739 :
634:2011/06/09(木) 02:49:13.83 ID:IiB2OmDi
変態と言う名の紳士の皆さま御機嫌麗しゅうございます
ご清覧賜りまして恐悦至極に存じます
気合い入れるために自分もぱんつ一丁で書いてみたら夜中は流石に少々冷えました
今回は短い上に最近のバラエティ番組みたいにイラっと来るところで切っておりますが
今後ちょっと忙しくなりそうなのと、モチベ維持と自分を追い込むために投下致します
>>731 ありがとうございます
一応ちょっと忍法帖のレベル上がったみたいなので、コツコツやってみます
あんまり酷いようなら利用させて頂きますので
FEの男キャラで変態紳士が似合うキャラって誰だろうな。
「そんな……」
冗談でしょう、とはマルスには言い返せなかった。
生真面目な性質のミネルバが軽々しくこのような冗談など口にする筈もない。それにこの声音は軽さや戯れなどが一切混じり込む余地のない固さを伴っていた。
暗闇に光るミネルバの瞳は鷹か豹か竜のように美しい獰猛さを湛えて光っている。
その瞳に、元から磨滅しかけていた判断力が更に奪われそうになる。
「どうなさいました? お若い王子様は経験をお持ちでないどころか、事の作法をご存じないのでしょうか?」
戸惑い、視線を脇にそらしかけていたマルスに鞭を浴びせるような挑発が、普段は凛々しき戦女神として男を寄せ付けぬ気高い王女の形良い唇から放たれた。
マルスの血は再び沸騰しかけた。屈辱や憤怒からではない。元来純粋で穏和な彼に相応しく、羞恥で。
「……ご無礼を。口が過ぎましたね。では質問を変えます。マルス王子は私をお嫌いですか?」
暫く動けないでいたマルスが、激しくかぶりを振る。
あの時。レフカンディの谷で初めて空舞う彼女を見た時に、既に誇り高く、同時に悲しみを湛えた彼女の姿に惹き付けられていた。
容姿も生き方もまるで異なるというのに、それまでマルスにとって最も近しい女性であった姉エリスの面影をミネルバに重ねていた。
しかし今やここにいない姉を投影する対象ではなく、生身の、肉親ではない一人の女性としてのミネルバが眼前に立ち、マルスの内心に秘められていた彼女への思慕を凶暴な形で引き摺り出していた。
「良かった。安心しました。……そのお気持ちが、これから私の行う事の後でも変わらない事を願います。」
遂にマルスには明確な拒絶や制止の意志を表明する事はかなわなかった。
ただ石壁と破璃を通して聞こえる嵐の轟音よりも激しく響く己が鼓動に内側から耳を聾され、やや高い位置にあった彼女の顔が正面から近づいてきて唇を塞がれるまで、マルスの喉は自ら声を発する機能を殺がれていた。
「んっ……あっ、ミネルバ王女っ……!」
唇が離れた隙に、ようやくマルスは意味のある言葉を発した。しかしそれをミネルバが訂正する。
「ミネルバと。今夜、このひと時だけはそうお呼びください。私も貴方をマルスと呼びます。」
二人の姿勢は先刻とは逆転していた。
マルスの両腕は中を泳ぎ、王女の肩にようやく触れると躊躇しながらもその身を押し戻そうとする。
ミネルバはそんな少年の身体を優しくも有無を言わせぬ力で抱き寄せ、再びマルスの唇を求めた。
石床に落ちた燭台の微かな光を失い、部屋は真の闇に近い。
固い岩壁をも通して、風の唸りが音をも遮る。
視覚と聴覚を阻害された身体は、光と音に頼らない部分の間隔を否応なく研ぎ澄ます。
マルスの思考と判断力は嵐の風によって厚い雲の中へ吹き飛ばされたように混濁し四散した。
ミネルバはマルスの言葉を封じるかの如く彼の唇を彼女のそれで塞いでいたが、初心の上に混乱の極みに在る少年が上手く応えられないでいることを察すると、顔の角度を変え、より彼に密着するようにしつつ、食むようにして強張った少年の唇を開いていく。
「ミネ……っ!」
再び彼女の名を呼ぼうとしたマルスの隙を逃さず、ミネルバは普段は色恋の匂いの欠片もない言葉しか刻まぬその舌を差し入れ、少年のそれを絡め取った。
電光が弾けた。
空にではない。初めて女性と濃密に接吻を交わした少年の意識に。
その時、女豹のなすがままだった子羊のような少年の中で何かが弾けた。
745 :
634:2011/06/09(木) 03:02:22.74 ID:IiB2OmDi
今回これっぽちですorz
この辺から記憶の遺産を食い潰し新しく話考えているので遅筆がさらに悪化
気がつけばミネルバ×マルスになってるし
>>740 ゼルギウス辺りかと
じぇんとるめんといえばユリシーズだな
問題はどうエロに絡ませるかだが
ルキノんという巨乳美人の恋人がいるじゃないか
ユリシーズはねちっこい変態か、意外に初心かのどっちか
>>745 乙。いよいよ本番突入か……期待して待ってるぜ
それにしても割り込んだ>740に丁寧にレスするなんて優しいな
変態紳士はサウルが素で一番近いと思う
後はオスカー・パント・カナス・エルフィン・スルーフ・サイアス
ティアサガ有りだとレオンハートやリシュエルも似つかわしいと思う
>>749 ちょwwwサウル以外は普通に紳士だろw
セインさんは軟派騎士だから除外なのか
暁のルドベックが一番の変態紳士だと思うけどな。
ルキノさんに変なマネみたいな事しようとしてたけど、ルキノさん髪切られた程度で済んで良かったよ。
逆に変態淑女なら
ラーチェル様
前書き含め
>>745のノリの良さにワロタ。乙です
忍法帳に腐る事なく自ら満足のいく投下を、
そしてエロ凛々しい二人の描写を今後も期待してます
変態淑女といえばだみゃ〜ん氏とか三日目氏の影響が濃いんだよなぁ
次点がいくつか投下のあったセルフィナさん。ブーツで踏まれたい
んでそれ以外だと、エーヴェル、ユーノ、イサドラ、シレーネ、ティアマト、ルキノ
ここまでは妥当だけどエリウッドのおかんも中々イイ感じ
個人的にはエキドナさんとかミディアとかもイケる気がする
パントとルイーズはナチュラルに変態っぽいことしてそう。
青姦見られたりしても優雅に続けそう。
最終戦で腹の中にお兄様がいるくらいだから道中で必ずいたしてるよ
>>745 姉ショタおいしいです
マルスの生真面目そうなところとミネルバ様の強引なところがグッと来ました
続きも楽しみにしてます
未だにエストファーネを超えるキャラが居ない
陵辱が似合うって意味で
759 :
634:2011/06/11(土) 01:58:11.06 ID:nYzdzd3z
皆さまいつもありがとうございます
前回照れくささもあって碌に推敲せずに投稿したらいつにも増して誤字の嵐orz
ちょっと文章に悪戦苦闘しそうですので、名だたる神職人様方のご降臨までの
せめてもの慰みにでもなればと、以前描いたリアーネたんピン絵をうpいたしました
「馬鹿者! エロは 文 章 による己の想像力あってこそのもの!
