【朝ドラ】ゲゲゲの女房でエロパロ4【昭和のかほり】
>>1乙&だんだん!
2も次回からテンプレに入れてもいいと思うに1票。
>>1乙!
最近ここ見始めた身としては、新スレ立った時に
居合わせられて嬉しい
>>1 新スレだんだんです!
まいど、レス消費してしまってる「橋木氏のお話」です。エロは当然ございません
そんなのいらないしー、という方、無視しちゃって下さい
今回のは禁じ手使っちゃったかなーと思うんですが、どうしても「あの夜」のことを書きたくて
(すずらん商店街なんも関係ないのに)無理矢理話を作ってしまいましたw
うちの店の隣は、不動産屋だ。店主の名は内崎という。
どの街にも一軒はある、ごく普通の不動産屋なのだが、ちょっとした特徴が二つある。
一つは、店主がびっくりする程の悪人面だということ。特に眼光の鋭さは、凶悪犯のそれと言っても過言ではない。
こう言っては何だが、確かに人好きのする性格ではない。でも、少なくとも真面目な商売人ではある。だが警官の職務質問に引っ掛かったのは一度や二度ではないだろう、と私は踏んでいる。
そしてもう一つは、取り扱っている物件数がやたらと多く、その種類が豊富だということ。店主夫婦二人でやっている小さな、昔ながらの不動産屋なのだが、どんな伝手があるのか、持っている情報の量がよそとは桁違いなのだ。
家賃、間取り、日当たり、立地…どんな無理な条件を出しても、取りあえずは「あるよ」と物件を出してくる。
委託されている物件の数が多いということは、大家からの信頼は厚いのかも知れない。意外と言っては申し訳ないが。
昭和三十六年も暮れようとしていた。
商店にとっては稼ぎ時である。正月飾り、酒、餅と、飛ぶように売れていく。ある日、内崎が神棚用の注連縄などを買いに来た時に、村井家の話になった。
「うちが売ったんだよ、あの家。もう、二年以上前になるかな」
「へえ。じゃあ、持ち家なんだ、一応」
「ああ、建売だけど。家はまあ、土地に付いてるだけって感じだね。正直びっくりしたよ、あそこで所帯持ったって聞いて」
私はまだ、村井夫妻の自宅を知らなかった。
以前の私なら、そんなことを聞けば、一体どんなボロ屋だと、いきり立っただろう。だが、不思議と今はそんな気は起きない。
あの「読者の集い」の日以来、私の「村井夫妻」を見る目は変わった。どう変わったのかは上手く言えないが、それでも何とか言葉で表すとすれば―。
この商店街でそれぞれの姿を見かけるたび、その向こうに、もう一人の影を見るようになったとでも言おうか。
決して立派ではない家にあの二人が暮らしていると聞いて、かえって微笑ましさを感じるくらいだった。
しかし、村井氏がこの街に家を持っていたとは、意外である。しかも、話を聞く限りでは、購入の動機に結婚は関係なさそうである。
この街に住み始めた時から、ここに根を下ろすつもりだったということか。
「最近は多少カネ回りが良くなったみたいで、月賦の払いも早目だね。…なんて、他人のあんたに言うことじゃないけど」
「はは、聞かなかったことにするよ。でも隣にあの漫画家さんが来たところなんて、見たことないな」
「隣は主にご新規さん用の店だからね。村井さんに毎月来てもらってるのは、あっち」
と言って内崎は、商店街のもう一つのアーチを出た突き当たりにある、別の店舗のほうを指差した。ちなみにそちらのほうの店の住所は、東町になる。
生活に余裕が出て来たというのは、いいことだ。夫人が買った正月飾りは慎ましいものだったし、里帰りする予定もなさそうだったので、心配していたのだが。
◆
年が明け、松の内も過ぎた頃。
乾物屋の店先で、女達は芝居の話で盛り上がっていた。
「いつだったか高橋さんが、去年の秋観たお芝居が良かったって、興奮して喋ってたわね。林芙美子の自伝のやつ」
銭湯のおかみ、靖代が言った。この界隈の女性たちの情報については、毎日番台に座っている彼女以上に詳しい者は居ない。
乾物屋のおかみ、和枝が応える。
「ああ、『放浪記』だっけ?でもあの人、よろめきドラマ好きだからさあ、そういう内容なんじゃないの?」
「主演女優って、誰?」
床屋のおかみ、徳子が訊いた。
「高橋さんに聞いたけど…、忘れちゃった。結構下積みが長かった人らしいけど」
すると、村井夫人が言った。
「そのお芝居の記事、新聞に載っとりますかね?」
「さあ。載ってるんじゃない。何、布美枝ちゃんも、お芝居好き?」
「いいえ、私は…。ああ、そうだ」
村井夫人が、思い付いたように言った。
「皆さん、いらない釦って、ありませんか?」
「釦?」
「はい。一つか二つで、ええんです。出来れば小振りで、なるべく可愛ええのが、ええんですけど」
彼女は何故か、少々照れたように、言った。
「その、ちょっこし、手芸、と言うか、工作、と言うか…、やりたいなと思って」
手芸だか工作だかをやる、というのが、照れるようなことなのだろうか。男の私には、よく判らない。
「へえ。でも、うちは男の子ばっかりだからなー、可愛らしいものなんか何にもないわ。まあ、でも、私の若い頃の服とか、見といてあげる」
「ありがとうございます!」
「私も。美智子さんにも、言っといてあげるわ。…そうそう、美智子さんと言えば、貼ってわよ、『鬼太郎夜話』の宣伝のビラ。もう四冊目が出たのねえ」
徳子が言った。
「はい、そうなんです!!」
そう答える村井夫人の顔は、見事に輝いている。
太一が抱えていた本を思い出した。そうか、「鬼太郎」は「キタロウ」と読むのか。
私は色紙に描かれたあの少年の名を、初めて知ったのだった。
◆
冬の夜は早い。
そろそろ夕餉の匂いがしてくるという頃には、辺りはもう、真っ暗だ。
ここ数日、村井夫人が買い物に来るのは、遅めの時間になっていた。商店街に人気が少なくなる頃、慌てたように自転車で駆け込んでくる。
思い出してみると、今までも月に一度か、数週間に一度くらいの割合で、この「慌しい数日間」は、彼女にやって来ていた。
今日もそうだ。急いで買い物をしているが、下野原に帰り着く頃には、星の一つも出てしまっているだろう。
だが、慌しくはあるが、その分充実しているようで、表情はとても明るい。山田屋や八百善からも、快活な笑い声が聞こえてくる。
また今日は、自転車の籠の中に小さなラジオが入っていた。修理にでも出したのだろう。彼女はそれを手に取って、大事そうに眺めていた。直ったのが、余程嬉しいのだろうか。
帰り際に、話しかけてみた。
「最近、忙しそうですね」
「え、そげですか?私は、何も」
にこやかにそう言ってのけるが、そんなはずはない。ないとは思うが、これ以上しつこく訊く訳にもいかなかった。すると、夫人は私の疑問に答えるかのように言った。
「うちの人は今、凄く頑張ってくれとりますけど。『鬼太郎夜話』の五冊目が、そろそろ出来上がるんです。私はちょっこし、手伝っとるだけで」
「へえ。奥さん、ご主人の漫画のお手伝いもするんですか」
それは知らなかった。絵心があるようには、申し訳ないが、見えなかった。
「本当に、簡単なことだけですけど。コマの枠線を引くとか、墨ベタを塗るとか。私は、絵は素人ですけん」
笑ってそう言う村井夫人の長い髪に、白いものがゆらゆらと落ちてきた。
雪だった。
「わあ…」
大きな眼が、暗さを増してきた空を見上げる。私もつられて上空を見た。
いつの間にか空は、分厚い雪雲に覆われていた。これは今夜中、降り続きそうだ。
村井夫人が、上を向いたまま、呟くように言った。
「…照る月影の積もるなりけり 」
私は視線を下げ、夫人の横顔を見た。
「は?」
「ああ、すんません、急に。…どなたかが昔、詠んだんですって。『夜に降る雪は、きっと月の光が降り積もっているんだろう』って」
「へえ…。詳しいんですね」
すると夫人は、とんでもないという顔で、慌てて言った。
「そんな、ちょっこし好きなだけです。他に知っとるのは、無くしたものが早よう戻ってくるおまじないの歌、とか。ただ…」
「ただ?」
村井夫人は、また少し顔を上げ、次々と落ちてくる雪の一粒一粒を、愛おしそうに見つめながら言った。
「初めて主人の実家に行った日、夜遅くになってから、雪が降ってきたんです。その時も、この歌が頭に浮かんで…。真っ暗で、月なんか見えんかったんですけど」
「へえ…。ご主人とは、ご同郷で?」
「いえ。主人の実家は境港です、鳥取の」
降る雪の中、村井夫人の思いは、ここにはなかった。今ではない、別の冬の夜のことを、思い出しているようだ。
「本当に、真っ暗で。家のすぐ前でしている水音が、川なのか何なのかも、判らんくらいで…。うちの人が、教えてくれたんです。それは境水道の水の音で、中海から日本海に、流れとるんだって。その後、雪が降ってきて…」
「…」
「でも、うちの人は、その雪を、見とらんのですけど」
彼女は何を思い出したのか、ふふっと笑った。
村井夫人は、ここまで話して、やっと隣に私が居ることを、思い出したようだった。慌てて視線をこちらに向け、言った。
「あ、すいません、つまらん話して。…ほんなら、失礼します」
「ああ、いいえ。あの…」
「はい?」
自転車を押して帰ろうとする夫人を、思わず呼び止めた。
「あ、いえ、何でも。暗いんで、お帰り、お気を付けて」
「ありがとうございます。ほんなら」
薄闇の中を自転車で去っていく村井夫人の肩には、月の光の欠片が、やむことなく降り積もっていた。
◆
明日で、一月が終わる。
早いものだ。この街に彼女が来てから、もう一年になるのだ。
今日、村井氏は、いつものようにあの鞄を肩に掛けて、出掛けていった。「そげか。今日、三十日だったか…」などとぶつぶつ言っていたが。
村井夫人は早めにやって来て、多めの買い物をした。今日特に目に付いたのは、大量のパンの耳である。パン屋で交渉した結果、格安で譲ってもらったのだそうだ。
「これで嵩が増やせますけん!」
今日の献立までは判らないが、山田屋で自慢げにそう言っているのが聞こえた。
そして、夜になって。
雪が、降り始めた。
私は、寝床に入っても何となく眠れずに、ついには布団の上に胡坐をかいて、窓の向こうをちらつく雪を眺め始めた。隣で寝ている女房の寝息が聞こえる程の静けさだ。
「照る月影の、か…」
この歌の上の句は、何と言うのだろう。あの日、薄暗闇の中、私はそれを訊こうとして、やめた。
何となく、私が訊いていいことでは、ないような気がしたのだ。
夫が生まれ育った街に降った雪は、何故か二人で見てはいないとのことだった。
今夜の雪は、どうだろう。二人で眺めているのだろうか。そして、夜に降る雪の正体を、彼女は語って聞かせているのだろうか。暗闇の中聞こえる水音が何なのか、かつて夫が教えてくれたように。
しんしんと、全ての音を吸収するかのように、降る雪。
まだ今年は始まったばかり。この夜の雪が、あの二人にとって、どうか吉兆であってくれ…と、私は、願わずにはいられなかった。
―むばたまの夜のみ降れる白雪は 照る月影の積もるなりけり(後撰集、詠み人知らず)―
終わり
21 :
7:2011/04/29(金) 13:45:30.14 ID:ypQE5E64
布枝さんは短歌を嗜まれると何処かで見ましたので、こんなのもありかと…
また今日のポイントは「内崎不動産は何処にある!」ですw
昭和36、37年当時は、すずらん商店街のメインストリート、橋木商店の隣(向かいは八百善)にあるのですが
ゲゲが富田氏に掴まされた不渡り手形を持って、怒って出て来る店は、どう見ても違うw
しかも後に届く督促状の住所は「東町」になっとる!
…ということで、内崎不動産は、二店舗あることになってしまいましたw
>>1乙!4スレ目か、胸熱。
>>7新スレ、初投下GJです!
橋木シリーズにあらたなキャラが!
まさかの不動産屋さんだったw
きつね初夜は、印象的なシーンで私も大好きです!
>>22 同じくあの夜のシーン大好きだ
耳に手を置き目をつぶってるシーンがやけに官能的だった
>>1 乙華麗です
ドラマが終わって、たとえ細々とでも
職人様方の作品投下
住人のゲゲフミ萌え雑談の場として、いつまでも続けていけたら良いね
>>7 GJ&新スレ初投下乙!
相変わらず秀逸な文章で引き込まれました。
あの夜の二人が見たくなったのでDVD漁ってきま!
>>7 不動産屋のオヤジさんの小ネタにワロタww
しかしほんと良く見てるなぁ…
>>1 乙ですけん。
いちせん×ゲゲゲコラボ第2弾です。興味ない方はスルーでお願いします。
前スレで、「綾子さんとフミちゃんが入れ替わったら?」というお題をいただいた
ものですが、なかなか来られないでいるうちに、前スレに投下できなくなってしまい、
古い話題になってしまいました。長くても読んで下さる方がいたらうれしいです。
エロなし、もちろん不貞なし!ですので安心してお読み下さい。
現代パートの最初の頃、人称がややこしいですが、祐一目線では、綾子の中身がフミエと
信じるまでは綾子になってたりします。皆様の読解力がたよりですw。
「このへんが、おだやか・・・?」
「何やってんだよ綾子、人が見てるだろ?」
朝の連続ドラマ『ゲゲゲの女房』にすっかりはまってしまった綾子は、
一度深大寺に行ってみたかった。けれど、祐一が「どうせものすごく混んでるぞー。」
と、なかなか実行に移せなかった。
番組も終了し、秋になって少しは人も減ったかと、せんべい屋「ささき」の
定休日の今日、ふたりは深大寺を訪れた。平日とは言え、境内はやはり混んでいて、
この古いお墓の立ち並ぶ一角にやって来ると、ようやく人もまばらになった。
「ここでデートしたんだよねー。いい感じのお墓をさがしたりして。」
「こら、お墓に触ったりするなよ。水木先生だって、ひと晩中墓場をぐるぐる
させられたりしてただろ?」
「祐ちゃん、写真撮ってくれないの?」
「こんなとこで写真撮ったら、なんか写っちゃうかもしれないだろ?!」
「あっ、そうか・・・。」
(こういうとこが、こいつの可愛いとこなんだけどな・・・。)
祐一が、無邪気な綾子に苦笑した時・・・。古い墓に触れていた綾子の身体が、急に
力が抜けたようにぐにゃりとくずおれた。
「綾子・・・!!」
祐一はあわてて駆け寄って綾子を支えた。だらりと垂れた腕に肝が冷える。
「綾子!どうしたんだ、あやこ!!」
「ん・・・あ、あなた・・・。」
綾子が閉じていた目を開いた。その目を見たとき、祐一は何かが違う気がした。
アーモンド形の大きな瞳を、祐一はこれまで幾度至近距離で見てきただろう。
いつも深い愛情をたたえて祐一をみつめ返して来たそれが、今は祐一を見ながら
何か別のものを見ているような気がしたのだ。
「よかった・・・気がついた。・・・貧血か?病院行こうか?」
「病院なんて・・・お金がかかりますけん。」
「???」
祐一はますますおかしな気分になった。
「と・・・とにかく、ここを出よう。」
祐一は、綾子を助け起こして、駐車場へ向かおうとした。
「え・・・?私の自転車は?」
「自転車?ここへは車で来たじゃないか。ウチから自転車なんて、無理だよ。」
その時になって、フミエはやっと気づいた。古い墓に触れた時、急に身体の力が
抜けてその場にしゃがみこんだ。助け起こしてくれた茂が、なぜか眼鏡をして
いない。それに・・・なんだか着ている服も違う。
(この人は、しげぇさんじゃない!)
フミエは、その男の手を振り払い、自転車を探した・・・が、無い。茂も、いない。
なおも手をとろうとする男から逃れ、フミエは墓地から走り出た。
(ここは・・・どこ?)
深大寺には何度も来ているから、周辺の地理もわかっているつもりだった。
だが、寺の境内は同じでも、町並みはがらりと変わっていた。フミエの顔から
血の気が引き、その場に立ち尽くしていると、あの男が追いついてきた。
「どうしたんだよ?倒れたばかりなのに走ったりして大丈夫なのか?」
「あの・・・あの・・・あなたはどなたですか?」
祐一はがく然とした。どう考えても様子がおかしい。外傷とかショックもなしに、
急に記憶を失ったりすることがあるのだろうか・・・?
「やっぱり、病院行こう・・・。」
祐一はなかば力ずくで、ぼう然としている綾子を車に乗せ、精神科に向かった。
脳の検査をしたが、特に出血や梗塞も無い。綾子の話を聞いた医師は、倒れた時に
頭を打ったり、何か持病はないかと聞いた。思い当たることは何も無い。
強いストレスから精神を守るために一時的に記憶喪失になったものか・・・。
重大な病気の前触れかもしれないから、何かあったらまた通院するようにと言われ、
気休めの安定剤をもらい、病院を後にした。
「腹、減ったな・・・。もう夕方だもんな。なんか食ってくか。」
車の助手席に座らされ、祐一から可能な限り離れて、綾子は窓にかじりつくように
して外の風景を見ていた。その姿が子供じみて見え、祐一の胸をついた。
こんな有様では、とても夕食の支度など出来ないだろう。もともと外食して
帰るつもりだったし、手近なイタリアンのファミレスに入った。
「こ・・・こげな高そうなお店・・・お支払いできません。」
「高そうって・・・。チェーン店だし、いつも来てるじゃないか。」
祐一は、サーバーでピザをひと切れとると、綾子の皿に置いてやった。綾子は、
長くのびるチーズを、初めて見るかのように目を丸くして見ていた。
「・・・毒とか入ってないから・・・頼むから食ってくれ。」
祐一は、絶望的な気分になって綾子に頼んだ。
フミエは、目の前でしおれている男が、なんだかかわいそうになった。それに、
お腹もすいてきた。皿の上に置かれた三角形の食べ物を取り上げ、思い切って
口に入れた。かみちぎった・・・と思いきや、チーズがのび、手に持った残りとの
間にだらーんと垂れた。
(ど、どげしたらええのこれ?)
ピザに悪戦苦闘しているフミエを見て、男が思わず笑った。目の周りにしわができ、
茂の笑顔にそっくりだった。フミエも思わず笑った。
「おいしい?」
「はい・・・。これ、何ていう食べ物なんですか?」
「ピザだよ・・・。初めて食べるわけじゃないだろ?綾子・・・。」
フミエは目を白黒させ、そばにあったジンジャーエールを飲みくだした。
「わ、私は綾子・・・さんじゃありません。フミエ・・・村井フミエです。」
男がかっとして声をあげた。
「いいかげんにしろよ!今ごろエイプリルフールでもないだろ!」
フミエの目におびえが走った。まわりの客が何事かとふり返る。祐一はハッとして
すぐに謝った。
「どなったりしてごめん。・・・早く食べて帰ろう。」
ふたりはその後はただ黙々と食べた。フミエは男に怒鳴られて食事どころではない
気分だったが、とにかく逆らわないようにしようと思って無理をして口に運んだ。
けれど・・・カトラリーの籠の中から割り箸を出して、おそばを食べるように
スパゲティーをつるつるすすっているフミエの様子を、男があっけにとられて
みつめていることには気づかなかった。
車の中で、男はひと言も口をきかなかった。フミエはすっかり暗くなった
風景の中で、煌々と照らされた高層ビルや立体的に重なった道路に目を奪われた。
(昔、貴司の読んどった『少年倶楽部』で見た『未来の都市』みたい・・。ここは、
私の住んどる世界じゃないんだ・・・。逃げたところで、どこへ行ったらええのか
わからんし・・・。)
徐々に自分の置かれた状況が明らかになってきて、絶望的な気分になる。
(しげぇさん、たすけて・・・。)
涙がこぼれそうになったその時、車が停まった。男の家に着いたらしい。
「お、おじゃまします・・・。」
男が鍵を開け、部屋に入った。明るい照明に照らされたモダンなリビングは、
薄暗く、壁や障子の破れたフミエの家とは格段の違いがあった。
知らない男について、とうとう家まで来てしまった・・・フミエはこわくなって
窓に近づいた。外は真っ暗で、明るい部屋がガラスに映っている。
「・・・!これ、私じゃない!」
初めて自分の姿をまのあたりにして、フミエは思わず叫んだ。男が驚いたような
顔をして近づいてきた。
「・・・どうしても、自分は綾子じゃない、と言うんだな?」
男は次の瞬間、フミエの肩を抱き寄せて唇を奪った。
「・・・いやぁっ!」
フミエは、男の胸をドン、と突き放した。
「俺のことがいやになったんなら、はっきりそう言ってくれ!こんな三文芝居を、
いつまで続けるつもりだ?」
男が何を言っているのかすぐにはわからず、フミエは夢中で隣りの部屋へ逃げこんだ。
幸い部屋の引き戸には鍵がついていた。フミエは茂以外の男に奪われた唇を、
泣きながら震える手でこすった。
・・・どのくらい時間が経ったろうか。フミエはタンスの上の、結婚式の写真にふと
目をとめた。花婿はさっきの男、花嫁はさっきガラスに映っていた今のフミエの
身体だった。こうして見ると、華やかで快活な感じの女性だが、顔立ちや背の高さは
フミエにそっくりだった。
(あの人、奥さんのこと愛しとるんだろうな・・・。)
さっき、口づけした後、フミエに突き飛ばされた時の、男の傷ついた表情が
なぜか目に焼きついて離れなかった。
「あの・・・。」
リビングでパソコンに向かっていた祐一は、寝室に飛び込んで鍵をかけた綾子が
おずおずとまた現れたので、少し驚いた。
「さっきは、ごめん・・・。乱暴なことして。」
「あの、私、本当に綾子さんじゃないんです。信じてください!私、今日あのお墓に
さわっとる時に、気が遠くなって・・・気づいたら、この身体の中にいたんです。」
祐一は、もしや元に戻ったのでは、という期待を裏切られ、暗い気持ちになった。
「もういいよ・・・。今日はもう寝たら?」
「あの・・・あの・・・、綾子さんを・・・信じてあげてください!あなたを嫌いになって、
お芝居しとるんじゃないんです。もしも私と入れ替わったのなら、綾子さんは
私の世界にいるはず。私と同じように不安で、きっとあなたの助けを待っとられる
はずです。」
綾子の顔をした女が、必死に綾子のために訴えるのを、祐一は不思議な気分で聞いた。
「・・・じゃあ、俺と別れたいから芝居してるって思うのはやめるよ。」
祐一は、なんだか頭がへんになりそうだと思いながら、目の前の女の必死の願いに
なんとか応えてやりたい気になった。
「お願いです・・・信じて。」
「・・・俺はここで寝るから・・・疲れたでしょ。おやすみ。」
綾子が少し安心したように部屋に戻ると、祐一はまたパソコンに向かった。
祐一が検索する文字が、「佯狂」「二重人格」「若年性痴呆」と言った病名から、
「タイムスリップ」「パラレルワールド」などのSF用語へと変わっていった・・・。
一方そのころ綾子はどうしていたかというと・・・。
墓の前で一瞬気を失って、綾子はその場にしゃがみこんだ。墓につかまっていたから
倒れずにすんだけれど、ひざに冷たい石の感触を感じ、自分がスカートをはいている
のに気づいた。
(あれ?今日はパンツのはず・・・。)
目を開けて身体を見ると、毛玉のついた芥子色のカーディガンにスカート、くつしたに
サンダルをはいている。
(え・・・何これ・・・?)
信じられない思いで目を上げると、見覚えのあるオレンジ色のセーターを着た男性が、
向こうの墓にさわりながら何事かぶつぶつつぶやいている。
(水木先生だ・・・!)
瞬時にして、綾子は自分の置かれている状況を理解した。
(わたし・・・フミちゃんになってる??)
綾子は、あわてて立ち上がると、さっき祐一が車を停めた駐車場へと走った。
・・・が、いったいどこなのかわからない。それほど風景が違っていた。
(夢・・・だよね?夢だって言って・・・!)
悪夢を見ているような思いで、綾子はさっきの墓地へととって返した。水木先生を
見失ったら、西も東もわからない。
「どこ行っとったんだ?」
茂が、自転車を手に、綾子に呼びかけた。
「あ、あの・・・。」
「帰るぞ。」
茂は自転車に乗ると、さっさと走り出した。綾子はしかたなく近くにあった女性用の
自転車に乗ると、あわてて後を追った。
さっきとは全く違う田園風景の中をしばらく走り、ドラマで見覚えのあるボロ家の
前に着いた。先に家に入った茂の後を追って玄関をあがる。
「あの・・・水木先生。・・・水木先生!」
前を行く茂が突然立ち止まったので、綾子はその背中にドシンとぶつかった。
「お前・・・、どうかしたのか?」
「・・・私、フミエさんじゃないんです。綾子・・・佐々木綾子なんです。」
茂が、綾子の額に手を当てて熱を計った。急に触れられて、綾子はびくっとして
後ずさった。茂はすかさず綾子の手を握って引き寄せ、唇を奪おうとした。
「いやっっっっ!!」
バッシーーーン!!と、綾子の平手打ちが茂のほほに炸裂した。
「いっ・・・てーーー!」
茂がほほを押さえ、驚愕の表情で綾子を見た。
「おまえ、フミエじゃないな。キツネでも憑いたか?・・・いや、名前を言っとったな。
・・・さては墓で、死霊にでも憑かれたか?・・・怨霊退散!!」
「狐でも狸でも、幽霊でもありません!!だいたい私、死んでません!
あなた方より、後で生まれてますし。」
「狐狸妖怪のたぐいでも、死霊でもない・・・とすると、前世の記憶が甦ったか?
・・・いや、死んでないと言うとるしな・・・。」
「未来から来たんです。・・・正確に言うと、この世界の未来じゃないですけど。
あのお墓にさわったとたん、私とフミエさんが入れ替わっちゃったみたいなんです。」
「うーーーーん。空想科学ものは不得意なんだがなあ。・・・要するに、タイムスリップの
一種か。あんたとフミエの人格が、時空を超えて入れ替わってしまったと?」
SFものは苦手と言いながら、いつも神田の古書店街あたりでマンガのネタを
探している茂は、SF小説の概念を一応頭に入れているようで、理解が早かった。
「よかった・・・先生なら話が早そう。それで・・・あなた方ご夫婦は私たちの世界のドラマ・・・
ああ、いえ、テレビ映画の登場人物なんです。」
「??・・・俺もフミエも、ちゃんと赤ン坊の頃から実在しとるぞ?」
「・・・とにかく、私たちの世界ではそうなんです。で、私はそのテレビ映画をいつも見てて、
フミエさんの顔を知ってるけど、私たち二人はすごく似てるんです。」
興味深そうに聞いていた茂が、ふと顔をくもらせた。
「・・・あんたの世界におるフミエは、見た目はあんたそのものと言うわけか・・・。
あんたの亭主は、頭はやわらかい方か?中身がフミエと入れ替わっとることを
理解できんで、あんたに手を出したりせんだろうな?」
「・・・祐ちゃんは、私がいやがってるのにそんなことしたりしないから大丈夫です!」
「でも、あいつは、言いたいこともロクに言えんような奴だからな・・・。」
茂は、おとなしいフミエの心の貞操が急に心配になったらしい。
(自分だって、私にキスしようとしたくせに・・・!)
もしも今、祐一が綾子の身体に何かしたら、フミエはどんなにショックを受けるだろうか。
さっき茂に唇を奪われそうになった綾子には、それが痛いほどわかった。
「あの・・・。あんまりうまくできなかったんですけど・・・。」
腹が減っては良い案も浮かばん、と茂に言われ、綾子はしかたなく夕食の準備をした。
電気炊飯器がないので、しかたなく初めて鍋で炊いたごはんは芯があって固く、みそ汁は
ダシがうすくて味がなかった。唯一食べられるのは、昨夜ののこりのひじきのみ・・・。
「あんた、向こうでも主婦だったんだろ?」
茂に軽蔑の目で見られて綾子はカチンときたが、道具や調味料がなければ何も出来ない
自分も情けなく、黙って固いご飯を咀嚼しつづけた。
自分は仕事部屋で寝るから安心しろ、と茂が言ってはくれたものの、さっき抱き寄せられた
時の感触がまだ残っていて、布団に入っても綾子はなかなか眠れなかった。まだ11月と
言うのに、吹きっさらしのボロ家はすきま風がピューピュー吹き込んで寒いことこのうえない。
「ニャオーン・・・。」
「あれ?ここん家の猫ちゃん?・・・おいで、お布団に入る?」
部屋に入ってきたきれいなキジ猫に気づき、抱き寄せるとその温かさに少しほっとした。
(明日、ウチに行ってみようかなあ・・・?)
けれど、昭和36年のせんべい屋「ささき」や綾子の実家がこの世界にもしあったとしても、
祐一の両親も綾子の両親も、まだ結婚すらしていない。将来の嫁だ娘だと言ったところで、
頭がおかしいと思われるだけだろう。
(明日の朝になったら夢だった・・・ってことになりますように。)
綾子はわきあがる様々な心配事を無理やり考えないようにして、眠りについた。
一方、こちらは現代。
祐一が目を覚ますと、ダイニングにはもう朝食の用意が出来ていた。みそ汁に
卵焼き、大根おろし、ほうれん草のおひたし・・・。
「ようわからんもんばっかりで・・・。こげなもんしかできませんでしたけど。」
フミエは、炊飯器の使い方がわからなかったようで、鍋からご飯をよそった。
朝食の片づけを済ますと、フミエはおそるおそる階下へ降りてみた。
「うわぁ・・・。おせんべい屋さんなんだ。」
昔、和菓子屋の若旦那との縁談が来て、和菓子屋のおかみになった自分を夢想したことを、
フミエは懐かしく思い出した。
「ちょっと!綾ちゃん!いつもの包んでちょうだい。」
常連らしい客に「いつもの」と言われてもわからずマゴマゴしていると、あわてて
祐一が現れ、
「こいつ今ちょっと・・・風邪ひいて頭ボーッとしてて、すみません。」
とか何とかごまかして、あしらって帰した。
「・・・すんません。私、何にもわからんのに・・・。」
「見た目は綾子そのものなんだから、出てきちゃだめだよ。」
掃除機の使い方もわからず、家中をぞうきんがけしたフミエは、ひとりで買い物に
行こうとして祐一に止められ、昼食後、一緒に行ってもらうことになった。
車で連れてきてもらったスーパーにも、フミエは驚くことばかり。食べ物の値段を
見て卒倒しそうになっているフミエを尻目に、祐一がさっさと会計を済ませた。
「あの・・・すり鉢、どこでしょうか?」
「そんなの、フードプロセッサーでやればいいじゃん。」
祐一が材料を容器に入れ、スイッチを押すと、一瞬にしていわしのすり身が出来た。
「へええ・・・。便利なもんですねえ。」
・・・そんなこんなで、出来上がった夕食は、いわしのつみれ汁に煮染め、焼きナスなど、
綾子のレパートリーとは似ても似つかないものばかりだった。
「うん、うまい!こういうのが食べたかったんだよ。」
「よかった・・・。」
フミエの料理を喜んで食べていた祐一が、ふと暗い顔をした。
「・・・あなたはやっぱり、綾子じゃないんですね。・・・他人のふりをしてるからって、
料理の味まで変わるわけじゃないもんな。」
今の今まで、どこか信じきれない、信じたくない思いでいた。だが・・・。
「覚悟を決めて、この状況を打開しなきゃいけないな。」
「私と綾子さんは、外見も似とるし、何か響きあうもんがあるのかもしれません。
そげな二人が、同時にあのお墓に触れてしまったから、通路が開いてしまったのかも。」
SF小説など読んだこともなさそうなフミエが、用語は使っていなくても状況を正確に
把握し、自分の言葉で語っていることに、祐一は驚いて感心した。
「・・・あなたは、賢い人だな。」
「え・・・?そげなことありません。私、主人にいつもぼんやりしとるって言われるし・・・。」
「いや、あなたのご主人は、幸せ者ですよ。」
祐一がニコッと笑った。戦争に行く前の茂は、こんな感じだっただろうか・・・。
(いけんいけん。この人はしげぇさんじゃないのに。こげな大変な時に、ひと様の
だんなさんにポーッとなったりして、私はどうかしとる・・・。)
フミエは、一度会いたいと思っていた若い頃の茂に会えたような気がして、
胸がときめいてしまった自分を恥ずかしく思い、あわてて話題を変えた。
「あの・・・今は昭和なん年ですか?」
「昭和・・・?ああ、今年は平成22年ですよ。昭和は64年で終わり。」
「え・・・、50年も経っとるの?それじゃ・・・あの・・・主人は・・・?」
「水木先生ならご健在ですよ。ただ・・・。あなた、もしかして調布の家に行ってみようと
思ってるんじゃないですか?」
「はい・・・。なにかわかるかもしれんと思って。」
「それはやめた方がいい。ここは、あなた達の世界の未来じゃないんです。
あなた達夫婦は、この世界じゃドラマ・・・いやテレビ映画の登場人物なんだ。
あの家に住んでるのは、この世界に実在する水木先生で、あなたのご主人じゃない。」
「テレビ映画?・・・なして私たちが?」
「それは、言っていいのかどうかわからないけど・・・。とにかく俺と綾子は、
あなた達のことはよく知ってる。それは問題を解決するのに役立つと思うよ。」
祐一は、この世界が単純に自分たちの未来ではないという事実にショックを受けている
フミエを励ますように言った。
「あなたがさっき言ってた、綾子と響きあうものがある・・・って話。俺もあんまり
くわしくないんだけど、シンクロニシティってやつじゃないかな。向こうでも
気づいてるかもしれない。明日もう一度、あの場所へ行ってみませんか?」
同じ日の朝。昭和36年組の方はというと・・・。
綾子はしかたなく、ゆうべの芯のあるごはんに水を加え、おかゆを作った。
茂と相談したくて、おそるおそる声をかけてみたが、起きるような茂ではない。
昼近くなって起きてきた茂は、おかゆを見て苦い顔をしたが、食べることはたらふく食べた。
食事が終わってまた仕事にかかろうとする茂を、綾子が引き止めた。
「先生ったら・・・!どうにかしようと思わないんですか?!」
「明日がしめきりなんだ!・・・ちゃんとフミエ救出作戦は考えとる!邪魔せんでくれ。」
綾子はこんな時にも仕事優先の茂にあきれ、仕事部屋まで追って行った。
「ちょっと待ってください!・・・うわぁ・・・。」
そこは資料や原稿の山、山・・・。生で見る原稿は超絶に細密で、紙面から妖気が
ただよってくるようだった。
「なんだあんた、手伝ってくれるのか?じゃあワク線ひいてくれ。」
綾子がなんなくこなすのを見て、茂は感心した。
「あんた、なかなかやるな。」
「グラフィックデザインの仕事してたんです。専門学校出てから。」
「ほお。俺も図案の学校や美術学校に通っとったよ。・・・長続きせんだったけどな。
・・・そんなら、これも出来るだろ。」
次々と仕事をまわされ、綾子はその面白さにのめりこんでいった。
・・・ふと隣りを見ると、そこにはドラマで見たあの鬼気せまる描き姿・・・。仕事中の
茂は、さっきまでののんきさとはうって変わって精悍な表情だった。
(これは、フミちゃんが惚れるのも無理ないかも・・・。)
綾子は、一瞬、ここでこの才能を一番間近で見ながら、支えとなって生きる自分を
想い描いた。
(いけないいけない・・・。私には祐ちゃんがいるじゃない!)
マイペースでぶっきらぼうなこの男の底知れない魅力に、一瞬でも引き込まれそうに
なった自分をいましめ、綾子はまた作業に没頭していった。
『よう、先生。女房の中身が変わってんのには気がついたかい?』
その夜。またふらりと現れたゆうべのキジ猫が、人間の言葉でしゃべったので、
綾子は悲鳴をあげてあとずさった。
『ニャんだよ、ゆうべはあんなに優しくしてくれたのに・・・。』
茂がくわしい事情を話すのを、猫はのんびり毛づくろいをしながら聞いた。
『ふーん。そりゃあ、何らかの”魔”が働いたのかもな。夕暮れ時に墓場なんぞ
行くからだ。顔も姿もそっくりの二人なら、共鳴しあうものがあるのかもしれんニャ。』
「なかなか鋭いな、化け猫。俺も、もう一度あそこへ行ってみる価値はあると思っとる。」
当然のように猫と会話する茂を、綾子は信じがたい思いで眺めた。
「おいあんた、決行は明日の夕暮れ時だ。午前中は、原稿を届けに行かなきゃならんからな。」
綾子とフミエが入れ替わって三日目。
期せずしてどちらの世界の二組も、入れ替わった時と同時刻、同じ場所で同じことを
してみようという結論に落ち着き、四人はそれぞれの思いでその時を待った。
祐一は早めに店を閉め、フミエと二人で深大寺のあの墓場にやってきた。
「絶対に家に帰る、茂さんに会うんだ・・・って念じながらやるんだ。だいじょうぶ、
きっと戻れるよ。」
「はい・・・。いろいろお世話になりました。」
「それと・・・あんまりくわしくは言えないけど、あなた方の努力は、いずれきっと
むくわれる日が来るよ。」
「本当に・・・?あの、ふ・・・ふーどぷろ・・・せっさ・・・を、買える様になるでしょうか?」
フミエのささやかすぎる願いに、祐一は吹き出しそうなのをこらえた。
「ああ、きっとなりますよ。・・・お元気で。」
「祐一さん・・・だんだん。」
フミエは、あの墓に近づいて、震える手を墓石にさしのべた。
「先生、おそい!!」
茂が出版社から帰ってくるのを今か今かと待っていた綾子は、のんきにごはんを
食べる茂にしびれを切らし、引きずるようにして自転車に乗せ、深大寺へ向かった。
いざ墓を前にすると、これでだめなら後は何の方策も無い・・・急に不安になり、
綾子は触れるのを躊躇した。
「なんだ、俺をひっぱたいたあの元気はどうした?あんたのビンタは、戦時中の
古参兵どのより強烈だったぞ。」
「だって・・・これでダメだったら、どうしたらいいの?」
「うまくいかんでも、あんまりしょげるなよ。悪魔を呼び出してでも、俺が
元に戻してやるけん。」
「先生・・・ありがとう。」
いちいち言うことが茂らしくて、綾子は泣き笑いの顔になった。
(フミエさん・・・あなたも、今ここに来てる?)
フミエにシンパシーを感じながら、綾子もその場所に立った・・・。
「フミエ・・・か?」
あの日と同じように、墓に手を触れたとたんくずおれたフミエは、心配そうに
のぞきこむ男がメガネをかけていることに、心底安心した。
「しげぇさんっ!!」
「こ、こら、よせ。こげなところで。」
フミエになりふりかまわず抱きつかれ、茂が焦った。
「・・・もう大丈夫だけん。泣くな。」
泣きじゃくるフミエの頭を、茂がぽんぽんとたたいた。
「あや・・・こ・・・?」
ほんの一瞬、意識が飛んだだけで、「まだ昭和36年だったらどうしよう・・・。」と
思いながら綾子が目を開けると、メガネをかけていない男に抱きしめられた。
「ゆうちゃんっ・・・!」
祐一は、ここが屋外であることもかまわず、綾子にキスした。おとといキスした時の
感触とはまるでちがう温かい反応に、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。
その夜、村井家では・・・。
「・・・あいつの亭主に、何かされんだったか?」
「いやだ・・・そげな人じゃありませんよ。祐一さんは、やさしくてええ人でしたよ。
未来の男の人は、みんなあげに優しいんでしょうかね?」
(口づけされたなんて、この人にはとても言われんけど・・・。)
「そげな優男だから、女房があいつみたいに生意気になるんだ!・・・まあ、ちょっこし
面白い女だったがな。」
(チューしようとしてブン殴られたことは、黙っとこう・・・。)
「あら?あららら?あなたこそ、綾子さんと何かあったんじゃ?」
「・・・そげに疑うんなら、調べてみるか?」
茂がフミエを抱き寄せて、力づよくその唇を奪った。フミエは心からやすらいで、
茂の温かい胸に身をゆだねていった・・・。
同じ頃、佐々木家では・・・。
「水木先生って、どんなだった?」
「やっぱりオーラがすごいよー。それに、天才だけあって、私とフミエさんが
入れ替わったこと、すぐ理解してくれたし。」
「ふーん・・・。いい気なもんだよな。俺は、綾子がボケたふりして俺と別れたいのかと
思って、マジで凹んだのに。」
「えーっ?そんなわけないでしょ。」
「そしたら、フミエさんが『綾子さんを信じてあげて。きっとあなたの助けを待ってる。』
って言ってくれてさ。素敵なひとだよなー。頭もいいし。」
「ふ・・・ふーん。ずいぶん惚れこんだもんじゃない。」
「ああ、料理もうまいしな。」
そう言うと、祐一は何枚かのメモを綾子に渡した。
「フミエさんに書いてもらったんだ、レシピ。」
「え・・・。うぇー・・・イワシのつみれって、わたし苦手なんだよね・・・。」
そう言いながらも綾子は、几帳面な字にフミエの人柄がしのばれるレシピをじっと
みつめた。
「でも・・・今度、作ってみようかな。」
自分の台所、そばで微笑む祐一・・・当たり前の様に思っていた幸せ。急に涙があふれてきた。
「どうしたの・・・?綾子。」
祐一が、綾子を抱きしめた。二人の唇が、甘く溶けていった・・・。
>>28 GJ!すげー良かった!!
戻れてよかったよー(泣)
女性陣がそれぞれお互いの旦那に、ちょっとクラっときとるのがいいっす
それにしてもしげーさん、マイペースにも程があるだろうがw
>>28 GJ!!終始にまにまして読んだ!
おっとり祐布美カップルと、噛みあわないゲゲ綾カップルの対比がすごくてマジ面白いよ!
現代社会にビビりつつ、フードプロセッサに魅了された布美ちゃんカワユスw
>>28 GJ,GJ,ぐ〜じょ〜ッぶ!!
ゲゲゲ、いちせん単体でもすごく萌えるのに
ふたつ合わさるとこの破壊力…!!
萌えすぎてどうしよう。
>>28 GJ!
綾子さんとふみちゃんの違いが炊飯に表れてるのに妙に納得
自分が深大寺観光に行ったのも秋の夕方だったから余計妄想しやすかったw
前スレ埋まったかな?
>>7 「あるよ」に大笑いしちゃいましたw
本当に色々小ネタが含まれてて面白いです!
私は何でも出してくる某ドラマのあのマスター役で、初めて田中要次さんを知りました
ゲゲ女でも不動産屋さんなのに、何か一物ある感じが「らしかった」ですよね
ゲゲを撫でまわすように月賦を取り立てたりしてw
短歌を絡めた今回の作品も堪能させていただきました
きっとNHKの小道具係や、やぐPもびっくりな観察力に脱帽ですw
>>28 凄い!面白かったです!参りました!
スレ住人の妄想がこんなにも豊かな作品になるなんて、感動です
現代の祐ちゃんより、幽霊や妖怪を知るゲゲのほうが
女房の入れ替わりについて理解が早いというところや、
唇奪われて泣くふみちゃんと、奪われる前に殴って逃げ切った綾ちゃんw
4人のキャラの違いを丁寧に書き表しているので、映像が次々と目に浮かんできました
実に映画的な作品ですね〜、これもっと膨らませば2時間半くらいの作品になりますよ
小ネタの仕込みも満載!グラフィックデザイナーだった綾ちゃんがゲゲのお手伝いをするくだりや
つみれ汁が食卓に上がるとこなんて感涙モノでした
最後のとこで綾ちゃんが中の人とry
度々登場しております、「橋木さん目線のお話」の続きでございます。
こちらでは無事藍子ちゃんが生まれました。おめでとう、ゲゲフミ!
本日も当然エロはありませんし、その上話が切ないと言うか…。
二人の可愛らしさに癒されに来てんのに、マジかよ!という方ごめんなさい
スルーでお願いします。ちなみにあと二、三回切ないテイストの話が続きます(汗)
藍子ちゃん誕生の頃までにはゲゲフミ萌えのシーンもありますので、それまで堪えてごしない
(萌えったって、橋木さんが目撃出来るレベルなので、可愛いもんですが)
思えばあれが、あの夫婦の生活に生じた変化に、初めて気付いた瞬間だったと思う。
桃の花が、見ごろを迎えていた。いや、こちらはのんびり花を愛でる暇なんぞなく、毎日あくせくしているだけだったのだが。
配達の帰り、駅前を通った時のことである。信号待ちで止まっていると、駅のベンチに村井氏が座っているのを見かけたのだ。
そのまま通り過ぎ、一旦は店に戻った私だったが、妙に気になり、徒歩で駅まで戻ってみた。
すると村井氏は、まだ駅のベンチに座っていた。じっと、虚空を見つめて。
いつもの鞄を持ち、膝には緑色の紙にくるまれた、平たい箱が載っている。
あの包装紙には見覚えがある。水道橋にある、和菓子屋のものだ。と言うことは、彼は今、水道橋から調布に帰って来たということか。
あんなところで、何をしているのだろう。何故すぐ家に帰らないのか。
それより何より、あの表情。何かを思いつめているようで、いつもの飄逸さは、全く感じられない。
何か、あったのだろうか。もしや、夫人に何か。
私が、村井氏に声を掛けようとした時、彼は急に頭を掻き毟り、独り言を言い出した。
「あー、こげなことしとっても、どうもならん。帰って仕事だ!」
立ち上がり、菓子の包みをぶらぶらさせながら、歩き出した。どうやら商店街は通らずに、下野原まで帰るらしい。
春の初めの、まだまだ冷たい風が、空っぽの左袖を揺らしている。
その後ろ姿を見送りながら、夫人はそろそろ買い物に来る頃だろうかと、ぼんやり考えていた。
◆
その翌日から、今度は夫人の様子がおかしいのが、気になり始めた。
村井夫人も、いつもいつもにこやかな訳ではない。たまには不機嫌そうな時もあれば、多少元気がないなと思える時も、厄介事を抱えているようだと感じる時もある。
だが、最近の彼女の様子は、そのどれとも違っている。明るく振舞っているのだが、あの大きな眼の奥に、言いようのない不安の色が、ちらついているような気がするのだ。
強いて言うなら、一年以上前、彼女がこの街にやって来たばかりの頃の相貌に、似ているかも知れない。
今日は電器屋まで足を伸ばしたようで、自転車の籠の中には、蛍光灯が二本入っている。その蛍光灯を眺めながら、溜め息をついていたように思えたのは、気のせいだろうか。
「あら、橋木さん、肌綺麗ねえ。ほら、私、長年風呂屋の番台に座ってるからさ、肌の良し悪し見抜く目だけは、確かなのよ」
今日は銭湯のおかみ、靖代が我が家を訪れていた。いや、気心の知れたご近所同士、互いの家の行き来はしょっちゅうなのだが、今日の訪問は、いつもとは違っている。
彼女は最近、化粧品の訪問販売の仕事を始め、今日はうちの女房のところに、言わばセールスに来たのだ。
「本当?靖代さん、どのお宅行っても、同じこと言ってるんじゃないの?」
「そんなことないわよー。本当、綺麗。…どう?うちのクリーム付けた感じは」
「うーん、確かにしっとりするわねえ…」
「そうでしょ。絶対、買って損はないから」
(おいおい、絆されて余計なもの買うなよ)
私が奥を気にしながらも、店に立っていると、女房の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「に、二千円?これ一個が!?」
(何だ、その値段は。駄目だぞ、絶対駄目だ!)
高級クリームに気を取られているうちに、村井夫人は帰っていったようだった。
◆
そんな日が続いた、ある日の朝。私はいつも通り店を開けた。
抜けるような青空が、目に痛いくらいだった。爽やかではあるが、気温はそれ程高くない。
魚屋も八百屋も、皆一様に身を軽く震わせながら、一日の商いを始めようとしている。
と、そこへ、アーチの向こうから、見慣れない女性が歩いて来た。
大きな赤い帽子に、大きめの鞄。二十歳前後といったところだが、少女と言ってもいいくらいの幼さが残っている。
その女性は、まだ朝靄が残るような商店街を、意気揚々と歩いて来る。それは、若さ故か。それとも、よっぽど何かいいことがあったのか。
彼女は、八百善の店主に気が付くと、破顔一笑して、言った。
「おはようございます。昨日はありがとうございました!」
「ああ、おはようさん。判ったかい?」
「はい、お陰様で。じゃあ」
その女性は笑顔で挨拶すると、スキップでもしそうな勢いで、駅のほうへ歩いていった。私は店主に、訊いてみた。
「あの子、知り合いかい?」
「いや、知らん。昨日、ここを通り掛かって、道を訊いてきたんだ。ほら、あの漫画家さんの家さ」
「えっ?水木しげる…先生のお宅?」
なんと、意外な名が出て来た。
「そうそう。漫画本の最後のほうのページ見せてさ。そこに下野原の住所が載ってて。ここからどう行けばいいのか、教えてやった」
「へえ、漫画本に、住所がねえ…。で、どこら辺に住んでるんだい?あのお方は」
「いや、もう、番地までは忘れちゃったね」
つい、訊いてしまったが、八百屋の店主は、売れない漫画家の自宅が何処にあるのかについて、全く興味はないようだった。
「あの子、昨日はなんだか、困ってるふうだったんだけどねえ、元気になったようで、良かった」
なんと村井氏、と言うか、水木しげる氏の客人だったとは。若い女性との縁など、からっきし無さそうな男なのに、意外である。漫画本を持っていたと言うからには、仕事の関係者だろうか。それとも読者か。
でも、どうやら一泊しているようである。
ふっと、村井夫人の、不安そうな顔が浮かんだ。あの男に限って、女で苦労させることはないと思う。ないとは思うが…。
何となく気になったまま、商売を続けていると、更に寒さが増してきた昼頃、村井夫人が白い息を吐きながら、珍しく、徒歩でアーチを潜って来た。
肩には旦那のあの鞄を掛け、両手を胸の前で握り締め、強い意志を漲らせた眼で、駅のほうへ歩いていく。
私は、声を掛けることが出来なかった。
◆
その日、気温はその後も上がらず、午後にはとうとう、霙まじりの雨が降った。膨らみ始めた桜の蕾も、凍りつきそうな寒さである。
ずっと村井夫人のことが、気になっていた。いつも気にしていると言われれば、その通りなのだが、今日は何かが違っていた。胸騒ぎがするとでも言おうか。季節外れの霙のせいかも知れない。
朝はあんなに晴れやかだった空も、午後にはすっかり鈍色になってしまった。
その後、多少天候は回復し、夕暮れまではまだ少しあるという頃、駅のほうから村井夫人は帰って来た。
目の端に、その姿を小さく捉えた途端、私は、ただならぬものを感じた。
力なく肩を落とし、俯いている。こちらへ歩いて来る、その足元が、何とも覚束ない。
表情はよく見えないが、何となく想像はついた。
凝視するのも悪いと思い、私は目を逸らした。今日はうちには寄らないでくれ、と思う。
店の奥へ行き、意味もなく商品を整理する振りをしていると、
「こんにちは」
背後で、聞き慣れた声がした。
覚悟を決め、努めて明るい声を出す。
「いらっしゃい!」
振り返った瞬間、息を呑みそうになったが、それを押さえ込み、商売用の笑みを、何とか顔に貼り付ける。
無理に笑おうとしているのは、向こうも同じだった。だが明らかに、赤みを帯びている眼。顔に僅かに残る痕。
何処かで泣いてきたのだ、この人は。
長い髪が、霙まじりの雨に、濡れているように見えた。
「あの、コーヒー豆を…」
「はい、コーヒー豆ですね。ええっと、何種類かありますけど…」
指し示すほうに、彼女は目を向けた。視線が、一番安いものの上で止まるのが判った。私はその豆を示して、言った。
「これが一番人気がありますね。おいしいですよ、深みがあって」
「はい…。あの…」
村井夫人は、恐る恐るといったふうで、訊いてきた。
「はい?」
「これ、一杯分のお値段なんですか?」
「えっ」
思わず、言葉に詰まる。
駄目だ、平静な振りを、しなければ。
「ああ、まあ、そうですけど」
すると村井夫人は、またコーヒー豆に視線を落とし、ぎゅっと唇を噛んだ。
片方の手は、肩に掛けた鞄の紐を、縋るように握り締めている。
何を言えばいいのか、判らなかった。そして、そんな自分が、歯がゆくて仕方ない。
ふと見ると、馴染みの男性客が来て、店の前に置いてあるラックに入った雑誌を、眺め始めた。私はその客に救いを求めるかのように、店先へ出て、話し掛けた。
「よう、久し振り。どう、最近調子は」
「ああ、しばらく。いやー、まあまあかなあ」
その男性客と世間話をしていても、背後で彼女がまだ悩んでいるのが、痛いくらいに伝わってきた。
「どげしよう。でも、一杯だけなんて…。あげな思いして、頑張ってくれとるのに…」
しばらくして男性客が立ち去り、私は店内に戻った。意を決したような顔で、村井夫人は言った。
「すみません、このコーヒー豆、二杯分ください」
コーヒー豆、二杯分。
私は思った。それはきっと、夫と自分の分、ということではない―と。
「はい、二杯分ですね」
私はコーヒー豆の入っている硝子の箱を開け、計量用のスプーンを手に取る。
ちらっと、背後の夫人を見る。彼女はバッグから財布を取り出しているところだった。
手早く豆を袋に詰めて、勘定場へいく。そして二杯分の金額を告げると、村井夫人は、代金を支払った。
受け取る際に、ほんの少しだけ、手が触れた。指先が、氷のように冷たかった。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、まいどありがとうございました。お気を付けて」
店先へ出て、見送った。夫人は、帰り着くまでに、泣いた痕を完全に消して、笑顔に戻ろうとでもするかのように、ゆっくりゆっくりと、去っていった。
◆
村井夫人が去った少し後、商店街でちょっとした出来事があった。買い物客でごった返す中、人が一人、倒れたのだ。
行き倒れか、と、一時騒然となり、周りの何人かが、慌てて駆け寄った。私もその一人だった。
「大丈夫ですか!?」
小柄な男性を、抱き起こす。見ると、その顔には、見覚えがあった。
「中森さん!?」
中森は、完全に意識を失っていた。私は軽く、その青白い頬を叩いた。
「中森さん、中森さん。しっかりしてください!」
しばらくすると、中森が目を開けた。だが、焦点は合っていない。
「ああ、橋木商店の…」
消え入りそうな声で、私の名を呼ぶ。どうやら意識ははっきりしているらしい。
「だ、大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」
「いえ、何でもありません。ご心配なく。ちょっと、疲れているだけで…」
そう言って、立ち上がろうとする。その瞬間、かなりの音量で、その腹が鳴った。
「…」
「ああ、すみません、お恥ずかしい…。あの、とにかく、私のことは、ご心配なく」
何とか立ち上がり、ふらふらと歩き出す中森。その後ろ姿は、本当に消えてしまいそうだった。
その夜、閉店後。私は居間の茶箪笥の上に、壁に立て掛けて置いてある、「漫画家水木しげる」のサインを、長い時間眺めていた。
あの「読者の集い」の日に、貰ったサインだ。「鬼太郎」という名の少年が、右目だけでこちらを見ている。
今日の、コーヒー豆を見つめていた村井夫人の顔が、頭に浮かぶ。
お安くしましょうか、の一言が、喉まで出掛かったが、言えなかった。
言うべきだったのかも知れない。私がそう申し出るのを、彼女は待っていただろうか。
絶対に言ってはいけない言葉だったような気もするし、どうするのが最善だったのか、本当に、判らなかった。色紙の鬼太郎は、何も語ってくれない。
村井夫人の涙の理由など、私に判るはずはなかった。判るのは、彼女が僅かな所持金の中から、何とか費用を捻出して、コーヒー豆を買った、ということだ。おそらくは、自分の為ではなく、夫の為に。
せめて何かしてやりたい、そう思った私は、豆を少し多めに包んだ。三杯分は何とか飲める、というくらいだったろうか。
所詮私は、身内でも何でもない、ただの、近くの商店街の、とある商店の店主なのだ。涙の痕に気付いたところで、出来ることと言ったら、これくらいのものなのだ。
思えばこれが、あの夫婦に対しての己の無力さを痛感した、初めての出来事だった。
終わり
>>48 橋木さん、いいよ橋木さん!
傷つき意気消沈した村井夫妻が、心のスイッチを切り替え
伴侶の待つ家に帰って行く姿が目に浮かびます
あのコーヒーを二人で飲むシーンは、個人的にゲゲ女で1,2を争う大好きなシーンです
二人でイチャこらしていると、いきなり生き倒れ寸前の中森さんが帰ってくるんですよねw
>>48 GJ! 連載、だんだん&乙です。
これからも期待してます!
>>48 おお…ド貧乏開始ですね
ふみちゃんが泣いた痕を消すようにゆっくり去っていくってのがイイですな
コーヒーのシーンは本当に夫婦が愛おしいよね
>>48 いつもだんだんです
この週のふみちゃん、見てるこっちも心が痛くて、たまらんかったな
この後の二人でコーヒー飲むシーンで救われるんだけど
中森さん帰ってこなかったら1Rくらいあったかな…
雪降って寒かっただろうし…
いつもゲゲ布美イチャコラを投下してる者です。
が、今日は行き詰ったところへ初めて手を出したいちせんパロを投下させていただきます。
68 :
手土産煎餅1:2011/05/09(月) 02:06:04.02 ID:kmS7ltzE
「この間もらったお煎餅ね、ほとんどお父さんに食べられちゃった」
「え」
「美味しいって、言ってた。それとね」
「うん」
「付き合ってる人が作ったんだよって…言っといた」
「…」
ストローを咥えたまま固まった祐一を見て、綾子はふふ、と微笑んだ。
「すっげ恥ず…まだ堂々と人に食べさせられるようなモンじゃないのに」
祐一は少しふて腐れたような顔をして、がちゃがちゃとストローでアイスコーヒーの氷を弄る。
「ごめんね」と軽く謝ると、「別にいいけど」と、いつもの笑顔が戻ってきた。
二人が恋人になってから、およそ3ヶ月近くが経つ。
綾子の恋人、祐一は家業の煎餅屋の跡継ぎになるべく、日々修行中の身だった。
時折自ら焼いた煎餅を綾子に食べさせ、あれこれと感想を訊いてくる。
特別、煎餅が好きなわけでも、グルメなわけでもない綾子としては「美味しい」と言うしかないのだが、
「いっつもそれだよ、もっとなんかない?」
と呆れ気味に言われる。これはささやかな綾子の悩みのタネでもあった。
恋人の存在を、父は何となく気づいてはいたようだった。
けれど、明言したのはつい先日。彼の作った何度目かの試作品をもらったときだった。
「最近お前は煎餅が好きだね」
山葵入りや、ざら目の塗してあるのを拡げてテレビを見ていたとき、ふいに後ろから声がかかる。
温和な父の笑顔。そして、ひょいと一枚煎餅を掬って口に運ぶ。「美味いね」とまた笑顔。
隠していたわけではないけれど、改まって話すのも少し気恥ずかしいこともあって、
結局ずるずると恋人ができたことを打ち明けられないでいた。
「新東京タワーの名称募集だってさ。応募してみようか」
広げた新聞の向こうから、父の声。そしてまた机の上の煎餅に手を伸ばす。
「あのね、お父さん、それ」
「『大江戸タワー』とか、どう」
「ダサい。っていうかそのお煎餅ね」
「酷いなあ、綾子は」
新聞の向こうから父が顔を覗かせた、そのときを狙って思い切って告白した。
「そのお煎餅ね、佐々木さんっていう人が、作ったの。で、ね、あの。あたしの彼氏っていうか、今付き合ってる人」
勢いづいて一気に言ってみた。顔が赤くなっていくのも分かる。
父は黙って、やおらまた煎餅を一枚ぽりぽりと食べる。
「あの、ね?その人、お煎餅屋さんの跡継ぎで、今修行中なんだ。そうやって自分で焼いたお煎餅、
試作品って言ってあたしによくくれるの。が、頑張ってるんだよ、すごく。すごく…」
「酷いなあ、綾子は」
「え」
どきっとした。黙っていたことを怒られるのか、祐一と付き合うことを反対されるのか。
けれど、綾子の思いとはうらはらに、父はいつもの柔和な笑みを浮かべて
「こんな美味い煎餅、今まで独り占めしてたの?」
また一枚、ぽりぽりと食べた。結局、机上の試作品はほとんど食べられてしまった。
「今度連れておいでよ。手土産に煎餅もらえるよね」
そう言った父の笑顔に、綾子は心底ほっとした。
69 :
手土産煎餅2:2011/05/09(月) 02:06:49.19 ID:kmS7ltzE
その一部始終を聞いた祐一は、しきりにはにかんで、なにやら「うわー」と小さく叫んでいた。
「公認てことで?」
「いいんじゃないかな」
「精進します」
ぺこり、と大袈裟に頭を下げる彼に、自然な笑顔が零れる。
この人が、本当に好きだ、と綾子はしみじみ思った。
― ― ―
帰りたくないとか言ったら、彼はどういう顔をするだろう…。
映画を観て、食事をして、少しだけアルコールも入って。
駅に着いてしまえば、二人を乗せるそれぞれの電車は、反対方向へ走っていってしまう。
そして次に会えるのはいつになるかわからない。
修行中の祐一にとって、自分という恋人はある意味で邪魔者だと思う。
けれど、だからこそ、二人で会っているときだけは一秒でも永く一緒に居たい。
綾子の歩調がだんだんと重くなることに気づいて、祐一も少しその歩みを緩めた。
俯き加減の恋人を、下から覗き込んで微笑む。
「どうしたの」
「…」
別れの時間がもうすぐそこまで来ている。
帰ったら、電話でもメールでも、すれば必ず繋がるのに。そんなことは、解っているのに。
「綾子」
この声に呼ばれるのが、本当に好きだ。好きだけれど…。
じわっと視界の下の方から世界がぼやけてくる。
自然と涙を誘発してしまう、この祐一の声音は、まったくどうにも罪深い。
綾子の涙に気づいた祐一は、軽くため息を吐いて、ぽんぽんと頭を撫でた。
「ごめんね。なかなか時間取れなくて」
ごめんなどと彼に言わせた自分に腹が立った。彼を困らせることが一番嫌なのに。
雑踏から「あらあら」とか、「ひゅ〜」などと冷やかしの声が聴こえた。
祐一はそれらから綾子を守るようにして、繋いだ手をぐいと引っ張って歩き始めた。
そんな彼の背中を追って、綾子も必死で付いていった。ひたすら心の中で謝りながら。
駅は近い。それはすなわち、別れが近い。
「ゆうちゃ…」
もっとゆっくり歩いて。そんなに急がないで。貴方と一緒に居る時間は刹那のごとく過ぎるのに。
綾子の願いは虚しく、祐一の歩く速度は落ちない。そのまま改札に突っ込んでいきそうな勢いだった。
70 :
手土産煎餅3:2011/05/09(月) 02:07:19.41 ID:kmS7ltzE
―――――が。
ひゅうっと風になったかのように、二人は駅を通り過ぎてしまった。
「え?」
驚いた綾子だったが、祐一は無言のまままだ歩き続けた。
駅を過ぎてしばらく進んだところで、ようやく人影がまばらになってきた。
ぴたりと急に足を止めた祐一に、「わっ」と勢い余って後ろからぶつかった。
「あ、ごめん」
少し息をはずませて振り返った彼を、少し不安気に見つめ上げた。
その瞳から逃れるように、祐一は視線を落として、がしがしと頭を掻いた。
やがて深呼吸をして深く息を吐くと、ガードレールに腰掛け、綾子の両手を取った。
「あのさ」
いつもの爽やかな笑顔と、しなやかな動きは封印され、なんだかぎこちない表情と動作。
言い出しにくそうに、ぶつぶつと小声で「えっとー」を繰り返している。
「…ゆう、ちゃん?」
「綾子さ」
さっと顔を上げた、真剣なまなざしに囚われる。
どきどきと胸が高鳴った。
「今日、…帰んなきゃ、だめ?」
言いながら、また目を逸らす。暗い歩道だったが、彼の頬が少し赤くなっている気がした。
「…っ…な、んで?」
「帰したくない。…だめ?」
今度は子どもが縋ってくるような目で綾子は見上げられた。
きゅうっと締め付けられる胸が、苦しくなって死んでしまうかと思った。
キスは何度か、した。けれど。
決定的な身体の結びつきは未だなかった。
それは、祐一から手を差し延べてくれるのを待っていたということもあったが、
実は綾子自身が怖れていたことでもあった。
――――男の身体を知らない故に。
常日頃からしっかり者と周りから見られていた綾子は、何故か常に「姉御肌」で、
年齢、男女関係なく「格好良い女」扱いを受けてきていた。
それを悪くは思わなかったし、いつしか綾子自身もそんな女性を演じてきていた部分があった。
だから恋愛経験だって決して豊富ではないのに、あれこれと恋愛相談を持ちかけられる。
そして結局、自分は波に乗れず、他人の幸福ばかりに目を細めてきた。
気づけば、二十歳を軽く過ぎてしまった今でも、固く純潔を守った格好になってしまったのだ。
それを恥ずかしいとは思わない。けれど、祐一が受け入れてくれるかどうかには不安があった。
それに、もしそうなったとして、自分自身がどう彼を受け入れればいいかが全く解らなかった。
71 :
手土産煎餅4:2011/05/09(月) 02:07:49.86 ID:kmS7ltzE
けれど、今、この祐一の哀願はそもそも綾子が望んだことではなかったか。
結局あたしはずるい女だ、と綾子は思った。
「なんで」などと問いながら、彼に「帰したくない」と言わせた。
本当はきっと祐一よりもっと大きな気持ちで、綾子自身が思っていた。
「帰りたくない」
思いは言葉になって自然と口から飛び出していた。
祐一は綾子の声に、俯かせていた頭をゆっくりと持ち上げ、そしていつもの柔らかな笑顔を見せてくれた。
ぎゅっと握られた手を、綾子も握り返した。
― ― ―
「うわー、なんか観光地のホテルみたい。もっとこう、ごちゃごちゃしたの想像してたけど」
努めて平静を装ったふりで、綾子は声を張ってみた。
二人で入ったホテルの一室は、アジアンテイストのシンプルな造りで、
白と黒を基調として、観葉植物もそれなりに、まさにリゾートの一室に近かった。
あとから入ってきた祐一に、楽しげに「結構素敵かも〜」などと話しかけてみる。
「あー、えと。ゆうちゃん何か飲む?あたし喉かわいた」
「俺はいい」
「えー?そう?うわ、たっかい。これビール700円だって、信じらんない。ジュースにしよっか」
「綾子」
「ってか、ジュースもたっかい。ま、いっか。あーなんか、ちょっと暑い?冷房冷房、リモコンどこかな?」
「ねぇ」
「ゆうちゃん暑くない?あたしだけ?寒かったら言ってね、リモコン、ちょっと使い方わかんな…」
忙しく動き回っていた綾子を、制するように祐一の腕が引きとめた。
一瞬にして爆発したのかと思うほどに、綾子の心臓が脈動全開に動き始め、かっと顔に熱が飛ぶ。
「なんか、すげーお喋り」
「そ、そ、かな?普通じゃない?」
かなり頑張って搾り出した声も、うわずってしまった。
黙り込んだ綾子に、そっと祐一の唇が合わさった。
そのまま深く腕に抱きとめられ、身動きが取れなくなる。
がくがくと脚が震え、望んだこととはいえ、今さらながら怖気づいた。
この後どうすればいいのだろうか。服は自分で脱ぐもの?下着はさすがに任せておけばいい?
