【田村くん】竹宮ゆゆこ 31皿目【とらドラ!】

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1名無しさん@ピンキー
竹宮ゆゆこ作品のエロパロ小説のスレです。

◆エロパロスレなので18歳未満の方は速やかにスレを閉じてください。
◆ネタバレはライトノベル板のローカルルールに準じて発売日翌日の0時から。
◆480KBに近づいたら、次スレの準備を。

まとめサイト3
ttp://wiki.livedoor.jp/text_filing/

まとめサイト2
ttp://yuyupo.dousetsu.com/index.htm

まとめサイト1
ttp://yuyupo.web.fc2.com/index.html

エロパロ&文章創作板ガイド
ttp://www9.atwiki.jp/eroparo/

前スレ
【田村くん】竹宮ゆゆこ 30皿目【とらドラ!】

http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268646327

過去スレ
[田村くん]竹宮ゆゆこ総合スレ[とらドラ]
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date70578.htm
竹宮ゆゆこ作品でエロパロ 2皿目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1180631467/
3皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205076914/
4皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1225801455/
5皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1227622336/
6皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1229178334/
7皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1230800781/
8皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232123432/
9皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232901605/
10皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1234467038/
11皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1235805194/
12皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1236667320/
13皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1238275938/
14皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1239456129/
15皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1241402077/
16皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1242571375/
17皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1243145281/
18皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1244548067/
19皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1246284729/
20皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1247779543/
21皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1249303889/
22皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1250612425/
23皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1253544282/
24皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1255043678/
25皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1257220313/
26皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1259513408/
27皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1260805784/
28皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1263136144/
29皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266155715/
2名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 17:12:10 ID:0UhxovYI
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」

Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」

Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」

Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」

Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」

Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」

QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」

Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」
3名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 17:12:45 ID:0UhxovYI
813 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2009/01/14(水) 20:10:38 ID:CvZf8rTv
荒れないためにその1
本当はもっと書きたいんだがとりあえず基本だけ箇条書きにしてみた

※以下はそうするのが好ましいというだけで、決して強制するものではありません

・読む人
書き込む前にリロード
過剰な催促はしない
好みに合わない場合は叩く前にスルー
変なのは相手しないでスルー マジレスカッコワルイ
噛み付く前にあぼーん
特定の作品(作者)をマンセーしない
特に理由がなければsageる

・書く人
書きながら投下しない (一度メモ帳などに書いてからコピペするとよい)
連載形式の場合は一区切り分まとめて投下する
投下前に投下宣言、投下後に終了宣言
誘い受けしない (○○って需要ある?的なレスは避ける)
初心者を言い訳にしない
内容が一般的ではないと思われる場合には注意書きを付ける (NGワードを指定して名前欄やメ欄入れておくのもあり)
感想に対してレスを返さない
投下時以外はコテを外す
あまり自分語りしない
特に理由がなければsageる
4名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 18:15:37 ID:5/j9Xcnc
>>1、新スレ乙です。 

そしと、前スレ>>290、GJです。
他の登場人物の心理描写もうまくなってると思います。
ただ、今回ももう少し推敲してもらわないと、とダメ出し。
>>279の能登→春田とかね。ミスがもったいないです。
5名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 19:49:02 ID:mHKbMgfU
前スレ>>290
GJ!
原作を読んでいるようだったよ。
6名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 22:13:34 ID:dm3CHPRL
翼をくださいキタ!!
あいかわらず原作の流れを崩さず良く出来てるなあ。
続きが楽しみです。
ところで、クリスマスのキスってみんな見てたはずなんだけど、
なんであとで誰も言わないのか。
7名無しさん@ピンキー:2010/04/01(木) 23:09:36 ID:odUqPTwa
>>1乙&GJ

>>296
<●><●>
8名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 00:13:31 ID:ayNTZx6R
>>1

全スレ>>296 GJ! 久しぶりの田村くん、とても良かったです
9名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 01:12:19 ID:2ncb4lYp
川嶋亜美の余韻ぶち壊しですみません。竜×虎の妄想サイトから来ました、向こうでエイプリルフールネタは?
という方がいたので書いてみました、1日遅れだけどwww。こちらは初めてなので
無粋、無礼者ですがよろしくお願いします
次レスより投下します。
10四月の風に抱かれて:2010/04/02(金) 01:15:24 ID:2ncb4lYp
初心者ゆえに駄文 粗悪 変態?と三拍子そろってますがよければ是非
設定は受験を終えて新大学1年の設定

    「四月の風に抱かれて」

「りゅーじ、私たちって結婚するんだよね?」
大橋高校で危険度レベルMAXに降臨していた手乗りタイガーこと逢坂大河はいつものように
高須家の居間で食後のごろごろタイムを貪っていた。(さしずめ食後の野生の
トラのように…、すなわちそれだけ彼女にとって高須家は安心できる場所でもある。)
そして食器洗いをしながら「おう!」と答えたのは某指定暴力団○×組に所属し
「自宅にならトカレフの2丁や3丁、他にも小麦粉に似た何かやチョコに似た何かならたくさんあるぜ…」
という顔をした男子、高須竜児である。
最も外見だけであり根の性格はヤーさんとは正反対どころかお人好し。
(その性格ゆえに大橋高校の美少女3名を悩ませたと言う伝説が高校に残ってるとか残ってないとか…。)
そしてこの二人が付き合ってから約一年弱が過ぎたある日のこと…

「ってことは結婚式もやるんだよね?」
「おう!もちろんそのつもりだ。俺が『18になったら嫁に来いよ』
とは言ったものの、やはり状況が変わってるし、それに俺がちゃんと稼いだお金で
お前にウェディングドレス着せたいしな。そういや大河、お前はどんなドレスがいい?」
「う〜〜ん」と考えてから三分は経過した時に彼女はあることを思いついた。そして
「私は竜児の中学時代の緑色のジャージがいい!!」
「はい?」
「だ〜か〜ら、2年生の秋に竜児とみのりんとイモ掘りした時のジャージよ。」
「ああ、あの時の… ってかお前普通結婚式に着るか?」
「はあ〜」
「なんだよ…、そのいかにも呆れてますっていうため息は。」
「これだから…、いいわ犬にちゃんと説明してあげる。あの時あんたは
『お前を守る守護ドレスだ!嫁に行くときにも是非着てほしいな』って言ったのよ。」
「ああ!そう言えば確かに俺言ったけな、そんなこと。でもお前本気か?」と大河に聞いたら笑ってやがる…、
一体何なんだ?と思った矢先に大河が口を開いたため思考を中止した。
「じゃあ竜児、今日は何月何日?」
「質問に質問で返すな。え〜と4/1だけど…、あーっ」
「わかった竜児?今日はエイプリルフール、本当に着るわけないじゃん、
 まあ私はそれでも構わないけど世間から見ればちょっとね…。
 でもこれは本当、竜児ありがとう。
 あの時の私たちって自分で言うのも難だけど変な関係だったじゃん、
 それなのに竜児は私のこと心配してくれて…」
「おう!気にするなって」
「ふぁ〜あ、ごめ…竜児眠くなっちゃった。」
「それは仕方ないな、弟の世話で疲れてんだろ?ふぁ〜あ、
 やべ俺も眠くなってきた、一緒に寝ようぜ大河。」
「うん!」
そして卯月の心地よい風に抱かれ竜虎は夢の中へ。いつか2人でするであろう自分たちの結婚式の夢を見ながら…

  おまけ
「う〜ん、大河〜お前本当にジャージで…zzZZ」
「むにゃ〜、竜児が嫁へ行くときに着ろって言ったでしょzzZZ」
そして5年後… 式場で新婦がジャージで現れたのはまた別のお話 fin
11四月の風に抱かれて:2010/04/02(金) 01:51:06 ID:2ncb4lYp
以上で終了です。エイプリルフールネタということでいろいろ考えしっくりきたのはこれ
12174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:12:17 ID:Jq8pCbqU
SS投下

「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × n-h-k ───」
13174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:17:13 ID:Jq8pCbqU

暮れなずむ街を行き交う人々の多くはこれからの自由な時間を持て余した学生だった。
やりたいことは適当に決め、やらなきゃマズイけどしたくないことはそこそこに。
学校という縛りから開放されたそいつらの、その締りのない顔といったら現在過去未来代わり映えしないものなんだろうなって、なんとなくわかる。
まぁ未来なんて先の事なんか神のみぞ知ることで、言うまでもなく俺は神様なんて崇高なものじゃなく一般的な成人男子だからこれからどうなるか知りようもないけどさ。
少なくとも弛んだ顔したそいつらが身に着けている制服だって、昔、といっても、まだそう何年も経ってないんだけど、
自宅の押入れでダニ共の住処になって眠っている、俺が着ていたそれと少しも変わっちゃいなかった。
自分も高校時代はああやって締りのない顔を晒して闊歩していたかと思うと少し痛い。
今通り過ぎて行ったヤツが過去の俺だったらぶん殴ってでも矯正させるね。
貴重な高校時代。そうやって油売ってないでもっとやることがあるだろ。
早い話彼女の一人でも作っておけよ、だからお前はせっかく大学まで行ったのに、卒業間近になってもつまんねぇ合コンに明け暮れてんだこのバカ野郎。
なんて魂の叫びつきで。
本気でやり直したいよ。それが叶っていたらまだ面白みっていうか、張りや潤いや色気のある大学生活だったんだ、きっと。
いやもういっそ大学なんか辞めてたかもしれない。ほら、学生結婚なんてムリな話だし。
リアリティの欠片もない妄想は、耽るにはあまりにもチープすぎて、虚しさでいっぱいのため息が知らず知らずこぼれていた。
取り戻せないいつかに思いを馳せることほど無駄なことはない。無駄だと知りつつやっちまうんだから手に負えない。
こんな時あいつがいればと、またも後ろ向きな考え。俺って案外根暗なのかもしれないな。
んなこと言われたって今さらすぎだっつーのなんて誰ともなしにツッコミ入れつつ時間を確認。
ああ、もうこんな時間か。
パーカーのポケットをまさぐり、行きがけにコンビニで購入した物を取り出す。
一つは一個100円もしないライター。ちなみに俺はタバコは吸わない。だからさっき買ったんだ。
もう一つは、これもありふれた線香の束。どこの家の仏壇にだって普通にあげてある代物。
俺は紙でできた包装を破いて丸め、ライターで火を点けて燃やし、線香の先端を満遍なく火に翳す。
思ったほど上手くはいかないな。一回で全部やろうとしないで小分けにしてからの方がよかったか。
結局ライターの火で直に炙ったが、ま、こんなもんでいいだろ。不恰好だろうと最後は勝手に灰になってなくなるんだから。
ゆらゆらと煙を上らせる線香をおもむろに今まで立っていた場所に供える。
風が吹いてはかき消され、しかしすぐにまた薄白い煙が浮かぶ。
こんなことをして何の意味があるのか。そう問われれば、答えに詰まる。
こんな行為に何の意味もないというのはわかりきってるんだ。
道行く母校の生徒が訝しげな顔をしているのが見えた。
そうか、もう彼らには話すら耳に入ってこないほど前の出来事になっているのか。
それも仕方がないかという思いもあれば、あんな大事件だったのにもうかよという思いもある。
時間の流れは一定だっていうのにどうしてこうも早いんだろうな。
お前もそう思うだろ、なぁ、春田。
上る煙が小さく揺らめいた。
───俺がまだそこいらを歩く学生達と同じ制服を着ていた時分、ある事件が起きたんだ。
それを説明するには、当時学校で有名だった、ある男女のことから話さないとならないかな。
黙ってりゃ文句なしの美少女にもかかわらず、虎のような獰猛さと低い身長、そして一風変わった名前から手乗りタイガーと恐れられた、逢坂大河。
手乗りタイガーを唯一抑えることができると、これまた生徒間では恐れられ、触れてはならない人物ランク一位を防衛し続けたヤンキー高須こと、高須竜児。
なにを隠そう俺はその二人と同級生というだけでなく、同じ教室内に席を置いていたんだ。
他にも、元気と明るさだけなら校内一なちょっと天然入ったソフト部部長とか、現役モデルの超絶美少女転校生とか。
その超絶美少女と並べても遜色なく、佇む姿は大和撫子、しかしやることなすこと益荒男と讃えてもまだ足りない、兄貴と呼ばれた生徒会長に、
会長の後任となるも、その折に失恋大明神という肩書きまで得てしまった元男子ソフト部部長。
婚活に命を燃やす担任のアラサー。
上級生だった会長は当然違うが、櫛枝、亜美ちゃん、北村、独身と書いてゆりちゃんと、当時の在校生なら誰もが名前を知っている有名人と、
俺は一緒に高校生活を送っていたんだ。
思い起こせば中々に濃ゆい面々に囲まれていたと思う。
14174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:20:41 ID:Jq8pCbqU
俺なんかは全然目立たなかったから知らなくてもムリはないけど、この中からなら、今も高校に行けば知ってるヤツの一人か二人はいるんじゃないか?
ていうか、俺がいる時から既に会長なんて伝説化してたし。
そんなメジャーどころに囲まれた高校生活は、そりゃあいろんなことがあったよ。
進級直後にタイガーが高須と一悶着起こすわ、プールでは私のだ発言とか、あと文化祭だってそうだしタイガーと会長のタイマンだって。
とにかく話題には事欠かないね。一々大騒ぎで、あの頃のことは忘れたくても忘れられるものじゃない。
走馬灯でも見ることがあるならきっと懐かしみながら大爆笑してるよ、俺。
今際の際だろうと関係なく、むしろそっちの方を忘れてそうだ。
そうして、傍観してる側としてもそれなりに楽しく過ぎていった日々に突然巻き起こったのがあの事件。
いつだって話の中心にいた高須とタイガーはやっぱりその事件でも中心人物で、いや、あれは当事者達からすれば全員が中心人物足りえるのかもしれない。
その日は朝から様子がおかしかったんだ。俺のじゃなくて高須の方が、って意味で。
まだ人の疎らな教室の中、窓からたまたま外を見ていた俺は我が目を疑った。
腕組んで登校してきたんだよ、高須が、恋人みたいにタイガーと。
これがまぁタイガーとだけだったらとうとうお縄についたか的な勘ぐりで終わったんだろうけど、何故か高須は櫛枝とも手を繋いでいるように見えた。
実際には、櫛枝は高須の袖を摘んでいただけだそうだが、この際そんなのは些細なことだ。
高須が女子二人となにやら訳ありな感じでやってきた、そこが重要なポイント。
俺の知る限り高須はわりと奥手で大人しく、常識もしっかり持ち合わせてて、とてもそんな人目を集めることを進んでするようなヤツじゃなかった。
見た目の凶悪さと内面の普通さの不一致ぶりは、2-Cに限ればもう誰も気にしなくなってたし、一年の頃から付き合いがある俺もそうだ。
なのに、現に高須は人の波を真っ二つに割ってタイガーと櫛枝を伴い歩いている。
瞬く間にこの話は衝撃となって広まり、しかし憶測が囁かれる前には高須は教室に入ってきた。
唖然としたよ。だって横に立つタイガーは上機嫌にニコニコしてて、櫛枝は照れ交じりだけど微笑を浮かべていた。
挟まれた高須だけが真っ青な顔していて、ともすれば今にも倒れそうだったんだ。
聞こうとしたんだけど、とてもじゃないけど何があったのかなんて聞けなかった。
高須も詮索されるのは嫌だったようで、俺は何に対してかもわからずにただがんばれと、そう励ますことしかできなかった。
今になって思う。あの時の励ましはその後の高須が歩む人生に対してのものだった、と。
席に着いた高須とその左右に当然の如く陣取るタイガー、櫛枝。
二人は何か口論を始めたが、それを亜美ちゃんの乱入が加速させた。
一応はブレーキになっていた高須を、連れ出してっちゃったんだよ、亜美ちゃん。
探しに行っても見つからず、渋々教室に帰ってきたタイガーと櫛枝の責任のなすりつけあいというか、いや悪いのは亜美ちゃんなんだよ。
ただそれが引き金になったのは確かで、あの二人は二人で元から燻ってた火種があったみたいだし。
そういう時まず真っ先に手を出すのはタイガーなんだが、その時は櫛枝が先に堪忍袋の緒を切った。ていうか、爆発。
狭い教室内。発達した前線みたいに膨れ上がって頂点に達した二人の怒りは、ついには周囲を巻き込む暴風雨となって辺りの机を吹き飛ばした。
ケガ人が出なかったのが奇跡的だ。春田? あいつはあれだよ、あの程度じゃケガした内に入んないから。
タイガーを唯一止めることができるのが高須なら、唯一なんの気負いもなく友達やれてたのが櫛枝で、傍から見てても二人の仲の良さはよくわかった。
そんな二人のマジゲンカ。お互い直接は一発も貰わず、だけども言葉と言葉、視線と視線の応酬は苛烈を極めていたのは語るまでもない。
それがその事件かって? 違うんだ、こんなの序の口もいいところだよ。まだ始まったばかりなんだ。
この二人の乙女な、それでいて甘酸っぱさの代わりに半固形物みたいにドロドロとしたものを含んだ言い争いが幕開けで、その幕を開けたのが亜美ちゃんなら、
場面を変えたのもまた亜美ちゃんだった。
高須を連れてった亜美ちゃんが戻ってきたと同時、タイガーの咆哮、『赤ちゃんだってできたんだから!』。効果は石化。
15174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:21:45 ID:Jq8pCbqU
あれには参ったよ、マジでさ。どこのファンタジーの呪文だろうってちょっと現実逃避してみたり。
それを許さなかったのが櫛枝の『赤ちゃんなら私だって!!』返し。そして亜美ちゃんの『そんなのあたしとだけだよね?』返し返し。
結局石化に戻ってるじゃねーかとか、じゃあ実際目の前でそんなやりとり繰り広げられてみろよ、固まる前にこう思うに違いないから。
あ、これ高須終わったなって。
非現実的な展開とか、自分がどうこうじゃないんだ。
おそらく原因なんだろう高須の心配を先にしちゃうくらい、それくらい三人の放つ雰囲気はヤバかった。
高須は本気で泣き出しそうな顔で、まるで時代劇に出てくる犯罪者みたいに教室の真ん中で正座。
その高須の前に並び立つお奉行ならぬ閻魔大王が三人。
いずれも舌を引っこ抜くだけで勘弁してくれるとは到底思わせない目を高須に向けていた。
しばしの沈黙のあと、タイガーのある一言が高須を更なる窮地に追い込む。
自分が一番だろう、と。よくわかんないけど、高須にとっての一番って意味じゃないか。
一番は自分だという絶対の自信をもって、しかしそれは櫛枝も亜美ちゃんも一緒。
誰を選んでも地獄行き、選ばなくっても当然の完璧に地獄行き。途中に降りられる駅はない特急直通弾丸列車。
下車できるのは本物の閻魔の御前に着いたときのみ。
そこへ救いの手を差し伸べたのは誰あろう失恋大明神。
遅刻してきた北村が高須には天から垂れた救いの糸そのものに見えたに違いない。俺にだってそう見えたんだ。
無情にもすぐにその糸は断ち切られたけどな。
北村が連れてきた、留学してるはずの会長によって。
驚いたなんてもんじゃないよ、いやその後の方がよっぽど驚いたんだけどさ。
だって会長がさ、高須のこと下の名前で呼ぶんだよ、竜児って。北村でさえ苗字だっていうのに。
そんなのタイガー達が見過ごすはずないじゃん。
しかも高須のこと、なんか自宅までしょっ引いていく気満々だったし。
もちろんタイガーの制止が入った。でも、挑発に挑発で返されて逆上し、すぐさま拳を振り上げるタイガーと、タイガーに抱きつく高須。
うろたえる会長。
ある意味これが一番衝撃的だったよ。
だって会長って言ったら辺りが一瞬で荒涼とした大地になるような天変地異が起きようと平気でそこに突っ立ってるだろうって、それくらい男らしいんだ。
それがあんな、涙まで浮かべちゃって。アメリカでショッカーに改造されて乙女回路を付けられたって説明されたら俺は素直に信じるね。
一体高須のヤツはいつどこで、どんな魔法を使ったんだか。
ガラッとそれまでとのイメージを塗り変えた会長を目にしてそう思わない奴はいないところに、一斉に勃発した大暴露大会。
あれには言葉がないよ。人前だっていうのに、みんなして大胆なことをする。
あそこまで行ったらもう引くに引けないんだろうし、元より引く気なんてものもさらさら無いのもわかってるけど。
そうして三つ巴は四つ巴へと、余計に複雑なものへ発展。
無謀にもそこへ割って入った北村は、無残なことに高須より先に地獄を見る羽目になった。
容赦なんてこれっぽっちもない、完膚なきまでにぶちのめされ、天に還る寸前までいった拳王もとい失恋大明神。
何でああいう時は打ち合わせもなしに、それも仮にもクラスメートをあんな目に遭わせられるんだろう、あいつら。
女って恐い。
北村じゃなかったらマジでどうなっていたかわからない。
瀕死になりながらも辛うじて生きてた北村だったけど、だけど止めを刺したのはよりにもよって会長だった。
惨い、惨過ぎる。あれで浮かばれるヤツがいたら見てみたいよ、逆に。
本当に女って恐い。
16174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:23:10 ID:Jq8pCbqU
なにが恐いって、その手の平の返しぶりだよ。
女の友情を頭ごなしに否定するわけじゃないけど、こと男が絡んだ場合の女の友情は成立しないって話は嘘や都市伝説なんかじゃないんだ。
だって目の当たりにしたんだぞ、その友情が音を立てて砕け散る瞬間を。
みんながタイガー達に気を取られてる時、静かに高須に擦り寄って行った奈々子様。
大方連れ出す絶好の機会と行動を起こしたんだろうけど、そこに木原が待ったをかける。
なんでって、そんなの言わなくてもわかるだろ? だったら言わせないでくれ。
俺が言えるのはこれだけだよ。女の友情なんてまやかしなんだ、ってこと。
あんなに仲良かった木原と奈々子様だっていうのにな。
深まっていくばかりの混乱。挙句、あのゆりちゃんまでおめでたとか言っちゃうし。
これまた高須が相手とか。一応はまだ体裁を気にする余裕があったのか、隠そうとはしてたんだよ、バレバレだったけど。
最終的には三つ巴や四つ巴なんて否じゃない、言うなれば卍巴戦の様相に。
けれどもそれを打ち壊したのは、やっぱりっていうかタイガーで。
とんでもない方法で高須と一緒に教室から脱出することに成功したんだ。
その方法は、具体的に言えばけっこうベターな方法なんだ。カーテンを縒ってロープを作り、それを伝って窓から降りる。
けど、言うは易し、行うは難し。想像するほど簡単じゃないんだよ。
実際即席のロープはタイガーを背負った高須が降りてる最中に容易に破けたし、そのロープを作るにしろいくらか時間を要する。
だからなのかもしれない、タイガーが北村を窓からぶん投げたのは。
おかげで誰もせっせとカーテンを引き裂いては結ぶタイガーを止められなかった。二の舞になるのはごめんだろ。
落下した高須も、北村を下敷きにすることでタイガー共々無事みたいだったし。意識を失くしていたのか身動ぎ一つしなかったが。
そしてタイガーは、まるで宣戦布告でもするかのように、窓から乗り出す櫛枝達と、それに俺達全員に対して高らかにこう叫んだんだ。
『私たちは赤ちゃんもいるしもうすぐ結婚するの、だからほっといて!!』
高須をその胸に抱きしめながら。
カカシよろしく突っ立ってることしかできなかった俺や春田が大変だったのはあの後、タイガーが高須を拉致ったっていうか、
わき目もふらずに学校から出てって、櫛枝達も一目散にそれを追いかけて行ってからだった。
今話したようなことを一日中目を吊り上げた校長はじめ先生方にしなくちゃならなかったんだから、かなり骨が折れた。
そりゃあ授業中にいきなり窓ガラスが派手に割れるわ、空から生徒が三人も降ってくるわ、
おまけにその中の一人が生徒会長でしかも生死の境を彷徨っていて即救急車で運ばれていくわ、原因は揃って姿を眩ますわ。
混乱しない方がムリって話だろうし、ほとんど一部始終を見ていた俺らから事情を聞くのが一番手っ取り早いのもわかる。
当然学年の垣根を越えて他クラスからも野次馬根性丸出しのヤツらがわんさか押しかけてきたんだ。
学校中が大騒ぎ。その日の昼休みには知らない者はいないくらいだったよ。
会長が残した伝説は数あれど、それを超える伝説を高須はその日打ち立てたんだ。
同級生は元より先輩、後輩、担任の教師と、計10人の女性をいっぺんに妊娠させて、その責任を一気に取ってくれと詰め寄られた日。
あと、これは在校生でも教師でもなかったからあまり知られちゃいないが、後で聞いた話じゃ身篭っていたのはもう一人いたんだ。
高須との関係が関係だから俺の口から直接っていうのはちょっと勘弁してくれ。察してくれるとありがたい。
───これがあの日、大橋高校に起こった事件のあらましだよ。
通称「高須最後の日」。誰が言い始めたのか、いつしかこう呼ばれるようになっていた。
高須もみんなもその後だって学校に来てはいたんだけど、あんまりハマってるもんだからさ。年貢の納め時的な意味で、そのまま定着したんだ。
本当に最後の日は、ある意味壮観だったよ。
赤ん坊抱いた生徒が、それも複数出席した卒業式なんて、後にも先にもあれだけなんじゃないのかな、きっと。
17174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:24:33 ID:Jq8pCbqU
作り話だって? 信じる信じないは勝手だけど、事実は小説より奇なり、なんて言葉があったっけ。あれだよ、正に。
ま、荒唐無稽だって思われるのもしょうがないとは思うよ、俺も。
だから眉唾だって一蹴されて、いつの間にか誰も口にしなくなって、今現在大橋高校に通ってるヤツらもこの話を知らないのかもしれない。
でもこの話は本当なんだ。
誓ってもいい、俺は嘘は言っていないし、誇張してるわけでもない。
ここを訪れたのも、それが関係してるんだ。
一見何の変哲もないただの歩道。けれども俺にとってはただの歩道じゃない。
実はあの日、そう、俗に言う高須最後の日に、俺はここで高須と会っていたんだ。
春田と一緒に。
その時はまだ知る由もなかったんだ、高須が追われてる真っ最中だったってことも、すぐ後ろからタイガー達が追いかけてきてることも。
それにタイガー達が、どこで強奪したんだかタクシーなんてもんで迫ってきていることも。
俺は辛うじて避けることに成功した。
たまたまなんだ、本当に偶然で、立ち位置が春田と逆だったらって考えるだけで今でも背筋に震えが走る。
気が付いたときには真横を何かが駆け抜けていって、立っていたはずの春田はそこにいなかった。
白煙を上げ続ける線香。燃え尽きた灰が自重に耐え切れずに崩れる。
路面に途切れ途切れに落ちたそれが、沈みかけた夕日と相まってこの上なく情緒をかき立て、哀愁を誘う。
そういえば、あの日もこんな夕焼けだった。
そんな気がするのは、柄にもなくセンチメンタルな気分に浸ってるせいなのかな。
お前もこんな俺を見たら笑うよな、春田。

「笑わねーよ」

背後からかけられた声には聞き覚えがあった。

「けどな、これだけは言わせてくれ」

振り返った先、相も変わらない長髪を靡かせ、見慣れたアホ面に似合わない青筋と縦線を貼り付けたそいつは、これも似合わない低い声で言う。

「そうやってこれ見よがしなことして人のトラウマほじくり返すの、いい加減やめてくんねーかな」

一際大きく揺らめいた煙が虚空に溶けて消えた。


「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × n-h-k ───」


寒風吹きすさぶ往来から場所は変わって、俺と春田は駅前にあるファミレスに来ていた。
飲み屋でもべつによかったんだ。
残りわずかな学生生活。
やることはそれなりにあって、それなりに慌しく過ごしてて、でもなんだかんだ気楽な感じでやってる俺と違って、春田はもう一端の社会人だからさ。
実家の手伝いだってあいつは言うけども、それでも働いて稼いでるってのは本当の事で、今日だって仕事を終えてから待ち合わせしてたんだ。
それに最近はこうしてゆっくり話す機会もなかったから、労いついでに酒でもやって、近況報告でもと思って。
ただ、春田は明日も仕事があるらしくって、飲み過ぎて仕事に支障が出たら今度こそ減給を余儀なくされているそうで、あえなく断念。
後から合流するはずのあいつのこともあるしな。メールを入れたところ、今こちらへ向かう電車に乗ってるんだと。
だったら、ダラダラ時間を潰せるところで、駅から近くて、金のかからないのはやっぱりこういう所で。
卒業してから随分経ったというのに、俺達ってあんま変わらねーなと、ぼやいて笑う春田を連れて入店したのがつい三十分くらい前のこと。
ドリンクバーでもたせつつ取り留めのない話題で盛り上がっているところに、そいつは姿を現した。

「遅れて悪かった。久しぶりだな、二人とも」

しばらく会わない間に幼さが消え、精悍さが増したように思える顔を綻ばせた北村が俺達のテーブルに着く。
まともに顔を合わせるのは卒業して以来だ。
多少の遅刻なんて気にならなかった。

「こっちこそ悪い、帰ってきたばっかで呼びつけて」

「いいんだ。それより今度はけっこう長く居ることになりそうだから、今日はとことん付き合うぞ」
18174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:26:04 ID:Jq8pCbqU

北村は卒業と同時にアメリカへと渡った。
ごくたまにこっちへ帰ってきているのは知ってたけど、今日まで会うことはなく、メールで連絡しあうのがここ何年かの俺と北村の関係だった。
やってきたウェイトレスにドリンクバーとつまみを追加で頼み、なにはともあれまずは乾杯。
再会を祝して、とは恥ずかしくて口に出さずとも、合わせた杯の立てた音がそう代弁してくれていた。
中身がアルコールだったらもうちょい気分も出るんだろうけど、今の俺達にはこれで十分かな。
今さら背伸びするような歳でもないし、格好を気にするよりも、今はただ、久々に会った友達との会話を楽しみたい。

「なーなー北村、俺の話聞いてくれよ〜」

早速春田が絡み始める。それにビシッと俺を指差した。

「能登がよ、またあそこで悪質なイタズラしてたんだよ、たく、何度目だっつの」

「あれって、あれのことか? なんだ、まだやってたのか、あの供養のマネみたいなこと」

北村が苦笑をもらす。
釣られて俺も苦笑いを浮かべ、面白くなさそうに見やる春田に、

「ちょっとした演出だろ、楽しい高校時代を思い出させてやろうっていうさ」

手なんか広げてみせて冗談めかす。

「いやあれ演出もクソも陰湿なイジメ以外のなにものでもねーから」

不機嫌さを露にする春田。俺は広げた手を合わせ、ごめんと謝っておく。
悪ふざけが過ぎたか、さすがに。高校時代も散々やったしな。
あれをやると「ああ、高須最後の日の犠牲者の人だ」って春田に注目が集まったんだが、本人が居ないとはいえ今日はからきしだった。
単にペットかなんかを弔っていたようにしか見られてないんだろうな、もう。

「ただでさえ俺あそこ通る度に後ろとか気にしちゃうんだから、ホントいい加減にしろよ」

「わかったわかった。もうしないって、たぶん」

一瞬忘れた頃にしてみようかと考えたが、さてどうしようか。
いつになく沈み込んでいる春田に、そんな気が失せていく。
あれしきでここまでテンション下げるようなヤツでもなかったんだけど、久しぶりだから思いの外応えたのか。
春田が大きくため息をする。ぐでーっと背中を曲げ、テーブルに顎を乗せてぶちぶちと口を動かす。

「そりゃ能登はなんともなかったからいいけど、俺、入院までしたんだぜ」

知ってるよそんなの。
お前が乗ってった救急車を呼んだのは他でもないこの俺だし、そのまま入院先になった病院まで付き添ったのも俺じゃないか。
その後だってちょくちょく見舞いにだって行ってただろ。

「あの時は驚いたな。隣のベッドにミイラみたいに包帯だらけの春田が寝かされてるんだから」

「驚いたってそれ俺の方だって。気が付いたら北村が同じ病室にいるんだもんなー、しかも俺よかズタボロで」

「おまけに北村、自分だけとっとと退院したしな」

春田のケガは擦り傷と打撲程度と、特に命に関わるようなものではなく、しかし車に撥ねられたということから短期の検査入院をすることに。
キレイにボンネットの上を転がっていったんじゃないかと、春田を診た医者がそう見解を述べていた。
運のいいヤツだ。心配して損した。
そして話に出ている通り、あてがわれた病室には既に先客として北村と、あと富家という北村の後輩がいたんだ。
聞けばトラックと正面衝突したという。
なんでそんなことになったのか尋ねたところ、最初に搬送された病院を抜け出して高須を探し、見つけて追いかけていた時、ハンドル操作を誤って、と。
ツッコミを入れたい部分が多々あったが、俺はそれ以上聞くのをやめておいた。
真相を知って誰が得をするでもなし。この世には知らなくていいことなんて山ほどある。
それに本音を言わせてもらえば、北村のあまりのいたたまれない雰囲気に呑まれ、躊躇ったというのも事実だ。
19174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:28:06 ID:Jq8pCbqU
聞けば聞くほど余計に塞ぎこんでいきそうでさ、北村。
そのわりには順調に、というか異常に早く回復し、一番にベッドを空けたのも北村なんだ。
検査が主な春田よりも先にだぞ。驚かないわけがない。

「だからさぁ、あん時のこととか思い出すから、もうあーいうのやめてくれって」

春田はけっこうマジだった。
俺は軽く息を吐き出し、比較的真面目な顔を作る。

「わかったよ、もうしない。お詫びにここゴチるから、それで許してくれないか」

「かーっ、お前結局金で解決すんのかよ。しょうがねーな、たく」

言いつつメニューに手を伸ばす春田は、口で言うほど怒ってはいなかった。
こういうとこのドライさは見習いたいね。
注文を取るウェイトレスに高い品を上から順に五つとか、あとお姉さんも一緒にーとか言えちゃう厚かましさもついでにな。

「それで、最近なにか変わった事はあったか?」

俺と春田のやりとりを、なにがそんなに面白いのか上機嫌に眺めていた北村がそう切り出す。
とはいえそんなに大した事がそういくつもあるわけがない。
そのいくつかある大した事も今教えるのはなんだか気が進まない。久々に会って早々出すような話題じゃないんだ。
無難に、俺はなんとか卒業できそうなことを伝えた。北村は良かったじゃないかと、いささか大げさに喜んだ。
その笑みも、春田の言葉でヒビが入る。

「俺はこれといってねぇなー。てかさ、そう言う北村はどうなんだよ? まだやってんの、会長の子供のベビーシッター」

静まり返る店内。誰が聞いてるわけでもないのに流しっ放しにされていた音楽も止んだようだ。
北村が卒業してすぐに渡米したのはそれが理由なんだ。
追いかけていったんだよ、会長のことを。
子供がいるからってことで夢を諦めるような会長じゃない。二兎を追って四兎でも五兎でも得る。
あの人からしたら高須もそんな兎の一羽だったんだろう。
あれを手に入れたと解釈するには俺の中の常識じゃちょっと理解できないけどな。
だって普通は誰か一人のものになるってことを手に入れるって言うだろう。
なのに高須はタイガーとか櫛枝とか亜美ちゃんとか、日替わりで誰かの家を訪ねてるんだ。
曰く、帰宅しているらしい。
常識外れにも程があるけど、そんな実も蓋もないことを言ったら始まらない。
世間一般の常識をあの家庭に照らし合わせるのがそもそもズレてるんだと、俺は自分にそう言い聞かせている。
それに本人達が納得してやっていて、とりあえずは丸く収まってるんだから、高須からしてみたらこれ以上なく喜ばしいことだろう。
角だらけでギスギスされるよりはよっぽどマシなはずだ。
だけど会長だけはさすがにみんなと同じというわけにはいかない。
半端じゃなく遠い距離、海さえ挟んだその向こうにいるんだ。
まだ幼い子供と二人で。
いやまぁ高須も引き止めはしたらしいし、会長も会長で出発当日になっても高須を無理やりにでも連れてこうとしてたらしいんだよ。
結局は今みたいに月一単位で高須の方が会長のところに出向いて、最低でも三日は滞在するという形で強引に落ち着いたんだ。
まるで単身赴任中の夫の下へ甲斐甲斐しく通う妻みたいだろ。
それをやらせる夫役である会長も、欠かすことなくやってのける妻役の高須もすごいよ、ほんと。
マネできる以前にマネしようという気すら起きない。
ただ、それでも問題がないわけじゃなかったんだ。
20174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:29:07 ID:Jq8pCbqU
定期的に顔を出しているとはいえ、さすがに高須がいない生活の方が遥かに長く、その間何かがあったらっていう心配は尽きることがなかったそうだ。
あちらを立てればこちらが立たず。高須が血の滲む思いであっちもこっちも何とか立たせていても、手の届く範囲は限られている。
そんな折に卒業を迎え、普段は傍に居られない高須の代わりに会長の下へ馳せ参じたのが北村だった。
複雑な思いがあっただろうことは想像に難くないし、それを周囲の制止毎振り切って進む北村が、俺には少し眩しかった。
以降、北村は会長のとこでベビーシッターを買って出ている。ほとんど家政婦同然の扱いらしい。
会長がどう思ってるのかは俺にはわかりようがないけど、北村的にはそんなに不満はなく、それどころかわりかし満足しているとすら言っていた。
一途過ぎてこっちが何も言えないくらいだ。
だが、それもいつまで続くかわからない。あれから月日は流れ、子供もそれなりに大きくなったはずだ。
もしかしたらお役ごめんを仰せつかる日が来るかもしれないし、ひょっとしたら、そうなったから帰ってきたのかもしれないだろ。
それを考えなしに不用意に尋ねやがって、あのドアホ。
どう空気を変えたもんかと思案してる内、咳払いがひとつ。

「それなんだが」

そこで一呼吸置いた北村。グラスを煽り、一息に中身を飲み干す。

「今回は会長達も帰ってきてるんだ」

今頃はもう実家に着いてる頃なんじゃないかと北村が続けるが、正直俺も、たぶん春田もそんなこと気にしちゃいなかった。
北村はなんて言った? 会長まで帰国してるって、そう言ったのか?
少なくとも俺の知ってる限り今までそんなことはなかった。
なんだってまた急に帰ってきたんだろう。何か重要な用でもできたのか。
ふと、嫌な予感が脳裏を掠める。
なんとなく、あの時の再現が始まってるような気はしてた。
近頃多分に感じていた既視感。
そして何故か言い難そうにしている北村に、ある確信を感じた。

「北村、ちょっといいかな」

他人の俺の口からというのが少々心苦しいが、たぶん、北村が告げようとしてることもあまり変わらないだろう。
どの道知ることにもなるんだ。遅いか早いかの違いだけ。
ならば、黙っていないでもう言ってしまおう。
そう開き直った俺は猛烈に込み上げてきた疲労感を隠し、努めて抑揚を抑えた声で言った。

「言い忘れてたけど、こないだタイガーに二人目ができたんだ」

ビクっと肩が大きく跳ねる。額にはじんわりと浮かんだ汗。挙動不審に揺れる瞳。小刻みに震える手。
怪しい反応を返す北村はそうかと言ったきり口を噤む。
なにか言葉は探してるんだろうが、上手く見つからないといった感じだ。
構わず俺は続ける。

「櫛枝と亜美ちゃんにもな」

押し黙る北村とは対照的に、春田が度肝を抜かれたという勢いで身を乗り出す。

「それってマジで? 俺、木原と奈々子様だって聞いたんだけど」

「そっちもらしいな。ああ、あとゆりちゃんもだって」

俺の耳に入ってくるのは元2-Cの面々ばかりとはいえ、ここまで続け様にとなるとそれ以外もありえるかもって思ってた。
それに合わせて帰ってきた会長。
もはや確認を取るまでもないだろう。
さっき北村自身が今度は長く留まることになるって言ってたしな。
観念したのか、どっと疲れた雰囲気を纏わりつかせた北村が、その重い口を開く。

「まぁ、そういうことだな、会長も」

手にしたままのグラスを口元へ持っていき、うっかり中身がないことを忘れて傾けた北村が一旦席を立つ。
21174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:30:06 ID:Jq8pCbqU

「いつわかったんだ?」

「かれこれ2〜3週間ほど前だったか」

戻ってきた北村。滲んでいた汗だのは引っ込んじゃいるけど、どことなく顔色が悪い。
気を遣ってやりたいのはやまやまだが、あからさまな同情もどうかと、あえて普通にしていることにした。
それにしても、2〜3週間前ね。
わざとやってんじゃないのか、高須のヤツ。

「俺の仕事もまだまだ終わりそうにはないな」

誰かに話せたことで幾分胸のつかえが取れたようだ。
顔色はともかく、憑き物が落ちたような、いっそ晴れやかな顔をしている北村に少し安心する。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。
帰ってきた北村が以前より一回りも二回りも大きく、逞しく、強くなったように感じられるよ。
今度のことで落ち込んでやしないかと心配だったが、杞憂に終わってよかった。

「それに将来俺が父親になるときの、いわば準備期間だと考えれば、それほど大変でもないしな」

それは冗談で言ってるんだよな。そうだろ、北村。
そりゃこの先会長が北村に靡く可能性が絶対にないとは言い切れないし、子供の方にしろ生みの親より育ての親をとってくれるはず、
なんて考えもあるんだろうけど、あれで中々高須は愛されている。話しに聞く限り子供も異様に懐いている。
はたしてそう上手い具合に事が運ぶとは俺には思えない。それを口にするのは希望を奪うようで憚られたが。

「北村も冗談言うようになったんだな〜」

「なにを言う。俺はいつだって大真面目だぞ、春田」

大きな笑い声を上げる二人、特に北村から、さっきとは別の意味で、それも余計に心配させられるのは俺の気のせいだろうか。
あまり深く突くなと、誰かが耳元で囁くから俺からはもう何も言うまい。
せめて心の片隅では応援しておこう。がんばれ、北村。きっと良い人が見つかるさ。

「しっかし高っちゃんもよくやるよなー、ただでさえ今も、えっと」

「13人だな、今のところ」

嫁さんに比べて子供が2人多くないかって? 甘いよ、双子がいるんだ。それも二組も。
やっぱ一人よりも負担が段違いなんだろう、もうお産はいいわって言ってたんだけどな、木原と奈々子様。
今度はどうなんだろう。会う機会があったらぶっちゃけたとこ聞いてみよう。

「そうそう、しかも全員女の子なんだろ」

「ああ、偶然にもな」

「ひょっとすると高須の方に問題があるのかもしれないぞ」

やめろよ北村。お前がそういうこと言うとなんかマジくさくなるだろ。
この場はいいけど高須の前じゃこの手の話はタブーにしよう。ぽろっと口走ったりしたらあいつ傷つくから、絶対。

「みんな高っちゃん似なのかな? ほら、あのこえー目つきとか」

「いや、高須の面影は薄いな。そろって母親似だったよ」

前に一度写メを見せてもらったことがあるが、どの子も似てるなんてレベルじゃない、まるで母親に生き写しだった。
別々の子供の画像を嬉し恥ずかし照れながら見せられるなんて滅多にない体験だったから鮮明に覚えてる。
それを差し引いても素直に可愛いって思えたけどな。
高須が撮ってあげたのか、またいい笑顔してるんだよ、みんな。
見てるだけで、こう、父性愛っていうか、保護欲をチクチク刺激される。写真越しだっていうのに。
特に亜美ちゃんとこの子なんて目立ってた。
22174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:31:10 ID:Jq8pCbqU
あの歳でどの角度から見られたら一番自分を可愛く見せられるのか知り尽くしているようだったし、ポーズもバッチリ決まってたし。
そういうのを抜きにしたってどの子も可愛いもんだから、ついつい自慢したくなる気持ちもわかるよ。
成長したらさぞかし美人に育つだろうという親ばかな楽しみもあるに違いない。
だからだろうか、みんながみんないつかは嫁に行くのかと思うと、他人事だっていうのにこっちまで寂しくなる気さえしてくる。
似たようなこと考えて邪なこと思いついたヤツもいるみたいだけど。

「あ、ちょっと俺いーこと考えた」

「よせよ、高須のことお父さんって呼びたいのか、お前」

「その前に亜美達にどうにかされるだろうな」

ヘラヘラしていた顔を瞬時に真っ青にして目を剥く春田。
まさか本気でそんな恥知らずな上に命知らずなことを考えてたのかよ。

「じょ、冗談だって、おおお俺だってそこまでバカじゃねーし」

たしかにお前はバカじゃないよ。アホだ。しかも真性の。
北村みたいに赤ん坊の頃から面倒でもみてない限り、万に一つの可能性だってないだろ。
そんな不順な動機で近づく輩をあのタイガー達が見過ごすわけもない。
せいぜい変質者は近づくなと、野良犬みたいに追っ払われるのがオチだ。

「ほ、本当だからな。信じてくれるだろ、友達だろ」

「どうだか」

「頼むから早まらないでくれよ」

「チクショー! お前らなんて友達じゃねぇー!」

どんよりとした厚い暗雲を頭上に浮かべた春田が、頼んだまま手付かずでいた料理を凄い勢いで貪りだす。
うおお〜とかわざとらしく騒ぐんじゃねぇよ、周りの目が痛いからやめろ恥ずかしい。

「ホント、変わんねぇな、ぜんぜん」

お前も、俺も。そう口の中で呟く。
こうしていると高校生だった頃に戻ったように感じられて、それはすごく楽しいんだ。
ただ、あの頃の自分と今の自分があまり変わってないように思えてならない部分も少なからずあって。
正直取り残されたようで、このままでいいのかどうかっていう悩みが浮かんでは消えていく。
高須なんて生活が激変したし、北村だってそうだ。
バカやって笑っている春田だって小さなところは変わってるかもしれないっていうのに。

「いいじゃないか」

頬杖をついたまま視線だけ巡らすと、北村はやけに穏やかな顔をしていた。

「会長のお子さんの世話をしていてつくづく思ったんだが、子供の成長は驚くほど早い。
 本当にあっという間だ。でも、それは外見というわかりやすい部分にもよるって思うんだ」

手振りまで交えだす北村に、まぁなと相槌を入れる。

「俺達の見た目なんてもう老けていくだけであまり変わらん。内面というか、考えてる事なんてそれ以上に変わりようがない。
 これまでの人生で培ってきた、パターンみたいなものができているからな」

それで何が言いたいかというと、と。そこで北村が一拍空ける。

「変わるっていうのはそれまでとは違うものになるってことだろう」

そういうことになるのはぼんやりと理解できる。
感覚的に捉えていただけだから、違う言葉で言われるとなんだか違和感があるな。
23174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:32:15 ID:Jq8pCbqU

「でも、そういった目に見えなくて、かつ変え辛い部分なんて、やっぱり簡単には違うものにはできないし、わかるものでもない。
 能登の気にしてるのはそういったことに対してなんじゃないのか」

たしかに、そう言われてみれば。
簡単には変わらない。変わったのかさえわからない。だからこそ変わることに思い悩んで、悶々としていたのかもしれない。
それに思い出してみれば、何をもってして変わっているのか、その線引きすら曖昧だった気がする。
漠然とただ他人と自分、今と過去を比較したって、何が変わってるかハッキリしているものなんてたかが知れてるのに。
変わることだけに拘って、肝心の何がどう変わったかについて、そこが空っぽだった。

「少し大げさかもしれないが、違う人間になんてなれないだろ? 俺達みたいにある程度大人になると、なおさらだ。
 ただ、こんな風に言うと、子供だったら毎日違う人間になっているようにも聞こえてしまうんだが、そう思わせるくらい成長が早いというか」

それはそうだろう、北村が見てるのは会長の子供だ。
ちょっとくらい人より早く成長しててもあんまり不思議に思わないけどな、俺は。
むしろそのくらい当然と言っていい。なぜなら会長の子供だから、根拠はそれだけで十分だ。

「そういうんじゃないんだが、俺にも上手く説明できん。まぁ、ムリに変わる必要はないんじゃないかっていうことだ」

心配する必要はないさと、背中をバシっと叩かれた。
それで何もかも吹き飛んだわけじゃないけど、少なくとも気合は貰ったように感じる。

「北村が言うんなら、そうなのかもな」

「ああ、そうだとも」

こういったところは相変わらずで安心した。
変わらなくていいんだと自分に言い聞かせるにはこれ以上ない手本だと思う。

「───すまない、ちょっと」

黙々と食事を続ける春田の愚痴をBGMに、そんな話題に花を咲かせていると、北村が立ち上がり、携帯電話片手にトイレの方へと歩いていった。
電話か。そういえばけっこう話し込んでいて気付かなかったが、随分と時計の針が進んでしまっている。
北村はとことん付き合うぞと言ってくれていたが、久方ぶりに帰ってきたんだ、会いたい奴は他にもいるだろう。
あっという間に感じられて少々物足りなさもあるが、今度は長居するらしいし、地元にいるんだから都合さえ合えばまたいつだって会える。
今日はそろそろお開きにするか。

「能登、お前ケータイ鳴ってね」

「え?」

ちょいちょいと行儀悪くナイフでテーブル上のある一点を差す春田。
その先にはマナーモードにしていた俺のケータイが振動し、着信を知らせている。
誰だろう、こんな時間に。
今日は元々空けておいた日だから、俺が約束をすっぽかしたということはないはず。
急な用事だろうか。
しかし手に取った瞬間に振動をやめる携帯電話。
慌てて掛け直すべく着信先を見ると、俺は途端硬直した。

「なんだよ、まさか女とかじゃねーよな」

だったらどんなに良かったか。
恨みがましく睨む春田の茶化しで金縛りが解ける。
様子のおかしい俺にさすがに不信感を抱いたらしいが、説明する間ももどかしく、履歴の中、不在マークを光らせる名前に掛け直した。
数回のパルス音に続き呼び出し音が一回。
向こうは携帯を握り締めていたんだろうか、すぐに通話状態になった。
挨拶もそこそこに何があったのか聞こうとするも、その前に回線が切られてしまう。
もう一度掛けてみたが今度は電源が入っていないというアナウンスに切り替わる。二度、三度と繰り返しても同じだった。
何があったのか知らないがただ事じゃない空気だけはビシビシ伝ってくる。
24174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:33:17 ID:Jq8pCbqU

「どうかしたのか?」

「いや、それが」

「すまん、俺はもう帰る。しばらく会えそうにもなくなった」

言いかけるも、ちょうどそこへ北村が。
だけどさっきとは別人のように血相を変えていて、荷物を掴み、それだけ言い残し去ろうとする。
きっと何か関係がある。直感的にそう思った俺は北村を引きとめ、

「高須になにかあったのか」

探りを入れるように言う。効果はてき面だった。
反射で振り返った北村の顔は引き攣っていて、事態の深刻さを臭わせる。

「今しがた高須から電話が掛かってきたんだよ、北村もなんじゃないか」

「そ、そうだったのか。こっちは会長からなんだが、何て言ってた、高須」

「それがすぐに切れて、掛け直しても繋がらないんだ。会長は?」

どうしたものか逡巡してるんだろう、北村がそこで言いよどむ。
大方の事情は知っているようだ。
俺は一度落ち着いて整理しようと、今しばしこの場に留まってくれるように頼む。
時間を気にしてはいるが、北村は頷き、イスに腰を下ろした。

「俺の、というよりも、会長の帰国の理由はさっき話したよな」

「そりゃあ、なぁ」

春田が目線だけこちらに寄越す。
俺は北村へ向けて首を振る。

「それで、俺もここで逢坂や亜美達のことを知ったわけなんだが」

「つまり会長もなにも知らないで帰ってきてたのか」

「ああ、そういうことになる」

付け加えれば、会長はビックリさせるつもりで内緒で帰ってきたんだ、と。
掠れた声で北村が言う。
なるほど、とびっきりのサプライズをしようとしたつもりが、逆にとびっきりのサプライズで迎えられたという。
高須も自業自得とはいえ、なんとまあ間の悪い。

「なぁ、それでなんで高っちゃんがヤベーんだよ」

こいつの頭を割ったら卵みたいにつるんとした脳みそが出てくるんじゃないか。
少しはその足りないお頭にシワ作って考えろよ。

「要するに会長が怒ったんだよ。自分だけだと思ってたら高須がまた他の女とも子作りしてて、しかもできちゃってたから」

「ちょ、お、おい能登、もう少し言い方ってもんがあるんじゃね。ほら、あれ」

どんなに言い繕ったって結局はそういうことになるだろ。
キャベツ畑からとってきたとかコウノトリが運んできたとか今時子供だって信じちゃいないぞ。
シたからできる、できたんだからシたのは自明の理なんだ。
それをなにを今さらへこんでるんだよ、北村。いい歳なんだからそんなのわかってるだろ、しっかりしろ。

「悪い、ちょっと取り乱した」
25174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:35:06 ID:Jq8pCbqU

ちょっとと言いつつ目元を拭う北村にキツく言い過ぎたかもしれないと少しばかり罪悪感が芽生える。
だが、今は慰めている場合じゃない。北村もそんなことを望んでいるわけじゃない。
数瞬の間を空け、頭を切り替えた北村が口を開く。

「それで会長なんだが、今からとんぼ返りでアメリカに戻るって言い出してて」

「一人でか」

北村が力なく首を横に振る。

「無論、お子さんと高須を連れてだそうだ」

だろうな。向こうに行ったらしばらくは日本の土を踏めないと覚悟した方がいい。下手したら二度と、かもしれない。
さっき高須の携帯から電話が掛かってきたのは助けを求めてたのか。
なら、もうあの携帯はお釈迦にされてることだろう。いくら掛けても繋がらないのはそのためだ。
腑に落ちないのはなんで俺に掛けてきたんだろう。
そんな疑問もすぐに解けた。

「それにもう亜美達に追われているらしい。かなり緊迫した様子だった」

どうやら高須は会長だけでなく、追っかけてくるタイガー達にもビビったようだ。
もしくは、タイガー達の誰かに連絡を入れたら事態が余計に拗れると思ったのかもしれない。
どちらにしろ助けとか、そんなの頼まれたって困るよ。高須で収められないものを誰が収められるっていうんだ。
自分でどうにかしてくれ、巻き込まれるのはごめんだ、俺はそう考えている。
が、北村はそういうわけにいかないみたいだ。

「俺はこれから会長の手伝いに行くが、二人はどうする」

「どうするもなにも、手伝いって、大丈夫なのかよ北村」

タイガー達に露見した時点で高飛びなんて実現不可能だろ。
仮にできたとして、愛しの高須を獲り返すまでは地の果てだって追いかけてくるに決まってるじゃないか。
障害になるものは何であれぶち破る。それがわからない北村じゃない。

「大丈夫じゃないだろうけど、お願いされたからなぁ、会長に」

「だからってお前、そんな無茶な」

「何事もやるだけやってからだ。じゃないと言い訳もさせてくれないからな、あの人は」

それでも北村は行くと言ってきかない。とてつもないも強制力の、もはやお願いとは呼べないようなお願いのためだけとは思えない。
死地に臨む悲壮さにも通じるその面差しから、もしタイガー達と遭遇したら壁にでもなって時間稼ぎに徹するだろうことは簡単に予想がついた。
北村の性格からして、間違っても暴力に訴えるマネもしないだろう。相手が相手とはいえ一応は女の子だし、なにより一人の体でもない。
何の抵抗もせず、ただ殴られに行くだけだ。それがわかっていて見て見ぬフリもできないよなぁ、もう。んなことしたら後味悪すぎだし。

「能登?」

伝票を摘み上げた俺は席を立った。数歩歩き振り返る。
けっこうな時間俺達が使っていたテーブルには不思議そうにしている北村に、ポカンと口を開けた間抜けなアホ面を晒す春田。

「なにしてんだよ北村、早くしないと会長にどやされるんじゃないか」

「ああ、そうだな」

ハッとした北村が荷物を手に立ち上がる。

「春田もいつまでそうしてんだ、もう行くぞ」

「高っちゃんとこにか?」
26174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:39:47 ID:Jq8pCbqU

意外だった。当ててみせたこともそうだけど、わりと乗り気な感じだから。
てっきり嫌がるだろうと思って春田とはここで別れるつもりだったんだが。

「ムリにとは言わないけど。お前明日も仕事あるんだし、正直めんどいだろ」

「うんにゃ、ゴチってもらったし、なーんか面白そうだから俺も一緒に行くわ」

暢気だな、まったく。また撥ねられるような目に遭うかもしれないとか考えないのかね、こいつは。
でも、それもなんか春田らしいって言えばそうか。俺は思わず噴出していた。
やっぱりアホだ、それも大アホ。いてくれるだけで頼りになるよ、このアホは。

「いいのか、二人とも」

別に北村みたく会長のためじゃない。巻き込まれるのは勘弁してほしいっていう本音は、今だって変わらない。
ただ、電話もらっちゃったし、きっとあれでもう巻き込まれてるんだ、俺も。
だったらこのまま高須を見捨てるのもあれじゃん、忍びないっていうか、寝覚めが悪いっていうか。
タイガー達にこてんぱんにされるだろう北村を、そのままにしておくわけにもいかないしな。

「付き合うよ、友達だろ」

「まー、俺は修羅場が見れればそれでいいけどなー」

硬くなっていた北村の表情が緩む。

「見物料が入院費じゃ割に合わないんじゃないか」

「うぇ〜、それぜんぜん笑えねーって」

軽口を叩いて笑いあう北村と春田。
実際に入院までした二人にとってはあまり笑える話でもないだろうに、それでも。
そしてひとしきり笑い、無言が訪れるのを見計らって俺は言う。

「そろそろ行くか」

「おう、高っちゃんがやられちゃってたら高みの見物どこじゃねーもんな」

「それは俺も困る。機嫌を損ねた会長の相手を誰がするんだ、電話越しでさえ相当お冠だったんだぞ」

「じゃあ急がないとな、高須が息の根止められない内に。場所は?」

「大まかならわかる。ここからそう遠く離れてないはずだ」

「おっしゃ、待ってろよ高っちゃ〜ん。俺らが行くまで修羅場やっててくれよなー」

鬼だな、お前。
高須にとってはシャレにならないことを平気で喚きながら先陣を切って飛び出していった春田。

「どこ行くんだ、そっちじゃないぞ春田」

しかも当たりをつけた行き先とは間逆の方向に行ってしまったらしい。のっけからやってくれるよ、心強くて頭が痛い。
そんな春田を北村が慌てて追いかけていく。レジで痛いものを見る目を向けていた店員を急かし、手早く会計を済ませ、俺も店外へ。
冷え込んだ空気が肌を刺す。今まで温い場所にいたおかげで尚更その寒さが身に染みる。
煌く星々、踊る月。点々と浮かぶ雲の隙間から差し込むそれらの淡い光に照らされ、色づく吐息が夜空に映えた。
こんな寒い中、お前一人のために駆けずり回ってるヤツが大勢いるぞ。それも身内だけじゃなくて俺達まで面倒なことに巻き込みやがって。
目の前で恨み言の一つでも言ってやらないと気がすまないよ。だから、今から言いに行くからな。
それまでぶっ倒れたりしないでちゃんと待ってろよ、高須。
街灯が灯す明かりの下、もう大分小さくなった春田と北村の背を目指し、全速力で駆け出した。

                              〜おわり〜
27174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/02(金) 10:41:19 ID:Jq8pCbqU
おしまい
28名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 11:33:19 ID:lpB7hhaT
GJ!!
面白い、うまい!
あの出だしから、ここまで良くまとめるもんだ・・・すごい。

女子各々(各家庭)の視点からの話に期待してしまう。
だめ? ごめん

29名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 11:51:14 ID:rLHByIhb
>>27
GJです!いやあ高須ハーレムはすごいですなぁ
30名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 12:20:21 ID:wAYJvak4
ノリノリですなあ GJ
ここまで話が膨らむとは・・・
31名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 12:25:14 ID:cFesi17W
前スレ埋まってるしもう2作も投下されてて遅れ気味の埋め代わりの何か。


大河は正常位を好む。顔が見えてるのが安心するらしい。生まれてこの方この目つきは安心などという言葉からは
縁遠かったので、結構嬉しかったりする。とは言え抱きつかせると背中に傷が増えるので、最近はお互いの指を絡める
いわゆる恋人つなぎで手を握るようにしている。見つめ合いながら思う様注ぎ込んだ後、余韻に浸る大河は本当に
お姫様って思えるぐらい可愛い笑顔を見せてくれる。……それでまたしたくなるのは我ながらどうしようもない気が
しないではないが、大河が可愛すぎるのが悪いということにしておく。

実乃梨は顔が見えると恥ずかしがるので後ろからが多くなった。俺が毎回ガードを無理矢理こじ開けてイキ顔を
拝むからそうなったんだが。後ろからだと深く入るのでグリグリと奥をえぐっている内に俺の形に合うように
なってきた気もする。なんつーか畑を耕す農家の気持ちがちょっと分かった。それと後ろからなら顔が見えないと
思っている実乃梨だが、最後の瞬間に仰け反るよう俺が誘導して顔を上げさせ、姿見の鏡を使って覗いているのには
まだ気付かれていないようだ。油断して完全に蕩けきったあの表情はいつまで拝めるのやら。

亜美の場合、自分がリードしてペースを握ろうとする傾向がある。俺を寝かせてまたがる体位が多いか。
抵抗せずに亜美に一方的に搾り取られるのも悪くないんだが、男としてはやっぱりあの『いい』声を聞きたいよな。
亜美が腰を落とすのに合わせて下から突き上げることで、カウンター的に子宮を揺さぶってやるといい感じ。
逃がさないように腰をがっちりつかんで一気に攻め、最後は乱れ具合を見ながらタイミングを合わせて同時に決める。
やっぱ一緒ってのはいいな。一方的にされるより吸い出されてるような気がするし。

