----基本ルール----
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。
----「首輪」と禁止エリアについて----
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。
----「首輪」と禁止エリアについて----
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。
----スタート時の持ち物----
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。
四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
----制限について----
身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
(ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
しかしステータス異常回復は普通に行えます。
その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。
----ボスキャラの能力制限について----
ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
----武器による特技、奥義について----
格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。
虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
(ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。
武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。
----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
(魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。
----時間停止魔法について----
ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。
----TPの自然回復----
ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。
----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。
*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。
*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア) :2/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー) :2/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/○リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア) :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :3/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース) :3/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/○トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア) :1/8名→●セネル・クーリッジ/○シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム) :1/1名→○プリムラ・ロッソ
●=死亡 ○=生存 合計15/55
禁止エリア
現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1
6時(午前6時):C8
【地図】
〔PC〕
http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg 〔携帯〕
http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
【書き手の心得】
1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)
〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。
※基本的なロワスレ用語集
マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。
またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。
その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。
生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
恋愛:死亡フラグ。
見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 22:35:44 ID:OWRjcKqs
----武器による特技、奥義について----
格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。
虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
(ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。
武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。
----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
(魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。
----時間停止魔法について----
ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。
----TPの自然回復----
ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。
----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。
*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。
9 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 22:37:12 ID:OWRjcKqs
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。
※基本的なロワスレ用語集
マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。
またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。
その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。
生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
恋愛:死亡フラグ。
見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 22:38:03 ID:OWRjcKqs
----スタート時の持ち物----
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。
四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
----武器による特技、奥義について----
格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。
虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
(ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。
武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。
こつり。
足の下敷きになった石ころが、剥き出しの岩肌に擦れ小さな音をたてる。
こつり。こつり。
手にした道標が、夜明けを知らない暗がりを頼り無く照らす。
背後には、未成熟な丈を幾倍にも引き延ばしたかのように細く長く、影が弱々しく揺れている。
こつり。こつり。こつり。
腰に差した長剣の切っ先が地肌に触れる。
その剣にとって元来有り得なかった事象。所有者の変更という重大な事実を感覚を以てして知らされる感慨。
主にとっては些細な事象。背を押す焦燥が歩を進め、それがいまの彼のすべて。
こつ、こつこつこつこつ……
約束の場所は目と鼻の先。一向に現れない待ち人の気配。
冷や汗が頬を伝う。鼓動が激しさを増す。吐息が……白く色付く。
思わず息を呑む。目の前、ほんの数歩先から、景色が凍り付いていた。
緊張はピークを迎え、足取りはいよいよ駆け足。
踏み締める融解間際の氷の表面が、不快な感触を伝えた。
ザッザッザッザッザッ……
頼む、頼むから無事でいてくれ。
少年は盲目的に祈り続ける。神を否定した彼が何に祈りを捧げるのか。それは定かでない。
その願いは、もっと純粋で根本的な、無意識下の感覚というそれだったのかもしれない。
グシャ――――――
氷を形作る分子構造が、強か加えられる圧迫にその体積を縮める。
少年の歩みが、はたと停まった。
「ちょ……そ………あ…」
人為的拘束を脱したランタンが束の間自由を味わう暇もなく重力の支配下に置かれ、湿っぽい洞窟の床へ転げる。
ちらちらと照らされる、ひと揃いの真っ赤な靴。すらりと伸びた脚を覆うハイソックスとのコントラストが美しい。
ピンクのワンピースの裾しおらしく腿を包み隠し、その両脇シンメトリに投げ出された細長の腕もただそれだけで愛らしい。
人の気配は無い。
「……アラ……嘘……そ…な」
色取り豊かなトッピングに少年の眼は、心は奪われていった。
紅、白、橙、山吹、黄緑。艶やかな装飾が、清楚な印象をもつダークブラウンの髪によく映えた。
乳白色の肌はワインレッドの模様に染められ、なんといっても胸元のワン・ポイントが彼の視線を独占した。
ひとの気配はない。
胸部でさんざ自己主張を続けている立派なアクセサリ。
ここまで大胆な装いはかつて見たことが無い。身に余る程巨大なそれは最早オブジェと呼ぶに相応しい。
しかしそれは装着者に吸い付くようにフィットし、さらには取り巻く背景にすら溶け込む一体感を醸しだしていた。
ひとのけはいはない。
りあらは しんでいた
脚が、指先が、肩が震える。顔からは血の気が引き、末端から徐々に身体が痺れて動かなくなる。
眼は血走り、歯がガタガタと音を立て、やがて全身が痙攣を引き起こした。
「な……りあら、りあ……うっ」
ただ嗚咽混じりの片言を吐くことが、唯一動く喉にできるすべてだった。
少女の変わり果てた姿に、傷塗れの少年の心は張り裂けんばかりの悲鳴を上げ
「ぅあっ………っっっあ゛ああぁああああぁぁああああぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!!」
間も無く絶叫をともない勢いよく張り裂けた。
――――――――――――――――――――――――――――――
『こんな形で君と再会することになろうとは。運命とは皮肉なものだな』
仄暗い穴倉のどん底に、彼は居た。
時刻はもう明けで、見上げれば朝日の片鱗が覗く。すべては、もう終わっていた。
『しかし、君が無事でなによりだ。この高さから墜ちた衝撃をまともに受けていたら、流石に徒事では済まなかっただろう。
……あの馬鹿も無茶をする。仲間を護る為とはいえ、私を投げつけて難を逃れるとは』
短刀を拾い上げながら、カイルはにわかに顔を顰めた。
沈んだ少年の気を紛らそうという気遣いの意図で弁舌を揮ったつもりだったが、失言だった。
思い直せば、自分はもともと口達者なほうでは無かったではないかと今更自嘲する。
そんなものは、シャルティエとかイクティノスなんていうインテリ優男どもに任せておけばよかったからだ。
だが現状そうもいってはいられず、気分を変えて当たり障りの無い話題をと思考を巡らせるが、
『あの少年……ロイドといったか、彼は』
「……誤解して斬りかかってきたんです」
自分から安易に話し掛けるのは止そうと考えを改める結果に終わった。
結果的には和解したんですけど。カイルの補足は黴臭い石壁に消える。
押し黙るディムロスの気苦労を後目に、カイルは薄暗い床を探っていた。
間もなく立ち上がった彼の手には、仰々しい黄金の蝙蝠が握られている。
『……意外だな。君は他人の亡骸に手を触れるなど気が進まない性と思っていたのだが』
またも失言だが、カイルは別段気に掛ける素振りも見せずさらに少し歩を進め、おもむろに屈み込んだ。
「母さんにいつも言い聞かせられてたんです。綺麗事は二の次。生き残るには、そのとき必要なものを見極める細やかさと、
神をも畏れない図太さが不可欠なんだ、って。……正直、破綻してるとは思いますけどね」
踵を返した彼は、裾の解れた布やらなにやら拾い上げ、どんな物も呑み込む化物サックにそれらを丁寧に仕舞い込んだ。
黙々と作業をすすめる少年の瞳は、些か曇って見えた。
『……上策だな。君の母君は聡明な方らしい』
確かに、この決断は今後少なからず彼に利益をもたらすであろう。
特にこの首輪、解除法の模索に確実に役立つものの、死人が出なければ手に入らない貴重な代物。
手札にあるとないとでは情報量に天地の差が出る。
智のある者、できればハロルドとの合流が叶えば、これを利用して状況の挽回を図ることが出来るやもしれない。
「ホントは……恩人の遺体を漁るなんて罰当たりだし、止しておきたかったんですけど、ね……」
しかし、代償として有り余る背徳感の重圧、そしてなによりこの年端もいかぬ少年の自らを嘲う乾いた表情に憤りを憶えた。
マスターであるスタン亡き今、この抑え切れぬ憤怒を憎き天上王に返上する時がはたしてくるのだろうか。
この少年に、いつか安息はおとずれるのであろうか。
思考に暮れながら、また少しばかりのセンチ・メンタルに鬱々と焦らされながら、ディムロスは少年と共に廃墟を後にした。
カイルに悲しみを噛み締める猶予は無かった。立ち止まる時間は生命を削ると彼は知っていた。
横たわる父の亡骸を前に、何か奇異な違和感を憶えた。しかしその正体を探るにはいまは相応しくはない。
彼はただ黙々と、南を指し地面を蹴った。
そして、悲劇は加速の一途を辿ることとなる。
――――――――――――――――――――――――――――――
あれから、どれだけの時間が過ぎたであろうか。
少年は少女の亡骸の傍らに跪き、彼女の砂糖塗れに汚れた髪を梳き解すように撫で続けた。
その寝顔のような自然な表情からは、凄惨な死に様を彷彿させる苦痛は感じられなかった。
彼にとってそれが気休めだとか救いであったかは定かでないが。
「ごめん……護ってあげられなくて、ごめん……ごめん……」
ディムロスはその脇で、彼の空虚な懺悔を聞き続けるほか無かった。
悲惨としか、表しようもない。
少年の目は虚ろに泳いで焦点が覚束ず、かつて見た若い活力に溢れる眼差しが嘘のようにさえ思える。
可能ならば、目を逸らしてしまいたい。それが率直な感想だった。
ディムロスの気を滅入らせる要因はそれだけではない。
場を覆う冷気からひしひしと伝わる、無表情の嘆き。
ふと、グリッドらと共に出会った金の髪の少年の姿が脳裏をよぎる。
『やはり……彼女は、奴の傀儡とされていたようだ』
アトワイトが会話を拒んだ理由がはっきりした。少年になんらかの弱味を掌握され、沈黙を余儀無くされているのであろう。
彼自身の能力は未知数、しかし素面の身でソーディアンの最大級の力を引き出すことができるならばそれだけでも充分な脅威である。
一刻も早く彼の暴走を止めねばならない。次なる被害者を出さないために。彼女の手を、これ以上穢さないために。
喪失感にすべてを奪われるという経験を、貴方はしたことがあるだろうか。
少年はいま、壱拾五の幼心にそれを噛み締めている。不憫、などといってはむしろ不謹慎か。
正確に云えば、彼はまだ現状‘すべて’を失ったわけではない。あくまで現状の話ではあるが。
しかし少女の存在は、彼にとってその比重を占め過ぎていた。
盲目的な愛情はときに至高の悦びを彼ないし彼女に与えるであろう。
同時に、理性の伴わない愛情の弊害なりリスクは、計り知れない危険性を潜めている。
貴方が健全なる第二の人生を送りたいと願うならば、その喪失なり精神の歪みに備えが必要不可欠となる。
しかしながら、彼は幼かった。その重みを受け止めるには、機が熟し切らなかった。ただ、それだけのこと。
『―――くん、おい、カ……』
剣は持ち主に訴え掛ける。否、延々訴え続けている。手応えはない。
カイルには既に五感が無かったのだろうか。‘そこ’へ至る以前から。
「ごめんね……痛かったよね。苦しかったよね。淋しかったよね……」
重い腰を唐突に上げると、彼はふらつく足取りで来た道を引き返してゆく。
『……カイル君、何処へ行くつもりだ?』
訝しむディムロス。しかしやはり彼は応えなかった。ただひたすらに、のらりくらり凍った床を蹴る。
行き着いた先には、リアラを発見し慌てて駆け出した際取り落とした彼の鞄が横たえられていた。
「……でも、もう寂しい想いはさせないよ……」
鞄に手を差し込み、掻き回すように乱雑に中を探る。さらに痺れを切らしたか、ついには中身を湿気た床へぶちまけてしまった。
コンパスやら、食べさしのパンやら、穴の開いた篭手やらが辺りに散乱し、思い思いの音響を奏でた。
『おい……まさか……!』
目当てのものを拾い上げ、微かに覗く灯りを映し込んだそれを愛おしむように撫でる。
「待ってて……いま、そっちへ逝くから……!!」
カイルは短刀を逆手に握り締め、ゆっくりと頭上高く掲げた。
『血迷ったか……ふざけた真似は止せ!!』
ディムロスが低位置から突き上げるように吼える。
『いま此処で命を絶って、何になるというのだ。それこそ、ミクトランの思う壺ではないのか』
「俺は、あなたのように立派なヒトとは違う……俺は、一人じゃなんにもできないんです。
こんなことになってしまって……もう、俺、終りなんです、なにもかも」
支離滅裂吐き捨てるカイルの声は、弱々しく震えていた。虚ろな瞳に、生への渇望が映し出されてはいなかった。
『弱音を吐くな。まだ終わってなどいない。君にはまだ、できることがあるだろう』
「俺にできること……? そんなもの、なにもありませんよ。
俺は、誰ひとり守ることができなかった。みんな……みんな死なせてしまった!!」
『それでも、君は生きている。生ある限り、人には為すべきことがある。
無念の死を遂げた人々の為にも、君には生き延びる義務があるはずではないか』
「そんなの関係ない! 父さんも、母さんも、ロニも、リアラも。誰もいない世界で、生きてたってしかたない。
俺にはもう……生きてる意味が無いんだ!!」
『この馬鹿者ッ!! そのような台詞、軽々しく口にするな!!』
ディムロスは怒鳴りつけつつも少年に同情の目を向けた。
両親をもたない彼がさらに二人の友をも喪った事実は、その身にあまる衝撃であろう、と。
彼はまだ知らなかった。カイルの両親が、この地で最期を迎えたことを。
『それに、いつか君は言っただろう。自分は、英雄になるのだと。その英雄が、かように容易く命を投げ出してしまおうというのか』
「違う……俺、リアラと出逢って、一緒に過ごして、やっと気付いたんです。
俺は、世界を救う英雄になんてなれない。俺は、世界に選ばれた人間なんかじゃないんだって」
カイルは歯噛みした。そして大きな溜息を吐き、瞳を閉じる。
「俺は、ちっぽけな人間なんだ。だから、俺には、リアラが必要なんだ……リアラがいなくちゃ、俺は、ダメなんだ!」
『……甘ったれるなッ!!』
ディムロスの声は、微かに上擦っていた。取り繕いもせず怒鳴り散らす自分に内心どこか懐かしさを感じていたがそれはまた別の話。
『君はここまで、そうやって、多くの人々に支えられて生きてきたんだろうが。
いまこうして生き長らえているのも、誰かと支えあった絆が齎した因果だろうが。
それを理解していながら、なぜ、自ら命を絶つなどという愚かなことを口走るのだ!!』
カイルは閉口した。悪戯を戒められた、萎縮するばかりの幼子のように。
そんなことは、解ってる。自分がこうして生き残ることができたのは、命を懸けて守ってくれた多くの人々の御陰なんだ。
あのとき、リアラが危険を報せてくれなければ、瞬時に消炭になっていただろう。
あのとき、ミントさんの慰めがなければ、自棄に走っていただろう。
あのとき、クラトスさんがリアラたちを救ってくれていなければ、早々に生きる希望を失っていただろう。
そしてあのとき、父さんが……―――
―――違う。そんなの、なんの意味もない。
みんな、みんな死んでしまった。いまある事実は、それだけだ。
だれの力にもなれず、だれの命も護れず、みんなを楯にして、俺は、生きている。
ここには、誰もいない。
俺は……ひとりぼっちだ。
「……うわあああぁぁぁぁっっ!!」
振り上げたカイルの諸手に力が込められる。
『まだ理解出来ないか。皆の死を無駄にするのか。数多の閉ざされた生への願いを、踏み躙ろうというのか!!』
「うるさい、うるさいうるさい!! 俺は、リアラたちのところへ逝くんだッ!!」
小刀を握る手の震えが激しさを増す。汗がカイルの身体を流れ落ち、ディムロスの身を伝った。
彼の生を繋いでいるのは、痛覚への潜在的躊躇ただそれだけだった。
それも、もう終わる。
『よせ、やめろ、やめるんだっ!!』
大きく息吐くカイル。彼の耳に、もうディムロスの声は届かない。
緊張の糸が徐々に解けていく。すべてを悟ったような表情の少年に、最早躊躇いは無くなった。
「やっと、やっと逢える……いま逝くからね……リアラッッ!!!」
迷いの無い一閃が、少年自身に振り下ろされる。
―――イル、カイル……
「なっ!?」
刃が勢いを緩め、その切先がカイルの腹の皮一枚を突いてぴたりと止まった。
咄嗟に出口方向を振り返る。
索敵行動。それは生存への本能的反射。自ら死を望んだ者とて、それは発動されるらしい。生のある限りは。
視線の先には何人の姿も認められなかった。
―――カイル。私の声が、聞こえるか。カイル……
『……背後だ、カイル君!』
すかさず振り返り、辺りを探る。そこには、自ら撒き散らした道具類が転がるのみ。
薄汚れたマント。正体不明のカード。水の少し残ったボトル。忌々しい金の首輪。
その真ん中で、小さな石ころが光を放っていた。
「あなたが……なぜ……」
声の主は、剣士の形見である透き通る蒼をした宝玉だった。
『無機生命体エクスフィア、か……我々ソーディアンと似た原理なのかも知れんが……』
しかし自分には時間が無い。エクスフィアなる存在は淡々と述べた。
もともと彼は人間としての肉体をもっていた。それはカイルのよく知るところである。
ところが彼、クラトス=アウリオンは、この地に措いて肉体の滅びを迎えた。早い話が、彼は死んだのである。
数千年の時を生きた物質としての歴史に終止符が打たれ、彼の意識はたかだか百年足らずの寿命しか持ち合わせない「人間」を
「天使」としてここまで生き長らえさせた高度無機生命体「クルシスの輝石」に取り込まれたのだという。
そして今、その意識までもが石に呑まれつつあり、彼は完全な最期を遂げようとしている。
気不味そうに視線を逸らせるカイル。自殺未遂の現場で命を救われた恩人に遭ってしまったのだから無理からぬ話か。
顔を顰めつつも、彼は唇を噛み締めた。それでも、溢れ出る感情を抑えられそうもない。
死を望んだ自分が、なぜ内心彼との再会を喜ばしく感じているのか。この出逢いが泡沫のものと知り、なぜ心を傷めるのか。
自分の感情が、理解できなかった。
『……カイル。真なる最期を迎える前に、お前に云っておきたいことがある』
彼の低い声色と相俟ってか、石の紡ぐ振動は水の底から響くように曇っていたが、それを逃すまいとカイルは耳を欹てていた。
『ユグドラシル……ミトスは、過ちを繰り返そうとしている。姉のマーテルを喪い、周囲がなにも見えなくなっているのだ。
恐らく、ミトスはすべての参加者を殺戮し、マーテルを蘇らせようとしているのだろう』
正確には魂胆は少し違っているが、クラトスの言葉に大きな間違いは無かった。
ミトスの言い分は、本当だった。姉の為に、我を失っていただけなのだ。
だからといって同情の余地は微塵も有りはしないことに変わりは無いが。
『解ってやってくれとは云わない。ミトスの犯した罪、そしてこれから起こす過ちは、到底赦されるべき所業では無い。
また、ミトスを止めてくれと頼む心算も無い。お前にとって、彼は憎むべき加害者に過ぎないのだから。
だが、せめて知っておいて欲しい。ミトスは姉想いの、どこまでも純粋で、哀れな少年なのだ。
しかしながら彼は幼かった。盲目過ぎた。力を持て余し過ぎた……ただ、それだけのこと。
ミトスもまた……このゲームの被害者でもあるのだ』
カイルの心は揺れた。ミトスは、大切な人の死に耐えることが出来なかった。滾る感情を、処理することが出来なかった。
行為の方向性はまったく違っている。しかし、リアラの死に直面した自分の取った行動は、彼と同じではないのか。
なら、彼を否とする自分はどうすべきなのか。彼が答えを出す前に、クラトスは続けた。
『彼を止めることが、私の為すべき責務だった。彼を残して死ぬことは、赦されない筈の身であった。
リアラの命を奪ったミトスや、志半ばにして果てた無力な私を、幾らでも謗り、恨むがいい』
恩人であるあなたを恨むなんて。カイルの呟きは、クラトスの言葉に掻き消され彼に届くことはなかった。
『だから……死ぬな、カイル。命を粗末にしようなどと、愚かしいことを考えるな。
私だけではない。偶々、私は死して尚お前に伝えることが出来たが、死んでいったお前の仲間は誰しもが同じ想いでいた筈だ。
多くの人々に紡がれたお前の命が失われることを、誰が望む。否、何人たりとも望みはしないだろう』
クラトスの脳裏に、ロイドの、神子コレットの、そしてリアラの姿が浮かぶ。人の云う、走馬灯という代物か。
『……来るべき時が来たようだ。間も無くして、私の意識は無に帰すだろう……』
カイルは目を見開く。エクスフィア、もとい、クラトスの姿を初めてまじまじと見詰めた。
胸に、締め付けられるような、鬱蒼とした感覚を憶えた。
『だが、迷うな、カイル。お前は、お前の道を歩め。後ろを振り返るな。躊躇いは、災いしか齎さん。
この身滅びようとも、私はお前達を見続けよう。輝石の力が、お前を導いてくれるだろう』
カイルは無意識のうちに、小さく頷いていた。クラトスの遺言を、胸に深く刻み込んだ。
そして朧に気付く。その後ろ姿を初めて見たとき、なぜ彼を父と間違えたのか。
最後にひとつだけ頼みがある。消え入りつつあるクラトスの囁きに、カイルは神妙な面持ちで彼を見返す。
『我が息子……ロイドに逢うことがあれば、伝えて欲しい。不甲斐無い父ですまなかった、と……』
「不甲斐無いだなんて……そんなことはありません! あなたは……」
ようやく口にすることができた、クラトスへの敬いの気持ち。しかし、またしても声は届かなかった。
すべてが、遅すぎた。
「クラトスさん、待って、クラトスさん……!」
―――生きろ、カイル……さらばだ…………―――
「あなたは……俺の、英雄だ……」
石の放つ光は徐々に力を弱め、やがて消えた。
『クラトス=アウリオン……大した男だ。死の淵にありながら、最期まで残された者を憂い続けようとは』
ディムロスは知っていた。正確には、彼は世間一般に云われる死を迎えた訳ではない。
彼は無機生命体の中で意識体として生き続ける。母体である石が失われるその時まで。
だがそれは、死を遥かに超越する苦痛を意味する。
何も見えず、聞こえず、感じない。すべての感覚を奪われ、完全な闇の中で半永久的にただ「生き」続ける。
しかし、彼が少年にそれを告げることはない。
永遠の「無」を知りながら少年の行く末を想う彼の尋常ならざる決意を無為にすることは、誰にも赦されはしないのだから。
「俺は……馬鹿だ。大馬鹿野郎だ……」
カイルは膝を衝き、地面を強か殴りつけた。岩を覆う氷が、徐々に体温に溶かされていった。
あの人は、命懸けでリアラを護ってくれて、死んでしまったっていうのに、まだ、俺を気遣ってくれていた……
それなのに、俺のしたことは、なんだ。
宛てもなく島をうろついて、行き当たりばったりで人助けの真似事なんかして、仲間が死んでいくたびただ泣いていて、
父さんとリアラを天秤に掛けることばっか考えて、でもなんにもできなくて、挙げ句の果てに……
「畜生……畜生、ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
カイルは、泣いた。泣いて、泣いて、泣きとおした。
「父さん、母さん、リアラ、ロニ、みんな……ごめん。俺、取り返しのつかない間違いをしようとしてた……」
辛い。悲しい。苦しい。怖い。情けない。すべての憂いを吐き出すように、喚き散らした。
「クラトスさん、俺、生きるから……あなたのくれたこの命で、生きる。
俺自身の為にも。みんなの為にも。きっと、生き続けてみせるから……!!」
涙に溺れた彼の瞼は、赤く腫れ上がっていた。鼻垂れたその顔は、到底見られたものではない。
しかしその瞳の奥には、なにかを乗り越えた意志の灯が確かに宿っていた。
洞窟の最奥部、求める人も無く虚しい輝きを放つランタンの灯りは、少女の亡骸を微かに照らし出し続けた。
少年の感情入り混じった叫びが、光届かぬ洞窟に木霊する。
陽が高くなり、凍り付いた壁が溶け出していることを指摘してはナンセンスだろうか。
少女の顔は、いつしか健やかな笑みを湛えていた。
光を失った小さな宝玉は、少年の手の中で静かに眠る。
時刻はそろそろ、耳障りさが取り柄のモーニング・コールが聞こえる頃。
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45%、TP70%、深い悲しみ、湿り気味
所持品:鍋の蓋、フォースリング、ウィス、S・ディムロス、忍刀血桜、クラトスのエクスフィア
蝙蝠の首輪、レアガントレット(左手甲に穴)、セレスティマント
基本行動方針:生きる
現在位置:G3洞窟
※放送直前
20 :
琥珀の記憶 1:2006/07/10(月) 21:14:30 ID:jqSG4otd
ティトレイは先ほど生やした氷割り草の茎を噛みながらだらだらと寝ころんでいた。
草の上で眼を瞑りながら、四度目の索敵を行う。
常時網を張る余力はもう無いためソナーの様に瞬間的に探るしか無かった。
「…ミトスは戻ってくる気はねえ見たいだな。ひとまずは大丈夫か」
索敵を止めたティトレイはのっそりと起きて噛んでいた茎を吐き捨てた。
「これからどうすっかな…」
ティトレイは横にあったボトル。クレスの鎮静剤をしげしげと眺める。
事実上この薬品の複製が不可能となった以上、方向性を変えなくてはならない。
ミトスと別れたティトレイは、まずこの薬品を指に濡らして少量嘗めてみた。
元々デミテルがどうやって作ったのかはティトレイには全く理解出来てはいない。
ティトレイ自身も覚えていた内容は途切れ途切れで、挙げ句の果てには
業界用語が飛び回りすぎて最初からレシピの復元は不可能だと理解していたからだ。
だからこそティトレイは「味」の観点から薬の復元を試みようとした。
いかなる物にも味があり、一流の料理人ならば味からその材料、調理法の殆どを解析できる。
うろ覚えの薬物の知識なぞ端から期待していないティトレイが狙ったのはそこだった。
舌に乗せて吐き出すこと三度。材料の性質も調理法もおおよそ理解をし、
同時に複製が不可能であることを知った。
(あのオッサンまた錬金術を使ったのか、いくら何でもやりすぎだろ)
どうにも自分のフォルスで増やした植物の種類と使われた材料の種類の勘定が合わない。
考えられるのは魔術で植物の組成を無理矢理変えた可能性だ。
こうなってくると具体的な種類が分からなければ材料を探すのにも手間が掛かる。
(つーか、手間の掛かるもの作って俺がへばっても意味無いしなあ)
ティトレイは自分の腕にかかっているメンタルバンクルを月に翳す。
これ以上イーフォンの力を使えば確実に体が持たないし、これ以上
植物操作に力を注げば戦闘可能になるまでどれだけ掛かるか分かったものではない。
ヴェイグと一戦交えることを前提とするなら、もう植物操作の余裕はない。
21 :
琥珀の記憶 2:2006/07/10(月) 21:15:06 ID:jqSG4otd
「と、なるとやっぱミトスの誘いに乗るしかねーけど…」
ミトスの誘い、C3村にE2の残党を集めて挟撃し、屠ってしまうというもの。
1つのことを除けば特に目的もないティトレイにとって協力しない理由はさしてない。
「しかし、ヴェイグが本当に来るのかよ」
ミトスはそもそも何を根拠に奴らが来ると言っているのか要領を得ない。
あのロイドって奴とヴェイグは繋がっているようだが。
「ん…確か…」
ティトレイは徐にサックから名簿を取り出しロイドの名前を見つけた。
「しいなの仲間で生き残ってるのは…ロイドと、コレットか」
ティトレイはミトスの言っていたことを思い出す。
‘今のコレットは使い物に…’
‘僕は鐘を鳴らす’
あの口ぶりだと、どうやらミトスはコレットを監視下においているようで、
一目見ただけだがあんな性格のロイドが、このことを知れば結果は見えている。
そして…
ティトレイは立ち上がり、海岸の方を向いた。その先にクレスが立っている。
「ようクレス!目ェ覚めたか!!」
右手を振って、ティトレイらしく快活な声でティトレイはクレスを呼ぶ。
クレスはウロの様な目をティトレイに向けて、直ぐに腰の剣を掴もうとした、が。
「あ、剣も斧も預かってんぞ。危ねーからな」
ティトレイは、瓶を持った左手で自分のサックを指さす。
「!!……それを…僕に!」
クレスの目がその薬を捉えたと同時の反応、自身の体が禁断症状を思い出す。
飴を強請る子供のようにクレスは震えるその手を、前に突き出した。
「やなこった」
ティトレイが両の手を胸の前で交差させ、「ダメ」のジェスチャーをした。
大音響の喚きと共にクレスがティトレイの元へ走り出し、瓶を掴もうとする。
ティトレイはそれを易々と避け、鳩尾に一撃を入れる。
「悪ぃけど、もう少し寝てやが…れっ?!」
クレスの拳は止まらず、ティトレイの頬を打ち抜く。
その拳の軽さに驚きながらティトレイはクレスを蹴り飛ばした。
クレスは砂の上に落ち、休むことなく立ち上がる。
「ゾンビかっての…まあ、死んでるのは俺も同じか」
薬を仕舞い、ティトレイは両腕を目線に位置まで運びファイティングポーズをとる。
それだけで腕の重さを実感した。
「…時間が12時間ずれてるけど、まあいいか」
クレスが再び突進する。
22 :
琥珀の記憶 4:2006/07/10(月) 21:15:42 ID:jqSG4otd
その殴り合いが殴り合いで無くなるのには一分かからなかった。
短時間に限界を超えてフォルスを使用したティトレイの体力はほとんど無く、
その拳はみるみるうちに精細を欠いていく。
薬物の影響で痛覚が鈍化した上、体力は十分に残っているとはいえ、禁断症状に
苦しむクレスの拳は元より理合が無かった。
今の二人の拳では相手の顔を腫らすことすら出来ないほど、彼らは力を失っていた。
しかしそれでも二人は拳を止めない。止められない。
「いい加減に…寝やがれ!」ティトレイの拳がクレスの前を通り過ぎる。
「そいつを…僕に…せめて、誰かを殺させてくれ!」
クレスの蹴りがティトレイの足をかすめる。
「お前な…そんなに廃人になりてぇのか…よ!」
密着し、耳の裏を叩くティトレイ。勝手に壊れて貰っては困るのだ。
「構うもんか…剣は、誰かを殺すために、あるんだ!
その薬を飲んで、僕が剣士になれるなら、僕が僕でなくなるなら、それでいい!!」
揺れる三半規管の不快を堪え、クレスは踏みとどまる。
クレスは思い出す、自分はあの城で剣に、殺すための道具になったのだと。
剣は人を斬るために存在する。
腕を切り落とすために、
腸を引きずり出すために、
首を刎ねるために、
マーテルを殺したのも、あの死体を弄んだのも、当然なのだ。
剣は、剣士は、‘殺し続けてこそ初めてそうあることを許される’のだから。
それが剣士の現実。それが剣の本質。だが、
「誰かが…僕に声をかけるんだ…僕を責めるんだ…違うって否定する…」
彼に与えられた禁断症状の形は白昼夢。夢。殺された物達が彼を呪う。
流された過去が彼を責める。そして夢の終わりはいつも同じ。
ティトレイは無言で切った口からの血を腕で拭う。
「お前は、違うって、剣は殺すためにあるんじゃないって嘯くんだ…」
夢の中の死人はいつも違う。彼や彼女はクレスを否定する。
今のクレスにとってそれが最も苦痛だと知っていてか、他に理由があるのか。
「だから、薬を…僕を辞めさせてくれ…せめて、誰かを殺させてくれ…
僕が、間違ってないって、証明させてくれ…」
クレスはそこで言葉を止める。
剣士であるために人を殺す。剣であるために人を壊す。
純粋な現実になろうとするクレスを虚ろな夢が拒む。そしてクレスもまた夢を拒む。
我殺す故に我剣士。そのクレスの殺人理論は1つだけ、絶大なる核が抜け落ちていた。
その一瞬の思考の瞬間に、ティトレイの拳がクレスの顎を綺麗に射抜いた。
脳が揺れ、クレスの視界がノイズと砂嵐に塗れる。
「…4時間寝てろ。3つ薬を用意してやる」
ティトレイのその言葉を最後に、クレスの意識は墜ちた。
23 :
琥珀の記憶 4:2006/07/10(月) 21:16:47 ID:jqSG4otd
ティトレイは首を鳴らした後、クレスを背負った。
ロイドとヴェイグが結託すれば、コレットを押さえてあるミトスの策は十中八九この二人に作用する。
恐らくミトスがあの村を奴らの墓場に決めた理由は…万が一の保険をかけてだろう。
あの村ならばいざとなれば有無を言わさず、奴らを「呼べる」。
ミトスの自信を見る限り、恐らくあれはまだ生きている。昨日を再現するつもりか。
ならば、ミトスの策に乗る。
ヴェイグ達を葬るために、ティトレイがティトレイを放棄するために。
いざとなれば、自分が囮になって奴らを村に誘導してやっても良い。
本命の凶手はあくまでミトスとクレスだ。
それまでは睡眠をとってでも、網を張ることを放棄してでも
精神力を回復させないといけない。
錬術や集気法を併用して心身ともに戦闘可能になるのはよくて正午以降。
こちらの支援を狙っているならミトスも午前中は動くまい。
午前9時に、クレスに最後の鎮静剤を投与、これで1つ。
そして村に来たミトスやヴェイグ達をクレスに皆殺しにさせてやる。これが2つ。
ヴェイグ達を殺せたのなら…恩にはもう十分だろう。命を惜しむ感情は無い。
「俺の殺させてやるぜ。クレス」
あの拳から漏れたものは、彼の本心なのか、それとも薬が見せた幻覚なのか、
ティトレイは、そうやって悩むことの出来る彼を羨ましいと、錯覚した。
自分の都合で利用するのだから、その為の報酬代わりに死んでみるのも悪くは無い。
「しっかし…こいつは何のために剣士になりたいんだ?」
歩く死人達は夕日のような朝日が顔を出す前に、その海岸を離れた。
クレスは夢を見る。
あの城で、二人の男が戦っていた。一人は巨漢の男で、もう一人は普通の剣士のようだ。
自分の理想、完全なる剣士の奥義が巨漢に炸裂する。
拳と剣が混じり合い、戦いの果てに二人が倒れた。剣士はどうやら息をしていない。
彼の夢はそこで終わった。
命を懸けて、剣士は何のために戦っていたんだろう。
そして、この口元の柔らかな感触は、一体何なんだろう。
僕は、誰のために剣を取ったのだろう。
24 :
琥珀の記憶 5:2006/07/10(月) 21:17:23 ID:jqSG4otd
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP20% TP5% 感情希薄 ずぶ濡れ 中度の疲労 クレスに同情
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック ガーネット オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
クレスの荷物 (鎮静剤入り) エターナルソード
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:C2の森まで移動
第二行動方針:正午まで休む、状況次第ではヴェイグ達を牽制してC3村に誘導
第三行動方針:C3村に来た連中を殺す
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:E1海岸→C2森
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP45%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 禁断症状(白昼夢) 気絶
所持品:無し
基本行動方針:禁断症状に苦しみたくはない
第一行動方針:?
現在位置:E1海岸→C2森
4−18行目
俺の殺させてやるぜ。クレス→俺を殺させてやるぜ。クレス
修正をお願いします。
26 :
黒い手 1:2006/07/14(金) 16:20:38 ID:dj/5r6fx
空が白み始めたこの島の中心で、一つの光が生まれた。
光は円形軌道を成し、等速で幾何学文様を刻んでいく。
光の点は線を成し、線と線は結ばれ平面を形成し、線と線は交わり立体を構成する。
立体と立体が重なったとき、魔方陣は扉を生成した。
「ねえ…やっぱり戻らない?」
「何の為にだ。あそこに戻ったところで有益な情報も戦力も得られん」
「でもさっきの光…もしかしたら…なんかあったのかも知れないしさ。
そりゃあ…やっぱ、わ、私達が悪いんだし。ちゃんと謝って、ね…」
下を向くプリムラの言葉は歯切れが悪い。
リオンは舌を打って眉間に皺を寄せた。先ほどの光…何かあったのは間違いない。
プリムラのいうことは最もなのだ。実際、正直なところハロルドとの出会いによって何がしらの
新しい方針が得られるものかと期待していたという点は否定しがたい。
現に今自分たち二人は宛もなく歩いている状態に等しいのだ。
ただ二人ともプリムラの仲間の生き残りグリッドが
G3洞窟に行ったらしいから行ってみるか、程度の意識しかない。
しかし、レーダーを手放すほどにこちらの誠意は最大限に示した上での結果が先の話だ。
恐らくこれ以上の話し合いはしても徒労に終わる。
(…僕と戦ったあいつはもう少し大局的判断のできるやつだと思っていたんだがな)
少々無責任な言い分とも分かっているが、自尊心故かこれ以上深々と頭を下げるのも面白くない。
ただ、それなら物品を奪った時点でリオン達を殺せばいいはずだが。
どうにもリオンの記憶の中の戦った女と一致しない。
(まさか…?)
「…ねえってば!聞いてるの!?」
語勢を強めたプリムラの目の前に剣先が突きつけられる。
「え…ちょ…冗談キツい…」
そういいながらもプリムラは仮面から覗くその強烈な殺気を理解した。
流石に三度ともなれば存外簡単に運命を享受できるものだと慣れている自分に驚く。
今ならあの化け物が50匹くらい来るほどじゃないと驚かないだろう。
あ〜やっぱ裏切り者の末路なんて大抵こんなもんよね。
「…け」
裏切って〜、仲間に諭されて〜、戻ろうとしたら死んで〜
「ベッタベタな展開だあ…」
「いいからさっさとどけ」
「どくわよ・どきますよ・どけばいいってんでしょ…ついでにミンツ大からも除籍するわよ」
「だからとっとと退けと言っている!!」
「うるさい!私はあんたに人生の道を退かされるんだから最後くらいモノローグさせてよ!」
「何を言っている?!後ろから牛が来ていることに気づかんのか!」
「は?牛?」
プリムラは後ろを向いた。そして自分の髪も一応赤のカテゴリに入るんじゃないかと思った。
27 :
黒い手 2:2006/07/14(金) 16:21:16 ID:dj/5r6fx
ようやくその存在に気づいたプリムラはリオンの後ろに回り、リオンは追撃者に向かい合う。
「貴様は…確かハロルドといた牛だな。今更僕たちに何の用だ」
目の前に現れたトーマに対し、プリムラを隠すようにしてジューダスの姿をしたリオンが立ちはだかる。
「…ハロルドに頼まれて、お前等に同行することになった」
トーマは息を切らしながらその事実を告げた。
「ほう、お前のご主人様は僕たちのことなぞ路傍の石ころ程度にしか思っていないのだろう」
トーマのほうはプリムラが別れ際に見た程度でしかなかったが、あの女の性格から考えて
対等な関係というわけでもあるまい。リオンはトーマから情報を得ようと、あえて挑発してみる、が。
「…俺のことはどうでもいい。今すぐここから離れろ」
トーマは己を抑えて言った。血が足りないから怒る余裕が無いのだろうと思う。
「ねえ、あの女の人…ハロルドさんは?どうしたの?」
プリムラの言葉にトーマは体の硬直を自覚し、口ごもる。
「フン…やはりあの女、何か隠していたか。何があったかを吐くか、さもなくばそこをどけ」
リオンはもう一本の剣を取り出し二刀流を構えた。
「断る!」トーマのまだ生きている左腕がリオンの前に突き出され、磁のフォルスが発動する。
てっきり何か飛び道具が来るかと回避の備えをしていたリオンは未知の術に対応できず、
発生した力によって動きを封じられた。言えばハロルドの元に行くかも知れない。それは不味いのだ。
「く…貴様…」片膝と剣を突きながら無様に倒れることだけは避けるリオン。
「…お前らを守るように頼まれたのでな…悪いがお前たちを危険にさらすわけには…」
言い切る前に、トーマの目の前を一つの影がすり抜けた。
「プリムラ!?」「待てヒューマ!」
左手しか使えないためリオンの縛を解いて、直ぐさまトーマはプリムラのほうへ引力を生むが、
ブーツを履いているプリムラの速度はフォルスよりも早く、逃がしてしまう。
「待てと言っている!」トーマが再度フォルスを伸ばそうとするが、
「動けばその首を落とす!!」縛を解かれたリオンの剣がトーマの首筋にかかった。
「…そんなことをしている時間は…これだからヒューマは…ッ!!??」
トーマがリオンを殴ろうと拳を固めたその瞬間。
彼ら二人は北の空が大きく歪むのを確認し、その衝撃の風に煽られた。
外側から見れば、それは黒い半球が爆発的に広がるかのようで。
「チッ!!いったい何が…」
「…本当に発動したのか…ヒューマが、しかも一人で?」
「おい!貴様!!一体向こうで何が起こっている?ハロルドは一体何をした!?」
リオンは信じられないといった表情のトーマの胸倉を掴む。
トーマはようやくハッとした様子を見せる。
2,3の会話のやり取りの後、二人もまたそこに駆け出した。
28 :
黒い手 3:2006/07/14(金) 16:22:07 ID:dj/5r6fx
リオンとトーマが先ほどハロルドと別れた場所にたどり着いたとき、
そこには座り込むプリムラと、それなりの量の血溜まりを除いて、何も無かった。
二人は気を巡らせるが見渡す限りには気配は無い。
「…なさい。ごめんなさい…ごめんなさい」
ようやく気を緩めた二人はそこでやっとプリムラがその半乾きの血溜まりに謝っていたことに。
「どうして、さっき会ったときに、素直に謝れなかったんだろう…
言い訳ばっかして、口ごもって、馬鹿みたいに目を泳がせて…」
震えるプリムラの目には涙が溜まっていた。
「わたっ…私は…ただ…ごめんなさいって…謝りたかったのに…
グリッドにも、カトリーヌにも…私が刺した人にも…生きていたこの人にも…謝りたかった…」
両の手で、顔を隠してすすり泣く彼女を背にして、二人の男は既に毒気を抜かれていた。
しばらくして収まったプリムラにリオンは尋ねる。
「…プリムラ、お前が来たときにはハロルドの遺体は無かったのか?」
プリムラは頷く。
「どうやって死んだと断定した。もしかしたら相手の血かも知れん。
生き延びて何処かに姿を眩ました可能性もある」
プリムラがゆっくりと地面を指差した。一見しては分からないがよく見れば、
血の線が北に延びて、すぐに血痕の点線が伸びている。
「血の量から考えて、多分、首を持ってかれたんだと思う。
ハロルドさんはリオンの持っていた首輪を知っているから、
首を取る理由が無いの。だから、多分相手のほう」
少し上擦ってはいるがその言葉には淀みが無い。リオンは成程と思った。
さすがに場に慣れてきたのか、プリムラの中身は随分と安定している。
トーマが無言で地面を殴り、その振動、その怒りを地面を介して二人は理解した。
「…トーマ、とか言ったな。ハロルドはその、ブルーアースとか言う術を何故聞いた?」
「いや、分からん。元々知っていることを話しているときに、
奴が妙に興味を引いたのがそれだったというだけだ」
「…リオン?」
「解せんことが二つある」リオンは指を一本立てた。
「まずハロルドの行動が解せん。この戦場を見るに相当な戦いがあったと見受けるが、
いくら敵が強かろうが幾ら何でもやりすぎだ。どう考えても先に見たあれは個人に使うべき技じゃない。
昨日、僕はあの女と一戦交えたが、こんなやり口は奴らしくないな。
昨日僕が戦った奴はあんな力技をする奴とは思えなかったが…」
沈黙する二人の前でもう一本指を立てる。
「それに…首から下はどこに行った?」
「え…それは…食べてハロルドさんの能力を吸収したとか」
「有り得る訳が無いだろ…首を持っていったという事は、体が必要なかったんだ」
「奴はミミーのメガグランチャー、巨大な大砲で高出力のエネルギーを打ち出せる。
アレなら消滅させることもできる」
トーマの意見が一番現実味がある。しかしリオンは険しい顔を変えない。
「…人1人を消滅させるほどの技を放てば何かしらの痕が残るはずだがな。
だが、僕の知らない世界にはそんな技もあって不思議じゃあないのも確かだ。
ハロルドを討った敵がやったと考えるのが妥当だろう」
自分の意見に納得したわけではないがここで考えても仕方もない。
29 :
黒い手 4:2006/07/14(金) 16:22:38 ID:dj/5r6fx
「…これからどうする。お前達は」
装備を再分配した三人は互いを見据えた。
「私は…もう唯の犯罪者かも知れないけど…まだ、死ねない。
生きて、謝らなきゃいけない人たちがいる。会いたい人もいる。ぶっ飛ばしたい奴もいる」
プリムラは胸に手を当てて、奪った命のことを思い出した。
「…同感だな。亡霊の皮を被ってでも、成さねばならんことがある。彼女の為にも、シャルの為にも」
リオンはレンズの欠片を握りしめながら、その内側から仮面を見た。
「あいつが、ミミーがそう望む限りは、お前らを守ってやる。軟弱なヒューマを保護するのはガジュマの勤めだ」
トーマの左手が、動かない右手の手首に添えられる。未だ、彼女が望む物は分からない。
互いの事情を知らない3人は握手をしない。
しかし彼らは、一度闇に堕ちたという奇縁で結ばれていた。
「…で、一通りキメた所でどうすんのよ」
プリムラの言い分は最もで、結局のところ具体的な指針は立っていない。
「レーダーが使えん以上そのシャーリィとやらを追撃するのは現実的ではない」
リオンは北の山を睨み付けて威嚇した。右腕も未だ本調子ではないし、
手負い2人が非戦闘員を守りながら戦うというのも無謀極まりない。
「やはりハロルドが何を考えていたかが気になる。
それを調べるのが恐らく一番の近道だろう。トーマ、お前は何かハロルドから聞いていないのか?」
睨むのを止めたリオンは地図を広げて思考する。
「奴の言っていることは小難しくてな…その上曖昧で正直殆ど理解できん」
「…なにか物品は受け取っていないのか?」
トーマはハロルドのサックをリオンに渡し、3人で中を調べる。
「あいつ…レーダーを解体したのか・・・勿体無い事を」
「うわこれ汚な!」プリムラが声を上げてハロルドのメモを開く。
数枚の紙には多少の図解を覗き、乱雑に、しかし隙間無く文字のようなもので埋め尽くされていた。
「いるのよね、こういう汚い字でノート取る奴。後で見返そうとしてもこれじゃ使い物になる訳…あ、ちょっと!」
プリムラからその紙をひったくってリオンは目を凝らした。
「速記な上に…どうやら僕達の世界の言葉だ。ただどうにも文体が古いな。
しかも所々が掠れていて、このせいで正常にお前達の言語に翻訳されていないようだ」
『間違いなく暗号化されている』
リオンが書いた一文に二人は目を開かせた。
もう少しトーマに会うのが遅ければこの一言も筒抜けになっていただろう。
『僕一人じゃ解読は難しそうだ…誰かキレる奴に心当たりはいないか?』
プリムラが名簿を取り出しキールを指差す。
「…場所が分からなければ仕様も無いな。となると当てはあと1つか」
「誰だ?」
「‘漆黒の翼に火をかけろ’…あの時は腹いせ程度にしか思わなかったが
やること成すことここまで不自然だとあの発言も不自然だ。
何か意味があってもおかしくない。お前のメンバーで生き残ってるのは…」
プリムラは少しだけ困ったような顔をして、グリッドの名前を出した。
そしてトーマの言葉から1つの行き先を決める。先ほどから行くつもりではあったのだが。
「そいつが何か知っているのかも知れん。G3洞窟か…トーマが目標と分かれて約6時間、急いだほうがいいな。
ブーツを使えば放送の前後にはたどり着けるだろう。いくぞ」
「あ、でもさ」
「なんだ?」
「ブーツ、2足しかないよ?」
一般人、貧血気味の牛。そして昼間ぐっすり寝てた人間が約1名。
「…僕が走るしかない、か」
リオンの長いマラソンが始まる。
30 :
黒い手 5:2006/07/14(金) 16:25:25 ID:dj/5r6fx
【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 軽い火傷 TP残り60% 決意 中度失血
所持品:イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) ジェットブーツ,
実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明)
基本行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:漆黒を生かす
第三行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
現在位置:E5南→G3洞窟へ
【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)切り傷多数(応急処置済み)
再出発への決意 体力消耗(中)
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ ミスティブルーム、ロープ数本
ウィングパック 金のフライパン
C・ケイジ スティレット グミセット(パイン、ミラクル) 首輪
基本行動方針:主催をぶっ飛ばす
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:グリッドとヴェイグに謝る
現在地:E5南→G3洞窟へ
【リオン=マグナス 生存確認】
状態:HP70% TP80% 右腕はまだ微妙に違和感がある
崩龍斬光剣習得 コスチューム称号「ジューダス」
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪
レンズ片(晶術使用可能) ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる 可能なら誰も殺さない
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:スタンを探す
第四行動方針:協力してくれる者を集める
現在地:E5南→G3洞窟へ
*ハロルドの首無し遺体が消失しました
足だけが重力を失ったような気がして、でもやっぱり全身に重力が働いて、のしかかってきて、ひざまづいた。
お人好しで田舎者で寝起きが悪くて、馬鹿みたいに安らかに笑う、そんな英雄が眠っていた。
今目の前にいる彼をどう表現したらいいか、と聞かれれば、戦神、というのが相応だろう。
氷の力により保護された清澄たる青の小剣、否、大剣を片手に、
全身に纏う凍てつく青いオーラを立ち上らせる容姿と、開けた前髪から覗くそれ自体が刃のような眼光は、
他に言い換えられる言葉を見失わせる。
尤も、彼はれっきとした一人のヒトであり、力は人ならざるものだとしても、神ではない。ただ、形容するならばの話でだけ。
そして、彼に対峙する一人の人物。
赤ずくめ、トレードマークの首の白い布が無くなった故にである、時空剣士の少年ロイドだ。
漆黒の翼のリーダー、不屈の精神を持つグリッドは、彼がライバルと呼ぶ英雄スタンと彼が持つディムロスを求め、西方へとやって来た。
そして更に、彼は「スタンを呼んでくる」と西へと走り出す。
今はロイドの目前にいる仲間、ヴェイグを救う為に。
誰も傷付けないことを願って、誰かを傷付ける矛盾。
屈折したそれを知らない二人は、何故ヴェイグが剣を向けてくるかも、皆目見当がつかない。
ただ分かることは、剣と眼と殺気が、明らかに自分達に向けられていることのみだ。
だからグリッドが駆け出した時、ロイドは彼に駄目だと言おうとした。ヴェイグは彼を追おうとした。
その行動は互いに反発し合う。中途半端に開いた口を閉ざし、凄まじい瞬発力の足を止めた。
ロイドには、ヴェイグが道具なしには出来ない技が二つある。
その内の一つ、「魔神剣」。剣気を地に這わせ飛ばす、剣士にしてみればロングレンジの技。
剣士から離れた気が地を駆ける。足に命中した衝撃にヴェイグは、独立した存在である、小さくなっていくグリッドから目を離し、背後のロイドに振り向く。
拡大する赤い影。風になびく落ちないオールバック。月に光る剣。真っ直ぐな鳶色の瞳。
「はぁぁぁぁっ!!」
──激突。
突撃と振り上げが、振り上げと振り下ろしが、突きと突き、それぞれが繰り出され、衝突し合う。
ヴェイグの重い剣戟を、使えない手の一本の剣で受け止める。
走る痛みに顔を歪めるも、離すことはしない、許されない。
ヴェイグがどうしてしまったのかは、ロイドには分からない。ただ、否応なしに暴れる姿を見る以上、止める方々は一つしかない。
戦って止める。気絶させるか、説得するか。どちらにせよ、その行為の合間に戦闘は避けられないだろう。
増大した、尋常でない殺気。これがマーダーだった頃のヴェイグなのだろうかと、一瞬ロイドは思った。
時間はない。体力もままならない以上、持久戦になったら分が悪いのは非を見るより明らかである。
何より、今のヴェイグの気迫を長く受け止められる自信が…ない。
両手に持った片手剣、それを勢い良く振り上げ下ろす、虎牙破斬系の奥義「猛虎豪破斬」。
虎牙破斬系の技は威力が高い。今、一刀しかないロイドにまともな効果を期待出来るのはこれと先程覚えた次元斬くらいだ。彼は跳躍する。
しかし、手応えはない。切り上げは空を切る。切り下げは時間差で一撃を無に帰す多段の斬撃で相殺される。
最後に会得した技「無影衝」。守りには徹しない。攻撃は最大の防御。
ロイドは軽く一回舌打ちをし、とん、とんと二回バックステップをして間合いを取る。
改めて欠けたもう一刀のありがたみを感じる。手数で押せないのがこれ程までに辛いとは。
とは言え無い物は仕方がないし、自分の感情にも整理はついていない。
改めて剣を構える。一本足りない、不慣れな一刀流。
先程彼は赤ずくめだと言ったばかりだが、実際問題まだ白は残っている。
右手にディフェンダーを括り付けるための、裂かれた細い布。骨折した箇所を覆う包帯と見て取れないこともない。
骨折した手で打ち合うのは正直辛い。現に先刻のヴェイグの剣を受け止めた時だってそう。
それでも、止めなくてはいけない。ヴェイグを見た時に過ぎった所思は、グリッドと全く同様だ。
「ヴェイグ…何でだよ! お前あの時、もう誰も殺さないって決めたんだろ!!」
切っ先に言葉を乗せ、ロイドは言う。
ヴェイグは無口だ。ただ、興奮で上下する肩と荒い呼吸音だけが答える。
マーダーであった彼が出会った、ゲームに立ち向かう三人の仲間と交わした、尊い約束。
彼は心から悔いていた。
それは彼が名簿を手にしたことで明確なものとなったし、何よりもハロルドがプリムラを殺そうとした時、彼はあんな状態からでも止めた。
それほどにも、彼にとって「ルーティに償う」という思いと約束は強かった。
故に、人を殺すことはヴェイグにとって禁忌に近かった。
だが、彼のフォルス…いや、彼の手によってそれが崩壊された今、彼を責めるのは、自分。
血に染まった体で誰にも近付いてはならぬと、血塗られた手で誰にも触れてはならぬと、彼は思った。
今自分が成そうとしている行為が、鏡映しの行為であるということも知らずに。尚更後悔を増させる行動だということも知らずに。
知らないから、剣を向ける。かつて共に行動した仲間だとしても。
チンクエディアは、正に氷の輝きを発していた。
「俺に…」
ぼそりと出た呟きに、ロイドはぴくりと反応し、僅かに剣を構える。
「…近付くなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして再び、剣を交わらせる。左に薙る剣を幅広の剣の平で受け止める。…重い!
「うあぁぁぁぁぁ!!」
彼らしからぬ蛮声と共に、冷気を纏う剣「絶氷刃」、そして絶え間なく繋がれる神速の九連突き「連塵龍影刃」が繰り出される。
片手分しかない以上、空いた左手をディフェンサーに添え猛攻を何とか防ぐ他、手立てはない。防御に秀でた剣であることが幸いだった。
「…ッ、何なんだよ…どうしたんだよ、ヴェイグ!!」
その問い掛けに、ふと何となくデジャ・ヴュを覚える。既視感なのは、己が正気を失っていたから。
そう、クラトスの無残な死に様に動揺したロイドを諭してくれたカイルの言葉が、その記憶の正体だった。
叫ぶヴェイグ、止めるロイド。奇しくも同じ光景が二度繰り返されたのだ。
しかし、ヴェイグはその問いにも答えない。言葉を「拒絶」する。
唯々ヴェイグは、ロイドの声を掻き消すかのように叫び、まるで戦士は武器で語るものだと言うかのように剣を振るう。獰猛で、粗暴で、言葉なんて分かりやしない。
もう何合打ち合ったかも覚えていない。剣を重ねては間合いを取るエンドレスリピート。
交錯する剣の向こうに見える瞳。マーダーの時の冷却されきったものともまた違う。
怒りでも、悲しみでもない、云うならば、恐れ。
決してロイドは知っている訳ではないが、それだけは、秘められたある意味純粋な思いだけは感じ取れた。
「…どっちなんだよっ!!」
それでもヴェイグは答えなかった。答えることを拒絶した。
遅かった。
もう、体は冷たい。濡れているからじゃない。少しも動かないのだから、そういうことだ。
こんな時でも寝やがってと思って期待して揺り起こしたら裏切られたじゃねぇか畜生。
ひっくり返したらこんな晴れやかな笑顔。何で死ぬ前にこんなに笑えるんだ。
何でお前が死ぬんだよ。俺より明らかに強いだろ。
グリッドは落胆した。打ち砕かれた希望の先にあるのは、その名の通り絶望なのだと今更知った。
思えばあの期待も、嫌な予感を無理矢理消す為の感情だったのかもしれない。
神の眼を巡る騒乱の英雄、ソーディアン・マスター、スタン・エルロンは死んだ。死んでいた。死んだのだ。
もう、どうしようもない。
…違う、まだだ。彼はぶんぶんと首を左右に振る。そのソーディアン、ディムロスは何処に?
クィッキーの姿もない。来ていないのか? まさか。距離を考えれば明らかにあちらの方が早い。
じゃあ何処か寄り道してるか、誰かに掠われたか…渡しても、駄目だったか。
色々考えたが、どれだっていいと思った。ディムロスはここにない。それが唯一の真実であり現実。
首を垂らす。自然とそうなった。このままじゃ、ヴェイグを助けられない。それどころか、助けに来た…ロイドって奴も。
視界は暗い。夜と自分が作る影がブレンドされたからか、それとも言葉通り絶望感からか。
…ふと、違和感を覚える。俯いた視界に何かが映る。
白の中の赤、田舎者に似合わない輝き。
改めて確認しておこう。グリッドが求めたのは、「武器」ではなく「炎」であった。
彼はロイドが二刀流であることを知らない。だから、ディムロス以外の武器という思考は端からない。
彼に少しの記憶があった。元は自分が持ち、今はプリムラ団員が持っている指輪の存在を。覚えが正しければ、その指輪からは炎が出る筈だ。
彼には時間がない。だから他を探す余裕もなく、そもそも地下室の存在も知らなかったし、暗い中では気付かなかった。
それらから導き出される、行動の結果。
彼は首にかかった、細い透明の糸でくくり付けられた、柘榴石の指輪をもぎ取る。糸が中々頑丈で手に食い込み痛くなった。
このバトル・ロワイアルには、全然知らない世界から来ている奴もいる。この指輪は──ひょっとしたら、異世界のソーサラーリングかもしれない!
何というか、自分でも馬鹿馬鹿しく思えて吹き出しそうになったが、それに賭けたい気持ちも確かだった。
これしかないのだ。手ぶらで戻る訳にはいかないのだ。
時間はないが、赤い透石を月にかざしてみる。青い月は赤くなり、赤い月は更に赤くなった。
綺麗で不吉な希望の色。少し体に熱が戻ったような感覚がした。
グリッドはスタンに少しの間黙祷を捧げた後、また置いてけぼりなのかと無力感を痛感しながら、再び東へ再び全速力で駆け出す。
手にぎゅっと、小さな指輪を握って。
その指輪はソーサラーリングではない。ただ、奇しくも、その指輪は炎だった。
「…ッ!!」
痛みの度合いが半端ではない。右手が限界だ。もっと骨折が酷くなっているかもしれない。
鋭い痛覚が手の力を抜けさせ、結果的に剣の勢いも鈍らせる。
最早ディフェンダーはその名称が示すように、守るもの、つまり盾代わりとなっていた。
そして守りに徹していては、暴走する能力者を止めることは出来ない。更なる破壊を生むのみ。
ヴェイグの勢いは依然衰える気配を見せない。どこからこの底無しの体力が来るのだろうと思う。
「消えろ…皆、消えろおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
もう一つ、変わらないものは彼の瞳だ。
行動とは裏腹に、何かを恐れ揺れる瞳。何を怖がっているのかまでは、ロイドには分からない。訳が分からなかった。
離れている間に何があったのか、それを考える暇も、ロイドにはなかった。いや、正式には、少し考えた。
一瞬の思考に気を取られた、一瞬の隙。狂戦士である今のヴェイグが見逃す理由はない。
眼が肉薄する。
迫み込んだ足が僅かに土煙を上げる。
遅れてディフェンダーの平面を前に突き出す。
疾速の三連突き、「瞬連塵」が白い布を裂く。
風を纏う下方からの振り上げ、体を捻らせ繰り出す飛翔斬り、「絶空衝裂破」が剣と切れ端を空へ旅立たせる。
驚きを含んだ小さな呻きは金属音に消える。。
ひらひらと雪に似た布は舞い落ち、剣は湿った大地に綺麗に突き刺さる。
飛躍の分、隙があった。ロイドは手元を離れた剣に向かって走り出す。ヴェイグは着地し彼を追跡する。
剣との距離はそこまでない。ヴェイグとの距離もそこまでない。
飛び掛かり柄を掴む。赤い背中に向かって剣を振り上げる。転がる。落ちる。
仰向けの状態から横にかざした剣と、巨躯から落とされた剣が、金属音を立ててぶつかり合う。
両手で掴む片手剣と両手で掴む大剣。重力に背く片手剣と重力に従う大剣。
体力の差も相乗し、押されるのはロイドの方だった。
必死に支える腕が震える。次第に剣が自分に近付く。このままでは手も剣も保たない。
氷剣チンクエディアが迫る。
思わず目を閉じる。もう、駄目だ、と。
(コレット、みんな、親父…父さん、母さん、ごめん…俺…っ!)
その名達を思い浮かべた瞬間、今までの記憶に残された光景が目まぐるしいスピードで通り過ぎ、そして不意に胸を突かれる。
終わり? 終わっていいのか? このまま、皆の下へ…違う。終わりじゃない。俺はまだ、終わっちゃいけない!
左の青いエクスフィアが光った。月に煌めいたからか、それとも──。
地に密着する背から、大きな光の翼が広がる。それはそれは大きな翼だった。
赤と青は、空の月の色彩によく似ていた。
伴い、激痛をシャットダウンしていき、鈍痛となりやがて消えた。傷が癒えた訳ではない。唯のシステム上の関係。
剣を握るなら、いや、戦うなら、痛みを感じない方が余程戦いやすい。
剣を握っているという自覚すらないが、それでも、有りったけの力を剣に篭める。試練の時のコレットはいつもこんな感じだったのか、辛かっただろうな、と今更ながら思った。
押されていた剣が、押し返していく。
「…死んでたまるか…」
ヴェイグの瞳が大きく開き、揺れる。
「…コレットと会うまで、皆と帰るまで、死んでたまるか!!」
氷剣に、僅かな亀裂が入る。
「俺は、死なないっ!」
傾いた均衡は、対に水平となる。
弾かれたヴェイグの剣。直ぐさまロイドは立ち上がり、ヴェイグへと駆ける。いつもより速く走っているような気がする。
しかし、当のヴェイグは構えてもいない。両手を頭にあて、苦悶の表情で何かをぶつぶつと呟いている。
普通なら表情は見えず、声は聞こえない距離。しかし見聞出来る。かなり上位の天使なら、己の能力を制御するのも容易い。
駄目だ、来るな、俺の近くにいたら、皆──次に来るだろう言葉は分かっていたから、先に言ってやった。
「俺が証明してやる! 絶対に、死なないって!!」
ヴェイグの真意がやっと分かったからこその、言葉だった。
ロイド、と普段聞き慣れない声が耳に入ったが、特に気になりはしなかった。視界の左に小さく茶に近い橙の髪が映る。
その人物が投げた何かを、空いた左手で掴んだ。握った感覚はない。投擲されている途中に何かは分かっている。
それを握り締めたまま、いや実際はそんな感触はないのだが、ロイドは地を駆けた。
剣に纏う緋色の炎。飛翔。天を駆ける、青き翼を持つ鳳凰。
飛べない天使が、空を飛び、二つの翼は、一つの体に宿る。
「鳳凰…天駆ッ!!」
空中から斜に急降下してくる赤い影を、ヴェイグは見据え、そして氷剣の腹を影を覆い隠すようにかざす。
それでも炎は見えた。親友の秘奥義にも見えた。
ヴェイグは手に激突の衝撃を感じ、ロイドは何も感じない。
ガーネットの加護を受けた剣が、ピンポイントに、氷剣の亀裂へと突撃を喰らわす。
衝撃と一部分にかかる熱が、軋みを広げ、全体に行き渡った亀裂は、見事に悲鳴を上げながら白線に区切られた空間を氷の破片として引き離した。
早い話が、砕け散ったのだ。
氷の断片が光っている、と理性を奪われた思考の隅でほんの少し考え、再び考える。一般的には本能や反射とも呼べるかもしれない。
剣が、自分の体を貫く、と。氷の向こうには赤い彼の姿があったのだから。
痛みは訪れない。自らが具現した冷気を感じる。それが何よりの生の確証だった。
目の前に、少年が倒れている。名前、名前は──今はどうだっていい。
纏っていた炎は消え、彼の背に生える翼は、すうっと溶けるように消えていった。
ロイドは分からないだろうが、強化された視覚や聴覚、消去した痛覚も、翼と共に元に戻った。
もう、彼の体力は限界だった。火の精霊の力を受け繰り出した属性特技、「鳳凰天駆」。
それが最後だった。
渾身の一撃を剣に受け止められた瞬間、いや、氷が砕け散る瞬間、ロイドの意識は闇に落ちた。安堵もあっただろう。
その上、ロイドの手に渡る前から何度も斬撃を受けてきたディフェンダーは、上手い位に中間地点でぱっきりと折れていた。
彼の手に握られているのは、長方形の刃を持つ奇妙な短剣、しかし短剣にしては刃や柄が大柄だった。
長さが極端に減った、本来の姿に戻ったチンクエディアの刃を、彼へと向ける。透き通った青が武器とは思えぬ程綺麗だ。
短い柄を両手で握り、ゆっくり、ゆっくりと持ち上げ──しかし振り下ろされることはなかった。
誰かが腕をむんずと掴む。その誰かは彼の腕が異常に冷たいことに、死人の体より冷たいことに気付く。
寒冷地ご用達の厚手の服越しに感じる、人の肉ではない硬さ。感じぬヒトが持つ温もり。
凍っている。
驚愕。焦燥。ヴェイグの表情を言い表すとしたら、これらの言葉が適任だろうか。
誰かは静かに首を横に振る。してはいけないと諭すように。
ヴェイグは虚ろな目でその人物の目を見る。真っ直ぐな光。
だからこそ、彼は拒絶した。こんな人を、自分のせいで死なせる訳にはいかない、と。
しかし彼もまた体力は残っていなかった。その証拠に、理性を失う暴走状態にあっても、何の叫びも上げない。
「触るな…」
何も言わない。
「触るな!」
ただ瞳の強さだけが変わらない。
「触るなあぁぁ!!」
彼、グリッドは、馬鹿みたいにリーダーだったから。
ぴきぴきと氷が伝播する。ヴェイグの体を通じて、グリッドの腕が凍結する。それでも腕を離そうという意思はなかった。
「お前は、何でプリムラを助けようとしたんだ。お前を刺したプリムラを」
無言の中、氷が張っていく音だけが聞こえる。
「誰も死なせたくなかったからだろう! だからティトレイを助けようと剣を投げたんだろう!」
見開かれる目。
握られていた小剣がぽろりと落ちる。落ちる中で回転する剣は誰にも刺さらず、からからと音を立てて地に落ち着いた。
彼の言葉と同時に禁忌の記憶がフラッシュバックし、少年の体がばらばらの部位に分けられたマネキンのように砕けた光景が、まざまざと脳裏に浮かんだ。
「う…あ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼の叫びに呼応するように、氷結の速度が上昇する。もう肩まで凍っていた。
「現実を認めろ! だが、許すな! 間違いを繰り返してどうする!」
この期に及んでまだ「人を殺すのは間違いだ」と言えるのは、恐らく彼ぐらいだと思う。この世界に正しいやら正しくないやらの境界線はないのだから。
ただ、彼の言葉はストレートで、今のヴェイグには充分過ぎる重みを持っていた。
ぴたっと、時も凍りついたように、氷の広がりが停止する。
「…間違…い?」
低く小さな呟きにグリッドは頷く。
「そうだ…殺すのは間違っている…だから…俺の傍にいては…消えろ…離れてくれ…ッ」
「お前がしようとしていることは、その間違いなんだよ!」
今までの中でより大きく、より強く、グリッドは言った。
団員の危機を救うのはリーダーの役目。団員の間違いを正すのもリーダーの役目。彼はリーダー、導く者。
両手をかざしたまま見つめる。地に倒れる、グリッドに似た瞳を持っていた少年を。地に落ちている、紛れもなく凶器になる小剣を。
俺は──拒絶していた──こういう奴を死なせたくないと──だが──俺は──殺そうと、していた?
