続きを読もう。
仕方無い事だと半ば諦観し、気を入れ替えて再び目線を手元へと動かす。

  ―――生存の可能性を僕は半ば諦めかけてはいたが、どうやら彼女はまだ地面に立って居られる状況の様だ。
  同じ世界の住民、それも最後の生き残りとあらば勿論接触したい処ではあるが……いかんせん情報が不足している。
  非常に遺憾だが現時点では後回しにせざるを得ないだろう。
  しかし、心配は恐らく無用だ。何故ならばあのセネルさんや不死身とまで呼ばれたマウリッツさん達が脱落する中、彼女が生存している事実があるからだ。
101Indulgence 3:2008/04/01(火) 23:07:02 ID:y1WWsufoO
  時間も経過した今、それは運だけでは説明付け難い。単純にバイタリティの問題だ。
  これは最早希望的観測ですが、恐らくは誰かしら強く優しい味方が彼女に付いてくれているのでしょう。
  気の毒ではあるが、矢張り今は別の問題を解決すべきなのだ―――

どうやらシャーリィと言う少女への記載はここまでの様だった。
青年は難しい顔をし、再び文面から目を離す。
文面から推測出来るのは書いた人物が几帳面で礼儀正しく博識な少年(少年にしては殺し合いに関して淡白、冷静過ぎるか? ならば青年?)という程度。
内容はミントに宛てたとは到底思えない。しかもセネルにマウリッツ、と自分が知らない名前ばかりである。
「……一応、訊いとくけどよ、ミントさん」
自分だけ考えていても埒が明かかない。ここは本人に確認するのが一番だろう。
こくりと頷くまで待った後、青年は彼女に尋ねた。
「シャーリィって人を知ってるか?」
ふるふる、と首を横に振る彼女。否定の意味だ。
「セネルって人は知ってるか?」
否定。
「んじゃあ、マウリッツって人は?」
自分の首の前に組まれた手がぴくりと動いた後、肯定。
ほぼ駄目元だったので一瞬青年は言葉を失う。ならばもしや……。
「成程な。そのマウリッツって人と同じ世界の奴がこのメモを書いたみたいだぜ。
 一人称が“僕”の、几帳面で礼儀正しい奴だ。もしかすると心当たりがあったり?」
真逆、と背から――実際の発音はあふは、なのだが――小さく驚嘆の声が上がった。
力強い頷きで更に確信が強まる。
首の下で交差する手が解かれ、右手が青年の背中に伸ばされた。
「ミントさん?」
一体何を、と言い掛けた時。背中へと人差し指でなぞられる感覚が襲う。いや、違う?
もしかして文字を書こうとしてくれているのだろうか?
意味が理解出来るとは言え、知らぬ世界の言葉。青年は瞼を下ろし、並々ならぬ集中力で漸くその文字を把握した。
“ジ、ェ、イさ、ん”
何度もゆっくりと書いてくれた彼女に感謝せざるを得ないだろう。
しかし何だろうか。何時か、何処かで聞いた名だ。
あれは確か、俺がおっさんと―――そんな、真逆。

“ジェイを手に掛けただと!!”

魔王の怒りに満ちた叫び、いや咆哮と言った方が良いだろうか。兎に角その咆哮が確かに脳内で繰り返される。
記憶が間違いで無ければ自分が矢で致命傷を与えた少年、そいつの名前がジェイだった筈だ。
102Indulgence 4:2008/04/01(火) 23:10:35 ID:y1WWsufoO
そのジェイとこの少女が知り合いだって!?
青年は固唾を飲み込みゆっくりと口を開く。唇が異様に重かった。
「……そいつは本当にジェイって言う奴なのか?」
自分の低い声に少女はかぶりを縦に振り、肯定。
続けて背中へ“紙には何が書いてあったんですか?”と指が言う。
「……ん。あぁ、悪ィな。まだ全部は読んでない。じゃあこれから最初から音読するぜ?
 “・シャーリィさんについて
  生存の可能性を僕は半ば諦めかけてはいたが、どうやら―――」

あの少年は私に何かを伝えたかったのだろうか、と少女は文書を聴きながら頭の隅で考えた。
視力を失ったからだろうか。もうあの少年と話した事が随分昔の記憶の様に感じられる。
星が所々にあしらわれた独特な装束と鈴が印象的な少年だった。
支給品の交換をして、凶暴化したマウリッツという人に襲われて、そして……。
瞼をきゅっと閉じ、頭の中でどうしてあんな事を、と呟く。

“…すみません、ミントさん”

あの時の少年の瞳を思い出す。
今にも顔がくしゃくしゃになりそうな程悲しそうで、だが何処か重く冷たい決心が見え隠れするくすんだ瞳。
光と影。
言うまでも無く葛藤していたのだろう。
でも、一体何に……。

「  ―――解決すべきなのだ。
  ・ミントさんへの謝罪について”」
予期せぬ内容に“え?”と思わず声が出る。
しかし驚きを隠せないのは自分を背負う青年も同じようであった。少々声に動揺が混じっている。
どうやらここから彼も黙読していなかったらしい。
一秒程度音読を切り、続きを読むぜ、と再び内容を語り出した。
「“ソロンに命令されていたから、等と言った言い訳は通用しない。
  元はと言えば自分の心の弱さが招いた結果。彼女には本当に申し訳ない事をしてしまった。
  謝罪も半ば諦めかけていたが、驚く事に彼女は生存している。
  化け物と化した不死身の水の民、マウリッツさんですら死んでいるのに彼女が生存したのは彼女がヒーラー故にだろうか。
  しかし、謝罪するには彼女と会わねばならない。それは島中を探し回る事に同意でありリスクが高過ぎる。
  何故ならば今まで接触した人物にはミントさんとの接点が無い様だし、僕が洞窟を去ってから既に12時間以上が経過している。
  未だ洞窟に居るとは考え難いし、12時間もあれば極端な話、島内であれば何処へでも行く事は可能であるからだ。
103名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:12:50 ID:n3e79sBFO
支援
104Indulgence 5:2008/04/01(火) 23:13:54 ID:y1WWsufoO
  駄目だ、捜索範囲が広過ぎて話にならない。だが彼女の人間的甘さを考慮すればは余り悠長としては居られない。
  しかし悔しいが現時点では邂逅を願うか、これから行く先々で彼女の情報を収集する他無い。
  ・馬鹿息子と剣について
  これは論外だ。情報が個人的情報過ぎる。分かっているのは男、二刀流、そして馬鹿という事だけ。
  場所は愚か容姿さえ特定出来ない。
  唯一の外見的特徴である二刀流も、もしこの馬鹿息子の支給品に刀が無ければその時点で詰みだ。
  全くクラトスさんもこんな大事な件なのに如何して詳しい特徴を教えてくれなかったのだろう。
  時間が無いにせよ情報を隠匿するにせよ、もう少し言い方があったのではないだろうか。
  ちゃっかりと自慢の息子だーとか言っている割に肝心な所を伝えてくれなかったし。
  いや待てよ、或いはもしかするとクラトスさんって只の親バ”
 ……んー、駄目だな。こっからの数文字は上に訂正線が引かれてら」

苦笑いをする表情のぎこちなさが自分でも理解出来る。
運命は何と皮肉なものだろう。
経緯は分からないがミントに謝罪しようと試みた少年、ジェイに致命傷を与え、直接では無いが殺したのは自分なのだ。
ジェイの事を背後の少女に言うべきか、言わないべきか。
……。
これ以上彼女の精神に負担を掛けるべきでは無い、か。
せめて、せめてクレスの件が解決するまでは黙しておくべきだろう。

「メモはこれで終わりだぜミントさん。……おーい、ミントさーん?」

ジェイさんが、私に謝ろうとしていた?
真逆、いや矢張り。ジェイ本人の意思で行なった事では無かった。
そして、そうであって良かった。
少女は表情を和らげると、天に祈る様に空を仰いだ。

大丈夫ですよジェイさん、貴方は悪くありません。ですから謝罪の必要はありません。
だって、私は貴方に対して心配はしていても、許しを乞おうなんて微塵も思っていなかったのですから。
なら謝罪の必要は無いでしょう?
私如きが烏滸がましいとは思います。でも貴方がその心を持ってくれていた事で私は幸せです。
だから、もういいのですよ。
貴方が罪悪感を覚える必要性なんてこれっぽっちもありません。
何故なら、

何故ならこの世に悪があるとするならば、それは―――

少女は、今出来得る限界のとびきりの天使の様な笑顔を天の少年へと捧げる。
105Indulgence 6:2008/04/01(火) 23:16:12 ID:y1WWsufoO
数秒後、青年の声に応えるべく背中に指を這わせた。
“では行きましょうか、ティトレイさん”
自分を背負う青年は少し戸惑いを見せた後、分かった、と呟きメモを元に戻す。
「……ジェイって人の分も、頑張らなきゃな」
言われたその言葉は、誰に向けられたものだったのだろう。


**********


近いな。
天使は芝生の上を走りながら――半ばその様は滑降に近いかも知れないが――そう呟いた。
姉様のマナの残り香が随分濃くなって来た。更に幸運にも自分のジャッジメントのお陰で無駄な建造物は破壊され視界は良好だ。
そう、幸運なのだ。即ち今の自分は運をも味方に付けていると一応は言えよう。
矢張り杞憂だった。盤面を支配しているのは客観的に見ても紛れも無くミトス=ユグドラシルなのだ。
「そうさ、何も気に掛ける必要性なんか最初から無いんだよ」
あと数十秒、運が良ければ数秒あれば、奴等を認められるだろう。
天使の視力は本物なのだ。
「大丈夫、まだ僕の優位は揺るいでいない」
自分に言聞かせる様に呟くと、天使はゆっくりと目を閉じ下唇を噛んだ。

如何して……如何して不安を抱く事があろうか。苟も遥かに劣等感を凌駕する力を持つ天使が如何して。
僕の全力を持ってティトレイを刻んで焼き尽くし存在そのものを消し去り、実りとミントを取り返すとほら、もう終わりだ。
失笑する程単純じゃないか。
少年は目を細めると唇の端を歪める。
……何て事は無い、1500秒あれば充分完遂可能なイージーな作業。
その後は危ない橋をアトワイトに渡らせるだけ。僕はアトワイトが安全確認し終えた後の橋を優雅に渡るだけだ。
考え過ぎなんだよお前は、ミトス=ユグドラシル。もっと頭を柔軟にしろ。慎重さが過ぎるぞ。
石橋を叩き過ぎて逆に橋を崩壊させては如何しようも無いんだぞ?
都合悪く物事を噛み砕き過ぎるな。杞憂なんだ、全ての不安は杞憂だ……そうでしょ、姉様?
「あはは、全く僕は馬鹿だな。全ては姉様を蘇生すれば解決する事。
 姉様が僕を褒めてくれて、それで終わりなのにね」
少年は渇いた笑みを浮かべると拳を強く握り締めた。


**********


「さぁて、と……時間的に、来るとしたらもう直ぐってトコか?」
大規模な魔法をご苦労なこった、と続けるとティトレイは少し下方向にずれたミントをおぶり直した。

“気をつけて下さい。ミトスは、大規模な術によって西に光の雨を降らせようとしています”
106Indulgence 7:2008/04/01(火) 23:17:57 ID:y1WWsufoO
あの時のマーテルが一瞬だけ見せた俯きがち且つ複雑な表情が脳裏に浮かぶ。
何処か寂し気で、しかしそれを悟られぬ様に取って付けた様なぎこちない彼女の笑顔が浮かぶ。
「……そうだよな。自分の弟なんだもんな。心配じゃない訳がねェよな」
自分の耳にさえ聞こえるか否か、声としての意味を成すかすら際疾い音が喉から溢れた。
「ミントさん、ちゃんと捕まっててくれよ? なにせこれだけ詠唱が長い馬鹿みたいな術だぜ?
 衝撃もあるだろうし、“万が一”があるからなぁ」
あい、と背の少女が呟く。背から声帯の振動を良く感じる事が出来る。

青年はおちゃらけた表情から一転し真剣な面持ちになっていた。
そう。確かにマーテルは“西に”光の雨が、と言った。そして此所はまだ北地区だ。マーテルの言う事象が真実ならば、北地区に影響は無い筈である。

だが。

その言葉に絶対の信憑性が在る、と果たして言い切っていいものだろうか。
“万が一”、ミトスの予定が狂えば? 何かミトスの作戦に影響を及ぼすものがあれば?
事態は最早最終局面と言って良いだろう。そうなるとちょっとした言葉が予定調和を崩し兼ねない。
ならば答えは“分からない”。いや、限り無く否の“分からない”だ。それにそもそも絶対など世界には存在し無い。
もしもミトスの放った無差別攻撃が西だけで無く北も、いや村全体に及べば?
そしてミトスの攻撃が油断した自分達に降り注げば?
答えは確実な死。これだけの時間を術式に費やしているのだ。術の威力は申し分ない三ツ星半だろう。
しかし恩人でもあるマーテルに頼まれた事だけは何としても遂げたい。
ミントを今失う訳にはいかないのだ。
更に欲を言うならば自分はまだ死にたくない。
故に辿り着いた結論は充分過ぎる程の警戒だった。月並み且つ情けない答えではあるが、今自分に出来る事はその程度しか無いのだ。
ならば如何にその程度と言えど、自分はそれに全神経を使う他無い。
「あ〜〜〜、駄目だ駄目だ、こーゆーのはキャラじゃねぇ。
 何時もならユージーンの役目だろうに! 何だって俺が……ん?」
心底ダルそうにかぶりを二、三度振ると、青年ははっとして空を見上げた。
その行動には明確な理由が特に在った訳では無い。
敢えて理由付けして言うならば“何となく何かが来る気がしたから”。そうとしか言い様が無い程の幽かで信憑性はまるで無いものだった。
107名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:18:07 ID:n3e79sBFO
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108Indulgence 8:2008/04/01(火) 23:20:44 ID:y1WWsufoO
万が一ミトスの攻撃が北にも及んだ場合、それを考慮し警戒を強めたティトレイだったから何かを感じたのか。
はたまた髪の毛の処理さえもあるがままに主義の彼の野生の勘とも言えるべきものが危険を察知したのか、大穴で姉へのシスコンパワーか。

―――何か来る!!

目を細めた青年が腰を低く構え、そう確信すると同時に空が黒い魔力に覆われる。
まるで全てを飲み込まんとする様な暗黒の邪悪極まった魔力に喉が音を立てた。
しかしその黒い魔力が空を埋め尽くしたのは本の刹那。真に青年に驚嘆を与えたのは暗黒の胎内から産声を上げた眩いばかりの光の柱だった。
濃霧すらも焼き付くし消滅させるは黒の世界からのアシンメトリーな白い柱。
確かに驚嘆には値する。術を三ツ星半だろうと判断したが、訂正しなければならないだろう。こりゃあ立派な五ツ星だ。
更にはマーテルとは違い北に及ぶ光の柱。
だが四方に飛び交う聖なる光には驚嘆こそ覚えたが、恐怖は覚えない。
何故ならば予想外の展開への警戒はしていたから。
従って北へ光の雨が注ぐと云う本来有り得ない展開に直面した青年の脳裏に浮かんだ最初の文字は、“やっぱりな!”であった。
「さぁて、振り落とされんなよミントさんッ! ティトレイ=クロウの華麗な演舞、とくとご覧しやがれッ!」
青年はぎこちなく笑い自らに迫る全てを浄化せんと猛る光をステップで避ける。

……この攻撃を予想していない西の連中はヤヴァいかも知れない。

家屋に着弾し狂った様に吹き飛ぶ木材を目の端で捉えながら、青年は一抹の不安を握っていた。
“万に一つこの攻撃で、西のヴェイグに致命的被害が及んでいたならば?”
「あぁ畜生ッ、こんな時にこんな馬鹿な事考えている暇はねェってのによ!」
このお馬鹿な脳は思考に対する時と場合を考慮してくれないのかよ、と青年は奥歯を軋ませる。
……成程確かにその瞬間、無駄な葛藤により警戒が緩み致命的な油断が生じた事実は否定出来ない。
目の前に佇む家の屋根に設置された鏡に魂を喰らう光が反射したのは、本人が自身の油断に気付いたコンマ一秒後だった。


**********


ユニコーンと邂逅した汚れ無き乙女ことミント=アドネードは必死だった。
自身の周辺に起きる状況が耳からの情報だけでは上手く理解出来ない事にも起因するが、一番の原因は自分を背負う青年の様子だ。
何故だろうか、何処か声色がぎこちない。
109Indulgence 9:2008/04/01(火) 23:22:25 ID:y1WWsufoO
小さな戸惑いとでも言おうか。それが感じ取れた。
その幽かな変化を彼女が認める事が可能だったのは、彼女が極めて優秀なカーディナルだった故にか、視覚を失い他の感覚が研ぎ澄まされていたからか。

「あぁ畜生ッ、こんな時にこんな馬鹿な事考えている暇はねェってのによ!」

天と地、そのものすら破壊されるのではと疑ってしまう程の凄まじい轟音の中、確かにその青年の言葉を彼女は聴いた。
そして目の前から空気を焼き裂きながら迫り来る柱の音も。
(ティトレイさん……!)
必死になるが余り、ミント=アドネードが失念してしまった事は三つあった。
一つは自身の舌が無くなってしまっていた事。これでは詠唱は愚か言葉すらうまく発音出来ないと言うのに、彼女は必死に“詠唱のつもり”で言葉を呟く。
もう一つは自身の腕にエクスフィア――それも輝石だ――を装備していた事。結果的に、彼女の得意とする法術に関係するものが大幅に強化されていたのだ。
最後に、自身がダオスをも倒したクレス一行をサポートしていた非常に優れた術者だと言う事。
(神よ、願わくば私達を守って……!)


**********


青年は後悔した。如何して自分はこうも毎回下らない事で油断やミスを招いて、仲間を危機に晒してしまうのかと。
ググラじいさんの時でもそうだ。
毒キノコを皆に食べさせてしまって、ヴェイグが居なければ危うくあんな馬鹿共にやられてしまう処だった。
畜生、と何処ぞの口がほざく。
目の前には誰が見ても対処が間に合わぬ一閃の光。
どう見ても間に合いません、本当に有り難う御座いましたってやつだ。
藁にも縋る思いで青年は目をギュッと瞑った。この状況ではもう姉貴にでも祈る他無い。

姉貴! 可哀相な弟を助けてくれッ!
……あとついでに神様も俺を助けてくれッ! ほら、あれだよ! 超能力とか使って一声で光の軌道を曲げてくれたりとかすると個人的に助かっちゃったりしたりするッ!

……………
………………………
……………………………………?

「………………は?」
気の抜けた馬鹿丸出しの声が数秒間開いた口から漏れた。
目を開いた先に広がるのは綺麗なお花畑では無く荒れ果てた景色と煙。
目を白黒させ、十秒後やっとの事で自分が生存している事に気付く。
「あー………………?」
更に自分の周りを覆う半透明の結晶体を見て状況を把握する為に三秒半。
そう、自分は助けられたのだ。
110名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:22:43 ID:n3e79sBFO
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111Indulgence 10:2008/04/01(火) 23:25:30 ID:y1WWsufoO
そしてこの場に居るのは二人。丁度もう一人は術者。
あるあ……ねーよ!! だってミントさんには舌が無いんだぜッ!?
「み、みミントさん? もしかしてあんたか?」
首を傾けて背の人物の顔を半信半疑で見る。天使の様な笑みを浮かべて、彼女はこくりと頷いた。
同時に半透明の魔力結晶が空間に溶けてゆく。

青年の頭の上にクエスチョンマークを模したエモーショナルバルーンが浮か……びはしないが、正にクエスチョンマークを顔に通して具現化した様な表情が顔に浮かんでいた。
彼女が唱えた“バリアー”は、エクスフィアと火事場の馬鹿力により奇跡的に発動したのだ。
「ま、まぁ俺には何だかよく分かんねぇけど……兎に角助かった! サンキューな!」
取り敢えず理解出来るのは自分が彼女に救われたと云う事実。
ならば自分は彼女に感謝しなければならない。
青年は彼女の助力に感謝すべく、とびっきりの笑顔を浮かべて謝辞を述べた。
「さて、と。視界も色んな意味で良好になったし、唯一の問題も今解決した。
 これで気兼ね無くBダッシュで西まで行けるってもんだぜ。クレスの元に急ぐとするか」
西の奴等の生存が前提だがな、と言おうとするが言葉を飲み込み封殺する。ミントが背に居ると言うのにそれは不謹慎極まりない言葉だ。
それに、今は信じる事が大切なのだ。自分は親友を、彼女はボーイフレンドを。
そうだ。ミントはクレスを信じてる。
自分が鳴らした鐘にすら無反応でも、こんなにボロボロになろうとも、今のあいつがどんな状況に居るか理解しながらも。
彼女は、こんなにも強くて尊いじゃないか。
何が“万に一つ”だ。彼女はそれすら考えずに葛藤する俺を守ってみせた。
つーか逆に考えてもみろよ。万に九千九百九十九はヴェイグは無事って事だろ?

……やっぱり強いぜミントさん、あんたは。
俺なんかよりよっぽど立派だ。あんたはこんなにもなりながら、あんなにもなっちまったクレスを心配してる。
112名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:27:01 ID:n3e79sBFO
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113Indulgence 11:2008/04/01(火) 23:27:23 ID:y1WWsufoO
そればかりか俺まで守ってくれた。少し前まで殺人鬼だった愚かな他人をだぜ? 信じられるか?
見ず知らずの人間、しかも元殺人鬼を信じてくれてるんだぜ? 考えられねェよなあ。
でも彼女はそれが出来る人だった。
なのにこの俺ときたら、何弱気になってんだか。はは。笑っちまうよなァ?
こんなにもすげー人が近くに居るってのに、助けられるまで気付けもしなかったんだ。うんざりするぜ。
お前は幸せモンだよ、クレス。待ってくれてる人が、信じている人が、こんなにも近くに居んだぜ?

「ミントさん」

あい、と相槌が聞こえる。
目線は地平線に向けたまま、俺は口を開いた。
風が心地良い。変に潤った目が何だか新鮮だった。
別に理由は無い。ただ何となくだ。
何だか少し照れ臭いけれど、これだけは言っておきたいんだ。

「ありがとな」

だって、貴女も俺の恩人だから。

荒れた大地に最高に不釣り合いな乙女の小さな笑い声が渇いた空に響き、続いて頷きが背から感じられた。
青年は彼らしい暑苦しい事この上無い笑顔を浮かべた後、小さく何かを呟く。
「だから―――」
だから、俺も信じるよ。
あいつをな。


**********


天使は憤慨していた。
他でも無い、自分にだ。だがこうも都合良く責任転換に都合が良い劣悪種が現れた。
人間である以上責任を第三者に擦り付けたがる事は普通である。この天使もその一人だ。

おのれ、おのれ、おのれ!

募るモノは如何しようも無い怒りと憎しみ。自分が悪いと理解していながら、いや、だからこそだ。
“理解していながら第三者に責任を擦り付けたがる自分がいるからこそ”、天使は余計に腹を立てていた。
そしてその怒りすら第三者に行くのだ。繋がらない、だが確実な悪循環である。
「……糞ッ!」
あのれティトレイめ、高が劣悪種の分際でちょこまかと姦しい。貴様のせいで僕と姉様は目茶苦茶だ。
矢張りあの時殺しておくべきだった。
唐突に就寝したり実りを盗んだりと何が目的かが明瞭とせず依然として釈然としないが、今度こそ終わりにしてやる。
所詮は豚の浅知恵、何を考えようと優良種たる僕の目の前では無力も同然。
「僕の姉様を勝手に持ち出すなんて烏滸がましいにも程があるよ。
 その四肢と五臓六腑、欠片も残さず灰燼に……ん?」
憤慨と鬱憤を呪いの言葉で晴らしながら、少年は地平線に微かに見えた人影に目を凝らした。
114名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:28:18 ID:ZmeX3kp7O

115名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:30:38 ID:n3e79sBFO
支援
116Indulgence 12:2008/04/01(火) 23:30:40 ID:y1WWsufoO
同時に容姿に似つかわしくない程の卑しく黒い嗤いを浮かべる。とても見た目が十才代の無垢そうな少年がする表情では無い。
「漸く見つけたぞ、劣悪―――」
姉を発見した事への安堵とティトレイを発見した事への歓喜。
そして堪え切れぬ憎悪を短剣に塗りギアを入れた瞬間、そこには百戦錬磨の天使と言えど微かな隙が生じた事は確かだった。

―――!?

だが天使はそれを食らう程未熟では無い。
明らかに自分が地を蹴り上げた音では無い何かを把握すると、天使は持ち前の身軽さで僅かに身体の座標をずらした。
この際これが何であるかは問題では無い。
ティトレイが仕掛けた、若しくは攻撃をしているならば、これを如何にして避けるかが一義的問題だ。
そしてこの遠距離と奴の弓を考慮すると十中八九直線型の攻撃。ならば身体の軸を逸らせてやれば致命的なダメージは……

―――いや、違うッ!?

目の端が辛うじて捕捉したものは地面から唐突に現れた鋭く細い緑色の蔦。
いや、それだけならいい。問題はずらした筈の座標にも拘わらず、軌道を幽かに修正して自分の顔面に迫っている事だッ!
天使は目前に迫る蔦に眉間に皺を寄せ小さく舌を鳴らす。
こう言う場合、“しゃらくさい”とでも言うのか? ……ええい、面倒な事この上無いッ!
この時天使の体制は極めて不安定だった。既に空中で羽を駆使し無理矢理全力で走る身体を斜めに固定しているのだ。
詰みだ。スピードに乗っているのは蔦と天使双方。
それもお互いに向かい合う方向へだ。最早対処法は無い。
少年が“只の人間ならば”、そうだっただろう。
天使の眼光が鋭利さを増しクルシスの輝石が輝いた。……無駄な動きを一切削減、己の体感時間を限り無く圧縮。
容姿に相応しい華奢で白い足が、一瞬にして姿を変える。
爪先が捉えた地表に衝撃波が走った。己の生み出したスピードを相殺すべく肥大した筋肉の繊維が断ち切れる音が短く虚空に響く。
刹那、大地に凄まじい足型を残し天使の身体が左側へ直角に逸れた。
無機生命体化した肉体がその人間としての限界を突破した行為を可能としたのだ。

間一髪ッ!

天使は己の顔面に裂傷を残し遥か見当違いの後方へ飛ぶ蔦を一瞥し前方の青年を睨んだ。今の攻防に乗じて何時の間にか随分と接近していた。
天使は短剣を構えながら一旦距離を取りつつ考える。
一体、
「“何時の間に勘付かれていたのだろうか”って顔だなぁ?」
117名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:32:12 ID:n3e79sBFO
シエン
118Indulgence 13:2008/04/01(火) 23:33:04 ID:y1WWsufoO
目の前の青年が嫌らしい笑みを浮かべながら少女を背負い直す。
「いやぁー、悪ィな。最初っからだよ」


**********


たった先程一難去った。……だが、“たった”一難のみだ。
予想外の展開がこれで終わるという確証は何処にも無い。まぁ、充分過ぎる一難ではあったのだが。
「ったく、一難去ってまた一難ってか? 笑えねェよ」
ぎこちなく口端を釣り上げてみるが、本気で笑えない。
冗談で済めばいいのだが、先程の大規模な術式を見た後だ。如何しても胸に蟠る不安は拭えなかった。
……西への心配では無い。勿論自分達へのだ。
警戒を解くにはまだ些か早計かも知れない。
もしミトスが、逸早くマーテルが姿を消した事実を知り、何らかの方法で自分が犯人だと知ればどうなるのか。
考えるだけで恐ろしい事この上無い!
い、いや。しかし自分達の位置までは把握出来ない筈。多分だが。
わざわざ北地区経由で西へ赴いているんだし。
だが断定出来ない点がどうも弱い。
うーん、参ったなこりゃ。どうしたものか。
青年は唸りつつすっかり荒れ果てた大地を見る。

……そう言えばミトスはエターナルソードの位置が把握出来たんだっけ。同じ様にマーテルの輝石を追跡出来たとしたら?
「じ、冗談じゃねぇ!」
先程の術の威力を思い出し、思わず身震いが身体を襲う。
だがその可能性も無きにしも非ず、だ。
そうなれば最悪、ミントを背負う自分はあと数分でミトスに追いつかれる羽目になってしまう。それは避けたいが、しかし輝石を捨てる訳にはいかない。
更にはマーテル曰くミトスは自分に怒っている、との事じゃないか! 何と言う事だろう!
ならばどうせ追いつかれるなら、先手を打った方がマシというものだろうか?
だとすれば手はある。幸い北地区には芝生が多い。
荒野と化してしまった部分も多いが、なんとかフォルスの感知能力をソナーの様に使えば接近者を確認出来る。
「よし、これで行くか」
因みに、天使が察知しているのは輝石では無く大いなる実りなのだが……その事実を青年が知る事は無い様だ。


**********


別人?

天使は素直にそう感想を抱いた。
言い当てられた事への怒りより、前回会った時との表情のギャップに対する驚嘆の方が気になっていたのだ。
気のせい?
いや、少なくともティトレイと云う奴はこんなにも生き生きとした表情豊かな奴では無かった筈だ。
天使は違和感に目を細めた。
119名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:35:47 ID:n3e79sBFO
支援よ
120Indulgence 14:2008/04/01(火) 23:36:25 ID:y1WWsufoO
「……お前、本当にティトレイか?」
だが口を割って出て来たのは自分でも驚く程間抜けで話の脈略を無視した言葉。
目の前の青年にとっては更に意味不明な言動だったのだろう。正に“鳩が豆鉄砲を喰らった様な”と形容するに相応しいレアな表情を見せた。
その時間優に一秒半。実にシュールな絵だ。
「お、オイオイ……。随分おかしな事尋ねるもんだなぁ?
 いや、真逆とは思うがよ、そんな下らない事訊く為に追ってきた訳じゃねぇだろう?」
乾ききった苦笑いと共に目の前の馬鹿がほざく。
もうそんな小さな挑発もどうでも良かった。僕はもう疲れたんだ。
一刻も早く姉様を取り返そう。それで終いだ。
そうすればこの疲労だって、この村を覆っていた霧の様に綺麗さっぱり消し去る事が出来る。

「……まぁいいさ。お前が本人だろうが何者だろうが別に構わないよ」
そうさ、お前が居なくなれば。
「僕の要求は二つ。
 あぁ……一応言っておくけど、お前には呑む以外の選択肢は無いからね?」
全てが。
「一つ、姉様と………………“そいつ”を僕に返せ」
解決する事なんだから。
「二つ」
だから。

「“―――お前は、とっとと死ね”」


121名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 23:38:05 ID:n3e79sBFO
wkwk
122Indulgence 15:2008/04/01(火) 23:38:29 ID:y1WWsufoO
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP60% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼)
    オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着)
    クローナシンボル ミントのサック(ホーリィスタッフ、大いなる実り同梱)
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:ミトスをなんとかして退ける。無理ならば西へ行きつつ交戦する。隙あらば逃げる
第二行動方針:ミントをクレスの下に連れて行く。ミントを守る
第三行動方針:ヴェイグとは何らかの決着をつける?
第四行動方針:事が終わればミントにジェイの事を打ち明ける
現在位置:C3村北地区

【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP95% TP40% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷
   右頬に小裂傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:ティトレイから大いなる実りとミントを奪取する。ティトレイは殺す
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(但し優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村北地区

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
   舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷
   全て応急処置済み
所持品(サック未所持):サンダーマント ジェイのメモ マーテルの輝石と要の紋セット
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:ティトレイを援護したい
第二行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村北地区
※バリアーは窮地に陥り奇跡的に使えただけです。今のミントには法術は使えません。
123戦線のコンチェルト 1:2008/04/10(木) 17:12:46 ID:aeInfo5m0
[side:K]

上擦り気味の声で去り行く男に叫びかけても、男は振り返らなかった。
声の主である少年は追いかけようとするも足の傷が痛んで怯んでしまった。
自分の足と消失点の向こうへと消えていく男を交互に見ることしか、無力な彼には出来なかった。


完全に男の影が消えてからしばらく経つ。広場には再び彼1人だけが取り残されていた。
相も変わらず西からは戦いの音がする。
「……鈴の音、ってどういう意味だろ」
彼はどこか不満げな音で言い、顔をしかめさせていた。
『分からん。我らは聞いていない上に、鈴なんて小さい音が聞こえるとも思わん』
未だ彼の手に握られたままである炎の大剣はコアを光らせながら答えた。
少年も頷き同意を示す。おかげで彼のしかめ面は尚更酷くなった。
手がかりとなるヒントもまるでない上に、彼は頭脳労働は苦手だ。
「追いかけた方がいいのかな?」
そうなると行動的な提案が出るのも至極当然である。しかし、物言う剣の反応は明朗なものではなかった。
『射手であるティトレイを放置するのは危険だが、1人でこの霧の中を追うのもリスクが高い。
 ……奴はまるで気配がないからな』
「でも、東からアトワイトさんが来たってことは」
『ああ。その方面にミトスがいる可能性は高い』
剣の言葉に、少年は顔に真剣みを帯びさせた。
彼にとって、ミトスがいるということはその場にミントもいるということだ。
兄や知人の死に喚き散らしていた自分を諭してくれたのはあの人だ。
悲痛な叫びを上げていたあの人を助けない理由は、自分にはない。
しかし同時に、こんな足でミントを連れ出すことは出来ず、万が一の時、箒に乗ってではミトスを倒せる保障もないと、
そんな考えが頭で浮かんだ。
今の自分1人ではミントを助け出すことも出来ない。
ましてや、仮にティトレイがミトスに何らかの目的で呼ばれたのだとしたら、下手を打てば2対1の状況を強いられる。
もちろん、1は自分の方だ。これでは無策の玉砕突撃に等しい。
「……少しでも、手があれば……」
行き場のない感情が少年の胸の内でわだかまり、どうにも歯痒かった。
124名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 17:14:37 ID:iWyQ4fmHO
支援する
125戦線のコンチェルト 2:2008/04/10(木) 17:14:51 ID:aeInfo5m0
[side:K']

メルディの手を握ったままエアリアルボードで駆ける青年、キール・ツァイベル。
走るのは彼の運動能力の低さを考慮すれば却下だ。何よりも時間が惜しい。
彼にとって、これからのことを考えればミトスに接触するのは重要なファクターなのだ。
もしあのコレットを昨夜のE2でのクレスに例えるなら、ミトスが行おうとしているのは一斉殲滅。
一気に時空剣士2人を葬ってくれるのはありがたいが、同じ西にいては巻き添えを喰らい兼ねない。
西にミトスがいないと分かっただけでも十分な収穫だ。
しかし、それならミトスはどこにいるのか。
グリッドの言葉が思い起こされるも、馬鹿馬鹿しいと頭を振った。
(南には僕たちがいた……ミトスもそこにいたなら接触してきた筈だ)
そうなると残るのは北か東。何にせよ、中央広場に向かわなければ最短距離では移動出来ない。
西を離れ少し経ち、その広場にもうじき着く。
霧は相変わらず白く広がっている。視界は不明瞭で、物の少ない広場ではぼんやりとした縁取りしか見えず、
だからこそ目の前に見える影に反応は遅れてしまった。
白亜の中にうっすらと灰色のシルエットが浮かぶ。
思わずエアリアルボードを解除し急停止する。
手が伸ばされるかのように、霧の中から金髪が現れる。
飛び跳ねるような金髪にもしやという一抹の期待は裏切られ、そうして青い瞳とあどけない顔立ちが見えるようになった。
相手も突然の来訪に驚いているのか、丸い目と、僅かな警戒をキールへと向けている。
それも、見知った相手だと分かってか、ふっと和らいでいった。
ただ単に仲間に会えたというよりも、もっと強い安堵と眼差しを見せていた。
「よかった、2人とも……来てたんですね!」
座り込んだまま言うカイルに、キールは相手の足元を見やる。
やはり骨折したままの足では思うように動けないのだろう。全身には傷もあり、E3を離れた時よりも増えている。
ひとまず駆け寄り、治癒晶霊術を唱え身体の傷を癒す。
126戦線のコンチェルト 3:2008/04/10(木) 17:16:38 ID:aeInfo5m0
キールにとってカイルとの邂逅は予想外だった。
確かに西にカイルとティトレイはいなかったが、中央に1人いるというのはどこか頭の片隅から抜け落ちていたのだ。
とりあえず疑われる材料を作らないためにも治癒を行う。
「1人で何をしている?」
術を唱えたまま問いかける。
「東から反応があって、アトワイトさ……あ、ええっと、コレットと戦ったんです。でも、西に行かれてしまって」
手に持ったディムロスを見せるように掲げてカイルは説明した。
そしてはっとしたような顔をして手を振る。
「それで、その後ティトレイがここを通って東に行ったんです。音がするって」
「音?」
彼は耳を澄ませるも、何の音もしない。せいぜいが風の吹く声と西からの剣戟音だ。
「何もしないんですけど、でもそう言ってました。やっぱり東には何かあるんだと思います」
なるほど、と一言添えてキールは目線をカイルから奥の風景へと移す。
口元が少し上に向きそうになるが、何とか堪える。
ティトレイの信憑性はともかく、コレットが東から来たのならミトスも同じ方向にいる可能性が高い。
再びカイルの方へと目を移す。
その顔は焦っているような、しかしどこか希望に満ちた色のようなものが見える。
つまり、期待だ。
カイルは彼に対して、一緒に東に行ってミントを助け出してくれるという期待を抱いている。
紛れもなく仲間だと思っているのだから。
キールの目が細められる。
カイルは剣の扱いに優れる前衛型の剣士だが、今は両足の骨折、おまけに左足甲の刺し傷のせいで箒での移動を余儀なくされている。
おかげで本分ではない術士のような役割に就かされている。ソーディアンがなければ間違いなく戦力外だっただろう。
足だけではなく、股間や全身の傷もある。彼は1度低く唸った。
カイルはロイドと違って、脱出に関わるようなキーパーソンではない。
仮にミトスの軍門に降った後でも、カイルが協力するのを拒めば武力屈服ないしは破棄も有り得る。
要するに、絶対に必要な人物ではないのだ。
グリッドのスケープゴートにちょうどいいか、とずいぶん稀薄な考えがキールの中で浮かんだ。
127戦線のコンチェルト 4:2008/04/10(木) 17:17:50 ID:aeInfo5m0
カイルはじっと彼を見つめ、少し不思議そうな顔をしている。
意味もなく流れた沈黙が作り出す溝に、カイルはまだ気付いていない。
霧によって覆い隠されたキールの黒い眼光に気付いていない。
だが、疑惑の分量はどれほどにせよ、カイルもまた1人ではなかった。
『キール、お前はメルディと一緒なのか?』
突如発せられたディムロスの声に、キールは一瞬口を噤む。
質問の意図は彼にも推測可能で、いつか来るだろうことも分かっていた。彼は1拍置いて淀みなく答える。
「ああ。戦えないグリッドが入村までするのは危険と考慮して、今は入口に待機させている」
『……1人で残す方が危険ではないか?』
「いや、何が起きるのか分からない。ましてやクレスもミトスもいるんだ。凡人のあいつは残すのが賢明――――」
唐突にキールの言葉は遮られる。
ぴりぴりとした、肌の上で酸性の泡が立つような感触。耳の奥でごお、という低い地響きが聞こえる。
単なる耳鳴りかとも思ったが、違う。そしてこれは地鳴りでもなかった。
空気が、波紋を立てるように震えている――彼は空を見上げた。
空が夕方前の空のように、黄ばみがかった白に染まっている。しかしまだそんな時間になるには幾分早い。
何よりも、その白の中央には正反対のどす黒い闇が渦巻いている。
一見しただけで感想は良いものではない。
あれが、ミトスの狙っていた盤面をリセットする撃鉄か。
「一体、あれは――――」
同じく空を見上げていたカイルが呻いた瞬間、中央の闇から光が降り注ぐ。
ちょうど真下に落ちてきた光の1つが3人の近くへと着弾する。
3人はなす術もなくただそれを眺めていたが、大地に焼き付いた熱の跡や衝撃で抉られたのを見て、
事態はただならぬものだと気付いた。
光は四方問わず飛んでいるが、特に西に多く集中していた。
鏡に反射しどこもかしこも行き交う光景は、まるで光の1つ1つが意思を持っているようだった。
それも、悪意という名の。
キールは2人と共に避難しようと移動を試みたが、カイルは足の怪我もあって動けない。
このまま見捨ててしまおうか、と脳裏の悪魔が囁く。しかしその手を打つにはまだ早い。
落ちっぱなしの箒の下に向かおうとして、1本の光の束が鏡に反射して軌道を変え向かってきた。
その通過点にはちょうど、ぼんやりとしたままの少女が立っている。
128戦線のコンチェルト 5:2008/04/10(木) 17:20:03 ID:aeInfo5m0
「メルディ!!」
彼にしては咄嗟の、いや少しは鈍い反応だったから咄嗟なのか、とにかく彼はメルディの下へと飛んだ。
彼女の身体を突き飛ばして、その上空を光が飛んでいく。
そのまま光は直進して先にある民家へと衝突した。
間一髪。あと少し遅ければ彼女の肉は塵も残っていなかった。
しかしそれは彼の勘違いだった。
何が勘違いかと言えば、メルディを突き飛ばしたのは別に彼ではなかったのだ。
証拠にキールの身体はメルディの前で倒れている。
あっという間の出来事で、キールの目に確かに焼きついているのは黒、その一言で済むものだった。
影、残像、そんな類のものだけなのだ。
「……大丈夫か?」
彼は立ち上がり、座り込んだまま無言で首肯するメルディを見て、一息こぼし安堵の表情を見せる。
今までのどこか冷たい面持ちとはかけ離れた穏やか過ぎるものだった。
だが、すぐに腑抜けた表情に戻って天を仰ぐ。
ひとまずミトスの策、無差別攻撃は終わりを迎えたようだった。
別に緊張の糸がほどけて気持ちまで緩んだ訳ではない。何故メルディは助かったのか、それだけが腑に落ちなかった。
神風か、それとも――――
「飛行機、黒い羽」
「……烏?」
カイルとメルディが唐突に切り出す。
2人とも呆然としたように一点を見つめている(尤も、メルディは元々そんな顔になってしまっているが)。
キールの頭が2人の言葉に導かれるように映像を再生する。
メルディを突き飛ばそうとする自分の横を通り過ぎる黒、影、背中の黒、不敵な笑み。
すっと身体の熱が下がっていき、頭が透き通る。あれは、あれは――何だ。どうして「生きている」。