奈々子も正常位が多いんだが、正確にはやはりキスしながらひとつになるのにこだわる。最近はすっかり上達して
しゃぶるのはもちろんのこと、単に舌同士を絡めてるだけで俺の方が少し下着を汚すぐらいだ。そんな具合のを
合体しながらとなると凄いことになる。時々、自分が今どこで何をしてたのか分からなくなるぐらいとろけちまう。
それは奈々子の方も一緒みたいだが、いっそのこと二人で完全に溺れてしまえば楽になるのかもしれない。
楽になったらまずいが。ちょっと本当に溺れたくなるのがまた悩ましいから困る。

麻耶とは繋がってる時間が長いので自然と楽な体勢になる。座椅子とか壁を背にして座ってる俺を更に座椅子にして
ゆったりと麻耶が身体を預けてくる。暖かい季節でなければ下だけ脱いで上は着たまま、じっくり時間をかけた愛撫で
熱く解れた麻耶とひとつになる。そのまま20〜30分ほど麻耶をいじりながらそれほど動かずに過ごすと、出すのとは
また違った気持ちよさがこみ上げてくる。最終的に二人で一緒に融け合った後もしばらくは繋がったまま余韻を楽しむ。
髪を撫でて指を絡めて、気分が乗って時間があればもう1回。女の子とイチャイチャするのってなんでこんな楽しいんだろ。

独神には抱くんじゃなくて抱かれることがままある。包み込むように抱きしめて甘えさせてくれたのは、泰子以外じゃ
初めてかも。積み上げた人生経験ならではの包容力は伊達じゃなかった。大体のことは受け入れてくれるしな。
俺たちの関係は世間的に褒められたもんじゃないし色々と悩むこともあるんだが、そんな俺を先生は支えてくれてる。
俺にできるお返しと言えば、正常位や対面座位で柔らかい胸に顔を埋めて甘えながら突き上げるぐらいのものだ。
そうやってる甘える俺は「可愛い」らしいが……他の奴がいるところでそれを言うのは勘弁して欲しい。マジで。
32名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 13:49:44 ID:rLHByIhb
>>31GJです!
いやあここにも高須ハーレムがっ
33名無しさん@ピンキー:2010/04/02(金) 20:08:03 ID:jg4hi3jo
>>27
GJ!nhkって最初某協会かとw
相変わらず腹筋が痛くなるくらい笑わしてもらいました
各家庭といい、徐々に明らかになってきたその後が非常に気になる
てか能登達良い奴すぎる

これ、おわりってなってるけど二度ある事は…ですよね?
34名無しさん@ピンキー:2010/04/03(土) 12:08:05 ID:eABUbmH/
>>27

gj!女子視点からの話がマジで読みたくなりました。
35名無しさん@ピンキー:2010/04/03(土) 23:45:04 ID:F81JjCai
ふと思ったけど
この第2ラウンドにもやっぱりやっちゃんは参戦してるのかな
36名無しさん@ピンキー:2010/04/04(日) 11:55:58 ID:xICPGQQ+
竜虎スレに投下されてた人のちわドラが秀逸すぎて困った。
37名無しさん@ピンキー:2010/04/04(日) 12:05:35 ID:tOwzg09i
kwsk>36
38名無しさん@ピンキー:2010/04/04(日) 19:17:32 ID:hhdFIWAQ
ここも人減ったね
39名無しさん@ピンキー:2010/04/04(日) 20:09:38 ID:xICPGQQ+
>>37
既出だったらすまんが
http://asagikk.blog113.fc2.com/blog-entry-187.html

この方の竜虎SSが投下されてたんだが、他を見たらちわドラが
あったのよ。亜美ちゃんの心理描写がGJ過ぎて困る。
40名無しさん@ピンキー:2010/04/04(日) 20:18:43 ID:hk34Ma/V
減ったねぇ
41名無しさん@ピンキー:2010/04/05(月) 20:11:23 ID:WPEUlW97
>39
これはイイ!
教えて下さってありがとう
42名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 01:46:52 ID:/vUYnGW+
>>39
これマジで亜美ちゃん死んでたらどうすんだよ高須
43名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 02:03:00 ID:OwmclohV
>>42
亜美ちゃんの死に絶望した竜児が世の中に絶望して心が病んでいく。
・・・って、それに近いSSが竜虎スレ初期にあったな。

その作者さん、その後のちわドラとらの話書いてくれないかなぁ。
44名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 05:36:34 ID:lj1cHGE3
だめもとテスト
45Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2010/04/06(火) 05:38:59 ID:lj1cHGE3
おはようございます 規制が解けていたのでSS投下させ頂きます。
概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第7回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
1話1話は独立した話です。
過去の連作で使ったネタ、伏線を所々、使ってるので初見の方は解かり辛い所があると思います。

連作としての流れとかも考えているつもりなので、
まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

注意:本SSで若干、大河が損な役回りに回っています。

主な登場キャラ:竜児、亜美、川嶋安奈
作中の時期:高校3年の7月
長さ :20レスぐらい
46Happyeverafter-7-1/20:2010/04/06(火) 05:40:18 ID:lj1cHGE3
Happy ever after 第7回


「うん、そうなんだ。ありがとうママ。ドラマの評判もいいみたいでホッとしちゃった。
 そう、あのシーンが一番評価高かったんだってね」
川嶋亜美は自室から電話を掛けていた。相手は母親。
亜美にとって母は感謝すべき親であり、尊敬すべき役者であり、何でも話せる同性だった。
楽しげな声が響く。

「ううん、自信なんか全然。撮ってる時はNGばっかり。本当大変だった。
 監督に見限られたかと思っちゃった。

 そうでもないよ。なる様になるかな、なんて。

 強くなった?。そんなことないと思うけど。そうかな、ありがとう。

 え、ママの所にあのレストランから謝罪の電話?。
あれは急に押しかけた私たちが悪いのに。
 うん。予約もせずに行っちゃったんだ。入れる訳ないのにね、ふふ。

 彼氏?、……違うんだ。

 あそこからも電話が?、そりゃ二人で行ったけど、でも単なる見学程度で……。

 そんなんじゃない。ママだって言ってたじゃない。恋愛は芸の肥やしだから沢山しろって。

 騙されてなんかいない!。
ごめん……。でも本当貢いてでなんかいない。
そうだけど、でもあれは私が貰ったお金じゃない。

 違うって、そんな事ない。

 だから高須くんはそんな人じゃない。あんな人いない。

 なんでよ、こっちに居ていいって言ってくれてたのに。わからず屋!!」

亜美は携帯を切り,テーブルに叩きつけた。


         ******


高須竜児はちょっとした違和感を感じていた。
体調が悪いわけでもない。 まわりの環境が変わった訳でもない。
それが何処から来て、何が原因なのか、彼自身よく解かっていなかった。

大橋高校での学生生活は相変わらず騒がしく、賑やかで、
櫛枝実乃梨はところせましと走り回り、ついで、逢坂 大河が騒動を巻き起こす。
それは楽しくも、やっぱり日常で、平和だった。
その平和たる日常の一風景だからこそかもしれない。
「そういやメールこねーな」なんて思ってしまうのは、
暇すぎるからだろうか等とも考えてしまう。
47Happyeverafter-7-2/20:2010/04/06(火) 05:42:49 ID:lj1cHGE3

普段の日々であれば誰かからのメールはついぞ途切れること無く、竜児の携帯に運ばれて来た。
勉強を教えろとか、一緒に帰ろうとかそんな誘いの用件ばかりだけではなく、
何気ない、伝える必要性なんか感じられない言葉のハギレがなんとなしに送られてきた。
メールが来たなら竜児も返信する。そんなやり取りを頻繁に二人は行っていた。
もちろん、そんな事は挨拶をされた時、それを返す程度にあたりまえで普通の事。
その程度のやりとり。だからこそ、時には竜児からも送る。
ただ、ここ二、三日、そのメールが来ない。メールをしても返信がない。
だから違和感を憶えるのかもしれない。

メールだけでなく、よくある偶然が起きてない事が理由かもしれない。
登下校時に何故か頻繁に鉢合わせしたり、自動販売機の前で出くわしたり、
友達に会いに竜児のいる教室に来た亜美と会話を交わしたりと、
彼女が仕事で学校を休んでいる時以外、クラスが別だというのに接触の機会が多い。
だが、そんな偶然が今週に限ってない。そんな事が原因かもしれない。

既に社会に出てる彼女は時間に追われる事が多いのだが、最近は、この七月、八月は、
大きな仕事は入っていないとの事で、比較的OFFの日が多く、竜児を誘うことも多かった。
大河がヒマチー復活だと囃し立て、亜美が逆上し、レクリエーションしていたのが、
昨日の事のように鮮明に竜児には思い出された。あの時くらった木刀の一撃は強烈だった。

だが、ここ数日、亜美と会っていない。それは不自然な事に竜児には思えた。

やけに喉が渇く。ここ数日の違和感の一つ。
喉が渇くから缶コーヒーを買いに行く事が増えた。
そして、自販機の前で時間をかけてコーヒーを飲み干す。
喉が渇いている時はゆっくりと飲む方がいいらしい。
すぐに飲み下さす、口内に水分を感じさせる事で、乾きの感覚を少量の水分で
なくす事が出来る。竜児のおばさん豆知識がそういっていた。
それなのに何故だとも思っていた。
いつもより自販機スペースにいる時間を増やしているというのにまったく会えていない。

だから、たまたま、廊下で会った香椎 奈々子に亜美の事を尋ねてしまったのは、
竜児にとって自然な事だった。

「高須くん。亜美ちゃんと会えなくて心配なの?。
そうね。いいわ。放課後、ストバで話しましょ」
香椎 奈々子は、いつのまにか貫禄をもつ女になっていた。いや、初めからかもしれない。
大橋高校一直観力が高い、本能の男、春田浩次が初対面から、唯一、様づけした女は一味違った。


         ******


放課後のストバ、そのBOX席。そこは竜児にとって地獄のようだった。
煉獄の炎に焼かれるダンテのような気持ち。目の前には二人のウィルギリウス。
二年次のクラスメートである女の子二人。香椎奈々子と木原麻耶。
伝説の2−C。そのヒエラルギーの最上位、最強スリートップのうち、二人との同席。
誰もが羨むプチハーレム状態なのだが、本人は代わって欲しい位だった。
なぜなら、根掘り葉掘りと亜美との事を聞かれるという拷問の真っ最中だったから。
48Happyeverafter-7-3/20:2010/04/06(火) 05:44:41 ID:lj1cHGE3

「それで、それで、高須くんは普段、亜美ちゃんと何処に遊び行ったりしてるの?」
麻耶が自分の事のように楽しげに聞いてくる。

「遊びというか、あいつの暇潰しに付き合わされているだけだ。
 喫茶店だったり、ゲーセンだったり、あと買い物の荷物持ちとかか。
 都合良く使われてるだけだろ」
「買い物とかって駅前の?」
「それもあるが、最近は撮影所の近くが多いか]
「ふ〜ん、そうなんだ」
「ああ、 撮影の合間とかの時間持て余しるらしくてな。 暇な時間が嫌らしい。
この前なんか三十分しか時間ないてのに呼び出しやがった。
やっぱり芸能界じゃ友達いないのか?。なんか心配だが」
麻耶は隣の同級生に耳打ちするように、ニヤニヤと
「奈々子、奈々子。亜美ちゃんの待ち時間の使い方って」
「そうね。お芝居のイメージ確認とか、勉強とか、それに現場の人との付き合い。
、全然時間足りないって言ってたね」
「なんだ、目の前で内緒話って、なんか感じ悪いぞ」と苦情を告げる竜児に
「女の子同士の会話です。聞かないで下さい」と麻耶は犬を追い払うように、手を揺らす。

そして奈々子が
「大丈夫だと思うよ。同年代の役者さんもいるみだいだし」
「そうか?、あいつ外面いいだけに、自分出すの苦手だろ」
「そうかな。亜美ちゃん。大橋高校に来てよかったって」
「そうだよ。亜美ちゃん。高須くんに感謝してるってさ」

二人の息つく間もない攻勢に、竜児は守り一辺倒。
だまってると余計に話がおかしくなると、自分を奮い立たせる。
「なんだよそれ。なんか話繋がってないだろ。まあ友達がいるならいいが。
 どっちにしろ、俺は時間つぶしに付き合ってるだけだって」

そんな竜児を木原麻耶と香椎 奈々子は顔を見合わせて笑う。
ニヤニヤと、「全部解かってるよ。解かってるんだよ」と言ってる顔だ、
そう竜児には見えた。観た事がある顔なのだ。
近所のおばさん連中が朝の井戸端会議で浮かべてる笑顔そのままだ。
何故か無性に弁明したくなる衝動に駆られる。

「違うんだ。お前たちが想像してるような事とかじゃなくだな」
「高須くんは私たちがどういう想像してると思ってるの?」
竜児は絶句した。そんな事言える訳もない。が香椎 奈々子の見透かした目が彼を促す。
その目に反抗したい一心で反論しようとするが
「だから、べたべたとか、イチャイチャとかなんて、アイツとはしてーねって」
しどろもどろになりながらも何とか否定。それが精一杯。

「どう思う?。奈々子」
「目指す理想が高いんじゃないかな。部屋の中、二人きりで何時間も名前呼び合うとかは
 イチャイチャってレベルじゃないって事だもの」
「そうか、すごいね。夜の公園で抱き合う程度、ベタベタとは言わないくらい、
 仲いいんだもんね」
「どこまで話してるんだ、あいつは」
「だって私達親友だもん」
49Happyeverafter-7-4/20:2010/04/06(火) 05:48:13 ID:lj1cHGE3

と言いつつ、ほとんど二人は亜美自身から情報を情報を引き出せていなかった。
亜美と麻耶と奈々子、三人でスドバでダベッている時も、そう言った話題になると言葉を濁す。
可愛い子を演じる女の計算された発言でもなければ、
ハッキリと鋭い意見を告げる大人の川嶋亜美でもない。
必要以上に照れ、話をそらし、ちょっと嬉しがり、なにより
二人で過ごした時間を、思い出を彼女たちだけの大事にしたがっている少女になってしまう。
亜美との友情を確信している二人だけに、それは喜ばしくも、少し寂しい。
だからこの追求にも力が入っててしまう。
何か出来事があったらしい日や、その次の日はちょっとだけ亜美の様子もおかしく、
断片が僅かに溢れてくる。だが、そこが限界。
それ以上は二人にも教えてもらえていない。
その小さな情報から竜児を囃し立て、徹底的に攻める事にした。
今日は竜児の意思を確認するにも、二人がどういった事をしてるのかを知る事も
ちょっとした意地悪をするにしても、とてもいい機会だった。

「いやそれは成り行きというか。それと一緒に帰るて事は別もので。
 そうだ。ほらあいつ、寂しいの嫌いだろ。
 周りにチヤホヤされてないと我慢出来ないタイプ……ってだけでもねーが。
 というかお前たちと帰れない時とかはだな。しかたなく一緒に……。
 いない事はないにしても、あいつ友達少ないだろ」 

「そうなんだよね。亜美ちゃんと最近一緒に帰れないんだ。
 なんでも下校の時、別な誰かと帰ってるみたい。
 私達よりも大事みたいなんだ。嫉妬しちゃうな。ね、高須くん」
「ぐ」

「最近は割りと寂しくないそうよ。よかったよね。ね、高須くん」
「ぬ」

亜美の親友たちは、自分たちの妬みも含め、竜児をからかい続けた。
奈々子に代わって、今度は麻耶が発言。
「亜美ちゃん。すごく嬉しそうだよ。この頃。とっても綺麗だし」
「嬉しそうって言われてもな?、まぁ俺をからかってる時は面白がってるが。
 なにかにつけてちょっかい掛けてくるし。悪戯好きなだけだろ。
 そうかと思えば、勝手にむっとするし、へそ曲げるし。なんなんだあれは?」
「ふふ、麻耶ちゃん。私たちと一緒の時でもそこまでハイテンションじゃないよね」
「なんか、もうね。それで、それで、高須くんは亜美ちゃんのどの辺が好き?」

真綿で首を絞められるとはこの事かと竜児は思う。息をするのも苦しい。顔が熱い。
「す、好きってなんだよ。べ、別に俺は」
「えー、亜美ちゃんがあそこまで尽くしてるんだよ。
 元モデルで、女優がだよ。超綺麗で、スーパースタイルよくて、そんな子がわざわざさ」
「そうか?。そんな飛びぬけてるわけでもねーだろ。
 櫛枝だってスタイルいいし、大河だって綺麗って言えば綺麗だ。」

ここで他の女をほめ出すかと、二人はうんざりと、
「……ね、ねぇ、奈々子…」
「マルオくんの親友だけあって天然。ほとんど暴力」
「あー、もう、マルオ!!」
50Happyeverafter-7-5/20:2010/04/06(火) 05:50:19 ID:lj1cHGE3
と麻耶は、子供がいやいやをするように体を左右にふる。そして、キッと竜児を睨んで

「じゃあさ、亜美ちゃんに魅力感じない?。亜美ちゃんの事どうでもいいって思ってる?」
「そ、そりゃ、どうでもいいとまでは思ちゃいない。
 損な性格で、腹黒って自分で言ってる割りには、要領がいいわけじゃねーし。
 口悪いが、結局はうじうじと後悔するし。むしろ心配というかだな」

麻耶はまだ、納得しない様子で、不満顔を作り、
「ふーん。そんな損な性格な亜美ちゃんは嫌?、性格変えた方がいいと思う?」
「変えれるもんじゃねし、それが川嶋だろ?。それに俺は嫌だなんて言って無え。
 というか。何というかだ。それが……、あいつのいいとこじゃねーかとは思う」

麻耶は一転、頬を緩ませ、隣の奈々子に溢れる感情を分けあう。
「ねぇ、奈々子♪」
「うん、いいと思うよ」
「本当、いいよね。あー、もう、マルオ!!」
と麻耶が体をねじる。その隣で奈々子は紅茶を一口飲むと、静かに竜児に問いかけた。
「じゃ、最後の確認。高須くんは亜美ちゃんの味方?」
「なんで俺が川嶋の敵になるんだ?」
「みんなが亜美ちゃんの敵になっても、味方でいてくれる?。応援してくれる?
ずっと見ててあげれる?」
「考えるまでもないだろ?。なんでそんな事聞くんだ?」

竜児は問いの真意をつかめず問い返す。が、奈々子はその問いに答えず、満足した様子で
「うん。YESかな?」
そうして亜美ちゃんに会わせてあげるからここで待ってて、と言い残し、
麻耶と奈々子は二人でスドバを離れた。

話に取り残された上に、自分自身も取り残された竜児は、
痒いところにまったく手が届かないといった風で一人、コーヒーを飲み続けた。


         ******


喫茶店のBOX席で一人、睨みを利かせながら、コーヒーをすする、
森田まさのりが描く不良高校生のような状態になっている竜児に一人の女が声を掛けた。
「高須竜児くん、相席いいかしら」

年のころは30代くらいか、だがスタイルに崩れた様子が微塵もなく、
むしろ、一目で抜群なプロポーションである事が解かる肢体が服の上からでも解かる。
その上に、経験を経た、熟成された美しさが感じれらる。
竜児の周りにはいない感じのそんな女性。
こんな人に相席を求められる理由がさっぱり解からないと竜児。
そもそも、見覚えが無い。間違いなく初対面だ。
どう言葉を返せばいいかと、女性を見つめたまま言葉を捜していると、
女性は掛けていたサングラスを少し外し、竜児に視線を返す。
前言撤回。見覚えがあった。心配性の、それゆえに心配になる同級生だ。
「……か、川嶋?」

「あら、高校生でも、一発で解かるなんて、私の認知度も伊達じゃないわね。
 初めまして高須竜児くん。娘がお世話になってます」
「……のお母さん!」
51Happyeverafter-7-6/20:2010/04/06(火) 05:51:56 ID:lj1cHGE3

女性は竜児の反応に口角を上げると
「あら、現役女優の私を目の前にして、私の中に亜美を見たの?。
 へー、それは残念だけど、それも面白いわ」
サングラスを完全に取ると、美しい、計算された笑顔を浮かべた。
「改めましてこんにちは、竜児くん。川嶋安奈と申します」


川嶋安奈は三十代で子供、つまり、川嶋生んでるだよな。歳が止まってる?
そんな事あるはず無えって、
と思いながら、自分の周りにも化物がいる事に気づいた。泰子だ。
高校生の息子がいながら、自他共に認める?永遠の二十三歳。
ウチの母親も化物だった。この世界には化物はたくさんいるらしい。

川嶋安奈は竜児の前の席に当然のように座ると、リラックスした様子で話掛けて来た。
「亜美から竜児くんの事は聞いてるわ。本当、お世話になってるみたいね」
「い、いえ、フォローされてるのはいつも俺たちの方で」
「そんな事ないでしょ。あの子、子供だから」
「確かにそんな所もありますけど、川嶋はいつも精一杯やってて」
「あれ、子供って所、肯定しちゃうんだ。へー、しかも、亜美は精一杯か」
と安奈は楽しそうに感想を口にする。

竜児は少し焦りながら、
「俺、変な事言っちゃいました?」
「ううん、違うのよ。あの子が、今の学校では自分は『大人だ、なんて言われててる』
 って言っていたから。見得張ってるなと思って、可笑しかったのよ。
 なるほどね、竜児くんは子供に見えるのか、なるほど」

と安奈はコロコロと笑って、何度か、うんうんと頷き、そして、
「ところで、竜児くん。木原麻耶さん知ってる。
 亜美の大切な友達て聞いたから、ちょっとご挨拶しないとと思ったんだけど。
 ご両親から、ここに来てるって聞いたんだけど、居ないみたいよね」
「さっきまでここに居たんですが、直ぐに戻ってくるってどこかに行きました。
 川嶋のおばさんは木原の家に行ってたんですが?」

「川嶋安奈♪」
にっこりとした女優の笑顔が返ってきた。

「?、おばさんは木原の家に…」
「安奈♪」
再びの、だが迫力を増した笑顔が、竜児に言葉の訂正を要求していた。

「えーと、安奈さん、でいいですか」
「あら?、竜児くん、なにか質問?。いいわよ。なんでも答えちゃう」
今、やっと竜児の言葉が聞こえたかのように返す。

「いえ、木原の家になんで行ったのかなって」
「ちょっとした用事よ」
と一旦、竜児の質問を中断させ、安奈は静かに竜児の顔を凝視する。
心を読むように観察を行い、その後、声のトーンを少しだけ落とし、
「竜児くん、もしかして亜美が私と喧嘩して家出した事しらないのかな?」
「川嶋が家出!、親子喧嘩で」
竜児は今にも立ち上がらんといった勢いで、両手をテーブルに付く。
そんな竜児の勢いを流すように、安奈はウェイターを呼ぶとエスプレッソを頼む。
そうして対面者を座らせ、落ち着かせ、観察を続けた。
本当の事を言ってるか、その心の内では実際にどんな感情が渦巻いているか、
それを計るように再び竜児の目を見つめる。そして十分な間をおいて口を開いた。
52名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 05:58:18 ID:+qNbthC2

53Happyeverafter-7-7/20:2010/04/06(火) 06:27:12 ID:lj1cHGE3

「恥ずかしながら……ね。正しくは実家じゃなく、部屋借りてた叔父の家からの逃亡。
 現在行方不明で捜索中って所。……ねぇ、竜児くん。亜美から連絡なかったの?。本当に」
竜児の目を覗き込む。連絡が無かったの?、にアクセントを聞かせ、問いかける。

「……はい。ありませんでした」
竜児は安奈の視線に耐えられなかったからか、今、初めて事実を知った事に耐えられなかったのか、
目を伏せた。
動物同士の、自然界での雌雄を決する第一回目の対決が終わった。
「ふーん、そう」
安奈はゆっくりと笑った。
安奈の笑顔は今までとは種類が違った。星一つ無い夜空に浮かぶ三日月のような笑みだった。

「いい目してるわね。竜児くん。私好みよ。 私、あの子と趣味同じだから♪」
「え?」
「なんでもな〜い」

一転。安奈の笑顔の種類が元に戻る。純粋に楽しそうな笑顔に戻る。
竜児は既視感を感じた、あの悪戯娘にからかわれているかのように。
そうだ。あいつは何でと、気づいたときには考えた疑問がそのまま口から出ていた。

「川嶋となんで喧嘩したんですか?」
「川嶋って誰?。私の事?。安奈わかんな〜い」
「えーと、亜…、う、あ、亜美の事です」
からかわれている事を承知で聞く、恥も外聞も取るに足りなかった。
今は亜美の現状を確認する事が重要だった。

「亜美から直接聞かなくていいの?」
安奈は席に運ばれてきた、エスプレッソをゆっくりと口に運ぶ。、

「理由、教えて頂かなくていいです」
恥も外聞も、ましてや自分の事など、どうでもよかった。
だがそう問われてしまっては、
竜児はそれ以上聞くことが出来なかった。

そんな返答を聞き、それまで口元に持っていったコーヒーカップをゆっくりと
テーブルに置く安奈。カップで隠れていた口元はやはり笑いを形どっていた。
その口元が動き、言葉をつむぐ。

「ねぇ、竜児くん。芸能人って、よく星に例えられるじゃない?
 ほら、スター誕生とか、なんて、あれ映画の題名よね。あれ、あれれ、通じなかった?
 解からないの?。え、もしかしてジェネレーションギャプ?、歳なの!、そうなの?」

竜児の無反応に、咳払いを一つ入れ、
「話を戻すわね。芸能人は夢を売る商売、輝ける存在じゃないといけないの。
 恒星みたいな。太陽みたいな子が相応しい。でもあの娘はそうじゃない。」

そこまで話すと、少し遠い目をして、そして視線を戻し、静かに続ける。
「だって、あの子は月だから。
 星は星でも月なのよ。自分から輝ける性質じゃない。
 別にあの子に魅力がないって訳じゃないの。
 ただ引っ込み思案で、大切なものの前じゃ一歩引いてしまう臆病者で言い分け上手。
 優しい子だけど芸能界向きじゃない」
54Happyeverafter-7-8/20:2010/04/06(火) 06:31:00 ID:lj1cHGE3

安奈は視線を変える。別の席で楽しそうにしている幼い女の子とその母親、そんな親子を見つめ、
「でもね、あの子、ママみたいになりたいって言ってくれたの。
 小さい時にママと競演するって言ってくれてたの。
 親馬鹿な私はね。あの子を助けてあげたいのよ。
 だから、モデルになった時いろいろと教えた。弱い心を守る鎧を、処世術も教え込んだ」
そして竜児を見つめなおし
「私は一人の母親としてあの子が心配なの、ただそれだけ。解かってくれる竜児くん」
その言葉が何故か泰子の声で竜児には聞こえた気がした。
「なんとなく解かる気がします」

「といっても、弱気になってメイクさんみたいに、主役のサポート役の方が
 自分にあってるんじゃないかなんて言い出した事もあって、
 母親としての自信がなくなる事もあるんだけど」
「はは、メイクさんとかにも興味があるって話、俺も聞いた事もあります」
「へー、そう。もう二度と弱音は吐かないって言ってたのに。
 そう、竜児くんには話したんだ。へー、なるほどなるほど」
「あ、えーと、やっぱりまずかったですか?」
「全然♪、それどころかお礼言うわ、ありがとう」
困惑した気持ちになる竜児に対し、上機嫌な安奈。

「御礼についてに、もう一つお願いさせて。もし、あの子の居場所が解かったら教えてくれない?。
 出来れば、とりなしてくれると嬉しいわ。
 私の携帯番号教えてあげる。プライベートナンバーなんて普通教えないのだけど、
 君は特別。私、あなたの事気に入っちゃった」
安奈は携帯NOを伝えると、そのまま伝票を持って立ち上がった。

「ごめんなさいね。スケジュールが詰まってるから直ぐに現場に行かないといけないの。
 なにかあったら連絡頂戴」
竜児が呼び止めようとしたが、自分の携帯が着信を告げた為、そちらに視線を移す。
その間に彼女はスドバを出て、外で待たせていた高級外車の後部座席に体を滑り込ませた。


車の運転席から声がした。「奥様、どうでしたか?」と
付き人兼ドライバーである男が声を掛けてくる。

「想像してた子とは違ったけど、私、気に入っちゃった。亜美は運のいい子」
安奈は後部座席の中央に腰を落とすとタバコを取り出す。
「こんなに気に入ったのは、去年、亜美に付きまとったストーカーの子ぶりね」
55Happyeverafter-7-9/20:2010/04/06(火) 06:33:55 ID:lj1cHGE3

車のエンジンが静かに回る。ゆっくりと動き出す。
「本当、あのストーカーはヒットだったわね。本格的な狂信ファンに付きまとわれる前に
 あの程度の子が現れて。予防注射に丁度よかった」

車体は流れるように街路をゆく、ゆったりと、滑るように。
「ねぇ、亜美のスケジュールってどうだっけ」
「ご指示の通り、九月までは大きな仕事は入っておりません」
と即座に運転席から返答が帰ってくる。

「たく、あの野郎のせいで。
 次のドラマの役くれる交換条件があんまり露出するなって、話題性がある時期だってのに。
 まったく何が、だからこそ価値がある、だ。偉そうに言いやがって。
 お前のドラマで、手前のキャスティング能力をアピリたいだけだろ。
 監督の能力、証明するなら撮りとか演出でしろっての。
 まあいいわ、亜美は元々、演技派で売るつもり、安売りするつもりはないから」

安奈はタバコに火を付ける。
「そうだ、ストカーくんの後処理は万全なの?」
大きく吸う。
「簡単な仕事でした」との答えに満足気に頷くと、紫煙を吐く。
「そうだったわね。あなたがちょっと話に行っただけで、死ぬまで口外しないって、
 念書も書いてくれたんでしょ。楽しそう♪。私も一緒に行けばよかった」
安奈は窓の外を眺め、加速する景色を眺める。

「高須竜児くんか。あの子も役に立ってくれると良いけど。
 見た目と違って、素直そうで、頭もよさそうだから手間も掛からなそうだし、
 亜美へのいい薬になる事も期待できちゃいそう」
彼女の生業は女優業、庶民のイメージは大切にしないといけない。
だが、車内では本性を隠す必要もない。

「変なやつに垂らしこまれる前のいい予防注射。本当、亜美は運がいい子」
車が高速に乗る。ギアが入る。エンジンが高速回転に入った。
アクセルが強く踏まれ、轟音が響く。
街中のように、周りの目を気にしてパワーを抑える必要などない。ここからが本領発揮だ。


         ******


竜児の携帯に掛けて来たのは木原麻耶だった。
麻耶は告げた。川嶋亜美が家出している事を。
そして、二つの重大な事を。
56Happyeverafter-7-10/20:2010/04/06(火) 06:37:25 ID:lj1cHGE3
亜美は麻耶の家に匿われていた。
つい先ほどまで。
だが、竜児たちとスドバにいる間に、川嶋安奈が来て、麻耶の両親を説得。
娘を連れ戻そうとした。亜美は裏口から逃走。いまどこにいるか解からない。
これが一つ目。

二つ目は、
香椎 奈々子に親から電話があった事。内容は、
亜美を連れ戻す事に協力するようにとの連絡だった。
川嶋安奈は既に奈々子の親を篭絡していた。
避難場所としての、奈々子の自宅という退路は潰されていた。

そして、
「高須くんのお母さんはまだ説得されてないよね?」
との悲痛な、祈りのような麻耶の言葉。
その言葉に押され、竜児は弁財天国に走った。


お好み焼屋、弁財天国。
お好み焼きを売る店にしてはポップな看板、外観。それでいて純和風な店住まい。
しかし店内に流れる曲は名曲「お好み焼きは地球を救う」
カオスでRIMIXなデコレーション。だが、意外と繁盛していた。

「あれーどうしたの竜ちゃん、お好み焼き食べる」
朗らかな声が店の戸をあけた竜児を迎えた。竜児の母親、泰子だった。
泰子は竜児が店に入ってきたのを見つけると、カウンターから走ってきた。
あまりにも急ぎすぎて、途中で転びそうになり、お客に助けられる始末。
「泰子、大丈夫かよ」
「大丈夫だ〜よ。これでも立派な店長さんなんだから」と胸を張る。
息子は呆れ顔で母がこの店のTOPで大丈夫なのかと 不安にかられる。

だが、それは身内からの視線、高須泰子はお好み焼き屋弁財天国の大黒柱だった。
その人柄から、お店の暖かい雰囲気を作り出し、
店長を助けようとする従業員たちを一致団結させ、
泰子自身のファンという固定客を多数作り、
あっというまに新規参入した飲食店を軌道に乗せていた。
簡単に出せる結果ではない、賞賛されるべきものだ。
彼女はなるべくして、新規店舗の店長に選ばれたのだ。

だが、家族内で正当な評価を行う事はなかなかに難しいものだ。
近すぎる距離は過小評価に繋がったり、過大な期待をよせてしまうものなのだ。
彼が風邪を引いた時に、逢坂 大河に告げた言葉と同じように、
近すぎる距離が正確な判断を妨げる事などよくある話だ。
それと同じように、竜児は母親への正当な評価を出来ずにいた。
57Happyeverafter-7-11/20:2010/04/06(火) 06:40:49 ID:lj1cHGE3
「竜ちゃんどうしたの?。血相かえて」

そうだ。最初に聞く事がある。川嶋安奈が来ていないか確認しなければいけない。
相手は川嶋亜美に輪を掛けた、年季の入った2重人格。
駆け引き等出来ない泰子など、あっというまに取り込まれているかもしれないとの
危惧があった。そんな恐怖を抱えたまま問いを発する。

「そうだ。泰子、もしかして来たか?、川嶋安奈さん」
「それで急いで来たの?。竜ちゃん、川嶋安奈ちゃん好きだもんね。
 普段ドラマとか見ないのに、安奈ちゃんが出るやつ見てたし、
 出演ドラマのタイトル、空で言えるし」
「そんな事はいい。それに最近は見てない」
「そうだよね。去年の夏くらいから見なくなったよね。なんでかな?。
 そうだ。ちゃんとお土産にサインもらっておいたよ。褒めて褒めて」
とカウンターの奥にあるサイン色紙を従業員Bさん(新婚)に持ってきてもらう。
しかし、宛名は「弁財天国へ」であったし。「美味しかったです」まで入っている。
営業用でしかなかったが。

「それはいい。それよりだ。あの人、安奈さんは川嶋の事。
 あ、亜美の事なにか言ってたか?」
「亜美ちゃんでしょ〜、何回かうちにつれて来てくれた事あるよね。
 それで、安奈ちゃんの娘さん。家出しちゃたんだって、すごく心配してたよ」

マイペースで話続ける泰子。その表情からは説得されたのか、されてないのかさっぱり解からない。
答えを急かそうと、竜児が口早に続ける。

「なんか言ってなかったか?」
「うん。もし居場所が解かったら教えて下さいって」
「それだけか?、他には。例えば、俺が余計な事しないように釘を刺したとか」
「えーとね。もし亜美ちゃんが助けを求めてきて、竜ちゃんが庇っちゃったりすると
 未成年者略取なんたらかんたら罪になって、お上に御用されるから駄目って言ってた」

竜児は釈明をするように
「俺は悪い事をしようとしてる訳じゃない」
「竜ちゃんが警察さんのお世話になる訳ないもん。そんな簡単な事、やっちゃん、解かってるよ」

竜児は安奈に泰子が説得されたなかった事を神様に感謝した。
意外と自分の母親は芯があると再評価。これなら簡単と、
「泰子、相談がある。俺の友達をウチに泊めてもいいか?。えーと、川嶋の事なんだが。
 違う。そうじゃない。安奈さんではない。どんな大きなお友達だ。
 だ、だから亜美の方なんだ、もしだ。もし見つかったらだが……、
 う、うちに泊めてやってもいいか」

そこで泰子は表情を大きく動かし、不思議そうに
「なんで〜?」
「いや、なんでって言われても…」
「亜美ちゃん、お母さんと喧嘩しただけでがんしょ?」

軽い口調だが、泰子のはっきりとした言葉が本質に切り込んでくる。
逃げをゆるさな意思が潜んでる気がした。
そして、その言葉が正論である事を認めないわけにはいかなかった。
竜児は今一度冷静に考えてみようとした。
58Happyeverafter-7-12/20:2010/04/06(火) 06:43:40 ID:lj1cHGE3

言われてみれば親子喧嘩なんてよくある話だ。
そして安奈が子供思いである事はスドバでの振舞いから間違いないだろう。
川嶋安奈が忙しい身で動き回っているのはそれだけ必死だからかもしれない。
親子喧嘩程度で、川嶋亜美に逃げ場所を作って溝を深めていいものだろうか。

全ての推測が自分の行動に否定的な答えを導き出そうとしているように竜児には思えてきた。
普通だったらだ。だが当事者はあの川嶋亜美だ。
だから、亜美の事を考えてみた。

なんで川嶋はこんな事をしたんだ?
あいつは、普段のあいつは夢みたいな事や自分の都合だけじゃ動かない。
確実な方法を選択する奴だ。無論、周りの都合を考えた上で行動に移すだろう。
それこそ、親と喧嘩して、一生家に戻らないとか、
そんな一時逃れのような行動なんかは現実的じゃないと一笑に付す気がする。

なのに、なのにだ。その川嶋が家出をした。
それなりの理由がある気がする。それはきっとあいつに聞いてみないと解からない。
だから、川嶋亜美が逃げ出したこと自体に意味があるはずだ。
そして、今の川嶋は逃げ場所なんてない。既に母親が奪っている。

迷子のように途方に暮れている川嶋亜美が竜児の脳裏に浮かんだ。
そんな中なのに……。

そんな中なのに自分に何も言わない事、連絡が来ない事に憤りを、
やるせなさを竜児は覚えた。
それでも懸命に考える。川嶋亜美の事を、助けを求め無い強がりの事を。
あいつが助けを求め無いならどうすればいいかと

「泰子。川嶋亜美はお節介焼きなんだ。あいつは人が傷つく事が本当は嫌いなんだ。
 そういう奴を見ると、誰も助けないとしても、気づかないなら自分だけはって。
 手をさし伸ばさずには居られない奴なんだ。それがたとえ自分を傷つける事だとしても。
 それなのに、自分が傷ついてるところはみせたがらない。
 あいつが姿を消す時は、きっと泣いてる。隠れて、人に見られない所で、一人で」
 竜児は気持ちを固め、はっきりと言葉をつげる。

「竜ちゃんは亜美ちゃんを泣かせたくないって事?」
「泣かせないなんて事、俺に出来るとは思えない。
 あいつが泣いてるのを気づいて無かった。俺自身が泣かせた事もある。
 けれど、一人で泣くなんて事は間違ってると思うし、
 隠れてなんて、独り切りなんて、それを話さねぇなんて事にすげー腹が立つ。
 あいつが泣くなら、俺はそこに居たい
俺は対等でいたい。あいつとだけは俺は対等でありたい」

そう言い切った竜児を泰子は、腕白な男の子を見守る母親の表情をして見つめる
「なら、やっちゃんから言うことないよ。やっちゃんも駆け落ちしちゃた身だもん。
 でも、その事、ちゃんと大河ちゃんに言った?」
「な、なんで大河が出てくるんだ?。だいたい大河と川嶋は友達だから、大河が嫌がる訳は…」
「駄目だよ〜。みんないろいろ考えてるんだから」
「た、大河が嫌がる事は俺はしない。しないが……
 亜美は、川嶋はいつもすまし顔で、意地張りで、助けなんて求め無い。
 でも実際は違う、だからあいつにだって助けは必要だと思う。多分。
 大河も解かってくれると思うし。友達を助ける事を悲しむやつだとは思わない」
59名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 06:47:25 ID:+qNbthC2

60Happyeverafter-7-13/20:2010/04/06(火) 06:47:40 ID:lj1cHGE3

泰子は「そっか」と言って、少しさびしそうに
「それが今の竜ちゃんの答えなら、何も言わないよ。
 でも、先に大河ちゃんに直接話してからじゃないと駄目」
「いや、川嶋をまだ見つけてもいないし、あいつが家に来るって決まった訳でも」
「駄目。じゃないと亜美ちゃんは泊めていいけど、竜ちゃんは泊めてあげない」
ニコニコとしていたが、まったく譲る気配がない目を泰子はしていた。
竜児は諦める。この状態の泰子を論破する事は不可能な事は今までの人生で知り尽くしてる。
そんな状態になったらテコでも動かない。理屈は通じない。
高須泰子は、一度決めたらそれを貫き通す強い女なのだから。


         ******


竜児は大河のマンションを訪れていた。インターホーンを押し、大河が出てくるのを待つ。
別に合鍵で入っても良かったが、着替え中だのそう言ったハプニングに巻き込まれる余裕はなかった。
なにより、ワンクッションが欲しかった。
しばらくして、インタホーンが受信に切り替わる音がした。

「大河、俺だ」
「なによ。今日の夕飯早いわね。私、まだお腹へっちゃいないわよ」
「川嶋が家出した。母親と喧嘩したらしい」
「ばかちーが家出!、ちょっと待ってて、私も探す。
 でも、なんで?。あいつは上手くやってける奴だと思ってたのに」
「理由は解からん。大河、それでもし、あいつが見つかったら、うちに泊めようと思うんだが」
大河の息を呑む音が竜児には聞こえた気がした。
少しの間の後、大河の声のトーンと、テンションが落ちた声が聞こえてくる。

「…………ちょっと待ってよ。天下の女優様でしょ。
 誰にでも好かれてるし、助けてくれる人は沢山いるでしょ。なんで竜児が」
「どうしたんだ大河。お前だって川嶋の事解かるだろう」
「…………」

答えは返ってこない。時間を惜しむ気はある。それと同じくらい、竜児は大河を急かす気が無い。
大河は大切なやつだ。そしていい奴だ。答えてくれる。
だから竜児は何も言わず、大河の言葉を待った。

そうして、竜児は逢坂 大河に残酷な時間を強制していた。
数十秒の無言の時間が、大河にとっては長い時間が流れ、言葉が返ってきた。
それは竜児にとっては予想外な言葉だった。

「…私は竜児にとって何?」
「なんで、そんな話を?」
「答えて」

不意打ちの言葉だっただけに、心に浮かんだ、日常の言葉をそのまま返す。
その意味を深く考えることも無く。

「お前は大事な家族だ」
しかし、深く考えたら、また違った答えが出るかもしれない言葉。
身近なだけに出てしまった言葉。

「じゃあ、ばかちーは?」
「川嶋は………………」
61Happyeverafter-7-14/20:2010/04/06(火) 06:50:31 ID:lj1cHGE3

竜児は言葉を返せない。よく解からない。迷いがあるのだ。
今でも、普段の生活でも迷っている。
去年の十二月から、川嶋亜美を見る目が変わってから、迷い込んでいる。
自分の気持ち以外にも、川嶋亜美の立場、彼女の将来の事もあるからだ。だが、
竜児は理屈でものを考えるのを止めた。そんな事で答えが出るはずはない気がした。
だから、大河の時と同様、心の中から、答えが出てくる事を待ち、

「………………川嶋は」
そして、初めて川島亜美とキスをした時のように、何か掴んで、
それを口にしようとした。その時、

「黙れ駄犬!、あそこはあんたの家なんだから、勝手にすればいい」
威勢のいい罵倒に思わず礼の言葉を竜児は返す。

「大河すまん。ありがとな」
「うるさい。死んでしまえ!」

竜児は苦笑いで川嶋亜美を探しに走り出した。


         ******


走りながら、仲間たちに電話を掛ける。
木原麻耶と香椎 奈々子はまだ見つけていない事を竜児に報告した。
そして、他のみんなにも協力を求めようという話になった。

能登久光と春田浩次は快く協力を告げ、夕方の街に走り出した。
櫛枝実乃梨は驚きを声一杯で表現した後、電話口の竜児に、
力強く、優しく、必ず見つかるよとエールを伝えた。
北村祐作は…、家出の事を既に知ってる事を竜児に話した。
事前に相談があったと言った。そして、川嶋亜美の人柄を竜児に改めて語った。

竜児も理性では解かってるつもりだった。
あいつがどういう奴かなんて今更説明される事なんかじゃない。
とさえ思う。だが、
「川嶋の奴。北村に相談したくせに、なんで俺に話さねぇ」
自分でも理不尽だと思う不満を抱え、自分を小さいと思いつつ、竜児は足を速める。

そういった事、すべてへの腹いせに、
まずはあの場所を自分一人で探してやろうと彼は決めた。

62Happyeverafter-7-15/20:2010/04/06(火) 06:54:47 ID:lj1cHGE3

下校時刻を過ぎた学校。高須竜児はフェンスを乗り越え、グランドを横切り、
鍵が掛からない壊れた科学室の窓から別連校舎に侵入した。
校舎に入ると、走るのを止め、歩きに切り替える。階段を登り、二階に上がる。
生徒が全て帰った後の校舎、まして教員室もない別連となれば、
もの音も少なく、静まりかえっている。ただ、モーター音と、竜児自身の足音が響くのみ。
そのモーター音が導くままに歩みを続け、目的の場所に着く。

人影は見えない。だが、吃驚させないように早めに声を掛ける。
これで誰もいなかったら間抜け以外のなにものでもないが、

「よう」
「よっ」

直ぐに、自動販売機の隙間から声があがり、か細い右手があがるのが見えた。
そのまま歩みを止めず、自販機の前へ。
ゆっくりとコインを入れ、コーヒーを選択。排出口に転がり出たコーヒーを屈んで手に取る。
プルトップを引いて、そのまま一口。これで一分経過。準備の時間はとれたはずだ。
そして、静かに、隙間に佇むお姫様にのぞむ。
だが、彼女の方はまったく慌てた様子もなく、まるで、
いつもの休み時間に顔を合わせた時のようにこちらを見上げていた。だから竜児は
「驚かないんだな」
「ここで、私を見つける奴がいるとしたら、高須くんだと思ってたから」
「そうか」

川嶋亜美が平静である事を確認すると、竜児は自販機の反対側、
彼女に体面するようにして、壁に背中を預け、座った。
竜児が座るのまって亜美が話し掛けて来た。

「高須くんは、良くここだって解かったね」
「川嶋が逃げ出して、居場所を無くしてるとしたら、ここだと思った」
「そっか」

亜美は竜児を見つめ続ける。
その青みがかった、サラりとした髪。綺麗な耳。小さめの鼻。
女の子の様に細く、繊細な眉毛。
三白眼、凶悪とみんなから評されるが、実は亜美のお気に入りの目。目元。
彼の人生の中で、その周りからの視線から何度も自分で噛み締めたであろう唇。
今も亜美に残る、その熱い感触。
意外と広い肩。安心できた胸元。
記憶に焼き付けるようにしっかりと時間を掛けて。
そして缶入り紅茶を口に運び、カラカラに乾いた口の中を湿らせ、
用意しておいた台詞をさらりと言う為に、声が出やすいよう喉を潤した。
「あ〜あ、年貢の納め時かな。高須くんは私を連れ戻しに来たの?」
そして少し笑う。つくり笑顔で。
63Happyeverafter-7-16/20:2010/04/06(火) 07:00:23 ID:lj1cHGE3

「違げぇよ。家出したのは安奈さんに聞いた。が、そこに連れ戻すつもりはない」
亜美が目を見開く。

「そうなんだ」
「ああ」
竜児は静かな目で亜美を見つめる。
亜美は目を細めて目の前の竜児を見る。

「ねぇ、高須くんは家出の理由知ってるの?」
「いや理由は知らない」
「知りたい?理由」
「知りたい。お前が話してくれるなら」
「じゃ、教えない」
「そうかよ」
「そうよ」
亜美は笑った。目を細めたまま。眩しそうに、愛しそうに。
そして今度は本心からの笑顔で。

そんな亜美に対し、竜児はぶっきらぼうに告げる。
「川嶋、行く場所無いんだろ」
「麻耶ちゃんとか、奈々子の家とか行くつもり」
「お前は息吸うように嘘つくのな。そこから逃げてきたんだろ」
「じゃあ、仕事場で出来た友達の所」
「なんで、今、ここに隠れてるんだよ」
「なら祐作のところだって」

その言葉に、竜児は奥歯を噛み締め、目じりをあげる。
が、手を握り締める事で気持ちを抑える。
「北村の両親と、安奈さん達は仲いいんだろ」
「別に私が行く場所なんてどうでもいいでしょ。そこらのホテルだっていいし」

竜児はまた湧き上がった怒気を、唾と一緒に飲み込み、覚悟を決める。
「なぁ川嶋」
 竜児はさらに一呼吸、そして
「ウチに来いよ」

そんな言葉に亜美は大慌てで、
「え?、何言ってるの。そんな事。なんで。意味解かって言ってる?」
「あぁ、解かってる。いや、さっき解かった気がする」
「チビトラはどうするのよ。あの娘の気持ち考えてあげた?」
「ちゃんと大河にも許可を取った。好きにすればいいって言ってくれた」
「高須くん、好きにすれば良いって意味、取り違えてるよ。絶対」
「大河はお前の友達で。お前は大河の友達だろ。大丈夫だ。あいつは嫌がらない」
「だからよ!。そんな事私に出来るわけないじゃん」

やっぱり俺に頼らないのかと、竜児は思った。
頑なな亜美の態度に、納めていたはずの怒気がこみあげる。もう限界だった。
何度もそれを押さえる事が出来るほど竜児は大人ではなかった。
青年ですらない。彼はただのまっすぐな少年だ。
64名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 07:01:58 ID:+qNbthC2

65Happyeverafter-7-17/20:2010/04/06(火) 07:03:43 ID:lj1cHGE3

もしここが下駄箱だったら、靴を無理やりにでも奪って、放り投げていただろう。
そして、絶対に彼女を逃がさない。
ここは下駄箱ではなかったから、靴の変わりに強い口調で、怒りを言葉にして放り投げる。

「ならこれは俺の我侭だ。ウチに来い!。
 今回の件だって、なんで俺に話し一つしねぇ。それで今度は行く場所もないのに
 どこかに行っちまう。そんな事、俺自身が許せねぇ」

「……なんで、そんなに怒るのよ」
「悪りかよ。俺も自分が器の小さい奴だとは思う。それでもだ」
「だって……」
「だってじゃねぇ。いいからウチに来いよ。川嶋」

亜美は竜児の剣幕に押されてしまう。もちろん苛立はある。
なんて無責任な事をいうのだろうという反感。
周りを見渡して、みんなが何を考えてるか推察して、その上で我慢してる自分。
その自分を否定され、壊されるような感覚。
自分の欲望のままなんて褒められる事じゃないのにと。

ただ、そんな不満など取るに足りない位に大きな感情が沸いてくるのを感じていた。
実感があるのだ。高須竜児の気持ちが、今は自分ひとりに向けられているというたしかな感触。
怒ってくれているとい事。自分の為にと思ってくれている事。彼の元に来いと言ってくれた事。
それを驚くくらい強い感情で表現してくれている。

彼女も大人ではないのだ
そんな仮面を被っているだけの、いや、偽りの仮面を被らないと世界と相対せない、
臆病なただの少女でしかない。
そしてここは逃げ帰る道も、転校先もない。この場を取り繕う言い分け等ない。
つまり逃げなくてもいい。
反して、目の前に差し伸ばされる強い感情が篭った手。

だから。亜美は心の中でいつも助けを求めている手を、
だがいざという時は縮こまってしまう、そんな手をただ自然と伸ばしていた。

「……本当いいの?。私、重いよ」
「お前を軽い女だとは思ってない」

「黒いよ。いろいろやな事考えるよ」
「そんな事とうに承知してる。人の言葉をそのまま聞かねえで、勝手に裏読んで、
 深読みして。その割りに、自分の気持ちは素直に言えない。
 素直じゃ無え、純真なんて欠片も無え」

「な、なによそれ。言いたい放題」
「大丈夫だ。それぐらい解かってるつもりだ」
「私の事勝手に決めて」
「だから、うちに来い」

それでも亜美はまだ、おずおずと
「でも私、タイガーと喧嘩しちゃうかも知れないよ」
「だから、大河が嫌がる事なんか……」

「ちがう。そうじゃないんだ。私、嫉妬深いよ。多分。
 高須くんとタイガーがじゃれあってるのみたら、喧嘩売っちゃうかもしれないよ」
「いや、それは…」
66Happyeverafter-7-18/20:2010/04/06(火) 07:07:57 ID:lj1cHGE3

「私だって最近、そんな気持ち知ったんだもの。それでもいい?」
「な、いや、それは。……仲良くして欲しい」
竜児はとても困った。二人の仲が悪くなるのは絶対に嫌だった。
大河は大切だし、亜美だって大切だ。
学校での、甘噛みでかみ合うような子犬と猫科(猛獣だが)のじゃれあいなら、
笑ってみてられるのだが、本気の争い等みたくもない。
困り果てて、亜美の表情を盗みる。

いつの間にかニヤニヤと笑っていた。
いたずらっ子で、いじめっ子の笑い方だった。いつもの川嶋亜美の表情に戻っていた。
だから竜児はホッとして、亜美はそんな竜児を見て、悪戯ぽく、
「じゃ、亜美ちゃんも可愛がってくれたら善処してあげる」
「……俺も善処する」
生傷の数は、これから倍だなと彼は覚悟した。

そして、二人は無言になった。
互いの缶ジュースを空になるまで、ただ向き合ったまま、時を過ごした。
亜美はすこしづつ、口を濡らす程度にしか紅茶を口にせず。
竜児はコーヒーをほとんど口にせず、そんな亜美を静かに眺めていた。

嫌な時間ではなかった。

そんなゆったりとした時間もいつしか終わる。亜美は紅茶を飲み終わる。
勢い良く、未練なく立ち上がる。そして、竜児に手を差し出し、
「行こう」
と言った。


「川嶋、うちに行く前に電話していいか」
「いいけど。麻耶ちゃんたち?、それともタイガー?」
「まずは安奈さんに許可を取る」
「正気?、了解してくれるとでも思ってるの。私連れ戻されるかもしれないんだよ」

亜美は慌てる。そんな事をしたら、元の木阿弥ではないだろうか。
さっきまで、竜児に連れ戻されるなら、それも仕方ないとも思っていた。
だが、状況が違う。希望を見つけ直したばかりだと言うのに。
そんな様子見て、感じて、その上で竜児はきっぱりと告げる
「簡単じゃないのは解かる。だが、言う必要がある。これは大河に許可を取っのと同じだ
 と思う」
「……なら、いいよ」
その言葉を告げられた以上、亜美に反論する力は無かった。
断罪されるのは仕方がないと、昔も、そして今も思っている。

67Happyeverafter-7-19/20:2010/04/06(火) 07:09:45 ID:lj1cHGE3

「あ、竜児くん。誰かと思っちゃった。早速電話くれるなんて、うれしいよ。
 それで何のよう?これでも忙しい身なんだけどな」

「川嶋、ではなく。あ、亜美の居場所が解かりました」

「あれ、意外。素直に教えてくれるんだ。私の人を見る目も鈍ったかな。
 意味解からない事いってごめんなさい。
 すぐに迎えに行かせるから、場所教えてくれる」

「安奈さん、それでお願いがあるんですが。亜美の安全は俺が責任を持ちます。
 うちで預かります。ですから、あいつの気がすむまで、このままでいさせてくれませんか?」

「何言ってるのかな?、亜美は大切な時期だって言わなかったけ」

「大切な時期だからなんです。あいつはちゃんと考えるやつです。
 だから、家出した理由はわかりませんが、自分で決めた方がいいと思うんです」

「ねぇ、理由知らないのにそんな解かったような事言うの?。
 あ、そうか。亜美から教えてもらったんでしょ。
 で、知らない振りしてそう言うこと言ってる。そういう訳ね」

「いえ、知らないし聞いてません。偉そうな事言ってすみません。
 だけど、あいつは頑張るやつで、無理するから、だから、無理させたくないって言うか」

「…あんた、何言ってるか解かってる?。
 あの娘は女優として大切な時期なのよ。盛ってる雄犬に任せられるとでも思ってるの」
「それは、俺が責任もって」

「それが信用ならねーって言ってるんだよ!。
 ねぇ竜児くん。学校と同じで友達が多い人って、すごく自由が利くの。
 私が友達に相談したら、お母さんのお好み焼き屋大変でしょうね」

「俺は何の力もないです。だからお願いする事しか出来ません」

「やっぱり、最初に思った通り馬鹿な男だったみたいね。
 お母さんのお店の話したの聞いてる?」

「お願いします。許してもらえませんか」
一途な言葉が響く、
「…………」
安奈は一瞬言葉を失い、次の瞬間

「許すわけないでしょ。一生後悔するがいいわ」
といって一方的に電話を切った。

電話をかけている横で終始、心配そうな顔をしていた亜美が声をかける。
「ママ、どうだって」
「許さんと、一生後悔しろと、で電話を切られた」
68Happyeverafter-7-20/20:2010/04/06(火) 07:12:04 ID:lj1cHGE3

情けなさそうな顔で返す竜児を見て、その答えを聞いて、
亜美は背中を前に曲げるほど大きく笑い、
「そりゃ、そうでしょう。そんな無茶」
そして気が済むまで笑ったかと思うと、竜児を正面から見据え。
「でも、吃驚した。うちのお母さんに真正面から立て付くなんて。
 TV局のお偉方でもしないよ。そんな事」
「そ、そうなのか?、俺は本当の安奈さんの怖さを知らないから言えただけだろ」
「もし、ママと改めて話す機会が出来でも、尻尾を巻いて逃げるて事?」
「いや、もう一回、お願いしてみる」 

「ほら。やっぱり高須くんは凄いよ。私は直ぐに諦めて、ママに説得されるじゃないかって
 怖がって逃げだしたっていうのに。最後まで抵抗して。
 なんか、私も逃げずに戦える気がする。
 臆病チワワの前で、吼えてくれたかっこいい雄犬のおかげでさ」
亜美は面白そうに、楽しそうに続ける。竜児は対応に困った様子で
「俺の所為で、親子喧嘩は勘弁してくれよ」
「ふふ、私はタイガーみたいな武闘派じゃないって」

そう言いながらも、亜美には打算があった。
後二ヶ月は亜美が表舞台に出なくてもどうとでもなるのだ。
次のドラマ撮影まで、大きな仕事はない。
逆にここで、大騒ぎを起こして、ゴシップネタにでもなる事の方が致命傷だ。
脅しはあったとしても、変に大きな動きをする事はあにだろう。
相手が川嶋安奈である以上、その間、事務所も、仕事先も押さえてくれる事は信用出来る。

だた、その間なにか出来るとは思っていなかった。先までは。
だが、今この時が嬉しかったし、なんとか出来るという
根拠もない希望もめずらしく胸の中にある。この一秒を精一杯生きなくてはいけない。
だから彼女は口を開く。

「それよりさ、竜児♪」
「なんだよ。川嶋。ネコなで声だして。大体、竜児って」
「川嶋じゃなくて、亜・美・ち・ゃ・ん♪、譲歩しても亜美」
「ど、どうしたんだ、急に」
「ママとの電話の時、亜美って言ってくれてたよね。あれ結構、普通な感じだったよ」
「いや、あれは安奈さんが、そう呼べって」
「じゃ、親公認って事で、私も当然、OKだしてるし」
「て、そういう事じゃねえだろ。あれはお前のお母さんも川嶋だから」
「ごちゃごちゃ五月蝿いって。ほら、早く竜児の家に行こうよ」
と竜児の手を亜美は取る。そして続ける。

「ママとはとりあえずほとぼりが冷めてから話してみる。だからその間は、
 ……いいんだよね」
亜美は最後の言葉を、彼を見つめながら、少し心配そうに言った。
竜児は表情を見られる事を嫌い、顔を背けながらも
「言ったろ。俺の家に来いって」

亜美はふわりとした笑顔を浮かべ
「ありがとう。また好きになっちゃた。やっぱり絶対諦めない。
 ねぇ、竜児。落としてみせるよ。きっとね」

と宣言したのだった。

END
69Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E :2010/04/06(火) 07:15:07 ID:lj1cHGE3
以上でメインのお話終わりです。
亜美様の出番が少なかったので、追加的な話も作ったんですが
連投規制に巻き込まれそうなので、もうちょい後に投下させて頂きます。
支援で投下に付き合っていただいた方ありがとうございました。感謝です。
70Happyeverafter-7PS-1/6:2010/04/06(火) 07:46:35 ID:lj1cHGE3
Happy ever after 第7回 追伸


眠れない。眠れない。眠れないのだ。
川嶋亜美は必死に、眠りに落ちようと足掻いていた。が、一向にその時は訪れない。
そうなのだ。そんな事、恋と同じで自分の意思で落ちたり、覚めたりなど等容易には出来ない。
特に落ちる時など、意識すればするほど逆効果だ。深みにはまってゆく。
目は冴えていき、逸らすことすら出来なくなる。

枕が替わると眠れない。なんて使い古されたフレーズがある。
ある種の精神性、周りの目を意識したり、他人の気持ちを考え、引きずる人間には特にその体が強い。
他人の家で、眠りなんて無防備な姿を晒すことなど簡単なことじゃない。
ましてや、川嶋亜美にとっての高須竜児。その家の居間で布団につつまれている。
今日は高須家ですごす初めての夜、川嶋亜美は何時になっても眠れなかった。

別段、高須家の居心地が悪い訳では無かった。
高須竜児は相変わらず優しかった。そして、いつも通り口うるさく、
彼女が自然と作る壁をすんなりと壊してくれた。溝を埋めてくれた。
なにより、変な気を使うことをしなかった。普段の彼でいてくれた。