それなりに毎回、いざというときのために勝負下着を着けてきてはいたけれど。
問題は下着じゃなくてその下なんだよね…などと、キスを受けながら綾子は考えていた。
優しい口づけがいったん離れ、ほっとして息を吐く。
「あのさ」
「う…なに」
「今さらだけど…、いいの?」
ゆるゆると綾子の髪を櫛梳き、ちょこちょこと頬を摘みながら問われる。
「だ、だめって…言ったら」
意地悪な質問返しをしてみる。祐一は少し苦笑って、「ずっるいなあ」と呟いた。
「けど、本当に嫌だったら言って?」
「ゆうちゃん…」
「無理強いとか、絶対したくないから」
そして自らの胸の中へ綾子の頭を収めた。
72 :
手土産煎餅5:2011/05/09(月) 02:08:21.97 ID:kmS7ltzE
未知の領域に踏み込むのは怖い。相手が祐一でも。それは綾子の本音だった。
けれど、相反してやはり彼に抱かれたいと思う本音もあった。
きっと拒めば彼は本当に何もせずに居てくれるのだと思う。その優しさは十分知っている。
が、知っていることに満足はしない。まだ知らない彼を知りたい。心も、身体も、全て。
それにはやはり、自分自身も丸裸にならなければならないと思う。
どきどきしながら、綾子は祐一の胸の中で語り始めた。
「あのね?あたし…こ、こういうことするの、は、初めて…なんだよね」
「…ほんと?」
「引く、よね。この年で…とか。ごめん、めんどくさい、よね」
「なんで?そんなことないよ」
「え、だって。よ、よくわかんないんだ、よ?段取りっていうか…流れっていうか」
「なんだそりゃ」
思わず噴きだした祐一に、綾子はなんだか恥ずかしくなって、ただ彼の笑いが治まるのを待つしかなかった。
「段取りって」
「え、じゃ、なんて言うの?ってかどうしたらいいの?」
少し慌てる綾子に、祐一は再び軽く口づける。
「どうもしなくていいよ。段取りとかじゃなくて、思ったふうにしたらいいんじゃない?」
「思ったふうって…」
「緊張してるならしてるって言うとか。さっき部屋に入った途端にぺらぺら喋りだしたの、そういうことだったんだ」
「う…」
「可愛い」
微笑んだ彼が額にキス。そして頬。耳元で囁かれる。
「好きだよ」
もうそれだけで、蕩かされる。
力を失うようにベッドに腰掛けると、隣に座った祐一に、ゆっくりと倒された。
姉御肌を気取っていた綾子に、「可愛い」と言ってくれる人は居なかった。
けれど本当は、誰より甘えたで、実はおっちょこちょいで、いつも誰かに寄りかかっていたかった。
背が高いせいもあって、服装もかちっとしたものが多かったけれど、
本当はふんわりしたスカートや、甘めのシフォンブラウスなんかを着たりもしたい。
恋人と手を繋いで、映画とか遊園地とか、一昔前の少女漫画のようなことを夢見ることも、
日常では一切隠して過ごしていたのに、そんなもう一人の綾子を、たった一人だけ見抜いたのが祐一だった。
バイト先では、男女問わずかなり人気の高かった祐一に、綾子も例外なく惹かれていた。
けれど、所詮自分は多くの知り合いのうちの一人に過ぎないと、どこかで諦めてもいた。
そんなときだ。休憩中に彼とふたりきりになってしまった。
すぐさまトイレに駆け込むと、鏡の前で髪を梳いて、せっせとメイクをやり直す。
けれど、そんな必死の素振りなど一切見せずに、しなりと彼の前に座った。
「さっきから気になってたんだけどさ」
しばらくして祐一の、何やら低く、押し殺したような声がして、ふと顔をあげる。
「それ、トイレのスリッパだよね」
くくく、と机に突っ伏して震える彼の広い肩幅を見つめて、一瞬呆然としてから、かっと一気に頭が沸騰した。
真っ赤になった綾子を見て、祐一はとびきりの笑顔で言った。
「綾ちゃんて可愛い人なんだね」
その一言に、落とされた。その日から、寝ても醒めても祐一一色の日々。
それは恋人になった今でも変わらない。そして優しく響く、心地よい彼の声音も。
「綾子」「可愛い」「好き」…叶うなら宝箱に閉じ込めてしまいたい言葉。
73 :
手土産煎餅6:2011/05/09(月) 02:08:50.62 ID:kmS7ltzE
そっと目を開くと、その声の主が温かな微笑でこちらを見つめていた。
「もう一回だけ、訊いとく」
「はい…」
「初めてが俺ってことは、後にも先にも俺だけってことだけど」
「ふふ…」
「それでいい?って、訊いといてなんだけど、そうじゃなきゃ俺がダメだわ」
「ぷっ…支離滅裂」
「うるせ」
覆いかぶさった彼の顔が、だんだん近づいて唇が合わさる。
斜めに頭を傾けると、舌で押し開かれ侵入される。
絡まり合うその感触と、甘い吐息が行き交う空気に、だんだんと緊張は解されていく。
じっと見つめられ、愛しさを確認する。頬を撫でる大きな手に、綾子も手を添えた。
「ゆうちゃん…大好き」
「うん」
「好きにして…いい、よ」
微笑んだ祐一に、強く抱きしめられる。
ふわ、と香った彼の香り。少しだけ、老舗の煎餅屋の三代目らしく、何か焦げたような匂い。
決して嫌いじゃない、むしろ愛しい、男の香り…。
ゆるりと目を閉じた綾子だったが、次の瞬間にぱっちりと見開いた。
「あのっ、ゆうちゃんっ」
「ん?」
抱きしめた腕を弛めて、きょとんと覗き込んでくる顔が急に幼い。
「こういうときって、シャワーとか、浴びる…んじゃないの」
彼の匂いは大好きだけれど、自分の体臭は気になる。さっき小走りさせられたし。
「浴びたいの?」
「そういうものじゃないのかな、と思って。ちょっと汗、かいてるし」
「俺?匂う?」
「じゃなくて、あたし。それにほら、ドラマとかだとシャワー室からガウンで出てきてムード満点!みたいなさ」
「だから〜」
くっくっく、と笑いながら、祐一は綾子の肩に顔を埋めた。
「そういう段取り要らないって言ったじゃん。思ったままにすればいいの」
「あ、そ、そっか。えと、じゃ、浴びてくる」
祐一の肩を押して、身体を起こそうとした。が。
「だめ」
「え?」
短く命じられる。少し持ち上げた上半身を、再びベッドに縫い付けられた。
「もう待てない」
真っ直ぐな瞳に、釘を打ち込まれた。
これほどまでに自分を求められることが、かつてあっただろうか。
「俺も思ったままにする。これ以上無理だよ。待てない…」
切羽詰ったような哀願にも近い声。
「綾子が欲しい」
―――――決定打。
74 :
手土産煎餅7:2011/05/09(月) 02:09:18.78 ID:kmS7ltzE
降り注いでくる唇を、貪られるままに受け止めた。
息が出来ないほどの激しいキス。ようやく出来る一瞬の隙間で何とか息継ぐ。
肩を抱いていた祐一の手が、確かめるように綾子の身体を上から下へ撫でる。
ぞくぞくと背中に何かが走った。同時に心臓が一段と速度を上げる。
胸を打ち破られる鼓動の激しさに、知らず知らず彼の背に廻した腕に力が篭った。
祐一の唇は耳元から首筋を降りて、鎖骨に辿りつき、そこを舌が滑った。
その間に右手がブラウスの裾から背中へ挿しこまれていた。
もぞもぞと背中で動く手を救うべく、ひょいと隙間を作ってあげると、簡単に目的地を探し当て、
そしてまた簡単にぷち、とホックが外れた。
「や、だ?なんか」
「ん?」
「…慣れてる」
「んなわけないだろ」
少し呆れた風に呟いて、背中からするすると腕を抜く。
体勢を少し起こした祐一が、今度は両腕で服をたくし上げようとする。
「バンザーイ」
「うー…」
がっちりと胸の前で腕を組み合わせた綾子は、小さく呻って祐一を恨めしそうに見上げた。
「そ、そっちから、先に脱いでよ」
「いいよ」
初夏とはいえ、随分気温の上がった今日。祐一の服はTシャツにジーンズという至ってシンプルないでたちで。
ひょいとTシャツを脱ぐと、すぐに厚い胸板が現れた。
直視できずにどきどきする。痩せているように見えて、がっしりしているのは、
何度か抱きしめられたときに何となく気づいてはいたけれど…。
「はい、バンザイ」
再び子どもをからかうような言い方で、綾子に両手を差し伸べる。
思い切ってお手上げのポーズを取ると、にっこりと笑う。そしてゆっくりブラウスを持ち上げられた。
同時にキャミソールも持っていかれて、ホックの外されたブラジャーのみが残った。
慌てて胸を隠し、小さな抵抗を試みてみる。
「ご、ごめんね、胸なくて」
「んなことないよ」
再び覆いかぶさってきた祐一の唇を頬で受け止め、ぎゅっと目を閉じた。
肩の紐をするりと降ろされると、綾子も覚悟を決め、組んでいた腕を解いた。
75 :
手土産煎餅8:2011/05/09(月) 02:14:28.88 ID:kmS7ltzE
露わになった乳房を、愛しそうに見つめ、優しく揉みこまれる。
「…っ」
口づけは首筋から胸元へ。そして、乳房へと移る。
「ゆ…」
鳥がさえずるような音とともに、胸の突端を口に含み、軽く舐られた。
「あ…」
自然と声が洩れる。一瞬焦ったが、愛撫は止まない。
吸い付かれ、舌で転がされる何とも言えないくすぐったさに、頭を仰け反らせた。
反対の胸では、しなやかな指が先端を摘み、くるくると捏ねる。
掌で優しく包まれ、揉まれ、形を変える乳房を細目で窺ってみるけれど、
初めて晒した胸の上で、祐一が戯れる画がこの上なく恥ずかしくてすぐに目を逸らした。
おそるおそる、胸の中の彼を遠慮がちに抱きしめてみる。
老舗の三代目だからという理由じゃなくて、単に染めるのが嫌いなだけと言っていた、
さらさらの黒髪に、自分の細い指が絡まる。
祐一がその細い腕を取って、手の甲や二の腕を食むように唇でくすぐった。
「ふ…」
洩れる息と一緒に零れる声が、我ながらやたら淫らに聴こえて、自分で自分を追い詰めてしまう。
逆に祐一はそれが小気味良いのか、ふふ、と頬を緩めて再び胸の頂へ舌を這わせた。
先端をきゅっと吸い込まれると、軽く胸をもっていかれる。背を仰け反らせ、息を呑んで耐える。
すると次に、きゅっと痛みが走って「ひゃ」と小さく叫んだ。
甘く咬まれた場所が小さく陣痛し、動物がそうするように舌で優しく治められる。
ぴんと尖った突先が、祐一の唾液に濡れててらてらと光るのを、恍惚のうちに見下ろした。
鎖骨の窪み辺りに、大袈裟に音を立てて吸い付かれ、くすぐったさに肩を揺らす。
ようやく顔を上げて、祐一が覗きこんできた。優しく髪を撫でられる。
「…全部、脱がしちゃっていい?」
右手の人差し指と中指を、腹の上でトコトコとさせながら問われる。
可愛らしい仕草なのに、唇はずっと綾子の首筋に潜ったまま、淫らな吸音を立てる。
綾子の返事を待たずに、悪戯な右手はやがてもそもそとスカートのホックを探し当て、するりと脱がせた。
もう身に着けているのは、最後の砦の小さく薄いショーツだけ。
ずっと羞恥に耐えかねて、身体をぎゅっと縮めている綾子に、祐一の声が柔らかく降り注ぐ。
「綾子」
こっちを向いて、とキスが語る。
「…れい」
「…え?」
何度も口づけながら、耳に直接唇を宛てて吹き込まれる言の葉。
「きれいだよ」
76 :
手土産煎餅9:2011/05/09(月) 02:14:57.12 ID:kmS7ltzE
もう幾度この人の声と言葉に翻弄されれば、この心臓は慣れてくれるのだろう。
一日に何度も速くなったり、緩くなったりするのは、身体に悪いのじゃないかと思って心配してしまう。
恥ずかしさと、嬉しさと、複雑な胸のうちを彼に伝える言葉は持ち合わせなかった。
ただ、一心に彼の髪を撫で、唇や、頬や、肩に、キスを繰り返す。
やがて、綾子の脚の間にするりと挿し入ってきた右腕が、ショーツの上から秘部をなぞり始める。
防御本能のようなものが働くのか、身体がかちんと石のようになるのが、自分でも解った。
くすぐったさに身悶えるものの、今はまだ不安と恐怖のほうが勝っている気がした。
「ゆ…ちゃ…」
「…いや?」
彼を拒否しているわけではない。ただなかなか受け容れ態勢が整わないだけ。
嫌なわけではないことだけは伝えたくて、綾子は激しく首を横に振った。
幾分ほっとしたのか、今度は祐一の長細い指がショーツの中へ入りこんだ。
繁みを掻き分け、割れ目に指を沿わせてなぞらせる。
「や…」
思わず脚で祐一の腕をはさみこんだ。
「綾子」
キスで頬をつつかれ、目で促される。おそるおそる脚に隙間をもたせた。
再び祐一の指は薄い布の中で蠢く。ややその滑りが良くなったことに、綾子も気づいた。
腹側にある突起を探りあてられ、中指がそれを掬い上げるように撫で上げた。
「あっ…」
勝手に反応した身体が、小さく仰け反る。
祐一の指はその摘みを捏ねたり、押したり、おもちゃの釦のように何度も弄った。
その度に、股の間のむず痒さが綾子を苛み、やがて嬌声となって喉へ昇る。
「ふ、あ…っ、あ、…んんっ」
留守になっていた乳首を再び甘咬みされ、ふいのことにびくりと身体が撥ねた。
「ゆうちゃ…」
逆上せた綾子の声に命じられたように、祐一は最後の一枚を剥ぎ取り、
わずかにぬめる綾子の入り口へ、そっと指を挿し込んだ。
「いっ、あ…っ!」
突っ張った皮膚に顔をしかめた綾子を、祐一が慌てて覗き込む。
「ごめん、痛かった?」
「大丈夫…ごめん、変な声出して」
祐一の愛撫は気持ちよくて、本当に蕩けそうになるくらいなのに、
身体の反応が悪いことに、綾子は次第に不安になっていった。
77 :
手土産煎餅10:2011/05/09(月) 02:15:29.83 ID:kmS7ltzE
「ごめんね、ごめん。嫌なんかじゃないよ。すごく、その、気持ちい、よ。ほんとにほんとだから」
何とか祐一に解って欲しかった。全身全霊で、貴方を求めているのは本当なのだと。
祐一は、あの優しい笑みで綾子の頬を撫で、二度、三度、軽く口づける。
「解ってるって。綾子のあんな声、初めて聴いたもんね」
「な、なに?どんな声よ?」
「もっと聴かせて?」
「だからどんなって!…やだ、なに?」
綾子の脚の方へ下がっていく祐一に、ただならぬ空気を感じた。
次の瞬間。
「やだっ!」
脚の間へ潜り込んだ祐一の舌が、べろりと秘部を舐め上げるのを綾子は目の当たりにした。
「や、や…っ!」
思わず目を閉じてシーツを握り締めた。快感とも痺れともわからないものに襲われ、仰け反って慄いた。
生き物のように温い舌が這い回り、やがて包皮に包みこまれた花芽を突かれる。
じわりと、内側から熱いものが溢れ出す感覚に焦る。同時に、淫らな音を立てて啜られる。
祐一の舌はまるで潤いを求めるかのように、綾子の中の、そのまた内側へどんどんと探り入っていく。
「は…あっ…ぁ…んっ、んっ…!」
ありえない場所を貪られる、恥じらいを超えた激しさに、綾子は身を委ねさせられた。
経験のない快い疼きに、信じられない官能の声を上げる。
それに伴ってぴちゃぴちゃと卑猥な水音が、この部屋の協和音として響く。
「ゆうちゃあ…っん」
行き場を失った綾子の理性と羞恥は、二人を取り巻く熱い空気に、弾けて失せた。
じんじんするその場所を意識の片隅に置きながら、綾子は呆然と天井を見つめた。
ひょいと覗き込んできた祐一が、どこか済まなそうな表情でふわりと微笑う。
遠慮がちに圧し掛かり、じっと見つめられた。
「ゆ…ぅ、ちゃん?」
「綾子…いい?」
はた、と我に返る。
いよいよ彼を受け入れるときがきたのだと、途端にずくずくと心臓が痛んだ。呼吸が浅くなる。
「あっ…あの」
太腿に、ひたりと硬いものが当っていた。焦る。
「ゆうちゃん、あの、えっと、固いこと言うなって言うかも知れないけど、その、ゴ、ゴ…」
「あー…えと、ゴムなら、着けてる」
「え?え、え、いつの間に…」
「なんか、綾子がぼーっとしてる間に。ってか、めっちゃ臨戦態勢だな、俺。恥ず…」
そういって顔を背けた祐一を見やり、ほっと安堵する。やはりこの人はちゃんとしてくれている。
78 :
手土産煎餅11:2011/05/09(月) 02:15:55.77 ID:kmS7ltzE
「綾子とはさ、いずれそういうことになると思ってるけど、でも順番は守っていきたいしね」
「そういうことって?」
「あー、もう、いいよ。今は聞き流しといて!」
くしゃくしゃと髪を掻き毟る祐一を見上げて、綾子は今さらながらぽっと照れた。
(そういうことって、そういうこと?)
祐一との未来。これまで辿ってきた道が、やがて祐一とひとつになっていく未来。
綾子が夢に描いていることを、祐一もまた、同じように思っていてくれていたのだろうか。
「綾子…」
切なげな、愛しい人の唇を今一度受け止め、肌の温もりと香りで心を満たす。
「いい…よ」
声が震えていたかも知れない。けれど心が満たされた次には、身体の全てを満たして欲しい。
曇りのない、綾子の本心だった。
十分に濡らされた花の芯へ、祐一の隆起が宛がわれる。
祐一自身をまじまじと見る勇気はなかったけれど、じくじくと先端で均されているだけで、
本当に受け容れることができるのかどうか、それは不安になるくらいの質量に思えた。
ぐぐっとそれが入り込んでくると、ますます不安は広がる。
皮膚を引っ張られる痛み、内側を抉られるような痛み、綾子は悲鳴が喉を飛び出すのを、ぐっと耐えた。
「綾、子…」
様子を覗ってくる祐一も、狭さに苦戦しているのか、眉間に小さく皺が寄っている。
「…平気?」
「んっ…大丈…夫」
力なく微笑んで見せた。どんな表情に見えたかは判らないけれど。
さらに進んでくる硬直に、狭い経路は緩やかに押し広げられていく。
綾子は祐一の首に縋りつき、その肩に額を宛てて必死に痛みと格闘していた。
「ちょっと…動いてみる、よ?」
声を出すと叫びそうになる。口をぎゅっと結んだまま、こくこくと頷いた。
祐一が腰を引くと、すす、と中に空間が出来る。そして再び押さえつけられ、隙間が埋まる。
「ふっ…ぅ…っ」
覚悟はしていたつもりだけれど、どうしても引き攣るような痛みが辛い。
喘ぐというよりも、苦しげな声が、呼吸と同時に洩れるばかりだ。
みんな本当にこんなことを、快感として悦ぶことができているのだろうか。
自分の身体だけが、どこかおかしいのではないかと不安になってくる。
79 :
手土産煎餅12:2011/05/09(月) 02:16:51.56 ID:kmS7ltzE
挿入と抽出を数回繰り返したところで、ぴたりと動きが止まった。
息が少し上がって、苦しそうに肩を上下させる祐一が、枕に頭を埋めた。
「………? ゆうちゃん…?」
「…綾子、ごめん…。痛いよね」
労うように何度も何度もキスされ、ぎゅっと抱きしめられる。
「殴っていいよ。咬みついても何してもいいから…」贖罪を請うように、綾子の胸の中で呟く。
「今だけ俺を許して…」
「…」
「すげ、気持ちぃ…んだ、綾子の中…」
「ゆ…」
「ごめん、今だけ…頼むから受け容れて…」
神父でも、聖母でも、ましてや神でもない、組み敷いた先のただの女に、
ひたすら懺悔するこの男を、綾子は涙のうちに抱きしめた。
肉体的な痛みよりももっと、彼の悲痛な祈りを訊くことの方が辛い。
「ゆうちゃん…平気、だから」
祐一の汗ばんだ胸板をなぞりながら、真っ直ぐに見つめ上げた。
「いいよ…、もっと…して…?」
「綾子…」
食らいつくように唇を奪われると、再び律動が始まる。
下半身にずしりとくる振動が、痛みなのか熱なのか、判然としなくなってくる。
揺すられる度にずれる唇を、追いかけてきて塞がれる。
「ふ、…んっ…ぁっ………んっ…」
窒息する寸前で空気を吸い込み、吐き出すのと同時に喘ぐの繰り返し。
内側の容積がいつしか祐一の陽根の形を記憶し始め、
溢れる淫らな互いの愛液が、ようやく綾子の痛みを和らげ始めてくれた。
「ゆ、っ…ちゃ…、…んっ、はあっ」
「好き、好き…綾子、好き…」
狂ったように何度も繰り返される愛の言葉を耳から吹き込まれ、頭の中はもう祐一以外の何者も居ない。
「ゆうちゃぁん…ん、あっ、あ、あ…ん、あ、あぁ…」
速度の上がる攻めに、綾子の腰はもう感覚を保ちきれないでいた。縋りつく腕にも力が入らない。
けれど、こんなにも近くに居るのに、自分の中に繋がっているのに、まだ欲しいという貪欲さが衰えない。
汗の匂いと、唇の味、祐一の息遣いに、鋭くも儚い官能の表情、そして力強い腕の筋力に、柔らかな髪。
その全てを独占しているというのに…。
「ゆう…もっと…もっと…」
もっと抱きしめて、もっと深く繋がりたい。もっともっと。
――――――むしろひとつとなって融けてしまいたい…。
「綾子ぉ…愛して、る…」
切なげな祐一の声が零れた。同時に、綾子の最奥で白熱が勢いよく迸っていった。
80 :
手土産煎餅13:2011/05/09(月) 02:18:16.10 ID:kmS7ltzE
― ― ―
「…痛む?」
「へーき」
本当は擦られた表面のあたりがひりひりとしていたけれど、
それ以上の幸福感に満たされて、綾子はうっとりと祐一の腕の中で目を閉じた。
「ゆうちゃん」
「ん」
「…えへへ」
「なんだよー」
大袈裟に頬を膨らせて、枕にしてあった腕で綾子を締め上げた。
「ね?」
「うん?」
「もいっかい、言って?」
「何を?」
「愛してるって、言って?」
一瞬表情を固まらせた祐一が、次にだらしなく頬を弛めて、しかしぶんぶん首を振る。
「…えー…無理。ハズカシー!誰?そんなこと真顔で言えるヤツ」
「さっき言ってくれたじゃん!」
「アドレナリンなめんな」
「意味わかんない!」
ベッドの中で、わざとらしい諍いを始めたところへ、カタカタカタと脇机に置かれた綾子の携帯が震えた。
ひょいと取り上げて液晶を確認すると、メールマークがぽつりと表示されている。
「あ…」
ひやりと綾子の背中に冷たいものが走る。祐一も、何かを察したようで、ごくりと唾を呑んだ。
「家…?」
「うん…お父さんだ」
先ほど頃合を見計らって、終電を逃したので友達の家に泊まることにしたと連絡しておいた。
思い切ってボタンを押し、父からの返信メールを開く。
『了解。先方にご迷惑をかけないように』
至ってシンプルに、そのようにだけ書かれてあった。
ふたりは同時にほうっと息を吐き、そのことで顔を見合わせてくすくすと笑った。
「良かった〜、何とかなった」
「ごめんね、嘘つかせて」
「ううん、あたしがゆうちゃんと一緒にいたいって思ったんだもん。謝らないで」
またあの優しい微笑で、祐一は綾子を抱き寄せた。
何度重ねても足りない唇を、そっと近寄せたそのとき。
再び、綾子の手の中の携帯がふるふると振動する。
「ん?まただ」
メールの送り主に、父の名前が点灯している。
中断したキスに、少し焦れた祐一が、携帯を開く綾子の頬を突っつくように啄ばむ。
くすぐったく肩をすくめながら、綾子は液晶に目を落とした。瞬間。
「げ…」
「げ?」
ぱちりと瞬いた祐一も、小首を捻り、ひょこっとその画面を覗き込んだ。
「…ゲゲゲ」
思わず3回呟いた祐一の表情は、ひくひくと頬が突っ張ってしまい、綾子の顔からも血の気が引いていた。
父からのメールには、これまたシンプルにひとことだけ添えられていた。
『追伸:お土産の煎餅を楽しみにしている』
おわり
>>68 GJ!!!
いつも橋木さんの話を投下している者ですが、ちょうど今書いていて、スレ覗いてみたら
こんな可愛い話に遭遇出来ました。夜中に書いてて良かった!
なんかちょっと泣いちゃいましたよ。綾ちゃん良かったね…
綾子パパ最高!さすが平泉成さんがやってるだけのことはあるw
さ、この感動のお力を借りて、また続き書こうw
手土産煎餅
もうなんといってよいのやら、めちゃくちゃかわいい、かわい過ぎです
懐かしかったw
作家さん、楽しませてもらってありがとうです!
>>68 はあはあしっぱなしGJ!
ゆうあや可愛い杉やろー!
あやパパも良いわ〜こんなパパ欲しいw
何かあの短い映像を、ここまで人物とか背景とか
緻密に表現出来てしまうこのスレの職人さん
凄すぎて怖いくらいだわwww
でも…好きw
またいちせんパロ投下お待ちしてます!
>>68 超GJ!いやぁ、良かった!
きめ細かい表現力に感動しました
若い二人のリアルな息遣いが伝わってきて、
こちらまで読んでて幸せな気持ちになりましたよ
ありがとうございます♪
>>68 巨匠と呼ばせてください!
あつかましいですが、ケンカの後なんてのも読みたいかなあ
ありがとうございました!
>>68 GJ (´∀`*)b
ケンカの後といったら
やっぱ割れせんの日は激しk(ry
>>68 超〜GJ!最高!
お陰で辛い週明けを幸せな気持ちで迎える事が出来ましたw
2人のやり取りがすっげーツボに嵌ってニヤニヤしたw
あーなんて、かわゆすぐる2人なんだ〜!
また、いちせんパロも宜しく御願いします
>>68 GJ!綾子さんもゆうちゃんもかわいすぎる!
綾子さんが姐御扱いされてた故に初めてってのがものすっごいツボでした
ゆうちゃんがプロポーズのようなことを何度か言ってるのも萌えるw
アドレナリンとゲを三回ワロタww
ゲゲふみの亭主関白っぷりもいいけどゆうあやの軽口叩ける仲もええもんですなー
朝からワイドショーでゲゲ布美(祐綾)ツーショットを確認して、久々に萌えw
やっぱり中の人同士が仲良さそうに話してるのみると嬉しいな。
よく考えたらラブホって色々とおいしいよな
堂々と一緒に風呂入れるしベッドも広いし
>>89 WS録画失敗したので写真保存しまくった
>>90 リアルおかあちゃんがドラマにあったように度々家を飛び出してたらしいから
村井さんちはたまにおとうちゃんが迎えに行ってラブホ行っていちゃいちゃしたらいいのにと
以前妄想してたのを思い出した
「あれ、また豆腐料理?経済料理だわね。私らは年寄りだからええけど、
しげぇさんにはうなぎとか、まちっと滋養のつくもんを食べさせんと。」
今日は修平と絹代が茂たちと一緒に夕食を食べる日。歳をとって歯が悪くなってきた
両親に、やわらかいものをと思ってフミエが出した炒り豆腐に、絹代が容赦ない
批判をあびせた。
「すんません・・・今度から気をつけますけん。」
毎度のことながら、絹代の栄養第一主義には参ってしまうが、フミエは素直に謝った。
フミエが夕食の後片付けをしていると、藍子が食器を運んで手伝ってくれた。
「お母ちゃん、うなぎばっかりじゃお父ちゃん太っちゃうって、おばあちゃんに
言えばいいのに。」
「ありがとう・・・藍子。でも、ええのよ。おばあちゃんはお父さんの身体の心配して
言うてくれとるんだけんね。」
小学校4年生になった藍子は、家族の間の微妙な空気もだんだんわかるようになって
きたようだ。そんな藍子の成長がフミエは嬉しかったけれど、祖母の絹代のことを
藍子が悪く思ってはいけないとも思った。
「おばあちゃんはね、息子たちの中でも、特にお父ちゃんのことが心配なんだよ。
お父ちゃんは戦争であげに大ケガしたけんね。復員する前にお父ちゃんが、
おじいちゃんとおばあちゃんをビックリさせんように出したハガキ、藍子も
見せてもらったことあるでしょう?おばあちゃんはああ見えて情の深い人だが。」
「でも、お母ちゃんのお料理おいしいのに、悪く言われて・・・。」
藍子がそう言って顔をくもらせた時、フミエは、可愛らしい赤いお椀にほとんど全部
残ったつみれ汁に気づいた。
「あら?藍子、つみれ汁残しとるね・・・。」
「う・・・それだけは・・・どうしてもダメ。」
「お母ちゃんのお料理はおいしい、って言うてくれたのに。」
フミエは、バツの悪そうな藍子の頭をなでて微笑んだ。
「ちょっこし大人の味かもしれんね。・・・今に食べられるようになるよ。
おばあちゃんもこのつみれ汁はおいしいってほめてくれるんだよ。おばあちゃんは
ちょっこし厳しいけど、何でもはっきり言うてくれるから助かるのよ。」
フミエは、遠い昔を懐かしむように笑顔になった。
「お父ちゃんとお母ちゃんが結婚できたのだって、おばあちゃんがちょっこし
強引に話を進めてくれたおかげだけんね。・・・お父ちゃんもお母ちゃんも
そげなことは苦手だけん、おばあちゃんがおられんだったら、今ごろこうして
おらんかもしれん。」
「ふーん・・・。」
母と話していると、いつも結局は父とののろけ話になるような気がする・・・。
藍子はまたかと思いつつ、幸せそうな母の隣りでお皿をふいた。
実は、フミエも結婚する前はつみれ汁が苦手だった。お向かいの魚屋から届けられる
活きのいいイワシでつくるこの吸い物は父の好物で、よく実家の食卓にのぼったものだ。
フミエも母に教わって何度も作ったことがあったが、舌触りやイワシ独得の風味がいやで、
あまり好きではなかった。
新婚時代、多くの新妻と同じように、フミエも毎日の献立に頭を悩ませていた。
茂は毎日家にいるから、毎日昼と夜の食事を作らなければならないうえに、大食いだ。
そのうえ、財政も逼迫しているから、とぼしい資金で満足できるようなものを
ととのえるのは至難のわざだった。戦時中の食糧難を経験し、また長年、
年老いた祖母や病弱な母のかわりに実家の台所を切り盛りしてきたフミエも、
不慣れな東京の食糧事情と資金難にはなやまされた。
(うーーーん。なんかしげぇさんの喜んでくれるようなもんはないかなあ。)
今日もフミエは財布と相談しながら、すずらん商店街の魚屋の店先をのぞいていた。
(イワシが安いなあ・・・。でも、焼いたらそれっきりだし・・・そうだ!つみれに
したらどげかなあ。私はきらいだけど、あれならダシも出るし、かさも増やせるし。)
ここに来たばかりの頃は、まわりの主婦たちの勢いに押され、特売品を買いそこねる
ことも多かったフミエだが、この頃はすっかり要領を覚えたとみえ、首尾よく
イワシを手に入れて家路を急いだ。
イワシを手でさばいてきれいに洗い、薬味やカタクリ粉、味噌などを
入れてすり鉢でていねいに擂り、熱湯で茹でて味噌じたての吸い物にする。
すり鉢のすじにイワシの身が入り込んで、後できれいにするのが大変なのだけれど、
茂を喜ばせようと、なめらかになるまで一生懸命すった。
「お、今日はつみれ汁か。なつかしいな。」
湯気の立つ椀の中に浮かぶつみれを見て、茂が嬉しそうに言った。とりあげて
ひと口すする。椀を置いてつみれを箸でとりあげてひと口かじった。
『うまいですなあ。』
・・・お見合いの席で、赤貝の煮付けや寒ブナの吸い物をもりもり食べ、そう言って
微笑んだ茂を思い浮かべていたフミエの目に映ったのは、しかしあの笑顔とは
似ても似つかないしぶい顔だった。
「・・・なんか違うな。」
「え?・・・お、おいしくないですか?」
「うん。・・・ありていに言うと、まずい。」
茂が婉曲な表現などできない人であることは、この頃のフミエにはよくわかって
きていたけれど・・・。まずいなんて、あんまりだ。茂の喜ぶ顔を思い浮かべながら
一生懸命つくっただけに、フミエはかなりカチンときた。
「まずい・・・って、どうまずいんですか?」
「まずいもんはまずいんだ。・・・まあ、腹が減るけん全部食うけどな。」
茂はフミエにはかまわず、つみれ汁とごはんをワシワシ食べ、おかわりまでした。
フミエは、ただでさえ好きではないつみれ汁が憤りでのどをとおらず、黙っていた。
「そんじゃ、今夜は遅くまで仕事するけん。」
平気な顔で食べ終わった茂が仕事部屋に引き上げようとした時、フミエが口を開いた。
「まずいなんて、ひどいじゃないですか・・・一生懸命つくったのに。イワシだって
そげに何匹も買えんけん、少しでもかさを増やそうとつみれにしたんですよ。」
「うるさい!一生懸命つくろうがどうしようが、まずいもんはまずいけん、
そう言うて何が悪い。」
「あなたは知らんかもしれんけど、私が毎日どげに苦労しとるか・・・。少しでも
栄養のあるもんをと思うて、魚のアラを塩漬けにしたり、煮物の煮汁でおからを
煮たり・・・。」
「ごちゃごちゃ言うな!そげな細かいことにかまっとるヒマはないんだ。」
茂は一喝すると、仕事部屋に入ってフスマをぴしゃりと閉めた。
フミエは力が抜けてその場にぺたりと座りこんだ。どこがまずいのか、自分の
椀をとり上げて汁を飲み、実を食べてみる。
(うぇ・・・。)
口の中に残る舌触りとイワシ独得の風味に気分が悪くなり、涙がじわりとあふれた。
その夜。めずらしく茂と言い争いをしてしまった後味の悪さに、フミエは
なかなか寝つかれなかった。
(しげぇさんは、私の苦労なんかちっともわかってくれんのだけん・・・。)
情けない思いが湧いてきて、涙があとからあとからほほをつたい、枕をぬらした。
涙を流すと不思議と眠くなるもので、フミエはいつしか深い眠りにおちていった。
・・・ふと目覚めると、茂に抱かれていた。ほおや耳を愛撫する唇がはきかける熱い
吐息が、これから始まる情欲の時間を予感させる。
「うぅん・・・。」
ケンカとはおかしなもので、いつもはあれほどいとおしい茂の体重が、今夜はなんだか
腹立たしく、フミエは顔をしかめて身をよじった。けれど、茂はフミエをしっかりと
組み敷いて、平然と肌や唇を追ってくる。まだよく目が覚めずぼんやりしたまま、
のしかかられる重さに身動きがとれず、フミエはあっさり抵抗をあきらめた。
(勝手にしたらええわ。・・・感じてなんかあげんけん。)
なんとなくそれだけはしてはいけない気がして、フミエは茂の求めをこばんだこと
がなかった。だから、茂の好きなようにさせるけれど、悦びの表情を見せないことで
せめてもの抗議をあらわすつもりだった。
(声も出さん・・・、ええ顔もせんもん!)
茂は何も言わずフミエの肌を味わいつづける。手が浴衣の中に入り込み、次第に
フミエをあられもない姿に剥いていった。
「ん・・・んん。」
口づけされても、フミエはぎゅっと唇をひきむすんで交歓をこばんだ。茂はそれ以上
追わずに唇を離すと、乳房へと愛撫の矛先を移した。
「・・・ふ・・・ぅ・・・ン・・・んんっ。」
吸い上げられ、舌でころがされ、フミエの中心部と直結しているふたつの粒から、
身体のすみずみまでじわりとした快感がひろがる。下腹にあたる硬い感触に、
茂が自分を激しく求めていることが感じられ、フミエの泉が勝手にあふれ出す。
けれど、それを確かめる茂の指がなんとなく得意げなのも気に入らない。
「は・・・ぅ・・・ぅぅ・・・ん・・・。」
フミエは快を表すあえぎをかみころし、強情に茂の瞳を見ることを拒否した。
こうなると茂も意地になるものとみえて、顔を背けているフミエにはかまわずに、
脚を開かせると、猛りたつもので強引に侵入してきた。
「―――――!」
もうずいぶん身体も慣れたとは言え、つらぬかれる瞬間はいつも、征服される恐怖と
求められる悦びのふたつがない交ぜになった複雑な感覚におそわれる。身体の奥から
湧き上がる快感を無理やり押さえつけ、声を押し殺すと、行き場を失った熱情が
内側からフミエの身を灼き焦がした。
かたくなに横を向いているフミエのあごをつかんで、茂が正面を向かせる。
「ちゃんと、目を見せえ。」
フミエが、まっすぐに茂の瞳を見返した。いつもなら、愛情と官能の入り混じった
まなざしでみつめてくれる大きな瞳に、怒りの炎が燃えているのを見て、茂は
さびしく思わずにいられなかった。
(案外、意地っ張りだな。見とれよ・・・。)
茂は、フミエの身体を折り返すほど脚を抱えあげると、その中心をつらぬくものを
容赦なく上下させた。
「あっ・・・は・・・ぅ・・・ぁ・・・ぁぁ・・・。」
自らの脚に胸を圧迫され、フミエが苦しそうにうめいた。大の男にのしかかられて
身動きもならず、屈辱に涙があふれるのに、身体の悦びを抑えることができない。
ふいに圧迫から解放される。脚を元に戻して、茂がゆっくりとまた覆いかぶさって
きた。リズミカルな動きに、フミエの腰も自然に揺れる。茂がやさしい目でフミエを
みつめ、口づけした。さっきよりは甘く、フミエは応えた。
(ぁぁ・・・イかせて・・・おねがい・・・。)
天国がすぐそこにあるのに、たどりつけない。茂はさっきのフミエの冷たさに
仕返しするかのようにわざとゆっくりと責めた。
(意地悪・・・いじわる・・・。)
ようやく茂の動きが早くなった。フミエはもう意地を張るのも忘れて茂の背中に
しがみつき、嬌声をあげてよがった。
「あ・・・だ・・・あぁぁ・・・あ―――――!」
「ぁ・・・ぁん。」
まっ白な世界からじょじょに戻ってきたフミエは、ずるりと引き抜かれる感触に
総毛だった。脚を閉じることもできずぐったりしていると、身体を離した茂が
フミエの脚を閉じ、そっとうつ伏せにさせた。下腹に手を入れて尻を上げさせられる。
「や・・・待っ・・・すこし・・・やすませ・・・。」
懇願もむなしく、達したばかりの女陰を再びつらぬかれる。腰を上げていることも
できないフミエを横臥させ、本能的に前へ逃げようとするフミエの脚に自らの脚を
からめて、ふたり一緒に身体をふるわせるようにして責めた。
「ひ・・・ゃ・・・やぁ・・・ぁぁぁああ―――――!」
激しく身体をわななかせ、しめつけるフミエの中に、茂も熱い精を放った。
後ろから抱かれている身体のあたたかさ、茂の放ったもので満たされている感触・・・。
愛されたあとのけだるさの中で、フミエはさっきまでの怒りをほとんど忘れていた。
けれど、なんとなく顔を合わせづらくてじっとしていると、茂がなおも肌に手を
はわせてくる。フミエは手で身体をかばい、茂の手を逃れようと身じろいだ。
「なして、名前を呼ばんのだ?」
「・・・え?」
「あんた、意外と情が強い(こわい)女だな。」
そう言えば、呼ばなかったかもしれないが、実のところ、意味のある言葉を発する
余裕すらなかっただけのことだった。けれど、茂は、フミエが意地をとおしたと
思っているのだろう。
「あげにヒイヒイ言うとったのに、俺の名前だけは呼ばんとはな。いつもなら
しげぇさんしげぇさんと、うるさいくら・・・んむ・・・。」
フミエは、くるりと身を反転させて茂の唇をうばった。恥ずかしくて聞いていられ
なかったのと、名前を呼んでもらえなかったことにすねているような茂が、急に
いとおしくてたまらなくなったのだ。
「もういっぺんイかせたら、呼んでくれるか?」
「え・・・も、もう・・・堪忍して。」
「冗談だ。・・・俺の方がもたんわ。」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。そして、抱き合うと、いつもの甘い口づけをかわした・・・。
さっきまでケンカしていたのに、当然のようにフミエを組み敷いて、めちゃめちゃに
感じさせ、事をうやむやにされてしまった・・・。ずるいと思いながら、そのくせ名前を
呼んでくれないことに拗ねる茂を可愛いと思ってしまう。茂に抱かれながら乱れないなんて
不可能な意地を張ろうとして、案の定さんざん啼かされてしまった自分も情けない。
それでも、茂の名を呼ばなかったことを、フミエが意地を張り通したと茂が誤解しているのが
ちょっと痛快でもあった。
まったく、年齢のわりに子供っぽい新米夫婦だった・・・。フミエはつみれ汁のことから、
結婚して間もない頃のそんなことを思い出し、甘ずっぱい気持ちになった。
あのころ二人はまだ若く、つまらないことでケンカしたり、ひとつに溶けるかと思うほど
愛しあったり・・・。多忙を極める茂と会話らしい会話もできない今、あの頃の自分たちが
むしょうに懐かしく、いとおしかった。
数日後。藍子はフミエがつくったぼたもちを持って、修平と絹代の部屋を訪れた。
さっそくいくつもたいらげた修平は、ゆり椅子で船をこぎ始めた。藍子と絹代はお茶を
飲みながらゆっくりぼたもちを味わった。
「・・・お母ちゃんのぼたもちは最高だね。」
「ああ、藍子のお母さんは料理上手だが。」
藍子は、絹代がフミエの料理をほめたので驚いた。
「でも、おばあちゃん、この間お母ちゃんの料理が経済料理だって・・・。」
「もっと栄養のあるものをと言うただけで、まずいとは言っとらんよ。特につみれ汁なんか
私は大好物だが。」
「また、つみれ汁かあ・・・。」
「あれ、藍子は嫌いかね。・・・ふふ、実はフミエさんも嫌いだったんだよ。」
「ええっ?本当?」
「ああ。安来とウチじゃ味つけが違うのか、しげぇさんにまずいと言われたらしくてね。
手紙でつくり方を教えてくれと言うてきてね。何度もつくるうちに、食べられるように
なったんだと。自分が嫌いだとおいしさがわからんけん、上手くつくれんもんねえ。」
「ふうん・・・。」
「藍子は『亭主の好きな赤烏帽子』という言葉を知っとるかね?」
「ううん、知らない。」
「赤い烏帽子のように変なものでも、その家の主人の好みにあわせておけば、家庭が
うまくいく、言う意味だよ。」
「・・・この家はお父ちゃんの赤烏帽子だらけだね。」
父の発案による改装を繰り返し、迷路のようになり果てた家、父が旅先で買いこんできた、
おびただしい数の南洋のお面や像・・・それだけではない、この家の全ては父の思いどおりに
運営されていると言ってよかった。
(それにしても、お父ちゃんって、しあわせ者だなあ・・・。)
父の赤烏帽子は、一般的なものさしから見ると、かなり受け入れがたいものも多いのだけれど、
母はそれを全て受け入れてきたのだ。いや、受け入れるだけでなく、それを自分のものに
してしまったものも多い。南方に移住する計画にだけは、反対だけれど・・・。
(お母ちゃんもしあわせそうだから、まあいっか・・・。)
藍子にはかなり疑問なのだが、母はお父ちゃんと結婚してよかったと、事あるごとに
のろける。母が幸せならそれでいい、と藍子は思ったが、このごろの母の心に
翳を落としていることにまで気が回るほど、大人の事情はまだわかっていなかった。
「おばあちゃんは、おじいちゃんの赤烏帽子に合わせてあげてるの?」
絹代が顔をしかめた。朝食のメニューですら、修平はトーストとコーヒー、絹代はごはんに
味噌汁・・・この世代にしては珍しい、夫唱婦随でない夫婦なのだ。
「・・・この人には、昔さんざんふりまわされたけんね、もうたくさんだわ。」
その時、ゆり椅子でまどろんでいた修平が、ふと目を覚ました。
「ナニ、もうたくさんだと?そんならわしによこせ。」
「・・・いやだ、ぼたもちのことじゃありませんよ。それに、ちゃんと喜子の分もとっといて
やらんとね。」
修平は、なにやらぶつぶつ言っていたが、また眠ってしまった。藍子は、絹代と顔を
見合わせて吹き出した。喜子がぼたもちめがけて走ってくる足音がドタドタと聞こえる。
今日も村井家は平和だった。
99 :
92:2011/05/12(木) 11:05:57.51 ID:ELxb5gRW
ふみちゃんの中の人に苦手と言われてしまった「つみれ汁」・・・。
リアルふみちゃんの得意料理なんですよね。イカルもドラマの中で食べてたっけ。
いちせんとのコラボにも書きましたが、つみれ汁の名誉回復のために書いたものです。
自分の書く茂はちょっこし強引かもしれませんが、強引な中の優しさが好きなんです。
ご不快に思われる方がいたらすみません。不器用さと激愛のなせるわざなんです。
>>92 GJ!
強引なしげぇさん大好きです!
女に興味なさそうなストイックで朴念仁な男性が
愛する女性には激しく求めてしまう姿にはぐっときますw
意地はって感じるのを我慢するフミちゃんカワユス!
案の定、啼かされるフミちゃんもカワユス!
>>92 職人さんありがとうございます
「ちょっこし」の強引なんて全然いやじゃないでしょ、ちょうどよいですw
♪ほっぺにチュ けんかのあと〜は ほっぺにチュ
なんてありましたねえ
>>68 貴方の作品は初期のものから最近のものまで、どれもすごーーーくツボでして
投下されるのをいつも心から待っております!!
今回のいちせんも祐ちゃんがカッコ良くて・・・ドラマとぴったりですねw
ちなみに・・・数多い貴方の作品の中で、私が特に好きで何度も何度も読み返しているのは
ゲゲの気持ちが強く出てくる作品です。。。ゲゲ目線の作品は更にやられます!!
>>92 d!!!
私も・・・無愛想で不器用で「朴念仁」そのものだけれど
本当はフミちゃんの事が大好きで大好きで
すぐムラムラして「強引に抱いてしまうゲゲ」には萌えますw
次回作も楽しみに待っています♪
>>92 GJ!!(ええ顔もせんもん!)の布美ちゃんかわいすぎるううう!!
強引ゲゲは自分も大好物だ!名前呼んでくれなくてショボーンのゲゲも可愛い!
そのあとの布美ちゃんのチューでフォローとか、うわー!あまーーーーい!!
藍子「まーたのろけちょー」
またレスばっかり消費しているエロなし「橋木商店店主の話」です。
今回はなんと、フミちゃん出て来ません!ゲゲもちょっこしだけ…
なんじゃそりゃ!と言う方、ほんとにごめんなさい。
自分はこの話をゲゲゲワールドの住人達へのリスペクトとして書いているので
(ちょっと大袈裟ですが)まあ、こういう回もあります(言い訳)
あと調べていたらなんと、運命の昭和36年は、連続テレビ小説元年でした!
でかした、NHK!!という事で、ちょっこし遊んでみました
桜吹雪が舞う頃になると、この街の住人の顔ぶれもいくらか変わったことに気付く。
馴染みの工員や学生の何人かが、四月になる前に、街を去ると挨拶に来た。理由はめでたいものも、そうでないものもあった。
私のような個人商店の者には、あまり関係ないことなのだが、それでもこれまでランドセルを背負っていたはずの子が、学生服を着ているのを目にしたりすると、年度が変わったのだなと感じる。
ここ、こみち書房もそうだった。舞い散る花びら越しに店内を覗けば、訪れている客達も、自分の世界がほんの少しだけ変わったことの気恥ずかしさで、ふわふわと浮き立っているように感じる。
その真ん中に、笑顔の店主が鎮座していた。
「あら、橋木さん。お珍しい」
美智子が私に気付いた。
「やあ、その…、たまには本でも、と思ってね」
美智子に、と言うより、自分に対して言い訳をして店の敷居を跨ぎながら、いつかもこんな会話をしたことがあったな、と思った。
ただ、あの時と違うのは、今は店内に客が多く、店主が私だけにかかずらっている訳にはいかないということだった。
「美智子さん、『主婦の手帖』ある?」
「ああ、今は徳子さんのところね。そろそろ返ってくると思うから、除けといてあげましょうか」
「ああ、お願い!来週また来るわ」
更に、居るのは貸本目当ての客だけではない。二、三日前から銭湯のおかみ、靖代が、あの高級クリームの実演販売を、この貸本屋でし始めたのだ。
「美智子さん、今日もありがとう。また明日も来るから、よろしくね」
どうやら本日はもう、店仕舞いらしい。靖代は大きな鞄を抱えて、店を出て行くところだった。
「ううん、こちらこそ、助かってるのよ。また、頑張ってね」
美智子はそう言って、靖代を見送る。私はいろいろと多忙な店主を目の端に捉えながら、さり気なく書棚を見た。
何処に何が置かれているかも、さっぱり判らない。漫画本が並んでいる棚を見つけ、近づく。
(水木しげる、水木しげる…)
すぐ判った。明らかに他の漫画家とは、扱いが違う。棚の一番目立つところに、かなりの場所を取って、並べてあった。
「妖奇伝」、「墓場鬼太郎」、「少年戦記」、「陸海空」…。他にも多くの漫画がずらっと並んでいる。凄い量だ。政志が読んだというのは、どれなのだろう。
「妖奇伝」という本の一冊を手に取ってみた。表紙の絵を見て、思わず「わっ!」と、小さく声を上げてしまう。
(何だ、この絵は)
描かれているのは人か、それとも化け物か。爛れた皮膚に、潰れて腫れ上がった左目。むき出しの右目。歪んだ口元から、飛び出した大きな歯。禿げ上がった頭には、蝋燭が載っている。
不気味などというものではない。これがあの男の描いた絵か?あの、飄々とした男の。
そして、「こんな絵」を描く手伝いを、「あの人」がしているというのだから、驚きである。肝が据わっているとでも、言うべきか。
ぱらぱらとめくってみる。申し訳ないが、じっくり読む気には、なれなかった。
何冊か眺めてみて、どうやら「鬼太郎」という名の子供の片目は、つむっているのではなく、潰れているのだということだけは、判ったが。
いつだったか、真弓という女子工員に太一が、「物凄く気味の悪い絵の漫画を好む」と言われていたのを思い出す。
成程、納得の気味の悪さだ。あの朴訥とした青年が好むものとは、とても思えないのだが、人は見かけによらない。
ふと「鬼太郎夜話」という題名が、目に入った。一、二、三、四…四巻までしかない。確か村井夫人は、「五冊目がもうすぐ出来上がる」と言っていなかったろうか、あの雪の日に。あれからもう、随分経つ。
「橋木さん、もしかして、水木先生の本、借りに来たの?」
いつの間にか美智子が、私のすぐ近くまで来ていた。客の数も、かなり少なくなっている。
「いやあ、その、そういう訳じゃ…。あのさ、美智子さん」
「何?」
「これって、五巻目出てないのかい?それとも、今貸し出し中?」
私が「鬼太郎夜話」を指差しながら言うと、美智子は残念そうな顔で言った。
「それね、実は、いろいろあって。元々出版が遅れてたんだけど、そうこうしているうちに、原稿が無くなってしまって、出せなくなったそうなの。水木先生、お気の毒なんだけど…。それに、布美枝ちゃんも」
私は、絶句してしまった。原稿が無くなった、とは。
―うちの人は今、凄く頑張ってくれとりますけど。私はちょっこし、手伝っとるだけで―
薄闇の中、誇らしそうにそう言っていた村井夫人を思い出す。苦労して、二人で、完成させたのだろうに。
何があったのか知りたかったが、込み入った事情など、他人が訊くことではないと思い直した。
ただ、それがいつ頃のことなのかは、判るような気がする。見ごろの桃の花と、駅のベンチに座り込む、村井氏を思い出した。
「大変なんだね、漫画家も…」
そして、その女房も。と、心の中で続ける。
「そう、そうなんだけどね、でも…」
「でも?」
「つらいことだったと思うんだけどね、布美枝ちゃん、明るかったのよ、そのこと話してくれる時。落ち込んでても、しょうがないって。何とかなるって。太一君のほうが、よっぽど残念がってた」
美智子は、「鬼太郎夜話」のうちの一冊を手に取り、大事そうに表紙を撫でた。
明るかった、か。
作品がもうすぐ描き上がると、嬉しそうに言っていた顔。そして、唇を噛んで売り物のコーヒー豆を見つめる、泣いた後の顔。
その間にあったこと、見たもの、聞いた言葉。いろんな思いを抱えたはずだ。それをどうやって、明るさの向こうに押しやったのだろう、あの人は。
いや、その答えを、私はもう知っているような気がする。
そして、村井夫人の馴染みの貸本屋の店主が、それを言葉にした。
「彼女自身の強さも、勿論あるでしょうけど、水木先生の存在が、大きいのね、きっと」
開け放った店の入口から、美智子の髪を揺らして、桜の花びらを乗せた風が、吹き込んできた。
◆
「『墓場鬼太郎』か…」
(そういえば、いつだったか、墓場に居たのを見かけたことがあったな)
横丁を出て、帰る道すがら、私は不思議と、村井夫人ではなく、村井氏の姿ばかりを思い出していた。
村井氏、いや、水木しげる氏は今、河童の漫画を描いているそうである。
「今度こそ、本になってほしいわね」と、美智子は祈るように言った。太一が持っていた色紙に描かれていた絵が、思い浮かんだ。
私は、漫画のことは何も知らない。彼が漫画家としてどうなのか。本当に「鬼才」なのか。
そもそも片腕で漫画を描くということが、どういうことなのか。
私は何も知らないし、今後も知ることはないだろう。描いている姿を目にすることも、多分一生、ない。
だが、彼はきっと「本物」なのだろうと、素直に思える。そして、その根拠は、この街の人々にある。
美智子、太一、それに多分、政志も。そして、何より、誰より、あの女房。
毎日、自転車でこの商店街にやって来て、あの大きな瞳が語るのだ。ただ男として惚れているだけではない、夫の仕事ぶり、その生き方を、どれ程尊敬しているかということを。
どうせなら散歩をかねて、下野原まで足を伸ばしてみようか、村井家がどんな家なのか、この目で一度確めてみるのもいいかも知れない。
「あっ」
ここで私は、貸本で水木しげる宅の住所を確認するのを、忘れたことに気付いた。その為に、こみち書房に行ったというのに。
貸本屋に行くなどという、遣り付けないことを、そう何度もする訳にはいかない。あの夫婦の住み処を知るのは、もう少し先になりそうだった。
それにしても。
慣れた我が家、我が店に帰る道を歩きながら、私は改めて自分の無知さを、思い知らされずにはいられなかった。私は漫画そのものだけでなく、その世界のことも、何も知らないのだ。
「鬼太郎夜話」の五冊目も、元々出版が遅れていたと、美智子は言っていた。
如何に水木しげる氏の才や努力が「本物」でも、それが報われなければ何もならない。対価という形で返ってこないとするならば、気の毒すぎる。
あの二人は何があっても、それこそ「過ぎたことは仕方ない、何とかなる」と明るく遣り過ごすのかも知れないが、そんな姿を見るほうもつらい。二人が寄り添うように暮らす様を間近に見る者ほど、やるせなくなる、そんな状況が、これからやって来るのではないか。
私は、自分でもよく判らない、不吉な予感のようなものに、苛まれていた。
◆
今日はなんと、四月も下旬だというのに、雪がちらついた。春とは思えない寒さである。
そういえば、前にも霙が降った日に見かけた、あの女性が、今日もまたやって来た。
おそらく村井家を訪問したのだろうが、行きも帰りも随分と上機嫌で、やる気に満ち溢れているといった感じだった。思わず、若いってのはいいなあと、呟いてしまった程だ。
それに引き替え、と言ってはなんだが、日も暮れてから帰って来た村井氏の表情は、何とも不安げだった。しばらくの間、うちの店の前のベンチに座っていたが、何か紙を眺めては「信用してええもんかなあ…」などと呟き、溜め息をついている。
その溜め息が、この寒さで、真っ白だった。
河童の漫画は、出来たのだろうか。そして、ちゃんと本になるのだろうか。
訊けるはずもなく、しきりに首を捻りながら下野原へ帰る後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。
◆
それから数日後の、ある日。店に立ちながら、女房が言った。
「布美枝さん、外に働きに出るつもりらしいわよ」
「へっ!?」
「昨日、ここを通った時に少しだけ話して。言ってたの、『セールスのお仕事って、難しいですかね』って」
思いも寄らない事実に、次に言うべき言葉が出て来なかった。
漫画の手伝いは、相変わらずしているようだった。見ている訳ではないが、山田屋のおかみ、和枝との会話や、商店街を行き来する際の慌しさから、何となく判る。
彼女自身の作業量も、かなりのものであるはずだ。それに費やしている時間を、外で働くことに充てる理由は、ただ一つ。経済的なものしかない。
また本が出ないようなことが、起こったのだろうか。それとも、本になっても、その報酬が充分ではないのだろうか。
世の中の景気は上向きだというのに、漫画の世界はそうではないのだろうか。私は、何も知らない。
気が付くと、うちの女房は、店に来た馴染みの客と、呑気にテレビドラマの話なんぞを始めていた。
「『娘と私』、面白かったわー。終わっちゃって、残念」
この客人は、毎朝放送されていたとあるテレビドラマがお気に入りだったらしく、うちの女房にその面白さを力説していた。
「ああ、『連続テレビ小説』だったっけ?うち、まだテレビないから、観たことないのよ」
ぎくっ、と思わず手が止まる。まさかテレビを買えと、この私に、客の前で言い出すのじゃないだろうな。そんな余裕は、うちにはまだない。
「もう、毎日観てたから、生活の一部って感じだったわ。何度泣いたことか」
「へえ、そうなんだ。もう、次の作品、やってるんでしょう?高橋さんが言ってたわよ」
「次のやってたの!?それ、知らない。今はつけてもテレビドラマなんて、放送してないわよ」
「放送時間が変わって、早くなったとか…」
「そうなのー!?」
放送時間が変わるなら、テレビ局だってちゃんと告知してるだろうに。内容に感動しすぎて、見逃したのだろうか。
井戸端会議とは、こういう情報を仕入れる為にあるのかも知れない。その客は「明日からは絶対観るわ!」と鼻息を荒くしながら、帰っていった。
「ああ、誰か偉い作家さんが、この辺りを舞台にした小説書いて、それが『連続テレビ小説』になったりしないかなー」
女房がうっとりした顔で言う。全く、しっかりしているようで、「世の中の理」というものを知らない奴だ。
「こんな何てことない街の日常なんて、テレビドラマになる訳ないだろうが」
「えー、いいところじゃない。住んでる人も、いい人ばっかりだし。素敵な話になると思うんだけどなー」
取りあえず「テレビを買え」という方向に女房の興味がいかなくてよかった、とほっとしながら、私は適当に言った。
「まあ、いつか、この界隈を舞台にした『連続テレビ小説』が出来て、日本中が毎朝夢中になって観る日が来るかもな。五十年後くらいに」
「また、そうやって、馬鹿にするー」
とにかく、今の私にとっては、テレビドラマの話など、全くもってどうでもいいことなのであった。
終わり
119 :
105:2011/05/14(土) 02:24:15.90 ID:o2fPcWqS
この時代、こういう会話で「テレビドラマ」という単語を使うのが自然かどうか
調べたんですけど、よく判りませんでした…
あと、どうでもいいことなのですが、自分はこのドラマが充分に完成したものとして好きなので
橋木氏はドラマの歴史を変えないように存在させているつもりです
登場人物達の、ドラマの中で「経緯」が描かれている人生の選択、心境の変化、
新事実の聞知などには、橋木氏は絡まない、影響を与えないように
あってもせいぜい、ちょっとした風味と言うか、そんなもんを加える程度
(その代わり、描かれていないところでは、思いっきり絡ませるw)
それが徹底されてない、橋木さんによってあのシーンの解釈が変わっちゃうなー
とお思いになった方がいらしたら、すみません
自分は常に上記の意識で書いていますので、お許しください
>>105 橋木さん、投下いつもありがとうございます!
今回もゲゲゲワールド全開でしたね。
なんだかスピンオフのドラマを観てる気分ですよ!
気にせずどんどん投下してください!
藍子タンに逢えるのを楽しみにしていますw
>>92 GJ!
感じてなんかあげんなふみちゃんも名前を呼べなしげさんもほんとかわいい
五歳よっちゃんがぼたもちめがけてまっしぐらが目に浮かぶようだ…
>>105 おお…働きます週に!
なんだか色々と切ないですな…
ふみちゃんのおめでたを知った時の店主氏の反応が気になるw
萌えネタ探しの為に、ふみちゃん(綾)の中の人動画見てたら
ホテル行きたい発言動画があって、軽く萌えた
>>124 ありがとうございます
おひとりさまでしたか
このドラマでのキスシーンが勢いのあるキスというか…
ブチュなかんじなキスだったのが印象的でした
おひとりさま見たことなかったけど中の人かわいいなちくしょう
若い頃のふみちゃんの声の高さが好きだったからツボすぎた
しげさんの口の横についたソースとかぬぐっていちゃいちゃして藍子を呆れさせてほしい…
どんなもんかと思ってDVDで映画版ゲゲ女見た。俳優陣も嫌いじゃないし、スガちゃんとか出てきて嬉しいんだが
萌えが皆無で自分には耐えられなかったよ…。同じ原案でこうも真反対のものがよくできたもんだ。
>>127 もうDVDになってるんだ〜。自分は元々先生のファンでドラマを見出したので、
ココにはまるw前は「映画も当然見る!」と思ってたんだけど、ちょっとつらいな。
実は原案にない萌え要素って少ないってくらいの原案なのにな〜。
でも見るだろうな〜。そして使えるシチュをみつけてしまうんだな・・・。
ねー
いつか自分も「いちせんパロ」描いてみたいんだけど
2人の年齢差って3歳で良いのかな
理由は中のひと達が、っていうのもあるし
祐一 大卒
綾子 専門卒っていうのを考えると、丁度そんな感じだよね??
>>127 前もここで映画の話題出たけど
自分はドラマの二人じゃないと萌えないな
>>129 そうか…。自分は同い年の設定だと思っていた。根拠はないけど。
いちせんのサイト保存してないから、細かい設定とか全然覚えてない。バイト先で会ったってことくらいしか。
力及ばずすまん、でも楽しみにしてる。
>>129 おお!いちせんパロ楽しみ
wktkしながら待ってます
祐ちゃん大学3年で進路に迷ってる時に綾子の一言で店継ぐ事決めたんじゃなかったっけ?
ここを考えたら3才違いにはならない気がする・・・
いちせん、二人の簡単なプロフィールはキャッシュありましたよ。それによると…
佐々木綾子(松下奈緒)
小さい頃から絵を描くのが好きで、美術系の専門学校に行っていた。祐一とはそのころ居酒屋のバイトで知り合う。
祐一がせんべい屋で修行を始めて4年が経ったころ、祐一からプロポーズされ、迷いなく結婚を受け入れたが、
「祐一の妻になる」気は充分にあったものの「せんべい屋の女房になる」ことに対しては割りと甘く考えていた。
佐々木祐一(向井理)
愛情を注がれて育った佐々木家の一人息子。大学卒業時までせんべい屋を継ぐ事と向き合ってこなかったが、
父親から「自分の好きなように生きなさい」という手紙をもらい、両親の愛情の深さと自分の気ままさを自覚し
店を継ぐ決心をする。
だそうです。年齢差とかはどうなんでしょう…
綾子が専門1年、祐一が大学2年か3年の秋ごろからつきあったんじゃないかなと想像
とりあえず公式なくなっちゃったし、ほかの設定も書き出しとくか…
フラッシュだからコピペできなくて見ながらうったから誤字とか脱字あったらごめん
年齢差は書いてないな…
馴れ初めは綾子の一言
綾子と祐一は学生時代に居酒屋のバイトで知り合う。 祐一が大学卒業を目前にせんべい屋を継ぐ決心をしたときに
「祐一くんなら大丈夫だよ!」と言ったことが「こいつが大丈夫って言うと大丈夫な気がする…」
と祐一の大きな支えになり、二人は付き合うことに。 祐一が本格的に店で修行し始めて三年が経った頃、
二代目(祐一の父)が体調を崩して入院。 祐一は看病で店を開けがちになる母の分も働き一人で店を支えた。
一年が経ち、せんべい屋を継ぐ確信と自信が生まれた祐一は綾子にプロポーズした。
もういっこ
綾子の中に芽生えたもの
ストイックな祐一にいつも「大丈夫!」と声をかけてきた綾子だったが、
思っていた以上に自分が祐一の支えになっていたことや、せんべい屋としての祐一の熱意に今さらながら驚く。
さらに「二代目を安心させたい」という祐一の言葉に 「自分は祐一の支えになり、安心させてあげられているのか?」
という焦りが生まれ、綾子の中にせんべい屋ささきの三代目の女房としての自覚が芽生え始めたのだった。
公式から考えると、やっぱ三歳くらい祐一が年上で良いんじゃね?
その方がバランスもいい希ガス
ゲゲふみも10歳の年の差だったし、個人的には男が年上の方が断然萌えるなw
ところで、茂【童貞】初夜編を構想中の職人さ〜ん
作品は進んでいますでしょうか?
焦らせてしまっては大変申し訳ないですけれど・・・
ここにも一人、首を長くして待っている者がおりますので
いつかきっと・・・
是非!投下して下さいね〜
>>138 うわーすみません生きてます!
自分でネタふりしたくせに遅くて申し訳ないです…思いのほか難産で…
少しずつ書き進めているのでもうちょっこしお待ちください><
>>128 ドラマ見終わってから原案読んで、原案からかなり色々使われててびっくりしたなぁ
ドラマの原案って名前とかうわべだけ持ってきた別物ってイメージだったから
リアル夫婦のスタパで自転車乗れますか?も元ネタありだと知ってかなりびっくりした
あれを普通に言えるリアルおとうちゃん恐ろしい子…
正直なところ、妻の妊娠は必ずしも望んだ事態ではなかった。
深沢が結核に倒れ、出版社が閉められて生活が苦しくなると懸念した
矢先の事だったからだ。妊娠の報告を聞かされた瞬間心を占めたのは
喜びではなく、動揺と不安と、そして微かな後悔だった。
ならばその原因となる行為をしなければ良かったのだろうが
そこは男女の事だし、自分は新妻を愛でただけだ。―――――計画など
大して考えてなかったというのが本音だが。
『……なたっ……、はぁ…ん、う…ぁあ……んん………!』
唐突に妻・布美枝の閨での姿態が頭をよぎり、ぶるぶるとかぶりを振る。
なんにせよ、一度授かった命をこの世に迎える覚悟はできた。
40過ぎて父親になるとは思っていなかったし、まだ実感はないが、
「なんとかなる」
魔法の言葉を呟き、茂は帰路を急いだ。
「帰ったぞ」
ある出版社に原稿を届けた帰りの10月の午後。茂は家のドアを開けた。
おかえりなさいと応える声がいつもなら返ってくるはずなのに、それがない。
(……?)
自転車があるから出かけてはいないらしいが、中にいないのか、と
茂は外へ出て家の裏に回った。すると―――――――。
布美枝が、大きな腹をかばいながら物干し竿にせっせと柿を干している
ところだった。
村井家の庭には西条柿の木があり、隔年で実をつける。それを渋抜き
した後に干し柿にして保存しておくのだ。
身体が重いのか、布美枝は時おり腰に手をあてている。
なんとなく声をかけないまま―――――理由はよく分からなかったが、
きっと眺めていたかったからだろう―――――、それを眺めていた。
柿をくくった紐を全て吊るし終わった時、柿の暖簾が風にざらん、と揺れた。
秋晴れの空の藍色に、橙のコントラストが眩しい。
「壮観だな」
声に気付いた布美枝が後ろを振り向き、帰宅した夫に笑顔を見せた。
「おかえりなさい」
瞬間。ざあぁっと乾いた風が足元から吹いた。
一人の妊婦が、牧歌的な風景の中にくっきりと浮かび上がった。
「……ああ。帰ったぞ」
(――――――母親だ)
まだ産んでもいないのに、布美枝が母親の顔になっている。
ごく平凡なはずの目の前の女は、こんなに美しかっただろうか?