次の瞬間にはメルディの手を引いて走っていた。
129戦線のコンチェルト 6:2008/04/10(木) 17:21:41 ID:aeInfo5m0
[side:K returns]

「あ、キールさん、待っ……痛っ!」
薄情にも自分を置いて駆け出したキールをカイルは追おうとするが、足が痛み咄嗟に庇ってしまう。
その内にキールと、なすがままに引かれ走るメルディは奥へと消えてしまった。
霧は先刻の光によって掻き消され、視界は澄み渡っている。
キールが消えたのは自身もさっきまでいた方角、西だ。
そして、西に向かって右、左、右、左と地面がめくり返ったような形跡があった。
あの光によるものではないとカイルは直感する。あれは、走った跡だ。
「さっきの人は誰? ロイドみたいな羽が後ろにあって……」
カイルの動体視力でもごく僅かしか姿は捉えられず、記憶に残っているのがそれだった。
ましてや光による状況の混乱や少しばかりの霧もあったのだから仕方なかった。
『私にも分からん。羽、ということはロイドたちの世界の住民か……。
 だが、キールの様子を考えても一刻も早く追わなくては。あいつの様子は、以前と違いどこかおかしい』
「別に普通じゃなかった?」
『……そうだろうか。私の勘違いかもしれないが』
カイルの顔が少しだけ怒気を帯びる。
「ディムロス、前もあったけどさ、疑うのを前提にしちゃ駄目だ」
言っていることは甘く、子供じみた言葉だったが、顔をむくれ上げたりしない対応は彼の言葉に相応の説得力を持たせていた。
ディムロスも彼に圧され、つい封殺されてしまった。
以前なら自分がこの少年を嗜める立場であったというのに、一体この短い間のいつ、形勢は逆転してしまったのか。
けれども例え自分が下になったとしても、不快感はなくむしろ充実感のあるものだった。
いつか、子供は大人を越えていくものなのだから。
果実酒のように甘美な悦がディムロスを満たして、小さく息をついた。
そのカイルは改めて西を見つめる。
「あっちの方がひどかったし……2人が心配だ」
身体を引きずらせ落ちたままのミスティブルームの方へと向かう。
ゆっくりと、しかし確実に箒へと近付いて、やっと手にしようとした時にカイルの耳は1つの物騒な物音を聞く。
「え?」
その音がしたのは、誰もいないであろう北からだった。
130名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 17:21:49 ID:iWyQ4fmHO
支援だ
131戦線のコンチェルト 7:2008/04/10(木) 17:23:24 ID:aeInfo5m0
[side:C]

クレスの叫び声が西の空間を満たし、1つの背景音楽として完成する。
しかし、ロイドはそれをまるで歯牙にもかけずにいた。
ただがむしゃらに剣を振り、コレットを敵とみなすヴェイグに一撃を加えている。
ヴェイグはクレスの発狂を把握していたが、ロイドの相手で手一杯だった。
ちらりと一瞥を投げても相変わらず頭に手を当て髪を掻き毟っている。手や顔に飛び散った血は鮮やかな赤色をしていた。
「よそ見してんじゃねぇッ!!」
時空の力を帯びた2刀がヴェイグへと牙を剥く。
氷を纏わせたチンクエディアで応戦するも、天使の馬鹿力はもとより
我を失いかけているロイドのでたらめな力は強く、押されがちになり防戦一方になってしまう。
故に、隙の大きくなった所を狙うカウンターでヴェイグは攻め、的確に攻撃を加えていく。
云わば力と技の戦いだった。
ヴェイグも大剣使いで、どちらかと言えば大味な攻め方をする方だが、
今のロイド相手にはこの戦い方が1番理に適っている。
がきん、と相手は木刀の筈なのに金属を思わせるような鈍い音が鳴った。
霧で濡れた髪から水の飛沫が飛び散る。
「ロイド、まだ分からないのか!? あいつはお前にも攻撃したんだぞ! それでも仲間だと言い張るのか!!」
「うるせえ! コレットは仲間だ! ただ、ただ誤解して、何かされてるだけだ!
 それに一撃加えただけで仲間じゃないなら、お前なんてもう仲間じゃねえッ!!」
剣を交差したままの状況が変わり、互いに間合いを取る。
「調子に乗るなよッ……!!」
支離滅裂な会話を交わして、2人は再び剣を交える。
攻撃を捌いては一撃を与え、また相手の剣を受け止める。両方ともその連続だった。
仲間である筈の2人は本当に無駄な労力を使っていた。
尤も、ロイドは天使と化しているため、体力を消耗しているのはヴェイグだけなのだが、
だからと言って頭に血が昇っているロイドがそんな迂遠な策を思いつき、実行している訳では当然なかった。
コレット、もといアトワイトは2人の様子を見て喜びほくそ笑むべきなのだろうが、そんな気には到底なれなかった。
目前で悶え苦しみ、箍の外れた声を上げる男。
頭から血を被ったように、べったりと付いた顔面の血が、アトワイトには恐怖の象徴でしかなかった。
この男は、真に違う世界の人間だ。いくらミトスでもこいつには敵うか分からない。
ましてや、自分が制圧出来る訳もない。
早くジャッジメントを発動させて、とアトワイトは心の中で願い続けた。
彼女には場を混乱させる役目があるというのに、まるで自身の足は動いていなかった。
その代わりに、優しいロイドは汲み取ってでもくれたのか、見事に混乱してヴェイグを巻き込んでいる。
結果として間接的に目的は果たしているものの、アトワイトの全身には畏怖が埋め尽くされていた。
誰か、誰か助けて。お願い、誰でもいいから、あの人でもいいから。
ふと視線が合い、クレスの手が止まる。激しく動いていた腕がぴたりと、ブレ1つなく止まる。
「ミント」
クレスはぽつりと呟き、頭に当てていた手をコレットの身体の方へと伸ばす。
132戦線のコンチェルト 8:2008/04/10(木) 17:25:02 ID:aeInfo5m0
「ミント、だいじょうぶ、君は僕が、僕が守るから」
グローブや銀の篭手に付着した血が白の霧の中で映える。
何よりも、殺人鬼らしからぬ笑顔が浮いたように血と対比され強調されている。
ふるふると小さくアトワイトは首を振った。
それに気付いたロイドが咆哮を上げる。そして一気にヴェイグを吹き飛ばし、コレットの下に向かおうとする。
しかし感覚のない天使の足が動くことは叶わなかった。
足元に氷が張られ、ロイドの膝下まで及んでいた。
「ヴェイグ、てめえッ……早くこれを――――」
叫んで、目の前が一瞬で光の壁に遮られ、出かけた声を呑んだ。
オールバックの鳶色の髪が風に煽られ、身体の動きが止まった。
すぐに消えた光の跡は黒く焼きついている。
ロイドの嗅覚は機能していないが、きっと大地が焦げるとしたらとても嫌な臭いなのだと思った。
きっと臭いなんて本当はしないのだろう。だが、今目の前の状況が好転の兆しだとはとても考えられない。
あ、な、と呻いて、もう少し前に出ていれば天使であろうと自分は死んでいたと、やっと気付いた。
理由が氷解するのと共に足に纏わり付いていた氷も消えていく。
呆然としたままのロイドが更に突き飛ばされ横転する。そのまま横を光が駆け抜けていく。
覆いかぶさったままのヴェイグは、下にいるロイドを残された片目で睨みつけた。
「ぼうっとしている場合か!」
「ヴェイグ、どうして」
起き上がり、目の前に向かってきた光に反射的に氷壁を作り出し防ぐ。
「いつまでふざけているつもりだ。お前が死んだら何もかも台無しになるんだぞ」
熱で氷は溶け、僅かに残り防ぎきった氷が砕け散る。
目の前でいかにも死にそうな人間を無視することも、ヴェイグには出来なかった。
ロイドの頭の中で上がっていた熱の温度がようやく下がっていく。
「……ごめん、悪かった」
今も西には光が降り、家や木々を燃やしている。
鏡に反射して上からではなく左右からも光が飛ぶ光景は異様で、まるで何かの包囲網のようだった。
「けど、だからってコレットのことまで認めた訳じゃない。絶対にコレットは俺の仲間だ」
「まだ言っているのか?」
「何か事情があるんだ。少なくとも、コレットはあんな大人っぽく笑うんじゃなくて、にこって愛想笑いをするんだ」
愛想笑いって良いものなのか、という疑問が浮かぶも、ヴェイグは呆れた風に溜息をついた。
「お前の言うことはとりあえず分かった。だが、どうやってそれを見定める?」
「分からない。でも、絶対にどっか違う……」
振り返ったロイドは、何重にも重なった光線の先を見据える。
バリケードのように2人を遮り妨げるその先に――クレスとコレットがいる。
光の舞台の中を、クレスは歩いていた。それも止まることもなく、コレットの方へよたよたと進んでいた。
赤く塗れた手を差し出して。
思わずロイドは飛び込もうとするが、ヴェイグに腕を掴まれ阻止される。
133戦線のコンチェルト 9:2008/04/10(木) 17:26:33 ID:aeInfo5m0
「離せよ! コレットが、コレットが!」
「あの中に突っ込む気か! いくらお前でも危険過ぎる!!」
口論の内に再び上空から光が落ち、2人はバックステップを取って回避する。
1歩後ろに下がり離れる間に、クレスはまた進んでいた。
光の1つがクレスに落ちるも、瞬時にエターナルソードで地を叩き作り出された守護方陣で跡形もなく掻き消される。
そして何事もなくクレスは進む。
アトワイトもまたじりじりと下がるが、ミトスの放ったジャッジメントが逆に災いして、大した身動きも出来なかった。
彼女の下に直接落ちることはなかったものの、他に落ちるのだから動ける訳がない。
その他に落ちた光をクレスは無理矢理にでも消して進むのだから仕様もない。
遂に、手がコレットへと伸ばされる――――顔に伸ばされるそれがロイドには首を絞めようとしているとしか思えなかった。
「止めろ……止めろおぉぉぉぉッ!!!」
進もうとするロイドの身体を強引にヴェイグが押さえ付ける。ロイドの絶叫が虚しく空に響く。
しかし、その絶叫もまた1つの音に掻き消される。
耳をつんざく一瞬の轟音。
視界が白ばみ、勝手に筋肉の刺激が混信し、身体が痺れなす術もなく地に膝を付ける。
男のその行動を、目の前に立つアトワイトは混乱気味に座視していた。
一体何が起きたのか。ミトスの術ではない。同じ光速の速度を持ちながら、属性の違う術。
いや、そもそもこれは術なのか?
益々分からない。ただ1つ言えるのは、これが天から降ってきたということだ。
彼女は天を仰視する。ロイドとヴェイグもまた同じ行動を取る。
霧が消え、太陽の光が差し込む空が見え、民家の屋根が現れ、その青の中に浮かぶ黒い影。
暖かい陽光を背に受けるシルエットは、少しだけ透き通った影を持っていた。
何枚もの羽根のような影――否、それは光である。

ある伝承では、3本の足を持つ烏が太陽の中にいるという。
またある伝承では、その烏は険しき道の先導にもなったという。
そして何にせよ、格好いい男は高い所から現れるものだ。
「おいおい、この俺様を置いてそのまま忘れっぱなしてのはいい度胸じゃねーか? ん?」
聞き覚えのある、やけに自信満々な声が2人の声を満たす。
ロイドとヴェイグは驚いたような顔をしてその人物を見上げる。
膝を付いていたクレスもまた、殺気に満ちた表情で声の方を見つめる。
右手には約束の双身剣、突き出したままの左手には電気を帯びたままの指輪。
懐かしい顔が遂に現れた。
「主役のお出ましだ。どいつもこいつも照覧しやがれッ!」
1羽の正義の烏。黒い天使の羽を背負うその者の名はグリッドといった。
134名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/10(木) 17:27:01 ID:iWyQ4fmHO
支援した
135戦線のコンチェルト 10:2008/04/10(木) 17:27:32 ID:9Ln6i4oq0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP40% TP20% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ ミスティブルーム
基本行動方針:生きる
第一行動方針:北からの物音が気になる
第二行動方針:西へ向かい、ロイドとヴェイグに合流
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村中央地区・広場東側付近

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP15% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:状況の把握
第二行動方針:コレットの撃破?(但し、完全に敵と見なしてはいない)
第三行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP25%(実感無し) TP30%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷
所持品:ウッドブレード エターナルリング
    忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:コレットを守る
第二行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP35% TP45% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背中大裂傷 胸装甲無し 全身に裂傷 発狂寸前 背中に複数穴 軽度の痺れ
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:ミントを守る?
第一行動方針:目の前の3人を殺す?
第二行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
136戦線のコンチェルト 11:2008/04/10(木) 17:28:26 ID:aeInfo5m0
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP90% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:この場から離脱し鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ

【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
 神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている?
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
    ダーツセット クナイ×3 
双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:キールと共に歩く
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:C3村中央地区・広場→西地区

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP45% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:西に向かいグリッドの真偽を確かめる
第二行動方針:ミトスを探し出し、接触する
第三行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第四行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:C3村中央地区・広場→西地区

【グリッド 生存確認】
状態:HP25% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』(要雷属性アイテム)
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 要の紋@コレット
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドにコレットの要の紋を返す
第二行動方針:仲間をもう一度集める
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
137名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 08:56:47 ID:O08Rq8coO
保守
138名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 01:26:20 ID:YGWJWKZX0
保守
139世界への大呼 −Restart Newgame− 1:2008/05/03(土) 22:01:09 ID:gGO2wLPT0
神の威光は、地上の穢れた罪科を詳らかに明かす様にして大地にかかっていた霧を一掃した。
久しく見なかった空はとうに全天に黄みがかっており、次第に日に橙が架かり始めている。
既に夕を刻みつつあるこの空に、一つの黒い影が高く立つ。
其は吉兆を呼ぶものにして不吉を運ぶもの。
其は黒き羽根を撒き散らしながら太陽を称えるもの。
其は神の斥候にして賢を持ちながら誑言を手繰るもの。

昼と夜の境界に現れ、逢魔時を告げるかのようにそれは彼らの前に現れた。

クレス=アルベインは凝視する。自らに雷を落とした、斬り殺すに値しない滓の如きものを。
アトワイト=エックスは仮初の眼球に捉える。自らを救った、自分と関わる理由の無いものを。
ヴェイグ=リュングベルは視界に納める。来訪を約束されていながらも、乱入と呼ぶに相応しいものを。
ロイド=アーヴィングは認識する。記憶の隅の隅の隅、忘却の果てから自分と同じ羽根と共に帰ってきたものを。
其れは、その場にいた誰も彼もよりも弱かった。
実力が無い。そしてここに来る前に潜り抜けた死線の数が絶望的に足りない。
火薬庫に火が付きかけたこの一触即発の状況において、其れは本来誰彼からも一顧だにされるはずの無かったものだ。

だがこの刹那、揃いも揃った誰も彼もが盆暗とばかりに其のものに囚われた。

白と橙の夕入りを背負った黒い羽根と蒼い雷光は対照的に見るものをひきつける。
あまりにも都合よくあまりにも派手に現れた其れはただ見得を切るだけで、混沌の中心に居座ってしまった。
視線と共に伝わる動揺、驚愕、疑惑、殺気etc。その全てを神経の奥底で感じ取りながら其れは獰猛に笑った。

(いいね、刺すようにびっしり見てやがるのが背中まで伝わる。
 この俺如きを、見てやがる。つまりここは俺の晴れ舞台…………愉しまなきゃ損ってか)

今や誰もがその動向を見極めざるを得ない状況で、
音速の貴公子グリッドは今この瞬間、疾風迅雷の速さでその中心を簒奪した。
ああ、この愚者にこの場を収める奇跡はあるか。
あるだろうさ。ここにグリッドが立ったことが一つ。
この能無しが今この場の全てを挽きつけていることそのものが、既に二つ。
三度の奇跡など、もはや驚くにも値しない。
それに例え奇跡が舞い降りなくても、こいつは平然と奇跡をでっち上げるのだから。

140世界への大呼 −Restart Newgame− 2:2008/05/03(土) 22:02:22 ID:gGO2wLPT0
「グリッド……なのか?」
光によって舞い上がった土埃と白い霧がようやく散り散りとなって開けてきた。
この光景の中に映る彼の姿に、ヴェイグは自然に疑問を漏らしていた。
今までと変わらぬ服装、体型。半壊した民家の上に立つのはグリッド以外の何者でもない。
だが、ヴェイグは迂闊に声をかけることができなかった。
目の前の男を、グリッドと呼んでいいのだろうか。それほどまでに現実と記憶の彼は乖離していた。
浮き淀む風に戦ぐ黒の羽根と無数の傷跡は確かに視覚的に一番の痕跡と言える。
しかし真にヴェイグが何よりも違うと思えたのは、グリッドが纏う見えざる全て。
揺らがない瞳、震えない身体。ムラのあった熱は全て重量感を持って自信と化している。
最後に分かれたE2からまだ数時間しか経ってない。その僅かな時間に人はここまで変わるのだろうか。
いったいグリッドに何があったのか。過去の彼を知る者なれば誰もが考えてしまいたくなるが、
そんな悠長なことを許すほど状況は甘くは無い。
「グリッド、お前……その羽根!?」
ロイドが半ば呆然としたように叫ぶ。
無理からぬ疑問だった。その変化を納得できるからこそ理解ができない。
目の前の人物はただのヒトだったはずだ。決して、その羽根を持っているはずが無い。
想像したこともなかった新しい天使はロイドの方を向いて、文字通り見下しながら言った。
「ん? あーーーー…………これか? うーん、まあ、その…イメチェン?
 おお、そうそう! ただのイメチェンだ。気にするな」
答えられた二人は薄っすらと口をあけて呆然とする他無い。
ロイドが覚悟の覚悟を決めて至ったその領域に、グリッドは踏み込んだ。
それほどのことがイメチェンの一言なんぞで済む筈が無い。
おちゃらけたようなグリッドの振る舞いに、ロイドには看過できなかった。
「お前、分かってんのか!? どうやって手に入れたかは知らねえけど、
 “俺を知っておきながら”それを手にするってことがどういう意味か分かってんのかよ!!」
今にも走り出そうとするロイドの腕をヴェイグは慌てて掴み直した。
捕まえる手からロイドの怒りはヴェイグに伝わっていく。
痛覚の否定、異端なる不老、人間を超える進化……無機生命体としての天使に与えられるその恩恵は凄まじい。
だが対価なしに得られるものなど無い。人の駆動限界を超えた先にあるのは、人では成し得ない末路しかない。
それを何人もの天使がこの舞台で示した。ジェイから聞いたクラトスも、グリッド本人から聞いたユアンもそこに埋没した。
そして何よりもロイド本人が人としての末路を超えてその袋小路に至りかけている。
グリッドはそれらを知っているはずだ。知っていて、踏み込むことそのものがロイドには許しがたかった。
いや、許す云々とは違うかもしれない。
“自分が追い詰められて追い詰められてたどり着いた決意の形、その域に勝手に踏み込まれたことが悔しかったのか”。
最終領域に土足で割って入られた嫌悪感。それを、よりにもよって一番温いであろうこの男に。
追い詰められたロイド自身が気付かぬうちに澱として溜め込んでいた、仲間の過小評価……それが露出したとも言える。

141世界への大呼 −Restart Newgame− 3:2008/05/03(土) 22:03:33 ID:gGO2wLPT0
ロイドが自分を“見下している”ことを肌で理解し、グリッドは歯を軋らせた。
無論見下されたことへの怒りにではない。その評価は正しいのだからそこに怒る筋合いはない。
本家本元の天使にしてみれば付け焼刃の天使化など評価対象外だろう。
そしてロイドが自分と同じくらいにバカなのはある種理解している。
ロイドはどうしようもなくこれ以上ないほどにロイドとして暴走している。それはいい。
「分かってるに決まってんだろ? 俺が超絶にパゥアアップしたってことだよ。
 悪いが他の奴等がどうなったかなんて知らんな。下らないジンクスなんて犬の餌にでもしとけ」
許せないのは、“そのロイドのバカさをピエロに仕立て上げて愚かさを笑うしかないこの構図”だ。
一体どこがどうなってこんなふざけたシーンが出来上がったのかは分からないが、一枚絵として見ただけで腹が立つ光景だった。
こいつにはこいつの信念がある。譲れない願いがある。
その為に仲間の輪を外れてロイドはここまで一人で来た。もしこれが英雄譚ならばここはその覚悟を褒めるべき所だ。
それが今では、振り切ったはずの仲間に捕まえられて身動き取れない有様。
グリッドが割って入らなかったら、コレットは死んでいたかもしれない。
結果、迷惑を掛けないようにと手放した仲間に妨害されて哀れ大切な人は死んでしまいましたとさ。
(ザケんな……そんな下らないオチなんざ要らないんだよボケが!!)
ヴェイグも間違ったことをしていない。ロイドを守り、止めたかっただけだ。
残り二人も恐らくは間違ったことをした訳ではないだろう。
全員が全員正しいと信じた行動を取ってるはずなのに、こうやって高い目線で見ればただの三文芝居だ。
答を得た今だからこそグリッドはハッキリと認識できる。

何がどうなろうが、ロクなことにならない世界。やはり此処は異常だ。

グリッドは鼻でフンと軽く息を流した。
否、バトルロワイアルとして視ればこれも正常だ。故に何が正しく何が間違っているか……正誤の判定なぞは意味がない。
重要なのは唯一つ。この状況が“心底面白くないということ”。

142名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:03:56 ID:Eb+DYyezO
支援
143世界への大呼 −Restart Newgame− 4:2008/05/03(土) 22:04:18 ID:gGO2wLPT0
「グリッド、お前な!」
言いたいことが伝わっていないと感じたロイドは立ち上がろうとするが、やはりヴェイグの腕に押さえつけられる。
「放せヴェイグ!!」
「馬鹿が、今動けば……!」
ヴェイグが言い終わる前にロイドが腕を振り切ってヴェイグの手を払う。
その瞬間、クレスがスイッチが入ったかのように一気に動き出した。
その眼の内にはコレットが……いや、クレスにとってミントである彼女が映っていた。
ロイドの動きによって均衡が崩れ、弾かれたようにクレスがコレットめがけて走りだす。
グリッドという存在を測りかねて、もう少しこの均衡を保持したかったヴェイグの期待は辛くも打ち砕かれる。
(不味……逃げ……)
グリッドという乱入者の存在などクレスの殺気を一身に受けているアトワイトには殆ど眼中に入っていなかった。
出力・精度ともに話に聴いていた程のものではなかったが発動したことには変わりはない。
既にこの場に光は満ちた以上、アトワイトがこの場に留まる理由はない。
役目は終わり、後は鐘楼まで逃げ帰るだけでいい。彼女が先ほどまで切に切に願っていた瞬間だったはずだ。
だが、その時に至っても彼女に喜びなどありはしない。
あるのは“喰われる”というのが一番しっくりくるだろう、数分後の自分に訪れる未来への恐怖。
クレスのどす黒い情念を受けて沸き立つ恐怖が足首をつかんだようにして彼女をこの場から離さない。
血糊で真っ赤に染めた瞳は、狂いながらも確実に彼女だけを正確にとらえている。
戦場に立つ者として、彼女はハッキリと理解している。
時空を捻じ曲げて剣を振るうこの殺人鬼にとって距離など意味を持たない。
どこに逃げようとも彼女の立つ位置は既に間合いの中だ。
漸く足を気圧されるようにして後ろに動かせたが、身体が逃げることを諦めかけているのでは是非もなかった。
身体に引き摺られて精神もあきらめの境地に入ったのだろうか。
むしろ彼女はエクスフィアに喰わせた筈の感情がまだこれほどに残っている自分に驚きを覚えた。
(……こんな無様な姿を曝したくないから、こうなったはずなんだけど)
クレスが時空剣技ではなく得物の間合まで接近し、彼女が本能的に眼を瞑ろうとしたその時だった。

「逃がさん……ライトニング!」
144名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:04:23 ID:UpIRQbAuO
C
145世界への大呼 −Restart Newgame− 5:2008/05/03(土) 22:05:01 ID:gGO2wLPT0
再び雷鳴がクレスの頭上から落ちる。しかし同じ術を短時間に二回もまともに食らうほどクレスは甘くはない。
避けられないと即断し、動きを一瞬だけ止めてジャッジメント同様守護方陣で弾く。
閃光が目映く輝き、彼の眼を一瞬眩ませる。
そう――――“一瞬、クレス=アルベインはコレットを見失った”。
この殺人鬼にとって、世界とは処刑場であり鍛錬場であり魔王の城だった。
『お姫様を、自分の大切な人を魔王より奪い返す』。
その目的を達成するためだけに立つべき大地は存在し、その物語を完結するためだけに在るべき他者は存在した。
何処までも斬ることに特化した最悪の王子にとって彼女と魔王以外の生命とはそれを成す為の要素でしかない。
強いて言うならば、彼にとって命とは経験値の詰まった肉の袋だ。
より強い者を斬れば自らはより高みへと到る。弱者は幾ら斬った所で糧と成り得ぬ故、眼中にすらない。
強く速く大きく、未だ立っている魔王を殺す為に自らを高める。
『負けていない』
全てはたった一つの淡い約束を成す為に、彼は技巧のみを頼りに鬼神と化した。
寸毫の先まで尖った針を削るように一点を目指す彼は、それ故に無敗だ。
その彼にとって、目の前の存在は全く異質だったといえる。
明瞭と分かる。今しがた旋風の如く現れたそれは正真正銘の弱者。
吹けば飛ぶ、触れれば折れる虫以下の塵芥。クレス=アルベインが一顧だにする値のないモノ。

「防がれてもよかったんだよ。その数秒があれば、俺が走りこむには十二分だ」

なればこそこれは重大な怪異ともいえる。
それは精々が、冬に桜が咲いたか夏に雪が降ったかというただ驚いただけの話かもしれないが。
クレスはグリッドを特別な存在として認識せざるを得なかった。

「貴様……そうか、その雷、お前」

クレスが目を離した一瞬先には、その塵芥が彼女に刃を突き付けている光景が広がっていたのだから。

146世界への大呼 −Restart Newgame− 6:2008/05/03(土) 22:05:40 ID:gGO2wLPT0
「て、テメェェェェェ!!」
右手のダブルセイバーをコレットに突き付け、余った左手を剣が握られた手首に回す。
そのグリッドの行為に対して激し、叫ぶロイドの感情は至極当然だった。
突然の天使化で唯でさえ測りかねていたいた人物が、
その瞬間には既にコレットの後ろに回り、剣を突き付けていれば敵と扱いたくもなる。
足と剣に怒りをこめてロイドは一足で切り込もうとする。
だが、その行動はジャッジメントの時と同様ヴェイグの氷によって阻まれた。
「ヴェイグ、またっ」
転びかける体をなんとか支え、ロイドはヴェイグの方に体を捻る。
当のヴェイグ本人は止めたロイドを見ることはなく、その眼はグリッドに向けられている。
雷撃を放った所まではヴェイグにも目で追えたが、その後の驚異的な疾走はヴェイグも追い切れなかった。
何故素人のグリッドが術を使えるのか、あの脚力は一体何か。
そうして生まれた思考の空白の間にコレットの傍に立ったグリッドはやけた笑いを浮かべて言った。
「ありがとよヴェイグ。お前なら止めてくれると信じてたぜ?」
「どういうつもりだ、グリッド」
夕入りという理由だけでは説明のつかない程に大気が冷えるが、
天使とドラッグジャンキーしかいないこの場所でそれに気付くものは一人もいない。
「決まってるだろ? “こいつに逃げられちゃあ困るんだよ”」
「グリッド、お前、自分が何してるか分かってんのか!!」
「だーかーらー、さっきも言っただろ? 自分のしてる事位は分かってるさ。
 いや、まあ……俺も微妙に嫌な予感はしてるんだけどな? なんか別世界の死亡確定予告入ったような感じが」
相も変わらず支離滅裂な言い回しだが、その剣先だけは万の言葉よりも雄弁に語っていた。
下手に動けば、コレットにとって取り返しのつかないことになると。
素人のグリッド程度の拘束ならば付け入る隙もあろうかとも思えたが、その剣の捌きは経験者のそれだった。
何を思ったのだろうか、クレスも剣を下げることこそないものの動きを止めている。
何がどうなればこうなるのかこの場の誰にも分からないこの新しい均衡状態を見て、
グリッドはまるで自分だけは分かっていると言わんばかりに大きくうなずいて言った。
「でもまあ、これが一番手っ取り早そうなんでな。やっぱり聞く人間が多ければ多いほど張りがでるってもんだ」
そういってグリッドは空を見上げた。薄らと浮かぶ双月の向こうにピントを合わせる。
「さっき聞いたな、ヴェイグ。俺が何しに来たかって。
 正直ここに来るまで具体的なことは決めてなかったんだがなあ。
 お前らの間抜けな姿見てたら思いついた。とりあえず――――――――――――――――叫ぶことにしたぞ!!」
この空から自分たちを見下して笑う誰かを見据えるようにして、ニィと笑った。

147世界への大呼 −Restart Newgame− 7:2008/05/03(土) 22:06:23 ID:gGO2wLPT0
彼女の眼下に広がるのは無数の破壊の痕と、呆然と彼女を見上げる3人の男達。
アトワイトはこの非常識な状況の中心に限りなく近い場所に立ちながら、一番状況から取り残されていた。
クレスという殺意の集合体を前にして半ば殺されると諦めた矢先、自らを助けるように再び落ちた雷撃。
そして、自分が生き永らえたことに気付く暇もなく彼女の頸には新しい刃が据え付けられた。
彼女の生殺与奪を握るのは彼女がほとんど知らない男。
一度何処かで遭ったような気もするが、この非常事態で安穏と思い出せるほど印象にある男ではない。
少なくとも、この男についてミトスは何もいっていなかったことを考えれば、
こいつが現れることはミトスのシナリオには入っていないはずだ。
思考に恐怖の熱が少しだけ醒め、この拘束から抜け出せるかと自己に問う。
立ち振る舞いは軽薄そのものだが、その剣筋には素人臭さはない。
この扱いにくい剣は彼女の頸を刎ねることが出来る。
だが、と彼女は足の親指に力を溜めて自分の肉体のポテンシャルを再確認する。
突きつけられた剣が頸を、そして空手はアトワイトという武器を押さえている。
軍人である彼女からしてみれば穴だらけではあるが、男が力で捻じ伏せるだけならば拘束としては十分だろう。
それにアトワイトがそのスキルを用いるまでもなく、このコレットという器は力だけでも十分に強い。
回復術込みで考えれば、傷を負ってでも強引に割って打ち崩すことは不可能ではない。
だが、彼女にはそれが出来ない理由が二つあった。
一つはクレスという存在。
何のつもりで動きを止めたのかは分からないが、依然としてその混沌とした欲求は彼女に向けて放たれている。
この奇妙な人質芝居が解かれればロイドはいち早く駆けつけるだろうが位置が悪い。
一番最初に私を犯し斬るのはこの男だろう。鳥篭の向こうに猛獣がいるのではこの均衡を解きたくても解けない。
そして何より、もう一つの理由が私の心を縛り付けた。
刃を向けられる寸前に、ぼそりとこの男の声を聞いたのだ。
誰にも聞こえぬよう、私の耳でようやく聞こえるようにか細く、“私”に宛てて。

――――――――――やっとタネが見えてきたな……何がどうなってるか知らないがお前の負けだ。
148名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:06:49 ID:UpIRQbAuO
しえん
149世界への大呼 −Restart Newgame− 8:2008/05/03(土) 22:07:08 ID:gGO2wLPT0
その言葉がこのコレットの体ではなく、ソーディアンとしての自分に向けられていると分かったとき。
この非常事態は、私が記憶より男の存在を汲み取るに十分な要件を満たした。
“こいつ、あの森でディムロスを持っていた男じゃあないか”!!
ミトスが洞窟に向かう最中に出会った、通りすがりの名もない参加者。
目の前のイレギュラーが地に足の着いた真っ当な存在だと分かると同時に、彼女は自分の中で何かが崩れる音を聞いた。
こいつはミトスが私を使っていることを知っている。
そして、今ミトスが私を持っていないことを知っている。
そしてこいつは、この器の本当の瞳の色を知っている。

この男は、私とコレットのトリックを暴ける位置にいる。
それだけではない。口振りから察すれば今のミトスに関して私が知らない何かを与り知っている可能性がある。
不完全なジャッジメントは完全な混乱を作り出せなかった。
ここで更にコレットに関する事実の一部でも白日に晒されれば、ロイド達を混沌に叩き込むミトスの計略は終わる。
それも考えうる最悪の形で。
たった一つの乱数が混じったことで、歯車はあれよあれよという間に崩壊し始めていた。
それは彼女の中で組まれていた歯車も無縁ではない。
背後にて自分を質に取る男への抵抗する意思は彼女の中から刈り取られていた。
半ば断罪を待つかのように、叫ぶと吼えた男の二の句を彼女は待つ。
だが、そこに掛けられた言葉は、彼女に対してものもではなかった。

「まずは! この村に集まった連中!!!」

秋の如く夕空はその高さを増す。その天の上の上にまで届きそうな澄んだ声だった。
「このバトルロワイアルを切り抜けてきたお前らは紛れもなく俺より強い!
 そこは最初にはっきりさせておくぜ! ここから先、俺がこの戦いの最初の脱落者だ!!」
何を言っているのか誰にも掴めなかった。そんなことはお構いなしとばかりにそれは風に流れる雲の如く群と散っていく。
「だが、お前らはどうしようもなく愚かだ! こんな詰まらない茶番で斬った張ったの命のやり取り!!
 才能の無駄遣いって次元じゃすまねえ愚行だと気付いていない辺りが特にだ!
 今ついさっきまで仲間とチャンバラする馬鹿二名がいたから、強ち間違いではないからな!!」
ロイドとヴェイグが同時に奥歯を噛んだ。
自分達の真剣を侮辱されたような怒りと、いまだ迂闊に動けないという理性と、
グリッドの言に込められた言葉の一理が均衡したような堪え方だ。
「もう一度言う。下らない、嗚呼何もかもが下らない! 
 馬鹿見たくほぼ全員が放送と共に紙を取り出してメモを取ることが下らない。
 放送で流れた死者だけは簡単に信じ込んで事実を飲み込むあたりが下らない。
 ミクトランに逆らう奴は数多いが、何故かミクトランの敷いたルールにだけは逆らわない辺りが下らない。
 どいつもこいつもかつての俺自身も正気の沙汰じゃねえよ、狂ってる。 
 だったら必死に戦うやつも、必死に生きるやつも、必死に抗うやつも、必死に死ぬやつも下らない!
 バトルロワイアルなんて歪な枠組みに組み込まれた時点で何もかもが茶番以外の何者でもない!!」
このゲームの不文律に踏み込む禁句への後ろめたさは一切感じられなかった。
吼えて猛る声は響き響いて空に上る。まるでその見えざる揺らめきは炎の気流の如くこの村を包む。
150名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:07:25 ID:MNaDhLBFO
 
151名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:07:46 ID:UpIRQbAuO
支援
152世界への大呼 −Restart Newgame− 9:2008/05/03(土) 22:08:04 ID:gGO2wLPT0
「馬鹿な」

その熱気流の麓に、じゃりと土を踏む音が微かに混じる。
キール=ツァイベルは酸欠になりかけた顔面を蒼白にさせながらその光景を見ていた。
今し方到達したこの場所に到達した彼が予測していた十を超える想定、その何れにも当てはまらない空間が広がっている。
「この村で昨日一人の女が叫んだ。こんなのおかしい、絶対に間違っていると。
 こんなことをさせるミクトランが許せないと吼えた。危険って言葉の意味を知らないイノシシだなまったく」
キールはこの異常な光景に一つの幻を見ていた。
「俺は昨日この村に行かなかった。こんな女の戯言にノコノコ出て行ったら餌をマーダーに与えるようなものだからな。
 仲間を危険にさらすなんて“あの時の俺には”絶対に出来なかったからだ」
昨日、ここで一人の女が血を撒き散らしながら鐘を鳴らした。
その声の主に彼は覚えがあった。彼女は彼の幼馴染であり、友であり、標だった。
「だってなあ〜〜〜言ってることが支離滅裂じゃあないか。
 こんなのおかしい? おかしくねえよ。だって、これがバトルロワイアルだからな」
彼と、もう一人の幼馴染であるリッドの反応はまったくの逆であった。
リッドは助けに行くべきだと言った。
「絶対に間違ってる? 間違ってません。だって、それがバトルロワイアルのルールだから。
 ルールに従うってことは正しいってことだ。
 ならコイツを殺そうとした子供も、その子供を返り討ちにしたコイツも間違ってない」
そして彼は躊躇した。これは危険だと、マーダー達の格好の的になるじゃないかと。
「ミクトランが許せない。別にミクトランはコイツの許しを貰っても嬉しくもなんともねえよ
 許されるとか許されないとかは、この戦いが始まった時点でもう関係ないんだ」
彼はその判断そのものを後悔はしていない。
なぜなら彼の判断はこのバトルロワイアルに於いてまったくもって理に適った推理であり、
現にその後、彼らが今立っている場所で殺し合いが始まった。彼の傍に付き従う少女も無縁ではなかった。
「俺は断定する。間違っていたのはファラ=エルステッドだった。
 バトルロワイアルという理屈に従う限り、コイツは愚か者で馬鹿で結果死んだってことは間違いない」
グリッドの言っていることはまったく以って正しいと、キールは言わざるを得なかった。
なぜならばそれは今までグリッドが嘯いてきた陳腐なお題目の真逆。
即ち“キール=ツァイベル”が唱えてきたこの世界の真実。
それをグリッドが肯定した。それはつい先ほどまで彼と反目していた彼にとって喜ぶべきことだったはずだ。

「どんなに抗ってもこの現実は変えられない。“正しいのは、正義はバトルロワイアル”だ」
153世界への大呼 −Restart Newgame− 10:2008/05/03(土) 22:08:46 ID:gGO2wLPT0
なのに、何故だろうか。

ボタリと、液体が地面に落ちる。
握り締めた右の拳に爪が食い込み、血が親指のあたりから染み出て地面に吸い込まれた。
噛んだ唇の端からでた血が顎から喉を通り服の首回りを赤く汚す。
息を切らし青褪めた顔が、見る間に紅くなるのが自覚できる。

(なのに、こうも奴の言葉が腹立たしく響くのは何故だッ!)