着様の汚い落書きなどで腹は膨れぬわ!」
と硬派な心情をお持ちの諸兄は華麗にスルー願います(´;ω;`)
ttp://u3.getuploader.com/eroparo/download/95/leanne.jpg パスは海外版のリアーネたんの名前の綴り
というかURLでバレバレですが
ミカヤのタイツに包まれたおみ足にしごかれたい
ミルラたんのちっこいお手てですりすりされたい
>>761 「お兄ちゃん」呼びのオプションがつくわけだな
俺ロリコンじゃないけどチキやファやミルラたんが好きです
マリアのツルツルぷにまん舐め回したいまで読んだ
ナギは最高だよ
チキを飼育してナギっぽくすることができたらもっといい
マムクートプリンセスメーカーってか
チェイニー「俺なら余裕だぜ?」
一本投げに来ました。
聖戦アレス×ナンナです。
※ 注意
キャラの独自解釈――もといキャラ崩壊注意。
恥ずかしい台詞150%(拙筆比)
エロまでの前置きに20レス中12レスも使っています。
第33章に投下した拙作「雨夜の品定め」「雨夜の品定め 翌日」と設定を一部共有してますが、これ単体で読んでも特に問題無いと思います。
途中で容量が危なくなるので、ついでに新スレも立てていきます。
以下、投下開始します。
「愛されるより 愛するよりも」
気がついたら、引っぱたいていた。
気がついたら、引っぱたかれていた。
その時の顔が、忘れられない。
「なるほどね。それで、あのあたりから様子がおかしかったのか」
「おれとしたことが、誤魔化し切れてなかったか」
「いや、お前はともかく。ナンナは露骨だった」
シグルドの遺児・セリス率いる解放軍が、ミレトス地方での戦いを終えて、グランベル帝国へ駒を進めようかという頃のある夜。
解放軍の駐留する城の一室で、ふたりの男が会話していた。共に容貌秀でた若者だったが、深刻そうな面持ちだった。
「ナンナは、あのフィン殿が親代わりになって育てていたんでしょ。しかもリーフとかと一緒に。
あんたの付き合い方に無理があったんじゃない? 何か心当たりは無いの」
「いや、別に喧嘩ってところまでは行ってない、ただ、少し距離を測り直してるだけだ」
部屋は誰かが泊まるものとしてはかなり広く、来客用の机椅子や大きな寝台、姿見、クローゼットと、家具もひと通り揃っている。
ふたりの若者は椅子をひとつずつ出して、机に肘をついて座っている。窓の外には、もう月や星が見えていた。
机の上には、酒が数瓶乗せられている。どうやら彼らが持ち込んだらしい。
「ねぇ、どうよセリス。お堅い育ちの人の機微は、あんたの方が分かるんじゃないか」
「そんなことよりさ、どうしてきみらはいつも、わざわざ僕の部屋に来てそんな話をしてるのかなぁ」
「つれないこと言うなって、おれたちは、お前とそういう話、しちゃいけないのか?」
部屋の主は、寝台の上に座って呆れていた。解放軍盟主・セリスである。
その部屋で女の話を肴に酒を舐めているのは、アレスとアーサー。れっきとした解放軍の幹部――のはず――である。
「しちゃいけないのか、と言われてもね。別にきみらが話すのは勝手だけど、そこでどうして僕に話を振るのさ」
「いや、ほら、俺とアレスは育ち悪いから。アレスはガラの悪い傭兵団育ちだし、俺も上等とは言えないもんで。
セリスはシャナン王子とかエーディン様とかに育てて貰ってるじゃない。俺たちより、ナンナの感覚が分かりそうじゃないか」
「う、うーん、そうかも知れないけど」
あっけらかんとした言い方だったが、アレスは物心付いた頃から属していた傭兵団の人間を、何人もミストルティンで討ち取っているし、
アーサーといえば、まだ子供の頃に母親と妹をフリージ家に攫われ、それからシレジアでひとり生きてきた、という過去がある。
そんな二人の重めな背景が思い出されて、セリスはツッコミを鈍らせてしまった。
もっとも彼らの内心は、
――セリスの部屋で盗み聞きしようなんて不逞の輩は解放軍にいないだろう。仮に聞かれても、敢えて言い出したりしないはず。
――覗き見してた奴なら二人知っているが、セリスなら口が堅いし、単純にセリスに聞かせると反応が面白い。
といった程度のものであったが。
「セリス、お前はどう思う?」
「致そうとしたら、ナンナに涙目で引っぱたかれたって話だっけ」
「なーんだ、セリスも興味無さ気な顔してて、本当は聞いてたんじゃないか〜」
「きみたちが勝手に僕に聞かせたんだろうが」
セリスは寝台の縁に座りながら足をブラブラさせた。話が回ってきたので、ナンナの顔を思い浮かべてみる。
ナンナ。ラケシス王女の娘。母親譲りのカリスマと大地の剣。つまりノディオン王家の血を引く。
デルムッドの生き別れだった妹。そう考えると、アーサーとティニーに符合するところもある。
ナンナの主君はリーフ王子だった。それゆえか、彼への二人称は“リーフ様”だ。けれど、ノディオン王家直系のアレスは呼び捨て。
このあたりに関しては、セリスとティルナノグからの幼馴染みが思い出される。“セリス様”で“アレス”で、ついでに“アーサー”だった。
本来ナンナとリーフ――とアレスとアーサーも――は、家格は同じ聖戦士の家のはずなんだが、“アレス様”とは行かないようだ。
細かいところまで思い返すと、あちらの主従の方がちゃんと主従らしく振舞っている気がしてきた。
セリスから見たティルナノグの仲間は、臣下というより幼馴染みという方がしっくりきた。
リーフとナンナは、セリスたちと比べると主従の峻別がついているように見える。
レンスターの王子とノディオンの王女なら、主従より盟友という関係に収まる方が自然ではないか、とセリスは思う。
育ての親であったフィンの影響か、はたまたティルナノグよりも厳しい逃亡生活のせいか、単に性格の問題か。
アレスとナンナが付き合うようになったのはいつ頃か。出会ったのは確か――解放軍がアルスターに進軍したあたり。
きっかけは、アレスの父エルトシャンに、ナンナの母ラケシスが宛てた手紙を、ナンナがアレスに渡しに行ったあたり。
エルトシャンとラケシスは兄妹なので、二人は従兄弟同士にあたる。セリスから見たアルテナのような感じなのか。
それからは、同じノディオン王家の者として、同じ騎馬隊として、接触を持つ機会があったようだ。
セリスは詳しく知らないが、いつの間にか二人の付き合いは公然のものとなっていた。
「アレスとナンナ、どっちから仕掛けて行ったの?」
「そりゃおれからだ、つれなくされたことは何度もあるが、最近はそれが悪くないと思えてきた、とにかくアイツ可愛いぞっ」
「はいはい分かってます分かってますって。もしかして、つれなくされて感じてたりとか?」
アーサーはふざけながら、もうお腹いっぱいだ、と目でセリスに語っていた。
もしかすると彼は、ナンナの話をアレスからひとりで聞かされるのに疲れて、セリスの部屋に来たのかも知れない。
かつて雨夜に、女性には聞かせられない持論をセリスに展開したアレスも、彼女にはすっかり参っているようだ。
解放軍の幹部が居合わせるところでも、アレスは平気でナンナを口説いていた。
その度にナンナが赤面して取り乱す。それを見てアレスが笑う。そこまでがひとつの流れになって定着してしまった。
ナンナも、アレスを一度も本気で止めていないので、内心は満更でもなさそうだ、というのが専らの噂だ。
ナンナがそんな調子だからか、ナンナと付き合い始めて以来、アレスはどんどん図に乗っている。
男しかいない所は、もっと自重しない。一度など、デルムッドの前で妙な話をしたせいで、殴り合いになりかけた。
騎士道に浸かって育ったデルムッドと、傭兵団で育ったアレスでは、下卑さ加減の許容範囲が大きく違っていたようだ。
「ということは、本当に何でだろ? ナンナの機嫌が悪い理由は。ちゃんとムード作ってる? 前戯後戯疎かにしてない?」
「何だと? 技+10ごときが無礼るな、というか、むしろそれが楽しくて楽しくてしょうがない、
その時のナンナの様子を見せてやりたいぐらいだ、まぁ、実際に見たらミストルティンでバラバラにしてやるがな」
セリスはこっそりため息をついた。リーフやデルムッドがここに居なくて本当に良かった。シャナンも居なくて助かった。
こんな破廉恥なアレスと堅物のナンナが、男女の深い仲になってるというのが、セリスにはどうも理解出来ない。
「ナンナは何で、アレスを好きになったんだろ。アレスはナンナに聞いたことがある?」
「おれからは聞いたことないぞ、だいたい、ナンナがどんな理由でおれを好きになろうと、おれはおれだ、
おれは誰かに好かれようと猫をかぶったり、ヨハンみたいな凝った口説き方するのは上手くないんだ――リーンにも叱られたし」
「待ってアレス。君は、何をリーンに叱られたんだい? 猫をかぶったりするの上手くないとかって」
「ナンナに気が向き始めたあたりの時に、目の前できっぱりと言われてな、
“あんたが本気になってみたら、いつもの調子づいた口説きが鳴りを潜めるのは滑稽だわ。
猫被ってしおらしい男の振りなんか、全然似合わない。あんたって、好いた女目の前にして、もじもじするような奴じゃないでしょうが。
あれこれ考えないで、素直に口説きなさい。そうしてるのが、あんたは一番かっこいいから”とか、一言漏らさず覚えてるぞ」
セリスは緑髪の快活な踊り子の姿を瞼に投影した。リーンの表情は、ブラムセルの手から助け出された時よりも切羽詰っていた。
リーンはアレスが好きだったんだな、とセリスは想像した。アレスも、一時はリーンを憎からず思っていたんだろう。
何せリーンを助けるために、自分が育った傭兵団を裏切ったのだから。しかし、いつしかアレスの気持ちはナンナに向いていた。
リーンはそれに気付いて、それを認めて、その上でアレスの背中を押してやったらしい。
アレスは彼女の内心に気づいてたのか? どっちであったにしても、セリスから見ればぞっとしない体たらくだった。
男の気持ちが自分から離れた時、それを認めない女はいても、それが分からない女はいない、と昔エーディンが言ってたのを思い出す。
きっとエーディンたちも戦いの日々の一方で、自分たちと同じような悩みを抱えていたに違いない、とセリスは得心した。
「じゃあ逆に、ナンナからそれを聞かれたことがある? 何で私みたいな女の子、好きになったの、って」
「何度かあったな、どうやって答えたか、詳しくは覚えていない、むしろどうやったらお前を好きでなくなれるのか?
