61 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/04(水) 03:06:06 ID:OqEoZcHX
>>59 この板においては、君のような人はけっこう珍しいなw
普通逆なのに。
まぁ、村上春樹は私もあまり好きじゃないけど。
それはさておき、スレタイにワロスage
春樹通を気取りたいなら「1963年のビンボール」(題名うる覚え)
これが一番マニアの中では評価高いんだってさ
確か2作目だった
俺それ好きだyp双子が出てくるやつだろ
73年だけどね
64 :
40:2005/05/05(木) 21:08:39 ID:XomGfbWU
上巻読み終わりました。遅いんですが。てか度々出てきてすみません。
試しに「村上春樹」でググって一番最初に出たとこのランキング見たんですが、自分が読んだのって人気作品ばかりorz
相変わらずアフターダークは見つからないし、下巻読み終わったら次は
>>62のでも読もうかな・・・。
>>64 風の歌を聴け、1973年のピンボール、羊をめぐる冒険は三部作になってるから、
できれば順に読んだ方がいいと思う。ダンス・ダンス・ダンスは羊の次ね。
66 :
40:2005/05/05(木) 21:40:04 ID:XomGfbWU
>>65 そうでしたか・・・じゃあその順番で読んでみます。何時になるかは分かりませんがマターリ頑張ります。
村上春樹好きならフィッツジェラルドが読めるよ。
俺は二回しか読んでないけど「グレートギャッツビー」はいい小説だよ。
三回読めば友達になれそうだ。
「ダンス・ダンス・ダンス」って村上春樹が書いたんだ。シラナカタヨ。
受験期に、進研模試か何かの現代文の問題でこの作品が出てた。
一部抜粋なのにすごく面白かったから、気になってたんだよね。
69 :
40:2005/05/07(土) 21:33:57 ID:VLpnSAva
平日のほうが読むペースが早いらしい・・・下巻読み終わった。
世界の終りのほうの、影が三日寝込んだ〜以降から好きになった。
でもすぐに読み返す気にはならないな・・・。次は風の唄を聴けを読むよ。
>>67 読みかえせば読みかえすほど面白いと感じる部分がふえてくるらしいね。
自分は読んでないけど。
風の歌を聴けを読んで、今まで苦手だったビールが一番好きな飲み物になった俺ガイル
71 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/07(土) 22:59:02 ID:euRjFfez
(=ω=)やれやれ・・・ようこそジェイズ・バーへ。
ここは「鼠」のおごりだから、まず落ち着いて飲んでほしい。
やれやれ・・・「また」勃起したのかい?
いいや、謝る必要はないよ。
僕に謝るくらいなら公園に行ってハトに餌でもまいてやってくれ。
でも君はこのスレを開いた時、
きっと言葉では言い表せない「やみくろ」の気配を感じてくれたと思う。
やつらはどこにでもいるから、ペニスを噛まれないように気をつけることだな。
では、さっそく井戸の底に行ってもらおうか
72 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/07(土) 23:03:11 ID:2fIMY+j5
だめだめな男が、女の子にもてながらちょっと不思議な体験をするってライトノベルの構造と一緒ですねw
sageるんだよ、スレズレの続くかぎり。
「風の歌を聴け」はあとがきが一番おもしろかった
フィッツジェラルドは彼の人生の方がおもしろい
ゼルダ・・・・
「ダンス・ダンス・ダンス」が一番印象に残ってるかな
無表情な女の子がずっと無感情だったのに
「僕」が約束すっぽかして売春婦と寝てたことが発覚したとき泣いて
やっと人間らしさが出た
76 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/08(日) 00:21:11 ID:EYbpp7Ca
>>72 というより、それは近代日本の自然主義文学のオーソドックスなパターン。
書き手の貧乏臭さというか、貧相な実存がもろに投影されているため、
ジャンルとしてイマイチ盛り上がらない。
春樹がラノベっぽいんじゃなくて、ラノベが春樹っぽいような。
春樹は色々壊してるから模倣しやすい。でも春樹と同じ事をするのは難しい。
5番目位に好き。
78 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/09(月) 00:33:21 ID:8kMsWpoF
>>77 そんなの、どっちでも同じだよ。
ただ、春樹の方は、文壇という閉鎖的村社会の中で、
一定のポジションを確立したから、価値があるように見えるだけ。
さて・・・それはどうかな?
構造が同じ=価値も同じと言うロジックは正しいのかな?
私はライトノベルをよく知らないから考察する資格はないのかもしれないが、
少なくとも上記のロジックについては疑問が残るし、
文体や作家のバックボーンとしての米文学の要素などの点で
両者には差があるんではなかろうか?
一作家とあるカテゴリーと言う点で安易な比較はできないけど。
ねえ、私の言っていること分かる?