高須竜児の母親は明るく迎えてくれた。
あっけらかんとして、朗らかで、彼女とは対極の含みの無い笑顔で迎えてくれた。
亜美は最初から異分子にならずに済んだ。

高須家で一番態度の大きい、牢屋主のような彼女は、逢坂 大河は、
学校での態度そのままに、すさまじく乱暴で、わがままで、憎まれ口で、
心根はやさしくて、愛らしい顔でいてくれた。
寂しい顔も、敵を見るような目もすることなく、亜美が心配するような姿を見せずにいてくれた。

だから、亜美は高須家に安らぎを見出していた。
ここでは自販機の隙間を探す必要も無かった。
それゆえに、今日の夕食時、大河が亜美に言った言葉は彼女の優しさから来たものだと思っていた。
思いたかった。

彼女をそっと受け入れてくれた人たちとの初めての食事。
少しこそばゆい感じがする家族団らん。
逢坂 大河を羨ましいと思いつつも、求めることが出来なかった高須竜児の手料理。
我侭天使の秋肥りを解消させるくらいの働きをしない事には口にする事が出来なかった、
どんな高級レストランよりも手に入り辛い食事。
そんな夕ご飯では精一杯の仮面を被り、わざとらしくおちゃらける事でしか、
自分のはしゃぎぶりを抑える事が出来なかった。

そんな場面での、ふざけた会話の中で出た。大河の一言は一瞬、亜美の息を止め、
今も心にとげのように刺さっていた。
71Happyeverafter-7PS-2/6:2010/04/06(火) 07:48:42 ID:lj1cHGE3
「ねぇ、ばかちー。……やっぱりさ
 隙間風吹く木造借家とオートロックでセーフティな高級マンション、どっちがいい?
 あんたがいいなら、うちだって…」
「二度もそんな手にひっかからないての。赤裸々映像なんか何度も取られねーよ」
等と亜美は冗談で誤魔化した。

けれど一人になれば、いつものように自分に問いただす。布団の中で一人切りで自問する。
私はちゃんと答えなかった。たぶん、あの子は好意で言ってくれているのに。
実乃梨ちゃんにはあんな事を平気で言えて、当の自分は恥ずかしげもなくこんな事をしている。
やはり、私は腹黒のままだ。意地の悪い女だ。
そんな自責の念に駆られていた。

後悔している。あの時の自分に考えなおせと伝えたい。
そう、隙間風吹く木造借家を甘く見ていた。
なんだかんだ言っても、ここは家だと思っていた。それなのに

「なんでこんな窓が揺れるのよ。屋根がきしむって本気?、風の音がうるさいっての」
高須家は亜美が知っている家の定義をぶち壊す住居環境だった。

「外壁って家の中で一番しっかりしてるのは壁よね。それなのに外の音が
 そのまま聞こえる気がする。他の壁はもっと薄いてこと?」
亜美は居間に布団を敷いている。高須家の中心の部屋だ。
玄関から見て、居間を中央に、右に泰子の部屋、左に竜児の部屋。その敷居を塞ぐのは襖のみ。
それぞれが相手のプライバシーを尊重して成立する、古き良き日本家屋である。

亜美は思う。
自分は恥ずかしげも無く、ずるい行動が取れる人間だという自覚はある。
だが、それでも、やっぱり、”恥ずかしいのだ”

いびきを掻いたらどうしよう。歯軋りなんてしないはずだけど、
自分で気づいてないだけかもしれない。
そして、寝言なんて言っていたら、一体どうすればいいのだろう。
時折見てしまう、あの恥ずかしい夢。その夢で口走っている言葉を聞かれでもしたら……、
きっと憤死してしまう。確実にだ。
だから、寝れる訳がない。衰弱死してしまうとしても。

だか、そんな死を迎える前に、切実な問題が発生していた。
生理的な問題だ。女優と言っても同じ人間、トイレに行く必要があるのだ。

高須家のトイレは、玄関から向って奥、居間の先の台所を左にあるドアの先の部屋。
向って右に風呂があり、左がトイレだ。
……トイレの先、壁を挟んで竜児の部屋があるのだ。

「トイレの壁って厚く出来てるよね。でも、外壁より厚いはずなんかないよね。普通」
重大な問題だった。
大河が高須家に泊まらない理由が解かる。

理想は朝まで持ちこたえる事だ。さすがに深夜に外出するのは気がひける。
強気を装う彼女だが、実際はへっぽこストーカーにもぶるぶると震える怖がりチワワなのだから。

しかし、限界はもう間近だった。限界を超えた先の風景、それはもっと恥ずかしいだろう。
意を決した彼女は、母親に逆らう事を決めた時くらいに、自分を奮い立たせ、
トイレへと向った。
72Happyeverafter-7PS-3/6:2010/04/06(火) 07:50:03 ID:lj1cHGE3


         ******


「なんだ、問題ないじゃない。亜美ちゃん頭いい」
壁が防音であった訳ではない。壁の厚さを確認した訳でもない。
ただ、アイディアが一つ、思い浮かんだのだ。

「音姫様」という商品がある。
目には目をという発想で、音には音をだ。つまり大きな音でかき消すのである。
高須家にそんなものがある訳ではない。家事を仕切るのは竜児なのだ、
そんな生活に密接していないものがある訳ない。

しかし、トイレの前には、風呂場がある。
シャワーを全開にすれば、水の流れる音は相当なものになる。
その音でかき消せばいいと考えたのだ。

トイレの先に、通路を挟んで風呂場があるので風呂場のドアを全開にする。
それだけでは心もとない気がしたので、トイレのドアも全開にして、
音の通り道を作る。
もちろん、台所に通じるドアはしっかり閉めるている。

亜美の予想どおり、シャワーの音は反響もあり、よく響き、部屋を満たした。
これで安心と、ゆっくり座ると、
寝巻き代わりに借りていたジャージを下ろし、ショーツを下げた。

と、その時、台所から足音が聞こえた。同時に血の気が引く。
「誰!」
「お、おう、俺だ」
「高須くん?」
最悪のタイミングだった。亜美は思う。まったくなんて奴だ。
なんでこの男はいつもいつも、私が困ってる時にあらわれて、もっと困らせたり、
救ってくれたり…。
計算づくで口説こうとしてるんじゃないだろうかと思ってしまう。
しかし、計算だったら亜美ちゃんの方が一枚上手と反撃を開始。

「けっこう大胆だね。女の子のシャワー中に入ろうとするなんて」
「なんで、夜中にシャワーなんかあびてるんだよ」
「何よ。ワザと来たくせに」
「べ、別にワザとじゃ」
「いいよ、今なら内緒で、ねぇ、竜児」
「お、お前、なに言ってる」
「ねぇ、したくないの?」
これで、純情高須くんは退散と、じゃあね、お子様。
亜美は心の中でうすら笑う
73Happyeverafter-7PS-4/6:2010/04/06(火) 07:51:58 ID:lj1cHGE3

「ああ、じゃ一緒にするか」
「へ!?」
「もう別荘の時の手はつうじねーよ。お前の事少しは解かってるつもりだからな。
 風呂掃除してるんだろ。
 どうせ、居候するのが悪いと思って掃除してる。そんな所だ。
 しかも深夜に人知れずなんて、照れ屋なお前らしいが」
「違うっての、なに人を買いかぶってるのよ。シャワー中だって言ってるでしょ」
「本当にシャワー浴びてるならお前はそんな事いわねーよ。
 俺の事笑えねーくらい、その手の話し弱えーじゃねーか」
「だから違うって、シャ、シャワーは浴びてないけど、けど、もっと恥ずかしいだって!」

緊急事態だ。演技とか余裕とかそんなもの一欠けらも無くなっていた。
亜美は慌てて立ち上がり、台所に繋がるドアを開かないように抑えようとした…
が、脱ぎ途中だったジャージとショーツに足を取られ転んだ。頭から、前のめりで。
まるで土下座するように。ヒップを突き上げて。
そして、ドアが開いた。



「……………悪い」



そして、ドアが閉じた。


         ******


二人は居間にいた。卓袱台を挟んで体面。
被害者、川嶋亜美と、性犯罪者、高須竜児がである。もちろん竜児は正座。

「そんなつもりは無かったんだ」
「なによ変態」
冷たい目が竜児を刺し貫く。竜児は亜美の髪の毛が蛇に変わり、
自分はいつしか石になるのではないかとと思った。というか石になりたかった。
かれこれ三十分は亜美の説教に晒されているのだが、
しかし、いつまで立っても石にならない。
髪の毛が蛇でも、後頭部にもう一つ口がある類の奴かもしれない等と思い直した。
あいつ裏表あるし、正面の口と、本当の口とじゃ言ってる事違うもんな。今回だって…

「ねぇ、高須くん。ちゃんと聞いてる」
「お、おう。しっかり聞いてる」
竜児は急いで姿勢を正す。長時間の説教に精神が自然と退避行動を取っていたようだ。
こんな事がばれたら、まだ細々と言われちまうと、神妙な態度を取る。
だか、隠し事の常習者は、他人のそれにも何となく勘付くようで、
「なんか怪しいですけど」と不信顔。さらに不満を増し、文句を続ける。
「だいたい、高須くんは私の事、全然解かってないよね。そんなんじゃねーての。
 人を見る目ないんじゃない。私は捻くれていて、腹黒で、意地悪っ子な女。
 掃除なんて自分からする訳ないじゃない」
「嘘つけよ。海行った時だってメインでやってたの、俺とお前だったじゃねーか」
 掃除の話題となり、竜児は急に元気を取り戻し、反論。
74Happyeverafter-7PS-5/6:2010/04/06(火) 07:53:07 ID:lj1cHGE3

「それは…、仕方なくというか。だって祐作と実乃梨ちゃんは買出しに行ってもらってたし、
 タイガーはあんなんだし。私と高須くんでやるしかなかったんじゃん」
「そうだ。だから二人で掃除したんだ。憶えてるだろ」
「そりゃ、憶えてるけど。少しは楽しかったし」
「だろ、掃除て言うのは、基本、楽しいものなんだ。すばらしいものなんだ」
「は?、掃除自体が楽しい?、あのシチュエーションで?、なんでそんな鈍い事しか
 言えないのよ、この口は。て、どうししてこんな話になってるのよ」
「だから、掃除談義だろ」
「ち・が・う!。だから私は自分から進んで掃除する女じゃないて事。してもらう側!」
「嘘つけよ」
いつのまにか、竜児にイニシアティブを取られてしまう亜美。
無理やりにでも強気に出て、主導権を取り返す。

「なによ反論する気?、変態のくせに、覗き魔のくせに」
「だから、あれは」
「お尻みたくせに」
「……ありません」

そして、亜美は本音を少し。
「あんまり買いかぶらないでよね。居心地わるくなるよ」
「それは……困るな」
竜児は頭を掻くと、目線を逸らし、すこしぶっきらぼうに
「俺はそう思ってないが、俺がお前の事見誤ってるて言うなら、もっと本当のお前を見せろよ。
 ウチでは素でいろよ。何せ俺たちは……」
「対等って?」
「そりゃお前は俺の先を行ってるのかもしれねえし、
 今は肩を並べるなんておこがましいかもしれないが」
「当然でしょ。亜美ちゃんは美貌と才能の塊。生まれながらのスターだもの。たださ…」
 今度は亜美が目線を外し、雑な言い方で、投げ捨てるように
「ちゃんと見てて欲しいかなって。
 ほら、私の今の一歩って、高須くんの未来の一歩じゃん。
 その辺、高須くんの勉強になるから。だって、道はおんなじ……でしょ」
「ああ、そうだな。月同士か」

そして、流れる沈黙。だが、嫌な沈黙ではない。
お互いに相手の言いたい事を少し言った。
その内のほんの僅かばかりは相手に正しく伝わった気がした。
それがいくらかの満足感をもたらしていた。

そして、満ち足りた亜美は
「いいよ」
笑顔で竜児の顔をみつめ
「ゆるしてあげる。追いつけなくても、たまに見誤っても。ちゃんと見てくれるなら」
そして、悪戯笑いを浮かべると
「それに、後ろからついてくる竜児、しっかり見てくれてる竜児は
 亜美ちゃんのお尻に釘付けだもんね。、
 亜美ちゃんの〜、カ・ワ・イ・イ・お尻見たい気持ちは解からなくもないし♪」
「だから、あれは事故だって」
「なんか反論があるの?変態のくせに、覗き魔のくせに」
「……ありません」
「じゃ、今日は開放してあげる。だから今後、私がシャワー使ってる時は絶対に
 入ってこないこと。いい?」
「ああ、解かった。お前がトイレに行ってる時は水場には行かない」
「なによ、このデリカシー無し男!」
75Happyeverafter-7PS-6/6:2010/04/06(火) 07:54:34 ID:lj1cHGE3

竜児は逃げるように腰を上げると、自分の部屋に行こうとする。
襖を開き、そこで立ち止まり、かえりみて、
「悪かったよ。川嶋。
 けど、ここはもうお前のうちと思ってくれていいんだからな
 ここにいる時、変な気つかうなよ」

亜美はその言葉にあっかんべーと返した。
そして、襖が閉まるのを待って、呟く。

「ふん鈍感男。機微ってものがわかってないよね。その割りに…
 本当、やさしいんだから…」

そして、一人になった亜美は、もう一回、眠りに落ちようと思ったが、
先ほどより熱くなった気持ちでは寝れる訳も無い。
ここはいつも通り、自己暗示で立て直そうと決めて、

「亜美ちゃん可愛い!、亜美ちゃんプリティ!」
「あれ、私は何も言ってないのに」
それは甲高い声だった。部屋の中で声がした。しかし居間にいる人間は亜美一人だった。

「起こしちゃった?、ごめんね」
亜美はそう言うと、鳥篭に近寄り、篭にかかったそっと布を取った。
インコちゃんが元気そうに喋り続けている。
「亜美ちゃん可愛い!、亜美ちゃんプリティ!」

「ふふ、元気付けてくれるの。飼い主さんと似てるね。顔付きと反対に優しい」
亜美は自然な笑顔を向けた。その飼い主にしか見せない笑顔を
動物は人間の感情に敏感だと言う。だからなのか、気を良くしたインコちゃんは
自分が知ってる台詞の中でも、長めのものを得意げに繰り返した。

「まだ憶えてたの?、高須くんのお見舞いに来た時か、あの頃は冗談まじりで言えたけど…、
 今は、もう言えないな」
その理由は彼女の心が弱くなったからか、
強くなった願望を簡単に口に出せなくなったからなのか。

亜美は一人、はにかみながら、
「でも、そんな事、もしかしたらだけど、
 これから起きる可能性なんてあるかもしれないのかな……」
亜美は自分の心が少し暖かくなった気がした。
そして、ゆっくりと布団にもぐりこむと、静かに眠りにつくことが出来た。
その結果として、とても恥ずかしい夢を見ることになるが。

居間には密やかな、それでいて、幸せそうな寝息と、インコちゃんの言葉がただ響く。
主人に似た所をもつ優しい鳥はいつまでも繰り返す、子守唄のように
「高須竜児は、川嶋亜美を、世界中の誰よりも、愛しています」

END


以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。
76名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 07:57:03 ID:+qNbthC2
おつ
77名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 12:02:31 ID:q4zjVfnx
>>75
GJ!
78名無しさん@ピンキー:2010/04/06(火) 12:44:15 ID:RYOwSH9J
>>75
うはあ超GJです!
あーみん可愛ええ!
79名無しさん@ピンキー:2010/04/07(水) 03:35:21 ID:JeRL0bPP
とらドラなんで終わったんだろ
まだ続いてれば、ラノべ界では、ハルヒに次ぐ、大物になってたはずなのに
スピンオフ3が出るらしいから買うよ
また、しばらくのあいだだが、とらドラの話題が増えてくれたら嬉しいよ
と、規制されてるためエロパロ板でつぶやく
80名無しさん@ピンキー:2010/04/07(水) 03:39:23 ID:omaflAAi
>>75
お疲れ様です!良かった。胸に来た。
81名無しさん@ピンキー:2010/04/07(水) 10:22:33 ID:+WZkdLyY
勇者の続きみたいお
82 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:24:52 ID:NIsxrwum
皆さんお久し振りです。
[Lovers.-How you like me now-]を書終えたので投下させて頂きます。
前回の感想をくださった皆さんありがとうございます、またまとめてくださった管理人さんありがとうございます。
前回より時間が経ってしまっているので簡単にSSの補足をさせて頂きます。
※みのりん×竜児 で、昨年の春に投下した[Lovers.]の前段話になります。
性行為の描写がありますので苦手な方はスルーしてやってください。
それでも大丈夫! という方は是非呼んでやってください。
では次レスから投下します。
83 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:25:48 ID:NIsxrwum
[Lovers.-How you like me now-(後編)]


陽が落ちて真っ暗な部屋の中で聞こえるのは俺達の息遣いだけ…。
上半身を起こした俺は仰向けで寝転がる実乃梨の姿に魅入られていた。
乱れた着衣を正すこともなく、紅潮した顔をし…トロンと蕩けた瞳はウルウルと俺を見詰める。
庇護欲と加虐心、相反する二つの感情をくすぐられる仕草。溢れる生唾を飲み込んで右手をそっと彼女の頬へ……。
触れた一瞬、ピクンと彼女は身体を強張らせ……すぐに力を抜いて瞳を閉じる。
俺達の間に会話は無い、何だろうな…言葉を発しなくても心で繋がっているとでも言えばいいか。
もっといい例えで言うならアイコンタクトで…だ。
俺は枕の下に手を突っ込みある物を探る。

「りゅーじきゅんは準備がいいねぇ」

すぐに見つかったソレを見て実乃梨はクスッと笑う。
それは俺が用意した訳じゃない、どういう事か大河がくれた。
『アンタ、明日にでもみのりんに下心丸出しで襲いかかりそう。これだから万年発情期の駄犬は……。
危険だから去勢しておこうかとも考えたけど…ふん…それはあんまりよね?
まあ…元・飼い主として親友の為に、よ。勘違いするな』



とか何とか言いながら俺にコンドームを一つ放ってきたのだ、かれこれ二か月前に。
アイツはアイツなりに協力してくれたのだろう、だから実乃梨が来る日は必ず枕の下に忍ばせておいた。
俺達の年齢で行為をするなら用意しておくのが当たり前、彼女を傷付けたくはないから。

「おぅ…まあ…えっと…」


「ふふふ…それ貸してよ」

緊張でしどろもどろになった俺を見て実乃梨は右手を伸ばす。
コンドームを受け取った彼女はためらいなく包装を開ける。

「りゅーじきゅんは緊張でガチガチだぁ…ここは一つみのりんが着けちゃろう」

「お、おぅ…」

そう受け答えして彼女は身体を起こして相対して座る、そして身を乗り出して俺の股間を覗き込む。

「えっと確か…こうやってだ…うーんあれ? うりゃあっ…ありゃ?」

そしてムスコにコンドームを着けようとするがなかなか上手くいかない、どういうわけか巻き下ろせないのだ。

「あー…ああ、これ逆だ多分、めんごめんご」

彼女はそう呟くとコンドームを裏返す、そして再びムスコと格闘する。

「ぅおうっ…!」

指先が薄膜を被せようと蠢く…人差し指が親指が薬指が中指が…小指が…。


84 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:29:01 ID:NIsxrwum
十指が揉むように…扱くように…敏感な部分で蠢く、その淡い刺激に背筋をゾクッとした震えが走る。
ムスコを徐々に覆っていくコンドームの感触は締め付けられるように微妙に痛い…こんなもんなのか?

「うーん上手くいかないねぇ…引っ掛かってる? ん…ちょっと我慢してね?」

俺の股間の間に跪いた実乃梨の姿を見ながら感慨深くそう考えていると、彼女はそう言って……。

「せーの…うりゃあっ!!」

と掛け声と共に力を込めて人差し指と親指で作った輪でコンドームを押し下げる…遠慮無しに思いっきり…な。
『にゅるん…ピリッ』と『グキッ!』という音が俺の股間から響く…。

「いっってぇっっっっ!!!」

『そんな乱暴にしないでっ!!』と俺は心の中で絶叫して悶絶する。

「おぅいえ〜…破けちゃったい、って…おおぉっと!? 大丈夫かりゅーじくんっ!!」

プルプルと震えながら脂汗を垂らして悶絶する俺を見て実乃梨は慌ててムスコから手を離す。
「お、お…おぅだ…いじょ…うぶ」

そう言うのが精一杯、そんな姿を見て彼女は恐る恐るムスコを撫でる。

「ごめんよぅ、痛かったよね…うぅ…あうぅ…その…なんてか…まさかこんな事になるなんて…みたいな?」


85 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:30:39 ID:NIsxrwum

「いや…お…ぅ、あ…ってぇ…気にするな…あぐ…」

俺は無理な力が掛かって鈍痛が走る根元を擦りつつ彼女に目を向ける、すると心配そうな表情をし頂垂れている実乃梨が居た。

「あーえっと…ん、そのうち痛みは取れるぞ、多分…」

『そんな顔はするな、俺はお前の笑顔を見ていたい』
そう紡ぐ代わりに頭を撫でる、二度…三度と。

「…ちょっと調子にのってた、恥かしい…からさテンション上げて……乗り切ろうとして…それにりゅーじくんと"大切な事"をするから舞い上がっていて…」

シュンと落ち込みポツリポツリと呟く、これは今日は何も出来そうにない。
だが収穫が無かったわけじゃない、二歩…いや三歩は前進した。満足したと言えば嘘になるが…。

「いいって…もういいから、ほらこっちに来い」

そう言って実乃梨を抱き寄せて頬を寄せる、こうするだけで幸せじゃねぇか…今日はこれでいい、次の機会だってあるさ。
実乃梨は無言で頬を擦り寄せてムスコから背中に手を動かして抱き付いてくる。
そのままジッと動かず俺に身を委ねていた、だが数分もすると実乃梨は顔を上げ決意を秘めた目差しで俺を見詰めて震える唇で紡いでくれる。

「もし…もしだけど、りゅーじくんのおちんちんが大丈夫なら、だけど…………このまましてみる? ……セックス」

と…。

「あー、いや…気持ちは嬉しいんだがゴムはさっきの一つしかねぇんだよ、だから………」

まだ多少は痛みが残っているが激しくしなければ行為も出来そうだ、だが避妊が出来ない。
何度でも言ってやる俺は彼女を傷付けたくない…だからそれだけはしっかりしておきたい。

「いいよ……」

僅かに俯いた実乃梨がそう囁き…

「初めてくらいは、さ…このまましても……いいよ、ん…それにここで止めたら治まんないよ…お互いに」

左腕を俺の首に回して抱きつき、ゆっくり腰を上げていく…。

「りゅーじくんが何を言っても私は…やめない、ちょっとだけ冒険しよう?」

俺は何も言えずに彼女の紡ぐ言葉に身体の自由を奪われる、頭の中では自制しようと足掻いていても…身体は……。

「んぅ…ふ、はっ…はっ……しちゃうよ? りゅーじくんが嫌じゃなかったら……本当にしちゃうか…ら」

彼女は右手で裂けたコンドームを外してムスコを指で摘み、熱く潤った秘部に触れる寸前まで腰を降ろす。

「…冒険してみるか」


86 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:32:37 ID:NIsxrwum
大層な事を宣っていても実のところ俺には『止める』という選択肢は欠片も残ってはいない、彼女の勢いに『流された』のではない。
本当はしたくてしたくて仕方無くて…でもカッコつけていただけ、心の奥底では実乃梨にそう言われるのを期待していたのだ。
だからあっさりと心変わり。
それに好きだから…愛しているから見てみたい事、感じたい事、共有したい感情がある。 過ちを恐れているだけじゃ先には進めない。
もちろん避妊をするわけじゃないから細心の注意は払う、確率が減るように…、せめてそれくらいはいいよな。
俺が返した言葉を聞いて実乃梨が屈託の無い笑顔で笑った後、ムスコの先が膣口に触れる。

「ん…んくっ、はあぁ…ふっ…う。あっ…ひぅっ…っっ…く!」

彼女は大きく息を吐きながら体重を掛けてゆっくりゆっくり腰を沈めていく、ムスコの先に熱くてヌルッとした感触…。

「はあ…はあ……、くぅっ! ったぁ……は…う……うくっ」

次にムスコの頭が圧迫感を覚え、微かに痛いような気持ち良いような不思議な感触に包まれる。
彼女は痛みに耐えながら喘ぐ、徐々に圧迫感が強くなりギチギチに締め付けられる感覚と共に俺は腰から震えが走る。


実乃梨の体温、質感、質量…それらを直に味わっている歓喜の震えだ。先程に食らった痛みは微かに残っているが気にならない…それほど興奮している。
挿入ていく時に感じた『痛み』は実乃梨の身体に力が入っているからだと気付く、だからギチギチに締め付けられている。
既に右手はムスコから俺の首に回され両腕で身体を支えながらギュッと抱き付いている。
浮かれた気分でもどこか冷静な自分の姿に少しおかしくなってしまう、ムスコの半分は膣内に挿入り総毛立つ快感に全身を浸蝕されていく。

「いったぁ…、すぅ……んくっ……んんっ!!!」

そう実乃梨がこぼして息を吸い込んで一気に腰を沈めた。
狭くて柔肉で押し返されそうに締まった膣内へヌルンと受入れられて俺はビクッと身体を硬直させる。
実乃梨が微かに呻いて背中に爪を立てる、相当痛いらしい…だからこう問い掛ける。

「お、おぅ…痛いだろ大丈夫か、よ」

使い古されたテンプレートな一言、だがそれ以外に掛ける言葉が思い付かない。
そして次の瞬間に俺は息を飲んでしまう、彼女は痛みに涙することなく苦悶の表情を浮かべて唇を噛んでいるから。


87名無しさん@ピンキー:2010/04/07(水) 22:33:17 ID:uDmbCapN
C
88 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:34:20 ID:NIsxrwum
「めっっっちゃくちゃ痛い!! くぅっ…裂けそう…てか裂けてる? は…う……初めてなんだから痛いに決まってるさ!」

立てた爪を更に食い込ませて彼女は大きな声でそう言った後、俺を上目遣いで見詰めてこう続ける。

「でも……幸せなんだよぅ、りゅーじくんと"繋がっている"って実感出来るから。
くふっ……だから頑張れる、勇気を出せる」
そう紡ぎ終えると彼女は緩慢な動きで腰を前後させ始める、熱く蕩けた膣肉で俺を絡め取っていく。
彼女の言葉に感動し胸が熱くなる、俺は幸せ者だ…こんなに愛されている。

「はっ…は……はぁは…、くふぅう……っ!」

狭まった膣壁をグリグリと擦り付けて彼女は自身の『味』を俺に刻んでいく、結合部から鳴る水音が妙に生々しくて…腰砕けになりそうな快感に興奮して絆されていく。
初体験は男がリードするべきなんだろうな…でも俺は実乃梨の想いを尊重して全てを委ねる。

「うあっ……んっ…っ、ひぅう……」

ギュッと胸を…腰を…全身を押し付けてくる彼女の首筋に軽く吸い付いてみる、するとキュッと更に締められてすぐに弛緩して…。
それは新たに教わった実乃梨の『味』…病み付きになりそうな甘い刺激。



「んあ、はあは…あ……んくっ! あっ…ひあっあっ…あ」

途中休みを挟みつつ彼女は腰を振る、時折ムスコが抜け出そうになるとまた奥まで挿入直して……首を少しだけのけ反らせる。
優しく甘く強烈な快楽に融解されて汗ばんでいく…控え目に動いてもこんなに気持ち良いとは思わなかった。
前後左右から膣壁で押され絡み付く愛液と柔肉の感触に陶酔してしまいそうな痺れに絆される、だから自然と俺も腰を揺すってしまう。
こんな事を覚えたら誰でも安くない金を出してでもしたくなる、そんなヤツに嫌悪感を抱いてもいた…だけど今なら少しは共感できる気もする。
すげぇよ…すげぇな……そりゃあハマっちまうよ……。

「はふ…っ、ちょっぴり……気持ちよくなってきた…かも、痛気持ちいい…みたいな。お腹の中がトロンってしてビリビリしちゃう……、くふぅんっ…。
"りゅーじくんは気持ち……ひぅっ…いい?" 」

そう彼女は甘い吐息を漏らしながら耳元で囁く、頬を擦り寄せて肩で息をしてブルッと一回身震いする。

「気持ちいい…な、正直…ビックリしている。その…言いにくいんだけどよぅ……クセになっちまいそうだ」


89 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:35:17 ID:NIsxrwum

「ふふ〜♪ そう言って貰えたら痛いのを我慢した甲斐があったね。
……ねぇ? "好き"って言って?」

甘えた声でそうおねだりされて断れるヤツなんて居ない、ましてや愛しい彼女に言われたら嫌なわけない。

「実乃梨の事が好きだっ」

「んんっ…もう一回」

「好きだ、大好きだ」

「もう一回…」

「愛してるぞ…俺は幸せ者だ」

そうやり取りすると彼女は額をコツンと俺に合わせて首を僅かにかしげて嬉しそうに微笑む。

「嬉しい…な、ふふぅ♪ やっば…顔がニヤけちゃう」

俺の言葉に喜びを顕にする彼女は可愛い、とてつもない破壊力を秘めている。
恐らく実乃梨はこの甘える姿を誰にも晒さない親にも兄弟にも友人にも……そういった人達には天真爛漫な姿しか見せない。
こんなに可愛い姿は『俺だけ』にしか見せてくれない、たった一人で独占出来るのだと想うと感無量で同時に『サカリ』が余計についてしまう。
もっと甘えん坊な仕草を見て蕩けた声で啼かせてみたい、荒々しく情熱的に交わってそんな『実乃梨』を引き出して征服したい。
そんな欲求が生まれて…理性の糸がチリチリとほつれていく。


でも初体験でそんな欲望に身を任せた醜態を曝したくないという気持ちがどこかで引っ掛かっていて…。
このまま時間が経つのを忘れるくらい永い時間を掛けて二人で溶け合うのも魅力的、そうするのが彼女が望む交わりなのだろうか…。

「なあ実乃梨、俺も…お前を気持ちよくさせてやりたい…どういった事をして欲しい?」

だから思い切って訪ねてみる、独りよがりな事をして俺は満足するかもしれないけど彼女は興醒めする可能性だってある。
この密で濃い一時をただの一秒でも永く過ごして『りゅーじくんとして良かった』と想えるようにしてやりたい。
痛みを堪えて俺を引っ張ってくれた彼女に対する精一杯の『恩返し』はそういう愛情で届けたい。
俺がこの欲求と理性の狭間で瞬時に引き出せる答はそれしかなくて、同時に最善で最大の愛情表現だと思うんだ。

「んぅう…じゃありゅーじきゅんに動いて貰おうか、な? 私じゃ上手く出来ないし……」

口元を右手で隠して彼女は恥かしそうにそう言って一拍を置き、更に続ける。

「強く抱き締めてキスして……いっぱい"好き"って言って貰って……優しくして欲しい…………なんちゃって、はは」


90 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:36:14 ID:NIsxrwum
望みを俺に伝えた後、照れ隠しなのか実乃梨は背中に立てた爪に僅かに力を入れて笑う。

「おぅわかった…しっかり捕まっておけよ??」

俺は彼女を繋がったまま布団の上に寝かしつかせて覆い被さる、いや…抱き付く彼女に引かれるまま組み伏せる…が正解かもしれない。

「りゅーじくん…ん、あ……いいよっ……来て?」

彼女が両手を広げて俺の頭を抱き抱えておねだり。
俺は堪らず彼女の柔らかい唇を貪る、舌で抉じ開けて遠慮無しに蹂躙していく。

「んむぅ〜、んぅっう! ひゃふ……あっ……ちゅぷっ」

彼女が侵入してきた俺を引き寄せてやらしく絡み付いてくる、鼻息荒く戯れる。
とりあえず挿入るところまでムスコを挿入てゆっくり膣内を掻き回してみるとビクンと実乃梨が跳ねる、一回軽く突き上げると艶のある声で啼く。

「っくふ…ぴちゃ…ちゅくっ……ふぅっ…ん、んっ! んっ!」

一回、二回と緩く突いてみると彼女は身悶えし、その毎に口付けが止まり少し間を開けて恐る恐る舌をしゃぶる。
このくらいなら痛くはないようだ、もしかして痩我慢をしていたのかと勘ぐってみたけど…この反応なら大丈夫そうだ。


実乃梨はシーツをギュッと掴んで俺の抽送に喘ぐ、押し殺した呻きに近くてそれでも漏れる艶声が淫らで…。
侵入を拒むように狭まった膣内を優しく貫く、離したくないと絡み付く柔肉から強引に引き抜く…。
ゾクゾクとムスコから腰、そして背中から巡って惚けそうな痺れに身体が火照って堪らず残った制服を脱ぎ捨てる。
複雑に入り組んだ『実乃梨』に翻弄されてドキドキし、漂う女の匂いに刺激されてムラムラ…。

「はあはあ……はふ…っん! りゅーじくん…りゅーじくん……だ、めぇ…力入んなぁ……あんっ!」

唇を離してツツッと唾液の橋が二人の間に渡る姿、次第に無防備なトロントロンに蕩けた顔を見せるようになった彼女…俺の興奮は頂点に向かって突進む。
短い感覚でコツコツ…彼女の一番奥を小突いてキュウッッと締められる感触を得て、思い切って力一杯突き当てる。

「う…ぅコレ……痛くないか?」

芯があるような弾力とムスコの先を包む柔らかさ、この二つの腰砕けになる快感を与えてくれる部分…。
それは恐らく子宮なのだろう、そこへ何回もノックしながら彼女に問い掛ける。

「ううん…大丈夫。あ、あのね……もっと…して…」


91 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:37:19 ID:NIsxrwum
熱に浮かされてウットリした表情で返し、フトモモで脇腹を挟む。

「もっと色々してみよう? りゅーじくんが"気持ちいいやり方"とか…でセックスしてみよう。
りゅーじくんが気持ちよかったら私も気持ちいいし…」

喉がカラカラに乾いて言葉が出ず何度も頷き返す事しか出来ない。
唾を飲み込んでも潤せず、数回咳払いするとなんとか一言発せれた。

「おぅ…少し強めに…してみる」

「おぅよ〜、んあ♪」

子宮をムスコで撫でる、ねっとりねっとり焦らして円掻きするのはちょっと意地悪。
こうすると彼女の高ぶりに合わせて心地よく揉まれ熱い愛液の海を堪能出来るからだ…。
口内で愛撫されたらこんな感じなのだろうか、繋がっているのに別の行為への興味が沸いてふと舌の這う感触を思い出して身震いする。

「ふあっあっ!! ひあっ…ん、んんぅっ…あひっ」

駄目だ今は彼女との交わりに集中しないと…とブルッと一回頭を振ってガツガツ強く貫く。
両手を彼女と合せ、しっかり指を絡ませて繋いで俺達は一心不乱にお互いを求める。

「あ…ぅ、あはっ…あんっ、あっ、あっ!!」

彼女が大きく喘ぎ口元を一筋の唾液が伝う、それを舐め取ってそのまま首筋にも舌を這わせる。

ギシギシ…ベッドが軋む激しい営みでシーツが乱れ、額から球のような汗が彼女に落ちる、ムスコに膣肉が隙間無く喰い付きうねったヒダが擦れる。
彼女の膣内から引き抜く際に伴う痺れに腰が砕け、火照った体温に溶かされ…ジンジンと疼く。
高まりつつある欲求に抽送は激しくなっていく、そうでなくても激しく求めてしまっていただろう。
天秤に載せた愛情が性欲にほんの少し負け、気遣う気持ちを欲望が覆い隠す。
純潔を捧げてくれた実乃梨に痛みを与えたくない…そんな気遣いを忘れたように獣の交尾さながらに突いて突いて…。
それは彼女が『気持ちいい』 『好きなようにして』と言ってくれたから、だから…と言い訳して自分に言い聞かせている。
そう…必死なのだ、傍目から見れば無様だろう…でも本能には勝てない。
肉欲が理性に勝てるかよ、惚れた女を抱いていたら夢中になる当たり前だ。
僅かに上体をのけ反らせた実乃梨は憂いた表情で俺を一望してすぐに恥かしそうに顔を背ける。
それが『何を表しているか』は今の俺には分からない、ただ…凄くそそられる。

「っく…うぅっ…はっ! はあ…はっ! み、みの…りぃっ」


92 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:38:07 ID:NIsxrwum
鋭くなった感覚は敏感になっているムスコを暴走させて膣内で跳ねさせる、ああ…もう駄目だ。もう…射そう…。
自分が早漏なのか遅漏なのかはたまた正常なのかなんて知らないが、この実乃梨の表情を見て欲求は頂点に達する。
込み上げてくる射精感に意識を手放そうとする、だがそこで冷静になる。
このまま果ててしまえたら…しかしそれは駄目だろ、ああでも…いつムスコを引っ込抜きゃいいんだよ? 達する直前、それとも今、もしかしたら既に遅い??
ああ…分からねぇ分かんねぇよ考えが定まらない、気持ちいいしイくのを我慢するのに気を取られて……。
でも激しく抽送するのを止められないのは雄の性で、こうして迷っている間にも限界は近付く。

「く…うぅ! みにょりぃ…イき…そっ」

彼女の頭を抱き抱えて耳元でそう囁く、迷っている気持ちを彼女に察して貰いたいのか達する許可を得たいのか…自分でも分からない。

「あっ! い、あ…あっ! いいよっ…ぅ!」

彼女が何回も頷いてくれたのを見て俺は更に荒々しく蹂躙する、欲望を放つギリギリの一瞬まで求めていたい…だけど万が一を考えて早々に膣内から慌ててムスコを抜き取る。


「っう…は…あ…あく…は!」

蕩けて乱れた呼吸で纏わりつく愛液を絡めながらムスコを掻く、その様をチラッと実乃梨が盗み見て…恥かしい、が今さら…。
だが落ち着いて考えたら彼女に自慰を見せつけているようなもんだよな、もう達する一歩手前という状況じゃなければ絶対にしない。
そ、そうだ! おぅ…何処に射精すりゃいいんだ? 焦りつつ辺りを伺う、このまま彼女の下腹部へ…いやいや制服にまで飛びそう。
じゃあティッシュの中へ……お、おぉう何処にあるんだよ見つからねぇ! 自分の手の平の中? それとも…ゴクリ……実乃梨の口の中へっ!!
いやいやそれこそ駄目だろ色々と! あああどうしよう!
くそっやっぱり実乃梨のく…じゃなくて恥丘か…いやしかし経験上制服とか布に付着した精液は拭き取りにくい、陰毛もしかり!

「あーえっと…りゅーじきゅん??」

「お、おぅ!?」

あまり長々とほっとかれた実乃梨は不満気に俺を呼ぶ、その声に我に返ると………ムスコが萎えた。
『興醒めした』とかじゃない自分でも何故ムスコが萎縮していくのか理解出来ないのだ。

「おちんちん…ちっちゃくなっちゃった」


93 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:39:14 ID:NIsxrwum
俺の顔とムスコを交互にチラリチラリと見比べ実乃梨がそう呟く。

「す、すまん……これはつまり…決して実乃梨の身体が気持ちよくなかった訳じゃなくてだな……」

身を起こしてうなだれる俺の顔を斜め下からジーッと覗き込んだまま彼女は口を開く。

「んふふ〜解ってるぜよ、実乃梨しゃんはそれくらいお見通しさ〜つまり、ね」

チッチッチと人差し指を左右に振って実乃梨はビシッと俺を指指す。

「りゅーじきゅん! ずばりキミは疲れてるんだっ!!」

『どや? 正解やろ、ふふん』といった感じの勝ち誇った顔で見詰められる。

「人って疲れていると本領を発揮出来ないんだよ、新陳代謝も崩れるし、うんきっとそうだ!
ほら今日の体育の時間にやたら張り切っていたじゃん? 凄く頑張り過ぎて自分が思っているより身体が疲れとるんじゃよ!」

「お、おぅ…俺って疲れてるのか?」

捲し立てるように一気に彼女はそう言う、途中からそれが『気遣い』だと気付いて更にヘコむ。

「あ………あっと…そうだ! そうだよ! ワッハッハッ…ハ」

快活に笑い頬を人差し指でグリグリと押してみても反応がイマイチな俺を見て実乃梨もションボリする。



「んん…りゅーじくん落ち込まないでよぅ、今日はたまたまだってそういう日だったんだよ。
次の……た、例えばだけど明日のバイトが終わったらまた"セックス"みたり? とか…ねっ?」

両手で頬を擦られ、俺の目に飛び込んだのは実乃梨の申し訳なさそうな顔、無理して作った笑みを浮かべている。

「だな…たまたまなんだよな、次の機会に…また」

こんな顔をされたら困る、心配されるのが心苦しくて堪らない、だが凄く嬉しくて墜ちた気持ちが浮上していく。

「そうそう! この一回で終わりってわけじゃないんだから次に賭けようよ」

安心したのか二カッと太陽を彷彿させる笑顔で彼女が紡いでくれて俺はホッとする。
二人して乱れた着衣をいそいそと正したり、秘部の汚れをティッシュで拭って…なんだろうこの寂しい感じは…。

「まあまあこっちにおいでりゅーじきゅん、みにょりんお姉さんが慰めちゃろう」

始末が済んで実乃梨が正座してポンポンと膝を叩く、つまり膝頭をしてくれるのだろう。
もちろん俺は断ることなく彼女の柔らかい膝に頭を載せて目を閉じる。

「途中まで痛かったけど…最後の方はマジでっ! …気持ちよかったよ」


94 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:39:58 ID:NIsxrwum
小さな手が額を撫でていき、次第に細い指が髪を梳き始める。

「りゅーじくんに愛して貰えて今すっごく胸の中がポカポカしてる、またしようね」

そんな優しい言葉を紡いでくれる、やっぱり良いもんだ恋人ってのは…。

「またしような、次は失敗しねぇし…ガチで」

「おぅよおぅよ、及ばずながらこの櫛枝実乃梨が手取り足取りでお手伝い致しましょー、ところで…うぅん、一つ聞いてもいい?」

優しくあやしながら紡いで貰える、俺への愛情をひしひしと感じて心地よい…。

「ん?」

「キスとかハグとかはしてたじゃん、で今日はセックスして…私、りゅーじくんの事がもっと大好きになった。
もうね"Love×3"くらいになったさ! でね…でね……あぅ」

途中から実乃梨はモジモジし始めて終いには照れ隠しか俺の髪をガシガシと掻く。
だが何回も深呼吸と咳払いをしてこう問われた。

「はうゆーらいくみーなう?」








終わり!
95 ◆KARsW3gC4M :2010/04/07(水) 22:41:52 ID:NIsxrwum
以上、完結です。スレを跨いで長々とお待たせしてすいませんでした。
また投下中の支援ありがとうございます。
何か書けたら来させて貰います。
では
ノシ


96名無しさん@ピンキー:2010/04/07(水) 23:49:03 ID:1OrA/Stt
>>95
GJ
やっぱみのりんいいなぁ、KARsさん最高です。完結してしまってある意味ショックです。

ところで英語力がoll並の俺に教えて欲しいのだが……How you like me ってどういう意味だ?
Howってなんぞ?doはいらんのかえ?
97名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 01:09:33 ID:1izQKYLJ
>>95
みのりんかわえぇ・・・GJです!
エッチに何故か爽やらしさを感じるんですよねぇ。

>>96
You like me に、どんな感じ?のHowをつけただけ。
俺解釈をすれば、Do you〜としないのは、みのりんの竜児に
愛されてるって惚気の表れ。
それでいて無理に英語使っちゃったみのりんが可愛すぎるw


んー、久々にm-flo聞きたくなった。
98名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 07:46:24 ID:tHCH4Lnu
>>95
お疲れ様でした。


次は亜美ちゃん期待です。
99名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 09:38:45 ID:tJAu5far
>>95
GJでした!
100名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 12:58:13 ID:ilwblwX7
最近昔からスレを盛り上げてくれた書き手さん達の長編が立て続けに完結してなんか怖いんだけど
101名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 21:01:33 ID:u9dCOznS
秋田
102名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 23:11:15 ID:p38WxZHB
原作もスピンオフ3で完全終了だし、年内にはこのスレもアニキャラのスレも役目を終えてしまうかねぇ…
103名無しさん@ピンキー:2010/04/08(木) 23:57:19 ID:P4rnDH2N
俺はまだイケるぜよ!
104名無しさん@ピンキー:2010/04/09(金) 00:03:56 ID:nBU3CtbU
>>95
GJでした。いやらしいです。ちょっとふたりがエロすぎる気もしますけど、
このエロ・エクスペリエンス・ノベルっぷりが『作風』そして『らしさ』
なんだと存じます。私は好きです。そしてまた投下されるのであれば、需
要は無いでしょうが、私も続けさせて頂きたく存じます。失礼いたします。
105名無しさん@ピンキー:2010/04/09(金) 23:15:32 ID:mXXQ58zx
まだまだこのスレはいける!
とらドラは永遠に不滅ですw
106名無しさん@ピンキー:2010/04/10(土) 18:57:09 ID:AbXFf4Hu
最近ハマり始めた俺のような奴も居るはず
今は頭の中で妄想して楽しんでいるがそれを文章に起こすのは何とも難しい…
107名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 00:14:39 ID:fuNlo/Zu
スピンオフ3読んだよ〜
ゆゆぽお疲れ様、GJと言いたいね。
108名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 00:16:00 ID:J9qeKxG9
亜美ちゃん不足…
109名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 00:57:48 ID:SiKIXxCS
スピンオフは基本竜虎+αばっか。他ヒロインを補いたいならゆゆぽよりここの書き手さんに期待するしかないな。
原作者直々のIFは望めないし。というわけで書き手さん待ってるよー
11098VM ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:04:27 ID:QO+KdMt+

こんばんは、こんにちは。 98VMです。

規制に巻き込まれました。
イヤデスネー。
でわ、亜美ちゃん成分の補完になればいいですね、ということで。

前提: とらドラ!P 亜美ルート90%エンド、ローマの祝日シリーズ
題名: ローマの平日7
エロ: なし
登場人物: 竜児、亜美
ジャンル: 日常。
分量: 6レス


111ローマの平日7 1/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:05:35 ID:QO+KdMt+
7月のローマは暑い。
とはいえ、東京とは違って、湿度が若干低いおかげで夜は少し涼しくなる。
AZ785便が到着したのは予定より30分以上遅れた19時40分頃だったが、この時期のローマは、日が沈むまでには更に
1時間ほど猶予がある。
普段の俺達ならば、徐々に過ごしよくなる黄昏時を楽しみながら、ゆっくりと散策しつつ俺のアパートに向かったことだろう。
だが、この時は違った。
何かに追い立てられるように、家路を急ぐ。

やがて俺のアパートにつくと、亜美はすぐさまバスルームへと向かった。
「いやー、やっぱりあっつーーい。」 「おう、夏だからな。」
こんなやりとりのなんと白々しいことか。
やがてバスルームから出てきた亜美は一糸まとわぬ姿。
俺の方も、当然受け入れ準備はおk。
4ヶ月ぶりの俺達が野獣と化すのには、刹那の時間さえ必要ない。

亜美はしなやかな肉食獣の如く俺の胸にかぶりつき…
俺は亜美をベッドに叩きつけるかの如く押し倒し…

……そうして俺達は、夢中になってお互いの体を貪りつくすのだった。


      ローマの平日 sette


翌朝、というか、すっかり日が高くなった頃、俺は目覚めた。
隣を見れば、白く美しい肢体が半分シーツに包まって転がっている。
ゆっくりと上下する胸は片方の乳房だけがシーツに隠れていた。
「…おぅ… オハヨ。」
乳首に向かって挨拶する。
いまだ普段より若干大きくなっているように見えるソコを、指で軽く弾く。
かすかに息を吸い込み、ひくりと震える亜美。
だが、目覚めない。
今度は乳房を軽く揉んでみる。
「ん…っ」
やっぱり目覚めない。
ちょっとやりすぎだっただろうか? と、ほんの少しだけ心配になった。

俺達のセックスは、フィレンツェ旅行の時からどちらが先に根をあげるかの勝負の様相を呈してきていた。
昨夜も、ついつい盛り上がって勝負が始まってしまい、まぁ、その結果こんな有様なわけである。
イった回数でこそ敗れたが、最終的には亜美は失神KO。
よって、今回も俺の勝利と言っても差し支えないだろう。
『これ以上は煙もでねぇ!』 そう思い、敗北を覚悟したときに飛び込んできた亜美の台詞が今回の勝因だ。
『もう、らめぇぇぇぇっ! あみちゃん、しんじゃうっ!!』(一部の台詞は脳内変換済み)
なんて、あの気の強い亜美が叫ぶんだぜ? びくびく痙攣しながら。
これはもう、萌えざるを得ない。
そこで俺は夢中になって亜美を突きまくったわけだが、突然、糸の切れた人形みたいに、カクッといった時には、正直、
心臓が飛び出そうなほど驚いた。
気持ちよすぎて失神といえば良く聞こえるが、要するに酸欠だ。 体にいいわけが無い。
小心な俺はそこですっかり萎えちまったわけで。
だが、亜美の奴はなんとも幸せそうな顔をしていたもんだから、俺も安心して眠れたわけだが…

ちょっと強めにゆすってみよう。
「おい、亜美、起きろ。 もう昼近いぞ!」
「…ん。 んんん〜〜〜。」
一瞬目を開いたが、すぐに目を閉じて枕を引っ張る。 …どうやら、もう少し時間が必要なようだ。
そこで俺は、亜美が目覚めるまで、おとなしく恋人の寝顔観察を続けることにした。

112ローマの平日7 2/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:06:22 ID:QO+KdMt+

………
ジャニコロの丘の大砲の音が鳴り響いた頃、ようやく亜美が覚醒した。
というか、飛び起きた。
「…うん…? ……あ。 ああああああ!!」
「な、なんだ、何事だ!」
「もう、お昼?」 「おう。」
「あっちゃー……。」
「おいおい、どうしたんだよ。」
「……なんでもない……」
「なんでもないって… んなビックリされたら、きになっちまうだろ。 どうしたんだよ?」
「……朝ごはん…作ろうと思ってたの…」
「は?」
「だからぁ!朝ごはん! ってか、イタリア風にスイーツだけど……。」
「マジかよ。 練習でもしてたのか?」
「…うん。 実は今回のは結構自信ある…。」
「へぇ。 そいつは楽しみだな。 まぁ、今日はもう昼になっちまったが、明日までいるんだろ? だったら明日の朝頼むぜ。」
「……ん。」 「ははは。 そんなに残念そうな顔すんなよ。 明日、楽しみにしてるぞ。」
「…うん! わかった。 さすがに今からじゃ作る気おきねーし。」
「あー、でも、飯の話してたらなんだか腹が減ってきたな。」
「あたしは起きがけでそんな気分じゃねーけど…」
「身支度してるうちに腹が減るだろ。 昨夜はメチャクチャカロリー消費したと思うし。」
俺の台詞に、亜美は突然なにか思い出したように頭に手をやる。
「あのさ… そういや、昨日の寝る前の記憶ねーんだけど…… あたし、どうしたの…?」
さて、どうしたものか。 正直に言ったら、なんか機嫌が悪くなりそうな悪寒がするぜ。
「さぁ、疲れてたんだろ。 長時間フライトの直後だったし… それより、さっさと身支度して店にいこうぜ。 今日はカルロ兄貴
がメインシェフやってるんだ。 親方とはまた一味違う飯が食えるぞ。」
というわけで、俺は亜美の質問は誤魔化すことにした。
「あ、そうなんだ。 あたし、カルロさんの料理って、食べたことないかも…。」
よし、うまく食いついてくれたぜ。 これで俺のささやかな平穏が維持された。
「おう。 ほら、早くシャワー浴びて着替えろよ。 いくら夏でも、風邪ひくぞ。」
「………うん。 そうする。  …なんか、竜児のせーえきベトベトで気持ちわりーし。」
そんな毒舌をかまして、ペロっと舌をだす。
きっと俺はなんとも微妙な顔をしてしまったんだろう。 
俺の表情を確かめると、亜美は満足げに笑いながら、バスルームに消えた。
さて、俺の方はシーツの洗濯でもするか。
ベッドから汚れたシーツをひっぱがして、ぐるぐる丸めて抱える。
狭い俺のアパートで洗濯と言ったら、もちろん行き先は亜美と同じ場所になるが、いまさら遠慮する仲でもない。
が、ちょうどバスルームに入った時、亜美は大事なところを念入りに掃除しているところで、実にあられもない格好だった。
遠慮する間柄ではたしかにないが、流石にこれは怒られた。
だが、俺としてはこういう着飾らない亜美の姿が一番魅力的に思えてしまう。

バスルームでばしゃばしゃやってる亜美の横で、手洗い開始。
時々、亜美は俺に攻撃してくるが、作業の妨げになるほどではない。
しかし、なんで女ってのはこういうじゃれ合いが好きなんだろうか?
俺にちょっかいを出しては、何が可笑しいのかよくわからんが、楽しそうに笑っている。
まぁ、俺としても亜美の楽しそうな姿が見れるんなら、からかわれるのもまんざらでもないんだが。

113ローマの平日7 3/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:07:17 ID:QO+KdMt+

そんなこんなで作業を終えて、俺達はトラットリアに向かった。
俺の職場である、トラットリア『ダ・ヴァレリオ』の営業時間は11:00〜24:00で、14:00〜18:00までがシエスタだ。
もっとも、休憩時間といっても、修業中の俺の場合は夜の料理の仕込みで実際は休んでいる暇は無い。
今日もおそらく、カルロ兄貴は厨房にいるだろう。
しかし、それでも店は閉めてしまうから、のんびり歩いてはいられなかった。

そして、なんとかぎりぎり間に合った俺達は、ようやく遅い昼食にありついた。
カルロ兄貴の料理に亜美も舌鼓を打つ。
「本当、親方の料理とはちょっと違うんだね… でも、スッゲーうまい!」
「だろ? 俺もこんな料理が作りたいが…まだまだ先は長いぜ。」
「でも、竜児のご飯だって、すごい美味しいよ。 特にお味噌汁とか。」
「ははは。 さんきゅ。 まぁ、和食なら負けねぇ。 って当たり前だな。」
いつもの亜美の指定席でゆっくりと昼食を楽しんで、そろそろ終わりかなという頃合に、いつの間に外に出ていたのか、
カルロ兄貴が紙袋を抱えて帰ってきた。
そして、取り出したのはピスタチオのジェラートだった。 
どうやら、それが亜美のお気に入りだというのを、俺はどこかで喋ってしまったらしい。
「あはっ。 さっすがカルロさん、超気が利く〜。」
食事を終えた亜美の手の中にビッグサイズのピスタチオのジェラート。
最後に運ばれるのはアイスティー。
どうやら、店の皆が亜美の好みを既に把握していて、普段は苦虫を噛み潰したような顔の給仕のおばちゃんまで、休憩
返上でサービスしてくれる。
「おいしいんだけど…ちょっと甘すぎない?」
「つーか、俺にはジェラートは全部甘すぎに思えるが…」
「フィレンツェ旅行に行ったときに食べたのは美味しかったなぁ。」
「贅沢言うなよ… だいたいコレ、カルロ兄貴のおごりだろうーが。」
「あれ? 竜児が払うんじゃないの? 体で。」
意地悪そうな笑顔は調子がいい証拠。 
……最近、どうもこの笑顔を見ないと物足らなくなってきた自分が、ちょっと心配だ。

「あーーー。 でも、今日もあっつい〜。 亜美ちゃん涼しい所いきたーい。」
「ブランドショップ巡りでもするか? クーラー効いてて涼しいぞ。」
「うーん。 気分じゃない。」
「じゃぁ、映画館なんか…」
「却下」
「おぅ……」
「なんか、他にいいところないのー?」
で、飯が終わると即座にお姫様の我侭タイム。
「涼しい所か…」
「そ、涼しい所。」
「うーむ。 ………お。 そうだ、あそこがいいかも知れんな。 色んな意味で涼しくなりそうだ。」
我侭姫様にぴったりの少し意地悪な場所を思いついた。
ノースリーブの服だと中に入れてもらえないが、今日の亜美はシルクのドレーププルオーバーシャツに黒のスキニーパンツ。
胸元には旅行の時にもつけていたアレクサンドライトのネックレスが光る。
逆光になると薄いシルク地からボディラインが透けて見えるのがエロチックだが、肩さえ露出してなければ問題ない。

「どこ?」
「サンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会だ。」

114ローマの平日7 4/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:08:28 ID:QO+KdMt+

最近は亜美も随分ローマに慣れてきたので、今回も地下鉄を使うことにした。
ニューヨークほどではないらしいが、ローマの地下鉄も決して治安は良くない。
ある程度慣れてくれないと、危なっかしくて連れて歩けない。
その亜美だが、ちょっと大き目のサングラスで目元は見えないが、口元を見る限り機嫌は良い。
最初、教会と言ったら断られるかと思ったが、逆に興味をもったようだ。

「ねぇ、そこって遠いの?」
「場所は先日行ったサン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会の近くだ。」
「へぇ。 どんな所?」
「そりゃー、お前、着いてみてのお楽しみだろ?こういう場合。」
でなきゃ、俺の楽しみがなくなっちまう。
実際、教会の中に入ったときの反応は楽しみだ。
どうやら最近、亜美の悪戯癖が俺にも感染してしまったらしく、亜美の驚く姿や困惑する姿を見るのが楽しかった。
そういう意味でそこは俺の欲求を確実に満たしてくれる筈だ。
なんせ、その教会の別名は…
『骸骨寺』
実に4000人分の人骨で『飾られて』いるのだ。
亜美が意外に怖がりだというのは、安奈さん情報でゲットしていた。
というか、聞きもしないのに楽しげに亜美の弱点を列挙してくれたんだが………。 不思議なお袋さんだった……。
と、それはいい、それは。
とにかく、亜美は意外とホラー系に弱い、らしい。

地下鉄A線のバルベリーニ駅で降り、北側の出口から地上に出た。
目の前の蜂の噴水でちょっと手を冷やして涼をとる。
大きなプラタナス並木のヴィットーリオ・ヴェネト通りを少し歩けば、教会はもう目の前だ。

「ふーん。 なんか、すげー特徴の無い教会なんだけど。 どうやったらここで涼しくなれるの? ……あっ、わかった。
ローマ帝国時代の地下遺跡につながってるとか?」
「ははは。 たしかにそういう教会はローマじゃあちこちにあるんだが、残念、不正解だ。」
「あぁ、もう! いい加減教えてよ!」
「あわてんなよ。 ほら、そこで寄付をして……中に入ればすぐわかるから。」
「いくら寄付すればいいの?」
「いくらでも。」
「んじゃ10ユーロ。 はい、お坊さん。」
「おぅ… 気前いいな…」
俺は貧乏なのでお布施は5ユーロ。
この教会、入り口が二つあるが、一方は普通の教会、そしてもう一方が納骨堂への道である。
もちろん、俺達が突入するのは納骨堂のほうだ。
亜美は意気揚々と中に入ったが…
「ひっ な、なにこれ!」
壁一面を埋め尽くす人骨。 日本人には絶対に理解できそうもないキリスト教世界がそこにある。
体中のありとあらゆる骨を使って、十字架やら、シャンデリアみないなものまでが作られている。
ほんの僅かに埃っぽい感じが、まるで骨片を吸い込むような感じがして、思わず口をハンカチで覆いたくなる空間だ。
そして実際、亜美はすぐにハンカチで口元を覆った。
「空気も涼しいし、確かにコレは涼しくなりそうだけど… 趣味悪いって…。」
「あんまりいい趣味とはいえねーが… だが、宗教ってなんだろうなって考えさせられる。」
「本当… 何考えてこんなの作ったんだろう…。」

115ローマの平日7 5/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:09:28 ID:QO+KdMt+

細い通路で結ばれた部屋は5つ。
その全てが骨・骨・骨。
カプチン修道会の修道服をまとった骸骨が佇み、頭蓋骨が祭壇を形作る。
天井に施された繊細な装飾もすべて人骨。
異様な光景だが、その異様さが極まって、何か語りかけてくるものも確かにあった。

亜美も俺と同じように感じたのだろうか?
最初は不気味に思って、びびっていたであろう亜美も徐々に表情が変わって来た。
「小さな頭蓋骨… 子供?」 「かもな…」
「昔はさ、今よりずっと死が身近だったんだよね? 医学とかも発達してなくて… きっと死ぬのが怖かったんだろうな。」
「…………」
「だからさ、死んだ後の事、いろいろ考えちゃったんじゃないかな。」
「怖い時って、なにか楽しい事とか、言い訳とか考えて紛らわしちゃうんだよね。それが神様だったり、来世だったり…。」
「…………」
「なんだか、ちょっとだけ伝わってくるものがあるかも…。」
思わず肩を抱く。
口は悪いが、本当に優しい奴。
そして、俺の手の温もりに、ぶるっと肩を震わす。
「あはっ。 なんか、ちょっと感動しちゃったかな? こんな悪趣味なのに、変だね。」
「別に変ってこともねーよ。」

小さな納骨堂は全部回ってもそれほど時間は掛からない。
数分後には全部の部屋を回ってしまった。
「ここの入り口に書いてあるラテン語は『私達はあなた方と同じように生きていた。あなた方も私達と同じようになるだろう。』
って書いてあるんだそうだ。」
「祇園精舎の鐘の声ってやつ? なんか嫌だな……。」
「逆に考えれば、今この時を大切にしないといけねぇって事かもしれないな。」
納骨堂を出ながら考える。
亜美と一緒にいるこの瞬間の大切さを。
ちょっとした悪戯心で選んだ場所だったが、思いの外、心に響くものがあったのは、きっと亜美の言葉のせいだろう。
亜美が何を思って言ったのかはよくわからない。
だが、こうして出会って、一緒に生きていけることの奇跡を、俺は改めて感じていた。
その奇跡を俺は手放す事はできない。

