ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level9

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668CC 32-1/39 ◆GxR634B49A
32. New Position

 草木も眠る丑三つ時――
 とは使い古された表現だが、要するに誰も彼もが深い眠りに落ちてなきゃおかしい真夜中。
 こんな時間に他人の部屋を訪ねるヤツは、よっぽど特殊な用件でも無い限り、まずいない。
 だが、静かに――
 カーテンの隙間から薄っすらと差し込む星明りの元、蝶番の音を立てる事すらはばかって、ひどく慎重に、ゆっくりと俺の部屋の扉は開かれた。
 時ならぬ闖入者の目的は、果たして夜這いだろうか。
 蔭ながらひっそりと俺をお慕い申し上げていたメイドがジツはいて、募る思いを抑えきれずに、とうとう忍んで逢いに来たのだ。
 薄く開かれた扉から、するりと忍び込んだ人影は、既に夜目にも慣れているらしく、ベッドで微かに上下する毛布の元へと迷わずに歩み寄る。
 そして、毛布の中身が本当に眠っていることを確認するみたいに、しばらく凝っと息を殺して佇んだ。
 荒くなりがちな呼吸を、侵入者が無理に抑え込んでいるのが分かる。
 緊張しているのだ。
 どのくらい、そうしていただろう。
 やがて人影は、意を決したように懐をまさぐった。
 星明りを反射してきらめいたのは、小振りの剣――
 はいはい、分かってましたよ。夜這いな訳ねー。
 予定通りだ。残念ながら。
 大体、夜這いにしちゃ時間が遅すぎるもんな。前後不覚に鼾をかいてる相手に迫ったところで、寝惚けたオチが待ってるだけだ。
 叩いても起きないくらいに、相手がぐっすり寝込んでいた方が都合がいいのは、もうちょっと剣呑な用向きの場合だ。
 ぶるぶる震えながら振り上げられた短剣は、頂点で静止したままなかなか動かなかったが、やがて、その重さに耐え切れなくなったように毛布を目掛けて振り下ろされた。
 刃に貫かれる寸前――
 いきなり毛布が跳ね上がり、懐剣を握った腕が、がしっと力強く受け止められる。
「ッ――ぐぅっ!?」
 あっという間に侵入者を組み伏せたファングは、部屋の隅っこでしゃがんで身を小さくしていた俺を見た。
「お前の言う通りだったな」
「大したモンだろ?」
 投げやりに返してベッドに近寄った俺は、侵入者の顔を覗き込む。
 苦痛と屈辱に歪んだその顔は、俺の予想した通り――
669CC 32-2/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 08:35:38 ID:vxg3cq/Z0
「――でも、あの時は、ホントにびっくりしちゃいました」
 妙に嬉しそうに、アメリアが言った。
「横で見てただけなのに、私までスゴくドキドキして、ぽ〜っとしちゃいましたもん」
 離れの廊下で、ばったり出くわしたついでの立ち話だ。
「ああ、そう?」
 もういいじゃん、そのハナシは。と言わんばかりの俺のいい加減な相槌も、アメリアは気にした風が無い。
「はい、それはもうっ!とても真剣なお顔で、真っ直ぐにユーフィミアさんをお見詰めになって……スゴく、素敵でしたよ?ちょっと、憧れちゃいました」
 幾ばくか笑顔に混じったからかいの気分に、辛うじて救われる。
「あ、すみません、お引止めして――今から、そのお話をされに行くところなんですよね?」
 そのお話ってのは、当然アレだ。
『結婚しよう』
 俺がエフィに、そう言ってプロポーズした件のコトだ。
 恋人役なんていい迷惑だってな態度を、ずっと崩さなかった俺に言われて、あの時はお嬢が一番呆気に取られてたな。
 まぁ、我ながら唐突だったとは思うけどさ。
『あなたは、今から私の恋人なんですからね』
 俺がお嬢に言われた時もいきなりだったから、これでお相子だよな。
「では、失礼します――ヴァイスさんが、これからどうされようとしてるのか、ジツは良く分かってないんですけど……頑張ってくださいね」
