【ドラマ】鍵のかかった部屋でエロパロ Room#2
榎本×純子は萌えますね
スレ立てありがとうございます。
即死回避に一本投下します。
不運としか言いようがない。今回、榎本を襲ったのはそんなトラブルだった。
「榎本、ちょっといいか。教えて欲しいことがあるんだが」
「……はい?」
その日、東京総合セキュリティの地下備品倉庫に、同僚の立川がやって来た。
同僚とは言っても、会話をした覚えもほとんどない。榎本は基本的に仕事の際も一人で行動し、社内にいるときは倉庫にこもっているため、関わりあいになることはほとんどない。
珍しいこともあるな、と思いながら椅子を薦めると、立川はそれを断って、最新のセキュリティ設備についての質問をいくつか投げかけて来た。
大した質問ではなく、会話自体はすぐに終わった。雑談をするような関係でもないため、話はそれで終わりだろうと榎本が背を向けると――
「おい榎本。ちょっと見ない間に、やけにカップが増えてるな」
「はい?」
「飲み物の種類も増えてるし。あの弁護士先生のためにそろえたのか?」
「…………」
弁護士先生、とは、純子と芹沢のことだろう。そう言えば、最初に彼らが訪れたとき、応対してくれたのは立川だったらしい。
一体どんな交渉をしたのか、一応は警備会社であるはずの東京総合セキュリティに、彼らはほぼフリーパスで訪れてくるようになったが。備品倉庫に来るためには、オフィスの前を通過する必要がある。どうやら、彼らの姿はしっかり目に留まっているらしい。
「揃えたわけではありません。青砥さん達が勝手に持ち込みました」
「ふうん。あの女先生、しょっちゅう出入りしてるみたいだもんな。もしかして、榎本、あの女先生とできたのか?」
「…………」
できた、という言葉の意味がわからなかったわけではないが。一瞬、反応に困った。
「いいえ」
「え、違うのか!? じゃあ、何しに来てるんだ?」
「密室に関するアドバイスをしてほしい、と。事件が起きたとき、説明や意見交換のために」
「はあ? 世間じゃそんなに密室殺人が起きてるのか?」
「…………」
言われてみれば、純子に関しては、最近は密室に関係なくやって来ることも多い。
では何をしに来ているのか、と聞かれれば……愚痴を言いに来ている、としか言いようがないのだが。
「さあ、どうなんでしょう」
「ふうん。まあいいや。邪魔したな」
「いいえ」
今度こそ、会話は終わった。
物珍しそうにあちこちうろうろした後、立川はオフィスへと戻って行った。
榎本は、何事もなかったかのように開錠作業に戻り、それっきり、立川のことは忘れてしまった。
「榎本さん、こんばんはっ!」
「……青砥さん。今日は、どのようなご用件ですか」
「見て下さい! このケーキ、青山の有名なお店で買ってきたんです。美味しそうでしょう? 一人で食べるのはもったいないからおすそ分けに来ました!」
その日の夕方。
通常業務がそろそろ終わる、という時間帯。いつものように、仕事帰りらしいスーツ姿の純子が、備品倉庫に顔を見せた。
「どうぞどうぞ。榎本さんから好きなの選んでください」
「いつもすみません」
どうやら、今日も事件とは関係のない用事らしい。また何か、仕事でトラブルでも起きたのか。
純子が差し出した箱の中には、色鮮やかなケーキがいくつも入っていた。自分ではまずこんな店に入ることはないので、正直、純子の手土産は毎回楽しみでもある。
榎本がケーキを眺めていると、「お茶を入れますね!」という弾んだ声がとんできた。
そして……
――ガシャンッ!
派手な音に振り向くと、床にカップが転がっていた。
幸い、分厚い陶器でできたカップは、傷一つつかなかったようだが――妙な沈黙に、榎本は、視線を上げた。
落ちたカップを拾おうともせず、飲み物を片付けてある棚の前で凝固している純子の姿が目に入った。
「青砥さん?」
「……榎本さん……」
「青砥さん、どうされました?」
「…………」
純子は答えない。その肩が小刻みに震えているのが目に入った。
寒いのか? いや、季節は初夏。どちらかと言えば暑い。体調でも悪いのか?
「青砥さん、だいじょう……」
「え、榎本さんっ!」
立ち上がる。声をかける。歩み寄ろうとした瞬間、唐突に振り向いて、純子は上ずった声を上げた。
「し、知りませんでしたっ! 榎本さん、彼女いたんですね!」
「……はい?」
「わ、わたしったら、それなのに図々しく毎日押しかけてきて、本当にすみませんでしたっ! あの、彼女さんが気を悪くしたら悪いのでわたし帰りますっ!」
「青砥さん、一体何の……」
「お、お邪魔しましたっ!!」
「…………」
榎本の言葉に耳を傾けることなく、純子は、身を翻すと、脱兎の勢いで備品倉庫をとびだして行った。
一体、何が起きたのか? 彼女? そんな存在は今も昔もいた覚えはないが、何をどうしたらそんな話になるのか?
いや、それより。何故だか、純子が泣いていたように見えたのだが……それは自分の気のせいだろうか?
首をひねりながら、落ちたカップを拾い上げる。それを棚に戻そうとして――
およそ、そこにあるはずのないものが目に入って。榎本は、眉を潜めた。
同日、夜。芹沢法律事務所にて。
クライアントとの会合が長引いた芹沢が、ようやくオフィスに戻ってくると、タイミングよく、秘書から「お電話が入っています」という連絡が来た。
「誰だ、弁護の依頼かあ? 勘弁してくれよ。俺、疲れてるんだからさあ。うまいこと言って、明日にしてくれって言ってくれない?」
「いえ、違います」
「じゃあ誰。あ、わかった。山川商事の社長さん? またゴルフの誘いだろ? あの社長、下手の横好きだからなあ……悪いけど忙しいって」
「榎本さんです」
「……はあ?」
「榎本さんから、芹沢先生当てにお電話です」
「榎本お? 榎本って、あの榎本か? 東京総合セキュリティの榎本か?」
「はい、そう言っておられました。どうされますか?」
「青砥は?」
「青砥先生は、もうお帰りになってますけど」
「……出るよ」
何の用事か知らないが、榎本から芹沢に連絡が来るのは珍しい。仕事絡みの話なら、大抵は純子を通してくるはずなのだが。何かあったのだろうか。
「はい、芹沢です」
『夜分遅くに申し訳ありません。東京総合セキュリティの榎本ですが』
「おー、堅苦しい挨拶はいいよ。俺達、チーム榎本の仲間だろお? で、どうした?」
『……青砥さん、そちらにお戻りになられてますか?』
「は? 青砥?」
榎本の質問に、芹沢は首を傾げた。
純子はもう帰宅したらしい。最近の行動パターンを考えると、仕事が定時で終わった日は、大抵榎本のところに顔を出しているようだが。今日は行かなかったのだろうか。
「いや、今日はもう帰ったみたいだけど」
『……そうですか。失礼しました。では』
「いやいや待て待て切るな切るな。何があった?」
何やら事情がありそうだ、と、芹沢は椅子に座りなおした。
傍から見ていれば、純子が榎本に気があるのは見え見えで。榎本とて満更ではない様子なのに、あの二人は何故かいっこうに進展する様子がない。
上司として、女としての色気が全くない部下のことが心配でもあった。ここは一つ、俺が手を貸してやらねば。
「何があったんだ? 言ってみろ言ってみろ。俺は少なくとも榎本よりは経験豊富だぞ?」
『はあ。何が、と言うほどのことでもないのですが、青砥さんが本日こちらにいらっしゃいまして』
「おお、あいつもまめだな。で?」
『お土産に、とケーキを頂いたのですが、食べずに帰ってしまわれまして』
「……はあ?」
『少々誤解をしていらっしゃるようなので、電話をしてみたのですが、繋がらなかったものですから』
「待て待て。俺はお前の話が繋がらない。ちゃんと一から説明しろ、一から」
『はあ……』
芹沢の問いに、榎本は淡々と答えた。
夕方に純子がやって来た。お茶の準備を始めた。すると、戸棚で何かを見つけた純子が、突然取り乱した。
榎本に彼女がいたのか、と言い、彼女に悪いから帰る、といい飛び出して行った。
以降、携帯にかけても出ない。買ってきたケーキは置き去りのままで、食べきれないのでどうしようかと思ってる――
「ケーキは忘れろ。そこは重要じゃない」
『はあ。わかりました。オフィスに行けば誰か残っていると思うので、彼らに差し入れておきます』
「ああ、そうしとけ。で? 何、榎本。お前、彼女いたの?」
『いいえ』
一瞬のためらいもなく言い切られた。まあ、いたらいたで驚くところだが。
「だろうなあ。で? 青砥は何でそんな勘違いを?」
『恐らく、戸棚で見つけたもののせいだと思うのですが』
「何だ。マイナーなネットアイドルのブロマイドでも隠してたのか?」
『いいえ』
「じゃあ、何を見つけたんだ。戸棚って、あのカップとかコーヒーとか入れてある棚だろ? あんなところに何があったんだ?」
『避妊具です』
がたがたがたがたっ! と、芹沢の身体が椅子から滑り落ちた。
避妊具。それはあれか。いわゆるこんどー……
「……榎本。お前もやっぱり男だったんだな」
『はい、そうです』
「馬鹿、今のを文字通りに受け取るな! そうじゃなくて……お前もやっぱりそういうの持ってたんだなあ……いや、お前だって男だもんな。俺は理解するぞ、うん。男なら仕方ないよな。なあ榎本」
『僕のものではありません』
妙な親近感を覚える芹沢に、榎本は冷たく答えた。
『昼間に、同僚が倉庫に来まして……先ほど確認しました。彼が、戸棚に忘れて行ったそうです』
「同僚が何でコンドーム片手にお前のところに来るんだよ。いろいろおかしいだろうが。その同僚って女?」
『いえ、男性です』
「ますますおかしいだろ! 何だ? お前、女には興味なさそうな顔して実はそっちの趣味があったのか?」
『おっしゃる意味がよくわかりませんが……とにかく、青砥さんはどうもそれを僕のものだと勘違いされたようなので、一応説明をしておこうと』
「ほう。お前でもそういう気遣いができるんだな」
『気遣い……でしょうか? 帰るとき、泣いておられたように見えたので』
「はあ?」
『僕の勘違いかもしれませんが。それが少し気になったので。ケーキのお礼も言ってませんし』
「だからケーキは忘れろ。泣いてた。泣いてた、ねえ……」
ふむう、と、声に出さずにうなる。どうやら、芹沢の想像以上に、純子は榎本を真剣に思っていたらしい。
正直、棚にコンドームを残していく同僚の真意の方が気になったが、それはとりあえず脇に置いておく。
「なあ、榎本。お前、今日はこの後暇なのか?」
『はい。業務は終了しています』
「そうか。お前、青砥の家はわかるな?」
『はい。以前にお伺いしましたので』
「結構結構。上司の俺が許可する。今から青砥の家に行って来い」
『……はい? こんな時間に、ですか?』
「大丈夫大丈夫! 俺が保証する。もし青砥が戻ってなかったら、戻るまで家の前で待て。あっと、その前に。榎本、その同僚が忘れていったコンドーム、どうした?」
『同僚に返しましたが』
「何だ、返しちまったのか。じゃあしょうがない。青砥の家に行く前に、ドラッグストアでもコンビニでもいいから、それと同じ商品を買って来い」
『……はい?』
「で、だ。青砥にあったら、それ見せてこう言ってやれ。いいか――」
芹沢が伝授した台詞を聞いて、榎本が返してきたのは、長い長い沈黙だった。
「おい、榎本。聞いてるかあ?」
『……それを……僕が、青砥さんに言うんですか?』
「当たり前だろ。俺が言ったらまずいだろ」
『僕が言うのはまずくないんでしょうか』
「全然問題ない。俺が保証する。いいか、榎本。俺とお前の仲じゃないか。俺の言うことに間違いはない。俺を信じろ」
『…………』
自信満々に言い放つ芹沢に、榎本が返したのは沈黙だった。面と向かっていたらため息もおまけについたかもしれない。
『……わかりました。芹沢さんのご意見は参考にさせて頂きます』
「おう。結果は教えろよ。うまく行ったら一杯おごれ」
『……失礼します』
ぶつっ、と電話が切れた後。芹沢は、鼻歌混じりにオフィスを後にした。
さて、この結果、あの二人がどう進展するか。それを今から楽しみにしておこう。
……それにしても……
榎本の同僚とやらは一体何が目的だったんだろうか?