それが分からんから、どうして好きになったかも分からん、とか言ったような、とりあえず納得はされなかったな」
「そりゃ納得しないよ。わざわざ口に出して聞くからには、ナンナだってそれなりの答えが欲しかったはずだよ」
アレスの返事に対するセリスの反応を聞くと、アーサーがしたり顔で口を開く。
トラキアの夜の恋愛談義と同じように、衒(てら)った声音だった。
「どうして好きになったか? なんて、考えなくていいんだよ。必死になって探しても、好きになったきっかけが見つかるだけ。
そのきっかけってのは、たまたま好意を自覚した時に印象に残っていたってだけのものだよ。
例えば、優しくされたからあの子を好きになった。けれど、その子に後で邪険にされた、としたら、すぐ嫌いになれる?
そんなスッパリ幻滅できる恋ばかりじゃない。俺らは自分自身の気持ちだって正確に観察できてないんだ」
「仮に正確に見えたとして、好きになった理由を全部並べ立ててどうするつもりだ、
その理由に当てはまっているかどうか、いちいちチェックするのか、そんな窮屈な恋愛があるかよ」
「ふーん、じゃあ、アレスがナンナを好きになった理由を、ナンナは聞かなくて正解だったって言うのかい」
「そうだろ、さっきアーサーも言ってたけど、言わぬが花、聞かぬが花、って奴だ」
セリスは大きな大きなため息をついた。その吐息には、セリスの内心が溶けていた。
例えば、夜のから騒ぎで彼らふたりをまた営巣送りにしてしまうかも知れない、という当たって欲しくない予想が。
「僕は、ナンナがきみを引っぱたいた理由が、何となく分かった気がするよ」
「――は?」
アレスも、アーサーでさえも目を点にしていた。まさかセリスがそんな言葉を発するとは思っていなかったようだ。
セリスは寝台から床の上に降りて、二人が腰掛ける椅子の方へ歩いた。アレスの目の前まで来ると、中腰になってアレスと目線を合わせる。
アレスはいつものように猥談して、セリスをからかうだけのつもりだった。
致そうとしてナンナに引っぱたかれた話にしても、アレスにとってはお喋りの延長だった。
アーサーはその自慢にひとりで付き合わされるのに飽きて、セリスをいじりにきただけ。
一頻りからかったら後は三人で酒を呑んで、日一日と近づく帝国本土での戦いの緊張を和らげるつもりだった。
「アレス。きみは、ナンナに向かって愛してるって言ったこと、どれくらいある?」
「結構な回数言ってるな、だが、おれの場合は口だけで愛してるって言ってるわけじゃないぞ」
アレスがふざけて、冗談じみた答えを返しても、セリスは顔面筋のひとすじも動かさなかった。
あまりに無残な滑りっぷりで、アレスとアーサーの酔いは八割方吹き飛んだ。
「それなら逆に、ナンナに向かって――おれのことを愛して欲しい、って言ったことはあるかい」
「それは、無いな」
「だろうね」
アレスは沈黙の中で記憶を浚ったが、愛して欲しい、と誰かに向けて言った記憶は引っかからない。
そんな台詞が出てきそうな情景すら、一片も思い浮かばなかった。
「ナンナはさ、たぶん、アレスの方から、おれを愛して欲しい、って言って欲しいんだよ」
「“愛してる”じゃなくて“愛して欲しい”だって?」
セリスは頷いた。アレスは、自分を引っぱたいた瞬間のナンナの顔を思い浮かべようとしていた。
「女が“わたしのこと愛してるって言って”“わたしのこと好きって言って”とか、男にねだるのはよくあるけど、
それを逆に男のほうがねだるのは、あまり聞かないな。アレスみたいに、黙ってても女が寄ってきそうな男なら、尚更だ。
そもそも“愛してる”って誰かに言うのは、その人に“愛して欲しい”って言外に匂わせてるって意味じゃないか?」
「アーサー。そんな屈折した理屈、きみらはともかく、僕やナンナに通用するわけないでしょ」
「だめなのかなぁ、それ。じゃあアレスは何で引っぱたかれたんだ。ナンナがそう簡単に人を引っぱたくとは思えないが」
アレスは黙って、セリスからの指摘について考え込んでいた。
ナンナを好いている、可愛いと思っている、他の男に少しでも触れさせるのが我慢ならないほど。
ナンナが悲しむのは、自分が何に直面するよりも辛い。そばで支えてやりたい。それは愛だと思う。
では、ナンナが自分を愛しているかどうか、気にしたことがあったろうか。ナンナに、愛情表現をせがんだことがあったか。
記憶に無かった。
二人の間では、決まってアレスから声をかけて、触れて、囁いて、絡ませ、主導権を常に握っていた。
まるで、そうしなければならないかのように。ナンナに抵抗されるのも、戯れのうちだった。
――アーサーの与太話に毒されたか?