「ああ」
「ユーフィミアさんのお気持ちも、ちゃんと考えてあげないといけませんよ?」
 お姉さんみたいな口調で言い残して、頭を下げてすれ違う。いちおう、俺の方が年上なんですが。
 どこまで分かってないんだかね、まったく。
 どうせこれから、ファングの世話でも焼きに行くんだろうな。ちぇっ、あの果報者め。
 離れを出て、屋敷へ向かう。
 相変わらず大時代的な雰囲気を醸し出している天井の高い廊下を抜けて、お嬢の部屋を訪ねると、控えの間からそばかす顔が覗いて俺を迎えた。
670CC 32-3/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 08:40:30 ID:vxg3cq/Z0
「おはようございます、ヴァイス様。お嬢様が、先ほどからお待ちかねです」
「ああ、うん、おはよう――ちょっといいか?」
 早速、お嬢に取り次ごうとしたファムを呼び止める。
「はい、なんでしょう?――あ、先日は、お嬢様が危ないところをお守りいただいたそうで、ありがとうございました」
「いや……まぁ、別に」
 ジツは大した事をしてないので、言葉を濁して話題を変える。
「あのさ――あんたは、あのカイってのと幼馴染なんだろ?」
 ホントは、もうちょい当り障りの無い会話を交わして、気分をほぐしてから切り出そうと思ってたんだが、つい本題から入っちまった。
「はい?そうですけど?」
 ファムは細い目をきょとんとさせて、首を傾げる。
 メイドだから当然かも知れないが、化粧っけはまるでない。いや、そうじゃないメイドも、これまで割りと目にしてきたが――主に、アホの王様がいるお城とかで――首の後ろで無造作に束ねたセミロングの髪といい、純朴な田舎娘そのものといった印象だ。
「えぇとだな……実際のトコロ、あいつはどんな人間なんだ?」
「どんな……と言われましても。立派な方ですけど」
 うん。そういう、判で押したような返事を聞きたいんじゃないんだよね。
「あんたにゃ、見っとも無ぇトコ見られちまったから言うけどさ……」
 この前、カイと顔を合わせた時に、ファムはずっと傍らに居たので、やり取りの一部始終を見られている。
「俺とあいつは、言わばおじょ――エフィを取り合ってる恋敵ってヤツだろ?あいつの弱みを握りたいって訳じゃねぇけどさ、非の打ち所が無い立派な御仁が相手ってのも上手くない。だから、それこそ幼馴染しか知らねぇような、ヘンな話とか無いモンかと思ってね」
 こんな風に言えば、少しは口が軽くなるかと思ったんだが。
「いえ、私には分かりません」
 ファムは、あっさりそう答えた。
「いやいや、なんかあるだろ。完璧な人間なんて居やしねぇんだからさ」
「はぁ、そういうモノですか」
 なんだか、間の抜けた返事だ。
671CC 32-4/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 08:44:46 ID:vxg3cq/Z0
「いやさ、あんたにしてみりゃ、ぽっと出のどこの誰とも分かんねぇ俺なんかより、幼馴染のあいつを庇いたい気持ちはよく分かるよ?けどさ、性格にしろなんにしろ、どっかに欠点の一つくらいはあるモンだろ。例えば、真面目過ぎて融通が利かなくて困る、とかでもいいからさ」
「いえ、それで私が困ったことはありませんから」
「だから、そういうこと言ってんじゃなくてさ……せめて、恥ずかしい失敗談とか無ぇのかよ。ガキの頃から、すぐソバで見てきたんだろ?」
「はい。昔から、よくしていただいてます」
 駄目だ、こりゃ。このままじゃ、無難な返答に終始されそうだ。
 ちょっと攻め方を変えてみますかね。
「……ははぁ。なるほどねぇ」
「はい?」
「いや、あんたさ――あのカイってのに惚れてんだろ?だから、あいつを悪く言いたくないってワケだ?」
 我ながら、かなり無茶言ってんな。
 しかし――
「はい」
「そりゃそうだよな。そんなご立派な男がすぐ近くにいたら、惚れねぇ方がどうかしてる――へっ?」