グリッドの腕を覆う氷が、引いていく波のように、時間を巻き戻したように、すうっと上方から消えていく。
そして全て元通りになったグリッドの手は、彼の服の向こう側に体温が戻るのを察知する。
振り上げられていた腕が軋んだ人形のように、ゆっくりと、不器用に元の位置に戻っていく。
「俺は…」
落ち着いた、本当に小さな声だった。
「また、過ちを…」
閉じていく視界に金髪の影を見ながら、あの夜のことを思い出す。
彼女は悲しむのに、何故、俺は二度も同じことを繰り返す?
彼が自らの力を恨んだのは、久し振りだった。
倒れ込んだヴェイグを腕で支えたグリッドは、静かに彼を地に寝かせる。
凍りついた余波か、何となく腕に感覚がなく、けれども痛みは感じる。
地に眠る二人を見ながら、今更、激走の疲労がどっと来たことが、不思議と何だか嬉しかった。
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP5% TP15% 右肩に打撲、および裂傷 右手甲複雑骨折 胸に裂傷 疲労 気絶
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:???
第三行動方針:リッド、キール、ジェイと行動 第二行動方針:ヴェイグを止めて、ティトレイのことを問いただす
第四行動方針:協力者を探す
第五行動方針:メルディの救出
現在位置:E2、E3の境
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP40% 気絶
所持品:チンクエディア
基本行動方針:???
現在位置:E2、E3の境
【グリッド 生存確認】
状態:顔面強打 左腕に凍傷 中程度の疲労
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:二人が目覚めるのを待つ
第二行動方針:ヴェイグと共に行動する
第三行動方針:プリムラを説得する
第四行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在地:E2、E3の境
*折れたディフェンダーはその場に放置してあります。
ねえ、ロイド。
私のこと、感じてる?
私、ロイドを感じてるよ。
とうとう使ったんだね、天使の力。
ロイドらしい、すごく真っ直ぐで綺麗な力。
離れていたって、分かるよ。ロイドだ、ってすぐ分かるよ。
ロイドは、私のところに来たいよね。私も、ロイドのところに行きたいよ。
私の霊魂(きもち)は、ずっとロイドの方を向いてる。今すぐにでも、会いに行きたい。
でも、駄目。
私の精神(こころ)と肉体(からだ)、自由が利かない。
この羽も、この足も、今はロイドのためには動かせない。
お願い、ロイド。私を助けに来て。私達を助けて。
そうしないと、ミントさんが危ないから。ミントさんが、このままじゃ保たないから。
ミントさんの目の奥は、だって、もう――。
ミント・アドネードは、息を弾ませていた。
すでに白い法衣はあちこちが赤く染まり、ところどころはもう茶色に変色している。
一歩地面を蹴るごとに、傷口からぶしぶしと血が搾り出される。
もはや、傷口から内臓が飛び出しても、何らおかしくないほどの重傷。
激痛と出血を押さえるため、傷口に当てられた手には鮮血がべっとりと付着している。
すでに手袋を浸透して、血が手袋の中の手を汚すぐらいに。
脳が沸騰しそうなほど熱い。生気を求めて喉と肺がぜいぜいと鳴る。
だが、その必死の逃避行も、ようやくのことで終わりが見えてきた。
「絶望」という名の終わりが。
どん、とミントの体が何かに弾かれる。体を支え切れず、地面に倒れ込む。
とっさに両手で体をかばい、尻餅を突くミント。焦点を目の前の人物に合わせる。もう、誰だか分かっている。分かってしまう。
げたげたと狂笑を浮かべる、白銀の鎧をまとった男。年頃は、少年と青年の境目ぐらい。
クレス・アルベイン。ミントの最大のパートナーにして、共に150年余の時を駆け巡った無二の仲間。
その手には、白刃が握られていた。ミント自身の鮮血でまだらに染まった、殺意渦巻く刀身が光る。
ぼず。
ミントの腹部に、白刃が埋まった。ミントの視界が、一瞬白くなった。
ハアハアというあえぎ声が降る。飛び散る赤の雫と、剣にこびり付く肉片。
クレスは血への欲情そのままに、恍惚の笑みをを浮かべる。
次の刹那、ミントの体内(なか)が全て血の色に染まった。そう感じるほどの激痛。
視覚と痛覚が混信を起こすほどの痛み。肉を抉り出され、かき回され、掘り出される感覚。
クレスはミントの背にまで抜けた凶刃を、そのまま腹を切り開く要領でミントの上に滑らせる。
肌が裂け、腸(はらわた)が分かたれる感触だけが、妙に現実味を帯びていた。ごりごりという音は、肋骨を砕き切る音。
胸まで剣が走った時、クレスは剣を寝かせた。
梃子の原理そのままに、胸から血霧と共に赤いものと白いものの混じり合ったオブジェがミントの胸から現れる。
彼女は耐え切れず、そのまま意識を闇に沈めた。
「いやあぁぁぁあああぁぁぁああぐぶ!!!」
ミント・アドネードは、腹の底からこみ上がる不快感に、絶叫さえも途中で掻き曇った。
たまらず横を向いて、体内の未消化物を派手に吐き散らす。鼻腔からさえ、汚物が吹き出る。
げぼげぼという濁った呼吸音。一度嘔吐した汚物を、全て咽喉から吐き出そうとする、生理的な反応。
この部屋に酸っぱい臭気が充満する。胸の悪くなるような、凄絶な臭い。
その原因となっている彼女は、しかしながら心はここになかった。
部屋の東の窓から差し込む、曙光の橙が彼女の瞳を愛撫しようとも。
ミントの青い瞳の奥は、そのまま永劫の悪夢の世界に通じていたから。
悪夢の世界で、ひたすらに求めても空しい救いを求め続けるしか、出来ることはなかったから。
両手両足を荒縄で縛られ、そしてその縄はこの民家の柱に結び付けられ、あまつさえこの部屋に刻まれしは、沈黙の方陣。
どれ程もがこうとも、荒縄はほどけない。女の力ではおろか、頑健な男ですら千切ることは不可能。
そして、部屋の床に刻まれた方陣は、彼女の一切の法術の行使を禁じていた。永続性の「サイレンス」。
たとえ意識が戻ろうと、ミント・アドネードに抵抗の手段はない。
意識が戻ろうとも、戻らずとも、もはや彼女に救いの道は残されていない。
永劫の悪夢の世界から、絶望しか残されていない現世に帰還できようとも、それを救いと言う者はいないだろうから。
再び彼女が身を捩じらせ、恐怖のあまり絶叫したのと、「彼」がここに帰って来たのは、ほとんど同時だった。
「…無力だな、劣悪種よ」
その言葉を放った者は、白の衣に身を包む男。流れるような金の長髪。無機質ながら透徹した、恐ろしく美しい青の瞳。
そして何より目を引くは、虹色に輝く12の光翼。一歩ごとに、金色の粒子が虚空に散る。
「まだ恐怖のあまり絶叫できるほどに余力を残しているとはな。劣悪種ながらに、大した精神力の持ち主のようだ」
この部屋そのものに「サイレンス」を施しておいたのは正解。少なくとも今は、絶叫が戸外に漏れれば不都合になる。
この絶叫を餌にして獲物を釣るにしても、まだそれは時期尚早。
12の翼を担う金髪の天使は、自らの判断に狂いがないことを確かめていた。
「だが、この私が…
ミトス・ユグドラシルがかつて、貴様ら劣悪種に舐めさせられた辛酸は、これほど生温いものではなかったぞ?」
くつくつと嗜虐の笑みを浮かべる長身の天使。ユグドラシルはささやくように言う。
彼女に施した呪は、「ナイトメア」。一説によると異界より伝わったとされる、ガーラーン大戦で失われたはずの禁呪。
「ナイトメア」は対象を強制的に眠りにつかせ、そしてその眠りの中で強烈な悪夢の思念を送り込む。
その悪夢の思念で、対象の精神に直接打撃を与える外法。
ユグドラシルもしばしば、クルシスの長年の統治のもとでこの呪を用いてきた。
捕縛した捕虜を傷付けずに、恐怖で精神を疲弊させ、自白を誘うために。肉体的拷問では屈服しない者を屈させるにもまた有効。
そしてユグドラシルは、ミトスとして過ごしたカーラーン大戦時代、人間がおよそ生み出しうるあらゆる邪悪を見てきた。
その際の記憶をもとに、ユグドラシルはミントに悪夢を送り続けている。
(…常人なら、すでに三度は廃人になるほどの悪夢を見せてやっても、まだこの劣悪種は屈せぬか)
カーラーン大戦時代に吹き荒れた「魔女狩り」の嵐。その際魔女と吊るし上げられた者に加えられた、激烈な拷問。
戦争の極貧状態が生む、明日をも知れぬ身に堕ちた人間の行う、鬼畜の所業。
集団と化した人間の、理由も原因もない、狂気に満ちた暴走。
その際にミトスらは、常に踏み台になる側の人間であった。
姉共々泥水をすするような生活を送り、魔女狩りの対象にされぬかと戦々恐々の放浪の日々を過ごした。
その際の苦痛や恐怖を、ユグドラシルはそのままミントに送り込んでいる。
ミントの男であるクレスが、彼女を徹底的に痛めつけ、犯し、壊し、挙句の果てにはミントの死体を文字通り喰らう。
延々それの繰り返し。夢の中で意識を失おうと、また別の悪夢の中で目覚める。
そして、ミントに夢の中でそれほどの仕打ちを見舞うのは、ミントの最愛の仲間であるクレス。
この「バトル・ロワイアル」さえ天国と思えるほどの、永劫回帰の無間地獄がそこにあった。
しかも今回は、何らかの情報の自白を強要しているわけではない。ただ痛めつけることが目的。遠慮も仮借もない。
(この女がどこまで悪夢の思念に耐えられるか、実験するのも悪くなかろう。
心が壊れてしまったなら、この女を予備の『器』に据えるのもまた一興か)
何故この女に、愛する姉の影を見てしまったのか。
ユグドラシルはこの村に戻るまでの道すがら、沈思に黙考を重ね、ようやくそのわけが分かった。
この劣悪種の女の固有マナは、よく調べてみればコレットに…『器』によく似ている。すなわちマーテルの固有マナに。
否。下手をすれば、固有マナの同調率は本来の『器』のそれをも上回るかも知れない。
僥倖。まさに強運の賜物。『器』を発見して以降、運命の女神は彼に追い風を吹かせ続けている。
自らの疑問が氷解するや否や、ユグドラシルは笑いが止まらなくなりそうな愉悦に浸った。
(…この私の力の前には、運命でさえもかしずくということだな)
何から何まで、順風満帆。目障りな劣悪種どもは、E2の城において互いに潰し合いをしてくれている。
邪魔者同士が自滅し合ってくれるなら、これほどありがたい話はあるだろうか。
ますます、計画の進行が容易になってくれる。事態は好転し続けている、
(だが、これで慢心するほど私の底は浅くない)
口の端に狂気じみた笑みを浮かべながら、ユグドラシルは手に握り締めたそれを傍らの机に置いた。
曙光に染まる東の空。その色を受けて輝くは、鈍色の光沢を持つ細いものの束。
すなわち、針金。この村の民家の倉庫から、ありったけ失敬してきたものである。
ユグドラシルはミントを悪夢の思念で苦しめている間、これを村のあちこちに埋設していたのだ。
そして、その針金が集まる先はここ。ユグドラシルが根城と定めた、この家。
侵入者がやってきたなら、この針金に『ヴォルトアロー』や『インディグネイション』あたりで高圧電流を流す。
この村の地面に網の目のように張り巡らされた針金を、誰かが踏めばどうなるか。結果は明白。
足の裏から、針金を踏んだ犠牲者は感電する羽目になる。
もっとも裸足で戸外を歩き回る人間も少なかろうし、電流はすぐさま地面に逃げてしまうだろう。
『ヴォルトアロー』の高電圧の直撃は期待出来ない。
それでも針金を踏めば、受ける電撃症は洒落にならない。最悪の場合、牽制に終わっても十分。
それ以外にも、まだ罠は用意してある。
針金の埋設と並行して、『グランドダッシャー』を用いた落とし穴もいくつか作っておいた。
もちろん、落とし穴の底には『アイスニードル』で作った氷柱の槍ぶすまも抜かりなく用意してある。
落とし穴の深さもそれなりのもの。氷柱の槍ぶすまに落ちれば、まず助かるまい。
(さて、次はいかなる手を打ってくれようか)
E2の生き残りが来るまでに、可能な限り大量の罠を敷設しておきたい。
この「バトル・ロワイアル」において、「過剰殲滅」の四文字は存在しない。
最悪ここにいる3人以外の参加者全てが、大挙してこの村に攻め込んできたら――
それくらいの事態を想定すれば、罠はどれほど大量に敷設してもやり過ぎにはならないのだ。
床に転がり、苦悶の絶叫を上げ続ける金髪の女を、何の感情もこもらぬ瞳で見下ろす1人の天使。
四角く切り取られ、部屋の中に侵入する夜明けの光。それを見て、ユグドラシルははたと思い出した。
ちょうど、時間は放送直前。あと数分もしない内に、今晩の死者が発表される。
(可能な限り多くの参加者が死んでいれば良いのだがな)
ユグドラシルは金の髪をかき上げながら、傍らのベッドに歩み寄る。
臀部を落ち着かせ、懐から名簿と地図と、そして羽ペンを取り出す。
12時間おきに勝手に反転し、時を刻み続ける砂時計を見る。
もはや、砂時計の上部には、わずかばかりしか砂は残ったいなかった。
(このクルシスの主である私を、こうまで踊らせてくれるとはな…ミクトランとやら)
砂時計の向こうに見えた気がした、このゲームの主催者。天上王を名乗る、ミクトランなる男。
いままで硝子玉のようだったユグドラシルの瞳に、わずかばかりの殺意が燃える。
(この私を劣悪種どもと同じ薄汚い地べたで這いずり回らせ、玩具のように弄んでくれた礼は、
貴様への用が済み次第きっちりと返してくれよう…それまでに精々、首を洗って待っていることだな)
髪をいじり回していたユグドラシルの手は、いつの間にか震えるほど強く握り締められていた。
孤高の天使を見やる心無き少女は、ただその怒りの発露を静かに見守っていた。
わずか一筋ばかり、赤い光を宿した双眸から涙を流しながら。
かすかに口元を動かし、声にすることもかなわぬ想いの丈に耐えながら。
精神(こころ)を失った霊魂(きもち)は、ただひたすらに救いを求めさまよっていた。
【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP残り35% 天使能力解禁 ユグドラシル化(TP中消費でチェンジ可能)
ミント殺害への拒絶反応(ミントの中にマーテルを見てしまって殺せない)
所持品:エクスフィア強化S・アトワイト(全晶術解放) ミスティシンボル
大いなる実り 邪剣ファフニール ボロボロのダオスのマント
ミントの荷物一式(ホーリィスタッフ サンダーマント ジェイのメモ)
基本行動方針:マーテルの蘇生(手段は問わない)
第一行動方針:放送を聞き情報を整理
第二行動方針:休息後、C3の村に可能な限り大量の罠を敷設
第三行動方針:ミントの精神を悪夢の思念で壊す。可能ならば予備の「器」に利用する
第四行動方針:C3村にやってきた連中を一網打尽にし、魔剣を回収する
第五行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:C3の村の民家
【ミント・アドネード 生存確認】
状態:TP全快 失明(酸素不足で部分脳死) 帽子なし 意識混濁(悪夢による極度の心神耗弱) 法術封印状態
両手両足を縛られている
所持品:なし。全てユグドラシルにより武装解除された
第一行動方針:????
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:C3の村の民家
【コレット・ブルーネル 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック
基本行動方針:防衛本能(自己及びミトスへの危機排除。若干プログラムにエラーあり)
第一行動方針:ユグドラシルの言うことを聞く
現在位置:C3の村の民家
※現在C3の村には針金による電流金網トラップおよび、針山付きの落とし穴を敷設済み(落とし穴は複数ある可能性あり)
※ユグドラシルらのいる部屋は、現在部屋そのものに「サイレンス」がかかっている。魔法の使用は不可能
56 :
右骨の幻 1:2006/07/22(土) 06:04:24 ID:L9HsvOLP
彼女は立ち尽くしていた。その右手には拳銃が添えられている。
脳からの電気信号を確かめるようにゆっくりと、彼女の右手が持ち上がる。
右手の変化が止まる。こめかみにひんやりとした感覚。
銃口を押しつけて、彼女は静止した。
右人差し指に信号を送る。曲がれと念じて、超能力のように指が引き金に力を与えた。
晴れた空の下で、一発分の銃声が鳴らなかった。
プリムラはその銃口をトーマに向けた。震えは無い。
脳からのドーパミンを確かめるようにゆっくりと、彼女の顔が変になる。
顔の変化が止まる。空気が寒くなる予兆。
銃を片手で構えて、彼女は静止した。
特に何も考えずに彼女は指を引いた。
「晶霊弾を喰らえ〜」プリムラが銃をわざとらしく動かす。
「うおっまぶしっ」自分で云っていれば世話もない話である。
「…お前、故障して、いるにしても銃で、の遊びすぎは、命に、関わるぞ」
息を切らしながらリオンは大の字で伏せっていた。その顔には玉のような汗が滴っていた。
57 :
右骨の幻 2:2006/07/22(土) 06:05:08 ID:L9HsvOLP
好奇心とばかりに近づき覗いてみれば、何のことやあらん、やっぱり唯のゴミだ。
腕は一対揃わず、胸椎も腰椎も数が足りず、肩甲骨はどこに雲隠れしたか。
肋骨なんて対を揃える方が難しい。12対あるはずなのだが。
兎にも角にも、どうにも人間を、上半身を作るには骨が足りない。
少々骨盤が欠けて肉が焦げてはいるが、まだ上半身よりマシな下半身が語るには
年頃の女性か、肉置きは中々良く解剖し甲斐のありそうな逸材だ。
その衣服だったと思われる襤褸切れから
推するに閉鎖的な風土、環境下で育ったことが窺い知れる。
ただ、下半身だけでは人は人では無いだろう。
元々無理な話なのだと、リオンはそう結論づけている。
幾ら三人の中で一番体調が優れているとは云えどもそれは単なる比較であり、
散々血を失って死にかけた、リオンとて無理に動ける道理は無いのだ。
つまりは決して弱音を吐いたわけでは無い、と言うことだ。
リオンが足を動かすのを辞めたのは何とも情けないことかこの島の南部を東西に隔てる橋の上だ。
橋というのは素人目に見ても明らかなほどに待つに易く抜けるに難い、危険要所と言える。
この2人も流石に強行軍は無理があるかと判断していたのか
そろそろ休憩を挟まねばならないと考えていたようで、
リオンは己の面子を保ったまま休みを入れることに成功した。
そして、何処で休むかを考えた所に、この場所を選んだのは偶然ではない。
1つは元々このF4はトーマのゲームが始まった、つまりは彼女と出会った場所であり、
転じてこの島最大の食料庫でもある。
そして、何よりも問題だったのはここの厭な匂い、腐臭である。
プリムラが無理をして明るく振る舞うのも無理はない。
まともに直視するには少し、いやかなり厭な死体だ。
森からトーマとおぼしき足音が響く。そろそろ腹を決めてこの死体に相対せねばならない。
58 :
右骨の幻 3:2006/07/22(土) 06:06:41 ID:L9HsvOLP
その破砕状況から重火器の一撃で上半身を持っていかれたことは容易に想像が付いた。
都合の良いことに、こんなゴミを生産できる兵器を持っている人間に1人心当たりがある。
その上昨日の夜にそいつがこの近くにいたのだ。
何の難しい事も不可思議もない。
血の乾き具合と先ほど見殺しにした少年の話を踏まえれば、
これが藤林しいなその人だった物体であったことは推し量るに難くない。
結論を出さないのは単に識別するべき頭蓋が見つからないし、出したところで無意味だからだ。
何とも自分の予想通りの結果だと彼女は思う。
この肉片は‘やる気のやつに見つかってそのままやりあった’結果なのだろう。
いや、ここまで綺麗に微塵と消えたなら奴に見つかってそのまま死んだのか。
何とも、どうでもいい話である。
奴を許さない理由がまた1つ増えただけだ。
めぼしい物が無いか探したかったが、とうに彼女の気は削がれていた。
どうにも銃火器は厭になる。
彼女は手首を90度回して腕に巻いた時計を見た。
銃自体はイカれて使い物にならない。しかし銃があると言うことは
弾薬を処分するに越したことはないわけだが、どうにも探すに気が乗らない。
この手合いなら実包なのだろうし上手く使えば罠の殺傷力を数段跳ね上げることも出来るが、
これ以上道草を食えばそれこそ作戦行動に支障が出る。
それに目標を捕縛するのが当座の目的なのだから過度の殺傷力は邪魔なだけだ。
何よりも気が乗らない。どうにも厭だ。
火薬の匂いが厭なのだ。
ミミーほどではないが、それなりに収穫を持ってきたトーマの目は少しだけ潤んでいる様に見える。
ウイングパックに詰められた木の実、薬草の類は形而上は安全そうに見えるが手に取る物は誰もいない。
この場合トーマの知識を疑っているのでは無く、単純に食欲が無いだけだ。
1人は走り疲れて、1人は感慨に耽って、1人はこの上半身無し死体に当てられて、無理もない話である。
唯一この三人の中で此方側にいたことのあるトーマが云うにはある人間のフォルス暴走を察知して
この場を離れた時にはこんな遺体は無かったという。
つまりこの遺体は第二回放送の前後以降に拵えられたものだと云うことで、
そこで此の遺体に関する情報は止まっている。つまりはこの三人とは無縁の遺体である。
見つけた物は2つ、厳密に言えば4つある。
「そんなマガジンだけ拾ったってしょうがないんじゃない?」
血と体液に塗れて気付きにくかったがトーマが金属反応を感じてそれは発見されるに至った。
まだしいなが使わずにサックに入れていたオート用の45ACP弾七発マガジン計3つである。
「マガジンに、カートリッジに入っているのは弾丸だけじゃない」
そう言ってリオンは血を拭ってから懐にそれらをしまい込む。
危険物をわざわざここに残しておくのも危険だという判断である。
「…で、これはどうする」トーマの掌に乗ったウグイスブエはトーマの大きさと相まって
実寸より小さく見えた。
「ちょっと貸してみて?」プリムラはそれが殆ど汚れていないことを確認すると、
2人の静止を聞く前に物の試しとばかりに吹いてみた。
しかし少々甲高い呼吸音が虚しく響くだけである。
もっとももしなっていたのなら本当のウグイスと勘違いする馬鹿以外は此方に襲撃に来る
可能性もあった為、結果的には良かったとも言える。
とにかく何処の故障かは分からないが音の鳴らない笛などあっても仕方の無い、捨てるかという
段になって、それに待ったをかけたのはリオンであった。右手に乗せて笛を見回す。
「見たところ木工のようだ、特に目立った破損もないのだからあの馬鹿なら直せるかも知れん。
一応…」そこでリオンは自分が何を言っているのかを理解して、その動揺を悟られないように集中した。
トーマとプリムラは特に対した事と思わず、唯額面通りに受け取った。
リオンは自問するが答えは返ってこない。
右腕はただ黙したままである。
59 :
右骨の幻 4:2006/07/22(土) 06:07:51 ID:L9HsvOLP
欠片を埋める時間も惜しいので早々に彼女はここを離れた。
橋の前で彼女は足を止め、思考を巡らす。
人は死んだら骨しか残らない。骨こそが死して尚残る記録、だと解釈するならば
人の記憶が脳だけではなく骨を介して体中に蓄えられるというのも
中々馬鹿に出来ない論説かも知れない。
ともすれば、今そこにいた下半身はもう人ではなく唯のゴミなのか。
あと何本骨があればアレは人間を維持できたのだろうか。
確かもっと面白い宗教伝承があったような…
彼女は前を向き、対岸に罠、或いは伏兵がいないかを確認する。
この島に来てからどうにも厭な考えしか浮かばない。
彼と別れてからはその傾向は益々強くなっている。
あの下半身と一緒だ。下半身のあり方から上半身を推することは出来るが
その詳細は洋として掴めない。しかしそのシルエットだけがやけに強く引き立つのだ。
根拠はないのに説得力がある妄想、とでも言うのだろうか。
考えるのは暫く辞めよう、と彼女は決心する。
今は、奴らを打ち倒すことだけを考えたほうが良い結果に繋がるかも知れない。
30分ほどの休憩を経て三人は再び出立の準備を整えた。
もう既に空が白んでいる。どうやら洞窟にたどり着くのは放送の少し後か更に遅れるか。
リオンは左手でレンズ片を弄びながらそう思った。
準備が出来たとの声を聞き、そちらを向く。トーマのフォルスによって
下半身の周りに残った余りが集まっている。
リオンの持つレンズ片が輝いて、遺体の周囲の土が隆起し、彼女を覆い隠していく。
数秒たたぬうちに、藤林しいなは完璧に埋葬された。
「何でそんなに埋めたがるの?」対した理由もなくプリムラはリオンに聞いた。
彼の埋葬を見るのはこれで二度目である。
彼女はもう一度、微かにしか見ること叶わないその下半身の方を向いた。
「貴女のように、私は死ねるかしら?」一言呟いて、彼女は彼岸に渡った。
少しだけ考えて、リオンはぼそりと呟いて直ぐに走り出した。
「葬らなければ、甦る地獄もある」その一言は、彼女の耳には届かなかった。
60 :
右骨の幻 5:2006/07/22(土) 06:09:06 ID:L9HsvOLP
【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 軽い火傷 TP残り70% 決意 中度失血
所持品:イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
ジェットブーツ, 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明)
基本行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:漆黒を生かす
第三行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
現在位置:F4南平原→G3洞窟へ
【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)切り傷多数(応急処置済み)
再出発への決意 体力消耗(中)
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ ミスティブルーム、ロープ数本
ウィングパック(食料が色々入っている) 金のフライパン
C・ケイジ スティレット グミセット(パイン、ミラクル) 首輪
基本行動方針:主催をぶっ飛ばす
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:グリッドとヴェイグに謝る
現在地:F4南平原→G3洞窟へ
【リオン=マグナス 生存確認】
状態:HP70% TP85% 右腕はまだ微妙に違和感がある
コスチューム称号「ジューダス」 疲労
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 45ACP弾7発マガジン×3 ウグイスブエ(故障)
レンズ片(晶術使用可能) ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる 可能なら誰も殺さない
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:スタンを探す
第四行動方針:協力してくれる者を集める
現在地:F4南平原→G3洞窟へ
61 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 22:53:16 ID:l4iG/ady
キタ━(゚∀゚)━!
62 :
もとめるもの1:2006/07/27(木) 21:41:13 ID:WALn29WP
彼はこのゲームの渦中、最も精神的に混迷していた人物と言っていいだろう。
ある者は死に場所を求め
ある者は血を求め
ある者は己の力量を試し
またある者は仲間を守るために
何処に出るとも分からない枝葉に分かれた路が交差する中、立ち尽くした者も多かろう。しかし、時は動く。次第に自分の歩むべき道筋、その先を見据えてきた。
彼はいわば、唯一未だにその迷路に取り残されている者なのかもしれない。
例え手を差し伸べてくれる者がいようともそれは皮肉にも彼を絶対の孤独に突き落とす、無慈悲なるものだった。
これでまた一つ、彼の疑問が増える。
彼にはまだ答えがよく分からないのだ。
元々非社交的で、人にどう接したらよいのかも不器用な彼には分からない。口にはしなかったが悩む彼に気付いたある女性は言った。
『それでいいのよ。本当の事なんて私にも分からないわ。
それだけ考えているならきっと大丈夫よ。だってそれは―――』
その言葉の続きはない。その後、あの陽が溶けだした。絶叫にかき消されたのだ。
忌まわしき日。ずっと自分の傍らにいた女性を氷漬けにしてしまった、ラドラスの落日。
本来ならば、人々を救う為に放たれた、聖なる光。
しかしそれにより得る能力は悪を倒すものとはいえ、間違いなく破壊の力である。守る為でもそれは血に塗れる。
フォルスとは闇色に染められた聖なる光なのだ。
63 :
もとめるもの2:2006/07/27(木) 21:50:38 ID:WALn29WP
そしてその力を忌まわしき事に使う者もいる。私利私欲。
それに正義などないと信じていた。皆の笑顔を奪う疎ましい事だと。そう、思ってきた。
そもそも、何故悪というものは存在するのだろう。
誰もが、それに抗い、時には呑まれ、傷つけ合う。
何故傷つけ合うのだろう。幸せになる為に?誰かを傷つけることが幸せなのだろうか?
中にはその行為を喜ぶ者もいる。そこに矛盾の壁が大きく立ちはだかるのと共に、彼の中で周りの言う大きな定義が揺れる。
彼の村は穏やかだ。
誰もが笑い、時には甘いお菓子の香りが漂う。それは厳しい村の寒さすらも溶けてしまった。
憎しみも、邪心も、それら全てとは無縁だった。
ただ、子供は走り回り、爽やかな風に野の小花が揺れるささやかな村だった。
普段は無表情な彼でも、あの村にいれば心が溶解する。
少しだけ笑みを浮かべてみる。照れくさかったけれどそれが嬉しかった。
まだあの光景は、心の中であたたかいかたまりとなって残っている。
それが壊れる瞬間。
黒い思念による人々の心の支配。いや、あれは呼び覚まされたのであろう。
あっけなかった。
村人は忌み嫌い合い、あの安らぎを黒よりも残酷な無で埋めてゆく。
しかしあの日を求めて、形は無くなってしまおうともあの日を取り戻す為に戦った。
その原動力となった、心に灯るひとつのピース、これが幸せなのだろう。
目の前に荒みつつも冷めかけたヴェイグの心を貫くような意志を宿した二つ瞳がある。
グリッド。眼に宿るは仲間といたいという強い意志。皆で生きて帰りたいと願う気持ち。
その瞳を胸に収めて、気を失った。
そして精神世界を漂いながらヴェイグは今、考えている。
64 :
もとめるもの3:2006/07/27(木) 21:57:28 ID:WALn29WP
ひとつの人影が脳裏に強く焼き付いている。
いつも笑って笑って、暑苦しいくらいの熱血で鬱陶しいこともあったが、少しそれが羨ましいと思っていた。あの快活な青年。
しかし記憶の最後での彼は、その思い出とは似ても似つかない、心を閉ざした修羅の様だった。
ティトレイはどうしている?ティトレイは―――
あの青年はもう行ってしまった。
ティトレイとは戦闘で背中を預け合った仲。
だけどあの快活な青年はもういない。存在しているのは中身こそ違いすれど、力はないがそれでも固い意志のあるあの瞳。本気だ。彼は彼の意志であの行動に及んだのだ。誰に操られるでもなく。
何故そうなるに至ったのか。
ティトレイの事だ、そう簡単な事ではあんな様子になったりしない。
むしろ残虐な事があれば、あのただでさえボサボサの髪が怒髪となって天を貫いて怒るだろう。
しかし、あの眼。
彼の瞳にヴェイグのピースが揺れる。
自身にも心辺りのあることだ。意志の元にルーティを惨殺したのだ。一度はそれが間違いだと思った。
しかし、彼の瞳を見ると何故か今は否定しきれない自分がいた。
結局、どちらが正しいのだろう。
クレアの元に帰る為だけの理由で走った凶行。
あの時はあの時でそれが正しいと思った。
そしてひとつヴェイグは謎に思う。
間違った事に聖獣の力を使えば身を滅ぼす事になる。しかしあの時は自分がフォルスに呑まれて滅びるという事は無かった。
どういう事だろう?
65 :
もとめるもの4:2006/07/27(木) 22:02:27 ID:WALn29WP
聖獣にも「真に正しいヒト」とは分からないという事なのだろうか。
ティトレイもまだ、力に呑まれる予兆は無かった筈だ。
自分と互角に戦ってきたフォルス使いの四星もそんな事はなかった。
彼らが彼らの聖獣に会ってはいないということは言い切れないのだ。彼らはフォルスを暴走させる事もなかった。特に純粋にヒトをいたぶる事を楽しみとしていたサレとトーマ。
一見すると血迷ったサディスティックな畏怖すべき行動。しかしフォルスを操ることができる。
フォルスとは強い心の力。
つまり彼らには彼らなりの正義とか答えがあったのだろう。何かを願う強い心の力。
彼らのそれとは何なのだろう。
人々のあたたかい側面は沢山知っている。しかしそれの対をなすピースの形については知らなさ過ぎている。破壊を望む、負のピース。
ユリスにしたってそうだ。自分達は世界の人々の力と共にあれを倒したが、ユリスは孤独だ。
人々の闇の心が生み出したとはいえそれはひとつのもの。ひとつの悪と定義してきたものにもあれほどの力を擁するのだ。
破壊は悪だ。だとすれば、何故破壊するものにも強大な力を持つことができるのだろう。
人とは万物とは幸せになる為に生まれるものではないのだろうか。しかしそれを否定するかの様な力の存在。
そしてそれ自体を破壊すべく更なる力が必要となる。その先にあるのは紛れもなく戦い。血や苦しみや或いは死を意味すると言う事だ。
66 :
もとめるもの5:2006/07/27(木) 22:06:11 ID:WALn29WP
その事は彼に人とは何かを訴えかける。悪が滅ばねばならないとすれば、ティトレイは死ななければならないのか。
あの眼はきっと覆せない。彼はきっと、自分達とは対局の何かの本当を知ってしまっているのだから。
数々の本当に人の正と生が埋もれてゆく。
一度埋めてしまうと掘り返す事はできないのだ。それは自分を信じて、バイラスや数々の敵や―――ルーティを殺してきた事でよく知っている。
もう迷う訳にはいかない。
何が自分の本当なのかを見極めなければ。
彼は、ヴェイグはもう「それ」を見てしまったのだから。そしてその存在は彼のあたたかいピースの横をひどく叩く。
何が真となるのか。ヴェイグは再び考え出す。しかしそれは迷いではなく、ふと湧いてきたあまりにも普遍的な疑問。
彼にはそれを知る必要がある。
この大地でももう軽く半数以上の命が消えている。どの様なそれぞれの「答え」を見つけだし、衝突しては埋もれてきたのだろう。
周りの人々があたたか過ぎて、今まで考える事もなかった。目先のぬくもりが全てだと信じてきた。
しかし、このゲームに居るにつれ、人の気持ちはそれが全てではないのだと、否応なく見せつけられるのだ。
ヴェイグは知らなくてはならない。心を変えてしまった友の見てきたものを。
あの眼が映してきたものを。
グリッド達が正しいのか、はたまたティトレイの意志か。
この会場の聖と闇。どちらが統べるのか。その統べるまでに至った意味を。
彼の疑問を消化する為の心の長い旅が幕を開ける。
67 :
もとめるもの6:2006/07/27(木) 22:07:01 ID:WALn29WP
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP40% 気絶 ※現在マーダーに付くか、脱出組に付くかはなどは不明
所持品:チンクエディア
基本行動方針:???
第一行動方針:グリッド達と行動を共にする
第二行動方針:ティトレイに会う
第三行動方針:???
現在位置:E2、E3の境
「メルディ」
キール・ツァイベルは、隣り合った褐色の肌の少女に声をかけた。
「…………」
彼女の耳には、果たしてその言葉は届かなかった。
「メルディ…!」
メルディと呼ばれた褐色の肌の少女に、キールは再度声をかける。
「…………」
それでも届かぬ、自身の声。キールは苛立って、つい語調を荒げる。
「メルディ! 聞こえているなら返事をしろ!」
「!」
その言葉で、ようやくメルディは耳を叩く声の存在に気付いた。
メルディは首を弾かれたかのように持ち上げ、そしておもむろにキールの顔を見る。
「…はいな」
そして、その返答はただただ弱々しかった。
「…ったく、お前って奴は…」
キールは思わず、焦点を結ばない彼女の瞳に苛立ちと、そしてどうしようもないもどかしさを覚えてしまう。
ネレイドに憑かれた、その後遺症。メルディの心は、ほとんどここに在らずといった様相を呈していた。
(…無理もないけれどな…)
ネレイドが彼女に付いた際、繰り出したあの強大な力を考えれば無理もなかろう。
そして、あの力ゆえに自身らが命拾いしたことを考えれば、これまたどうしようもないもどかしさに、キールの心は苛まれる。
先刻E2の城に降り注がんとしていた、轟雷の驟雨。
そしてあれを止めたのは、メルディの…メルディの招来したネレイドの、闇の極光の力であることは、変えようのない真実。
あの雷の雨の威力は、思い出すだけでも鳥肌が立つ。この程度の小規模の戦いには、本来使うような代物ではない。
さすがにあの一撃の威力は、シゼル城を守っていた黒体を破砕した、改良型のフリンジ砲ほどではあるまい。
しかし、確実にセレスティアの七大秘宝の一つ、バンエルティア号に搭載された主砲の威力は軽く凌駕していた。
47年型12連装クレーメルエンジンの叩き出す、2万8000エストの出力…
それを以ってして放たれるバンエルティア号の晶霊砲は、直撃なら並の駆逐艦ぐらい木っ端微塵に爆砕できる。
いわんや、人間がそれに巻き込まれでもしたらどうなるか。結論は簡単である。
グロビュール歪曲の原因となる晶霊力元素にまで肉体は還元され、影も形もなくなる。つまり、跡形もなく消滅する。
メルディの肉体は、それほどの威力を持つバンエルティア号の主砲をも超える、強大なエネルギーの砲身となったのだ。
あれほどのエネルギーをほぼ完璧に相殺できるだけのエネルギーを行使して、体が粉微塵にならなかっただけでも奇跡的である。
力を用いたその代償が、精神力の減殺だけで済んだなら、それは大儲け。破格の取り引きと言えよう。
メルディの心は、それゆえに心ここにあらずといった状況にあった。
「…ちくしょう」
思わずキールは、毒づいた。手に握り締められた、リッドのチョーカーを震わせながら。
クレーメルケイジを奪われただけで、どれほど自分が無力な存在になるかを思い知らされながら。
本来なら、ネレイドに殺されるべきは、自分であったのに。
この忌まわしき世界から抜け出す力を持った、リッドとメルディこそが生き延びるべきであったのに。
(…僕は…無力過ぎる…)
キールの目の中で、光が揺れる。目の奥が熱くて、そのくせからからになっている。
「リッド…埋めてきちゃったな…」
「ああ…」
さすがにリッドの死体を運ぶのは、自分達2人だけでは厳しい。だが、死体を野ざらしにするのは余りにしのびない。
ゆえに、リッドはその場で土葬して、キールらはその場を去った。
メルディから借りたクレーメルケイジで、威力を絞った「ロックブレイク」を用いて地面に穴を掘り、略式の葬儀を行なった。
セイファート教の聖なる印である、十字型に結ばれた木の棒を立て、「リッド・ハーシェル、安らかに眠れ」と記した。
それが、リッドに出来たせめてもの供養。
形見分けとして、リッドのチョーカーを首から外し、リッドの装備を貰い受けて、2人は今ここにいる。
「これで…良かったんだよな、リッド」
キールの頭の片隅では、リッドの首を切り落として首輪を持って行け、と言う声も聞こえた気がした。
だが、さすがにそんな死者を辱めるような厚顔無恥な行いは、キールには行ない得なかった。
ましてや、それが腐れ縁とは言え、長い旅のうちに真の友情を結んだ友の亡骸とあれば。
「…いっぱい、人が死んだな…」
「…ああ」
「このままじゃ、もっと人が死ぬか?」
「…ああ」
「メルディも…いっぱい人殺しちゃったよ」
「違う…それは違う」
最後の言葉は、断言するキール。
「メルディ…死ぬのが怖くて、ネレイドに体譲ったよ。そのせいで、人を殺しちゃったよ…
最後には、リッドも殺しちゃっ…」
「違う! どれほど精緻な論理を組まれようと、どれほど合理的な解を演繹されようと、そればかりは譲るものか!!
リッドを殺したのはネレイドだ!!!」
ヒステリックな物言いになるのを、分かってはいても抑えることはできない。キールは、本気の怒りを乗せて叫んだ。
「…リッドを殺したのは、ネレイドだ」
もう一度繰り返すキール。溢れそうになる怒号を、必死にせき止める。
「そしてネレイドをこの会場にけしかけたのは、ミクトランだ」
非論理的な当てこすりだと分かっていても、キールはその逆恨みを口にせずにはいられなかった。
ミクトランがネレイドをこの会場に招待するなど、数分の議論もなくして論破できる馬鹿馬鹿しい迷妄。
神を使役するなど、命の定まった存在にできようものか。愚劣で稚拙な論理展開である。
それでも、そんな邪推や逆恨みを口にせずにはいられるほど、キールは冷血ではない。
怒りで心が煮えたぎりそうで、悲しみで心が凍り付きそうで、憎しみで心が焦げそうで、身悶えするほどに苦しんでいる。
「…だからお前には罪はない。真に罰せられるべきは、ミクトランなんだ」
「…はいな…。キール、メルディ分かったよ…」
「それでいい。生き延びることさえ出来れば、セイファートに罪を懺悔する時間ならいくらでもある。
だから今は、生き延びることを考えろ」
そのために、今できること。キールにできることは、キール自身が良く分かっている。
キールは羊皮紙と羽ペンをとりながら、メルディの書き連ねたメルニクス語のメモに、付記や注釈を盛り込む。
この島においては、どういう理論が働いているのか詳細は不明だが、何故かキールにもメルニクス語の読解ができる。
本来なら、キールは辞書抜きにはメルニクス語の読解は不可能なはずであるのに、である。
(この空間における異常な晶霊力の振る舞いが、僕らの体内の水晶霊力を解して脳に作用し、
オージェのピアスと同等の効果を言語読解能力にまで拡張した結果なのか?)
仮説はいくつか考え付くが、現状ではそれより重要な情報はいくらでもある。
その結果が、キールの皮袋の中に眠る、紐で綴じられた分厚い羊皮紙の束。
この2日のうちに集め、整理し、交換して手に入れた情報はすでに膨大なものとなっている。
最初は数枚のメモ片も、今や膨れに膨れてレポートと呼ぶにふさわしい、分厚い冊子となっている。
この空間とエターニアとの間の、晶霊学的差異。
この島の各地で、行軍や作戦の合間に行なったグロビュール歪曲係数の測定結果。
ファキュラ説の成立・不成立の確認。それから派生する、この空間を成立させている原理や理論への考察。
ジェイと出会ってからは、よりこの島における戦術・戦略の眺望、そして各マーダーへの具体的対抗策。
また、ミンツ大学では教養科目で僅かにしか習わなかった、戦術・戦略論の基礎知識。
そして、現在のところ最も重要な情報である、首輪の安全な解除方法。
(メルディがネレイドに乗っ取られてる間、メルディは色々首輪を見てみたよ)
すなわち、精神をバテンカイトス側に引きずり込まれた状態で、物質世界を「見てみた」結果が、そこには記されていた。
更には、この会場をバテンカイトス側から観察した差異の知見という、素晴らしいおまけまで付いている。
そこに記された事実から、キールは次々と情報を吸収してゆく。
(なるほど…物質世界側からの物理的な干渉をするなら、首輪は即座に爆発する。
けれども、バテンカイトス側からの干渉なら、首輪の起爆システムに引っかからずに首輪を分析できる…
怪我の功名とも言うべき、合理的な首輪の解析手段だ)
だがその功名を得るための「怪我」は、あまりにも大き過ぎる。キールはリッドやメルディを想いながら、顔をしかめた。
(だが、この記述はかなり信頼度が高いな)
そこにあったメルディの首輪の観察結果は、今のところキールが採取し分析したどのデータや仮説とも矛盾していない。
(首輪を解除するに当たっての大問題は…)
首輪に仕掛けられた起爆装置の感度。首輪の起爆装置は、あまりにも感度が高過ぎる。
(…首輪に仕組まれたどの装置にも、首輪の起爆装置と直結したブービートラップが仕掛けられている。
装置のどこか一箇所が少しでも異常動作すれば、問答無用でドカンといく代物か。
起爆装置そのものを解除するにしても、起爆装置自体が十重二十重のブービートラップで守られている。
ここまで偏執的な装置を組むミクトランも、さすがと言ったところだな)
休息中、事情を筆談で説明しメルディにまとめてもらった首輪の情報は、すらすらとキールの頭に入ってくる。
さすがはセレスティアの筆頭晶霊技師、ガレノスの直弟子と言ったところである。
ミンツ大学の中でも、十分優等生と認定されるだけの、分かりやすくまとまった素晴らしい書き方である。
これなら、自身が再編集する必要もない。
メルディはそれだけ、ネレイドに意識を乗っ取られている間、一意専心で首輪の解析に励んでいたのだろう。
このまとめを書き終えた際の、メルディの糸が切れたかのような虚脱ぶりを見れば想像は容易。
まとめを書いている最中とその前後の、躁鬱病の患者にも似たその落差を見れば――。
(とにかく、これ以上メルディを傷付けてなるものか)
今度こそ、守る。ファラを、そしてリッドを失ったキールとメルディ。これ以上、失われてなるものか。
(そのために、メルディには負担をかけられない)
メルディはネレイドに意識を乗っ取られ、挙句には生身のまま激烈な破壊力をもたらす闇の極光を解放しているのだ。
メルディの精神はすでに限界すれすれまで磨耗している。
あと一度、上級晶霊術やそれに匹敵するほどの精神的負担がかかれば、恐らくメルディは耐え切れない。
メルディは、完全に壊れてしまう。
(今は、ロイドと合流しないとな)
ロイドが生きていてくれたなら。
セイファートの恩寵を賜ったリッドでさえ命を落とすほどの、熾烈な戦いが巻き起こったのだ。
ロイドが生きていてくれる保証も、どこにもない。生きていたとしても、どれほどの手傷を負っているのかも分からない。
メルディからクレーメルケイジを借り受ければ、今なら「ナース」と「レイズデッド」が使える。
「ナース」は、一度に全ての仲間の傷を癒すことの出来る晶霊術。
「レイズデッド」は、命の熾火がほんのひとかけらでも残っていれば、それを再び燃え上がらせることの出来る蘇生の術。
この術さえあれば、仲間達を救護することが出来る。
肉体と霊魂を結ぶ緒が切れていないなら、致命傷を負った仲間も助け出せる。
(生きていてくれよ…ロイド。せめて、「レイズデッド」で踏み止まれる程度でいてくれ!)
果たして、そのキールの望みは叶えられた。
丘を登り切ったところで開ける、夜明けの草原の橙の海。
「メテオスォーム」の集中爆撃を受けたかのように、黒々とした盆地が広がる。
E2城の跡地。
二度の大崩落を起こしたE2城は、もはや地面に打ち込まれた礎石がなければ、そこに城があったなどとは誰も信じまい。
「サウザンドブレイバー」と闇の極光が真正面からぶつかり合い発生した爆風で、残っていた城壁なども全て空に帰した。
爆風の余波だけで、これほどの大破壊が起こったのだ。
改めてキールは闇の極光の超絶的な力に恐怖し、そしてこの地での決戦に巻き込まれながら生き延びた幸運に安堵した。
そして、その爆心地にたたずむは、鳶色の髪の少年。アイスブルーの髪の青年。そして、見慣れぬ1人の男。
アイスブルーの髪の青年は、ただ2人に頭を垂れていた。心なしか、その瞳が揺れているようにも見えた。
そして、その青年に向かい、鳶色の髪の少年は語りかける。非を責めるようではなく、励まし奮い立たせるような表情で。
そして見慣れぬもう1人の男は、それを見てこくこくと頷いている。2人のやり取りの結果を、鷹揚に承認するかのように。
そして3人は、手を差し伸べ合い、一つにそれを固め合う。3本の手は、いずれも無傷ではなかった。
けれども、みな生きている。生きているのだ。
キールは、歓喜の声を上げそうになった。メルディも、わけも分からずといった様子でキールに倣う。
キールは叫んだ。鳶色の髪の少年の名を。
鳶色の髪の少年は呼んだ。キールの名を。
鳶色の髪の少年は、目に歓喜と希望を宿し。
アイスブルーの髪の青年は、目に思慮と憂いを宿し。
そして見慣れぬ1人の男は、目に不屈の正義感を宿し。
キールは確たる足取りで、鳶色の髪の少年に歩み寄る。
メルディはふらつく足取りで、キールを追う。
希望と絶望がない交ぜになった、甘く苦い再会が、この殺戮の島の上にて果たされた。
その再会を見届けつつ、双月は地平線に抱かれる。
その再会を祝福しながら、太陽は地平線より這い上がる。
消え行く星々は、何を思い蒼穹にうずまるのか。
この夜を耐え切った五つの希望の灯火は、半日ぶりの日の光に瞳を、そして心を震わせていた。
「クキュキュキュクィッキー!」(ほんと、こいつぁ喜んでいいやら悲しんでいいやら…オレには分からねえぜ)
メルディの傍らに寄り添う一匹のポットラビッチヌスは、その灯火を見やりながら、一声だけ鳴いた。
【キール 生存確認】
状態:TP65% 絶望と希望がない交ぜ
所持品:ベレット セイファートキー ムメイブレード ホーリィリング リバヴィウス鉱
キールのレポート(キールのメモを増補改訂。キールの知りうるあらゆる情報を記載済み)
基本行動方針:脱出法を探し出す
第一行動方針:ロイド達と情報交換及び作戦会議を行う
第二行動方針: 首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
現在位置:E2城跡地
【メルディ 生存確認】
状態:TP15% 軽微の火傷 精神磨耗(TP最大値が半減。上級晶霊術の行使に匹敵する精神的負担で廃人化)
所持品:BCロッド スカウトオーブ C・ケイジ (サック破壊)
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下)
現在位置:E2城跡地
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP5% TP20% 右肩に打撲、および裂傷 右手甲複雑骨折 胸に裂傷 疲労 歓喜と希望
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:仲間達と情報交換および作戦会議を行う
第二行動方針:仲間達と行動
第三行動方針:協力者を探す
現在位置:E2城跡地
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP45% 思慮と憂い
所持品:チンクエディア 忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 チンクエディア
エルヴンマント ダオスの皮袋(ダオスの遺書在中)
ジェイのメモ(E3周りの真相、およびフォルスについての記述あり)
基本行動方針:未決定。作戦会議後に決定する
第一行動方針:グリッド達と行動を共にする
第二行動方針:ティトレイに再会すべきか否か葛藤している
現在位置:E2城跡地
【グリッド 生存確認】
状態:顔面強打 左腕に凍傷 若干の疲労 不屈の正義感
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:ヴェイグ達と共に行動する
第二行動方針: プリムラを説得する
第三行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在位置:E2城跡地
※キールとメルディのフリンジのルール
この会場においては、キールはインフェリアの五大晶霊、メルディはセレスティアの五大晶霊を体内に宿している。
C・ケイジなしでは、それぞれの体内に持つ属性同士のフリンジで作成される晶霊術のみ使用可能。
またこの際上級晶霊術は使用不可。また晶霊術の威力も低下する。
C・ケイジがある場合、C・ケイジと体内にある属性同士でのフリンジが可能。
この際上級晶霊術も使用可能だが、体内の属性のみのフリンジでは、やはり上級晶霊術は使えない。
すなわち、C・ケイジを介さないフリンジでは、上級晶霊術は使用不可とする。
また、C・ケイジが二つ揃ったなら、劇中にフリンジの描写を挟むことにより、C・ケイジ内の大晶霊の組み替えも可能。
現在のところ、メルディの持つC・ケイジにはセレスティアの五大晶霊が、
プリムラの持つC・ケイジにはインフェリアの五大晶霊が込められていると推測される。
76 :
作者:2006/07/28(金) 23:57:54 ID:qPXnMlqC
訂正
ヴェイグのチンクエディアは一振りだけです。よってチンクエディアを一つ削って下さい。
77 :
第四回放送 1:2006/07/29(土) 00:03:25 ID:D//58lI8
箱の到着を確認。遂に待ち望んだ箱だ。
少し穴が開いているが問題ない。解れ程度なら片手間にでも繕えるだろう。
蓋が無いが問題はない。トレースは出来ている。
ノイズ甚だ大きいが破砕音確認。
予定通りE5河川中域に分散、流動した蓋を回収開始。
「――――――――――諸君。
この放送もこれで四度目だ。
確認しよう。諸君、目は覚めているかね?
私の声を耳に注ぎ、理解する程度に頭の回転は保たれているかね?
さて、いつもならばまず禁止エリアを言うのだが…
今回は先に死亡者の方から発表しようと思う。聞き給え!
ユアン!カトリーヌ!ジューダス!リアラ!ダオス!デミテル!ジェイ!
スタン=エルロン!ハロルド=ベルセリオス!リッド=ハーシェル!
―――――――――――――――以上10名だ!!」
78 :
第四回放送 2:2006/07/29(土) 00:04:23 ID:D//58lI8
大層濡れて原型を留めていないが、ひとまず蓋の回収を完遂する。
総重量的に見て多少欠けてしまったが問題ではない。
欠けた部分は補えばいい。埋めればいい。嵌めればいい。
まるでパズルだ、完成が待ち遠しい。
「ククククク…驚いてくれたか?いや、実に済まない事をしたと思っている。
悪気はなかったのだが、どうにも諸君等が驚く顔が見たくなってね?
ついこのような悪戯をしてみたくなったのだ。
御蔭で君たちのその狐に摘まれたような表情を堪能できた、感謝と謝罪の意を表しよう。
勿論、これが君諸君にとって事実上不意打ちであることは私も承知している。
このような私の享楽の為に諸君が死亡者の名前を聞き逃すというのは、
ゲームを進行する側としてあってはいけないことだ。
もう一度、もう一度だけ、死者の名前を挙げる。次は聞き逃すことの無いようにし給え。
ユアン!カトリーヌ!ジューダス!リアラ!ダオス!デミテル!ジェイ!
スタン=エルロン!ハロルド=ベルセリオス!リッド=ハーシェル!
―――――――――――――――以上10名、残り人数は15名だッ!!」
79 :
第四回放送 3:2006/07/29(土) 00:04:58 ID:D//58lI8
放送内容の順番を入れ替えることにする。
今更効果が有るとは思えないが、先に死亡者を発表すれば
心理的動揺も期待できるだろう。
結界を穿つならば事前の揺さぶりは重要だ。
そして更に布石を打つ。
恐らくもう首輪の機構が露見している可能性が高い。
そこで逆に監視の可能性を嘯いておく。
そもそも彼らに監視が無いことを証明する手段は無いのだ。
「やはり盗聴だけではなく監視もあるかも知れない」
そう疑うだけで呪詛は確実に発症する。
鵜呑にしようが嘘と決めつけようが、逃れられない。
真綿で首を絞めるように、檻を編む。
「ククククク…実に、実に素晴らしい!!
まっらく殺人速度は落ちていない!寧ろ早いくらいじゃないか!
その熱意に免じて諸君等に教えてあげよう。
現在3.67…およそ3.67!この数字は、とある倍率なのだが…
諸君らは、開始直後に比べて実に3.76倍、優勝する確率を持っている!
最初は思っていたはずだ…1÷55…単純に考えても優勝出来る可能性は
2%無いと、不可能だと、自分を騙してきたのではないかね?
しかしだ、現実…実際問題としてその可能性は1人当たり6.7%にまで上がっている。
まだまだ少ない、希望と言うには足りないと思うかも知れん…しかし。
ここから先、1人死ぬたびにその倍率の増加速度は爆発的に伸びていく!
これは妄信で虚言でもない…数理的論理だ!!
さらに言うならばだ。このゲームが55人が一斉に走り出す…徒競走だとしたならば、
もう君たちは既に全行程の七割を踏破している。これは推論ですらない。結果だ。
苦しいと思うかも知れん…辞めたいと思うかも知れん…だが、理解し給え。
既に引き返すべきスタート地点は遥か遠くだと言うことを、
進むべきゴールは、優勝は目の前だ。そう考えた方が楽…且つ現実的だ。
尤も…この夜の死者は10人。私の予想ではもう少しペースが落ちるかと思っていたが、
依然としてゲームは脈々と進行している。この事実が示すのは1つ。
つまりは、私がそんなことを言うまでもなく、
諸君等の意志は…厳密に言うならその集合的な意志、本能はこのゲームを理解している。
私の気休め程度の言葉など要らぬ杞憂、余計なお節介だ。
実に諸君等の滾る本能に水を差すようで申し訳ない。
諸君等は既に殺し合いをさせられているのではなく…殺し合いをしているのだから。
もはや私に出来ることと言えばもはや君たちの背中を、ほんの少し押してやる位しかない」
80 :
第四回放送 3:2006/07/29(土) 00:05:40 ID:vovAt4NN
念を押して今一度戦いを呼びかけることにする。
詭弁ではあるが間違ってはいないので嫌がらせ程度にはなるだろう。
少しでも信念が揺らげばそれを修正するのに更に労力を使わせることが出来る。
いや、ここでは嘘も本当も同じ事だ。私のように。
嫌がらせの本命はここからだ。
「さて以降12時間の禁止エリアを発表する。私に残された最後の権利だ。
09:00…F5!
12:00…D4!
15:00…C5!
18:00…B3!
以上4箇所、これより三時間置きに封鎖する!」
予定が早まったが事前に準備しておいた結界を張る。
ここまでで心を揺さぶった上での封印だ。
参加者の位置を掌握していなければ、こんな馬鹿げた檻は無い。
ゲームを運行する側としてこれは有ってはならない采配なのだ。
だが、直ぐに全員がその理解に辿り着くだろう。
‘これは参加者の位置を把握していなければ有得ない’ということを。
其処に気付くまでこの狂い染みた暴牌に無用な思考を迫られる。
其処に気付いたとしても、首輪に対して更に疑心を生む。
「位置把握しているのなら監視もしているんじゃないか」
そうして要らぬ消耗を呼ぶ。脳髄の中で勝手に踊る。最高の嫌がらせだ。
それに、ここまでに築いた土塊は40、スカスカだ、余白は不快だ。
敷き詰めてやった方が良い。スムーズに進む。
万が一誰かが残されたとしても問題は無い。
それもまた檻だ。檻の中で一日悶えて死ねばいい。
結末を選り好みする必要はもう無いのだから。
全てを、何もかもを愉しむだけで良い。
81 :
第四回放送 4:2006/07/29(土) 00:06:29 ID:D//58lI8
「この48時間を切り抜けてきた一騎当千の諸君等ならば、この意味が分かるだろう。
私はこの権利を最大限に行使しようと思う。
諸君等の意志、殺意を尊重、応援しようと思う。
諸君等もまた…私のこの思いを受け取って欲しい」
「退くな。迷うな。選ぶな」
ぐふふふ
「諸君等が居るべき戦場は‘そちら’だ‘あちら’ではない」
ぐふふ
「悩むことはない!進め!殺せ!諸君等はそちらにいて良い!」
くふふふふ
「さあ三度目の太陽だ!命を賭せ!そして掴み取れ!これにて放送を終了するッ!!」
ぴったり入る。みっしり詰まる。
全部嘘、皆呪い、全て幻。
虚構が世界に充満する。
精霊王は自身の法に束縛され、
破壊神は見事セイファートを打ち破り、
滄我の代行者は毒牙に掛かった。
用済みになった鬼札などもはやどうでも良い。
ああ、もうすぐだ。
嘘が誓いに、呪いが絆に、幻が約束に変わる。
筺の修繕が終わるまで、日出から日没までの一抹の夢。
其処で私は終わっている。
2−12行目「勿論、これが君諸君にとって〜→「勿論、これが諸君にとって〜
3−16行目「まっらく殺人速度は〜→「まったく殺人速度は〜
に修正をお願いします。
3−19行目「〜開始直後に比べて実に3.76倍〜」
→「〜開始直後に比べて実に3.67倍〜」
に修正をお願いします。重ね重ね申し訳ありません。
申し訳ありませんが
281話「魔剣斬翔」のティトレイの状態欄、所持品の項から
ガーネットを外して下さい。
従ってそれ以降も同様の処置をお願いいたします。
お手数を掛けますが如何かよろしくお願いいたします。
85 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 14:19:39 ID:MMP0IA1n
保守
保守
87 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 17:39:57 ID:IMvuf1H8O
保守
保守
暗い暗い道の先、そのとある一角に少年と剣の姿がある。
光射さぬ閉ざされた空間、外より明らかに温度の低い、冷凍室のような場所。
それも夜明けと共に温度は上昇しつつあり、壁に付着した白い霜も段々と氷解していく。
ただそれは目には見えない微小な変化であるため、少年には分からない。目が潤んでいては尚更分からない。
心真っ直ぐに彼女を追い求めやって来た少年には、時間の変化は無意味なものだったのだ。
彼女の死と認可によって時を取り戻しつつはあるものの、地面に放り出したままの時計を見る余裕は、まだ彼にはなかった。
だから、時は唐突に訪れた。
「――――――――――諸君」
涙溢れる目を大きく瞠る。一筋流れた。
首を動かして目線を時計に移す。はっきりとは見えないが、6の上に針がある。それで理解した。
スピーカーもどこにもないのに、声はとても鮮明に聞こえてくる。
目を手でこすり涙を拭う。赤く腫れぼったい目で、少女を見た。ダークブラウンの髪と桜色のワンピースが微かな風になびき揺れていた。相も変わらず、胸のオブジェは我ここに在りと言わんばかりに存在を主張している。
リアラの名前が呼ばれる――そう考えた瞬間、少年は再び胸に鋭い痛みが訪れるのを感じた。
ナイフで抉られたかのような、深い深い痛み。
英雄が眠る石を握り締めたまま、両手を胸に当てた。とく、とく、と感じる確かな鼓動。
そこに生と死は両立していた。リアラの死体、これから呼ばれる名、生きている自分。胸の痛み、胸の鼓動。
もちろん痛みは精神的なものに違いない。しかし、その痛みは真に彼から生を奪おうとしたのだ。もしかしたら、それはどんな剣で突き刺されるよりも、ひどく強く感じる痛みだったのかもしれない。
だが――
「……に死亡者の方から発表しようと思う。聞き給え!
ユアン! カトリーヌ! ジューダス! リアラ! ダオス! デミテル! ジェイ!
スタン・エルロン! ハロルド・ベルセリオス! リッド・ハーシェル!
―――――――――――――――以上10名だ!!」
それを、少年は乗り越えた。
痛みがまた増した。唐突な分、痛みは強かった。それでも、少年は奥歯を噛み締めて堪えた。
ジューダス、どんな時でも助けてくれた仲間。初めて会った時も、バルバトスに負けそうになった時も、それからも、助けてくれてありがとう。
ハロルド、ちょっと危ないけど頼りになる仲間。実験体にされるのは嫌だったけど、もうあの楽しそうな声も聞けないんだね。
スタンさん……父さん。いつでも守ってくれた父さん。あなたがいたから、俺はここにいる。大丈夫、母さんと一緒に見守ってて。
そして、リアラ。また会えて嬉しかった。約束は忘れないから。
また、何時か会おう。
「もう一度、もう一度だけ、死者の名前を挙げる。次は聞き逃すことの無いようにし給え。
ユアン! カトリーヌ! ジューダス! リアラ! ダオス! デミテル! ジェイ!
スタン・エルロン! ハロルド・ベルセリオス! リッド・ハーシェル!
