ギャルゲー板SSスレッド Chapter-3

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198君のいる場所へ(1)
 光。
 おい、光ってば。
 どうしたんだよ。暗い顔をして。
(なんでもないよ)
 なんでもない事ないだろ。
 いつもみたいに笑ってくれよ、光。
(君が、いけないんだよ)
 ……え?
 俺が一体何をしたって言うんだ?
(君が、いけないんだ)
 どういう意味だよ。
 光、おい光、答えてくれよ。
(……バイバイ)
 光。
 こっちを向いてくれよ。
(バイバイ)
 光。行かないでくれ。
 光。
 光っ!!

「ひかりぃぃぃぃっ!!」
 叫びと共に――いや、実際には声なんて出ていなかったんだろうけど――俺は布団を
飛ばして跳ね起きた。
 不愉快な汗が、背中をびっしょりと濡らしていた。二月の冷たい空気が、俺の体を震わせる。
「夢、か……」
 荒ぶる呼吸を少しでも静めるために、俺はそう声に出して言ってみた。
 それにしても、ちくしょう――なんて夢だよ。
199君のいる場所へ(2):01/10/08 22:16
 10時を知らせる鐘の音と共に、見慣れない街が目覚めていく。あちこちでシャッターの
開く音が響いて、あわただしく人が動き始める。ここは隣街、きらめき市のショッピング街……
その中を、俺は何をするでもなく、ただ無目的に歩いていた。
 わざわざ電車に乗ってこの街まで来た事に、大した意味なんて無かった。強いて言えば、
あいつと俺との思い出の染み付いた街を、ほんの少し離れてみたかった……それだけだった。
 この時期の高校3年生なんてのはヒマなものだ。入試試験も終わり、結果の発表までは、
運を天に任せて待ち続けるしかない。奇妙なもので、やりたい事はたくさんあったはずなのに、
いざ暇になると、なぜか何もやる気にならない。
 そう、昨日もそんな気分だった。
 昨日俺は、幼なじみの陽ノ下光に、ボーリングに誘われたんだ。いつもなら、喜んで応じる
はずなのに――昨日だけはどうしてもそんな気分にならなくて、ついそれを断ってしまったんだ。
 それにしても、と俺は思う。
 別れ際の彼女の沈んだ顔。あれは一体なんだったんだろう。たかがボーリングを断ったぐらいで、
あんなに落ち込むものなんだろうか。今にも涙さえ浮かべそうな、そんな表情が、いまでもまぶたの
裏に焼きついている。だから、あんな嫌な夢を見たのかもしれないな。
 それに、たぶん悪夢の理由はもう一つあるんだ。それは――。

 『推薦入学の話を聞いたからだろう』 >>200-201
 『自分の気持ちが解らないんだ』 >>203-204
 ――推薦入学の話を聞いたからだろう。
 高校入学と同時に、7年ぶりの再会を果たした俺と光は、それ以来いつも一緒だった。落ち込んだ
時、悲しい時、いつもあいつの笑顔が横にあった。それが当たり前のことだと、俺は思ってた――。
 だけど、違ったんだ。光が俺のそばにいたのは、光がそう望んでいたからなんだ――その事を俺は、
校長先生の話で知った。あいつはわざわざ、陸上の推薦入学の話を蹴ってまで、俺と同じ大学に通う
ことを選んだんだ。
 正直、嬉しかった。だけど、それ以上に、訳の解らない戸惑いを覚えたのも本当なんだ。
 俺は、どうしたらいいんだろう。理由もなく不安感が膨れ上がって、俺はその場に立ち止まった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
 背中に誰かがぶつかってきて、俺はおもいきりバランスを崩した。つんのめりそうになるのを、
なんとか堪えて振り向くと、そこには一人の女の子が申し訳なさそうに立っていた。
 きれいな子だった。あどけなさを残した、しかし整った顔立ちは、美少女と呼んでも美女と呼んでも
通用しそうだ。ていねいに手入れされているのだろう長いつややかな髪に、ヘアバンドの鮮やかな色が
映えている。
「ご、ごめんなさい、前をちゃんと見てなかったから……」
「いや、こっちこそぼうっとしてたから……」
 俺の返事を、その女の子はよく聞いていない様子だった。しきりに振り返り、後ろを気にしている。
やがて彼女は切羽詰った表情で、こんな事を言い出した。
「あ、あの、ちょっとお願いがあるんですけど……」


「おい、この女の子を見なかったか?」
 望遠仕様のカメラを抱えたその男が指し示したのは、ゴシップで有名なスポーツ新聞の紙面だ。
少しぼやけた男性と女の子のツーショットを、「GLOYボーカルTORU、デビュー前アイドルと熱愛発覚!!