 煽り文句を続けるまでもなく、淡白に頷かれちまって、逆にこっちが拍子抜けする。
「えっと……ああ、そう。惚れてんだ?」
「はい」
 動揺を誘って口を滑らせようってな意図を、察知された風でもないんだけどな。どうも話が噛み合わない。
「それじゃ、複雑な気持ちだったんじゃねぇの?」
「と、言いますと」
「いや、だから。あんたはエフィの側仕えって立場なんだし、そのお嬢様とカイの結婚話が進んじまっちゃ、あんたの立つ瀬が無ぇっていうかさ――そうだ。俺を応援してくれれば、カイをエフィに取られなくて済むかも知れねぇんだぜ?」
「いえ。たとえ、あの方が誰か他の人間を好きになったとしても、私はあの方を嫌いになったりはしませんから」
「……ふぅん?」
「――ファム?さっきから誰と話しているの?もしかして、ヴァイスが来てるの?」
 奥の扉の向こうから、エフィの声が聞こえた。
「はい、お嬢様」
「え?ホントに来てるの?まぁ、ファムったら、なにをしているのよ?早く通しなさい」
「はい、申し訳ありません」
「あ――やっぱり、ちょっと待ってもらって!」
 奥からバタバタと忙しない音がした。
672CC 32-5/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 08:51:40 ID:vxg3cq/Z0
 待たされている間に水を向けても、ファムは会話を続ける気が失せたようで、可もなく不可もない返事しか戻ってこなかった。
 ややあって、お嬢の部屋に通された俺は、ちょいと意表を突かれた。
 いや、ある意味イメージ通りなんだけどさ――ずいぶん、少女趣味でやんの。
 どれも金がかかっている事がひと目で知れる調度品が並んだ広い室内は、どこもかしこもお嬢が着ている服みたいにひらひらとしていた。
 ベッドの天蓋からひらひら垂れた薄絹越しに見えるのは、あれ、ぬいぐるみじゃねぇのか。
「ちょっと、人の部屋をじろじろ見ないでもらえる?失礼ね」
 しきりと髪を気にして撫でながら、お嬢はムッとした表情を浮かべた。多少の自覚はあるのか、照れ隠しのようにも見える。
 いやぁ、可愛くていいんじゃないですか。室内香が、ちょっと強過ぎる気もするけど――いや、いい匂いですよ、ホント。
 絵に描いたように女の子らしいエフィの部屋で、軽く打ち合わせを済ませて、一緒にラスキン卿の説得に向かう。
 説得ってのは、アレだ。
 なんとゆーか……だから、俺とお嬢の結婚のハナシだよ。
 昨日は、人攫い共をひっ捕らえたりなんだり、バタバタしてたからな。おおまかな意向だけは、お嬢に伝えてもらってあるんだが、改めてちゃんとした話を聞かせろと言われているのだ。
 父親であるラスキン卿にしてみりゃ、当たり前の要求だけどね。
 正直、気が進まねぇよ。
 胃が重い。
 けど、行かない訳にもいかないのだ。せめて、話の進め方を間違えないようにしないとな。
「あのファムってのは、昔っからあんな感じなのか?」
 放っておくと沈んでいく気分を紛らせようと、隣りを歩くお嬢に何気なく聞いてみた。
「どういう意味よ、あんな感じって?」
 お嬢の方には、まるで緊張とか無ぇみたいだ。むしろ、普段より明く見える。気楽なモンだね、まったく。
「いや、なんつーか……」
 いちおう友達らしいので、あんまり悪く言う訳にもいかず、返答に詰まっていると、お嬢は軽く溜息を吐いた。
「まぁ、言いたいことは分からなくもないわ。私も最近、あの子にちょっと距離を置かれてるのかなって気がしていたから……」
 無意識っぽい動作で、今日も見事な金髪を手櫛で梳く。
673名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 08:55:51 ID:+n+Pyqul0
支援
674CC 32-6/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 08:59:07 ID:vxg3cq/Z0