想いを寄せる、その行為が恋を恋たらしめる要素であり、それ以上は本来恋の悦びには必要無いものである。
そんないつかのやり取りに、アレスは納得いかなかった。そんな言い分が通るなら、片思いに悩む人間は居ない。
「僕に言わせれば、僕が好きになった女の子には、僕のことを好きになってもらいたいと思うのは当然だよ。
確かに言うのは照れ臭いけど、付き合ってる人間同士なら“おれのこと好きか?”の一言ぐらい、あってもいいでしょ」
「仮に、セリスの言う通り、ナンナがおれに“おれのこと好きか?”と言われたがっていたとしてだ、
それは言ってやらないと張り倒されるぐらいまずいのか? どうも、そこまでのものとは思えん」
軽い気持ちでやり取りに口を挟んでいたアーサーも、この話題が心に掛かるようになっていた。
恋愛は仮令(たとえ)片思いでも自分が相手を思うことに意味がある、というところまで割り切っているならともかく、
そこまで割り切ってなさそうなアレスが、自分がナンナからどう思われているかについて、ここまで無頓着なのは腑に落ちない。
アレスはしつこいぐらいナンナを口説いている。“おれのこと好きか?”ぐらい疾うに言ってると、アーサーは思い込んでいた。
――本当は、アレスはそれを確かめたくないのかもな。
ふと兆した考えを、アーサーは喉元で飲み込んだ。飲み友達に対して、それは穿ち過ぎて無遠慮だと思ったからだ。
「話を聞いてると、ナンナは今まできみに対して、素っ気無い扱いしてたみたいだね。
だからナンナは、アレスが何で自分を好きになったのか、自信を持ってないんじゃないかな。
たぶん、アレスが口説いてるのも、殊更くすぐったい台詞を聞かせて遊んでるんじゃないか、っていう疑いを持ったんだ」
――自信を持ってないのは、きっとアレスも同じだ。
「というかナンナは、アレスがどうしてナンナを好きなのか、理解してなさそうだね」
「あれでは、まだ足りてないのか」
「いや。口説きゃ伝わるってものでもないんだろ」
――物心ついてから、剣を振るうことで居場所を作ってきたアレスは、剣で斬れないものの扱いは、言う程得意じゃないんだ。
「とにかく、ナンナにも色々言いたいことがあるんだよ。おおかた、この間は溜め込み過ぎて手が出ちゃったんじゃないかな」
「何がとにかくなんだか――で、それが“おれのこと好きか?”に、どうつながるんだ」
「いくら言いたいことだといっても、ナンナが自分から好き、って言うのは難しいだろうから、上手くアレスが言わせるんだよ」
――そんなに上手く行くかねぇ。
男三人の、噛み合ってるようで噛み合っていない恋愛相談は、酒が回るにつれてフェードアウトしていった。
解放軍の朝は早い。不寝番を別にしても、空が白まない時刻から活動を始める人間もいる。
軍中で為すべき仕事に従事している者。個人的な鍛錬を積んでいる者。早起きの理由はだいたいそんなところだった。
しかし、彼女がこの時間に、厩舎のそばでぼんやりと朝日を眺めているのには、特に目的が無かった。
「ナンナじゃないか。どうしたんだ、そんなところにつっ立って。寝ぼけてるのか」
「んん、兄さんね。少し、だけ考え事してただけ」
ナンナは昨夜から寝付きが悪く、ぐっすり眠れないまま夜明け前に目が覚めた。
ひとりで静かな部屋にいるのが虚しくなって、外に出た。厩舎に足を運んだのは、考えがあっての行動ではなかった。
厩舎に入っての中を歩くと、愛馬はナンナの足音に気付いて、人間と比べるとだいぶ大きい眼に彼女を映した。
しばらくして、ナンナが何も持たずにやってきたのを悟ったのか、愛馬の反応はつれなくなった。
機嫌をとる手段の無いナンナは、そっぽを向いた愛馬を残し、厩舎を後にした。いつの間にか、空が鮮やかに色を変えていた。
「兄さんは、馬の様子を見に来たのかしら」
「そうだ。今日はティルナノグの連中の朝稽古に付き合ってて、それが一段落したんだが、
皆が起き出すまで少し間があるからな。ナンナもそうなのか」
「私もそんなところ。ただ、早い時間に目が醒めてしまったの。でも、もうすぐ朝餉の支度なのね」
「お前、昨日眠れなかったのか。顔色がよくないぞ」
デルムッドの言葉で、ナンナは部屋を出る前に鏡を見ていなかったことに思い当たった。
早起きと徹夜明けの中間ぐらいの状況だから、さぞひどい顔をしていたのか、と彼女は思った。
「兄さん、ひとつ聞いてもいいかしら」
「何だ。お前が俺に相談なんて、珍しいこともあるもんだ。何か言いたいなら、いくらでも聞いてやるぞ」
「兄さんは、どういう時に人を引っ叩きたくなるかしら?」
妹の問いに、デルムッドは絶句した。彼は解放軍の顔ぶれの中でも、非常に温厚な性格をしている人間である。
彼が戦場以外で暴力を振るった事など、子供の頃の他愛ない喧嘩を除けば、解放軍の人間はまず見たことがないだろう。
その中で例外的なケースが、アレスのナンナに関する舌禍のせいだ、とは言えなかった。
あの時アレスが喋りまくっていた話は、年頃の女性に聞かせられない内容だった。まして妹は当事者同然なのだ。
「そりゃ俺だって、腹が立つ時もあるし、それがひどくなれば、コイツ殴りてぇ! と思う時もあるよ。
でも、どういう時に、と聞かれるとなぁ。頭に来たとき、としか言えないな。これじゃ答えになってないか」
顔を伏せて考え込むデルムッドに、ナンナはさらりとつぶやいた。
「私、この間、つい、アレスを引っ叩いてしまったの。平手で思いっ切り。初めてなのに、なかなかいい音がしたわ」
「何だって。お前が、アレスを、引っ叩いただって。アイツまさか、お前にまで変な事言ったんじゃ」
「変な事って、アレスが変な台詞ばかり言ってるのはいつものことよ。問題、は」
ナンナはデルムッドの顔に視線を放って、少し考え込む素振りを見せた。兄は、急に口をつぐんだ妹を訝しんだ。
彼女の沈黙はすぐに解かれた。言うべきかどうか迷ったのは、ほんの数秒だった。
「何で私がアレスを引っ叩いてしまったのか、私自身にも、その理由が分からないことなの」
兄に向けたナンナの顔は、大真面目だった。
「怪我はしなかったと思うけれど、あれは私が悪かったわ。なるべく早いうちに謝るべきだと思ってる。
でも、理由も分からないのに謝られたってアレスも困るでしょう」
ナンナは実際の年齢に比べて、精神的に大人びたところがある。その理由は、リーフの近くで辛酸を舐めてきたせいだ、とデルムッドは思っていた。
敵に捕らわれ牢に閉じ込められる。圧倒的な敵軍から命からがら敗走する。ぎりぎりの戦力で籠城する。
彼の妹がレンスターでくぐってきた修羅場は、望むと望まないとにかかわらず、彼女を歳相応の少女のままにしておかなかった。
「少し後で、話の続きに付き合って欲しいの、兄さん。もう、皆も起き出してるから」
だというのに、この時デルムッドの目には、妹の所作がそこはかとなく心細いものに映った。彼はすぐに頷いていた。
ミレトス城の解放軍は、のどかな天気の下に、どこか張り詰めた空気を漂わせていた。
海峡の対岸に霞むシアルフィ・ユングヴィ両城の遠影のせいで、ここが帝国本土の間近であり、
帝国の精鋭部隊との戦いが迫っていることを、指揮官から兵卒までが感じていた。
さらに両城はセリス因縁の地でもあり、帝国軍の苛烈な抵抗は必至。それでも解放軍は軍勢を止められない。
解放軍を軍たらしめているのは、帝国の横暴を打ち払えるかもしれない、という希望だった。
戦線が膠着状態に陥って、勝てないかも、と思われた瞬間に、解放軍は軍の体を保てなくなる。
デルムッドとナンナは、城の庭園に据えられた長縁台に並んで腰掛けていた。
機嫌の良い空模様と、戦禍を感じさせない瀟洒な花壇や植え込みを、二人は黙って見つめ続けていた。
商業都市ミレトスの城は、軍事色の薄い建物だった。城下町の構造も素直で、城は実用性より外見を重視している。
城より館という言葉がしっくりくる。この街は何から何まで、商人のためにできていた。
二人の居る庭園も平時であれば、有力な商人達が商談がてら夕涼みでもしているのだろう。
長くグランベルとの交易で栄えてきたこの土地では、基本的に戦時が考慮されていなかった。
帝国軍がここを早々に放棄したのも、ここが籠城には向かない場所だと見做したからだろう。
