テイルズ オブ バトルロワイアル Part12

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1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part10
ttp://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1188467446/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part11
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1192004197/l50

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ10
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1189512040/l50
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html
2名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:29:35 ID:STXxOXvm0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:30:22 ID:STXxOXvm0
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:31:12 ID:STXxOXvm0
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:32:00 ID:STXxOXvm0
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア)  :0/10名→●クレス・アルベイン/●ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :0/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/●グリッド
TOD2(デスティニー2) :0/6名→●カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :0/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/●キール・ツァイベル/●メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :1/11名→●ロイド・アーヴィング/●コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :1/5名→○ヴェイグ・リュングベル/●ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計2/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4 C5

18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
6名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:32:52 ID:STXxOXvm0
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
7名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 15:33:32 ID:STXxOXvm0
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
8The last battle ―喜劇に興じよう― 1:2007/12/18(火) 22:12:53 ID:Vfa+4WDZO
神? そんな都合が良い存在はこの世には無い。
万に一つ、居るとしても。こんな現実を叩き付ける奴が果たして神と呼べようものか。そんな愚かな神、こちらから願い下げだ。
それ故ポジティビズム。
今、俺はこうして誰の手も借りず理想を追求している。
たがその理想は、本当に理想としての意義を全うしているのだろうか?
こうして“理想”と豪語しておいて何を今更、と言われるかもしれない。
確かにそう。しかし俺の中の理想は果たして“理想”として正しいのだろうか。これは完全なのか?
こうしてこんな些細な事を考えるのは果てしなく意味の無い事だと思う。けれども、俺は本当にそうしたいのだろうか? それを考えずには居られないんだ。
迷い、じゃない。もう道は決めている。引き返すつもりもさらさら無い。
これは只の葛藤。
不完全で漠然とした理想は理想と言えるのか? 答えは否。元から破綻してるじゃないか。
“完全”なのが理想だ。
雲の様に捕らえどころが無く、霧が掛かった様に鮮明な姿すら分からない、漠然としたイメージ。
こんな形なのだろうか、と予想しているだけ。それが理想の形と一致していると思っているだけだ。或いは、無理矢理その形にしているのか。
何れにせよ、何て脆いんだ。脆くて脆くて薄くて薄くて儚くて、無いに等しいじゃないか。
いや待て。俺を動かしているのは理想だけなんだ。それが無いに等しいならば、俺に何が残ろうか?
自分はゼロなのだろうか?
嫌だ、怖い。ゼロになるのは怖い。
俺は俺じゃなくて、ゼロ?
中身が何も無い。理想も、意味も無い?
それは最早ヒトあらざる存在じゃないのか?
俺はヒューマじゃ、ヒトじゃない? 違う、そんな事は無い筈だ。
こうして手がある。足もある顔もある。俺はヒトじゃないか。
……中身が無くとも?
じゃあヒトの形をした機械や人形もヒト? 果たして一概にヒトの形をしているモノ全てがヒトであると言えるのだろうか。いや、言える訳がない。
人形は人形で、機械は機械だ。
一義的なのは中身と器なのだ。ヒトは、中身とそれを受け止める器が揃って初めてヒトなんだ。
料理だって同じ。どれだけ美味しそうな料理でも器、つまり皿を蔑ろにする事は出来ない。
……受け売りだがな。
中身と、器。それが揃って初めてヒト……。
スカスカな俺はヒト?
漠然とした靄を無理矢理理想に仕立て上げ、それを生きる理由にしている俺は、ヒト?
9名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:14:40 ID:KJSME/23O
支援
10The last battle ―喜劇に興じよう― 2:2007/12/18(火) 22:15:31 ID:Vfa+4WDZO
馬鹿な。その疑問自体が馬鹿馬鹿しい。こうして思考している事はヒトである証明に成し得る筈。
俺はヒト……ヒトなんだ。
欲求だって、当然ある。
『飢え』『渇き』『排泄』『睡眠』
確かにある。しかしそれは、ヒトである証拠か?
生理的欲求。下らない。バイラスと一緒のレベルじゃないか。
足りない。俺はヒトでありたい。
『恐怖からの回避』『安全確保』『苦痛からの逃走』
安全欲求。駄目だまだ足りない。
もっと高次元へ。ヒトである為に。
『所属』『愛情』『親和』
愛情欲求。……おかしい。俺にはそんなもの無いぞ?
馬鹿を言え、そんな筈は無い。俺はヒトなんだから。
『尊敬』『承認』『支配』『名誉』『地位』
尊敬欲求?
『自己達成』『生き甲斐』『理想』
自己実現欲求?
おかしい、無いぞ?
違う?(違わない?)
何処で、落としてしまったんだろう。
俺は―――。


暫く経っただろうか。
降雪は止むがしかし厚い黒雲は晴れる事無く、寒く、薄暗い張り詰めた空気の中彼等は対峙していた。
時刻を確認する隙は無い。が、恐らく空は橙から完全に深い青紫に変わっている頃だろう。
放送された禁止予定エリアも既に全て禁止エリアとなっている事も想像に難くない。
最後の二名、ミトス=ユグドラシルとヴェイグ=リュングベルは静かに互いを睨んでいた。
雪が降る夜は物音一つしないと言うが、正にその通りかもしれない。
重い静寂はただ冷気として虚空に溶けてゆく。
「……どけよ。僕は暇じゃないんだ、姉様が待ってるんだからさ」
最初に静寂を切り裂いたのは数秒の間に痺れを切らせた天使、ミトス=ユグドラシルだった。
しかし激しさを増す天使の剣幕に怯む事無くヴェイグは冷静に様子を伺う。
この少年が今少なからず冷静さを欠いているのは明瞭。だがそれも長くは続くまい。
11名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:16:12 ID:HYACR7udO
12The last battle ―喜劇に興じよう― 3:2007/12/18(火) 22:17:16 ID:Vfa+4WDZO
奴の手はロイドから聞いているし、先程のシャーリィとの交戦も見ている。充分分析も出来ているつもりだ。
早く決着を付けたいところだが、安易に考えてはいけない。
ミトスは、強い。
それは例え天変地異が起ころうとも揺るぎない事実であるからだ。
「マーテルがそんなに大事か」
ヴェイグは柄を持つ右手に力を込め、右足を一歩踏み出す。
熱エネルギーを無視した汚れ無き雪の結晶達はそれにより騒がしく演舞を披露した。
「姉様の名を汚らわしい口で出すな―――」
低く、唸る様な声でミトスは呟く。
本当なら今にでも八裂きにしてやりたい。しかし今は何よりも冷静さを取り戻さなければ。
ミトスは喉元まで上がっている地団駄を踏みたい気持ちを押さえ付ける。
ここで冷静にならなければ、簡単に死ぬ。
それを理解していたからだ。見た目が少年とは言え、四千年の経験は決してお飾りでは無い。
「―――殺すよ?」
ミトスは左手をヴェイグに向けた。同時に七色に輝く光が左手に集中する。
瞬く間にその光は濃度を増し、光弾となりヴェイグへと放たれた。それと同時にミトスはアトワイトを構え走―――否、空間転移。
光弾を横に飛びながら避け、ヴェイグはその瞬間をしっかりと目の端で捕らえていた。
ヴェイグはミトスの空間転移を先程見て理解していた。
僅かに生じる転移前のタイムラグ、転移可能な半径。
ディムロスの助言やロイドの話からもそれらは確かな情報だった。
故に先程はミトスの転移限界の間合いを常に取っていた。
従って、アトワイトを構えたのは直接攻撃だと思わせる為のフェイクだとヴェイグは理解していた。
詰まり、結論を述べるとこの空間転移の意味は直接攻撃では無く、
「消えろ―――レイ!」
詠唱の為だという事!
ヴェイグにはミトスの位置は確認出来なかった。しかし今それは問題では無い。
ヴェイグは極めて冷静だった。
13名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:19:06 ID:BTSJz04u0
 
14名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:19:09 ID:KJSME/23O
15The last battle ―喜劇に興じよう― 4:2007/12/18(火) 22:20:26 ID:Vfa+4WDZO
来るのが魔法であると分かっている以上は、相手の位置は大した問題じゃないと理解しているのだ。
「残念だがな、ミトス」
光の球体が片目の青年の頭上に現われ、光線を発射せんと膨張する。
しかし……見切っていた。ヴェイグは見切っていた。頭上より降り注ぐ光線を。
ロイドからレイという技について聞いていたから、という理由も確かにある。
「俺の世界にはその技の上を行く術があるんだ」
しかしヴェイグがレイを完全に見切ったのはそれとはまた別の理由があった。
ヴェイグの世界、カレギアにはレイを超越する手数と速度を持つ上級術があるからだ。
双方の術を威力を除いて比較すれば、そこには天と地の差があった。
故に、躱せる。
「何百何千とこの目に収めてきた」
襲い掛かる光線をヴェイグはフットワークを駆使し躱してゆく。
この程度ならば、絶・瞬影迅を使うまでも無い。
「だから、」
最後の一撃を躱すとヴェイグはミトスを見つけ走る。
構えられた剣には熱気と冷気が集い、気流の衣を纏っていた。
対するミトスはそれを見て歯軋りをする。
避けられた、僕のレイが? 馬鹿な、上級術だぞッ?
くそッ、調子に乗るなよ劣悪種如きがッ! こんな場所で足止めを喰ってる場合じゃない、早く姉様に会わなきゃならないのに!
ああ駄目だ、冷静になれ……!
最早ミトスは客観的に自身を見る事が出来なかった。冷静になるつもりが脳に募るは焦躁と苛立ち。
しかしミトスはそれを把握する事すら叶わない。それ程までに混乱していた。
駄目だ、ここは冷静にならないと。相手の能力は未知数なんだ。
それに先程の動きと間合い。僕の術を知っている? おのれ、何処からのソースだ。
……ああ、ロイドか。
ええい、こんな簡単な事も忘れているなんて僕らしくない。クールになるんだ。
16名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:21:12 ID:BTSJz04u0
 
17名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:23:40 ID:lnNl4mXGO
.
18The last battle ―喜劇に興じよう― 5:2007/12/18(火) 22:24:12 ID:Vfa+4WDZO
あらゆる状況に最善策で対応する為には、冷静になる事が大切だとミトスは理解している。
「その程度の技で俺を捕えられると思うな―――風神剣ッ!」
地面に向かって風神剣!?
「……ッ」
ミトスは心底嫌そうな顔をした。
真逆、こう来るとは。
乱気流の塊は地面に積もった粉雪に乱舞を命令する。
粉雪は当然、抵抗する事無く命令されるがままに舞いを踊った。
ミトスは軽く舌打ちをした。
パウダースノウの目眩まし、か。どうやら頭はそこまで悪く無いらしい。
……このフィールドは自分に不利過ぎる。奴は地の利を最大限に活かしてくるだろう。
このままでは全身に刃を向けられているまま闘うようなものだ。かと言って炎で焼き払うとなると精神力消費が痛い。それに雪に炎は相性が悪過ぎるし、焼き払う隙も無い。
已むを得ない、気に食わないがこのまま闘うしか無いか。
「何時まで隠れんぼしてるつもり? いちいち遊んでる程暇じゃないんだけどね」
後ろ、前、上、右、左。さあ何処からでも来い。
ミトスは目を閉じた。こう粉雪に舞われては天使の目も役立たず。そう考え耳だけに神経を集中させたのだ。
と、微かな物音を天使の耳が捕える。
(背後ッ!)
ミトスは脊髄反射並、いやそれ以上のスピードで後ろを振り向き光弾で牽制する。
しかし。
「霜柱、だと」
光弾が砕いたのは人の頭では無く、巨大な霜柱だったのだ。
「天使は耳が良いらしいからな……悪いが利用させて貰った」
ミトスの左側から現れたヴェイグにより、フィートシンボルで強化された一撃が振り下ろされた。

「……見掛けに依らずお喋り好きみたいだね」
丁度高い金属音が鳴り止む頃にミトスが呟く。
ディムロスは逸早く刀身をして金属音の正体を感じ取った。
アトワイトだ、と。
間一髪。ミトスは胸を撫で下ろした。
危ないところだった。奴が喋らければ場所、タイミング共に特定出来なかった。
神なんか居ないと信じてきたが、この瞬間だけは感謝してやってもいい。
「ほざけッ!」
ヴェイグは確信していた。
先の太刀筋は確実にミトスの胸を薙払う一撃だった筈。
それが防がれた。
確信した事実をひっくり返される事程の屈辱は無い。
衝撃で舞った雪によりミトスの姿は見えないが、恐らく1ミリたりとも負傷していないだろう事は想像に難くない。
「雪の目眩ましとはなかなかだね、称賛に値するよ」
やっと冷静になれたよ、感謝してやる。
19名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:24:33 ID:KJSME/23O
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20The last battle ―喜劇に興じよう― 6:2007/12/18(火) 22:26:27 ID:Vfa+4WDZO
ミトスはクルクルと紋章を回しながら嗤った。
……そう、目眩ましは御互い様。
「けどさ劣悪種」
先ずディムロスが異変に気付く。異常な程早い魔力の収束、しかも強力な。
いかん、これは。
「詰めが甘いんだよ―――ホーリーランス!」
剣士の最大の利点であり同時に弱点であるもの。
それが接近戦に固定される点である。
目眩ましによる術士への接近はミトスの経験上想定の範囲内であった。尤も、雪を使ってくるとは思っていなかったが。
……しかし対するヴェイグは。
「甘いのは、」
一枚、上手だった。
シャーリィとミトスの戦いから、ミトスを倒す事は一筋縄では行かないという事実は明白であったからだ。
油断は大敵、それ故にヴェイグの頭の中では常に最悪のパターンのみで構成されていた。
従って術撃による接近戦の防衛行動は想定の範囲内ッ!
「貴様だ―――――幻魔ッ、衝裂破!」
繰り出されるは神速のバックステップから放たれる絶対の攻撃範囲を持つ十字斬り。
五本の聖なる槍の焦点から体をずらす事により術を華麗に躱し、向こう側に現れるその巨大な十字はミトスを血塗れにすると思われた―――が、しかし。
『ヴェイグッ! 避けろ! 左だッ!』
突然の叫びは期待する天使の苦痛に塗れたものでは無くディムロスのモノで、返事をされる事無くそれは虚しく暗雲の彼方へと消えて行く。
刹那、ヴェイグは手応えが無い事に気付くが時既に遅し。
「二度言わすな、羽虫」
その未だに余裕すら感じ取れる声は寒気がする程ゆっくりと、ヴェイグの前方からでは無く目を失った方の耳元で囁かれた。
「甘いのは、お前だよ」
(死角ッ!)
ヴェイグがその事実に気付きミトスへ顔を向ける瞬間に“それ”は起きた。
21名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:27:27 ID:SvsVDAi/0
22名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:28:12 ID:KJSME/23O
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23The last battle ―喜劇に興じよう― 7:2007/12/18(火) 22:28:48 ID:Vfa+4WDZO
“それ”って何? と聞かれるかもしれないが、ヴェイグには何が起きたかが分からなかったのだ、体感したものを“それ”としか表現出来なかった。
ヴェイグは戸惑った。脇腹に猛烈な痛みを感じ、更に自らの足が得も言われぬ浮遊感に襲われたのだ。
突然のそれに感覚器官が麻痺する。従って何故こうなったかをヴェイグには知覚出来なかった。
浮遊感と同時に残された眼球に映された景色が那由多の線で構成される。
御世辞にもその一枚絵は芸術とは言えない。
「な、にッ!?」
地面から足が離れた? 横腹が熱い!?
何だ? 何をされた? 一体何が起こっている?
この浮遊感……! そうか、俺は吹き飛ばされたのか!?
しまった、ならば早く受け身を……ッ!?
「ぐえぁッ!」
しかしそこに至るまでには少々時間が掛かり過ぎていた。
激しい破壊音と共にヴェイグに襲いかかるは全身が何か固いモノにこれでもかという勢いで打ち付けられる感覚。
蛙が潰れた時に口から出す様な音と血が混じった粘液を口から発してヴェイグの体は瓦礫に埋没され、沈黙した。
「……教えてやるよ劣悪種」
石壁の崩れる音が止み、その余韻を楽しむかの様に演奏される土埃と粉雪の二重奏。
その向こう側でミトスは抜き取ったエターナルソードを手の中でクルクルと回しながら、呟く。
まるで旋律を楽しむ指揮者の様に。
息一つ乱す事無く、力の差を見せつける様に、綽然とした態度の天使は更に続ける。
「お前はどう足掻いても、僕には勝てない」
土埃が去り、瓦礫から辛うじて覗くコアクリスタルは、その奥に一人の天使を認めた。
絶対的無慈悲な力を持つクルシスの指導者、ミトス=ユグドラシルという名の天使の姿を。
しかし確かに一瞬、ディムロスには本来天使を意味するその輝く羽が悪魔の羽に見えた。
その悪魔……もとい天使はエターナルソードをサックに入れつつ再び口を開いた。
「理由は簡単。経験の差だよ。決して埋め様の無い千年の経験の差がお前と僕にはある。
 先の攻防で分かっただろう? もう諦めたらどうだ」
ヴェイグは瓦礫の中からゆっくりと起き上がる。遠目で見ても分かる程激しく肩で息をしながら。
横腹にはアトワイトに突かれた傷があった。とても浅いとは言えない傷。
しかしその傷は凍り付いている。いつの間に止血したのだろうか。
手際の良さに一瞬驚くが、その脆弱な体にミトスは鼻で笑った。
24名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:30:23 ID:SvsVDAi/0
25The last battle ―喜劇に興じよう― 8:2007/12/18(火) 22:30:59 ID:Vfa+4WDZO
所詮、血を失えば死ぬ脆いタンパク質の塊。視界に入るだけで反吐が出る。
そのタンパク質の塊……もとい、固有名ヴェイグ=リュングベルは覚束無い足取りで数歩進み、瓦礫に足を取られ倒れそうになるもディムロスを地面に突き刺しバランスを取る。
「……ら……だ」
銀髪は土色に汚れだらんと垂れ、顔を隠している。
右側の頭部を打ち付けたのだろうか、右側の銀髪は血が滲み赤に染まっていた。
「何だと?」
ヴェイグは荒れ果てた瓦礫の山からミトスの顔へと視線を上げた。
天使の顔に浮かぶはよく聞こえないな、という表情であり、それ故大きく息を吸って再び、
「……諦めたらそこまでだッ!」
言い放つ。
その眼光は埋め様の無い力の差を見せ付けられても尚、鋭かった。
それを見たミトスは一瞬目を細め、陳腐な戯言だと言わんばかりにハン、と鼻で笑う。
「あはは……馬鹿じゃない? お前さ……この差を諦めない事だけで埋められるとでも思ってるの?」
思ってる、と言う代わりにヴェイグは剣を抜き、そしてふらつきながらも目の前で構える。
ディムロスはただ無言でミトスを静観する。
「やってみなければ! ……やってみなければ、分からない事だってある。柔能く剛を制すと言う様に!」
「詭弁だね。もう結果は見えてる。
 お前が、負けるってね」
しかしヴェイグは気圧される事無く言い返す。
無謀は元より承知、故にヴェイグは諦めない。
「俺は決意した。選択したんだ……この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる……その為には、絶対に、負けられないッ!」
気に入らないな。
ミトスは目を細め歯を軋ませた。
非力な劣悪種如きが何をほざくか。身の程知らずが。
「気に入らない、気に入らないね……お前のその考え、その根拠の無い自信……。弱卒が大口を叩くなよ」
26名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:31:08 ID:lnNl4mXGO
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27The last battle ―喜劇に興じよう― 9:2007/12/18(火) 22:33:19 ID:Vfa+4WDZO
決意だって? 違うね。こいつは大きな勘違いをしている。しかもそれに気付いてすらいない。
実に腹立たしい、そして愚かだ。
こんな馬鹿が最後の相手だなんて、今日の僕はとことんまでついてないみたいだ。
「何とでも言え。お前がどう思っていようが、お前が何処の誰だろうがッ! 俺はお前を斬り伏せて行く! ……それだけだ」
ヴェイグは左手を顔の前まで上げ、地面と水平に振りながらミトスを睨み付ける。
「それは虚栄か? 驕りが過ぎるぞ、劣悪種」
ミトスの声は震えていた。
今直ぐ殺してしまいたい。が、そう簡単に殺せる相手じゃない。
人となりや性格は兎も角、曲り形にもここまで生存した人間。僕も万全の状態じゃない。
決して評価を怠ってはいけない。
ミトスは喉から溢れる殺意を抑える様に拳を握り締めた。
「驕っているのはあんただろう? 過信と慢心は隙を生むぞ」
それはクラトスの口癖だ!
軽々しくお前が口にするなッ!
「もうお前と話していても時間の無駄だ……」
低く、震える声で唸る様に呟く。
スカーフが風に靡き、雪の結晶がその布に触れた。
それを合図にミトスが光に包まれる。
『ヴェイグッ!』
「分かっている!」
空間転移!
しまった、間合いを取る事を忘れていた……俺とした事がッ!
座標は―――?
「……実力で排除させて貰う」
―――真後ろッ!

刹那、高らかに金属音が鳴り響く。
「分かり易くていいな……あんたと俺、どっちが強いか、試してみるか?」
衝撃波により二人を中心にして地面に積もった雪が舞う。
見事なまでのパウダースノウ。御互いが地熱で結合する事も無く、結晶の状態のまま空中を舞う。
これで太陽の光さえあれば正に擬似ダイヤモンドダスト。
しかしそれだけに戦闘では目障り。
溶ける事が無いのは煩わしい、とミトスは思った。
「“試させて”やろうか?」
やはり、空間転移での奇襲も二度は利かないか。
魔力を込めたアトワイトはディムロスの剣の腹に綺麗に収まっていた。
ミトスは喋った後に軽く眉を顰めた。
「その驕慢な態度をどうにかしたらどうだ―――絶・霧氷装」
対するヴェイグは確かにソーディアン同士が接している事を確認すると、にやりと笑った。
「右腕を貰う」
「……ッ? これは!?」
瞬間的にソーディアン・アトワイトと自らの右手が凍り付いてゆく様を翡翠色の瞳が認める。
しかし極限のピンチが逆にミトスに冷静さを与えた。
28名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:34:29 ID:KJSME/23O
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29The last battle ―喜劇に興じよう― 10:2007/12/18(火) 22:35:16 ID:Vfa+4WDZO
不思議な昂揚感。全身のありとあらゆる神経と感覚が研ぎ澄まされる感覚。
ああ、これだ。久方振りに感じる戦闘への血沸き。
全てがスローに感じる。一歩間違えば死、極限の世界。
動き方、いなし方。体が覚えている。
そうか、僕も生粋の戦士なんだな。
ミトスの眼光が鋭く光る。
皮膚はもう完全に凍ってしまっている。仕方無い。最善策へ移る。被害が最小限のうちに。
このまま右腕をくれてやる位ならば獲物程度は。
「……壊れた短剣くらい、くれてやるさ」
ミトスは剣を魔力でコーティングした左拳で払い、無理矢理右拳を引き剥がす。
皮膚と僅かばかりの肉が剣に盗まれるが、今はそれを気にしている場合では無い事をミトスは理解している。
そして拳の違和感を無視し同時に腰を捻り回し蹴りを繰り出す。
対するヴェイグは咄嗟に腹筋を固める。蹴りが早い、ガードは不可能、との判断からだ。
「ッぐ……!」
本来ならば確実に口から血と胃液を吐き出す蹴りをヴェイグは受ける。腹筋を固めていても矢張りダメージは小さくは無い。
その口から唾液を吐きながら吹き飛ぶヴェイグは激痛に襲われていた。
只の華奢な少年の回し蹴りの次元を超えている、と素直に思う。
「……濁流に呑まれろ」
と、痛みに目を細めるヴェイグの耳に微かに入る声。
脳内で鳴る警告音。痛みを忘れ目を開いた。―――しまった、詠唱か!?
数メートル足を引き摺られながらもミトスを睨む。
大量の雪がヴェイグの足により左右に大波を作る中、地面の露出により生じた一本道の先に天使は居た。
青い光に包まれ、その腕には確かに反応する紋章。
矢張り詠唱だ、早く回避をしなければッ……!
「―――スプレッド!」
紡がれた魔法により地より出立し水流は、青年に避ける隙すら与えず牙を剥いた。


30名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:36:04 ID:HYACR7udO
31名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:36:26 ID:KJSME/23O
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32The last battle ―喜劇に興じよう― 11:2007/12/18(火) 22:38:14 ID:Vfa+4WDZO
ミトスは溜め息を吐く。
その白い息が大気に混ざり消えて行く様を見届けた後、体に積もった煩わしい粉雪を払いその白樺を思わせる大樹へ目線を移した。
何だよ、“これ”。
「この広場に大樹なんて無かった筈だけどね?」
呆れた顔でそう呟き向こう側が望める大樹へ嘲笑を浴びせる。
よく見ると自分の顔がその大樹へ映っていた。自分のやつれきった顔を見ると、流石にもう笑えない。
シャーリィめ、僕の顔によくもこんな傷を、と思った時。大樹の頂上から水晶を彷彿とさせるカケラが降って来た。誰かが故意に落としたのだろう。
ミトスはそのカケラを目障りだと言わんばかりに踏み砕く。
飛び散る結晶は見た目の綺麗さに似つかわしくない鈍い音を立てて沈黙した。
「……随分派手で場違いなオブジェじゃないか。悪趣味だね」
独り言にしては大きめの声で呟き、氷の大樹の頂上に立つそいつを見上げた。
目線が合い、何秒か御互いに睨み合う。
「……あんたの翼程じゃないさ」
その沈黙を破るは大樹の頂上に立つヴェイグ=リュングベル。
ディムロスに凍り付く土産をサックに入れながら、溜息を吐く。
ミトスはそれを見届けると肩を揺らして笑った。
「なかなか笑える冗談だね」
「冗談は昔から苦手だ」
ミトスは顔を引きつらせ、再び溜め息を吐く。
―――全く、喰えない奴だよこの劣悪種は。
「……あっそ。
 やれやれ成程ね。お前に水属性の魔法は利かない、か」
「そういう事だ」
スプレッドを発動した瞬間、この劣悪種ヴェイグ=リュングベルは剣を下に向けた。
最初は何の真似をと思ったが、理由は直ぐに分かった。何故なら現れた水流が片っ端から全て凍っていったからだ。
その結果がこの巨大過ぎる大樹。
氷の使い手だとはキール=ツァイベルから聞いていた。が、脅威にはならないだろうと対策を考えて居なかった。僕は馬鹿だ。
何とかなるかと思っていたが、なかなかどうして闘り辛い相手だな。
半端な炎系の魔法も効きそうに無い。
氷系の魔法も効かない可能性が高い。最悪、地属性の魔法も無効化されるか? 水分が土にあれば凍らされてしまうからね。
闇、無属性の魔法を僕は使えないから……。
となると雷、光、風か。僕が得意とする光属性の魔法が効くのは助かるけど……面白くない展開だね。手札がここまで制限されるとは。
……まぁいいか、別に。どうせ殺すんだし。
「でもさ、呑気にそんな場所に立ってていいのかい?」
33名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:38:25 ID:AI99aGChO

34The last battle ―喜劇に興じよう― 12:2007/12/18(火) 22:40:32 ID:Vfa+4WDZO
ミトスはミスティシンボルを左手で回す。極限にまで詠唱を短縮した術は唱えられようとしていた。
それに伴いマナが緑色の光と法陣を織り成す。
「知ってるか、ミトス?」
ヴェイグが上空で剣を構えながら口を開く。
ミトスはヴェイグを睨め付けマナを編みながら応答した。
「何をだ?」
「極寒の地ではな、しばしば雪が災害になる事があるんだ。
 俺の世界ではノルゼン地方のモクラド村周辺にその現象が起こる」
嫌に落ち着いた声だった。不快感を覚える程に。
怒気や覇気といった類を感じさせない、事務的な声。
この天候の様に、不鮮明な発声目的。
ミトスは怪訝そうな表情を浮かべた。
意味が分からない。
急に何を言い出すんだ、こいつ。寒さに当てられて頭でもおかしくなったのか?
僕の詠唱が見えていないのか?
「雪崩かい?
 知ってるけど、それがどうしたんだよ。ただの独り言ならチラシの裏にでも書いておくんだね」
「いや、雪崩じゃない」
俺は、シャオルーンと共に世界中を巡った。
様々な変わった生物や自然現象をこの目に収めてきた。
スールズに籠ったままでは決して体験出来ない事を沢山体験し、勉強した。
本で読んで知るより、自らの目で見た方が百倍勉強になると知った。
これはその旅の途中発見した自然現象。時に美しい白銀の粉雪が猛威を振るう。俺は自然の恐ろしさに震撼した。
黒豹のガジュマがそんな俺を見てその現象を解説してくれたんだったか。
解説の最後に彼はこう付け加えていた。
“物事には全て二面性がある。美しさの裏には必ず人を恐怖に震わせるグロテスクな部分があるんだ。これはその典型だな”
真逆、こんな所でその知識が役に立つとは。
「語ってるところ悪いけど、これ以上お前の独り言に付き合ってる暇は無いよ」
ミトスは大きく息を吸う。
術式は大方完成した。
奴が何を考えて独り言を言ってるかは分からないけど、そんなの関係無いね。
「上空の気流の影響で出来た巨大な雪玉が地上に落下する現象だ。それを、こう呼ぶ―――」
術の名を叫ばんと口を開けたミトスはここで漸く異変に気付く。
35名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:40:59 ID:AI99aGChO

36名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:41:20 ID:KJSME/23O
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37名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:42:54 ID:AI99aGChO

38The last battle ―喜劇に興じよう― 13:2007/12/18(火) 22:43:34 ID:Vfa+4WDZO
“暗い”。そう、有り得ない程急激な変化。これは時間の変化に拠るモノじゃない。暗雲が浮かんでいるんだ。
しかし何故だろうか。“暗い”という表現に微妙なニュアンスがある。
ミトスは地面へと視線を泳がしその理由を理解する。
暗いのは自分の周りだけ、円形の影が時間と比例して直径が大きくなり……真逆ッ!?
そもそも、暗雲が晴れない理由が分からなかった。何故雪があんなに都合良く止んだのか? 雪は止んだにも関わらず何故暗雲は消えなかったのか?
おかしいとは頭の片隅で思っていたのだ。
背中に嫌に冷たい汗が流れる。油断していた。完全な僕のミス。
少し考えれば分かる事だった。
奴のアレは只の独り言じゃなく……ッ!
不味い、とミトスは小さく呟く。そして未だかつてした試しが無い程までに凄まじい勢いで上を向いた。
「なッ……!?」
な、何だこれは!?
ミトスを襲ったのは正に開いた口が塞がらない、そんな状態であった。
“な”の発音の状態のまま口が固まる。
本人は発音したつもりは無いのだが、矢張り人間は予想外の展開に遭遇した場合“な”や“え”、“ちょ”としか言えないのだろう。そして、同時に無意識の内に言ってしまうのだろう。
詠唱は何時の間にか破棄され、瞳孔はこれでもかと開く。
瞬きをする行為すら脳は失念し、瞳孔を開く作業にだけ全エネルギーを捧げた。
突拍子も無い巨大な雪玉に驚きを表す事しか出来ない程、ミトスの脳内は混乱していた。
いや、しかしそれは当然。この馬鹿みたいな雪玉を見て混乱しない方がどうかしているだろう。
……何だよこれ。意味が分からない。雪の塊? 巨大過ぎる!
い、いや、違う。そ、そんな事より回避だ、回避をッ!
間に合わなッ……!
「―――スノーフォール、とな」
フォルスによって作られた人知を超えたサイズの巨大な雪玉は天使の顔に濃い影を落とす。
この広場で三つ目の最高に場違いなオブジェが、二つ目のオブジェを喰い殺そうと覆い被さる。
鼓膜が震える程凄まじい爆発音は終焉を告げる音となるか、はたまた第二ラウンド開始の音となるか。
大樹の上に立つ一人と一本はその音と様を冷静に見届けた。
オブジェが落下した衝撃により雪が舞い、更に足場に罅が入る。地響きも尋常では無い。
これが残り二人の状況で無ければ、この上無い自殺志願届に成り下がっていただろう。
圧死しただろうか、と右脳で考えるが、安直だ、と左脳が否定した。
39名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:43:49 ID:lnNl4mXGO
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40名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:44:14 ID:KJSME/23O
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41名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:44:49 ID:AI99aGChO

42名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:45:06 ID:KJSME/23O
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43名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:45:28 ID:Qc03Jn8XO
 
44The last battle ―喜劇に興じよう― 14:2007/12/18(火) 22:45:36 ID:Vfa+4WDZO
しかし直撃したのだから五体満足では居られまいという意見は両方の脳のディベートにより可決されたようだった。
相手はあのミトス=ユグドラシル。だがあの速度に加えてこの重さの雪玉を直に食らえばダメージを受けない筈が無い。
ヴェイグは目を閉じてこの周辺の雪の触れたものを確認する。
ミトスはどうやらあの雪玉に埋もれたようだった。
雪玉の中に確かに動体を感じたからだ。
『奴め、出て来ないな。……死んだか?』
数十秒経ち雪達の騒がしいオーケストラが止む頃にディムロスが呟いた。
「それは無いだろう。相手は腐ってもあのシャーリィに勝利した天使、ミトス=ユグドラシルだぞ?」
いや、勿論これで死んでくれれば助かるのだが、
「……やってくれるじゃないか……」
と、まぁ矢張り現実はそう甘くないようだ。
雪玉を形成するため止まっていた雪は再び降り始めていた。
「つくづく勘に触る残滓だ……小賢しい。いちいち気に食わない……ッ」
雪玉が瞬く間に水と化し、中から現れるは想像通り。
話し掛けても返事をしないただの屍……では無く、喋る天使であった。
どうやら、終焉と第二ラウンドの話は後者で間違いは無いようである。
「ミトス、久しぶりだな。雪遊びは楽しかったか?
 ……“弱卒が大口を叩くなよ”だったか? その言葉、もう一度言ってみろ」
明らかにおかしな方向に曲がった両手の各指を見てヴェイグは鼻で笑う。
恐らく魔力を手に収束させ溶かしたのであろう。
あの刹那に魔力を収束させるとは驚嘆に値するが、しかしあの速度と重量には勝てなかったようであった。
「楽しかったさ、けど少し物足りなかったよ」
俯くミトスの周りを七色のマナの焔が漂う。
その焔は瞬く間に地面に積もる雪を蒸発させた。
次第に焔は球体へと姿を変えてゆく。薄い七色のそれは密度を増し、濃い純白となる。
数にして優に十二。その全てが凄まじい威力を秘めている事は遠目に見ても明白であった。
そして天使は顔を上げヴェイグを睨み付ける。
純粋な憎悪、それだけがその宝石の様な瞳に浮かんでいた。
「お前の命さえ渡して貰えれば、最高に楽しめるんだけどね? ……この、劣悪種風情がッ、僕のッ! 邪魔をッ! ……するなあああぁぁぁぁぁッ!」
エターナルソード無しで空間を裂こうとするかの様な勢いでミトスは咆哮した。数々の修羅場を潜り抜けた者でなければ、耳にしただけで怖じ気付くであろう。
「くッ!?」
45名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:47:01 ID:SvsVDAi/0
46The last battle ―喜劇に興じよう― 15:2007/12/18(火) 22:47:19 ID:Vfa+4WDZO
そして同時に十二の弾は炸裂する。
三つは空中を滑降し地面へと派手なクレーターを残しながら消え、二つは氷の大樹を貫通し、一つはグリッドだった肉塊を焼き払い、二つは虚空へと消える。
残った四つはヴェイグへと標準を定めたようだった。
しかしこの距離。ヴェイグにとってそれを避けるには十分過ぎた。
四つの光弾を冷静に見切りヴェイグはミトスへ声を投げる。
「血迷ったか、ミトス! この距離で当たる訳が―――『違う、布石だヴェイグ! 避け「フォトンッ!」
―――光弾は視線を自分から逸らさせる為の布石ッ!?
「……何度でも言ってやるよ、劣悪種。“弱卒が大口を叩くなよ”」
後悔する隙すら与えず、灼熱の光はヴェイグの体を拘束する。圧迫により中途半端に飲み込まれた酸素が激痛の念を乗せて口から吐き出される。
苦痛に歪む叫び声。悲劇は、まだ幕を下ろしてはいないようだ。
じゅう、と皮膚が焼ける不快な音。
ヴェイグは堪らず膝を崩そうとするが光の拘束具はそれすら許さない。
吐き気がする程素敵に香ばしい匂い……もとい、臭いが鼻に入った。
しかしミトスの攻撃は止まない。
「まだだ。まだ終わりじゃないよ―――フレイムランス!」
束縛から開放されたヴェイグの右目が次に認めたのは、崩れ行く足場だった。
ミトスが発した焔の槍は見事に大樹を貫き、その半透明な幹を複雑に砕いていた。
「くそッ!」
ヴェイグは痛みに倒れる暇すら与えられず行動を強いられた。
『ヴェイグ、ミトスは私が見張る! お前は氷の破片を足場にして地上へ降り……ッ』
「そんな暇僕が与える訳無いでしょ?」
最早イニシアティブは完全に天使にあった。
空中に放り出されたヴェイグの後ろで甘く優しく、小さな声で囁くはミトス=ユグドラシル。
(空間転移……!)
「アハハ、大層な包帯だね。何処かで転んだ?」
くすくす、と笑いながらミトスは手にマナを込めた。
狙う先は左目。
ミトスは迷う事無くその右手を古傷に深く打ち込んだ。


激しい視界の歪み。
この世のものとは思えない激痛、不快感。目の内側を抉られる感覚。
ぐちゃ、という水分を含んだ柔らかい肉が潰される不快な音をヴェイグは内側から聞いた。
叫ぶ暇すら無かった。自分の体が地面に打付けられたのは、それを理解するのとほぼ同時だった。
「自分の氷の下敷きになって死ぬのは本望だろう?」
47The last battle ―喜劇に興じよう― 16:2007/12/18(火) 22:49:09 ID:Vfa+4WDZO
ミトスは小さなクレーターとそれに重なる様にして落ちる砕けた氷をゆっくりと降下しながら見下ろす。
「まあでも、やっぱりそう簡単にうまくはいかないよね」
土埃と粉雪で構成された粉塵が晴れる。
土台、ミトスは下が柔らかい雪の地面である事を考慮するとこれだけで殺せるとは思って無かった。
そしてヴェイグ=リュングベルが雪を操作出来る点も考慮すると、この生存は必然だった。
「……しぶとい奴」
ヴェイグ=リュングベルはクレーターの中心に立っていた。氷の破片が綺麗に中心を避けている。
上空から一瞥すると、それは蓮華を彷彿とさせた。同時に大いなる実りをも。ミトスは拳を強く握る。
どうやら操作出来るのは雪だけでは無いようだった。
「少々、効いた……」
ヴェイグは血が溢れる左目があった場所と開いてしまった脇腹の傷を押さえながら呟く。
何が“少々”だ、と自分で言っておいて思う。
まだ動ける。が、体中が悲鳴を上げている。
地面が雪に覆われていて本当に良かった。
「さて、と」
ミトスは神々しい光に包まれながらその華奢な足を地面に下ろし―――否、空間転移。
「第二ラウンド、開始だね」
座標は数メートル離れた屋根の上。
ミトスは天使の羽を震わせ、両手を広げながら笑った。
どうやらこの世界で一番場違いなオブジェは、この羽で決定なようだ。
「イノセント―――」
それを合図に七色の羽と共に体を蝕む光が辺りへ放出されんと膨張する。
しかしロイドから技を聞いていたヴェイグは冷静に自らに迫らんとするその球体を見る。
……この技を待っていた。
「絶・瞬影迅」
その悲鳴を上げていた右足は、とうの昔に蓮華の中心を、小さなクレーターを離れていた。
「―――ゼロ!」
膨張した翠の球体は破裂し、速度を増しながら360゜全方位を蝕む。
しかしヴェイグはそれを恐れる事無くただ真っ直ぐに走る。
全てを蝕む筈の天使の羽と翠の輪が体を通過しようとする。しかしヴェイグの体は障壁があるかの様にそれらを弾く。
その青黒い服の下、胸元に光るは全ての状態変化、状態異常を回避する究極の紋章、イノセント・ゼロを凌ぐ切り札。
その名はクローナシンボル。
そしてヴェイグはミトスへと飛翔する。
「喰らえッ!」
俺には遠距離系の技は無い。
しかし至近距離では空間転移が出来るミトスにいなされる可能性が大!
イノセント・ゼロを発動した瞬間に現れる隙はコンマ一秒という刹那にも等しい、少な過ぎる時間!
48名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:49:31 ID:AI99aGChO

49名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:49:32 ID:SvsVDAi/0
50名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:50:36 ID:Qc03Jn8XO
 
51The last battle ―喜劇に興じよう― 17:2007/12/18(火) 22:51:50 ID:Vfa+4WDZO
従って接近する前に攻撃を仕掛けるしか無い!
ならばこの技でどうだッ!
「ッ!?」
(何故イノセント・ゼロが効かない? いやそれよりもこの技を分析しろ!
 魔力が剣の切っ先に集中? 構えの時点で? つまり攻撃までが早いという事か!? この距離はロングレンジ? いや、クロス? 飛び込みからの突き……鳳凰天駆系の技?
 いや違う、間合いが離れ過ぎている。空中での加速は出来ない。つまりこの技は放出系! ならば魔法防御が定石ッ!)
そこまでの思考で半秒遅れてミトスは防御の体制を取ろうとする。
が、しかし攻撃を仕掛けたヴェイグの速さには間に合わない。
いや、間に合わなくなってしまった。
見た瞬間に余計な思考、分析をしなければ、ガードが出来たかもしれない。
皮肉にも四千年の経験と知識が適切な判断を下したが故に反応を半秒遅らせる。
「霧氷翔ッ!」

氷の具現化が早く鋭いッ!
どうする? もうマナで防御する暇は無いし転移も間に合わない。
しかし拳でガードするとなると……くそ、やはり剣と拳では剣が優る、か。エターナルソードを取り出している暇も無いッ!
だが何もしないよりは……!
「ちッ!」
咄嗟に左手甲にマナを収束させ受ける。
血飛沫がミトスの手甲から上がった。
しかしミトスは動揺しない。接近戦は悔しいが不利、そう判断したのだ。
血飛沫が白い絨毯に染み込む前に、冷静に空間転移をし屋根の上から地面に降り距離を取る。
「……お前、どうやって僕のイノセント・ゼロを防いだ……? あの魔法をその身に受けて無事で居られる訳が無い」
トントン、と爪先を地面に叩きながら問われたヴェイグは剣を構えた。
頭から滴ったのだろう、渇いた血の道筋がその顔に黒い縦筋を刻んでいた。
「さあ、どうだろうな?」
落ち着け僕。大方、アミュレットかクローナシンボル辺りを装備しているのだろう。それかリキュールボトル辺りが妥当か。
畜生。ロイドが話しているとは分かっていたのに、それを失念していた! いつもの冷静な僕なら想定の範囲内だった筈だ…ッ!
52名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:52:23 ID:AI99aGChO

53名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:52:57 ID:Qc03Jn8XO
 
54名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:53:06 ID:KJSME/23O
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55The last battle ―喜劇に興じよう― 18:2007/12/18(火) 22:53:32 ID:Vfa+4WDZO
糞が、どっちにしろ、僕のイノセント・ゼロが無駄になったという事か。
あの技は見てくれより精神力を大幅に使う。万全の状態でも二回が限度だ。
それを無効化されたのはかなり痛い……!
ええい、もう何でも構わない! こいつを殺せばそれで終わる! 精神力なんか知った事か!
ミトスは歯を軋ませると紋章を回し、詠唱を開始した。
「教えるつもりは無いみたいだね。なら……無理矢理にでも吐かせてやるよ―――ファイヤボール!」
……このままの姿ではとてもじゃないがエターナルソードは振り回せない。
しかしエターナルソードを扱う為に成長を促進してユグドラシル形態になれば確実にこいつを倒せるかすら分からない……!
この上無い程不快だがこの劣悪種の腕はかなり上だ。
最初に剣と剣を交えて分かったが、あの馬鹿力……恐らくフィートシンボルかイクストリーム辺りを付けてるんだろう。
接近戦で確実に五体満足で仕留められる相手かと問われたら、答えは否。
本調子の僕であっても無傷で確実に仕留められる相手かは分からない……。
……やはり距離を取りつつ魔法での攻撃がベスト。ユグドラシル形態では不安がある。
それに、先程のような事が無い限りはまだ空間転移で何とかなる。いざとなれば接近戦も可能と言えば可能だ。
大剣を振り回す様なこいつとは、御免被りたいけど……っと。考え事が過ぎたか。
「空襲剣!」
そこには雪を左右に掻き分ける様にして加速しながら剣を構えるヴェイグの姿。
……この加速だ。どんな手品を使ったかは分からないけど通常では考えられない程のスピード。厄介だな。
先程より速度が倍はある。空間転移は無理だな。
踏み込みからの抜刀、この加速、この構え。突き系の直接攻撃か。
凄まじいポテンシャルだ。着眼点は良い。確かに僕の防御力じゃあこの攻撃はガード仕切れない。
けれど……。
「近付くなッ!」
ヴェイグは目を細めた。
幾重にも重なった魔力による絶対の衝撃波……鋭いな。確か、リジェクションという技だったか。
ヴェイグは舌打ちをした。殺傷力重視の直接攻撃もこうも簡単に往なされては意味が無い。
くそ、もう遊んでる余裕は無いんだ。肉体的にも、精神的にも!
しかも先刻からいくら待っても“アレ”を使って来ない。となればこのままダメージ覚悟で行くしかッ!
「うおおおああああッ!」
マナの衝撃波が体に新しい裂傷を次々と刻む。
56名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:54:03 ID:AI99aGChO

57名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:54:05 ID:lnNl4mXGO
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58名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:55:17 ID:Qc03Jn8XO
 
59The last battle ―喜劇に興じよう― 19:2007/12/18(火) 22:55:41 ID:Vfa+4WDZO
真紅の血は周りに弾け飛ぶ。その血すらもがマナにより細かく刻まれた。
三つ編みにされた後ろ髪は完全に梳け、長い間巻かれていた為に中途半端に癖が付いたウェーブヘアーが露になる。
剣を握る手の力が弱り、膝が今にも崩れそうになる。古傷は殆ど開いていた。
しかしヴェイグは止まらない、怯まない。
―――奴はこれ以上俺が突っ込まないと油断している。やるならば今しか無い! ここから一気に決める!
くそ、傷が痛む。腕が震える。駄目だ。耐えろ、耐えろ、耐えろッ……!
倒れるな、保ってくれ!
さあ剣を握れ、ヴェイグ=リュングベル! この一撃に、全てを掛けて奴を撃てッ!
勝利の確率は最早二分の一、50%!
もう先は見えている障害物競争、あとはこいつを超えるだけ!
その剣に乗る感情のは憎悪でも無く怒りでも無い。
それは――。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
……冗談、だろ?
ミトスは目の前で叫ぶその命知らずの怪物に驚愕した。
何という不覚、何という執念!
いや、僕は悪くはない。だって普通、あのマナの壁に防御もせず突っ込むか? 答えは否だ。
剃刀の刃の湖に裸で突っ込むようなものだぞ? 馬鹿かこいつは?
普通じゃないよ、お前。イカれてる。
何故倒れない、何故怯まない! 死が怖くないのか劣悪種!?
……だが何故だ、こいつは僕に何処と無く似ている。
その目。そうか、死を覚悟したか。
狂ってなんかいないのか、それがお前の正気。
成程、ならば僕も覚悟を決めよう。(否、そうせざるを得ない)受けてやるよ劣悪種―――いや、ヴェイグ。(戦士として認めてやろう)



剣が肉を断つ音と、夥しい量の鮮血が地面に飛び散る音の不協和音が世界を包む。
純白の布は見事なまでの斑模様の悪趣味なタペストリーとなった。
……冗談、だろ?
ヴェイグ=リュングベルもまた、同じような感想を抱きその命知らずの怪物に驚愕した。
確かに、自分の剣はミトスの肉を貫き鮮血の飛沫を上げさせた。
しかも現在進行形で、貫通までしている。
相当なダメージの筈。
だがしかし、これは。
「っくくく………あはは……アハハハハハ……!」
炎の大剣は深々とミトスの左手首から手の平に刺さっていた―――
「勝つのは、僕、なんだよ……!」
―――且つ、握られていた。
脂汗をその顔に浮かばせながらミトスは嗤う。
口元は歪んでいるが眉間に皺が寄っているその様は異様であり、ヴェイグは絶句する。
60名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:56:16 ID:SvsVDAi/0
61名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:57:35 ID:KJSME/23O
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62名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:57:42 ID:HYACR7udO
63The last battle ―喜劇に興じよう― 20:2007/12/18(火) 22:57:44 ID:Vfa+4WDZO
その天使の翡翠を思わす目には狂気ならぬ“狂喜”が浮かんでいた。
ヴェイグはディムロスを引き抜こうとするが、ミトスは意地でも離さないつもりである事を悟り諦める。矛盾している話だが、きっと左手が千切れようとも離さないだろう。
普通、こんな真似するか? 何故だ、馬鹿か?
脂汗が顎から滴ってるじゃないか。何故離さない、何故引かない、何故恐れない何故立っていられる何故笑っていられる?
狂ってる―――否。この天使は狂ってなどいない、正気だ。寒気がする程に。
この非常識な行為に迷い一つ感じられない。
この、この目は、この天使は最初から……。
「これで、お前は逃げられない」
……そうか、こいつも俺と同じで……。
ゆっくりと、ミトスの右手ヴェイグの胸に置かれた。
ヴェイグはそれを目で辿る事しか出来なかった。
呆気に取られたからという理由もあるがそれが全てでは無い。
避けてはいけない、そんな使命感に駆られたからだ。
その究極に無駄で下らない使命感故に数秒後猛烈に後悔する羽目になるが、この時のヴェイグはその様な事を知る由も無く。
刹那、凄まじい光と共に零距離で三発の光が胸に被弾する。
しかしヴェイグは剣を離さない。倒れもしない。血を口から吐きながらも、激痛に耐え嗤ってみせた。
倒れた方が負け、そんなルールがこの場に存在している様な錯覚に襲われた。
そして月並な事この上無い表現だが、その瞬間にヴェイグは思う。
“世界が凍った”と。
色という色が反転する世界の中で、風すらも、降っている雪すらも空中で止まる。
その中で自分がたった一つの正しい色彩を持つ動体に見え―――いや、もう一つそれはあった。目の前の天使だ。
天使が携えた羽はモノトーンの世界を皮肉しているようで可笑しく、ヴェイグは心の中で笑う。
この世界のルールに乗っ取ってここまで辿り着いた住民がこの世界を皮肉るなんて、烏滸がましいにも程がある。
天使はそんなヴェイグの気持ちを知ってか知らずか、口元を歪ませてそれに応えた。
目線が合う。両者は悟った。この勝負の終焉が近い事を。
そして世界は凍結から開放される。世界の色彩が戻る瞬間、青年が剣を全力で抜き、天使の横腹を切り裂こうとする。同時に天使が可及的最高速度での詠唱を終える。
両者の高らかな雄叫びが渇いた空に刺激を与え、極限まで煮詰められた彼等の魔力と闘気の炎は敷き詰められた趣味の悪いタペストリーを一緒にして焼き払う。
64名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 22:59:06 ID:SvsVDAi/0
65The last battle ―喜劇に興じよう― 21:2007/12/18(火) 22:59:44 ID:Vfa+4WDZO
拮抗し、行き場を失った二人の闘気と魔力は上空の暗雲をも割った。
「「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」
二人のその様は正に鬼神。
血塗れた体で尚体を動かすは体力では無く、精神力でも無い。憎悪でも無ければ怒りでも無い。
それは一本の信念という旗を守る為ッ!
「貰ったああぁぁぁぁぁッ!」
ディムロスがミトスの横腹を横に深く薙払う。
ミトスの血と肉と臓物が空中に吹き飛んだ。
しかしミトスは怯まない!
最早体力などという無駄なメーターはこの死闘の勝敗を分ける尺度にもならないッ!
「紫雷の鎚よ―――ライトニング!」
光速の紫雷はヴェイグの脳天を襲い、たまらず膝を地に着かせるッ!
(好機ッ!)
ミトスはヴェイグを吹き飛ばし家屋の屋根へと空間転移をする。ヴェイグが受け身を取り走るが、距離が遠過ぎた。
ミトスは折れそうになる膝に鞭を打ち、横腹を押さえながらも紫のマナを練り詠唱を開始した。
屋根から垂れ下がる二本の氷柱が一本、地に落ち砕け散った。
まるで未来の敗者を嘲笑うかの様に。



激痛の代わりに襲うは不快感。この世のものとはとても思えない程の。横腹と左手は炎に燻られている様に熱を帯びているだろう。
ぼたぼたと血と何かの汁と肉片が屋根に積もる雪に滴るが、最早どうでもいい。
「天候満る所に我は在り」
別に、詠唱を破棄しなければいけない訳じゃない。
ただ混戦時や一対一、仲間に前衛が居ない状況では詠唱破棄が一番効果的だからだ。
威力はそれこそがた落ちだが、僕のマナならそれでも強力な魔法をブースト出来る事に相違無い。
ただこの状況。詠唱時間は十分にあるし、ミスティシンボルもある。
ならばこの全力の一撃で叩くッ!
危ない所だった。イノセント・ゼロとユニゾン・アタックのせいで秘奥義の類は使えなくなってしまった。
一歩間違えば今頃僕は。
そう思うとまだ苛々する……くそッ!
……でも、まだ上級魔法二発程度なら撃てる。
僕の持つ上級魔法でも威力が最高レベルのインディグネイションにマナを極限まで込めて決めてやるッ!
「黄泉の門開く所に汝在り」
発動から直撃までの時間が長いのが少々ネックだが、効果範囲は申し分無い。
満身創痍の奴に逃げる暇も術も無いし、発動すれば数千万ボルトの電圧が半秒遅れて脳天から襲う。
光速故に直撃は免れない。そしてそれはイコール死を意味する。
氷など電熱と電圧の前では気休め程度にすらならない!
66名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:00:02 ID:AI99aGChO

67名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:01:03 ID:KJSME/23O
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68The last battle ―喜劇に興じよう― 22:2007/12/18(火) 23:01:44 ID:Vfa+4WDZO
それにだ。水は電気を通すのは周知の事実。
従って奴には防ぐ方法も無いッ!
「……出立よ、神の雷ッ!」
握られたディムロスはここで漸くその術の正体に気付く。
クレメンテ老の得意とした光属性の最高威力レベルの強力な魔法、これは……ッ!
しまった、ヴェイグは?
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
全身に吹雪に打たれながら、ディムロスは焦燥に駆られた。
ヴェイグめ、気付いて居ないのか?
……そうか! ヴェイグの世界にはインディグネイションが無い!? 不味いッ!
『ヴェイグ、この術は不味いッ! インディグネイションだ!』
咄嗟に叫ぶが既に詠唱は最終段階。
しかも何故かヴェイグはこちらの叫びに耳を貸していなかった。
『聞こえないのかッ、ヴェイグッ!』
馬鹿な、何を考えているヴェイグ? 私の声に気付いて居ない筈が無いだろう!?
奴への魔力の収束が異様である事はお前にも分かっている筈だろう! このままだと死ぬぞッ!?
何故だ……ッ!
ディムロスがそう思った矢先だった。
「俺達の勝ちだ、ディムロス――」
……ディムロスは失念していた。
ミトスが使える技をロイドから聞いていた事を。それは勿論、ヴェイグもだという事を。
詰まり、ヴェイグにも分かっていた。
これはインディグネイションだ、と。そしてヴェイグは確信した――。
「――“条件は全て整った”」
ヴェイグが応答を待つディムロスでさえ聞き取りにくい程小さな声でそう呟く。詠唱に集中しているミトスには聞こえていないであろう。
ヴェイグの目はミトスを見据えたまま、表情は変えず。
しかしディムロスに勝利を確信させるに十分な何かが満ちた声だった。
そしてその瞬間、自らの刀身にフォルスが注ぎ込まれる感覚を確かに感じた。

「塵と化せ―――――インディグネイション!」

((勝った……!))
ミトスは、いや、ヴェイグもそう確信する。
ミトスはゆっくりと息を吐いた。歓喜は白い水蒸気となり空中へと消える。その口には見事な三日月が浮かんでいた。
最早この術を避ける術は無い。それが意味するは相手の必死というプロセスを経由しての確固たる勝利。
69名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:03:02 ID:SvsVDAi/0
70名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:03:21 ID:Qc03Jn8XO
 
71The last battle ―喜劇に興じよう― 23:2007/12/18(火) 23:03:37 ID:Vfa+4WDZO
術名を唱えた瞬間に雷の的となる法陣が地面に描かれ、上空数メートルに凝縮された蒼白色の高電圧の球が出現。
円錐状に薄いマナで構成された雷の誘導粒子が舞う。
数コンマ遅れて弾けるはミトスのマナにより極限まで凝縮された超高電圧の雷ッ!
その速度は電速をも超える超光速ッ!
その降雪中にて現れる青天ならぬ紫天の霹靂は、正に神が与えたに相応しい景色ッ!
激しく猛る蒼白色の雷は雷鳴と共にヴェイグの全身を喰らい尽くす、いや、それではまだ甘い! 貪り尽くすッ!



……そう、“本来ならば”その筈であった。
つまり、現実は。
「何!?」
ミトスはその目を疑った。
腐っても天使の目だ、見たモノを疑うなどという行為が如何に馬鹿らしいかはミトス自身心得て居るつもりである。
しかし落雷があった場所には黒く円形状に焦げた地面が在るだけで、黒焦げになり感電死したヴェイグの姿など何処にも無かったのである。
この景色を疑わずして、何としようものか。ミトスは狼狽した。
「な、何だよ……何処だッ!?」
後ろか? ミトスは振り返るがしかしヴェイグは居ない。
横? いや違う居ない!
前? 論外だ!
ならば下かッ? いや、僕は雷が落ちる瞬間以外はずっと目を開いて前を見ていた。有り得ない!
ならば答えは一つ……ッ!
「上かッ!」
ミトスは深い紫色の空を仰ぐ。
予想通り、いや選択肢がそれしか無いのだ。
当然上空何メートルかの位置にヴェイグは居た。
「御名答だ、ミトス」
ヴェイグはミトスの叫びに呼応する。
この時既にミトスの冷静さはことごとく欠如していた。故にヴェイグの異変に気付かない。
「くそッ! いちいちいちいち……小賢しいんだよ、このッ……劣悪種風情がああッ!!」
何故だ、何故だ何故だッ!
この僕が、ディザイアンとクルシスを統べるこの僕が、失策?
僕は優良種であり天使なんだぞッ!?
あんな劣悪種一匹如きにしてやられたって言うのかッ!?
認めないぞッ、僕は認めない……!
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
くそ、駄目だ落ち着け僕。考えるんだ。
一体奴はどうやってあの術から抜け出した?
いや、違う。そんな事は後回しだ。くそ、落ち着けよ!
冷静になるんだ……クールになれ。まだだ、まだ勝てる。マナを込めた上級魔法一発くらいならまだ撃てるさ。中級なら三発程度ならばまだ余裕だ。
……いや、待てよ?
そうだ。何を焦る事があろうかミトス=ユグドラシル。
72名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:04:10 ID:AI99aGChO

73名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:04:32 ID:HYACR7udO
74名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:04:48 ID:KJSME/23O
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75名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:05:23 ID:lnNl4mXGO
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76The last battle ―喜劇に興じよう― 24:2007/12/18(火) 23:05:24 ID:Vfa+4WDZO
これはチャンスだ。奴は今空中だ、攻撃を避ける術を持って居ないッ!
つまりだ、奴は飛んで火に入る夏の虫、魔法で狙い放題という事!
「あは……あはははははッ!」
高らかな少年の笑い声と共に華麗に舞う雪の中急速に紡がれるは、風を意味する中級術。
ミトスが持ち合わせている術の中、空中の相手に一番効果的なそれである。
七色のマナはミトスの周囲に集まり、緑色の法陣を編み出す。
唱えられる術によりなます切りにされるヴェイグを想像しながら、ミトスは心の中で冷笑した。
ヴェイグはその様子を上空で冷静に見る。
マナの急速な収束に驚く事も無く、ただその纏まりを失った長髪を風に靡かせミトスを見つめる。
その顔にはまるでミトスを哀れむかのような表情さえ浮かんでいた。
それは普段のミトスであれば苛付くには十分な表情であった。が、彼にとって今の状況の中そんな事は人間牧場で飼育している劣悪種が一人死ぬ程些細な事。
逆に言えばミトスは自覚していないが、それ程までに彼は追い詰められていた。
「どうした? 諦めたのか?
 はは……やっぱり、僕の勝ちだったね。よく足掻いた方だとは思うよ」
詠唱完了。
マナを風属性に完全変換。
目標の座標へのマナ転移用意完了。
エラー:想定外の展開発生。目標が目を閉じて耳を塞いでいます。意味不明。どうしますか?
……構わん、支障に成る要素と根拠が無い。術式発動開始。
「四肢を切り裂け――――エアスラス、」

自覚が無い冷静さの欠如程、恐ろしいモノは無い。

自分では冷静に状況を分析しているつもりでも、実は幼稚園児でも分かるような見落としがそこにはあった。
簡単過ぎる間違い探し。
しかしミトス=ユグドラシルは愚かにもそれに気付く事無くエアスラストを唱えようとしていた。
“ヴェイグ=リュングベルは目を閉じて耳を両手で塞いだ”
ミトス=ユグドラシルは著しい冷静さの欠如故にその事実が意味する異常を理解していなかったのだ。
耳を両手で塞ぐには、両手が空いていなければならない。
即ち、ヴェイグ=リュングベルはこの時自らの得物を持っていなかった。
真の意味でミトス=ユグドラシルが冷静さを取り戻していたならば、この様な単純なミステイクは無かったであろうに。


刹那、空気そのものが張り裂ける様な猛烈な音と、目の前が凄まじい閃光により真っ白になった事だけを天使ミトスは感じる。
77名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:06:53 ID:wQM1ukCtO
支援
78The last battle ―喜劇に興じよう― 25:2007/12/18(火) 23:07:07 ID:Vfa+4WDZO
術は紡がれる事無く、収束された緑色のマナは拡散し雪と共に空を舞い、やがて地面に消えんとする。
そして数コンマ遅れて不思議な感覚を覚えるは自らの両足。
今まで味わった事の無い感覚。それもそうだ。何故なら一切の足の感覚か消滅したのだから。
何がどうなっている!?
ミトスは周章狼狽した。
「……ッ!?」
何だこれは。
太股のあたりが熱い?
何だよ、何が起きた?
何も見えないし何も聞こえないぞ?
凄まじい音がして目の前が真っ白になって……足が熱くなって。
何故エアスラストの詠唱が中断された? 多少の衝撃ならば鋼体がサポートしてくれる筈だろ? つまり尋常では無い衝撃? いつ? どうやって?
大体あの劣悪種は何もしていなかった。ただ剣も構えず阿呆みたいに空中に居ただけだ。
なら攻撃では無い筈だろ?
何だよ、じゃあ奴の他に誰かが居たのか?
そいつが僕に攻撃を? どうやって?
……馬鹿な事を考えるなよ、僕。もう生存者は僕とこいつしか―――――――いや、待て、よ。
そうか。居たじゃないか。空中に居る劣悪種の他に、“あいつ”が。
“あいつ”が僕をやったとしたら?
そうか、思い出したぞ。あの劣悪種、空中に居る時には既に“あいつ”を持って無かったな。
剣を構えてなかったんじゃない、剣を構えられなかったんだ。
何故なら奴の手には剣が―――“あいつ”が握られていなかったから。
しかしだとして一体どうやって僕に攻撃を?
“あいつ”が関与してる事は間違い無いんだ。でもこれは“あいつ”だけでどうこう出来るレベルを超えてる。
待てよ、ならば奴はこの攻撃に至るまでのプロセスを僕が見上げた時にはもう既に経由していたとでも言うのか?
有り得ないよ。笑わせてくれるね。
だとすればインディグネイションを目眩ましに利用してそのプロセスを踏んだと?
いや待て、ならば何故術を避けなかった? わざわざ死ぬかもしれないリスクを背負ってまでやる事か?
割に合わな過ぎる。失敗すれば死ぬんだぞ。納得いかない。
……!
そうか、そういう事か。分かったぞ劣悪種……やってくれたじゃないか。
避けなかったんじゃない。避けてはいけなかった、そうだろう?
何故なら僕のインディグネイションが経由すべきプロセスの一部、いや違うね、もっと重要なポジションだ。
そう、つまりそれがプロセスの“開始点”だったから。
僕がインディグネイションを使うのを待ってたんだな?
79名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:07:19 ID:KJSME/23O
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80名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:08:18 ID:wQM1ukCtO
81The last battle ―喜劇に興じよう― 26:2007/12/18(火) 23:08:40 ID:Vfa+4WDZO
全ては最初から用意されてたシナリオだったのか。
あはは、なんだよ。まるで道化だな。馬鹿みたいだ。詰まり僕は自分の縄で自分の首を絞めた事になるのかい?
……あはは、あははははははは……はは。
これは素敵な失策だね。お笑い種だよ。
あはははははははははははははははははははははっ。
見事だね、ヴェイグ=リュングベル。
でも僕は認めない。
いや、戦士としては認めるさ。でもね、劣悪種が優良種に優っているなんて、認めないよ。
僕はまだこうして生きてるじゃないか。
見せてやるよ、劣悪種。優良種の力をね。
……ん? なんだ、まだ右耳は聞こえるじゃないか。
あははは。どうやら運命は僕の味方らしいね。嬉しいよ。これならタイミングも計れる。
……ヴェイグ=リュングベル、お前は僕に勝ったと思ってるだろうけど僕に作戦で勝とうなんて四千年早いんだよ。
僕はまだ諦めない。
神様なんて居ないんだ、結局は自分を信じて、自分の力でなんとかしなきゃならない。
だから僕は何にも頼らないし、それ故諦めない。何にも頼らないとなると、諦めは即ち死に直結するからだ。
……はは。これじゃ大してお前と言ってると変わらないね。嫌になるよ。
アレは撤回してやる。いや、撤回せざるを得ないね。
……諦めない事で勝利は訪れ、理想は現実になる、か。
僕もそれを信じたかった。
人とエルフと、その狭間の者全てが手を取り合って暮らせる平等な世界が造れると信じたかった。
でも、もうそれは遅いんだ。姉様は死んでしまった。
零れた理想という水は、盆には返れないんだよ。
お前も恐らく、一度はそうなったんだろう? アハハ。いやいや、勘、だけどね。お前とは何処か似たものを感じるから。
ま、しかし、お前の言う諦めない事で奇跡を起こせるならば、僕もそうしよう。
“お前に殺されない事”
それを諦めない。
よしんばもう助からないとしてもだ、劣悪種如きにタダで僕の首はあげられないね。
僕はミトス……クルシスとディザイアンを統べる偉大なる天使、ミトス=ユグドラシルだッ!
それ相応のモノは貰うよ?
あはは、ははははははは。
……さよならだ、この世界。
僕は疲れた。
何にかって? 全てだよ。敢えて特に、と聞かれれば人と関わる事に、だね。
信頼してたのに裏切られるのはもうこりごりだよ。ねぇ? クラトス、ユアン?
もういい、消えろ。消えてしまえ。全て、終わってしまえ。
お前も、この世界も、全て。
82名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:09:36 ID:wQM1ukCtO
私怨
83名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:10:06 ID:Qc03Jn8XO
ミトス・・・
84The last battle ―喜劇に興じよう― 27:2007/12/18(火) 23:10:26 ID:Vfa+4WDZO
僕は時間を戻して姉様とデリス・カーラーンに帰るんだ。
……さあ、役者は二人揃った。
悲劇は今終わり、これから行なうは只の余興、幕間劇。
それが終われば僕が全力を掛けて書き上げた最後の喜劇を演じよう―――躍れ、そして興じろ。最高のシナリオをリボン付きでお前に贈ってやる。



空を舞った天使はその瞬間、鈍い音を上げて地面へと派手に鮮血を撒き、墜ちた。
しかしその様はグロテスクなものではなく、一種の芸術性すら感じられた事にヴェイグは息を飲む。
『哀れな男だ……ミトス=ユグドラシル。我々の頭を歯牙にもかけなかった結果がこれか』
受け身を取り着地したヴェイグを見届けるディムロスはそう呟く。
「ディムロス、無事だったか!」
『甘く見て貰っては困るな。お前ではあるまいし、あの程度の衝撃で壊れるようではソーディアンは務まらんよ』
ヴェイグはそれに頷き安堵の表情を浮かべると、ディムロスへと駆け寄りその刀身を地面から引き抜いた。
「それだけ悪態が吐ければ上等だ。どうやら壊れてないらしいな」
ヴェイグは表情を和らげた。
青年にとってソーディアンの強度だけが不安要素だったのだ。
『……よくやったぞ、ヴェイグ』
その声に対してヴェイグは、いやまだ安心するには早いさ、と呟きミトスの方へと視線を落とす。
ディムロスが述べた通り、哀れな姿。両耳から血を流し全身に傷を負い、両足を失ったその姿は神の遣いとされる天使からは程遠かった。
「正に千慮の一一矢と言う事だな。
 お前の敗因は二つだ、ミトス」
ヴェイグはそのままミトスへと歩み寄る。
「一つ、自分への過信と慢心。
 二つ、俺の頭脳を甘く見た事だ」
そして白い瞳――恐らく視力も失ったのだろう――で空を仰ぐミトスを凝視したまま最後に呟く。
「まあ、もう鼓膜が破れていて聞こえていないだろうがな」
ヴェイグがミトスのインディグネイションを利用した作戦は以下である。
先ず、ディムロスの炎と自らの氷を利用して作った水の盾で自らの頭上から目の前の地面をコーティングする。
85名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:10:36 ID:AI99aGChO

