集合先はまたしても第3新東京市立第壱中学校。
トウジ達が駆けつけるとそこには写真の少年が居た。
「…と言うワケでやな、マナはんがピンチや!どないする?」
「ケイタが死んでトライデントも失くして、オレの機体を取りに帰る時間は無し…」
「貴方のトライデントは現在ネルフの管理下にあるわ。三尉が探しに行ったから」
「…ちょっと待った!どうして断言できる?」
「三尉がそうすると言ったもの」
はぁあぁぁ
…ムサシ以外、全員溜め息ついてます。
「まぁそれは良いとして、だ。これからどうする?」
ケンスケが改めて一同に尋ねる。
「…どうしたいんや?」
トウジがムサシに振る。
「せめて一目だけでもマナに逢いたい…死ぬ時は一緒、それが約束だ」
あまりにも現実離れしたムサシの言葉にすぐには言葉の出ないトウジ達。
思えばケイタは既にこの世にいない…これが彼らの現実であり生きている世界なのだ。
トウジは覚悟を決めた。
「よしゃ!ほならネルフに行こうやないかい!」
ばん!と太腿を叩くトウジ。
「でもどうやって中に入るつもりだよ?」
「ケンスケ、オマエのオヤジさんのコネで何とかならんか?」
「さすがにそれは…バレバレだよ、マズイよ」
渋るケンスケ。
無理もない、IDを使ってデータを盗み見るよりも露見する確率は高いのだ。
沈黙する一同にレイが提案する。
「この街にいくつかの秘密通路があるわ。そこから入りましょう」
「そんな事、出来るの?綾波さん」
「でも綾波はネルフの人間じゃないか…そんな事をして大丈夫なのか?」
「判らない…でも知りたいの…貴方が大切にしているモノを」
レイの紅い瞳がムサシを捉える。
「綾波さん…それは」
ヒカリが何か言おうとするのをレイが遮る。
「知りたいのは『言葉』では無くて『行動』…その為に貴方が何をするのかが知りたい」
レイには三尉の言葉が引っかかっていた。
「自分よりも大切な事」と「自分にとって大切な事」の違い。
単なる言葉の違いなのか?それとも、もっと大きな違いがあるのか?
レイはそれが知りたかった…どうしても。
「アニキ!オツトメご苦労様でしたァ!」
三尉が警察署の玄関を降りていくと深々とお辞儀をしたリョウジが叫ぶ。
「恥ずかしいコトすンな!…あ、すみませんコイツ冗談が好きなヤツで…」
驚いた表情の婦警さんにペコペコと頭を下げる三尉。
「さ、アニキ!どうぞ」
「それはもうえぇ!ちゅうねん」
「おぉ!ながれいしながれいし」
「いえいえ、そのオヤジギャグこそなかなか…」
周囲の呆れ果てた視線をものともせずに二人はプリウスに乗り込む。
外部の雑音が遮断されるとリョウジの声が変わる。
「お前さんが無事と言う事はトライデントも無事と言う事だな?」
ポケットからタバコを取り出すと一本咥えて三尉に差し出す。
手を振って要らないサインの三尉。
「霧積ダム湖底に有った。コクピット周囲に爆弾を仕掛けちゃいるが即席のヤツだ、いつ
解除されるか判らない」
「…急ぐ必要があるな…霧島マナがスパイ容疑で捕まった」
「美人の御母堂は?」
「しばらくは動かない…はずだ」
三尉が口笛をひとつ
「で?俺の役割は?」
「…後ろに資料がある。頭に入れて作戦を考えてくれ」
後部座席に置かれていた書類を一目見て嫌な顔をする三尉。
「…俺の役って、これ?」
「狙うポイントだけ教えてくれてもいい…射撃の腕前はどっちが上かな?」
「…俺だよ…使う銃は?」
「ウッズマンを2丁用意してある。調子の良い方を選んでくれ」
三尉は後部座席のアタッシュケースを引き寄せるとフタを開けて中身を取り出す。
「オマワリさーん!前科者が再犯を犯しそうでーす」
「やめんかーーーーッ!」
「なんか犯罪者になった気分…」
レイに先導されてネルフ本部に潜入したトウジ・ケンスケ・ムサシ達。
ヒカリには荷が重過ぎるので引き止めた。
じゃあなと声を掛けるトウジを見つめるヒカリのなんとも儚げな雰囲気はなかなかのものだった。
「でもなぁ…まさか足元にこんなモノがあったとはなぁ…」
ケンスケが感慨深げに呟く。
秘密の入り口のひとつは第334地下避難所にあった。
恐らくこの冒険が済めばコンクリートを流し込まれて閉鎖されるのだろうが。
「本部に入ればダクトを使うから」
普通に歩けないわよ、そういう事だ。
むき出しのコンクリート壁にぽつぽつとしかない照明灯。
そこを一瞬たりとも迷わずに進むレイ。
「綾波、綾波…どうしてこんな所をそんなにすたすた歩けるんだい?」
ケンスケが好奇心に負けて尋ねる。
「…一人でいる時、ずっと歩いていたから」
こんな場所を?と言いかけて、やめた。
以前から漠然とした感じで持っていた綾波のイメージがひとつひとつのエピソードを介し
てケンスケの中で形を成して行く。
ぼんやりと綾波の後ろ姿を眺めているとトウジが背中をつつく。
「どないしたんやぁ?ぼーっとしてからに」
「あぁ、綾波のことでちょっと…」
「ぬぅに!?お前、あんなんにホレたっちゅーんかい!」
「…そういうのとは違うと思う…なんていうのかな?綾波への理解が深まった…そんな感じ」
ワカランのぉ、とブツブツ言うトウジを放っておいて視線をムサシに向ける。
ムサシはなにやらひたすらメモを取っている。
「何書いてんだい?」
黙ってムサシが手帳を差し出す。
…右90°→25下り1F右30°→50左50°→15右90→20…
数字の羅列が延々と続いている。
手にはコンパスを握っている。
ムサシは侵入ルートを記録しているのだ。
マナを救出しこのルートを逆戻りするつもりなのだろう。
せめて一目だけでも逢いたい、だって?