自らの理とほぼ同じコトを唱えるグリッドに対する怒りの感情はなんなのか。
強烈な悪臭を放つ正義を前にしてキールは思わずにはいられない。自らが持つ理にもまた、この悪臭が漂っているということを。
キールの感情が最大限に昂ぶったところを見計らったように、グリッドはこの場に渦巻いた感情を一言に収束させた。

「だったら俺“が”間違いでいい!! 
 それが正しかろうが正しくなかろうが――――――納得できないこの現実を否定する!!
 ファラ=エルステッドのあの叫びを間違いと看做す現実なんざ、こっちから願い下げだ!!」
言の葉が音を越え、雷となりて光の速さで聴衆の脳を貫く。
「理解しろ。ここまで流した血の量を。ここまで捨ててきた願いを。
 お前達が失ってきたその全てが『バトルロワイアル』なんてたった一言で纏められることの意味を。
 そしてあのシャーリィ=フェンネスの憎悪もファラ=エルステッドの叫びも、ここじゃ等しく殺人機構に堕すという事実を!!」
それは誰に向けての憎悪なのか、それは何に対しての悔恨なのだろうか。
この感情すら、バトルロワイアルというシステムはただの一要素として取り込んでしまう。
彼にとってそれは侮辱を越えて、納得しろという方が無理な話だった。
「だから俺は決めた。この腹立つ場所で、俺は俺として一番納得できるあり方を選ぶ。
 何をやろうが、バトルロワイアルって茶番に巻き込まれる。
 “だったら好き勝手にやってやろうではないか”!!!」
誰も、何も言い返せなかった。戦場は彼の声で飽和しその他の声を受け入れる許容量を失っている。
「考えろ。俺達は駒じゃない。この世界はチェスじゃない。
 ただルールに従い、その正しさを疑わず、逆らわず、気付かないまま目的と手段をごっちゃにするバブァッパ!!」
一瞬、グリッドが痙攣したように震え、剣を取り落としそうになるが慌てて掴み直す。
ライトニングを開いた反動を必死に押し隠しながら、グリッドは刀はそのままに女の肌に絡めていた手を離した。
「ガポッ……はッ、ハアッ、お、おおおッッッッ!!!!」
誰もがその有様に動揺を抱くが、声を発するものは一人もいない。
駆け寄って、助けなければいけないと思った者もいた。見えざる何かが間を隔てるように、誰もが近づけない。
既に剣も手も拘束としての意味を失した今も、アトワイトは動けず、殺人鬼も見据えたまま動かない。
「まだ……まだまだだ……まだ、言い足りねえ……これからだ、ここからだッ!!」
静まり返った戦場に立ち、血を吐きながら天と地と人に叫ぶ彼の在り方は『君臨』という表現が最も相応しかった。
154名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:08:58 ID:UpIRQbAuO
C
155名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:09:15 ID:MNaDhLBFO
156世界への大呼 −Restart Newgame− 11:2008/05/03(土) 22:09:24 ID:gGO2wLPT0
「………“漆黒の翼の団長としてこの村に集った全員に命ずる”!!!」」

水平に空を切り、初めてこの場に集った人間を対象にした声を発した。
口を開いた途端に、口から血がボタボタと品無く落ちる。だが文言に淀みは無く、聴衆は鬼気迫る威圧に押し黙ったままだ。
依然として静謐がこの場を支配している。しかし吹き抜ける風の音が混じる錯覚だけはあった。

「自分にもう一度問え。命の置く場所を、死ぬ場所を。
 バトルロワイアルという現実は忘れろ。一切の『仕方無し』を捨てた先、本当に今が為したいことを思い出せ」

そう、風だ。この村に集った力の奔流を束ねるようにして風が生まれようとしている。

「茶番に支配されるな。そして二度と心を間違うな」

ロイド=アーヴィングはエクスフィアを見ながら何を思っただろうか。
ある一つの結末において、彼は何かを見失っていた。
理想に縛られた哀れな羽を風が抜ける。少なくとも、仲間と切り結ぶために、この村に来たわけじゃない。

「簡単に情報に踊らされるな。バトルロワイアルによって捻じ曲げられた虚像に騙されるな」

自らのフォルスによって作ったロイドの枷が解け始めているなか、ヴェイグ=リュングベルは何を考えただろうか。
ある一つの結末において、彼は何かを間違えていた。
自分が、本当に為さなければならないことはいったい何なのだろうか。

「自分で、自分で、自分でだ!」

血で凝固した前髪の奥でクレス=アルベインの双眸は、何を捉えていたのだろうか。
ある一つの結末において、彼は何かを為すことなく終わった。
薬によって理を失い、バトルロワイアルという枠組みから最も早く解放された男にとっての願いとは何か。
157世界への大呼 −Restart Newgame− 12:2008/05/03(土) 22:09:47 ID:gGO2wLPT0
「自分の足で立ち、自分が望むことを望むように! 自分の心のままに、自分で考えて、自分で選べ!!
 仲間と相談してもいい。だが自分を信じ、自分を頼んで、最後は自分で決めろ!」

心というものをミトスに預けたつもりのソーディアン・アトワイトは、
そしてその奥に封じられたコレット=ブルーネルは何に思い至っただろうか。
ある一つの結末において、彼女らは自分で考えることを棄てた。
彼女たちが迷宮に封じたものは、一体何なのか。

「自分の抱える願いは全て自分で背負え。そして願いの業は自分に責めを負え。
 その願いのために自分で戦い、その願いは自分で守れ。他人の願いなんか後回しでいい!!」

心を閉ざし、全てを諦めたメルディの持つ闇にその言葉はどこまで残響しただろうか。
全てに絶望した少女に男の声は届くのか。そもそも、彼女に願いなど本当にあるのか。
たとえ無理難題といえど、問わなければ全ては始まらない。

「自分の意思で、自分の判断で、自分が進む道に誇りを持って、
 自分の為に殺し、自分の為に捨て、自分の為に欺き、自分の為に奪い、自分の為に生きろ!!!」

つうと頭を垂れたキールはその心中で何を感じ取ったのだろうか。
詭弁、妄想、虚言、ハッタリ。相も変わらずグリッドの言葉に理はない。
だが、キールは遠目にもはっきりと分かるグリッドの顔付きに息を呑むしかなかった。

「それが、それこそが新しい漆黒の翼!! 何よりも自由に、何よりも苛烈に、何よりも輝く、新しい漆黒の翼の姿だッ!!」

だが、続く言葉に指導者としての明確な意思が感じられる。
自らが同じ凡才と断じた男から発せられるその言の葉の風を受けて彼はグリッドをどう評価するのか。

158世界への大呼 −Restart Newgame− 13:2008/05/03(土) 22:10:17 ID:gGO2wLPT0
グリッドは胸のバッチを掴み、高らかと天に掲げ今一度叫ぶ。
「まずは団長としてこの宣言を以って“生き残った全員”をニュー漆黒の翼の団員に募る!!
 ミトスだろうがクレスだろうか、バトルロワイアルの理外で戦う限りは加入OKだ。反論は認めんッ!!」
思想も立場も殺意も怨嗟も関係ない。問うべきはただ一つ『屈するか抗うか』。
「お前らがどんな道程を経てここまで来たかはこの際問わん! 
 だが、ここに来るまでに得たもの失ったものの重さはきっと俺よりでかい筈だ。
 俺如きを満たせないバトルロワイアルの器には最早収まり切らんぞ」
強く握り締めた拳の中にバッチを包み、グリッドは腕を下に下ろした。
グリッドは目を瞑り、僅かな時を失ったものに捧げる。
ユアン、カトリーヌ、プリムラ、トーマ、シャーリィ。
心を躍らせるのは未知の勝負。無間地獄の中で自分が得た真っ新の世界。
それを切り拓いたのは彼らだ。その思いの先端でグリッドは今こそ一世一代の勝負へと乗り出す。
「我が漆黒の翼は既にしてバトルロワイアルを超えた場所にある!
 お前達のその思いを、その願いを貫き尽せる場所。その全てを全うできる世界にだ!!」
そう喚きながらグリッドは掌中のバッジをブン投げる。
未だ高い夕日を中心線で割るように、この世界に在る者全てに目印となるようにと高く高く意思を飛ばす。
その場にいた誰もが、グリッドの手から石へ目を移した。
彼らの胸中は様々だが、グリッドが「動」いたことによって彼らを取り巻く風は「静」かなものからその様相を急激に変え始めた。

ロイドは天使の眼でハッキリとその石が、何であるかということを理解していた。
あれを見つけ、あれを加工し、あれを作ったのこの滅びかけた両の手なのだから。
だが、ロイドはそれに加えもう一つの像を結んでいた。
飛んで行くのは紙の飛行機。真っ直ぐ進むそれは、まるで太陽に向かって滅びにいくようなもの。
幾ら高く高く飛ばしたところで、星までは届かない。

「だから、先ずは俺が俺のしたいことをさせて貰う――――――――――――ロイド!!」
159名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:10:42 ID:UpIRQbAuO
しえんっ
160世界への大呼 −Restart Newgame− 14:2008/05/03(土) 22:11:13 ID:gGO2wLPT0
グリッドがアトワイトの肩を掴み、全力の力で横に吹き飛ばす。
真っ向からの力勝負では勝ち目などあるはずが無いが、
一瞬完全に上に意識を向けていた彼女がそれに気づき再び力を入れる前ならば、彼女は唯の少女に過ぎなかった。
それが静寂の完全なる決壊だった。アトワイトとロイドを除く全員が足に力を掛ける。
だが虚を突かれた形のクレスやヴェイグと異なり、全てを見計らったグリッドの行動は数瞬の先制を得る。
この場に来て、グリッドは初めて能動的に特定の人物に声を掛けた。
ロイドが反射的にグリッドの方を向き直ると、眼と鼻の先に飛来する影があった。
寸での所で、それを掴むロイド。ロイドはそれが何か、既に感覚を失った手で触れただけで理解した。

「悪かった! 本当に済まなかった!!」

最初は、渡すことの出来なかった誕生日のプレゼントだった。
運命は捩れに捻れ、渡す機会はどこまでも離されたまま彼は心を失った彼女と限りなく遠く離れる。
だが最後には鍵だった。封じられた心の扉を開く最後の鍵。
ロイド=アーヴィングが大切な人の為にその持てる技術の全てを注いだ最高のペンダント。
なぜそれをグリッドが持っているのか。それを今この瞬間に理解することはロイドには出来なかった。
だが、ロイドにはそれはどうでもよかった。今しがたまでコレットを人質に取っていたことすらも。
グリッドがなけなしの勇気と一欠けら機転で生み出した微かな時間をその一言に費やした事実が、
彼の紡ぐ万の言葉よりも雄弁に全てを物語っていた。
コレットを人質にとって刺激を煽りてこの場を乱し、グリッドはいったい何がしたかったのか?
団長としてならば叫び、彼らに言葉を伝えるためだ。
だがその言葉に従い、グリッド一個人はいったい心から何をしたかったのか?

(お前、真逆……“俺に謝るためにここに来た”のかよ)
161世界への大呼 −Restart Newgame− 15:2008/05/03(土) 22:11:42 ID:gGO2wLPT0
謝罪よりも尚重い懺悔を前にして、ロイドはグリッドを恨む気持ちなど持てるはずが無かった。
夕日の逆光に影を引き、グリッドの顔は伺いしれないが、ロイドにはありありと想像できた。
先ほどまでの虚勢のような笑顔とは真逆な、あまりにも情けない皺くちゃの顔が。
どくり、と鼓動が高鳴ったような錯覚を覚える。既に失った心臓にではない。
懐を手で擦る。グリッドに頼まれて作った、黒い羽根をあしらった漆黒の翼のバッジ。
自分、メルディ、クィッキー、キール、ヴェイグ、カイル。
グリッドの分を除けば全部で10個自分が拵えた、差し引き4つの予備のバッチだった。
新しい漆黒の翼。彼の頭ではその漠たる形すら理解は出来なかった。
いや、現時点で理解できているものなど、誰もいないだろう。グリッドすらその完成形を模索している最中なのだから。
だからこそロイドはその形に惹かれた。
何処にも希望など存在しない。月には届かない。だが本当にその月の距離をしっているか?
「さて、これで元本は返したが……今まで借りていた分の利子はまだ返していないなあ!!」
(俺が、本当に……願うこと)
「世界を救えるのがお前だけだと思うなよ。
 レンタル料代わりにお前の理想はお前の代わりに受け取ってやる。この音速の貴公子グリッドが!!」
クレスがグリッドの雷撃を捌きながら、進撃しているのが見えた。
グリッドは揚々と声を張り上げているが、ライトニング程度の術は既に見切られ始めて牽制の体を成していなかった。
彼は言う。代わりに世界は救ってやる。嘘だということは直ぐに直感で理解できた。
だが、団長が団員に語る言葉には根拠の無い自信がこの陽の光の如く限りなく溢れている。
(……俺が、本当に救いたいものって)
果て無き理想までの距離は、この体では飛べぬほどの無限大。だが。

「だから、お前は“お前にしか救えないものを救って来い!!”」

ロイドは見つめる。立ち上がろうとする彼女の眼は相変わらず胡乱だが、確かにそこにいる。
月までの距離なんてどうでもいい。彼女までの距離は100歩も無い。
この体でも、そこまでならば全力で翔べる。理想よりも大切なものが、そこにある。
162名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:12:18 ID:UpIRQbAuO
支援
163世界への大呼 −Restart Newgame− 16:2008/05/03(土) 22:15:00 ID:gGO2wLPT0
「グリッド!!」
ロイドの声に反応し、グリッドはクレスと相対していた首をそちらにむける。
先ほどのペンダントの返礼とばかりに、目の前あったのは切っ先を向けた短刀。
寸での所でグリッドもロイドのように掴むが、間に合いきらず微かに鼻先に傷を作った。
怒りを返そうとしたが、その短刀に括り付ける様にしてついていた袋を眼にしてそれを止める。
ジャリと鳴る音にグリッドはそれを悟った。
「90、いや、60でいい!! “頼む”!!」
グリッドは一瞬その言葉を噛み締めた後、無言で頷いた。
微かな笑みが乗った、これ以上ないほどに自信たっぷりな顔だった。
ロイドはそれを見ることもなく、既に駆けていた。
唯一直線に、唯真っ直ぐに。
その先の少女は逃げ切れないと悟ったか、攻勢に構える。
限りなくグリッドに死ねと言う頼みをして尚、ロイドには一点の煩悶もなかった。
初めて理想を捨てたその体は、何物よりも軽かったから。


「俺に『頼む』ってか。いや、存外こそばゆいな」
剣を持った手で鼻頭を擦るグリッド。
慕われもし、体良くこき使われたこともあったが、こうも真っ直ぐに頼られることはあまりなかった。
戸惑いにも似た感情を弄ぼうとした瞬間、グリッドの頭上を影が疾駆する。
夕立の如き雷の雨を抜けたクレス=アルベインの姿だった。
「まあ、頼まれたわけだしな。つー訳でクレスとやら――――――止めさせて貰うぜ?」
グリッドは獣のように歯を剥き出しにして笑った。
ダブルセイバーを持ってない方の手には剣が握られていた。
先ほどロイドがバッチを投げる為に使った、“雷の刃”だった。
「が、あ――――あああああッ!! ――――――――――――届け雷刃ッ!! サンダーブレェェェドッッ!!!」
頭を潰すかのようなユアンの記憶の波を堪えながらグリッドは背中の黒羽を満開に風と散らす。
紫電に蓄えられた力を借り受けてグリッドはその手より剣を生み出した。
投げ付けられたマナの刃は雷雨よりも早く、そして密にクレスの正面を塞ぐ。
放たれた魔術……というよりも“雷そのもの”に反応して、クレスは足を止めた。
「ハアッ、ハァッ……ミトスといいクレスといい、俺の相手はどうしてこうも化物揃いかね全く。
 いや、寧ろ俺の抑えられないオーラが強者を呼んでいるのか!? 強くなり過ぎるってのも困る話だ」
その間にクレスの表に回ったグリッドは自らを鼓舞しようとしているのか、自分に冗談を仄めかす。
「そうか。ようやく確信を得た。“最後に邪魔するのはやはりお前か”。
 電撃といい人質といい、相も変わらず下劣な趣味が好みのようだな……」
位置を変えたグリッドの前には夕日を背負ったクレスがいた。
血の色も相俟って顔は益々伺えないが、顔なぞ見ずともグリッドには十分すぎるほど理解できた。
掛け値無しの最強、その権現が自らに明確な敵意を持っていることを。

「ようやく会えたな“コングマン”。筋一本にいたるまで寸断して、今度こそミントを返して貰う……!!」
164名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:15:03 ID:MNaDhLBFO
165世界への大呼 −Restart Newgame− 17:2008/05/03(土) 22:15:33 ID:gGO2wLPT0
過去と現在が混交した自己の世界で嬉しそうに狂おしそうに悔しそうに笑うクレスの眼光。
それを前にしてグリッドは一瞬理解に苦しみ頭に疑問符を浮かべたが、直ぐに消した。
まずやりたいことから片付ける。あれやこれやと叶えるべきことを増やせば、動きが鈍り蜘蛛の巣に囚われる。
先ずはロイドとの約束を果たすべきだ。クレスをどうにかするのは60秒後でいい。
正直な所、彼にはコレットがどうなっているのかさっぱり見当が付かなかった。
ただミトスの差し金であるだろうことから、さも自分が全部のからくりを把握したかのように振る舞って優位を虚飾したに過ぎない。
だが、きっとロイドならばなんとかする。何とかできると、団長としてグリッドは確信していたことだけは真実だった。

「何でここであの筋肉タコスケの名前が出てくるか知らんが……悪いな、俺(達)はコングマンより強かったりするぞ!!」

剣を構えたクレスを前にして、グリッドは嘘に笑った。
それに何より―――――アレを前にして60秒後に生きていられる保障が何処にもないのだから。


完全に出遅れたヴェイグは、呆然としてその状況を俯瞰していた。
霧晴れて、ジャッジメントによって生まれたその瑕疵を夕日の下にに晒した村。
混沌の極致に叩き込まれかけたこの場所に、突如現れたグリッド。
最後に会ったときとはまるで別人のようで、かと思えば何も変わっていないように振る舞う。
好き放題にさらなる混沌を生み出して、ロイドを巻き込んでさらに好き放題している。
現状が危険であることには全く代わりがない。
だが、とヴェイグは問わずにいられなかった。
その危険を目の前にしても、先ほどよりも危機感が沸いてこない。
否、危機感がないというのではない。この場所に興味を失いかけているのだ。

―――――自分の抱える願いは全て自分で背負え。自分の為に生きろ!!

脈を測るようにして、ヴェイグは自分の心臓の鼓動を確かめる。
平静よりも昂ぶった鼓動の速さは、先ほどまでロイドと反目していたからだろうか。
(俺の、願うこと……)
奇妙奇怪な形とはいえ戦いは始まった。ならば参戦するかどうかの意思を決めなければならない。
故に今一度彼は自分に問う。自らが命を置く戦場は果たしてここか?

「ヴェイグ、東に行け」

まるで答えの先を読んだようにして語られた言葉にヴェイグが振り向いた先には、キール=ツァイベルとメルディが居た。
「お前、どうしてここに。いや、あのグリッドはどうしたんだ? お前達と一緒に居たんじゃないのか?」
当然過ぎる疑問を吐くヴェイグに対し、眼を細めてキールは言う。
「……その話は後だ。カイルが中央に孤立している。
 治癒はしたが、動かすには僕では手間だ。“ここは僕が何とかするから”お前は拾いに行け」
鬱陶しそうに語るキールの語調に微かな怒りを覚えるが、カイルという単語を聞き逃すほどではなかった。
「……任せたぞ」
キールに対する若干の不審を押し殺し、ヴェイグは東に消えていく。

166名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:15:41 ID:UpIRQbAuO
C
167世界への大呼 −Restart Newgame− 18:2008/05/03(土) 22:16:10 ID:gGO2wLPT0
その様を見届けてから、キールは目の前で繰り広げられる異形の光景に皺を寄せた。
この依然として混沌極まりないこの状況。だが、この混沌はグリッドの混沌だ。
ミトスが、キールが、あらゆる人物がイニシアチブを取ろうとした。
その村で一番最初に主導権を握ったのがグリッドだというのは皮肉でしかない。
(だがお前はやはり愚かだ。何処で天使化の力を得たかは知る由も無いが、それで自分を非凡の才と思ったか?)
キールは乾いた自嘲を浮かべようとしたが、今一つ笑いの形にならなかった。
グリッドが敷いたロイドとコレット、グリッドがクレスを相手取るこの構図。
折角得たイニシアチブで作ったこの図面には戦略上の意味が殆ど感じられない。
大方自分がクレスを惹きつけている間にコレットを潰し、その後クレスを二人で相手取る手段だろうが机上の空論だ。
グリッドではクレスに勝てない。先ずこれは大前提だ。
次にロイドとコレット。確かに一対一で戦えば十分ロイドにも勝算はあるだろう。
だがそれまでだ。コレットとの戦いで唯でさえ無い戦力を落としたロイドではクレスに勝てない。
それよりもまずクレスがグリッドを破り、ロイドの側面をたたけばそれで終わる。
(つまりどう転んでもこの4人の中で生き残るのはクレス。
 凡人が王の猿真似をした所で、中身が伴わないのならばそれが限界だ)
そして4人の誰もがこちらに意識を向けてない今、彼らは絶対的優位に立っている。
「メルディ、インディグネイションを撃つ呼吸を整えるぞ」
キールは魔杖ケイオスハートとクレーメルケイジを持ちながら言った。
カイルを襲ったコレット。何処かより中央に現れてここまで来たグリッド。
これらを鑑みれば既にミトスが心安らかな状況とは考えにくい。
ミトスとの友好的交渉の線がほぼ潰えたとするならば、もはや脱出は至難。
なればこそ、ここでクレスは討たなければならない。
何としてもエターナルソードを手中に収め、カイル・ヴェイグの戦力を吸収してミトスを討つより手は無い。
後はティトレイ含め減耗した二人を潰せば、優勝とて夢では。

――――――茶番に支配されるな。そして二度と心を間違うな。

キールはメルディの方を向いた。少女は黙ったまま、ロイドの戦いの方を向いていた
彼女を救いたい。生存させたい。そして願わくば、共に生きたい。
それだけの願いすら、ここでは分不相応だ。全てを捨てる覚悟無くば為しえない。
この善悪が交じり合う世界において、唯一定められるのは“理”のみ。
だからこそファラの叫びに躊躇した彼は正しく、仲間を踏み躙って勝利しようとすることも正しい。

「式を間違えて解ける問題なんてない。
 正しさを積み上げた先にしか人の歩める道はない。僕は確実に繋がった道から、最良の願いを確実に掴む」

だが、ならばこの胸を裂くような風は何処から吹くのだろうか。
なぜこうも正しい式を解くことがこれほど苦痛なのか。間違いなど無いというのに。
もしあの時、リッドよりも先にファラの下へ駆け出すことができたのならば未来は変わっていたのだろうか。
その問いだけは、未だ正しい解を導けなかった。

168世界への大呼 −Restart Newgame− 19:2008/05/03(土) 22:16:41 ID:gGO2wLPT0
未だ少し高い夕日に照らされて空が青から赤になるように、村はその様相を少しずつしかし確実に変えていった。
グリッドはクレスと向かい合いながら言う。
「いくぜミクトラン。俺はお前のバトルロワイアルに勝負を挑む!! 拒否権は認めねえぞ!!!」
右手でダブルセイバーを持ち、左手で紫電を振る。
「制限時間はこの島に生きた奴が誰も居なくなるまで。俺達が何処までバトルロワイアルを否定できるか。
 お前が何処までバトルロワイアルを維持できるか。互いのルールを何処まで貫けるかの我慢比べだ。
 拒んだらその時点で負け犬と見做すッ!!」
11の駒、11の漆黒の翼のバッジ。首輪、エターナルソード、禁止エリア。
盤に乗ったものは何も変化なし。だが確かにこの時がターニングポイントだった。

「最後に、<バトルロワイアル>!! このゲームを司るモノに告げる!!」

今よりこの盤上で行われるのは命を賭けたバトルロワイアルではなく、
バトルロワイアルというルールを賭けた命のやり取りだからだ。

「お前の腐れたゲームはもう中断だ。盤の駒はこのままで始めるぜ……“俺のバトルロワイアル”を!!」

嘘と現実。正しさと過ち。昼と夜の狭間で“ゲームを司る法は変わり果てた”。
全ての駒が動きを止めたとき最後に残るは、果たしてどちらのゲームか。

169世界への大呼 −Restart Newgame− 20:2008/05/03(土) 22:17:06 ID:gGO2wLPT0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:中央に赴き、カイルの安全を確保する
第二行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区→中央地区

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP25%(実感無し) TP30%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷 本当の願いを見つけた
所持品:ウッドブレード エターナルリング 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:コレットを取り戻す
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP35% TP50% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背中大裂傷 胸装甲無し 全身に裂傷 発狂寸前 背中に複数穴 軽度の痺れ 調和した錯乱
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:ミントを守る?
第一行動方針:目の前のコングマン(=グリッド)を突破してミント(=コレット)を救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)を完璧に殺す
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
170世界への大呼 −Restart Newgame− 21:2008/05/03(土) 22:17:43 ID:gGO2wLPT0
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP90% TP25% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ロイドを切り抜け、この場から離脱し鐘楼まで撤退。以後ミントと実りの守備
第二行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第三行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:???
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ

【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている?
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
    ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:ロイドの結果を見届ける
第三行動方針:キールと共に歩く
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安 正しさへの苦痛
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:願いを叶える
第一行動方針:西の混乱を傍観。最後はインディグネイション(裏)でクレス他を殲滅する
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除。そして……
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【グリッド 生存確認】
状態:HP15% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 要の紋@コレット
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドがコレットをどうにかするまでクレスを足止めする
第二行動方針:その後のことはその後考える
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
171名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 22:32:22 ID:gGO2wLPT0
投下終了&支援してくれた方に感謝
172世界への大呼 −Restart Newgame− 20修正:2008/05/04(日) 04:52:48 ID:LBe/nPC20
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:中央に赴き、カイルの安全を確保する
第二行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区→中央地区

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP25%(実感無し) TP30%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷 本当の願いを見つけた
所持品:ウッドブレード エターナルリング イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング 要の紋@コレット
基本行動方針:コレットを取り戻す
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP35% TP50% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背中大裂傷 胸装甲無し 全身に裂傷 発狂寸前 背中に複数穴 軽度の痺れ 調和した錯乱
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:ミントを守る?
第一行動方針:目の前のコングマン(=グリッド)を突破してミント(=コレット)を救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)を完璧に殺す
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました

【グリッド 生存確認】
状態:HP15% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 忍刀・紫電 
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドがコレットをどうにかするまでクレスを足止めする
第二行動方針:その後のことはその後考える
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
173世界への大呼 −Restart Newgame− 16修正:2008/05/04(日) 05:01:33 ID:LBe/nPC20
「グリッド!!」
ロイドの声に反応し、グリッドはクレスと相対していた首をそちらにむける。
先ほどのペンダントの返礼とばかりに、目の前あったのは切っ先を向けた短刀。
寸での所でグリッドもロイドのように掴むが、間に合いきらず微かに鼻先に傷を作った。
怒りを返そうとしたが、その短刀に括り付ける様にしてついていた袋を眼にしてそれを止める。
ジャリと鳴る音にグリッドはそれを悟った。
「90、いや、60でいい!! “頼む”!!」
グリッドは一瞬その言葉を噛み締めた後、無言で頷いた。
微かな笑みが乗った、これ以上ないほどに自信たっぷりな顔だった。
ロイドはそれを見ることもなく、既に駆けていた。
唯一直線に、唯真っ直ぐに。
その先の少女は逃げ切れないと悟ったか、攻勢に構える。
限りなくグリッドに死ねと言う頼みをして尚、ロイドには一点の煩悶もなかった。
初めて理想を捨てたその体は、何物よりも軽かったから。


「俺に『頼む』ってか。いや、存外こそばゆいな」
剣を持った手で鼻頭を擦るグリッド。
慕われもし、体良くこき使われたこともあったが、こうも真っ直ぐに頼られることはあまりなかった。
戸惑いにも似た感情を弄ぼうとした瞬間、グリッドの頭上を影が疾駆する。
夕立の如き雷の雨を抜けたクレス=アルベインの姿だった。
「まあ、頼まれたわけだしな。つー訳でクレスとやら――――――止めさせて貰うぜ?」
グリッドは獣のように歯を剥き出しにして笑う。
クレスが抜けたあと一拍遅れてヒュンと小さく風を切って自分のバッジが落ちる。
ダブルセイバーを持ってない方の手でそれを器用に剣を持ったままキャッチする。
先ほどロイドがバッチを投げる為に使った、“雷の刃”を持ったままキャッチする。
「が、あ――――あああああッ!! ――――――――――――届け雷刃ッ!! サンダーブレェェェドッッ!!!」
頭を潰すかのようなユアンの記憶の波を堪えながらグリッドは背中の黒羽を満開に風と散らす。
紫電に蓄えられた力を借り受けてグリッドはその手より剣を生み出した。
投げ付けられたマナの刃は雷雨よりも早く、そして密にクレスの正面を塞ぐ。
放たれた魔術……というよりも“雷そのもの”に反応して、クレスは足を止めた。
「ハアッ、ハァッ……ミトスといいクレスといい、俺の相手はどうしてこうも化物揃いかね全く。
 いや、寧ろ俺の抑えられないオーラが強者を呼んでいるのか!? 強くなり過ぎるってのも困る話だ」
その間にクレスの表に回ったグリッドは自らを鼓舞しようとしているのか、自分に冗談を仄めかす。
「そうか。ようやく確信を得た。“最後に邪魔するのはやはりお前か”。
 電撃といい人質といい、相も変わらず下劣な趣味が好みのようだな……」
位置を変えたグリッドの前には夕日を背負ったクレスがいた。
血の色も相俟って顔は益々伺えないが、顔なぞ見ずともグリッドには十分すぎるほど理解できた。
掛け値無しの最強、その権現が自らに明確な敵意を持っていることを。

「ようやく会えたな“コングマン”。筋一本にいたるまで寸断して、今度こそミントを返して貰う……!!」
【グリッド 生存確認】
状態:HP15% TP70% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 忍刀・紫電 
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドがコレットをどうにかするまでクレスを足止めする
第二行動方針:その後のことはその後考える
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
175名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 13:38:20 ID:wudeYQ0jO
ほしゅ
176蒼い鳥 1:2008/05/18(日) 05:02:53 ID:IgzAcMqJ0
結論から言おう。彼は死んだ。
だが、考えてみてほしい。
もしこの事実だけを受け入れるのならば、それこそ死者が死体となるように、
人は死ねばモノになるという生→死の図式しか成り立たない。
死というあまりに強大な怪物を前にして、我々はその一歩前の事実を喰われてしまう。
そうすれば後に残るのはセピア色の思い出だけだ。
思い出というのは、思い出さなければ形にはならない。
それも美しいのだろうが、この理不尽な暴力を与える世界では、普通に残るそれもきっと思い出にすらならない。
人間としての生を捨てた彼が求めたのは、そんな単純で生温いものではないはずだ。

目を向けてほしい。刮目せよ。彼の生き様を――――真に為したかったことを。
177蒼い鳥 2:2008/05/18(日) 05:04:41 ID:IgzAcMqJ0
身体が軽い。いつの間に自分の身体にはこんな重荷が圧し掛かっていたのだろう。
触覚のない天使の身体でもいやというほどそれが感じ取れたが、今はその重みは少ない。
迷うことなく1歩を踏み出せるということが今更過ぎるが不思議だった。
世界と思い人、彼は常にその2つを天秤に掛けられ、しかしいつも2つを手にしてきた。
彼はどちらか片方を犠牲にするのではなく、両方を助けようとする人間だった。
この世界でも彼が同じ道を選ぶのは至極当然と言える。
だが、この悪臭漂う世界で彼の理想は壊された。
世界と思い人、彼は常にその2つを天秤に掛けられ、遂にどちらかを犠牲にしなければならなくなった。
それも自分の命すらも捧げなければいけないほどに。
だからと言って、彼は座り込みはしなかった。出来なかった。
諦めるということだけは彼の全てが許さなかった。
そして村で出会ったエターナルソードと思い人。
奇跡の申し子である彼の下に天恩が舞い降りる。
確かに彼は助からないかもしれないが、理想を求め両方を手にする彼らしく、2つとも手にすることが可能かもしれないのだ。
信念を形にすることが出来る、という焦りがいつの間にか彼の翼を雁字搦めにし、両方を得ることを「強要」した。
崩れた理想でただ積み直した理想は、しょせん元の理想より劣る。
むしろ足りないピースがあるのだから悪性になると断言しよう。
風を受ける帆を支えるマストを立て直すには、新たな材料が必要なのだ。

(自分の足で立ち、自分が望むことを望むように! 自分の心のままに、自分で考えて、自分で選べ!!)

手に握っているペンダントが教えてくれる。お前が本当に望むことは何なのかと語りかける。
いいか、元に戻すだけならさっきの男だってしようと思えば出来る。
お前が求めているのはそんな表面的なものではない。大事なのはその「先」だ。
彼は自分の心の声を聞き、翼を縛る縄を噛みちぎった。
ある意味では、この彼の思いはそれほど野蛮で、乱暴で、恐ろしく力強くひたすらに進むものなのだ。
過言しておくと、彼の瞳はだからといって獣じみたものではない。
真っすぐな、実に少年らしい瞳である。

(望まずとも好まざるとも、心が命じるならば例え未来など無くても体は動く。それ以上に望むべくはない)

彼はある男の手紙の文面を思い出していた。届かぬ月に飛ばした紙飛行機、その内側に書かれた文章。
先に叫んだ男の言葉とそれが重なり、更なる心の昂ぶりを生む。
自分の心が命じるままに――初めは、諦め切れない自分を思い出させてくれた。
そして今は、新たな意味を作り出し、もう1度炎に薪を加えてくれる。
夕方の中、段々と日は落ちていくだろうが、彼の心は燃え上がっていた。
月に届かない紙飛行機、それは叶わぬ理想の象徴であった。
しかし、どうなろうと確かに理想を乗せていた。
大事なのは結果ではなく意思、自分の思い。
それに、一体どこまで飛べるのか……それに心を躍らせるのも、1つの楽しみ方じゃあないか?
178蒼い鳥 3:2008/05/18(日) 05:06:36 ID:IgzAcMqJ0
さて、この間に何秒使っただろうか。
1秒に語れる文字は意外と多いが、60秒に語れる時間は思いのほか短い。
彼は目の前に金髪の少女を見据え、時空の力を帯びさせぬままウッドブレードを抜き放った。
手にはペンダントを握ったままだった。
少女が持つ曲刀、青い瞳。本来の得物であるチャクラムを用いていないこと以外は、外見は彼が知る彼女そのままだった。
違うのは中身、否、彼女に纏うオーラか?
彼は彼女を変えた何かを知らない。
それでも「取り戻す」と思えるのは、正しく彼が見知った彼女とどこかが決定的に違うからだ。
天使の尋常ではない脚力で接近。口を真一文字に縛らせたままの少女は待ち構えるかのように剣を中段に構える。
彼の知るぽやーっとした彼女とは違い、ひどく焦りを感じさせる表情だが、双眸に乗せられた戦意だけは本物だった。
交錯。両手に握られた木刀のうち、左の1本が少女の刀と打ち合う。
連続して右から一撃を加えるもすぐに捌かれる。彼女の右足が空になった左側の腹を鋭く狙う。
それをバックステップで避ける彼。空を切る音を立てて逃し、足を地に付けた彼女もまた1度下がり距離を取った。
所要時間約5秒、紛れもない戦闘に彼、ロイドは確信する。
相手の攻撃にこれといった躊躇はない。
本当にコレットなら少しでも攻撃は鈍りやしないかという、彼らしい甘い考えだった。
「コレット……頼むよ、目を覚ましてくれ!」
真っ先に考えたのが、操られているという可能性だ。
己の戦意を否定するかのように、ロイドは双刀を下げる。
しかし彼女は乱れた髪を整えるように髪を1度大きく振った。
元に戻った髪形の向こう、相貌には強く冷たい光が湛えられている。
『無理よ。出来るものなら、彼女はとっくにしているわ』
声は少女のものだが、やけに落ち着き払い統一されたトーンに、彼は顔を引きつらせた。
「お前、誰だ」
『名乗る理由はないわ。私はあなたのことを少しだけ知っているけど、あなたは私のことを知らないでしょうから』
素っ気ない返事を聞いて、ロイドは少しずつ表情を緩めていき、間を置いて笑った。
彼女は何のことかと唖然とする。
「そっか、そうだよな。人に名前を尋ねるときは、まず自分が名乗ってからだ」
誰に言うともなしに1人ごちて、彼は双刀をゆっくりと構えた。
自らの身体の中にある、留まったままの懐かしい空気がどこか心地よかった。
「俺はロイド・アーヴィングだ。もしコレットを返すつもりがないなら、俺は本気で行く」
思わぬ口上に彼女は額を押さえていた。
いくら医者でもさすがにこんな馬鹿に付ける薬はない、とでも言わんばかりの呆れ返った仕草は実に大人らしく見えた。
冷やかな瞳は明らかに軽蔑の色を見せている。夢見る子供を諭すような、そんな現実的な大人の色。
それでも、腕に隠された目から見える僅かな羨望は、にじみ出る涙のように奥から姿を現し始めていた。
それをロイドは見た。しかし、彼にはどうしてそんな顔をしているのかは分からない。
答えに辿り着く前に彼女は腕を下ろし、そして表情を消して剣を構えた。
『こちらにも事情があるの。諦めなさい』
179蒼い鳥 4:2008/05/18(日) 05:07:38 ID:IgzAcMqJ0
彼女が握る剣のコアから光が漏れる。
周囲に冷気が生まれ始め、微かに視界が白く霞がかる。
冷え切った靄は辺りの景色をうっすらと消していって、中心の彼女だけが白いヴェールの中ではっきりと存在していた。
誰にも邪魔されない2人の世界が構築された。
例え数十秒の間でも、これほど取り戻すのにおあつらえ向きな配慮はない。
ロイドは剣を握る力を強めるイメージを浮かべた。次から一気に目まぐるしく動く。
ぴき、という音。
『アイスウォール……防壁展開!』
彼女の剣から一段と強い光が放たれ、ロイドの足元から2メートル近い氷壁がせり上がる。
彼はそれを大きく後方へ跳んで避け、次いで一気に壁へと向かって走り込む。
地面の土がめくれるほどに力を込めて駆け、目の前に見える氷壁に鼻が付きそうなほどに近付き、
足を勢いそのままに1歩出し、更にもう1歩出し垂直の壁を大股で上がっていく。
天使化により強化された脚力で3歩目には跳躍で壁を飛び越え、飾りだけの皮肉な翼で彼は飛んだ。
障壁の向こうには彼女がいる。光る、足元の少女。
空中の人間というのは格好の的なのだ。
『アイシクル、鋭状射出!!』
空を漂う彼に氷の柱が迫る。色のない透徹の槍。
先端の鋭いそれに貫かれればひとたまりもない。人間なら、の話だが。
時空剣士、それは時と空間を渡り、世界そのものを侍らせる力を持つ、人には過ぎたる力の権化。
彼は心臓を失くし己の時を止めた上でこの力を持つ――正に、人としての境界を越えた先にいる者なのだ。
つまり、何てことはない。
木刀に蒼い波動が纏い、本来の間合いを越えて剣先から更に光の刃が伸びる。
それを向かい来る氷柱へと振り落とした。
確かに、氷柱は厚かった。
しかし、その厚さと硬さをもろともせずに、時空の力を帯びた一振り、「次元斬」は氷を打ち砕いたのである。
冷気の中で氷の断片が各々様々に舞う。落ちていくものも目の前に迫り通り過ぎていくものもある。
第1波、第2波と氷は広がり、道を開くかのように散っていた氷の向こうに、彼女は――――いない。
目でそれを理解した瞬間に彼は耳を張った。
氷が地面に落下し崩れる音の中、たたと奥へ奥へと走り去っていく足音。
白い靄が消え、姿の小さくなった彼女が網膜に結ばれる。
相手も天使である。息が切れることはない。
着地した0.5秒後に彼は駆け出した。
180名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:08:44 ID:HdsyX3720
支援
181蒼い鳥 5:2008/05/18(日) 05:09:32 ID:IgzAcMqJ0
「逃がすかっ!!」
目前の少女は少しずつ大きくなる。
いくら相手も天使だろうと、男女の差とエクスフィアの身体強化箇所の違いは、本来人と人の間に生まれる能力差を再現する。
ゆえに彼が彼女に追い着くのは自明だった。
少女は僅かに振り返り眉間を寄せた。やはり面持ちはおっとりとした少女らしくない。
ジャッジメントによって半ば崩壊した村を2人は駆ける。
とはいえ、燃えた倒木や家屋の残骸があるために、駆けるといっても元の位置からは大して離れてはいない。
なるべく減速を抑えつつ木々を飛び越え、東へと向かう。
暖色の光が差し込むこの村でのチェイスには、青春じみた爽やかさなどかけらもなかった。
むしろ、メロドラマティックな倒錯が見え隠れしている。
「取り戻す」というきれいな意思は一種の我欲のかたまりでもあり、
羨望を見せながら反抗し、退避するという矛盾は紛れもなく逃避である。
互いに近寄らぬ平行線ではなく、求めながらすれ違うねじれの関係。
線は伸びこそすれど、それは決して交差した十字になることはない。
更に速度を上げようとしたのか、少女は強く力を込めた1歩を踏み出した。途端、身体がぐらりと傾いた。
あ、と彼女は儚げに呟く。
足が地面に喰われていく。身体が前のめりに倒れていく。
自身の経験から、ロイドは最悪の展開を思い描いた。
口元がひとりでに動き大きな穴を作る。喉の奥が震え、大気が震撼する。
それを前に木の双刀が落ちた音など、他愛もない。
彼は思い切り駆けた。
少女の身体は、この世から存在を滅しようとしているかのように少しずつ消えていく。
そんなこと許すものか。
本当の願いを、自分にしか救えないものを掴むためにここにいるのだ。
手離すものか、手離させるものか、掴め、掴むんだ。
広がる穴は真に地獄への門。くぐってしまえば、待つのは死と辛苦。させない。
けれども、伸ばす手は届かない。
彼と彼女の間にはまだ少し距離がある。肉体的にも精神的にも。
そして、距離は永久に無限になる。否、実数やゼロですらない、マイナスだ。
彼女の身体が消える。終った。終った、筈だった。

さて、世界や神や精霊は歴史の改竄だと罵るだろうか?
まさか。彼はただ空間を渡っただけで、そして現実としてこの事実があるのなら、それはもはや運命だ。
182蒼い鳥 6:2008/05/18(日) 05:11:13 ID:IgzAcMqJ0
がしり、と感覚はなくとも掴む手。
ぶらぶらと少女の身体は揺れて、背中を土の壁へと預ける。
後ろから彼女の手はしっかりと掴まれていた。
少女はゆっくりと頭上を見やる。青い翼の赤ずくめの男がそこにいた。
彼の周りに漂う青い光が透けて消えていく。ここまでの時間、約30秒。
時空剣士を相手に彼は「次元斬」をラーニングした才能をもって、
彼は何度も何度も相手にした空間を渡る「空間翔転移」を為してみせたのだった。
それはほぼ無意識下の行動と言える。ゆえに人間としてのリミッターを越えて、彼は空間を越えたのだ。
『あなた……どうして』
彼女は呆気に取られたように言った。
「どうして、って……ここまで来て諦められる訳ないだろ!?」
彼は手を掴んだまま、下方へいる彼女へと大きく叫んだ。
白い靴より先に見える土の槍が、魔物の牙のようなそれが、獲物を喰えなかったと嘆いている。
その嘆きを逆に嘲るかのように、彼女は短く笑う。
『そうしたところで、何も変わりはしないのに』
「変わる。変わらなくたって、俺が変えてやる」
彼の言葉に、少女は顔を下へと傾けた。
『なぜ、どうして必死になれるの? 例えこの子が元に戻ったところで、喜ぶのはあなただけよ』
「だから何だって言うんだよ!」
身体を引き上げようと彼は力を込める。
感覚はなくとも、後ろから手を握ったままでは下手すれば落ちかねない。
「俺はコレットを助けるって決めたんだ。そこにどうしても何もあるもんか。絶対、助けてやる」
嘘ではない。彼は仲間にクレスの相手を頼んだときから、絶対に取り戻すと心に決めた。
取り戻してみせる、ではない。取り戻すという断定的な言葉で決めたのだ。
彼女は俯いたように見えた。
『子供は真っすぐね。無垢でも、歪んでても、真っすぐだわ』
「まるで自分は大人みたいな言い方だな」
『少なくともあなたの100倍近くは生きてるの。
 ……そう、なら、あの人に期待すること自体が間違いだったのかもしれない』
――大人になるって、少し悲しいことね。
そう小さな声で呟いたように聞こえた。
彼は少女の身体を引き上げ、足で立つ地表の上へと戻す。
嬉々として彼女に近付こうとして、不意に足を止めた。彼女はすくっと立ち上がり、コアの光る剣を彼へと突きつけた。
『やれるものなら、やってみなさい』
強い眼光には、怒りと悲しみと少しの嫉妬が混じり合っていた。
晶術の光が増し、辺りを白く染める。
彼に阻止するべく詰める間合いなどなかった。
何せ彼女がいるのは1歩先、思い切り手を伸ばせば届く範囲にいるのだから。
それでも彼が止めないのは、この大人びた少女という壁を越えなければ、届かないと思ったからだ。
『アイスニードル、一斉放射ッ!!』
限りなく至近距離で繰り出される氷の針。
彼女の頭上から繰り出された疾速のそれはロイドの身体を貫いた。
腕に刺さり、足に刺さり、腹にも肩にも刺さり、最後の1本は白い布で覆われた左胸を貫いた。
その1本だけは、穴を作り出す前に既に空いていた穴をすり抜けていった。
がき、と後方で音がして、通り抜けた針は地に刺さった。
それでも、ロイドは立っている。
2本の足で真っすぐに、立つべくして彼は立っていた。
彼女はあるべきもののない左胸を見て愕然としながら、彼の顔へと目を移した。
茶色の瞳をまばたきさせている彼は、彼女に手を伸ばそうとしている。
お姫様に手を伸ばそうとしている時空剣士、先程と構図は何ら違わなかった。
彼女は目一杯、手中の剣を突き出す。