納骨堂から出ると、真夏の陽光が並木の隙間から降り注ぐ。
新鮮な空気を肺一杯に吸い込む亜美。
そんな彼女を横目で見ながら…
繋いだ手に少しだけ力がこもってしまう昼下がりだった。

116ローマの平日7 6/6  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:10:20 ID:QO+KdMt+

教会から出て、俺達はどちらが言うでもなく、なんとなくテベレ川にむかって歩き出していた。
この街で奇跡的に出会ったのは去年の夏の終わり。
もうすぐ一年の月日が流れようとしている。
途中、バールで一休み。
サンタンジェロ城まで辿り着いた頃には、西の空は黄金色に染まっていた。
テベレ河畔はライトアップされ、様々な露店が並ぶ。
ローマの夏の風物詩は今年もにぎやかだ。

トラステベレに向かって川沿いを歩くうち、野外映画が目に留まった。
それは亜美を一気に世界に知らしめたあの映画のリバイバル上映だった。
夜は囲いが緩くなり、角度によっては堰堤の上から丸見え。
「あははは。 ダダ漏れじゃん。 これ、お金払う人いるの?」
亜美の疑問ももっともだが、客が座っているから、実際お金を払う人も居るという事だ。
ちょうど映画はこれからクライマックスを迎えるところで、もうすぐ亜美の一番の見せ所のシーンだ。
「お、やっぱあたしってば、超カワイイ。 ってか犯罪級?」
アップで映った自分を見てナルシーなご発言。
しかし、台詞はお気に召さなかった様子。
「吹き替え、超下手くそじゃん。」
そう毒づくと、亜美は日本語で台詞を重ね始めた。
初めて亜美の声で聞く台詞。
あまりにも亜美らしい損な役回りと、やせ我慢の台詞の連続に我慢できなくなった。

「俺もイタリアで見たが… お前の声だと、コレ、マジでいてぇな……。」
「どういう意味よ… もう、これからいい所なんだから、黙ってな。」

口塞ぎのつもりか、そう言って亜美は軽く俺の唇に、唇を合わせる。
黙っている事ならできそうだが……

「わりぃ……。 どうやら無理っぽい。」
「はぁ? おしゃべりな男はきら…」
「…別なことで口を塞いじまいそうだ…。」

亜美の艶やかな唇を奪う。
軽く唇を噛み、舌を絡ませる。

何度も何度も、繰り返される…

―――糸を引くような口付け。

昨夜の余韻がまだ体に残っているのか。
胸に添えられた指がひくひくと震え始め…
やがて亜美のカラダは、ピスタチオのジェラートよりも甘く蕩けていった。

それは……最高に幸せな、そんなローマの点描。


                                                                    おわり。
11798VM  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/11(日) 01:13:37 ID:QO+KdMt+
お粗末さまでした。

色んな事に出会って、色んな事を考えて。
成長ってそういうことかなと。
ただ、好き好き言ってるだけじゃ、いい男にもいい女にもなれやしない。
頑張れ竜児。
頑張れあーみん。
118名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 04:28:07 ID:1Djt/PA2
甘くて最高だぜ!GJ!>117
119名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 06:58:19 ID:5h7S9elN
とろけました GJ
120名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 09:14:38 ID:+COVkziG
甘過ぎて虫歯になっちまったぞ!! GJ!
121名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 11:29:36 ID:rAJZnW/P
VMさん、あまーーい! からこそこの後の二人の成長が楽しみだ。
122名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 11:35:17 ID:uWOD7owK
いいですね。GJです!
言葉遣いが悪いの萌えるわあ
亜美ちゃんはやっぱこうじゃなきゃね
123174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:07:08 ID:yUS7SWKy
SS投下
タイトルは後ほど
124174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:07:45 ID:yUS7SWKy

「これは?」

時刻は午後九時を少し回ったところ。
寝かしつけようとベッドの上、いつものようにせがまれ、絵本を読んであげているときだった。
その絵本はごくごくありふれた、宝物を探して世界中を大冒険するという、どこにでもあるおとぎ話。この子の一番のお気に入り。
もう何度読み聞かせただろうかわからない。今では内容をそらで全部語れそうな自分にも、そしてこの子にも苦笑がもれる。
よく飽きないものだ。
初めて贈ってもらった物だからだろうかと思うと少し嬉しい。
覚えているわけがない。それほど幼い、まだ生まれて間もない頃のことだというのに、そうであってほしいというのは親の欲目か。

「こないだね、おとうさんにね、もらったの」

物語は佳境、ついに宝物を探し当てた場面。あとはめでたしめでたしまでそうかからない。
そんな、所謂いいところで突然ベッドから降りると、クローゼットを開き、奥にごそごそ手を差し入れる。
なにやら何かを探しているみたいで、大した時間も経たないうち、お目当てのものを見つけたらしい。
こちらに隠しながら戻ってくるその顔には、考えていることをそのまま表情として変換したような、にんまりとした笑顔。
そして散々もったいぶった後、「それ」を手に乗せ渡してくる。
なにかと思えばただの写真立てで、それも飾ることもせず、飾るべき写真すら入っていない。
尋ねた問いの返答が今のそれで、しげしげと眺めてみる。
どういったつもりでこんなものをこの子にあげたのだろう。
壁際に備えた棚には既に飾れるだけ写真が飾ってある。
この子を中心に連れ添って写ったものが多くを占め、飾ってないものだってアルバムにしまい大切に保管してある。
成長記録と言うのは堅苦しくて味気ない。
これは思い出で、思い出を形にして残したもの。
いつでも振り返ることができ、まだ来ぬいつかの写真が空いたページを埋めてくれるのが今か今かと楽しみだ。
だからなおさら不思議に思う。
写真のない写真立てを贈ってどうするのか。この子もなぜそのままにしておくのか。

「お父さんは、なんて言ってこれを?」

意図が掴めずもう一度尋ねる。
すると満面の笑みを浮かべ、彼女は言った。

「赤ちゃんが生まれたら、それに入れて飾ろうねって」

写真を、と言いたいのだろう。
これには正直面食らった。中々粋なことをする。

「そう」

だから空のままにしてあるのか。
だったらこの写真立てに添える写真は決まった、家族全員を映したものにしよう。
この子と、お腹に宿った新しい命と、私と、彼と。
そうしたい。
胸の辺りがじんわり暖かくなっていくのを感じた。
しかし疑問も残る。
この写真立ての存在を、何故この子は今まで内緒にしていたのだろう。
口止めでもされていたのだろうか。
理由もなくそういうことをするとは考えにくいし、仮にしていたとして、その理由は?
思案にくれる私に、そっと耳打ち。

「だからね、それまで大切にしとくの」

壊さないように。失くさないように。傷をつけないように。汚してしまわぬように。
宝物だから。
ただ贈られたものではない、その時が来るまで託された、宝物だから。
忘れていたわけじゃなく、たんにおとぎ話に出てきた宝物から連想し、それで私に見せてきたようだが、それにしても大げさだと少々呆れてしまった。
その写真立てを使うことになるまでにはまだまだ時間がかかる。
早く早くと気持ちが逸るのは誰しも同じだが、それを押し付けるわけにはいかない。
125174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:08:38 ID:yUS7SWKy
今はゆっくり身体を作るのが仕事なのだから。
けれど、それ以上に嬉しさがこみ上げてくる。
早く逢いたい、抱きしめてみたいと興奮気味に言っていた様子に。
名前はどんなのがいいかと、真剣に考えてくれていることに。
どんなことを一緒にしようかと夢を語るその姿に。
なにより、芽生えた責任感が誇らしくあり、嬉しかった。
アルバムを紐解けば成長を確認し、実感することはできる。
それはこの上ない喜びであり、そして今、その瞬間に立ち会えたと感じられて───

「おやすみ」

いつしか静かに寝息を立てていたわが子の頭を撫でる。
さらさらと顔にかかる長い髪。そっと梳くと現れた柔い頬。また違った滑らかさが指に伝わる。ほのかに温かい。
それがくすぐったかったようで身動ぎをし、そのまま寝返りをうった。ばんざいをするように投げ出した手がなんとも微笑ましい。
浮かんでいるのは、ただ目にするだけで安らぎを与えてくれる穏やかな寝顔で、自然、私の表情も緩む。
一体どんな夢を見てるのだろうか。いい夢であってほしいと、そう切に願う。
起こさぬように毛布をかけてやり、スタンドのスイッチを切った私は枕元に放られていた写真立てを手に取りベッドから出た。

「お疲れ様です。今日は遅かったですね」

リビングでは人の家にも関わらずすっかりくつろいでテレビを眺めているヤツが。
私に気付くと立ち上がり、先日帰国した際に買ってきていた日本茶を淹れはじめる。
ほどなくして急須と湯飲みを二つ持ってきて目の前に置き、熱いお茶を注ぐ。
慣れたもんだ。ひょっとしたら私より上手く淹れてみせるんじゃないだろうか。

「ああ。ちょっとな」

「それは?」

テーブルに置いた写真立てを目敏く発見し、興味がわいたのか、北村が手を伸ばす。
触れる寸前で叩き落した。

「なんですかいきなり」

そんな顔するな。べつに汚れるからとか、そんな理由で触らせねぇわけじゃねぇよ。
私は湯気をくゆらせる茶を一口啜り、深く息をつく。
海外での生活が長いとこういうのはありがたい。郷愁を覚える。いや、掻き立てられる、と言った方が近いか。
最近久々に帰ったのも手伝ってるのかもしれない。
また近いうち帰ってみるか。
嫌になるほどバタバタしていてろくに休めもしなかった一時帰国を思うとその気が失せないでもないが、まぁ、そういった部分は目を瞑ろう。
こっちで出産する気はあまりないし、あれだけ楽しみにしていたあの子にも、ほとんど良い思い出を作ってやれずに終わった。
もう少しお腹が目立つようになったら向こうでお産に備えることにしよう。
あいつらに目に物見せてやるのはその時だ。

「会長?」

怪訝そうな北村が声をかける。

「なんだよ」

「ああ、いえ、なんだか不機嫌そうだったもので」

出していたつもりはないが、どうやら顔に出ていたらしい。
湯飲みを傾け中身を流し込む。

「熱ぃんだよ」

「すみません」
126174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:09:15 ID:yUS7SWKy

いつも熱めに淹れろと言っておいて、今日に限って出されたものに熱いとケチをつける理不尽な私に思うところがあるだろうに、北村はその素振りすら見せず頭を下げる。
実際よくやってくれてるよ、北村は。
突然やってきて、頼んでもないのにあの子の面倒を見させてくれと言ってきたときは何事かと思ったが。
なかなかどうして子煩悩だし、最初の頃こそ手を焼いていたが今では家事も一通りこなせるようになったし、細かいことにも気がいくから助かっている。
が、いただけないこともある。

「そういや北村、この間帰ったとき」

「遅れたことなら何度も謝ったじゃないですか。俺にも用事があったんですよ」

それはどうでもいい。
ただでさえプライベートを潰させているんだ、そんなことを責めようとは思ってない。
元からして想定外の連続だった。忌々しくもあいつの家に居る日だったというのもある。後手に回らざるをえなかったのもしょうがない。
もし北村がおまけ二人を連れてではなく、即座にあの場に駆けつけていようと結果が今と変わるということはなかっただろう。
にしてもだ。

「ちげぇ。テメェ、これ幸いとか思ってたろ」

「さぁ、なんのことやら俺にはさっぱりです」

「とぼけんな、下心丸見えだったぞ」

大仰にしらばっくれる北村。それならそれでいい。
あんな下手くそな慰めで傾く女はいねぇと教えてやろうと思ったがやめよう。

「で、なんなんですか、それ」

ずいぶん神経が図太くなったな。
しれっと話を逸らしやがった北村は、またもあの写真立てに手をかけようとする。
その前に私が手に取った。北村がいよいよ顔を渋らせる。

「何かあるんですか、その写真立て」

「宝物だ」

きょとんとされた。ま、ムリもない。
何の変哲もない写真立てを唐突に宝物だと言われても理解に苦しむのはわかる。
私はさきほどのやりとりを掻い摘んで教えた。
合点がいったようで北村は鷹揚に頷き、

「それで宝物、ですか」

「かわいいだろ?」

「ええ。会長のお子さんとは思えませんね」

湯飲みの中身を思いっきり引っかけた。当然北村が顔面からお茶を浴びた。
けっこう様になってるじゃねぇか、水も滴るいい男ってやつみたいでよ。失礼な口をきくヤツにはお似合いだ。湯飲みごと投げられなかったことを感謝しろ。

「ほんの冗談だったんですけど」

「黙れ。次つまんねぇことほざいたらポットからとびきり熱いやつを直飲みさせるぞ」

シャレになりませんよなんて言いつつ北村は手早く水溜りを作るフローリングと、飛び散ったカーペットを拭く。
その間私は写真立てを見つめていた。
どこからどう見てもその辺ででも売ってるような、これといって特徴があるわけでなく、いっそ安物の印象さえ受ける。
だけどもこれは紛う事なき宝物。あの子にとっても、私にとっても。
宝物を飾るには相応しいだろう。だからこれは私からしてみても宝物になる。その宝物を撮るのはもう少し先のことだがな。
ふと、お腹にそっと掌をあてがう。
127174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:09:57 ID:yUS7SWKy
───似合っていないとわかってはいても、さすがにあの時は気落ちせずにいられなかった。
それこそ北村が付け入ろうとしたほどにショックを受けていた。
普段、意図的にあっちと連絡を絶っているせいといえばそうだが、私は自分で思っていたよりも独占欲が強かったらしい。
他の連中の隣に行くのを見なければならないのが我慢ならなかった。それが日替わりであっても、待っていれば私の所にも来るとわかっていても。
おかしいだろう、状況はイーブンなのに。
もちろん夢を叶えるために私は今ここにいる。けれど、それのみでここにいるのかと言われれば、口籠もってしまう。
引かない、逃げない。
そうありたくて、でも、自分を曲げるのも生に合わず。
特別になりたいのになれない歯痒さに苛まれる現実にも妥協を見出せず。
結局のとこ、狭量な人間だ。
嫌なものは嫌だと、素直に認めればいいものを、弱さが露呈するのを避け、口実を見つけてはこじつける。
あるいはそういう弱さが女らしさであるならば、それができていたならば。
不意に漏れでていた笑みは自嘲からか、はたまた強がりからか。
馬鹿馬鹿しい考えだ、そんなもの私じゃねぇ。
ただ、私にも少ないとはいえそんな側面があり、私の一部分を担っていることも否めない。
だからあれだけ喜んだんだ、宿った命に。
本当に喜んで、故に、一切の可能性を考慮することを怠った。思えばあの子の時だってそうだったというのに。
二度あることはなんとやらと言う。もし三人目ができたらせめて心の準備だけはしっかりしておかなければなるまい。
きっと、もたない。
二度目の衝撃は色々な不安が織り交ざっていた初めてとは違い、純粋な歓喜が占めていた分信じられない大きさをもって私を飲み込んだ。
前後不覚に陥り、無様にも取り乱し、挙句、本気で連れ出そうとしたほどに。
そんな状態ではまともに考える頭もなかったんだろう。過去、あのいけ好かないあいつの役回りを、時を経て今度は私が演じただけだ。
オチさえも変わらず、そして最後は元鞘に。
みっともないことこの上ない。
毅然と振舞っているつもりでも内実は見透かされていたらしい。北村にも悟られたくらいだ。
しかし、それでも私は三人目が、四人目が、五人目ができたって、最後はやはり喜ぶと思う。
おめでとうと喜んでくれるなら。
なんてことはない。そう言ってもらっただけでわだかまりも嫉妬心も忘れてしまうのだから。
甘いな、私も。でも悪い気はしない。むしろ、心地よいとすら感じる。

「にやけてますよ、会長」

そうか、にやけていたのか。自分では気付かなかった。
指摘されたのは少し恥ずかしくもあるが、そんな内心を表には出さず、また引き締めるのも面倒くさく、私は緩んだままの顔を北村に向ける。
タオル片手に北村は肩をすくめてみせた。

「せめて俺のいないときにお願いできませんか」

「イヤだね。私が私の家で誰を想おうが私の自由だ」

「デレデレですね」

「うるせぇよ」

表現のしづらい複雑な表情をしている北村に、いっそケンカを売ってるんじゃないかというような鋭い言葉を投げられ、顔に血液が集まっていくのを自覚してしまう。
こうなった北村はしつこいし、次第にネチネチとなにやら暗いことを聞いていようといまいと小声で囁き続けるので、相手をするのが億劫だ。
と、どう追い返したもんか考えあぐねていると、前触れもなくリビングのドアが開けられる。
現れたのはこっくりこっくり眠たそうに頭を揺らし、開いているのか怪しい目を擦りつつ歩いてきた、寝ていたはずの愛娘。
近寄り、抱き上げて目線を合わせる。

「どうしたの、こんな時間に」

「おといれ」

「そう。一人で大丈夫?」

「うん、へーき」

いい子ね、と私は背中をポンポンと叩き、静かに下ろし、ふらふらトイレへと歩いていく小さな背中を見送る。明かりは勝手に点くから後は一人ででもできるだろう。
そんな私達を、いや、私を見て陰気を散らされた北村が、ポツリ。
128174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:11:17 ID:yUS7SWKy
「相変わらず、お子さん相手だと性格変わりますよね」

性格まで変わるというのはさすがに言いすぎだ。言葉遣いに関してはやはり気をつけているが、それは教育上当たり前だろう。
そこまでギャップがあるとも思わないが、まぁ他人に接するよりは多少態度が軟化している感もしないでもない。
別段甘やかしているわけでなし、そんなにおかしなことだろうか。

「俺のこともその十分の一でいいから優しくしてくれませんか」

「ポットの中身直飲みで飲み干せたら考えといてやるよ」

早まったかもしれない。私の諧謔を本気で真に受けたのか、それともそれくらいの覚悟を見せればあるいはと考えたのかどうかはさて置き、北村が真顔になった。
壮絶な決意を固めた強烈な光を灯す目、グビリと喉を鳴らすその様子から、もしやと不安が過ぎる。

「おかあさん」

助けられた、のだろう。北村が愚行に走る寸前、絶妙なタイミングであの子が割って入ってきた。
一人でちゃんとできたらしい、手も洗ってきている。
いくらか眠気が覚めたみたいで、リビングをキョロキョロと、まるで何かを探しているようだ。
しまった、写真立て。持ってきていたのを失念していた。

「おとうさん、どこいっちゃったの」

違った。そっちじゃないのか。しかしなんでまた急に。

「さっきまで、おとうさんがいて、赤ちゃんがいて、おかあさんもいて、それでみんなで、あれ」

なにを言っているのか自分でも気付いたらしく、その顔には戸惑いから一転、濃い落胆の色を浮かべている。
寝ぼけていたんだろう。どんな夢を見ていたのかが窺い知れて、より心を揺さぶられる。
悲しげに差し俯けた顔。できるだけ優しく、優しく、頬に手を添える。

「今度、また、お父さんに会いに行こう」

見上げた瞳は潤いを増していくが、滲んだそれはこぼれない。こくこくと小さく首を振っていても、それでも。
強い子だ。それでこそ、だ。

「なあに、そんな顔する必要はないぞ。俺がお父さんになればもう寂しくないだろう」

こいつはこいつで強いな、別な意味で。おまけに肩に回された腕がえらく馴れ馴れしい。強めに抓り上げると慌てて引っ込める。
わざとおちゃらけて湿った雰囲気を台無しにしてくれた。
そこまではいいが、いささか度が過ぎたスキンシップと調子に乗った発言には責任を取ってもらうとしよう。
わき腹、それも肋骨と肋骨の隙間に肘鉄を食らわそうと狙いを定める。が、それも不発に終わった。

「やだ」

無垢で、純粋で、素直というのは時として残酷だな。北村にはむしろこっちの方がダメージはでかかっただろうよ。
まさか手を叩いて喜ばれるとも思っちゃいなかっただろうが、こうまで明確に拒絶されたら、その胸中たるや推して知るべしだ。
今まで築き上げたものが瓦解していき、失意の淵に立たされた北村が訳を尋ねる。
問われたこの子は特に考えるでもなく当然のように言った。

「おとうさんはおとうさんだもん」

まったくだ。私は思わず声を上げて笑っていた。
子供特有の理由なき理由に、納得したような、できないようなという微妙な顔をしていた北村もつられて苦笑を浮かべる。
そしてそれじゃあお婿さんにでも、とおどけた北村が言いかけると、それを制止し、これもまた当然だと、この子は胸を張った。

「それもおとうさんって決めてるの」

かわいいだろう? 私の、私たちの宝物は。

                              〜おわり〜
129174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/11(日) 18:12:28 ID:yUS7SWKy
「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × s ───」

おしまい
竜児はどんな魔法を使ったんだろう。北村に幸せが訪れるのはいつだろう。
てか全員は無理じゃないかこれ。
130名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 19:09:43 ID:Ks0kyW2X
乙。会長って悪女w
131名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 19:25:09 ID:M8Fe8ejH
GJ!!
会長の家が見られて、うれしい。
次は誰の家だろ。 なーんてな
132CHU2byo:2010/04/12(月) 01:18:59 ID:c8Bd8pq2
お久しぶりです。前回、奈々子ものを書いた者です。
前は名無しだったのですが名前をつけることにしました。よろしくお願いします。
題名: 思い過ごしも何とやら
(前回の「暖かく、甘く、とろけるような感覚は」の続きです。因みに私が前の名無しの作者です)
エロ: なし
登場人物: クラスメートのほとんど
ジャンル: 日常。ただし設定などが原作とは大きくかけ離れていますのでそういうのが苦手な方は注意
分量: 10

では、投函しまーす!!
133CHU2byo:2010/04/12(月) 01:20:07 ID:c8Bd8pq2
例えば防音のような機能など無い普通の部屋なはずなのだが、保健室という空間は妙に落ち着く。
この場所はとても静かで、居心地がよく、嫌なこともやけに和らぐところだ。
考え過ぎのように思えるが高須龍児は保健室をそのように定義している。
だからこそ病気やけが以外の理由で、辛い時、面倒な時、サボりたい時に学生はここに来るのだと彼は思っている。

「先生、あとはよろしくお願いします。」
「はいよ。奈々子ちゃん、ご苦労様。」
そんな保健室の先生が竜児に軽い手当てをしている最中、奈々子はそう言いながら座っていた席を離れ、荷物を手に取った。
さすがにこれ以上授業をすっぽかすわけにはいかないのだろう。
「ごめんね、高須君。先に教室に戻るわ。」
「おう。てか、ごめんは俺のせりふだ。ここまで付き合ってもらってすまねぇ。」
「気にしないで、って言ったでしょ。それじゃ、ね。失礼しました。」
「はい、言ってらっしゃい。」
静かにきちんと扉を閉めていって彼女は保健室をあとにした。竜児はその扉をしばらく見ていた。
「どうした、高須君?ぼーっとしちゃって。」
そんな彼に保健室のおばちゃんが声をかける。
彼女は漫画・アニメによくいるセクシャルな美人先生でなく、
芯がとても強そうでそれなりの皺や白髪を持ち合わせた40代のおばちゃんだ。
生徒とのコミュニケーションをとることが大の得意である。
「あ、いえ別に。」
「ガールフレンドがいなくなって寂しいの?」
しゃべりながら先生は足に包帯を巻いている。お手の物だ。
「ちがいますよ。てか彼女はガールフレンドじゃないっすよ。」
「ああ、なるほどね。今高須君が気になる子ってことかー。でも良かったじゃない。こういう形で接近することができて。」
「それ以上いうと、セクハラですよ先生。」
図星なのだろうか?竜児にはよくわからないがとりあえず話題の芽を摘みたい気持ちを先行させた。
この先生はこういう仕事をしているためコミュニケーション能力が高い。その分こういった余計なことも聞くのも得意なのだ。
「あらあら、これは失敬。でもまあ奈々子ちゃん、すんごく美人だから狙っているとしたらがんばりなさいよ。」
「はいはい。」
「あ、こういうのってセクハラだっけ?ゴメンゴメン。・・・よし、できたよ。軽い捻挫ね。大した怪我じゃないから2、3日で直りそう。
でも今きちんと歩こうとすると結構痛むはずだから一応松葉杖を貸すわ。今日一日過ぎれば歩けるから我慢して使うのよ。」
「はい、わかりました。」
「じゃあお大事に。」
「はい、失礼しました。」
保健室の先生にかばんを肩にかけてもらい、慣れない松葉杖を突いて保健室をあとにした。
少しずつ移動しているうちにだんだんと杖の使い方に慣れてくる。
すると頭に余裕ができてくるのだがその余裕の容量内に浮かんでくるのは先ほどの保健室のおばちゃんの一言だ。

「今高須君の気になる子かー。」

もう9ヶ月くらいはクラスメートとして一緒にいるが友達といえる仲では、香椎奈々子とはない。
しかし、確かに高須竜児は今日の一連の出来事で彼女を意識するようになったのは確かだ。
暖かい微笑み、甘い優しさ、そしてやわらかいその体・・・・竜児の脳裏に焼きついていた。
だが「気になる」とはいえそれは果たして恋なのか?自分が櫛枝実乃梨に抱いている思いと一緒なのか。
思い過ごしだろう・・・竜児はとりあえず考えをそう帰結することにした。


一時間目・・・・竜児のクラスは静かに授業を送っている。先生としては非常にやりやすい環境だ。
もっとも、だからといって全員が全員真面目に勉強をしているわけではない。
全生徒の二割しかきちんと受けていなくて、
あとはもっぱら睡眠時間にあてていたり、内職をしていていたりする人がほとんどである。
例外として竜児の席が空いていることにそわそわしている女の子たちが数人いる。
134CHU2byo:2010/04/12(月) 01:21:17 ID:c8Bd8pq2
金髪長髪で人形のようにかわいらしい少女が時々ちらちら座席を見ていて、
活発そうなショートヘアーの女の子はなぜだか申し訳なさそうに彼の席を見てはため息をつくという繰り返しの行為をしている。
美しいマリンブルーの髪を持つ今小町はどうやら元気なさそうに、
しかし竜児の座席への視線に思いを募らせた様子がうかがえる。
そして香椎奈々子も竜児のことが気になっているようで、右ひじを机に置きその手で顔を支えながら目をやって思いふけている。
先に行ったことがむしろ学生の責務としては正しいのだが、
加害者としての責務は如何なものかと悩んでいるだけなのだろうか?

と、そんな風に時間が流れ授業が進んでいる時に教室の後ろ側からゆっくりと扉がスライドする音がした。
高須竜児が教室に来たのだ。
「すいません、遅れました。」
慣れない松葉づえを腰にうまく掛けて片足立ちのまま開けているためだろう、何とか自力でできている様子だ。
声にもそのつらさが出ている。
「高須君!?大丈夫なの?!」
担任である恋ヶ窪先生はその様子に驚きを隠せていない。4人の彼女たちも心配そうに驚いている。
松葉杖というのは痛々しく人物を見せるものなのだ。
「あ、はい。2,3日で治るって言っていたので心配ないです。」
「でも、歩くのがつらそうよ。」
「いや、まあ慣れますよ。」
とは言ったもののノロノロと不器用にしか進めていない姿を見てもなにも説得力がない。
「誰か、高須君に手を貸してあげて。」
恋ヶ窪先生がそう言うと、4人は反応し動こうとするが・・・
「ほら、高須。背中に乗れ。松葉杖も俺が持とう。」
学級委員長北村祐作が一歩早かった。とっさに高須の前に出てきて対応する。
こう言うところが彼のいいところであり、頼れる人物として見られている要素だ。
「すまねぇ北村。」
「気にするな。困った時は何とやらだ。」
北村に手伝ってもらい竜児はようやく席につくことが出来た。その後は一分もしないうちにいつもの授業風景に戻っていた。
ただ4人の少女たちはどことなくいつもと違うままであったが。

「高っちゃーん!!大丈夫?」
「よう、高須。」
授業が終わり休み時間、竜児の席によってきたのが同性クラスメートの春田と能登だ。
強面な彼が心を許せる友達の二人である。
「おっす。さっき先生に言った通り2,3日で治るってよ。」
「本当かー?さっきあんなに歩きづらそうだったジャン。」
春田は少し心配そうな感情をこめて聞いてきた。
「まあさっきはな。でも座って授業を受けているうちに痛みも引いてきたし足の感覚も戻ってきたから心配ねーだろ。」
「それならいいけどさー。」
「しかし、高須。いったいどうしてそれだけの怪我をしたんだ?車とか何かか?」
もし事情を知らない人がこの怪我を見たら交通事故の類と思い込むだろう。能登が勘違いするのも無理はない。
「いや、人とぶつかっただけだ。遅刻しそうだったから急いでいたら偶然交差点で香椎とぶつかったんだよ。」
「ええぇ!?奈々子様とぉ!?」
この驚き声は春田だ。能登も能登で口をあんぐり目をまんまる開け驚いている。
「おまえ・・・よく無事だったなぁ。」
「はぁ?」
大げさに言うものだ。正確には無事でないが。
「だってよぉ、あの奈々子様だぜー?タダものじゃないじゃんか。ちょっとからかっただけでも恐れ多いぞ。」
「高須、お前がヤンキーでタイガーが猛獣なら奈々子様は極妻、または女帝・・・・
そんな存在なんだぞ。いくらお前でもひとたまりもない相手だろうが…」
どうやら春田も能登も香椎の存在を勘違いして誇張をしているようだ。自分と境遇が似ているな。
竜児はちらっと眼をやった。向きはもちろん香椎奈々子のいる席だ。3,4人の女子生徒と楽しそうに話している。
135思い過ごしも何とやら:2010/04/12(月) 01:22:40 ID:c8Bd8pq2
別に香椎はそんな怖い存在ではない。あまり話したことはないが今朝交わしたコミュニケーションから断定できる自信がある。
笑顔が温かく、やさしさを包んでくれる凛々しくも寛容な女の子だと竜児は思っている。
「それはねーよ。第一おれが不注意だったからいけなかったんだよ。あとあいつの弁当もパーに・・・」
否定の言葉を言っている最中に彼は思い出した。
そう、弁当のことだ。自分のせいで彼女の一日の昼食を台無しにしてしまった。
このあと奈々子が昼食を選ぶために選択する手はおそらく学食しかないだろう。
しかし、学食でそれなりものを食べようとしたらいくら安く食べられるとはいえ500円は普通にかかる。
500円!!
そう500円がたった一回の食事で飛んでしまう!500円さえあったら一日分の食事を用意できる。
さらに言えば1人分だったら2,3日3食を賄うことができてしまう大金だ!それをたった一回の食事で失ってしまうとは。
ああ、なんて残酷な話なのだろうか!?MOTTAINAI精神を掲げている高須竜児にとってはこの罪は極刑ものだ。
とてもじゃないが許させるものではない。A級戦犯としての罪を洗い人として浄化をしなければならない!
高須竜児は本気でそう思う人間だ。
そこまで考えて高須竜児はそういえばと、自分の弁当箱を見る。
あの作りすぎた二つの弁当箱だ。
もちろん次の行動はそのうちの一つを手に取り、そして立ち上がることだ。
「わりぃ、能登。松葉杖をとってくれないか?」
こういったことを頼むのも申し訳ないのだが、座ったままでしかいられない竜児では床に置いてある松葉づえに手が届かない。
「おう。・・・ほらよ。」
「わりぃな。」
「たかっちゃん、手ぇかそっか?トイレとか行くんだろ?」
「いいよ、春田。ちょっと香椎の所に行くだけだから。」
この言葉を聞いてまたしても驚きの表情を二人は浮かべた。
「ま・・・まさか高須、お前奈々子様に一戦おっぱ」
「んなわけねーだろ。」
みなまで聞くのも面倒なので能登が言おうとした勘違いな危惧を一蹴して彼女のほうへ向かった。
様々な話し声が飛び交う休み時間中でも、松葉づえの床を突く音は教室全体に目立って響くものだ。
そんな音が近づいてくるので、話を弾ませていた女子たちもその音源のほうを向く。
奈々子や彼女の親友である木原麻耶などは呆然と見ていたのだが、
マリンブルーヘアーの今小町、川嶋亜美はなぜだか少し不機嫌な顔をして竜児を見ている。
「香椎、ちょっといいか?」
竜児は奈々子の椅子の後ろで声をかけた。対象である香椎奈々子は
「高須君、どうしたの?」
と普通に応答したのだが、周りの女性はかなりおびえている。
彼女たちの目には「いい体しているなぁ。ちょっと校庭裏に来いよ。」
と奈々子の体目当てで強引に連れ込もうとしているようにしか見えないのだろう。
麻耶も奈々子の袖をつかんでわずかに涙腺を緩ませながら、恐怖と抵抗のサインを発している。
川島亜美はと言うと、やはり不機嫌なままだった。むしろその度合いが強まっている風なそぶりを見せている。
そんなことは露知らず、竜児は用件を述べる。
「おう。あのよ、朝ぶつかっちまったときに弁当、駄目にしちゃったじゃねぇか。だからそのお詫びといっちゃあ何だが・・・」
そう言ったあと、竜児は右手に持っていた弁当箱入れを可能な限り上に動かす。
松葉杖で脇を抑えているため少ししか上げることができないのが少し痛々しい。
「弁当・・・?い、いや別にいいわよ。」
「気にしないでくれ!
どうせ余ったもんだから誰かに食ってもらいたいって言う俺の気持ちと俺の申し訳なさがたまたま重なっただけだ。
むしろお願いだ。・・・食ってくれねぇか?」
「お願い・・?」
「そう、お願いだ。」
少しキョトンとした顔を奈々子はしたあと、彼女は微笑んだ。
「ふふふ・・・高須君って面白いね。お願いなら受けなきゃね。でも、うれしいから一言だけ。ありがと。」
「ああ、こちらこそ。・・・邪魔して悪かった。じゃあな。」
満足した顔をして竜児は奈々子に背を向け、去っていった。
奈々子はしばらくその慣れない手つきで松葉杖を扱っている竜児の姿をうれしそうに見ていた。
彼からもらった弁当箱を大切そうに持ちながら・・・・
136思い過ごしも何とやら:2010/04/12(月) 01:23:36 ID:c8Bd8pq2

「たっかすくーん!!皆でランチタイムを共有し、フィーバーしないかい!?」
昼休み。今度は元気印の赤髪ガール、櫛枝実乃梨が勢い良く彼の机のほうに向かい誘い文句を投げつけた。
「お、いいのか?」
「モチのろんろん!!大河や北村君たちをここに連れてくるから怪我人の君はおとなしく待っているのだぞ!!」
「ああ、頼んだ。」
「任せなさい!スクランブルぅー、ダーッシュ!!ダダッダー!!!!!」
そういって元気に自分の席を実乃梨は離れていった。
傍から見れば竜児は普通に彼女と接しているように見えるが、心中は複雑な思いでいっぱいであった。
何せ去年末に振られた女性とコミュニケーションをいつも通り取るというのはよくある話だが誰だってつらいものだ。
いや、正確には違う。竜児と実乃梨の場合はもっと性質が悪い。
竜児が告白しようとしたときに、実乃梨はその告白を聞く事さえも拒んだ。
彼女は、前提として竜児を男性と位置づけることができないという結論を付けたのだ。
竜児にとってこれほど大きいショックはない。
しかし、かといって無視するとか嫌悪な態度を取るとかはしたくない。
本当はそういう気持ちもないかといえばまったくの嘘になるのだが、
彼にとっての矜持、というよりも彼女の気持ちを尊重したい気持ちが強いためできないでいる。
言ったところでスッキリすることもないし、今までの関係でいい思いをしていると自分では納得付けて彼はどうにかやっている。
竜児がそんな思いの葛藤と戦っているうちに、彼の周りに友達が集まってきた。
北村や能登、春田たち男子たちのほか女の子も3人集まってきた。
一人はもちろん櫛枝実乃梨、もう一人は先ほど不機嫌な顔を見せていた川島亜美、
そしてもう一人はかわいらしい見た目をしている凶暴少女、「手乗りタイガー」の異名を持つ逢坂大河だ。
6人はそれぞれ雑談をしながら弁当箱を広げ始めた。
その最中、竜児は大河のいつもと違うところに気がついた。
というのも両手が包帯で汚くそして大げさに巻かれているのだ。
両手を見ていると更なる異変を発見した。弁当だ。あの大河が自分で作った弁当を持ってきたのだ。
「いただきます。」
大河が弁当と向き合い手を合わせてそう言った。逢坂大河は今まで竜児が食事に関して世話をしてきた。
彼女はそれくらい料理ができなかった。それがどうだ。
見ると飾りつけは綺麗ではないがきちんと料理として成り立った弁当を作ってきたではないか!
1ヶ月前の彼女の料理の腕前を知っている竜児は口を開けたまま固まっていた。
「どうしたのよ、あんた。さっきからボーっとしててさ。」
竜児は大河をそのような状況で凝視していたので彼女はすぐに気がつき問いかけてきた。
「いや、お前が弁当を作ってきたからビックリしてんだよ。」
「うぇ!?この弁当はメイド・イン・タイガーなのかい?!」
竜児の言葉に実乃梨が反応した。大河はにこやかに答える。
「まあね。まだきちんとできないけど作っているんだよ。」
「いやいや。その心意気、その達成だけでおぬしは立派じゃぞ!いい子いい子!!」
「へへへへ・・・」
実乃梨に頭を撫でられて大河は嬉しそうにしている。
男子三人もいつも高須が大河のを作っている位は知っていたから関心を示している。
ただ川嶋亜美だけは彼女らに対して白けた顔をしている。
というよりも、竜児が見るからには怒り、呆れ、失笑といった感情が合わさり含まれた顔をしていた。
さっきから彼は彼女の明るい顔を見ていない。
とりあえず竜児は、大河の偉業にとても関心をしたので讃辞を送ることにした。
「すげぇな、大河。今までできなかった料理をちゃんとやったじゃねぇか。びっくりしたよ。」
「たかだか料理でしょ。
今までできていなかったのが普通はダメなんだからこれは当然のこと。これからはあんたに頼っていた分、頑張んないとね。」
大河の言葉に
「おお、大河の姉御!!いいこと言いやしたなぁ!」
「なんかかっこいいー。」
「努力家なんだなぁ。俺こそ見習うべきかな?」
「逢坂、すばらしいじゃないか!」
と、感銘を受ける一同。とくに北村に褒められてさらに大河はうれしくなっている。
その時、川嶋亜美が口を開いた。
「いい子だねー、プチトラちゃん。」
明らかに嫌みたらしいその言葉。表情も態度もそのように出している。
137思い過ごしも何とやら(5/10):2010/04/12(月) 01:25:09 ID:c8Bd8pq2
「ありがと。あんたみたいな高飛車女に褒められるなんて、今から雨でも降りそうね。」
「きゃー!そんなに牙をむき出して怖いよー。あたしの血の雨が降るのかしらー。」
嫌味と嫌味の応酬。竜児含む周り5人はおろおろしているだけだ。
正確には北村と櫛枝は間に入ろうとしているが、二人だけの世界にはその隙間がなかった。
その隙間はプレッシャーで埋められているからだ。
しばらくするとすこし和らいだ表情で、
「でもよかったんじゃない?おままごとごっこが楽しくなるんじゃないかしらね。
さっきの二時間目の休み、いなかったから知らないでしょうけど・・・せいぜいお遊びは楽しくね。」
かつ重い感情をこめて亜美は大河に言葉を置いていく。
「ごちそうさま。」
中途半端にしか食べていない弁当を亜美は片づけ、立ち上がる。
机と椅子を持った状態で、ふと亜美は目線を実乃梨に向けて一言。

「ダーターファブラ。」

何か奥深いものを含んだにこやかや表情をしながらそう言ったあと、
すぐに自分の席を元の場所に戻して教室から出て行ってしまった。
竜児の周辺のコミュニティーの空気は当然悪くなる。
特に大河と実乃梨は先ほどの明るい雰囲気が嘘のようになくなり複雑な表情を浮かべている。
「ふへー、亜美ちゃんこえー。」
その悪い空気の中、最初に口を開いたのは春田である。正直な気持ちなのだろう。そのあとに北村が言葉を紡ぎだす。
「ふぅ・・・皆すまないな。亜美はああいうところもある奴なんだ。気分を悪くしたかもしれない。
許せとはいわないが気にしないでくれ。昼休みはまだ三十五分もある。
暗い気持ちで食事もしていてもしょうがないじゃないか?だから、あいつのことはとりあえず忘れて楽しく飯を食おう!な?」
「北村君・・・・。そ、そうだね。」
「応!北村総統の言うとおりだな!!じゃああらためて・・・・いっただっきまーす!!」
北村のおかげで空気は何とか戻った。彼の言葉に呼応した女性二人も先ほどのような雰囲気に戻って再び雑談を楽しんでいる。
春田と能登も同じだ。好きな食べ物の話で盛り上がっている。
「やれやれ・・・」
「よくやったな、北村。いつもらしくねぇことしてくれてビックリしたけどよ。」
「高須・・・まあな。あいつがああやって衝突してどうたらこうたら、っていうのは日常茶飯事なんだが・・・
なんか今回の亜美は怖くってな。」
「怖い?」
「ああ。空白の期間があったとはいえあいつとは長い付き合いだからな。
なんというか的を得すぎているというか核心だっているというか・・・・」
「どういう意味だ?」
竜児にはまったくわからない。
「俺だってわからないさ。考えてみてもわからないことだろう。男と女の壁を感じたよ。」
「男と女の壁・・・」
敗北感と言う意味が篭った発言に竜児は聞こえた。確かにそういわれると去り際の川島亜美はどこか威厳があり、
芯が入った強さが見られたような気がした。
そんなことを放心しながら思っていると、自分の弁当に箸が侵入していた。
そして獲物をキャッチし目標の口内へとすばやく移動した。
「お、おい!何すんだよ、春田!」
「まあ、いいじゃないか一口ぐらい。・・・・ん!?」
と春田が竜時の弁当にあった春巻きを口に含んだとき、さらにもう一膳、箸の影が!
「あ、能登まで。」
サラダを能登に取られてしまった。
「右に同じだ、高須。おっ。」
二人は口に含んでから何か呆然としている。竜児は混乱している。
「どうしたんだよ、お前ら・・・?」
「う・・・うめぇ。」
「ああ、うめぇ。」
どうやら舌鼓を打っていたようだ。
「これ本当に弁当!?すげぇな。」
「俺たちの親が作った、手抜きのそれとは違うな・・・・見事だぜ、高須。」
おのおのが大きな賛辞を送ってきた。
「大げさだな、これくらいで。」
138名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 01:25:53 ID:MTW0Hft+
C
139思い過ごしも何とやら(6/10):2010/04/12(月) 01:26:48 ID:c8Bd8pq2
「いや、彼ら二人は程々とか程度で褒める奴らじゃないからな。
俺はこれ以上高須の弁当を取るとお前の食う分がなくなるから取らないが、次回ぜひ食べてみたいものだ。」
口に入れていない北村まで褒めてきた。竜児は少し照れくさくしている。しかし少し大げさではないかとも思っている。
「いやー北村、これだったら俺も欲しかったよー。たかっちゃんの弁当。」
「なんだよそりゃ?」
「春田の気持ちがわかる。俺も一食ぐらい欲しいものだ。奈々子様が羨ましいぜ。」
この発言を能登がしたとき、二人だけで話していた女性陣が反応する。
「ああ、そういえば二時間目の休みだったか香椎たちの方に向かっていったが・・・高須、そういうことだったのか。」
「ま、まあ・・・あいつに詫びなきゃいけなくてな。」
「なんだい、詫びって!?叔母ちゃん、噂話とか気になっちゃうよ!!!」
突然、櫛枝実乃梨が話に割ってきた。あまりにも唐突で顔が近く大声だったので、竜児は驚いた。
「い、いや。ただ香椎と登校中にぶつかっちまってそんときあいつの弁当を駄目にしちまったから・・・
作りすぎた弁当をやっただけだ。」
「ふむ、つまり偶発的愛妻弁当と呼称されるものですな
・・・・高須君、やりおるのぉ・・・。ヘイヘイヘイ!!時には起こせよムーブメント!・・ってかぁ!?」
口調はそれなのだが高須竜児は、櫛枝がただからかっているだけに見えなかった。
ちょいちょいと左肘を自分の二の腕に当ててくるのだが、なぜか痛いくらい強くぶつかってきている。
怒っているのだろうか?だとしたらなぜ?
そんな実乃梨よりもわかり易く切れている女性が、目の前でとてつもない覇気を噴出しながら立っていた。
まさに猛虎。今にもぼろ雑巾に引き裂かれそうな殺意を出している。
「た、大河・・」
そう、逢坂大河である。
「あんたねぇ・・・!!!」
と言った刹那である、大河は喰らうように竜児の首に彼女の腕を挟み込んだ。
そして彼の側に顔を近づけた。大河は小さな声で竜児に声をかけた。
「あんた・・あの女にあげたってどういうことよ・・」
「はぁ?さっき言っただろうが。香椎と登校」
「そうじゃないわよ!みのりんのことよ!」
「櫛枝?」
「そうよ!詫びだか錆だか知らないけどみのりんに印象が悪くなるでしょ!
いくら事情があるとはいえ女の子に弁当をあげるなんて・・あのホクロ女に惚れているって勘違いを生むでしょうが!!
あんたそれでいいの!?」「あ・・・・いや・・・」
竜児は言葉につまってしまった。理由は大河が竜児の玉砕と言う事実を知らないからだ。
しかもいくら小声で大河以外の誰にも聞こえないとはいえ、
櫛枝実乃梨の前で「告る事さえも断られました」と言うことを口から出すことはかなり抵抗がある。
何よりも自分自身が傷つく。
「ま・・・まさかアンタ鞍替えをしたんじゃないでしょうねぇ・・!!!!」
黙りっぱなしの理由を勘違いした大河はさらに怒り出す。
「な・・・ち、ちが」
「アンタねぇぇぇぇ!!!」
竜児に向けた言葉とともに首の締め付けも強くなる。竜児はかなり苦しそうだ。
もはや二人の会話は忍んでいない状態だ。
蚊帳の外であった四人はいきなりなものだから当然驚く。驚いたものだから暫くその場を見ているだけであった。
「た・・・たい・が・・!!くくるじぃい!!」
「どんだけ盛ってんのよ、こんの馬鹿犬!!!あのおっぱいお化けのどこがいいっていうのよ!!?
あいつに色目つけられて騙されているだけかもしんないでしょうが!!それもわからないほど盲目なのね、エロ駄犬は!!?」
「そ、それは勘違いだ!!は・・離せって!!!」
竜児は必死で抵抗するが、負けじと大河も必死で襲いかかる。竜児にはなぜここまで彼女が必死になるかがわからなかった。
確かに櫛枝との仲を良くしようと助言してくれたり、手伝ってくれたりしてくれた。
しかし此処までして他人の恋愛に対し必死になるのが信じられなかった。竜児の考えすぎ、思い過ごしなのだろうか?
「おいおい!逢坂!」
「タイガー、ストーップ!」
「何があったか知らんがまずは落ち着け!!」
ようやく事態を理解した男性3人陣が間に入りなんとか抑えようとする。
140思い過ごしも何とやら(7/10):2010/04/12(月) 01:27:59 ID:c8Bd8pq2
彼らのおかげで肉体的衝突は免れたが、しかしこの後大河は竜児の一言一言に食ってかかってきた。
その食い言葉に皆が明るく対応したので先ほどまでの重い雰囲気は薄くなったものの大河と、
そしてなぜか実乃梨も今日一日竜児に対する視線が冷たくなってしまった。
片方視線を避けようとするともう片方の視線が刺さり、その方を避けるとまた元の視線が刺さる。
まな板の鯉とはこういったものでもあるのかな、と考えながら竜児は何とか今日の授業を乗り切っていった。


放課後。今日の天敵である二人は早々に下校していた。
櫛枝実乃梨は部活に行き、逢坂大河は北村佑作と一緒に帰っていった。
何でも他校の学生との交流会があるそうで逢坂はそれに付いていくらしい。
人見知りである彼女がこういった交流に行こうとするとは、大河も努力をしているのだろう。
竜児は感心したがそれ以上にほっとした。これ以上冷たい視線を突き刺されるのは心が痛んで適わない。
掃除当番も今日は怪我ということで本来あった役割もパスできる。なので今日は早く帰ることに竜児はした。
荷物を一旦自分の机の上に置いてその後に松葉杖を両腕で持ち各々の恥に直立させる。
そしてそれを支えとして両腕の力を使い、竜児は立ち上がる。
立ち上がったらすぐに脇を松葉杖に載せる。最後に荷物をとって準備は完了だ。一日もあれば松葉杖の使い方も慣れてきた。
九十度回って教室の外へ向かおうとすると今日特に馴染みのある女性の声が聞こえてきた。
「高須くん!」
左の方から聞こえて来たので振り返ると思った通りの人物がいた。
「香椎。どうしたんだ。」
「あのね、弁当の件なんだけど・・・」
「ああ、別にいいって。さっきも言っただろ、詫びだって。」
もうお礼は先ほど聞いたし別にいいだろうと遠慮をする。
「ああ、そうじゃなくて・・・」
「ん?」
「高須くんのお弁当・・・すごくおいしいね!」
この時の香椎奈々子の表情は興味と関心を浮かべていた。竜児はその顔に照れを通り越して少したじろいだ。
「ああ、これか?そうかなぁ・・・?」
「そうよ!本当においしくって私ビックリしたわ。お母さん、すごく料理上手ね!」
どうやら香椎奈々子は勘違いをしているようだ。
「あ、いや泰・・・母さんじゃなくて俺がそれ、作ったんだよ。」
「・・・・えっ?ほ、本当に?」
竜児の発言に奈々子はとても驚いている様子だ。
「ああ。」
「だってこれ・・すごいじゃない。どう考えても安い素材だけだしそれでこのおいしさを引き出しているでしょ・・・。」
「良くわかるな。うちは家計とかの事情であまりいい食料品を買う事ができないからな。
そういう生活しているうちに慣れてきてこうなっただけだ。別段たいしたことねーよ。」
「いや、大したことあるわよ。私も弁当の費用を抑えて作っているんだけど味は粗末だから・・・何か工夫をしているの?」
「ああ、まあそれなりにだけどな。」
「だよね。じゃないと納得できないもん。・・・」
奈々子は何か考え込んでいる。竜児は先ほどからの一連の彼女の食いつき方に魂消ていた。
端から見ても朝の様子を見ても実年齢に比べて大人であると竜児は印象付けていた。
だが今の彼女は年相応にハキハキしていて少し子供っぽいように見える。
この差異は中々可愛いものであるとつい思ってしまう。すると彼の頭の中に大河のあの強面が厳つく現れてきた。
竜児の思いが一気に冷めてしまったのは言うまでもない。
「高須くん、お願いがあるの。」
今まで黙っていた奈々子が突然竜児にお願いを迫ってきた。
「ん?」
「その・・・弁当を、安くても美味しくできるように料理する方法を教えてくれない?」
「え、俺が?」
「ええ。もちろん高須くんよ。ダメかしら。」
「いや・・・別にいいけど。」
奈々子からの懇願を断る理由がないが・・・先ほどから竜児は戸惑うばかりである。
141思い過ごしも何とやら(8/10):2010/04/12(月) 01:28:46 ID:c8Bd8pq2
「本当!?・・ありがと。いきなり教えてくれ、というのもやりにくいと思うから明日私が作った弁当を食べてもらっていい?
そこからどうすればいいか、を教えてくれた方が私としても高須君にしてもいいと思うんだけど?」
「ああ・・・まあそうだな。」
戸惑いすぎて呆然としているので、竜児は気がなく、何となくな返事をしてしまった。だが奈々子はうれしそうにしている。
「ふふ、じゃあ決まりね。今日高須君に頂いた弁当箱で作ってくるから。明日まで貸しといてね!」
「おう。香椎の弁当、楽しみにしているぞ。」
この返事で竜児はようやく、彼女に対してキチンとした言葉を紡げたような気がする。
「高須先生のお教えも、ね。そろそろ帰る?」
「ああ、今出ようと思ったところだ。」
「じゃあ途中まで帰ろうよ。帰り道が一緒のところまで荷物運んであげる。」
「え?いいのか?」
「もちろん。明日から受講する高須先生への授業費の一つと思ってください。」
こう言われてしまうと竜児に断る理由はない。それに少し甘えたい、というのが正直な気持ちだ。
それじゃあ、と言おうとしたその時女の子の声が寸前で被さってきた。
「奈々子、その授業料私がツケておくよ。」
突然、川嶋亜美が話に割ってきた。良すぎるタイミングである。
「亜美ちゃん・・・?」
奈々子は話の訳がわかっていない様子だ。
「私、これから仕事があるからタクシーで撮影場所に向かうの。
その途中に高須くんの家を通りそうだから載せてあげていった方が奈々子も彼も楽でしょ?」
「え?・・うーん、まあそうね。私が荷物を持っても高須くんが歩くことには変わりないし。タクシー乗っていった方がいいか。」
「じゃあ決まりね。高須くん行きましょ。・・奈々子、後は任せて。」
「ええ、ツケは任せたわ。高須くん、明日からよろしくね。」
「お、おう。じゃあな。」
何だか知らないうちに淡々と自分の帰り方が変わってしまった。
亜美に自分の背中を軽く押されながら竜児は教室を出て行く。
教室を出て、日差しでずいぶんと明るい廊下を暫く歩いていると川嶋の顔が竜児の右前方にいきなり出てきた。
「ごめんねー、高須くん。奈々子とのデートを邪魔しちゃって。」
香椎との関係を勘違いされる事が今日は多すぎると、竜児は思わずため息をつく。
そういうときのお決まりの返事をとりあえずしておく。
「ちげぇって。別に香椎とはそんなんじゃねえよ。あいつがいい奴を通り越して世話焼きなだけだろう?」
「あれほど男子と絡む彼女、一年間の付き合いで始めて見たけど?」
「俺が香椎に弁当の作り方を教えるからだろ?それ以上の深い意味はないに決まってるだろう?」
「いくら授業のためとはいえ二人きりで帰るなんて・・・ねぇ?」
亜美の絡み方はいちいち二人が怪しい関係じゃないかと言っているようなものだ。竜児は理解に苦しむ。
女の子はこういう話題が好きな印象があるが、川嶋亜美のそれは少し違うような気がした。
明るくもなく、かといってどす黒くもない。
とにかく彼には彼女の発言の意図がまったく理解できないでいる。
「何が言いたいんだよ、おめーは。」
心に思っている一番のこと、率直なことを竜児は聞いてみた。しかし亜美は、
「まあ奈々子がどう思っているのかはどうでもいいか。」
とはぐらかすだけだ。それどころか
「問題は高須君がどう思っているか、よね?」
さっきの話よりさらに嫌な会話内容が出てきてしまう。
「はぁ!?お・・・俺が香椎のことをか!?」
「そ。高須君が彼女のこと。ああ、靴履かせてあげる。」
そう言われてようやく竜児は校舎一階の下駄箱まで着いていたことに気がつく。話に夢中というか、話のせいで我を失っていた。
「何で、そんなこと聞くんだよ!?」
少々あわてた口調で竜児は答える。
「ああ、変に動かないで。靴履かせるのに手間取るじゃん!」
まだまだ言いたいことがあったがとりあえず彼は閉口しておくことにした。
靴が履けなくなるのは困るし、このまま話していたらさらに厄介な展開になりそうで怖いからだ。とりあえず頭を冷やす。
外へ出る。
142思い過ごしも何とやら(9/10):2010/04/12(月) 01:29:28 ID:c8Bd8pq2
校庭であわてて部活の準備をする部員たちによる人波をよけながら竜児は言葉を選んでいたが、
選んで出す前に先に亜美に言われてしまう。
「高須くんさ、奈々子と弁当のことで話していた時、あたしや大河や実乃梨ちゃんと絡んでいるのと全然違ったから。」
「ど、どう違ったんだよ?」
実は図星を突かれて戸惑っている竜児。
確かに彼女ら三人と比べて香椎奈々子とは少し接し方が違っていた気が自身でもした。
どんな感じかは説明できないが。
「うーん・・・なんていうかね、高須君がアピールしているんだよねぇ、自分からさ。」
亜美の発言になぜか竜児の背筋が凍りつく。
「そういう気持ちがあのお弁当を渡すとき篭っていたんじゃないかな、って私は思っているんだけど?」
きりっとした眼差しでそのようなことを亜美は言って来た。
醜悪な顔をしてきた彼女はこのようなことを考えていたのは竜児には少し信じられない。
「ち、ちげーよ!俺は」
「ちょっと待って。今から予約していたタクシーに連絡するから。」
実は、竜児はこれ以後の言葉は詰まって出なかったので彼女の待った、の一言に少し助かった。
この間に彼は頭を冷やして考えてみることにした。自分は今、香椎奈々子をどう思っているのだろうか?
好きと一言で言えるような感情ではないような気がする。モヤモヤしているが何か暖かいもの・・・と言うことしかわからなかった。
何度も何度も考えても、つかめる物は霧のように有耶無耶な存在である。


タクシーに乗ってからは、先ほどまでの話題に亜美は触れないでいた。
なので、高須竜児はもう面倒なやり取りをやらなくて済むと思い安心していた。が、暫くすると亜美が一言口にする。
「で、高須君。そういえばまだ聞いていなかったわよね。奈々子のこと。」
ここで来て欲しくない一言が出るとは竜児は思ってもいなかった。無理やり冷静を装って彼は応える。
「別にどうだっていいだろうが、そんなこと。」
冷静を見せておいて言葉の内容は強引に一蹴である。
言ったあとに彼は思ったのだが、こんな言い方ではあの川島亜美に通用するわけがない。
覚悟をしてじっと亜美を見詰める竜児。しかし、見た限り亜美はこれ以上突っ込む意志を出していない。
「まあ、確かに奈々子のことが好きなのかどうかなんて別に聞かなくってもいいんだけどね。」
言葉も同じであった。うれしい誤算に竜児も驚きを隠せていない様子だ。さらに、亜美はさらに意外な事を言う。
「あたしね、実は今日高須君のこと見直したの。」
「はぁ?」
まったく訳のわからないことを彼女は言ってくる。
「とても素直に、女の子と向き合えていてさ。ビックリしたんだよ。」
お前の言っていることのほうがいつもと違ってビックリだ、というのは余計な一言なのでそれを言わないことにした。
亜美の言っていることを行う人間というのはごく一般的であると竜児は考えているが。
「そうか?」
「そうよ。私だってそう考えてみると今までは素直に振舞えなかったもん。
今までの環境と、チビ虎や実乃梨ちゃんに悪影響を及ぼされていたのかもね。」
苦笑いをしながら亜美はさらに一言漏らす。
「ダーターファブラ、ダーターファブラ。」
彼女の笑いの感情が少し強くなる。竜児は妙にその一言が心の芯まで響いたので、その言葉について亜美に聞いてみた。
「ダーターファブラって何の事だ?」
「ギリシャ語よ。」
亜美はそれ以上何も言わなかった。竜児もそれよりほかに聞かなかった。
少しだけ夕焼け色になっている空がとても美しかったので、竜児はタクシーの窓からそれを眺めて過ごすことにした。

143思い過ごしも何とやら(10/10):2010/04/12(月) 01:30:09 ID:c8Bd8pq2

歩くと20分もする道のりも、タクシーだとものの5分もしないうちに到着してしまう。
亜美は撮影までにまだ時間があるので好意で荷物を自分の家の玄関前まで持ってくれている。
「わりいな、助かるよ。」
例を言うと亜美は
「こちらこそありがとう。」
と返してきた。もちろん彼は何のことだか分かっていない。
「高須君、私もう無意識の偽善にとらわれるのは止める。正直に生きる努力をする。
少しでも・・・対等になれるように私からもがんばってみる。」
今日始めて高須竜児に、川嶋亜美は明るい表情を見せた。その表情はダイヤモンドのような輝きを見せた。
美しい空のせいではない。今までの表情との差異のせいでもない。
彼女の洗われた綺麗な心がその姿を美しく色づけているのだ。
彼女の凛とした眼差しで見つめるさまは竜児の中で強く目に焼き付いた。
「また、明日ね。」
「あ、ああ。」
高須竜児は高ぶる気持ちを表に出さないように、ただ突っ伏して亜美の背中姿を見つめていた。
胸が熱くなり頭の中がなぜか竜児はこんがらがっているのだ。去り際の川嶋亜美の魅了されてしまったからだと竜児は思う。
タクシーも竜児のアパートの前から去ったあともしばらく立ちつくしていた。
今の亜美に対する気持ちも思い過ごしだろうと、竜児は考えを帰結させる。
ドアを開け家に入るとき、高須竜児には心に願っていることが一つあった。

今夜は夢見る夜でいたいものだ、と。
144CHU2byou:2010/04/12(月) 01:34:48 ID:c8Bd8pq2
以上です。
最初のほうは不備があってすみませんでした。
名前にタイトル入れるのを忘れ、途中から入れたら今度はレス数を書くのを忘れ・・・・
次回は気をつけます。
これを作っていて思いましたが、僕もあーみんは好きですねぇ。
やっぱ可愛いもんだと思いました。
実は僕もこの物語の結末がどうなるかわからないのですがまた続きを書けたらな、と思います。

次回は、この続きか亜美モノを1本書きたいと思います!
では失礼いたしました!!
145名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 02:14:17 ID:MTW0Hft+
>>144 GJ 

>いい子だねー、プチトラちゃん
亜美ちゃんCVで聞こえてくると怖いなあ、怖すぎる。

>あたしね、実は今日高須君のこと見直したの
亜美ちゃん様に評価された!された!!