>>80 すまん、ミスリード。忘れてください・・・。
ああ、とぼけたことをしてしまった・・・orz
まぁ春樹は時代を作ってしまったから
春樹以降の小説は春樹から逃れられない
普通の小説はこっそり春樹っぽくするか
春樹じゃないぞってことを春樹に毒された人々に大げさにアピールするかどっちか
ラノベはモロに春樹に毒された世界、春樹によって作られた道を
疑いもせずに歩いている
春樹を鉄アレイで殴ると死んでしまう
84 :
春樹はラノベ:2005/05/09(月) 19:46:39 ID:FHdoSu2I
柄谷行人「村上春樹の風景―『1973年のピンボール』」『終焉をめぐって』講談社学芸文庫1995
村上春樹の作品には、固有名が排除されている。また大江健三郎の名前がタイプ名であったのに対し、村上春樹の「鼠」には何の意味もない。
「208」や「209」という数字であり、単に弁別的な記号でしかない。
ソシュールの言うように、言語は差異の記号であり、対象が名づけられたものではない。村上は任意の立場から世界を見ているのである。
それはカントの「純粋理性批判」の認識であり、一切の判断が任意の趣味判断であり、すべててが「独断と偏見」にすぎないという認識である。
しかしこのことは逆説的に自己の超越論的主観の優位を確立する。すべてに意味がないととらえることによって、経験的な自己を否定し、自己を超越化するのである。村上の作品にどれほど固有名が出てこようとも、それは意味を持っていない。
年号は記号以上の何物でもなく、アメリカの小説家は「僕」によって見られたものでしかない。これは、近代文学において国木田独歩がしたことを同じである。「風景」の発見なのである。
「風景」の発見とは、意味のあるものを無意味とみなし、それによって自己の優位性を確立する。
その自己意識は決して傷つかない。どんなものを前にしても、それは記号以上の何の意味もないからである。村上の作品は、すべて「戯れ」なのである。対象がピンボールという「戯れ」なだけではなく、その探索自体が「戯れ」である。
85 :
春樹はラノベ:2005/05/09(月) 19:48:05 ID:FHdoSu2I
ピンボールには勝者も敗者も存在しない。そこには構造の反復があるだけで、出来事がない。村上はすべてを構造においてとらえているのである。
そして村上が隠蔽するのは、それによって肥大する超越論的主観である。構造主義は超越論的自己によってしか成立しない。そこには、構造の外部、その歴史が存在しないのである。
だから村上の作品はモノローグに過ぎない。村上は外部、他者、歴史から逃避している。しかし「直子」の存在は、その他者性を告げている。この固有名は任意ではない。
村上は「ピンボール」において、「直子」の名を構造に還元しようとして失敗するのである。そしてこの「直子」が再び扱われるのが「ノルウェイの森」である。
これはおそらく、1985年頃の、固有名が回復される時代の転換と関わっている。ここで村上は固有名=歴史と直面しているように見える。しかしそうではない。村上は、もはやそれから逃避しようとする身振りさえ捨てた。
彼はロマンティックイロニーからイロニーを抜き去り、ロマンスにしたのである。もはや固有名から逃れる必要もない。なぜなら、すべては超越論的主観である「僕」のものだからである。
フロイトが言った言葉を想起する必要がある。「戯れの反対は真面目ではない、現実だ」
86 :
春樹はラノベ:2005/05/09(月) 20:04:57 ID:FHdoSu2I
以上、柄谷行人『終焉をめぐって』からの引用。
やたら難しいことが書いてあるが、要は村上春樹って一見アメリカ文学を日本の小説の中に持ち込んだ異端児みたいに思われてるけど、あんなのは本質的にはアメリカ文学からは程遠く、昔っから日本にあったロマン主義作家の作品の反復にすぎないってこと。
「1973年のピンボール」が、大江健三郎の「万栄元年のフットボール」のパロディーとして書かれてるにもかかわらず、大江の作品が歴史の断層をアレゴリカルに捕らえてるのに対し、春樹の作品は歴史からの逃避を自虐的に肯定してる事を柄谷は批判している。
春樹の作品の特徴である「歴史」に対する「アメリカンポップス」や「意味の無い数字」の優位性は、国木田独歩の「風景」の優位性とまるで同じ構造を持っている。
それは個人が歴史に対して無力と感じ敗北した時の、価値の転倒(ルサンチマン)である。
要するに春樹の作品を読んで慰められてるような奴は、ラノベ読んで萌え萌えしてる奴と大して変わんないってことだね。
ケフカ
「気にくわないですねェ
そろいもそろって口ごたえして。うきゃーー!!