はい、おしまい。
183蒼い鳥 7:2008/05/18(日) 05:12:52 ID:IgzAcMqJ0
剣は、受け止めようとした彼の左手を貫き、約束の60秒は過ぎた。
甲から刀身が飛び出し、赤い手を真ん中に吊るしている。
彼女は目の前の少年を見る。彼は優しげな笑みを浮かべていた。
貫かれた左手で刀身を握る。握る、というよりは添えるという方が正しいかもしれなかった。
そして彼は、ずっと右手で掴んだままだったペンダントを、器用に彼女の頭から通していく。
例えばそう、シロツメクサの輪飾りを女の子にかけてあげるように。
まるで似つかわしくない、という風に少女はひどく酷薄に笑った。
彼に刺さっていた氷の針が消え、あまり多くはない血と傷口だけが残った。
掴む手などお構いなしに剣を手元に引き抜き、視線を彼へと投げかける。
『よかったわね、コレット。あなたの王子様は来てくれたわ』
彼女の目は青と赤が交互に点滅するという異常事態を起こしていた。
どっちつかず。プログラムエラー。水面に上がるように、意識の浮上。
最後の鍵が錠前に差し込まれ、錠は落ちて扉が開く。
扉を守っていた門番は手のひらを扉の方へと広げた。
『あなたは来た。でも私にはきっと来ない。あなたのように、座り込んで待つこともできない。
 立ち止まって座り込めればいいのに、私は動くことしかできない』
少女の声に、ロイドは手を下ろして微笑んだ。
「俺も、座り込めたらって思った。でも動くしかないって分かったし、動けるうちに、本当の願いを見つけられた」
彼の言葉に、少女は少しだけ目を大きくした。そしてつられて僅かに笑う。
「あんたが誰なのかは分かんねえし、何があったかも知らない。
 けどさ、あんたの中にも何か引っかかるものがあるなら、その気持ちを信じてみるのも手だと思う」
彼女は目を閉じ、少しして伏せ目がちに開けた。瞳に込められた憂いは未だに消えてはいない。
沈黙したまま彼女は背を向けた。
そして剣を逆手へと持ち替え、哀感を誘う茜空へと顔を上げる。
彼女が何を見ているのか、ロイドには分からない。
『申し訳ありません、任務に失敗しました。しかし器は無事、未だチャンスはあります……ただ今より帰還します』
そしてロイドは、彼女は見ているのではなく聞いているのだと理解した。
正確な位置は掴めないが、確かにここではないどこかで微かに音が聞こえる。
彼女は剣を持った腕を上げる。淀みのない声とは裏腹に、手は小さく震えていた。
一気に後方へと引き絞る。
『私に、最後のチャンスを』
天使の腕力は、女でも扱えるほどに軽い曲刀を遠く飛ばす。充分過ぎる力だった。
震えによりぶれた手が、剣を一体どこへ飛ばすのかは分からない。
刃が夕陽の赤い光に煌いた。
少女は見送るようにその剣を見ていたが、その実、見送っていたのは剣の方だったのかもしれなかった。
きれいな放物線が確実に離れていく距離を象徴する。
親鳥から雛が巣立ったのか、共に育った雛より先に発ったのか。剣は少女の下を去っていった。
184蒼い鳥 8:2008/05/18(日) 05:14:33 ID:IgzAcMqJ0
剣が消え、空はただ子供はもう帰る時間だよと告げている。
長い金髪にいっぱいの陽光を宿し、少女はゆっくりと振り返る。
ふわりとした前髪の向こうに覗く2つの目は青に戻っていた。
白い手袋の少女、コレットはそこにいた。
「コレット」
ロイドは、その五指をゆっくりと彼女の下へと延ばす。
その指の滑らかさは、風がおもむろに吹けばあれよと散ってしまうような華を愛でるように移ろっていた。
「……不思議だね」
不意に放たれた彼女の言葉に、その手が止まる。
彼女の手は彼の指に向かうことなく、そのペンダントの冷たさを確かめるように舐っていた。
「リアラに渡したのに、還しに来てくれたのはロイドだなんて」
ロイドはその女を知らない。
又聞きでいくつかのことを知ってはいたが、今彼女の口ずさむ名前に込められた音調に比べれば無意味に等しい。
それほどまで、ロイドには彼女が抱える瑕疵の深さを実感できた。
夕に吹く木枯らしは不感の身にも冷たい。
彼女の顔には、悲しげな笑顔が張り付いていた。
「リアラは好きな人がいるって言ってた。きっとその人と会えたんだと思う」
彼女の青い瞳は霞んだように遠くを見ていて、ロイドは自分を突き抜けて見られているかのような錯覚を覚える。
赤く染まった空に浮かぶ陽は、在りし日の残照だけを照らして、残った現在を薄影として黒く染めていく。
「でも、二人は、遠くに、遠くに離れ、はな、離れになっ……ちゃ、った。きっともう、あっ、逢えない」
淀む声。吹き抜けた旋風が映える彼女の金髪を揺らし、笑顔を簡単にさらっていってしまった。
ペンダントをきゅうと握り締めるコレット。
背に重い何かを載せているかのように、彼女は身体を屈め、握る手は震えていた。
目をぎゅっと閉じ、小刻みにこぼれる吐息は夕方の寒々しい空気に冷やされている。
ロイドは思わず近付こうとしたが、上げられた彼女の瞼の、その奥にある真摯な瞳に撃ち抜かれて、またしても足を止めた。
何かの決意のように見えるそれは、どこか寂しさを帯びている。

「――――私が、リアラを殺したから」

風が凪いだ。限りなく減衰率を抑えた大気を通る一言一句がロイドの耳朶を正確無比に打ち付ける。

「コレット」
ロイドはようやく彼女の罪を知り、無意識的に慰めるかのように声をかけた。
名前を呼ぶ彼の声に、彼女は少しだけ肩をなで下ろした。
しかし、瞳に秘められたものは変わらない。それどころか彼女は顔を俯かせた。
光が弱くなってきている中、陰鬱な影が彼女の顔に落ちる。
185蒼い鳥 9:2008/05/18(日) 05:16:33 ID:IgzAcMqJ0
「この島に来て初めて会った女の子で、いい人だった。友達にも、なれたんだよ。
 でも、死んじゃった。私が殺したから。ううん、きっとそれだけじゃない。
 クラトスさんもサレさんも、マグニスも。みんな、いい人も悪い人もあそこで死んでいったの」
つらつらと発せられる彼女の言葉に、彼は閉口するしかなかった。
放たれた父の名も、知らぬ者の名も、かつての敵も、重々しい声の前では意識の片隅でしか収まらなかった。
俯いたままの少女の目は、その先の土を眺めているとはとても思えなかった。
もっと暗い、それこそ地獄のような光景を見ているようだ。
口を開きかけて、
「ロイドはきっと私のせいじゃないって言うと思う。でも全部私のせいなんだよ」
先手を取られてしまった彼はただ苦しそうに黙るしかなく、
半端に開いた口は、ないはずの息苦しさを埋めるための酸素を吸うしかなかった。
「私が捕まらなければきっと誰もあの城には来なかった。あの夜は始まらなかった。
 私が私を捨てなかったらきっとリアラは死ななかった。ミントさんもアトワイトも苦しまないで済んだ。
 私が、私のせいで、クレスさんはきっと……」
絶え間なく紡がれる彼女の自責に、彼は言葉では応えるのではなく、小さなコレットの身体を抱き寄せるしかなかった。
腕を抱き、俯いたままの顔を覆うようにして彼女を包み込む。
彼女は無言で震えたまま、そっと彼の服の裾を掴む。
震えが収まることはない。心を落ち着かせてくれる心臓の鼓動の音は、彼女には聞こえない。
擦り切れた布地と乾いた血のざらつきだけが、ただ彼女の皮膚を満たしているだろう。
今まで出会いはしなかったがために、ロイドには彼女の罪はどこまで真実でどこまで虚構なのかは分からない。
だが、語られたほとんどが、彼女が直接手にかけたのではないことを証明している。
それでも彼女には自分が傷つけたとしか思えないのだろう。真実よりも残酷過ぎる罪だった。
「ごめんね、ロイド」
僅かな時間の後、彼女は惜しむように、しかし断ち切るようにして手で彼を後ろに押す。
拒むような、触れてしまわないような行為に、ロイドはただ彼女を見るだけだった。
「そんなにぼろぼろになって、それでも私を元に戻してくれて。
 でも、こうして元に戻れたのに、私は嬉しくない。ロイドと会えたのに、ちっとも嬉しくなれないの」
その言葉とは真逆の儚い笑顔が、彼にはとても痛々しかった。

「コレット」

ロイドはただただその名を呼ぶ。そうするしかなかった。
拒む彼女を無視して両腕を背中まで回し深く抱く。それでも腕を下ろしたままの彼女の真横に、彼の顔はあった。
「私、ロイドに合わせる顔なんてない。私のせいでたくさんの人が傷付いた。
 そんな私に、心臓を失くして、身体まで殺して、魂まで擦り切って――――そのエクスフィアを捨ててまで救われる価値なんて、私にはない!」
もうこれ以上罪を背負えないと、泣き叫ぶような声だった。
186蒼い鳥 10:2008/05/18(日) 05:19:00 ID:IgzAcMqJ0
失くした心臓があった箇所にすきま風が通るような、そんな違和感を胸で覚えた。
彼の左手にあるエクスフィア、母の命から創り出された石は、先程の一撃で亀裂が生じていた。
今の間にも刻一刻とひび割れは広がっている。完全に砕けたときに彼の蒼い翼は消える。
現に、今も背中の翼はマナが拡散し始めているのか、大きさと色彩を薄めてきている。
元々あったタイムリミットなど関係なくなってきていた。

しかし、彼にはそんなことは関係なかった。
ならばこの時間は彼に許されたロスタイム。
今の彼にとって大事なことは、彼女を愛おしく抱き締めることと、もっと別の事柄なのだから。
身体を震わせロイドの肩で咽ぶコレットの声の中、ロイドはゆっくりと口を開いた。
「価値ならあるさ。俺はコレットを助けたかったからこうしたんだ」
全てを汲み取った上で、九割九分の素直さにほんの少しの悔悟が混じった、限りなく人間らしい言の葉だった。
彼にはコレットの震えは分からない。温もりだって感じ取れない。
彼の言葉は、それでもまやかしではない。
例え彼にとって触れるということ自体に意味はなくとも、彼女の気持ちは自分のように分かるのだ。
耳元で聞こえるぐずり声が、張り裂けそうなほどの悲痛を訴えている。
この少女はとても優しいから、人より多くの重荷を背負ってしまう。
昔から、世界再生の旅から、ロイドはそれを知っている。
自分はいつも彼女を支える側であって、それでいて時には彼女に支えられる側でもあった。
互いに互いを埋める関係でもある2人は、両者の思いをよく理解していた。
価値はある。それはロイドにとって唯一無二の真実だった。
「ひどいよ。そうやって優しい言葉をかけて。友達を殺すって、ロイドが思っている以上にひどいことなんだよ」
「ああ、そうだな」
「だから、ダメなんだよ。こんな、ロイドに抱き締められて喜んじゃいけないの」
未だ手を下ろしたままの彼女と、その言葉に抗うようにして、彼は少しだけ強くコレットを抱きしめた。
彼女は手をぴくりとだけ動かしたが、すぐに下ろしていってしまう。
一抹の静寂。吹き抜ける風の音だけがする。
「俺も、色んなものをなくしてきた。守りたかったものも、信じたかったものも、いつか叶えたかったことも」
今までより一層生い茂った森のように陰鬱を込めたその言葉に、コレットは腕の中で僅かに動いた。
「俺も、今さっき仲間に犠牲にしてきた。今この瞬間もそいつは、俺のために時間を稼いでくれている。
 ごめんな、コレット。穢れているって言うなら、俺もそうなんだよ」
ロイドの指の先にぎゅっと力が込められる。
深く彼女の腕に食い込むが、情けないことに彼女が感じるだろう痛みは頭から抜け落ちていた。
離してしまえば、もう2度とできない。そんな錯覚がロイドの中で生まれていた。
この言葉だけは、きっとコレットが知るロイドの言葉ではないだろう。
また指に込められた力が強まる。
187名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:19:43 ID:1GDxApyJ0
 
188名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:21:07 ID:XpCtIeYt0
189蒼い鳥 11:2008/05/18(日) 05:22:15 ID:IgzAcMqJ0
「それでも、俺はコレットに笑ってほしかったんだ。コレットの笑顔が見たかったから、ここに来た。
 いつもにこにこ笑ってて、たまにドジで壁を破ったりして、それでも笑ってるコレットが見たくて来たんだ」
少し驚いた様子を見せる彼女と共に沈黙が流れる。澄んだ空気は言葉の伝導率をよくしてくれているのだろうか。
ロイドがふっと顔を上げた。彼女も上を見上げていた。
青さも黄ばみも手離した空が、急に赤く色つき始めている。
雲1つなく広がる赤の天蓋の、その雄大さをもってしても2人の傷は癒せなかった。
「……無理だよ、私は、もう笑えない」
高く高く空は赤く、コレットの言葉は宙に掻き消える。
「約束もしないし頼みもしない。辛いときは、立ち止まって思い切り泣いたりしていい。それで、十分泣いたら」
それも分かっているからと、全てを受け入れたまま、ロイドは笑った。

「いつかもう1度、笑えばいい。――――それできっと……」

――俺は救われる。ロイドは出かかったその言葉を喉の奥で抑えた。
言えばきっと彼女を呪う。ロイド・アーヴィングという人間がただ欲したものは、それでは得られない。
彼女は欲しいが、言ってしまえば永久に得られなくなると思った。
救うという言葉も、今浮かべている笑顔も、本当は彼女にはとても残酷なものだ。
約束も頼みもしないと言ったのに、彼女は優しいから、
この言葉を誓いにとして縛られたままの笑顔で生きていくことになるだろう。
それでは、彼が求めたものにはきっと辿り着けない。
彼が求めたものは、本当の彼女の笑顔だ。
「私は悲しくしか笑えないよ」
「いいよ。ずっと悲しいままじゃない。いつか心から笑える日が来れば、それでいいんだ。
 俺が言うんだから、絶対そうなる」
彼女は笑えないと言う。
だが、自分が理想という鎖から解き放たれて自由になったように。
彼女もいつか罪を乗り越えて、自分を乗り越えて笑えるようになる……そんな自信がロイドにはあった。
これも願望なのかもしれなかった。そうしなければ自分は救われないのだから。

彼は抱擁を解き、コレットから離れて彼女の顔を見つめた。
悲しげな表情のまま、涙の溜まった瞳が見つめ返していた。
夕方の和らいだ光を目の潤みが反射している。たまらなくそれが愛おしい。
そしてゆっくりと彼女の白い片手が顔へと伸ばされ、人差し指が彼の目元をぬぐった。
「ロイド、泣かないで」
彼には言葉の意味が理解できなかった。思わず小さく笑ってしまう。
「何言ってんだよ。俺が泣くわけないだろ? だって天使になったんだから、俺」
健やかな笑みを浮かべたまま、彼は目を確かめることもなく立っているだけだった。
彼女の白い手袋は、先端が少しだけ水に染みていた。
彼には、涙が込み上げるときの熱さも頬を伝う感触も分からなかった。
流れる涙は彼のあずかり知らぬところで夕陽に輝く。
背中の大きく蒼い翼がかすれて消えていく。それすらも彼の意識の埒外だった。
コレットは一瞬手を伸ばそうとして、それを抑えるかのように胸元で手を組んだ。
「ごめんね、ロイド」
夕焼け空に縁取られた彼女の顔は、俯いてしまったことで影を生んで彼には分からなかった。
きっと、彼にとってそれは幸せだったのかもしれない。

夕焼け空が歪み、手を組んだ彼女の背後に、時空剣を握るもう1人の王子様が現れる。
190名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:22:49 ID:1GDxApyJ0
 
191蒼い鳥 12:2008/05/18(日) 05:24:42 ID:IgzAcMqJ0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP15%(実感無し) TP15%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷 全身に軽微の刺し傷 本当の願いを見つけた
所持品:ウッドブレード エターナルリング イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:コレットに笑ってほしい
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP90% TP15% 思考放棄? 外界との拒絶?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:悲しくしか笑えない
第一行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
*アトワイトについては詳細不明。ただし、機能はしています。
 エクスフィア強化S・Aは北の方角へと飛ばされました。


【クレス=アルベイン 生存確認】
但し、詳細なデータは不明とする。
192名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:25:03 ID:1GDxApyJ0
 
193蒼い鳥 12@修正:2008/05/19(月) 00:24:17 ID:8ySmXmgR0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP15%(実感無し) TP15%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷
   全身に軽微の刺し傷 左手甲刺傷 エクスフィア破損 本当の願いを見つけた
所持品:エターナルリング イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:コレットに笑ってほしい
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
*ウッドブレードは近くに放置してあります。
194名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 18:35:31 ID:SMGazvR50
更に修正。
ロイドの状態の「心臓喪失(包帯で隠している)」の部分を
「心臓喪失(空洞露出)」に変更お願いします。

お手数かけますが、よろしくお願いします。
195生 1:2008/05/21(水) 21:06:45 ID:PWKf1pqlO

【これから終焉を遂げる人の物語】


『ただ、自分が救われたかっただけなんだと言えばそれまでなんだ』

“自分らしい”って何だろう。正直言って、俺は分からないんだ。
今の自分が自分らしく生きているのか、そうでは無いのか。その境界線すらも曖昧だ。
俺は、ジーニアスですら簡単に解いてしまうインスウブンカイとかいう計算すら出来ない馬鹿だからさ。
うん。だからそんな事すら理解出来ないんだ。
ただ、俺はあいつの叫びと約束を聞いて、なんとなく今までのものが吹っ切れた。そんなことどうでもよくなった。
そんな気がした。いや、まぁ気がしただけだけどな。
別にどっちが間違ってるとかどっちが正解だとか、そんなレベルの話じゃないと思うんだ。
あの瞬間、何となく俺の中での“やりたいこと”が形になった気がした、それだけの事。
……話は変わるけどさ。
人は多分、自分の為に何かを得る為には何かを棄てなくちゃならないんだって何処かで潜在的に気付いていた気が“した”。
何だろうか。何時か、何処かで、大切なものを守れなかった時に感じた気がする。
己の死という絶望の狭間で、俺はそれを知った……そんな気がする。
はは。おかしいよな? 死の感覚が此所じゃない別のとこにあるなんてさ。これじゃあ変な人みたいだよ、俺。
……なぁんかさ。今思えばよ、俺自身の自由は今まで無かった様に思えるんだよな。
半ば使命感の様な“世界を救う”と云う事。詰まりミトス=ユグドラシルを倒すと云う事。
大切なものを守りたいと云う事。詰まりコレット=ブルーネルを救うと云う事。
強大な敵を倒したいと云う事。詰まりクレス=アルベインを倒すと云う事。
俺の手は二つしか無い。無茶して三つの理想を握る俺に、自由はほんの少しでもあったのかな?
そもそも何が自由なんだろう? しかしそれを確立するには自由な心が必要だ。
縛られた心で自由を掴むなんて烏滸がましいじゃないか。
理想に縛られ翔べない俺。それが自分らしさ?
今目の前にあるやらなければならない事すら選べない、いや分からない俺。
それが自分らしく自由に生きているとでも? 馬鹿言えよ。
いや……それでも理想を追求するのが俺らしいんだと言ってしまえばそれまでか。
……そうなんだよ、誰もがきっとそうなんだ。
結局の処―――俺にもお前にも分からないんだ。俺が何なのか。お前が何なのか。俺らしさって何なのか。
196生 2:2008/05/21(水) 21:08:41 ID:PWKf1pqlO
理想に縛られた自由。自分らしさを優先するがあまり蔑ろにされた本当にやりたい事。
自由を求めるのは俺らしい事なのか。
目の前にあるやらなければならない事をやるのが俺らしい事なのか。そうでないのか。
むしろ“やらなければならない”と決めているのは俺らしさ故になのか。
そうでないのか。
それはもしかすると、偽善の念が心の奥底で囁き掛けて無意識の内に造った遊びに過ぎないのか。
そう思うと嫌になるな。
心の奥で俺は俺より無力な人を助ける事でそいつを嗤っていたのかも知れない。
自分が無力って知ってしまったから、だからもっと無力な人間を探していたのかも知れない。
人は……不幸な生き物だから。
ただ、俺にはそんな事は考えるだけ無駄だったんだ。
だって幾ら考えようと答えは出ないし、何よりやっぱどうしようも無く俺は馬鹿だったんだ。

“だから全部をやらなければならない事だと認識した”

それが俺の出来る事だ、と。……いや違うか。
俺にしか出来ない事だと、心の何処かで思ってたんだ。愚かな事この上無い驕りだけど。

“何処かで感じていた諦観”

俺は俺だけでは生きていけない。他人があってこその俺だ。
いくら自分が驕っていようと、いくら自分が卑屈だろうと、それを認め、否定し、受け入れてくれる他人がいなければそれは成立しないんだ。
そんな事は、とっくの昔に理解していた。

“なら俺自身にしか出来ない事だなんて誰が言ったんだ?”

いや、じゃあ理想とか云うものって何だ。理想を持つ事が悪い事なのか?
そうじゃない。
駄目だったのは、理想に縛られた俺の心なんだと思うんだ。

“誰かを、何かを助けたい”

それが本当に俺にしか出来ない事なのか?
そう思う理由は何?

“強大な敵を倒したい”

何故それを使命として認識する?
時間が無いから?
肉体的に死んでいるから? 皆への贖罪の念?
その位しか出来る事が無いとでも?

“俺にしか出来ない事って何?”

両手に一杯に抱えちまった理想。何処にもそんなモノが入るスペースなんて無いよ。
自由な心がなきゃ自由は手に入らない。自由じゃなきゃ本当にやりたい事が分からない。
それでも! それでも、俺はやりたい事を見つけたい。
“でも理想が俺にはあった”。……理想よりも大事なものって何?
そこにある無限の輪廻的循環が示すは矛盾。
でも答えは簡単だ。理想を手放せば済むだけの事なんだから。
197名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:08:48 ID:VNAjpeKtO
支援
198名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:10:49 ID:OEiWB/AeO
支援
199生 3:2008/05/21(水) 21:11:00 ID:PWKf1pqlO
だけど理想こそが俺を支えてきた全てであり、人生であり、俺の世界だった。
理想を、人生を棄てるなんて真似が出来るか? 常識的に考えてみろよ。
今まで培ってきたものだぞロイド=アーヴィング?
だったらそれが俺らしさなんじゃないのか?
理想論者。とことん甘い自分。諦めない自分。それが俺なんじゃないのか?

“でもそれを、誰がいつ何処で決めたんだ?”

人は他人が居てこその人じゃなかったのか?
自分が人だと思っていても、他人が居て“お前は人だ”と認めてくれなければその証明にはならない。
目の前の景色が本物なのかさえ、他人が居なければそれは幻想の中の景色に過ぎないのかも知れない。
もしかしたら、死体の山を花畑だと思い込んでいるだけなのかも知れない。
……それでも、他人に俺は“優しい理想論者”だと言われてきた。そうだろ?
ならば俺はそうであるべきじゃないのかよ―――“本当に?”
そんな時だ、目の前の馬鹿は言った。どうしようもなく、ただ心に蟠っていた憂いを吹き飛ばす様に言った。
半ば呆れてしまう程の馬鹿らしい演説をした。
でも、でも、でも!

“世界を救えるのがお前だけだと思うなよ”

何でだろう。何であんな気持ちになったんだろうか。
どうしてあんなにも心地良かったのだろう。


        憎い程の笑顔で呟かれたその嘘こそが―――俺が一番欲しかった言葉だったんだ。


きっと誰かに言って欲しかったんだ。俺にしか出来ない事なんかじゃないと。
きっかけが欲しかったんだ。休んでいいよと、やりたい事をやれよと、その気持ちが欲しかったんだ。
自由が欲しかったのかも知れない。
……自分には今しか無いんだ。無力さを痛感した時それを知った。だからクレスの元へと走った。
だって俺にはもう時間が無かったから。“なのに理想を追求する自分がそこに居た”。
如何して? 時間が無いんだろう?
俺には今しか無いんだろう?
だったら何で未来に、理想に生きるんだ? ……“だってそれが俺らしさだから”。
今しか無いのに。未来の為に生きて、人の為に生きて。
じゃあ俺って何の為に居るんだ? 自分の為って何だ?
俺にしか出来ない事って何だ?
―――でもあの時の俺には、答えは出ず、ただ走る事しか出来なかった。

“やりたい事って、何?”

でもそれを決めたのは自分? 自分らしさ故に?
それとも使命感? 矢張り只の理想? 綺麗事? 偽善?
200生 4:2008/05/21(水) 21:12:52 ID:PWKf1pqlO
どれだけ並べようと、それでも俺は、分からないんだよ。
選べないんだ。
どうしようもなくただただ……怖いんだッ!
それを選んだ時、俺は俺で居られるのか? 俺は他人に俺として認識して貰えるのか?
それを理想より優先した結果、俺という個の存在は破綻しないのかッ!?
何が正解なのか。何が間違いなのか。分からないんだ、分からねぇんだよ。
……そう、ずっと分からなかった。
どうしようもなく、ただ俺の中の自分が無言で項垂れるだけだったんだ。
握られた拳の重さだけが、ただ募っていった。

“本当にやりたい事って、何?”

でも、もしかしたら―――!
そう思えたんだ。
考えるから駄目なんだ。いっそ放棄してみればどうか、と思った時―――漸く俺はそれに気付けたんだ。
やりたい事の根源が何であろうといいのかも知れない。
やりたい事の先にあるものが何であろうと、元が何であろうと、それを選んだのが俺ならそれでいいかも知れない。
だって、なぁ?

“俺が本当にやりたい事って、何?”

瞳を閉じて最初に描いたそれは、半ば反射的に出て来たんだぜ。
そこに根源が何とか、そんな事を考える時間は無いだろ?
ほら、俺って馬鹿だから尚更そうなんだよ。瞬間的に考えられねぇから。
だからそう思えた。
な?
瞬間的に出て来る最初の答えにさ、自分らしさとか理想とかさ、関係無いだろ?

“なぁ、俺が本当にやりたい事って、何?”

思えば自分らしさなんて最初からどうでもよかったのかも知れない。
だから縛られていたのかも知れない。苦悩する理由なんて何処にも無かったのかも知れない。
そう、“そんな事は関係なかった”んだ。

“俺は”

分からなくていいんだ。
ほら、それに答えなんてよ、計算が苦手な俺にとって分からなくて当然なのかも知れないじゃんか。
そうだろ? それにさ、

“俺はコレットを”

分からなくちゃいけないなんて、何処の誰が何時決めたんだよ。
だから分からなくても大丈夫なんだよ、多分な。
他人がどう思おうと、俺がどう恐怖しようと、絶対に俺という存在は破綻しない。
だって俺は、俺なんだから。
それだけはずっと変わらない。
201生 5:2008/05/21(水) 21:15:38 ID:PWKf1pqlO
俺は此所に居る。
そうだろ? ジューダス。

“俺は、コレットを笑わせたい!”

『でもそれだけは、本当の気持ちなんだ』


【間接的に彼を殺した人の物語】


『それならば、俺は彼女が笑える様にしてやるのが筋というものなのだろうか』

既に呼吸の必要性が無い自らの肺に、鯨飲の如く酸素を取り込む。
夕暮れ時の少し冷たい空気は、だがしかしグリッドはそれを感じないが、確かに身体中の神経を研ぎ澄まさせた。
断っておくが何もわざわざこの時だけ呼吸をした訳ではない。
グリッドは今し方天使化を行なったばかりである。呼吸の必要性が無くなったとはいえ、呼吸の癖が天使化した途端に抜けた訳では無い。
常識的に考えて、呼吸の様に無意識の内にしてしまう行動を直ぐに忘れられる方がおかしいだろう。

グリッドは何の気なしに夕日を背負うクレスの目に一瞥を投げた。
鷹の様に鋭利でワインの様に紅に染まった目に、素直に化け物かコイツはと感想を抱く。
血走りや鋭利なだけでは無く力強さも兼ね備えるそれは、何か強く譲れない一つの意志があるかのように思えた。
同じ橙の空に抱かれるというのに、同じ人だと言うのに、どうして刃を交えるのだろうか。
いや、違うか。だからこそだ。“だから面白いのか”。
グリッドは首を左右に振り骨を鳴らす。
……いいだろう。
さあ闘ろう、いや、演ろうぜクレス?

“お前の戦いと俺の戦いの一騎打ちだ”

朽ち、緋色に染まり荒れ果てた廃村で漆黒の天使はぎこちなく、だが不敵に笑った。
その形骸の笑みは今にも壊れてしまいそうな程儚く、脆い。
だが、理屈では無い何か強いものがそこにある。その目の中に確かに強い煌めきがある。偽りで塗り固められた黒き輝きの中に何かを訴える力がある。
その目はバトルロアイヤルと全てを越えた先にある、何を見ているのだろう。
グリッドはその眼球でクレスの目を睨み返し虚勢を張った。
歯は恐怖で音を立てている。全身の筋肉は緊張で力が抜け、弛緩している。
それでも鴉の顔には憎らしい程の嘘で造られた三日月が浮かんでいた。
202生 6:2008/05/21(水) 21:17:55 ID:PWKf1pqlO
合図は、全てのしがらみを吹き飛ばすかの様な迷い無き白銀の一閃……否。
それは人知を超えた速度での剣撃による火花。
虚ろな劇場で踊るはどちらとも無く動き出した幾千もの彼等の残像。
その劇場を抱く橙に螺旋に散るは黒き羽根。
合図は既にして必要が無かった。それは半ば必然的。
かつて一羽の鴉が世界に叩き付けた大呼により、新しき幕は疾うの昔に開いていたのだから。
「はあああぁぁッ! 瞬雷剣ッ!」
此所は二人の舞台。そこに囚われるべき糸は無かった。
その舞台は蜘蛛の巣を越えた遥か彼方にあるのだから。
蜘蛛の存在など、彼等にとって取るに足らないもの。
「……真空破斬ッ!」
落雷の突きと真空の三日月が火花を散らせた。
お互いの想いは一つ。

―――全てを棄ててでも譲れないものが、そこにある。

始める事に、終わる事に、第三者の合図は最早要らない。必要性が全く以て無い。
世界は、確かに突き抜ける虚空の色彩を境界線として現実――バトルロアイヤル――から乖離していた。

21回目の世界に煌めく閃光にして、二人は漸く始めて剣を休めて距離を取る。
漸く、とは言ったが数にして優に21もの閃光が煌めいたのは時間にして凡そ4秒。
既に常人の可視領域を遥かに陵駕していた。
蜘蛛に囚われたキール=ツァイベルはその光と影が飛び交う全てを越えた先にある新劇を見て何を思うのだろうか。
「なかなかやるじゃねぇか……いいだろう、合格だ」
グリッドはうんうんと腕を組み頷く。
勿論、只の時間稼ぎである。
「お前に本気のグリッド様と闘える権利をやろうッ! ど、どうだ、素晴らしいとは思わんかね!?」
剣を地に刺し苦しみながらにも不敵に笑うグリッド。
その身体には……既に一の貫通した刺し傷、二の深い裂傷に七の小さな裂傷。
対するクレスは一の小さな裂傷。
グリッドの想像以上に目の前の敵は強大であった。

(何と言うカオス……)

高が4秒でここまでの差。
此所は彼等の新しきバトルロアイヤルの中。
しかしそれでも悲しくなる程の切実な現実がそこにあった。
“どうしようもない実践経験と実力の差”
グリッドには、どう足掻こうとも目前のクレス=アルベインに勝てる要素が無い。
絶望的とまで言えるものがそこにある。
しかしだからとは言えグリッドの思考内では“退却”の二文字は埒外であった。
それは当然である。
「相変わらず見た目と違いちょこまかと五月蠅い奴だ……コングマン」
203生 7:2008/05/21(水) 21:19:24 ID:PWKf1pqlO
「まァたあのハゲの話かよ。俺はコングマンじゃないっての。
 まあ、だが悪ィなぁ。受けたからには60秒、このグリッド様がお前を止めなきゃならんのだ!」
『頼む』―――――そうロイドに言われたから故に。
それは仲間からの絶対の信頼の証。
「感謝しろよ、このハイパー魔法剣士(になる予定)の高貴なるウルトラスーパーサンダーハイパーユアンアンドグリッドセイバー(ダブルセイバーの名前/勿論今名付けた)の相手になった事をなッ!
 周りに自慢していいぞッ!? 何なら俺のサイン(色紙ないけどな)をやってもいいぜッ!」
グリッドの中でリーダーとは、仲間の信頼には何があっても全力で応えるべき位置にあるものであった。
故に退かない。彼の中では退くという選択すら存在し得ない。
「ほざけ。その口、二度と開かぬように焼き繋げてやる」
クレスは口の片端を吊り上げ、黒炎を剣に燈し構える。
「そんな貴方に朗報です。……残念だったなァ! 俺様の口は765つあるんだぜッ!?」
対するグリッドは紫電を右手に握り直させ、ダブルセイバーをクレスに向けた。
最初に仕掛けたのはグリッド。雄勁な音と共にグリッドが“居た”場所に土煙と岩の破片が飛び散った。

「……なぁクレス、お前がバトルロアイヤルに乗ってる理由は何だ? 何故闘う?」

クレスの背後を取る時間は正に刹那。半秒を余裕で切っていた。
同時に短剣から伸びた雷光の巨大な刃を振り下ろす。
「ミクたんの商品でも信じてんのか、よおッ!!」
しかし全てを呑む蒼黒き炎は悲しい程簡単に雷の刃を相殺し、死角から振り下ろされたダブルセイバーを抑える。
超速の剣線をさも容易く捌いた張本人、クレスはその問いに下らない、と鼻で笑った。
「バトルロアイヤル? ミクトラン? 商品? “そんなものはどうでもいい”」
空を焦がす焔の様な紅のマントが風に揺れ躍る。
手元で怪しく猛る黒の波動が収束し、刹那的に幽邃な空気が世界を抱擁した。
その異様な空気に、まるで異次元にでも自分が迷い込んだかの様な錯覚をグリッドは感じる。

「……ッ!?」
(何だよコレ? 空間が歪んでる……?)

かつて体験した事が無い感覚に腹の底から唸る。一瞬が永遠に感じられる程に体感時間が圧縮された。
全身の毛が弥立ち、何かが脳内に警告の鐘を鳴らす。
何故、あれだけ大気を焦がしていた黒炎が一点に収束するのか?
目の前の化け物は一体何をするつもりなのか?
204生 8:2008/05/21(水) 21:22:15 ID:PWKf1pqlO
……分からない。只、嫌な予感がする。
知識では答えが出ない問いにグリッドは瞬間的に、本能的に解を導く。
それは半ば勘に近いものであった。

“真逆、新しい四つ目の時空剣技ッ!?”

記憶を頼りに時空剣技を思い浮かべる。
次元斬―――似て非なるものだ。動きは大体同じだが先ず刃の間合いが違う。従って有り得ない。
空間翔転移―――予備動作が違う。それに密着状態で発動するメリットが何一つ無い。有り得ない。
虚空蒼破斬―――身体を取り巻く時空の粒子が無い。よってこれも有り得ない。
ロイドらから聞いた時空剣技のどれとも合致しないそれには、“四つ目の時空剣技”その結論しか付けようが無かった。
「俺はただ彼女……ミントを救う為に、お前を、コングマンを倒す為に居るんだ」
剣の刀身に輝く誘蛾灯のような炎が禍々しさを増し、そして。

「理解したら失せろ―――零・次元斬」

群がり蠢く黒き羽虫の命を奪わんと、極限まで圧縮されたそれは球体となり空間そのものを喰らい尽くす。
「っくしょおおぉぉォォォ! 間に合いやがれええぇぇッ!!!」
戦闘開始から時の秒針はこの瞬間、漸く10と弱を刻んだ。
絶望的なまでに長い一分はそれだけで正に一戦争単位である。
言うならば“60秒戦争”。
ただ一匹の黒翅を携える蛾を潰す為に生まれた誘蛾灯は、果たして何を飲み込んだのか。



空を飲み込む様な膨張した漆黒が土埃を添えて霧散してゆく。
その漆黒の創造主は舌打ちをし、ゆっくりとクレーターの中心から腰を上げる。
「逃げ足だけは一人前か、忌々しい奴だ」
確かにクレス=アルベインの秘刀による絶対的威力を持つ一撃は発動した。グリッドも側に居た。
しかし、クレスには分かる。手応えが無かった事が。
クレスはぎり、と唇の端を噛み、土煙の段幕の先の舞台を細目で警戒する。
グリッドが何処に居ようとあの脚力と速度。
そして此所には先の何者かに因る光の柱により破壊された家屋や岩の破片。今立ち込める煙。
故に敵の位置は五感を研ぎ澄ませば確認可能、クレスはそう踏んでいた。
その推理は兼ね正しい。誤算があるとすればそれは―――
「…………」
さあ、何処から来る?
何処から来ようと……

「―――お待たせしたなッ!
 まだ俺の舞台が始まったばかりだ、こんな所で全身ユッケになってたまるかってんだよッ!」
205名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:22:32 ID:OEiWB/AeO
支援さぁ
206名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:24:38 ID:3nHfU2Wl0
支援刃
207生 9:2008/05/21(水) 21:24:42 ID:PWKf1pqlO
誤算があるとすればそれは、グリッドが想像を絶する馬鹿だったと言う事だろう。
だがしかしそれ故に彼の戦法は実に自由であり、奔放だ。何よりグリッドは戦闘に関して“ド”が付く程素人だ。
だからこそ型に縛られず、故に“型”に重点を置くクレスの想像を裏切る。
時として予想だにしない行動に出るのだ。
従ってクレスにとってグリッドは、ある意味での“穴”であり、弱点でもあった。
「あ、因みに俺はユッケよりクッパが好きだッ!!」

続く静寂なんてお構いなし、と空気を張り割く様な心底どうでもいい絶叫が辺りに轟く。
クレスは顔を顰め辺りを見やるが、しかし土煙や音に変化は無い。
「真逆」
魔法でも詠唱しているのだろうか?
……否、それは有り得ない。
新しい武器を手に入れた様だがコングマンは間違い無くインファイターだ。
ヘビィボンバーは魔力を練り放出してはいるが、魔法の類では無いのだ。
そして何より詠唱する人間は光源となる。詰まる処、黄昏時の今詠唱は目立つのだ。
隠れる建造物ま破壊され尽くしている。故に詠唱は十中八九無い。
ならば答えは自ずと出て来る。相手に気付かれず、煙に乗じて接近戦を仕掛けるならば!
「衝破ッ―――」
一番ポピュラーな解は、自分の頭上ッ!
クレスは可及的最高速で空を仰ぐ。
切り抜いた様な白の空間の中にある橙の中心に、確かに憎らしく微笑む漆黒の天使は居た。
瞬時の判断で小細工は出来ない。それだけにこの奇襲は敵に読まれ易く、相手がクレス程の手垂れなら尚更だった。
疎漏とまでは言わないが、グリッドは白眉を、クレスの実力を見誤っていた。
いや、正確に言えば見誤りでは無く計り切れなかったのだ。
奇襲を本の刹那に見切られるとは思っていなかった。
しかし、グリッドの計り損ねは何も悪い方向ばかりでは無かった。
計り損ねはクレスにとっても言えた事であったからだ。即ち、“計り損ねの計り損ね”だ。
グリッドと出会った時、クレス=アルベインには既にして物理的余裕と精神的余裕は無かった。
“満身創痍な状態で邂逅した者は今まで会った誰よりも最速な人間”
皮肉にもそれが自分が求めたマイティ=コングマンであった事実は、クレスの精神に確かな衝撃を与えていた。
何よりもう戦闘を開始してから20秒前後経過していると言う事実にも関わらず、敵に致命傷を与えられていない。
そもそも精神、肉体。それらの損傷とは無関係に敵の速度がクレスの常識から一線を画していた。
208生 10:2008/05/21(水) 21:27:10 ID:PWKf1pqlO
実の処、クレスはギリギリでグリッドのスピードに追い付いているのだ。
現に、彼はまだ空間転移を行なっていない。クレスの全力を以てしても空間転移の時間より敵の移動速度の方が僅かに上なのだ。
仮に空間転移に成功したとしても、グリッドの速度ならば簡単に移動先の座標からズレてしまう。
それはグリッドの数少ない作戦の一つでもあった。
先にミトスと剣を交えグリッドが学習した事の一つに、“動き続けて速さで翻弄さえすれば空間転移は無力化出来る”という点がある。
クレスはその作戦に嵌まらざるを得なかった。敵の速度にはもう慣れてはいる。が、悲しいかな僅かに自分のスピードが足りない。
故に半ば必然的に自分から攻める戦法は除外された。
相手の剣を捌き反撃。しかしそれは牛の様に突進を繰り返すグリッドに対して非常に有効な戦法であった。
スピードを除いた接近戦の技量は、大味なユアンのそれより遥かにクレスの方が格上であり、それは力や間合い、手数、思考の柔軟性にも言えた事なのだ。
そしてグリッドの性格がユアンの技を更に大味にしていた。
従って今の時点ではクレスが圧倒的に有利であった。
「爆、雷……」
天からダブルセイバーを構え、急降下するグリッドは、クレスの視線に気付き殺られると覚悟した。
しかしそれは間違い。クレスには反撃の余裕は無かったのだ。
スピードの面で一歩劣るクレスに出来るのは反撃では無く、回避であった。
これがグリッドにとって“良い誤算”である。
バックステップを取ったクレスは油断は決してしないものの少なからずの安堵を抱いていた。
その安堵の念は地面に生じた魔方陣から自分が外側に居る事に起因する。
しかしクレスの誤算はそこにあった。
衝破爆雷陣は、魔方陣の“外側”に雷撃を与える技なのだから。
如何に百戦錬磨を誇るクレスもこの瞬間に確かな隙が生じた事は否めない。
着地したグリッドの目はクレスからは前髪で隠れて見えない。
ただニヤリ、とグリッドが嫌らしく口を歪めたのを視界の端で確かに認めた。

「―――陣ッッ!!!!」
蒼い電流が掛け声と共に世界を白に染める。
それはクレスの全身を駆け巡り、強制的に身体を強張らせた。

「……何…………だと!?」

グリッドの髪の隙間から鋭い右目が覗く。
根拠の無い嘘を積み重ねて造った自信がその奥で力強く光っていた。
209生 11:2008/05/21(水) 21:30:19 ID:PWKf1pqlO
「俺様の駿足、いや、神足にあんなチンケな攻撃が食らうと思ったら大間違いだぜクレス君。続けて喰らいやがれ! 瞬ッ」
「く……獅子、戦吼!」
皮膚の焦げた匂いがグリッドの鼻を突く前にクレスが練った闘気の獅子が牙を剥く。
何度も同じ電撃に怯むクレスでは無い。
グリッドは元々魔力を扱う修行を積んでないどころか素質そのものが無い。
故に扱える雷は所詮ライトニング級の電撃に限られる。
クレスにとってそれは有って無いようなものだった。
「ッく……!」
受け身を取りグリッドはバックステップで距離を取る。
凄まじい脚力は本当に便利なもので、バックステップ一回でかなりの距離を取る事が可能だ。
僅かな追撃を赦さぬそれにクレスは足を止め舌打ちをする。
「一筋縄ではいかねぇってかよ? いいね、ゾクゾクすんぜ」
恐怖を紛らわせる様に口上を張り、グリッドは口から溢れる黒い血を袖で拭う。
……ははっ。これがたかが獅子戦吼かよ!?
化け物め、何て威力だよ。洒落になってねぇぞ。これが奥義でも時空剣技でも何でもねぇだと!?
特技ってレベルじゃねーぞッ!