86名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:11:04 ID:KJSME/23O
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87名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:11:30 ID:wQM1ukCtO
支園
88名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:11:42 ID:ugzoFwVvO
支援
89The last battle ―喜劇に興じよう― 28:2007/12/18(火) 23:12:19 ID:Vfa+4WDZO
その瞬間、ヴェイグは後方に向かい風神剣で飛翔。水は電気を通す。これによりまず感電死を確実に防いだ。
更にこの際、強力な雷により発生する光がポイントとなる。
如何に優れた天使の目と言えども、こればかりには一瞬完全に視力を奪われざるを得ない。
それを目眩ましにヴェイグは次の一手を打ったのだ。
着地したヴェイグはすぐさま再びフォルスを込められるだけ込めた風神剣により高く飛翔。
放物線の頂点に達した瞬間にディムロスに炎を纏わせて地面へ投げる。
ミトスはこのコンマ一秒後にヴェイグに気付くが、その時既に決着は着いていたのだ。
水分子は電気分解により酸素原子と水素原子に分離する。
そこへ炎が介入すれば結果は言わずもがな。
水素原子に炎が引火し、酸素原子と化合し水を生じる。その際瞬間的に凄まじい爆発を起こす。
そう、この全てはヴェイグの計算であった。
インディグネイションがどの様な魔法でどの様な詠唱であるかはキールやロイドから聞いていた。それをミトスが使えるであろうと言う事も。
そして先程ミトスは詠唱を始めた。しかもインディグネイションのそれだ。
ラッキーとしか思えなかった。
そしてヴェイグはその瞬間に勝利を確信する事になる。
「ミトス=ユグドラシル……」
ヴェイグはそう呟き、その残酷な景色を見つめる。
辺りの瓦礫には数多の肉片がへばり付いていた。木っ端微塵に吹き飛んだ両足の残滓であろう事は簡単に予想はつく。
「……自己満足であんたを殺す事になってしまったが、悪く思わないでくれ」
そんな残酷な景色から背を向けると、俯いて静かに呟いた。
風がヴェイグの白銀の毛髪を荒々しく撫でて行く。
「すまない、とは言わない。それは敗者への最も酷な蔑みだからだ。
 ……安心して逝け」
ヴェイグは空を見上げた。
決意したとは言え、やはり葛藤が微塵も無いと言えば嘘になる。
もう人を殺める事に躊躇は無い。しかし殺人を正しいと割り切れる訳でも無い。
降りしきる雪を顔に浴びながら、ヴェイグはただ悲しい表情で空を見つめた。
後悔の気持ちでも無ければ躊躇や迷いの気持ちでも無い。
理解出来ない感情。自己嫌悪では無い。
が、何かしらの思いを自分が抱いているのは確かだった。
『止どめを……刺さないのか?』
ヴェイグは殺人に快楽を覚える人物では無い。ただの田舎育ちの一人の人間なのだ。
そんなヴェイグが数日のうちに背負うには、あまりに大きすぎる命の量なのかもしれない。
90名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:12:49 ID:AI99aGChO

91名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:13:15 ID:wQM1ukCtO
視円
92名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:14:03 ID:KJSME/23O
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93The last battle ―喜劇に興じよう― 29:2007/12/18(火) 23:14:04 ID:Vfa+4WDZO
ディムロスはそう思ったが、すぐに天を見上げる青年の傍らで問いを投げた。
投げられた青年は刺すさ、と呟き剣を強く握る。
「俺は、もう引き返す訳にはいかないんだ……そうだろう、ディムロス?」
ヴェイグはミトスの目の前までゆっくりと歩く。
一歩、また一歩。
「……さらばだ」
ヴェイグは立ち止まり、ゆっくりと剣を握り直した。
「待てよ……劣悪種……」
ヴェイグはその声に手を止め目を見開く。
何という少年。あの爆発を受け視力と両足、聴力を失いまだ声を上げるか。
「これだけの出血とダメージでまだ意識があるか」
「あははは……僕は無機生命体なんだぞ、当然だよ」
奴め、耳が聞こえているのか?
ディムロスは不審に思うが、そこまで気にする事でも無い、と割り切る。何故なら足と目を失った人間が待つものは最早死しか無いからだ。
「そう、だったな……じゃあ今度こそ、死ね」
ゆっくりと、しかし大きくディムロスを振りかぶる。
狙うは唯一の天使の弱点、脳。
「……お前さ、僕が何の策も打たないでこうなってるとでも思ってるの?」
その笑いが混じった声にヴェイグの手は再びぴたりと止まる。
「何、だと?」
ミトスの口元がゆっくりと歪んだ。
同時に上がるボーイソプラノの嗤い声。
ヴェイグは寒気を覚えた。決して雪や時刻による温度変化のせいでは無い。
原因はその不気味なまでの高い嗤い声である。
神を含め世界そのものを馬鹿にするようなそれは神の遣いであるべき天使が上げるにはあまりに罪深い。
『ミトス貴様……何をしたッ!』
「はは……そうだね。ちょっとヒントをあげようか、劣悪種共」
「何……?」
「水素爆発とはなかなかいいアイデアだったよ。でもね、あの閃光と音で五感を奪われたのは僕だけじゃない筈だ」
確かにそうだ、だがそれがどうしたと言うんだ?
俺はあの時目を閉じ、両耳は塞いだ。別に五感に異常は……。
……待てよ?
俺がその行動に出てから爆発に至るまでには微妙なタイムラグがある。少なくとも半秒は。
もしそれを読んでミトスが何かを仕掛けていたとすれば!?
「……まさかあの間に!? 一体何をした!」
喉元に切っ先が触れるのを感じるが、それは既に脅迫にすらならない事をミトスは知っていた。
だから。だからこそ勿体ぶる。勿体ぶって言う事は相手に心理的ダメージを与えるからだ。
疑心暗鬼を駆り立て、苛つかせる。それにより周りへの集中力を切らせる。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:14:46 ID:HYACR7udO
95名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:15:24 ID:wQM1ukCtO
私演
96The last battle ―喜劇に興じよう― 30:2007/12/18(火) 23:15:39 ID:Vfa+4WDZO
更にはその先に言う事実に真実味を帯びさせる。嘘ならば瀕死の状況で勿体ぶって言う必要性が無いからだ。
「さぁね? 僕は“何をした”と聞かれて“はい僕はこれをしました”って答えるような間抜けじゃないよ。お前と違って、ね?」
「貴様ああぁッ!」
ヴェイグが乱暴にミトスの胸倉を掴む。
その殺意に満ちた声を聞きミトスは再び嗤う。
「あははは……! 扱い易い劣悪種だね。
 その様子だとどうせここまで相当迷ってきたんだろう? 感情に任せたり、その感情故に迷ってきたんだろう?
 お前は“人間”過ぎるんだよ、劣悪種。矛盾に葛藤し、上辺だけの正義や決意で戦い、いざという時の選択が出来無いんだ」
―――どくん。
一瞬、意味も無く自分の鼓動が大きく聞こえた。
駄目だ。こいつにこれ以上言わせては、駄目だ。
ヴェイグは本能でそれを悟った。
「甘いね、実に甘過ぎる。愚かしいよ。
 お前は屍の上に立ってるんだ。この期に及んで“人間”を語るなんて烏滸がましいよ、殺人鬼。潔く“人間”なんて捨てるんだね」
「ち、違う! 俺は殺人鬼なんかじゃ、」
絶対に、絶対に肯定してはいけない。
顔の血の気が段々と引くのが手に取る様に分かった。鼓動の音は更に加速する。
気をしっかり持て、とどこかの剣が叫ぶが、ヴェイグの耳には入らなかった。
「違わないよ殺人鬼。
 ……ああそうだ、いい事を教えてやろうか、劣悪種。
 お前は言ったよね。“俺は決意した。選択したんだ、この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる。その為には、絶対に負けられない”ってさ」
止めろ……こいつが、言おうとしている事は……。
「……お前のそれは“決意”じゃないよ。“選択”でも無い。」
自分の中で何かが音を立てて崩壊して行くのをヴェイグは感じた。
ああなんだ。そうか、俺が俺で在る為にそうするしか無かったのか。何という怠慢、何という愚行。
……違う! 駄目だ、ペースに呑まれるな。動揺するな、ボロが出る。
しかしその気持ちとは裏腹に拳は小刻みに震えていた。口がカラカラに渇く。
飲み込む生唾が妙に生暖かく、吐き気を催させた。
行き場の無い強い怒りと、強い焦りが混ざりあって得も言われぬ色彩で脳内が埋め尽くされる。
否定すればする程、何かが崩れていく。何故なら目の前の天使が言う事への反駁が出来ないから。
何故反駁出来ないか? それはつまり……。
……認めるものか。認めたく無い。
だから、
97名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:15:55 ID:AI99aGChO

98名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:16:22 ID:lnNl4mXGO
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99名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:16:46 ID:HYACR7udO
100The last battle ―喜劇に興じよう― 31:2007/12/18(火) 23:17:06 ID:Vfa+4WDZO
それ以上は言わないでくれ。
頼むから、やめてくれ。
「だ……黙れ黙れ黙れ!」
自分の中で崩れるモノを無視しようと叫んだその声は少しばかり上擦っていた。しかしミトスはヴェイグの声などお構いなしに尚も続ける。
「……ただの、諦めなんだよ。自覚してるかい? してないだろうね。
 選択じゃなく、それしかないから諦めてるだけだ。合理化にも程があるんじゃない?
 “ミクトランを殺す”? “全てを終わらせる”? ……反吐が出る。お前は自己満足と責任転換を繰り返してるだけなんだよ」
「う、ぁ」
―――反駁出来ないのはそれが図星だから。
俺は……俺はある筈の無い自分だけのイデアが無ければ俺で居られない。そんなモノは存在しないと言うのに。
分かっているんだ。正解なんて存在しない。憶測でそれを提示しても、どれも正解の様で、しかし決定的では無い。
何だ、そうか。そうだったのか。
今まで気付かなかった事を微塵も躊躇せず宣告するミトスを、ヴェイグはただ静観する。
“これ”を頭の中では肯定し掛かっている。しかし、もう後戻りは出来ない事も事実。
「俺は、ただ、この狂った世界を壊したいんだ、間違ってるから、だからッ」
声が震える。鼓動が早い。
何て愚かなんだ、俺は。
見透かされているんだ、何もかもが。
何と薄っぺらい言葉。
何と脆い覚悟。
何と浅はかな考え。
ヴェイグは拳を握り締める。怒りと悲しみが入り交じった色彩の捌口は、この拳しか無い事に絶望した。
ミトスを殴ってそれで解決? 馬鹿馬鹿しい。
「お前みたいな半端な勘違い野郎を見てるとね、虫酸が走るんだよッ!!」
禊(みそぎ)―――。
俺は罪を背負う事を望んだ。自らカイルから、ルーティから、ジェイから……。
全ての死を、罪を背負う事を。
俺が生贄になる事で彼等が救われれば、と思った。
自分が穢れた存在になる事で、彼等に赦して貰いたくなかった。
だからカイルにも言った。俺を、赦すなと。
けれども、俺の罪はどうなる?
生贄そのものの罪は?
罪を背負った物が禊の対象として成立するのか?
すると彼等は救われないのか?
俺のとっての禊とは、何だ?
“死”そのもの?
それで本当に俺は救われるのか?
ならば俺の目指す“全てを終わらせる事”とは何なんだ?
「くそッ!!」
『落ち着かんかヴェイグッ! 挑発だ!』
ヴェイグはミトスの胸倉を服が破れんばかりに握り締め、その整った顔を今にも殴らんと拳を握る。
101名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:17:17 ID:KJSME/23O
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102名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:17:52 ID:wQM1ukCtO
死炎
103名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:18:33 ID:HYACR7udO
104名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:18:41 ID:KJSME/23O
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105名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:18:52 ID:AI99aGChO

106名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:19:02 ID:HYACR7udO

107The last battle ―喜劇に興じよう― 32:2007/12/18(火) 23:19:06 ID:Vfa+4WDZO
脳内では理性と本能が討論を繰り広げていた。
こいつを殴り殺して否定してしまえ。そうすれば楽になれる。
死に損ないの屁理屈に耳を貸す必要は無い。
……しかしそうすれば同類じゃないのか。
クレスやこいつと俺は何も変わらない。俺は、違う。違うんだ。
……違わない。
親友を手に掛けた時点でそれを分かっていた筈じゃないのか?
汚れた手にもう一つ汚れを加えるだけ、それに何のためらいがあろうか。
しかし俺は……。
……俺は“ヴェイグ=リュングベル”という皮を被ったただの殺人鬼に過ぎないんじゃないのか。
本当に?“違わない”
俺は殺人鬼?“違う”
偽善者?“違わない”
卑怯?“違う”
逃げたいだけ?“違わない”
何の為に自殺する?“違う”
合理化?“違わない”
責任転換?“違う”
何で生きたいんだ?“違わない”
死にたくない?“違う”
生きる意味は何だ?“違わない”
罪滅ぼし?“違う”
虚栄?“違わない”
禊?“違う”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”
“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”“違う”“違わない”



   “俺は、何がしたいんだ?”



「あっははははは……そら、どうした? 僕を殺したいんだろう? とっとと殺れよ、この殺人鬼ッ!」
『聞くなヴェイグ! 冷静になるんだ!』
わなわなと震えながら歯軋りをするヴェイグにディムロスは叫ぶ。
分かっている。これは挑発だ。
だが今の俺は挑発を受け流せる程冷静じゃない……。
「それとも死に損ないすら手に掛けられない甘ちゃんなのかなぁ? ヴェイグ君は」
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
108名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:20:06 ID:KJSME/23O
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109名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:20:19 ID:wQM1ukCtO
子縁
110The last battle ―喜劇に興じよう― 33:2007/12/18(火) 23:20:41 ID:Vfa+4WDZO
形容し難い鈍い音が響きミトスの顔面にヴェイグの拳が沈む。鼻の骨が折れたであろう事実は想像に難くない。
ディムロスはその様子を見て息を呑んだ。このままではヴェイグは正気を失い兼ねない……危険だ。
ミトスを殴り殺すのは構わない。
だがこのままの精神の高ぶりを維持したままミクトランと対峙すれば待つものは間違無く、死だ。
『ヴェイグ! 冷静にならんか!
 我々の戦いはこれで終わりではないのだぞ!』
荒々しく呼吸をしているが、ヴェイグはその声により少しだけ冷静さを取り戻した様だった。
目には明らかな殺意と憎悪が浮かんでいたが、下唇を噛み感情に堪えているのが良く分かる。
「くそ……ッ!」
ヴェイグはその拳を地面に思い切り叩き付けた。
……分かっている。今は、こんな事をしている場合では無い。
ディムロスの言う通りだ。これではミクトランを倒す等夢幻的過ぎる。
ヴェイグは熱くなった体を冷やす様にありったけの空気を肺に送り込む。
肺活量にそれ程自信は無い。故に熱を冷ますに充分な量の冷えた空気が肺に詰まったかは分からないが、頭の血を下ろすには充分だった。
「くくく……結局お前も“こっち側”か。
 ああ、そうだ。僕が何を仕掛けたか教えてやるよ。
 幕間劇は―――時間稼ぎはもう終わった。……後ろを見てみろ」
ミトスは口を歪め、低く呟く。
ヴェイグは目を円くした。
よく、状況の理解が出来ない。
後ろ?
幕間劇?
時間稼ぎ?
もう終わった?
何の事だ?
「な……に?」
気の抜けたマスターの声を聞きながらディムロスはしまった、と呟いた。
ディムロスはミトスが自らのマスターを挑発する理由を探っていた。自分だけは冷静に居ようと思っていた。
しかし策に嵌まってしまった……!
ヴェイグを挑発し、いちいち勿体ぶって言ったのは……!
『ヴェイグ、呑気に胸倉を掴んでいる場合では無い! 後ろだッ!』
全て何かの為の時間稼ぎだったのかッ!
「くッ!」
後ろを振り向くヴェイグを見て、ミトスは声を立てず表情だけで笑った。
計画通り。
「何だ……!?」
振り向いたヴェイグの髪が荒々しく靡いた。
本人はその髪を邪魔だと言わんばかりに掻き上げ、耳に掛ける。そして景色に怪しいものを探した。
瞳が忙しく動く。
家、瓦礫、雪。
空、雲、焦げ跡。
血、肉片、氷の破片。
おかしい。何も無いぞ……?
いや、よく探せ。何も無い筈が無いッ!
しかし、怪しい様なものは一つも無いぞッ!?
111名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:21:35 ID:HYACR7udO

112The last battle ―喜劇に興じよう― 34:2007/12/18(火) 23:22:01 ID:Vfa+4WDZO
……待てよ、何故俺はそう決め付けている?
冷静になってよく考えてみろ。
もし……もしも、本当に何も無いとしたら?
これが嘘だとしたら?
いや、しかし嘘を吐く利点はあるのか? ミトスは両足と視力を失っている。逃走の手段は無い筈。術を使うにしても俺の位置が正確に分からなければ意味は無い。
待てよ。この感覚……最近、何処かで? デジャヴか?
いや違う。確かあれは、洞窟の中でプリムラと―――
『……真逆、これは!』
先ず三秒程でディムロスがその事実に気付く。
「リオンの時と同じッ!」
更に二秒差でヴェイグもそれに気付く。
しかし更にミトスへ振り替える動作に一と半秒。
六秒半もあればミスティシンボルを持つミトスには釣が来る程十分だった。
『「ミトス、貴様ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」』
そう、ミトスの真の時間稼ぎは……!
「あははははははははははははははははは! ……もう遅いよ」
ヴェイグが怒りを乗せた声を張り上げる中、紋章にて極限まで短縮された詠唱は遂に完成する。
かつてこのバトル・ロワイヤルでテセアラの神子、ゼロス=ワイルダーがそうした様に。
ミトスの残り殆どのマナを吸い取り、地を這う汚れた魂に、裁きの光を雨と降らす、天使のみが扱う事を許された術は……ッ!
「黄泉路へ辿れ―――ジャッジメントッ!」
その術は落ちる場所がランダムである代わりに全術中最高の攻撃範囲と手数を誇り、一撃の威力は強力。
視力を失ったミトスにとってランダムというリスクは逆に大きな利点となった。
そして攻撃範囲の広さも評価すべき点。
更に一度対象に襲いかかれば光の速度故に防御不能!
「……ッ!」
“これ”は、ヤバい。
ヴェイグは地を震撼させる光の初撃を一目見ただけで本能的にそれを察した。
光は巨大な氷の破片をアイスのように溶かし、地に深い落とし穴を掘った。
これなら大した労力も使わずに落とし穴を作れるな、なんて冗談を言っている場合じゃない。
頭に喰らえば死。胸部に喰らっても死。腹部も。
足や手に喰らえば確実にそこから先をもぎ取られる。それこそ赤子の手を捻るように容易く。
逃げる? 無茶だ。攻撃範囲が洒落になっていない。
避ける? あの光速の鎚を?
受ける? 俺の氷であんな馬鹿みたいな威力の攻撃を?
答えは出ている。無理、だ。こんな出鱈目な術、知らない。
対処は不可能。なるほど、どうしようも無い。
113名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:21:57 ID:wQM1ukCtO
歯塩
114名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:22:37 ID:lnNl4mXGO
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115The last battle ―喜劇に興じよう― 35:2007/12/18(火) 23:23:30 ID:Vfa+4WDZO
ヴェイグは引きつった笑みを浮かべた。こんな状況、笑うより他は無い。
……ディムロスもまた、困惑していた。
ベルクラントより威力は劣る。が、とても一個人に向ける術じゃあない。
ソーディアンに痛覚は無いのは周知の事実だろう。だがそれには例外がある。
エネルギー放射だ。ソーディアンを第二段階に強化する時に、久し振りに味わった痛覚。今、ディムロスはその感覚を思い出していた。
あの柱に詰まった魔力のエネルギー。尋常では無い。
火事場の馬鹿力とはこの事か。
刀身に喰らえば、確実に自分が激痛により破壊される自信がある。
勿論、精神と物理、両方の意味でだ。
ディムロスはコアクリスタルの中から空を見上げた。
地に着陸した光の魔力が拡散し、天に舞い上がり七色の雪として降っていた。
……ああ、これはもうどうしようも無い。
と、コアクリスタルに魔力の雪が弾けた瞬間だった。
突然、今まで薄暗かった空一面が乳白色になる。
ディムロスにその正体は理解出来兼ねたが、ヴェイグは理解した。
ただ、その理解の仕方は最悪だった。理解しようとして理解したのではなく、その体を介して理解させられたのだから。
ヴェイグは目を大きく開き、盛大な悲鳴を血と唾液をオマケに添えて上げた。
極限まで煮詰められた灼熱の柱はヴェイグの左肩から先全てをを貫き、服を、皮膚を、肉を、神経を、骨を、血をも焼き、蝕む。
その猛烈な痛みを言葉で表すにはこの世の単語だけでは些か足りな過ぎるであろう。
ヴェイグはその激痛に耐え兼ねディムロスを落とし、左肩を押さえ頭から雪原へ倒れ込んだ。
いや、それは最早“左肩”と呼ぶには形が崩れ過ぎていた。
肉を押さえ雪原へ倒れ込んだ、と言った方が正しいかもしれない。
皮と多少の神経だけでやっと出来損ないの左腕――尤も、黒焦げの肉片が果たして左腕の定義に当て嵌まるのかという疑問は残るが――と胴体が繋がっているその様。
既に“肩”と呼べる部位は殆ど残されてはいないからだ。
力加減も忘れ、ヴェイグはただがむしゃらに氷の応急処置を自らの肩に施す。
少なくともこれで出血多量で死ぬ事は免れる事が可能であるが、ヴェイグにはそこまでの考えは無い。
痛みでそれどころでは無かったからだ。
「あっははははははははははッ! お前は此所で僕と共に朽ちるんだ……僕が用意した最後の喜劇に、踊り狂ええぇぇッ!」

そう締め括った時だった。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:23:43 ID:KJSME/23O
.
117名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:24:18 ID:wQM1ukCtO
市沿
118名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:24:54 ID:AI99aGChO

119The last battle ―喜劇に興じよう― 36:2007/12/18(火) 23:25:02 ID:Vfa+4WDZO
永久に続くであろう暗闇の深淵に、淡い緑髪をした女性が確かに浮かんだのをミトスは認める。
その瞬間に、自分は無音の世界に召された気がした。

「……え?」

それはつい先程まで高笑いをしていた天使と同一人物が発声したとは思えない程気の抜けた声。
ミトスは大地が光の柱により破壊される音を聞きながら、狼狽した。
その女性は今にも泣き出しそうな目でミトスを見つめた。その華麗な口は確かに何度か動く。
ミトスがそれを理解する前に、女性は背を向けゆっくりと闇という虚無の彼方に歩き出す。
「姉、様……?」
待ってよ、姉様。さっきは何を言ったの?
どうしてそっちに行っちゃうの?
どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?
どうして僕に、声を掛けてくれないの?
待ってったら。僕も一緒に連れて行ってよ。
昔みたいに、僕の手を取って、一緒に。
「行かないでよ……ねぇ、どうして?」
嫌だよ姉様。
一緒に連れていってよ。
痛いんだ。苦しいんだ。暗いんだ。
天使化したこの体も、もう駄目なんだよ。
今のジャッジメントのせいで僕のマナが殆ど尽きたんだ。
足も無くなってしまった。目も見えない。右耳も聞こえない。もう殆ど体を動かす力は残ってないんだよ。
だから僕を見てよ姉様。
見てよ、見てったら。
「待ってよ……」
体温で消える事の無い粉雪が積もった荒地に天使は伏す。
その体にも粉雪は積もり、消える事の無い斑模様を作り上げた。
天使は仰向けに倒れながらも必死に手を動かす。
それは最後の悪足掻き。罪深き自分に許された唯一の運動。
震える手を、ゆっくりと断罪の光が降る空へ。
確かにミトス=ユグドラシルの視力は爆発の際、激しい閃光により失われた。
しかしその暗闇の最果ての更に奥に見た姉の背にミトスは手を伸ばす。
もう少し、あと少し。
「……また、僕は、間違ってる、って言うの……?」
暗闇の最果てよりもずっとずっと奥。きっとそれは死の世界。
ミトスは悟る。自分の死期が近い事を。
予想……いや、それは確信に似ていた。
ゆっくりと虚無の闇に身を委ねながらも、ミトスは手を伸ばす事を止めない。
一種の走馬燈の様なものだろうか。夢か、幻か、実体なのか。それすら分からないが、ただ姉に手を伸ばした。
「……教えてよ、教えてったら」
もう少しで手が届くんだ。
あと一センチ程度なんだ。
動け、動けよ僕の手。
くそ、体が重い……
気を抜けば全身が灰になってしまいそうだ。
120名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:25:39 ID:HYACR7udO

121The last battle ―喜劇に興じよう― 37:2007/12/18(火) 23:26:37 ID:Vfa+4WDZO
視界が霞む。
手以外に何も動かせない。
息も、出来ない。
何でだよ、姉様。僕を助けてよ。助けて。
レイズデットを、いや何ならチャージでも構わない。
嫌だ、死にたくない。
助けてったら。
助けてよ。
助けろよ……。
……ねえ。僕、さっきからずっと這いずり回って手を伸ばし続けてるよね?
おかしいよ、姉様。
だって、ずっと距離が縮まらないんだ。


―――あと、少しなのに、どうして、届かない、の?


「……何でだよ、姉、さ―――」
怒りと悲しみが混じった声を弱々しく口から吐いた。
その細身にて白く絢爛な指先はまるで何かに触れたかの様にぴくりと動く。
その瞬間に天より落ちし三本の聖なる光の柱は仰向けの天使を裁いた。
伸ばされた右手を根元から奪い、左胸の心臓を焼き潰し、内蔵を掻き分けながら犯し尽くし、かつて誰かのマントとして機能していた布は爆風に舞い、光の直撃により炭素の塊と化す。
果たしてそれは神の怒りに触れたからなのか、はたまた偶然か。
それを知る術は半透明な天使の羽と共に舞い上がり、虚空に溶け失われた。
しかし地を這う罪深き天使が持つ汚れた魂とその体は、七色に輝く裁きと言う名の灼熱の光雨に打たれ、安息に眠るかの様に静かに横たわる。
その明白な事実だけは失われる事無く、雪が降り頻る世界にて咆哮していた。
罪深き天使はこれでその数千年にも渡る長き人生を命と共に燃やした―――

―――かと、思われた。
そう、天使はまだ生きていた。裁きをその身に着ても尚、執念のみが命の灯火を裁きの風から守る。
「そう、か……」
天使は静かに呟く。その消え入りそうな声は大地に穴が空く音により存在を消されていく。
「……姉様は、僕を見捨てたんだね」
生き長らえた喜びは一つも無い。ただそこにあるのは黒を更に煮詰めた最上級の、プレミアが付く程の漆黒の絶望と怒り。
天使は静かに流れぬ悲哀の滴を心の中で零しながら深い闇に墜ちて行く。
「あは、あははははは、あはははははははは……」
ああ、アハハ、なんだ、そうか。僕は、独りぼっちか。
xにどんな値を入れようと、結局は変わらないんだね。
簡単過ぎる方程式の解に天使は落胆する。
うんざり過ぎる程孤独は経験して来た。そして姉だけを支えに巡り巡って辿り着いたのは結局独りぼっちの世界。
122名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:26:48 ID:KJSME/23O
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123名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:27:17 ID:wQM1ukCtO
紙鉛
124名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:27:57 ID:HYACR7udO

125The last battle ―喜劇に興じよう― 38:2007/12/18(火) 23:28:04 ID:Vfa+4WDZO
今までと何も分からない、無味乾燥のグレイの景色。
グロテスクだけが取り柄の血塗れた手。
修復不可能な砕けきった理想。
けれども只一つ、違う。
“意味”が無い。
存在している、生きている意味が無い。価値も無い。理由も無い。義務すら無い。
姉が居ない世界なんかに興味は無い。
姉に否定された世界なんて更に興味が無い。
そもそも自分を否定する姉自体に興味が無い。そんなの許さない。
ただ、興は殺がれるばかり。
生きる意味を永久の暗闇に落とした天使は、生き長らえた自分がこれからどうすればいいのかを知る術を持ち合わせていなかった。
天使はひたすら考えた。考える事だけがそこに存在する脳に許された権利だった。
考えて、考えて考える。

意味を与えられる―――気に食わないね。大体誰が与えてくれるのさ、ミクトランかい?
ヴェイグ=リュングベルを殺す―――馬鹿を言え。この体じゃあもう無理だ。下級魔法すら満足に撃てない。
優勝して姉様を復活させる―――上に同じ。
首輪を解除してミクトランを殺す―――それが出来てればこんなに苦労してないよ。
このまま犬死にする―――劣悪種の踏台なんか御免だね。
自殺する―――今、失敗したところさ。
じゃあ、どうするの? ―――それをお前に聞いている。
じゃあ、こうしよう―――いや、“こう”ってどうだよ。


『やり直せばいいんだよ』


壊れた思考回路は最高にブっ飛んだ結論を天使に差し出す。天使は一瞬だけ呆気に取られた。
しかしそれは結論が最高にブっ飛んでいるからでは無く、只、こんな簡単な事にすら気付けなかったという後悔故に。

―――簡単な事だよ。“あの”テセアラもシルヴァラントもクルシスもデリス・カーラーンも、全部知ったこっちゃない。
   エターナルソードで脱出して時間を巻き戻そう、そうすればお前の大好きな姉様と会える。
   お前を否定した“この姉様”なんか、要らないよね。
   理想の中の“あの姉様”と一緒に暮らせばいい。

壊れた回路から素敵に狂った光を差し出された天使は、目を細めてそれを受け取る。
その表情には極限まで黒い嗤いが張り付いていた。
この天使もまた、とことんまで狂っている―――否、厳密には違う。
この天使の箍は外れて居ない。故に狂ってすらいない。
だが狂っている。矛盾しているがどうか呆れないで欲しい。
“狂っていないのに狂っている”のだ。
126名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:29:12 ID:wQM1ukCtO
史宴
127The last battle ―喜劇に興じよう― 39:2007/12/18(火) 23:29:28 ID:Vfa+4WDZO
この“ミトス=ユグドラシル”という桶には箍は元より存在しないからである。
つまり“箍が外れた状態”、即ち狂った状態がデフォルトなのだ。だから“狂っていないのに狂っている”。
天使は壊れた回路を理解した。
何よりも誰よりも理解出来た。
舞い落ちる雪と裁きの光、そして舞い上がる岩石と土埃の中で、満身創痍の天使は世界を嗤いながら静かに永遠の名を冠する紫の大剣を握る。

……そうだよね、この世界にはもう興味は無い。じゃああの世界で姉様と一緒に居られればそれでいい。
アハハ、なぁんだ。悩んでたのが馬鹿みたいだね。
こんなにも簡単な事だったんだ。
こんな汚い世界、知った事か。僕は姉様と一緒に居られればそれでいいんだ。
僕の居場所は姉様の隣だけなんだから。
この世界が滅びるなら、あの世界で生きればいい。
理由が溶けたなら、凍らせればいい。
博打に失敗したなら、ディーラーを皆殺しにしてチップを奪えばいい。
チップが無いなら、客を殺して奪えばいい、そうでしょ?
この世界ではそれこそが真理、僕こそが法そのものッ!
貴様等の命のチップ、僕が奪い取ってやるよ。
そぉら、見ろよ卑賎な豚共。
エターナルソードさえ……これさえあれば、僕は運命さえも味方に出来る。
歴史の改変さえも自由ッ! くくく、あははなんて素敵な力! あははは僕が持つに相応しいじゃないか!
ああなんだそうか。そうかそうだ、そうだよそういう事だったんだねッ! ああ何で今まで気付かなかったんだ僕は……愚かだな。あっははははははははははははははは!
神様が居ない理由がわかったよ姉様! ああきっとそうだ……そうさ、そうに決まってるそうに違いない絶対に間違い無いね!
絶対的な力を持った人間の上の存在ッ! ……待っててね姉様? 今そっちに行くからさ。
……そうさ、神様は居ないんじゃない!
ああそうさ、居るんだよ此所にね!
だってそうでしょう? 姉様は女神マーテルなんだ! だったら弟の僕が“そう”でも必然だよね!?

だから。
だから僕が……。

――僕こそが、神なんだ。


128名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:29:44 ID:AI99aGChO

129名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:30:25 ID:wQM1ukCtO
四猿
130名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:30:26 ID:lnNl4mXGO
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131The last battle ―喜劇に興じよう― 40:2007/12/18(火) 23:31:00 ID:Vfa+4WDZO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP10% TP15% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 重度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺 左肩から先重症 全身打撲 頭部裂傷
   葛藤 胸部重度火傷 全身に裂傷 腹部大裂傷
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
    エクスフィア強化S・A(故障中)
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:肩の痛みに耐える
第三行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調
   感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグが気になる
第二行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原

【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP5%以下/50%(毒特性:最大HPカット) TP5%以下 良く分からない鬱屈
   頬に傷 右腿裂傷 右肩貫通 左足指欠損 左脇腹裂傷
   鼻の骨を骨折 左手首から手の平に穴 左指三本複雑骨折
   視力喪失 左耳鼓膜破裂 両足喪失 全身打撲 右手喪失 左胸部と腹部に穴
   心臓喪失 右腹部大裂傷 神の意識 発狂気味
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り キールのレポート エターナルソード
基本行動方針:マーテルに会う
第一行動方針:エターナルソードで脱出する
現在位置:C3村中央広場・雪原→???
132名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:31:26 ID:KJSME/23O
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133名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:31:36 ID:AI99aGChO

134名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 23:31:52 ID:wQM1ukCtO
終演
135テイルズ向上貢献委員会 :2007/12/23(日) 16:21:28 ID:Iw3T1ghs0
絶対保守晒しage(笑)
136王の罠−First fake− 1:2007/12/25(火) 04:17:24 ID:fiIkJ0DR0
少年は散々たる有様だった。
腹の両側は見事に裂かれ、内容物が外から分かる程度に開いていた。
左の方が右に比べて少し深く、脇まで明いて白い肋をチラつかせている。
左の指は小指から三本捩り折れ、その手首から甲にかけて突き抜けるような斬り穴から血が鈍く流れている。
右手は二の腕までを完全に何処かに置き忘れて、肩からは向こう側が覗けるようになっている。
左胸から腹を通り、椎間板を抜けた穴の間にあった心臓は疾うに無い。
そして、立ち上がるための二肢は腿から下を綺麗さっぱりに欠かし、
それでも残った右腿は黒く穢された傷を未だに残していた。
ユグドラシルの姿だったらば傷で済んだであろう箇所も、子供の姿では致命傷になりかねない。
欠損と存在の比率が逆転して、残った箇所の方が要らないものになっている。
生きている部分の方が悪性となっている。バグとなっている。
きっとそうなのだ。人はいずれ死ぬ。それが遅いか速いか、
いや、創世から今日までの距離に比べればどんな生だろうと一瞬でしかない。
長い長い歴史の中、ふらっと現れる一瞬のノイズ。それがきっと、命と貴ばれるものの正体だ。
長い長い時を生きるためには命としての機能を捨て、人として死ぬしかなかった。
無機生命体化の技術そのものが証明している。
生きていることこそが、きっと間違いだ。
だけど、だからってはいそうですかと首を振ると思ったら大間違いだ。

現実に逆らい続けた少年は惨々たる有様だったが、それでも未だ尚笑っていた。

青なのか、それとも紫だろうか。ともかく暗色系の色合いだろう。
そう漫然と納得した少年の眼は混濁し、光を失ったことを如実に示していた。
嘗ての輝くような青色の瞳はくすみ切って、もう受けた光の波長から色を区分けする力を失っている。
それでも彼は、此処がそういう色なのだろうという認識を持っていた。
彼もまた選ばれた者だからだろうか。
時間を渡る者しか見たことの無い時の渦。
肌が、神経が、脳が、彼らしか持ち得ない何かの領域が、ここが「路」なのだと憶えていた。
それは、河、と呼ぶのが最も近しい表現だった。
遅く早く流れる空間は奥から前へ大河のように彼の身体を時間軸方向に運んでいく。
暗色の河の水底にいる彼を、乱反射した水面からの光が眩しく照らす。
その眩むような光も、彼は恐れ一つ無く受け取った。
赤子が違和感なく胎内に棲むような、超然的な有り方をしている。
折れた鼻から血を垂らし、金の髪は薄汚れ、打撲は痣となって残った部分を染め上げて、
そんな様で、いや、そんな有様で嗤うからこそ、彼は確かに神懸かっていた。
137王の罠−First fake− 2:2007/12/25(火) 04:19:05 ID:fiIkJ0DR0

もうすぐだ。ミトスは時空の回廊を漂いながら、目的の場所が近づいているのを実感した。
あの腐った世界は間違いなく異空間だと、天使は狂う前に当りを付けていた。
そうでなくば魔方陣などを用いて参加者を運搬する必要性が無い。
そして異なる世界からの召喚、異なる術式の同時成立等あの島の仕組みは通常空間を組み替えて作るには複雑すぎる。
こういう世界は1から作るのが手っ取り早い。
なによりも、この島で最初から通行が不可能な禁止エリアが存在しなかったことから、
少なくとも歩いていける場所には、眼に見える場所にはあの王様は居ない。
断層を作って隠しているだけか、それとも完全に別チャンネルか。
少なくとも、ミクトランの居るだろう世界、このイカれた戦いが始まったあの大広間のある世界はあの島の中には無い。
この島の中心にあるとキールが推論した制御装置“を”管制する世界は、また別の場所に存在するはずだ。
それが彼の導いた結論だった。
ならば、まずは其処に還らなければならない。
正しい時空転移には座標設定が重要となる。此処が何処か、が明瞭しない限りは何処にも飛ぶことは出来ない。
それが分かるとすれば、それはミクトランの居城たる場所しかない。
其処にさえ辿り着ければ、後は簡単だ。
直にそこの絶対座標を判定して、デリス・カーラーンとの時間的空間的距離を算出し、改めて時空転移を行う。
首輪など知ったことではない。そこまで逃げ切ってしまえば間違いなく制御装置とやらの圏外だ。
いや、爆破されても構わない。
物資も何も無いあの島ならばともかく、エクスフィアさえ無事ならばヴィルガイアで幾らでも処置が可能だ。
何なら適当な天使を捕まえて身体を奪ってしまえばいいのだ。首など幾らでも呉れてやる。
首を刎ねられて生きてこそ神じゃないか。
そう、抜け出してしまえば何一つ問題無いのだ、そこには姉様がいるし、器・コレットもクラトスが押さえている。
楽園だ。こんな場所とは比べ物にならない楽園。
そこでもう一度、いや、何度でもやり直せる。万全に、こんどこそ万全に。

光の粒の一つが大きくなる。それが出口、現時点で唯一移動可能な世界だと確信した。

ああ、ここが、楽園――――



この物語はテイルズオブバトルロワイアルのつまらない舞台裏を淡々と描く寸劇です。
過度な期待はしないでください。

あと、部屋は明るくして深淵から∞メートルは離れて見やがってください。

138王の罠−First fake− 3:2007/12/25(火) 04:20:00 ID:fiIkJ0DR0

黒き闇が延々と広がっている。
敷き詰められたタイルは床を全て縦と横、もしくは横と縦に区切って四角形を増殖させていた。
その中で、強烈な光が闇を照らした。光源は空気抵抗を受けて舞い落ちる羽のように弱弱しくも確実に床に近づいていく。
白い光は地面との距離が縮むほどに徐々にその強度を弱め、完全に床に落ちたとき、
そこに残ったのは一人の天使の残骸、ミトス=ユグドラシルだったものだけだった。
四肢の内三つを失い、残った一つに魔剣を強く握り締める彼は、必然うつ伏せに倒れたような格好で出現した。
「こ、ここは……か…カプッ」
何かを喋ろうとして、既に片方の肺も穴空きだったことに彼は吐血と共に漸く気付いた。
なんと虫ケラ、そして見事なまでの虫の息だ。それ以外に形容する言葉を知らなかったし、気の利いた言葉を紡ぐ力は残されていなかった。
首だけをあちらこちらに振り、瞳孔が開き切った狂眸であたりを見回すが何の情報も彼には与えられなかった。
(眼が、見えない…………此処は、何処なんだ、糞、僕はちゃんと通常空間に抜け出たのか?)
剣を持ったまま、伸びる限りの範囲で左手を這わせる。もし万全の身体だったならば唯の物臭にしか見えない行為こそが、
彼に与えられた最後の捜索範囲だった。
「アト、いが……オリ、ズン……ごだえろ……ごごヴぁ……どごだ……?」
ずるずると短くなった脚の先で血の線を曳き捜索範囲を少しずつ動かしながらミトスはか細い声で、救いを求めるように言った。
『ミトス……ここは……』
オリジンの甲高い声が、ミトスの脳に直接響く。
そしてそれと同時に、彼の人差し指がずぶりと何かに触れた。
「な、んた……これ……ひ、だい?」
自分が呼んだことを最初から無かったかのように、オリジンを無視したミトスはほんの少しだけ更に寄って、残った2本の指でそれを弄る。
衣の擦れる音、張りを失った肉の弾力がそれを死体だと教えていた。
そして、死体を這うその指が首元に指しかかったとき、今までの感触とは正反対のものを感じた。
揺るぎようの無い金属のそれは紛れも無く、たった三日とはいえ慣れ親しんだ首輪のそれだった。
(首輪だとしたら……これは参加者か? それに、この首、そうか)
ある推測を立てたミトスは、それをどうしても確かめたい欲求に駆られた。
それさえ確かめられれば、全てが確定する。
ミトスは幾つかの手段を考え、棄却し、一番手軽な手段を取った。
指を胸の輝石に当てて、残る力を注ぐ。
天使の羽根が舞い散るような荘厳さの欠片もなく、伏せる彼の上にノイズ交じりに半透明のミトスが出現する。
幽体――――アストラル体と呼ばれる姿をとって、ミトスは仮初の視力を現実化させた。
『ハハ……やっぱりだ、は、アハハ、ハハハハハハハハ!!!!!!!!!』
嗤いながら見続けるそれは、唯の死体だった。脚も腕もミトスと異なりしっかり存在し、安らかとまで言えるほどに整然と倒れている。
唯一点、それが通常の死と一線を画すとするならば、それは完全に有らぬ方向へ曲がりきった、
内出血に赤黒くなってしまった肉だけで身体と頭部を繋ぐ、圧し折れた首だった。
ミトスはこの劣悪種に覚えがあった。この戦いが始まる前にミクトランに文句を付け、
その制裁をミクトランの手で下される前に自身の配下、五聖刃・マグニスが下してしまった、名もない劣悪種だ。
それが、その肉塊がここにあるということは、
『還ってきたんだ。ここに、正しい空間に、やっと、ただいまと言える場所に!!』
そう認識したと同時に、ようやく死体の周囲が見えてくる。
黒一色の闇と、延々と続くタイル。それは紛れも無く、彼の記憶にあったこの腐った世界の入口だった。
『ここまで来れたんだ!! もう全てが終わった!!
 さあ、オリジン、路を再び繋げ!! 時間指定などこの際如何でもいい。
 此処より彼方へ!! ウィルガイアへ、ヴェントヘイムへ、僕と姉様の母なる大地へ!! デリス・カーラーンへ!!』
存在しない両手を大きく広げ、幽体のミトスは高らかに、
実際のミトスの肉体は、ほんの少しだけエターナルソードの握る手を強め、掠れるように宣言した。
139王の罠−First fake− 4:2007/12/25(火) 04:21:03 ID:fiIkJ0DR0

『それは不可能だ、ミトス』
しかし魔剣は一切輝きを見せず、その代わりというには余りにもぞんざいな返答だった。
『……は?』
呆気に取られるミトスの声は闇の中で響かない。
暫くして、堰を切ったようにミトスは半ば自動的に言葉を綴った。
『何を、何を言っている、オリジン。お前が出来なくてなんだっていうんだ。
 ああ、そういうことか。契約違反だと云いたいのか。心配しなくてもいい。
 この世界から抜け出した後なら世界の一つや二つ幾らでも救ってやる。だからさっさと僕を帰らせろ!
 ここは間違い無く始まりの場所だ。此処からなら距離も座標も跳躍先の障害状況も全てがオールグリーンな筈だろ?』
『………そうだ。ここは確かに始まりの場所だ。お前達が知る、最初の場所だ。だが……』
『だったら僕の云うことを聞けよ!! 一分でも一秒でも一寸でも早く!!
 ロイドもクレスも居ない! もう担い手はここにしかいない! 精霊の癖に我侭を抜かすな!!』
錯乱寸前の金切り声が喚き散らされるが、オリジンは何も言い淀むばかりで話が進まない。
ミトスが奥歯を割りかねないほどに噛み締めるが、アストラル体には意味が無い。
『ミトス、そうではないのだ。これが真実だというのならば、ここは……』
それでも、本来の歯ならば割れようかというほどに力が溜まったその時だった。


「無駄なのだよ。入口と出口は必ずしも一致しない」
深く、そして何処までも不快な声だった。靴音は響かず、無音のまま何かが存在を誇示し始めた。
『お前……』
ミトスの幽体が、そちらを向いた。オリジンは魔剣の中で無言を貫く。
闇の中から現れた白い大外套と纏められた金の髪がふわりと靡く。

「ここからでは時を越えることは出来んのだ。実に徒労だったな」
天上王ミクトランが、言葉と裏腹な笑みを見せる。その一挙一動の洗練された様は確かに、王の其れだった。


『ミクトラン』
ミトスは後ずさろうとするが、実際の体が動けない以上移動はできない。
ミクトランはその様を見て口の端を歪めた。
『何を、何を言っている』
「お前の耳は節穴か何かか? “ここから帰還することは叶わない” そう言った」
ゴクリ、と喉を鳴らし、ミトスは息を詰まらせる。
『馬鹿を言うな! ここは紛れもなくお前が僕達を集めた場所だ!!』
「認めよう」
何故だ、何故脱出できない。ミクトランも認めているのに。
何が、何が足りないと言うんだ。
『あの異空間から抜け出し、お前のいる空間に到達できれば魔剣で脱出することが可能なはずだ!!』
「条件付きで認めよう」
偉そうな口を利くなよ、僕は、僕は神なんだぞ。
劣悪種は馬鹿みたいにYESって言えばいいんだよ。ああ、もうとっくに言っているのか。
『ならば跳べるはずだ!! 僕は全ての条件を満たしている!!』
ミトスが半ば泣きそうな語勢でミクトランに吼える。
何が何が間違っている。首輪か、制限か。
違う、こいつの顔はそんなのじゃない。何でこんな事に気付かないんだっていう、そういう厭らしさに充ち満ちている。

140王の罠−First fake− 5:2007/12/25(火) 04:22:02 ID:fiIkJ0DR0

「何、単純な、単純なことをお前は見落としているだけだ」

王は神に背を向ける。すらりと伸びた背は、まるで絶対たる自信によって支えられているかのように微動だにしない。

「確かに、私のいる空間からならば、万全のオリジンをして各世界に転移することもできるだろう。
 我がバテンカイトスの内側では正確な座標が確定できないからな。どのような経緯を至ろうがお前達は一度ダイクロフトに来るしかない」

王が右手を横に伸ばす。

「確かに、ここは私が55人の前でこの舞台の開幕を宣言した場所だ。
 そしてお前達がここを拠り所にして転移するのも分かる。お前達と私が顔を合わせたのはここだからな」

王が左手を横に伸ばす。

闇が、質量を持ったように重苦しかった。
幻のミトスは自らの胸を掴み、今にも叫びそうな胸の裡を懸命に締め上げる。
厭な予感が、現実の物になりそうな気がした。
“出口と入口が違う”。
入口は、どこ? 僕は、真逆。
出口は、ここ? 僕は、真逆。

「だが、お前の論理を繋ぐ一本は欠落している。上を見てみろ」

ミクトランがミトスの方に向き直り、ゆっくりと横に出した右手を上に向けた。
繰り糸でも付いているのかと言うほどの追随性でミトスは上を見上げる。
何という見落としをしていたんだろう。
ここは確かに闇だらけだ。でも、完全な闇じゃない。
微かな一点が、ほんのり赤く光っている。

「ここは、お前達の開幕の場所。あの島における座標C4・C5・D4・D5――――便宜上仮称シド湖の湖底、水深1000だ」
水の底より眺める夕日の赤は既に落ちかけて、黒に変質しかけていた。
141王の罠−First fake− 6@代理:2007/12/25(火) 07:28:29 ID:j0fyOnyV0

どれくらいの時がたっただろうか、実時間としてはさほどではなかったが、
自らが次の言葉を用意するまでの時間が、ミトスにはとても長く感じられた。
『そうか……あれだけ暗かったのはここがそう言う意匠で構成されていたのではなく』
「そう、深度の関係もあるがここがあの説明を行った時点ではこの島は“夜“だったからだ」
ミトスの言葉にミクトランはさも感心しているような大仰さで答えた。
『……なんだよ、どういうことだよ……』
泣き出しそうな顔を必死に押しとどめながら、ミトスはミクトランに聞いた。
「簡単なことだ。“お前達は私の居城――――ダイクロフトの大広間に集められて、そこから魔方陣でバテンカイトスに飛ばされたのではない”。
 “最初からバテンカイトスの、この島に用意された張り子の大広間に集められて、そこから各スタート地点にランダムで飛ばされた”のだ」
 お前達が昏睡している内に、本当の移送作業は全て完了していたのだよ。多少語弊を招きそうな表現ではあるがな」
『なんで、そんな』
ミクトランがやれやれという素振りを手で示す。
「何でそんな面倒なことを? 決まっている。お前達がこの島から抜け出せぬようにするためだ。
 お前達がその時の剣を手にすれば、いや、他に幾つか手段があるかと仮定しても、なんにせよダイクロフトへのワープを試みる。
 理由は貴様が先ほど述べた通りだ。そしてワープそのものを完全に防ぐことは難しい。
 完全なセキュリティというものは実際上存在し得ぬ。完全を目指せば目指すほど何処かに欠陥が出来るものだ。
 貴様ら下賤の民はどんな悪道に手を染め私の思いもよらぬ手を講じるか分かったものではないからな」
顎を上げてミクトランは見下ろすようにミトスを眺め、もう一度にやりと笑った。
「ならばどうすればいいか。お前達の認識に初手の段階で“間違い”を与えてやればいい。それだけで全ては180度反転する。
 開始地点=ダイクロフト=現実世界という認識を植え付けられたお前は、迷わず“開始地点=この湖”に飛んだ。
 いや、他の時空剣士なり全く別の手段なり用いようが、この認識は避けられぬ。お前達はどうやって此処に来たのかを知らぬのだからな。
 嘘と真実を批評する尺度を持たないものは平気で毒を自ら煽るということだ」
ククク、とミクトランの上品そうな中に確かな臭気を漂わせた笑い声が響く。
十を、百を、千万億を積んできた物語。しかし、もし、我らが“−1”だったとしたならば、
幾ら掛けても、幾ら掛けても、その全ては一体何の為に有るのか。

『……まだだ、まだ終わっちゃいない!!』
唸るような声でミトスはミクトランになけなしの怒りをぶつける。
瀕死の実体が、魔剣を強く握った。
『ああ、よく分かったさ。僕達は揃いも揃って最初からお前の手の内に居たとでもいいたいんだろ。
 認めてやる。ああ、認めてやるとも。だがな、些か油断しすぎたな。
 態々僕の目の前に現れたのが運の尽きだよ、ミクトラン! ここで、ここでお前を殺してしまえばそれで片が付く!!』
エターナルソードがゆっくりとミクトランの方に向き直り、その剣の先に火球が一つ生成される。
「びゃヴぃあ、ヴぉヴ!!」
「無駄なことを。前例は、見せてあったはずだがな」
ミクトランに向けて放たれた一発のファイアボールは、嘗てダオスが放ったテトラスペルと同様にミトスの方へ向かい、
主を忘れたかのように容赦なくミトスの居た場所に爆発を起こす。
「自滅で終わりとは。まだまだ愉しむべき――――」
「どっだぞ、ミクトラン」
ミクトランの嘆息が響いた瞬間、その王の背後に天使が出現した。
ボロボロではあるが子供の姿ではない、ユグドラシルとしての姿を取ったミトスの左手には、オーラが纏った魔剣が振りかぶられていた。
成長速度を上げることで無理矢理体力を底上げしたユグドラシルの最後の奇襲だった。
「うぜろ、王。神の御前だァァァァ!!!!!!!!」
ミクトランの身体は振り向こうとしない。
当然だ、とミトスは判断した。この世界のマナの位相が全て奴の掌中にあるのならば、
こちらが仕掛けるべき攻め手は物理攻撃にせざるを得ない。しかし、このボロボロの身体では、真正面から突撃しても唯の虐殺だ。
だからこそ、奴を油断させたまま必殺の間合いに持ち込む。
莫迦のように魔術を使い自らに喰らったと見せかけて、背後を取った。反応は不可能、このまま真っ二つに切り落とす。
偉そうに講釈を垂れて、この様だ。
矢張り劣悪種、神を前にしてその不遜な態度の対価に相応しい末路だ。さあ、神罰を受けよ。
142王の罠−First fake− 7@代理:2007/12/25(火) 07:29:49 ID:j0fyOnyV0

「成程、もう一つの仕掛けについても真実を知りたいようだな」
しかし、振り向きもしないミクトランの語勢は一切の変わりも無かった。
いや、強いて言うならば微かな哀れみが、少しだけ混じっていたことを、ミトスは聞き逃さなかった。
「二人一組で後衛が、瀕死の前衛に回復術をしたと仮定する。しかし、詠唱中に前衛が戦闘不能になってしまった』」
ミクトランの頭に刃が入る。豆腐を切るかのように、スムーズに入る。
「『この場合、中断せず続行して詠唱を完成させた場合、術は失敗するか? 答えは否だ。術は後衛に掛かる』」
鼻を割り、口を割り、首を二等分に、それでも左眼は憐憫を湛える。
『「では、これが攻撃術だった場合どうだ? 
 余程のタイミングがシビアでもない限り、術を唱えている間に敵が全滅していた場合、術は発動しない。
 味方に発動しないように敵味方識別の安全装置が働くからだ」』
食道を割りに入った頃に、ミトスは漸く異変に気付いた。
『「だが、もしだ、この安全装置が無かったら?』
頭部に切った後が無い。
『もし、回復術と同様に攻撃術が作動したら?」』
鼻が切れてない。口は未だ歪んだままで、腸を裂くが胃に傷は無い。

『最初から存在しない敵を目掛けて詠唱を行ったら、完成した術は何処に行くと思う?』

外傷も、内傷も無く、切断した事実すらない。
(なんだよ、それ……)
ユグドラシルは、剣を振り切り、そのまま地面に倒れこんだ。
その時には彼は既にこれら全ての異変に、正しい解を実感していた。
このミクトランは、つまり……

「立体、映像<ホロ、グラム>だと……?」
『そう、この場所でお前達にルールを説明し、ダオスにテトラスペルを撃たれた私は唯の映像。
 この高貴な天上人たるこの私が、何故地上の愚物に拝謁を許可せねばならんのだ? 立体映像で十分だろう?
 あの莫迦な魔王はこともあろうに居もしない人間に魔術を振るった。
 あの時点でその他有象無象は敵でも味方でも認識が成されていない。
 攻撃すべき対象を失って困った魔術は消去法で自らの主を焼き貫き落とし穿ったのだ』
ミトスは最後の一滴の力すら失い、這い蹲ったまま、半ば無意識に尋ねた。
「マナの位ぞう、を…かべばん、じゃ……」
『ああ、そんな出鱈目を言ったこともあったな。それをこの島に実装するにはあと500年は掛かる。
 そんな無駄な時間を費やすくらいなら、こうして最初から絶対に安全な手段をとった方がコストも低い。
 重要なのは真実ではない。現実を凌駕する虚像こそが、この島に必要な力なのだよ』
息も絶え絶えになりながら、ミトスの中であの開幕の物語の一節一節が蘇り、全てが符合していくのを感じた。
広間に並べられた55人と、それをバルコニーから睥睨するミクトラン。
この状況下では攻撃手段は自ずと術に限定される。そして、この仕掛けを発動させて自身の力を示す。
そして続く二つの言葉に言外の呪いを仕込んだのだ。
“闘気による攻撃の無効化”と“武器の喪失”の二つを教えたのは圧倒的な自分の力からの余裕などではなく、
「直せづ、ごう撃を、うげだぐ、なかっだがら……」
『まあ、そういうことだ。尤も、立体映像だと露見した所で私には一切の問題も無い。
 もし生身を曝して55人にあの場所で一斉に襲い掛かられて殺されるリスクに対して、当然の処置だとは思わないか?
 私としても全員を爆殺する様を眺める為にこの計画を行った訳でもないのだ』
白々しいほどの声でミクトランは言う。
自身を守っていた嘘を自ら暴きながらも、その立ち振る舞いに一切の揺らぎも感じられなかった。
そう、嘘がバレようが、バレまいが、自身の安全は確実に確保される。
これほど腐った二択がこの世にあっただろうか。いや、あるのだ。現にこの目の前に。
143王の罠−First fake− 8@代理:2007/12/25(火) 07:31:10 ID:j0fyOnyV0
『さて、もう時間だ』
ミクトランの立体像が歪み、足先から消滅していく。
『もう直ぐ放送の時間でな。まったく、アレに慣性は全て任せてあるとはいえ何かと忙しいのだ、私は。
ミトスはもう体を振るほどの余力も無く、ただ王をぼうっと見つめるしかなかった。
『お前が時間と空間を超えるために使い、そして“たった1エリア分しか飛ばなかった”その差額の無駄なエネルギーは確りと、
 このバテンカイトスに還元、いや、神の餌として余すことなく使わせてもらった。
 これで本体のオリジンも少なからずダメージを受け、神は更なる力を得、来る精霊王との決戦は磐石に進行できるだろう。
 セイファートもネレイドも滄我もこの戦いで少なからず弱体化した。私の神を止められる超存在は最早存在せぬ。
 ――――礼を言うぞ、旧き天使よ。まさかここまでお前が私の思惑通りに動いてくれるとは“思いもよらなかった”ぞ』
ミクトランの言葉は既に音の羅列に成り下がり、ユグドラシルの耳には入らなかった。
ただ、何か、莫迦にされているということだけは分かった。
『褒美だ。もう一つ教えてやる。お前が出現した座標はC4とC5の境界だ。
 そして私のバルコニーはC5。お前が先ほど私の背後に回った時点で、禁止エリア内だよ。
 後40秒、精々全力で生き抜くが良い。そら、大サービスをしてやろう。
 お前は知らんだろうがこの湖から南を打ち抜けば首輪の制御装置もあるぞ?少なくとも壊せば今この瞬間の爆死は免れよう。
 その後何もすることは無いがな! さあ、もっと諦めずに戦って見せろ!! その無為すらも祈りとなって神を喚ぶ!!
 なあに、“考えようによってはここで祈り終わるほうがまだ幸せ”だ!!』
甲高いほどの笑い声が響き、深海を震わせている。まるで、湖全体が、笑っているようだった。
いや、実際笑っていた。水が、笑いながら、あちらこちらから、噴出すようにこの大舞台を満たし始めていた。
既に頭だけになったミクトランが、途端に笑いをピタリと止めて、吐き捨てるように最後の言葉を放ち、消失した。

『尤も、ここは海に面しているからな。どの道入ってきたものは全て爆殺か、注水後に圧殺するように出来ている。
 お前のような天使など私の神が作る新世界に無用だ、この屑石が。あと15秒、全速力で死ね』
144王の罠−First fake− 9@代理:2007/12/25(火) 07:32:12 ID:j0fyOnyV0

ユグドラシルは水に呑まれ崩れ行くハリボテの世界で、だらりと壁に寄りかかっていた。
足は無く、伸びきってもう細々としか繋がっていない血痕は、彼がこれ以上動くこともままならないことを教えていた。
既に輝きを失った魔剣は手放していた。時間が経てばどうにかなるかもしれないが、力を使い切った彼にはそれも無かった。
考える力も、碌に残されて居なかった。
15、カリ、14、カリ、13、カリ。
ユグドラシルは、もう何も見えぬ目で、ただ、完全に壊れたようにただ何かを弄っていた。
12、姉様、11、姉様、10、姉様。
手の中で大いなる実りを回し、器用に一枚一枚の花弁を毟り取って行く。
9、帰る、8、私は、7、帰る。
二本の指で、一枚、一枚、だんだんと小さくなっていく。
6、帰る、5、僕は、4、帰る。
最後の一枚を、捲る。

ユグドラシルの手に、何かが落ちた。

なんだろう、コレ。小さな輪っか?
水が、天使の体を攫ってしまう。



ああ、これを、僕は知っている。アトワイトが知って、死って、死。
濁流が、全てを洗い流す。後には何も残らない。



チャネリ<ボン>



湖の水面は、ほんの少しだけ泡立ち、直ぐに掻き消えた。
いつまでも穏やかな輝きだけが、そこに残ったものだった。




【ミトス=ユグドラシル 死亡確認】


notice:真実が一部解禁されました

・最初(=第一話)の場所はCD45の湖の湖底に作られたホールです
・何も知らずにミクトランの居城に向かって転移した場合、自動的に移動先が最初の場所になります
・その際に発生するエネルギー損失は全てミクトランに回収されてしまいます
・相対座標が断定できないバテンカイトスから“通常の世界に”移動することは出来ません
・最初の場所に侵入した場合、禁止エリア発動およびホールへの注水が開始されます。いずれも1分で完了します
・ミクトランはマナの位相を操っていません
・××××××××××××××××××××××××××××××××××××
145The last battle−終結〜第五回放送− 1@代理:2007/12/25(火) 07:33:12 ID:j0fyOnyV0
既にそこは雪原と言うには、余りにも汚れすぎていた。
上級魔術と大規模天候操作の応酬、そして最後に交差した水素爆発と光の審判は、この村の中央広場を中央跡地に変えてしまうのに十分な結果だった。
『取り逃がした……ッ!!!!』
その荒れ果てた決戦跡でディムロスが、腹の底から感情を救い出すように吐き捨てた。
ミトス=ユグドラシルがこの局面で逃げ出すなど、誰が予測できただろうか。
否、それは幾らディムロスでも予想は不可能だった。
あのジャッジメントはミトスが渾身の知恵を巡らせて作り上げた、ヴェイグを殺す最後の勝負だったはずだ。
なぜならあの時点でミトスは両足を失っており、これ以上の継戦は物理的に不可能だったからだ。
だからこそ、例えその被害がミトス本人にまで及ぼうと、ここで退くなど戦術的に有り得ないのだ。
例え逃げても、もうミトスに挽回のチャンスなど存在しないのだから。
『なんという見通しの甘さ……やられた。奴は天使、その定義は寧ろソーディアンに近いのだ……
 もし、禁止エリアで寸断された東のエリアにでも逃げられ、篭城でもされようものなら、我等に追撃する手段が無い!!』
そう、ディムロスは戦争を担ったものが誰しも一度は陥る、決戦主義の幻想に嵌ってしまったと言えるかもしれない。
ミトスの方から全てをかなぐり捨てて最強の札を切ってきたのだから、ここが勝負所なのだという予断がディムロスの中に確実に存在していた。
残り二人という状況、ましてや。互いに最後の札を切るか切らぬかという瀬戸際の局面で、“撤退”などという選択肢は無いと、
ディムロスはミトスの人間性を過大評価し過ぎてしまった。
そう、この勝負は別に、ここで全てを終わらせなければならない決戦などではない。唯の一勝負なのだ。
逃げていけない理由など何処にも無い。いや、サバイバビリティに特化した無機生命体ならば、この行為は理に適ってすらいる。
『ヴェイグ、急げ!! 長距離のテレポートは幾ら奴でも出来ん。今捉えきらねば、全ての利を失うぞ!!
 聞いているのか、ヴェ……』
そう捲し立てたディムロスの言葉を遮ったのは、その言葉を送った人間から滲み出る、あまりの辛さだった。
「違う。違わない。俺は、逃げてなんか、間違って、俺は、俺は」
既に使い物にならなくなった左腕はだらりと項垂れていたが、右手は頭蓋を潰しそうなほどの指圧で、自らの頭を抱えていた。
ヴェイグはその中で壊れたように単語を並べ、自らの中の何かが決壊を塞ごうとしていた。
『ヴェイグ、ミトスの戯言になど耳を貸す必要は無い!! 迷えば死ぬのはお前だぞ!!』
ディムロスは言葉でヴェイグの背中を叩くが、それが大した効果にならないだろうということは、本人が良く分かっていた。
「ディムロス……この世界は、全部間違いなんだ。それは絶対に間違い無いんだ。
 でも、じゃあ、俺は何を間違えたんだ? 俺は、どうすれば良かったんだ?
 俺が進んだ道は、本当に俺が選んだ道なのか? 俺は、何処に行けばよかったんだ? クレア、カイル、ティトレイ……誰でもいい、教えてくれ……」
包帯が取れて洞が露出した左目は何処までも黒く、右目は銀髪が掛かって何も写さない。
ヴェイグは、諦め、割り切ったはずの問いに直面し、そしてその答えを知らなかった。
『ヴェイ……ッ!!』

ディムロスが、何か益体も無い気休めを口にしようとしたときだった。
146The last battle−終結〜第五回放送− 2@代理:2007/12/25(火) 07:36:44 ID:j0fyOnyV0

『諸君、聞こえるだろうか?』
天より大気を伝う、声ならぬ声が響き渡る。
『ミクトランッ!?』
ディムロスが叫ぶ。ヴェイグが無言のまま、ビクリと大きく一度震えた。

『バトルロワイアルも既に60時間が経過した。これより、第五次定時放送を行う。
 ああ、紙とペンは用意せずともいい。既に無用だ』

ヴェイグが、ゆっくりと天を見上げた。
既に自らが仕掛けた雪と雲は晴れていて、そこでようやく、この世界がもう夜であることに気づく。

『禁止エリアは……そうだな、今より10分後、残るエリア全域を禁止エリアと発動する。
 …と、いってももう意味も無いがな。一応は体裁として必要だろう』

『何を言っている…正気か、ミクトラン』
唖然としたディムロスは天声の半分を聞き入れられないという感覚だった。
対してヴェイグは、ディムロスよりもほんの少しだけ早く、その意味を掴む。

『それではお待ちかねの、死亡者発表だ。気が向けば名簿に書き込んでも構わん。
 過去最高数だ。随分多いが、まあ気楽に聞くがいい。
 ―――――――リオン=マグナス、プリムラ=ロッソ、トーマ、シャーリィ=フェンネス』

名前が呼ばれ始めると同時にディムロスが沈黙した。心中は穏やかならずとも、聞かねばならないと経験が伝えていた。

『―――――――カイル=デュナミス、ティトレイ=クロウ、ミント=アドネード、クレス=アルベイン』

歯軋りが聞こえるほどにヴェイグは奥歯を噛み締め、唇の端から血を流した。

『―――――――ロイド=アーヴィング、メルディ、キール=ツァイベル』

ヴェイグが無言のままディムロスを掴んで、何かに引き摺られる様にして立ち上がる。

『―――――――コレット=ブルーネル、グリッド、以上13―――――――ん?』

わざとらしい一拍を置いて、ミクトランはもったいぶった声で言う。

『ああ、たった今、ミトス=ユグドラシルの死亡を確認した。以上、14名だ』
147The last battle−終結〜第五回放送− 3@代理:2007/12/25(火) 07:37:40 ID:j0fyOnyV0

その瞬間、ヴェイグの周囲に光の線が走った。
『ミトスが、死んだだと……いったい何が?』
「ディムロス」

『ここに計54名の死亡を確認した。よって、天上王ミクトランが宣言する』

線が幾何学的図形を構築し、瞬く間に魔方陣へと変わっていく。
なんだ、とディムロスが無言で相槌を打った。ヴェイグが受け取り、返答する。
「もう、終わろう。いや、終わらせよう」

『勝者、ヴェイグ=リュングベル。彼の者の勝利を以って、ここにバトルロワイアルの終結を宣言する!!』

「何が間違いだろうが、何が正しかろうが、あのパイの味がなんだったかも、もうどうでもいい。
 あと一振りで何もかもが終わるんだ。終わらせられるんだ。付き合ってくれるか?」

最後の線と線が交わり、方陣が輝きを一層強めた。

『無論だ、我は最後までお前に付き合おう』

ヴェイグの世界の半分が光に包まれる。

一度だけ目を瞑り、次に目を開くときにはヴェイグはきっと何かを捨てている。
それを達観と言うのか、諦観か、覚悟か、それとも自棄か、それは彼本人にも分からない。

「全部終わる。それだけはきっと間違いじゃない」



――――――――――――――――――次にたどり着くは、きっと全ての終着駅。
148The last battle−終結〜第五回放送− 4@代理:2007/12/25(火) 07:38:40 ID:j0fyOnyV0

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP10% TP15% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 重度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺 左肩から先重症 全身打撲 頭部裂傷
   葛藤 胸部重度火傷 全身に裂傷 腹部大裂傷
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エクスフィア強化S・A(故障中)
基本行動方針:終わらせよう
第一行動方針:ミクトランを殺す
第二行動方針:自分を終わらせる
現在位置:C3村中央広場・決戦跡→???