「仕方ないとは思うのよ。私もあのコも、いつまでも子供のままじゃないのだし、もうお互いに自分の立場を否応無く意識してしまう年齢だわ。
 だから、あのコが使用人としての言動に務めようとするのは、理解できない訳ではないのよ。あの頃のようには……昔みたいに接することが出来ないのは、分かるのだけれど――」
 髪を梳く手を止めて、眉をひそめる。
「でも、やっぱり……」
 ニ、三度かぶりを振って、続く言葉を途中で呑み込んだ。
「ううん、いいわ。なんでもない」
 自分とカイの縁談を気にして、ファムは無理に距離を置いているのかも知れない。
 口にしかけた内容は、そんなトコロかね。ファムがカイに惚れてるってことは、お嬢にも分かってる筈だからな。
 ふぅん。
 俺には、エフィに伝えていないことがある。
 それを知ったら、お嬢は俺を止めるだろうか。
「ん?――なによ、人の顔を凝っと見て」
 軽く俺を睨み上げたかと思うと、お嬢はふふん、みたいに笑った。
「……惚れたの?」
 してやったりの顔で、いつかの俺と同じ台詞を吐く。
「かもな」
「――えっ!?」
 一瞬、うろたえたお嬢だったが、すぐに軽口で切り返された事に気付いて、悔しそうな顔をする。
 ちょっと、可愛いじゃねぇか。
 確かにな。最初に会った頃と比べりゃ、お嬢に対してわだかまりは無ぇけどさ。
 お互いに距離を置く感じも、薄らいではいると思うし。
 けど――
 絶対に、俺を信じてくれる。
 そう思うことは、やっぱり出来なかった。
 だから、実際にその時がくるまでは、内緒にしておこう。
 いきなり知らされる事になるお嬢には悪いけどさ、それを知ってるのは、俺の他にはファングだけなんだ。
 姫さんもアメリアも、まだ知らない。エミリーには理解できるように説明するのが大変だし、アメリアの場合はあいつのドジで話が漏れたりするのが心配だ。
 それぞれ理由は違うけど、お嬢にだけ秘密にしてる訳じゃないんだぜ。
 だから、まぁ、大目に見てくれよな。
675CC 32-7/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:02:31 ID:vxg3cq/Z0
 ラスキン卿の元を尋ねると、急な来客があったとかで、申し訳ないが少し待って欲しいとお付きの人間に頭を下げられた。
 なんとなく予感が働いて、客の素性を尋ねると、案に違わずカイだった。
 こいつは、願ったり叶ったりだ。
 この機を逃す手はねぇよ。
 なんとか、今すぐ中に入れるようにゴリ押ししてくれとエフィに頼み込むと、流石はお屋敷のお嬢様、程なく入室が許可された。
 部屋に入る間際、エフィに耳打ちをする。
「頼む。本気で説得してくれ」
「ちょっとやだ、近い――え!?あなたがしてくれるんじゃないの?」
「うん、最後はちゃんと、俺が請け負うから。だから、エフィも自分で説得するつもりでいてくれよ、頼むから」
「なんで、私が自分で……分かったわよ」
 口ごたえをしている暇が無かったのが幸いした。エフィは渋々顎を引く。
「やぁ、二人共、おはよう」
 鷹揚に俺達を迎えたラスキン卿に、朝の挨拶――もう昼近いが――を返して、こっちを睨みつけているカイの向かいのソファーに、エフィと並んで腰を下ろす。
「エフィから多少は聞いているが、それほど急ぐ話なのかね」
 前と同じメイド服が、ソツのない所作で紅茶を淹れてくれたが、今日はこの娘にかまけている余裕は無い。
「来客中にすいません。いや、そこのカイさんにも関係のある話かな、と思いましてね」
 俺は見せつけるように、膝の上でエフィの手を握ってみせた。
 びっくりして、握られた自分の手と俺の顔を見比べるエフィ。馬鹿、そんな驚いた顔すんじゃねぇよ。
 突き刺すようなカイの視線が、より鋭くなった。
676CC 32-8/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:04:48 ID:vxg3cq/Z0
「ほぅ。君には既に充分驚かせてもらったが、この上まだ何かあるのかね?」