グリッドは目を細め、指を直撃した部分に這わせ、損傷を確認する。

この呼吸の違和感と胸の凹み……肋骨が二、三イったか。
おまけにこの吐血。
恐らくは肺と胃に刺さったか? 畜生が、馬鹿野郎。
上等だよ、馬鹿野郎。
あとついでにもう一つ、馬鹿野郎。
「……そういやぁお前はミクトランに関係なく闘ってるって言ったな。
 実に結構じゃねぇか、この野郎。悔しいぜ。
 皮肉なもんだ。お前はもうとっくに“お前のバトルロアイヤル”を始めてたって訳なんだから。
 ルール、ミクトラン、バトルロアイヤル。んなもん全部ひっくるめて、どうでもいい。やりたい事だけやってるお前は立派だぜ? クレス=アルベイン」
へへ。いいじゃねぇかよ。お前は最初からそうだったんだな。
お前の為したい事、お前がやりたい事。お前が救いたい者、倒したい者。
それは全てを無視したお前自身の強い意志。
ある意味、お前が一番バトルロアイヤルから突き抜けた存在だった訳だ。
無意識の内に蜘蛛の巣から開放され、囚われの俺達を空から見ていた。
成程、そりゃあ強い訳だ。
だがしかしッ!
だからこそ俺も負けられない。今漸くお前と俺は同じ土俵に立てたんだからな。
これから華麗なる食たk……じゃなかった、華麗なる逆転劇が……ッ!?
210名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:30:45 ID:m+OZ2ZQ5O
支援ッ!
211生 12:2008/05/21(水) 21:31:58 ID:PWKf1pqlO
「!!? ッア……ガハッ、ゴホォッ!!ゲボッ、オォォ…!
 く……そッ! こんな時にッ! まだだ、まだここからなんだよ畜生ッ……!!」
突然前触れ無く痙攣し始め倒れかける身体に鞭を打つ。
ありとあらゆる全身の穴から血が吹き出るその様は“天使”のイメージとは背筋が凍る程に離れていた。
「……お、お前も俺も、自分のバトルロアイヤルをしてるんだぜ。愉快じゃねぇかよ、実にいい。
 だがな、いかんせん俺様はお前を止める様に頼まれている」
(……参ったな)
グリッドは言葉とは裏腹に憂患を感じていた。
術技を使用する事によるリバウンドが有り得ない程に激しくなっているのだ。
(そのうち身体が使いもんにならなくなっちまう……! その前になんとか!)
「さぁ、残り33と少し。……愉しもうぜ、“新生漆黒の翼の団員、ヤク中のクレス=アルベイン”ッ!!」
壊れた様にミントという名を繰り返す少年の目の奥にグリッドは何かを見る。
「いいだろう……受けて立ってやる」
クレスはその口の両端をゆっくりと歪め、血の様に真紅に染まるマントを左手で翻しながら剣先に黒炎を燈す。

「いざ、勝負ッ!」

運命がどうした。ルールがどうした。才能が無いからどうした。結果がどうした。
バトルロアイヤル? それがどうしたッ!
自分の為に、自分の力で、自分で!
奪って、望んで、殺して、進んで未来に待つ旗を掴もうとしているのは俺もお前も一緒だッ!
そこに悪も正義もねえ。
神だろうが何だろうが、この唇から謳われる言葉は奪えねえ!

誰もが最初は蜘蛛の巣で足掻く蝶だったんだ。

だが誰もが本当は抗えるんだ。

翔び方はずっと前から知ってたんだ。

世界という鎖とルールという鉄球に翼を縛られていただけなんだ。

こんなチンケな翼でも、世界から開放された俺達は何処へでも自由に目指して翔べるんだッ!

「天翔オォォオォッ……」
一羽の鴉が宇宙にまで轟く様な雄叫びを上げて翔ぶ。
死ぬか生きるかの瀬戸際にいるという事実さえ忘れ、自分の戦いを貫く為に。
夕日を背負う鴉は、更なる酷な代償を覚悟で五番目の門の錠前に鍵を入れる。
これが俺の覚悟だ。そう言わんばかりにダブルセイバーを掲げた。空高く、何処までも高く。
その先の約束を守る騎士の様に。
「雷斬撃イイィィッ!!」
合わせて四のユアンの遺志を継いだ雷が大地を割り、大気を切り裂き、世界へ轟く。
212生 13:2008/05/21(水) 21:34:36 ID:PWKf1pqlO
騎士は鴉が飛び上がる瞬間にゆっくりとバンダナを絞め直していた。
それは余裕の現れでは無い。
「時空……」
彼はただ、願いに忠実過ぎた悲しき剣士。
強過ぎる願い故に彼は目的と過程を取り違える。
そしてもう一つの世界では一義的なものを見落とし、命を落とした。履き違えた靴に気付く事無く。
だがヒントは幾度と無く彼の目前に現れた。
何時か、何処かの森で、正しき靴を履いた人が問うた。
『さあ、もう一度問うよ。“君は、誰だい?”』
だがしかし現実は非情だった。気付けない彼にとって過程こそが目的であり、全てであった。
故に現れた彼を認める事が出来なかった。その瞬間にそのクレス=アルベインは偽者と成り果て、空っぽになるからだ。
それは目的を失うも同然であり赦されざる事だった。
“何よりも強く、ただ、強く”
彼女を救うにはそれしか無いのだ。
『答えは“剣”だ』
形骸化した彼は彼を保てない。
目の前の人間が本物である事に気付けない彼は恐怖に苛まれた。“自分が怖い”。
本物の己を殺すべく彼は剣として立ち上がる。が、偽りの剣は本物に敗北した。
そして終焉の刹那、彼は気付くのだ。
履き違えた自分が近付きたかったのは本物の彼であり、過程でなく“真の目的”だったのだと。
だがその刹那まで彼はその目的から遠ざかっていた。
『来いよ、“僕”』
巡り巡ってこの世界で漸く理由に辿り着いた彼の目はより力強く、精神的に更なる強さを得ていた。
ただ一つ、自分の求める解の為に剣を振るうこの世界の少年は、最初から何も間違えてなどいない。

“クレスさんは、まだ負けてませんッ!!”

純粋に、非力な彼女の淡い夢に答える為に。だからこそ負けられない。
世界なんて、ルールなんて、バトルロアイヤルなんて放り出してでも譲れないものが、そこにある。
「―――蒼破斬ッ!」

ミクトランのバトルロアイヤルから開放された戦いは、こんなにも華麗にして、圧倒的だった。



「はああああぁぁぁッ!」
「うおおぉあぁあぁぁッ!」
クレスの零次元斬をグリッドが辛うじて避ける。そして辺りを包む砂埃の中からグリッドが奇襲を掛ける。
クレスがそれを捌き、雷撃が来る前に距離を取る。
この間凡そ一秒。
二人の攻防は多少のパターンの違いはあるものの大体がこの繰り返しであった。


213名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:35:54 ID:OEiWB/AeO
支援
214生 14:2008/05/21(水) 21:37:32 ID:PWKf1pqlO
「また砂埃に乗じる気か? 馬鹿の一つ覚えとはこの事だな」
何度目かの砂埃の先に蠢く影にクレスは嗤う。……いい加減マンネリだ。そろそろ狩るか。
クレスは腰を落とし、戦闘開始から始めて迫るグリッドに向かって走る。
砂埃を黒炎で割き、晴れた先の雷刃をエターナルソードで弾く。
後は身体を捩り懐へ入り一撃。クレスの算段は確かに完璧だった。
「……!?」
だが、弾いた刹那にクレスの脳天から爪先まで違和感が駆け抜ける。
(おかしい。軽過ぎる!?)
グリッドの一撃は確かにそれ程重くは無い。だがこの軽さはどう考えても異常だった。
クレスは前方の確認を急くが雷光の眩しさとスパークの音がそれを許さない。
この瞬間、クレスの五感は間違い無く一瞬奪われる。彼はその煩わしさに短く舌打ちをした。
同時に脳の中で一本の可能性の糸が現実を紡ぎ出す。
(真逆奇襲そのものが布石? いや、ならばこの剣は?)
いや、五感を奪われたクレスは意味を想像せざるを得なかった。
情報が得られないのだからそれは必然であり、“グリッドもそれを理解している”。
(違う? 影を囮に自分は……ッ?)
クレスは剣を弾いてから0.3秒、五感を奪われた上理解する為己の行動を凍結した。
(……否! それこそが真の罠!)
そして真意に気付く為に更に0.3秒を要した。
“自分が思考する様にグリッドが仕向けた”のだと。


「残念、それは私の紫電さんだ」


刹那、クレスは己の身体を凍結から解除しようと試みるが、それよりも速く背後から斬撃が襲う。
脚力を味方に着けた一撃の圧力はクレスの残った鎧を手当たり次第に全て破壊し、更に体を吹き飛ばした。
グリッドの眼球がクレスの苦痛に歪む顔面を捉える。
暫く見ぬ鮮血の緋色が鎧と共に宙に弾けた。
「お……のれッ…!」
雷刃を纏わせた紫電を投げ、己はその脚力を生かし投げられた刀よりも早く僕の背後へ回ったのか!
迂闊ッ!
「味な真似を……!」
下唇を前歯で噛み、宙を舞うクレスは血を傷から吹きつつ腹の底から唸った。
傷は悔しいが深かった。中々の痛手。それは敵も把握しているだろうと想われた。
(ならば僕を追撃するのは至極当然の流れ。
 奴の脚ならば僕が地に伏す前に僕を待構え串刺しにする程度不可能じゃない……だが、そうはさせない)
騎士は剣に左手を添え身を煌めく蒼に包む。
一方、グリッドは紫雷を右手でキャッチし、クレスの読み通り彼を追撃すべく空へ飛んでいた。
215生 15:2008/05/21(水) 21:39:28 ID:PWKf1pqlO
リーダーの一瞬の読み違い。
彼はクレスがここで反撃――それも真逆空間転移――を行なうとは思っていなかった。
クレスは天使とは違い痛感はあり、それ故に傷を受け直ぐに動けるとは思っていなかったのだ。
しかしその希望はこの瞬間に、先程自分がクレスの鎧にそうしたように見事に打ち砕かれる。
(あ、あの傷を負って直ぐに反撃に出れるのかよ……ッ!?)
未だ鎧の破片すら地に落ちていない。
その状態で平然と転移を行なうクレスにグリッドは驚嘆を隠し切れなかった。
運悪く自分の現在位置は空中。座標をずらす事は叶わない。
「……ッ!」
自分の頭上に現れたクレスの剣をダブルセイバーで受けつつ、グリッドは喉の奥から喘ぎを上げた。
誓いの両刃が小さく悲鳴を上げる。
「お、らあぁぁッ!」
苦悶に染まる顔を更に歪め、グリッドは火花を散らす剣を弾き距離を取る。
(追撃すら許さない、それにもう同じ手は喰わないだろうな……じゃあどうすればいいってんだよ、一撃で仕留めろとでも?
 はッ! 寝言は寝てから言えってんだよ馬鹿野郎ッ!)
ここで漸く空中に散った鎧の破片が鈍い音を立て地へと落ちる。
グリッドが起こした本の刹那の逆転劇はこうして幕を閉じ、勝負は再び振出しに戻った。
いくら傷を負おうとも時間は過ぎず、グリッドの心には焦躁の糸が痛い程に絡まってゆく。
残酷な現実は、小さな希望さえ掴む事を赦さない。



五十数合目の剣撃が乾いた空に響き渡る。
彼等を中心として半径十数メートルは最早戦闘前の地形の原型を止めていなかった。
地震で地割れでもしたかと疑う様なひび割れやクレーター、隆起、そして血飛沫と鎧の破片。
グリッドの身体に傷は順調に刻まれてゆくが、クレスの傷はと言えば先の一撃程度。
グリッドの負けは客観的に見ても確実であった。
それでも、それでも約束の60秒は訪れない。戦争はまだ終わらない。

クレスは最早、いや当然と言うべきだろうか。グリッドの動きを完全に見切っていた。
確かにグリッドの剣は自由奔放さはあるが、彼はどうしようもなく馬鹿だった。攻めや奇襲のパターンが10程度しか無いのだ。
一度パターンを見せればクレスは完全に見切ってしまう。
既に皮膚にさえ刃が届かない現実。ダブルセイバーもユアンの動きも紫電のサンダーブレードも、クレスの前では玩具も同然となっていた。
それでも助かっているのは致命傷を避けられる持ち前のチート的速度のお陰か。
216名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:41:55 ID:2b6evj2s0
217生 16:2008/05/21(水) 21:41:56 ID:PWKf1pqlO
だがグリッドには第五の門を開いたリバウンドもあり、大幅に動きが鈍っていた。
故にその結末は至って必然的。
地平線の彼方に沈む太陽はそんな残酷な現実を黙したまま凝視する。

「そら、右腕だ」

一羽の鴉が生み出した影が分離するその様も、ただ黙したまま凝視する。
いや、何億年も物語を繰り返す陽にとってそれは取るに足らない昼下がりのコーヒーブレイクの様なモノなのだろうか。
霞みそうな程に長い歴史の中でのほんの一刹那。
眠り掛ける落陽にとってそれは凝視より無視に近いものだったのかもしれない。
それでも遠い空と落陽は確かに一羽の鴉を見ていた。
グリッドは刮目する。
それは一瞬の、しかし致命的な油断。
リバウンドにより疲労していた彼の目では追い切れない驚異的な速度の抜刀が左に煌めいた。
凛と紅黒く血塗れた腕と、握られた紫の刃が空を舞う。
虚空に咲いた薔薇は己で吐き気を覚える程に黒かった。
黄金に抱擁された世界の中で、鴉は騎士の鼓膜を劈く様な絶叫を上げる。それを受け、騎士はさも不快そうに眉間を皺を寄せた。
それでも鴉の眼は少年を正確に捉える。逃げる事無く、戦意を喪失する訳でも無く。
(まだだッ! まだやれる。せめてあと十秒、いや五秒ッ! まだ一分には足りねェッ!!)
空を自由に流れる茜雲を剣を構える少年の背後に見る。
実に優雅なもんだ。人の気も知らないで。
……そりゃそうか。皆、自由にやりたいようにやってんだから、当然だ。
自分で大層に言ってやった癖に俺は何を考えてんだが。

“何だ、もう終わりか? リーダー”

「馬鹿。終わってたまるかよ……」
グリッドは自嘲し左手に力を入れ、倒れそうになる身体を両足でしっかりと支えた。
そう、まだ左手がある。左足は、右足も、この口もまだ動いている。
俺だって。
俺にだって。

「何があろうと譲れないんもんがあんだよッ!」

仲間と約束したんだから。
それが例え結果的に嘘の塊でも、貫きたいから。
『世界を救えるのがお前だけだと思うなよ』
仲間に頼まれたんだから。
それだけは、天変地異があろうと絶対に嘘に出来ないから。
『90、いや、60でいい!! 頼む!!』

決してそれは愛他主義なんかじゃない。エゴイスト? 甘んじて認めるさ、大いに結構ッ!
―――何よりも“俺が”そうしたいのだからッ!!
218名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:42:20 ID:14t5HedlO
支援
219生 17:2008/05/21(水) 21:43:43 ID:PWKf1pqlO
大きく羽ばたけよグリッド、立ちはだかるがどんなに強い敵だろうとこの心に背負った黒き翼は、漆黒の翼だけは!
絶対に折れねぇッ!
「うおおぉおぉぉおぉらああぁぁあああああぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁあぁあぁあああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁぁッ!!」
凄まじい形相で一匹の天使は魔獣の如く啼く。
血を口から撒き散らそうと知った事では無かった。形振を構っていられる程隙を作っていい敵では無い。
クレスの斬撃を渾身のダブルセイバーの一撃で未然に防ぐ。
ふと見ればダブルセイバーの刃も既にボロボロだった。
よく頑張ったと褒めてやりたい。
だが、まだだ、まだなんだッ!
約束の60秒まではせめて、俺と一緒に―――



突然目の前が真っ暗になる。
形容し難い音。だがいつか聞いた記憶があるのは気のせいだろうか。
グリッドは客観的にそれを捉えていた。否、気のせいでは無い。
そう、あれは確か落とし穴に落ちた時。
「獅子、」
どずん、と腹部から肉を貫く様な音。そして骨が砕ける音。
実に不快で耳を塞ぎたくなる様な不協和音が戦場を駆け抜ける。
「戦吼」
同時に身体に浮遊感を覚える。前を見ていた筈の眼球が風により姿を変えた茜雲を認めた。
ふと腹部を見る。言葉を飲む程に白く、橙を反射する何かがあった。
気が遠くなり掛けるが、それでもグリッドはダブルセイバーを持つ手の力は抜かない。
受け身を取り、足を破壊され尽くした地に引き摺る。
ダブルセイバーを地に刺し飛び出た肋骨を無理矢理抜き、グリッドは尚も血濡れた顔で笑う。
痙攣する腕で口から止まるを知らぬ血液を拭う。
「へ、へへ……クレス、お前も大した事ねぇなぁ? こんなもんかよッ!?」
その言葉にクレスは不快そうに目を細めた。
「……こ、こんくらいでお前の姫様助けられると思うなよ。来い、フルボッコにしてやんよ」
すう、と中指を立てて自分の方へくい、と動かす。勿論それは虚勢だ。
だが多少の時間稼ぎにはなっただろう。
本来ならもうこっちが逆に即フルボッコだ。即乱闘だ。乱闘パーティだ。
それを防いだだけでも良しとしようではないか。
「……殺す」
片腕の天使はもう一度笑ってみせる。
自分でも驚く程、笑い声が弱々しかった。

さあ、マジでくたばる五秒前! ……って、オイ。冗談になってねぇぞ? 全く以て笑えねぇ。

黒く煌めく翅を散らし、グリッドは自嘲しつつ瞼をゆっくりと閉じる。
220生 18:2008/05/21(水) 21:46:07 ID:PWKf1pqlO
―――アホ毛迷探偵、プリムラ!
―――何気に惚気やがるカトリーヌ!
―――牛さん……じゃなかった、おっぱい大好きトーマ!
―――ブラコン極まったシャーリィ!
―――俺に関わってきた皆!

―――そしてかけがえのない我が“親友”、ツンデレドジっ子のユアンッッ!!


「……俺に、俺に力をくれッ!!」


力強い一閃と共にグリッドは刮目し世界を翔ぶ。ロイドとの約束を果たすべく、目の前の敵を止める為に。
不敵に微笑む少年にダブルセイバーを振るわんと振り上げる。
冷えた風の調べが心地良く響く。ふいに自分が翔ぶ後押しをしてくれているのでは、等と思う。実に下らない。勘違いもいい所だ。
「終わりだ、彼女は僕が助け出す」
黄昏時に、二人は翔ぶ。
「お前は死ね―――零・次元斬」
グリッドは思う―――これが最後のフライトかも知れねぇ、と。
「残念。そりゃこっちの台詞だよ!」
グリッドが口上を吐いたこの瞬間、時は40と僅かを刻んでいた。
「天翔ッ、雷斬撃ッ!!」
約束の戦場に黒炎が吹き荒び白雷が轟き駆け巡る。
続いて一拍遅れ、重い金属音が廃村に響いた。
モノトーンの余波が荒れた大地を飲み込みクレーターを作ってゆく。
誓いのダブルセイバーが遠い空に吸い込まれる様に高く高く打ち上がった。
酸素を失った黒い血液が半球状に抉り取られた大地を濡らす。
クレスは衝撃波により翻るマントを払うと腰を上げる。
そして地に伏している筈の天使の方へと髪を掻き上げながら振り返った。
「………………………!?」
騎士は驚愕に目を見開き、続けてわなわなと震え拳を握る。
土煙の向こう側には、胸を大きく裂かれた堕落寸前の漆黒の天使が“しっかりと二本の足で地を捉え立って居た”。
「何故だ……」
歯を軋ませ、一秒の間を置いて騎士はそう呟く。
「まだだ」
天使は揺れる前髪の下の眼球がずっと向こうのロイドとコレットへと一瞥を投げる。
(状況の理解は出来ない。が、まだ一緒に居るって事は何も解決していないって事だ。)
ならば時間を稼げグリッド、まだ60秒には些か足りない。
まだだ。そうだろう?
お前が教えてくれたんだ、大食らいハーフエルフ。
天使は脳裏に浮かぶ青髪の男を鼻で笑い、静かに詠唱を開始する。
「へへ……まだ、まだだって俺の中のアイツが叫ぶんだよなァ」
項垂れた首を上げ、その真っ直ぐで煌めく瞳を前髪から覗かせる。
クレスはその力強さに息を飲む。……如何してだ。
221名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:46:52 ID:m+OZ2ZQ5O
.
222名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:47:54 ID:2b6evj2s0
223生 19:2008/05/21(水) 21:48:30 ID:PWKf1pqlO
敵の武器は既に無い。身体も満身創痍だ。……なのに、如何して。
「如何してお前はまだ立っていられる」
唸る様に喉から言葉を捻り出す。それは半ば無意識の内に口から出ていた疑問だった。
そして再認識する。
こいつは、コングマンは、確実に此所で息の根を止めておかなければならない相手だ。
「僕の一撃を受け、何故立っていられるんだ、コングマン」
顎の先から滴る水滴にクレスは気付く。
それは血では無く、汗。
(馬鹿な、この僕が)
目の前の羽虫に焦り、恐怖しているとでも云うのかッ!?
「馬鹿かお前は。てか馬鹿だろ、ヴァーカ!“俺様が立ちたいから今此所に立ってるんだよ”」
武器が無くなったから翔べない? そんな馬鹿な話は無いだろう?
ユアンだってダブルセイバー無しで闘ってたじゃないか。
俺達を守る為に。串刺しになりながらも、骨を折ろうとも、銃弾を何発も浴びようとも。
必死に、必死に。
ただ諦めなかった。強大な力を目の当たりにしながらも折れなかった。
あいつはそれでも最後まで負けなかった。
“堕落していても地に着くまでは空を飛んでいる”のだ。
「……そんなお前に何が出来ると言うんだ」
クレスは再びぎり、と歯を軋ませる。
理屈では有り得ない。あの傷を負って立っていられるなど、有り得てはならない事だ。
なのに、なのに目の前の敵は!
何度倒しても何度斬っても、どうして立ち上がるッ!?
「何が、出来るかだって?」
(ユアンの動きと技を真似た俺に出来る事はあと一つだけ……それが出来るか否かは賭けだ。
 おい筋肉馬鹿、悪いがお前の技、借りるぜ。レンタル料は俺様のサインだ)
ゆっくりとグリッドは大地への一歩を踏み出す。
最後の六つ目の門の鍵を開ける準備は調った。
正直、開けばリバウンドも半端じゃないだろう。
けれど、“そんなのは関係無い”。


「―――お前を、止められる」


血が吹き出る口で思い切り三日月を作る。
翔べ、力の限り。諦めるな。動け。謳え。闘え。
―――詠唱、完了。
「集え、蒼雷ッ!」
墜ちるなら、それも良し。
墜ちないならば、尚良し。
地に着く瞬間まで、それは分からない。
224名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:49:37 ID:2b6evj2s0
225生 20:2008/05/21(水) 21:50:16 ID:PWKf1pqlO
さあ、開け、集え、響け、魅せてやれッ! これが俺“達”の最終奥義だッ!

白雷が黒い羽根を螺旋に巻き込み、グリッドを、グリッドの右手のソーサラーリングを包み混んだ。
本来は直径3メートル超のそれを可及的最少までに圧縮する。

一方クレスは普段の冷静さからは到底伺えない口をあんぐりと空けた様子で、その像に別のものを紡いでいた。
いや、そうさせる様にグリッドが仕向けたとも言えよう。
「成程」
“それは、クレスの肉体さえ消滅させる、超高電の塊”
クレスはそれを見て最高に愉しそうに嗤った。
壊れ掛けのテレビの様に写し出される像が不鮮明な記憶が、ぱたぱたと色彩と明瞭さを取り戻して行く未知の感覚。
それは―――そう、更なる覚醒。
「矢張り最後に立ち開かるはその技か」
何と言う皮肉だろうか。
最後の扉の先にあった奥義が、少年が斬るべき魔王の最終奥義に見た目がそのものだなんて。
六番目の扉が今開かれる。
かの天使が化け物を吹き飛ばすべくして死の間際に撃ち放った魔法が、今同じ様に目の前に形成される。

「こいつがユアン(と筋肉ハゲ)が俺に遺した最後の記憶だ」

零次元斬は何度も見た。威力も把握してる。
……そしてこの左手のこいつはもう俺にも制御出来ねぇ位ヤバい威力だ。
魔力も30%程度なら余裕で使ってんじゃねーかって位にな。
昔闘技場でさ、見た事あったんだよこれ。……イカスヒップの事じゃねーぞ、バーロー。
多分これが最後になるし、これならお前も本気になってくれると思うんだ。
どうせならお前にもマジになって貰わねーと、俺が浮かばれねぇよ。
まぁ、それにな。こいつなら、奴の零次元斬と同等に渡り合える気がするんだ。
あとは、まぁなんだ。見た目がイカすだろ? ……いやだからイカスヒップじゃねーよッ!

グリッドは一人漫才に苦笑いする。この後に及んで自分はまだ余裕ぶっているのか。
とことん救えない奴だ、自分は。
「さあクレス、これがお前に受け切れるか?
 四千と十数年と60秒近くに渡り培ったモンが、この技には詰まってるぜ」
確かに、雷球を生み出す事すら初めての凡人が魔法の形状変化、圧縮応用と言った事が可能であるか否かは甚だ疑問ではある。
しかし現実にそれをグリッドは無理矢理やってのけた。
マナの味方へのマーキング等と言う高等技術を学んだ事すら無い彼の左手は、故にズタズタだ。
226名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:50:17 ID:2b6evj2s0
227名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:52:03 ID:2b6evj2s0
228生 21:2008/05/21(水) 21:52:07 ID:PWKf1pqlO
爪は剥がれ皮膚は切り裂かれ、白骨や神経がダイレクトに見える部分さえあった。
下手をすれば今にも自分の左手と輝石を破壊し兼ねない。
「愚問だ。それを斬るべくして僕は此所に来たんだ、マイティ=コングマン」
剣を纏いし黒炎が一瞬にして揺れ踊りながら拡散し、沈む夕日の彼方に消える。
それは時空剣技を放棄し、アルベイン流の本来の味を出す為の行為。
クレスは瞼をゆっくりと下げる。彼もまた、本気だった。
いや、違う。語弊がある。彼は本気に成らざるを得なかった。
それ程までにグリッドが作り出したヘビィボンバー……もとい、スパークウェブは凄まじいエネルギーを秘めていたのだ。
故に剣士として相手への最高の讃辞とも言える判断を下す。“今こそアルベイン流最終奥義を繰り出す時である”と。
クレスが“クレス自身の心情で”笑った瞬間だった。

「来いよ」

グリッドの低く轟く挑発を合図に二人は再び走り出す。
幻想中の城すら崩壊させ兼ねない咆哮、そして全てを断ち斬る最強の剣閃と全てを滅する雷球。
お互いに腕を伸ばす。どちらが求めるモノへの距離が短いのか。
どちらの手がその先に待っている光に届くのか。
初撃は互角、煌めく白銀の光は黄金の世界を飲み込み、白昼の如く世界を染め上げる。
グリッドはユアンの記憶を辿り、更に左手に魔力を込める。鈍い音が響き、指の関節が外れる感覚がグリッドを襲った。
最早一寸先は白銀の光でどうなっているかも定かでは無い。
ただ必死に足を踏ん張り左手を伸ばす。背から抜けた羽根を衝撃の余波により数十と散らせながら。
此所で全てを使い切ってでも、“嘘”にしたく無い約束があった。

白銀の空間、その中に一際目立つ緋色の雨が散る。
蒼白い雷光が縦に裂け、その隙間から騎士が覗いた。
泡沫の夢が消えて行く。
アルベイン流の至高の最終奥義、冥空斬翔剣の最後の一撃。
天に昇る紫の切り上げの剣閃が鴉の胸を縦に深く、真紅の一文字に斬り裂く。
それは戦争開始から丁度秒針が60を刺した瞬間だった。
雷は儚く霧散する。
身に降り注いだ漆黒が差した緋色の雨は、氷の様に冷たかった。

「約束の時間だ。畜生」

橙から紫に変わる空を見ながら小さく呟く。
堕落したのは、漆黒の天使であった。

再び黄金が世界を満たした時、倒れた鴉は目の前に立つ血塗れの騎士を見る。
騎士は覆い被さる様に鴉に跨がり、剣を構え―――左胸を勢い良く刺した。
「……ッ!」
229生 22:2008/05/21(水) 21:55:04 ID:PWKf1pqlO
己の中から鈍く不快な音が響く様をグリッドは客観的に聴いていた。
グリッドは何も言わずその行為を見つめる。いや、言えなかった。
スパークウェブを打った反動は凄まじく、身体を一ミリたりとも動かす事が出来ない。
(不甲斐ねぇ……ッ!)
暫くは治らないだろうと思われるそれにグリッドは怒りを露にする。
しかし現実は非情だ。グリッドの身体はぴくりとも動かない。

「……今行くからね、ミント」

二、三回左胸を刺した後、クレスは寒気がする程優しく呟き、立ち上がる。

―――う……け。

自分が作った黒い血の海の中でグリッドは口を半開きにしたまま天を仰いでいた。
朧気な視界は紫に染まりつつある空を映していた。

―――うごけ。

クレスが辺りを見渡す。直ぐにコレットを見つけ、細目で状況を確認していた。
「ミント……!」
小さく叫び側に居たロイドを睨み、剣と身体に蒼に煌めく衣を纏う。

―――動け。

空間翔転移、と呟く誰か。
「……………ド……ろ」
小さく等間隔の痙攣と吐血を行なうだけの役立たずの口をグリッドは微かに動かす。

―――動け!

「ロ…ド……逃……ろ…………!」
朧気な視界が残酷にも消えて行く蒼の粒子を認める。
奥には確かにロイドとコレットらしき人物が居た。
不味い。不味い不味い不味い。今行かれては意味が無いのだ。

―――動け!!

「………ロイ、ド……ッ!」
しかし友を呼ぶその声は、悲しい程に小さ過ぎた。
1と半秒後、彼の視界に赤黒い飛沫が写る。
歯を鳴らしつつゆっくりと目線を動かすと、その先には残酷過ぎる未来が待っていた。

『勿論それで済むとは思ってない。……けれどお前の笑顔は……そう、思っていいんだよな? 出来たん、だよな?』


【二人の王子様の物語】


『やっとだ。漸く君の元に行く事が出来た。ごめんね、随分待ったかい? 大丈夫。もう大丈夫だから』

身体の様々な隆起や傷がその死体に陰を落とす。

漸く、宿敵の巨漢は倒れた。
少年は目の前の血塗れて動かぬ男を見下しながらゆっくりと立ち上がった。
彼の目前に在る、腕を失い全身を滅多刺しにされた骸は実にグロテスクだ。
「……今行くからね、ミント」
暴れた前髪を手で払いながら少年は仔犬をあやす様に優しく呟いた。
紫の剣を転がる死体から抜く。
同時に、到底顔を顰めずには居られない様な奇怪な音が辺りに響いた。
230生 23:2008/05/21(水) 21:56:39 ID:PWKf1pqlO
と、少年は顔を上げると地平線の向こうの姫様を見て目を細めた。どうしたと言うのだろうか。

「ミント……!」
(誰だ、もう一人は?)

クレスは剣を強く握り、再び緩んだ神経を研ぎ澄ませた。
オールバックの赤尽くめの青年が何故ミントの元に居るのか。
クレスは一瞬真意を計ろうと試みたが、半秒で考える事を止めた。
よくよく思えば考える必要性は全く無い。理由なんてどうでもよい事なのだ。
障害があるならば消せば良いだけなのだから。
「どいつもこいつも……!」
蒼の粒子が螺旋状に彼を抱擁してゆく。
粒子は光となり、掲げられた剣を合図に眩いばかりに輝いた。
その刹那、少年は翔ぶ。
終焉を告げる蒼の残滓が、大地に伏す骸に降り注いだ。


「……!!」


半ば瞬間的に足が出ていた。目の前の少女への力の加減すら忘れる程に。
そう、それは反応では無く反射と冠した方が適切だと言えるだろう。
ロイドには恐怖が全くと言っていい程に無かった。反射なのだから当然なのだが。
その蒼に煌めく領域は実に芸術的だった。残酷なまでに美しい蒼。
しかしそれの本来の名は地獄の門だ。美しさに迷い踏み込む者を堕とす悪魔が統治する領域。
天使には叫ぶ暇すら与えられなかった。従ってそれすらも思考の埒外だ。
ゆっくりと足がその領域に入る。
綺麗な外見とは対照的な空間の澱みを肌で感じた。

全てが蒼色になる様な、自分すらその空間に溶けてしまう様な、そんな違和感を覚えた。
自分は茜空の下に居た筈なのに。
それなのに。
目の前の世界はこんなにも、残酷な程に、蒼くて、青くて、碧くて、あおくて――――――――
「ロイド…?」
――――――――あかい。

震える右手をそれに近付ける。
壊れ掛けのテレビの様に揺らぐ視界の中で、真っ黒なコマと、自分から出たそれが何度か交互に再生された。

……なんだか、にくをさくようなみょうなおとがきこえたきがした。

自分の胸から生えたそれが縦に、上に、ゆっくりと、裂きながら、移動する。
喉まで来て、そこから捩じれ、液晶画面が本来向かぬ方向を向く。
壊れゆくテレビが映したのは、地に伏した友と、息を飲む程に真っ赤に染まった空だった。

『ただいま。迎えに来たよ、ミント』

231名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:58:08 ID:2b6evj2s0
232名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:58:59 ID:2b6evj2s0
233生 24:2008/05/21(水) 21:59:07 ID:PWKf1pqlO
【終わりゆく人の物語】


『皆』

血潮の様な紅い空を見上げていた。沈まぬ夕日を見上げていた。
崩壊した建物の歪な影が視界に走っていた。
天使に出る筈の無い涙が溢れて、溢れて。止まらなかった。
茜雲が頭上に泳ぐ。
視界が良く分からない緋色に染まる。
世界が、俺の世界が、ゆっくりと、幕を下ろしてゆく。
俺が、終わる。

“ああ、俺、此所で死ぬんだな”

ロイドは一旦喉から抜かれ、脳天に振り落とされる刃を見て漠然とそう感じた。

頭蓋内へ刃が進入する音を聴きnaがら、以前、の俺ならどう思っていただろウ…と考えて、みる。
この身……体の、頭の中に入る刃ヲ見て、以前の俺は何を感じていただろ宇か。
諦観、だロうか。それとモまだ死にたくないと足……掻、くのか。
未来…に実現すべき理想の為に死ぬ直前まデ足掻くだろうか。

……何だ労。この達観にも似た安らぎは何処かラ来るのだろ、う。
死ぬのハ怖、いと言うのに、どう死て。
如何シてこうも落ち着いて居ら、れるのだろうか。
…この、血の雨の中、何故俺はこ…うも満たされているんダろう。
如何して後悔が無いんだろウ。何故未来が気にナ……ラないんだろう。

……あれ? 俺、喪…しかして未来が心、配じゃない、のか?
いや、と言うよりは興味が無いのダろ、う、か。
そUか。俺、今自…分が本当にやリたい事ヲ遂げたから―――極端………な話“後はどウデモいイ”、のか?
アはハ……なるほdoなぁ、や、ッぱり俺のやりタい事は一つだったんだな。
だからコ、ンN…Aニも執着心ga無い、そう、だ、炉?

「 」

ドれ……だけ今まで荷を背負って来たのだロウ。
俺がこんな事言うなんて、どうかしてる。そう思ウ…………………よ、“今までNO俺なら”。

「     」

全てヲ棄ててたッタ一………個を守ったくせ……………………………死て…、何自分勝、手な、事言ってんだ! っテ。
馬、鹿野郎! 後に残サREタ人の気持Ti考えやガれ! って、怒鳴るだ…ろウナぁ、今ま、で………の俺なラさ。
でmO、いいん……………打、俺はやりたい事をやれ他から、い……いンDa。
未…来に、理想に動くんジャない、俺…は今に全てを捧げて生きた。そ…レ…で、きっと良イんだ。
…だッて、sOREが間……違いダなんて、誰にも、言エナ………………イだrO?
答え…名ン手、気っと…ごまんトアるん、Da。
234名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 21:59:57 ID:dkfR6GDd0
 
235名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:01:17 ID:dkfR6GDd0
   
236生 25:2008/05/21(水) 22:01:20 ID:PWKf1pqlO
……………………こ、れガ、俺…ノ見つケタた、Ko、た…絵だ。
な……ラ、ソれD、EIイん、だと、汚モu。

コレ、っ……………トヲ救う木っ書kEに少死でもNareたN………………………a…ら。
だ、ッテ子r、E、は俺…………の心……………………………我決めた…事、な、ん…daか、R、A…。

…名…あ…ァ…何、出、だろウ…na。
……瞼が、都…………M………o…………………重………………て。
目……の魔……………………の………コれッ…………………………と………Ga、
…………と……も…梨ソう…………………………な顔…………。

「………、な…」

ご…………e……n。
……………ア…蛾………、…t………う。
砂……y……、…ナ………Ra。

『後、頼むぜ』


【彼の生き様を影で見届けた人々の物語】


『分かっていた。幾らこの滴を吸い取ろうとも、その跡は消えない事も、全て』

学士はその結末を見て五秒間目を細めたまま硬直する。
本来喜ぶべき展開の筈だ。が、彼の顔にはその色が全く浮かばない。
如何してだろうか。素直に心の底から喜べなかったのだ。
そんな自分が実に腹立たしく、彼は奥歯をぎりと鳴らした。
鴉の戯言に少しでも心を動かされた自分が実に呪わしい。
自分に関係する何もかもが馬鹿馬鹿しく思えた。

彼は溜息を漏らし、視線と共に頭を上げる。
綺麗な筈の黄昏時の景色は、凡人の心一つすら洗わない。
何処からか吹いた微風が彼の青髪を靡かせる。
空に掠われる毛髪が額の脂に捕らわれ、本来涼しく心地良い筈の風は心底不快だった。
が、しかし鎮魂歌とでも言うのだろうか。辺りに生える草花は風に戦ぐ。
彼は足元の草を恨めしそうに踏みながら、額に吸い付く髪を人差し指で払い耳に掛ける。
黄昏時の少し冷めた空気が、彼の黒い心を何故か逆撫でた。
ふと手中のクレーメルケイジを一瞥する。
何時もより重く感じるのは気のせいだと思いたい。
(所詮、)
鬱憤を晴らすべくそう口を動かそうとするが、しかし上手く口が開いてくれない。
開く為に三秒を要し、漸く学士は言葉を小さく吐いた。
「……所詮、凡人の戯言なんだ」
237生 26:2008/05/21(水) 22:03:29 ID:PWKf1pqlO
頭を項垂れ、地面の小石を何の気なしに見つめる。
「いくら叫ぼうとそれは夢幻に過ぎない」
そうなのだ。
正しい式で無いと結果は導けない。そして結果はどんな場合であろうと一つ。
夢や理想や奇跡なんて下らない。愚かな事だ。何を今更。
最初から嘘で塗れたそこの地に伏す馬鹿の様に、どれだけ抗おうと結果はそれだ。
お前らのバトルロアイヤルとやらが砕かれた気分はどうだよ?
お前達が幾ら影響を及ぼそうとも、この世界はそんなものをものともせず廻るのさ。
1+1が、4−2+1−1になっただけの事なんだよ。
全ては予定調和に過ぎない。あいつが天使化するなんて多少のイレギュラー、無いに等しいのさ。
何が俺のバトルロアイヤルだ。笑わせてくれる。
夢を見るのも大概にしろ馬鹿共が。
「下らない。ああ、実に下らない茶番だった。
 お前もそう思わないか? メルディ」
彼は拳を握り締め、隣の彼女に同意を求める。

「……メルディ?」

隣に並ぶ彼女はぼうっとただ一点を見つめていた。
彼は彼女の目線を追う。
吸い込まれる様な紫が写していたのは―――地に伏した、笑顔の人間だった。

「……どうして、メルディがロイドと同じなのに。
 どうしてそんな顔が出来るか」
その暗い瞳は、微かに潤んでいる。
彼は彼女の肩を掴み口を開いた。
「メルデ「わかんないよ!」
しかしそんな彼の言葉を遮り、彼女はスカートを握って俯く。
「わかんない。メルディは、そんな風に笑えないよ」
わかんないよ、ロイド。
最後に、彼女はまるで全てに置いていかれたかの様な力無い言葉を呟き、くたびれた笑顔を浮かべる。
それは理解出来ないというよりかは理解したくない、そう自分に言い聞かせている様だと学士は感じた。
煌めく紫がかった紅を反射する滴が、彼女を抱き寄せる彼の服に吸い取られてゆく。
彼にはただ、下唇を噛み力強く女を抱く事しか出来なかった。

“だから、やっぱり全部消さなければすっきりしない”

そう結論付けた彼女の涙は、ならば何故止まらないのだろうか。

『ただ、それを認める事は自分には決して出来はしない。だからこれは形骸の抱擁。
 ……本当の馬鹿は誰なんだろうか。身代わりの羊なんて、何処にも居ないと理解しているというのに』


【最後の物語】

238名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:05:29 ID:dkfR6GDd0
   
239生 27:2008/05/21(水) 22:05:54 ID:PWKf1pqlO
『ちぇ、こりゃハズレだな』

始めはたった、これから待つ過酷な道を無視したその一言。
思えば、随分と長かった三日間だった様に感じる。
いろんな事があった。出会いがあった。別れがあった。
嘘も吐いた。理想も叫んだ。
希望があった。絶望も見た。
驚き、笑い、泣いて、そして此処までやってきた。
いや、別にそれがどうって訳じゃない。それらは全部“俺”のしてきた事なんだから。
ただ、漠然と長かったなと思うんだ。

『オレさ、実はトマト嫌いなんだよな…』
『今この状況でトマトなんて食材が出るわけないだろ。くだらん心配をするな』
『なんだよ!じゃあジューダスは好き嫌いないのかよ!』
『僕は…』
『…ニンジンとピーマンが嫌いだ…』
『あっははははは!』
『笑うな!食べ終わったならさっさと行くぞ!』

あっちの皆は俺を褒めてくれるだろうか?
父さんは、よくやったって言ってくれるよな?
へへ……いや、父さんなら言わないか。
なんだかんだで素直じゃないからな。父さんは。
でも、最後なんだし。それぐらいの夢なら、いいよな?
幸せな夢ぐらい、見てもいいよな?