「あのね、兄さん。朝の話なのだけど」
沈黙を破ったのはナンナだった。
「アレスを引っ叩いてしまって、その理由が分からないとか、それをアイツに謝ってないとか、その話か」
デルムッドの言葉に、ナンナはこくりと頷いた。普段の羽飾りとイヤリングが身につけられている。
朝の酷かった顔色も、身支度を整えてからは、だいぶ見られたものになっていた。
「はっきり言わせてもらえばな。謝るっていうのは、自分のした行動に対して、罪悪感を認めて、
さらにそれを相手に伝えることだ。理由が分かる分からないは、お前の都合だ。理由が分からないなら、それも含めて言うべきだ」
「私が悪かった、と思っているのは本当よ。アレスは驚いたようだったけど、間を置かずに、静かに部屋を出てったわ」
部屋って何だよ、と言いかけて、デルムッドは口をもごもごさせた。一体どういう状況で妹はアレスを平手打ちしたのか。
彼も詳しくは聞いていない。ただ、もし誰か目撃者がいるのであれば、既に軍中で何かしらの噂になっているはず。
朝から昼にかけて、デルムッドはそれとなく仲間に探りを入れてみたが、しかし誰も二人の椿事について知らなかった。
「今日はまだアレスに会ってないな。何でも、昨日の夜にセリス様やアーサーと呑んだくれてて、その酔を覚ましているんだと。
もう少し節制を覚えて欲しいもんだ。アイツお前がついてないと、てんで駄目なのかも知れないな」
「私がついてないとてんで駄目、ね。兄さんからは、そんな風に見えるの?」
「おぉ。お前に言い寄ってからというものの、アレスは戦い以外だと、お前についての話しかしないぞ。
独り身の連中なんか、アレスが口を開く度に顔が引き攣るようになってしまってる。俺でもうんざりする時があるよ」
デルムッドは努めて軽薄な声で会話しようとしていた。兄の諧謔に、ナンナは口元だけを上げる曖昧な笑みを返した。
そのまま会話が宙に浮く。妹は徒に目を泳がせるばかりだった。気さくな性格のデルムッドでも、今の妹は扱いに困った。
二人は生き別れの兄妹で、再会してから一年も経っていない。僅かな仕草から感情を読めるほど、付き合いは長くなかった。
「とにかくだ、遅くともミレトスを出る前にアレスと話しておけよ。お前はアレスを張り飛ばしたのを気にしているようだけど、
お前が滅多なことでそんな乱暴する奴じゃないってのは、俺が――というより、皆が知っている。勿論アレスもだ。
それにアイツだって、顔を張られたぐらいで臍曲げるような、小さい男じゃないだろうが。話せば、きっと分かる」
デルムッドは縁台から立ち上がって、ナンナの正面にしゃがんだ。彼は妹の気分を変えようと躍起になっていた。
このままでは、衆目を集める母譲りのカリスマが仇となって、陰鬱な気分が周りにまで伝染しそうだった。
そうでなくても、兄として妹の腑抜けた様子を人前に出したくない。
しゃがみこんだままのデルムッドを、ナンナは見つめ返した。自分と揃いの青い瞳。顔立ちは父親に似たのか。
兄がいると聞かされてきたが、ここまで想像通りとは思わなかった。満月ほどに眩しい金髪。
それはノディオン王家の証の一つ。自分と、兄と、母親と、伯父と――当然、アレスのものでもある。
「てんで駄目なのは、私の方だったのよ、兄さん」
デルムッドの言葉を聞いてずっと押し黙っていたナンナが、ようやく発した呟きは、庭園の葉擦れに紛れてしまうほどか細かった。
「私は、これまで一度だって、アレスに好かれることはしてこなかった。
恥ずかしいとか、よく分からないとか、そんな言い訳して、ずっとまともに相手してなかった。
皆の前で絡まれるのも、最初は鬱陶しかったけど、嫌だとは思ってなかったの」
デルムッドは、ナンナがアレスに言い寄られていることを、比較的初期から知っていた。
血縁にしても兵科にしても、彼は二人に縁が深く、一緒に行動する機会が多かった。アレスの口説く様子も近くで見ていた。
妹がそれを本気で疎んじているわけではない、とデルムッドが気づいたのも、他の仲間より多少早かった。
「でも、私はずっとアレスを邪険にしてた。何度袖にしても付きまとってくるから、それでいいんだと思い込もうとしてた。
どれだけ冷たくしても、アレスは私を構ってくれると勝手に信じてた。ただの従兄妹なのに」
ナンナの声は、聞き取りやすいものになっていた。舌から流れ落ちるように言葉が出てくる。
言わんとするところは、既に頭の中で浮き沈みしていたのだろう。
「それで、あんな、ひどいことして、あんなのただの私の我儘なのに。アレスは、何も言わないで出ていってしまった。
私は追いかけられなかった。どれだけアレスに意地悪してたのか、そんな時に気付いてしまった。
浅ましい、自分が浅ましいわ。馬鹿で、身勝手で、救えない、ひとりじゃ、何も出来ない」
「お、おい、待て、落ち着けナンナ、意味が分からんっ」
するすると出てきていた言葉が、いつの間にか濁流になり、主の意思を超えてくちびるの堰を切り崩す。
デルムッドはしゃがんでいた腰を上げて、ナンナの肩を掴んだ。流れが断ち切られ、彼女は哀れなほど大袈裟に上半身を竦ませた。
目尻にまで雫が溜まっていた。彼女は目蓋を歪めて、きまり悪そうに顔を伏せた。
「兄さんの、言う通り、ね。私、私は、アレスに会って、謝らなきゃ」
ナンナはそれっきり口をつぐんだ。痛々しい表情だったが、涙は流さなかった。デルムッドは追求の矛先を鈍らせた。
雫が乾くまで待たなければ、たった一突きで妹のやせ我慢を台無しにしてしまいそうだった。
戦場で轡を並べている時でさえ、ここまで取り乱している妹を見た経験はなかった。
彼は妹の肩に手をかけながらも、かける言葉が見つからず、目線だけを浴びせ続けていた。
「も、もういいわ兄さん。わざわざ聞いてくれてありがとう。兄さんに言われて、何とか踏ん切りが付きそうだから」
デルムッドは、まだナンナの肩を離さない。
「に、兄さん?」
ナンナは努めて口元を緩めようとした。妹の表情に、デルムッドの眉だけがわずかに反応を返した。
話始めの時にデルムッドがぶら下げていた、軽快な雰囲気はどこかへ去ってしまっていた。
「色々気になるところはある。あるんだが、根掘り葉掘り聞いてもしょうがないよな。
ただ、兄として、ひとつだけ確かめておきたいんだ。お前、本気でアレスが好きなのか?」
「本気よ。私は、アレスが好き。アレスが好きじゃなかったら、こんな思いしてないわ」
デルムッドの言で、ナンナは一際大きく目を瞬かせた。一拍置いて、彼女は口を開く。零れかけた涙は、もう収まっていた。
デルムッドはナンナの肩を離した。そのままくるりと背を向ける。不意に湧き出てきた感情を、何故か妹に悟られたくなかった。
時間が経てば、それが寂しさ混じりの感慨だと気づくだろう。このできた妹にここまで頼られる機会は、もう無いかも知れない。
「ありがとうね。私がこんな話できるの、兄さんぐらいだったから。兄さんは女の子より口が堅いし、
真面目だから適当なこと言わないと思ったし、兄さんだったら、アレスが変に気を揉まないから」
「分かった分かった。それじゃ、アレスに宜しくな」
デルムッドは肩の向こうのナンナに手だけ上げて応えると、庭園の外へ歩いて行った。歩く感触が浮ついていた。
彼には、最早妹を追及する気が完全に失せていた。それどころか、これがわざわざ口を挟む問題でなかった気すらしていた。
――アレスが、変に気を揉まないから、か。こりゃ顔も引き攣らせたくなるもんだ。
「少し待ってくれ」
「アレス、私よ。ナンナよ」
「すぐに済む」
四つ続きのノックは、別に二人の符丁ではない。そもそも、ナンナがアレスの部屋の扉を叩いた経験は、両手で数えられる程度だった。
しかし彼は、ナンナの声が耳に届く前に、彼女の来訪を確信していた。
既にアルコールは十分に抜けていたが、最低限の用事を除いて、彼は部屋に閉じこもったままでいた。
「開けてくれないかしら」
「そう急かすな。それとも、そこで済む用なのか」
「もう。自分が部屋に行く時には、貴方はすぐに開けるくせに」
扉一枚隔てているからか、ナンナが思ったよりも、アレスが思ったよりも、二人のやりとりは砕けた様子だった。