〜〜同日同時刻、東京総合セキュリティ近辺の居酒屋にて〜〜
「ざまあみろざまあみろ榎本め! 榎本のくせにあんな可愛い彼女ができるなんて生意気なんだよっ!」
「もうっ、立川さん飲みすぎー」
「いいんだよ、これは祝勝会なんだから! お前だって見ただろ? あの綺麗な女弁護士さん、泣きながら倉庫飛び出して行ったぞ! ざまあみろ榎本め!」
「ちょっと気の毒じゃないですかー? いたずらにしても性質が悪いですって」
「いいんだよっ。あれくらい、フォローできない榎本が悪いんだっ!」
「っていうか榎本さん、これが何か知ってますかね? そっちの方が気になるかも」
「あ、言えてるかもー! だって榎本さんってどう見ても童貞だよね?」
「言ってやるなよ! 男にとってそれって相当屈辱なんだからさあ!」
「さあお前らも飲め飲め! 今日はとことん飲むぞお!」
〜〜続く〜〜
すいません、長くなりそうなので一回切ります。
続きはまた近日中に
乙です!青砥・榎本はもちろん、芹沢の脳内再現度が半端ないw後編期待してます!
>>3乙
続きが楽しみです。
ところで前スレ貼らなくていいのかな…?
おつおつー!
芹沢の再現度ぱねぇwww
続き楽しみに待ってます!
もう新スレですか
このスレの人たちはみんな仕事が早いですね
書き手さんたちもサクッとスマートに神作品投下してくれるし
毎日このスレを覗くのが楽しみになってます
16 :
8:2012/06/08(金) 19:57:40.92 ID:+PC0RfXy
お待たせしました。
>>3-7 の続きを投下します。
夕食を散々やけ食いした後、純子は、重くなった胃を抱えて、自宅マンションへの道を急いでいた。
忘れよう。忘れてしまえ……といくら言い聞かせても。目にしてしまった異様に生々しい小道具の姿が視界に焼き付いて離れない。
(榎本さん、彼女いたんだ……)
いや、ひょっとしたら、いつかやって来るかもしれないチャンスを逃さぬため……と相手もいないのに用意していた、あるいはその手の商売をする女性相手に使うために持っていた、という可能性もなくはないが。
あの榎本に限って、まさかそれはあるまい、と。妙な信頼感が、純子により悲壮な思いをもたらしていた。
(そりゃ、いたって不思議はないよね。鍵のこととか防犯のことしか興味がないって思ってたけど、榎本さんだって普通の男性だし……どんな女性なのかなあ。榎本さんの魅力がわかる女なんて、わたししかいないって思ってたのに)
少々酒が入っていることもあって、純子の思考は、常よりずっと素直だった。
そうだ。認めてしまえ。自分は榎本に惹かれていたのだと。それは恋心と呼んで差支えないほどに、熱い確かな思いだったのだと。
そして、それが今日、片思いに終わった。それだけのことなのだ、と。
「はあ……辛いなあ。悲しいなあ」
純子とて、この年になるまで恋の一つや二つは経験しているし、振られたことも振ったことも一応それなりにはある。経験値は低い方だろうが、恋の辛さや痛みが何たるかくらいは、知っているつもりだ。
だが、今日味わっている痛みは、過去に経験したどの痛みよりも激しい……などと考えながら、重い足取りでマンションの玄関をくぐると。
「青砥さん」
「……はい?」
ありえない声が聞こえて。思わず、顔を上げた。
何だ、自分はそんなにも酔っていたのか。幻聴が聞こえるくらいに、幻覚が見えるくらいに。
「……榎本さん?」
「…………」
オートロックのマンション。その共同玄関にて。
夕方、別れたはずの男……榎本が。手持無沙汰に、立っていた。
幻覚じゃない。思わず手を伸ばして、榎本の頬に触れて、そして確信する。
ここにいる榎本は、本物だ。
「あ、あの、青砥さん?」
「榎本さんだ……何で榎本さんがここに……」
「……もしかして、酔ってらっしゃいますか?」
「酔ってませんよ! 榎本さんこそっ……何で? 彼女さんはいいんですか? こんな時間に他の女のところになんか来て。彼女さんが聞いたら怒りますよ?」
「……そのことについて、お話したくて来たんです。こんな時間に申し訳ありませんが、お邪魔してもよろしいでしょうか」
「はい……?」
そのこと。そのことってどのことだ。いや、とにかく、せっかくここまで来てくれた榎本を、無下に追い返すわけにはいかないだろう。
小さく頷いて、震える手で鍵を開ける。
お話したい、と言った。何の話だろう? 恋人に叱られたからもう来ないでくれ、という、そんなお願いだろうか?
自分でも嫌になるほどネガティブな感情に支配されながら、純子は、自宅のドアを開けた。
「ええと、汚いところですみません。どうぞ」
「…………」
純子の言葉に榎本は無言だった。本当に汚いところだ、と思われているのかもしれない、と赤面する。
油断していた。こんなことになるとは思っていなかったから、部屋を片付ける暇がなかった。いや、足の踏み場もないほど散らかっているわけではない……ちょっとあちこちに物が置かれていて、あちこちに生活の跡が残っているだけだ、うん。
「あの、話って何ですか」
「…………」
純子の言葉に、榎本はうつむいた。
何だか、その肩が揺れているように見えるのは気のせいだろうか……とぼんやり眺めていると。
ぐいっ! と、目の前に手が突き出されて、思わずのけぞった。
「え、榎本さん?」
「……これについて……」
「え? はい?」
「これについて、説明したいと思いまして」
いつにも増して平板な……もっと言えば棒読みな口調。
何だ何だと思いながら、突きつけられたものに焦点を合わせる。……見たことがないわけではないが、それでも、目をそらさずにはいられない、異様に生々しい小道具。
「榎本さん」
「これを見て、青砥さんは僕に彼女がいると勘違いされたようですが、それは違うと説明したくてここまで来ました」
「いや、あの、榎本さん」
「すいません少し黙って僕の話を聞いてくださいこれにはわけがあってこれは深い事情がというか僕のものではないというかいやそれは違ってこれがあんな場所に置かれていて青砥さんの目に触れることになったのには色々と本当に色々な事情が」
「榎本さん!」
ばんっ! とテーブルを叩くと、榎本のマシンガントークが止まった。
嫌な沈黙が流れる。二人の間に放り出された小道具からはあえて目をそらして、純子は、こほんと咳払いした。
「すいません。要点だけ説明願えますか……つまり、この……その、これがあの場所にあったのには、どんな理由があるんですか?」
「それは」
純子の問いに、榎本は思い切り視線を泳がせた。
実にわかりやすい挙動不審と長い沈黙。しびれを切らし、「もういいです」と純子が席を立ちかけた瞬間――
「――あなたと使いたいと思って準備していたんです」
「え?」
「青砥さんと使いたいと思って準備していたんです」
「…………」
何だろう、この展開は。この台詞をしゃべっているのは本当に榎本なのか?
顔を上げると、榎本は純子を見ていなかった。うつむいたまま、ぼそぼそした口調はいつも通りだが、いつも以上に棒読み……いや、機械が読み上げる音声ガイダンスだってもう少し感情がこもってるだろう、と言いたくなるくらいに抑揚のない言葉。
鉛のような沈黙が立ち込めた。
一方、榎本は胸中で芹沢を罵っていた。
最初、この案を芹沢から出されたときは我が耳を疑った。同僚が忘れていったものだ、自分のものじゃない――そう説明すればすむ話だと思っていたのに、何故、こんな嘘をつかなければならないのか?
(榎本お……お前はわかってない。わかってないぞ? 女っていうのはな、思い込みが激しいんだよ。今の青砥にそんなこと言ってみろ。下らない言い訳しないでください、って切って捨てられるのがオチだぞお?)
とは芹沢の弁だが。だからと言ってこの嘘はないだろう。下手したら立派なセクシャル・ハラスメントで訴えられても文句は言えないではないか。
膝の上で握りしめた拳が、真っ白になるのがわかった。さっきから純子は沈黙するばかりで、空気がどんどん重くなるのが肌で感じられた。
最低、出て行け――と罵られた方がマシだ、と思いながら、生まれて初めて買った小道具をに視線をやると。
「――榎本さん」
「は、はい」
唐突に、純子が顔を上げて、びくり! と身が強張った。
「榎本さん……」
「……青砥さん?」
顔を上げて、正面から純子の顔を見て。そうして、一瞬、息が止まった。
純子は、泣いていた。
恐らく、酒が入っているのだろう。赤く染まった頬と、大きな瞳から溢れる透明な滴。やや乱れた髪と、崩れた化粧。
いつもパンツスーツで地味ながらびしりと決めていた、女弁護士の姿はそこにはなかった。
どこか弱弱しい、それでいて色っぽい、一人の女性がいた。
「青砥さん……」
「それ、本当ですか……?」
「はい?」
「それ、本当ですか……わたしのためにって。それって、それって榎本さんがわたしのことを? そう思っていいんですか?」
「…………」
何を問われているのか、と数秒ほど真面目に考えて。そして鈍い己の頭を殴りつけたくなった。
対人関係には疎い自分でも、さすがにわかる。純子が、何を言いたいのか。何を求めているのか。
「青砥さん……」
「……嬉しいです」
ぐすっ、としゃくりあげて、純子は小さくつぶやいた。
「わたし、嬉しいです。嬉しいって思ってます……」
「…………」
「ショックだったんです。榎本さんがこんなの持ってるなんて……榎本さんは、遊びでそういうことする人じゃないから、それって彼女さんのためにだよなあって……そう思ったらすごくショックでした……」
ぐすぐすとしゃくりあげる純子を見ていられなくて、目をそらす。
先ほど口にした言葉は嘘だ。芹沢に吹き込まれた、真っ赤な嘘。
けれど、自分の胸に宿るこの思いは、嘘じゃない。
心から、思ったのだ。純子が誤解して榎本の前から立ち去った、あの瞬間。
失いたくない、と。また来て欲しい、会いたい、と。
「彼女なんて、いません」
「榎本さん」
「僕に彼女なんて、いません……好きな人は、いますが」
「…………」
これは、やはり自分の口から告げた方がいいのだろう。
不運が重なった、というか、榎本自身には何の非もない、と信じたいが。それでも、自分は確かに純子を傷つけたのだ。
ならば、その落とし前は、自分でつけるべきだろう。
「――あなたが好きです。青砥さん」
「…………」
「すいません。最低のきっかけで、告げることになってしまって」
小さく頭を下げると、純子は激しく首を振って、そのまま抱きついてきた。
女性に泣かれるなど、初めての経験なので、どうしたらいいのかわからない――おろおろする榎本に構わず、その胸につっぷして、純子は大声で泣いた。
「嬉しいです」
「青砥さん」
「嬉しいです。すごく、すごく嬉しいです――わたしも、わたしも榎本さんのこと好きです。ずっとずっとっ……うーっ……」
「あの、もう泣かないでください……本当に、すいません」
「っ……何で謝るんですか! 嬉しい、って言ってるのに!」
ばっ! と、顔を上げられる。涙に濡れた目で見つめられて、ぐらり――と、理性が揺れるのがわかった。
「……青砥さん」
「…………」
にらいみあいに近い見つめあいは、ほんの数秒。どちらが先に顔を近づけたのか、真相は藪の中。
「っ…………」
初めて重ねた唇の味は……正直に言えば、やや酒臭かった。
使いたかったんですよね、わたしと使いたいって言ってくれましたよね? と押し切られるように、純子宅のベッドに転がり込んだ。
酔ってますよね? と聞くと、酔っていません! と言い切られた。
が、その頬も、はだけたブラウスから覗く胸元も、頬に伸ばされた手も、真っ赤に染まっていて。酒が彼女を突き動かしているのは、明らかだった。
「あの、青砥さん?」
「……してください……」
「すいません、ちょっと心の準備が……ちょっと待って下さい。物には順番というものが」
「好きだって言いました! キスもしました! そうしたら次は普通これじゃないですかっ!」
「そ、そういうものかもしれませんが」
それでも、告白したその日に最後まで……というのは、いささか性急ではないだろうか?
ましてや、素面の純子が求めて来たというのならともかく、酔った勢いで迫られて抱くというのは、男として、無責任ではないだろうか?
だが、胸に抱きついて「好きです、嬉しいです」と繰り返す純子は、今まで見たこともないほど弱い……もっと言えば可愛らしい姿で。突き放すのは、難しかった。
覚悟を決めて、ぐるりと体勢を入れ替える。ベッドに押し倒して見下ろすと、純子は、幸せそうな笑みを浮かべていた。
思わず息を呑む――綺麗だ、と。素直な感想が漏れた。
「青砥さん……」
二度目のキスは、触れるだけでは終わらなかった。
経験など無いのに、身体が動くのは何故だろうか?