か?」という見出しが飾っている――小さな「か?」がポイントだ。
 俺はあらかじめ用意しておいたセリフを口にした。
「あ、その女の子なら、あっちに走っていきましたよ」
 少し棒読み気味の俺の言葉を、男は素直に信じたようだった。俺が指差した方向へと走っていく、
そいつの背中が見えなくなったのを確認してから、俺は振り向いて、肩越しに声をかけた。
「もう、大丈夫みたいだよ」
 路地の隙間から、さっきの女の子が、申し訳なさそうに顔を出した。
「へぇ……アイドルの卵なんだ」
 彼女の母校、きらめき高校の校舎の片隅で、俺はその女の子――藤崎詩織さんというらしい――
の話を聞いていた。
「うん。この間、オーディションを受けてきたばっかり」
「それでいきなり、あんなのに狙われちゃうなんて……」
「うん……ただの誤解なのに……」
「災難だったね。でも、無理もないかも。ほら、藤崎さん、美人だしさ」
「えっ?」
「きっとアイドルになれれば、大成功できると思うよ。頑張って」
「頑張って……か」
 俺は精一杯励ましたつもりだったが、彼女は一段と暗い顔になってしまって、俺は内心うろたえた。
「彼にも、同じ事言われたな……」
「彼?」
「うん……幼なじみの男の子。家が隣同士で、学校もずうっと一緒だったの」
 俺と光みたいなもんか……そう考えて、次の瞬間頭の中で訂正した。この子には、俺たちみたいな
空白期間がないんだ。
「オーディションに行く日の朝も、彼は笑って見送ってくれた……」
「そうなんだ……本当に仲、いいんだね」
「うん……仲のいい幼なじみだって、そのときまでそう思ってた……でも」
 藤崎さんはうつむいて一瞬だけ黙り込んだ。
「オーディションの時……演技の審査があったの。簡単な台本を手渡されて、相手役の男の子とセリフ
を読み合わせるの。……告白のセリフだった」
 藤崎さんの横顔がかすかに揺れた――気がした。
「その時、私思ったわ。ここは私のいる場所じゃない、って。どうして私はこんな所で、好きでもない
人と、こんな事してるんだろう――って」
「藤崎さん……」
「オーディションを受けてみたのも、ちょっとした気まぐれのつもりだった。でも、今になってみれば、
私――彼に止めて欲しかったのかもしれない。彼に、行くな……って言って欲しかったのかもしれない。
……自分勝手だよね。あの人は、笑いながら『がんばれ』って励ましてくれたのに……」
 藤崎さんはうつむいた。長い髪が彼女の表情を隠したが、震えている声から、だいたいの想像はついた。
「私……どうしたらいいんだろう……」
 俺は、彼女にかける言葉を見つける事ができなかった。しばしの沈黙が流れ、そして――。
「……ご、ごめんなさい、私ったら、初対面の人に変なこと言っちゃって……」
「あ……いや、いいんだ。それよりさ」
 俺は、できる限りの笑顔を作って、こう言った。
「俺、その男の子の気持ち、解る気がするな」
「え?」
「その人はね、きっと――」

 『本当に藤崎さんを大切に思ってるんだよ』 >>202
 『本当は藤崎さんなんかどうでもいいんだよ』 >>207
「――本当に藤崎さんを大切に思ってるんだよ」
「えっ……?」
 きょとんとした表情の藤崎さんをみつめて、俺は続けた。
「その男の子はね、きっと……藤崎さんの可能性を縛る事が怖かったんだ。藤崎さんが幸せになろうと
している、その足手まといになる事が……怖かったんだ」
「そんなっ! 私……」
 藤崎さんの言葉を、俺はさえぎって続けた。
「俺にもさ……好きな女の子がいるんだよ。その子は陸上やってて、すごく走るのが速くてさ……本気に
なれば、もっとずっと上を狙える人間なんだ。だけど、その子は俺のそばにいる事を選んでくれたんだ……」
 俺は何を言ってるんだろう。心の中の冷静な部分がそうつぶやいたが、俺の言葉は止まらなかった。
「……俺ってさ、バカだから……自分に自信が持てなかった。俺といる事で、あいつをもっと幸せに