「事によれば」
 人攫い共を一網打尽にした件は、全て俺の手柄ということにしてあるのだ。
 これからする話に説得力を持たせる為には、その程度の実績じゃ足りないくらいだ。
 手柄の横取りになっちまうけど、そこはほれ、ファングは細かいことを気にしない馬鹿だから、あっさりと了承済みだ。
「ジツはですね――」
 そんな目で睨むなよ、カイ。
 手前ぇが居合わせたお陰で、予定してた段取りを変えなきゃいけなくなっちまったんだぜ。
 ああ、胃が痛ぇ。
 まさか、俺が女の父親に、こんなことを言う日が来るとはね。
 つか、俺なんかが言っても、笑われるだけなんじゃねぇの。
 説得力無ぇだろ、俺みたいなゴロツキまがいがさ――
『とても真剣なお顔で、真っ直ぐにユーフィミアさんをお見詰めになって……スゴく、素敵でしたよ?』
 ホントだな?
 信じたぜ、アメリア。
 俺は、可能な限り真剣な眼差しで、真っ直ぐにラスキン卿の目を見ながら口を開いた。
「お嬢さんと――エフィと、結婚させて欲しいんです」
677名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:10:53 ID:+n+Pyqul0
支援
678CC 32-9/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:11:29 ID:vxg3cq/Z0
 ラスキン卿は、それまでの鷹揚な態度を一変させて、ぽかんと呆けた顔つきになった。
 あれ?話は通ってる筈だろ?
 想像以上に驚かれちまって、俺は慌ててエフィを振り返る。
「え――な、なぁに?」
 なぁに?じゃねぇだろ、このお嬢。
 何を呑気に赤くなってやがんだ。
 さてはお前、「大事なお話があります」とかなんとか、そんな風に伝えてただけだろ、これ?
「い、いや……なんともはや――」
「ふ、ふざけるなっ!!」
 なんとか気を取り直そうと苦労しているラスキン卿の呟きを、ソファーから立ち上がったカイの怒声が遮った。
「昨日今日ぽっと出てきた流れ者が、こともあろうにお嬢様と結婚だと!?馬鹿も休み休み言うがいい!身の程を知れッ!!」
 いや、あんたがそう仰る気持ちは、よく分かるんですがね。
「いいえ。失礼ですけど、貴方は勘違いをなさっておいでだわ」
 隣りから落ち着いたいらえが聞こえて、今度は俺がびっくりした。
「ヴァイスは今の貴方と同じように、自分は結婚相手として相応しくないと言って、一旦は身を引こうとしたのです。それを、私が無理を言ったのですわ。だって、私……本当に、彼を好きになってしまったのですもの」
 えらく感情の篭った、しみじみとした口調だった。
 願ってもない助け舟だが、やっぱ、女ってスゲェな。
「私が人攫いの事件で心を痛めていたことは、貴方もよくご存知でしょう?貴方も、そしてお父様も、ずっと手をこまねいてらしたのに、ヴァイスは本当にあっという間に解決してしまって……はしたない言い方をしますけれど、私、心底から惚れ直してしまったのですわ」
「これは手厳しいね。そう言われては、私も形無しだ」
 ラスキン卿が、場を取り成すように苦笑した。
 カイは、二の句が継げずにわなわな震えている。
「ねぇ、お父様。私も、いきなり結婚だなんて、そこまで無茶を言うつもりはなかったんですのよ。けれど、この度の件で、考えが変わりました。これほど頼りになる人は、どこを探したって他に居ませんもの」
 お嬢も言うね――うぅ、首の下が痒い。
679CC 32-10/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:14:59 ID:vxg3cq/Z0
「お父様が、色々なことを――もちろん、私の事も――懸案なさって、そちらのカイ様との婚約をお進めになっていたのは、よく分かってます。けれど――」
 お嬢はちらりと俺を見てから、ラスキン卿に視線を移した。