『…ロイド』
『ん?』
『お前、やることが大胆だな。見ず知らずの人間に…』
『うっ、うるせー!!』

なぁ、何でだろうな。
もう一度死んでるからさ、終わる事に恐怖は無いのに、何でだろうな。
……どうして、涙が止まらないんだろうな……?

『…どうしてメルディがこと、助けてくれたか…?』
『何で、ってなぁ…ドワーフの誓い第2番、困っている人を見かけたら必ず力を貸そう!
 つーか…とにかく、放っておけなかったんだよ』

もしかすると、やっぱり生きていたかった、のかもしれない。

『なっ、バカはないだろ!バカは!?』
『ただ彼女を助けたいだけで突っ込む行為などバカしかいないだろ?それともお前はバカじゃないとでも言えるのか?』
『だー!もうバカバカうるさい!!』
『あはは、ロイドバカって言われてるー、アハハハ』
『メ、メルディ!お前もバカって言うなよ!』
『フッ』
『ジューダスも笑うなっていうの!』
240生 28:2008/05/21(水) 22:07:24 ID:PWKf1pqlO
でも俺は、此所で終わる。
茫漠としていた死というものがもうすぐ訪れる。いや、今でもよくわからないけどな。
それでも、終わってゆくんだ。死を理解しなくとも、終焉はすぐそこにある。
俺は、“死ぬ”。
だけれど、言い換えれば俺は此処で確かに――――“生きていた”。
それだけは変わらない事実なんだ。
だから、それだけは、忘れないで。

『なんだよ・・・何かおかしいか〜?』
『いや、すまない。ただ・・・』
『お前らしかっただけだ』
『なんだそりゃ・・・俺はいつだって俺だよ』
『そうだったな』

それでもやっぱり、本っ当にくどい様だけど。これで良かったんだと思うんだ。いや、これで良いんだ。
後悔は無いさ。
間違ってなかったんだと、信じてるんだ。
だってこれは、心が決めた事なんだから。
もう、いいんだよ。だから泣くなよ、なぁ。泣くなってば。

『これからヴェイグはどうするか…?』
『あのさ、俺思うんだけど…。
 やってしまったことはどうしようもないけど、これからのことならなんとかなるんじゃないか?
 だから、お前も償いをするために死ぬ、とか考えるんじゃなくて、これ以上の犠牲者を出さないようにがんばれば良いんじゃないのかな?』

メルディ、これが俺の答えだ。見ててくれたかな。
……お前の本当にやりたい事って何だったんだ?
……なぁ、何も出来る事が無いなんて言うなよ。
お前は俺をもう一度翔ばしてくれたじゃないかよ。
だからきっと大丈夫なんだ。お前の居場所はそいつの隣にあるから、だから。
そいつはお前の罪を理解出来る。だから……!

『すごく、すごく恐ろしいよ。メルディもいつか、殺されちゃう。誰かに、殺されちゃう。 ファラも生きてても、殺されちゃう』
『俺がそんなことさせない!』
『だけどっ…!』
『俺達は生きなきゃいけないんだ!
 俺も、死にたくない!元の世界で待っている人が沢山いる!こんなゲームで殺し合いなんて馬鹿馬鹿しいんだ!お前だってそうだろメルディ!!
 ファラだってそう思っているからあんな必死に呼びかけたんだ!この会場の奴らにも、メルディ、お前にも生きて欲しいから!』

だー……ったく畜生、走馬灯も五月蠅いし、ろくろく眠れやしねぇなぁ。
241名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:07:35 ID:14t5HedlO

242名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:07:54 ID:2b6evj2s0
243生 29:2008/05/21(水) 22:09:30 ID:PWKf1pqlO
『そういう割にはやけに嬉しそうではないか。男がそのような装飾品を見てニヤつくのはあまり良い趣味とは言えんな。娘が背中から落ちそうだぞ』
『おっとっと…うっせーな、この指輪は特別なんだよ。さっき親父達の声を聞いた気がしたから、
 父さんから貰ったこれを思い出しちまってさ。あ、ひょっとしたら父さんなら あんたと良い勝負できるかもしんねーな。性格も少し似てるし』

……あぁ、そうそう。
そういやぁ最後に皆に聞いて欲しい事があんだぜ。

『早い話が俺達の強さを知りたいんだろ?だったら手っ取り早く…』
『手合わせ願うぜロイド』
『いいなそれ。俺も難しい説明とかは苦手なんだよなぁ。頭で無理なら体で覚えろってね』
『もういい好きにしろ。だがやるなら西の海岸沿いでやってきてくれ。ここじゃ音が響いて回りに位置が知らされてしまう』
『『分かった!』』

メルディ、キール、グリッド、ヴェイグ、カイル。

『僕がどんな理由を持っていたとしても、それは無意味だ。 少なくとも君に何の影響を及ぼさないし、僕にも影響を及ぼさない。
 君は人を斬るその瞬間に一々理由を確認しながら斬るのか?』
『そんなんじゃ剣が鈍るよ。剣士とは剣を持つ者じゃない、剣になる者だ。剣に善意も判断も要らない』
『ふざけろ!そんなんで納得できるか!!』

しいな、ゼロス、ジーニアス、ジューダス。

『お前、誰だ…』
『ティトレイ、お前らをあそこで火に掛けた奴だよ』
『…ヴェイグの…ダチが何でこんな事をするんだよ…!!』
『元、な。元親友だ。俺は、恩を返してから死ぬ。それだけだ』

ジェイ、リッド、ダオス、スタンのおっちゃん。

『消えろ…皆、消えろおぉぉぉぉぉぉっ!!!』
『俺が証明してやる! 絶対に、死なないって!!』

俺の大好きな父さん……俺に関わってきた皆。

『…命を賭けてとか、そういうのは絶対に許さん』
『仲間だからかよ?』
『それもあるが、…そうしてまで助けてくれようとした奴がいたのだ。それこそもう、ボロボロになるまでな。
 だが、俺は結果的にカトリーヌを死なせてしまい、プリムラを人殺しとさせてしまった。
 命を賭けてまで守ってくれたのに…俺は』
『もしかして…ユアンの事か?』

そして―――――――
244名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:09:49 ID:2b6evj2s0
245名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:10:30 ID:dkfR6GDd0
 
246生 30:2008/05/21(水) 22:11:11 ID:PWKf1pqlO
『俺はどうしたら良いと思う?』
『分かんないよ。メルディバカだから』
『彼奴には嘘付いたけど、実は俺もそうなんだ』
『メルディと同じだな』
『でも、ロイドは、ロイドのままで良いと思うよ』
『…そう思うか?そう思って良いのか?』
『多分、ヴェイグもジューダスもそう言うよ』

コレット。

『……僕は……あれを見て……気が狂いそうなほど恐ろしいのに……!
 全てを諦めたくなるくらい怖いのに!
 生きることを放棄したくなるくらいの絶望に負けそうなのに!!』
『なのに! どうしてロイドは憎たらしいくらい平然としていられるんだよ!?
 これじゃあ……これじゃあ僕が丸っきりの臆病者みたいじゃないか!!』
『いや……俺だって……俺だって、怖くないわけないだろ?』

ありがとう。

『…………か……よ……』
『これが……お前の望みかよ……!』
『本当に、これがお前の望みだったのかよ……!』
『それで……お前は満足だったのかよ……!?』
『お前の兄貴は、満足なのかよ!?』
『ちくしょう……!』
『ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!!!!』

ありがとう。

『間違い、だったのかな……』
『俺の願いじゃ、』
『誰も』
『ここに、いるよ。ロイド助けた人、ひとりいるよ』
『ロイドには、助けてもらったから。メルディみたいになって欲しくないよ。それだけ』
『メルディ、みたいに?』
『メルディ、もう動けないから』

ありがとう。

『……あの形が少し厭だったよ。あの形を‘消したかった’』
『メルディは弱虫で、一人でそれをする勇気も無くて、だから』

ありがとう。

『でも、ロイドがそうするように、やっぱりリッドを忘れるなんて赦してもらえない。
 ホントは分かってる。隠したってメルディのしてきたこと何も変わらない。全部消さないと消えないよ。そう、全部』
『やめろよ』
『だから、やっぱり、全部消さないとすっきりしない』
『云うな!!』

ありがとう。
247名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:11:19 ID:2b6evj2s0
248生 31:2008/05/21(水) 22:12:38 ID:PWKf1pqlO
『じ、冗談だろ? な、なぁ、冗談だって言ってくれよ』
『何でだ……』
『何でだよ……どうしちまったんだよッ! コレットおぉぉおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』

ありがとう。

『世界を救えるのがお前だけだと思うなよ。
 レンタル料代わりにお前の理想はお前の代わりに受け取ってやる。この音速の貴公子グリッドが!!』
『だから、お前は“お前にしか救えないものを救って来い!!”』

本当に、ありがとう。

『それでも、俺はコレットに笑ってほしかったんだ。コレットの笑顔が見たかったから、ここに来た。
 いつもにこにこ笑ってて、たまにドジで壁を破ったりして、それでも笑ってるコレットが見たくて来たんだ』
『……無理だよ、私は、もう笑えない』
『約束もしないし頼みもしない。辛いときは、立ち止まって思い切り泣いたりしていい。それで、十分泣いたら』


『いつかもう1度、笑えばいい。――――それできっと……』























――――――――さよなら。

249名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:13:16 ID:2b6evj2s0
250名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:13:39 ID:dkfR6GDd0
 
251名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 22:14:02 ID:2b6evj2s0
252生 32:2008/05/21(水) 22:14:09 ID:PWKf1pqlO
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP20% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
   重度疲労 調和した錯乱 コングマンを倒した事による達成感
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:ミントを守る?
第一行動方針:ミントを救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています

【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP15% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
   左胸部、右胸部貫通 左腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
      『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:体を動かし状況の把握をする
第二行動方針:その後のことはその後考える
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP90% TP15% 思考放棄? 外界との拒絶?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:悲しくしか笑えない
第一行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
253生 33:2008/05/21(水) 22:15:37 ID:PWKf1pqlO
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化?
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
    ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安 正しさへの苦痛
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:願いを叶える
第一行動方針:インディグネイション(裏)でクレス他を殲滅する
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除。そして……
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

放置アイテム:ダブルセイバー 忍刀・紫電 ウッドブレード ロイドの荷物


【ロイド=アーヴィング死亡】


【残り10人】
254此処にたつ −Over the another day− 1:2008/05/26(月) 20:12:12 ID:7x1WZgLt0
空が次第に黄みを帯び始めた時刻、その影は次第に伸び始めていた。
じわじわとその面積を広げる影の付け根の足、そこから踵、膝、腿と伸びで腰。
上半身にまで上るように汗をかきながら、ヴェイグ=リュングベルは走っていた。
村の大路を縫っていく彼の表情は焦りこそ伺えるものの、
その一方で何かまず定めるべき何かを見失ったかのようにぼやけている。
そうして走る彼の意識は、順序を違えて影が彼を走らせているかのように散逸していた。
あの場所に突如現れたグリッドが、あの場所に居合わせた全ての人間に相対してぶつけた言葉。
その問いとも命令とも嘆願ともとれる言葉をヴェイグは咀嚼しかねていた。

一体、グリッドは誰に何を伝えたかったのだろうか。
あの天使の羽根、ロイドの言から考えればおそらくグリッドに起きた変化は
ロイドのそれと近しいものにあるのは間違いないだろうとヴェイグは思っていたし、間違いだとも思っていなかった。
しかしヴェイグはそこに関してはロイドほどには感情を覚えていない。
天使の痛みを知らないヴェイグには、共感できる領域に限界があるのは至極当然だった。
寧ろヴェイグとしては、肉体としての変化よりもその精神の変化に驚愕を禁じえない。
傾いた立ち回りにふざけたような物言い。一見して何も変わっていないように思えるが、今ひとつ飲み込めない。
彼が一番最後に見たグリッドの表情は影が懸かり陰鬱極まりないものだった。
シャーリィとの戦いの結果を目の当たりにして塞ぎ込んだのか、何があったかは知らないが、
とても一朝一夕で先ほどのような熱弁を振るえるほどに回復できる落ち込み方とは思えなかった。
グリッドのことだからすぐにケロっと立ち直ったのだろうかとも考えられなくはない。
だが、回復したという表現も当てはまらないようにヴェイグは思う。
回復というのは悪化したものが元に戻ることだ。
サウザンドブレイバーの件、森でテルクェスを見つけたとき、G3でプリムラを失った時。
ヴェイグが少なからず垣間見てきたグリッドと言う人間の形は、本当にこうだっただろうか。
以前から大言壮語も派手な振る舞いもあった。
だがそれは激情に駆られたり、自分と他人の距離を見ていなかったり、
言ってしまえば何も知らない故の無邪気さ、あるいは傲慢さだったように思う。
それが消えた。その言葉には、痛みを知った人間にしか出せない湿り気があった。
255名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:14:31 ID:F62nq8soO
支援
256此処にたつ −Over the another day− 2:2008/05/26(月) 20:14:53 ID:7x1WZgLt0
回復ともいえない、そして成長とも程遠い。
確実に何かが変わったようで、やはり今までと変わらないとも思えるグリッドの存在。
その在り方から発せられた言葉に、ヴェイグは考え込まざるを得ない。
何故、ここまでその言葉に後ろ髪を惹かれるのだろうかは分からなかった。
思想家でも哲学家でもない彼に、グリッドの言葉を言語学的に解析する気などない。
興味とも違う。それが命に迫った感情だったからとも思えない。
強いて言うならば、かつてと真逆でありながらかつてと同一であるグリッドの『言葉』そのものに惹かれたとヴェイグは思う。
友愛を、人の情を、信じあう心を誰よりも愚かに縋っていたはずの男が圧倒的な自己を掲げたのだ。
自分の為自分を叶え自分を貫くことを、“たとえ自分が間違っていたとしても”

――――――――――――――――――――――――――――――――この世界は間違っている。

ああ、そうか。視界が僅かに広がったような気を彼は覚えた。
間違い。その単語ただ一つに自分の心はこれほどまでに惹かれるのかと考えると、すんなりと心に収まった気がした。
ルーティを殺し、ジェイを殺し、プリムラを、ティトレイを止められず、
シャーリィを殺してロイドを止めること能わず、振り返ってみればなんとも酷く何かを間違えている。
だとしたら何を間違えているというのだろうか。何を正せというのか。
否―――――――――――――この考え方そのものが、どうにもグリッドの言葉と噛み合わない気がする。
疾走する体を動かす血流にに、別の早さが混じるのをヴェイグは感じた。
何か、自分にとって鍵に成り得るという確信を持ちながらも言葉を唯言葉として腹中に内包する苦痛。
今のまま抱えるには毒以外の何物でもないその問いを吐き出したい。
自分の中で問いが別の何かに変節するまえにそれを誰かに明かし、
答えを聞きたいという彼の衝動は一歩歩くごとに深化し、追い立てるように走る足に力を満たす。
グリッドが何を言いたかったのか、ヴェイグ=リュングベルは何を聞きたかったのか、
その問いを吐き出せる壺中の洞を。
「ッ!!」
ヴェイグはそこに辿り着き、それを見て足を止めた。
四方へと路を伸ばすこの一等大きな空間が中央の広場であることは彼にもすぐに理解できた。
走ってきた体は足を止め、貪る様に酸素を啜る。太陽の熱を受けてか、微かな生温さがあった。
だが、彼の脳は酸欠に眩みそうな意識を耐えて『彼』を見つめた。
望みは叶った。壺は在ったと彼は喜べた―――吐き出したい衝動すら吹き飛ばすほどの事実さえなければ。

「どうして、お前だけが此処にある」


――――――――――――――――――――――――――――――――
257此処にたつ −Over the another day− 3:2008/05/26(月) 20:15:55 ID:7x1WZgLt0
戦いというには突然すぎる端の開き方だった。
決戦、とまで形式めいたものはいらないが、
対決、あついは戦闘というのならばもっと何か重々しいものが大気中を飽和するものではないだろうか。
その二者の意思の膨れ上がりに、世界のほうが耐え切れなくなり弾けるようにして何かが始まる。
それが戦端と呼ばれる戦闘と待機の分水嶺なのだと定義したとするのならば、この始まり方はそれと程遠い。
何故これほどまでに唐突感が否めないのかと問えば、その理由は客観と主観による認識の差異に求めるより他にない。
「お前は、とっとと死ね」
ミトスが短剣を逆手に持って枯れた廃屋の群れを疾駆する。
これでそのドス黒い殺気を押し込められていたのならば端麗の域にまで昇華していただろう。
いかなる歩法か、浮遊感を伴うその走り方は速さを備えながらある種の優雅さを残していた。
ミントという人の形を目の前の男に奪われたミトス=ユグドラシルにとって、これは戦闘ではなく誅殺だ。
対立する命の遣り取りではなく、圧倒的な立場の差から来る敵対意思の消滅。
窃盗罪への処刑というのがもっともニュアンスとして近しい。早い話が、虫けらを消したいのだ。
だから戦いよりも、殺すことのほうが前面に出る。結果として殺気に品性が欠ける。
「ヤなこった。お前なんざ相手にする気は無ぇよ」
間合いを詰めてくるミトスに対し、ティトレイは堂々と背を向けた。
その余りにも堂が入った行為に一瞬罠かと戸惑うミトス。
「な」「ふぇ?」
その思考の隙間を縫うようにして彼はそのままその両腕を後ろにふたふたと立っていたミントの肢体へと伸ばした。
畢竟体のバランスを崩して倒れ掛かる彼女。
左腕をその膝に滑らせ右腕をその脇から回して背の全体を支える。
「飛ばすぜ、危ないから俺の首に手ェ掛けときな」
生理的な驚きを表すが、一切の邪の無さを感じたのか
彼女は直ぐに手の感触で確かめながら左腕を背中から、右腕を胸から回して彼に体を預けた。
横抱き……俗に言うお姫様だっこと呼ばれる形で軽々と抱え上げるティトレイ。
ミントという命の形を預かったティトレイ=クロウにとって、これは戦闘ではなく撤退だ。
相対する意思を捻じ伏せることに意味は無く、自己と腕の中の意思を守り抜くことにこそ意義がある。
故に可能であるならば逃亡すら是だ。進撃する路は敵の向こうとは限らない。
「こ、の」
歯を軋らせて眼前の光景を凝視するミトス。
理論で遡れば彼女を奪えるのは消去法でティトレイしかあり得ない。
しかし、同時に『あの』ティトレイがそれを実行するということに今ひとつ何処か絵空事のような白々しさがあった。
庇う信じるといったものとは少し違うだろうが、情報だけでは拭い切れない溝。
だが、目の前でミントを抱きかかえるティトレイはその情報と実情が持つギャップを埋め、
ティトレイに関する夢想の全てを粉砕するのには十分すぎた。
「コソドロが!」
足の指先に殺意を矯めて弾け飛ぶように駆け出すミトス。
女一人抱えたまま悠然とすら思えるほどにはっきりと背を向けるティトレイ。
これが戦闘の始まりとして実感できないのは当然だ。
一人は「処刑」。一人は「撤退」。
ミント=アドネードを中心軸として状況こそ対等ではあるが、二人の意図は「戦闘」とこれほどまでに噛み合ってないのだから。
258名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:16:03 ID:vYYtptWt0

259名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:18:35 ID:VJwlz/NI0
初支援
260此処にたつ −Over the another day− 3:2008/05/26(月) 20:18:49 ID:7x1WZgLt0
ミントを手前に抱えたままティトレイは走る。
だが、女性とはいえ人一人のハンデは紛れも無い事実であり、それを覆すことは容易ではない。
全力で疾駆しても、ミトスの追跡範囲を逃れることは叶わず、かといって手綱を緩めることもまた不可能。
そして、この他のエリアに比べて比較的家屋の多かった北地区において、自由に加速できるような直線路もまた少なかった。
ジャッジメントによって吹きとんだ消し炭となることを免れた柱・屋根・壁が拡散し、同時に家があった場所そのものが障害物と化している。
元はコミュニティにおいてそれなりの地位を獲得していたものの家か、
ティトレイの進行方向にそこそこの残骸の沼を確認したミトスは手早く、初級の初・ファイアボールを一節で唱えあげる。
その一呼吸すら焦れる戦況ではあったが、僅かな詠唱には淀みが無い。
『詠唱』とは即ち式を打つ、プログラミングに他ならない。人によってその詳細は異なれど、重要なのは自己と世界に語りかけるという点だ。
そうすることで演算はその理を組み替え、外界に一定的な神秘を及ぼす。それがマナを紡ぐ術、魔術である。
故に、優れた式によって詠唱は短く簡潔になろうとも、詠唱そのものが無用になることはない。
プログラムが無かったり狂ったりすれば、正しい結果が出力されないのは道理なのだ。
ましてミントとティトレイが限りなく近づいたこの状況での誤射率は、限りなく高い。
ただ殺すだけならば別だが、無理に詠唱を破棄すれば精度等期待できるはずも無い。
式を乱し、弾道・火力精度を失えば、ミントに怪我を負わせてしまう。“それは避けるべきことだった”。
本来アトワイトが握られるべき空手をミトスは突き出し、そこから火球が数発放たれる。
よほど簡素かつ整然とした式を組んだか、火球は命令を無機質に受諾したかのようにティトレイの背後を迷わず追う。
前方にはいまだ煙を燻らせる瓦礫の地雷原、後方からは火の猟犬。
横に逃げても前を突破しても止まって後ろを捌いても減速は免れないこの状況で、ティトレイは周囲を一瞥した後、躊躇うことなく跳んだ。
「確り掴まってな、無い舌まで噛むぜ」
そう叫んだティトレイは生き残った煤塗れの大黒柱に向かって、ミントを水平に持ったまま横に張り付く。
今までの速力を全て足と垂直な大地と化した御柱へと蓄えられ、奇を撃たれたミトスとの眼光が交錯する一瞬に爆ぜる。
「轟裂、斬空脚ッ!」
弾丸のように飛び出した三角蹴りは、方向を変えながらも速力を衰えさえることなく、むしろ更なる威力かと見紛うほどのものだった。
自らを弓矢と化して、ティトレイとミントは透けて明らかなる蒼穹の天を割るかの如く―――――――――――――

バリーーン。字面にすれば本当にそんな間の抜けた音だった。
261此処にたつ −Over the another day− 4:2008/05/26(月) 20:19:18 ID:7x1WZgLt0
窓ガラスと壁の境目あたりを窓枠ごと盛大にブチ破った。
急激な軌道変更を式に条件指定されていなかったファイアボールがティトレイが皹割った柱に直撃し、
ジャッジメントに葬られた同胞の元へ逝く最中、ミトスは横を向いてその様に足を止める。
どう見ても綺麗とは言いがたいその様にミトスは唇を歪め、ざまあみろと言外に大気へと解き放つ。
が、嘲るのも僅かのこと。
ティトレイが要人を抱えている事実に至り直し、慌てを体内に押し込めてミトスもその穴より家屋に追って入る。
もはや慢性的といってもいい偏頭痛を手で押さえながら、ミトスはその殺風景な家に押し入った。
小さな小物は幾つか散らばっているが、「家具」と呼ぶに値する大型の設備は無い。
コレットとなったアトワイトが、ほとんどを鐘楼に運んでいた結果だということに暫くしてから思い至る。
「アトワイト、一体何を梃子摺っている」
ミトスは歯噛みしてから天井を見上げた。
鐘楼台はおろか南側にもいないミトスをアトワイトが知ることなど無いが、今の彼にそこに気づけというのは酷な話だ。
既にその心は、自分の懐よりモノを掠め取った盗人への憎悪と、
本来盗まれた所で痛くも痒くも無いはずなモノを盗まれて憎悪しているという矛盾への葛藤で満ち溢れていた。
ノイズに滅茶苦茶にされた神経は、自覚を超えて人を侵す。
自分の心の中の対象に憎しみを尽くすが故に、“現実の中の対象がへの意識が限りなくズレている”。
その耳に『みしり』と軋む家が鳴くまで、ミトスはそのズレを知覚出来なかった。
見上げた天井から木屑交じりの埃が落ちる様を見て、ミトスは全てを知った。
慌てて、入った穴の向こう側の玄関に近づき、そのドアノブを握る。
「オイオイオイ、前に会ったときよりも随分鈍いじゃねえか。遅い、遅すぎるぜ」
だが、回るためだけに存在するそれは、回りこそすれそのドアを開くことはなかった。
力を込めて押し破ることを、ミトスは選ばなかった。
その足元より生え広がる無数の蔦が見えたから。
「お前……」
「材質と構造が似通ってりゃあ十分。“この家貰ったッ”!!」
家の壁を隔ててミトスの対岸に陣取ったティトレイの指は、ずぶりと壁に減り込んでいた。
蔦が外壁内壁天井床問わず血管のように張り巡らされる。
石を組んだ家ならばともかく、この村の家なんて木材の集合というほうが材料的には正しい。
そして、ティトレイはこの村の家屋一つ程度を封ずるノウハウを既に獲得していた。
指を介して彼の枝葉そのものと化した家屋に彼のフォルスは血中酸素の如き速さで反対側、
彼自身が開けた穴まで伝わり蔓が瘡蓋のように塞がった。
燃やす、という属性付与こそ無いが“無い故に条件は比較的簡易だった”。
唯の蔓如き精製するだけならば、今のティトレイには問題にすらならない。
昏い半路を歩み今までに闇の知識を尽く得て、その全てを無碍にして奔放に扱える彼はこの瞬間、限りなく絶好調だった。
最早ミトスはティトレイの腹の中にいるに等しい。だが彼はそのまま胃をきゅうと縮めるようにして、その家を“引き絞った”。
構造的見地から言って極めて当然のように、関節を無理矢理反対側に持っていくことの実例のように、
家の継ぎ目という継ぎ目が収束に耐え切る前にバキンと折れていき、その家は一人の子供を入れ込んだまま自壊、否、自殺した。
苦しそうに縮む家屋。
「……そうか、お前も所詮そのザマか」
緑の怪物、その腹の中に閉じ込められた金の小人は淡く溜息を付く。友達との約束をすっぽかされた子供のように。

262此処にたつ −Over the another day− 5:2008/05/26(月) 20:20:05 ID:7x1WZgLt0
「文字通り一家心中ってか」
ティトレイは腕を捲くりながらぼそりと呟いた。
その顔は満面に笑みを作っていたが、けっして上手いこと言ったからと調子に乗っているわけではない。
ここまで蓋を全開にしてフォルスを回したのはいつ何時以来だろうか。
そんなことを思ってしまえるほど、体には違和感が無い。
身体に反動が来ないというだけでここまで人は軽くなれるのだろうかと不思議にさえ思う。
ティトレイは自らの感情を鼻で笑った。その問いが下らないほどに当たり前だと気づいたからだった。
この程度の小細工、けが人を抱えたまま逃げ切るには到底おっつかない。
生きたいと素直に思える今、はっきりとその難しさが具体的な存在として目の前に在り続けているのだ。
だが、この矢の様に真っ直ぐにしか進めない自分にとってはそれで十分だ。
内側と外側。同じ闇に覆われた不可視ならば、当てずっぽうにでも進める外側のほうがまだマシだ。

小走りで近くの『元』家の山にまで戻り、そこで身を縮めていたミントに声を掛ける。
蔦の監獄の半分は、彼女を隠す為の時間稼ぎでしかない。
「やっぱ逃げるのは無理臭いわ。何とかするから、ここから動かねえでな」
そういって頭にポンと手を置くティトレイに、ミントはその手を掴み直して胸元まで引き寄せる。
その手を滑る柔らかな指に気づいた。彼女に手を掴まれるのはこれで二度目。
一度目は、その手はささくれた木の手であり何も感じなかった。
今は、肉と皮膚、そしてその中で硬い骨と意思が自分の手を通して理解できる。
喋れない、そして紙とペンを使うにも目が見えない彼女には、これくらいしか直ぐに意思を伝える手段もないだろう。
で、なんのつもりか。まさか「行かないで!一人じゃ心細いの!!」とか、そういう話だったらどうしたものか
そういう類の話かとこの期に及んでも冗談めかして想起した彼の予想の埒外にそれはあった。

―――殺すのですか?
263此処にたつ −Over the another day− 6:2008/05/26(月) 20:20:47 ID:7x1WZgLt0
ごくりと唾を飲み込む。風に乗った煤にティトレイは目を細め視線を僅かに逸らす。
彼女の胡乱な眼は相変わらず焦点が定まっていないが、逆にどこを向いてもその意思から逃げられない気がした。
批判とも侮蔑とも違う、なんとも原始的な感情としか分からないまま、一拍だけ置いてティトレイは淀みなく答えた。
「仕方ねえよ。さっきの一合で大体分かった。アイツ相手に逃げ切るのは無理だ。
 いや、勘違いはしねえでくれな? あんたをお荷物だって言いたい訳じゃあない」
そういって両腕を上げるが、それは彼女には真実無意味であることに思い至る。
「距離を保つだけなら何とでもなる。だけどあの執念深さ、引き離せるとは到底思えねえ。
 んでもって、俺達が東を追ん出てからこの短い時間で捕まった事を考えると、
 俺かあんたか或いは俺らが持っているアイテムか……ミトスに位置が割れてる気がする。
 分かるか? このまま行くとクレスの所までアイツを引っ張っていくことになる。
 んでもって、ミトスにとってクレスは姉の敵だ。
 俺はアンタをクレスに渡せばそれまでだが……アンタはそれじゃあ不味いと思うんだがよ」
ミントは恐らくクレスを説得したいのだろう、とティトレイにも簡単に見当がついた。
あのクレス相手にそれが出来るかどうかから考えると埒が明かないので、まず「出来るかもしれない」と仮定する。
だがミトスが居てはその楽観過ぎる仮定でも無理だろう。ミトスの姉を殺したのはクレス。
出会えばどうなるかは火を見るよりも明らかであり、それはクレスを更に煽る効果しか期待できない。
出来るかどうかは別にして、ミントが100%その願いを果たすなら何処かでミトスは対処しなければならないのだ。
そして、ミトスは腕の一つ二つ失したところで止まる訳が無い。
言葉を吐き切ったティトレイの前で彼女は手を握ったまま俯いていた。
微かに舌打ちして、彼は自分の中に厭なものを認識した。これではまるで責任転嫁だ。
今から殺害するのは、全て目の前で強く手を握っている彼女の為なのだと。
彼女のせいで自分は今からミトスを殺さなければならないのだと、女々しくのたまっているみたいだ。
眼で凝視してようやく分かるかといた短さで、彼女は首を左右に振る。
264名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:20:57 ID:vYYtptWt0

265此処にたつ −Over the another day− 7:2008/05/26(月) 20:21:58 ID:7x1WZgLt0
彼女の不安を払拭するかのようにティトレイは自分の荷物から杖を出して彼女に握らせ、勤めて明るく言った。
彼女の不安が、まるで自分の不安かのように。
「心配すんなって。なんか知らねえけどよ、俺今すげえ絶好調なんだわ。
 絶対に負けねえよ、俺は。なんたって、女神サマのお墨付きだぜ?
 だからアンタはそれでも掴んでここで静かに待ってな。寝てる間に、クレスの所に連れてってやるよ」
自分の中にある確かなものを誇示するかのように親指を胸の方寸に当ててニカっと笑う。
そのまま蔦が悲鳴を上げているのを確認したティトレイは、ミントのサックを於いて残り時間少なしとミトスの方へ向いた。
「……あら? そういえば、どっちが女神だったか? まあいいや、さぁ、行くか」
ふと思った疑問とミントの手を振り払って、そのまま焼け跡を駆け出すティトレイ。
その後姿を見ながら、ミントは唇をきゅうと閉じてその感情を堪えた。無力感と絶望を。


瓦礫と化した木材の集合、その中で白き光が立ち上り、周辺の瓦礫が追い出されたように飛び散る。
ムクリと冬眠から目覚める動物のような緩やかさで、彼は体を起こした。
その中心に立っていたのは小人とは到底言い難い金髪の偉丈夫、ユグドラシル。
目だけで周囲を見渡すが、彼も彼女も、何処に消えうせたか見当たらない。
七割のジャッジメントは村を破壊はしたが消滅させてはいない。
視界を遮る障害物としては、まだ色んな物が満ち溢れていた。
「オイオイオイ、何だその姿。本気でミトス? どんなキノコを食えば一瞬で大きくなれるんだっての」
助け舟を出すかのように、ティトレイの大声が空虚な廃墟に響き渡る。
ユグドラシルというイレギュラーを知らないことからくる純粋な感情が音量に補正をかけていた。
ただそれだけにしては補正率が誤差の範囲から高めにはみ出していたが。
必然、ティトレイの声がした方向へユグドラシルが振り向く。
その瞬間、まるで予め設置した地雷が爆ぜるかのような無機質さで小さく音がなった。
ユグドラシルが右に僅かに体を捻らせる。乾いた擦過音が過ぎて、その右足が血で染まった。
ヒトならざる身体を持つユグドラシルは自らを傷つけた物が矢であることを撃たれた後から知った。
つまり自らを食い破り悠々と逃げていくモノは、背後より襲い自らの視界を逃げていったということだ。
あの声はブラフかとユグドラシルが矢の放たれた方へ向き直したとき、再び弦の鳴が囀る様に響く。
それが横から来ると判断し、紙一重で避けたユグドラシルの顔から血が鈍く流れる。
第一射と第二射の射線の交点、つまりユグドラシルの角度はちょうど直角を成しており、
その時間差を踏まえても、隠れながら移動するのは不可能だ。つまるところこれは。
「跳弾か」
「遅せえよ」
266此処にたつ −Over the another day− 8:2008/05/26(月) 20:22:54 ID:7x1WZgLt0
ユグドラシルが正解を述べた瞬きの時間に、第三射が放たれる。
意識したユグドラシルの耳に二、三度の跳音が入る。すでに射線と射手の位置は結びつかない。
足を撃たれ一重で耐えることなしと判断したか、ユグドラシルはさっと羽根を散らして自らを光の中に隠す。
音速の弾丸といえど時空を超えることは出来ず、虚しく空を切る。
ユグドラシルは十分な距離を取った場所に顕現した。その目線と弾道が交錯する。
間髪入れず再びテレポートするが、短い式ではそれに見合った効果しか算出できない。
一メートルかそこらの短い距離。すぐ隣にテレポートした後の一瞬の空隙をティトレイは見逃さなかった。
「……いただき!」
約10メートルの距離を開けた場所から、ティトレイはそれを伺っていた。
クレスと同質の存在ならば必ずどこかの局面で瞬間移動を行ってくるのは目に見えていた。
狙うのは勿論、移動後の微かにして絶対の隙。しかし不用意に接近して戦えば射界から見失う。
ならば転移前と転移後、その両方の位置を観測できる場所に立てば良し。それがティトレイの選んだ戦術だった。
リバウンドが無くなったことこれ幸いと地面と蔓を解し自らをセンサと化したティトレイに死角はほぼ存在しない。
その気になれば遮蔽物に身を隠したまま撃つことさえ可能なのだから。
僅かな緩急こそついているものの矢継ぎ早に撃たれる矢に、詠唱の暇は与えられない。
ユグドラシルはよろめきながらも移動し鴨撃ちだけは避けているが、その純白の衣服は瞬く間に赤く染まっていく。
地面を掌握し、フォルスにて縦横無尽に戦場を射抜くティトレイの足音は走っていても聞こえるか微妙なほど小さかった。
闇に身を窶していた時分の、無音にて殺せる技は完全なるまま機能している。
「ティトレイ、一つだけ聞く」
弾雨の中で、何事もないかのようにユグドラシルが呟く。
(何だ、何でだ……?)
20を越えたあたりから、ティトレイもその違和感を直視せざるを得なくなる。
額を切り顔の側面を血に垂らしながら、体のあちらこちらを朱に染めながら、逃げ惑うユグドラシル。
「お前、本当にティトレイか?」
だが、その矢は初撃を除いて一度たりとも致命傷になっていなかった。
肉には届いても不死の形・天使の死にまでは届かない。
片足で避けきるユグドラシルの問いとも取れぬ問いに焦れたティトレイが舌打ちして矢を数本同時に束ねた。
左腕にそれを無理なく、しかし一射に限界まで収めユグドラシルに標準を合わせた。
「へえ、そうなんだ」
(あの足で、避けきれる訳がねえ……)
即興とはいえ、自分の考えた攻め手が間違っていたとはティトレイは思わなかった。
遠間から全方位より狙撃で仕留める。現状で一番安全かつ確実な手法だと思う。
現にユグドラシルはミントを狩りにいく暇はなく、徐々にその体に損傷を刻んでいる。
このままいけば、確実に――――――――――――

「そうまでしてイきたいのか、オマエ」
267此処にたつ −Over the another day− 9:2008/05/26(月) 20:24:03 ID:7x1WZgLt0
その指が矢から離れようとした刹那、ユグドラシルの眼光が遮蔽物を突き抜けて射線と噛み合った。
「――――ッ! 愚連、蒼翔閃!!」
本来届くはずの無い視線を受けて、ティトレイは全身に総毛立つような感覚を受けた。
ありとあらゆる合理性を踏み潰して直感がティトレイに警鐘を与える。
この交錯は偶然ではなく、ユグドラシルは確実に暗殺者を捕らえたのだという直感。
半ば弦から手を離されるかのように放たれた曲撃ちは、無数のそれと分散しユグドラシルを中心とした全天を覆うようにして飛び回る。
飛び回る扇翔の弾雨と化した場所で、ユグドラシルはミスティシンボルを手元より宙に浮かせ、半節で呪文を完成させる。
「防げ。ウインドカッター」
ユグドラシルの周囲に展開された風の薄刃。しかし、その総量はこの弾撃には到底及ぶまい。
(何でだ……あの野郎……確実に“見えて”やがる!!)
ティトレイの奥の手よりも、この技は広く空間を制圧する。それ故に、弾と矢の空隙は僅かに広い。
自分に当たる実効の矢だけを風にて防ぐユグドラシルの回避は鮮やか以外の何者でもなく、
そしてそれはティトレイの矢を見切っていなければ、絶対に為し得ない境地だった。
自分を捉えられた上、矢を見切られているのでは埒が明かない。
次弾に備えていた手持ちの矢を投げ捨て、ティトレイは身を屈めたまま蛇のようにユグドラシルへと接近を試みる。
一歩距離を詰めるたびに背中に汗が吹き出る。つい先ほどまでは、二度と味わうことの無かったであろう感覚を楽しむ余裕など、ティトレイには無かった。
何故だと心が厭な形で震えるのを彼は抑えられなかった。自分は、今限りなく最高の状態を維持しているはず。
ならば何故ユグドラシルを仕留めることが出来ないのか。幾ら基礎スペックによる実力差があるとしても、これは明らかに異常だ。
弾雨の中の元からユグドラシルにあたることの無い騙し矢が幾つも地面や瓦礫に撃ち当たり、周囲は複雑な音に満ち溢れる。
その中に自らの微かな足音すら紛れさせて、ティトレイはユグドラシルの背後を捕らえた。
安全策をとって大回りした故、まだ直線で数メートル残っているがユグドラシルに気づいた様子は無い。
ティトレイはその悪寒を振り払うようにして一呼吸を置き、その直線距離を駆け出した。
そもそもにおいて違和感があったとすれば、一撃目だ。一撃目を避けられた時点で暗殺は失敗している。
この島に来て色々失うものはあったが、得るものはあった。デミテルの下で培った、本来ならば絶対に自分では発想しない暗殺という指向性。
その武器をいまこうして自らの意思で振るえる自分は、恐らく特級の攻撃力を有しているはずである。
矢が全て地面に沈む一歩手前。それを証明するかのようにティトレイの右手が無音で唸り、未だ後ろを向いたままのユグドラシルに迫る。
ならば、どうしてこうも凌がれる。読み切られる。何が、噛み合っていないというのか。

