サクラ大戦 Vol.7 〜おはようボンジュール〜

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553名無しくん、、、好きです。。。
SS 悲しい嘘〜本編

* An ending of Sakura War 3 *

――その日,帝劇は泣いていた。―――

 朝から降り続く雨に濡れ,外壁は銀色の涙に包まれていた。外だけではない。
建物内もまた涙に濡れていた。玄関の扉は固く閉ざされ,次回公演のチケット
を求めに来た常連客さえ受け入れようとしない。閑散としたホール横の売店で
は,売り子の少女がうずくまるように腰を掛けている。いつもの明るい笑顔は
どこにも見ることができなかった。ただぼんやりと,あふれる涙を拭おうとも
せず,肩を震わせながら泣き続けるだけだった。

 食堂にも人影はない。いつもならテーブルいっぱいに料理を並べ豪快に食事
をしている女性がいるはずなのだが,朝からその姿を見ることはなかった。
554550:2001/04/15(日) 21:41
>>551
嫁は、ライトゲーマーだから、
花火は結構お気に入りの名前みたいだけど、
俺自身が将来子供に名前の由来を聞かれたときのことを考えたら、
辛いので、男が生まれたら「一郎」で勘弁しろよ。
555名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:42
事務局では,沈黙の中にそろばんの音が響いている。
 『カチッ,カチッ………………………。』
 「チャラチャラチャラ………………カチッ,カチッ……………。」
 2〜3回はじいてはご破算。そろばんをはじく女性には,伝票の数字などま
ったく目に入っていない。ただ,気をまぎらすように玉をはじくことを続ける。
いつもの流れるようでリズミカルな音が鳴り響く事はなかった。噂話とおしゃ
べりを趣味とするもう一人の事務員も,今朝は朝の挨拶以外,一言も口を開こ
うとしない。付けペンのインクは乾いたまま。机の上の伝票には,流れ落ちた
彼女の涙で透明な文字が書かれていた。何度も何度も繰り返し繰り返し・・・。
556名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:42
この劇場で寝食を共にしているはずの少女達は,誰一人として朝からその姿
を見せなかった。音楽室から流れるピアノの音も,中庭で犬と戯れる少女たち
の歓声も,舞台で踊りの稽古に励む息遣いも,サロンでお茶を楽しむカップの
音も,機械をいじるカチャカチャといった金属音さえも,今日の建物の中から
は聞こえなかった。聞こえて来るのは,涙のように降る雨音だけ。
 だが,耳をすませば聞こえて来る音があった。

 自室に閉じこもったままの少女達の……
 すすり泣くような嗚咽………。


―――その日,帝劇は泣いていた。いつ果てることなく――――。
557名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:42
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  サクラ大戦3〜第拾参話〜 「悲しい嘘」

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 風はいろいろなものを運んで来てくれる。音,懐かしい言葉の響き,旋律。
香り,街の香り,住み慣れた街の匂い,昔食べた食事の匂い。熱,陸から運ば
れる人々の熱気,懐かしい人が発する温かさ。懐かしい故国の思い出を。

 小さかった港が,だんだん大きく見えてくる。何度となく夢の中で見た故国
の港。俺は帰ってきた。この港を出たのはいつだっただろうか?長かったよう
でも,わずか2年前の事だ。やっと帰ってきたんだ。

 「ここが大神さんの故国なんですね。」

 俺の横に立つ少女が言葉を発する。
 少女……いや,もう少女ではないな。だって,彼女は……。
558名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:43
「どうかしました?」

 不思議そうに首を傾げ,俺の目を正面からのぞき込もうとする。風で飛ばさ
れないようにつば広の帽子を押さえる細い腕。透き通るように白い肌が,夏の
日差しを受けてさらに輝いて見える。