してやれるって、そう思えなかった。だから……俺はあいつから逃げてた。自分の気持ちから逃げてた……」
「……」
「……でも、もう逃げないよ。俺……、あいつの想いを正面から受け止めてみる。あいつが俺の事選んで
よかったって、そう思われるような、そんな人間になりたいんだ――」
 そう言葉にした事で、俺は心がすうっと軽くなっていくのを感じた。なんだ、簡単な事じゃないか……。
「だから、藤崎さんも、まず君の想いを、その子にぶつけてみなよ。きっとその子は、受け止めてくれると
思う……」
 藤崎さんは顔を上げた。
 彼女の視線の先には、優しげにたたずむ、大きな一本の古木があった。彼女はしばらくそれを見つめた
あと、小さな声で言った。
「……うん」
 小さな声の、だけどそれは確かに決意だったと、俺は思う。
「ありがとう……いろいろと」
「いや、お礼を言わなきゃいけないのは、俺の方だよ。……お互い、頑張ろうぜ。幸せになれるように……」
 俺は左腕の時計を見た。休日の時間はまだ、たっぷりと残っていた。
 少なくとも、光とボーリングを楽しむには充分過ぎる時間が。
「それじゃ俺、行かなきゃいけない場所があるから……」
「うん……それじゃ、さよなら」
「さよなら。またいつか、どこかで」
 そう言って、俺は走り出した。
 ……そう、光のいる場所へと。

 >>206
 ――自分の気持ちが解らないんだ。
 高校入学と同時に、7年ぶりの再会を果たした俺と光は、それ以来いつも一緒だった。あいつは、俺が
引っ越す前と何も変わってなかった。元気で、明るくて、いつでも一生懸命で。だから、そんな光にもっと
近付きたかった。入学式の時は、たしかにそう思っていたはずなんだ。だけど――。
 もう、ほんの一歩なんだ。
 越えるべき一線は、すぐそこに見えてるはずなんだ。なのに、俺はその一歩を踏み出す事ができない。
そのせいで俺は、光に対して距離をおくような態度をとってしまうんだ……。
 何を……俺は、何を迷ってるんだろう。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
 ぼーっと歩いていたせいだろう、俺は歩いてきた女の子と正面衝突した。みっともなく尻餅をついた
俺の耳に、ちゃりーん、と澄んだ音が響いた気がした。
「あっ、ご、ごめん、ぼおっとしてたから……」
「い、いえ、私こそ、わざとじゃないんです、ごめんなさい」
「……わざと?」
 そりゃ、当たり屋でもない限り、わざと人に正面衝突する人間もいないだろうけど――奇妙な事を
言う子だな、と俺は思った。
 奇妙な、といえば、その俺にぶつかってきた女の子の髪形だ。左右でみつあみにした髪を、こめかみの
辺りで輪っかにしているらしかった。左右に大きな輪っかがくっついたシルエットは、どこかコアラを
連想させた。
 俺が立ち上がったとき、その女の子は、道路にしゃがみこんで、何かを探していた。
「あ、あれ……十円玉、どこに行っちゃったんだろう……」
 そういえば、さっきコインを落としたような音がしたっけ。そりゃ俺にも責任があるな――と言うわけで、
しばらく二人で探したけど、結局その十円玉は見つからずじまいだった。
 その女の子は、泣き出しそうなほどに落ち込んだ声で、こう言った。
「どうしよう……電話、かけられないよ……」
「電話?」
 いまどき十円玉で電話って、また古風な。
「それなら、俺の十円使いなよ……あ」
 財布を覗き込んだが、こんな時に限って小銭もテレカも切れている。携帯は……家に忘れてきたらしい。
その事を告げると、彼女はいっそう落ち込んだ様子だった。
「何か訳ありなの?」
「うん。でも……」
「……あ、ごめん。俺で相談に乗れるなら、って思ったんだけど……見ず知らずの人間に話したくなんか
ないよね」
 俺がそう言うと、その女の子は、戸惑ったように伏せていた顔を上げた。
「……聞いてくれますか?」
「え?」
「知らない人に聞いてもらったほうが、楽になれるかもしれない。あ、でも、何から話せばいいんだろ……