見慣れた妻は何か遠い存在のようで、神々しく、そのくせ儚げにも見えて
胸が詰まった。これは本当に、自分の女房だろうか。
寒い中ご苦労さまでした。ちょうど良かった、こっちも終わったとこですけん
今お茶淹れますね――――――そう言って妻は駆け寄ってくる。
「うん…」
釘付けになった目を逸らすタイミングを完全に失ったその時。
「あっ!!」
布美枝が声を上げた。茂を縛っていたものが解けて、場が動き出す。
「ど、どげした」
「赤ちゃんがお腹蹴ったっ」
「え」
膨らんだ腹をまじまじと見た。
「もう蹴るのか」
「最近よう動くんですよ、この子」
「だら、なしてそれを早く言わんのだ」
「だってその時あなた、近くにおらんかっ……」
「どれ」
話を遮り、手の平をぺたっと腹に当ててみる。
「…」
「…」
「動かんぞ」
「あら。今の、寝返りだったのかな…」
「腹の中で寝返りなんてするのか」
「らしいですよ。先生がおっしゃってました」
しばらく静かに待っていたが、やはり動いた感触はない。
「ふむ」
興を削がれて手を離した。
「あっ!」
「えっ?」
「また動いたっ」
「お」
もう一度付ける。
「…また静かになっただねか」
「上手くいきませんねぇ」
「おーい」
ごく軽くポンポンと腹部を叩く。
「元気しとるか」
中からの返事を息を詰めて待っていても、やはりぴくりともしない。
「俺には挨拶せんのだな」
茂がむっつりとした顔を作ると、布美枝が噴きだした。
「…随分と恥ずかしがり屋だけん、女の子かもしれんね」
(女の子……)
もちろん布美枝の台詞は他愛ない冗談に過ぎなかったが、
初めての子だし、特にどちらが欲しいとも考えていなかった茂は
虚を突かれて妻の顔を見つめた。
「ふーむ」
赤ん坊が腹の中にいる時に、母親の顔がきつくなったら男の子、
優しくなったら女の子、などとよく言われるが布美枝の場合はどうなのか。
(いつでものんびりしとって、ようわからんな)
「…恥ずかしがり屋なのは、あんたに似とるせいじゃないか?」
「あらっ」
茂の適当な発言に、布美枝は少しおどけて返した。
「よう寝るのは、あなたに似て寝ぼすけなんですよ、きっと」
「それか、内気で本番に弱いタチだな。あんたも子供の頃、そんなだったろう」
「う……」
どうやら図星らしい。口では茂の方が一枚上手だ。
「んもう、そげなことばっかり……っくしゅんっ!」
布美枝が寒さに肩をすくめた。晴れているとはいえ、外の風は冷たい。
「あーあー、ほれ、早こと中に入れ。身体冷やすと毒だけん」
布美枝の腰に手を廻して支えてやると妻はこちらを見上げだんだん、と頷いた。
微かに照れた色がその瞳に浮かんでいた。
さっきまで近付きがたい雰囲気をまとっていた布美枝が、自分の腕の中に
帰ってきた気分だった。
母になる彼女と、妻である彼女が、茂の中でひとつになった。
ああ、なるほど。
さっきは、不安だったのかもしれない。ひと足先に自分の知らない顔に
なった布美枝に、置いてきぼりにされたようで。
けれど鏡を見ればきっと、今の自分は父親の顔になっているのだろう。
布美枝が母親の顔になっているのと同じように。
(……悪く、ない)
「そこ足元、気を付けて上がれよ」
「はい……ふふっ」
今は知らんふりしている赤ん坊にもうすぐ逢えるのだと、いよいよ
実感し始めた、ある日の話。
(終)
前書きを入れ忘れましたが、藍子を妊娠中の話です。
柿の木はドラマにはないんですが、リアル長女さんの話から借りました
>>141 うわぁ、GJ!素晴らしい!
>なんとなく声をかけないまま―――――理由はよく分からなかったが、
>きっと眺めていたかったからだろう―――――、それを眺めていた。
いつもそっとふみちゃんを見つめている照れ屋のゲゲの視線が好きです
飽きるほど二人きりで寄り添って生きていた
あの頃の愛おしい二人が瑞々しく表現されていて、うっとりしてしまいました
これからも素敵な作品を読ませてくださいね
>>141 投下だんだん。
夫婦なゲゲふみも好きですが、父母な2人も好きなんです。
村井家かわいいなぁ(*´∀`*)
>>141 超GJ!!
二人がめちゃめちゃ可愛い上に、季節感の表現が素晴らしい!
空も、吹いている風も、「ゲゲゲワールド」のそれって感じです
本当に、素敵な作品、だんだんです!!!
>>141 GJ!「俺に挨拶せん」のむっつりゲゲが可愛いw
ドラマの妊婦時代はゲゲ布美二人の掛け合いが結構すっとばされてたから(藍子、喜子ともに)
こういうほんわかしたの、どんどんほしい。
>>141 ありがd
胸キュンしました!
>>146さんの言葉をお借りすれば
「飽きるほど二人きりで寄り添って生きていたあの頃の愛おしい二人」が一番好き!
ドラマの中でも、ゲゲがフミちゃんをそっと見つめるシーンって結構多いんですよね〜
ところで、前スレの>623さんへ
(大変遅レスですみませぬ・・・)
どうもありがとう
原因はよくわからないけど、改めてアドレスコピって
携帯に送ったら、大丈夫になったですw
過去の作品をまとめてあるサイトも、とってもありがたい。。。
少しずつで構わないから、更新して頂けると本当に嬉しいな---
うわー!
しばらく来られなかった間に新作が続々!
強引ゲゲも橋木さんもほのぼの夫婦も
どれも素敵だー
>>141 ありがとうございます
母になる彼女と、妻である彼女が、茂の中でひとつになった。
ここらへんが色々難しいのでしょうね、父になる世の男性の心情としては…
妊娠中のころを思い出してしまいました
>>141 GJ!
夫婦で父母なゲゲふみかわいすぎる!
『しげぇさん』も良いけどやはり『あなた』も捨て難いと思いましたw
週一ペースでレス大量消費してます「橋木」です(めんどいので省略w)
当然エロない上に、今回もフミちゃん殆ど出て来ず…。おまけに完全に
橋木さんの話になっちゃってます。
が!別に彼の事を書きたい訳ではありません。その向こうにあるものを何とか読み取って頂ければ(苦しい…)
でも!次回からは、三回連続でゲゲフミ回です!!ツーショットとたっぷりのフミちゃんの笑顔が出て来ます。
ほんとです。もうちょっこしお待ちを…
155 :
若葉のころ1:2011/05/21(土) 02:07:42.13 ID:k/BZNFVM
今日から五月。青々と繁り始めた草木の香りが、強い風に乗って運ばれて来る。
爽やかではあるが、吹き付ける風に目を細めざるを得ないような、幾ばくかの荒々しさもある日だ。
そんな中、何処かへ出掛けていたらしい村井夫人が、いつもとは違う角から商店街へやって来た。
向かう先はいつも通り、アーチの向こうの田舎道のようだが、何処から帰って来たのだろう。横丁とも駅とも違う方角から、歩いて来る。
その表情には、喜びと、何か誇らしさのようなものが、溢れていた。だが「何かいいことがあったんですか?」などと、気軽に声を掛けることは憚られるような、不思議な緊張感の帳に包まれてもいた。
よく見ると、その眼の奥には、単なる嬉しさだけではない、複雑な思いのひだが、見え隠れしている。
「あれ、奥さん今日、自転車は?」
八百善の店主が、何気なく話し掛けた。それに対し、村井夫人は、軽い会釈と無言の笑みで答える。
156 :
若葉のころ2:2011/05/21(土) 02:18:16.47 ID:k/BZNFVM
その横顔を、思わず凝視してしまった。
見慣れた、穏やかな笑顔のはずなのに、何処か違う。何かが、加わっているような気がする。
村井夫人は、強い風が長い髪を巻き上げる中、胸の前でぎゅっと手を組み、一歩一歩足元を確認するように、ゆっくりと帰っていった。
◆
「すぐ喫茶店に逃げ込んじゃうのよ、自分の旗色が悪くなると」
亀田質店店主の御内儀が、店先でいつものように御亭主の愚痴を言っている。この商店街では、週に一度は何処かの店で、見られる光景だった。
「先週の定休日なんか、一人で映画に行っちゃったんだから」
「今、ヘップバーンの映画、かかってるわよね、東町の映画館で。意外とそういうの好きなんだ、ご主人」
うちの女房が相手をするのも、いつものことである。
157 :
若葉のころ3:2011/05/21(土) 02:25:25.64 ID:k/BZNFVM
「違う、違う。『すずらんシネマ』でやってるほう。グレゴリー・ペックの戦争映画、お客さんに面白いって言われて。そういうの聞くと、すぐ観たくなるのよ、うちの人」
「あら、じゃあ、ヘップバーンだって、誰かに薦められれば、奥さんと行ってくれるんじゃない?」
「いーえ、恋愛映画だって、一人で行っちゃうわね、うちの人は」
散々な言われようだが、店主の達吉は、本当に困っている馴染み客に対しては、利上げをしてもいないのに、しばらくは質草を流さないでおく、などということをこっそりやるような男であった。
当然、儲からない。だが、それを知りつつも咎め立てなどしない、この奥方はそういう人だった。
風は、相変わらず強い。
今日私は、村井夫人に会っていないが、見かけた女房によると「元気がなかった」そうだ。昨日、青嵐に押されるようにして帰っていく姿は、確かに幸福そうだったのに、何があったのだろう。
158 :
若葉のころ4:2011/05/21(土) 02:33:20.08 ID:k/BZNFVM
働きに出るという話は、どうなったのだろうか。
ふと表を見ると、見覚えのある男が、雑誌が入っているラックを、しげしげと眺めていた。安物のシャツと上着、にやけた顔。ここ数か月、何度かこの界隈で見かけている男だ。だが、どうやら住民ではないようなので、あまり気にしたことはない。
他に客もないので、表へ出て、話し掛けてみた。
「いらっしゃい」
その男は、顔を上げると、人がいいのか悪いのかよく判らない笑みを浮かべて言った。
「ご主人、今、雑誌はどんなのが売れてます?」
「へっ?」
「いえね、私は出版を生業にしておりましてね、少々興味がありまして…」
変な男だな、とは思ったが、別に害もないだろうと思えたし、うちでは雑誌の類は事のついでに少々扱っているというだけだったので、適当に答える。
159 :
若葉のころ5:2011/05/21(土) 02:41:46.40 ID:k/BZNFVM
男はいちいち「なるほどー」などと頷きながら、こちらの話を聴いていたが、しばらく話し込んでから急に、
「あっ、こりゃいかん。もうそろそろ行かんと。馴染みの男の壮行会に、呼ばれとるんですわ。まあ、壮行会と言っても、典型的な都落ちで…」
怪しげな男は怪しげに笑いながら、アーチの向こうへ消えていった。
◆
その翌日。
「あの…」
弱々しい声に振り返ると、店先に中森が立っていた。
「ああ、中森さん、いらっしゃい。何か?」
「ああ、いえ、今日は買い物じゃなくて、その、ご挨拶に…」
よく見ると彼は、腰に手拭いをぶら下げ、小柄な体に不似合いなくらいの、大きな荷物を背負っている。
「どちらかに、お出掛けで?」
160 :
若葉のころ6:2011/05/21(土) 02:47:16.54 ID:k/BZNFVM
「いえ、その…、大阪の家内の実家に、身を寄せることになりまして。この商店街の方、特にご主人には、随分お世話になりましたので、一言お礼を。本当に、いろいろありがとうございました」
深く深く、頭を下げる。
事の詳細は全く知らないが、晴れがましい旅立ちという訳ではないことは、痛いほど判った。いつかの、ベンチに座り込んで、肩を落としていた姿を思い出す。
笑って見送る以外、私に出来ることはない。
「そうですか。じゃあ、大阪でも、お元気で」
ふと、彼が、握り飯らしき新聞紙の包みを持っているのが、目に留まった。
「…それは、ご自分で?」
「ああ、いえ、間借りさせてくださってたお宅の、奥さんが。いい方なんです、とっても」
そう言って彼は、その包みを大事そうに撫でた。
「じゃあ、私はそろそろ。ご主人も、どうか、お元気で」
「ああ、どうも。あの…、道中、お気をつけて」
161 :
若葉のころ7:2011/05/21(土) 03:04:46.16 ID:k/BZNFVM
中森は何度も振り返り、あの力のない笑顔を見せながら去っていった。
背中の大荷物にぶら下げたやかんを揺らしながら、その小柄な体が遠ざかってゆくのを、私はいつまでも見送った。
◆
その日の午後。
「ねえ、あれから布美枝ちゃんに会った?」
床屋のおかみ、徳子が、乾物屋に来て、おかみの和枝に言うのが聞こえてきた。
「ううん、なんか入れ違っちゃって。未だに『おめでとう』って、言えてないのよ」
「私も。今日辺り、来るんじゃない?こみち書房に」
「そろそろ買い物に来る時刻よね。行って待ってようか、あっちに先に行くかも知れないし。靖代さんも誘って。あ、そうだ…」
和枝は一旦店に入り、何かを紙袋に入れて持ち出した。そして、妙にはしゃいだ様子で女性達は、店をそれぞれの旦那に任せて出ていった。
162 :
若葉のころ8:2011/05/21(土) 03:10:57.66 ID:k/BZNFVM
やっぱり村井夫人に、何かいいことがあったようだ。それとも旦那に、だろうか。どちらにしても喜ばしいことだが、うちの女房の言葉が、どうも気になる。
ここ数日、配達などが立て込んでしまい、私も夫人と入れ違いが続いていた。毎日のように見かけていたのに、こういう時に限って、顔を見られない日が続く。
女房の思い過ごしであればよいのだが、と思いつつ、何も出来ないまま、時間だけが過ぎた。
◆
そんなある日、深大寺の近くへ行く用事が出来、一仕事終えて帰る際に、私は、せっかくだからお参りの一つでもしてみようと、ふと思い立った。
山門の石段を登り、本堂のほうへ向かう。木々の緑が、目に痛いほど濃い。
聞こえるのは水の音、ざわざわと激しい葉擦れの音、遊ぶ子供達の楽しげな声。そして、下駄がカランコロンと鳴る音。
本堂の近くに、村井氏が居た。
目を細めて、無邪気に遊ぶ子供達を、離れた位置から見ている。
163 :
若葉のころ9:2011/05/21(土) 03:20:00.77 ID:k/BZNFVM
ふと、女房は伴っていないのか、と思った。
彼がこの辺りを一人でぶらついているのはしょっちゅうなのに、いや、そもそも女房と連れ立って歩いているところなぞ、見たことがないのに、その時は何故か、二人で居ないことがひどく不自然に思えたのだ。自分でも、よく判らないのだが。
「村井さん、お散歩ですか」
私は、声を掛けた。
「ああ、橋木商店の。どうも。いや、その…。これから、出掛けるところでして」
「へえ。お仕事で?」
「いやあ…」
彼は、何となく決まり悪そうに俯き、私も、それ以上訊くのはやめた。
しばらくの沈黙の後、村井氏は不意に、こんなことを言った。
「季節ってのは、凄いもんですな。こっちが忘れとっても、ちゃんと変わっとります。ちょっと前は雪がちらついとったのに、今は見事な新緑だ」
164 :
若葉のころ10:2011/05/21(土) 03:27:00.65 ID:k/BZNFVM
「ああ、寒い日ありましたね」
店の前のベンチに座って、白い息を吐きながら、何やら紙を見ていた彼を、私は思い出した。
「そのたんびに我々は、凍えさせられたり、濡らされたり。振り回されとる」
ははは、と彼は笑った。
「でも、得られるもんも、計り知れん。いや、それどころか、季節がちゃんと移り変わってくれんと、まともに生きられんですからな、我々は」
そう言って、村井氏は、本堂の前に生えている、一本の幹の太い木を見上げた。
それは、ムクロジの木だった。
この木は、他の木々に比べて芽が出るのが遅いらしく、まだ小さな、緑の薄い若葉が、ちらほらと伸び始めたばかりだった。
「このムクロジは、『無患子』と書くそうですな。子が患わんように、という意味だそうです」
言いながら村井氏は、人差し指で宙に「無患子」と書いた。
165 :
若葉のころ11:2011/05/21(土) 03:34:19.09 ID:k/BZNFVM
「へえ、そうなんですか…」
「子が患わ無い」で、「無患子」―ムクロジか。感心しながらも、何かが気になった。
何があったのだろう。何となく、いつもの、それこそ流れる季節のように飄々としている彼とは、何処かが違う。
佇む私達と、きゃっきゃと遊ぶ子供達に、一陣の強い風が吹き付けた。
「…ああ、緑の、ええ匂いだ」
目を閉じ、深く息を吸う村井氏。
今日、奥様は?そう訊こうかどうしようか、私が迷っていると、彼は不意に言った。
「あんた、お子さんは?」
「えっ?」
唐突な質問に面食らったが、村井氏はいつになく真面目な顔をしている。深く考えず、ご近所同士の会話として答えようと決めた。
「二人おりますが、どちらも独り立ちしました。私は仕事ばっかりで、子育ては家内が一人でやったようなもんです」
「へえ…」
166 :
若葉のころ12:2011/05/21(土) 03:41:10.69 ID:k/BZNFVM
「そのせいか、たまに帰って来ても、二人とも母さん、母さんと家内にべったりで…。私なんぞ、あいつらにとっては、居ないも同然ですよ」
また、はははと、村井氏は笑い、そして言った。
「俺もそうならんように、気い付けんといけんな…」
「えっ?」
ちょうどまた、強い五月の風が吹いて来て、彼の言葉がよく聞こえなかった。聞き返しても、彼は「いや…」と言っただけで、また子供達に目を向けてしまった。
子供達は、地面に円を描いたかと思うと、それを土俵に見立てて、相撲を始めた。やれ柏戸がどうの、大鵬がどうのと言っている。
「ああ、夏場所が始まったんですね、もう」
「まさに、芽吹いたばかりの木ですな、子供達は」
村井氏が言った。そして、またムクロジの木に目をやり、彼は、こう続けた。
「これまでに何人の親が、この木に、我が子の無病息災を祈ったんでしょうなあ…」
167 :
若葉のころ13:2011/05/21(土) 03:47:40.06 ID:k/BZNFVM
風が、木々の若葉を揺らす。
笑い、はしゃぐ子供達。彼らはまだ、芽吹いたばかりの木。そう、全てはこれからだ。
こんな光景を見ると、どうしてもあの夫婦に、思いを馳せずにはいられない。どれ程つらいだろう、我が子を失うというのは。
美智子は、いつもどんな思いで見ているのだろうか、このムクロジの木を。
「…うちの下の子、田中さんところの智志君と、同い年だったんです」
あっ、と思った時には、もう、口に出してしまっていた。
まずい。もし美智子達が村井氏に、智志のことを話してないのなら、私が言っていいことではないだろう。
「ああ、こみち書房の。終戦の年に、疎開先で亡くなったっていう…」
どうやら村井氏は、知っているようだった。私は少し、ほっとした。
「ええ。可愛い子でしたよ。政志さん、そっくりで」
168 :
若葉のころ14:2011/05/21(土) 03:54:45.11 ID:k/BZNFVM
脳裏に浮かぶのは、赤子を抱く、若き日の美智子。戦地へ赴く前の、我が子をじっと見つめる、政志の顔。そして、小さな手を精一杯振ってこの街を去っていった、幼い男の子。
「忘れないもんですよ。親だけじゃない。私らも、覚えてます。ほんの短い間でしたけど、あの子は確かに、この街で暮らしてたんですから」
何を言いたいのか、自分でもよく判らなかったが、言葉が止まらなかった。村井氏は、ただ黙って聞いてくれていた。
相撲に夢中になっている子供達から、目が逸らせない。政志は、極寒の地で、我が子と相撲が取れる日を、どれ程夢に見ただろうか。
「あんな店やってますとね、街の子供達とも馴染みになります。乳母車に乗ってた子が、よちよち歩きになって、学校上がって…。ジュースを買いに来たり、あのベンチに座ってお喋りしたり。私らはずっと、そういう子供達を、見てきたんです」
169 :
若葉のころ15:2011/05/21(土) 04:02:53.52 ID:k/BZNFVM
「…」
「この街で生まれて育つ子達は、みんな大事です。見てるだけしか出来ませんけど、それでも見てます、巣立っていくまで、ずっと」
そう、私が知っていることと言えば、あの店と、この街と、そこで暮らす人々のことだけだ。それが、私の世界の全てだった。
「そげですか…」
村井氏は、そう一言だけ言った。私はふと、我に返った。
「ああ、すみません、お引き止めして。どちらかに、行かれるところだったんですよね」
「ええ、赤羽に。その前にちょっこし寄るところもあったんで、ついでにここに足を伸ばしたんですわ」
170 :
若葉のころ16:2011/05/21(土) 04:05:42.21 ID:k/BZNFVM
「赤羽ですか。じゃあ、これから駅まで?」
「ええ」
村井氏は、山門のほうに、体を向け始めた。
「なら、駅までお送りしますよ。近くに車があるんです」
「ええんですか?」
「はい、出たところで、待っててください。すぐ、車回して来ますから」
急ぎ停めてある車のところへ走る私の耳に、境内を流れる水の音と風が木々を鳴らす音、子供達の笑い声、そして、村井氏の下駄の音が届く。
夫人のことは次の機会に尋ねよう。ふと、そう思った。
終わり
>>155 GJ!
アキ姉ちゃんとこに迎えにいく前の深大寺シーンにジーンとしました。
ムクロジの名の由来とか勉強になります。
職人様は博識の方が多いなぁ、感心します。
あかん…
最近違うドラマの某夫婦に浮気中www
久しぶりに過去スレ読もう…
>>155 深大寺での店主氏としげさんの会話良いなぁ
ツーショットとふみちゃんの笑顔楽しみにしてます!
妖怪いそがし週の山小屋でのムード連呼は卑怯だよな…
久しぶりに見たらやっぱり勘繰ってドキドキしてしまったw
>>174 自分は昨日BSでちょんまげのゲゲの番宣みたいのがあって、
そこでちょっこし「アシスタント一年生」が流れたから、たまらずDVD見直したぜ!
ふたりが漫画描いてるのを上から撮ってるあの画は最高だな!
>>175 おお、あれやっぱゲゲゲの映像使われたのか
再放送見てみよう…
アシ一はほんと良いよね
鍋の蓋で車の練習するのをしげぇさんに見られたふみちゃんの恥ずかしがり方かわいすぎる
ゲゲが静電気ビリビリに悶える女フェチということを知って、それをエロに活かせないかとか考えてしまう、自分重症。
>>174,175
山小屋の二人と、マンガ描いてる二人が出てくるので、よろしければドゾー。
正確に言うと『お母ちゃんの家出』以後と『貧乏神をやっつけろ』ですが・・・。
とある初秋の週末。村井夫妻と子供たちは、富士のすそ野の小屋にやって来た。
昼間、たき火でヤキイモを焼いたり、遠くまで散歩をしたりしてはしゃぎ疲れた
子供たちは、夕食を食べた後、早くも船を漕ぎ出した。
「あらあら、ふたりとも。早こと着替えてお布団に入りなさい。」
フミエが二人をパジャマに着替えさせ、寝かしつける。藍子はあっさり眠りについたが、
喜子は楽しい時間に別れを告げたくなくて、眠気と戦いながらぐずっていた。
「電気消しちゃいやぁ〜。こわいもん〜。暗いとおばけが出るよ〜。」
「じゃあ、ろうそくつけたげる。ね、こわくないろうそくだよ。」
フミエは、荷物からヨーグルトのびんに入ったきれいな色のろうそくを出し、火をつけた。
「これならええでしょ。大丈夫、ねんねしなさいね。」
「うん!きれいだね・・・。」
眠くて眠くてぐずっていた喜子は、安心するとたちまち眠りにおちた。
それを見届けてからそっと起き上がり、フミエは少し離れて見ていた茂のもとへ
ろうそくを持ってやって来た。
「そのろうそく、どげしたんだ?」
「喜子が幼稚園で作ったんですよ。ろうそくとクレヨン、削って溶かして・・・。」
「ほお。最近の幼稚園はハイカラなことするのお。」
「百目蝋燭は、こわがるんですよ。あなたが落語の『死神』の話なんかなさるけん。」
「・・・ろうそくもあることだし、百物語でもするか?」
「もぉ、お父ちゃんが怖い話するけん、子供たちが寝られんようになるんですよ。それに、
怖い話であなたに勝てるわけないでしょ。それより、コーヒーでもいれますか。」
「コーヒーは食後がええな。」
「え・・・?」
夕食ならもう食べたはず・・・フミエは一瞬意味がわからなくてきょとんとした。
茂が笑いながらフミエを抱き寄せた。合図のような軽い口づけが、ふたりの時間の
始まりを予感させ、フミエは茂の肩にもたれてうっとりとろうそくの灯をみつめた。
「・・・ろうそく見ると、貧乏時代を思い出すな。」
「ええ。電気とめられて・・・。お父ちゃんがろうそくの光で描いたマンガ、怖かった・・・。」
貧乏だったけれど、茂の仕事をフミエが手伝って、二人一緒に戦っていた日々・・・。
今は豊かになって、電気のない暗さも、ボロボロの家も記憶の中にあるだけだった。
別荘とは名ばかりの簡素なこの山小屋の、あたりに人家もない真の闇のなか、
心ぼそげなろうそくの光に照らされていると、ふとあの頃のふたりに戻った気がした。
「今の東京に、もう真の闇はないな。妖怪の出る場所も年々減るいっぽうだ。
・・・ここはええな。日が落ちたら真っ暗だ。」
茂はろうそくをフッと吹き消すと、窓を開けて空を見た。窓のへりに頭を乗せて
星空を見上げ、フミエを手招きする。
「凄いような星空だ。こげなもんは東京では見られんな。」
フミエも真似をして顔をあおむけて空を見上げた。星空に見とれていると、その唇を
また茂が奪う。さっきよりも深まる口づけに、息を乱し、広い背をつよく抱きしめた。
「んん・・・ふ・・・ぅ・・・ぅん・・・ふ・・・。」
寝ている子供たちを気にしながらも、何もかもさらわれてゆく。星月夜のもと、
窓の下の壁に押しつけられ、首筋や鎖骨に加えられる愛撫に、フミエの身体はじんわりと
痺れていった・・・。その時。
「ぅ・・・うう・・・うぇ・・・えぇ・・・ん。おか・・・お母ちゃ〜ん。」
二人はハッとして身体を離した。喜子が目を覚まして泣いている。
「どげしたの?喜子・・・。」
フミエは乱れたブラウスを直しながら、暗闇の中を慌てて喜子のそばへ寄った。
「くらいよ〜。ろうそく、消しちゃったの〜?」
「ごめんね。よう寝とったけん。・・・さ、またつけたげたよ。」
「こわい夢見たよ〜。お母ちゃんといっしょじゃないと寝られないよ〜。」
「もぉ〜、よっちゃん。・・・私までこわくなっちゃうじゃない。」
喜子の泣き声で、藍子までが不安そうな顔をして起き出してきた。
「しょうがないね。・・・そうだ、ホットミルクつくってあげようか?」
フミエが牛乳を温め、茂にはコーヒーを入れて、みんなで飲んだ。それから、
藍子と喜子の間に横になると、二人がフミエの両側からぴったりとくっついた。
「やれやれ。俺はちょっこし一服してくるか。」
茂はしかたなく、外へ出てたばこを吸った。頭の上は降るような星空。
(そう言や、藍子にもようジャマされたなあ・・・。)
*****
藍子が生まれて半年ほどたった頃。戌井の出版社の仕事はあるものの、人気は
さっぱり出ず、生活は逼迫するばかりだった。公共料金の支払いもとどこおり、
集金人を居留守でやり過ごすにも限度があった。ある日フミエが電気の集金人と
鉢合わせしてしまい、とうとう通電を止められてしまった。
「灯火管制みたい・・・。戦時中を思い出しますね。」
「うちはまだ、戦争がつづいとるんだ。」
ろうそくの光の中で食べる粗末な夕食は、さらに貧しく見えた。
暗い中、ろうそくの光だけでも茂は変わらずにマンガを描き続け、フミエも
ろうそくをもう一本つけてその手伝いをした。
「うわ〜、お父ちゃんのマンガ、ろうそくの灯りで見ると一段とこわい。」
「そげだろ。怪奇ものは、ろうそくの灯りで描くのがええかもしれん。」
蒸し暑い空気を入れ換えるため窓を開けると、一陣の風がろうそくを吹き消した。
「わあ・・・。お父ちゃんほら見てください!星がきれい・・・。」
マッチをする手を止め、フミエが見上げる空を、茂もつられて見上げた。
「たまには、暗い夜もええですね。」
(こげな時でも、こげな顔をしておれるコイツは、貴重な女かもしれん・・・。)
目を輝かせて星空に見入るフミエの無邪気な顔を、茂がじっと見ていることに
フミエは気づかなかった。
「ん・・・。」
いつの間にか近づいていた茂の匂いを感じると同時に、柔らかく力強い唇に包まれた。
そのまま折り重なって倒れ、仕事机の前で、ふたりは抱きあった。
「は・・・はぁ・・・はっ・・・ン・・・。」
激しくなる口づけに息があがり、身体が痺れていく。
ブラウスのすそを引き出し、すそから入りこんだ手が肌をまさぐる・・・。
ちょっと強引だけれど、臥所以外の場所で、茂にこんな風に挑みかかられることは
珍しいことでもなく、フミエは茂のなすがままに乱されていった。
だが、その時・・・。
「ふ・・・ふふっ・・・ふぇ〜・・・ふぇ・・・ぇええ〜ん。」
母親なら、飛んでいかずにはいられないような哀れな声で、藍子が泣き出した。
「藍子が泣いとる!」
フミエはがばっと起き上がると、あわてて二階へ駆け上がって行った。
ひとり取り残され、茂はしかたなくろうそくをつけ直して仕事の続きを始めた。
・・・ずいぶん経って、ようやく藍子を寝かしつけたフミエが降りてきた。
「すいません。やっと寝ましたけん。・・・お手伝いしますね。」
衣服や髪の乱れもない。仕事机の前にきっちり座ると、さっきやりかけた原稿に向かい、
真剣な顔で筆にたっぷりと墨をふくませるフミエの顔を、茂が横からジトッと見つめた。
(さっきはあげに乱れとったのに、もう涼しい顔しとる・・・。)
視線に気づいたフミエがけげんな顔で聞いた。
「・・・私の顔になんかついとりますか?」
茂はあわてて目ををそらしたが、不服そうに口をとがらせてボソボソつぶやいた。
「・・・お前はもうええのか。・・・その、途中でやめられて・・・。」
「え・・・。だって・・・もうお仕事しとられるけん・・・。」
(私から、続きをして、なんて言えんじゃないですか・・・。)
「・・・まず、筆を置け。」
原稿を汚さないように筆を置かせると、茂はフミエのおとがいをあげて口づけした。
「んん・・・ふっ・・・ふぅ・・・ン・・・。」
深くむさぼられ、フミエは胸をはずませたが、茂はふっと唇を離した。
「そう言えば、お前から『して。』って言うたことないな。」
「そ、そげなこと・・・。」
何か言いたくても喉に何かがつまったようで何も言えず、フミエは涙ぐんだ。
茂の顔がゆっくりと近づいてもう一度口づけると、喉からその何かが溶けおち、
フミエは大きく吐息をついた。
(俺も、どうかしとるな・・・。)
貞淑なフミエが、乱されて次第に溶けてゆくのを見るのは、こたえられない見ものでは
あるけれど、反面、時には貞婦の仮面をかなぐり捨てて淫らに誘ってほしくもある・・・。
さっきのように途中で邪魔が入ったからと言って、すぐに涼しい顔で仕事に戻られると、
なんだかさびしくなってしまう、身勝手な男のわがままなのは自分でもわかっていた。
「女房だって、たまには淫乱になってもええんだぞ。」
そんなことはフミエにとっては無理難題か・・・。ちくりとした胸の痛みをごまかす
ように、茂は耳に、首筋に、口づけしながらフミエの身体を探っていった。
再開された愛撫に、先ほどのたかまりはすぐよみがえって、フミエの身体は手もなく
溶け出していく。唇を溶かしあったままもつれあって倒れ、下着をたくしあげて
さらされた乳房を押しつぶすようにもみしだいた。乳首を吸い上げながら、スカートの下の
下着に手を入れる。熱く茂の掌をぬらす泉が、誘惑の言葉はなくともフミエの気持ちを
雄弁に語っていた。
蜜をからめた茂の指が、やさしく、緩急をつけながら真珠を撫で擦った。
「い・・・や・・・それじゃ・・・。だ、め・・・っちゃうっ・・・。」
フミエが腰をよじりたて、すがるような目で茂の手をつかんで抵抗した。
「ええけん・・・イけ。」
あらがう手を引き剥いで自らの脚をひらかせ、深く口づけながら指で絶頂へと導いた。
「あ・・・んぅ・・・―――――!」
鋭すぎる快感に秘部は脈打ち、フミエの全身を痺れさせた。だが、それは茂自身に
満たされて得る本物の陶酔とは程遠かった。
いつもなら、指でフミエを弄んでも、その後かならずいっぱいに満たしてくれる茂が、
次の行動に移る気配もなくじっとしている。波が少しおさまると、フミエは目を開けて、
虚脱したように茂をみつめた。
(来て・・・くれんの・・・?)
そのまなざしに責められるようで、茂は照れくさそうに白状した。
「ちょっこし時宜を逸したけん、思いどおりにならんのだ。男っちゅうもんは、
女が考えとるよりずっとデリケヱトなもんだけんな。」
肩を抱いて口づけすると、茂はフミエの衣服の乱れを直してやった。
「さて、仕事するか・・・・。お前は、ちょっこし休んどれ。」
立ち上がろうとした茂の手をフミエがつかんだ。もう一方の手が茂のシャツをはだけ、
首と言わず胸と言わず、口づけの雨を降らせた。
「よ、よせ・・・慣れんことをするもんじゃないぞ。」
くすぐったさと、濡れた後がスースーする冷たさに閉口しながらも、茂はフミエの
必死な様子にうたれ、なすがままになっていた。
ベルトをはずし、前を開けると、手も使わずに茂のものを根元まで飲み込んだ。
そのまま唇をすべらせながら吸い上げると、口の中でぐぐっと充実するのがわかる。
意表をつく責めに、茂の中の雄が奔馬のように勇み始めた。
「も・・・ええ・・・充分だ。」
自分で予期したよりもかすれた声が、情欲の高まりを自覚させる。このまま迸らせそうな
危機感を覚え、フミエの頭を押して口を離させる。フミエの責めから解放された逸物は、
大きく反り返り、本来おさまるべき場所を求めて揺れていた。
フミエの顔が、茂の顔の位置まであがってきて、うるんだ瞳で茂をみつめた。
そのまま目をそらさずに、脚だけが大胆に動いて照準をあわせる・・・。
「ぅ・・・くっ・・・ふぅ・・・。」
あたたかくきつい肉の壁に、張りつめたものをのみこまれ、茂は小さくうめいた。
フミエがせつなげに眉をひそめ、茂の胸に手をついて身体を揺すり始めた。
「無理・・・するな。」
「だって・・・ゆびだけじゃ・・・さびしくて・・・。」
指や唇に与えられる絶頂は、茂自身に満たされて得る悦びとはくらべものにならない。
「・・・あなたが、欲しかったの・・・。」
フミエにとって恥ずかしすぎる告白だったが、どうしても伝えたかった。
けれど、自分のとった行動の淫らさに煽られたフミエは、いつもよりもろかった。
自ら迎え入れた充実にさいなまれ、フミエは耐えかねるように身をよじり、のけぞった。
「だめ・・・だめっ・・・おおき・・・すぎて・・・。」
「お前が・・・大きくしたんじゃないか・・・。」
自らの重みにくい込むくさびにつらぬかれたまま、身体を起こしているのがやっとという
様子のフミエは痛々しく、加虐心といとおしさの両方をかきたてる。
「お前に襲われるのも・・・たまにはええが、残念ながら、スタミナが足らんだったな。」
茂は笑って、上体を起こすとフミエの背中を抱いて支えた。
「や・・・あ・・・ぁ・・・あっ・・・ぁあっ!」
茂が腰を抱いてゆすると、フミエは甘く鳴きながら茂の背にしがみついた。
無意識に自らの身体を茂にこすりつけ、くるおしく快感を追うさまは、たまらなく
淫らで、内部は熱く茂自身を食いしめ、からみとられそうだった。
(ふぅ・・・いけん、もたんかもしれん・・・。)
茂は、フミエの秘所に手を差し入れ、花芯をとらえた。悲鳴のような声があがり、
フミエが腰をよじった。自分がつらぬいている箇所を確かめるようにぐるりと撫でると、
蜜をからめた指をつぷり、ともうひとつの場所に沈めた。
「・・・いやっ!・・・そげな・・・とこ、きたないっ・・・。」
「お前のからだに、汚いとこなんかあるのか。」
フミエが顔を真っ赤にして茂を抗議の目で見たが、茂はかまわずにゆっくりとその指を
動かした。懐かしいような、罪深いような・・・初めての感覚にとまどい、フミエは
やめてくれるよう懇願した。だが、茂の指は逃れることを許さず、腰の動きに合わせて
抜き挿ししたり、中で指を動かしたり、執拗に快感を教え込んだ。
「ひゃっ・・・ぃ、やっ・・・だめっ・・・へんっ・・・へん、になっちゃ・・・ぅぅっ・・・。」
指を動かすたび、茂を飲み込んでいる場所がきゅうっとしまり、後ろでも感じている
ことを茂に伝える。フミエに入っている自身に沿って探るように壁を撫でこすると、
「だめっ・・・だ・・・ァッ・・・ぁあああ―――――っ!」
身も世もなく達したフミエにつよく食いしめられ、茂も放縦に精を放った・・・。
*****
「そろそろ、あいつらも寝たころかな・・・?」
一服した後、茂が小屋に戻ると、二人の娘とフミエはすやすやと寝息をたてていた。
「お母ちゃんまで寝とる・・・。」
ここに来た時に、子供たちの寝た後でゆっくり愛し合うことは、お互い口に出さずとも
暗黙の了解となっている。今、ろうそくと星空から連想した昔の思い出に昂ぶらされ、
茂はさっきより強くフミエを求めていた。
「おい・・・。」
起こそうとして、藍子と喜子が両側からフミエのブラウスのすそをつかんでいるのに
気づいた。フミエと、フミエをはさんで眠る娘たちは、茂にとってかけがえのないもの・・・。
それはそれで至福の光景で、こわすにはしのびなかった。
「やれやれ・・・。今日は、あきらめるか・・・。」
その光景を目に焼きつけてから、茂はフッとろうそくを吹き消した。
>>179 え、エロい…!!(*´Д`)ハァハァ
淫乱フミちゃんさいこー!!
>「お前のからだに、汚いとこなんかあるのか。」
萌えた。愛だな、愛!
>>179 175だよ、だんだん!「アシ一」の場面じゃないけど、ろうそくの中で二人漫画描く場面も好きだ。
あの放送の日はここで「あのあとは絶対ゲゲが後ろから抱きしめた」とかレスあったよなw
しかし山小屋行くと、夜はお約束なのか…。ゲゲも布美ちゃんも早く寝なさいとか言って子どもたち急かすんだろうなw
強引ゲゲも好きだが、強引布美ちゃんに圧倒されるゲゲもいいな!エロGJです!!
>>179 GJ!
指だけじゃさみしいとか大きすぎてとかふみちゃんエロい…!
山小屋の家族仲良しも夫婦イチャコラもたまりませんな
>>188 じっと見つめるふみちゃんが麗しい…
旅って良いものだと思いませんかにワロタww
去年の今頃はふみちゃんの妊娠発覚した頃だったんだなー
思い出したら見たくなってきた
またまたエロなし「橋木氏の話」です。そんなの意味ないし、という方、毎度すみません。スルーでお願いします
やっとまともなツーショットが…。こういうの書きたくて始めたのに、何やってたんだか(汗)
やっぱり、フミちゃんの笑顔は、書いててテンション上がりますねー
が!今回の話は、時間軸の正確さに、まるで自信なし!
「この時期にこの状態はおかしい」みたいな矛盾点もあろうかとは思いますが、見逃してごしない
本格的な夏に突入した、ある日の午後。
隣の乾物屋「山田屋」からは、先程からずっと、女性達の楽しそうな声が聞こえてきていた。
「もう五か月目に入ったのね。早いなあ」
女房が店の前を掃除しながら、山田屋のほうに視線を向けて言った。
「ええ?もう、そんなになるか?」
私は少々、驚いて言った。隣には、村井夫人と美智子、靖代達が集まっていた。
「そうよ。今日、戌の日じゃない。腹帯巻いてるのよ」
女房は何処となく懐かしそうな顔で言った。自分が身篭った時のことを、思い出しているのだろうか。
「いきなり自分一人で巻くのは、大変だもの。やっぱり出産経験者が、教えてあげなきゃ」
一段と大きな笑い声が聞こえ、笑顔をほころばせて、村井夫人が山田屋から出て来る。目立ち始めたお腹を、大切そうに撫でながら。
来年早々、村井家に家族が増えることになった。
彼女がそれを初めて告げに来てくれたのは、五月の初め。その表情は喜びに溢れ、これ以上ないという幸福が自らに訪れたと、まるで体全体で語っているようだった。
こちらも自分のことのように嬉しくなり、祝いの言葉を述べながらも、ふといつかの、うちの女房の「夫人は元気がなかった」という言葉が頭をよぎった。深大寺で一人、木々を見上げていた、村井氏の横顔も。
女房も、何か思うところがあったらしい。だが、彼女はこう言った。
「もう、いいじゃない。今、布美枝さんは、凄く幸せそうなんだから」
そうだなと、私も思った。
女性というのは不思議な生き物で、その日から少しずつ村井夫人の顔が、母親の顔になっていくのが、私にも判った。
片や村井氏は、「おめでとうございます!」と声を掛けても、頭をぽりぽりと掻きながら笑う顔は、相変わらず少年のようで、男ってのはこんなものかも知れないなと、遠い昔の己の姿を見るような気持ちになってしまう。
そういえば、少し前に村井夫人は、安来の御母堂から岩田帯が届いたと、嬉しそうに言っていた。今日はそれを、初めて巻く日らしい。
娘の初めてのお産である。どれ程自分で巻いてやりたいと思っていることだろう、遠い故郷に住む、母親は。
その娘は今、商店街の女性達に囲まれて、笑っている。
「どう?支えられてる感じがするでしょう」
「そげですね。動くのが、ちょっこし楽になったような気がします」
「でも、巻くときはくれぐれも、締め付けすぎないようにね、布美枝ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
主役のこの言葉が、儀式のお開きを告げたかのように、人生の先輩達はそれぞれの場所に帰り始めた。
その時、こみち書房の店主、美智子が、思い出したように言った。
「そうだ、『河童の三平』の第三巻、また太一君が借りていったわよ。一、二巻ももう、五回以上は借りてるけど」
その途端、村井夫人の顔が、ぱあっと輝いた。
「そげですか!嬉しい!実は四巻も出来上がって、今うちの人が出版社まで、届けにいっているところなんです」
どうやら河童の漫画は、順調に出版されているようだ。ひとまず良かったと、ほっとする。
「そう。じゃあ、お財布のほうも…なんとか、ね?」
美智子が気遣うように、小声で言う。
「はい、それが…。今は、まだ…」
村井夫人は、美智子に何やら話を始めた。どうやら、経済的な事情を説明しているらしい。美智子は心配そうな顔で聞いている。
何だろう。本は出ているようなのに、カネが入ってきていないのだろうか。
夫人は話し終わると、浮かない表情の美智子を逆に励ますかのように、明るく言った。
「でも、大丈夫、何とかなります。春に頂いた分は、もうすぐ、お金になりますし。とにかく今、うちの人、『河童の三平』は凄く力を入れて描いとるんで、私も嬉しくて」
美智子は村井夫人の笑顔に釣られるように笑うと、すずらん横丁へと帰っていった。
その後、村井夫人はうちの店にやって来て、カネコクレンザーやら、何やらを買った。その間も、うちの女房とにこやかに、腹帯の話なぞをしていたが、私は先程の美智子の表情が、気になって仕方がなかった。
「布美枝さーん!」
突然、若い女性の明るい声が聞こえてきた。見ると、何度か村井家を訪れているらしいあの女性が、手を振りながら駆けて来た。
「あっ、はるこさん!」
村井夫人が振り返り、笑顔で応える。夫人とも親しい女性らしいと判って、何となくほっとする。
「赤ちゃん、育ってますねー。お体、大丈夫ですか」
「はい、おかげさまで。はるこさん、お久し振りですね」
「はい!二冊目が出たんです!!今日はそれを水木先生に、お見せしようと思って」
その女性は、バッグから本を取り出した。それは、貸本の少女漫画だった。
表紙に描いてあるのは、星のような光が、きらきらと目の中に溢れている少女の絵と、「河合はるこ」という名前。彼女も漫画家のようだ。
「わあ、凄いですねえ。うちの人、今出版社に行っとりますけど、もう帰る頃ですけん、よかったらうちで待っとってください」
二人は並んで、アーチのほうへ歩き出した。はるこという名の少女漫画家が、夫人の荷物を持ちながら、言うのが聞こえてくる。
「『河童の三平』、面白いですよね。私、あの漫画、大好きなんです!」
それを聞いてまた、村井夫人の横顔が嬉しそうに輝くのが、ここからも判った。
◆
今年の夏も、暑い。
暦の上ではもうとっくに秋だが、暑さはいっこうに弱まらない。
先程から庭で、女房が何かを燃やしている。何処からか木の枝、それもまだ青々とした葉がびっしりとついている生木の枝を、どっさりと持って来て、季節外れの焚き火をしているのだ。
この暑いのに、何をやっているんだか。そもそももっと乾燥させないと、上手く火など着かないだろうに。
案の定、葉はあっと言う間に燃え尽きたようだが、枝の部分にはなかなか火が回らず、苦労しているようだ。口を出すのもかったるい程暑かったので、放っておいたが。
ふと、店内から商店街を見ると、村井氏が急ぎ足で、駅のほうからやって来るのが見えた。白い半袖シャツの右肩にあの鞄を掛け、汗だくの額を拭いながら、アーチの向こうに消えていく。
カランコロンという下駄の音が、やけに大きく、忙しなく響いた。
きっと出版社からの帰りなのだろう。いつもの光景と言えばそうなのだが、最近は少々様子が違っていた。
一旦出掛けると、なかなか帰って来ない。漫画のことは何も知らない私だが、出版社がどの辺りに多くあるか、くらいは判る。原稿を一社に届けに行って帰って来るだけなら、もっと短時間で済むはずだ。
それに、出掛ける回数も、以前より増えているような気がする。
それだけ仕事を沢山請けている、というのなら喜ばしいことのようだが、どうもそう単純なことではないらしい。
と言うのも、何日か前に、あの内崎不動産の店主と世間話をしていて、村井家の話が出たのだ。
内崎は苦々しい顔をして、言った。
「どうなのかねえ、村井さんのところ」
はっきりとは言わないが、家の月賦の払いが、どうやら滞っているようなのだ。
「厳しそうなのかい?」
他人の台所事情など、そう容易く洩らすはずはないと思いつつも、訊いてみる。
「まあ、長い付き合いだし、なるべく融通は利かせてやってるつもりだけどさ、こっちも商売だからね。村井さん本人を疑いたくはないけど…、あの業界は先細ってくばっかりだって言うしさ」
そうなのか。漫画の世界は、今後稼ぎにくくなっていくのか。これから子供が生まれるというのに。
やはり、村井夫妻を取り巻く状況は、変わっていっているらしい。それも、悪い方向に。
そんなことを考えているうちに、今度は夫人のほうが、アーチの向こうからやって来た。
日に日に大きくなるお腹を抱えて、あの距離を、この暑い中、毎日往復するだけでも大変だろうに、買い物に人一倍気を遣っているのが、見ていて判る。熱心に料理の材料を選び、店主と話し込んでいる。考えているのは夫の体調か、懐具合か、その両方か。
贅沢など一切していないだろうに、不動産屋への月賦の支払いにも困るとは。
唯一の、そして最大の救いは、村井夫人の表情が穏やかで、幸福そうだということだった。
◆
村井夫妻のそんな日々は、結局、ひと夏続いた。
いや、季節が過ぎ、カーディガンを羽織る頃になると、経済状況はより厳しくなっていったようだった。
と言うのも、先日、この商店街で、買い物中の村井夫人が、偶然通り掛かった電気の集金人と出くわしたのを、見掛けたのだ。
彼女は、大きなお腹を抱えながら必死で頭を下げ、一方集金人のほうは、渋い顔をしていた。何を話しているかまでは聞こえなかったが、そこは推して知るべし、というところであろう。
更にその少し後、太一がうちへ買い物に来た時に、河童の漫画はどうなったのかについて、訊いてみた。
「『河童の三平』ですね。八冊出て、話は完結しました。すっげえ面白かったです!俺なんて、何回読んだか」
どうやら今回は、原稿がなくなるようなことは、なかったらしい。しかも、出来上がったのは、かなりの力作のようだ。
取りあえず良かったと、ほっとする。
また太一は、作品について、こんなことも言った。
「凄く面白いんですけど…、何て言うか、それだけじゃないんです。上手く言えないんですけど、その、いろんなことが描かれていて。生きることとか、死ぬこととか…。とにかく、凄い漫画なんです!」
面白いだけではない、生きることや死ぬことや、いろいろなことが描かれている、凄い漫画。
村井夫人も、夫がかなり力を入れて描いた作品だと言っていた。あの、はるこという少女漫画家も、好きだと言っていたはずだ。
どんな漫画なんだろう、「河童の三平」は。
とにかく水木しげる氏は、質、量とも、かなりの仕事をしたに違いない。だが、去年から今年にかけての、あの「鬼太郎」という少年が出て来る話を描いていた頃とは、随分状況が違うような気がする。
「いつかまとめてカネが入ってくる、ってことなんだろうか…」
私なぞが考えたところで、どうなるものでもないのだが、ついつい考えずにはいられない。
今日私は、深大寺の東側のお得意先宅へ、配達に来ていた。真っ直ぐ帰るつもりでいたが、まだ店が混む時刻までは間があるし、せっかくのこの時期、ちょっと寄り道をしてみようと思い立った。
馴染みの客であることが幸いし、そのお宅に暫くの間車を置かせてもらう許しを貰った。結構な時間が出来たので、私は、山門のほうではなく、東側の脇の石段を登り、右手に大きな欅の木や、神社を見ながら、深大寺境内の裏手に回ってみた。
鬱蒼と広がる武蔵野の雑木林には、秋が訪れていた。
赤、黄、茶、黄褐色…、その中に残る緑。はらはらと舞い落ちる枯れ葉は、地面に厚く積もり、踏みしめるたびにカサカサと音が鳴る。
重なり合って繁る葉が影を作り、辺りは少々ひんやりとしていた。
このまま坂道を北のほうへ上っていけば、そこから先には、昨年名を変え、植物園となった巨大な緑の地が、広がっている。
そこへは行かず、裏から境内に入る。心地よい水音が、辺りに響いている。
まさに錦秋。色づく木々達の姿は、日当たりが良い分、こちらのほうが目に鮮やかだ。
釈迦堂のほうから、聞き覚えのある笑い声が、聞こえてきた。
そちらに歩みを進めると、木の葉が降りしきる中、しゃがみ込む村井夫人の背中が見えた。
これまでは背中に長くたらしていた髪を、右耳の下で一つに束ねている。
そして、その向こうには、夫人と向かい合うようにして、同様にしゃがんでいる、彼女の夫の姿もあった。
村井夫妻が一緒にいるところを見るのは、久し振りだった。去年の、あの「読者の集い」以来だから、ほぼ一年振りである。
しかもあの時は、他にも大勢人が居たし、彼らも少し離れて、お互いに別々のことをしていた。つまり、二人が、二人で居るのを私が目にしたのは、この時が初めてだったのだ。
村井夫人は、高らかに、涙を流さんばかりの勢いで、笑っている。
「あー、おかしい。笑いすぎて、お腹の赤ちゃんが、びっくりしとりますよ。あなたでも、そげな駄洒落みたいなこと、言うんですねえ」
「だら!俺はギャグ漫画も、ようけ描いとるんだ。こげなもん、いくらでも思い付くわ。今のはどんぐり見とったら、思い付いた」
二人は笑い、話しながら、何やらずっと地面に向けて、手を動かしている。
何をしているんだろうと、思っていると、こちらに体を向けている村井氏が、私に気付いた。
「ああ、橋木さん。どうも」
あの相変わらずの笑い顔で、しゃがんだまま頭を下げる。それで村井夫人も気付き、振り返った。
「こんにちは。お仕事ですか?」
日の光が眩しそうに目を細めながら、笑顔で私を見上げる。
「はあ、まあ、その途中でして。お二人は、何なさってるんですか」
体を少々屈めて話し掛ける私に、夫人は律儀に立って答えてくれようとした。よいしょ、と言いながら自身の体を立たせようとする夫人に、すかさず村井氏が手を伸ばす。
「大丈夫か。気い付けえよ」
「あ、すんません。大丈夫です」
支え合うようにして、夫妻は立ち上がった。そして、夫人は言った。
「どんぐりを拾っとるんです。古い毛糸を、どんぐりで染め直そうと思って」
言われてよくよく足元を見ると、二人の間には古新聞が敷かれてあり、そこにはクヌギの丸い実が、沢山集められていた。
「へえ、どんぐりを…」
確かに、境内のあちこちには、どんぐりが落ちている。だがそれなら、もっといい場所があるなと、思った。
「裏の林に、もっと沢山落ちてましたよ。あっちのほうが、いいんじゃないかな」
すると夫人の顔が、更に明るくなった。
「そげですか!ほんなら、裏へ行きましょうか」
「そげだな。行ってみるか」
二人は顔を見合わせて、言った。そして村井氏は、足元のどんぐりの山を、器用に古新聞に包み込み、持ち上げた。
自然と皆の視線が、周囲の風景に移る。夫人が言った。
「綺麗ですねえ…。いろんな色があって」
彼女は、うっとりと境内の木々を眺めている。
「そげだな…」
村井氏も、続けて言った。しばらく三人で黙ったまま、秋の古刹の風景を見ていたが、不意に村井氏が、私に言った。
「いつだったか、あんたとここで、話をしたことがありましたな」
「えっ?ああ、そういえば…」
言われて、思い出した。あれは新緑の頃。すぐ近くで子供達が、相撲を取っていた。
よくは覚えていないが、私は感情に任せて、つまらないことをつらつらと、村井氏に聞かせてしまったような気がする。そう思うと、急に何となく決まりが悪くなった。
「何だかくだらない話で、お時間を無駄にした記憶が…。その節は、すみませんでした」
恐縮する私に、村井氏は首を振りながら言った。
「いえいえ、そげなことありません。あの時あんたと、話せて良かった。ほんとです」
よく判らなかったが、だからと言って追究する気も起きなかったので、私は言った。
「そうですか、それは、どうも」
「そげなこと、あったんですか」
夫人が意外だ、といった表情で、我々の顔を交互に見る。
村井氏は本堂のほうを、新聞紙の包みを持つ手で指して、言った。
「ほれ、あの時はまだ、若い葉っぱがちらほら付いとるだけだったムクロジの木も、今はあげに立派に繁って、色づき始めとります」
見ると、確かにムクロジの木は、この数か月の間に見違えるように育ち、まるで本堂の向拝の唐破風屋根を覆い隠すかのように、枝葉を大きく広げている。
この木の黄葉は、まだまだこれからが本番のようで、大きく繁る緑の葉の中の、一部が黄色くなり始めたばかり、というところだった。
「無患子」と書いて、ムクロジ。「子が患わ無いように」と願って、植えられた木。
遠目にあの木を見ているうちに、次第にあの日の自分の気持ちも、思い出されてきた。一人で若葉を見上げる村井氏を見て、覚えた違和感。
今彼は、我が子を宿した女房と一緒に、あの時と同じ木を見ている。
穏やかな秋の陽光が、彼の妻の笑顔を照らす。
あの日の違和感は、二つ季節が変わった今、やっと解消されたように思えた。
「ほんなら、裏に行くか」
「そげですね」
夫妻はそう言うと、そろって軽い会釈をよこし、境内の裏側へ歩いていった。同様の会釈を返すと、私は、二人とは反対の、山門のほうへ歩き出した。
山門を出て、石段を下りようとし、足が止まる。
一瞬考えて、引き返した。
悪趣味だとは重々承知しつつも、気持ちが抑えられなかった。私は来た時とは逆に、釈迦堂を左手に見ながら過ぎ、本堂の裏へ回って、雑木林のほうへ向かった。
そっと、薄暗い林の中を、覗き込む。ひんやりとした空気が、体を包んだ。
微かに聞こえる話し声。その方向へ、歩みを進めた。落ち葉を踏みしめる音が響かないよう、細心の注意を払いながら。
二人の姿を見つけた。やはりしゃがんで、地面に向けて手を動かしている。
先程と違うのは、今は二人共がこちらに背を向けて、横に並んでいることと、二人を照らす日の光の量が、ずっと少ないことだった。
降りしきる木の葉が、この風景を彩る。
不意に夫人が手を止め、驚いた顔で、自分の左隣に居る夫を見た。村井氏のほうは、顔を上げずに、どんぐりを拾い続けている。何か話しているようだ。
次に夫人は、呆れたような顔をし、ついには笑い出した。くるくると表情が変わり、まるで百面相でもしているようである。
話している間、村井氏はずっと下を向き、どんぐりを拾い続けていた。片やそれを聴く女房のほうは、百面相に忙しいようで、手はすっかり止まってしまっている。
穏やかな時間が、夫婦の間に流れていた。
しばらくして夫人が、上を見上げた。
見上げたまま、何かを夫に言ったらしく、釣られて村井氏も、顔を上げる。
聞こえなくても、夫人が何を言ったのか判った。おそらく、落葉の美しさを、夫に伝えたのだ。
並んでしゃがみ込み、次々と舞い落ちる木の葉を見つめる、二つの背中。
私は、そんな夫婦の姿を見ていて、自然と心の深い部分に、暖かいものが湧いてくるのを感じた。
これからのこの夫婦の生活に対する不安は、決して消えた訳ではない。いや、それどころか、これからもっと大変な何かが、彼らを待っているのかも知れない、とさえ思っていた。
でも、少なくとも今、この瞬間は。あの二人、いや、あの三人は、間違いなく、幸福だ。
どのくらいの時間、そうしていたろうか。村井氏が、手の中で、数個のどんぐりをもてあそびながら、視線を移した。
自分の隣で、まだ飽かず中空を見続けている、女房の横顔に。
ああ、あの眼だ、と、私は思った。
かつて、貸本屋の店先で見たのと、同じ眼。
その先にあるものが、どれ程愛しいかを、雄弁に語る眼差し。
しばらくして村井氏が、視線を固定したまま、木の実をぱらぱらと、取り落とした。
空になった手を、すっと伸ばす。隣に居る、愛しい人の、その横顔へ。
途端に私の心臓が、早鐘のように鳴る。見てはいけないと思いつつも、目が逸らせなかった。
一瞬のはずなのに、永遠とも思えるような時間。
彼の右手が、女房の左頬に、触れる――ことはなく、そこをかすめ、彼女の後頭部に伸びた。そして、その髪に付いていた、一枚の枯れ葉を、そっと払った。
そしてまた彼は、見つめ続けた。あの、眼差しで。
夫人は、そんな夫の視線にも、手にも気付かず、辺りの美しい秋の風景に、まだ、魅せられている。
村井夫人の髪をほんの一瞬飾った枯れ葉の色は、薄茶色に近い、やや深みのある黄褐色だった。
その数日後、村井夫人がいつも通り買い物に来た時、自然と深大寺でのどんぐり拾いの話になった。さすがに私が覗き見をしていたことは、言えなかったが。
どんぐり染めをするつもりだという彼女に、うちの女房が言った。
「じゃあ、色を着けるのには、何を使うの?」
「火鉢の灰を使おうと思っとるんです。それなら、お金もかからんですし」
そう言う村井夫人の顔は、まるで小さな悪戯を告白する子供のようだった。彼女は時折、この顔をする。
それを聞いて、女房が言った。
「それなら、椿灰のほうが、色が鮮やかに出るんじゃない?うちに沢山あるから、少し持っていったら?」
驚いたのは、夫人だけでなく、私もだった。
「ええんですか?」
「ええ、勿論。夏の間に、椿の枝を沢山貰ったから、燃やして灰を作っておいたの。待ってて。今、持って来るから」
染色用の、椿の灰。そんなもの、作っていたのか。いつの間に…と考えて、残暑厳しい時期の、あの焚き火を思い出した。
女房はその灰を袋に詰めて、奥から持って来ると、村井夫人に渡しながら言った。
「はい、これ。これで染めたら、毛糸、きっと綺麗な黄橡色(きつるばみいろ)になるわよ」
「わあ、ありがとうございます!」
黄橡。「つるばみ」という古い名を持つクヌギの実を、媒染剤に灰汁を用いて染めると出る、やや濃い黄褐色―。
ほころぶ村井夫人の顔を見ながら、私は思った。あの日の雑木林で、村井氏が彼女の髪から払い落とした秋の一片が、まさに黄橡色だったな、と。
終わり
>>192 しげさんキスするかと思ったww
あと何を言ってそんなに笑いをとったんだwww
セリフあんまりないいちゃいちゃなのになんでこの二人はこんなに萌えるんだ…
しげさんがふみちゃんを見つめてるだけで萌える
浮かぶ情景に深みがあってとても綺麗ですね。
第三者の目を通した落ち着いた語り口なのに、
ふたりのシーンはなんかえらくドキドキするんですけどw
>>192乙。いよいよチューかと思ったのに、焦らすなぁw
ところでこの細切れ投下は忍法帖というやつのせいなんですか?システムのことよくわからんのだけど、
毎日カキコんでレベルを上げていかないといけないの?SS書き上げたのに、一挙に投下できんなんて…orz
219 :
192:2011/05/30(月) 20:03:40.81 ID:uZzVSJCH
>>218 >ところでこの細切れ投下は忍法帖というやつのせいなんですか?
そうなんです。新しい規制で、レベル低いと長文がはじかれるようになってしまって…(泣)
自分も1レスに長く書き込みたいのですが…。読みにくい上に、レス沢山使っちゃってすみません
橋木さんが遭遇出来る萌えっつったら、これが限界かと思うんですが、チューくらいは…とも
フミちゃんにどうにか出来ることではないので、しげーさん次第でしょうかw
ちなみに今彼は「大和」を作りつつ、「悪魔くん」を執筆中。
忍法帖ってのはほんとなんなんだろうね…
レベル上げていかないといけない上に、短時間に(5分以内?)連投すると
レベルが下がるらしい。よくわからんけど作品お待ちしてます
忍法帖ほんとめんどくさい。
しばらく書き込みしなかったらまたレベル1からって…
不便な中、作品を投下してくださっている職人様方には頭がさがります。
自分はほとんどROM中心ですがいつも作品の投下楽しみにしていますので
気長にお待ちしてます。
222 :
合図1:2011/05/31(火) 15:27:43.44 ID:0QxURePw
「ん・・・。お茶ならそこに置いといてくれ。」
深夜。誰もいない仕事場のネーム部屋で、仕事をしていた茂は、視界の隅に入った
フミエにそれだけ言うと、また仕事に没入した。
「え・・・あ、はい。」
フミエが去る気配がし、しばらく経ってからお茶の香りとともに茶碗の置かれる音がした。
「あ・・・あの・・・。」
「なんだ。まだ何か用か?」
フミエはお茶を出しに来たわけではなかった。茂にああ言われたからあわてて淹れては
きたものの・・・。
「あの・・・お呼びじゃ・・・なかったんですか?」
「ん・・・?」
フミエが、机の上を指さした。雑多な仕事用具や紙の間に、フミエ手づくりのペン立てが
あり、ブルーの色鉛筆がたった一本だけささっている。
「う・・・お、俺はさしとらんぞ。」
「え・・・。」
フミエは真っ赤になった。ペン立てにさした色えんぴつは、最近決めた二人だけに通じる
秘密の合図だった。茂は殺人的に仕事が忙しく、たくさんの人間が常にいる家の中では、
夜ですら二人だけの時間を持つことは至難のわざだった。そこで、フミエが毎朝かならず
消しゴムのかすなどを片付けるネーム部屋の机の上のペン立てに、秘密の合図の任務を
負わせることにしたのだ。
「お前以外の者にはさわらんよう言ってあるが・・・。誰かが鉛筆を拾って何気なく
さしといたんだろう。」
「そ、そんなら失礼します。」
フミエがあわてて帰ろうとすると、茂がその手をつかんで引き止めた。
「まあ、待て。その気で来たんだろ?」
フミエはますますドギマギして、つかまれた手を振り払おうとした。
「・・・してほしいって、顔に書いてあるぞ。」
「もぉっ・・・。」
椅子に座ったまま、茂が手を引き寄せて、甘く口づけてくる。かがみこむような姿勢で
むさぼられ、フミエはバランスを失って茂の足元に倒れこんだ。
「時間がないけん・・・。」
茂が、フミエの頭を押し下げて、うながす。フミエは開かれた脚の間にひざまずいて、
茂の意図するところに従った。
フミエの口の中で、いとおしいそれが次第にみなぎってくる。
「顔を・・・見せえ。」
フミエが、顔を少しかたむけ、羞じらいながら茂の顔を見た。のみ込まされた逞しさの
ゆえか、それともこの行為による陶酔感のゆえか、その瞳はとろりとうるんでいた。
223 :
合図2:2011/05/31(火) 15:28:57.39 ID:0QxURePw
「・・・来い。」
茂はフミエの頭をそっと押しやって離れさせ、二の腕をつかんで引き上げた。
今の今まで自身を頬張っていた唇をむさぼり、抱きしめあいながら応接間の階段まで
もつれあって歩く。
せっかく設けたのに急すぎて使えず、本棚と化しているこの階段にフミエを押しつけ、
ゆかたのえりをくつろげて湯上りの肌をむさぼった。
「は・・・ぁ・・・あ・・・ぁん。」
背中にくい込む階段の板の感触と、バサバサと落ちる本の音で、フミエは自分が今
押しつけられているものが何かをさとった。
(あ・・・あとで拾っとかんと・・・。)
そんなことを考えながらも、深まる愛撫に足の力が抜け、ほとんど階段に腰をかける
ように身体をもたせかけ、フミエはあえぎを高めていった。
くるりと反転させられ、ゆかたのすそをまくりあげられる。下着がひきおろされ、
ひやりとした空気にさらされながらも、羞恥にかっと身体が燃えた。
「こ・・・こげなところで・・・?」
このまま抱かれたら、立っていられる自信がない。不安そうに茂をふり返るフミエは、
上半身は肌ぬぎになり、下半身はすそをまくりあげられて、帯のまわりにだけ
ゆかたがからみついているという、あられもない姿だった。
「・・・ようつかまっとれよ。」
そう言うや、茂はフミエの脚をひらいて、たけりたつもので下から突き上げた。
「ひぁっ・・・やっ・・・ぁ・・・。」
無意識に、上へ逃げようとするフミエの腰をつかんで引きおろす。洗いたての髪が
かぐわしく、茂は顔をうずめてその香りをたのしんだ。
「んんっ・・・ん・・・あ・・・ぁぁ・・・。」
根元までつらぬくと、今度はそれを抜け落ちるギリギリまで引き抜いては、また奥まで
突き入れる。突き上げられて足が宙に浮き、フミエは必死で次の段をさぐって足をかけた。
「だめっ・・立って・・・られな・・・ぁ・・・ぁあっ・・・。」
上へとずれていってしまうフミエの手をつかまえ、茂は身体をぴったりと密着させて
揺さぶりをかけた。顔や胸、身体の前面が階段に押しつけられる痛みもわからないほど
感じさせられ、追いつめられていく。
「・・・っちゃう・・・いっちゃ・・・ぁ・・・ぁぁああ―――――!」
階段の板をにぎりしめ、弱々しく絶頂を訴えながらフミエががくがくと身をふるわせた。
茂も、ひとつふたつ大きく突きを入れると、くるおしくフミエの中に放った。
224 :
合図3:2011/05/31(火) 15:29:46.85 ID:0QxURePw
はしご段に身体をもたせかけて、かろうじて立ってはいるものの、茂の支えがなければ
ずるずると落ちてしまいそうなフミエを背面から抱きかかえ、茂は荒い息をととのえた。
つながった部分を引き離すと、案の定、弛緩したフミエの身体はくずおれそうになる。
「おい、しっかりせえ。」
手を貸してやりながら、茂はそばのソファにフミエを座らせた。ぐったりとソファの背に
もたれたフミエの、胸の上部や肩に、はしご段に押しつけられた痕が、赤く残っている。
「痛かったか・・・?」
つつしみ深いフミエが、愛された痕の如実に残る淫らな身体を晒したままでいるのは、
行為によほど精も根もつきはてたものか・・・。自分の責めに蕩かされ、動けないでいる
女がたまらなくいとおしく、茂はその痕を唇で癒やしてやった。フミエはそんな茂の頭を
いとおしげにかき抱いた。
茂はフミエの乱れたゆかたの前を合わせてやり、落ちていた半纏を拾ってかけてやると、
まだうっとりとしている唇に口づけてから立ち上がった。
「動けるようになるまで、そこで休んどったらええ。」
身支度をすると、ぬるくなったお茶をひと息に飲み干し、茂はまた机に向かった。
フミエは甘だるい身体をやっとのことで持ち上げ、ソファの背にあごを乗せて茂をみつめた。
(もう、仕事されとる・・・。あげに何もなかったみたいな顔して・・・。)
少しうらめしそうなフミエの視線に、茂は原稿に向かったままふっと笑った。
「なんだ。まだ物足りんのか?」
「・・・もぉ。そげなことばっかり・・・。」
フミエはのろのろと立ち上がると、身なりをととのえた。情交の気配を色濃く残したまま、
いつまでも茂の仕事部屋にいてはいけない・・・。フミエは、さっき自分が夢中で
なぎ落とした本を赤面しながら拾い集め、あたりを整えた。
茶碗を持って去ろうとしたが、やっぱり恋しくて、茂の後ろに立った。茂が何も
描いてない時を待って、肩に手をかける。茂は黙ってその手に自分の手を重ねて
ふり返った。フミエはかがみこんで、その唇に甘く口づけた。
「・・・おやすみなさい。」
「おう。」
また仕事に戻った茂の背を少しみつめてから、フミエは部屋に戻った。甘い時間は
あまりにも短く怒涛のように過ぎ、現実のものとも思えないほどだ。終わった後、
とりわけ今夜のように激しく責められた後は、うんと甘えさせて欲しいのに・・・。
けれど、合図をしたわけでもないのに茂が相手をしてくれたことは嬉しかった。
まだ芯に熱を持って疼いている身体を抱きしめ、フミエは深い眠りに落ちていった・・・。
225 :
合図4:2011/05/31(火) 15:30:29.93 ID:0QxURePw
その夜の一部始終を見ていた人間がいた。
水木プロのマネージャーをしている、茂の弟の光男は、その夜寝床に入ってから
ふと金庫が入っている自分の机の引き出しのカギを閉めたかどうかわからなくなった。
気になり始めると、とても眠れるようなものではない。
最近、他のマンガ家のプロダクションに泥棒が入ったことを聞いていた光男は、
水木プロの防犯には神経をとがらせていたのだ。出版社の人間やアシスタント、
いろいろな業者など多様な人間が出入りする水木プロの防犯状態は、あまり万全
とは言えない。
兄と違ってまじめで几帳面な性格の光男は、深夜にもかかわらず、徒歩で行ける
距離の自宅から、戸締りを確かめにやって来た。眠っている家人を起こさないよう、
電話も入れず、合鍵でそっと玄関を開け、しのび足で仕事机のある応接間の引き戸を
開けようとして、
「ガタッ!バサバサッ。バサッ。」
という物音を聞いた。
(すわ、泥棒か・・・?!)