やる気満々じゃあないか…。
なんだか嬉しくなってきた。
やられっ放しにはならない、そんな意地のようなものを感じた。
「…がんばれよ!」
左手でムサシの右手をつかむとその掌に思いっきり手帳を叩きつける。
ニヤリと笑うケンスケ。
笑い返すムサシ。
「何しとんのやオマエら?…気色悪いデ…」
トウジが呟くのと同時にレイが立ち止まる。
「この部屋からダクトを使うから」
そう言って暗証番号を打ち込む。
ドアが開くとさっさと中に入る。
「5263997814」
ケンスケが小声でムサシに教える。
「サンキュ」
部屋ではレイが机の上に立ちポケットナイフでダクトのネジをはずしていた。
「何か手伝う事は?」
「ないわ」
「…さよか…独壇場やな」
トウジの言葉が終わらないうちにダクトがはずされた。
3人が感心する間も無くレイはヒョイと孔に飛び込んで手を差し伸べる。
その手に捕まろうとしてトウジが何かに気付く。
「…あ…ワシぃ、最後でえぇワ…」
「どうしたの?トウジ」
ケンスケの問いに振り向いたトウジが小声で答える。
「アホゥ!あのまま綾波の後ろ進んでみィ?あ、綾波のぱっぱっパンツ見てしまうやンか」
「それが?」
「…なんや後でオソロシイ事が起こりそうで…」
「ふーん、委員長が怖いんだ」
「…アホォ!何言うとんじゃい!何でワシがイインチョにビビらなアカンのや!」
「どうでもいいけれど、アイツ、先に行ったぜ?」
振り向くとムサシがいない。
「ラキー♪これなら安心や」
「なんだかなァ」
そして二人が後に続く。
急いで孔に飛び込んだことをムサシは後悔していた。
何故あの二人がノロノロしたか、その理由が解ったからだ。
目の前に少女のお尻…と言うか太腿と言うかパンツと言うか…まぁそれらが蠢いている。
ムサシはこういう世界に免疫がない。
戦自の宿舎や訓練では色気の無い単なる『裸体』は見慣れていた。
だがこういう…なまめかしいと言うか華やかと言うかなんと言うかなんだその…。
思わず振り向いて小声で頼む。
「か、代わってくれ!」
「アカンて!ワシらかてクラスメートのパンツはまともに見られんのじゃ!」
「うッそでぇ」
「…ケンスケ、ウルサイ」
「綾波のパンツ見たらオソロシイ事が起こるって言ったクセに」
「マジッスか?オレ…見ちまった」
「ねぇ?」
綾波が振り向いて声をかけると一同ギクリとして動きが止まる。。
「どこに行けばいいの?」
…マナが囚われている場所を誰も知らなかった。
トイレが我慢できずにとうとうシンジは部屋から出る決心をした。
ドアをそっと開いて辺りを見回す。
…神社の狛犬よろしく部屋の前に陣取っていたアスカの姿も見えない。
ドアを目いっぱい広げておく…すぐ部屋に飛び込めるように、だ。
できるだけ大股でトイレに近付く…よし。
トイレのドアを開くとそこにはアスカが腰掛けていた…にっ♪と笑って。
「つーかーまーえーたー♪」
呆然とするシンジに飛び掛って…と言うより抱きつくと、どすん!としりもちをつくシンジ。
そのシンジの首筋にしがみつき、自分の脚とシンジの脚とを絡めてフックさせる。
「…なにやってんだよ、アスカッ!」
「アタシは獲物を狙う天才ハンター、必要とあらばどんな擬装もお手のものォ」
しがみ付いたままで歌うように喋る。
「トイレ!トイレ行かせて!終わったら付き合うから!トイレ!」
「…ダメ。アンタその場しのぎで簡単にウソ付くから」
「ほっ本当だよ!約束するから!トイレ!も、漏れるトイレトイレ!」
「ひとつご飯を食べること。二つスネるのをやめること。みっつアタシとデートすること…どぉ?」
小首を傾げてシンジを見上げる。
「漏れちゃう漏れちゃう!漏…らしちゃうぞ!アスカ!ここで漏らしちゃうよッ!」
シンジがキレたらしい。
「すればァ?アタシTシャツの下は水着だから…へっちゃら」
「出来ないと思ってるんだろう!漏れるといったら漏れるんだ!」
一生懸命に起き上がろうとするものの、アスカが身体を揺すってバランスを崩す。
「もしシンジがお漏らししちゃったら、アタシきっとみんなに言いふらすだろーなァ♪」
「だからトイレッ!も、漏れない漏れます漏れる漏れるとき漏れれば漏れろ」
「ん〜がんばるわねぇ…えい♪」
のたうつシンジの下腹部に膝を乗っけてみるアスカ。
「!!!」
シンジがガバッと体を入れ替えてアスカを組み伏せる。
「む、ピンチ?」
シンジの両手がアスカの顔を押さえ、ぐいぐいと力を入る。
アスカの両腕を引き剥がすつもりなのだ。
夢中になったシンジは気付いていないが爪がアスカの頬を、額を、首筋を傷付けている。
うっすらと血が滲みミミズ腫れが出来てもアスカは力を緩めない。
「しつっ、こい…なぁ!」
シンジの左手がアスカの太腿を鷲掴みにする。
「痛ッ!」
そのまま腕立てよろしくシンジは上体を反らす。
体重と両腕のパワーがアスカを押し潰そうとする。
いや…アスカのしがみ付く力も加えればますますアスカには不利なはずだ。
それでもアスカはしがみ付き同じ言葉を繰り返す。
「約束、するって、言いなさい、よッ、バカシン、ジッ!」
「イ、ヤ、だ!」
思春期の少年少女が呼吸を弾ませ、汗まみれになってもつれ合う。
文章にすれば、どこか艶やかなシーンもすぐにお終いとなる。
ただでさえ膀胱が限界に近いシンジが長時間、力めるはずもないのだ。
シンジはアスカの提案を受け入れやっとトイレへと逃げ込んだ。
じょぼじょぼと言う水音がトイレに響く。
隣のパスルームではアスカが汗を流すシャワーの音が…。
「アスカ、なんだってこんなにムキになるんだ…」
個室でシンジはつぶやいた。
シャワーを終えたアスカの言葉はシンジをうろたえさせるには十分だった。
――これから霧島マナに会いに行く――
シンジの口から出たのは、どうやって?とか何をしに?ではなく「いやだ」の一言だった。
「約束、早速破るのね?」
「会ってどうするってのさ?貴女はスパイですか?って聞くつもり!?」
そうよ、とあっさりアスカは答える。
「あの娘から直接聞けばアンタも納得できるでしょう?」
「い、嫌だ…そんなの、行きたく、ない…」
「いい?行・く・の・よ?」
約束とあちこちに出来たキズを盾にされ、シンジはネルフへと連れ出された。