自然に絡む舌を弄びながら、片手で、純子の服を剥いだ。
ブラウスのボタンを外し、前身頃を全開にする。白い肌は真っ赤に染まっていて、いっそ痛々しいくらいだったが。触れた肌はほのかな熱を放っていて、手のひらが吸い付くような感触を味わった。
「ん〜〜っ……榎本さあん……く、くすぐったいですっ……」
「っ……す、すいません。慣れていないもので」
「慣れてないって……慣れてないってことは、ちょっとは経験あるってことですか……?」
「……すいません。初めてなもので」
酔ってはいても、さすが弁護士。頭の回転は早い。
純子の鋭い切り返しにあっさりと白旗を掲げ、榎本は、手に力をこめた。
痛い思いをさせたくない、傷つけたくない、という思いはもちろんあるが。それ以上に、自分の思い通りにしてしまいたい、という思いもある。
男として、自分がリードしたい、という、つまらない征服欲。
「榎本さん……」
「…………」
背中に手をまわして、下着のホックを外す。自分の手先が器用なことを、これほど感謝したのは初めてかもしれない。
(……そういえば。あれ、は……いつ、使えば……)
ふと脳裏を過ぎるのは、そんな疑問。
そもそものきっかけとなったソレは立川に返してしまったので、わざわざドラッグストアに行って買う羽目になった、新品の避妊具。
一応、榎本も知識として、使い方くらいは知っている。だが、それをいつ、どんなタイミングで使えばいいのか。それが、よくわからない……挿入の前に使う必要があるということは、さすがにわかるが。使用意図的に。
(……考えないでおこう)
考え込むと、返って動けなくなる。勢いに任せよう、と開き直って、榎本は、純子の身体に溺れて行った。
勢いで初めてしまった行為だった。けれど、自分の思いは本物だった。純子も、榎本を真剣に思っていてくれた。それが、嬉しかった。
だから、その思いに応えたい。純子を傷つけたくない、汚したくない。
その思いがあったから。初めて――ではあっても、無責任に突っ走ることだけは、しなかった。
恐らく、手つきにぎこちないところはあっただろう。十分に純子を満足させることができたかどうか、それも自信はない。
けれど、致命的な失敗はしなかった。失敗せずに、目的を――思いを遂げることができた。
そのことに満足して。純子のベッドの上で、榎本は力尽きた。
――頭が痛い……――
目が覚めたきっかけは、単純な欲求……喉が渇いた、トイレに行きたいという、酒を飲んだ翌日にありがちなきっかけだった。
だが、目を覚ました瞬間襲ってきた衝撃は、これまでの非ではなかった。
「っ……榎本さんっ!?」
「…………」
狭いベッドの中で、隣に榎本が寝ていた。
それだけでも十分に衝撃的だったのだが、寝ていた榎本が裸――で、ついでに自分も裸のままであることに気付いて、天に届くような絶叫をあげた。
何だ何だ何が起きた? 何がどうしてこうなった?
ぐるぐる回る視界の中、ベッドを飛び降りて、放り出された服をかき集める。
おぼろげに覚えている――そう、忘れてはいない。榎本の言葉も、それに自分が何と答えたのかも、全て覚えている――
「〜〜〜〜っ!!」
昨夜の自分の大胆な発言を思い出し、純子が頭を抱えてうずくまると。
「……おはようございます、青砥さん」
「ひゃあっ!?」
背後から、淡々とした挨拶がとんできて。純子は、文字通りの意味でとびあがった。
「お、おはようございますっ……榎本さんっ……」
「…………」
寝起きの榎本。眼鏡をかけていない素顔が何だか新鮮で、目をそらせない――ばくばくと高鳴る心臓を押さえて、純子が後ずさると。
榎本の目に、ふと、心配そうな色が浮かんだ。
「……覚えていますか?」
「え?」
「昨夜のことを……覚えていますか?」
「…………」
ふっと、気が軽くなるのがわかった。
ああ、この人は覚えている。忘れてはいない……忘れようとはしていない。
それだけ、自分のことを真剣に思ってくれているんだ、と。
「――もちろんです」
にっこりと笑って、頷いた。
朝から気恥ずかしい、という思いはある。けれど、酔った勢いの戯言だとは思われたくなかったから。
「わたし、あなたのことが好きです、榎本さん」
「――それは、奇遇ですね。僕も、あなたのことが好きです、青砥さん」
微笑みを交わしあった。きっかけなんてどうでもいい。ここから新しい一歩が始まる――
たったそれだけのことが、どうしようもなく幸せだった。
〜〜翌日、芹沢法律事務所にて〜〜
「芹沢さん。これ、榎本さんから預かりました」
「ああ? ビール? 榎本から? 何でだ?」
「わたしに聞かれても知りませんよ。伝言も預かってます。『一杯奢れとのことでしたが、こういった形でもよろしいでしょうか』だそうです」
「……ああ、そういうことか。あいつめ、連絡入れろって言ったのに……なあ、青砥」
「はい、何ですか?」
「それで、榎本の奴はどうだった?」
「? どうってどういうことですか?」
「ベッドの中ではどうだった、って意味で聞いてんだけど」
「――――!! せ、芹沢さんっ! な、な、何てこと言うんですか――! それってセクハラですよセクハラ! 完全なセクハラっ!」
「ほう。否定はしないのか、やっぱり」
「な、な、な、な――っ!!」
〜〜同日同時刻、東京総合セキュリティ地下備品倉庫にて〜〜
「おう、榎本。邪魔するぞ……何だ、うまそうなもの食ってるな」
「頂きものですが。青山の有名なケーキ店で買ったものだそうです」
「ふーん。一つもらってもいいか」
「お断りします」
「……まあいいや。それより榎本、一昨日は悪かったなあ」
「――悪かった、とは?」
「いやいや、忘れ物だよ、忘れ物。あの綺麗な女弁護士さんに見られちまったんじゃないの? あの日、泣いて飛び出してったの見てさあ。悪いことしたなあって思って」
「見られましたが、別に問題ありません」
「おお? 余裕の発言だな。ああ、そうか。榎本とあの女弁護士さんは何の関係も無いんだったな。じゃあ見られても……」
「いいえ」
「……あ?」
「何の関係も無い、ということはありません」
「あ? それって……ああ、そうか。クライアント、客……そういうことか?」
「いいえ」
「……アドバイザー? 協力者?」
「いいえ」
「…………友達、ってことか?」
「いいえ」
「…………」
「はっきり言った方がよろしいでしょうか」
「……いや、いい……邪魔したな」
「いいえ」
その夜、東京総合セキュリティ近辺の居酒屋にて、やけに荒れた客が大暴れしていた、という噂が社内を飛び交うことになったが。
無論、榎本には何の関係も無い話だった。
〜〜END〜〜
24 :
8:2012/06/08(金) 20:09:11.59 ID:+PC0RfXy
終わりです。長い割に肝心のエロ描写が薄くってすいません。
またROM専に戻ります。
上手い!!
物語の運びかたとか、描写とか、語り口とかめっちゃ好みです。
また書いてください!
いやいやご謙遜、面白かったよGJ
待ってたよー。
続きを色々妄想してたけど、期待以上だった。
たしかにエロは薄いのに、すごく楽しめた。
GJ!
GJ!おもしろかったです。
各キャラがそのまんまで、話もよくてニマニマしちゃいました。
また書いて下さいね。
もう金曜日なんて早すぎる。
月曜日には、ヤクザに迫られる青砥や嫉妬メラメラの榎本とか、
焚付けて面白がる芹沢とか、見られるのかな?w
最終回は30分延長みたいだし、本当に楽しみ。
立川おもろいw
前スレ書き込めなくなったみたい。
前スレ607
同じ感想の人がいてうれしいです。
前スレ608
私は読みたいけど…。
これから放送されるネタばれとかなければいいんじゃないかな。
どうでしょう。
前スレ608さん
自分も同じくネタバレなければ、ありだと思います。
ちょっと大人の榎青、みてみたい…
最近立川さん人気なので、自分もSS書いてみました。
しょーもないんですけど、すみません。
32 :
立川は見た!:2012/06/08(金) 23:04:06.32 ID:GMO7Du15
ある日の東京総合セキュリティ。
立川は地下にある備品倉庫室に向かっていた。
ドアを開けようとすると、中から声が聞こえてくる。
『おーい、榎本ー。』と言いかけて口をつぐんだ。
その声が男女のものだったからだ。
ドアの外からそっと様子をうかがう。
「痛っ!痛いです…。もっと優しくしてください。榎本さん。」
「すみません。」
この声は榎本とあの美人弁護士か?
な、なにをしているんだ!榎本!
こんな白昼堂々と!
「私…こんなこと初めてなんです。だから…乱暴にしないで…」
「でも、仕掛けてきたのはあなたでしょう。青砥さん。」
は、は、は、初めてぇ!!
う、うらやましいぞ!榎本ぉ!あんな美人と…!
しかも、美人弁護士の方から誘ってくるなんて!
「い、いや…!もっと左です…。お願い…」
「わかりました。」
「あんまり強く動かないでください…!ほら、血が…」
「すみません。ちょっと、うまくいかなくて…」
はぁー、気になる!み、見たい!
33 :
立川は見た!2:2012/06/08(金) 23:05:40.66 ID:GMO7Du15
気になり過ぎて、強くドアにもたれかかってしまったようだ。
元々ドアもきちんと閉まっていなかったらしい。
立川の体がよろめいて、倉庫室の中に誤って転がりこんでしまった。
「きゃっ!!えーと、立川さん、でしたっけ?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!決して覗くつもりは…ってあれ?」
立川が目にしたのは両手を錠で拘束されている純子の姿とそれを開けようとしている榎本の姿だった。
「立川さん!聞いてくださいよぉー。榎本さんったらひどいんです。私が痛いって言ってるのに、いろいろ腕を引っ張って開けようとするから…ほら…」
見ると、純子の手首が錠で擦れて赤くなり、少しだけ血が滲んでいる部分がある。
「元々は青砥さんが、興味本位で錠を触っているからこんなことになったんでしょう。
この錠は、鍵穴が変な場所にあるので、開ける時に手が邪魔になってしまうんです。
そのため、どうしても手をいろいろ動かしてもらわなければならないんです。」
「はぁー…、私、こんな風に手錠をされるなんて初めてです…何とかしてください、榎本さん!」
は、ははははは。こういうことだったのか…
立川はちょっと救われたような、それでいて、ちょっと残念そうな複雑な表情を浮かべながら去っていったとさ。 おしまい。
職人の方々GJです!!!