光男はぴたりと動きを止めた。扉の陰に身をひそめ、引き戸のすき間から中の様子を
うかがう。応接間は暗かったが、ネーム部屋からの灯りに照らされ、光男のすぐ目の前に
展開された光景は・・・。
まず目に入ったのは兄の茂だった。兄が抱えているものは・・・髪の長い、ほとんど
全裸の女。腰を高くかかげ、二人はつながっているようだ。女が髪をふり乱してのけぞり、
それが義姉のフミエだと知れる。茂が大きく腰を使って容赦なく責めると、フミエは
悲鳴を上げてはしご段にすがった。フミエの身体が固い板の段々に押しつけられるのも
かまわない激しい責めは無慈悲とも思え、光男は見ていてハラハラした。
兄は、義姉に暴力的な性を強いているのではないか・・・そんな疑念と憤りがわき起こる。
プロダクションが設立されてから、九州から上京して来た光男は、フミエに会うことは
兄の婚礼以来ほとんどなくで、この夫婦をよく知っているとは言えなかった。ちょうど
茂がフミエをあまり仕事にかかわらせなくなった時期で、おとなしい義姉が何かにつけ、
のけものにされているようなのを、光男は同情心を持って見ていた。
226 :
合図5:2011/05/31(火) 15:31:18.00 ID:0QxURePw
やがて、ぴったりと身体を密着させた茂が激しい揺さぶりをかけると、フミエは
せつなげな訴えとともに激しく身体をふるわせた。男に絶頂をきざまれる女の姿を客観的に
見るの初めてで、光男は名状しがたい思いにとらわれた。
終わったようだ・・・一刻も早くこの場を離れなければ、そう思っても、光男は足に
根が生えたように動けないでいた。
茂が、ぐったりとなったフミエを抱きかかえ、そばのソファに座らせる。茂がなおも
フミエの胸や肩に唇を這わせているのは、固い板が残した痕を癒やしてやっているのだろうか。
白く長い腕がのびて、茂の頭をいとおしげに抱きしめた。それから、茂がなまめかしい姿の
義姉の浴衣をととのえてやり、二人はゆっくりと口づけあった。
やがて仕事に戻った茂を、やっとのことで身体を起こした義姉は、ソファの背にあごを乗せて
じっとみつめていた。その姿は童女のようで、光男はなんだか胸をうたれた。激しい行為の後、
早くも仕事に戻ってしまった夫の姿をみつめる義姉のまなざしは、せつないほどの愛情に
あふれていて、その横顔から目を離すことができなかった。
どのくらいそうして見とれていただろう。義姉が立ち上がる気配にハッと我にかえり、
光男は大急ぎで、出来うる限り静かに家を出た。
暖かい夜で、星がまたたいていた。今見た光景に、足元もふわふわと覚束なく、
光男はふらふらと近くの公園に入った。
今ごろ騒ぎ始めた心臓を落ち着かせようとブランコに腰掛ける。
(兄貴もええ歳して激しいなあ・・・。それにしても、明日からどげな顔してあそこで
仕事したらええんだ?)
近しい身内の行為をかいま見てしまった気まずさ・・・。思いがけず官能的な義姉の姿態・・・。
だが、それにも増して、身体が離れた後、茂をみつめていたフミエのせつなげな横顔・・・。
(義姉さんは、なしてあげに兄貴のことが好きなんだろうな?)
前から、フミエのことを献身的な妻だとは思っていたが、この二人がこれほど激しい愛で
結ばれていようとは思ってもみなかった光男だった。
(でも、まあよかった。フミエさんがいじめられとったんじゃなくて。)
着衣のままの茂に、後ろから激しく責められるフミエを見て、二人の関係に異常なものが
あるのではないかと危惧したが、その後の茂のいたわりや、フミエの愛情にあふれた
しぐさや表情が、そうではないことを語っていた。
227 :
合図6:2011/05/31(火) 15:31:59.85 ID:0QxURePw
(俺は女房から、あげに哀切な目で見られたことがあるだろうか・・・。)
長兄や次兄とちがい、年若で戦争に行かずにすんだ光男は、今の大学の工学部にあたる
工業専門学校を出て就職し、安定したサラリーマンとして兄の茂よりもずっと早く結婚した。
見合いで結婚した妻の栄子との間には子供にも恵まれ、家庭生活にはなんの波風もない。
平々凡々とした彼が、唯一冒険したのが、会社をやめて水木プロのマネージャーに
なったことだった。
(あの二人には、筆舌に尽くしがたい貧乏を一緒に乗り越えてきた絆があるんだろうな・・・。)
光男は、平凡ながら安定した人生を送ってきた自分には計り知れない、兄夫婦の歴史に、
この時はじめて想いを馳せた。
「やれやれ。戸じまりを確かめに来ただけなのに、とんだ目に会ったな。」
目撃したのが自分だったから良かったものの・・・。プライバシーも時間も無いのはよく
わかるが、あそこで逢瀬を続けるのは危険ではないだろうか・・・。何か方策は無いものだろうか
と思うが、自分が口を出すわけにもいかず・・・。誰にも気づかれないことを祈るのみだ。
ブランコから立ち上がると、星空を見上げ、光男は家族の寝しずまる家に帰った。
それからしばらく、光男は仕事をしつつも、あの夜の光景を思い出さないよう、仕事場の
階段やソファをつとめて視界に入れないようにしていた。茂やフミエに相対してもドギマギ
しないよう、ポーカーフェイスをつらぬくのは、なかなか大変だった。
「・・・ちょっこし、息抜きに行ってくる。」
「兄貴・・・!まだスケジュールの説明が途中だが。」
気が遠くなるほどぎっちり詰まった仕事の予定を前に、茂がトイレへ逃亡した。光男は
その背中を目で追って、ため息をついた。その視線が、床の上に落ちた。
「・・・あれ、また落ちとる。兄貴ときたら、タテのものを横にもせんのだけんな。
誰か踏んづけたりしたら滑って危ないが。」
落ちたものもほったらかしで拾いもしない兄に代わり、几帳面な光男は仕事机の下に
落ちていた色鉛筆を拾いあげ、
「ここに入れとくぞ。」
何も入っていないペン立てに、ころん、と挿した。
228 :
222:2011/05/31(火) 15:34:11.97 ID:0QxURePw
なぜ書き込めてしまうのだろう・・・?破門されないだろうか。
「茂夫婦以外の人がいるような所で、夜の約束をこっそりとする二人を見てみたい・・・」
と言うネタふりが前スレでありました。
照れ屋のしげぇさんですので、言葉で誘うのは難しいし、新婚時代は約束する必要ないしw、
で、こんな感じになりました。イメージ違ってるかもしれませんが・・・。
このレス書いた方が、もしご自分でも書いてらしたらごめんなさい。もしまた違った
約束エピを見せていただければ嬉しいです。
個人的には、光男さんが出せて満足です。(ひそかに全キャラ制覇を狙ってたり・・・。)
超亀レスでスマソ、ずっと書き込めんだった
>>179 GJ!!
エロぃ
フミちゃんが可愛いなあ
ラストの感じも、ほんわかしていて和むー
>>177 >>187 あれは、あくまでも中の人が、だよぉw
と言いつつ、中の人がプラベや仕事場に乗ってきてる車は祐一の雰囲気にピッタリ合うので
いつか自分が「いちせんパロ」を描く事あったら・・・その点は
(もし必要なシーンがあれば、だけども)同じ車をイメージする予定だったりw
茂の話に戻るけど・・・フミちゃんのポワンとしたところ全てに悶えるんだろうなー
前に、中の人が出た江SPでも言っていたけど、茂はやはり「硬派」なんだね
ゲゲゲ公式のキャスト解説にも「男としては硬派」って言葉が出てたもんなあ
>>222 せわしなさの中にも、2人の愛が存在している感じで良かったよ〜
次の作品も楽しみにしています!
なんだかゴチャゴチャした長文ですまぬー
>>222 GJ!
やっぱり寝巻が浴衣なのはオイシイな…普通だと夏限定アイテムになっちゃうからなぁ
光男災難wwwでも原因www
>>192 放送時に本スレで「ゲゲフミのどんぐり拾い見せろよ!ゴルァヽ(*`Д´)ノ!」とゴネた者です
可愛いくて美しいSSを本当にだんだん
フミちゃんが視線に気づいてないのが、また萌えるw
>>222 光男ほんとに、眼福…いや災難でしたね。
違うのに、せっかくだからと張り切っちゃう茂さん素敵ですw
是非、全キャラ制覇目指してください!
>>222 階段プレイというのががあったとはしらなんだ
ふみえさんだけほぼ全裸ってのがエロくていいですね〜
ふみちゃんの中の人がCMで喫茶店のウエイトレスだっていうからすごい色々妄想してたら
ほんとに普通のウエイトレスでなんか申し訳なくなった
そうだよね…メイド服なんて着ないよね…
>>234 あれ?自分がいる・・・
某銀行CMの浴衣姿に期待
ふみちゃんの中の人がバーテン姿らしいけどどう萌え妄想したらいいか…
まだまだ妄想スキルが足りないな自分…
綾子が専門三年卒業する年で祐一が修行一年目で
専門学校の学祭でバーテンもどきをしてイケメン扱いされる綾子さんを遠くで見て
色々もやもやしたゆうちゃんが休憩中にいちゃついてやっぱ綾子かわいいってなって
っていうなんか色々おかしい妄想ならしたな…
またまた「橋木さん」のお話です。とうぜんエロなしです。ご興味ない方、申し訳ございません。スルーで…
上記のようなレベルですので、また細切れになると思われますが、ごめんなさい(泣)
今回はもう、タイトルで何の話かお判りになるかと。まんまですw
でも、今書いてるのは、貧乏真っ最中の村井家。つらい…。深沢さん、早よ復活しとくれー!
「しかし、凄かったな、あの質札」
二人組の男のうち、目が細いほうが言った。
「ああ。あんなに質入れしてるんじゃ、もう家に家財道具なんて、何も無いんじゃないか」
もう一人の男が、言った。
師走を迎えようとしているこの商店街に、見慣れぬ、背広姿の二人組の男達がやって来た。どうやら役所の人間か何からしいが、よく判らない。
二人は、うちの店の前のベンチに座り、呆れたような顔で話をしていたが、しばらくすると駅のほうへ去っていった。
「家財道具を質に、か…」
あの二人組が誰のことを言っていたのかは知るべくもないが、ふと、亀田質店の常連だという、村井氏のことを思い出した。
質屋通いは、続いているのだろうか。いつだったか、夫人が大事そうにしていたラジオや、今は乗れないあの自転車なども、質草になってしまっているのだろうか。
先日、こみち書房の店主、美智子が、溜め息をつきながら言った。
「『河童の三平』を出してた出版社、潰れちゃったらしいの」
「えっ!?」
私は混乱する頭を何とか働かせながら、必死に言葉を探した。
「だって…、『河童の三平』は傑作だって、太一君が…」
「それは、そうなのよ。本当に、傑作なの。でもね、詳しい状況は判らないけど、貸本漫画の出版社は、今何処も苦しいから。ほら、雑誌に押されて…」
そうなのか。雑誌の世界と貸本の世界は、そんなに違うのか。うちでは漫画雑誌は扱っていないので、私は何も知らなかった。
「水木先生の本、沢山出してた出版社だったのよね。描いた分の原稿料、ちゃんと頂けてたのかなあ…」
なんと、報酬を踏み倒された可能性もあるらしい。私は、絶句してしまった。
美智子は、あの「鬼太郎夜話」を出していた出版社も、実は倒産していたのだと教えてくれた。五巻目の原稿が紛失したのも、会社が潰れた、そのどさくさに紛れてというのが真相だったのだ。
もっとも、その会社の倒産は、社長の深沢という男が急病で倒れたことが直接の要因だそうだ。深沢氏は、漫画家水木しげるのことをかなり高く買っており、それだけに彼の急な病臥は、様々な意味で、村井夫妻にとってかなりの痛手だったという。
私は、何も知らなかった。いや、知っていたところで、何が出来たという訳でもないのだが。
先程の、役所の人間風の男達が去るのと入れ替わるように、村井夫人がアーチを潜ってやって来た。彼女が母になる日は、もう間近に来ている。
自らに宿る新しい命を愛おしそうに撫でながら、いつもと同じ様にこの商店街を歩く。
その笑顔は、これまでと何一つ変わらないようにも、また、何か今までにない、言い知れない思いを抱えているようにも見えた。
そんな漫画家の女房を見つめながら、私は美智子の言葉を思い出す。
馴染みの出版社の倒産で、村井氏はこれからどうするのだろうと、要らぬ心配をする凡人の私に、漫画家水木しげるの強さを知らしめるように、彼女は言った。
「でもね、本は出続けてるの、違う出版社から。ずっと、描き続けてるのよ、水木先生は」
◆
それから数日後の、午後。
年の瀬が迫り、少しずつこの商店街にも、年に一度の慌しさが、訪れてきていた。
「布美枝さん、大丈夫?」
女房の声にふと、目を上げると、村井夫人が店の前のベンチに、こちらに背を向けて座っていた。
ただ座っているのではなく、座った状態で、身を屈めていた。そんな彼女に、女房が駆け寄る。
最近は、何故か女房のほうが、私より早く村井夫人に気付くことが多かった。
「ありがとうございます。大丈夫ですけん」
笑って応える横顔が見えたが、その笑顔に力はなかった。具合でも悪いのだろうか。
「大事な時だから、無理しないでね。よかったら、うちの車で、送っていきましょうか」
俺の出番かと、一瞬色めき立ったが、夫人はあっさり断り、気遣いに対する礼を何度も言いながら、アーチの向こうへ歩いていった。
「足、浮腫んでたわねえ。大丈夫かなあ…」
女房が呟きながら戻って来た時、ちょうど松井の嫁、つまり銭湯の若おかみが、うちの店に買い物に来ていた。女房と村井夫人の様子にも気付いていたらしく、心配そうに言った。
「布美枝さんですよね。うちの義母も、和枝さんや徳子さんと、話してました。初めてのお産だし、お里は遠いし、さぞ不安だろうなって」
「そうよねえ。こっちには、お身内の方なんて、居ないだろうし」
すると、ティーバッグの紅茶を見ていた若おかみが、村井夫人に関する意外な情報を教えてくれた。
「いえ、お姉さまがお一人、ご結婚なさって、こちらにいらっしゃるそうですよ。赤羽に、お住まいだとか」
「へえ、そうなの。知らなかった」
東京に姉上が嫁いでいたとは、私も初耳だった。意外な事実だが、その事実に驚く以上に、何かが引っ掛かった。赤羽という地名に、聞き覚えがあったのだ。
何故だろう。いつ、何処で聞いたのだろう。夫人の姉上の話は、確かに、今初めて聞いた事実であるはずなのだが。
「不安そうな顔してましたよね。お義母さんに、言っておいたほうがいいかなあ。今ならロザンヌレディの営業所に居ると思うんで。この間、下野原のお得意様のところを回る際にでも、一度行ってみようかって、言ってたんで」
その後、若おかみは、番台を任されることの気恥ずかしさと誇らしさを少しだけ語って、帰っていった。
私はその間、村井夫妻と赤羽という地名の繋がりについて、ずっと考えていたが、結局何にも思い至らず、判らないまま諦めた。
それにしても。
体調がすぐれないのか、精神的に不安定になっているのか。本当に今が大事な時期だというのに、心配である。
心配ではあるが、ただただここで気を揉んでいるだけで、何をしてやるのが一番いいのか、見当もつかないのだから、こういう時、他人の男というのは、本当に役に立たない。
すると、女房がぽつりと言った。
「この間、こみち書房に行ったらね。美智子さん、店番しながら、端切れでちゃんちゃんこ縫ってたわ。あれ、布美枝さんの赤ちゃん用ね、きっと」
「へえ…」
亡くした我が子の分まで、健康に、幸せに育ってくれと、祈りながら縫っているのだろうか、美智子は。
ならば。何も出来ないならば、せめて、私も祈ろう。無事に新しい命が、誕生するようにと。
私も心で、語りかける、年が改まると共にやって来る、この街の新たな、小さな住人へ。
大丈夫だよ。
気のいい人達が暮らす、いいところだよ、君が生まれて、育つ街は。
そして、朗らかな、優しいお母さんと、誰より強いお父さんが、君を心から待ってる。
きっと、きっと、素敵な物語が始まるよ。
だから、安心して、生まれておいで。
◆
クリスマスイブの朝である。天気も上々だ。
見慣れた商店街も、ツリーやモールで飾られ、スピーカーからはクリスマスソングが流れ、華やいだ雰囲気に包まれている。
通り過ぎる子供達の顔が、どの顔も嬉しさに輝いていた。
今日は一日、買い物客が、引きも切らずやって来るだろう。冷たい空気に身を縮こまらせながらも、忙しい日になるぞと、覚悟を決めていると、アーチの向こうから、村井夫妻がやって来た。
私は驚いて、思わず二人を凝視してしまった。
夫妻でこの商店街を歩くのも珍しければ、こんなに朝早くに村井氏の姿を目にすることも珍しい。今日は大雪でも降るのではないだろうか。
「おはようございます」
夫人がにこやかに、挨拶をしてきた。
「おはようございます。お珍しいですね、お二人で」
「ええ、定期健診なんです」
答えるその顔には、いつぞやの不安げな様子など微塵もなかった。
そしてその隣には、そんな彼女を庇うように、寄り添う夫がいる。
「村井さんも、ご一緒に?」
何気なく訊いたのだが、村井氏は、照れくさそうに俯いて、もぞもぞと言った。
「はあ、まあ、散歩のついでに…」
その様子を見て、夫人がくすくすと笑い、私に向かって言った。
「判ります、橋木さんの、おっしゃりたいこと」
「はい?」
私のほうが、判らなかった。夫人は時折見せる、あの悪戯っ子のような笑みを、夫に向けて言った。
「あなたがこんな早うに、外を歩いてるのが珍しいって、思っとられるんですよ」
「ああ…」
いえ、そんな、と言おうとして、そういえば考えてなかったこともないな、と、思い直した。
「商店街中の人が、思っとりますよ、雪でも降るんじゃないかって」
「だら!雪なら、多少は降ったほうがええだろうが。今日はクリスマスイブだ」
夫人は、くすくす笑いをやめ、その表情を穏やかな微笑みに変えて、言った。
「そげですね」
どきりと、心臓が、音を立てた。
いつもいつも、それこそ毎日に近い頻度で見ている表情のはずなのに、その日、その時の微笑みは、何か違ったのだ。
美しい、と思った。この上なく美しい女性が、今、目の前に居る、と。
そして、その美しい人の、最上の笑みが、今隣に居る、ただ一人の男に、向けられているのだ、と。
いや、だからこそ、その微笑みが、慈愛に満ち、この上なく美しく見えるのだろうか。
私は、村井夫人の横顔を見ながら、そんなとりとめのないことを、ぼんやりと考えた。己の意識が、何処か中空辺りを、ふわふわと漂っているのを、感じながら。
「あっ、いけん!」
夫人のこの言葉が、私の意識を、元あった場所に呼び戻す。
「どげした?」
「小麦粉、足らんかも知れません」
大きな眼が、さも何か大事が起こったかのように見開かれ、夫を見つめる。
「だら!小麦粉がなかったら、話にならんだろうが。あんたはそういうとこ、ぼんやりしとるなあ」
「もうっ!そげに言わんでも…。帰りに買うの、忘れんようにしますから」
夫人が視線を、私に移す。私も微笑みで応えた。
「お待ちしてますね」
互いに会釈を交わした後、村井夫妻は、産院があるほうへ、ゆっくりと歩いていった。
愛おしそうに自らの腹部を抱える妻と、そんな「二人」を見守る夫。
並んで歩く後ろ姿を、私は、角を曲がって見えなくなるまで、見送った。
◆
昼飯時の混み合う時刻もとうに過ぎ、午後になってしまった。村井夫妻はまだ、戻って来ない。
どうしたのだろう。臨月の女性の体のことをよく知っている訳ではないが、定期健診にしては、時間が掛かっているような気がする。
何かあったのだろうか。まさかとは思うが、夫人の体に何か。
私はもう何度も、朝方に二人が去っていった方向に、目をやっていた。
それとももう、とっくに産院を出ているのかも知れない。別の道を通って、下野原まで帰ったのかも。
産院からなら、ここを通って帰るのが一番近いが、他の道がない訳ではない。天気もいいし、野川沿いでも散歩しながら帰ることも、あの二人ならあり得るだろう。
「小麦粉は、いいのかなあ、買わなくて…」
更にかなりの時間が過ぎ、もう今日は二人の姿は見られないようだと諦めた頃、カランコロンと聞き覚えのある下駄の音が、響いてきた。それもかなり、急ぎ足の。
見ると、産院のある方向から、村井氏が商店街に向かって、やって来るのが見える。
夫人は伴っていなかった。何かただ事ではない事態が起こったらしく、切羽詰った顔でこちらへ向かって来る。急ぎ足と言うより、駆け足に近いくらいの速さだ。
「村井さ…」
声を掛ける間もなく、あっと言う間に、アーチの向こうへ行ってしまった。
どうしたのだろうと、私が一人、案じていると、程なくしてまた村井氏が、アーチを潜ってやって来た。今度は手に、紫色の風呂敷包みを提げている。
私は驚いて、口をあんぐりと開けてしまった。下野原の自宅まで一旦帰って、また今、ここまで来たと言うのか?こんな短時間に?
村井氏は、先程以上の勢いで、来た道を戻ろうとしたが、何かを思い出したように、商店街にある赤電話に駆け寄った。電話の上に風呂敷包みを載せ、ポケットから慌てた様子で、何やら小さな紙切れを取り出す。
受話器を取ると、左耳に当て、肩で挟んだ。紙切れには電話番号が書いてあるようで、それを持ったまま、同じ手で赤電話に硬貨を入れ、器用にボタンを押していく。
気になってたまらず、私は電話中の村井氏のところへ、そろそろと近寄っていった。
「…はい、そげです。…はい、夜になるらしいですわ。…はい、すんません、お忙しいところ。よろしく頼みます。ほんなら」
受話器を置き、行こうとする村井氏に、何とか話し掛けた。
「村井さん、どうしました?奥様に、何か…」
私の姿を捉えると、こちらが言い終わらないうちに、彼は勢い込んで言った。
「う、生まれるそうなんですわ、今日、これから!」
「えっ!?だって、予定日は、年明けじゃあ…」
「そげだったんですが、どげした訳だか、今日になったんですわ!ほんなら!!」
一刻も早く行かなければ、と急く気持ちが、溢れ出していた。挨拶もそこそこに、村井氏は、今度は本当の駆け足で去っていく。
なんと、クリスマスイブの今日、生まれるらしい。
下駄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、赤電話に目をやると、その上に、風呂敷包みが載っていた。
「ちょ、ちょっと、村井さん、荷物、荷物!」
私は包みを持ち、もうじき父親になるその男を、慌てて追い掛けた。
◆
そして、その夜。
両親に会える日を待ちきれなかったのか、予定より、少し早く。
この街に、新たな住人が一人、やって来た。
元気な、女の子だった。
終わり
>>240 藍子キター!
橋木さんの目を通した夫婦の美しさは異常だな…
夫婦のやりとりかわいすぎる
昨日おとうちゃんの中の人が赤ん坊と戯れてたから藍子が生まれるあたり見直したんだけど
ちゃんちゃんことかすっかり忘れてたから毎回小ネタの拾いっぷりがすごいなぁと思ったよ
>>240 藍子、ゲゲゲワールドにようこそ!
待ってたよ!
橋木さんシリーズいつも、だんだんです。
>>240 夫婦すごい良いなぁ
慌てて荷物取りに行ったりアキねえちゃんに電話するしげさん可愛い!
本スレのふみちゃんポロリに対して怒るおとうちゃん風レスに萌えた
たまにあるああいうレスにどうしても萌えてしまうw
つぶやきサイトの夫婦botとかも大好きだった…
253 :
合鍵1:2011/06/08(水) 11:08:32.04 ID:83+oEc9E
「フミエさん、これを預かってくれんかね。」
ある日、仕事部屋にお茶を出しに行ったフミエは、茂の弟でマネージャーの光男から、
小さな銀色の鍵を手渡された。
「あら。どこの鍵ですか?」
「この部屋の鍵ですわ。ネーム部屋のこのドアの。応接間の引き戸も、全部内側から
鍵がかかるようにしたけん、最後にこのドアを閉めれば、戸じまりは完成だ。」
「これを、私に?」
「ああ。しめきり前の徹夜の時はしかたないが、普段の、ここに誰もおらんようになる
夜は、これで全部閉めてごしない。赤土プロに泥棒が入ったことはフミエさんも
知っちょろうが。前々から、この事務所は無用心に過ぎると思うとったんだ。
兄貴は、こげなことはからっきしだけん、フミエさんが頼りだが。」
「・・・わかりました!」
フミエは、小さな鍵を握りしめて、嬉しそうに微笑んだ。仕事場と生活の場が分かれて
以来、自分が茂の仕事に直接役立てる機会が減って、なんとなく疎外感を感じている
フミエにとって、マネージャーの光男に頼りにしていると言われたことは、近来に無く
嬉しいことだった。
「マンガ家のプロダクションには現ナマがうなっとると思われとるらしいな。
実際は、たいして置いてあるわけじゃないのにな。」
茂の言うとおり、原稿料などの報酬は銀行振り込みだし、アシスタント達の給料は、
給料日に光男が銀行でおろしてきてその日に渡してしまう。金庫にたいした金額が
あるわけではないが、金があると思われている以上、泥棒が入る可能性はあり、
家族に危害でも加えられたらたまったものではない。
254 :
合鍵2:2011/06/08(水) 11:09:23.67 ID:83+oEc9E
フミエの後ろ姿を見送りながら、光男はあの夜のことを思い出さずにはいられなかった。
金庫の入った机の鍵が気になり、深夜に水木プロを訪れた際、光男は予期せぬ光景を
目撃してしまった。それは、応接間の階段の前で激しく愛し合う兄夫婦の姿だった・・・。
(フミエさんは真面目だけん、戸じまりはちゃんとしてくれるだろう。夜中に確かめに
来るのはもうごめんだけんな。・・・それに、今度からはちゃんと鍵をかけてから
励んでくれよ・・・。)
光男は、二人のああいう姿を二度と目撃したくはなかったが、別にいやらしいとか
不快だとか思っているわけではなかった。何かほほえましいというか人間くさいというか、
応援してやりたいような気になっただけだった。
(フミエさんが、あげに嬉しそうな顔するの、ひさしぶりに見たな・・・。)
茂が売れっ子になる前は、フミエがアシスタントをしたり、出版社に原稿を届けに
行ったり、手伝うことも多かったらしいが、プロダクションを立ち上げてからは、
プロのアシスタントも大勢いるし、フミエの出る幕はなくなったと言ってよかった。
フミエが少しでも仕事にかかわろうとすると、茂は「お前は口を出さんでええ。」とか
「あっち行っちょれ。」とか言って排除しようとする。
(兄貴は、なしてあげにフミエさんをのけものにするんだろうな・・・。)
子供の頃、兄には痛い目にも会わされたが、戦前の男兄弟というのはみんなそんなもの
だったし、兄を意地悪な人間と思ったことは一度も無い。
(兄貴には、兄貴の考えがあるんだろう・・・。)
夫婦の関係と言うものは他人には計り知れないところがある。あの夜、茂がフミエを
虐げているかのように見えたけれど、実はそうではなかったように・・・。光男は、なんとなく
義憤を感じてはいても、自分がとやかく言うのはやめておこうと思った。
(とにかく・・・!俺はもうこのことは忘れるけん!)
刺激の強すぎるあの出来事を、光男は無理やりに頭から追い払って、仕事に没頭していった。
255 :
合鍵3:2011/06/08(水) 11:10:15.49 ID:83+oEc9E
フミエは自室に入ると、さっき光男に託された鍵に、リボンをとおして結んだ。
こんな小さな鍵は、何かつけておかないと、どこかへ行ってしまいそうで心もとない。
フミエは、鍵を手のひらに乗せて、冷たい金属の感触を味わった。
「光男さんが、『フミエさんが頼りだ。』だって・・・。」
たとえ戸じまりのような単純作業でも、光男に仕事をまかされたことがフミエは
嬉しかった。茫洋としてつかみどころのない長兄の雄一や、才能はあるがきわめて変人
である夫の茂とちがい、末っ子の光男はごく普通の人間で、几帳面で少し小心でもある
ところに、フミエは親近感を抱いていた。次々に舞い込む膨大な仕事を裁き、経営面も
引き受けている光男は、優秀な実務家であり、頼りになる存在であった。
「お母ちゃん、それなあに?」
いつの間にか近づいてのぞきこんでいた喜子に突然声をかけられ、フミエは驚いて
鍵を取り落としそうになった。
「びっくりさせんでよー、喜子。・・・これはね、お父ちゃんの仕事部屋の鍵だよ。
大事なもんだけん、なくさんようにせんとね。」
「カギ・・・?よしこもほしいー。」
悪いところをみつかったものだ。どうせすぐに飽きるのだろうけれど、本物の鍵を
やるわけにもいかない。ちょうど古い机の引き出しについていた鍵があったので、
リボンをとおして喜子にやった。
「これ・・・どこのカギ?」
「これはね、もう金具がこわれてて使えんのよ。だけん、喜子にあげる。」
真鍮色で、少し模様のあるその鍵は、今の無機質な鍵と違って趣があった。嬉しそうに
首にかけて走り去る喜子を、フミエはほほえましく見送った。
鍵と言うものは、なぜこんなにも人の心を引きつけるのだろう・・・。自分だけが、
閉ざされた扉を開けることができるという満足感だろうか。特に、大切な人から
大切な鍵を託された時、その喜びはいやがうえにも増すのかもしれない。
結婚して数ヶ月が経った頃、この家に歓迎されざる客が訪れたことがあった。
数日前から、フミエも茂も、身辺になんとなく不穏な気配・・・誰かに見られているような
気持ちの悪さを感じていた。家の周りをうろついて、茂やフミエの行動や郵便物、出入り
する人物などを探っていたらしい怪しい男たちは、なんと刑事だった。
『少年戦記の会』と大書した看板や、小さな家に不釣合いな大量の郵便物などから、
何か秘密結社のような反社会的な組織を想像した近所の住民が通報したらしかった。
百聞は一見にしかず、茂の戦記マンガを実際に読んでもらい、健全な子供のための
ファンクラブであることを納得してはもらえたが・・・。
警察と言うものが、まず疑ってかかるのが仕事とは言え、若い方の血気盛んらしい
刑事は、まだすっかり信用していない様子だった。年配の方の刑事は、同じ戦場がえり
ということで、真にせまった茂の戦記マンガに感心し納得してくれたけれど、身についた
猜疑心はぬぐえないようだった。その鋭い目つきは最後まで変わらず、底知れぬ不気味さを
たたえて、何も悪いことをしていなくても落ち着かない気持ちにさせられた。
256 :
合鍵4:2011/06/08(水) 11:11:22.85 ID:83+oEc9E
フミエは、それまで出かける時家に鍵をかける必要性を感じていなかった。茂は
ほとんどいつも仕事で家にいるし、フミエも買い物に行くくらいで、二人そろって遠出する
ことなど、たまに自転車で散歩に行くことくらいだった。
実家のある安来では、家に鍵をかける人などほとんどおらず、外からかける鍵が
ない家も多いほどだった。田舎なので犯罪も少ないし、いつも必ず誰かが家におり、
葬式などで家中留守にする場合は近所の老人などに留守番を頼めばよかった。
こちらに来る早々、フミエは置き引きにあってしまったのだが、それは外で起こった
ことで、あまり家に泥棒が入るという発想には結びつかなかった。
「ウチには、な〜んも盗られるものが無いけんな。」
茂はのんきそうにそう言い放っていたが、フミエは今度のことで、なんだか不安に
なってきた。怪しい人影は結局警察だったのだから、不安になるのもおかしなものだが、
自分たちの生活が、いくらなんでも無防備に過ぎるような気がしてきたのだった。
「あの・・・、ウチには、鍵ゆうもんはないんですか?」
「カギ・・・?カギなあ。さて・・・どこにしまったかな?」
茂は古い机の引き出しをガタガタと音を立てて開け閉めし、やっとのことで錆びついた
鍵を探し出した。同じ鍵が三つもあり、やはり錆びた金属のリングについたままの
ところを見ると、この家を義兄から明け渡された当初からほとんど使ったことがないらしい。
「鍵なんぞかけんでも・・・。俺がいつも家におるし、あんたもそう遠くへ行くわけでも
ないだろうが。だいいち、盗られるもんなんかな〜んもありゃせんしな。」
「それでも・・・ないよりはあった方が安心できるんです。」
フミエは錆びついた鍵を一生懸命みがいて、ひとつはブルーのリボンをつけて茂に、
もうひとつはピンクのリボンをつけていつも使っている買い物袋に入れた。残るひとつは
予備としてたんすの引き出しにしまった。
中に鍵が入っていると思うと、長押にかけてある水色の買い物袋がやけに光って見えた。
(なんか、この家の主婦になった、ゆう感じがするなあ・・・。)
初めて茂から原稿料を渡され、これでやりくりを頼む、と言われた時も同じ気持ちがした。
茂が言い出したことではないとは言え、鍵を託されるということは、信頼していると
言われていることであり、フミエの胸に幸せな気持ちが広がった。
257 :
合鍵5:2011/06/08(水) 11:12:10.46 ID:83+oEc9E
その夜。茂の手に引き寄せられ、フミエはやわらかくその身を夫の腕にゆだねていた。
ふたりだけの時間のはじまり・・・。いつものように抱きしめられ、唇をかさね合い、
浴衣ごしの体温と快い重みに陶然となる・・・。だがその時、フミエはふと心配になった。
「あ・・・。」
「なんだ・・・どげした?」
「戸じまり、したかどうか気になって・・・。」
「そげなもの、どうでもええ。泥棒が入ったところで、あんまり何もなくてびっくり
するのが関の山だ。」
「でも・・・。」
「鍵を持ったら、かえって心配になるなんぞ、愚かな人間そのものだな。」
「・・・愚かな人間でもええですけん・・・。」
ブツブツ言いながらも、茂はフミエを解放してくれた。フミエはえりを合わせながら
玄関の戸じまりを確かめに行った。
「すんません。ちゃんとかかっとりました。」
「・・・。」
返事がない。茂は向こうを向いて寝たふりをしているようだ。
「あなた・・・?」
フミエは茂の肩に手をかけ、こっちを向かせようとしたが、茂はびくとも動かない。
「しげぇさん、こっち向いて・・・お願い。」
触れている茂の肩が震えだした。のぞきこむフミエの髪が茂の顔にかかり、くすぐったいのを
がまんできなくなったらしい。
「もぉ・・・いやなひと。」
笑って力が抜けた茂の身体を、フミエはのしかかるようにして仰向かせ、上から口づけた。
茂が下からフミエの帯を解いて、下を向いた胸のとがりを指や手のひらでそっところがした。
「ン・・・んっ・・・は・・・ぁ。」
茂がフミエの頭を押し下げて、次の行為をうながす。フミエは素直に下の方に下がって、
茂の前をくつろげた。屹立する茂自身を、仰ぎ見るような気持ちで、フミエは両手でそれを
そっと包んだ。温かい、独立した生き物のような茂の分身の、滑らかな感触を唇や頬で
楽しんでから、口に含んでいとおしむ。口が享受している快楽をねたむ様に、本来それを
受け入れる場所が激しく疼きだすのをフミエは感じていた。
(ああ・・・ほしい・・・。)
茂を初めて受け入れてから、まだ数ヶ月と言うのに、自分の身体の貪欲さが信じられない。
突き上げる飢餓感に、思わず腰をもじもじと揺らし、茂に気づかれなかったかと心配になる。。
茂がフミエの手をとって上に引き上げた。横たえられ、じっと目をみつめられる。
自分は今、どれほど淫らな目をしているだろう・・・。そんな羞じらいも、熱く疼く秘所からの
欲求の前には、なんの効力もなく、フミエはただ貫かれる瞬間を待った。
258 :
合鍵6:2011/06/08(水) 11:13:01.56 ID:83+oEc9E
だが、次の瞬間、茂の顔は視界から消え、下の疼きに負けないくらい張りつめ、過敏に
なっている乳首を口に含んで舐め吸った。
「ひゃ・・・ん・・・やっ・・・。」
もう片方の乳首も、親指と人差し指がつまんでこすり合わせる。フミエは陸にあがった
魚のように身体をばたつかせ、なんとかしてこの責めから逃れようとあがいた。
だが、茂の鋼のような脚にからみつかれ、身動きもならない。
ふたつの突起から発電される電撃のような快楽が一箇所に集中し、フミエの女陰は
あわれな涙を流し続けた。
「やっ・・・だ・・・だめっ・・・あ―――――!」
ぴったりと閉じあわされた大腿の間で、包まれたままの陰核が断続的に脈うった。
「おい・・・。」
身体の下で激しくあえいでいたフミエが、脚をぴん、と伸ばして硬直したかと思ったら
ぐったりと弛緩した。胸への愛撫をやめて顔を見る。紅潮した頬に幾筋もの涙が流れ、
ゆっくりと目を開けると、徐々に焦点の合ってきた瞳で茂をじっとみつめた。
「なんだ、これだけでイッてしもうたんか。」
感じやすい妻がいとおしく、茂はそのしっとりと汗ばんだ身体を抱きしめてささやいた。
「・・・ほしいか?」
「・・・は・・・い・・・。」
震える声でフミエが答えると、茂はフミエの下唇を甘噛みするように口づけながら、
まだ痺れている身体をひらいて押し入ってきた。
「ぁ・・・ぁああ・・・ぁ・・・。」
フミエの中の、恋情も官能も、すべてが茂に向かって流れ出す。心の中を、すべて
見られてしまうのではないかと心配になる。自分はきっと、茂が愛してくれるよりも
何倍も何十倍も茂に恋着してしまっているにちがいない―――。
茂の心のうちを、知りたいような、知りたくないような・・・。自分の心の中はたやすく
覚られてしまう気がするのに、自分は茂の心がわかるかと言えば、心もとない。
(でも・・・わからんけど、わかるような・・・。)
「好きだ。」とは、決して言ってくれないけれど、こうしてフミエを欲してくれることが、
その代わりと思っていたい。こうしてひとつになる時、茂の存在感はフミエの細胞の
すみずみまでを侵し、言葉はなくとも、その想いを刻み付けられる気がした。
茂という鍵でしか開かない扉のように、フミエは自分の全てをひらいて受け入れ、
ただ惜しみなく与えつづけた。
「あ・・・あっ・・・しげ・・・さ・・・ぁあ―――――!」
茂に向かってなだれ落ちるような絶頂感におそわれ、あとは何もわからなくなった。
259 :
合鍵7:2011/06/08(水) 11:14:16.80 ID:83+oEc9E
徐々に自分を取り戻し、茂の腕の中にいる自分に気づく。自分が自分でなくなる
嵐のような時間の後、彼の腕の中にいることに、フミエはいつも心からやすらいだ。
フミエを、高みから突き落とされるような絶頂に追い上げるのも他ならぬ茂なのだけれど・・・。
ゆっくりと目を開けて大きく吐息をつくと、茂は「ご苦労さん」とでも言うように
口づけて、微笑んだ。
「痛いの恥ずかしいの大騒ぎだったあんたが、成長したもんだな。・・・この頃じゃ、
別の意味で大騒ぎしとるけどな・・・。」
「お・・・大騒ぎなんて、しとりません!」
「まあ、あんたが気持ちええんなら、俺もうれしいけん。」
万事おおらかな茂のこと、夜の生活についてもあけすけなのには閉口するけれど、
これも、茂語で『あんたのことを気に入っとる。』と言ってくれているのだと思うこと
にして、フミエは再び近づいてきた唇をやさしく迎えた。
「あ・・・。」
「ん・・・?なんだ?」
「あなたの鍵、水色のリボンをつけておきましたけん、使って下さいね。」
「・・・俺の鍵?いらんいらん。あんたが出かける時は、俺はだいたい家におるし、
二人で出かける時は、あんたがかければええ。」
「でも・・・。」
「ああ、でも、俺が出かけてあんたが家にひとりでおる時は、かけておけよ。」
「え・・・なしてですか?」
「・・・盗まれるのは、金や品物ばかりとは限らんけんな。」
「え・・・?」
とっさに意味がわからず、怪訝そうな顔をするフミエに、茂はちょっと照れ臭そうに
つけ加えた。
「あんたも・・・若い女の端くれだということを、自覚しとった方がええ。」
「え・・・。や、やだ、そげなこと・・・。」
フミエは、自分がよその男に目をつけられるような魅力のある女だとは考えたことも
なかった。茂がそんな心配をしてくれるのがなんだか面映く、申し訳ないような気に
すらなるのだった。
(こげな風だけど、私のこと、けっこう大切に思ってくれとるのかな・・・?)
茂の思いがけない言葉が、フミエの胸をときめかせた。
260 :
合鍵8:2011/06/08(水) 11:15:05.56 ID:83+oEc9E
「あれ?どげしたんだ、喜子。そげな物・・・。」
「これ、お母ちゃんにもらったの。もう使えない鍵なんだって。お母ちゃんが、
お父ちゃんの部屋の鍵にリボンつけてるの見て、いいなーって言ったら、くれたの。」
「ふうむ・・・。茂の部屋の鍵とな?」
修平は、なんとなく思うところがあるようだった。
「あのな、喜子。鍵と言うのはただの道具ではないぞ。鍵を誰かに渡すということは、
自分を渡すのと同じことじゃ。だけん、みだりにチラつかせてはいけん。大事に
宝箱にしまって、このことは誰にも言わんでおきなさい。」
「・・・宝箱に?」
「ああ、あるじゃろ?・・・無いのなら、おじいちゃんがこのクッキーの空き箱をやろう。」
『宝箱』と言うものは、子供にとっては絶大な魅力のあるものらしく、修平にもらった
ベージュ色の空き缶にさっそく鍵を入れ、喜子は目を輝かせてそれを隠しに部屋に戻った。
「・・・いつまでも仲が良くて、なによりだ・・・。」
この手のことには一族中で一番鼻の利く修平は、茂がフミエに自分の部屋の鍵を与えた
という一事から、何事かを感じとったようで、さっそく喜子の口を封じたものか・・・。
その夜。フミエは応接間の引き戸の鍵を内側から閉め、仕事机に向かっている茂に
声をかけた。
「ほんなら、ドアの鍵だけはあなたがかけてくださいね・・・おやすみなさい。」
「まあ待て。俺にまかせると忘れるぞ?」
「もぉ・・・それくらいやってくださいよ。」
「終わってから、お前がかけたらええんだ。」
「ええ?・・・お仕事が終わるまでここで待っとるんですか?」
「・・・仕事なら、もう終わっとる・・・。」
茂は椅子から立ち上がると、意味がわからずにいるフミエをドアに押しつけるようにして
唇を奪いながら、内側からカチリ、と鍵をかけた・・・。
>>253 続きキタ!GJです!
鍵ってキーワードはエロいですね…。
今回もエロかわいいフミちゃん最高でした(*´Д`)=3
ずっとPCのネットに繋げられない状況だったんだけど、携帯で見てました!おかげで忍法帖レベルが上がってねえorz
>>222 >>253エロさGJ!特に階段プレイに悶えた…!しかも光男…w
ゲゲが訳わかってない布美ちゃんにチューしながら内側から鍵かけるのもええですな。
痛いの恥ずかしいの大騒ぎ→盗まれるのは金だけじゃない、あたりの会話が可愛いすぐる!
>>240いつも細かい描写にため息。読んだあとにそのあたりのDVDが見たくなるから不思議だ。
お互い忍法帖には苦労しますな。(←ゲゲ風に)どうもレベルが8くらいまでいくと投下量は通常らしいですぞ。
ただ
>>222さんのように特殊な人もおるようだからウラヤマシス。
>>253 GJ!フミちゃん可愛すぎるよー。
しげーさんあんたのこと大好きなのバレバレなのに、なんで判らんかなあww
自分の勝手なイメージですが、この二人って何にもない静かな夜も多い感じがするんですよね
話してるうちに、どっちかが寝ちゃったり、藍子がベビーベッド卒業したら
どっちかの布団で寝ることも多いだろうし
その分、いざ!って時がめっちゃ濃密…っていうかw
>>261,
>>262,
>>263 『合図』の続編になります、と言うレスを連投ではねられてしまったのですが、
わかって下さってありがとう。
どういう基準ではねられるのかわからず、ビクビクしながら投下してます。
ところで、茂【童貞】初夜編を執筆中の方、もしかして忍法帖のせいで投下
できないでいらっしゃるのでしょうか?
実は、自分は茂=素人童貞説で書いておりまして、そちらが投下されてから
間をおいて・・・と思っていたのですが、どうしたものか・・・。
そんじゃ、ゲゲ童貞初夜話の職人さんから回答があるまで穴埋め投下させてください。
レベルが全然なんでどのくらいの行数でいけるか、お試しがてら。小ネタです。
266 :
淫ら1:2011/06/10(金) 12:42:00.90 ID:VQ/z18v2
初秋の乾いた心地よい風に、カーテンが揺れる。
カーテンを揺らした風は、少し遅れて夫の長めの前髪を、さらりと撫でて去っていく。
買い物から戻った布美枝は、仕事部屋でごろりと横たわり、すやすやと昼寝をする茂に目を細めた。
そうっと買い物籠を下ろし、そろりそろりと茂に近づく。
もっとも、音を立てても立てなくても、そう簡単に起きる彼ではないけれど。
(髪伸びとるなぁ…そろそろ切らんと)
さらさらと吹かれる前髪にそっと手を伸ばし、手ではさみを作ってちょきん、と切る真似。
かけたままだった眼鏡をゆっくりはずす。小さく呻ったけれど、すぐにまたすやすやと寝息をたてる。
ほっとして、しばらくその愛しい寝顔を見つめた。
一回り近くも上なのに、茂の寝顔にはそれを感じさせない幼さがある。
ペンを握っているときの気迫とは真反対の、どこか油断した、気の抜けた寝顔。
それは常にあらゆるものと戦っている茂の、ひとときの休息の時間だ。
出来るだけ長く、ゆっくりと休ませてあげたい。
夫に全てを委ね、それ故に彼に重荷を背負わせてしまっている妻の、切実な思いだった。
大きな身体の半分ばかりしか覆えないけれど、そっと上掛けを被せる。
ぽんと放り投げてあった右腕も仕舞う。
節ばった手の甲と、青白く浮き上がった血管、しなやかに伸びる五指。
左側の空間を見やりながら、そちらの手も同じように美しかったのだろうな、と切なく思った。
あまりに綺麗な腕だから、きっと欲深な悪魔が一本だけでも欲しがったのだ。
布美枝はそう思うことにした。
267 :
淫ら2:2011/06/10(金) 12:46:21.70 ID:VQ/z18v2
腕だけではない。
このひとは…清廉で、無垢で、情熱的で。気高く、雄大な、広い男なのだ。
いずれ誰かが彼の魅力を知り、自分から彼の全てを奪っていってしまうのではないか。
言い知れぬ不安が布美枝を襲い、同時に言葉にならない感情が込み上げる。
独占欲…。
茂に出会うまで、きっとそんな思いを意識したことなどなかっただろう。
彼に見合う妻であるかどうか、常々身を縮こまらせているにも関わらず、
肥大していく欲には歯止めをかけられず、引き裂かれるような思いを抱える。
堪らず茂の寝息に耳を傾け、唇を近寄せる。
が、奪うように口づけるのは躊躇った。眠りを妨げてはいけない。
触れる程度に抑え、軽く口づける。
少し離れて、寝息が乱れてないことを確認し、再び触れる。
夫への愛しさだけに、動かされている。そんな身の内の衝動をはっきりと自覚する。
すると、口づける茂の唇が開き、柔い舌が布美枝の唇を突いた。
驚いて目を見開いたが、するりと入り込んできて絡み取られる。
しばらく深く口づけあって、ゆっくりと離れた。
「…逆」
「え…?」
「接吻で起こされるのは、大体お姫さんの方だろうが」
ふたりは同時にふふっと微笑った。
268 :
淫ら3:2011/06/10(金) 12:50:35.65 ID:VQ/z18v2
茂はまだ寝転がったまま、半分眠っているようなぼんやりした表情で、下から布美枝の頬を撫でる。
「まだ夜には時間がある。あんたが昼間から欲情するなんて、珍しいな」
「欲情なんて…!」
かっと朱色を差した頬を、愉快げに抓って茂が嗤う。
「しとらんだったか?」
「…」
否定すれば、先ほどの口づけが嘘になる。それに、既に布美枝の顔は素直に肯定してしまっている。
茂に覆いかぶさったまま、彼を見下ろす姿勢を崩せないのも、何よりの証拠かも知れなかった。
だって貴方の寝顔はあまりに色気づいている。
涼やかな肌の色も、鼓動とともに震える睫毛も、誘うような唇も。
茂はふふ、と笑うと、布美枝の唇を自分へと誘い、再び深く口づける。
性急な愛撫が、布美枝の胸や尻を撫でまわし、早くも下着の奥へと指が滑り込んだ。
窓は開けっ放し、玄関の鍵もかけていない。二階には間借り人。
そんなことを頭の端に置きながら、一方でもうどうでもいいとさえ思えてしまう。
弄られる指に悶えながら、布美枝も茂の昂りに手を伸ばした。
最後まで脱がせることも出来ずに、まだ半分寝惚けている下半身を、
勢いのままスカートの中へ呑み込んだ。
目を閉じた茂を見下ろしながら、あまりにも急すぎる繋がりを今更悔やんだ。
二度、三度腰を揺すると、内側で体積が充実してくる。押し広げられる感覚に震える。
スカートの中の淫らな交わい。水音。
「んっ…は、ぁ…あ、あ…」
仰け反って天井を仰ぐ。左胸を揉みしだく茂の右手に手を重ねる。
二階の床が軋む音。もしかしたら中森が降りてくるかも知れない焦り。
ひらりと揺れるカーテンの影。もしかしたら声が洩れ出てしまうかも知れない羞恥。
開け放たれたままの襖。もしかしたら来客がひょいと玄関扉を開けてしまうかも知れない不安。
269 :
淫ら4:2011/06/10(金) 12:53:46.61 ID:VQ/z18v2
それなのに、快感を求めようとする高鳴りはそれを凌駕するほどに布美枝を占拠して。
「あ、っ、あっ…」
満たされるまでは止められない。それは茂も理解っていた。
布美枝のスカートに手を挿し込み、小粒の性感帯をすぐさま探し当てる。
思わず止まった布美枝の腰使い。代わりに下から茂が突き上げた。
「は…っ!」
捏ねられるむず痒さと、貫かれる振動に、やがて身を任せて酔いしれていく。
欲しがったのは自分の方なのに、結局奪う側には廻れないわが身が情けない。
くたりと首を折り、その瞬間を待つ。
やがて短く鋭い揺れののち、強く腰を穿たれて、熱い精が内側に逆昇る。
「あ…」
風船が空気を抜かれたように、布美枝の身体は、しゅうと茂の上にしな垂れた。
互いに息を整える間、繋がったまま無言だった。
「…すんません」
ぽつりと布美枝が呟く。
「なして…?」
「…お昼寝、邪魔した上に…こげな…」
夜の褥と違って、あまりに短い営みだった。
前戯も、情感も、交わす言葉もなく、ただ奪い、奪われただけの。
余韻に浸ることもできずに、今になって顔を見るのも恥ずかしくなるようなひととき。
が、茂は自らの上でうつ伏せる布美枝の髪を撫でながら、ふうとため息をついて。
「…仕掛けるのはいつも俺だけん。たまにはあんたに仕掛けてもらうのもええな」
「え」
「欲しいと思ったら欲しいと言え。あんたは口で言わんと目ばっかりで喋る」
顔を上げて、茂を見る。
「欲情しとるあんたの目、普段のあんたよりずっとおしゃべりだわ」
「…っ」
「まあ、ちっとまだ明るかったな。あんたはすぐに声が出るし」
いたずらっぽく笑う茂に、布美枝は赤面しつつ口を尖らせた。
茂が手招きするので、そっと耳を近寄せる。
「腹ごしらえしたら、夜にはもう一戦できるけん。飯はたんと用意しぇ」
「…も…っ!」
おわり
>>266 GJ!
夫婦エロかわいいよ夫婦
バレないかヒヤヒヤしながらも止められない描写がまたエロくて素晴らしい!
>>266 GJ
寝坊すけのゲゲが、フミちゃんのチューで目覚めるのが愛らしい〜
たぶん、フミちゃんは最初はそんなつもりじゃなかったんだろうけど
そこで終わらせないゲゲが良い
自分もゲゲは童貞派なのでw
貴方のゲゲ童貞物語、投下禿しく待ってます!!
いつも読んでもらってだんだん。266だけど自分と264さんは違う人です、紛らわしい書き方してスマソ
自分もずっと、ゲゲ童貞初夜職人を期待して待ってる。なんか以前に難産だと仰ってたがどうなんだろう?
264さんの作品も毎回楽しく読ませてもらってます!まだまだ衰えない&住人が和やかなこのスレ、本当に好きだ。
>>264 童貞初夜の者です。
いつも萌えさせてもらってます。だんだん!
最近パソいじる時間が少なくてまだ途中までしか書けていないんです…。
これも携帯から書き込んでて…スレのチェックもいつも携帯からです。
やきもきさせてしまい本当に申し訳ありません…自分の不甲斐なさにがっかりだorz
案の定忍法帳のレベルも上がりませんw
素人童貞ゲゲ読みたいですはぁはぁ!
私のことは気にせずどんどん投稿してごしない。
そして待っていると言ってくださってる住人さま…本当に嬉しいです。
期待にそえるものになるかわかりませんが必ず仕上げて戻って参りますので
もう少々お待ちして頂ければと…思います…すみません…
いつもこのスレに萌えと元気をもらってます!大好き!
>>253 GJ!
素晴らしい成長を成し遂げたふみちゃんがエロくてカワイイですな
>>266 GJ!
ふみちゃんがしげさんにメロメロすぎてきゅんきゅんした
逆発言に笑いつつ萌えた
>>273 焦らずゆっくりやればええんだけん
のんびり待ってます!
>>264 >>272 271でつ
自分とした事が(滝汗)
両方の職人さんに大失礼・・・orz
どちらの作品(職人さん)も本当に好きだぉー
新作いつでも待ってます!!!
>>273 お忙しい中、レスありがd
自分も携帯チェックだけは欠かしませんw
このスレも職人さんも住人も大好き
貴方のペースで構わないので、いつか必ず読ませて下さいね
童貞初夜のゲゲに萌えたいー
えー、なんかえらいエロ可愛い投下が続いてる中で、気が引けるんですが…
すまんですが、またまたエロ全くなしの「橋木氏の話」です
今自分レベルいくつなんだろ…。また細切れになったら、ごめんなさい。
こちらでは、やっと、深沢さんが復活しました!嬉しい(涙)
貧乏時代は、橋木さんの目を通してもやっぱりつらかった…。
昭和三十八年、正月三日。
私は店の車で、村井家に向かっていた。
あの下野原にある、村井家、水木しげる宅である。初訪問だった。
言っておくが、こっそり住所を調べるなどという、さもしいことはしていない。ちゃんと家の主に番地を訊き、日時を約束した上で、訪問しているのだ。出産祝いを届ける為に。
村井家に女の子が誕生したのは、去年のクリスマスイブ。商店街の情報網とは凄いもので、翌二十五日にはその事実は、大抵の店の店主、おかみ達は知っていた。
ちなみに、情報の出所は私ではない。私は何も言っていないが、まあ、あの赤電話の前での村井氏の興奮ぶりは、かなりのものだったので、周囲の誰かに悟られていたとしても不思議ではないだろう。
それにしても、産気づいたことを逸早く知った私ですら、無事女の子が生まれたことは、翌朝近所の事情通から聞かされたのだから、何をか言わんやである。
村井氏が、まだクリスマスソングが流れる中、おそらく産院へ行く為であろう、商店街を通った時には、自転車であるにも拘らず、あちこちの店から飛び出してきたおかみ達に捕まり、足どめを食った。
「おめでとう、水木先生!」
「布美枝ちゃんと赤ちゃんは、どう?元気?」
和枝や徳子、靖代から祝福の言葉を浴びせかけられながら、照れくさそうに笑う顔は、喜びに溢れてはいるが、やはり、相変わらずの少年ぶりだった。
どうやら母子共に健康であるらしく、一安心といったところだったが、当然それからしばらくは、赤子は勿論のこと、村井夫人にもお目にかかれない日々が続く。
奇しくも年の瀬、急な出産で年越しの準備などろくにしていないだろうに、などと考えていると、村井氏が買い物に来た。珍しい光景ではあるが、何日も奥方不在であるのだから、当然と言えば当然だろう。
その際に、立ち話ではあるが、年明けに祝いの品を届けにいく約束を取り付けたのだった。夫人が何とか、病院で年を越さずにはすみそうだということも聞いた。
畑の中の道を、ガタゴトと車体を揺らしながら、車を走らせる。途中で牛の姿も見えた。
美智子や靖代達ですら、三人家族になった村井家への訪問を、まだ控えているというのに、私なぞが行っていいのだろうか、という後ろめたさはあった。
だが、正月のめでたさも加味することが出来るこの時期でないと、直接村井家へ祝いの品を届けるという、身の程知らずなことは出来ないような気がして、思い切って願い出たのであった。
もっとも村井氏のほうは、そんな私の思いなど知る由もないことだったであろうが。
贈る品は、考えに考えた挙句、酒にした。
出産祝いで、しかも家長が下戸である家に酒を贈るというのは如何なものか、とは思った。
だが、私が多少なりとも人に誇れることと言ったら、酒に関する知識だけである。思いを伝えられるものは、やはり、これしかなかった。
選んだのは、伏見の銘酒。柔らかく上品な飲み口で、後味はほどよく切れがあるが、香りはむしろ控えめ。料理に用いれば素材の持ち味を引き出し、豊かな旨味を与えるという一品である。どうだ。
畑の真ん中にある、数件の人家が密集する区域に入る。家々の中を緩く曲がりながら貫く、幅の狭い道路を、奥へと進んでいく。この辺りは、確かに、配達などをよくしているというような、馴染みのある場所ではなかった。
教えてもらった番地に到着する。村井家は、脇道を曲がった、その突き当たりにあった。ちなみに、裏は寺だ。
エンジンを切るのも忘れ、車内から「その家」を、しばし眺める。
そこは、聞きしに勝るボロ屋だった。まさに絵に描いたような安普請。壁は薄そうであるし、ここから見ても、門扉の板の一部が、割れているのが判る。
表札に「村井茂」の文字。あれは村井氏の字なのだろうかと、ぼんやり思った。
ここが、あの夫婦が、暮らす家。あの男が、右手一本で、漫画を描き続けている家。
エンジンを切り、風呂敷に包んだ一升瓶を手に取る。ドアの内側の取っ手に手を掛けたところで、自ずと、動きが止まった。
「ん?」
微かに、何かが聞こえてきた。誰かが、歌を歌っているようだ。
車から降りて、ドアを閉めると、歌声ははっきりとこの耳に届いた。
「埴生の宿も わが宿
玉の装い 羨まじ」
歌声の主は、村井夫人だった。
どうやら家の外に居るらしいが、ここからでは死角に入っていて、その姿は見えない。
「のどかなりや 春の空
花はあるじ 鳥は友」
私は、何故だかその場で、動けなくなってしまった。
時間にして、僅か数十秒のことだったと思う。一升瓶を持ったままぼんやりしていると、歌声が止んだ。
「あ、そげだ」
そんな言葉が聞こえ、夫人が門の外に出て来た。手には洗濯物を入れる、白い籠を持っている。
郵便受けを覗いて、中身を取り出す。戻ろうとしたところで、私に気付いた。
「橋木さん!明けましておめでとうございます」
顔をほころばせて、頭を下げる。その笑顔が一段と輝いて見えるのは、初春の日の光に、照らされているからというだけではないだろう。
「あ、明けましておめでとうございます、奥さん。本年も、宜しくお願いします。それから…ご出産、おめでとうございます」
こちらも頭を下げ、近付いていく。夫人の顔が、更に輝いた。
「ありがとうございます。そうそう、あの日の朝、橋木さんにお会いしたんですよね。あのまま入院することになってしまって」
そう、私が村井夫人に会うのは、あの朝以来だった。
「女の子だそうで。本当に、おめでとうございます。年明け早々、すみません。今日は、お祝いのお品をお届けしますって、ご主人とお約束してたんですけど」
「はい、聞いとります。わざわざ、ありがとうございます。さ、どうぞ、お上がりください」
「お体は、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。あ…」
「はい?」
夫人は、申し訳なさそうな顔をして、言った。
「お正月にしては、家の中、ちょっこしごたごたしとるかも知れません。主人、ずっと仕事をしとりまして」
「いえいえ、お気遣いなく。お仕事が、大事ですから」
「すいません。時代劇の長編なんですけど、新しい版元さんの注文なので、締切には遅れられんし、ええもんにせんといけんって、力が入っとって」
敷居を跨いで敷地内に入ると、玄関の横に、自転車が二台、置かれてあった。
それらはまるで、寄り添うように並べてあり、思わず、目を奪われる。
「お父ちゃん、橋木さんがいらしてくださいましたよ」
玄関の扉を開けて、夫人が声を掛けると、奥の部屋から村井氏が出て来た。
「ああ、おめでとうございます。その節は、どうも」
「村井さん、明けましておめでとうございます。それから、改めて、お嬢さんのご誕生、おめでとうございます」
玄関のたたきで、挨拶をする。夫人が履物を脱いで上がり、上がり口に夫妻が並ぶのを待ってから、風呂敷から出した一升瓶を差し出した。
「これ、ご主人がお酒を召し上がらないのに、何ですが、お正月のお祝いも兼ねてってことで。お料理に使っても、おいしいですから」
「わあ、ありがとうございます!」
「おお、こりゃあ、ええな」
正直私のこの選択に、夫妻がどういう反応を示すか不安だったが、二人とも嬉しそうな顔を見せてくれ、内心ほっとした。
「自分は酒を呑まんのですが、うちに来る客人の中には、好きな者がおりましてな。…おい、お母ちゃん、今日午後、戌井さん来るだろ。ちょうどええ、これ、ご馳走せえ」
「そげですね。ありがとうございます。ああ、お寒いでしょう。どうぞ、お上がりください」
笑顔で中へと促す夫人を、軽く制する。今日は、酒を届けたらすぐに帰ると、はじめから決めていた。
「いえ、今日はこれで失礼します。またいつか、機会がありましたら、その時ゆっくり。ただ…、その…」
本当にすぐに辞するつもりだったのだが、少々事情が変わってしまった。
「すみません、無礼だとは思いますけど、少しだけ、ここから覗かせてもらって、いいですか」
私は廊下と部屋を仕切る額入り障子の、硝子の部分を指差した。
そこからは少しだけ室内の様子が窺え、私の位置からはちょうど、小さな布団の中で、すやすやと眠っている赤子の姿が見えたのだ。
「ああ、ええ。…いえ、そげなことおっしゃらずに、お上がりになって、会ってやってください」
夫人は当然のように、そう言ってくれたが、私は慌ててかぶりを振った。
「いえ、本当に、今日は結構です。すぐ帰りますから。本当に、ちょっとだけ…」
言いながら私の目は、既に硝子の向こうの一点を、そこに吸い込まれるかのように、見つめていた。
こちら側を頭にしている為、顔はよく見えなかったが、目を閉じ、深く眠っていることは判った。布団から小さな手を出し、ぎゅっと握り締めている。
「あのぷっくりしたほっぺたは、ご主人似ですね…」
私は、夫妻に語るというよりは、呟くように言った。
奥の部屋との間を仕切る襖に、生まれた赤子の命名書が貼ってある。
そこに書かれているのは、「命名 藍子」という文字。どうやらこれが、彼女の名前らしい。
「村井藍子ちゃん、か。いいお名前ですね」
命名書の左上には、何かの絵が、小さく描かれていた。
この位置からでは、何が描かれているのかまでは見えなかったが、何か丸いものだった。きっと漫画家の父親が腕を揮った、何か「おめでたいものの絵」なのだろう。
もう一度、眠る赤子に、目を移す。
そこに居るのは、まさに奇跡を具現化したもののように思えた。聖なる夜、形となってこの世界に姿を現した、小さな「奇跡」。
「初めまして。これからよろしくな、藍子ちゃん…」
私は、囁くように言った。万が一にも、「奇跡」の眠りを、邪魔しないように。
そして、そろそろ本当にいとまを告げようと、夫妻に向き直った時、私が持って来た酒をじっと見つめていた夫人が、突然、小声で「あっ!」と言った。
「ど、どげした、急に」
「このお酒、懐かしい!」
何を言っているのか判らないのは、村井氏も私と同様のようで、きょとんとした顔で、夫人を見つめる。
「すんません、突然。ちょっこし安来の実家のことを、思い出しまして」
「ご実家…。ああ、酒屋さんなんですよね」
「はい。女学校出てから、結婚して上京するまでずっと、父と弟でやっとる店を、私も手伝っとったんです。本当に、いろんなことがあって…。
弟の貴司が一度、このお酒を地酒の値段で売って、父にこっぴどく叱られたことがあったんですよ。弟はもう、可哀相なくらい、しゅんとしてしまって。
その時は大変だったんですけど、今となってはそれも、娘時代の、大事な思い出の一つです」
村井夫人は、その伏見の酒を、目を細めて見つめながら、懐かしそうに言った。
「そげか…」
そんな夫人の横顔を、穏やかな眼で見つめる、彼女の夫。
二人の馴れ初めなど全く知らないが、ふと、村井氏は、安来の実家に居た頃の夫人のことを、あまり知らないのではないかと思った。
この女の娘時代は、どんなふうだったのだろう。女房を見つめるその眼が、そう言っているように感じられたのだ。
とにかく、どうやら私の生業が、ほんの少しだが、この二人に安らぎをもたらすことに、役立ったらしい。私はそれが、心から嬉しかった。
「それじゃ、今度こそ、本当に失礼します。奥さん、お体、お大事に。また、すずらん商店街で、お待ちしておりますので」
お互いに深く頭を下げ合い、私が玄関を出ようとした時、村井氏が言った。
「橋木さん」
「はい?」
「そのうちお近くを、うろちょろし出すと思いますんで、ずっと、見とってやってください。うちの子のこと」
いつまで経っても少年のように、人懐っこい顔で笑う男。だが、眼鏡の奥のその眼は、いつの間にか、完全に父親のそれになっていた。
「判りました」
私は笑って、頷いてみせた。
◆
それから、一週間程が過ぎ、正月気分もすっかり抜けた頃。
隣の乾物屋の前では、女性達がやけに張り切って計画を立てていた。
「どうする?もう、行ってもいいと思う?」
「うーん、さすがに、まだ駄目じゃない?最低でも、三週間は見ないと」
銭湯のおかみ、靖代のその言葉が耳に入り、ぎくっとする。
女房がちらっと、私のほうを見たのが判った。
乾物屋のおかみ、和枝が言った。
「あーあ、早く赤ちゃんに会いたいなー」
さっきからずっと、こんな調子である。やれ人形だ、ガラガラだ、おもちゃのピアノだと、献上品を持ち寄っては、はしゃいでいる。
「でもさー、やっぱり一番必要なものって、乳母車よねえ」
床屋のおかみ、徳子が、困り顔で言った。
「そりゃそうよ。あの距離を毎日、赤ちゃん抱っこしたり、おんぶしたりして往復するなんて無理。布美枝ちゃん、体持たないわよ」
「そういうものに限って、私達の誰も持ってないってのがねえ…。そうだ、商店街の人達に、声を掛けてみない?誰か、持ってるかも」
「それ、いい!じゃあ早速、私、角の荒物屋の奥さんのところから、順番に訊いてみる。混む時刻まではまだ、少しあるし」
そう言って、和枝はさっさと行ってしまった。床屋に客が入るのを目にした徳子は店に戻り、靖代はうちの店に来た。
「こんにちはー。橋木さん、ちょっと訊きたいんだけど…」
「ああ、聞こえてたわよ。乳母車でしょう。…ごめんなさい、うちにはないわ」
そんなやり取りの後、世間話を少しして、靖代は帰っていった。
女房が、恨めしそうにこちらを見る。
「…」
「な、なんだよ」
「ずるいなー、あんただけ、村井さんのところの赤ちゃんに会って来て」
彼女は、あの日私が一人で村井家を訪問したことを、事後報告で知ってから、ずっとこんな調子であった。
「あ、会ってはいないぞ。遠目に、硝子越しで、ちらっと寝姿が見られただけだ。本当に、玄関でお祝いを渡して、すぐ帰ったんだから」
「それにしたって、出産後十日目くらいだったでしょう?お身内やお友達でもないのに、ちょっと早過ぎたんじゃないの?」
「だから、それはちゃんと気を付けたさ。そ、それに、お客人に振舞う酒がちょうど欲しかったって、喜んでくれたよ、お二人とも」
「でも、私も連れてってくれたって、良かったのに。私だって、布美枝さんや赤ちゃんに、会いたかった…」
「ああ、もう、過ぎたことをいつまでも…。そのうち、商店街に、連れて来てくれるだろ」
女房はまだ納得がいかないようだが、私は、ひたすら遣り過ごすしかなかった。
私のような、ただの近所の店の店主が、祝う気持ちを訪って伝えるには、新年という時が好機だったのは確かだった。
だが、それだけではなかった。確かに私は、意図的に、女房にも誰にも告げず、村井家を訪問した。後ろめたさを感じつつも、そんなぬけがけのようなことをした理由は、自分でも上手く説明出来ない。
ただ、村井夫妻に、会いたかった。親となったあの二人が、二人で居るところを見たかった。
すると思いもかけず、あの「奇跡」にも、お目通りがかなったのだが。
あの日、小さな四角い空間からは、実はいろいろなものが、垣間見えていた。
例えば、命名書の隣に、掲げられていた小さな絵。墨で描かれた、あれは…何の絵だろう。ひょろっと細長いものが、ふわふわと浮いているようだったが。
印象的だったのは、その絵を飾る、幅広の額だ。柔らかい、淡い色調の、手作りと思しき額。あの絵を守るように飾りながら、間違いなく絵と一体となって、あの部屋の一部となっていた。
そして、あの襖。お世辞にも上等な建具とは言えない、おんぼろな代物。そのあちこちが、補修されていた。赤や桃色など、色とりどりの千代紙で。
あれはきっと、夫人が貼ったものだろう。歌など歌いながら、一枚一枚、丁寧に。
そして、同じく千代紙の折鶴で、飾られた玄関。埃一つなく、磨き上げられた廊下。庭先には、二台の自転車。
「お父ちゃん、お母ちゃん、か…」
いつの間にかあの夫婦は、お互いを、そう呼ぶようになっていた。
「読者の集い」で、貸本屋の店先に居た二人。秋の深大寺で、木の実を拾っていた二人。冬の朝、我が身に宿る命を抱きしめていた妻と、その傍近くに寄り添う夫。
会うたびに、並んだ姿を見るたびに、二人は変わっていった。そして今、あの夫婦はまさに、比翼の鳥だ。一翼のみを持ち、互いに寄り添い、一体となることで初めて空を飛ぶ、二羽の鳥。
埴生の宿も わが宿
玉の装い 羨まじ
村井夫人の歌声が、耳に蘇る。
今日も彼女は、あの家を磨き上げ、手作りの品で飾っているのだろうか。以前と違うのは、今はその歌声が、新たに増えた、大切なもう一人の家族にも、届いているということだ。
そして、もう一つ。
あの家で、もう一つ、私が見ることが出来たものがあった。
千代紙が貼られた、あの襖の一枚が、半分程開いていた。
その向こうに見えたもの。それは、何枚もの原稿、そして何本ものペンと筆。積み上げられた本。床に並べられた、何冊ものスクラップブック。
それは、「漫画家水木しげる」の、その仕事の一端だった。
あの男はあの場所で、これまでどれだけの作品を、どんな思いで生み出してきたのだろう。そしてこれからはどんな作品が、生まれてくるのだろう。
二枚並んだ座布団の片側は、女房の指定席なのだろうか。
背中を並べてペンを走らせる、あの夫婦の姿を思い描きながら、何処からか歌が聞こえてきたような気がした。
のどかなりや 春の空
花はあるじ 鳥は友
おお わが宿よ
たのしとも たのもしや
終わり
285 :
277:2011/06/12(日) 20:36:41.57 ID:3Id+Qhga
読み直したら誤字発見…。すみませんです。見逃してごしない(汗)
>>277 橋木さんGJです!