「やっぱり、結婚となったら、自分の気持ちが一番大切なのだわ。それに気付かせてくれたのが、ヴァイスなんです」
「いや、それは……私もお前の気持ちを出来るだけ尊重してやりたいと、いつも思ってはいるがね――」
 困惑しきりのラスキン卿に皆まで言わせず、エフィは嬌声に近い声をあげる。
「でしょう!?お父様は、きっとそう仰って下さると思ってましたわ!」
「これ、待ちなさい――」
「あら、何かご心配でも?家柄についてなら、以前に申し上げた通り、ヴァイスには何も問題ありませんわ。まさか、エジンベア人ではないことを、気にしてらっしゃる訳ではありませんわよね?それでしたら、カイ様も同じですもの」
「それは、そうだが――」
「そう、思えばつまらないわだかまりですわ。一度好きになってしまえば、その人がどこの人であろうと、そんなことは関係ありませんもの。そんな下らないこだわりよりも、自分の気持ちが一番大切なのだわ」
「これこれ。そんな風に、はしたない事を言うものではないよ」
「ごめんあそばせ、お父様。けれど、それを抜きにしたって、私の夫としてヴァイスほど相応しい人もいないと思いますのよ?だって、そうでしょう?今の私達にとって、一番の問題はなんですの?常に魔物の存在に脅かされている事、そうではありませんの?」
「いや、それは、もちろん――」
「でしたら、やっぱり私の夫として、ヴァイスは一番相応しい人ですわ。だって、その魔物を退治することにかけては、ヴァイスは専門家なんですもの」
「うむ……」
「ですから、私とヴァイスの結婚を、今すぐにでも発表して欲しいんです――そう、叶うのなら、明日にでも!」
 お嬢は、無茶な事を言った。
680名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:19:29 ID:+n+Pyqul0
支援
681CC 32-11/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:19:35 ID:vxg3cq/Z0
「い、いや、お前、それは……」
「いいえ、とりあえず婚約という形でも結構ですのよ。とにかく私、なんだか気持ちが急いてしまって、もう我慢が利きませんの」
 お嬢は、含み笑いを父親に向ける。
「一刻も早く、彼と夫婦になるのだと、皆に認めて欲しいのですわ。それに、ひと度公になってしまえば、お父様も気をお変えになりようがありませんもの」
 たとえ無茶でも、日を置かずに婚約の噂を流布させる事が肝心なんだ。
 お嬢には、そう言ってあったよ、確かにさ。
 けど、ここまで熱心に父親を説得してくれるとは思わなかった。
 いや、助かるけどね。
 やっとのことで、カイが横から口を出す。
「ば、馬鹿馬鹿しい。誰が納得するというのです、そのような話。そんな、どこの馬の骨とも知れない――」
「あら、そんな仰りようってありませんわ。彼は郷に戻れば、決して貴方に劣らない立場の人間ですのよ?それに彼は、皆を震え上がらせていた人攫いを、あっという間に捕らえてくれた人ですもの。きっと皆、彼に感謝して、私達の結婚を祝福してくれる筈ですわ」
「そ、そのように都合のいい話があるものか!まったく、お話になりませんな!す、少しは落ち着いてお考えになるがよろしい――」
「まぁまぁ。確かに娘は少々気が昂ぶって、周りが見えなくなっているようだが、君も少し落ち着きたまえ」
 ラスキン卿の取り成しに、「まぁ、ヒドいわ、お父様ったら」とか言いながら、お嬢は頬を膨らませる。
「いずれにしろ、ここはひとまず、時間を置いた方が良いだろう。君との話を含めてね」
「なるほど……私は、お邪魔のようですね」
「いや、待ちたまえ。そのようなつもりで言ったのではないよ――」
 カイが離席する気配を察した俺は、お嬢に目配せした。
 俺からは切り出し辛いから、お嬢に言ってもらうように、さっき頼んでおいたのだ。
682名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:21:49 ID:bTTkqP+eO