88 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/10(火) 23:52:33 ID:0GuNcGtH
柄谷まで引用してくる奴がいるんだな……。
ちょっと驚き。
まあ、村上春樹の小説の登場人物には、他者性が決定的に欠けている、
苦々しくて居心地の良くない現実を
主人公につきつける奴がいないっていうのは、
色んな人間が繰り返し指摘しているんだけどね。
渡部直己なんかは、一種のファシズム的世界観だって言ってる。
小谷野敦の怒りっぷりにも笑ったな。
89 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/10(火) 23:56:34 ID:0GuNcGtH
村上春樹の小説とライトノベルが全く同じとまで言うつもりはないけど、
この両者は極めて似た構造を持っていて、その抱えている問題点というか、
病巣も同じモノだと思う。
さらに言えば、オタク向けの深夜アニメにもね。
なんで日本の物語作者は、こういうふうになってしまうのか、
それは日本近代文学が全体として抱えている問題なのか、
それとも高度消費社会が生み出した肥大した自己愛の問題で、
多かれ少なかれ先進国に共通している問題なのか、
そこまでは、私にはちょっと良くわからないんだけど。
90 :
ケフカ:2005/05/11(水) 22:07:42 ID:1XNNhI47
このスレ難しくてイミワカンナ〜イ
良スレ。おもしろい。
>なんで日本の物語作者は、こういうふうになってしまうのか、
そもそも小説というのは、物語(神話、宗教)という、人々の目を現実から背けさせ、慰め(諦めさせ)るものに対するアンチテーゼとして生まれてきた。
小説の起源であるセルバンテスの『ドン・キホーテ』が当時流行していた騎士道物語に対するパロディーであったのを見れば分かる様に、物語に対して違和を唱え、たえずそこからずれて行くものこそが小説なのだ。
「物語作者」である村上春樹が、「物語」の定義に忠実に、「現実」「他社」「歴史」といった外部を徹底的に除外する事によって、作品があるパターン化された紋切り型におさまるのは必然的なことだ。
反村上春樹的な、徹底的なアンチロマン小説を読みたい方には、大岡昇平『俘虜記』、後藤明生『挟み撃ち』、蓮實重彦『陥没地帯』等をお勧めする。
…と、春樹好きでラノベ好きでドラクエ好きな俺が、渡部直己の受け売りで適当に語ってみる。
93 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/14(土) 00:57:13 ID:mrUupbRB
まあ、大岡昇平の戦記モノは、
実体験に基づいているだけあって、普通に読み物としても面白いと思うよ。
蓮実のその小説は、例の、「それなりガイド」で紹介されていた奴だろ。
別に、村上春樹の書く物がどんなものでも、全然かまわないし、
どうだっていいんだけど、
日本のオタクアニメなりライトノベルなりは、
やっぱりもう少し色んなことに挑戦して欲しいと思うんだよね。
だって、良かれ悪しかれ、このジャンルは日本において最も活気があって、
世界が注視しているわけだからね。
94 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/14(土) 01:19:04 ID:zsgzZ37t
話がそんなにワイドになるなら、結局漱石が最強。
なんか普通にラノベ板春樹スレと化してる。
夜の海はぽっかりとその口を開けて僕を誘う。頬に張り付く潮風は少し湿っていて、明日は多分雨なのだろうとぼんやり思った。
>>93 「読み物」として面白いのは『野火』。『俘虜記』は、小林秀雄に「読み物」を書くことを勧められたのに逆らって、「読み物」に収まりきらない「事実」を書いた作品。
それなりガイドって何?
99 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/15(日) 00:40:10 ID:8o72Po8R
「それでも作家になりたい人ためのブックガイド」という有名な本。
通称それなりガイド。
あー!!
読んだ読んだ!!
山田詠美のことこき下ろしてたやつねw
101 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/15(日) 00:47:42 ID:FUuYCCWi
はっきり言って
孤独感と、ところどころに出てくるエロと、全体に漂う不思議なファンタジックな雰囲気と、お洒落な言い回しが好きなだけで、文学としての内容はまるで理解していない。
そんな読者ばっかりだと思う。春樹の本には何故か巻末の解説が無いのも一因かもね。
巻末解説なしはかなり計算を感じるね。作家の神秘性やブランド力みたいなものをかなり意識している。
国内ではインタビューや写真出さないのに(昔はあったけど)、海外ではホイホイ出てしまうところもかなり胡散臭い。
村上春樹は中国行きのスロウ・ボートしか読んだこと無いな。
あとは村上が翻訳した「心臓を貫かれて」ってやつ。
このスレを読んでみて久しぶりに彼の著書を読みたくなったのだが、何かお勧めはありますかね?
>>103 春樹作品ではないが、ポール・オースター『ムーン・パレス』をすすめてみる。
ありがd ノシ
ケフカ「ようこそしょくん。
みなさん必ず来ると思ってふさわしい言葉を一生懸命考えていましたよ。
『どこまで破壊を繰り返す? ケフカ!
ケフカ「私は最高の力を手に入れた。 ほれっ!
この素晴らしい力。お前らなど問題にならない!
みんな壊れてしまえ。
全てはいずれ壊れゆく。
『でも、人はまた新しいものを作り出すこともできる。
ケフカ「それさえもいずれは滅ぶ。
なぜ滅ぶとわかりきっているのにまた作る?
『大切なのは結果じゃない。
今、何のために生きているか…
何を作り出すことができるのか…
守るべきものは何なのか……
生きている間に人がその答えを見つけ出せることができれば
それでいいんじゃないのか?
ケフカ「お前は見つけたのですか?
この死に絶えようとしている世界で…
107 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/05/15(日) 17:01:52 ID:I7Ck04G8
僕は簡単な食事をすませ、」
毛深
見 つ け た !
中国行きのスロウ・ボートの中の「午後の最後の芝生」が好きだ。
カフカの文庫出たみたいだし今度読んでみよう。