藍子の誕生を我がことのように喜ぶ
すずらん商店街のみんなが大好きです!
橋木さん、私も羨ましい…
赤ちゃん藍子、会いたい〜‼
>>277 いつもあーがとございます!
商店街の人々の優しさにグッときました
あと、ふみちゃんが来た後に、家の中で変化した所を探すのが楽しみだった事を思い出したw
wishの歌詞に萌えた
「・・・なして、こげなことになったんだっけな?」
東京へ帰る汽車の中で、ふと眠りから覚め、茂は隣の席に眠る女を見てつぶやいた。
そう言えば、昨日結婚したんだった・・・と、寝ぼけた頭がようやく思い出す。
なんだかこそばゆいような気持ちと、反面、ひとりの人間を急に肩に負わされた
ような重さを感じ、とりあえずもう一度目を閉じた。
(そもそも俺は、なしてこげに急いで結婚したんだったかな?)
境港の両親に調布の家を急襲され、縁談を突きつけられたのがたかだかひと月と少し前。
見合いをすると約束せねば、一週間でも二週間でも居座ると母のイカルに脅迫され、
しぶしぶ承諾した・・・はずだった。
さてそれからが、茂自身にも不可解なことなのだが、ものすごい勢いで仕事の段取りを
つけ、質屋に預けた背広を返してくれるよう交渉し、それがダメなら兄に背広を借り、
食うや食わずだったのに境港までの汽車賃まで捻出するという、獅子奮迅のはたらきで
もって見合いにこぎつけたのだ。
そして、見合いの席ではいつになく饒舌に、闊達にふるまい、出されたご馳走を
舌つづみをうって次々とたいらげ、飯田家の人々を瞠目させた。
吸い物を飲むことが、相手の娘を気に入ったという合図であることを、覚えていたやら
いないやら・・・茂はそれも美味そうに飲み干した。
イカルがハタと膝を打ち、イトツが仲人に何やら話をつけ、仲人は相手の親に
非常識な申し入れをした。
(俺なんかで、ええのかねえ・・・。)
てっきり断られるだろうと思っていたのに、先方はこの驚異的なスピードの結婚を
承知したと言う。
母のイカルは、手回しよく結納や婚礼の日どりと会場まで見合い前に決めていた。
なんだか全員がイカルに操られているようだった。
承諾するまで居座ると言う母を追い返すため、苦しまぎれにとにかく見合いだけは
すると言っただけのはずなのに、気づけば茂は婚礼の式場で、まっ白でひょろりと背が高く、
白無垢の丈がちょっぴり足りない花嫁の隣りに座っていた。
「あの・・・村井さん?着きましたよ。起きて・・・ごしない。」
今の状態に至った経緯をたどるうち、茂はまた睡魔に襲われて眠ってしまった。遠慮がちに
起こすフミエの声と、あたりの喧騒に目を覚まし、慌てて汽車を降りた。
フミエの姉が差し向けたという立派な車に乗り込むと、車窓には東京のメインストリート
の風景が流れ出す。無邪気にはしゃぐフミエを、茂は複雑な思いで眺めていた。
(あーあ・・・。ウチに着いたら驚くぞ・・・。)
華やかな都会の風景は、次第に田園風景へと移り変わり、車窓に張り付いて景色を
眺めていたフミエの表情は次第にこころ細げになっていった。
「ここです。」
火の気もなく、ホコリだらけのボロ家に入った花嫁が、ぼう然としているのがわかったが、
そこはもうとぼけるしかない。しめ切りをひかえ、茂の頭はもう仕事仕様に切り替わっていた。
家の中を案内し、背広を取りにやって来た義兄の雄一を紹介し、商店街の場所を教え・・・
必要に応じて、幾度か仕事場から出てきて最低限の説明はしてやるものの、それが済むと
さっさと仕事部屋にこもってしまうのだった。
夕食時、初めての土地で置き引きにあい、親切な女性に助けられ・・・なかなか多事多難な
一日だったフミエの話もろくに聞いてやらず、初めて二人だけで食べるフミエの手料理にも
特に感想もなかった。家財道具をそろえる相談をしたいと言うフミエに、
「まかせます。今はしめ切りにむかってばく進しとる時ですけん。一週間も帰省したのが、
致命的でした。」
一刻も早く仕事に戻らねば・・・頭の中はただそれだけで、フミエの目の前でフスマを閉めた。
逃げていたのかもしれなかった。これまでイカルの持ち込む縁談を断り続けて来たのも、
気ままな暮らしの中に“女”という異質の生き物を受け入れることのわずらわしさが、
嫁を欲する心よりも正直まさっていたからだ。
「結婚してしまえば、もう嫁をとれとは言われんだろう。」
嫁をもらうのも面倒だけれど、結婚しないでいる限り、母の奇襲攻撃もやまないだろう。
両者を天秤にかけ、安易な気持ちで嫁をもらってしまったのかもしれない。
嫁をもらって嬉しくないわけではないけれど、帰省で一週間以上仕事を休んでしまった
茂には、お互いに何も知らないも同然の新妻ときちんと向き合う余裕はなかった。
数日後、幼なじみと言うより腐れ縁の浦木が、知らない男を下宿させろと言って連れてきた。
「こげなことになってしまったばっかりだけん・・・。」
茂の言葉に、(こげなこと・・・って私のこと?)とフミエの大きく見開いた目が語っていた。
結局、下宿代に目がくらんで、断って欲しそうなフミエを無視して、浦木が連れてきた
その男を下宿させることになった。
(・・・なんだか、どんどん新婚生活から離れていく感じだな・・・。)
フミエがいろいろなことに戸惑っているのはわかったが、今はとにかくしめ切りに
向かってばく進するしかない。食事を流し込むようにたいらげると、また机に向かい、
夜は机に突っ伏して眠る日々が続いた。
ようやく原稿が完成した。出版社で原稿料をもらって来た茂は、質屋に預けてあった
ラジオを請け出し、家に帰るとフミエに手渡した。
「うわっ、ラジオ!欲しいなぁと思うとったんです。ひとりは・・・寂しくて。」
嬉しそうな妻の顔。「寂しくて。」と言う言葉に胸がチリッとした。
(放ったらかしで、かわいそうだったかな。)
フミエは早速ラジオのアンテナを伸ばし、スイッチを入れた。流れ出したのはロカビリーの
愛の歌。小首をかしげて嬉しそうに聞き入り、歌にあわせて小声で口ずさむフミエに、
茂は思わず眼を細め、立ち上がって仕事部屋のフスマを開けた。
「・・・なんだ、これは・・・?」
自分の座る場所を中心に、資料やら描き損じやらが放射状に拡がり、妖気さえただよう
見慣れた仕事場が、やけに整然とこざっぱりして、よそよそしい雰囲気に変わっている。
聖域を侵された気がして、カッと頭に血がのぼった。
「・・・なんでよけいな事をするんだ。仕事のものに勝手に触ってはいけん!」
くず籠に捨ててある反故を拾う茂を手伝おうとするフミエの手を、茂は振り払った。
「あんたにはゴミに見えるかもしれんが、ここにある物にはみんな意味があるんだ!」
「すんません。私、なんもわからんで・・・。教えてもらったら、そういう様にしますけん。」
「ええです。どうせあんたにはわからん。」
平謝りに謝るフミエを、茂は冷たく突き放した。
「村井さんの考えとること、少しは話してもらえんと・・・。ここで一緒に、暮らして
行くんですけん。」
しぼり出すようなフミエの訴えに、茂は内心しまったと思ったが、引っ込みがつかなかった。
「・・・もうええ。とにかく勝手なことはせんでくれ!」
茂は仕事机の前に座り、くず籠から救い出した、アイデアを走り書きした紙や
古い切り抜きなどのしわをイライラしながら伸ばした。
これだから女はいやだ・・・整理整頓だ清潔だと、すぐにひとの大事なものを捨てたがる。
そして、家を自分の思いどおりに変えたがるのだ。・・・子供の頃、大切にしていた
動物の骨のコレクションを、母のイカルに捨てられたことを思い出す。
(無くなっとるものは、ないようだな。)
ホッと安心して、鉛筆を取りあげた。・・・きれいに削ってある。冷静になってあたりを
見回すと、空気が淀んでいた部屋は洗ったようにさっぱりとし、自分が置いたように
置いてないと怒った道具類も、それほど位置は変わっていなかった。
きれいになった机の上には、野の花がヨーグルトの空きびんに挿してある。
頭が冷えると、フミエの必死な表情とともに、その言葉がよみがえった。
「ここで一緒に、暮らして行くんですけん・・・か。」
生まれてから何十年と育った家を離れ、知らない家に嫁いでゆく女の方が、結婚と言う
ものに対する覚悟ができているのかもしれない。婚礼から何日も経っても、まだフミエを
受け入れ切れていない茂と違って、夢に描いていたのと全く違うであろうこの生活の中で、
つかみどころのない茂と言う男と、それでも精一杯やっていこうと決めているらしい
フミエが、なんだか自分より大人で、同時にいとおしく思えた。
(・・・ちょっこし、言い過ぎたかな。)
今日、原稿を持って行った富田書房の社長に、鬼太郎をさんざんこきおろされたうえに
原稿料を半額に値切られ、しかも次回作は無しにされたことがかなりこたえていた。
そのイライラを、何の罪も無いフミエにぶつけてしまったのかもしれない。
(そろそろ、なんとかせんといけんな・・・。)
茂は、原稿料の残りをつかむと、部屋を出て行った。
「どこまで行くんですかー?」
「ええとこがあるんですよー。」
自転車のペダルを踏みながら声をかけるフミエに、茂はふり返って答えた。さっき
自転車を見せた時に流した涙は、河原のさわやかな風に吹かれて乾いたようだ。
茂が質流れの自転車をフミエのために買ってやり、サイクリングに連れ出したのだ。
ささやかだけれど初めてのデートに、フミエの声や表情が弾んでいるのがわかる。
「・・・自転車に乗れる人を探しとられたんですか?」
緑の多い境内で、水の音を聞いたり、お参りしたり・・・フミエはずいぶん打ち解けたらしく、
そんな核心に迫る質問をしてきた。
「フスマから大きな目玉がのぞいとったんです。あの目玉でこっちは即決です。目玉には
人の魂がこもりますけん。」
「はあ・・・。」
「そっちは・・・。俺、なんかええとこ見せたかなあ?」
「食べっぷり・・・。お見合いの席で、料理、おいしそうに食べとられたでしょう。父は
そこがええと言ったんです。食べる力は生きる力と同じだ・・・って。」
(親父さんが・・・か。)
ちょっとがっかりしたが、フミエも父親のその意見に納得して自分の元へ来たのだから、
それでいいと茂は思った。
(生きいきした目玉も、食いっぷりも、どっちも生きる力があるということだな・・・。)
茂は、ふたりの着眼点が意外に一致していたことに嬉しい驚きを感じた。
家に帰ると、茂はまた仕事を始め、フミエは台所で夕食の用意をした。茂の仕事部屋の
フスマは開け放たれ、楽しそうに立ち働くフミエの後ろ姿を茂は時おり見やった。
(女が家におるというのは、案外ええもんだな。)
自分が気に入ってもらったくせに、どう接していいかわからずに放ったらかしにして、
今日はとうとう怒鳴りつけてしまった。それなのに、茂の示したほんのささいな好意に、
フミエはとびきりの笑顔を見せてくれた。泣いたり、笑ったり・・・今まで面倒くさいと
思っていた女という生き物がとても新鮮で、いとおしく思えてくる。
(えーと・・・問題は、この後だな・・・。)
急に女としてのフミエの存在が気になりだす。夫婦としてひとつ屋根の下に何日も
一緒に暮らし、フミエだってそれを覚悟しているだろう・・・。フミエの着ている、
娘時代と変わらぬような花模様のブラウスやスカートの下に、息づく肉体がやけに
意識され、茂は目をそらした。
(俺は・・・こっちの方は、からっきしだけんな・・・。)
朴念仁の茂といえども、知識がまったく無いわけではなかった。戦時中、召集された茂が
南方に出征する前、父のイトツは茂を遊郭に案内した。だが、若かった茂には、相方の妓が
とてつもなく年上に思え、経験したことはしたが、あまりいい思い出とは言えなかった。
それ以外に、その方面の知識と言えるものは、戦地で出会った新婚の兵隊から、いやになる
くらい微に入り細をうがち聞かされたノロケ話・・・。若さをもてあましている茂たちにとって、
それは迷惑以外の何者でもなかったが、今になってそれが役立つとは思いもよらないこと
だった。終戦後は生きていくのに精一杯で女どころではなく・・・。
(少ない経験知のほかは、想像力で補うまでだ!)
なんだか心臓がドキドキしてきた。
(だーっ!!落ち着け!相手はもう嫁さんなんだけん・・・なんとかなーわな。)
茂がこんな考えをめぐらせているとも知らず、台所のフミエは巣作りをする小鳥のように
いそいそと夕食の用意をしていた。
その夜。二人でなごやかに鍋を囲んでいる時、同業の貸本漫画家で茂の大ファンという
戌井が闖入してきた。思わぬ宴になり、ふたりの静かな夜は台無しにされたかに思えたが、
フミエはいやな顔もせず乏しい食材を総動員して客をもてなした。暗い業界の話題にも、
いちいちうろたえる様子も無い。
(ちょっこし、腹がすわってきたかな。マンガ家の女房として・・・。)
そんなフミエの横顔を、茂は頼もしそうにみつめた。
「・・・味わいのある男だねえ。」
何度もふり返りふり返り、見送る夫婦に別れを告げる戌井を、茂は遠慮なくそう評した。
(あなただって・・・。)そう言いたげなフミエの瞳とかちあって、茂は照れ笑いを浮かべ、
温かい灯りのともる家に戻った。
時刻はもう十一時をまわっている。フミエはいつものように茶の間に床をとった。
「あー・・・ひとつはこっちに敷いてくれんかね。」
茂の言葉に、フミエは一組の布団を仕事部屋まで運んで仕事机の前の狭い空間に敷いた。
いくらおおらかな茂とは言え、いつ間借り人が水を汲みに来るかわからない茶の間で、
初めて事に及ぶのは、なんだか落ち着かなかったのだ。
だが、フミエは、茂が仕事をしながら眠ると思ったのだろう、ちょっと寂しそうに
「おやすみなさい。」を言ってフスマを閉めた。
(お・・・おい。ちょっと待て。)
茂がフスマを開けると、フミエは浴衣に着替えるため、ブラウスを脱いでいるところだった。
「きゃっ・・・!」
フミエはあわてて脱いだブラウスで下着姿の胸を隠し、タンスの陰に隠れた。
「き・・・着替えたらちょっとこっちに来てごしない。」
(はぁ・・・そう言えば夫婦なのに、服を脱いどるとこも見たことなかったな・・・。)
茂はため息をついて部屋に戻った。
「あの・・・何かお手伝いすることでも・・・?」
着替え終わったフミエが部屋に入ってきた。フスマを閉める後ろ姿を、茂は無言で抱きしめた。フミエが息を飲む音が聞こえた。
「ずぅっと放ったらかしにしとって、すまんだったな。」
浴衣と丹前をとおして、激しいふるえと体温が伝わってくる。温かくて、やわらかで、
拍子ぬけするほど細くて・・・男とは全く違う、女と言う生き物のはかなさ、いとおしさが
茂の男の本能をかきたてた。
振り向かせて、顔を見る。フミエの瞳からは大粒の涙が流れていた。
「こ、こら。まだ何にもしとらんのに・・・。」
茂はうろたえて無骨な指で涙をふいてやった。指にかかる涙は熱く、とめどがなくて、
茂は困って涙ごとすくいあげる様に口づけた。まだ口づけも知らぬフミエの、固く
閉じられた唇を包むように口づけを深める。涙はしょっぱかったけれど・・・。
女の唇と言うものは、こんなに甘いものなのかと茂は驚いた―――――。
狭い部屋のことで、背後はもう褥・・・茂は泣きつづけるフミエを抱きしめたまま、
そっと布団の上に横たえた。
静かな夜の中に、フミエの息づかいだけが聞こえている。横たわって向かい合い、
涙で濡れたほおに貼りついた髪をかきあげてやるうち、フミエはようやく泣きやんだ。
しばらくみつめあってから、ふたたび口づけあう。
何度も重なる口づけに、フミエが呼吸を求めて苦しげに口を開けた。茂の舌が
しのびこんで可愛い舌をからめとると、フミエは茂の腕の中で大きく身体をふるわせた。
唇を離すと、上気した顔にうるんだ瞳が見上げてくる。フミエの髪や肌のにおい、
手ざわり、ぬくもり・・・全てが茂の欲望をかきたてた。
前でむすんだ帯に手をかけると、
「で・・・電気を、消してごしない・・・。」
蚊の鳴くような声でたのまれ、茂はよっこらしょと起き上がって電灯を消した。
真っ暗になってしまったのは残念だが、フミエが恥ずかしがるのならしかたがない。
帯を解いて前をはだけると、ようやく闇に慣れてきた目に、夜目にも白い肌が浮かびあがる。
胸乳(むなち)に口づけ、ほおをつけてしばらくそのまま顔を乗せて感触をたのしむ。
あたたかく、なめらかで、自分ももろともに溶けて行ってしまいそうなほどやわらかい。
(い・・・いや、こげなところで停滞しとる場合ではない。)
茂は目の前にある淡い色のとがりのひとつを口にふくみ、もう一方を指でもてあそんだ。
フミエが大きく息を吸い込んで身体をわななかせる。なおも愛撫をやめないでいると、
小さな声を洩らし、身をよじった。
さらに手を伸ばしておそるおそる秘所に触れる。さらりとした感触の合わせ目に指を
はわせると、ふいにとろりとしたぬめりを感じた。
「ゃ・・・ぁ・・・。」
フミエが初めて洩らしたあえぎが、耳にこころよい。相手も感じているということが、
これほどの喜びをもたらすことを、茂ははじめて知った。
敏感な箇所を傷つけないように気をつけながら、指で構造を調べる、一番上にある
つぼみのようなものに触れると、フミエが悲鳴を上げ、身をよじって逃げようとした。
(ここは、感じすぎるんかな・・・?)
なだめる様に口づけし、痛くないようにぬめりをからめながら、なおも奥をさぐる。
複雑な構造の中に、たしかに自分を受け入れてくれるべき場所があった。
挿しいれられた手をしめつけるほど固く閉じられた両腿の間から、そっと手をすべらせて
膝の間にわずかな空間を作り、そこに自分の膝を割り込ませて、フミエを上から見下ろした。
「まだ・・・こわいか?」
「だ・・・大丈夫、です・・・。」
「ほんなら、もうちょっこし中に入れてごしない。」
笑いながらもう一方の膝を割り込ませてフミエの脚の間に完全に身体を入れ、自分も浴衣を
脱いだ。フミエを気づかいながらゆるゆると体重を乗せる。肌と肌が重なりあい、茂の胸に
フミエの可愛いとがりが感じられ、下半身に突き上げるような欲望を感じた。だが、情欲の
ままに突入することで、初めてのフミエを傷つけたくなかった。
「あの・・・な。」
「は・・・はい。」
初めて茂と直接ふれ合い、その身体の重みを感じて身体を固くしているフミエの緊張を
ほぐそうと、茂はとんでもないことを言い出した。
「ちょっこし良えことを教えようか?・・・実は、俺も初めてみたいなもんなんだ。」
「え・・・?」
「出征する前に、親父が遊郭に連れてってくれてな。女も知らんうちに死んでしまうのは
可哀想だと思ったんだろうな。けど、初めてだったもんだけん、何が何やらわからん
うちに終わってしもうた。」
こんな時に何を言い出すやら、フミエははなはだ困惑しているらしく、羞じらいも忘れ、
大きく目を見開いて茂を見上げていた。
「白塗りの妖怪みたいな妓(おんな)だったが、案外あれで若かったのかもしれん。
あまりの妖気に感心しとるうちに、アッサリ奪われてしもうたんだな。」
婚礼からだいぶ日は経ってしまったが、曲がりなりにも初夜の床で、他の女の話、それも
商売女の話をする花婿と言うのも前代未聞すぎて、フミエは不快に感じるというよりも、
あきれて脱力してしまったようだった。
「あんまし良えしらせでもなかったかな・・・。俺が初心者と言うことは、あんたに
痛い思いをさせるかもしれんということだけんな。」
「ずっと・・・良えです・・・。こげなことに・・・慣れとられるひとより・・・。」
フミエは羞ずかしそうに目を伏せて、やっとのことでそう言った。
(まあ・・・あそび人より、朴念仁のほうが良えと言うてくれるんなら、良かった。)
フミエの言葉に、茂はちょっと気をよくして、いよいよ隘路(あいろ)の攻略にとりかかろう
とした。
・・・あんな狭そうなところに、異物を入れられるのはどんなにこわいことだろう・・・。
自分も不安だが、さっき指でその場所を確かめてみたから、少しは想像がつく。茂は、
フミエの手をとって、自分の昂ぶりに触らせた。
「まったく知らんものが入ってくるのもこわかろうと思ってな。・・・こげなもんだけん、
何も恐れることはないけんな。」
驚いて引っ込めようとする手を握ってしばらく触れさせておく。やわらかくしなやかな
指に触れられるだけで、爆発してしまいそうに心地よいのをこらえ、起き直った。
「ほんなら・・・ちょっこし我慢してごせ。」
先端をあてがうと、先ほど確かめておいた場所をさぐり、思い切ってぐっと腰を進めた。
「―――――っ!」
茂の話に脱力し、さっきよりはよほど緊張が解けていたフミエだったが、いよいよ
破瓜の瞬間には、やはり力が入ってしまうらしい。固いつぼみを生身でこじ開ける方も
必死だった。
「もうちっと、力を・・・ぬいてごせ・・・。なんか面白い話でもするか?」
「だ、大丈夫、ですけん・・・。面白い話は、やめて・・・。」
「そ、そうか・・・?」
茂は、面白い話をする代わりに、目を閉じ、眉根を寄せて苦痛に耐えるフミエの顔を
そっと撫で、額に口づけした。
「もうちょっこし、進むぞ。」
あまり時間をかけても、苦痛が長引くだけだろうと思い、ひと息に根元まで押し入れた。
全部入ると、気づかいながらゆっくりとおおいかぶさった。すがるように茂の背に
腕をまわしてきたフミエを、ぎゅっと抱きしめる。
(こ、これは・・・。)
深くつながりあい、肌と肌をぴったりと合わせていると、ふたりの人間なのに、ひとつに
溶けてしまったかと思うほど心地よい。いじらしくきついフミエの花が、茂の中心部を
あたたかく食い締めてくる。強い快感に我を忘れて思わず腰をうごめかせた。
「・・・った・・・ぃ。」
フミエが背に回した指に力が入り、目をぎゅっとつぶった。
「お・・・すまん。あんまり気持ちようて、あんたのことを考えんだった。早こと終わらして
やるけん、もうちっと辛抱せえよ。」
おそるおそる抽送を始めると、なめらかで複雑な花びらが茂自身にからみつき、身も心も
吸い取られそうだった。フミエの耳元に口をつけ、熱い吐息とともにささやいた。
「がいに、気持ちええな・・・あんたの中は。なあ、ちょっこし目を開けて、俺を見て
くれんかね。」
そう言うと、フミエの力いっぱいつぶったまぶたに口づけし、額の汗をふいてやった。
力の入れすぎで震えているまぶたがゆっくりと開き、涙でいっぱいの目が茂を見上げた。
(ああ・・・この目だ。)
戸惑いと、痛み・・・けれどもう、そこに恐れはなく、涙の中に初めて本当の夫婦になれた
喜びの輝きと、夫となった茂への愛と信頼があった。
フミエの視線が茂の左肩に移り、ハッとしてそれをそらすと、目を伏せた。
「ああ・・・気にするなと言うても気になるよな。まあ、だんだん慣れてくれたらええけん。」
フミエが、背に回した手に力をこめて抱き寄せ、茂の胸に顔をうずめた。
(か、可愛いな・・・。)
激しいいとおしさに心臓をわしづかみにされた瞬間、茂はフミエの中で爆ぜていた。
(はああ・・・。これが極楽と言うもんかもしれん・・・。)
フミエの中に、思い切り欲望を解き放ってしまった後も、まだしばらくこうしていたい
気持ちだったが、フミエの痛みを思い、そっと身体を離した。
目を閉じ、初めて愛された疲れと安堵感にぐったりと白い肌をさらしているフミエには、
目には見えなくても確かに自分のしるしが刻まれている気がして、激しい所有欲がわき起こる。
いささか乱暴に唇を奪うと、口づけには少し慣れたものか、目を閉じたまま甘く応えてきた。
「あんたのクチビルは、美味いなあ・・・。これからは、腹が減ったらセップンするとええかも
しれん。」
ロマンチックとはほど遠い、茂流の愛の言葉を、フミエが理解できるようになるには、
まだ少し時間がかかりそうだった。きょとんとしているフミエの唇を、茂はかまわずに
舐めたり甘噛みしたり好きなように味わい、フミエをまた息ぐるしくさせた。
「あ、あの・・・村井さん。」
「ん・・・?あんたも村井さんでねか。」
「あ・・・。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「やっと、笑ったな。・・・その方がええ。正直言うと、俺は、女に泣かれるのはかなわん。
どうしても泣きたい時は、泣いてもええけど・・・。」
フミエの頬に残るいく筋もの涙の後を、茂は指でふいてやった。
「これからは、あんたが泣かんでもええように、俺もがんばるけん、俺たちはできるだけ、
笑って暮らして行こうや。」
「笑って、暮らす・・・そげですね。」
フミエはその言葉をかみしめるように繰り返した。
「あの・・・し、茂さん・・・。」
「おう、なんだ?」
「・・・あれ?なんでしたっけ。忘れてしもうた・・・。」
「思い出したらでええよ。・・・これから何十年も、ずぅっと一緒におるんだけんな。」
フミエが幸せそうに微笑んだ。
(最初っから、あの目玉に、やられとったかな・・・。)
東京で、見合い写真を見せられた時から、顔が長いのなんだのと言いながら、気づかぬうちに
その瞳に射られていたのかもしれない。そして、見合いの席で本人より前に出くわした、
生きいきとした力のある目玉・・・。親の持ってくる縁談に見向きもしなかった茂にも、
未来の妻に対する理想はあった。むしろ、その理想が今までの縁談を無意識に断らせてきたの
かもしれなかった。
極度の緊張から解放されたフミエは、茂の胸の中でひと足先に眠りに落ちていた。
(『まことの恋をする者は、みなひと目惚れである。』・・・とイトツがよう言うとったが。)
今は閉じられたまぶたの下にたたえられた湖のような瞳を、茂は思い浮かべた。
「こげなのも、ひと“目”惚れ・・・ゆうのかな。」
思わず声に出して言ってしまい、聞かれはしなかったかと心配になる。あどけない寝顔に
顔を近づけて様子をうかがうと、顔にかかる寝息がこそばゆかった。今はフミエの吐く息すら
いとおしく、その唇に唇でそっと触れると、茂も目を閉じて、眠りについた。
299 :
289:2011/06/14(火) 16:16:54.24 ID:Bi1jRi0D
>>273 さん、みなさん。
レスありがとうございます。
このスレの和やかさは、本当に読み手さん書き手さんの節度と寛容のたまものだな〜と
感謝しつつ、投下させていただきます。
スレ一周年はとっくに過ぎてしまったけど、ちょっこし懐かしい設定にしてみました。
初夜ってやっぱり特別感がちがいますね。
茂が一度も『好き』と言わないことに関して、中の人が「茂も最初はいろいろと
めんどくさかったと思いますが・・・。」と言っていた気がするんですが(ウロです)
それも茂らしいというか、目覚めるのが遅いよ!というかww。
今回見直してみて、ふみちゃんがラジオで聞いていた曲が『ダイアナ』ということに
初めて気づいたのですが、何度見直しても発見がありますね。
>>289 嬉しい!ありがd
私は(ゲゲにはプロの経験すらない)童貞支持なのですがwww
(実際の水木先生は、まさにあなたの作品と同じようなシチュで素人童貞だったんじゃないかな)
最初はのんびりというか、気ままなマイペースぶりのゲゲが、少しずつ夫として目覚めていくような
フミちゃんの身も心にも惹かれていく様子が、すっごく良かったです
ラストのゲゲの「一目ぼれ?」と自覚する所も萌えました!
この続き(初夜の次のエチ)も是非またお願いしますw
>>289 なんて可愛い二人ですか!あーがとございます!!
しげーさん優しいなあ…。最初っから最後までフミちゃんのこと気遣ってあげて
要求したことっていったら「目を見てほしい」っつーんだから…
「朴念仁」とか、どの口が言いますかねww
自分も二度目を読みたいです!きっと結構経ってからのことになると思うんで
すっかりリセットされて、また最初のキスからど緊張のフミちゃんだと思うw
>>288 男性目線の歌詞がいいですよね
>>289 もう懐かしすぎて…
掃除を叱られる前からウルウルです
あのサイクリングのあと一旦木綿を描くシーンだけがそれっぽいもので
消化不良でしたからw
ありがとうございます!
>>289 GJ!最初から最後までゲゲに萌えたw布美ちゃんの裸体妄想のときの「モチツケ!」しかも最中にほかの女の話をするなw
終いに「面白い話でもするか」とか言い出したときには盛大に噴いたw
初夜はほんとに何パターンあっても読みたいかも知れん。
久しぶりに割れせん見て、気づいたんだが、祐ちゃんも結婚指輪してるんだな
>>304 本当だ。最後のほう、ぽりぽり頭かくとこで見えた。
そんで自分も割れせん見てて勝手に思ったことだが、綾子さん家は父娘ふたりぽくね?
母ちゃんの影が感じられないんだよな。
娘が嫁ぎ先から実家帰ってきてても現れないし、旦那が会社欠勤して娘と出かけるのを止めた風もないし。
単にいらねーから出さなかっただけかも知らんけど。なんとなく。
>>289 GJ!!
自転車プレゼント〜初デートの回、ついつい見ちゃったw
いつの二人も好きだけど、
やっぱり新婚時代の「恋」って感じは格別だ〜
ようやっとレベル上がってきたので投下します。
これまで何作かあったのですが、「読者の集い」の夜です。シチュかぶりすみません。
308 :
ふたりの絆1:2011/06/16(木) 13:21:59.56 ID:YViYc5hN
源兵衛を駅まで見送る布美枝と別れ、茂は戌井とこみち書房を出た。
別れ際、源兵衛がじっとこちらを見るのに気づき、ぺこりと小さく頭を下げると、
あの時の激しい剣幕はすっかり消え失せた、どこか寂しげで切なげな微笑を返してくれた。
ほっとしたような、申し訳ないような、複雑な心持ちがしたけれど、その時はかける言葉も、
向けるべき表情も、これといって思い浮かばず、また慌ててぺこりと一礼しただけだった。
布美枝との生活を、着飾ろうと思ったわけではなかった。
「それなり」に見えればそれでいいと思ったのだ。
けれど、ぼろは何処からか解れてきてしまうもので、
結果的に源兵衛の不興を買うことになってしまった今日のこみち書房での「読者の集い」。
思いも寄らない布美枝の激昂と、太一と美智子の絆が深まったことで、
義父の怒りは落ち着いたようだが、布美枝とふたり歩いていく彼の後ろ姿の
何とも言えない「小ささ」のようなものが、茂にはいつまでも気にかかっていた。
そんなことを考えながら、とぼとぼと言葉もなく戌井とふたり、夕暮れの商店街を歩く。
そういえば、この男にも随分ととばっちりを喰わせてしまったな、と、茂は申し訳なく戌井を振り返った。
「今日はすまんでしたな」
「…え?」
何か考え事でもしていたのか、戌井はやや不意を衝かれたように、無防備に頭を上げた。
「あんたにまで妙な飛び火が行ってしまって」
源兵衛に睨み降ろされる小さな戌井を、不憫に思いながらも助け舟を出せずにいた。
「あ、ああ!いえ、全くそんな。僕ぁ何とも思っていません。それより…」
丸眼鏡をぐいぐい持ち上げ、やたらにこにこした表情で、興奮したように鼻を膨らませる。
「それより僕ぁ感動したんですよ!」
「…は?」
うんうん、と独りで大きく頷き、鼻息荒く腕を組んで戌井は茂を見上げた。
「奥さんです。水木さんのことをあんなに必死に…」
再び何かが込み上げてきたのか、戌井はそわそわとズボンに掌を擦りつけてみたり、
また腕を組んでは、笑顔で「う〜ん」と考え込んでみたりと、忙しない。
309 :
ふたりの絆2:2011/06/16(木) 13:24:07.46 ID:YViYc5hN
「以前、お宅にお伺いしたときに、奥さんが勝手口でぼーっと座ってらしたことがあって」
「はあ」
「どうしたのかと訊くと、どうにも貴方に声をかけられないんだと言うんです」
「…」
「貴方が必死で漫画を描いている後姿に、感動して声がかけられなかったそうです」
そんなことがあったとは、全く知らなかった茂である。
こと、鬼太郎に取り掛かった当初はとにかく夢中で、
そう言われてみれば、布美枝と交わした会話はこれっぽっちも記憶がない。
それほどまでにのめり込んでいたのだなと、我ながら驚いた。
と同時に、その当時はそれだけ彼女のことを、ないがしろにしていたのだな、とも思った。
戌井はその時のことを思い起こしているのか、感慨深くため息を吐く。
「あんなに一生懸命描いているものが、人の心を打たないわけはないって、そう言ってました。
だから貴方がお義父さんにあんな言われ方をするのが、本当に我慢ならなかったんですね」
照れくささに、茂は苦笑して頭を掻いた。
「お義父さんには申し訳ないですけど、貴方のことを『本物の漫画家だ』って奥さんが言い切ったとき、
僕ぁ全身が震えて最高に気持ちが良かった!」
戌井は勢いづいて茂の手をぐっと握り締め、
「僕も自信を持って言えますよ!貴方は本物の漫画家だ!今にきっと、世の中は水木しげるに追いつきます!」
叫びに近い声で訴えながら、本当に身体を震わせている戌井を、茂は何とも言えない思いで見つめた。
今日の布美枝の言葉には、戌井以上に茂自身が、整理しきれないほどの万感の心情を抱え込んでいた。
その所為かどうか、茂の右腕はあれからずっと疼いている。
あの時、茂の傍らに立った布美枝が、ぐっと掴んできた右腕。
震えて、縋るように、しかしその横顔は凛として父を鋭く見つめ上げていた。
今にも泣きそうな表情のくせに、ぐっと押し込んだ涙声を張って言った。
『うちの人は、本物の漫画家ですけん!』
瞬間、寒くもないのに鳥肌が立った。
些細な喧嘩だって幾度かしたけれど、布美枝のあんな大声を聴いたのは初めてだった。
恐らくはその父も、初体験だったのだろう。呆然とした表情が今も忘れられない。
けれど、茂は決して布美枝の大声に驚いたのではない。
自分自身の持つ信念が故に、満足な暮らしもさせてやれずに、
あまつさえ時折、布美枝をも遠ざけてしまうような、野暮で我侭で無愛想な男に、
それでも迷うことなく我が傍らに立ってくれたことそれ自体が驚きであり、
掴まれた右腕から伝わる体温が、熱く胸の内を占拠していくのに、戸惑いもしたのだった。
310 :
ふたりの絆3:2011/06/16(木) 13:26:42.85 ID:YViYc5hN
― ― ―
ゆっくりと帰ってきたつもりだったが、まだ布美枝は戻っていないようだった。
今やもうその主は布美枝となっているこの居間兼、台所は、がらんとした寂しさを茂に訴えかけていた。
ぼんやりと、見るともなしにそこを眺めてから、視線を仕事部屋へ移す。
ごちゃごちゃと色々なものが拡がっている中にも、ふと布美枝の小さな気配を感じた。
黄ばんでいたカーテンは、布美枝の手入れにより本来の涼やかな色合いを取り戻し、ひらりと風に揺れ、
本棚の本は埃ひとつ被っておらず、整然と並んでいる。
茂の隣の作業机は、きちんとした彼女らしく、絵筆が歪みなく整列して待機しており、
その左斜め前には、茂がプレゼントした「墓場鬼太郎」の第一巻が、まるで供え物のように大事に置かれてあった。
日々の役に立つものでもない、彼女を着飾るものでもない、気味の悪いその怪奇漫画を、
隠れるようにして見開いてみては、にまりと笑って慌てて閉じる。
手伝ったくせに、中身は怖くて見られないと言いながら、最初の1ページ目だけは
大事そうになぞる姿を、実は茂は何度も目撃している。それを思い出して、くすりと笑った。
家計簿を前に難しい顔で腕を組む様子も、十八番の歌を口ずさみながら洗濯物を干す光景も、
目を閉じればすぐそこに、簡単に再現できるほどに鮮やかだ。
作業机に向かう懸命な横顔や、ふと顔を上げ、目が合った時に崩す相好の柔らかさ。
長い黒髪を梳かす、どこか妖しい美しさを醸す後ろ姿も、触れれば途端に桜色に染まる頬も…。
この家、この部屋、この傍らには、絶えず温かさがひっそりと佇んでくれている。
『うちの人が精魂込めて描いとるとこ、いっちばん近くで見とるんですけん』
布美枝の声が脳裏をよぎり、茂はぱっと目を開いた。
その「閃き」に、やや驚き、一瞬戸惑い、しかしすぐに悟了した。
独りで漫画を描いていた頃とは違うのだ。
事実上の手伝いをしてもらっているという意味ではなく、
今や茂は布美枝とふたりで、物語を紡ぎ、熟考を重ね、日々を描きだしているのだということに。
――― 今さらながら、ようやく気づいた。
「ただいま戻りました」
玄関から聴こえた声に、早くも懐かしさを覚える。
振り返ると、風呂敷包みを抱えた布美枝が、にこやかな微笑で居間に現れた。
「すみません、遅くなって。父を送ったあと、またこみち書房に寄ってたんです」
風呂敷を茂に掲げて「これ」と、目をきらきらさせて言う。
「お礼を言いに行ったのに、逆にお土産いただいちゃって。美智子さんお手製のポテトサラダ。
美味しいですよ〜。すぐに食事の支度しますけん」
わくわくしながら包みを解く後ろ姿から、十八番の歌が聴こえる。茂は目を細めた。
「埴生の宿も、我が宿…たまのよそおい…うらやまじ」
(埴生の宿…か)
おんぼろの我が家でも、この家が一番。どんな着飾った家も羨ましくない。
確かにな、と茂は思う。
布美枝がいるだけで、そこが最高の家になる。
ふわりと、後ろから布美枝の細い腰に右腕を絡ませ、肩に頭を埋めた。
「えっ…」
ぴたりと止まった歌声と、かちっと固まった身体。
思い切り動揺が伝わったところへ、茂はくすくすと苦笑った。
「ぁ…の…?」
「腹減って死にそうだわ。鼻歌もええが、手を動かせ」
斜め後ろから布美枝の顔を横目で意地悪そうに見つめ、にやりと笑う。
「も、もぅっ…!」
既に真っ赤になっているその頬を、後ろから廻した手でうにうにと挟みこむ。尖らせた口が尚更タコ形になる。
「おお、タコが茹で上がっとる」
「もう!邪魔せんで!ご飯作りませんよ!」
ぶんぶんと振り回してくる布美枝の腕を避けながら、茂は腹を抱えて笑った。
嗚呼本当に歌の通りだなと、しみじみ思いながら。
311 :
ふたりの絆4:2011/06/16(木) 13:28:31.35 ID:YViYc5hN
― ― ―
目を閉じればそこには闇しかないのに、口づけるふたりは何故そうするのか。
互いの唇の温かな感触さえあれば、闇に堕ちても恐怖はない。
それを確かめるためなのかも知れないな。
と、布美枝の唇の柔らかさに吸いつき、酔いしれながら、茂はぼんやりと考えた。
布美枝を両脚の間に抱えるようにして座り、右手の親指で頬をなぞる。
しばらくそのまま何も語らず、妻の輪郭を味わうように見つめていた。
そわそわと落ち着きなく行く先が定まらない瞳を、小さく食いしばる紅い唇を、
月の光を湛えた滑らかな肌を、艶やかにしだれる豊かな黒髪を。
本当に昼間、父に鋭く向かって行ったあの女と、同一人物なのだろうかと疑ってしまうほどに、
今はもじもじと、夫からの次の愛撫を待って、静かにその胸を焦がしている。
が、さすがにいつまでもじろじろと見つめてくることに訝しがって、
「どげしたん、ですか…?」
小首を傾げておそるおそる訊ねられた。
「ん?別に」
本当に、別段意味はない。ただ見ていたいだけだった。
いつもなら、貪るように全てを奪い取り、性急に快感を求めて繋がり合うのに、
今夜はなんだか、そんなせっかちは不要な気がしていた。
緩やかに流れる静かな夜に、ただひたすら愛しい女を見ていたかった。
昼間味わった温かな余韻に、ずっと浸っていたかったのだ。
「…そ、そげにじっと見られたら…穴が開いてしまいます」
「…それは困るな」
小さく笑って、ゆっくりと抱き寄せる。布美枝も、安堵したようにその身をもたせかけた。
肩に顎を乗せ、洗いたての髪の香りに鼻をひくつかせる。
その芳しさを肺に送ってから、浄化された息を深く吐いた。
「疲れとられるんですか…?」
大きなため息を気遣って、遠慮がちな声。
今まさに腕の中に在る愛しい温もりに、「いや…」と小さく答えた。
布美枝の背中を擦りながら眺めていると、ふと源兵衛のことを思い出した。
「…親父さん、あれからどげだった」
不思議と源兵衛の顔は、睨み上げられたときのものより、帰り際の寂寞な表情ばかりが浮かぶ。
「はい、まぁ…頑張れよとか、色々…」
父娘の会話はおそらくもっと深かったのだろうが、
あえて多くを語ろうとしない布美枝から、茂も無理矢理訊きだそうとは思わなかった。
312 :
ふたりの絆5:2011/06/16(木) 13:30:36.14 ID:YViYc5hN
「…今日はすみませんでした。父が…あげな言い方…」
「何を言っとる。その倍ぐらい言い返しとったくせに」
はっとして布美枝は、茂の腕の中で俯いた。尖らせた口先と赤らめた頬に和む。
「だって…貴方が何も言わんのですもん…。頭まで下げて…」
「誤解というても、結果的には騙すようなことしたんだけん。そりゃあ怒鳴られて当たり前だわ」
その言葉に布美枝は、悲しそうな目で茂を見上げる。
「弁解ならあんたがしてくれた。あれで十分でねか」
十分どころか、込み上げる思いは胸の中をいっぱいにして溢れんばかりだ。
茂はぎゅっと腕に力を込めて、今ひとたび布美枝を強く自分の胸に押し込めた。
「…それにしても正直ちょっこし驚いた」
「え?」
胸の中で、布美枝が小さく首を傾げる動作に、少しだけ腕の力を弛めて。
「あんたのあげな大声、初めて聞いた」
「そ、そげに大声でしたか?」
「親父さんに喰ってかかるのもな。あんたは親父さんには逆らわん人だと思っとったけん」
すると布美枝は一瞬きょとんとして茂を見上げ、それからぷっと頬を膨らませた。
「当たり前じゃないですか」
「ん?」
「貴方のことを悪く言われたら、相手が誰だってあたしは怒りますよ。
貴方だって、尊敬しとる人が目の前で罵られとったら、じっとしておれんでしょう?」
茂の寝間着の胸元を掴み、どことなくいじけたような口調だ。
子ども染みた布美枝の顔に、茂は軽く笑いながら諌める。
「尊敬?俺のことか?」
「そげです」
「なら親父さんはどげすーだ。俺がもしあんたの親父さんに罵詈雑言浴びせることでもあったらどっちに就く?」
「む…」
からかい半分で笑う茂を、布美枝は恨めしそうに睨む。
「頼もしいのは有難いことだがな、あの人との30年はそげに軽いもんではないだろう」
口を噤んだ布美枝に目を細め、あえて悪戯を仕掛けるように、軽く頬を抓る。
当然、布美枝は一段と拗ねて乱暴に茂の手を解いた。
「あんたはやっぱりあの人の娘だわ。律儀者で、ちょっこし頑固だ。けど、ぼんやりしとるところは、はて…」
柔和な笑顔はミヤコを思い出すけれど、茂もさほど飯田家の面々に詳しいわけではない。
ふむふむと天井を見上げながら顎を擦っていると、胸のあたりからぼそっと低い声がした。
「貴方は何も解っとらん…」
「ん?」
への字口のまま目だけを持ち上げ、布美枝は静かな低音で呟く。
「あたしは…飯田の娘じゃないですよ…」
「え?」
逸らした瞳に滲む、どこか悔しげな気配に、不意をつかれてどきりとする。
じわじわと湧き上がってくる奇妙な疼きに、背筋が冷えてきた。
これまでの経験からすると、こんな表情のときの布美枝に囚われると、やっかいだ。
朱色の肌に、潤う唇からぶつぶつと「いじわる…」と、茂への抗議が洩れる。
伏し目がちの瞳からは今にも、「分からず屋」と責める声が聴こえてきそうだ。
布美枝は再び口を尖らせて茂を見上げ、もごもごと…。
「…あたしは貴方の…村井茂の女房なんだけん…」
「――――………」
313 :
ふたりの絆6:2011/06/16(木) 13:32:45.95 ID:YViYc5hN
しまった―――と茂は思った。が、思ったときには既に、
堰を切る勢いの独占欲が、一挙に理性の堤防を越えようとしていた。
思えば無意識のうちに、源兵衛を持ち出して探りを入れようとしていたのかも知れない。
昼間の言動に揺るぎがないのか。あのとき、横に立つべき相手が自分で良かったのか。
安来での30年と、東京での半年余りを天秤にかけて、布美枝を試そうとした。
つくづく幼稚だな、と自己嫌悪する。下手な策略など練る必要はなかったのに。
思いも寄らない言葉は引き出せたけれど、苦手なあの眼のおまけつきだった。
布美枝の目玉は、ときにその口よりも雄弁に茂への情熱を語る。
一心にただ、茂だけに向けられた熱視線がそこにはあって、息苦しくも、計り知れない愛しさを思い知る。
この瞳に突き動かされる。それはいつも決定的に茂の胸の内を掴み取って締め上げる。
今夜は本当に、ただその顔を愛でているだけで満足すると思っていたのに…。
茂の欲情を焙り出す、妙な色に光る布美枝の瞳は、重い罪に値する。
親指と人差し指で、俯いたままの布美枝の顎を掬い上げ、窄めたままの唇をなぞる。
彼女自身も、ぼやいた台詞が気恥ずかしかったのか、唇を滑る茂の指に身を竦める。
拗ねて見上げられる表情が堪らず、壊れ物に触れるかのようにして、そっと柔らかさを重ね合わせた。
触れる角度を変え、交差させながら、半開きの唇から舌を滑り込ませる。
「ん…、…っ」
布美枝が息を洩らす。茂の肩に縋る手が戸惑っている。
息を切らせて唇を離すと、熱っぽい表情が茂を窺い、それがまた本人の知らないところで茂を扇情する。
(頼むから…)
「煽るな」
「…ぇ?…??」
上気した表情のまま、茂の言葉に眉尻を下げてためらう挙動。
「…だらず」
「ふ…」
再び口づける。こじ開けて舌を挿し入れる。
絡めながら唾液を交換し、布美枝の味を確かめ、その口腔を彷徨う。
(本当に…性質の悪い…)
心の中で苦笑った。
首筋に吸い付きながら、ゆっくりと褥に横たわる。
従順に目を閉じ、茂からの愛撫を待つその姿に、なおいっそう欲情する。
『貴方の女房』だ、などと言わせておいて、素知らぬふりで居られるわけがない。
布美枝の所為にするのは責任転嫁なのかも知れないけれど、
彼女が無意識に執るひとつひとつの所作はいちいち、茂の性感に直結して刺激する。
余韻に浸って静かに過ごそうとする夜にも、本能を目覚めさせられればブレーキは効きづらい。
所詮は獣の成れの果てなれば、妻を恋しさあまりにその身体を求めてしまうのは、
夫なる者の避けられない宿命と言い訳しておこうか…。
314 :
ふたりの絆7:2011/06/16(木) 13:35:19.84 ID:YViYc5hN
帯を解くと、すぐさまふるっと揺れて、露わになる、白い乳房と先端に実るふたつの薔薇色の実。
つんと反った形のよい乳房を、手にすっぽりと収め、揉みしだく。
その柔らかさを思う存分愉しんでいると、やがて布美枝の喉から遠慮がちな吐息が洩れだした。
熟した実の形を舌でなぞり、尖り始めたところへ甘く咬みつく。
ぴくっと撥ねた身体を諌めるように、舌の腹で絡めとって舐る。
背を仰け反らせて、まるで捧げ物のように胸を差し出され、もう一方の乳首にも同じ愛撫を施した。
「ぁっ…んっ…あ…」
貞淑な布美枝の本性を剥いていくことは、大袈裟に言えば茂の嗜虐的な側面かも知れない。
しかしそれに気づいているのかいないのか、抵抗しながらも布美枝は、妖しく美しく淫れていく。
浮き上がった鎖骨に沿い、唇を落としてくすぐる。そこらじゅうに口づけ、紅の痕を刻印した。
すい、と布美枝の細い指に頬を挟まれ頭を上げると、
火照った顔で物言いたげに見つめられ、誘われるままに唇へ辿り着く。
熱く深く混ざり合いながら、耳にも齧り付き、淫猥たっぷりの吐息を吹き込む。
「ん、っ…は…ん」
身体を捩りながら、それでも縋り付いてくる腕に、力が篭ってくるのが分かる。
「…ちょっこし、苦しいな」
「…え、あ、す、すんませんっ…」
茂の声に、布美枝は慌てて両手を離した。申し訳なさそうに身体を縮こめる。
その様子に茂はくっくっと笑い、「嘘だ」にんまりして言った。
「もうっ」
「けどな、そげにしがみつかれとると、あんたの裸がよう見えん」
「えっ…」
薄暗い中でも、布美枝の頬はきっと朱くなっているのだろう。そう思うとまた笑えてくる。
「み、見ても面白いもんじゃないでしょう」
「面白いというよりは…」
胸の前で腕を交差させ、いつの間にか身体を隠すような態勢を取っていた布美枝に、
再び唇を落としながら、ゆっくりと組んでいた腕を解かせる。
乳房に吸い付きながら、右手を腰から尻へ下降させて、すりすりと撫でた。
「ん…」
「興味深いに近いな。同じ人間だのに、なしてこげに柔いのか」
「そ…げ、なら…そっち、だって…」
愛撫の心地よさにうっとりしながら、布美枝が茂の髪に手櫛をかける。
「なしてそげに…分厚くて、堅くて…強いのか…不思議」
「ふむ。そげなもんかな」
少しおどけた風に言ったのは、茂もやや照れくさかったからで。
布美枝にさらりと髪を撫でられながら、はにかんで彼女を見下ろしていた。
315 :
ふたりの絆8:2011/06/16(木) 13:38:28.16 ID:YViYc5hN
「あたしも…」
しばらく見つめ合って、時折口づけて、そんなやりとりをしていると、ふいに布美枝がぽつりと言った。
「見たい…です。貴方の…身体。ええ、です、か…?」
もう寝間着など、何処へ行ってしまったかわからなくなっている布美枝に対して、
茂の服はかろうじてぐしゃぐしゃとまだ身体にまとわりついている。
「ああ…ええよ」
静かに答えると、布美枝の腕を引っ張り、上半身を起こしてやった。
向かい合わせに座り、改めて茂も布美枝の素肌を見渡す。
細く白い輪郭は、闇にぼんやりと浮かんで、妖艶な光を放っているようにも見えた。
肩から流れ落ちる長い髪を避けて、布美枝の額や頬に口寄せた。
布美枝も、茂の首に廻してあった手をそろそろと降ろし、
寝間着の中へ滑り込ませると、優しく着物を肌蹴させていった。
厚い胸板が露わになると、うっとりと舐めるように見つめ、掌でそっと撫でる。
そこから肩へ手を移動させ、左手は茂の右の二の腕を擦り、右手は左の肩先でぴたりと留めた。
「…普通の男にはそこに左腕というもんがある」
わざと冗談めいて茂は言った。
布美枝はにこっと微笑むと、慈しむように左の空間をいつまでも見つめていた。
腕を失くしたことを、悔やんだりしたことはない。したところでどうにもならない。
けれど、もし両腕があったとしたら、どれほど強く、この妻を抱きしめられるだろうと想像することはあった。
それこそ骨が軋むほどに…。
すると布美枝が、ゆっくりと左肩から視線を持ち上げ、茂を仰いだ。
「あたしは…左腕のない男の人しか知りません」
「…」
「貴方だけが、あたしの知っとる…全部ですけん」
そして、茂の首筋へ潜り、軽い口づけをあちこちに落としていく。
さり気なく体重をかけ、布美枝が茂に覆いかぶさって愛撫を始めた。
顎に吸い付くこそばゆさに目を細めていると、布美枝の右手が脚の付け根をうろつき始めたことに気づく。
細い指が、躊躇しながら起立した竿を滑る。指先で先端を突き、割れ目を確認するように指で捏ねた。
布美枝を窺うと、恥ずかしそうに茂を見る目が「これでいいのか」と訊ねているようで。
茂は苦笑して、小さく頷いてやった。布美枝の表情がふっと緩む。
やがて、肌着の中で窮屈に収まっていた硬直は解放され、根元から包み込まれて扱かれる。
包む掌から緊張が伝わる。それなのに、なお下降していこうとする布美枝に、
「…待て」
と、小さく制した。
「…あ…ぇっと…」
咎められたと思ったのか、泣きそうな表情で布美枝が顔を上げる。
「ちょっこし後ろ向いてみ」
「…え?」
戸惑う布美枝の手を取り、後ろを向かせる。
「跨れ」
「え?どうする…」
「ほれ、早く」
背を向けたまま、おそるおそる跨ってくる布美枝の腰を掴み、秘部へ指を滑り込ませた。
316 :
ふたりの絆9:2011/06/16(木) 13:41:13.21 ID:YViYc5hN
「えっ…?!」
がくっと力を失った布美枝が、茂の上でうつ伏せる。
自然と臀部が茂の顔へ向き、布美枝の眼前には茂の男根がそそり立つ。
「ぃやっ…こ、こげな…」
羞恥に慌てる布美枝の腰を掴み、淫らな液に濡れて光るその場所へ舌を伸ばした。
「あっ…!…っ…ん…」
快感にひくひくと揺れる入り口へ、指を挿し込む。ぬぷ、と音がして呑みこまれる。
きゅうっと締めつけられるのを感じながら、今度は少し尖らせた舌で潜り込んだ。
「はぅ…んんっ…ゃ…ぁぁ…」
たらたらと零れ落ちていく雫を、余すことなく啜りとって、舌の腹で一帯を舐めまわした。
指で花びらを掻き分け、隠されていた核芯を剥いて摘む。
舐めとったばかりの泉から、再び水が沸き出してくる。
するとようやく状況を理解したのか、はたまたそれ故に理性を狂わされたのか、
今度は布美枝が茂の屹立を掴み、ぱくりと口に含んだ。
口腔の温もりに、逆に寒気が茂の背筋を襲う。
棒飴を舐めるように、淫らな音を立てて上から下へと舌で犯される。
一瞬布美枝への愛撫を忘れて、快感に目を閉じた。
獣のような息遣いと、卑猥な水音に部屋は包まれて、それが互いの興奮に拍車をかける。
先端を含んで、先走りを吸い込まれれば、お返しとばかりに熟んだ花芽を舌で突いた。
「ひ…!」
喘ぎが悲鳴に近い。ぜえぜえと切らす息が、また妄りな欲を一層掻きたてる。
「あ…ふ、…っ…んっ…、は、は、…っ」
上下に扱かれ、先端には舌が割り込もうとし、布美枝の愛撫は激しさを増す。
指と舌で弄り、枯れることのない泉を求める茂の攻めも止まない。
与える快感に悦び、与えられる快感に溺れる。
互いの性感帯を直接貪り、熱にうなされているような狂おしさが続いた。
やがて。
「んんっ…!」
ひときわ布美枝が背を仰け反らせ、がくがくと身体を震わせた。
頂点に達した瞬間を確信した茂は、するりと布美枝の下から身体を抜いて、
勢いそのままに、背後から布美枝の中心を貫いた。
「あああ……っ!」
褥に顔を擦りつけ、布美枝のくぐもった叫びがそこへ吸収されていく。
熱の篭った胎内に一瞬慄き、じっくりと遣り過ごす。
その間も内襞にじりじりと噛み締められていく。
317 :
ふたりの絆10:2011/06/16(木) 13:43:39.23 ID:YViYc5hN
ゆっくりと腰を引き、鞘から粘ついた己を引き出す。そしてまた挿し込む。
「ん、あ…っっ…!」
敷き布を握り締める布美枝の指が、折れてしまうのではないかと思うほど、しなるのが見えた。
今一度律動を与えると、髪を振り乱して背を丸める。
天使の羽のように映える肩甲骨に口づけ、かぷりと咬みつく。
「ぁ…んっ」
身体を支えていた腕が力を失って堕ちてゆき、反対に臀部が持ち上げられる。
いずれのものとも知れない愛液が、布美枝の尻から、茂の太腿にも伝う。
布美枝の右の腰骨に手を置き、肉のぶつかる小気味よい音を何度も繰り返した。
抜き挿しに合わせて、布美枝が腰を揺すってくるのが判る。もっと高みへ自ら昇りつめるかのように。
襞が絡みつく。中で生き物のように蠢いている。茂の動きに合わせて付いてくる。
「あ、あっ、あ、あ、…っん、は、あ、あ…」
揺するたびに揚がる嬌声を、目を閉じて聴く。
搾り取られていく感覚に、いつまでもは抗えなかった。
最後の瞬間を間近に感じ、茂は一層動きを速めた。
早くあの例えようのない快感が欲しいと思った。けれど、もっとずっと繋がっていたいとも思った。
息が薄くなって、意識もやや遠のいていく感覚がした。けれど、布美枝の熱だけはしっかりと感じていた。
揺れる黒髪、白い背中、紅色の頬と、絹の声…。どんどんと離れていく。必死で追いかける。
やがて薄靄の向こうで、弾けていく白い精を意識した。同時に急激に堕ちていく感覚に襲われる。
へなへなと突っ伏していく布美枝の後姿を視界の端に捉えながら、
次の瞬間には、目の前が真っ白になっていた…。
― ― ―
「…そろそろ起きてください?もう昼前ですよ」
耳元で囁かれる優しい声。声の主は仙女か、天女か…。
むにゃむにゃと寝返りながら、その動線に沿って、傍らに座り込んでいた女神を巻き込んだ。
「きゃ!」
ふわっと香ったいつもの芳しさに満足して、また深く眠りに堕ち込んでいこうとする。
結局昨夜はあのまま眠ってしまったようだ。窓から差し込む眩しい光に、目がしばしばする。
「お、き、てっ!…くださいぃ〜〜」
腕の中で布美枝がじたばたする。寝ぼけていても、片腕でも、決して負ける気がしないのは、
あんたが細すぎるからだと、腹の中で笑ってやった。
「中森さんがもうすぐ炊事の水汲みに降りて来ますよっ」
「…んー…まあ、もつれ合っとったら気を利かすだろう」
「もうっ!いけんっ、離してくださいっ」
「…あんたが素直なのは夜の閨の中だけなんだなぁ…」
「っもぅ〜〜〜…」
その言葉にしばし大人しくなった布美枝だったが、茂が油断した隙に、その細身を活かしてするりと抜け出した。
名残惜しく思いつつ、仕方なくもぞもぞと起きだして、ぼさぼさの頭のままちゃぶ台に向かった。
318 :
ふたりの絆11:2011/06/16(木) 13:46:32.91 ID:YViYc5hN
ふと、台の上に置かれた葉書が2枚、目に留まる。
ひらりと手に取ってみると、1枚は境港宛て。毎度のごとく、イカルへの近況報告だ。
もう1枚は、安来宛てのようだった。
父に対する改めての謝罪と、手土産の礼が書かれてあった。
『蜂蜜は茂さんに見つかるとすぐに無くなってしまうので、暫く隠しておくことにしました』
(…このやろ)
食事の支度をする布美枝の後姿を、軽く睨み上げた。
『粗雑なところをお見せしましたこと、お恥ずかしい限りにて。ですが、夫婦ふたり何とかやっておりますので、
今後とも何卒宜しく御願い申し上げます。これからの時節柄、お身体ご自愛下さいますよう。…』
達筆に目を泳がせてから、茂は布美枝に気づかれないよう、そっと葉書を伏せた。
やがてまた茂の脳裏に、あの複雑な表情の源兵衛がよぎる。
そもそも茂が布美枝を娶ったことは、義父にしてみれば、たった5日で大事な娘をさらわれたようなものではないか。
そして次に会った時には、その娘は他所の男の妻となってしまっていた。
随分酷なことをしてしまったかも知れないな、と少々胸が痛んだ。
と同時に、ふと考える。娘を見ず知らずの男に嫁がせる父の気持ちとはどのようなものなのだろう。
どうにも座り心地の悪いものだろうな、という想像だけだ。なにせ娘どころか子どもさえ居ないのだから。
けれどもし、自分が父になる日が来るのだとしたら…。
(娘を持つとしんどいのかも知れん…)
八割がた真剣に、しかしあとの二割でやや気恥ずかしくなって、すぐに考えるのはやめた。
結局、遅い朝食兼、早い昼食をとりながら、布美枝がぶつぶつと愚痴めく。
「朝ごはんか昼ごはんか、わからんじゃないですか」
「2食のところが1食で済んどると思えばええじゃないか」
「その分、貴方は量を食べるから結局同じです」
「お、言うたな」
「言わんと付いていけません」
つん、と顔を向こうにやって味噌汁を啜る姿に、茂は思わず苦笑した。
すると布美枝も、ふふ、と笑ってその場が和む。
こうして日常は廻っていくのだな、と茂は思う。小さな家の、ふたりだけの生活。
その営みはときに穏やかに、ときに情熱的に。
妻が夫を想い、夫が妻を想う、夫婦というありふれたようで、奇跡的な絆に結び付けられた日々。
おわり
>>308 もう、何と言っていいのか…。読んでて涙が出てしまいました…
美しくて、切なくて、素敵すぎる…。あー、上手く言えん!!
このスレの書き手さんたちの物語って、何処か世界観というか、繋がっているところないですか?
自分エロなしのシリーズ書いてる者なんですけど、「二人だけの時は、こんなふうじゃないかな」と思っていることが、
他の書き手さんのお話にズバリ書いあったりします。しかも、自分なんかが書くよりずーっと素敵にw
それに更にインスパイアされちゃったりwwまあ、自分だけの思い込みかもしれませんけどw
>>308 GJGJ!!