あのアスカが顔中にバンソーコーを貼って外出するのだ。
その気迫にシンジは気圧された。
アスカに対して少しの罪悪感もある。
夢中だったとは言え顔にキズを付けたのは事実だ。
シンジはトボトボと死刑台の階段を上る気分でネルフ本部へと向かった。
「で、どの辺りに収容されていると思う?」
ケンスケが綾波に問う。
この四人の中で一番「ここ」に詳しいはずのレイに聞くしか方法が見つからなかったのだ。
「赤木博士が関与して、かつ隔離できる場所…そして持病があるなら」
「なら?」
「こっち…医療センター」
そして屋根裏の探検隊はまた移動を開始した。
「だーかーらー!加持さんに頼まれたんだってば!通してちょーだい!」
医療センターの一角にある特別室前ではアスカが警備担当者に向かって無茶な説得を試みていた。
「何度も言うが、そんな話は聞いていないんだ。さ…帰った帰った」
「じゃあ電話で確認取ってよ!確かこの一件に関しては加持さんが責任者なんでしょ?」
「…そりゃそうなんだが…あぁもう!判った判った!」
警備担当者がうっとおしそうに怒鳴りあちこちに電話を掛け捲る。
5本目の電話でリョウジを捕まえると警備担当者は苦情を申し立てた。
だがその抗議はあっさりと却下される。
『オレも行くから会わせてやってくれ』
リョウジの言葉に渋い表情を作る警備担当者と勝ち誇るアスカ。
そして3人はリョウジを待った。
「聞いたか?今の話」
「バッチリや!綾波の予想通り、やっぱココなんや」
「…静かに…部屋に入るわよ」
天井裏の探検隊は埃にまみれながらずりずりとダクトを進む。
ダクトの格子をそっと外しながら室内の様子を伺うレイ。
薄いベージュ色をしたリノリウムの床とクリーム色の壁、そして真っ白なベッドシーツ。
その中央に赤茶けた髪の少女がうつむいて座っている。
…刺激しないように…。
格子を外し終えるとレイはその四角い穴に上体を突っ込む。
ぶらり
天井から逆さ吊りになったレイは格子を持ったままでするりと空中に舞う。
スカートが翻るぱたぱたと言う音にマナが顔を上げる。
素早く着地したレイは人差し指を唇に当ててマナを制し天井を指し示す。
ぽっかりと開いた四角い穴から見知った顔が覗く。
ケンスケ、トウジ、そして…。
「マナ!」
「…ムサシ!?」
見上げるマナの瞳に涙が滲む。
マナがベッドから飛び降りる。
素早くロックを外すとベッドを穴の真下に運んで3人を迎える。
出来るだけ静かに下りていく3人。
怪我人のムサシは半ば落ちる様な格好だったのでトウジ達を慌てさせた。
トウジがドアの前に立ち外の気配に聞き耳を立てる。
ケンスケとレイは少し離れた場所で二人を見守っている。
ムサシは…マナの手を強く強く握りしめた。
ちょっと困った顔のマナが、へへへっと笑う。
「マナ…」
ゆっくりとその存在を確かめる様に抱きしめるムサシ。
恋人の幻を見たらこんな感じで抱きしめるのだろうか?
抱きしめられたまま頬をつたう涙を拭おうともせずに話を急ぐマナ。
「…もう会えないと思ってた……あのね、ケイタがね」
「知ってる…」
一瞬、ムサシの顔が曇りその陰りが声に反映される。
それを感じたマナも、あぁと小さく溜息をつく。
だがそれも一瞬のことであった。
再びマナが口を開く。
「あたし、あたしね…もう、ダメだと思ってた…でもね、こうして最後にムサシと逢えた
から…もう、大丈夫…安心して、逃げて」
「マナ、逃げられるんだ!ルートはちゃんとある!さ、急ぐんだ!」
マナの意外な言葉に抱擁を解いたムサシが強い口調で応える。
ムサシの右手がマナの左手をつかむ。
だがマナは…その手をゆっくりと押さえ、そして引き剥がす。
「…ダメ…今度の作戦であたし、命令違反しちゃったの…それで失敗しちゃったから…
きっと加賀一佐に…」
「だから逃げるんじゃないか!オレなんて脱柵者だぜ?」
追われても逃げ切ればいい…とムサシは付け加える。
だがマナを翻意させるには至らなかった。
そこにはやや複雑な事情があった。
「この任務が成功したらね、3人揃って除隊させるって約束だったの…黙ってて、ゴメン
…でも…約束が信じられなかったから、あたし…取引材料にしようとして作戦目標のサン
プル…渡さなかったの…それで失敗しちゃった…」
「だから逃げなくちゃ!」
ふるふると頭を振るマナ。
「…ダメ…加賀一佐に迷惑は掛けられないもの…他の子達にも…」
過酷な任務を要求する加賀一佐ではあるが、彼女の力が弱まれば残された仲間に多大な
影響が出るのは想像に難くない。
加賀一佐の失脚は防がなければならない…仲間達の為にも…。
それがマナの出した結論だった。
「どうするって言うんだ…」
苦しそうなムサシの声。
それに答えるマナの吹っ切れた様な、声。
「あたしの単独行動にして…死ぬわ」
「マナ!」
ムサシがマナの腕を掴んだ時、トウジが合図を送ってきた。
外に動きがあったのだ。
ベッドを踏み台にして飛び上がりダクトに飛び込むレイ。
男3人はベッドの下に潜り込む。
その数秒後、ドアが開いた。
見舞い客は…リョウジとアスカ、そしてシンジだった。
元気かい?と穏やかに尋ねるリョウジ。
黙って頷くマナ。
シンジは顔を背けてマナを見ようとしない…いや、見る事が出来ない。
腰に手を当てたアスカがふん!とハナを鳴らす。
「さ、さっさと用件を済ましましょ!…ね、アンタはどっかのスパイよね?」
ベッド上のマナに挑む様な眼差しでアスカが詰問する。
マナの視線がほんの一瞬シンジに向けられ…そして自分の手元に落ちる。
やがて顔を上げるとアスカの瞳を見つめる。
アスカの真意を探るように。
しばらくしてぶつかっていた視線をマナが外す。
そして小さな溜息をひとつ、つく。
「…所属は今ここでは言えませんが、そうです…」
シンジの身体がすくむ。
「シンジに近付いたのは、エヴァの秘密を探るため…そうね?」
「はい…いいえ、皆さんに近付いた、と言う方がより正確です」
おや?と言う表情のアスカが少し首を傾げ、そしてシンジにとって一層残酷な質問をする。
「ふぅん…エヴァの秘密を知っている人なら誰でも良かったんだ?」
「はい」
悪びれる風も無く慈悲を求めるでもなく、ただ淡々と答えるマナ。