えっと、あなたは……」
 その子は、軽く頬を染めて言った。
「あなたは、一目ぼれを信じますか?」
「はじめはね、はしかみたいなものだって、思ってた……」
 コアラ髪の女の子は、深呼吸をするみたいに、ゆっくりと言葉を吐き出していった。
「きっと、すぐに冷めちゃうんだって思ってた。だけど、そうじゃなかった……一日一日を、あの人と
同じ学校で過ごすだけで、どんどん気持ちが大きくなっていって……もう、自分でもどうしようもなくて……」
「その人に、君の気持ちは伝えたの?」
「……ううん。それどころか、彼は私の名前さえ知らないの」
「えっ?」
「何度か言おうとしたことはあるんだけど……彼の前に行くと、何も言えなくなっちゃって……だから私、
おまじないをかけたの」
「おまじない?」
「うん。十円玉を十枚……これで電話をかけて、使い切るまでには、ちゃんと自分の想いを伝えよう、って。
でも、やっぱり勇気が出なくて、間違い電話のふりしたりして……」
 彼女は目を伏せた。
「さっきのが、最後の一枚……」
「……ごめん……そんなに大切な十円玉だなんて、知らなかったから……」
「ううん……これで良かったのかもしれない……私……私ね……」
 奇妙なまでにすがすがしい顔で、その子は言った。
「……あきらめる事にしたの」
「えっ!?」
「その人にはね……好きな人がいるらしいんだ。その女の子は、かわいくて、成績優秀で、性格も良くて……
私なんか、とても叶わないから……」
「じゃ、さっきかけようとしてた電話は……」
「せめて最後の思い出を作ろうって、デートに誘うつもりだったんだ……おかしいよね。名前も知らない
女の子とデートなんて……私、どうかしてるよね……」
「……」
「だから、これで良かったんだ、きっと……今ならまだ、失う痛みを知らないままでいられるから……」
「失う……痛み……」
 そうか。
 その一言で、やっと解ったよ。俺が何を怖がってたのか……。
「変な事聞いてくれてありがとう。それじゃ……」
「……待って!」
 立ち去りかけた彼女の背中に、俺は声をかけた。
「あのさ、俺、すごく無責任な事を言おうとしてるかもしれない。だけど、どうしても言いたいんだ――」

 『あきらめたら、それで終りじゃないか!』 >>205
 『あきらめて俺と付き合わない?』 >>207
「――あきらめたら、それで終りじゃないか!」
 コアラ髪の女の子は、俺に背中を向けたまま立ちすくんでいた。そんな彼女に、俺は独り言のように
話し掛けた。
「俺さ……小さい時に一度、引越ししたんだよ。その頃仲の良かった友達や、幼なじみの女の子、少し
憧れだった近所のお姉さん……そんな人たちと突然離ればなれになったんだ。そのせいかな。引越し先の
新しい学校で、俺……浮いてたんだ。仲のいい友達を作ったら、またあの時みたいに、突然悲しい思いを
するような気がして……だから俺、中学の頃の思い出が薄いんだ……」
 聞いているのか聞いていないのか……女の子は、俺に背を向けたまま、ぴくりとも動かなかった。
「高校入学と同時に、元の街に戻ってきて……幼馴染みのその子と再会して、いつの間にか俺、そいつと
同じところにいるのが当たり前になってた。気がついたら、そいつは俺にとって、いちばん大切な人に
なってたんだ……その事に気づいた時、俺、急に怖くなった。もしかしたらあいつは、俺の事なんて
なんとも思ってないのかもしれない。いつか突然、俺の横からいなくなるかもしれない――そう考えたら、
あいつに近付きすぎる事が怖くなった……」
 女の子が振り向いた。その子の目を真っ直ぐに見つめながら、俺は続けた。
「でも、それじゃいけないんだ。それじゃ、別れる時に一番言いたかった事を言えなかった、あのガキの
頃と何も変わってないから……このままじゃ、俺、きっと後悔すると思う……」
「後悔……」
「俺、たった今決心したよ。俺、あいつに本当の気持ちを伝える……」
 俺がそう言ったとき、どこからともかく鐘の音が聞こえた。それは、どこかのスピーカーから流れた