この夫婦はなんでこんなに初なかわいさも濃厚なエロさも似合うんだ…
蜂蜜を隠したふみちゃんとしげさんの反応が特にお気に入りです
将来の的中する不安な予感ワロタw
>>308 なんか…もう、なんで言っていいんやら…。
こんな素敵なSSありがとう、ありがとう‼
源兵衛父さんに申し訳なく思いながら、フミちゃんにカマかけるしげぇさんに
きゅんきゅんしました。
エロは何気に69お初ですねw GJです!
>>308 GJ!!超だんだん
拗ねるふみちゃん可愛すぎてハァハァ・・・ゲゲさんじゃなくても独占欲掻き立てられてしまいますな
エロの新境地を開拓される様子もたまりませんw
あと、蜂蜜のくだりはくまの○ーさんみたいだとオモタw
>>308 腰に手を廻されて真っ赤になるふみちゃんはかわいいし左腕のくだりは切ないし69はエロいし
がいにGJ!
ほんとゲゲふみ夫婦好きすぎる
えー、すみません、またまたエロなしの「商店街話」の者です。
ついに、とうとうあの時期に、突入してしまいました。貧乏時代が、ここから四回続きます(長いな、おい)
今回のは、特にゲゲフミはちょっこししか出て来ないし、つらいだけかも…
でもこういう主旨で書いている以上、ここすっ飛ばすのも、ゲゲゲじゃないかな、と
しかし!こちらではしげーさんは無事雑誌デビューを果たしました!!
もうちょっこし、堪えてごしない。ゲゲフミ頑張れ!!
325 :
五月闇1:2011/06/19(日) 16:07:23.27 ID:JBVDOPz2
「言わなきゃ、良かったな…」
私は商いをしながら、先ほどからずっと、この言葉を呟いていた。
今日は三月三日、桃の節句である。午後、村井夫人は雛あられを買っていった。菱餅や白酒なども店には並べてあったが、買ったのは、それだけだった。
「藍子ちゃん、初節句ですね」
そう私は、言ってしまったのだ。それを聞いた時の、彼女の寂しそうな笑顔。
生活は、どうやらかなり苦しいようだ。先日は八百善で、大根の葉を安く売ってくれと交渉していた。魚調でも、似たようなことをしていたようだ。
不動産屋の店主、内崎に至っては、最近では村井氏の名前を出しただけで、顔をしかめる。万が一にもあの二人に迷惑が掛かっては…と、私はもう、内崎と話す際に、村井家の話題を出すことをやめた。
それにしても、今日のは失敗だった。考えが足りなかった上に、馴れ馴れしかった。
「橋木さん、またいつも通り、ビールの配達お願いするわ」
私が一人で、大いに後悔していると、ご近所の馴染み客が、小学生の息子を連れてやって来た。
「まいど。『日乃出』を一箱で、よろしいですね。お届けは、明日?」
「うーん、ここ二、三日、留守したりなんだり、ばたばたしてると思うから、木曜にしてもらえる?今週、主人出張中だし」
「承知しました。奥さん、どうかなさったんですか?」
よく見ると、傍らにいる彼女の息子は、頗るご機嫌が悪そうである。
「ちょっと、実家の母が、手術をすることになって。たいしたことないんだけど、一泊だけしてくるつもりなの」
「それは…、ご心配ですね」
「いえいえ、本当に、何てことないのよ。ただ、この子は学校があるし、子供連れていっても邪魔だろうから、府中の主人の親のところに、お願いすることにしたの。水曜の朝だけ、学校まで送ってもらって」
「僕、行かないよ、おじいちゃんの家。うちに一人で居るよ」
どうやら、この親子はまだ、議論の最中であるらしい。
「だーめ!お父さんも居ないし、あんた一人で家には居させられないの!いいじゃない、おじいちゃん達も、喜んでくれてるんだし」
すると男の子は、声を限りに、必死で訴えた。
「だって、おじいちゃんのところ、テレビないじゃん!火曜日は、『アトム』があるんだよ!!」
アトム?
何かのテレビ番組なのだろうが、どのようなものなのか、想像出来ない題名だった。
326 :
五月闇2:2011/06/19(日) 16:14:01.46 ID:JBVDOPz2
「坊や、『アトム』って、なんだい?」
私は男の子に訊いてみた。
「おじさん、知らないの?『鉄腕アトム』だよ!」
母親が、半ば呆れながら、解説してくれた。
「漫画映画よ。一万馬力だかの、ロボットが出て来る…」
「違うってば!テレビマンガ!!十万馬力!!」
「ああ、もう、判ったから。とにかく、今週は我慢しなさい。いいでしょ、一回くらい観られなくたって」
「ええーっ!!!」
結局、その親子は、言い合いをしながら、帰っていった。
漫画映画というものは、さすがの私も目にしたことはあったが、「動く絵」というくらいの認識しかなかった。どういう仕組みになっているのか、アメリカは不思議なものを作るなあ、と思っていたくらいである。
おそらく如何にも不得要領だという顔をしていたのであろう、私の意中を察したらしい女房が、説明し出した。
「なんか、かなり人気らしいわよ。他のお客さんからも、聞いたことあるわ。お子さんが夢中になって、観てるって」
「漫画映画って…、あれか、『ポパイ』みたいなもんか?」
「さあ、どんなものなのかは、私も…。でも元々は、何かの雑誌に載ってる、日本の漫画みたいよ。なんとか博士って、日本の名前が出て来てた。宇宙とか、ロボットとかが出て来る、未来の話で…」
やはり、女房にも、よく判っていないらしい。
しかし、アメリカのものではないとは。この国も、そんなものを、作れるようになったのか。
漫画映画。テレビ。雑誌。そして、宇宙、ロボット、未来。
貸本漫画が、雑誌に人気を奪われているという、いつかの美智子の話が、頭に浮かんだ。その根本的な理由は、よく判らないままではあるが。
こみち書房の本棚に、ずらっと並ぶ貸本漫画は、もう子供達の世界の、端のほうに追い遣られつつあるのかも知れない。それは、漫画のことを何も知らない私が、その事実を初めて実感することが出来た、瞬間だった。
「そういえば最近、紙芝居屋って、見ないなあ…」
私は、かつて、この商店街で、夢中になって紙芝居を観ていた、幼い頃の我が子達の顔を、思い出していた。
◆
紫陽花の季節が、やって来た。
とは言っても、花を咲かせているのは、手毬形の白いものだけで、他のはまだ、蕾のままだ。白い紫陽花はそういう種類なのか、それともこれから色が変わっていくのか、花に疎い私には判らない。
店を閉めた後、私は喫茶店「再会」に来ていた。
客の一人に、商店街のアーチの向こうに店を構える、仕立屋「テーラーオギノ」の店主がいた。背広を仕立てる客は増える一方らしく、「いい時代になったねえ」とご満悦の様子で、コーヒーを飲んでいる。
「景気のいい商売も、あるっていうのになあ…」
私はどうしても、村井夫妻のことを、考えないではいられなかった。
327 :
五月闇3:2011/06/19(日) 16:23:41.63 ID:JBVDOPz2
村井氏、いや、水木しげる氏は、とどまることなく描き続けていた。
仕事帰りに、店の近くを通る太一の手にはいつも、こみち書房で借りてきたらしい「水木しげる」の新作が、抱えられている。
彼はある時は、幕末の江戸に「火星民族」が登場するという時代劇の長編の話を、またある時は、現代を舞台にした怪奇ものの短編の話を、眼を輝かせながら、してくれた。
「凄いんですよ、食べたり飲んだりする場面の、生々しさとか、擬音の使い方とか!」
ほんの三十ページほどの作品にも、彼にとっては語り尽くせない魅力が詰まっているようで、一旦話し出すと、止まらなくなるくらいだった。
だが問題は、報酬である。また出版社が倒産して、原稿料が踏み倒されるなどということが、起きていないだろうか。今あの夫婦は、乳飲み子を抱えているのである。
考えても仕方のないことだとは判っているのだが、自転車の籠にママミルクの缶だけを入れて帰っていく、夫人の姿などを見てしまうと、何とかならないものかと、どうしても思ってしまうのであった。
それでなくても、慣れない子育ては、大変だろうに。頼みの姉上は、今年に入ってから腰を痛めてしまい、気軽に調布まで来られる状態ではなくなってしまったそうだ。
そういえば何日か前の夕刻、配達でとある家を訪れた時、そこの子供達が、テレビを囲むようにして座っていた。何だろうと思って見ていると、ほどなくして始まった番組が、あの「鉄腕アトム」だった。
ブラウン管の中では、軽快な音楽に乗って、大きくて真っ直ぐな眼をした少年ロボットが、足から炎を出しながら、空を飛び回っていた。あの少年ロボットが「アトム」なのだろう。
小さな体で、大男を弾き飛ばし、海に潜っては大型船を、軽々と持ち上げる。アトムはテレビの中で、生き生きと動いていた。
その様子を、食い入るように観ていた子供達。それまで止まった絵の中にしか存在しなかった主人公が、動き、話し、悪い敵を見事にやっつけるのである。その姿に夢中になるなというほうが、無理な話だ。
これからいくつも、あのような漫画映画が作られ、テレビ放映されていくのだろうか。その時、テレビの前に陣取る子供達は、翌日貸本屋にも、来てくれるのだろうか。
私が、コーヒーを啜りながら一人、悶々としていると、けたたましくベルの音を鳴らして扉が開き、四、五人の中年の男女が、どたどたと入って来た。
皆険しい顔をし、興奮しているようだった。店の真ん中のテーブルを囲み、数冊の本を卓上に並べ出した。
「見てよ、大竹さん。これ、今日、うちの子が借りてきたやつ」
オオタケという名の女性は、差し出された本をぱらぱらと捲りながら、言った。
「わあ、何、これ。くだらない。低俗そのものね!」
よく見ると、卓上に置かれている本は全て、漫画だった。どうやら貸本漫画ばかりのようである。
誰が描いたどんな作品なのか、漫画に詳しくない私にはよく判らないが、あんな一瞥だけでその内容まで、把握出来るものなのだろうか。
「愚劣で、下品なものばかりだよ。こんなものを読んでいたら、子供達は間違いなく、馬鹿になるね」
そう捲くし立てる男性の目は、血走っている。その通りだというように、皆男性に向かって頷く。
「漫画はもっと、良識的じゃなきゃ駄目よ。この国の将来を担う、子供達が読むものなんですもの。そうよね、皆さん!」
今度はその発言をした女性に対し、全員がまた大きく頷いてみせた。
「こんな非文化的な貸本漫画から、何とかして子供達を引き離さないと。これまでも、何度か行動を起こしたことはあるけれど、今度は、徹底的にやりましょう。『不良図書から子供を守る会』として」
オオタケという名の女性が、言った。
328 :
五月闇4:2011/06/19(日) 16:31:38.27 ID:JBVDOPz2
「賛成だ!まずは、何から始めようか?」
「そうねえ…。まず、要望書を作って、貸本屋に提出しましょう。子供に貸本漫画を、貸し出さないようにっていう内容の。それから…」
オオタケという女性を中心に、彼らは額を集めて何やら相談を始めた。
貸本漫画が、そして、その描き手達、送り手達が、断罪されていた。
太一が、美智子が、そしてあの女房が「本物」だと信じているもの、あの男が心血を注いで日々描き続けているものが、「不良」であると、切り捨てられようとしていた。
私は、貸本漫画をまともに読んだことがない。だから、私自身には何も判断は出来ない。だが、彼らはどうなのだろう。ちゃんとその作品を読み、何を伝えたいのか判った上で、非難しているのだろうか。
そのうち、話題はまた、目の前に並べられた漫画本の話になった。女性の一人が、そのうちの一冊をぱらぱらと眺め、「わっ!」と顔をしかめた後、広げて他の者に見せながら、言った。
「これなんて、自殺した人間が、化けて出て来るって話みたいよ。何、この、不気味な絵!」
呆れたような顔をする、「不良図書から子供を守る会」なるものの、会員達。その彼らの真ん中に、女性は、まるで汚いものでも捨てるように、その本を放り出した。
その本の題名は「劇画ブック」。いつだったか、太一が大事そうに脇に抱えていた本だった。
◆
街に紫陽花の花はどんどん増え、それらは一雨ごとに、どんどん色を変えていった。
常にじとっとした湿気が体に絡み付き、いつも何となく空が暗く、気持ちも晴れない。
今日私は、村井氏に訪れた、ちょっとした変化に気付いた。
いつもの鞄を肩に掛け、いつものようにこの商店街を通ったのであるが、徒歩ではなく、自転車に乗っていたのだ。
どうやら水道橋のような、電車に乗って通うところではなく、自転車で行ける距離の場所に、新たな仕事先が出来たらしい。
愛娘は、順調に育っているようだった。父親に似てよく寝て、よく食べるのだと、先日も夫人が嬉しそうに言っていた。
その顔を見ながら、つくづく、思ったことがある。
私は、村井茂という男のことを、何も知らない。彼について、私が知っていることと言えば。
「水木しげる」という名の、漫画家であること。だが、作品を読んだことはない。
実家が、鳥取の境港にあること。数年前から、調布の下野原に、居を構えていること。
安来生まれの女房がいて、最近娘が生まれたこと。
下戸で健啖家。菓子とコーヒーが好きらしいこと。散歩が趣味らしいこと。朝が弱いらしいこと。
それだけである。彼は一体どんな人間で、どんな人生を歩んできたのか。そういえば、何故左腕がないのかすら、未だにはっきりとは知らなかった。
329 :
五月闇5:2011/06/19(日) 16:38:13.95 ID:JBVDOPz2
だが、たった一つ。私が、確かに知っている、彼の姿がある。
その、私が知っている「彼」が最も恐れること、それはきっと、あの女房の、あの笑顔を、失うことだ。
勿論夫として、父として、家族を守り養う、その義務感、責任感は、当然持っているだろう。
だがきっとそれ以上に、そしてそれ以前に、彼自身にとって、必要なのだ。失う訳にはいかないのだ。
理屈ではない、心の奥深いところで、いつも欲しているのだ、あの笑顔を。あの大きな瞳が、安らかである様を。
私がそう思う理由も、理屈では説明出来なかった。きっと、あの「眼」を見た者にしか、判らないだろう。
その日、自転車で出かけた村井氏が、帰って来る姿を目にすることは、出来なかった。
見逃したのかも知れないし、帰りは他の道を通ったのかも知れない。
夜になってから、激しい雨が降り出した。この突然の雨に遭わずに、妻子が待つあの家まで、辿り着いていてくれればよいのだが。
何となく、嫌な雨だった。街全体を、陰鬱な世界の中に、閉じ込めてしまうような。
私は結局、その日、夜更けまでずっと、窓硝子に当たる雨の音を、ただ、聞いていた。
◆
梅雨の時期の、とある一日、午後。雨は、降っていない。
だが、湿度の高い空気が身に纏わり付き、首に掛けた手拭いに、汗がじっとりと染み込む。
ここ、すずらん商店街は、いつも通りの賑やかさである。
買い物客が、行き過ぎる。私の店にも、引っ切り無しに、誰か彼か、やって来る。
私は、商いをする。何年、何十年と、そうしてきたのと、同じ様に。
これまでと何も変わらない、何処にでもある街の、日常の風景が、今日も繰り広げられている。ただ、それだけだ。
村井夫人も、ここにやって来る。あの自転車を押しながら、昨日までと、同じ様に。
そこへ、学校帰りの子供達が、これもいつもと同じ様に、通りかかる。高らかに歌を、歌いながら。
「そーらーをこーえてー、ラララ、ほーしーのかーなたー、ゆくぞー、アトムー、ジェットのかぎーいりー…」
忙しなく人々が行き交う、その中で。彼女一人が、立ち止まる。自転車のハンドルを、ぎゅっと、握り締めて。
子供達の背中を見送る、凍りついたような顔。
私はその姿、その横顔を、ただ、見つめる。見つめるしか、それだけしか、出来ない。
そして思うのだ。あの男は、女房のあんな姿、あんな顔を見たくなくて、今も描き続けているのだろうに、と。
村井夫人は、俯き、肩を落として、のろのろと横丁のほうへ歩き出した。
雨こそ、今日はまだ降ってはいないが、空を覆う雲は、時間が経つに連れて少しずつ、けれど確実に、厚みを増してきているように思えた。
終わり
>>325 橋木さんシリーズありがとうございます!
あァ…一番、辛い時期ですねぇ…。
でも底まで行ったらあとは上がるだけですからね!
今にきっと…‼
フミちゃんの笑顔の為に頑張るしげるさん。・゚・(ノД`)・゚・。切な萌えるよー。
>>325 戌井さんちに向かうしげさんからしてなんかもう切ない…
ふみちゃんの笑顔と藍子のために頑張るしげさんはほんとに切な萌えだな!
いちせんのことになるけど、祐ちゃんの両親てどうしてる(別居…だよな?)んだと思う?
お父さんは体の調子悪くしてるとしても、まさか亡くなったりはしてないよな。
>>332 お父さんは療養中で、お母さんはつきっきりで看病・・・かな?まあ短いCMの
ことだし、ていよく省略したのでは。もちろん仲良しと思いますが。
ところで、綾子の旧姓わかる方いますか?実家の玄関の表札が一瞬映りますが・・・。
すみません。なかなか投下しに来れないので、
>>332さんには悪いけど、ここで
大量連投してしまいます。
>>332さんのご質問に答えられる方、またよろしく
お願いいたします。(ついでに自分の質問もヨロシクw)
(ふぁ・・・あ・・・あれ?)
ふと目を覚ますと、目の前は肌色一色で、フミエは一瞬わけがわからなかった。顔にかかる
息に気づいて目をあげると、超至近距離に茂の顔があった。
(ぅわ・・・や・・・やだ、私・・・。)
左半身にだけゆかたを羽織り、その下はまったくの全裸で、茂のゆかたの中に抱き込まれる
ようにして眠っていたようだ。
(これ・・・茂さんが着せてごしなったのかな?)
疲れて裸のまま眠ってしまったフミエにゆかたを着せかけ、自分のゆかたの中に抱き込んで
温めてくれていたらしい。二月の厳寒期のこととて、この家に来てから昨夜初めて茂と
共寝するまでの夜々は、手足が冷えてなかなか寝つけなかったというのに・・・。
(人の体温って、あったかいんだな・・・。)
茂のぬくもり、その優しさがうれしくて、思わず目の前にある胸に顔を寄せた。
「ぅ〜・・・ふみ・・・。」
茂が夢うつつのまま、抱きしめてきた。
「きゃ・・・や・・・。」
意識のない大の男にのしかかられ、フミエはもがいた。茂は何事かつぶやくと、また
仰向けになってぐっすりと眠り始めた。
「な・・・なんだ、寝ぼけとられただけか・・・。」
時計を見ると六時半。フミエがいつも起きる時間だ。ゆかたを着なおそうとして、腕を
とおしていなかった右袖を、茂が下敷きにしていることに気づいた。
「し・・・茂さん、ちょっこしどいてごしない。」
茂の眠りは深く、どいてくれそうにない。フミエはしかたなく、ゆかたをあきらめて
床からすべり出た。茂が眠っていることはわかってはいるものの、朝の光の中で全裸でいる
自分が恥ずかしく、フミエは急いでフスマを開けて隣りの部屋へしのび足で出た。
下着を身につけながら、ふと自分の裸身に視線をはしらせる。何が変わったというわけ
でもないのに、なにか艶めいて映るのは、昨夜愛された記憶がそう見せるのだろうか。
身体の中を何かが降りてくる感触に、フミエはハッとして座り込んだ。内腿につたわる
白い滴りは、ゆうべ茂が残したしるし・・・。突然、ほんの数時間前の感覚がよみがえり、
ぞくりと肌をあわ立たせた。
(赤ちゃんが・・・出来るかもしれん。)
愛され、注がれて、その結果ふたりの間に授かる子供・・・いつか、そんな日が自分にも
来るかもしれないと思うと、フミエは幸せな気持ちでいっぱいになった。
ゆうべ、茂はフミエの身体が気持ちいいと言ってくれた。唇が甘い、とも・・・。
かざり気のないその言葉は、痛みと緊張にこわばっていたフミエの心と身体を、あたたかく
ほぐしてくれた。茂がフミエの中で果てた時、自分はただじっと耐えていただけにせよ、
自分の“女”が、茂の“男”をもてなし、悦ばせたのだと思うと、なんとなく誇らしかった。
(私も、ちゃんと・・・女だったんだな。)
子供のころから持っている、小さな姫鏡台のくもった鏡には、いつもどおりのフミエの
顔が映っている。心なしか赤く見えるほおに触れると、熱を持っているように熱かった。
「あの・・・朝ごはん、出来ましたよ・・・。」
声をかけ、そっとゆすってみるが、起きそうにない。イカルばりに叩き起こすことなど、
フミエにはとうてい出来なかった。
愛し合った翌朝だからといって、一緒に起きるわけではないらしい。フミエはしかたなく
今までどおり一人で朝食をすまし、音を立てないようにそうじをしたり、庭のそうじや
洗濯などをしているうちに、茂がようやく起きてきた。
「・・・おはようございます。」
「あ・・・おはよう・・・ございます。」
起きたばかりだからなのか、昨夜のことできまりが悪いのか・・・茂は大きな犬のように
のそのそと食卓につき、フミエの差し出す朝食兼昼食を食べ始めた。
「あの・・・おかわりは?」
「あ・・・ああ、たのみます。」
茂はフミエの目を見ないで茶碗だけを差し出した。さし向かいで食べる昼食は、なんとなく
ぎこちなく、食べている物の味がしない。
(ゆうべは、普通にしゃっべってごしなったのになあ・・・。)
茂は決して気取った男ではないのだけれど、言葉づかいは意外なほど丁寧だった。それは、
彼が戦前としてはかなり知的な家庭で愛されて育ったことをうかがわせ、決して不快では
ないのだけれど・・・。
(もうちょっこし、くだけてくれてもええのにな。夫婦なんだけん。)
昨夜ああいうことがあったのに、今朝はもうですます調に戻ってしまった茂が、なんとなく
他人行儀に思えて、寂しく感じた。
「あの・・・買い物に行ってきます。」
「あ・・・はい。いってらっしゃい。」
お互いに意識しすぎて、空気が重い家を出て、フミエは自転車で買い物にでかけた。
(茂さん・・・照れとられるのかなあ。)
昨日までは寒風に吹きさらされながらてくてく歩いたこの畑の中の道も、今日は自転車で
すいすいと進む。
(自転車を買ってごしなさったのは、仲直りのつもりだったのかしら・・・。)
茂を怒らせてしまい、おそるおそる帰ってきたフミエを待っていた、思いがけない贈り物。
初めてのデート。目玉で決めたと言う、フミエなどには理解しかねる理由ながら、茂が
ちゃんと自分を気に入って結婚してくれたのだとわかった嬉しさ・・・そして・・・。
「あぶない!」
男の胴間声にハッと我にかえると、目の前に大きな牛がせまっていた。急ブレーキをかけ、
かろうじて衝突を避けたが、自分はバランスを崩して自転車からころげ落ちた。
「おい!ねえちゃん!ちゃんと前見て運転してくれよ!」
「す、すんません・・・。」
スカートの土をはらい、腰をさすりさすり、フミエはまた自転車に乗りなおした。
(私ったらボーッとしとって・・・恥ずかしい。)
何度頭を振り払っても、昨日からの出来事があとからあとからよみがえって来て、
フミエの心を惑わせる。
(いけんいけん・・・。外でこげなことばっかり考えとったら危ないが。)
「あら〜、自転車?・・・いいわねえ。どうしたの?」
「だんな様に買ってもらったとか?きゃー。」
「あたしなんか、結婚してから帯いっぽん買ってもらったことないわよ。
『釣った魚にエサはやらない。』なんてさあ。」
商店街に入るやいなや、目ざといこみち書房の常連主婦三人組にみつかった。
「あなたんとこ、お見合い結婚?・・・じゃあ、まだおたがい新鮮な頃ねえ。ウチなんか
恋愛結婚だから、結婚する頃にゃもう新鮮さのカケラもなくてねえ。」
聞かれもしないのに、銭湯のおかみの靖代が自分たち夫婦のなれそめを語りだす。
「あらぁ、恋愛だなんて。昔は『野合(やごう)』って言ったもんよぉ。」
床屋の徳子がまぜっかえしても、靖代はいやな顔もせずきわどい話を続ける。
「そうそう。親が世間様に面目ねぇってんで、わざわざ仲人立ててお見合いし直してねぇ。
そうまでして一緒になったのに、ウチの旦ツクと来たら『てめえにはもう飽きた。』
とかぬかしてさあ。『番台から見てて、あんたが一番キレイだった。』とか何とか
言って口説いたくせに、ひどいよねえ。」
「やあねえ、靖代さん。飽きたのなんの言って、もう30年も連れ添ってるくせに。」
「ひと回りしたら、また珍しくなったかねえ。」
往来でこんな話に盛り上がってアハハと笑う靖代たちに圧倒され、フミエはなんとか
かんとかごまかして彼女らと別れ、買い物を済ませた。
『あんたにはもう飽きた。』・・・そんなことを茂に言われる日が自分にも来るのだろうか?
あんなことを言いながらも、靖代はけっこう幸せそうに見えた。何十年も連れ添った夫婦
というものは、口では悪く言いながらも、離れがたいものがあるのかもしれない。
(男の人って、初めての夜には、みんなあげに優しいのかなあ?)
フミエの一番身近な結婚している男性といえば、父の源兵衛だった。父と母の若き日のこと
など、今まで考えてみたこともなかった。ましてや、ふたりの初めての時のことなど・・・。
(や、やだ。想像もつかん・・・。)
とりわけ母に申し訳ない気がして、フミエはそこで思考を止めた。専制君主のような父と、
それに臣従しているかのような母・・・他人から見れば、母は不幸に見えるかもしれない。
けれど、子供の頃、病に倒れた母の枕元で歌を歌っていた父と、それに声を合わせていた
母は、決して不幸な夫婦ではなかった。
(私たちも、いつかあげな風になれるだろうか・・・。)
そんなことをぼんやり考えながらまた自転車に乗って帰ってきたフミエは、ふと下腹部に
にぶい痛みを感じてご不浄に行った。
「あ・・・来てしもうた。」
毎月訪れる女のしるし・・・。これでしばらくの間、茂に抱かれることはないのだと思うと、
拍子ぬけするような、それでいてなんとなくホッとするようなどっちつかずの気持ちに
なった。
昨夜フミエの身に起こったことは、二十九年間生きてきた中で、最高にドキドキする
出来事だった。自分などには身に余る幸せのような気がして、もう一度同じことをされたら
のどから心臓が飛び出しそうな気がする。小心すぎる自分を情けなく思いながら、
フミエはおなじみのなんとなく憂鬱な気分に身を浸した。
夜。夕食時までにはぎこちなさも少しは解消し、茂は冗談を言ってフミエを笑わせたり
したけれど、相変わらずですます調は変わらなかった。
布団を敷いてから、フミエは茂の入った後の風呂場の脱衣所で、風呂には入らず寝巻きに
着替えて、洗面と歯みがきをした。
部屋に戻り、姫鏡台に向かって髪を梳いていると、背後に影が差して鏡面が暗くなった。
ふり返ると、茂の広い胸に抱きこまれ、唇を奪われた。
「ん・・・んんっ・・・。」
フミエの手からヘアブラシが落ち、必死で背中にすがった。舌と舌をからめる口づけは、
昨日はじめて口づけを知ったフミエを、魔酒のように酔わせ、四肢をしびれさせた。
やさしく横たえられ、唇が自由になって、やっと言わなくてはならないことを言えた。
「あ・・・あのっ。」
「・・・ん?どげしました?」
「きょ・・・今日は、ダメなんです。あの・・・障りが、来てしもうて・・・。」
「さわ、り・・・?あ、ああ、月のもの、か。」
「はい・・・あの、すんません・・・。」
「い、いや、自然の理(ことわり)だけん、しかたないです。うん。」
茂は明らかにガッカリしたようだった。フミエは申し訳なさでいっぱいになる。
「は、はは・・・そげですか。間が、悪いなあ。ほんなら、今日はゆっくり休んでください。
腹は、痛くないですか?冷えんようにしてごしない。」
茂は照れ臭そうに、フミエに掛け布団をかけ、幼い子供にするようにポンポン、と叩いた。
ドキドキしなくて済む、とさっきはホッとしたくせに、フミエは寂しくてたまらなくなった。
茂がかけてくれた掛け布団の下から手を伸ばすと、茂の手をそっと握った。
「あの・・・手を・・・握っとってはいけませんか?」
「え・・・?あ、ああ・・・ええですよ。」
茂は右手をフミエに握られたまま、掛け布団の下にもぐりこんで、並んで横になった。
フミエはもう少し茂に寄り添い、ホッとしたように目を閉じた。
(困ったな・・・。)
茂に寄り添って眠るフミエの髪からは、昨夜より少し強い香りがただよってくる。
この髪に顔をうずめ、甘い唇と肌を味わい、温かいフミエの内部に侵入した昨夜の記憶が
よみがえり、情欲が頭をもたげてくる。
ゆうべ初めて結ばれ、身も心もゆるしあえた気がしたものの、明るくなってみると
妙に気恥ずかしく、気まずい一日だった。お互い初めてのようなものなのだから、
回を重ねればだんだん馴染んでいけるはず・・・そう思って勇気をふりしぼって抱きしめて
みたというのに、なんだかあてがはずれてしまった。
(離したら、目を覚ましてしまうかな?)
自然の理とは言え、茂の求めを拒んだことになってしまい、フミエは申し訳なさそうだった。
すまない思いがそうさせるのか、指と指をからませ、しっかりと茂の手を握って眠っている。
その姿は童女のようにいとけなく、やみくもにいとおしさがつのる。
(だが、これでは蛇の生殺しだが・・・。)
すっかりその気でフミエを抱きしめ、口づけした時から、欲望はきざしていた。こうして
間近にフミエの存在を感じていると、熱情はつのり、脈打って、痛いほどになってくる。
やけになって、眠っているフミエの唇を奪った。
「んふ・・・ぅ・・・。」
夢うつつのままむさぼられ、フミエは握っていた手を離して茂の背に両手をまわしてきた。
(やった!離してもらえた・・・。)
唇を離すと、フミエはまた無邪気な顔で眠り続けた。離してはもらえたが、なまじフミエの
柔らかい唇に触れてしまったため、ますますおさまりがつかなくなった。
(早こと終わらんかなあ・・・。)
茂はため息をついて天井を見上げ、月の障りとやらを呪った。
(そろそろ、終わったかな・・・?)
あれから一週間が経った。女きょうだいもいない茂のこと、月のものというのがどの位の
期間続くのか、さっぱり知識はないものの、そんなに長くてはこうまで人類が繁栄する
こともなかろうと思いながら、また仕事に没頭しつつ辛抱してきたのだ。
風呂からあがってきたフミエは、髪がしっとりと湿り、石けんの良い香りをただよわせて
いる。風呂に入れるのなら、間違いはないだろう。先に風呂からあがり、台所で水を
飲んでいた茂は、何か言おうとして盛大にむせた。
「あ・・・ぅっ・・・げほっ・・・げほげほっ・・・。」
「だ・・・大丈夫ですか?」
フミエがあわてて背中をさすった。むせがおさまると、茂は何を思ったか、湯飲みの水を
口にふくんで、フミエの唇を自分の唇でふさいだ。
「ん・・・ぐ・・・。」
流し込まれた水を、フミエはためらいもせずコクン、と飲んだ。目がいたずらっぽく
笑っている。茂はたまらずにもう一度激しく唇をむさぼると、フミエを抱きしめたまま
単刀直入に聞いた。
「・・・終わったか?その・・・さわり、と言うやつは。」
「・・・は、はい。」
直截的に過ぎる質問を、熱い息とともに耳に吹き込まれ、フミエは真っ赤になった。
茂が律儀に電灯を消す。これから抱く、と言っているようなものだ。フミエはまたしても、
心臓がのどまで上がってきて息苦しくなるような気がした。
固まっているフミエを布団の上に座らせて、ぎゅっと抱きしめる。
「はぁー、待ちくたびれたぞ。」
「え・・・あ、おととい、終わっとったんですけど・・・。」
「なして早こと言わん?・・・まあええ。これからはちゃんと言えよ。」
「そげな・・・。」
やっぱり、変なひとだ。そんなこと申告したら、催促しているみたいなのに・・・。
おかしくなって茂の胸に顔をうずめると、腰に手をまわして、ゆっくり、押し倒された。
上からじっと顔を見られる。冗談だか本当だかわからないことばかり言ってはフミエを
脱力させてばかりの茂だけれど、真剣な顔をするとなかなかの男前だ。その顔が近づいて
唇が重なる・・・深い口づけに、フミエはうっとりと目を閉じた。
唇を溶かしあったまま帯を解かれ、ゆかたのえりを肌蹴てふくらみを撫でまわされると、
初めての夜、茂を受け入れた場所が早くも感応して、うるみ出すのがわかる。
うるおいの中に指を沈め、蠢かされる・・・羞ずかしさと、これまで経験したことのない
痺れるような感覚に、思わず声が漏れる。布一枚とおして、太腿に押しつけられたものが、
フミエを貫くのに充分な状態になっていることが、今日のフミエにはよくわかった。
恐れてはいけない・・・あの夜、茂がそうさせてくれたように、フミエはいとしい人の
分身を、そっと手に乗せてもう片方の手でつつんだ。
「わっ!な、何をする?」
フミエのあたたかい手に昂ぶりきった自身を握りこまれ、茂は驚きの声をあげた。
「え・・・?こげするんじゃないんですか?」
先夜、初めてのフミエを安心させようと、どんなものが自分の中に入るのか、手にとって
確かめさせた。フミエはそれを、男女が交わる時に必ずすることだと勘違いしたようだ。
「今日はせんでええ!そ、そげなこと、したら・・・。」
フミエの手の中で、反り返る男性がひくっと動いた。次の瞬間、両胸の間に何か生温かい
濡れたものを感じ、フミエはそれを手にとって見た。
それは白く濁った粘液で、初めて抱かれた翌朝に、フミエの胎内を下りてきたものと
同じにおいがした。
「そ、そげなものを、まじまじと見てはいけん!早こと拭け!」
茂はあわててちり紙をとり、まるで大事なもののように胸に散る凝り(こごり)を
抱きしめているフミエの両手を引きはいで、自分がぶちまけたものをぬぐった。
「あの・・・すんません。私、いらんことして・・・。」
フミエの巧まざる行為に、ほとばしらせてしまった後、心なしか消沈している茂に、
フミエは申し訳なさそうに謝った。
「いや・・・ええよ。俺ががまんできんだったのだけん。この一週間というもの
おあずけをくらっとったから、我慢がきかんだったな。・・・もっとも、その前はもっと
ずぅっと長く、溜め込んどったんだけどな。」
茂は自嘲的に笑うと、照れ隠しにフミエの頭をぽんぽんと叩いた。
「あんたは、本ッ当に、何にも知らんのだなあ・・・。」
感心したようにそう言って、しょげているフミエを抱きしめてやさしく口づけた。
「・・・今日は、もう寝ましょう。気長にやればええです。」
フミエにはよくわからなかったけれど、こうなってはもうこの後はないらしい。
身体を寄せ合って、ふたりは眠りについた。早くも寝息をたて始めた茂の横顔を、フミエは
うす闇の中でそっとうかがった。
(男の人って、大変なんだな・・・。)
女が初めて男に身をまかせるのは、とても怖くてて羞ずかしいことだけれど、反面、受身
であるということは、自分は何もしなくてもいいということでもある。
(なんかいろいろ我慢しながら、あげに優しくしてごしなさったんだわ・・・。)
あの時、茂は自分の初体験の話をしたり、面白い話をしようかなどと言った。非常識なように
思えても、彼なりに一生懸命フミエの恐怖感を取り除こうとしてくれていることは、
痛みや羞ずかしさと闘うのに必死だったフミエにもちゃんとわかった。
茂とそういう雰囲気になるたびに、どうしていいかわからなくてドギマギしてしまう
フミエだけれど、茂だってそんなに余裕しゃくしゃくではないらしい。
(ええ人だな・・・。)
すこし、気楽になるとともに、あまり器用とは言えない茂が、フミエにはとても
好ましく思えた。
『好きだよ・・・フミエ・・・。』
『ぁ・・・ぁっ・・・私・・・も・・・。』
やさしい愛撫にうるおされ、いつの間にか開かれた身体の中心に、フミエは痛みもなく
茂を受け入れていた。身体の奥から、とめどなくあふれる泉のようにあの不思議な感覚が
湧き上がって、茂に向かってこぼれていく・・・。思わず両腕を伸ばした瞬間、ハッと目が
覚めた。突然大きく目を見開いたフミエを、茂が驚いた顔で見下ろしていた。
「ふぁ・・・え?・・・や・・・いゃっ・・・!」
フミエは、とっさに状況がつかめなくて、茂の胸に両手をついて押し戻した。
「どげした?・・・急にびっくりした顔して。」
今見ていた夢のまま、フミエは茂に愛されていた。けれど、ただなんとなく結ばれている
感じがしただけの夢とは違って、大きく開かれた両腿のあいだに茂の腰を迎え入れるという
羞ずかしい格好で、今まさに貫かれようとしているところだった。
「わ・・・私、なして・・・?」
羞ずかしくて、羞ずかしくて、フミエはなんとかして両腿を狭めようと身体をひねり、
さらけ出された胸や秘部を手で覆い隠した。
「い・・・いけんだったか?気持ちよさそうにしとったけん、てっきり起きとるのかと
思うたが。」
今の今まで、身体の下でやわらかく愛撫を受け入れていたフミエの突然の拒絶に、
茂は面食らい、途方にくれた。
明け方ふと目覚めた茂は、昨夜不首尾に終わったことをやり直せる兆候を感じた。
隣りに眠るフミエの布団をめくると、フミエの放つ芳香と温気が、ふわっと立ちのぼる。
そっと抱きしめて、唇を合わせると、目を閉じたまま柔らかく応えてきた。胸元を
くつろげると、白いまるみの突端は薄桃色に色づいて、冷たい空気の中で茂の指を
誘うようにとがり始めていた。指の腹でころがすと、フミエが鼻を鳴らすような音を
させて身じろいだ。
帯の結び目をほどいて裾を割ると、ゆうべ中途半端に終わった後のまま、下着をつけて
いない。初めての夜、茂はそこを征服したけれど、目で確かめてはいなかった。しらじら
明けの光のなかで初めて見るフミエのそこは、薄くもやがかかる丘の陰にほの見える、
朝つゆをふくんだ紅い果実のようにつつましく輝いて、茂を待っていた。
白くてすべすべした膝頭を大きな手でつかむと、そっと上に向かって折り曲げる。
右脚も同じように折り曲げると、先ほどほの見えた果実の全容があらわれた。
漲りきって下腹につきそうな屹立を手に持ち、あやまたず先端をふくませた・・・フミエが
ハッと目覚め、はげしく動揺して、両手で茂を押し戻したのはその時だった。
「ここでやめろと言うのは・・・殺生だぞ・・・。」
「ご・・・ごめんなさい。私・・・。」
「いやならいやと、ちゃんと言うてくれ。・・・最初の時、俺が下手クソであんたを
痛い目にあわせたけん、懲りてしもうたんでねか?」
「そげなこと・・・ありません!・・・私、あげに幸せなこと、生まれて初めてで・・・。」
フミエはパニックがおさまってくると、茂に対してひどい事をしてしまったという後悔に
襲われ、必死で誤解を解こうとした。
「・・・本当に、いやじゃないんだな?」
「いやなんか・・・じゃ・・・来て・・・ほしい、です。」
自分の口から出たのが、おぼこ娘に似合わぬ強烈な誘いの言葉であるという自覚もなく、
フミエは自然にそう言っていた。その言葉にかきたてられ、茂はもう我慢ならなくなって
いる雄芯を、やわらかくうるんだフミエの中に押し入れた。
「・・・っ!」
フミエは身体を硬直させ、歯を食いしばった。
「まだ、そげに痛いか?・・・ちっと深呼吸してみい。」
面白い話の次は、深呼吸?・・・フミエはなんだかおかしく思いながら、言われたとおり
大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐き出した。
「あれ?痛く・・・ない。」
覚悟していた裂痛は感じられず、ただいっぱいに占有されている違和感があるだけだった。
「あんたが、俺のかたちを覚えたんだな。」
一度きりで、もう茂に馴らされてしまったとは・・・うれしいような、羞ずかしいような
思いで、フミエは茂の量感を全身で受けとめていた。
「どっちかがつらいばっかりな事なら、長続きするわけがないけんな。あんたが
これを嫌いになったんでなくて、良かった。」
茂はホッとしたように、ゆっくりとおおいかぶさって来た。
「ふぅ・・・それにしても、なしてあんたの中は、こげに熱うて、やわらかいかな・・・。
あ・・・。今、きゅっと締まったぞ。」
フミエはそんなことをした覚えがなかった。自分より先に、身体の方が勝手にどんどん
先に茂と仲良くなってしまう気がして、なんだか面白くない。
「なんだ・・・なしてふくれとる?」
フミエがとがらした唇を、茂は齧るように自分の口で包み込み、舌でなぶった。口づけを
深めながら円を描くようにゆっくりと腰をまわすと、フミエの女性をいっぱいに充たした
ものが、その運動のままに固い芯でフミエの中をかきまわした。
「・・・ぁ・・・ゃっ・・・はぁ・・・。」
フミエのあえかな乱れを、茂は微笑んでみつめた。もう少し責めても大丈夫そうだ・・・
臀に手を回して引き寄せ、より深く根元まで埋め込んだまま、小さく揺すぶった。
さっきの夢で感じていたのと同じ甘い痺れが、そこを中心に身体中にじわじわと広がった。
「いや・・・ぁ・・・私、どげしたら・・・。」
初めて芽生えた快感に戸惑い、フミエは茂の胸に顔をうずめて耐えた。
(やっぱり・・・可愛い、な・・・。)
もっと激しく愛し、感じさせてやりたい衝動を抑え、腕の中でやわらかく溶けていく
新妻をぎゅっと抱きしめて、その中に熱く解き放った。
(もうちょっこし、こうしとりたいな・・・。)
フミエの中で果てた後も、茂はその甘く狭い密室の中にしばらくひたっていたかった。
「朝、するというのも、オツなもんだな。」
熱が去り、息がととのっても、茂はその体重をフミエに乗せたままでいる。
(もう・・・こげに明るいのに。早くちゃんと寝巻きを着んと、羞ずかしい・・・。)
フミエには何がオツなのかわからない。早暁とは言いながら、窓からの白い光は、
愛しあっているうちにずいぶんと明るくなっていた。茂が離れてくれないので、
まだつながったまま、お互いの顔を間近に見ていることが、羞ずかしくてたまらなかった。
「お・・・暖かいと思ったら、雨が降っとる。雨の音を聞きながら、温かい寝床で、
こげなええことをしとるなんて、幸せだと思わんか?」
そう言われてみれば、雨の音が聞こえる。凍てつく氷雨や、しのつく驟雨とちがって
やさしい春の雨だった。静かな雨の音には、不思議とひとの心を落ち着かせる作用が
あるらしい。
(ずっと前から、茂さんとこげしておったみたい・・・。)
雨の音を聞きながら、温かいふしどの中でひとつに溶けあっていると、たしかに
これ以上の幸福はないと思えた。
茂がニヤリと笑って、フミエが忘れてほしいと思っていたことを聞いた。
「なあ・・・さっきは、どげな夢見とったんだ?」
「え・・・そげなこと・・・言えません。」
「なしてあげにあわてたんだ?・・・こら、教えれ!」
茂がフミエの肩を抱いて揺すぶった。つながったっままの部分が揺れて、フミエが
身悶えるのを知りながら、茂は意地悪く揺すぶりつづけた。
「こ・・・こげな夢です!」
フミエが、苦しまぎれに下から茂の首を抱き寄せて唇を奪った。一瞬面食らった茂が、
甘く応え、やがてふたりは、今度はひとつの夢の中へもどっていった。
「サー・・・、サー・・・、サー・・・、サー・・・・・・。」
静かな春の雨が、ふたりの小さな家をやさしくつつみ込むように、いつまでもいつまでも
降り続いていた。
345 :
334:2011/06/22(水) 10:26:19.94 ID:dihFEeNY
>>300,
>>301 リクエストには応えずにはいられない体質wなので、書いてみました。
ここに来ると、次々ヒントが転がっていて、ちっとも足を洗えません。どうしてくれるww
二回目のSSは、以前にもとても美しいのがあったと記憶しております。自分の書く茂は
全然美しくないキャラなので、初夜の後は当然毎晩、なのですが「二回目は結構経ってから」
とのリクエストですので、紆余曲折wがあった設定にした結果「しげる受難の巻」に。
ふだんドSキャラに書くことが多いので、今回は茂をいじめるのが楽しかったですww
>>334 GJ!!おあずけくらった可愛いゲゲと、天然テクニシャン布美ちゃんエロス!!
冬の朝方は薄暗くて寒いので、実は夜中よりもエロさのふいんき(ry あったりするよ!
ラスト布美ちゃんが照れてゲゲにチューするのとか、もう自分の萌えツボどっぷり…。
ところで自分は332ですが、気を使ってもらってだんだん!
割れせんを見てると一瞬表札みたいの映るよね。自信ないけど「中川」みたいに見えるんだが。自分ちのテレビでは。
なんだったらもう、「平泉」でいいんじゃないかw
>>334 GJ!おあずけにぶっかけにふみちゃんからのキスに…ネタが豊富すぎる!w
知らずに握ってしまったり自分の身体に嫉妬したりふみちゃんがかわいすぎる
夢の中の絶対言わないことを言うしげさんの想像し辛さが異常w
いつも夫婦がエロかわいい話をだんだん。是非足を洗わないで欲しいですw
綾子さんの旧姓、自分も気になってて前に割れせん見たときに表札に注目してみたんだけど、
パソコンだと全くわからないんだよなー…
諸事情でレスできず、亀々ですみませぬ・・・
>>289 >>308 GJGJ!!
どちらの作品も、ゲゲ目線なのがすごーくイイ!!!
>>334 前作に続き、今回もゲゲの可愛さ異常wwwめちゃ萌える
フミちゃんもおぼこっぽくて、天然で、受け身なところが何ともいじらしいw
おあずけも、ぶっかけも、ゲゲが耐えられずに寝てるフミちゃんに致しちゃう所も
初々しくて、リアルで・・・本当に幸せな気分にさせて貰いますた!
>>332 お父さんの病気が回復してから結婚したのかと思った
>>334 またもや可愛らしい二人…。ええですなあ
自分>301ですが、軽い思い付きのせいで、茂さんにおあずけくらわせて
しまったみたいで…。しげーさん、ごめんよw
でもしげーさんの腕のなかで、ちょっとずつ変わっていくフミちゃんと
それを感じつつ急がないであげるしげーさんが、超良かったです!!
あとあの状況で手を握っていたいなんて、ほんとに好きな人にじゃないと言わんよ
朴念仁には、判ってないでしょうがww
しげさんなら浦木が胸が大きくなる謎の薬とか持ってきても「そげなもんいらん!」と言ってくれそうな気がする
フミちゃんの胸はさ、大きくはないんだけど
きっと形と色が凄〜く綺麗なんだよ、うん
ゲゲはそういう所も気に入ってるはずw
てか、ゲゲってフミちゃんがコンプレックスに感じてた所を逆に好んでるよね
背が高い所とか、引っ込みじあんな所とか
二人は出会うべきして出会ったという感じだね
本当に赤い糸で結ばれていたんだなあって、つくづく思う
いちせんの方は・・・息子に店を継がせてご隠居してるんじゃない?
祐ちゃん両親は、千葉あたりで畑やったりしながらのんびり暮らしている、とかw
>>352 同居だったら大っぴらにイチャイチャできないからな
>>352 なるほど美乳派か!
芸術家肌だし、なんか納得
ふみちゃんのモテエピソードが一切無かった事が今でも不思議で仕方ない
いちせんの方は密かに綾ちゃん目当てで店に来ている客がいそうだ
あと街でチャラいナンパ野郎に話しかけられるとか
>>355 モテモテにならないってのがふみちゃんの『今までに無いヒロイン』の要素の一つなんだろうなぁと思う
でもそれでも誰か一人くらいふみちゃんにホの字になっても良かったんでないのとは思うw
そして妬くしげさんが見たかったw
またまた「橋木さんのお話」の者です
エロなしどころか、萌えもない、つらい時期が続いておりますが
個人的には、好きな回だったりします。特に、フミちゃんが
まあ、自分の好みはどーでもいーですがw
長雨の時期が、やっと終わった。
作物の生育に欠かせない雨だと判ってはいても、明るい空を、望まないではいられない。今年の梅雨は、例年にも増して長く、息苦しく感じた。
実はそれを象徴するかのようなことが、ある時、あったのだ。
それは、何日か雨が降り続いた、ある日のこと。日が暮れるとともに、雨はどしゃ降りになり、夜になると、とうとう、雷が鳴り出した。
商店街からはとっくに人気が消えており、私が、もう客も来ないだろうと、早めの店じまいをし始めた、その時。
どういう訳だか、急に、寒気立った。何とも言えない怪しげな気配を、感じたのだ。
目を上げると、駅のほうから、見慣れぬ人影が、近付いて来るのが見えた。
いや、「人」の影だとは、はじめは思えなかった。
黒いコートに黒い帽子、黒い鞄を提げ、黒いこうもり傘を差した細身の男。雷鳴が轟く闇の中に、浮かび上がったその姿は、この世の者ではないように見えたのだ。
男は、どしゃ降りの中、無表情で歩いて来る。真っ直ぐに前を見る、その眼だけが、妙にぎらついている。
どんどんこちらへ近付いて来るその男から、私は目が逸らせなかった。背中の真ん中を、冷たい汗が、一筋流れた。
男は、私や私の店など目に入らないようで、視線を眼前に固定したまま、商店街の角を直角に曲がり、アーチの向こうへと歩いて行く。
私の視界からその男が消える瞬間、また稲光が走り、男が持つ鞄の金具が、ぎらっと光った。
あの夜の、あの男は、結局何者だったのか判らない。今でも私は、心の何処かで、何か異形の者だったのではないかと思っていた。
とにかく、その出来事も含めて、今年の梅雨は何となく、常に厭わしい気分が付き纏っており、やっと夏に辿り着いた今、私はほっとしているのだった。
店には、政志の御母堂、キヨが来ていた。
リュウマチはかなり良くなっているようで、村井夫人の灸が効いているのかも知れない。
「そういえば、また何処ぞの市民団体の御一行様が、現れ出したんだよ」
「市民団体?」
「ああ。貸本漫画は不良図書だから子供には貸し出すなっていう、御大層な『要望書』なんて、持って来ちゃってさ」
「へえ…」
私は、喫茶店「再会」に集っていた輩を思い出した。
女二人が細々とやっている店に押しかけて、あの調子で捲くし立てたというのか、あいつらは。しかも貸本屋に、本を貸すな、とは。
「揃いの襷なんて掛けてさ。とにかく、大勢でつるんで喚く奴らに、ろくなのなんて居やしないよ。じっと我慢してる美智子がさ、もう、不憫で…」
憤懣遣るかたなし、といったふうで、顔を歪めている。きっと、息子の政志のことも、頭には浮かんでいるのだろう。
「それでなくてもこの商売、先行きは明るくないっていうのに…」
今までキヨの心を占めていた怒りの感情は、いつの間にか困惑に変わり、彼女は、肩を落として、深い溜め息をついた。
私も違った意味で、キヨの話が、聞き逃せなくなる。
「そうなのかい?」
「ああ…。お客は、めっきり減ったねえ。貸本の出版社も、次々と潰れてきてるし。これから、どうなっていくんだか…」
目を伏せるキヨの向こうに、美智子と、村井夫妻の顔が浮かんだ。
何を言えばいいか判らず、私が黙り込んでいると、不意に、思い付いたように、キヨが言った。
「それでも、こんなご時勢でも、新しく貸本専門の出版社を興した人もいるんだよ。戌井さんていうんだけど」
イヌイ…。その名には、聞き覚えがあった。誰だったろう…と考えているうちに、出っ歯で眼鏡の男が、思い出されてきた。
「ああ、確か『読者の集い』で村井さん、と言うか、水木先生と一緒にサインしてた、漫画家さんだよね」
「そうそう、あの人。どうやら自分で描くのはもう、やめたらしいね。今時、貸本の出版社始めるなんて、大博打だろうに」
よっぽど好きなんだね、と、キヨは言葉を継いだ。
キヨは、村井夫人から聞いたという話を、いろいろと教えてくれた。
戌井、というその男は、貸本漫画には、雑誌に載っている漫画にはない魅力があるというのが持論で、貸本漫画の火を消したくないという、その一心で、自ら出版社を作ったという。
貸本漫画の描き手達への思いも強く、特に水木しげる氏の実力を高く買っていて、会社を興して以来、その作品を出し続けているのだそうだ。
そういえば、今年の正月、私が酒を届けたあの日の客人が、戌井氏だったかも知れないと、ぼんやり思った。
「で、その…、どうなんだい?水木先生の漫画は。何て言うか、その…」
「売れてるのかって?」
「…ああ」
キヨは、苦虫を噛み潰したような顔で、言った。
「うちでは、まあ、そこそこはね。何しろ宣伝の量が、他の漫画家さんとは違うから。でもね、うち以外の店じゃ、どうかねえ…。美智子の話じゃ、人気者って訳じゃなさそうだね、正直なところ」
そう言うキヨの脳裏に浮かんでいるのは、私と同じく、村井夫人や赤子の顔だろう。
「でもね、本当に、面白いんだよ、水木先生の漫画は。なのにねえ…」
嫌な梅雨雲を追い払ってくれた、救世主のようだった夏の日射しの明るさが、一転、ただ疎ましいだけの、憂鬱さを誘うもののように、思えてきたのだった。
◆
描ける場所、つまり、描かせてくれる出版社があれば、作品は本にはなる。
以前の私ならば、それだけで、良かったと、安堵していたことだろう。
だが、漫画の世界のことなど何も知らない私にも、少しずつだが、いろいろなことが判ってきた。
貸本漫画の火を消さないようにと、会社まで作った男がいる。つまりは、貸本漫画の火は今、消えそうだということだ。
貸本漫画と、雑誌に載っている漫画は、同じ漫画でも、きっと何か根本的な作り、成り立ちが違うのだろう。
こればかりは、読み比べた訳ではないので、実感として知ることは、今の私には出来ないが。
そう、例えば、紙芝居と貸本漫画が、全く違うものであるように。
そして、かつて紙芝居から子供達が遠のいた瞬間があったように、今彼らは、貸本漫画を手に取ることを、やめ始めているのだ。
そして、その流れに追い打ちを掛けるように現れた、貸本漫画を排除しようとする者達。
「漫画家水木しげる」は、これからどうなるのだろう。
彼が描く場所である、貸本漫画の世界が、小さくなりつつあることは、事実のようである。
いずれ、なくなってしまうのだろうか。それとも、戌井氏のような者の思いが、それを食い止めることが出来るのだろうか。
そして、もし、なくなってしまうのだとしたら。
その後、彼は、どうするのだろう。あの家族は、一体どうなるのだろう。
◆
七月も中旬に入り、日射しは少しずつ、強さを増してきている。
村井夫人のブラウスも長袖から半袖に変わり、細く長い、白い腕で、可愛らしい乳母車を押しながら商店街にやって来る姿も、たびたび見られるようになった。
「ありがとうございました」
八百善の店主に挨拶をし、今日の買い物を終えたらしい夫人が、そのままアーチのほうへ行くかと思いきや、うちの店の前のベンチに座り、乳母車の中の娘をあやし始めた。
額や首筋に滲む汗もそのままに、赤子に涼を与える為、自身の体で影を作り、乳母車に覆い被さるようにして、覗き込んでいる。
何という顔で、我が子を見るのだろう、母親というものは。
まだ一歳にも満たない赤子の、その「記憶」に残ることは決してないだろうに、母親は、その最上の微笑みを、幼子に向けずにはいられない。言葉を掛けないでは、いられない。
彼女も、そうだった。今の村井夫人には、商店街の喧騒など、全く届いていないかのようだ。
私は、そんな彼女達の姿に吸い込まれるように、近付いていった。
「奥さん…」
声を掛けると、彼女は顔を上げ、いつものにこやかさで挨拶をした。
乳母車の中を見ると、赤子は先日見た時より、更に大きくなっていた。
母親によく似た大きな眼を、不思議そうにこちらに向けている。
「こんにちは、藍子ちゃん」
笑いかけると、彼女の小さな口元も、少しほころんだような気がした。
私は、乳母車の傍にしゃがみ込み、目の高さが赤子とほぼ同じになるような位置から、夫人を見た。
言いたいこと、訊きたいことが、山のようにあったが、何から言っていいか、判らなかった。
目の前に居る、この漫画家の女房殿は、そんな私の気持ちになど全く気付かず、いつものような穏やかな表情を浮かべている。
「…今日、ご主人は?」
結局こんな、世間話の始まりのような言葉しか、出て来ない。
「うちで仕事しとります。今度『北西出版』っていうところから、長編の連作を出すことになったんです。その作品に、今まで以上に、力を入れとって」
「『北西出版』って、もしかして戌井さんて方の会社ですか。この間、こみち書房のキヨさんから、聞きましたけど」
「そげです。戌井さんは、ずっと、うちの人の漫画を、いいと言ってくださっとって。今度の漫画は、その方にとっても、勝負を賭けた大仕事になるからって、うちの人の思い入れも、深くって」
村井夫人は、誇らしそうに、熱く語る。
―今まで以上に、力を入れとって。今度の漫画は、うちの人の思い入れも、深くって―
気付いていないのだろうか、この人は。
私は思わず、まじまじと、その顔を見つめてしまった。
さすがの村井夫人も、何かを感じ取ったらしい。私の視線の理由を問いたげな笑みを、寄こしてきた。
私は、夫人のその大きな眼を、出会ってから初めて、と言っていいかも知れないくらい、間近から、真っ直ぐに見つめながら、言った。
「今度の作品だけじゃ、ないですよ」
「えっ?」
「奥さんのお話に出て来る『水木先生』は、いつも、どんな漫画も、懸命に描いてらっしゃる」
「…」
「もう、何度もお聞きしました。『うちの人は、凄く頑張ってくれとります』、『力を入れて、描いとります』って」
私は、夫妻の御国言葉を真似ながら言い、その大きな瞳を、更にじっと見つめた。そして、目を逸らさぬまま、微笑んだ。
すると村井夫人は、そんな私の様子に、少々面食らったようで、慌てて言った。
「すんません。私、気が回らんもんで、いつも、同じようなお話しか出来んで…」
「そんなこと言いたい訳じゃ、ありませんよ」
見つめたまま、遮るように、言った。
近くの商店街の、馴染みの店の店主。ただそれだけの関係で、何気ない世間話を、幾度となくしてきた相手から、急にこんなことを言われても、戸惑うだけなのだろう。
どんなふうに話を継げばいいのか判らずに、困っているようだ。私は、そんな彼女から、乳母車の中の赤子に視線を移し、声の調子を明るくして、言った。
「戌井さんて方、貸本漫画に、相当な思い入れがあるそうですね。それこそ、ご自分で出版社を作るくらい」
すると、私の目の端で村井夫人は、ほっとしたような表情になり、そして言った。
「ええ。貸本漫画には、大人の読者が付いとる、その人達を満足させたいって、おっしゃっとりました」
私は太一や、田中家の人達を思い浮かべた。
「へえ…。村井さん、じゃない、水木先生も、そういうお考えで、お描きになっていらっしゃるんですか?」
その私の問いに、夫人は首を軽く傾げながら、答えた。
「さあ、どげなふうに、思っとるんでしょう…」
「えっ?」
「よう、判らんです。あの人の、頭の中にあることは」
「…」
「元々、うちの人は、絵が好きなんです。絵で食べていく術を探して、貸本漫画に、辿り着いたらしくて。昔は紙芝居を描いとったんですよ。私と会う前ですけど」
「へえ…」
「自分のことも、よく『絵描き』って言っとります。話を作る才能もあるなんて思ってなかったって、冗談で言っとったこともありました」
ふふっと、夫人は、思い出し笑いをした。
「私は、漫画のことも、よう判らんのです。世の中に、どげな種類の漫画があって、それぞれ、どげな人が読んどるのか。主人の漫画は、どれに当てはまるのか」
そして、愛娘の頭を優しく撫でながら、静かに言った。
「私が知っとるのは、うちの人が、描いとる姿だけです。本当に、毎日、精魂込めて、描いとりますけん。あげなふうにして生まれてくるものが、ええ漫画でないはずは、ないです」
結局話はまた、そこに戻っていた。
「そうですか…」
いつの間にか、赤子は、深い眠りに落ちていた。目を閉じると、本当に、あの隻腕の漫画家によく似ている。
「ああ、そういえば…」
村井夫人は、不意に、思い出したように言った。
「前に、こんなこと言っとりました。『漫画を子供のおもちゃのように言う人がおるが、それは違う。ええもんに、大人も子供もない』って」
「ええもんに、大人も子供もない、ですか…」
「はい。あと、こうも言っとりましたね。『漫画家は、ただ黙って描き続けとれば、ええんだ』って…」
夫人は、眠る我が子を見つめながら、言った。私は、そんな彼女の顔から、目が離せなかった。
◆
その数日後。
ベンチに、今度は、村井氏が座っていた。向こう側の席に、こちらに背を向けて。
いや、漫画家水木しげる氏が、と言ったほうが、いいかも知れない。
彼は、もう随分と長い時間、そこに座り込み、膝に置いたスケッチブックに、何かを描いていた。
ずっとぶつぶつ言いながら、物凄い勢いで、描き続けている。
しばらくすると、鉛筆を口に咥え、ざっという音を立てて、スケッチブックを捲る。
その音が、もう何度も、聞こえてきていた。
太陽は、容赦なく、照り付ける。吹き出す汗を、拭いもせず、彼はひたすら描き続けた。
「人間の…有限性に失望して…悪魔と契約した…天才…」
一度だけ近付いて、背後から、手元を覗いてみた。
そこに描いてあったのは、鶏冠のように尖った髪型をした、垂れ目の少年と、丸眼鏡を掛けた、不気味な男。
そして、丸やら三角やらを組み合わせた、摩訶不思議な図形。
私は、思わず、後退った。
絵に、驚いたのではない。彼の、その背中の近くには、居られなかったのだ。
そこに居るのは、あの、子供のように笑い、吹く風のように街を歩く、私がよく知っている男ではなかった。
その男の背中、そして体全体から立ち上る、名状しがたい空気。圧倒されそうなほどの迫力。
低い声で、呪文のように言葉を呟き、止まることなく、鉛筆を動かし続ける。
それは憤怒か、執念か。彼の中で渦を巻く感情が、その右手から紙面へと、迸り出ているかのようだった。
彼は、すぐ傍の私に、気付かない。
いや、私だけではない。周りのどんなもの、どんな音も、今の彼を振り向かせることは、出来ないだろう。
「人類が平等に…幸せな生活が送れる…理想社会の…樹立…」
そこに居るのは、紛れもない、表現者「水木しげる」。
その姿に、私は全身が、総毛立った。
そして、思った。貸本漫画を手離し、雑誌で、テレビで、活躍する主人公に、夢中になる子供達。あの子達に、本当に、水木しげるの漫画は、必要ないのだろうか、と。
絵描きはひたすら、描き続ける。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり…」
終わり
>>358 店主氏の目を通したふみちゃんはいつも美しいな…
ベンチで休憩がてら藍子をあやすふみちゃんすごい見てみたい
>>358 GJです。
茂さんが絵を描く描写が、ドラマそのままで
すごい気迫を感じました!
早く報われないかなァ…
先がわかっててもやきもきしてしまいます。
橋木さんシリーズの職人様、
長丁場になるかと思いますが、最後まで頑張ってください!
そろそろアイスクリームプレイの季節
>>366 ゲゲふみは一つのアイスをいちゃいちゃしながら食べるんですね
かき氷も捨て難い…
アイスやかき氷をふたりでイチャコラ食べるなら、夏祭りデートとかしてほしいw
CMの浴衣姿の布美ちゃんで脳内再生。
369 :
夏祭り1:2011/06/29(水) 11:33:25.35 ID:ghc0n+2U
「お母ちゃん、かき氷食べたい〜!」
「だめよ、よっちゃん。あんたもう、トウモロコシに冷やしあめも飲んだじゃないの。
お腹をこわしますよ。」
「よっちゃんって、お腹こわしたことないよね・・・。」
(藍子の言うとおりだけん、困るんだわ・・・。)
「あ、ほらほら、ヨーヨーつりやっとるよ。」
今日は深大寺の夏祭り。相変わらず仕事に忙しい茂を家に残し、フミエはひとりで
藍子と喜子を連れて来ていた。
食べ物にばかり執着する喜子の気をそらそうと、少し離れたところにあるヨーヨーつりの
屋台を指さした時、大きな人波に押され、フミエは一瞬、喜子の手を離してしまった。
「・・・よっちゃん?喜子!・・・藍子もおらん。」
人波が去った後、また流れ出した人々の中に、ふたりの娘はいなかった。フミエは必死で
ふたりの名を呼びながら心あたりを探した。だが、かき氷の屋台にもヨーヨーつりの
屋台にも、ふたりの姿はなく、フミエはだんだんと人ごみを抜けて、気づけばひと気のない
池のほとりまで来ていた。
「どげしよう・・・どこにもおらん。」
子供たちも慣れ親しんだ深大寺の境内だけれど、もし誘拐されでもしたら・・・。最悪の事態
ばかりが頭に浮かび、迷子案内をしてもらうことすら今まで頭に浮かばなかった。
「そうだ!放送で呼び出ししてもらおう。」
370 :
夏祭り2:2011/06/29(水) 11:34:45.60 ID:ghc0n+2U
「お母ちゃん・・・。」
祭りの事務所を探しに向かおうとした時。藍子の声が聞こえた気がした。振り向くと、
そろいの浴衣が愛らしい姉妹が手をつないで立っていた。
「・・・あんたたち!どこ行っとったの?」
ふたりが駆け寄ってきて、フミエに抱きしめられた。
「もぉ・・・お母ちゃん、どげに心配したか・・・。」
「ごめんなさい。」
ふたりはそろって謝ったが、意外なことに小さな喜子さえ泣いていなかった。
「・・・?あんたたち、迷子になって心ぼそくなかったの?」
藍子と喜子は、顔を見合わせた。
「・・・うん。あのね、最初はお母ちゃんがどこにもいなくなってどうしようと思ったの。
そうしたら、よっちゃんが、お母ちゃんと同じ柄の浴衣のひとをみつけて、後を追って
走って行っちゃったの。」
「だって、お母ちゃんだと思ったんだもん。」
「・・・でも、そのひと、お母ちゃんじゃなくて、あそこの池まで来たら振り返って、
『おばさんと一緒においで。かき氷をあげるよ。』って言ったの。でも、なんだか
いやな気がして、逃げようとしたけど、足が動かないの。」
娘たちが何かただならぬ危険にさらされていたのだと思うと、フミエは血の気がひいた。
「そ・・・それで、どげしたの?」
「お兄ちゃんが、助けてくれたんだよ。」
喜子が、無邪気な様子で口を出した。
371 :
夏祭り3:2011/06/29(水) 11:35:38.42 ID:ghc0n+2U
「お兄ちゃん?」
「うん・・・。麦わら帽子に、丸い眼鏡の、中学生くらいのお兄ちゃん。ポケットから
石を出して、カチッとやったの。それで「こいつらに手を出すな!!」って大きな声で
言ったら、その女のひと、サッと逃げちゃったの。」
「なんか、シッポがあったよ。」
喜子はなんだか嬉しそうだが、藍子はその時の怖さを思い出したように真剣な表情で語った。
「それでね、私たちに向かって『あんなのについて行ったら、何を食わされるかわかった
もんじゃないぞ。』って言って・・・気がついたら、足が動くようになってたの。」
「そ・・・その、お兄ちゃんって、左腕があった?」
思わず聞いてしまってから、フミエは馬鹿なことを聞いたと思った。フミエが会った時
だって、その人にはまだ左腕があったというのに。
「・・・なんでそんなこと聞くの?・・・あったよ。」
「うん・・・あった。それでね、その人お姉ちゃんに『あんたはおっ母さんにそっくりだな。』
って言ったんだよ。・・・子供のくせにおかしいよね。」
喜子も負けじと口を出した。フミエはふたりが無事だった安堵感と、不思議な少年の話に
頭がくらくらしてきた。
「それでね、そのお兄ちゃんがここまで連れて来てくれたんだけど、お母ちゃんをみつけて
後ろから抱きついて、振り返ったらもういなかったの。」
フミエは、興奮してかわるがわる話す姉妹をもう一度抱きしめると、もうそこにいない
少年に向かって頭を下げた。
「お母ちゃん、かき氷ー。」
「あんたって子は本当に・・・。もう帰りますよ。かき氷はうちで作れるけん、ね。」
フミエは死ぬほど心配したというのに、喜子は気楽なものだ。喜子を真ん中に、今度は
三人しっかりと手をつないで、フミエは家路を急いだ。
372 :
夏祭り4:2011/06/29(水) 11:36:19.92 ID:ghc0n+2U
「かき氷、お父ちゃんにも持ってってあげるね。」
いちごのシロップをたっぷりかけたかき氷にかぶりつく姉妹をみて、フミエはやっと
騒いでいた胸が落ち着いた。
「あなた、かき氷食べますか?」
「・・・おう、ありがたいな。」
アシスタントたちが帰った後も、茂は仕事部屋に電気をつけてひとり漫画を描いていた。
「おー、スプーンまで冷え切っとる。」
しゃりしゃりと氷をつぶしてシロップをゆきわたらせると、茂はおいしそうに氷を食べた。
「あの・・・お父ちゃん、あのね・・・。」
フミエは、娘たちの迷子のことを、茂に謝らねばと思った。
「さっき、私がつい目を離してしまって・・・。」
母親として、いたらなかった。たまたま良い人に助けられたけれど、そうでなければ・・・。
フミエは、藍子と喜子が語った少年のことも話した。
「そうか・・・。それは危なかったな。その女は、キツネかなんかだったかな?」
「すんません・・・これからは、気をつけますけん。」
「いや・・・俺がついてってやれんかったけん・・・すまんだったな。」
怒られると思っていたのに、茂はやさしかった。
(あの男の子は・・・もしかして・・・?)