やがてノブが回り、木製の扉が外に開いた。二人の目が合うと、頭ひとつ半ぐらい背の高いアレスが見下ろす形になる。
「お酒、抜けたみたいね。入ってもいいかしら」
「構わん。特に面白いものは無いがな」
アレスは寛いだ格好だった。黒騎士の象徴である鎧も、マントも、部屋の壁際に鎮座していた。
魔剣ミストルティンが腰に下がっているのは、傭兵としての習慣だろう。それだけが、彼から戦場の匂いを漂わせていた。
窓から差し込む太陽はまだ高く、部屋全体を見通すには十分だった。部屋には物が少なかった。
元々置かれていた物は、解放軍が接収したときに片付けられてしまったらしい。
その上アレスは、従者無しの傭兵生活が板についているので、彼の私物も人ひとりで担げる程度しかない。
申し訳のように据え付けられていたいくつかの家具が、かろうじて僅かな生活臭をさせている。
アレスはナンナに椅子を勧め、自分はさっきまで寝転んでいた寝台に座った。彼女が一抱えもある籠を下げているのが見えた。
彼が手荷物について彼女に聞くと、遅い昼食を貰ってきた、とだけ返ってきた。妙に嵩があるのは、ふたり分だから。
わざわざ持ってきてくれたなら、とだけ言ってアレスは、部屋からクロスに使えそうな布を探し始めた。
部屋でふたりきりで食事する時に、そのふたりの会話が長く続かないとすればどうなるか。
声の代わりに、食事中に出る音が目立ってしまい、それを小さくしようとして、食事の動作までぎこちなくなっていく。
余計なことをしたかも、という憂慮を、ナンナは食事と一緒に噛み殺す。おかげで、味がまったく記憶に残らない。
ナンナとアレスは、昼食が広げられた丸テーブルの机板の弧を、それぞれ三分の一ぐらい並んで占めていた。
彼女が斜めから見るアレスの顔は、仏頂面に見えなくもなかった。どういうわけか、今日の彼は大人しい。
「ねぇ。あの、アレス」
怒っているのであれば、それに応じてすぐに謝ることができた。少し不機嫌な程度でも、ナンナは同じようにできた。
しかしアレスは有耶無耶な態度だった。なかった事にしてしまいたい、という示唆にも見える。
だが、既に踏ん切りをつけてしまった彼女は、入り口で一度躓いただけでは止まらず、切り出す機を探る。
「昨日は、その、随分遅くまで呑んでたみたいね?」
「知ってたのか。ああ、アーサーと一緒に、セリスの部屋に酒持ち込んでなぁ。でも、昨日は静かだったろう」
「前みたいな騒ぎを何度も起こしてたら、貴方でも色々お咎めがあるわよ」
「そりゃ、違いないな」
他愛ない話の中、アレスは急に食事の手を止めた。行き先に困ったような両手が、机板の縁に乗せられた。
彼がナンナに向けていた視線が少し揺らいだ。彼女は、それが彼の逡巡であることが一瞬理解できなかった。
彼のここまでキレの鈍い姿を、彼女は見たことがない。そんなところを見る可能性があるとも思っていなかった。
エルトシャンの手紙を読み終えた――積年の恨みが誤解だと気づいた――時でさえ、彼はもっと毅然としていた。
「ナンナ。俺は、その、今までに」
「え、今までに?」
「いや、すまん、忘れてくれ」
ますますおかしな塩梅だった。アレスが、こんな奥歯に物の挟まった口ぶりをすることがあるのだろうか。
いつもと違う彼に、ナンナは話を切り出す手がかりを握れていないが、不思議と焦りは薄れていた。
持ってきた食事を片付け終わると、ナンナはアレスが椅子に座ったままなことを確かめた。
既に食事を終えていた彼は、彼女が食べ終わったのを見て、先に片付けを始めようとしたが、彼女は敢えて彼を押しとどめた。
彼は何か言いたげな素振りを見せたが、小さく相槌を打ってそのまま黙った。ようやく主導権がはっきりしてきた。
その流れに棹さし、ナンナは自分の椅子を動かす。何食わぬ顔で、真正面の膝の付きそうな所まで彼我の距離を詰める。
「話があるの。少し、黙って聞いててくれるかしら」
ナンナはかすかな上目遣いの、強張った眼差しをアレスに見せていた。
二人とも椅子に座っているので、立っている時に比べて目線の高低差が小さく、いよいよ彼のそばに居る感覚がする。
アレスは無言だったが、両手を膝上に移して続きを促した。
「この前、こうやって二人きりの時に、貴方を引っ叩いたことがあったわね。
あれは私が悪かったと思ってる。それは最初に言わせていただくわ。本当に、ごめんなさい。
ただ、この際貴方には、もっと深いところまで、洗いざらい話しておきたいの」
ナンナの言葉が途切れると、昼下がりの静けさだけが残った。呼吸音まで、時と共に止まってしまった錯覚がした。
彼女は目を頻りにまばたきさせたり視線を彷徨わせたりしていたが、やがて睥睨紛いの目付きに戻った。
堅い表情を和らげようとしたが、上手くいかなかったようだ。
「あの時、貴方が部屋を出て行った後、私は貴方を追いかけられなかった。追いついたって、何をすればいい?
どうして手が出てしまったのか。自分で思い返しても……何かが、おかしくなってしまったの。
そのまま夜が明けて、貴方に嫌われてしまったと思って、それがこんなに怖いなんて、その時までは考えもしなかった。
あれから私は変わった。実際はとっくにおかしくなってたけれど、それに自分で気付いてしまった」
話の筋が飛び飛びだったが、ナンナは一言半句余さず真面目だった。それでも、黙っているだけのアレスを前につっかえる。
デルムッドと庭園で話していた時は、思いの丈をぶつけるつもりだったのに、今になって喉元が躊躇う。
何故あの時ナンナはアレスを拒絶したか。彼女の羞恥心が、それを告げさせなかった。
「あれから大して日も過ぎてないのに、今日まで私は眠れなかった。あれ以来顔も見れてないのに、会いに行く勇気も無いのに、
貴方のことばかり考えて、うつらうつらしてる間にも、朝が始まっても、昼になっても、頭から離れなかった」
熱に浮かされた独白を、ナンナは必死で声に出した。素面の沙汰とは思えない心情の吐露に、アレスは耳だけでついていくのが精一杯だった。
これまでナンナが人前で似たような思いをしていたかと思うと、アレスは過去の自分に乾いた笑いを向けたくなった。
しかも彼女の場合、彼が彼女に投げかけてきたちょっかいとは真剣味が段違いだった。迫ってくる音声に、知らぬ内に気圧される。
黙っていて、と言われてなかったとしても、食事中に訊きそびれてから奥歯のものが取れないアレスには、
このナンナの剣幕を断つくらいの歯切れは、期待できそうもなかった。
「はっきりと言ったことは無かったけど、貴方に触れられるのだって、嫌だと思ったことはないの。
平手打ちかました女が言ったって、信じられないかしらね。嘘じゃないって、誓ってもいいわ」
まるで肩打ちでも前にしたような神妙な顔つきで、ナンナは語り続ける。
独り身の顔を引き攣らせるどころではない内容を、あくまで実直な騎士の面持ちのまま、目の前の男に訴える。
ナンナの有様は尋常でなかった。日頃なら、彼女はアレスの色目でも、たっぷりすげなく扱ってからやっと靡くというのに、
今は誘っているとしか思えない文句まで投げつけてくる。そんな文句にもどこか堅苦しさが残るのが、彼女らしい。
「そういうこと、今まで貴方に伝えるのを、私は等閑にしていた。私が敢えて言わなくても、何とかなってる体だったから。
でもそれは、私の甘え。貴方が私に、何度も好きって言ってくれるからって、それに押し切られたって自分で言い訳を作って、
そうしてずるずる流されるのが楽でいい気分だからって、貴方に甘えっぱなしだった。もう、そんなのは止めるわ」
滔々とまくしたてられた告白が途切れて、一呼吸、二呼吸と間を空ける。
そしてナンナは、彼女らしい明瞭な言葉で、たったひとりへの独演を締めくくった。
「アレス、私、貴方が好きよ。おかしくなりそうなぐらい、好き。貴方に、この気持ちを伝えたかった」
気がつくと、アレスはナンナの手を握っていた。膝を付き合わせて椅子に座っていたので、手を伸ばせばすぐに届く。
この時、彼は自分の感情を言葉に出来ていなかった。“おれのことを愛して欲しい”なんて言うどころの騒ぎではない。
訊きそびれている内に、言わせる前に言われてしまった。眩しく感じるほど直截で、純粋で、真摯な思いだった。