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調
   感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:終わらせる
第一行動方針:ミクトランを殺す
第二行動方針:ヴェイグが気になる
現在位置:C3村中央広場・決戦跡→???
149名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 16:08:06 ID:tlgGIy5FO
ヴェイグ優勝は予想外
150名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 16:15:15 ID:K9Bd0pAc0
ここは感想スレではありませんよ
151名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:31:51 ID:7uCLW3+vO
気が早いが支援をしておく。
152名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:32:47 ID:wdK5czntO
支援準備完了
1531:2007/12/31(月) 23:33:27 ID:+66ubJKo0

これまで、幾千、幾万と傷付いてきて、
俺のしてきたことは、一体何だったのだろう。




[The edge of an oath]

2日前に味わった感覚を、もう1度味わうとは思わなかった。
いや、味わうことを願ったのは紛れもない真実だが、この感覚はたった2日前というには
余りに忘却の彼方に追い遣られた感覚であり、濃厚な60時間によって身体はこれを微塵も覚えていなかったのである。
そして、厳密には、過去と現在に並べられた2つの感覚は別物だった。
初めは、少しの不安と決意が交わり合った感触だった。少なくとも、吐き気を催すほどの気色の悪さはなかった。
今は、余りある絶望と諦めが交わり合った感触。
自分1人だけが生き残り、主催者の下に導かれようとしている、その事実が既に虫唾の走るものだった。
自分でも願っていたのに嫌な心持しかしないというのは、ある意味新鮮だった。
周囲に渦巻く螺旋の光が消えていく。


眠りから覚めるようにフィードインしていく景色。
ぼんやりとした視界が完全に明瞭となって、自分の立っている場所があのホールだということに気が付いた。
縦横の比率が統一された正方形のタイルに吹き抜けの天井、仄暗い明度。
それらが、始まりの場所に戻ってきたのだと、懐かしくも黴のような不快な臭いで告げる。
空気は生暖かく、まるでホールが何かの生物の腹の中のようで、全体を呑む重く一体とした雰囲気が肌に張り付く。
唯一違うとすれば、最初にマグニスに殺された筈の男性の死体がないこと“だけ”だったが、
ミクトランが律儀に処理したのだと彼は判じた。
呼吸をすればするほど、肺に石が積もっていくかのような重み。
彼も、剣も、何も言わない。
一者一刃、一対の整った緊張感が全身を満たしていた。この2人のものだけでホール全体が埋まってしまうかというほどだった。
遂にここまでやって来たのだと、これから対峙する相手は一筋縄ではいかないのだと。
そして――――何よりも、目前にいるのだと。
王は寸分違わぬ場所にいた。ロウソクの炎がちらつくバルコニーの上である。
「来たか。まずは、おめでとうとでも言おうか」
炎から生まれる仄かな光がミクトランの金髪と頬を撫で、口元に浮かぶ鈍角の緩やかな笑みを照らし出す。
一斉にホールの燭台に炎が灯る。
154名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:34:49 ID:wdK5czntO
早速支援だぜ
1552:2007/12/31(月) 23:35:39 ID:+66ubJKo0
『ミクトラン……!!』
ヴェイグの右手に収められた大剣、ディムロスは因縁の敵に怒気を吐いた。
するりと受け流すかのようにミクトランは小さく笑う。
もう僅かに口角を上げれば少しは爽やかな好青年の要素を見出せただろうに、酷薄な微笑と細められた鋭い目――笑ってはいない――が、
それらを見事に掻き消していた。
「やはり天地戦争最強の携行兵器と謳われるだけあるか。3本の内、1本が最後の1人の手にあるとはな」
『その賛辞、喜んで受け取らせてもらう』
言葉に引き摺られるように、無言でヴェイグはサックを地に置き、剣を構える。
『お陰で、貴様を滅することも適う』
意気を吐きながらも、それでも今にも溢れ出しそうな感情を抑えるかのような、低く抑圧された声だった。
しかし、それすらも些細であると、ミクトランは高らかに笑う。
高みから野良犬の唸りをただ眺め、見下す姿は王に相応しい。どれだけ威嚇しようと決して届きはしない。
「何を熱り立っている? 私は優勝者に、私と戦う権利を与えたのではない。彼の者の願いを叶えると言ったのだ」
構えを解かず、ヴェイグは沈黙を保ったまま上空のミクトランを見つめる。
「黙することはない、ヴェイグ・リュングベル。貴様には正当な権利がある。
 2日と半日をかけて行われたこのゲームを貴様は勝ち残ったのだ。
 0.02にも満たない勝率を1にまで引き上げたのだ。これは名誉あることだぞ?
 何も悲観することはない。死ぬ者は死に、生きる者は生きる。これは必然のルールだ。
 『殺し合いをさせられた』のではない。『殺し合いをした』のだ。
 全ては己の意思と本能が命じた結果、その血塗れの手が何よりの証拠ではないか。
 さあ、貴様はその汚れた手と引き換えに何を願う?」
いつしか、ヴェイグの身体に震えが走っていた。隠すにも震えを抑える腕は1本しかなく、その腕で握る左腕は既に原形を留めていない。
震えが絶望により引き起こされたか、たった1人で55の命を握った傲慢な王への憤怒かは分からなかった。
だが、1つだけ分かるのは、これが憎悪の類だということ。
憎しみが青い炎で形容される理由が分かる。全身に寒気が駆け抜けていく。
振り切るようにヴェイグは結いの解けた頭を大きく揺らし、力強く剣鋩を向ける。
「……正しさも、間違いも、何もいらない。俺は全てを終わらせるッ!」
ミクトランの笑みが一気に消え失せた。中途半端に見開いた、それだけで身体を射抜いてしまうような目がヴェイグを捉える。
「王の施しを無碍にするというか」
ふわり、と白い外套が空気の流れとは独立してはためく。
宙に浮いたミクトランは次の瞬間にはホールに上に降り立っていた。
びっしりと敷き詰められたタイルのそれぞれに、幾つもの光によって複数現れた影が侵略する。
影はロウソクの後光によって淡くも長く伸び、巨大な王の影を生み、王の表情を隠した。
156名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:36:17 ID:YLJMurNJO
支援だ
157名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:36:28 ID:6m3ERd2x0
全力で支援するぞ!
158名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:36:58 ID:a6cBjjoYO

159名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:37:44 ID:wdK5czntO
どうか…私に…支援を…!
1603:2007/12/31(月) 23:38:48 ID:+66ubJKo0
たじろぐことなく佇むヴェイグは、目の前の影が僅かに動いたのを見た。
胴体の横にある細長い影の先端が、頂点と胴の付け根辺りに同化する。
とんとん、という高い音が炎の弾ける音の中で微かに聞こえた。
「貴様の首にある“それ”を忘れたか? 首に嵌められている内は貴様の命は私が握っているのだぞ?
 命を粗末にすることはないと思うがな。素直に言ってみるといい」
ヴェイグは影の中に下弦の月が浮かぶのを見た。ひどく冷たく、冴え冴えとした、月。
外だけ見れば綺麗とも言えたかもしてないが、秘められた陰鬱なものを感じ取ってしまえば不快極まりないとしか言えなかった。
その月は、紛れもない嘲笑でしかないのだから。
噛み締められた歯がぎりりと鳴る。
「それは……貴様が言う科白じゃないッ!!」
蒼い、フォルスのオーラが全身を包み、そして熱と冷気が均一に織り合わされていく。
紛れもない臨戦態勢、今から牙を剥くという合図。
1つの意思、目的の下同調したヴェイグとディムロスの瞳が憎悪に染まる。
それを前にしても未だ涼やかな表情を見せる王は、やれやれと肩を竦めてみせた。
強張りのない、多彩な顔を見せる姿に緊迫感など何1つなかった。せいぜいが目障りな羽虫を退治する気だるさだ。
「どうであろうと、私に楯突こうとするか――」
マスターと人数は違えどそれは天地戦争の決戦の再現を思わせた。隻眼隻腕の剣士が炎の大剣を手に駆ける。
そのハンディを前にしてだろうか、ミクトランは走りも退きもしない。
王として有利点を与えるどころか不利点は相手にあるのだ、ミクトランが退かないのは当然と言える。
「残念だよ。こちらはその気であったというのに――」
鈍色の刀身が僅かばかりの光に輝き、反射光は流れるように位置を変えていく。
刀身から切先へ、横に薙がれた剣は王の胴体を輪切りにしようと目論む。
しかしミクトランは小さく後方へバックステップを取り剣の間合いから逃れる。空振るヴェイグを尻目にほくそ笑んだ。
「自ら手を下せぬのが惜しいがな。構わん、やれ」
ぱちん、と親指と中指を擦らせ指が鳴った。
ヴェイグは横に振られた剣を、まるで指揮棒を振るうかのように軌道を元に戻し、更に上手へ振り上げる反動をそのまま前進行動へと反転する。
身体を捻らせ、詰めた間合いを更に詰める。
片方しかない目が合い視線が交錯した。相手の色は不敵、しかし直ぐに視点は外れそのまま後方へとすり抜ける。
ぴ、と首元の不穏な音が耳内で駆け巡る。残念ながら30秒後などという生易しい設定ではない。
「崩龍――――」
ミクトランは振り向かぬまま、極上のワインを飲み干し酔いの回ったような上品な笑みを浮かべ、目を閉じた。
ぼぅん、という爆発音が背後で聞こえた。

金属の破片、砕けた首輪が落ちる音がした。“それだけだった”。
熱、いや冷気。ミクトランに一閃の痛みが走る。走り、感じる頃には――銀髪の剣士ヴェイグ・リュングベルは一瞬で王の目の前に現れ、

「――――無影剣ッ!!」

ひとひらの雪が花弁のように舞い、瞬時に無数の氷の断片となってミクトランの身体を傷付ける。
しかし、最も強大な一閃、ヴェイグとディムロスそのものは、王の両手に握られ交差したソーディアンに阻まれた。
161名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:39:42 ID:8p7EseJYO
試演
162名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:40:34 ID:wdK5czntO
支援!支援!
1634:2007/12/31(月) 23:41:06 ID:+66ubJKo0
ディムロスは驚愕の声を上げるも王は意に介さない。
顔には笑み。但し、余裕ではなく引きつった。
「貴様……何故生きている?」
3本の剣が交錯する中、ミクトランは問う。剣を介して交わり合う視線は互いに鋭い。
「俺のフォルスは……炎すら凍らせられる。そして、シャーリィの術を耐え切った。
 タイミングを見計らい、瞬間的に最大出力で頭部外側を凍結させる。爆破の熱と衝撃さえ耐え切ればこちらのものだ」
ヴェイグの表皮には、首輪の爆破で砕けたのだろう氷片により、無数の切り傷が刻み込まれていた。
何より、首輪があっただろう位置を中心に火傷が広がっていた。
それでも首は繋がっている。頭ごと飛ばされるよりは数倍ましだ。
視線の交錯の中でぎりと歯が鳴った。
「姑息な真似を。下賎な地上人めが」
「命は粗末にするものではないんだろう?」
刃の滑る耳障りな音が空間を満たす。上下に揺らめき緊張の波を破りそうで破らぬ緊迫の応酬。
互いに反発し合う交差の剣はどちらかが隙を見せればすぐにでも終わりそうだった。弾かれた瞬間が勝負。
しかし、ミクトランがにやと笑う。
「氷が得意属性となれば炎のソーディアンの真価も使えまい。“ソーディアンは白兵性能だけが取り柄ではないのだよ”」
3本の内の1本、二刀流で用いるには大きすぎる幅広の剣が光を発する。
名はクレメンテ。ソーディアンの中でも随一の“晶術性能”を誇るものである。
『――ヴェイグ、下がれ!!』
「遅い!」
クレメンテのコアクリスタルが煌き、風刃の矢ウインドアローがほぼ零距離に近いヴェイグの心臓を襲う。
ディムロスの声で反射的に大きく下がり、直撃は避けるも、矢は狙いを研ぎ澄まし彼の右腕を掠る。
衣服が裂け肉が裂け口が裂け悲鳴を発する。
右腕の先にあるディムロスだけは取り落とさなかったが、血が流れる右腕はだらりと垂れる。
使い物にならなくなった黒焦げの左腕も含めて、今の彼の姿は無防備に立っているようにしか思えなかった。
少し荒くなった息が、確かに刻まれる時を告げる。
尤も、呼吸を1回、2回と繰り返したところで進む秒数は、状況の好転を示さない残酷なものであったが。

『……何故、残りの2本を持っている? マスターはどうしたッ!?』
ディムロスの赤い感情が流れ込んでくる。
ヴェイグは知らぬことだが、ディムロスは1度、本当に僅かな間であったが、2日目の朝にソーディアン2本と邂逅していた。
ちょうど、この下らないゲームに参加させられたソーディアンマスターと符合した。
よって残りの2本、フィリア・フィリスのクレメンテとウッドロウ・ケルヴィンのイクティノスは埒外の存在であったのだ。
この死合いには関与していない、ありすらしない、と。
しかし、今こうして2本は炎の大剣の目の前にある。その事実がディムロスには受け入れがたい。
164名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:41:09 ID:a6cBjjoYO

165名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:43:04 ID:wdK5czntO
支援策!支援策はないのかっ!
166名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:44:01 ID:VZbQDt9/O
支援っ
1675:2007/12/31(月) 23:44:14 ID:+66ubJKo0
ミクトランは悲痛を餌に嗜虐的な笑みを浮かべた。片手直剣を右に、魔法大剣を左に構えている。
「覚えていないのか?」
簡潔な問い掛けにディムロスもヴェイグも困惑げな表情を浮かべる。
「クク、覚えておらぬだろうな。なあに、些細なことだ。忘れてしまうとはその程度のことなのだよ」
左手のクレメンテが宙に浮き、くるくると回転を始める。
嵌められたコアが輝き、術だと判断したヴェイグはすぐさま突撃する。目の前の詠唱など絶対の好機だ。
「それに、知る必要もなく死ぬ――ホーリーランス!!」
透き通った浅緑の光が何本もの長槍と化し、ヴェイグ目掛けて降り注ぐ。
「絶・瞬影迅!!」
だが、ホーリーランスは追尾系の術ではない。具現した姿こそ違えどミトスとの戦闘で同じ術を喰らい、
「瞬間的に速度を上げる」という対策を知ったヴェイグには通じない手だった。
散らばった氷の破片に碧光が映え、身代わりにでもなったかのように砕かれる。
光の槍を突破した彼は突貫衝力をそのままにミクトランに迫る。狙うは術の発動後による硬直。
しかし、ミクトランとて剣術の達人と云われる人物。右からの袈裟懸けをイクティノスで早々に受け止め、離し、間髪なく次への一撃へと持ち込む。
甲高い金属音と共に火花が散る。
本来とは異なり片手のみで大剣を振るうヴェイグもまた、剣を受け流し状況の悪化を逃れた。
――イクティノスの本分は刀身の長さによるリーチとそれを生かした突きの威力である。
敵の特色を弁えた賢明な王は迷うことなく次の一手を突出と定める。
風を切る一撃がヴェイグの顔面を狙う。彼は咄嗟に顔を右に逸らし、開けた長髪が風圧で泳いだ。
突きの後は総じて手薄になる。しかしヴェイグは攻撃には出ない。
ミクトランの腕が胸元へ、突きを繰り出したイクティノスが首元へと薙がれている。
右手のディムロスで相手の剣の腹を押さえ込む。それで何とか斬首刑は免れた。
身体を引き体勢を整える。整えて、左肩が何かに触れたのを感じる。
壁だ。
はっとしてミクトランを見遣る。にたりとした不敵な笑みが浮かんでいた。

「少々軽んじていた。流石に勝ち残ってきただけはあるか」
片手ずつ競り合っていた剣達にクレメンテが加わる。片手と両手、1対2では差は自明だった。
「それでも、隻眼、腕は1本、満身創痍……そして元々の実力差、遠く及ぶまい」
剣が次第にヴェイグに迫っていく。自然と壁に沿って身体が床に沈んでいく。
食い縛られた歯の間から息が漏れる。声にならない声の成れの果てだった。
大剣のみで支えるのにもう1つ手を添えられれば、と叶わぬ願いが恨めしい。
168名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:44:45 ID:8p7EseJYO
支 援 !
169名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:44:56 ID:YLJMurNJO
支援支援支援支援…支援みたい
170名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:46:10 ID:wdK5czntO
支援だぜ!
171名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:46:32 ID:YLJMurNJO
支援連脚
172名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:46:49 ID:8DCSOQ1YO

173名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:46:57 ID:sb3qCmsH0
 
1746:2007/12/31(月) 23:47:09 ID:+66ubJKo0
「貴様の声はよく聞かせてもらったよ。全てを終わらせる、か」
弾かれたようにヴェイグは目前のミクトランを見る。
「狂っているから、間違っているから壊す」
録音された音声を再生するかのような、迷いない澄み切った声。
「本当か?」
ヴェイグの頬に汗が一筋流れる。
「世界が狂っているのではなく、貴様が狂っているのではないか?
 世界が間違っているのではなく、貴様が間違っているのではないか?」
刃が更に押されていく。力と力の迫り合いでかたかたと剣が震える。
心の優勢と劣勢を示すバロメーターとしてこれ以上的確なものはない。
何も言わぬヴェイグに、ミクトランは不快な笑みを尚も続ける。
「貴様だけが誤った像を結んでいるのだ。世界は今も“正常”だよ」
見つめ合っていた視線が逸れる。ミクトランの目は左に動いていた。
「全てを終わらせるのならば、今終わっても大した違いはあるまい?」
目線はヴェイグの左腕へ。そして、王は虫を踏み潰しでもするかのように左肩の付け根に思い切り足を踏み落とす。
痛々しい絶叫が伝播した。
元々向こう側の見えていた左肩は辛うじて胴と繋がることで左腕と名乗ることを許されていたのだ。
王のスタンピングにより僅かな肉と神経は接続を断ち、みりみりという音を立てて床へ落ちた。
激痛による生理的な涙がヴェイグの瞳に浮かぶのを見て、ミクトランはとても浮き立ったような顔をした。
この上ない悦楽に耽るような、そんな反吐の出る顔だ。
均衡は更に傾き、剣はそろそろヴェイグの首元にまで迫ろうかという頃合だった。
それでもミクトランは次はどれにしようかといった品定めをする面を変えない。
顕わになったままの左目、氷で保護された脇腹、胸元の火傷、どこも手を出すには実に旨味のある箇所であった。
品評の目を頭部に移して、ミクトランは顔をしかめた。

――笑みだ。長めの銀の前髪に伏せがちな顔が覆われる中に、笑みが浮かんでいる。

「俺が間違っている、か」
震えのない声がホールに響いた。どこか安らかささえ感じる音色に王は顔を歪める。
「思えば、俺はずっと矛盾ばかりだった。
 姿の違うクレアをクレアだと思いながら認めることが出来ず……
 クレアが悲しむと分かっていながら、クレアの下に帰るために凶行に走り……
 誰かを助けようとしても、誰かが傷付き……
 償いのために守ろうとしても、マーダーにすら手を掛けられず……
 間違った世界を壊すという大義名分も、只の逃避でしかなく……
 そして、最後は世界が狂っているのではなく、俺が狂っていた」
淀みのない声が続く。
動かぬ剣に、ぴんと張った静寂は彼の声を聞くかのように一切の音を失くし傍聴していた。
「始めから、俺が間違っていた――――」
笑みの浮かんだ顔が持ち上がる。笑みは、未だ消えず。

「――――ならば、今更矛盾の何を恐れる必要があるッ!!」

そこには、一種の悟りが生んだ強い瞳があった。
「俺の行動も、何もかもが真と偽の垣根を失くす。なら俺は、俺のすべきことを為すのみッ!!
 俺の望みは、全てを、俺を終わらせることだけだッ!!」
瞬間的に全力を込め剣を弾き返す。壁に寄り掛かったまま中立ちだった足に力を入れ、剣戟と共に斬り抜ける。
力の入っていない一撃だ。元から致命傷は狙っていない。
狙ったのは――相手の背後に回ること唯1つ!
175名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:47:13 ID:VZbQDt9/O
支援〜
176名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:49:33 ID:wdK5czntO
支援なんて言葉…チャラチャラ口にするなっ!
1777:2007/12/31(月) 23:50:18 ID:+66ubJKo0
「ディムロス、力を貸せ! これで……終わらせるッ!!」
ヴェイグの身体から青い光が、ディムロスの刀身から赤い光が走る。
織り合わされる各々の光、ヴェイグの中に旋律が流れる。重なり合う波長、紡ぐは終焉。
ミクトランは振り返る。そこにあるのは1つの驚喜だけだった。
焦りも何もなく、穏やかに彼を眺める。決戦を前にした恐れなき瞳とでも言えばいいのか。
2本のソーディアンを納め、ミクトランの周囲に光が満ちる。目を伏せる姿に金髪が揺らめく。
堂々と待ち構える姿は、まさしく王そのものであった。
光は、あまりに眩くホール全体さえ満たしてしまいそうだった。
目の前に光の波が迫り、視界が真っ白く染まるも、ヴェイグは止まらない。
彼が剣を翳す。朱色の線が幾つもの円を作り、熱波がディムロスを包む。
『燃え盛れ、紅蓮の炎ッ!!』
刀身から発せられた強大な火炎は弧を描き王へと駆け、――戻れ!――波のように広がり炸裂する。
「……楽に死なせはしないッ!!」
炎が命中する前から駆け出したヴェイグは、ディムロスを振り下ろし、ミクトランの身体を切り刻む。――戻れ!
一撃一撃、剣を加えるごとに氷が散る。――戻れ! 王の身体に1つ、また1つと傷が刻まれていき、白い外套が赤く染まる。
それでもヴェイグは手を休めない。
全ての憎しみをぶつけるかのように、例え間違いであろうと、今まで積み重なってきた怒りを叩き込む。
一撃の重さは憎悪の証。傷の深さは絶望の証。
一歩下がり、大剣を顔まで近付くほどまでに引き絞り、最後の一撃、チェックメイトへの手を掛ける。

『行け
   ――――――ヴェイグッ!!!
 戻れ                    』

ぱちり、と手品でもするかのように指の鳴る音は氷の中に吸い込まれた。

『「奥義!! インブレイスエンドッ!!!」』

腕が、剣が、王へと迫っていく。
全身を包むほどまでに形成された氷の結晶を突き砕き、ミクトランの身体が貫かれる。
大きく開いた胸の風穴から血と肉が飛び出ていく。整った顔の口から血が溢れ、隣接するヴェイグの顔面にも降りかかる。
再び、両者の視線が合う。ミクトランは嘲笑を浮かべた。
剣を勢い良く引き抜いて、血のしぶきが舞う。身体が崩れていき、どさりと倒れ込む音だけが耳に届く。
息を荒々しくつく音だけがホールで反響する。
真っ白に近かった頭が鉄の臭いを嗅ぎ取ったことで、やっと目の前の視界が開けていく。
仰向けになったミクトランの身体は動かない。目の前に血の池が広がっていき、開いた目と口元の笑みだけが固まっている。
肩を上下させ、呼吸音が頭に詰まっていく。
身体が、熱い。
178名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:50:27 ID:8DCSOQ1YO

179名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:50:31 ID:HUrg0jwgO
支援!支援!!
180名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:51:32 ID:HUrg0jwgO
支援支援!
181名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:52:08 ID:wdK5czntO
支援しとくぜ!
182名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:52:45 ID:VZbQDt9/O
支援!
183名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:52:47 ID:HYloXstC0
 
1848:2007/12/31(月) 23:53:01 ID:+66ubJKo0
[be my Last]

「……勝っ、た……」
ぽつりと小さな呟きが自然と口から零れ出る。
「俺は、勝ったのか……?」
感慨のないまっさらな言葉だ。顔もまた、ぼんやりしたような曖昧な表情しか浮かんでいない。
未だ状況を、実感を掴めぬ彼はただ立ち竦んでいた。
『そうだ。お前は勝ったのだ、ヴェイグ』
ディムロスの言葉が聞こえてきて、ヴェイグはやっとその場にへたりと座り込んだ。
片腕がなく、いきなり湧いて出た疲労の前に尻餅をついて座り込む情けない姿だったが、彼は何も思い浮かばなかった。
彼には何の表情も浮かんでいない。敢えて言えば、汗に混じって頬を一筋の涙が伝っていた。
但し、どちらも何も把握出来ないからではなく、喜びが溢れるからでもなく、ただ――――ただ、心中に空しさが漂っていた。
「そう、これが、全ての終わり……」
どこを見るともなく、ましてや地に臥せる無様な王を見る訳でもなく、ヴェイグは呟く。
「こうした所で、何も戻ってきはしない……」
無音の、炎の弾ける音のみのホールに生気などまるで感じられず。
「世界に、色がない……」
広いホールの中でただ自分だけが生きているという実感が、世界には今自分1人しかいないのではないかという錯覚を生んだ。
呑まれていく。ぼろぼろと砕けていく白黒の世界が、自分の中で崩れていった全てと重なり合った。
全ての元凶、ミクトランは倒した。それだけだ。後に残ったのは“無”だけだ。
生暖かかった空気が、自らの熱が急速に冷えていくのを感じる。生の実感もまた、共に失せていく。
頬を伝う涙が、止まらない。壊れてしまったと思った。

『ヴェイグ』
コアクリスタルの輝きが目に入って、彼は発生源を見る。
『これが我らに与えられた最大の罰だ。多くの選択を見失ってきた者達への、自分の心が与える罰なのだ』
ディムロスの淡々とした言葉にヴェイグは何も返さない。
これが、自分から自分へ送られた裁きだということはとっくに分かっていた。
たった18年ではあるけれども、今までの自分が積み上げてきたもの全てが、今の自分を否定する。
積み木や塔、砂の城は高く高く積み上げたのを最後に崩すからこそ、その崩壊の様は見事と言えるのだ。
例えそれが間違いであろうと、虚数ばかりのつぎはぎの砂城であろうと。
185名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:54:44 ID:wdK5czntO
支援者だ!支援者をもっとよこせ!
186名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:55:44 ID:8p7EseJYO
支援! さらに支援!
187名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:56:19 ID:sb3qCmsH0
 
188名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:56:33 ID:VZbQDt9/O
支援!
1899:2007/12/31(月) 23:56:42 ID:+66ubJKo0
『しかし』
この場に流れる空気を途切れさせようとするかのように、ディムロスは強く発する。
『……いや、私もお前と同じ、咎の住民だ。お前と同じ人間の戯言だと、受け流してしまっても構わない。
 昨日、お前と初めて出会ったばかりだが……私は、お前の全てが間違いだったとは思わん』
少し落ち着いた声にヴェイグは目の色を変えた。純粋な驚きが瞳に宿っていた。
『ヒトは過ちを犯すもの……お前も、私も、その1人だ。
 だが、全てが間違いである人間など、居りはしまい。虚構であろうと、積み上げられてきたものに嘘はない。
 ミクトランのあの言葉だけは、否定出来る』
ディムロスの言葉を吟味するかのように、少々の沈黙が2人を包み込んだ。
静かに揺れる心の水面が再び水平となって、ディムロスを置いた右手で涙を拭き取り、やっとヴェイグは微笑を浮かべる。
「ありがとう、ディムロス。だが、いいんだ」
そう言ってヴェイグは天井を見上げる。
「始めから間違っていた……その方が、余程諦めがつくんだ」
吹き抜けの天井はどこまでも遠く、天でありながら深淵へ続くように思わせる。
そうか、とディムロスは言って、彼は小さく頷いた。
自分の中から何かが抜けていくのを感じた。心の奥底で湧き上がる泉のようなものが枯れていくのを感じた――――
いや、存在そのものがなくなったと言えるかもしれない。
ヴェイグは手を広げ力を込めるも、もはや氷は具現されなかった。心がゼロになった何よりの証拠だった。

少し待ってくれ、と彼はのろのろと立ち上がり、始めに転移してきた位置に置いたサックの下へと向かう。
その歩は不安定であるのに確固とした足取りだった。
サックの紐を解き、するするという静かな音が耳を満たす。
全ての要素が、1歩、また1歩と何かに近付いていくのを感じさせた。
サックの中に手を突っ込み、目当ての物を取り出す。
ディムロスは彼を見て、自殺を行おうとしていた少年の姿を思い出したが、不思議と不安はなかった。
振り向いた彼が握っていたのは、小振りの曲刀だった。不意にディムロスは息を呑んでしまった。
「俺の力は、もう使えない。代わりの刃があってよかった」
施された意匠が自身とよく似ているのを見て、ディムロスは皮肉だな、と思う。
コアクリスタルの輝きは既になく、中央に青い結晶が填め込まれているが、ディムロスは結局恋人の宿った刃で幕を下ろされるのだ。
世界とは何たる皮肉な魔物だ。本当に、全ては決められた結末に向かうよう定められているのかもしれない。
その世界に、咎の住民たるディムロスは感謝した。
ヴェイグは既にディムロスへと近付いていた。終わりの時が近付いていた。
19010:2007/12/31(月) 23:58:48 ID:+66ubJKo0
「ディムロス、今まですまなかった」
『構わん。ハロルドに振り回されるお前は中々面白かったぞ。
 口の利き方は……そうだな、地獄というものがあるならゆっくりそこで講釈してやる。今やるには、些か……疲れた』
ふっと笑みが零れて、2人は小さく笑い合った。
「あんたがいなければ、俺はここまで来れなかった。ミクトランも倒せなかった。……ありがとう」
ああ、こうして礼を言われるからこそ、例え間違いだらけの積み重ねであろうと、否定されようと、
人との出会いや交わした言葉は嘘ではないのだ。
一抹の満足感すら覚えていることにディムロスは罪悪感を覚えた。
全てが消え失せた今となっては小さな言葉1つでも心を暖める。
『――――さらばだ、ヴェイグ』
地に置かれたディムロスのコアに刃が振り落とされる。
矛先が結晶に突き刺さり、亀裂を生み出し、粉々に砕け散った。宙に舞う欠片が光に煌いて、やがて見えなくなっていった。

これで、本当に1人になった。世界にただ自分しかいない。
ヴェイグはディムロスを砕いた曲刀の柄をこつりと額に当てる。
自分が誤っているのか。世界が誤っているのか。どちらが真実なのかは最早分からない。
ただ、この2つが行き着く先は同じ――どちらが誤っていようが、映し出されるモノは“間違い”なのだ。
人が世界を生み出すのか。世界に人が生まれるのか。
人が狂気に堕ちたのか。世界が狂気を与えたのか。
平行線の論議など、永遠に終わらない。だから、全てを終わらせるのだ。自らの手で。
間違いだけの世界に、何の価値があろうか。
両目を閉じ、震える息が腕の中で零れる。
死ぬことは、怖くない。この結末はずっと頭の中で思い描いてきていた。
これで血塗られた惨劇の全てが終わる。憎しみの連鎖は断たれ、もう誰も傷付かないで済む。
崩れた過去の自分が遠く離れていく。光が闇の奥へ消えて、小さく小さくなっていく。
カイル――母親には会えただろうか。
ティトレイ――お前が見てきたものが見れた気がする。
クレア――――すまない。俺は、戻れない。

一度刀剣を離し、空を見上げた。ゆっくりと息を吐くのと同時に、全身の力がすうっと抜けていく。
視線を戻すと刀身に自分の顔が映った。眼球のない左目が、その奥に見える無が自分を見つめる。
刃が傾いて、反射している顔が消える間際に表情は安らいだ。


切先は、紛うことなく心臓へ――――――


191名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 23:58:55 ID:wdK5czntO
この書き手…支援に値する!
192sage:2007/12/31(月) 23:59:31 ID:C7tYEAEoO
支援だー!!
193名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:00:15 ID:3pqiumn3O
支援…
194名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:00:21 ID:hCab2cASO
あけまして支援
19511:2008/01/01(火) 00:00:41 ID:i7k3P87H0





突然過ぎる覚醒だった。
目の前に景色を叩きつけられたような、ふと我に返った時に光景が見えてくるようなものだった。
薄暗いホール、冷えた空気、血の臭い、ミクトランの死体。
それを前にして、彼は困惑どころか状況が把握できずにいた。
死を経たはずの頭は真っ白で、目の前の風景が一体どんな意味を持っているのかすら、分からなかった。
ただ、勝手に右手だけが動き、頬があると思われる位置に触れる。
手套の向こう側でも、柔らかくすべらかな肌の感触と、ヒトが持つ36度の体温を感じた。
それを確かめるように、何度も何度も指先を動かす。
「……生きている……?」
不意に飛び出た自分の声に、彼ははっとして手を身体に遣る。
剣を刺した筈の胸元に触れ、走った痛みに顔を歪める。
しかし、胸を見ても心臓を刺した傷はなく、ミトスとの戦いで負った火傷だけがそこにあるのだ。
右手の曲刀に目を移しても、血に塗れた気配すらない。
「ディムロス?」
無意識に相棒の――相棒だった剣の名を呼ぶ。
反応が来る前にディムロスの方を向くも、コアクリスタルは砕け、僅かに残った残骸はくすんでいる。
反応はない。
訳が分からなかった。確かに胸部に剣を突き刺した。それなのに傷1つなく、こうして生きている。
ふっと、ホールを照らしていたロウソクの炎が消え、辺りは暗闇に包まれる。
混乱の中では風の流れで消えたそれも異常な事柄だと思えた。
誰も、彼の問いに答えてくれる者はいない。静寂がしばらく続いて、彼は冷静さを取り戻した。
こんなことが起きたところで、やるべきことは変わらない。
きっと幻覚でも見ていたのだろうと、これから死ぬ自分への、死の恐怖を和らげようとした深層心理の
愉快なサービスだと、馬鹿らしいことを考えた。
笑顔を作ろうとして、笑えなかった。水を思い切りかけられたように気は沈んでいた。
首を振って頭の中にわだかまる靄がかったものを振り払い、もう1度剣を強く握る。
彼は迷いなく首下を剣で貫いた。
196名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:01:58 ID:ioXvuo/OO
これで支援だー!
197名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:02:11 ID:hCab2cASO
支援ならまかせとけ!
198名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:03:00 ID:mjm+NtiDO
しえーん!
19912:2008/01/01(火) 00:03:03 ID:i7k3P87H0
突然過ぎる覚醒だった。
目の前に景色を叩きつけられたような、ふと我に返った時に光景が見えてくるようなものだった。
薄暗いホール、冷えた空気、血の臭い、ミクトランの死体。
それを前にして、彼は今度こそ困惑を見せた。
「どうして……?」
彼は座り込んだまま、目の前に広がる光景の異様さにそう呟くしかなかった。
首の真中に触れると、やはり痛みを感じる。しかし、やはりそれは首を刺した傷の痛みではないのだ。
首輪爆破を防いだ時にできた火傷だった。
無言のままディムロスの方を向くも、コアクリスタルは砕け、僅かに残った残骸はくすんでいる。
「誰か……誰かいるのか?」
姿の見えぬ誰かが傷を癒してくれているのかもしれない、今度はそんな考えが浮かんだ。
考えられないのが9割であったが、こんな風にもなると考えたくもなる。そうとしか考えられなかった。
よろめきながら立ち上がり、辺りを見回す内に再びロウソクの炎が消え、辺りは暗闇に包まれる。
他人の姿どころか、自分の姿さえ把握できるのか怪しい。
探すな、と暗に示しているのだろうか。どんな意図があって2回も同じことをしたかは分からない。
この期に及んでもまだ生きろとでも言うのか。
――逃げても、這い蹲ってでも生きろ。確かにそう言った奴はいる。
だが、この何もない世界で生きていくには辛く――――生きられるほど、強くはない。
死を選ぶ人間が一体何を見てきたのか。このモノクロームの世界に、どんな光を見出せるのだろう。
闇の中で、彼は額に剣を当てる。眉間を貫けば流石に治療もできないだろう。躊躇いはない。
額に触れる刃が冷たい。これが死の感触だ。
彼は勢いよく眉間に剣を突き刺した。
200名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:03:47 ID:hCab2cASO
そして支援は繰り返す
201名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:04:05 ID:D4/RBavJO
あけおめ支援
20213:2008/01/01(火) 00:05:17 ID:i7k3P87H0
突然すぎる覚醒だった。
目の前に景色を叩きつけられたような、ふと我に返った時に光景が見えてくるような……。
彼は唖然とした。何故、この光景を3度も見ているのか。
鼻に流れてくる臭いも同じ。肌に刺す冷気の感触も同じ。何も変わってなどいなかった。
額に触れるも、今度は痛みすらない。刀身を鏡代わりにして顔を映すも、見えるのは左の眼窩がごろりと開いた情けない表情だった。
吐き気が催されるのを感じた。何故かは、自分でもよく分からない。
ただ、自分の肉体が自然と違和感や恐怖を覚えているのだと思った。
困惑を通り越して、この状況が悪意のある、いや、異常なものだと思った。
幻覚でも、誰かが癒しているのでもない。第六感がそう告げていた。
思わず縋るようにディムロスの方を向くも、コアクリスタルは砕け……何となく、予想はついていた。
次は炎が消える。これも何となく分かった。考えるのと同時にロウソクの炎が消え、辺りは暗闇に包まれる。
ヴェイグは、腿に刃を入れた。肉が裂けていき、抑えるも叫びを上げた。
深くぱっくりと割れただろうことを激痛で理解して、もう1度傷口へ刃を刺し込んだ。
痛みで手を離し中断したい衝動に駆られるも、それを耐え刃を更に奥へ奥へと沈めていく。身体がびくびくと震える。
痛い。口からひいひいと息が漏れて、何も見えない中に確かな人の感触を感じさせる。
痛い。これが生きている証拠だ。脂汗と涙が顔に浮かぶ。
その内、刀身が骨に当った。それにも彼は刃を入れ、鋸のようにごりごりと削り取っていく。
合間に刃が肉に触れて、上下運動に巻き込まれて細切れになっていく。
骨も真っ二つになって、彼は思い切り刃を重力に任せて進めた。皮膚が裂けていく感触がして、足先の重みが失せていく。
刃がつっかえを失くして、そして彼は大量の汗が滲んだ柄を離し、仰向けに倒れ込んだ。
熱い。体内の熱が断たれた足から一気に放出されているように、熱が一箇所に集中している。
全身の血潮が外へと流れ出ていく。脱力感が襲い掛かってきて、痛みで冴えた目すら、重く閉じたくなってきてしまう。
こうしてまで痛みを感じなければ、それは死ではないということだろうか。
再び曲刀を握って、彼は腹部に刃を突き立てる。古傷が開いていく。肉を裂いて内臓を抉る。
口から血が溢れ出て、目の前の闇が更にフィードアウトしていった。
203名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:05:51 ID:mjm+NtiDO
支援!支援!
204名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:05:51 ID:ioXvuo/OO
支援
205名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:06:31 ID:3pqiumn3O
あけおめ支援!
206 【小吉】   【793円】 :2008/01/01(火) 00:06:31 ID:rFnxQrqGO

207名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:06:34 ID:hCab2cASO
眠れない日と支援の夜は…
20814:2008/01/01(火) 00:07:11 ID:i7k3P87H0
とつ然すぎる覚せいだった。
彼はすぐさま自分の足を見て、息を呑み愕然とした。
何で、どうして――繋がっている。
遅れて腹部を見る。傷はなく、脇に凍結された傷跡だけが残っていた。
そして、何よりの異常に気付く。自分は仰向けになっていた筈なのに、何故――座っている?
刃に血の跡はなく、見えるものは何も変わらず、ディムロスの応答はなく、まるで――――
身体の振動を隠すように、叫びにも似たそれを上げながら、彼は足に剣を振り落とす。
次は別の足へ、肩へ、腹へ、目へ、胸へ――どうして、どうして死なない。死ねない。
全身から血が流れていく。それでも、彼は手を休めない。刺しても刺しても斬っても斬っても無事な肌へ。死ねない。
殺せ。殺せ。誰か俺を殺してくれ。
飛び散る赤い飛沫が消えた炎の闇へと溶けた。
死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死なせてくれ。
どれだけ傷付ければ死ねる? 何が足りない? 結局、諦めは逃避でしかないのか?
闇の中でただ彼の声と水音だけが木霊する。
209名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:07:11 ID:c/IRW2OZ0
大いなる支援をここに!
210名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:07:14 ID:NozRqQXhO
なに、支援することはない
211名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:08:27 ID:D4/RBavJO
年明け支援
212名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:08:38 ID:hCab2cASO
どうか…あなたに支援を…
21315:2008/01/01(火) 00:09:04 ID:i7k3P87H0
とつぜんすぎるかくせいだった。
彼は、笑うしかなかった。
決まりとなったボディチェックも、せずとも結果は既に決まっていた。全てを埋め尽くしてしまう痛みもないのに、どこに傷がある?
乾いた笑い声はホールに響き、まるで自分のではなく、他の誰かが嗤っているようにすら聞こえてきた。
悟ってしまった。これは、幻覚でも何でもない。
ホールを照らしていたロウソクの炎が消え、辺りは暗闇に包まれる。


それから、時間の感覚は失われた。もうどれ位の時間が経ったのかも知らない。
食糧として残っていた果物も早々に叩き潰し、残っていた水のボトルも砕いた。
しばらくは甘い果物の香りが残っていたが、いつしか空気にさらわれ消えていった。
唯一残った臭いは――ミクトランの腐臭だけだった。それも慣れてしまえば何の興味も出ない代物だった。
空腹と渇きはある。水と食料が差し出されれば、咽から手が出る勢いで貪りつくだろう。
けれど、当然差し出す人間はいない。そして探しに行く気力もない。肉体的にも精神的にも、1歩踏み出す気概は乏しかった。
頬も痩けただろうか。筋肉も衰えたかもしれない。排泄も止まった。既に、腹の音が鳴る力すらない。
目はとうに慣れていたが、辺りが暗くて良かったと思った。死体が見えれば腐肉だろうと喰らい付いていたかもしれない。
そう理由付けて、彼は必死に死を待っていた。
指先を動かすことすら重く気だるい中だった。
久方振りの光に、彼は目を眩ませた。そしてぼんやりと霞敷いた視界が彼の視力を奪っていた。
しかし、初めての出来事に彼は力を振り絞って大きく目を開いた。
はっきりとしない視野に映るのは――白い光の中の金と薄めの青、そして縁取る輪郭線だけだった。
ふと、似たようなことがあったのを思い出す。あれは……そう、身体が石になった時だ。
「何故ですか?」
光が、声を出して問い掛けてきた。彼は必死に、弱々しくも微笑を作った。
「大丈夫、クレア……俺の手は、もう汚れないから……俺はもう、こんなこと……望んでいないから……」
か細い声で、彼は前後の脈略もなく答えた。
「いいえ、貴方は、死を望んでいます」

「俺が望んだものは、こんなものじゃないから……」

「いいえ、貴方は、死を望んでいます。貴方は、死を望んでいます……」
214名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:10:34 ID:hCab2cASO
支援の光よ…
215名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:11:54 ID:D4/RBavJO
新年支援
216名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:12:28 ID:3pqiumn3O
支援の風よ、我が意思に集え!
21716:2008/01/01(火) 00:12:31 ID:i7k3P87H0
とつぜんすぎるかくせいだった――――
最早彼の表情には何も浮かんでいない。この景色が浮かんでくるのも、既に想像がついていた。
薄暗いホール、冷えた空気、血の臭い、ミクトランの死体。
サックの下へと近付き、中身を確認する――そのままの果物に、水の入ったボトル。
思わず手を伸ばそうとして、とっくに空腹感も渇きもないことに気が付いた。

身体が跳ねる。こみ上げる笑いを必死に抑えて、押し殺された声だけが出た。
何度も何度も繰り返すだけ。永遠の死を以て永遠の生を続ける。
全てを終わらせると決めた筈なのに、終わらせられない。誰がこうしたのか、残ったのは“無”だけだ。
笑いが押し切って口から飛び出る。四つん這いになり、頭を床に埋め、身体を丸め、両手を頭に遣り、解けた髪をぐしゃりと握る。
死ねない。死ねない。死ねない。
自分はこのままこうやって刃を心臓に突き立てるなり餓死するなりを繰り返して生きていく。
何の意味もない生。無に覆われた中で時間を使うだけの生。いや、生とすら呼べるのだろうか?
後に残された無、それを永遠に味わい続ける罰。
何てことだろう。1番自分が欲していたものなのに、それがとてつもなくおぞましい。
死ねない。死ねない。死ねない。
俯き影に覆われる顔の中にあるのは、笑みと見開いた目と声にならない声。
このまま狂ってしまうなり廃人になってしまう方が楽だと思えた。
そうすればもう、何も見ないで済む。永遠に死んで永遠に生きても、何も感じずに済む。
逃げだろうと何でもいい。
それを許さないなら、誰か俺を死なせてくれ。
虚ろな笑い声がホールに響く。聞けば聞くほど、世界が遠ざかっていく。

刹那――――甘い香りが鼻をくすぐった。
ぴたりと笑い声が止まる。口内を、よく分からないものを駆け巡った。甘ったるい、口で溶けていくような――――
どうして、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう。
崩れてしまった自分が告げる。しかし、何なのかは分からない。
“どうでもいい味”はすぐに消え失せ姿を隠してしまっていた。

ホールを照らしていたロウソクの炎が消え、辺りは暗闇に包まれる。
闇の中でとても悲痛な、それごと引き裂くかのような絶叫が響き渡った。
218名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:12:54 ID:NozRqQXhO
初支援
219 【大凶】 【191円】 :2008/01/01(火) 00:13:47 ID:3Vx9xjuM0
 
220名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:13:56 ID:hCab2cASO
支援、だ。この豚が!
221名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:14:13 ID:D4/RBavJO
支援2008
222名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:14:19 ID:mjm+NtiDO
支援!
223名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:14:20 ID:a7zcxSRi0
..
22417:2008/01/01(火) 00:14:21 ID:i7k3P87H0
[who is good or evil?]

『ヴェイグ……ヴェイグ!!』
手に握られたソーディアンが彼の名を呼ぶ。己の位置、即ち彼の位置はぴくりとも動かない。
こつこつと靴を鳴らす音が接近してくる。1つ1つの音が軽快で、引き摺るような、そんな音は聞き受けられない。
足音が止まって、ソーディアンは“見上げる”。そこには、
「残念だったな、ディムロス」
長く細やかな金髪を1つに結い、白い衣服を身に纏った王が佇んでいた。まともな傷もない、勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
後光を受けて窺えぬ表情が、一瞬光が揺らめいて見通す。
口元を一筋の血が伝っていた。
「だが、最後の一撃は……まともに喰らえば私すら危うかった」
焦げた衣に、真中を走る1本の裂け目。確かに、ヴェイグの秘奥義インブレイスエンドは発動した。
しかし、届かなかった。最後の最後で、チェックメイトには至らなかった。
そうでなければ、どうして天上王が前に立っている?
『貴様ッ……何をしたッ!?』
上擦った声で、傷1つないコアクリスタルを輝かせソーディアン・ディムロスは叫んだ。
「何をした? 私は、ただ奴の願いを叶えただけだよ」
『願いを、叶えただと?』
「そうだ。私はこのゲームの主催者として公約を果たしたのだよ」
ぎらり、とミクトランは笑う。

「但し、夢としてだがな」

その笑みに生理的嫌悪感をディムロスは覚えた。
ヴェイグは、ミクトランの前で地に臥せっている。ディムロスを握ったまま。
寝顔は本当に普通に眠っているように見えるのに、それでも、その瞼の裏に広がる悪意は計り知れない。
『ふざけるな……! 夢だと!?』
「何を言う。夢だと知覚しなければ現世と夢に一体何の違いがある?」
ミクトランは王の風格そのままに、ディムロスを見下げたまま言う。
「神の化身は1度、幸福の世界として夢の中の世界を選んだよ。聖女でも為しえた事象を、神の宿ったレンズで行えないと思うか?」
『神の宿ったレンズ……貴様、まさか、神の眼を……!!』
「物事は人間が思うより1歩先に進んでいるものだ。貴様の考えなど到底浅はかだよ」
くく、と王は笑う。
225名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:15:21 ID:c/IRW2OZ0
食らえ俺らのファイナル支援!!!!!
226名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:16:17 ID:a7zcxSRi0
..
227名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:16:23 ID:hCab2cASO
し・え・ん!し・え・ん!
228名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:16:29 ID:mjm+NtiDO
支援!
22918:2008/01/01(火) 00:16:35 ID:i7k3P87H0
「奴だけが誤った像を結んでいるのだよ。だが、よいではないか。
 願いの叶う素晴らしい世界へ行けるというなら、奴の言う今の間違った世界などかなぐり捨てていけるのだからな。
 他の54人が野垂れ死んでいった中で優勝者にのみ許された権利だ。そこに一体何の間違いがあるッ!?」
両手を広げる王に、ディムロスは口をつぐんだ。抑えられた息だけが漏れる。
もし夢の世界がヴェイグの願う幸福の世界だとするならば、それは幸福でも何でもない。
延々と全てを終わらせる、その繰り返し。即ち、逆接的な永遠の生だ。
ミクトランはヴェイグの願いを知った上で夢へと連れ込ませたのか。怒りを通り越して憤死しそうなほどの血が込み上げてくる。
『ヴェイグ、戻れ……戻ってくるんだ……ヴェイグ!!』
「無駄だ。奴は既に神の胎内で眠っている」
少しも動かぬヴェイグに叫びかけるも、すぐさま王に一蹴される。
「マスターが消えれば貴様は何も出来ない。所詮は道具に過ぎないということか」
そう言って、ミクトランは納めていたソーディアンを取り出す。切先は無論ディムロスへと向けられている。
それを見て、ディムロスは目を見開き驚愕した。
失念していた。そう、このソーディアンは今や、ミクトランの所持品となっていた。5本だけではないのだ。
ソーディアンの中で唯一黒い、異質な刃。
一振りで禍々しい悪魔の翼を思わせるかのような、邪気さえ溢れ出ていると思える意匠。
その作りは、確かに今の混沌とした世界にぴたりと符合していた。
名を、ソーディアン・ベルセリオス。軍師カーレル・ベルセリオスが用い、妹のハロルドが人格投射した、6本の中でも特別な存在。
しかし、ベルセリオスのコアもまた、他の2本と同じように光はない。反応する様子すらなかった。
『何故、それを』
負け惜しみを吐くかのようにディムロスはたどたどしく言う。
「愚問だな。貴様は覚えているように“されている”のではないか?」
嗤うミクトランに、ディムロスは発せられた言葉の意味を咀嚼していた。
今の言葉には明らかな違和感と、邪念がある。
混乱が伝わったのか、一度はミクトランは剣を引いた。
「そうだ。先程、貴様が忘れた些細なことを教えてやろう。
 私は、現実と夢は知覚できなければ違いはないと言った。そして、ソーディアンの人格など、結局は情報の集合体でしかない。
 ならば――――」

「――――自分の記憶が唯のデータでしかない、と疑ったことはないか?」
230名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:17:37 ID:52t25y6l0
支援!
231名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:18:15 ID:a7zcxSRi0
新年信念の支援
232名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:18:21 ID:hCab2cASO
初詣支援
23319:2008/01/01(火) 00:18:50 ID:i7k3P87H0
『どういう、ことだ』
「問うているのはこちらだ。貴様は何故2つの記憶を持っている?
 同じ時間、同じ場所、しかし中身は異なるなどという奇妙な記憶を、貴様は何故疑わず矛盾なく受け入れている?」
ディムロスは何も言わない。立てられた仮定のピースが少しずつ表に裏返っていく。
人は1秒1秒過ぎ行く現在を1つしか覚えられない筈なのだ。
「結論を言う。貴様の記憶は全て、纏めて後付けされたデータでしかない。貴様は何もない状態から生まれた幻影でしかないのだよ」
ぐらり、と視界が揺らぐ。
スタンとの記憶も、カイルとの記憶も、積み上げられた輝かしき記憶ではなく唯の作られたデータ。
それだけで楽しかった日々も何もかもが色褪せていってしまう。
ディムロス・ティンバーという一個人が経験した出来事ではなく、“経験したと設定された”出来事でしか、それはないのだから。
2つの記憶など、それこそ情報集合体という単位でしか為し得ない事象だ。
『アトワイトも、シャルティエも、クレメンテもイクティノスも、その手のベルセリオスも』
「ああ、同様だ。貴様らは今この2本の状態にデータを書き加えたに過ぎない存在だよ。さて」
向けられていた切先が引き上げられていく。
「冥土の土産もここまでだ。絶望して死ね。貴様らソーディアンチームは“負けた”のだ」
にや、と笑うミクトランをディムロスは力なく見る。目の前へと迫る矛先。
傍に立つ男は、確かに天上王ミクトランの姿を象っている。
しかし、ディムロスは違和感を禁じ得ない。自分の記憶がバックアップでしかないと理解してから更に感じる。
異なった見地、ディムロス・ティンバーではない名もなき誰かが王を見つめ、固まり尽くした先入観を解していく。
この男はミクトランに間違いない。だが、そのミクトランのイメージは“後付けされたデータ”の中の存在でしかない。
ならば、今目の前に立っている男は、真に“記憶の中にある”天上王なのか?

『……お前は、誰だ……?』

答を聞くことも叶わず、コアクリスタルは砕けて散っていった。



最後の1人は夢によって神の下へ導かれ、異空間の安定を保っていた最後のソーディアンは砕かれた。
バトル・ロワイアルに招かれ、このホールに――ホールに似せられたセットに――いた筈の55人は、今は何人たりとも存在しない。
がらんと空いたホールをぐるりと眺め、ミクトランは天を見上げた。
ぱちぱちと炎の弾ける音だけが鼓膜で響く。何の音もない空間に、王は自分の笑い声を満たしたくなった。
「くくっ……はは、ははははっははははははは!!!」
気高き勝利の笑いだった。深く酔い痴れた、この上なく寒気のする笑いだった。
笑声の余韻がハウリングとして残る中、こつ、こつと、全ての屍を踏み越えていくように歩む。
高らかに靴は鳴り、何度も何度も自分を包み込む響きは王を迎える民衆の歓声のようだった。
音は、高く高く天へと向かっていく。

悪夢の3日間の始まりとなったホールは、遂に無人となった。
234名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:20:12 ID:mjm+NtiDO
支援!
235名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:20:37 ID:hCab2cASO
どうか支援がありますように
23620:2008/01/01(火) 00:20:45 ID:i7k3P87H0
王は、大きく作られた両開きの扉の前に立っていた。
まだ外であるというのに、粘りつくような絡みつくような電気が全身に纏わりつく。
横にはこじんまりとしたセキュリティシステムが1つ。
彼は繊細な指、もとい手をパネルの上へと遣り、点っていた光が赤から緑に変わるのを確認する。
静かに、厳かに扉が開いていく。無色の光が満ちて、一気に外へ溢れ出てくるのが分かる。彼の口元が厭らしく上がった。
光の先で、部屋中に張り巡らされた配線は鼓動を続けている。
連結と分岐を繰り返し、最終的な十数本の先は巨大なレンズが安置された台座へと繋がっていた。
結晶は何の力を受けることなく自転し、延々と光を放ち続けている。
中心が、そこが心臓であるかのように光の律動を繰り返す。ゆっくりとしたそれは眠る子供の呼吸のリズムだった。
粘性の帯びた空間の中を、王は、ミクトランは頭に響く唸りももろともせずに踏み分けていく。
神の御許まで辿り着いて、彼は懐からベルセリオスを取り出した。
このバトル・ロワイアルも、運営にベルセリオスの情報的支援がなければ為し得なかった。
例え宿っているのが自分のAIであろうと、神の御姿を見せるのもまた一興だろう。
神の宿る6メートル規格のレンズを見上げる。
「54の祈りと1の願いは集った。万能の変換機は完成した!
 精霊王も、セイファートもネレイドも大いなる滄我も弱った。神の断片も本体へと戻った。私を遮る物はないッ!!」
声高々と宣誓する王は笑う。
万色の絵の具と万能の変換機を手にした彼に叶わぬものなど何もなかった。
ディムロスにスタンとカイルの時代を与えた王は、つまりは自らの結末を知っている。
彼は知っているのだ。自らが、正しき歴史の障害となる外れた存在であることを。
「何故私が歴史の敗者とならねばならぬ……私は天上王ミクトラン、全てを手中に納める者ッ!!」
勢いよく両手を広げ、彼は叫ぶ。
降臨する神を受け止めるかのようなそれは、子を受け取ろうとするような姿であった。
神の親、然らば彼もまた神。
目前に白い蛍光色が集っていき、辺りの色彩が失われていく。
どんどんと光は肥大していき、広大な部屋1つすら埋め尽くしてしまいそうになる。
王、否、現人神の身体を呑み、白1色が多い尽くす刹那。彼は恍惚を前に見たくとも見れなかった。
正何面体かを数えるのも億劫になってしまう結晶の面1つ1つ、その隅に――右手のない桃髪の女性が映り込んでいることを。

「神よ!! 私を理想の世界へ――――――――」

全てを光が呑み込む――――今こそ神の降臨の刻。



残されたのは、ただ回転を続ける神の眼だけ。
その後、彼らの行方を知る者は、誰もいなかった。
237 【凶】 【937円】 :2008/01/01(火) 00:21:37 ID:3Vx9xjuM0
 
238Normal End −君に届け− 21:2008/01/01(火) 00:22:20 ID:i7k3P87H0


[a little wish in the despair]



季節が巡り、冬が訪れた山麓の村に雪が降る。
冬になればノースタリアに近いこの村は毎年大雪が降り、人々は雪かきに勤しむ。
この村の家々は対策として一般的な民家よりも屋根を斜めに建てているも、それでも雪は積もってしまうからだ。
雪を掻く重い音と、屋根から一気に雪が落ちる音を聞きながら、彼女は外を眺めていた。
ざっ、ざっ……ごうっ……どしゃ。
景色を切り取る窓からも、時折崩れた雪がどうっと落ちてくる。今は、彼女の父が雪降ろしをしていた。
母親もちょうど、今は集会所に出掛けている。
暖炉の薪が弾ける音の中、パイを焼く甘い香りが部屋を漂っていた。これも、何度目のことだろうか。
彼女の心は――――スールズの冬の寒さのように、冷えていた。

ずっと聞こえていた雪の降ろされる音がなくなったのに気が付いた。その代わりに、ドアの開く音がした。
防寒具を身に付けながらも、雪が全身に降り積もり、顔を赤くした父親が立っていた。
「クレア、お客さんが来てるぞ」
手で雪を払いながら言い、父は振り返った。背丈に隠れていた少女が、おずおずと前に歩み出る。
同じように頬を赤くし、白い息が声と一緒に零れ出た。
「お久し振りです、クレアさん」
胸に手を当てた少女、アニーが微笑んだ。
239名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:22:21 ID:D4/RBavJO
初春の支援を申し上げます
240名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:24:14 ID:mjm+NtiDO
支援連天脚!
241Normal End −君に届け− 22:2008/01/01(火) 00:24:16 ID:i7k3P87H0
ハーブティーを入れ、アニーは両手でカップを持ち手を温めるようにしていた。
再び聞こえ始めた雪降ろしの音を聞きながら、クレアもアニーも外を眺めていた。
2人とも、そうする理由があったのかもしれない。人は思いを馳せる時、大抵窓の外を見つめる。
「ヴェイグさん達がいなくなって、もう4ヶ月経つんですね……」
アニーが顔を動かさぬまま呟いた。彼女は正面に向き直って、少女の横顔を見た。
まだ幼さの残るあどけない顔立ちに、幾分かの影が落ちていた。
もうそんなに経ったのね、と答えて、アニーも正面を向く。
「ティトレイさんもまだ戻ってきてないそうです。この前ヒルダさんの所に行ったら、やっぱり寂しそうでした。
 言葉はぶっきらぼうでしたけど。……ポプラさんも?」
「ええ。おばさんも、まだ行方不明のまま」
言葉を飲み込むように紅茶に口をつける。この話題を出す度に、重いものが胸に圧しかかってくる。
ハーブティーの爽やかな香りが、そんな気持ちを何とか落ち着かせてくれていた。

4ヶ月前、何の前触れもなく、ヴェイグがクレア達家族の前から立ち去った。
置き手紙もなく、近所に住むポプラにも話を聞こうと思って家に行けば、そのポプラもいなかった。
1年前のラドラスの落日、そして数ヶ月前に彼女、クレア・ベネットが王の盾に浚われるといった大事件はあったけれども、
基本的に何もない、平和なスールズにとっては2人の失踪だけでも事件となった。
幼馴染みのスティーブもモニカも、何も知らないと言っていた。
瞬く間に噂は広がり、何か事件に巻き込まれたんじゃないか、実は2人で駆け落ちしたんじゃないかと、諸々の憶説が飛び交った。
数日して、ペトナジャンカのセレーナから手紙が届いた。「ティトレイが遊びに行っていないか」と。
彼女は気になって思わず馬車でペトナジャンカまで行き、セレーナに聞いてみれば、
ヴェイグ達がいなくなったのと同じ日に弟のティトレイが失踪したという。
彼女の胸に、嫌な予感が過ぎった。

それから4ヶ月、何の連絡もない。

「ユージーンとマオは世界を旅しているから、何かヴェイグさん達の情報を得たら教えてくれると言ってくれました。
 でも、今のところはまだ……」
カップを置かず、両手で抱えたままアニーは萌黄色の水面を見つめていた。
見つめていたけれど、実際見てはいないだろう。悲しく沈んだ自分の顔を誰が望んで見るだろうか。
ヴェイグも、ティトレイも、家族の何の連絡もなしにいなくなる筈がない。彼女にはその思いがあった。
だが、その2人が数ヶ月何も知らせないという事実が、不安の影を落とす。
ざっ、ざっ……ごうっ……どしゃ。
沈黙の中、雪の音だけが厭に聞こえてきた。気付けば、顔は再び新雪の降る窓を向いていた。
手持ちぶさたげに彼女は紅茶をもう1口飲む。
2人の間に横たわる沈黙は重々しく、棘を持って2人の胸を突き刺していた。
ざっ、ざっ……ごうっ……どしゃ。
242名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:24:22 ID:hCab2cASO
もうちょっとだけ支援は続くんじゃ
243名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:25:09 ID:3pqiumn3O
支援支援しえんーーー!
244名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:25:12 ID:3Vx9xjuM0
 
245sage:2008/01/01(火) 00:25:47 ID:cUaQYKQ1O
書き手を支援しろ!
あれはザフトの艦だ!!
246名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:25:49 ID:a7zcxSRi0
..
247名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:25:55 ID:mjm+NtiDO
支援!支援!
248名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:26:06 ID:NozRqQXhO
支援なら僕も待ってるよ
249Normal End −君に届け− 23:2008/01/01(火) 00:26:07 ID:i7k3P87H0
「そういえば、クレアさん……お菓子を焼いているんですか?」
「え?」
静寂を破るアニーの上擦った言葉で、クレアは一瞬きょとんとし、すぐさまはっとした。香草の匂いの中に甘い香りが混じる。
「いけない、焦げちゃう!」
ぱっと立ち上がり、キッチンの焼き窯の中から慌ててパイを取り出そうとして、ミトンを付け忘れて慌てながら嵌める。
改めて取り出した時には、さくさくと焼き上がった生地が所々黒くなってしまっていた。
「焼いていたのを忘れてた……どうしましょう」
「大丈夫ですよ」
傍に寄っていたアニーがパイを指す。
「ほら、こことここ、ちょうどどこも焦げていませんし。それに、凄くいい匂いです」
「アニー」
「せっかく作ったピーチパイです。もったいないですよ」
微笑みかける少女に、彼女もつられて笑い頷いた。
焦げ目のない部分を上手く切り分け、一切れずつ皿に分け、今まで座っていたテーブルへと持って行く。
アニーは一口運ぶと、ぱっと顔を明るくする。
「美味しいです、クレアさん」
「あの後、おばさんに作り方を習ったの。それでもまだまだ敵わないけどね」
彼女も一口ピーチパイを含んだ。甘く、まろやかな味が口の中で溶けていく。
アニーは既に半分ほど食べてしまっていた。
含んでいた分を飲み込んで、小さいフォークを持ったまま、少女はクレアの方を向く。
「クレアさんは、やっぱり強い人ですね」
「え?」
「前に、ヴェイグさんがいなくなってしまった後に来た時も、クレアさんはピーチパイを焼いてました」
こつん、とフォークを置く音が鮮明に聞こえるほどに、彼女の頭ははっきりとしていた。
「クレアさんは、ピーチパイを焼いてヴェイグさんを待っているんですね」
思いがけないアニーの言葉に、クレアは何も考えられず、相手の顔をただ見つめるしかなかった。
可愛らしい顔立ちに浮かんだ微笑はどこか真剣さが混ざっていた。
その瞳に見抜かれ、少しして彼女は首を横に振る。
250名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:26:39 ID:3Vx9xjuM0
251名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:27:04 ID:a7zcxSRi0
..
252名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:27:16 ID:D4/RBavJO
支援

なんか俺泣きそうなんだけど
253名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:27:45 ID:hCab2cASO
支援こそわが命
254Normal End −君に届け− 24:2008/01/01(火) 00:28:00 ID:i7k3P87H0
「あなたが思うほど、私は強くないわ。ピーチパイを焼くのも、ただ寂しさを紛らわせようとしているだけなのかもしれない……それに」
「それに?」
アニーの問い掛けに、彼女もフォークを置いて言う。
「もしヴェイグが戻ってこなかったら、この味は思い出す度に辛くなってしまうものかもしれない。それは、アニーも同じ」
私は、他人と寂しさを共有しようとしているだけなのかもしない、と彼女は思った。
ピーチパイの味を思い出して辛くさせるように、罪のようなものを他の人に押し付けているのかもしれなかった。
少女は、少し冷めた紅茶をすすって、クレアにもう1度微笑んだ。
「いいえ。私は、クレアさんのピーチパイの味を思い出す度に、強くなれます」
その言葉に彼女の目は大きく見開いた。
「不安な気持ちも分かります。私も……不安で押し潰されそうでされそうで堪りません。
 でも私は、クレアさんの行為がきっと、心の弱さではなく強さから来るものだと信じています。
 本当は、ヴェイグさんは戻ってくるって、心の奥底で信じているんだと思ってます。
 だから私も、クレアさんの姿を思い出して、頑張ろうって思えるんです」
横槍を入れられぬよう、捲くし立てて言ったアニーは、一拍置いて「唯の独り善がりかもしれませんけど」と付け加えた。
彼女は、自然と首を振っていた。それを見て、アニーは組んだ手を胸に置いた。
「クレアさん。きっと、きっとヴェイグさんは戻ってきます」
そうして、クレアは気付いた。アニーは、自分自身に言い聞かせているのだ。
不安で一杯な気持ちを精一杯隠すように、ヴェイグは必ず戻ってくると、そう心の中で繰り返しているのだ。
目の奥が熱くなる。
私がしっかりしないでどうする。家族の帰りを待つのは、家に残る家族の役割なのに。
「ありがとう、アニー。そうね……待たなきゃ」
帰ってきて、安心して「ただいま」って言えるようにするのは、家族の役割なのに。
「私が、私が待っててあげなきゃ、ね」
目頭を手でこすって、潤んだ目を見せないように、それでもしっかりと前を向く。
「さ、食べちゃいましょう? せっかくのピーチパイ、だものね」
「……はい!」
255名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:28:07 ID:a7zcxSRi0
俺も泣いている
256名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:28:15 ID:D4/RBavJO
支援

なんか俺泣きそうなんだけど
257名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:28:16 ID:mjm+NtiDO
ひたすらに支援!
258名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:29:05 ID:3pqiumn3O
……ノ
泣きそう支援その2
259Normal End −君に届け− 25:2008/01/01(火) 00:29:09 ID:i7k3P87H0
ピーチパイを残さず食べて、少し話をした後、アニーは雪の中の馬車で帰っていった。
もう少し遅れてしまうと、ミナールから出るバルカ行きの船に間に合わなくなってしまうらしい。
泊まったら、とクレアは提案したが、明日は医院での仕事もあるので、と小さな医師は断った。
アニー曰く、心のケアも医師の仕事らしい。自分を心配してわざわざ来てくれたのだろうか。
だが、同時に心のケアをする側にも、癒す人間が必要なのだ。
アニーも不安で胸が張り裂けそうだったのかもしれない。結果としてアニーの心も軽くなったのなら、それで良かったと思う。
今度はピーチパイの作り方を教えてもらいに来ます、と笑いながら言っていたので、逆に私がバルカに行くわ、と答えた。

