坊ちゃんが見つかって、パパス様はすっかり安堵されたようでございました。
坊ちゃんは、「雪の国に行ってきた」とおっしゃっていましたけれど、
いくら今年が寒いからとはいえ、この季節に雪が降ることなどないでしょうに。
でも、それはまた別の話でございます。坊ちゃんが見つかって安心したのは、わたくしも同じでございます。
お二人が、嬉々としてサンタローズの村からお出かけになるのを、わたくしはじめ、村の者一同でお見送りいたしました。
お見送りの後、わたくしは、酒場に参りました。
いえ、実を申しますと、パパス様も坊ちゃんもおいでにならない家に戻るのは、少し怖かったのです。
二年間のあいだ旅路に就いておいでになり、ほんの二月ばかり前に帰ってこられたのに、
また先の見えない旅においでになるなんて・・・。
わたくしが、パパス様を、どれほどお慕い申し上げていることか・・・!
「なんだか、最近、急に暖かくなってきたな。」
武器屋のご主人が言われました。
「そうですね。そういえば、ものがどこかに消える妙な事件も、ここ数日起きていませんね。」
「そうだな。やっと、このサンタローズの村にも、平和で常識的な日々が訪れたってわけか。はっはっは。」
この日、武器屋のご主人と、わたくしとは、酒場で杯を交わしておりました。
パパス様と坊ちゃんが旅においでになってから、一週間たった日のことでした。
パパス様がいなくても、わたくしには、畑仕事や料理講座がございます。
毎日忙しく立ち働くことが、パパス様がお留守をしている間の、わたくしの喜びでございました。
今日も、昼間は料理講座をしておりました。
いまこうして飲んでいますお酒の肴も、じつは今日の講座で皆様に伝授いたしましたものを、
酒場のマスターが早速お作りになってみたものなのです。
わたくしの料理を、村の皆様がもてはやしてくださるのは、わたくしにとっても大変嬉しいことでございました。
ああ、でも、この平和で常識的な日々というのが、嵐の前の静けさであったとは、このとき誰が想像しえたでしょうか・・・。
パパス様と坊ちゃんと子猫ちゃんがラインハットへ旅立たれてから、ちょうど十日目のことでございました。
わたくしが畑でキャベツの手入れをしておりますと、村人たちが三々五々と村の入り口のほうへ歩いていきます。
ああ、旅の隊商が来たのだな、とわたくしは思い、そのまま畑の手入れを続けておりました。
旅の商人は、珍しい品物を仕入れてきますし、世界のいろいろな話に詳しいので、
みな、品物を見たり、話を聞いたりするためだけに、隊商のところへ行くことが多いのです。
やがて、わたくしが畑から出ようとすると、ちょうど隊商も出発したところでした。
村の人々も、あるいはかわいらしい飾り物を手に、あるいは空手のまま、幸せそうな顔つきで、家へ戻っていきます。
わたくしもそれを見ながら、家の敷居をまたごうとしたときのことでした。
「サンチョさ〜ん!」
息せき切って走ってきたのは、近所の若者でした。
「サンチョさん、たい、大変だよ!ヒイ、フウ・・・」
息を切らす若者に、わたくしはとりあえず水を一杯勧めてあげました。
若者は水を飲み干すと、息が少しは落ち着いたようです。ゆっくりと語り始めました。
「サンチョさん、ラインハットの、ラインハットのヘンリー王子が、山賊にさらわれちゃったんだって!」
これには私も仰天いたしました。ラインハットの城の守備の堅さは、サンタローズでも有名です。
それなのに、どうして山賊が、城の中に忍び込めたのでしょう?
それに、王子様をさらうとは、なんとも不届き千万な!
王子というのが、そんなに悪いやからに狙われるものならば、
坊ちゃんの素性を隠していたことは、大いに意義があったわけです。
わたくしは、さらわれたヘンリー王子に同情するとともに、
坊ちゃんがさらわれなかったことに、いくぶんの安堵を感じました。
ところが、旅の隊商がもたらしていったニュースは、それだけではとどまらなかったのでございます。
「それで、王子がさらわれた原因は、サンタローズから来た村長のパパスさんにあるんだって、
ラインハットではパパスさんを逮捕する気らしいよ!」
わたくしは、頭を棍棒で力任せに殴られたような衝撃を受けました。
先日の鍋など、比べものになるどころではございません。
「パ・・・パパス様が・・・どうして、パパス様が・・・」
わたくしの顔色は、タマネギの肉のように真っ白になっていたに違いありません。
歯の根も合わず、ただつぶやくことが精一杯でございました。
「サンチョさん、気を確かになさってください!」
若者は、── そうそう、彼の名前はナダンといいました──わたくしを脇から支えて家の中へと運び、
椅子に座らせてくれました。
すっかり自暴自失になってしまっておりますわたくしに、ナダン君は冷たい水を飲ませてくださいました。
「ど・・・どういう次第で、パパス様が、ラインハット王家に逮捕されるようなことになったのです?」
水を飲んで、いくらか心も落ち着いたわたくしは、ナダン君に詰め寄るように聞いてしまいました。
「ええっと、僕もよくは分からないよ。後ろのほうで聞きかじっただけなので・・・
そうだ、イリーナさんなら、商人たちのすぐそばで話を聞いていたようだから、
僕なんかよりずっと詳しく知っているはずだよ。」
それを聞いて、わたくしはすぐさま立ち上がり、イリーナさんのお宅へ伺おうといたしました。
ところが、そのイリーナさんが、既にわたくしの家の敷居際へといらっしゃっていたのです。
悪い情報を知らせようと、目には不安の色をたたえていらっしゃいました。
「サンチョさん、ああ、ナダンくんもいたのね。もうお聞きになったでしょうか。