「今小町、食い言葉、魂消ていた」の意味と文字の開きと
>「何が言いたいんだよ、おめーは。」という竜児の口調
「龍児、竜時」の誤字ふたつが多少目に飛びこんできたのが気になりましたが
次回も期待してますよ。
146名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 06:27:40 ID:h0hOAAx4
>>129
GJ!
最初誰だかわかんなかったけど会長だったとはw

今度は奈々子様視点お願いしていいですか?すみません
147名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 10:14:09 ID:olArB9SA
>>129 GJ
映像が浮かんでくる。
無理かもしれんが、次は誰のお家?

>>144 GJ
続きと亜美モノ待ってまーす。

このところ、次々と投下されて幸せすぐるわ。
148名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 13:18:43 ID:resKbfN7
GJだが文がまた日本語が達者な外人さんぽい
149名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 15:44:58 ID:Yr4+TkCz
確かに設定が原作とかけ離れてると注意書きはしてあるが・・・
>金髪長髪で人形のようにかわいらしい
>美しいマリンブルーの髪を持つ
最低限キャラの容姿設定くらいは・・・
150名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 17:47:09 ID:TrtdyjeA
>>117
GJです!竜児とあーみんにはぜひいろいろと乗り越えて成長してほしいです。

>>129
兄貴かわいいっす!北村は・・・幸せになれなさそうw
151名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 17:54:20 ID:TrtdyjeA
>>144
奈々子様がどうなるのかも気になるけどあーみんモノも期待です!
152名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 19:30:18 ID:z/bqDT0i
>>144
GJ!
興味深く拝読しました。
奈々子、亜美、竜児が今後どうなっていくのか、とても気になりました。
よろしければ、続きを楽しみにしています。

153名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 16:55:32 ID:gr4unGp+
>>148
いーんじゃね?
VIPなんかじゃ、このひとよりはるかに日本語が不自由な日本語ネイティブなんかゴロゴロいるし

俺が英語でどのくらいSS書けるかを考えたら、この人の力はすごいと思うぜ!

これ以上の自然な文を書くとしたら、多分日本語の小説を何十冊かは読まなきゃならなくなるだろうな

趣味のお遊びに、それを求めるのはかなり酷ではなかろうかとも思ったり
154名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 17:46:34 ID:A0H7fML/
vip(笑)
155名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 20:01:34 ID:4BMfemuj
>>153
いや、外人だったらわくわくするが、まだ外人だって決まったわけじゃない

あと、「文が外人っぽい」と言う感想も、書き手にとっては結構大事な意見だと思う
ネイティブでも、ずっと翻訳小説とか読み続けていたら、そりゃ日本語も不自然になる
そういった場合、寧ろ指摘されなかった方が可哀想なのかな
156名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 20:06:54 ID:PyJyuQ4f
>>155
あ〜「最も大きな物のひとつです」みたいな文が混じってると
翻訳モノっぽく見えてくるよな〜
157名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 20:16:25 ID:KsTpj0dM
書き手自身のことをあれこれ詮索しても意味はないとおもうけれど。
158名無しさん@ピンキー:2010/04/13(火) 20:57:28 ID:xt6XjR+G
書き手を無視したくても文章が外人の文章っぽいから必然的に書き手のイメージに繋がる
159名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:21:02 ID:OmInQujd
大河×竜児を投下してみたいと思います。

エロはなしです。

苦手な方はスルーでお願いします。
160名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:23:52 ID:dkDF3pbH
どうでもいい、投下された作品で
ハァハァ(*´Д`*)とかホンホン(*´Д`*)できりゃ良いだろ
161名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:24:03 ID:OmInQujd
手乗りタイガー。それが私の学校での仇名。

別に私はその仇名を好きでも何でも無かった。むしろ嫌い。

虎の英語読みを連想させるような名前と、私の…認めたくないけど、小さい身長。

別にそれだけで手乗りタイガーなんて言う、ふざけた仇名が付いた訳じゃないらしい。

入学したての時の私に、見た目だけで発情した犬どもが、告白してきて、片っ端からぶん殴ってやったら、気づいたらそんな仇名が付いてた。

ほんと、冗談じゃなかった。

けど、最近はその仇名が嫌いじゃ無くなった。

*****


大橋高校の二大番長。

片方は……考えただけでも腹が鳴るけど、私らしい。

そして、もう1人の番長は高須竜児。

そいつと始めて会ったのは、2年生に進学した日のことだ。

出会い頭に、拍手を打って手乗りタイガーと言いやがったわ。だから私は言い切る瞬間にぶん殴ってやった。

HRが終わって、クラスのやつらがいなくなってから、私はきっ…北村君の鞄に、らっ…らぶ…らぶれたーを入れたのよ。

けどあの時の私は馬鹿だったわ……何でちゃんと鞄を北村君の物と確認をしなかったのかしら……

鞄にラブレターを入れた瞬間に、教室の引き戸が開いたわ……。

私はびっくりして掃除用具入れに飛び込んだわ。けど思いっきり飛び込んだ所為か、掃除用具入れが倒れてそのまま転がり出ちゃったのよ。
162名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:25:54 ID:OmInQujd
引き戸を開いたのは竜児だったわ。竜児は私の事を見なかった事にしたかったみたいで、「さあ、鞄鞄」とか何とか言って、鞄を取りに行ったわ。

正直口封じでもしてやろうかと思ってたけど、あいつが持った鞄を見た瞬間にそんな気は失せたわね。だってあいつが持った鞄は私がラブレターを入れた鞄だったんだもん。

えっ…なんで?

そんなことを思った瞬間に私の体は、動いたわ。

鞄を取り返さなきゃ!

唯ひたすらに鞄を引っ張り続けたわ。あいつが「これは、俺の鞄だ!」って言われるまではね……。

言われた瞬間、私の頭の中は真っ白になったわ。ついでにくしゃみも出た。

そのおかげで、鞄を放していたわ。

私は馬鹿!っといって、教室を出た。

ああ……どうしよう?あれを見られたら死ぬしかない……でも死にたくない……どうしよう?

そして考えたの、どうすればいいのかを……簡単にその答えは出た。

そう!闇討ちを掛けるのよ!木刀で頭を引っぱたけば、今日の記憶ぐらい無くなるでしょう!

うん!凄く良い考え!今日実行しよう!

幸いあいつの自宅を私は知っている。なにせ、あいつの家は私の家の隣のボッロいアパートなんだもん。

ふふっ♪そうね…決行は早朝の3時位で良いかしらね?その時間なら流石に寝てるでしょうしね。

必ず成功させなきゃ!今日の…明日のために帰ったらすぐ寝よう!
163名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:27:25 ID:OmInQujd
ピピピピピピピピピ……

「んん〜」

今の時間は……

AM:3時

よし!丁度良い時間だわ!

私は愛用の木刀を持ってあいつの家のベランダに飛び移り、鍵の近くのガラスを割り、部屋に忍び込んだ。


スッ…


襖を開ける音がした。

やばいっ!

ガラスを割った音にきづいたのか、あいつがおきてきた。

私は咄嗟に身を隠そうとしたけど、隠れられそうなところも無かったから、そーっと、あいつの後ろに回ってやった。

そんで、思いっきり振りかぶって、木刀を振り落としたんだけど、転んで当たらなかった。ちっ…

あいつは部屋の電気をつけた。

またくしゃみが出た…。

ティッシュ…無いわね…仕方ないから近くにあった服でふいてやった。あいつはなんだか怒ってたけど……


ぶんっ!ぶんっ!ぶんっ!


縦振り…横振り…突き…どれも当たらない…

むかつく…いくら振っても当たらない…心なしかふらふらして来たし…

これで止めだー!

見たいな気持ちでいたらいろいろ喋っちゃった。

とうとう壁際まで追い詰めたわ…いあままでのよりもきついのをお見舞いしてやろうと思ったら、「あの手紙…中身が入ってなかったんだあぁぁぁぁ!」

言われた瞬間、力が抜けたわ。おなかもなった…

そんで倒れた。あいつは「待ってろ」って言って、お腹すいて倒れた私のために、あいつは炒飯を作ってくれた。
164名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:28:21 ID:OmInQujd
私のために。



その炒飯の味は、今まで食べてきたどんな料理よりもおいしかった。

私が北村君のことをすっ…好きだっっていったら、その…手伝ってくれるって言ってくれた。ん?言わせたのかしら?



結局、竜児の家を出たのはAM:4時だった。



朝起きてすぐに、私は竜児の携帯に電話を掛けたんだけど、私はあいつが来る頃には寝てた。

カチャカチャ聞こえるから、起きた。

枕を抱えて台所のドアを開けたら、良い匂いがしてきた。

いつもの様に、何かが腐ったような匂いがしなかった。

部屋も綺麗になっていた。テーブルの上には美味しそうなご飯が用意されていた。

私はびっくりして、そのまま竜児に話しかけられるまで放心してしまった。

うれしくて、つい意地を張った言い方をしちゃった。けど竜児は気にしないと思う。

やっぱり竜児の作ったご飯は美味しかった。


それから、色々頑張って作戦とか立てたりしたんだけど、まったく成功しなかったわ。

ああ、1回成功したわね。ただ木原だっけ?まあどうでもいいけど。そいつには生贄になって貰ったわ。ふん、北村君とパスするなんて、あと100年早いわ!

けどその1回からどんどん失敗が増えて言ったわね。
165名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:29:44 ID:OmInQujd
極め付けはクッキー作戦ね。けど後悔はしてないわ。



あの時は間違えて、クッキーと入れ忘れた手紙の中身一緒に渡しちゃったんだもん。包装紙として……

あれは流石にやばっかったわ。

ただ、幸い手紙(?)の内容が、校舎裏に来て欲しいだからまだ弁解の余地があったんだけど(普通は無いけど……)、私は勢いのまま告白して振られたわ……。

それで心配してみてたのか、竜児が階段のところから出てきた。

竜児は私の手の平の上にあった、クッキーの袋を取った。

さっき振られたときに、これは受け取れないって言って、北村君が返して行ったのだ。

竜児は1枚袋から取り出して、それを食べた。飲み込んでから竜児は「次は必ず食わしてやろうな」そう言った。
166名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:30:40 ID:OmInQujd
けど私は怖かった……振られるのが……

だから「きっと無「俺は竜だ」え?」

「竜は昔から虎と並び立つ物だと言われてる。だから並び立っているはずの虎が怪我をしていたら、治してやるのは竜の仕事じゃないのか?」

「俺はまだ竜には成れてないかもしれない。けど、怪我した虎を奮い立たせることぐらいはできる。」

「大河、俺は竜として、お前を支え続けてやる」


うれしかった


すごくうれしかった


私は返事の変わりに、蹴りをくれてやった。

この時の蹴りは唯の照れ隠し。多分竜児もそれを分かってる。

私は足を抱えて悶絶してる竜児を放って、昇降口まで歩いてく。

私は竜児から見えないことを確認してから、顔を綻ばせた。



*****
167名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:31:38 ID:OmInQujd
支えてくれる人がいる。

一緒に居てくれる人がいる

少し前…竜児の家でご飯を食べたりするより前は、すごく寂しかった。

「ただいま…」響くのは私の声だけで、返事は返ってこなかった。

けど、今は違う

「ただいま!」そういうと返事が返ってくる。竜児の家はあたたかい……。とても…とてもあたたかい。


竜児があのときに言った竜が虎を支えてやるって言葉。




ちゃんと……守れてるからね。


                   〜おわり〜
168名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 18:33:43 ID:OmInQujd
終わりです。

続くかもしれないです。

書くなら今度はほかの人の視点で書きたいです

感想を聞かせてもらえたらうれしいです
169名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 22:07:30 ID:4h5NsDwz
>>168 乙。

酷い感想かも知れませんがね。

原作をただなぞるだけならば
それこそ原作読みますわ。
何か視点を変えるなり、新要素を加えたりして書いてもらえると嬉しいです。
折角、7レス分もの文章書いているのにすごく勿体無いと思います(´・ω・`)

次は奈々子様を希望します(`・ω・´)
170名無しさん@ピンキー:2010/04/14(水) 22:33:33 ID:OzM/SfNw
>>168


>>169
原作のアニメ版と同じように、原作小説を小説で脚色してみたってところでは?
アリかナシかでいえば、アリだと思いますよ。
独自の展開や構成に目新しさが無いからかな?
171174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:04:15 ID:2rwDczGR
SS投下

「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × n-m ───」
172174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:04:59 ID:2rwDczGR

控えめに設定した目覚ましの電子音。いつもどおりの時間。
目を覚ましたあたしは両隣に気を遣いながら目覚ましを止めて体を起こす。
カーテンを開ければ抜けるような青い空と力強く照らす太陽。そよぐ風も爽やかで、少しだけ冷たいけれど、気持ちいい。
いい天気。まとまった洗濯物は今日してしまおう。
寝衣から着替え、キッチンへ。
掛けてあるエプロンはおそろいで、薄桃色をしたのがあたしの、濃紺があの人の。
一見するとお店で買ってきたような出来栄えのこれはあの人の手作り。子供たちの分には、それぞれ胸に名前まで刺繍してある。
世界に一着ずつのあたしたちだけのエプロン。そう思うと素敵じゃない。
あたしは自分のに手を伸ばしかけ、ちょっと逡巡。
次の瞬間取っていたのは、薄桃ではなく濃紺のエプロン。
室内を見回し、耳を澄ませ、まだ起きてこないのを確認し、それでも気恥ずかしさを覚えながら身に着ける。
洗剤の清潔な、お日様の柔らかな、染み付いた香辛料の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
あの人の匂いはしない。けど、こうしてるとあたしの匂いは移るようで、それだけでいいかな、今は。

「んっ」

至近距離からパンッと乾いた音が。遅れずピリッとした痛みが。
こんなところで惚けない。時間は、特に朝なんてあっという間に過ぎてくんだから、もっと機敏に動かなくちゃ。
気合を入れなおして朝ごはんの支度を始める。
窓から入り込む朝日に照らされたあたしは、頬をほんのり染めていた。
しばらくは包丁がリズミカルに踊り、コトコトとお鍋が静かに歌う。
一人で立つには少々大きめな台所は、普段はあたしの独壇場。あの人と立てば心もち狭くて、自然に寄り添える小さな逢瀬の場。
たまに子供たちもここにやってきて、お手伝いをしてくれる。二人っきりもいいけど、教えてあげたり、一緒にご飯を作るのは思っていたよりもずっと楽しい。
いつかこういうことをやってみたいなっていうのは心の中で漠然とあって、だから、夢がひとつ叶った。
そんなのよくある理想の光景の一つでしょうと言われれば、まぁ、それまでなんだけど。
理想やかけがえのないものっていうのは必ずしも他人と違わなくちゃいけないってわけじゃないでしょ。
お手軽で、安上がりで、それがあたしの幸せで。
そして今はいつでも幸せを感じられる。
たとえば、目を擦りながら歩いてくるその姿とかにもね。

「おはよう。もうすぐ朝ごはんできるから、その前に顔、洗ってきたら?」

「はーい」

「はーい」

いいお返事ね。最近は自分から起きられるようにもなったし、あの様子ならおねしょの心配もないかな。
予想してたよりもちょっぴり早いのはしょうがない。これも成長の兆しと微笑んであげよう。
のんびりしていたわけでもないけど、いくらか作る手を早める。
出来上がったものから順次お皿に盛り付けテーブルに並べる。必要な食器もついでに出しておく。
これで準備は万端。ただ一つを除けば。
首を巡らせて時計に目をやり、時間を確かめる。ちょうどいい頃合かな、そろそろ。
だけどやっぱり気配はなし。
やれやれとこぼれ出そうになるため息をぐっと堪える。老け込むにはまだ早いわ。
あっちはもう少し老けてほしいというか、大人になってほしいというか。
ああ、こんな風にいらないこと考えさせられるから老け込むとかそんな心配までしちゃうのかしら。
やだな、もぅ。
いい気分だった朝に小さく浮かんだ暗雲。頭を軽く振りかぶりかき消す。ふーっと一回深呼吸。
気持ちを切り替え、あたしはさっきまであたしと子供たちが寝ていた部屋の、その正面にあるドアをノックする。
コン、コンと、最初は軽めに二回叩く。なにも返ってこない。今度は三回、四回と。しかしうんともすんとも言わない。
毎朝の事ながらいい加減なんとかならないものかしらね。
どうしたらこんなにねぼすけでいられるのか不思議だわ。そういうところに限ってしっかり似ちゃうんだから。
あたしは向こうから開けてくれるのを諦め、ノックしていた手をドアノブにかける。
聞いていないとわかってはいても、最低限のエチケットとして開けるわよと一応断りを入れてから、内側限定の開かずの扉を開く。
視界に飛び込んできたのは川の字で寝ている同居人たち。これがあの人だったらいいのにと、愚にもつかない考えを、我慢していたため息に乗せて吐き出す。

「麻耶、もう朝よ。ほら起きて」

「うーん、わかったー」
173174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:05:55 ID:2rwDczGR

今朝はまだ眠りが浅いようで、これがひどいときだと一切反応を示さず、人形みたいに微動だにしないでぐっすり眠っている。
そうでなくても時間が惜しいから、脇に手を差し込んで半ば無理やり上半身を抱き起こす。
見ようによっては危ない関係のようで、実際はおばあちゃんとその介護をしているようなもの。
まったく、これじゃあどっちが老けてるんだか。

「あなたたちも。ご飯、できてるわよ」

「おはよ、ななちゃん」

「いっただっきまーす」

現金、ううん、元気ね、今朝も。
麻耶よりはまだ幾分寝覚めのいいあの子たちは手を取り合って部屋から駆け出ていった。
残ったのは大あくびをかいて伸びをする麻耶。こうしていると一番お子様なのははたして誰なのだろうかと悩む。
お義母さんも相当だけど、麻耶も少なからずその気があるのかも。
同い年なのに、どうしてこうも差があるんだろ。
趣味や好みに関しては似通ってるところが多いのに、それで性格というか、精神年齢的な部分にけっこうな開きを感じるのはただの気のせい?

「なに、あたしの顔、なんか付いてる?」

じっと観察しているあたしに麻耶が声をかける。
なんにも考えてなさそう、っていうと語弊があるけど、実際起きぬけの麻耶はまだまどろんだような顔をしている。
首をもたげるいたずら心。
無自覚に手間をかけさせてくれたお返しに、あたしはそのいたずら心に素直に従う。

「目と鼻と口と、あと涎の跡がね」

呆れた風を装ったあたしの言葉を信じた麻耶が、バツが悪そうにパジャマの袖でゴシゴシ顔全体を拭う。
消えたかどうか聞かれたので、ええ、と頷く。
麻耶からしたらホントのことだって思い込んでるみたいだけど、このくらいのウソならべつになんともないからいいわよね。
今ので本格的に眠気が晴れた麻耶に、洗濯するからその皺くちゃでタオル代わりにされたパジャマを脱ぐように言う。

「太った?」

「な、なわけないでしょ。これはそう、あれだよあれ、こえだちがいい証拠だって」

肥立ちのことかしら。
それなら確か、普通は生まれたあとのことを指すときに使う言葉だし、じゃなくても、まだそこまで大きくなってるはずないんだけど。
まぁ、個人差も考慮して、そういうことにしといてあげた方がいいわね。麻耶の名誉と自尊心のために。
あたしは何も言わず、まだ人肌が残って温かいベッドからシーツを、下着姿の麻耶からパジャマを受け取り、一纏めにしておく。
と、そのとき麻耶がすっと目を細めた。

「それ、奈々子のじゃないよね」

目線を追ってみる。その先には見慣れた薄桃色、ではなく、濃紺。
ついいつもの癖で着たままにしていたけど、これ、このエプロンはあたしのじゃないって麻耶も当然知ってる。
知ってて、それを無断で借りてるのが気に入らないっぽい。断りなんて入れようがないっていうのに。
めんどうね、ほんと。

「あたしのは洗濯に出すからちょっと借りたのよ。いけないかしら」

「これから洗うんならべつに汚れたっていいじゃん」

ええ、そのとおりね。自分でだって苦しいってわかってた。
だけどそういうことはせめて自分の洗濯物くらいは自分で洗ってから言ってほしいって、そう思うのは、なにもあたしの心が狭いせいじゃないでしょ。
あの子たちの衣類も含めればかなりの量になるからいっぺんにした方が何かと節約できるし、言ってもすぐ投げ出すのなんてわかってるから一々言わないわよ。
不毛だし、現に続いたためしだってないんだから。

「奈々子っていっつもそうだよね、この前だって、うぷ」
174174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:06:44 ID:2rwDczGR

不満を撒き散らそうとしていた口元を突然両手で押さえる。
低血圧でもないのに顔色は真っ青になり、眉間に力いっぱいシワを作り、込み上げてきた吐き気を懸命にこらえる。
背中をさすってあげた。ていうか、他にできることなんてせいぜい水を汲んでくるか、桶でも持ってきてあげるか。
それ以外あたしにはどうすることもできない。だって、これは麻耶にも解決できない問題だから。
あたしは人より楽な方みたいだけど、麻耶のつわりは客観的に見てもかなり悪い。
亜美ちゃんもそう、あの子たちがお腹にいるときも三人で会えばグロッキーな二人の世話をすることになっちゃって、あたしはちょっと気分が悪くっても表にも出せないくらい。
今度のだって、治まる時期になるまでまだまだかかる。
それはピークを超えるのも先のことであることと同義で、あたしだってそれを考えると憂鬱なのに、麻耶からしたらもう。

「し、しむぅ」

どうにか大きな波はやり過ごせたようで、麻耶がそう搾り出す。
目尻に溜まった雫がはらりと流れた。
変わってあげたいとは思わないけれど、辛いのが共感できちゃって、こっちまで胸が苦しくなる。
背中をさする力をやや強める。

「なに言ってるのよ。大丈夫よ、大丈夫」

「だって、最近ほんと酷くって。てかさ、奈々子はいいよ、あんま重くないんだから。
 なんであたしばっかこんな思いしなくちゃいけないのよ」

つわりの何がイヤって、ナーバスになりがちになるのが一番イヤ。
苦しくて、辛くて、周りが見えなくなって、そんなわけないのに、嫌なことは全部自分一人に降りかかっているように錯覚する。
苦しいのも、辛いのも、麻耶だけじゃないのに。

「じゃあ、やめればいいじゃない」

何を、とは敢えて言わない。やめる、という言葉も適切ではない。だけど、言いたいことはちゃんと伝わった。
それまで人の話に耳を傾けることをしないでいた麻耶が途端に口を噤む。
気付いてて、あたしは言う。

「そうすれば、もう痛みもなくなるし、気持ち悪いのも治まるわね。良いこと尽くしでしょ」

冷たいことを、無責任なことを、心にもないことを、突き放すように。そして撫でさする手を止める。
言いたくはない。本当はこんなこと、言いたくなんてない。本気でなんて、絶対に言えない。

「だから」

「奈々子」

損な役回りばかり回ってくる。いっそ全部投げ出せたらと思うときもある。
でも、いつも必ず踏みとどまる。
失うのは恐い。捨てるのは嫌。大切なものは何があったって離したくない。
世の中ってやり直せることは案外多いけど、取り戻せるものは思ってる以上に少ない。
それを知ってるから、だから踏みとどまれる。
未練がましいのは百も承知。指を差されたって、笑われたってかまわない。
女の子は執着心が強くて当たり前なんだから。それが自分の赤ちゃんなら、より一層のこと。

「ありがとう。もう、大丈夫」

麻耶が顔を上げる。晴れやかとはいわないまでも、険も翳りも見当たらない。
真っ青を通り越した土気色をしている肌で、とても大丈夫、なんて言われたって信じられない。
でも、だから、麻耶は大丈夫。
付き合いの長さだけなら誰にも負けない自負がある。手に取るように何でもわかる、なんてことはさすがにないけど、わかることはわかる。
あたしは背中に置いたままの手を、ゆっくり、円を描くように動かす。

「ごめんね、麻耶」

「謝んないでよ、悪いの、あたしなんだから」
175174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:07:33 ID:2rwDczGR

荒療治というにはあまりにお粗末で、正直、あんなこと言うのはやっぱりいい気はしない。
麻耶がああなる度、何度も似たようなことをしてきたけど、一向に慣れないし、きっと慣れることなんてない。
いくらその気がないとはいえ、あんな酷いことを言ってしまっているのは事実で、あたしの気持ちが麻耶に届かなかったら何の意味もない。
持ちつ持たれつの関係を悪化させただけで、その上、原因を作ったのはあたしになる。
本当に損な役回り。こっちだって慰めてもらいたいときは少なからずあるっていうのに、よっぽどじゃなきゃそんなのってなかった。
けど、それでもなんだかんだこうして一緒に暮らしてるんだから、何もかもひっくるめて、あたしは今の生活に概ね満足してるんだって思うし、思いたい。
ちょっとくらい損な役回りを押し付けられたって、裏を返せば必要とされてるってことなんだから、そこまで悪くはないかな。
そんな自分が、どこかあの人と似てるなって、そう思えるときだってあるから。

「だめだなぁあたし、奈々子には借りの作りっぱなし」

ふぅ、と重苦しい空気を払おうと、麻耶が調子を変える。これもいつものこと。あたしもすかさず麻耶に合わせる。

「あら、そう思うんなら、朝ごはんくらいはさっさと食べてくれない? いつまで経っても片付かないんだから」

「ちょ、そこは『そんなことないわよ』とか」

「それと、いい加減服着てほしいんだけど。お腹に障ったらどうするの」

これには麻耶も引き下がるほかない。渋々といった体で中断していた着替えを再開する。
たったこれだけのやりとりで、日常の光景がそこにはあった。

「お待たせ、ほらぁ早く行こ」

「ええ」

チュニックに黒のレギンスというラフな装い。お腹を締めつける物はできるだけ身に着けない。
ゆったりとした服に着替え終えた麻耶に急かされ、纏めていた衣類を抱え立ち上がる。途中、洗濯カゴにそれを放り込んでからリビングへ。
すると一斉にかけられるおはようの挨拶。四人もいるとさすがに室内中に響く。

「おはよー、あーお腹すいた」

それを聞いた麻耶はさっきまで悪くさせていた顔色を一変させ、つわりのことなんておくびにも出さずに笑顔でテーブルに着く。
そのまま流れるような動作でごくごく自然につまみ食い。バッチリ見ていた子供たちが目を光らせる。

「ママの食いしんぼー」

「太ってもしーらない」

「ひっど。ママ、赤ちゃんのために食べてるのに」

母は強し。いつか誰かが言っていたけど、本当にそう。余計な心配をかけまいと明るく振舞う麻耶は強い。
同い年なのにちょっと子供っぽくて、でもそういうことは誰に言われるまでもなく、意識せずにできている。
母は強しって、たぶん、麻耶みたいなのを指した言葉じゃないかしら。あたしは、そう思うな。

「はいはい、すぐ温めなおすから待ってて、麻耶。意地汚いわよ」

「ママ、いじきたないってなぁに?」

「まやちゃん知ってる?」

なんとなく、本当になんとなくだけど、わざわざ教えなくてもちゃんとわかっているような気がしなくもない。
変ね、二人ともあたしに似てウソのつけない良い子なのに。

「奈々子たちまで、もおっ」

麻耶がほっぺを膨らませてぷりぷり怒る。
温めた朝食を目の前に置けばそんなのなかったように、大げさに舌鼓を打つ。
そんな麻耶と子供たちを眺めつつ、時折口の周りを汚す子の顔を拭いてあげていると、思い出したような声で麻耶が。
176174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:08:14 ID:2rwDczGR

「ねぇ奈々子、いつまでしてんの、それ」

あ、パパのだ。四人の声はピッタリ揃っていた。なにもここで蒸し返さなくてもいいのに。
左右からくいくいエプロンを引っ張ってくる手をめっと言って止めさせる。ご飯を食べてるときは遊ばない。
言い聞かせ、あたしはジト目の麻耶に向き直る。

「しつこくない?」

「これ見よがしにしてる奈々子がいけないんじゃない?」

どこ吹く風と受け流される。棘が含まれているのはお互い様。見せつける気なんて微塵もないっていうのに。
だいたい、そこまで羨ましいのなら自分だってすればいいじゃない。
家事なんてろくすっぽやらない麻耶がエプロンなんてしてたってちょっとあれだけど。

「そんなに目くじら立てないでよ、たかがエプロンでしょ」

「じゃ、脱いでよ」

「そういえば春田くん、大丈夫かしらね。亜美ちゃんに教えてもらったんだけど入院したそうよ、こないだのあれで」

「自業自得じゃん。それよか今すぐ脱いでってば」

「災難よね、一緒に川に飛び込んだ北村くんはケロッとしてたのに」

「アホも風邪くらいはひくってことでしょ。いいから、はぐらかしてないで早く脱ごうよ」

「ああ、そうそう。能登くんが、よければ今度話を聞きたいって」

「あたしが脱がしてあげよっか?」

目線を逸らし、顔を背け、どうでもいい話題を見つけては手当たり次第に振り。
のらりくらりとかわすのも限界になり、ずいっと身を乗り出してきた麻耶の迫力にも押され、あたしはそこで詰まる。
目の前には三角形をひっくり返した形の目をした麻耶。両隣に控えたあの子たちの疑問符を浮かべた瞳が、なんか対照的。
そんな三人を前にしてるだけでも神経磨り減りそうだっていうのに、あたしの両隣からも突き刺さる二対の視線。
さっきまで集中砲火を浴びていたのは麻耶だったはずなのに、いつしか追い詰められていたのはあたし。
あの人もこんな感じだったのかと思うと無性に同情できて、でも、いやぁいくらなんでもあれよりはずっといいんじゃない、と頭の隅、冷めた自分が場違いにも冷静に分析する。
そりゃあそうでしょうよと納得するも、いやいや今現在あたしが似たような状況に陥っていて、それで困ってることに変わりはなく、切り抜けることも不可能で。

「だ」

一つの「だ」に続き、五つの「だ?」が木霊する。

「だって」

注目が集まる中、渇いて張りつく喉で、か細い声で、どうにかそれだけ呟く。

「着たかったんだもん」

嘘も偽りもない、それが理由。それが、本音。胸に去来する寂しさを埋めるための自慰行為。布越しにあの人を感じて、あの人を想えるから、だから───

「ななちゃん顔まっかだよ」「ほんとだ」

「ママ、だいじょうぶ?」「お熱あるの?」

「奈々子ばっかずるい! あたしだって着たいー!」

あの子たちには物珍しい目を向けられ、この子たちには的外れな心配をされ、建前と余裕をどこかへやった麻耶には詰め寄られ、穏やかだったあたしの朝は姦しさに包まれて過ぎていった。

                              〜おわり〜
177174 ◆TNwhNl8TZY :2010/04/15(木) 17:08:59 ID:2rwDczGR
おしまい
178名無しさん@ピンキー:2010/04/15(木) 18:24:05 ID:kbuhRj7n
>>177
GJです!
いやぁ、麻耶ちゃんと奈々子様んとこは同居でしたか。
なかなかいいかんじ!
179名無しさん@ピンキー:2010/04/15(木) 18:41:02 ID:wAND4vdK
いいね!
180名無しさん@ピンキー:2010/04/16(金) 01:50:03 ID:7aLuo4nk
>>177

そうだった。貴方は神だった。

今回もgjです。ありがとうございました。

またお願いしますm(__)m
181名無しさん@ピンキー:2010/04/16(金) 07:45:31 ID:Bi3A2EUh
>>177
GJ!みんなのお母さんな奈々子様最高!
麻耶もかわいいなぁ
てか読んでると本編(?)との印象ががらりと変わって、これは本当に×××ドラなのかと一瞬疑ってしまうw
次回も期待してます
182名無しさん@ピンキー:2010/04/16(金) 22:11:29 ID:9v5AQ1Ib
GJです
生活費ってどうやって捻出してるんでしたっけ?(・ω・)
183名無しさん@ピンキー:2010/04/16(金) 23:04:12 ID:Bi3A2EUh
>>182
これといった描写はされてないけど、尻に敷かれまくる竜児が馬車馬の如く働かされてる姿がありありと浮かぶ
184名無しさん@ピンキー:2010/04/17(土) 00:21:35 ID:9WjNu5Ew
まさか「ヤ」の字な職業に………ゴクリw
185名無しさん@ピンキー:2010/04/17(土) 11:41:13 ID:/ni3WvQr
バラバラに暮らしてる嫁さん11人+子供13人の生活費
さらには新たなベビー達の出産&育児費用……
頭にヤのつく仕事してたってムリだろこれwww死ぬわwww

竜さんなんでそんな茨でできた道歩むん(´・ω・`)
186名無しさん@ピンキー:2010/04/17(土) 21:20:19 ID:AqaLTiRI
ところでスピンオフ3ってどう?
なんかネタあった?
187名無しさん@ピンキー:2010/04/17(土) 21:22:05 ID:tT4UMSt1
能登×麻耶が公式に
188名無しさん@ピンキー:2010/04/18(日) 00:25:48 ID:/jP+Ak/l
ショック!
でも奈々子の方はまだフリーなんだから、別にいい。
というか能登おめでとう。
189名無しさん@ピンキー:2010/04/18(日) 01:03:43 ID:NWsdVRx6
mjk
買う買う買っちゃう!(゚∀゚ 三 ゚∀゚)
190名無しさん@ピンキー:2010/04/18(日) 02:05:51 ID:Cr1mOasb
ツンツン摩耶ちゃんは可愛い、そのうち能登にデレッてなるのか気になる
191名無しさん@ピンキー:2010/04/18(日) 20:03:23 ID:l4Zvjf8m
過疎ってても容量がレス数を上回ってるとかなんなのここ
192名無しさん@ピンキー:2010/04/18(日) 21:23:38 ID:qHUikMpk
むしろ過疎ってるからこそだろう
193名無しさん@ピンキー:2010/04/19(月) 19:01:56 ID:oKHoI9gI
確かにレス過疎ではあるね。けれど、常駐書き手はたくさんいる。すばらしい
普通、SSへのレスが少ないと、自然と書き手は離れるものなのだが、
ここは書き手が残ってるよな
それだけ、作品への愛が強いてことなんだろうけど、31スレ目だし

ちゅうことで、177さんへ
面白かったです。世界がどんどん広がっていくようだ。GJ
194名無しさん@ピンキー:2010/04/20(火) 22:28:22 ID:Bc/LP/dO
>>185
今北ばかりの新参者参上
11人って…誰?
195名無しさん@ピンキー:2010/04/20(火) 22:36:20 ID:G3nMjEvy
>>194
大河、実乃梨、亜美、麻耶、奈々子、独神、会長、さくら、書記女子、文化祭のメイド、やっちゃん
196名無しさん@ピンキー:2010/04/20(火) 22:48:36 ID:PTyWtj/o
麻耶と奈々子が双子を
197名無しさん@ピンキー:2010/04/21(水) 19:38:17 ID:yQmYIHOP
やっちゃんの娘だけ公には父親不詳で(´・ω・)カワイソス
他の娘は全員認知はしてるだろうしなあ。

娘一同、誰か腕の達つ絵師が集合写真でもでっちあげてくんないかなw
198名無しさん@ピンキー:2010/04/21(水) 20:35:02 ID:28HR2i4D
能登によると娘たちってみんな母親に生き写しらしいから、容姿に関しては比較的想像するのが楽だよな
それぞれをスケールダウンっていうか二頭身にする感じ?
それを抱いたヒロインズがズラリと並んでいて、真ん中にはもはや黒目が欠片もない渇いた笑みを浮かべる竜児がwww

あとちょっと気になってることが
他のヒロインは第二子授かったようだけど、やっちゃんはどうなんだろう
いや第二子って言ったら娘が第二子にあたるんだろうけど
199名無しさん@ピンキー:2010/04/21(水) 21:21:26 ID:uDxNywbT
近親相姦での子供でも一応認知はできるけどね。
200名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 14:24:35 ID:/ClKrvUo
まとめ 2と3にあった「高須棒姉妹」(亜美・摩耶・奈々子とのホテルで4P)の
続きは無いのかな?

この後、順番的に摩耶→奈々子(←この二人の破瓜・アクメシーンが一番見たいのに…)
そして→三人同時…でend…が
俺的に最高なんだけど…

「高須〜」の作者様、どうかこんな感じで続きを希望いたします。
201名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 16:08:20 ID:taU63e3O
何度となくリクエストが出たけど、書く気力が無くなってしまった様子
202名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 16:20:20 ID:/ClKrvUo
まとめ2みて、まとめ3でちょっと加筆されてたけど
それって何時ごろの話?、(わしここ来たのつい最近…)

作者様が、書く気が無くなってしまったのなら、
誰か続きを書いて貰えんモンだろうか…
203名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 17:33:13 ID:Tf2/eZBm
いや三次はさすがに駄目だろ
204名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 20:10:41 ID:ml7VGRnm
>>203
前に一度荒れた前歴もあるしね。
205名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 20:49:44 ID:taU63e3O
「荒れ」たっけ?
206名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 21:53:16 ID:kw4SEOqJ
普通は荒れるもんだし、一書き手としてはいい気持ちにはならんよな
これを契機に三次を書く人がわらわらと出てくる流れは簡便
207名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 22:00:24 ID:P80wV9pR
何気にここ人が残ってて安心した
20898VM  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:17:14 ID:l0izYW/w

こんばんは、こんにちは。 98VMです。

規制解除されたと思ったら、また規制に巻き込まれた。
アリエナーイ
やっと解除されますた。

で、今回ですが、だらだらしてます。 ぐだぐだというべきでしょうか。

前提: とらドラ!P 亜美ルート90%エンド、ローマの祝日シリーズ
題名: ローマの平日8
エロ: なし
登場人物: 竜児、亜美
ジャンル: 日常。
分量: 7レス

209ローマの平日8 1/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:18:22 ID:l0izYW/w

この8月、亜美の二本目のハリウッド作品が公開された。
と言っても、限りなくB級に近い娯楽作品。
撮影期間もごく短い、軽い役だったらしいが、これまた大ヒットとなった。
役どころは、これまでとは一転して明るく快活な日本人留学生役で、みんなの人気者。
ただし、学園サスペンスホラー作品のため、中盤で犠牲者になってしまうのだが……。
つまり、映画のヒットと亜美の出演はぶっちゃけ関係ない。
亜美が語ってくれたことによると、安奈さん曰く。
ハリウッドでは、ぽっと出の若い女の子は、当たり役が出ると、どんどん似たような役ばかり出演させられて、使い捨てに
されることが多いらしい。
稼げるうちに、稼げるだけ稼げ、というわけだ。 逆に言えば、亜美クラスの女優は使い捨てに出来るだけ居るという事だ。
それでも生き残っていくのが後に大物女優となるのだが、亜美にはそれだけの実力も、魅力も無い。
だから、イメージを固定化せずにインパクトを保つ必要があるが、そのためにはオファーの集まる今のうちに、例え小さな役
でも、色々な役をやるべきなんだそうだ。
だが、今回の役も、『その他大勢』のくせに、妙に印象に残る役だった。
4ヶ月も休みがなくなったのは、編集の終わりごろになって、急に出演シーン追加の撮りが出たせいらしい。
それって、やっぱり亜美の魅力があるってことなんじゃないか、なんて俺は思ってしまうが、珍しく当の亜美は謙虚だ。
「要するに、あたしの演技が物足りなかったって事だと思うよ。 編集してるとそういうのはっきり見えちゃうから。」
なんて言っている。
素人の俺から見れば、贔屓目もあるだろうが、なかなかいい演技だったと思う。
もっとも、血まみれ映像は俺には衝撃的過ぎたが…
「すごいよねー、特殊メイクとCG。 血がドヴァーって。 KUROSAWAかと思っちゃったよ。」
「あのなぁ… あんな残酷シーンがあるんなら最初に教えてくれよ……。 トラウマになりかけたぞ。」


      ローマの平日 otto


そんな会話をしながら、俺達はティブルティーナ駅でレンタカー屋の準備待ちだ。
「もしかしてぇ〜 亜美ちゃんが死んじゃうシーン見て泣いちゃったりしたぁ?」
「しねーよ。」 
「ケッ、即答かよ。」
「泣いてはいねぇ。 が、叫びそうにはなった。」
「! へぇ〜 まじで?」
「大マジだ。 危なくとんだ小心者だと思われるところだった。」
「とんだ小心者じゃん。」
「…あ、あのなぁ… その毒舌、なんとかならねーのか? 一応俺達、恋人同士なんだよな?」
「そうだけど? それと竜児が小心者なのは関係ないじゃん。」
…うーむ。 どうやら亜美は自分の口が毒を吐いてる自覚がないらしい。
「ってか、それより何で叫びそうになったの? 血が怖かったとか?」
「違うわ! 自分の鼻血で血を見るのは慣れてる。」
「じゃ、なんで?」 いつもの意地悪顔。 
恐らく俺の答えをこいつは正確に予測している。 それでなお、俺に言わせる気なんだろう。
「そりゃ、お前が死ぬところなんか絶対見たくねーに決まってんだろ。 ってか、怪我するのだって嫌に決まってる。」
「うふ。 ふふふふ。 じゃ、竜児が守ってよね。 あたしが、傷つかないように。」
「お、おぅ。」
「くすっ……  ねぇ、それじゃ言ってみてよ。 『亜美は俺が守る』って。」
「!!」 くっ、やられた。 そう来たか…。
「ねぇ。」「くっ」 「ねーぇ。」「わ、わかったよ… あ、亜美は、お、俺が守…る」
「くすっ。 くすくすくす。」
こ、こいつ… 俺が照れるのを見て喜んでやがる…。
まったく、こまった奴だ。 とっとと話題を変えるしかねーな。 
「そ、それはそうと、お前の方から行きたい所があるなんて珍しいよな。 そろそろ場所を教えてくれよ。」
「ん〜そうねぇ、そろそろ発表しようかな。」
「どこなんだ?」
「…スカンノよ。」

210ローマの平日8 2/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:19:15 ID:l0izYW/w

イタリアじゃ、日本の常識「お客様は神様です」は通用しない。
ぶっちゃけ店員のやる気次第で待ち時間が決まる。
恐らく、俺一人だったら余裕で2時間待ちだが、亜美が交渉すれば10分待ちで希望の車が準備される。
何度も言うようだが、イタリアでは「美しい」ということは正義なのだ。
レンタカー屋ではイタリア車に次いで、フランス車、ドイツ車が多い。
今回は信頼性と経済性重視でスマートフォーツーカブリオmhdをチョイスした。
若干乗り心地に劣るが、燃費が良いのと故障が少ないのは大きなメリットだろう。
オープントップに拘るのは、前回のフィレンツェ旅行で亜美がすっかりオープンカーの魅力に取りつかれてしまったからだ。
安奈さんもオープンカーが好きと言っていたし、やっぱり親子だなぁ、なんて思ってついニヤニヤしてしまい、亜美に怒られる
という構図はいつものこと。

見上げれば夏の強い日差しが降り注ぎ、ややもすれば景色が白茶けて見えるほどの好天。
よって、今日も亜美は入念に日焼け止めを施していて、やっぱりそれを塗るのは俺の仕事だった。
まぁ、俺もいつまでもからかわれてばかりではいられん、ということで、今朝はちょっと手を滑らせてみたのだが…

ローマから目的地であるスカンノまでは一時間ちょっとだ。
いまだ少しばかり痛む後頭部を時々撫でながらハンドルを握る。
「ごめん… ちょっと力入れすぎちゃった、かな?」
苦笑いの亜美。
「でも、竜児が悪いんだからね。 朝っぱらからあんなこと……。」
自分からからかうのはOKだが、俺に愛撫されるのはNGだったらしい。 流石は我侭姫様。
だが、イかせちまったのはたしかにやりすぎだったかもしれない。
「あー、いや、確かに俺が悪かったか…。 …ちょっと、こぶが出来た程度だから、気にすんな。」
「うん。 わかればよろしい。」
「ははは…… しかし、あれだな、アブルッツォ州とはまたマイナーな場所選んだもんだなぁ。」
「やっぱりそうなの? あたしも全然聞いたこと無かったから、地元じゃどうなんだろうって思ってたんだ。」
「イタリアでもやっぱりメジャーってわけじゃないな。」
「でもね、撮影で使った場所は確かにすっごい綺麗だったよ。」
「一応、イタリアでも有数の自然が美しい場所として知られてはいるんだが、いかんせん観光施設がなぁ…。 一体、どこで
撮ったんだ?」
「えっとね、何とかって山。 カルスト台地で、石灰岩がごろごろしてるんだけど、その岩の間から綺麗な花がいっぱい咲いて
いて、すごい素敵だった。 あとは遠くからスカンノ湖を眺めるとさ、ハート型に見えるの。 あの湖って、丁度イタリアの真ん中
あたりなんだって? それで、『イタリアの心臓』とかっていう謎掛けの答えになってるってシナリオなの。」
「なるほどなぁ。 それは俺も知らなかった。 スタッフになかなかのイタリア通が居るようだな。」
「うふふふ。 竜児も知らない場所に行くのって、すっげー楽しみ♪」
「おう。確かに、ちょっとわくわくするな。」 

ハリウッド作品に連続出演し、そのどちらも大ヒット作品となったお陰で、亜美の日本国内での格が大幅に上がった。
今は映画やCMの仕事をメインにしていて、TVドラマをやる時間は限られているので、出演を取り付けたい各局は『手土産』
持参で出演交渉してくるらしい。
それで今回、某テレビ局が用意した『手土産』は、『10日間のイタリアロケ』。
さらに、撮影の合間に3日間のオフがあるという、ある意味、あざといほどのものだったのだそうだ。
あまりのあざとさに印象は悪かったが、イタリアロケは確かに魅力的だったから受けることにしたらしい。
で、今日はその前半の撮影でいった場所に、早速二人で行ってみようと、そういう訳である。

コクッロで高速道路から降りると、コクッロ=アンヴェルサ県道に入る。
標高2000m級の峻険な岩山の間を削るサジタリオ渓谷沿いに20kmほど進むと、青く輝く湖が現れる。
標高約900mの高原に空の青を映して輝くエメラルドグリーンの湖水。
そこが、スカンノ湖であった。

211ローマの平日8 3/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:19:58 ID:l0izYW/w

湖沿いを進んでいくと、その一角に砂浜が現れる。
高原の湖は急激に深くなる湖が多く、砂浜がないものが多いが、ここスカンノ湖にはネコの額ほどではあったが、砂浜があった。
いや、正確には砂ではなく、礫であるが。
浜のすぐ傍に駐車場が整備されており、何台か分のスペースが空いていた。
亜美の計画では、ここでお昼くらいまで水遊びを楽しんで、それからシエスタの時間帯になったら、スカンノの町中を通り抜け高台
から湖を眺めて、最後にシエスタが終わる頃に町にもどって街中散策を楽しむのだという。
移動は非効率的だが、順番としては確かに亜美のプランは良さそうだ。
だが、一つだけ賛成しかねる要素がある。

「なぁ、亜美。 本当に泳ぐ気か?」
「あったりまえじゃん。 何のために下に水着着てきたと思ってんのよ。」
「いや、水冷たくないか? 大抵こういう湖は夏でも水が異様に冷たいと相場が決まってるんだが。」
「たぶん冷たいけど、こんなに暑いんだから、丁度いいって。 それに、ほら、泳いでる人いるじゃん。」
「いやな、ヨーロッパ人は皮膚の感覚がおかしい奴が多いと思うんだよ。 俺的には。」
「ちょっと水浴び程度だって。 ほら、ウダウダ言ってないで、いくよ!」
そういって俺の手を無理やり引っ張る亜美は既に水着姿に変身している。
そもそも、今日の亜美のファッションは黒のワンピース水着に白のショートシャツをフロントでちょっと結んだだけ。
下はデニムのゆるゆるショートパンツ。 足の付け根付近の隙間から、時折中のハイレグ水着のラインがチラつく。
水着自体はちょっとエレガントな感じさえするハイレグワンピースで、亜美にしてはややおとなしめのデザインだが、服の下からの
チラ見えがかえってエロかった。
むしろ完全な水着姿の今は爽やかな健康美という感じ。
だが目立っている。
湖岸にはいかにも避暑にきたリゾート客という連中が陣取っていたが、亜美のナイスバディは早くも彼らの視線を惹き付けていた。
こうなると亜美に引き摺られるのも格好悪いので、おとなしくついていくことにする。
俺が観念したのを悟ると、亜美は先行して湖岸に陣を敷きに向かった。
そんな姿を苦笑い交じりに眺める。
周囲の視線はいまだ俺達に向けられているが…
なるほど、人目を引くわけだ。 ポニーテールに結わえた黒髪が左右に揺れる後姿も、確かに美しい。
「ほらっ、早く!」
シートを目当ての場所に広げ、四つ角に石をのせながら、亜美が手招く。
「おう。」
持参した弁当箱その他を両手にもてるだけ持って亜美の広げたシートに向かう俺は、さながら召使にでも見えるだろう。
それだけ外見にはギャップのある俺達だったが、それでも此処は人が少ない分、好奇の視線も少なくてすむ。
まぁ、あまり周りを気にしすぎるのも良くない、ということで、俺は陣地設営に精を出すことにしたのだった。

212ローマの平日8 4/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:20:53 ID:l0izYW/w

「よし、これで完璧だ。」
「………竜児、神経質すぎ……。」
「な、なに言ってんだよ、これくらいは普通だろ。」
「もうっ 待っててあげたんだから、早く水辺にいこうよ。 亜美ちゃん、汗かいちゃったじゃん。」
「はいはい、わかったから、うおっ。 っと。 そんなに引っ張るなって!」

波打ち際といっても、風が殆ど無いため湖はとても凪いでいて、波らしい波は無い。
亜美はまず、ちょん、と爪先を水に入れて、それからバシャバシャと水を跳ね上げた。
腰まで水に使って振り返る。
「つめたーい。 でも気持ちいい!!」
「ちゃんと準備体操しろよ。 危ない… うおおっ!」
いきなり亜美に水をかけられた。
「あははははは。」
「あ、あのなぁ、湖ってのはある意味、海より危険なんだぞ! いくら泳ぎが得意のお前でも…「湖には『躍層』といって、冷たい水
の塊の層がある。 そこが稀に水深が浅い位置にあると、立ち泳ぎをしたときに足がその層に入ってしまう。 そうすると急に冷た
い水に触れた足がつったりする。 さらには、『躍層』は対流しないが、その上の水の層は対流しているから、丁度足が掴まれた
状態になって、上半身だけが流され、水中に沈んでいく。 この現象が昔話で湖や沼の化物に引き摺り込まれる、という話の基に
なっている。」」
「……」
人差し指を立てて、物凄く得意そうな顔の亜美。 対する俺は…ああ…口をぱくぱくしてたかもしれん…。
「うふふふふふ。 竜児の薀蓄、撃破成功! どうよ? 亜美ちゃん凄ーい。」
「……わざわざ調べたのか?」
「うん。 ヤマ張って調べてきたけど大当たり〜。 あははは。 どう、気分は? 人から聞かされると薀蓄ってウザイでしょ?」
「…もしかして、他にもあるのか?」
「うんっ。 さーて、なーにかなぁ〜。」
まったく…… 本当にびっくり箱みたいな奴だ。
あの手この手で俺を驚かせたり、からかったり。 
尻にしかれると言うのとも違うような気がするが…こいつ相手にイニシアチブをとるのは至難の業だ…。
「でも、調べたおかげで、湖が危ないっていうのは良くわかったから、足が届かないところには行かないよ。」
「おう。 そうしてくれ。 あとな、俺を騙して溺れたふりをするのも無しな。 自慢じゃないが、120%取り乱す自信がある。」
「ぷっ 自分で言うなって。 あはは。 そうねぇ……正直さに免じて勘弁してあげる。」
「それっ!」 言い終わるや否や、水かけ攻撃を再開する亜美。
「おおぅ! おのれー。 これでどうだ!!」 掌で水面を斜めに叩くようにして水を飛ばす。 勢いも水量も亜美の数倍だ。
「わひゃ! …やったわねーーーー」
そうして先ずは水かけ合戦が始まったのだった。

それ以後はせいぜい膝くらいの深さの所で、文字通り『水遊び』に興じつつ時間が過ぎる。
付近にはプレジャーボートがぷかぷか浮かんでいて、それなりに賑わっているが、他の海岸に比べたら圧倒的に人は少ない。
きっとその辺りが亜美がここを選んだ理由なんだろう。
そして、亜美と戯れていると、時間が過ぎるのがあっという間だ。
何をしていたのかと聞かれると、特に何もしていないのだが、どういうわけか退屈しない。

今は二人でシートの上に寝転んでいたが、特に会話も無いのに楽しいのはどうした訳か?
ときどき亜美は俺の方を向いて、ちょん、と俺の腕やら胸やらをつつく。
だが、それだけ。
それが何度も続くので、お返しに俺もちょっとつついてみることにした。
胸の膨らみの裾野のほうを、ちょん、と。
亜美はちょっとだけ竦むと俺の方に笑顔で向き直り、また俺のおでこをつつく。
このなんともいえない甘い雰囲気に耐えかねて…
「えーと……そろそろ飯にしようぜ。」
こんな色気の無い台詞を口にしてしまう俺だった。

213ローマの平日8 5/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:21:44 ID:l0izYW/w

湖岸で食事を楽しんだ後、俺達は当初予定通り、小さなスカンノの町を通り抜け、湖を見下ろす高台に向かった。
そこは町の外れから細い山道を辿って、最終的には歩いて長い坂道を登らなければならない。
その坂道を意気揚々と登る亜美は、大胆にも水着姿にパレオというか、巻きスカートを巻いただけ。
しかもスカートの生地が薄いので太ももやおしりが透けて見える。
そんな格好の亜美が坂道を先導して歩くという事は、視界的にかなり刺激が強い。
男としてはどうしてもその桃のようなお尻や、足の隙間で悩ましく変形する柔肉の膨らみなんかに目がいってしまう。
だから…
「着いたー!」
そう言って急に立ち止まった亜美に、思いきり追突してしまった。
「おぅ!」「きゃっ!」
「ちょ、ちょっと竜児、気をつけてよ!」
「お、おう、すまん。」
「もう。 ほらっ、見てよ、湖。」
「お、おおお。」
高台からは視界を遮るものは無く、スカンノ湖の全貌が見て取れる。 高原の湖は見事な青に輝いてすこぶる美しい。
そして…
「ね、ハート型に見えるでしょ?」
「本当だな。 たしかにそんな感じに見える。」
若干いびつだが、確かにハート型と言えばそう見えなくも無い。
「あのね、ここから湖に向かってカップルでお祈りすると、湖の精霊が二人を永遠に結びつけてくれるんだって。」
「へー。 そんな言い伝えがあるのか。」
「ないよ。」
「…はぁ?」
「今作ったの。 だから、お祈りしても大丈夫だよ。 ほら、一緒にお祈りしよっ!」
「な、なんだそりゃ… 意味がわからん。」
「いいの。 亜美ちゃんの中でだけ本当ならいいの。 だから、ね。 いっせーの、せ。 パンパン。」
「しかも神道かよ!」
「いいから、竜児もほらっ、一緒に。 パンパンって。」
「……なんだかなぁ…… ほれ、ぱんぱん、っと。」
俺が手を合わせるのを横目で確認した後、亜美は合掌し目を瞑る。
つられて俺も目を閉じ…そして目を開いた時、亜美はまだ手を合わせていた。
その横顔がとても真剣で…
…ああ。ダメだ。 俺はまだまだコイツの気持ちを掴みきれていねぇ…。
もう一度、俺は目を瞑る。 そして、今度は真剣に祈った。
いつまでも、亜美と一緒にいられるように、と。

…そして目を開いたら、目の前で亜美の大きな目が悪戯っぽい光を放つ。
「あはははははっ なーに、くそ真面目な顔して拝んでるんだっつーの!」
「あ、あのなぁ。 拝めって言ったのはお前だろーが!」
「うんうん。 竜児は信心深いねー。 いい心がけじゃん。 いっそのこと亜美ちゃん教でも作っちゃう?」

そう言って俺をからかう天邪鬼は、下りの坂道、心なし機嫌が良さそうにみえたのだった。

214ローマの平日8 6/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:22:34 ID:l0izYW/w

そして本日最後の予定は街中散策。
スカンノはイタリアの原風景とも言われるほど、古いイタリアの様子を今に伝える町だ。
山の斜面に張り付くように同じような形をした家々が立ち並ぶ。
石畳の街路はまるで迷路のようで、あちこちにある階段が何処に続くのか見当もつかない。
だが、迷う心配は無い。
少し歩けば、すぐに町の外に出てしまうからだ。
そんな小さな町の中、とくに当て所も無くふらふら散策する。
窓辺のプランターには真っ赤なゼラニウムやベゴニアが植えてあり、味気ない石壁に文字通り華を添える。

やがてメインストリートに小さなお土産屋さんを見つけて、木彫りの人形を購入する亜美。
最近亜美はイタリア語のヒアリングが大体出来るようになってきた。
話すほうはまだまだだが、この短期間であるから、聞き取りが出来るようになっただけでも大したものである。
「随分イタリア語覚えてきたな。」
「ん〜どうかな。 大体聞き取れるけど、でもまだまだ意味が不確かな言葉が多い気がする…。」
「いやいや、会話が成り立つんだから十分だろ。」
そういえば、たまにカルロ兄貴とひそひそ話しをしているのだが…。
「ところで、お前、このあいだカルロ兄貴となんか話してたみたいだったけど、何を話してたんだ?」
「カルロさんって超カッコいいし、ガールフレンド山ほどいるでしょ? だから、いろいろ聞いてたの。男の喜ぶツボとか。」
「…なんだよ、それ。」
ほんのちょっとだが、気分が悪い。 確かにカルロ兄貴は男の俺からみてもイケメンだが…
にやりと歪んだ口元はそんな俺の嫉妬心に気付いているのだろう。
「そんなの聞いてどうするんだよ。」
「どうって? そりゃ演技に役立てるとか?」
「なんの演技だよ…。」
「さぁ、なんだろうね。 うふっ。 なーんか、エッチなこと想像してない?」
「してねーよ。」
「ふーん。 じゃ、カルロさんに指南してもらおっかなー。 夜のテクニック…。」
「なっ!!」
あまりにもあまりな台詞に、マジでむっとした。
思わず抗議をしそうになったが、頬を膨らませる亜美の顔を見て思いとどまる。
そしてここ最近のセックスのことを思い出す。 
確かに昨晩も俺の圧勝だったし、今朝もついつい勢いでトドメまで……うーむ。
「なぁ、お前、そんなに悔しかったのかよ。」
そう言ってしまってから、逆撫でするような台詞だったことに気がつく。 
だが怒るかと思った亜美は、意外にも呆れたような表情で…
「判ってないなぁ… 竜児はエッチしてて一番嬉しい時って、どんな時?」
「そりゃ… そうだな… やっぱり、お前がイッた時か …あ。」
「そーゆーこと。」
つまり、亜美から見たら… いやいや、まてよ、それなら…
「だったら、いつも一緒にイけるようにすればいいんじゃねーか?」
「何すっとぼけた事いってんの? あたしはね、我侭で欲張りなの!」
はい?
「……えーと……」
「ちゃーんと理解してる? 悔しいわけじゃないの。 ここ、重要な所だからね!」
「おう… 何というか、ある意味すげー納得した。」
「なら、よし。 …あ、でもわざと手加減したら承知しないから。」
なら、俺は一体どうすればいいんだよ…とは聞けない。 恐ろしくて。
そこで俺は少し赤らんできた西の空に話題を振って、この針のむしろから脱出することにした。
「それはそうと、随分日も傾いてきたな。 さて、夕飯はどうする?」
「……またそうやって誤魔化すんだから…。」
「はは。 ははは…。」
「…ま、いいけど。 そうね、スカンノの町も十分堪能したし、スタッフの迎えの時間もあるし…」
「ローマに戻るか。」 「うん。」

こうして、スカンノへの小旅行は幕を閉じることとなった。

215ローマの平日8 7/7  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:23:26 ID:l0izYW/w