聞いてみたい言葉を、フミエは飲み込んだ。
「あー・・・あたまいたい・・・。」
茂が、かき氷をパクつきすぎて冷えたあごを手で温めながら顔をしかめた。
「もぉ〜、そげに急いで食べるけん・・・。お茶でもいれましょうか?」
「お前があっためてくれ・・・。」
あきれるフミエの肩を抱き寄せ、茂が冷たい唇をフミエの唇に押しつけた。
「ん・・・。」
あまりの冷たさに、逃れようとするフミエの口の中に、これまた氷のように冷たい舌が
挿し入れられる。フミエはしかたなく、温かい舌で茂の上口蓋を温めてやった。
「はあ・・・。」
唇が離れると、茂はまだ冷たいのか、舌を出して手でさわった。・・・その舌が、不健康な
緑色に染まっているのをフミエは見逃さなかった。
「あなたっ!またジュースの素を舐めて・・・。もぉ、身体に悪いからやめてって、
あれほど言うとるのに・・・。」
「しまった、ばれたか・・・。」
茂がきまり悪そうに笑い、フミエを再び抱きしめた。髪をあげているので、衣紋を抜いた
うなじが美しい。思わず口づけると、フミエがくすぐったそうに笑った。
「・・・子供たちの監督を怠ったお仕置きをせんといけんな・・・。」
「・・・ジュースを隠れ舐めしたお仕置きはどげなんですか?」
「・・・まあ。おあいこだ。」
窓の外では虫たちが鳴きすだいている。フミエは守られている安心感に、うっとりと
広い胸に抱きこまれていた。
>>369 かき氷&フミちゃんの浴衣リク小説ktkr
さらにゲゲ女らしい夏の怪談で楽しめました!
まさか少年ゲゲが出てくるとはw
所で、茂がジュースの素を〜ってとこは
リアル水木先生のエピソードですか?
なんか可愛い
>>369 GJ…ってかオワリ?!お、おあずけですか…殺生な(;´Д`)ハァハァ
浴衣布美ちゃん、昨日もお目にかかりました。中の人のブログ、新しいドラマの役のはずなのに、まんま布美ちゃんなんだよな…。
>>369 ほのぼのしてていいねw
フミちゃん中の人の浴衣姿で脳内変換
あれ可愛いよねえ
あと、くちびるが凄くセクシーだと思わない?
ところで、童貞ゲゲ物語第三弾をリクエストしてもおk??
朴念仁的な愛し方でも、フミちゃんへのいとおしさに溢れるゲゲが大好きだー
>>369 親子かわいいし夫婦かわいいし!
少年ゲゲはおとうちゃんのお祭りに行きたかった気持ちだと解釈w
>>374 中の人の掲示板に、あの衣装はふみちゃんが授業参観でおめかししたらあんな感じ?
みたいな感想があって妄想してしまった
377 :
369:2011/07/01(金) 11:14:47.36 ID:3YHfKSHt
皆さん、レスありがとうございます。
>>373 ジュースの素のエピは全くのフィクションです。かき氷のシロップ→着色料からの連想。
レトロっぽさを出したくて。先生はあんまり人工的なものは好きじゃなさそうです。
自分は常々リアルご夫妻には申し訳ないと思いつつ書いているので、なるべく
ドラマ内にあったことだけを使うようにしています。そうは思っていても、
元々先生のファンで自伝とか読んでるのでいろいろふくらませたくなっちゃうんですけどね。
>>374 1時間位で書いたのでお許し下さい。続きはあなたが考えてw
>>375 ま、また無理難題wを・・・。でも、困難なほど萌える!いや燃える・・・。
>>376 少年ゲゲの登場には無理があったかな?と思っていたので、その解釈うれしいです。
今朝のあさ○チは原田泰造がゲストだったんだが、新ドラマの布美ちゃんの相手役?がどうも泰造氏らしい。
ちらっと映った静止画に、おもっきし抱きしめられてる布美ちゃんが…!
なぜそれがゲゲゲでできなかったのかと小一時間…(泣)
同じ朝ドラのおひ○までさえ、新婚夫婦が抱きしめあうシーンがあったというのに。
>>377 373です。
回答ありがとうございます。
そぅなんですか、水木先生ならやりそう!と思って。
小道具の使い方がお上手なので元ネタありかと。
貴方の描く強引ゲゲと可愛いフミちゃんが大好きです!
いつも、投下だんだん。
>>378 見た見た
ゲゲふみで見たかったと心の底から思った
女性誌でしげさんの中の人の大河の初夜解禁!とか書いてあってこれも心の底から(ry
まあでも明確な答えを提示されない事によって広がる無限の可能性も捨て難いわけで…
>>377 375でつ
いつもありがd
第一弾、第二弾、どちらも大好き♪
第三弾、超楽しみ〜!!
ワクワク過ぎるー
しつこいですが、エロなしの「橋木さん」のお話です。まだまだ貧乏時代でございます。
>364さん、いつもレスありがとうございます。「美しい」というお言葉は、嬉しいですねー
橋木さん(というかゲゲゲワールドの皆さん)にとってはゲゲフミは美男美女という対象ではないので、
(藍子ちゃん誕生の朝のフミちゃん除く)見えているのは、人間的な美しさだと思いますから
>365さんもお気遣いありがとうございます。自分は好きなように投下しとるだけですけんw
前回のしげーさんが描いてるシーンは苦労したんですよ!なかなか上手く表現出来なくて…
自分は書いてる時はほとんどDVD観ないんですが、あそこだけは第11週のしげーさん何回観たかw
383 :
身にしむ秋1:2011/07/03(日) 14:44:56.65 ID:QiE8ygJd
九月―。
気が付くと、東京オリンピックまで、あと一年ほどになった。東京という都市が、日々かなりの勢いで、変わっていっている。
あちこちで工事をしており、常に周辺が雑然としているような気がする。
都心では、高速道路用の土地を確保する時間がない為、なんと日本橋の上に、道を通してしまったそうだ。
そんな道路工事の騒音が響く中、午前中の、まだ商店街が混み合う前のひと時、店の前で掃除をしていると、アーチの向こうの模型屋「サン模型店」の扉が開いた。
模型屋に用があるような子供は、まだ学校に居るだろうに…と思って見ていると、出て来たのは村井氏だった。
「縮尺七百分の一は、やっぱりええですな。細かいところまで、よう出来ちょりますから、艤装作業も遣り甲斐がありますわ」
村井氏は、随分と上機嫌だった。
他に客もなく暇なのだろう、店主が見送りがてら一緒に出て来て、話に付き合っている。
「『長門』はもう、仕上がったんですか?」
「ええ。いやあ、プラモデルはええです。前に作っとったのは木製の奴でしたけん、いちいち自分で削り出さんといけんかった」
「はあ…」
「それはそれで、面白いもんでしたが。ほれ、お宅でも売っとるでしょう、これとは別のところが出しとる、千分の一の『連合艦隊集』」
「ああ、はい、人気ですね。あれも、お作りになった?」
その腕で?と、店主が、心の中で続けたのが判った。
「『長門』に『武蔵』に…、この『大和』もありますわ。どうせなら連合艦隊を全部揃えたいですな、こっちのサイズの奴で。『ミズシマ』の、このシリーズからは、何隻出ますかなあ、これから」
そう話す村井氏の笑い顔は、模型屋に集う子供達と、大して変わらないように見える。
そして、買ったばかりのプラモデルの箱を嬉しそうに、矯めつ眇めつ眺めながら、鼻歌でも歌い出しそうな勢いで、帰って行った。
「同じ人間なんだよなあ…」
私は、夏のある日、同じこの商店街で、スケッチブックに向かっていた男の姿を思い出した。
あの、鬼気迫る背中。何かを呟き続ける、地の底から響くような声。そして、あの手。
自身の中で蠢く感情を、絵という形で爆発させる為の、その雷管の役割を担っているかのような、あの右手。
あの「水木しげる」が、先ほど模型を買い、嬉々として帰って行った、「ご近所の村井さん」と同一人物とは、とても信じられない。
絵描きとは、芸術家とは、そういう二面性を持つものなのだろうか。
よく考えてみると、似たようなことを思ったことは、前にもあった。こみち書房で、「水木しげる」の絵を、初めて見た時である。
直視するのも憚られるような、不気味な絵。あの絵も、間違いなく「彼」の一面が生み出したものだ。
更に、古い墓に楽しそうに話しかける姿。娘の誕生に興奮し、歓喜する姿。そして、傍らの女房を見つめる、あの眼差し。
二面どころではない。私のような、平凡で単純な人間には、あの男の内面を全て把握することなど、出来そうにない。
ふと、村井夫人の、「よう、判らんです。あの人の、頭の中にあることは」という言葉を、思い出した。
◆
384 :
身にしむ秋2:2011/07/03(日) 14:54:53.15 ID:QiE8ygJd
日ごとに秋が深まっている、そんなある日。よくこの辺りを通る、あの怪しげな男が、また現れた。
「ったく、ゲゲの奴、口より先に手が出るところは、餓鬼の頃と変わらんなあ。せっかくこの俺が、忠告してやっとると言うのに」
大きく破れた部分が、丁寧に繕われているズボンを穿いている。
「あんなもの、絶対に当たらんぞ。どうせ打ち切りになるのが、関の山だ」
はっきりとは聞こえないが、何やらぶつぶつと、誰かに悪態をつきながら、駅のほうへと去って行く。
確か、出版関係の仕事をしていると言っていたはずだ。
へらへらしてはいるが、懐が暖かそうには、とても見えない。案外あの男も、火が消えようとしている世界に、しがみ付いているのかも知れない。
そういえば。
先ほど、あの河合はるこという少女漫画家が、ここを通った。
いつもの赤い帽子を被り、この街から何処かへ向かう途次らしかったが、村井家からではなく、喫茶店「再会」のほうから来たようだった。
今日はいつにも増して、その表情に、やる気が漲っていた。何か小さな紙を大事そうに握り締めて、じっと見つめながら、一歩一歩、踏み締めるように歩いて来たのが、印象的だった。
うちの店の前のベンチに座り、その紙を見つめ続ける彼女に、今日は、思い切って話しかけてみた。
この界隈には、これからもたびたび現れそうであるし、若い女性にとって、顔馴染みが増えることに損はないだろうとも、思ったのだ。
「こんにちは」
急に見知らぬ男から声を掛けられて、はじめは驚いたようだったが、目の前の店の店主と判ると安心したようで、表情を柔らかくして、挨拶を返してくれた。
「こんにちは」
「あの…、お嬢さん、村井さん…じゃない、水木先生のお知り合いの、漫画家さんですよね」
「はい…」
きょとんとした顔が、「何故そんなことを知っているのだろう」と語っていた。
「ほら、去年の夏頃だったかな、水木先生の奥様がお腹が大きかった時に、お嬢さん、うちの前で奥様と話していらっしゃったでしょう、ご自分のお描きになった本を持って」
「ああ…」
「うちも、水木先生ご夫妻には、懇意にしていただいてるんです。だから何となく、覚えていて」
水木夫妻の名を出すと安心したようで、途端に笑顔になった。立ち上がり、私に向かって、頭を下げてきた。
「私、河合はるこっていいます。水木先生の漫画の、大ファンなんです!目標としてるって言うのは、ちょっと、おこがましいですけど…」
ここで私は、はるこが持っている紙が、村井一家との記念写真であることに気付いた。真ん中に写る村井氏が、右手だけで赤子を抱いていた。
「いい写真ですね。藍子ちゃんが、まだ小さいなあ」
「今年の一月の写真です。水木先生のお友達が、撮ってくださったんです」
「へえ…」
「境港の頃からの、お付き合いの方だそうです。私も、絵のお仕事を頂いたりして、お世話になってるんですけど、ちょっと…何と言うか…、水木先生と違って、C調な方で…」
はるこは軽く、苦笑いをした。
385 :
身にしむ秋3:2011/07/03(日) 15:04:29.70 ID:QiE8ygJd
「河合さんも、貸本漫画家なんですよね。その…、大変ですか?」
まさか「まともに食えていけてますか?」とは、幾ら何でも訊けるはずはなかった。だが、その言外の意味は、何となく、彼女に伝わったようだった。
「少女漫画は、まだ、なんとか。でも、厳しくなってきています。なので、私…、本格的に、挑戦しようと思って…」
自分に言い聞かせるように話しながら、はるこはまた、写真に目を落とした。細い指が、更にぎゅっと強く、写真を握り締めたように感じた。
その後はるこは、「せっかくなので」とうちでコーラを一本買い、それを飲み切る間、ベンチに座っていろいろな話をしてくれた。
漫画家になるのが幼い頃からの夢で、その為に単身、郷里から出て来たこと。
彼女の「挑戦」とは、大手の出版社への売り込みであること。貸本から雑誌への転向が、如何に難しいかということ。
そして、水木漫画の魅力。
「とにかく、絵が素晴らしいんです。月と、それにかかる雲だけで、その場に『妖気』みたいなものが、漂っているのが判るんですよ、墨一色なのに!」
「へえ…」
「私、何度も生原稿を見せていただいてるんですけど、もう…、凄いの一言です!!」
「ほう…」
「勿論、お話も凄く面白いです。発想力が桁違いですし、個性的で、独創的で。先月出た新作も、傑作ですよ!でも…」
はるこは空になった瓶を差し出すと、もう一度あの写真を取り出し、見つめながら言った。
「水木先生の一番凄いところは、精神力の強さって言うか、何があってもずっと描き続けている、そのお姿の在り方そのものって言うか…。私も、ほんの少しでも、肖れればと思って…」
そして、これから早速出版社を訪問するのだと、駅のほうへと向かう彼女に、成功を祈ると告げると、はるこは、
「ありがとうございます。がぜん、ファイトが湧いてきました!」
と、言い残して去って行った。
貸本漫画と、雑誌に載っている漫画。同じ漫画でも、やはり全く異質なものらしい。
漫画家になるのが夢だというはるこは、ある意味、既に漫画家なのだが、きっと、彼女がずっと目指してきたものとは、何かが違うのだろう。
そして、その違いは、私なぞが思う以上に、大きいのだ。
あの写真を、「挑戦」の際のお守りにすると、言っていたはるこ。上手くいってくれれば、良いのだが。
そのはるこが去って行ったのと同じ道を、あの怪しげな男が、ズボンを気にしながら歩いて行く。あの男ははるこや、戌井氏が持つような必死な思いとは、全く縁がなさそうだ。
それはそれで、一つの生き方かも知れない。男を見送りながら、はるこの言う「C調」という言葉が、何となく頭をよぎり、つい、笑ってしまった。
◆
その翌々日。
山田屋のおかみ、和枝が、目を三角にして、鼻息も荒く、昨日こみち書房であったことを、うちの女房に話していた。
「あの圧力団体の人、ひどいのよ。貸本漫画を低俗だって、決めつけてるらしくて。水木先生の新作のこと、でたらめだとか、愚劣だとか、言ったんですって」
「そんな…」
「もう、太一君なんて、怒っちゃって。それに、美智子さん達のことも、何か悪いことでもしているように、責め立てたらしいの。商売中の、店先でよ!」
なんと、そんなことがあったのか。知っていたら、文句の一つも、言いに行ったのに。
政志は、どうしていたのだろう。また何処かを、ほっつき歩いていたのだろうか。
そんな最中、村井夫人が、買い物にやって来た。何となく、元気がない。
「あ、布美枝ちゃん。ねえねえ、昨日、こみち書房で出くわしたのよね、あの圧力団体の人に」
「ええ…、はい…」
寂しげな笑顔を見せる村井夫人。旦那が必死に描いた漫画を、目の前ででたらめだの、愚劣だの、言われたのか。気の毒に。
彼女を囲むように集まる女性陣から、慰めるように励まされ、村井夫人は、逆に恐縮してしまっている。
「ありがとうございます。太一君にも、美智子さんやおばあちゃんにも、庇っていただいて」
「向こうは、ろくに読みもしないで、言ってるだけなんだから、気にしないでね。美智子さん、『悪魔くん』は凄い漫画だって、言ってたわよー」
はるこも傑作だと言っていた、戌井氏と生み出した新作は、どうやら「悪魔くん」というらしい。
凄い題名である。私は、鶏冠頭で、垂れ目の少年の絵を、思い出した。
386 :
身にしむ秋4:2011/07/03(日) 15:13:34.60 ID:QiE8ygJd
「でも、その騒ぎで目を離した隙に、藍子が土間に落ちてしまって…。痛い思いを、させてしまいました。皆さんにも、ご心配を掛けてしまいましたし」
「藍子ちゃんは特に、普段人一倍おとなしくて、よく寝る子だからね。あの様子を毎日見てれば、そりゃ、まさかと思うわ」
「そうそう。それに、うちの子達なんか、しょっちゅういろんなところから、落ちてたわ。びっくりしただけでも、びーびー泣いてたし」
そうこうしているうちに、それぞれの店に客が集まり出し、女性達は商売に戻った。
村井夫人の心は、まだ完全には晴れていないようだった。買い物をしながら、ほんの小さな溜め息を、ついたような気もする。
「新しい漫画、面白いみたいですね」
いつも以上に、明るく声を掛けてみた。夫人の顔が、一瞬、輝く。
「戌井さんて方も、お喜びでしょう」
「ありがとうございます。二冊目も、あと数日で出来上がるんです」
戌井氏とは、版元の社長と一漫画家というだけではない、信頼関係がありそうだ。少なくとも、原稿料を踏み倒されるなどということは、ないだろう。
あとは是非、この作品で「水木しげる」が、キヨの言うところの「人気者」になってくれればと、願うばかりだ。
旦那の新作のことは嬉しそうに話すが、その話題が終わると、また曇った顔になってしまう。
こみち書房ではいろいろあったらしいが、どうやら今、村井夫人の心に影を落としているのは、その一件だけではないらしい。
帰りしなに彼女は、模型屋「サン模型店」を、恨めしそうに一瞥した。その顔は、いつぞやの模型を購入してご満悦の態だった村井氏とは、対照的だった。
(そりゃ、どれだけ仲良くたって、毎日一緒に暮らしてれば、いろいろあるよな)
当然、私が立ち入れることではないし、立ち入ったところで、何が出来る訳でもないだろう。
それに、あの二人の間に、何かわだかまりがあったとしても。それはきっと、今だけだ。
今描いているという、長編の連作。あれが、成功すれば。
きっと、全てが上手くいく。きっと、あの家族の生活に、光が射す。
何の根拠もなく、ただ、漠然と。
私は、そう、思っていた。そして、願っていた。
◆
その数日後。
忙しい時刻が何とか終わった、午後のひと時。私は、店番を女房に任せ、短い散歩に出た。
見事な紅葉が街を彩る、美しい季節。商店街から、北の方向へ向かう。
今日はさすがに、深大寺までいく時間はないので、野川沿いを少しだけ歩いてみようと、考えていた。
上流に向かって川沿いを、ゆっくりと歩く。静寂の中、心地よい流れの音が聞こえ、水面が秋の陽光を反射して、きらきらと輝いていた。
少し遡ったところに掛かる二連のアーチ橋が、川面に映り、綺麗な眼鏡の形を成している。
シラサギが数羽、水辺で、その羽を休めている。その白さが、煌めく川面と重なり、眩しい。
だが、川べりの草はすっかり枯死しており、景観が押し並べて落莫としていることは、否めなかった。
堤に沿って、桜の木でも植えられていれば…と考える。花の時期は勿論こと、桜は、紅葉も見事なのだ。特に、地面に散り敷かれた、桜の紅い落ち葉の美しさは、格別だ。
そんなことを思い巡らしながら歩みを進めていると、川べりに、一株の山茶花が、鮮やかな色の花を咲かせているのが、目に入った。
この季節でも愛でられる花があったか、と思いながら近付いていく。すると、その木の近くに、一台の自転車が停められていた。
何故こんなところに自転車が、と思うのと、山茶花の木の向こう側に、自転車の持ち主らしき人影を見つけたのは、ほぼ同時だった。
そこには、しゃがみ込み、じっと川面を見つめる男が居た。
その、少し出ている前歯と、眼鏡には、見覚えがあった。あの、元漫画家で、今は出版社の社長である、戌井氏だ。
自転車で、野川沿いに来ている…ということは、彼の自宅も、この辺りなのだろうか。
近付こうとして、足が止まる。
戌井氏は、泣いていた。
曲げた両膝の上に置いた手を握り締め、背中を丸めて、大の男が昼日中、涙を流していた。
肩が、小刻みに震えている。歪んだ口元からは、嗚咽が漏れている。
「おかしいよ、絶対に…。悔しい…。本当に、悔しい…」
声など、掛けられなかった。私はその場に立ち尽くして、揺れる川面の光が、彼の眼鏡にちらちらと映っているのを、ただ、見ていた。
あれは、いつだったか。夏のある日、うちの店に、水木しげるを知っているかと、意気込んでやって来た男。
あの男が背負っているもの、いや、背負うと覚悟したものは、一体、どれほど重いものなのだろう。
一羽の色鮮やかなカワセミが、うなだれるその男の肩先を、かすめて、飛んでいった。
終わり
387 :
383:2011/07/03(日) 15:25:45.40 ID:QiE8ygJd
冒頭のシーンには、個人的にはちょっとした、どうでもいい思い入れが…
模型についてちょっこし調べていたら、マニアの方の、第12週の内容についての突っ込みがありまして
映像面と、茂さんのセリフから判る内容面についてなんですが、ゲゲゲスタッフは模型の知識がないみたいな
言われ方をしていたのが、「なんだとー!!」とちょっこしカチンときましてw
映像面はどうしようもないですが、話については、フィクションとしてのあのドラマの世界の、
昭和38年秋の時点では理屈がおかしくないように、勝手にしてみましたw
>>383 毎度、GJでごさいます!
戌井さんが切なくて。・゚・(ノД`)・゚・。
妊娠発覚直前に、ロザンヌレディをやる事になって・・・でも不安で
本当はゲゲに止めて欲しくて、打ち明けようとした事があったでそ?
水泳大会の話に持ってかれて言いそびれちゃったやつ。
もし最後までフミちゃんが話してたら、ゲゲはどういう反応だったかな??
だらっ!
>>389 ゲゲ「だらっ!そげなことせんでええ!」
布美「すんません(泣)」
ゲゲ「余所に出たらどげな男がちょっかい出してくるかわからんだろーが」
布美「あなた…」
→濃厚な夜。
「かーっ。あんたみたいにボンヤリしとって、勤めなんぞ出来るわけないわ」
「まっ」
「要らんこと考えとる暇があったら、飯のおかずでも考えてくれ」
「だけん・・・」
「あーあーあー、あんたは家の事だけしとったらええ」
「あのっ」
「ええな!」
「・・・・」
→それでもやっぱり濃厚な夜w
さすがだなおまえらww
しげさんが濃厚な夜の最中にふみちゃんの首の見えやすい所に跡をつけて外に出づらくしてくれるって信じてる
>>383 ちょうどこの辺を見返してる最中なので個人的にリアルタイム
色々とせつなめだけど、模型屋にうらめしい視線をおくるふみちゃんにちょっこしワロタw
七夕前記念(といっても七夕ネタではないけど)にいちせんパロ投下させていただきます。
もし七夕ネタを温めてる方がいたら、気にせず投下してください。
以前68を投下したとき「喧嘩のあとを読みたい」とレスくださった方がいたので、そんな感じのを。
けど、喧嘩と仲直りって難しくて、結局仲直りがまんまわれせんの通りになったあたり、引出し少なすぎる自分orz
395 :
花嫁の憂鬱1:2011/07/06(水) 13:54:43.35 ID:33Ld5Mpi
マリッジブルーなんて、祐一と結婚できる自分には、縁のないものだと思っていた。
『結婚したいんじゃなくて、結婚式がしたいだけなんじゃないの?』
重々しく呟いた祐一の言葉に、言い返せなかったのが情けない。
膝を抱えてそこに顎を乗せ、綾子はずいぶんと深いため息を吐いた。
「じめじめしてるね」
横から呑気そうな父の声。
「煎餅が湿気てるよ」
「…歯が弱くなったって言ってたんだから丁度いいじゃない」
八つ当たり気味に口を尖らせた。今は煎餅の話なんてしないで欲しい。
父は机上に放り投げてあったゼ○シィを拾い上げて、
「それで?」
ぱらぱらとめくりながら憂鬱顔の娘に問う。
「新婦の父は何をすればいいの」
「…まだ何も決まってないよ」
今はその幸せそうな笑顔のモデルの表紙でさえ、見ていたくなかった。
― ― ―
アルバイト先で知り合った祐一と、恋人になって4年。
祐一が本格的に「ささき」の三代目として店に立つようになった頃、
遂に綾子が待ちに待ったそのときが来た。
『俺と結婚してください』
考える時間は不要で。むしろ祐一が言い終わる前に綾子は『はい!』と返事をして、
きょとんとした祐一に思い切り笑われた。
お互い「そのつもり」で付き合ってきて、ややそれが現実味を帯びてきた3年目。
祐一の実家、老舗の煎餅屋の二代目が倒れるという一大事があり、
つまりそれは、彼の父であり、稼業の師匠、店の支えを失ったに等しく、
恋人同士がふたりで会える時間はおろか、電話の時間でさえ劇的に減ってしまった頃があった。
憑りつかれたように、独りで店を守ろうとする必死の祐一を、綾子はただ見守るしかなかった。
「そのつもり」の話はその頃、彼の前ではタブーの領域でさえあるように思えた。
離れていても、声が聴けなくても、それでも寂しいなどと口にはしなかった。
彼の努力や情熱は、じゅうぶんすぎるほど解っていたから。
プロポーズされた瞬間涙が零れたのは、押し込めていた自分の感情が、
一気に解き放たれていくのが判ったから。
独り寂しく過ごした夜を、きっとこれからずっと、何倍にもして補償してもらうんだから、と。
やや恨めしく祐一を睨み付けて、そして泣きながら微笑った。
その至福の瞬間を思い出しながら、綾子は目の前のブライダル雑誌を手に取った。
華やかなドレスに身を包んだモデルや女優が、綾子に「おめでとう」と言ってくれているようだ。
「色々決めていかなきゃね。忙しくなるね〜」
うきうきしながらページをめくり、気になったドレスのページに折り目をつける。
そんな綾子を窺いながら、言いにくそうに祐一がぼそぼそと呟いた。
「あのさ…式は…地味にいかない?」
その言葉に、綾子は一瞬きょとんとして、
「地味…って?」
呆然として問い返す。
396 :
花嫁の憂鬱2:2011/07/06(水) 13:57:13.60 ID:33Ld5Mpi
「写真だけとか。式をするとしても、身内で簡単に、とか」
「な、なんでっ?やだ!披露宴しないってこと?」
困り顔の祐一が、頭を掻いて首を捻る。
「なんつーか、こっ恥ずかしいじゃん?友達とか、色々言われるし」
「別にいいじゃん、結婚式なんだし!」
「いやー、でもほら、金もかかるしさ」
「そりゃ…そうだけど。でも、ご祝儀で賄えば、足が出ないようにもできるし」
綾子が何とか食い下がろうとするのだが、祐一はずっと腕を組んだまま考え込んでいる。
しかし綾子だって簡単には引き下がれない。
女にとって結婚式は、子どもの頃から夢に描いて憧れ続けた、まさに一生に一度の舞台なのだ。
「んー…じゃ、逆に訊くけどなんで披露宴したいの?」
「なんでって…」
結婚するふたりが結婚式や披露宴をするのは定番だし。
結婚したんだっていうことを、周りに知らせる手っ取り早い方法だし。
幸せになりますって、友人や親類の前で堂々と誓う場だし。
普段着られないドレスを着たり、タキシード姿の祐一の横で笑っていたいし…。
色々と思い浮かぶのだが、何だかどれもピントが合ってない気がして、綾子は言葉を失った。
考え込む綾子を見て、祐一は小さくため息を吐いた。
「綾子はさ、結婚したいんじゃなくて、結婚『式』がしたいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことないよ!」
むっとして否定したものの、相変わらず言葉は浮かんでこなかった。
しんとした、いやな空気がふたりを包んでいった。
押し黙った綾子を見て、祐一は無理やり笑顔を作ってフォローする。
「その代わりさ、旅行は思いっきり奮発しようよ。綾子の行きたいところ、行こうよ、ね」
「…世界一周」
「え?」
「…じゃなくて、宇宙旅行がいい」
「ちょ…」
「月のホテルでも予約してよ。月に行って、結婚早々うさぎと浮気してやるんだからっ!」
「綾子…」
「ゆうちゃんのばか!」
綾子は店を飛び出した。当然、祐一は追いかけてきてくれたけれど。
さっさと綾子は電車に飛び乗り、ホームの祐一にあかんべーをした。
我ながら大人げないとは思ったものの、自分ばかりが我慢をしているような気がして、
このときばかりは祐一を許すことができなかった。
綾子の小さな我儘を、笑って聴いてくれる祐一はいつものこと。
けれど、例えば彼の店のことや、今回のような結婚式のことなど、
「これ」というときには決して退こうとしないのもまた祐一の常だった。
(寂しい思いするのはいっつも私の方なんだから…!)
何度も鳴り光る携帯を、まるで仇のようにベッドに投げ捨て、上から枕で押さえつける。
そんなことが、もう1週間も続いていた。
397 :
花嫁の憂鬱3:2011/07/06(水) 13:59:47.94 ID:33Ld5Mpi
― ― ―
「佐々木のお父さんはどうされてるの」
つまらなそうな顔でチャンネルをいじくる娘に、父はゼ○シィの向こうから問いかける。
「…お元気だったよ。まだ入院されてるけど」
「結婚式には退院できるのかね」
「…そりゃ…まだ時間あるし…」
祐一の父は、およそ1年前に急に体調を崩して以来、入退院を繰り返している。
プロポーズされてしばらく経った頃、綾子は父と揃って挨拶に行き、
先日も再び、祐一と一緒に見舞いには行ったのだが。
(式のこと、そういえばあんまり話さなかったな…)
祐一の母と、日取りのことを話したりはしたけれど、式や式場の話を具体的にはしなかった。
まして、体調の悪い彼の父とは全く…。
(もしかして、ご両親の意向なのかな…)
披露宴はなしにしたいという祐一の思惑は、もしかしたらその後ろにいる両親の思惑なのかもしれない。
友人たちと大勢で楽しむことを決して嫌わない祐一が、披露宴で冷やかされるのが恥ずかしいなどと、
本当に彼本人が思ったことだろうか。
(結局私は'ヨメ’か…)
疑心暗鬼の綾子は、自分の立場が弱いことさえ怨めしく思えた。
雑誌の影から見つめる父の視線には、一向に気づかずに…。
― ― ―
事態が一変したのは、翌日のことだった。
朝から父の姿が見えないのだ。携帯に電話をしても無反応。
ところが、昼過ぎにいつもの温和な顔で、何事もなかったようにひょいと戻ってきた。
「何処行ってたの。お昼何も作ってないよ」
少し怒った口調で言ってみたが、父は汗を拭き拭き「食ってきた」と言う。
「今晩、何か用事ある?」
と訊ねてくる父に、綾子は「別にないけど」とふて腐れて、呟いた。
すると、すぐさま買い替えたばかりの携帯を取り出し、どこかへ電話を始める。
「やあ、どうも。うん、戻ってきた。いやいや…」
(誰にかけてるんだか。こっちの電話には出なかったくせに)
憎らしげに横目で父を見ながら、山盛り苺のミルクシロップ掛けを頬張る。
ハムスターが餌を頬に溜め込むように、やけくそで口に放り込んでやった。
婚約者だけでなく、父までもが自分のことを放ったらかす。
綾子のマリッジブルーは、どんどん頂点を極める一方だった。
「うん、今晩用事ないって。うん?…ははは。まあ、機嫌は悪いけどね。君に会えば大丈夫だろ」
電話の向こうは誰なのだろう?ふと綾子はそちらを見やった。
「8時だね。…いや結構。今日は鍵を持たせないから。そちらでよろしく。じゃ」
父が耳を離した向こうから、『や、ちょ…』と相手の慌てた声が聴こえた気がした。
けれど、父は構わず『ピ』と乱暴に電話を切る。
「…誰?」と、綾子は目で訊いた。
すると父は悪戯っぽい笑顔を湛えて、ピ、ピ、と携帯を操作する。
「今の、祐一君」
見せられた液晶面の電話帳に「佐々木祐一」と登録がしてあった。
「は?!な、なんでっ?!」
「さっき電話番号交換してきた」
「さっき?!」
「彼、若いくせにアナログだな。赤外線通信のやり方知らないんだって」
「だから、なんで…!」
「090…とか言い出して」
「お父さんってば!」
真っ赤になって声を荒げる娘に、父はにこにこしながら「まあ座れよ」と優しく言った。
398 :
花嫁の憂鬱4:2011/07/06(水) 14:02:26.06 ID:33Ld5Mpi
「今日ね、佐々木のお父さんのお見舞いに行ってきた」
「え?」
「元気そうだったね。式までには絶対退院するって言ってたよ」
「ひ、一人で行くなんてズルいよ。何で言ってくれなかったの」
落ち着きを取り戻そうと、綾子はまた目の前の苺を2、3個続けざまに口に入れた。
「機嫌が悪そうだったからさ」
「だからって…」
「真相究明にね」
謎めいたことを口にする父を、訝しげに見つめる。
相変わらずにこにこと、罪のないような笑みで父は続けた。
「披露宴のこと。祐一君がどう思ってるのか、向こうの両親がどう思ってるのか」
「…お父さん」
時折、妙に敏感に働く父の第六感のようなものに、しみじみ驚かされることがある。
綾子がずっと何を考え、何に悶々としていたのか、父にはずっと見透かされていたがゆえの、
今日の突然の家出だったのだろう。
「結論から言うと、あちらの両親は式も披露宴もきちんとやるつもりでいたね」
「…ほんと?」
やや桃色に染まった綾子の頬を見て、父は嬉しそうに微笑った。
「ただ、長丁場にお父さんの身体が保たないかもしれない、って心配してらした」
綾子ははっとした。
祐一の父は、元気そうではあるけれど、入退院を繰り返しているところを見ると、
元の通りの身体には戻っていないということなのだろう。
だからこそ祐一が三代目として店を継ぎ、大きく開いた穴を必死で埋めてきたのだ。
そしてそのことは、綾子にプロポーズをしたきっかけにもなったことではあるのだろうが…。
「でもご両親は何としてでもその日だけはちゃんとするつもりでいると仰ってたよ。
一人息子の晴れの日だからってね。その気持ちは俺も同じだけど」
最後の言葉は照れたのか、やや俯き加減で、独り言のように呟いた。
「そのあと店に行ったんだ。祐一君の話も聴かなきゃと思ってね」
「…」
「彼も披露宴はしたいけど、やっぱりお父さんの身体のことを心配してたね。
無理させて今より悪くなるのは嫌だからって。綾子には、そう言わなかったみたいだけど」
確かに、お金がかかるからとか、友達にからかわられるとか、そんな「らしくない」ことを言っていた。
「彼も板挟みで辛かったんじゃないの。お前と、ご両親の間でさ」
眉尻を下げて父を見上げると、またにこっと笑って
「今日8時。駅で待ち合わせ。あとは当人同士でちゃんと話しなさい」
そう言って、ひょいっと苺を皿ごと取り上げた。
いつもはそれを咎める綾子も、今日ばかりは父に譲るしかなかった。
― ― ―
蒸し暑い初夏はしかし、夜になると涼しい風が心地よい。
公園のブランコに隣り合わせながら、祐一は勢いよく漕ぎ、綾子は静かに座り込む動と静。
一週間以上も声を聴かずに居られたのが不思議なくらい、祐一の子ども染みた表情が愛しくてたまらない。
「言えばいいじゃん、ちゃんと正直に」
けれど素直になれない綾子は、相変わらず口を尖らせたまま愚痴めいて乱暴に言った。
祐一はゆらゆらとスピードを落とし、ぴょんとブランコから飛び降りる。
ぽりぽりと後ろ頭を掻いて、それから両手をポケットに突っ込んだ。
「判ってたよ。親父のこと、ちゃんと話せば綾子は解ってくれるって」
「じゃあ…」
「けど、それじゃ説得っていうより強制みたいな気がして。親父の身体のこと持ち出したら、
綾子何にも言えなくなるだろうから…。それってなんか、後味悪いじゃん?」
「ゆうちゃん…」
399 :
花嫁の憂鬱5:2011/07/06(水) 14:05:22.88 ID:33Ld5Mpi
照れくさそうに笑って、祐一は安全柵に腰かけた。
「親父倒れたとき、俺が一人で店やってずっと忙しくて。あんまり会えなくなったりしたでしょ?」
その頃のことを思い出して、少ししんみりした気持ちで綾子は頷いた。
「その時も綾子何も言わなかった。会いたいとか、寂しいとか。むしろ会わなくてよくなって
せいせいされてる?とか、俺ちょっと独りでショック受けてたり?」
「そんなことないよ!」
「解ってる。後から考えたら、俺に気遣ってくれてたんだなーって」
ゆっくりと祐一は綾子に近づき、両手を差し出した。綾子は座ったまま手を伸ばす。
ぎゅっと握られた両手から、伝わる温かさと愛おしさ。優しさにじんわりと包まれる。
「綾子は俺や俺の親に遠慮するからな。あの頃全然、我侭とか言ってくんなかった」
祐一は判ってくれていた。あの頃綾子が「寂しい」「会いたい」と口にしそうになるのを、
必死の思いで押しとどめて過ごしていたこと。
何も知らないくせにと、勝手に祐一を責めていた自分を、綾子は恥じた。
繋いだ手をぐっと引っ張られ、ブランコから勢いよく立ち上がった綾子は、
そのまま祐一の胸の中へ抱きとめられた。
「ごめんな」
幼い子どもが、母に叱られて言うような、小さな弱々しい声。
「披露宴のこと、親父の所為にしたくなかったんだ。ずっと寂しい思いさせてた頃みたいに…、
綾子の優しい性格に、甘えんのズルいと思ったから…」
貴方がズルいのはいつものこと。
そうやって囁くだけで、私の意識全部を持っていく。そして簡単に許せてしまう。
それが無意識なのが、なおズルい。
綾子は苦笑しながら、ぎゅっと祐一の首に腕を絡ませて、わざと強く締め上げた。
「ぐえっ」
「月の新婚旅行はどうなるの?」
「…うさぎと浮気されたら困るから連れてかない…」
ぶすっとした顔で呟く祐一に、綾子は微笑って頬に口づけた。
― ― ―
闇の中で、彼の柔らかさを受け止める瞬間が一番幸せだと思う。
唇だけでなく、頬や、瞼や、耳、鼻先にまで落とされるキスが、ゆっくりと綾子の内側に火を灯す。
「綾子?」
首筋に吸い付く祐一の口づけに、「ん?」夢見心地で返事をする。
「ワンピース着てきてくれたの、俺が脱がせやすいから?」
「なっ!」
かっと火照った頬を、ぱんぱんに膨らませて祐一を我が身から引き剥がす。
「何言ってんの、スケベ」
「綾子って気遣いのできる子だな〜と思って」
悪戯っぽく笑われながら、再び綾子は祐一に抱きしめられた。
「もうっ!」
「冗談。ってか、脱がせやすいのは本当だけど」
けれど綾子も正直なところ、それを想定しての服選びは否定できない。
事実、今夜などはいくら婚約者相手とはいえ、実の父に家から閉め出しを食らったのだ。
(お父さんの馬鹿…気遣いすぎ…)
喧嘩の仲裁も、仲直りのお膳立ても、全てが父の計らいとあれば、
あの柔和な笑顔の父の手のひらの上で、祐一とふたり、良いように転がされているような気分だった。
400 :
花嫁の憂鬱6:2011/07/06(水) 14:08:08.03 ID:33Ld5Mpi
「…お父さんと番号交換したの」
ハーフアップにした後ろ髪の髪留めを、祐一は器用に外してくれた。
綾子の言葉に一瞬動きを止め、それから、へらっとだらしない笑いを浮かべて俯いた。
「いきなり来るからびっくりした。綾子と喧嘩してんの、怒られるのかと思った」
結局綾子の父は、店に来る前に祐一の両親に会ってきたと告げ、
結婚式や披露宴をどうするのか、祐一の正直なところを聞きたいと言ってきたという。
「綾子がずっとふて腐れてて困るからって言ってたけどね。俺たち親父さんに心配かけちゃったな」
申し訳なさそうな顔で微笑む。
察しの良すぎる父に、綾子も今回だけは感謝の一言だった。
「これから事あるごとに電話かかってきちゃうよ?」
「メルアドも交換しちゃった。俺、親父とだってメールなんかしないのに」
「ゆうちゃんのこと、若いくせにアナログだー、なんて言ってたよ」
アナログというより、祐一は携帯を電話として機能するだけで十分と考える男なのだ。
「携帯だけじゃないぞ。うちのテレビまだ地デジ対応してないよ」
「隅っこにアナログって出てんだ?」
「そ」
ふふ、と笑った綾子の髪が揺れる。
「テレビ買わなきゃね」
その髪を撫でながら、祐一が額にキスをひとつ。
「洗濯機とか、冷蔵庫とか、結婚したら全部新しいのにすればいいってお袋言ってたよ」
「なんか所帯染みてる」
「所帯持つんだろ?」
「言い方がアナログ」
「うるせ」
怒られて塞がれる、軽口ばかりの綾子の唇。
下唇を吸い込まれて、少し開いた口からすかさず舌をねじ込まれる。
嫌いじゃない強引さに、蕩かされる素直な身体が淫らに揺れる。
祐一曰く、『究極の脱がせやすさ』のワンピースを、やはり簡単に脱がされて、
はらりと足元に落とされる。もじもじとそれを跨いでいると、ひょいと抱えられた。
「きゃ」
「式で披露する?お姫様抱っこ」
「恥ずかしすぎ…!」
嬉しすぎ、とも思ったけれど、口にすると本当に祐一は当日やらかしそうで、やめておいた。
本物のお姫様でも扱うように、優しくベッドに降ろされる。
シャツを脱いだ祐一の、胸板の厚さと身体の熱さに、抱きしめられて融ける。
耳元で囁かれる彼の声を、身体中で録音しながら。
キャミソールの上から左胸を揉まれ、首筋に這う舌のこそばゆさに小さく悶える。
耳たぶをくすぐられながら、再び深い口づけ。
何度も重ねてきたふたりの唇。けれど同じキスは二度となかった。
触れるだけの軽さでも、深く探られるような濃厚さでも、同じ愛しさはなかった。
いつもいつも、重ね合わせるだけで幸せが倍増する、祐一だけがくれる魔法。
背に回された指が、胸の支えを外す。
そのまま滑り込んでくる大きな手に、綾子の乳房はすっぽりと包まれた。
揉みしだかれる強さの一方で、先端を摘み捏ねられるくすぐったさに、首を振った。
「っ…ふ」
湿った声が零れ始めると、祐一はいつも少し嬉しそうな顔になる。
雌を支配しようとする雄の本能が、その時だけはちらりと垣間見える。
その瞬間に、綾子もまた悟る。彼だけに乱されたいと欲する、獣の素顔を持つ自分自身を。
401 :
花嫁の憂鬱7:2011/07/06(水) 14:10:56.29 ID:33Ld5Mpi
自分の胸に埋まる短い黒髪を撫で、翻弄される乳房とふたつの果実を、目を閉じて夢想する。
舌先で転がされ、ぴんと尖らされて、きゅっと吸い上げられる。
「ぁんっ…」
生温い舌の感触と、柔らかな唇に食まれる快感。
頭を抱きかかえて、くしゃくしゃと指を絡ませ、身を捩って応える。
朱色の痕が、転々と乳房の上に散らばる。彼だけの印を刻み付けられてうっとりする。
「…ぅ、ちゃ…」
「ん?」
「くすぐったい…」
口の端を上げるだけの笑みで、祐一はブラごとキャミソールをたくし上げて奪った。
そして自分のジーンズも脱ぎ捨てる。
「や…」
再び覆いかぶさってきた祐一の、硬い下半身が綾子の太腿に当たる。
ややヒヤリとした感覚があったのは、下着から透けてしまった彼の先走る欲だろうか。
綾子の窺うような視線に気づいたのか、
「久々だからなー…ちょっとテンパってるかも」
照れくさそうに言って、わざとらしく音をたててキスを繰り返し、誤魔化された。
顎の下に潜る口づけの一方で、祐一の右腕が綾子の左脇腹から尻の方へ降下していく。
臀部の形を確かめるように、丸く撫で、割れ目をなぞる。
「やん、どこ触ってんの…」
「尻」
「じゃなくてぇ、くすぐったいってば」
「綾子はこっちのがいいんだ?」
薄ら笑いを浮かべると、祐一の指は綾子の下腹から下着の中へ侵入し、秘めたる狭間へと滑り込んできた。
「や、ぁ…んっ…」
ぴちゃりと音がして、秘境は祐一の指を呑み込む。
「すげー濡れてる」
「言わないで…ぇ」
「可愛い」
そのまま中を探られる。ぐにぐにと蠢く指に、腰の力が抜けていく。
「あ…っだ…だめ…」
「何がだめ?」
耳に息を吹き込まれ、低音の優しい声が頭に直接響く。
今やその耳でさえ、綾子の性感帯となって、祐一の声に全身が翻弄される。
何かがそこから溢れ出る感覚に戸惑いつつも、二本目のしなやかな指をも呑み込む。
爪弾かれるその場所から、奏でられる卑猥な音に一層かき乱される。
「ゆ…ちゃ…ぁん、あ、っ、や…だぁ…」
「…綾子、嫌なの?」
意地悪い質問を投げかけて、綾子が首を振るのをわざと愉しむ。
普段は優しい祐一の、時折見せる小悪魔な表情。これもこのひとの、ズルい顔。
「もっと?」
うっすら涙目で、綾子はこくこくと小さく頷いた。
「しょうがないなあ」
勝ち誇った顔が憎らしい。けれどその憎らしさも、快感の代価には安すぎる。
潤んだ瞳で彼を見上げると、蠢いていた指が抜かれた。
熱も一緒に持っていかれるように、瞬時に空虚になってしまった。
が、祐一は綾子の両膝を掴んで、ぐいと押し拡げると、もっと熱い舌で秘部を舐り始めた。
「っ…やあっんっ!」
402 :
花嫁の憂鬱8:2011/07/06(水) 14:13:54.07 ID:33Ld5Mpi
がっちりと両脚を掴まれ、隠しようもなく祐一に全てを曝け出して、綾子は羞恥に身を捩った。
けれど、花びらの奥に包み込まれてあった秘芽を探り当てられ、舌で弄ばれると、
否応なくそんな抵抗は消え失せる。ピンクの芽蕪は彼の舌の上でゆっくりと熟していく。
「ああんっ、や、だ、ぁ…ゆ、ちゃ…は、ぁ」
こぽこぽ、湧き出ていく露を余すことなく啜り取られる。
楕円の淵をなぞられ、溝窪へ尖った舌が入り込めば、びくびくと脚が撥ねた。
「ゆ、ぅっ…!」
声すらも失うほどの激情に放り込まれる。白々しい世界が遠のいていく。
「―――――――…っ…!」
シーツを握りしめた綾子の拳が、ゆっくりと弛緩していく。
爆ぜた理性の端で、祐一のキスが太腿の裏を啄んでいるのを何となく意識した。
「…イっちゃった?」
綾子のぼんやりした視点を、自分の顔に繋ぎとめるようにして、
祐一は綾子の顔を両手で覆い、頬にかかった乱れ髪をささっと掃ってくれた。
「ん?」
「も…やだ」
ようやく正気に戻った綾子は、恥ずかしさに顔を背けて両手で覆った。
「こっち向けよー」
「やだ」
胎児のように身体を丸めた綾子を、後ろから祐一が優しく抱きしめる。
「綾子」
「…」
背中から伝わる温かさに、再び蕩けだす密やかなあの場所を感じながら、綾子は祐一の唇を受け止めた。
「ゆ…ちゃん」
「ん?」
「きて…?」
「…うん。ちょっと待っててね」
いつもの準備に取り掛かろうとする祐一を、綾子は細い腕で引きとめた。
「あの…ゆうちゃん」
「どうした?」
やや思いつめたような表情の綾子に、少しだけ祐一は動揺したようだった。
「…着けないで…して?」
「綾子…」
(ドン引き…?)
綾子はきゅっと目を瞑って、祐一の言葉を待った。まともに顔を見ることはできない。
今まで一度だって、綾子はそんなことを強請ったりはしなかったし、
祐一もまた、それを望んできたりはしなかった。
どういう心境でこんなことを口走ったか、綾子本人にも判らなかったけれど、
どこかで彼の妻になることを、紙や形式上のことだけでなく、
正真正銘の身体の繋がりだけで、いち早く求めたかったのかも知れなかった。
「…だめだよ」
綾子の我侭を、何でも聴いてくれる祐一だけれど、さすがに今回はそうはいかなかった。
「あの、で、でも…私もうあと2日とか3日で生理くるし…」
「そういう問題じゃなくて」
「だめ…なの?」
肩を落とす綾子を、祐一はそっと抱きしめて、後ろ髪を撫でる。
「なんか…ケジメ、みたいな意味で。できちゃった婚が嫌だとかそんなんじゃなくて」
綾子の肩の上で、「うー」とか「あー」とか小さく呻る祐一に、だんだん申し訳なくなってくる。
403 :
花嫁の憂鬱9:2011/07/06(水) 14:16:51.82 ID:33Ld5Mpi
「上手く言えないけど…その…何回こういうことしても、綾子ってまだ今は、
正式に俺のもんじゃないっていうか。だからって婚姻届とか、結婚式とか、
そういうの済ましたら夫婦になるのかって言ったら、それもなんか違うと思うけど…」
「ゆうちゃん…」
「今はまだ…綾子の全部を俺のもんにしちゃいけない気がする。そこだけは、崩しちゃいけない」
一生懸命言葉を選ぶ祐一に、綾子は感動した。
4年間守り続けてきたその微妙なラインを、壊してはいけないという祐一の、
そこには綾子への深い愛が存在するような、不思議な幸福感があった。
瞳から零れる涙を、「ごめんな」と言いながら優しく拭ってくれる、
本当にこの人の妻になれる自分は、世界一幸せだと、綾子はしみじみ噛みしめた。
横たわる綾子の輪郭を、確認するようにぐるりと口づけてから、祐一が瞳で合図する。
微笑んで小さく頷くと、じわりじわりと先端が陰唇を弄った。
ぴくりと仰け反ると、次の動きでぬめりの中へ、膜越しの熱がねじ入ってくる。
「はぅ…っ…ん」
持ちあがりそうになる腰を、しっかりと両腕に掴み取られ、ずくりと奥まで踏み込まれた。
「あああっ…!」
祐一の首に縋りつく。蒸れた男の匂いが、肩越しに揺れる彼の髪から香った。
「あ、や…こ」
熱情の波にさらわれそうになったのは綾子だけではなく、祐一もまた、綾子の肩に顔を埋め、
繋がった場所から痺れ昇る、身体と心の悦びに震えていた。
「ゆう、ちゃん…」
綾子の逆上せた声と、熱く湿った息が、祐一の耳元をくすぐる。
すると今度は綾子の耳元で「ちゅ」と音がした。
「綾子…声、エロい」
にやりと笑いながら囁かれる。綾子の顔がかっと火照った。
「なに言って…ん、やあっ…っ!」
油断したところへ急に腰をひかれ、再び深く穿たれ、
不意のことに、祐一の肩に猫のような引っ掻き傷を作ってしまった。
「…っつ」
「あっ…ごめ…」
「へーき」
何でもない、という風にキスをされ、そのまま軽い振動で突き上げられる。
身体の奥の奥を暴かれて、何度も何度も祐一の形を刻まれていく。
決して枯れることのない源泉を、常に刺激され続けて、押し込まれるたびに溢れ出す。
「んっ、ぁ、…っ…んあぁんっ…は、ぁ、あ…」
揺れる身体と声と、それに合わせて響く、粘ついた音は途絶えない。
胎内の芯を突かれるような亀頭の激しさに、今にも瓦解しそうな防波堤にしがみつく。
「綾子…っ気持ちい?」
空調が効いているのに、玉の汗をかいている祐一が、
二の腕でぐいと顔を拭いながら、綾子に問いかける。その声も、様々な感覚に揺れている。
「っ、んっ…ぅん、ん…イイ…あ、ぁ…」
「可愛い、エロいのも可愛い」
「んっ、ふ、ぇ、エロいっ、…ばっか、言わないでぇ」
「もっと、そそる恰好して?」
「ぇ…?」
404 :
花嫁の憂鬱10:2011/07/06(水) 14:19:47.43 ID:33Ld5Mpi
祐一は、綾子の中からするりと自身を抜くと、ぐったりと寝そべる綾子の身体をごろりとうつ伏せた。
「俺、実は尻フェチ」
「やだ、なに言い出すの!」
「あ、訂正。綾子の尻が好きなだけ」
言いながら、丸い円を描いて臀部を持ち上げ、とろとろの蜜が溢れ出して伝い落ちる場所へ、
斜に角度をつけた怒張を勢いよく突き入れた。
「あああああっ!!」
途端に、留守になっていた空間で揺らめいていた襞が、一斉に反応して祐一の熱棒をぎゅっと締め上げた。
「…っ…!きつ…綾…締めすぎ…」
「やあっ…あ…」
猫が背伸びをするポーズで、綾子は両手でシーツを握りしめた。髪を振り乱して、背中で息をする。
祐一に攻められるたび、窒息しそうになるほど息が詰まる。怖いくせに、矛盾して身体は悦ぶ。
「綾子、キレイ。背中…」
「ゆ…ちゃ…っ、あ、ふ…!」
「っ…すげ…締まる…」
締めているつもりはないのだけれど、無意識に反応しているのはきっと彼の声のせいだ。
指にも、キスにも、言葉にも、そして彼の声にも、綾子は祐一の全身で犯される。
「綾子…」
祐一が呟く言葉がだんだん切なげになってきたのが判る。
「ゆうちゃ…い、いよ、イっても…」
「ん…好き、だよ」
「あっ…ん、ん、わ、私も…」
乾いた音で激しく叩きつけられる。腰に置かれた彼の両手に、最後にぐっと引き寄せられたとき、
綾子の中で、薄い膜の内側が脈打つ。弾けて迸る白濁の熱を、目を閉じて感じ取った。
― ― ―
「結局、私が思うに披露宴を一番やりたがってるのはうちのお父さんなのよ」
祐一の腕枕で、口を尖らせて綾子は呟く。
「そうなんだ?」
くっくっと苦笑いながら、祐一。
「昔っから私の結婚式で長○剛の『乾杯』を歌うんだって、
今となってはもうベタとも言えないこと、いまだに言ってんだよ?」
「いいじゃん、歌ってもらえば」
「やだ。そんなダサイ結婚式」
「どういうのがいいの」
「そりゃあ…」
そして、綾子はブライダル情報誌そのまんまの、サプライズ企画やら、見せ場演出を語り始める。
祐一は半ば呆れ気味で、最後には大きなため息を吐いた。
「やっぱ綾子は結婚『式』がしたいだけなんだ」
「そんなことないってば!」
「だって、俺がサプライズでピアノ演奏するとか、既にサプライズでも何でもないじゃん」
「だから例えばの話!サプライズならなんでもいいの!」
「サプライズって言葉の意味知ってる?」
「知ってるよっ!」
ぷっと膨れて、綾子はベッドの隅で丸まった。
背中でため息がもうひとつ聴こえたことに、また憤慨した。
405 :
花嫁の憂鬱11:2011/07/06(水) 14:22:48.29 ID:33Ld5Mpi
「綾子」
優しい声を掛けられても、騙されないぞ。綾子はぎゅっと唇を結んで、一段と身体を丸めた。
「あーやーこ」
肩を揺すられても、意地になって顔だけは背けたままで。
すると、ひょいと綾子の目の前に、きらりと光る何かが差し出された。
目をぱちくりさせてそれに焦点を合わせると、銀色に光るシンプルなハートのリングが光っていた。
「サプライズっていうのは、こういうことだろ?」
勢いよく起き上って、けれどまだ下着を着けてないことに気づいて、わたわたとシーツで隠す。
照れくさそうに指輪を差し出す祐一を、綾子は呆然と見つめた。
「婚約指輪。つっても安物だけど」
「ゆうちゃん…」
「披露宴のこと、ひとりで勝手言ってごめん」
そして綾子の手をとり、指輪をつけてくれた。
きらりと光るハートの中には、アメジストの美しい紫色。綾子の誕生石だった。
どうあがいても、登りつめる涙をせき止める手立てはなく、ぽろぽろと溢れてくるままになってしまう。
「泣くなよ、ほんと、安物だよ?」
「…やっぱりやだ…」
「え?」
顔を覆いながら、綾子は呟く。
「サプライズなんか…結婚式でやられたら…みんなの前で大泣きしちゃう」
「綾子」
「こんな顔、見られたくないから…。サプライズなんてもう、絶対やだぁ」
いつもの優しい笑顔で、祐一に抱き寄せられる。一番安心する場所へ。
ふたりの結婚式は、これから数か月後の、大安吉日の晴天の日に…。
おわり
>>395 GJ!
うさぎと浮気しようとした綾さんもされたらイヤだから連れてかないゆうちゃんも可愛すぎる!
やはりケンカの後は濃厚ですなぁw
>>395 GJ!
喧嘩→仲直りHはやはり萌えますね!
綾ちゃん拗ね方が可愛すぎる。
ゆうちゃんは爽やかにむっつりスケベ発言連発にワロタwww
いちせんパロがこんなに増えるとは、嬉しいな。
書いてくださる職人様、有難うございます!
>>395 GJ!!!
いちせんパロ、大好物でございますw
綾ちゃんの方が多分3歳くらいは年下だろうし、ちょっぴり子供っぽくって拗ねたり我がままだったり・・・
祐ちゃんの方が大人な感じがツボでしたわ
(あ!でもウサギさんにちょっと慌てている祐ちゃんは可愛かったw)
今度は逆に、いつもは大人な祐ちゃんが嫉妬するお話なんかも禿しく読みたいなあ
(余談ですが・・・貴方の作品は好きなのがあり過ぎて上げきれないけれど
特に萌えたのは「雨のせいで」「白日夢」「拝啓イカル様」「プロポーズ」そして何と言っても「はつ恋」です♪)
なんだかんだでもう400KB越え、一番スレ消費早い気がする4スレ目。まだまだ勢いあるなー。
全くどうでもいい話だが、
>>389を携帯で流し読みしているとき「レディゲゲ」と読んで
一人でひっくり返っていた自分が朝っぱらから通りますよ。
>>395 GJ!GJ!!
萌えと幸せとエロがハンパないな・・・ニヤニヤを通り越して泣きそうになった
可愛く拗ねて祐ちゃんを振り回す綾ちゃんと優しい祐ちゃんが凄く良い
こういうのゲゲフミではありえないから余計にw
いちせん版結婚初夜の話も読んでみたいな
いつも素敵なSSありがとうございます
411 :
この淡き日々1:2011/07/09(土) 07:08:08.77 ID:F/2H0zwO
「なんだ、これ?・・・ああ、俺が描いてやったやつか。」
茂が一反木綿の額に気づいたのは、フミエがそれをそこに飾ってからかなり経って
からだった。
(ふうん・・・。こげな風に布を巻いて・・・ようできとる。)
フミエの器用さに感心するとともに、自分が気まぐれに描いてやった漫画を、大切に
額に入れて飾るその心根をいじらしく感じた。
あらためて部屋を見直してみると、フミエが来てからというもの、荒れ放題だった
この家も、なんとなくこざっぱりと快適になっている。もちろん、お金はかけられ
ないので、フスマや障子の破れは千代紙や新聞紙でつくろい、そこらへんで摘んできた
野の花を飾る花入れはヨーグルトや牛乳の空きびんである。
(あいつ、一日じゅう何かちょこまかとやっとるもんな。)
活き活きと立ち働くフミエの様子が目に浮かび、茂は思わずほほえんだ。
その時。何か視線を感じて目を転じると、低いタンスの上に、折鶴と並んで白髪の
老婦人の写真が茂を見ているのに気づいた。
(・・・誰だ?)
婚礼の時に、こんな婆さんはいなかったはずだ。だとすると、故人だろうか?
(仏壇もないのに、おかしなことをするなあ。)
その老婦人は、どこかしら面影があるところから、フミエの祖母と思われた。だが、何故
祖母の写真だけを飾っているのだろう。
「・・・ギョッ!」
その時、老婦人の眼が、きらりと光ったような気がした。
その眼は、『フミエを泣かしたりしたら、承知せんけんね。』と言っているように思え、
茂はなんだか居心地が悪くなってきた。
412 :
この淡き日々2:2011/07/09(土) 07:08:59.02 ID:F/2H0zwO
「遅くなってすんません。すぐごはんにしますけん。」
買い物に行っていたフミエが帰ってきた。
「なあ、この写真のひとは?」
「・・・ああ、おばばです。」
「おばば?あんたのばあちゃんか。」
「はい。大塚の家で一緒に住んどった、父方の祖母の登志です。私が二十一の時に
亡くなってしまいましたけど。」
「なんで、このひとの写真だけを持って来たんかね?」
「おばばは、ずーっと私のことを見守ってくれる、と言うてくれましたけん・・・。
でも、あの・・・いけんだったでしょうか?」
「いや・・・ええよ。あんたがそうしたいなら、置いといたらええ。」
「・・・だんだん。」
フミエはホッとしたように微笑んだ。茂は、キビシそうな老婦人に見張られているようで
煙たい気もしたが、たった一人、知らない街の知らない男のところへ嫁いで来るのに、
せめて可愛がってくれた祖母の写真を柳行李の底にしのばせたフミエの心細さを思うと、
写真一枚くらいのことを許してやらないのも了見が狭すぎるように思えた。
その夜。石けんの香りのするフミエの身体を抱きしめ、さらさらとした髪をほおに
感じながら、甘い唇を味わっていた茂は、ふとまたあの視線を感じた。
(・・・ちょっこし、あっちを向いとってごしない。)
フミエを抱いていた腕を離して起きあがると、登志の写真を裏返した。突然愛撫を中断
されたフミエは、何事かと乱れた襟元を直しながら起き直った。まだ陶然とした表情を
残したまま、茂のすることをいぶかしげにみつめている。
「かわいい孫娘が、こげなことをされとるとこを見せるのは、気がひけるけんな。」
そう言われてみると、なんだか急に羞ずかしくなり、カッと身の内が熱くなった。
昼間はまるでおばばが本当にそこにいる様に語りかけているフミエであってみれば、
本当に写真のおばばに見られているわけではないとは思っても、なんとなく平気では
いられない気になってくる。
(おばば・・・ちょっこし我慢しとってね。)
夫婦なのだから自分が茂に抱かれるのは当たり前のことなのに、茂はまだフミエの家族に
後ろめたさを感じているようだ。男の人の気持ちと言うものはそんなものかと、なんだか
ほほえましく、温かい気持ちになった。
413 :
この淡き日々3:2011/07/09(土) 07:09:54.48 ID:F/2H0zwO
茂が戻ると、向かい合って座る形になり、二人は妙に気恥ずかしくて目をそらした。
まだなれそめたばかりで夜の時間の始まりもぎこちない二人が、今夜はせっかく深まり
始めていたところだったのに、いったん気勢を削がれてしまうと、なんとなく気まずく、
たやすく元に戻れないでいた。フミエは何か話さなければ、と口を開いた。
「・・・私たち兄弟は、小さい頃はみんな、おばばと一緒に寝とったんです。おばばは、
それはいろんな話を知っとって、蚊帳の中で話してもらうのが楽しみでした。」
「ほぉ。俺も小さい頃に、のんのん婆と言う婆さんが子供らの面倒を見てくれとって、
いろいろこわい話をしてくれたもんだが。」
「よう覚えとるのは、大蛇や河童の出てくる話・・・。あと、こわい話じゃないですけど、
『長い、長ーい話』言うのが一番人気がありました。」
「それは、どげな話かね?」
「『空から、長いながい、ながーーーーいフンドシが、降りてきたげな。・・・こっぽし。』
・・・言うお話です。」
「ははは。面白い婆さんだなあ。」
お化けの話に、フンドシの話・・・。キビシそうな婆さんと思っていたが、なんだか自分と
気が合いそうだ。
「私が二十一の時に、脳卒中で倒れて・・・。最後まで、私のことを心配しとりました。」
「あんたは、家族に心配かけるような娘には見えんが。」
「・・・私、のっぽですけん。背が高すぎる言うて、最初の縁談を断られてしもうて・・・。
それからも、なかなかご縁に恵まれんで・・・。」
そう言ってしまってから、フミエは少し後悔した。二十九歳まで売れ残っていたのは
事実だから、茂もそのへんは察しているだろうけれど、あまりはっきりと断られた話など
聞かされては「残り物をつかまされた」感じがしてしまうのではないだろうか?