パパス様が、とんでもない状況に巻き込まれておしまいになったことを・・・
ああ、パパス様、どうかご無事で!」
パパス様を失ったサンタローズの村は、それはもう、たいへんな乱れようでございました。
女たちは井戸端で、男たちは酒場で、悪い知らせを語り合っております。
村の上にかかる雲まで、目には黒く映るほどでございました。
イリーナさんが語ってくださったところによりますと、
パパス様が捕縛されることにいたった顛末は、次のようなものでございました。
◇
パパス様は、ラインハットの城にご到着しますと、すぐさま王様にお目通りなさいました。
やはり、ラインハットの王は、パパス様の武芸の腕を見込んでお呼び付けになったのでありました。
はじめ、ラインハット王は、パパス様を、兵の訓練の指揮官に充てるおつもりだったようでございます。
ところが、ラインハットの兵といえば、騎兵でも歩兵でも、みな誉れも高いつわもの揃い。
パパス様は、ご自分の腕を振るうほどでもないとご判断になり、そのお話を辞退されたのです。
それでも、ラインハット王は、せっかくパパス様にお越しいただいたのを、
むざむざ返してしまうのも惜しいとお思いになったようでありまして、新たな役職をお思い付きになったそうです。
なんと、ラインハットの上の王子でありますヘンリーさまの教育係として採用なさったのだとか。
まったくお門違いも甚だしゅうございます。
パパス様は、机に座ることをお教えになるのが、大の不得手でございます。武芸ならともかく、
子供たちに無理やり文字を書かせたり数を数えさせたりするようなことを、そつなくこなせるはずもございません。
それはともかくと致しまして、パパス様はヘンリー王子の教育係にされておしまいになりました。
坊ちゃんも、ヘンリー王子と同い年とのことで、それならよい遊び相手にもなろうかと、
ラインハット王はご判断になったようでございます。
ところが、さっそくその次の日のことでございました。
事の詳しい次第を見ていた者がいないとのことで、わたくしも詳しい話を知ることはできませんでしたが、
どうやら、坊ちゃんとヘンリー王子が遊んでいたときに、事件が起こったらしいとばかりは窺えました。
どこからともなく山賊が現れて、王子を捕まえ、そのまま逃げ去っていたらしいのでございます。
城のお堀を、舟を漕いで逃げていくのを見たと言う街の住人が、数人おいでになりました。
王子の緑色の髪が、船から覗いていたので、王子がさらわれたということに気付いたらしいのです。
危うく難を逃れた坊ちゃんから知らせをお受けになったのでございましょう、
パパス様は、取るものも取りあえず、山賊の一味を追って、城から出かけておいでになってしまいました。
聞くところによりますと、坊ちゃんもその後を追って、どこかへ行方知れずになったそうでございます。
ああ・・・坊ちゃん、パパス様・・・ご無事でしょうか・・・。
今のわたくしにできますことは、お二人のご無事を祈ることだけでございます。
それにしても、これがパパス様にご責任があるとは、いったいどういった話でございましょうか。
聞いたところによりますと、ヘンリー王子は、前の妃のご子息であり、今の妃にも王子がおいでになるそうです。
商人仲間の噂で、たいして確実性もございませんが、今回ヘンリー王子がかどわかされた事件は、
その今の妃、すなわちヘンリー様から見れば継母ということでございますが、そのお妃が、
ご自分の実のご子息を王座につけようと、策略を練って起こした事件だとのこと。
もしこの話が正しいのでありますなら、王座争いの陰謀に、パパス様をも巻き込んでしまったということになります。
そして、ご自分の責務を果たそうと、ヘンリー王子を捜しに出かけられたパパス様を、
こともあろうに、ラインハットでは、犯罪者扱いにしているのでございます!
妃は、兵士たちに向かい、このように命令なさったそうでございます。
「最近城に来たばかりの、あのパパスという男が、山賊の手引きをしたに違いない。即座に捕らえよ!」と。
◇
なんと恐ろしいことでございましょう。わたくしは、自分の耳を疑いました。
サンタローズの村のかたたちが、つぎつぎとお見舞いにいらっしゃいました。
みな、わたくし同様、パパス様には深い敬愛を抱いていらっしゃるのでした。
この先、パパス様や坊ちゃんのご無事な姿に逢えないのではないか、そう思い、
わたくしは、村のかたたちの慰めの言葉も耳に入らず、頭の中が真っ白になっておりました。
ところが、「降ればかならず土砂降り」という諺がございますが、まさにそれを実感するようなことが起きてしまいました。
悪いことは、パパス様の逮捕だけでは済まなかったのでございます。
パパス様逮捕の衝撃も覚めやらぬ次の日、わたくしは、暗澹たる気持ちのまま、酒場へ向かいました。
もちろん料理講座を教えるためでございます。
パパス様が逮捕されたからといって、教室の講師が休むわけにはまいりません。
いつものように、調理道具一式をかばんに詰めると、わたくしは酒場への道を歩いていきました。
村の外でラッパが鳴り響くのを聞いたのは、そのときでございます。
ただならぬ鬨の声に、わたくしも、村の皆様も、なにごとかと立ち止まり、声の上がったほうを振り向きました。
そこへ駆けてきたのは、村の門番です。
「たたた、たいへんだ!!村のみんな、逃げるのだ!
ラインハットの国が、攻撃を・・・ぐふっ!」
そ、そんな・・・これは、まさに戦争ではございませんか!
この平和なはずの村で、いったい、どんな狂った魂が、戦などを始める気になったのでしょうか?
ラインハットの国・・・わたくしは、今後、命の限りあるあいだ、恨み続けますぞ!