―――――――――――――――以上10名、残り人数は15名だッ!!」
呼ばれた名の分だけ、色褪せない記憶が蘇ってくる。
惜別の思いは終わった。
けれど、人って不思議だ。涙は枯れ始めたと思っていたのに、また溢れ出してくる。
痛みは悲しみに、悲しみは涙に、涙は嗚咽に変わる。
これで最後だから、と泣くのは甘いのに他ならないだろうか。否、彼は英雄の息子である以外はただの少年なのだ。その点を考慮せずに指摘するのはあまりに忍びない。
泣き虫と言われたっていい。ただ、今は泣き続けるだけだから。
少年の名は、カイル・デュナミス。
『……大丈夫か、カイル君』
ようやくすすり泣きに落ち着いてきた所で、カイルが持つ父の剣、ソーディアン・ディムロスは問い掛ける。
「……はい。俺は大丈夫です」
カイルは小さく頷き、静かに、力強く言うと、涙を拭いた。その奥の瞳は、少し成長した大人の瞳のような気がした。
立ち上がり、先程ぶち撒かした荷物の元へと歩み寄る。
まずは尚もちろちろと燃え続ける松明を拾い上げ、荷物の1つ、配給品のカンテラに火を移した。
光が広がり視界に入ったマントと籠手、姿形や色は違くとも、何故かあの城で見た……父さんを殺した、あの剣士の姿を思い出した。
笑みよりも、あの雨の中の苦しそうな表情が印象的だった。
だからと言ってあの人に同情する訳ではない。あの剣士は父さんを殺した、敵だ。
だからと言って狂気に捕らわれる訳ではない。それではミトスと同じになってしまう。
きっと憎しみに負けたら、自分も父さんや母さん、リアラや皆を復活させる為に人殺しになってしまうのが容易に想像出来た。
先程の、ベクトルは違えど根本は同じだった行為が、それを物語っていた。
ただ、この2人に共通するのは、倒すべき敵だというだけ。戦いは辞さない。自分は皆の為に生きなければいけないのだから。
それらをサックへとしまい込み、他に散らばった鍋の蓋やボトルの水、食糧、リアラの荷物、そしてクラトスが眠るエクスフィアも入れていく。
そして地図に手を触れた瞬間、あ、と明らかに良い感情が込められていない呟きを発した。更には体が硬直している。
意味がすぐ理解出来たのか、ディムロスはやれやれといった様子で1つ溜息をつく。
『9時にF5、12時にD4、15時にC5、18時にB3だ』
ぎくりとカイルの体がぎこちなく動いた。
「な、何で分かったんですか?」
『泣き腫らしている中では流石に聞いていないだろう、と思ったのでな』
「あ、そっか!」
『……納得する所ではないと思うのだが』
先程成長したと言ったのを撤回したくなるような反応だが、今回それは置いておく。その代わりまたディムロスが溜息をつくだけである。
ディムロスは、どことなく今は亡きマスター、スタンとこの少年に似た物を感じていた。どこかとぼけている辺りなど実に似ている。
しかし彼の息子であるという事実には辿り着かない。しかしどこか引っ掛かる。何処かで、何か聞かなかったか? カイルとスタンの繋がりを。
そんな彼の思考もお構い無しに、カイルはしまってしまった羽ペンを再び取り出し、座ってエリアの囲いにバツマークと時間を記入する。
「……あれ?」
『どうした?』
硬質の髪の毛を弄くりながら、どうやら悩んでいるようであるカイルに、ディムロスは思考を止め再び問う。
カイルは未だ地図と睨めっこをしながら小さく唸っている。
「俺、どっか書くとこ間違えたのかな?」
そうは言っても、今の自分の発言を認めた訳ではなかった。
今までの放送で聞いてきた分の禁止エリアはしっかりと書き込んでいる。第3回の放送もコレット達と一緒に確認したのだ、間違いはないだろう。
しかし、どう見てもおかしいのだ。何でこんなことするのか、と仲間内からも馬鹿と言われるカイルでさえ疑問に思った。
氷が溶けて濡れつつある地面にカンテラを置いたことで、更に地面は濡れていた。片手に地図を、片手にペンを持ち地図を照らす。
だが腰に差された今のディムロスの位置では地図はよく見えない。
「このままじゃ東に行けなく……」
『? 地図を見せてくれ』
そう言われ、初めてディムロスが見えていないことに気付き、ペンを持った手でディムロスを抜いた。
松明の赤い光に照らされた地図には、丁度中央部辺りにバツ印の縦のラインが完成していた。
『……分断か』
ディムロスは静かに呟いた。
「でも、こんなことしたら……」
『そう、下手したら全員死ぬのが容易に想像出来る』
24時間以内に誰も死ななかったら、全員の首輪が爆発する――もし東西に1人でも分断されたら、そのルールが発動する可能性は極めて高い。
仮に東西に1人ずつ残ったとして、どちらかが禁止エリアに入るか、首輪を解除するなりすれば、まだ可能性はある。しかし前者は結局死ぬ訳だし、後者はその方法すら分からない。
つまり、東西に分かれたらほぼアウトだ。静かに、迫りくる死を待たなければならない。
誰か1人になるまで殺し合い続けるこのゲームで、何故こんなことをするのか。
『単純に考えれば、どちらかに人が固まっているということだろう。そうすれば会場が狭まることになり、殺し合う確率は大きく上がる。逃げ場も無くなる』
「固まってる……」
そうしてカイルは珍しく考え始める(いや、こう言っては語弊がある。彼はいつも考えているのだが、導き出される解がどこか1本ネジが取れているだけなのだ)。
あの城に何人いた? 少なくとも、かなりいた。ロイド達は確か4人パーティだったし、それからあの剣士も来た。自分達も合わせれば、それだけで7人だ。
ディムロスに名簿で確認していこうと言われ、地図を置いて取り出した。その前に死亡者に線を引いた。やっぱり気分が悪い。
知っている限りで、E2城で死んだのは3人。つまり、西にいる確率が限りなく高いのは、まず4人だ。
『私は元々東にいた。グリッドとヴェイグ、この2人と西に来て……1度E2に行く前に、ミトス達と会った』
「! 本当……ですか!?」
初めて聞く事実に、思わずカイルは手のディムロスの方に向き、声を荒げた。含まれた意味は「それならどうして」。
ディムロスは自分の体温が急低下していくのを感じた。当然、精神的な意味として。
『……すまない。私はあの時、アトワイトからメッセージを受けていた。聖女達の血は注がれ女神咲く、と。私があの時……』
あの時、ミトスの元に向かえば彼女は助かったかもしれない――そう言おうとしたが、言葉自体が両腕を広げ立ちはだかり、声は塞き止められた。
言った所でどうにもならないからだ。彼女は既に死んでいる。仮定法過去で話した所で、それはカイルをまた追い詰めるだけだ。
そのカイルはリアラの亡骸の方へと向いている。聖女という言葉は正に彼女に相応しい。聖女の血は注がれる。突発的な犯行ではなく、計画的な犯行。
悄愴とした表情で、見ているのも辛い。しかしそれを見ることが自分への罰なのだと、ディムロスは思った。
だが、彼が考える予想外の行動に、カイルは出た。首を横に振ったのである。
「あなたを責めることなんて出来ません。悪いのはあなたじゃなく、ミトスです。ううん、それよりも……リアラと一緒に行かせた、俺が悪いんです」
自虐的だな、と自分でも思う。だが、リアラを守れなかった原因は、何よりも自分にある。
ミトスの危険性に気付いていながら、考えることを放棄し一緒に行かせてしまった自分に。
父さんを守ると決めながら、守れなかった自分に。
2人を決して掛けてはならない命の天秤に掛け、結局どちらも手放してしまった自分に。
自分は何て無力なんだろう。
けれど。
「……過去は変えられない。変えちゃいけない。ただ、前に進んでいくだけです」
自分に力が無かった過去は、認めなくてはいけない。
そうしなければ、また……ずっと、同じことを繰り返すだけなのだから。
この少年が背負っている物を考えると、ディムロスは胸が痛むのが分かった。
両親を既に失った天涯孤独の身で、更には仲間や愛する人を失ったのだ。その痛みは、想像するに難い。ただのこの同情の痛みより、余程痛いのだ。
先程死のうとするカイルに自分はああ言ったものの、結局それは彼の痛みを理解していない人間の言葉だったのだと、ディムロスは思った。痛みはその人にしか持てないのだから。愛する人を失った経験など、自分にはない。
それをたった15の少年が受け入れたというのだから、やはり彼は強いと思う。重く伏せられた双眸をその象徴として。
それに、彼の言葉に励まされいる自分がいる。
「続けましょう、ディムロスさん」
『……そうだな。グリッドとヴェイグの名は呼ばれなかったから、まだ西にいると考えていいだろう。そしてE2城の砲撃手……ヴェイグの話ではティトレイ、といったか。……奴もE2城にいたことを、君は覚えてるか?』
首を振り、否定の意を示す。
『君を突き飛ばしたのが、恐らくティトレイだ』
スタンが倒れている時、カイルが突き飛ばされた時、彼は変動する視界でティトレイの姿を見た。正しくは、やけに緑一色の影を見た。
名簿を見る限り、当て嵌まるのがティトレイ・クロウという人間しかいないため、確定しているように話しているだけである。
しかしそう言って、ヴェイグは説得に失敗したのだと思った。そうでなければ城に来てまでカイルを突き飛ばすような真似はしないだろう。
今は離れたヴェイグの心持を考える。少ししか行動は共にしていないが、不器用な奴だとは分かっている。
友人と殺し合うなど辛かろうに。それでもあいつのこと、自分の気持ちを無理矢理にでも抑えていることだろう。
仲間と戦う辛さは、リオンと戦ったスタンを思い出せば、嫌とでも分かる。
しかし今はその感情を心の隅に置いておき、あくまで放送のことを考える。
『更に、私が西に向かう時、東に残る連中と後でこの洞窟で合流することになっていた。その内の1人がまだ生きている』
カイルは思わず顔を顰めた。その内の1人が、まだ。逆に言えば、その内の誰かが死んだのだ。
そう言いたげな彼の顔を見て、ディムロスはまたも失言だったと思い、しかし内容を答えるのを躊躇った。
彼が知らない人物ならこんな風に迷う筈がない。ただ、その人物が彼にとっても自分にとっても、親交のある人物だったのである。
自分は彼の死神だと自嘲する。実に彼に関わる人物、自分が関わった人物が死んでいると思う。これ以上彼を傷付ける理由も必要もない。
しかし思いは脆く、いやそれよりも強いものに、発言を求めるカイルの強い瞳に折れてしまったのは、彼の方が先だった。
『……ハロルドだ。その内で、死んだのは』
「ハロルドと一緒だったんですか!」
その語勢の強さに、ディムロスは今度こそ叱責されるのを覚悟した。
全く以て立場が逆だ。自分が子供のようではないか。
だが、聞こえてきた言葉の響きは、実に静かなものだった。そっか、と彼は確かに言った。
カイルはどこか嬉しそうな、しかし寂しそうな表情をして、地を見つめていた。氷は氷と呼べない程に薄すぎて、何も映っていない。
「ハロルドが死ぬって、何か想像つかないな。実は何処かで生きてたりして」
そんな呟きも、ただ自分がそう望んでいるだけで、叶いはしない空しい夢なのだと分かっていた。今は氷に仲間の影を映す。
勿論ミクトランの言葉が正しければ、死んだ仲間を皆復活させることも可能なのだろう。しかし、カイルはその選択肢をとうに捨てていた。
結局、また誰かに甘えて縋ってしまうことになる。自分が決めた「生きる」ということに背くことになる。それでは意味が無いのだ。
ひゅう、と流れ込んできた風が鳴る。よく誰かの泣き声に聞こえると言われる奴だ。何となく、その誰かはついさっきの自分に似ている気がした。
ただ今に思うのは、生きてて良かったということ。あの時死んでいたら、それこそ先に逝ったロニやジューダスやハロルドに馬鹿野郎と言われていただろう。父さんにも、母さんにも言われていたかもしれない。リアラにも言われていたかもしれない。
それはそれで幸せそうだと思った。けれど、それはもう出来ない。現実でも天国でも。
氷は炎に溶けていく。面影の像も歪んでいく。
ディムロスは拍子抜けしながら、だが記憶に残る少年が少し大人びた姿に、ふっと笑みが零れて出た。
『案外、そうかもしれんな』
以前、「あなたは英雄じゃない」と言ったのは誰だったか。尤も、あの言葉にも影響された自分を思い出して、いつも自分がカイルの下に回るのも不思議と納得がいった。
「……その人はもう西に来てるのかな」
『どうだろうな。私がハロルドと別れたのは、0時よりも前だ。だが……北には行ってはいないだろうと思う』
「どうして?」
『その時、北には敵がいることが分かっていた。みすみす敵の方に向かう理由もないだろう。逃げるのなら、わざわざ禁止エリアを回り込んで北方に行くよりは、南に行った方が早い。合流の約束もあったしな』
何よりも、その敵は死んでいない。放送で呼ばれなかった。
放送で名前が呼ばれた、呼ばれなかっただけでは、何が起きたのかはてんで分からない。
「じゃあ、やっぱりその人も西に?」
『既に来ているのなら、半数近くが西にいることになる』
最初の仮定した4人に、ヴェイグとグリッド、ティトレイ、東から来る1人。占めて8人。しかし、イーブンでは駄目だ。寧ろ1番駄目だ。
「ミトス達は? ここに行くって言ってたのに」
『私が会った時も、この洞窟に行くと言っていた。……彼女の遺体があることが何よりの証拠だ』
コアクリスタルを暗闇の中で光らせ、ディムロスはリアラを一瞥する。少し笑ったように見える顔が彼にとってはまだ救いだった。
『問題はそれから何処に行ったか、ということか。生憎、ここは橋も近い。東に行った可能性も捨てきれないだろうが……』
そこでディムロスは口ごもった。腑に落ちない。東西に均等に分けるため、分断するというのか? 元から優勝などさせる気はないのか?
おかしい。それなら最初のあの広間で話はつく。どうせなら歴戦の強者を戦わせ楽しもうとでも?
更におかしい。それなら「あれ」の説明がつかない。ただ楽しむのが目的なら、今回のミクトランの采配は失敗だ。だから失敗を成功にせねばならない。
ディムロスがひたすら考え黙り込んでしまい、仕方なしにカイルは名簿を見つめていた。そこにはまだ線の引かれていない、ミントとコレットの姿があった。
「ミントさんとコレット……無事かな」
『……共犯、ということも考えられないか?』
ディムロスはカイルの切とした呟きに気付き、思考を中断させ重く篭った口調で返す。
カイルは一転驚いた表情で、しかし微かに怒気が混ざった表情でディムロスを見つめ返す。
『意地の悪い聞き方だとは思っている。しかし、そうでなければ、何故彼女だけが死ぬことになるのだ?』
「……でも! ミントさんは悪い人じゃない! 泣いてる俺を諭してくれたんだ。あんな優しい人が悪い人な訳ない! コレットだってずっとリアラを守ってくれたんだ。俺はミントさんもコレットも信じたい」
カイルはぎゅっと強く、ここにいないミントの帽子を握り締め答えた。
勿論、今カイルが持ち得る情報を掻き集めれば、ミントがミトスとコンタクトを取っていたということは否定出来る(残念ながらコレットについては難しい。そもそもその場で寝返ったのなら話は別だが)。
だが、彼にそれを上手く説明する頭はなかった。いや、そもそも彼は論理を組み立てるより感情が先行するタイプの人間なのだ。
今のカイルは、信じようとする気持ちが何よりなのだ。
(信じることで裏切られても、尚信じようとする、か。やはりあの馬鹿に似ているな)
スタンも、どちらかと言えば頭を使うよりは感情論で走る方だった。というよりはお人好しなだけで信じることが第一だったのかもしれないが。
この少年と話している時に起こる心地良いノスタルジー、感覚で言えば微温湯に近いものに浸りながら、彼はそう考えた。
『そうだな、すまなかった。そうなると2人とも脅迫なり何なりで身柄を拘束されている可能性が高い。それならばまだ殺される心配は……』
水の温度は氷点下にまで下がった。再び言葉が詰まる。デジャヴ、否、確実に記憶にある事柄。
同じことを言っていた。あの時ミトス達に会った時、アトワイトからのSOSを受けた時、グリッドに全く同じことを言った。
まだ大丈夫だと高をくくったその結果、リアラは死んだ。
無論これは結果論だ。それに、一般人のグリッドと手負いのヴェイグでリアラを死なせないことは出来たかと聞かれれば、正直厳し過ぎる。一介の兵士と瀕死のソーディアン・マスターただ1人でミクトランに挑むようなものだ。
だが、運命は変えられたかもしれない。逃がすことぐらいは出来たかもしれない。
『……いや、安心してはいられない。ミトスはただ、舞台を変えただけかもしれん』
同じ過ちは2度繰り返さない。戦場での過ちは、死に直結する。
今回は死なずに済んだのだ、それに感謝せずまた自分から死に足を踏み出すような真似をしてはならない。
彼もまた、カイルと同じく、前に進むだけだった。
『だが、その舞台が西にあるのだとすれば……11人がいることになる。ここまで来れば、何かに気付かないか?』
「えっ?」
素っ頓狂な返事はまたディムロスに溜息をつかせた。
『君は最初に言っただろう? このままでは東に行けなくなる、と』
「? 確かに言いましたけど……」
『答えは簡単だ、東に行く必要がないからだ』
えっ、と再びカイルの素っ頓狂な声。
『真っ先に封鎖されるのはF5、つまり、南側だ。西にいると確実視した参加者は、昨夜の戦闘からE2周辺に固まっているだろう。南の橋を封じれば、まず東には行けなくなる。直接橋ではなく、少しずらして時間を稼いでいる辺りなど、全くいやらしい』
「けど、東にならこの山の裏からも行けますよ? 距離は大して変わんないし」
『そうだ。ここはミクトランも苦渋の決断だっただろう。しかし、ミクトランは南を先に封鎖した。……そもそも、何故ミトスはその紙を置いていった?』
「紙?」
カイルは不思議に思いながらディムロスを見遣る。何となくリアラの方を向いているような気がして、カンテラを掴み彼女の元へと近付く。
変わらぬ彼女の足元に、何かがあることにやっと気付く。そこに照らされたのはまず飴型の杖、そして手作りのペンダントと、それらが乗せられた1枚の羊皮紙の手紙だった。
手が震えた。ぶるぶると、怒りに震えた。思わず光を取り落としそうになった程に。
神の磔、心への鍵、天使は魔剣を求め、女神の眠る地へ
「……また、何かする気なんだ……!!」
血文字は凍り、カンテラの光に煌いた後、じわりと溶けていった。そして不気味に赤が滲んだ。文字が生きているようで、まるで誰かの怨念が込められているようだった。
『そう、何かする気だ。置き手紙を置くほどだからな。もう1度聞く、何故ミトスはこの紙を置いていったと思う?』
「それは……見てもらいたいから?」
『ストレートな回答だな』
もう何度目になるかも分からない息をつく。スタンにもこうしていた記憶がある。
カイルはミトスからのメッセージを受けた気分も相まって、少しムッとした気分になった。何となく、ストレート、イコール、単細胞と言われたような気がしたからだ。
『だが、間違いではあるまい。自己満足でもない限り、こんな手紙は置かないだろう。……私が考えるに、誰かに……恐らくロイド達に、この洞窟に来るよう、仕向けてあるのではないか? この手紙と同じ様に』
まさか、と言ったように手紙を見る。
しかしこの手紙自体、何処かに導く招待状のような意味合いがある。考えられなくはない。
『そうすればD4からは遠ざかる。時間は自ずと厳しいものとなる』
「だから、D4を後に……」
『もう1つ、ロイド達はまだここに来ていないな。……もし仮にミトスが東に行ったとして、ロイドがこれを見てからミトスを追いかけることは可能だと思うか?』
ぱっとしない表情でカイルは俯く。分からないという意思の表れだ。
『放送がなければ、可能だっただろう。しかしF5が封鎖されることにより、それは不確定要素となった。……ミクトランがそれを作ると思うか? ショーをわざわざ台無しにしかねないような真似を』
「……ショーだなんて!」
『奴からすればそうだろう。元々、天上人以外は何とも思っていない輩だ』
彼からすれば地上人など塵に等しい存在だ。この殺人ゲームすら、奴には娯楽に過ぎないのかもしれない。「ゲーム」という名の通り。
気まぐれとも、我が侭とも言えるだろう。それで既に30人近くの命が奪われているのだ。もしこれでミクトランが王というものの気分を味わっているのだとしたら、すこぶる気分が悪い。
両名とも黙り込み内なる何かを燃やす中、カイルが顔を顰め、やけに軽めな疑問の音を上げ、沈黙を破る。
「ちょっと待てよ? 何でミクトランはロイドが南に行くだろう、って予想がついたんだ? だって、ミトスが手紙を残してるなんて分からないじゃんか」
『そう、この封鎖はまず全員の位置、そして思考が分からなければ到底成せないのだ。その内の思考を知る方法として……』
意味もなく咳払いし、ディムロスは問う。
『何も言わず、首を振って反応しろ、いいな? 君は盗聴が行われている事実を知っているか?』
大きく1回縦に頷く。
『盗撮は?』
「と、とうさっ……!?」
言っている傍から口に出してしまい、すぐに馬鹿者、と怒声が飛んでくる。
慌てて口を押さえて(と言っても当に言葉は出ているのだが)、どうしようかと彼なりに必死に考える。
もう頭がぐるぐる回っている感覚で、渦潮にでも巻き込まれたような気分だ。自分がアクアスパイクになったような感じだ。
どうにかしなければ、どうにか、どう、ど、怒涛、とう、盗撮、トウサ、とう……
「――父さんから聞きましたっ!」
何とか誤魔化す。ナイスだ俺。
『……父さんとは誰だ、父さんとは』
あながち間違ってもなさそうだが、事実に未だ気付かないディムロスはただ呆れていた。
『とにかく、盗撮は行われている可能性が高い。手紙の存在を盗聴だけで知るのは難しい。とりあえず私との会話は大丈夫だろうが……迂闊なことをしないよう、気をつけてくれ』
こくこくとカイルは水飲み鳥のように頷く。彼にこんなこと言っても無駄な気が今になってしてきた。
ディムロスは以前、首が飛んだ死体を見ている。首が飛ぶどころじゃない。頭部が滅茶苦茶になるのだ。
リオンと同じく、彼もまた、最も近くで見ていた1人だった。美しい顔が裂けていくのを見ていた。
親密な仲であったリオンだからあそこまで取り乱した、とは言えない。誰だってあれを見れば泣き叫びたくなる。恐怖に戦慄きたくなる。
そうして、自分は戦場にいる者として多くを麻痺してしまったのだな、と思った。自分は泣きも恐れもしなかったから。
カイルにとって、彼女の死がこんな安らかな顔であった分、まだ幸せである。それこそマリアンの様な死に様だったら、カイルは自殺どころか、狂っていたかもしれない。
その点だけはミトスに感謝出来る。
「あの、ミクトランは俺達の居場所が分かってるんですよね? で、ディムロスさんの言う通りなら、またミトスは何かしようとしてるんだから……あ、大体も西にいるんだから……西側にいるってことですか!?」
唐突なカイルの声に、柄にもなくセンチメンタルな気分に浸っていたディムロスは、
『間違いない。もし東側が舞台になるのなら、封鎖を行うのは寧ろデメリットだ。恐らく、全員の位置が分かっているからこそ、この封鎖に踏み切ったのだろう』
と、いつもらしく毅然とした態度に戻る。
ミトスは西にいる。そしてまた何かをしようとしている。ただその事実だけが今は全て。
既に眠ったクラトスの言葉が正しいのなら、ミトスは殺された姉を復活させようと、全員を殺そうとしていることになる。
リアラを殺したのも、この置き手紙も、これから起こそうとしていることも、その一環だ。
そしてロイド達に見せ付けるために手紙とリアラを残し、再び誘導する。
恐ろしく、上手い程にミトスの手の上で踊らされている。その事実にカイルは震撼し憤りを感じた。
『それで、女神の眠る地……何か思い当たる場所はないか?』
女神、と言われて彼はフォルトゥナを思い出したが、違うだろう。
そもそもこの世界に関わっているかどうかも分からない。
この文面だけでは、カイルには何を指しているのか見当がつかなかった。せいぜい分かるのは神の磔という所だけだ。
あの時ミトスに振り回されていた自分の姿が思い出される。しかし経緯を思い出しても、彼の姉が女神であるということには結び付かなかった。
『……1度、誰かから情報を得た方がいいかもしれんな。それ以外にも気にかかるキーワードが多過ぎる』
「このままここにいれば、東から人が来るんですよね? それにロイドも」
『いや、確かに合流場所はここだ。だが、裏口から入る場所だと言っていた。ここは正面から入った場所だろう?』
裏口と呼べる場所に、カイルは心当たりがあった。ミントと共に出てきた場所だ。出た時に海ではなく緑が見えたことを覚えている。
『どうする? ここで待ちロイド達に会うのも手だとは思うが。……まぁ、来ると言うのは確定してはいないがな』
「それもそっか。じゃあ先に裏の方に行きましょう。そっちの方が近いし」
何とも彼らしい能天気な回答だった。またそこにスタンの影を見出し、懐かしさに浸かる。
カイルはリアラを見上げていた。白い肌に赤はよく映える。雪原に散る鮮血のように。
何度その胸のものを取ろうと思っただろう。だが、これ以上リアラを血に染めたくなかった。
引き抜いた瞬間に、絶叫と苦痛に歪んだ顔が現れるような気がした。その幻影と幻聴がリアラの体と重なる。
そんな顔を、そんな声を、させたくなかった。死んだと分かっていても、リアラにそんなことをさせたくなかった。
そして、何故ミトスはこんなことをしたのだろうと考えた。自分にこんなリアラを見せ付けて、何をさせたかったのか。
あいつの気持ちなど考えたくも無い。同情もしない。だが、ミトスも姉が殺された時、自分と同じ位悲しかったのだろうと、それだけは思った。
首を横に振り、手に持っていたミトスの手紙をその場に置く。更に自らも「洞窟の裏口にいる」と書いたメモを近くに添えた。
彼の様子をディムロスはぼんやりと見つめている。
『君は……やはり、西に残るのだな』
ディムロスの切とした呟きはやけに重かった。
彼の考え通りなら、西に多くの人物が集結し、混戦乱戦となるのは明らかだ。戦闘が起きれば、死ぬ確率も高くなる。
簡単に生き延びれる程、この世界は甘くない。
正直、多くを失い過ぎたこの少年を戦わせるのは、酷な気さえした。
「俺だけ取り残されたりなんかしたらやですよ」
それでもカイルは小さく笑った。
『君が決めた生きるとは何だ?』
「死んでいった皆の分まで、俺が生きることです」
格好付けな台詞のような気もするが、本当のことだ。
『それならやはり東に行った方がいい。明らかに戦闘は西より少ないだろう。何故、残る?』
暫く包み込む静寂。どちらも口を開けない。水滴の落ちる音がやけに大きく響く。
「俺……やっぱり、どっかではリアラを殺したミトスや父さんを殺したあいつを許せないんだと思います」
先に口を開けたのはカイルだった。元からディムロスは先に喋るつもりはなかった。どれだけ時間が経とうと、カイルの思いを聞こうと決めていた。
根拠の無い予想ではあったが、ディムロスはカイルがこう言うのは分かっていた。
大分落ち着いたとはいえ、憎しみに捕われない程、彼は大人ではない。仲間の死を乗り越えることと、仲間を殺した人物を憎むのは別である。
雨の中のカイルが、根拠と言えるかもしれない。
だが今のカイルの感情は、憎悪であり憎悪でない、不思議な感情だった。滾るものを感じない。その憎悪が、殺戮に向いてはいない。
そう、許せないだけなのだ。ただ復讐のために殺すなど、そんなことは少しも思ってない。ただいつかは立ちはだかる敵だというだけなのだ。
相手を憎むことと、相手を許さないことも別である。
「……戦うべき時からは逃げない。生きるために」
自らの感情を押し込めている訳でもない。胸に秘められた、ミトス達への反発行動である。正義感とも似ているが、彼にそんな考えは1つもない。ただの私情。
ミトスを見てきた、そして似た存在として、カイルは憎悪に身を任せることを良しとしなかったのかもしれない。それではミトスと同じだから。
殺戮に歓喜を見出す、つまり復讐に自己満足するのも、クレスに近い物を感じて嫌だったのだろう。
だがこの2人の存在がなくとも、カイルはこの感情に収まっていただろう。
それが皆のために生きること、憎しみなどには染まらないということだった。
ディムロスはそんな姿を見て、彼の意思を尊重しようと思った。これまでゲームは彼から多くを奪ってきた。ならば次は、喪失の少年に与える方だ。
そして自分は手助けする側になればいい。引っ張るのではなく、後ろから見守るようにして。
それが物として、ソーディアンとして、何よりもスタンの後継者を見届ける者として、下した判断だった。
『生きるためには戦いも辞さない、ということだな?』
1度だけ、自分の意思を確認するように。カイルの決意を確認するように。
「クラトスさんも言ってました。躊躇うな、自分の道を進め、って。どんな時でも、俺は俺の決断を信じます。運命は俺が切り開く」
はっきりとした口調。以上も以下もない。それでディムロスは満足した。
暗い心に堕ちてはいない。カイルの心に宿るのは、彼らしい真っ直ぐな心。狂気の欠片なく澄み渡っている。
歓喜のために人を殺し翻弄するソロンとは違う。愛する者を奪われたが故に皆を殺そうとするリオンとは違う。
大切な人達を奪った人間が許せないだけという、純粋な感情。
今なら、彼に自分を委ねてもいいと思える。スタンと同じように。
ただ、今になって1つのフレーズが気にかかった。
父さんを殺したあいつ。父さん。
その言葉に、ディムロスは違和感を拭えなかった。あの時、自分は父さんとスタンを無意識に結びつけていたが、今疑問を覚える。
何故か昨夜の豪雨のノイズが耳に広がってきて、無音の筈の洞窟のBGMになった。
いや、カイルの友達らしいし。あ、カイルって言うのは……
全ての音を掻き消す雨の音の中、その声だけがはっきりと聞こえる。雨が弱まっていき、あの時聞こえなかった声が聞こえる。
父さん! 眼を開けて父さん! しっかりして父さん!!
そして時が逆行し、雨は霧となり、晴れなかった霧が晴れる。
カイルはね、未来でルーティと、この……スタンの間に生まれるの。
(まさか……いや、君は……!)
もし体があったならば、空からベルクラントが発射されるのを見上げる勢いで、顔を上げていた。それ位早く、ディムロスはカイルを見た。
そしてその時見た。炎の光に照らされた、1つの痣を。治療を受けるスタンにも、確かにあの位置に、同じ痣があった。彼は確信する。
「俺、父さん……スタンさんの、子供なんです。実は」
だとしたら、何て酷い運命だろう。
例え生き抜こうと、この少年に待ち受けているものは、何て皮肉過ぎるものなんだろう。
2つの記憶を持つというのは、何とも奇妙な感覚だった。鏡合わせの間違い探しをするのとよく似ている。
明らかな違いがある筈なのに、どちらも記憶違いではない。どちらも覚えているのだ。
1000年前の天地戦争、まだ自分が生きていた頃。そして現在、ソーディアンとして生きる中。あまりにもかけ離れた時を越えて、同じ姿の少年を見た。
突如現れたバルバトス、既に奪われた筈のシャルティエ、神の眼に突き刺されたのを最後に、記憶は途切れた。
そして、それと全く同じ光景、しかし足りない光景が繰り広げられる。記憶が正しければ自分はその後死ぬ。しかし何故かここにいる。
未来を見せられ、だがそこにはまだ至らない。目の前に待つ死。同じ時を繰り返す、リフレイン。
ひょっとして今まで気付かなかっただけで、気付いていないだけで、自分はこの死の時を繰り返しているのではと思い、1000年生きるよりも果てしない忘却に陥る。
死自体は恐怖ではない。覚悟は決めているのだ。
しかし、カイルはまだ知らない。ただ生きようと、必死に生きようとしている。未来を知らないから。1000年と15年の差は、あまりに違い過ぎたから。
びっくりしました? 突然のプレゼントを親に差し出す子のように、カイルは無邪気な笑みを湛えている。
心が痛むのをディムロスは確かに感じる。
彼は知らない、しかし、今を生きようとするカイルに、その真実を告げることは出来なかった。あまりに、残酷過ぎる。
ただ、ディムロスは「ああ」と、作り笑いを交えて言うしかなかった。
1人の少年と1本の剣が、神の磔から離れていく。
彼は未来を知っているという。しかし、それは運命を享受しているだけだった。
「修正前」の歴史の記憶が中途半端なだけで、「修正後」の先に待つ事象、未来の未来は、何も知らなかった。
それは思い出していないだけなのか、それとも、本当にないのか。
運命は俺が切り開く――
願わくば彼に定められた運命が来ないことを。
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45%、TP70%、悲しみ、静かな反発
所持品:鍋の蓋、フォースリング、ウィス、S・ディムロス、忍刀血桜、クラトスのエクスフィア
蝙蝠の首輪、レアガントレット(左手甲に穴)、セレスティマント、ロリポップ、料理大全、要の紋、ミントの帽子
基本行動方針:生きる
第一行動方針:G3洞窟裏口へ向かう
第二行動方針:場合によっては戦いも辞さない
現在位置:G3洞窟→G3洞窟裏口
申し訳ありませんが、9の12行目付近
「女神、と言われて〜」から「〜結びつかなかった。」の部分を、以下に変更お願いします。
女神、と言われて彼はフォルトゥナを思い出した。時を越え、歴史を変え運命を変える神。人々の幸せを願う心の化身。この世界にもいるのだろうか?
だが仮にフォルトゥナだとしても、あるかも分からない彼女の影をまだ見ていないカイルには、何処かは分からない。
第一この文面だけでは、何を指しているのか全く見当がつかなかった。せいぜい分かるのは神の磔という所だけだ。
あの時ミトスに振り回されていた自分の姿が思い出される。しかし経緯を思い出しても、彼の姉が女神であるということには結び付かなかった。
黒々と広がる地面は、まるで焦げ跡のように見えた。
この夜に散った、10もの命。それらが燃え尽きた、焦げ跡のように。
青き髪の智将の振るった、悠久の紫電。形なき深淵の邪神の放った、闇の激号。
ここに刻まれた黒き平原は…かつて城を支えていた地面は、ただただ佇む。
かの城は、果たしていくつもの命を呑み込んだのか。もはや数えることすら忌まわしい。
黒の大地は、そして今や朝日を浴びながら5人の命をここに有らしめていた。
ロイド・アーヴィング。
キール・ツァイベル。
ヴェイグ・リュングベル。
メルディ。
グリッド。
智将が描き、邪神が彩り、そして完成した舞台で…死神との舞踊を舞い切り、そして命を掴み取った者達。
誰一人として、五体満足と呼べる者はいなかった。
「…………」
メルディは、焦点のなかなか定まらない目で、ただただ虚空を眺めるのみ。
「ククィ…! クキュクィッキー!」(ご主人様…目ぇ覚ましてくれよ…!)
その傍らの小さな獣、クィッキーの鳴き声は、心なしか悲哀に濡れていた。
「クィッキー! クキュ!」(ほら、冗談の一つも言ってくれよ! …調子……狂っちまうじゃねえか)
それを眺めるキールは、たまらずに目を伏せた。無言のまま、自らの座る地面を眺める。
地図。名簿。そして、多くの情報を記載した羊皮紙の束。
そして地面に埋め込んだリバヴィウス鉱。この車座の中心の地面に設置し、水と氷の晶霊術をフリンジさせ広域に放射。
晶霊術「ナース」の媒体に用いている。
「…大体今の放送の情報の整理は終わった」
ネレイドに心をすり潰されたメルディ。あまりに痛々し過ぎて、無理にでも目を反らそうとする。
けれども同時に、それを見据えろと叫ぶ自分もいる。もどかしいまでの二律背反。
「これで、終わったんだよな…」
地面に横たわるロイド。
彼の右手にはキールのホーリィリングがはまり、その上からヴェイグの氷が添え木となり右手前腕部を凍らせ固定している。
更に、エクスフィアより引き出されるEXスキル「ライフアップ」を起動。肉体の再生能力を高め、それを右手に集中。
晶霊術「ナース」、ホーリィリング、ヴェイグのフォルス、そしてEXスキル「ライフアップ」。
ロイドの砕かれた右手は、四重の治療により、急速な再生を起こしている。
その他、全身各所に急ごしらえの包帯や、気休め程度に作られた膏薬を着けるロイドは、まさに重傷患者の様相を呈していた。
「ロイド、お前は今は治癒に専念しろ。
それでなくともお前は、すでに診療所に担ぎこまれて絶対安静を必要とするほどの重傷なんだ」
キールはロイドの傷を検分した際、思わず肝が冷えた。胸の傷などは、あと一寸深ければ確実に心の臓を貫いていた。
全くもって、意識を失わずに生きていられたのは奇跡としか言いようがない。
「…………」
そして、ロイドをここまで追いやった原因の一翼をになうヴェイグの表情は、ただただ冷たい後悔の念に満ちていた。
地面に横たわるロイドの姿を見るごとに、忸怩たる思いに身を刺される。
「しかしまあ、とうとうミクトランも気が狂ったみたいだな。
この俺たちの活躍が予想外に凄まじかったから、当てが外れて錯乱でもしたんだろうな!」
「グリッド。お前のそこまでの楽観的思考は、とてもではないが僕には真似できないな」
そして折れようと地に堕ちようとどれほどの死地を潜り抜けようと…
不屈の闘志と正義感を宿す漆黒の翼の長、グリッドはしかし即座にキールに釘を刺された。
「とにかく、これまでに手に入った情報を、緊急性の高い順番に整理しよう。
とにかく昨日は多くの事が一度に起き過ぎた。まとめるべき情報は、あまりにも多過ぎる。
話の腰を折らないように、質問や意見は話の流れを読んでやってくれよ。
必要があれば、各人に適宜証言を求めるから、そのときに発言を頼む」
「…ああ」
小さく頷いたロイド。
「頼む」
ヴェイグの返答は、ただ簡潔だった。
「よーし、ミクトランの野郎を今度こそ完膚なきまでにブチのめそうぜ!」
息巻くグリッドの様子を形容するには、まさに気炎万丈の言葉がふさわしかろう。
「クィッキーッ!!」(ああ。やられてばっかのこの状況、オレ達でひっくり返すぜ!!)
そしてキールの言葉の意味を知ってか知らずか、クィッキーも呼応する。
「…………はいな」
佇むメルディは、ただ濁った光を目に宿していた。
「それじゃあ、まずは今回の放送についてだ」
(それから口には出せないような話は、今まで通り筆談で行う。
変にボロが出るといけないから、誤魔化しきる自信のない奴は質問や意見をせず適当に相槌を打ってくれよ)
切り出したキールの言葉と共に、一同にその言葉が書かれた羊皮紙が提出される。
一同は、今度は無言で小さく首を縦に振った。
「まず、今回の死者についてまとめよう。
今回の死者は、ユアン、カトリーヌ、ジューダス、リアラ、ダオス、デミテル、ジェイ、スタン、ハロルド…
それから…」
キールはそこで、目をつぶった。自らを守り、命を散らせた腐れ縁の親友。大切な仲間を偲び、しばしの黙祷にふける。
「…リッドだ」
ロイドの目にも、ヴェイグの目にも、グリッドの目にも、痛みが走った。
多くの仲間がこの夜に散った。この会場をさまよう死神の撒き散らす、理不尽なまでに無差別な死。
その事実を改めて認識する一同。その場に、重苦しい空気が漂う。
「この内、僕らが曲がりなりにも真相を知っている死者は…
ユアン、カトリーヌ、ダオス、デミテル、ジェイ、スタン、ハロルド、リッドの8人。
ジューダスとリアラって参加者の生き死にの顛末は分からないが、これでもかなり多くの情報を得ることが出来た。
まずは、ユアン、カトリーヌ、ハロルドの死について、それなりの知識のあるグリッド。お前から頼む」
「ああ。任せておけ!」
言うが早いか、グリッドの舌は即座に高速回転を始めた。
彼らが事件に遭ったのは、D5の山岳地帯。
島の中央に向かい、島の各地点への移動の布石を打つとともに、水を補給するためという目的のもとでの移動であった。
そこで、水から上がったエクスフィギュアに…シャーリィに襲撃された。
「彼女が、現在のところ判明しているマーダーの一人目だな」
「ああ」
「グリッドがトーマという牛人間から聞かされた、ミミー・ブレッド経由の証言と、僕が直接ジェイから聞いた証言は一致する。
それから、ロイドのしてくれたエクスフィア及びエクスフィギュアの証言も複合させると、こういうことになるな。
彼女の持つ能力は、ブレス系爪術という滄我の力を借り受けた強力な術。僕らの使う晶霊術と、ある面では似通っている。
それをクルシスの輝石という強化版エクスフィアで更に強化し、メガグランチャーとマシンガンという武装を持つ。
エクスフィギュア化していた時の経験を考えると、肉弾戦の心得も警戒した方がいいだろう。
更にはエクスフィギュア形態と人間形態の間で、自在に肉体を変質させることが出来る可能性もあるし、
更にグリッドの証言によれば、僕らの仲間であったフォッグの銃技『エレメンタルマスター』によく似た技も使える。
おそらく火力と汎用性の点で言えば、現在生き残っているマーダーの中でも最強と考えていい。
遠距離からの砲撃や晶霊術、接近戦における格闘…どの間合いから繰り出される攻撃も脅威的だ。
更に、彼女には僕と同じく術の高速詠唱の心得もあるらしいし、多少の打撃を受けても術詠唱を続行できる特性、
『鋼体』や、エクスフィアから引き出される特殊能力、『EXスキル』を体得している可能性すらある」
以上がキールのまとめた、シャーリィ・フェンネスのプロファイリングとなる。
「…反則じみた戦闘力だな」
ヴェイグはほんの一瞬、北の空に飛んでいく所のみを見たあの少女の姿を思い出し、コメントした。
「あの子が、エクスフィギュアになってるなんて…」
ロイドは1日目の夜、見かけたあの少女の目を今でも覚えている。
「だが、根拠は薄弱ながら弱点はなくもないんだろう? ロイド」
「ああ」
ロイドは背を大地に預けたまま、キールらにその事実を告げる。
「みんな、俺が左手に着けてる、このエクスフィアを見てくれ。左手の甲に着いた、この丸い結晶だ」
ロイドは、力の入らぬ左手を、少しばかり動かす。一同の視線は、そこに注がれた。
「この丸い結晶は、台座にはめ込まれているだろう?
この台座は『要の紋』っていう、エクスフィアの毒素を抑える『壁』みたいなものなんだ。
グリッド、シャーリィ着けてたっていう青いクルシスの輝石は、こんなものにはまらないで肌に直接着いていたんだろ?」
「そうだ。少なくともそんな物はなかった」
ロイドは我が意を得たりとばかり、グリッドの確認の上に話を続ける。
「エクスフィアにせよクルシスの輝石にせよ、この『要の紋』がないと、流れ出す毒素を制御できない。
その結果、直接エクスフィアをはめた人間は毒素に冒され、エクスフィアを無理やり剥がされることでエクスフィギュアになる。
グリッドが見た、棘のないサボテンみたいな巨人になるんだ。
シャーリィがその戦いの最中、エクスフィギュア形態から人間形態に戻ったって事は――」
「戦いの最中か、もしくは戦いの以前にシャーリィはエクスフィアの毒素に対する免疫を、何らかの形で得ていたことになる」
今度はロイドの話を、キールが結論付けた。だが、その結論にロイドは得心がいかない。
「でも、要の紋なしで人間がエクスフィアの毒素に耐えるなんてあり得ない!
俺達の世界じゃ、ボルトマン術書って本に書かれた術以外じゃ、エクスフィギュアになった人間を戻すことは出来ないんだ。
俺の先生だったリフィルって人も、それからエンジェルス計画に携わってきた父さんも言っていた。
そもそも人間の体は、エクスフィアの毒素を自力で浄化できるようにはなっていないんだ、って…」
「でもそれは、ロイド達のいた世界での話だ」
ロイドの反論を、そこでキールは切り返した。
「これもジェイからもらった情報なんだが…
彼女の住んでいた世界では、彼女は『メルネス』という海の神に仕える巫女で、強大な力を秘めていたらしい。
信じられないんだが、それこそ世界の大陸を丸ごと海の下に没させるほどの、な。
その海の神とやらからの加護で、エクスフィアの毒素を抑えられるということも、想定しておいていい。
そもそも彼女の操る爪術は、その海の神…滄我の加護を力の源としている。
これはジェイの証言なんだが、理由は分からないがどうやらこの島にも、その滄我とやらの力は及んでいるらしいんだ」
「だとするなら…」
ロイドにとってはにわかには信じ難い話だが…
エクスフィアの毒素に要の紋なしで耐えうるならば。エクスフィアを用いて強化された敵への対策は一つ。
「エクスフィアを抉り出して、戦力の弱体化を狙うしかない」
ロイドは言う。
「けれども、それも成功するか分からないんだろ、グリッド?」
「ああ。あのシャーリィの着けたエクスフィアってのは…」
エネルギーを一点に凝縮させ、ユアンが命と引き換えに撃った『スパークウェブ』を直撃させてすら、破壊できなかった。
グリッドは、昨晩凄絶な最期を迎えたユアンの、決死の策の結果をその目で見届けたのだ。
「シャーリィはジーニアスや先生の『レデュース・ダメージ』みたいな技も使えるのかもしれないのか…」
「…つまり、現状下では考えうる弱点は一つきりで、しかもその弱点も本当に弱点であるか確証はできない。
せめてもの救いは、ジェイによれば彼女は戦略・戦術には疎いことか。
だが彼女は、外交官という人間同士の駆け引きを必要とする仕事に就いていたことを考えると、
この島での戦いで、感覚的に戦略・戦術を学習した可能性もある。できれば頭脳戦も回避したいところだ。
つまり、シャーリィ・フェンネスに対しては、現状では有効な対策はない。可能な限り交戦を避けたい相手だな。
強いて言うなら、彼女がこちらに気付く前にこちらから大火力の術技をお見舞いして、反撃の隙を与えない内に瞬殺。
さもなくば他の参加者と潰し合ってもらって、消耗したところに波状攻撃。
この二択だな」
あれこれ理屈をこねくり回して、出た結論がこれか。キールは情けない結論に、思わずため息が出そうになる。
「ただ、いい知らせもある。
おそらく彼女は、昨晩の時点で最も危険な切り札である『クライマックスモード』を切ってくれたことだ」
昨晩、ネレイドとの交戦中に感じた、西からの強大な晶霊力の奔流。
それは、ジェイが一度限り試し打ちしてくれた、あの最大の切り札の放つそれに酷似していたのだ。
「『クライマックスモード』は、端的に言えば術者の周囲に絶対領域を形成し、その中に敵を封じ込める奥義だ。
これは晶霊術と違って詠唱は不要。使用者に意識があるうちなら、ほぼ発動の妨害は不可能。
使われたら、僕らはその時点で全滅が確定する…はずだった技だ」
(…ジェイが使った、あの技か)
ヴェイグは痛みと共に、その記憶を思い出した。
あの技がどれほど脅威的か…恐るべき技かは、実際にそれを受けた彼自身、よく分かっている。
ヴェイグの回想。その間にも、キールの言葉は紡がれる。
「これはヴェイグとグリッドの証言と、僕が感じたクライマックスモードの波動、そしてそれらの時間軸からの推理だ。
この推測に至った筋道や証言元の注記は割愛するが、とにかく昨日D5には、グリッド達と牛のガジュマであるトーマ…
それからヴェイグと、ヴェイグに付き従っていたという桃色の髪の女ハロルド。この順で参加者が訪れた」
「そしてその前後で…プリムラがあまりの恐怖に錯乱して…」
「…マーダーとなり、シャーリィがユアンと戦っているのと並行して、カトリーヌを殺した」
グリッドの合いの手を話に組み込んだキール。カトリーヌの名を呼ぶその声が、僅かに震えた。
ファラの助力により、幸せを見事につかみとった、あのミンツ大学の学生。全くの赤の他人ではない。
「…ここで一応プリムラにも触れておくべきか。
プリムラ・ロッソはグリッドの言う通り、シャーリィとユアンの戦いのあまりの凄惨さに、耐え切れずに発狂してしまった。
彼女が現状下でこの島に生き残る、2人目のマーダーだ。現在のところ、消息は不明。
彼女は不意打ちでヴェイグに重傷を負わせたことは事実だが、グリッドによればもともと彼女は戦い慣れしていない一般人。
不意打ちや罠にさえ注意していれば、シャーリィなんかに比べれば危険度は低い。
肉弾戦を挑まれても、僕でも何とか撃破はできるはずだ」
キールは本来、剣を取り戦う力は持ちえていないが、長い旅の間には、乱戦に持ち込まれて肉弾戦を強要されたこともある。
晶霊術なしでも、よって一般人相手ならそうそう遅れを取ることはないのだ。
「シャーリィなんかに比べれば、危険度は低いが一応警戒は必要だろうけどな。話を戻そう。
グリッドはG3の洞窟に向かうためにこちらに来て、D5からは離脱したから推測するしかないんだが、
おそらく紆余曲折あって、そのハロルドという女は単騎でシャーリィを相手取ることにした。
そのときシャーリィも一度戦闘し、疲労していたと踏んで、単騎でも勝てると考えたんだろうな。
彼女はもともと軍人だったようだし、何らかの策もあったはずだ。そして――」
シャーリィのクライマックスモードを受け、あえなく斃れ去った。
「ハロルドが単騎でシャーリィに挑んだと推理した論拠は簡単だ。
D5の面々の中で、死者がハロルドしかいなかったから。もしD5の面々が総出でシャーリィを迎撃していたら…
おそらく全員まとめて、クライマックスモードで葬られていただろうから、今日の放送で呼ばれる人数が増えていたはずだ」
シャーリィ撃破のためには、彼女はもうクライマックスモードを撃てないことは不幸中の幸い。
ジェイにも聞いたが、この島でクライマックスモードを撃つには、約1日半…36時間の「溜め」が必要となるらしい。
よって、単純計算では次に彼女がクライマックスモードを撃てるようになるのは、明日の午前9時以降。
それまでは、彼女はクライマックスモードを再び発動しないという安全圏になる。
「…以上、シャーリィ・フェンネスとプリムラ・ロッソという2人のマーダーへの分析と併せた、
昨日の島の東側の戦いの顛末だ。
今度は、クレス・アルベイン、ティトレイ・クロウ、ミトス・ユグドラシルの3名のマーダー対策、
および島の西側の戦況…これについてまとめる」
キールは、グリッドがD5で補給してくれた水を、皮袋から一口飲み喉を潤す。
食料や水は、もうほとんど底をついている。それに関しても対策が必要だと、キールは水を飲みながら考えた。
「E2の戦況について触れる際は、まず何よりデミテルの存在を欠かすことは出来ない。
クレスとティトレイの2人はこのデミテルの配下でもあったわけだし…」
その時、ヴェイグからキールに飛ぶ、一筋の視線。
前言撤回を要請する目配せだとキールは悟った。しかしヴェイグはすぐさま自らにその権利がないことを思い出し目を伏せる。
「…E2のあの混戦の絵を描き、挙句の果てに僕らを纏めて抹殺しようとした、最悪の立役者だからな」
キールは一旦、話をそこで締めくくる。
「フォルスで栽培されたアブラナの茎やら何やらの様々な証拠で、すでに明白になっていることだが…
デミテルはC3の村の時点から、僕らを葬る策を縦横無尽に張り巡らせていたらしい。
僕らがあえて松明を灯しながらE2城に向かおうとした時点で、デミテルは僕らをE2城で葬るつもりだったらしいな。
昨晩デミテルがここで組み立てた策の全容は、こんなところだ。
僕らがE2城に到着した時点で、ここは僕ら対スタン・カイル組対ダオス対クレス…すなわちデミテル組…
その四つ巴になっていた。
おそらくデミテルは事前にこの城を、ハーフエルフの瞳で以って偵察し、そこでこの作戦を編み出したんだろう。
スタン・カイル組からすれば僕らは遭遇時点で敵味方不明の灰色の勢力。
それを見てデミテルは、スタン・カイル組からしてみればやはり未知の相手であってクレスをけしかけ、
乱入させることでスタン・カイル組の疑心暗鬼をかき立てた。
更にそこに乱入して来たのが後発のダオス。この時点でここは完全な乱戦状態に。
ここにネレイドまでが乱入してきて最終的にはここは五つ巴の戦場になったわけだ」
「聞いてて頭が痛くなるぜ…」
ロイドは顔を軽くしかめた。
シルヴァラントとテセアラを旅していた頃、自身らとクルシスとレネゲイドとの、三つ巴の戦いでもすでに降参。
今回は五つ巴と来れば、すでに理解の努力を放棄したい欲求に駆られる。
だが、ロイドの頭痛を尻目に、キールの話は淡々と続いていった。
「この混戦状況を生み出し、僕らをここに釘付けにしたデミテルは、それを絶好の機と見て、とある策を実行する。
それが…魔杖ケイオスハート…でよかったっけか、ロイド?」
「ああ。魔杖ケイオスハート。倒した敵の命を吸収して、無限にその魔力を高めるとんでもねえ杖だ。
アビシオンて奴を倒した後、リフィル先生がちょくちょく使っていた武器だぜ。
…あんな特大の花火をぶっ放したくらいなんだから、
多分もう多くの命を吸収した時点のケイオスハートが、ここに送られたんだろうな」
一同はその話を聞いて、思わず背筋に冷たいものが駆け上がるのを禁じえない。
「いくら秘奥義と秘奥義のユニゾン・アタックったって…」
「ああ。たった2人の人間が、並みの艦載用晶霊砲の破壊力を軽く凌駕する一撃を繰り出した…
それほどまでにあの魔杖の魔力の増幅力は桁外れってことだ」
「そもそも、秘奥義と秘奥義でユニゾン・アタックなんて考え自体、無茶苦茶だよな」
ロイドが切り出し、キールが繋げ、そして最後にはまたロイドが結ぶ。
「…確かに、あの一撃は『サウザンドブレイバー』にしても異常過ぎる破壊力だったな。
あれが直撃していたら、冗談抜きに城でも丸ごと吹き飛ばせていただろう」
ヴェイグは一言、そう付け加えた。
「本来なら僕らはそこで、全員が命を失っていた。デミテルの手駒のクレスもろともにな。
けれどもここで、僕らはギリギリのところで…複数の僥倖が重なって、命拾いできた。
正直、今なら僕は心の底からセイファートに感謝の祈りを捧げられそうだ」
キールは、広げた地図を両手で指す。右手人差し指はE3に。左手人差し指はD2に。
二本の指はつつと動き、E2でぶつかり合う。
「東のデミテルと、北のネレイドが結果的には互いに魔力の大半を削り合ってくれたことだ。
『サウザンドブレイバー』は『インデグネイション』すら軽く凌駕する威力の雷を放射する。
一度発射されたら、どんな剣士でさえ絶対に回避不可能はほどの超高速で。
だが、その射角を変えてくれたのが、たまたまデミテルと遭遇したヴェイグとグリッド。
2人がティトレイに心理的揺さぶりをかけてくれたお陰で、『サウザンドブレイバー』は直撃の軌道を外れてくれたんだ」
「そのくらい、この漆黒の翼の団長にかかればたやすいことだ!」
誇らしげに言うグリッドに、
「グリッド。お前がキール達の救世主であることは認めるが、いくらなんでもその言い方は不謹慎だ。
…その後のことを考えて言っているのか」
ヴェイグは一瞬、真剣な怒りを向ける。グリッドはあえなく、萎縮してしまった。
「…まあ…その、なんだ、キール、続けてくれよ」
「…ああ」
場に流れる気まずい空気。キールはつとめて淡々と、話を進める。
「そして僕達に起こった僥倖の二つ目。
それはネレイドの発現させた闇の極光の力を、その時半覚醒状態だったメルディが、力ずくで支配権を奪い返し放ったこと。
『サウザンドブレイバー』と闇の極光は互いにぶつかり合い、
結局僕らは無傷のままで2人のマーダーの戦闘力の大半を奪い去ったんだ。
すなわち、ジェイが言ってた最高のシナリオ…ネレイドとデミテルの…マーダー同士の潰し合いで、
僕らは漁夫の利を手にして生き延びた」
「…だが、その『僥倖』を得た結果払わされた代償も、また大きいな…」
ヴェイグの吐く悲哀の吐息は、震えている。キールは長く伸ばした青髪をかき上げながら、ヴェイグに倣った。
「結果として、デミテルとネレイドいう危険なマーダー2人の排除には成功し、メルディも救出できた。
だがデミテルに辛勝したダオスはティトレイにより殺害され、もう1人の配下のクレスはスタン・エルロンを殺害。
そしてネレイドを撃破出来たとは言え、リッドはネレイドと刺し違えた形になり、メルディは心をすり潰され」
「そして俺は、心を鬼にしてティトレイの死を静観出来なかったがために、結果としてジェイを殺してしまった。
挙句の果てにはフォルスを暴走させ、グリッドとロイドをあわやというところで殺してしまうところだった…」
ヴェイグは、うなだれた。
112 :
作者:2006/08/24(木) 17:01:24 ID:klJPm3hpO
さるさん回避
「そして俺は、それ以前に1人…ルーティ・カトレットという女性を殺してしまった。
カレギア国法に照らし合わせれば、俺は間違いなく死刑囚だ。
…俺はロイドやグリッドや…それに何よりジェイやルーティに、何と詫びていいのか…」
ヴェイグは両手で、自身のアイスブルーの髪を握り潰した。傍目に見る者が痛々しいほど、良心の呵責に苛まれながら。
ロイドは天を仰ぐ。おもむろに、その目をつぶりながらヴェイグに言い放つ。
「…もういいぜ。ヴェイグ。お前はさっき…キールが来る直前に、あんなに辛そうな顔をして俺に謝ってくれただろ?
もしお前がジェイを殺して、反省の言葉を口にしなかったら、俺はヴェイグを許せなかったかも知れない。
けれど、お前は今そうして、自分がやったことを省みているだろ?
俺はジェイじゃないから何とも言えないけれど、ジェイはきっと許してくれると思うぜ。
それに、ジェイはヴェイグが診てくれた時点で、心臓の近くの血管が破れてたんだろ?
その状態でクライマックスモードを使ってティトレイに特攻したんだ。
ジェイは多分…その時死ぬ覚悟は出来ていたんじゃないか?」
ロイドはふと思い出す。
絶海牧場でロディルの罠にはめられた際、自らの命を捨て石にして自分達を逃がしてくれたボータのことを。
ユアンの忠実な部下であった、あの男のことを。
最後に見たボータの瞳の、壮絶な色合いのことを。
ティトレイに特攻したジェイも、あんな目をしていたのだろうか。ロイドは、ふと思う。
「それでも、俺がジェイに止めを刺してしまった事実は変わらない」
「それなら、ヴェイグがジェイを殺すところまで、デミテルって奴が仕組んだ策略だったって思っとけばいいさ。
あいつはC3の村で俺達を焼き殺しかけた上、二度目は配下にしたクレスまで巻き添えにして俺達を一網打尽にしようとした。
ジェイから又聞きしたダオスの話だと、あいつは最初(はな)っから良心なんてかけらも持ち合わせてなかった、
考えようによっちゃミトス以下のクソ野郎だったんだぜ?」
そして結局、ロイドはミトスの良心を目覚めさせることの出来ぬまま、ミトスを討つ事になった。記憶に新しい。
「…こんな状況じゃそのくらいの逆恨み、やったって誰も非難はしねえよ。
俺にだって、そんなことは出来な」
「うるさい!!」
ヴェイグはとうとう、激した。
「実際にジェイに手をかけていないお前なんかに、俺の何が分かる!!?」
「ふざけろ!!」
今度はロイドが、その鳶色の髪の毛を逆立てる。怒りの言葉が、吹き上がる。
「仲間に向かってそんな言葉、チャラチャラ口にすんじゃねえ!!
俺は1人で何でもかんでも溜め込んで、それで勝手に潰れる奴が一番嫌いなんだ!!!」
そう。それゆえに、一度ロイドは大切な仲間を失いかけた。繁栄世界の神子たる、赤髪の優男を。
怒りの声をぶつけるロイドの、あまりの剣幕にヴェイグは思わず言葉を失う。
「…ヴェイグは、確かに大切な友達だったティトレイが死ぬところを、みすみす見過ごすことは出来なかった。
だからと言って、誰もヴェイグのことをクズ呼ばわりはしねえよ。
俺だってその時ヴェイグの立場にいて、コレットが目の前で人殺しになってたら、ヴェイグと同じ事をしていたかも知れない。
それは、人間が持つ当たり前の気持ちからすれば、当然だろ?
どんなに相手の心が変わったって、自分まであっさり心を変えられないのは当然だろ?
だから、ヴェイグがジェイを殺したことは、誰にも責めらないさ。
法律はヴェイグの人殺しを罰することは出来るけど、
その時感じた、『ティトレイに死んでほしくない』って気持ちは、誰にも罰することは出来ない。
罰しなきゃならないとしたら、ティトレイをそこまでめちゃくちゃに壊して…
結果的にジェイを殺させるまでにヴェイグを追い詰めたデミテルだ」
「…………」
ヴェイグは、肩を震わせる。
あまりにも多くの感情がない交ぜになりすぎて、もはや抱く気持ちも推すことも出来ない心を持て余して。
「な? …ヴェイグにはデミテルを恨む権利がある。ジェイを死に追いやったデミテルを、憎む権利がある」
ロイドは、今度はヴェイグを諭すように、ヴェイグに一言一言を投げかける。
「確かにこれは屁理屈と言えばそれまでかもしれないが、今は屁理屈で心を支えるんだ。
もともと人間の心なんて、屁理屈だらけなものさ。その屁理屈だらけの心が、人間を人間にしている。
ミンツ大学の哲学の講義で、そんな事を言った先生がいる」
この手の話にしては珍しく、キールまでもが口を開く。
「…済まない」
ヴェイグは、たっぷりと間をとって答える。
「……済まない………」
か細く、聞くのもやっとな、その声。
ヴェイグの言葉は、静かな感情に濡れそぼっていた。
「…………」
ぽたり。ぽたり。
彼の顎から、静かに雫がほどけ落ちる。
命のやり取りをするからと。
誰かを踏みにじらねば、自分が踏みにじられると。
そう思い凍らせて来た、想い。
それが、一気に吹き出てきたように、ヴェイグの涙は止まらなかった。
感じる。清らかな力を。水の温もりを。
今の今まで忘れ去っていた、負の気持ちを払うその力。
水の聖獣・シャオルーンの力。
確かに、この会場では甘ちゃんは真っ先に死ぬかもしれない。
みんな揃って仲良しこよしなど、サレあたりなら真っ先に嘲笑されていたかもしれない。
だが、ヴェイグにはある。
「甘ちゃん」でなければ、使えない力が。
シャオルーンの力が。
邪念を滅する、その力が。
流れる涙が、凍り付く。
フォルスの暴走ではない。
再び目を出した、シャオルーンの力…シャオルーンの心が喜びに震えているように、ヴェイグは感じる。
今凍らせるべきは、人としてあるべき心ではない。
己の涙。
マーダー達。
「…済まない。取り乱した。話を、続けてくれ」
そして、現実から目を反らそうとする、心の弱さ。ヴェイグが凍らせるべきものは、ただその一点。
キールは、一つうなずいた。
「ああ。今度はクレス・アルベインとティトレイ・クロウ。この2人のマーダーの対策だな。
まずは、クレス・アルベイン。
こいつはC3の村でも現れ、マーテルを殺した張本人。
ダオスによると、本来は魔力でなければ傷付けられない相手をも傷付けるという剣技の使い手。
ロイドが戦った時の話だと、相当に系統だった太刀筋だったんだろ?」
「そうだな。…完璧に我流で鍛えた俺の剣技とは、まるで正反対の太刀筋だった。
おまけにあの太刀筋は、人を殺すことに躊躇を抱いていない人間のもの…。
あいつの正体は、ミズホの里かなんかで密かに鍛えられた、殺人剣士か何かかも知れねえ」
ロイドは評する。
あの時見たクレスの目。
まるで人間を殺すことを、家畜を屠殺するほどにも感じない…否。そんな生温いものではない。
人を殺すことに快感を覚える、さしずめ人間を見るときのマグニスの目。
下手をすれば、マグニス以上に残虐な目つきだった。
戦慣れしていない人間なら、睨まれるだけで恐怖にすくみ上がってしまうであろう、地獄の悪鬼の目。
「…それにしても、そのクレスって奴も全く冗談じみた戦闘力だな。
入れ替わり立ち代りとは言え、ロイド、スタン、カイルの3人がかりを相手にしても互角の戦いを見せた…
いや、小技による撹乱や、対多人数戦を想定した牽制攻撃のような小細工抜きの力押しだけで、
スタンを殺害しロイドをここまで追い詰めたんだから、圧勝というべきだろう。
そしてカイルが現在ソーディアン・ディムロスと共に行方不明になっていることを考えると、
僕らの情報源の遮断を狙った口封じ目的なら、まさにピンポイントだな」
そして、スタンをピンポイントで狙ったことすらも、クレスを遣わしたデミテルの計算の一環である可能性は高い。
全くもって、デミテルの蛇や狐のようなずる賢さに、キールは舌を巻く思いである。
「とにかく、人を殺すことに全く躊躇のないこともあいまって、クレスの戦闘力はとてつもないレベルだ。
おそらく真っ向から勝負を挑めば、まず勝ち目はない。接近戦能力だけ見れば、おそらくシャーリィすらも上回る」
「おまけに、あいつはもとの剣技に、更にオリジンの能力を織り交ぜたとんでもない技…時空剣技を使ってくる。
そんな奴に…俺はエターナルソードを奪われちまったんだ!」
そのことについては、もはや後悔などという生易しい念では片付けられないほどの大失策。
これ以降の戦いでも、確実に要となるエターナルソードを奪われ、しかも奪われた相手はよりにもよって時空剣士。
敵に塩どころか、フレアボトルとハードボトルとエリクシールを合わせて送ってしまったようなものである。
(とりあえず、今はエターナルソードの運用法は横において、単純なクレス対策の話のみを続ける。
エターナルソードの運用法もきわめて重要だが、緊急性は低いからな)
キールは羊皮紙に記し、一同に見せた。全員が、そのキールの言葉を沈黙のうちに承認する。
「とにかくクレスの使う時空剣技は、どれもこれも危険過ぎる。
ロイドが見た時空剣技は、以下の3つ。
刀身に時空の力を纏わせ、極めて長大なエネルギーの刃を振りかざし敵を両断する『次元斬』。
瞬間移動で敵の目をくらまし、頭上からの不意打ちで脳天から敵を串刺しにする『空間翔転移』。
自らの周囲に時空のエネルギーの渦を展開し、更に投網の用に広がるエネルギーを前方に投射する、攻防一体の『虚空蒼破斬』。
どれも大味ながら、一撃必殺の威力を秘めている。特に『空間翔転移』は、どこから攻撃が来るか読みにくい。
そして、時空剣技なしでも、彼の従来の剣技の冴えは凄まじい。
純粋な剣士としての技量で正面勝負したら…」
「…ああ。俺はおそらく、九分九厘…確実に負ける。
あいつは俺と戦っている最中、途中からほとんど時空剣技のみで攻めて来た。
多分小技でかき乱さなくても、俺相手なら大味の時空剣技だけでゴリ押し、でも勝てると踏んだからだろうな。
つまりクレスは、あれだけ凄まじい戦いぶりを見せて、それでもまだ本気を出していなかった。
事実、あのまま戦い続けていたら、俺は確実に…負けていた」
すなわち、クレスはロイドに本気でなくとも勝てると宣告を突きつけたようなものである。
ロイドは、己の慢心を悔いるようにして、結論を持ってきた。
世の中には、あれほどまでの剣技を体得している人間がいたとは。
トレントの森で父と勝負したとき、ロイドは己の剣の自信を実力で裏打ちした。
それまで越えるべき壁であったクラトスを…剣にかけて言えば4000年の長のある父を、打ち負かした。
だがクレスの剣の冴えは、その4000年の練磨を経た父のそれさえも凌駕する。
クレスは、今やロイドが知る中でも最強の剣士の名を冠するにふさわしかろう。
「クレスの剣術の引き出しの量がどれほどのものかは分からないが、とにかく警戒してし過ぎることはない。
そしておそらくは、クレスは相手の剣術を見切ることにかけても、腕前は一級品だろう。
クレスはその時戦っていたスタンの大技…『殺劇舞荒剣』を見るや、それを瞬時に見切って同じ技を返した。
しかも、もとの技に更なる改良を加えてな。
おそらく彼の習得していた剣技にも似た技があったから出来た荒業なんだろうが、その分を差し引いても、
クレスの剣の才能は異常過ぎるほど。まさに、剣士になるためだけに生まれてきたかのようだ」
「…俺達が今後相手にしなければならないのは、どいつもこいつも化け物ということか…」
諦めきったようにヴェイグは言ったが、すぐさまそれも道理と自ら得心する。
『生き残っている連中が化け物ばかり』、という言い方は正しくない。
『化け物じみた戦闘力を持っているからこそ』、彼らはこの島の生存競争を生き延びてきたのだ。
弱者をふるい落とせば、残るはただ強者のみ。当然の論理である。
「だが、クレスも全く攻略の手がないわけじゃないんだろう、ロイド?」
「ああ。みんな、これを見てくれ」
ロイドは、今度は左手にムメイブレードの片割れを握り締めた。今は亡き、リッドの形見。
その形見に、突如青白い光が宿った。一同の顔に、驚愕が走る。
「…こいつをどう思う?」
「…凄く…時空剣技です……」
「茶化した言い方は止めろ、グリッド」
ヴェイグは寸鉄人を刺すがごとくに、グリッドに叱責を浴びせる。
だが、とにもかくにも、その事実には変わりはない。ムメイブレードに宿った、その光は。
「しかしこれは…その時空…剣技とやら…なのか?」
ヴェイグは確かめるように、ロイドに聞く。
「ああ。あいつの時空剣技は、さんざん見せ付けられたからな。俺も、あいつの剣技を見切り返してやった、ってわけさ」
「これが、クレスを倒すための糸口だ」
キールは一同に言う。
「ロイドはクレスの時空剣技をすでに見切ってくれている。
ロイドがクレスと戦えば、時空剣技は何とか耐えられるだろう。更にありがたいことには、ロイドの剣は我流。
僕も以前ファラから聞いた事があるんだが…
剣術にせよ拳術にせよ、他流試合の際は他流派の動きを知っているかどうかで、その試合の勝敗はかなり左右されるらしい。
クレスの剣の実力からすれば、彼は一度戦った流派の動きならほとんど見切ってかかるだろうし、他流派の知識も豊富だろう。
だが、ロイドの剣は完全に我流」
「強いて言うなら、アーヴィング流かな」
ロイドは冗談めかして、コメントする。
「俺はまだクレス相手に、技の全ては見せていない。
俺は我流でやってきたから変な技だってあるけど…
だからクレスにどんなに他流派の知識があっても、見破られる危険は少ないはず。
俺だって、クレスの使う流派の動きは完全には見切れてないけど、それでもクレスの使う剣技は系統だった流派。
どんな動きにも、共通する独特の癖があるはずさ。
4000年前、ある騎士団に所属して、系統だった剣技を習得した父さん相手にだって、それを利用して勝ったんだ。
けれども俺の剣には、そんなどの技にも共通する癖がないみたいなんだ」
それこそが、ロイドの剣の強み。
筋道だっておらず混沌としているが、それゆえに変幻自在。それゆえに無形。
ロイドが「力」の剣技の極致である「猛虎豪破斬」と、「技」の剣技の極致である「斬光時雨」を同時に体得している理由…
それこそが、無形の剣法。
まともな流派なら同時には学ぶことのない技を、同時に学んでいるのだ。矛盾を、矛盾として存在させない。
「…つまり、こういうことだな。
出来ることならシャーリィを相手にするときと同じく、相手に見つかるより先にクレスを見つけて、
僕の晶霊術を用いた過剰殲滅で瞬殺するのが理想的だが、もし正面対決になったなら、クレスとはロイドに戦ってもらう。
クレスが時空剣技のゴリ押しで勝てると高をくくっている間に、ロイドは無形の剣法を利用してクレスを翻弄。
ロイドの技の引き出しが尽きてしまう前に…もしくはクレスが本気を出さない内に倒す。クレスの慢心に、つけ込むわけだ。
広範囲を同時に攻撃できる時空剣技の特性を考慮すると、多人数でかかっても、時空剣技を見切っていない奴は危ない。
下手にロイドに加勢して、数で押し切る作戦は被害が大き過ぎるだろう」
「…なるほど」
ヴェイグは、相槌を打ち首を縦に振った。
「この作戦で行くなら、短期決戦が勝負になる。
クレスはおそらく、ロイドの剣技を一度見れば技の型を見切ってしまうだろう。
そして、クレスが本気を出して小技でじっくりと攻める技量勝負になったら、技を見切る速度で劣るロイドに勝ち目はない。
ロイドの技の引き出しが尽きるか、クレスが時空剣技でのゴリ押しを止めるまで。これが制限時間だ」
キールは言う。
「本当なら僕も晶霊術を撃ち込んで加勢したいところだが、その作戦は危険が大きい」
この島の異常な晶霊力場こそが、その原因。
本来晶霊術は…特に中級以上のものは広範囲に効果が及ぶ。範囲内の敵を全て巻き込む。
だがそれで味方を傷付けずにすむのは、術者の望む対象に、晶霊術が作用せぬよう選択が出来るため。
だから、キールはエターニアにいたころには、平気で晶霊術を乱戦の中に撃ち込めていたのだ。
この島では、その目標選択が出来ない。この異常な晶霊力場が、晶霊術の目標選択を禁じている。
乱戦に晶霊術を撃ち込んだら、味方までも巻き込んでしまう。
慎重に狙撃すれば、ピンポイントで目標を撃ち抜く事は不可能ではないが、残念ながらキールにその技術はない。
ここに晶霊砲使いのフォッグがいたなら、話は別だったかもしれないが。
とにかく、キールの技術では乱戦に晶霊術を撃てば、味方を巻き添えにしてしまうのだ。
「やれるとしたら、現在のフリンジの状態で放てる『ディストーション』あたりはピンポイント攻撃。
しかも決まれば相手は絶対に逃れられない…はずだが、相手は時空剣士だ。
『ディストーション』で構築される時の檻を、無理やり破壊して無効化するくらい、平気でやってのけるかもしれない。
そう思うと、晶霊術は牽制が精々と思っていた方がいいな」
「一つ質問だが…」
そこで、ヴェイグは軽く挙手をし、意見の陳述を求める。
「…なんだ、ヴェイグ?」
「ロイドが時空剣技を見切れているなら、防戦一方を装って、ひたすら時空剣技の防御に専念して、
相手が打ち疲れたところを逆襲という手はどうだろうか?