「だってさ、シンジ。…これで解ったでしょ?納得できた?」
シンジを振り返り殊更にぶっきらぼうな調子のアスカ。
「…きる訳、ないじゃ、ないか…」
「え?何?」
「そんなに、簡単に、納得なんて、出来ないって言ったんだよッ!」
背を向けたシンジの両拳が震えている。
「でも事実じゃない。証拠もあったしさ」
「それは…それはきっと!大人の人に命令されて無理矢理…」
自分の経験がシンジの思考を誘導する。
「いいえ、自分で決断して自分で実行しました…私は、自分の行動に悔いはありません」
初めてマナが自分から進んで答えた。
だがシンジにとってその答えは一番聞きたくないものである。
「嘘だうそだウソだ…僕の知っているマナは…そんなの、ウソだァ!」
シンジの拳がクリーム色の壁を叩く。
「シ…あなたの知っているマナは…本当の霧島マナの一部でしかありません」
マナの声が静かに響く。
うなだれたシンジの喉からは嗚咽が漏れ始める。
「はいお終い…ご協力感謝するわ…行くわよバカシンジ」
シンジに声をかけながらアスカは心配そうにマナの顔を覗き込む。
その視線に気付くと、マナはにっこりと笑った…いや、笑おうとした。
全てはシンジの為のお芝居なのだ…マナもアスカもそれを承知していた。
事実とはやや異なっているがそれでもマナはスパイである。
何らかの処分は免れ得ないし、その結果はシンジの心に暗い影を落とすであろう。
そしてそこから立ち直る過程においてシンジが自分を…自分のココロを守る為に事実を
歪めない様にしなければならなかった。
マナは被害者 マナは大人達に殺された マナは悪くない
マナを殺したのはネルフ マナを殺したのは父さん マナを救えなかったのは僕のせい
そんな閉塞した思考に陥る事は避けたかった。
だからアスカも、マナも、シンジに事実を認めさせようとした。
その為の、即興劇。
シンジとアスカが部屋を出るとリョウジは穏やかに話しかける。
「辛い仕事をさせちまったな…みんな、今の事は他言無用だ…いいな?」
「…ここにはあたしだけしかいませんよ?」
ごく自然にマナが答える。
にやりと笑うリョウジ。
「ここはな、重症患者や要注意人物が入る病室だ…監視カメラくらいあるさ」
「!あの二人も見ていたんですか!?」
無言で頭を振るリョウジとそれを見て安堵するマナ。
アレを見られていたらせっかくのお芝居も台無しになる…。
マナは心の底から安堵した。
「…と言う訳だから、4人共出てきなさい」
レイが、トウジとケンスケが…そしてムサシがゆっくりと姿を現す。
「君がムサシ君だね?ここで待っててくれ、治療が必要だからな」
そういい残してリョウジは3人を外に連れ出す。
「…で、レイの助けを借りてここまで来たって訳か?無茶をするなぁ」
苦笑いをしながらお説教をしているリョウジ。
内心、冷や汗ものだがそんな素振りは少しも見せない。
状況は予想を少し超えていた。
子供達が事件に深く関わりすぎている事と…ムサシの存在だ。にじう
医師の説明如何ではプランを再考する必要もある。
…まずは三尉と相談だな…
そして三尉がやってくる。
「レ〜イぃ」
間延びした口調で近付くと三尉はコツンとレイの頭を叩く。
「さ、あの子達を連れて早くお帰り…探検はここまでだ」
「まだ…答えが見つかっていないから」
「…なんの?」
「自分より大切なことと、自分にとって大切なことの違い…」
子供達を待たせておいてナースステーションで医師の説明を受けるリョウジと三尉。
ムサシの怪我は思ったより重傷で体力の低下も著しい、らしい。
レントゲン写真や断層画像による詳しく説明を受ける。
それを三尉が平易な日本語に直してリョウジに伝える。
いくつかの質問の後、二人は廊下に出て立ち話を始めた。
ナースステーションから出てきた三尉に気付いたレイはその姿を何気なく眺めていた。
ぼそぼそと何架を話しながら身振り手振りを交えている。
三尉の人差し指がお腹を指し示し、2〜3度角度をつけて前後する。
レイは遠くでやり取りされている話し声に意識を集中させた。
「…うつ……カレ……どうじ…ちめい…いそぐ……」
普通の会話とは思えなかった。
胸騒ぎがして立ち上がる。
だが三尉達を追う事は出来なかった。
二人はマナ達の居る特別室に入ると鍵をかけたのだ。
室内ではマナとムサシがそれぞれのベッドに腰掛けていた。
モニターの存在を知らせていたので「おかしな真似」もされてはいない。
二人共、ごく日常的な会話で時間を過ごしていた。
リョウジ達が入室すると一瞬だけマナに緊張が奔る。
「マナ」
そんなマナをムサシの声が優しく包む。
「心配すんな、オレも一緒だ」
そだね、と答えてへへへっと笑う。
「…何か、気掛かりな事はあるかい?」
さりげなく切り出されたリョウジの言葉に二人はおとなしく答える。
「いえ、何も…」
「…そうか…力になれなくて残念だな」
リョウジがマナに近付く。
「…あのね、加持さん…」
うつむいたままでマナが話しかける。
「…なんだい?」
「…私、ズルイ女の子なんです…」
リョウジの顔に奇妙な表情が浮かぶ。
「こんな場面になっても…ムサシが目の前にいて…恥ずかしいけど…シンジ君や皆と、
もっと仲良くなりたかったなって、本当に思ってるんです」
「…」
「私が戦自の人間じゃなかったら…皆と、もっと仲良くなれたのにな、って…本当に」
「そう、だな…君なら、いい友達になれただろうな」
「ムサシやケイタ…部隊の皆がいるのにね…」
「お前、人見知りしないからな」
ムサシがやや肯定的な意見を口にする。
「オレは…ヒネてるから、ムリだ」
「ムサシは…優しいんですよぉ?」
思わず弁護に回るマナ。
「あぁ、見ていたら判る」
リョウジの言葉にマナは…マナは本当にうれしそうに、笑った。
「食べたいものとか、欲しいものとかは?」
「…あのぉ…最後に、ムサシと二人っきりにしてください…5分、いえ3分間だけで良いですから」
あまりにも慎ましくささやかな願いはあっさりと叶えられた。
ついでにモニターもオフにする。
3分後、特別室に戻るとそこには穏やかな顔の二人がいた。
「じゃあ、行こうか」
リョウジが改めてマナに近付く。
ムサシには三尉が付く。
それぞれが無言でホルスターから拳銃を抜いて相手に渡す。