気の毒な門番の背中には、矢が一本、深々と突き刺さっておりました。
わたくしは、思わず手を差し伸べて、手当てをしようと致しましたが、
門番は、声にならぬ声を上げ、唇をひくつかせて、村の奥の洞窟を指差すばかりでございます。
きっと、あの洞窟へ避難しろ、とおっしゃりたかったのでございましょう。
逃げ惑う村の人たちを先導するのも、村長の代理役であるわたくしの仕事と心得て、
わたくしは、家々の戸を叩いてまわり始めました。
こんな素敵な村の人たちのうちから、一人として犠牲者は出したくなかったのでございます。
ですが、わたくしが、何軒かの家々を回り終えたところで、身も凍るような言葉を聞いてしまったのです。
それは、ラインハットから攻めてきた軍隊の、指揮官ののどから響き渡る声でありました。
「この村の長であったパパスという男の家族、身内の者、見つけ次第容赦なく殺すのだ!」
ああ・・・命を狙われているのは、このわたくしめであったのでございます。
56 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:04/08/17 01:32 ID:ZO04C779
続きキボン
57 :
オブシダンソード:04/08/17 03:28 ID:xRtZCIo1
名 サルーイン
武器 オブシダンソード
HP 999
MP 250
腕力 50
攻撃力 999999999999999999999999999999999999999999999999999999999
58 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:04/08/17 03:43 ID:D8xJv/s1
フローラスレの方キタ━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
私もフローラスレ住人ですw
>>58 続き楽しみにしてまつ。
終わったらミラーサイトに保管させて下さい(*´∀`*)
けれど、なにゆえ、このわたくしが殺されなければならないのでしょう?
王子が誘拐されたのであれば、まず救い出しにいくことが先決なのに、
なんの罪もないサンタローズの人たちをあやめなければならない根拠は、どこにあるのでしょう?
わたくしは、年甲斐もなくおろおろと足をもつらせながら、このように思いました。
わたくしには、その答えは出せません。
ラインハットの兵士たちも、唯々諾々と王の命令に従っていただけで、分かっていたとは思えないのでございます。
突然、村の南に黒い煙が立ちのぼりました。続けて真っ赤な炎がぱっと立ちのぼったかと思うと、
村の南側の木々が、巨大な薪となって燃え盛っておりました。
「大変だ!焼き討ちですぞ!みんな、水を!手の空いているものは、水を!
女子供は洞窟の中へ!はやく避難してください!」
わたくしは、精一杯の声を張り上げ、のども枯れ果てるまで叫びましたが、
村人たちは、攻め寄せる兵士たちの恐怖におびえ、逃げ惑うばかりで、
誰一人としてわたくしの言葉に耳を貸そうとは致しませんでした。
矢が四、五本、ひょうとうなりを立てて、私の周りの地面に突き刺さりました。
ああ、わたくしの一生もここで果てるのか・・・そう思った時のことでございます。
「サンチョさん、ここにいては危ない!こっちだ!こっちへ!」
わたくしの腕を引くものがおりました。それは、酒場のマスターでございました。
この燃え盛る炎と、飛び交う矢の雨の中、わが身を省みずに、わたくしごときの命を守りに来て下さったのです。
わたくしは感動のあまり涙がこぼれそうになりましたが、ここで自分が感情におぼれていては、
わたくしのみならず、マスターの命をも危険に晒すことに気づきましたので、
ここは黙ってマスターの導きに従うよりほかないと、引っ張られるままに走っていきました。
>>60 承知いたしました。待っててください。
どこかでぱっと炎が上がりました。納屋か積み藁に火がかけられたのでしょう。
それをちらりと目の端に見ながら、わたくしはマスターに手引かれるままに、
宿屋の地下室へと駆け込みました。
いいえ、そこは、地下室というよりも、地下通路とでも申し上げたほうがよろしいでしょう。
わたくしたちのほかにも、村人たちが、二十人くらい、肩を寄せ合っておりました。
「こ・・・ここは、なんなのですか?」
わたくしは、思わずマスターに尋ねました。
「ここか?ここは、もと酒蔵だったところだ。このまま走っていけば、村の外へ避難できるぞ。」
ああ、本来よそ者のはずの、こんなわたくしめを庇ってくださるとは・・・。
しかし、わたくしも、好意に甘えてばかりいるわけには参りません。
「そんなことをしては、このサンタローズの村がどうなることか!
兵士たちが狙っているのは、このわたくしでございます、皆様の命を救うためなら、
わたくし一人が進んで犠牲になればすむことでございますし・・・」
わたくしが穴倉から出ようといたしますと、何本もの手が私を掴んで引き止めました。
「だめ!だめよ、サンチョさん!あなたまで命を落としてしまっては、あなたのお国に申し訳ありません!」
「サンチョ殿!村は我々で再建できますとも!ひとまずはお逃げになって、
パパス様と坊ちゃんのご無事を確認されてから戻ってこられても、遅くはないでしょう!」
みな、口々にわたくしを逃がそうとするのでございます。わたくしは、涙を抑えることができませんでした。
「し・・・しかし、わたくしには、ここから逃げても、行くあてはございません。」
そのとき、酒場のマスターが進み出て、こうおっしゃいました。
「それなら、この私が、いい所に口を利いてさしあげましょうぞ。」
思わず驚いて、わたくしは申しました。
「そんなことを、マスターにお任せしてしまってもよろしいのですか?」
「任せときなって、サンチョさん!」
「まずは逃げることが肝心ですぞ。」
マスターは──そろそろお名前でお呼びいたしましょう、ローディンというお名前です──
わたくしの手を取りますと、そのまま駆け出しました。わたくしももちろん走りました。
村人たちの、別れを惜しむ声がだんだん遠くなるのを背中に聞きつつ、
わたくしとローディンさんは、迷宮のような穴倉を走り続けました。
やがて、ひとつの扉を開きますと、そこは静かな丘の麓でございました。
向こうに光って見えるのは、海でございました。なんと遠くに来てしまったのでございましょう。
「さあ、サンチョさん、ここからビスタの港まで行くのです。そして船に乗って、外国へ逃げ・・・」
ローディンさんが皆まで言わぬうちに、わたくしはその言葉を遮りました。
「とんでもない!サンタローズを見捨てていくなど、わたくしにはとてもできません!」
「しかし、サンチョさんがこの辺りにいるということが知れては、ラインハットはいつまでもお命を狙ってきますぞ。
サンチョさんが姿を隠してしまえば、村の焼き討ちのときに死んだと言いくるめてしまうこともできます。
そうして身の安全が確かになってから、こちらに戻ってこられて、またお暮らしになればよろしい。」
こうまでおっしゃられてしまいますと、わたくしも素直に従うよりほかはございませんでした。
ローディンさんは、わたくしをビスタの港までいざなってまいりました。
船着場のご主人と、マスターとは、長い付き合いのようでございます。
すぐにわたくしを避難させてくださる手筈が整ったようでございました。
「だが、問題は、サンチョさんを実際にどこへ隠すかだ。
誰も探しに来ないようなところなんてあるのかなあ・・・。」
そのとき、船着場のご主人が、はたと膝を打っておっしゃいました。
「そうだ、俺の口利きで、修道院にかくまってさしあげよう。あそこなら、兵士たちも探しに来るまい。」
修道院・・・?