しかし、茂はにっこり笑って、意外なことを言った。
「ふうん・・・そげか。それにしても、あんたが女としてはちょっこし背が高すぎたのは、
もっけの幸いだったな。」
「え・・・?」
「おかげで、俺のところへ落っこちて来たんだけん・・・な。」
そして、本当に落っこちて来たところを受け止めたように、フミエをガバッと抱きすくめた。
嬉しすぎて涙が出そうになるのを、フミエは必死でこらえた。
「そ・・・それで、私・・・幸せに暮らしとるところ、おばばに見とってほしくて・・・。」
「わかったけん・・・しゃべるのは、もうこのくらいにせんかね?」
414 :
この淡き日々4:2011/07/09(土) 07:11:04.51 ID:F/2H0zwO
こんな暮らしでも「しあわせ」と言い切るフミエがいとおしくて、震える唇を奪った。
口づけを深めながら、浴衣の帯を解く。座ったまま浴衣をするりと背から落とすと、
フミエは羞ずかしそうに両腕で薄い胸を隠した。茂も浴衣を脱いで肌を合わせ、ふたたび
溶けはじめた身体をやさしく抱きたおした。
胸を隠す腕が邪魔で、茂はフミエの左手をつかんで顔の横に縫いとめた。
「・・・あのな、ひとつ協力してほしいことがある。俺は両方いっぺんには出来んけん、
俺が片っぽを動かしたら、あんたがもう片っぽも動かす・・・ええな?」
「は・・・はい。」
フミエはしかたなく、おずおずと右腕を左腕と同じように顔の横にあげた。
「うん・・・それでええ。」
茂は満足そうに笑うと、むき出しにされた白い胸をじっとみつめた。
「み・・・見んでごしない。月が明るいけん。」
「なして、いけんのだ?」
「羞ずかしい・・・です・・・。小さくて、貧弱ですけん。」
高すぎる背に加えて、フミエが自分の身体の中で最も劣等感を抱いている部分が、
この胸だった。母も姉たちも、尋常な背と豊かな胸を持っているというのに・・・。
横になるとほとんど平らになってしまうほど薄く、先端のかざりは子供のように小さく、
とても男性にとって魅力的な胸とは思えなかった。
「俺はこのくらいがちょうどええけどな。手の中にすっぽりおさまって、ころがし
やすいけん。」
茂はそう言うと、人差し指と中指で乳首をはさんで、手のひら全体で乳房をころがした。
「・・・こげすると、ちょっこし丸くなってくる・・・そこがまたええ。」
「あ・・・ふ・・・ぅん・・・んっ・・・。」
さらされて、少し冷えだした乳房を、茂の大きな手と温かい言葉が包み込む。はさまれた
乳首からじんわりとした快感が生まれ、身体じゅうに拡がっていった。
引け目に感じていた胸を誉められて、フミエは信じられない気持ちだった。けれど、
たとえそれが茂の思いやりから出た偽りだとしても、その優しさがうれしかった。
415 :
この淡き日々5:2011/07/09(土) 07:12:05.69 ID:F/2H0zwO
刺激されてぴんと固くなった乳首は、初めて抱いた時よりもいくぶん色づいて、
小さいながら熟れの気配を示し始めている。自分がもたらした変化だと思うと、かきたて
られるものがあった。先端を口にふくんで舐め吸いながら、もう片方のとがりを指で
こすりあわせるようにいじめると、
「はぁ・・・んっ・・・ぁ・・・。」
身体の下で、フミエがあえいで身をよじる。下着の中に手を入れると、熱くうるんでいる。
下着に手をかけてずらそうとすると、フミエが羞ずかしそうに腰を浮かせて抜き取らせた。
口づけながら、なめらかな内奥に指をすべらせる。
「ぁ・・・ゃ・・・んっ・・・。」
いちばん長い指を挿し入れると、フミエの内部がきゅっと緊張した。何度かそこを訪れては
いるけれど、指でなかに触れるのは初めてだった。痛くないように指の角度を変えながら、
注意深くさぐっていく。
「ゃ・・・いや・・・ぁ・・・。」
羞恥と、未知の感覚に、フミエは身悶え、腰をひいて逃れようとした。
「どげな風になっとるのか、もっとよう知りたいけん・・・ちっと我慢せえ。」
婚礼の行われる神殿や、高級車・・・興味を持ったものは観察せずにはいられない茂のこと、
フミエという対象を手に入れた今、深く研究せずにはいられないものか・・・。長い指が
内部の複雑な襞をなぞり、時おり圧迫した。羞ずかしすぎる責め苦を、フミエは両脚で
茂の手をはさんだまま身を固くし、茂の背にしがみついて耐えていた。
「そ、そげに締めつけたら、痛いが・・・。」
苦笑しながら、指をそっと抜き取り、ぬるりと上方にすべらせると、フミエが明らかに
狼狽して、また腰を引こうとした。
(ここが、快えらしいんだが・・・。)
それまで向かい合って横たわっていたのを起き直り、のしかかるようにしてフミエの
動きを封じる。ぬめりをからめた指の腹で、感じすぎる核心をやさしくこすった。
「や、やめ・・・て・・・ぁっ・・・。」
虚しい抵抗を試みていた腕の力が抜け、フミエは次第に初めて知る快感に支配されていった。
「ゃ・・・ぁっ・・・ぁ・・・ぁあ―――――!」
眼に涙をいっぱいため、絶望的な表情でフミエは身体をふるわせた。ようやく指を
抜いてやると、フミエは糸の切れた人形のようにぐったりと弛緩した。
416 :
この淡き日々6:2011/07/09(土) 07:12:57.96 ID:F/2H0zwO
初めて刻まれた絶頂は、少しずつ愛撫に慣れてきたフミエの、身体の内側に生まれつつ
あった甘い痺れのようなものと違い、もっと痙攣的で容赦のないものだった。自分で
慰めたこともないのだろう、フミエは茫然とした表情で、涙でいっぱいの眼で茂を
みつめていた。
(そげな眼で、見んでくれ・・・。)
茂はその様子に罪悪感を感じつつも、その反面自分の中に激しく突き上げてくる、
もっともっとこの女を酔わせ、自分を刻みつけてやりたい欲望をかろうじて抑えていた。
「よう出来とるな、人間の身体は・・・。」
枕の上にのどを反らし、悲鳴の形のまま開いた口に、茂は抜き取った指を挿し入れた。
「ぅ・・・ぐっ・・・ぅ。」
「こげなもんが出て来るのも、俺を挿入れやすくするためだけん。」
初めて味わわされる自らの蜜に戸惑うフミエの舌や口蓋を、長い指で翻弄すると、
「んっ・・・んんっ・・・。」
苦しそうに閉じたまぶたから涙がこぼれたが、弄ばれた舌は次第に茂の指にからみつき、
フミエは今の今、自らを狂わせたそれを夢中で愛撫した。
茂は、指を抜き取っていとおしそうにフミエのほおを撫でると、両膝の間のわずかなすき間
に膝を割り込ませて、硬く反り返る自らをフミエの下腹に押しつけた。
「俺のも・・・もう、こげに・・・。」
フミエが、貫かれる予感に大きく息を吸い込み、身体をおののかせた。だが、茂は
すぐには貫かず、充分に開かせた脚の間に身体を入れたまま、フミエの膝頭をつかんだ。
茂が、フミエの背が高くてよかったと思うもうひとつの理由が、その長い脚だった。
すべすべした膝頭を引き寄せて口づけると、フミエがぴくりと身体をふるわせた。
すらりとした膝下に手をすべらせ、細い足首をつかんでぐいと上方に折り曲げると、
ぎゅっと眼を閉じて羞恥に耐えているフミエに命じた。
「・・・忘れとるぞ?もう片っぽもだ。」
フミエはまたしても命じられるとおりに脚を上げ、その羞ずかしすぎる姿勢をとった。
両の脚が大きく拡げられ、濡れそぼつ秘密の花が空気にさらされてヒヤリとする。
昂ぶりきった茂のものがその上を何度か突くようにしてから、ぐっと身を沈めてきた。
「あ・・・ぁぁ・・・あ・・・。」
フミエは必死で敷布をつかんで、圧倒的な量感に耐えた。
「まだ・・・痛いのか?」
「・・・い、いえ・・・もう、そげには・・・。」
そう言いながらも、ギュッと目を閉じて身体をこわばらせたフミエの様子は、矢に
射抜かれた小鳥のように痛々しく、なんだか悪いことをしているようで胸が痛む。
初めて抱いてから、もう数回を数えるけれど、挿入れられる瞬間はやはり恐怖心が
あるようだ。茂を受け入れてしまった後はだんだんと馴染んできて、まだはっきりとは
しないものの、快感の芽生えのようなものもあるらしい。おそるおそる揺すぶってやると、
フミエは頬を紅潮させ、茂の胸に顔をうずめて何事かに耐える様子を見せる。あえかに甘い
鳴き声も耳に快く、つたない媚態がこたえられなかった。
417 :
この淡き日々7:2011/07/09(土) 07:13:42.78 ID:F/2H0zwO
(もうちょっこし、前に進んでもええかな?)
フミエの手をとって、大きく拡げさせた左脚を支えさせる。フミエは戸惑いながらも、
約束どおりもう片方をもつかんだ。茂がのしかかるようにしてさらに深く埋め込むと、
こらえきれない悲鳴があがった。自らの手で拡げられ剥きだされたフミエの花芯に茂の
恥骨が密着して、律動を繰り返すたびに苦しいほどの快感を送り込んで来る。
「ひぁっ・・・やっ・・・いやっ・・・ぁああっ・・・。」
フミエの目尻からは涙がこぼれ、啼き声はのどを絞るようだった。あと少し・・・
このまま感じやすい花芯を責め続ければ、初めての絶頂に押し上げてやれるかもしれない。
フミエとともに登りつめる悦びを夢想しながら責めつづけた。だが、その時・・・。
「ふっ・・・ふぇっ・・・ふ・・・ぅうっ・・・うっ・・・。」
フミエが耐え切れずに泣き出した。茂はあわてて責めるのをやめた。
「す、すまん・・・きつかったか?もう、離してもええぞ。」
フミエが律儀に命令どおり、白くなるほど強く自らの脚をつかんでいる手をはずして
やり、極限まで拡げさせた脚をゆるめてやる。
「・・・俺が、急ぎすぎたな・・・。」
震える肩を抱いて、しゃくりあげる唇を甘く吸ってやった。
「・・・すんませ・・・ック・・・私・・・どげしたら・・・ヒック・・・ええのか・・・もう・・・。」
「ええよ・・・まだ早かったな、あんたには・・・。」
身体は着実に熟れてきているけれど、まだ与えられた快感をどう受け止めたらいいのか
心がわかっていないらしい。あのまま弱点を執拗に責めつづければ、あるいは初音を
あげさせることも出来たかもしれないが、身体ばかりを馴染ませて、フミエの心を
置き去りにしたくはなかった。
「わた・・・私・・・ちゃんと・・・ック・・・出来んで・・・ヒック・・・。」
「ちゃんとも何も・・・そのままでええんだが・・・。」
ともに忘我の境に到達することはできなかったけれど、強すぎる快感に追いつめられ、
泣き出してしまったフミエがいじらしく、自分の全てを吸い取られそうにいとおしさが
つのるのをどうしようもなかった。
(あーっ、もう!なしてこげに可愛いかな・・・。)
なかなか泣き止まないフミエの、ほおを濡らす涙をていねいに吸ってやりながら、
茂は再び、今度はおだやかな愛をそそぎはじめた・・・。
418 :
この淡き日々8:2011/07/09(土) 07:14:27.49 ID:F/2H0zwO
それを見ていた二人・・・というか、一人と一匹がいた。
一反木綿「ちっくしょー!ゲゲの野郎、フミちゃんをあげに泣かせて・・・!」
おばば 「やれやれ、ちっと落ち着きなされ、一反さん。そげに暴れると、額が落ちて
しまうが。それより、あんたは茂さんの筆先から生み出されたもんだけん、
茂さんは親のようなもんじゃろ?ゲゲ呼ばわりはないんじゃないのかね?」
一反木綿「俺は元々、見えんけどおったんでね。あいつの筆先に捕らえられて、この紙の
上に閉じ込められただけで、あいつに生み出されたわけじゃないが。」
おばば 「ふうん・・・それでも、形を与えてくれたのは茂さんだろうに。フミエの大事な
だんな様なんだけん、悪く思わんでごさんかね。」
一反木綿「俺だって、フミちゃんの幸せを願っとるよ。俺を額に入れて、大切にしてくれた
フミちゃんには恩義を感じとるけん。」
おばば 「そげかあ・・・だんだん、一反さん。」
一反木綿「それに、フミちゃんはがいに別嬪さんだけんな。白うて、長細うて、眼元が
キリッとしとって・・・。」
おばば 「そりゃ、あんたの世界ではそげかもしれんが・・・。あの子は、人間界では
ちょっこし背が高すぎるけん、ご縁に恵まれんで、心配しとったんだよ。
でも、やっとええ人に巡り会えて・・・ほんに良かった。」
一反木綿「・・・ああっ!ゲゲの奴、今度はあげなことを・・・!見ちゃおれん。」
おばば 「まあまあ、好き合うとるものどうし、何をしたってええじゃないかね・・・。
あんたも私も、縁あってここの家に来たんだけん、見て見ぬふりして、
二人を見守ってやろうや、なあ・・・。」
一人と一匹が見守るこの小さな家で、紡がれ始めたばかりの二人の暮らしは、春に
なったかと思えばまた寒さが戻る、まだ浅い季節に似ていた。
これはそんな、二人の淡いあわい日々のお話・・・。
419 :
411:2011/07/09(土) 07:19:00.39 ID:F/2H0zwO
童貞ゲゲ物語第三弾です。
一応これで完結です。もう逆さに振っても鼻血も出ませんゼエゼエw。
この後は、前スレ
>>513『初鳴き』に続きますので、よろしければ読んでやって下さい。
でも、深大寺〜桜が咲いてイカルの手紙イチャコラまでは結構日数があるので、
思いついたらまた何か書くかもしれませんが・・・。
フミちゃんの胸に関するくだりは
>>352,
>>354さんと、私も同意見でしたので使わせて
いただきました。昔の男の人って、オパイより、お尻重視が多かったみたいですが。
>>411 GJ!!一作目はゲゲ、モチツケ!二作目はゲゲ、慌てるな!って感じで大いに笑ったけど、
今回は過去二作以上に濡れ場がエロい…(;´Д`)ハァハァ さすがに余裕が出てきたか、ゲゲさん!
おばばの写真を向こうに向けるのがカワユスw
「初鳴き」もそうですけど、「茂のたくらみ」あたりにも続く感じですかね?ドSゲゲ覚醒、みたいなw
>>411 GJGJ!!!
ゲゲ童貞物語第三弾、待ってました!
ゲゲフミ両人の「いろいろな意味での、初めて知った感」が大好き
上手く言えないけど、あなたの作品は心が温まるんだよね
そしてエロぃところがたっぷりで、そこがまた超嬉しいwww
あなたの過去作品、改めて読みたくなったです
(どうでも良いことですが、ちなみに自分352=375でつ
取り入れてくれて、だんだん!!)
プレッシャーかけちゃったら申し訳ないが・・・思いついたら第四弾もぜひ!
>>411 GJ!美乳ハァハァ
ふみちゃんが従順でそれゆえにエロくてかわいすぎる!
一反さん、あげなことって何!?w
気が向いたら是非、初めてのフェラ編を…!
>>411 GJ!
シリーズにしてくだぱいw
茂さんが男っぽく
そして可愛い〜
いや
ふみちゃんは、もっと可愛い
個人的にはフ○ラよりク○ニのが萌えるなっww
貧しくとも密度の濃い時間を過ごしてた頃の二人
すごく伝わってきたよ!
今更こんなこと聞くのもなんだけど、
>>419を読んでいてみんなの認識を確認したくて。
戌井さん訪問&ゲゲ怒り&自転車デート(&大概の人が初夜を想定)の日って、何月何日くらいなんだろ?
というのも、帰る戌井さんを二人が見送った、次のシーンで桜満開から散り始めになっているので、3月下旬〜4月として。
おばばのナレで「ひとつきほど経ち」って言ってるので、逆算すると戌井さん訪問は2月下旬。
ってことは、ふたりが上京(1/31〜2/1)してから自転車デートまで、実際約1か月くらいあったってことにならないか?
布美ちゃんが放ったらかしにされてた期間って、そんなに長かったんだろうか?だとしたらショボーン期間が長くて可哀想だなと。
ずっと一週間以内だと思ってたけど?
桜の季節の件はいくら何でも飛びすぎだなあと感じた
>>424 ノベライズによれば、結婚式が1月30日で、ゲゲ実家に一泊して31日の朝の汽車に乗り、
ほぼ一日かけて上京、2月1日の朝に東京着。夕食の買い物にすずらん商店街に行って
置き引きに遭う。これが一日目。二日目アキ姉ちゃん来る。三日目みちこさんに会う。
四日目中森さんが下宿する。
深大寺の日は、みちこさんが置き引き犯に「五日間ごくろうさまでした。」と
言っているので、東京着〜深大寺まで五日間、2月5日ということになりますね。
昔の東京の桜は、三月上旬には咲いたのかな?
深大寺の一日にいろいろなことがありすぎ、とは当時も言われていましたね。
でも、結婚して一週間も指一本どころか話も出来なかったらつらいですよね・・・。
自分419ですが、皆さんに見抜かれちゃってるとおり、ゲゲ覚醒編を構想中です。
でも、完成している他の時代の話もあるので、新婚編はちょっこし休みます。
皆さんの温かいレスがすごく励みになってます。ありがとう〜♪
自分商店街の話書いてる者ですが、ゲゲが足痛めて
ふみちゃんが「初めてのおつかい」に行った日は、3/29です
太一くんが「妖奇伝」借りたので、判りました
連投すみません。
ので、自分の中では、おばばがちょっこし言い間違えたことになってますw
実はおばばの言い間違いはちょこちょこあるww
429 :
424:2011/07/11(月) 21:47:55.70 ID:Qsmj2+1t
みんなありがとう。そういえばおばばも、「ひとつき『ほど』経ち」と言ってた気がする。
深大寺デート&初夜が2/5として、襟を直すイチャコラがあった日が3/29とするなら、
ほとんど「ふたつき」じゃねーかというツッコミは、おばばに免じて許すということでw
話変わるけど、明日はゲゲがいいとも!!
ゲゲも楽しみだけど、彼が誰を紹介するかも楽しみだ。ゲゲゲ繋がりであってほしいけど、
もうずいぶん時間が経ってるからその線は薄いかなあ。
私も調布到着→深大寺(初夜)は2月5日頃だと思っていました!
ゲゲ中の人は、映画か何かしらの宣伝を兼ねて出るので・・・
お友達紹介はその関係かも?
なーんか・・・切ないですねえ〜
>>426 完成してる作品がおありなら、ぜひぜひ投下して下さいね!!
どSゲゲ覚醒も好きですw
>>2のまとめサイト、久々更新キタ
と思ったら、すげー更新率。最新の
>>411まで入ってるぞ!
嬉しい!!!
自分は携帯だから、あのサイトは読みやすいし便利
管理人さん、ありがとん
おおー、ありがたい
ジュモクさんの神様はお元気かなあ
ゆっくりされてますように
ゲゲふみでまとめられてる分だけでも100もあるんだな…すげぇ
ほんと萌え夫婦だよ
>>434 超短い映像のいちせんSSも増えてきたしな
ほんとにかわいい二人だ
「橋木氏の話」を勝手にどんどん投下している者でございます
>>2のサイトの管理者様、シリーズものとして枠など作っていただきまして、ありがとうございます!
恐縮です(汗)。お手数をお掛けしてしまっていたら、本当に申し訳ございません
しかも最初のほうの話と後の話では、整合性が取れてないところ多すぎて、恥ずかしいったらないです…
なのに懲りもせず恥の上塗り…。今回もエロは当然ないので、ご興味ない方はスルーで
でも!辛いのは今回までです!!次回は初の幸せスリーショットが…。あと、もう少し…
437 :
巨木の哲学1:2011/07/13(水) 22:18:50.56 ID:XUeSEnMd
「これ、お願いします!」
見覚えのある女性が、目を吊り上げて、この商店街でビラを配っている。
美智子によると、この女性は、大竹日出子という主婦らしい。あの「不良図書から子供を守る会」の、中心人物だ。
以前、喫茶店「再会」で、貸本屋への要望書の提出を提案したのが、彼女だったはずだ。
こみち書房が、子供達への貸本漫画の貸し出しを一向にやめないので、彼らは数日前から、この界隈の至るところで、貸本漫画反対運動をやり始めた。
曰く、貸本漫画が如何に俗悪か、如何に子供の健全な成長を阻害するか、更には如何に日本の品位を汚すか。
一席ぶったり、ビラを配ったりして、日々あちこちで訴えているのだ。そして「会」にとって今日は、ここでビラを配る日であり、その担当が、彼女だという訳だ。
当然彼らは、直接こみち書房へ押しかけるということも、続けていた。
見るに見兼ねた私は、一度美智子に申し出たことがあった。追い返すなり、文句を言うなり、何か加勢しようかと。
すると、彼女は言った。
「大丈夫。今までだって、こういうことは何度かあったけど、堪えていれば、収まったから。今度もきっと、しばらくの間だけよ。大袈裟にしないで。ご近所には、迷惑掛けたくないし」
それ以来、苦々しくは思いながらも、結局、何も出来ないでいる。
貸本については全くの門外漢である私なぞがしゃしゃり出て、事態がよりこじれても…という気持ちもあった。
和枝や徳子、それにうちの女房も、皆同じような思いなのだろう。似たような面持ちで、大竹夫人のことを遠巻きに見ていた。
「せめて、この商店街では、あんなもの、配らないでほしいなあ…」
いつあの家族がここを通るか、判らないというのに。
何も出来ない己が、歯がゆくて仕方ない。それでなくとも、貸本漫画の送り手達は今、窮地に立たされているのだ。
先日、美智子から「悪魔くん」が売り上げ不振の為、打ち切りが決定したらしいと聞いた時、私はあまり驚かなかった。
あの日、山茶花の木に隠れるようにして、川べりで一人、涙する戌井氏の姿を見た時、既に、何が起きたのか、何となく判ったような気がしていたからだ。
美智子もキヨも太一も、本当に残念がり、口を揃えて言った。「傑作なのに」と。
肝腎の村井夫妻は、と言えば。
村井氏のほうには、その話を聞いて以来、まだお目に掛かっていない。今まさに、短縮を余儀なくされた、その漫画の最終巻を、描いているところなのだろう。
夫人は相変わらず、ほぼ毎日、この商店街にやって来る。そして、意外にも彼女は、落ち込む様子を見せなかった。
触れないのも不自然なので、一度だけ、美智子から事情を聞いたことを伝えた。すると、夫人は言った。
「くよくよしとっても、仕方ないですけん」
その顔は、晴れやかというのとは勿論違っていたが、決して暗くはなかった。
表情だけで判断するなら、まだ「悪魔くん」の打ち切りが決まる前、あの、肩を落として模型屋を見遣っていた頃のほうが、ずっと曇っていたような気がする。
あの「圧力団体」の話題になっても、どちらかと言うと夫の仕事が否定されていることよりも、美智子達の様子や、こみち書房の経営状態のほうを、より気に掛けているように見えた。
気持ちの切り替えが早いとか、常に前向きだとか、言葉にするとすれば、そういうことになるのだろう。
だが、そんな単純なものではないことも、充分過ぎるほど、判っていた。なにせ、ずっと見てきたのだから。あの二人、あの家族を。
◆
438 :
巨木の哲学2:2011/07/13(水) 22:28:30.02 ID:XUeSEnMd
その翌日。
「えーっ、三百円!?それは高いですわ、ご主人」
今日は珍しいことに、すずらん商店街に、村井氏の声が響いていた。果物屋で、店主と何か話している。
「充分お安くしてますよ。これだけの量、あるんですよ」
「ですが、こげに黒くなったバナナ、もう売り物にならんですぞ。それを、こっちはカネを出して買うと言っとるんです。そこはそれなりに、考えてもらわんと」
どうやら、バナナの値下げ交渉をしているらしい。私は、酒を買ったご婦人の客を見送ってから、首を伸ばして、果物屋のほうを窺がってみた。
「百円でも、売れれば御の字でしょうが、そちらは」
「ひゃ、百円って、そりゃ、旦那さん、いくらなんでも…」
百戦錬磨の店主のほうが、たじたじとなっている。やり取りの様子を傍で見ていて、私はつい、笑ってしまった。
しばらくすると、村井氏の表情が、満面の笑みになった。どうやら交渉は成立したらしい。
古新聞の上に載せられたバナナの山を、嬉しそうに受け取る。だが、そのバナナは、いつ仕入れたのだろうと不安になるくらい、皮が黒く変色している代物だった。
村井氏は、バナナを、大事そうに古新聞に包み込み、あの肩掛け鞄に入れた。そして、襷を斜め掛けにすると、自転車に跨り、漕ぎ出した。
見事戦利品を勝ち得たことに、満足しきった顔。私と目が合うと、いつものように顔をくしゃくしゃにした笑顔を作り、こくんと頭を下げながら、通り過ぎて行った。
アーチの向こうへ去って行く自転車の後ろ姿。その背中には、いつもよりずっと重そうな、あの鞄が、揺れている。
「あれ、食えるのかね…」
そう呟く私の前を、村井氏を追いかけるように吹き抜けた風は、もう、師走が訪れたことを告げていた。
◆
多面的であることと、複雑であることは、必ずしも等しくはないのかも知れない。
最近私は、村井茂という男を見ていて、そう、感じていた。
「水木しげる」は、どんな時も、何があっても、描き続けている。彼を知る者は、誰もがそう言う。
基本的には、強い男なのだろう。だが、その「強さ」は、例えば鋼が、叩かれ、鍛えられて得る強さとは、全く異質なもののように思える。
おぎゃあと生まれたその時から、もう既に、備わっていたもの。もしかしたら、彼が持つ「強さ」は、あの欠けている左腕とも、関係がないかも知れない。
巨木は、自らを駆って、その樹勢を強めたことなど、ないだろう。
その時その時、往けるほうに根を張り広げ、枝葉を伸ばす。結果、あの姿になる。ただ、それだけだ。
彼が強い人間であることには、理由も条件もない。だからこそ、その「強さ」は、「柔らかさ」や「しなやかさ」とも、平気で同居する。
それらは全て、ごく自然に、「村井茂」という人間を構成する要素になっているのだ。
憑かれたような背中を見せ、妖気漂う世界を描きながら、子供の眼で、模型作りに興じる。
渾身の力を振り絞った作品が失敗に終わった、その直後に、見切り品のバナナを安く手に入れる為、商店街で奮闘する。
どれも、「彼」なのだ。全て、何の矛盾もなく、彼の中に存在する姿なのだ。
そして同様に、彼の中に存在する姿の一つが、いつも、あの女房と娘に、向かっているのだ。
いつもあの「眼」が、見つめたがり、あの「手」が、触れたがり、あの「腕」が、抱き締めたがっている。ただ、それだけのことなのだ。
439 :
巨木の哲学3:2011/07/13(水) 22:36:13.11 ID:XUeSEnMd
ああ、そうか―。
あの人には、逸早く、それが判ったのだ。
二人がいつ、どの様にして出会い、どの様にして結婚を決めたのかなど、勿論、私は何も知らない。
だが、きっと、何処かで、何かの瞬間に、彼女は知ったのだ、そんな彼の姿を。
「頭の中にあることは、判らない」と笑顔で言ってのける、その同じ感性で、彼の「心」の有り様については、全てを、正しく、感じ取ったのだ。おそらくは、全く、無意識のうちに。
漫画のことなど、何も判らなくても、あの人は、あの男と生きることに、何の疑いもないだろう。
それは、そうだ。何故なら、あの男の「心」は、いつも有りのまま、むき出しで、隣にあるのだから。あの、少年のような笑い顔と一緒に―。
そして、そんな、判ってみれば複雑さとは無縁の、あの男の真の姿を捉えることは、実は、誰にでも出来ることでは、ないような気がする。
◆
「河合さん、こんにちは!」
ある日、はるこが、商店街を通りかかった。手に、大きな紙袋を抱えている。
「こんにちは」
笑顔で挨拶を返してくれるが、無理に笑っているようにも見える。元気いっぱい、という訳ではなさそうだ。
「大荷物ですね。大丈夫ですか」
「はい、ご心配なく」
ちらっと覗き込むと、紙袋の中には、缶詰がいくつも入っていた。
「今日は、村井さん…、じゃない、水木先生のお宅に?」
「はい。でも、その前に、喫茶店で、お仕事の打ち合わせがあって…」
はるこは荷物を抱えながら、喫茶店「再会」のほうへ去って行ったが、その足取りは、秋に「挑戦を始める」と言って張り切っていた時のそれより、少し、弱々しかった。
背中が丸まっているように見えるのも、寒さのせいだけではないだろう。
本当は、彼女を見かけた瞬間、雑誌への売り込みが上手くいっているかどうかを、訊こうと思った。
だが、実際に眼を見て、言葉を交わしてみると、とてもそんなことは、言い出せなかった。
やはり、苦戦しているのだろう。あれから、二か月くらいは経つだろうか。
おそらく、訪れた出版社は、一社や二社ではないはずだ。同じところに、何回も持ち込んで、断られ続けているのかも知れない。
年齢で判断するのは、短絡的かも知れないが、はるこのような若い人にとっても、貸本から雑誌への転身は、容易なことではないのだ。ましてや村井氏、いや、水木しげる氏は―。
何人もの人の、いくつもの顔が、頭に浮かぶ。
太一、政志、美智子、キヨ、それに戌井氏。そして、あの女房と、まだ幼い愛娘。
個々の人々の「思い」とは、無力なものなのだろうか。
「水木しげる」の漫画を、「本物」だと信じる者達の思いは、何か大きな流れの中に呑み込まれ、消えていってしまうのだろうか。
漫画が単なる「子供のおもちゃ」なら、確かに安全で、毒がなく、触れても怪我など絶対にしないような、そんなものである必要があるだろう。
だが、そうではないと思って描き続けている者もいる。その思いは、これから何処へ行くのだろう。
貸本漫画が俗悪であるとして切り捨てられるとともに、「いいものには大人も子供もない」というあの絵描きの思いも、やがて何処かへ、消えていく運命にあるのだろうか。
◆
440 :
巨木の哲学4:2011/07/13(水) 22:43:41.15 ID:XUeSEnMd
師走も、下旬となった。
すずらん商店街での村井夫人は、相変わらずである。
ある時は、近くの農家で大根を大量に譲ってもらったことが、彼女にとっての僥倖となる。
「うちの人、たくあん、好きなんです。お夕飯の用意をしている最中に、お漬物だけ卓袱台の上に出しとったら、それだけどんどん、ぽりぽり、食べとったりして。
今年は、おかげさまで、いくら食べてもなくならんくらい、漬けられそうです」
嬉しそうに、馴染みの店のおかみに、そんな話をしたりしている。
また、ある時は、娘の一歳の誕生日でもあるクリスマスイブには、ホットケーキを焼くのだと言って、笑う。デコレーションケーキを買う余裕など、ないのだろう。
「藍子ちゃん、もうすぐ誕生日だね。おめでとう」
私が、乳母車の中の幼子に、そう声を掛けると、それだけで彼女は、顔をほころばせる。
「ありがとうございます!良かったなー、藍子」
そして、離乳食をどれだけ食べるようになったかを、幸せそうに語るのだった。
そんな日々が、続いていた。
ちなみに、今日、彼女は、娘を連れて出かけている。
「おつかい」だとしか言わなかったが、あの肩掛け鞄は持っていなかったので、原稿を届けに行った訳ではないだろう。
何となく、すぐ帰って来るような気がしていたのだが、予想は外れた。冬の日が、もう傾きかけた頃になって、やっと、赤子を負ぶった村井夫人が、戻って来た。
遠目に見えるその姿に、精気はなかった。
年の瀬の、気忙しさに満ちた商店街を、夫人は俯き、重い足取りで歩いて来る。
周りの様子など全く目に入らないようで、まるで彼女一人が、異空間にでも居るかのようだ。
魚屋「魚調」の前くらいまで夫人が来た時、私はもう、矢も盾もたまらず、店を飛び出して、彼女の傍に駆け寄った。
「奥さん、お帰りなさい!」
私が声を掛けると、夫人は顔を上げた。
だが、その眼は虚ろで、ぼんやりとしている。視線はこちらに向いてはいるが、私の姿など、見えていないようだ。
数秒の沈黙の後、やっと焦点が、眼前の私に定まったようで、夫人は無理に笑顔を作り、頭を下げた。
「ああ…、ただいま帰りました。すんません、ちょっこし考え事を、しとったものですから…」
「いいえ、こちらは、何も…。あの、ええと…」
勢い込んで傍近くに行ったところで、言える言葉も、出来ることも、何もなかった。ただただ、夫人の歩く速さに合わせて、歩みを進めるだけだ。
ふと、子守半纏の中に目を遣ると、赤子が、母の背に頬をぴったりと付けて、すやすやと眠っていた。
「藍子ちゃん、気持ち良さそうに、寝てますね。安心しきった顔をしてる」
そう言うと、夫人はいくらか気力を取り戻したようで、少しだけ表情を明るくして、呟いた。
「そげですか、良かった…」
再びの沈黙。うちの店の前まで来ると、夫人は店内に視線を向けた。
「何か、ご入用ですか?おっしゃっていただければ、ご用意しますけど」
やっと役に立てることが出来たと、張り切る私に対し、夫人は力なく言った。
「いえ、今日は、ええです…。また、次の時に…」
弱々しく頭を下げ、店を通り過ぎて、帰路を急ぐ。私は、そんな彼女の横顔を、ただ見つめた。
441 :
巨木の哲学5:2011/07/13(水) 22:50:01.22 ID:XUeSEnMd
そこでふと、夫人の頬が、妙に赤く火照っているのに気付いた。
よく見ると、額や首筋に、うっすら汗が滲んでいる。この寒空の下で、だ。
熱でもあるのではないだろうかと思い、言葉を掛ける。
「奥さん、大丈夫ですか?何処かご気分でも、お悪いんじゃ…」
俯き加減のその顔を覗き込むと、そんな私の心配をよそに、彼女は言った。
「いいえ、特には。私は、体だけは、丈夫に出来とりますけん」
笑ってみせはするが、その瞳に、光はなかった。
結局、私はこんな時でも、何をしてやることも出来ずに、ただ、アーチの向こうへ消えていくその姿を、見送るだけだった。
そして、思った。
強く、同時に柔らかく、しなやかに、生きてきたであろう、あの男。
これまでは、どんな困難も、真の意味で彼を打ちのめし、その「心」の有り様を変えることなど、出来なかっただろう。そう、きっと、「あの戦い」ですらも。
だが、今の彼は、どうだろうか。
絶対に失えない、かけがえのないものを手にした今。もし、それをなくすことと、自らの生き方を変えること、この二つを「秤」に掛けなければならなくなったとしたら。
その時、彼は一体、どちらを選ぶのだろう―。
終わり
>>437 不良図書とかはるこのフラグが色々切ないけど
バナナを値切るしげさんとかたくあんの話を嬉しそうにするふみちゃんとかのかわいさがほんと救いだなぁ
はるこエピはスレが荒れる元だから、サラッとお願い
>>443 嫌 な ら ス ル ー
投下も読むのも自由なはずだよ
嫌いなのもわかるけど、書くなって押し付けるのはやめてほしい
>>444 あんたエロなし職人本人か?
煽りたいの?
「サラッとお願い」って言ってるんだよ
一応は気を使って
本スレでも散々はるこは叩かれたし、
それだけ嫌悪感を持つ人がいる、って事
残念ながら、それは事実
ここでも荒れたのを忘れた?
「嫌ならスルー」って言葉を使えば、何でもありで
全てが許される訳じゃない
それと、明らかに酷い内容ならともかく
意見や感想を言うのも「自由」なはず
>>445 書き手ではないし煽りたいわけでもない
書いた事なんか一度も無いけど、理由はどうあれ書くなって押し付けるのはあんまりだと思っただけ
なんでそうやって決め付けるかなぁ…
はるこで荒れたのも知ってるし、あの時すごい悲しかったよ
だからこそ余計に、嫌ならスルーしろって言っただけじゃん
あなたのはリクエストでも意見でもなんでもない、ただの押し付けだよ
一時期と比べて明らかに住人が減ってるんだから、そう簡単に荒れる事って無いと思うんだが
と言いつつ、自分もメインの登場人物の中では唯一最後まで好きじゃなかったな>はるこ
この人が出てくると、もれなく本スレの雰囲気も悪くなるのも嫌だった
けんかはよせ、はらがへるぞ
(一度使ってみたかった)
嫌シチュは黙ってスルーが一番、わかりやすくて荒れない方法だと思うけどな。
荒れるのが嫌なのはすごくわかるけど。
>>437 「水木しげる」の天才で変人ででもそれがたまらなく魅力的な所が
橋木さんの目を通して柔らかく描写されているのがとても好きです。
449 :
437:2011/07/15(金) 00:53:35.63 ID:2UoNIGPN
>>442 自分もまさにあの時期のその「救い」の部分が好きなんですよ!
ドラマでも描かれてますが、出て来てないところはこんな感じかと
でも、切ないのはもう終わりますよー
>>443 お気遣いありがとうございます。自分もスレが荒れるのは勿論嫌です
今のところこみちが去って、昭和40年になったところくらいまででは
はるこは2行くらいで、ちらっと通り過ぎるくらいです。その先は、これからですが
ちなみに>444さんは、自分ではないです
>>448 「柔らかく」という言葉は、とっても嬉しいです!
自分にとっては橋木氏は「ただの商店街のおっさんだけど妙に紳士」みたいなイメージでw
紳士淑女が持つそういう柔らかさのある、ゲゲゲワールドの住人の皆さんが好きなんです
そこから派生して生まれたキャラと、今となっては言えなくもないかな、と
はじめはそんなこと考えてなかったんですがw
ブログ立ち上げてコツコツやるのが一番荒れなくていいんじゃ?
あと1、2作投下されたら容量オーバーしそうだね。5スレ目の予感wktk
マターリいきましょう。
携帯からですので、ID違うと思いますが、>449です
>>450 アドバイスありがとうございます。そうしたほうがいいですね
では長らく続いたこの話ですが、こちらに投下させて頂くのは>437を最後としまして…
これまでお読み下さった方々、レスくださった方々、ありがとうございました!
ゲゲゲワールドよ、永遠なれ!!
なんか…まるで不良図書の人達みたいだなぁ…
>>452 自分は楽しく読ませていただいていたので…悲しいです
ブログたてたら何からの方法で教えていただけると嬉しいです
>>452 新しい投下場所決まったらぜひ教えてください!
ここが難しそうだったら
>>1のまとめサイトの掲示板にでも報告を…!
橋木さんシリーズ、大好きでした。
これからも橋木さん目線で変化する村井家を読みたいです。
本当はすごくすごく寂しいけど…。
職人さんあってのスレですよ。
エロあってのエロパロ
あらあら、この手のスレも荒れますか・・・
いちせんエロ、好きでした
思いっきり妄想してしまいました
職人さん、ありがとうございます
いろんな意味で夏なんだよ多分
夏なんだからみんな大人しく子供用プールで遊んでる藍子喜子に水をかけられて下着まる見えなふみちゃんでも妄想したらいいんだよ
夫婦萌えウェルカムなので
投下場所変更は正直寂しい…
本編への愛が詰まっていて大好きでした
ありがとう!!!
459 :
青春1:2011/07/15(金) 22:17:43.30 ID:cR6u8//q
「南方の音楽はええですなあ・・・。しかし・・・自然と身体が動くので・・・仕事の・・・
スピードが・・・落ちるのが・・・困りものです・・・。」
水木プロの応接間には、怪しげな太鼓の音に時おり混じる奇声・・・茂が南方で録音してきた
祭りの音楽がエンドレスで流れている。
頭をぐるぐる回し、身体を揺らしながら話す茂に、打ち合わせに来た担当編集者も
どう対応したらいいのか困り果てていた。
「・・・ナニ?あんたまだアレを見とらん?はぁ〜・・・いけん!いけんなあ・・・そうだ!
これから上映会やりましょう。」
南方で撮ってきた8ミリ映画を、茂は誰かれかまわず見せたがった。海外旅行に行く人は
まだ珍しく、旅行の写真や8ミリ映画を家族友人に見せるのはよくあることではあったが、
村井家や周辺の人々にとって、素人の撮ったわけのわからない祭りの映像をえんえんと
見続けさせられることは、苦行以外の何物でもなかった。
「あれこそが、人間の暮らしだ。」
殺人的なスケジュールに追われる日々を送る茂は、以前から南方の生活をなつかしがり、
フミエにもいろいろ思い出話をしてくれていた。だが、ひと月前、ラバウル行きを
敢行してからというもの、茂の南方に対するあこがれは急速につのり、今や「南方病」
とでも言うべき症状となっていた。
昨年、宝塚の遊園地で「鬼太郎のおばけ大会」が開催されることになり、打ち合わせ
に行った茂は、なんという偶然か、そこで戦時中上官だった三井にバッタリ再会した。
既に重い南方病にかかっていた彼からラバウル行きに誘われた茂は、去年思いきって
二十六年ぶりにラバウルを再訪したのだった。
その三井と言う男は、戦時中「兵隊は殴れば殴るほど良くなる。」と言う上官が
多かった中、珍しく温厚で茂と気が合った人であった。
三井元軍曹は、夏のある一日、もう一人なつかしい人をともなって村井家を訪れた。
元軍医の笹岡は、変わり者だったが、軍律違反ばかりしている茂を何くれとなく
かばってくれた人だった。
「この間、夏風邪ひいて宝塚の病院に行ったら、なんと軍医どのがそこの院長をされて
おったんだよ。」
「三井君から君のことを聞いたら、もう懐かしくてたまらんようになってねえ・・・。
無理を言って連れて来てもらったんだよ。」
偶然に偶然が重なり、二人もなつかしい人に会うことを得た茂は、しょっちゅう
アシスタントが相談にやって来る多忙さの中でも、嬉しそうに思い出話に花を咲かせた。
460 :
青春2:2011/07/15(金) 22:19:09.15 ID:cR6u8//q
「村井くんは腕をやられても、明るかったねえ。ひょうひょうとして、マラリアで
熱があってもえらい食欲で。」
「トペトロたちの村へ行くという楽しみがありましたからな。マラリアの時はさしもの
自分も食欲が無くなって参りましたが、子供たちにバナナを持ってきてもらって、
あれで助かりました。」
「・・・おかげで毎日ビンタビンタの嵐で、しまいには重営倉送りになりかけたがね。」
三井がからかうように言うと、茂は笹岡に頭を下げた。
「かばってくださった軍医どののご恩は忘れとりません。」
「ははは・・・もういいよ。私はね、あの悲惨な戦場でも、君のまわりにだけは何やら
ホンワカした空気が流れとるような気がして、貴重な男だと思っとったんだ。」
「・・・君はあちらの女にもモテとったねえ。」
三井がニヤニヤしながら危ない話題をふってきた。
「いやいや、そげなことありませんよ。子供やばあさんには人気がありましたが。」
茂は、そばで聞いているフミエをちらっと気にして、話をそらそうとした。だが、
三井はそんなことにはおかまいなしに歌まで歌いだした。
「女ッ気ゼロの我々には、女と親しくしとると言うだけで、正直うらやましかったよ。
♪い〜ろ〜は、くろい〜が、南洋〜じゃ美人〜♪というやつだな。」
「戦争が終わってお前が日本に帰るという時、みんな泣いて『家も畑もやる。嫁もやる
からここで暮らせ』と言って止めたそうじゃないか。」
「そうでしたなあ。自分もずいぶん心がゆれたもんです。今思えば、あの時思いきって
あそこに残っておれば、もっと人間らしい暮らしができとったかもしれん。」
なつかしい話題に、茂も思わずフミエの視線を忘れてしまった。
(そげな話、初めて聞いたわ・・・。)
二十何年も前の話、妬いたりするのはおかしいとはわかっているけれど・・・。もしも
その時南方に残っていれば、茂はまったく違った人生を送っていたかもしれないと
思うと、フミエは心中おだやかでなかった。
「また楽園に行きたいもんだなあ、村井くん。」
「まったくですなあ。」
軍曹どのの言葉に茂が即応した。二人の夢見るような視線の先には南国の花の咲き乱れる
ジャングルが見えているようだった。
「おっ。今度行かれる時は、ぜひ自分も連れて行ってください。」
「いやあ、軍医どのがそう言われるんじゃ、これはぜひ実現させんといけませんな。」
さっきまで凄惨をきわめた玉砕の話でしんみりしていたと言うのに、次第にビールが
まわってきたのか、軍医までもがランランと目を光らせ、南方への熱い想いを語り始めた。
それぞれに地位もあるいい歳をした三人の男の眼を、フミエはどこかで見たことが
あると思った。それは、ひとつできあがる度、次は何を作ろうかと連合艦隊の編成に熱中
していた時の茂の眼と同じだった。
(・・・三人とも、病気だわ・・・。)
フミエはあきれ顔をなるべく表に出さないよう気をつけながら、盛り上がる三人の
中年男にビールやつまみをすすめた。
461 :
青春3:2011/07/15(金) 22:20:25.76 ID:cR6u8//q
数ヵ月後、忘れた頃に三井から再びの南方行きの計画書が送られて来た。
「・・・これは、万難を排してでも行かねばならん!」
茂はさっそく光男にその日に向けてスケジュールの調整をさせ、家族にも宣言した。
「あーあ、先生また一週間もいなくなるのか・・・。ただでさえキツイのに、無理するから
俺たちにしわ寄せが来るんだよなあ。」
キッチリ仕事を片付けて行きたい光男はもとより、アシスタントたちも不満たらたらである。
「男いうもんは、なして自分が死にかけたような所へ行きたがるかね?」
茂の健康をいつも誰よりも心配している母の絹代は悲憤慷慨した。
「南方はええぞー。あのロマンは、女にはわからん。」
「あなたの好きなジャワのような都会じゃないんですよ。トイレもお風呂もない、
飲み水にはボーフラがわいとると言うじゃないですか!」
「むむ・・・それはいかんな。」
よけいなことを言って一喝された修平も、たちまち反対派に寝返った。
「お父ちゃん、鳥さんの写真見せて〜!」
「おお、よしよし。見せてやるぞ。」
仕事部屋で茂が南方の写真に見入っているところにやって来た喜子は、誰も見ようと
しない茂の南方のアルバムを嬉しそうにめくっては解説を求めた。
「くくっ・・・お前だけだ・・・俺の理解者は。」
茂が感動して喜子のおかっぱ頭をぐるぐる撫でているところへ、フミエが入ってきた。
「喜子・・・また来とる。お仕事の邪魔ですよ。」
「はーい。お父ちゃん、これ借りてっていい?」
「おお、ええぞ。」
小さな両腕に、大きなアルバムを抱えて喜子が走り去ると、フミエが口を開こうとした。
「おい・・・お前まで反対するなよ。」
茂が機先を制した。フミエが何を話そうとしているのかはわかっている。
「どいつもこいつも、俺の顔を見ると『南方行きは考え直せ。』だ。俺が少しでも
このドレイの様な生活から逃げ出そうとすると寄ってたかって邪魔するんだけんな。」
「・・・みんな、あなたの身体が心配なんですよ。」
「あっちではみんな俺が来るのを首を長くして待っとるんだ。二十六年も待たせたのに、
ちゃんと俺のことを覚えてくれとった。」
茂は、仕事部屋に飾ってある、前回の南方行きの時にトペトロ達と撮った写真を示した。
「彼らには、いったん朋友と認めたら、損得ぬきで一生つきあうという考えがあるんだ。
純真で、誠実な人たちだよ。」
鬱蒼としたジャングルを背に、茂を囲む満面の笑みの人々。フミエのまったく知らない
世界に茂を魅きつけて離さない彼らの黒い顔を、フミエは少しうらめしい思いでみつめた。
「それより、出発の前日は、たのんだぞ。」
前回は午後の便だったが、今回は午前中の便なので、朝起きに不安のある茂をちゃんと
飛行機に間に合わせるため、フミエが車で羽田まで送って行って、空港近くのホテルに
前泊することになっていた。実は一番気の進まない自分が、わざわざ泊りがけで送って
いかなければならないなんて・・・。フミエは複雑な思いで茂の差し出す地図を受け取った。
462 :
青春4:2011/07/15(金) 22:21:28.35 ID:cR6u8//q
元々きついスケジュールを、かなり無理をして描きため、アシスタントたちに後の
指示を出し、なんとか連載に穴をあけずに済むように準備するうち、またたく間に
出発の日がやって来た。
フミエの運転で羽田に着き、関西から参加する三井と笹岡とホテルで落ち合った。
「それじゃあ、明日またロビーで。」
夕食後、二人と別れて茂とフミエは自分たちの部屋へ向かった。経済的に余裕が出来てから
家族で旅行したことはあるけれど、茂と二人きりでホテルに泊まるなど初めてだった。
空港近くのそのホテルは、外国人客が多いせいか、天井も高く、ドアノブはずいぶん
高いところにあって、日本人としては長身の方のふたりも驚くほどだった。
「うわ・・・なんだこれは、入りにくくてかなわん。」
外国人向けの、浅くて長いバスタブと、洗い場のない風呂に文句を言いつつ、茂が
風呂からあがって来た。
「いちいちお湯を張り替えるなんて、もったいないですねえ。」
フミエは、茂が入った後のバスタブの湯を抜いて、身体を洗いながらお湯をためた。
肩までつかろうとすると、身体が浮き上がってしまうのが恥ずかしく、早々に風呂から
あがると、着るものがない。
(あれ・・・困ったな。外人さんが多いから、ゆかたがないのかしら。)
フミエはしかたなくバスタオルを身体に巻きつけたまま、浴室を出た。
「あら・・・お父ちゃん。ゆかたどこにあったんですか?」
窓際の椅子に座って外を眺めている茂はゆかたを着ていた。
「ああ・・・この引き出しにあったぞ。」
見れば、TVの下のチェストの引き出しが開けっ放しになっていて、その中にゆかたが
入っているのが見えた。
「・・・ちょっこしあれを見てみろ。こげな時間にも飛行機が発着しとる。」
チェストに近づいてゆかたを出そうとしていたフミエは、茂の言葉に、窓辺に寄って
外を眺めた。すっかり暗くなった風景の中で、遠くに空港の無数の灯と、チラチラしながら
飛んでいく飛行機の灯りが見えた。
「・・・お前、ちょっこし妬いとるんだろ。軍曹どのがあげなこと言うけん。」
「べ、別に妬いてなんか・・・。」
「誤解がない様に言っとくがな、別に何かあったわけではないぞ。現地の女と交渉しては
いけんと言う厳しいお達しがあったしな。」
フミエとて、向こうで実際に何かがあると思っているわけではない。うまく言えない
けれど、南方熱が再燃してからの茂は、心ここに在らずというか、普段どおりに暮らして
いても、何かフミエを素通りして遠くを見ているような気がするのが寂しかったのだ。
463 :
青春5:2011/07/15(金) 22:22:20.11 ID:cR6u8//q
「そりゃあもちろん俺だって男だけん、女がおるのが嬉しくなかったわけじゃないが。
それよりも、同じくらいの歳の連中と、満天の星の下でとりとめのない話をするだけで、
楽しくてたまらんだった・・・。そげなことも何もない青春だったけんな。」
「・・・それが・・・いやなんです。」
「え・・・なして、いやなんだ?」
「だって・・・その人たちは、私の知らんお父ちゃんを知っとるから。こげなこと言うと、
了見の狭い女だと思われるでしょうけど・・・あなたが南方に夢中になればなるほど、
寂しくてたまらなくなるんです。」
いつもと違う雰囲気の中で、ずっと言えなかった言葉がするりと口をついて出た。
『私の知らんお父ちゃんを知っとるから。』・・・フミエはいつも出会う前の茂のことを
知りたがっていた。ずいぶん長い時を一緒に過ごして来た気がするが、実際のところ
フミエはわずか十年分の茂しか知らないのだ。
「なあ・・・いつか、お前もいっしょに行こう。」
「え・・・?」
「トペトロにはな、もうえらい大きな息子がおる。俺にも娘が二人おると言ったら、
ぜひ連れて来いと言うんだ。・・・お前もいっしょに行かんか?」
「南方に移住しよう。」と言う茂のアイデアは、フミエたち母娘にとって、とうてい
受け入れがたいものだったが、それは最初から「家族全員で」と言う条件つきだった。
(お父ちゃんにとっては、南方のことも、私たちのことも、両方大事なんだけん・・・。
困らせたら気の毒かもしれん。)
大好きな家族に、大好きな南方のことを悪く言われ続ける茂が、フミエはなんだか急に
かわいそうになった。
「そげですね・・・いつか、喜子がもっと大きくなったら。」
「そうかー。わかってくれたか、お母ちゃん!」
茂はにっこり笑って、フミエが身体に巻きつけているバスタオルに手をかけた。
464 :
青春6:2011/07/15(金) 22:23:22.01 ID:cR6u8//q
「え・・・きゃっ!」
いきなりバスタオルをはらりとはぎ落とされそうになり、フミエが悲鳴をあげて
かろうじて腰のあたりで押さえた。茂は、フミエが手で押さえているバスタオルのはじを
巻き込んで留め、胸を隠そうとするフミエの手をどけた。
「どげだ?向こうではこげな風に腰巻いっちょうで暮らせる。うん・・・なかなか似合うぞ。」
「もぉ〜、いやですよ、こげな・・・。」
羞ずかしがるフミエの、少し冷えだした裸の背中に、茂の温かい手がまわされた。
唇をかさね、口づけを深めていくと、フミエの細い身体が腕の中でしなった。
腰まわりだけを覆っていたバスタオルも床に落とし、しっとりした肌に手を這わせると、
密着した口の中の息遣いが荒くなる。双つの丘の後ろから手を挿しいれ、うるおう
狭間を指でまさぐると、フミエは泣きそうな声をあげて膝を落としそうになった。
「や・・・だめ・・・ぁぁっ・・・ぁ・・・。」
膝の力が抜けてしまったフミエは、羞ずかしいことに、秘部に挿し入れられた手に
支えられ、やっとのことで茂の肩にすがりついていた。
「ベ・・・ベッドで・・・おねがい・・・。」
抱えられるようにしてよろよろとベッドまで歩かされる。ようやく横になれると思った
のもつかのま、フミエはベッドの縁に腹ばいにされた。両脚の間に茂が立ち、足で
フミエの脚を押し広げた。骨盤のあたりをつかまれ、腰をあげさせられる。たかだかと
掲げさせられ、ぱっくりと開かれた部分を見られている羞恥に、カッと顔が熱くなった。
「ぁ・・・ぁぁ・・・ん・・・ぁぁっ・・・あっ・・・!」
充血し熱く疼いているそこに、硬起した男性がわざとじりじりと埋め込まれていく。
「ぁぐ・・・ぅ・・・ぅぅ・・・ん・・・。」
頭が下になったまま、身体の中心をつらぬかれ、上下がわからなくなりそうな恐怖で
フミエは手を伸ばしてシーツをわしづかみにした。低いうめき声がのどの奥から
こみ上げて来るのを、シーツに顔を埋めて必死でこらえる。ただ充たされているだけで、
自分の内部があさましく蠕動し、意に反して勝手に腰が揺れるのがわかる。
「お前のなかが喜んどる・・・好きなように動いてええぞ。」
「ぃやっ・・・ぉ・・・ねがい・・・あなた・・・が・・・。」
突いてほしい・・なかを擦って・・・かきまぜて・・・めちゃめちゃに感じさせて、何もわからなく
させてほしい・・・。茂とつながったとたん、かえって必死でこらえていた寂しさに襲われる。
茂を抱きしめられないこのかたちを恨みながら、フミエはむなしくシーツをつかみしめた。
「しょうがないな・・・。」
ずるりと引き出される感触にあえぎ、すぐまた凶暴に充たされてうめいた。欧米人仕様の
ベッドはフミエの膝丈より高く、突き上げられて足が浮いてしまう。茂が太腿を抱えあげ、
ぐっと腰を進めて前に進むように促した。貫かれたままのものに押しやられるように、
フミエは無我夢中で前へと這った。
465 :
青春7:2011/07/15(金) 22:24:02.48 ID:cR6u8//q
口づけを求めて茂を振り返った時、フミエの視界にちらと肉色の塊が映った。それが
壁際に置かれたドレッサーの鏡に映った自分たちの姿であることに気づき、カッと顔が
熱くなる。
「・・・お?ええものがあるな。」
気づかないでほしい・・・そう思ったのもつかの間、茂は目ざとくそれに気づいた。
「お母ちゃんがどげな顔してよがっとるのか、いっぺん見てみたいと思っとったんだ。」
後ろから乳房をつかまれ、再び内部の固い芯に突かれて向きを変えさせられる。
つきあげる快感に耐えながら、フミエはよろよろと這ってそれに従った。
茂にこのかたちで抱かれることが好きなのかどうか、フミエにはどちらとも言えなかった。
けものの様なこの姿勢で交わる時、茂は少し加虐的に、反対にフミエは少し被虐的な
気分になるようで、それに煽られて茂は激しく奪い、フミエはどうしようもないほど
感じてしまう。反面、口づけも交わせず責められていると、まるで暴力的に犯されている
ようで寂しくなって、フミエはいつも終わった後、口づけを求めずにはいられなかった。
この体位のよい点と言えば、茂に絶頂の極みの表情を見られないで済むことだったのに・・・。
「こら、ちゃんと顔を見せえ。」
フミエは、鏡に映るおのが姿を正視できずに下を向いた。茂は、フミエの髪をくるりと
手に巻きつけ、痛くないようにゆっくりと引っ張って上を向かせ、ささやいた。
「・・・見たいんだ。お前のええ表情(かお)が・・・。」
四つん這いになった両腕の間に揺れている乳房、瞳がうるみ、顔が艶めいて見えるのは、
後ろに茂を呑みこまされているせいか・・・初めて見る自分の淫らな姿にますます昂ぶらされる。
貫いたものに回転運動をさせながら、フミエの腰をつかんでわざと逆方向に回させる。
「ええと言うまで、自分で・・・まわしとれ・・・。」
茂は片膝立ちになり、より強く自分の運動に専念した。フミエはもはや自分の意思とは
別に、身体が命じられた動きを止められなくなり、悲鳴に近い声がのどをついて出るのを
どうしようもなかった。
「・・・だめ・・・だめぇっ・・・!」
口をふさごうとするフミエの手を、茂が引き剥いでささやいた。
「今日は、我慢せんでもええぞ。家じゃないんだけん。」
「だ・・・だって。」
「軍曹どの達は、シングルの部屋だけん、別の階だしな。」
たとえ知っている人でなくても、嬌声を聞かれるのは羞ずかしい・・・そんな含羞も、
引き抜かれ・・・穿たれ・・・抽送がはじまると、きれいに消え去った。
466 :
青春8:2011/07/15(金) 22:25:11.55 ID:cR6u8//q
静かな部屋の中には肉のぶつかりあう音と、激しい息遣いがひびいている。
高まりきった淫らな顔が、穿たれるたびゆらゆらと揺れる。鏡の中で、これ以上ない
ほど大きく開かれた口から、フミエ自身にはもう聞こえない絶叫がほとばしるのが、
涙でぼやける瞳に一瞬映ったのを最後に、顔を上げていられず突っ伏した。
ようやくフミエの中で荒れ狂っていた凶器が引き抜かれた。肩をつかんで引き起こされ、
ぐったりと重い身体をあお向かされる。甘く口づけられながら、とろとろに溶けた身体に
再び鉄を打ち込まれた。
「・・・も・・・だ・・・め・・・。」
「ええ声で啼いとったな・・・もうひと啼きしてみろ。」
すっかり柔らかくなった天井に茂の先端がつきつけられ、強い腰の動きで何度も何度も
そこを圧迫される。
「ギ・・・ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・。」
茂の動きに合わせて軋むベッドのスプリングの音がいやらしく響き、ひと突きごとに
フミエの切迫したあえぎが高まっていった。もう精も根も尽き果てたと思っていたのに、
つきあげる快感にフミエの腰はびくんと跳ね上がり、茂を持ち上げて踊った。
「あ・・・ああんっ・・・あ・・・ぁああ―――――!」
嬌声は嗚咽に変わり、涙があとからあとからあふれた。女の涙は苦手だと言う茂のため、
できるだけ泣き顔は見せないようにしているフミエだけれど、せきを切ったように
涙を止めることができない。
(快すぎて・・・泣いとるの・・・だけん、ゆるして・・・。)
フミエのせつない涙に濡れながら、茂も次第に終わりに近づいていた。
「・・・かな・・・いで・・・。いか・・・な・・・で・・・。」
まだ荒れ狂う絶頂のなかで、痛いほど茂の背にしがみつきながら、フミエは言っては
ならないと自分にいましめていた言葉を吐き出していた。
「そ・・・そげなこと言われても・・・。」
フミエの中に今まさに解き放とうとしていた茂は、一瞬とまどった。
(『行かないで・・・。』って、明日のことか・・・。)
ものわかりよく振舞っていたはずなのに、愛し合うさ中に寂しい心のうちをさらして
しまったフミエが、聞き分けのない子供のようで、いとおしかった。
「すぐ帰るけん・・・待っとってくれ、な・・・。」
茂は小さな子にする様にフミエの頭を抱きしめ、わななきの中にそそぎ込んだ。
467 :
青春9:2011/07/15(金) 22:26:36.24 ID:cR6u8//q
「ホテルっちゅうのは、乾燥していけんな。」
茂は起き上がると、立って行って冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出した。
ひと口飲んでから、口にふくんで、ぐったりと横たわるフミエを上から見下ろした。
フミエは少し起き直って、少し冷たい唇に自分の唇で触れた。流し込まれた水を嚥下した
あとも、唇は離れずに冷たい口の中を舌で味わいあった。
「・・・風邪ひくといけん。ちゃんと寝巻きを着ろよ。」
茂はナイトテーブルのティッシュを数枚取って、自分がさんざん蹂躙したところを
拭き始めた。充血してふくらんだ秘所は、フミエの蜜と茂の凝りとでぬるついていて、
拭くと言いながら、実際は撫で回されるばかりで、フミエをたまらなくさせた。
「やめて・・・じ、自分でやりますけん。」
「ええけん・・・じっとしとれ。」
フミエが羞ずかしがって腰を引いても、茂は拭くのをやめない。フミエの目の前には
今の今までフミエを苛んでいたものが揺れていた。まだ上を向いたまま、フミエの
蜜に濡れて光っている。フミエは起き直って顔を近づけ、それを口にふくんだ。
「こら・・・またその気にさせる気か?」
茂が笑いながらフミエの頭を軽く押しやった。
「きれいに・・・するだけです。」
自分と茂の体液が入り混じり、不思議な味がするそれを、フミエは裏も表も丁寧に
舐めた。先端のくびれや、まだ白濁ののこる鈴口を舌先でつつくと、茂がため息を洩らして
腰を揺らした。これ以上刺激すると、また・・・フミエは名残惜しそうに先端に口づけると、
そっと手を離した。
「おい・・・。これ以上、搾り取らんでくれよ。明日旅行に行けんようになる。」
茂がからかうように言いながら、フミエの唇を奪った。上も下も、蜜液も精も、全てが
混じりあい、淫らに溶けあって、泣きたいような気持ちにさせる。
茂の言うように、明日旅立てないくらい奪ってしまえたら・・・汗ばんで冷え始めた肌を
重ねたまま、フミエはそんな馬鹿げたことを夢想していた。
468 :
青春10:2011/07/15(金) 22:29:01.87 ID:cR6u8//q
翌朝。また落ち合った4人は、フミエの車で空港へ向かった。大きな荷物を乗せた
カートを押し、三井と茂は何やら楽しそうに語り合いながら笹岡とフミエの前を歩いていた。
「・・・昨夜はまいったよ。あてがわれた部屋がボイラー室の真横でね。うるさくて
寝られそうにないから、フロントに文句言ってやったんだ。そしたら、もうツインの
部屋しか空いてないと言うから、笹岡くんともう少し飲みなおそうかと思って
11階のツインの部屋に変えてもらったんだよ。」
「自分が下戸なもんで、夕食の時は遠慮されたんですな。すみません。」
「いやいや、いいんだよ。それでね、笹岡くんと飲んでおったら・・・そう、10時ごろ
だったか・・・隣の部屋から妙なる調べが聞こえてきたんだ。」
「・・・妙なる、調べ・・・というと?」
「ひらたく言うと“アノ声”だ。・・・それはそれは激しくてね。何を言っとるのかまでは
わからんが、女がしきりに声をおさえるのに、男の方はおかまいなしでね・・・。」
茂は激しく身に覚えのあることを相手に覚られないように、必死で平気な表情を取り繕った。
「・・・ほほぉ。」
「女の方も、しまいには恥も外聞もない、という様子でね。・・・あれはきっと外人だな。
日本人であそこまで激しいのはおらんよ。いやぁ、若いってすばらしいねえ。なんだか
こっちまで若返った気分だったよ。」
「そ・・・それは、ええものを聞かれましたな。」
「だろ?笹岡くんなんか真面目だから真っ赤になっちゃってねえ。ここだけの話、
奥さんがいなければ君も呼んでやったんだが。」
三井がわっはっはと笑い、茂もそれに合わせてひきつった笑い声をあげた。
「いやあ・・・残念です・・・。」
今朝自分たちが部屋を出る時に、三井たちと出くわさなくて良かった・・・。茂は三井に
気づかれないように冷や汗をぬぐった。
469 :
青春11:2011/07/15(金) 22:29:51.74 ID:cR6u8//q
「奥さん・・・あきれておられるんじゃないですかな?まるで遠足の前の子供ですからな。」
前方で、何事かをささやきあっては笑い声をあげ、おおいに盛り上がっているらしい
三井と茂を見ながら、笹岡がフミエに話しかけた。
「遠足の前の子供・・・ふふ、ほんとにそげですね。」
「ご心配でしょうが、しばらくは大目に見てやってください。」
笹岡は、まるで戦時中軍律違反を繰り返す茂を庇った時のように、また茂を弁護した。
「男どもが、戦友会だなんだと懐かしがって集まったり、果てはこうして戦地を訪れたり
するのが、ご婦人には理解できかねるようですな。」
「ええ・・・。義母などは『なぜ自分が死にかけたような場所へ行きたがるのか?』と
憤慨して・・・。戦争中、主人のことを誰よりも心配しておりましたから。」
「ごもっともです。・・・ただ、戦争に行った者に青春なぞなかった、と決めつけるのは
どうですかな?一生懸命生きておる時が青春とするならば、あれ以上一生懸命
生きる時もありません。どんな地獄でも・・・いや、地獄だからこそ、そこで見た美しい
光景や、出会った人情は一生心に焼きついて離れんのです。」
フミエは、戦争と青春などを結びつけて考えたことなどなかった。
「我々は、村井くんほど青春まっただなかではなかったですが・・・。それでも、あの時期を
あそこで過ごしたことの意味を、さがし続けずにはおられんのですよ。」
おだやかに語る元軍医の顔、そして何やら盛りあがっている三井と茂の横顔を、フミエは
感慨深くみつめた。
その夜。フミエは茂の仕事部屋に入った。主がいないと思うと、妙に空虚な感じだ。
「今ごろどのへんにおるのかなあ・・・。」
三井が作ってくれた行程表を見ながら、旅の途中の夫に想いをはせた。
茂がいつも座っている椅子に座り、子供のようにぐるりと回ってみる。トペトロ達と
撮った写真が目に入った。
「一生懸命生きとる時が青春・・・か。」
今朝の笹岡の言葉がよみがえる。
(青春・・・なんて言ってええのかどうかわからんけど・・・。)
フミエにとって、茂と過ごした年月こそが青春だった。お互いに良く知らないまま結ばれ、
戸惑いながらも少しずつ愛を知り・・・洗うがごとき貧しさの中でも笑い合い、怒りや
悲しみをともにして精一杯生きていたあの日々・・・。
(結婚してからが私の青春・・・でもいいよね。)
フミエにそれを与えてくれた人こそは茂だった。
白い歯の目立つ顔、顔・・・ひとりひとりを、フミエは改めて見た。病み傷ついた茂を癒し、
友情をはぐくんでくれた人々・・・。恵まれていたとは言いがたい若き日の茂を、南方の
大いなる自然とそこに暮らす人々の人情が包んでくれたことを、フミエは心の底から
ありがたいと思った。
「お父ちゃんに優しくしてくださって・・・あーがとございました。」
声に出して礼を言うと写真立てをそっと元に戻し、フミエは部屋を後にした。
>>459 投下ありがとうございます!
しばしの別れの前はやっぱり激しいのですね!
しかし、外人に間違われるほどとはw
行かないでと寂しがるフミちゃんを優しく慰めるしげさんに萌え転がりました!
>>459 フミちゃん可愛ええなあ…。しげーさんの、このSっぷりと朴訥な優しさの
両方が一気に現れるところが、大好きです!!
ところで
>>452ですが、新投下場所作ったんですけど、どげしたらええんでしょうか?
まさかここにいきなり貼る訳にもいくまい…
>>459 GJ!鏡プレイエロいエロすぎる
やきもちふみちゃんかわいいなぁもう
南方ボケだったり喜子にコロッケあげてたしげさん結構好きなので読めて嬉しかったです
>>471 >>454の
>>1の保管庫の掲示板に書くって案が良いと思うのです
ジュモクです
毎朝7時に起きるので精一杯です
>>1の掲示板の避難所にでもお待ちしております
>>459 GJ!!エロい!エロいよ!!鏡プレイ最高!!ベッドが軋む音もエロさ満点…!
「いかないで」→「イかないで」と誤解して一瞬落ち込むゲゲが可愛い!けど布美ちゃんの想いは切ない。
とか言ってる間に、容量が…!他力本願ですまん!誰か次スレお願いしますううううう!!
>>475に
>>1のちょっこし妄想の文章と、スピンオフのいちせんも可みたいな文章が欲しいかな
自分も立てられないんだけど…
>>476 いっそのことスレタイ、【ゲゲふみ】ゲゲゲの女房でエロパロ5【祐綾】は?
携帯からでも立てれそうなら挑戦してみる
>>477 スレタイにカプ名入れるのってあんま賛成できないなぁ…
あと、原案の本じゃなくて朝ドラ版のエロパロであるという主張はした方がいいと思うから
朝ドラって言葉は外さない方がいいと思うんだけど…
>>477 【ゲゲふみ】ゲゲゲの女房でエロパロ5【祐綾】 に大賛成!!
このスレの基本中の基本だよね
>>478 なんで、カプ名いれたら駄目なの?
連投スマソ
>>459 シチュの流れが自然で良かったです
ゲゲがちょっとS入ってるのに萌えたわ〜
フミちゃんはやっぱりいくつになっても可愛いね
こういう二次創作スレは大体はカプ論争が荒れるもとだからな〜。
というか荒らしはそういう所につけ込んでくるしな。
具体的なカプ名を上げることに抵抗がある人も多いと思うよ。
乙!
言われるほど住人は減ってないような気がするのは自分だけかな
一度この夫婦にハマると簡単には抜け出せないようなw
>>483乙!超乙!
>>481と同意見だったので、作品名にしてくれてよかったと思う
朝ドラも入れてくれてほんにだんだんです
ウメジュモクです
おつかれさまです
むしろ住人が増えているからこそ自分が追いついてないのかと…
めでたきかな