ワルサーPPK…前世紀の名銃である。
重量約600gが奇妙に重く感じられる。
拳銃を受け取ったマナがリョウジに話しかける。
「加持さん…私、本当にズルイ女の子なんです」
「…あぁ、さっきも言ってたな」
マガジンを抜きローディング・インジケーターでチェンバー内に弾丸が無い事を確かめるマナとムサシ。
マガジンを手に取り、親指でたった一発の弾丸をはじき出して丁寧に観察する。
問題はないと判断したのか手早くマガジンに装填するとグリップに叩き込む。
スライドを引いてチェンパーに弾丸を送り込み、安全装置を解除する。
これでいつでも発砲できる…。
マナがへへへっと笑う。
いつも見せる、あの屈託のない笑顔だ。
「私、本当にズルイ女の子なんです…加持さんにまだ言ってない事がひとつあるんです」
「へぇ…そりゃ一体、何だい?」
リョウジの唇の端が吊り上り微妙な笑顔を形作る。
「最後に出された命令…『必ず、生きて還りなさい』なの」
マナの持つ拳銃がリョウジに向けられた。
特別室からシャンパンの栓を抜いた様な音が連続してふたつ聞こえた。
真っ先に走り出したのはレイである。
ドアの前に立つと三尉を呼び続けるが中からは何の返答もない。
やがて複数の足音が近付いてきた。
モニターを見ていた看護士が医師を連れてやってきたのである。
ドアが開き室内の様子がトウジ達の眼前に晒された時、全員が凍りついた…レイを除いて。
部屋に立ち込める硝煙の匂い
床に転がっている二つの空薬きょう
ベッドから崩れ落ちている少年少女
手には拳銃
シーツの赤いシミ
かすかなうめき声
そして……拳銃を手に立ちつくす二人の男
一瞬の静寂…その後に飛び交う怒声と悲鳴
運び込まれる救命医療機器の数々
押し出される二人の男
呆然と立ち尽くす少年達
見つめる紅い瞳
無表情の二人の男
幕は下ろされた
「…ウソ…そんなの、ウソ、だわ…」
悔し涙に濡れるトウジ達からソレを告げられた時、アスカはそれしか言えなかった。
トウジ達がそんなウソを付くとは思えなかったがリョウジが「そんな事」をするとも思えなかった。
堪らずアスカはミサトに電話をする。
だがミサトの返答は冷たい。
「極秘事項につき何も言えない」
たったそれだけである。
「イエス」とも「ノー」とも言わないのだ。
恐る恐るリョウジの携帯電話にかけてみる。
…出なかった…
シンジは部屋の中で泣き続けていた。
マナに裏切られた哀しみと、マナを救えなかった哀しみ。
そして最後までマナを信じられなかった自分への怒り。
そして二人の男への憎しみ…。
シンジは泣き続けた。
トウジ達は虚脱していた。
ヒカリには一言「アカンかった」それだけを伝えるのが精一杯だった。
自分達の無力さを認識させられ、改めて大人達の横暴さに怒りを感じてはいたがどうする
事も出来ないからだ。
レイは…レイは三尉の後をただついて歩いていた。
三尉は振り返らない。
レイは声をかけない。
二人して、ただただ歩いていた。
すれ違いざまにレイの頭をぽん、と叩いた三尉の手から硝煙の匂いがした。
ただそれだけが事実だった。
コウゾウの元をリョウジが訪れたのはその二日後だった。
「例の二人の死亡診断書、サインをお願いします」
二通の書類を差し出すリョウジ。
「カタが付いたのかね?」
サインをしながら尋ねるコウゾウ。
「いえ、これから相手方に報告をしなくちゃなりません…サンプルを手土産に」
そうか、と返事をしてまた書類に目を通し始めるコウゾウ。
退室しようとするリョウジにコウゾウが声をかける。
「…君も器用な生き方は出来んようだな…碇と同じだ」
そりゃ光栄ですね、と答えて廊下に出る。
ドアを振り向いて肩をすくめると自室に歩き始める。
ネルフの式典用制服に身を包んだ三尉が部屋を出るとレイがいた。
「…急用で出かけてくる…今日のスケジュールは予定通りに消化してくれ」
返事をせずにレイは質問してみる。
「帰ってくる?」
「もちろん帰るさ」
即答だ。
「…待ってる」
「待ってろ」
そう言い残して三尉は「遺品」を収めたアタッシュケースを携えて第99旅団司令部に乗り込んだ。
とある海の見える丘でリョウジは人を待っていた。
程なくして待ち人はブレビスに乗って現れた。
霧島ミサオこと加賀マリコ一佐である。
いつもの華やかな服装とは異なり今日は黒で統一されている。
既に覚悟は出来ているのだ。
ブレビスの助手席に乗り込むとアタッシュケースを差し出す。
「お嬢さんの衣服と毛髪です。お受け取りください」
2〜3度眼を瞬かせると静かにつぶやく。
「…助けると、約束してくださったのに…」
「彼らに殺させはしない、と言っただけです」
マリコを見ずに答えるリョウジ。
「では…まさか…!」
「私がお嬢さんを撃ちました…これが死亡診断書です」
渡された書類に見入るマリコ。
「…お聞きしたいことがあるんですけれど…」
「…どうぞ、何なりと」
「どうして頭部を狙わなかったのですか?」
「顔に傷をつけたくありませんでした」
「では心臓を外したのは?」
「恋人と一緒でしたのでどんな弾丸もハートを射抜けない…そう考えました」
「ロマンティストですのね…」
「腹部大動脈損傷による大量出血と二次感染によるショック…それが直接の死因とされています」
しばしの沈黙。
再びリョウジが喋りだす。
「最後の場面」をマリコに聞かせる。
「先日の貴女と同じ様なセリフを言いましてね、あぁ母子だなぁと実感しました」
「そして貴方に銃口を向けた…?」
「えぇ、生きて還れ…そう命令されたとか」
「はい…」
「作戦が成功したら友達共々除隊させるという約束は?」
「事実です…取引と言う形でしかあの娘の我侭を聞いてやれない立場ですので…」
リョウジはポケットから小さなカプセルを取り出すとマリコの手に握らせる。
「ではこれで作戦は無事に遂行されました…お嬢さんは自由です」
「何故?」
それには答えずリョウジは外に出る。
マリコの脳裏にある疑問が浮かぶ。
遠ざかるリョウジの背中にすがるような思いでそれをぶつけるマリコ。
「あの娘は…あの娘は、本当に死んだんですか!?」
リョウジが立ち止まり、そして振り返る。
「霧島マナと言う人間はもうこの日本に存在しません…ムサシと言う少年もね」