わたくしの脳裏には、おおぜいのブラザーの方々とともにミサを上げている自分の姿が浮かびました。
なるほど確かに、平和で、静かで、兵士たちが不埒な真似をする場所ではございません。
フローラタンクル━(゚∀゚)━!?
わたくしは、黒衣に身を包んだ自分の姿を想像して、ちょっぴり面映くなりました。
ところが、ローディンさんは、真っ向から反対したのでございます。
「いや、それはならん、それはならん!サンチョさんを男子修道院に入れるなど・・・」
どういう理屈なのか、わたくしは一瞬戸惑いました。
しかし、ローディンさんが、船着場のご主人になさったご説明をよく聞いてかんがみますと、
なるほど、わたくしを男子修道院に入れることは、私をむざむざ死に追いやるようなことだったのでございます。
なぜならば、世界でただひとつの男子修道院は、ラインハットの城の目の前にあり、
ラインハット王家とも親密な繋がりがあったからでございます。
もしもわたくしが隠れようものなら、たちまち知られてしまうことでしょう。
その先に待つ運命は、思うだにも身の毛のよだつものでございます。
「うん、それなら。」
船着場のご主人はしばらく考えあぐねていたようでございましたが、
そのうちなにか良い案をお思い付きになったようでございます。
「女子修道院があるんだ。ここからずっと東に行った所の海沿いで、
近くに小さな村があるだけの、誰も来ないようなところだ。
そこで、庭の手入れやそのほか力仕事をする男手を求めているという話なんだが・・・。
そこでよければ、次の船がちょうどそこへ向かうはずだから、乗っていきな。」
なんという嬉しいお話なのでございましょう。
わたくしは、船着場のご主人のご好意に甘えさせていただくことにいたしました。
女子修道院・・・なんとも華やかな響きのする言葉ではございませんか!
・・・いやいや、わたくしは、ひとつの国に追われている身でございます。
このような不埒なものの考えをいたすなど、滅相もございません。
その船は今日の夕方には、ビスタに入港するとのことでございます。
それまでにラインハットの追っ手が間に合わないかどうか心配でございましたが、
わたくしは運をその船に賭けることにいたしました。
ラインハットの兵が、もしやわたくしを追って捕まえに来はしないかと、
わたくしは生きた心地もいたしませんでしたが、どうやら杞憂に終わったようでございます。
夕方近くに、船が一隻、ビスタの港に入ってまいりました。
わたくしは乗り込もうとして、そのとき初めて、自分が、
どんな格好でここまで逃げてきたのか、ようやく気付きました。
料理教室に行くための、普段着に、器具一式を詰めたかばんという格好でしたのです。
もちろんお金など持ち合わせてはおりません。わたくしは途方にくれてしまいました。
そのとき、船着場の二階から降りてくる方がいらっしゃいました。
船着場のご主人の奥様でございます。
奥様は、わたくしとご主人のほうへつかつかと歩み寄ってこられますと、
小さな包みを渡してくださいました。
「これで旅費を賄いなさいな。なあに、いつかサンタローズに帰ってこられたとき、
返してもらえばよいことですって。」
ああ・・・なんというありがたいお心遣いでございましょう。わたくしは感涙にむせびました。
船に乗った私と船着場のご主人──ゲルダーというお名前でございます──は、
遠ざかる港の景色を眺めておりました。
そうそう、ゲルダーさんは、わたくしを修道院に紹介してくださるという名目で、ご同行しているのでございます。
船旅は順調に進み、翌日の午後早くには、修道院の近くの小さな船着場に到着いたしました。
静かな浜辺でございます。サンタローズやラインハットの騒動を思い起こさせるようなものは、
ここには何一つございません。
さっそくゲルダーさんが修道院の院長どのとお話をつけてくださり、
わたくしは修道院の庭師を務めさせていただくことと相成りました。
窓の奥には、黒い衣をまとった修道女たちのお姿が見え隠れしております。
ああ・・・この先、わたくしは、どうなるのでしょう?
わたくしの心臓は、今にも胸から飛び出んばかりに激しく動悸を打っております。
サンタローズの村やパパス様のことが気がかりなことと、
女の園にしばらくのあいだ住まうということと、その両方ともに原因となっておりました。
いやいや、このようなことは、お伝えいたすような話ではございませんでしょう。
院長さまはお名前をナタリスとおっしゃり、男であるわたくしにたいへん親切に接してくださいます。
わたくしがどのような理由でここに来ることになったのかも、ゲルダーさんの解説により、
表にこそ出しませんが、深く同情を示してくださっているようでございました。
わたくしは、これからわたくしが勤めさせていただくことになる、修道院の裏庭を見せていただきました。
「女手ばかりなものでございますゆえ、畑というほどのものもございませんが・・・。」
院長さまはうつむき加減におっしゃいます。
なるほど、畑というにはお粗末な代物で、ところどころにナスビなどが実っていませんでしたら
ただの荒れ放題の庭と間違えるところでございました。
いや、これからご厄介になるわたくしが、このような批判をいたす立場ではございませんね。
それでは、このサンチョが、シスターの皆様のために、
おいしい野菜を実らせる畑をこしらえてごらんに入れましょうか。
畑には、ほかにもシスターが数人、ハーブや青菜などを摘みに出ておりました。
中でも私の目を引いたのは、涼しげな目元をした、青い髪のシスターでございます。
シスターというには、まだ年端も行かないようでございます。十五、六歳といったところでございましょう。
灰色の被り物と衣に身を包んではいらっしゃいましたが、
その美しさと若々しさは、服から染み出して、あたりに匂やかに漂っておりました。
畑のシスターたちが、私を見ております。男の姿がもの珍しいのでございましょう。
「こんど新しくいらした庭師さんよ・・・」
「すてき!私たちの仕事も楽になりますわ・・・」
「頼りがいのありそうなかたですこと・・・」
どきどきどき。ああ、この胸の高鳴りを、私はどこへ持っていったらよいのでございましょう?