その思いは、彼にもっと注がれていたはずの、しかし悲劇によって、彼が受け取れなかった類のものであった。
傭兵団で戦闘をくぐり抜けて生きる内に、届かないと諦めてしまった類のものであった。
ナンナの方から好意をぶつけられることが、言葉も出ないほど自分を揺るがすとは、その瞬間までアレスも思わなかった。
女を口説くのが板についてたはずの、ナンナに対しても澱みなく回っていた舌が、口蓋で固まったままになっている。
それでも手だけは離さなかった。肌の感触を通して、彼は彼女に縋っていた。
「ナンナ、ひとつ、頼みたいことがあるんだ」
世の人が聞けば、驚くだろうか。呆れるだろうか。
黒騎士ヘズルの末裔が、背丈の伸び切る前から傭兵稼業で生きてきた古強者が、いくつもの浮名を流したこともある伊達者が、
たったひとりの女からの、ただ一言を、掠れた声でせがんだとしたら。
「もう一回、好きって言ってくれないか」
けれど笑う勿れ。彼の切望に応えられるのは、その女だけなのだから。
午後の優しげな日差しが差し込む部屋に、火(ほ)めいた息遣いが漂っていた。
「明るいところで、っていうのは初めてかしらね。やっぱり、恥ずかしいかも」
ナンナは、白い肌の上にうっすらと紅味を浮かせている。纏っている服さえ、光に透かされている心地だった。
彼女は部屋の寝台の上に横座りして、同じく寝台に足を崩して座っているアレスにしなだれかかっていた。
片手を寝台に突いて身体を支えながら、大きく引き締まった上半身に、ナンナは顔を寄せる。
寄り掛かってきた彼女に応じて、アレスはその肩を腕で支えてやる。
「それはよかった、お前が恥ずかしがるところは、何度見ても飽きない」
「酷い人だわ。私、そうやっていつもおもちゃにされてる気がするもの」
ナンナは顔をしかめて他所へ背けた。背けながら、瞳はアレスに貼りつけたまま。
慣れない流眄は、秋波としては巧みではなかったが、それがアレスには愛おしい。
「ね。今日は、私から貴方に、っていうのは」
恥らいの色に、微笑が混ざる。目線は顔へ合わせたまま、空いている手でアレスの下衣をくつろげる。
アレスはナンナの為すがままにさせていた。彼女に手慣れた気配があるのは、彼が覚えさせたゆえだった。
二人が躰を交わした夜は、アレスからナンナへの愛撫で始まるのが常だったが。
「それなら、いつものお前の気分を味あわせて欲しいもんだ」
腰を浮かせて、アレスはナンナの動きを助けた。軽装だった服は難無く解かれ、彼のペニスが姿を現した。くすんだ色のそれに、ナンナの指が絡む。
彼女の手は、剣を握ってはアレスとも時に渡り合う。杖を握っては傷を癒す。アレスはそんな彼女の手を辱めている気がしていた。
熱を帯びていたペニスは、彼女の指の刺激に抗って硬度を増してゆく。
「少し擦っただけなのに、こんなに大きくして。いやらしいわ、とっても」
ナンナが目先をペニスへ下ろし、半ば感心した声音でつぶやく。ペニスの先端がてらてらと光っている。
先走りが彼女の指から手のひらまで残っていた。滑りが良くなって、ナンナの手淫が調子を上げる。
ナンナが首を傾げると、アレスの吐息が彼女の髪の毛を撫でるようになる。すぐそばの喉と肺の動きが、髪の毛ごしの耳殻で感じられる。
「アレス、そんなにいいの? 黙ってたって、私には分かってしまうんだから。
でも、貴方が私にやらせてきたことは、こんなものじゃなかったでしょう」
自分が宥め賺してやらせていた奉仕と、今ナンナに一方的にやらせている愛撫は、動作そのものに大きな違いはない。
しかし今の二人の、仕手と受け手の心持ちの違いが、かつてと今とに大きな違いを作っている。
完全に勃起したペニスに、ナンナの呼気がかかる。彼女が顔を動かしていた。むっとする匂いが濃くなる。
彼女の双眸が彼のペニスに迫る。ぬめった亀頭にくちびるを近づけて、触れる。亀頭の頂点が、彼女の口蓋に隠れていく。
粘膜が触れ合う感触が、二人の意識を染めていく。くちびるがペニスに絡む。静寂の中に、唾液が触れて離れてする水音が響いた。
「いい顔してるぞ、ナンナ」
ペニスに奉仕するナンナの顔を見下ろして、アレスは感嘆の言葉を漏らす。くちびるの繊細な刺激が広がる。
幹から根元にかけては、再びペニスに組み付いた彼女の手がしごいている。口内を蠢く舌は、先走りと唾液を鈴口に塗りつける。
吸い取っているようで、吸い取られているようで、そんな真反対の流れのせめぎ合いを、ナンナは一層煽っていく。
口舌の交感と共に、彼女の目の潤みがはっきりしてくる。窓からの陽光を照り返して、一際明るく輝く。
すぐそばで自分のペニスに咥えているナンナの顔に、アレスは手を伸ばしてみた。
時折上下する彼女の顔の、乱れた横髪をかき上げ、耳の縁にそっと触れる。驚きと非難の入り交じった視線が下から飛んでくる。
構わずアレスは戯れを続けた。指先だけを軽く、耳から首筋へ、うなじまで伝わせる。毛髪の先をいたずらする。
意地になったのか、ナンナの口淫は激しさを増していった。じゅぽじゅぽと下品な音が露骨に立って、二人の聴覚を犯していく。
息が苦しくなってきたのか、彼女の目から涙が見える。鼻の呼吸が荒くなっていく。
「ナンナ、それぐらいで、もういい」
ナンナは射精を口で受けた経験は無かった。が、アレスの射精が近いことを、彼女は何となく感づいていた。
一度試そうとして、彼女が気分を害してから、彼はそれを無理強いしなくなったのだ。まだナンナはペニスを離そうとしない。
アレスが彼女を制そうと動かしかけた手に、上から彼女は自分の手をかぶせた。余計なことはするな、と彼女の手が語っていた。
彼は射精を堪えるのを止めた。そのまま限界が来て、思い切り白濁をナンナの喉まで叩きつける。
射精が催したペニスの軽い痙攣が重なり、くちびるとペニスの隙間から、精液が零れ落ちる。
数呼吸分の後、彼女は射精の収まったペニスを解放した。くちびるの端から、精液の残滓が顎にかけて幾筋か垂れている。
ナンナは目を閉じて黙っていたが、やがて首を起こし気味にして、喉を鳴らした。
「不味い、わね。こんなの、飲むものじゃなかったわ」
「お前なぁ、それなら無理して飲まなくても」
射精の余韻が抜け始めたアレスが、呆れ声だった。ナンナの喉には、白濁の感触がこびり付いて離れないようだった。
彼女は乱れた息を整えながら、顎の汚れを手で拭った。
「だって、ねぇ。貴方が私のを舐めるときは、嬉々として飲んでる気がするわよ」
「あれは別に、美味いから飲んでるわけじゃなくてな、それに男と女では、えぐみが違い過ぎる」
ナンナはアレスのくちびるに不意打ちをかけた。さっきまでペニスを舐め回していた舌が、歯列をこじ開けて口内に侵入する。
生臭さが彼の味蕾にも広がっていった。ナンナは一頻りアレスの舌を貪った。
「そんなことしなくても、どんな味かぐらい分かってるっての」
「何だ。御裾分けしてあげようと思ったのに。貴方がやってくれてたみたいに」
ナンナはしてやったりといった表情で笑った。
「実際この体勢になってみると、馬と騎士って喩えが、なかなかしっくりくるわね」
「お前みたいな、まともなパラディンがそんなこと喋ったと知ったら、皆はどんな反応をするだろうな」
アレスは寝台の上で仰向けに寝転がり、彼の下腹部をナンナは膝立ちで跨いでいた。
下から見上げる彼女の裸体は、彼が手や口で弄繰り回している時とは、違った趣を見せている。
ナンナの秘所は、アレスのペニスの間近にあった。アレスから見ると、自分のペニスでナンナの秘所が隠される具合になる。
「貴方って人は、本当に私に意地悪するのが好きなのね。そんな言い方するくらいなら、いいわ。
今から、貴方の主人になってあげる。その悪い口を躾てあげる。当然、異論なんて無いわよね」
「ナンナ、お前、何だか楽しそうだな」
ナンナは怒張を取り戻したアレスのペニスに片手を添え、狙いを定めていた。
この体位で交わるのは初めてではないが、口淫とは違って、慣れるほど回数を重ねてもいない。ナンナは慎重だった。
彼の前に大きく太腿を開いて秘所を晒している、という姿勢は、普段の彼女であればとても耐えられないはずだったが、
それさえ意識の外に追いやるほど彼女は集中していた。挿入を待ち構えている秘所の雫が、アレスをべたつかせるほど垂れていた。