お目汚しですが投下させていただきます
恋人設定の榎本×青砥です
「榎本さぁん」
「はい」
「……呼んだだけです」
純子はおかしそうに笑った。榎本の腕にすがりつくように絡ませた腕は熱く、足取りはおぼつかず、妙に
上機嫌で鼻唄を歌っている。
(飲ませすぎたか……)
二人で映画を見に行った。カフェで感想を語り合い、純子の買い物に付き合ったあと、食事をした。要は
デートである。
そのまま別れるのは名残惜しかったので、こじゃれたバーに入った。純子はこういうオシャレな店に入る
のははじめてだと感動し、そして緊張し、いつもよりハイペースでアルコールを口に運んでいた。……その
結果が、この状態である。
酔っ払いの扱いは不慣れだが、この状態の純子を放り出して帰ろうとはさらさら思わなかった。
べったりとくっつかれるのも、よろけそうな腰を支えるのも、にこにこ笑いかけられるのも、そこまで悪い
気がしないのだ。それは、相手が純子だからだとしか思えない。
「あれー、榎本さぁん、顔赤いですよぉー」
「青砥さんの方が赤いですよ」
「そうですかぁ? ……ぅわっ」
純子はいきなりなにかにつまずいた。しかし、榎本がしっかり腰を引き寄せたので転ぶことはない。抱き
しめる体勢になってしまった、と思っていると、榎本の胸に顔を寄せていた純子がなにかをつぶやいた。
「すみません、もう一度お願いします」
「だーかーらーっ! 明日、日曜日じゃないですか」
「はい」
「お仕事、ないんですよね?」
「はい」
「うちに泊まっていきませんかー!」
純子の部屋に泊まったことは数回ある。子どもではないし、ましてや二人は恋人なのだから、一つのベッ
ドで夜を過ごした。つまり、純子の誘いは「そういうこと」を意味しているわけで。
なんとなくそうなる気はしていた。そんな雰囲気も流れていた。あとは、どちらが言い出すかが問題だっ
ただけだ。
(青砥さんから言い出すのははじめてかもしれない)
「……迷惑でなければ」
「私は大丈夫です! むしろ大歓迎です! じゃあ、行きましょう!」
純子は上機嫌で榎本の手を握った。その手は燃えるように熱かった。
雨が降りだしたのは、純子のマンションに向かっている途中のことだった。突然のことなので、折りたた
み傘などあるわけもない。しょうがないので、マンションまで走ることになった。
「ツイてないですよね」
部屋の鍵を回しながら純子が言う。まとめ上げた髪から雫が滴り落ちて、びくりと体をふるわせた。
「榎本さん、先にお風呂どうぞ」
純子はそう言ったが、榎本は断った。
「いえ、青砥さんから」
「でもこのままじゃ風邪ひいちゃうし……っくしゅ」
「青砥さんが先に入ってください」
純子の部屋なのだから、純子に先に入る権利がある。くしゃみもしていることであるし。
「あっ、じゃあ、一緒に入りましょう!」
「……はい?」
聞き返したつもりだったのだが、純子は肯定と取ったらしく、榎本の手を引いて脱衣場に連行した。そし
て、濡れた服をためらいなく脱ぎだす。真っ白な肌があらわになる。
いつもの純子は、榎本が脱がせようとすると恥ずかしがる。抵抗はしないが、きつく目をつぶって息を詰
めている様子は、まるで嵐におびえる小動物のようだ。本当の嵐はこれからだ、と思うと、いつもぞくぞくす
るほど興奮する。
(よほど酔ってるんだな)
純子はブラのホックを外すのに手間取っていた。外してやると、軽く礼を言って、洗濯籠へブラを放った。
なんとなく調子が狂う。
「榎本さんは脱がないんですか?」
「脱ぎます」
脱がなければひんむかれそうなテンションだった。濡れて体に張りつくニットを脱ぎ捨てる。そうこうして
いる間に、純子は生まれたままの姿になっていた。
「私、先に入ってますね」
「はい」
ぱたん、とバスルームの扉が閉まる。水音が聞こえてきた。
「ふぅ……」
榎本は大きくため息をつく。緊張していることは、どうやらバレていないらしい。
まともに男女交際をしたことが今までなかったので、純子とする行為のほとんどが榎本には初体験だっ
た。内心では緊張していたりどぎまぎしていても、無表情のおかげで見抜かれたことはない。逆にそのせ
いで純子を怒らせてしまったこともあるが。
だがどちらかと言えば緊張よりも興奮の方が強い気がするのは、おそらく、榎本も酔っているからなのだろう。
中に入ると、純子はシャンプーの泡を洗い流している最中だった。長い黒髪が白い背中に映える。流し
終わると、榎本に振り向いた。
「遅かったですね。どうしたんですか?」
「服を脱ぐのに手間取りました」
「確かに、脱ぎづらいですよね」
純子は素直にうんうんとうなずく。なんとかごまかせたようだ。
「あっ、シャワー浴びてください。あったまりますよ」
「はい」
シャワーの下に立つと、純子が頭からシャワーを浴びせてくる。どこか楽しそうだ。榎本の肩にふれて、
驚いたように言う。
「すごい冷えきっちゃってるじゃないですか! 風邪ひきますよ!」
「そうですか?」
「そうです! ……よっし、私があっためますね!」
言うなり、純子は榎本に後ろから抱きついた。
「あったかいですか?」
「……はい。とても」
「よかったー。あっ、榎本さんの体、だんだんあったかくなってきましたね!」
そりゃあ熱くもなる。肩甲骨のあたりにやわらかなふくらみがふれているのだから。それはおそらく、榎
本がベッドの中で揉んだり舐めたり吸ったりしている純子の胸で……。
「そういえば、考えてみたら、私がこんな風に榎本さんを抱きしめるってなかなかないですよね?」
「そうですね」
「そうですよね? なんか面白いんで、この機会に思いっきり抱きしめておきますね!」
わきの下から純子の腕が回り、榎本の腹のあたりに巻きつく。頭の位置は下がり、ちょうど榎本の顔の
横に来た。少し振り返れば鼻がぶつかりそうなくらいの距離だ。
男女の関係になっているのになにを今さら、という気もするが、こっぱずかしくてしょうがない。純子はし
らふのときでもスキンシップを好むが、酔っている今はますます過剰だ。
ちゅ、と純子がうなじに吸いつく。下半身にふるえが走った。純子は気づいた様子もなく、榎本の首筋に
舌を這わせる。
「なにをしてるんですか」
「……なんか、しとかないと損みたいな気がして」
説明になっていない。しかし純子はあくまでマイペースで、榎本の耳にそっと息を吹きかけた。くすぐった
くて、思わず体をすくめてしまう。
「ははっ、榎本さん、かわいい」
酔っ払いのやっていることであるし、多少のことは目をつぶるつもりでいた。いたのだが、少しばかりお
ふざけが過ぎる。
「青砥さん」
「はい?」
振り返りながら純子の唇をふさいだ。純子は目を見開いたが、すぐにまぶたを下ろす。すきまから舌を
入れると、向こうから絡めてくる。
純子の腕がゆるんだ間に体を回し、正面から向かい合う。両腕をつかんで肩を押す。純子の背中が壁
にくっついた。
「ひゃっ」
結露はさぞかし冷たいだろう、とは思ったが、止まらなかった。指と指を絡めて壁に押しつけ、動きを奪う。
もう純子に逃げ場所はない。
「榎本さんっ……」
白いのどに口づける。純子の体が小さくはねて、甘い吐息が漏れる。手を握られる。
肩口まで唇を這わせて、鎖骨のあたりを吸い上げる。白い肌の上に小さな赤が浮かぶ。一つだけでは
なく、いくつもいくつも作る。赤い花を握りつぶして花びらを散らしたように見えた。
さらに頭を下に移動して、胸の先端を口に含む。痛くない程度に舌で押しつぶす。
「ぁ……っ」
純子の唇からあえかな声が漏れる。風呂場の中に反響した。それが恥ずかしかったのか、純子の顔が
赤くなった。
思いついて、わざと音を立てて吸ってみる。その音もしっかり響き渡る。
「だめぇ……っ」
「なんのことです」
「音……聞こえて……」
わざとやっているのだから当たり前だ。
つないでいた手を片方だけ離して、体のラインをなぞりながら下におろしていく。太ももの内側をなでさす
ると、純子の体が小さくふるえた。
指先でそっと割れ目にふれる。そこはぬるぬるとぬめり、あたたかかった。シャワーとは明らかに違うね
ばつく液体が指に絡みつく。
純子の右足の膝裏に左手を入れて持ち上げる。片足で立たされた純子が、倒れないように榎本の首に
腕を回してきた。
「青砥さんのが、丸見えです」
「やっ……」
純子はきつく目を閉じている。そんな顔をされたら、ますますいじめたくなってしまう。
空いている右手で、ひだをそっと開く。とろりとしたものがこぼれた。開かされてしまったひだをなんとか
閉じようと、ひくひく動いている。
「いやらしいですね」
「……見ないで……」
消えそうな声で純子が言う。顔が赤い。少し涙目になっている気もする。
ゆっくりと指を侵入させる。指の腹で内側を探る。純子が感じる箇所はもう知りつくしている。
「んっ……あぁ……っ」
押し殺しても、声は甘ったるく、快楽にとろけている。理性と本能がせめぎ合う様子が手に取るようにわ
かった。
「えの……も……」
欲に溺れかけて、すがるように榎本を見つめる瞳。だが、救うつもりはなかった。というよりは、できなか
った。榎本は、もうすでに溺れていたからだ。
空気を奪うようにキスをする。唇が離れると、純子はあえぐように一生懸命呼吸していた。
「あつい……頭が、くらくらする」
アルコールを摂取した後で風呂に入り、なおかつこんなことをしているのだから、かなり血行はよくなって
いるだろう。榎本の場合、その血はすべて下半身に集中していたが。
「青砥さん」
精一杯床で突っ張っている純子の左足の付け根に、いきり立ったものをあてがう。体がぴくんとはねた。
割れ目の谷間を分身でこする。くちゅ、とこすれる水音が立つ。
「ふ、ぁっ……」
強くしがみつかれる。身長がそこまで変わらないので、榎本の肩にひたいを押しつけるような体勢だ。濡
れた髪が鎖骨のあたりをくすぐる。
ゆるゆると往復を繰り返す。入れようと思えばすぐに入れられるが、そうしなかった。
「あ、の」
しびれを切らしたように、切羽詰まった声で純子が言う。
「はい」
「……」
「……」
「……わかって、ますよね……?」
「はい」
ただ、純子の口から言わせてみたいだけだ。
「僕にどうされたいのか、教えてくれますか」
「っ……」
純子は息を詰める。だがその心は揺れている。やがては、榎本の手のひらの中に転がってくるだろうこ
とは予想がついた。
「……榎本さんに、……きて、ほしいんです……」
だんだんと尻すぼみになっていくのが、とてつもなくいじらしい。じっくりと味わっていると、この言い方で
は満足しなかったと思ったのか、純子は言葉をついだ。
「気持ちよく、してください……っ!」
自暴自棄のような口調だった。背中に爪を立てられたのはおそらくわざとだろう。
(そろそろか)
これ以上じらすのは酷だ。純子にとっても、榎本自身にとっても。
純子の右足を抱え直す。少し腰を落として、自身を穴の入り口にあてがう。ぐ、と腰を進めると、先端が
あたたかいひだのなかに入っていった。
「あっ……! ん、んんっ!」
嬌声が浴室内にこだまする。純子ははっとしたように唇を引き結び、目をかたく閉じた。だが、榎本が動
きはじめると、こらえられずに声を漏らす。
「っ……ぁあっ……」
「青砥さん、目を開けてください」
「え……?」
不思議そうにしながらも、純子は素直に目を開ける。純子の腰を抱き寄せ、前に突き出すような体勢に
させて、低い声で言う。
「下を見てください」
「し、た……?」
言われるがまま目線を落とした純子は、ひゅっと息を呑み、あわてて目を閉じた。
明るい浴室内ではとてもよく見えることだろう。純子と榎本の、生々しい結合が。
「どうして目を閉じるんですか」
「どうしてって……」
「僕とこうしているのは嫌ですか」
純子は赤くなりながらも首を振る。目はつぶったままだ。
「それなら、見てください」
「でも、こ、こんな……」
「いつもしていることです」
「そうですけどっ、だけど」
「見ないならもうここで終わります」
腰を引いて分身を抜こうとすると、純子があせったように「待って」と言った。
「……目を、開けます。だから、……」
やめないでほしい、と続けるのはあまりにも恥ずかしかったのだろう。だが、純子はまぶたを開いていた。
「……ちゃんと、見ます」
その瞬間、榎本の心を満たしたのは、紛れもなく征服感だった。恥ずかしがる純子を屈服させ、言いな
りにさせたという満足。
ゆっくり、見せつけるために動いた。ひだがまくれて、榎本の分身を呑みこんでいく。
榎本の指示で、純子は自分の体が蹂躙されるところを観察している。
すさまじい背徳感と高揚が背筋をかけのぼってぞくぞくする。
「見えますよね? 青砥さんの体が、僕のをくわえているのが」
「やぁっ……私、そんなんじゃ」
「そうですか? それならどうして、僕のはこんなに濡れているんですか?」
「っ……それはっ!」
純子の目に、闘志に似た炎が宿る。
「……榎本さんをすきだからに決まってます!」
「……」
予想外の反論に、虚を突かれた。
「私は榎本さんがすきで、榎本さんも私をすきで、こうして一つになって、……気持ちいい……のが、うれし
くて幸せだからっ」
「……」
「わ、悪いですか!? だめですかっ!」
おそらく、負けたのは榎本なのだろう。だが、気持ちはむしろさわやかだ。
「そういう榎本さんだって、……エッチな気持ちになってるんじゃないですか!」
「はい」
純子は一瞬黙りこんだ。
「そんなにあっさり認められると、ツッコミようがないんですけど……」
「青砥さんがかわいらしいので、ぐちゃぐちゃに犯したくなるんです」
「榎本さん、酔ってません!?」
「青砥さんも人のことは言えないと思いますが」
言い返そうとする純子の唇をふさぐ。呼吸させるひまを与えずにやりこめる。同時に下も攻めると、また
背中に爪を立てられた。
「は……」
とろんとした瞳が榎本を見つめる。無防備なさまはときに淫らにも見えるのだと、純子と体を重ねるよう
になってはじめて知った。
緩急と強弱のリズムをつけて突き上げ、純子を追いつめていく。よがり声が壁や天井にぶつかり、跳ね
返って降り注ぐ。
「っあ、んん、は、ぁっ!」
純子の体が熱い。顔も体も真っ赤だ。
「えのもと、さ……だ、め」
「だめ?」
「わたし、……おかしく、なりそ」
呂律の回っていない口で、純子は一生懸命自らの窮状を訴える。彼女をかき乱している原因の榎本に
むしゃぶりつく。
(おかしくなりそうなのは、僕もだ)
榎本の分身にまとわりつきながら、締め付けてくる体。貪欲で淫靡で、かわいらしくて。
「はぁ……っ」
「ぁ、っん、は、やぁっ!」
愛しさをぶつけるように腰を動かす。手加減など頭になかった。自分で自分が制御できない。けだもの
のように、荒っぽく暴力的にのぼりつめていく。
「あ、あああっっん!!」
ほとんど悲鳴じみた高い声とともに純子が果てる。そしてそのまま気を失って、ぐったりと榎本にしなだ
れかかる。その体を抱きしめながら、純子のなかに欲望を解放した。
***
……そよそよと涼しい風が頬に当たるのを感じながら、純子は意識を取り戻した。
まず最初に見えたのは、眼鏡をかけていない榎本の顔だ。無表情ながらも心配そうに純子を見ている。
「……榎本さん……?」
「気分はどうですか」
「えと……少し、だるいような……」
「冷たい水を飲みますか?」
「あ、はい」
榎本は腰にタオルを巻きつけたままの姿で冷蔵庫に向かう。
(なんであんな格好してるの?)