修道院の中を──すべてではございませんよ、男が足を踏み入れてよい場所だけでございます──
見せていただいておりますうちに、やがて日が暮れていきました。
どこかでかわいらしいベルの音が聞こえてまいりました。
「おや、もうお夕飯の時間でございますのね。それではサンチョさん、参りましょう。
シスターたちにもご紹介いたしますので。」
わたくしは、院長さまに、食堂へといざなわれてまいりました。
食卓を見ますと、質素な麻のテーブルクロスに、簡素な蝋燭立て。そこには白い皿が並んでおります。
シスターたちがかいがいしく支度しておりますお夕食の内容も、
パンとスープにサラダという、大変質素なものでございました。
いざ夕食──いえ、その前に、お祈りがございました──の前に、院長さまがわたくしを手招きされました。
どぎまぎしながら隣に立ちましたわたくしを、院長さまはシスターの皆様にご紹介なさいました。
「シスター、本日より、この修道院で庭師を務めてくださることになりました、サンチョさんでございます。
皆様にも、サンチョさんをひとかどのブラザーと思って接してくださるようにお願い申し上げます。」
わたくしが神を信じていないわけでは毛頭ございませんが、・・・いやはや、ブラザー扱いとは。
なんとも身に余るお褒め言葉でございます。
わたくしは、いちばんの下座に着かせていただきました。しばらくのミサの後、食事が始まりました。
それにしても、なんなのでございましょう、この、・・・軽石のような塊は?
まさか、これをパンと申すのではございませんでしょうね?
わたくしは、そのパンらしき物体をスープに浸して食べようといたしました。
・・・これはスープなのでございましょうか、それとも、修道院の前の海水を汲んできて温めたのでございましょうか?
あまりの塩辛さに顔をしかめるわたくしを、目の前のシスターがちらりと見て、くすくすとお笑いになりました。
不服げに顔を上げて、そのシスターのほうを見ますと、
それは、夕方に畑で見かけた、青い髪のシスター見習いでございました。
わたくしの顔を見て、親しげに微笑んでくるのでございます。
その愛くるしい微笑みに、わたくしも釣り込まれて微笑んでしまいました。
お世辞にもおいしいとは言えぬ夕飯でございましたが、この見習いシスターの笑顔が、
どんな高級な調味料よりも素晴らしい味わいの食卓をかもし出してくれました。
夕食も終わり、皿を洗うシスターや、繕い物をなさるシスター、夜の祈祷をなさるシスターなど
みなさまはご自由に振舞っていらっしゃいました。どうやら自由時間のようでございます。
わたくしは、院長様に従って、小さな部屋へと案内していただきました。
その部屋で、わたくしが寝泊りさせていただくのでございます。
しかし、何もない部屋でございました。
窓はございましたが、ベッドと机と、夜具一式、それに燭台などの小間物が最低限揃っているだけの、
何も知らない者から見れば、まるで牢屋さながらの部屋でございます。
夜ですっかり暗くなっていたこともございますし、わたくしは、することもございませんでしたので、
部屋の掃除と夜具の点検をいたしておりました。
すると、扉をノックする音がいたします。大変おとなしい音でございました。
誰だろう・・・といぶかりつつ、戸を開けてみますと、そこには、夕食のときに、向かいに座っていらっしゃった、
あの青い髪の若い見習いシスターと、ほかに二人のシスターが立っていらっしゃいました。
「こ・・・こんばんは。ええと・・・サンチョさんとおっしゃるのでしたね。
初めまして。私は、フローラと申します。この修道院で神と通じる心を学ぶ教育を受けております。」
若い見習いシスターは、はにかみながらもこう自己紹介なさいました。
後ろに立っていらした大柄なシスターが、一歩前に出ると、私に挨拶なさいました。
「私はサージャ。この修道院に来てから三年になりますわ。
私はお花が大好きなの。庭師さんが来てくださるなんて、最高に嬉しいわ!」
そして、心底嬉しそうに微笑みながら、修道衣の裾を翻して、くるりと一回転いたしました。
三人目のシスターが名乗り出ました。
「わたしはベアトリスと申します。ぜひともうちの修道院の庭と畑を、よろしくお願いいたしますわ。
だって、美しい庭を歩くと、それだけで神のお国に降り立ったような気持ちになれるのですから・・・。」
__
∞ 《====》
キタ*・゜゜・*:。.:*・゜(*゚ヮ゚)人(゚∀゚*)゜・*:.。:*・゜゜・*!!!!