これなら相手も時空剣技一辺倒のまま戦いは進むし、相手を苛立たせて小細工を使う精神的余裕も奪えると思うんだが…」
しかし、それをキールとロイドはすぐさま否定する。
「残念ながら、その作戦は少し厳しいな。ロイドだって、さすがに時空剣技を全ていなすことは出来ないだろう。
エターナルソードを手にしたクレスの時空剣技は、どれほど威力を増幅されるか分からないが、
少々過小評価しても、一撃もらえばその時点でジ・エンドと考えていい。
ロイドならどうしてもかわせない一撃は『粋護陣』で緊急回避出来ることを計算に入れても、その作戦はリスクが大き過ぎる」
「それにクレスは、あれだけ時空剣技みたいな大技を連発して、撤退する直前までまだ余裕がありそうな感じだった。
おそらく、あいつはスタミナも俺より上だ。消耗戦に持ち込んだら、逆に俺の方が先にへばっちまう可能性が大きいぜ」
「…ならいいんだが」
ヴェイグは、おとなしく質問を収めた。
「それに、クレスはもう1人、別のマーダーと手を組んでいることを忘れるわけにはいかない。
さて、次は4人目。ティトレイ・クロウだな。
こいつはクレスやシャーリィとは毛色が違うが、十分に脅威的なマーダーだ。
格闘術にクロスボウ、更には『樹』のフォルスを操り、聖獣という存在から借り受けた闇の力まで使える。
…そんなところだったな、ヴェイグ?」
「ああ。ティトレイについては、俺からもいくらか話させてもらおう。
今キールが言った通り、ティトレイは格闘弓士。
あいつは『樹』のフォルスで自らの肉体を強化し、それでもって格闘戦に挑むのがもともとのスタイルなんだが…」
「…デミテルの呪術で操り人形にされた時、あいつから色々と余計な入れ知恵をされたみたいだな」
ティトレイの真相を知らぬキールは、ティトレイの変容をデミテルの呪術で説明し、付け加える。
ジェイ経由で手に入れた、デミテルは呪術やその手の類の技を得意とする、という情報から紡ぎだした仮説。
「…デミテルが呪術とやらを使ったのではなく、あるいは俺のように何らかの形でフォルスを暴走させ、
腑抜けになったところをデミテルにつけ込まれた可能性もあるがな」
「その可能性も否定は出来ないが…とにかく、ミトスの対策に触れる前に、デミテルの『呪術』についてはもう一度触れたい。
本来ならクレスの対策の際にも触れるべきだったかも知れないが、
ティトレイについても解説してからの方が、くどくならずに済むからな」
そして今回、真実をついていたのはヴェイグの方であった。本人らのあずかり知らぬところで。
ヴェイグは、ロイドの方を向きながら、確認するように話しかける。
「…ロイド。ここからティトレイが撤退する前に、ティトレイは植物の花粉や種子で追撃を妨害したっていう話に、
間違いはないんだな?」
「ああ。俺自身が花粉と種の嵐を食らった。間違いない」
ヴェイグは、悲しみとも呆れともつかぬため息の後、その事実を告げた。
「ティトレイは、カレギアにいた頃は『樹』のフォルスをそんな風に使ったことはなかった。
…残念だが、デミテルに入れ知恵されたというキールの推理は、かなり説得力があるな」
そして、この事実こそが、ティトレイはデミテルに入れ知恵されたとするキールの推理の論拠。
ヴェイグは、ゆっくりと話し始める。
「俺もカレギアを旅する中で、ユージーンという男の言葉を仲間とともに聞いていた。
もともと樹木の生命力を付与し肉体を強化する、ティトレイの『樹』のフォルスの使い方は外道なんだと。
本来なら『樹』のフォルスは、伸ばした植物の根で敵を縛り上げたり、植物に花粉を撒き散らさせたりといった、
側面攻撃にこそ真価を発揮するフォルスらしい。
ユージーンの話だと、フォルスの達人の集まるカレギア王国の特殊部隊、『王の盾』にはかつて、
森に展開した敵一個大隊を、たった1人で全滅させた伝説の『樹』のフォルス使いもいたらしいな」
『樹』のフォルス使いが真価を発揮するのは、野戦。特に、森林戦。
草木の声を聞き、敵の居場所を察知。
硬化した木の葉の嵐で敵を切り刻み、木から垂れる蔓で兵士を絞め殺し、
毒草のばら撒く瘴気で哀れな犠牲者に悲惨な死を送る。
自身は繁茂させた草の茂みに隠れ、木の幹を盾にし、花粉の煙幕で逃げ回りながら。
これぞ、『樹』のフォルスの真髄。
「ティトレイは『そんなセコい真似して戦うなんてカッコ悪ぃ!!』と言って、
そんな使い方は嫌がっていたみたいだけどな。ユージーンのその時の苦笑を、今でも俺は覚えている。
だが、ティトレイが『樹』のフォルスの真の使い方に目覚めた今、あいつは恐るべき暗殺者だ」
ティトレイの得意とする格闘術、弓。これに樹のフォルスが合わされば、自然と導出される結論。
その言葉を、キールは静かに首肯する。
「ティトレイは魔術の支持があったにしても、あの『サウザンドブレイバー』の砲撃手を務めた奴だしな。
『サウザンドブレイバー』が来る前に一度降った雷は、『サウザンドブレイバー』の射角調整のための試射だったんだろう。
約5〜6カランゲ離れたところからでもあの精度の射撃が可能なら、ティトレイはスナイパーとしての腕前も一流だ」
ヴェイグがそれに続く。
「更にティトレイの格闘術は、『樹』のフォルスの強化を受けた拳や足から放たれる。
外道な使い方とは言え、この攻撃は強力だ。なまじ大仰な得物が要らない以上、あいつは音を立てずに動くことも難しくはない。
これで不意打ちを受けたら、手刀一発で首を刎ねられ即死、という危険性すらある」
「…ミズホの里に伝わる一子相伝の暗殺拳、『斬り術』みたいだよな」
しいなから聞いたミズホの里の伝説。ロイドはふと思い出す。
「…『斬り術』?」
それに疑問符を投げかけたのは、グリッド。ロイドは静かに、傍らのグリッドに言う。
「邪悪な魔導師を封印した大迷宮に挑んだ、ミズホの里の先祖の奥義さ。
何でも素手で、魔神の首すらスパッと斬り落とす、とんでもない技らしいぜ」
「ほほう、それでそれで…」
「そこ、雑談はそこまでだ。続けるぞ」
その声とともに首を持ち上げる、ロイドとグリッド。見れば、そこではキールとヴェイグが苦笑を浮かべている。
「…あ、悪い」
ロイドはばつが悪そうに、一言詫びる。キールは、一つため息をついた。
「とにかく、ティトレイはクロスボウによる狙撃、音を立てず身一つで動ける格闘術、
そして『樹』のフォルスの使い方の理解という3つの武器を手にしている。
これらを総合して考えると、ティトレイは今や非の打ち所のない暗殺者だってことだ」
「ユージーンもしょっちゅう冗談半分にティトレイへ言っていたな。
『お前は望みさえすれば、裏の世界で引く手あまたの暗殺者にいつでも転職できるぞ』、と。
そして、その恐怖はすでに現実のものというわけだ」
ヴェイグの目つきは、その恐怖を一同に無言で、間違いなく伝える。
「とにかく、森なんかでであいつに出会ったら最後だ。
はっきり言ってそれは、四方八方を…
それこそ足元から頭上まで、あらゆる方向から凶器を向けられた状態で戦うに等しい。
木の葉の刃に木の根の槍、蔓の絞殺具(ギャロット)に花粉の煙幕…そんなものが全方向から襲いかかってくる。
いや、それどころかティトレイの顔を見ることすらなく、殺されるかも知れない。
デミテルの入れ知恵で、ティトレイがどこまでずる賢くなったかは分からないが、
可能な限り森への移動は避けた方がいい。それは、自ら罠の中に足を踏み入れるようなものだ」
「つまり、これ以降食料や水を補給する以外の理由では、森を移動するのは止めるべき、ってことだな」
すでに、ミクトランから配られた食料は尽きたも同然。水はグリッドが持ち合わせてはいるが、残量は心もとない。
「東西分断が行われた現在、残された侵入可能エリアから逆算して、制限時間は最短で約3日。
最長で約6日。このくらいの期間なら最悪水だけ飲めれば延命は出来るだろうが、
現存するマーダーの戦力を考慮すれば、可能な限り万全の状態を維持していなければならない。
万全の状態で挑んですら、現存するマーダー達とは五分の勝負を挑めるかどうかすら危ういからな。
とてもではないが、絶食状態で戦いに挑むのは上策と言えない。
だから森への侵入は最小限に…食料を採取するときだけだ。
僕らが食料を補給することを見越して、ティトレイが待ち伏せしている可能性は十分ある。
食料の採取も、可能な限り迅速に済ませるべきだな」
「それなら、俺の分のメシはなくてもいいぜ」
ロイドは、おもむろに上半身を起こした。傷口から、血の雫が僅かに漏れる。
「俺は体を天使化すれば、水も食料も睡眠も呼吸も要らない。俺の1人の食事が要らないだけでも、だいぶ違ってくるだろ?」
「…問題はないのか?」
「ああ。俺は昨日の戦いで、覚悟を決めたんだ。この力を使う覚悟を、な」
ロイドは、左手手の甲を握り締め、瞳を閉じた。
周囲の空気が震える。マナを編み上げる。光の翼を織る。
次の瞬間、ロイドの背より蒼の光翼が広がる。人一人ぐらいなら軽く包み込んでしまえそうなほどの、大いなる翼を。
「…これが……」
「すごく…大天使です……」
ヴェイグとグリッドは、その姿を改めてみるや、開いた口が塞がらなくなる。
ロイドの背より生えた翼。震わせるたびにマナの粒子が零れ落ちる。
神々しいまでのその光景。事前に何も知らされていなければ、あるいは本当にロイドを天使と信じていたかも分からない。
「…本当のところは、俺はこの力を使うのは嫌なんだけどな。
俺はかつてミトスとの戦いの中で、無機生命体の…天使の存在を否定したのに、大いなる実りを発芽させる時、この力を使った。
止むを得なかったとは言え、俺は一度この力を否定したくせに、この力に頼ってしまった。
その時以来、この力は一度も使ったことはなかった。二度と使いたくはなかった。
…今の俺を、父さんが見たらなんて思うのかな。
所詮お前の決意はその程度のものだったのかって叱るだろうか。
それとも、自らの信念を曲げてでも仲間を助けようとするその態度は立派だ、て褒めてくれてたかな」
「少なくとも僕は、ロイドの父さんの立場にいたら、叱りはしないさ」
キールはゆるゆると、首を横に振る。
「僕だって、この島での戦いについては、見通しが甘かった。
きっとリッドがいれば、今回も何とかなるだろうって、甘えていたのかも知れない。
セイファートの力を貰い受け、エターニアを救ったほどの力を持つ、リッドに頼っていれば、と」
舌が苦い。キールは、まぶたを閉じながら、口中の苦味に耐える。
「だが、結果として僕はリッドを失い、メルディの心は砕かれ、それでネレイドに勝った。
…余りにも、犠牲の大きな勝利だった。
…僕がC3の村の村でメルディが寝ているうちに、リバヴィウス鉱を取り上げておけば…
メルディが寝ているうちに、リッドに極光術を用いてもらって、ネレイドのフィブリルを浄化しておけば…
ジョニー・シデンは死なずに済んだ。リッドだって、殺されずに済んだ。メルディは、心を砕かれずに済んだ。
ロイド達からメルディのことを聞かされた時点で、『今回も何とかなるだろう』で油断していなければ、
こんなにひどい被害を受けずに済んでいたのかもしれない。
やっと分かったんだ。この『バトル・ロワイアル』は、そんな油断をした人間から死んでいくって」
重いまぶたを持ち上げ、キールは見やる。メルディから渡してもらったBCロッドを。
BCロッドに吊るした、メルディのクレーメルケイジを。
「…僕はもともと甘ちゃん小僧だ。人間の悪意よりは、善意の方を先に信じてしまう。
インフェリア王城へオルバース爆動の警告をしに行った時だって、『話せば分かる』と思って、
あわやというところで仲間達もろとも、処刑されるところまで行ってしまったこともある。
冷静に考えれば、いきなりそんな事を話しても誰にも信じてもらえないことぐらい、分かるはずだったのにな。
特にこの『バトル・ロワイアル』は、人間の汚いところや弱いところを、これでもかとばかりに抉り出してくる。
人を見たら泥棒と思え、どころか、人殺しと思ってもまだ足りないくらい。
…僕ももう甘えを捨てる時が来た。僕は『鬼』になる。マーダー達を倒すためなら、どんな卑劣な手段でも使ってやる」
キールは、一つ確信を持った。
おそらく自分は今、凄絶な眼光を宿しているであろう。エターニアの旅の最中でも、かつてしたことがないくらいに。
「勝つためならば、なりふりは構っちゃいられない。
正義の味方面して、えらそうなご高説を垂れてお高くまとまっていられるほど、僕らは強くないんだ」
キールは、その言葉を最後に再び瞳を閉じた。凄絶な眼光を、また奥底に眠らせるために。
次に瞳を開いたなら、キールの目には再び理性の光が戻る。いつもの、彼の目に。
「…話を続行しよう。ティトレイ・クロウの弱点について。これもまた、ヴェイグに話を頼みたい」
「分かった」
ヴェイグはキールの依頼を承諾し、その言葉を紡ぎ出す。
「ティトレイの弱点は、やはり『樹』のフォルスによる側面攻撃をどう処理するかだ。
ロイドの話だと、あいつは撤退間際、同じくデミテルの手駒だったクレスと手を組んでいた。
直接攻撃を得意とするクレスと、側面攻撃を得意とするティトレイ…2人のコンビネーションの相性は最高と考えていい。
ティトレイの悪知恵がどれほどのものかは分からないが、
この場にいる全員がかりでも、正面から行ったら間違いなく返り討ちだ。
おまけにこちらは非戦闘要員を2人抱えている。…出来る限り、この2人は分断して各個撃破したいところだ。
これ以降の対策は、ティトレイ単体を相手にするときを想定したものとして、聞いてくれ」
ヴェイグは、小さく咳払い。そう言えば、少し喉が渇いた。
「大体想像はつくだろうが、『樹』のフォルスの弱点は炎だ。
フォルスで作り出されたものは、通常の攻撃では破壊出来ないが、闘気を用いた攻撃や導術などを用いれば、破壊出来る。
『樹』のフォルスによる蔓や草は通常の炎では焼けないが、炎属性を帯びた剣技や導術は効果覿面だ」
「なら、俺の『鳳凰天駆』あたりの出番だな」
ちょうどありがたいことに、スタンの遺したガーネットはロイドの手元にある。
これさえあれば、『飛天翔駆』により放たれる闘気は炎と化し、『鳳凰天駆』になる。
意気込むロイドの手の中で、真紅の宝石が静かにきらめいた。
「そして、奴は植物のあるところでは恐ろしいほどの戦力を発揮する。
だが逆に言えば植物のないところでは、その『樹』のフォルスの威力も半減する。
草木の生えない砂漠や、今俺達がいるこの荒れ地のような場所ならな。
植物を繁茂させるにしても、繁茂させる時間を食うし、森や草原にいるときに比べれば消費も隙も大きい。
ただ、海岸沿いでの戦いでの優位性は保証できかねる。
ティトレイも試したことはないが、『樹』のフォルスは、同じく植物である海草すら操れる可能性もあるからな。
…出来ることなら、あいつとは雪原で戦いたいところだが…」
だがそれは、詮無い望みに過ぎない。
雪原には植物はなく、ティトレイにとっては苦手な地形。そして、ヴェイグにとってはこれ以上ないほどの得意地形。
もとよりヴェイグは、北国であるスールズの出身。寒さは慣れている。
すなわち雪原は、ヴェイグが一方的にティトレイに対し地の利を得られる地形なのだ。
この島に、雪原は存在しないが。
「…僕が『ブリザード』を使うって手もあるけどな。ヴェイグ、雪原の上でならお前はどれくらい戦える?」
「俺達は北国を旅する最中、やむを得ず雪原でビバークしたこともあるが、
その時はよく見張り番をやっていた。相手が空でも飛ばない限り、雪を媒介にして敵の侵入を察知できる。
地面の雪を使っての小細工も出来るようになるし、今の俺はユリスを倒したあの時よりも実力は上がっている自信がある。
雪原の上でなら、練習すれば氷の導術さえ扱えるかもしれない。
さすがに『ブリジットコフィン』並みのものは無理かもしれないが…」
「なら、その作戦も採用すべきだ」
キールは即断した。
「この島の上では、『ブリザード』は乱戦の中に撃ち込む事は出来ないが、
戦場の上空で使えば即席の雪を降らせることぐらいは出来る。
雪原を形成すればティトレイの『樹』のフォルスを抑え込み、同時にヴェイグの『氷』のフォルスを強化する。一石二鳥だ。
問題は晶霊術とフォルスの相性だが、こればかりは試してみないと分からないな」
「頼む」
ヴェイグは言った。そして、ティトレイへの対策はこれだけではない。
「話を戻してティトレイの弱点だ。
あいつは今、一つの大きな弱点を抱えている。
あいつはおそらく、消耗戦に持ち込めれば自滅する。控えめに見ても、弱体化することは間違いない。
短期決戦を強要されたらキールの作戦で地の利を取ればいいが、理想的なのはあいつが自滅するまでひたすら逃げることだ」
「その論拠は?」
すかさず、鋭いキールの合いの手。ヴェイグはそれに応える。
「あいつは昨晩、『サウザンドブレイバー』を放った直後に闇の聖獣の…イーフォンの力を解放していた」
これこそが、ティトレイの抱えるアキレスの腱。ヴェイグは複雑な心境で、その知識を語った。
「聖獣の力とは、俺達フォルス使いのフォルスを限界まで引き出す力だ。
俺達は聖獣と呼ばれる、カレギアを守護する存在からこの力を貰い受けたわけだが、
その際俺達は、その信念を…フォルスの力の根源である、『心』を試された。
聖獣を認めさせるほどの強い決意と意志がなければ、聖獣からは力を受け取れない。
そして、聖獣の力は使い方を誤れば、たちまち使用者を呑み込む」
そこで、ヴェイグは言葉を区切った。
「…ティトレイも、かつて闇の聖獣イーフォンから闇の力を受け取った。
カレギアに渦巻く、ゲオルギアスの思念を浄化する決意を表して。
…そして、俺自身認められなかったが、今のティトレイの心の在り様は、イーフォンに認められた時の在り様とは…
完全に別のものになっている」
誰も、ヴェイグの話に割って入る者はいなかった。
「聖獣に認められた心の在り様が崩れた時、与えられた力のリバウンドが襲ってくると、事前に聖獣達から聞いた。
そのリバウンドの具体的な内容はあえて聞かなかったが、ティトレイにもそのリバウンドが来る可能性は高い。
リバウンドは即効性か遅効性かは分からないが…」
ヴェイグは、静かに己の胸に手を当てる。シャオルーンの力の波動を、もう一度咀嚼してみる。
「…俺の持つ聖獣の力の感覚からすると、まずティトレイは無事では済まないと思う。
エクスフィアとやらの副作用に生身で耐えるシャーリィのように、
自身の生命力や精神力で、強引にリバウンドを押さえ込む可能性もなくはないが、
長期戦に持ち込めば、俺達の側が優勢になる。それだけは確証が持てる」
そして、それこそが彼らに出来る最高の選択。幸か不幸か、その事実を一同は知らないが。
デミテルの麻薬に肉体を冒されたクレス。
イーフォンの力のリバウンドに晒されるティトレイ。
永続天使性無機結晶症を患うシャーリィ。
彼ら彼女らには、時間こそが最大の敵。長期戦に持ち込めば、現存するマーダー4人の内、3人は脱落する。
プリムラをもマーダーと目する一同には、「5人の内、3人」となるのだが。
だが、この選択に至る糸口は、こればかりではない。
「そう。そこまで話したところで、今度は僕と交代してくれ、ヴェイグ。
そろそろ、僕も『デミテルの呪術』に触れておきたい」
推した事実が真実でなくとも、そこから導き出される判断は賢明。
キールも、ヴェイグの論への援護射撃を始める。
「話は少しこの島での戦いから離れるんだが…
僕が以前読んだレオノア百科全書第4巻の26章に、一つ引っかかる記述があった。
レオノア百科全書第4巻26章は、晶霊術が体系的技術として構築される作業の中、
歴史の中に消えていった様々な晶霊術について触れた項目なんだが、
その中にインフェリア王国の台頭に抵抗し、徹底抗戦を試みたある蛮族の呪術が記述されていた。
いわゆるロスト・クレーメル・アーツってやつだな」
「…それが、何か関係あるのか?」
「ああ。大有りだ」
キールはロイドの疑問符をよどみなく払拭してのける。
「そのインフェリア王国に徹底抗戦した蛮族は、最終的に女子供まで…最後の1人になるまで戦いを止めなかったそうだ。
その結果として、その蛮族の子孫はI.R.198年現在、インフェリアからは完全に消失している。
その蛮族の呪術は『狂戦士の法』としか記されていないが、その具体的内容はこんなところだ。
蛮族の中のシャーマンが、晶霊術ととあるキノコを併用し、蛮族の兵に強い心理的衝動を植えつける。
この『狂戦士の法』を受けた兵士は性格が凶暴化し、死への恐怖が消失する。
降伏勧告も通じず、生け捕りにしても死ぬまで激しい抵抗を続ける。
信じられるか? そんな呪術を、最終的には蛮族全てが用いて、族ぐるみで抵抗したんだぞ?
そしてその結果、インフェリア王国はその蛮族に殲滅戦を挑み、最後の1人までを殺し去った。
時に、I.R.前67年のことだ」
「…てことはキール、デミテルはその『狂戦士の法』とかいう奴をクレスに使ったって言いたいのか?」
「ロイド、デミテルは『ミトス以下のクソ野郎』なんだろう?
『ミトス以下のクソ野郎』なら、そのくらいのこと平然とやってのけてもおかしくはない」
「…そう推理する論拠はあるのか?」
ヴェイグに対し、キールは首を力強く振ってみせる。
「ああ。クレスがE2から撤退する前、ロイドが見たクレスの異常な挙動がその論拠だ。
ロイド。ロイドはクレスと戦っていた時、途中からは相当に形勢が不利になったんだろう?」
「悔しいけど、な」
ロイドは、忌々しげに顔をしかめた。
「クレスは俺とカイルとスタンのおっちゃんを3人纏めて相手にしても、圧倒的な戦いぶりを見せていた。
更に途中からはティトレイまで乱入して来たんだ。
あそこで2人が撤退してくれてなきゃ、俺もカイルも…間違いなくそのまま嬲り殺しにされていた」
「なら、何故伏兵の危険が極めて低く、圧倒的優勢の戦いの最中に2人は撤退したんだ?
圧倒的優勢な戦いの最中、相手に止めを刺さずに撤退した理由は何だ?
ティトレイは『サウザンドブレイバー』発射直後の疲労困憊状態であったことを考慮すれば、撤退したことはまあ納得できる。
ティトレイが昨日言っていたことは、ハッタリだったってわけだ。
だが、クレスは単騎でもロイドとカイルを容易に制圧できるだけの戦闘力を有していたんだぞ?
おまけにクレスは殺人に快楽を見出す、狂った人間の目をしていたんだろう?
そんな状況で撤退なんて、よほどの理由がなければ説明がつかない」
「…俺が見たのは、こんな感じのことだ」
ロイドは、キールの言葉が終わるや、クレスの撤退間際の異常な挙動について語り出す。
スタンの『殺劇舞荒剣』に、反撃の『殺劇舞荒剣』を見舞い、『空間翔転移』でスタンを貫いた直後。
クレスは突然体が震え出し、慌てて懐の小瓶を取り出したこと。
そこにティトレイが乱入し、クレスの鳩尾を突いてクレスを無理やりに気絶させ、彼もろともに撤退したこと。
「供述ありがとう、ロイド。この事実に関する説明は、いくらか考えられる。
このとき最初に考えられるのは、クレスは元々何らかの持病を患っていて、ロイドとの戦いの最中その発作が起きた可能性だ。
エクスフィギュアになるような奴もこの島にいることを考えると、病気持ちの人間がいることぐらいおかしくはない。
そして、デミテルは錬金術や博物学の知識を携えていたことを考えると、
医術についてもそれなりの見識があったと考えていいだろう。例の小瓶はその発作を抑える薬というわけだ。
だが、ここで引っかかるのが一点。デミテルのような手合いが、わざわざ病気持ちの手駒を好んで使うか?
おとぎ話や芝居には、病を患った剣の達人なんてのがよく出てくるが、実際そんなものを使うのはリスクが大きい。
僕がデミテルの立場にいたら、クレスみたいな出来損ないの手駒はさっさと処分するな。
クレスの病の発作を抑えるために薬を調合する手間ひま…
そして凶暴なクレスの性格を制御する労力を考えると、いくらクレスに化け物じみた剣才があるからと言って、
そうそう割に合う対価じゃない。
デミテルは事前にそう判断したからこそ、『サウザンドブレイバー』による殲滅を企てた際、
クレスを捨て駒にしたと推理すれば、持病説は一応筋が通るように思えるが…」
キールは、咳払いを挟んで反論を繰り出す。
123 :
作者:2006/08/24(木) 17:10:23 ID:klJPm3hpO
さるさん回避第2弾
がんばって播磨くん
125 :
作者:2006/08/24(木) 17:51:17 ID:klJPm3hpO
さるさん回避第3弾!
126 :
作者:2006/08/24(木) 17:52:54 ID:klJPm3hpO
第4弾!
「そもそも、クレスはダオスの証言する限り、もともとは健康体だったらしいし、殺人狂でもなかったようだ。
おまけにダオスを討つために戦っていたクレスには、やはりダオス軍に所属していたデミテルも敵。
もし仮にクレスは元来病気持ちで殺人狂だったとして、
ダオスと戦う際は人殺しの快楽に陶酔することを精神力で抑え込み、
更に幸運にもダオスと戦った際病気の発作が一度も起こらなかったとしよう。
その仮定の下でなら、デミテルはクレスの持病を抑える薬の提供の引き換えに、クレスに隷属を求めたと見当は付くが、
相手は殺人狂でしかも敵。そんないつ寝首をかかれるか分からないような相手を、手駒に据えたいか?
普通なら病気の発作が起きた隙を狙って、即座にデミテルはクレスを排除にかかったはずだ。
となると、クレスはこの島に来た時点では健康体で、殺人狂ではなかったという、
ダオスの証言から導き出される当然の結論が、一番無理なくクレスの人となりを説明できる」
「…それで、デミテルはクレスを見つけ出し、『狂戦士の法』ってやつをクレスに使って、
病気持ちの殺人狂に仕立て上げられた、ってキールは考えたわけだな」
ロイドは、果たしてキールの考えを言い当てて見せた。キールは、ロイドの言葉を肯定する。
「『狂戦士の法』に使われるキノコは、人の精神を凶暴化させると同時に、『依存症』という病気を使用者に与える。
そのキノコを定期的に摂取せねば、使用者は耐えがたい苦痛と悪夢に苦しめられる、という病気だ。
クレスの異常な挙動は、そのキノコの効果が切れた際の禁断症状。
クレスが持っていた小瓶の中身は、そのキノコのエキスか何かだと考えれば、無理はない。
そしてヴェイグ、ティトレイは『樹』のフォルスでそのキノコを栽培することが出来たとしても、
ティトレイには錬金術や医術の心得はないんだろう?」
「ああ。あいつに出来ることといったら、精々応急処置がいいところだ」
ヴェイグは、今でも覚えている。
旅の最中アニーのしてくれた医術の話を、ちんぷんかんぷんという様子で聞いていたティトレイの姿を。
そして、いよいよキールは結論の結論に入る。
「つまり、クレスはティトレイと組んでいたとしても、そのキノコのエキスを手にする手段はない。
そしてクレスはデミテルから離反し殺さなかったことを考えれば、自力ではキノコのエキスを作れないことは容易に想像できる。
人殺しを楽しむためなら、薬を自力で補給できればデミテルに用はないだろうからな。
時間が経てば、遅かれ早かれクレスは再び禁断症状に襲われる。ティトレイ共々、時間経過で自滅してくれる可能性は大だ。
この島の中を逃げ回り、彼らと遭遇することさえ避ければ、僕らは最も低リスクの作戦で5人のマーダーのうち2人を葬れる。
…あえてリスクを冒してマーダーを倒しに行くくらいなら、逃げ回るという選択肢がどれほど有利か、説明の必要はあるか?」
一同から、反論の声は一言も上がらなかった。キールは満足げに、頷いた。
「つまり、僕から提案したい作戦は次の通りだ。
まず、僕らはこのE2城跡の荒れ地に『防空壕』を掘り、そこで可能ならば全員の負傷を全快させるまで休息。
それと並行して、もしティトレイに回収されていなければ、デミテルの持っていた魔杖ケイオスハートの回収作業を行う。
魔杖ケイオスハートがシャーリィやミトスに渡ったら、それこそ取り返しのつかないことになる。
僕らの戦力の強化と、マーダー達の更なる増長の防止を兼ねて、な。
僕が知る限り、マーダーの中で偵察能力を持つのは、フォルスのレーダーを使えるティトレイと、
テルクェスを放てるシャーリィだが…
少なくともティトレイの探査は、ペンペン草一本残さず草の消し飛んだこの荒れ地では、ほぼ無効化されると考えていいだろう。
また、テルクェスは光り輝く蝶だと聞くが、それに近寄らねばシャーリィは僕らのことを察知できない。
メルディの持つスカウトオーブを併用すれば、よほどの不運に見舞われなければ隠れ続けることが出来る。
僕らが全快したなら、ここの南や東の森で食料を、川で水分を可能な限り大量に採取する。
その上で、リオン・マグナスやトーマらと接触し、同盟を結べれば最高だな」
「その時の交渉係は、俺に任せておけ! あいつらも俺達『漆黒の翼』の力になってくれ…」
「…いつから俺達は『漆黒の翼』になったんだ?」
もはや疲れ果てたかのように、ヴェイグはあきれ果てた口調でグリッドに言う。
「ま、面白そうじゃん! 俺らのチーム名にしようぜ、それ!」
「おお、同士よ! 天使の蒼い翼を掲げながらも、『漆黒の翼』とはこれいかに、だな!」
「…分かった。分かったからキールの話を聞け」
そしてグリッドとあっさり意気投合しているロイドを見るヴェイグは、偏頭痛に苦しんでいるかのように顔を歪め言った。
「んじゃ、俺『漆黒の翼』のバッジ作ってやるよ! 小さな彫刻道具なら、いつもポケットの中に入れてるからな!
木か石がありゃ、バッジぐらいならちょちょいのちょいだぜ!」
「そうか! ならばお前は『漆黒の翼』の突撃隊長に任命だ! ちょっと待ってろ、漆黒の翼の紋章を今この羊皮紙に…」
「…いい加減にしろ、お前ら…!」
たまらずヴェイグは、氷の指弾を形成。迷わずグリッドの後頭部にぶち込んだ。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」、という意味不明の叫び声を上げながら、悶絶するグリッド。
やっと静かになった、とばかりにキールとヴェイグは顔を見合わせ、そして嘆息した。
「…というわけで、これから僕は『ロックブレイク』でここに『防空壕』を掘る。
作戦会議の続きはそこでやろう。一旦小休止を挟まないと、ロイドとグリッドの集中力が保ちそうにないからな」
「…まったく、この緊急事態であんな泰然自若としていられるあいつらの頭、覗いてみたいな」
だが、自分のように1人で勝手に追い詰められるのに比べれば、まだ彼らの方がましか。
ヴェイグは自嘲的に、そう思った。
ロイドとて、コレットが心配でたまらないだろう。
グリッドとて、仲間のプリムラが気がかりで仕方がないだろう。
少しぐらい冗談でも言わねば、気が滅入りそうになる。
それを、少しでも和らげるための馬鹿騒ぎと思えば、まあ許容できる範囲か。
特に、ヴェイグがキールと出会う前、うっかりロイドにコレットがミトスと行動を共にしていることを話した時。
ロイドの取り乱しようは凄まじかった。
この作戦会議の直前まで、全員がかりでいさめねば、そのまま行ってしまいかねなかったほど。
最後には、ヴェイグが強引に氷のフォルスでロイドの足を凍らせ、大喝してようやくロイドは収まったのだ。
願わくば、キールの推理通り、コレットはまだしばらくは安全だと信じたい。
マーテルの「器」とやらに、据えられるまでは。そのくだりは、『防空壕』の中で。
キールは、その内に晶霊術を完成させた。地面から、土煙が吹き上がる。
周囲に適当に岩塊をばら撒いて、偽装もしてある。ひとまず、ここならば安全だろう。
この中で、作戦会議はまた続行される。かすかな希望の光への糸口を、見つけ出すための。
一同の想い。
一同の願い。
一同の思惑。
希望の朝は、救いの夕方に続くか。
それとも、再び絶望の夜に塗りつぶされるか。
ヴェイグは予断を抜きに言えば、後者であろうとも思う。
だが、願わくば前者であることを、祈らずにはいられなかった。
ヴェイグの閉じたまぶたの裏で、金髪の少女は柔らかに笑っていた。
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP65% 治療専念 「鬼」になる覚悟
所持品:ベレット セイファートキー リバヴィウス鉱 BCロッド C・ケイジ
キールのレポート(キールのメモを増補改訂。キールの知りうるあらゆる情報を記載済み)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:「防空壕」に篭城し、作戦会議と並行して仲間達を治療する
第二行動方針:E3に残存していれば、魔杖ケイオスハートを回収する
第三行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第五行動方針: 首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【メルディ 生存確認】
状態:TP30% 火傷は完治 精神磨耗(TP最大値が半減。上級晶霊術の行使に匹敵する精神的負担で廃人化)
所持品:スカウトオーブ(起動して気配を消去中) (サック破壊)
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下)
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP15% TP20% 治療専念(右肩に打撲、および裂傷 胸に裂傷)
右手甲複雑骨折(ヴェイグのフォルスで患部を凍結させ固定) EXスキル「ビカムエンジェル」発動可
信念を曲げる覚悟 時空剣技に対する見切り(完成度70%) 時空剣技をラーニング(不完全)
アルベイン流に対する見切り(完成度30%)
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ムメイブレード ホーリィリング
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:治療に専念する
第二行動方針:治療中は「漆黒の翼」のバッジ作りで焦燥感を誤魔化す
第三行動方針:治療後はコレットの救出に向かう
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP45% シャオルーンの力を解放可能
所持品:チンクエディア 忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 チンクエディア
エルヴンマント ダオスの皮袋(ダオスの遺書在中)
ジェイのメモ(E3周りの真相、およびフォルスについての記述あり)
基本行動方針:今まで犯した罪を償う
第一行動方針:グリッド達と行動を共にする
第二行動方針:ティトレイと再接触したなら、彼との決着を殺さずにつける
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【グリッド 生存確認】
状態:不屈の正義感
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:正義の御旗のもと、ヴェイグ達と共に行動する
第二行動方針:プリムラを説得する
第三行動方針:マーダー排除に協力する
第四行動方針:ロイドの作るバッジにwktk中
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
※なおキールとロイドは休息により回復するTPを、それぞれ「ナース」と「ライフアップ」に全て注ぎ込んでいる。
よって治療を中止するか完治するまで、休息によるTPの回復は凍結される。
※EXスキル「ビカムエンジェル」:
ロイドが原作のエンディングで手にした能力。肉体を天使化させる。
このロワ中では発動させている間、飲食・呼吸・睡眠などを必要としなくなり、一部の毒などを無効化。
ただし副作用として、発動時はTPの自然回復が起こらなくなる。
130 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 19:10:40 ID:XrDXVSjP0
テイルズ オブ うんこ
黒々と広がる地面は、まるで焦げ跡のように見えた。
この夜に散った、10もの命。それらが燃え尽きた、焦げ跡のように。
青き髪の智将の振るった、悠久の紫電。形なき深淵の邪神の放った、闇の激号。
ここに刻まれた黒き平原は…かつて城を支えていた地面は、ただただ佇む。
かの城は、果たしていくつもの命を呑み込んだのか。もはや数えることすら忌まわしい。
黒の大地は、そして今や朝日を浴びながら5人の命をここに有らしめていた。
ロイド・アーヴィング。
キール・ツァイベル。
ヴェイグ・リュングベル。
メルディ。
グリッド。
智将が描き、邪神が彩り、そして完成した舞台で…死神との舞踊を舞い切り、そして命を掴み取った者達。
誰一人として、五体満足と呼べる者はいなかった。
「…………」
メルディは、焦点のなかなか定まらない目で、ただただ虚空を眺めるのみ。
「ククィ…! クキュクィッキー!」(ご主人様…目ぇ覚ましてくれよ…!)
その傍らの小さな獣、クィッキーの鳴き声は、心なしか悲哀に濡れていた。
「クィッキー! クキュ!」(ほら、冗談の一つも言ってくれよ! …調子……狂っちまうじゃねえか)
それを眺めるキールは、たまらずに目を伏せた。無言のまま、自らの座る地面を眺める。
地図。名簿。そして、多くの情報を記載した羊皮紙の束。
そして地面に埋め込んだリバヴィウス鉱。この車座の中心の地面に設置し、水と氷の晶霊術をフリンジさせ広域に放射。
晶霊術「ナース」の媒体に用いている。
「…大体今の放送の情報の整理は終わった」
ネレイドに心をすり潰されたメルディ。あまりに痛々し過ぎて、無理にでも目を反らそうとする。
けれども同時に、それを見据えろと叫ぶ自分もいる。もどかしいまでの二律背反。
「これで、終わったんだよな…」
地面に横たわるロイド。
彼の右手にはキールのホーリィリングがはまり、その上からヴェイグの氷が添え木となり右手前腕部を凍らせ固定している。
更に、エクスフィアより引き出されるEXスキル「ライフアップ」を起動。肉体の再生能力を高め、それを右手に集中。
晶霊術「ナース」、ホーリィリング、ヴェイグのフォルス、そしてEXスキル「ライフアップ」。
ロイドの砕かれた右手は、四重の治療により、急速な再生を起こしている。
その他、全身各所に急ごしらえの包帯や、気休め程度に作られた膏薬を着けるロイドは、まさに重傷患者の様相を呈していた。
「ロイド、お前は今は治癒に専念しろ。
それでなくともお前は、すでに診療所に担ぎこまれて絶対安静を必要とするほどの重傷なんだ」
キールはロイドの傷を検分した際、思わず肝が冷えた。胸の傷などは、あと一寸深ければ確実に心の臓を貫いていた。
全くもって、意識を失わずに生きていられたのは奇跡としか言いようがない。
「…………」
そして、ロイドをここまで追いやった原因の一翼をになうヴェイグの表情は、ただただ冷たい後悔の念に満ちていた。
地面に横たわるロイドの姿を見るごとに、忸怩たる思いに身を刺される。
「しかしまあ、とうとうミクトランも気が狂ったみたいだな。
この俺たちの活躍が予想外に凄まじかったから、当てが外れて錯乱でもしたんだろうな!」
「グリッド。お前のそこまでの楽観的思考は、とてもではないが僕には真似できないな」
そして折れようと地に堕ちようとどれほどの死地を潜り抜けようと…
不屈の闘志と正義感を宿す漆黒の翼の長、グリッドはしかし即座にキールに釘を刺された。
「とにかく、これまでに手に入った情報を、緊急性の高い順番に整理しよう。
とにかく昨日は多くの事が一度に起き過ぎた。まとめるべき情報は、あまりにも多過ぎる。
話の腰を折らないように、質問や意見は話の流れを読んでやってくれよ。
必要があれば、各人に適宜証言を求めるから、そのときに発言を頼む」
「…ああ」
小さく頷いたロイド。
「頼む」
ヴェイグの返答は、ただ簡潔だった。
「よーし、ミクトランの野郎を今度こそ完膚なきまでにブチのめそうぜ!」
息巻くグリッドの様子を形容するには、まさに気炎万丈の言葉がふさわしかろう。
「クィッキーッ!!」(ああ。やられてばっかのこの状況、オレ達でひっくり返すぜ!!)
そしてキールの言葉の意味を知ってか知らずか、クィッキーも呼応する。
「…………はいな」
佇むメルディは、ただ濁った光を目に宿していた。
「それじゃあ、まずは今回の放送についてだ」
(それから口には出せないような話は、今まで通り筆談で行う。
変にボロが出るといけないから、誤魔化しきる自信のない奴は質問や意見をせず適当に相槌を打ってくれよ)
切り出したキールの言葉と共に、一同にその言葉が書かれた羊皮紙が提出される。
一同は、今度は無言で小さく首を縦に振った。
「まず、今回の死者についてまとめよう。
今回の死者は、ユアン、カトリーヌ、ジューダス、リアラ、ダオス、デミテル、ジェイ、スタン、ハロルド…
それから…」
キールはそこで、目をつぶった。自らを守り、命を散らせた腐れ縁の親友。大切な仲間を偲び、しばしの黙祷にふける。
「…リッドだ」
ロイドの目にも、ヴェイグの目にも、グリッドの目にも、痛みが走った。
多くの仲間がこの夜に散った。この会場をさまよう死神の撒き散らす、理不尽なまでに無差別な死。
その事実を改めて認識する一同。その場に、重苦しい空気が漂う。
「この内、僕らが曲がりなりにも真相を知っている死者は…
ユアン、カトリーヌ、ダオス、デミテル、ジェイ、スタン、ハロルド、リッドの8人。
ジューダスとやらの死の顛末は、ヴェイグの証言から推測なら出来る。
リアラって参加者の生き死にの顛末は分からないが、これでもかなり多くの情報を得ることが出来た。
まずは、ユアン、カトリーヌ、ハロルドの死について、それなりの知識のあるグリッド。お前から頼む」
「ああ。任せておけ!」
言うが早いか、グリッドの舌は即座に高速回転を始めた。
彼らが事件に遭ったのは、D5の山岳地帯。
島の中央に向かい、島の各地点への移動の布石を打つとともに、水を補給するためという目的のもとでの移動であった。
そこで、水から上がったエクスフィギュアに…シャーリィに襲撃された。
「彼女が、現在のところ判明しているマーダーの一人目だな」
「ああ」
「グリッドがトーマという牛人間から聞かされた、ミミー・ブレッド経由の証言と、僕が直接ジェイから聞いた証言は一致する。
それから、ロイドのしてくれたエクスフィア及びエクスフィギュアの証言も複合させると、こういうことになるな。
彼女の持つ能力は、ブレス系爪術という滄我の力を借り受けた強力な術。僕らの使う晶霊術と、ある面では似通っている。
それをクルシスの輝石という強化版エクスフィアで更に強化し、メガグランチャーとマシンガンという武装を持つ。
エクスフィギュア化していた時の経験を考えると、肉弾戦の心得も警戒した方がいいだろう。
更にはエクスフィギュア形態と人間形態の間で、自在に肉体を変質させることが出来る可能性もあるし、
更にグリッドの証言によれば、僕らの仲間であったフォッグの銃技『エレメンタルマスター』によく似た技も使える。
おそらく火力と汎用性の点で言えば、現在生き残っているマーダーの中でも最強と考えていい。
遠距離からの砲撃や晶霊術、接近戦における格闘…どの間合いから繰り出される攻撃も脅威的だ。
更に、彼女には僕と同じく術の高速詠唱の心得もあるらしいし、多少の打撃を受けても術詠唱を続行できる特性、
『鋼体』や、エクスフィアから引き出される特殊能力、『EXスキル』を体得している可能性すらある」
以上がキールのまとめた、シャーリィ・フェンネスのプロファイリングとなる。
「…反則じみた戦闘力だな」
ヴェイグはほんの一瞬、北の空に飛んでいく所のみを見たあの少女の姿を思い出し、コメントした。
「あの子が、エクスフィギュアになってるなんて…」
ロイドは1日目の夜、見かけたあの少女の目を今でも覚えている。
「だが、根拠は薄弱ながら弱点はなくもないんだろう? ロイド」
「ああ」
ロイドは背を大地に預けたまま、キールらにその事実を告げる。
「みんな、俺が左手に着けてる、このエクスフィアを見てくれ。左手の甲に着いた、この丸い結晶だ」
ロイドは、力の入らぬ左手を、少しばかり動かす。一同の視線は、そこに注がれた。
「この丸い結晶は、台座にはめ込まれているだろう?
この台座は『要の紋』っていう、エクスフィアの毒素を抑える『壁』みたいなものなんだ。
グリッド、シャーリィ着けてたっていう青いクルシスの輝石は、こんなものにはまらないで肌に直接着いていたんだろ?」
「そうだ。少なくともそんな物はなかった」
ロイドは我が意を得たりとばかり、グリッドの確認の上に話を続ける。
「エクスフィアにせよクルシスの輝石にせよ、この『要の紋』がないと、流れ出す毒素を制御できない。
その結果、直接エクスフィアをはめた人間は毒素に冒され、エクスフィアを無理やり剥がされることでエクスフィギュアになる。
グリッドが見た、棘のないサボテンみたいな巨人になるんだ。
シャーリィがその戦いの最中、エクスフィギュア形態から人間形態に戻ったって事は――」
「戦いの最中か、もしくは戦いの以前にシャーリィはエクスフィアの毒素に対する免疫を、何らかの形で得ていたことになる」
今度はロイドの話を、キールが結論付けた。だが、その結論にロイドは得心がいかない。
「でも、要の紋なしで人間がエクスフィアの毒素に耐えるなんてあり得ない!
俺達の世界じゃ、ボルトマン術書って本に書かれた術以外じゃ、エクスフィギュアになった人間を戻すことは出来ないんだ。
俺の先生だったリフィルって人も、それからエンジェルス計画に携わってきた父さんも言っていた。
そもそも人間の体は、エクスフィアの毒素を自力で浄化できるようにはなっていないんだ、って…」
「でもそれは、ロイド達のいた世界での話だ」
ロイドの反論を、そこでキールは切り返した。
「これもジェイからもらった情報なんだが…
彼女の住んでいた世界では、彼女は『メルネス』という海の神に仕える巫女で、強大な力を秘めていたらしい。
信じられないんだが、それこそ世界の大陸を丸ごと海の下に没させるほどの、な。
その海の神とやらからの加護で、エクスフィアの毒素を抑えられるということも、想定しておいていい。
そもそも彼女の操る爪術は、その海の神…滄我の加護を力の源としている。
これはジェイの証言なんだが、理由は分からないがどうやらこの島にも、その滄我とやらの力は及んでいるらしいんだ」
「だとするなら…」
ロイドにとってはにわかには信じ難い話だが…
エクスフィアの毒素に要の紋なしで耐えうるならば。エクスフィアを用いて強化された敵への対策は一つ。
「エクスフィアを抉り出して、戦力の弱体化を狙うしかない」
ロイドは言う。
「けれども、それも成功するか分からないんだろ、グリッド?」
「ああ。あのシャーリィの着けたエクスフィアってのは…」
エネルギーを一点に凝縮させ、ユアンが命と引き換えに撃った『スパークウェブ』を直撃させてすら、破壊できなかった。
グリッドは、昨晩凄絶な最期を迎えたユアンの、決死の策の結果をその目で見届けたのだ。
「シャーリィはジーニアスや先生の『フォースフィールド』みたいな防御技も使えるのかもしれないのか…」
「…つまり、現状下では考えうる弱点は一つきりで、しかもその弱点も本当に弱点であるか確証はできない。
せめてもの救いは、ジェイによれば彼女は戦略・戦術には疎いことか。
だが彼女は、外交官という人間同士の駆け引きを必要とする仕事に就いていたことを考えると、
この島での戦いで、感覚的に戦略・戦術を学習した可能性もある。できれば頭脳戦も回避したいところだ。
つまり、シャーリィ・フェンネスに対しては、現状では有効な対策はない。可能な限り交戦を避けたい相手だな。
強いて言うなら、彼女がこちらに気付く前にこちらから大火力の術技をお見舞いして、反撃の隙を与えない内に瞬殺。
さもなくば他の参加者と潰し合ってもらって、消耗したところに波状攻撃。
この二択だな」
あれこれ理屈をこねくり回して、出た結論がこれか。キールは情けない結論に、思わずため息が出そうになる。
「ただ、いい知らせもある。
おそらく彼女は、昨晩の時点で最も危険な切り札である『クライマックスモード』を切ってくれたことだ」
昨晩、ネレイドとの交戦中に感じた、西からの強大な晶霊力の奔流。
それは、ジェイが一度限り試し打ちしてくれた、あの最大の切り札の放つそれに酷似していたのだ。
「『クライマックスモード』は、端的に言えば術者の周囲に絶対領域を形成し、その中に敵を封じ込める奥義だ。
これは晶霊術と違って詠唱は不要。使用者に意識があるうちなら、ほぼ発動の妨害は不可能。
使われたら、僕らはその時点で全滅が確定する…はずだった技だ」
(…ジェイが使った、あの技か)
ヴェイグは痛みと共に、その記憶を思い出した。
あの技がどれほど脅威的か…恐るべき技かは、実際にそれを受けた彼自身、よく分かっている。
ヴェイグの回想。その間にも、キールの言葉は紡がれる。
「これはヴェイグとグリッドの証言と、僕が感じたクライマックスモードの波動、そしてそれらの時間軸からの推理だ。
この推測に至った筋道や証言元の注記は割愛するが、とにかく昨日D5には、グリッド達と牛のガジュマであるトーマ…
それからヴェイグと、ヴェイグに付き従っていたという桃色の髪の女ハロルド。この順で参加者が訪れた」
「そしてその前後で…プリムラがあまりの恐怖に錯乱して…」
「…マーダーとなり、シャーリィがユアンと戦っているのと並行して、カトリーヌを殺した」
グリッドの合いの手を話に組み込んだキール。
プリムラの名を呼ばれ、痛ましげに目を細めた。
カトリーヌの名を呼ぶその声が、僅かに震えた。
彼女らとはそれこそ血より濃い絆を結んだ仲というわけではないが、全くの赤の他人ではない。
知人同士までもが、醜い殺し合いを強要されるとは。
確かに彼女らは戦慣れしていないとは言え…だからと言って、
殺人行為に手を染めたことを、あっさり受け入れることなどできようものか。
「…ここで一応プリムラにも触れておくべきか。
プリムラ・ロッソはグリッドの言う通り、シャーリィとユアンの戦いのあまりの凄惨さに、耐え切れずに発狂してしまった。
彼女が現状下でこの島に生き残る、2人目のマーダーだ。現在のところ、消息は不明。
彼女は不意打ちでヴェイグに重傷を負わせたことは事実だが、グリッドによればもともと彼女は戦い慣れしていない一般人。
不意打ちや罠にさえ注意していれば、シャーリィなんかに比べれば危険度は低い。
肉弾戦を挑まれても、僕でも何とか撃破はできるはずだ」
キールは本来、剣を取り戦う力は持ちえていないが、長い旅の間には、乱戦に持ち込まれて肉弾戦を強要されたこともある。
晶霊術なしでも、よって一般人相手ならそうそう遅れを取ることはないのだ。
戦慣れしていない一般人と、巨大な怪物と。格闘戦を挑まれてどちらがより恐ろしいか。説明には及ぶまい。
「それから、3人目のマーダー…リオン・マグナスについても触れておきたい。ヴェイグ、頼めるか?」
「分かった」
ヴェイグは、キールの言葉にそう返して続ける。
「これはソーディアン・ディムロスと…それからジューダスから聞いた話なんだが…
リオン・マグナスはソーディアンマスターという、意志を持つ剣の使い手らしい。
彼の手にする剣は、ソーディアン・シャルティエ。
地属性と闇属性の、晶術という術を操り、しかも本人はそれに負けない様々な剣技を習得している」
「…父さんやゼロスみたいな、魔剣士ってわけだな」
ロイドは言った。
「おまけに奴は、『空襲剣』のような厄介な技を体得している。敵陣に突撃しながら、前衛後衛をまとめて撫で切りにする技だ。
特にキールは、晶霊術の行使を妨害されないよう、リオンと大きく間合いを離して戦わねば危険だ。
ついでに言うなら、リオンはかなりの切れ者でちょっとしたハッタリや牽制は通用しないらしい。
…奴はジューダスと正面から戦って、時間軸を考慮すれば、おそらくはジューダスを倒した張本人だ。
総合的な戦闘力はかなりのものと言えるだろう」
ロイドもそのヴェイグの言葉で、リオンの脅威をはっきりと認識できる。
この島に来て始めて出会った参加者であるジューダス。
彼ほどの練達の剣士を葬るほどの腕前、決して侮ることは出来ない。
そして、キールはヴェイグの結論を待って、本筋を再開する。
「…話を戻そう。
グリッドはG3の洞窟に向かうためにこちらに来て、D5からは離脱したから推測するしかないんだが、
おそらく紆余曲折あって、そのハロルドという女は単騎でシャーリィを相手取ることにした。
そのときシャーリィも一度戦闘し、疲労していたと踏んで、単騎でも勝てると考えたんだろうな。
彼女はもともと軍人だったようだし、何らかの策もあったはずだ。そして――」
シャーリィのクライマックスモードを受け、あえなく斃れ去った。
「ハロルドが単騎でシャーリィに挑んだと推理した論拠は簡単だ。
D5の面々の中で、死者がハロルドしかいなかったから。もしD5の面々が総出でシャーリィを迎撃していたら…
おそらく全員まとめて、クライマックスモードで葬られていただろうから、今日の放送で呼ばれる人数が増えていたはずだ」
シャーリィ撃破のためには、彼女はもうクライマックスモードを撃てないことは不幸中の幸い。
ジェイにも聞いたが、この島でクライマックスモードを撃つには、約1日半…36時間の「溜め」が必要となるらしい。
よって、単純計算では次に彼女がクライマックスモードを撃てるようになるのは、明日の午前9時以降。
誤差や不確定要素を考慮すれば、第6回放送前までがクライマックスモードを再び発動しないというとりあえずの安全圏になる。
「…以上、シャーリィ・フェンネス、プリムラ・ロッソ、リオン・マグナスという3人のマーダーへの分析と併せた、
昨日の島の東側の戦いの顛末だ。
今度は、クレス・アルベイン、ティトレイ・クロウ、ミトス・ユグドラシルの3人のマーダー対策、
および島の西側の戦況…これについてまとめる」
キールは、グリッドがD5で補給してくれた水を、皮袋から一口飲み喉を潤す。
食料や水は、もうほとんど底をついている。それに関しても対策が必要だと、キールは水を飲みながら考えた。
「E2の戦況について触れる際は、まず何よりデミテルの存在を欠かすことは出来ない。
クレスとティトレイの2人はこのデミテルの配下でもあったわけだし…」
その時、ヴェイグからキールに飛ぶ、一筋の視線。
前言撤回を要請する目配せだとキールは悟った。しかしヴェイグはすぐさま自らにその権利がないことを思い出し目を伏せる。
「…E2のあの混戦の絵を描き、挙句の果てに僕らを纏めて抹殺しようとした、最悪の立役者だからな」
キールは一旦、話をそこで締めくくる。
「フォルスで栽培されたアブラナの茎やら何やらの様々な証拠で、すでに明白になっていることだが…
デミテルはC3の村の時点から、僕らを葬る策を縦横無尽に張り巡らせていたらしい。
僕らがあえて松明を灯しながらE2城に向かおうとした時点で、デミテルは僕らをE2城で葬るつもりだったらしいな。
昨晩デミテルがここで組み立てた策の全容は、こんなところだ。
僕らがE2城に到着した時点で、ここは僕ら対スタン・カイル組対ダオス対クレス…すなわちデミテル組…
その四つ巴になっていた。
おそらくデミテルは事前にこの城を、ハーフエルフの瞳で以って偵察し、そこでこの作戦を編み出したんだろう。
スタン・カイル組からすれば僕らは遭遇時点で敵味方不明の灰色の勢力。
それを見てデミテルは、スタン・カイル組からしてみればやはり未知の相手であってクレスをけしかけ、
乱入させることでスタン・カイル組の疑心暗鬼をかき立てた。
更にそこに乱入して来たのが後発のダオス。この時点でここは完全な乱戦状態に。
ここにネレイドまでが乱入してきて最終的にはここは五つ巴の戦場になったわけだ」
「聞いてて頭が痛くなるぜ…」
ロイドは顔を軽くしかめた。
シルヴァラントとテセアラを旅していた頃、自身らとクルシスとレネゲイドとの、三つ巴の戦いでもすでに降参。
今回は五つ巴と来れば、すでに理解の努力を放棄したい欲求に駆られる。
だが、ロイドの頭痛を尻目に、キールの話は淡々と続いていった。
「この混戦状況を生み出し、僕らをここに釘付けにしたデミテルは、それを絶好の機と見て、とある策を実行する。
それが…魔杖ケイオスハート…でよかったっけか、ロイド?」
「ああ。魔杖ケイオスハート。倒した敵の命を吸収して、無限にその魔力を高めるとんでもねえ杖だ。
アビシオンて奴を倒した後、リフィル先生がちょくちょく使っていた武器だぜ。
…あんな特大の花火をぶっ放したくらいなんだから、
多分もう多くの命を吸収した時点のケイオスハートが、ここに送られたんだろうな」
一同はその話を聞いて、思わず背筋に冷たいものが駆け上がるのを禁じえない。
「いくら秘奥義と秘奥義のユニゾン・アタックったって…」
「ああ。たった2人の人間が、並みの艦載用晶霊砲の破壊力を軽く凌駕する一撃を繰り出した…
それほどまでにあの魔杖の魔力の増幅力は桁外れってことだ」
「そもそも、秘奥義と秘奥義でユニゾン・アタックなんて考え自体、無茶苦茶だよな」
ロイドが切り出し、キールが繋げ、そして最後にはまたロイドが結ぶ。
「…確かに、あの一撃は『サウザンドブレイバー』にしても異常過ぎる破壊力だったな。
あれが直撃していたら、冗談抜きに城でも丸ごと吹き飛ばせていただろう」
ヴェイグは一言、そう付け加えた。
「本来なら僕らはそこで、全員が命を失っていた。デミテルの手駒のクレスもろともにな。
けれどもここで、僕らはギリギリのところで…複数の僥倖が重なって、命拾いできた。
正直、今なら僕は心の底からセイファートに感謝の祈りを捧げられそうだ」
キールは、広げた地図を両手で指す。右手人差し指はE3に。左手人差し指はD2に。
二本の指はつつと動き、E2でぶつかり合う。
「東のデミテルと、北のネレイドが結果的には互いに魔力の大半を削り合ってくれたことだ。
『サウザンドブレイバー』は『インデグネイション』すら軽く凌駕する威力の雷を発射する。
一度発射されたら、どんな剣士でさえ絶対に回避不可能はほどの超高速で。
だが、その射角を変えてくれたのが、たまたまデミテルと遭遇したヴェイグとグリッド。
2人がティトレイに心理的揺さぶりをかけてくれたお陰で、『サウザンドブレイバー』は直撃の軌道を外れてくれたんだ」
「そのくらい、この漆黒の翼の団長にかかればたやすいことだ!」
誇らしげに言うグリッドに、
「グリッド。お前がキール達の救世主であることは認めるが、いくらなんでもその言い方は不謹慎だ。
…その後のことを考えて言っているのか」
ヴェイグは一瞬、真剣な怒りを向ける。グリッドはあえなく、萎縮してしまった。
「…まあ…その、なんだ、キール、続けてくれよ」
「…ああ」
場に流れる気まずい空気。キールはつとめて淡々と、話を進める。
「そして僕達に起こった僥倖の二つ目。
それはネレイドの発現させた闇の極光の力を、その時半覚醒状態だったメルディが、力ずくで支配権を奪い返し放ったこと。
『サウザンドブレイバー』と闇の極光は互いにぶつかり合い、
結局僕らは無傷のままで2人のマーダーの戦闘力の大半を奪い去ったんだ。
すなわち、ジェイが言ってた最高のシナリオ…ネレイドとデミテルの…マーダー同士の潰し合いで、
僕らは漁夫の利を手にして生き延びた」
「…だが、その『漁夫の利』を得るために払わされた代償も、また大きいな…」
ヴェイグの吐く悲哀の吐息は、震えている。キールは長く伸ばした青髪をかき上げながら、ヴェイグに倣った。
「結果として、デミテルとネレイドいう危険なマーダー2人の排除には成功し、メルディも救出できた。
だがデミテルに辛勝したダオスはティトレイにより殺害され、もう1人の配下のクレスはスタン・エルロンを殺害。
そしてネレイドを撃破出来たとは言え、リッドはネレイドと刺し違えた形になり、メルディは心をすり潰され」
「そして俺は、心を鬼にしてティトレイの死を静観出来なかったがために、結果としてジェイを殺してしまった。
挙句の果てにはフォルスを暴走させ、グリッドとロイドをあわやというところで殺してしまうところだった…」
ヴェイグは、うなだれた。
「そして俺は、それ以前に1人…ルーティ・カトレットという女性を殺してしまった。
カレギア国法に照らし合わせれば、俺は間違いなく死刑囚だ。
…俺はロイドやグリッドや…それに何よりジェイやルーティに、何と詫びていいのか…」
ヴェイグは両手で、自身のアイスブルーの髪を握り潰した。傍目に見る者が痛々しいほど、良心の呵責に苛まれながら。
ロイドは天を仰ぐ。おもむろに、その目をつぶりながらヴェイグに言い放つ。
「…もういいぜ。ヴェイグ。お前はさっき…キールが来る直前に、あんなに辛そうな顔をして俺に謝ってくれただろ?
もしお前がジェイを殺して、反省の言葉を口にしなかったら、俺はヴェイグを許せなかったかも知れない。
けれど、お前は今そうして、自分がやったことを省みているだろ?
俺はジェイじゃないから何とも言えないけれど、ジェイはきっと許してくれると思うぜ。
それに、ジェイはヴェイグが診てくれた時点で、心臓の近くの血管が破れてたんだろ?