まだふわふわしている頭で一生懸命考える。目が覚める前に、なにがあったのか。
(榎本さんとデートして、で、雨に降られて、一緒にお風呂……)
「うわああああっ!?」
思わず奇声を上げた。起き上がろうとしたが、頭がふらついてまたベッドに沈みこんでしまう。改めて自
分の体を見下ろすと、タオルを一枚かけられているだけで、他になにもまとっていない。あわてて掛け布団
を引き寄せる。
「どうかしましたか」
「しましたよ! ものすごく!」
(もしかして榎本さんはなにも覚えてないとか?)
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、榎本に限ってそれはないだろう。どうやら純子を介抱してくれていた
らしいので。
「私、榎本さんと一緒に、おおおおお風呂……っ!」
「入りましたね」
「あと、お風呂でっ……」
「しましたね」
「うわああああっ」
酔ってなにをしでかしたか覚えていないときよりも、覚えているときの方がタチが悪い。自己嫌悪と羞恥
心のダブルパンチをおみまいされるからだ。
「酒は飲んでも呑まれるな……酒は飲んでも呑まれるな……」
掛け布団を頭からかぶってダンゴムシ状態になりながら、純子はうめくようにつぶやいた。
以上です
トリップのつけ方を間違えておかしなことになってしまいました
>>35-40までを書いたのは一人です
お粗末さまでした
乙です!GJすぎる萌える2828するww
前スレの608ですが、特にネタバレとかないのでさくっと投下します。
>>41さんと微妙にシチュ被りしててふおぉとなりましたがそこは目を瞑ってくださいorz
原作榎青ですがぶっちゃけ口調よくわからんまま書いてます。
一応エロありですがそんなエロくなんなかった・・・。無駄に長いです。
するりと撫でられる。胸の谷間を沿い降りて腰回りを指で触れれば、青砥の表情には紅が差した。どきどきと脈打つ心臓が、うるさい。ごく、と榎本の喉仏が上下するのが見えて、それにまで意味もなく羞恥する。
「止めるなら、今の内です……」
まだ乱れぬ着衣に手を掛け、まるで最終警告の如くそう呟く榎本に、青砥が顔を真っ赤に火照らせたまま、鼻を鳴らした。顔ごと、視線を背ける。
「ここまで来て、存外、意気地が無いんですね……」
「じゃあ、いいんですね?」
榎本の手が、青砥の衣服に掛かる。ぎくりと身体は跳ねたがるが、青砥はそれも、詰めた息も、悟られないようにベッドのシーツを握りしめた。
「! ……い……いいですよ、どうぞ?」
ぎゅう、と目を瞑った青砥のスーツのボタンを外していく榎本は、柄にもなく緊張していた。そして、恐らく、青砥も。二人分の鼓動、互いに聞こえてしまいやしないかと冷や冷やして、同時に、どこか投げやりに始まってしまった儀式に、どうしよう、と思う。
「……青砥先生……」
「何ですか」
ボタンを外し終えた榎本は、手のひらで青砥の頬を撫でた。ひと瞬きで、それは離れる。青砥が、肩を揺らした。榎本さん……? 青砥に覆い被さっていた身体を起こした。
「本当に、止められなくなる前に、止めますか……?」
「……私は、その……どっちでも……」
「投げやりですね……あぁ、そういう意味ではなくて、だからその……貴女が本当は嫌だと思っているなら、私は……」
嫌だと言われたら落ち込むかも知れない。それこそ、柄にもなく。けれど、本心が解らないままセックスに縺れ込んでなあなあになるのは、嫌だ。少なくとも、セックスフレンドになりたいわけではない。
五月蝿く鼓動する心臓。青砥が、徐に手を伸ばした。榎本の服越しに手を当てれば、どくどくと早鐘を打っている。はやい。
「私と同じくらい、速い」
すう、はあ、と深呼吸すれば、青砥の胸が動く。
うっかりじっと見つめてしまった榎本は、そういえばまだ青砥の手のひらが己の胸に当てられていることを唐突に思い出し、その熱さを改めて感じてまた鼓動を跳ね上げた。
脱童貞の時でもこんな初い反応はしたことがなかったのに。
GJ!
うp祭りで萌えて寝れそうにないや
「……怖くないっていったら嘘になります」
今までの関係が壊れる恐怖だったり、色々。
でも、でも。
「榎本さんが、私を好きだって言ってくれるなら、……いいですよ」
揶揄するようにそう言えば、冗談のように真摯な目をした榎本が見つめてきた。
「青砥先生」
「はい」
「あなたが好きです。とても」
「……」
顔、真っ赤ですよ。
放っておいてください。
暗闇で判るほどに、榎本の顔は火照っていた。初めて見る顔だ。
ほつほつと青砥のワイシャツのボタンを外す。
先刻スーツのそれを外した時よりも心臓は高鳴る。
ボタン外し終えると、青砥が手を伸ばしてきた。
「私だけ、恥ずかしいので……榎本さんも脱いでください」
「わかりました」
身体を起こした榎本もシャツ脱いでいく。ぱさ、とベッドの脇にそれを置いた。その仕草を間近で見ながら青砥はぎゅう、と胸の前で手を握り合わせた。
※※※
天気予報が嘘を吐いた。
日中晴れ晴れとしていた空は、青砥が榎本の職場であるF&Fセキュリティ・ショップから共に帰途についた途端に機嫌を損ねたらしい。
ぽつ、ぽつ、と降るばかりだった雨粒は、青砥が「傘、持ってないのに」と溜め息を吐いた瞬間にザァザァ音を立てて降り注ぎ始めた。
慌てて入ったコンビニの傘はまるで頼りない薄いビニールのそれが、一本きり。無いよりましだと購入して、すみません、と言い合いながら身を寄せて歩く。
タクシーを呼ぼうにも、電話は繋がらない。
乗り場まで行くと既に長蛇の列が出来ていた。
考えることは皆同じだと再た溜め息を吐く。
「気持ち悪い……シャツが張り付く……」
身を寄せ合って差しているとは言え所詮コンビニの、ビニール傘一本。
叩きつけるように降る雨は確実に両者の肩を濡らしていく。
今し方出て来たばかりの職場に戻っても良いが、今戻れば確実にバイトに捕まる。
青砥との仲を詮索されるのは避けたい。
しかし、このまま濡れ鼠になるのも好ましくない。
やはり面倒だがショップに戻るか、と口を開きかけた時、青砥が、あの、と呟いた。
「榎本さんのお宅ってここから近いんですか?」
「はい」
「いいですね……バスもタクシーも凄い並んでたし、やっぱり歩いて帰らなきゃか……」
「……寄りますか」
何言ってんだオレは、と内心で突っ込みながら、それでも唇は止まらない。
「は?」
「……うちに寄って行きますか? タクシーを呼ぶにしても、外で待つより家に来てもらった方が良いでしょうし、止む気配が無ければ車で送っていきます」
「いえでも、そんな」
「風邪をひかれてしまう方が困りますから」
それは気紛れ。
(ただの気紛れだ。深い意味なんて)
※※※
「綺麗なお宅ですね」
「物がないだけでしょう」
青砥を家に上げた榎本は、自分の行動に違和感を感じていた。恋人でもない女、しかも、仮にも弁護士である女を家に上げるなんて。ショップに戻ったところで、榎本の自宅へ向かうのとそう時間は変わらなかった筈だ。にも関わらず榎本は、自宅へ誘うことを選んだ。
バスタオルを一枚ひっつかんだ榎本はリビングへ戻る。と、青砥がちょうどくしゃみをした。
「冷えましたか」
「あ、すみません……」
うー、と唸りながらバスタオルにくるまる青砥の髪から一つ雫が垂れ落ちた。
うっかりどきりとする。
(……)
「青砥先生は」
「はい?」
「危機感を持った方が良いと思いますよ」
「……喧嘩売ってます?」
「忠告しています」
榎本自身もタオルで髪を拭きながら、はーっと長い溜め息を吐く。
「例えば、今この状況で私が貴女に『そのままでは風邪を召しますのでシャワーでも浴びて下さい』と言い、貴女がシャワーを浴びたとして」
「……」
「その姿に欲情した私が貴女を犯したとして」
「……」
「裁判にでもなった時」
「『貴女はどこかで期待していたのではないか。だから、シャワーを浴びて期待を持たせるような行動をしたのではないか。貴女は断れたはずだ』って?」
「はい」
青砥は、バスタオルをバサリと置く。
そして、笑った。
「その仮定は、そもそも成り立ちませんね」
「ほう。私がシャワーをすすめてもそれに乗るほど考えなしではない、と」
「……榎本さんてちょいちょい私のこと馬鹿にしてませんか?」
「まさか」
「双方の、合意の上での行為になる可能性を全否定してる」
子供じゃないんですから。
青砥の言葉がどういう意味かを問う前に、榎本は青砥を押し倒していた。
「恋人でもない男にこうして組み敷かれて、合意できますか?」
「榎本さん、私のことが好きなんですか」
「……」
「普段、そんな脈絡のないこと言う人じゃない。少なくとも、私の知ってる榎本さんはもっと思慮深くて、だから例えば」
恋人でもない女をひょいひょい自宅に招くような人じゃあない。つまり私はあなたにとって、全く女として見られていないかその逆か。この状況から考えれば恐らく後者。
「……なんちゃって」
「青砥先生……あまり私を焚きつけないで下さい。私も、男です」
「知ってますよ」
知ってます。
「……湯上がりでなくても、欲情はするんですよ」
「雨に濡れた女でも?」
「好きな女性ならより魅力的に見えます」
「それは告白ですか?」
「……」
「ま、いいですけど」
掛け合いをしながらも、青砥の心臓は早鐘を打っていた。
別に、何か、を期待して榎本の家に来たわけではない。が、何か、が起きても構わないとは思っていた。起きてしまっても後悔はしないと。
「……私、」
榎本さんのこと、男の人だって知ってますよ。
「そうですか」
覚悟を決めた、声がした。
するりと撫でられる−−。
上半身を包む服を脱ぎ去った榎本は、一度青砥の唇に軽く口付ける。抵抗なく受け入れられたのを確認してから再び、今度は食むように唇を重ねた。
あまやかな唇を舌でなぞり、薄く開いたそこに舌を入れる。流れ込んだ唾液を無理な体制で飲み込む青砥の喉の音にさえ、酷く欲情した。
歯列をなぞり上げて、続いて上顎へ。絡めた舌は柔らかくざらりとしている。それを、自分の口内へ招き入れて吸い上げ甘噛んだ。
離れた唇に掛かる唾液の糸も舐めると、切なげに眉間にしわをよせた青砥の顔が見えた。
「え、のもとさ……」
呼ばれた声に答える代わりに胸に指を這わせる。びくびく跳ねる身体を押さえて、乳首に唇を寄せた。
「〜〜ッ」
「いやですか?」
榎本が口を開けば温かな吐息が頂を掠めて、青砥はふるふると首を横に振ることで精一杯だ。
首筋を辿った指先は鎖骨を走り、乳房に至る。尖った場所を柔らかく摘んだ二指がまるで鍵を開ける時のように、そこを捻った。身体の中から恥部まで突き抜けるような感覚に青砥は身を捩る。
「ん……っ」
そこを離した指先はそのまま腰へ下りていく。まだ下着を脱がぬままの下肢。の両膝を、榎本は担ぐようにして青砥の肩まで折る。
「えええのもとさん!?」
驚いたのは青砥である。まだ脱いでないけど! 脱いでないけど! 脱いでないから余計に恥ずかしい!