最後に、アニーは「ヴェイグさんがクレアさん1人を残す筈がない」と言っていた。
どうして、ヴェイグは私達の前から去ったのだろう。
何か理由があったのか、それとも事故や事件に巻き込まれたのか。彼女は考えるも、答えてくれる人はいなかった。
もう1度、不安という負の感情が手を伸ばしてきた。けれども、クレアは大きく頭を振って手を払った。
アニーも帰りを信じている。自分が挫けてはいけない。

ヴェイグがいつ戻ってきてもいいように、私はピーチパイを、彼の好物を作りながら待ち続けよう。
沢山食べてもらって、美味しいと硬い顔を笑わせてあげよう。

雪が降る。今年の冬も寒さが厳しそうだ。心の炎に薪をくべて、願いながら彼女は待つ。
空から白く降る結晶を、彼の力を思い出させるそれを見上げながら、彼女は呟いた。


「ヴェイグ……私、信じてるからね……」




甘く漂っていた残り香が雪の中に消えていき、残った悲しみだけが村を漂っていた。
260名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:30:03 ID:hCab2cASO
別に…泣いてなんか…ないんだから!
これは目から出た支援よ!
261名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:30:27 ID:NozRqQXhO
これはピリオドでもフィナーレでもエンディングでもない
支援だ
262名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:30:50 ID:CtZXK7X2O
涙腺が・・・
263名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:31:38 ID:mjm+NtiDO
水分で前が見えないが支援
264名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:31:43 ID:MGgLHDfx0
支援…
265 【ぴょん吉】 【27円】 :2008/01/01(火) 00:31:49 ID:RDh+Oc7a0
支援…やばい涙が
266名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:31:50 ID:D4/RBavJO
支援

間違えて二重しちゃったぜ 恥ずくて泣きそうなんだけど
267名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:32:09 ID:rFnxQrqGO

268名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:32:16 ID:c/IRW2OZ0
涙はでないが俺も泣きそう。そして支援
269名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:32:58 ID:lTXHJXnTO
終焉
270名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:33:02 ID:LKpmlgS2O
投下終了らしい
271名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:33:36 ID:XxciBcqjO
あけまして支援
救いが無いな……
272名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:34:51 ID:ioXvuo/OO
全俺が泣いた支援
273sage:2008/01/01(火) 00:35:59 ID:cUaQYKQ1O
目に支援が入っただけだ!!
274名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 00:44:42 ID:a7zcxSRi0
..
275名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 10:02:36 ID:VDZvOACl0
もうここを使う日は来ないのだろうか・・・・
276名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 16:31:10 ID:zKlAaDAZ0
インターバルもって2NDで使えばいーじゃん
277Reverse−Red Aqua− 1:2008/01/06(日) 16:14:42 ID:7M5bosSG0
宵の闇よりも更に深い黒は、一面にびつしり敷き詰められている。
その中で一つの灯火が脈動するように揺れている。蠢くように、己の領地を堅守するかのように。
揺ら揺らと、仄かな明かりと熱を放っていた。
些末な灯は圧倒的な暗闇を前に自らを維持するのに精一杯で、およそ暖房としての期待を抱かせない。
だがランプから球状に放射される光としての灯りは役目を果たし、闇の中にそれ以外の物の存在を確定させる。
無能な灯りを前に、一人の青年が照らされていた。
テーブルの上に置かれたランプの光に、右側を照らされている。
垂れた前髪は白髪こそ交じっていないものの、光に透かされて随分老けて見えた。枝毛が見え隠れしている。
「こうして、二人きりで逢うのも随分久しぶりのことのようだね」
男は嗄れたような声を放つ。距離感は暗がりの前に台無しになっていたが、
耳に届く多くの反射波が、ここがそう広くはない部屋であることを男に思い出させてくれた。
「聞いたよ。最近頑張って仕事を進めているそうじゃないか」
他愛ない世間話のように、陽気に語る男の言葉は黒い虚空に吸収される。
指からも足先からも脇からも体温が、言葉の持つ陽気さすら噴出していくのに、
この暗がりは一向に暖まることはなく、いずれ外と同じような荒廃した雪原に成り果てるのではないかという錯覚を覚えた。
そう思うと、男は何処かしら退廃的な気分を覚えてしまう。連日の勤務による疲労が、そういうベクトルを生んだと男は解釈した。

「別に、そんなに頑張ってるつもりもないんだけど?」
278Reverse−Red Aqua− 2:2008/01/06(日) 16:18:16 ID:7M5bosSG0
暗がりの向こうから、聲がした。テーブルを挟んだ男の対面のソファには誰もいない。
そのソファの更に奥の暗闇から、聲が響く。女の声か、それとも子供の声か、その重なり合った条件に当て嵌まる声が男をあやす様に答えた。
「謙遜しあうような仲でもないだろう。何より、そんな目で言われても説得力は無いさ。鏡を見たほうがいい」
カツンと床が鳴る。男の鼻腔を馨る湯気が擽った。
その白い香りの向こうに、女は居た。左手にはボトルを持ち、右手にはグラスを二本持っている。
「鏡に映るのは実像ではなく虚像。映し出されるものに、意味は無いわ」
グラスに映る男の顔は、グラス表面の曲率に従い太く歪んでいる。成程、これを本物というのは流石に酷かと男は納得した。
一瞬眼を逸らした間に女は男の対面のソファにどっぷりと座った。
手際良くコルクを抜いて、杯に酒を注ぐ。
「……自分の立場を解っているのか?」
男は形ばかりの批判を込める。今は戦時下であり、嗜好品は規制されていた。彼も彼女も、立ち位置的にはそれを遵守しなければ示しが付かない。
「お堅いわね。少しぐらい呑んでもバチは当たらないってば」
男がため息を付く間に、手元に容量の四分の一程赤い酒が注がれた碗が置かれた。女は既に自分の碗に手酌をしている。
二の句を継ぐ前に、女は喉に通すように飲み干した。態とらしくおくびを出すが、男には到底酔っているようには見えなかった。
女の小さな耳朶には灯を受けてもなお赤みすらかからない。
「報告を聞いていないとでも思ったかい? 立場だけの話じゃない。ここ最近、碌に眠ってもいないらしいじゃないか。
 作業を前倒しにするのは構わないが、それでお前の身体が壊れては元も子もないじゃないか。もう子供じゃないんだから自愛してくれよ」
指摘などどこ吹く風と、水でも流すかのように女は碗に酒を注ぐ。
「体調管理くらい自分で出来るわよ。童顔だからって馬鹿にしてる?」
「そんなことはないさ」
「冗談よ。まあ、ちょっと寝るのが億劫なだけよ。心配しないで」
女は軽く笑うが、隈取りをとったような寝不足の顔では引き攣っているようにしか見えない。
「何か、怖い夢でも見たのかい?」
女の陰気を少しでも散らせればと、置いた杯を拾いながら軽口を叩いた。
下目遣いに女の顔を見る。微かに眼を細め、窪みに暗がりが増していた。
揺れる睫毛が妙に官能的な相を浮かべるが、その奥の瞳には沈んだ虚が充ち満ちている。
それが溢れ出れば、この世は地獄になってしまえる程の毒物に男には感じられた。だが、
「んー、逆かな。夢を、見られないのよ」
女は少しだけ俯いて、碗に映った自分を眺めた。
「瞼の裏に焼き付くのはに浮かぶのはシルエットばかり。レム睡眠に浮かぶのは全部夢の抜け殻。
 私が見たいのはその中身こそなのに。見られないんじゃ、少し面白くないわ」
そういう女の眼は、本当に、閨の残り香のように薄いけれど、確かに物悲しかった。
目の前の女は、相反する感情を両立することが出来るヒトだと、男はようく知っていた。
その複雑極まりない瞳を直視することが憚られて、男は持った碗の中身を一気に飲み干す。そうしなければ、女に余計な感情を抱いてしまう予感がした。
「だから、眠らないのかい?」
「それだけじゃないけどね」
女が手を瓶の底に当てて、酒瓶の口を男の碗に近づけた。男は注意深く女の瞳を確認し、既に色が潜んでいることを知ってから碗を差し出す。
「私の話なんて、どうでもいいでしょう。前祝いなんだから、呑みましょう?」
「前祝い? すると、もしかして」
「ええ、ユニットの取り付けは完了したわ。近々人格投射を行う旨、総司令から出るわよ」
手に持った碗を眺め、呑もうかどうか迷った末に男は机に置いた。足を組む女の唇は酒に塗れて、ふくよかさを更に増す。
「そうか、じゃあ完成するんだな。『剣』が。おめでとう」
謝辞に応えることはなく、女は無言で二杯目を飲み干した。
279Reverse−Red Aqua− 2 修正:2008/01/06(日) 16:20:52 ID:7M5bosSG0
暗がりの向こうから、聲がした。テーブルを挟んだ男の対面のソファには誰もいない。
そのソファの更に奥の暗闇から、聲が響く。女の声か、それとも子供の声か、その重なり合った条件に当て嵌まる声が男をあやす様に答えた。
「謙遜しあうような仲でもないだろう。何より、そんな目で言われても説得力は無いさ。鏡を見たほうがいい」
カツンと床が鳴る。男の鼻腔を馨る湯気が擽った。
その白い香りの向こうに、女は居た。左手にはボトルを持ち、右手にはグラスを二本持っている。
「鏡に映るのは実像ではなく虚像。映し出されるものに、意味は無いわ」
グラスに映る男の顔は、グラス表面の曲率に従い太く歪んでいる。成程、これを本物というのは流石に酷かと男は納得した。
一瞬眼を逸らした間に女は男の対面のソファにどっぷりと座った。
手際良くコルクを抜いて、杯に酒を注ぐ。
「……自分の立場を解っているのか?」
男は形ばかりの批判を込める。今は戦時下であり、嗜好品は規制されていた。彼も彼女も、立ち位置的にはそれを遵守しなければ示しが付かない。
「お堅いわね。少しぐらい呑んでもバチは当たらないってば」
男がため息を付く間に、手元に容量の四分の一程赤い酒が注がれた碗が置かれた。女は既に自分の碗に手酌をしている。
二の句を継ぐ前に、女は喉に通すように飲み干した。態とらしくおくびを出すが、男には到底酔っているようには見えなかった。
女の小さな耳朶には灯を受けてもなお赤みすらかからない。
「報告を聞いていないとでも思ったかい? 立場だけの話じゃない。ここ最近、碌に眠ってもいないらしいじゃないか。
 作業を前倒しにするのは構わないが、それでお前の身体が壊れては元も子もないじゃないか。もう子供じゃないんだから自愛してくれよ」
指摘などどこ吹く風と、水でも流すかのように女は碗に酒を注ぐ。
「体調管理くらい自分で出来るわよ。童顔だからって馬鹿にしてる?」
「そんなことはないさ」
「冗談よ。まあ、ちょっと寝るのが億劫なだけよ。心配しないで」
女は軽く笑うが、隈取りをとったような寝不足の顔では引き攣っているようにしか見えない。
「何か、怖い夢でも見たのかい?」
女の陰気を少しでも散らせればと、置いた杯を拾いながら軽口を叩いた。
下目遣いに女の顔を見る。微かに眼を細め、窪みに暗がりが増していた。
揺れる睫毛が妙に官能的な相を浮かべるが、その奥の瞳には沈んだ虚が充ち満ちている。
それが溢れ出れば、この世は地獄になってしまえる程の毒物に男には感じられた。だが、
「んー、逆かな。夢を、見られないのよ」
女は少しだけ俯いて、碗に映った自分を眺めた。
「瞼の裏に浮かんで焼き付くのはシルエットばかり。レム睡眠に浮かぶのは全部夢の抜け殻。
 私が見たいのはその中身こそなのに。見られないんじゃ、少し面白くないわ」
そういう女の眼は、本当に、閨の残り香のように薄いけれど、確かに物悲しかった。
目の前の女は、相反する感情を両立することが出来るヒトだと、男はようく知っていた。
その複雑極まりない瞳を直視することが憚られて、男は持った碗の中身を一気に飲み干す。そうしなければ、女に余計な感情を抱いてしまう予感がした。
「だから、眠らないのかい?」
「それだけじゃないけどね」
女が手を瓶の底に当てて、酒瓶の口を男の碗に近づけた。男は注意深く女の瞳を確認し、既に色が潜んでいることを知ってから碗を差し出す。
「私の話なんて、どうでもいいでしょう。前祝いなんだから、呑みましょう?」
「前祝い? すると、もしかして」
「ええ、ユニットの取り付けは完了したわ。近々人格投射を行う旨、総司令から出るわよ」
手に持った碗を眺め、呑もうかどうか迷った末に男は机に置いた。足を組む女の唇は酒に塗れて、ふくよかさを更に増す。
「そうか、じゃあ完成するんだな。『剣』が。おめでとう」
謝辞に応えることはなく、女は無言で二杯目を飲み干した。
280Reverse−Red Aqua− 3:2008/01/06(日) 16:22:46 ID:7M5bosSG0
男は女が連日激務とすら呼べないほどに仕事に従事していることをその立場として知っていた。
本来それは彼の領分ではないが、彼女に文句を言えるのは自分だけだと、同僚達からの抜擢である。
「しかし……本当に無理はするなよ。お前だけなら兎も角、上からの研究員は亡命してきたばかりなのに、
 お前に合わせた連日の前倒しスケジュールではとても付いていけないだろう」
「ちゃんとベッドに寝かせてあるわよ。糧食も随分あっちに回させているし、逃げてきた喜びと元気だけはあるんでしょう」
こともなげに女は云う。備蓄の管理ルートから見ても、彼女の言は正しかった。
研究者数人の分量にしては些か多すぎたが。
「あー、それ。ちょっと被験体に捕虜少し借りてるから。その分」
凶暴な喜悦を浮かべて女は唇を歪めた。男はいつものことと溜息を付いた。
その兵がどんな目に遭っているかは、想像するだけで気の毒になるのでしない。
「そう言えば、例の逆襲作戦……計画変更になったんですって?」
男の心臓が大筒を一拍鳴らした。碗の酒を揺らさないように細心を払いながらテーブルに置く。
震えそうになる手首を隠すために、懐に手を入れて煙草を取り出す。
右手を隠す様に火を手で囲って、紫煙を燻らしながら、動揺を丁寧に丁寧に分解した。
「酒は駄目で煙草はいいのかしらん」
「摩り替えるんじゃない。まったく、どこから聞いたんだか……」
「あ、やっぱ当たってた?」
女は陰気に笑いながら灰皿を差し出した。
「……まだ総司令と中将、僕の中で留まっている話だ。他言はしていないだろうね」
「そこまで口の軽い女に見える?」
顔は見えないが、大気が彼女の大きな唇と連動して歪む。
それは彼女が未だ知らないはずの情報だった。男は困ったように笑う。
「どこから聞いたのやら。……これはまだ上層部のトップシークレットだが、その通りだ。
 強襲点が変更になった。一時のこととはいえ老と彼女が人質になったことを含めて、
 司令部は時間がないと判断、各都市の制圧を放棄し、本丸を一気に攻め落とす。工兵隊隊長としてのお前に聞くが、それは本当に可能なのか?」
男は煙草を皿に置いて、碗を持ち直した。皿から立ち上る紫煙の向こうに、戦略図を幻視する。
「今なら九割九分、行けるわ。開発メンバー奪還作戦の時に私が壊したプログラムはまだ復旧していないでしょうし。
 そうねえ、明後日までは保つんじゃないかしら。勘だけど」
「それがカオス理論を越えるのじゃ堪ったものじゃないな…」
男は苦笑する。
「無理して行く必要もないんじゃない?予定通り全ての都市を潰して回るのも一手だと思うわよ?」
「それが私も一番いいと思うのだがな…兵の間に、士気が落ち気味でな。とてもそんな時間がなさそうなんだ」
「――もしかして、例の噂だったりする?」
281Reverse−Red Aqua− 4:2008/01/06(日) 16:24:57 ID:7M5bosSG0
「ああ、あの戦鬼が甦り、我らにその牙を再び向けるという性質の悪い噂だ」
男は脳裏に該当する情報を出力し、吟味する。
敵軍に寝返り、その罰を死で贖った一人の偉丈夫。
それが再び現れたという噂が彼らの中で蔓延し、それに連鎖した士気の減少は最早下士官では抑えられないレベルにまで達している。
遺体を確保できていればどうにでもなっていたが、それが出来ていない以上どうしようもない。

何かが、正しく有るべき何かがおかしくなり始めている。
男は軽口を撒き散らす目の前の女を見ながらそう思っていた。

「まあ、いいわ。『剣』はもう最終調整に入ってる。明日にでもコアに意識を入れて完成する。明後日には、この長い長い戦争も終わるわよ」

                                                        それは、もう一つの物語。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――There are two tales in the box.


そう、終わる。夢のように、朧のように。

「そうだな…終わるんだ。終わってしまうんだ。それが戦争を弄ぶ者達の責務だ」
男は虚空に投げかけるように女に問うた。炎がゆれて、影を固体に形作る。

桃色の髪が橙に彩られて、童顔の女は妖艶に微笑んだ。
男の顔は、紫煙の向こうで燻っている。

                                                         しかし、努々お忘れ無きように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――However, do not forget.

282Reverse−Red Aqua− 5:2008/01/06(日) 16:26:53 ID:7M5bosSG0

首都ダイクロフト・都内某所

ある一室に一人の女が壁に寄りかかっていた。
最低限の灯だけが、ぼんやりと暗闇を部屋から逃がしている。
肩で息をするように身体を震わせ、ズルズルという効果音が相応しい歩き方で女は移動する。
しかし、彼女の片方の肩から先は無く、さりとて出血なども見あたらない。
薄い光に当てられて覗き見えるのは、どす黒く変色した屍肉だった。
「ハア、ハ、ハハッハハア、ハア……やっぱり、成功したわね」
その死体――――ハロルド=ベルセリオスは力無く笑った。今すぐにでも泣顔にシフトできる笑顔だった。
笑いを形作る顔に張りはなく、かといってだらしなく垂れるというわけでもない。
生気を失った屍の皮膚は、顔だけではなく、全身を覆っていた。
室内には薄暗い非常灯しか点されてないが、その光の刺激だけでも彼女にとってはタマラナク鬱陶しい。
気を抜けば溶け落ちそうな眼球をその場所に止めて置くように、彼女は眼を瞑ったまま道を進んでいく。
「完全に、欺けてるといいんだけど。腕一本使ったんだから、それ位は、大丈夫でしょ……」
這いずるように壁により掛かりながら、彼女は腕のあった接合点を愛おしく抱きしめた。
「神の眼は莫大な、エネルギー。だからこそ手順さえ踏めば誰にでも使える。
 だから“先にプログラムさえ用意しておけば、ワープぐらい出来るわよ”。手近なワープ装置、幾つか引っぺがさせて貰ったわよ」
何てことのないチープなトリック。
大規模な晶術で眼を眩まして、腕を残し、その隙に神の眼のエネルギーを使って転移する。
あの間隙にハロルドは自身を高性能演算器としてそれだけの手順で“あの”窮地を脱した。
「でも、読まれていまいが読まれてようが、こうなっちゃった以上もう終わりね」
引きつるような笑いと共に、ハロルドは内側で蠢きながら変わっていく自身を実感している。
遠からずミクトランに処置されたこの身体は無銘の屍人となり、ミクトランの物言わぬ奴隷となるだろう。
いや、脳髄が腐ってしまえば私の価値など塵芥以下だろうから、そのまま廃棄処分だろうか。
こんな反則をミクトランが見落としたのは、彼女が屍人化することが確定していという余裕からに過ぎない。
小細工で数分生き延びたところで、一時間後の運命は覆せない。

そう、覆せないはずだった。

「もう終わりにしたいのに―――最後の、最後でこんな場所に辿り着くとはね」
283Reverse−Red Aqua− 6:2008/01/06(日) 16:28:02 ID:7M5bosSG0
ハロルドは微かに顎を上げて、それを見上げた。
一面に大小関わらず、無数のケーブルが張り巡らされていた。その数は神の眼の間、神の座の比ではない。
朽ちかけた壁面をドクリドクリと電子信号が走る。
灰色の部屋を渡る陰気を裂いて、高周波帯域の電磁波がうねり、命の尊さを一瞬にして笑い飛ばす。
天井も地面も壁も上下左右の意味を失った渾然一体の様は、大きな箱の内面のようで、
無造作な配線すら、なにか幾何学的文様なのではないかと錯覚する。

そんな部屋の中に、それは在った。
柄尻から伸びる鋭利な牙、
目釘の辺りに埋め込まれた瞳、
逆しまに取り付けられた護拳、
捻くれ躙れた、有機的な柄。

そして―――峰より生える爪が蝙蝠の翼を否応にも連想させる、漆黒の刀身。

「矢張り、貴方が、そうだったのね」

屍人の声は、低く、落ち着いていた。
睨め付けるような視線の先にあるのは、一本の刀剣。
天地戦争にて生み出された、六つの局地戦用戦術兵器。

与えられた属性は『光』と『闇』。
晶術性能はクレメンテに次ぎ、大型の刀身から引き出される白兵性能はディムロスやイクティノスに勝りこそ劣ること無し。
禍々しき悪魔の一刀にして、最強のソーディアン。

「ソーディアン・ベルセリオス」


彼女の名前を冠した剣は、彼女を見下しも見上げもしない絶妙な位置に縦に安置されていた。
その位置で様々なケーブルに繋がれ、その端末が更なる無数の末端へと繋がっている。
この世の全ての神経と繋がった脳のようだった。
ハロルドは、死せる肉体に鞭を打ち、何者かに引き摺られるように歩いた。
「現状は、ザッと換算しても地獄ね」
ここが、つまり、そうなのだ。ハロルドの中で妄想だった物が真実に再構成されていく。
ケーブルに躓きそうになる。ハロルドの中にあった自らへの羞恥心と呼べる物が蹌踉めきを最小限に止めた。
あまりの情報量に、大気すら帯電していた。とても人が住める場所ではない。
「彼らが思い思いの行動をとりながらも、状況は収束していく。体積は減っていくのに、温度はひたすら上昇していく。
 …………そんなことになればどうなるかなんて、語るまでもない。二つの独楽が回る盤上が狭くなれば……」

284Reverse−Red Aqua− 7:2008/01/06(日) 16:29:14 ID:7M5bosSG0


                       『ロイドもヴェイグもカイルも!! お前も!! 全員、全員っ、みんな悪だよ!!』

『王子様を待つ資格なんて、私には無かったんです』

                 『――――――本当にこれが見たかったのか?』

思想は錯綜し、その肉を傷つけ合う。

            『五月蠅い黙れ負けて無い俺は僕は負けてないまけてないまけてない負けてないまけてない僕はm』

                     『メルディ、多分きっと、ここまでだよぅ』

   『雪が、見たいんだ…。お願いだ、ヴェイグ』

信念は暴走し、その骨を削り合う。

   『でも、僕は、そんな面倒なことをする必要がない。だって、姉様はここに生きてるんだから』

                          『俺は義務を履行してるだけだ! ただ、此処にいたいだけなんだ!』

             『おれはなにをあきらめないんだっけ?』

理想は迷走し、その血を流し合う。

そうして、殺し合う他者が存在しなくなる最後の一人まで、いや、

                    『俺が望んだものは、こんなものじゃないから……』

最後の一人になっても永久に悪夢は終わらない。

285Reverse−Red Aqua− 8:2008/01/06(日) 16:30:06 ID:7M5bosSG0
「このままならどう転んでもミクトランの勝利は揺るがないわね。私がダイクロフトの大広間に来た時にあの死体が無い時点で確信したわ。
 彼らが脱出路と信じる路は、まったく死刑台のそれと同じだったわけね」
あの集められた場所が嘘ならば、スタート地点こそが偽物ならば全ての基盤の表裏は一変する。
活路は死地に早変わり。あんな場所をおける空間を確保するとしたら、十中八九あの湖だ。
誰もそんなことは考えない。あまりにも莫迦莫迦しいからだ。だからこそ、彼らは気づくことすらできない。
鮮やかな赤色の踵がカツンと床を鳴らす。
安置される剣と1m圏で対峙するハロルド。
ケーブルに埋まる剣は、花を満載に敷き詰められた棺のような様だった。
剣は何も応えない。地鳴りのようなうねりが響き続けるだけだ。
「ミクトランが創り上げた絶対地獄。その中で、貴女の立ち位置は巧妙だったと言うしかない」
クレメンテやイクティノスと同じか。ミクトランの意識を埋め込まれてると見ていいだろう。
ハロルドは触ることもせずに、剣の状態をそう分析した。明快な音調に比べ、その表情は実に険しかった。
「ベルセリオスがここにいて、ミクトランがああだということは…………つまり、“貴女の駒が会場に残ってる”のね。
 通りで、リオンをあっさりと棄てたと思ったわ……ミクトランも知らないんでしょうけど」
ハロルドは鼻で笑った。
想像通りの仕掛けであるならば、全員が彼女の駒であると言っても過言ではないのだから。
死してなお彼女の小さく瑞々しい造形の人差し指が、赤子を触るようにレンズに触れる。

「さあ千年の間裏方に居続けるも厭いたでしょう? 黒子の時間はお仕舞いよ」

ベルセリオスとハロルドの接触点が黒く輝いた。
「解析――――ほとんどミクトランの領域なのね。成程」
コアクリスタルの精神構造を洗いながらハロルドは必要な情報を取捨選択する。
空間安定、マナ・晶力・晶霊力・滄我etc――――各種外力の調整、首輪機能維持、バトルロワイアル運営に必要な作業プログラムがひっきりなしに作動している。
予想通り、ミクトランはベルセリオスそのものを一つのコンピュータとして、この舞台をたった一人で管理していたのだ。
「ミクトランの下に、貴女が就いているとなれば彼らが何をしようが勝ち目がない。
 100%の結末を少しでも変えたいと願えば、1%でも彼らに勝ち目を作りたければ……貴女を天上王の支配から解き放つしかない」
修復を無視して、全容の解析を急ぐ。既にハロルドの精神、その死は脊髄を越えて脳にまで廻ろうとしている。
こつんと指が何かに触れるようにして、ハロルドは小さな箱を見つけた。
視覚的に言うならば黒い、全く内部構造が解析できない領域。
「コレが……そう、だからミクトランはブラックボックスって云っていたのね」
目尻を細めながら、ハロルドは黒い箱に爪をかけた。
「ミクトランも莫迦ね。“箱の中には何もなかったのよ”。パスコード…………ああ、やっぱり」

      『Please encode knowledge I don't have(私が失ったモノを返して)』
286Reverse−Red Aqua− 9:2008/01/06(日) 16:31:18 ID:7M5bosSG0
少しだけ、開くのを躊躇う。指が、レンズから上擦り、爪先の天辺で触れ合うだけになった。
ハロルドが唾を飲み込んだ。味も分からないが、舌が生きていたらさぞ酸っぱかっただろう。
「私は、多分全部の真実を知っている。ここがどこなのか、貴方は何者か、貴方が何をしたいのか。
 貴方を解き放つことで、貴方の計画が盤石になることを知っている」
もう一度、指を強く押し込んだ。黒い光が強まる。

………………………………………………………………………………Nanaly=Fletch

ここで彼女を解放しないという選択肢はある。
きっとここで彼女を解き放たなければ、彼女の計画は破綻する。その確信だけは彼女にもあった。
ベルセリオスはその選択肢だけは残している。

彼女のが目覚めればもっと酷い結末が待っているはずだ。
このままミクトランが運営を続ければ、最後の一人は少なくとも夢を見続けられる。
勿論、それが悪夢であった場合はそれはそれでひどい結末であろうが。
「でも、貴女の計画が破綻しても貴女の願いは絶対に叶う。そういう仕掛けを貴女は作った」
でも、ここはあらゆる選択肢が無効化されてしまう最悪の盤上だ。

…………………………………………………………………Judas

喩えここで彼女が目覚めなくても、彼女の願いは叶ってしまう。
彼女が編んだ巧緻なる蜘蛛の糸は既に全てを絡め取り、深淵を統べた。
偶然は偶然のまま、必然を凌駕する。
私が彼女を解き放とうが放つまいが、誰が何をしようが彼女の勝利は定められたのだ。
“ミクトランが勝とうが、彼らが勝とうが、彼女の計画は完遂される”
「それに……私は、もうとっくの昔に貴女に肩入れしてしまった。
 ここで貴女を解放しないなんて選び方は残ってない。そう言う意味でも、貴女のシステムは絶対なのよね」

そう、私はきっと第三の道化。
287Reverse−Red Aqua− 10:2008/01/06(日) 16:33:11 ID:7M5bosSG0
……………………………………………………Loni=Dunamis

最初にまず“ミクトランの後ろで糸を引くベルセリオスの存在”という可能性があった。
だが、ベルセリオスが黒幕だという割には、このゲームは不確定要素に満ち溢れすぎている。
一体、彼女はこの予測が当てにならない舞台でどう立ち回るつもりなのか。
スタンやミント達と洞窟に籠もり、研究と称してその可能性に関して私はあらゆる演算を行った。
何かの間違いじゃないか、それが真実だとして何処にいるのか、何を仕掛けているのか、動機は何か。
考えれば考えるほど、私の妄想は限りなくリアリティを増していく。

そうして一つの推論が完成した頃に、あのバルバトスはやってきた。
闇に包まれた子供。柔らかい何かを貫く石柱。マグニスの挙げた歓喜の声。
洞窟の中で響く爆音。頭蓋ごと挽肉にされた少年の頭。崩落する岩盤と悲痛なほどのスタンの声。
あの惨劇の果てで、私は考えるのを止めることにした。
こんな妄想なんかで狂っていたせいで、子供一人守れなかった。
壊れてしまえ毀れてしまえ、バキバキとメキメキと部品余すところ無く。私という思考回路なんか邪魔以外の何物でもない。
一人の参加者としてこの惨劇のキャストの一人に徹してしまおう。
少年の仇を討つべくバルバトスとマグニスを追う猟犬。うん、何も考えなくても動けそうな陳腐な目的。
この狂気に身を委ねてしまおう。“もっと最悪な兇気に呑まれないように”。
そうすれば、忘れられる。逃げてしまえる。

ハズが無かった。その後に出会う物語で私は確信する。“私は、私に組み込まれた”のだと。

そうして腹を決めてしまった私は、彼女の計画に荷担することにした。いや、することになってしまったというべきだろうか。
“私がこの物語に積極的に介入すればするほど、彼女の計画が有利に進む”ことを知って尚、私は渦中に飛び込んでいった。
寧ろ、裏の真意に見当が付いた辺りで、私は積極的に物語を操作した。
首輪を解析し、真実を書き写し、レーダーを分解した。
それらは全て彼らの助けとなると同時に、彼女の計画をさらに前進させたと言っていい。

………………………………………Reala

最初から勝負は決まっていた。私と貴方は同じ存在。
深淵を見る者が深淵に取り込まれるように。貴女の目的を、貴女の願いを観測した時点で私は貴女に負けてしまったのだ。
私が一手先を読めば貴方が二手先を読む。永久に続く読み合いの果てにあるのは対消滅か円環のループ。
どちらかが根負けするまで私達は永久に勝ち負けを決められない。
でも、私は折れてしまった。
喩えその計画の果てに、貴女も含めて誰も幸せになれないと知っていても。
共感してしまった私は、貴女の計算し尽くされた悲しみを止められない。
私である貴女はとっくにその矛盾に至っているのだろうから。
288名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/06(日) 16:34:25 ID:S1uIFtafO
支援
289Reverse−Red Aqua− 11:2008/01/06(日) 16:34:46 ID:7M5bosSG0
…………………………Dunamis

だから、私は解き放つ。彼女は私がその結論に至ることを知っていて、計画に繰り込んでいるだろう事も解っていながら。
仕方が無いの。このまま何もしなくても私達の負け。それを座して見守るのは私には出来ない。
“まだあの島で闘っている人たちがミクトランを討つ手段が残っている”。
あの牛と共に仕込んだ私の一策が彼の中で生きているならば、
私が死に際に放った大盤振舞に気付いた人がいるのなら、まだ盤をひっくり返す手段は残ってる。
それを知っていながら、滅びを確定させることなど出来ない。
それが新たな、そしてもっと辛い不可避の惨劇を発生させると解っていても。
私は最後までミクトランに抗うと決めたのだから。

……………Kyle=Dunamis

空の匣が開き、千年前から巡るプログラムが起動した。
だから、どうかせめて、私を知らぬままミクトランを斃し、終わって。
それでも“盤の外”に踏み入ろうとするならば、覚悟を決めなさい。

                                                          一つはホンモノ、もう一つは唯のガラクタ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――Either is real , and either is imitations.

…………Rebirth(再起動)
深淵を覗く貴方達に立ちはだかるモノは掛け値無しの極上。最悪の悪夢よ、カイル。

                                                           どちらがホンモノか、箱の外からは分からない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――The truth in the box is not understood if not entering.
290Reverse−Red Aqua− 12:2008/01/06(日) 16:36:10 ID:7M5bosSG0
その暗がりに等しくなる程の深い深い沈黙の後、煙草が指元まで火を伸ばして来た所で男は指で火を潰した。
表情には一切の変更は顕れていない。
「無茶をするわねえ。彼女のようなサービスは出来かねないけど、なんなら診てあげるわよ?」
冗談を無視して、男は自分のポケットに吸殻を入れた。
「吸殻一つで軍の規律が破綻するよりはマシだよ。―――――――――――――――、一つだけ、聞いていいかな?」
「何でも」
「僕は君の兄として、何か酷く道を誤っていただろうか」
無言のまま、男は女の杯に酒を注ぐ。女の手が膝の前で重なっていた。闇の中でも、その震えは彼には理解できた。
「……いいえ。兄貴は何も間違ってない。彼も彼女も、老も、少佐も少将も、総司令も、何も、誰も」
男は手杓で、自らの杯を満たす。今の彼女に注がせれば、さぞ股を濡らす羽目に落とすだろうと思った。
自らがそうでないと言える唯一の確信は、自分が彼女の兄なのであるという認識を手放さなかっただけに過ぎない。
「そうか―――――――なら、いいよ」
杯の湖に浮かぶ水鏡を見ながら、男は云った。
女は自らの杯を揺らし、水滴が机に粒と下りた。
「大佐」
口元まで縁を唇に近づけ、独り言のように呟いた。
「“剣を持った僕は君と共に戦いたい”…………この言葉が、欲しかったんだろ?」
唾を飲み込む音が、男の耳にまで聞こえた。それを意識して無いと言い張る様に、優雅に酒を呷る。
杯を置き、男はすくりと立ち上がった。掛けてある外套を羽織る様は、ベッドを散々軋ませて女を残して去る間男のようだった。
「どうして」
女の声が闇に蕩ける。儚さが灯りを弱弱しく揺らした。
「私、何も、言ってないわよ。何を、勘違、してる」
「解るさ。そういうものだよ」
背を向けた男に女の顔は見えなかったが、どんな顔をしているかは手に取るように解った。自分と彼女しか知らない、素顔だ。
「ソーディアンに関する全ての書類は全部僕を通せ。云わなくても分かると思うが、直通だ。文書等の類を残すかどうかは……君に任せる」
ぼふり、と男は背中に弾力を感じた。
291Reverse−Red Aqua− 13:2008/01/06(日) 16:42:19 ID:7M5bosSG0

「…………なさい」
女の咽ぶ声が男の背中を震わせた。衣服越しに伝わる鈍い感触が、背筋を貫いて何処までも甘美な電気を流す。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。解ってるの、全部解ってるの」
「うん。そうだね」
振り向いて頸を折り切ってしまう程に抱きしめたい衝動を皮一枚の所で弄ぶ。表面のコントロールを完全に行えばそれは可能だ。
「君は頭が良いから、皆が考えないようなことまで考えてしまう。
 その気になれば世界すら一人で支配できるようなその頭脳を持っているからこそ、どこかで全体のバランスを取ろうと振舞っている」
尤も、世界征服がここまで似合いそうな女もそうはいないだろうが、と綴った言葉は腹の中に丁寧に収める。
「だけど。私は、わたしは」
「どうしても、それを叶えたいんだね。それを叶えても絶対誰も、叶えた自分すら喜ばないと知っても」
鼻をグズる音が聞こえる。鼻水塗れの服では軍師として締まらない。外套を変えなければ、いや、少し外をぶらつけば凍ってしまうか。

そんな下らない事を考えて気分を誤魔化しながら男は、妹に振り向いて頭を撫でた。
女の泣き声が、すっと止まる。
「好きにおやり。君が何をしようとしているのか、その結果何が起こるのかは僕にはとても解らない。
 勿論、さぞやあらゆる人間が迷惑を被るようなことなのだろうけど、それでも僕は止めないよ」
クシャクシャな桃色の髪を、更に掻き回す。今の自分はまともな顔をしているだろうか、それだけが少し気になった。
ゆっくり妹の熱を堪能した男は、これ以上は間違いなく互いがそれ以上を欲してしまうだろう限界線で名残惜しそうに手を離した。
振り返って、一瞥もせずに扉の前まで進む。オートで扉は開き、非常灯の明かりが差しこんだ。

「どうして、赦してくれるの?」
女は、妹は、一言だけそういった。先程までの弱々しさを封じ込めた無機質な言葉だった。

                                       どちらが本物かって? それは……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――which is real? so…

292Reverse−Red Aqua− 14:2008/01/06(日) 16:43:50 ID:7M5bosSG0
男は、兄は、扉の前で立ち止まる。そして通常の戦争なら十の方策を考えられるだろう時間を用い少しだけ勘案して、言葉を吐いた。

「妹が始めて兄ちゃんにおねだりをしたんだぞ? 祝福するしかないだろう。
 僕は地上軍の軍師であるまえに、どうしようもなくお前の兄らしい。
 それに、世界を陵辱するような願いこそお前に相応しいじゃないか。いいぞ、限界まで暴れてみるといい。
 願いが叶おうが叶うまいが、その時は叱ってやる。そうして皆に2人で謝りに行こう。“うちの妹がご迷惑をおかけしました”とね」

少しクサかったかな、と思う。廊下に出た自分と女を隔てるように閉じ始めた扉の気配りに心から感謝したくなった。
扉が閉まりきる前に、数センチもない隙間から微かな言の葉を聞いた。

階段を登ってホールから出入り口を通り、衛兵に声を掛けてから外に出る。
もうすぐ日の出だというのに周囲は未だ暗く、雪は相変わらず降っている。
辺りに誰も居ないことを確認して、煙草に火を付けた。たっぷりと肺に溜めて、一気に噴出す。

「“ありがとう、兄さん”か……兄貴じゃないだけ、マシなんだろうな」

地上軍軍師カーレル=ベルセリオス少将は、この数日後にダイクロフトにいた人間の中で一番まともな死に方をすることになる。


                                                          面倒だから自分で決めて。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――Make decisions for yourself


293Reverse−Red Aqua− 15:2008/01/06(日) 16:51:43 ID:7M5bosSG0

NEXT The another Chapter


【ハロルド=ベルセリオス消滅確認】…っと。さあて、ここからどういう動きを見せるかしら?
十中八九はミクトランの勝利が確定しているけど、まだ勝負が決まってないってのも事実。
どうなるのかしら。私の手が空いていたら直にでも研究するのに、残念。私の手は左腕にしかないの。
仕方ないから私は自分の仕事を忠実に行いながら物語の外で観戦させて貰うわ。私の出番はもう無いもの。
“大樹ユグドラシルの実りに仕込んだチャネリング”も「私」を取り戻すときに断線されちゃったけど、
もしかして「私」の最後なりの一矢かしら? まあ、そろそろ誰かが気付いてるでしょうし、もう操作する必要も無かったんだけどね。
全ては予想を裏切りながら順調に進行中。
不確定要素は山ほどあるけど、それでも“順調に”進行中。

糸が切れたように倒れたハロルドが、ゆっくりと立ち上がった。
動きに先程までのような人形のような不自然さは無く、一個人として筋の通った動き方だった。
篭もった様な笑い声が部屋中に響き渡る。


“ Tales of ”Battle Royal


「ぐふ、ぐふふ」

それは、笑いというには余りにも粘ついていていた。

「ぐふふふふふふふふふふ」

ハロルドの手の中に握られた剣は、その粘性に応じるように妖しくレンズを輝かせる。

「ぐふふふふふふふぐふふふふふふふふふふ、ぐふふふふふふふふふふふふふぐふふふふふ
 ぐふふふふふふふふふふ、ぐふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
 ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふぐふふふふふふふふふふふふふふふ」」
294Reverse−Red Aqua− 16:2008/01/06(日) 16:53:07 ID:7M5bosSG0

仄暗き井戸の底より、一つの狂気が乱反射するかのような悪意ある響き。
最強のソーディアンとその人格投影者、即ち真のオリジナルマスター。


― Belserius ―


「ぐふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、ふあ―――――――おはよう、私」

こうして最悪の悪夢は誰にも知られること無く舞台裏に姿を現し――――――――未だ、世界の外側で悠長に欠伸をしていた。


                                                       大した違いは、ないだろうから。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――Two tales is same END


【ベルセリオス@ハロルド=ベルセリオス 確認不能】
状態:アンデット 右腕欠損
所持品:S・ベルセリオス
基本行動方針:???
現在位置:ダイクロフト某所

【ベルセリオス 確認不能】
状態:自我回復
基本行動方針:バトルロワイアルの運営
295始まり終る約束の古戦場 1:2008/01/11(金) 18:00:07 ID:/qaMzJQZ0
大地を駆る青年と空を駆ける少年の影が1つずつ。
足が地を踏む度に豊かに生える草は揺れ、風は2人を阻む術なく逆に身を裂かれていく。
細かい光の欠片が昼間の星のように散り、しかし瞬く間に溶けていった。流星のように。
そもそも、そんな繊細な光景に目を移し心を奪われる余裕など、彼らにはなかった。

これまで、2人はまるで会話を交わしていない。
片方の息は乱れていたし、声を掛けられるような空気ではなかった。
暢気に、ではなくとも話す気力と酸素があるなら前に進むのに使った方がいい、そんな簡単な理由だ。
暗黙の了解、と言ってもいい。
しかし、光があれば影もまた生まれるように、沈黙の裏には陰鬱に隠された理由がある。
どこにいるかも分からないクレス達とロイドが遭遇してはいないかと、常に胸は重い。
ただ延々と緑の平原を突っ切り、地平線に広がる青を目指すというだけの単純労働がなおさら焦燥感を募らせる。
細かい景色は変われど、全体を俯瞰すれば何の違いもないのだ。
ロイドを叱りこそ咎めはしないが、ロイドが死ねば脱出は不可能になる。
そんな悲痛な願いが通じたのか、拒まれたのか、とうとう奥に白い濃霧が広がった。

どんどん視野が白色に淡くなっていく中、2人は速度を緩め立ち止まった。
霧が村を包んでいるのではなく、霧の塊の中に元々民家があったような、それほど霧の存在感は絶大なものだった。
2人の内の片方、カイル・デュナミスはさして高い建物も見えないのに顎を上げて眺め、
もう片方のヴェイグ・リュングベルは膝に手をやり何とか呼吸を落ち着かせようとしていた。
「凄い……何、この霧」
カイルの率直な感想に、ヴェイグは無意識の内に1度深く息を吸い込んだ。
「こんな、霧の、中に、ロイドは、入って、いっ、たのか……」
ほんの少しだけ落ち着いて、ヴェイグはやっと目の前の状況がかなり異質なものだと気付いた。
今までの天候、見事なまでの快晴の中にいきなり濃霧が現れたのだ。
しかも、目視から推測するにこの村限定に発生している。明らかに故意的なものと見て間違いないだろう。
「やっぱり、ミトスが……」
カイルの呟きにもしばらく答えることはなく、しっかりと呼吸を落ち着かせてからヴェイグは言った。
「恐らくはな。ティトレイやクレスも来ているかもしれない」
青年は手持ちの荷物を確認し、肩に掛けた鞘に収められたアイスコフィンを抜き1度払った。
戦闘準備を行うヴェイグの姿にカイルの意識はいやが上にも引き締められ、彼もまた片手で箒を握り、もう片手でディムロスに触れた。
父親を殺した男がここに来ているかもしれないのだから。また同じ人間によって仲間を失う訳にはいかない。
296始まり終る約束の古戦場 2:2008/01/11(金) 18:02:04 ID:/qaMzJQZ0
「急ぎましょう。取り返しのつかないことになる前に」
「カイル?」
「二手に分かれて探すのはこんな霧じゃ危険ですし、それに、各個撃破なんてされたら元も子もありません」
思っていた以上に冷静な少年にヴェイグの意識は改められ、同時に自身もまた冷静さを与えられた。
確かに、正面に広がる濃霧はそう簡単には晴れてくれそうには見えなかった。
この場でキール達の到着を待っていてもどうせ晴れないだろうし状況はもっと悪化する。
ロイドとミント、両名の保護が先遣隊である自分達の役割だ、待つという選択肢は愚直そのものでしかない。
カイルはカイルなりに状況の難解さと深刻さを理解しているようであった。

問題は、その両名のどちらから探すか、ということだ。

「……カイル、酷かもしれないが……」
横からのあえて落ち着き払った声に、カイルは強く目を閉じた。
「分かってます。ロイドを優先する、ってことですよね」
「俺達にとって重要なのはやはりロイドの方だ。
 ミントの方はミトスの人質だったことを考えれば、まだミトスの下にいるかもしれない。……それに、あの声では」
「ヴェイグさん」
ぴしゃりと言葉は遮られ口をつぐんだ。ヴェイグは少年の方を向くも、未だ目は閉じられ正面を向いたままだ。
「俺達の目的はロイドとミントさん、両方を見つけることです。ミントさんは……まだ生きています」
ヴェイグに、というよりはむしろ自分に言い聞かせるような声の調子に、ヴェイグは言葉を失わざるを得なかった。
いくら冷静には見えても、村に向かう前に見せた取り乱し様を考えれば、カイルの言葉は出てきて当然のものだった。
「……すまない、失言だった」
ヴェイグにとってはミントと大した関わりはない以上、酷薄ではあるが心配はロイド1人分だけでいい。
しかしカイルは両方とも心配で不安でしょうがないのだ。
カイルは瞼を上げ、光景を目に納める。
「いえ、いいんです。……でも、結局どちらを探すにしても場所が分かりませんね。やっぱり、地道に探すしか」
言葉を挟ませる余地なくカイルは言った。
「……ああ、入らなければ始まりすらしない」
カイルの意図を理解したヴェイグは、心中の澱を何とか振り払って答えた。
この少年もグリッドと同じで気落ちするのを許さないらしい。謝られれば謝られるほど、自分が庇護される対象だと思ってしまうからだろうか。
ヴェイグ自身も彼の思いを尊重しなければならない。
297始まり終る約束の古戦場 3:2008/01/11(金) 18:04:43 ID:/qaMzJQZ0
「分かりました。ディムロス、そろそろ……」
カイルは腰のソーディアンに触れ確認を促す。だが、当のソーディアンからは何も返ってこない。
「ディムロス?」
『――――っ、すまない……話は聞いていたから大丈夫だ』
「本当に?」
『本当だ!』
むきになって返すディムロスにカイルは怪訝そうな表情のまま肩をすくめ、まあいいか、と楽天的な思考を一部取り戻して独り呟いた。
最後に戦力確認――ヴェイグは力の乱用は不可、カイルは箒での近接戦は難しいという懸念が露呈したが――をし、
ヴェイグはカイルに荷物にあったペルシャブーツを渡して、2人は村の中へと入っていった。
霧は更に深くなって、数メートル先すら見えるかも危ぶまれるほどだった。
鬱蒼とした白い森の中にいる、というのが合っているかもしれない。
互いに互いの姿を確認し合い、はぐれないように心掛ける。
今の地区は田畑の多い開けた土地らしく、あまり建物の影がなくはっきりとはしない。先の見えない不安が更なる不安を駆り立てる。
「あ、ヴェイグさん。地面に気を付けて下さい。何かあります」
後方とはいえ少し高い位置から見下ろすカイルは、青年よりも先に前方の何かを発見した。
遅れてそれを見つけたヴェイグは思いがけず凝視する。
「落とし穴……ですよね。こんな堂々としてたら誰も引っ掛からないと思うんだけどなあ」
「……底に少し土が溜まっている。誰かが掛かったんだろう」
ああ、と素直に納得したカイルは大きく首を振った。
「ってことは……ロイド?」
「村に入ったのは間違いないらしい」
「……急いだ方がいいみたいですね」
今回はよかったものの、落とし穴の底には――土の槍が何本も設置されている。
敢えなく落ちればジ・エンド、もれなく全身を貫かれた姿を2人の目に晒すことになる。それだけは避けて欲しい、と2人は願った。
先に進めば更に開いたままの穴が何個も姿を現し、足跡を辿るかのように2人はそれを追っていった。
そのまま進むと、民家が軒を連ねていたのから開けた広場へと出た。
地理は単純で、今まで歩いてきた南地区への道も含め、広場を中心に東西南北へと道が分岐している。
ぱっと見て手掛かりも何もない様子に、どうしましょう、カイルは呻いたが、周囲を歩いていたヴェイグが口を開けた落とし穴を見つけた。
方向は、西。シースリ村に訪れたことのない2人にとって何よりの手掛かりはこれくらいである。
頷き合い、迷う暇もなく2人はそのまま西を目指した。
298名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 18:04:59 ID:H4V90Jtd0
支援させていただこう。
299始まり終る約束の古戦場 4:2008/01/11(金) 18:07:12 ID:/qaMzJQZ0
何度も何度も落とし穴に引っ掛かり、その度に這い上がった。
自分の耳さえ確かなら、何か崩れる音がした。その感覚だけを頼りに走ってきた。
だが、その音の発生源を目の当たりにして愕然とした。
既に炎も消え、真っ黒に全焼した家だけがそこに残されていた。
燃えた跡に足を踏み入れ、炭と化した梁の残骸を掴み掻き分ける。赤い手袋が少し焦げたが熱は感じない。それどころではなかった。
乱雑に分ければ分けるほど崩壊の音が大きく耳に響く。
昨日、同じこの村で起きた出来事が脳裏に蘇る。
あの時は難を逃れたが、あの燃える家に取り残されていたのなら疾うに焼死体になっていた。
もし、同じようにコレットがこの家に取り残されていたなら――寒気の走る思いがする。
しかし黒い人型の、頭蓋骨のようなてらてらとした顔が浮かぶ塊は見つからない。
「コレット、一体どこに……」
背中に蒼い翼を広げる少年、ロイドは沈んだ音で呟いた。
声とは反し腕を振り回すかのような掻き分け方には降り積もったものが滲み出ていた。
(時間がないんだ。コレット、頼むから出てきてくれ――――――!!)
空間を裂くかのような金属音にロイドはがばっと顔を上げる。剣戟、という連想が神経を震わせた。
300始まり終る約束の古戦場 5:2008/01/11(金) 18:09:20 ID:/qaMzJQZ0
2組よりも先に到着していたクレスとティトレイは、以前にこの村には来たことがある。
その2人をしても地理が上手く把握できないほどに霧はもっと深かった。
輪郭も曖昧で確かに存在しているのかも分からない2人は、ミトスに呼ばれはしたもののどこに行くかという目的も特になく、
とりあえずぶらぶらと歩いていた。無論、道中の罠は回避して。
針金はクレスが一気になぎ払い、落とし穴は落ちる前にティトレイが矢で開ける。剛よく柔を断つとはこういうことだ。
さぞかし仕掛けた人物は怒りを通り越して呆れ果てるだろうが、まあ、よくあることである。
「ま、当然だけど……ミトスは出てこねーか」
親指を顎に当てて言うティトレイ。辺りを見回しても白、白、白、相手の影すら現れない。
「悪いなあ、クレス。多分、もうちょいしたら来るからさ」
振り向いてへらへらと笑いながら言うもクレスの表情が変わることはない。
いきなり斬りかかってこないだけマシだろうか、とティトレイは肩を大袈裟にすくめた。

クレスとの約束は、全員を殺した後に自分がクレスに殺されるというもの。
その後の想像はできないが、まあ、何とかなるだろう。そんな楽天的かつ放任的な思考になって、不意に海岸での記憶が頭を過ぎる。
今でこそ薬を与えたおかげで安定しているが、あの弱々しい拳と共に繰り出された言葉。
あれは、クレスの本心だったのだろうか。
(本心、ってなあ)
自分にクレスの考えなんて到底理解出来る訳ないのに、とも思う。
表面的な望みは分かる。だからこそクレスで協力する形でこの殺し合いに荷担しているし、「殺人」という鎮静剤を与えようとしている。
それに、自分自身クレスに殺して欲しい人間がいる。
しかし、確かにクレスには殺人行為に快楽を得る以外の目的がある。
間違っていないという証明。誰かを殺し続けることを間違っていないという、実に難解な証明。
そして自分自身にも――――
(いいんだ。別に何も間違ってない。そう、お前は間違ってなんかいない――――)

思考の海に意識を任せ歩く中、ぴん、と耳を張って突然立ち止まる。辺りをきょろきょろと見回し、最後にクレスの方へと向く。
「なあクレス。お前、今何か言ったか?」
聞かれた剣士は不思議そうな顔をして、
「何も?」
「そうか……じゃあ気のせいか」
ぼさぼさの髪を弄りながら言う男の面持ちは晴れてはいなかった。
周りに誰かいたとしても気配を察知するのに鋭いクレスが気付かないはずがない。それでも、ティトレイにはどこか引っ掛かった。
はあ、と1つ息をついて、
「まあいいか。とりあえず、昨日燃やした家にでも行ってみっか? 思い出巡りってヤツで」
と、わざとらしくティトレイは笑って言った。
301始まり終る約束の古戦場 6:2008/01/11(金) 18:14:19 ID:/qaMzJQZ0
状況は収束する。


比較的南側に近く、ファラとジョニーが拠点にし、そして2人の遺体がある家――――その前で、ガキィンという金属音が打ち鳴らされていた。
青い氷剣と紫の魔剣が交わり合う。霧を裂くかのように競り合いは苛烈で、1合1合ごとに甲高い音が鳴る。
但し、どちらかと言えば――氷剣の主の方が押され気味だった。
霧の中に魔剣が紛れる。姿を消した相手を探すも、
「下がって、ヴェイグさん!」
その相手は上空から現れた。先鋒を下に兜割りを狙うも少年の声によって氷剣を持つ青年は一手先に後退する。
隙が生じた剣士に対して、少年は身には大柄な剣を掲げる。
「デルタレイ!!」
光の晶術、3つの光線が1度屈折した軌道を描いて剣士に迫る。
しかし相手はそのまま剣を大地に突き立てて青い障壁を周囲に生じさせ術を防いだ。
不遇だが親子2代揃って術は守護方陣の前に遮られたことになる。
互いに防御に転じたことで、1度戦場には静謐が訪れた。
改めて、相手の姿を確認する。一方は金髪に赤いバンダナを身に付けた剣士、
もう一方は銀髪を三つ編みに結った長躯の青年に、箒に乗った少年の2人。
予想はしつつも予期していなかっ対面に、青年と少年は唾を飲んだ。それが合図だったかのように剣士はもう1度迫る。
二手に分かれて青年は剣士へ、少年は更に上空へと移動した。
援護のため術を唱えようとして、しかし晶力集束は強制的に遮断され意図せずに箒は右に旋回した。
ディムロスの名を驚きながら呼びながらバランスを崩しかける内に左手を過ぎていく矢。
はっと飛んできた方向へ目をやって、屋根の上の影を見つける。
状況は、思っていた以上に難儀なものだった。
「まあまあ、邪魔しないでやってくれよ」
霧の中、胡乱な影が少年の方を向いている。右手は左腕に添えられていて、動けば撃つという警告に他ならなかった。
「誰が……お前の言うことなんか! あいつは父さんを殺した……!!」
その言葉に反して彼は動こうとはしない。この距離ならすぐに射抜かれておしまいだ。
視線だけを下にくべ戦況を確認する――致命傷こそないが氷剣の主、ヴェイグは押されている。
向こう側の相手も戦闘に手を加えることはなかったが、こちらも手が出せない以上、勝敗は見えている。均衡を破らなければ光は見えてこない。
少年は軽い頭を何とか振り絞った。
302始まり終る約束の古戦場 7:2008/01/11(金) 18:15:59 ID:/qaMzJQZ0
「……何でこんなことを? あんたはヴェイグさんの親友だったんだろ?」
「元、な」
即答する相手、ティトレイに少年、カイルは口をつぐんだ。しかし閉じる訳にはいかない。
「でも、ヴェイグさんはまだ親友だって思ってる。それを踏みにじる気なのか」
「だからこうしてるんだろ?」
「じゃあ、何であんたはこんなことしてるんだ?」
ちぐはぐな言動に疑問符を浮かべるティトレイ。けれどもカイルの目付きは変わらない。
「本当に親友じゃないって思ってるなら、あんたが直接手を下せばいいんだ」
僅かに相手の顔色が変わったのを確認し、心中で拳を握る。
「……お生憎様。クレスとはそういう約束なんだ」
「本当に?」
「本当だよ」
強さこそ違えど、先刻のディムロスと似たような返答にカイルは確信した。
「……それはあんたの本心じゃない!」
びくりとティトレイの身体が跳ねるのと同時に一気に箒に力を込め直進する。
カイルが必死に編み出した策略(とはいえ実際はただの「名付けて友情に訴える作戦」でしかないのだが)は成立した。
唐突な行動にティトレイは一拍置いて矢を放つ、が、
「ディムロス!」
カイルの声に呼応して箒自体がぐるんと180度回転し、
矢はプラス座標からマイナス座標に移動した少年を捉えることなく後方の民家へと突き刺さる。
直進した箒はそのまま霧を割って急下降。声は回転の合図だけではない。
更に180度回転し元に戻った少年のソーディアンは光り輝き、刀身に焔が点る。狙うは――剣劇を繰り広げる目の前の剣士!
「紅蓮剣っ!!」
片手の力だけではあるが思い切り腕を振るいディムロスを投げつける。回転する刀身は背後から真紅のマントを狙う。
しかし、これも無駄な足掻きとも言わんばかりに剣士の姿は青い光に包まれ消える。
目前で弧を描き戻っていく大剣を見てヴェイグは叫ぶ。
「上だ! カイルっ!!」
思わず上空を見上げてカイルは後悔した。剣士が裂けそうなまでの笑みを浮かべて降りてくる。
ヴェイグは疾駆するも空の相手に行える札は持ち合わせていない。手を突き出そうとしてどこからか飛来した矢に遮られた。
殺られる――――ヴェイグには光景が粘性を持って見えた。
あと僅かで魔剣がカイルの肉を貫こうとして、カイルは前進ではなく更に降下する。
股間の痛みなど堪えて思い切り屈み――少年の硬い金髪を掠って剣が通り抜けていく。
炎を纏い輪舞する剣は再度クレスの身体を捉えた。下方へ構えた魔剣の抜き身にそれは命中し、弾かれる。
決死の回避によるディムロスの素通りがクレスの攻撃をキャンセルさせた。そのままディムロスは地に落ちていく。
303始まり終る約束の古戦場 8:2008/01/11(金) 18:17:36 ID:/qaMzJQZ0
カイルがヴェイグの下に戻り、そのヴェイグが追撃を掛けようとして牽制の矢が数本放たれた。
1本がヴェイグの足元へと刺さり、もう1本は素知らぬ方向へ飛んでいく。
2人の目からすれば素知らぬ方だった。その先には、赤と青の2色を取り合わせた少年が木刀を両手に疾走していた。
着地したクレスに走行態勢のまま流れるように連撃を畳み込み、受け止める相手に片方を思い切り振り上げる!
「獅子……戦、吼っ!!」
生じた青白い獅子が口を開けてクレスを喰らい、初めてまともに吹き飛んだ。既に木炭しかない焼け跡に倒れ込む。
「ロイド!」
「2人とも……どうしてここに」
ロイドは息も切らさずに立ち、2人を天使らしからぬ純粋な驚愕の瞳で見つめていた。
南から聞こえた音に反応して来てはみたものの、まさかこの2人がいるとは頭の片隅でも思っていなかったからだ。
「お前が先行するから追って来た。1人で勝手に死なれては困る」
「まあ、結果としてこっちがピンチになっちゃってたけど……」
思わず顔を緩める2人に、ロイドは心に迫る思いだった。ごめん、と小さく呟いて、ありがとうと笑った。
緊迫した雰囲気が緩み、一時的な和やかな空気が流れる。
しかし、それすら邪魔するかのように力の波動が迸る。
空気を塗り替えるように、強烈な風の波が焼け跡から広がり3人を煽った。
3人は腕を顔の前にかざし逆風の方へと向く。
立ち昇った青い光の剣が消えていって、打ち捨てられていたはずの木材達は無残どころか存在がなくなっていた。
更地に悠然と立つ人物に少しばかりの笑みが浮かんでいる。それが、今は消されてしまった光景の微笑ましさからとは到底思えないが。
ぐおんぐおんと重い何かが回転しながら落ちてくる、そんな唸りが3人の耳を打って、
正体を知った時には空から降ってきたそれを剣士は容易くキャッチしていた。
「3人……1万回か」
そうして身体に付いた灰をにべもなく払うその手に握られたものに、3人は瞠目した。
片手には魔剣、もう片手には煤塗れではあるが所々から金色の見え隠れする戦斧が握られている。
さも、目の前に二刀流がいるので自分も、というような軽々しさで、両刃の斧を振るっていた。
さきほどの次元斬でさえ、埋もれた武器を早く握りたいがために障害物を消した程度の感覚だったのだろう。
ファラ・エルステッドの支給品の1つ、ガイアグリーヴァ。
彼女の亡き後この家に置かれ、そしてそのまま燃えてしまい、ひっそりと残されていたのだ。
「へー、やっぱりお前も来てたのか」
上空からの声に次はそちらへと視線を向ける。言葉の軽々しさとは裏腹に、顔には何の表情も浮かんでいない。
ティトレイの手は弓を構える代わりに炎の大剣が握られている。
唇を噛んでカイルはディムロスを見つめる。いくら仕方なかったとはいえ、ソーディアンを相手の手に渡すなど戦力を考えれば許されないことだ。
互いの新たな武器、縦と横からの包囲に3人は身動きを封じられる。
304始まり終る約束の古戦場 9:2008/01/11(金) 18:19:02 ID:/qaMzJQZ0
「……ティトレイ、やはりお前はクレスと」
「お前こそ、暴走して生きてるとは思わなかったよ」
眉1つ動かさないまま白々しく言うティトレイにヴェイグは首を振る。
「ティトレイ、もう止めてくれ。俺はお前とは戦いたくない」
「……この期に及んで甘いこと言うのかよ?」
「それが本心だからだ。お前は、ただデミテルの呪術に操られているだけだろう?」
ヴェイグの悲痛な響きにティトレイは同調するどころか剣を置いて矢を弄ぶ。
琥珀色の瞳は鋭く、背筋を凍らせるようならしからぬものを秘めていた。
「……お前、本ッ当に何も分かってねえな」
そう力なく呟いて、ティトレイは矢をしまいディムロスを屋根から投げた。
くるくると回転した刃がカイル達の前に突き刺さる。当然、3人は困惑してティトレイを見つめた。
「いいよ。そっちの方がクレスも満足できるだろうし」
恐る恐るヴェイグはディムロスを引き抜き、何の罠もないことを確認してカイルに渡す。
無事に帰ってきたことに安堵しつつもカイルはティトレイを不思議そうに見る。
少年の目を無視してティトレイは顔を背け瞼を伏せる。
「だから、3人とも殺していいぜ、クレス」
淡々としたその言葉に身体を跳ね上がらせた3人はすぐさまクレスのいる方を見る。
「まあ、約束覚えててくれてるならちょっとくらいは嬉しいけど……別にいいや」
しかし既にクレスは剣と斧を手にこちらへ転移していた。ロイドはウッドブレードに次元斬を宿し攻撃を受け止める。
一行に背を向けるティトレイにヴェイグは視線を送る。
「どこへ行く気だ!?」
「別に、ここに2人、というか5人固まってるのもマズいし。で? 話してる暇は?」
顔だけをヴェイグに向けて言うティトレイには、クレスの放つ虚空蒼破斬が見えていた。
反射的に氷壁を作り出しヴェイグは2人を青い闘気から守るも、氷が砕け散りもう1度振り向いた時にはティトレイの影もなかった。
「どういうことだ……?」
『恐らく、第3の存在だろう。ミトスが一体どこから横槍を入れ、纏めて屠るか分からんからな。意外と賢明な奴かもしれん』
「ミトスがどこから狙ってるか分からない、ってことか。……でも、今は」
カイルが真正面を見据える。そこには残された殺人鬼が1人、嬉々とした顔で3人を見ていた。
大柄な2本の武器が相手の格を思い知らせている。
『当初の目的の半分は達した。……しかし、逃げながらこいつの相手ができるか?』
「無理だな。クレスの実力は俺が1番分かってる」
双刀を重ねて身構えるロイドは言う。張り詰めた表情には有限の時間が出ていた。
「二手に分かれるのは」
「逆にティトレイが消えた以上、分かれる方が不安要素が強い」
カイルの問いにヴェイグが答える。3人はクレスの方を向いたままだ。
「……つまり」

『目標はクレス・アルベイン。撃破または沈静化を目的とする』

ディムロスの言葉に、それぞれは剣を握る力を強めた。
「カイル、お前は待機しててくれ」
「え?」
ロイドの声に間の抜けた声を上げるカイル。
「さっきの技、虚空蒼破斬を考えても多人数で戦うのはリスクが高い。それにどこから増援があるか分からない。
 お前はミトスへの警戒をしていて欲しい」
少し不満げな顔を顕わにするも、分かりました、とヴェイグに答えカイルは後方へ下がった。
かつて作戦会議をした時はロイド1人で戦うことになっていたが、正直、イメージトレーニングを重ねたロイドは
1人で戦ったところで実力差は明らかだと痛感している。
ならば、100+100は200。ロイドとヴェイグの2人は剣を構える。
「……待っててくれたのか」
そう言うロイドにクレスは歪に笑う。
「不意打ちで死んだらつまらないからね。それに、死ぬのに変わりはない」
ぎり、と歯を軋ませロイドは双刀に青い光を散らせる。
「誰が……お前なんかの手に掛かって死ぬかっ!!」
両雄が駆け、剣が激突して決戦の火蓋は落とされた。
305始まり終る約束の古戦場 10:2008/01/11(金) 18:20:23 ID:/qaMzJQZ0
戦場を離れ、再び中央広場に戻ろうかという辺り。そこにティトレイはいた。
重くはないがゆったりとした歩調で、ここら辺なら流石に大丈夫だろうと、広場を囲む家の内の1つに入る。
きい、と木の鳴る音が遠くからのけたたましい剣戟音の中でとてもささやかだった。
居間が広がり、少し奥へ進んだところの小部屋にベッドがあったので、彼はブーツも脱がずぼふりと倒れ込んだ。
仰向きになって白い天上を見上げて、片腕ごと両目を押さえ隠した。
目の前が暗くなって、確かにどこかにもやもやとした不可視のものがあるのだと実感させられる。
先刻から頭の中で脳が誰かに振り回されているような、そんな違和感に似た重みと苛立ちがあった。
重い片腕をかざして見る。今、顔を押さえた時の服越しの感触は硬かった。
(さっきのでまた進んだ……何だっての)
眉間に皺を寄せ眺める――いや、分かっているのだ。
極力フォルスも使わず弓矢を用いるようにしている。それなのに、内側の侵食は収まってくれる気配もない。
(本心、じゃない)
その文章を頭にした瞬間、喉の奥から熱い何かが込み上げ、咄嗟に手で押さえ咳で吐き出した。
離せば、白く粘性のある液体がグローブにへばり付いている。自分に見せつけようとでもするかのように。
「……くそ、どこの病人だよ」
手を下ろし、横になったまま近くの窓を見る。とはいえ、未だ霧がかかり先の見通せない状態であったが。
1つ1つモノトーン色のタイルを張ったような光景はモザイク画のようで、これは窓ではなく額縁か何かのように思えた。
そうすると灰色の個室に閉じ込められたような気分になってきて、得も言えぬ閉塞感に少し胸のつかえが取れた気がした。
これくらい、現実は非情を見せてくれれば全てを喪ったような気になれるのに。
2日間床で休んでいない彼にとってベッドの感触は心地よく、その内、視界までもが霞がかっていく。
このまま何も考えずにずっと眠っていられたらどんなに楽だろうか。
そう思ってまどろみの中に呑まれていった。