その状態でクライマックスモードを使ってティトレイに特攻したんだ。
ジェイは多分…その時死ぬ覚悟は出来ていたんじゃないか?」
ロイドはふと思い出す。
絶海牧場でロディルの罠にはめられた際、自らの命を捨て石にして自分達を逃がしてくれたボータのことを。
ユアンの忠実な部下であった、あの男のことを。
最後に見たボータの瞳の、壮絶な色合いのことを。
ティトレイに特攻したジェイも、あんな目をしていたのだろうか。ロイドは、ふと思う。
「それでも、俺がジェイに止めを刺してしまった事実は変わらない」
「それなら、ヴェイグがジェイを殺すところまで、デミテルって奴が仕組んだ策略だったって思っとけばいいさ。
あいつはC3の村で俺達を焼き殺しかけた上、二度目は配下にしたクレスまで巻き添えにして俺達を一網打尽にしようとした。
ジェイから又聞きしたダオスの話だと、あいつは最初(はな)っから良心なんてかけらも持ち合わせてなかった、
考えようによっちゃミトス以下のクソ野郎だったんだぜ?」
そして結局、ロイドはミトスの良心を目覚めさせることの出来ぬまま、ミトスを討つ事になった。記憶に新しい。
「…こんな状況じゃそのくらいの逆恨み、やったって誰も非難はしねえよ。
俺にだって、そんなことは出来な」
「うるさい!!」
ヴェイグはとうとう、激した。
「実際にジェイに手をかけていないお前なんかに、俺の何が分かる!!?」
「ふざけろ!!」
今度はロイドが、その鳶色の髪の毛を逆立てる。怒りの言葉が、吹き上がる。
「仲間に向かってそんな言葉、チャラチャラ口にすんじゃねえ!!
俺は1人で何でもかんでも溜め込んで、それで勝手に潰れる奴が一番嫌いなんだ!!!」
そう。それゆえに、一度ロイドは大切な仲間を失いかけた。繁栄世界の神子たる、赤髪の優男を。
怒りの声をぶつけるロイドの、あまりの剣幕にヴェイグは思わず言葉を失う。
「…ヴェイグは、確かに大切な友達だったティトレイが死ぬところを、みすみす見過ごすことは出来なかった。
だからと言って、誰もヴェイグのことをクズ呼ばわりはしねえよ。
俺だってその時ヴェイグの立場にいて、コレットが目の前で人殺しになってたら、ヴェイグと同じ事をしていたかも知れない。
それは、人間が持つ当たり前の気持ちからすれば、当然だろ?
どんなに相手の心が変わったって、自分まであっさり心を変えられないのは当然だろ?
だから、ヴェイグがジェイを殺したことは、誰にも責めらないさ。
法律はヴェイグの人殺しを罰することは出来るけど、
その時感じた、『ティトレイに死んでほしくない』って気持ちは、誰にも罰することは出来ない。
罰しなきゃならないとしたら、ティトレイをそこまでめちゃくちゃに壊して…
結果的にジェイを殺させるまでにヴェイグを追い詰めたデミテルだ」
「…………」
ヴェイグは、肩を震わせる。
あまりにも多くの感情がない交ぜになりすぎて、もはや在りようを推すことも出来ない心を持て余して。
「な? …ヴェイグにはデミテルを恨む権利がある。ジェイを死に追いやったデミテルを、憎む権利がある」
ロイドは、今度はヴェイグを諭すように、ヴェイグに一言一言を投げかける。
「確かにこれは屁理屈と言えばそれまでかもしれないが、今は屁理屈で心を支えるんだ。
もともと人間の心なんて、屁理屈だらけなものさ。その屁理屈だらけの心が、人間を人間にしている。
ミンツ大学の哲学の講義で、そんな事を言った先生がいる」
この手の話にしては珍しく、キールまでもが口を開く。
「…済まない」
ヴェイグは、たっぷりと間をとって答える。
「……済まない………」
か細く、聞くのもやっとな、その声。
ヴェイグの言葉は、静かな感情に濡れそぼっていた。
「…………」
ぽたり。ぽたり。
彼の顎から、静かに雫がほどけ落ちる。
命のやり取りをするからと。
誰かを踏みにじらねば、自分が踏みにじられると。
そう思い凍らせて来た、想い。
それが、一気に吹き出てきたように、ヴェイグの涙は止まらなかった。
感じる。清らかな力を。水の温もりを。
今の今まで忘れ去っていた、負の気持ちを払うその力。
水の聖獣・シャオルーンの力。
確かに、この会場では甘ちゃんは真っ先に死ぬかもしれない。
みんな揃って仲良しこよしなど、サレあたりなら真っ先に嘲笑されていたかもしれない。
だが、ヴェイグにはある。
「甘ちゃん」でなければ、使えない力が。
シャオルーンの力が。
邪念を滅する、その力が。
流れる涙が、凍り付く。
フォルスの暴走ではない。
再び目を出した、シャオルーンの力…シャオルーンの心が喜びに震えているように、ヴェイグは感じる。
今凍らせるべきは、人としてあるべき心ではない。
己の涙。
マーダー達。
「…済まない。取り乱した。話を、続けてくれ」
そして、現実から目を反らそうとする、心の弱さ。ヴェイグが凍らせるべきものは、ただその一点。
キールは、一つうなずいた。
「ああ。今度はクレス・アルベインとティトレイ・クロウ。この2人のマーダーの対策だな。
まずは、クレス・アルベイン。
こいつはC3の村でも現れ、マーテルを殺した張本人。
ダオスによると、本来は魔力でなければ傷付けられない相手をも傷付けるという剣技の使い手。
ロイドが戦った時の話だと、相当に系統だった太刀筋だったんだろ?」
「そうだな。…完璧に我流で鍛えた俺の剣技とは、まるで正反対の太刀筋だった。
おまけにあの太刀筋は、人を殺すことに躊躇を抱いていない人間のもの…。
あいつの正体は、ミズホの里かなんかで密かに鍛えられた、殺人剣士か何かかも知れねえ」
ロイドは評する。
あの時見たクレスの目。
まるで人間を殺すことを、家畜を屠殺するほどにも感じない…否。そんな生温いものではない。
人を殺すことに快感を覚える、さしずめ人間を見るときのマグニスの目。
下手をすれば、マグニス以上に残虐な目つきだった。
戦慣れしていない人間なら、睨まれるだけで恐怖にすくみ上がってしまうであろう、地獄の悪鬼の目。
「…それにしても、そのクレスって奴も全く冗談じみた戦闘力だな。
入れ替わり立ち代りとは言え、ロイド、スタン、カイルの3人がかりを相手にしても互角の戦いを見せた…
いや、小技による撹乱や、対多人数戦を想定した牽制攻撃のような小細工抜きの力押しだけで、
スタンを殺害しロイドをここまで追い詰めたんだから、圧勝というべきだろう。
そしてカイルが現在ソーディアン・ディムロスと共に行方不明になっていることを考えると、
僕らの情報源の遮断を狙った口封じ目的なら、まさにピンポイントだな」
そして、スタンをピンポイントで狙ったことすらも、クレスを遣わしたデミテルの計算の一環である可能性は高い。
全くもって、デミテルの蛇や狐のようなずる賢さに、キールは舌を巻く思いである。
「とにかく、人を殺すことに全く躊躇のないこともあいまって、クレスの戦闘力はとてつもないレベルだ。
おそらく真っ向から勝負を挑めば、まず勝ち目はない。接近戦能力だけ見れば、おそらくシャーリィすらも上回る」
「おまけに、あいつはもとの剣技に、更にオリジンの能力を織り交ぜたとんでもない技…時空剣技を使ってくる。
そんな奴に…俺はエターナルソードを奪われちまったんだ!」
そのことについては、もはや後悔などという生易しい念では片付けられないほどの大失策。
これ以降の戦いでも、確実に要となるエターナルソードを奪われ、しかも奪われた相手はよりにもよって時空剣士。
敵に塩どころか、フレアボトルとハードボトルとエリクシールを合わせて送ってしまったようなものである。
(とりあえず、今はエターナルソードの運用法は横において、単純なクレス対策の話のみを続ける。
エターナルソードの運用法もきわめて重要だが、緊急性は低いからな)
キールは羊皮紙に記し、一同に見せた。全員が、そのキールの言葉を沈黙のうちに承認する。
「とにかくクレスの使う時空剣技は、どれもこれも危険過ぎる。
ロイドが見た時空剣技は、以下の3つ。
刀身に時空の力を纏わせ、極めて長大なエネルギーの刃を振りかざし敵を両断する『次元斬』。
瞬間移動で敵の目をくらまし、頭上からの不意打ちで脳天から敵を串刺しにする『空間翔転移』。
自らの周囲に時空のエネルギーの渦を展開し、更に投網の用に広がるエネルギーを前方に投射する、攻防一体の『虚空蒼破斬』。
どれも大味ながら、一撃必殺の威力を秘めている。
特に『空間翔転移』は、原則は頭上からの攻撃とは言え、攻撃の軌道が読みにくい。
そして、時空剣技なしでも、彼の従来の剣技の冴えは凄まじい。
純粋な剣士としての技量で正面勝負したら…」
「…ああ。俺はおそらく、九分九厘…いや、確実に負ける。
あいつは俺と戦っている最中、途中からほとんど時空剣技のみで攻めて来た。
多分小技でかき乱さなくても、俺相手なら大味の時空剣技だけでゴリ押し、でも勝てると踏んだからだろうな。
つまりクレスは、あれだけ凄まじい戦いぶりを見せて、それでもまだ本気を出していなかった。
…俺は一太刀もあいつに浴びせる事が…出来なかった」
すなわち、クレスはロイドに本気でなくとも勝てると宣告を突きつけたようなものである。
ロイドは、己の慢心を悔いるようにして、結論を持ってきた。
世の中には、あれほどまでの剣技を体得している人間がいたとは。
トレントの森で父と勝負したとき、ロイドは己の剣の自信を実力で裏打ちした。
それまで越えるべき壁であったクラトスを…剣にかけて言えば4000年の長のある父を、打ち負かした。
だがクレスの剣の冴えは、その4000年の練磨を経た父のそれさえも凌駕する。
クレスは、今やロイドが知る中でも最強の剣士の名を冠するにふさわしかろう。
「クレスの剣術の引き出しの量がどれほどのものかは分からないが、とにかく警戒してし過ぎることはない。
そしておそらくは、クレスは相手の剣術を見切ることにかけても、腕前は一級品だろう。
クレスはその時戦っていたスタンの大技…『殺劇舞荒剣』を見るや、それを瞬時に見切って同じ技を返した。
しかも、もとの技に更なる改良を加えてな。
おそらく彼の習得していた剣技にも似た技があったから出来た荒業なんだろうが、その分を差し引いても、
クレスの剣の才能は異常過ぎるほど。まさに、剣士になるためだけに生まれてきたかのようだ」
「…俺達が今後相手にしなければならないのは、どいつもこいつも化け物ということか…」
諦めきったようにヴェイグは言ったが、すぐさまそれも道理と自ら得心する。
『生き残っている連中が化け物ばかり』、という言い方は正しくない。
『化け物じみた戦闘力を持っているからこそ』、彼らはこの島の生存競争を生き延びてきたのだ。
弱者をふるい落とせば、残るはただ強者のみ。当然の論理である。
「だが、クレスも全く攻略の手がないわけじゃないんだろう、ロイド?」
「ああ。みんな、これを見てくれ」
ロイドは、今度は左手にムメイブレードの片割れを握り締めた。今は亡き、リッドの形見。
その形見に、突如青白い光が宿った。一同の顔に、驚愕が走る。
「…こいつをどう思う?」
「…凄く…時空剣技です……」
「茶化した言い方は止めろ、グリッド」
ヴェイグは寸鉄人を刺すがごとくに、グリッドに叱責を浴びせる。
だが、とにもかくにも、その事実には変わりはない。ムメイブレードに宿った、その光は。
「しかしこれは…その時空…剣技とやら…なのか?」
ヴェイグは確かめるように、ロイドに聞く。
「ああ。あいつの時空剣技は、さんざん見せ付けられたからな。俺も、あいつの剣技を見切り返してやった、ってわけさ」
「これが、クレスを倒すための糸口だ」
キールは一同に言う。
「ロイドはクレスの時空剣技をすでに見切ってくれている。
ロイドがクレスと戦えば、時空剣技は何とか耐えられるだろう。更にありがたいことには、ロイドの剣は我流。
僕も以前ファラから聞いた事があるんだが…
剣術にせよ拳術にせよ、他流試合の際は他流派の動きを知っているかどうかで、その試合の勝敗はかなり左右されるらしい。
クレスの剣の実力からすれば、彼は一度戦った流派の動きならほとんど見切ってかかるだろうし、他流派の知識も豊富だろう。
だが、ロイドの剣は完全に我流」
「強いて言うなら、アーヴィング流かな」
ロイドは冗談めかして、コメントする。
「俺はまだクレス相手に、技の全ては見せていない。
俺は我流でやってきたから変な技だってあるけど…
だからクレスにどんなに他流派の知識があっても、見破られる危険は少ないはず。
俺だって、クレスの使う流派の動きは完全には見切れてないけど、それでもクレスの使う剣技は系統だった流派。
どんな動きにも、共通する独特の癖があるはずさ。
4000年前、ある騎士団に所属して、系統だった剣技を習得した父さん相手にだって、それを利用して勝ったんだ。
けれども俺の剣には、そんなどの技にも共通する癖がないみたいなんだ」
それこそが、ロイドの剣の強み。
筋道だっておらず混沌としているが、それゆえに変幻自在。それゆえに無形。
ロイドが「力」の剣技の極致である「猛虎豪破斬」と、「技」の剣技の極致である「斬光時雨」を同時に体得している理由…
それこそが、無形の剣法。
まともな流派なら同時には学ぶことのない技を、同時に学んでいるのだ。矛盾を、矛盾として存在させない。
「…つまり、こういうことだな。
出来ることならシャーリィを相手にするときと同じく、相手に見つかるより先にクレスを見つけて、
僕の晶霊術を用いた過剰殲滅で瞬殺するのが理想的だが、もし正面対決になったなら、クレスとはロイドに戦ってもらう。
クレスが時空剣技のゴリ押しで勝てると高をくくっている間に、ロイドは無形の剣法を利用してクレスを翻弄。
ロイドの技の引き出しが尽きてしまう前に…もしくはクレスが本気を出さない内に、短期決戦を期して倒す。
クレスの油断や慢心に、つけ込むわけだ。
広範囲を同時に攻撃できる時空剣技の特性を考慮すると、多人数でかかっても、時空剣技を見切っていない奴は危ない。
下手にロイドに加勢して、数で押し切る作戦は被害が大き過ぎるだろう」
「…なるほど」
ヴェイグは、相槌を打ち首を縦に振った。
「この作戦で行くなら、短期決戦が勝負になる。
クレスはおそらく、ロイドの剣技を一度見れば技の型を見切ってしまうだろう。
そして、クレスが本気を出して小技でじっくりと攻める技量勝負になったら、技を見切る速度で劣るロイドに勝ち目はない。
ロイドの技の引き出しが尽きるか、クレスが時空剣技でのゴリ押しを止めるまで。これが制限時間だ」
キールは言う。
「本当なら僕も晶霊術を撃ち込んで加勢したいところだが、その作戦は危険が大きい」
この島の異常な晶霊力場こそが、その原因。
本来晶霊術は…特に中級以上のものは広範囲に効果が及ぶ。範囲内の敵を全て巻き込む。
だがそれで味方を傷付けずにすむのは、術者の望む対象に、晶霊術が作用せぬよう選択が出来るため。
だから、キールはエターニアにいたころには、平気で晶霊術を乱戦の中に撃ち込めていたのだ。
この島では、その目標選択が出来ない。この異常な晶霊力場が、晶霊術の目標選択を禁じている。
乱戦に晶霊術を撃ち込んだら、味方までも巻き込んでしまう。
慎重に狙撃すれば、ピンポイントで目標を撃ち抜く事は不可能ではないが、残念ながらキールにその技術はない。
ここに晶霊砲使いのフォッグがいたなら、話は別だったかもしれないが。
とにかく、キールの技術では乱戦に晶霊術を撃てば、味方を巻き添えにしてしまうのだ。
「やれるとしたら、現在のフリンジの状態で放てる『ディストーション』あたりはピンポイント攻撃。
しかも決まれば相手は絶対に逃れられない…はずだが、相手は時空剣士だ。
『ディストーション』で構築される時の檻を、無理やり破壊して無効化するくらい、平気でやってのけるかもしれない。
そう思うと、晶霊術は牽制が精々と思っていた方がいいな」
「一つ質問だが…」
そこで、ヴェイグは軽く挙手をし、意見の陳述を求める。
「…なんだ、ヴェイグ?」
「ロイドが時空剣技を見切れているなら、防戦一方を装って、ひたすら時空剣技の防御に専念して、
相手が打ち疲れたところを逆襲という手はどうだろうか?
これなら相手も時空剣技一辺倒のまま戦いは進むし、相手を苛立たせて小細工を使う精神的余裕も奪えると思うんだが…」
しかし、それをキールとロイドはすぐさま否定する。
「残念ながら、その作戦は少し厳しいな。ロイドだって、さすがに時空剣技を全ていなすことは出来ないだろう。
エターナルソードを手にしたクレスの時空剣技は、どれほど威力を増幅されるか分からないが、
少々過小評価しても、一撃もらえばその時点でジ・エンドと考えていい。
ロイドならどうしてもかわせない一撃は『粋護陣』で緊急回避出来ることを計算に入れても、その作戦はリスクが大き過ぎる」
「それにクレスは、あれだけ時空剣技みたいな大技を連発して、撤退する直前までまだ余裕がありそうな感じだった。
おそらく、あいつはスタミナも俺より上だ。消耗戦に持ち込んだら、逆に俺の方が先にへばっちまう可能性が大きいぜ」
「…ならいいんだが」
ヴェイグは、おとなしく質問を収めた。
「それに、クレスはもう1人、別のマーダーと手を組んでいることを忘れるわけにはいかない。
さて、次は4人目。ティトレイ・クロウだな。
こいつはクレスやシャーリィとは毛色が違うが、十分に脅威的なマーダーだ。
格闘術にクロスボウ、更には『樹』のフォルスを操り、聖獣という存在から借り受けた闇の力まで使える。
…そんなところだったな、ヴェイグ?」
「ああ。ティトレイについては、俺からもいくらか話させてもらおう。
今キールが言った通り、ティトレイは格闘弓士。
あいつは『樹』のフォルスで自らの肉体を強化し、それでもって格闘戦に挑むのがもともとのスタイルなんだが…」
「…デミテルの呪術で操り人形にされた時、あいつから色々と余計な入れ知恵をされたみたいだな」
さるさん回避
がんばって播磨くん
がんがれー
ティトレイの真相を知らぬキールは、ティトレイの変容をデミテルの呪術で説明し、付け加える。
ジェイ経由で手に入れた、デミテルは呪術やその手の類の技を得意とする、という情報から紡ぎだした仮説。
「…デミテルが呪術とやらを使ったのではなく、あるいは俺のように何らかの形でフォルスを暴走させ、
腑抜けになったところをデミテルにつけ込まれた可能性もあるがな」
「その可能性も否定は出来ないが…とにかく、ミトスの対策に触れる前に、デミテルの『呪術』についてはもう一度触れたい。
本来ならクレスの対策の際にも触れるべきだったかも知れないが、
ティトレイについても解説してからの方が、くどくならずに済むからな」
そして今回、真実をついていたのはヴェイグの方であった。本人らのあずかり知らぬところで。
ヴェイグは、ロイドの方を向きながら、確認するように話しかける。
「…ロイド。ここからティトレイが撤退する前に、ティトレイは植物の花粉や種子で追撃を妨害したっていう話に、
間違いはないんだな?」
「ああ。俺自身が花粉と種の嵐を食らった。間違いない」
ヴェイグは、悲しみとも呆れともつかぬため息の後、その事実を告げた。
「ティトレイは、カレギアにいた頃は『樹』のフォルスをそんな風に使ったことはなかった。
…残念だが、デミテルに入れ知恵されたというキールの推理は、かなり説得力があるな」
そして、この事実こそが、ティトレイはデミテルに入れ知恵されたとするキールの推理の論拠。
ヴェイグは、ゆっくりと話し始める。
「俺もカレギアを旅する中で、ユージーンという男の言葉を仲間とともに聞いていた。
もともと樹木の生命力を付与し肉体を強化する、ティトレイの『樹』のフォルスの使い方は外道なんだと。
本来なら『樹』のフォルスは、伸ばした植物の根で敵を縛り上げたり、植物に花粉を撒き散らさせたりといった、
側面攻撃にこそ真価を発揮するフォルスらしい。
ユージーンの話だと、フォルスの達人の集まるカレギア王国の特殊部隊、『王の盾』にはかつて、
森に展開した敵一個大隊を、たった1人で全滅させた伝説の『樹』のフォルス使いもいたらしいな」
『樹』のフォルス使いが真価を発揮するのは、野戦。特に、森林戦。
草木の声を聞き、敵の居場所を察知。
硬化した木の葉の嵐で敵を切り刻み、木から垂れる蔓で兵士を絞め殺し、
毒草のばら撒く瘴気で哀れな犠牲者に悲惨な死を送る。
自身は繁茂させた草の茂みに隠れ、木の幹を盾にし、花粉の煙幕で逃げ回りながら。
これぞ、『樹』のフォルスの真髄。
「ティトレイは『そんなセコい真似して戦うなんてカッコ悪ぃ!!』と言って、
そんな使い方は嫌がっていたみたいだけどな。ユージーンのその時の苦笑を、今でも俺は覚えている。
だが、ティトレイが『樹』のフォルスの真の使い方に目覚めた今、あいつは恐るべき暗殺者だ」
ティトレイの得意とする格闘術、弓。これに樹のフォルスが合わされば、自然と導出される結論。
その言葉を、キールは静かに首肯する。
「ティトレイは魔術の支持があったにしても、あの『サウザンドブレイバー』の砲撃手を務めた奴だしな。
『サウザンドブレイバー』が来る前に一度降った雷は、『サウザンドブレイバー』の射角調整のための試射だったんだろう。
約5〜6カランゲ離れたところからでもあの精度の射撃が可能なら、ティトレイはスナイパーとしての腕前も一流だ」
ヴェイグがそれに続く。
「更にティトレイの格闘術は、『樹』のフォルスの強化を受けた拳や足から放たれる。
外道な使い方とは言え、この攻撃は強力だ。なまじ大仰な得物が要らない以上、あいつは音を立てずに動くことも難しくはない。
これで不意打ちを受けたら、手刀一発で首を刎ねられ即死、という危険性すらある」
「…ミズホの里に伝わる一子相伝の暗殺拳、『斬り術』みたいだよな」
しいなから聞いたミズホの里の伝説。ロイドはふと思い出す。
「…『斬り術』?」
それに疑問符を投げかけたのは、グリッド。ロイドは静かに、傍らのグリッドに言う。
「邪悪な魔導師を封印した大迷宮に挑んだ、ミズホの里の先祖の奥義さ。
何でも素手で、魔神の首すらスパッと斬り落とす、とんでもない技らしいぜ」
「ほほう、それでそれで…」
「そこ、雑談はそこまでだ。続けるぞ」
その声とともに首を持ち上げる、ロイドとグリッド。見れば、そこではキールとヴェイグが苦笑を浮かべている。
「…あ、悪い」
ロイドはばつが悪そうに、一言詫びる。キールは、一つため息をついた。
「とにかく、ティトレイはクロスボウによる狙撃、音を立てず身一つで動ける格闘術、
そして『樹』のフォルスの使い方の理解という3つの武器を手にしている。
これらを総合して考えると、ティトレイは今や非の打ち所のない暗殺者だってことだ」
「ユージーンもしょっちゅう冗談半分にティトレイへ言っていたな。
『お前は望みさえすれば、裏の世界で引く手あまたの暗殺者にいつでも転職できるぞ』、と。
そして、その恐怖はすでに現実のものというわけだ」
ヴェイグの目つきは、その恐怖を一同に無言で、間違いなく伝える。
「とにかく、森なんかでであいつに出会ったら最後だ。
はっきり言ってそれは、四方八方を…
それこそ足元から頭上まで、あらゆる方向から凶器を向けられた状態で戦うに等しい。
木の葉の刃に木の根の槍、蔓の絞殺具(ギャロット)に花粉の煙幕…そんなものが全方向から襲いかかってくる。
いや、それどころかティトレイの顔を見ることすらなく、殺されるかも知れない。
デミテルの入れ知恵で、ティトレイがどこまでずる賢くなったかは分からないが、
可能な限り森への移動は避けた方がいい。それは、自ら罠の中に足を踏み入れるようなものだ」
「つまり、これ以降食料や水を補給する以外の理由では、森を移動するのは止めるべき、ってことだな」
すでに、ミクトランから配られた食料は尽きたも同然。水はグリッドが持ち合わせてはいるが、残量は心もとない。
「東西分断が行われた現在、残された侵入可能エリアから逆算して、制限時間は最短で約3日。
最長で約6日。このくらいの期間なら最悪水だけ飲めれば延命は出来るだろうが、
現存するマーダーの戦力を考慮すれば、可能な限り万全の状態を維持していなければならない。
万全の状態で挑んですら、現存するマーダー達とは五分の勝負を挑めるかどうかすら危ういからな。
とてもではないが、絶食状態で戦いに挑むのは上策と言えない。
だから森への侵入は最小限に…食料を採取するときだけだ。
僕らが食料を補給することを見越して、ティトレイが待ち伏せしている可能性は十分ある。
食料の採取も、可能な限り迅速に済ませるべきだな」
「それなら、俺の分のメシはなくてもいいぜ」
ロイドは、おもむろに上半身を起こした。傷口から、血の雫が僅かに漏れる。
「俺は体を天使化すれば、水も食料も睡眠も呼吸も要らない。俺の1人の食事が要らないだけでも、だいぶ違ってくるだろ?」
「…問題はないのか?」
「ああ。俺は昨日の戦いで、覚悟を決めたんだ。この力を使う覚悟を、な」
ロイドは、左手手の甲を握り締め、瞳を閉じた。
周囲の空気が震える。マナを編み上げる。光の翼を織る。
次の瞬間、ロイドの背より蒼の光翼が広がる。人一人ぐらいなら軽く包み込んでしまえそうなほどの、大いなる翼を。
「…これが……」
「すごく…大天使です……」
ヴェイグとグリッドは、その姿を改めてみるや、開いた口が塞がらなくなる。
ロイドの背より生えた翼。震わせるたびにマナの粒子が零れ落ちる。
神々しいまでのその光景。事前に何も知らされていなければ、あるいは本当にロイドを天使と信じていたかも分からない。
「…本当のところは、俺はこの力を使うのは嫌なんだけどな。
俺はかつてミトスとの戦いの中で、無機生命体の…天使の存在を否定したのに、大いなる実りを発芽させる時、この力を使った。
止むを得なかったとは言え、俺は一度この力を否定したくせに、この力に頼ってしまった。
その時以来、この力は一度も使ったことはなかった。二度と使いたくはなかった。
…今の俺を、父さんが見たらなんて思うのかな。
所詮お前の決意はその程度のものだったのかって叱るだろうか。
それとも、自らの信念を曲げてでも仲間を助けようとするその態度は立派だ、て褒めてくれてたかな」
「少なくとも僕は、ロイドの父さんの立場にいたら、叱りはしないさ」
キールはゆるゆると、首を横に振る。
「僕だって、この島での戦いについては、見通しが甘かった。
きっとリッドがいれば、今回も何とかなるだろうって、甘えていたのかも知れない。
セイファートの力を貰い受け、エターニアを救ったほどの力を持つ、リッドに頼っていれば、と」
舌が苦い。キールは、まぶたを閉じながら、口中の苦味に耐える。
「だが、結果として僕はリッドを失い、メルディの心は砕かれ、それでネレイドに勝った。
…余りにも、犠牲の大きな勝利だった。
…僕がC3の村の村でメルディが寝ているうちに、リバヴィウス鉱を取り上げておけば…
メルディが寝ているうちに、リッドに極光術を用いてもらって、ネレイドのフィブリルを浄化しておけば…
ジョニー・シデンは死なずに済んだ。リッドだって、殺されずに済んだ。メルディは、心を砕かれずに済んだ。
ロイド達からメルディのことを聞かされた時点で、『今回も何とかなるだろう』で油断していなければ、
こんなにひどい被害を受けずに済んでいたのかもしれない。
やっと分かったんだ。この『バトル・ロワイアル』は、そんな油断をした人間から死んでいくって」
重いまぶたを持ち上げ、キールは見やる。メルディから渡してもらったBCロッドを。
BCロッドに吊るした、メルディのクレーメルケイジを。
「…僕はもともと甘ちゃん小僧だ。人間の悪意よりは、善意の方を先に信じてしまう。
インフェリア王城へオルバース爆動の警告をしに行った時だって、『話せば分かる』と思って、
あわやというところで仲間達もろとも、処刑されるところまで行ってしまったこともある。
冷静に考えれば、いきなりそんな事を話しても誰にも信じてもらえないことぐらい、分かるはずだったのにな。
特にこの『バトル・ロワイアル』は、人間の汚いところや弱いところを、これでもかとばかりに抉り出してくる。
人を見たら泥棒と思え、どころか、人殺しと思ってもまだ足りないくらい。
…僕ももう甘えを捨てる時が来た。僕は『鬼』になる。マーダー達を倒すためなら、どんな卑劣な手段でも使ってやる」
キールは、一つ確信を持った。
おそらく自分は今、凄絶な眼光を宿しているであろう。エターニアの旅の最中でも、かつてしたことがないくらいに。
「勝つためならば、なりふりは構っちゃいられない。
正義の味方面して、えらそうなご高説を垂れてお高くまとまっていられるほど、僕らは強くないんだ」
キールは、その言葉を最後に再び瞳を閉じた。凄絶な眼光を、また奥底に眠らせるために。
次に瞳を開いたなら、キールの目には再び理性の光が戻る。いつもの、彼の目に。
「…話を続行しよう。ティトレイ・クロウの弱点について。これもまた、ヴェイグに話を頼みたい」
「分かった」
ヴェイグはキールの依頼を承諾し、その言葉を紡ぎ出す。
「ティトレイ撃破の要は、やはり『樹』のフォルスによる側面攻撃をどう処理するかだ。
ロイドの話だと、あいつは撤退間際、同じくデミテルの手駒だったクレスと手を組んでいた。
直接攻撃を得意とするクレスと、側面攻撃を得意とするティトレイ…2人のコンビネーションの相性は最高と考えていい。
ティトレイの悪知恵がどれほどのものかは分からないが、
この場にいる全員がかりでも、正面から行ったら間違いなく返り討ちだ。
おまけにこちらは非戦闘要員を2人抱えている。…出来る限り、この2人は分断して各個撃破したいところだ。
これ以降の対策は、ティトレイ単体を相手にするときを想定したものとして、聞いてくれ」
ヴェイグは、小さく咳払い。そう言えば、少し喉が渇いた。
「大体想像はつくだろうが、『樹』のフォルスの弱点は炎だ。
フォルスで作り出されたものは、通常の攻撃では破壊出来ないが、闘気を用いた攻撃や導術などを用いれば、破壊出来る。
『樹』のフォルスによる蔓や草は通常の炎では焼けないが、炎属性を帯びた剣技や導術は効果覿面だ」
「なら、俺の『鳳凰天駆』あたりの出番だな」
ちょうどありがたいことに、スタンの遺したガーネットはロイドの手元にある。
これさえあれば、『飛天翔駆』により放たれる闘気は炎と化し、『鳳凰天駆』になる。
意気込むロイドの手の中で、真紅の宝石が静かにきらめいた。
「そして、奴は植物のあるところでは恐ろしいほどの戦力を発揮する。
だが逆に言えば植物のないところでは、その『樹』のフォルスの威力も半減する。
草木の生えない砂漠や、今俺達がいるこの荒れ地のような場所ならな。
植物を繁茂させるにしても、繁茂させる時間を食うし、森や草原にいるときに比べれば消費も隙も大きい。
ただ、海岸沿いでの戦いでの優位性は保証できかねる。
ティトレイも試したことはないが、『樹』のフォルスは、同じく植物である海草すら操れる可能性もあるからな。
…出来ることなら、あいつとは雪原で戦いたいところだが…」
だがそれは、詮無い望みに過ぎない。
雪原には植物はなく、ティトレイにとっては苦手な地形。そして、ヴェイグにとってはこれ以上ないほどの得意地形。
もとよりヴェイグは、北国であるスールズの出身。寒さは慣れている。
すなわち雪原は、ヴェイグが一方的にティトレイに対し地の利を得られる地形なのだ。
この島に、雪原は存在しないが。
「…僕が『ブリザード』を使うって手もあるけどな。ヴェイグ、雪原の上でならお前はどれくらい戦える?」
「俺達は北国を旅する最中、やむを得ず雪原でビバークしたこともあるが、
その時はよく見張り番をやっていた。相手が空でも飛ばない限り、雪を媒介にして敵の侵入を察知できる。
地面の雪を使っての小細工も出来るようになるし、今の俺はユリスを倒したあの時よりも実力は上がっている自信がある。
雪原の上でなら、練習すれば氷の導術さえ扱えるかもしれない。
さすがに『ブリジットコフィン』並みのものは無理かもしれないが…」
「なら、その作戦も採用すべきだ」
キールは即断した。
「この島の上では、『ブリザード』は乱戦の中に撃ち込む事は出来ないが、
戦場の上空で使えば即席の雪を降らせることぐらいは出来る。
雪原を形成すればティトレイの『樹』のフォルスを抑え込み、同時にヴェイグの『氷』のフォルスを強化する。一石二鳥だ。
問題は晶霊術とフォルスの相性だが、こればかりは試してみないと分からないな」
「頼む」
ヴェイグは言った。そして、ティトレイへの対策はこれだけではない。
「話を戻してティトレイの弱点だ。
あいつは今、一つの大きな弱点を抱えている。
あいつはおそらく、消耗戦に持ち込めれば自滅する。控えめに見ても、弱体化することは間違いない。
短期決戦を強要されたらキールの作戦で地の利を取ればいいが、理想的なのはあいつが自滅するまでひたすら逃げることだ」
「その論拠は?」
すかさず、鋭いキールの合いの手。ヴェイグはそれに応える。
「あいつは昨晩、『サウザンドブレイバー』を放った直後に闇の聖獣の…イーフォンの力を解放していた」
これこそが、ティトレイの抱えるアキレスの腱。ヴェイグは複雑な心境で、その知識を語った。
「聖獣の力とは、俺達フォルス使いのフォルスを限界まで引き出す力だ。
俺達は聖獣と呼ばれる、カレギアを守護する存在からこの力を貰い受けたわけだが、
その際俺達は、その信念を…フォルスの力の根源である、『心』を試された。
聖獣を認めさせるほどの強い決意と意志がなければ、聖獣からは力を受け取れない。
そして、聖獣の力は使い方を誤れば、たちまち使用者を呑み込む」
そこで、ヴェイグは言葉を区切った。
「…ティトレイも、かつて闇の聖獣イーフォンから闇の力を受け取った。
カレギアに渦巻く、ゲオルギアスの思念を浄化する決意を表して。
…そして、俺自身認められなかったが、今のティトレイの心の在り様は、イーフォンに認められた時の在り様とは…
完全に別のものになっている」
誰も、ヴェイグの話に割って入る者はいなかった。
「聖獣に認められた心の在り様が崩れた時、与えられた力のリバウンドが襲ってくると、事前に聖獣達から聞いた。
そのリバウンドの具体的な内容はあえて聞かなかったが、ティトレイにもそのリバウンドが来る可能性は高い。
リバウンドは即効性か遅効性かは分からないが…」
ヴェイグは、静かに己の胸に手を当てる。シャオルーンの力の波動を、もう一度咀嚼してみる。
「…俺の持つ聖獣の力の感覚からすると、まずティトレイは無事では済まないと思う。
エクスフィアとやらの副作用に生身で耐えるシャーリィのように、
自身の生命力や精神力で、強引にリバウンドを押さえ込む可能性もなくはないが、
長期戦に持ち込めば、俺達の側が優勢になる。それだけは確証が持てる」
そして、それこそが彼らに出来る最高の選択。幸か不幸か、その事実を一同は知らないが。
デミテルの麻薬に肉体を冒されたクレス。
イーフォンの力のリバウンドに晒されるティトレイ。
永続天使性無機結晶症を患うシャーリィ。
彼ら彼女らには、時間こそが最大の敵。長期戦に持ち込めば、現存するマーダー4人の内、3人は脱落する。
プリムラやリオンをもマーダーと目する一同には、「6人の内、3人」となるのだが。
だが、この選択に至る糸口は、こればかりではない。
「そう。そこまで話したところで、今度は僕と交代してくれ、ヴェイグ。
そろそろ、僕も『デミテルの呪術』に触れておきたい」
推した事実が真実でなくとも、そこから導き出される判断は賢明。
キールも、ヴェイグの論への援護射撃を始める。
「話は少し離れるんだが…
クレスがE2から撤退する前、ロイドが見たクレスの異常な挙動に関する証言が、僕には引っかかる。
ロイド。ロイドはクレスと戦っていた時、途中からは相当に形勢が不利になったんだろう?」
「悔しいけど、な」
ロイドは、忌々しげに顔をしかめた。
「クレスは俺とカイルとスタンのおっちゃんを3人纏めて相手にしても、圧倒的な戦いぶりを見せていた。
更に途中からはティトレイまで乱入して来たんだ。
あそこで2人が撤退してくれてなきゃ、俺もカイルも…間違いなくそのまま嬲り殺しにされていた」
「なら、何故伏兵の危険が極めて低く、圧倒的優勢の戦いの最中に2人は撤退したんだ?
圧倒的優勢な戦いの最中、相手に止めを刺さずに撤退した理由は何だ?
ティトレイは『サウザンドブレイバー』発射直後の疲労困憊状態であったことを考慮すれば、撤退したことはまあ納得できる。
ティトレイが昨日言っていたことは、ハッタリだったってわけだ。
だが、クレスは単騎でもロイドとカイルを容易に制圧できるだけの戦闘力を有していたんだぞ?
おまけにクレスは殺人に快楽を見出す、狂った人間の目をしていたんだろう?
そんな状況で撤退なんて、よほどの理由がなければ説明がつかない」
「…俺が見たのは、こんな感じのことだ」
ロイドは、キールの言葉が終わるや、クレスの撤退間際の異常な挙動について語り出す。
スタンの『殺劇舞荒剣』に、反撃の『殺劇舞荒剣』を見舞い、『空間翔転移』でスタンを貫いた直後。
クレスは突然体が震え出し、慌てて懐の小瓶を取り出したこと。
そこにティトレイが乱入し、クレスの鳩尾を突いてクレスを無理やりに気絶させ、彼もろともに撤退したこと。
「供述ありがとう、ロイド。この事実に関する説明は、いくらか考えられる。
このとき最初に考えられるのは、クレスは元々何らかの持病を患っていて、ロイドとの戦いの最中その発作が起きた可能性だ。
エクスフィギュアになるような奴もこの島にいることを考えると、病気持ちの人間がいることぐらいおかしくはない。
そして、デミテルは錬金術や博物学の知識を携えていたことを考えると、
医術についてもそれなりの見識があったと考えていいだろう。例の小瓶はその発作を抑える薬というわけだ。
だが、ここで引っかかるのが一点。デミテルのような手合いが、わざわざ病気持ちの手駒を好んで使うか?
おとぎ話や芝居には、病を患った剣の達人なんてのがよく出てくるが、実際そんなものを使うのはリスクが大きい。
僕がデミテルの立場にいたら、クレスみたいな出来損ないの手駒はさっさと処分するな。
クレスの病の発作を抑えるために薬を調合する手間ひま…
そして凶暴なクレスの性格を制御する労力を考えると、いくらクレスに化け物じみた剣才があるからと言って、
そうそう割に合う対価じゃない。
デミテルは事前にそう判断したからこそ、『サウザンドブレイバー』による殲滅を企てた際、
クレスを捨て駒にしたと推理すれば、持病説は一応筋が通るように思えるが…」
キールは、咳払いを挟んで反論を繰り出す。
「そもそも、クレスはダオスの証言する限り、もともとは健康体だったらしいし、殺人狂でもなかったようだ。
おまけにダオスを討つために戦っていたクレスには、やはりダオス軍に所属していたデミテルも敵。
もし仮にクレスは元来病気持ちで殺人狂だったとして、
ダオスと戦う際は人殺しの快楽に陶酔することを精神力で抑え込み、
更に幸運にもダオスと戦った際病気の発作が一度も起こらなかったとしよう。
その仮定の下でなら、デミテルはクレスの持病を抑える薬の提供の引き換えに、クレスに隷属を求めたと見当は付くが、
相手は殺人狂でしかも敵。そんないつ寝首をかかれるか分からないような相手を、手駒に据えたいか?
普通なら病気の発作が起きた隙を狙って、即座にデミテルはクレスを排除にかかったはずだ。
となると、クレスはこの島に来た時点では健康体で、殺人狂ではなかったという、
ダオスの証言から導き出される当然の結論が、一番無理なくクレスの人となりを説明できる。
で、話は更にここから一歩進むが…」
ここで用いるパズルのピースは、デミテルの習得していた魔術のこと。
すなわち、黒魔術や屍霊術、呪術や妖術と言った邪悪な魔術。
「僕がミンツ大学に在籍していた頃、図書館にはいつも貸し出し中になっている『ネクロノミコン』という本があったんだが…
僕は在籍中、偶然その本が図書館に戻っていたとき、一度だけ借りて読んだことがある。
そこにはネレイドなんかともまた違う、異界の邪神の力を借り受ける晶霊術について記載されていた。
はっきり言ってそこにあった術式は、現在の晶霊学に照らし合わせれば矛盾や誤謬が山のように出てくる、
出来損ないのものばかりだったんだが…。
そこにあった呪術は、人を病気にしたり白痴に追い込んだり、しまいにはには呪殺したりするような邪悪なものばかりだった。
そしてダオスやデミテルのいた世界では、これらの呪術は実在するらしい」
事実、アセリアの大地に在りしある国の王子は、その呪術によりあわやというところでダオス軍の魔手に堕ちかけた。
アルヴァニスタに残る記録をひも解けば、そのくだりについては詳しい。
だが、その窮地を救ったのが今や殺人鬼と化したあの剣士とその仲間であるとは、皮肉の極み。
その事実を知る者がこの場にいれば、その念を抑えることは出来なかったであろう。
「…それで、デミテルはクレスを見つけ出し、クレスに呪いをかけて、
病気持ちの殺人狂に仕立て上げられた、ってキールは考えたわけだな」
ロイドは、果たしてキールの考えを言い当てて見せた。キールは、ロイドの言葉を肯定する。
「ああ。ずばりそんなところだ。
呪術には人を狂わせたり病気にかからせたり、挙句には自我を破壊して術者の奴隷にしたり、その類の術は豊富に揃っている。
クレスは何らかの理由でデミテルの呪術を受けてしまい、その結果デミテルの人形と化してしまった。
心を狂わせることでクレスを殺人兵器に仕立て上げ、更にある種の病気に同時にかからせることで、
病気の発作の苦痛を盾に、殺人衝動をデミテル自身に向けないようコントロール。
クレスが何故薬…おそらくは事前にデミテルに持たされていたもの…を持っていたかは、
呪術説だと若干説明に苦しいが、おそらくデミテルが用いたのは、
病気の発作の来るタイミングを術者が自在に操れるものではなく、
何らかの周期や条件に基づいて病気の発作が起こるタイプの呪術だったんだろう。
この島のような限定された設備の中では、そこまで高等な魔術は撃てなかったんだろうな。
例の薬は、病気の発作を外的に抑えるために、デミテルが調合したものだと推測しておこう。
…そして前述の『ネクロノミコン』によれば、この手の呪術は大体術者が死ねば解けるようにはなっているらしいが、
デミテルの用いたものは術者の死後も解けない強力なものらしいな。
おそらく、例の魔杖で呪術を強化したと見るのが妥当だろう」
「…ということは…」
ヴェイグの目に、愕然たる光が浮かぶ。キールは、淡々とヴェイグに宣告した。
「ああ。デミテルはその呪術をティトレイにも用いた可能性がある。
呪術により狂わされた心で、聖獣の力とやらが使えるかどうかは正直疑わしいが、現にティトレイは聖獣の力を使ったんだろう?
そして、例の『ネクロノミコン』によれば、術者が死んでも解けない呪術を解くには、
『呪い返し』の術を用いるか、呪術ごとに定められた特殊な解呪の儀式を行うか…
さもなくばセイファートの加護の力で…極光術なんかで、強引に呪術を消去するかの3つだが…
少なくともエターニアには、デミテルの用いた呪術のような術は、まともな形では現存していない。
死人に口無しだから、デミテルに術式の内容を吐かせるわけにも行かない以上、前者二つはまず使えない手だし、
極光術を使えるリッドは、もういない。
メルディも、命を引き換えにすれば、おそらくあと一回だけならば闇の極光術を撃てるだろう。
だがそれは、メルディの命を代価にして、ようやく一か八かの賭けが出来る超ハイリスクの選択。
闇のフィブリルを用いるなんて、狂気の沙汰だ。
それに、どうしてもメルディの命を引き換えにしてまで、闇の極光術が必要になるとすれば、
その使いどころはティトレイの呪術の解呪とは、僕には思えないな」
「…そうか」
ヴェイグは、うなだれた。
「可能性があるとすれば、ヴェイグの持つ聖獣の力ぐらいだ。
ゲオルギアスの思念とやらを浄化したその力なら、デミテルの呪術を強引に破ることも出来るかもしれない。
人間の心に積もる負の感情を浄化する力なんて、にわかには信じがたいが…
だが、そんな蜘蛛の糸にすがるようなか細い希望は、捨てておいた方がいいだろう」
「…………」
ヴェイグは、静かに自分の手を眺めた。開かれた右手。握り締めてみる。
確かに、可能性があるとすればその一点か。
だが、聖獣の力にそこまでを期待することは出来るのだろうか。
カレギアを旅していた頃、ヴェイグはそんな風にして聖獣の力を使ったことはない。
心を病んだヒトに聖獣の力を用いて、心の病を治療するようなことなど、出来るのだろうか。
ましてや、今回相手にせねばならないのは異世界の呪術。聖獣の力で、どうにか出来る相手だろうか。
「…可能性は捨てたくはないが…」
ヴェイグの呟きは、すぐさまに消え去った。
ここは、「バトル・ロワイアル」の会場。
俗に「無理が通れば道理は引っ込む」というが、この会場では道理など、とうの昔に引っ込んでいる。
ならば、聖獣の力で呪術を解くという、「無理」だって通せるのではないか。
ヴェイグは夢想する。そのか細い希望に、すがるだけの価値はあるのではないかと。
そのためにも、この気持ちは忘れてはならない。カレギアの旅で得た…そして今ようやく思い出した気持ち。
シャオルーンに認められた、この気持ちを。ティトレイのように、リバウンドを受けるわけにも行くまい。
「…さて、話を続けるぞ」
キールはそう言い、夢想するヴェイグの気持ちをこちら側に引き戻す。ヴェイグは静かに、首を振った。
「…つまりクレスは今、デミテルによる呪術で病を受けている以上、それが枷になる。
出来ればクレスの病気の発作が起こる条件を調べ、病気の発作の起こるタイミングを見極めて、
その発作で苦しんでいる隙に仕留められれば最高なんだが、デミテルを尋問できない以上、それには期待出来ないだろう。
そこで、僕が提案したいのは、消耗戦に持ち込むことだ」
「…消耗戦に?」
そうだ、とキールはロイドの声を肯定する。
「クレスの病気の発作のタイミングは分からない。だが、よしんばあいつと再戦する事になっても、
時間さえ長く取っていれば、その時間の内に発作が起きて、その発作があいつの体力を削ってくれる可能性は大だ。
それに、ティトレイには医術の心得はないんだろう、ヴェイグ?」
「ああ。あいつに出来ることといったら、精々応急処置がいいところだ」
ヴェイグは、今でも覚えている。
旅の最中アニーのしてくれた医術の話を、ちんぷんかんぷんという様子で聞いていたティトレイの姿を。
そして、いよいよキールは結論の結論に入る。
「つまり、クレスはティトレイと組んでいたとしても、例の発作を抑える薬を手にする手段はない。
そしてクレスはデミテルから離反し殺さなかったことを考えれば、自力では薬を作れないことは容易に想像できる。
人殺しを楽しむためなら、薬を自力で補給できればデミテルに用はないだろうからな。
時間が経てば、遅かれ早かれクレスは再び発作にに襲われる可能性は大きい。
ティトレイ共々、時間経過で自滅してくれるか、少なくとも弱体化は狙えるだろう。
この島の中を逃げ回り、彼らと遭遇することさえ避ければ、
僕らは最も低リスクの作戦で6人のマーダーのうち、特に強大な中の2人を葬るか、弱らせることが出来る。
…あえてリスクを冒してマーダーを倒しに行くくらいなら、
逃げ回るという選択肢がどれほど有利か、これ以上説明の必要はあるか?」
一同から、反論の声は一言も上がらなかった。キールは満足げに、頷いた。
「つまり、僕から提案したい作戦は次の通りだ。
まず、僕らはこのE2城跡の荒れ地に『防空壕』を掘り、そこで可能ならば全員の負傷を全快させるまで休息。
それと並行して、もしティトレイに回収されていなければ、デミテルの持っていた魔杖ケイオスハートの回収作業を行う。
魔杖ケイオスハートがシャーリィやミトスなんかに渡ったら、それこそ取り返しのつかないことになる。
僕らの戦力の強化と、マーダー達の更なる増長の防止を兼ねて、な。
僕が知る限り、マーダーの中で偵察能力を持つのは、フォルスのレーダーを使えるティトレイと、
テルクェスを放てるシャーリィだが…
少なくともティトレイの探査は、ペンペン草一本残さず草木の消し飛んだこの荒れ地では、無効化されると考えていいだろう。
また、テルクェスは光り輝く蝶だと聞くが、それに近寄らねばシャーリィは僕らのことを察知できないらしい。
メルディの持つスカウトオーブを併用すれば、よほどの不運に見舞われなければ隠れ続けることが出来る。
僕らが全快したなら、ここの南や東の森で食料を、川で水分を可能な限り大量に採取する。
その上で、グリッドと話の通じるガジュマ…トーマとも接触し、同盟を結べれば最高だな」
「その時の交渉係は、俺に任せておけ! あいつらも俺達『漆黒の翼』の力になってくれ…」
「…いつから俺達は『漆黒の翼』になったんだ?」
もはや疲れ果てたかのように、ヴェイグはあきれ果てた口調でグリッドに言う。
「ま、面白そうじゃん! 俺らのチーム名にしようぜ、それ!」
「おお、同士よ! 天使の蒼い翼を掲げながらも、『漆黒の翼』とはこれいかに、だな!」
「…分かった。分かったからキールの話を聞け」
そしてグリッドとあっさり意気投合しているロイドを見るヴェイグは、偏頭痛に苦しんでいるかのように顔を歪め言った。
「んじゃ俺、右手が治ったらリハビリがてら、『漆黒の翼』のバッジ作ってやるよ!
俺の手元に残っている彫刻道具は、ウッドブレードを作るには小さすぎるけど、小さな細工物くらいならどうにかなる。
木か石がありゃ、バッジぐらいならちょちょいのちょいだぜ!」
「そうか! ならばお前は『漆黒の翼』の突撃隊長に任命だ! ちょっと待ってろ、漆黒の翼の紋章を今この羊皮紙に…」
「…いい加減にしろ、お前ら…!」
たまらずヴェイグは、氷の指弾を形成。迷わずグリッドの後頭部にぶち込んだ。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」、という意味不明の叫び声を上げながら、悶絶するグリッド。
やっと静かになった、とばかりにキールとヴェイグは顔を見合わせ、そして嘆息した。
「…というわけで、これから僕は『ロックブレイク』でここに『防空壕』を掘る。
作戦会議の続きはそこでやろう。一旦小休止を挟まないと、ロイドとグリッドの集中力が保ちそうにないからな」
「…まったく、この緊急事態であんな泰然自若としていられるあいつらの頭、覗いてみたいな」
だが、自分のように1人で勝手に追い詰められるのに比べれば、まだ彼らの方がましか。
ヴェイグは自嘲的に、そう思った。
ロイドとて、コレットが心配でたまらないだろう。
グリッドとて、仲間のプリムラが気がかりで仕方がないだろう。
少しぐらい冗談でも言わねば、気が滅入りそうになる。
それを、少しでも和らげるための馬鹿騒ぎと思えば、まあ許容できる範囲か。
特に、ヴェイグがキールと出会う前、うっかりロイドにコレットがミトスと行動を共にしていることを話した時。
ロイドの取り乱しようは凄まじかった。
この作戦会議の直前まで、全員がかりでいさめねば、そのまま行ってしまいかねなかったほど。
最後には、ヴェイグが強引に氷のフォルスでロイドの足を凍らせ、大喝してようやくロイドは収まったのだ。
願わくば、コレットはまだしばらくは安全だと信じたい。
そのくだりは、『防空壕』の中で。
キールは、その内に晶霊術を完成させた。地面から、土煙が吹き上がる。
『サウザンドブレイバー』の爆風で、城の地下室も重大なダメージを受けている。
今にも崩れそうなほどに損傷した城の地下室跡では、おちおち作戦会議も続行できまい。
ついでに言うなら、周囲に適当に岩塊をばら撒いて、偽装もしてある。ひとまず、ここならば安全だろう。
この中で、作戦会議はまた続行される。かすかな希望の光への糸口を、見つけ出すための。
一同の想い。
一同の願い。
一同の思惑。
希望の朝は、救いの夕方に続くか。
それとも、再び絶望の夜に塗りつぶされるか。
ヴェイグは予断を抜きに言えば、後者であろうとも思う。
だが、願わくば前者であることを、祈らずにはいられなかった。
ヴェイグの閉じたまぶたの裏で、金髪の少女は柔らかに笑っていた。
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP65% 治療専念 「鬼」になる覚悟
所持品:ベレット セイファートキー リバヴィウス鉱 BCロッド C・ケイジ
キールのレポート(キールのメモを増補改訂。キールの知りうるあらゆる情報を記載済み)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:「防空壕」に篭城し、作戦会議と並行して仲間達を治療する
第二行動方針:E3に残存していれば、魔杖ケイオスハートを回収する
第三行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第五行動方針: 首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【メルディ 生存確認】
状態:TP30% 火傷は完治 精神磨耗(TP最大値が半減。上級晶霊術の行使に匹敵する精神的負担で廃人化)
所持品:スカウトオーブ(起動して気配を消去中) (サック破壊)
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下)
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP15% TP20% 治療専念(右肩に打撲、および裂傷 胸に裂傷)
右手甲複雑骨折(ロイドはこの部位を最優先で治療中。ヴェイグのフォルスで凍結させ固定)
天使化可能 信念を曲げる覚悟 時空剣技に対する見切り(完成度70%) 時空剣技をラーニング(不完全)
アルベイン流に対する見切り(完成度30%)
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ムメイブレード ホーリィリング
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:治療に専念する
第二行動方針:右手が治ったなら、「漆黒の翼」のバッジ作りで焦燥感を誤魔化す
第三行動方針:治療後はコレットの救出に向かう
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP45% シャオルーンの力を解放可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 チンクエディア
エルヴンマント ダオスの皮袋(ダオスの遺書在中)
ジェイのメモ(E3周りの真相、およびフォルスについての記述あり)
基本行動方針:今まで犯した罪を償う
第一行動方針:グリッド達と行動を共にする
第二行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第三行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【グリッド 生存確認】
状態:不屈の正義感
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:正義の御旗のもと、ヴェイグ達と共に行動する
第二行動方針:プリムラを説得する
第三行動方針:マーダー排除に協力する
第四行動方針:ロイドの作るバッジにwktk中
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
※なおキールとロイドは休息により回復するTPを、それぞれ「ナース」と「ライフアップ」に全て注ぎ込んでいる。
よって治療を中止するか完治するまで、休息によるTPの回復は凍結される。
※ロイドの天使化について:
天使化の発動により、身体能力の強化、及び肉体の代謝活動の停止が可能。
このロワ中では発動させている間、飲食・呼吸・睡眠・排泄などを必要としなくなり、一部の毒などを無効化。
ただし天使化の代償として、発動時はTPの自然回復が起こらなくなる。
治療と並行しながらの天使化は不可。
力が欲しい。
僕の体は既にボロボロで、あの天井にぶら下がっている朽ちた拷問危惧の様に無能だ。
立っているのか、座っているのかも分からない。
生きているのか、死んでいるのかも明瞭しない。
ああ、色彩が加速度的に赤みがかっていく。
甘かった、僕はなんて愚かだったんだろう。
皆で力を合わせて脱出する?全員殺して勝者になる?
目の前の人も満足にどうこうできないのに?
問題外だ。
僕はまだ、‘選択できる立場に居ない’じゃないか。
僕には選んだ選択肢を成就する力が絶対的に欠けている。
それを、さも当然のように僕の力なら優勝できる、とか脱出できる、とか思っていたのか。
高々少し強くなった程度でこの思い上がり。
なんて傲慢だ、自分じゃ無かったら殺したいほどの醜悪。
殺したい。
僕が、僕がするべきは。
瞼が腫れて塞がったか、何も見えない。僕は何も見ない。
力だ。
僕の体が何かに無理矢理起こされる。
力が欲しい。
自分が自分で無いようで、でも何処かに確実にいる。
ここは、何だ?
全てを選ぶ資格が。
全てを斬り裂き、斬り開き、斬り捨てる為の力が。
僕の目の前には剣の突き刺さった膨大な地平。
自分が自分でないような、それでもやっぱり自分のような、奇妙な高揚感。
主義も、主張も、信念も、全部要らない。
感覚のない右手が剣を握る。
湧き上がる闘争の衝動が、肉体を統べる。
ここは、僕だ。全てが僕であり、剣であり、そして死だ。
幾千幾万の武具の数々、その全てが今までの鍛錬の結実。
その全てを一個人の命に叩き込む。
その全てであの男を殺す。その為の力が欲しい。
それ以外は何も要らない。力だけで良い。
敵は構えを取った。僕と敵、ここには2人しかいない。
全てを内包していると同時に、何も無い空であるかのような感覚。
そうか、僕が成るべきはマーダーでも救世の剣士でもなかった。
僕は、力そのもの―――最強の剣に成るべきだったんだ。
僕は、この拳闘士を殺すと決めた。そこからは能く覚えていない。
青年は漠としてその景観の果てを眺めていた。
視界の中の赤黒い澱みは時間と共に減衰して行く。
首筋にかかった光を感じて、彼は太陽の方角を向いた。
膨大な光量に瞼を細めて眼球が得る光の量を調節する。
白い、なんとも白い太陽だった。皮膚が痛みを感じていない。
熱のない、死んだ太陽が彼の目線の先、地平線の向こうにあった。
「どうした?そんな所に立って何をしている?」
少し耳障りな鳴子の音を聞いて、彼はそちらの方を向いた。
景色は変わらない。変化を証明する推移が無い。
「いえ…少し考え事をしていました」
彼は左手を右頬に寄せて中指と人差し指二本で骨のラインをに沿って拭った。
「愉しいことを?」
男の顔はさっきまで其処にあったはずの太陽を背にしていて影掛かってよく分からない。
「どうして?」
「血を拭っているのにお前が笑っているからさ」
ぬるり、と音がしたように思う。滑りの良い指二本を顔の前に運んで漸くその血に気付いた。
すみません、だったか御免なさい、だったか―――そう言った彼は男に背を向けた。
白光に赤いマントの彩度が上がる。
「さっき、1人斬りました。それを思い出していました」
「お前が?人を斬って?冗談にしては笑えないぞ」
いや、本当ですよ―――彼がそういって正面に12歩、右に7歩進んで
そのべっとりとした右手で剣を無造作に引き抜いた。
「さっきの…金髪の青年は、とても強かった。掛け値も、贔屓もなく、強かった」
両刃の大剣を軽く振り回して最後に縦に真一文字、鍔の辺りに埋め込まれたレンズが輝いていた。
「実際、あと半歩転移が遅かったら焼け死んでいたのは僕の方だった。
その彼を斬って、僕はとても嬉しかった。愉しくないという方が無理ですよ」
その剣の感覚を確かめるように強く握り、新しい剣をまた地面に突き刺す。
剣がまた一つ増える。それだけが唯一無上の至福。
また一歩強くなった、力を得た。それだけが価値だ。
だがまだだ、まだ足りない。これでは敵を倒せない。
もっと速く、もっと大きく、もっと鋭く、もっと強く。
更なる研鑽とまだ見ぬ死闘だけが僕に力を与える。
徐に彼は左手を伸ばしそこにあると決まっていたムーンファルクスを掴む。
同時に体を半回転させてその背後からの拳を防御、
さらに手を緩めることはなく右手のS・Dで敵の首目掛けて突く。
隆々とした筋を備えたスキンヘッドの男が、喉から夥しく血を溢れさせて笑っている。
「だがそれはオメェが戦闘狂になる理由にはなっても、殺人狂になる理由にはならねえぞ?」
発生と等間隔のリズムでぶすぶすと気泡が血と共に漏れ出す。
彼はそのまま無造作に頸を刎ねてそのまま朱がこびり付いたS・Dとムーンファルクスを投げ捨てた。
力無く崩れた巨漢の死体の背後から一つの屍体が彼に手を伸ばす。
肌は生来の色黒さに生気を失った陰を上塗りして実に虚ろ。
辛うじて残った頭髪の赤色から判別つくあの屍は、津波のように湧く害虫と彼ににじり寄る。
「鼠が一匹居ました。あの城に」
外套と鎧越しに甘い腐臭を彼は嗅いだ。背後から頸に腕が絡む。
女神の上半身が彼を背後から抱きしめている。その目は洞の様に赤黒く血を垂れ流していた。
「彼はあの鼠を潰した。何の一遍の躊躇も無く」
後ろから当てられている胸の感覚を味わっているのか、彼は首一つ動かそうとしない。
既に蟲の巣は彼の目の前にまで到達していた。
「僕はそれを黙認、いや、肯定していたんですよ」
蛆を纏った両の手で屍は彼の頬に優しく触れる。
「僕は最初から死を認めていた…殺すことに一遍の迷いも無かった」
屍たちが耳元に甘く声を囁く。
(ドウシテ…ワタシ…コロシタノ……)
「殺せたから殺した」
いつの間にかその右手にあった出刃包丁を素早く背後の死体の頭部に打ち付ける。
ずぶり、と音がして死体は嘲りながら剥がれてゆく。
殺すたびに何かが亡くなっていく気がする。それが良い。
(かゆい…カユイカユイカユイカユ…)
「来い。何度でも殺してやる」
最初からその左手にあったブロードソードが瞬時に屍を微塵と割いた。
血が虻となり骨が蛆となり生きていたという残滓が蝿となり霧散していく。
この喪失感が不純物を取り除き、純粋な暴力装置として力を再構築していく…そんな信仰が今の彼には有った。
迷いが無くなっていく爽感、人を殺す快感、人を辞める悦楽。
とても愉しい。
金色の獅子を伐って到達した次の深淵。
その進行は既に悪夢を殺戮するにまで至っていた。
「そうか、そうか…私は貴様を見誤っていたようだ…」
遥か遠く地平線の向こうから彼は声を聞く。佳く聞いたあの声だ。
「私は貴様を三重に拘束した。麻薬による精神破壊、禁断症状による肉体支配、そして呪術による操作」
彼は両の武器で蟲と血を払い、次を探す。
「走狗に貶めて戦という餌をやれば犬は傅く。逆らうならば禁断症状という首輪を引けばよい。
後は呪によって野良犬を飼い犬として飼い主を認識させればそれで磐石。
その全ては大前提として貴様が全うに人間で有ることを前提として式を組んであった」
彼は次はそれと得物を選び、再度地面から引き抜いた。
「お前は私が手を下す前から‘狂い’だった訳だ。道理で私の言うことを聞かぬわけだ。
犬を貶めれば虫ケラ以下になるは自明の理、人間の言葉など聞く事も適わぬ。
そんなゴポッ」
メッシュのかかった髪を乱しながら魔術師は大きく口から血を吐いた。
魔術師の目が下方に泳ぐ。体の真芯を貫いて穴が開いている。
落ち着いて首を背後に回す。
魔術師の背後には、ローブの切れ端と少量の肉片と朱に塗れたグーングニル。
その認識の瞬間に魔術師の視界がぐらりと落ちた。
彼の左手には魔術師の右足を飛ばしたバルディッシュ。
間断無く右手のハルバードが左足を叩き付け、足を乗せて体重を掛けて寸断する。
彼は2本の戟を投げ捨て背後に手を回す。その表情は前髪に隠れて歪んだ唇の形しか分からない。
何処からとも無く剣が、槍が、戟が、斧が、彼の掌に納まっていて、
それを一切の躊躇も無く魔術師の残りに埋め込んでいく。
フレアパセラード、ヴェルダン、ワルーンソード、コルセスカ、ムラマサ、ドラゴントゥース、
十余年営々と積み重ねてきた剣技、その具現を1つ1つ死の形に換えていく。
ファインサーベル、セントレイピア、サディングレイブ、シンクレアー、デストロイヤー、
遠い。殺している僕が酷く遠くに離れていくようだ。
バトルアクス、セントハルバード、ドゥームブレイド、ヴァンガード、エクスカリバー、
違う、そうではない。離れていくのは夢の中の僕だ。
ラックブレイド、スレイヤーソード、ホーリィソード、ロングソード、ハードグリーヴァ、
1つ武器を差し込む度に更に僕を呼ぶ声は遠くになっていく。
メックハルバード、レーザーブレイド、レイピア、ナイウサーベル、フェイムフェイス、
亡者の声も、過去からの声も酷く遠い。
サーベル、ストライクアクス、アークウィンド、アイスコフィン、クリシュマルド、
僕を止めようとする声を殺していく。
デュエルソード、ワジールレイピア、クレセントアクス、バハムートティア、
僕を否定する夢が殺されていく。僕を拒む僕が‘死’に成っていく。
ポールアクス、金属バット、オーガアクス、グラディウス、ダマスクスソード、
その位の力でないと彼女が、彼女?
彼が行為を止めたころには既に魔術師は顔以外は武器に‘なっていた’。
「私の式は完璧だった。‘私’がその呪を触媒に掛ける瞬間を見ていたことを除けば」
ぞるりと外套の奥から2本の剣。右手にフランヴェルジュ、左手にヴォーパルソード。
炎の魔剣は、王の片割れはあの瞬間を目撃していた。
振りかぶって彼は魔術師の両の肩に双剣を貫いて、抉って腕を外す。
しかし魔術師は悲鳴を上げることなくただ嗤う。
彼は背中に手を回し、最後の一刀を引き抜く。
「確かに、確かにそれならば呪術破壊の一つや二つ容易かろうよ。
今のお前は‘生きている者’が御するには手が余る」
出でたるは美麗な大剣。全てを切り裂く魔剣エターナルソード。
「だが忘れるな!私の呪を砕いたとしても壊れた杯に水を汲むこと適わぬ!!
飼い犬が野良犬に戻るだけだ!人に戻るなど有り得ない!‘私’の力では叶わない!!