榎本は青砥の心中など意に介さずに、未だ覆われたままの秘部に、愛しげに口付ける。
「ちょ、榎本さん何してるんですか!?」
「青砥先生」
「はい!?」
「愛しています」
「っ!」
真っ赤になる青砥の下着に手をかけ、器用にスルスルと脱がせていく。
露わになったそこは、うっすら潤っているがぴたりと閉じている。榎本は、その間を割開くように唾液で濡らした指を降ろした。シコリが指先を掠めたとたん青砥が反応する。榎本は構わず、もう片手も使ってそこを開いて固定し、迷わず舌を伸ばした。
猫がミルクを舐めるより丁寧に、榎本のこれまた器用な舌がとんでも無いところを執拗に舐め上げている。青砥は恥ずかしさで死にそうだ。
「榎本さ、きたな、本当に、や、」
ちゅう、と吸われた場所は最も神経の集まる場所。思わず脚が突っ張る。
「ひぁ、ゃ、あ」
喘ぐ青砥の膣に、一本、長い指が挿し入れられた。ゆっくりした注挿。抵抗はない。
ぬめる襞が絡みつく感触。指を抜く時僅かに捲れるそこは、快感に膨れて、美味そうだと思った。
「もう一本挿れますよ」
中指に薬指を添えて、再び突き入れる。ぬちり、と淫靡な音が静かな部屋に響いて青砥を犯していく。
ささくれ一つない指が青砥の中を混ぜる。
びくびくと自分の齎す愛撫に感じる青砥の様子に、榎本元来のサディズムが湧き上がる。
「青砥先生、そんなに固く目を閉じられると、寂しいのですが。私を見てください」
懇願するような榎本の声に開いた青砥の目。其処には自分の秘部と、付け根まで入る榎本の指があった。青砥は思わず目を反らす。
「榎本さんッ!」
「はい」
「……〜〜ッ」
青砥は榎本を蹴り上げようとするが、その脚を掴まれてしまってはそれも叶わない。
「オイタしないでください、青砥先生」
「ど、っ、ち、がっ!」
片手の指は膣をなぶりながら、もう片手が青砥の足首をまとめあげた。
「あんまり余裕があるようなので、一度イッて頂いて宜しいですか?」
「え、っ、ゃぁ、あっ、ちょ、ンぁ」
ぐっと青砥の足首に体重を乗せ、膣に差し込んだ指を三本に増やして、掌で陰核を擦りながら激しくかき混ぜる。緩やかな先程までと異なる愛撫に青砥は唇を噛み締めた。
「青砥先生」
唇を耳に寄せた榎本は、艶のある声音で囁いた。
私の指で、イッてください。
言葉とともに膣壁の弱い部分をぐり、とこすられる。
「ン、ぅ……ッ」
榎本の指を一瞬締め付けた青砥は、脱力した。
はぁ、はぁ、と乱れた息の女を見て榎本は御満悦である。そっと抜いた指を自身の唇に当て、ペロリと舐めた。
「すみません、気持ちよかったですか?」
「……む…かつく……」
気怠い身体を起こした青砥は、散々自分をいたぶってくれた榎本径を睨めつけた。
「とてもお綺麗でしたよ」
「……ああ、そう……」
それじゃあ私も、お返しして差し上げますよ!
ベッドに座る榎本の前、床に膝をついて前を寛げれば、榎本のそれが上を向いていた。そっと指を当てた青砥は、少し躊躇いがちに尿道口に口付ける。ちろりと舌の先端で舐めれば榎本の内股がひくりと動くのが見えて、思い切って亀頭を口に含んだ。
初めて、というわけではないが、慣れているわけでもない。
ただ意地が勝っただけだ。
それにしても、割れた腹筋に、小柄な癖に意外とガッシリとした肩幅。引き締まった肉体は日頃から気に掛けて鍛錬していることを示している。
青砥とて同年代の女性と比べて自分がそれ程見劣りするとは思っていないが、榎本は、同年代の男性と比較しても抜きん出て魅力的に映る身体付きをしているのだろう、と思う。
一物を食わえながらうっすら開けた目で榎本の表情を伺うと、笑みさえ携えて此方を見下ろす瞳と視線がかち合った。
下から上へ舐め上げて、再び先端を口の中へ。
「……青砥先生」
膝の間に跪く青砥の髪をそっと撫でると、含まれた一物を思い切り吸われて思わず腰を引いた。
「っ……」
絡んだ視線を解いた青砥は、一物から唇を離す。
「イかせて差し上げる程の舌技がなくてすみません」
ニッコリ笑った青砥に、いいえ、と榎本は首を振る。ベッドから立ち上がって青砥の隣にしゃがみこんだ榎本は、ひょいと青砥を抱き上げるとベッドへ放った。ぼすりと埋まった青砥の上に乗り上げた榎本は、先程の青砥のように、ニッコリと笑った。
「先生の中でイかせて頂きますので、お気になさらず」
青砥にのしかかったままベッドのサイドボードから慣れた手つきで小さな四角形を取り出し、気障たらしく歯ではさんでピッと口を切る。
手早く避妊具を着けた榎本は、青砥の首ね後ろに手を回して髪に指を差し込んだ。
「あなたって、見た目に似合わずプレイボーイなのね」
「今この瞬間は青砥先生一筋ですよ」
近付く距離で吐息が絡む。
「否定はしない、か」
「今更貴女相手に気取っても仕方ないでしょう」
「ん……」
合わせた唇からはもう憎まれ口も聞こえない。
片足を担がれて、脚を大きく開かれる。再び膣に入ってきた指は先程よりも熱いような気がした。
「挿れますよ」
「ど、うぞ……」
言葉を合図に指とは比べ物にならない質量が押し込まれる。青砥は目を閉じて、堪える。
「キツ……」
「っあ……」
痛みはない。もっと苦しいかと思ったけれど、これは、ちょっとやばい。
差し込まれる度に背中をゾワゾワと抜ける感覚。
「どこが、イイですか?」
「ひ、っぁ、ま、っだめ、」
榎本は愉しげに青砥の至る所に触れながら、注挿を繰り返す。
「青砥先生」
「な、に、ァ、ッア、ん、ぅ」
もっと激しくして、良いですか?
問いに答える間があっただろうか。口を開きかけた所に、榎本は狙ったようにのしかかってきた。打ち付ける腰、撫で回す器用な指。青砥は思わず榎本にしがみついて堪える。
榎本の思うまま揺さぶられながら、なんでコイツはこんなに冷静なんだ、と腹も立ってきた。
ぎゅっと閉じていた瞳を開いて、そっと榎本を見やる。そこには。
(わ、ぁ、)
滅多に見ない優しい視線を青砥に注ぎ、汗ばんだ髪を額に貼り付けた、どこか必死な男の姿があった。
「やっと、」
「え、」
「やっと、見てくれた」
「……」
「さっきオレが、寂しいって言ったの、聞こえてた?」
「え、のもとさ、ん、口調、が」
「今更、気取っても、仕方ないって、」
ああもう、黙って喘いでください。
バツが悪そうにそう言った榎本は、青砥のもう片足も持ち上げる。更に奥まで突かれる感覚。子宮の入り口に先端が何度も口付ける。
「アァ、あっ、え、の、」
「けい、ですよ、オレの、名前は」
「ひ、ぁ、……ッ!」
純子さん、と耳元で聞こえた気がした。だから、青砥も飛びかける朧気な意識の中でしがみついた男の名前を一度だけ、呼んだ。
※※※
恥ずかしすぎて死にたい。
身体のそこかしこが筋肉痛で、動くのが辛い。その原因を反芻する度顔が熱くなる。
完璧に起きた頭を抱えて、青砥は隣に眠る榎本を見た。最期の辺りキャラクター崩壊していた。榎本も、自分も。
「径さん、だって」
そう、呼んだ。確かに呼んだ。
「恥ずかしい」
「何が恥ずかしいんですか」
「げ、」
起きていた、と思った時には、抱き込まれていた。少し低い体温が心地いい。
「私とこうなったことが、恥ずかしい?」
「いーえ。昨日の自分の色々が、です」
「そうですか」
「そうですよ」
端からみればただのバカップルだろう。けれど、これは多分一時の戯れに過ぎない。
まあ、それでもいいか。
男と女は視線を合わせると、何も纏わず意味深げに、ただ笑った。
中途半端ですが終了です。
お粗末さまでしたー。
>>53 いやいやなっかなかの読み応えでしたよー!よかった!
ホント、投下祭りですね。
職人の皆々様、ありがとうございます。
みんな読みごたえがあって、毎日幸せです。
本当にありがとうございます。
エロ好きとしては特に
>>41さん!すごいよ。
…したくなっちゃったじゃないですか。
>>53さん、GJ!!筆力がハンパナイ!原作榎青ぽい!原作も好きな自分としては萌えた。また書いて下さいませ。
>>53 GJです!!原作榎青ありがとうございます!!
意地の張り合いとかもどかしい関係が原作そのままで悶えました
榎本の口調が崩れる瞬間がいい…
すごい!投下祭りが開催されてる〜
エロなしもエロありも原作榎青もどれも好きです!
職人さんたちGJ!文章もうまい。
また読みたいです。ぜひ書いてください。
>>53 GJすぎる。原作榎青も大好き!!
>>57も言ってるけど私も口調の変化にものすごく萌えた。
どれもこれも萌えて困るわGJ
それにしても、よしながふみの「大奥」みたいに男女逆転した話を妄想するのは自分だけかな?
そう大したもんじゃないんだが
榎本が女性で設定は原作通り、青砥は男性でこれも原作通りなんだが
キャッツアイみたいな謎に包まれた存在に振り回される真面目な弁護士さんってヤツ
>>62 その榎本は綾波レイ的な雰囲気かな?無表情でぼそぼそしゃべり。
沢山投下されてて幸せ!!
みんな素敵でした…!!職人様方ありがとうございます
ドラマ榎青も大好きだけど初めて原作榎青が読めたのが新鮮で嬉しかった
口調や性格がそのままで雰囲気出てて大人な関係で凄くエロくて良かったです!!
ひかれあってるのに素直にお付き合いとはいかない関係がもどかしい…
まだまだいろんなシチュで見てみたいので職人様方今後もどうぞよろしくお願いします…!!
スレタイドラマに限定しなくてもよかったかもね。原作の榎青も大好きですわ
>>62 実年齢は30でも見た目が10代後半な女性ってのも悪くは無いな
需要ないかもしれませんが、以前お見舞いネタ書いた者です
榎本サイドが見たいとおっしゃってくれた方がいたので、投下します
会話もエロも端折ってるので、興味ない方はすっ飛ばしてください
70 :
Side E @:2012/06/09(土) 20:32:21.85 ID:1QWMy2YY
榎本は朝からデスクに向かい、開錠作業に勤しんでいた。
今回はかなり手こずっている。
それほど難易な錠ではないのに、どうしたことなのか。
それがさっきから続いている前頭部に重くのしかかる痛みのせいだということはわかっていた。
何となく視点も定まらない。
榎本は工具を持つ手を休め、小さなため息をついた。
時計をちらりと見る。
お昼を少し過ぎたところだ。
今日はこの後何の予定も入っていない。
悪化しないうちに帰って休んだ方がいいだろう。
榎本は内線電話の受話器を上げると、ボタンを押した。
「榎本です。申し訳ないのですが、本日は早退させていただいてもよろしいでしょうか。どうやら体調を崩したようで。はい。すみません。」
早退の了解を得られると、静かに受話器を置く。
そして、いつもの鞄を掴むと、エレベーターに乗り込んた。
ロビーを抜け、外へ出ると、初夏の熱気がむっと立ち込めている。
にもかかわらず、背中にゾクゾクとした冷感を感じる。
…これから熱が上がってくるかもしれない。
そう予測しながら、榎本は駅に向かった。
電車に乗り込むと、車内は思いのほか空いていた。
座席に腰を下ろし、悪寒がさらに強くなってきていることを感じる。
窓の外を眺めながら、もう一度先ほどの錠のことを思い浮かべ、頭の中で開錠のシミュレーションを始めた。
カチャ、カチャ…
…だめだ。うまくできない。
榎本は錠を開けることをあきらめ、視線を向かいの席の女性に移す。長い髪を後ろで束ねたスーツ姿の若い女性が文庫本を読んでいた。
ぼんやりと眺めていると、その女性の姿が純子と重なる。
青砥さん。
そういえば、早退することを伝えていなかった。今日もあそこにやってくるだろうか。
榎本はポケットの中にある携帯を触るが、自嘲気味に口角を片方だけ上げて微笑んだあと、すぐに手を引っ込める。
…バカバカしい。青砥さんは僕が早退するという下らない連絡など、きっと求めてはいないだろう。
71 :
Side E A:2012/06/09(土) 20:34:49.37 ID:1QWMy2YY
頭の中心がズキズキと痛む。頭痛は確実に先程よりひどくなっていた。
電車がホームに滑り込むと、榎本はよろけながら立ち上がる。
駅から自宅までの道はこんなに遠かっただろうか。重い足取りで熱気が漂うアスファルトを一歩一歩踏みしめる。
いつもより時間をかけてマンションにたどり着いた頃には榎本の疲労は極限に達していた。
おぼつかない手つきで鍵を開ける。ドアを開け、玄関に倒れ込みようにして中に入ると、後ろ手で鍵を閉めた。…つもりだった。
おぼろげな意識の中で服を脱ぎ、パジャマに着替えたことは覚えている。