着任早々、わたくしは、シスターたちに大いなる期待をかけられることと相成りました。
フローラさんは奥ゆかしくその場に立っていらっしゃいましたが、やがて思い切ったように
その小さな珊瑚色の唇を開いて、こうおっしゃいました。
「ここは、すばらしい修道院ですわ。まるで、神様がいつでもお住まいになっているような・・・。
サンチョさんは、どのような経緯で、この神のお庭を手入れすることになったのか、
ぜひとも伺いたいですわ。」
ほかの二人のシスターも、口を合わせて賑々しくおっしゃいます。
「そうね、ぜひともお伺いしたいわ。神父様以外で、男の方が入ってくるなど、ここ何十年もなかったことですもの。」
わたくしは困惑いたしました。
いまのわたくしの口からは、あのサンタローズに降りかかった災禍を話すことはできません。
この清らかで無垢なシスターたちに、どんな驚きと恐怖を与えてしまうことになるやら、
そう思っただけでも、わたくしは、とても語る気にはなれませんでした。
代わりにわたくしは言いました。
「そうですね、でも、今夜はもう遅いこともありますし、わたくしも今日到着したばかりで疲れております。
お構いなければ、明日に日延べしていただけないものでしょうか?」
フローラさんは、あでやかな微笑みを浮かべてお答えになりました。
「ごめんなさい、私としたことが、ご配慮に欠けておりましたわ。ええ、おっしゃるとおり、明日にいたしましょう。
それでは、お休みなさいませ。神様がよい夢を見せてくださらんことを・・・。」
フローラさんとサージャさんとベアトリスさんは、わたくしの部屋を辞すると、ご自分たちの部屋のほうへと帰っていきました。
わたくしはため息をひとつつきますと、さっそくベッドに身を横たえました。
それにしても・・・このシーツの糊のつけ方は、ずいぶんとむらがありますね。
でも、そんなことは気にならないほど、わたくしの頭の中は、この二日間に起こっためまぐるしい出来事と、
あの愛らしいシスターのフローラさんのことと、これからの暮らしのこととで一杯になっておりました。
やがて、旅の疲れのせいでしょうか、私はぐっすりと眠ってしまっていたようでございます。
さて、お話をお聞きの皆様は、わたくしが、こんなにも素晴らしい女性の園へ隠れ住むことになったのでございますから、
さぞかし毎日を幸せに暮らしたかとご想像のことでございましょう。
・・・ですが、予想と現実とはまったく異なるものでございました。
わたくしが参りましてから二、三日は、決して天国とは呼べないような日々が続いていたことを
白状させていただかなければなりません。
朝、日の出過ぎのころに、鐘楼の鐘が鳴って目覚めます。
歯磨きと洗面を済ませますと、朝のお祈りの時間でございます。わたくしもこれに加えさせていただいております。
それから朝ごはんでございます。パンが二切れと、ミルクと菜っ葉の朝ごはんでございます。
なんということでございましょう・・・お茶も出ないのでございます。
食糧庫にはたくさんのお茶の袋がございますのに。
なんでも、これは慈善活動に使うのだそうでございます。
それから皆様は、お仕事に参ります。さまざまな手仕事やら、神様へのお祈りやらがございます。
わたくしはもちろん庭仕事をいたします。お腹がぐうぐう言っておりますが。
ときどき、畑の畝をそぞろ歩かれるシスターがいらっしゃって、にっこり微笑んで会釈していかれることもございます。
修道院でございますから、あまり無駄口はいたさないのでございます。
やがてお昼の鐘が鳴り、皆様はお昼ご飯を召し上がります。
・・・ああ、またパンとスープでございます。しかも今日のスープは、塩を忘れたかと思うほど薄いのでございます。
食後は皆様、仕事に戻っていかれます。わたくしも庭仕事の続きをいたします。
この時間になりますと、わたくしのおなかは、きりきりと痛いほどにすいてくるのでございます。
日が暮れるころになりますと、夕食の時間でございます。肉や魚が出ないのは、戒律を守る上、仕方がございません。
ですが、パンの中が湿って、どことなくどろりとしていますのは、どういった次第でございましょう?
危うくテーブルの下に捨ててしまおうかと思ったほどでございました。
シスターの皆様の手前、そんな事はできかねましたが。
夕食の後片付けが済むと、シスターたちにも自由時間がございます。
フローラさん、サージャさん、ベアトリスさんは、初めての日以来、毎晩わたくしの部屋に足を運んできてくださいます。
みんなで、楽しくおしゃべりをしたり、ゲームをしたり、歌を歌ったりして過ごしております。
このときばかりは、わたくしも、食事が足りない不服を忘れることができるのでございます。
ですが、わたくしがどうしてこの修道院で働くことになったのか、そのご質問は二度となさいません。
どうやら、わたくしにぶしつけな質問をなさったと、院長さまにお咎めを受けたようでございますよ。
ええ、わたくしも、できれば話したくないことでございますから、院長さまのご配慮をありがたく頂きました。
ともかく、こうしてわたくしが、すきっ腹と飽き足りない口とを抱えておりますうちに、日曜日が巡ってまいりました。
先日わたくしが食糧庫で見つけましたお茶の葉の活用法が、この日、やっと分かりました。
シスターたちは、毎週日曜日になりますと、歩いて二時間ほど北にございますオラクルベリーという小さな村へ
ご奉仕にうかがい、貧しい人たちに無料の食事を振舞うのでございます。
フローラさんは嬉しそうにおっしゃいました。
「小さいけれど、とても素朴でかわいらしい村ですわ!サンチョさんもきっとお気に召しますことよ。」
シスターの皆様は歩いていかれるのですが、荷物は馬の引く荷車に積んでまいります。
これまでは、オラクルベリーから人を雇っていたとのことでございますが、
今日からはわたくしがおりますので、わたくしが代わりに馬の手綱を取っていくことになりました。
朝のさわやかな空気の中を二時間ばかり歩きますと、オラクルベリーの村に到着いたしました。
サンタローズとはまた雰囲気の違うところでございました。森の中の、あまりぱっとしない村でございます。
それでも、シスターたちにとりましては、いつもとは違う世界にいらしているわけでございますから、
その生き生きとした顔つきは、こちらが見ておりましても楽しくなってくるほどでございました。
みなさまは、担いできた鍋釜をさっそくほどき、荷車から食べ物の袋を降ろします。
そして、材料を広げますと、さっそく調理に取り掛かりました。
ほしゅ
シスターの皆様がお料理をなさっているあいだに、わたくしは、村の中を広報に出かけることにいたしました。
「オラクルベリーの皆様、南の修道院のシスターの方々が、
食事の奉仕をなさるために教会前の広場においでになりましたよ〜!」
わたくしがいくら声を枯らして叫べど、村の人たちはどなたも振り向こうとはなさいません。
見れば、身なりもよくない人たちも数多く、決して豊かな村とはいえないのです。
また、あまり食事も満足にとっていないらしい子供たちもそこかしこに見かけました。
それなら、皆さんも、食事の誘いに答えてくださればよいものですのに・・・。
わたくしが村の中を回っているうちに、注進してくださった方がいらっしゃいました。
「あのシスターたちの料理?悪いが、とても食えたもんじゃあないね。
料理の一つは塩からすぎるかと思えば、ひとつは甘すぎる。かと思えば味がない。
パンなんて、泥を食べるほうがまだましだと言いたい代物だよ。」
そうですか・・・どうやら、シスターたちの料理は、まずくてまずくてお話にならないほどのものらしいのでございます。
確かにわたくしも、修道院の食事にはいささか辟易してはおりましたが、ここまでこき下ろされますと、
さすがになんとも答えのしようがなく、その場から教会の前へ引き返してまいりました。
おや・・・?なんでしょう、この立ち込める胸の悪くなるようなにおいは?