スカンノを出たのは午後6時ころであったが、こうしてローマに帰って食事を終えても、ようやく日が沈み始めるところだ。
綺麗な夕焼けに染まるトラステベレ駅の前で、亜美の迎えの車を待っている。
いつもながら、この時間が一番寂しい時だ。
次に合えるのはいつのことやら……。
会話が途切れて、亜美は爪先で石畳の隙間の小石をもてあそんでいる。
「ところで、どんなドラマなんだ?」
寂しくて、あえてどうでもいい話を話題に選んだ。
「お前、いつも損な役回りばっかりだからよ…また変な役なんじゃねーだろうな?」
「ううん、今回はちゃんと主役。」
「秋の改変の特番だってさ。 旅行教養番組とサスペンスの融合? ん〜。 よくわかんね。」
「なんか、謎解きしながら、イタリア各地の観光名所を巡っていくらしいよ。」
「おいおい、てきとうだな…。」
「仕事だから、本番はちゃんとやるよ?」
「でも、正直言うと、今度クランクインする映画に全力投球したいんだよね。 イギリス映画なんだけど、ヒロイン役なんだ。
もちろん、台詞は全部英語だし、クイーンズってちょっと発音とか言い回しが違うんだよね…前の映画で英語喋ってたから
普通に喋れると思われちゃってるみたいでさ。 ご丁寧に『貧しい日系二世の設定なんで、たどたどしくお願いします…』
なんて注文つきよ。 そもそも上手になんて喋れねーっつの。」
「おいおい。大丈夫なのか? っていうか、そういうのちゃんと調べないでオファーくんのかよ。」
「プロデューサーが『亜美ちゃ〜ん、英語話せるって書いといたから、よろしくねぇ』って… ありえねーよ、あのゲイ野朗。」
「だが、日常会話は話せてたようだったが…」
「それこそ片言だよ。 読み書きは全然ダメだし、台詞なんかは発音含めて丸暗記。 でもね、確かに凄いいい映画になり
そうなんだよね…。 これちゃんと演じられたら、すごい自信つくと思うんだ…。」
「そんな訳で、台本と格闘しながら毎日自主訓練。 もーいやんなっちゃうけど…でも、がんばんないとね。」
今までに無く亜美の瞳が輝いてる。 
勿論、そんな亜美を見て、俺が嬉しくない筈が無い。 そのせいか、浮かれてつい的外れな質問をしてしまった。
「へぇーすげーじゃねぇか。 だったら、なんでテレビドラマの仕事請けたんだ?」
「なんで? なんでって… どうしてそんな判りきった事聞くかなぁ…」
「最近休みどんどん減ってるし、こうでもしないと会えないじゃん…」
「あ… …すまん。 そうだよな… 本当は俺の方から会いにいければ良いんだが…」
「ううん、あたしこそ…。 あたしが普通の女の子だったらもっともっと一緒にいれるのに……。」
急にしんみりしてしまった。
訪れた短い沈黙。

「ねぇ… あんたは、本当にあたしなんかでいいの?」
ついうっかり声に出してしまったような、そんな顔。 それだけに、それが亜美の本心だと知れる。

…『なんか』… ねぇ…
ここはきっちり、その思い違いを正してやるべきだろう。

「そうだな。 もしもお前が、お前より美人で、お前よりスタイルが良くて、お前よりも意地悪で、お前よりも素直じゃなくて、
それでいて、お前よりも優しい女の子を紹介してくれるって言うんなら、考えなくもねぇ。」
「なっ…… な、なによ、それ…」
まぁ、無理だよな。 最初の二つの条件をクリアするのでさえ至難だ。
困惑したような表情。 頬も心なしか赤い。
言葉遊びで俺が勝つのは珍しい。 それで、つい調子に乗ってしまった。
「おう。 そんな奴、見つけられるもんなら、見つけてみろ。」
「…っ!!」
「ぐほぁっ!!」
神速の右フックを俺の鳩尾に食らわせた後、ぷいっと背を向けて呟いた声は、どうしようもないくらい可愛らしかった。

「竜児の…バカ…。」

それは……最高に幸せな、そんなローマの点描。


                                                                    おわり。
21698VM  ◆/8XdRnPcqA :2010/04/22(木) 22:24:33 ID:l0izYW/w

お粗末さまでした。
時々難しい言葉があるかも知れません。 そんなときは検索してみてね。
例えば、前々回の「カラヴァッジオのメドゥーサ」とか、ビジュアルで判ると
文章の面白さも随分違ってくると思うので。
お手間取らせて申し訳ないですが、是非。

217名無しさん@ピンキー:2010/04/22(木) 22:52:56 ID:YRQXWutV
218名無しさん@ピンキー:2010/04/23(金) 01:26:12 ID:rsuGNFEz
>>216 GJ
何時も楽しみにしています。
グー○ルマップのス○リートビューを見ながら読んだら、ぐーでした。
219名無しさん@ピンキー:2010/04/23(金) 04:47:43 ID:pGY4onzj
>>216
GJ

「あのゲイ野朗」が大山さん型なのか降旗P型なのか。それが気になる。
220名無しさん@ピンキー:2010/04/23(金) 16:19:36 ID:D0nQnHWP
最近、奈々子分が不足しているぜ…
221名無しさん@ピンキー:2010/04/23(金) 23:17:01 ID:PmlQvjyC
>>216
GJでした!
イチャラブはいいですのう
222 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:37:30 ID:3nbd//LB
皆さんお久し振りです。
新たに ちわドラ! を書いたので投下させてください。
前作の感想をくださった皆さん、まとめてくださった管理人さんありがとうございます。
さて、このSSは以前に投下した[伝えたい言葉]及び[言霊]の続編で亜美×竜児、エロ有りです。
苦手な方はスルーしてやってください、では次レスから投下します。

223 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:38:10 ID:3nbd//LB
[ある二人の日常(1)]


「ねぇ竜児…亜美ちゃんのこと……好き?」
「当たり前じゃねぇか、どうしたんだよ」
「……本当に?」
「ああ、本当に、だ」
「そっかぁ、ふぅ〜ん」
夕食後、居間でのんびりとテレビを見ていた時だ、卓袱台を挟んで頬杖をついた亜美が俺に話し掛けてきた。
長い艶髪を人差し指にクルクルと巻いては解き、芸人の内輪ネタで盛り上がる画面をつまらなそうに見やりながら……。
『ふぅ〜ん』と呟いた後の会話は無い、いや…そう返されたら何を言えばいいやら…といった感じ。
俺は彼女の横顔を見ながら真意を探ろうとする、ここ四日間ほど亜美はこれに似た問い掛けを繰り返している。
色々と波乱に満ちた二年生が終わって今は春休みに入ったばかり、逆算すれば終業式があった日の夕方からずっと……様子がおかしい。
正確には反省会という名の打ち上げ会を皆でしたんだが、それが終了してからここに至るまで……だ。
俺に思い当たる節は無いが『怒ってんのか?』と聞いてみても『怒ってませぇ〜ん』とつっけんどんに返される、だが不機嫌オーラを滲ませている。
だが俺にはたった一つ解ることがあるのだ、それは亜美の態度が『ブラフ』だという事、彼女が本当に不機嫌なら我が家に来ないだろうから。
仕事が無い、もしくは終わったら約束した訳でも無いのに昼辺りにはちゃっかりと居間でダラダラ、昼飯ガッツリ晩飯控え目オヤツ付きといった具合だ。
ちなみに『昼飯ガッツリ』と言っても大河の三分の一、晩飯に至っては四分の一だ。けど間食は大河とまでは言わないが相当である、まあ蛇足だが。
大河と亜美が入れ替わったようにも感じる、が…彼女は俺の恋人なのだ常に居れて嬉しいし楽しい…それは間違いない。
どんなに忙しくても俺と逢う時間を作ってくれる、からかったり悪態をつきつつも甘えてきて甘えさせてくれる。
そんな幸せな日々は俺にとってこれ以上無い程に心が休まる、しかし……前述の通りな態度をされると心配な反面イラッとする、それが本音だ。
俺達は『横並び』でどちらかが先を進んだら手を取って引っ張り、壁にぶつかったら足掻いて蹴破って……そういう関係でありたい。
なのに……亜美のヤツはこちらの心配なんて何処吹く風、ヒラリヒラリと躱して翻弄する。


224 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:39:17 ID:3nbd//LB
それがイラつく原因なのだ、だけど俺はそんな亜美に強く出れない……それは彼女が我儘に近い態度をするのには理由があると思っているからだ。
悪態をついた後の亜美は憂鬱そうで…悲しそうで寂しそうで、先の質問以外の会話は上の空。
ああ心配だ、俺はこう見えても気が気ではない、何を訴え掛けているのか気付かない自分を殴りたい。
「……悩み事かよ、この間からずっと……なんつーか変だぞお前」
意を決して彼女に聞いてみる、コイツだって子供じゃない…いつまでも不貞腐れていられない事くらい解っているだろうに。
………プライドが高いんだよ、どんな些細な事でも自分一人で抱え込もうとしやがる、何の為に俺が居るんだ……もし悩んでいるなら………言ってくれたっていいじゃねぇか。
「………生理中」
「アレはこの前来たって言ってたじゃねぇか、もう流石に終わってるだろ」
「……はぁ〜、じゃあ……風邪」
そんな風に彼女は溜息を吐いて見え透いた嘘ばかり言う、月のモノなら前回からの周期的にまだ先だし、風邪なら俺の家に来ないだろうが。
「私がずっとこんな態度の理由を知りたい?」
『勝手にしろ』と放って二、三分も経つと亜美がポツリとそう呟く。
「そりゃそうだろ、そんなツンツンされてたら俺だって……」
「最近、竜児が冷たいから」
俺がいかに心配し、イライラしているか語ろうとしたら亜美は遮るように言う、強くハッキリ…と。
正直…面食らった、まったく身に覚えが無いぞ、俺は普段と変わらず接しているつもりだ。
「だから……亜美ちゃんも、さ……竜児に対して冷たくしてやろう、って思っただけ」
卓袱台に頬をペタンと貼り付けて途切れ途切れに呟く。
「おぅ…俺の態度や接し方が冷たいと思ったのか?」
そう聞き返してみても彼女は反応を返さない。『当たり前、当然じゃん』と言わんばかりに…。
「……エッチしてくれない、キスしてくれない………亜美ちゃんが甘えても前みたいにドキドキしてくれないじゃん」
と言われたら前言撤回だ彼女の言う通り。
亜美が『アノの日』で出来なかったんだ、最後に致したのは二月の終わりだった確かにそれ以来していない。
キスは……終業式の前日だったな、 だが甘えてうんねんは間違いなく『身に覚えが無い』
「その……なんだセックスとキスの事に関しては……スマン、けど最後のヤツは悪いが身に覚えが無い、こう見えても俺は……結構常にドキドキしてる」


225 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:40:26 ID:3nbd//LB
「ウソだぁ……この前だってそうだったし、ジュースを口移しであげようとしたら速攻で拒否ったクセに……」
つまり彼女の言う『ドキドキしてくれない』はそういう事らしい。
打ち上げ会の櫛枝からのサプライズ…亜美に一緒にストローで飲むかそれとも『口移し』にするかと聞かれた。
『お、おぅ…それはストローしかないだろ、亜美がしたいなら仕方無い、仕方無いんだ』
と俺は返事してハート型ストローで仲良くジュースを飲む道を選んだ、彼女的には不本意だったらしく……かなり気に食わなかったみたいだ。
「口移しがどうとか…ってあれはマジだったのか」
「マジの大マジに決まってるし、私は竜児に対して常に全力全開のフルスロットルだっつーの」
そう言ってプイッと顔を背ける、いじける。あの時は終始ニコニコしていた、でも内心ではかなり傷付いて怒り心頭だったんだから、そう遠回しに伝えてきている。
場の空気を壊したくないから解散まで我慢していた、と言いたいのだ。頬を膨らませてみて表してさえいる。
「俺は今、そんなお前が可愛くてドキドキしている…マジで」
そう、普段の『落ち着いた大人っぽい』川嶋亜美は鳴りを潜め、歳相応とは言わないが少し幼い、それは初めて目にする姿でいじらしくて可愛いドキドキする。
「ふぅ〜んそうやって誤魔化すんだぁ? やっぱり冷たい、亜美ちゃんに飽きたんだ、醒めたんだ……弄んだんだ」
ここで初めて彼女は食い付く、俺の言葉に微笑みつつ心にも無い事を口走る…素直じゃねぇ。
しかしこれは彼女の性格であり本当は嬉しい筈なのだ、口元がニヤついてるぞ?
「飽きてねぇし醒めてねぇ弄んでもねぇよ、むしろ毎日が新鮮で燃えてるしどちらかと言えば弄ばれてる。
普段と違って子供っぽくて可愛い、そういうのも悪くないと想う……だからドキドキしてるんだ」
「へぇ〜………ふふっ♪ ちなみにその"もえてる"ってぇ可愛いって意味の"萌え"? それともぉ…ムラムラするって意味な"燃え"?」
日本語って難しい、同音異義語がいくつもある、アクセントを変えて言っていても通じない事もある。亜美の場合はわざと聞いてるんだろうがな。
俺は『萌え萌えキュン』とかは言わないから想像すらしないだろうし、これもスキあらばからかう材料にしようとしているんだな?


226 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:41:19 ID:3nbd//LB
木原や香椎に『竜児がぁ〜亜美に萌え萌えって言ってたんだよ』とか吹聴するつもりか、せめてからかうつもりなら俺に対してだけにしてくれ沽券に関わる。
「両方っ、萌えるし燃える」
まあ、でもどう転んでもからかわれるに違い無いから素直に認めておくに越した事はない。
「んふふっ…うふふっ♪」
彼女は俺の言葉に満足したのか機嫌を治し満面の笑みを浮かべて卓袱台越しに顔を近付けてきた。
「亜美ちゃんは正直者の竜児が好きだぞっと」
と、鼻を人差し指でツンツンと軽く突いてニコニコ、これには俺もおもわず笑みが零れる。
さっきまでのイライラは吹っ飛んで胸の中が暖かくなる、こうして戯れるのはいつ振りだろう。
付き合い始めた頃は暇さえあればこうして戯れ逢っていた、いつの間にかスキンシップは減っていき最近はまったくしていなかった。
彼女を抱かなかったのは……言ってみれば自惚れ、いつでも出来ると高を括っていた部分が俺にあって手を出さないままズルズルと…。
肉体的な繋がりより精神的な繋がりしか見えてなくて疎かになっていた。
ああ、だから彼女はそれもひっくるめて『冷たい』と言っていたのだろうか?
俺は彼女の性格からしてベタベタにくっついたら嫌がると思っていたのだ、この反応を見る限りではTPOを考えてすれば問題無いのではないかと思う。
だから俺も行動に移してみる論より証拠だ。
彼女の頬を両手で撫で、額同士を重ねてみる。
「あ…DVだDV…可愛い彼女に頭突きした」
軽口を言って彼女は嬉しがる、久々の愛らしい反応に俺は夢中になる。
「人様に誤解を招くような言い方すんな」
次に鼻先でつっつき逢ってみたり擦り合わせてみたり……亜美の頬が徐々に桜色に染まっていき上目遣いで見詰めて…。
頬へ手をあてがったまま人差し指を伸ばして耳を撫で、掛かった髪を耳の裏へ渡して再び撫でる。すると亜美も俺の頬を撫でてくれる。
「竜児ぃ…っ、この前は出来なかったけど…してみる? 口移し…」
しばらくそうして戯れ逢っていると彼女はうわずった声で提案した。
「亜美がしたいなら」
「竜児はしたくないの?」
すぐに返された言葉はそんな感じでここで返す言葉は決まっている、言わないとまた不機嫌になるだろうな。
「したい!」
即答したのは俺が久々の触れ合いに歓喜しているから……。


227 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:42:17 ID:3nbd//LB
「実はこんな物があるんだ」
と嬉しそうに彼女がポケットの中からアメを取り出す、青紫色の小さな小さな可愛らしい包みだ。
「何味?」
「ブルーベリーヨーグルト、これハマってるんだよね」
彼女はアメを口に含んでコロコロと音を発てながらしゃぶり、四つん這いで俺の横に並んで座る。
肩をピッタリ寄せチラリと上目遣いで見詰めて俺の頬をそっと持ち、自分の方へ向かせる。
「ほらぁ…あ〜ん」
俺は彼女に顔を近付けて待受ける、唇を舌なめずりして…。
亜美が背伸びをして俺との距離を縮めてくるジワジワ焦らすように…、鼻先が触れたら僅かに顔をかしげて今度は唇へ…。
甘ったるいブルーベリーとヨーグルトの香りが鼻をくすぐり、爽やかな彼女の匂いに顔が熱を帯びていく…。
「はぁ〜いウッソぉ〜」
だが唇が触れる寸前で亜美はパッと俺から離れる、呆気に取られる姿が面白いのかクスクスと笑っている。
「そ、そんな…」
「えぇ〜? だって竜児の顔エロくなってるしぃ唇カサカサだもん、がっつかれて亜美ちゃんのかっわいい唇が傷付いたら嫌なんですけどー」
人差し指で俺の唇を左右に擦って彼女は新しい悪戯を思い付いたかのような笑みを浮かべる。
ニヤリ…と不敵に笑い俺の頭を左腕で引き寄せて右手で顎を掴むんだほんの少し乱暴に、今から何をされるのか想像がつかない。
「動いちゃダメ…ん……」
再び彼女の唇が俺に近付いてきて僅かに覗いた舌がチロチロと蠢く、甘ったるい飴の匂いと甘酸っぱい亜美の香りが濃ゆくなっていく。
そして唇にそっと触れた舌先が唾液の軌跡を残して伝い酔わせる、暖かく甘い吐息で狂わせる。
「ん、ふ…カサカサなら…んむ、キスする前にプルプルにしたらいいじゃん、ちゅ…ぺろぺろしてね」
そう囁いて亜美は甘く唇に吸い付き
『まだカサカサ…』
と言って甘える子犬のように舐め回して俺を潤していく、ツツッともどかしいくらいゆっくり…。
俺は微動だも出来ない、握った拳の中が汗ばんでいく、…欲情していく。
「ちゅぱっ、…んぅ? うふ……あむ、ん〜……ぴちゃ」
亜美は俺から目を逸さない、ジッと挑戦的な上目遣いで見詰め…時折『御褒美』と言わんばかりに優しく口付ける、一瞬だけ舌を潜らせてくる。
それを受入れようとすると彼女はサッと引いて唾液を含ませた唇で啄む。
『もうカサカサじゃないだろ』


228 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:43:05 ID:3nbd//LB
と、目で訴え掛けても彼女は悪戯っぽく微笑むだけ…わざとらしく犬歯で甘噛みしてみたり舌先でチロチロと舐めて焦らす。
堪らず彼女を胸の中へ抱き寄せるとピタッと身体を寄せてきて一言。
「ぴちゃ……ちびトラの言っていた事ってあながち間違いじゃないわ」
頬をほんのり桜色に染めた亜美は強く唇を重ねて舌と共に飴を俺の口内に潜らせる。
濃厚な甘味は彼女の熱で増して…とても淫美で……絡める舌は背筋をゾクゾク震わせる程に情熱的だ。
「ちゅぱっ、ちゅ…ちゅ、ちゅく……んんっ、あふ…」
『味見』をさせたつもりなのか数十秒の口付けを終え、彼女は口を開く。
「竜児って確かに"犬"だよね、エロ犬……キスだけで興奮しちゃってるんですけどぉ、久し振りだし仕方無いかなぁ、
まあ亜美ちゃんみたいな存在自体が罪で奇跡な絶世美少女とキスとかしたらぁ〜男ならハアハアしちゃって当然みたいな?
自分を鏡で見てても見とれちゃうもん、わかるわかるー♪ ふふん」
ほとんど自画自賛じゃねぇか、大河が〜うんねんに掛かっているのは少ししかねぇよ。
「へっ…どうせ俺はエロ犬ですよ、キスしたらハアハアしてますよ」
「えぇーイジけないでよ事実じゃん、まあいいや………でさ……」
背伸びした彼女はコツンと額を重ねて俺に紡ぐ、頬を紅潮させ潤んだ瞳をウルウル。
「私は……"えろちー"だ、アンタとキスしただけで………全部は言わねーけど」
アイボリー色のカットソーから露出した肩、身体の線がクッキリなデニムパンツ、プルプルな唇、俺の視線はそれらに忙しく向けられて更に気付く。
胸板に押し付けられた乳がいつもより柔らかいことに……ノーブラ!?
「ちょっと亜美ちゃんの話はまだ終わってないんですけどぉ、エロ竜児。けど……いいや、続きしよっ」
その視線を知ってか知らずか亜美は俺に抗議しつつ膝の上に横向きに収まり足を投げ出す、両腕を首に回して身体を支えてくれば自然と俺の手は膝裏と背中へ……。
お姫様抱っこというヤツだ亜美のお気に入り、何度となくしているから勝手に身体が動くんだ。
「あ…。ちゅっ…ぱ、は…んんっ」
あとは種火が燃え上がるまで二人で溶け合うだけ、彼女がお膳立てするのはここまで…続きは俺がリード。
舌で戯れ口内で飴と共に舐め合う、甘い味と吐息に思考と身体を溶かしていく…そう、それだけ。


229 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:44:33 ID:3nbd//LB
「くちゅっ…ぅうん、はっ…あっ、ちゅるっ……んっく。 はっ…はっ……はふ、ちゅっぱ、ぴちゃ…」
だけどそれ以上ってあるのか? これしかないだろ?
すれ違った気持ちを手繰り寄せようと亜美が手を伸ばしたなら自惚れていた俺は贖罪の代わりに彼女を愛する。
目一杯に愛情を載せて満足するまで…だろ。
その現れが彼女が息継ぎをする暇を与えずに口付けること、しっかり抱き抱えて交わすのだ。
小さく溶けていく飴と共に舌を巻き付かせて唾液を咀嚼し、贈り返して甘噛みされて啜って吸い付く、ヒクンッと身体と呼吸を弾ませられたら余計に夢中になる。
「りゅうひぃ…んんっ、はあはあっ…あぅ……あ」
エロ犬と笑われてもいい、膝裏の手は徐々にフトモモへ伸びて撫で揉む。
チロチロと誘う舌先をねっとりと舐め回したらすぐに甘く数回に分けて吸い付く、口内の奥へ侵入してくすぐる。
亜美が口付けから逃れようとする、それを押さえ付けてしゃぶり回すと柔順になって自ら舌を絡ませて甘える。
とうに飴は溶けて無くなっている、残った濃厚な甘味を二人で和らげていく。それと同時進行で俺の手は彼女の下腹部へ……。
優しく秘部を揉む、指に軽く力を入れて擦るように、掻くように…だがそれはすぐ亜美に止められる。トロンと蕩けた瞳で見詰めておねだりされるんだ。
「竜児ぃ…焦らさないで? 亜美ちゃんもう切ないの、だから……」
途中で彼女は耳元へ顔を近付けて囁く。
「一緒にぺろぺろしよっ? 竜児が遊んでくれなかったからだよ…ずっとムラムラしてたんだか、ら……我慢してたし寂しかったんだもん」
と…甘えん坊な言い方で、ゾクッと沸き立つ興奮を覚えて身震いする、そして俺もやっぱり男なんだと自覚する。
彼氏なのだから彼女である亜美の甘える姿はもちろん愛しいギュッと強く抱き締めてやりたくなる、同時に荒々しく交わり自分の色で染め上げてしまいたいと想ったから、だ。
この愛くるしい表情を快楽で蕩けさせたい、甲高い艶声で啼かせたい、汗ばんだ肢体を寄せてしがみつく彼女を組み伏せて野獣のように蹂躙したい。
最近は静まっていたそんな欲望が首を擡げて支配していく、欲望は強い欲求となり身を焦がす。
「…スマン、気付いてやれなかった。お詫びにオマエがして欲しいことは何でもしてやる、……俺もしたいし」


230 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:45:43 ID:3nbd//LB
だが今は欲求を満たす時では無い、もっと先だ…まずは彼女を満足させてから。
そう自分に言い聞かせて俺は寝転がり亜美をと身体の向きを互い違いにさせて跨がらせる。
「あったりまえだし、亜美ちゃんを寂しくさせたお詫びは万倍返しでして当然っしょ、みたいな?」
と言いつつさっそく彼女はタイトなデニムパンツと下着を脱ぎ捨てて姦る気満々、秘部をグイッと俺の顔に押し付けた後………うわずった声でポツリと呟く。
「ほら舐めて…よ、早く」
俺の我儘お姫様はそう催促する、柔らかい石鹸の匂いに交ざった『女の匂い』は否応無しに雄の本能を呼び覚ませる。
「んっ! ふ…っあ、……くすぐったい」
力を込めた舌先でゆっくり秘部に沿って舐めてみると彼女は腰を捩らせる、俺は尻を両手で掴んで拘束する。
親指で秘部を拡げて膣口に口付ける、舌でチロチロとくすぐってやるとヒクッと反応を返してくれる。
「ちょっと濡れているぞ」
「スケベ…そんなこと言うなっての、…なんてね、ふふっ竜児のキスが気持ち良かったから…だよ」
と短い会話を挟んで俺達は愛撫に徹する、亜美はズボンの上から執拗にムスコを揉んで焦らしているだけだが。
「あ…っ、んん…あ、あっ」
クリトリスを優しく吸って舌の上で転がしてやると亜美の声に艶が入り始め、ムスコを揉む力が徐々に増していく。
そしてムスコが目覚めるのと彼女の指がジッパーに掛かったのはどちらが先か……同時だったかもしれない、小さな指が下着の上を這い僅かな隙間からムスコを器用に引っ張り出す。
「あは…可愛い、んくっ…少ししか勃ってなくね? せっかく亜美ちゃんがもみもみしてあげてるのに…
っふ……あん、やっぱりこうしてあげないと…ダメ?」
裏筋をねっとりと舐めあげた彼女は鈴口をチロチロ…次いで優しく啄み細い指が睾丸を摘んで転がす、俺の弱点を熟知しているのだ…これは堪らない。
下半身から伝わるむず痒い感触はまだ快感とは程遠い、だがムスコが完全に目覚めるには充分で……ジワジワと血が通う、俺は愛撫に集中して気を紛らわす。
彼女が意地悪しているのは解っている、より感じる部分は責めずに焦らしているからだ。逆に俺は彼女の敏感な部分をねちねちと責めて抗議代わりに……。
「あんっ…んあ…ああっ! ぴちゃぴちゃ…ちゅぷ、ひあぁっ」
クリトリスを吸って舌先で小刻みに弾いて…な。


231 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:46:33 ID:3nbd//LB
硬くなって自己主張する彼女の弱点その一点を初っ端からイジメてやるんだ、わざと匂いを嗅いで羞恥を誘う…でも亜美も慣れたものだ。
「ちゅばっ! ちゅっっぷ、はふ…ちゅくっ…ちゅっ! んふふっ…っ…んぁ!」
俺の考えなんてお見通しとばかりに急に彼女は愛撫に熱を込める、ムスコの頭を含んで強く吸い付いてベロベロとしゃぶり回す…おもわず腰が浮いてしまった。
それを見逃す筈がない…亜美は唇で圧迫しながら短く速く抽送して熱い唾液の海へ引きずり込む、膝を立てて腹に力を入れていないと堪えられない。
「はふぅ、…きゃふっ! ぢゅっっ…ぷっ……ちゅぷちゅぷっ…あ、は…」
亜美は膣内を指で弾かれるのが好きなんだ、それに加えてクリトリスを吸ってしゃぶってやると…背中を反らして可愛い声で啼いてくれる。
膣壁がギュッと中指と薬指を締め付け美味しそうにしゃぶりつく様は堪らない、それにこうするとムスコが強く吸われて蕩けそうになる。
「んぐっ…んっんっ…ふ、ちゅるっ」
ムスコを根元まで呑み苦しそうに喘ぎながら喉で圧迫される、そう…油断した頃に。
膣に挿入したような気持ち良さに喘いぎ身震いしてしまうのは仕方無いだろう。
こういう愛撫をしてくれる健気さは嬉しい、しかも自分から進んでしてくれる。
亜美はこう言ったら怒って罵倒してくるが実はかなり『スケベ』なんだよ、俺との行為を嬉しそうに楽しそうに悦ぶし……人前でも誘ってくる、流石にそれは冗談らしいが。
……今だって尻をふりふり、指をもみもみ、ムスコをちゅぱちゅぱ……腰をヒクヒクさせながら秘部を押し付けてくる。
ここからでは伺えないが蕩けた笑みを浮かべた彼女はとてつもなく……エロい、行為中に両手両足を組み付かせて甘えられると最高に幸せだ。
そう考えるとムスコにより血が通う、ジワリと先走った体液を啜られ乳を飲む幼児のように吸われその毎にムスコがヒクヒクと跳ねてしまう。
「は…、ふふふ♪ またおちんちんがおっきくなった…、んくっ……ねぇ…もっと"いいこと"してあげよっか?」
亜美が愛撫を止めて俺の方へ振り向いて囁く、あの蕩けた表情でやらしい笑みを浮かべて…。
「いいこと? 何だよ気になるじゃねぇか」
『いいこと』それが何なのか分からないが期待してしまう、胸でしてくれるのだろうか? 確かにあれは気持ちいい、大きなプルプルマシュマロに包まれるのはクセになる。


232 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:47:30 ID:3nbd//LB
「すぐに分かるって、竜児も気に入ってくれるよ」
と言って彼女は俺の身体の上から退いて向き合って馬乗りになる。
「まぁ実を言うと竜児をイジメたくなったの、ねぇ…していいよね? てかヤダなんて言わせねぇし……亜美ちゃんを寂しくさせた罰ゲームだし」
俺を動けないにするとネタばらし、彼女がカットソーを脱ぎ捨てると豊かな乳も一緒にプルンと震える、もちろん俺の目は釘付けになる。
やっぱり予想通りノーブラか………と思ったが半分正解、半分間違いといったところだ。
彼女がそれを畳の上へ放る様に魅入られていた、意識せずにする仕草が妙に艶めかしく感じる。
「ああこれ? ヌーブラだよヌーブラ、垂れたら嫌だけど…竜児がドキドキしてくれるかなぁ〜って」
俺の視線に気付いた亜美は恥かしそうに笑ってカミングアウトする、ああ確かにノーブラは無いよな乳首が透けてなかったし。
残念でもあり嬉しくもある、ヌーブラなんて無いよりマシみたいなもんだ実質ノーブラだ。
「正直ノーブラかと思っていたからな」
「はぁ? んなわけないじゃん人を痴女みたいに言ってさぁ、ヌーブラもブラだしぃ」
亜美の言葉は言い訳にしか聞こえない何故なら顔を真っ赤にして一息に言ったから、狙ってやったが言われるのは恥かしいらしい。
「おぅ、そうだなそうだよなぁー」
とわざとらしく同意すると彼女は唇を尖らせてムスッとする、いかんやり過ぎたか。
「…竜児が泣いて"亜美様ぁ〜お許しください!"って言うまでイジメてやる」
顔を真っ赤にしたままボソッと呟いて亜美は身体を寝かせてピタッと密着してくる。
反射的に彼女を抱き締めようとした瞬間、両腕を捕まれて畳の上へ押さえ付ける。
「ダメ…亜美ちゃんをバカにしたから罰ゲームを追加、自由にさせない」
上目遣いで見詰めながら彼女は首筋に噛み付く、痛くは無い……だが歯形が残る程度の絶妙な加減。
秘部をムスコに密着させ胸を押し付けて乳首同士を擦り合せながら彼女は幾度も位置を変えて俺に噛み付くのだ。
首と肩に歯形とキスマークを残し頬や耳を舐めていく、甘噛みされたと思ったら啄まれて吸われ…舐められて。
もどかしいが気持ちいい…それは認める、甘酸っぱい亜美の匂いがフワリと漂ってきてスベスベの肌が汗ばんで擦れる…俺の好みを熟知しているからこそ出来る『焦らし』だ。


233 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:48:07 ID:3nbd//LB
「クスッ…ほら動かないの、次したらもっと意地悪するから」
彼女は淫美な笑みと上目遣いで俺から理性の糸を解いていく………。



続く
234 ◆KARsW3gC4M :2010/04/23(金) 23:48:44 ID:3nbd//LB
今回は以上です、続きが書けたら来させて頂きます。
では
ノシ
235名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 01:21:14 ID:pviic7d3
ブラボー!!
また楽しみがでけますた。
当方、エロ書くのが苦手につき、エロシーンはお任せします!w
236名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 01:25:05 ID:d0OvvybT
GJ
まいった〜
続き待ってます。
237名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 02:18:33 ID:xAc+8C9d
>>234
何だ、ただの秀逸すぎるちわプラスですねわかります。
238名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 03:03:57 ID:4xIgZGHE
文中「〜る。〜」でなくて「〜る、〜」でリズムというか疾走感というのか
そんなものが生まれたようで亜美ちゃん様VS竜児のプロレス前哨戦がここちよく読めました。GJ
239名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 18:22:56 ID:KtS7dLQk
バッドエンド大全がリアル過ぎてもう…
240名無しさん@ピンキー:2010/04/24(土) 21:32:00 ID:kvS2Hs/I
>>234
GJっす!続き楽しみにしてます。

>>239
あーみん&みのりんがヤベえw
241名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 14:28:09 ID:R4RbqY8Z
GJ
ま……またしても寸止め……ッ
242 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:40:09 ID:9+luXIVH
お邪魔させて頂きます。久しぶりなのと、K氏の後で緊張しております。
先月投下させて頂いた。M☆Gアフター6(マシュマロ篇)の続きです。


題名 * M☆Gアフター6(鳳凰篇)
時期 * 二年生の三月。
設定 * 竜×実付き合って九ヶ月。
物量 * 十五レスになります。(本番シーンは十〜十二レス目です)
注意 * 原作とカップリングが違うので、みの☆ゴン未読ですと不快かもしれません。
     また、M☆Gアフター6は、三部構成になっており、(チョコレート篇)(マシュマロ篇)
     に続き、今回の(鳳凰篇)がラストです。

長いですが、休憩入れながらでもまったりお読み頂ければ幸いです。
宜しくお願い申し上げます。
243M☆Gアフター6(鳳凰篇)1 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:41:10 ID:9+luXIVH

『よし! ソープに行け!』
『……そお、ぷ? ……ってなんですか? 会長ぉ』
『深く考えるでない。皆様こんにちは。生徒会長の北村佑作です。三月に入ってもなお、気温
 は十度を割り、風は冷たく、空気は乾燥しています。……イヤですね、ノロウイルスにうっ
 かり留年。イヤなものと言えば、来週から期末試験が始まりますよね。皆様準備は進んでい
 ますか? ちなみにこのボクこと大明神も勉強がなかなか進まず……アハ! 予定通りには
 いかないものです』

 三月十二日金曜日。
 午前中の授業を終えた2−Cの教室に設置されたスピーカーから、テーマ曲らしき陳腐なイ
ンストロメンタルに乗せ、毎度毎度の北村祐作率いる生徒会の自主的校内放送が流れ始めた。
 するとそのオープニングトークの内容に、「なんですと〜!」と、春田浩次が突然蛮声を上
げ、荒っぽく窓枠に肘を掛けて、思いっきり渋い顔を見せたのだ。

「なんかこの放送うざくねー? なんで北村、わざわざ楽しいランチタイムに試験勉強の話な
 んて始めるの? 意外に思われるかもしれないけど、俺、勉強嫌いなんだよ。そして誰にも
 言わなかったけど、勉強苦手なんだよ〜!」
 そう言って春田は、購買部で買った、さっきまで焼きそばパンだった口の中の咀嚼物を、仲
良く同席する三人に全開で披露してしまうのであった。それを最も至近距離で見てしまった、
隣に座る能登久光は、不快指数が一気に高まったようで、「汚っ!」と反応。己の口の中のピ
ザパンを完全に飲み込んでから、黒縁眼鏡の下の眉間に深い皺をつくった。

「知ってるよ! 俺だけじゃなくって、春田が勉強残念なのって、みんな知ってるって! わ
 ざわざ言わなくても、完全にバレちゃってるレベルだよ! う〜〜ん春田〜。……勉強嫌い
 なのは俺も同意なんだけど、大先生の言葉を借りて言わしてもらうけど、頼むからうっかり
 留年なんてしないでくれよ? さっき購買部の前で、学年主任になんか言われてたっしょ?
 あれって、その、あれでしょ? ヤバいッてこと言われちゃったんでしょ?」
 能登が残念なブレインを持つ親友の進退問題を危惧してあげると、じゅる────っ! と、
春田はコーヒー牛乳を一気飲み、口の中を一掃して「キャハーッ!」超音波を張り上げた。

「そーそーそーなんだよ能登っち〜! さっき学年主任に『おい! バカキング!』って呼び
 止められちゃってさ〜、来週のテストで一教科でも赤点取ったら、もう一回二年生やれ!
 だって! バカキングは来年もう一回修学旅行行いってこーい! って言われちゃったんだ
 よ〜! ……でももう一回修学旅行に行くってなんかすごくね? ブッ! ブアハハ〜!」
「おうっ! 笑えねえよ! 笑えねえだろ春田! ……能登、マジなのか?」
 キング春田がうざったいロン毛を振り乱し、単独爆笑中の正面で、般若面をヒクつかせるの
はワル面キング高須竜児。コンプレックスでもある鋭すぎる狂犬のような三白眼は、ちょっと
眼力を入れ過ぎただけで、親友であるはずの能登をも、「恐っ……」と今でもビビらせるのだ
が、そんな竜児に能登はゆっくり首を縦に振る。そして竜児はゆっくり首を横に振り、
「そっかー。春田をどうにかしねえと……なあ、実乃梨」
 竜児の隣で大人しく座っていた竜児の彼女、櫛枝実乃梨は竜児と目が合い、何の意味なのか、
人懐っこいまあるい目を眇め、竜児にムキッと前歯を晒すのだった。
244M☆Gアフター6(鳳凰篇)2 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:42:20 ID:9+luXIVH

 そんな微妙な空気と、春田のアホ声が響き渡る教室に、北村の気合が入ったハキハキ声が竜
児たちの耳に強制的にジャストチューニングされる。

『しかし皆様! そんなイヤなものを吹き飛ばすイベントがあさって日曜日にあります。そう、
 ホワイトデーですよね? 先月のバレンタインデーに告白した女子も、告白された男子もワ
 クワクしている生徒が多いのではないでしょうか! ……さ・ら・にっ! さらにです!
 本日から待望の新番組っ『クイズ・狩野さくら』がスタートします! では早速ご紹介しま
 しょう! ゲストを務めてくれるのは生徒会庶務のご存知っ』
『はうっ! ……みなさんこっ、こんにちはぁっ〜、っ! ……一年生庶務のぉ、狩野さくら
 ですぅ。はんっ! 会長、あたしっ緊張してっ! ぅふんっ……ドキドキしちゃいますぅ……』
『いいぞ狩野っ、その調子だ! ズバリつかみはオッケーだぞ!』

 そんな北村のアナウンスに、今度は竜児が顔を渋め、声を荒げる。
「おうっ! 新番組って……先月いろんな意味でやっちまった『クイズ・香椎奈々子』とどこ
 が違うんだこれは。北村のやつ今度は生徒会の後輩に何やらせるつもりなんだ?」
 口をへの字にし、切れ味鋭い、ぶっちゃけおっかない両眼をスピーカーに向ける竜児に実乃
梨は、オーバーリアクションで取りなす。
「まあまあ、竜児くん。北村くん渾身のパワハラ全開、昼ドラ顔負けの新番組なんだからよ。
 ドロドロスパイスもピリリと効いてて、辛口な奥さまも歓喜の垂涎な内容ですぜ! ここは
 ひとつ黙って聴いてやろうではないかーい!」

 ……校内放送を辛口な奥さまが聴いているとは甚だ思えない竜児なのだが、言われてみれば、
興味をそそられるコンテンツであることは確かで、ニコニコ太陽のような笑顔の実乃梨に竜児
は、「そうだな」と同意すると、教室の対岸、廊下側に座っていた2−C公式美少女トリオの
中から前回のクイズのゲスト、香椎奈々子がホクロのある口元を抑え、小さくポツリと漏らす。

「やだ、まるおくん、また同じ過ちを繰り返すのかしら……ほとんど暴力……」

 ……いったい先月の放送裏で、香椎が北村たちにどんな過ちを行使されてしまったのか具体
的に知りたくもある竜児だったのだが、実乃梨の手前、首をブンブン振ってそんな煩悩をかき
消した。そうやってなんとかポーカーフェイスを保っていた竜児に、肩が触れるほどの距離に
存在する実乃梨が、ふうっ……と吐息を漏らし、ドキリと竜児の心臓が飛び跳ねさせるのだっ
た。
「そっかー、早いなあー。奈々子ちゃんのクイズから、もう一ヶ月前になるんだねえ……そう
 いえば大河からメールこないけど、あの娘元気にしてるかなぁ」
245M☆Gアフター6(鳳凰篇)3 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:43:19 ID:9+luXIVH

 横目で見た実乃梨は、引越しした親友・逢坂大河の事を思い出し、まるで肖像画のように凝
り固まってしまう。いつもの爆竹みたいに元気な実乃梨も好きだが、そんなアンニュイで物憂
げな実乃梨も、竜児のハートをキュンキュンさせるのに充分過ぎるポテンシャルを有していた。
「大河……俺にも何も連絡ねえな。まあ連絡ねえって事は、上手くやってる証拠だろ? 引越
 し後っていろいろと忙しいだろうし、やっと落ち着いた頃なんじゃねえかな」
 そう実乃梨へ返す。そして改めて思う。きっとそうなんだ。連絡がないのは上手くいってる
証拠だろう、と。「そだね」と、寂し気に呟く実乃梨の瞳に竜児の視線がしばらく留まる。
 そうこうしているうちに聞き流していた校内放送のオープニング曲が終り、北村の先月のリ
ベンジに燃える溌剌とした声がスピーカーを揺らすのである。

『はい! それでは早速皆さんお待ちかねのクイズを出題します! 皆様ケータイの準備はよ
 ろしいでしょうか? では第一問! ……おや? ジングルが鳴らないじゃないか……う〜
 ん、故障かな? 皆さんしばらく……あっ、幸太! ちょっ、お前何をしているんだ!』
『何をって会長! 何で、さくらちゃんをクイズにしてるですか! 俺、聞いてないですよ!
 ていうか断固反対ですっ! 今すぐ放送を中止してください!』
『安心しろ幸太! 俺は眼鏡を外したら何も見えないし、ホクロの位置は既に前会長に確認済
 みだ! はっはっはっはっ! ……では、この勢いに乗って第一問! 今日のゲスト、狩野
 さくらさんのチャームポイントは、なんと言ってもそのたわわなバストですが、ズバリ、そ
 のバストにホクロは幾つ……あああ倒れる倒れる、やめっ、機材があっ! 暴れるな幸太!』
『うぎゃあああ! そんな問題だすなんて安心しろったって全然安心できないじゃないですか!
 これ以上、さくらちゃんを辱しめるような問題出さないでください! てか会長もうダメです!
 さくらちゃん、帰ろう!』
『ええ? 幸太くんちょっとっ! でも会長が……ああん、どうしよ〜っ……それよりあたし、
 胸にホクロあったっけ〜。う〜ん、やああんっ、ブラウス脱がないとよく見えなぁい。ふぁ
 ああん……え〜っとおおっ』
『わー! さくらちゃんだめー! ストッープ! そんなボリューミーなものをっ、だめだっ
 て! もう充分でしょう会長! さくらちゃんはよくやりましたっ! もうおしまいっ!』
『幸太、まだ一問も出題してないのに締めるんじゃ……なんとっ! そ、そうだ狩野! その
 まま脱っ……! ぐああっ幸太、俺の眼鏡を勝手に取るんじゃない! 何をする! み、皆
 様しばしお待ちくださ〜い! ……ガガガッ!』

 ザワ……ザワ……あまりの衝撃的な展開に、教室はまるでギャンブル船『エスポワール号』
(フランス語で希望)の船内ように、低いどよめきが立ち込めるのである。

「……ちょっとこれ、香椎の時と同じオチじゃねえか。北村、全然改善ってか反省してねえな」
 思わず竜児がそんな感じで親友にダメ出しすると、それに追い討ちをかけるようにして、北
村の幼馴染であり、奇跡の美しさを誇る腹黒モデル・川嶋亜美がプチトマトをフォークの先に
ブっ刺したままクルクル廻し、黒魔法を唱えるようにして、苦言を呈す。

「こんなエロい放送しやがって佑作のやつ立場的にヤバいんじゃね? てか盛り上げる事だけ
 優先し過ぎってな感じで何やりたいのか訳分かんねえっつーの! あのバカいったいなに目
 的で、どこ目標なワケ? ……まあ亜美ちゃん的に知ったこっちゃねーけどねっ!」
 小さな口で、プチトマトをパクつきながら、亜美はぶりっ子仮面をつける事なくブラックモ
ード。まあ最近は目上の人がいない限り、亜美はブラック化しているのが通常モードになりつ
つあるのだが。
246M☆Gアフター6(鳳凰篇)4 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:44:42 ID:9+luXIVH

 そして、ギャル系なわりに恋愛偏差値が低く、この手の話題に興味津々の木原麻耶は、最近
若干黒っぽく戻したサラサラヘアーを揺らして、透明グロスで艶めく唇を尖らせた。
「ねえ亜美ちゃん、まるおがヤバいッて、生徒会長がってこと? でも奈々子の時も平気だっ
 たし、大丈夫じゃないかなー? てかさっ、狩野兄貴の妹って彼氏いるんだ? 兄貴と違っ
 てまあ、ちょっとだけかわいらしいけど、まだ一年生の分際でそれってどうなのよねえ?
 亜美ちゃんってば何か知ってる? ねえ?」
「……あたしに訊かれても何も知らねーけど……前に実乃梨ちゃんのバイト先で、高須くんか
 ら兄貴ノート写させてもらったとき、偶然あのバカップルに遭遇したんだけどさ。そん時タ
 イガーが富家くんの事、不幸の黒猫男がどうたらとか言ってて、バカップルにちょっかい出
 してたら、なんか二人で目のやり場に困るほどイチャイチャベッタベッタしやがったりして
 て……あー、亜美ちゃん思い出しただけでイラッとしてきたんですけど!」

 ケッ! っと、ピンクの唇をひん曲げ、いかにも判り易く不快感を露にする亜美。しかし、
「えー! なにそれ、どういう風にイチャイチャしてたか教えてよー!」「詳しく!」という
キャンキャン声が周囲に湧きたち、「えー! たいした話しじゃないしー!」と亜美が答える
も、ウワサ話が大好物なヤツらも相まって、ドーナツ状の人集りを作り騒ぎ始めるのだ。

 おかげで教室の対岸、窓際の竜児たちは平和なランチを過ごすことができるのだが、「あ〜!
なんかこの曲、CMで聴いたことあるかも!」フンフンフン、と?気にロン毛を振りながらリ
ズムを取って、留年の危機から現実逃避している春田に、能登は黒縁眼鏡の下には、ポカーン
と呆れ顔をつくった。

「……ねえ春田、ヤバいって。マジで試験の勉強しないとヤバいって。俺、手伝うからさ」
「うえ〜んっ、勉強〜? ハルタの憂鬱って感じ? てか溜息? いっそ消失したくね? で
 もな〜、う〜ん……だよね〜。やっぱヤバいよねー。本当は分かっちゃってるんだよね〜。
 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ……あ、これシンジね? 逃げちゃ駄目だ。逃
 げちゃ……」
「……なんか余計に現実から遠くに旅立って行っちゃった気がするけど……まあいいや。ねえ
 高須、また例のノート借りられないかな? いま亜美ちゃんが言ってた兄貴ノート。明日、
 学校に持ってきてよ。高須も使うだろうから土曜日だけ貸してもらって、明後日の日曜日に
 返すってことで」

 能登が口にした兄貴ノート。それは、文化祭で前生徒会長、狩野すみれから、竜児と実乃梨
の二人に授与された全教科の学習ノートで、その中身は市販の参考書顔負けの内容で簡潔にま
とめられていた。そういえば、クリスマス前の期末試験でも、兄貴ノートに記してあった要点
が面白いほど出まくったことを竜児は思い出す。確かその時も、能登と春田は兄貴ノートの恩
恵を受けていた。

「俺はかまわねえけど、あれは実乃梨のでもあるし……どうだろう実乃梨、春田に貸してやっ
 てもいいか?」
 竜児の問いに、実乃梨はニッコリスマイル。
「勿論いいぜよっ! ぜよっと、ぜよっと! 折角だからみんなでノート活用しようでごわす!
 それが兄貴ノートも兄貴ノートとして、報われるってな、もんだぜよ!」
 実乃梨の快い答えに能登は「サンキュー! よかったな春田! な!」と春田の肩を揺する。
そして誰もつっこまない実乃梨の土佐、薩摩なまりミックスに、竜児は低音ボイスでフォロー。
「てか実乃梨、なんで坂本どんと、西郷どんが混ざってんだよ」
 しかし反応したのはバカキング。
「最後うどん? イヤーっ! 俺、讃岐うどんとか、大好きなのに、最後だなんて、イヤだー!」
「おかえり春田。彷徨っていた魂が、やっと戻ってきたね? でもいきなり勘違いとは、流石
 はキング。天上天下唯我独尊」
「え? なに〜能登っち? 天丼? 天かす? 肉うどん? だから俺は、讃岐うどんが好き
 なんだって〜」
「……いいって、春田。なにも言うなって。それってこれ以上、引っぱるほどの話じゃないしね。
 とりあえず明日、高須にノート借りてコピー撮らせてもらおうよ。実は春田の為でもあるん
 だけど、俺も兄貴ノート見たいんだよねっ。いきなり苦手な数学からっしょ? 兄貴ノート
 って教師別の試験のヤマも的確に書いてあって、すっごい参考になるんだよね! でも日曜
 日に返す時、どこで待ち合わせしようか?」
247名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 01:46:06 ID:hxsG7yp+
C
248M☆Gアフター6(鳳凰篇)5 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:46:49 ID:9+luXIVH
 すると復帰したバカキングの頭上に、ピコ〜ン!! と電球が、ひかり輝く。間違いなく、
輝いた。ように見えた。
「じゃあさ〜、高っちゃ〜ん! 明後日のホワイトデーはファミレスじゃなくって、スドバ行
 こ〜よ〜☆フヒヒ」
「そっか。もう明後日の日曜日はホワイトデーなんだよな……ってか、なんで、わざわざスド
 バなんだ? 俺は、お前からチョコレート貰ってねえし、ノート返してもらうくれえで、そ
 んな洒落た場所で待ち合わせしなくてもいいだろ?」
「俺、高っちゃんラブだけど、そ〜じゃなくてさあ〜、草野球の特典、スドバ無料サービスの
 期限って、たしか日曜日まででしょ〜? どーせなら、野球やったメンバーで集まって、勉
 強会っ! 開こうじゃん☆」
 バッキュ〜〜ン☆と、春田が眩いウインク光線を放つのに対して、竜児は反射的にギラリと
怪光線を放つのだが、さらにその視線の衝突点に、つぶらな瞳の可愛くないカワウソ眼が交差
するのである。
「春田にしてはナイス! 一緒にやろうよ勉強! したら、草野球やったみんな誘おうじゃん!
 大先生とか、亜美ちゃんとか、奈々子さまとか、あと、きっ……木原、とか……。な、なに
 よ、高須! そのいやらしい目は! おかしいよ! 高須、おかしいよ!」
 どうやらカワウソ眼の能登曰く、竜児はいやらしい目になって、下心丸見えの能登を凝視し
ていたようなのだが、そんなピュアなハートの友人の背中を、竜児は押してやるのだ。
「いや能登。わかってる。わかってるから。お前が、スドバに木原を誘うんだぞ。頑張れ!」
「ばっ……ばかー! な〜に言っちゃってんのよ! そそそんなんじゃなくってえっ! ほら、
 木原とか、木原とかは関係なくって! ……も、もういいよ! ふん(かわいくない)!」
 悪い悪い、冗談冗談、竜児はむくれてしまう友人をとりなすのだったが、いつの間にか能登
の背後で胸下まで零れるサラサラのストレートロングを勢いよくかきあげ、話題の的になって
いた件の本人、木原が腕組みして直立っていた。

「さっきからそこうるせえな? あたしの名前勝手に連呼してんのは能登かよ? うざ!」
 想い人の声に、能登は髪が逆立つほど驚き、ぐりっと真っ赤な顔を方向転換。
「う、うざってなにさっ! 俺はただヒマだったら的なあれだけど、もし予定空いてたり的な
 あれならさ、スドバが無料なのは明後日までだし、木原と一緒にホワイトデーを、って……
 ほああんっ! 俺、どうしよう恥ずかしぃ! 何言ってんだろ俺っ! もう死ぬ!」
 爆死寸前の能登を竜児は必死にレスキュー。一命を取り留める。
「こんな所で死ぬんじゃねえよ能登! 気を確かに! ……なあ木原。そんな訳で、明後日な
 んだがスドバに一緒に勉強会来てくれねえか? 兄貴ノートもあるし、北村も来させるし」
「え? まるおも? じゃーあたしもっ……って、でもまるおは……」

 と、木原は想い人のあだ名を呟いたきり、口を閉ざす。なんとなく膠着状態に突入するかと
思えたその場を救うのは、香椎だった。
「麻耶。私たちもまだスドバ行ってないじゃない? せっかくコーヒー無料なんだし行ってみ
 ようよ。みんな一緒の方が楽しいし、勉強もはかどるもんね。どう? 亜美ちゃん?」
 と、抜群の抱擁力を誇るスマイルを、香椎は亜美に向けた。
「あはっ? 奈々子、あたしも行くの? ……んまあ、期末試験ヤバいし、兄貴ノートか……
 仕方ないっ、あたしも行くのか〜」
 背伸びをするように、亜美は両手を掲げ、重い腰を上げる。四面楚歌の木原は、大きな瞳を
丸くして、キョロキョロして、
「ええ? 奈々子も行くの? 亜美ちゃんも? こいつらと一緒に? マジで? んー……。
 うんっ! したら、みんなで行こー!」
 そんな感じで木原は、キーの高い声を上げ、拳を天井に突き上げ、ピョンと跳ねる。そして
亜美はクルリとチワワ目を揺らし、蚊のなくような声で、小さく漏らす。

「あー……あたしって結局そういう役回りなのよね……」
 その亜美の肩を、奈々子がつついた。
「うんうん、亜美ちゃんって……そうなのよねえ」
 奈々子はうふふ、といつものように柔らかい微笑を浮かべた。

 そうして、日曜日の『勉強会INスドバ』が、めでたく決定するのだが、そうとは知らない
生徒会長、北村のランチライムの放送は、そのまま再開すること無く、スピーカーからは曲が
流れ続けていた。
249M☆Gアフター6(鳳凰篇)6 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:48:09 ID:9+luXIVH

***

 翌、土曜日の放課後。高須家まで数十メートルの路上。

「おうっ? 着信か?」
 竜児は両手に持っていた手荷物を左手に纏め、制服の尻ポケットからケータイを取り出し、
帰路途中の足にブレーキをかける。そしてケータイのフリップを開けて、目に飛び込んできた
画面は、時刻が午後四時を過ぎようとしている事と、メールの差出人は『実乃梨』である事を
知らせていた。
「実乃梨……あいつ今日、部活終わんの早えな」
 パチッ、とフリップを閉じ、竜児は尻ポケットにケータイを突っ込み、再び歩を進める。そ
して左手にまとめていた手荷物を、左右の手に振り分けるのだが、右手にはスーパーヨントク
で買った食材、そして左手には過去一度だけ竜児がアルバイトしたことのある洋菓子店・アル
プスで、翌日のホワイトデー用に購入した、タルトタタンが入った手持ち袋をぶら下げている
のである。
 それからまもなく、竜児が自宅への最後の曲がり角に差し掛ったその時、灰色の排気ガスを
吐き出しながら、引越し業者のトラックが、ブオーッ! と、竜児の横を勢いよく走り去って
いき、そのトラックの荷台から飛び出した、一枚の伝票と思われる紙きれが、ハラリと足元に
舞い落ちてきたのである。
「おうっ? これは……」
 その伝票の最後には『201号室』と記載されていた。つまり、
「大河の部屋……だよな。なんだ、もう誰か入っちまったのか……なんつーか、これって……
 駄目押しだな」
 そう呟き、竜児は大河が住んでいたマンションを見上げる。オレンジ色の夕陽を反射させて
いるマンションの無機質な外壁は、そこに大河がいない虚無感を際立たせているように竜児に
は見え、何とも言えないセンチな気分に襲われてしまう……その刹那。

「っ!」
 突然竜児は、背中に銃口のような何かを突きつけられる。両手が塞がっている竜児はホール
ドアップも出来ない。

「フッ……いとも簡単に背後をとられるとは……迂闊だぞっ、竜児くん!」
「おうっ、実乃梨かよ! メール着てからずいぶんと早えな! てか、いきなり俺の後ろに立
 つんじゃねえよ! ゴルゴかよ!」

 振り向くと実乃梨は、竜児の背中に突きつけていた人差し指で、BANG☆と宙を撃ち、そ
れを口元に持ってゆき、フーッと、息を吹きかけた。
「伝説のスナイパー、デューク櫛枝……人は私の事をそう呼ばない……へっへー、今日は久し
 ぶりに竜児くんちにお泊りして、勉強会だからよ。速攻で家帰って、支度してきたんだぜい
 っ。てか試験前だしバイトは禁止、部活は早上がりだ! それよりボーっと、竜児くんって
 ば、どしたの?」
 えらい可愛いい伝説のスナイパーは、艶やかな肌に白い歯を魅せ、竜児のハートをドキュン
と撃ち抜くのだ。
「ああっ、大河が住んでたマンションに、新しい住人が引越してきたみてえなんだ。それ……
 その伝票」
 竜児は呟き、足元の伝票に視線を落とす。実乃梨はその伝票を見つけると、拾い上げた。
「ここのマンションの二階は一部屋しかないから……大河が住んでた部屋だね。ぶっちゃけ、
 いままで空き部屋だったから、もしかしたら戻ってくっかな〜って、ちびっとだけ期待して
 いたんだけれど……こりゃ、もう無いね。なんとなく寂しい、なあ……」
 クシャリと伝票を握り、実乃梨もマンションに目をやる。そんな時でも竜児はマンションを
見上げ、夕陽に映える実乃梨のキレイなアゴのラインに見惚れてしまうのだった。
250M☆Gアフター6(鳳凰篇)7 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:49:08 ID:9+luXIVH

「ああ、そうだな……実乃梨。とりあえずウチに入ろうぜ。泰子が待ってる。晩飯作んねえと」
「……うん」
 そして実乃梨は、竜児が右手に持っていた重い方の荷物をサラリと奪い取り、くるりとターン。
不意をつかれて気後れする竜児に一度振り返り、二本指を額に当て、パチッと、ウインク。
 ……カワイイ。そして、実乃梨の仕草に萌えて、真っ赤になる竜児より先に、カンカンと、
高い音を奏で、実乃梨は高須家の外階段を駆け登っていくのだった。

***

「タッ……タッ……タダイマー!」
「惜しいぞインコちゃん! 正解はお帰りなさいだからな? でもご挨拶するなんてスゴいじ
 ゃないか〜! そうかそうか〜、その調子なら自分の名前が言える日も……おうっ? 泰子
 がいねえ」
 帰宅した竜児は、黄色い愛しのペット、インコちゃんのお出迎えに親バカ丸出しで歓喜して
しまい、玄関から一直線で居間の奥に吊るしてある鳥カゴに向っていって、そこで初めて泰子
が不在な事に気付いたのだ。
「お邪魔しま〜す! わあぉインコちゃん殿っ、お久しぶりっ、機嫌うるわしゅ〜! ありゃ?
 竜児くん泰子さんはお出掛け?」
 そこへ竜児にしては珍しく脱ぎ散らかしてしまった靴を揃えていた実乃梨が、遅れて居間に
入ってくる。
「ったく泰子のやつ、折角今日は好物のトンカツだってのに、出掛けるんならメールで連絡く
 らいよこせってんだ……おうっ?」
 竜児が居間を見渡すと、卓袱台の上に、まぁる〜いチマチマした泰子の文字でしたためられ
た置き手紙を見つけ、ひとまず手荷物を畳の上に置き、手紙を拾い上げた。
「手紙? 私も読んでいい?」
 そう言って実乃梨が竜児の肩越しに手紙を覗き込んでくる。と、ふわぁ、っと香しい実乃梨
の体臭が鼻先に漂い、ムラムラしてしまう竜児なのだが、目を通した泰子の手紙の内容に驚く
竜児。どうやら、そんなけしからん煩悩に侵されている場合ではない。
 手紙によると、なんでも泰子に人事異動が決まって、スナックのママの座をナンバー2にバ
トンタッチ。新規オープンするお好み焼き屋『弁財天国』の店長に抜擢され、その引き継ぎや
ら打ち合わせとやらで急遽オーナーに呼び出されたとの事。因みに文末には『みのりんちゃん
にヨロシク〜☆』と記してある。

「お好み焼き屋……かよ。大丈夫なのか泰子は。スナックからお好み焼き屋に鞍替えなんて、
 いくらなんでも違いすぎだろ?」
「へえ〜? お好み焼き屋さんとな? こりゃあまた随分と唐突だよねえ? でもおもしろそ
 う。あはっ、そーだ私、そこでバイトしよっかな?」
 と、ネガティブな意見の竜児に対し、ポジティブな意見の実乃梨に毎度関心してしまうの竜
児なのだが、不意にある事に気付いてしまう。ゴクリ。息を飲む。

「……てことは、今夜は実乃梨と二人きり、じゃねえか……って、おぅわっ! 痛っえ!」
「うわはあっ! インコちゃん餅つけ! もといっ、落ち着け〜ぃ!!」

 翔んだ。
 挨拶しようと、実乃梨がインコちゃんのカゴの扉を開けた瞬間、インコちゃんが翔んだのだ。
「アイッ、キャンッ、フラ──────イッ!」
 そしてホーミングミサイルのように実乃梨とのエロシーンを妄想中の竜児の頭に、ドドメ色
のクチバシが一直線に突き刺さるのだ。
「痛い、痛いっ! インコちゃんどうしたってんだよ? 毛を毟らないでくれよ! 俺ハゲち
 まうよ!」
251M☆Gアフター6(鳳凰篇)8 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:50:37 ID:9+luXIVH

 インコちゃんは竜児の肩に降り立ち、爪を立て、竜児が昔、深夜にテレビで観た、ヒッチコ
ックのパニック映画のやつみたいに、竜児の髪の毛をついばみ、どういう訳だか襲撃モード。
インコちゃんの目は完全にイッちゃった感じで昇天寸前、目蓋をピクピク痙攣中であり、流石
の竜児でも、ちょっと正視できない状況にエスカレートしてしまっていた。
 きっとインコちゃんは実乃梨にジェラシーを感じているのだろう……そう竜児が推測してい
ると、次にインコちゃんは、カンタービレ。