それだけを伝えてプリウスに乗り込み、そして走り去る。
残されたマリコは…深々と頭を垂れる。
三尉の役目はリョウジのそれよりもギスギスしていた。
司令部のゲートをくぐる時からあからさまな敵意が周囲より浴びせられていたからだ。
ムリもない、と三尉も思う。
なにしろ「仲間を殺したヤツ」が遺品を持ってノコノコとやってきたのだ。
…後ろから撃たれても不思議じゃないなぁ…。
おまけに儀礼上、火器の携帯は御法度なのである。
心細い事この上ない。
…まぁ、レイとの約束もあるし簡単には死ねないなぁ…
…いや、オオタヌキのおっさんのお膝元なら大丈夫だろう…
そんな事を考えながらどんどん中枢部に近付いていく。
立ち番の兵士に敬礼をくれて扉が開かれるのを待つ。
待つ事1分、中から扉を開けたのはやや肥満気味の男である。
見覚えのある顔に思わず敬礼をする三尉。
男は第99旅団団長・大田カン−通称・オオタヌキ−その人であった。
「そんなのいいから入んなさい」
チョイチョイと手招きをする。
「わざわざ来てもらってスマンね、緑茶でいいかね?」
湯呑みと茶筒を引っ張り出しながら振り返る。
慌てて湯呑みをもぎ取る。
「自分が致します」
「…茶くらい入れられるわい…」
「そういう意味では…」
…まずは一服…
「ではご用件を伺いましょう」
「先日ネルフ本部に不審者が潜入致しまして、その身元調査にご協力戴きたく参りました」
「ふんふん」
アタッシュケースから着衣や写真、書類の束を取り出す三尉。
「もし該当者がおられましたらご一報だけでも…と考えております」
「いなければ?」
「…資料その他の処分はお任せ致します」
「ムサシ・リー・ストラスバーグ…なかなか有望な少年だったよ…」
顔写真を見ながら独語するオオタヌキ。
「お言葉には細心のご注意を…」
「…あぁ、そうか、この子は身元不明という事になっているんだったな…」
「はい」
鼻孔を広げて大きく息を吸うとしみじみと話し出す。
「だがワシはこの少年を知っとるよ…何処の誰かは知らんがね…元気の良い子だった」
何も言えない三尉。
「…ん?右胸郭前面から背面に貫通した銃弾が右肺上葉部及び気管支・肺動脈の一部を損傷…?」
「何かご不審な点でも…?」
オオタヌキは死亡診断書の医師署名欄を見る。
「冬月コウゾウ…こりゃあキミんトコの副司令だね?」
「はい」
「この少年を撃ったのは?」
「自分です」
「距離と銃弾は?」
「約2m、22口径を使用致しました」
「…この少年は実験中の事故が原因で右肺上葉を肋骨ごと切除しとってな。ピンポン玉を
詰めるという古い手術法をされていた…知っとったかね?」
「いえ、存じませんでした」
「…遺骨はないのかね?」
「ネルフの手で荼毘に付しましたが煙となって天まで昇って逝きました」
成程成程としきりに肯いていたオオタヌキは晴れやかに宣言する。
「この少年について私は何の情報も持っておらんよ…もはやこの世に存在しないのだからね」
「…」
「存在しない人間は見付けられないし追いかけられない…これで良いんだね?」
「ご協力ありがとうございました!」
三尉が最敬礼する。
三尉が退室すると奥の小部屋から加賀マリコ一佐が現れる。
「どうだ…あれがウワサの『三尉殿』だ」
「第3新東京市で時々会いました…ボンヤリとした印象でしたが…」
「今度のシナリオ、どちらが書いたのかねぇ?」
「存じません」
「加賀君、キミの方のカレね…」
オオタヌキが机から一冊のレポートを取り出して渡す。
人差し指を口に当てながら。
ぱらぱらとページを捲るマリコの手が止まる。
そこにはリョウジのもうひとつの素性が記されていた。
「これは、一体…?」
「どうしてなんだろうねぇ…そんな微妙な立場にありながらこんな危険を冒すなんてね」
「こういう仕事をしていると急に偽善に陥る、と…」
「うん…そうかも知れん…そういうものかも知れんなぁ」
「私は、巧くあしらわれたと思っていたのですが…」
「他人だからこそ、ついフラリと真実を漏らしてしまう事もあるんじゃないかな…」
マリコには思い当たる事があった。
あの夜、芦ノ湖の湖畔でリョウジの肩にもたれて語った一件…。じうはち
「まぁいいでしょう。我々は助かった…彼らも目的を達成した…問題は…」
「問題?」
「非公式とは言え、隊員達には彼等を『仲間の仇』と紹介しなくちゃならん事だ…」
オオタヌキは突き出た腹をぽんぽんと叩く。
「来年にはここも師団に格上げされる。キミには組織の地固めを頼まにゃならん…木本
ユウタの様な子を出さん為にもな」
「及ばずながら尽力致します」
小気味良い所作で敬礼するマリコ。
それにハイハイと応えるオオタヌキは既にただのおっさんに代わっている。
あの「事件」から3週間程が過ぎ僕達は新学期を向かえた。
夏休み前に感じていた楽しい予感はマナたちの死によって最悪のものに変わっていた。
僕は…僕達はしばらく加持さんや三尉と口も聞かなかった。
…いや、目もあわせなかった。
そんな僕達を叱るでもなく謝るでもなく、何の弁解もせずに少し困った顔で肩をすくめるだけだった。
それがまた僕達を酷く苛立たせていた様に感じられた。
アスカは…加持さんには何か深い考えがあるに決まっている…そう繰り返すだけだった。
綾波は、三尉を信じていると…三尉を信じる自分をこそ信じると言い切った。
ミサトさんは何も言ってはくれなかった。
良いとも悪いとも言ってくれなかった。
ネルフの沢山の大人達の間でもこの話は賛否両論で、はっきりした結論や正解を持って
いる人はいなかった。
あのリツコさんでさえ不機嫌そうに、何も知らないのよ、とだけしか言わなかった。
…父さんには…何も聞けなかった。
父さんならきっと何か知っていると思っても…何も聞けなかった。
そんな自分の不甲斐無さが一番腹立たしかったのかも知れない。
それを棚に上げて…加持さんや三尉に八つ当たりしていただけなのかも知れなかった。
僕達は自分で答えを見付けられないままに…ただ時間だけを浪費していった。
始業式が終わって、誰が言うとも無くケイタの墓参りに行く事になった。
僕、トウジ、ケンスケ、委員長、アスカ、そして綾波があの船に乗って芦ノ湖を縦断した。