お前はどうする!?クレス=アルb
さくり、さくりと貫けば、黙らぬ人間は居らず、死なぬ人間など居るはず無く。
「君がまさかこうなるとは、流石の僕でも検討もつかなかったよ」
ああ、あなたですか。
「東西に分断されたよ?獲物が減るかもね」
構いません。生きている奴がいるなら転移してでも殺します。
「沢山死んじゃったねえ?感傷とかは」
僕が殺せなかったことだけは。
「君は殺人鬼の更に上に行く心算なんだね?」
ええ、貴方にはお礼が言いたかった。
「‘死を与える者’ではまだ足りない。者は殺されてしまう…だから君は」
貴方が鼠を殺さなければ僕はこうは成れなかった。ありがとう。
「死、そのものに成りたい訳だ」
そうです。僕は殺せる力が必要なんです。
「人間一人が望むには過ぎたる願いだ。全てを犠牲にしても?」
はい。そうしなければ僕は前に進めません。
「だが君はあのツンツン頭の少年に手加減したよね?時空剣技ばかり使って…
君は君の本来の技を使うことを拒んでいる。それは偽善じゃないのかい?」
あれだけ技を見せて上げれば、少しは良い勝負が出来るでしょう。
その上で殺さないと僕が強く成れないじゃないですか。
「傲慢だねえ」
貴方程じゃ無いですよ。
「…成程、そこまで自己改竄が進んでいるのか」
え?
「何の為に?」
え?
「人間を辞めてまで求める力で君は何をしたいんだい?」
え?
「…そうか、君の戦いはまだあの地下で止まっているのか。
‘敵を滅ぼしたとしても囚われのお姫様を助け出さなければ物語が終わるはずが無い’」
え?
「大体分かった。これが今のお前か…お帰りはあちら。
とっとと帰ったほうがいい。剣と死しかないここは人間には辛過ぎる」
え?何を言って…帰る?何処に?どうやって?
「君はクレス=アルベインで、剣士で、寒いダジャレが好きで、
君が待っている人と君を待っている人がいる事を知っていれば良い」
え?意味が分からない。お前は誰だ。誰のことを言っている。
「まあ今答えなくても別に構わないよ。
君が最後の一人の時空剣士になるならば‘私’はもう一度お前の前に姿を現す。
その時もう一度お前に問う。お前は何の為にその力を得る?」
何の…?誰の…?…オリジン?
「然らばだ。願わくばお前がお前の答えを見出すことを」
僕は…
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP60%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 禁断症状(白昼夢) 睡眠(気絶)
戦闘狂 殺人狂 欲求が禁断症状を上回りつつある デミテルの呪的支配を「殺害」
所持品:エターナルソード
基本行動方針:力が欲しい、禁断症状に苦しみたくはない
第一行動方針:強い敵を殺して強くなる
第二行動方針:殺せる生者を殺して弱さを捨てる
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C2森
「ありがとう」
私はぽつりと呟いた。それは、とても冷たいものだったけれど。
この夜で死んでいった人達へ。
私はまたお兄ちゃんに少し近付きました。あと少しです。皆、どうも死んでくれて。
今回死んだのは10人、今まで死んだのは40人、その人達みんなへの、ありがとうの気持ち。
これは同情なんかには程遠い。放送の死者への同情なんて、殆ど無かった。だって私は殺す側だもの。
ただ、私をお兄ちゃんに近付けてくれたことへの感謝。それだけ。
命は尊いものだもの。その尊い命を捨ててまで、私をお兄ちゃんに近付けてくれたんだもん。ありがとう、って言わなきゃ、罰当たりだよね?
そして私は、他人の命を奪ってまで、お兄ちゃんの尊い命を復活させるの。
誰よりも、誰よりも大切なお兄ちゃんの命を。
顔も知らない(名簿で見てるけど)人達に、感謝の言葉を述べる。不思議な気分だ。
知ってる人なんて、ジェイぐらいしかいなかった。あとは私が殺した、しかも飛ばされた、青髪の男くらい。
殺されそうになったのに感謝をするというのも、不思議な気分だ。
「でも、困ったなぁ」
寧ろ問題は禁止エリアの方だった。
今回ミクトランは困ったことをしてくれた。地図を確認しながら見ていた時、それに気付いて、私は思わず目を細めた。
午後12時、D4が封鎖される。
更には午後3時まで行けば、東西の移動は完全に不可能になる。事実上の会場の閉塞、分断。
今自分のいるD5が封鎖されないだけ良かったけど、全員を殺さなければいけない私にとっては大問題だ。
「分かれちゃったら、お兄ちゃんに会えない」
私があの牛、トーマだっけ、から手に入れたメガグランチャーには、当然ながら1エリア分の射程はない。
禁止エリアを通り越して対岸の相手を狙撃するなんて、無理過ぎる話だ。
しかもテルクェスを飛ばすことは出来ても、使って空を飛行することは出来ない。第一、禁止エリアが空間に作用するものなら、飛べたって意味が無い。
禁止エリアは誰にも等しく存在する。制約の中でそれを拒否することは、誰にも出来ない。もちろん、私にだって。
ただ1つ、主催者への反抗、首にある制約を取り外せれば、また話は別なのだけど。悔しくて残念だけど私にはその知識も技術も所持していない。
「やっぱり、これが外せないとダメだね」
あの憎たらしいハロルドから首輪を取っておいて正解だったと思った。
本当は付け入る隙を作るのに使えればいい、と思っていた程度だったけど、こうなると本当に首輪を外すことも考慮しなくちゃならなくなるのだから。
そうなると必然的に他の参加者達と行動しなくちゃいけなくなる。
どうしようかな…基本はか弱い女の子、知ってる人には元マーダーとか、そういうフリをしてれば大丈夫かな。いざとなったら泣き落としてあげよう。
私はふふっ、と小さく笑う。笑っていたと思う。
けれど一昨日の夜からマーダーとして行動してきた以上、顔を知られている可能性は十分にある。
とりあえず、名簿を見る限り、今まで会って生きているのは、ロイドとメルディとミトス。グリッドとトーマとプリムラ。
…。
ほぼ半分だ。大抵は知ってるんじゃない。ああ、何て馬鹿な行動してきたの、私。
例えば拡声器で「私はマーダーです、皆殺されに来て」と言うくらい馬鹿だ。
他の参加者は、どれくらい私のことを知っているんだろう。緑色の化け物だとしか知らなければいいんだけど。
でもそれはないだろうと、悲しみに近い感情で思った。今挙げた会ったことある人達は、みんな人間の私の姿を知っている。
それに今生きている人が情報を伝えたなんて限らない。もう死んでる人も伝えてるかもしれない。
純度はどうにしたって、「あいつはゲームに乗っている」なんて言われてたら困る。
どうしよう、どうしよう。私がマーダーだってバレてたら、首輪の解除も出来ない。隙も突けない。
…じゃあ、
「殺せばいいだけだよね。みんな分断される前に殺しちゃえばいいんだから」
至極単純な答え。そうだよ、1+1と同じ位簡単。
会ったことある人間は殺す。私を知ってるような人間も駄目なら殺す。知らない人は利用して、殺す。
そうすればお兄ちゃんに近付く。ミクトランも言ってたよね、これから1人死ぬ度、優勝出来る倍率がぐんと上がるって。
みんな、お兄ちゃんの為なの。許してね。憎むのもいいけど、どうせならミクトランを憎んでほしいな。
だって、あの人がいなかったら、お兄ちゃんもあなたも死なずに済んだんだもの。
私はただ会いたいだけ。そう思うことは、罪なの? 違うよね。
大丈夫。あなたは「お兄ちゃん」になるの。あなたの命のかけらは、やがて集まって、元のお兄ちゃんの命を型取るの。
あなたは死なないの。私と1度も会ったことも話したことも無いあなたは、お兄ちゃんの中で生き続けるの。
だから、安心して。安心して、死んで。
私はいつの間にか笑っていた。声を上げて、笑っていた。参加者達が愛おしくさえ思える。だって、こんなに嬉しいこと、ないよ。
お兄ちゃんに向かって、加速していく感じ。坂を全速力で走るように、止められない。
「ジェイも死んじゃったし」
遺跡船の仲間の1人、情報屋の少年。
会えたら情報を聞き出そうと思ってたのに、その前に死んじゃった。
でも案外好都合かもしれないな。ジェイの性格からして知らないことは知りたがるだろうし、私のことも知ってたかもしれない。
生きてたらもっと私の情報が漏洩してたかもしれない。そうなる前に死んだんだもん。私のことも知られないで済む。
…そっか、死んじゃったんだ。この島に、もう知り合いは誰もいない。
お兄ちゃんは死んじゃったし、モーゼスさんもマウリッツさんもいない。カッシェルは私が殺したし、ソロンもミミーもいないんだ。
私はひとりぼっち。
「でも、良かったね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはお友達が沢山来て」
天国と呼べる場所があるかは分からないが、そこでモーゼスさんやジェイと話しているお兄ちゃんの後ろ姿を想像する。
遥か昔に思える、たった2日前に死んだ、最愛の兄。
ちょっとぼさついた、銀の髪。どんな敵にも果敢に拳で立ち向かっていく姿。広い、大きな背中。その全てが、今も瞼に焼き付いている。
私の瞼自体が幾多の絵画のキャンバスだと思ってしまうほどに。
そう、それらの絵画達の名は思い出。記憶。過去。‘現在'、ここには何も無い。
主役が遅刻しているような、それとも元々透明人間になのかな、何か大事なものが欠けて演じられる舞台。‘現在’は、そんな風。
嘘みたい。だって、実際主役がいない舞台なんて、幕が開かないでしょ?
なのに、それが欠けて、その部分の台詞を抜かしていって、舞台は続いている。
そんなの、つまらない。空虚で、見ている意味なんてない。時間の無駄だ。
その舞台にいる私――観客でも演出家でも黒子でも何でもいい、本当は主演女優がいいかな――は、主演男優が来るのを待ち侘びている。
ああ、役の1人が死んじゃった。どうするの? 台詞も減って、観客はもっと暇になっちゃうよ?
ああ、また1人。やがて少しずつ減っていく観客。そりゃつまんないもんね。
最後には全てがいなくなって、私だけが残る。暗い会場の中で、細い細いスポットライト、その光だけを頼りにして、私はただ、そこに佇む。
そして最後の最後に、ただほほ笑んで、てをさしのばすの。
おかえり、お兄ちゃん。
大きなホールへの扉を開けて、お兄ちゃんが来たら、そう言ってあげよう。
そうしたら、スポットライトは一層光を増すか、ぱたりと消える。
涙、流れてるよ。誰もいないのに誰かの声がはっきりと、しかし反響して聞こえてきた。当然だ、私の声なのだから。
それでつう、と涙が一筋流れていたのに、私はやっと気付いた。
この先、どこにもお兄ちゃんの姿はない。影も何も、未来にはお兄ちゃんが無い。
そんなの嫌。絶対に嫌。
もう会えないけど、会いたい。会いたい、会いたいよ。
仲間も誰もいない。同盟を組んでいる人もいない。利用している人も、誰も。
私はひとりぼっち。
「でも、私、寂しいの。お兄ちゃんに会いたいの。だから、いいよね?」
それは自分で言うのも恥ずかしいけれど、多分、とても少女らしい、可愛い我が侭。欲しいものをねだる子供のような。
そして寂しさを紛らわす、ささやかな言葉。
人の形でありながら緑色のエクスフィギュアの皮膚を持つ私に、今口はよく把握出来ないだろうけど、きっと今私は無邪気に笑っているのだろう。涙を流しながら。
体がどれ程癒えたかを確認するために、私は再び毒素を抑え込む。
水の流れのような何かが、波が戻るようにしてさあっと胸元に引いていくのが分かる。
これからどうしよう。
殺さなきゃいけない。でも怪我はまだ癒えていない。休んだには休んだが、まだ足りない。
ここまで来たら強い奴らばかり集まっているんだから、私も万全の体勢でいかなくちゃいけない。
けれど、私は長く1つの閉鎖的な場所にとどまり続けたが故に、圧倒的に情報量が不足している。これだけは認めなくちゃいけない。
人を殺さなきゃいけないのにそもそも何処にいるかも分からないなんて、本末転倒だ。
休みながらテルクェスで偵察しよっか。人がどの辺りにいるかだけでも分かれば、進軍する目処が立つ。
とりあえず西部の拠点3つ、東部のC6城辺りに飛ばしてみよう。そう私は考えた。
そして尚もこの世界に行き渡っている、母なる海の意思、滄我に自分の意識をリンクさせる。
フェンネス、祈る人。誠名が示す通りに、私は両手を組み合わせた。この時、私は手の感触や冷たさに気付かなかった。
私と滄我、互いが持つ細い沢山の糸全てが結び合っていく感覚。やがてそれらも結ばれ合い、1本の縄となる。
しかし、はらり、ぷつりと糸が切れていく。
握り合っていた、手と手を離してしまうような別れに似ている。辛うじて、指と指1本で繋がっているくらいだ。
――…システムオールレッド。
深く滄我の恩恵を感じない。どうして?
私は滄我の代行者・メルネスで、その力を以て毒素を抑え込む程の力を持っている。それなのに、滄我の声が聞こえない。
滄我の存在は感じる。だが、繋がらない。
「これじゃあ、クライマックスモードが使えない」
先程クライマックスモードを使用したことへの反動が、まだ続いているのだろうか。
体の異常を治療しただけでは治らない、という事実に、私は少し顔を項垂らせた。
相手の動きを封じる、絶対的な力。強敵と戦う程、クライマックスモードの意味は増す。
この力ならどんな相手にだって負けない自信がある。
ミトスや、あのミクトランにだって、時間さえあればメガグランチャーを撃ち込むなり、ウージーで蜂の巣にするなり出来ると思う。
それはもう、向こう側が見えるどころか存在さえ塵にしてしまうくらいに。
淡い期待を込めて再度滄我の空間を広げるようにしてみても、ぴくりとも反応しない。
「滄我が、私を認めてくれなくなったの?」
怪我をしていない、重くない右手の甲を顔の前に翳す。爪が光を放った。
認めてくれていない訳じゃない。そうだよね。私はメルネスだもん。
こうなると考えられるのは、反動がまだ治っていない、もしくはクライマックスモードが制限されていることだけ。
「使わなきゃよかった…けど、あそこで使わなきゃ私が死んでたんだもん、仕方ないよね」
この際、今はクライマックスモードは諦めることにしよう。その方が後に引かなくていい。
どっちにしろ、何時かは使う時が来る予定だった。その予定に従っただけ。
滄我の加護を受ける私なら、反動が治ったら直ぐに分かる筈だ。
クライマックスモードが使用不能になったことなんて無いから、筈だなんて言っているけど、ううん、絶対に分かる。
それにクライマックスモードが無くとも、近距離、中距離、遠距離の攻撃が出来るんだから、関係ないよね。
根拠のない自分への励行で、私は安堵の息を零す。
暖かさに満ちていた吐息が、一瞬にして吸い込まれ、そして凍り付いた。
私はやっと、どれ位傷が癒えたのかと、左手を見た。
私は今更、青色が引いて、元の人間らしい白い肌が戻ってくる筈なのに、まだ肌が青いことに気付いた。
「…何これ…」
左手を包む、否、変えた青緑の結晶。
恐る恐る触ってみると、人の肉の柔らかさと温もりはなく、どうして両手を組んだ時に気付かなかったのだろうと思った。同時に、気付いたところで無駄だとも思った。
でも、さっきまで、何もなかったじゃない? これって一種の人類(この場合水の民ね)の進化?
鼻でせせら笑う。何が進化よ。得体の知れないものに対する気後れを覆い隠すものだということには、とっくに気付いていた。他人じゃなくて本人なんだから。
思わず私はばっと長袖を捲くる。
「…っ!!」
上腕二等筋、もう少しで肩にかかるというまでに、その結晶は広がっていた。
宝石のように照る、石の羅列。綺麗でも何でもない。宝石は要所要所に散りばめるから美しいのだ。大量に付けては、怯み魅力が半減するだけだ。
そんな最もらしいことを考えてみる。そんなことしてまた隠そうとする私。無駄だよ、あなたの恐怖にはもう気付いてるんだから。
まあ、そもそもこの石は最初から薄気味悪さしか感じないけど。
「何で…どうして…?」
石化はなったことはある。だが、こんな気味の悪い色の結晶には包まれなかった。石らしい自然な灰色だった。
見たこともないものへの畏怖に、私は顔から血の気が引いていくのを感じる。多分、今私の顔は青白い。
ぴしり。
先程聞いた、軽いラップ音が洞窟の中に響き渡る。
それだけで私は悟った。悟らざるを得なかった。この音は、この緑色の石が広がる音だ。さっき体の中から聞こえたというのは、正しかったのだ。
青白さに拍車がかかる。
「いや…」
ふるふると小刻みに手が震えている。恐怖。この島に来てから恐怖を覚えるなんて、どれだけ久し振りだろう。
ううん、違う。こんなの、恐怖じゃない。ちょっと寒さに震えてるだけ。ほら、また隠そうとする。
どれだけ心を偽ろうと、本心が出てくるのは言葉の方だった。
「気持ち悪い…」
私は振動行動を繰りかえす、ちがう、恐怖でふるえる手でほかの荷物にあったはねペンをふりあげて、
「気持ち悪い気持ちわるいきもちわるいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
思いっきり振り下ろした。
人間の姿じゃなきゃ駄目なのに。
あんな姿じゃ駄目なのに。
やっと戻れたと思ったのに。
なのに、なのに。
「これじゃ、お兄ちゃんに会えない」
自分でも思うほどに、とても抑揚のない声で、しかしとても悲痛な声で。
それほどまでに、この事象が私にとっては急を告げるものだったのだ。
緑の中でやけに鮮やかな血液が流れていた。ハロルドから負った切り傷はない。ただ、突き刺さったペンとひび割れた石の手だけが、そこにあった。
痛みなんてどうでもよかった。些細な事象過ぎた。それを上回る痛みがあったから。
私はペンを抜いた。先端に赤いインクが付いていた。
この石の色、どこかで見たことあると思ったら、支給品として入っていたあの…今私の胸にある石の、1つ前の姿の色に似ている。
私は1つの感情を持って、右手に持ったペンを、左手で服をはだけさせ露わになった胸部に、振り下ろす。
憎悪。お兄ちゃんに会う為の道を邪魔する全てのものへの憎しみ。感謝とは対極過ぎる感情。
何でみんな、私の邪魔をするの。お兄ちゃんと会って、何が悪いの。
人を殺すのがいけないの? 1人の為に、53人を犠牲にするのがいけないの?
人を殺すのが悪いことなんて、そんなの、人を殺したいなんて思ったことないからだ。リスクを犯してでも、本当に殺したいって思ったことないからだ。
それも知らないくせに、私の思いを否定して。
この気持ちはどうしようもないもの。心に嘘はない。出口がなくて、私の中で留まり続けている。
行き場のない感情に出会った時、人は善も悪も失くす。ただ、自分が「正しい」のだと認識する。
どんなに後で自分の行為を悔やんだって、その瞬間の心に、嘘はない。後悔はない。
ただ、ひたすらに正しいんだ。
右手はネルフェス・エクスフィアの直前で止まった。
ふるふると震えている。これこそ、恐怖なんかじゃない。馬鹿な行いをしようとした自分への、嘲笑。
出来ない。これは、お兄ちゃんの力をくれた、お兄ちゃんが助けてくれるようにしてくれた、大切な石だ。それを壊すなんて私には出来ない。
ごめんね、お兄ちゃん。大切なお兄ちゃんとの繋がりを離しちゃいそうだったよ。
「治さなきゃ」
ペンをゆっくりと戻し、1つ深呼吸をつく。大丈夫、平常心は取り戻している。自分の感情を確認して、目的と正しさを再確認する。
何とかこの病気を治す方法を探そう。これも利用すれば、敵の陣営に入り込むのも楽になるかもしれない。
幸い、戦闘には支障はない。石化していると言っても、自由に手は動かせるし、いざという時も応戦は出来る。
でも、まずは怪我の治療だ。
ここからD4を越えるまでどれくらいかかるかな。E4に行ければいいんだけど、封鎖されているし。
…大目に見て、2時間半。
今から3時間、9時までじっくり休もう。そして2時間半でD4を越える。
その前に間を使ってテルクェスで偵察して…どっちに人がいるのか見定めて。
それから、東に留まるか、西に行くか決めよう。
空と同じ色の、青い蝶が飛び立っていく。
そして私は再び、体に毒素を流し込む。
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品:メガグランチャー
ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
フェアリィリング
UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
ハロルドの首輪
状態:HP45% TP35% 冷徹 左手に刺し傷
ハイエクスフィア強化 クライマックスモード使用不可
限定的なエクスフィギュア化(再生能力のみ解放)
永続天使性無機結晶症を発症(左腕から肉体が徐々にエクスフィア化。現在左腕がエクスフィア化)
基本行動方針:セネルと再会するべく、か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動し、優勝を目指す
第一行動方針:時間までテルクェスで島内を偵察しつつ、傷を回復させる
第二行動方針:偵察の合間にハロルドの首輪をいじってみる
第三行動方針:病気を回復させる方法・首輪を解除する方法を探す
現在地:D5の川の洞窟
169 :
シャムと針1:2006/09/09(土) 00:17:30 ID:s51SP49oO
クレスが自身の白昼夢に身を委ねている間、この男ティトレイもまた、ぼう、と考え事をしていた。
もう朝だ。しかし清々しい朝の光が溢れている訳ではなく、海が近いからか森が深いからか夜に立ちこめたのであろう霧がまだ晴れない。
立ち並ぶ木々の幹の間から覗く東の空に浮かぶ朝日は白く不確かで、白夜の太陽のようで気味のいいものではない。
すると鬱白とした蒸気のけむを斬り裂くかのように、力強い第四回放送がティトレイの元に届いた。
「――――〇〇!〇〇!〇〇!〇〇!〇〇!……」
しかしその内容はティトレイにはもうどうでもいいことで、誰が死んだかなんて理解はしていなかった。
ただ、振動のわだかまりを残す、ノイズだ。
ただ、ひたすらと考え事をしていたのである。
否、意識はしていないが、ぽつりぽつりと頭に浮かんでは消える。
大抵は人々の怒号で始まり、それらが真っ赤に塗れて消えてゆく。おそらく以前の彼なら酷くその血潮を怒りで沸騰させるような記憶達。
しかしそれらはティトレイのほんの少の感傷も呼ばない。
ただ一つあるとすればそれは――――
『キメラと言うのを知っているか?』
あのおっさんが生きていた頃、突然そう言っていた。
これは記憶の中では珍しく静かなものだ。
魔術師らしく頭がいいのか、性格なのか、時々俺には何を言っているのかしているのか理解できないことがあった。実際に俺にはおっさんがクレスに具体的に何をしたのかも分からないし。
だから俺は面倒だから殆ど聞き流していたんだけど。
『つまりこういうことだ。
異なる生物同士が肉体も魂も融合したひとつの生命の事を言う。
例えをあげよう。鶏の子に鴨の子の羽を有した生物を作るのは可能だ。だがこの生命の薄命は免れれないだろう。
次第に羽は垂れ下がり、歩かなくなり、その命を閉ざす。一つの生命は異なる生命を受け入れる事はない。魂の存在は常に孤高。
つまり異なる命間の楔は永遠に除く事は出来ぬのだ。』
何故いきなりこんなことを言うのかは俺にはさっぱり分からなかった。
そもそも俺が理解もできないのは知っているのだろうに。
だけどおっさんは風に身を寄せて流れる草木のように、ただつらつらと言葉を吐いた。
170 :
シャムと針2:2006/09/09(土) 00:19:34 ID:s51SP49oO
『しかしここで矛盾が生じる。
人でも動物でも、生まれ落ちた時から少しも触れず、声を掛けず、だが栄養も環境条件も充分な状態で育てたとしよう。
しかしその生もまた薄命だ。はっきりとした原因も分からぬ。
他者を拒むのが本能であるにも関わらず、一方で何故か他者を求めるのだ。
ヤマアラシのジレンマのようなものだな』
おっさんの意図としていることがさっぱりと分からなかった。
ただいつもの様に蘊蓄を披露しているのだと、その時はそう思った。
『生命は多干渉では続かぬ。しかし遠ざかってもまた続かぬのだ。
適当な距離関係によって初めて成立する。
酷く不器用だとは思わないか?
そして酷くつまらない。
愚か者共は短い命の間、暗中でその距離を探りながら儚く頼りない束の間の安息に身を委ねながら生きてゆく。
警戒しながら背の針山を他者に向け不必要なものは徹底して排除しながらな。欺瞞と偶然に彩られたそれを真理と呼び溺れながら、それが豊かさだと歌う。
愚かしい。
私はそんな生などいらないな。
常に誕生か破壊か、1か0だ。それが全て』
『私はその愚か者共が呼ぶ真理とやらを破壊してみよう。
一つになりたいとも思わぬ。だが生きゆく為と己を騙し、他者の針を除きながらあるいは距離を取りながら触れたいとも思わぬ。
純粋に欲する物を欲し、ただ己の真理を見るだけ』
そういえば、あのおっさんはハーフだと聞いた。
このおっさんは怖い人だった。
沢山人を殺す事に躊躇はない。
俺もそのおっさんに荷担していたんだけど、それは心がよく分からなくなって何だかどうでもよくなっちまったから。
みんな戦って、死んで、よく分からなくなっちまったから。
だから何でもいいから一つの答えを求めた。
おっさんは語らなかったけれど、どのように生きておっさんなりの考えを導き出したのかは分からない。
ハーフと言えばあの黒髪の女の顔が浮かぶ。あまりはっきりとは覚えていないけれど。このおっさんもハーフだから迫害でもされたのかなと何となく思った。
ああ、そういえば笑っていた。
死ぬときおっさんは笑っていた。
一体何を見たのだろうか?
俺は、こんな風で、何かを見ることが出来るのだろうか。殺めた骸が紡ぐ答えなどあるのか。以前の俺ならそんなこと考えもしなかっただろう。
171 :
シャムと針3:2006/09/09(土) 00:25:42 ID:s51SP49oO
そして時は放送前へと下る。
夜が明ける前にとティトレイとクレスはC2の森へと北上していた。
二人とも体力は限界に近い。これからに備えて体を休める必要があった。
正しくはクレスは気絶をしていたので、その腕をティトレイの肩に掛けて引き摺るように運ばねばならなかったのだが。
(まあ普段ならこのくらいなら楽々に背負って移動できるんだけど…さすがに今は……キツいな)
海岸の近くのせいで霧もひどい。
「クレス、とりあえずC2の森を目指すぞ。そこで昼まで休憩だ。そうしたら次こそゆっくり休めるからな」
気絶したクレスにそう話しかけて、夜霧に濡れた丈の高い草を掻き分けて歩く。
気絶しているからかいやにこの青年の体がやけに重く感じて、今の疲弊した体にはかなり堪える。
歩く度に、草葉の合間から薄羽蜻蛉が舞う。綺麗だな、とかそんな感慨には耽らなかったけれど。
―――飛び出した蜻蛉の群れの向こうにそれはいた。
いや、姿は見えない。フォルスを感じたのだ。
一瞬、胸から一気にざわめきが体中をかき乱したのが分かった。顔を伝う夜霧の雫が汗と一緒に流れ落ちる。
珍しく、少しだけ狼狽した。
その正体は彼なのだから。
(ヴェイグ……まだ近くにいたんだな)
感じる。
冷たいこのフォルス。
彼に違いない。
今となってはあの一件から、二人の立場が真逆になってから何だか存在を遠く思うけれど。
(まだ生きて…いたのか)
サウザントブレイバーの一件からは大して時間は経過していない筈だ。
けれどとても長い時間、ヴェイグとは会ってはいない気がした。
ヴェイグに自分の変貌は見られたくない。
ヴェイグは殺したくない。
ヴェイグには(出来れば)死んで欲しくはない。
かつての仲間だからだ。
それだけ?
少しだけ、胸がモヤモヤとしたがそんなものは無視した。
そしてヴェイグのフォルスも無視して足を進めた。
息を止めるようにその場を後にした。
寂しいのか悲しいのか侘びしいのか。とうに忘却した感情だと思っていたけれど、それの片鱗がまた鎌首を擡げたようで少し不快だった。
そして右肩からのし掛かる、剣士の重みがこれほどまでに儚く、頼りなく感じるとは。
『キメラと言うのを知っているか?』
そして時は今に至る。C2の森の木の梺に腰を下ろし、少しずつ晴れてゆく霧を見守る。
景色が鮮明になり、しかしそれでもティトレイの目が世界を明るく映す事はなかった。
172 :
シャムと針4:2006/09/09(土) 00:33:14 ID:s51SP49oO
『一つになりたいとも思わぬ。だが生きゆく為と己を騙し、他者の針を除きながらあるいは距離を取りながら触れたいとも思わぬ』
「そういうものなのか…?」
ぽつりと一言漏らす。
ただ今、今までの自分の信条全てを裏切り、仲間を裏切り、その先にあるのは。
ただ何か虚しい。
クレスが傍らにいる。だがクレスはいずれティトレイを殺すだろうし、自身もそれを望んでいる。
ただ酷く虚しい。
「何でかな。もう全てどうでもいいのに」
朝露に濡れた花の蕾が少しずつ開花してゆく。彼の心の淀みなど関係なく。
ティトレイには何もない。クレスの様に殺しに執着する心も、デミテルの様に何かを見ようという心も、ミトスの様にすがる目的も、ましてや心を許し合う仲間なんて。
全てが虚無で彼はこの会場で最も孤独の者だった。
ヤマアラシのジレンマ。
それは他者を隔絶する為にその棘を生やしているというのに、一つの生物としての孤独は酷く寂しく耐えることができない。
だから他者との距離を棘を逆立ててるにも関わらず、探ろうとする。
しかし近づけばその針で他者を傷つけ、死に至らしめてしまうだろう。
じゃあ何故その針の衣を脱がない?
しかしやはりそれでは自身が傷つくだろう。
魂と魂の距離の無限ループ。
(ヴェイグか…)
だがもう彼とはもう共にすることはできない。
自分の放った矢は彼の仲間だけではなく、彼自身も傷つけた。
だけど。
棘を背負ったヤマアラシでさえ他者とまた一つになれるのなら。
「ヴェイグはこちら側には…こねえのかな」
ふと、一度断絶した筈のそんな想いが彼の胸に湧いた。
ヴェイグを殺すのはクレスだろう。しかしサウザントブレイバーの時に彼の乱入で酷く精神は乱れ、先程もフォルスを感じただけで狼狽えた自分はその様子を静観することは出来るのか。
「…珍しく優柔不断だなあ、俺。まあ前の俺は…死んじまったんだけど」
その筈なのに、この状況で元の世界の思い出とか、そんなものは胸の奥に隠してしまったというのに。
ただ、彼はいる。銀髪の褐色の肌の青年の存在がちくりちくりと体を刺す様だ。
まだ濡れている頭を軽く掻き毟る。
「ちと…厳しいよなあ……」
他者から守るために、自身の価値を守るための針。
(もう…価値なんてないんだけどな…)
しかし彼は気付いていない。
その針が真に貫くものは、その者自身の心なのかもしれないという事に。
173 :
シャムと針5:2006/09/09(土) 00:34:52 ID:s51SP49oO
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP30% TP10% 感情希薄 中度の疲労 クレスに同情 ヴェイグへの感傷
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック ガーネット オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
クレスの荷物 (鎮静剤入り) エターナルソード
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:正午まで休む、状況次第ではヴェイグ達を牽制してC3村に誘導
あわよくばヴェイグを仲間に
第二行動方針:C3村に来た連中を殺す
第三行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C2森
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP30% TP10% 感情希薄 中度の疲労 クレスに同情 ヴェイグへの感傷
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
クレスの荷物 (鎮静剤入り)
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:正午まで休む、状況次第ではヴェイグ達を牽制してC3村に誘導
あわよくばヴェイグを仲間に
第二行動方針:C3村に来た連中を殺す
第三行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C2森
お手数お掛けします
175 :
狂ったヒト1:2006/09/14(木) 00:02:00 ID:JD+Un3IH0
彼は、静かにその森に佇んでいた。
背を樹木に預け、時々うめき声を漏らしながら身じろぎする。
ぱちり…否、ぬろりとその目を覆うまぶたが開く。
這うナメクジを思わせる、鈍重な瞬き。
木々の合間から漏れる木漏れ日が目に痛い。まるで朝日がそのまま金色の針になって、目に突き刺さるようだ。
重た過ぎる体をおもむろに動かし、傾いていた上半身を持ち上げる。
60度が70度に、70度が80度に、そして地面と垂直に。
それだけで、息が荒くなる。これほどまでに体を起こすのが気だるいと感じたのは、幼い頃熱病で倒れた時以来か。
いつだっけ、それ。
脳みそに膿か何かが粘りつくような感覚。思い出せない。
赤いバンダナを頭に巻いた1人の剣匠は、苦しんだ。けれど、すぐに思い出すという作業を諦めた。
彼の様相は、一言で言えば幽鬼のそれであった。
かつてつやもあり健康的だった金髪は、冬の寒さに枯死寸前の、黄色く乾いた雑草のようにごわごわになっていた。
美しい光を湛えていたはずの瞳は眼窩にげろんと落ち込み、その中の広さを持て余している。
頬は皺が寄るほどカラカラになるまで放置された林檎のようで、こけて口腔にへばりつく。
口元から垂れ流れるよだれは白く乾き、思わず目を背けたくなるほどの汚らしさをかもし出す。
そのくせ眼球自体は爛々と輝いていて。
そのくせまとまらない思考が脳裏に熱く渦巻いて。
ここにまともな思考を出来る人間がいたならば、1人の人間がこれほどまでに矛盾した形質を秘められるのかと、
不思議にさえ思っていただろう。
「ぁ……あぁ……ぁぅ…」
もはやクレス・アルベインの舌は、ただのごわごわしたぼろ雑巾のような、肉の塊にしか過ぎなかった。
言葉を繰ることができない。
そもそも、言葉とはなんだったのか。一瞬、本気で忘れてしまっていた。
欠けている。何かが。
自分が自分であるために必要な何かが。
はたと、クレスは脇に目をやった。
清清しい木の香りを吸って感じる胸糞の悪さを抑え、焦点をそれに合わせる。
176 :
狂ったヒト2:2006/09/14(木) 00:02:54 ID:JD+Un3IH0
この世のものとは思えないほどの、美しい紫。
俗に、紫とは高貴なる色とも言われるが、これを見たならそれも無理からぬところと誰もが思うだろう。
時空(とき)の魔剣、エターナルソード。赤と青が混ざれば完成する、紫の刀身。
「えらぁ…あぅ…おーろ……」
クレスはその剣の名を呼ばい、震える右手を伸ばす。
これがなければ…これがなければ自分は自分ではない。
だから、これを求める。
エターナルソードの、柄を握る。
刹那、クレスには世界の全てが弾け飛んだように感じた。
胸の奥底から持ち上がる、濁流のような感情。
殺意も闘志も剣志も、とにかく全ての感情が混ざり合った激流。
どごん!!!
クレスの周囲で、空気が爆発する。爆発したかのように感じられる、圧倒的な殺気の炸裂。
それほどにまで練り上げられた絶気が、クレスの中から吹き上がる。
(をるえれあらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)
もはや言葉にもならない、なり切れない何かが、噴火を起こす。
流れ出た感情という溶岩はクレスの心を灼(や)き、それがまた次の噴火を呼ぶ。
殺したい。殺したい…! 殺したい!
そこにはもはや、人としてあるべき感情を感じ取ることは出来ない。
彼は既に、殺人人形(キリングドール)とでも言うべき「なにものか」でしかなかった。
それでも、体はついて行かない。心は今すぐにでも、血みどろの雨を降らせたいと渇望してたまらないのに。
欲情すべき対象がないから。犠牲者という名の美女を見つけられない体は、動かない。
もはや殺すとき以外の動作は、それこそ呼吸にかかる労力すらも節約しろとばかりに、体が言うことを聞かない。
代わりに、彼の周りを覆うは黒いオーラ。かぐわしい、死の芳香。
177 :
狂ったヒト3:2006/09/14(木) 00:03:33 ID:JD+Un3IH0
「おう、クレス…随分とお盛んだな」
はた、とその殺人人形は、声のした方を向く。
緑色の蓬髪をした、クレスと同じくらいの年頃の青年。両腕に、多くの果実を抱え込んでいる。
「食えるか、クレス?」
彼の放つ怒涛のごとき死の気配にたじろぎもせずに、緑髪の青年は聞く。
だが、クレスはただ興味なさげといった様子で、青年の…ティトレイの方を焦点の定まらぬ目で見るばかり。
そもそも、ティトレイの問いかけの意味すら理解しているのか怪しい。
クレスの放つ瘴気のごとき殺気の中にでも、しかしティトレイは平然と入り込む。
漆黒のカーテンを、恐怖さえ感じずにくぐっていく。
「ほら、その辺になってた木の実だぜ? さすがに今の状態じゃフォルスで栽培は出来ねえから、
養殖ものじゃない天然ものだけどな。ついでにいくつか種も集めといた」
「…………」
「しっかしまあ、そこまで『キレ』ちまうとは大したもんだぜ」
「…………」
「っと、俺ももう、人のことは言えねえな…」
「…………」
ティトレイは、自嘲的に最後の言葉を口にした。
クレスの放つオーラの中、まるで平気でいられるのだから。
殺人衝動。破壊衝動。
クレスの放つ殺気の凄まじさは、もはや言うまでもない。
先ほど木の実を集めていたあそこからですら、先ほどの炸裂は肌に感じられたのだから。
絶。
死。
滅。
クレスを目の前にして、正気の人間ならそんなものを感じ取るだろう。
そして、正気の人間ならば、もはやクレスを人間と思う者はいるまい。
死神…いや、そんなものではない。
邪神。破壊神。
形あるもの全てを憎み、血にまみれさせ、悲嘆と絶望を与えんとする、人外のなにものか。
178 :
狂ったヒト4:2006/09/14(木) 00:04:15 ID:JD+Un3IH0
(ユリスなみ…いや、ユリスですら、こんな滅茶苦茶な邪気は放ってなかったぜ)
率直な、ティトレイの感想。
かのユリスは、ヒトの負の想念が練り上がり生まれた怪物。
ゲオルギアスですら手を焼くほどの化け物であったユリスは、しかしヒトの心から生まれたモノ。
今クレスが放つ「気」は、違う。既にヒトという次元を超越している。
ユリスは悪意の権化たる存在ではあったが、その悪意は所詮、ヒトから生まれたモノ。
ヒトという言葉の定義から外れた、秋霜や烈日を思わせるクレスの「気」は、ゆえにユリスの邪気すら超越するは道理。
気の弱い人間なら、下手を打てばクレスの放つ「気」だけで絶命しかねない。筆舌に尽くし難い、魔の気。
そして、ティトレイはこんな邪気を放てる存在を表す言葉を、一つだけ知っている。
魔人。
ヒトでありながら、ヒトという存在から転げ落ちてしまったヒト。
魔人クレス・アルベイン。目の前の存在は、そうとでも評すればいいのか。
(ま、そんな奴を前にして、平然としていられる俺も、ヒトなのかな)
ヒトは闇を本能的に恐れる。ヒトは死体を本能的に恐れる。
ヒトがクレスに恐怖を覚えるのも、それと同格の摂理。ヒトがヒトである限り、ヒトはクレスを恐れるだろう。
そんなクレスを前にしても、恐怖を感じない。
ティトレイは恐怖を感じられない。
(俺も、もう壊れちまったヒト、ってわけか)
自身を嘲るティトレイ。思わず笑いさえ込み上がりそうになる。
ヒトは何故恐怖という感情を覚えるか。それは、議論にもあたわぬ当然の道理。
自らの命を守ろうとする、生物としての本能ゆえ。命あるものは、恐怖ゆえに自らの命を守ろうとする。
自らが無の中に没する恐怖であれ、自らを想う人達に悲哀を与えてしまうという恐怖であれ、結局結論は同じ。
179 :
狂ったヒト5:2006/09/14(木) 00:04:49 ID:JD+Un3IH0
(けど、ほんと、俺はどうなんだろうな)
無の中に没する恐怖は?
感じない。
この島の戦いを通じて、知ってしまったから。ヒトの命の安さを。ヒトの浅ましさを。
ヒトの命は簡単に壊れてしまう。ヒトは下衆であればあるほど、他者の命を踏みつけることをためらわない。
だから思ってしまう。ヒトは本来、命を持っていること自体が異常ではないかと。
命あるものは、命を持っていること自体が異常ではないかと。
功績や名を残そうと、ヒトは死ねば後に残るのは蛆虫に食われた汚らしい死体だけ。
それゆえに命は美しいなどと言う者も中にはいよう。命は限られているからこそ美しいと。
だがそれは、所詮はかない命を正当化するための屁理屈ではないのか?
だがそれは、死の絶対性を知らぬ人間のたわ言ではないのか?
そもそも、美しい命などこの島には存在するのか?
こんな浅ましい殺し合いを起こすくらいなら、いっそ命など醜いと思った方が当然の帰結ではあるまいか?
そう考えると、やはりティトレイは感じてしまう。
そんな下らないもののために執着する馬鹿馬鹿しさを。
浅ましく生を求めるくらいなら、諦めて死の抱擁を受け入れる方がどれほど潔いかを。
(こんな理屈を受け入れちまえるくらい、俺は壊れちまってるってことだよな、ヒトとして。
いや、命有るものとして、な)
では、誰かを悲しませてしまうという恐怖は?
感じない。いや、感じる。
本当にそれが、恐怖という感情の成せる業かどうかは分からないが。
ヴェイグ。
ヴェイグ・リュングベルというヒトもまた、命有るものには変わりない。
浅ましく己の生を求める、意地汚い生き物。だからこそ、あの青い衣の少年を殺した。
下衆な独りよがりで。自分が、仲間を失う悲しみを味わいたくないという薄汚い独善で。
(それなのに、どうして俺はあいつを殺す気が起きねえ…)
180 :
狂ったヒト6:2006/09/14(木) 00:05:43 ID:JD+Un3IH0
「…ぐぉあっ!!!」
ずくん。
全身を、痛みが駆けた。
「あげ…おぐぇああああぁぁぁ!!!」
激痛。呻吟の声が、喉を駆け上がる。
ティトレイの顔面に玉のように脂汗が浮き、両腕で体をかばった。体を丸め、辛苦の叫びを上げながら地面を転がる。
この激痛、何に例えるべきか。
強いて言うなら、全身の肉や骨を割って、体内に無理やり植物の根を生やされたような痛み。
体内で、鋭い棘を生やす茨が育ち、それが内臓を刺すような痛み。
耳の奥に、めきめきという嫌な音が聞こえる。
悶絶の拍子に取れてしまった手袋の下…覗ける素手にその異常は現われていた。
皮膚のあちこちに浮ぶ、黒いみみず腫れ。それが、ティトレイの肉体を侵食している。
闇の聖獣、イーフォンとの誓いに背き、悪しき意図にその力を使ったがゆえの業罰。
聖獣の力のリバウンドが、襲い掛かる。
「いでぇ…! いでええええぇぇぇ!! うぐあぁぁあぁあああぁぁぁ!!!」
バイラスと戦った時、サレやトーマのフォルスを受けた時、ユリスの邪気に触れた時。
今まで味わってきたどの痛みよりも、凄まじい苦痛。
掛け値なしに、この痛みは長時間味わっていたら、「壊れ」る。
手当てをしてくれる仲間もいない。錬術を働かせても、痛みが引く気配がない。
眼球が転げ落ちそうなほど目を見開き、もがくティトレイ。
彼は激痛が小康状態になったと見るや、体を引きずる。
一番近くにあった、木の幹へ。
フォルスで痛みを止められないなら、もはややれる痛み止めの処置はこれだけ。
ティトレイは、木の幹を両手でつかみ、雄叫んだ。
181 :
狂ったヒト7:2006/09/14(木) 00:06:23 ID:JD+Un3IH0
「ぇぐえぁるぁあああああ!!!」
鈍い殴打音が、このほの暗い森を揺らした。
湿った樹皮がめくりあがり、宙を舞う。
一打。二打。三打。
ティトレイは、自らの額を木の幹でひたすらに乱打する。
傍目には、ティトレイは発狂してしまったかのように見えただろう。
だが、それは違う。
これは、痛みを鎮めるための儀式。
「あああああああああああ!!!」
ペトナジャンカで暮らしていた時、無論ティトレイは荒事に巻き込まれたことはしょっちゅうあった。
だが、ティトレイは拳士。
獰猛なバイラスにも、サレなどのように帯剣した相手にも、そしてユリスにすらも。
その拳一つで勝利を勝ち取ってきた猛者。喧嘩であれば、ペトナジャンカに敵う者はほとんどいなかった。
その時の経験が教えてくれる。
大声でめったやたらに吼えたり、心を怒りの感情で満たしたり。
そういった行為で燃え上がる、戦いに赴く時の興奮は痛みを感じにくくするものであると。
じじつ、ティトレイは強大なバイラスと戦った時、戦闘が終わりアニーに診てもらったら実は指の骨が折れていた…
そんなことなどしばしばあった。
今回もそれと同じ。
戦いの時の興奮を無理やりに起こさせ、それでもって力づくで激痛の発作を抑え込む。それが、狙い。
(クソったれ…今の俺には……こんな痛みに苦しんでる暇はねえんだよおおおおぉぉぉぉ!!!)
ぶしぶしと、眉間が割れて血が吹き出る。木の幹に、紅い痕が残る。
それを見たティトレイは、更なる興奮に燃え滾る。
雄叫びを上げたぐらいでは興奮が足りない。そんな時には、更にその上を行く手段を使う。
自らの血を見る。それで、ますますの興奮状態を引き起こす。
脳も煮えたぎれとばかりの、真紅の感情。
血の赤が、額を走る痛みが、自らの雄叫びが、際限なく怒りを呼び起こし、そして炸裂する。
もはや一匹のけだものと化したティトレイは、喉も潰れよとばかりの絶叫に、森の木々を震わせた。
182 :
狂ったヒト7:2006/09/14(木) 00:09:17 ID:JD+Un3IH0
「ぅごぇあるぁああああああ!!!!!!」
ばがん!
とうとう、ティトレイの頭突きの連打を受けていた木の幹が、降伏した。
木の幹が木っ端微塵に爆砕され、湿った木の香りがあたりに漂う。
幹の軋む音。それと共に、木の幹は倒壊を始める。
最初はゆっくりと。そして徐々に勢いよく。
地面を叩いて、木の幹は湿った土に倒れ込んだ。
沈黙。森にようやく、静けさが戻る。
ティトレイの、激しい吐息を除いて。
がちがちと鳴る奥歯。油のように粘りつく汗が、一滴、二滴。
三滴目の汗がティトレイの顎から落ちた時、彼の膝は二つに折れた。
痛みは、もう感じない。黒いみみず腫れも、引いてくれた。
「…やれやれ…俺の勝ちってことかな」
荒い吐息の合間から、ティトレイは呟いた。
何とか、当座は凌いだ。後は、これでどこまでだましだましやっていけるか。
「…出来りゃあ、ヴェイグ達にリバウンドが効いていない、って勘違いしてもらえりゃ、最上なんだけどな」
『権謀術数』。
『兵は脆道なり』。
デミテルが存命の間、独り言のように聞かせてくれた言葉。
悪知恵や狡猾さを発揮し、相手をそれと知らぬうちに術中に嵌め、一方的に攻めて、殺す。
それこそ、デミテルの戦いの流儀。
ティトレイは彼の人形になっている間、幾度となくそんな言葉を聞かされてきた。
そして最悪、自分が死んだ時は、暗殺者として戦えと言われた。
格闘術、クロスボウによる射撃、樹のフォルス。これらの能力は、暗殺者としてうってつけの力であると。
183 :
狂ったヒト8:2006/09/14(木) 00:09:55 ID:JD+Un3IH0
(でもな、おっさん。俺には『けんぼーじゅっすー』だの、『へーはきどーなり』だの言われても、
いまいちピンと来ねえや。俺は俺のやり方で、戦わせてもらうぜ)
ティトレイは歯を食いしばり、立ち上がる。
晴れつつある朝霧と、森の木々を割って差し込む木漏れ日が、ティトレイの顔を舐めるように動く。
にやり、と不敵な笑み。
(要は、喧嘩ってのは、相手をビビらせた方の勝ちなんだ)
ティトレイは多くの喧嘩を経験して、その事実を知っている。
どれほど殴られても平気な風を装い、痛がる素振りを見せない。
一度「キレ」たら、相手が泣いて命乞いをして来ようが、耳を貸さずにメタメタに叩きのめす。
人間ではなく、もはやけだものかと思われるほどの凄まじい暴れっぷりを見せつける。
血みどろになろうが根性で立ち上がり、不死身であるかのように立ち上がる。
喧嘩に最重要なのは腕力ではない。相手をビビらせるためのハッタリ。ハッタリを持続させる、根性。
(ま、こいつは命まで張った喧嘩だと思えばいいってこった。
ヴェイグも俺にリバウンドが来ていることぐらい分かるだろうから、それが効いてないかのように
振る舞えば、向こうも相当にビビッてくれるだろうよ)
ティトレイの笑みは、それはまるでけだもののようで。
そして実際、彼の中では獣性が暴れ狂っている。
(さーて、これからどうすっかな)
どっかと音を立て、ティトレイは腰を地面に落ち着けた。
放送を聞き終えてより、先ほど目覚めて食料の果物を集めるまで、ティトレイは死んだように眠っていた。
「激・樹装壁」も併用し、だいぶ肉体の打撃も抜けている。
本調子ではないが、とりあえず何かあったら戦える程度には回復した。
(けど、俺にはもう時間がねえ)
184 :
狂ったヒト9:2006/09/14(木) 00:10:55 ID:JD+Un3IH0
クレスの鎮静剤の投与時間は、彼を強引に気絶させることで限界まで引き伸ばした。
だが、それでもクレスは6時間もの間禁断症状に苦しんでいたようなもの。すでに、心身は限界の一歩手前。
もし次に禁断症状の発作が来たら、おそらくそれほど待たずして、クレスは狂死するだろう。
すなわち、ヴェイグを殺すのならば、残された時間はあと9時間。次の放送まで。
更に昼まで休んで体調を全快させるつもりでいる以上、使える時間は実質6時間。
6時間のうちに、ヴェイグを殺さねばならない。
更には、自らの負う聖獣の力のリバウンドのことを考えても、明らかに今は拙速の手の方が上策。
確かにC3の村に一同を誘導できれば殲滅力は上がるが、事態は刻々変化する。
果たして限られた時間の内でも、ミトスの呑気な策に乗る方が上策と言えるのか。
(まあ、ヴェイグもロイドもあれだけズタボロの状態だ。島の東側に行っちまったことはねえだろうが、
どこに逃げたか、が問題かな)
ティトレイは、昨夜デミテルに死なれてしまったことを、改めて後悔した。
昨夜ミトスを騙したのは、要はハッタリ。
ティトレイはデミテルのような術策を弄することは出来ないが、
ペトナジャンカでの喧嘩の経験を通して、ある程度のハッタリや駆け引きなら使いこなせる自信がある。
だが、ヴェイグがどこに行ったかを推すに必要なのは、デミテルの知略。
残念ながら、ハッタリや喧嘩の駆け引きの心得があったところで、ヴェイグの追撃の役には立たない。
(E2の跡地に留まってゆっくり怪我を治してるのが一番ありえそうな感じだけどな…
あーくそ! 俺は元々こういうことを考えんのは苦手だっつーの!)
ぼさぼさの緑髪を引っ掻き回し、更にぼさぼさにするティトレイ。
その動作には、もとの彼の純朴な性格が透けて見えたのは、気のせいではないかもしれない。
ティトレイはどっかと背も地面に叩きつけた。頭の後ろで手を組み、即席の枕にする。
とにかく、今は眠る。食事も摂ったし、ひとまずこれでしばらくは持つ。
考えるのは、それからでいい。
相手にせねばならないのは、何しろヴェイグ。自分の弱点を知っている相手なら、可能な限り万全の態勢で挑まねば。
(ま、あとはクレスがどれだけ頑張ってくれるか、だよな)
ティトレイは、上目遣いにして頭の方向にいる彼を見やる。
木の幹にもたれる、1人の殺人人形のその姿を。
魔人のごとき殺意を漲らせる、哀れな1人の剣匠を。
彼は、立ち上がることは出来なかった。少なくとも、今はまだ。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP全快 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(病状悪化。次の禁断症状発症は午後6時ごろ?)
戦闘狂 殺人狂 欲求が禁断症状を上回りつつある
所持品:エターナルソード クレスの荷物(鎮静剤は服用済み)
基本行動方針:力が欲しい、禁断症状に苦しみたくはない
第一行動方針:強い敵を殺して強くなる
第二行動方針:殺せる生者を殺して弱さを捨てる
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C2森
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP50% TP50% 感情希薄 闇の力のリバウンド(力づくで押さえ込んでいる)
放送をまともに聞いていない 額から出血
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル 食用植物の種
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:正午まで休む
第二行動方針:休息後、ヴェイグ達の索敵を開始する
第三行動方針:対ヴェイグ組撃破に有効な策を講じる(誘導or先制攻撃orその他の策)。あわよくばヴェイグを仲間に
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C2森
※なおこのロワ中では、聖獣の力のリバウンドは激痛の発作と、全身に黒いみみず腫れが浮くという描写で処理
ティトレイは、森の木の実を事務的に嚥下した。
向かいに腰掛ける、クレスもまた同じく。
ミクトランから配られた食料も、いい加減この2日で底をついた。
今彼らが口にしているのは、焚き火の火で適当に炙っただけの木の実。
はっきり言って生焼けだし、渋い。
この深い森の中なら、頭上の木々が煙を漉し取り、火を焚いてもそうそう周囲には分からないであろうことが唯一の救いか。
それでも、何か食べないことには力も出ない。
(カレギアを旅していた頃、たまにこんな食事をしていたことがあったっけか)
ティトレイは、木の実の渋みに顔を歪めながら、もう戻らぬ過去の思い出を掘り出していた。
「…………」
クレスは食べる。ただ黙々と。
鎮静剤を先ほど投与してから、ようやくクレスは人心地ついたらしく、「まともな」状態に戻った。
だがそれはただ、禁断症状の苦痛に苛まれずに済むようになっただけに過ぎない。
ひと時ばかり、地獄の再来を防いだに過ぎないのであるが。
既にデミテルに渡された小瓶は、クレスの足元で空になっていた。
これで、正真正銘後はない。クレスに残された時間は、わずか9時間。次の放送があるまで。
それを過ぎればどうなるか。後はクレスに残されるのは、地獄の苦痛と悪夢のみ。
そして最後には、人間としての尊厳を甚だ欠いた、惨めな死。
最も、それはティトレイもある意味同じことであるが。
(…やっぱ、イーフォンが怒り狂ってるぜ)
ティトレイには、体内の異常をそんな風に評してみた。
体内のフォルスの状態が、先ほどから芳しくない。
まだフォルス自体は問題なく使える。だが、異常はすぐそこまで迫っていることはひしひし感じる。
いわば、嵐の前の静けさ。ティトレイのフォルスの今のあり方を一言で説明するなら、この表現が最も適切か。
このまま行けば、確実に闇の力は自身に牙を剥く。そして、ティトレイの身を冒す。
(ほんと、おっさんがまだ生きててくれりゃ、これも何とかなったかも知れねえってのに)
がりりと奥歯で木の実が砕ける。少し、甘苦い。
ティトレイも出会って以降、デミテルの様々な奇策をその身を以って知っている。
ユージーンすら思いもよらなかったような、樹のフォルスの新たな使い道も見つけ出した。
そして、自らの手駒と手札を用い、あれほど完璧な滅殺の布陣を張ってのけた。
結果的にその策は成らなかったものの、彼の知力を以ってすれば、
上手いことこの闇の力を抑え込む策も、あるいは思いついていたかもしれない。
クレスが木の実を噛む音が、朝霧の晴れかかった森に響く。
(ま、別にそんときゃそん時だ。どうせもう、俺は一度死んだ身だしな)
ティトレイ・クロウという人間はもう既に死んだ。
ここにあるのは、4000年もの間世界を裏から統治してきたクルシスの指導者、
ミトス・ユグドラシルすら腹芸で踊らせ、そして成功させた1人の殺人鬼。
(これが、あのおっさんの置き土産ってとこかな)
我ながら、ハッタリや駆け引きは上手くなったと思う。
今なら、サレやジルバのような手合いですら、心理戦に持ち込めば手玉に取れるやも分からない。
泣いたり笑ったり怒ったり、そう言った心の雑音が消えた今、ティトレイの心はどこまでも透徹している。
感情という余分な荷物を振り捨てた今の彼は、その精神力を以前の数倍は思考能力に向けられるのだ。
(さて、これからどうすっかな)
ティトレイは、森の泉で救ってきた水を一口、口に含んだ。
クレスは、既に命運は定まっている。次に放送が来るまで。それが、クレスに残された時間と考えていい。
ティトレイもアニーに聞いたことがある。
麻薬による中毒症状を完治させるのは、たとえ陣術を使える腕利きの医師でも、かなり長期間の治療が要ると。
クレスを保たせる麻薬はもうない。中毒症状を癒す手段もない。
迫り来る運命から、逃れる手段はない。
そして、ティトレイもまた同じく。いつイーフォンの罰が己が身に下るかも知れたものではない。
いわば、ティトレイもいつ爆発するか分からない爆弾を背負いながら、戦わねばならないようなものである。
この島での戦いをここまで生き延びた強運も、どこまで通じてくれることか。
ジェイの手により一度は「詰み」に追い込まれても…その「詰み」から脱したほどの、この強運が。
ティトレイはしぱんとあぐらをかいた膝を叩きながら、しばらくぶりに言葉を発してみる。
「クレス、これから俺達はどうするか?」
狂人と狂人の会話。傍目に見ればこれほど超現実的で、また滑稽なやり取りはあるまい。
そして、クレスの答えはやはり単純明快そのもの。
「…殺したい」
かちゃりと、クレスの右手に握られた魔剣が鳴る。
「もっと殺して、この島を人の血で赤く染め上げたい…人を壊したい」
まるで、まだ肉体から禁断症状が抜けやらぬかのように、クレスの手からは震えが消えていなかった。
ティトレイはそれを見て、諦め半分に肩をすくめて見せた。
「ま、お前の返事はそんなこったろうとは思ってたけどな…。
となると、俺らに残された選択肢は大きく分けてこの二つだ」
ヴェイグ達を何らかの手段で挑発して、ミトスも巻き込んだC3村での「宴」に招待するか。
さもなくばミトスの策に乗らず、こちら2名は単独で行動し、先遣隊としてヴェイグ達を潰しに行くか。
「ミトスの奴は、エターナルソードのありかはどこに行こうと分かるっつってたよな。
俺たちがどこにいるかはあいつには筒抜けだ。俺らがもしあいつの策に乗らなきゃ、どうなる?」
ミトスの持ちかけた筋書きは、すなわち次の通り。
ティトレイとクレスはC3の村の近くに配置。そしてミトスはC3の村でロイドらの来訪を待つ。
侵入者が来たところでC3の村の鐘を鳴らし、ティトレイとクレスもそこに乱入。
そして乱戦の中上手いこと漁夫の利を狙うというのが、ミトスの腹づもりであろう。
(おっさんもミトスの奴も、結局どいつもこいつも狙うのは漁夫の利ってわけか)
だが、ティトレイはそれも道理と頷ける。デミテルもしばしばティトレイに説いていた。
三つ以上の勢力が争いを繰り広げているなら、のらりくらりと矛先をかわし、
自分以外の勢力が共倒れになるよう仕向けるのが、一番安全な策であると。
(…けど、向こうは冷静になれば、俺達は取り引きに乗らないって判断くらい、すぐ下せるはずだ)
昨夜のミトスとの話の際、彼は「ティトレイたちは焦っている」と看破していた。
そしてティトレイはそれを婉曲的ながら、肯定してみせた。
「何らかの刻限が迫っている仲間の剣士」は、クレスであるという推理くらい、彼なら軽くやってのけるだろう。
何せ、今日の放送でクレスが呼ばれなかったのだから。
放送自体はろくに聞いていないが、ミクトランは嘘はつかない。クレスは呼ばれていないという確信のようなものがある。
また、ティトレイは「クレスは死んだ」とは言っていない。
クレスは死んだのだと相手に誤解させられるよう、断片的に真実を述べたのだ。
これでミトスは、自身とクレスが同盟関係にあると…腹芸で踊らされたと看破するであろうことはほぼ間違いない。
断片的に真実を述べたというティトレイの行為が、可能性を確信へと変えるのだ。
(ま、ミトスの奴ならこれくらい簡単に推理してみせるだろうな。
『俺たちが焦っている』って事実を向こうがブラフととるこたぁねえだろうから…
すると、ミトスが俺らを意のままに従わせるつもりなら、ミトスは俺らに何らかの『縛り』を施す必要がある。
その『縛り』としての候補は…)
言うまでもない。クレスの持つ、エターナルソード。先述の通り、これのありかはミトスに筒抜け。
ミトスのブラフを信じているティトレイは、その前提の下更に思考する。
(…だが、こいつはまともな『縛り』にはならねえだろうよ)
『まずその愛する所を奪わば、すなわち聴かん』。デミテルに聞かされた、兵法書の一節。
敵を自らの手の上で踊らせるならば、敵が後生大事にしている何か、守らねばならぬ行為を知り、それを逆手に取る。
ティトレイの守るべきものは、すなわちクレス。ヴェイグ殺しの剣。
そして、さすがのミトスでもそこまでの推理は出来るか。否。知ることが出来ても、真相の断片が限界だろう。
刻限が迫っている剣士がクレスであることを知っても、クレスをヴェイグ殺しの剣に使うとまでは、彼には推理できまい。
そこまで推理するためのパズルのピースを、ティトレイはミトスに与えていないのだ。
エターナルソードとミトスのブラフにより、いつでも命を奪いに来れるという脅迫が、精々の『縛り』の限界。
そして、命を惜しまぬ者に殺意をほのめかしても、そんな脅しには屈しないのは言わずと知れたこと。
(ま、それでミトスが俺らを殺しに来たなら、そんときゃそんときだ)
そうなれば、エターナルソードを人質にとって、また上手いこと立ち回ればいい。ティトレイは考える。
それに、エターナルソードを手にしたクレスとティトレイならば、まずどんな相手でも1人なら無傷では済むまい。
むしろ、ここに全てを知る者が存在したなら、こう判断するだろう。
いかなミトスでも、ティトレイとクレスを一度に敵へ回したならかなりの苦戦を強いられる、と。
現実には、ミトスにとっては2人の戦闘力は伏せ札になっているが、これもまたティトレイらには追い風。
戦闘力不明。戦闘という行為に対するリスクは、ミトスには計算不能。
更には、エターナルソードの処理権限は今のところティトレイらにある。
これら二重の抑止力が働く以上、ミトスはティトレイらの積極的撃破を下策と判断するはずだ。
(長々考えちまったが、要するにミトスには事実上、俺らがどう動こうとそれを封殺する手段はねえってこった。
ミトスだって、俺らが取り引きに乗るかどうかを考えれば、せいぜい『あわよくば』程度にしか考えてねえはず。
とにもかくにも、俺らは自らミトスが待ち構えてるC3の村に入るまでの間は、
ミトスの手でもたらされるリスクは、度外視して動き回れる)
ティトレイは、わずかながらに笑みを浮かべた。笑みを浮かべる真似をしてみた。
結局昨夜のミトスの牽制は、ティトレイを意のままに操るには不完全。
ティトレイの『愛する所』を…ヴェイグ殺しの剣を奪えなかったミトスは、ティトレイという駒を制御できない。
神の視点から見れば、もしティトレイが気まぐれでエターナルソードを禁止エリアにでも捨ててしまえば…
その瞬間、ミトスの思惑は一つを残して『詰み』になることが見て取れるだろう。
すなわち、シャーリィ・フェンネスと同じく、血にまみれた勝者となる道を除いては。
ティトレイとミトス。主導権を握るのは前者。
これはミトスの失策というよりは、ティトレイの箍(たが)の外れた精神性の勝利である。
常人相手ならば、殺意をほのめかせばその恐怖にほとんどの者を屈させることが出来る。
だが、常人の道理は狂人に通じない。この島の戦いを見続けた者には、分かりきった真理。
支援
(さて、ミトスが俺らの行動を邪魔しないなら、どうする?)
ティトレイは小さく燃える火を眺めながら、髭のほとんどない顎を撫でる。
ティトレイの目的は、ただ一つ。クレスをけしかけたヴェイグ殺し。もしくはヴェイグを再びマーダーに復帰させる。
そしてクレスは、ただ人を殺す。死そのものと化す。
ヴェイグを殺すことぐらい、クレス単騎でもそれほど難しいことではあるまい。
だが問題は、いまやヴェイグの友人となったロイド。そして、ロイド以外にも、もう1人仲間がいることを確認している。
名簿をざっと眺めて、判明した男の名はグリッド。
(つまり、だ)
ティトレイにとって最も有り難いのは、ヴェイグをロイドやグリッドから孤立させ、
そしてヴェイグの心を再び追い詰めてマーダーに返り咲かせる、という流れ。
ティトレイには、ヴェイグの心を追い詰める策ならいくらでも考え付く。
根を詰めやすい性格の彼を追い詰める策なら。彼の心の弱い部分を、最も間近で見たのはティトレイなのだ。
つまり、ティトレイはヴェイグの弱点を知り尽くしている。
(あの純粋熱血馬鹿のロイドが死んでりゃ、ヴェイグを『堕とせる』可能性もますます上がるんだが…)
ティトレイは嘆息した。先ほど呆けて放送を聞いていなかったのは、やはり痛い。
死者も禁止エリアも知らない。禁断症状の悪夢の中悶絶していたクレスは言うに及ばず。
下手を打てば、この隣のエリアが禁止エリアかも知れない。
ここから移動するなら…いや、移動しなくとも、ここから先の行軍はある種の地雷原突破になる。
C3の村のミトスに放送内容を聞きに行こうかとも一瞬思ったが、止めた。
たとえクレスに『留守番』をしていてもらうにせよ、ティトレイの手元にはミトスと取り引きできる札がない。
何より、ミトスが放送を聞いているという前提で話を進めるならば、ミトスはティトレイに騙されたと確信せぬはずもない。
そんな相手に臆面もなく情報など聞きに言ったら、まず情報料として命を持っていかれるだろう。
もとより既に命などに執着を持たぬティトレイだが、そんな犬死にだけはさすがに避けたい。
よしんばミトスを撃退したとしても、ヴェイグらを殺すための舞台装置を失ってしまう。下策以外の何物でもない。
(こんなことなら、いっそフォルスなんて使えない方が良かったぜ)
放送を全て聞き流したティトレイに、唯一与えられた情報。それは、ヴェイグの生存。
放送があった頃に感じた、あの冷たい波動。ヴェイグは、生きている。
フォルスがなければ…
ヴェイグの死さえ知ることがなければ、後はただ何も考えずに他の参加者を殺すだけで心安らかになれるのに。
わずかばかりの恨み言。しかしティトレイは、すぐさまそんな未練を心の大海に沈めることになる。
(まあ、なるようになるぜ)
結局はそこ。その結論は、わずかながらに彼が彼であったゆえんをほのめかしていた。
禁止エリアも分からない。闇の力のリバウンドが、いつ来るかも分からない。
ロイドやグリッドの生死も分からず、彼らの今の居場所はより一層分からない。
だが、ヒントならばある。
(こいつ、だな)
ティトレイは瞳をつぶり、右手を地面に着ける。体内のフォルスの律動を、草木のそれと同調させる。
感じる。
風にそよぐ草から風向きを。
木に当たる日差しから、日の方向を。
フォルスを用いた、不可視の索敵網。
ヴェイグはこの存在を、知っているはず。
ならば、行動は予測できる。
(ヴェイグ達が行く先は、おそらく植物のないところだ)
樹のフォルスの弱点。それはすなわち、植物のないところではその力を活かしきれないこと。
ティトレイらを撃破する布石としてであれ、単純にフォルスの索敵網から逃れるためであれ…
とにかく、植物のないところに、ヴェイグらが逃げ込む公算は高い。
植物のない地形は、攻めにも守りにもおあつらえ向きなのだ。
ティトレイは手元の地図を開き、候補地を次々指してゆく。
北から順に、D3〜E3の砂漠地帯。
「サウザンド・ブレイバー」で焦土と化したE2城の跡地。
F2からF4・G4にまで連なる、大きな街道。
G3の山岳地帯やその洞窟。
更には、F4・G4の川辺。
ざっと挙げたところは、この辺りか。
ついでに言えば、海辺の砂浜もヴェイグらが逃げ込む候補に考えてもいいかも知れない。
もっとも、ロイドやグリッドが存命なら、この目論見は狂う可能性もある。
不確定要素も多い想定だが、これが一番ありえそうな行動だろう。
(さて、考えることも考えたし、と)
「クレス、もう一眠りするぜ」
「…ああ」
ティトレイは呼びかけ、クレスはそれにただ淡々と応じる。
クレスはともかくとして、ティトレイはまだ体力気力共に不十分。辛うじてまともに動ける程度。
睡眠をとった上で錬術を併用すれば、正午には何とか戦えるようになるだろう。
とにかく、時間がない。クレスに残された時間はあと9時間。
ティトレイは、いつ爆発するか分からない『爆弾』を抱えている。
正午までの休憩は、満身創痍の体と迫り来る時間をすり合わせ、ギリギリのところで妥協できる一線。
とにかく、今は休まねば。
ティトレイはそう決めるや否や、どっかと地面に体を横たえる。
焚き火は、こんな湿度の高い森の中でなら、放っておけばそのうち消えるだろう。
禁止エリア、不透明なヴェイグの仲間関係、闇の力のリバウンド、クレスにかかる制限時間。
それだけ多くの問題を抱えておきながらも、ティトレイの心は不思議と焦燥感を感じなかった。
どうせ死ぬ時には死ぬ。心の片隅で、ティトレイは思う。
ティトレイ・クロウという人間はあの時…フォルスを暴走させた時点で、既に死んだ。
今この緑髪の青年に残された命は、その時の燃え残り。
だがその燃え残った命は、ただ漫然と燃え尽きるのを待つには、あまりに長過ぎる。
だからこそ、彼はヴェイグの『処理』にその残る命を捧げている。
極論ながら、所詮この計画を練ること自体も、黄泉の獄卒がティトレイの身を捕らえるまでの『暇潰し』に過ぎない。
だが、彼の命と共に燃え残ったひとかけらの心は、今何を思うのか。
ティトレイの心は、既に彼自身の手綱すら離れ去っていってしまった。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP全快 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(次の禁断症状発症は午後6時ごろ?)