 「えっ?あ,そ,そうだ。これが俺の故郷,日本だ。そして,君の新しい
 故国だ。」

 見慣れているはずなのに,彼女の素肌の輝きにどぎまぎしながら俺は答える。
フランスで共に戦った仲間。いつもそばから離れなかった少女。そして,これ
からも俺のそばを決して離れることのない大事な女性。
 フランスでの戦闘は熾烈を極めた。強大な敵に何度もくじけそうになった。
だが,いつも俺のそばにいた少女達。俺を信じて,俺の選んだ道を一緒に戦っ
てくれた少女達。その中で,俺に勇気を与えてくれた特別な存在。
 戦いの後,壊れかけた教会で誓った永遠の愛。
559名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:44
「せっかく帰っていらっしゃったのに……嬉しそうじゃありません。」

 「そ,そうかな?久しぶりの故国を見て感傷的になっちゃったかな?」

 「いえ,私にはわかります。大神さんの不安が。私を選んだから……。」

 「いや,君を選んだことを俺は誇りに思っている。誰にも何も云わせない。」

 「でも………。」

 彼女には続ける言葉がなかった。俺の心を読んでしまったのだろう。俺の心
の中にまだほんの少し残っている,日本に置いてきた女性の姿を。忘れてしま
ったと思ったのに,故国を前にして奥底からわき出てきた女性の姿を。赤い袴
と赤いリボン,桜色に輝く女性の姿を。
560名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:44
「大丈夫だ。君は何も心配することはない。全て解決済みだ。」

 そう。米田長官が万事うまく事を運んでいるはずだ。問題はない。俺が……
俺が帝劇へ行かなければ。花組のみんなに会いさえしなければ。

――あの日,電話から聞こえた米田長官の驚いた声。それは1年前の出来事。

 『なにぃ?フランスで結婚した?ってぇ事は…なにか?日本でお前の帰りを
  待ってるさくらや花組の隊員はどうするんだ?』

 『わかった。本当にそれでいいんだな?そんな事をしたら,おめぇさんはも
  う,帝劇へは帰ってこれないんだぞ。花組のみんなと,さくらとも会えね
  ぇんだぞ。覚悟は出来てるんだろうな?』

 『わかった。そこまで云うんなら……。俺からみんなに伝えよう。』

 『いいか,今後一切,帝劇には顔を出しちゃならねえぞ。わかってるな。』

 『大神。日本に帰ってきたら連絡ぐらいしろよ。いや,無理か。こっそり会
 ってるところをさくらにでも見られた事だ。』

 『まぁ,2〜3ヶ月泣きもすれば忘れるだろうよ。あいつらも若いから。
  新しい恋さえ見つければすぐにでも立ち直るだろう。』

 この日,大神一郎はこの世から消えることを決意した。自らの手で――。
561名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:44

 『大神は,巴里での戦いで……敵の首領と差し違えたそうだ。』

 大神一郎海軍中尉殉職のニュースは,米田の口から帝都に残った華撃団のメ
ンバーに伝えられた。

 『見事な散り際だったらしい。最期は,爆発がひどくて骨一つ見つからなか
  ったそうだ。』

 誰一人動かなかった。言葉さえ発せられることがなかった。。だれもがその
出来事を信じなかった。信じることなど出来なかった。ぽつりとさくらの声が
もれる。うつむいたそのその声は,こらえる涙に震えていた。

 『うそ……。約束……。必ず帰ってくるって……。元気で帰って……。』

 『嘘じゃねぇ。帝国海軍から正式な報告書も来ている。明後日,海軍葬を行
  うそうだ。莫迦野郎が。俺より先に逝っちまうなんてよぉ……。』

 『お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……?ぐすん……うわぁ〜〜ん』

 アイリスの号泣に誘われたのか,堰を切ったようにみんなのすすり泣く声が
聞こえはじめる。

 『明日は練習は休みだ。事務局も売店も休んでいいぞ。帝劇は臨時休業。以
  上で解散。………みんな,今日は思いっきり泣きな。泣いて忘れるんだ。』

 サロンから米田の足音が消えていく。残ったのはすすり泣く声だけ。


 ――その日から,帝劇は泣いていた。涙が永遠に枯れぬかのように――。
562名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:45
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 故国の土を踏む俺の衣装は,海軍士官の制服ではない。帝国海軍中尉「大神
一郎」はすでにこの世には存在しないのだ。俺がこの手で消し去った。全てを
米田長官に任せ,俺は帝国華撃団から姿を消した。姿だけではなく,全てを消
したかった。なぜなら――。