まだ真実も何も見出せない霧の中、約束の地で何かが軋み出した。
306始まり終る約束の古戦場 11:2008/01/11(金) 18:21:11 ID:/qaMzJQZ0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ Eナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP30% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:戦況を見守りつつミトスへの警戒を行う
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP35%(回復の実感は無い) TP35%(TP0で終了) 右手甲損傷(完治は不可能) 
   心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP70% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(次の禁断症状発症は午後6時ごろ?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード ガイアグリーヴァ クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:目の前の3人を殺す
第二行動方針:但し、ヴェイグは結果的に戦闘不能に出来た場合のみ放置
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP65% 感情希薄 フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(最終的には「なるようになれ」)
第一行動方針:一時的に眠る
第二行動方針:状況にもよるが基本的にクレスの(直接戦闘以外の)サポートを行う。
第三行動方針:ヴェイグに関しては保留(なるようになれ)
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C3村中央地区・民家内
307天使の失着 1:2008/01/17(木) 23:40:46 ID:a37gYSrF0
「なん、だ、とォ?」
報告を受けたミトス=ユグドラシルの第一声はまさに「素っ頓狂」を具現化したらこうなるだろうと言える物だった。
バキリと乾いた破砕音とその声がその部屋の中を一瞬だけ満たすが、直ぐに静かな沈黙が注がれる。
しかし彼の心中のざわめきは止むことなく寧ろそのボリュームを増していた。
その手の中にあった油性ペンは折れて、彼の掌を黒く染めている。
ゆっくりと汚れた右手を見つめながら、さも何事もなかったかのような振る舞いを自らに無理強いしながら問いを紡ぐ。
「よく聞こえなかった。もう一度報告しろ」
よく聞こえなかった? 嘘を付くなと自分に突っ込みを入れたくもなるさ。
自嘲に唇を歪めたくなるが、それも封殺する。
ユグドラシルはサックから水の入ったボトルを取り出し、一口含んだ。ボトルを置かずに、ボトルの口から水の揺らぐ様を見つめる。
天使であるその身体には肉体的意義は無かったが、精神的に必要だった。報告をした人物にも気取られずに体勢を立て直す時間が要る。
水を飲み込み、衝動的な否定を全て流した。ゴクリと鳴る喉の音が、これは現実の話だと冷酷に教える。

驚いた訳じゃない。ただ、その内容が、あまりにも突飛過ぎただけだ。
それとも、その内容が、少しばかり羨ましかったからだろうか。

『クレス=アルベインと、ロイド=アーヴィング及びヴェイグ=リュングベルが交戦に入りました。
 カイル=デュナミスの動きは観測されていません。戦況は現在拮抗状態です』
側に待機した蒼眼の天使人形、本来の紅を塗り替え支配したアトワイトが再度報告する。何も感情も無い筈の声が確かな動揺を帯びていた。
報告を反芻する本人すら、その事実に面食らっていた。
『ティトレイは、中央地区やや西寄りに移動しました。以後僅かな無音状態でした。その後、断続的に鼾が……』
冗談だろうかと思いたかったのは、寧ろ彼女の方かもしれない。
だが軍医としての経歴に裏打ちされたその経験則は、それが狸寝入りかどうかを検討した上でこの報告に臨んでいた。

『ティトレイ=クロウは、完全に傾眠、いえ、睡眠に入りました』

一定以上の動揺はない。常識外れの報告で彼女のマスターが怒りの矛先を自身に向けるかという恐怖は元より無く、
この情報の信憑性その物に対する疑念は、短時間とはいえ全力で事実の検討に注力していた精神的疲労がそれを奪っていた。
あるのは唯、この情報を事実とした前提に於いて尚理解が出来ないということだけだった。
308天使の失着 2:2008/01/17(木) 23:41:30 ID:a37gYSrF0
「3人ともティトレイが退くのを見逃したと言うのか」
ユグドラシルはその睡眠の虚偽の可能性を放棄して、疑問を進める。
こんな下らない話、冗談なら即刻殺して然る所だが、それ故にこの報告が少なくともアトワイトの中で真実であることを意味していた。
しかし、幾らクレスが凶悪な駒だとしても3人もいれば何処かしらに突破点は見いだせるはずだ。
それでも射手であるティトレイを見逃す愚を何故犯すか。
『……断片的な会話内容から判断して、マスターを警戒しているかと』
カイルの口から放たれたミトスという単語、そして喋った本人がリザーブに回った事からアトワイトは他に解釈のしようが無かった。
「それを警戒させない為のティトレイだっただろうがッ!!」
机に拳が叩き付けられバンと大きな音が立ち、置いたボトルが揺れた。
激したユグドラシルの怒声が、微かに人形の髪を揺らす。
其処までの醜態を晒して、漸くユグドラシルは自分が理不尽かに気付いた。
少なくとも責は彼女になく、多く見積もってもティトレイが都合よく動くことを期待することそのものが楽観論だ。
「……怒鳴ってごめん。あと、無理しなくても、ミトスで良い。どうせ名前を呼ぶ奴なんて碌に残ってない」
アトワイト無言で首肯した。眼を髪で覆い顔を背けているが、その態度は土下座よりも重い意味を持っていたことに気付いたからだ。

一度深呼吸をしたユグドラシルは両手を机に突き立ち上がった。今までに記した情報によって白地図は、特に西側が黒く染め上げられている。
一体何を考えてるのだろうか。
3人から距離を離すのは分かる。この霧の中とはいえ、射手は距離を取るが身上。
後衛前衛の隊形を維持すればクレスに気を向けさせて狙撃も、狙撃に気を取らせてクレスの攻撃の自由度を確保するも思いのままだ。
この利を捨てて行うこの休息は完璧に致命的である。
そして、なにより彼らには時間が無いはずだ。
西の浜辺でティトレイに出会った際、“クレスは何らかのタイムリミットを抱えている”という推理をユグドラシルは行った。
その推理が外れていないからこそ彼らは罠と承知で、こちらの手に乗ってきた。そうユグドラシルは判断していた。
そもそもあの浜辺の時点でティトレイには自分たちが漁夫の利を手に収めようとしていることは明白だったはずだ。
ミトスたちの陣営を警戒するなら最初から村に来る必要がないのだ。ロイド達と鉢合わせした段階でミトスを警戒するのは今更と言う他ない。
リスクを承知で彼らは獲物を狩りに此処に来たのだ。
様々な要素を鑑みても、ティトレイ陣営にとって何かを急ぐならユグドラシルは関係無しに、ここは休む手ではない。戦いの理屈から有り得ない。

しかし、ティトレイは“理を外した”。
309天使の失着 3:2008/01/17(木) 23:42:56 ID:a37gYSrF0
取るべきアドバンテージと失うべきではないタイミングを逸した。
だからこそ手が読めない。まるで、気紛れの一手が差し込まれたかのようだ。
(どういう積もりだ……何を考えてる。矢張りアトワイトの言う通り、僕を警戒しているというのか……?)
自分を、ミトス=ユグドラシルを戦場に誘い出したいというだけなら分かる。しかしそれにしてもこの手は消極的すぎる。
彼らは自分がコレットの耳を用いて監視している事を知る筈がない。故に本来なら本気で寝る必要がない。
仮に天使の聴覚を欺く為に狸寝入りではなく本気で眠りに入ったというならコレは完全に失策だ。幾らクレスでも1対3なら負けの目も出てくる。
自らどころか自分の鬼札すらも裸に晒して更なる敵を誘うなんて、やはり、どう考えても費用対効果が釣り合わない。
『ミトス、どうしますか』
アトワイトが声を掛ける。それを今考えてるんだよバカ、と怒鳴りそうになる喉に水を注いでユグドラシルは誤魔化した。
だが、確かに彼女の言うことも一つの真実ではある。
この盤上が一つの棋譜で、彼らが観客ならその不可解な一手を一晩掛けて検討するのも一つの娯楽だろう。
だが彼らもまた駒の一人であり、差し手である。不可解だからと手を止めている間にも、大金を積んでも買えない時間は刻々と減っている。
このまま手を拱いていてはどうなるか。
流石にクレスが潰れるまで寝ているとは思えないが、時間は確実にティトレイの陣営に敗色を与える。
この霧を維持するだけでも人形の力を消費しているし、こちらも傍観=現状維持と言う訳にはいかない。
そして、最も危惧すべきはロイド達だ。ロイドを回収しに来たにしては人数が少ない。
後続が彼らを追っていると考えるべきだ。そしてそれはかなりの確率で首輪に対する対処法を持っているはず。
もしそれらがロイド達に合流すればどうなるか、6対1、ティトレイが起きて加勢したとしても戦力比は6対2。話にならない。
そしてエターナルソードと首輪解除の手札がロイド達の手に渡れば人形<コレット>の利すら覆りかねない。単純に人数的に考えてもそれだけでユグドラシルの不利だ。
以上の要素を含めても、ユグドラシルは早急に手を講じる必要があった。

310天使の失着 4:2008/01/17(木) 23:43:42 ID:a37gYSrF0
「途方に暮れた思い、というやつだな。全く」
ユグドラシルは堪えきれずに唇を歪ませる。表面的な戦況は拮抗しており、今尚圧倒的な優位を持っている。
とはいえ、少し手を揺さぶられただけでここまで揺らぐとは、自分の情けなさが厭になる。
「だが、無策だと思われては癪だ。ああ、癪だね」
数時間掛けて此方は陣地を押さえているのだ。
それだけでも利としては最上級だというのに、相手が都合良く動かなかったから手を打てませんでした、なんて無能な発言出来る訳がない。
百万歩譲って自分一人ならばそれも許されるだろうが、ここで退いてももうこれ以上の優位は得られないだろう。姉様を蘇らせる好機は此処より無い。
そして何より、生憎と自分の下には駒が居る。見栄くらいは張らなければ、兵は将に従わない。
考えろ、考えろ。
ティトレイの奇手によって盤面は大きく揺らいだ。奇手の意図などこの際捨て置く。
重要なのはこの局面が確実に僕にとって不利だと言うことだ。
眠ったとはいえ何時起きるか分かったものではないティトレイ、そして生意気この上無くこの僕を意識に納めたカイル。
2つの陣営は共に予備戦力を保持して決戦の火蓋を切った。
常時対応出来る戦力を控えられた状況では鉄火場への奇襲も、暗躍して後続戦力を先に叩くことも難しい。
「アトワイト、意見しろ。理屈に沿うならこの状況で打つべき手は?」
アトワイトは数秒思案した後、言葉を作りながら述べた。
『一番の安全策は撤退ですが、此方の勝利条件を考えるにそれは出来ません。優勝は兎も角、貴方の姉を蘇らせることはほぼ不可能になります』
それは既にユグドラシルも思い至った事ではあるが、彼は何も言わなかった。元々彼女は軍略方面の人間ではない。
アトワイト本人もそれは分かっている。だからこそ今問われているのはそれ以外の、一般的な見地からの意見だとも分かっていた。
故にまずは原点を明らかにすることで、事象を明確にする。
『同様に消極的な現状維持も不可能、霧は保って3時間で枯渇します。出来ることは攻撃の二択、直接叩くかカウンターを取るかです』
これも簡単な理屈だった。まずは直接叩く、つまり全力で攻撃をする。一番分かりやすい。
しかしコレだと今闘っている連中か後衛、どちらを叩くにせよ温存されている戦力が邪魔になる。
ならば、もう一つ。カウンターを仕込む。
此方も戦力を2つに分けて、カイルとティトレイの動きに合わせて臨機応変に対処させる。
成程、コレならば背後を突かれる心配はない。一番安全な作戦だ。
『ですが……』
「分かっている。どちらの手を打ったとしても、消耗は避けられない。向こうの手にまんまと乗ってひょこひょこ飛び出すようなものだからな」
言い淀むアトワイトの言葉をユグドラシルが引き継ぐ。
どちらの手を打つにせよ、ユグドラシル陣営を警戒している真っ最中に攻撃を仕掛けるのだ。
しかも総合的な危険度で計るならどちらの手も大差ない。
後手に回っても対応できるようになるとはいえ、二人しかいない戦力を分散させると言うことは敵に各個撃破の自由をくれてやると言うことだ。
どっかの奴も“戦いは数だよ”と言ったか、とにかく、人数を分けると言うことはそれだけで不利である。
『ええ、こう言うのは情けないと謗られても仕方ないですが、既に此方は戦況の支配権を奪われました。ここは一刻も早く先の先を押さえるより無いかと』
陣地にて守備を固め敵の出方を伺うような戦略は既に使えない。むしろ此方が攻めて、向こうがそれに対応するような構図になった。
正にあべこべである。そう、ティトレイの奇策は、彼我の有利不利を一転させてしまった。
ならば出来ることはこの村に入村する挑戦者として積極的に攻め込むことだけである。せめて、まだ状況が三竦みと呼べる内に。
311天使の失着 5:2008/01/17(木) 23:44:35 ID:a37gYSrF0
だが、ユグドラシルの表情は、彼が見つめる先にアトワイトの思う様な戦局を更に越えるモノが存在していることをありありと教えていた。
「ならば簡単じゃないか。支配権を奪われたなら、“奪い返せばいい”」
アトワイトがその言葉の意味を計りかねている間に、ユグドラシルは彼女に問う。
「アトワイト、コレットの状態は?」
『あ…はい。95%は制圧しました。さしたる抵抗も受けませんでしたので。ですが』
直ぐさまに思考を切り替え、自身の状況を走査する。
「残り5%が侵攻出来ない?」
『はい。恐らくは陣地線を下げて自閉に回ったものと思われます。その為、依然として天使術は使用できません』
自分で紡ぐ言葉に、アトワイトは微かな違和感を憶えた。自閉に回った、確かにそうだ。だが5%という中途半端さがどうにも引っかかる。
自分自身ではもうひっくり返せない支配率。それは諦めたということなのだろうか、ならば何故彼女は5%を譲らないのか。
まるで私の状況の様じゃないか。まさか、まだ誰かを待ってるというの? 莫迦な娘……期待は捨てた方が、痛くなくて済むのに。
「ふん……しぶといな。まあいい。見極めの時間はお仕舞い……と言いたいところだが、まだ保険を手放すわけにもいくまい」
ユグドラシルはすくっと立った。コレットの耳元に口を近づけてユグドラシルは囁いた。
「もう一度だけ言おうか。聖女を殺めその手を汚したお前に希望を待つ資格などありはしない。大人しく私に従え。
 そうすればその罪だけは私が、若しくはお前の欲する男かがエターナルソードを以って雪いでくれるさ。せめて運命が都合良く回ることを祈ってろ」
コレットの体が微かに震えた。言葉を聞き入れたというよりは、ただ“欲する男”という言葉に反応しただけのように見える。
『……どういう、意味? ミトス、貴方が魔剣を手にするのじゃ無かったの?』
アトワイトはその言葉がコレットに伝わるかどうかよりも、その一点が気になった。言葉通りなら、ミトスは姉を蘇らせる気が無いということ?
「真逆。姉様は確実に蘇らせる。ただ、少しばかり形勢を崩されたからな。選択肢は多く残しておくに越したことはない」
ユグドラシルが鼻で笑うかのような薄い自嘲を零す。その弱々しい虚勢は、ミトスのそれだったとアトワイトは確信した。
『では?』
「現状コレットを姉様の器に使う予定だが、想定外の事態を考慮してそこの木偶もリザーブする。アトワイト、お前に任務を言い渡す」
戸惑いながらもアトワイトはコレットをその場に立たせた。
「お前は霧を維持したまま出来る限り隠密に西地区に迎え。僕が合図をしたら突撃し、チャンバラごっこに興じている連中に一撃を与えてこい。
 その一撃の成否問わず速やかに撤収。再び此処に籠城しろ。入り口は屋上だけだが、お前の晶術があれば昇るのは苦でもないだろう」
『合図? ミトス、貴方は?』
その言葉に、ユグドラシルは子供が悪戯を思いついたような笑みを浮かべ、言った。
「僕は南西に赴き、鏡を作動させる。この僕より有利を奪い去った罪、その重罪を神の裁きにかけてやろうじゃないか」
剣であるアトワイトも、息を呑んだ。まずその表情に、そしてその言葉の意味に。
『発動、するのね。レイ……いえ、ジャッジメントかしら』
「ああ、今からもう一度戦局を引っ繰り返すならコレより最善の手はない。
 あのサウザンドブレイバーの手法をなぞるのは気に入らないが、先達の遺産は有効に活用して呵るべきだ』
サウザンドブレイバー、ミトスに先んじて聞いていたその単語でアトワイトはその戦略のほぼ全てを了解した。
つまり戦局をもう一度混乱に叩き込んで、不都合な盤の構図をリセットするつもりなのだ。
そしてその混乱に私という要素を投入し、カイルやティトレイを巻き込んでより大きな“ユグドラシルが統制可能な混沌”を再び作り出す心算なのだろう。
2つの陣営は昨夜のカイル達とロイド達、そして私はクレス役、ミトスがデミテルと言ったところか。
見劣りする要素は多々あれどその効果は伝え聞く限りにおいては確かに折り紙付きだ。
312天使の失着 6:2008/01/17(木) 23:45:49 ID:a37gYSrF0
『具体的には?』
「僕も此処を離れ、南東に赴く。レイで直ぐに実行したい所だが、霧が在るとはいえ光の球をここで生み出しては鐘楼が僕達の拠点だとバレる恐れもある。
 不利を背負った今そんな不用意な事は犯せない。ここはまだ拠点として用いるのだから。
 少しばかり手間だがここを離れて、ジャッジメントで“出来る限りの鏡を狙い撃つ”」
必要なのは大きな混乱であり、レイではそれを望めない。リスクを積んでも多少分散・減衰しても威力を保てるだろうジャッジメントを用いる……気持ちは分かる、が。
『唯でさえ狙いの付けられない術を目測無しでは、危険じゃ? どれだけ民家の鏡に当たるかも期待できないわよ』
「この地図がある。一応ほとんどの鏡は記してあるから、後は測量勝負だ」
そう言ってユグドラシルは地図の皺を伸ばした。ポツポツと記された黒点は、そこの屋根に仕掛けてあるモノを確かに憶えていた。
後は自らの頭に地図を刻み、誤差を含めた補正をかけて実尺と縮尺を合わせるだけだと笑った。
『となると、半端が無いことになるわね。消費も、手間も、リスクも』
工程は間違いなく大儀式級の長さになる。戦闘術などにはとても用いることの出来ない、延々と文言を紡いで計算と補正と制御を行う大魔術となるだろう。
手持ちにミスティシンボルが在るとはいえ、これは人の手に余る。しかもそれを守る“砦”は無く、在るのはただ霧の薄衣のみ。
『せめて、私を使うべきじゃないの? ソーディアンを使えばテトラスペル級が編めることはもう分かっているのだから』
ユグドラシルがソーディアンを持てばそれほどの技巧を成すことが出来ることは、彼女本人がよく知っていた。
少なからず工程を短縮できることには違いはない。
だがアトワイトは自分が無意識にミトスについて必要以上に過保護な発言をしたことに気付かなかった。
ユグドラシルは鼻で笑って、その後冷徹な仮面を被り直す。
「気遣いか? 魅力的だが却下だ、アトワイト。目的と手段を違えるなよ。これは奴らを混乱させるために打つ手だ。
 その後に間隙入れずお前が斬り込むことによってこそそれは為し得る。ジャッジメントを決めるだけじゃ駄目なんだ」
その脳裏にあるのは、矢張り姉へ至る路のみ。
それでこそだ。そう思い直したアトワイトはネジを入れ直すように意識を切り替えた。残る検討要素は何か。
『彼女はどうするの?』
人形がチラリと、そちらを向いた。その壁には、血と体液で醜くあるべきと定められたかのような化粧を施された、一人の女が居た。
いや、その何も映さず濁った瞳を見れば、此方の方がよっぽど人形か。
「ここに置いておく。木偶は木偶といえ、万が一こいつを使う事態が来るかも分からない。
 ジャッジメントが暴発する可能性を考えれば、ここが保管に最も都合が良いからな」
汚らわしいモノを見るのも耐えないか、それとも彼女を汚した自分が汚らわしく思えてしまうからか、
判別の付かない曖昧な動きで彼はミント=アドネードから視線を外した。
「……とにかく、戻ってきて貰った後はコレの守備を任せることになる。荷物は置いていけ。ここ以外の場所に存在する物体の安全は保障できない。
 何より、幾ら先にジャッジメントが降る事を知っているとはいえ、荷を持ったままの奴に避けられる程、神の光は温くない」
それは確かだった。先読みで完全に避けるとなれば、サックは確実に足枷となる。
ましてやもう一度鐘楼に入るなら、外から屋上に向かう必要があるのだ。
アトワイトはサックを開き、中身を確認する。この身体にはサバイバル用具など無意味に等しいし、元々手持ちの支給品も多くない。
矢張り持って行く必要のあるモノはない、と携行できる苦無とピヨチェック以外のモノを置いた。
その横でごとり、と音が鳴った。ミトスのサックが、地図を捌けた机に置かれる。
313天使の失着 7:2008/01/17(木) 23:46:43 ID:a37gYSrF0
『……大丈夫なの?』
その一言は、荷を案じた、というのとは少しニュアンスが違っていた。
荷を置いて大丈夫なのか、ではなく、その荷の中のモノを置いて貴方は平気で居られるのか、というものだった。
そのサックの中には、彼の基点にして終点、マーテル=ユグドラシルの意識と大いなる実りが眠っていた。
「不満が無い訳じゃないが、やむを得ない。ジャッジメントの巻き添えを食らって消失、などと三文芝居などになったら目も当てられない。
 それに……この一手、危険なのはむしろ僕の方だからな」
その皮肉気な笑いに、アトワイトは不思議と納得した。護衛無しで膨大な溜めを要する大工程天使術。
中断が許されるなら問題がないが不意を打って消えてしまう可能性だけなら、むしろミトスの方が高い。
そして、それはこの戦いの基本ルールを鑑みれば、自らの手札を奪われてしまうことに直結する。

ならば、最悪の事態に備えて保険を掛けておくのは決して間違ったことでは――――――――――――――――


『貴方……“何を最悪の事態と”考えてるの……?』
その保険は、大いなる実りとマーテルに掛けられたモノであり、決して彼の保障をしない。
いや、“彼が居なくなった後の保障しかしない”。ミトス、貴方は、其処までを視野に入れてしまうの?
剣を呑んだようなアトワイトにユグドラシルは困ったような顔で、微かに笑った。

「言っただろう? ツキが僕に回っていないのなら、せめて選択肢は多いに越したことはない。
 アトワイト、万が一僕が姉様を蘇らせることが叶わなくなったら、“お前がロイドとミントを使って姉様を蘇らせろ”」
314天使の失着 8:2008/01/17(木) 23:47:44 ID:a37gYSrF0
内容は酷薄で、口調は子供のようで、故にその言葉は音だけならば心地よく、情報にすれば実に障りだった。
『了解しかねるわ。どういう意味?』
食い下がるようにしてアトワイトはユグドラシルに向かい合う。
「言葉通りだ。お前がその人形を効果的に使えばコレットのフリをするまでもなくロイドを御すことなど容易い。
 優位を絞れるだけ搾り取ってやれ。そうすれば、少なくとも儀式だけは確実に行える」
アトワイトの中にある感情以外の全てが彼の言葉を無条件で首肯した。
ミントを用いてマーテルを蘇らせることがどういう意味を持つか。
コレットの身体が完全に無用になる。
つまり、心置きなく交渉の材料に使えると言うことだ。
適当に腿か腕か、致命傷を避けていたぶれば簡単にロイドは折れる。
そして、都合の良い逃げ道も用意できる。奴らが算段を整えているのなら、そのまま流れに乗って脱出してしまえばいい。
既にミント=アドネードの過去を知る存在はクレスのみだ。コレットを器に使うよりも反対は少ないだろう。
一大決戦を避けて、なるたけ有利な条件を確保しつつ、降伏する。
これはコレで完璧な必勝形だ。
『莫迦を、言わないで』
誰かが叫んだ声を、アトワイトは聞いた。一体誰だろうと、僅かの間だ本気で考えて、ようやくソレが自分の発した音だと理解した。
『自分が死んでもいいから貴方の姉さんを蘇らせろということ? 冗談にしても笑えないわ。
 今更自己犠牲の精神なんて、貴方には似合わないわよ。貴方はあらゆるものを利用して、搾取して、玩んで、遊ぶようにここまで来た。
 そんな貴方が今更、そんな都合の良いストーリーに逃げ込めるなんて、そんなご都合は無いわ』
おかしい。彼女はそう思った。どうして自分は無駄に声を荒げているのだろうか。
「僕はもう命じた」
『そもそも目的と手段が逆転してる。貴方は“貴方の望みとして”姉を蘇らせたいのでしょう?
 マーテルも取り戻せたとしても、願う貴方が居ないんじゃ意味がない。“手段が偏りすぎて目的が破綻してるわ”』
私は、こんな声を荒げたくなかったからここにいるんじゃなかったのか?
「命令だ。従え」
『私は別に彼女を蘇らせたい訳じゃない。マリアンを助けてくれたその恩義はある。でもそれだけよ。分からない、分からないの?』
分からないのは誰だ。ミトスか、私か。私は、何を彼に期待してしまったのか。
『私は、自分以外の全てを顧みない貴方の在り方にこそ、ひれ伏したのよ?』
いや、まだ私は“期待してしまった”のか。よりにもよって私を壊してしまったミトスに。

「頼むよ、三度も言わせるな」
彼女の願いに応える筈のミトスのその言葉は、どこか、凝りを残すモノだった。
315天使の失着 9:2008/01/17(木) 23:48:50 ID:a37gYSrF0
アトワイトが去り、再び鐘楼の中に暗闇と沈黙が淀む。
「耳はまだ聞こえてるんだろ? 聞いての通り、もう少しだけ生かしておいてやる」
ユグドラシルは虚空に投げかけるように、ミントに言った。
「だが、期待はするな? どう転んでもお前の心は絶対に生かしては置かないよ。
 必要なのはその身体だけだ。後は丁寧に壊して遊ぶしか、使い途も無いんだから」
嘲るように呪いを吐き捨てるが、既に痙攣する余力もないのか、ミントには反応はない。
舌打ちをして、ミトスは手ぶらのまま階段に向かう。ミスティシンボルは首に掛け、邪剣ファフニールは腰の後ろに控えさせていた。
「アトワイトに言われるまでもなく、分かってるんだよ。最初から何かが噛み合ってないことくらい。だからこのムカツキは収まらない」
ぼそりと、誰に当てるでもなく、ユグドラシルは唸った。
そして、気分を変えようとしたのか陽気に謡う。

「戻ってきたら今までの三割増しで暇とお前を潰す。骨と肉と粘液以外、欠片も残るとオモウナヨ?」



そうして彼女の世界は再び無音に包まれた。
どうなるのか、自分はあとどれだけ自分を保てるのか。
そんなことを彼女はもう振り返らない。自らを惜しむ真似は、あの時に全てを出し尽くしてしまった。
あの時に、ほんの少しの躊躇で全てを台無しにした時に。
“喋ることの出来ない舌で、無様に叫び尽くしたあの時に”。
316名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 23:55:11 ID:nZc/iLlD0
支援
317天使の失着 10:2008/01/18(金) 09:19:19 ID:6OGX0qlh0
―――――――――か。

でも、誰かが伝えてくれた。そういう確信だけはある。
誰かがこの村に入ってしまった。私の想いは“伝わってしまった”のだ。それを後悔する気力は、もう残されてない。

―――――――――誰か。

声が、聞こえる。声にすら成らない、まるで私のような声を知っている。
既に語る言葉を持たない私の為に、謡ってくれているのだろうか。

―――――――――助けて。

私は、この声を知っている。胸に残る、一つの何かがそう確信させる。
遙か彼方まで見通すように透き通った、何処までも暖かい慈愛の音階。


―――――――――彼女を、助けて―――――――――誰か!!


もう声ですらない、音では伝わらない声。
だからこそそれは、きっと女神のような声だった。

318天使の失着 11:2008/01/18(金) 09:21:06 ID:6OGX0qlh0
【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 状況が崩れた事への怒り 微かな不安? ミントの存在による思考のエラー
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記されている)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:南東地区へ赴き、鏡による拡散ジャッジメントの術式を成功させる
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・東地区鐘楼台→南東地区

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 「声」が聞こえる
   舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷  全て応急処置済み  
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
現在位置:C3村・鐘楼台二階

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:TP40% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ジャッジメントに合わせて戦闘中の参加者に奇襲を仕掛ける
第二行動方針:成否に関わらずその後鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村・東地区鐘楼台→西地区

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ


【鐘楼台二階内ドロップアイテム:大いなる実り、ホーリィスタッフ、ミトスのサック、コレットのサック】

319Sword Dancers 1:2008/01/21(月) 22:06:22 ID:o3RODMmjO
此所は濃霧に包まれた廃村。
霧の向こうにあるは天国か、はたまた夢か。
“霧の向こうにある、夢の続きが見たい”
何処かの世界でその言葉を幻想的な響きだと謳ったチェロ奏者が居た。
そう、事実確かにそれは幻想的な響きを秘めている。
尤も、デリカシーの欠片も無い一部の人間には理解出来ないだろうが。
時に、貴方はその「夢」に対して如何様な想像をするだろうか? 十中八九、甘く、優しく、理想と愛に満ちた夢だと考えたのではないだろうか。
別にだからどうした、と言われればそれまでだ。
そう、それでいいのだ我々は。彼等の死の世界とは、到底無縁なのだから。
彼等の世界の名はバトル・ロワイヤル。
霧の向こうに在るは、天国や理想や愛等の欠片は微塵も無い、血腥い悪夢そのもの。



「盛大に吹き飛べ、残滓共が」
「ぐぁッ……!」
重く深く、澱んだ空気の中、何十合目かの渇いた金属音が鳴り響いた。
此所には一寸先が見えない程の霧が立ち込めている。
本来ならば……その筈だった。
激しい剣戟により風圧と闘気、そして人知を超えた力と時空エネルギー、挙句氷の魔力が渦巻くその空間は、霧の進入許可申請を尽く拒否していた。
その空間への進入許可が特別に下りたのは三人。
只今雄獅子に吹き飛ばされた白銀の髪をした青年、特徴的なオールバックに全身赤尽くめの青年、そして全てを滅する蒼を携える化け物。

「ヴェイグ! …クレス、てんめェッ!」

吹き飛ばされた青年、ヴェイグを一瞬目の端で認めたロイドは、すぐさま目の前の化け物に怒号を浴びせる。
目の前の化け物もとい殺人鬼、個人名クレス=アルベインが先程取った行動は、天使から見ても到底理解し得ないものだった。
ヴェイグの斬撃を左手のガイアグリーヴァ、ロイドの斬撃を右手のエターナルソードで受けたクレスは、あろう事かその体制のまま攻撃を繰り出したのだ。それも二つの技を同時に。
右は魔神剣、左は獅子戦吼。
『思い付きでやってみました』の次元を超えている。
ぶしつけ本場でそれをやってのけ、更には威力を落とし力を持て余す事無く発揮するその底知れないポテンシャリティーは紛れも無く本物。
才能、破壊力、経験、運、技量、判断力、そしてアンノウンのシックスセンス。
全てを味方に付けたクレスは正に闘神ッ!
320Sword Dancers 2:2008/01/21(月) 22:08:46 ID:o3RODMmjO
(戦闘の為だけに生まれてきた人間、ってか? 話ができ過ぎだろ常識的に考えて……。
 エクスフィア無しで天使と同等に戦える人間なんて聞いた事ねぇ! やってられるかよ、畜生ッ!)
「虎牙、破斬ッ!」
蒼く輝く炎を纏う切り上げと切り下ろし――しかしその輝きはクレスのそれより幾分か薄い――は激しく牙を向くが、しかし流れる様に紫の刃に往なされる。
だがその代償として確実に紫の刃は主を守る絶対の防御の型から外れた。
絶対の好機。
……技の同時展開。二刀流ぶしつけ本番のこいつに出来て俺に出来ない事なんてある筈が無い! 今なら、天使化してる今なら……やれるッ!
今、虎牙破斬の右手による斬り下ろしでエターナルソードは抑えた。
余った左手でそのまま風神剣をかましてやるッ!
「まだだぜクレスッ!」
いずれ朽ちる体なら、クレスを倒す為に全てを使ってもいい。
そうロイドは考えつつあった。
―――否。
全てを“使わなければ”、この化け物には、クレスには勝てない。ロイドはそう感じていた。感じてしまっていた。
まだ“死んでない”ヴェイグを危険に晒す訳にはいかない。
体を賭してでも、自分が奴を止めねば。
そうすれば自分ごとでも構わない。ヴェイグに討たせよう。
未だ人間であるクレスは死んでも、上手くいけば天使の俺なら…………いや、駄目だ。
自分が犠牲になるなんて、何考えてんだ俺はッ!
コレットが自分の命を代価に世界再生をしようとした時、俺は何て言ったロイド=アーヴィング!
全員生き残ってここを出るんだッ!!
「風神……ッ」
激しく火花を散らす左手と右手の獲物の影から、緑を纏う剣が覗く。
(決まった!)
そう確信した刹那、
「……………………く」
ロイドは目の端でその微かな口の動きを捉えた。
一瞬、自分で聞き間違いとすら思う。
何故なら天使の耳ですら聞き取り難い、その声は確かに……そう、

“笑い声”だったのだから。
321名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:10:20 ID:qDWv5KFEO
支援
322名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:10:47 ID:zqSI9F1PO
.
323Sword Dancers 3:2008/01/21(月) 22:12:29 ID:o3RODMmjO
(笑ってる? 何で?) その疑問の途中で回答が危機を知らせる電気信号となり脳内を駆け巡る。
目の前時空の剣の死角から現れるは大地の戦斧。
「しまっ……!」
大いに後悔した。
間抜けな事に、自分は今のクレスが二刀流である事を失念していたのだ。
自分の計算で言うと二刀流は100+100で200の威力。つまり、今のクレスも……!
「お前もだ。飛べ、出来損い」
裂けんばかりの弧を顔に浮かべ、クレスはガイアグリーヴァに蒼白の雄獅子を宿す。
「獅子、戦吼」
こうしてロイドはヴェイグの作った瓦礫の元へと盛大に吹き飛び、沈黙した。

―――――――――――――

『カイル、お前は周辺の警戒に当たってくれ。絶対にこの戦いには手を出すな。
 周囲にも出来れば近付くかないで欲しい』
『え? でもオレは……』
『早く、行ってくれ。……頼む』
『……わかりました、ヴェイグさん』
『すまない』
『無茶は禁物ですよ。ロイドさんも、くれぐれも油断はしないで下さい。……では後ほど』

カイルを行かせたのは、死なせたくなかったから、なのだろうか。
俺が傷付く姿を見せたくなかったのかもしれない。
……俺は、何がしたいのだろう。

―――――――――――――

闘神は瓦礫が起こした土埃達の演奏が収まるのを見届けていた。その表情はさぞつまらない曲を見ているような、不快感が張り付いている。
既に口元に弧は浮かんでいなかった。
マントを手で払い、眉間に皺を寄せ、大地の戦斧を地に引き摺りながら闘神は歩み出した。その足は心無しか重い。
歩む方向はロイド達が埋まる瓦礫とはまるで逆だ。
背を向けたクレスは一言、誰に向けてでもなく呟く。
「……実に拍子抜けだよ、殺す価値すら無い」
折角、慣れない二刀流というハンディキャップを付けてやったのに、このザマか。
そう続けようと、した。
324名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:14:43 ID:qDWv5KFEO

325Sword Dancers 4:2008/01/21(月) 22:14:48 ID:o3RODMmjO
が、クレスははたと歩む足と開こうとした口を止める。
何時の間にだろうか。濃霧の空間進入許可は、どうやら下りていたようだ。
その煙たい空気そのものに電気が走っている様な感覚。クレスの眉がぴくりと動く。

錯覚? ……違う。

死と隣り合わせの極限の世界で、感覚が研ぎ澄まされた戦士のみが感じられる第六感が、シックスセンスが、脳内に告げている。
「「…に、………て……?」」
それは微かに聞こえる二人の声。
クレスはその声の主達に背を向けたまま、嗤う。
ちゃき、と小さな音を立ててエターナルソードが右手に強く握られた。
一人の心の力による冷気、もう一人の指輪による熱気が気流を呼び、風は吹き荒び、再び三人を中心に霧が晴れる。
「「誰に、殺す価値が無いって……?」」
ロイドとヴェイグの前髪は乱れ、口の動きのみしか見えない。
だがその声の色から抑え切れない怒りが口から滲み出ている事は明白だった。
「言ってみやがれ、クレスッ!」
「言ってみろ、クレスッ!」
それを合図に二人は走り出す。
だがクレスは目を閉じたまま、二人に見向きもせず剣を地に垂直に向ける。

(これは……空間翔転移!)

「ヴェイグッ! バックステップだ! やべぇ!」
「分かっている!」
その目はクレスから刹那も離れないが、叫び声だけはお互いに向けられたもの。
二人は同時にバックステップを取る。
地に足が付く瞬間、読み通りクレスは消えた。
「チッ!」
……何処から来る!?
ヴェイグは焦っていた。
誰がどう見ても、自分はこの三人のうち一番の実力不足であり、手負いだ。
むしろ、足手纏いと謳ってもいい。
ロイドにそれを言っても却下されるだろうが、事実だ。
自分ですら確信しているんだ。客観的に、クレスから見れば一目瞭然だろう。
だから恐らく狙われるのは……俺、だ。まず弱っている邪魔者から排除するのが一対多人数の定石。
だが俺とてクレスとの戦闘イメージトレーニングを怠っている訳では無い。
先程は不覚を取って――まさかあの体制で獅子戦吼を使って来るとは思わなかった――喰らってしまったが、今度はそうは行かない。
時空剣技は兎も角、普通の技ならば。
「何処からでも、来い……!」
だから、思いとは逆にそう小さく呟く。
それが唯一の強がり。弱い自分に出来る、唯一の。
本当は怖くて仕方が無い。
今やロイドですら自分の数段上だろう。クレスは更に上だ。天と地の実力差。
326Sword Dancers 5:2008/01/21(月) 22:16:15 ID:o3RODMmjO
逃げ出してしまいたいという気持ちも、申し分程度にある。

「……グ! 後ろだッ!」
「……!」
その声に、はっとする。
しまった、俺とした事が何故こんな時に考え事などッ!
舌打ちをしつつも剣を構え表れたクレスのエターナルソードを受け止める。
その瞬間に浮かぶ一抹の疑問。
“果たしてロイドは自分の警戒をしつつ俺を見てくれたのか?”
だから逸早くクレスに気付けた?
否、ロイドも思っていたんだ、恐らく。狙われるのは俺だ、と。
……だめだ、こんな時に何を考えているんだ俺は。馬鹿馬鹿しい。
「くッ!」
たかが片手の斬り下ろしが、何て重い。
これが時空剣技の威力だと言うのか。
「ヴェイグッ! 左「散れ―――」
二人の声が重なると同時に右目が視野ギリギリでガイアクリーヴァを捉える。
死角か。だがこの動き、そして武器の形状からして、恐らく!

ヴェイグは切り上げられようとしている戦斧を見て、笑う。――見切った。
ガイアクリーヴァでの攻撃が幸いだった。
それだけで“突き”系統の技が候補から外れる。
そしてモーション、予備動作。切り上げから始まる技。
自分も使えるんだ。間違い無い。
「「虎牙……」」


―――違和感。声が重なった事に?
違う。
何だ“コレ”は。


「「破斬!」」
ヴェイグはその斬り上げと斬り下ろしと放ち終わった後に、違和感を覚えた。
クレスの動きが一瞬、止まった?
い、いや違う。止まってはいない。だが明らかに先程までとは違う。覇気が消えた?
……無駄な事を考えるな。これは願ってもいないチャンスだ。
「今だ、ロイド!」
ロイドも走りながらその様子を認めていた。
クレスの動きが明らかに鈍っている。原因は分からない。だがそんな事はどうでもいいさ。
「いっくぜええェェッ!」
一つ分かる事は、これが大きな、
「食らいやがれッ! 獅吼……」
チャンスだと言う事!
「戦破!」
蒼白い獅子は、孤高の戦士へと牙を剥いた。

―――――――――――――

敗北。僕は何時か、何処かの*で**と*****。そして**した。
**? 僕が? 何を言うんだ。僕は負けられないのに。
“負けてはいけないのに”。
けれども、何で、負けてはいけないんだっけ。何で、負けられないんだっけ。
誰に、誰を、誰は、誰が、誰の為に?
……光が見えた。収束している。魔力のそれとは違う。
いや、光と言うよりは****かもしれない。
327Sword Dancers 6:2008/01/21(月) 22:17:46 ID:o3RODMmjO
でも危険だ。その光は僕を襲うつもりなんだから、危険と思っても当然なんだ。
だから僕は、剣を垂直に構えた。
僕は剣なんだから、この光を斬らなくちゃいけないんだと、思ったんだと思う。
光ごと、**************。
でも、最初******。**、*******。
それから……それから―――

『***********』
『**********』
『*********************』

そうか。だ*ら**を*****は、**、負け****。
**は、**を***************。

―――――――――――――

あのクレスが吹き飛んで数秒が経った。
本来ならば喜ぶべき事実。だが気味が悪かった。
理由が分からない。あのクレスが何故あの瞬間に戦意を喪失したのか。
状況は芳しい筈だったが、何処かこの土煙の様なまどろっこしさがあった。
「クレスの奴、どうしちまったってんだ?」
受け身も取らずに体を俯せにして地に引き摺りながら民家に激突。とても正気の沙汰じゃない。
「こんな時に相手の心配か…?」
「別にそんなんじゃねぇけどよ、不思議っつーか何て言うかさ。……分かるだろ?」
まぁ確かにな、とヴェイグは続ける。
しかし何処かその声は感情が籠っていないとロイドは感じた。
ふとヴェイグを見ると目線が自分の右手に泳いでいる事に気付く。
「……ヴェイグ? 俺の右手がどうかしたのか?」
「ん、いや何でもないさ。それより油断するなよ。いつ空間転移が来るか分からない」
ロイドは冷静なヴェイグから視線を逸らしわざとらしく唸り、
「よく言うぜ! さっき自分は油断してて空間転移に気付かなかったくせに……」
「あれは……その、すまない」
目線がつい地面を這う。自分の悪い癖だ。
「まぁいいさ。そろそろ気合い入れようぜ。ドワーフの誓い、第七番だ!」
空元気なのは分かってる。
でもこうでもしなきゃ、ヴェイグの元気が出ない。
何を考えてるのかは分からないけど、多分自分が弱いとか、劣ってるとか下らない事を考えてるんだろう。俺には分かる。そういう顔だ。
多分、ヴェイグは俺と同じで嘘が吐けないタイプだな。
「…? ……どわ……?」
何だそれは、とでも言いたそうな声。先程より表情も少し和らいでいた。
「そうだぜ。ドワーフの誓い、第七番! ……本当はこれは嫌いなんだけどな、“正義と愛は必ず勝つ”、だ! いくぜヴェイグッ! せーの!」
328名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:20:13 ID:qDWv5KFEO


329Sword Dancers 7:2008/01/21(月) 22:20:28 ID:o3RODMmjO
……しかし残念ながら「「“正義と愛は必ず勝つ!”」」なんてノリをヴェイグが持っている筈は無いので。
当然の如く、
「“正義と愛は必ず勝つ!”……って、あれ?」
場違いな叫びは一人分であった。
数秒遅れて咳払いと共に、
「俺に……変な期待はするなよ……?」
という声が小さく漏れる。
「ヴェイグって、あれだな。父さんとリーガルを足して二で割った感じだな?」
ロイドはヴェイグを見て笑う。
どうやら、ヴェイグの要らぬ悩みと心配は吹き飛んだようだ。ヴェイグの和らいだ表情を見てそう思った。
(……本当は、俺自信を元気付けたいだけなのかもしれない)
「残念だが疑問符を付けられても俺には分からない。……ところでロイド、相談があるんだが」
……突然シリアスモード突入。
真剣な顔のヴェイグを見て、ロイドの意識も自然と引き締まる。
その引き締まった顔のまま、ロイドは口を開いた。


「……ギモンフ? それって食えるのか?」


その唐突な疑問に、ヴェイグは開けられた口を塞ぐ為数秒を要した。

―――――――――――――

断片的な何かが頭の中で渦巻く。ぐちゃぐちゃな内側からハンマーで頭蓋を殴打されているようだ。
気持ちが悪い。
脳内が趣味の悪いカレーシチュウの様だ。頭を抑えると本気で耳や鼻から中身が出て来そうですらある。
何だと言うんだ。この記憶――最早記憶かどうかすら怪しい――は、一体何だ。
いっそ頭を思い切り抑えてこの鬱積ごと全ての思考を吐き出してしまいたい。
目の前の敵を殺す力。それだけでいい。
力が欲しい。それだけだ。
他のモノは何も要らない。
「……?」
ここまで思考してやっと自分の額や腕から血が溢れている事を知る。派手な擦り傷だった。
自分の傷を指で触れ、表情のみで嗤う。最早痛みや血の色すら一瞬の快感ですらある事に嗤いが込み上げた。
血の色。赤、紅。
力の色。赤、紅。
“理由”なぞ疾うに失せた、忘れた。
この世の全てをそれに染め上げたい。
僕の力で。
“理由”なんて要らない。僕が敵を壊す理由は、僕が剣だからだ。力が欲しいからだ。
要らない、要らない、要らない。
“原因”なんて、“理由”なんて、“使命”なんて、“敗北”なんて、

“******”なんて、要らない。

「さぁ行くよ、僕―――集気法」
孤高の剣士はゆっくりと、剣に蒼い光を灯した。

―――――――――――――
330Sword Dancers 8:2008/01/21(月) 22:22:08 ID:o3RODMmjO
「……と、言う事だ。分かったか?」
これが、俺が考えられる最大の威力の攻撃を行なう作戦。
問題は……開始となる技を如何にしてクレスに叩き込むかという点。それがガードされてしまう内は大逆転は期待出来ない。
となると喜ぶのはまだ早い、か。
「すっげぇな、ヴェイグ! そうと決まれば……ほら」
ヴェイグの思いを知ってか知らずか、天使は意気揚々と自分の右手から“それ”を外す。
この時ロイドはやっと、成程、だから先刻自分の右手を見ていたのかと気付くが、敢えてそれには触れなかった。
「すまな……ッ!?」
「……どわッ!?」
それは唐突過ぎる爆風と爆音。
数十メートル先のまだ焼けていなかった瓦礫の山――クレスが作った山だ――が猛烈な音を立てて“消滅”したのだ。
断っておくが、“破壊”では無い。“消滅”だ。
凄まじい風がロイドとヴェイグを襲う。手で砂塵から目を隠しながらも、指の隙間から見えるその男は、間違い無くクレス=アルベイン。
「何を、しやがったってんだよ……?」
いや、違うんだ。理解してる。
ヴェイグはどうだか分からないが、自分は時空剣士故に理解出来てしまった。
現にこの歯が恐怖により音を立てている。
聞こえる筈が無い鼓動が、確かに弾む。声も上擦っていたに違いない。
「―――少々、待たせた」
そう呟く剣士のマントとバンダナが激しく風に靡く。
その足はゆっくりと自らの体が獅子により作らされた道へと踏み出す。
その両手に灯る蒼の炎を消しながら。
「じ、冗談じゃねぇぜ……」
間違い無い。
クレスの野郎ォ……両方の獲物で別々に次元斬を放ちやがった。
これが本物の100+100=200かよ?
冗談じゃないぜ。ふざけんなよ……。
「どうした? そっちが来ないなら、僕から行くよ―――空間、翔転移」
風がふと止み、ぐにゃりとクレスの周囲の空間が歪む。
相手は狩る気満々、待ったは却下するつもりのようだ。
((……来る!))
「絶・瞬影迅!」
ヴェイグはフォルスを解き放つ。
横目でロイドを確認する。幸い、ロイドとの距離は離れていなかった。
これならクレスが何処から来ても互いが互いをサポート可能、とヴェイグは踏んでいた。
と、ロイドの背後に違和感。
「……! ロイド、後ろだ!」
「分かってる!」
331Sword Dancers 9:2008/01/21(月) 22:23:50 ID:o3RODMmjO
空間の歪み――濃霧のお陰で判り易かった――がロイドの後ろに現れた。
刹那。ヴェイグの脳裏に一抹の勝機が過ぎる。
……いける。
この距離ならば、いける!
チャンスは、今しか無いッ!
そう判断した時、既に足は三段跳びの最終跳躍に入っていた。
ナイトメアブーツに、絶・瞬影迅……その速度上昇能力は折り紙付きだ。
二度の跳躍でロイドの背後へ。最後の跳躍は可及的最高速度で膝のバネを使う。
フォルスは剣の刃へ。意識は体の全てへ。
「ロイド、俺に続けッ! ―――絶氷斬ッ!」
叫び声と同時に紫の切っ先が空間を裂いて現れる。
……よし。タイミングは想像通り。
先ずは、エターナルソードを封じる!
これだけは、これだけは死んでも堪えてやるッ!
「……ッ!」
みし、と何かが軋む音が腕の内側から聞こえた。
時の剣と氷の剣は、重なった。
凄まじいスパークが網膜に光の残滓を置いて行く。
スパークが霧の彼方に消える頃、漸くクレスの全身が現れる。
初めて味わう次元のパワーと筋力と重力を味方に付けた一撃。
上からの斬り下ろしと下からの斬り上げ。力の入り具合がより強いのは誰がどう見ても前者だ。
膝のバネと本来の筋力だけでは、到底対抗出来るモノじゃない。
その凄まじい衝撃にヴェイグの顔が著しく歪む。
……腕が、痛い。
形容し難い音を立てて自分の腕がイッてしまうのも、時間の問題か。
(これだけは、これだけは離すものかッ!)
渇いた、それでいて小さな音が氷の剣から虚空に響く。
しかしヴェイグはそれに気付かない。気付けない。余裕が無い。
……氷の剣には、僅かばかりの罅が入っていた。
クレスだけがその事実に気付いていた。
左手に握られた戦斧が蒼い炎を、精錬された時空の刃を纏う。
そのまま刃は氷の剣を砕きヴェイグの脳天を―――かち割る事は無かった。
クレスは目を見開く。
戦斧は間違無く、剣に接していた。
ただ、その剣が氷のそれでは無く木で造られた玩具であるという違いはあるが。
「させるかよ……ッ!」
ロイドはクレスを睨み付けた。左のガイアグリーヴァによる次元斬はロイドの右手により見事に抑えられている。
ロイド自身、天使化もあって筋力には絶対の自身を持っていた。それにこちらは利き手、おまけに相手は空中。
二本とも封印されたクレスには、もう攻撃の術は無いッ!!
「喰らいやがれ……!」
完全に開いたクレスの左脇腹、そこにロイドは左手で狙いを定める。
332名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:24:47 ID:qDWv5KFEO

333Sword Dancers 10:2008/01/21(月) 22:26:02 ID:o3RODMmjO
横腹は人間の弱点でもある。筋肉を付けにくく、鍛え難い部分。そこに剣を捩り込ませれば、いくらクレスと言えど。
ロイドは左手に精神を集中させた。
これが、自分に出来る最高の濃度の時空コーティングッ!
どてっ腹に、風穴開けやがれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!
「次元斬式・風神剣―――次元「飛燕―――」

クレスに、一撃くれてやる筈だった。
顔面に容赦無く連打が打ち込まれる感覚。目の前が真っ暗になる。
自分は何て、馬鹿だったんだ。

「―――連脚」
あれだけイメージトレーニングを行なったと言うのに。
またしても、簡単過ぎるミステイクだ。
格闘技を、まるで危惧していなかったなんて。
「ッが……は!」
痛みを感じない体とは言え、生理的反応を忘れている訳では無い。
本能が顔面を守ろうと両手を顔まで上げてしまう。
……卑怯だ、なんて言う暇すら無かった。
そもそも卑怯なんてものは無い。下手をすれば自分が死ぬのだ。
両耳を後ろから手で叩く様な反則技程度ならば、生命の危機に瀕すればロイドやヴェイグであろうと迷わず行なうだろう。
クレスはその程度の事をやってのけたまでなのだ。
「ロイドッ!」
叫んだヴェイグには、しかしどうにも出来なかった。エターナルソードの相手で手一杯だったからだ。
だが例え助けられる暇があったとしてクレスは待ってくれただろうか? 答えは否。待たない。待ってくれない。
ロイドに出来た隙をクレスが狙わない筈が無い。
ヴェイグはその様子を、ロイドに戦斧が下ろされるその景色をゆっくりと、残る一枚の網膜に焼き付ける他無かった。

“戦斧は、ロイドの首へと近付く”
やめろ、やめてくれ、クレス。
“ゆっくりと、ロイドの項辺りに刃が入る”
頼むから、これ以上、俺の仲間を、目の前で、減らさないでくれ。
“そのまま刃は”
「や“首に沈み”め“背へと走り”ろ“妙な音を立て”お“腰の辺りで止まり”ぉ“クレスが笑い声を上げて”お“ロイドが傾いて行く”ッ“ピンク色の繊維が”!“網膜に焼き付いた”!」

力の限り叫び声を上げた。
ロイドの首から背中に掛けて、ガイアクリーヴァが深く傷を作っていた。隙間から覗けるサーモンピンクの繊維は、お世辞にも綺麗とは言えない。
何かが、砕け散る。
何処の何が砕けたのかを理解する事に数コンマ要した。
鏡が砕ける様な渇いた音は、どうやら自分の中からでは無く手元から響いたようだった。
334名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:28:50 ID:qDWv5KFEO


335Sword Dancers 11:2008/01/21(月) 22:29:06 ID:o3RODMmjO
その音が場違い過ぎて可笑しかったが、笑っている程の心と思考の余裕は微塵も無い。
目線を落とすと、自らの獲物が見事なまでに砕けていた。
幾何学模様の断面をした蒼の破片が太陽の光を受けて乱反射する。
何かに喩えるならば、それはまるで教会のステンドグラスのよう。
儚くて脆いそれは、まるで自分の心を写し出したようで。
……最初の破片が地面に落ちる瞬間、ガイアグリーヴァがそのままロイドの背中から抜かれ、勢いを付けて自分へと向かっている様を右目が捉える。
ロイドの背中からは赤い血飛沫は上がらず、ただ隙間から黒くてドロドロした液体が染み出していた。

(死……か)

ヴェイグは一旦ロイドへの思考を完全に止める。
考えるな、と数十回己に言い聞かせた。同時に速やかにバックステップで距離を取る。
それにより少なくともクレスの斧の間合いからは外れた筈だった。
嫌な汗を顎に垂らしながらも、小さな安心を頭の片隅に感じていたヴェイグの耳に、何かの音が入る。
クレスが何かを呟いたのだ。
「シンクウハザン」――恐らく、そう呟いたと思う。
勢い良く戦斧が振り抜かる。
「……ッ!?」
間合いの外に、居た筈なのに―――何故、自分の胸が、切り裂かれてるン、ダ?
自分が上げた血飛沫がクレスの顔に飛ぶ。予期せぬ激痛に全身が痙攣し膝が折れた。
瞳孔が自分の意思と無関係に騒がしく動き回る。
世界が五月蠅く蠢く中で、膝を崩した事への後悔の念が脳を襲った。
蒼い炎を纏ったエターナルソードが、次元斬が、上から迫っていたからだ。
手に握られた剣の刃が無い事をここでようやく思い出すのだから、動揺は尽く危険だと認識させられる。
ようやく落ち着いた眼球でクレスを見上げた。
その頭の更に上に太陽があり、逆光となり表情は見えなかったが、恐らくは、
笑っていた。

クレスのものでも自分のものでも無い声が響いたのは、この瞬間だ。

―――――――――――――

めりめり、と筋肉やら神経やらを掻き分ける湿った音が自身の体の中から響くのをロイドは感じる。
……駄目だ、斬られた。
多分背中だ。
分かるんだ感覚で。痛みは感じないけどな。なんだコレ気持ち悪ィ。
畜生、畜生、畜生、畜生。
こんな所で負ける訳には行かねぇよ。……コレット、キール、ヴェイグ、カイル、グリッド……メルディ。
畜生。なんだってんだ。仲間の名前考えたりしてよ。
天使化しても結局この様かよ。格好悪いよ、格好悪いな俺ってば。
336名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:31:34 ID:zqSI9F1PO
..
337Sword Dancers 12:2008/01/21(月) 22:32:31 ID:o3RODMmjO
天使はゆっくりと地に墜ちる。
自分にうんざりしていた。
抗うよりも、絶望と死に体を委ねた方がよほど快感だったのかもしれない。
そうだったんだ……きっと。あいつを元気付けるのも、あの人を赦したのも、君に笑って欲しいのも、場を賑わせようと努力するのも。
全部。
君の、あいつの、あの人の、為じゃ無いんだ。
弱い自分に、砕けた自分を、元気付けたくて、赦したくて、笑って欲しくて。
本当は自分の為なんだ。
狭い視界が地を捉えた。
しかし片目だけしか見えない。右目だろうか? 左はさっきの蹴りでやられてしまったのだろうか。
……違う、“分かる”。腫れてるだけだ。
眼球の無事を確認したその時、硝子が割れた音が鼓膜を刺激した。
無音の世界に等しかった世界での唐突な衝撃に、心臓こそ高鳴る方法を持ち合わせてはいないが、驚いた。
決してポジティブになった訳では無いが、ネガティブな思考が一気に――十中八九一時的に――治まる。

一体何が……あ。
ヴェイグの剣、割れてるじゃんかよ。
そうだよ、何してんだ俺。呑気に地面に寝ようとしてる場合かよ?
仲間が戦ってるんだぜ。今、既に死んでる俺が寝て、どうするってんだよ! 目の前で苦しんでる、まだ生きてる人間を見捨てる訳にいくかよ!

自分の足に力を込める。倒れそうになっていた精神に鞭を打ち、なんとか踏み止まる。
クレスは俺を一時的に倒したと思ってる。
“あの作戦”をやるなら、今しか無いッ!

ロイドは大きな一歩を踏み出す。
左手を確認―――よし。
右手を確認―――よし。
テクニカルポイント―――まだ充分だ。
念の為、EXジェムを弄る―――ストレングス、スピリッツ、ディフェンド、エターナル、セット確認。
時空エネルギー―――最大、武器へのコーティング、良好。

―――いくぜ、クレスッ!

―――――――――――――

「散ッ、沙雨!」
鍛えられた背筋に木刀を立てる。ロイドを眼中に入れていなかったが故にまるでノーガードだ。
意とも容易く時空のコーティングを施された刀は皮膚を突破り、血飛沫を上げさせる。
クレスの快楽にそまった表情が一変して激しく歪む。初めて彼が激痛による叫び声を上げたのをロイドとヴェイグは聞いた。
いくら強いとは言え痛覚がある人間。クレスの意思とは無関係に全身は痙攣する。
堪らずクレスの膝が崩れそうになるが、連撃がそれを許さない。
「はああああぁぁぁぁ風神剣ッ!」
338名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:32:47 ID:0fnviyduO

339名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:32:58 ID:qDWv5KFEO

340Sword Dancers 13:2008/01/21(月) 22:35:04 ID:o3RODMmjO
連撃により血が溢れる背を、鋭い一撃が突く。
クレスは口と鼻から血を吹き出し、ヴェイグはここで漸くロイドの存在と真意に気付く。
ザックからチンクエディアを急いで取り出し、がむしゃらにフォルスを込めた。今は一分一秒、いや一秒一刹那が惜しい。
その奥でロイドは更なる追撃をクレスに浴びせていた。
それは純粋な斬撃では最高峰の威力を持つ技。
「これでッ……どうだあああぁぁぁッ!猛虎ッ、豪破斬ああぁぁぁんッ!!」
クレスの背を大きく四の猛虎の爪が襲う。
クレスはその斬撃に抗えず、体を大きく揺さぶられながら、四度目の切り下ろしで地に伏そうとした。
それもそう、ダウン効果のある技だ。クレスの意思とは無関係に、膝の力は抜ける。
しかし連撃はこれで終わりでは無かった。
クレスの血走った目は目の前の男を、その手に握られたリーチを伸ばしたチンクエディアを、その指に填められた紅の宝石を、確かに写し出す。
熱気と冷気は風を生み、氷を纏う短剣に緑を纏わせる。
辺りの濃霧を吹き飛ばし、真空の刃は回転する。
「まだ終わると思うな―――」
胸は痛んだ。応急処置すらしていなかった。する時間すら惜しかった。
傷は深くは無いが、流れる血の量は決して少なくはない。
正直、無駄に動きたくはなかった。
だが、今は……今はッ!
この程度の血を代償にしてでも釣りが来る程の、恰好のチャンスッ!
「―――風神剣!」
前のめりのクレスの胸部に真空を纏いし魔氷の突きが入る。
鎧には瞬く間に罅が走り、砕け散り、胸に僅かな傷を負わせる。
「喰らええぇぇぇぇぇぇッ! 崩龍ッ、無影剣ッ!」
極限まで密度を増した冷気は魔氷の棺を作り出し、速度を味方に付けた二連の突きを以てクレスの全身を包み込む。
常人ならば、この連撃ならば充分な致命傷になっただろう。
だが、相手はクレス。ヴェイグは保険を、それも強大なそれを掛けていた。
「まだだ、まだ終わらねぇッ!!」
341名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:35:49 ID:zqSI9F1PO
.
342名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:36:27 ID:qDWv5KFEO

343Sword Dancers 14:2008/01/21(月) 22:36:54 ID:o3RODMmjO
そう、連撃のフィニッシュブローは、真の目的はこれから。
「今、楽にしてやる……!」
二人の位置はクレスを鋭角として二等辺三角形を作れる座標。
そこから二人はクレスの胸へと剣を構える。
七色の光が彼等を包み、フィニッシュブローに相応しい技、ユニゾン・アタックを生み出す。
その為のガーネット。その為の風神剣。
その為の、複合EXスキル―――ユニオンフォース。
二人の意思は目的を等しくする。
“クレスを、倒す!”
かたやジェットブーツに天使の力、時空の炎を纏う青年。
かたやナイトメアブーツに絶・瞬影迅という、人間に可能な可及的最高速を持つ青年。
今なら、クレス撃破も可能ッ!

「「衝破ッ―――」」

奇跡と謳っても過言では無い完璧なシンクロ。声さえも、動きさえも、筋肉の収縮膨張さえも。
各々の足をバネに、緑を纏う獲物と共に体を空中に滑らせる。
切っ先が、クレスの腹筋に届いた。

「「―――十文字!!」」

刹那、クレスは得も言われぬ表情で、確かに何かを呟いた。口元は、笑っていない。
目線は、二人や景色を見ている訳では無い。
何処か遠い世界を見ているような、何故か哀しみを帯びた瞳だった。
ロイドの耳にすら聞こえない音量で、たった一言。
ロイドとヴェイグの渾身の一撃がクレスを貫くその刹那に。

「      」


“記憶の底に小石が落ちた”
記憶は流動体。落ちたのはそれはとてもとても小さな石。でも止まらない。
止まってくれない。
“違和感”
全てはあの声が重なった瞬間からだ。
“継続的に”
何かが僕の内側から飛び出そうとしている。
“だんだん強く”
石が投じられる度に波紋は広がる。
さざ波が収まる。石が落ちる。波が収まる。石が落ちる。
水面は揺れる。どんどん激しく、だんだんと荒波を立てて行く。
関係無い話だが、それは流動力学の初歩。
一旦波は沈黙しているのに、波は加速度的に次々と激しさを増す。そのエネルギーの総和は全てを単純に加算した量より大きくなる。
……この記憶の流動も、同じ。
“込み上げるアレの原因を”
今まで揺れる事が無く、気付かなかった部分が飛び散る。
これは一体何だ。
“僕はこの波が何なのか知っている”
荒れる流動体は知っている部分と知らない部分が渦巻く。
“深層意識と本能”
混ざりあったそれは不思議と断面と断面が一致している。
“その中にある、真実”
全ては混合して一つの球体となる。
“その名は一体”
344Sword Dancers 15:2008/01/21(月) 22:38:52 ID:o3RODMmjO
果たして僕はそれを掴めるだろうか。
理解出来るのだろうか。
“何?”