坂道を登り外輪山を越えると眼下に相模湾の蒼い海が見える。
そんな一画にすっかり花びらを散らせた桜の老木がひょろひょろと曲りくねった枝を寂しげに広げている。
…僕はここに来るのが初めてだったのだけれど、すぐにそれがどこにあるのかが解った。
桜の老木の根元…そこに視線が吸い寄せられた。
僕は、見た。
マナが大切にしていた、ひまわりの飾りが付いたあの麦わら帽子が何かを守る様に置かれている。
胸の鼓動が早まる。
僕は慌てない様に、そっと足音を忍ばせて近付いていく。
まるでセミやトンボを捕まえる時の様に、そっと。
そうしなければ麦わら帽子が何処かに飛んでいってしまう…そんな気持ちになっていた。
やっとそこに辿り着いた僕は、そっと帽子を取り上げる。
ひっくり返してみるとそこにはかすれたマジックの文字が、あった。
あの日見た懐かしい文字。
霧島マナの大切な麦わら帽子だった。
浅利ケイタ、と刻まれた幹の根元を日差しから守る様に置かれたマナの麦わら帽子。
良く見ればハンカチに包まれた何かも供えられている。
僕はそっとその包みを開いてみる。
中には一握りのヒマワリの種…。
僕は…根拠はたったそれだけだったけれど…僕は確信した
「マナだ…マナだ!マナが、生きてる…」
思わず叫んでいた。
涙がぼろぼろとこぼれていく。
うれしくて、うれしくて、何度もその名前を叫んだ。
突風が吹く。
突風は、僕の手から、マナの麦わら帽子を奪っていく。
見えない手が麦わら帽子を高く、高く持ち上げていく。
ゆらり ゆらり
ふわり ふわり
あの日、駒ケ岳山頂を二人で歩いた時のマナの足取りにも似た不安定な動き。
僕は、ただ見つめているだけだった。
ゆらり ゆらり
ふわり ふわり
麦わら帽子はどんどん僕から遠ざかり、そして見えなくなった。
その時になって、やっと僕にも解った。
あの麦わら帽子のように、僕の手はもうマナに届かないのだと。
いや…恐らく誰の手も、霧島マナには届かないのだ…。
夏の日の思い出だけが僕に残った。
あの日、僕は見た。
夏の陽射しの中で微笑む少女を。
白いサマードレスに白いサンダル、そして向日葵の飾りが付いた麦わら帽子。
芦ノ湖が見える、小高い丘にある公園で見た光景を、僕は一生忘れないだろう。
いや、この夏体験した事全てを、決して忘れないだろう…。
え〜読んでくださった方、根気強くお待ちくださった方
誠にありがとうございます。
>>7にネタを投下してからほぼ二年、やっと完結致しました。
当初は数ヶ月くらいでなんとかなるかな?などと考えておりましたがあら大変。
こんなになってしまいました。
この物語がすこしでも皆さんの心を揺さぶる事ができたら幸いです。
そうできなかったら('A`)('A`)('A`)('A`)
…最後の蛇足は本当に蛇足かも…。
次作wはへっぽこミステリーを予定しています。
シンジが田村正和になってしまうという、どこかで聞いたようなお話です。
九月くらいにはなんとかしたいのですが…そこはソレ。
予定は未定であり決定ではないww
もし投下されたい方が居られましたら存分にどうぞ。
私は遅筆です。
それでは失礼致します。
あ、今回は没ネタを出しません。
ごめんなさいねw
でもどんな場面でどんな目にかわかるでしょ?
徹夜でこれを書いていたらローマ法王が崩御されました。
クリスチャンではないけれど、死者に対して黙祷
だからエッチネタはパス
言いたい事は沢山あります。
たぶん100レス分くらいw
まぁ、でも今夜はゆっくり眠ります。
おやすみなさい。
おつー。
連投規制ってないのかな?
>>316 ありがとうございます。
そういえばひっかかりませんでしたね?
50レス以上投下したのに…。
「改行が多すぎます」とは何度も言われましたがw
読み返していたら苗字を間違えている人物がいました…トホホ
>>318 ご丁寧にありがとうございます。
経緯は貴サイトに書き込ませて頂きました通りですのでよろしくお願い致します。
GW明けを目標にがんはりたいと思います。
正直、あんなに早い時間に…と言うかうp希望が出るコト自体に驚きました。
いやそれよりも、初めて脚を踏み入れちゃいましたよ私ゃ。
ご推薦くださいました方、管理人様、ありがとうございました。
…すっかりクセになった行数を示す「じうろく」だの「にじう」が残ってて赤面する文章…。
きっときっときちんとした形にしますし、加筆とオマケもつけますから…
手直ししたら…また読んでみてください。
二年間がんばってよかった…もっとがんばれそうです。
追伸
既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、エヴァ板には他にいくつかの作品を投下しております。
それらもサイトへの収録作業を進めますのでよろしくお願い致します。
自分がだらしないと、こういう点でも他人様に労力を消費させているんだなぁ、などと反省。
…蛇足扱いにしたエンディングを投下していない事に今!気付いた
どうすべぇ…orz
,/;;;;;;;;;;/;イt\ヽ-:'::|´:::::::/:::::::/:|  ̄ >‐ヾヽ ̄ | } |!
/;;;;;;;;;;;;/:::/|_::L:ヘーヽ::|::::/:::::::::::::::/ / ヽヽ ノ |、.. ||
|;;;;;;;;;;;;// _./::::::::::::`´:::::::ァ、:;;:/- '´ l } _,. '´ / ` >'/
|;;;;;;;;;/ /;;);;;|:`::<''ヽ::_;::∠ ‐'" / /, - '"´ l.__.., /
``''゛ /;;/;;;/:::::::::|ヾ´ _,. - '"´ ̄ `¨´
ヽ/;;/:::::::::/ / _, - '"
/;/:::::::/ _, - '"
/;;/:::::/ _/´
/;;;;;/:::::/‐7''
/;;;;/:::::/'"´
ヾ:/;;/
乙!!
323 :
吊:2005/04/21(木) 10:34:39 ID:???
0
↑ このアホ! スレが消えたとびびっちまったじゃねーか! 焦らせんな!