「もういい。期待した僕が悪かった」
268此処にたつ −Over the another day− 10:2008/05/26(月) 20:25:01 ID:7x1WZgLt0
その答えとばかりにユグドラシルが振り向き、金の髪の簾の向こうから片目がティトレイを覗く。
一音毎に陶酔と怒気を体外に醒ますかのような冷たい言葉、
自分が大切に思っていた玩具が、心底下らないものにしか見えなくなってしまった子供の瞳。
そのどちらもがティトレイの撃ち出した如何なる弾丸よりも強烈だった。
今の自分が、別の意味で滑稽に見られているという自覚以外に、自己弁護のしようがなかった。
「待機詠唱、解放――――――――――ヴォルトアロー」
ティトレイの意識が現実を向きなおすよりも速く、大魔術式が成立する。
火雷の複合集中魔術にてティトレイを重心として正三角形の頂点に出現する雷球が彼を包囲する。
その点を雷で結び形成される三角陣が、ティトレイの動きを縛った。
「てめ、何時の、あ、げがっがああッッ!!」
「何時だ? 家一つ潰しておきながら燃やす手間を省いたお前の言える台詞じゃあないな」
クローナシンボルの効果はあっても、神経弛緩の麻痺ではない電気的な筋肉弛緩には薄い。
「臭いんだよオマエ。生きようって匂いが、これでもかって程にさ」
雷の檻の中、巨大な神の見えざる手に握りつぶされるかのように苦しむティトレイ。
それを睥睨しながら唇を歪めるユグドラシルには一切の喜悦が無い。
「何だあの腐れた矢は。どれもこれも自分が安全そうな場所からしか撃たない。
 挙句、急所を狙うようで微妙に外した温い狙撃、そんな仕様も無い矢なんて一二度捌けば直ぐに児戯に堕ちる」
ティトレイは雷を通す針金のようになりながら、ユグドラシルの言葉に息をのんだ。
もっと早く気付くべきだったと、悔やむ。
自分の安全性を確保することを優先することで射撃コースが減り、同時に射撃の回転率が僅かに落ちていたことは否定できない。
そして、ミトスが異常な回避性を見せるというよりも、自分が自分の知らないところで手を抜いていたと考えるほうが自然なのだと。
「今の攻撃もだ。まさか馬鹿正直に後ろを取るなんてな。
 あんな奇襲、背後を気にする必要もない。背後からしか攻めてこないのなら、それはもう唯の万歳突撃だ」
いかに死角からの奇襲であろうと、死角からしか攻撃しないと確信できるのであれば死角にはならない。
方向は確定。ならばあとは“それ”さえ分かればミトスには脅威ですら無かった。
隠したつもりでも、否、もう隠すという考えさえ無かっただろう。
ユグドラシルは背中越しにも十分すぎるほど、ティトレイの生きようとする意思――――気配を悟っていたのだから。
「どうした、この程度で脳がイッたか? お前はその程度じゃなかっただろ? 人の形をした人でないモノだろ?
 あの海岸で見たお前はどうしようもなく価値が無かった。敵意を向ける僕にも、自分自身にすらもなにもない空虚。
 そんなティトレイ=クロウだからこそその攻撃は活きる。
 それがなんだ? 露骨なまでの生気を漂わせたそんなザマで僕を隠れ撃とうって時点で烏滸がましいんだよ」
戦う前に気付くべきだったと、悔やむ。噛み合わないのは自分自身と嘗ての人形。
目的のためならば死に遊ぶことすら厭わないその無価値こそ、ティトレイ=クロウが暗殺者として機能する理由。
だが、今のティトレイは思い出してしまった。生きたいと願う自分の心を。
自分の命を通して、ヒトという他者の価値を見出せる優しさを。自分という我の在り方を。
真正面からブチ当たる格闘弓士としては大いに機能するそれは暗殺者としてはどうしようもなく余分なソフトなのだ。
他の誰かならばそれでも通じただろう。
(あー、しまった。ミントが聞いたのは、そういうことじゃなかったんだ)
だが、一度ユグドラシルはかつての歪んだ形とはいえ心技が一致したティトレイと敵として対峙している。
(俺にミトスを殺さないでって言いたかったんじゃなくて、俺じゃ殺せないって言いたかったのか)
変わり果てた心<OS>が元に戻った今、彼はこの島で得た技能<アプリソフト>をもう一度見直すべきだった。
269此処にたつ −Over the another day− 11:2008/05/26(月) 20:25:33 ID:7x1WZgLt0
電気椅子のような魔術がようやく終わり、ティトレイの体は堪らず地面に倒れようとする。
だが、それを許す気など更々ないとばかりにユグドラシルはその首を掴んだ。
頸動脈を圧迫するその指は、むしろ首を圧し折るかのように怒りを力へと変えた。
心の底より軽蔑し憎める対象が生まれたことを祝うようにユグドラシルは口元を大きく歪めた。
ティトレイを憎むことが、その頭痛を紛らわせる唯一の手法と思い込もうとするように。
「ようやくしっくりきた。あの時のお前が、こんな莫迦な真似をするとは思わないからな。
 ああ、理由は語らなくていいよ。どうしようもなくつまらないお前は――――これ以上見るに堪えない」
最早ユグドラシルにとって、ティトレイは過去の遺物と化した。
かつて彼の中に見た憧憬に近い何かは蜃気楼だったと、自分に諦めを付けるのに十分だった。
ユグドラシルの空いた掌に光が集う。
体は今なお雷撃によって弛緩し、樹であったなら無縁だったろう窒息状態に為す術の無いティトレイ。
ユグドラシルレーザーは体を吹き飛ばすのに十二分な殺傷力を有している。
その鬱憤を明確な一点に集中させて発散させれば、ティトレイは塵と残らないだろう。
だがユグドラシルはそれだけでは足りないだろうことを分析している。
嗜虐と戦略が一本の線と重なったユグドラシルの才幹は、自分という暴力装置をフル回転させた。

「木偶。どうしてくれるんだ。お前のせいで僕の玩具はこんなにもつまらなくなってしまったよ」
びくりと、未だ健在の障害物の一つに隠れていたミントの体が大きく震えた。
270名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:26:28 ID:PCZLulZ3O
しえん
271名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:27:21 ID:vYYtptWt0

272此処にたつ −Over the another day− 9:2008/05/26(月) 20:27:21 ID:7x1WZgLt0
その震えを抑えるように彼女はきゅうと杖を握るが、それを見て愉しむかのようにユグドラシルは追い打ちをかける。
「聞こえているんだろ? 誰の差し金かは後で聞くとして……木偶が人形を引き寄せるのも当然といえば当然か。
 傷を舐め合うのは結構だが呼んだものが悪かったな。こいつに人の真似をさせた所で、性能が落ちるだけなんだから」
燻り出すというよりはただ弄るかのような湿った声でユグドラシルは朗々と言葉に呪いを乗せる。
「お前は本当に碌でもないな。誘蛾灯でもそこまで露骨には人を死に誘わない。
 人形ならば喚かないようなコトでも、人は簡単に死ねるんだから」
その首を掴んだユグドラシルの五指が一点に集まるように絞られる。
極めから締めにシフトされたティトレイの喉から、醜い蟇蛙のような声とともに残り少ない呼気が無理やり搾り出される。
その音がミントの耳朶を強烈に打った。耳を押さえても突き抜けそうな鼓膜への幻痛。
だが、その痛みが痛み以上のものとして彼女を苦しめる。
「今回ばかりは正真正銘、掛け値無しにお前のせいで死ぬぞ。厭なら止めてみるといい。もっとも、出来ればの話だがな」
今のミントには止めろと叫ぶ声も、自分のせいで傷つく人の姿を眼に焼き付ける光持ち合わせていないから。
声で、どちらから呼んでいるかくらいは彼女にも分かる。だがそれが彼女の限界だった。
ユグドラシルは子供のように大笑する。
ここまで虚仮にされても物理的に言い返せないミントのなんという無様さ。
それを知ってなおこの女を辱めようとする自分のなんという滑稽さ。
笑うしかなかった。例え頭痛に対する僅かな慰撫にもならないと確信していても、これを笑わずにはいられない。
「そうさ、所詮出来損ないは出来損ない。死を振りまくしか能の無いお前に姉さま程の価値があるはずも無い!!」
「ざ、けん……な。……抜か、してん……じゃ、ねえぞ……」
273此処にたつ −Over the another day− 13:2008/05/26(月) 20:28:25 ID:7x1WZgLt0
ユグドラシルの声を遮るかのように、潰れた声が呻くように聞こえた。
その声を聞いてティトレイのほうに振り向き、ユグドラシルはそれを余す処無く楽しもうとせせら笑う。
「なんだ、まだ喋る元気があったのか。慎重に喋るといい。どれもが最後の言葉に成り得るぞ」
ああ、とユグドラシルは気づいた。目の前で首を圧し折れそうなほどに絞めている男も、無様で滑稽だということに。
「人形は人形らしく大人しく踊っていれば、まだ壊されずに済んだものを。
 どう誑かされたかは知らないが、アレも僕の玩具だ。残念だけど二度見逃す気はない。
 お前は此処で死ぬ。あの紛い物のせいで、ゲームオーバーだ」
ユグドラシルの言葉は当然の認識だった。ミントに関わらなければ、こうはならなかった。
本来ならば紙一重の差で、ティトレイはユグドラシルを無残に殺せていたはずなのだ。
それが出来なかった。その理由を、蹲って何かを懸命に堪えるミントは自分にしか見出すことができなかった。
「はっ……だ、れの、せいで……なに、が……おしまいだって……?」
だが、ティトレイはそんなことは知らぬといわんばかりに苦悶と見分けがつかない笑いを浮かべた。
「ちげーな……ぜんぜん、違うったらねぇ……ぜぇ。俺は、自分の意志で、ここまで、来た。あのヒトぁ、関係……ねー、よ」
「関係ない? なら何故あの紛い物を持ち出した。
 ヒトとして余分なものを全てそぎ落としたお前はあれほど完成されてたのに。どこでそんな下らない執着を覚えたと?
 大方あの無様な有様に同情でも誘われたか、何処かそんなところだろう?」
嘲るユグドラシルをティトレイは鼻で笑い返す。
「だから、違うんだよ……手に入れたんじゃあ、ねえ。最初から持ってたことを、思い出し、た……だけだ」
ユグドラシルはその指の力を幽かに緩める。
「ああ、そうだ……あんときの俺は、確かに、何も……かもがどう、でもよかった。“そう思い込もうとしてた”……
 でもよ、無理なんだ。俺は、最後まで自分を偽れなかったんだ……おれは、こんなにも生きたがってるんだから」
無言のまま俯くユグドラシル。ティトレイはその顔を窺うこともなく、数少ない酸素から言葉を絞り出した。
「あのひとぁ、唯の、切欠だ。こんな簡単なことを思い出させてくれた、な……」
「道理が繋がらないな。なら尚更、ここで死ぬのは本意ではないだろう」
ティトレイは大笑いした。頭に回す酸素も尽きかけた彼の笑いは声すらなかったが、ユグドラシルはそれを理解する。
「馬鹿言う、な…………義理は、果たさ、ねえと……すっきりしねえだろ?」
太陽が何れ沈んで落ちることを疑わないように、ティトレイは迷いなく言い切る。

「同情? 大いに、結構だ……義理も人情もなくて……ヒトなんざやってられるかよ」
274此処にたつ −Over the another day− 14:2008/05/26(月) 20:29:44 ID:7x1WZgLt0
人形だろうが人だろうが、決して変わることのなかった根源。
それがティトレイがティトレイとして在ると言うことなのだと、二度と惑わぬように。
ミントはそれを聞いて、大きな涙を一つ零した。
漏れ聞こえるようなその声に一切の嘘はなく、ただ在るがままにティトレイはここに在ったのだ。
だから気にするなと、自分に関してお前が負うべき責は無いのだと慰めてくれる心を自分に伝う。
「成程な、それが本当のお前だと言いたい訳だ」
なればこそ、彼女は願わずには居られなかった。死なせたくはないと、彼は生きて在るべきなのだと。
「それがお前の在り方だというなら、僕がお前を好ましいと思う点は何一つ存在しない。
 クレスを殺す前祝いだ。姉さまの痛みを購ってもらうぞ」
ユグドラシルの空手に光が再び集う。
杖を正しく杖として、彼女はよろめきながらも立ち上がった。
「そこまで、して、マーテルか……」
「話が早いな。誰から聞いたか見当は付くが、まあいい。
 今更下らないことを言ってこれ以上失望させるなよ。このまま折りたくなるから」
一度がくりと腰が落ちる。だが、それを堪えて彼女は腕に力を込めた。
「真逆……俺も姉貴……持ちだ。個人、的にゃあ、分から、なく、も……ねぇよ」
「だからどうした。下らない同情なんか要らないよ。
 お前に僕の気持は分からない。僕から姉さまを奪ったお前らのヤツなんて、特にな」
場所は判らず声は届かず為す術は無く。だが、それでも彼女は立ちあがった。内より沸き立つ衝動に突き動かされるように。
「バー……ローが……お前の気持なんて、俺には分からねえよ……ただ、知ってるだけだ」
止めたい。守りたい。救いたい。助けたい。癒したい。そんな知性的なものよりも更に深く凶暴な感情だった。
「姉貴の幸せを願わない弟が、居るかってんだ」
ティトレイの痛み、ミトスの痛み、そして何よりもこの胸で咽び泣くような、彼の姉の痛み。
その全てが、自分の痛みのように感じられるそれを、ただ何とかしたいというのなら、まるで動物だ。
強く瞼を閉じる。自分と等しい他者の痛みに耐えるように。瞼の裏の裏、視神経の更に奥で何かが見えたように思えた。
首を掴む手が上がり、ティトレイの体がぶらりと揺れる。
「だけどな……自分のせいで苦しむ弟姿を見たい姉貴も、いねぇん……だ、よ」
その淡い光に導かれて彼女は暗黒に手を伸ばす。それがサックだと知って、光があったころの記憶を手繰るようにしてそれを開いた。
275名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:30:22 ID:Lv33OQ9X0
276此処にたつ −Over the another day− 15:2008/05/26(月) 20:31:08 ID:7x1WZgLt0
掌に納まった光。ミントは姿を知らぬそれこそが大いなる実りであると確信した。
そしてそこより漏れ出す流れを知る。人には見ることの出来ない一なる元素の流動。
そこより手繰る先は、真っ直ぐな感情の塊。ミントにはそれがティトレイそのものであることを迷わなかった。
(マーテル様……力を、貸していただけるのですか……)
彼女は手首をそっと摩る。何も見えぬ世界だが、この流れだけは明瞭に理解できた。ああ、これがアーチェさんが見ていたものなのかと。
願う。ただ、ただ何とかしたいと。子供のように抽象的で本質的な願いを。
声なき願いを、神は聞き届ける。なぜなら神は彼女の内側に在るのだから。
「決まったな。それがお前の遺言だ」
ティトレイの首が一気に絞められ、ティトレイの筋肉は程なくして全て弛緩した。
ユグドラシルが乱暴にティトレイを投げたティトレイの身体が少しだけ浮く。
視界のなかのティトレイを握り潰す様に、残っていた手を重ねる。
「滅べ。ユグドラシルレーザ……ッ!?」
ぞくり、とユグドラシルの背中を何かが這いずるように走った。
言葉が止まる。ユグドラシルがその時感じた何かは、強いて言うなら草食動物が肉食動物に対して抱く感情に酷似していた。
あるいは、悪戯を母親に見つかってしまったような、そういうばつの悪さ。
掌に集った大出力の光が指向性をもって収束し、発せられる。
ティトレイが炭も残さず消滅するその瞬間。名状しがたい慢性的な鬱屈を抱えた彼にとってそれは、
数少ない慰撫の好機であり、見逃すべからざるものだったはずだ。だが、それは叶わない。

中空のティトレイを囲むようにして、透明感のある壁が出現する。
それらは直ぐに収束し、辺と辺を互いに繋ぎ合せて一つの立体を為した。
水晶の如き涼やかな蒼の明るい殻に、白き蛮光が衝突する。
「フリント、プロテクト……?」
粒子一粒も通すまい言うような意思すら漂わせた障壁に光は乱反射し、思い思いに拡散した。
バリアーの上位系統、対個体防御における完成系。ユグドラシルが見たものは彼の記憶に照らし合わせればそれが一番近かった。
近かった、というのは、彼の知るそれで自分の大技が破られるほどのものを見たことがなかったから。
誰が撃ったか、ということに疑問を抱いたわけではない。誰か、は分かっている。ここまで虚仮にすれば来るかもしれないとは思っていた。
それ故にティトレイを弄んだのだから、些細な抵抗くらいはするかと。だが、目の前で起きた光景は、とても些細では済まされない。
「馬鹿な……詠唱を出来ないんだぞ、アレは……」
百歩譲って唯術を撃つだけならばまだ納得しよう。だが、自分の知る限りミントの時代ではバリアーの上位系統は失われている。
古代術式の完全再現、ユニコーンの加護がどれほどあるかも怪しいこの場、そしてそれを超えたかのような超出力。
とてもではないが、詠唱を破棄して打てる式ではない。
277此処にたつ −Over the another day− 16:2008/05/26(月) 20:32:49 ID:7x1WZgLt0
ユグドラシルは、半ば恐れに似た動悸を抱えてゆっくりと振り向いた。
そんなことは、天使にも、姉さまにもできるかどうか。世界に語りかける言語を失って世界は操れない。
それができるとすれば―――それは最早世界そのもの―――
光の奔流がユグドラシルの後ろから前に吹き荒ぶように飛び抜ける。真正面遠くその奥、其処に立つは女の影。
「姉さ、ま…………?」
影にその匂いを抱き、ユグドラシルはティトレイの首を掴んでいた手を、伸ばしかける。
だが、その手はそれ以上先に伸びることはなかった。姉さまにして姉さまでない何かに対する感情が、指先より先を隔てる。
『お願い……これ以上、傷付けないで…………』
崇め奉るべき、より高位な存在に対する畏怖と言っても良かった。
姉ならざる目の前の影に、ユグドラシルのヒトである部分が確かにそれを認めていた。
掌より湧き出る光が収まり、その影も次第に晴れて輪郭を明瞭にしていく。
『これ以上、自分を……傷付けないで!!』
「―――――――!!」
ユグドラシルがその手を大きく伸ばして境界を越えるが、その先には届かなかった。
光はそれよりも早く失せてそこにいたのは、老婆のように薄汚れた小娘が一人在っただけだったから。
「ミント=アドネード…………」
自分に言い聞かせるように、ユグドラシルはその名を呟いた。数秒ほどの時間を要して、ようやく感情を回す。
「はは……そうか、そうだよな。お前が、姉さまに見えるなんて、あっちゃならないんだから」
浮遊することも忘れて、その足で一歩彼女の下へ踏み出す。既に意識野に動けないティトレイの姿は無かった。
あっという間よりも早くその距離は縮まり、目の前に立ったユグドラシルは杖を足で払う。
前のめりに倒れかけたミントをその手で掴み引き上げる。
ティトレイの時とは異なり、頸ではなく襟を掴んでいた。
ティトレイの時とは異なり、その空いた手には命を欲する短剣が握られていた。
杖がからりと落ちて、ぶらりと垂れた手首の輝石がキラリと輝く。
「姉さまのエクスフィアを奪ったのか。そうだな、そうに決まってる。
 お前に姉さまが手を貸すなんて、お前が姉さまになれるなんて、そんな下らない話なんてあっちゃならない」
刺突にて殺すと決めたか、ユグドラシルは短剣を持った腕を絞って引いた。今迄のように嬲るという発想はとうに消えうせている。
これ以上は不味い。自分の信じる何かが音を立てて崩れるという予感に導かれるように、ユグドラシルは剣に力を込めた。
ユグドラシルはぼそり、と自分の耳朶を何かが打った気がした。
「言い遺させる気もないよ。お前は、取り返しのつかないことをした」
『……どう……して…………』
それが自分の頭に直接的に響いたことを確信し、ユグドラシルはその貌を更に禍々しく歪めた。
思念波と来たか、これでは益々天使の、いや、あの劣悪種の例がある以上もっと酷いモノになるのか。
一瞬だけ短い溜息を付いたあと、ユグドラシルはその眼から怯懦に類する全てを追い払った。
『―――――――――――――――――――っ』

「死ね。この幻と共に」

ガコン、と音が鳴った。天を裂くなど到底適わないような、鈍い音だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

278此処にたつ −Over the another day− 17:2008/05/26(月) 20:34:15 ID:7x1WZgLt0
夜の気配を誘うひっそりとした陰気が村を次第に覆うかのような時刻。
夕涼みにもってこいな静けさの中、場違いに小刻みで大きく等間隔な音が大地に響いていた。
「こっちでいいんだな!? ディムロス!!」
銀の髪を流麗に靡かせながら疾駆するヴェイグ=リュングベルは、その背に背負った剣に尋ねた。
『少なくとも駆けていったのはこちらの方だ! それは間違い無い!!』
正確な意見と思うべきか、何とも頼りない不安とでも思うべきか、ヴェイグは判断が付かずただ舌打ちをした。
このやり取りの最中もその爪先は両の足共々、北を向いて忙しなく動いている。
『あの莫迦者が……一人では箒も満足に操れるかどうか分らんというのに!』
「莫迦か、なら、莫迦者はどちらかな」
この疾さ故か、目に埃が入らぬようにとヴェイグは目を細めた。
『少なくとも軍法に照らせば、二人とも厳罰に処されるだろう』
「聞いていたのか」
『情けなくも地面に突き立てられた後でな。お前が来るまではそれについて考える程度のことしか出来なかった』
ディムロスの言葉には、とても五線譜では書き記すことの足りぬ複雑な音律があった。
その言葉は、ディムロスにとって他の者とは一つ違う付加価値があった故に。
『文字通り小癪だ。あれは、いつか奴に問うた問答の答えだ。少なくとも私はそう感じた』
ヴェイグは成程、と思った。アレを聞いたものは、鏡写しの如く少なからず自己纏わる何かを抱くのだろう。
ディムロスにはあの洞窟を抜けた後に自身がグリッドに為した問いが問い返されている。
ならば、おそらくディムロスに問うても自分の答えは帰ってこないとヴェイグは思った。
『正しさと過ちは後に歴史が決める。だが、賢者と愚者の線はその場に在った者にしか定められない』
「だが、二つだけ今明瞭していることがある」
フォルスを纏ってヴェイグは影も一瞬で絶つ程の迅(はげ)しさを以て駆ける。

『ああ。私を伝言板代わりに置いて行った莫迦は問われずとも答えを持っているだろう。そして――――』
「もう一つは、今はそんなコトを考えている場合ではないと言うことだ!!」

烈火にして絶氷の剣士が再び大地を切り開く。運命までの距離は、未だ遠い。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
279名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 20:36:12 ID:VJwlz/NI0


280此処にたつ −Over the another day− 18:2008/05/26(月) 20:37:28 ID:7x1WZgLt0
カランコロンと、回るように跳ねるようにして踊る。
次第に運動エネルギーを喪って、やがてはそれも収まり、辺りは静寂に包まれた。
ユグドラシルは何が起こったか分からずに、反射的に自分の手を弾いた物体を見ようと地面を向く。
「鍋の、蓋だ?」
ストン、と綺麗に地面に突き刺さるファフニールとその隣には種も仕掛けも入れる隙間のない鍋の蓋。
益々訳が分からない………などとは思わなかった。その手には彼女の熱はもう無い。
「ここで、こんな所で、ここにきて、お前かよ」
ある種の確信を胸に抱きながら、ユグドラシルはゆっくりと恐る恐る顔を上げる。
風が吹く。熱くも無く、寒過ぎず夕涼みに丁度良い塩梅の風が吹く。
ミント=アドネードは、両膝を付いて地面に倒れていた。

「立てますか?」

耳に入るその音に、彼女の神経はビクリとうねった。
膝を立て手を地面について上体を起こし面を上げるが、依然として目の前は暗黒。

「正直、全然状況が理解出来てなくて、どうすればいいか分からないんですけど」

だが、彼女は一つだけ神に縋らずに理解した。
自分をミトスの手から引き離すように胴に手を回して連れ去った、そのか細くも力強い腕。
例え無明無無明の世界でも、太陽は其処に有るのだと。

「この現在はこれ一つきり。これは貴女が教えてくれたことです。だから――――――――」

ぼふんと、ミントの頭に何かが乗った。恐る恐る手をそちらに伸ばす。
手触りで全てを知り、ミントの瞳を涙が濡らす。
それに込められた記憶が母に通づるものだったからだけではない。
遥か無限の彼方に等しい距離でさえも、届かない祈りなどないということを思い出したから。
世界は、こんなにも未だ終わっていないのだから。

「カイル、カイル=デュナミス!!」
「今度は―――――俺が貴女を助ける番だ」

在りし日の面影、分たれた縁、遠い約束。
八卦四象の蜘蛛の糸に導かれ、少年は箒にて夕を越え、刃にて再び黄昏に立つ。
剣を懸けて、昔日を越えよ。命を懸けて、運命を越えよ。

汝、英雄足るのならば歴史を以てそれを正せ。

281此処にたつ −Over the another day− 18:2008/05/26(月) 20:38:57 ID:7x1WZgLt0

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP20% TP45% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 
   感電による痺れ(クローナシンボル装備の為比較的軽度) 窒息による軽度意識混濁
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼)
    オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:とにかく意識をはっきりさせる
第二行動方針:ミントをクレスの下に連れて行く。ミントを守る
第三行動方針:ヴェイグとは何らかの決着をつける?
第四行動方針:事が終わればミントにジェイの事を打ち明ける
現在位置:C3村北地区

【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安 ユグドラシル化
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:ミントを殺す?
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(但し優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村北地区

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP10% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 どうでもいい変化
   舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷 大いなる実り 全て応急処置済み
所持品:サンダーマント ジェイのメモ マーテルの輝石と要の紋セット ホーリィスタッフ 大いなる実り
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:目の前のことを何とかしたい
第二行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村北地区

※マーテルのエクスフィアを装備したことによる副次的効果(?)で、法術が使えるようです。
 ただしそれを制御できているのかは判りません。
282此処にたつ −Over the another day− 20:2008/05/26(月) 20:39:24 ID:7x1WZgLt0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP40% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ ミスティブルーム
基本行動方針:生きる
第一行動方針:まずミントを守る
第二行動方針:西へ向かい、ロイドとヴェイグに合流
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村北地区


【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット S・D 
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:北に赴き、カイルの安全を確保する
第二行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村中央地区→北地区


※なべのふた、邪剣ファフニールは現在ミトスのそばに落ちています

283此処にたつ −Over the another day− 20修正:2008/05/26(月) 21:09:11 ID:7x1WZgLt0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP40% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)
所持品:フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ ミスティブルーム
基本行動方針:生きる
第一行動方針:まずミントを守る
第二行動方針:西へ向かい、ロイドとヴェイグに合流
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村北地区

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット S・D 
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:北に赴き、カイルの安全を確保する
第二行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村中央地区→北地区


※なべのふた、邪剣ファフニールは現在ミトスのそばに落ちています
284此処にたつ −Over the another day− 20修正2:2008/05/26(月) 22:22:01 ID:7x1WZgLt0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP40% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)
所持品:フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
    魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ ミスティブルーム
285名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 19:13:50 ID:K818ZaI90
286暁と夕暮れ 1:2008/06/08(日) 22:02:35 ID:Swhis8Cr0
北での戦闘は乱入者が登場したことで新たな局面を迎えていた。
見事な夕焼けが村を照らす中、赤みがかった差し日が彼らの顔に光と影を作り出す。
崩壊した軒の残骸が、そこはもはや廃墟と言っても差し支えないと証明しており、どこか退廃的な心持を抱かせる。
その中に立つ少年2人は、実に純粋で愚直と言えるだろう。
朽ちた家の木々は夕の光を浴びても暗い影を落としているだけだというのに、
2人は互いに質の違う金髪にたっぷりと光を宿している。
夕陽は彼らのために用意されたスポットライトのようだった。

少し、語弊があった。
「立つ」といっても、1人は箒にまたがって宙に浮いている状態で、「少年」といっても片方はゆうに大人の体躯に到達している。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。
「立つ」も「少年」も、事実に照らし合わせれば真実の1つなのだから。
少年の1人、箒に乗っているカイル・デュナミスは、目の前の男をじっと睨みつけていた。
「……ミトス」
その男がもう1人の少年、ミトス・ユグドラシルである。
カイルは冷酷な目を持ったこの男を、以前少しばかり共にいたミトスと理解していた。
ちょうど昨日、同じような黄昏の中で見た、あの悪意に満ちたようで全てを見透かしたような目を忘れる筈がない。
今でも、例え目の前に同じ人物がいなくともありありと思い出せる。
故に彼はミトスに対して睨みをきかせることしか出来なかった。
先に進めば、あの時のように殺しかねないような気がした。
この少年は自分の琴線に触れるものがあるのだ。それが良いものか嫌なものかは、正直彼にも曖昧で分からない。
「ふ、はは、あははは」
1歩前でセーブしているカイルに対して、ミトスは鬱屈そうな、陰険そうな笑い声を上げた。
乾いた音韻は、正におかしくてたまらないといったようだった。
「カイル・デュナミス、そうか、お前か」
何の因果の巡り合わせか。ミトスは存在こそ把握していても、まさかこのタイミングでこの少年と再会するとは思ってもいなかった。
「翼を落とされてもがいているかと思えば、まさかとは思ったけど、こうしてのうのうと生きてたなんてね。
 リアラもスタンも死んで心地よかっただろう? 大切なものを同時に手離したんだから!」
自らの精神をなぐさめる慰撫の時を逃したミトスは、代わりに現れた新たな玩具で満たそうとするかのように言葉を畳みかける。
否、なぐさめるというほど目的がはっきりしたものではないかもしれない。
ただ、苛立ちをぶつけているだけだ。
これでカイルが窮すれば副次的に宥めすかされるというだけなのだ。
今の彼は冷静に、人体の皮をゆっくりと1枚1枚剥がしていくように言葉を弄ぶ策士ではなく、単にわめき散らす子供だった。
「2人を愚弄するなっ!」
しかし、カイルが窮することはない。
「……俺がしっかりしてなかったから、2人を死なせてしまったのかもしれない。でも俺はだからって絶望したりなんかしない!」
落ち行く陽の中で彼の声は雄々しく響き渡る。
後方に座り込んでいるミントは、暗闇の中にかつて見た少年の幻を重ね合わせる。
自分よりほんの少し背の小さい、まだあどけなさの残る少年。
その彼がこうして目の前でしっかりと立っているという事実そのものが、彼女には嬉しくてたまらないことだった。
まだ家の柱に縛りつけられていた頃にミトスが言った言葉を、彼は跳ね除けてみせた。
それだけで心が満たされる。一筋流れた筈の涙がもう1度だけ伝う。
287名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:03:08 ID:nt3F+g3SO

288名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:04:12 ID:gblHu5Ny0
支援
289暁と夕暮れ 2:2008/06/08(日) 22:04:21 ID:Swhis8Cr0
彼女とは相対的にミトスの反応は少し驚いたものだった。
だが、それがむしろ苛立ちを掻き消したしまったらしい。
表情はすぐに鳴りを潜め、おもむろに笑い出し、その声は低くなり始めた空の全てに行き渡ったとさえ思えた。
軽蔑された、と感じたカイルは身体を前にのめり込ませる。
「また僕の玩具は1つ消えたって訳だ。つまらない、本当につまらない」
そう言って、ミトス――外見はユグドラシルである――首だけで後方へと振り向いた。
仰向けに倒れている緑の蓬頭の青年、ティトレイ・クロウ。
意識が濁りろくに思考も動くこともままならない彼をミトスは一瞥し、嘲笑を投げかける。
この少年にしてみれば滅することが叶わなかったのは腹が煮える思いだろうが、どうせいつでも殺せるのだ。
例え動いたところであの生気に満ちた気配を消せるとは思えない。
虚ろの住人だった筈のティトレイが、本来はあんな腑抜けた人間だったということにミトスは失望を抱かざるを得なかった。
失望。彼が弄んできた玩具を捨てるのは、望みどおりに遊べなくなって失望したからなのだ。
積み木が減って家が作れなくなったように、人形の手が取れてままごとが出来なくなったように、
少しでも彼が望む遊びが出来なくなれば、それは躊躇いもなく即廃棄の流れとなる。
そうして彼は嘆くのだ、「またオモチャが減った」と。
彼にとってティトレイを評価していた要素は「なにもない」ということだけであり、
それを欠いたのでは無価値化してしまうのも仕方のないことだった。
その熱血ぶりに相応しく、息を荒ますように酸素の足りていない無様な姿がよくお似合いだと、彼は思った。

今目の前にいる自分とよく似た(似ていた、というのが妥当か)少年も、彼にとって少しずつ破棄の流れに乗りつつあった。
――――いや、失望よりも、差異を感じ始めていた。

「あの人は、仲間じゃないのか」
「仲間? まさか。そんな価値すらないよ」
カイルの問いをミトスはすぐさま一蹴する。ミントは声の方を、ぐっと目を細めて見つめた。
それはミトスの言葉への反発であるのと同時に、どこまでも自分を傷つけようとする彼への悲痛だった。
紫色の十字の紋章が描かれた白い帽子、人を癒す使命を持つ法術士の証が戻ってきたことを、彼女は思い出す。
母のように私は誰かを助けることが出来るのだろうか。違う、しなくてはいけない。
彼を見つめる目は、光はなくとも違う意思を代わりの光源にして青く輝いていた。
あれほどの目に遭わされても彼女は健気すぎた。
290名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:05:17 ID:gblHu5Ny0
しえん
291暁と夕暮れ 3:2008/06/08(日) 22:05:32 ID:Swhis8Cr0
「意気込むのはいいけどさ、お前どうやって戦うの? まさかその箒で?」
低い声とは対照的な子供じみた口調でミトスは言った。
歪められた口元から発せられたその言葉は、悔しくもカイルにとって図星だった。
弱みを見せまいと箒を強く握り締め形ばかりの凄味を出すが、てんでミトスには通じない。
「その足の血痕、どうせ箒がなきゃろくに動けないってことだろ?
 そんな状態でその紛い物を連れて、僕から逃げおおせられるなんて思ってる?」
「やってみせる。俺がそう決めたんだから!」
尚も笑うミトスに対し、カイルが取り出したのは1本の小刀。
全体的にどこか淀んだ赤みがかかっていて、薄気味悪さすら覚える。
切り刻んだ血で赤い桜を咲かせるという奇譚を持つそれは、忍刀の中でも随一の切れ味を持つ一振り。
1度は殺人鬼が投げつけ、1度は自身の手で首を貫かんとしてカイルの命を奪おうとした刀を、
今はカイル自身が前向きな意思で振るおうとしている。
忍刀血桜、カイルの手の内に握られたそれは、夕陽の中で赤白い剣影を放つ。
しかしミトスからしてみればその光景は滑稽そのものだった。
泣く泣く有り合わせで済ませていることが見て取れる。
身の丈に合わぬ武器だということを理解していない、相変わらず馬鹿なやつだと心の中で侮蔑を贈った。
代わりに、表面には余裕の笑みがしたたかに浮んでいた。
無言のまま、何がおかしいといった表情をカイルは見せる。
「その武器じゃあ空手で突撃するようなもの。箒の長さを埋めるほどの間合いを持っていない。
 小回りが利かない割には相当接近しなきゃ一撃も与えられない。
 結果的に動きは大味になって相手のカウンターを喰らいやすい……ここまで説明して、やっと分かる?
 おまけにその劣悪種も動かさなきゃいけない。実にミスセレクトだ」
カイルの顔が強張る。動揺を抑えるように忍刀を胸元へと引き寄せ、きっと目付きを強くしミトスを見据える。
強い眼光だけは決して退きはしないという意思の表れだった。
どこまでも尽きないカイルの戦意を肴にし、更に酒精を呷るようにしてミトスは嗜虐を強めていく。
「絶望しない、か。それで無様な死に様を晒すなんてね。絶望は心地いいのに!」
大笑しながらミトスは言う。
「スタンが死んだと知った時どうだった? リアラが死んだ時はどうだった?
 あれほど守ることに意固地になって、選んだくせに迷って守れなくて! 無意味に奪われることの意味が分かったか!?」
強く結んだ口の端から赤い滴が垂れる。
ゆっくりと顎に線を引いていき、先でぷつりと切れて手の甲へと落ちていく。
真っ直ぐに落ちていって、肌に接触した瞬間、感情と共に血は弾けた。
「お前がしたのは、奪う側と同じことだっ!!」
――――激昂。こう名付けるのにふさわしい意気が言葉に乗り移る。
「大切な人を失くす痛みなんて、もうとっくのとっくに分かってる! だからって……」
手の中の忍刀を強く握り締め、彼は彼の意志で剣を振るう。
「自分のしたことを、肯定していい筈がないっ!!」
292名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:05:45 ID:gblHu5Ny0
支援
293名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:05:50 ID:XXThwlwvO
   
294暁と夕暮れ 4:2008/06/08(日) 22:06:14 ID:Swhis8Cr0
真横に振り抜いた剣筋が生み出すのは、風を凝縮し一閃でありながら弾丸のように疾る一撃。
空を駆ける風の波は一直線にミトスへと向かっていく。カイル唯一のロングレンジからの特技、蒼破刃。
衝撃すら伴った風圧を、ミトスは右手で払い除け相殺する。
こんなもの子供騙しのレベルだ、そう思った。
呆れとすら取れる笑みを浮かべた彼は、カイルを笑ってやろうとして、目を見開いた。
目前に迫る小太刀。
赤を帯びたそれはミトスのハーフエルフの血を啜ろうと目論み中空を飛ぶ。
刃がにやりと笑う。そう思って、笑っていたのは僅かばかり見える刀身に映り込んだ自分だった。
呆れ果てた笑顔に、一体いつまで暢気に笑っているつもりだと失笑して、ミトスの面差しが辛辣なものへと変わる。
身体を逸らしながら片足に力を込め、爪先に集中させエネルギーを一気に後ろへと放出する。
顔面を狙っていた血桜は見事に後方に跳んだミトスがいた位置を通り抜けていき、やがて失速する。
後方に跳んでいる最中にミトスが見たものは、目の前を勢いよく駆けていこうとするカイルとミントの姿だった。
手を繋ぎ、前のカイルが後ろのミントを走らせている。
箒があるため本来は大して違わない伸長に差が生まれ、ちょうどよくミントをまっすぐ立たせる形となっている。
足こそふらついているが、ミトスの下から少しでも離れるために、持ち合わせている限りの力を込めて走っている。
一杯食わされた。その腹中の酸の辛さだけでも彼には動力になった。
反動を堪えながら、彼は1歩踏み込み左足を地に密着させ血の出た右足を振り上げる。
弧を描くように動いた足は、ちょうどカイルとミントの境目の部分を捉えんとしていた。
ユグドラシルの長い脚による回し蹴りを悟ったカイルは、乱暴にも繋いでいた手を思い切り前へと振った。
ミントの身体もつられて前へと進み、バランスを崩しそうになったところを、更にカイルは力いっぱい押し出した。
ごめんなさい、という思いこそあれ心中で謝る暇などなかった。
ミトスの脚とミントの全身が交錯しそうなところで、ぎりぎりタイミングは合わず脚が来る前にミントは前へ大きく転がった。
代償としてディムロスのないカイルは大きくバランスを崩し、あえなく箒から落下した。
295名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:07:25 ID:gblHu5Ny0
しえん
296暁と夕暮れ 5:2008/06/08(日) 22:07:33 ID:Swhis8Cr0
どさ、という音とからん、という音が空しく鳴った。
小さくバウンドした箒は地に刺さったファフニールの下へと転がり込む。
痛みを堪えながらうつ伏せのままであるカイルは、顔を起こして前方を見た。
上体を起こしたミントがこちらを切羽詰ったような顔で見ている。
しかし、カイルの作戦は自分を除けば成功していた。
立ち上がろうとして、足の痛みが来る前に別の痛みが彼の身体を走った。
背中を思い切り踏みつけられ、びくんと身体が跳ねる。
鈍痛と肺が圧迫されたような息苦しさが襲いかかり、すぐに頭部が押さえつけられた。
横向きになった顔が地面に擦りつけられ、右頬が潰れ地に擦れた擦過傷が痛む。
ローアングルの風景が映り、赤い夕焼け空は少しだけ高く見えた。
赤とは正反対の、綺麗な白がカイルの目に入った。
目線だけ動かしてその人物を見据える。
長い金髪の中に冷淡な緑の瞳が浮いたように存在する、十二翼の天使。
前髪が垂れていても2つの目と、表情の全容は伺えずともぎらりと歯の見える口元だけは分かった。
「随分とお前にしちゃ味な真似をしてくれたじゃないか、なあカイル?」
更に強く押さえつけられ、あぐと殆ど息に等しい声が漏れる。
靴底からかかる圧力がミトスの静かな怒りは頂点に達しかけていることを示していた。
頭部を圧迫され、足も動かせないカイルは、ただ痛みに堪えながらミトスを見ることしか出来なかった。
「気に食わない」
見えない視界の中、確実にカイルは危機に曝されているとミントは確信していた。
どうにかしなくてはいけない。思いは空回りするばかりで、実際は何も出来なかった。
自分が扱えるのは法術だけで、大した精神力も残っていない。
例えばタイムストップのような、ミトスの行為自体を停止させる術は不可能だ。
第一、唱えたところで目の見えない自分がどうにかすることなど出来ない。
あとはバリアーといった防御力を上昇させるもの。だが、これも一時しのぎにしかならない。
また自分の無力さを呪う。彼女は強く目を閉じた。
暗黒は何も変わらない。ただ、それより更に奥に映るのは、呼吸のように点滅する、輪郭もなく解像度も低い不確かなもの。
ちぎり絵を間近で見た時のような、それは1つの完成されたものであるにも関わらず、
構成するもの1つ1つが大きすぎて実物の姿には至らない。
光、白、命、源……抽象的なワードはいくらでも出る。だが、それら全てが真なる答えではない。
なのに、遠くから見るにはあまりに小さく、薄く、瞬間的に捉えるものなのだ。
それほど手に触れがたく、届かぬ神聖なものだった。そして優しいものだった。
呼吸のように現れては消え、現れては、……呼吸?
ミントは聴覚を研ぎ澄ませる。音の出所はすぐに分かった。――隣だった。
荒々しくはないが、息を吸ったり吐いたりするのを繰り返している。
手探りで音の出所を探す。空振って地面に手が付くのを何回か繰り返して、指先は布地と人肉の感触を探し当てた。
彼女は身体を揺さぶる。
297暁と夕暮れ 6:2008/06/08(日) 22:08:31 ID:Swhis8Cr0
まだ軽微の意識混濁であったことが幸いだった。
振動という刺激によって彼の意識は外界へ反応を見せ、彼女には見えていないだろうが、
倒れたままの彼、ティトレイは彼女の方へと視線を移していた。
何も考えられない、関心が湧かなかったティトレイは、この時だけは正に人形に戻っていた。
なぜミントが前にいるのか、という段階まで思考が回復する。
次に理解したのは、彼女の泣き出しそうな顔。
そんな顔しないでくれ、と感情が湧き上がり、そうさせたのはどこのどいつだと意識が外に向く。
彼の目に飛び込んできたのは、地に伏すカイルと、足で押さえつけるミトスの姿。
頭の中がさっと冴えた。
ぴくりと指を動かそうとして、意思とは裏腹に命令に応えない筋肉は動きはしなかった。
電撃と窒息により弛緩した身体は全くもって役立たずだった。
「ち、く、しょお……」
辛うじて動く顔の筋肉が、か細い声と悔しげな表情を作り出す。
目の前で虐げられている人間を見殺しに出来るほど、彼は冷血な人間ではなかった。むしろ動けと全身の血が熱くなる。
あの時の、藤林しいなの時のように誰かを見殺しにするなど、2度あってはならない。
彼女はあの後すぐ死んだのかもしれないし、11時間59分59秒生きたのかもしれない。
そしてそれ以上生きることも、生かすことだって出来た筈なのだ。それを、自分は死んだと思い込んで見捨ててしまった。
その過去が彼をせめぎ立て、立ち上がれと叫ぶ。
なぜあの少年がここにいるのか、といった疑問は二の次だ。ミトスに襲われている、という事実だけで十二分だ。
動け、動け。目の前で後味の悪い思いなどしたくもないし、させたくもない。
ミントは凄く辛そうな顔をしていた。あの人をまた悲しい思いになどさせるものか!
意志だけが先走りするティトレイは、例えるなら骨子のない水車だった。
水流はあっても、力として受け取る羽根がなければ、ただ意味なく回転する巨大な円形としかならない。
力を送る羽根を、歯車を。
全身に浮いたように存在する痺れがすうっと失せていく。身体に巡るのは暖かい流れ。
彼は視界の横側にいる人物に目を遣った。
手をかざしている彼女は、彼に祈りを託した。
298名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:08:53 ID:nt3F+g3SO