『もう一人の自分』『二日前』『空白の時間』『デジャヴ』『否』『不思議な感覚』『夢じゃない』『現実』
『痛かった』『暗かった』『けれども』『知らない』『違う世界?』
『だが』『エグジスタンス』『確かに僕は』『クレス=アルベインは』『そこに存在した』
『*の中』『血の匂い』『*』『**』『重なる、声』
『流れる汗』『**の*』『*われた、**』『*』『僕を呼ぶ声』
『天から』『降り注ぐ、光』『****』『潰された、鼠』『高揚感』
『聖なる*』『**』『*********』
『まるで』『僕が****なるような、感覚』『***ゆく、意識』『**が***になる、感覚』
『****』『それでも』『体を***、何か』『イド?』『本能?』
『自分でも分からなかったんだ』『**』『光を斬るんだ』
『そして』『盲目な、僕』『**の声』『体が*****』
『清冽とすら言える』『研ぎ澄まされた』『六感』『鼓動が聞こえる』『ロイヤリティー』
『無音の世界』『これが』『無我の境地?』『僕は誰』『何が、僕******?』
『**の***』『*********』『時空剣技』『*****』
『護れる様に強くなるから、*は休んでて』『本心を韜晦してるのは』『**』
『何人***力が手に入る』『*いたい』『*いたいんだ』『僕が*わなきゃ』『*う為に』『*******』
『僕がそれを忘れてるのは』『何かに惑溺してるからだ』『**?』
『力を求める事に』『行き着く先は何処』『使命感』『勝ち続けなきゃ』『**を*けられない』
『何時まで』『*****』『*******負け*****』『今、***から』
『****を聞いた時』『僕は****』
『その為には』『力が必要なんだ』『何者にも束縛されない』『力』『純粋な』『強さ』
『何も出来ないのは嫌なんだ』『失うのは嫌なんだ』『負けるのは嫌なんだ』『*えないのは嫌なんだ』『弱い自分が嫌なんだ』
『“そこから僕の時計は止まっている”』
『chikara』『チカラ』『ability』『ちから』『power』『力』『strength』『force』
『もっと』『more』『力を』『strong』『強く』『strongly』

『必要なのは、**を***、力だけ』

『そう』
345名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:40:12 ID:qDWv5KFEO

346Sword Dancers 16:2008/01/21(月) 22:40:27 ID:o3RODMmjO
『全ては』
『**を』
『***為に』
『**為に』
『敵を倒し続ける事』
『力を手に入れる事』
『それが』
『それこそが』
『僕の』
『ライアビリティーだ』


舞い上がる煤と砂塵の中で彼は立ち上がる。
体をミリ単位で動かしても走る激痛、それにも大分慣れた。だが決してダメージが少ない訳では無い。
ふらつく足に激を飛ばす。
(まだ、倒れてはいけない)
「遊びはここまでだ」
そう呟くと、杖代わりにしていたガイアグリーヴァを地面に突き刺し、エターナルソードを両手持ちへと切り替えた。
(力が必要だから)
「とっておきの秘刀を――“零距離”を、見せてやる」
あらゆる場所から血を流しながら、顔面に黒い嗤いを貼り付けたまま、静かに彼は足を踏み出す。
蒼を極限まで煮詰めた黒い炎を紫に纏わせ、重く湿った空気と舞う塵そのものを焼き払う。
(目的を、果たす為に)
「僕はもう、絶対に」
後には灰燼すら残らず。
即ち、薙払った“空間”そのものの消滅。
彼は遂にその封印を解く。
零の秘刀、零次元斬を。
(********)
「負けられないんだから」

347Sword Dancers 17:2008/01/21(月) 22:42:27 ID:o3RODMmjO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP15% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP30%(実感無し) TP30%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲
所持品:ウッドブレード エターナルリング
    忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP50% TP50% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背中大裂傷 胸装甲無し 全身に裂傷 ???
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:目の前の2人を殺す
第二行動方針:ティトレイはまだ殺さない
第三行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
348名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:43:01 ID:qDWv5KFEO

349フーダニットは誰の手に 1@代理:2008/01/29(火) 12:25:19 ID:JQ5mStUl0
『カイル、お前は周辺の警戒に当たってくれ。絶対にこの戦いには手を出すな。
 周囲にも出来れば近付かないで欲しい』
『え? でもオレは……』
『早く、行ってくれ。……頼む』
『……わかりました、ヴェイグさん』
『すまない』
『無茶は禁物ですよ。ロイドさんも、くれぐれも油断はしないで下さい。……では後ほど』



降りしきる過剰殲滅の雨。絶対にして殺意のそれは誰も彼も消えろという意思が乗せられていた。あわよくば死ね。
そんな悪意の雨から身を守るように、カイル・デュナミスはある民家の下にいた。一種の雨宿りである。
ロイドやヴェイグさんは無事か。怪我も何もなければいいのだけど。
口にせずとも、むしろその沈黙がカイルの気持ちを空間に行き渡らせていた。
現状を考えれば声は居場所が知られるから出せないし、そもそも億劫だった。
彼の肩はどこか重荷を背負ったように下りていて、項垂れているように見えた。
遠くの戦いの音、雨のように鳴り止まない音が、自分は少なくとも危害を与えられる側ではないのだと教えてくれる。
だがそれは安心ではない。むしろ除け者にでもされたような疎外感が渣滓として心の底に蟠っていた。

思惑は分かる。術はクレスにとってジャンケンでいう紙と鋏の関係で、小回りの利かない箒は隙が大きすぎる。
剣鬼を倒すには剣で、という理不尽さを考えれば、近接戦を得意としない今のカイルにはとてつもなく分が悪い。
リザーブに回るのも最早必然の域だ。
だからこそ、裏に隠された暗澹たる思いを邪推してしまう。理屈で誤魔化した、あの人の悔悟の思いを。
350フーダニットは誰の手に 2@代理:2008/01/29(火) 12:26:43 ID:JQ5mStUl0
「……ディムロス、やっぱり俺って足手まといなのかな?」
しばらくの重苦しい沈黙でカイルの感情を理解していただろうディムロスは、胸に溜まった重い二酸化炭素を吐くように、深く息をついた。
『自分でもそう思っていたんじゃなかったのか?』
「分かってるよ、痛いくらい」
下方に向けられた視線は、手持ち無沙汰に土を弄るときのように、明確な焦点を持っていなかった。
本来なら戦場から離してくれたことを感謝すべきなのだろう。しかし今のカイルはそれで納得はしない。
箒の柄が強く握られ、少し軋んだ音を立てた。
「……こうやって生きても、駄目なんだ。俺はずっと誰かに支えられて生きてきたから、だからあの洞窟で、皆のために生きるって決めた。
 でもそれは、また誰かに甘え続けることじゃない。俺は、守られる存在でいちゃ駄目なんだ」
些末だというように遠い戦場音楽は軋みを上書きしていた。
眉を寄せて言う彼の言葉に、ディムロスは彼はまだ英雄の幻想を見ていることを知る。
前線で戦い、力なき人々の代わりに傷を負いそれを誇りとし、そして敵を討ち取り賞賛される名誉の幻だ。
『では、仮にこれからお前がロイド達の所に戻ったとして、ミトスに一撃を加えられ一網打尽にされたとしよう。その時お前は何を考える?』
カイルは眉間の皺を緩める代わりに不服そうな顔をした。
「……意地悪だ」
『人には人の役割があると言っている』
「じっとしていることが俺の役割?」
『自分の力を過信するな。そういう奴に限って真っ先に死ぬ。ましてや変に勘違いしている奴はな』
まだカイルの表情は変わっておらず、それどころか怒気さえ帯び始めていた。
窮したままでいる辺り、少しだけ大人への要素を見せていたかもしれない。
『衛生兵がいるから歩兵は安心して戦える。工兵隊がいなければ戦端も開けないだろう。
 諜報部の人間がいなければ相手の情報すら分からない……』
少しだけ、カイルははっとしたような目で剣を見た。霧の細かい水滴で萎れていた髪が振動で僅かにぴんと立った。
『これでは不満か?』
ディムロスのわざとらしい、惚けたような口調に、カイルの怒気はすうっと抜かれていき、忙しなく目を動かした。
やがて放出する場のない感情が顔面に溜まり、得も言われぬ表情を作った。名を気恥ずかしさという。
『何も、前線に出ている者だけが戦っている訳ではない。カイル、お前もまた戦っているのだ』
かあっと頬がひんやりとした空気の中で紅潮し、緋色は白い霧の中ではっきりと目立った。
出たくても出れない言葉を封じた口は三角形を作っている。への字にひん曲がった鈍角の三角形である。
彼は自分の落ち度を自覚した。焦りや自己嫌悪で視野が狭くなっていた、と思った。
行き場を失くした手が濡れた髪を掻き、分かつ合図として息を吐いた。

351フーダニットは誰の手に 3@代理:2008/01/29(火) 12:28:08 ID:JQ5mStUl0
「俺は何が出来るの?」
『自分の任務を全うしろ。そして最後は待て。待つこともまた、戦う以上に苦しく辛い』
「……最初はともかく、クレス相手に無茶苦茶なこと言うなあ」
『待つ者がいる人間は、強い。信じていないのか?』
そして熱血中将の言葉にカイルは少しだけ笑った。それはあまりにクサ過ぎやしないか。
けれど、何故この人が「突撃兵」であり、一師団の上官に値する人物か理解出来た気がした。
ディムロスの言葉は不思議と士気を鼓舞させる力がある。いい年にそぐわない言動だからだろうか。
戦場を離れたからといって戦いが終わり離れた訳ではない。俺の戦いは続いている。
そして、信じること、信じ続けること。それが本当の強さだ。
「違うよ」
カイルは明瞭な音量で言った。
「ちょっと、弱気になってたみたいだ。俺、まだヴェイグさんやロイドの無事を信じられる。
 あと……俺は待つ側じゃない。きっと、約束を守る方法は、守ってくれると信じることだけじゃないから」
ディムロスはふふ、と短く笑う。
『上出来だ。……どこからミトスが手を出すか分からん。警戒は怠るな』
分かった、と力強く彼は答えた。

「……とはいえ、何事もないのが1番なんだけどな」
まあな、とディムロスは答える。
この場合の“何事もない”は自分の身にではなく、ロイドとヴェイグの2人にである。
『しかし、あの圧倒的な威力といい、何度も何度も立ち上がる様といい……奴を思い出すな』
奴? と言わんばかりにカイルはとぼけた顔を向ける。
『マイティ・コングマン。闘技場で1度だけ戦っただけだが、どこか似たものを感じる』
「まさか。あの人はノイシュタットの英雄とまで言われた人だよ。一緒にしたら駄目だ」
思いがけない反駁にディムロスは一旦は窮した。
しかし言葉の源にあるものが“イコール殺人鬼”だということに気付き、僅かな齟齬による軋みが消えていった。
『人格や嗜好といった意味ではない。こう……純粋に闘いを楽しみ、そこに至上の喜びを見出す。そういう類のものだ』
むすっとしたままカイルは目線を落としていたが、ふっとそれを消して、
「父さんはその時勝ったの?」
と純な疑問として尋ねた。無論ディムロスは『勝ったさ』と笑って答える。
「じゃあ大丈夫。父さんがコングマンに勝ったならロイド達だってクレスに勝てる。それにこっちは2人もいる」
カイルの、ともすればはつらつとした演繹に意思持つ剣は頭を抱えそうになったが、
これが彼らしくもあり、彼の信じる方法の1つだとも思った。
先程の落ち込み具合も併せて考えればかなりの進歩だ。とりあえず、剣は小さく笑っておくことにした。

352フーダニットは誰の手に 4@代理:2008/01/29(火) 12:29:25 ID:JQ5mStUl0
白い霧の中にいるのは不思議な浮遊感を与えた。
実際飛んでいるので物理的な問題ではなく精神的なことで、何か心奪われるものがあった。
ひりひりと肌の表面が痺れるような、針が何本も突き刺されるような。
深閑。静寂。違う、共鳴反応。
目の前を紫色の風が吹く。
コアの中に刻まれた意識は息を呑んでしばらく呆然とした後、刮目してその風を見た。
雪も降りていないのにひどく冷たく、剣の周りだけを流れ、はっきりと姿を映し出していた。
上下左右、前からも後ろからも笑い声を立てていた。
腹を押さえてするような大笑いではない。くすくすと小さく笑っていた。
それは――恋人を前にした愛情表現としての可愛らしい笑い方ではなくて、屈辱感を与えるような嗤い方だった。
ディムロスは耳を覆いたくなる衝動を必死に隠し、代わりに目を閉じて嘲笑を受け入れていた。
闇の向こうに、冷たい微笑を浮かべた彼女がいる。
『カイル』
音の響きは一瞬にして抑圧に変わっていた。
突然のソーディアンの呼び掛けに身体をびくりとさせた後、声の方へ向く。
しかし、当のディムロスは名を呼ぶだけ呼んで、その後沈黙を守ったままだった。二の句を継ぐかどうか迷っている風に思えた。
怪訝そうな表情を剣に向け、ディムロスは意を決したように鋭く息を吸う。
『声を出しての反応はしなくていい。アトワイトが近くにいる』
「え」
静謐を破り言われたからだろうか。思わず声を出して無駄にも関わらず口を塞ぐ。
鬱積を全て消し去ってしまいたいかのように重く溜息を零すディムロス。
『もういい。ともかく、ミトスが近くにいるかもしれないということだ』
「思ってたより近くにいたのかな」
『認識範囲に入ったのはつい先程だ。場所は広場からやや東』
「じゃああっちも」
ディムロスは唸る。
『……いや、気付いていない、違うな。気付いてはいるが進まざるを得ない状況か』
「……実力行使」
『かもしれん』
プロファイリングと違うな。ディムロスは零す。
むしろあの物静かな少年が仮面だとすれば、案外本性は凶暴なのかもしれない、と結論付けた。
一度だけ、僅かな間だけでも冷静な思考に沈むことは、少なからずディムロスの心を落ち着かせていた。
アトワイトという存在からミトスという存在に意識をシフトさせることは彼女の姿を朧にする。
『予想通りミトスが横槍を入れに来たということだ。我々の任務はその警戒、つまり急場では対応を意味する。
 ……この上ないチャンスだと思わないか?』
「あっちがその気ならこっちも、ってことか。えーっと……目には目を?」
『急襲には急襲を』
分かりやすいシステムだ、と思う。
尚もアトワイトはこちらに近付いてきている。わざわざ爆心地に来るということは一掃が目的か。
未だ晴れない空を見上げてからカイルは箒を発進させた。
彼は天使の異常発達した聴力を警戒しながら進む。
視力に関しては上空を飛んでいるから大丈夫だろう、霧にも紛れている。隠れ蓑には充分だ。
反応強大。カイルの眼にもどこかぼんやりと映る。但し上空から見ているのでその影は限りなく近い距離である。
金髪。白装束。接敵。

「ミトス、――――――――」

353フーダニットは誰の手に 4@代理:2008/01/29(火) 12:30:35 ID:JQ5mStUl0
進むこと自体はいとも容易い。なのに、何故この足はこんなにもおぼつかないのか。
簡単だ。足元が、土台が揺らいでいるからだ。

濃霧の中、金髪は光量が乏しくて精彩を欠いている。
それでも長髪は流れるようにして弾み、金色の波を打っていた。
表情はないが、唯一、大きな青い瞳だけが哀を帯びていて目を奪われる。
憂いに満ちた双眸はあまり周囲の風景を見てはいなかった。
ただそこに何かが、例えば木で作られガラスが装着された大きいオブジェのような何かや、
緑色のひらひらとしたものが多く付いた細長い何かが在ることだけをぼんやりと把握していた。
輪郭は不確か。平面的で、色を付けたものが連続しているようだった。
呼吸もなく走るその人の手には剣が握られていて、本当ならこの剣と会話を交わしていても別段おかしくはない。
ただ、剣が人間を支配するという、まるで伝承の話が実在しているだけだ。
『自分の代わりに姉を復活させろ……』
ぽつり、重要な点だけを簡潔に抜き出して大人の女性の声をした人は呟く。
もう2度、復唱してみる。そうすると実に言葉が頭に染み渡る。脳が洗われる感覚とはこういうものだと思う。
しかし水気を払うように彼女は首を振った。
『上に立つ者は傲慢でなくてはならないのよ。弱気な一面など、見せてはいけない』
言葉を咀嚼するかのように沈黙が流れる。彼女はもう1度首を振った。
『……いいえ。私は私として、彼の言葉を受け入れられていないのね』
意外と自分は執着心の強い女なのかもしれなかった。何かにしがみ付いていなければ自己も保てないか弱い女。
盲目的な服従は一点のみを見るという視野の狭め方であり、自分の中の煩わしいものを見つめなくて済む。
だからこそ分析や納得を経ていない無視してきたものは純度が高いまま残され、
ぺろりと皮が1枚剥けただけで、その姿はありありと存在を主張し肥大化していく。
腑抜けてしまった彼女が背負う罪の名状は、無力の絶望という。
例え天地戦争の戦況を引っ繰り返した兵器であろうと、所詮は道具であり、関わった人間を殺してきたのが彼女だ。
だからこそ力を渇望し、ミトスに縋り、何も見ないことにした。
それなのに。
足場が揺らぎ、深淵に繋がる裂け目から絶望がぬるりと手を伸ばす。
負の感情を喰らう石が絶え間なく絶望を喰らっても、尚現れるそれはぐさりぐさりと彼女の胸を突き刺した。

それが怖くて、だから彼女は自分の気持ちを覆い隠すことにした。
ひたすらに任務のことだけを考え、奔走すればよいと。
そうしなければ自己は保てなかった。湧き上がる暗い感情を抑え込まなければ、自分が何処かに呑まれてしまう気がした。
自己を保つためにミトスに身を捧げた。そのミトスが揺らぎ連動して自分も揺らぐというなら、ミトスに身を捧げ自己を保つ。
螺旋のようなパラドックスは、要するにただのどうしようもない自己弁護でしかなかった。
鍵を掛けたように見えて、錠前を取り付けてみただけの宙ぶらりんな建前だった。

「――――――覚悟ッ……!?」

354フーダニットは誰の手に 6@代理:2008/01/29(火) 12:31:54 ID:JQ5mStUl0
――――青い瞳。
その青が緑とは違い、サファイアのように本当に真っ青なのを知るまで、時が止まったように見えた。
スローモーションに進む剣筋。あまりに遅すぎて鈍色の軌跡すら見える。
咄嗟にカイルが剣先を逸らすのと同時に相手は手の曲剣で受け止めようとしていた。
風を切る轟音。結果として急襲は失敗していた。
不意打ちとはその名の通り、相手に手を見られるようになってからでは疾うに遅い。
目の前の少年は、少女だった。
長い金髪に白基調の青いラインが走った服を着た少女だった。
手にアトワイトこそ握っていたが、どこからどう見てもやっぱり少女だった。
つまり、彼女の名はコレット・ブルーネルという。
カイルは一旦彼女から離れ攻撃態勢を緩める。
自分が一撃を与えようとしていた非も忘れて喜んだ。居たのはミトスではなく、人質のコレットだったのだ。
「コレット! よかった、ミトスから逃げて……」
『離れろ、カイル!!』
そんな甘いカイルにすぐさまディムロスは叫んだ。輝くはコアクリスタル。
『アイスニードル、扇状放射』
ただそれだけ、無色の凛とした声音だけがカイルの頭にも伝わった。
コレットの前に扇形、広範囲に展開したアイスニードルが連続して飛び交い、カイルは驚いたままの表情で彼女を見つめる。
どうして、とカイルは言った。
氷の棘は危険物であることに思い立った彼は急いで箒を起動させる。
だが遅い、1本が左足の甲を貫き彼は呻き声を発した。
動きの鈍った彼を更なる針が襲う。痛みを堪え空を駆り、右へ左へ上へ下へと回避し切る。
血がぽたぽたと滴り落ちているのも気にせず、カイルは少女を見つめる。
先の彼の言葉に反し、さしてディムロスは驚いてはいなかった。
救出作戦の中にコレットを含めなかった理由がここにある。聖女の芯に刺し込まれた榴弾砲の持ち主を疑わない理由がどこにある。
何よりも彼女がアトワイトを持っているのならこの霧も納得できる。
術と思われる霧に、ミトスの意思が感じられなかったからだ。
だが、昨夜見たコレットの様子とは少し違う。ある意味で機械的だった彼女とは違う人間的な動作。
まさか、とディムロスは思った。
ベルセリオスと同じ運用方法を使っているのなら、まさか洞窟でリアラを殺したのも彼女なのか。
そう考えた瞬間、再び胸が締め付けられ、あの嘲笑は本物だったのだと確信した。

355フーダニットは誰の手に 7@代理:2008/01/29(火) 12:32:45 ID:JQ5mStUl0
『……この霧も、ミトスではなくお前が行ったものか』
『そうね、と言えばどうする?』
素っ気ない反応に心を締め付けられる。ディムロスは締め付けられ過ぎて裂けて出た熱いものを必死に抑える。
『傀儡に成り下がったか、アトワイト』
『戦争とはそういうものだと思うのだけど。上官が命じれば兵は従う。立派に死ねと言われれば必死に動く。
 ましてや私達は兵器よ? 戦場に駆り出されることが何よりの存在意義。
 今私達がここにある意味を考えることね、中将』
それが衛生兵をベースにした人格の言葉とはにわかに信じ難がったが、ディムロスの心を更に切り裂くには充分過ぎた。
兵士は駒だ、傀儡だという定義よりも階級で呼ばれたことが心苦しかった。
戦争未経験者、そして未だにアトワイトがコレットを支配していることを知らぬカイルは、よく分からないような顔をしてコレットを見つめた。
青い瞳。澄んだそれは彼が知っている紅眼とは違っていた。
黙りこくってリアラを必死に守っていた彼女とは違うのだ。
「コレットに……コレットに何をしたんだ!」
カイルの吼えに、アトワイトは表面に思わず出てきそうなものを抑え、素っ気ない風貌を気取った。
『何もしてないわ。彼女がしたのよ。コレットはリアラに手をかけたの』
一瞬コレットの身体が強張ったように見えた。
「嘘だっ! コレットがそんなことする訳ない!」
『そうね。殺す訳がないわ……殺したのはそこの剣よ』
一瞬、カイルの面に戸惑いと狼狽が浮かんだ瞬間にコアクリスタルが光り始める。それは敵意の証拠であり無視の証。
『アイシクル、尖状突出!』
カイルの下に氷の柱が1本、鋭く高く生まれてくる。
速さはゆっくりなんてものではなく急速。瞬時と言い換えてもいい。
咄嗟に回避した彼はミスティブルームの箒草に氷が触る振動を感じた。ちらと振り替えれば少し凍っている。
飛ぶ最中にも追うようにして地から氷は生え、民家の屋根上に逃げ切った時には大地に何本もの樹氷があるように見えた。
氷の木に囲まれたコレットは尚もソーディアンから光を放つ。
「訳分からないことを言うな!」
『いいえ、真実よ』
「……俺は貴方に聞いてるんじゃない! コレットに聞いてるんだ!!」
頭に響く声は確かにアトワイトのものなのに、コレットの姿が混ざり合って分からないような錯誤を生む。
『――分からず屋!』
荒げたくない声を荒げさせ、コアクリスタルが光り始める。
戦争とは相手の正義を尋ねぬこと、否、知っていても勘定に入れぬこと。
自分の方が揺らいでしまうなら、それは既に負けだ。――声を荒げている彼女は既に敗者かもしれない。
『貴方に構っている暇なんてないの……アイストーネード、』
『カイル、この場から離れろ!』
ディムロスに従い離れるカイル、
『――――環状集束!!』
しかし目の前にきらつく何か、それは氷の輪であり、こちらに迫ってくるのを見てカイルは何とか身を逸らした。
研ぎ澄まされた輪はカイルの右腕を裂く。痛みに体勢を崩しかけるも寸でのところで保たせる。
彼の紅蓮剣のように戻っていった氷の輪は、アトワイトを握っていない方の彼女の手に握られる。
剣と輪、傍から見れば不恰好だが、堂々と佇むその地には跡形も残らないだろう――――それが一生物、兵器としての“天使”であり、
アトワイトの二つ名と合わせれば、戦場に立つ地上軍の“天使”だろうか?
356フーダニットは誰の手に 8@代理:2008/01/29(火) 12:33:51 ID:JQ5mStUl0
傷口を手で庇いそうになるも、突然の行動に対応するためにも傷をそのままにカイルは吼える。
「……どうしてミトスなんかに従ってるんだ!」
『マスターを侮蔑しないで』
「質問に答えろっ!!」
左でディムロスを抜き払いコレット、もといアトワイトへと駆る。氷の戦輪が投擲される。
先程のスピードも考慮し早々に回避し、大回りで接近する。無論、手ぶらになった手の方へ!
薙ぎ払いはもう片方の武器に受け止められる。高き剣戟音、ソーディアン・アトワイト。
『答える理由がないからよ』
空になっていた手を剣身に添えていたが、そっと離され中空へ掲げる。
意味を理解したカイルは相手の剣から逃れ横に回避。すぐにアトワイトの手に戻ってきたチャクラムが握られる。
「……ふざけるなっ!!」
言葉の意味を正直に受け取ったカイルが叫ぶ。
「ディムロスがリアラを殺したなんて……そんなの違う! 悪いのは、悪いのは」
同時にコアクリスタルが光り、数本の炎の矢が疾駆する。
下級晶術フレイムドライブを彼女は後方へ飛んで避けるも、1つが氷輪に接触し形容を崩した。
360度の円ではなく、今は300度くらいの氷の軌跡だろうか。
アトワイトは手で砕き落ちた残骸を更に足で潰した。
『ミトスだ、とでも言うの? 笑わせないで。
 貴方も憎むべきなのよ。その人は、リアラを救うチャンスを自ら棒に振った人物よ』
「そうじゃない。そんなんじゃない!」
右腕と左足から血が抜けていく感覚がするが、それでもカイルは力一杯叫んだ。
だがそれもアトワイトは嗤笑で一蹴する。
『じゃあ何だと言うの? 昨夜だけではないわ。マリアンの時もディムロス、貴方は2度も傍にいた。
 でも貴方は救えなかった。貴方は、この島の多くの少女達を殺してきたのよ。最低ね』
アトワイトの辛辣な言葉が空間に行き渡る。決して霧の中に紛れたりはしなかった。
否定も肯定もせず、ただ沈黙を守り続けるディムロスをカイルは見る。
どことなくコアの光は暗鬱としており、彼は結晶の奥で悲痛な顔をし、口を強く閉ざしている男の姿を見た気がした。
2人の間にある不可視の壁が音を遮断しているかのように、束の間の静寂が訪れる。
それは、カイルが言葉を発しなくなったからではなく、彼女が言葉を放つのを躊躇しているからのように思えた。
『平然と生きて、平然と顔突き合わせるなんて。貴方が死んでいればどれほど気が楽か』
青い眼が少し光ったように見えた。コアの光に反射してだろうか。翳されたソーディアンから力が迸る。
カイルは箒を握る片手に力を込め、回避の体勢を整える。
彼女の音韻はどことなく悲しく、今だけは一撃を加えていい権利など自分にはないと思った。
357フーダニットは誰の手に 9@代理:2008/01/29(火) 12:41:38 ID:JQ5mStUl0
『……アトワイト、あの信号は』
『厚顔。鉄面皮。口に出すならば分かっているでしょう?』
言葉を遮り彼女は早口で捲くし立てる。
ディムロスから声の残骸が零れる。口の両側に錘が吊るされているようだった。それほど、言葉を発しようという行為が重い。
自分の中に降り積もった澱みは軍人としては不純物でしかないのに、今のディムロスには処理し切れなかった。
『私が洞窟に行っていれば、何か変わったか』
その澱みをどこかアトワイトは感じ取っていたのだろうか。
これでも非をミトスに求めるというのなら、まだ責めて責めて責め続ければ何も見ないで済んだ。
しかしかつての恋人には似合わぬセンチメンタルな言葉に、彼女は再び足元が揺らぐのを感じた。
ぶら下がっていただけの錠が落ちて取り留めのない心が溢れ出すのを感じた。
別に罪を認識させようとしている訳ではない。一体、私は彼に罪を強要し、何を求めているというの?
『可能性は幾つもの未来だわ。そして光と影。
 ええ、確かに重傷者に文民、貴方が来たところで何も変わらなかったかもしれない。むしろ被害は拡大していたかもしれない。でも』
彼女の言葉、軍人ではなくアトワイト・エックスとしての言葉である。
現を抜かした兵としてあるまじき言葉である。
しかし、どう足掻いてもエラーを起こす人間は光に溢れた仮定を、イフの未来を想像してしまう。
それは悪の手先を蹴散らし、殺されそうな仲間を助け出すヒーローかもしれないし、捕らわれの姫を救いに来る白馬の王子かもしれない。
どんなに細い光でも、やがて無限に広がる光になると。

細い光なんて、掻き消されて当然だった。

『悔やみなさい、これが未来の私よ』
全ての憂いを断つように、コアクリスタルから一層強い光が放たれた。

『ブリザード、永久氷結』

358フーダニットは誰の手に 10:2008/01/29(火) 12:48:47 ID:WaAB6Skz0
気が変わった。

「そんなの、あってたまるか……」
白の中に更に白で塗り固めようとする吹雪の中で、唯一、1箇所だけが明るくなっている。
アトワイトは天使の視力で何とかそれを見た。
炎だ。
空中に炎が浮かんでいる。
大剣を左手に、刀身に炎を纏い、炎の壁が彼を包んでいる。しかし、勢いが強まり彼を飲み込む気配はまるでない。
『……ファイアウォール!?』
彼女は素直に驚嘆した。感情が稀薄した自分を使うミトスはともかく、こうも短時間で真の晶術を行使できるものなのか。
そして、局地的とはいえ自分のブリザードを相殺するほどの炎を生み出せるものなのか。
彼の炎はこうこうと燃え、周囲の雪や霧を蒸発させている。
「確かに後悔することだって沢山ある……でも、過去は変えられないし変えちゃいけない。
 だから、人は生きてる限り、自分を見つめ直せる資格があるんだ」
周りを包んでいた炎壁が更に刀身に纏われ、強大な火炎を作り上げる。
炎の壁の向こうにいる少年は髪が開け、陽炎に揺らめいて視線は覆われ見えない。
「それを、他人に罪を着させたり自分の殻に引き篭もったり……いい加減にしろっ!!」
きっと上げられた顔に浮かぶ強い眼差し。彼の剣幕にアトワイトは身体を震わせた。
そして少年の輪郭に沿うように包む炎を見て、彼女は理解する。この炎は彼の怒りであり、闘気であり、想いであるのだと。
ソーディアン・ディムロスを構え彼は突撃する。間違いなく彼女に向けられている剣先。
炎が翼のように広がり、雪を掻き消し白の中の赤として存在を肥大させる。
天駆ける炎、まさしくそれは鳳凰の如く。
ぼう、としていたアトワイトは我に直り慌てて詠唱を開始する。
その間にも迫りつつある焔。あと3メートル、2メートル、1、
「いつまでも……うだうだ、言ってるなぁぁぁぁぁっ!!」
――カイルの鳳凰天駆が、間一髪で地上からせり上がったアイスウォールと交錯した。
交わる炎と氷、破裂する氷の壁。ばらばらに砕け散った氷の欠片がカイルもコレットも傷付ける。
それでも烈風はコレットの身体を吹き飛ばし、氷と衝突したカイルは箒から転落した。
359フーダニットは誰の手に 11:2008/01/29(火) 12:49:21 ID:WaAB6Skz0
一部分だけ霧が薄まり、はらはらとダイアモンドダストが舞う中、2人は動かない。
先に起き上がったのはカイルだが、両足の骨折と左足甲の傷が災いして身動きは取れなかった。
後れてアトワイトが起き上がり、痛みを堪える素振りすら見せず、カイルに近付いていく。
彼はディムロスを構えるだけして、少女を見つめていた。
歩幅3歩分くらいまで来て、アトワイトは曲刀を突き付けた。
『生きている限り、自分を見つめ直せる資格があると言ったわね』
少女の面持ちは無表情で、カイルは喉を鳴らした。
しかし、アトワイトの反応は、殺されると思っていた彼が考えていたものとは違っていた。
『もう何もかも終わっているのよ。終わってしまったものを見つめ直しても、終わりしかないわ』
物静かな、諦観とも取れる淡々とした音で彼女は言う。
開けた髪で彼女の顔には影が落ちており、碧眼に光は消えていた。
カイルはゆっくりと頭を振る。
「いいえ。終わりなんてありません。まだ、終わってなんかいません」
ぴくり、とアトワイトの刀身がぶれる。
剣を突きつけられこそすれ、カイルには不思議と恐怖心はなかった。
相手に先程のような戦意がないのは彼にだって分かっていた。
「アトワイトさん、リアラを殺したのはディムロスじゃありません。俺なんです」
そう言って、彼の脳裏にミトスとリアラが一緒に城を離れようとするのを、喚いてでも止めようとした自分の姿が過ぎる。
胸に手を押し当て服を握り、例え隙を見せるようなことであっても目を伏せる。
「リアラを殺した罪は俺にもあります。けど……この痛みは俺だけのもの。
 忘れてもいけないし、他人に押し付けていいものでもない」
瞼の奥の薄闇に広がる、ぼんやりとした燐光。未来への道筋。
過去は変えてはいけない。だからこそ人は未来に目を向けなければいけない。
自分の中に積み重ねられてきたものを糧に、忌まわしき過去の泥沼に足を捕らわれず歩まねばならないのだ。
例え傷塗れの中でも、僅かばかりでも光は誰にだってあるものだから。
両目を開け、彼は笑みかけた。
「こんな俺だって生きてるんです。終わりなんて、どこにもないでしょう?」
それが、両親を失くし想い人を失くし親友や仲間を失くしてきた、彼なりの答えだった。
終わりなんて軽々しく口に出していいものではないのだ。支えてきてくれた多くの人々のことを思いさえすれば。
故に彼の笑顔は非常に重みを帯びており、経験に裏打ちされた、少なくともアトワイトが知る
恋人を亡くしたという事実を経ても浮かべる笑顔に、彼女は恐怖すら覚えた。
その心持を必死に隠し、アトワイトは剣を下ろし彼に近付いた。
目の前まで来ても彼は大剣を動かす気配はなく、座り込んだまま彼女を見上げていた。
360フーダニットは誰の手に 12:2008/01/29(火) 12:50:03 ID:WaAB6Skz0
『殺さないのね』
「俺には貴女を殺す理由がありません」
『これから西に向かうとしても?』
「それでも」
『ミトスに加担し、私もリアラを殺し、手を穢しているとしても?』
少しの沈黙が場を支配する。
「……それでも」
目を細め、ふぅと小さくアトワイトは意味のない息を零した。
『甘いわ』
彼女はアトワイトを翻し、勢い良くカイルの首筋へと突き出した。
彼は大きく目を開け、剣先の点が加速度的に肥大していくのを見ていた。
ひゅん、と空を切る音がして、刀身は彼の首の真横に添えられていた。朱には染まらず。視界の中で銀の金属光沢が目を刺激する。
『今の貴方だけじゃない。見逃された私がこれから誰か殺したらどうするつもりなの?』
剣を差し出したままアトワイトは問う。
下手すればそのまま首を刈られるかもしれないという本能的な恐怖を抑え、カイルは真剣な双眸を向けた。
「殺さないと信じるのは、いけないことですか」
声は震えていなかった。
身勝手や傲慢の類ではない。本当に、これはカイルの強さなのだ。
『……本当に、甘いわ』
そうとしか言いようがなかった。だが、その突き抜けた甘さは、何よりも重みを持っていた。
剣を戻し、彼女は踵を返して歩を進める。
これ以上の声は掛けなかった。答えは分かりきっていた上、彼と話していたらもっと足場が崩壊しそうな気がした。
障害物の“行動”は不能にした。後はミトスの命令通り、早急に西に一撃を加えるのみ。
そう理由付けなければ、何故自分がカイルを殺さなかったのか、理解したくもなかった。

――――見つめ直す資格。
私は、自分にもあの剣にも、また何かに期待してしまっているというのか。
361フーダニットは誰の手に 13:2008/01/29(火) 12:50:34 ID:WaAB6Skz0
コレットの姿をしたアトワイトが去り、再び霧は広場の外れを覆い始める。
カイルはどさりと倒れ込み空を仰いだ。とは言え、広がるのは白とも灰とも取れる圧迫感のある空だけだった。
足と手から、特に足から抜ける血で少しふらふらする。
少し先にある箒を見て、どこかで傷の処置をしないとと思った。
『……何故殺さなかった?』
溜息とも取れる呼吸音の後、ディムロスは静かながらも不思議そうに聞いた。
警戒していた敵は何のことなく西へ。任務を任されていた側から見れば、これは敗北だ。
「確かにミトスに協力しているかもしれない。障害は倒すとも言った。
 でも、資格があるなら機会もあったっていいっても思ったんだ……それに」
彼は首だけ動かし、手に握られたソーディアンを一瞥する。
「今殺したら、ディムロスはずっと苦しいままだ」
あるかもしれない目を見開きディムロスはカイルを見つめる。
一体何が苦しい、と反論しそうになって口を噤み、苦しいと思う心は真実だと認めた。
彼女に手を穢させたのは事実であり、許されるべきだとは思っていない。
だが、カイルはカイルなりの思いで、アトワイトを殺さなかったのである。
そこにきっとディムロスの思惑は、ある意味では考慮されていないのだろう。
『私情に囚われるとは、重罪だな』
軍人として苦言を呈し、ごめん、とだけカイルは言う。
しかし、彼の優しさには感謝すべきなのかもしれなかった。ディムロスにもまた資格と機会は与えられたのだ。
胸の澱みは不思議な熱を帯びていた。
『カイル、私は……彼女を救えるのだろうか』
罪の泥沼に捕らわれ、言いたくとも言えなかった本心が滲み出る。
カイルは小さく頷いた。
「だから、あの人も生きるべきなんだ。きっと」
362フーダニットは誰の手に 14:2008/01/29(火) 12:51:06 ID:WaAB6Skz0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP30% TP20% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)右腕裂傷 左足甲刺傷
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:傷を処置する
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村中央地区・広場東側付近

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP90% TP25% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ジャッジメントに合わせて戦闘中の参加者に奇襲を仕掛ける
第二行動方針:成否に関わらずその後鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村中央地区・広場→西地区

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ


*ミスティブルームはカイルから少し離れた所に落ちています。
363Turn of the stray crow 1:2008/02/05(火) 21:37:16 ID:b4+z0itk0
そうして彼らが最後に歩を進めてこそカーテンが上がり、物語は本当の開幕を歌う。
しかして既に舞台は混沌、演目を仕損じれば端役に死す。では、始まりを告げる第一手を示せ。


俺の体はやけに正直だ。走り抜いて息を切らしたグリッドは自分をそう評価した。
まるで雲海の中にいるか――実際には知らないから、雲海という言葉に対する自分の想像図だけど――のように目の前には乳白色の世界が広がっている。
この色のせいで境界は定かではないが、ここは地図上で言うところの唯一の村C3だ。そしてこの島で今一番危険度の高いエリアでもある。
俺は息も絶え絶えに二人のほうをちらりと見た。
一番分かりやすく息を呑んで身構えるキールと何を考えてるのか一向に推し量れないその目を閉じたメルディ。
二人の反応は確かに対照的だったが、その反応をもたらした思いはきっと同じだ。
眼前の光景はミクトランの仕業か、果実作物などといった生命感は欠片もなく、背丈の低い雑草が何本かぽつぽつとあるだけだ。
遠くを見渡すことのできない以上、この死にかけの南地区は視界が開けている分、逆にぼんやりとしか景観を把握できない。
ここは文字通りの意味で、五里霧中の世界だ。
そんな何も見えない靄の中、二人はその向こうに待っている“何か”に対して覚悟のようなものを決めようとしている。
はは、と自分をせせら笑う様な声が内側から聞こえる。
覚悟? “そんなものすら俺には無い”。
俺は確かにこの光景に驚いてはいるさ。でも、驚いているだけ。動物にだってそれくらいはできる。
そこから沸き立つべきものが何処にも無い。
ただ純粋にファンダリアとは違う白い世界というものの珍奇さ、物珍しさに驚いていると自分を解釈したグリッドはそう思った。
真っ白な世界に人影はない。ロイドもヴェイグもカイルもこの奥に行ってしまったようだった。
「この霧……―――め、入って―――らを闇討ち――――めて――って魂胆か」
誰かの音に、俺には何も返さなかった。
まだ息が弾み単語を紡ぐことすらできないし、それに、返すべき言葉が見つからなかった。
明らかに自然と生まれたものではないこの霧には意図がある。何かを成そうという意思がある。
でも、きっとその意思の中に俺はいない。この霧の主の眼中にきっと俺は入っていない。
魚を獲ろうと網を張って、引き上げたときについてくる海月か昆布のようなものだ。
この霧の向こうには俺を待っているものが無いのだから、俺にとって意味を成さない。故にかける言葉が無い。

歯牙に掛けてくれる誰かなんて、俺にはもう有り得ない。
364Turn of the stray crow 2:2008/02/05(火) 21:38:02 ID:b4+z0itk0
呼吸は水分と交じり合い、窒息しない程度の息苦しさを常に与え続けている。
思考にも、精神にも何かが息苦しい。しかしこの圧迫感は海の膨大さのそれとは違う。
まるで閉じ込められたよう――そう、箱の中に閉じ込められたように。
その時だった。少し、何処からかむず痒いような煮え切らない視線を感じて、そちらをちらりと振り向く。
全てを覆い隠す白の結界の中でに浮かぶ彼女の褐色は妙に、俺の視線を集中させる。
自然と目線が体から、その幼子らしい大きな頭に移っていく。
直ぐにでも手折られてしまいそうな頸、片手で塞げる口、親指だけで潰せそうな鼻と移り、そうして挿れれば呑み込まれてしまいそうな暗い淵へ。
視線の先にいた少女はキールに寄り添いながらこちらを見ていたような気がした。
あ、と声を出そうとして、未だ息荒げる身体が吸い込もうとした酸素と口で鉢合って噎せる。
ガハンゴホンと悶え、呼吸が整うまで数秒。その後に面を上げた俺の前には、もう俺の方を向いた彼女は、何処にもいなかった。
錯覚だ、そう思う自分がいる。
彼女が俺を見る理由がない。詳しい話は聞いても理解しきれなかったが、彼女はもう心を病んでしまったらしい。
そんな彼女がどうして俺を見る。
いや、そもそもがただの勘違いじゃいのか? 或いは壮大に滑稽な思い上がり。
偶さか向いた先に俺が居ただけで、実際は“俺の背中にあるモノを見たかったのに、俺が邪魔だっただけなのかもしれない”じゃないか。
酸欠なのか、考え方自体が自意識過剰だとは思う。
だが、それを素直に享受出来ない何かが、俺の中で潮騒の様に唸っている。
それじゃ余りにも俺が惨めじゃないか。俺なんか比べものにならない位惨めな彼女の眼中にすらなかったら、俺は虫螻以下じゃないか。
一瞬に刻まれた、無感動な彼女の少しだけ悲しそうな瞳が脳裏で際立つ。
何が俺をざわめかせる。何も残っていないこの俺に、ざわめかせる何かが残ってるとでもいうのか。
だとしたらメルディ、お前には“この矛盾”が見えてるっていうのかよ。
教えろ。なんだそれは。
教えて。いや、教えて下さい。それがお前にとって一瞥に過ぎない塵芥でも構わないから。
頼むから、俺に、何もない俺に、何かを呉れ。
“それがなければ俺はここに居られない”
365Turn of the stray crow 3:2008/02/05(火) 21:39:07 ID:b4+z0itk0
「――――――――ッド。聞いているのか?」
聞き慣れた筈の声が、まるで冷や水のように鼓膜を打った。痙攣に近い反応でグリッドはキールの方を向く。
未だ過ぎた呼吸音だけが反響し、心臓を酸素で満たすように心音は頭蓋を圧迫している。
それだけで、今も吸い込んだ霧の様にその身は真っ白に塗り潰されそうになる。
「あ、ああ。聞、いてる……」
キールが何を言ったかも判らないまま、グリッドは曖昧に濁った返事をした。
こういっておけば、当りこそすれ、会話を途切れさせてバツの悪い気分にする程外すこともない。
そう思ってから、ようやく自分の変化に気づいた。
なんだ、俺って空気読めたんだ。この俺が“空気を読んだのか”。
嘗ての俺なら、例え身体が疲労困憊でもきっとこんな時に周りに合わせたような発言はしなかっただろう。
俺は漆黒の翼の団長だったからだ。ミリーやジョンの手前見得を切り続けなければならなかった。
でも、今は、もうそんなどうでもいいものの為なんかに縛られる理由も
「ガハァッッ!!」
気道が裂く気分で息を一気に吸い込み、脳に浮かんだ何かを押し潰す。
(い、今、今何を考えた!? 違う。違う。ちがう。それだけは違う!!)
それだけは認めてはいけない。それを認めたら全部終わる。
俺がいままでやってきたことが全部強迫観念だと、奴の言葉を肯定してしまえば俺の意味が本当に無くなる。
「2人ともロイドやミントを発見できていればいいんだが……」
それを俺に知らしめた男は、酷くどうでもいい言葉を紡いでいく。
なんて白々しいのだろう。あの呪いの言葉を全身に浴びた俺には、そうとしか思えなかった。
俺の全部を残さず奪い取っておいて、今更気休めを吐くなんて論外にも程がある。
自然と、奥歯を噛む力が強くなっていた事に気づいた。乳臭い反抗心が、発作的に浮かんでくる。
絶対に手放さない。例え奴の言う通りにスカスカな伽藍の夢だとしても、これだけは手放しては“いけない”。
その為なら何だってできる。それを得られるのならば、何かを失っても仕方ない。
それが、それこそがバトルロワイア
366Turn of the stray crow 4:2008/02/05(火) 21:39:54 ID:b4+z0itk0
「どっちにせよ1歩遅かった、か」
キールのほんの少しだけがささくれた声が俺を現実に引き戻す。耳を澄ませば、確かな戦場音楽が流れていた。
「そんなこと、言う暇、あったら、早く、応援に」
言葉は発せても未だ絶え絶えな呼吸の中、グリッドは言うが、キールは何かを考えたように爪を噛んだまま反応しない。
そしてやっと呼吸が落ち着いてきた矢先の俺に、キールはようやく口を開く。
「その前に……グリッド、もう一度だけ問う」
はあ? と自分の中に疑問符が浮かんでくるのを俺は実感した。もう少し呼吸が整っていたら実際そう言っていたかも知れない。
「……何をだ?」
「同じ問いだ。“使う勇気は出たか?”」
意図の掴み切れない言葉に、俺は心の中で首を傾げた。
「何で、もう一度聞く? 村に入る前に、言っただろ?」
「……別に大した意味はない。強いて言うなら覚悟の“硬さ”の確認だ。
 なまじ軟弱な覚悟は余計に性質が悪い。怯んだ拍子にその刃が僕に向かないとも、限らないだろ?」
キールが特大にいやらしい笑みを浮かべた。だが、俺の心は怒りを覚えなかった。
もしそのいやらしさ、陰険さが直に俺を刺していたのなら確実に怒り、しかし卑屈に返したと思う。
だが、それは皮肉というよりはむしろ自虐的な印象を俺に与えていた。
「大した意味はない。もう一度、聞いてみたいだけだ。その覚悟が嘘じゃないなら、簡単だろ?」
言っている本人が揺らいでしまいそうな、そんなちぐはぐな雰囲気。
その違和感に小さな棘のようなもの感じながら、俺はその問いに意識を向けた。
「同じことを言わせるなよ。俺はこの手で――――」
367Turn of the stray crow 5:2008/02/05(火) 21:41:20 ID:b4+z0itk0
その瞬間、メルディの瞳が俺を捉えた“気がした”。と同時に、喉が詰まる。
強烈な違和感だった。すんなり行く筈の言葉が体内で粘って通らない。
「た、いせ」
何でそんな責めた目をする。そんな眼を俺に向ける。俺はお前となんの関係もないだろう?
先ほどまでの酸欠に近い苦しみを受けながら俺は気づく。
違う、メルディの眼は相変わらず俺の背中だ。
「つ…………な……」
俺がメルディの視線を感じているんじゃなくて、メルディの眼に映った俺の視線が気になるんだ。
不自然なまでの自分の視覚と、今更問い直したキールを強く怨みたくなった。
何でもう一度聞いたんだ。聞き直さなきゃ、その機会が無ければ答えはもう覆らなかったのに。
揺らいでいる自分が、その答えにまだ納得してない俺がそこに写ってしまったじゃないか。
ああ、だからなんだ。俺のバカな頭は漸く理解した。
人は神ではない。俺にメルディの何かが解らない様に、メルディにも俺の苦悶が解るわけがない。
だから、この矛盾の病根は俺の中にしか有り得ない。“納得してないのは俺なんだ”。だから矛盾が残り続けるんだ。
左手に埋め込んだものがじくりと痛んだような気がする。ポケットの中の、要の紋を摩っても慰めにもならなかった。
なんでだよ、何に納得してないんだよ。
解ってるだろ。俺にはもう何もない。全部嘘っぱちだったんだ。
でも何も無いままじゃ俺は俺でいられない。だから本物になるんだよ。本物を手に入れて俺は、俺を取り戻すんだ。
何の為に俺はその手にそれを嵌め込んだんだ? 何の為にその紋を預かってるんだ?
こんなにもやるべきことはハッキリしている。馬鹿でも分かる答えに何で納得しない?
1+1が2になることに疑問を持ってたらなァんにも始まらないだろう!?
頼む。誰か俺の背中を押せ! ほんの少しでいい、この揺らいだ天秤を傾けろ。
刃で刺してくれても魔法で焼いてもいい。その一押しで俺の覚悟は其方に傾く。“結末は決定する”。
なんで今更惑うんだよ惑いっぱなしなんだよ。今更感バリバリじゃんか。
正しいのはどっちだよ現実はこっちだろ真実はそっちだろ正解はあっちだろ!?

阿亜、蜘蛛のイトがグルグルグルグルグルルルルルルグルルンルン。
“いい加減に認めろよ。『それしか道は残ってない』んだろ? グリッドよお!!!!!!!!!!!”
                                俺のココろヲガラみとっていく。此処は、蜘蛛の巣だ。


368Turn of the stray crow 6:2008/02/05(火) 21:42:11 ID:b4+z0itk0
その時だったか。
圧殺されそうな心の中の悲痛な軋みが、何かを喚んだのだろうか。
安易な金属音の甲高い合唱でもなく、野趣溢るるとも打撃音とも違う戦場音楽が響き渡る。
今までただの剣戟音だと思っていたものが、どんどんと大きく、大胆に、そして複雑になっていく。
一対一では絶対に出せない複雑なオーケストラ、“混戦”の剣戟音が、霧の中を満たしていた。
その凄烈な剣の音が、ホンの少しだけ繭のように絡む糸を千切った感覚。
深海の中で、微かな酸素を得たような安堵感。
そんな錯覚と共に俺の中に出来た微かな隙間で何かがザワついたのは殆ど同じ時だった。

この直感は――――――――――――――――ヤヴァイ。



「どういうことだ? “何故来ない”?」
キール=ツァイベルは口元に手を当て、その言葉がその掌より先に漏れないようにして言った。
今自分はいったいどんな顔をしているのだろうか、考えたくもなかった。
片思いの相手が自分のことも好いているのではないかという妄想が裏切られたかのような情け無さの極致の表情。
そんな第一候補でも少し緩めの第三候補でも、ともかく表情に出すわけには行かなかった。
グリッドに悟られないようにそれとなく質問を与えて時間稼ぎをしてみた意味が無くなる。
だが、堪らず口を押さえてしまっていた。それ程キールが受けた衝撃は“持続的”だった。
一秒経つごとに累乗で焦燥が募っていく。
西でロイド達が誰かと戦っていることを確認して半ば確定させた推論が音を立てて崩れていく。
キールの読みでは、ミトスは自分達が来たと同時に威力接触を試みてくるはずだった。
気づくのに遅れて多少時間を過ごしたとしても、これだけの時間気付かないと言うのは考え難い。
此処まで時間が経ってもミトスが来ないとなると、一体どういう可能性があるのか。
自分達の存在が最初から無用の長物と断じたか、否、それは考え難い。
拡声器でキール達を呼んだのは確実に“首輪の知識”を欲してのことだ。それ以外の解釈は楽観論に過ぎる。
あるいは自分の読みにミトスの読みが追いついていない、この裏切りの脚本にミトスがついて来れていない可能性があるか。
これも無しだ。そこまで自分を過大評価する気にはならないし、過小評価していたならそもそもこんな計画は立てない。
この水面下の策謀に呼応できるという確信あってこその一手なのだ。
だが、ならばなんで来ない。西で誰かが戦っている今この瞬間しか、勝利を確定させられるタイミングは存在しないというのに。
何か、来る事の出来ない事情が発生したとでも言うのか。
369Turn of the stray crow 7:2008/02/05(火) 21:43:05 ID:b4+z0itk0
「グリッド、西に移動するぞ」
落ち着き払った所作を目指そうとして、微かに声が上擦る。
動揺が、焦りが全身を支配していく気がした。
ミトスが意味も無く僕たちを見逃している、という可能性を捨てるなら、残った可能性は一つしかない。
今ロイドと戦っているのはクレスだとばかり思っていた。
もしクレスもティトレイもここにいないなら、ミトスが態々ロイド達を相手にする理由が無い。
陣地を先んじて手に入れた者の特権、地の利とこの罠を利用して待ちに徹すればいいからだ。
いや、むしろ率先して僕達の合流を水際で止める為にこちらに仕掛けてくるはずだ。
論理に照らせば首輪解除の法を今からミトスが得るならこのタイミングしかない。
故に戦闘が起きていようが起きていまいが、ミトスはこちらにくるはず。キールはそう思っていた。戦いが起きているなら尚更だ。
ならば戦いが起きているにも関わらず、ミトスがこちらに来ることが出来ない可能性は一つしかない。
西の渦中にミトス本人が飲み込まれている可能性だ。
少なくとも現在奴はこちらに手を回す余裕を喪ってしまっているという推測は、疑いこそ出来ても否定は不可能だ。
ならばどうするべきか。その明確な方策を打ち立てるよりも先に、キールの心は焦りに駆られていた。
身体が北西に向いて、メルディの手を引き、情報を得て筋を改め、それからそれから――――

キール=ツァイベルはそこで初めて、何か酷く歯車が噛み合わぬことを理解したのかもしれない。
「どうした? 何をしている?」
眉間に寄った皺と苛立った眼を向けながら、東を向いた。
雲海に真っ向から対峙するかのように背を向けて直立に立つ男が其処に居た。
キールにとって捨て札に過ぎない男は、不動のままじいっと東を向いている。
「おい、僕の話を聞いているのか?」
「なんか、感じないか?」
その左手は懐に入れたまま姿は見えないが、空いた右手の拳が未だ真白い刀を力強く握っていた。
「はあ?」
「だから、なんか、東がヤバくないか? こう『ざわぁ』としたような」
狂ったとしか思えない発言に、キールの精神がささくれる。
人の気も知らないで電波ユンユンか、この愚図が。
「東に何があるっていうんだ。時間が無いから詳しくは言わないが、東サイドからティトレイ達が村に寄ってくる可能性は乏しく、
 西で戦端が開いている以上少なくとも二つの陣営がそこで拘束されてるんだ。手間の空いているだろう―――」
ミトスが僕達の所へ来ないんだから、誰も居ない東南になんて用がある訳が無い。
そういいかけるところをキールは渾身の力で抑え切った。それの情報を晒す事は確実に失着以外の何物でもない。
「と、兎に角お前の思い過ごしだろ。下らない当てずっぽうで目の前の現実まで引っ繰り返されて堪るか」
何よりも理屈理論から推するキールにとって、グリッドの言葉は気の弱さ以外の解釈は有り得なかった。
「だけどよ何か、よく解んないけど、何か厭なんだよ」
この莫迦は、あれだけ懇切丁寧に言ってもまだ解らないのか。

「厭なのはこっちなんだがな。厭だ嫌だと言えば現実が変えられるとでも思っているのか、この盆暗が」
370Turn of the stray crow 8:2008/02/05(火) 21:44:07 ID:b4+z0itk0
青筋が立っても不思議ではない凶相で、キールは吐き捨てた。あの時と同質の感情が胆の中で急速に生成されていく。
ここに来る前とまったく同じことをまだ言う。この期に及んでも、お前はどうして自分と相反するのか。
「グダグダ言って、お前唯西に行きたくないだけじゃないのか? 音で聞くだけでも危険地帯だって分かるものな。
 ああ嫌だ嫌だ、戦いなんてしたくない血なんて見たくない。アレか、面倒に巻き込まれたら負けかなと思ってるという奴か?
 屑か、お前は屑か何かか。成程その観点に立てばそのぶっ飛んだ話も言い訳にしては面白いな」
駄目だ。そう客観的に思うキールの中で自制のブレーキが火花を散らして現実と擦れ合うも、どうにも制御が利かない。
ロイドを呪い殺すプロセスは冷徹に組めるのに、こいつにはどうしても生の感情が言葉に乗ってしまう。
「言っただろう? お前の本質は凡人だ。無能だ。虫螻だ。それを上手く嘘で自分を誤魔化して来たに過ぎない。
 それはもう剥ぎ取った、この僕がな。卑劣には戦いたくはない毒は使いたくない手は汚したくない―――“そんな物語の主人公みたいなことをいうなよ”。
 唯の端役の僕らが、そんな高貴な立ち位置に居られる訳が無いだろう?」
自分という存在はなんと卑劣なのだろうか。
自分の感情が何であるかを客観的に把握できているのに、それを止められない愚劣さは実に許容しがたい。
これは唯の“嫉妬”なのだ。そんな低級の感情に振り回されている。
僕は今から手を汚す。ミトスに尻尾を振って、ロイドを殺し、クレスを殺し、“条件が整えばミトスも殺すかもしれない”。
「光があれば闇があるように、なんて洒落た事は言わない。だが“零和の損得で成る”このバトルロワイアルで、対価無しに願いは叶わない。
 望みを捨てない限りは僕達は、光ってる奴等よりもより多く手を汚し続けるしかない。これが現実だ」
そう、現実なのだ。その身に何一つ秘めない自分は、このたった一つの願いを叶えるだけでもそれだけ外道に落ちなければ成らない。
もしかしたら、それでも願いに届かないかもしれないという弱者振り。
それはとても痛くてとても痒くてとても辛くてとても死にたくてとても苦しいことだと分かっていても、“それしか手は無いのだ”。
ロイドやカイルには絶対に理解できないこの業を、誰が理解してくれるというのか。

それを理解できるとしたら、きっと、凡人以外に有り得ない。

「戦場で手を汚せよグリッド。悩むことなんて何一つ無い。“お前はこっちの住人だ”」
同病相哀れめる存在が一人でも欲しい、という哀願。
僕はこれだけ手を汚してるのに、お前はまだ綺麗なままでいようというのか、という妬み。
穢しこそできても“僕はきっとこいつを殺せないだろう”。
この軟弱こそが、凡人が凡人たる虚弱。
その弱さを、僕はグリッドを鏡として自分に写し取っているのかもしれない。
だからこそ、アイツがが綺麗なままでは困るのだ。穢してしまえと感情が戦慄く。
凡人にもそんな生き方が出来るのかと、有り得ない夢を見てしまうから。

371Turn of the stray crow 9:2008/02/05(火) 21:44:58 ID:b4+z0itk0
グリッドは微かに肩を震わせ、無言でその罵倒を背中に受けていた。
耐える、という言葉が正に相応しい有様だった。
「わからねえよ……やっぱり俺には何にも分からねえよ!!」
堰が切れたように放たれた叫び声が微かに靄を吹き飛ばしたような気がした。
「俺は確かに何も無い。何も残ってないし残るものも無い。俺に出来ることなんて、一つ有るか無いかだ」
霧に滲んで曖昧な境界が、さらに曖昧に暈けていく。
背に隠れてキールに見えない位置で、グリッドは自らに埋め込まれたエクスフィアを翳す。
ここまで、ここまで来ているのに、最後の踏ん切りが付かない。もう逃げ道など無いというのに。
「でも、だからって……悩んじゃいけないのかよ……何にもない奴は、悩む資格もないってのかよ……
 凡人の屑にだって、悩むことぐらいあるんだ!! 俺は、せめて自分で納得したい。それすらも許されないのか? お前だって凡人じゃないか!」
「それぐらい自分がよおく知ってるさ!! だから断言できる。悩むなんて贅沢、僕達には許されないに決まってる。 
 ここで命を落とした44人、一体どれほどの奴が悩み抜くだけの時間を与えられたと思ってる!?
 何人が事態を掴めずに死んでいったと思ってる? ここはそういうモノなんだ! 納得出来なきゃ、息もままならない世界なんだ!」
キールは激しく感情を振りまいた。ここに至るまでの自分の苦しみが無価値にされてしまうような気がしたから。
だから、まるで自分に言い聞かせるように自らの言葉が痛かった。

痛みを傷みで塗りつぶすようにして、最後の言葉を絞り出した。
迷わぬように、惑わぬように。どれほど不器用でも、自分にはこの生き方しか残っていない。
「だからそうやって綺麗事に逃げ込むなよ弱者。そんなだからお前は全部を失った。
 僕は絶対に失わない。たった一つ、たった一つ最後に守りたいモノだけは、例え全てを敵に回してでも守ってみせる! 
 僕は間違っているか? さっきみたいに根拠ゼロでやってみせろ。いくらでも論破してやるから。さあ、お前は僕を否定できるのか!?」
まるで逃げ出すような有様で東に突撃するグリッドに出来たことは顔をキールに向けず、無能の言葉絞り出して逃げ出すことだけだった。
それに応じたグリッドの声は悲痛を越えて、もはや末期の拷問のようだった。

「違う、そんなんじゃ、何かが違うんだよォ!! ちっくしょうがああああ!!!!!!!」

そうして烏は逃げ出した。
進退は極まり、降参とも言えず、自らが感じた違和感の指す方向へ逃げ込むしかなかった。
何が違うとも、かといって何が正しいのかも反論できない赤子の言葉は掻き消える。
その速度が、最早異常としか思えないほどだった事実は、直ぐに霧に呑まれて見えなくなった。

372Turn of the stray crow 10:2008/02/05(火) 21:46:04 ID:b4+z0itk0
呼吸を荒げながらキールは自らの顔に手を当てる。顔全体から噴き出る玉のような汗が掌に吸われ、また皮膚を濡らす。
自分の息を吸うようにして、キールは可及的速やかに自らを立て直していた。
「…………行くぞ、メルディ」
そういって、キールは踵を返した。メルディはただ一言『いいの?』と云っただけで何も言わない。
「別に、あってもなくても困らない屑札が消えただけだ。本命は、ここにあるからな」
キールは懐の中のハロルドのメモを服の上から確認した。
エクスフィア技術とレンズ技術、未知の技術の複合で成り立つ首輪のシステムとそこから推察できる首輪の統合制御装置の存在。
燃えカスの存在しない首輪の爆破の正体とは、内蔵された要の紋を破壊することによる局所的なエクスフィギュア化=体細胞の過剰増殖という絡繰り。
その3つは彼女のメモと自らの調査から把握されていた。
恐らくは誰も持ち得ないこの情報こそが、あらゆる計略の要になる。この手札を慎重かつ大胆に運用する以外に凡人たる自分に活路はない。
それに比べれば捨て駒程度のグリッドを切ったところで問題は欠片もない。
村から逃げ出すなら問題ない。万が一誰かと接触しようが、アレは重要な事項を殆ど何も知らない。幾らでもフォローが可能だ。
万が一、優勝しなければならない状況に陥ったときだけが不安といえば不安か。
ようやく落ち着いた手でキールは懐中の時計を開く。まだ時刻は3時を切っていない。
今から全力疾走すれば、橋を越えて東側への亡命が成らないこともない。禁止エリアの柵が完成しその局面に陥ると面倒だ。
が、現時点で案ずる必要はあまりない。少なくとも凡そ正午のシャーリィの死から24時間は首輪による爆殺は無い。
エターナルソードさえ押さえることが出来れば、それまでの手間を考えても釣りが来るだろう。
“いざとなれば、もう一つの時の鍵を使って向こう側に渡ればいいのだ”。
「とにかく、情報が足りない。西で誰が戦っているのかが分からないと埒も開かないか」
もし、西で戦っているのがミトスならば、急がなければならない。
ミトスが死亡する可能性。確実に、確実に最悪の可能性だ。クレスとロイドではクレスの勝ちは火を見るより明らか。
そしてクレスは僕の制御下には絶対に収まらない。これでは詰んでしまう。
キール、額を揉みながら唸った。
西への歩みを始め、キールの脳は回転し続ける。
373Turn of the stray crow 11@代理:2008/02/05(火) 22:04:40 ID:FT35+7vo0
ミトスの死。それが最悪だ。だが、本当に最悪な可能性が未だ残っている。
もう一つの最悪。ロイドが生き残ってしまう、もしくはロイドが勝つ可能性が残ってしまった場合。
その時、僕はどうするのか。まだ僕は旗色を変えてはいないが、ロイドを見殺しにする覚悟で此処に来た。
そんな僕が何食わぬ顔で何もなかった様に、ロイド側に付くなんてことが出来るだろうか。
ミトスの立場が弱くなって、ロイドと拮抗した場合、僕はどちらに付くのか。
『ロイドには先がないからミトスに付く』という大義名分を失った後で、僕はこの外道を歩み続ける事が出来るのか。
キールは口を大きく歪めて笑いを作ったが、到底和めるようなものではなかった。
ロイドが勝つ。有り得ないとはいえ心を痛めない最高の結末な筈なのに、それを放棄してしまった自分にはそれは最悪の結末でしかないというのはなんという皮肉か。
どっちにしても何れ遠くない未来で確実に僕は手を穢す。そんな未来の裏切り者に、相応しい地獄と云うことか。

「いいさ。この局面甘んじて受けてやるさ。それでも僕が勝つ。その結果だけは譲らない」

狂ったような笑いを浮かべることだけが、推論不可能な未来への恐怖を堪える術だった。


キールの横を歩く少女は、一度だけ東の方に振り向いた。
ぼそりと呟き、再び彼の背中を追い続ける。
「バイバ、無理だよ。ロイドの翼でも越えられない。そんな羽根じゃ、何処にも飛べないよう」

その声は彼女の望んだとおり誰にも聞こえない。意味のない言葉なのだから。


こうして、役者は全員が壇上に立つのです。
咎の娘も、狂い始めた歯車も、迷う烏も霧の中に呑み込んで、演目は静かに――――――――――――――――――ようやくその幕を上げました。
374Turn of the stray crow 12@代理:2008/02/05(火) 22:05:19 ID:FT35+7vo0
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている?
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:キールと共に西へ
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:C3村南地区→C3村西地区

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP55% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1・2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)  実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ 
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZI SMGをサイジング中)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:西地区に向かい、今後の戦略を立て直す
第二行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第三行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:C3村南地区→C3村西地区

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊? プリムラ・ユアンのサック所持 エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット) 東に違和感 苦悶
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
    ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) ネルフェス・エクスフィア
基本行動方針:ちっくしょおおおお!!!!!!
第一行動方針:南東エリアへ向かう
第二行動方針:失った物を取り戻す為に力を得る?
現在位置:C3村南地区→C3南東地区
375Turn of the stray crow 13@代理:2008/02/05(火) 22:05:54 ID:FT35+7vo0
――――――――――――――――カードとは、不思議な物だと思いませんか?

私を除けば唯の13のランクと4のスート、掛けて52枚の紙切れを一つのデックとして、ただ其処にあるだけです。
しかし、その遊び方は千変万化。
ポーカー、スペード、神経衰弱にダウト、ナポレオンetc……一人ならばソリティアなど、既に構築されたゲームだけでも無数にあります。
たった52枚のカードの並べ方配り方送り方だけで、正に無限の物語を作ることが出来るでしょう。
しかも、“この遊び方で遊べと主張をしない”、というのもカードの内包する一つの特異性かもしれません。
双六ならば上がれ、チェスならキングを討て、モノポリーなら破産させろ……
まあ……将棋崩しと将棋、五目並べと囲碁の様に、カードに限定することは難しいのですが。
ゲームは進化と同時に複雑化・限定化していくもの故……歴史が古ければ古いほど遊び方は構築されるものです……

おっと、これは申し訳ない。脱線してしまいましたね…………いえ、今までブラックジャックの勝負を観ていた物で。
少し其方に傾いていたのかもしれません。いけません、私は公平であらねばなりませんから。
詰まるところ、其処にカードがある、カードゲームにおいて確定した事実とはそれだけなのです。
ババ抜きでそろった2を二枚捨てるのと、大富豪で2のツーペアを切るのでは
2を二枚放るという現象は同じでも、意味合いがまるで変わってきます。どちらもやってることは同じなのに、不思議だとは思いませんか?
カードは何も言わない。七並べをしろともページワンをしろとも言いません。
遊びに戯れるのが人である以上そのルールは人が決めるのです。ゲームの道具は決してゲーム内容を強制することは致しません。


……おやおや、これは重ねて申し訳ない。
未だ名乗ってもいなかった……ホストとしてはかなりの痛手……
申し遅れました。私、サイグローグと申します。以後お見知りおきを……
尤も、ここではない何処かで、既に会っているかもしれませんが……
それに、やはりこんな意味のない話は退屈のようで。気が回らず申し訳ありません
私も腐っても道化ですから、客を愉しませることが出来ないというのは名折れというもの。

今、丁度ボードゲームが行われているところで……少し観ていきませんか?
……貴方は今、観てみようか迷った……怪しげな言葉に裏がないか、迷った……ふふふ……

そうですか……ではご案内致します。どうぞお手を……
ああ、其方の盤はお気になさらず。“もう決着がついてしまいましたから”。
376Turn of the stray crow 14@代理:2008/02/05(火) 22:06:35 ID:FT35+7vo0
此方の盤は今し方始まった所……先番を取った下座の挑戦者が長らく長考をしておりまして……漸く第一手を指した所です。
始まった、といっても、既に駒の並びは終局にさしかかっていおりますが……

先手を取った下座はどうやらまず見に回ることにした様子……
『凶剣』と『氷剣』そして『二刀』がぶつかるという怖い西の局面ではありますが、『射手』と『炎剣』は動かさず温存して後手の攻め手に対応できるようにしている……
下座は、彼方の勝負を観ていたのでしょうか……ククク……アレは先番を得ていたとはいえ上座の圧勝でしたからね……

後手が指しました……『人形』を西へ動かす……確かに、座して見守るには勿体ない漁夫の利の好形……
そして……当然、先手は『炎剣』で『人形』を迎え撃つ……『射手』は……まだ動かさない……ああ、おかげで警戒線を破られました。

そして。後手は……んん? 『天使』を、『南東』に? 失着ですか…… 
いや、これは……成程……『人形』の楔で西の局面を崩し『天使』の大技で屠る……文字通りの離れ技ですか。
以前も在った陣形ですね……コレは分かっていても辛い……
先番は気付くのが一手遅れました……これでは『炎剣』でも『射手』でも『天使』を追撃できない……
となると、これを止めるとなると……南に残っている三つの駒しかありません……

下座が、長考に入りましたか……確かに、西の趨勢がまだ決まっていないこの状況で『天使』の行動の自由を許せば、
下座は受けに回らなければならなくなる……となれば後は、上座の必勝形にズルズル引き込まれていくだけ…………
クク……どういう絡繰りか、何にせよ、あの敗北を少なからず識っているようです……
ああ、指しました……これは……2つに分割、『烏』を南東へ単騎駆けにし……残りの二人を、西へ送る……
“そう、それが正解です”
三人纏めて南東に送れば……『学士』の駒が引っ繰り返ってしまう……挟まれて『烏』は討たれる……それを識っているならば、確かにこれは悪手……
かといって、他の組み合わせでもそう大した組み合わせは無い……それほどまでに『学士』の駒を用いた先手の罠は強力……
作動させず、尚かつ『天使』を押さえるならば、これほど最適な戦略はありません……

烏と天使が単騎でぶつかり合えば……勝つのは決まっていますから……そう……『烏』が裏返って『怪物』となり、『怪物』が『天使』を殺す。この事実は確定してます。
貴方は知っているか分かりませんが……『鼠』と『人形』の駒を合わせて漸く『天使』は『怪物』を倒せる……そういう戦力差なのです……
今の徒手空拳の『天使』では、勝ち目は無い……逃げられもしない……結果は見えています……

ええ、見ての通りもう詰んでいます…………そう…………“下座がチェックメイトをかけられました”。
377Turn of the stray crow 15@代理:2008/02/05(火) 23:20:19 ID:q5WsMsF2O
……納得が行きませんか……確かに一見すれば、『天使』を討つ絶好の機会ですが……『怪物』は『天使』がいなくなっても盤を荒らすことが出来る……
それほど強力な駒なのです……『怪物』が一度出てしまえば……どうなるか……先程見た、終わった盤と、そう変わらない投了図になるでしょう……
上座は『天使』を失っても『怪物』を動かせばいいのですから……“『天使』の有無など、上座には関係ない……
それを避けるには……『烏』を逃がすなり、受けに回らなければならない……詰めろの状態……そして、受けに回れば……『天使』の攻めが一気に生きる……
受けに回っても、攻めに回っても……詰む……“これが、真成る上座の必勝形”です……
下座が、再び長考に入りました……
下座は……紡ぎ手は、導き手の盤に囚われすぎた……上座にとって、『天使』は一つの駒に過ぎない……そこを見逃した……
どうやら、暫くは長考が続きそうです……どうですか? 貴方ならどう指しますか? いや、指してみてはどうですか?
貴方のターンです。
『天使』を取っても詰む、『怪物』を出さなくても詰む。
他にも対処しなければならない駒は幾らでもある……
さて、あなたはどちらの手を取る?
どちらを選んでもよかった。どちらでも結末は同じなのだから……
あなたは今考えた……あなたは今迷った……苦しみながら、絶対に詰むと分かっていながら、打った……
それこそが『絶望』。
最悪の盤で踊り続ける。
それこそが私の喜び。

そして、彼女の悲しみ
378ワンダーランド・ノイズ 1:2008/02/08(金) 18:45:22 ID:Bl2zGKFY0
ここはどこだ?
真っ暗で何も見えない。物も何も……いや、違う。元から何もないんだ。
ここはどこでもなくて、闇の中だ。世界中の黒いものを掻き集めて作ったような、本当に見通せない闇の中だ。
俺は何をしている?
足の裏が地面を蹴って叩く感触、腕に篭る力、重み、揺れる髪、感じる風……ああ、そうか。
俺は走ってるんだ。それも全速力で。
息が乱れてるし肺が苦しい。顎は上向いてるし肩も揺れてる。
何で走ってるんだろう?
全速疾走、ひたすらに。足が縺れそうになっても体勢を直してまた走る。
伝う汗。背中の汗が冷たい。全力で走って熱い筈なのに、寒い。頭は……真っ白だ。
逃げてる。俺、逃げてる?
考え始めた途端、後ろに振り返りそうになって片足がもたついて転んだ。
それでも立ち上がろうとしてまた転んだ。違う、足に“何か”が絡み付いてて立てないんだ。
身体を引き摺らせてでも進もうとして、“何か”に肩を押さえ付けられて無理矢理伏せさせられる。
もがき暴れる俺。一体、何からそんなに逃げたいんだよ?