 「大神さん,お願いがあるんですけど。」

 港から上野へ向かう蒸気タクシーの中で,彼女が俺の考えを遮るように問い
かける。普段,大人しい彼女から俺にお願い事をするなんて珍しい事だ。

 「上野へ向かう前に,銀座の街を観てみたいのですけど。」

 「銀座を?でも……。」

 今回,日本へ来た目的は,俺たちの結婚を先祖の墓前に報告する事だった。
父母にも会えない隠密の墓参り。そう,その墓にはきっと,俺の名前も刻ん
であるだろう。俺はもう,日本ではこの世に存在しない人間なのだから。

 「車の中からでいいんです。ほんの少しだけ,大神さんが働いていた大帝国
  劇場を見てみたいんです。」

 「しかし……。」
563名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:45
俺はためらっていた。帝劇を見たいと望む彼女の願いは聞き入れてやりたい。
俺達が二人揃って日本の土を踏むのはこれが最初で最後だろう。だから……。
 いや,それ以上に,本当に帝劇に行きたいのは俺だった。俺の心が叫んでい
た。もう一度帝劇を,花組のみんなを見たいと。
 だが,俺は帝劇に近づくことさえ出来ない。あの日,俺は彼女たちを捨てた
のだから。新しい生活のため,新しい女性を得るため,長い間俺の帰りを待っ
ていたであろう彼女たちを捨てたのだから。

 「車の中から見るだけです。遠くから,誰にもわからないように。それなら
  大丈夫でしょう?」

 「わかった。運転手さん,大帝国劇場の前を通ってくれ。通るだけでいい。」
564名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:46
蒸気タクシーは交差点を曲がり方向を変える。ものの2〜3分で到着するだ
ろう。すでに見慣れた景色が現れ始めている。夜,あの娘とテラスから見た夜
景の中できらきらときらめいていた街灯が立ち並ぶ道路を,車はゆっくりと帝
劇へ向かって走っていく。

 「お嬢様,あれが大帝国劇場ですよ。立派なものでしょう?」

 「えぇ。とっても。巴里の劇場に負けないくらい美しいです。」

 俺はかぶっていた帽子をさらに深くかぶり直す。薄暗い車内は外からはほと
んど見えないだろう。運転手は気を利かせたつもりか,さらにスピードを緩め
てゆく。ゆっくりと,ゆっくりと大帝国劇場が近づいてくる。鉄柵の入った窓。
石畳の階段。毎朝,あの中で俺は……。
 と,その時,階段を降りてくる女性の姿が目に入った。あれは……。
>>552
今日はイベントがあったので、あそこ自体重いかも(涙。

>>554
了解。
がんばってくだされ。
566名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:46
「さくらくん!!」

 間違いなかった。俺が巴里にいる間も,毎日のように手紙をくれたさくら。
俺を信じて,俺との約束を信じて……待っていてくれたさくらがそこにいた。
一瞬だが目があった。俺の顔は見えていないはずだ。だが,それで充分だっ
た。彼女の霊的な力が俺を捕らえるのがわかる。互いの霊力が引き合う感触。
駄目だ,逃げなければ。今,彼女に会ってはならない。

 「運転手さん,速度を上げて下さい。もう充分です。早く。」

 「でも,いいんですか?」

 「構わない。急いで。」

 俺の強い口調に,蒸気タクシーのスピードは渋々上がってゆく。
 そっと振り返ると,何事もなかったかのように歩き去るさくらの後ろ姿が見
えた。
567名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:46
カジノで手に入る「ドラマダウンロード用パスワードカード(?)」って、
どこで使えるのですか?
568名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:47
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 「さくら色の着物,赤い袴。あの方が”真宮寺さくら”さんなのですね。
  大神さんが愛した人。あなたの心を最初に掴んだ人。」