それが、シスターたちの作るシチューの鍋から立ちのぼる煙だと分かったときには既に、
わたくしはとんでもない噂を耳にしておりました。
「あのシスターたちが来さえしなければ、この村も少しは住みやすくなるんだけれどねえ。
確かに素晴らしいシスターたちではあるけれど、食事の奉仕だけはしてほしくないよ。
私たちを早く天国へ送り出そうっていう魂胆なのかねえ。」
つまり、口にするだけで死んでしまいそうなほどまずい食事であるということを示唆しているのでございます。
そして、案の定、この日広場にやってきた村人たちは、わずかに四人でございました。
みなさま、いかにも辛抱強い表情を作りながら、食事を召し上がっておりましたよ。
その日、当てが外れてがっかりしたのと、長距離を歩いて料理したのとで
すっかりお疲れになったシスターの皆様は、とぼとぼと帰路に着きました。
わたくしも荷馬車の手綱を取りつつ、皆様の心中を案じておりましたのはもちろんでございます。
そして、夕方には、やっとの思いで修道院に帰り着きました。
みなさまお疲れでしょうが、鍋釜の後片付けや、身づくろいなどを甲斐甲斐しくなさっておりました。
そこへ、あのシスターのフローラさんが来て、私におっしゃるのです。
「サンチョさん、院長さまがお呼びですわ。なにかお怒りのようでございますが・・・。」
はて、わたくしが、何か出しゃばった事でもいたしたのでございましょうか?
わたくしは、すぐさま院長さまのお部屋を訪ねました。
院長さまはわたくしを招き入れますと、すぐにお話を始めました。
「サンチョさん、聞いたところによりますと、あなたはここのシスターたちのうちの何人かと、
毎晩のように遅くまで語らっていらっしゃるとか。
理不尽なご理由で、ふるさとを離れなければならなかったことは、私もお察しいたしますが、
いくらご自分の寂しさを紛らわすためとはいえ、シスターたちを巻き添えにする行為は
いかがなものかと申し上げたいのですが。」
物静かな口ぶりではございましたが、その中にはたしかにわたくしをとがめる口調が入っておりました。
わたくしは、しどろもどろになりつつも反駁いたしました。
「しかし、院長さま、これは決してわたくしが無理強いしたわけではございませんが・・・」
「言い訳はおよしになるものですよ、サンチョさん。そりゃ、あなただって男の人ですから、
うら若い娘を見てどのような心を起こしになるのかということくらいは、私にも察しは付いてございます。
ですが、ここは修道院。そのような行為は、たとえ思うだけであっても許されるものではございません。
このような事が二度と起きないよう、厳しく戒めたいところではございますが・・・」
院長さまは、ここで息を継ぎました。わたくしは、口をからからにしながら、院長さまの次の言葉を待っておりました。
院長さまは、お言葉を続けました。
「・・・さすがに、私も神に身を捧げた者でありますゆえ、
そのような行為を命じますのは、むしろ神に背くことではないかと思っております。
そこで、サンチョさん。代わりに、あなたには、あるひとつの仕事をしていただきます。
この修道院の調理場で、シスターたちと一緒に朝夕の食事を作ってください。」
わたくしは、思わず腰が抜けて床に尻餅をついてしまいそうなほどの驚きに見舞われました。
「わ、わたくしがですか、あのさんざんな調理しかできないシスターたちと料理を!?」
「そのとおりです。ブラザー・サンチョ、あなたの腕を見込んでのお話です。
あなたは庭番だけではなく、料理の腕も一流だと伺いました。
もし、あなたの手ほどきで、シスターたちが料理名人になれば、オラクルベリーの奉仕活動も
それなりの効果が上がることでしょうし、シスターたちの励みにもなるというものでしょう。」
わたくしは、シスターたちを誘惑したという濡れ衣をかけられるのは真っ平でございましたから、
院長さまの言いつけに渋々ながらも従うよりほかございませんでした。
さて、日が改まり、月曜日の午後になりました。院長さまがお話しになっていたのでしょう、
調理場には調理を担当されるシスターたちがお集まりになっています。
わたくしの部屋へ遊びに来るフローラさん、サージャさん、ベアトリスさんもそこにおいででした。
フローラさんが、花のような笑顔を浮かべておっしゃいました。
「サンチョさんも料理を手伝ってくださるのですね?嬉しいですわ。」
ベアトリスさんもおっしゃいます。
「サンチョさんなら大歓迎よ!重いお鍋を持ち運ぶのは、もう大変で大変で。」
さっそく皆さま、調理台の前に並んで、支度を始めました。
そこでわたくしは呼びかけました。
「それでは皆さん、お料理の支度を始めてくださいな。」
とたんにあちこちから悲鳴が上がりました。
「ああ、どうしましょう!わたし、包丁を持つと、きっと指先を切ってしまってよ。」
「だめだわ・・・わたし、粉をこねると、あたりにみんな散らかして、真っ白にしちゃうの。」
やれやれ・・・ここまでひどいとは。
よろしい、まずは分業体制ですね。
わたくしは手を叩いて、シスターたちの注目を自らに引き付けました。
「ええと、それでは、皆さんの得手不得手によって、仕事を分けて行うことにいたしましょうか。」
シスターたち、戸惑ったように微笑みながら、こちらを見ております。
きっと、『今までもそうしてきたことよ』と心中ではおっしゃっているのでございましょう。