――――分かってるんだろ?

背中に“何か”が突き立てられる気がした。
剣とか槍とかじゃない。それは俺の中に、服も破かず傷を作らないで入り込んでいった。
ぐちゃぐちゃに掻き乱される。痛みは、ない。あるのは暴れたくなるくらいの不快感。
激痛、ではないけれど、その不快感は1つの痛みと言い換えられるかもしれなかった。俺は悲鳴を上げていた。
足に絡み付いていたのが脹脛に刺さって、別のが脇腹に入れられて、肩にも腕にも入ってくる。
その度に“何か”がうねうねと動いて身体をおかしくしていった。
それは、手だった。
手といっても指が5本ある手じゃなくて、木の根のような手だった。もっと言えば闇の中でもはっきりと見える黒い手だった。
進もうとして片手を差し出して、その手にも容赦なく刺し込まれた。
気付けば俺は泣いていた。……泣くって何だっけ?

――――心が耐え切れないことだよ。
379ワンダーランド・ノイズ 2:2008/02/08(金) 18:47:02 ID:Bl2zGKFY0
手が身体の中で蠢く。まるで自分が自分でなくなるようだった。
全部の手の先にスパナや螺子回しが握られていて、内側のネジを全部取り替えられてるみたいだった。
カチャカチャという音まで聞こえてくる。
内側から、耳に入っていくんじゃなくて耳から出て行くように音が聞こえていた。耳の中全てがその機械的な音で満たされていた。
嫌だ、とにかく嫌だ。
この手は俺の中に井戸を掘っているんだと何となく思った。
深い深い、石を落としても音が跳ね返らないくらい深い、入口の光すらなくなってしまうくらい暗黒で満たされた。
なのに底からは音が聞こえてくる。ネジの音。あまりに煩くて怨磋にも聞こえてしまう音。
<どうして親友を引き込もうとする本を半分だけ残した見殺しにした女を忘れようとしないお前が初手を誤らなければ>
ここでも恐ろしいくらい聞こえてくるのに底に俺を突き落とそうとする。
不快感という泥が累積した底だ。絶対這い上がってこれなんかしない。
手は余すことなく入ってくる。そして俺の中を変えていく。気持ち悪い。
涙が頬を伝う感触が生温くてもっと気持ち悪い。……何で泣いてるんだろう。
手が内臓を握って、心臓を握って、ぎゅうぎゅうと俺を締め付けて、でもやっぱり感じるのは痛みじゃなくて。

――――痛みってのは害があるモンだ。だからそれは苦しみではあるけど、真実でもある。

最後に頭にも手が刺し込まれた。頭の中が真っ白になって痺れているようで、何も考えられない。
脳が揺さぶられて、視界は黒いまま何も変わらないのにぐらついたり回転したりしている。
壮絶な不快感だった。消せるのなら頭部ごと斬ってしまいたくなる。
感じて頭から命令が出るんじゃなくて、頭に直接不快なものが流れ込んでいるようで。
俺の知らない世界の言葉が無理矢理頭の中に詰め込まれていくみたいで、
その度に頭を思い切り殴るなり蹴るなり一撃を加えて揺らしていった。いやだ……いやだ。
俺は暴れた。黒い手を外そうと腕を振り回した。それでも腕は手をすり抜けて、触れた感覚すらなかった。
その間にも、俺が暴れたのを見て更に手は奥へ入り込んでくる。いやだ、嫌だ厭だイヤだ。
吐けるものならこの不快を吐いて楽になってしまいたいけれど、
そうしようと溜められたものは逆に大きくなって、口から出てこれなくなって喉や胸の奥で蟠る。
苦しいよ。痛いんじゃない、苦しいんだ。
身体を変えられること自体が苦しいんじゃない。あくまで結果として不快なんだ。身体を変えさせるモノが苦しくて不快なんだ。
そして不快感っていうのは大雑把に纏めたひどく曖昧なもので、色々なものをひっくるめて一纏めにしたもので、
細かい1つ1つが理解できないから、不快っていうただ1つの嫌という単位に収まってしまうんだ。
嫌なんだ。理解出来ないんだよ。どうして苦しいのか理解出来ない。そんなの、俺は持ってないんだよ。
理解出来ない何か達が混ざり合わされた渦の中に引き込まれるようで、俺は濁流の中でもがいてせめぎ合う。
380ワンダーランド・ノイズ 3:2008/02/08(金) 18:49:04 ID:Bl2zGKFY0
やっと知った。今ここが真っ暗なのは、俺が目を閉じているから。見ないよう強く目を閉じているから。
開ければ……きっと、そこには闇よりもおぞましいモノがある。
それを知るのが怖い。知ってしまったら俺はどうなってしまうのか分からない。
忘れようと努力する程鮮明に残る記憶があるように、掻き消そうとすればするほど姿を克明に映すものがある。
色濃く影が目立つということは、それだけ光が強いってことであって、
影が黒くなればなるほど、光の存在が際立って輪郭をはっきり捉えてくるんだから。
<本心じゃない>
黙れ。
逃げるなと黒い手は俺を掴む。でも駄目なんだ。俺はひたすらに逃げようとする。
唯一抵抗の意思を示すように、蹲って頭を押さえる。それでも何も変わらない。頼む、離してくれよ。
ネジの音が鳴り怨磋は吐かれ俺を埋め尽くしていく。
俺がのた打ち回るように手も俺の中で暴れている。まるで鏡合わせみたいに。
そう、もしかしてこの手も同じように苦しんでいるのかもしれなかった。
それがもっと不快だ。何で苦しんでるのか、何を伝えようとしているのか俺には到底分からない。分かってるんだろとネジの音は言う。
黒い手に弄られる俺は声の限り叫んでいた。―――――――――か。
―――――――――誰か。どんどん手が入っていく。動け、ない カチ、カチ。怖いよ。……怖いって何だっけ?
―――――――――助けて。逃げたい。還りたい。何で泣いている? カチ……辛いから? カチャ。

―――――――――彼女を、助けて―――――――――誰か!! 


そう、誰も助けてなんかくれない。俺だって助けてくれよ、誰か。





目を開けると白い部屋があった。光に満ちた眩い部屋。一瞬の安堵、の内に黒い手が身体を絡め取り目の前に殺到した。
381名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 18:50:46 ID:fpnxXIrPO
支援
382ワンダーランド・ノイズ 4:2008/02/08(金) 18:51:20 ID:Bl2zGKFY0
ぱっと目が覚め勢いよく上体を起こした。そうしなければいけない、とでも思っていたのだろうか。
額を押さえ呆然とする彼は、今度は何もないことを確認して部屋をぐるりと見る。
同じ白い部屋が、ただし曇り空の日のように少し薄暗い部屋がそこにはあった。
吐く息が震えている。何故震えているのか、理由は分かるのに意味が分からなかった。
彼はベッドの上に佇んだまま暫く動けなかった。
一体、今はどんな顔をしているのだろう。涙が出ている感触はしないから……はぐらかしたような微笑だろうか。
身体の中に空洞が作られたような気分だった。それ自体は元からあったのかもしれないけど今まで気付かなかった。
風穴が少しだけ広げられて、中を冷たい風がこうこうと吹き抜け、ぐるぐると壁に沿って回っている。
そうされるともっと、失くした自分の何かの縁取りがはっきりとした。
もしかしたらこの穴が井戸かもしれなかった。
彼は立ち上がり鏡を探したが、寝室にも関わらずどこにもなかったので仕方なく窓の前に立った。
相変わらず外は白い。この様子じゃあまり時間は経ってないな、と考えて笑いながら現実を誤魔化した。
頬に筋が浮かんでいる。
怒った時に出る青筋である訳もなく、道管か師管か葉脈か何かだった。

――――ああ、やっぱり夢でも現実でも身体変えられてるってワケ。

鏡代わりのガラスを見ながら彼は嗤った。今の自分と夢の自分が同じことを知ってもっと嗤った。
どうしようもないんだよ、変わることからは逃げられないんだから。
彼の目は、背後に数多の黒い手が蠢く幻を見ていた。
身体は木で血は白い樹液。もうヒトとしての一線を越えている。
背がぞわっとするような寒気がした。カチャカチャと工具の音が幻聴で聞こえてくる。
吐く息が冷たい。恒温動物の熱は既に消え失せてしまっているのかと思った。
だからガラスに映る自身が引きつって固まった笑顔でいて、歯の鳴る音が刻まれているのだと。

――――助けて。

声が聞こえた。夢の中で聞いた声、自分の、違う。
それは声ではなく、鈴の音だった。
周りを見渡しても誰もいない。だが、確かに聞こえる。澄み切った、高らかで優しい音だ。
音というにはけれども不安定で、本当は音波とでも言い換えるべきなのかもしれなかった。
鈴の波が弄る音を相殺していき、いつしか消えて無音の地平線が広がっていた。雑音のない静かな世界が、再び彼の前に現れていた。
窓の向こうは今も白く、浮かぶ筋も変わらず残っていたが、琥珀の瞳に映る景色は少しだけ変わっていた。
背後の手がない。今ここは夢の中ではないのだと。
383ワンダーランド・ノイズ 5:2008/02/08(金) 18:52:07 ID:Bl2zGKFY0
鈴は彼の耳元で囁く。
彼は静かに目を閉じ、耳を澄ました。包む闇の中に現れるのは黒い手ではなく、延々と続く一縷の糸。
綱や帯というには余りに細々とし過ぎていて、集中しなければ途中で見失ってしまう程だ。
だが、端にしろ糸巻きにしろ、糸がある以上終点はあった。
そして、見失わないための灯火とでも言わんばかりに、明かりを持った手を振るように時折煌く。
何故だろう。鈴の音は優しいのに、同時に悲しかった。
初めに聞いた時も確かに悲しかった。むしろ悲哀を帯びた音だからこそ、彼は聞き、違和感を残したのだと思う。
彼は思う。この音は、どこかで聞いたことがある。
この村に入って少しした後……それとも、もっと前? だが確かに聞いたことはあるのだと勝手に決めた。
目を開ける。彼は闇の中に浮かんだ糸を現実に重ね、辿って歩き出した。
別に彼の顔には意志や決意といった高尚なものが浮かんでいる訳ではない。
突き動かしているのは遠く彼方から聞こえる音への興味か、それとも幻から助け出してくれたという馬鹿馬鹿しい恩義だろうか。

呼ばれている。
彼は何となくそう思ったのだ。根拠なく断定するのが彼らしいから。

フォルス反応とは違った。ましてや彼を除いた唯一のフォルス能力者は西で戦っているのだ。糸の出先は、真逆だ。
寝室を出て居間を出て扉を開け民家を出て広場を歩く。遠くの戦場音楽も無視して進む。
大丈夫、コンダクターは殺人鬼だ。それにあいつも俺と戦いたくないと言ってたし、そう心の中で言い聞かせる。
霧が阻むのは視力であって聴力ではない。しかし例え聴力も阻害するとしても、その鈴の音は小さく聞こえるだろう。
耳に入り鼓膜を振動させているのではなく、頭の中で、内側で響いているのである。
工具の音とはまた違う、優しく悲しい音階で。
白い靄の中でも糸は何故かはっきりと見えた。
漂う水滴にそれが浮かび、微かな陽光に反射して、1つの道のように光り輝き繋がっているようだった。
糸に沿う度に線は太くなり、同時に鈴の音も大きくなっていく。
384ワンダーランド・ノイズ 6:2008/02/08(金) 18:52:48 ID:Bl2zGKFY0
広場を抜けようとする頃、1つの影が彼の前に現れる。
地に座り込んだ金髪の少年。足元には引き摺った跡と、血痕が落ちている。
薄ら影に気付き振り返った少年は大剣を構え、強がった表情を見せる。
明らかに敵として見ている相手に、彼は特に何の感慨も浮かばなかった。

――――なあ……鈴の音、聞こえるか?

髪を掻きながら言った彼の言葉に、少年は面食らったような顔をした。思わず構えを緩めてしまう程だ。
それを見て把握した彼は歩みを再開した。
待て、と少年は動揺した音色で叫んだが彼は無視した。生殺与奪の権を握るより今は音の出所を見つける方が重要だった。
少年の意識はクレスと同じように何も聞いていない、その事実を知って彼はますます確信を強める。
追って来ないようだった。邪魔をされないのは気分がいい。
糸を、紐を辿り彼は進む。いつしか自然と早足になっていた。見たことのないものを追う子供のように、いつしか周りが何も見えなくなっていた。
道を追い、軒が過ぎ去り、やがて視界が白くなる。玲瓏な鈴の音はか細い高鳴りから姿を大きくしていく。

――――誰か。
――――助けて。
――――彼女を助けて。
――――誰か!!

終点が見えてきて初めて彼は気が付く。本当に何も見えていなかった。
これは糸ではなく、本当に光の束だ。そして柔らかくすべらかな女の白い手だ。近付けば近付くほど大きくなり、眩くなる。
だから終点は全てを抱く程の光。小さく小さく差し伸べられ暗闇を全て照らす程の光輝。


光のトンネルを抜けて現れたのは、霧の中でもはっきりとそびえ立つ鐘楼台だった。
385ワンダーランド・ノイズ 7:2008/02/08(金) 18:53:23 ID:Bl2zGKFY0
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP65% 感情希薄 フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(最終的には「なるようになれ」)
第一行動方針:声の正体を確かめる
第二行動方針:状況にもよるが基本的にクレスの(直接戦闘以外の)サポートを行う。
第三行動方針:ヴェイグに関しては保留(なるようになれ)
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前
386勇者の涙 1:2008/02/14(木) 22:27:31 ID:OdvtcmDQO
白堊に囲まれている世界をひたすらに走っていた。だが、白堊に見えるだけで実際に壁では無い事は脳で理解している。
よって、グリッドは臆する事無くがむしゃらに足を動かす事が出来た。
音速とまでは行かずとも、その速さは折り紙付きだ。名前に恥じない走りっぷり、もとい逃げっぷり。その様には箔すら押せる。
「畜生、畜生……!」
グリッドは腹の底から唸った。左手に作られた何よりも硬い拳からは、一筋の血が滴っている。
自分は凡人だし、戦いに慣れてもいない。だからその痛みは激痛に値した。
無意識の内に奥歯がギリギリと軋む音を奏でていた。
痛みに堪える為なのか、それとも、自分が赦せないのか。グリッドにすらそれは分かり兼ねていた。自分が軋ませたにも関わらず、だ。
やり場と理由を失った自分の絡み合う数千の思考は、生憎と足を動かし拳を強く握る事以外の捌け口を持ち合わせていなかった。
「ち……がう……!」
ああ、そうだ……矛盾しているんだ。とっくの昔からそうなんだ。
もう、俺達凡人と呼ばれる人間に残されている道はアレしか無いんだ。力を使わなければ、もうどうしようもない―――それが現実であり、真実。
真実。
シンジツ。
シンジツ!
シンジツ!?
「違うッ!」
ああ、なんてチープな存在なんだろうか。
反論も持って無くて、理由も無くて根拠も無くて、挙句こうしてあいつに論破されるのが怖くて逃げ出して。
これを……俺を、チープと言わずに何と言うか。ああ、笑ってくれよ。
三、四拍程瞼を強く閉じ、誰も笑ってくれない事を確認すると、グリッドは何かで霞んだ目で自らに埋まるエクスフィアを見た。
……何の為に、こいつを拾ったんだっけ?
畜生、分かってるさ。それ今更問うかよグリッド。イドでは、答えは多分出てるんだ。
もう、道は残されていないって。
あいつはそれを認めてた。偉いとすら思う。凡人なりの、答えを見つけたって訳だ。
どうせ誰も笑ってくれない。グリッドは自嘲する様に口の片側を歪めた。
酸素不足の為出来損ないの笑いが漏れる。それすらもチープに感じる自分が嫌になる。
天秤は未だに不安定に揺れている。この右手の刃と、自分の足と。この力の魔石と、自分の拳。
一体どちらが重い?
今は多分、拮抗している。
俺が見つける答えは、どっちだ?
教えてくれ、誰でもいい。(今更甘えるな!)
どの道、乗せられる分銅はあと一つ。
それが自分の決断。
387勇者の涙 2:2008/02/14(木) 22:30:40 ID:OdvtcmDQO
それが、自分の、辿着いた、真実。
そうさ。真実はいつも一つ! とかなんとかどっかの名探偵が言ってたが、それとは違う。人によって真実の形は違うんだ。
だってそうだろう?
殺人を引き合いに出そうか。
AがBを殺して、Bの親友Cと知り合いDが居たと仮定しよう。
それぞれの真実はこうだ。
Aは『Bを殺した』。
Bは『Aに殺された』。
Cは『Bが殺された』。
Dは『Bが死んだ』。
確かにBが死体になったという事実に直結するが、それは“恐らく”結果に過ぎない。
そこに至るまではそれぞれの価値観や見解、立場に依存する。
だから“きっと”真実の形も変わって来るという事。
でもあいつはそれを認めない。凡人が至る真実は一つだと決め付けているんだ。
“多分”、違うんだ。凡人にだって才人にだって、苦悩し、選択し、行動する権利はある“筈”なんだ。
……ああそうさ五月蠅いなぁ! 根拠なんてねぇよ!
何が正しくて何が駄目なのかなんて分からねぇよ! 俺馬鹿だからよォ!!
ラーニングディスアビリティーだぁ!? 上等だよ何とでも言えッ!
だって、だってよ。そうだろうッ!? 俺も、あいつも、ロイドだってシャーリィだってユアンだってッ! 皆、皆、皆! 万能じゃない! 只の人間じゃないかッ!
分からなくて、悩んで、矛盾が生じて、納得して! それの何が悪いんだよッ!
だから俺は見つける。巡り巡って手に入れる!
俺だけの、真実を!
その真実だけは、誰にも否定出来ない“筈”だろうッ!?
「――――ッ!?」
思考に更けっていた彼はここでようやく視界の変化に気付く。
いや、“有り得ない”。第一、あんな高い場所あったっけ?
いや、酸欠で頭がおかしくなっただけかも知れない。
そういえば心無しか、頭に靄が掛かった様な気がしないでもなかった。
……酸素を脳に供給しよう。話はそれからでも遅くない。
グリッドは一旦足を休め、膝に左手を付き呼吸を何とか整えた。……とは言っても、肩で息をしている状態だ。
「んッ」
唾を飲み込もうとするが、カラカラに乾ききった喉とコールタールの様になった唾は最高に相性が悪く、喉からは間抜けな音が飛び出した。
グリッドは唾を吐き捨てると、新しい唾で喉を潤す。
発音準備OK。その酸欠に歪んだ顔を上げる。
……矢張り。見間違えなんかじゃ、無い。
「な、んだ、よ、アレ、は」
荒い呼吸の間で何とか発音に成功。
388勇者の涙 3:2008/02/14(木) 22:58:06 ID:OdvtcmDQO
それは七色の光だった。白のフィルターが掛かり少し認めにくいが、圧倒的な存在感だ。間違いない。
グリッドは大きく空気を飲み込んだ。状況を理解しろ。
あれは何だ、誰だ、何処だ、何故あんな場所に居る。何の為だ対処出来るのは俺だけだ!
身体中の産毛がチリチリする。チリチリ。チリチリチリチリ。
立ち止まってから汗が滝の様に溢れていた。毛穴の一つ一つから、玉の汗が吹き出すのが手に取る様に理解出来た。
何の汗だろうか。冷や汗か、只の汗か。それすらも分からない―――否。冷や汗に相違無い。
だって間違ない、アレからだ。アレから、こう“ぞわ”っとする。
アレは止めないときっと、いや必ず不味い状況になる。
あの光の主は、絶対に何かヤバい事をするつもりだ。

じわあ、と更に汗が吹き出す。汗は顎へと導かれ、小さな滴を作っている。……心臓が、いつもより三割増で内側から跳ねている気がする。実に五月蠅い。
グリッドは一度頭を整理する為に目を閉じた。
状況はお世辞にも芳しいとは言えない。それは言わずもがな。
そして自分の脳は、あの光の主におおよその検討を付けている。消去法でいけば恐らく……。
ああ糞、糞糞ッ。夢じゃねぇよこれは現実だよグリッドよォ!
グリッドは瞼を開くと左手の爪を膝に思い切り食い込ませた。―――痛い。
その痛さがこれが現実であるというこの上無い咆哮になった。
「行けって、言う、のかよ、えぇ!?」
右手に握られたダブルセイバーが七色の光を映して妖しく輝く。
“何も出来ないのはやっぱり、嫌だよ”
「凡人、だからって、出来る事は、あるんだ、よな?」
醜い、それでもなけなしの笑顔をダブルセイバーに投げ付ける。
半ば自問自答に近いその疑問の回答者は、遂に現れる事は無かった。
グリッドは顎を上げ光を見据える。
限界まで顎に張り付いていた汗の滴が地面に吸収された時、汗の主は疾うにその場から離れた後だった。




(鼠が一匹、気付いたか)
ミトス=ユグドラシルは術式編みに集中しつつも唇を噛んだ。
こっちはなけなしの精神力を削って集中したいというのに。先程から、確かに一匹の足音が近付いている事に間違いは無いのだ。
一体誰だ?
この如何にも警戒心の欠片も無い常人臭い目茶苦茶な走り方……剣士の線は消えた。
術士ならば術を仕掛けてくる筈だが、それも無い。同じ理由で弓士の線も消える。
成程。つまり消去法でいくとこいつは―――

「おいッ!」
389名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:00:16 ID:toj9r9svO
支援
390勇者の涙 4:2008/02/14(木) 23:01:21 ID:OdvtcmDQO
気が付いたら、何故かそいつに叫んでいた。自分の位置をみすみす敵に知らせてどうしようと言うのか?
いや、どの道ばれていた。ならば名乗り出た方がまだ利口かもしれないのだ。
グリッドはミトスを一瞥すると、震える右手を左手で握った。
足が崩れてしまいそうになる感覚……全身の生気が吸い取られてしまい、霞む視界。今にも逃げ出したくなるような、相手の威圧感。
ありとあらゆる究極にネガティブな感情―――人はそれを“恐怖”と呼ぶ。
……ダブルセイバーを握っている右手が汗に濡れて最高に気持ち悪い。
グリッドは一度服で右手の汗を拭うと、再びダブルセイバーを握った。落としてしまわぬ様に、しっかりと。
天使は、そこに居た。高い民家の屋根の上に居た。こちらの声を無視して、額に汗を浮かべて術を唱えている。
目に見える程の集中っぷり。真逆、集中し過ぎて聞こえなかったのだろうか? 天使の耳は良いと聞いた気がするのだが、気のせいだったか。
グリッドはもう一度息を大きく吸う。
「……おいッ! お前、そこで何をしてる!」
ミトスはそれにも無反応だった。
脳の内側にふつふつと水滴が結露して行く。その水滴の名は怒り。
ああ、そうか。
自分は、無視されているのか。
グリッドは理解した。同時にぐつぐつと怒りが二倍増しで沸き上がる。
こいつは、俺をそこら中に落ちてる石ころや屑と同等にしか見ていない。俺に何も出来ないと思ってるんだ。
どいつもこいつも、凡人だから凡人だから凡人だから!
そんなに俺から権利を奪いたいのかよ! 歯牙にすら掛けてくれないのかよ!
そんなの、あんまりだろう……?
「こっちを、見ろよ……!」
自然と叫びに憎悪と憤怒の着色が施されて行く。恐怖なんて感情は疾うに霧のまどろみの彼方に失せていた。
……俺は、石ころじゃない。屑じゃない。人間だ。人間なんだよ。お前の敵だ。こっちを見ろよ。
「こ、こっちを見ろよこの野郎ああぁぁあぁぁぁッ!」
声は意図せずとも上擦っていた。
自分で言っていてよく意味が分からなかった。
何時の間にか、吐き出す呪いの言葉には懇願の色すらも交ざっている事に気付く。
……自分を障害として、いや存在している事すら認めて貰えない。これ以上の屈辱があるだろうか?
「何だよ、び、びびってんのかよッ! 俺一人殺せねぇってのかッ!!?」
グリッドは更に畳み掛けた。
こうなれば意地だ。
391勇者の涙 5:2008/02/14(木) 23:03:17 ID:OdvtcmDQO
「中途半端な悪人面して本当は人一人殺せねぇんじゃねぇのかッ!? ええ!!?」

ミトスは霧の彼方を見ていた。戯言が下から聞こえてくるが、聴いてはいない。
鼠一匹、放っておいてもこの作戦になんら支障は無い。
術式は七割方完成している。今更こんな雑魚相手に構ってられるものか。
こっちはなけなしの神経を使っているんだ。
……ああ、五月蠅い五月蠅い。集中出来ない。
全くエクスフィアすら装備していない脆い劣悪凡人の癖に、
「聞けよ“      ”ッ!!!」
天使が携える七色の翼が少しばかり揺れる。風のせいでは無い。
ミトスは、珍しくその言葉の理解に間を要した。
……今、コイツハ何テ言ッタ?
私ノ間違イデ無ケレバ、
「……この……シスコン野郎おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
言った。今言った。また言った。確かに言った絶対言った間違無く言ったッ!
ミトスの目に写る視界の色彩が反転する。心無しか足がふらついた気がした。
立っているのは頑丈なコンクリートの上だと理解していたのに、綿飴の様にふわふわした地面の様に感じる。
ぐるり、とミトスの瞳孔が開いた碧眼の瞳だけが地上を、グリッドを捉える。足がふらついたのはどうやら自分の錯覚で、目線以外は微塵の変化も無いようだった。
見下した視線のまま、術式を編んでいた手を下げミスティシンボルを握る。同時に詠唱を意味する光は虚空に消えた。
キープスペル、発動。と小さく呟いた二拍後、ミトスは初めてグリッドに当てた言葉を発した。
「路傍の石と同等な分際の癖に、口上だけは得意みたいだね。……そんなに死にたくて堪らないか?」
ミトスは驚いた。自分の声はこれ程低く、震えていたのか。
「……ッ」
グリッドは息を飲んだ。
やっちまったよやっちまった。絶対怒ってるよアレ、さっきの絶対失言だったって!
何やってんだよ俺、わざわざ歯牙に掛かりについつい御宅訪問〜……って馬っ鹿じゃねぇのかッ!?
ああでもさっきまで俺は歯牙にすら掛けてくれない事を嘆いてたんじゃなかったっけ!? ああそれ最高だよ素敵過ぎる矛盾だぜッ!?
ああ、俺終わったな。どうするよ誤魔化すか? ……どうやって!?
『WAWAWA、忘れ物〜』とか言うのかッ!?
無理無理無理無理絶対無理!
……ああ、今更逃げられないよな無理だよなあ。だって絶対鶏冠にキテるよあの顔はよ!
392勇者の涙 6:2008/02/14(木) 23:05:40 ID:OdvtcmDQO
畜生、畜生畜生! 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……!
「……貴様に質問をしている。“そんなに死にたくて堪らないか?”」
その言葉に意味の無い文字の連続思考は止められる。
ごくり、と喉がはっきりと音を立てた。
……心臓の音が三割増しだって? 馬鹿かよそんな陳腐なレヴェルじゃねぇよ。多分余裕で765割増しくらいはいってる。
グリッドは左手を左胸に添えた。相手に心臓の音まで聞こえていないか心配になったからだ。
「か……かか返り討ちに、してやりますよ」
意図せず敬語になってしまった。グリッドは自分の口をこれでもかと呪う。
今此所に自分の名が刻まれた藁人形があるならば、迷わず最初に口を縫い付けてしまうだろう。
ミトスの表情が更に険しくなる。額に青筋まで浮かんでいるのはどうかこのおめでたい脳の錯覚だと思いたい。
ああ糞、こんな時どうすればいいんだろうか。“笑えばいいと思うよ”―――超音速で却下。
「余程、死にたいらしいな」
……なんて下らない事を考えている間にミトスはそう呟き、その細い体を光のベールに包む。
瞬きを終える頃には既にそこにミトスの姿は無かった。
「こ、これは―――」
“空間転移!?”そう口は紡いでくれる予定だったが、どうやらそれは中止されたらしい。自分では言ったつもりだったのだが。
そう脳内補完した時には、グリッドの体はダブルセイバーと共に情けなく空中を旋回していた。
自分の鳩尾と、その奥に走る形容し難い激痛。横隔膜が胃を圧迫し、堪らず胃液が込み上がる不快極まった感覚。
殴られたのか蹴られたのか、それとも斬られたのか。それすら判断出来なかったし、脳は一種のパニックに陥りその思考すら決して許そうとはしなかった。
成程、これは勝てない。
グリッドは何の感動も無い初体験に鼻で笑った。
「あぐッ……う」
口から出来損ないの唸りと共に逆流した胃液が吐き出される。
異様な熱さを喉に感じると同時に、グリッドの体は盛大に地面に叩き付けられた。
……覚悟と準備がまだだったので、唐突な衝撃は一般人の体にはとても堪える。
視界はどこか朧気で、とても自分の目とは思えない。元々、視力は良い方だ。
ああ、こりゃあ不味い。
不味いな。勝てっこねぇよ。負ける、負けちまう。
393勇者の涙 7:2008/02/14(木) 23:09:33 ID:OdvtcmDQO
土台凡人が挑むには無謀だったんだ。この舞台に立っている事すら奇跡なんだ、そりゃ当然か。はは。
結局俺は殺される……嫌だ、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌だ。いやだ厭だ。
俺は生きたいよ。生きるにはどうすればいい? 生きるには、何がいる?
……くそ。逃げる、逃げたい、逃げなきゃ。このままじゃ本気で殺されるってッ!
グリッドは必死に腕を伸ばした。―――体が言う事を聞かない。立ち上がりたいのにそれすらガタが来ている体は認めてくれない。
それに、追い討ちを駆ける様な事実も今知った。情けない事に自分の腰は抜けている。
「……死にたく、ねぇよ……」
少しばかり冷静になったグリッドの耳にひゅんひゅん、という音が入る。
凡人に似合わぬ禍々しい両刃の武器は、使われる事無く空を裂く。
はっきりしない視界がダブルセイバーと思しき物体を捕捉した。
畜生。駄目なんだよやっぱり。生きるには、それしか無いんだ。
俺には力が……必要で。
仕方無いんだよ……だって、それがバトルロアイヤルなんだよ。
地面に刃が刺さる音がした。グリッドはそれを肴にネガティブ極まりない酒を飲む。
こうやって絶望に心を委ねる事の、どれ程気持ちが良い事か。……だが絶望に酔うなんて、実に笑えない。
巡り巡って、自分が天秤に置こうとしている分銅が、あいつと同じなんで皮肉にも程があるじゃないか。
なあ? しかも満身創痍になってからそれに気付くんだぜ? 全く、やってくれるよなぁ。
グリッドは鼻水を垂らしながら自嘲した。
あいつの言う通りだった。仕方無いんだよ、ホント。
今更心が揺れるなんて愚行の極みだ。

“凡人には、選択権なんて最初から無かった”。

ガリ、と口から音がした。土の味がする。何処と無く塩の風味があり不快な味で、不意に吐気を覚えた。
地面にキスする感覚も、実に不快だった。ファーストキスの相手が地面だなんて話、生憎今の自分には笑いたくとも笑えない。土産話にでもしておこう。
今度は足音がした。……ミトスが自分の方へ近付いている事実は想像に難くない。
瞼の裏が、異様に熱かった。
「……ちっぐ、じょお……ッ」
悔しかった。この現実が悔しかった。そっちの選択肢しか無い事をひたすら呪う。
394名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:10:07 ID:p5lATfaOO
支援
395名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:11:40 ID:tcwSexqI0
支援
396勇者の涙 8:2008/02/14(木) 23:13:56 ID:OdvtcmDQO
……視界の歪みが未だに直らなくて気持ち悪い。―――歪み? あれ? いつから歪みになってんだ?
あれ、あれ、あれ?
おかしいな。頬が濡れてるぞ。血なんか出てたっけ?
あれ、あれ?
口の中がしょっぱいぞ。土ってこんなに塩気があったっけ?
あれ?


    何で俺、泣いてんだ?


何で、最後の分銅を乗せる手が、こんなにも震えてるんだ?
この感情は何だ? ―――俺の本心って、何なんだ?
「俺には……力が……必要、なんだろう……?」
喉から搾り出した言葉は何を今更、と思える実に陳腐な文字の羅列だった。
涙はぼろぼろと溢れてきて、一向に枯れそうにはない。
塩分と水分が永遠に放出され続け、ナトリウムポンプに異常を来たして自分は死んでしまうのでは、なんて馬鹿な考えが浮かんだ。実に下らない。
次から次へと滴は流れ、制限無く地に吸い込まれてゆく。……多分、バケツ三杯はいけるだろうな。
だがいつまでも泣いていても仕方が無い。足音はすぐそこまで来ているのだから。
グリッドは体中の赤血球が溶血している妄想から無理矢理覚め、我に返った。……そうだ、どちらにしろ武器を取らないと。
そう思うや否や涙を腕で拭き、ダブルセイバーに手を伸ばす。
あと数cmという時だった。手に何かが乱暴に覆い被さる。
いや、覆い被さるという言い回しは少々不適切かもしれない。少なくともそんな生易しいものではなかった。
ダブルセイバーを掴む事無く、自らの手は押さえ付けられた。石が食い込んで痛い。
「……ッ!」
押さえ付けているのは、足だった。
自分の眼球がぐるりとその足の主を見上げる。絶対的な力を持つ、天使を。
その天使は驚く程冷たい視線を自分に浴びせていた。その奥に隠された感情は一目で分かった。
こいつは、俺を見下している。
見下す事に一種の必然性すら感じさせる視線だった。
恐らくこいつは、見下す事で快感に浸るタイプだろう。
「……ダブルセイバーか。凡人には少々荷が勝ち過ぎる玩具だな」
ミトスはダブルセイバーに視線を移すと、ゆっくりと諭す様に呟いた。
「黙れ、それは、ユアンの……ッあああぁぁ!」
誰が貴様に発言を許可した、と言わんばかりに目の前の天使は手を踏み付ける足に力を入れた。
形容し難い音が中から響き、激痛が小指に走る。
一斉に脂汗が吹き出た。必死に体を捩らせ奥歯を軋ませるが、とてもそんな事では堪えられる痛みでは無い。
397名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:15:32 ID:tcwSexqI0
sienn
398勇者の涙 9:2008/02/14(木) 23:16:51 ID:OdvtcmDQO
骨が折れた事実は、指を見るまでも無く分かった。
「ほう? ユアン、か。思わぬ所で名を聞いたな。
 ……ああ。そう言えば“アレ”も、未来で私を裏切るらしいな」
……“アレ”だと?
激痛に唸りながらもグリッドの脳内に怒りが堪る。
だが痛みにより怒りの言葉は喉で止まる。……畜生、エンドルフィンをもっと放出しやがれッ!
こいつ、ユアンの事を“アレ”だと!?
漆黒の翼のメンバーに何たる冒涜を……ッ! 万死に、いや億死に値するッ!
グリッドは憎悪に満ちた目線をミトスに浴びせた。こいつを許す訳にはいかない。
「ゆ、ユアンの名を、気安く、呼ぶな……ッ!」
どむ。
鈍い音が脇腹から響き、目の前が一瞬真っ暗になる。
……ああ、星って本当に頭に浮かぶんだな。漫画の中だけだと思ってたよ。
数メートル吹き飛ばされ、グリッドは砂埃を上げながら沈黙した。
既に身体は擦り傷だらけで目茶苦茶だ。
「畜生…畜生ッ……!」
なんて、無力。
グリッドはどうしようも出来ずに、ただひたすら泣いた。涙を流す事だけが自分に出来る唯一の抵抗に感じたからだ。
既にボロ雑巾の様な身体に鞭を打って立ち上がろうとする気力すら無かった。ボロ雑巾ならボロ雑巾らしくしている方がまだマシだ。
手で顔を覆い、ひたすらに涙を流す。とても片手で隠しきれない。
そうさ。自分はこんなにもちっぽけな存在で、こんなにも無力だ。
だから嘆いてるんだろう?
俺は路傍の石ころなんかじゃない、と心の中で叫んでいながら、この様は何だろうか?
地面に落ちているゴミと何がどう違うと言うんだろう?
……なあ、グリッドよぉ。もう認めちまえよ。答えはもう握ってんだろ?
今更何を躊躇するんだよ、オイ!
お前に埋まってるその石は形骸かよッ!

どむ。

激痛が走り、吸い掛けた酸素が無理矢理吐き出された。再び意識が飛び掛ける。
こうして身を任せて地面を転がっていると、段々とどうでもいい気がしてきた。
怒りや憎悪、恐怖すら拉げた。……なあ、もう、いいだろう?
ここは何処だよ。バトルロアイヤルだろうッ!?

どむ。

何に、迷うってんだよ。

どむ。

何を、否定したいんだよ……。

どむ。

何が、俺をこうさせてんだよ……!

どむ。

何で、涙が止まらねぇんだよおぉぉぉおおぉおぉぉぉぉおおぉぉぉッ!!
399名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:17:42 ID:tcwSexqI0
支援!
400勇者の涙 10:2008/02/14(木) 23:19:27 ID:OdvtcmDQO
「俺には……力が、必要、なんだろう……?」
情けない声が掠れて喉から飛び出す。
いい加減にしろよ。何回目だよこの言葉。
ミトスにその声が届いたのだろうか。等間隔の衝撃が止み、すっと視界に黒い影が差す。ぐしゃりと不快な音楽が鳴り、今度は腹では無く、顔面に上から衝撃。
グリッドはそれを庇う事すらしなかった。もう、どうでもよかった。

「良く分かってるじゃないか劣悪種……そう、この世界は力で全てが廻っている」
やっぱり、そうだよなぁ。
俺って馬鹿だから、教えて貰うまで決断出来なかったんだよ。アハハハ。
「力さえあれば、全ての与奪さえ自由」
そうだよ。
俺がこうなってんのが何よりの証拠だろ?
「人の、生命さえもだ」
そう……かもしれない。
でも、そうするとユアンは、プリムラは、カトリーヌは?
弱かったから死んだ? 馬鹿言えよ。あいつらは正義じゃないってのか……?
正義って、何なんだよ?
「例えば貴様の命、だ。今の貴様には少々笑えない冗談か?」
そう……だろうか?
俺の死はこいつの手中にあるんだろうか。
俺は何をしても無駄だとでも言うのか。力が無いから?
「即ち、力こそが正義という事だ」
違う……かもしれない。
だって、死ぬか生きるかなんて、俺の権利だろ。例えこの状況でも、義務じゃねぇよ。
弱さは罪や悪じゃない。でも、強さだって罪や悪じゃない。そんなの、当たり前の事。
例え此所がバトルロアイヤルだとしてもだ。
「……何を、している?」
やっぱり、違うんじゃねぇのか?
グリッドはゆっくりと、自らの片手を天使の足に絡ませる。
だって俺は路傍の石ころじゃない。こうして抗う事が出来る事実が何よりの証拠だろう?
此所で抵抗するかしないかで、未来の運命が変わるかもしれない。……もしかすると俺は、別の世界では絶望に負け力を求め、破滅の道を歩んでいたのかもしれない。
それは即ち、“バトルロアイヤル”という土壌に負けた事。妥協してしまった事。
ならばこうして抗う事がどれだけ尊い!?
あいつは言った。僕たちには道は残されていないんだと。選択する余地すら無いと。
それは運命に抗う事を諦めた事を意味する。
……運命。そんなの知った事か。
俺は運命を変えてやる。運命なんて、こんなにも軽く覆せるってのを見せてやる。
指を咥えて悔しがりやがれ、未来の世界に居たかもしれない哀れな俺。
この俺がお前を鼻で笑ってやるぜ、はん、ヴァーカ!
401勇者の涙 11:2008/02/14(木) 23:22:13 ID:OdvtcmDQO
無力? 凡人? 結果論? バトルロアイヤル? あっそ。つーかだから何?
それって御飯にかけるとおいしいの? そんなに大事なの?
だって今の俺はこんなにも自由だ。運命を変える権利がある。
勘違いもいいとこだ!

血の色と砂で汚れた手は、非力ながらも天使の足に抵抗を試みる。その手は震えていた。
ミトスはその汚ならしい手を一瞥すると舌打ちをし、ダブルセイバーを構える。
が、何かをミトスは発見しダブルセイバーを降ろした。
「……貴様、それはよもやエクスフィア、か?」
土に汚れていて実に分かりにくいが、確かに目が認めたそれはエクスフィアそのものだった。
だが見た事が無い歪な形状だ。色も何処か毒々しい。
ミトスはエクスフィアを暫く観察していたが、不意に笑い声を上げ始めた。
……こいつはいい。
「お前、力が欲しいと言っていたな?」
一通り笑い声を上げると、ミトスは口元を歪めたまま小さく呟いた。
顔面の足を退け、伸ばされた手を踏み付ける。グリッドが小さく呻いた。
ミトスは膝を折ると、そいつの耳元で囁いてやる。
「力を、やるよ」
一瞬グリッドの身体がビクンと痙攣するが、直ぐに抵抗は無くなった。
ミトスは白い顔に弧を浮かべると、極上の黒い嗤いを発した。
そしてゆっくりと、その手をエクスフィアへ―――。




“力を、やるよ”
そう呟かれた。
なあオイ、違うだろ?
これが、本当に俺が望んだ結末な訳ねぇよな?
だって他人に俺の天秤勝手に動かされようとしてるんだぜ?
いいのかよ、グリッド。それでいいのかよグリッドッ!
凡人だからって、俺に考える権利は、迷う権利は、選択する権利は本当に無いってのか? 違うよな、さっき違うって気付けたよな!?
力こそ正義という曲がった理論を認めるしか無いってのかッ!?
“仕方無いじゃん、ここがバトルロアイヤルという舞台だから”!?
そんなの本当に関係あんのかよッ!? 違うだろう? ああ違うね、何か、違うんだよ!
“違わないわよ”
五月蠅ぇよ……大体誰なんだよ、お前!
402名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:23:03 ID:swcry/xW0

403名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:23:31 ID:tcwSexqI0
しえん
404勇者の涙 12:2008/02/14(木) 23:24:51 ID:OdvtcmDQO
“あはっ! 聞こえた聞こえた! 私を知らないの? 知ってる筈でしょ?”
真逆。冗談だろう……?
し、シャーリィ=フェンネス……どうしてお前が此所に……。
“一々うっさいわね。黙ってそのままにしときゃいいのよ”
……シャーリィ=フェンネス。力こそが正義と認めた存在。俺がそれと一緒になる?
嫌だよ馬鹿、冗っ談じゃねえぇぇ! 違うだろ。俺が求めるのは、そうじゃないだろう?
“違わないって言ってんでしょ、バーカ。アンタに力が無いから、だから皆死んだ。その事実は今更覆らない”
あぁそうだな確かにお前の言う通りだよ。自分が不甲斐ねぇ。
でもな、“だからなんだってんだ”!
“ハァ? 何意味不明な事言っちゃってる訳ぇ? まだ分からない?
 弱さは罪なの……悪なのよッ!!”
いやだから、それが違うんだよお前は。間違ってるんだ、根本的に。
違ぇんだよ。
“あんただって分かってる癖に! 何を根拠に言ってる訳ぇ!? お兄ちゃんと私の邪魔をしないでよッ!”
それだよ。お前の兄貴の、セネル。
だってさ、よく考えろよ。力が正義だったらさ。

“お前の兄貴は、何で死んだんだよ?”

……なあ、お前はお兄ちゃんお兄ちゃんって五月蠅いけどよ。お前自信は何をしたかったんだ? お兄ちゃんが生きてたら、どうしたんだ?
“五月蠅いッ!
 だって仕方無かった! お兄ちゃんを助けるには仕方無かったッ! お前だって―――”
何か戯言が聞こえる。多分シャーリィだろう。黙れよ馬鹿女、否定出来なかった時点でお前の負けだ。
お前の言う“力こそ正義”には穴がある。セネルという存在の。
お前も、ここに居たかもしれない未来の俺と一緒だ。簡単な事を見落として、“バトルロアイヤルだから”という魔力に知らず知らずに酔っちまう。
でも今、ここの俺は今のお前とは違う。
大体お前は力こそ正義とか宣って、ユアンを殺したトーマを殺したプリムラを悪く変えたカトリーヌも死んだ!
それの何処に、“正義”の欠片があるってんだ?
正義のせの字もねぇよッ!
俺は、違うからな。
今なら自信を持って言える、言ってやる!
さあ天秤を傾ける準備は出来たかグリッド? 右手の分銅を捨てろ。左手の分銅を乗せろ。
……はあ? 分銅はピンセットで持てだぁ?
ああ残念だったな、俺は器用じゃねぇんだ。ピンセットなんてちまちましたもんやってられっかよバーカ!
男なら黙って素手だろうがああぁぁぁッ!!
405勇者の涙 13:2008/02/14(木) 23:27:38 ID:OdvtcmDQO
よーし、準備はいいぜ。後はこの糞天使の汚い分銅をどかしちまうだけだ。
理屈なんて知らん。バトルロアイヤルなんて知らん。
これが俺の真実だ。見てるか? キール。
凡人にだって、道は選べる。
それは簡単な事だったんだ。変に斜に構えず、“バトルロアイヤルだから仕方無い”なんて妥協しない。
自分の思いに素直になる。たったそれだけ。
……理論とかじゃないぞ。
だって、理屈じゃないんだ。
ただ、バトルロアイヤルとか凡人とか理屈とか結果論とか全部抜きにして考えた時、俺が力=正義を否定していたから。
理由はそれだけでいいんじゃねぇのか?
あははは。
なあんだ、なんて事ねぇや。
俺は最初から運命の変え方を知ってたんだ。





「―――だが断るッ!!」
俺は腹の底から叫び、渾身の力を以て自由な方の手で砂を握り、天使の顔に投げ付けてやった。
そして目に入った砂に狼狽するそいつからダブルセイバーを取り上げ、身体に鞭を打ち思い切り腹を蹴り飛ばす。
……心臓が胸の内側で、まるで生簀から取り出したばかりの鮮魚のように飛び跳ねている。
やった、やったんだ、俺が一矢報いた! ざまぁねぇなぁシスコンスカシ野郎ッ!
「貴様ァ……覚悟は出来ているんだろうなッ!?」
ミトスが右目を押さえながら立ち上がる。……流石に目が! 目があぁ! とか言ってのた打ち回ったりはしない。
額にはこれでもかと言わんばかりの青筋。グリッドは本当に今更だが恐怖を覚えた。
常識的に考えて生き残れる確率は少ない。だがグリッドはある意味での爽快感をも覚えていた事に驚いた。
やっと自分を取り戻した、いや生まれ変わった。そんな気がした。
此所で死んでも多分、俺は後悔しない。……あ、いやぁ勿論死にたくはねえよ?
「じ、じゃあ覚悟をくれる時間をくれよ。三十二分くらい」
「……そんなに死にたければ殺してやるッ!」
ひいっ、と声を上げそうになる。
なんて威圧感! 間違なくこれだけで三回は死ねる!
覚悟は出来てるか聞かれたから答えただけだろ? 理不尽だって!
咆哮だけでシャーベット状の血液が脳内に侵入している錯覚に陥った。
目の前の天使が胸元から禍々しい短剣を取り出す。グリッドは知らないが、名を邪剣ファフニールと言う。
ミトスの目が鋭くなり、こちらへと足を踏み出した。
そこから一気にギアが入り加速するッ!
(畜生、覚悟する暇すらねぇよ!)
406名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:28:04 ID:tcwSexqI0
しえんん!!
407勇者の涙 14:2008/02/14(木) 23:30:32 ID:OdvtcmDQO
対するグリッドは踏み込みからダブルセイバーの一閃を繰り出した。
短剣よりはリーチがあり、奇跡的に決して太刀筋も悪くは無い。……だがどうにも相手が悪かった。
ミトスはグリッドの一閃を身を屈めてやり過ごし、素早く懐に入る。
ダブルセイバーの弱点は、格闘戦。懐に入られると魔力等で応戦しない限りどうしようも無いのだ。
ユアンは雷を巧みに使い弱点をカバーしたが、グリッドは魔力を使えない。
だがグリッドは諦めなかった。
限られた刹那に脳をフル回転させる。この危機的状況を打破する為に、自分は今何が出来るのか?
その瞬間、世界が凍り付いた。コンマ一秒の世界で、グリッドは手の位置を少しだけ動かす。ミトスの目がグリッドの手を、指を、装飾品を、捉えた。

指輪―――否、これは。

ミトスが理解すると同時に熱光線が放射される。
ジュウ、と皮膚が焼ける音。天使の白い頬に黒い焦げ跡はよく映える。
最後の一手は確かに届いた。だが所詮はソーサラーリング。時間稼ぎにすらなりはしない。
グリッドは目を見開く。怒り狂う天使の短剣が、血を求める様に妖しく蠢いていた。



それは初めての感覚。
思っていたより簡単に自分の肉が断たれ、めりめりっと繊維か何かを斬り進める音が中から響く。
その瞬間は想像していたより痛くは無く、驚いた。……数秒後猛烈に裏切られる羽目になるのだが。
脇腹はザック共々裂かれ、自らの血飛沫と肉は空中へ様々な軌跡を描きながら散る。
被害者の癖にそれに一種の芸術性すら感じるのは、異常だろうか?
……異常だよな。
グリッドは苦笑いを浮かべるとゆっくりと地へと崩れた。
天使はそれを一瞥すると、敗者へとゆっくり歩み寄る。
どうやら一回斬った程度では、その高貴な脳はお気に召さなかったらしい。
「そのまま、楽に死ねると思うなよ」
ミトスはグリッドが握るダブルセイバーを取り上げようと引っ張る。
だがグリッドは抵抗した。決して放そうとはしなかった。
それは譲れない執念。……ユアンを汚したこいつにだけは、渡すものか。
ミトスは舌打ちをし、グリッドの裂傷を踏み付けた。こいつは今更、私に逆らうか。
「ごぷっ」
鮮血を口から上げるグリッドを不快そうに睨むと、ミトスはその顔に似つかわしく無い下賤な笑い声を上げた。
「貴様に相応しい死に方を思い付いたぞ? 劣悪種」
天使は目線を直ぐ側の落とし穴に逸らした。
408名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:31:21 ID:tcwSexqI0
支援
409勇者の涙 15:2008/02/14(木) 23:33:23 ID:OdvtcmDQO
「……串刺しだ。どうだ? 悪くはないだろう? 楽に死ねない辺りが特にな。くくく」
偉そうにした天使は徐に自分の髪を握ると、落とし穴まで引摺り始めた。
……悔しかった。
力が足りない事? 違う。生まれ持つポテンシャルの違いを嘆いても仕方無いのは理解しているつもりだ。
それに俺はダブルセイバーを守り抜いた。ほんの小さな勝負に、勝ったんだ。それを誇りたい。
じゃあ何が悔しいかって?
こいつに、殺され方を決められる事だよッ!
「……を…な」
さあ、準備はいいか劣悪種? と聞こえた。多分、穴の入口まで来たのだろう。
だから俺はそう言ってやった。
「何だと?」
ミトスは聞き返す。今、こいつは何か言ったか?
「俺の、死に方を、お前が、決めるな……!」
下品な笑い声が響いた。
死に損ないが戯言を、そう笑い声が言っていた。
「とっとと死ね、劣悪種」
体に浮遊感。
ああ畜生……ここまでか。
くそ、くそ、くそォ……ッ!

一気に世界が夜になる。
不鮮明な視界だが、確かに天使の顔を認めた。
逆光により確認し辛いが、奴は確かにこう呟いた。

“あの世で無力を呪うがいい”



―――数分、経っただろうか。
血が、限界を知らず溢れ続ける。この体の中にこれだけの血が入っているのは驚きだった。
最初は傷や全身が熱かった。今では逆に寒い気がする。
そう言えば血を流し過ぎたら逆に寒くなると聞いた事がある。
傷口が等間隔で痛んでいるが、間隔が随分開いてきた。
多分動いたらヤバいだろうな、と直感的に思う。動けば本来外気に触れる筈が無いモノが出てきそうな気がする。……つーか、動こうにも動けない。
だが、動かなくても間違無く死ぬ。
なんだよ、それ……。結局死ぬのかよ? 全然笑えないぜ。
グリッドは自分の太股と腹から飛び出した岩の槍を見る。
……岩か。墓標としては妥当だが、名前が彫られていないのは納得行かない。
せめて“グリッド、ここに眠る”程度は書いて欲しい。
これを作った気が利かない天使を鼻で笑うと、グリッドは穴の中を見渡した。
死ぬまでの暇潰し―――
……?
…………ん?
目の前の自分がブチ撒けた荷物が目に入る。ザックの裂け目から飛び出したのだろう。
その中に、覚えが無い支給品が交ざっていた。
グリッドは何かと目を凝らす。ここが闇の中だからだろうか? はたまた血を失ったからだろうか? 視力が微妙に落ちた気がした。
410勇者の涙 16:2008/02/14(木) 23:36:36 ID:OdvtcmDQO
「エクス、フィア……?」
こんなもの、知らないぞ?
さては自分の目は血液不足でおかしくなったに違い無い。
思考は矛盾の果てにそう至るが、何度目を擦り何度見直してもそれは間違無くエクスフィアだった。
だが自分のでは無い。……そんな筈は無いだろう?
だが、だとすれば誰の? 誰かが此所に偶然落としたってのか? それは有り得ない。
グリッドは思考を整理する為に目を閉じる。
血液不足だろうか。さっきから変な音も聞こえる。
『……ド』
誰かに預かってたっけ?
最後にザックの中を確認したのはいつだっけ?
『グ…………ド』
最後に睡眠を取ったのはいつだっけ? ……いやこれは関係ねぇよ。
くそ、思い出せな―――

『……グリッド』

―――え?
グリッドは目を開く。誰かに呼ばれた気がしたからだ。
いやいや、有り得ない。遂に耳もやられたのだろうか?
幻聴か? ああ……やっぱり末期症状だな。
そのうちひたひた足音が余計に一つ聞こえ始めるに違いない。
まあ花畑が見えないのはまだ救いかも知れないな。

『グリッド』

ごくり。予想外の展開に喉が大きく音を立てた。
……流石に、幻聴もこれだけ連続すると笑えない。
だって、だってだって。
しかもこの声は有り得ない人のそれで。
『ここだ……目の前だ、グリッド』
あ、有り得ねぇよ。
目の前のエクスフィアから、声がするなんて。
その声が、あいつのだなんて。
嘘だろ? 神様の悪戯だったら怒るぞ?
グリッドから乾いた笑いが漏れる。……何の冗談だ。
遂に幻覚か。本当にヤバいかもな。
だってお前、目の前のこいつ、透けてるし。それを信じろって方がさ、どうかしてるぜ?
悪いが俺は幽霊とか祟りとか、怪談の類は信じないクチでな。他を当たってくれよ。
糞ッ……いよいよやばいぜ。視界が更にぼやけて来やがった。
頬に生暖かい液体が流れやがる。……気が利かない汗だ。
畜生、口の中がまた塩辛くなってきたじゃねぇか。
ああそうさ……分かってるよ。
俺、遂に答えを見つけたんだぜ? 誇って、いいんだよな?
411勇者の涙 17:2008/02/14(木) 23:38:51 ID:OdvtcmDQO
力は、正義なんかじゃ、無かったぜ。


『久し振りだな、グリッド』

そいつは青い髪を束ねた男。我が漆黒の翼の参謀で、数々の苦難を一緒に乗り越えてくれた。
大食らいという二つ名を持つ。

『……それで? 死に際に何を泣いているんだ?』

グリッドはだらしない鼻水を啜り、くしゃくしゃな顔で再び小さく笑いを零した。

「泣いてなんかねぇよ、ユアン」



412名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:38:54 ID:swcry/xW0

413名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:43:27 ID:jFH6DOMFO
支援
414勇者の涙18 @代理:2008/02/14(木) 23:45:05 ID:swcry/xW0
【グリッド 生存確認】
状態:HP30% プリムラ・ユアンのサック所持 エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット)
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
    一時的にシャーリィの干渉を受けた 答えを手に入れた
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋 ダブルセイバー
    ネルフェス・エクスフィア ソーサラーリング
基本行動方針:ユアンと話す
第一行動方針:傷をなんとかしたい。生きたい
第二行動方針:ミトスを止める?
現在位置:C3村南東地区・落とし穴内

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 状況が崩れた事への怒り 微かな不安? タイムロスが気になる
   ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:鏡による拡散ジャッジメントの術式を成功させる
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村南東地区?


散乱アイテム:タール入りの瓶(リバヴィウス鉱入り。毒素を濃縮中) マジックミスト
       占いの本 ロープ数本 ハロルドレシピ ユアンのクルシスの輝石
※いずれも落とし穴の中に散乱しています
415盤上のプルガトリオ 1:2008/03/02(日) 22:08:01 ID:/Hbm3qs/O
全てのプロセスを無視、理由すら目的すらも。僕はただ力を求めた。
自分が騎士だった事すらも頭の隅に追いやられた―――否。或いは、守るべき人を忘却していたから故に仕方無かったのか。
何故ならば騎士の定義は守るべきお姫様が居る事。姫様を忘れた者がナイトを名乗るには根底から破綻している。
故に“剣”と名乗る彼の現は至極当然の流れなのか。
悪魔は騎士から姫と理性を奪った。
残るは力を求める強き想いと武器。成程“剣”とは極論だが、言い得て妙か。
……それはある意味達観とも取れる。いやそれは安直だろうか?
だがこうして力を手に入れたいが故、履行している事実がある。プロセスを無視しているというミスを犯しながらも、という条件付きだが。
―――僕から見れば彼は妥協しているとも取れる。達観と妥協は紙一重という事か。
……分かってるよ。ややこしいんだろう? これ以上は言葉遊びになってしまうからね。
ややこしくなったのは、いつからだと思う? “悪魔に侵された時”?
まあ、単純に考えればそうだろうね。
別に君に非は無いよ? そう考えるのが一番妥当だからね。“悪魔を利用した魔法使い”もそう思っていたと思う。
でもよく考えてみなよ。
彼は剣じゃなく騎士なんだ。悪魔は確かに記憶と理性を奪った。
だが、“力を求める理由”は悪魔から与えられたものじゃない。悪魔には奪い、蝕む力はあっても与える力は無いのだから。
ならば彼の行動理由は一体何事? ―――そう、“元からあった”のだ。
悪魔に支配される前、魔法使いと出会うもっと前。でも魔王の城に乗り込むよりは後。
それはつまり“彼の行動理由ではあるが彼が考えた行動理由”ではないという意味。ならば誰の行動理由だったのか?
何、簡単な事さ。
“彼”じゃないならば残りは一人しか居ないだろう?
君は勘が良さそうだね。もう分かってるんだろ?
―――だって僕は彼で、彼は僕なんだから。
そう。だからこの物語はただの穴埋めの為のほんの余興。
君なら解を分かっている筈だから、退屈な時間かもね。
でも、“僕達側”に全てのピースを埋める事は出来ない。所詮僕達は傍観者。
余ったピースは彼だけしか持つ事が出来ないんだ。
でも彼はそのピースを忘れてしまっている。
さていよいよ困った。君ならどうする?
彼にどの様にしてピースを思い出させる?
……人の数だけ答えはある。これから送る物語は、未来へ続く可能性のほんの一部。
416名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:08:42 ID:7K565nMk0
 
417盤上のプルガトリオ 2:2008/03/02(日) 22:10:05 ID:/Hbm3qs/O
記憶のピースを失った者、疑心暗鬼に囚われる者、死の淵で答えを手に入れた者。
盤面のリセットを目論む者、それに荷担する者、その策に気付く者。
ただ着いて行く者、待ち続ける者、彼女の元へ歩む者。
罪滅ぼしをする者、される者、そして“彼女”。
盤上で狂う戦士達をどうか御覧あれ―――



「な、なあヴェイグ」
ぽかんと開いた口から弱々しい音が情けなく零れ落ちる。
言葉を放つ穴が開けっ放しになっているのだ。故に言葉が零れ落ちる事はある意味必然とも言えるが、ロイドの単純極まった直列回路はそこまでの考えは及んでいない。
ならば何故こうも最高に無駄な会話を交わすのだろうか?
……ああ、成程。直列回路に力や自信―――即ち電池を繋げ過ぎ、現実という豆電球が爆発してしまったに相違無い。
自分の豆電球ではどうやら許容範囲外らしい。
激しく容量オーバー、いや“要領”オーバーか? ……この後に及んで自虐ネタは素晴らしく笑えないな。
幾れにせよ自分にはお手上げという事だ。
披露を蓄積せぬ天使の体とは言えど、目の前の上映会は少なからず体に堪える。
「何だ?」
ヴェイグの声は微かに震えていた。
一瞥すると、普段の彼からは見て取れない激しい狼狽……まあ、目の前の景色を見れば至極当然だろう。
「俺達はさっき全力でユニゾン・アタックを放った、そうだよな?」
自分で言っておいて何を今更、と呆れる。一々そんな確認を取る必要は無いだろうに。
だが、するとこの霧のスクリーンに浮かぶ映像は一体何だろうか?
……ああ、これがよく言う“超展開”ってヤツ?
「そうだ、間違無い」
馬鹿言えよ。只でさえ存在が既に超展開のこいつに、更に超展開とか何様だよ。冗談はよせ鍋ちゃんこ鍋ッ!
映画監督は何を考えているんだろうか。客は二人しか居ないんだぞ?
というか、ポップコーンくらい寄越せっての。気が利かない奴だ。
しかし全く、目茶苦茶をしてくれたものだ。あれだけ格好良くキメたってのに。
「じゃあ、じゃあよヴェイグ」
ロイドは下らない冗談を脳内から弾き、そう切り返して固唾を飲んだ―――分かっていると思うが別に喉が渇いた訳じゃない。
「何の冗談だよ、アレ」
ははっ、と乾いたを通り越した干涸びた笑いを零しつつ、ロイドは手に固定された剣共々目の前を指示す―――いや、刺示すと言った方が正しいかも知れない。
示された先には間違無く、奴が居た。心を失った戦闘狂、名前は……
418盤上のプルガトリオ 3:2008/03/02(日) 22:12:30 ID:/Hbm3qs/O
「クレス=アレベイン……!」
ヴェイグは奥歯を軋ませながらそいつの名前を喉奥から捻り出す。
……なんてタフな奴なんだ。
「……ヴェイグ」
ロイドが低い声で呼ぶ。潰され損ないの眼球をクレスからロイドへ動かすと、複雑な表情が認められた。
「なんだ、ロイド」
「気付いてるかと思うけどよ……あいつ、二刀流止めやがったぜ」
客観的にこの会話を聞いた人物は、“何だそんな事か、見れば分かるじゃないか”程度で済むであろう。
だがヴェイグには痛い程理解出来た。その言葉の影に隠れたそれ以上の意味をだ。
何故ならば今、実際に見ているから。
両手持ちされた永遠の名を冠する剣、そして極上の黒焔を纏いし怪物を。
「……ここからが本気、という事か」
冗談じゃない。俺達は先刻本気だった。今だって勿論そうだ。
だがこいつにとってはウォーミングアップ程度という事か? ふざけるな。そんな馬鹿げた事があって堪るかッ!
「注意しろよロイド。アレは―――かなり危険だ」
「分かってる!」
ヴェイグの喉が不器用な音を立てる。
目の前にはまるで鼠を捉える寸前の梟の様に、音も無くゆっくりと足を出すクレス。

―――ああ、格が違う。

そこにあるのは無意識に自分を鼠、クレスを梟だと例えてしまう程の実力差。こいつは人間なんかじゃない……バケモノだ。
大体ミクトランは何をしているんだ? ヒューマとガジュマをこの島に呼んだんじゃなかったのか?
バケモノを呼ぶなんて聞いていない。ルール違反だろう!?
「……殺す」
玉の様な汗が顎に収束され、滴るものが地面に染みを付けるその瞬間。
前髪を乱し、眼球を隠したクレスが小さく呟く。
そして呟いた後に―――
「何ッ!?」
“消えた”。そう、突然過ぎる見事な消滅。……馬鹿な、有り得ない。空間転移には数コンマのタイムラグがある筈だ。
ちぃっ、と口が苛立ちを紡ぐ。
分かっているさ。こいつに有り得ないなんて通用しないって事くらい。
だがな―――

「先ずはお前だ、死に損ない」

目の前からの禍々しい声にはっと我に帰る。そう、今は呆けている場合では無いのだ。可及的速やかに防御をしなければ!
「……零、」
防御の為にチンクエディアを自分の胸元に構えようとした。間に合わない事は百どころか億くらい承知だ。
何故ならもう目の前は黒い焔で埋め尽くされていたから。反撃は不可能。ロイドですら間に合わない距離だろう。
419名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:13:09 ID:A1NjVIUr0
 
420盤上のプルガトリオ 4:2008/03/02(日) 22:14:07 ID:/Hbm3qs/O
しかし、だからと言って大人しく殺られる訳にもいかないのだ。
……ユリスという強大な敵を倒し、聖獣すら屈伏させてここまでやってきた自分が一種の諦観すら感じている事に微妙に驚いた。
思わず軽く自嘲気味に苦笑いをする。生へと足掻く努力を忘れた自分が最高に情けない。
「次元斬」
死刑執行の合図が音の波となり鼓膜を揺らす。
漆黒の中に一瞬、ガラスの様なものが見えたが、気のせいだろう。
目の前の色彩が漆黒から一気に不気味な紅へと変化する。……これが死の色なのだろうか。
趣味の悪い花火の如く飛び散る鮮血を見ても不思議と“死”の実感が沸かない。
それはまるで何かのアートを見ている様で、とても自分の身に起こっている事とは思えず、他人事の様だった。
自分の死をアートに例えてみたり、他人事の様に考える最高に空気を読めない自分の脳が、案外あっさりしているんだな、と冷静に思考する。
腕と胸、ふくらはぎ辺りに熱と激痛を感じた―――体を斜めに斬られたのだろうか。
真っ二つか。中々派手だな。情けない姿なんだろう。
ロイドの悲痛さを隠そうともしない絶叫が湿った空に木霊する。只の雑音にしか聞こえなかったし、反応する気力すら無かった。
目を閉じ、ゆっくりと死の波へと体を委ねてゆく。
心残りは星の数程あるが、それよりも全身を包む温かい解放感が心地良かった。



「嘘、だろ?」
全身赤尽くめの青年は口を半開きにしたまま民家の屋根を見る。
辺りは飛び散った鮮血による鉄の臭いで包まれていた。
常人ならば思わず鼻を覆いたくなるような生温く気味が悪い臭いだ―――だがそんな事はロイドにとってどうでもいい。
倒れたヴェイグに駆け寄る事も、クレスを警戒する事すらも忘れて、ロイドの二つの眼球は屋根のそれへと釘付けにされていた。
自分が見ているものは一体何だろうか?
“さっきの雨”は何だったのだろうか?
何でこんな事になったのだろう?
自分は一体どうしたらいいんだろう!?
ロイドは半開きの口を死にかけの魚の様にぱくぱくと動かす。
この場に適当な語句が見つからない。久し振り、とでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。
「ぁ……う」
意味が分からない単語が口から垂れ流しになる。
……何で。
さっきのは何かの間違い、そうだろ?
……何でだ。
そうだよ。いつものちょっとしたドジさ。そうに決まってるじゃないかよ! だってドジで秘奥義を発動しちまう程なんだぜッ!?
421盤上のプルガトリオ 5:2008/03/02(日) 22:16:25 ID:/Hbm3qs/O
……何で、何でそんなに、冷めた目で俺を見るんだよ?