寝室に向かう途中、体がよろけ、嫌というほど体を床に打ち付けた。
…そのあとは記憶がない。
「榎本さんっ!…すごい熱…」
聞き覚えのある声がして、榎本は目を開けた。
心配そうに見つめる純子の顔がある。
これは夢なのか?そんなに僕は青砥さんに会いたかったのだろうか。
「…青砥さん…」そう声を絞り出すのがやっとだった。
純子が何かわめきながら、自分のことを引きずっている。少なくとも榎本にはそう思えた。
そしてベッドに寝かされ、純子から手渡された薬と水が喉を伝う。その冷たい刺激のおかげで榎本の思考が少しだけ正常に戻された。
同時にこれは現実なんだと気付く。
「すみません。」
「いえ、気にしないでください。会社に行ったら、榎本さんが早退したっていうんで、心配になってきてみたんです。」
そういうことだったのか。きっとおせっかいなあの受付嬢が純子に住所を教えたのだろう。
「よかった。大事にならなくて。あ、鍵開いてましたよ。榎本さんらしくないですね。」
「…掛け忘れてしまったんですね。」
それならば急いで掛けなければ。自分としたことが。
起き上がろうとするところを純子に制止された。
「大丈夫です。私がしーっかり、掛けときましたから。榎本さんは気にしないで、ゆっくり寝ててください。」
なんだか少しバツが悪くて、榎本は黙ったまま横になる。
純子は安堵したような微笑みを浮かべ、冷たいタオルを額に乗せてきた。
心地よい感触に思わず目を閉じる。
「これ、読んでみてもいいですか?」という声が聞こえ、目を開けると純子が本棚の前に立ち、本を指さしている。
「どうぞ。」
そんな本など読んで面白いですか?と思わず尋ねたくなったがやめた。
…青砥さんは不思議だ。
防犯や密室殺人に首を突っ込みたがる女性なんてそうはいないだろう。いや、それ以上に、自分にここまで関わりたがる女性がいたなんて驚きだ。
僕に対する興味だろうか?それとも違う何か…たとえば恋愛感情…
まさか。今日の僕はなんだかおかしい。
もう早く寝てしまった方がいい。
72 :
Side E B:2012/06/09(土) 20:37:35.40 ID:1QWMy2YY
純子が椅子を持ってきて、傍らに座るのを視界の端で捉えると、榎本は徐々に眠りに落ちて行った。
どのくらい眠っただろうか。
「…さん。起こしちゃってごめんなさい。これに着替えてくれませんか。」
再び純子に呼びかけられた時には、悪寒は治まり、頭は幾分すっきりしていた。
パジャマが汗でぐっしょりと濡れ、体にまとわりついてくるので、何となく気持ち悪い。
純子に促されるままにパジャマを脱ぐ。
タオルで背中を拭かれる時に、純子のヒンヤリとした指先が自分に触れ、榎本は思わずピクリと体を震わせた。
肩越しに純子を見る。
純子は気づかず、一生懸命背中を拭いている。
その真剣な顔を見ながら、自分が上半身裸にいるくせに、純子はかっちりとしたスーツに身を包んでいる。
そのギャップに違和感を覚え、ふと、このスーツの中はどんな体をしているのかと一瞬考えた。
「青砥さん。」もう拭かなくて結構ですよと告げようとしたが、純子は突然動きをとめ、はっとしたように榎本を潤んだ瞳で見た。
二人の視線がしばし絡み合う。榎本は軽いめまいを覚えた。
どうしてこの女性はこんなにも僕の心を混乱させるのか。
「す、すみません!自分でできますよね!わ、わ、私、帰ります。」
嫌だ。帰したくない。
考えるより先に、榎本の手は帰ろうとする純子の手首をつかんでいた。
「帰らないでください。今夜はここにいてください。」
思わず口をついて出た言葉は自分でも信じられないものだった。
確かに純子にいてほしい。それは本心だったが、いつもの自分であれば、そんなことはおくびにも出さなかっただろう。
純子が驚いた顔で自分を見る。
そこからは自分でも止められなかった。
純子を強く引き寄せ、自分の腕の中に収めた。
あたふたしている純子に「嫌ですか。」と問う。しかし、どんな答えが返ってこようとも榎本は止める気はさらさらなかった。
「嫌とかじゃなくて!う、嬉しいっていうか…。」
嫌がっていないことを知って榎本は安堵する。
戸惑っている初心な純子を心の底から可愛いと思った。
自分の腕の中にリスのように縮こまり、何やらわめいている純子の口を封じる。
唇の柔らかい感触は榎本をさらに高揚させた。舌を入れ、純子の口内を堪能する。
それに併せるかのようにおずおずと純子の舌が絡んできた。
その行為が頭の中に残っていた僅かばかりの理性を吹き飛ばす。
とうとう純子をベッドに押し倒してしまった。
73 :
Side E C:2012/06/09(土) 20:39:45.06 ID:1QWMy2YY
「え!?ちょ、ちょっと…」
戸惑う純子の声に、吹き飛んだ理性が戻ってくる。
しまった。やり過ぎた。
「やはり嫌ですか?」
「い、い、い、嫌っていうわけじゃないんですけど!私のことを特に好きでもないのに、そういうことは…」
好きでもない?どう思ったらそんな言葉が出てくるのか。
もう自分の心は完全に純子に支配されているというのに。
「――僕は青砥さんのことが好きです。ですから、青砥さんを欲することは、男として至極真っ当な欲求と思われます。やはり、嫌、ですか?」
自分の気持ちを理解してほしくて、思いの丈をぶつける。
「…嫌、では…ない…です…」
やっと返ってきた“嫌ではない”という言葉に再び理性が奥へ引っ込み、同時に、荒れ狂う欲望が顔を出した。
純子にキスをし、待ちきれないといった様子でブラウスを脱がると、後は己の欲望を心行くまま貪るだけであった…
目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。
いつもと変わらない朝だ。傍らに純子がいることを除いては。
榎本の左腕を枕にし、しがみつくように密着して眠っていた。
無邪気な寝顔に自然と顔がほころぶ。昨夜のことが夢のようだった。
実を言えば、榎本にも経験はある。社会人になりたての時、先輩に5歳年上の女性を宛がわれ、流れで一夜を共にしたことがある。
『なっ!よかっただろぉ〜?』興奮しながら話す先輩に『はぁ…』と気のない返事をしながら、榎本にはセックスのどこがそんなにいいのかわからなかった。
錠を破ることの方がよっぽどスリリングでエキサイティングだ。
…それが、あんなにいいものだとは…
眠る純子の頬にかかる一束の髪を指でそっと払ってやる。
起きる様子はなく、気持ちよさそうに眠っている。
ふと、いたずら心が沸き起こり、寝息が漏れる唇に手で触れてみた。
昨夜は数えきれないほどこの唇にキスをした。それでもまだ触れ足りない。
少しだけなら…と榎本は考え、軽く唇同士を触れ合わせた。
さすがに起きるだろうか。少し焦ったものの、純子が起きる気配は全くなかった。
ずっとこのまま寝顔を見ていたいと思うが、容赦なく時間は過ぎていく。
さすがにそろそろ起きなければ。しかし、いったいどうしたらいいのだろう。
榎本は純子が枕にしている左腕を見る。
この腕を抜けば純子は起きてしまうだろうか。
榎本は息をひそめながら、ゆっくりゆっくり腕を抜いていく。
「ん…」
純子が寝返りを打つ。榎本はドキリとして、動きを止めた。
起きてないよな…
寝顔をのぞき込み、もう一度キスをしたい衝動を抑えながら、なんとか腕を最後まで引き抜き、ベッドを後にした。
74 :
Side E D:2012/06/09(土) 20:42:47.29 ID:1QWMy2YY
顔を洗い、服を着替え、適当に朝ご飯を作っていると、純子が起きてくる気配がした。
緊張が走る。
情事を交えた朝、男女はどんな顔をして、どんな会話を交わすのか、榎本には見当がつかなかった。
…とりあえず、いつも通りで居るのが一番いいだろう。
動悸を押さえながら、必死で平静を務めることにした。
軽い挨拶を交わした後、席に着き、朝食を食べ始めるが、長い沈黙が続く。
地下室にいる時も沈黙が続くことは幾度となくあった。しかし、今回は比べ物にならないほど気まずい。
青砥さんはさっきから目を合わせようとしないし、何も話そうとしない。
昨夜のことを怒っているのだろうか。
あれこれ考えを巡らせていると、沈黙を破るように純子が悲鳴をあげた。
「きゃああ!遅刻しちゃう!榎本さん!すみません。私もう行きます!本当にすみません!」
そう言いながら純子は慌てて出て行った。
バタンとドアが閉まる音が聞こえ、榎本を強烈な寂しさが襲う。
昨夜はあんなに濃密な夜を過ごしたというのに、つい先ほどまで目の前に座っていたというのに、会いたい、抱きしめたいという欲望が榎本の頭の中を占領していた。
長いため息をつき、純子が座っていた椅子をいつまでも見つめる。
歯痒いことに今の榎本にはそうすることしかできなかった。
榎本は出社後、昨日は開錠できなかった錠に再び挑み始める。
しかし、結果は昨日と同じ。
構造から考えると、普段の榎本であればものの数分で破れてしまうようなものなのに。
昨日の頭痛とは異なるその原因。
今度は胸の奥が疼く。頭から離れない昨夜の出来事。
喘ぐ淫らな純子の声、陶器のように滑らかで白い肌、しなやかな肢体、大きくうるんだ瞳。純子のすべてが榎本をひきつけてやまなかった。
これが人を愛するということなのか。
初めて経験する感情。
切なくて、胸が締め付けられるように苦しいのに、どこか幸せな満ち足りた気分になる。
どんなに難解な錠を破ったとしたとしても得られないこの感覚。
純子とこういう風にならなければこんな思いもしなかっただろうか。だが、もう遅い。
情欲の迷路に迷い込んだ榎本には、もうどんなにあがいても出口を見つけることはできなかった。
その時、榎本の携帯が鳴る。
見ると芹沢からだ。そういえば、この前の密室事件を解いた礼をするから、今夜飲みに行かないかと誘われていたのだった。
「…はい。」
『あ、もしもし?榎本?俺。芹沢だけど。悪いんだけど、今夜の飲みはキャンセルさせてくれないか。
青砥のヤツがさぁ、体調崩しやがって…残業になりそうなんだよ。』
「青砥さんがですか?」
『うん。そう、青砥だよ、あ・お・と。』芹沢はご丁寧にも純子の名前を2回繰り返す。
「…」
榎本は話の途中にもかかわらず、携帯から耳を離し、電話を切った。
足早に出口を目指す。そのままビルを出ようとすると、受付嬢が呼びとめた。
「あっ、榎本さん!昨日、青砥さんが来られて…」
「申し訳ありませんが、本日も早退させていただきます。」
榎本はそう告げると踵を返して、ビルを出て行った。
「早退って、あと10分で終業時刻なんだけど…」受付嬢は首をひねるばかりだった。
75 :
Side E E:2012/06/09(土) 20:46:08.19 ID:1QWMy2YY
逸る気持ちを抑えながら、純子のマンションを目指す。
以前訪れたことがあるから、道は分かっている。
エントランスに着くと407号のインターホンを押した。
ピンポーン。
間があって、「はい。」と純子の声が聞こえた。
「青砥さん。僕です。榎本です。」
「え、榎本さんっ!?今、開けますねっ!」
純子の驚く声の後、ロビーの扉が開いた。
中に入り、エレベーターに乗り込む。
――そもそも、来てしまってよかったのだろうか。
青砥さんは嫌ではないといったが、本心を僕は知らない。
もし、僕の独りよがりだったら?
考えているうちにエレベーターのドアが開く。
次の瞬間、榎本のそういった考えはすぐに杞憂に終わる。
部屋のドアをすでに開け、待ち構えている純子がいた。満面の笑みをたたえながら。
「すみません。来てしまいました。」
謝る榎本に純子は返す。
「…実は、ずっと待っていたんです。」
その言葉を聞いた榎本は純子を思い切り抱きしめた。
以上です。
ご期待に副えていない内容でしたら本当にすみません
貴重な時間を割いて読んでくださった方、ありがとうございました。
>>69 ありがとう! 以前のも今回のも、とってもいいです。
キュンキュンです。
乙でした!自分も榎本サイド待ってた!
期待以上の内容ですよ。
エロはなくても、思い悩む榎本ってエロいわ〜
また、書いてくださいね。
>>75 乙です。お待ちしてました。
よかったです。
…この続きを妄想してしまいます。
>>75 うぉぉぉ〜嬉しいぃ〜
わがままリクした者です。
素敵な作品をありがとうございます!
朝のシーン!これ!この感じ!最高です!