「インッ……淫っ! 淫行っ! インサート! イン・アウト、イン・アウト、イン・アウト……」
 狂った。
 インコちゃんが発狂した。ブサイクで狂ったとなると育ての親である竜児でも処置なしだ。
「あわわっ、インコちゃんが壊れたっ! 意味わかんねえ言葉を繰り返し言ってるし……」
 しかし実乃梨は冷静に対処する。
「あはは竜児くんインコちゃんに叱られてやんの〜っ。フッ、俺にまかせな……ヘイヘイ、イ
 ンコちゃ〜ん。ユーのライクなチコの実……じゃねえや、ヒマワリの種だぜ? 高タンパク
 でローカロリーでコンセントレーションを高め、リラックス効果があると言われ、ダイエッ
 ト効果も期待出来ます……なんだぜ? こわくない……ほらね? こわくない……ね?」
 実乃梨が醸し出す、風の谷の姫ねえさま級の慈愛に満ちた表情に、インコちゃんは平伏、ペ
ロペロと牛タン色の小さな舌で実乃梨の指先を舐め……というかむしゃぶりつくのだった。そ
れを見た、飼い主の竜児は複雑な気分になるが、まあ、インコちゃんがおとなしくなったって
事で良しとしよう。
「あ、ありがとうな実乃梨、助かったよ。インコちゃんがもう少し落ち着いたらカゴに戻して
 くれ。俺は夕食つくるから、頼むな」
「怖かっただけなんだよね……え? ああ、ゴメン竜児くん、自分の世界に入っちまってたよ。
 了解すますたっ。ここは私に任せて行ってくれい!」
 ビシッと竜児に敬礼する実乃梨の肩に移り、インコちゃんも敬礼しているように羽を折る。
飼い主としての自信が、少し揺らいだ竜児だったのだが、はぁっと、軽くため息をついてUタ
ーン。畳に置いた食材を持って、台所へと向かった。

***

 夕食の片付けを終えた竜児は自室に移り、参考書を詠むでもなく、ただぼんやりとイスにも
たれ掛かって、ペラペラとページを捲り、眺め見している。そして参考書の活字から、チラッ
と視線を上にスライドさせてみたのだ。
「なあ実乃梨。さっきから何見てんだ?」
 この狭い空間には、もちろん実乃梨がいて、ちょこんと竜児のベッドに腰を降ろし、足をバ
タつかせながら小冊子をペラペラと捲っていた。そしてややあって、実乃梨はパタンと、ペー
ジを閉じたのだ。
「アルバム。沖縄旅行の……まだ一年経ってないのに、なんだか懐かしいねえ……ねえ、竜児
 くん?」
 そういう実乃梨は、何故だか顔をアルバムで隠していて、竜児からは確認出来ない。
「ああ、確かあん時は皆既日蝕だったから、七月だったよな?……多分、懐かしいって感じる
 のは、あれからいろんな事あったからじゃねえか?」

 ──そう。二人はお互い恋人が出来て、初めての四季を二人は全力で駆け抜けた。その季節
の度に竜児は、来年も、再来年も、ずっと実乃梨と一緒に……と、願ったり、祈ったりしてい
たのをふと、思い出すのだった。
「うん。竜児くんと付き合ってからホント、いろんな事あったなあ。体育祭、インターハイ、
 夏休み、文化祭、クリスマスとか……目を閉じれば瞼の裏に鮮明に記憶が蘇っ! ……ゴホ
 ッ! ……私がこんな身体なばかりに苦労をかけ……ッゴホッゴッホ! ひいいっ、血があ
 あっ!」
 余命いくばくもない病人の寸劇を始めた、血など着いていない恋人の手元を眺めながら、竜
児は彼女の語る声を黙って聞いていた。
 ……しかしその言葉尻に、なんとなく違和感を感じた竜児は、手にしていた参考書を机に放
り、実乃梨の顔を覆っていたアルバムを引っこ抜く。と、
252M☆Gアフター6(鳳凰篇)9 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:52:00 ID:9+luXIVH

「おうっ? ……実乃梨お前、泣いてたのか?」
 露わになった実乃梨の顔は、キラッと、目尻に涙を溜めていた。一瞬、息を詰まらす竜児。
「んっ、見られちった……ふはは。ゴメンなさい」
「なんで謝るんだ実乃梨……とりあえず、これ使え」
 ハンカチを差し出す竜児。受け取った実乃梨はチーンッ! と、思いきり鼻を咬む。エコ大
好きな竜児は、ティッシュを使わないなんて流石俺の嫁。と、思いつつも若干引きつる竜児な
のだが、実乃梨はシリアスな表情を保っている。

「……竜児くん。アルバム見て大河の事、思い出しちゃった……分かってるんだ。いつか私た
 ちのところに戻ってきてくれる為に大河がいなくなったのは分かってる……。でも、このマ
 ンションの部屋にはもう違う人が越してきてるし、楽しかった分、今更、胸にぽっかり開い
 てたココロの穴に、気付いちゃった感じ」
 と呟き、実乃梨は竜児の背後にある南向きの窓の外に視線を移す。いまはカーテンがかかっ
ていて、マンションは見えない。
「実乃梨……だっ」
 竜児は一度噛む。そして己の胸に強引に抱き寄せた。実乃梨は抵抗しなかった。
「大丈夫だっ! 大河がいなくなっちまって、お前の胸に開いちまった、でっけえココロ
 の穴は俺が埋めてやる。もっと俺が、お前の中で大きな存在になるから。だから……大丈夫
 になってくれ」
 竜児は実乃梨の身体をさらに強く抱く。実乃梨も竜児の背中に手を回してくる。抱きしめた
実乃梨は小刻みに震えていて、竜児の胸に、その悲しみがじわじわと滲んでくるような気がし
た。

「竜児くんありがとう。すごい嬉しい……でも竜児くんは私の中でもう既にすっごい大きな存
 在になっているよ? 多分、竜児くんが思っている以上に。だから、うん。大丈夫。大河の
 事は、言ってみただけ。ゴメンなさい。それに泣いたのは大河の事だけじゃないんだ……も
 し竜児くんが、貴方が、運命のイタズラとかで……大好きで、一番大切な貴方までも私の前
 から……って、なんでもない。なんでもねえっす! ははっ私ってば、な〜に言ってんだか
 ……」
 無理して作る、いつもの快調な口調が逆に痛々しい。実乃梨への愛しさが、切なさが、ジュ
ワッと竜児の胸にこみ上げる。
「実乃梨……俺はどこへも行かねえ。俺だってお前の存在はでけえし、ずっと一緒にいてえよ。
 もし、運命のイタズラで離れ離れになるような事があっても、心はずっと、絶対、……一緒
 だ」
 そう願った。誓うように。
「うん……うん。ホント、ゴメンね。変な事言って……竜児くん、やっぱり私、貴方と出会え
 て、本当によかった」
 実乃梨はやっと、笑顔を魅せる。キラキラした美しい笑顔だった。そう、その笑顔を竜児は
美しいと感じた。可愛いいと感じたことは幾らでもある。……でも今の実乃梨は天使のように
美しかったのだ。

 そして竜児は天使とキスをする。

253名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 01:53:52 ID:hxsG7yp+
C

*INTERMISSION*

前半以上です。お読み頂いた方お疲れさまです。また有り難うございます。ぜひお茶、タバコ
でもお飲み頂き、ご一服頂けたらと存じます。ここは本編をスルーしている方の目には触れな
いでしょうから、ここまで読んで頂いている方に、休憩代わりに裏話的な話を。本当はコレ、
先週投下するつもりでした。でも先週購入したスピンオフ3で、大橋高校の期末試験がホワイ
トデー後という事を知り、なるべく原作遵守したいと思っている私としては、先週完成してい
たのですが、7割以上書き直しました。実際、読まなきゃ良かった。と思ってしまったのです
が、新作に記載されていた麻耶がハマった映画、バニラスカイのサントラを私も持っていて、
曲の趣味合うかも。と思い、ちょっと二人のためのエピソードを加筆してみました。てか、ど
うでもいい話ですね。申し訳ございません。これから後半を投下させて頂きますが、率直な御
意見を頂きたく存じます。あと五レスになります。最後までお付き合い頂きたく存じ上げます。


255M☆Gアフター6(鳳凰篇)10 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:56:13 ID:9+luXIVH


 キスを続けながら、実乃梨の指先がシャツの下から忍び込んできて、竜児の背中をまさぐっ
てくる。思いのほか冷たかった実乃梨の指先に背中の体温が奪われていく。
「……実乃梨」
 しかしその冷たさが心地よく感じるほど、竜児の全身は熱く上気していたのだ。一旦、自分
の太ももで指先が冷たくないかを確かめてから、竜児は実乃梨のブラジャーに手をやる。その
シンプルなデザインのブラジャーは、実乃梨の清楚さを引き立てていた。そしてパチッ……と、
ホックを外した途端、形の良い実乃梨のおっぱいがまろび出て、その時、ムワっと、おっぱい
から熱が立ち上った気がした。竜児は一度引き、シェイプされたボディからツンともり上がる
二つの白い膨らみを見つめる。くっきりとした谷間の影が、その形の良さを物語っていて、そ
こから醸し出る、媚薬めいた匂いが竜児の鼻先で揺らぎ、たまらず実乃梨のつやつやとした首
筋にむさぼるようにキスをした。……実乃梨の存在を確認するかのように竜児は、匂いを嗅ぎ、
舌で舐めまわし、右手はモチのようにやわらかいおっぱいの先端のピンクへと這う。と、ピク
ン……実乃梨は体をさらに竜児に寄せる。

「竜児くん……したいよ」
 耳元で囁かれた言葉に竜児のパンツが隆起する。実乃梨はパンツの上から竜児の本体を握っ
てきた。
「はぁくっ、実乃梨……」
 興奮して、はぁはぁと荒げた息が竜児の口から漏れだす。その口を実乃梨のキスで塞がれ、
そのまま二人はどちらともなくベッドになだれこみ、実乃梨に覆いかぶさる竜児はまた、実乃
梨の乳首をレロレロと舐め始めるのだ。
「いやあっ……」
 そんな訳ない。実乃梨は乳首を攻められるのが好きなはずだ。しばらく舐めて、そして吸っ
て……軽く、噛む。
「あっ、ああんっ!」
 そうやっておっぱいをなめられているだけなのに、実乃梨はビクビク、悦のそぶりを魅せる。
そのかわいらしい素振りを見て、竜児も悦に入る。
「実乃梨……しばらくこうしてぇ」
 竜児はおっぱいをむさぼり続ける。実乃梨のピンクの先端は明らかに勃っていた。喩えれば、
モチの中に大豆が入っている……そんな感じだろうか。互いに荒くなる吐息。パンツの上から
握られている竜児の本体も、ピクピクと反応していた。
「んっっ、んっっ、んふ……私も、触って欲しい……かも」
 無言で返事をする。竜児は指先を実乃梨のパンツの中に、シュルリと侵入。ぐちょりと濡れ
ていた入口の部分をコリッコリッつまむたび、こねくるように動く実乃梨が、跳ねる。
「あんっ、はあっ……んっ!」
 実乃梨は自分の指を噛む。と思われたがその指にテカるほどの唾液を浸し、竜児の先っぽを
直に、親指と人差し指でニュリニュリと、しごいてきた。目眩く快感、竜児の全身に刺激が走る。
「おうっ! 気持ちいい……」
 クチュンクチュンと、イヤラしい音が室内に響く。快楽に溺れる竜児だったが、実乃梨のつぼ
みを嬲る指先のペースを変えなかった。
「あひゃっ、あん、あぁぁ……っ、んやっ、ああんっ」
 ぼんやりと鼓膜に響く、大好きな実乃梨の嬌声。心臓が破裂するほど胸を叩き始める。高ま
る快楽。しかし先にのぼり詰めるのは竜児だった。
「おうっ! ……マズイッ!」
「はあっ、はあっ、え? 竜児くんマズイって、なんで?」
「イっちまう、くっ、もっと……実乃梨としてえのにっ」
「うふ。ねえ竜児くん、イっていいよ、イくとこ見せて……」
 そんなこと言われても……だって、まだ挿れてないのに……MOTTAINAI。
「いやっ、もっと、したいんだ……っ」
「安心してよ竜児くん。イった後もっと、シてあげるから。ね? ……えいっ!」
「おうっ! くう……っうっっ!!」
 ビクンビクン! と、竜児の先端から白濁液が勢いよく放出される。結局……実乃梨の手だ
けで、竜児はイってしまったのだ。

256M☆Gアフター6(鳳凰篇)11 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:56:58 ID:9+luXIVH

 ……先に昇天した罪悪感に苛まれる暇もなく、実乃梨に竜児は、パンツを脱がされる。
「私……ここ、舐める」
 おもむろに実乃梨はまだ白濁色の体液が滴る竜児の下半身に顔を埋め、ジュポ、口にふくむ。
「お……うっ……あっ、俺もっ」
 竜児も夢中で、愛しい実乃梨のパンツを剥いだ。丸見えになった実乃梨のその場所は、竜児
と同じく、やはり白濁色の糸が引いていた。
「んくっ、はあんっ! 竜児くんっ、そんな激しくぅ、んはぁんっ! ……おちんちん舐めれ
 ないよおっ! んーっ」
 実乃梨がチュパチュパ音を奏で、竜児の竿をお口いっぱいに根元までくわえる。ぐちゅりぐ
ちゅりとした実乃梨の口内で、さっきイったばかりの竜児の本体はすでに脈打ちはじめていた。
 竜児も実乃梨のつぼみから溢れる体液をレロレロ、ちゅっぷちゅっぷ、舐め回す。むさぼる
ようなクンニリングス。竜児の鼻先についた、ぬるぬるした実乃梨の愛液が甘酸っぱい臭いを
放つ。実乃梨が、ひくひくする度に分泌される潤沢な愛液は、彼女の尻の間まで溢れ出るのだ
が、全てを竜児は舌で舐めとるのだ。
「んーっ! りゅふひふん……あはっ、ああん! 私、イっちゃうぅっ!」
 たまらず実乃梨は竜児の本体をちゅぽんと口から抜く。しかし握る手はぎゅうっ、と力強く
なる。あんあんと、実乃梨はかわいい声をずっと漏らしている。
「俺、実乃梨がイくとこ見てえ」
 実乃梨の腰が激しくこねる。逃がすまいと竜児が掴んだ実乃梨の尻肉は、あり得ないほどや
わらかい。竜児の快感は頂点に達していたが、さっきイったおかげでなんとか堪えられている。
「はあっ、竜児くん、だめ……本当、イっちゃう! まだ挿れてもらってないのに! ああん」
「ん、いいぞ……イってくれ。」
「イヤだよ……竜児くんかわいそうだもん」
 竜児は指を挿れていた。ブシュブシュいやらしい音を愉しみながら、竜児は、シックスナイ
ンから態勢を戻し、実乃梨のおでこにキスをした。
「いいって……これでおあいこだろ? 気にしないでイってくれ」
 そして、竜児は実乃梨にディープキスをしたまま、さらに指先を秘部に滑りこませる。
「ああんっ……ィくーうっ! あん! あん! イくううっ、はあん、あん ああああっ!」
 と、実乃梨は身体を反らせ、股の間の竜児の右手を、太ももでグニューッ! と挟み込む。
真っ赤になっている実乃梨、上下に揺れるおっぱい……。汗だくの玉肌。そこいらに何度も竜
児はキスをする。そして、実乃梨は、弓のように身体を反らせ、一気に上り詰めた。

「はあっ、はあっ、竜児くん……恥ずかしい……もうっ、エッチ!」
竜児の唇を人差し指で軽くタッチ。その指先にキスをして、竜児の唇は すっと下に降り、
またピンクの先端へ。チュルンとアメ玉のように口の中で転がす。
「んはあっ! そんなすぐ……でも、おっぱい……気持ちぃ……」
「俺……実乃梨のおっぱい好きだ……汗の匂いも」
 竜児は、実乃梨の胸の間に溜まった汗を舐める。脳みそがとろけるほど、甘酸っぱい。
「……やだぁ……んふっ、竜児くんいいよ。私のおっぱいにいっぱいチュウして」
 しかし竜児は、おっぱいではなく、強引に実乃梨の脚を押し開いて、グチュグチュのアソコ
に顔をうずめた。
「んやぁっ! ズルい竜児くん、またっ、あ、あはぁんっ、イっちゃうぅ、やだ、竜児くんっ
 挿れて……竜児くんのでイきたい」
「おうっ、俺も挿れてえ。実乃梨の声があんまりかわいいから」
 そう言う竜児は一度、実乃梨のひくひくした下の唇にディープキスして、そこへ少し荒っぽ
く、腰を押し込んだ。
 ニュルンっ。挿入した。……実乃梨の中は熱い。
「あああっん! 激っ」
 実乃梨の指先も気持ちよかったが、実乃梨の膣内は熱くて、粘液が絡まりついて、ビリビリ
するほど感じて、髪の毛がざわめく感じがした。
「あんっ、あんっ、竜児くん! おっぱいも……さわって、強く!」
「おうっ、……くうっ、実乃梨の乳、やわらけえ、はぁっ実乃梨、愛してる、愛してるっ!」
「……はぁっ竜児くん、はぁぁん、私も愛してる……あっ、あっ、 あぁん!」
 腰の動きは早く、まるで互いの体をぶつけるよう。竜児は激しく腰を振りつつ、実乃梨の肉
体を吸い。胸を揉み、欲望のまま弄ぶ。
257M☆Gアフター6(鳳凰篇)12 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:57:54 ID:9+luXIVH
 すると実乃梨の手が竜児の首に絡まる。実乃梨の声が、熱が、臭いが、汗が、竜児の世界を
エクスタシーの頂点へと導く。いままで実乃梨と何度も交わした激しく、燃えるような行為。
そしてこれからも。いつまでも。愛しい。そう彼女に伝えた。喘ぐように。ねだるように。
「実乃梨、はあ、はああっ、……愛してるっ」
 実乃梨も答える。どんな甘い果実よりも甘く。
「うん。竜児くん。大好き。私も愛してる、あん、ああんッ!」

 もつれあって、結ばれ、一つになっていた二つのカラダは、やがて感電したかのように痙攣
し、そして……。

「ぁあんっ!」

 二人は嬌声を上げ、ベッドの底へ溶け落ちていくように、ゆっくりと沈んでいった。


***

 ホワイトデーの朝がきた。
 竜児は、朝の身仕度を終え、居間の卓袱台に肘をついている。
 時計がわりにただ流しになっているテレビ画面からは、初老のコメンテーターが関東地方の
天気は相当晴れているらしい事を伝えているのだが、高須家の南側に設置されている大きな窓
からは太陽の光が入ってくる事はなく、見えるのは隣のマンションとの境界壁。相変わらず高
須家はぼんやりとほの暗いのである。

「みのりんちゃん、オススメのケーキ、すっご〜〜っく、美味しぃ〜〜☆竜ちゃん、コレなん
 て言うんだっけぇ? タル? タルルルートン? んふ〜っ……」
 頭を悩ます泰子の前、卓袱台の上には慎ましい純日本食の朝食の後に広げた、泰子と実乃梨
へのホワイトデーギフトが鎮座していた。
「タルトタタンな、泰子。本来はリンゴを使うんだが、アルプスの主人に頼んでナシで作って
 もらったんだ。思ったより甘くなくて、美味いな」
 そして竜児の隣にぺちゃんと正座る、ナシが名前に入っている実乃梨は、
「まいうー! アルプスったら流石、いい仕事してますねえ。へへ、ありがとうね、竜児くん」
 と喜んでくれて、竜児の心を満たしてくれるのだ。すると泰子がすっくと立ち上がる。 

「竜ちゃんご馳走さま〜☆それではやっちゃんはぁ、そろそろお出かけしなきゃ〜!」
 日曜日だというのに今日も泰子は忙しい。昨日に引き続き、お好み焼き屋、毘沙門天国の開
店準備と、ママを譲る弁財天国ナンバー2の静代との引継ぎと大童で、短い睡眠時間にも拘ら
ず、休日出勤しなくてはならなかったのだ。
「おうっ! 行ってこい泰子。気をつけてな」
 と言って、見上げた泰子は、打ち合わせのみというスケジュールなので、ほぼスッピンなの
だが、奇跡の童顔輝かせ、ムッチリもち肌は今朝は絶好調だった。そうして泰子が一旦、自室
に引っ込むと、居間の奥に掛けてある鳥カゴからカタカタとした音を発っするのだった。
258M☆Gアフター6(鳳凰篇)13 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:58:56 ID:9+luXIVH

「めっ、めっ、めしーっ!」
「おうっ、おはようインコちゃん! いまやるから、ちょっと待っててくれ」
 竜児はインコちゃんに駆け寄り、鳥カゴを覆っている布を取り去った。姿を見せた寝起きの
インコちゃんはもちろんスッピンなのだが、奇跡のキモ顔輝かせ、泡立つくちばしは今朝は絶
好調だった。
「私もご馳走さま! 竜児くん、したらば、私めが洗い物をするから、インコちゃんの朝食は
 任せたぜ!」
「サンキュー実乃梨……てかインコちゃんが、昨日からやたらとハイテンションなんだが……
 まあ、いい事なんだよな……よ〜しよ〜し、かわいいなあインコちゃん」
 エサ箱を取り出すついでに、畳の上で鳥カゴから出したインコちゃんとじゃれ合う竜児。エ
サをやろうとして、そのまま指の腹をフガフガとかじられ、朝のささやかなコミュニケーショ
ンをとっているのだが、己の頭髪の寝グセも、インコちゃん同様トサカ状態になっているのが
実はさっきから気になっていたというところで、目前の泰子の部屋のふすまがガラリと開いた。
「では、やっちゃんは、お仕事いってきまーすぅ☆みのりんちゃんはぁ、六時くらいにお店に
 来てね?」
 いつもの調子でくりくりと髪を先を指で巻きつつ、ぽえぽえと、口を開いく泰子に、洗い物
をする手を一瞬止め、台所から笑顔を向ける実乃梨。
「いってらっしゃい、泰子さんっ。弁財天国に、六時っすよね? 御意」
「んう! みのりんちゃんバイトの面接待ってるね? じゃーねー☆」

 バタン! と、玄関が締まり、泰子が出勤していった。竜児もインコちゃんの世話を終え、
鳥カゴを定位置に戻すと、洗い物を終えた実乃梨が、台所から居間に戻ってきた。
「竜児くん! 洗い物完了しました!」
「おうっ! 相変わらず早えな? さて、と……俺たちもそろそろスドバに行く準備しねえと
 だな。そうだ、さっき食べたタルトタタンどうする? ちょっと余ってるんだが。実乃梨、
 持って帰るか?」
 すると、実乃梨は大きなどんぐり眼を瞑り、首を横に振る。
「私、結構食べちゃったし、もともと半分は、泰子さんの物だし、夜は弁財天国に面接に行く
 から持っていけないよ。竜児くん食べちゃってくれる?」
「そっか。それもそうだが、なんなら明日、学校持っていくか。一緒に食おうぜ?」
「ナイスアイディア! では話がまとまった所で、竜児くんっ、出発するかーっ! 張り切っ
 て、行こーっ!」
「おうっ! いつでもいいぜ!」
「……二度ともうここには戻れないよ」
「おうっ? なんだそりゃ?」
「覚悟の上だね!」
「……実乃梨?」
「40秒で支度しな!」
「いや、そんなに急がなくても……まあいい。わっ、わかった! 待ってくれ!」
 よく考えたら、なんとなく聞いた事あるセリフだった事を、竜児は頭の隅で思い出しながら、
バタバタと自室からカバンを持ってきて、竜児は実乃梨と玄関を飛び出した。

 爽やかな午前中の日射しを浴びながら、二人は手を繋ぎ、気付けば駆け足でスドバへ向かっ
ていた。

***

259M☆Gアフター6(鳳凰篇)14 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 01:59:43 ID:9+luXIVH

 ちり〜ん。
 21世紀になって久しいというのに、いまどきそりゃねえだろ的な、ベルの音の中、竜児と
実乃梨は待ち合わせ場所であるスドバヘ入るのだった。
「須藤バックスにようこそ!」
 既に春休みなのだろうか。大学生と見受けられるアルバイトが、元気な声で、無料のコーヒ
ーを強請りにきた竜児たちを明るく迎えてくれた。

「まだ誰も来て……おうっ北村! 早えな!」
「ようご両人! 約束の三十分前に来るなんて、ズバリ偉すぎるぞ! 感動の余り、眼鏡のレ
 ンズが曇りそうだぞ!」
 店内の奥にある禁煙のボックス席。北村は、全身ワイパーという喩えが許されるほど、大き
く手を振っていた。
「おっはー、北村くん。待たせたなっ? ねえ竜児くん、男同士、積もる話もあるだろうから、
 私が竜児くんの飲み物買ってくるっぺよ。何にする?」
 既にソファーに腰を掛けていた竜児は実乃梨を見上げ、お言葉に甘える。
「おう、ブラックのコーヒーに、チリドッグ食おう」
「さすが高須、チョイスが渋い。しかし男は黙ってコーラだろ? 既に全員分のコーラがここ
 にある!」
 デンッ! っと汗をかいたグラスを差し出す北村。コーヒーショップでコーラを注文むのも
オカシな噺だが、コーラをメニューに入れてしまうオーナーの須藤さんも、オカシな噺だ。
「コーラって……北村〜。無茶苦茶すんなよな? まあいい、一応飲むか、MOTTAINAI」
 すると「え〜」と実乃梨が口を挟む。どうやら会話の途切れるのを待っていたようだ。
「ご注文繰り返しま〜す。竜児くん、ブラックのコーヒーに、チリドッグね? ん〜私はコー
 ヒーに、シナモントースト……いや、女々しいなあそれは。チーズトーストにしよっかな?」
「女々しいって実乃梨……お前は正真正銘の女子じゃねえか」
「え? ああ、そう、そうだったよ。いやー、たま〜に、自分が女子だって忘れちまうことあ
 るんだよね」
「……そうなのか? まあ、たとえ俺は、実乃梨が男でも、お前のこと……お前のっ」
「ちょっ! ……や、やだよこの人は。北村くんの前で何言おうとしてんのさっ! こっぱず
 かしい事言わないどくれよ!」
 スパーン! と実乃梨は、竜児の背中に気合を入れ、逃げるようにスドバの注文口に消えて
いった。叩かれた背中は、派手な快音だった割には、まるで痛くはなかった。こういう小技に
しても、実乃梨はテクニシャンだ。見送る竜児。そして北村は、
「あっはっは! かまわん、かまわんぞ高須! 仲良きことは美しき哉! ズバリ武者小路実
 篤だな。たしか同じ白樺派の志賀直哉が現国の試験範囲になっているし、丁度いいじゃない
 か。いやー、しかし金曜日の昼休みの放送は、豊年っ! 豊年っ! だったなあ」
「豊年って……お前それ、『暗夜行路』かよ。そんな事言ったら北村、昼休みに何があったか、
 恐ろしくて聞けねえじゃねえか」
 異常なテンションの北村に、首を傾げる竜児なのだが、これも、大河が転校したのがショッ
クの後遺症なのかもしれない。そう憂慮するのだが、北村の暴走は、留まる事を知らなかった。

「おっくれてる───────────────────────────────────
 ─────────────────────────────────────────
 ────────────────────────────────────────!」

260M☆Gアフター6(鳳凰篇)15 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 02:00:39 ID:9+luXIVH

 引いた。あまりの親友の凶行に、流石の竜児も引いた。いったい親友に、何が起こったのか
のだろうか? もしかしたら、なにかのラノベのパロディーなのかもしれないが、使うところ
が間違っているのは、元ネタを知らない竜児にも確信できた。
 今度こそ本気で心配し始める竜児。そこに大学生のウェイトレスの「須藤バックスにようこ
そ!」が聞こえた。

「ちょっと佑作っ!、あんたのシャウトが店の外まで聞こえてんだけど、一体なんなのよ!」
 ものすごい剣幕で、美少女モデル、亜美が、店の入口から指先を突きつけながら、北村に、
直行してきた。背後にはモテ系ファッションに身を包む、木原と香椎の姿もあった。
「すまないな亜美! 実は店の窓からお前たちが見えてな。時間に遅れている事を指摘したか
 っただけなんだ」
 そうして店内の注目を浴びてしまっていると、注文口にいた実乃梨が、せっかく並んでいた
行列を抜け出し、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「おいーっす、あーみーんっ! あ、麻耶ちゃんと奈々子ちゃんも、ちぃーっす! そーだ、
 とりあえず駆け込み三杯! グビッと、コーラでもやってくれい!」
 実乃梨は、テーブルの上に並んでいたグラスを三人に差し出す。その中で一番実乃梨の近く
にいて、勢いに押された木原が、ついヌルくなりつつある、コーラを口にしてしまう。

「うわっ、なにこれ櫛枝! 炭酸抜けて甘っ! ペッ、ペエッ! もうっ! 違うの飲む!」
「……このコーラ頼んだの佑作でしょ? バッカみたい。罰としてみんなのオーダー分、運
 びなさいよねっ? とにかく一緒に来いっ!」
 そう言って亜美は、強引に北村を注文口へ引っ張っていった。その後ろには、実乃梨と木原
と香椎が着いて行ってしまい、一人寂しくボックス席に取り残された竜児の前に、それまでの
経緯を全く知らない能登と春田がノコノコとやってきたのだ。

「おはよう高須。あれ? 人数分のグラスがある。なんだ、俺たち以外みんな揃ってんだ?
 早っ!」
「うい〜す☆高っちゃ〜ん、おりぇの席ここでいいの? てか、このジュース、どれが誰の?」
 と春田はテーブルの上のグラスに、ツンツンと指で差す示す。すると能登は、その内の一つ
に、ピンクの口紅が着いているストローが刺さっていたグラスを発見してしまい、瞑らなカ
ワウソ眼で、しっかりロックオンするのだった。

「おい能登。俺も男だ気持ちは分かる。分かるんだがな。それはちょっとどうかと思うぞ」
「え? ななななななに言ってんの高須っ! 木原のストローなんて見てないよ? ちょっと、
ピンクの口紅が付いてるから、これって誰のかなって、気になっただけじゃん!」
「ピンク? 木原は口紅は紅かったぞ? こっちが木原のストローじゃねえかな? 紅い」
「紅色は亜美ちゃんじゃな〜い? フヒヒ、俺、このストローで飲んじゃおうかな。間接キッ
 ス☆」
「……まて春田。それは実乃梨のだ……てか二人とも、確信ないなら間接キスは諦めろ。後悔
 先に立たずだろ?」
「だ、だから違うんだってば高須、うーん……味見、いや、これって美味しいかな〜って!」
 無論、嘘だろう。味見っていってもどれを飲んでも一緒。能登は自分の欲望を誤魔化すのに
必死だ。
「能登、わかった。お前って、ギャンブラーだな。まあ、あくまで味見というなら仕方ねえ。
 ちょっとだけ飲むだけなら、俺は目を瞑るぞ。青春だな」
「ウヒョー! 能登っちレッツ☆グオー!」
 他人事ながら盛り上がる春田。これから始める能登の行為は、一切、他言無用だという事は、
不文律の男のルール。熱いフレンドシップだ。
261M☆Gアフター6(鳳凰篇)16 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 02:01:24 ID:9+luXIVH

「あ、ありがとう高須、春田、俺は一線を超えるぞ! 二人とも忍びねえな?」
「かまわんよ」
 と、少々廃れたお約束を交わし、能登は念願のストローに口を付け、そして吸った。すると、
「おお能登と春田! 遅かったじゃないか! ん? なんだ能登、それは俺の飲んだコーラじ
 ゃないか! 仕方ないやつだな!」
「ブッフオオオ! だ、大先生! マジで? だってこれ、口紅……」
 能登は盛大にコーラを噴霧、さっきまで咥えていたストローを指差す。
「どうすれば口紅に見えるんだ? 血だ。間違いない。血がついている。実は俺の唇、大変な
 んだ。すっごいカサカサなんだ、いや、しかし間接キッスではないか。恥ずかしいなぁ」
 頭を掻く北村に対して、能登は超燃費、さっきのテンションはどこへやら。魂の抜けた能登
は、ゆっくりと竜児に、真っ青な顔を向けた。
「……どうしよう高須。俺、思いっきりストロー味わっちゃったよ。そして思いっきり愉しん
 じゃったよ。俺こういう冗談が、一番苦手なんだよ、ね……」

 残念すぎる。竜児は頭を抱える。すると春田の口が弾ける。
「能登っち悲惨! ちなみに、このコーラは飲んじゃ駄目。俺のね? It’s 峰っ!」
「春田、It’s mineだろ? しかし能登よ。なんつーか、それって……」

 と、竜児が言葉を紡いだ、次の瞬間。

「「遺憾よね」だよな」

 竜児は誰かとセリフをシンクロナイズ。竜児は全力で振り返る。そんなセリフ吐くやつは、
一人しかいない。それは、

「「大河──っ!!」どうしたのさ? なんでここにいるのさ?」
 今度は実乃梨とシンクロナイズ。竜児は驚き、飛び上がる。フルパワーで、実乃梨にハグさ
れる大河は、似合っているが、見慣れないセーラー服を着ていた。
「んああっん! みのりんただいま〜っ! あのね? ママが退学届けを次の日には撤回して、
 休学届けにしておいてくれたの。ただ転校先の学校に手続きだけちゃっていたから中々許可
 でなくて……だから、この制服着るのも最初で最後。私、明日から復学するんだから! 終
 業式も一緒なんだからっ!」

 戻って来た。大河が戻って来た。みんながいるここに。
 今、目の前にいる大河は、正真正銘の大河だ。腰まである淡色の髪、白い小さな顔に乗っか
った長い睫毛、小さな鼻、唇。一ヶ月前に別れたそのままの大河だった。ただ違う所と言えば、
セーラー服に身を包んでいるところか。正直、どう贔屓目に見ても、小学校から進学したばか
りの中学生にしかみえない。そこにパニーニを持った木原、登場。

「っあっれ──? タイガーじゃ──んっ! ねえねえ亜美ちゃんっ、奈々子っ! タイガー
 が、コスプレしてるぅぅ! 超かわい────っ!!」
「コスプレ? んなあっ、ちょっとチビ虎っ!! 久しぶりに逢ったら、何セーラー服とか着
 ちゃってんのよ、ズルくね? あたしだってセーラー服、超〜似合うんだからっ……」
 そんな亜美の憎まれ口は、最後は聞き取れないほど、声が震えていた。
「おかえりタイガー。うふふっ、今日は勉強会どころじゃないかもねっ」
 という香椎のやさしい声は、店内は騒々しいに掻き消されていく。
262M☆Gアフター6(鳳凰篇)17 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 02:02:18 ID:9+luXIVH

「むうにゅううっ、みのりんみのりんみのり〜〜んっっ! 私、みんなのところに戻ってくる
 為に、メールでも連絡できないくらい、いっぱい頑張ってきたんだよ! でも、これからは
 また一緒っ、すっごい、私! うれしいっ!」
「うおおっっ──! 大河ーっ! みのりんもうれしいぜええーっっ!」
 ちょっと竜児が嫉妬してしまうほど激しい二人の抱擁。ふうっ、と溜息。そうして竜児は、
実乃梨の肩に手を触れた。

「……なあ実乃梨、この後、学校いかねえか?」
 ぐりっと首だけターンをきめる実乃梨。目尻に浮かんだ涙は、昨日のそれより、熱を帯びて
いる。
「えええ? 学校? 竜児くんなんでさ?」
 もたげた実乃梨の肩越しに、キラキラ光る大河の顔も覗ける。そして、ふたりに竜児は、出
来る限りの祝福を提案した。
「大河が戻ってきたお祝いに、俺が腕を奮ってやる。学校の高須農場の野菜達で、俺の最終奥
 義『鳳凰』を創ってやる。なんでも『鳳凰』ってのは、祝いの席で創るらしいからな。大河
 は戻って来たし、ホワイトデーだし。場所は、弁財天国借りて……なあ、どうだろう?」
 竜児は声を張る。大河と実乃梨は顔を合わせ、ニンマリした。

「野菜で『鳳凰』とな? そりゃすっげーよ、あーた! 及ばずながら流浪のウェイトレス、
 私も手伝わしてくんなましっ! ねえ大河っ! 勉強会の後に学校へ行くって! いいよね?」
「うん! 竜児はイヤだって言っても造っちゃうだろうから、食べないと野菜たちが可哀想だ
 もんねっ? もちろん行くわよ! おいばかちー!! 貴様も来るのだっ!」
 犬猿の仲、宿敵同士の大河と亜美は、ケンカしてるんだか、抱き合っているのか、訳分から
ない位、身体を寄せあっていた。
 そうやって、みんなが喜ぶ姿を眺め、つい、感極まり、言葉を失う竜児。そこに誰かから、
肩を叩かれた。 
「驚いただろ高須。俺は知っていたんだが、逢坂にまだ内緒にしてって言われててな。騙した
 みたいで、すまない」
 平伏す北村の肩を、今度は竜児が叩く。
「そんなことねえよ! てか、もう嬉し過ぎて、どうでもいい! そうだ、お前も『鳳凰』食
 ってくれよな? 絶対旨いから!」
 最近、北村の様子がおかしかったのは、大河の事をカミングアウトしたかったのを、大河の
言いつけ通り、我慢していたからであろう。全ての謎が解けた竜児は、もう嬉しくって、笑い
が止まらなかった。と、その横。

「くうっ! みんな……よかったねえ! うくくっ!!」
「ちょっと、須藤さん……なんで泣いているんですか?」

 なぜか部外者の須藤氏も混ざって号泣していた。
 止まらない、みんなの泣き、笑い声が店内に響く。


 そして新しい日々が、また、ここから始まる。


 おしまい。



263 ◆9VH6xuHQDo :2010/04/26(月) 02:04:20 ID:9+luXIVH

以上になります。お読み頂いた方、ご支援頂いた方、有り難うございました。
また、何故かレス数を間違えました。十七レスでした。申し訳ございません。
次回、スレをお借りさせて頂くときは、職人様のお邪魔にならなければ来月
M☆Gアフター8を、投下させて頂きたく存じます。失礼いたします。
264名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 02:11:07 ID:hxsG7yp+
リアルタイム更新ktarl

須藤氏だけでなくて俺も号泣。
>インッ……淫っ! 淫行っ! インサート! イン・アウト、イン・アウト、イン・アウト……
空気の読める出来るインコ、インコちゃんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

とらドラメンバーがスドバでじゃれあう空気感がなんともいえないぐらいに好きです。
8も当然のように待っています。ええ。
265名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 07:21:26 ID:5O4bV+z3
>>263
GJ過ぎて何もいえねぇ……朝からとんでもないものを見てしまった。
某掲示板で呟いた鳳凰ネタが実現されていたことに感動しつつ乙&ジャイアントGJ
続きあるようなので楽しみにしてます。
266名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 09:01:59 ID:8FuSzBjO
相変わらずキャラが生き生きしていて羨ましい、あなたの作品が大好物です。
こんなに素晴らしいみのりんにGJ!
267名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 16:26:39 ID:DmJN3FkI
高校生の分際で彼女が泊まりに来るなんてウラ、うらやましい
キャラに違和感を感じず脳内再生できました。gjです
268名無しさん@ピンキー:2010/04/26(月) 20:44:38 ID:KXGx1/Ta
>>263
感動した!GJです

ところでこんなこと言える空気ではないが、鳳凰って何?食材の切り方?
恥は承知なのでどなたか教えて下され…
269名無しさん@ピンキー:2010/04/27(火) 01:51:35 ID:r7ZoNwLp
270名無しさん@ピンキー:2010/04/27(火) 07:49:30 ID:gJ/A830k
とらドラ4!
181ページより
きゅうりとにんじんと大根の飾り切りテクを(中略)竜児は野菜で鳳凰が作れるのだ。
271名無しさん@ピンキー:2010/04/27(火) 18:05:53 ID:H0l/9W+l
>>269
>>270
わざわざありがとうございます。鳳凰の形そのものですか、竜児すごい
272名無しさん@ピンキー:2010/04/28(水) 10:08:20 ID:43WCgGb4
勇者が旅立ったきり戻ってこないのが気になる。
273名無しさん@ピンキー:2010/04/28(水) 11:17:15 ID:2IZhJ8Q2
>>272 うんうん
274名無しさん@ピンキー:2010/04/28(水) 17:15:39 ID:YCCVQy7D
ここは大河の成分が少なくて残念
エロなしは竜虎スレ行けばたっぷり補充できるけども

エロが!竜虎の子作りが!足りない!

はあ〜あ自分に文才があればor2
275名無しさん@ピンキー:2010/04/28(水) 19:44:41 ID:qbpINyUA
>>263
乙!
って、イリヤwww
276名無しさん@ピンキー:2010/04/29(木) 21:00:15 ID:Smg8Zm+6
キスしてが終わったからな〜
277名無しさん@ピンキー:2010/04/29(木) 22:41:19 ID:Vb2d8Iyu
大河のなんかいらねえよ
278名無しさん@ピンキー:2010/04/29(木) 23:16:39 ID:wpGSQnOI
いるよ超いる
竜児に跨ってぐちゅぐちゅしてる大河が読みたい押し倒されてるのでもいいけど
279名無しさん@ピンキー:2010/04/29(木) 23:33:38 ID:sG/BQGWz
亜美・奈々でしょ
280名無しさん@ピンキー:2010/04/30(金) 10:37:00 ID:nlksnJEp
補完庫にあるNOETってあれで終わりなのかな?
281名無しさん@ピンキー:2010/04/30(金) 13:58:47 ID:88n9xXdY
>>263
面白かったですよ

ところで
>>275のイリヤってなに?
282名無しさん@ピンキー:2010/04/30(金) 23:23:53 ID:YMe0tAwP
とらドラ・スピンオフ3!
302ページあとがきより
『イリヤの空、UFOの夏』を北村が読んでいるという体で、一節をお借りしました。
283名無しさん@ピンキー:2010/05/01(土) 20:16:16 ID:SDS9lkNp
おっくれてるーーーーー!!!!!
284名無しさん@ピンキー:2010/05/01(土) 23:54:16 ID:7ffULTUV
亜美ちゃん不足になってしまった…
285名無しさん@ピンキー:2010/05/03(月) 11:51:43 ID:+Qi0C9nc
柴田?
286名無しさん@ピンキー:2010/05/05(水) 13:23:05 ID:citB3XZi
ほす
287名無しさん@ピンキー:2010/05/05(水) 22:17:57 ID:MMAY6QJv
スピンオフ3(最終巻?)が出で、盛り下がっちまったのか・・・

288名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 12:18:06 ID:el+HSmzC
きっとみんな鋭意執筆中なのさ!

と思いたい。
289 ◆ZMl2jKQNg0m5 :2010/05/06(木) 15:43:50 ID:eXin0k+/
久しぶりです。今から投下します。

タイトル:《蛇の巣: アダムの果実》
性愛文学っぽい気味の悪い名前にしました。

CP: 竜児x奈々子

エロ: ガチエロ。

注意書き:
竜児は乙女でヘタレ、奈々子様は鬼畜。

それでは、以下のレスからよろしくお願いします。
290名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 15:46:15 ID:eXin0k+/
部屋の照明は、ベッドの傍らにある、たった一つランプ。

黄色はずの明かりが桃色をの笠を通し、柔らかい色を主体として飾られた部屋の
空気を、さらに甘く染め上げる。ベッドの周りの床で、男装の服が無造作に脱ぎ捨て
られて、紫色のシルク質で女装らしい服は丁寧に椅子に畳んでいる。

薄暗い密室の中で、ベッドの上に二人の男女の影が蠢く。

一人は香椎奈々子。

奈々子は男の体を覆い被さっていて、その素肌を守るのはたった一枚のバスタオル。
波のかかった長い黒髪が、奈々子の面影を包まれるように垂れて、
色香の成熟した所だけ主張するよう、少女らしい陶器細工に彷彿する華奢な顔立ちの、その幼い部分を隠す。

そういった静かな水面の下で、彼女は両手で男の頭を抱え、その唇を、唾液を、
口の中にある柔軟なフレッシュを、狂おしく貪る。

「男」というのは、奈々子の同級生である高須竜児。

彼は両手を頭の上まで引き上げられ、ベッドに束縛されている。ただ縄で手の動きを
封鎖されただけだが、ここから逃げ出すことはできない。なぜなら、
もし彼が暴れて逃げるとしたら、それは必ずある程度の暴力を振るおうことを伴い、
奈々子を傷つけることになる。

つまり、奈々子は自らを盾にして、竜児をその場で引き止めている。竜児は、
その狡さに感心しながら、特に反抗する様子もなく、彼女の為すがままに、
静かに奈々子の舌を受け入れた。

やがて、奈々子は熱い息を吐きながら、暑苦しそうにバスタオルを解き、
大きな乳房を竜児の厚い胸板に押し付く。体は熱く燃えているのにも関わらず、
奈々子は竜児の肌からさらなる情熱を求む。

「ん…んふ…っ」

あまりにも反応が悪い為、奈々子は舌の動きを早まり、竜児の固まった舌を振り回す。
唇に直接力を入れずに、赤色の媚肉の柔らかさを保ちながら、竜児の唇を按摩するように
首をそっと揺さぶる。奈々子は、固まっている竜児を、洗練されたディープキスの
テクニックで翻弄する…つもりなのだが、竜児の方は未だ動じないまま。

しばらくした後、奈々子の長い口づけが漸く止まった。頭を少しだけ引き離し、
さりげなく唇を浮かばす。竜児の唇と、わずかだけの接触を保ちながら、口に当たる、
柔軟な感触を振り切る。そしてゆっくりと瞼を開き、潤む目で至近距離に
竜児の両目に覗き込む。

「美味しかったわ、高須くんのファーストキス。」

キスする前から変わらず、大きく開いていた、竜児の瞳は、悲しみに満ちる。

「この先はだめなんだ…もうやめてくれ、香椎…」

ずっと絡まれた舌が解放されて、「この先」のことを予想した竜児は、震える声で懇願する。
291名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 15:48:37 ID:eXin0k+/

竜児の声を聞くと、奈々子は体を引き起こし、馬乗りの体勢をとって彼を見下ろす。

「だーめ。あたし、高須くんが欲しいんだもの。高須くんだって、
 あたしのおマ○コに入りたくて、ほら」

と、軽口を叩きながら、腰を動かせ、竜児のペニスの幹の部分に、
性器の入り口から滲み出す愛液を塗り付く。

「こーんなに、固くおっきく勃起してるのに。」
「……」
「ついさっき別の女に告白して玉碎したくせに、あたしが服を脱いだだけで反応するとね。
 高須くんって節操なし? 」
「……告白なんかしていない…させてくれなかったんだ…」

少々論点のずれた反論を返した途端、竜児は、縛られてくっ付かれたままの腕で、
顔の上半を蔽う。涙を堪える目を、目の前の女子に見せたくなかったのだろう。

だが、奈々子に、竜児の感情に同調する意思はかけらもなかった。
彼女はただ、残酷なほど淡々とした口調で返答する。

「それはご愁傷さま。今、癒してあげるね。ちょっとエッチなおマ○コだけど、
 まあよろしく。」

そして奈々子は竜児のモノを手にして、自分の下半身の花びらの中間へと導く。

「これで、高須くんの童貞は私のもの…」
「やめろ、せめて避妊ぐらい…! 入れるな…! ううっ…!! 」

強気に抵抗している竜児の動きを抑えるために、奈々子は力一杯で彼のモノを絞り込む。
無論、奈々子も所詮思春期の女子であり、特にアスレチックな人間でもない。
その故、彼女が如何に力を入れようと、竜児のモノは固いままで、
形を変えずに突立し続ける。

しかしながら、亀頭に現れる紫色が語っているように、竜児は無感覚でいられなかった。
奈々子が彼の性器を強くつかんでいるが故、彼が動くほど、
体の一部が引き裂かれるような感覚が強まる。

数秒の間に、竜児の動きは徐々収まっていった。

「暴れん坊な高須くんもいいけど、やっぱり大人しい方がかわいいわね。」


奈々子は満足げに感想を語ると、ゆっくりと腰を沈み、竜児の剛直を自分の中に招き入れる。
膣壁の肉を押し開かれ、下半身から体中に伝わる快感と、竜児を征服した満足感で、
目を細める。ペニスを根幹まで咥えたのを確認したあと、
奈々子はホっと一息吐き出し、

「…こんなものかな。」

と、独り言を呟く。

二人の結合部に目を釘付ける竜児は、網膜に写る光景に戦慄く。
292名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 15:50:59 ID:eXin0k+/

「は、早く…早く抜いてくれ…! 」
「ふふ、男って、昔ママが話したよりも器用ね。
 理性とバトルして体中の筋肉がカチカチと固まってるのに、アソコの充血もちゃんとしてるんだ。
 それとも高須くんだけが特別?どんだけエッチな子なんだろ、キミ。」
「いいから早く抜けっ!頼む…!」
「でもね、気持ちは分からなくもないけど、もう一線越えているから、
 今更そんなこと言わないで。」

奈々子はわずかに体を浮かばせ、ペニスの半分を解放し、竜児に現状を見せつけた。
彼女の小さな蜜壷から溢れ出した体液が、二人の性器を濡らし、ランプの光を反射して煌めく。

「…はぁん」

極軽微な動きであったが、快感を十分に開発された奈々子には刺激が強く、彼女の性的感覚を煽る。

「いや、違う…もう駄目だ、早くしてくれ!!」

それを見た竜児は慌てて体を揺さぶり、奈々子の中から逃げようとする。

「え? 中にトクトクって…えっ、ええぇ? なんか起こるの!?」
「精液が、出るんだ…! もう我慢できないっ! だから、早く…! 」

竜児か慌ててペニスを引き抜こうとする──のも、膣内射精を避けるためだった
。彼は激昂して暴れているが、慌てるほど、亀頭が受ける刺激もより激しくなる。
数秒もしないうちに、奈々子がまだ状況を掴めないまま、竜児は射精した。

「あ…ああっ…」

前列腺と亀頭の間に激突し往来する、痛みにも似た快感。
想像以上の気持ちよさに精神奪われつつ、同級生の中に精を放った罪を嘆く。

見知らぬ温もりが腹の中に広げるのを感じ、奈々子はようやく事情を理解した。

「…うそ。もういっちゃったの? 」

異様な感触ではあるが、彼女は『ちょっとくすぐったいけど、案外普通だね』と、
ある程度の失望を覚えた。

「初めては大体早いって聞いたけど、まさかこれだけで…」
「…ごめん。」

竜児は、未だ奈々子とセックスしてるという事実を受け入れてはいないが、
奈々子の驚きを目にして、「何となく」申し訳ない気持ちになっていて、
謝罪の言葉を口にした。

奈々子は殊勝に謝る竜児を見て、その思惑を見抜いた。
彼女はそれを愛おしく思いながらも、悪戯好きのような笑みを、
朱色に彩られた上気な頬に飾りつける。

「うふふ、中に出されちゃったぁ。まあ、もう観念して。
 妊娠するものなら、先走りでとっくにできちゃってるでしょ。」
293名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 15:55:13 ID:eXin0k+/

フォローをするのに方法を間違えたか、質の悪い冗談を言っているか。
冷静に考えれば、奈々子は「妊娠しない」という自信を持ってその冗談を言えた、
という結論に至るのだろう。

だが、洒落になれない事情な故、奈々子が「妊娠しても大丈夫と思っている」などの
血迷い事に思考を回してしまうのも、今の竜児には至極当然の事だった。

「…はっきりしてくれ」

だから、ちゃんとした断言を聞こえないかぎり、竜児は安心しない。

「ちょうど安全日だから、大丈夫かな。やっぱり心細いんだけど、スリルあって意外によかったわ。」

射精される感触こそ微妙に薄かったものの、精子が子宮で卵子を探る絵図が、
奈々子の弦に触る。

自分が「繁殖行為」になりえる「性交渉」を行っていることを、改めて思い知った。
彼の性器が自分のを貫くことを促したものは、竜児に向ける愛情以外にも
存在していた。それは背徳的な、限りなく動物的な、ナニか。

「他人事みたいに言うなよ…子供なんかできちまったら、
一番被害受けるのは香椎だろ!! 」
「万が一赤ちゃん出来て、さらに万が一にもない事に高須くんが責任取らないとしても……
 不本意だけど、赤ちゃん堕ろしちゃえばいいと思うわ。」
「お前…!!」

自分の体のことを、他人事のように言う、その態度に腹が立ったのだろう。
冷酷な態度を取る奈々子とは対照的に、竜児は激昂している。

「高須くんはちゃんと責任とってくれるんでしょ?」

奈々子の無責任な答えに、直接的に反論出来ないことを、竜児は悔しんだ。
少しは彼女のその信頼に応えたくなったが、彼が真剣に奈々子のことを心配している故、
感情論で事情を済ますこと出来ない。

「責任取るって…どうやって?」

竜児が経済的に不自由な高校生である以上、まともに「責任」を担げる可能性はない。
そもそも、子供を宿すこと自体は奈々子の高校生活に崩壊をもたらすのだろう。
それはどう責任を取ろうと、埋め合わせが不可能なことだ。

かつての、彼の母親のように、何もかもとりつかないことになってしまう事態だけを、
回避したかった。

「……」

ようやく自分の行動の不条理さを悟ったか、奈々子は竜児の質問に返事をしなかった。

彼女の体は固まって、竜児に向ける視線も、惚けてるように硬質的なもので、
どんな思惑が働いているかは明白に伝えない。
が、奈々子が十も百ももの考えに、一瞬の時間で、圧倒されることを確実に表した。
294名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 15:57:44 ID:eXin0k+/
ようやく自分の行動の不条理さを悟ったか、奈々子は竜児の質問に返事をしなかった。

彼女の体は固まって、竜児に向ける視線も、惚けてるように硬質的なもので、
どんな思惑が働いているかは明白に伝えない。
が、奈々子が十も百ももの考えに、一瞬の時間で、圧倒されることを確実に表した。

「香椎…?」
「……そうね。ちょっとはいかれてたかも知れないわね、あたし…」

奈々子はゆっくりと神経を緩ませたあと、自分の間違いを認めた。
彼女は竜児の手を拘束する縄を解いて、彼の両腕を開放された。竜児は、
これから解放されると予想し、身を起こした。ところが、その予想に反して、
奈々子は竜児の首に抱きつき、自分の胸元を彼の左顔に押し付けた。

そして彼女は彼の耳に呟く。

「──あたしの心拍、感じてる?」

竜児は、顔面に触れる、奈々子の体の温もりに、心を動かれた。
少し落ち着きになって、奈々子の心音を聞き取れた。彼女の胸元の優しい心地と、
肌の柔らかさに相応しくないほど、荒々しい音であった。

「…だからなんなんだ。」


言葉とともに口から出てくる息が、奈々子の肌に当たって、
そこから跳ね返されたように、また彼の鼻先に触れる。その香りで、
竜児の警戒は軟化していく。

「ドックン、ドックンって暴れて、胸が張り裂けそうなの…あたし、
ずっと緊張してたのよ。お酒でも飲まないと、幾ら高須くんが好きだって、
こんなことなんてできないわ……分かってくれる?」

先まで冷静に自分を翻弄した奈々子を思い出し、竜児は一瞬だけ『嘘だ』と叫びたかった。
けれども、少し感官を済ませたあと、奈々子の体が小刻に顫えるのを感じ取って、
僅かながら平常心を取り戻せた。

「…酒なんか飲んでんのか? 」
「ビール2缶。苦かったけど、一気にグーっと。」

奈々子の告白を聞くと、一滴の酒も口にすることなかった竜児は固まった。
清楚に見える同級生が、豪快に未成年飲酒することを、優等生として想像できなかった。

「はあ。そんな無茶して…」

一歩先のことも考えずに強引に行動したのも、「責任」について吐いた屁理屈も、
アルコールの所為であると考えて、竜児は怒りを振り切った。目の前の女の子が、
理性を捨てるまで自分と一つになりたいのを考えると、彼はなんとなく観念した。

竜児の態度が丸くなるのを確認し、奈々子は竜児を抱きしめている腕を解き、
彼に柔らかい笑みを見せた。
295名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 16:00:06 ID:eXin0k+/
「それだけ、高須くんのことが好きだから。」

奈々子の優しい笑顔に対し、竜児はただ苦笑いした。

「……さっき、いくら俺が好きだからって言わなかったっけ?」

彼が口にする、自虐的な戯け口の中にも、奈々子の心境に気を遣う思量が入っている。
自分の愛情を認められることで、奈々子は心の奥から喜びの感情を見つけ出した。

「うれしい」

奈々子は目を閉じて、竜児の唇に軽く口を付く。
竜児は、それを受け取めることしか思い浮かべなかった。なにが妥当なのかは、
彼には分からなかった。

「ねぇ…情けでもいいから…ちゃんと、最後までしてくれないかな?あたし、
 バイブで処女なくしたけど、男とするのは初めてよ。好きな人との初体験……
 ちゃんと叶っさせて…だめ…?」
「……っていうか、バイブ?今更だけど、色々大事にした方が、さ。」
「ごめんね。この半年ね、高須くんのことを思って、毎日オナニーしてたの。
 そしたら最近物足りなくなって…」

「…!!」

奈々子が自分の自慰行為を告白している内に、竜児は反応して、
また自分のオトコを引き起こした。奈々子は膣内で異変を感じ取って、

「あっ…大きくなってる。くす、エッチだね、高須くんって。」

と、彼をからかった。

「香椎が変なこと言うから…」


奈々子の指摘に対し、竜児はただ力なく答弁した。彼女を強く拒絶することが出来ず、
「最後までする」といった願いにも応えずに、ただその場の流れに自分の意志を放棄していく。

「それじゃあ、二回戦ね。」

彼のその心情を感じ取っても、奈々子は問答無用ばかりに、腰を振り始めるのだった────。




 
 
 
 
 
296名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 16:02:27 ID:eXin0k+/
奈々子の家からの帰り道の途中で、クリスマスの朝が訪れた。

片思いが砕けられた悲しみや、無節制に快感を絞り出す行為から得る愉楽や、
背徳的な行為を行った故の自棄気味よりも、ろくに睡眠を取らなかった所為の、
疲憊が強かった。

クリスマスイブを満喫していた町は、いまだ静に眠っている。
建物の外に飾る赤色と緑色の塊や、電気を消されて生気を失った電飾。
その中に、まだ往生際悪く点滅する五彩の明かりもあるが、それを目にすることで、
竜児は更なる虚しさを味わう。

(日差しが痛い…)

竜児の目では、灰色の冬の空を、だらだらと昇る太陽はどこか冷たかった。
一晩中に心を休ませることなかったことで、彼は精神的にも肉体的にも弱まっている。

(寝たい。とりあえずうちに帰って寝りたい…)

ただひたすら歩いて、時間の流れもとらえぬままに、竜児は自分の家にたどり着いた。

「ただいま。」

居間に入って、オーバを脱ごうとするとき、

「────遅い。」

と、一角から不機嫌そうな声が重く響いた。

「た、大河…?」
「あんた、一晩中どっか行ったの?」

咎めるように投げつけた質問にしては、中々落ち着いた音色であった。
そんな大河の声を、彼は怖がって、弱気に答えた。

「大河…ごめん。」

竜児のいい加減な言葉をただの生返事に聞こえて、大河の顔に憤慨の色で曇る。
彼女は立ち上がって、沈黙のままに竜児のところまで歩き、手の平で竜児の頬を叩く。
そして彼女はは竜児の服の襟を掴んで叫ぶ。

「ごめんって、なんなのよ! ちゃんと答えなさいっ!
 泰子も私も心配して、ずっとあんたを探して! あんたが帰るのを待ってたのよっ!!
 泰子はどんなに心配したか分かる!? 疲れすぎて倒れて、ちょっと前までアンタの名前を唸ってたのよ! 」

町の静寂を切り裂く上声が、竜児の頭骨を衝撃し、顱の中で木霊する。
彼は立つ力も失し、その場で倒れこんだ。大河はようやく竜児の調子の異常さに気付く。

297名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 16:02:40 ID:eXin0k+/
「…竜児?」

彼女は気持ちを切り替えて、そっと竜児に呼びかける。しかし、竜児は俯いたままで、
彼女の言葉に何の反応も示すことなかった。

「ごめん、あたしなんか悪いこと言った?ねぇ、謝るから…頭あげて」
大河は跪き、竜児の肩に手を置く。

「大河は悪くはない。悪くないんだ…」

しばらくした後、大河は、竜児の口から漏らした泣き声に驚いた。

「…なんかあったの?」

「俺、なんて情けねぇ奴なんだよっ…」
298 ◆ZMl2jKQNg0m5 :2010/05/06(木) 16:03:33 ID:eXin0k+/
以上です。読んでくださって有難うございました。

まずは、ある事情についてお詫びをします。
短編連作は半ば諦めています。ごめんなさい。
何故か原稿と夏/夏秋を見てウンザリしています…
色んなエピソードのプロットを完成して、本文も程度書いてたのですが、
気分的に執筆し続けることは出来なかったんです。
数少ないであろう、少しでも期待してくださった読み手の方、本当すいません。
書き手としての未熟さで迷惑かけて、申し訳ありませんでした。

あと、このSSは、タイトルで仄めかしたとおり、シリーズ物の一部なのです。
プロットも既に完成していますが、「短編連作」の件もあって、
迂闊に先のことを約束することができません。
個人的にはもっともっと竜児を虐めたいので、
時間と力が許すかぎり書きつづけてみたいんです。