299名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:09:10 ID:gblHu5Ny0
支援
300暁と夕暮れ 7:2008/06/08(日) 22:09:41 ID:Swhis8Cr0
「さて、どうやって死にたい。今までの生すら否定するよう一瞬でか? それとも後悔しながら逝くよう、ゆっくり、じっくりとか?
 選ぶ権利はあげるよ。それが英雄たる資質だからね」
ミトスは、すぐ近くの地面に刺さったファフニールを抜き取り、カイルの顔面にまで近づけて言った。
命を握っているのは自分だとでも主張したいかのように。
「……どっちも選ばない。俺が選んだのは、生きることだ」
頬を押し潰されくぐもり声だったが、ミトスには届いた。
これ以上は耳が腐る、聞きたくないと少年は更に強く押しつけた。
「寝言は死んでから言え。僕をこれ以上失望させるな」
『だめ……もう、止めて!』
頭に響いた声にはっとして、彼は小剣を握る手を小さく揺らした。
『影ならぬ影だからといって……自分を傷つけないで……!!』
忌々しい思念波が彼を揺さぶった。脳裏にちらつくのは、慈愛の笑みを浮かべた愛しい姉の残像。
一体どうして姉の姿が浮き上がってくるのか。
彼は、声の主と姉は別人であることを頭では分かっていた。それなのに、現れるのは重なり合ってはならぬ別人の姿。
自分のイカれた脳ごと捨ててしまいたい衝動に駆られ、その激しさは力として足元のカイルへと注がれた。
鈍い声を上げたカイルが、視線だけで自分を見ていた。
影ならぬ影。実体を持たない日陰の存在が、それ以上のものになるなど有り得るものか。
『現在は、たった1つきりしかないの――――』
「黙れ……何もかも分かったような口を利くなっ!!」
旗から見れば、彼は突然発狂したと思われるだろう。
赤い夕陽が満ちた無音の中、いきなり誰に向かってでもなく叫びを上げたのだから。
そしてそのままファフニールを振り落とす。
刃は、足で押さえつけられた顔面へ。
流れるように光を反射しながら、目にも止まらぬ速度で空を切っていく。
引き絞られた矛先が加速度的に拡大されていく。
……過程を長々と語っているのは、差し迫る命の刻限を延ばそうとしている訳でも、実は落とされているスピードが遅い訳でもない。
結末を言ってしまうのが怖いのだ。――あまりに、あっさりとし過ぎていて。
301名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:10:29 ID:gblHu5Ny0
しえん
302暁と夕暮れ 8:2008/06/08(日) 22:11:01 ID:Swhis8Cr0
「ミトスの手は止まった」。
手首に緑の蔓が絡まり、途中で裂けてしまいそうなほどにぴんと張っている。
たぐり寄せていけば、そこには両手で蔓を鞭のように握り引っ張っている青年がいる。
ミトスは驚愕しながら彼を見た。
その男、ティトレイ・クロウは空いた足で足元の地面を蹴り上げる。
いや、実際は地面ではなく、そこに落ちていたものを蹴り上げる。
土煙を上げからからと回りながら転がっていくのは、先程カイルが使っていた忍刀血桜。
名アシストと言える、見事なパスだった。
忍刀は上手くカイルの手元へと転がり込み、彼はそれを掴んでミトスの脚を、運動の要であるアキレス腱を狙って力の限り薙ぐ。
いくら天使といえど、元が筋肉や神経なしでは動けない構造をしている。
死ではなくとも行動不能を陥らせるなら、腱を狙うというのは実に効果的な手法だった。
ミトスもそれが分かっているから、思わず足をどかせてでも避けようとする。
しかし手元に巻きついた蔓はそれを阻む。
回避行動を反射的に起こしてからティトレイの存在を思い出し、それが無駄だと――――彼の身体はふわりと後方へと跳んだ。
忍刀が空振る不本意な音。ミトスは訳が分からなかった。
少しだけカイルから離れ、全景が映る。
自由になった手元の奥に、空拳のままのティトレイがいる。ふふん、としたり顔。
そうしてミトスはティトレイの目的を理解し、その柔軟かつ陳腐な作戦にしてやられたと知って顔を歪めた。
別に姿を現してしまえば、気配も何も関係ないのだ。気配自体が口を持ってはいないのだから、何をするか教える訳でもない。
「おらよ、っと!」
空の手にフォルスの光が宿り、カイルの身体に地から生えた蔦が巻きつく。
何が起きているのか分からないカイルだったが、次の瞬間には彼を持ち上げ、反動をつけてティトレイの方へと投げ飛ばされた。
顔をしかめるも、放物線を描いて空を飛び、ちょうどティトレイのいる位置へと落ちて
彼の身体をクッション代わりにした。
怪我こそないが、むくりと起きてティトレイを白々しい目で見る。
「……いくら何でも方法が荒すぎると思う」
「わ、悪い。でもああでもしなきゃミトスから引き離せねえと思ったんだよ!
 あの時の詫びだと思って、助けたのでプラマイゼロにしてくれ」
「あの時?」
「覚えてないのか? ん……まあ、じゃあそれは後で話す。今はそれどころじゃねえ。……悪かった」
カイルは怪訝そうな表情で、相対する青年を見ていた。
しょんぼりとした犬のような顔をしている姿は、最初に焼けた家の前で対峙した時や、先刻広場で会った時とはまるで印象が違う。
あまりの変わりように別人ではないかとさえ思った。
本心じゃない。自分で言ったその言葉を思い出す。ならば、今のこの彼は本心なのだろうか?
303名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:12:25 ID:gblHu5Ny0
支援
304暁と夕暮れ 9:2008/06/08(日) 22:12:40 ID:Swhis8Cr0
「助けてくれてありがとう。でも……聞いておく。あんたは、俺の味方なのか?」
真剣な表情で問いただすカイルにティトレイは唸った。
「仲間……そうだなあ。敵じゃない、って言っとけばいいのか?」
何とも曖昧な回答に、カイルは傍にいたミントの方を向いた。
焦点は定まっていないが、ティトレイの方を向く彼女の表情は明るく晴れやかで、カイルにはそっちの方が余程説得力があった。
肩をなで下ろす。
実を言えばさっきのカイルの作戦というのは、ミトスがティトレイを仲間ではないと言ったことを信じ、
ティトレイを戦線復帰させ1対3の状況を作る、というものだった。
前提として少しでも彼を信じていなければ選べない作戦であった。
「ミントさんの仲間なら俺の仲間。……あなたがしてきたことは、一応知ってますけどね」
「そうか、お前ヴェイグと一緒にいたもんな。……まあ、信じるかどうかは任せる」
信じるかどうかは任せる、という言葉は投遣りのように思えて、その実とても重い言葉だった。
自分の先非が分かっているからこそ信じるには値しないという負い目と、
信じてもらうだけの行いは示してみせるという実証的な一面があるのである。
カイルは感覚的にそれを悟って、どこか安心感のようなものを得た。
目線を背後へと戻し、荒廃した土地の上に立つ白衣の男を見つめる。
よく見れば、男の身体のところどころには血が付着していた。
今までそれを気に留めなかったのは、一種の冷静さや優雅さ、厳しさをまだ男は持っていて、
それがミトス・ユグドラシルという人物像に結びついて血という存在にフィルターをかけていた。
しかし今は違う。あからさまに怒りを顕わにした形相は、血という野蛮なものによく似合ってしまっていた。
「どいつもこいつも……僕の邪魔ばかりしやがって!」
癇癪を起こしたように思い切り片腕を振り払い、彼は固まった3人を見る。
怪我をしている2人を庇うようにしてティトレイは弓を構えたまま立ち、矢をつがえる。
「しょせん、お前達なんて僕の玩具。オモチャの兵隊ごときが調子に乗るなっ!」
『あなたは、ただ満たされない自分が嫌で、人を弄んでるだけです』
首を左右に振り、ミントは目を伏せて言葉を思う。
『あなたのお姉さまは、こんなことは望んでません』
「劣悪種が……紛い物が語るな!」
再び誰ともなしに叫ぶミトス。
カイルとティトレイは同時に彼女の方を見た。淋しそうな面持ちのミントは双眸を強く閉じている。
丸められた手が豊かな胸元へと当てられ、まるで夢にでもうなされているようにさえ見えた。
『……私を蘇らせようと必死になっているその気持ちはとても嬉しい、でもあなたが選ぶべき道はそちらにはない、そう言ってるんです』
「嘘だ、嘘だっ! 姉さまの声が、お前なんかに聞こえるものか!」
手にマナを集め、光を集中させる。
「それ以上喋るな……姉さまを騙るな!!」
カイルとティトレイがまずいと察した時、周囲に1度消えた筈の白い霧が再び漂う始めた。
夕陽の日差しが白い靄によって遮られていく。3人は何事かと混乱する。
その霧は涼しさというよりも、むしろむわっとした熱気が篭っていた。
「……蒸気?」
製鉄工場や王都バルカでよく目にしているティトレイは、何気なく口走った。
瞬間、彼とカイルの2人ははっとした。片方はだけどと唸り、もう片方は確信していた。
305名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:13:25 ID:gblHu5Ny0
しえn
306暁と夕暮れ 10:2008/06/08(日) 22:13:33 ID:Swhis8Cr0
目の前の人間がぼんやりとしたシルエットで映る中、おもむろにミントは立ち上がった。
傍の2人が彼女を見るが、視線に気付くこともなく、1歩踏み出す。
『いいえ、私はあの方が願うように、あなたを癒さねばなりません』
思念波を受け取ったミトスは、その優しい音階に身体を震わせた。
影しか見えない蒸気の靄の中、向こう側にいる女の姿に、彼の自分の目が狂ったと思った。
3つある影の、先頭に立つ者のすぐ傍に立つ女の輪郭に懐かしい幻が結ばれる。
しかし彼は認めない。一体誰なのだ。言葉を失ったミトスはただじっと立っていた。
「私は……あなたを助けたいから」
「止めろ! お前は姉さまじゃない! 姉さまなんかじゃないっ!!」
そう叫ぶも、ミトスは段々と頭の中で聞こえてくる声が、姉のものとしか思えないようになってきていた。
目を閉じれば若葉の色をした髪が映し出され、開ければ目の前に浮ぶ影がたまらなく姉の面影に見えてくる。
頭を抱え込むも、当然それは無駄な抵抗で、声は頭に流れ込んでくる。
矛盾と否認が生み出す精神的拷問だった。
「……ごめんなさい。私はそこまであなたを苦しめていたのですね」
ふと、花の香りを嗅いだ時のように頭から邪魔なノイズが消えていく。
ミトスは自分の耳を疑った。本当に、この声を姉のものと思ってしまったのか? それも無意識で?
心に湧き立つ嫌悪感と、どうしようもない安堵感がぐるぐると回る。
頭の中で聞こえた嘆息を、灰がかった影の微かな動きと繋ぎ合わせてしまう。
なぜなら、目の前には姉と似たマナの匂いの持ち主がいて、姉の声で語りかけてきて、だって、だって。
「私は、あなたを支配してしまっていた」
「……支配?」
思いもよらぬ単語にミトスは思わず口に出す。
「あなたを閉じ込め、外を見せていなかった。そう、窓のない部屋のようなものに。
 暗い部屋に影は生まれない……存在は確立されない。私は、あなたをあなたとして存在させていなかった」
北地区は薄暮に相応しい静寂に包まれていた。
ティトレイは弓を下ろしふらつくミントの身体を支え、奥にいるだろう少年を見つめていた。
カイルもまた同じように、座り込んだまま蠢く影を見つめていた。
「けれど、それではいけません。あなたは、私の影として存在してはいけない。もっと外に目を向けるべきなの」
自分は影だ。そんなことはとっくに気付いている。
ハーフエルフなど居場所のない狭間の存在、皆から疎まれる日陰の存在。
日向に出れば蔑まされ、迫害され……違う。この声が言っているのはそんなことではない。
僕は僕として存在が許されていない。ただのマーテル・ユグドラシルの付属品。
違う、と彼は思いたかった。外の世界なんて4000年前から散々見てきている。
どこにも自分達の場所などなかった。誰も信じてなどくれなかった。
クラトスも、ユアンも、結局は裏切った。
307名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:14:42 ID:nt3F+g3SO

308暁と夕暮れ 11:2008/06/08(日) 22:15:13 ID:Swhis8Cr0
「外になんて……存在出来る場所なんてあるものか!」
「そうではないの。あなたは立ち上がってすらいない。外を見てきたようで、何も見ていない。
 なぜなら、あなたは私の隣で安息してしまっていた。私が閉じ込めてしまっていた」
押し黙り、顔を強張らせて影を見るミトス。
「あなたは、自分の足で立って、光のある場所へ行くべきなのです」
「自分の、足で」
「あなたの罪は内側にしか触れなかったこと。与えられたものをただ享受し、それに満足してしまっていたこと。
 それでは、妄執に生きる虚ろの住人になってしまう」
悲痛な声に、まるで自分のせいであるかのような心持を抱いてしまう。
自分のいたずらで家族が侘びを入れているのを、傍で聞いているような感覚だった。
心が締め付けられ、本当なら起こり得ない筈の動悸が胸を打っている気がした。
声の主は、自分が悪いのだと言う。しかしそうではない。
閉じ込めていたことが悪なのではなく、そこから出ようと行動を起こさなかったことが悪なのだ。
姉の幻の声は、彼をそう考えさせるのに十分だった。
「でも、光なんて1歩踏み出した先にあるものです。だって、まだ子供ですもの」
ミトスは思う。僕は影だ。全ての可能性を否定し、最後に残った道の最果てにいる存在。
全てを諦め、晴れ舞台に出ることを拒んだ、明かりの下に晒されれば息をしていけないモノ。
彼はそう思い至って、目の前の2つの影を見た。
どこか自分に似ているが、けれども決して違っていた。
影ならぬ影――――同じ道を辿る可能性を持ちながら、日向に出ても確固とした存在を保てる者であり、
自分も同じ道を辿れるかもしれなかったという証の名だった。
愛する者を失いながら全てに絶望せず歩ける少年。
執着すら捨てた人の形に憧憬を覚えたのと同時に、そこから立ち直り元の命の形に戻った青年。
そして、最後に残ったのは、別人でありながらどうしようもなく姉の影を引く少女。
玩具には、子供の夢が詰まっているのだ。
一体、自分と何の違いがあるのか分からなかった。
「僕は……僕は、姉さまが傍にいてくれれば、それだけでいい! それ以上なんていらない!
 姉さまがいなくなったら、僕はどうしていいのか分からない!!」
彼は姉に依存していた。姉の在るところが彼の世界だった。
「私も、あなたを束縛してしまうのは辛い。もっとほかに支え支えられる人達を、あなたは見つけなくてはいけないんです」
2人は、多くの人と繋がり、自らの居場所を分かっていた。
その人たちを支え、また思いを支えとして、そして自分をはっきりと持っていた。
それが彼、ミトス・ユグドラシルという影との違いだった。
309名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:15:31 ID:gblHu5Ny0
しえん
310名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:16:49 ID:lQxRFooRO
支援
311暁と夕暮れ 12:2008/06/08(日) 22:16:54 ID:Swhis8Cr0
「そう、自分の足で。居場所は時として与えられるものですが、それが全てではありません。
 自分で求め、探し、決定し、作り出すものでもあるのです」
姉の声は優しく、弟を諭すような口調だった。
「そんなこと、分かってる……」
だが、逆に彼の身体には震えが走る。
「自分で動くのが怖いんだ! 探したって探したって見つからない、少なくともハーフエルフの居場所はそうだった!
 どこにあるかも分からない場所なんて、僕には探すことなんか出来ない!!」
夢を叶えようとして叶わなかった時の努力ほど、空しく恐ろしいものはない。
今まで自分がしてきたことや費やしてきた時間は何だったのか。
歩いても歩いても終わりのない道など、途中で引き返したくなってしまう。
しかし元の道も既に遥か遠く、途方に暮れるよりほかない。
それを実体験したミトスにとって、同じ轍を踏むことなど出来なかった。
だが、語りかけてきた波は、とても穏やかだった。
「忘れないで。あなたはそこに立っている」
「え……」
「自分の足元を見て下さい。自分を見てあげて下さい。居場所は、『ここでもいい』のですから」
ミトスの目が大きく見開かれる。
どこかにある場所ではなく、自分の足下という明確な立ち位置。
ここでもいい、その言葉を彼は2度繰り返した。全身に震えが走る壮麗な言葉だった。
「私はあなたの思いとなり、繋がりとなる。私も世界の一部なのだから」

『だからこそ言います――――あなたのしてきたことは、間違っている』

最後の否定は姉から弟へ贈るアドバイス。
靄が薄らいできて、影が姿を現し始める。
姉の面影はゆっくりと消えていき、みすぼらしい金髪の少女がゆっくりと現れていく。
彼は見開かれたままの目で混ざり合う2つの像を見つめ、手を伸ばしたくなる衝動に駆られた。
ここが姉から発つ場所だった。
312名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:18:40 ID:gblHu5Ny0
しえん
313暁と夕暮れ 13:2008/06/08(日) 22:18:50 ID:Swhis8Cr0
茫然と立ちすくむ中、地を蹴る音がミトスの鼓膜を刺激する。
霧に紛れ走り抜けていく影が振るう大剣。それを、彼は振り向きもせず緩慢に指先を動かし、たった2本で勢いを止めてみせた。
「間違ってる。そう、間違ってたんだろうね。今なら少し分かる」
凛としたボーイソプラノが響き渡る。冷静な音色は箍の外れた様子など微塵も感じさせなかった。
彼の体躯は元の少年のものへと戻り、それでも古代大戦の英雄と誉められた実力を以て剣を受け止めていた。
少年が静かに振り返る。
炎のレリーフが刻まれた剣を持つ隻眼の青年は、少し驚いたような様子を見せる。
白刃取りをされたという事実と、外見が少し変わっているということと、陰鬱そうな色を浮かべているからだった。
「なら、僕の4000年も現在も何だったっていうんだ」
外からは拒まれ、代わりに依存した内側も皆が裏切ったり消えてしまったりした。
外も内も居場所がないのなら、それなら僕はどこへ行けばいいのか。
ここでもいいのなら、一体僕は何を求め、探し、決定し、作り出さねばならないのか。

そんなものなど、何もない。
今の自分が最後に残された可能性の、最果てにいる存在なのだから。
遠い昔に、忘れ物はどこかに置いてきてしまった。

ミトスは剣を押さえこんだまま、霧の消えた空を仰ぐ。
空をゆっくり見るなどいつ以来か。こんなにも広く雄大だったかと思った。
そこにはただ雲があるだけで、鳥が飛んでいる訳でもない。それでも彼は何もない一点を見つめていた。
確かに鳥はいない。だが、空を飛ぶ命はあった。
青年が持つ大剣とよく似た意匠で、意思を持つその剣も反応として気付いたようだった。
「ああ、そうか、アトワイト。お前も駄目だったんだな」
刃を止めていた腕を思い切り振り下ろし、目の前の青年を弾く。
青年は戦端が切り開かれたと感じ、体勢を立て直し一撃を加えようとするが、望むような一手は来ない。
「北か。まあ、僕達には都合がいいかもしれないね。いいよ、付き合ってやる」
少年は彼の横をふわりとすり抜け、北へと走り出していた。
浮いているように軽やかな歩調は淀みなく前方へと足を動かしている。
唖然とする青年。敵前逃走を図られたことよりも、その方向に彼は驚いたのだ。
ここはシースリ村である。エリア名をそのまま採用するという単純すぎるネーミングが意味するのは、ここの北はB−3エリアであるということ。
カイルは素早くサックから懐中時計を取り出した。
夕焼け空は段々と紫色の要素を取り入れ始め、どこか振り返させる感傷的な気持ちを起こさせる。
短針と長針の位置が、ある刻限が間近に迫りつつあることを教えている。
一体ミトスがミントと何を話していたのか、カイルには把捉出来ないが、時々発していた悲痛な音は妙にカイルを揺さぶっていた。
詰まる所、ミトスの弱さを見たのだと思う。
聞く耳を持たずわめき散らしていた影は、自殺を選びかけた己のリフレインを見せつけられているようだった。
否、それは現在進行形で続いている。
やはり自分とミトスは同質異像なのだと再認識する。ただ少しだけ何かが違っただけで、それ以外は恐らく同じだ。
だが、その微小な差異がやがては大きな深手となってしまった。
確かにミトスはリアラを殺した要因の1人だ。だが、それを差し置いてもどこか腑に落ちない澱があった。
314暁と夕暮れ 14:2008/06/08(日) 22:20:14 ID:Swhis8Cr0
「大丈夫か?」
近くに寄って来ていた銀髪の青年、ヴェイグ・リュングベルが声をかける。
「あ……はい、大丈夫です。やっぱりこっちに来たんですね」
俯いたまま、ぱっと見ても言葉の通りとは思えない現状にヴェイグは首を傾げた。手の中にあるディムロスも同様である。
しかし、自分達が発生させた蒸気の中で遠巻きにミトスの隙を狙っていた2人にとっては、
感想はそれしか抱けないのは仕方のないことだろう。
ああ、と短く返すだけして、彼はミトスが消えた方に顔を動かす。既に後ろ姿はなかった。
『アトワイトが、北にいるだと?』
「え?」
意思持つ剣、ソーディアン・ディムロスの声が響き、カイルも顔を上げ北へと向く。
ティトレイも同じ方向へと目を配っていたが、1度舌打ちをして、すぐ傍にいるミントの向きを後方へと変えた。
「行け、ミント。もうミトスの心配はしなくていい」
ふぇ、と頓狂な声を出して彼女はティトレイの方を見る。
「もうクレスの時間も少ねえ……早くしないと、あんたの望みも叶わなくなる!」
クレス、という単語をあざとく耳に入れたカイルは、はっとして今度は2人の方へと顔を移す。
それも無視し、ティトレイは困惑げな表情をしたままの彼女をぽんと押した。
ふらりと1、2歩踏み出し、振り返ってティトレイがいるだろう位置を見た。
「あんた以外に、誰がクレスを助けられる?」
彼女が暗闇の中で結んだ像は顔のない男で、しかし確かに真に迫る表情をしていた。
その真剣な言葉に息を呑み、彼女はしっかりと頷いた。
ティトレイは瞬時に蔦を使い遠くに落ちていたホーリィスタッフを回収し、ミントの手をぎゅっと握って渡す。
「今しか言えないだろうから言っておく。……ごめん。あんたに謝らなきゃいけないことはまだあったんだ」
彼の意図を別にしても、ミントは優しく笑いかけ首を横に振った。
何を言っているのか彼女は分からなかっただろう。だが、それでもティトレイの心は少しだけ軽くなった気がして、何てずるいと思った。
そして彼女は杖を使って歩き出した。彼が一緒について行く訳ではなかった。
「ミントさん!」
カイルは手を伸ばすが、振り向いたティトレイの放った矢がすぐ横へと突き刺さり、僅かに蠢くだけで終わった。
すぐにティトレイは次の矢を補填し、カイルへと向ける。
当然ヴェイグは目の前の男の行動に抵抗するしかなかった。カイルの傍へと立ち、ディムロスを振るい構えを取る。
315名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:20:47 ID:gblHu5Ny0
支援
316名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:22:18 ID:2XtnZWmA0
sien
317名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:22:47 ID:gOjXAolw0
しえん
318暁と夕暮れ 15:2008/06/08(日) 22:22:50 ID:Swhis8Cr0
「何のつもりだ、ティトレイ」
細められた親友の目に、ティトレイもまた弦を更に強く引き対抗した。
鳴弦の引き絞られた音が対立する二項に緊迫感を与える。
「これ以上あの人の……ミントの邪魔をするな。カイル、例えお前が一緒に行ったって、ミントが悲しむだけなんだ」
「クレスの所に行かせようなんて、それこそ死にに行かせてるだけだ!」
「それがあの人の気持ちだ。分かってくれ」
ふう、と重く息をついてティトレイは答えた。こうすることが優しい彼女への恩返しなのだと思っていた。
カイルは納得できないような表情を見せ、首を振る。彼女を守ることが彼にとっての恩返しだった。
「でも……でも!」
否定だけを口にするカイルの心を代弁するかのように、ヴェイグが剣先をティトレイへと向ける。
周囲に冷気が漂い始め夕方の涼しさを更に上乗せさせた。
「お前とは戦いたくない。だが、一体お前の目的は何だ? 何を考えている?
 クレスに味方し、カイルの仲間のあの女を助け、お前は何をしたい?」
実に嘆かわしいことだが、ヴェイグはバトル・ロワイアルに毒されていた。
奪う側に回った人間の仲間は同じ奪う側であり、助ける側の人間の仲間もまた同じく助ける側の人間なのだと。
表と裏しかなく、ひっくり返った場合にしか反対側のルールは適用されないと、そんな固定観念があった。
ヴェイグの問いかけに対し、ティトレイは弓を下ろし、不敵な笑みを浮べる。
胸に手を当て、1+1が3でもいいじゃないかと断言するかのように、はっきりと言い切る。
「今こうしてること全てが、俺の目的だよ」
何とも全容の掴めぬ言葉に、ヴェイグはディムロスを構えて応えた。
今までどこか強張っていた全身の力がすうっと抜けていく。
「……なら、俺がこの目で見定める」
『分かりやすいな。時間がない、全力を出して行くぞ』
戦意の高まる1人と1本の刃。カイルは横で不安げにヴェイグを見ながら、同時に手を出してはいけないと思った。
今まで散々気にかけていた親友と再会し、ヴェイグは邂逅の形を決戦としたのだ。
それを彼の覚悟というものだとしたら、彼の罪を見続けると決めたカイルは、この戦闘の行く末を見届けなければならない。
この戦いは彼の中で何かに通ずる意味があるだろうと、直感的にカイルは思った。
沈黙した彼は、奥に消えたミントの無事をただ祈ることしか出来なかった。
ティトレイにとっても、この時は望んでいた時だった。甘んじるつもりはない。
相手にとってこれがこちらを見定める戦いならば、自分も自分を見定める戦いでもあるのだから。
拳を作り、両手を顔の前へと持ち上げるティトレイ。
彼らにとって2度目の殴り合いが始まる。

「決着をつけようぜ、ヴェイグ」
319暁と夕暮れ 16:2008/06/08(日) 22:24:05 ID:Swhis8Cr0
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP20% TP45% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼)
    オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:ヴェイグとの決着をつける
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区

【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷 鬱屈
所持品(サック未所持):ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:???
第一行動方針:北へ向かいアトワイトと合流する
現在位置:C3村北地区→B3

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP10% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 どうでもいい変化
   舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷 全て応急処置済み
所持品:サンダーマント ジェイのメモ マーテルの輝石と要の紋セット ホーリィスタッフ 大いなる実り ミントの帽子
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村北地区→西地区

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み)
所持品:フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
    魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ ミスティブルーム
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグとティトレイの決戦を見届ける
第二行動方針:西へ向かい、ロイドと合流
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
現在位置:C3村北地区

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット S・D 
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:ティトレイを見定める
第二行動方針:場合によっては、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村北地区
320名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 22:24:23 ID:nt3F+g3SO

321暁と夕暮れ 状態表修正:2008/06/09(月) 15:41:16 ID:XTDBt2xTO
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷 鬱屈
所持品(サック未所持):ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み) 邪剣ファフニール
基本行動方針:???
第一行動方針:北へ向かいアトワイトと合流する
現在位置:C3村北地区→B3
322状態表修正2:2008/06/09(月) 15:54:59 ID:XTDBt2xTO
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
   右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み) 背部鈍痛
所持品:フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
    魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグとティトレイの決戦を見届ける
第二行動方針:西へ向かい、ロイドと合流
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
現在位置:C3村北地区

*ミスティブルームは近くに放置されています。
323名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 22:02:21 ID:b5rgcFRWO
   
324名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 22:09:40 ID:b5rgcFRWO
   
325Still,the remaining one 1:2008/06/14(土) 22:10:32 ID:47LLb4c0O
人の死なんてものは、その人物の命の重さとは無関係に唐突に突き付けられるものだ。
その程度の事は旅をしてきた事とは微塵も関係無く理解していた事。
それはまるで天災の様に、その悲惨さや時間帯に関係無く、その時の思考に左右されず訪れる。
空に投げられた林檎が地に落ちるという絶対の解答の様に、決して揺るぎない事実なのだ。
話は逸脱するが……日々には、毎日を懸命に生きる事で充実さを見出す事が出来るものだ、と彼女は思っている。
後悔が無い様に生を完する事が何より大切な事だとも思っている。そして、彼女は今この時まで自分がそうしていると思ってきた。
我々もそうであると考えていただろう。
少なくとも彼女の直向さの前では“何故ベストを尽くさないのか?”などと云う無粋な疑問は意味を成さないと。
何故なら彼女は透き通る水晶の様な純粋さを以て、常に前を向き頑張っていたのだから。
“何故過去形か?” 良い質問だ……勿論理由は在る。
“それは昔の話だから?”―――残念、正解に非ずだ。
現実は時として残酷だ、などという実に軽薄な言葉は屡々耳に挟むが実はそうでは無い。
現実は何時であろうと甘くは無く、例えそれが楽園の中であろうと常に残酷で在るものなのだから。

さて、前座は終いだ。ここでスポットライトを彼女の内面に向けてみよう。

彼女は、ドジを除けば実に完璧で善良的な人間に見えていた。
現に見られていた。
しかし彼女には穴があった。小さな、だが決して両手で覆い隠せぬ穴。
だがそれは針の穴の様に小さいが故に普段は気付かない。
それは流砂の如く、例えそこにあるのが小さな穴であろうと、時として外面に多大な被害を招く原因となると言うのにである。
彼女の決定的な弱点―――それは自分を優先出来ない事。
極端に言えば彼女は深層意識で自分がすべき事を無意識の内に拒んでいるとも言える。
その点では“彼”と酷似していたとも言えるだろう。
つまりは一言で言ってしまえば、彼女には自己主張が絶望的と言える程に足りないのだ。
自分よりも世界を優先する、それが彼女のやり方であるし、彼女はそれを正しいと信じて居た。
無論、確かに旅を経て彼女は成長した。以前よりは自己主張をする様にはなっている。
が、しかしである。バトルロワイアルという現実は純粋な彼女には酷過ぎたのだ。
残酷なリアルは彼女の周囲に殻を構築するには充分過ぎた。
326名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 22:11:43 ID:47LLb4c0O
確かにそれを穴と呼ぶか否かは甚だ疑問ではある。正解と不正解の狭間は常に揺らいでいるのだ。
明と昼との境界線の様にそれは曖昧であり、だが言葉で捉えると明白過ぎる違いだ。
しかし個々の主観によってそれすらも異なる。
だがここは敢えて穴と言おう。
何故なら彼女は今、己の過失を、いや、取り返しが付かぬ大罪を犯した事に気付いたのだから。
本人がそれを罪と認識した以上は、我々傍観者はその選択に逆らう事は決して出来無い。それは当然の事である。
しかしだからこそ愉しいのだと、傍観者の一人―――メルヘンチックな部屋に立つ彼は考える。
今まで培ってきたもの、宝物と信じていたもの。それがふとした瞬間にゴミへと変わる。それが溜まらなく愉快なのだと。
これだけ聴くと非常に悪趣味な人物像しか浮かばないが、何も不幸への変化にだけ彼は喜ぶのでは無い。
何故ならば絶望の淵から希望へ這い上がる様、華麗な逆転劇。それら全てを彼は同等に愛でるからだ。
正義や悪、正解や間違いなどは問題では無い。
極端に言えばそう、どうでもいい。
生きようが死のうが滅びようが救われようが、彼にとっては道端ですれ違った他人の血液型よりもどうだっていい事なのだ。
それは私も―――目の前の貴方もきっと一緒だろう。
愉しいから見る。それが貴方に否定出来るだろうか。
興味があるのだろう?
さぁ、ならば殺人ゲームの続きといこう。
更に深みへ、深みへ―――。



   妙な音が聞こえた気がした。



少女はそれはもう目を覆いたくなる程、盛大に地面に倒れ込んだ。
如何に怪力を持つ少女と言えど、力と天然要素意外は一般的な少女だ。
……その一般的な少女とやらに羽が生えていてチャクラムが使えるか否かはこの際スルーして欲しい。
兎にも角にも、少女は何の前触れも無く天使に突き飛ばされた。
それも手加減無しでだ。
完全に不意打ちをされた彼女は、故にそれは素晴らしい程綺麗に顔面から地面にダイブしたと言う訳である。
「……ッ」
ウェーブが掛かった金色の髪を泥で汚した少女は、地に左腕を突き身体を中途半端に起こす。
右手で目を擦りながら、彼女は思考の整理を試みた。

―――自分は何で地面に倒れたんだっけ?

目に入った土に瞳を潤しながら、彼女は頭に先ずその疑問を浮かべる。
倒れた際、鼻に傷を負ったのだろうか。少し鼻の頭が痛んだ気がした。
327Still,the remaining one 3:2008/06/14(土) 22:13:11 ID:47LLb4c0O
「……ロイド?」
えっと……そうだった、何故だか分からないけれどロイドにいきなり身体を突き飛ばされたんだ。
少女は周りに聞こえぬ様に小さく悪態を吐きつつ彼の名を呼ぶ。
視界が大分明瞭としてはいるが、まだ目に入った土の違和感があり、再び目を擦る。
本来は回復を待ちたい処ではあるが、しかし彼女は先程突き飛ばされた瞬間、何か並々ならぬものをロイドの表情から感じ取っていた。
一体、如何したと言うのだろ―――
「やっとだ」
少女は唐突に低く響いた第三者の声に肩をびくんと揺らし、腰を捻った。
ロイドが先程居た方を、もとい“彼”の声が聞こえた方を向く。
ぽつり、と何かどろりとした滴が少女の絹の様にきめが細かい白い肌を打った。
瞬間、嫌に生温い風が髪を、いや全身を舐める様に撫でて行く。
彼女は嫌悪の余り、まるで自分が生暖かい粘液の中に居るかの様な趣味が悪く訳の分からない違和感を覚えた。
目の前の事象による判断能力の低下だろう、と脳が結論付ける。
「漸く君の元に行く事が出来た」
少女は酸素を求める魚の様に口をぱくぱくと動かし、瞳孔を開いた。
目線はその景色から離さぬまま、ゆっくりと全身を濡らしたその液体を指先で掬う。
それを更にゆっくりとした動作で視界へと収めようと試みた―――コレは何かの間違い、そうだよね。
こんなの嘘だよね。ねぇ、ロイド。
嘘だって言ってよ。
ねぇってば。
如何して、ロイドは、動かないの?
「ごめんね、随分待ったかい?」
視界の端に現れた紅色に、喉が小さく、しかし強く音を立てる。
血液が赤いのはヘモグロビンと酸素が結合しているからで、血液中の酸素が減ると血液は暗くなるとリフィル先生が生物学の授業で言っていた。
……ああ、そっか。成程。
「大丈夫」
少女はゆっくりと顔を上げた。
乱れた金髪の奥で光を失った暗い蒼の瞳が覗く。
淡く煌めく蒼炎が彼の紅のバンダナと共に虚空に揺らいだ。
やがてそれは残滓となり、ザンシとなり、惨死と。
「もう大丈夫だから」
つまり、これは、そう、つまり、つまり、つまり、やっぱり。
だから、つまり、その、つまり、ロイドは。
ロイドは?
落ち着け、私。何を今更言っているのだろう。
ロイドは今目の前に居るじゃないか。
「ただいま」
蒼に包まれた刃はいとも容易く胸元から彼の喉元まで上がり、そしてぐるりと縦と横を入れ替える。
328Still,the remaining one 4
頭部を繋ぐ糸が切れてしまった操り人形の様に、ロイド=アーヴィングは全身を一度びくりと動かし、頭部をだらりと斜め後ろに情けなく垂れた。
無機質極まりなく、味がこれと言って無い音が彼女の鼓膜を打つ。
剣が抜かれ、操り人形が宛らボロ雑巾の様にぐちゃりと地に崩れ落ちる。
その向こう側には、紅に染まる陽を背負う血塗れの彼。
決して忘れる事無き王子様、少女がファーストキスを捧げた相手―――クレス=アルベイン。
「迎えに来たよ、ミント」
どれだけ残酷であろうと、世界は廻る。ひたすらに廻るのだ。
止まる事無く先へ先へと急く様に。
ゆっくりと濃い蒼を纏う刃が奇妙な音を立て、彼の脳天に侵入する。
嗚呼、空が、とても紅くて、赤くて、赫くて、あかくて―――――蒼い。

少女の悲痛な絶叫が、黄昏時の世界を抱擁した。



小さく華奢な身体を抱き寄せる学士は目を細め、更に強く下唇を噛んだ。
ただでさえ徹夜がちの彼の血行が悪く薄紫色の唇は、血液を遮られ更に蒼白く変色している。
「……メルディ」

言いつつ己の無力さに絶望する。
散々掛ける語句を考えた挙句がこれだ。笑えよ。
自分には慰めの言葉一つ言えない。
今メルディの名を呼んだ処で何も解決しないなんて事は疾うの昔に理解している。
そう、“最初から理解してるんだ。何もかもを”。
だけど、だけどあんな詭弁に今更、今更、今更!
もう、全て遅いと分かっているのに僕はッ!
如何してこんなにも苦痛を味わっているんだよッ!
「……そか」
汚れたローブを更に涙で汚しながら、少女は拳を握り締めた。
可能性と絶望の狭間で、少女はどちらも選択出来ず、どうしようも無く葛藤し苦悩する。
選ぶ事すら止めてしまう程に、今の少女は疲れきっていた。
ポットラビッチヌスがちょこんと脇に座り、心配そうに少女を無垢な瞳で見上げる。
「メル、ディ?」
少女の自嘲気味な呟きを聞き、学士は彼女の顔を覗き込んだ。
諦観にも似た乾ききった笑いは、此処に居る筈の彼女の、だがしかし決して触れられぬ虚像の微笑の様な気がして。
幻で無い事を確認するかの様に、彼は彼女の肩に置く手に少しばかりの力を込めた。
そして痛い程に理解出来るのだ。
“彼女はそれでも今此所に立って居る”。
「メルディ、自惚れてたな」
虚ろな少女はローブに埋めていた頭を離す。
だらりと頭を項垂れ、その影に隠れた表情は学士からは窺い知れない。