 俺は答えられなかった。俺は見てしまったから。
  さくらくんの髪をとめるリボンを。
  真っ黒なリボンを。
  喪に服している事を示すリボンを。

 「大神一郎は,まだあの人の中で生き続けてるんですね。」

 「………。」

 「大神さんの中に,まだ,真宮寺さくらさんへの想いが消えずに残っている
  ように。」

 「いや,俺の中には……もう………。」

 「悲しい嘘………。
    今の一郎さんも…あの日も一郎さんも…。それを受け入れた私も。
      悲しい………嘘……。」
569名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:47
彼女の両手が,俺の左手を握りしめる。彼女の温かさが俺の中へ流れてくる。

 「あの時,私が弱かったから……。さくらさんには勝てないと私が思ってい
  たから……。だから,あなたは自分を消し去った。私のために,私を安心
  させるために,さくらさんに永遠の別れを贈ってしまった。」

 手を握る力が強くなり,燃えるような熱が伝わってくる。内に秘めた情熱。
さくらを捨て,俺が選んだ彼女の,俺だけにしか向けられる事のない愛という
名の本性。熱い心。

 「大神さんは,嘘をつくのが下手すぎます。でも,そんな大神さんが……
  悲しい嘘しかつけない大神さんが……やっぱり好きです。」

 俺は彼女の手を強く握り返していた。そう,俺には彼女がいる。いや,彼女
しかいない。なぜなら,大神一郎は死んだのだから。花組隊長の大神一郎は死
んでしまったのだから。彼女のために。たった一人の女性のために。
570名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:48
「大神さん,今日は何の日かしってますか?」

 「いや,誰かの誕生日だったかな?」

 「さくらさんの黒いリボンと,手に持っていたお花で思い出しませんか?」

 「あっ!そうか。今日は………。」

 今日は大神一郎が殉職した日。俺がこの手で自分自身を消し去った日。
 そして………

 「大神一郎の命日であると同時に,君と俺とが永遠の愛を誓った日。
  二人の結婚記念日だったね。愛してるよ。」

 「もしかしたら,本当に覚えてなかったんですか?」

 「いや,ちゃんと覚えていたよ。ちゃんとね,はははは。」

 「さんって本当に嘘が下手ですね。ふふふふ。」

 「いや,俺は嘘なんてつかないぞ。二度と悲しい嘘なんてつかないから。
  絶対に……誰かを悲しませる嘘なんてつかないから。」

 彼女の笑顔を求めたから,たった一人の少女の笑顔を求めたから。ずっと笑
 顔でいて欲しかったから。俺が笑顔を与えてあげたかったから。

  悲しい嘘。最期の嘘。
  帝国海軍中尉大神一郎,巴里の地で永眠する。


                   ―――END―――
571名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:48
「一年,たった一年だったけど,毎日,毎日,泣いてばかりの一年だ
  ったけど,今日でそんな日々にさよならします。

   大神さんのために流す涙は,今日で最後です。あの大神さんが,
  私に生きることを教えてくれた大神さんが,こんなに泣きながら暮
  らしてる私を見て喜んでくれるはずないですよね。

   私,大神さんの事は忘れません。でも,強く生きるために,大神
  さんとの思い出は心の隅っこに片づけちゃいます。
  新しい恋をして,また,楽しい思い出をたくさん作って,笑顔で生
  きていきます。
   それが大神さんが望んでいた事だから。大神さんは笑顔が好きだ
  ったから。

     だから,この黒いリボンとも今日でお別れです。
     さようなら,大神さん。」


 黒いリボンは風に乗り,海へと落ちてゆく。白い手向けの花と共に波にさら
われ沖へと流れる。このまま,巴里に眠る大神さんの元へ届いてと願うさくら
の意思を汲むかのように。

  「大神一郎中尉に,敬礼!」
572名無しくん、、、好きです。。。:2001/04/15(日) 21:49
巴里の空へ向かい敬礼をするさくらの髪には,赤いリボンが揺れていた。


                 ―――終劇―――