戦闘狂 殺人狂 欲求が禁断症状を上回りつつある 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード クレスの荷物(鎮静剤は服用済み)
基本行動方針:力が欲しい、禁断症状に苦しみたくはない
第一行動方針:強い敵を殺して強くなる
第二行動方針:殺せる生者を殺して弱さを捨てる
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C2森
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP40% TP30% 感情希薄 フォルスに異常(リバウンドの前兆? 今のところペナルティはなし)
放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:正午まで休む
第二行動方針:休息後、ヴェイグ達の索敵を開始する(植物のない地点を重点的に)
第三行動方針:対ヴェイグ組撃破に有効な策を講じる(誘導or先制攻撃orその他の策)。あわよくばヴェイグを仲間に
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
第五行動方針:最終的には「なるようになれ」
現在位置:C2森
196 :
作者:2006/09/19(火) 12:19:29 ID:ZJe5GpsF0
これは「狂ったヒト」の改訂版です。
よって前作は破棄して下さい。
197 :
選択翅 1:2006/09/20(水) 07:23:53 ID:doJiCTHZ0
半信半疑であったティトレイ=クロウの情報は
放送で流れた死者の名前、及び発表順を鑑みると1つの空白と1つの否定を除いて実に正鵠を射ている。
E2城内とE3丘での顛末は先に述べた内容に問題は無いように思う。
ではこの1つの空白…リッド=ハーシェルの死について少し可能な限り想像してみよう。
ティトレイの情報からE2の状況は手持ちの画像で補えばありありと浮かんでくるのだが、
サウザンドブレイバー発射以降(厳密にはティトレイは発射の直前に気絶している)の
リッドとキールの行動が把握できない。情報が欠落しているのだ。
だがティトレイがE2の東から西へ、僕が南から西、そして北に移動したことで
リッドの死体がE2城の北にあることは消去法で導き出せる。
ならば考えられるE2城の戦闘に介入できない理由は西、或いは北からの何か、に対応した為だ。
つまり満たすべき条件はリッド達の南下よりも遅れたタイミングでE2城に北・西から来る事ができ、
尚且つあの出鱈目な力を備えたリッドを殺せる何かであること。
メルディである可能性は高いと思う。
と、言うのはメルディならばサウザンドブレイバーの発射と結果までの空白を一番合理的に埋めることが出来るからだ。
実物を見ていないから何とも言えないがI・ジャッジメントを更に高めた技を更に押し返すという非常識な事柄を
やってのける存在なんてあの化け物以外に思い浮かばない。
C3から逃げたと思われたメルディが近隣に潜み、残党追撃にかかりリッドとキールが相対した、と考えるのが妥当だ。
大方、また躊躇ったのだろう――――だから殺しておけと忠告したのに。
が、それだけでは説明が付かない点もある。
リッドがメルディの手に掛かったのならば何故キールは生きているのか?
全ての戦力を見切った訳ではないが、リッドが死んだならキールを殺すのに労力なんぞ要らないだろうに。
キールを殺せない程に消耗して逃げたと言うなら西か北に逃げるはずだが、僕の行動半径には引っかかっていない。
危険を冒して砲撃先の東かロイド達がいる南を突っ切るのは論外、ならばメルディは何処へ逃げたのか?
まさかリッドの言っていた通り何か戻れる方法が見つかってそれを命と引き替えに実行し、メルディを回収…
普通ならそう考えても良いのだが、その慢心があの村での惨めな結果を引き起こしたのだから信じることは難しい。
気絶させた程度で油断していたから、殺しておかなかったから。
―――間接的にとはいえ、そのせいで、姉様は。
総括して、メルディはまだ城付近で息を潜めている物と思う。
それが人の居ないところか、気絶した振りをして人の中に紛れているのかは分からない。
多少の誤差はあるだろうが、これで私達が居なくなった後のあの城の顛末だ。
まあ、お前には必要の無い補完ではあったが、じゃあ――――
198 :
選択翅 2:2006/09/20(水) 07:24:43 ID:doJiCTHZ0
「感想を聞こうか?劣悪種」
不自然な直角のみで縁取られた窓から朝日が家屋に漏れる。
ユグドラシルは地図をテーブルに広げてただ黙していた。
金髪を掻き上げてユグドラシルは柱に目を向ける。
足下から奥へ奥へと目線を延ばし、耳障りな嘆息の音源へと目を向ける。
四肢を縛られたミントは顔を半分床に打ち付けたまま、おぼろげに声のする方に目を送った。
「術を止めてまで放送を聞かせてやったのだ。感想くらいは聞かせて貰っても良いと思うのだがな」
嘲ってみるが、彼は内心は別の所にあった。
彼が彼女に与えた悪夢は総計六度、それでも尚彼女はここにいる。
(生意気なことこの上ないが…これ以上の悪夢となるとウィルガイアで無くば叶うまい。
現在展開中のサイレンスの事もある。これ以上の力の消耗は大局的に見てナンセンスだ)
罠敷設の上で術2つ。その消耗を推して量るのは実に容易な話である。
先の通り、もう一度メルディと一戦交える可能性を考えれば自身の精神力も万全の状態に持ち込まねばならない。
(ここで壊せれば一番速かったのだがそうも都合良くは、ということか。初期の計の通り進める他無いな)
「…が」
累積する思考の中に澱みが混じる。彼は彼女をもう一度凝視した。
「あなたが…あなたのせいで、スタンさんが…」
ミントは暗闇の中そこにいるはずの天使にただ怨嗟の気を吐く。
ユグドラシルは喉を鳴らして綺麗に苦笑した。この女が、怨む?
「まるで私がスタンを殺したみたいな言い草だな。私の読みには奴の死は勘定に入っていない」
ミントは軽蔑か侮蔑かあるいはそのどちらもかの表情をミトスに与える。
「そもそも私はあの男に死なれては困る側だぞ?奴を識っているスタンは後の駒として使いたかった位だ」
実の所、目的の遂行の障碍にならなければそれほど率先して手を汚す気は彼には無かった。
そんな暇もないし、寧ろ目的が成功した場合、事実上脱出という手段に移らなければならないため駒が必要になってくる。
ミクトランに一度勝ったことのあるらしいスタンは、駒としての条件を十分に満たしていた。
「尤も、目的が達成した後では動き難いからな…後の展開を易くする為、
今の内から戦力は削っておくに越したことはない。連中を盥回しにしているのもその一環だ」
ミトスは地図の隣に広げた名簿を見てほくそ笑んだ。
こうやって戦いを煽れば使えない駒は篩い落とされ、使える駒は弱体化し手中に収めるのも殺すのも易くなる。
「私としては出来ればリアラ以外は、まだ死んで欲しくはなかったよ。
そもそも最初のシナリオではE2に確実に来るのはロイド達とスタン達だけだったのだ。
30分も足止めできれば充分のという程度の期待だったが。まあ…誘爆要素は考慮していたがな」
C3に現れた厄災の数々、それらもまた南下してくるかも知れない、とは彼も考えていた。
厄は厄を寄せる。スタン達の戦いはそう言う厄を惹き付ける囮の意味も含んでいたのである。
「…第一もうE2で何が起こったかは教えてやっただろうが。スタンを殺したのは他でもないお前の
「やめてください!」
突如のミントの怒声に部屋中の空気が震えたような気がする。
既に何も写さない彼女の瞳は、確かにミトスを捉えていた。
「そんな、そんな嘘…あなたが…」
「まあ又聞きの情報では信憑性が無いだろうな。第一私は一度お前に嘘をついていたのだから、信じないのは賢明だ」
ああ、やっぱりクレスか。それしか無いか。
「私も全部鵜呑みにするつもりは無いが…せめてカイルが生きていたことは信じるべきだと思うがな?」
199 :
選択翅 3:2006/09/20(水) 07:25:23 ID:doJiCTHZ0
少しだけ視線を移し、名簿の顔を確認した。
「カイル…生きていたとはな…いや、生きながらえてしまった、かな?」
ユグドラシルは一瞬ミントの顔を伺い、直ぐに視線を別に移した。
ティトレイの話では地下に突き落としたとの事だったが、それでも生きている。
「奴は今頃どうしているか?命のあることを謳歌しているか?
片翼を堕とされ藻掻いているか?既に両翼が堕ちたことに絶望したか?どう思う!?」
「それも…貴方の、貴方が…」
沈痛を眉に讃えたミントの声に、ユグドラシルは過大に嘲る。
「つくづく劣悪種は物分かりが悪いな。
選択を強いたのはこの私だが、選択肢を作ったのは守ることにやたら意固地になったスタンだし
スタンを選んだのはカイル自身だ。カイルが選ばなかったから2人とも守れなかったのだ」
「酷い…」
「そうか?だが私はカイル=デュナミスを高く評価している。
ロイドやリッドのような腑抜けとは違い…彼奴は良い英雄になるぞ?
全てを失い、初めて英雄の理は見えてくる。英雄の最も英雄たらしめる力…選ぶ力だ」
ユグドラシルの表情は顔にまでかかった金髪によってミントには窺い知れない。
こいつは同類だ、ミトスはあの黄昏の戦いでそう確信していた。
だからこそ、カイルには特に生きていて欲しいとミトスは強く願っていた。
カイルの苦悶が手に取るように分かる。
スタンを選んだつもりで、その癖リアラに未練を残して、その迷いこそがスタンを殺した。
英雄は常に何かを選び、何かを捨てなければならない。しかも時間制限付きだ。
それが出来ない無能が出来る奴を英雄と呼び、責任を押しつける。英雄なぞ所詮は汚れ役。
カイルがこの真理に辿り着いたならば、もう一度聞いてみたい物だ。お前は何を選んだのかと。
リアラとスタンの死なぞ真なる英雄になる為の授業料としては破格に安い。
これだけは、姉様のためではなく、彼自身の願望なのかも知れない。
「それでも、でも…」
ミントの呻きにユグドラシルは彼女に聞こえない程度に歯軋りをする。
そして一瞬だけ呼吸を整えて、自分でも思うくらい厭な笑い方をした。
「…余程認めたくはないようだが、お前も中々悪人だな?自分の男の罪を認めたく無いから私に責任転嫁か」
その一言にミントは瞼を大きく迫り上げ眼を見開いた。
自分が言った言の葉の意味を租借して自己嫌悪に嗚咽上げようとするが、伸びたユグトラシルの腕がミントの口を塞ぐ。
駄目だ。吐いて楽になどさせるか。こいつはとっくりと自分の変遷を理解させなければならない。
「ああ、気にするな。お前を責めている訳では無い。
お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。…面白すぎて堪らんぞ」
ミントの頬を押しつぶす様に頭部を床に押しつけて、ミトスは不自然に高らかに笑う。
幾度の悪夢の賜物か、難攻不落と思われていたミントの精神は確実に綻びを見せている。
「私に罪を転嫁したいならばそれも構わないが…そんなことに意味など無い」
もう何も写さないその瞳は大きく揺れ動いている。
その確かな手応えを感じて、ミトスは大きな悦びと一抹の落胆を覚えた。
「理解しろ。お前が拒もうと、否定しようと殺人鬼は殺人鬼。不思議なことなど何もない」
ユグドラシルはそこまで言って、ミントを掴んだ腕に震えを感じた。
ミントの眼から伝う体液に気付いてユグドラシルは一層不機嫌な顔をする。
今更、今更泣くか?万の苦痛よりもクレスを貶められるのを拒むか?
最低だ。反吐が出る。ミントにか、クレスにか、僕にか。
ユグドラシルはミントを手放し、彼女に背を向ける。その金髪の向こうで必死に何かを整えていた。
200 :
選択翅 4:2006/09/20(水) 07:26:01 ID:doJiCTHZ0
「…フン、まあそんなこと、今はどうでもいい話だ。
1つ確認したい…お前はあの森で出会った劣悪種から何を聞いていた?」
一拍おいてユグドラシルは揺さぶった彼女の脳髄から記憶を引き出す。
かつてのアトワイト同様、自己を維持するのに精一杯のミントの脳を解体していく。
彼は本来、G3での事が済み次第東に向かう予定だった。
エターナルソードを連中に探させるためには島の東に奴らを陽動する必要性があったからだ。
だが、それが出来なかった。言葉として体外に出せば途端に霧散しそうな何か。
そんな何かが彼に征東を拒否させた。ユグドラシルは何かを忘れていないことを忘れている。
そもそもグリッド達は何故このタイミングで此方に来たのか?
洞窟で待ち合わせ?後詰めの集団が東に来るのか?
ヴェイグの重傷が、そうではない。忘れているのはグリッドの傷の方だ。
傷は何処に?左肩の応急処置は何の為か?銃創、銃創?
化け物が、化け物が、彼らを―――――――――
「シャーリィ=フェンネス…あの化け物…あの餓鬼…!!」
ミントの埒外でミトスは違和感の正体を掴む。
リアラ殺しの事ですっかり忘れていたが、これこそが彼の東行きを拒ませた根拠に他ならない。
「…何故ミクトランは東西分断に踏み切ったと思う?」
ユグドラシルは慌てたように地図を、そこに書き込まれた禁止エリアを見据えた。
「私達の位置、ティトレイ達、E2の残党、そしてグリッド達とその後詰め…‘諸君等はそこにいていい’…
これらから主催側がこれからの主戦場と定めたのはこの島の西側であることは想像に難くない」
ゆっくりとスカーフの奥、その金属の感触と、首と金属の隙間を確かめる。
「この島の東西を横断する場合、大別しルートは南北の橋と中央の山岳の裏手から砂漠を突っ切る3つしかない。
問題はこの封鎖の順番が南から北に行われると言うことだ…ミクトランが位置把握をしていたという前提としても
E2の連中がマーダーを避けて東に逃げようとした場合…南と中央、この二択は読み切れない」
しかし真っ先に北を放棄できる理由に説明を付けることが出来ればこの二択は消失する。
「北を放棄できたのは私が、私は、まあ煽動はするが厳密にはマーダーではないが…北には私がいるからだ…ならば、
中央ルートにもまた壁役が居る可能性は…ある」
ミントから抽出したグリッドの言によれば化け物はD5より追い払われたそうだが…有り得る。
それならば少なくともE5さえ封じて仕舞えばもう事実上移動は不可能だ。
この仮説の通りに行けば未確認の生存者はたった3人…内1人は昨日の朝北東エリアから南下したリオン=マグナス。
図らずとも確実に状況は西へ推移している。否、西へ追い立てられている。ならば…いける。
201 :
選択翅 5:2006/09/20(水) 07:27:10 ID:doJiCTHZ0
「さて…では此方も備えをせねばならんな」
ユグドラシルはそういってテーブルの上の邪剣ファフニールを手にする。
手にした短剣と共に柱の後ろに回り、上体を立たせた。
ミントの耳元に金髪がちらつく。そのままの位置でユグドラシルは囁いた。
「ここまで耐え抜いた褒美だ…枷は解いてやる…あ、」
ミントの手首と柱に絡まったロープが切られ、そのままの勢いでミントの左の掌に大きく線が入る。
灼くような左手の熱と声にならない喘ぎの中、先ほどよりも少し低い位置でミトスはミントの鼓膜を擽った。
「ゴメンね?手が滑っちゃった。痛い?夢よりもやっぱ現実の方が即物的な反応だね…」
ミトスはそのままファフニールで左手と地面に縫いつける。ミントは唇を固く結んで、消え入りそうに呻く。
「忘れるなよ?姉様がクレスに挿れられたモノはこんなもんじゃ無かったんだからな」
痛い。瞼の奥で何かが痛む。大丈夫だ、これでは死なない。死ねない。死なせない。
「…ます…クレスさんは…そんな人じゃ…ありません…」
啜り泣くミントは唯々譫言を闇に紡いだ。既にミトスに聞かせてはいない。
「お前の解釈なんざ興味も意味も無いけどね、とりあえずして貰うことはして貰うよ」
その状態を確認してミトスはファフニールを引き抜いた。
同時に剣に付いた血を指でなぞり、床下に書かれた方陣をその血で汚す。
部屋中から呪の気配が消えるのを感じながら。ミントは右手に懐かしい杖の感触を握った。
「どうせ頭を働かせる気力も残ってないだろうからシンプルに言うよ。お前治癒術が使えるんだったよな?
お前の精神力限界まで僕にチャージをかけろ。拒んだらコレットを殺す、手を抜いても殺す」
ミントには意味がないことを承知でミトスは親指で自分の後ろの扉を指す。
ミントは何も言わず、苦渋の表情のまま右手だけで杖の頭を少し上げた。
「どうして、そうまでして拒む?」
ミトスはアトワイトを彼女の左手に翳している。
「お前の識るクレスはもういない…それでいいじゃないか」
ミント右手は杖をミトスに翳している。
「片っ端からそうやって見逃してきたんじゃない?今更一人見逃したって大して変わらないよ」
無音だ。サイレンスは疾うに消えて失せているのに、音が響かない。
「…お前が望むなら、全部忘れることもできる。僕なら出来る」
アトワイトのエクスフィアを移せば、最悪でもフィギュアになれば、全てを忘れることも出来る。
「諦めて、僕に委ねろ、そして僕の―――――――――――――――」
贄か、姉様に。
今鏡を覗けば、僕は喜んで自殺するだろう。それほど厭な顔をしていると自覚した。
こんなに近くにいるのに、僕の声は届いているのだろうか。
似ている箇所は少ないほうだ。固有マナだって厳密に言えばコレットのほうが姉様に近い。
タバサをアルテスタに作らせて見ても、結局出来たのは紛い物。
そう、紛い物だ。こいつは紛い物の筈だ。なのに、何故だろう。
理屈でも、造形でもなく、否定すれば否定するほど姉様の影がチラつく。
姉様のようで、姉様ではない。無限遠の距離感と差異が癪に障る。
頼むから、クレスを敵だと云ってよ。ねえ、聞こえてるの?貴方の裁可が欲しいんだ。
「お前の声は、もう誰にも届かない。闇の中独り、お前は朽ちていくんだ」
ミントはゆっくりと、顔を上げる。
光を二度と湛えることの無い瞳に、僕は、彼女以外の人を見ていた。
202 :
選択翅 6:2006/09/20(水) 07:28:25 ID:doJiCTHZ0
「―――――」
太陽は上がり村一番の高さを誇る建物、鐘楼の最上部は光を讃えていた。
手摺に手を伸ばし、ミトスはファラ=エルステッドが見ていた景色を眺める。
いい場所だ。C3村が一望でき、身を屈めれば手摺の影で地上からは死角になる。
罠の配線、配置は上々、這い蹲る劣悪種には何も分かるまい。
状況は予定通り動きますか?
「カイルとロイドは生きている。ならば蒔いた種は必ず咲くよ。考えられる悪性パターンは?」
1・ミント=アドネードが鐘の役割を果たさず自害を選んだ場合。
「コレットがいる。それは不可能だが…まあ死んだら死んだで僕が代役をするよ」
2・ミント=アドネードが鐘の破壊を目論んだ場合。
「あるかなあ…あれ相当に頑丈な作りだよ?まあ…その時は自分の咽喉潰してでも鐘になってもらおう」
3・ティトレイ=クロウが痺れを切らしてE2、或いは此方へ再出撃した場合。
「寧ろ願い所だね。コレットとミントを抑えている限り状況は何も変わらない。
ここに集めて削るか向こうで削ってからこっちに集めるかの違いだ、大差無い。後者は先の推理通り在り得ない」
4・E2残党がコレット、ミント両名を放棄した場合。
「それは向こうの自由だ、が、オリジンの契約は絶対だ。
直接間接問わず犠牲を認めたロイドにエターナルソードはもう応えないだろう。
…僕の構築した物語を上回るためには、向こうはロイドを使ったエターナルソードによる脱出計画を放棄するしかない。
他の反逆も同様だ。無理に流れに抗えば、自分の首を絞めるだけだよ。
放って置けば他のマーダーに殺されてしまうから、分かってても来るしかないんだ」
5・その他の予定外の障害が現れる可能性
「第三勢力の介入は欲しいところだ。その為に第二禁止エリア発動の30分前に鐘を設定したんだ」
何故、あの場所でエターナルソードを回収しなかったのですか?
「まあ、僕はオリジンに嫌われているし、ティトレイの小賢しい策に大事をとったからだが…
何よりあの時点で回収したなら僕は何れクレスとロイド、両方を同時に相手をしなければならなかった。
その位ならクレスとロイドを殺し合わせて勝った方から魔剣を奪ったほうがシンプルに楽だろう?」
そこまで上手く行きますか?
「行くね。全ては僕の理想通りに動いている。まあ、人間共は今は何も見えていないだろうけど
鐘が鳴れば分かるさ。気付いたときにはもう手遅れだけどね」
朝日を受けても一向に輝かないアトワイトのレンズ、その代わりといわんばかりに
本来ならアタッチメントディスクが在るべき場所に無理矢理寄生したエクスフィアが爛々と輝いていた。
「さて、ミントはどう出るかな…精一杯悩むといい。何を選んでも結果は変わらないが
お前が悩んだ分だけ、お前の選択が導いた絶望と後悔が、お前を破壊する」
ミトスは寝転がって、この後の様々な可能性に期待を込めて大きく嗤った。
203 :
選択翅 7:2006/09/20(水) 07:29:28 ID:doJiCTHZ0
ミントは一人椅子に座りテーブルに顔を埋めていた。テーブルにはサックが置かれている。
この家を出て行く際、ミトスは彼女を座らせテーブルにサックを置いた。
(今から4時間後…午前11:30に今此処に張ったサイレンスは10分間無効化する)
コレットは扉の前で何をするとも無く杖を持って其処に立っている。
(つまらない推測だけど…クレスとティトレイは恐らく戦力が整い次第E2に残った連中に追撃を掛ける。
そして、満身創痍で動けない連中はエターナルソードを手にしたクレスに蹂躙されるだろう。誰も助からない。
それはお前がよく分かっているだろ?)
どこまでが嘘で、どこまでが本当かはもう分からない。
ミトスとティトレイという人はどこまで繋がっているのか、
クレスは敵なのか、信じることが本当の強さなのか、光はあるのか。
(例えばの話、もし…ここに注意を惹きつけ時間を稼ぐことが出来たなら、奴等にも生存の目が出てくるかも知れないね)
布で巻かれた左手を握ってみる。何も見えない今、微かな大気の音と左手の鮮烈な痛みだけが現実に値する。
(一つ、選択肢をあげる、どうするかは自分で選びなよ)
もう一度恐る恐るサックに右手を入れてみる。ごつごつとした感触。
見えずとも知らずとも、ミントは確信している。針金を回収した際にミトスが確保してきたものであろう。
其は昨日ファラ=エルステッドが島の全てに想いの乗せた―――拡声器である。
(コレット、お前はこれ持って此処に待機。こいつが自殺しないよう監視してろ…まあ、後四時間ゆっくり考えたら?)
そう云ってミトスは扉を閉めて出て行った。その衝撃で水に濡れたデッキブラシとバケツが倒れた音が、何時までも響いていた。
ミトスは自覚している。
予定だの計画だのと言い繕った所で、それらの殆どは唯の偶然に過ぎないことを。
もしスタンがジーニアスを見殺しにしたことを後悔していなかったら、城に残るとは言わなかっただろう。
もしリアラがコレットの無機化に対し自責を抱いていなかったら、あそこまでカイルを蔑ろにはしなかっただろう。
もしネレイドが大いなる実りのマナを探知していなかったら、南下はしなかっただろう。
もしグリッドがミトス達に遭遇していなかったら、ミトスは東に向かっていただろう。
もしダオスが大いなる実りを持っていなかったら、何も起こらなかっただろう。
薄氷の上を進むごとく、一歩間違えれば、こうはならなかった。
だがこの偶然、神…女神以外に誰が仕組めようか。
そう、自覚している。この絶対的天運を、勝負の流れが確実に自分にあることを理解している。
ミトスはその流れを形に変えているだけなのだ。
そしてミトスは自分の手札、相手の手札から理詰めで宴までの流れを十中八九読みきっていた。
既にE2残党とティトレイ達は網に掛かっている。
中央部に居ると思わしきシャーリィ=フェンネスもまた網に掛かりかけていた。
そしてこの運気の流れ、その根源を確信している。
女神の導き、マーテルが生きたいと願っているに他ならないと。
マーテルの復活は、天意と言って差し支えない。
あるいはそう思い込む執念が、天運を呼び寄せているのか。
時空剣士2人と災厄、それに纏わる者達をこの地に集め、
どちらか勝った方から魔剣を奪い、宴を生き残った強者を駒とする。
一見無限にある翅も遠くより見れば一つの翼。
宴の支度は未だ整わず。
されど午前11:30、宴の発動権は聖母の掌に。
204 :
選択翅 8:2006/09/20(水) 07:30:46 ID:doJiCTHZ0
【ミトス=ユグドラシル 生存確認】
状態:TP80%(チャージで回復) ミント殺害への拒絶反応
所持品:エクスフィア強化S・アトワイト ミスティシンボル
大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
基本行動方針:マーテルの蘇生
第一行動方針:ミントの出方を静観しながら休憩
第二行動方針:C3村でティトレイ達とロイド達を戦わせて両サイドを消耗させる(可能ならシャーリィを巻き込む)
第三行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト
現在位置:C3村・鐘楼最上部
*ミトスはシャーリィが未だフィギュア化していると思っています
【ミント・アドネード 生存確認】
状態:TP0% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷(処置済)
所持品:拡声器 針金一本 サック(ジェイのメモ サンダーマント)
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:C3の村の民家
*ミトスの目的は知りません
【コレット・ブルーネル 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ
基本行動方針:防衛本能(自己及びミトスへの危機排除。若干プログラムにエラーあり)
第一行動方針:ユグドラシルの言うことを聞く?
現在位置:C3の村の民家
ミントの状態欄を
【ミント・アドネード 生存確認】
状態:TP0% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷(処置済)
所持品:拡声器 サック(ジェイのメモ サンダーマント)
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:C3の村の民家
*ミトスの目的は知りません
にします。面倒をお掛けします。
[二律背反を持つ人のお話。]
ロックブレイクで作られた急ごしらえの防空壕は、すぐに作られたとは思えないほどの出来であった。
土の壁はざらざらとはしているが、真っ平らで普通の壁のように思わせ、いかにキールの術の実力が高いかを窺わせる。
惜しむらくは多少音が反響することだが、人は動く以上必ず音を伴うのだ、避けられない問題なのだからこの際関係ないだろう。
差し込む、朝方の柔らかい微光が今は眩しい。空の青が尚も輝かしい。
手で遮ろうにも、思ったとおりに手は動いてくれない。それでも、何とか左手で遮った。
甲に填められた宝石も空と同じように青く、煌いた。太陽と空の共有。
ただ青と相反する赤だけが、少しだけ仲間外れだった。
「ロイド! 大丈夫か!?」
もう1つ、仲間外れな声。
翼散れども地を翔る正義の成年。やや明るめの茶髪に、水色のバンダナがよく目立つ。
服装はどこかの義勇兵のような…まあ一般的な冒険者としては普通の格好をしている。
それもその筈、彼は最強のレンズハンター集団(自称)、漆黒の翼のリーダーなのである。(それなのに普通の格好とはこれいかに)
最早これ以上の説明も必要ない、そう、グリッドだ。
心配げな音を含む、どことなく子供じみたような声に、こいつ何歳だよどう見ても俺より年上だろ、と少しばかりの苦笑を浮かべた。
「そんなすぐ治る訳ないっつーの!」
名前を呼ばれているので誰かは承知の上だとは思われるが、返事をしたのは鳶色のつんつんオールバック、ロイドだ。
現在、彼は防空壕の床に寝かせられており、地上から覗くグリッドの姿は黒い影に覆われている。
それでも分かるのは、まあ仲間だからと言えば当たり前だが、特徴的な喋り方からだろう。
何でこうも自信満々な口調で喋ることができるのだろうか。
ちなみにグリッドはただ今見張り中だ。
「団員を心配するのは、リーダーの務めだからな!」
そうグリッドは意気揚々として言うが、気疲れしないのだろうかとロイドは思う。
大丈夫かという声が、これが初めてではないからだ。もう3回目くらいだろうか。しかも大して間隔は空いていない。
確かにキールのナースのお陰で少し楽になった気もするが、所詮気だけだろう。完治までは程遠い。
何かしていなくては気が済まない。落ち着かない。
日常の行為をしなければ、不安を思い出してしまいそうだ。
しかし今できることは、ただこうして地面に寝そべることだけ。包帯を見るたびに無力さに苛まれる。
無力感。
…あの時のコレットの声。ひょっとして、あれはミトスから助け出して欲しいという悲痛な願いだったのではないだろうか?
放送で名前は呼ばれなかったが、ミトスの下にいる以上、心配でたまらない。
グリッドの話やキールの推察を聞く限り、リアラという人を殺したのは、限りなくミトスの可能性が高いのだ。
カイルやスタンにも嘘を吹き込んでいたきらいもある。
不安は、不安を増幅させる。疑念は更なる闇しか呼ばない。
今からでも遅くはない。待ってろコレット。ロイドはゆっくりと、しかし急ぎがちに体を起こした。
が。
「こら、動くな! 傷が開くだろう!」
いつの間にやら防空壕に入ってきたグリッドが、起き上がろうとするロイドを制する。
歯を食いしばりながら、ロイドはきっ、とグリッドを見返す。
「コレットはミトスの所にいるんだろ? 俺は放っておけない!」
「だがお前は動ける程に治っていないだろう!? そんな辛そうなのを耐えてまで動くのか。
とりあえず今はじっとしておけ。もしミトスに会う前にシャーリィやクレスに会ったら、お前は戦えるのか?」
珍しくグリッドにしてはまともな意見だった。
口がへの字に締まる。返す言葉が見つからない。
情けないが実に正論だ。こんな死に掛けの傷で戦いに行く方が馬鹿げている。誰にも勝てない。
言葉の代わりに、沈痛そうに俯くロイド。
「…命を賭けてとか、そういうのは絶対に許さん」
グリッドは鼻息を荒く、真剣に、しかしどこか悲しげに言う。
心なしか息が震えているような感がするのは気のせいではないだろう。
「仲間だからかよ?」
「それもあるが、…そうしてまで助けてくれようとした奴がいたのだ。それこそもう、ボロボロになるまでな。
だが、俺は結果的にカトリーヌを死なせてしまい、プリムラを人殺しとさせてしまった。
命を賭けてまで守ってくれたのに…俺は」
その言葉にロイドははっとする。
「もしかして…ユアンのことか?」
先程聞いた、シャーリィと遭遇した時の話。
D5で襲撃されて、グリッドは2人の仲間、ユアンとカトリーヌを失ったと言っていた。
詳しくは言っていなかった。しかし、もしどちらかがグリッド達をシャーリィから守ろうとしたのなら――。
今のグリッドの発言に、ユアンの名前は出てきていない。
彼は何も答えない。ただ、歯を食い縛って、双眼の潤みを見せまいと瞼を伏せている。
それは黙認ともとれた。
「…だから俺は、あいつに顔向けが出来なくなるようなことはしたくないのだ。あいつと同じ様には、もうさせたくない。
その為に、俺はリーダーとして団員達を守らなくてはならないのだ」
グリッドらしからぬ、真摯な言葉。それは確かに漆黒の翼の長たる男のものだった。
何故ここまで仲間思いなのだろう? そうロイドは考える。
リーダーとしての責任感か、何かを守りたいという正義感か、仲間を失うことへの恐怖か。
答えは1番最後。仲間を求める寂しさ。しかしロイドはそれを考えても、本当にそれだとは気付かず。
ただ、グリッドの真っすぐな思いは、しかと伝わっていた。それを無碍にすることはできまい。
「…分かった。傷を治すのに専念するよ」
今は、コレットの無事を信じよう。それしか手はない。
こんなゲームで信じることはとても難しいけど、だからこそ、信じたい。
うんうんと満足げにグリッドは頷いた。そしてロイドはおもむろにグリッドに尋ねる。
「なぁ、ユアンは…どうだった?」
「どうって、どうだ」
「どうだよ。何て言うかなぁ、あいつが…お前に従ってるのが想像付かないんだよな」
「作戦を積極的に出してくれたり、1人で敵を食い止めてくれたり、素晴らしい団員だったぞ」
「頼りっぱなしじゃねぇか」
ぐ、とグリッド。
「…確かに、俺達はいつもユアンに助けられてばかりだった。戦う力のない俺達をどうして見捨てなかったのか不思議だ」
「見捨ててれば死なずに済んだのに、とか?」
図星だろう。再び流れ始めた沈黙が、それを示している。
ロイドは所在なさげに髪を弄くる。
「ほかの2人はどうなんだよ。お前はともかく、生きたいって思ってたかもしれないじゃんか。
というか悪ぃけど、あいつは負傷して1人で逃走するなんてこと、あいつのプライドが許さねえと思う。
何が何でも戦ってただろうな。
…いや、そんなことより、根本的にお前らのことを守りたかったんじゃないか?
ほら、何だかんだで、あいつ組織のリーダーだし」
張り詰めていたものが一気にぷつりと途切れたのか、グリッドの目からぼろぼろと涙がこぼれ出し、嗚咽が混じり始める。
小刻みに体は震え、鼻をすする音がいやに響く。
大粒の涙は地に落ちて、小さな染みを浮かび上がらせる。1つ、また1つ。
「な、何泣いてんだよ! 鼻水垂れてるっつーの!」
ロイドはまるで自分が泣かせたような、いじめっ子になったようなバツの悪い気分になり、慌ててグリッドをなだめる。
それでもグリッドの涙は止まらない。
人が次々と倒れていく不条理なこのゲームは、一般人のグリッドには特に異常なのだ。
故に彼は一般人らしい、強さと弱さを持っている。
それは、人の死に素直に泣けること。死の悲しみに打ちひしがれ、優しさから悲しみに暮れられること。
泣かない強さと、泣く強さは同意義である。その根底にあるのは、相手への慈しみ。
そしてどうやら、彼は強さの方が少しばかり上回っているらしい。
「俺は! 絶対に生きてみせるぞ! お前の死を無駄にするものか!」
高々と上げられた宣誓は響く。洞内に、そして空に。
[真と偽に悩む人のお話。]
生きたいのに、生きることが出来なかった人達。
40人の内どれだけが該当するかは分からないが、恐らくほとんどだろう。
そして彼は、間違いなくそれに当たる2人を殺した。
青がかった銀髪が風に揺れる。1本1本ほどかれた前髪の合間から、自責の瞳が見える。
その碧眼もまた、風に揺れる金髪を見ていた。
「俺は…あんたの妻となる人を殺してしまった。
彼女のために償おうと…でも、何もできずにいた。その時、あんたやカイルの話を聞いて、俺は会って謝ろうと思っていた。
…ただ、謝りたかった」
手を組まれた赤いグローブ。何を祈っているのだろうか。
優しく伏せられた瞳。その目は何を見ているのだろうか。
少なくとも、今目の前にいる青年、ヴェイグ・リュングベルの存在は認識していないだろう。
「すまない…もう、遅いかもしれないが…すまない…。
許してもらおうなんて思っていない…恨んでもいい…だが…今の俺には、謝ることしかできない…」
安らかな死顔が全て許してくれているように思うのは傲慢だろうか。
そもそも死人に口なし、何も語らないただのモノに謝ること自体がおかしいのだ。
償う者がもっとも恐れること、罵られることを決してされはしないのだから。
要するに、謝った気分、少しでも償えた気分になれる自己満足だ。
まあ、魂などというスピリチュアルな概念があるとすれば彼の懺悔も届いているかもしれないが、
少なくとも現実的な彼はそんなのを信じるタイプではないだろう。
「…まだ、償いは足りていない。終わりはしない。俺はまだカイルにも会えていない。
もし許してくれるのなら…見守っていてほしいと思う」
目を閉じ、まだ終わりじゃないと言い聞かす。
ルーティへの償いはおろか、ジェイへの償いもしていないのだ。これで終わりだと、誰がそんな甘ったれたことを言えるだろうか。
だが、未だ見えない償いの形。自分はどうすればいいのか。これでは、偽善だ。
「ヴェイグ、こんな所にいたのか」
彼は唐突に声がした方へと振り向く。歩み寄る影は、キールと彼に連き添うメルディ。彼女の肩に乗るクィッキー。
2人とも改めてE2城の地下を見てくると言っていたが、終わったのだろうか。
キールの手にはクレーメルケイジが飾りのように取り付けられた、大いなる力を秘めた聖なる杖、BCロッドが握られている。
声色はやや非難の色。理由はすぐに分かる。
本来なら自分も治療を受けなければいけない立場なのだ。ただ氷で止血しているだけの簡易的な措置しか行っていないのである。
しかし分かってはいても、ヴェイグは何も言わず、ただ申し訳なさげに俯いていた。
別に治療を拒む子供じみた行為をしている訳ではない。今まで会えなかったスタンを一目見ておきたかった。
それともう1つ、「拒絶」からだった。
感情はフォルスの暴走により生まれるのではない。その感情が頂点まで昂ぶったからこそ、暴走するのだ。
つまり、拒絶は普段のヴェイグから生まれた感情。暴走が収まった後も、いびつな形で残っている。
いくら許してもらえたとはいえ、どこか自分を許すことができない自分がいるのも確かだった。
ロイドやグリッドを見る度、それを思い出す。それなら離れていたいと思うのは当然の論理だ。
ただ、それを口に出して言うことは今後ないのだろう、と彼は思う。
そして喧嘩した相手と顔を合わせたくないなんて、それこそ子供じみた行動だとも。
「謝っていたのか?」
何も言わないのに痺れを切らしたのか、先にキールが口を開く。やや、演技がかった口調で。
謝るなんてことを言っている時点で、どこか影から眺めていたのは見え見えだ。残念ながら。
ヴェイグはその点には触れず、ただ無言で頷く。
彼の経歴から考えて謝る理由はただ1つ、殺した者に何らかの関係があったのだろう。
きっとキールはそうとでも考えているに違いない。言葉に頭は回らなくとも推察には頭が回るようだ。
というよりは、あの言葉もわざとだろう。彼は頭がいいのだから。
ジェイが書いていたメモと、預かっていたダオスの荷物は、既にキールに託してある。
1度キールはメモを見ているが、ほかに書かれたフォルスの記述までは見ていないだろう、と思ってだった。
ダオスの荷物は…何のことはない、ジェイに託したものなのだから、
彼がいない今、似たようなタイプであるキールに渡した方がいいと思ったからだ。
何か用途を見出すかもしれない。
(もっとも、ダオスが荷物を託したのは頭脳などそういう点ではないのだが、彼はあずかり知らない)
とまあ、話は外れたが、とにかく彼はこの中では1番の頭脳の持ち主なのだ。
「別に僕は責めはしないよ。…仕方ないことかもしれないんだ。誰かを殺さなきゃ、生き残れない」
彼の回答にヴェイグは面食らう。
発言がやけに飛躍していることではなく、ここまで割り切っているとは思っていなかったからだ。
マーダーを殲滅すると言ってはいたが、ここまで確固とした答えを持っていたとは。
甘さの入り込んでいない、何も交じり合っていない、水平を保った視線。
恐らくキールは何らかの答えを見つけているのだろう。それを羨ましいとヴェイグは思った。羨ましい?
「…この世界では、何が正義で何が悪なんだ? どうすることが正しい?」
何故こんなことを聞いたのか、自分でも分からないほどその問いは輪郭が曖昧で。
「率直に言えば、ここには正義も悪もないよ。無法状態ってやつさ」
そして相手のぼやけたその輪郭を少しでも明確にしようと、しかし当人にそんな考えは更々なく、キールは答える。
「例えば、今いるマーダー達。あいつらがもし単純に人殺しに快楽を覚えて殺しているのなら、悪と言っても間違いじゃあない」
彼が言っているのはクレスのことだろう。
「というよりは、殺人自体、悪だろうさ。
だが…生きるために殺し合うというこの世界では、単純に殺人イコール悪とは言い切れない。
大切な人が殺されて、ミクトランの言葉に乗って蘇生させようとしているとしたら、見方も少しは変わってくるだろう?」
「そんなもの、自己中心的な…」
そう言ってから口をつぐむ。それなら自分も十分、自己中心的だ。
待っている人達、クレアの下へ帰るための凶行を実行した自分は、嘘ではない。確かに自分の手は血で塗れている。
あの時、確かに自分は正しいと思ったのだ。
「正義と悪ってのは、客観的な物差しに見えて、実はすごく主観的なものなんだ。
そもそも、自分を悪だと自覚してる人はめったにいないよ。
自分は常に正しいことを、正義を全うしていると思っていて、それに歯向かうものは悪だ。
…だからこう言うのも何だが、元の世界にだって、正義と悪の明確な区分はないと思うな。ただそこに倫理的なものがあるだけで。
さっき述べた例は他にもあるさ。全員を殺して全員の復活を願うとか、
…ひょっとして元いた世界が危機に瀕していた奴もいるかもしれない。
それらが全て善とも、悪とも言い切れるか?」
キールは自らの理論、ここでは正しくは思考か、それに付け入る隙も与えず一気に語る。
「なら…」
ヴェイグはキールの傍らにいる少女を見やる。何の気持ちもない、無機質な表情。
そこに彼は悠久の紫電を放とうとした青年の影を見出す。あの時あいつも、こんな顔をしていた。
「ティトレイは、悪じゃないのか? 今人を殺そうとしているあいつは、ここでは悪じゃないのか?」
何か1つの答えを求めるヴェイグの瞳は、やけに切羽詰り、悲哀を秘めていた。
低音は1オクターブ上がっている。
「殺人という事象を単純に許せないものとするなら、ティトレイも悪だろうさ。そしてお前も悪で、僕も悪に成りうる。
だが、その根本にあるもの…目的や考えによっては、完全に悪だと、間違っていると言い切ることは不可能かもしれない。
ここでは生きたいから殺すという気持ちさえ、罰することはできない。殺すことが生きる手段で、誰だって生きたいんだ。
…もっとも、デミテルの呪術の影響下にあるのなら、ただの命令で殺しているだけだろう。
それを正義と言うことは、僕にはできない」
「あれは…」
何故か、ティトレイのあの矢を放った時の瞳を思い出した。
確かに笑っていなかった。デミテルの言うように、感情はなかった。だが、あの瞳の光は嘘ではない。
あの光が、キールのいう目的に繋がるのだとしたら、あれは。
「…あいつの意志だ。呪術なんかに操られていない」
庇うことに何の意味があるのだろう。
結局は、親友が悪だと認めたくない…拒絶からなのだろうか。
そして認めてもらいたくないから、誰にも聞こえない程の小声で言ったのだろうか。
意志? それじゃあ、あいつは、
「結局はそれぞれさ。いつも何かを恐れ、それを間違いだと言って常に修正していれば、
今度はただ付和雷同してるだけだと思われて終わりだ。
…さて、お喋りはそろそろ終わりにしよう。大事なものを見つけたんだ」
キールは髪を掻きあげる。弁論を終えた学士の様相だった。
「…分かった。でも、もう少しだけいさせてくれ。終わったらすぐ行く」
それにヴェイグは小さく頷いた。
キールは短く返事をし、メルディを促すと、防空壕の方へと戻っていった。
それを見届けたヴェイグは、再びスタンの方へと向いた。相も変わらず朗笑を浮かべている。
この笑顔を見る度、死ぬことは本当に苦しいのだろうかと、錯覚する。
『気持ちは、誰にも罰することは出来ない』
あの時ロイドに言われた言葉。
それは、自分に限らずともティトレイにも言えるのではないだろうか?
あいつが何を望み、何を求めて動いているかは分からない。だがそれは、ティトレイの純粋な思いであり、咎めることなどできない。
この世界に真も偽もないのは、それは気持ちが厭というほどに露出しているからだ。
元の世界なら、自らの気持ちを封殺して動いている者もいるかもしれない。
だが、この世界では何かのために、皆が気持ちに…心に従って動いている。各々の気持ちがぶつかって、戦いが起こる。
そこには、正義も悪もない。云わば、双方が正義であり、双方が悪だ。
真も偽もない。それなら、ティトレイが見たものを見ることだって、間違いでは…
「…?」
何故、俺はこんなことを考えている。
あいつは悪でないにしても、今は俺達とは対極の位置にいる、敵なんだ。
俺が考えているのは、ティトレイに同調することじゃなく、負の感情を取り除いて、呼び覚ますことだ。
突如現れたロジックを、ヴェイグは不思議に思いながらも取り払った。
そして改めてスタンを見やる。
「ルーティが死んだ時、あんたは怒ったのか? 悲しんだのか?」
もちろん、彼は笑ってるだけだ。
[真と偽に悩む人のお話。−Another]
頭では分かっている。
相手にだって事情、何か目的があってこのゲームに乗っていることを。
それを単純に悪だと言い切るなどできないことを。
だが、リッドの命を奪った奴を、メルディの心を奪っていった奴を、何故擁護しなくちゃならない?
ネレイドは悪だ。
ただ自分の世界を取り戻すために、エターニアをバテンカイトスに還そうとした邪神。シゼルを操っていた諸悪の根源。
『ひょっとして元いた世界が危機に瀕していた奴もいるかもしれない』
同じかもしれない。
バテンカイトス、自分の世界を取り戻したかっただけだ。じゃあ、ネレイドは悪じゃないとでも?
嘘だ。あいつが正しいかもしれないなんて、認められるはずがない。だってあいつは、リッドやメルディを奪ったんだ。
もともと自分は融通の利かない頑固な奴なんだと言い聞かせる。そして論理を重んじる性格だ。
解がない問題など、大嫌いだ。別に問題の途中で解が分からないのはいい。だが白と黒は許しても、灰色は認めない。
じゃあ何であんなことを言ったのか? それは、この世界の「客観的に見た真実」だからだ。
認めることが主観なら、認めないことも主観。
曖昧すぎる、白と黒のボーダーライン。しかし、やはり彼は灰色の境界線上に乗ることを拒む。
頭がもやもやする。こんな時に考えたってロクな答えは出ないのが条理だ。
憂さ晴らしにでも荷物を漁ってみる。
「? これは…」
ヴェイグから預かったダオスの荷物を確かめていると、紐で留められた…手紙だろうか? 何枚か束ねられた紙が出てきた。
目に留まったのは、紙の至るところに付着した血。
結われた留め紐もどことなく弱々しいことから、かなりの怪我を負っている時に書かれた物だと、想像は容易につく。
キールはゆっくりと、紐を解いていく。丸められた紙を開いていく。
この手紙を見る者へ…
願わくば貴公が、ロイド・アーヴィングやリッド・ハーシェルのような、他者の幸せを願える優しき者であることを――
それから始まる手紙。
内容は壮絶たるものだった。
パレスセダムとパレスグドラの戦争。マナを使う兵器により一瞬にして失われた、15万の命とマナ。失われつつある、10億の命。
それを救うために降り立った、ある男がアセリアという名の地で犯した大罪。
言葉が出ない。こんな簡略な言葉でしか表せくて恥ずかしい限りだが、本当に言葉が何も浮かんでこないのだ。
ただ、今自分は呼吸をしているだけ。あまりの重さに言葉までもが引っ張られ、沈んでいき、
必死にもがいても息をするしか手立てはない。
ああ。いたんだ。元の世界が危機に瀕していた奴が、もう1人。しかも、ネレイドとは正反対の。
10億、そんな途方もない命と責任を背負っていた男。
そしてそれと釣り合うほどの大罪を犯してきた男。
彼の名は、ダオス。
前まで普通に話していたのに、突然あまりに遠すぎる存在になってしまった。
どんな心持でいたのかも分からない。あまりに重過ぎる、命と罪。それをたった1人、孤独に背負っている。
本来ならダオスもこのゲームに乗る立場なのだ。彼には、生き残らねばならぬ理由がある。
しかし彼はマーテルを守る抜くことを決めた。彼女が、希望だったから。
その両方の理由の根底にあるものが、
このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている。
たとえ優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある。
自分だけは大丈夫と、狂気などには屈しないなどと油断するなど、ゆめゆめあってはならない。
人が自らを、他者を愛する限り、いつでも人は猛毒を注がれる余地を持つ。
されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず。
「愛する気持ち…」
多くの人が持ち得る感情、優しさ。何かを思いやる気持ち。
傷付けるのも、守るのも、全ては優しさ――愛からだ。
「マーダーのあいつらも、やっぱり優しさを持ってたっていうのか」
キールは小さく笑う。自嘲か、嘲笑か、それとも違うのかは本人にも分からなかった。
優しさ。それは、目的。そして戦う意味。信念。
僕は揺るがない。ただ、自分の思いを突き通すだけ。それが優しさで、みんなを守ることに繋がる。
『気持ちは、誰にも罰することは出来ない』
だからこそ、人が争うのは必然なのだ。
人が愛する気持ちを、揺るがない信念を持つ限り、争いは止まらない。気持ちの対象の相違はすれ違いを生み、対立を生む。
そしてそれを解決するのは、今は残念ながら言葉ではなく、力だ。
言葉で穏便に納まる相手では到底ないのだ。
ダオスも、アセリアの民の多くの可能性を奪ってきた。
そのアセリアの民全てが、優しさを持っていないというのはまず在り得ないだろう。彼らもまた人なのだから。
ダオスはそれを知っていながらも、己の目的のために戦い続けたのだろう。
そして今気付いた。
ゲームに乗っているか、乗っていないかじゃない。積極的か、消極的かなんかじゃない。理由や目的の有無も関係ない。
ここでは、否、どの世界でも戦うと決めた時点で、既に人はマーダーだ。
人は常に、誰かの命を摂取して生きている。
相手も思いやる気持ちを持って、この地で戦っているというのなら…
それを切り捨てる覚悟を、僕らも持たなくてはならない。
BCロッドに取り付けられたクレーメルケイジが光を放ったのを、メルディは確かに見た。
[空へ旅立った人達のお話。]
「ユアンは強かったよ。ダブルセイバーぶんぶん振り回してさ。おまけに術も使えるし」
「ほう。話では聞いていたが…一体どういうものなのだ?」
「ダブルセイバーか? 両方に大剣がついてるようなやつだよ」
「両方? 普通、剣は両刃じゃないか?」
何だこの会話は、とお思いの方もいるだろう。
簡単な経緯を説明すれば、グリッドが仲間の話をしている内に、元々どんな奴だったんだ、という話になったのだ。
そしてグリッドとロイドに共通する人物はユアンしかいないため、彼の話をしているのである。
以後はこの会話の流れに順ずる。
現物がなくとも想像はつきそうなのだが、まあこの2人はそう簡単にはいかないということだろう。
ロイドは左手で髪を弄くる。次第にスピードは早くなっていく。
それでもオールバックが崩れないのは、余程のくせっ毛だからだろうか。
「そうじゃなくて、柄の両方に刃が…あーもう、今度作ってやるよ! 説明すんのも面倒くさくなってきた」
「お、それは本当か!」
口で説明するより現物見せてやるよ、という思考が何とも俺らしいかな、とロイドは思う。手先が器用だという自信でもある。
これでバッジといいダブルセイバーといい、約束したのは2つ目だ。果たして作れるのか。
しかし、この全身の包帯――。
「怪我治んないとどうしようもないけど」
「よし、じゃあ治せ!」
「材料もあんまないけど」
「よし、じゃあ俺が集める!」
「…お前単純だなあ」
「褒め言葉感謝するぞ」
どうしてここまで楽観的な思考でいられるか分からない。
ヴェイグもグリッドを見習ってほしいが、グリッドもヴェイグを見習ってほしい。
2人を足して2で割ったくらいが丁度いいんじゃないだろうか。
ああ、だからか。ヴェイグとグリッドの相性がよさげに見えるのは。噛み砕いて言えば、ボケとツッコミの関係に近い。
そんな一抹の考えに駆られつつ、ロイドは「やっぱりユアンがリーダーぽかったんだろうな」とぽつり呟く。
むっ、とグリッドは体を乗り出してロイドを睨みつける。
「プリムラやカトリーヌと同じことを言うな」
「だって実質そうじゃん」
だって じっしつ そうじゃん
たった12字の言葉の威力は破格だったらしい。
あの勢いは何だったのか、グリッドは一転しゅん、として急に黙り込んでしまった。
「言い過ぎたって」と慌てて謝る、が、
「違う、団員達のことを思い出していたんだ」
ややグズつき気味。またか。急にシリアスムードか。
ころころと感情が入れ替わって疲れたりしないのか、と思ったが、そんな風に思うのは不謹慎だろう。
彼には、彼なりの想いがあるのだ。
切り取られた空を見上げる。ここに来てから、空の青さがとてもよく目に染みて、綺麗に思える。
ふとした1つの情景が、こんなに愛おしく思えるなんて。
「みんな一緒だよ」
「え?」
グリッドの間が抜けた声がしても、ロイドは振り向かない。
「仲間を失ってない奴なんていないと思うぜ。悲しいのはみんな一緒だ」
彼にしてはやけに言葉の抑揚がない。
表情は見えないが、グリッドはその向こうに目を細め歯を食い縛るロイドの姿を想像する。
何人、とグリッドは小さく低く抑えた声で問う。
「コレット以外はみんな第三回放送までに呼ばれたよ。さっきはこの島で初めて会って、一緒に行動してた奴が呼ばれた。
それにリッドやジェイも入れれば…7人、かな」
左手で薬指まで折り、小指も折り、そして2本開く。
命を数える行為は何て簡単なのだろう。それは、結局人は死ねばモノになってしまうからなのか。
グリッドは恐縮して身を縮こませる。自分は2人程度(程度、と言ってしまうのは何とも腹立たしいが)亡くしただけ。
しかし、ロイドはそれの実に3倍近い仲間を亡くしているのだ。
なのに自分は馬鹿みたいに泣いて、わめいて。無神経すぎる。
「す、すまん」
「いいよ別に。気にすんなって。
だからさ、みんな悲しいのは一緒だから、俺だけ挫けてる訳にはいかない、って思ってんだ」
それでもロイドはにか、と笑う。つられてグリッドも笑ってしまった。
「そうだな…泣いてばかりいては、天国のあいつらも不安になるな」
「そうそう! 元気なところ見せてやろうぜ!」
まだ、こんなところで終わる訳にはいかないのだ。
こんなゲームで死んでいった者達の声なき思いを、無駄にする訳には。
本来なら、まだ死ななかったはずなのだ。それをミクトランは運命を無理矢理にでも弄くり、生命の時計を一気に進行させたのだ。
それは、死んだ者だけではなく、生きている者にも影響を及ぼして。
力を合わせて戦ってきたことも。
みんなで海に行って泳いだことも。
先生の料理を誰が食べるか決めたことも。
あの日の沈みゆく夕日を見たことも。
勉強で分からないところを教えてもらったことも。
最初は敵だったのに協力しあったことも。
裏切ったフリして戻ってきてくれたことも。
剣の稽古を一緒にしたことも。
気絶したのをおぶったことも。
皮肉を何回も言われたことも。
協力しようと言ってくれたことも。
意見が対立したことも。
嫌いな食べ物はトマトだニンジンだとか、そんな他愛ない話をしたことも。
もう、手が届かないほど遠くにまで行ってしまって。
「…みんな、いい奴だったよ」
再び首をこてんと傾け、グリッドから覆い隠すようにして、ロイドは耳を地に付ける。
グリッドは僅かに首をもたげさせるだけで、上目遣いに瞳をロイドに向ける。
想像する表情は、先程と同じだ。ただ、怒りと悲しみを増して。
今更気付く。こいつは、自分に似ている気がする。そして不憫さに少し苛立つ。
ロイドが先刻言ったばかりではないか。悲しくない奴などいない、と。
「いい奴を奪っていくのが、このゲームなんだよな」
[戦いに赴く人のお話。]
少し、時は遡る。
防空壕に、5人の人物がいた。
中央に刺し込まれたリバヴィウス鉱は淡い癒しの光を放っており、じっくりとではあるが、各々の傷を癒している。
いわば全体版ホーリーブレス、といったところ。
手に自身が記してきたレポートや、ヴェイグから受け取ったジェイのメモを持ち、進行役を勤めるはキール・ツァイベル。
彼のそばにいる、下手すれば亭主関白のおしとやかな女性に見えなくない無表情の少女はメルディ。
比較的リバヴィウス鉱に近いところで寝転んでいる包帯まみれの少年はロイド・アーヴィング。
壁に寄りかかり、静かに見守るようにしているも、どこか瞳に影を宿しているのはヴェイグ・リュングベル。
ちょうどロイドとヴェイグの間に位置し、心配そうにロイドの様子を見ているのはグリッド。
行われようとしているのは、先程の作戦会議の続き、第二次とでも言うべきだろうか。
「さて…先程話さなかった、最後のマーダー…ミトス・ユグドラシルについて話していこう。
ロイド、頼めるか?」
「ああ。でも、寝たままでもいいか?」
ロイドの申請をキールは承諾する。どうやら、体を起こすのもなかなかに辛いらしい。
ちなみにここまでロイドを運んできたのはヴェイグだ。やっと昨日おぶられた借りを返せた、と満足げだったのは秘密である。
「ミトスはまず、強敵だ。接近戦もできるし、術も2種類使える。
接近戦では周囲に多段の衝撃波を発したりしてきたな。
でも問題は…術の方だ。下級から上級まで一通り使えるし、しかも…デミテルがユニゾン・アタックで使った術、
インディグネイト・ジャッジメントをあいつも使える」
全員が息を呑むのが分かった。
あのE2城一体を消滅させようとした、あのサウザンド・ブレイバー。
その破滅の雷光のエネルギー源となった魔術を、ミトスも使えるというのだ。
正式にはデミテルが使用した術は軍用魔法であるため、ミトスが使用する術とは違うが、
凄まじい威力を秘めていることに何ら違いはないのだ。
他にもディバイン・ジャッジメントやシャイニング・バインドという、
それと引けを取らない技もあることを説明すると、一行はなおさら言葉をなくす結果となってしまった。
しかしここで会議を終わらせるはずもなく、ロイドは言葉を続ける。
「あと、この世界では剣も使ってた」
「うむ。アトワイトという剣を使って、ヴェイグを治療していたようだな」
グリッドが合いの手を入れる。
治療を受けたことは知ってはいたが、剣を使ってなど全く知らなかった
当人のヴェイグは、怪訝そうにグリッドを見つめている。
「ディムロスみたいなやつだ。ソーディアン、っていう喋る剣なんだが…
そいつの話では、そのアトワイトはミトスに脅迫されていたようだ。
'聖女の血は流れ女神咲く’という謎のSOSをディムロスに出してきたらしい。
…うーむ、ここにディムロスがいれば詳しい話も聞けそうなんだが」
そうして、グリッドは残念そうに少量の唸りを発した。
5人揃ってから地下拷問部屋を見に行ったが、そこにはカイルの姿もディムロスの影もなかった。
あったのは首が綺麗に分けられた2つの死体。ここには断頭台でもあるのかと思ってしまった。
そして放送で呼ばれなかった、カイルの名。
カイルが生存しているという事実と共に、1人でここを離れたのか、誰かに拉致されたのか…それだけは、分からなかった。
だがロイドにとっては、死なせてしまったと思っていた友達が生きているという事実だけで充分だった。
そして、たった今ロイドの問題になったのは、カイルとディムロスの行方ではなく、
「女神…咲く?」
グリッドがふと口にした、救助要請の言葉。
ミトスに関する言葉であろうことから、女神というのは恐らく、マーテルだろう。しかし、咲くとは何なのだろうか?
「道が逸れかけてるぞ。ロイド、続きをいいか?」
「あ、ああ」
だがキールにより無理矢理引き戻され、自分の中でモヤモヤとした何かを残しながら、話は続く。
「今のグリッドの話だと、治癒術も使えるってことになる。攻守に秀でるオールラウンダーって訳だな。
しかも、時を止めるタイムストップや、俺らに色んな状態異常を引き起こす技も使ってくる。
あと…これはできるか分かんねえんだけど…」
「少しでも可能性があるのなら話してくれ。対策を立てておいた分だけ有利になれる」
促され、ロイドは頷く。
「ミトスは無機生命体で、体内の時計が止まってる。
輝石の力を使えば、自分の姿を思い通りに変えられる…というよりは成長させられるんだ。
その力を使えたから、あいつはクルシスの指導者ユグドラシルって一面も持ってた。
俺もその姿の時に戦った。ユグドラシルの時は、ミトスの時と違って力に秀でた技をよく使ってきたな。
ダオスが使ってたようなレーザーを撃ったりとか、爆発みたいなマナの衝撃波出したりとか。
もちろん、こっちでも術は使える。大体が光属性だ。
言ってみれば、ミトスがスピード型、ユグドラシルがパワー型ってとこかな」
「なるほど…お前が言うように、ダオスに近いかもしれないな」
キールは1人納得しているように頷く。
ダオスと同等に近い力を持っている…それだけで、脅威として認識する材料は充分だ。
「あと、あいつは今は嫌われてるとはいえ、元々オリジンと契約してた…つまり、時空剣士の1人ってことになる。
だから時空を操る力は多少なりともあるんだ。短距離なら瞬間移動もできるし」
「瞬間移動に状態異常…厄介なものばかりだな。
リカバーを使えるのはメルディだけ…だが、あまり負担をかける訳にはいかない。
もう1つケイジがあればいいんだが、残念ながらない。持っているのはグリッド、お前の話じゃプリムラだな?」
ああ、とグリッドは頷く。キールは頭を押さえた。
ミンツ大学で一緒だった彼女。リッド達と旅に出る前には、ちょっとした恩もある。
旅の途中で大学に寄って偶然あいつと会った時も、変わってなかったのに。
いくら生き残るためとはいえ、彼女は絶対に人を殺したりなどしないタイプの人間だった。
それなのに、彼女は刺してしまった。
嘘だと思うことはできない。ここに刺された被害者がいるのに、まだ潔白とでも言い張ることなど。グリッドすら認めているのだ。
僕は彼女を殺せるのか――そんな思いを、過去の彼女の姿を、キールは振り払う。ここではかつての姿など、てんで参考にならない。
非情になると決めたのだ。だから今、マーダーへの対策法を考えているのだ。
彼女はマーダーである、僕はマーダーを殺す、それが全て。
「…つまり。できればミトスとは、ユグドラシルに変化している時に戦いたい。
いくら力に秀でるとはいえ、状態異常にされちゃ明らかにこっちの方が不利になる。
クレスと同じように、発見して見つからない内に術で過剰殲滅するのがベストだとは思うが…。
戦いに関しては、相手が瞬間移動ができる以上、前衛と後衛に分かれるのは翻弄される可能性もあって危険だ。
いざという時の反応ができないし、守るのも間に合わない。
僕はできる限り離れた場所から、回復やディープミスト、アシッドレインといった補助の術でサポートする。
ロイドとヴェイグ、お前ら2人で相手を頼む。1人で戦うには一筋縄ではいかない。
相手の攻撃は防ぐんじゃなく、極力回避するようにしてくれ」
2人は無言で頷く。
「もしミトスの姿の時に戦う羽目になったら、もう短期決戦だ。
お前ら2人で、絶対に相手に動く隙を与えるな。特に、詠唱する時間。タイムストップをされたら終わりだ。
僕も補助術をした後、ディストーションを使って援護する。
メルディ。…1回だけでいい、もしミトスと戦うことになったら、ストラグネイションを使ってくれ」
彼女もまた、無言で頷く。
正直メルディはもう戦わせたくはないが、相手の行動を鈍らせるストラグネイションは、
氷属性と時属性のフリンジにより生まれる術。
インフェリア属性しか行使できない今のキールには決してできない芸当なのだ。
何としてでもマーダーに勝ちたい、そんなキール故の苦渋と悲痛の、とても曲がりくねった長い道の決断。
「それよりも、ミトスの最大の武器は…コレットとミントという女性2名の存在だろう。
グリッドの証言から、ミトスがリアラ、ミント、コレットを連れG3洞窟に向かおうとしていたのは間違いない。
しかし、死亡したのはリアラのみ。
洞窟に残されている可能性も否めないが…残った2人を人質としているかもしれない」
その言葉に、ロイドはぴくりと反応する。顔をキールの方へ向ける。その表情は何とも言いがたいが、あえて言えば「苦悶」だろう。
もしミトスがコレットを盾にしてきたら、彼はどうすることもできない。
1度は世界のために彼女を犠牲にすることを選んだとはいえ、それは間違いだと彼は気付いた。
世界も大切な人も選ぶことを決めたロイド。しかし、どちらか片方しか選べないとしたら――。
「すまんが、1ついいか? その、コレットって子のことなんだが…」
唐突なグリッドのコレットという単語に、ロイドは今度はそちらを向く。
助け舟でも何でもないのだろうが、正直キールは助かったと思った。
ロイドには選べなくとも、キールには選べる。間違いなく、仲間達を選ぶ。
だからと言ってそれを告げるのは、やはり心苦しかったから。
「その子、目の色は青なのか?」
一瞬、ロイドは質問の意味が分からなかった。
コレットの目の色は、確かに青だ。当たり前だ。それが何だという?