無機質な時報でしかなかったけど、俺には……特別な意味に聞こえたんだ。
「だから、頑張ろうよ……あきらめずに。その人と、ずっと同じ場所にいられるために……」
 風が吹き、街路樹をざわめかせた。その風に促されるように、コアラ髪の女の子は微笑んだ。
「ありがとう……もう一度だけ、勇気を振り絞ってみる。あの樹の下で……」
「礼を言うのは俺の方だよ。お互い、頑張ろうぜ。いつかどこかで会った時、笑顔でいられるように」
「うん。またどこかで会おうね…それじゃ」
 お互いに手を振って、俺たちは別れた。遠ざかっていくコアラのようなシルエットを見送りながら、
俺は彼女の名前さえ聞いていないことに気付いて、一人で苦笑した。
(さて……まだボーリングに間に合うかな)
 左手の時計を見つめる。時刻はもう昼に近付いていた。電話で連絡しないと、先にどこかに出かけて
しまうかもしれない。そう考えて、俺は小銭も携帯も持っていないことを思い出した。しょうがない、
走るか……と思い、カバンを持ち直すと、その隙間から一枚の十円玉が転がり落ちた。
(……こんなところに挟まってたのか)
 俺は十円玉を見つめたまま、しばらく逡巡し、結局それを持って手近の公衆電話へと走った。
(ごめんね。次にあったときには返すよ……謎の女の子さん)
 呼び出し音がひたすら長く感じられた。やがて、少し暗い声で電話に出た彼女に、俺は言った。
「あ、光? その……昨日はごめん。ボーリングの件だけどさ……」
 ――そうか、あの出来事から、もう1年が経つんだな。
「どうしたの? ぼーっとしちゃってさ」
「あ……いや、なんでもないよ」
 俺がそう言うと、光は笑った。髪は少し伸びたけど、その表情は昔と変わらない、無邪気で人懐っこい
微笑みだ。――いや、少し大人っぽくなったかな。
「それじゃさ、さっそく行こうよ!」
 光は、俺の手をつかんで走り出す。前言撤回――やっぱりこいつは昔のままだ。
「おいおい、せかすなよっ……あれっ?」
「え? どうしたの?」
 人の流れを隔てた向こうに、あの時の女の子の後姿があった。彼女は、とても幸せそうな顔で、傍らの
男性に寄り添っていた。
「あ、いや、なんでもないんだ。ちょっと見知った顔が……うわっ!?」
「きゃあっ!?」
 正面から衝撃を受けて、俺は尻餅をつきかけた。
「すっ、すいません!」
「あ、いや、俺もよそ見してたから……」
 俺の目の前で、小柄な体をさらに小さくしているのは、少し気の弱そうな女の子だった。ひびきのの
制服を少し地味にしたような、ブラウンの制服に身を包んでいる。高校1年生、といったところだろうか。
「……あーあ、ホンマにドンクサいなぁ、ゆっこは。ほら、さっさと行くで」
「あーん、待ってよぉ、ちとせったら」
 友人らしい女の子に呼ばれて、その子はぺこりと頭を下げて、ちょこまかと走っていく。なんだか微笑ま
しい気持ちで、俺はその子たちを見送った。
「どうしたの?」
 光が不思議そうな顔で問いかける。
「……いや、あの子達も、いつか自分のいる場所を見つけるのかな……ってさ」
「……何それ?」
「何でもいいさ。……なぁ、光」
「なあに?」
「……ずっと、一緒にいような。俺たちの場所にさ」
                                              <END>
 その冗談めかした一言は、相手をひどく傷つけたようだった。涙をこぼしながら走り去っていく、
彼女の後姿を、おれは呆然と見つめる事しかできなかった。
 そして、その翌日。俺は、なぜか白雪さんに激しく糾弾される事になる。その噂は、瞬く間に
校内に広まり、そして……

 ……そして、一年が経った今も、俺は一人きりのままだった。
 学生食堂の、安さだけがウリの定食を一人で食べながら、俺は、あの日以来、通算何百回目かの
ため息をついた。
                                            <BAD END>