よかったらまた書いて頂けると嬉しいです。
もう2スレ目突入とか大盛況で嬉しい
ここってクオリティ高い作品ばかりなだけじゃなく、
職人さんの書くペースが速くてすごいなぁと思う
自分も以前別のスレの書き手の端くれだったけど
1つの作品書くのに数日かかったもんだよ
素敵な作品をありがとうという気持ちを忘れずに毎日ロムってます
榎本のモノローグをだらだら書いてたら、エロがなくなった
82 :
声の余韻 1/3:2012/06/10(日) 00:24:05.63 ID:AIm6DaJj
「…ええ、その二案の方がよろしいかと存じます。その鍵でしたらフローティングボール採用の上に
水平二方向斜め二方向計四方向のピン配列で構成されていますからピッキングも困難な筈ですが、
参考までに他の候補の鍵もピックアップしておきましょう。では」
相談名目でかかってきた企画部からの内線電話をようやく切ると、榎本は無意識に眼鏡を外して目頭
を押さえた。
そう長くはない時間だったが、慣れないことはひどく疲れる。
この地下室に籠って一人で作業していると、たまにこんな電話もある。
確かに鍵に関しては全社員中一番の知識量を自負してはいるが、自分の好むところとしてはやはり
開錠作業だ。一日中でも開錠が至難な鍵に没頭出来るのはある種の病気でもあるだろう。しかし、
今更それを他人にどうこう言われる筋合いはないと思っている。
ここでずっと、鍵に囲まれて、人に変人と揶揄されながらも退職するその日まで、変わらない日々を
送るものだと思っていた。
あの人と出会うまでは。
今ではもう見慣れてしまった柔らかい笑顔を思い出して、榎本の頬がわずかに緩んだ。
ふと時計を見上げると既に午後三時を回っている。あの人は今日ここを訪れるのかと考えるだけで
会いたい気持ちが湧き上がる。
こんな気持ちは、今まで誰にも感じたことはなかった。
テーブルの上には、この間青砥が置いて行ったビーズのストラップが所在なげに転がっている。自分
一人だけの場所だったここが別の誰かの気配をもほのかに漂わせている。そんな感覚を好ましいと
思えるのは、やはり心惹かれているからだろう。
とん、と鍵を扱う時よりはかなり不器用に指先がテーブルを叩いた。
『私は、榎本さんがとても好きです』
真っ赤な顔をしながらそう言った青砥の表情はとても綺麗だった。まさか鍵にしか興味のない自分
などに告白する女性などいる筈はない。そう思っていただけに信じられない反面、その純粋な気持ち
が嬉しかった。しかし、自分と関わることでこの先に弁護士としての輝かしい未来が待ち構えている
青砥の人生に傷がつきかねないことも分かっていた。
自分にはまだ誰にも言えないことがある。
きっと青砥なら恋する一途さで全てを呑み込んで理解しようとするだろう。だが、それは何も知らない
から出来ることだ。もし知ってしまったら最後、今と同じ気持ちでいてくれる保証などどこにもない。
そんな風に信じきれていない自分の姑息さにも腹が立つ。
83 :
声の余韻 2/3:2012/06/10(日) 00:24:31.79 ID:AIm6DaJj
しかし、信じたいとは思っていた。だから迷いながらも関係を持った。それはただの詭弁で実のところは
ただ一心に好意を寄せてくる青砥に欲情しただけ、自分のものにしたかっただけなのかも知れないが、
身も心も確かめた今となっては完全に血迷っている状態にある。
持ち前の無表情のお陰で何とか周囲や青砥にも悟られてはいないのが幸いだった。
汝がこゑの したたる露
汝がこゑの ただよふ香
不意にそんな詩の一節を思い出した。
あれは中学生の頃だったか、クラスの女子生徒が放課後の教室でぽつりぽつりと暗唱していたのを
偶然聞いたことがある。彼女そのものには特に何の感情もなかった。ただ、唇に乗せていたその詩の
一つ一つが妙にリアルに思えたのは、彼女が恋をしていたからなのだろうか。
詩の構成は実にシンプルだ。その後もゆらめくひかり、ひらく花びら、ちらばふ星、こぼるる蜜、くれなゐ
のつぼみの瓊(たま)と、かの人の声の印象が並ぶ。
それほどまでに美しい言葉で飾られる声とは、一体どんな美声なのだろう。
何も知らずにいた子供の頃は、ただそう思うばかりだった。
『榎本さん』
自分を呼ぶ青砥の優しい声を思い出すだけで心が満たされる気がする。
「あれは、あなたのことだったのですね」
ストラップを手に取ると、今ここにはいない恋人にするように口付けた。どんなことがこの先にあったと
しても、あの無邪気で優しい人を悲しませたくない、と思うばかりだった。罪科があるとしても、被るのは
自分だけでいいのだから。
その時、前触れもなしに倉庫の重い扉が開く。
「…榎本さん」
いつものようにはにかむような笑顔の青砥がそこにいた。訪問の理由などもう何も必要がないのは
双方承知の上だ。それでも形ばかりの遣り取りをする。
「来たんですね、青砥さん」
「来ました、とても会いたくて」
「…嬉しいですよ」
そんな言葉に頬を染めて目を伏せる顔が幼い少女のようだ。長い睫毛の下で光るものがあるのは、
きっと涙が滲んでいるからだろう。名前の通りに、本当に純粋な心を持っているあどけない人だ。この
人が冷徹な法の番人であることには、いまだギャップを感じざるを得ない。それでも、これまで何一つ
歪むことなくまっすぐに育ってきたことは確かに伺える。
だからこそ、尚更壊せない。大切にしたい。
84 :
声の余韻 3/3:2012/06/10(日) 00:25:06.98 ID:AIm6DaJj
「ストラップ、持っててくれたんですね」
「もちろんですよ」
「私、何だかおかしいぐらいずっと榎本さんのこと考えてて…」
身の内からの感情の振幅が激し過ぎて心がついて来ないのか、泣き笑いのような顔になっている
青砥を抱き締めた。こうしているだけで気持ちが浮き立つのがもう不思議には思えなかった。
「同じですね、僕も」
抱き締めながら、束ねている青砥の髪を解く。
「あなたのことばかりです」
そう言うと、青砥の表情はますます胸震えるばかりに美しく輝いた。
汝がこゑ、とは心を寄せる相手の声そのものなのだろう。
どんな声であれ、恋をしたなら自分にとって唯一無二のものに聞こえてしまうのだ。
終
>>84乙です。
きれいな文章で、エロがないのに萌えます。
…でもエロもぜひ。
自分、エロ本番が読みたくてしょうがない人だったんだけど
なんか榎青は無くても全然楽しいんだ。(あったらもっと楽しいけど)
職人さんたちありがとう。
>>85 ごめん、今回エロはくじけた
次に書くつもり
>>86 すいません、今度(いずれ)書いてくださいという意味でした。
よろしくお願いします。
おっけー
くぅ〜 榎本視点の作品が2つも!
>>75 恋い焦がれる様子にキュン死にしました。
GJ!
>>84 苦悩しながらも惹かれていく榎本と純粋な純子の様子が素敵に描かれてて
とてもいいです。
GJです。
職人の皆様、いつも素敵作品ありがとうございます。
お見舞い榎本サイドも、モノローグのやつも、すっごいよかったよー!
榎本サイドはほんと萌えるねぇ。
いや。青砥さんからみた榎本も萌えるか・・・。
とにかく榎青萌えるんだよ!!!!!!!
どうしよう!最終回迎えちゃったら書き手さん減っちゃうよねきっと。
悲しいよ。
榎本は10日前の純子との情事を思い出していた。
変わった、というのか不思議な女だ・・・。26歳にもなって男と女の秘め事となるとまるで女子高生のようだった。
いや、近頃の女子高生なら純子など及びもつかないほどセックスのあれこれに関しては詳しいかもしれない。
長野での密室事件から「お化けがでるんじゃないかと考えてしまって怖い」などどべそをかかれ、明らかに入浴後の香りがする体でもたれかかったりするから
我慢していた欲情が抑えきれなかったのだ。
思わずか細い手首を掴んでベッドに押し倒しはしたものの、闇雲に自己の欲望を満たしたりはしなかった。純子が自分を受け入れられるようあくまでも紳士的に扱ったつもりだ。
かき抱いた純子の白い裸体が薄紅色に染るほど、優しく十分過ぎるまでに潤おわせ、自分でも驚くほど己の欲望をコントロールし交わったのだ。
己の分身を純子の中に埋める時には「おや?」と思う位の抵抗があったが、腰を緩やかに動かしていくと甘いうめき声を出し更に潤ったものだ。
だが、自分を受け入れようとした時にさえ体を震わせていたのは何故だろう?そんな様子に「膝の力を抜いてご覧よ」と優しく言ったのだが、ついふふっと笑みがこぼれたのがまずかったのか?
総てが終わると自分の胸にすがりついてきた純子が少し涙声だったのは何故だろう?
それから暫くした雨の夜、純子からの電話。
「え、榎本さん、これから行ってもいいでしょうか?わ、私、友達と会うつもりで彼女の家に行ったんです。でも、彼氏が来ていて!
友達も来週の約束だったよねなんて言うんです!もう、いっぱいアイスクリーム買ってしまいましたから!伺ってもいいですか?」と一気にまくし立てた。
「え、アイスクリームですか?へえ、アイスを一緒に食べる友達がいなくなったから仕方なく僕のところに来ると、そういう解釈でいいですか?」
「榎本さん、いいんです。ご迷惑ならそう言ってください!私、一人で食べますから!」
何だというのだ、今日はからかいがいもない。
「まあまあ、そう怒らないで。冗談のつもりでしたが。入浴後でちょうどアイスが食べたいと思っていたところです、早くいらっしゃい」
「早くって、もうここの前です。オートロック解除してください」
高校の同級生と久しぶりに会い折角いろいろな事をお喋りしようと楽しみにしていたんです。3時間残業して慌てて電車に飛び乗ったら
ドアの入口に立っていた人にぶつかっちゃって転んでしまったんです。ほら、見てください膝小僧を擦りむいちゃって。
電車に乗ってた女子中学生がクスクス笑うから恥ずかしくて汗が出てきちゃうし
それに新しい靴を履いていたもんですから靴擦れが痛くって。
さっきの電話のように一気にまくし立てた。そのせいではあはあと息をしている。髪はボサボサ眉毛は半分。
そんな純子がおかしくて堪らずつい吹き出しそうになるのを堪える。
「なるほど、災難でしたね。それで肝心のアイスクリームはどうしましたか?」
「え、ええ、ホラ、これですよ。た、食べましょう。これはえっと、チョコチップペパーミントです。ああ、でもこれって
歯磨き粉を食べてるみたいで嫌いな人もいるらしいんです。私はそこがまた美味しいと思うんですけど」
もうタマラナイ。限界だ・・・。
「あははは、貴女って人はいわゆる天然というのですか?おかしな人だ!」もう笑いが止まらない。
「え、榎本さん、もう、何なんですか?私がこんなに今日の出来事の悲惨さを訴えているというのに!
もう、いいです!帰ります、ほらアイスは差し上げます。これが目的だったんでしょ? じゃ」
玄関に向かう気だ。これは本気かな?仕方ない女だ、ワガママ娘か。
しかしこのまま帰す訳にもいくまい。よく見ると肘にも腕にも擦り傷が、これでは職質されておかしくないレベルだ。
それに・・・過日の一件もある。あの世の秘め事の時の涙声の訳も知りたい。
「困った人ですねえ、そんなナリの貴女を放り出すほど僕は不親切ではありませんよ。だいいち、痛いでしょう、可哀想に、その膝小僧
手当してあげますから、ほら大人しくこっちに来なさい」
「え、、えっ、うぐぅ、どうしてですかぁ。直ぐそう言ってくれればいいのに、意地悪ですよね、やっぱり・・」
今度はメソメソと泣き始める。またからかうとわあわあ泣き出すか。果てさてどうしたものか。
「だから、こちらにいらっしゃい。」そういって腕を広げると子供のように腕の中へ。コドモか・・・?
「
傷薬もガーゼなどという気の利いたモノもない。深夜もまで開いているドラッグストアに行くしかない。
全く・・・俺は母親か?
ドラッグストアから戻ると純子は洗い髪を乾かしているところだった。
バスルームに丈の長いTシャツを置いておいたがそれは着ていない。
淡いブルーの夜着が似合っている。ああ、そうか女友達の家に泊まる予定だった。ここに泊まるつもりで準備していたのではなかった。
「落ち着きましたか?ほら塗り薬を買ってきましたから膝をみせてご覧なさい」
「え、榎本さん、わざわざ薬を買いに・・・ありがとうございます」
「ガーゼで保護しなくても大丈夫そうですね。ここと、肘にも塗ってと・・・」
シャワーを浴びて快くなったのか傷の手当が嬉しかったのか純子はいつもの笑顔に戻っていた。
仄かに石けんの香りがする。
「榎本さんは私のことを子供みたいだって思っているんでしょう?実際、そうですけど」
「そうですねえ、膝を擦りむいてグズる26歳にはお目にかかったことはありませんね、貴女以外では。」
「ねぇ、幼稚なんだわ。いろんな意味で・・・。」
夜も更けてきた。さっきまで小雨だったが雨足が強くなってきた。ソファに座りブランデーを少しずつ味わう。
彼女は少女の頃に観た映画の話をしている。それはそれで興味深いものもあるのだが、しかしどうしても落ち着かなくなってくる。
当然だ。いい歳の男と女が朝まで映画の話でもないだろう。
「ロミオとジュリエットだったかしら、掌のくちづけ っていうシーンを覚えているの。間に柵とか何か邪魔になるものがあって
二人はキスできなかったの・・・。で、互いに手を伸ばして掌を重ねてたんだわ。
こんな風に・・・」そう言って彼女は掌を合せてくる。
温かい。彼女の温りが伝わってきて、もうその気になってしまう。
「寒くなってきたからベッドに行きましょう・・・というか、貴女を食べたい。嫌だとは・・・言わないで」
核心部分は明日書かせていただきます。読んで下さった方すみません。
乙です。こちらへいらっしゃい、に萌えたあああ。
続き待ってるよー!
食えない男榎本かっこいい! やや原作風味かな?
続き楽しみにしてる。
>>90 「ゲゲゲの女房」のスレみたいに続くところもあるよ