一瞬、ロイドの中を嫌な予感が駆け巡る。
「俺が会った時は、赤かったぞ」
グリッドは支給された名簿をしかめっ面で見ながら言った。ロイドの瞳が驚愕で見開かれる。
「何で! それって、天使化…無機生命体化してるってことじゃないか!」
「し、知らん。そんな専門用語で言われても困るぞ」
体を起こしていないせいか、威勢はない。それでもロイドの荒げた声はグリッドをたじろがせるのには充分だった。
彼があげた、彼女への誕生日プレゼント。それが彼女を今まで人間として保たせていた。
外せば力と引き換えに、ウィルガイアに住む天使達のように何の表情も浮かべない無機的な人間…否、天使になる。
自分から外したのか、誰かに外されたのかは分からないが、それはロイドを更に追い立てる要因の1つとなった。
天使化すれば、コレットは保身のためなら相手の殲滅も厭わない。それがもし、この地で殺人という行為に結びついてしまったら。
コレットは、人殺しになる。
シルヴァラント、そしてテセアラの住民ではない4人はそんな事実やロイドの思いも露知らず。
「やや回り道はしたが、以上がミトスへの対策になるな。さて…」
キールはふぅ、と1つ溜息をついてミトスの議題に終止符を打つ。
手に持っていたレポートをしまい込むと、今度は無地の羊皮紙を取り出し、さらさらと文字を記していく。
細かく刻まれる手の動きが止まる。ひら、と羊皮紙を4人の方へと向ける。
彼の瞳が強く光を放つ。
「次は脱出法について考えていこう」
『口では具体的な真実を触れないようにしていく。
大事なことは筆談で話すから、みんな適当にそれらしい話するなり相槌打つなりしてくれよ――――
[道を歩みゆく人のお話。]
――そして今。
ヴェイグが防空壕へと戻ってきた時には、やはりもう4人揃っていた。
集まって何かを見ているらしい。恐らく、ロイドが持っている紙のような物だろう。
しかし何故だろうか、空気がどことなく重い。ぴんと張り詰めた、緊迫性のようなものを、確かに持っていた。
その理由が、一同の真剣な顔とロイドが唇を噛んでじっと羊皮紙を見つめていることからだと察したのは、案外すぐだった。
ただ1人状況の把握ができていないヴェイグは、ロイドに声をかけ情報を求めるも、ロイドは全く反応せずにまだ紙を見つめていた。本当に穴が開きそうなくらい。
「コレットが捕まってる。マーテルが死んだ所を見てる。エターナルソードを探してる。
…結局、ここでも同じことを繰り返すのかよ、ミトス…!」
ぐしゃり、という音を立てて用紙にしわが入る。
ヴェイグだけではなく、キールやグリッドにも困惑の色が混じり始めていた。話が見えない。
今この場では、ロイドの突っ走る感情だけが独立していた。
その内ロイドは紙をぐしゃぐしゃに丸め、感情のままに地に投げつける。
ちょうどヴェイグの近くに転がってきたため、未だ掴めぬ彼はメモを広げてみた。
『魔剣を持って、追って来い。僕は、いつでも待っている』
ああそうか。取り乱す訳だ。
魔剣、エターナルソード。その存在を確かに知っているのは、ここでは時空剣士と仲間達のみ。
僕――クレスかミトスなのに違いない。
だが、クレスはデミテルに従っていて、しかも呪術の操作を受けていた。
その前はかなりの怪我を負っていたのを、ロイドも知っている。
こんな物を書く暇などあるのか。何よりもクレスは待つどころか、自分から来たのだ。何がいつでもだ。
ミトスが書いた物だと考える方がまだ納得がいく。夕方にはE2城にいて、設置する時間も十分にある。
否、ロイドは直感的に、これがミトスの書いた物だと思ったのだろう。
世界を巻き込み対立してきた者として、手紙に込められた悪意のようなものを感じ取ってしまったのだ。
しかし、4人はその悪意が向く先が分からない。
遂にキールが「ミトスの目的は?」と問いただす。
「あいつは、マーテルを…あいつの姉さんを復活させようとしてるんだ。コレットの体に乗り移らせて!
…それにはかなりの力、つまりエターナルソードが必要なんだ」
理由も合わせて考えれば、この内容も合点がいく。
昼に姉の死に直面し、夕方に姉の復活のために魔剣を手に入れようとする。何ら矛盾はない。むしろ彼らしい行動だ。
時空剣士の1人であるミトスは、本来エターナルソードの真の使い手。
力の使い方はよく分かっているだろうし、それを力として求めるのも理解できる。
何故マーテルを復活させるのにコレットと魔剣が必要なのか、
それは異世界の住人である4人には理解できなかったが、今はミトスも魔剣を探しているという一点のみが重要なのだ。
「なるほど。…クレスに奪われたのは、ある意味よかったのかもしれないな」
キールは顎に手をやり、1人ごちる。
「ミトスにとってクレスの存在はイレギュラーだ。時空剣士であることも知らないだろう。
あいつはお前しか見ていない。つまり、ミトスはクレスが持っているという考えに、そもそも至らないはずだ」
確かに、ミトスはあの時クレスは見ていなかった。その代わり、名の挙がっていないカイルを見ていた。
それも一行は知ることはない。時空剣士でなかっただけ、まだ救いようがあるだろう。
「…エターナルソードがない限り、ミトスはどうしようもできないんだろう?
それならまだ、彼女の身柄は保証されている」
「でも、いつ気付くか分からない! そんな悠長に構えてられなんか…!」
「落ち着けロイド。…僕達は、ミトスもクレスもどこに行ったか分からないんだ。闇雲に探すのは効率が悪いし、かえって逆効果だ。
時間を考えてクレスが西にいることは間違いない。だが、ミトスの行方は分からない。
ミトスも、クレスや僕達がどこにいるか分からないのは同じなんだ。東に行ったと思っているかもしれない。
…それなら、いざという時にどこへでも最小の時間で移動できる、このE2に留まるのが1番現実的なんだ。
下手に動いて何もかも得れないよりは、よっぽどマシだ」
「じゃあ、キールはコレットを見捨てろっていうのか!?」
「そんなことは言ってない!」
ロイドは上体を起こしたまま、論理を繰り広げるキールに食って掛かる。
眼光は鋭い。この時だけは、父親の瞳に似ている。
もっとも、それは冷静に客観的に見た鋭さではなく、実に感情の溢れた主観の鋭さだが。
それに対しキールも負けていない。常日頃からディスカッションをしている強さからなのか、
はたまた仲間を第一に考えている故なのか。
ふっと、キールの肩が下がる。体から一気に熱が抜けたように見えた。何か諦観に近い表情。
「…でも、そうしなければならない場合もあるかもしれないのを…覚悟しておいてくれ」
先程言えなかった言葉を、やっと告げる。
ロイドは口をきつく縛って、キールの告知を受けた。何も言い返しはしなかった。
それは何も彼だけに対してではなかった。この場にいる者全員、自分すらへも向けられた宣告だ。
自然と空気が重くなる。
「…なあ、ミトスはG3洞窟に行くと言っていたな。そこに行けば、ミトスの何らかの手がかりが掴めるかもしれない」
静寂の中、おもむろにグリッドが口を開く。一行の視線が同時にグリッドに向けられた。
思わず咳払い。
「G3にはトーマも来ているかもしれない。俺が行く。
それに洞窟にはハロルドが残した道具も残ってるはずだし、治療に使えるかもしれん」
全員がやっとグリッドが発言した意味を理解する。誰もが瞠目していた。
何で彼はこうも常に発言が唐突なのだ。
この場にいる者で最も力を持たない者、それはグリッドであり、当人もそれを自覚している。
それなのに、彼は率先して行動しようとするのだから、仲間達が焦燥して止めようとするのも無理はないだろう。
「危険だ! 戦闘能力のないお前が1人で行動するなんて…!」
「…俺も行く。俺も付いていけば、まだこいつの危険は減らせるだろう」
低い音韻。ただその中で唯一、黙してグリッドを見ていたヴェイグが声を発した。残る2人が同時に彼の名を口にする。
グリッドも意外そうに、しかし嬉々とした目でヴェイグを見つめている。
「ロイドはこの怪我だ。僕もナースをフリンジしなければいけない以上、ここを離れられない。
メルディも単独にするには、少し不安が残る。
確かに、動けるのはヴェイグとグリッド、お前ら2人だが…ここに残る戦力も考えれば…」
キールは頭を抱える。今この状況で、戦力分断はあまりに危険すぎる。
現存するマーダーは自分1人で太刀打ちできるものではない。
ロイドの怪我は完治の兆しが見えないし、メルディは…精神を磨耗させる訳にはいかない。
更にいくら入口付近を偽装しているとはいえ、完全に見つからないとは言いがたい。
しかし、世の中は多数決の原理が広く流布していて、彼に向けられている瞳は――。
「…馬鹿共が。何でそうも危険な状況に身を置こうとする」
目を伏せ、何かの感情を押し殺して、キールはぽつと呟く。
「…そこまで言うってことは、覚悟はできてるんだな」
はっとしたような顔をし、全員が顔を上げる。
キールはやれやれと――否、そんな簡単な諦めではない、非常に重々しいものだが――手を額にあてていた。
「時間があまりない。今から出れるか?」
2人は力強く頷く。G3までの距離を考えれば、今の時間でも猶予があるとは言えない。
「ミトスがそのまま洞窟にいる可能性も考慮できる。…気をつけてくれ」
「危険なのは承知の上だ。ここに安全な場所など、どこにもないからな」
そうは言うが、危険を待つのと挑むのとでは、遥かに度合いが違う。
それを許すのは、未だ自分に残る甘さか…キールは自嘲気味に思う。
だが、何も全てに否定的な訳ではない。デメリットがメリットを上回っているだけで、メリットも確かにあるのだ。
何もせずに待っているだけでは、ミトスを東に取り逃がしてしまうかもしれない。
無論、マーダーとして緊急性が高いのはエターナルソードを持っているクレスである。
脱出だけに焦点を当てれば、ミトスなど実際どうでもいい。
しかし無視できない人物がいるのも確かなのだ。コレットが唯一の仲間となってしまったロイドが。
もし彼女を見捨てようとでもしたら…いや、ロイドはその決断を許さない。
彼は世界とコレット、両方を守ろうとした欲張り者だ。この世界でも、それは変わらないだろう。
それが、甘いというのに。
「ヴェイグ…グリッド…ごめん、俺のことで」
申し訳なさげにロイドが俯く。
それにグリッドが胸をぽんと叩いて応える。
「大丈夫だロイド。守れん約束など、俺はしないからな!」
「俺もまだ、すべきことがある」
ヴェイグもまた、似たような行為はせずとも、それに同調する。
生きることを目的として、この世界の地を歩む2人。だからこそ怯えという枷がないのだろう。
――いや、ある。仲間を失うかもしれない恐怖を、仲間を奪ってしまうかもしれない恐怖を、それぞれは感じている。
だからこそ、1人は強がり、1人は誰かを拒絶している。
しかし、それを覆い隠す、あるいは克服するために、2人はあえて試練の道を歩むのだ。
そして2人には、もう1つ依頼をした。
もしトーマと合流できたなら、どちらか片方はE3にあるケイオスハートを探索してほしいと。
幸いにしてグリッドはダオスとデミテルの戦地を知っている。周辺を闇雲に探すよりは、まだ範囲が狭まる。
2人もそれを承諾した。
こうして2人の男は城址を後にした。
[犠牲を拒む人と犠牲を認める人のお話。]
2人を見送ってからしばらく、ロイドは自分の白亜の包帯を眺めた。
もし俺が動けたら、G3に行くのに。コレットを助けに行くのに。そんな思考と共に。
グリッドの「目が赤かった」という発言から、まずコレットは天使化している。
仮に無理矢理にでも輝石を外されたのなら、ミトスの命令を聞くようにされているに違いない。
グリッドの話ではミトスとミント、リアラの3人と一緒にいたとのこと。
この中でコレットの天使化について知っているのは、世界再生のシステムを作り上げたミトスだけ。
つまり、1番確率が高いのは自然とミトスになる。
1度、小さく舌打ち。
思うように動かない自分の体に苛立ちを覚えながら、未だ会えていないコレットのことを想う。
コレットは今、何をして、何を思っているのか。
「ロイド」
後ろからキールの声がし、振り向く。
やけに真剣な顔つきをしていた。あの時、マーダーをどんな手を使ってでも倒すと決めた時と同じくらいだ。
思わず言葉を呑む。だからか、喉がごくりと鳴った。
ゆっくりと息を吐き出し、一拍置いて、キールは言った。
「もし、ここがシャーリィやクレス達に見つかったら…まずお前に最大限のヒールをかける。そしたらメルディを連れて逃げろ」
ぷつり、と音を伝わらせている線が切れてしまったかのように、静寂がその場を支配する。
一切の音がない。呼吸音すら聞こえなかった。
脳が理解に向いていないのだろう。全ての機能をシャットダウンされている。
しかし、頭にわだかまる停止した思考を何とか振り払い、遅れてロイドらしい怒りの感情がやって来た。
「な、何言ってんだよキール! そんなこ」
「人手を分けるということは、戦力を分断するということだ。マーダーと対面したら高確率で死ぬ」
だがそんな感情もキールにより一蹴される。
「ヴェイグがグリッドについて行った以上、今ろくに戦えるのは僕しかいない。
大丈夫、僕もエアリアルボードで逃げるし、お前らが逃げる分の時間はタイムストップで稼ぐさ」
「そんなこと言ってるんじゃない! 俺は許さない、絶対にもう誰も」
「お前が望むことは、そういうことなんだ!」
痛む体のことなど少しもいたわらずに、キールはロイドの両肩をぐっと掴む。
目の前のキールの瞳は、悲愴に揺れていた。それを見られまいと、逃れるように彼は目を閉じる。
「二兎を追う者は一兎をも得ず…それを両方手に入れるには、リスクが必須だ。
お前は仲間も、コレットも、脱出の方法も得たい。二兎どころじゃないリスクを犯す必要があるんだ。
…何か1つを確実に手にするには、何かを切り捨てなくちゃいけない。ここでは尚更。
けど誰も犠牲にしたくない…お前の気持ちは分かる。
だが、そのためにグリッドやヴェイグが危険を冒していることを忘れるな。そして、僕らも危険を覚悟しなくちゃならない。
そして…分かってるだろ? お前らは死んじゃ駄目なんだ。
…命の優先順位をつけるなら、お前らが上だろう?」
手に込められた力が更に強まる。元々白めの肌が、更に血が抜けて白くなっている。
左手でロイドは肩にかかった手を払う。それにもまた、力が込められている。
「命に順位なんかない! そんなくだらないもの、絶対に認めない!!
…救いの塔の時みたいに、みんなして俺のこと優先して…そんなの…!」
強張っていた体から力が抜けていき、無造作に浮いたままだった手がだらりと垂れる。
開かれた手が丸まっていき、ぎゅっと握られる。
あまりに力を入れすぎているせいか、それとも別の何かからかは分からないが、手が震えている。
「…結局は、犠牲じゃないか…」
犠牲。ロイドが最も嫌うもの。
違う、と言ったようにぶんぶんと首を横に振る。何かのための犠牲など、絶対にあってはならないのだ。
「今なら間に合う、俺が…俺がG3に…ッ!!」
体を動かそうとした途端、全身を痛みが駆け巡る。
勢いよく立ち上がろうとした体は急激に重力がかかったようにして地面に引っ張られていく。
起き上がることを自分の体は許さなかった。どんなに食い縛っても、動いてくれやしない。
「僕は何でここに残る? お前の怪我は、まだ動けるほど治ってない。
移動しながらナースを照射するなんて高等技術、僕にはまだ無理だ。
…これが、『お前のわがままに付き合える最善』なんだよ」
それでロイドは止まった。
酷な物言いだとは、自分も思っている。しかし先のことも見据えれば、本当にこれが今できる最善なのだ。
「安心しろ。シャーリィはクライマックスモードは使えないし、こっちにはスカウトオーブもある。
僕の術さえ発動すれば、僕らは生き残れる。そこまで心配するな。メルディ、お前も分かったな?」
何の言葉も発さぬ彼女に目配せし、頷くのを確認する。
「…俺は」
地に伏したまま、彼は呟く。
「俺は、確かにわがままだよ。俺のせいで、みんなが命を危険にさらしてる。最低だ」
ぎゅっと閉じられたままの目。ただ自分の不甲斐なさに震える拳。咽びが入った声。それらが今のロイドの象徴だった。
天使化してまでヴェイグとグリッドを追おうと、ロイドは思った。
しかし、そうすればキールとメルディはどうなる? もしその一時の間に、マーダーが来たら。
赤く染まった物言わぬ亡骸を見た時、またロイドの無力感は増す。2人を、守れなかったと。
言い様のない矛盾。自分の望みのために、どこかで犠牲が生まれるかもしれない。
しかしその犠牲を守れば、また別の場所で犠牲が生まれるかもしれない。
か細い縄、糸とでも表現した方が自然だろうか、マーダーでない彼らはその上を渡っていかねばならない。
少しの微風、悪性のアクシデントが起きれば、深い深い谷底へと簡単に落下していってしまう。
そして現実という名の底部へと叩きつけられ、誰かの嗤笑を聞きながら、その眼を閉じていくのだ。
それが自身が最も拒むものの永久回廊、理想と現実のギャップ。その中に、ロイドは取り残されている。
良くも悪くも、彼は甘い。
いっそ全て捨ててしまえば、何もかも楽になれるのに――…それが、彼にはできない。
キールは彼の心中を推した。やさしい理想主義者の彼には、この犠牲の世界は地獄だろう。
しかしそれが現実なのだ。現実を見れない者に、理想を語る権利はない。それでは所詮ただの夢想だから。
だが、キールとて、彼を追い詰めたい訳ではない。
彼だって辛い上に、全ての犠牲を認めた訳ではない。できるなら最小限に留めたい。
認めたのはマーダーに属する者だけだ。
ふぅ、と重い二酸化炭素のこもった息を吐き出す。
「…ゲームに乗ってない者全員で脱出するのが1番だからな。
更に、これからのことを考えれば仲間を募るのも必要だ。
それに2人がG3に向かうのは、お前を思ってこそ…お前にとっての大事な人を失わせたくないからだぞ? 仲間思いじゃないか。
危険に踏み切れるのも、お前を信頼しているからだよ」
キールの言葉は確かな波紋を持って、ロイドの瞳を大きく揺らす。
今はもうここにいないヴェイグとグリッド、そして仲間達の影が浮かぶ。
命を賭けて。危険を呈して。
グリッドの時はあんなことを思っていたが、今更泣いて当然だと理解する。悲愴な覚悟を持つ仲間を思って、誰が泣けないだろうか。
ロイドも、グリッドも、そんな単純な冷血漢ではないのである。
胸から湧き上がる思いが、目を通じて溢れ出してくる。
「何でだ…何でだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
吼えた。
この世界のどうにもならない自然の摂理に、ロイドはただただ吼えた。
「キール…早く治してくれ! 俺は、約束を守ることしか…!」
涙を拭うことすらできない。今はそうする気さえ起きなかった。
そしてキールは、ぼろぼろと涙を零す彼の姿を見つめる。
これが現実だ。自分の無知と、仲間の温かさに甘えた結果だ。
きっと仲間達との絆が、俺達を結び付けてくれる――そんな精神論など、ここでは通用しない。
全てを求めるあまりに多くを失くしてしまうかもしれない、愚者の選択。
だが、それは…それは、自分にも言えるのではないだろうか?
グリッドとヴェイグを送り出したのも、心のどこかにそんな気持ち、甘さがあったからだ。
またみんなと会える。そんな確証もない淡くぼやけたものを、彼は抱いていたからだ。
それなのに、何故1人分かりきったような目で僕はロイドを見ている?
ただ、その愚かさをロイドに押し付けているだけじゃないか。
――最低だ。誰よりも最低だ。
キールはいたたまれなくなり、思わずロイドにヒールを唱える。
彼の放つ悲痛がミクトランには聞こえていて、実に愉快に笑っていると思うと、自身でも恐ろしいほどの憎悪が溢れ出してくる。
まるで自分ではない自分の存在に、キールは身震いする。
この世界は、人が秘める裏の姿を、抉り出す。
1つ、彼は嘘をついた。
彼の操る晶霊術に、時の流れを遅くするものはあっても、
(…『時を止める術』なんて便利なのはないよ。あるのは…その時は応えてくれ、ゼクンドゥス)
BCロッドに取り付けられた、セレスティア属性の入ったクレーメルケイジを彼は見つめる。
あの後、ケイジを持つメルディと出会ったキールは、ケイジの中を確認した。
彼はてっきり、晶霊だけが入っていると思い込んでいた。
しかし、内には大晶霊に匹敵する…むしろそのものの、時属性の力が在ったのだ。何故かそれだけ。
いつの間に力が加わったのか、元からなのか、それだけは彼のあずかり知らぬ所であったが、これほどの力があれば召喚まで至れる。
しかし、問題はゼクンドゥスの力を借りて時を止めたとしても、時空剣士であるクレスが相手なら、破られる可能性も無視できない。
(その時は、僕が本当に身を呈して…)
あの時、自分はリッドを守るためなら、自分の命を犠牲にしても厭わないと思った。
しかし彼は死んでしまった。あろうことか自分を助けて。
その理由がずっと分からなかった。リッドがこの状況を見越していたとは、とてもではないが思えない。
だが、自分の命は、リッドやロイドのような希望を守るためにある――そう思うだけで、少しは気が楽になった。
救われた命を再び無駄にするような真似に、彼は怒るだろうか。…怒ったってどうせ天国でだ。遅い。
キールは空を見上げる。
空よりも深く青い色の蝶が、防空壕に小さな影を落としていた。
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 治療専念 「鬼」になる覚悟
所持品:ベレット セイファートキー リバヴィウス鉱 BCロッド C・ケイジ
キールのレポート(キールのメモを増補改訂。キールの知りうるあらゆる情報を記載済み)
ダオスの皮袋(ダオスの遺書在中)
ジェイのメモ(E3周りの真相、およびフォルスについての記述あり)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:「防空壕」に篭城し、仲間達を治療する
第二行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第三行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第四行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第五行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【メルディ 生存確認】
状態:TP35% 火傷は完治 精神磨耗(TP最大値が半減。上級晶霊術の行使に匹敵する精神的負担で廃人化)
所持品:スカウトオーブ(起動して気配を消去中) (サック破壊)
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下)
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP20% TP30% 治療専念(右肩に打撲、および裂傷 胸に裂傷)
右手甲複雑骨折(ロイドはこの部位を最優先で治療中。ヴェイグのフォルスで凍結させ固定)
天使化可能 信念を曲げる覚悟 時空剣技に対する見切り(完成度70%) 時空剣技をラーニング(不完全)
アルベイン流に対する見切り(完成度30%) 無力感と悲愴
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ムメイブレード ホーリィリング
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:治療に専念する
第二行動方針:約束を果たすためにバッジとダブルセイバーを作る 第三行動方針:治療後はコレットの救出に向かう
現在位置:E2城跡地の『防空壕』
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP50% シャオルーンの力を解放可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 チンクエディア
エルヴンマント ミトスの手紙
基本行動方針:今まで犯した罪を償う
第一行動方針:グリッドと共にG3に向かう
第二行動方針:E3に残存していれば、魔杖ケイオスハートを回収する
第三行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第四行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E2城跡地の『防空壕』→G3洞窟
【グリッド 生存確認】
状態:不屈の正義感
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:ヴェイグと共にG3に向かう
第二行動方針:E3に残存していれば、魔杖ケイオスハートを回収する
第三行動方針:プリムラを説得する
第四行動方針:マーダー排除に協力する
第五行動方針:ロイドの作るバッジにwktk中
現在位置:E2城跡地の『防空壕』→G3洞窟
231 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 03:59:11 ID:EXAXrUEtO
あげ
232 :
重なる面影1:2006/10/08(日) 02:34:03 ID:72avQK6I0
東の空が明るくなる頃。
丈の低い草原を進んでいた三つの人影の一つが、不意に足を止めた。
「そろそろ、か……」
その小さな呟きがまるで合図だったかのように、キィンと耳障りなノイズ音が辺りに響き渡る。
そして、嫌味なほどにたっぷりとゆとりを持って、その声は発せられた。
『――――――――――諸君』
「ミクトラン……ッ!」聞きなれた傲慢な声に、濃い桃色の髪の少女――プリムラが、苛立ったようにその主の名前を吐き捨てる。
同様に憤った様子を見せる大柄な牛男は、トーマ。
一方で傍らに立つ黒衣の少年、リオンは努めて冷静さを保っていた。
馬鹿げた殺人ゲームに送り込まれてから三日目の朝。
定例となった、主催者による第四回目の放送が島中にこだましていた。
リオンは周囲に人気がないことを入念に確認してから、身近な石に腰を落とす。
淡々とした所作でサックから名簿と地図、ペンを取り出し、放送に聞き入る。
プリムラとトーマもそれに倣い、各々の地図や名簿を広げた。
ところが天上王の気まぐれにより、三人の表情は一様にして曇ることとなる。
禁止エリアよりも先に、殺された者の名前がさも楽しそうに声高に挙げられたのだ。
「ユアン……カトリーヌ……」
プリムラの口からかつての仲間の名前が零れ落ちた。二人とももうこの世にはいない。
一人はプリムラが行動を共にしていた『漆黒の翼』の仲間たちを身を挺して庇い、一人は――己の手にかけた。
首を絞めたときに散々爪で引っ掛かれた手の甲の小さな切り傷が、じんわりと痛みを伴って、記憶を呼び起こす。
ぼんやりとした揺れる記憶に残るのは、信じられない、と言わんばかりに見開いたカトリーヌの目。やがてその口から溢れ出し、この手を伝っていった温かな唾液。
ごめんなさい、という言葉はもう何百回、何万回と数え切れないくらい心の中で繰り返した。しかし、後悔してもしきれないとは正にこのこと。
非力だった彼女。唯一、同じ世界から飛ばされた仲間と慕ってくれた彼女。
その命を私は奪った。重い。力尽きたカトリーヌの頭を支えていた両手が重い。
233 :
重なる面影2:2006/10/08(日) 02:35:24 ID:72avQK6I0
「おい」
そんな彼女の沈んだ思考を浮かび上がらせたのは、無骨な男の声だった。
見ると、トーマが哀れんだような、複雑な表情でこちらを見ている。
「……悔い改める、ってことは、いつでもできるだろう。今大事なことは――」
「わかってる」
簡潔にそう返しながらも、プリムラはそっとトーマに感謝をした。
きっとプリムラの懺悔の時間に、生きている限り終わりは来ないだろう。
けれどこのままではずっと、私は前に進めない。せっかくの決意を無駄にしてしまう。
犯罪を犯したのなら、いずれ自首して、来るべき裁きのときを待つのが筋、ってもんよね。
それが名探偵であった私の最後の誇り。
だからそのときまでは何が何でも、石に噛り付いてでも生き残って、ミクトランをぶっ飛ばす。
弾けるようにして上げた頭の、ピンと立った桃色の髪が一房揺れた。
『――スタン=エルロン!』
まさか。
それが、リオンの脳内に最初に浮かんだ言葉だった。
お人好しの田舎者。最後の最後までリオンを仲間だと言ってはばからなかった青年。
彼に会えば、もし会えれば。
何かのヒントに繋がるかもしれないと思った。
皮肉にもこのゲームにより傀儡から解放された一時の生を、彼らへの贖罪に費やしてもいいとさえ思った。
スタンならなんとかしてくれる――そんな考えが頭のどこかにあったのかもしれない。
……馬鹿馬鹿しい。あいつはただの田舎者。人を信じ続けることしか能がないやつ。
しかし。
実の姉であったルーティも、マリーも、ジョニーもコングマンも。マリアンも。ジューダスも。
みんないなくなってしまった。
そんな自分にとって、スタンの存在だけが光だったのかもしれない。
一度は彼らを傷つけ裏切った身、図々しいのは百も承知だ。
「スタン……」
だが今は、せめて彼らが安らかに眠れるよう、祈ってもいいだろう。
もっとも、この世に神などいるのなら、という話だが。
俯いたリオンの顔は骨の仮面に覆われ、その表情を窺い知ることはできなかった。
234 :
重なる面影3:2006/10/08(日) 02:38:12 ID:72avQK6I0
「何よ、これ……ミクトランったら、バカ?」
地図につけられた×印。島の東西を真っ二つに分断するように引かれた線を見て、プリムラは真っ先にそう声を上げた。
死者の発表の後は禁止エリアの発表。嬉々としたミクトランの声を思い出すだけでも腹が立つ。
「そうだ。普通だったらこんな間抜けなことはしないだろうな」
相槌を打つリオンは眉間に縦皺を刻んで地図を睨んでいる。
「一体全体……どういうことだ?」
頭脳労働というものにはほとほと縁のないトーマは、いまいち訳がわからず首を捻っている。
プリムラはトーマにも見えるように線が引かれた自分の地図を広げて、禁止エリアを指で辿る。
「いい? ミクトランは私たちを殺し合わせるのが目的なんでしょ? そこは嫌というほどわかってるはずよね」
「あ、ああ」
「じゃあ、なんでこんな、間違えたら人が半分に分散するようなことをするわけ?」
「む、むう……」
「名目上は最後の一人まで殺しあわなきゃいけないんでしょ。しかもアイツが楽しむために。だったら一まとめにして……むぐ」
プリムラの言葉は最後まで続かなかった。素早くリオンに口を塞がれたからだ。
不満と疑問を目で訴えるプリムラに対して、リオンは羊皮紙を取り出すとペンを走らせた。
『一まとめにして、片をつける。そこまではいい。所詮このゲームはやつにとっては遊興に過ぎないのだからな』
「問題は……」
『どうしてそれができるのか、だ』
リオンの筆談に、二人は首を傾げる。
そしてプリムラは「あっ!」と声を上げてペンを取った。
235 :
重なる面影4:2006/10/08(日) 02:39:30 ID:72avQK6I0
『前にグリッドたちと行動していたとき、盗撮されてるんじゃないか、って話が出たわ』
『盗撮か……。だとしたら僕たちのこの行動も無意味になるな。筆談で脱出方法について論ずるなんて、いつ首輪を爆発させられてもおかしくはない。だが、今のところその気配はない。だから盗撮という可能性は低いと判断する』
『ハロルドのやつも頭がキレたからな。もし盗撮の可能性があるのだとしたらメモなんて残さなかっただろう』トーマも筆談に参加する。『それに一番に首を飛ばされていたはずだ』
『そうだな。しかしミクトランはなんらかの方法で、僕たちの位置が把握できることは確かだ。恐らく、その発信源は首輪。それ以外には……考えられないはずだ』
リオンはハロルドに分解された簡易レーダーを取り出した。
「恐らくこれと同じような機能を持っているのだろう」
「と、いうことは……?」
『やつの性格上、ここまできてわざわざ参加者同士を引き離すとは考えにくい。聞いただろう? あの異様にテンションの高い放送を。つまり、残った参加者はこの東西のどちらかに固まっている可能性が高い、ということだ』
「そんな……じゃあ、もしかしたらマーダーも近くにいるかもしれないってこと!?」
プリムラが恐怖に顔を引き攣らせる。リオンは己の口元に人差し指を当て、彼女の声を制した。
そこでトーマが慣れない左手を使い、文字を綴る。
236 :
重なる面影5:2006/10/08(日) 02:41:42 ID:72avQK6I0
『だが、もし俺たちだけが西側に残されていた場合はどうするんだ?』
『それは考えにくい。グリッドがG3へ向かったのだったらまだ西にいるはず。
仮にG3から移動したとしても、東へ行くには先ほど禁止エリアの通達があったF4、もしくはD4、C5を通らなければならないだろう。
G3から一番近い通り道は僕たちが今やって来たF4。しかし人の気配はなかった』ここでリオンはふと筆を止める。『もっとも、エリアすれすれを移動していたのだとしたら気付かない恐れはあるがな』
「な、なによそれ……」
「コイツを誰かさんが分解してくれたお蔭で、気付けるものにも気付けなかったとしたら、少しは恨み言を吐いてもいいかもな」
「そういう問題じゃないでしょ! 要は……」
「どちらにしろ、まだF5が禁止エリアになるまでは時間がある。もうここはG3だ。洞窟に行ってみてからでも移動は遅くないだろう」
そう言ってリオンは会話を打ち切り、荷物をまとめ始める。
仕方なくプリムラも地図を折りたたみ、サックへ仕舞い込んだ。
そして片腕で苦戦するトーマを恐る恐るといった様子で手伝う。
「行くぞ」
いち早く立ち上がったリオンは黒いマントを翻して歩き始めた。
太陽は完全に昇りきり、全身が真っ黒に染まった彼をくっきりと風景から切り取っていた。
237 :
重なる面影6:2006/10/08(日) 02:42:42 ID:72avQK6I0
三人はほどなくして洞窟と思われる場所に着いた。
もしかしたら罠が仕掛けてあるかもしれない、と慎重に近づいていった一行は、ひんやりとした冷気が洞窟内から漂っていることに気が付いた。
「不自然だな……」
傍の茂みに身を伏せながらリオンは呟く。洞窟内の冷気からは微弱だが晶術――マナの波動が感じられたからだ。
この気候で『氷の洞窟』なんて存在するのだろうか。
いや、けれどここは異常な力場を持った島だ。存在しないとも言い切れない。
「おい、トーマ。お前のそのフォルスとやらは……他人のものも感知できるのか?」
「ああ、できるぞ。だがこの冷気はフォルスじゃねぇ」
「だとすると、やはり……この洞窟の冷気は何処か不自然だ」
「じゃあどうするのよ? さっき周りを見回ったとき、グリッドは居なかったでしょ?」
「しかし迂闊には入れん。どこか抜け道などはないのか?」
「さあ……」
「聞いていない」
「仕方がない。裏口を探してそこから中を探るか、そうでなければ時間ギリギリまでここで待ち伏せるぞ」リオンは言うと、体を起こして茂みを掻き分ける。リオンが先に行動し、プリムラとトーマがその後に続く、というのがいつのまにかこの三人のスタンスになっていた。
238 :
重なる面影7:2006/10/08(日) 02:43:56 ID:72avQK6I0
「おっ! ビンゴじゃない!?」
プリムラの声にそちらを振り返ると、草木に覆い隠されるようにしてゴツゴツとした岩が口を開けていた。
ここが裏口だろうか。こちらからはあまり、先ほどの冷気を感じない。
「僕が様子を見てくる。お前たちはそこの茂みにでも隠れていろ」
リオンは少し思案すると、洞窟に向けて歩き出した。
プリムラとトーマは、大人しく言われたとおりに傍の草陰に身を隠す。
片膝をつき、プリムラはいつでも行動を起こせるようにして忙しなくあたりを見回す。
人の姿はない。
グリッドはまだ現れないのだろうか。それとももう用事を済ませて、仲間の元に……私以外の仲間の元に戻ったのだろうか。
会えたら何て言おう。『カトリーヌを殺しちゃって、ごめんなさい』?
プリムラはふと思った。裏切り者の私に、謝る資格なんてあるのかな。グリッドは私を許してくれるかな。
ううん、許してくれなくたっていい。ただ私は謝りたいの。
身勝手な願いかもしれないけど、またグリッドの下で『漆黒の翼』として――。
ガサリ。
人の気配。
――誰か来る!
239 :
重なる面影8:2006/10/08(日) 02:44:55 ID:72avQK6I0
カツリ、カツリ。
いくら足音を忍ばせようと、狭い洞窟内ではブーツのかかとの音が響いてしまう。
リオンは慎重に壁に沿って歩いていた。
この洞窟は何かがおかしい。
妙な違和感の正体は洞窟内に入ったときにわかった。つんと鼻を突く異臭だ。
すぐ傍の岩壁を探る。ざらりとした感触。ぱらぱらと舞い落ちる欠片は、足元に落ちる前にあっというまに粉になった。
(この洞窟は石灰質でできているのか?)
考えを廻らせていると、不意に前方、数十メートル先に明かりが灯る。
リオンは暗闇の中で素早く身を岩陰に隠した。
軽やかな足音はゆらゆらと揺れる明かりと共にだんだん近づいてくる。
その明かりが目の前の角を曲がった瞬間、赤い光に照らされた、懐かしい硬質の金髪が目に飛び込んだ。
「スタ……ッ!?」
思わず声に出してしまい、後悔する。ここでは小さな物音でも響くのだ。ましてや相手はすぐ傍にいる。
「誰だ!?」
案の定、見つかってしまった。何のことはない、ただの人違い――相手はスタンよりも幾分幼いようだ。なぜ見間違う?
無駄だとわかっても息を潜め、剣の柄に手をかけると、ランタンがさっとこちらに向けられた。
相手の顔と、自分の顔が顕わになる。
しかしそこで驚愕したのは相手の少年のほうだった。
「……ジュー…ダス……?」
ジューダス。少年は確かにリオンのことをそう呼んだ。
「ジューダス!? 生きて…まさか、そんな……」
『――違う、カイル!』
「え!?」
『そいつは……』
「ディムロスか!?」
リオンは思わず身を乗り出した。
少年の腰に下げられているのは見紛うことなきソーディアン・ディムロス。
「ディムロス!? ジューダスじゃないなら一体……」
『……シャルティエはいないようだな』
「ああ」
『リオン』
「リオ……ン?」
金髪の少年――カイルは呆気に取られたように、リオンを穴が開くように見つめる。
240 :
重なる面影9:2006/10/08(日) 02:45:41 ID:72avQK6I0
「そうだ。……僕はジューダスじゃない。リオンだ」
「じゃあなんでジューダスの格好を……! ……まさかっ!」
『リオン、お前……!』
「弁解する気はない。ジューダスは死んだ。服は事情があって貰い受けた」
「お前がジューダスを殺したのか!?」
「……」
ちがう。
そう言いたかった。しかし、果たして本当にちがうと言い切れるのか?
そのあいだにも気色ばんだカイルはディムロスを構える。
「……場合によっては、俺はアナタと戦わなければならない」
「仇討ちか?」
「違う! みんなのために、生きるためにだ!」
「僕はお前と戦う気はない。……お前にその気があるのなら話は別だが」
カイルはいささか困惑する。
ディムロスから話に聞いていたリオンは、マーダーのはずだ。
だが、目の前にいるリオンは……?
「ディムロス、それと……カイル、と言ったか。お前たちに聞きたいことがある」
どことなくスタンの面影のあるカイルと、かつてのスタンの剣、ディムロス。
旅の仲間だったジューダスと同じ顔、同じ服(元は同一人物だが)のリオン。
両者は互いの事情を知らないまま、仲間の面影を求めて相対する。
【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 軽い火傷 TP残り70% 決意 中度失血
所持品:イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
ジェットブーツ, 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明)
基本行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:漆黒を生かす
第三行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
現在位置:G3洞窟付近
【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)切り傷多数(応急処置済み)
再出発への決意 体力消耗(中)
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ ミスティブルーム、ロープ数本
ウィングパック(食料が色々入っている) 金のフライパン
C・ケイジ スティレット グミセット(パイン、ミラクル) 首輪
基本行動方針:主催をぶっ飛ばす
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する。
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:グリッドとヴェイグに謝る
現在地:G3洞窟付近
【リオン=マグナス 生存確認】
状態:HP70% TP85% 右腕はまだ微妙に違和感がある
コスチューム称号「ジューダス」
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 45ACP弾7発マガジン×3 ウグイスブエ(故障)
レンズ片(晶術使用可能) ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる 可能なら誰も殺さない
第一行動方針:G3洞窟に行き、グリッドと合流する
第二行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
第三行動方針:協力してくれる者を集める
現在地:G3洞窟裏口付近
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45%、TP70%、悲しみ、静かな反発、困惑
所持品:鍋の蓋、フォースリング、ウィス、S・ディムロス、忍刀血桜、クラトスのエクスフィア
蝙蝠の首輪、レアガントレット(左手甲に穴)、セレスティマント、ロリポップ、料理大全、要の紋、ミントの帽子
基本行動方針:生きる
第一行動方針:場合によっては戦いも辞さない
現在位置:G3洞窟裏口付近
森が朝日に照らされて、全体が輝いている。
草の上に乗った朝露が、土の震えに揺れて地面に吸われた。
(どうしてこうなった…?)
ヴェイグは手頃な岩に腰掛けて膝に肘を付けて手を組んでいた。
話は十分程前に遡る。
光量の落ちた光を浴びながら2人の男が地面を揺すって歩いていた。
2人は言葉も視線も交わすことを厭っているのか、2人と云うよりは1人組が2つあるという印象だ。
1人――――ヴェイグの方が一方的に目を逸らしているようにも受け取れるのだが。
もう1人、グリッドが足を止めた。
「…どうした」
1メートル半ほど先から仕方なしにと云わんばかりにヴェイグが振り返った。
「お前が疲れているから休め」
口を半開きにすること三秒程。
「疲れているのはお前だろう」
「いや、お前」
「だ「お前」
既にグリッドが議論をする気が無いのは実に明瞭であった。
眉間を強張らせてヴェイグは天を仰いだ。
何もしないでいると後悔が溶けるように心に染み入ってくる。
自分が殺した人、自分を殺そうとした人、出会って別れた人、関係ない人、悉く土塊に成り下がる。
馬鹿馬鹿しいほどの不平等さにヴェイグは唯々眉間に皺を寄せるしかない。
耳に草を踏む音が入り、そちらの方に顔を向ける。
グリッドが濡れた手を振りながら帰ってきた。
「あー、スッキリした」
カラカラと乾いた笑いと共にグリッドは手近なところに腰掛けた。
何をしてきたかは見当が付くが、口にするのも下世話なのでヴェイグは何も云わない。
「用が済んだなら行くぞ」
ヴェイグが腰を上げようとするのをグリッドは手で制する。
「せっかちだな。幸運が逃げるぞ?」
「…G3に行くと決めたのはお前だ。時間が無いことは分かっているだろう」
やけに癇に障る笑顔を見ないようにしてヴェイグはそっぽを向いた。
「その手の霜焼け…そこまで行くと火傷か」
グリッドの一言にヴェイグは瞬時に硬直した。呼吸を整えて彼の方に向き直る。
「いつから気付いていた?」
「暴走したお前の腕を掴んだときだ」
漸く乾いた手の爪を軽く擦り、グリッドは呼気で水分を飛ばす。
「どうして誰にも言わなかった?」
ヴェイグは手を隠す様に腕を組んで、目を細めて目の前の人間を睨む。
当時に比べれば大分回復したが、暴走の傷痕が分厚い手袋の中で今なお刻まれている。
「言って欲しかったのか?」
不思議で当然、のように放たれたグリッドの一言にヴェイグは押し黙った。
実際にロイドかメルディに気づかれていれば、こうやって別行動組に回る事も出来なかっただろう。
「ま、無理をしろとは言わんが。あそこにおったら気を遣って碌に休まんだろ」
グリッドの一言一言が的確で、尚の事苛立つ。
「で、どうなのよ実際?」
「元の原因は俺のフォルスだからな。腐って落ちるとかそういう程の障碍じゃない。回復は錬術で十分だ」
回復に特化したティトレイの術に比べれば回復効果は微々たるモノだが、対凍傷に関して言えばその回復は通常に比べれば速い。
しかし、一番回復に貢献しているのは間違いなくE2を離れたことに他ならないだろう。
今のヴェイグにしてみればE2・E3は自分の罪そのものに近い。
我侭と知りつつも、その罪から目を背けることは少なからず彼に落ち着きを与えていた。
「心配しなくてもティトレイは此処には居ない」
ティトレイ、その一言にヴェイグの神経は急激に収縮する。
ここは、森で、ティトレイの庭で、腹の中なのだ。ヴェイグはそんなことすら失念していた。
「あれ?違ったか?」
「…その根拠は?」
ヴェイグは遅いと分かっていながらも周囲に警戒を発する。
「もしこの森にティトレイとクレスとやらがいたら、俺は今頃汚物を撒き散らしながら向こうで死んでいるぞ」
グリッドが自慢気に腕を組み鼻息を荒くする様を見て、
ヴェイグは恐ろしく厭そうな顔をしてため息を付いた。神経が一気に弛緩する。
そして、今の今まで罪の意識に苛まれる余り、周りが見えていなかったことを恥じいった。
今ティトレイがこの森にいたならば死んでいたのはグリッドもヴェイグも変わらないのだ。
ヴェイグはその認識を今の今まで持っていなかった。
この目の前で間抜け面を曝している男は、その手法の軽率さ(実際敵がいたらどうするのか)
はともかく自分よりも余程状況が見えている。短い呼吸を1つ。素直に両の手にフォルスを込めた。
「…よくよく考えてみれば」
グリッドは顔を戻して言葉の元に向き直る。
「出会ったときには俺の意識はなかったのだから、今の今までまともに話をしたこともなかったな」
「あのな、1つ言っておきたかったんだ」
「何だ?」
グリッドは深々と、ヴェイグに頭を垂れた。バンダナごと隠す前髪の奥のグリッドの表情は窺い知れない。
「プリムラを救ってくれて助かった。ありがとう」
「…そいつはマーダーになったんだろう。罵倒されこそ感謝される義理は無い」
「分かっちゃいるんだがな。でも、やっぱり言わなきゃ駄目だろう」
その先の言葉は無かった。
違う、とヴェイグは言いたかったのだが上手く発音できない。
プリムラに臓腑を穿たれて落ちかけた意識の中で、がむしゃらにフォルスを放っただけだ。
ただ、ただ、ヴェイグは拒絶しただけなのだ。
人が死ぬのを見たくなかっただけだ。
「俺も済まなかった…お前は、弾除け以上だ」
やっと弾除けレベルかよ、と聞こえたような気がする。
それでも、この島で初めて言われた感謝の言葉はこそばゆかった。
「…お前はどうするつもりだ」
「え?」
「少し考えてみたが、やはり主催側の手によってこの島は分断されようとしている。
…もし此方側に参加者を集中させるのが目的なら、いや、もう既に集中していたら…」
話を逸らしたヴェイグの口を再びグリッドが制する。
「分かってる。その先はまだ言わんでくれ」
グリッドはボトルの蓋を開けて水を飲んで不安を流し込んだ。
元々D5に水を補給しに行った漆黒の翼のサックの中にはソーサラーリングと低級晶霊術で煮沸した水が補給されている。
「こっちに来ると言ったのも、三割位期待があったからだしな」
ヴェイグは、目の前で鼻を指で掻いている男に対する認識を改めざるを得ない。
確かに、少しばかり学と落ち着きは無いかも知れない―最も、ヴェイグ自身も大してあるとは思っていないが――
が、決して無能ではない。恐らくE2に残った誰よりも全体が見えている。
ロイドの焦燥、プリムラへの審判、ヴェイグの両手、少なくともこれだけ見えていた。
資質、と呼ぶしかないのかもしれない。指導者としての天賦の資質。
他のリーダーと違いグリッドにはそれ以外の才能が絶対的に欠けているのだが…それがあるのだ。
「お前は、その女がマーダーになったと知ってどう、感じた…?」
口から勝手に言葉が漏れる。言葉尻に付着した湿気が喉を動かす。
「どう、するつもりだ?」
仲間が向こう側に落ちる感覚をヴェイグは共有しようとしている。
ヴェイグとグリッドを、プリムラと、彼奴を。
「どうもしない」
「…?」
「だから、何もしない」
「は?」
「ハロルドに目に割れ瓶を突きつけられてからずっと考えていたんだがな…」
グリッドは左人差指を右目に運ぶ。あの時の悪魔の笑顔は焼き付いて忘れられない。
「ハロルドの言ったとおりだったぞ。難しいことは何一つ無い」
ヴェイグは彼を計りかねている。
「俺は、はぐれた団員に会いに行くだけだ」
「意味が分からん。そいつはもうマーダーだろうが」
「知ったことじゃない」
「プリムラが何でカトリーヌを殺したのか、とかプリムラが何を思ってお前を刺したのか、
とかはプリムラ本人の問題であって、団長の問題じゃない。
俺が分かっているのは彼奴が漆黒の翼を抜けると言っていない以上、メンバーだということだ」
押し黙るヴェイグを押しのけてグリッドはまくし立てた。
ヴェイグにとってグリッドの理論は青天の霹靂でしかない。
つまり、マーダーであることと漆黒の翼の団員であることは関係ない、と言うこと。
そして彼らが抱える様々な因果を取り除き、極めて表面的な事象に限定すれば
グリッドにしてみればプリムラは‘はぐれただけ’なのだ
「だから俺はプリムラを探さねばならん。他は全部その後だ」
「答えになってない。会ってその後どうするかを俺は聞いている」
「それも俺の知った事じゃない。彼奴の意向次第だ。
『人を殺すのが忙しいから退会します』というなら駄目だと断るし
『優勝したいので死んでください』と言えば嫌だと断るし
『もう鬱だから死ぬ』とのたまうなら馬鹿だと叩けばいい。
というか退会は認めてない」
「…意向も何もないだろう、それは」
「だから、知った事じゃないんだ」
ヴェイグは呼吸を忘れて、彼の言葉を咀嚼する。
要点を纏めれば、こういうことだ。
『プリムラが何を考えているかは分からないけど今の状態は気に入らないので自分の好きにする』
一見すれば全くイカれている論旨だが、ある意味にてこれが及ぼすところは大きい。
彼女の心情を推し量り、彼女を中心に据えて考えるから説得が通じるか、とか正気に戻せるか、とかで話が拗れてしまう。
だが、これをグリッドを中心に考えればプリムラがマーダーだろうと何だろうと意味が無くなる。
グリッドが気に入らないから会いに行くのだ。プリムラの意向は完全に無視である。
仮にプリムラに謝りたいと思う意志があったとしても、グリッドにはそれすら関係ないのだ。
漆黒の翼の団員になるということは、それだけ性質の悪いことだった。
もちろんプリムラが抵抗する可能性や
カトリーヌやヴェイグに対する償いなど済ませなければならない問題は山積しているが
「それはそれ、これはこれ」
別問題だ。
「…くくくくくくくく」
ヴェイグが銀髪を押さえながら、笑いを堪える。唇が歪に歪んでいた。
「どうしたオイ。キノコでも食ったか」
成る程、と感心するしかない。
こういう切り口があったという事が嬉しいのか、笑いが止まらない。
「難しいことなど何もない、か」
ティトレイが何を思っているのか、何を考えたのか、何を見ているのか。
全部無視して叩き付けて取り返せたならば、どれほど楽か。
だが、そう割り切れるほどヴェイグは安定できる拠り所を持ち合わせていない。
「そうだと良いな」
そこまで割り切れる人間は、この島には目の前の人間を除いてもういないだろう。
「あざといな…なら、俺が付いてくるのも、キールと別れたのも計算の内か」
グリッドは首を竦めた。
「いや、団員が団長を助けるのは当然だろう?キールに関しては、まあ、あれだ」
「一緒に行っていたら問答無用でプリムラを殺していたかも、か」
「…そこまでハッキリ考えていた訳じゃないんだがな。カトリーヌ達に聞いていた話とは大分印象違うしな」
C3を共に生き抜いたロイド旧来の既知であるメルディと違いグリッドとヴェイグは所詮は外様である。
だからこそ外側にいた2人には1つの懸念があった。
「痛いくらいに無理してるぞ。割り切れないモノまで割り切って、何でもかんでも背負い過ぎだ」
「ああ…多分、一番危ないのはキールだろう」
彼らにはキールが修羅道を行くと決めた背景は見当が付くが、だからと言って深入りする気は毛頭無い。
あの状況下で理論武装を以て甘さという甘さを排除しようとするキールの気持ちは分からない訳ではない。
ああやって徹頭徹尾マーダー廃絶を唱えられるのは羨ましいと思うが、彼らは直感的にその危うさを懸念している。
リッドが死んでから突貫工事で仕上げられた彼の冷徹さには亀裂がある。
それを塞ごうと塞ごうと理屈と知識を重ねて誤魔化している。
他人の甘さを糾弾することで自分の甘さを隠そうとしている。
スタンの遺体の前で彼がヴェイグに能弁を振るっていたのように。
甘さの極みたるロイドなんかは体の良いスケープゴートだ。
土中に掘った壕も、まるで日の光に曝されてその亀裂が際だつのを恐れているかのようで。
(…あそこで立てた作戦、その殆どがキールに負担を強い過ぎている。果たして保つのか?)
大した情報が無いから仕方が無いとはいえ対マーダー対策は
出来る限り戦闘を避けてマーダー6人中3人を自滅、最低弱体化させる。
先制が可能ならキールの術で即殺、無理なら通常戦闘で勝つ。これが壕の中で打ち立てた対マーダー戦略だ。
(ミクトランが封鎖を行った以上・・・多分、戦闘は避けられない。戦況は激化する)
全参加者中40%がマーダーであり、恐らく参加者が西に集結し、封鎖によって東に行くことも適わない。
自滅までゆるりと防空壕に隠れることは無理なのだ。
守るに適しても逃げるに適さない地下を放棄して簡易壕を構築して隠れたのは正しい、が。
いずれ戦闘は避けられず、ここでの回復量を考えればキールの消耗は簡単に見当がつく。
回復・逃走・戦闘補助・攻撃、キールの作戦にはキールの消費が勘定に入っていないのだ。
この状況のままキールの思惑を達成しようとするならそれこそ命を削って戦わなければならない。
グリッドの言うとおり、無理をし過ぎている。死にたいのだろうか。
しかし恐らく頭のいいキールはそれくらいは分かっているのだろう、ならば口を挟める問題ではない。
「俺たちに出来るのは、少しでも速く戻って動けるように情報を集めることだ。
キールに関しては、メルディとロイドに任せよう」
「メルディも数に入れるのか?」
「ああなる前のメルディを知っていると、そう考えたくもなる」
グリッドとヴェイグ、メルディの前後を知っている者と知らない者では温度差は仕方がない。
「ああなる前…どんなだ?」
「それは…元気で…」「元気で?」
「元気で…」「で?」
「元気…」
取り敢えずとても元気なのは分かった、と短くため息を付いてグリッドは話を切った。
一緒にいたのはほんの少しの間だがな、といってヴェイグは目を伏せた。
褐色の肌と額のガラス玉と笑顔が印象的だったように思う。
だからこそ今し方出会ったメルディは別人の様な感覚を覚えるのに充分だったが。
(諦めきれないのは、俺を救ってくれた恩義からか?それとも駄々をこねる子供のそれか?)
「まあ多分大丈夫だろ」
「根拠は?キールが言うにはメルディの心は…」
いや、すでにこれが‘根拠になっていない’のだ。これが懸念の二つ目である。
本来一歩退いた立場で客観的に事実を判別する役であるキールがリーダーの立場に立つことで客観は主観へと変容する。
「だからキールがメルディはもう駄目だって言ってるだけだろ。俺は何も知らんから何とも云えんが」
キールの主観的観測が、あの防空壕内では客観的事実と同義なのだ。
キールの思考が正しく、理路整然としている。だがキールの観測が間違っている可能性も無いわけではないのだ。
誤った情報から導かれる結論は正しく理路整然と誤ったものになる危険を孕んでいる。
(本当に、ティトレイにリバウンドは来るのか?…何か失念していないか?)
明確に、では無いがヴェイグは自分が彼に語った情報に違和感を持っているのだ。
そしてグリッドの云う通り、メルディにも、ヴェグはささやかな引っ掛かりを感じていた。
ただ、グリッドとは違いメルディの回復の可能性ではなく別のところにあるのだが。
(だが、何にしてもメルディが持ち直す可能性が有ったとしたら…それを潰したのは、俺だ)
E2で初めて見たメルディの表情に、(本人にそんな意識は露程も無いだろうが)ヴェイグは1つの罪を覚えた。
1人、足りない。
ロイドと、メルディと、ヴェイグがいて、1人足りない。
北東部で別れたのは、ロイド達は消えゆく命を救うため厄の渦中に向かい、
彼らは保身の為に残ったからのはずだ。しかし現実には。
(ロイドも口では言わないが責めているだろうな…命惜しさに退いておいて此方が欠けていては笑い話にもならない)
メルディが懐いていたのはロイドと欠けた三人目、ジューダス。
せめて俺ではなく奴がメルディに再会できていれば、あの塞いだ心も開いたであろうかと下らない夢想をする。
そしてもう一つの夢想、対クレス戦での戦略展開だ。
(アルベイン流…何処までの剣かは分からないが、もし対抗できる可能性が有ったとすればジューダス以外には考えられない)
直接の技量は見てはいないが目を覚ましたヴェイグと対峙して尚余裕といったあの構え、
剣だけに限定すればその実力は切り結ばないでも判断が付く。
天才、言わしめてもなんら不可分の無い力量が確かにあった。
ロイドもそれには気付いていたはずだ。しかし、無いものは強請った所でどうしようも無い。
だから責めなかったのだろう。
今更死にたいとは思わないが、死んだときの損失の差額の多寡など誰にでも分かる。
ジューダスが生きていれば、ヴェイグが死んでいたときよりも2つ問題を片付けることが出来たのだ。
そこまで自虐した所で漸くグリッドが眉間に皺を寄せていることにヴェイグは気付いた。
敏感なのか、目敏いのかおちおち気落ちするのも許さないらしい。
「…具体的に洞窟に行ってどうするつもりだったんだ?」
居た堪れないヴェイグは話を変えることにした。
「だからミトスの手がかりを」
そうじゃなくてだ、とヴェイグは仕切り直す。
ミトスに会わなかったらお前は洞窟でどうする打ち合わせだったんだと話を補正した。
グリッドは無言で顔の汗の量を増やしていく。何も聞いていなかったのか、忘れてしまったのかどちらかだろう。
あわてふためくグリッドが漸く思い出したらしいのか、数枚の紙束をヴェイグに差し出す。
何らかの調合を書いた乱雑な文字列を流し読みする中で異彩を放つ図が目に入る。。
注釈の中の1つに「CAVE」と書かれているのはハロルドが拠点としていた洞窟内部の構造に他ならない。
ヴェイグはその面を広げてグリッドに見えるように地面に置く。
曲線や凹凸をある程度無視して大雑把に纏めると、洞窟は北側の表口と生い茂った草に隠された南側の裏口を一直線に貫いている。
その直線フロアが北側から大部屋、小部屋、細い回廊の三エリアに分けられ、
小部屋と回廊の間にて東から西に水が流れ、それが西側へのT字路を形成している。
水路は更に2つに分岐しG2崖下海岸とG2とG3の境の平原へと繋がっているようだ。
水路の幅は平均3m。深さは最深部で目測1m程度。流れは急ではない。
そしてバルバトスが放った一撃によって小部屋南側が落ち、北側からの分岐路への道は遮断されていて
南口はいつでも落とせるようにホーリィボトルを利用した火炎瓶と発火性植物を利用した組み込んだ仕掛けが設置済み。
深度は北口・南口から分岐点まで緩やかに下降、
分岐点から西口までに長距離下降して合わせてG2崖の高度の合計とほぼ符合する。
洞穴は石灰質であるが風通しが良い為故意に狙わなければ、
或いは南北を隔てる路が塞がらない限りは一酸化・二酸化炭素中毒は無い。
以上ハロルドが洞窟を出る際に測量した事実から記された情報によって記された事実を整理すると
つまり大別して出入り口は北表口、西口、南裏口、そして南西の隠し口の4つ。
北側からは小部屋で行き止まり、西口入り口は何者かの土系魔術によって封鎖されており
南口はハロルド本人の手により爆砕準備済みである。
真上から見れば各入口と洞窟の中央を直線で結んだ様になっている。あとは高低差を鑑みればいい。
因みに彼らに取っては埒外のことではあるが、西口を封鎖したのは1日目夜にカイル追撃に失敗したデミテルであり、
現在分岐路と小部屋を隔てる落石の壁には北側から溜弾砲が見事に杭となって貫通している。
石灰質の洞穴である以上南北と繋いだであろう水路が存在するはずだが、それは消失している。
「ハロルドの薬が有る部屋は隠し口と中継点の間と書いてあるな」
確かに表からでは部屋にたどり着けない。予定通りならハロルド・トーマとの合流地点はそこである。
「だが目的がもう違っているぞ。地図に写っている穴が裏口だろうから…
ミトスがE2直進して来たなら入っていくのは普通表口だ」
北から入りミトスの痕跡を探るのが先か、一縷の望みをかけてトーマとの合流を狙って南か、どちらのエリアから探索するか。
禁止エリアの打ち方からプリムラとリオンが東からやってくる可能性が高い以上どちらを選ぶのかは重要である。
ヴェイグは腕を組んで無音で唸るなか、グリッドはメモをペラペラとめくっていく。
(…?)
紙束の一番最後の紙、その一枚に目を通す。
紙の全体の上部二割に雑多に書き散らした後、残り八割が真っ白の最後尾である。
どうせなら詰めて切り良く二割を押し詰めればいいのに、そう思いながら紙束を戻してヴェイグの方に向き直った。
いや、そうではない。
グリッドが見たのは‘ヴェイグの奥’だ。
ふらふら、ふらひら、ひらひら、ひらふら。
向こう側のその奥で虫が手招いている。この蟲だ、グリッドは確信した。
ヴェイグは思考する。この悩める青年は今できた悩みの種を他人に打ち明けるにも一ヶ月かかり、
その頃には既に別の悩みに変容しているから更に一ヶ月かかるような男だから始末に悪い。
(ハロルド…お前は何を考えていた?俺をこいつに付けて何をさせたかったんだ?)
ハロルドとまともに同道していた時間は思いの外少ない。
逃げていた彼女に追いついてから、プリムラにナイフで刺された僅かの間だけだ。
その僅かが今彼の最大の行動目標、カイル=デュナミスの存在を定めている。
リオン?唯のデコイよあんな奴、ハロルドはそう吐き捨てた。
『面倒だから説明お願いディムロス。あ、これはジューダスが言ったことにしておきなさい。その方が面白いわ』
彼が謝罪の対象としているスタン、カイル。そしてジューダスと瓜二つ存在であるリオン=マグナス。
これらの存在の情報は全て彼女からもたらされているのである。(実質殆どディムロスが語ったのだが)
もし4人で名簿を確認したときにジューダスが逡巡した理由があのドッペルゲンガーに有るのならば、
面白いというのは‘後でジューダスが困るだろうから面白い’という意味だろう。
先ほどの壕内ではきちんと彼女の命令を施行したことになるから、ヴェイグは見事に共犯者である。
しかし、主犯も被害者もいなくなったのだから事件は成立しないのだが。
彼女は言いたいことは此方が聞きたくなくても言うが、言いたく無いことは聞きたくても言わないのだ。
そしてたった十数分で此方のことを片っ端から聞き上げていく。
聞き上手、いうだけでは説明が付かないほどの速度で、言いたくないことまでも強制的に言わされるのだ。
(最もそういうことは大抵推測から察するか、鎌をかけて言わせるのが彼女の技法のようが)
彼女は彼から聞きたいことだけ聞いて、言いたいことだけ言って、彼が意識を失っている間に死んだ。
彼女はジューダスの仲間であって彼の仲間では無い。そう呼ぶには時間が足りなかった。
その彼女は彼にとっては、多分敵だったのかも知れない。
マーダーではない。もっと大きい意味で拒絶するべき、命を奪う者。
ヴェイグが最後に見た彼女はプリムラを殺そうとしている彼女だったのだ。
手を突き出して詠唱と共に術を編み、プリムラを殺そうとした彼女の手を、ヴェイグは。
(…あれも結局は同じだ。まったく同じ事だ)
プリムラをティトレイに、ハロルドをジェイに置き換えれば分かりやすい。
ヴェイグはあの夜に同じ時間を二回過ごしている。
動かない体を動かし、フォルスを操り、一方的に殺されそうな命を救った。
ただ結果が違う。
ハロルドは手を瞬間凍らせただけだが、一応彼女も彼女も守れたのに。
ジェイは、守れなかった。
同じ事を同じ目的で同じ衝動の下遂行したのに結果だけが違う。
同じなのに、違う?
電流が走ったとヴェイグは感じた。この言葉こそが避けていた疑問の鍵だと確信を覚える。
(やはり、おかしい。ティトレイがマーダーに堕ちて人を殺してリバウンドを受けるなら、
‘ルーティを殺した時点で俺もそうなっていないと成立しない’はずだ)
先ほどのティトレイのリバウンド説には絶対的に何かが欠けている物がある、とヴェイグは内心で思う。
思う、というよりも説明が付かない点がある。
(今のティトレイがリバウンドで罰せられるなら、ルーティを殺した時点で俺も罰せられているはずだ…
今こうやって憎悪を撒いたことも十分罰していいはずだ…何が違う?)
そもそも罰する、という概念に引っかかる。
聖獣の判断で有無が違うのか?
それではヒューマ擁護派のシャオルーンが罰さずに
ヒューマ排撃派であるイーフォンが罰するというのは酷く違和感がある。
誰かが、誰かがそれを聞いたからだ。暴走、とかくリバウンドについて彼女が。
彼の脳裏に曙光がかかった。
ヴェイグはカレギアの冒険で既にリバウンドの形を知って、それをこの島で既にカミングアウトしている。
ヴェイグは腕を捲って五指を動かす。
(あの違和感…アガーテの体に入ったクレアを受け入れることが出来なかった俺は腕を凍傷に…)
アガーテの体に入ったクレアはクレアなのか、アガーテなのか、誰なのか。
ガジュマとヒューマの差異を気にして、クレアの心を受け止め切れずに、
素直な感情は理屈に拘束され蓄積したジレンマは腕の凍傷という形で自身を蝕み、暴走という悲劇を引き起こした。
ヴェイグは手にしたチンクエディアで幻龍斬と無影衝の構えを連続して行う。
ヴェイグ単独での最強奥義「崩龍無影剣」は聖獣の力の顕著な例と言える。
(聖獣の試練の時に出した答えは俺にとっては虚構でしかなかった…)
『じゃ何よ?与えられたのはまあともかく聖獣の力と聖獣の心は別物じゃないの。
そのシャオルーンってのは別に助けてくれなかったんでしょ?そんな力捨てたら?』
多分捨てられたらティトレイは捨てているだろう。
『我等聖獣の力はフォルスと源を同じくするもの、心が揺らげば、力もまた揺らぎ、やがて』
イーフォンは確かにそう言った。
(汝を飲み込むであろう…か)
ティトレイに力を与えたイーフォンは確かにそう言った。
揺らぎ、腕の凍傷、あのシャオルーンの問いと回答、ルーティを殺めた事実、点より導かれる形がある。
(…マーダーになることと、リバウンドは無関係…?)
いや、それでは程度が知れている。
答えはもっと具体的なものだ。
「気持ちは、誰にも罰することは出来ない」
それが例え力を与えた者であろうと、聖獣だろうと。
「罰することが出来るのは…自分自身しかいないからだ」
ヴェイグのリバウンドはヴェイグ自身に依って構築されている。
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