すげ・・・途中までしかよんでないけどすごいわ・・・それで三尉ってだれ? 綾波育成計画やったことないから誰かわからん
>>321 ああッ!なんかものすごく強烈なメッセージを感じる…
>>322 ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
>>323 保守ありがとうございます。
>>324 大丈夫…だと思います。
万が一スレがなくなっても
>>318にあるサイトに作品を間借りさせていただいております。
へっぽこミステリーの方もどこかに投下させてもらいますし…100kbくらいかな?w
>>325 ありがとうございます。
「すごい」の意味によっては撃沈される…かな?
もしよろしければ感想などいただけると非常にうれしかったりします。
この作品についてアレコレ書きたかったのですが新しく読まれる方も居られるのなら…
ネタバレはまずいですねw うーん
「三尉」とはMAGIによって選抜された綾波レイの教育係です。
赤木博士の部下…でしたっけ?恐らく大学出たてのペーペーで、学生時代に百種類以上の
バイト経験をしたという設定w年齢は20台前半で顔は「サクラ大戦」の大神少尉に似ていると
オモタ(プレイヤーの妄想を邪魔しない為にはっきりと顔を見せない)
ただこの作品では会話などでもお解かりの様に加持達と同年齢に設定しました。
コイツに関してはネタがゴロゴロしてまして、そのうち別の物語にも登場すると思います。
セカンド・インパクト当時の話とか…まんま主役でw
ポジションは半公式、設定はオリキャラ、ですが作者の自己投影ではありません。
説明不足なエピソードもあるし、もっと書き込まなくちゃあなぁ。
期待まち
うーむ マナが生きてるならこれからどうやって生きていくのか気になる
エンディングを兼ねた蛇足
BGM、Komm,susser Tod インストゥルメンタルで
尺が逢わなければイントロ・サビを繰り返して調節してください
・各キャラの一部をドupで暗示しつつ
その画面にセリフだけカブせてその他のキャラクターが補足説明
終わったら歌入れて各シーンのカットをぽんぽんと
そういうフラッシュでやれればなぁ、と
リョウジと三尉
「あ゛あ゛〜〜世間はツメタイ…味方はレイひとりだけだぁ〜」
「オレ、同情されてる。『何かワケアリなんでしょ?』ってさ」
「何か間違っとる…」
「ボヤきなさんな…覚悟の上だろ?」
「…なぁ、元気で暮らしてるかなぁ?」
「大丈夫だろ?独りでは耐えられない苦労も二人でなら、ってヤツだ」
「名前を変え年齢を偽り別人になって生きる…楽じゃないぞ…」
「経験者の言葉は重いねぇ」
医療センターの一角
「どういうつもりなんです…アレは貴方が逃げる時の奥の手ですよ!?」
「すまん…なに、迷惑はかけない」
「当たり前です!何度もやれませんよ…私も監視対象になったみたいですからね」
「別の手を考えなきゃあなぁ」
「アテにしないでくださいよ…まったくもぅ、私は只の医者なんですからね」
コウゾウとゲンドウ
「碇、本当にあれでよかったのか?」
「…問題無い…アレの分析など簡単には出来んよ」
「成程な…その頃には人類補完計画も発動されているから関係なし、か」
「そうだ、相手にも時間はないのだ…それよりカレに借りを返せた方が大きい…」
「…いろいろと面倒なヤツだからな」
加賀マリコ(霧島ミサオ)とオオタヌキ
「部隊の増強と兵器開発…どれも頭が痛い難問ですわ」
「だがそれが我々の仕事だよ」
「しかし…」
「我々が命令を下せばあの子達は戦わねばならない。その兵器が役立たずではね…」
「はい…」
「可能な限り優秀な兵器を備えて錬度を上げる…そうすれば生存率も上がるんだよ」
「あるいは外交の一手段として?」
「ん。そう言うテもあるね…採用されるとは限らんが」
とある市役所の職員と転入届けを出したカップル
「えぇと、第3新東京市から、ですか。この前のは酷かったですねぇ」
「はい…あれで両親が…それで思い切ってこの街に疎開してきました…」
「あぁこれは失礼しました…真鍋クミさんと…須藤タケゾウさん…身分証明証は…」
「これです。それから戸籍謄本と必要書類…前の街の市会議員さんの紹介状も」
「拝見します…高橋覗…保証人と身元引受人の件ですね。…手続きは簡単に済みますから」
「あぁ、良かった!私、働きたいんですけど!」
「オレ働くからマナ…べは学校行けよ」
「そういう話はまた別の課になります…今日は大忙しですね。では、がんばってください」
「はい!ありがとうございます!」
「なぁ、もう少し悲壮感出せないのかよ…オレ達、親を亡くした直後って設定なんだぜ?」
「んん〜判ってるんだけどもねぇ…ウキウキしちゃう。道が全部の方向に伸びてるってこんな感じ?」
「…何だよそれ」
「なんでも出来そう、何処へでも行けそう、ってコト♪」
−THE END−
えと、蛇足です。思い切って出します…もっと引っかかる場所はありますが。
元々のイメージが映画みたいな感じだったので、エンディングもそれらしくしたかったw
最初の案はサイレントで短いシーンを繋いで二人のその後を紹介するはずだったんです…。
書いている最中に「勝手に改蔵」があんなラストになりまして…
似過ぎてるじゃねーかバカヤロー!しかもエヴァ板にスレまで建ったしw
…いや待て人の噂も75日、スレだってそのうちに消えるさ…
と思っていたらまだ有りやがるwwもうこの案は捨てるしかありません。
で、こんなカタチに…苦しいなぁォイ。
>>328 そう言う訳ですから二人で元気にやってます、たぶん。
当座の生活費は遺族年金とか特別災害手当てとか公的な支給金があるかも知れないです。
学校に行くもよし、アルバイトをするもよし…職業訓練校と言う選択もありますね。
戦自ではいろいろな技能・資格取得もしていますから再取得もすんなり行くでしょう。
マナはラーメン屋、ムサシは漁協でも良し。住まいは使用されなくなった廃駅w
「今」と言う時間を精一杯生きてもらいたいですねぇ。
>>327 待っててください。
あとは…サイトの手直しは進んでおりません…えぇまったく。
ですからもうしばらく間借り生活です。
お詫びに没にしたえっちネタを…と思ったのですが、
最近その手の理由で削除依頼が多いとの事。
安全のため別の機会に。
そうそう、マナがシンジと初めて逢ったあのシーン。
あれは本当に偶然だった、と脳内補完してください。
手直しする時はそういう細やかな説明もしておきたいと思います。
眠かったり原稿進まなかったりでもうへろへろです。
それでは、また。
神職人だね乙