下から突き上げてやろうか、とアレスが考えては自重するのが幾度か繰り返されて、ようやくペニスが秘所に押し包まれていく。
「さて、御主人様よ、愛騎に何なりと命ずるがいい」
「いつまでも、そんな巫山戯た口を、聞かせておかないわ」
喧嘩して以来ご無沙汰だった性交の味は、しかしそれだけでは説明し難い快感をナンナにもたらした。
ナンナの女陰はアレスのペニスを締め付けて、彼女自身の腰の動きまで束縛する。
先にあれだけ口で頬張って、精まで食らっておきながら、彼女に熾った肉欲は満たされていないようだった。
ナンナは女陰を蹂躙される感覚に酔いながら、覚束無い腰使いで律動を刻む。
手は不安定な身体を支えるため、下に点いている。漏れた嬌声を押し留めるものは何も無い。
交合している部分からじゅぽじゅぽとした音が立って、ナンナが溢れさせた恥蜜が二人の下半身まで濡らしている。
「あぅう、くっ、んああっ、だめ、そこはっ」
つんとすましていた顔も、中々抱かせてくれなかった両肩も、存在を誇示するようにふるふると揺れる乳房も、
優美な曲線を描く腰も、全てナンナが官能に浸っていく様を、アレスは最高の視点から独り占めしていた。
最初の頃から思えば、よくここまで身体を許してもらえたものだ、と彼は密かに思った。
彼女の女陰は、すっかり彼のペニスの抽送に馴染み、間断なく絡みつき搾り取ろうとする。
先に一度彼女の口内に射精してなかったなら、もう射精間近まで追い詰められていただろう。
「ナンナ、お前、随分良さそうな顔して咥え込むんだな、実はこの体位が気に入ってるのか」
「んあっ、あ、アレスのくせに、言いたいこと言ってくれるわねっ」
「だがな、この体位、男は完全に受身ってわけでもないんだぞ」
アレスは手を伸ばして、指でナンナの陰核を捉えた。悲鳴じみた喘ぎが彼女の口を衝く。
彼女の腰が逃げようとして、ペニスの刺激をまともに貰ってしまう。腰が落ちて奥まで抉られる。
留まるところを知らない恥蜜を指先に塗りつけると、アレスは片手でナンナの陰核を弄びだした。
「ひあぁっ、今っ、今はだめ、貴方が、弄ったら、私、感じ過ぎてっ」
「嫌とか言わないでくれよ、お前にこんなもの見せつけられて、触らないで済むわけ無いだろうが」
子宮と女陰から淫欲を吸い上げて膨れ上がった陰核を、親指と中指で、時に人差し指も交えていじめる。
彼の長く節くれだった指が、彼女の陰核を取り囲み、指の腹で揉みしだき、爪先でつつき回す。
同時にアレスは、ナンナの秘所に伸ばしていない方の腕の肘を立てて上体を起こしかけ、彼女の反応をよく確かめようとする。
彼女の腰は、彼女の意思を離れて勝手に震え、陰核を摘まれたり、軽く押し潰されたりする度にびくんと跳ねた。
「アレスっ、そこ、は、だめっ、きもち、いいけど、だめなの、や、ふあぁあっ」
アレスは構わずナンナの陰核を責め続ける。包皮の上からぐりぐりといたぶっていたのを、今度は直接触れる。
彼女の嬌声は、もう羞恥心の箍が外れていた。わずかな摩擦で、あられもない声で善がり鳴く。
彼は責め手を緩めない。こうして彼女を悦楽に突き落としている時ほど、彼女を独占していると思える瞬間が無い。
アレスは手を半回転させ、ペニスによって拡げられた女陰から追い打ちをかける。
中指と人差し指が、ナンナの肉壁を擦りながら深みへ侵入する。陰核への責めは親指が引き継ぎ、快感を途切れさせない。
女陰の二本指は、ナンナを突き破らんばかりの強さで中をまさぐる。にゅるにゅると蠕動する肉壁越しに、別の感触を探り当てる。
「く――はあぁぁあああうっ!!」
ナンナが大きく背を反り返らせて、秘所から腿に至るまで、激しくひくつかせる。
アレスは膝を曲げ足に力を入れ、そこを一層の勢いでくじる。二本指が捉えたのは、陰核の根本の太い部分。
陰核の外に露出している部分は充血しきっており、親指にころころと転がされている。
その上秘唇ごしから、二本指が根本を刺激し始めた。ナンナの声は、喘ぎを通り越して叫びになっていた。
強引な刺激が彼女の意識を揺るがし、罅を入れる。絶頂が近いことを悟ったアレスが、足腰に気を張る。
責め手とペニスがきつく締め上げ、一際高く伸びる声を響かせると、彼女はがっくりと首をもたげた。
アレスの手から腕までは、ナンナの夥しい恥蜜の奔りが叩き付けられていた。
「貴方、とんでもない馬鹿だったんじゃなくって。私の話、聞いてたの?」
「途中までは、お前のリードに任せるつもりだったんだ、だったんだが、おれの抑制が効かなくて、つい」
ナンナの混濁した瞳が焦点を結んだかと思うと、アレスはいきなり恨めしげな視線を浴びせられた。
自分が主導的に動ける騎乗位を選んだはずが、いつの間にか自分だけ絶頂に追いやられていたのが、かなり気に入らないらしい。
彼女はしばらく寝転んだまま彼を見上げていたが、やおら上体を起こして、寝台に座っているアレスに目の高さを近づけた。
「やっぱり私、アレスに、良いようにされるばかりなのかしら」
「お前が控えろと言うのなら、そうしても――惜しい、それは、おれとしては惜しいんだが」
「そういう意味じゃないの。言ったでしょう。貴方に触れられるのだって、嫌だと思ったことはない、って」
アレスもナンナも、服は脱いだままだった。後始末は、汚れを清めるだけに留められていた。
彼女は口をもごつかせて勿体ぶったり、素肌を両腕で掻き抱いたりしていたが、不意に口を開いた。
「貴方は、上手よね。こういう、いやらしいこと」
「随分率直に言ってくれたが、それは褒めてるのか、それとも貶してるのか」
「私と出会う前から、何人も女の人を、そうやっておもちゃにしてきたんでしょう。私だって、それくらい、初めて抱かれた時から察してたわ」
ナンナは眉を歪ませた。ふと、アレスは、その表情が自分を引っ叩いた時とそっくりなことに気づいた。
「貴方に触られて、昂ってる最中は良かった。そんな、知る由もない人間についてなんか、考えないで済んだから。
でもね、そうじゃない時には、どうしても考えてしまうの。私と同じように、貴方に泣かされた女が、どれくらいいるんだろう、
私は、彼女たちと、一体何が違うんだろう、って。こんな感情を持て余す私自身が、さらに私を苛立たせた」
ナンナは言葉を切ると、掻き抱いた腕にぎゅっと力を込めた。
「おかしくなりそうなぐらい、っていうのも、あながち言葉のアヤとは言い切れないのよ。
貴方に手を上げてしまったのも、そのせいだと思うわ。あの時、貴方は私を都合のいいおもちゃ扱いしてるものだと、思い込んでしまった。
勝手に妄想した過去の女に、私は張り合って、嫉妬して、挙句貴方に八つ当たり。本当、浅ましくて、馬鹿で、身勝手で、救えないわ。
私が貴方と出会ってから、貴方が私以外の女を口説く姿とか、聞いたことも見たこともないのに。
当然よね。皆が呆れ半分になるぐらい私に言い寄ってたんだから、それで他の女を貴方が口説いても、冗談扱いされるわ」
ナンナが自嘲すると、歪んでいた眉も緩んだ。
「貴方が大好きなのに、こうしてすぐそばで気持ちを言葉にするのが、こんなに勇気がいるとは知らなかった。
貴方も、ずっと同じ思いをしてたのかしら。私、酷い事してたわ。貴方に甘えっぱなしだった」
「なぁ、ナンナ、おれからも言わせてくれないか」
ナンナの自嘲を、アレスは声をかぶせて強引に遮った。話の腰を折られても、彼女は気にする風もなくアレスを見つめていた。
心に閊(つか)えていたわだかまりは、幾分軽くなったように思えた。
今なら、抱えっぱなしだったものも、打ち明けることができると、無意識ながら感じていた。
「ナンナが、色々なことをおれに言えないまま溜め込んでいたのは、おれのせいでもあるんだ、
おれがあんなに一方的に言い寄ってばかりだったのは、お前の答えを聞かずに済ませるためだった、
答えを聞かない内は、拒絶されたことにならないって、苦しい理屈で、なし崩しにここまできてしまった」
「私に拒絶されるのが、怖かったの?」
「嫌われるのが怖かった、ってのは、お前だって言ってたじゃないか」
嫌われるのが怖い、という言葉は、普通の人間でもプライドが邪魔して口に出しにくい。
いわんや、己の腕一本で生計を立ててきた自負のあるアレスであれば、尚更であった。