初遭遇
支援
683CC 32-12/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:23:57 ID:vxg3cq/Z0
「そうだわ、お父様。ヴァイスは私の婚約者ですもの。いつまでも他の人達と一緒に、あの離れに置いておく訳にはまいりませんわ。いずれ、この屋敷で暮らしてもらうとしても、準備が整うまでは、ひとまず彼だけ別棟に移ってもらうのがよろしいのではなくて?」
「いや、お前も落ち着きなさい、エフィ。そう簡単に言うがね、人の手配もあることだし――」
「ああ、結構ですよ。警護に人を回してもらったりする必要はないです。なにしろ、人攫い共は全員捕らえた訳ですから、危険も無いと思いますしね」
 と、俺。
「それに、側付きが必要でしたら、ファムに頼みますわ。私の方はなんとでもなるのだし、それにヴァイスは私の大切な人ですもの。一番信頼の置けるあのコに世話をしてもらえば、私も安心ですわ」
 打ち合わせた時は「どういうつもりなの?」とか渋っていたお嬢だったが、しれっと言いやがるね。
「いや、待ちなさい。そういう事を言っているのではなくてだね――」
 困り果てたラスキン卿の隣りで、カイは荒々しく席を立った。
「どうやら、本当にお邪魔のようだ。私は、これで失礼します」
 止める間もなく、ずかずかと足音荒く退室する。
 気の抜けた顔でそれを見送って、ラスキン卿はソファーに深々と腰を埋めると、溜息を吐きながら額に手を当てた。
「やれやれ。一体どういうつもりなのかね、お前達は」
 疲れ果てた様子のラスキン卿には気の毒だが、本題はこれからだった。
 そして、ラスキン卿は、こちらの申し出を断わらないだろう。
 結果的に、その読みが当たったことで、俺はとある確信を深めていた。
684CC ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:25:58 ID:vxg3cq/Z0
あぶな。スレ移るの忘れそうになったw
区切りもいいし、かなりギリギリっぽいので、以降は下記の新スレに投下します。

http://game13.2ch.net/test/read.cgi/ff/1199098241/
685CC ◆GxR634B49A :2008/01/16(水) 12:58:44 ID:6f2+/BxB0
まだ書き込めるかな?前半はこっちなので、ほす
686CC ◆GxR634B49A :2008/01/17(木) 04:58:23 ID:N2IfzkPG0
dat落ちしないようにほす
687※YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/18(金) 23:34:48 ID:VjJ5Umdv0
まだ大丈夫だろーか?
皆々様がた、あけましておめでとうございます。

残り容量も少ないので手短にですが、埋めがてら少々アンケートを。
ちょっと時間ができたので、アリワ完結1周年記念で短編を一本書こうと思うのですが、希望するシチュがありましたら↓にお願いします。
登場キャラや話の方向性(ギャグやらシリアスやら)等は一切問いません。細部まで指定するも、一言二言述べて丸投げするも自由です。
リク締め切りはこのスレが打ち止めになるまで、ということで一つ宜しくお願いします。
尚、例によって選抜は当方の独断と偏見なのでご了承下さい(ぇー
688名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/19(土) 00:09:30 ID:Sp2Tf1q0O
じゃあ女王様モードな感じで
689名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/19(土) 00:14:02 ID:8Bx7sq1y0
ED後のほのぼの系で
690名前が無い@ただの名無しのようだ
ゴドーとアリスのラブラブデート -ツンデレ合戦- で