「はい、包丁を握るのが得意な方はこちら・・・」右に振り分け、
「重たい物を持てる力持ちのかたはこっち・・・」左に振り分け、
「残った方はこちらへどうぞ・・・」真ん中へまとめ、
全部で三つの班ができました。
「それでは、力のある皆様には、パンをこねるこつを伝授いたしましょう。」
わたくしがテーブルに粉を盛り、水を加えて混ぜていく様子を、皆様が見守っていらっしゃいます。
「まあ・・・さすがサンチョさん。私たちとは、手つきが違いますわ!」
「すばらしいこね方!」
お褒めの言葉など、照れるやら決まり悪いやら。
「さあ、皆さまも、このパン種で、こねる練習をなさってください。」
続いて包丁を握れる皆様はといいますと・・・
「たいへん手際よく作業をなさっているようでございます!わたくしからお教えすることは、特にございません!」
そして、わたくしは、第三の班の皆様をお集めいたしました。
このなかには、あのフローラさんも混じっておりました。落ち着かなさそうな瞳でこちらを見つめております。
「皆さまには、上手な野菜の洗い方と、上手な火の扱いをご伝授いたしましょう。」
シスターたちはみな勉強熱心でございました。私も負けてはおられません。
彼女たちの真摯さと熱意に答えるべく精進しなければ。
gg
ドキドキ・・・
82 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:04/09/25 01:02:32 ID:5T87smR9
名前:ヤパーリ
職業:足手まとい
とくいわざ:ダダコネ
HP:4
なかなか手を付けかねている『まな板にラブソングを』。
f
-
87 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:04/10/13 00:55:42 ID:ecSE2QrH
とりあえずageときますね。
ちょっと留めとき。
1ヶ月更新がないわけだが
あ、見てた人もいたのか・・・
どうせ誰も来ないだろうと勝手に決め込んでて、妙な安心感が働いて、ストーリーを進めてなかった。
よかったら
>>88のスレにも行ってみてくれ。作者はここの「まな板」と同一人物だから。
あれから一週間。わたくしとシスターの皆さまは、ふたたび北の町へと歩いておりました。
わたくしは馬の手綱を取って、神への道ならぬ村里への道を、シスターの方々とご一緒しております。
荷馬車には野菜や穀物がいっぱい。それに鍋や釜のたぐいもございます。
うららかな天気といい、荷馬車の積荷といい、一週間前の日曜日とほとんど何もかも変わりがございませんでした。
ただひとつ変わったところ。
そう、シスターの皆さまの、いつにも増して晴れ晴れとしたお顔を除いては・・・。
やがて、わたくしたちは、再びあの広場に立っておりました。
一週間前のあの日曜日、まるで嵐と魔王が同時に訪れたかのように、人の波が引いていった、
あのオラクルベリーの村の広場の中にやってきたのでございます。
でも、今日こそは・・・今日こそは、この広場を、村人たちでぎっしりと埋め尽くしてごらんに入れましょう!
ええ、そういたしましょうとも!
「さあ、私たちはさっそく仕事にかかりますわ!」
フローラさんが、サファイアのような瞳を輝かせておっしゃいます。
フローラさんは、わたくしと二人、村をぐるりと回り、村の方々に、今日が奉仕の日であることを
知らせて回る役目なのでございます。
ですが、今日は、いつもの日曜日とは違うのです。このサンチョめが参って、二度目の日曜日なのです!
シスターの皆様の料理の腕前にも、きっと変化が起きているはずでございます。
オラクルベリーの皆様がた、腰をお抜かしになってはなりませんよ!
わたくしは村の辻々に立ち寄り、今日が修道院からのご奉仕の日であることを触れて回りました。
ところが、村のどなたも、こちらには目を向けようともいたしません。
毎週のことがございますからでしょう。
さあ、ここでフローラさんの出番でございます。フローラさんは、なんとも愛らしい土鍋を一つ持っていらっしゃいます。
さあ、その蓋を、村の道端で開けてごらんに入れましょうか・・・!
たちまち昇り立つ湯気と香りに、村人たちは、いっせいにこちらをお振り向きになりました。
ゲッケイジュにローズマリー、イノンドにコショウ、そして極上のバターの、焦げるような甘い香り。
「これが今日の奉仕のシチューでございます!広場へぜひともいらしてくださいませ!」
フローラさんは、このおいしそうな湯気の向こうで、さわやかな声を張り上げて、
オラクルベリーの皆様がたに、食事を召し上がっていただくよう、告げております。
ああ、フローラさんのお声、これが調味料なら、どれだけおいしいスープができることか・・・。
ええっと、村人たちがやってきて、これまでのとは比べ物にならないほどおいしい食事に
目を見張って舌鼓をうつのね。
たぶん・・・。
95 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:04/11/07 23:01:25 ID:T6SOV1ff
なんかよくわかりませんけどとりあえずageときますね。
期待保守しておきます。
98 :
: :04/11/16 21:45:15 ID:Kl1m+X23
DQでイボらドラゴン
ツーケー星人