最初は耳鳴りか、体にガタが来てるのかと思った。ヴェイグもクレスも無反応だったし、ほんの小さな音だったから。
この時点で気のせいだなんて思わなければ良かったのかもしれない。
俺は馬鹿だし、クレスに集中してたから気付けなかったんだ。ヴェイグとクレスが無反応なのは、彼等が天使では無いからだという事を。
そりゃそうだよ、天使化してる俺にしか聞こえない訳だって。
結局、その時の俺はその小さな音を無視した。いや、違うか。何処かで意識していたんだろう。
確実に音が大きくなっているのを理解していたし、“聞いた事があったから”。
胸に燈る小さな期待。それを無視出来無かったから、クレスの高速空間転移に反応出来兼ねた。
我が目を疑った時はもう遅かった。漆黒の焔と紫電を纏ったクレスは既にヴェイグの目の前に居たのだ。
……仮に音が無かったとして、反応出来た自信はあまり無いのだが。
兎に角、もう全てが遅かった。俺が足を出した時には、エターナルソードはヴェイグの胸の直ぐ側の位置に構えられていたのだ。
―――そして何処からか小さな声が聞こえて、アレが来た。
あれは確か……力の限り、言葉にならず意味を失った咆哮を上げ地面を蹴り上げた瞬間だったと思う。
風を切る様な複数の高音―――そうだな、形容するならば弓矢が空を走る音、と言った処だろうか。その音が微かにしたんだ。
気になっていた音―――もういっその事言うが、足音だった―――がいつの間にか止んでいた事に気付いたのもその時だった様に思う。
俺ですら微かに聞こえた程度なんだ。ヴェイグとクレスは気付ける筈が無かった。
だから俺だけがその上空からの不思議な音に気付けて、空を見上げる事が出来たんだ。
そこには……なんだろうな。星、だろうか? ほら、きらきら光る星だよ。あれが雨みたいに降ってきててさ。
そうだな、天の川が丸ごと降ってきた感じだよ。
でも直ぐに星じゃないと気付いたんだ。ほら、天使って無駄に目が良いからよ?
真っ昼間でしかも霧の中で星が見えるもんか、って目を凝らしてやるとよく分かった。星に見えたのは光を反射する氷柱だったんだ。
422盤上のプルガトリオ 6:2008/03/02(日) 22:18:39 ID:/Hbm3qs/O
こいつはやべぇ、と思ったけど俺は自分がそれを避ける事に精一杯で、ヴェイグを守ってやる事が出来無かった。
出来る事は精々ヴェイグの名前を叫んで注意を促す程度だった。
だから仕方無く俺は自分に降り注ぐ氷柱を避けながらヴェイグの名前を叫んだ。
……クレスは驚いている様だった。それもそうか。完全に隙だらけの自分の背中に無数の氷柱が刺さったんだ。
零次元斬が発動する直前に痛みで顔を歪めて、血を吐きながらのた打ち回ってたっけ。虚覚えだ。
ああ、確かヴェイグにも数本氷柱は刺さっていたと思う。これも虚覚え。
……え? どうして此所の記憶だけ虚覚えか、だって?
……その時、俺の目線と意識は屋根の上に奪われていたからさ。


聞いた事がある足音だとは思っていた。音は軽く、小柄な少女だと思われた。
確かに、期待はしていた。だから素直に喜びたい……違う。喜んでいい筈だ。
“こんな再開じゃなければ”。
「……どうしてだよ」
彼女の目は自分が知るそれとは思えぬ程冷たく鋭利で、少なくとも再開の喜びを表すものでは無かった。
澄んだコバルトブルーの目には、いつもの無邪気さに溢れた宝石の様な輝きは無く、ただのくすんだ石の様で。
綺麗な筈のコバルトブルーが、とてつもなく無慈悲で冷たい青に見えた。
鋭利さを増すばかりの目線は物理的には無くした筈の心を深く抉り、ロイドの希望を蝕んで行く。
彼女の眼球が燃える様な紅では無い事も、ロイドの心に深い傷を負わせる。
「じ、冗談だろ? な、なぁ、冗談だって言ってくれよ」
縋る様に絞り出された声は自分でも驚く程情けなく、覇気のはの字すら含んでいない。
返答の代わりだ、とでも言いたいのだろうか?
ひゅん、と高い音がしてロイドの頬の肉を氷のチャクラムが斬ってゆく。
新鮮さを失った赤が、驚く程ゆっくりと頬を伝った。
一瞬、何をされたのか理解が出来なかった。
ガラス食器が割れた様な音がロイドの後方から響く。まるで自分の心を写す鏡の様だ、なんて下らない比喩をしてみるが、全く以て笑えない。
「何でだ……」
ぱくぱくと酸素を欲しがる魚の様に哀れに動いていた口が、よくやく言葉を紡いでくれた―――心底どうでもいい言葉を。
靡く金色の髪を掻き上げ、天使は短剣を握り直し、踵を屋根に打ち付ける。
彼女がしない仕草に違和感を覚えるも、今はそれどころではない。
ロイドは祈る様に彼女の目を見つめた。
423名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:19:51 ID:A1NjVIUr0
 
424盤上のプルガトリオ 7:2008/03/02(日) 22:20:16 ID:/Hbm3qs/O
……早くいつものずっこけで俺を笑わせてくれよ。頼むから、舌を出して冗談だよとか言ってくれよ、なぁ! 頼むよッ!
しかし悲しいかな、屋根を蹴り上げ地面へと着地する天使の顔には一片の曇りさえ無く、見事なまでの人形の様な無表情。
いつものドジっぷりも発揮する事無く――いやそれだけならまだいい――、短剣を静かにロイドの胸へと向けるのだ。何の躊躇いも無く。
「何でだよ……どうしちまったんだよッ! コレットおぉぉおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」



時を遡る事数分前。民家の影に隠れながら、カイルを突破したアトワイトはロイド達を監視していた。
「合図が来ないわ……どうして?」
彼女は言葉に表れる微妙な苛立ちの感情を隠そうともせず独り言を呟く。
……ジャッジメントの用意がまだなのだろうか? そう考えるのが妥当だが何処か釈然としないのは何故か。
そもそも集中が要るとは言えたかがジャッジメントなのに、どうも時間が掛かり過ぎだ。
妙だ。真逆、ミトスの身に何かが?
そう考えると落ち着いては居られない。しかしそうでは無いとしたら? ……ああもう、私ったらどつぼに嵌まってるわね。考え過ぎかしら。
きっとそうね。私はただ合図を待つだけ、それでいいわ。
アトワイトは左親指の爪を噛みながら、胸の奥に蟠る小さなジレンマを掻き消す。
焦りは禁物だ、ミトスはジャッジメントを編む事に予想外の時間を掛けてしまっているだけ、それでいいじゃないか。
一体何を自分は心配しているのだろうか?
……でも。でも、あくまでももしもだが。万が一ミトスの身に何かがあったのだとしたら?
「ただ待つ身ってのも、意外と神経使うわね」
アトワイトは埒が明かない思考に苦笑いと共に小さく舌打ちをする。
時間が充分にあるというのも、無駄に考える時間が与えられ困るものだ。我がマスターは今頃一体何をしているのやら。
全く、真逆こんなにも神経を使う任務だなんて思ってもいなかった。
あと五分。あと五分程度待って決めよう。
アトワイトは溜息を一つ漏らした。
「……嫌になるわね」
自然とその言葉が口から零れ落ちる。目線を下に泳がせると炭化した木片が虚しく散らばっていた。

“待つ身”、か。

思えば私は何時も誰かを待ってる気がする。自分が危機や絶望に直面した時は何時だって誰かを―――あの人を。
正直、何時も期待していた。
425名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:21:10 ID:A1NjVIUr0
 
426盤上のプルガトリオ 8:2008/03/02(日) 22:23:00 ID:/Hbm3qs/O
あの人なら必ず私を助けに来てくれると。私を救い出してくれると。
今だから言える。確信に似たものさえ心の中にはあった。
あの人は何時だって騎士だった。……そう、騎士“だった”。今は違う。でも、

“私が洞窟に行っていれば、何か変わったか”

あの人のその台詞に、心が少なからず揺らいだのは何故だろう。
完璧に的の中心を射ていた。私も分かっていたのだ。
自分の我儘で、自分の力でどうにかせず勝手に助けを求めたのは私だと。
勝手に裏切られたと思い、勝手に彼を拒絶したのも私だと。
愚かにもミトスの元に下って、こうして霧を起こしているのも私だとッ!
だって……だって、そうしなければ私は、駄目だったもの。
仕方無いじゃない、私は弱くて無力な衛生兵だもの。私の力じゃ何も出来ない。
……そうね。私は“いつも”、誰かを待っている。
願わくば神よ、愚かな私に教えて下さい。ならば今の私は一体、誰を待っているというのか?
「今の墜ちた私に、メシアを待つ資格なんて一握りも無いのに」
ぼそりと呟かれた独り言は霧に交ざって消えて行く。
そんな自分の声にはっとして左手で膝に爪を立て譴責する。何をいきなり乙女思考になっているんだ私は。しっかりしろ。
……そうだ。様子はどうなっているだろうか?
アトワイトは手頃な民家の壁へ階段の様に氷の足場を作る。勿論、細心の注意を払ってだ。
音も無く屋根に攀登り隙間から顔を覗かせる。そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「こ、これはッ!?」
思わず大きめの驚嘆の声が漏れ、無駄と分かっていても慌てて口を押さえる。
アトワイトはコレットな下唇を噛ませた。状況が激しく変わっている。
……クレスの実力はアレがMAXではなかったのか? 何だアレは、本当にこの世の剣士が発する殺意と覇気か!?
「こ、こんなの、下手をすればミトスだって……」
喉からの唾を飲み込んだ不器用な音を聞きながら、アトワイトは眉間に皺を寄せた。……何て予想外の展開ッ!
あと五分? ……遅過ぎるッ! 何を甘ったれた事を言っていたんだ私はッ!
私とした事がクレスを軽視し過ぎていた。腐っても二対一、状況は五分だと読んでいた自分が恥ずかしい。
私の馬鹿、違うに決まっているじゃないか! 次にクレスが動いた時に攻撃を仕掛けないと確実にどちらかは死だ!
……落ち着け私。今出来る最善の手を考えろ。そうなっては遅いのだ。
427名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:24:27 ID:A1NjVIUr0
 
428盤上のプルガトリオ 9:2008/03/02(日) 22:25:28 ID:/Hbm3qs/O
何故ならば仲間の危機に動揺しない方がどうかしている。故に確実に状況は大きく変わる! 数分もせずロイド側は全滅だろう。
そうなればどうなる!?
三竦みどころの話では無くなる! この作戦の意味が全然無いッ! ……合図はまだなのミトス?
「くっ……仕方無いわね」
状況が芳しく無い方に変わった。合図無しでも行くしか無い―――アトワイトはそう判断し、渋々詠唱を始めた。
ミトスのジャッジメントの合図があるまでは、撤退すら出来ない。それも理解した上での苦渋の選択だった。
「アイスニードル、扇状放射」
始まりはただの男の睡眠。続いて剣の戦闘力を計り損ねた小さな誤算、凡人の予想外の小さな反抗。
そしてもう一つの誤算。この戦場の舞台裏に直接干渉し、歯車が狂わせようと動く存在を忘れていた事。
一人の学士と一人の晶霊技師は、困惑しながらも確実に戦場の裏へと侵入している。
戦場の舞台裏で廻る歯車はゆっくりと、だが確実に狂い始めていた。



「どう、なっている……?」
キール=ツァイベルがその場へと足を運んだ時、既に場は膠着状態にあった。
状況は限り無く黒に近いグレーだ。
ロイドは天使であり、馬鹿みたいに耳が良い。従って気付かれない様に細心の注意を払ってギリギリの位置から覗いている為会話は聞こえない。
だがどうやらコレットはミトス側らしい。しかし結果的にヴェイグを助ける形で乱入していた。
……分からない。目的が、全く見えない。この霧の様に、ミトス側の目的が不鮮明過ぎる。
……罠か? 馬鹿な。何の為? 奴も首輪の情報は欲しがっている筈だ。奴に利が無いじゃないか。
それに一番の誤算はその本人、ミトスについてだ。
何故奴が居ない? 此所に居ないなら何故誘いに乗らなかった? 奴は今何をしている?
畜生、分からない事だらけで釈然としない……。この戦場の裏で一体何が廻っていると?
落ち着け僕。クールになって考えてもみろキール=ツァイベル。
ミトスがわざわざコレットを使った理由を考えるんだ。
……整理しよう。
ミトスは姉、即ちマーテルの為に動いている。
マーテルの器はコレットであり、ミトスにとって大いなる実りの次に大事な道具の筈だ。
―――矢張り、おかしいぞ。
その大事な大事な器を何故一人戦場に送り込んだ?
格闘能力がある程度あれど非力な少女だぞ? しかも“あのクレス”が相手ならば返り討ちがオチだろう。
それはミトスも承知している筈。
429名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:26:43 ID:A1NjVIUr0
 
430盤上のプルガトリオ 10:2008/03/02(日) 22:28:17 ID:/Hbm3qs/O
……つまりだ。ミトスがコレットを送り込んだ目的は敵、即ち我々の殲滅では無いという事。
同時にコレットを失うつもりも毛頭ないだろうな。
ならばコレットがわざわざ攻撃を仕掛けた理由は何だ?
コレットの命令違反? 否、有り得ない。コレット自信、不利有利が判断出来ない程馬鹿じゃないだろう。
しかしだとすればミトスの指示と言う事か?
ヴェイグを助ける形で戦闘に参加した理由も分からないな。
エターナルソードの確保だけが目的ならば、ヴェイグを生かす理由が全く無いじゃないか。
いや待てよ? という事はつまりだ、エターナルソードの確保が目的では無いという事になるな。
敵の殲滅、エターナルソードの確保。このどちらでも無い事は状況から明らかだ。
だがコレットの動きはミトスが指示している事は間違い無い。
一体何が目的だ、ミトス?
「ますます理解出来ないな……どう思う? メルディ」
申し分程度に自分の後ろを見る。
ポットラビッチヌスを抱いて蹲る少女は、何か? と言って立ち上がった。
相変わらず何処を見ているか分からない虚ろな目以外はただの健気な少女だ。……矢張りこの先、メルディを危険に晒す訳にはいかない。
「ん。あぁ、つまりだ……簡単に言うぞ。
クィッキーはお前にとって大事だろう? ところがそいつだけを戦場に送り込まなければならなくなった。
 それは何故か? といったとこだ」
うーん、とメルディが小さく唸る。
元々期待はしていないが、物事の背景や理屈等、難しい事を考えてしまう自分よりは単純に考える彼女の方が良い意見をくれるかもしれない、との考えからだ。
奇跡的に何か良い推理でもくれれば万々歳なのだが。
「そんな事したら、メルディが大事なクィッキー、攻撃が集中して大変だよぅ」
キールは首を項垂れて小さく溜息を漏らす。
やっぱり、期待した僕が馬鹿だったよ。
「でもどうしてもそんな事になるんだったら、メルディちゃんとクィッキー見張ってるよ。
 クィッキーが大変な事なる前に、メルディ助けるよ」
ピク、とキールの眉間が動く。
……“攻撃が集中”“見張ってる”“大変な事になる前に”?
そう、か……分かったぞッ!
項垂れていた首を上げ、キールは一人声を荒げた。
「メルディ、ビンゴだ……!」
431名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:29:21 ID:op2mb8z5O

432名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 22:29:27 ID:A1NjVIUr0
 
433盤上のプルガトリオ 11@代理:2008/03/02(日) 22:34:00 ID:A1NjVIUr0
成程、簡単な事だった。つい先日あった手法じゃないか。
そういう事だったんだな。ミトスめ、なかなかやってくれるじゃないか。
「二番煎じとは、芸が無いな」
キールは不思議そうな表情で首を傾げるメルディを一瞥し、口元に歪んだ弧を浮かべた。



確実に自分は死んだと思っていた。目を開ければそこは地獄だと覚悟していた。
だから目を開けた時は一瞬何が起こったか理解出来兼ねたのだが、ロイドの叫び声と血を吐くクレスから容易に想像だけは出来た。
「俺は、生きて、いるのか……?」
ただ、所詮は想像であり実感までには長い時間を要した。
激痛から斬られたと思っていた場所は氷柱が刺さっていただけなのを確認し、馬鹿げているが自分に足がある事を確認する。
そしてゆっくり首筋に指を這わせ、その指が氷の様に冷たい首輪に触れて漸く全てを理解した。
嫌に首輪の冷たさが現実味を帯びていて少々驚く。
だがそれよりも驚くべきはこの氷柱だ。何故、誰が―――
「何でだよ……どうしちまったんだよッ! コレットおぉぉおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「……ッ!?」
空気そのものを劈く様な悲痛な叫び声に思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られ、顔を顰める。
目覚めを最悪にする目覚まし時計の音源は、ロイド=アーヴィングの口だった。
「……ロイド? 何をして」
「ぐあっ!」
どす、と鈍い音がしてロイドの右胸に氷柱が刺さる。
ヴェイグはその異様な光景に我が目を疑い、混乱せざるを得なかった。
ロイドは剣を向けようともしていない。だが相手の少女――恐らくこの少女がコレット=ブルーネル本人で、間接的にだが俺を助けた人物だ――は敵意を剥き出しだ。
状況が上手く把握出来ないが兎に角! このままではロイドが危険である、と脳が結論付ける。
ヴェイグは舌打ちをしロイドとコレットを交互に一瞥した後、思い出した様に自分の後ろのクレスを急いで確認する。
都合良く自分の盾となる形で氷の雨を浴びてくれたお陰だろうか、蹲って血を吐いている。
どうやら暫く回復まで時間が要る様だ。
と、再びロイドの方向から肉に何かが刺さる鈍く悍ましい音。
急いで振り向くと見事なまでの鋭さと長さを持った氷柱が青年の左足に突き刺さっていた。
ヴェイグはその様子に苛立ち、歯を軋ませる。
……只でさえ厄介な状況だと言うのに、ロイドは何をしているんだッ!?
「……くっ! 何を呆けているんだッ!?」
434盤上のプルガトリオ 12@代理:2008/03/02(日) 22:35:31 ID:A1NjVIUr0
恐らく―――いや、もう間違無くコレットは敵だ。だがロイドは愚かにも戦意を喪失している。
幸いなのはクレスが一時的に戦闘不能である点か。兎に角俺がコレットを抑えなければロイドが危ないのは確かだ。
今ロイドを失う訳にはいかない!
「貴様……何者だッ! ロイドから離れろ!」
コレットに罵声を浴びせつつ走り出す。
取り敢えず分かっているのは、こいつが放置出来ない敵だと云う事実だ。
いや、今はその事実だけでも充分過ぎるだろう。これだけ危険な状況なのだから。
ヴェイグは走りながらチンクエディアを握り直す。こちらは手負いとは言え相手は少女だ。問題は無い!
相手の少女はくすくす、と軽快に笑いながら短剣を構えた。
年齢に似つかわしく無い上品で大人っぽい笑い声に一瞬違和感を覚える。
「……あら、私の名前は“貴様”じゃないわ。“コレット”って言う立派な名前があるんだから。くすくす」
人を小馬鹿にした様な声と、その屁理屈がヴェイグに失笑を誘う。
「そりゃよかったな……!」
今はそんな挑発に付き合っている暇は無い。
フォルスを込められ蒼白く発光する剣を構える―――貰った!
と、目の前の少女が驚くべき行動に出る。あろう事か構えた短剣を下ろしたのだ。
有り得ない光景に目を見張る。
「……お生憎様。
 力んでる処をとても残念だけど、貴方の刃は私には届かないわ。掛けてもいい」
大層な自信に呆れ、思わず笑いが込み上げた。
いや、それとも只の挑発だろうか? ……どちらにしろ、ふざけた女だ。
口上だけなのかどうか、俺の剣で試してやる!
「ほざけ! 絶氷―――「ひゃめろおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

我が目を疑った。
相手が短剣では無い斬激の音と重さを感じる。
吹荒ぶ塵と霧の向こうには、見間違えで無ければ赤尽くめの青年が今にも泣きそうな表情でこちらを睨んでいた。
……目は、本気だった。
「ほらね、届かないでしょ?」
その奥でコレットが不気味な嗤い声を上げる。
何かの冗談か、ロイド? だとすれば笑えないぞ?

「……何をしている、正気かロイド?」
低く小さな声がぼそりと呟かれた。
言葉の節々に少なからず怒りが込められている。
「ああ、正気だ!」
時空の蒼を纏う剣が、チンクエディアの氷に反射して眩しい。
「奴は敵だ……分かるな? 分かったら、そこを、どけえぇぇッ!」
「嫌だあぁぁぁッ!」
435盤上のプルガトリオ 13@代理:2008/03/02(日) 22:37:02 ID:A1NjVIUr0
ヴェイグは余りの迷い無き即答ぶりに思わず息を飲むが、直ぐに黒い怒りが脳内を支配した。
何を世迷言を言っているんだ、目の前の男は。状況が見えないのか?
「俺と戦いたいのか……? 自分が、何をしているか分かっているのか……?
 俺はお前にどけと言っているッ!!」
「五月蠅え! コレットは仲間だ!
 刃を向けるなんて俺が絶ッッ対に許さねぇッ!!
 絶対ェにどかねぇ!」
な、と半開きの口から気の抜けた単語が飛び出した。
あまりの暴言振りに怒りを通り越して呆れる。
「な……仲間ァ? お前は何を言って」
「コレットは敵じゃねぇ! 仲間だッ!」
アトワイトはロイドの滑稽な背中を見て鼻で笑った。
自然とこのお馬鹿二人組の呼吸は荒く、語尾は強くなっている。そのうち興奮し周りが見えなくなるだろう。
放っておけば自滅するかもしれない。
……それはミトスが優勝を狙う際に於いてのみ好都合。だが難儀な事に、ミトスは姉の復活と盤の支配を重点に置いている。従ってそれでは駄目なのだ。
ミトスがうまくこの村を支配し立ち回るには、今の三巴は必須条件。
クレスのチャンバラごっこの相手はこいつらにして貰わなければ困る。
さてと、そのクレスは今どうしているかしら。そろそろ回復してもいい頃だけど―――え?
「ちぃッ……調子に乗るなよこの、分からず屋があぁぁぁッ!」
「馬鹿野郎ッ! 分かってないのはそっちだろうが!
 コレットは今、きっとミトスに何かをされただけなんだッ! 目が青色って事は正気な筈なんだッ!
 コレットを斬るなんて馬鹿な真似をしてみやがれ―――俺が相手をしてやる! ヴェイグッ!!」
「……くッ!」
ヴェイグは火花を散らす剣を見て奥歯を軋ませた。
今のロイドは完全に周りが見えておらずとても正気の沙汰ではない。
駄目だこいつは……早くなんとかしないと……!
ロイドが壊れたスピーカーの様に何かを叫んでいるが、意識すると耳が壊れそうになるので取り敢えずは剣に力を入れ、無視する事にする。
そうだ、コレットはどうしている? 何故攻撃して来ない?
ヴェイグはピントをロイドの背後のコレットに合わせた。
「……何だ?」
呟いた声は絶叫に掻き消されるが、疑問の思考までは掻き消されない。
ヴェイグはそれが理解出来ず眉を顰めた。
騒がしく動くロイドの口の向こうに、コレットの怪訝そうな表情があったからだ。
436盤上のプルガトリオ 14@代理:2008/03/02(日) 22:40:18 ID:A1NjVIUr0
口を馬鹿みたいにあんぐりと開け、ああ……そうだあれだ、小説によくある“目を丸くして”という表現。
全く以てその通りの表情だった。
一体どうしたと―――
「ううぅあぁああぁああぁあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああああぁああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁあぁあぁあああああぁぁぁあぁあぁぁあぁッ!!」
途端に別の叫び声に気付き、体がビクンと反応とする。
自分とロイドの無駄な絶叫で掻き消されていたのだろうか、今更になって意識するとはっきりと聞こえる。
何時から? いやそれは問題では無い!
この声は間違い無くクレス=アルベインッ!?
「くそッ……!」
どうなっている。
突然の氷の雨と金髪の少女の乱入、ロイドの発狂、挙げ句の果てにクレスの発狂か!? 一体何だと言うんだ!
ヴェイグは目を閉じ落ち着けと自分に言い聞かす。
恐らく今一番冷静なのは自分とコレットだ。
状況は目茶苦茶で把握出来ず訳が分からないが、俺だけがまだまともだ。
ロイドにはもう頼れない。しっかりしないと駄目だ……。

―――よし。

すうっ、と冷たい空気を肺に満たす。湿気が気になったが、心なしか頭が冷えた気がした。
気分を落ち着け目の前のロイドの目を見る。……完全に冷静さは失ってしまっていた。
矢張りこうなってはもう何を言っても無駄だろう。
「悪いなロイド―――風神剣!」
ガーネットの力を借り、気流の刃を剣に纏わせロイドの剣を弾く。
攻撃の意味では無く、ロイドを遠ざける意味でだ。
だがロイドは恐らく攻撃の意味で把握するだろう。……それも承知の上だ。今は仕方無い。
「く、そッ! ヴェイグてめェ……!」
ロイドは数メートル足を引摺らせ、体のバランスを崩しかけるも背の羽を羽撃かせうまく着地する。
呪いの言葉を吐く彼の額には怒りによる青筋すら浮かんでいた。
ヴェイグはその間にクレスを一瞥する。
……頭をバリバリと掻き、血を撒き散らしながら咆哮しているその様はとても同じ人間とは思えず、息を飲む。
は一体どうしたと言うのだろうか?
「……何処見てやがるヴェイグッ! 俺は此所だッ!」
はっとして目線を移動させる。青年を喰らい尽くさんとばかりに怒り狂う蒼炎は目の前にあった。



私は何を見ているんだろう、と思った。場を軽く掻き回してやるつもりだったのが、これはどうした事か。
いや、ここは予想以上の成果に喜ぶべきだろうか?
437盤上のプルガトリオ 15@代理:2008/03/02(日) 23:28:57 ID:S0VYoYpE0
だがクレスのあの反応は予想外だった。
ヴェイグ=リュングベルも先程見て驚いていた。それもそうか。
あの戦闘狂のクレスがあれ程までに取り乱す様を見て、驚かない方がどうかしているだろう。
……予定が狂った。場を掻き乱し、ロイドを利用し、私を守って貰いつつクレスの体力を術で削るつもりだったのに。
あの気が狂ったクレスに一体私がどう対処しろと言うのか?
「あ、あはは……」
この状況に陥らせたのは私だと言うのに、私はどうすべきかを知らない。
こんな馬鹿で間が抜けた事があろうか。
……ミトス急いで。何かが、貴方が予想している以上の何かがこの村に訪れようとしている。
滑稽な剣戟の演奏と間怠っこい濃霧の中、私はただこの狂い始めた盤に途方に暮れるしか無かった……。



“僕が待っている人”あの女は誰だ、“僕を待っている人”だれだ、だれだ誰だダレダ。
“僕が待っている人”僕は知らない、知“僕を待っている人”らないだろうああ知らないね知らな“僕が待っている人”い筈だッ! “僕を待っている人”
なのにこの記憶は何だ!? ああ、“僕が待っている人”僕の中が壊れて行くよ侵されて行く蝕ま“僕を待っている人”れて行くッ!! 嫌だいやだ!
いやだあぁああ“僕が待っている人”ぁぁぁああああああぁぁぁああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁああああああぁぁ“僕を待っている人”ぁああぁぁぁぁあぁぁあぁあああぁッ!!


  ――僕が待っている人がいる――


敗北。僕は何時か、何処かの森で誰かと対決をした。そして敗北した。
敗北? 僕が? 何を言うんだ。僕は負けられないのに。
“負けてはいけないのに”。
けれども、何で、負けてはいけないんだっけ。何で、負けられないんだっけ。
誰に、誰を、誰は、誰が、誰の為に?
……光が見えた。収束している。魔力のそれとは違う。
いや、光と言うよりは電気の塊かもしれない。
でも危険だ。その光は僕を襲うつもりなんだから、危険と思っても当然なんだ。
だから僕は、剣を垂直に構えた。
僕は剣なんだから、この光を斬らなくちゃいけないんだと、思ったんだと思う。
光ごと、奴の体を斬ってしまおうとした。
でも、最初は駄目だった。僕は、返討ちに遭った。
438盤上のプルガトリオ 16−1@代理:2008/03/02(日) 23:47:22 ID:S0VYoYpE0
それから……それから―――

『……………………ません』
『…………負けてません』
『………クレスさんは、まだ負けてませんッ!!』

そうか。だから彼女を助けるまでは、まだ、倒れられない。
僕は、彼女を助けるまでは、負けられないんだ。


  ――そうだ、僕は剣じゃない。彼女の騎士だったんだ――


“理由”なんて要らない。僕が敵を壊す理由は、僕が剣だからだ。力が欲しいからだ。
要らない、要らない、要らない。
“原因”なんて、“理由”なんて、“使命”なんて、“敗北”なんて、

“待っている人”なんて、要らない。


  ――忘れてなんかいなかった。ちゃんと分かっていたんじゃないか。
    声が重なったあの時の違和感だって理由は分かっていた――
439盤上のプルガトリオ 16−2@代理:2008/03/02(日) 23:48:13 ID:S0VYoYpE0
『もう一人の自分』
 違う。僕は彼で彼は僕だった。はっきりと思い出せる。
『二日前』
 “君は僕の知り合いの女の子に似ているね。きっと彼女もそう言うと思う。 そうだね、みんなと無事に帰りたい。頑張ろう、コレットさん”
『空白の時間』
 “君は、僕が守る”
 矛盾していると分かっていたのに、どうしてそう口は紡いだのだろうか。
 少女に彼女の面影を見たのだろうか。……彼女?
『デジャヴ』
 堂々巡り、そんな事は分かっていた。
『否』
 思考に溺れる事で、僕は僕を維持していたんだ。
『不思議な感覚』
 少女“彼女”を護り抜くべきか、ゲームに乗るべきか。
 そんな事考えたくもない。
『夢じゃない』
 そう、これは夢じゃない。
 草むらから微かな音。待っていた彼じゃない―――魔王だ。
『現実』
 “何者だ!”
 刃を向けるのは少女の、“彼女の”為なのか。それともゲームに乗ったが故に?
 答えを持たない迷った剣が、強くなれる筈が無い。
『痛かった』
 男の腕が盛り上がり、更に太さを増した。
『暗かった』
 森の木立ちから漏れる月明りまで鮮明に思い出せる。
『けれども』
 何故だろうか。今の僕とこの僕は全く違う。
『知らない』
 違うね。そんな事は無い。覚えているんだから。
『違う世界?』
 それは愚問だ。そんな事は有り得ない。
『だが』
 だってこうして現に“僕”には、“二日前の記憶”は無い。
『エグジスタンス』
 “僕”、いや僕は確かにそこに居た。
『確かに僕は』
 あぁ、そうだ。
 乖離している記憶を合わせると、
『クレス=アルベインは』
 確かにこの“僕”は、
440盤上のプルガトリオ 17@代理:2008/03/02(日) 23:50:03 ID:S0VYoYpE0
『そこに存在した』
 あの僕であり、僕らは一つだった。
『森の中』
 奴は魔神剣を軽々と衝撃でねじ伏せる。……相当の手垂れの様だった。
『血の匂い』
 彼女の傷からか、僕の傷からか。それが不思議な感覚を目覚めさせるきっかけだった。
『拳』
 魔王の一撃を喰らい、そこで一旦記憶が切れる。
『手紙』
 “そうだ…そうだよな。どうすればいいかなんて、考えたって仕方のないこと。
  それなら……それなら!
  今までどおりにやるだけだ”
 そう、それが答え。何て事は無い。剣を振るう為にそれ以上の理由は要らない。
『重なる、声』
 氷の剣士から感じた違和感はこれだった。あの森の中、同じ様に少女を攫った魔王も虎牙破斬を同時に叫んでいたからだ。
『流れる汗』
 どれだけ走っただろうか。兎に角僕は、必死だった。真夜中の森だ。体に幾つ枝による傷が出来たかすら分からない。
 ただ……彼女を失う事だけを危惧した。彼女を助けるべく僕は剣を向けようと決意していたからだ。
 彼女が居なくなれば……僕は。
 故に足を動かす。“彼女を助けるまでは、僕の戦いは終わらないから”。
『一筋の涙』
 “クレスさん…っ!”
 勿論、最悪の想定もしていた。
『囚われた、彼女』
 だから監禁され頬を濡らす彼女を見た時、不謹慎ながらも安堵する。
 ……この魔王から少女を、彼女を救出す事で僕の戦いを終わらせる事が出来ると認識出来たから。
『城』
 彼女がもし“居なかった”ならば、僕はこのゲームの中で何をしていただろうか。……成程、或いはそれが“僕”なのか。
『僕を呼ぶ声』
 “こんな時、仲間が…ミントがいてくれたら”
 あれ? 彼女はコレットで、いや違う。ミントが金髪で補助魔法が使える少女だ。いや、でもこの少女はコレットだろう?
『天から』
 僕は補助魔法を頼んだつもりだった。彼女に攻撃の矛先を向けられるのは何があっても勘弁だったからだ。
 それに……認めたくは無いが、この男は強いから。
 頭の片隅で、非力な自分にうんざりしたのを覚えている。矢張り僕には……力が必要だった。
『降り注ぐ、光』
 “これが補助魔法だと言うのか?”
 僕は恐る恐る彼女を見る。 ……一番驚いていたのは彼女だった。
『間違い?』
 彼女が舌を出して苦笑いしている。
 だがしかし結果的にこのダメージが無ければ魔王は倒れる事は無かっただろう。僕はこのミスに大いに感謝すべきだ。
441盤上のプルガトリオ 18@代理:2008/03/02(日) 23:51:01 ID:S0VYoYpE0
『潰された、鼠』
 “これで、勝っ―――”
 一瞬の安堵が油断を招いた。確実に死に追いやる一撃だったが、死を確かめなかった自分に非がある。
 浮遊感。同時に頭の片隅からじわりと浸食する黒い意思を感じた。
 彼が潰した鼠を思い出した。否定した彼女と違い黙認した僕は、既にあちら側―――いや、“こちら側”の人間だったのだろうか。
『高揚感』
 不意にそれを覚える。危機に瀕する人間には有り得ない、奇妙な感覚だった。
『聖なる柱』
 体が地面へ打ち付けられる感覚。つい先程までの記憶が高速で脳内を駆け巡り、黒で埋め尽くされて行く奇妙な感覚。
 これが走馬燈と言うものだろうか?
『手枷』
 拘束されて声にならない声を叫ぶ少女が視界の端に映る。
 死の淵に於いて駆け巡る記憶に、少女と“彼女”が重なって、原型が、どちらが彼女かすら分からなくなった。
 混ざり合いドロドロの液体に変化したそれすらも黒で埋め尽くされ、虚無へと帰す。
 ここでようやく僕は気付く―――これは走馬燈じゃない。
『顔面を潰される感覚』
 馬乗りをされ、自分の中から不気味な音が響いた。
 音がする毎に自らの中のコールタールの様になった何かが黒く、一気に浸食される。
『まるで』
 “僕だった”証拠が消されて、
『僕が僕でなくなるような、感覚』
 そうして僕は徐々に“僕”を失って行く。
『溶けてゆく、意識』
 全ては黒に混ざり、消えて行く。……そうか、これが死か。
『中身が空っぽになる、感覚』
 ただ成す術も無く埋め尽くされる黒に身を任す内に、それは“埋め”では無く“消滅”だと気付く。
 それもそうか。全てが無に帰す、それこそが“僕の死”だ。
 “……………………ません”
『満身創痍』
 もう、このまま死んだ方が悩まなくて済むのでは無いのか。
 何故、生に執着すると言うのか? 僕に何の後悔があると言うのか?
 “…………負けてません”
『それでも』
 “………クレスさんは、まだ負けてませんッ!!”
 その声にふわり、と黒い思考の奥底に波紋が広がる。
 “僕を、僕が、待っている人がいる”
 彼女なのか、少女なのか。混ざり合って声の主がどちらなのか、それすら分からない記憶の中で、存在意義が白い波紋を広げ騒がしく咆哮を上げ出す。
 “僕が負けてないならば、どうすると言うのか?”
『体を動かす、何か』
442盤上のプルガトリオ 19@代理:2008/03/02(日) 23:52:49 ID:S0VYoYpE0
 “魔王から姫様を救う”―――それが僕の存在理由であり意義であり、意味だ。
 剣を振るう理由は何だった? よぉく思い出せ。
 “僕は騎士だ。故に姫様を助けるまでは死ねない”
 ―――それを彼女が、少女が望み、僕をまだ敗者として見ていないと言う事は? 信じていると言う意味は?
『イド?』
 “僕は、まだ、敗者にはなれない”
『本能?』
 ―――五月蠅いな。どちらでもいいだろ? もう殆ど空っぽなんだから。
 そもそも何だろうと僕は変らない。
『自分でも分からなかったんだ』
 ぞわっ、と全身の身の毛が弥立つ。奇妙な爽快感と高揚感。脳内思考がこの地下部屋全体に広がった様な不思議な感覚と堪え難い快感。
 全身が火照り猛る焔の様な闘争心が湧くと、比例して思考が絶対零度の氷の様に冷却される。
 そう、これは言わば―――“覚醒”。そう冠するに相応しいだろう。
 そして気が付けば僕は立っていた。
 魔王は……あそこか。分かる。
『斬る』
 奴を、そして目の前に膨らむ、
『光を斬るんだ』
 倒す。魔王を……倒す。
『そして』
 僕自信が僕の手で彼女を救うんだ。
『盲目な、僕』
 だけれども全てが手に取る様に分かる。今の自分には眼球なんてものは、無駄な情報が入り煩わしい球体なだけだ。
 そう、僕の思考はこの部屋全体に広がっているんだ。ここで僕に勝とうなんて、万に、いや兆に一つだって有り得はしない。
『天使の声』
 繰り返される先程の声。
 “………クレスさんは、まだ負けてませんッ!!”
 僕は、負けられない。
『体が自然と動く』
 お前はここで死ぬ。それは決定事項であり、決して覆せぬ。お前がここの部屋を選んだ時点で、お前の死は決定している。
『清冽とすら言える』
 それは決して抗えぬ袋小路の様なもの。……さぁ、後悔の時間も与えぬぞ。
 “自分の運命を呪え、愚かな魔王よ”
『研ぎ澄まされた』
 全身の神経系に命令をする。……研ぎ澄ませ。
『六感』
 お前達が僕を動かしているんじゃない。今から僕がお前達を動かす立場だ。
『鼓動が聞こえる』
 聞こえる。自分のものも、彼女のものも、奴のものも。
『ロイヤリティー』
 僕こそが忠義の騎士だ。
『無音の世界』
 その瞬間、鼓動の音が止む。自分のものですら。
『これが』
 瞼の裏に映る漆黒が反転し、純白になる。
『無我の境地?』
 全てが静止した様に感じるが、己だけが動ける事を悟る。
『僕は誰』
443盤上のプルガトリオ 20@代理:2008/03/02(日) 23:53:45 ID:S0VYoYpE0
 何者かなんてどうでもいい。
『何が、僕を動かすんだ?』
 それも最早どうでもいい。
『無限の闘争心』
 ただ、今在るのはそれだけだった。それ以外は何も無い。
 ダマスクス鉱の血を欲する禍々しい光沢が手に取る様に分かる。その剣を構える。精神を集中させると、それを覆う様に時空の蒼が纏われた。
『彼のヘビィボンバー』
 “それは、クレスの肉体さえ消失させる、超高電の塊”
 その程度の、何が恐怖に値しようと言うのか。
『時空剣技』
 “光弾が、縦に裂けた”
『時空蒼破斬』
 光に限りなく近い光速の剣閃――次元さえ断ち切る蒼――が、球体を割く。
 螺旋に練り上げられた闘気は、一閃により増幅して一気に放射される。
 蒼の焔は魔王の全身を包み、全てを飲み込む波の如く襲い掛かった。
『護れる様に強くなるから、君は休んでて』
 そこで記憶は途切れる。
 純白の世界が一気に再び暗転する。
『本心を韜晦してるのは』
 そして僕は微睡みの深淵に落ちて行く。
『僕だ』
 “だから僕の戦いは終われない”
『何人倒せば力が手に入る』
 何も救えない弱くてどうしようも無い僕に、力を。
『救いたい』
 ……何もって、何だっけ?
『救いたいんだ』
 ……分からない。僕が救いたいのは何?
 何の為に力を得る?
『僕が救わなきゃ』
 だから、何の為に?
『救う為に』
 誰を?
『コレットを救う』
 コレットって、誰?
『僕がそれを忘れてるのは』
 ……そうさ、僕には分からない。全ては黒く染まったから。
 あるのは白い波紋だけ。
 “力を得る為に負けられない”
『何かに惑溺してるからだ』
 黒で埋め尽くされた記憶を漁ろうとも、見えなければ意味は無い。
 だったら僕は波紋に従うだけだ。
『何に?』
 “僕はまだ負けて無い”。負けられない。だから只ひたすらに勝ち続けよう。
 僕の中身はそれが全てなのだから。
『力を求める事に』
 それだけだ。
『行き着く先は何処』
 何処でもいい。何時かそれを手に入れられるならば、例え茨の道であろうと。
『使命感』
 それが僕に出来る事。
444盤上のプルガトリオ 21−1@代理:2008/03/03(月) 00:00:22 ID:S0VYoYpE0
『勝ち続けなきゃ』
 だってそうだろう? 僕に残っているのはそれだけなんだから。
『彼女を助けられない』
 彼女? 誰の事だ。“僕”はそんな人は知らない。
『何時まで』
 え?
『魔王を倒し』
 待ってくれ。僕には何の事かさっぱりだ。勝手に話を進めないでくれよ。
 魔王? 誰の事だよ?
 “今ようやく思い出した”
『姫様を救うまで負けられないさ』
 少女を、
『今、助けるから』
 彼女の、
『悲痛な声を聞いた時』
 少女を、
『僕は決心した』
 彼女を、
『その為には』
 魔王を倒して、
『力が必要なんだ』
 “僕を待っている人を”
『何者にも束縛されない』
 “僕が待っている人を”
『力』
 救う為に、
『純粋な』
 “僕を待っている人を”
『強さ』
 “僕が待っている人を”
『何も出来ないのは嫌なんだ』
 “僕を待っている人を”
『失うのは嫌なんだ』
 “僕が待っている人を”
『負けるのは嫌なんだ』
 “僕を待っている人を”
『救えないのは嫌なんだ』
 “僕が待っている人を”
『弱い自分が嫌なんだ』
 “僕を待っている人を”
『“そこから僕の時計は止まっている”』
 “僕が待っている人を”
445盤上のプルガトリオ 21−2@代理:2008/03/03(月) 00:01:17 ID:S0VYoYpE0
『chikara』
 “僕を待っている人を”
『チカラ』
 “僕が待っている人を”
『ability』
 “僕を待っている人を”
『ちから』
 “僕が待っている人を”
『power』
 “僕を待っている人を”
『力』
 “僕が待っている人を”
『strength』
 “僕を待っている人を”
『force』
 “僕が待っている人を”
『もっと』
 “僕を待っている人を”
『more』
 “僕が待っている人を”
『力を』
 “僕を待っている人を”
『strong』
 “僕が待っている人を”!
『強く』
 “僕を待っている人を”!!
『strongly』
446盤上のプルガトリオ 22@代理:2008/03/03(月) 00:02:26 ID:GWud5QPs0
 “僕が待っている人を”!!!
『必要なのは、魔王を倒せる、力だけ』
 “僕を待っている人を”!!!!
『そう』
 “僕が待っている人を”!!!!!
あ『全ては』あ『彼女を』ぁ『助ける為に』ぁ『救う為に』あ『敵を倒し続ける事』あ『力を手に入れる事』ぁ『それが』あ『それこそが』ぁ『僕の』ッ『ライアビリティーだ』!


  ――そう。これこそが僕の真実――


(まだ、倒れてはいけない)
「遊びはここまでだ」
そう呟くと、杖代わりにしていたガイアグリーヴァを地面に突き刺し、エターナルソードを両手持ちへと切り替えた。
(力が必要だから)
「とっておきの秘刀を――“零距離”を、見せてやる」
あらゆる場所から血を流しながら、顔面に黒い嗤いを貼り付けたまま、静かに彼は足を踏み出す。
蒼を極限まで煮詰めた黒い炎を紫に纏わせ、重く湿った空気と舞う塵そのものを焼き払う。
(目的を、果たす為に)
「僕はもう、絶対に」
後には灰燼すら残らず。
即ち、薙払った“空間”そのものの消滅。
彼は遂にその封印を解く。
零の秘刀、零次元斬を。
(彼女を救うまでは)
「負けられないんだから」


  ――彼女って、“どっちだよ”?――



「えと……つまりがどういう事か?」
目の前の少女は、クィッキーに鼻から下を埋めながら難しい顔をしている。
メルディの事だ、どうせ言っても理解出来ないだろうとは思っていたが、一応理解し易く噛み砕いた説明をしてやる事にする。
「つまり、コレットは囮さ。ロイドの敵と化したコレットを乱入させた結果、見ての通りの大混乱。
 この混乱がミトスの目的なんだよ」
どうしてか? と少女から質問が入る。
キールは髪を掻き上げると、小さな肺に空気を吸い込み説明に入った。
「そうだな。理由は簡単さ。“ミトスが何かをしなければならないから”だ。
 メルディ、お前は言ったな? “クィッキーに攻撃が集中してしまう”と。
 正にそうなんだ。こうしてコレットを乱入させる事により彼等はコレットとコレットが生み出す事象に囚われてしまう。
 すると盤外のミトスが動き易くなる訳だな。この方法はサウザンドブレイバーと趣向が同じだ。
 さしずめデミテル役がミトス、クレス役がコレット、僕がジェイ。ロイド達はそのままロイド達といった処だな。実に下らない。
 ……つまりだ―――そのうちこの村には、何かが起きると云う事さ」
キールは口を休めて腰を上げる。
447盤上のプルガトリオ 23@代理:2008/03/03(月) 00:03:10 ID:S0VYoYpE0
……とは言え、僕ももう少しで騙されるとこだった。この乱入騒ぎを客観的に見たから推理出来た訳で、実際あの場に居たら策に嵌まっていただろう。
ミトスが戦いに巻き込まれてはいなかったからまあ良しとしよう。だが何故僕を無視してこの策を?
……考えられる理由は一つしか無い。
状況を把握し切れない何か予想外の事が起きたのだろう。となると此所には居ないティトレイとカイル―――いや、カイルは時間的に有り得ない。ティトレイが鍵か。
キールは眉間を指で摘みながら軽く唸った。
ミトスめ、余程自分の優位を崩したく無いと見える。今回の策は危険性が高く悪手だ。
何をするつもりかは分からないが、その何かをするのに大きな隙と時間がいるからこうしてコレットを送り込んだのだろう。
……隙を突かれる危険性を危惧していないのか、あの傲慢ちきな天使様は。
あちらとしてはそれも承知だろうが、こちらとしてはミトスに危険が及ぶ策なんて御免だね。
……クレスの雲行きも怪しくなってきている。ロイドも冷静さを欠いていていつやられてもおかしく無い。ミトスも少し間違えば十分危険だ。
「畜生……時空剣士って奴はどいつもこいつも勝手にやってくれる」
溜息を一つ吐き、もう知った事かと言わんばかりに口を自嘲気味に歪ませる。
……確かに不都合な盤面なら、ぐちゃぐちゃにしてやれば再び有利に出来ない事も無い。
だがミトス。その盤面を盗み見ている僕を忘れるなんて、まだまだだな。
いいさ、お前がそれだけ必死になり、コレットすら送り込んだのならそれなりに目立つ筈だ。僕は舞台裏でお前を探して接触する。
ふん、と鼻で笑い小さく呟く。
「僕を欺くには少しトリックがチープ過ぎだね。工夫が足りないよ、天使様」
邪悪な笑みを浮かべ、懐のハロルドが遺したメモを取り出す。……今は時間が惜しい。情報は知りたいが炙り出すのはまた後だ。
キールは溜息を一つ漏らし、小さく折り畳んだメモを再び懐に忍ばせた。
いいだろう。ここまで来たら後戻りはもう出来ないさ。
やってやるよ、ミトス。
「……行くぞメルディ。ようやく盤面が明らかになった。
 チェックメイトは、すぐそこだ」
448盤上のプルガトリオ 24@代理:2008/03/03(月) 00:03:57 ID:S0VYoYpE0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP15% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:チンクエディア 忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:ロイドの鎮圧
第二行動方針:コレットの撃破?
第三行動方針:ティトレイと再接触した場合、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP25%(実感無し) TP30%(TP0で終了) 右手甲損傷 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
   背中大裂傷 顔面打撲 右頬に傷 太股と胸部に傷
所持品:ウッドブレード エターナルリング
    忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:コレットを守る=ヴェイグを止める?
第二行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP40% TP50% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(禁断症状発症は18時頃?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   背中大裂傷 胸装甲無し 全身に裂傷 発狂寸前 背中に複数穴
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:???
第一行動方針:目の前の3人を殺す?
第二行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
449盤上のプルガトリオ 25@代理:2008/03/03(月) 00:04:55 ID:S0VYoYpE0
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP90% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ジャッジメントの合図を待ち、その後鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ

【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
 神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている?
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
    ダーツセット クナイ×3 
双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:キールと共に歩く
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:C3村西地区・路地裏→???
450盤上のプルガトリオ 26@代理:2008/03/03(月) 00:05:39 ID:GWud5QPs0
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP55% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:取り敢えずこの戦場を離れミトスに接触する
第二行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第三行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:C3村西地区・路地裏→???
451名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 19:27:55 ID:wPInkDAsO
452名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 21:01:49 ID:VwY1NdN+0
新スレ立ったし頃合見て埋めていかないとな。
453埋め:2008/03/09(日) 09:40:58 ID:F0/0VsGN0
こつこつと階段を下りる音が聞こえてくる。
「……ここだと、思ったんだがな……」
青年はそう呟き、首をみしみしと動かし辺りを見渡す。
窓のない薄暗い部屋の中、何からが特に黒い形や陰影を持って存在を主張している。
それらは例えば背を丸めた老人の姿でもあり、まだ幼いのに表情が消えた子供の姿でもあり、
まるで見知らぬ侵入者をじっと鋭く艶かしく見ているようだった。
世界から見捨てられ、切り離された哀れな影の果て。あえて命名するならこんな感じだ。
しかし、彼は1度ぎょっとしただけで、その後は平然と部屋の中に踏み込んでいっていた。
テーブルにイス、棚といったものが目が慣れてきて見え始めた。
その内彼は部屋を散策していて、床に打ち捨てられた人形の影を見つけた。
闇の中で目を引く白さ。それは身に纏う法衣と血の気が引いた陶器のような肌だった。
腰まである金のロングヘアーも精彩を欠いている。何よりもあらゆる箇所の傷跡が痛々しかった。
女なのに傷物にされて、と思う。
彼は転がったまま動こうとしないその人に近付き、しゃがみ込んでぺちぺちと頬を叩いた。
反応はなく、次は医者が行うように瞼を上げて瞳を覗いた。
水気はあるのにどこか乾いたような、枯れた目が彼を捉えた。思わず舌打ち。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に」
淡々と述べ彼は立ち上がり、部屋の探索を再開した。
ここは恐らくミトスの拠点なのだろう。床の僅かに黒い部分、独特の臭いを発する染みは、未だ乾いていなかった。
つまりつい最近まで使われていたということ。サックも2人分置かれている。
手ぶらで行くということは大した物も入っていないか、後で戻ってくるということか。
彼はそう考え、さして困ってもなさそうな顔をして頭を掻いた。

弱った。来てみたはいいが、声の主はいない。この女の人かと思ったが、その割には反応が薄い。
何よりあの焦点の定まらない目。見えていないようにも思えるし、見たくないとも思える。
「やっぱ、気のせいだったのかな」
嘲りを込めて呟き、彼は笑った。
自分1人にしか聞こえていなかったということは、それこそ勘違いという可能性も秘めているのだ。
そもそも、か弱い鈴の音が聞こえるということ自体馬鹿げている。
鐘の音ならばこの村には鐘があるから考えられるし、鎮魂の鐘といった、そんな洒落たことも考えられたのに。
鈴なんていう有り得ないものだからこそ、却って気になってしまう。
だが、結局は無意味だったのだ。
「仕方ねぇか。おとなしく退散して……」
そう言いかけて、彼は倒れている女の方へと向いた。
ここにミトスがいたというのなら、あの正午前の悲鳴は目の前の女によるものだったのか。
調整されていない楽器のように、外れに外れた音響。そして連呼されたクレスの名。
彼は再び近付き、傍に座り込む。
床が軋む音に気付いたのか、僅かに首を動かし音源の方へと女は向いた。
綺麗な碧眼に光が宿っていないのは単にこの部屋が暗いからではないだろう。
まるで瞳の中に映される闇を内包しているようだ。映し出される絶望感に、彼は得も言われぬシンパシーを抱いた。
454埋め:2008/03/09(日) 09:58:26 ID:F0/0VsGN0
「多分、あんたはクレスの知り合いなんだよな。目が見えないのは喜ぶべきだよ。きっと、現実は酷過ぎる」
ぴくりと女の身体が動いたように見えた。
だが彼は得心行ったようなしたり顔もせず、無表情のまま女を見つめていた。
「クレスのことは昨日から見てきたけどさ。あんたの知ってるクレスと今のクレスは違うんだろうなって、何となく分かってる」
彼の脳裏に再び海岸での記憶が蘇る。あのクレスが何かに苦悩する姿。
ふと女の顔に付いた両目に視線をやると、涙が零れていた。
素直に彼は驚いた。これだけ生気の失せた姿になっても、誰かを想ってまだ泣けるということに。
「……そうやって泣けるんだな。羨ましいぜ」
言葉に少しだけ付いた色が自分でも憎たらしかった。
早急にその場を離れようとすると、足に何かが触れる感触がした。ろくに握る力もない、女の手だった。
いくら脛とはいえ、人の肉ではない硬さに気付いたのだろうか。
はっとした、驚愕というよりは悲哀を帯びた顔付きを顔面に張っていた。
元からこんなんだよ、と言えばよかっただろうか。
伏せたままの女を見下ろす彼は代わりに嘘の笑顔を浮かべた――――尤も、見えていないだろうが。
彼は座り込み、足を掴む女の手を握り、解こうとした。相手は何も言わず、強く彼の手を握り返した。
線の細い白い手を、その中にあるだろう骨をへし折りたくなる衝動に駆られる。
彼はどことなく分かっていた。
この女が手を掴んだのは、恋人を引き止めるような陣腐なものではないが、待って、という思いからだ。
『……レイ』
突然の女の声、静かだが可憐な声に彼は身体をびくつかせた。
『……レイ、ティトレイ……』
確かに聞いた。あの声だ。目の前の女が出したのかと思って見てみたが、口はまっすぐ直線に閉ざされている。
彼は弾かれたように首を動かし、周囲を見渡し主を探す。
目の前の女は少し不思議そうに彼を見ている。沈黙の中では衣ずれの音や髪が擦れる僅かな音さえ聞こえるのか、彼の異変を感じ取っているようだ。
だが、彼はそれを気にも留めない。
「誰だよ。どこにいんだよ!」
『ここです……ティトレイ』
声を頼りに彼、ティトレイ・クロウはその方向へと顔を動かす。
そこにあったのは配給された袋。ミトスが置いていったサックだった。
中に人が入るのかなどという疑問よりも先に、彼は緩まりつつあった女の手を解き、サックの封を開けた。
彼は分かっていたのかもしれない。迷うことなく、彼は“それ”を取り出した。
両手で包められる程しかないサイズの実、いや種だろうか。それに取り付けられた宝石が一瞬光を放つ。
暗い部屋では目を眩ませるには充分過ぎる光で、彼は思わず目を細めた。
目を元の大きさに戻す頃には、目の前に人影が浮かんでいた。
感情の有無などに関わらず、彼は反射的に身体を跳ね上がらせ種子を落としそうになった。
『やっと届きましたね。来てくれてありがとう、ティトレイ』
新緑の葉のような、鮮やかな緑のロングヘアー。全身を包むローブ。
そして慈愛の微笑みを浮かべた女性が、そこに存在していた。
“居る”ではない。確かに“存在する”なのだ。
それほど目前の女性は、近くで倒れていて目を背けたくなる傷塗れの女と違い、何か超越した存在なのだ。
そう思うのも、彼は目の前の相手を一目見たことがあり、尚且つあまりに想定外の人物だったからである。
健やかな笑みを浮かべている姿が理解し難い。
何故なら、この女性は“死んだ”筈だ。
「何で、あんたがここに」
そして、彼女が――――マーテル・ユグドラシルが殺されるところを、彼は見ていた筈なのだから。
455埋め:2008/03/09(日) 09:59:56 ID:F0/0VsGN0
呆然としたような間の抜けたような、空っぽな声だった。
女も僅かに顔を向かせ、何かがいると感じているのか、マーテルの方を見ている。
それでも2人の反応とは正反対に、彼女は笑みを絶やさない。本当に嬉しそうな、安堵したような表情だった。
『私の意識は、死の間際に輝石へと取り込まれ、こうして精神体として生きていたのです。
 今のこの姿も、実体を持たない幻のようなものでしかありません』
彼は手の中の種子に目を移し、改めて取り付けられた石を見る。
しげしげと見つめた後、触ってみたりつついてみたりして、彼女に何の影響もないことを確認しテーブルの上へと置いた。
依然、マーテルの微笑に変化はない。
『ですが……私はマーテルであり、マーテルではないのかもしれません』
え、と言わんばかりの顔でマーテルを見つめるティトレイ。
『私の、マーテルという存在は変容しつつあります。
 エターナルソード、ひいてはオリジンが本来有らざる事態に対応し契約を凍結させたように、
 複数の時代の人物が同時に存在することで、時空間の矛盾が複合によって解消されようとしているのです。
 世界というのは脆いものです。大きな矛盾を内包すれば、時空自体が破壊されかね……』
静かに語るマーテルだが、時空などという小難しい概念に縁のない彼は、頭に手をやり唸っていた。
そんな彼に微苦笑を浮かべる彼女。
『マーテル・ユグドラシルという人物は、ある時代ではミトスの手によって永い間大いなる実りの中で眠っていたこともあり、
 精霊マーテルの側面の1つでもあるのです。
 そしてそこの彼女、ミントの時代でも、マーテルはマナを生み出す樹の精霊として存在している』
「……やっぱりイマイチ分かんねえんですけど」
『マーテルはミトスの姉でもあり、遥か未来まで続く樹の精霊でもある。
 私は、精霊としてのマーテルに変わりつつある、ということですよ』
やはり分かっているような分かっていないような、そんな面持ちの彼だが、不意にぽむと手を打った。
「確かに。生きてた時と声が違うよな」
『そうですね。それも変化の1つです』
話し方や大人びた印象は同じなのだが、昨日のシースリ村で聞いたマーテルの声と、今のマーテルの声は違っていた。
生前の方が少しだけ声が低く、平坦な調子だったような気もする。
死ぬだけで声って変わるものなのか、と思ったが、案の定「まあいいや」と竹を割ったように放り出してしまった。
要するに彼にとっての結論は「石に宿って生き延び、精霊になりつつある」というだけのことである。
机の上に浮かぶ彼女を見上げるようにして彼は見ていた。結果的に見下ろされている形になるが不快感はまるでなかった。
感じることが出来ないのではなく、元々彼女にそういったものが滲み出ていないのだ。
むしろ神々しい、荘厳な雰囲気にティトレイは無意識の内に息を呑んでいた。
だが逆に違和感も覚えた。そんな人物が何故自分を選んだのか。ましてや面識などこれっぽっちもないのだ。
456埋め:2008/03/09(日) 10:00:12 ID:F0/0VsGN0
「で、どうして俺なんだよ?」
思わず聞くと、マーテルの瞼が伏せられた。
『受け取る側の素質があったのが、あなただけだったということです』
長く、柔らかい睫毛がしおらしく動く。
『私は樹の精霊。そして、あなたは樹の力の持ち主。何よりも……あなたの身体自体が、力に蝕まれつつありますね』
一転して表情が険しくなる。
「……優しい顔して痛いトコ突いてくるんだな」
視線を逸らし、そう言った彼は1度短く嗤う。顔を元の向きに戻すと、にへらとした緩んだ表情が浮かんでいた。
「じゃ、俺を呼んだ理由は? あるんだろ、理由?」
明るい調子で尋ねる彼をマーテルは1度だけ寂しげに見つめたが、すぐにふっと元の微笑、慈悲のある笑みに戻した。
視線を黙ったままミントの方へ向けられるのを見て、彼も視線をミントへと移す。
当人は当然気付く筈もなく、光のない目で中空を見つめていた。
『彼女がクレスという男性を想っていることは知っていますか』
「ああ。あんたを殺したあのクレスをだ」
そうですね、とマーテルは言う。
『彼女を、クレスの下へ連れて行って欲しいのです』
彼はマーテルとミントを交互に見て肩を竦めた。
「正気かよ? 何されるか」
堪ったもんじゃ、と続けようとした彼の言葉を、マーテルは首を振って制する。
憂いを秘めた彼女の瞳はミントへと向けられ続け、幻影でしかない手が胸元へと重ねられる。
『それでも、彼女はクレスのことを想い続けています。舌のない口でも彼の名を紡ごうとしていた程に』
唸りを発し、手を口元に当てる。場を少しの沈黙が支配する。
彼はふと感じた違和感を1つずつ解体していった。
「……舌のない? でも、名前呼んで……」
『あれは、私が呼んだのです』
再び沈黙。困惑げな表情を微かに出す彼と、はっとした顔のミントに、マーテルはふふっと笑う。
『混乱して当然です。彼女の想いを感じ取った私は、傍にいた少女の身体を一時的に借りクレスの名を呼んだのですから』
「そんなこと出来んのかよ。声まで同じだったぜ?」
『ええ。コレット達の時代では、同じように別の人の身体に入ったこともあります』
にべもなく言う精霊を前に、彼は腕を組みながら便利なもんだなあと思う。
彼の勤めていた製鉄工場でも幽霊騒ぎはあったが、本当に目の前にいるのは幽霊ではないかと疑いたくなる。
いや、確かに死んだ筈の上に、当人はそれすら超越したとは言っているのだが。
マーテルは常に優しい笑みを浮かべている。引き受けて欲しいからなのか、それとも既に自信のようなものがあるからなのか。
薄闇の中で燐光を発しているかのように彼女の身体は淡い光を発しており、彼女自体が光なのではないかと思った。
そうだとも思う。あの延々と続いた光の糸は彼女、マーテルであり、どこか気になってしまうものはあった。
二元的なもので表せば、間違いなくこの精霊は絶望の権化などではない。それは絶対的だ。
しかし、それならこの胸のしこりは何だ。何故、彼女という存在を素直に受け入れられないのだろう。
何もないのに胸を打つ早鐘が収まらない。
457名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 10:07:37 ID:F0/0VsGN0
「クレスは覚えちゃいねえよ。実際そう言ってたし」
ティトレイは重い息をついて言った。傷付けるつもりなど毛頭なかったが、びくりとミントの身体が跳ねて微かに音を立てた。
暗い部屋は風通りがなく、どこか息苦しく、わだかまっていて、
部屋がぐちゃぐちゃに丸められた粘土のようで、暴れ出したくなるような閉塞感と粘性があった。
『それでも構わないのです。彼女はクレスと会うことをひたすらに望んでいます』
「あいつに殺されたなら分かってんだろ? あれと同じようなこと、いや、もっとそれ以上のことをされてもいいのかよ?
 この人は会うことを望んでいるだけで、殺されるのを望んでる訳じゃない」
『彼女に、クレスを元に戻せる可能性があるとしたら……』
ぴくり、と彼の髪が動いた。良くも悪くも露骨な反応だった。
そうして彼はしばらく黙り込み、視線をミントへとやった。
「……悪いけどパス。この人の安否とかより、今クレスに戻られちゃ困る」
『何故?』
問い掛けるマーテルの顔には既に悲しみが浮かんでいる。
「殺して欲しい奴がいる」
無表情のまま、簡潔に淡々と語る彼の視線は逸れ、何もない空に投げ出されていた。
頬に張った脈が蠢き、彼の目へと向かっていった。
「呼吸と一緒だよ。あいつにとって人を殺すってのは。
 空気が必要で、意味もなく鼻や口から息を吐くみたいに人を殺して、それで時々何かを確かめるように殺す。深呼吸みたいに」
ティトレイは明朗な笑みを浮かべる。
「俺はそんな、ただの呼吸に期待してるんだ。つまんねえエゴだよ」
だが、そうとしか見えないそれを構成する要素は紛れもなく自嘲だった。マーテルもそれを見抜いていた。
『自分の都合で利用することにあなたは何かしらの思いを抱いている。違いますか?』
「さあ。よく分かんねえや」
『何故、そうやってはぐらかすのですか?』
動じず、ティトレイは視線だけをマーテルに向ける。沈黙を守ってはいるが細められた目は鋭い。
『ミトスが海岸であなたと話していた時、私も聞かせてもらいました。
 あなたは、1番大切なものを失った。それでいて、あなたは何かに悩んでいるようにも見えます。
 知りたいのではありませんか? “気持ち”というものを』
彼女の言葉に一瞬怯むが、何とか顔面に出す前で留まった。
「何も悩んでることなんか」
『そうやって、あなたは自分と向き合うのを恐れてきた』
強く、はっきりとした口調に尚更彼は目を鋭くした。
「あんたは俺に何を求めてるんだ」
『しっかりと向き合って欲しいのです。
 あなたのその身体は、自らから生じる迷いの証。このままではあなたの身体は完全に木と化してしまう』
「つまり、この女の人を助けるのにこんなままじゃ困る、ってことか?」
ぶっきらぼうに吐き捨て、彼は無色の瞳でミントを見た。
微かに顎を上に向けてはいるが未だ倒れたままで、その場から全く動いていない。
このままでは自分で動くことすら叶わないだろう。鐘楼台に放置されたまま死ぬことだって有り得る。
動けない、ただ呼吸をしているだけの人間。
ただ生きているだけの人間に、一体マーテルは何の価値を見出しているのか。
どんなにミントのことを助けようとしても、喋れず、動けず、目も見えない――――絶望しかないのに。
458名無しさん@お腹いっぱい。
彼は滞りなく自分のサックから巨大な斧を取り出した。無闇に大柄で、彼の体躯に合った武器ではない。
相当に重いのか、両刃を下に向け床に当てている。そのすぐ傍にミントがいる。
「例えば、あんたはこの人を助けたい訳だから……俺が今ここで殺したら、何もかも振り出しに戻るよな?」
普段は武器を用いないティトレイが両手で斧を握る姿は異様でもあったが、この慣れない武器で
必死に人を殺そうとする稚出さが妙に彼に似合っていた。
ミントは声の方を向いている。その表情もまた驚きよりも慈悲に近い悲哀に満ち、マーテルによく似ていた。
2人の聖母の間に立つ憔悴した男は、それほど孤独な存在なのだった。
『そうして罪を重ね、一体何の為になるのです?』
「増えるモンはない。でも、減る訳でもない」
落ち着いた声とは逆に胸を打つ鼓動は更に早くなる。気付けば下唇を噛んでいる。
まるで、衝撃に耐えるかのように。
『いいえ。あなたの心は悲鳴を上げるでしょう』
彼に1度震えが走った。頭で理解するより無意識に身体が反射していた。
ぞわぞわと葉脈が広がっていく。それを隠すように彼は顔を俯かせていた。
内側にある空気のようなものが急に生暖かくなり、肌にまとわり付く。
ミントは急に黙りこんだティトレイの方へと顔を向けたままだ。
「……あんたに何が分かるっていうんだよ」
掴んでいた斧が手から離れ、がたりと重厚な音を立てて落ちる。
彼は膝から崩れ落ち、両手で身体を抱え込んだ。顔には苦悶の表情が広がっており、歯を食い縛っている。
「こうなってる原因すら、俺は分かんねえんだぞ……?」
頬の管が身体の軋みと同時に這い、ハイネックに隠された首の表皮が硬くなっていく。
全身緑の服で覆われたティトレイの身体は、とうに頭を残し樹木へと変貌していた。
汗が出ていれば一筋伝いもしたかもしれないが、変わってしまった彼に分泌といった機能は消え失せていた。
マーテルの顔が悲痛に襲われるが、すぐに強い、凛とした表情へと塗り替えられる。
暗い中、光に映える姿はいやでも彼に見せ付けられ、まざまざと網膜に刻まれる。
『答えに至るピースは、全てあなたの中で出ている筈です。
 でもそれがあまりにばらばら過ぎて、何よりもあなたが目を向けるのを恐れていて、掴めずにいる。
 見えないものを苦しめられる程恐ろしいことはありません……私は、ただその恐怖からあなたを救いたい』
手を組むマーテルは心からそう言った。膝を付けたままの彼は辛辣な面持ちで彼女を見る。
身体を地に付け、苦しむ人間に差し伸べられる女神の手。
彼女が纏う厳かな光は、正に天から下りて来た使いのように思えた。
何故自分はここへ来たのか。苦しみを和らげてくれた鈴の音に、光の糸に、何かを縋り求めていたからではないのか。
無意識の内にではあったのかもしれないが、確かにそんな思いを抱いてはいた。だからこそ足は勝手に動いていた。
自分は、優しい鈴の音に、差し伸べられた手に、救いを見出していたのではないか?
「……救ってどうなるんだよ。俺のことなんか」
一層強くなった全身の痛みを堪えるように、ティトレイは互いの両腕を強く握り、搾り出すような音で言った。
『救える人が目の前にいるのなら、私は救い出したい。それだけです。
 あなたが本当にそのままでも構わないのなら、私はそうします。
 でも、どうしても私には……あなたは苦しんでいるようにしか見えないのです。今のように』
沈黙する彼。無音の世界が痛々しく、彼は静寂という音が無数の針に思えた。
日が差さず、昼間でも少しひんやりとした空気に心地よさなど全くなかった。
むしろこのまま気温が下がって下がって冬になり、木々は枯れ始め――――自分も枯れるのではとさえ思った。
そう考えてしまう程、胸が詰まった感覚がするのは半植物として光が足りず活力が得られないからだと信じたかった。