では、失礼します。
299名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 19:16:08 ID:y1l5xkX5
GJ

>個人的にはもっともっと竜児を虐めたいので、
期待して待ってます
ご無理はなされないように
300名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 21:01:09 ID:hiOQWZjD
奈々子さん、テラ鬼畜!もっとやれ!!
301名無しさん@ピンキー:2010/05/06(木) 23:12:05 ID:EXyfNhbI
遠い国からお疲れ様。面白かった
マイペースでお互いがんばろうぜ
302名無しさん@ピンキー:2010/05/07(金) 00:00:19 ID:++rZlPZ0
お久しぶり&GJ!!
タイトルのセンスがイカしてるw
どS奈々子様(;´Д`)ハァハァ
「夏」と「夏秋」の続きを楽しみにしていただけに、中止は残念。
今回の作品は完結させて欲しいな。

以前からあれやこれやと上から目線で失礼だけど、文法の違和感が
少なくなって来て良い。
まだちょっと気になっている点は"自動詞と他動詞の違い"。がんば!
303名無しさん@ピンキー:2010/05/07(金) 19:49:57 ID:4KHoJ2Ew
このスレはあと十年戦える…新作さえあれば…!
頑張れゆゆぽ!!
304名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 00:33:24 ID:jZZqo78S
>>298
GJ乙です!
無理なさらずこれからも執筆してくだされ。
305名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 21:48:38 ID:qw0DPVDx
スマンちょっと質問。
亜美×竜児の「翼をください」ってまだ4まで?
続きって投下されてないよね?
306名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 22:24:43 ID:3JWSEc2g
補完庫さまは勤勉で素敵なお方なんでないだろう。

念のため前スレに行ったけどやはりない。
307名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 22:55:28 ID:qw0DPVDx
>>306
サンクス!
いまのところ、亜美×竜児で一番すきなSSだ。
続き楽しみ。
308名無しさん@ピンキー:2010/05/09(日) 12:35:10 ID:nbcX0Y2u
投下が少なくなる愁いとは、新しい作品が読めないことっていうより、
自分の愛着のある作品とCPから、皆が遠ざかって行く寂しさの方が合ってる気がする。
309名無しさん@ピンキー:2010/05/09(日) 12:37:40 ID:nbcX0Y2u
「は」じゃなくて「が」ばっかり使っていた自分にびっくり
310174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:15:24 ID:/5eSlTsP
SS投下

「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × y-y ───」
311174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:17:26 ID:/5eSlTsP

天井から降ってくる柔らかな明かり。どこからか静かに響くヒーリングミュージック。管理された空調。
整然と並べられた、本革を使用した二人掛けのカウチソファに掛けながら、改めて辺りに目を向ける。
受付やロビーは当然として、奥には本格的な喫茶コーナーまで設けてあり、入ってすぐの所には広々とした託児施設、窓の向こうには小さいながらも噴水付きの、日向ぼっこをするには十分な庭まで。
壁にかけられた液晶ディスプレイに随時映し出される呼び出し番号がなかったらここが病院の待合室であるということを忘れてしまいそう。
一見するとホテルと見紛うようで、実際上階の病室は相部屋であってもゆったりとしたプライベート空間を確保されているし、
テレビにインターネットが使えるパソコンはもちろんのこと、トイレや洗面室も完備してあり、ベッドもセミダブルのものをあてがわれている。
個室ともなれば誰を気にする必要も気遣う必要もないのは元より冷蔵庫やシャワーまで備え付けられていて、部屋によってはリビング、更にはキッチンまで。
文句のつけようがなく、食事に関してもそれは当てはまり、和洋中、栄養バランスの整った三食に加えおやつに至っても嗜好を凝らしたものが用意される。
正に至れり尽くせりで、産婦人科専門の病院とは妊婦にとって快適なことこの上ない、とは後に訪れる産みの苦しみを味わう身としてはむしろ当然だとさえ思えてしまうのは、些かワガママが過ぎるかしら。

「あなたはどう思う?」

すぐ横に腰を落ち着け、膝に乗せた娘に絵本を読み聞かせていた隣人に、なんとはなしに尋ねてみた。

「えっと、ごめんなさい、なんのお話でしたっけ」

休日ということもあって、連れ添う男女で賑わいをみせる待合室。ソファが二人掛けなのも、それを前提にして選ばれているから。
だというのに、私の隣には特徴的な目つきをした年下の旦那様ではなく、向けた顔にきょとんとした表情を浮かべる女の子。
年齢を考慮すればそろそろ女性と言っても差し支えないというか本来であればそう呼んであげるべきなんでしょうけど、
あどけないというか、幼さが消えないというか、ともかく年齢を感じさせない様子はよく知る誰かを髣髴とさせる。
あの娘もあの娘であまり成長らしい成長もしなかったけれど、この娘も相当なもので、下手をすると小学生と間違われそうなほど。
膝の上で絵本の続きをせがむ女の子を生んだのがこの娘だと、十人に聞いたら十人とも驚き信じないだろう。姉妹と勘違いされることもざらだもの。
しかも隣に私がいるこの状況じゃあ傍からすると子守をしてくれているようにも見えるんでしょうね。ちげぇっつーの、たく。

「お腹、そろそろキツくなってこないかなーって」

「あ、はい。でも、これウエストの調節きくし、もうしばらくは心配ないです」

「そう。なら、いいんだけど」

両腰に結んだリボンを片方、摘み上げてみせる。解くとずいぶんとゆとりができそうで、たしかにこれなら問題はなさそう。
相変わらず手の込んだメイド服ね。全部自分で作ってたりするのかしら。
毎度毎度同じようでいて微妙に変えているようだし、季節にも合わせてるようだし、着てみたいとは思わないけど感心する。
いえ、まぁ、その、着てくれって頼まれたらやぶさかじゃないのよ。
だけどね、ほら、なんていうかそういうので求められるのってちょっと抵抗があるっていうか。

「あの、どこかおかしいですか」

難しい顔で凝視していたらしい私にかけられた声には一欠けらほどの緊張が含まれていた。

「ううん、よく似合ってるわよ」
312174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:18:24 ID:/5eSlTsP

そうですか、と彼女が胸を撫で下ろす。褒められたことに照れたのか、わずかに頬に差した朱が、まるで色づき始めたリンゴのよう。
とても一児の母とは思えない無性に庇護欲を刺激する様を目の当たりにした周りのお父さん達も思わず顔の筋肉を緩め、しかしすぐさま引き締める。
中には脂汗を滲ませる人までいる始末で、踵で踏んづけられたつま先から上る痛みを取り繕ったぎこちない笑みでごまかす。
お母さん方も大変だわ。しっかり捕まえておかなきゃ、ふらーっとどっか行っちゃうんだからって、私が言えたことじゃないか、そんなの。
周囲を見回してみる。
視界を占めるのはそれはそれは幸せそうな恋人同士か妙齢の夫婦ばかりで、少数派ながら家族連れも。
共通してるのは女性は皆私よりも年下と思しき、それこそ隣のメイドさんとさして変わらないだろう年齢の人が大半で、年上といえば精々が付き添いの方くらいなもの。
同年代の人もいるにはいる。けれども絶対的に少ない。
私はもう一度彼女に視線を固定して、頭のてっぺんから足先までを見やり、気付かれぬようため息。

「でもほんと、よく似合ってる。羨ましいわ、けっこう本気で」

「そんなこと」

「謙遜しなくていいのよ、本当のことじゃない」

「えと、その、恥ずかしいです」

俯き、それきり縮こまってしまった。困らせるつもりはなかった、なのに困らせてしまう。
原因はわかってる。払いきれない羨望が胸の内に沈み、淀んだそれが凝り固まって、一層自身を卑屈にさせる。
今度こそ人目も気にせず質量がありそうな重たい息をはき出した。
目を逸らしたくても現実は直視しなくちゃならないことも、それが勝敗を決する材料にならないことも、そもそも勝ち負けという考えすらおかしいことも理解できてる。
それでも私の眼前に悠然と立ちはだかる歳の差という壁。約一名、例外中の例外を除けば最年長な私と、これも同じく一人を除けば最年少な彼女。
大台も後半に差し掛かってしまった私とは違い、花盛りに入ったばかり。
他の面々にしろそれは同様で、一緒に居ると否が応にも、ああ、もう若くはないんだよなぁという変えがたき現実を突きつけられる。
気にしたってしょうがないけど、でも気にするなという方がムリな話じゃない。
自信、失くしそう。それがまた自己嫌悪に繋がりそうで、やだな。

「ママ」

呼ばれた方に目を向ければそこにはさっきまで座っていたメイド母子に代わって、不安げに私の顔を覗き込むあの子。
掲示板を確認するまでもなく診察室に呼ばれたのだろう。一声かけていったんでしょうけどわからなかった。
返事をした覚えもないし、後で謝らなくちゃいけないわね。
心配してくれたこの子にも。

「なんでもないの、ちょっとぼーっとしてて。ごめんね」

つとめて明るく言い、頭を優しく撫でると安心したようで、その下にある頬がふっと緩んだ。

「ね、みてみて」

はにかみながらそう言い、差し出されたのはハートだった。折り紙でできたピンクのハート。
私が診察を受けてる間、一人で託児施設で遊びながら作ったのだろう。

「上手に折れたのね」

「うん。まえ、パパに習った」

器用だとは知っていたけれどこんなことまでできるのね。それにいつの間にこんなこと教えてたのかしら。
そんなことを考えながらお手製のハートを眺めていると、

「それよりもね、それ、開いてみて」

喜色満面で言われるものの、どうしたものかと逡巡する。せっかくキレイにできてるものを開いてしまうのは少々もったいない気がする。
持って帰って額縁にでも納めて飾る、というのもちょっと大げさだけど、せめてこのまま大切に保管しておきたい気持ちもある。

「いいから、はやくはやく」

「でも、本当にいいの?」
313174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:20:38 ID:/5eSlTsP

「いいの」

けれどもこの子があんまりそう言うものだから、開いたらちゃんと折り目通りに折りなおしておこうと心に決め、渋々贈られたハートを開くことにした。
シワやヨレを作ってしまわぬよう丁寧に開き、すると次第に無色の面が顕になる。
半分ほど開いたところで何か書かれていることに気が付いた。
クレヨンで書かれた文字はたどたどしさに溢れていて、一瞥しただけでは名前だとわからなかった。
淡い青と、薄紅。男の子と女の子の名前。そのさらに下にはおめでとうの一言が加えられていた。
どうして知ってるのだろう。
私は確かに何かの機会にこれこれこういった名前を考えていると彼にふったことがある。それは間違いない。
この子のとき同様姓名判断の手引きや赤ちゃんのしあわせ名前辞典なんていう書籍片手に一晩中熱弁を振るう私の話を彼が一から十まで真剣に聞き込んでいたとは思えないし、その頃には寝入っていたこの子がその話を聞いていたはずもない。
なのに折り紙にしたためられているのは、悩んで、悩んで、また悩んで。
なかなか決められずにいた結果、それまでに挙げた候補から選んだ二つの名前。
いずれ生まれてくる、子供の、名前。

「それもね、パパにね、教えてもらったの」

問わずとも目を丸くさせていた私を見て察したよう。広げた折り紙の裏側、真ん中ほどに浮かぶ文字をなぞりながら呟く。

「どっちもいい名前だねって言ってたよ、パパ」

「そう」

紙面をなぞっていた手はいつしかお腹に置かれていた。まだまだ小さな手だけれど暖かい。

「どっちになるのかな。早くわかるといいな」

「そんなに急かしたら可哀想でしょう。でも、そうねぇ、どっちになると思う?」

うーんと人差し指を口に当て、散々迷った末、やっぱり女の子なんだろうねと屈託なく笑う。
やっぱりそうなるのかしらね。私だけじゃなくて他の娘たちのことも鑑みるに、一姫二太郎は無理そうだとは薄々わかってはいたけど。
それでもいい。
なにを置いても元気でいてくれるのなら男の子だって女の子だって関係ない。
ありきたりといえばそれまでで、そのありきたりというのが案外難しい。
見るもの、聞くもの、摂るもの、感じるものに全部かかってるんだから、責任重大だわ、お母さんは。
ただでさえ私はちょっぴり年齢高めなんだから。
普段の生活にしても慎重に慎重を重ねて臨む必要がある。準備は万全万端にしておくに越したことはない。

「けど男の子だったら大変だよね」

「あら、なんで」

不意に、真面目な顔をしてそう言うこの子。わけを問うとさも当たり前だと言わんばかりに述べる。

「だってお姉ちゃんばっかりなんだもん」
314174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:21:29 ID:/5eSlTsP

たったそれだけで納得できてしまうのが、なんだかなぁ。
脳裏に映し出されるのは、弟だからといういささかおかしな理由で物珍しさからおもちゃにされる、男の子だった場合の赤ちゃん。
女の子の格好をさせられるくらいは予想できるけれど、はたしてそれだけに留まるかしら。
何かしら、女性に対する強烈なトラウマでも植え付けられかねないという不安が今からむっくりかま首をもたげ始める。
そうでなくても姉たちに頭が上がりそうにない気がするのはきっと気のせいじゃないでしょうし。

「大変ね」

言うと、しきりに頷き返してくる。うん、うんと。

「でしょ。大変だ」

「守ってあげてね、お姉ちゃん」

「うん」

仰け反り気味になるほど張った胸を任されたという具合に勢いよく叩く。
思いの外勢いがよすぎて、どん、と大きな音を立てた次の瞬間大仰に咽てしまっている様子があんまりおかしくて、つい笑うのを堪えるのを忘れていた。
頼りがいあるんだか、頼りないんだか。そう思った私は浅はかと言うほかなかった。

「よかった。ママ、やっと笑った」

垂れた目尻に溜まった雫を指で掬い、拭かれた瞳に宿る光には多分に思いやりがあった。

「なんだかむずかしー顔してたから、ずっと」

なにを小さなことで沈んでいたんだろう。歳とか、そんなもの些細なことじゃない。他に気にかけるべきことなんていくらでもあるのに。
くだらないことに気落ちしている私を、この子はどれだけ心配してくれたんだろう。
恥ずかしいやら情けないやら、嬉しいやら。
頼りないなんて嘘、頼もしい限り。さっきまでまだまだ小さいと思っていた手がそれまでよりずっと大きくなったように感じる。
この分ならなにも言わなくても、きっとしっかりお姉さんをしてくれる。そう確信できる。
こんなに他人を思える子なんだから。

「そんなんじゃまた小じわが増えちゃう」

「なにか言った?」

「んー? なにかって、なぁに?」

最後の最後に聞き捨てならないことを言ってたような言わなかったような。追求したところでシラを切られるだろうことは明白だからしないけど。

「一言多いわよ、もう」

「くるしい、ママ、くるしいってば」
315174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:22:57 ID:/5eSlTsP

いろいろなお返しに腕を伸ばして強引に抱きしめた。身をくねらせてもがくのも構わずにぎゅっと顔を押し付ける。
抵抗らしい抵抗もせず、いくらもしないうちに大人しくなった。
あれもこの子なりの照れ隠しなのだろうし、これで多めに見てあげよう。
そう思い抱きしめた腕を解こうとすると、宙ぶらりんだった手がもじもじと背中を這っていき、止まるとキュッと力がこもる。
おずおず覗く双眸。視線が絡むとまた隠れ、チラチラと様子を窺ってくる。

「お待たせしました」

あの、と何かをひそやかに言いかけたところだった。診察を終えたメイドさんがそれは朗らかにそこに立っていた。

「どうだった」

経過を尋ねると瑞々しく張りのある頬に浮かんでいた笑みが一層深くなる。

「順調だそうです」

「なによりね」

「はい」

言葉少なだけどこれ以上なく弾んだ声が、彼女の内心の安堵ぶりを物語っているよう。
おそらくは周りの、主に男性陣から注がれる驚愕と唖然と他諸々の感情が渾然一体となった視線なんて意にも介してないんでしょうね。
勝手に作り上げた幻想を打ち砕くようで恐縮ではあるけれど、その奉仕精神溢れる衣装に身を包んだパッと見コスプレ好きな中学生くらいの女の子はとっくに成人してるし、れっきとしたお母さんよ。
今診察室から出てくるのだって見たでしょう。この会話だってしかと聞いたでしょう。
現実を見据えるのって、ほんと、大変よね。

「ところで、なにかあったんですか」

啜り泣きがそこかしこからしてくる待合室が、じゃあない。さながらコアラのように私にしがみついているこの子に対して。
苦笑と共にこう答えた。

「なんだか甘えたくなっちゃったみたいなのよ」

「そうなんですか」

「最近はもう手がかからなくなってきたと思ったけど、まだまだ子供よね」

「いいじゃないですか。今だけですよ、甘えてくれるのも」

それもそうねと、気恥ずかしさを覚え始めて居心地悪げにしている胸の中の甘えん坊を一層強く埋める。
むふーというような感じの、湿り気を含んだ息が肌に届いてちょっとくすぐったい。というかなんか濡れてるような、あ、まさかシャツ噛んだ?
仕返しのつもりかしら。
判断のつかない、あまりお行儀のよくないお子様な行動に、けれども今だけと思えばこれも、まぁ、可愛いわよね。
いつもなら注意しているところをあえて目を瞑り、ぽんぽんと、二度ほど頭を叩いた。
今日くらい小言を言うのはやめにして、心にゆとりをもって、気楽に大らかにいきましょう。

「しわ、増やしたくないし」

「はい?」

「ああ、会計の用意が済んだみたいね、行きましょうか」

「あっ、はい」
316174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:23:55 ID:/5eSlTsP

ボソリと早口で呟いた私の独り言が耳に入ったのか、若干怪訝な顔で問い返されたのを平静を装いつつ慌ててうやむやにした。
メイドさんはとりたてて何を言うでもなく見た目の印象を裏切らない素直さと従順さをもって窓口へと向かってゆく。
隣で手を引かれて歩く、彼女を何分の一かに縮小したようなミニメイドさんの振りまく愛くるしさでまた余計に微笑ましい。
もうしばらく経って、お腹がはっきり目立つくらいに大きくなったらそこはかとなくインモラルな雰囲気漂いそうだけど、本人があれでいいっていうのなら私が言うことはなにもないわね。
そもそもからして愛しのご主人様の言うこと以外は聞く耳持ってないんじゃないかというくらいだもの。
と、連れられていたあの子がこちらを振り返った。肩のあたりまで持ち上げた小さな手をちょいちょいと上下に動かす。
おいで、と言ってるのだろう。優しい子。
私はよいしょ、なんておばさんくさい掛け声を自然と出してしまいそうになるのを持ち前の精神力で堪えて立ち上がる。
体が鉛もかくやと重たくてしょうがないのはなにも更年期障害や所謂加齢からくるためのものじゃなくて、ひしっとしがみついて離さない誰かさんのせい。
やれやれだわ。万が一にも転んだりしないように、足元、気をつけなくっちゃ。

「そうそう」

ずっと手にしていたものに視線を落とす。短い文に目を滑らせるのは一瞬のことで、言葉にはせず、口の中で反芻する。
そしてこう呟いた。

「ねぇ、これ、また折ってちょうだい」

すると間髪入れずに現れた得意げに輝く顔。こくこくと頷く。

「他にも作っていい? これ以外にもね、まだまだいっぱいあるんだよ、パパに習ったの。いいでしょ、ね」

「いいわよ、沢山作ってね」

「うん、ママにも教えてあげるね」

「ええ。ありがとう」

まるで一斉に花が咲き乱れたよう。押し黙っていたのが嘘みたい。
あれこれと耳の傍で捲くし立てるこの子の話を話半分聞きながら会計を済ませた私は変わらない賑わいをみせる、愛の営みの果てにやってきた、妊婦にとっては快適なことこの上ない空間を後にして、
木漏れ日の下、うららかな午後を腕の中には弾ける笑顔をしたこの子を、横には大きなメイドと小さなメイドを従えて家路についた。
遠くもなく、かといって短い距離でもないけど適度な運動は必要不可欠なのよ。丈夫な赤ちゃんを産むためにも、何時間にも及ぶお産にたえる下地を作るためにも。
体が動くうちは、危なげない程度には動かさなくちゃね。産後の体型をいかに元に戻せるかもこういった積み重ねにかかってるんだから。

「すごい、すごい。今日はがんばり屋さんだね、ママ」

抱っこしたまま心もち急ぎ足で歩く私に感嘆の声がかかる。

「すごいでしょ」

若さがなんだこんちくしょう、そんなもので泣きを見るなんて冗談じゃないわ、まだまだ負けるもんですか、老け込むなんて言語道断よ。
多少歪でだって、一度掴んだ幸せは意地でも離さないわ。ええ、どんなにみっともなかろうと滑稽だろうと、しっかりガッチリ、いっそ握り潰すくらいでだって離さない。
自分に言い聞かせ、いつかした決意を新たに、額や背中にじんわり滲み始めた汗を感じながら歩みを進める。

「それとね、今日だけじゃないわ」

肩ならぬ膝にかかる、私以外の二人の重さを噛みしめながら、私は自信をこめて言った。

「ママはいつだってがんばってるわよ」

あなたと、まだわからないし、根拠も薄いけど、きっとそうなるだろうと半ば以上確信できるあなたの妹と、年下の旦那様のためにね。

                              〜おわり〜
317174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/09(日) 19:25:51 ID:/5eSlTsP
おしまい
318名無しさん@ピンキー:2010/05/09(日) 20:12:11 ID:nbcX0Y2u
ゆりと泰子なのかって思えば、ゆりと百合子だった。
にしても、娘ばっかり生ませる竜児は中々良い仕事してるな。
男女比は下がるし、生まれた子は美人率も高いだろうしな。
というか竜児の娘でハーレム作りたい。

174さんも竜児もGJだ。GJすぎて何もいえねぇ。
319名無しさん@ピンキー:2010/05/09(日) 22:27:16 ID:epvGj7TF
GJ
百合子のメイド服はただのコスプレじゃなくて普段着なのねw
しかも親子ともどもメイド服ってどんだけw
320名無しさん@ピンキー:2010/05/10(月) 03:46:03 ID:oc3pEyqe
GJ おもしろいよ〜
321356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/05/10(月) 23:42:33 ID:8k+gHmLp

356FLGRです。
書いてしまったので投下します。
タイトル:「Tears of joy 2 / きすして〜Supplemental story」

「Tears of joy / きすして〜Supplemental story」の続編です。
(補完庫では「きすして4 Thread-B」となっています)

「きすして3B」、「4B」、「5」の既読を前提にしております。未読の場合、保管庫の
補完庫さんで読んでいただけると嬉しいです。

注意事項:北村×木原、エロ無し、時期は高校三年の文化祭、レス数10
次レスより投下開始。規制とかで中断するかも。
322Tears of joy 2 01:2010/05/10(月) 23:43:28 ID:8k+gHmLp
 紺色の空を焦がすように火の粉を巻き上げていた炎はもう随分とおとなしくなっていた。
最後の文化祭はもうすぐ終わる。このキャンプファイヤーとダンスが終われば、私達の最
後の祭りが終わる。
 私の目は赤く揺れる炎を背景に踊る高須君とタイガーに釘付けになっている。二人はど
こからか不意に現れて、流れるように軽やかに踊り始めた。その姿にきゅっと胸が締め付
けられる。
 
 素敵だった。

 誰も二人を冷やかさなかった。そう出来なかった。
 二人の世界を侵すことは誰にも出来なかった。

 踊る二人を下級生の女の子達が見つめている。
 キャンプファイヤー、古くさいプログラム。でも、良いなってそう思う。
 私も祐作とあんな風になれたらなって思う。
 でも、まだ返事は貰ってない。

 やっぱり、狩野先輩のこと、好きなのかな……

 祐作と狩野先輩は恋愛関係じゃない。前はどうだったのか分からないけれど、今はそう
じゃない。と思う。でも、憧れはあるんだろう、とも思う。今日、初めて会話したけど、
狩野すみれは素敵だった。

 綺麗だし、格好良いし、颯爽としていて大人っぽい。私とは全然違う。
 私は彼が好きだった人とは全然違う。

 彼は私の事を、こんな私の事をどう思っているんだろう。それを聞くのは怖いけど、で
も確かめよう。そうしなきゃ先には進めない。そうしないと、いつの間にか卒業して、不
完全燃焼のままで私の恋は終わってしまう。

 炎は随分弱くなって、もう炎って言うよりは唯の火だった。
 
「木原!」
 祐作の声。不意を突かれて私の肩はびくんと跳ねた。
 振り返ると同時に彼に手を握られた。そのままグイグイと引っ張られる。
「ちょっと来い!」
「ちょ、ちょっと」
「いいから。時間がない」
 私は祐作に引きずられてすっかり勢いを失った火の近くまで来た。彼は立ち止まり、そ
して振り向いた。祐作はゆっくりと私の手を離して、
「木原、踊ってくれないか?」
 そう言って手を差し伸べてきた。
「でも、恥ずかしいし。踊ったことなんてないし」
 どうしてこういうこと言っちゃうかな。私は。
 どうして可愛らしく『うん』って言って笑えないんだろう。
 きっと怖いんだ。上手く出来なくて、失敗するのが怖いんだ。それを人に見られるのが
イヤなんだ。きっと、タイガーみたいには踊れない。よたよたするだけでちっともダンス
になんて見えないだろう。
323Tears of joy 2 02:2010/05/10(月) 23:44:04 ID:8k+gHmLp
 でも、祐作は微笑んでいる。そして、
「簡単だよ。ただ、手をつないで回っていればいいんだから」
 そんな事を平然と言う。
 そうだよね。誰かに見せるために踊るんじゃないんだから、きっとそれでいいんだ。
「へたっぴでも良かったら」
「かまうもんか」
 きっと本当にそうなんだ。すごくみっともないダンスになると思うけど、でも、祐作に
はそんなことは関係ないんだ。
 揺れる赤い炎を背景に立つ祐作に微笑んで、彼の手に指をのせた。
 彼は大切なものを守るように私の指を握ってくれた。

 トクトクと胸がなる。軽く背中に手を添えられて耳が熱くなる。

 私達のダンスはぎこちない。足と足がぶつかりそうになる。でも……
 細かいことなんか気にしない。
 二人で踊ろう。ほんの少しの間だけ、人目なんか忘れて、

 踊ろう…… 

 彼は微笑んでる。
 顔が火照るのは、炎のせいだろうか。ちがうよね。きっと、ちがう。
 きっと心が燃えているんだ。だから、
 
 踊ろう……

 嬉しいな。最後の文化祭で彼が私を選んでくれて。
 瞳が潤むのは、熱のせいだろうか。ちがうよね。きっと、ちがう。
 きっと心が震えているんだ。だから、

 踊ろう……

 ああ、音楽が小さくなる。
 火も小さく、弱くなる。
 終わってしまう。終わってしまう。もう、終わってしまう。

 後夜祭の終了を告げるアナウンスが流れる。音楽が止まる。

 私達は向き合ってはにかんだ。照れくさかった。
「おわっちゃったね」
 そんな事しか言えなかった。
「そうだな。ありがとう。踊ってくれて」
 私は頷いた。
「こっちこそ。ありがとう」
 祐作は、優しく微笑んでる。
 
 ちょっと、照れる。

 祐作の手が私の背中を温めている。
 このまま、彼の胸に顔を埋めてしまいたい。そっと優しく抱いて欲しい。
324Tears of joy 2 03:2010/05/10(月) 23:44:28 ID:8k+gHmLp
「木原。あのさ、……」
 え? この感じって、ひょっとして……

 ―― どわぁあああああああああ

 グランドの端の方から男子の雄叫びが聞こえた。突然の事で肩が震えた。祐作も驚いて
辺りを見回してる。

「な、なんだ?」
 私も祐作が見ている方を向いた。十数人の生徒がこちらに向かって奇声を上げながら爆
走してくる。その全員が顔見知り、元2―Cの生徒達だった。そして、その軍団の後ろで、
「ゆけーっ、ものどもーっ」って叫んでるのは、

「あ、亜美ちゃん?」

「タイガー捕獲!」能登が叫ぶ。
「うわっ、なんだお前ら?」
 亜美ちゃんが高須君の腕を掴んで引っ張る。
「たかすくぅん」なんて甘い声を出している。
 奈々子と櫛枝がこっちにむかって爆走してきて、祐作が櫛枝に捕まった。
「こっちは北村君ゲットだぜ!」
「うわ、櫛枝! 何事だ? なんだなんだ」
「ふふ、麻耶、お楽しみのところわるいわね」
「奈々子! なに? なんなの?」
 奈々子に無理矢理手を握られた。
「春田君! 歌いなさい!」亜美ちゃんの声が響いた。
 そして間抜けな春田の声。

 ―― ちゃんちゃんちゃかちゃん ちゃんちゃんちゃんちゃら 

 妙に軽快なそのメロディ。マイムマイムだった。

 奈々子にグイグイと手を引かれる。いつのまにか人の輪が出来ていてぐるぐると回り出
す。私も一緒に回りながら、
「なんなのよ? いったい」叫んだ。
「マイムマイム。イスラエル民謡だな」
 祐作は真顔で言った。どうでもいい知識だった。

 ―― マーイムマーイムマーイムマーイム マイムベッサンソン

 なんで、なんで、なんで、なんで!

 ―― ヘイヘイヘイヘイ

 大事な、すごく大事なことが聞けそうだったのにぃぃぃ 

 ―― ちゃんちゃんちゃかちゃん ちゃんちゃんちゃかちゃん

 どーしてよってたかって邪魔するのぉぉぉぉ

 という私の心の叫びはマイムマイムの合唱にかき消され、濃紺の空へと吸い込まれていっ
た。地獄の使者、マイムマイム団が解散したのは十分後のことだった。

***
325Tears of joy 2 04:2010/05/10(月) 23:44:51 ID:8k+gHmLp

 作るのに比べれば壊してしまうことがなんと簡単なことか。文化祭の後片付けをしなが
らつくづくそう思った。数時間かけて作ったアーチは引き倒されて十分ほどでもとの木材
とボール紙に戻った。学校中からバリバリという破壊音が聞こえてきて一時間ほどでグラン
ドにはゴミの山が出来上がった。ゴミの処分に専門の業者が来るそうで、その対応は生徒
会が行うことになっているそうだ。
 そして私達実行委員一同は体育館に集合して最後のミーティングを行っている。生徒会
長、北村祐作の最後の大仕事は無事に終わった。祐作はちょっとだけ目を潤ませながら実
行員たちに自分の思いを語っている。

「みんなのおかげで本当に良い文化祭が出来た。大成功だ。本当にありがとう」

 みんなが拍手している。もちろん私も。

「じゃあ、本日はこれで解散。生徒会役員は明朝九時集合だ」

 それぞれに思いがあって、みんな去りがたい様子だったけれど、それでも一人二人と実
行委員達は帰って行った。私は祐作と二人になりたくてみんなが帰るのを待っていた。で
も生徒会役員達はなかなか祐作を解放してくれなかった。それに顧問の先生まで加わって、
私はちょっと焦れてイライラしてきた。そんな時、
「木原」祐作に声をかけられた。
「なに?」
「あと三十分ぐらい残れないかな。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」
「いいよ。大丈夫」
 ちょっと遅くなるけど家に電話しておけば大丈夫だろう。
「助かるよ。じゃあ、生徒会室で待っててくれないか。すぐに行くから」
 そう言って祐作は私に生徒会室の鍵を渡した。私は顧問の先生と打ち合わせを始めた祐
作を残して生徒会室へ向かった。歩きながら家に電話して、後片付けでちょっと遅くなる
からとお母さんに伝えた。

 鍵を開けて誰もいない生徒会室に入った。蛍光灯をつけて、適当な椅子に腰掛ける。ほ
とんど一日中立ちっぱなしだったから足がだるい。ふと思いついてパイプ椅子をもう一脚
出してその上に足を乗せた。

 ふぅー っと息が漏れた。

 はしたない格好だけど、すごく楽。ふくらはぎの疲れがすーっと抜けていくような気が
する。そんな格好のまま、私は生徒会室の中を見渡した。この部屋にも祐作の思い出がいっ
ぱいあるんだろうな、なんて思った。
 昼間はあんなに騒々しかったのに、今は物音一つしない。それがすごく不思議な感じだっ
た。窓の外は真っ暗で、コンクリートの壁も床のタイルもひどく冷たそうに思えた。

 さっき、祐作は何を言おうとしたんだろう。
 それを考えると今更だけどムカついてきた。あそこで邪魔されなかったら……
 いや。いやいやいや、ちょっと待て。
 告白してもらえるかも、なんて思ってたけど、逆パターンもあるんじゃない?
326Tears of joy 2 05:2010/05/10(月) 23:45:11 ID:8k+gHmLp

『俺、やっぱり狩野先輩が好きなんだ』とか言われたりして。

 無い、無い。心の中で唱えながら首を振る。
 そんなことあるわけ無い。
 一緒に踊ってくれて、その後でそんな事を言うはずない。絶対無い。絶対無い。
 絶対無い…… よね?

 パタパタと上履きで歩く音が聞こえてきた。多分、祐作だ。
 落ち着け落ち着け…… と心で唱える私の視界に自分の足が。パイプ椅子に足を乗せた
ままだった。私は大慌てで椅子から足を下ろして立ち上がった。電光石火のスピードでス
カートがめくれてないかチェックした。

 ドアを開けて祐作が入ってきた。
「わるいわるい」なんて言いながら。

「それで、何を手伝えばいいの?」私は聞いた。
「うん。それを、」と言って北村君は失恋大明神の社を指さした。
「捨てようと思ってね」
「本当に?」
「ああ。それで木原に手伝って貰おうと思ってね。みんなには反対されそうだから」
「そっか。うん、いいよ」
「助かるよ。じゃあコレ」
 祐作は私に軍手を差し出した。
 
 私達はベニヤ板と段ボールで造られた社を生徒会室から運び出した。見た目は結構な大
きさがあったけれどそれは思いの外軽くて二人でも簡単に運ぶことができた。祐作はこれ
を文化祭のゴミと一緒に捨てるつもりなのだろう。私達は暗い廊下を歩き、階段を下り、
グランドに出てゴミの山の近くで社を下ろした。
 祐作は社を力任せに、淡々と、黙々と解体していく。ものの数分で廃材から生まれた失
恋大明神の社は元の廃材に戻った。私達は段ボールやベニヤ板を廃材の山に積み上げて、
その山に青いビニールのシートをかけた。

「これでよし、と」
 どこかすっきりしたような表情で祐作は言った。
「木原。ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
 私は軍手を外して祐作に渡した。彼はそれを受け取って、
「じゃあ、帰ろう。もう遅いから送っていくよ」
 嬉しかった。けど、ただの義務感なんだろうな、とも思った。きっと私じゃなくても祐
作はそうするだろう。それでも、私は少しでも長く彼と一緒にいたかった。だから、
「うん、おねがい」
 私はそう言って彼に微笑んだ。

***
327Tears of joy 2 06:2010/05/10(月) 23:45:42 ID:8k+gHmLp

 私達は街灯の青白い明かりに照らされた道を並んで歩いている。時刻は九時過ぎ。そん
なに遅い時間ではないけれど住宅街は静けさに包まれている。私達は文化祭のことをあれ
これと話しながら歩いている。それはそれで楽しくて、こんなにも彼と話すことができる
ことが嬉しくて、でも、本当に聞きたいことは別にあって、なのに、それを自分から言い
出す事ができなくて、私はきゅっと胸を締め付けるような苦しさを感じながら家に向かっ
て歩いてる。

「……無事に終わって良かったよね」
「まったくだ。あ、いや、能登には悪いことをしちゃったな」
「あれはしょうが無いよ。そもそも能登が悪いんだし。高須君がアメリカに行くわけない
じゃん。真に受ける櫛枝もちょっとアレだけどさ」
「まあ、そうだな。ああ、そうだ。高須なんだけど、卒業したら大橋から引っ越すって言っ
てた。逢坂と一緒に」
「引っ越すって、どこに?」
「高須のお母さんの実家。確か、」

 そこは、ここからかなり遠い場所だった。

「まあ、合格できたらって言ってたけど、多分、受かるだろ。高須と逢坂なら」
「そうなんだ。あ、てことは同棲するのかな?」
「そこまでは聞いてないけど。多分、一緒に暮らすんだろうな」

 踊る二人の姿を思い出した。長い髪の毛をふわふわと揺らしながら、嬉しそうに踊る小
さな女の子と、彼女の手を取って、守るように、慈しむように踊る青年の姿が脳裏に浮かん
だ。高須君が祐作にそう言ったということは、二人が一緒に暮らすことに二人の親が同意
しているということなのだろう。
 
「すごいね」
「ああ、すごいよな。けど、寂しくなるな」
「うん。亜美ちゃんも自分の家に戻るって言ってたしね」

 それを聞いた奈々子はすごく寂しそうだった。

「ああ、そう言ってたな。木原も聞いてたんだ」
「そりゃね、友達だもん」
「まあ、亜美は仕事のこともあるからな。都内の方が便利だろうし、いつまでも叔父さん
のところに居候ってわけにもいかないだろうし」

 確かにそうだろう。元々、亜美ちゃんはストーカーから逃げて来ただけで大橋に来たかっ
たわけじゃない。奈々子もそれを分かってるから引き留めたりはしなかった。

「だよね。あのさ、祐作は卒業したら一人暮らしとかするの?」
「いや。大学は家から通うつもりだよ」
「じゃあ、大橋に残るんだ」
「まあ、合格できたら、だけどね」
「受かるよ。祐作は頭いいもん」

 彼は私とは違う。ちゃんと努力して積み上げてきたんだから。
328Tears of joy 2 07:2010/05/10(月) 23:46:01 ID:8k+gHmLp
「ありがとう。そう言ってくれると、何となくそんな気になるよ」
 そう言って祐作は笑った。
「へへ」私は微笑んだ。

 私は、ダメだ。彼と同じ大学には絶対に行けない。大学で勉強したい事も無い。もう
ちょっと大人になるのに猶予が欲しい、それだけ。
 
 そんな自分が恥ずかしい。 

 きっと祐作には夢があって、実現したい自分の姿があって、それに近づくために大学に
通う。亜美ちゃんも、高須君も、タイガーもそうなんだと思う。夢をつかみ取るための道
を選んだんだと思う。なのに私は選択を先送りするための猶予が欲しくて進学を考えてる。
 
 こんな私に、彼と付き合う資格なんかない。

 北村君は大学でいろんな人と出会うだろう。その中には私なんかより頭がずっと良くて、
気が利いて、何でも出来て、そんな女の子だっているだろう。何しろ彼の進学先には私なん
かよりずっと凄い人たちが日本中から集まってくるんだから。その中には彼が好きだった
人みたいな人だっているかもしれない。

 けど、でも……あきらめたくない。

 ずっと、見ていたい。ずっと、もっと、私は彼の近くにいたい。
 これが我が侭だって事は分かってる。だって、私が祐作にしてあげられることは何も無
いんだから。でも、それでも、私はやっぱり彼が、

 好きなんだ。

「ねぇ。祐作」
「ん?」
「あのさ、ダンスが終わった後、何か言おうとしたよね?」
「え、ああ」
 彼は言葉を詰まらせて少し俯いた。それは何かを考えているような仕草だった。会話が
途切れ、聞こえてくるのは私達の足音と遠くを走る電車の音だけだった。その電車の音も
小さく遠くなっていく。続く沈黙に私の心は沈んでゆく。
 やっぱり、ダメなのかな、そう思った時、
「木原」
「え? うん」
「ちょっとだけ、寄り道していかないか?」
 そこは小さな公園の前だった。「いいよ」と私は答えた。

 その公園は本当に小さくて、広さは二十メートル四方ほど。遊具はジャングルジムと砂
場だけでそれらが古びた照明に照らされている。この公園にも昔はブランコがあったけど、
それは何年も前に老朽化して撤去されたままになっている。
 祐作はジャングルジムに上って一番上に腰掛けた。
「ジャングルジムって小さいよな」
 私を見下ろしながら祐作は言った。
「上ってこいよ」
「うん」
329Tears of joy 2 08:2010/05/10(月) 23:46:21 ID:8k+gHmLp
 私もジャングルジムに登って、一番上、彼の隣に腰掛けた。彼の言う通り、ジャングル
ジムは本当に小さかった。子供の頃は凄く高いと思っていたのに。
「本当に小さいよね。昔はもっと大きいと思ってたけど」
「体がでかくなったから、相対的に小さく感じるんだろうな」
「だね。ほら、小学校のグランドとか、今見ると凄く狭かったりするじゃない。あれと同
じだよね」
「ああ、俺も経験あるよ。あれって驚くよな」
「うん。なんか変な感じだよね」 
 この公園だってそうだ。昔はもっと広かったような気がする。

 弱い風が吹いて私達の髪を揺らした。祐作が空を見上げて、つられるように私も夜空を
見上げた。真上近くにペガススの大四辺形が輝いている。

「ペガススか。すっかり秋だな」
 祐作が言った。
「そうだね」
 星空の様子も、澄んだ空気の感じも、微かに冷たさを感じさせる風も秋のそれだった。
「木原」
「うん」
 私は隣に座っている祐作の方を向いた。彼の表情は少しだけ強ばっているようだった。
「あのさ、返事、遅くなってごめん」
「ホントだよ。待たせすぎだよ」
 そう言って私は少し俯いた。
「本当にごめん。ずっと考えてたんだ。俺たち、進む大学も違うだろうし、それに、俺に
は夢があって、それを実現するためには凄く時間もかかるだろうし、犠牲にするものも多
いと思うんだ。それで、木原を苦しめるかもしれないし、傷つけるかもしれない。
 だから、言い出せなかったんだけど、でも、俺は……」
「……うん」
「俺は木原が好きなんだ」
「……本当に?」
「嘘や冗談でこんなこと言うもんか」
 薄暗くても分かるぐらい、彼の顔は赤かった。それで、彼が本気なんだって分かった。
 どくんどくんと心臓が激しく鼓動する。
 瞳が潤んで視界が滲む。
 何か言わなきゃ、でも、胸が苦しくて言葉が出ない。
 なんて私はバカなんだろう。気持ちがちっとも言葉にならない。
 やっとの事で絞り出したのは、

「……うん」それだけだった。 

「もうすぐ受験だし、お互いのためにどうかなって思ったんだけど、でも、俺は木原が好
きなんだ。これからも傍に居て欲しいんだ」

 もう、溢れてくる涙を押しとどめることなんて出来なかった。手の甲で拭っても拭って
も涙は止まらなくて、頬を伝った涙が顎の先からぽたぽたと滴り落ちた。

「これ、使えよ」
 祐作がハンカチを差し出した。私はそれで涙を拭いながら軽く洟を啜り、何度か深く息
を吸った。

 彼が私を好いてくれた。
 傍に居て欲しいって言ってくれた。
330Tears of joy 2 09:2010/05/10(月) 23:46:43 ID:8k+gHmLp

 胸が熱くて、体が溶けて無くなってしまいそう……

 嬉しくて、嬉しくて、でも、 
「本当に私でいいの? 私、何にも出来ないよ。頭、悪いし」
 彼の想いに報いることなんて、私にはきっと出来ない。
「そんなことないよ。この一ヶ月、俺の気持ちを支えてくれてたのは木原だよ」
 彼の笑顔が涙で滲む。
「逃げ出したくなったこともあるし、投げやりな気分になりかけた事だってあったけど、
俺の傍にはいつだって木原がいてくれた。木原が、出来るよ、大丈夫だよ、って言ってく
れるとさ、俺はそんな気分になれるんだよ」

 だめだよ。そんな事、言われたら。 
 私、嬉しくて……、嬉しくて死んじゃうよ……

 胸が苦しくて、気持ちを彼に伝えたいのに、声も言葉も出てこない。
 彼のハンカチをぎゅっと握りしめて、それで涙を拭うことも出来なくて、涙がぽろぽろ
とこぼれてスカートに染みを作っていくのを肩を震わせながら唯眺めてる。
 肩に何かが触れた。すぐ隣に彼がいた。肩を抱き寄せられて、彼の胸に顔を埋めた。彼
の学生服はちょっとだけ埃っぽくて汗の匂いがした。それは彼がみんなの期待に応え続け
た証だ。みんなが彼を信じてる。先生達も期待してる。それに応え続けようと彼は頑張っ
てる。それがどんなに大変な事か、どんなに辛い事か、今はちょっとだけ分かる。それで
も、そんな風に挑み続けるのが彼の生き方なんだと思う。
 そんな彼を支えるなんて私にはまだできない。けど、彼が飛ぶことに疲れた時に、翼を
休めるための場所にならなれるのかもしれない。私だけが、あんまり格好良くない北村祐
作を知っている。そんな生き方ができたなら、それだってきっと素敵な事だと思う。

「ゆうさく、だいすきだよ」
 やっと出てきた言葉はそれだった。
「俺も……」
 心が蕩けるようだった。
 私は彼の胸に預けていた顔を上げた。
 眼鏡の奥の目が照れくさそうに優しく私を見つめている。

「本当はダンスの後で言おうと思ってたんだ」
「邪魔されちゃったもんね」
「ああ、まさか亜美があんな事を企んでいたとは思わなかったよ」
「亜美ちゃん、悪の組織の女幹部だから、しょうがないよ」
「ははは、そうだな」
 祐作は笑った。
「ふふっ……」
 つられて私も笑った。
 ふと、私達は見つめ合って、そして、同時に照れた。
 ぱっと、互いに視線をそらす。
331Tears of joy 2 10:2010/05/10(月) 23:47:05 ID:8k+gHmLp
「ねえ、祐作」
「ん?」
「一つ、お願いしていい?」
「お願い? いいけど」
 もう一度、私達は見つめ合う。
 彼はちょっと戸惑ったような表情で私を見ている。
 そんな彼にちょっとだけ大胆なお願いを、
「キス、して」と。
「ここで?」
「今、ここで」
「いや、でも、誰かに見られたら……木原の家の近所だしマズイだろ」
 そう言うと思った。
「大丈夫だって」
「いや、でも」
「ダメ。二ヶ月も待たせた罰だもん」
「……わかった」
 と言ったくせに、祐作は落ち着き無く辺りを見回すばかりでキスしてくれない。
「もう、こっち向いて」
「え、ああ」気のない返事をしながら祐作が私の方を向いた。
 私は祐作の顔から眼鏡を外してブラウスの胸ポケットに押し込んだ。
「あ!」
「ほら、これでもう私しか見えないでしょ」
 私はちょっと意地悪く微笑んで見せた。
 祐作はちょっと呆れたような表情で、
「そうだな」と言って微笑んだ。

 彼の手が私の肩にそっと触れる。
 私は顔を少しだけ上げて彼を見つめる。
 緊張してるのかな。祐作は真顔で私を見つめてる。

 高鳴る胸の鼓動を感じながら、私は静かに瞼を閉じた。

(Tears of joy 2 / きすして〜Supplemental story おわり)
332356FLGR ◆WE/5AamTiE :2010/05/10(月) 23:48:03 ID:8k+gHmLp
投下完了です。
 読んでいただいた方、ありがとうございます。
 これにてSupplemental Story(北村×木原)も終了です。
 本編終了後だし蛇足だったかも。「きすして5」の投下なんて半年も前だし……

補完庫様へ
「きすして7」収録時に誤記を修正していただきありがとうございました。
 このSSは「きすして5 Thread-B」として補完庫に収録してください。
 
本当にどうでもいい知識
 北村がマイムマイムを「イスラエル民謡」と説明していますが、マイムマイムが作曲
 されたのは20世紀に入ってからで作曲者も明確なので所謂「民謡」ではありません。 

以上、356FLGRでした。
333名無しさん@ピンキー:2010/05/11(火) 12:39:38 ID:yoMtYD6i
>>332
最上級のGJをあなたに。
きたまやのカップリングの方が北村は幸せになれる気がするなぁ。
二人の幸せを描いてくれてありがとう!

でもちょっぴり後日談でエロ展開もあったらなー、っていう。
334名無しさん@ピンキー:2010/05/11(火) 22:04:22 ID:IBB2Hjy8
GJ、心底GJ。
傷心がついて回る恋愛を書いたら敵なしだな・・・。
335名無しさん@ピンキー:2010/05/11(火) 23:39:04 ID:oXcEa88s
>>332
GJです。 「ペガスス」あたりにこだわりを感じますねw
個人的に北村は竜児に匹敵するいい男だと思っています。
(裸族っぷりばかり強調されがちですがw)
336名無しさん@ピンキー:2010/05/12(水) 16:31:53 ID:O42Mpb/F
麻耶キタ━━━━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━━━━!!
能登×麻耶がベストな筈の私でも身悶えるほど切なくなったぁあああああああぁあああああああぁあああああくぁwせdrftgyふじこlpヒッヒッフーヒッヒッフー!!(;´Д`)ハァハァ

あ、とてもGJです。
33798VM ◆/8XdRnPcqA :2010/05/12(水) 21:45:16 ID:oYaCTfsr
こんばんは、こんにちは。 98VMです。

良作が立て続けに投下された後に恐縮ですが
いかにもテキトーっぽい梅を…
400k超えましたので、ここらで落とさないとまたタイミングを
逃してしまいそうなので…
2発連続でいきます。

先月はまだ咲き始めたばかりだったサルスベリが、
お盆の頃を過ぎて、炎のように咲き誇っている。
青空が見えないにも関わらず、夏の午後の強い太陽のせいか、空を覆う雲は白い。
いわゆる薄曇りだが、あたりの景色もくすんだ色にはなっていなかった。
夏らしい入道雲が拝めないのは少し残念ではあるが、お肌のためには最高の空模様だろう。

いつもの高台の喫茶店、オープンテラスのテーブルに一人腰掛けた麻耶は、そんな風にぼんやり空を眺めていた。

10分前なら…『ごめん、待った?』
5分前なら…『ごめん、ちょっと遅れた。』
それより前に着いたことも、それより後に着いたことも、たぶん、無い。

つまり、最初の挨拶はいつもそのどちらか。
だから、今日はこう言ってやろうと思っている。
『遅い!いつまで待たせんのよ!』 と。
だが、それにしても来るのが少し早すぎたかもしれない。
30台半ばと思われる髭面のマスターと、そのマスターの関係者っぽい20台半ばに見えるメガネの知的美人。
― 夫婦というより、愛人っぽい雰囲気 ―
それがこの喫茶店の構成人員の全てだが、麻耶がそこに腰掛けて40分ほど経った頃、メガネ美人がコップに水を
継ぎ足し、微笑みながらこう言った。
「あと、10分くらいですよ。」
思いがけず、来店の意を悟られて真っ赤になる麻耶。 
そもそも長いこと毎月来ていれば覚えられてもおかしくないが、麻耶のルックスを考えれば覚えられて当然で、むしろ
それを想定していなかった辺りが、実に麻耶らしいと言えよう。

そして、メガネ美女は見た目どおり有能だったらしく、果たして、目当ての人物はちょうど10分後に現れた。
インディゴのデニムに白いTシャツ、それにワーカーシャツをつっかけたオールドアメリカンスタイルが意外に似会う。
彼はすぐに麻耶を見つけ、明らかに驚いた様子。
麻耶は用意していた言葉を吐こうとしたが…

「わ、わるい、待たせちゃった?」

「おっ… ううん、待ってない、全然待ってない!」

…もう、どうしようもないくらい、ダメダメな麻耶だった。


     埋めネタ   〜麻耶たんの何も無い??昼下がり〜


今日、麻耶的には勝負の日だった。
亜美に選んでもらった、超気合の入った下着を装着済み。
先日の飲み会で『いつでもメール頂戴』と言っていた亜美に、早速下着選びについて相談したいとメールした所、即快諾。
時間を作って会いに来てくれた。
「うーん。 麻耶だったら… サブレンなんかがいいんじゃない? スレンダーなサイズもあるし、値段も手ごろだしね。
ポーランドから直輸入になるけど、あたし最新のカタログあるからすぐ注文できるよ。」
いきなりインポート下着が前提。
しかも亜美の『手ごろ』は麻耶とは根本的に基準が違っていた。
しかし、亜美と一緒に見たカタログですっかりその気になった麻耶は2万のランジェリーをサクッと購入してしまったのだ。
そう。 下着なんて言っちゃいけない。 ランジェリーよ、ランジェリー。
ともすれば後悔しそうになる気持ちを無理やり鼓舞しつづけた麻耶だったが、届いたソレは期待以上に素晴らしいモノで
麻耶は大いに感動したのだ。
だが、そこで貧乏根性がでたのが拙かった。
いよいよとなるまで、その下着を着けずにいた。
亜美には、『届いたら直ぐ着てみたほうがいいよ。』と言われていたのだが…


会えなかったせいもある。
前回、旧2-Cの皆で集まった夜以来、麻耶は能登と会えていなかった。
いつも能登が忙しかったからだ。
電話で話したり、メールのやり取りは細やかだったから、変な不安はなかったけれど…
なにがそんなに忙しいのだろう、と不満はあった。
だが、付き合い始めたばかりでは波風立てるのは恐ろしく、結局、その不満を口にすることは無く、一月近く会えない
ままだったのである。

そんなわけで、その下着は、今日がデビュー戦。
そこに色々と不幸が重なった。

先ず一つ。
麻耶は欲求不満がたまりにたまっていたせいか、前回、ホテル前でお預けくらった後、性欲をもてあましていた。
前に能登に会った日から今日まで、カレンダーの日付よりも自慰で達した数のほうが多いのではないかと思うほど。
もともとの麻耶は稀にしかそういう事はしないほうだったので、これは異常な事だった。
もう一つ。
外国製の下着にはパットがついていないものが多い。 今日の下着もそうだった。
普段パット付きを着用している麻耶には少々感覚が違う。
しかも、サイズが微妙に大きく、胸の先端が時折布地に擦れるときた。
結果として。
麻耶の先端部は若干血流量が増えつつあり。
さらに、能登を前にして、無意識にそれは加速されていた。
そしてとどめに、今は夏であり、着衣は薄く。
亜美の『セクシーに迫んなきゃ。せっかく可愛い下着着けてるんだから、カップなしのフィットキャミとかで挑発、挑発♪』
なんて台詞を真に受けて、素直にブライトホワイトのカップ無しフィットキャミを着ていたりする。
ああ、失礼。 もっと端的に言おう。

胸ぽっちん。
おもいっきり、ぽちっとな。

当然、能登はいちころである。 というより、麻耶クラスの美少女にそれをされたら、普通に鼻血もんである。
しかも、麻耶は全く自分の痴態に気付かなかった。
話題的にはけっこういい感じで盛り上がってるのに、能登がなかなか麻耶の方を見てくれない。
わりと身振りの大きな麻耶、胸はそれほど大きくないが、しっかりと揺れるくらいはある。
能登の気を引こうと、麻耶はちょっと頑張っちゃったりしたもんだから、能登はますます気の毒な状態になった。
そして十数分後、ついにたまらず能登は席を立った。
この場合、そんな環境でも立ち上がることが出来るコンディションを保った能登には敢闘賞を差し上げるべきか。
「な、なぁ、木原、ちょっと場所変えない?」
「え? あ、うん。 いいけど…。 ……また木原って言った。」
ちょっと膨れて立ちあがる麻耶。
ダークグレーのサマーストールを肩にかけたお陰で、胸元が隠れる。 それを見た能登は心底ほっとして、ようやく自然な
笑顔をみせた。
「ごめん、やっぱ言いなれてないから、つい、さ。」
その表情を見て、麻耶の胸からは一瞬で不満が掻き消える。
ようやく、待ちに待ったデートが出来る。 
麻耶は胸を撫で下ろした。 …本当に撫でていれば胸のあたりがヤバイことに気付いたのだろうが…
残念なから言葉のあやである。


そうして、とりあえず最寄の駅に向かって歩き出したのはいいのだが…
能登は自分の認識が甘かったことを思い知る。
隣を歩く麻耶のなんと美しいことか。 
いつものギャル系ファッションと異なる今日のいでたちは、能登にとっては正しく毒だった。

ダークバイオレットのレースがレイヤードされた、やや紫がかったシルキーブラックの変形巻きスカートからは、左足だけが
太ももまで見えてかなり扇情的。
ストレートラインの上部に緩やかなドレープがかかるものの、バストトップ付近からはぴっちりと体のラインに張り付き、裾は
斜めにカットされ、ドレスのようなエレガントさを併せ持つフィットキャミソールなど、麻耶には何処で手に入れたらいいのか
すら判らないのだが、ブライトホワイトの清潔感が麻耶に新鮮なイメージを与えている。
コーディネイトは亜美の手によるものだが、さすがに普段着では着れないような取り合わせだった。
ほぼツートーンのシンプルかつ地味な色使いながら、アダルトな雰囲気を漂わせ、かつストールを外せば活発な印象に変
わる。 麻耶自体が、スレンダーで、かなりの美少女であるから似合っているものの、普通じゃ着こなせない。
亜美が貸してくれたイヤリングもアダルトな雰囲気で、シルバーに光るベースに金色の小さな宝石が可愛らしくあしらわれ
ていて、麻耶もとても気に入った。 彼女の亜麻色の髪にも、とてもよく似会う。
『これ見て反応しない男は偽ジゴロだから、完全無視ね。』と亜美には教えられた。
麻耶は知らないが、実はこのイヤリング、プラチナベースにゴールデンサファイアという、非常に高価なもので、見る人が見
ればその持ち主も、相当な『格』と思わせる代物だった。
もちろん、ジゴロどころか、地味な学生である能登には全く通じない。
ただ、麻耶の美しさに彩を添える役目だけは忠実に果たしていて、それは能登にも理解できた。

いずれにしても、その姿は亜美ならいざしらず、二十歳そこそこの小娘にはいささか荷が勝つ。
ましてや麻耶はどちらかと言えば、同じ年齢の女の子の中でも、精神的には幼い方だ。
意外とそういうものは、仕草でわかるもの。
だから、通り過ぎる大人たちの中には、微笑ましく二人を見る者も少なくなかった。

しかし、まだまだ青い若者達から見れば、実にアンバランスなカップルで、何よりも羨望が先にたつ。
その手の視線にいたたまれなくなった能登は、当初考えていた若者の多い街でのデートは諦めざるを得なくなった。
かといって刺抜き地蔵というわけにもいかないだろうし、どこにいったらいいものやら。
そのうち、麻耶も行き先が定まらない様子に気がついて、少々いぶかしむ様子を見せ始める。
そんな時に目に留まった電車内の広告。
『幻想的なクラゲの世界で癒されませんか?』
能登は目を輝かせた。
そこなら、家族連れやカップルが殆どで、彼ら二人をやっかむような視線に晒されることは無いのではないか?
東京の南の端にあるその水族館は若干遠いが、今日の最終目的地にはむしろ近くなる。
待ち合わせの時間がいつも同様午後一時だったので、移動の時間を考えれば、水族館を出るころには夕刻になるだろうが、
それも能登にとっては都合がいい。

こうして、二人の初デートは、水族館という、わりとありきたりなコースとなったのだった。

「わぁ! かっわいーー。」
そして、水族館は意外に面白かった。

ペンギンやら、イルカのショーやら、オットセイやら、海棲動物は麻耶に好評のようだ。
まるで子供のようにはしゃぐ。
元気で、よく喋り、よく動く。
そんな快活さが麻耶の魅力の一つであるのは間違いない。
麻耶はこの水族館には初めて来たらしく、とても楽しそうに展示されている魚や動物を見ていた。
一方、能登の方は、くりくりと目を輝かせる麻耶ばかり見ている。

「うわ… きれい… これ、凄くない? 超きれいじゃん。」
広告にあった、「クラゲの世界」に辿り着いた麻耶の第一声がそれだった。
「うわ、なにこれ。 虹みたい。 きれー。」
「ウリクラゲだってさ。 なんか、繊毛みたいなのが光を反射して虹みたいに見えるらしい…。」
「ふーん… あ、あっちの水槽で写真とれるんだ…。  ねぇ、あたし達も撮ってみよーよ!」
そこは水槽越しに写真を撮ることで、あたかもクラゲに囲まれたかのように見えるという仕掛けのようだった。
流石に二人で並んで写るために誰かに頼むというのは恥ずかしく、一人づつ撮る事になったが、写り具合をあれやこれやと
確かめながらの撮影はちょっとした共同作業っぽくて、少しだけ嬉しくなる麻耶。
そして、例によって、男の鈍感さは、女の子のそういったちょっとした喜びには気づけない。
その後も、雰囲気を盛り上げるチャンスは度々訪れるのだが、経験の浅い能登は気づくことができない。
すこしだけ恋愛に慣れた者なら、きっともうちょっと盛り上がっただろうが、不器用な二人はぎこちなさのほうが目立つ。
だが、それでも麻耶にとっては、ずっと待っていた楽しい時間であることには変わりなかった。
「〜♪」
機嫌が良さそうに隣を歩く麻耶は相変わらず美しかったが、ようやく能登の目も慣れてきた。
「けっこう面白かったなぁ… 正直、ちょっと舐めてた。」
「うん。 イルカがすっごい可愛かったー。 それにクラゲがあんなに綺麗だなんて知らなかったよー。」
そして、能登の計画通り、水族館から出る頃には西の空は雲が切れ、やや赤みがかっていた。
「なぁ、きは…麻耶、時間ある? よかったらさ、もうちょっとつきあってよ。」
特に行き先を告げずに、努めてかるーく誘ってみる。
「うん。 いいよー。」
ご機嫌な麻耶は二つ返事で応じた。

能登が麻耶を連れて向かったのは更に南西。 神奈川県横浜市。
桜木町の駅で電車を降りると、やや緊張した面持ちになる能登。
麻耶はそれには気が付かない。
「なに?もしかして、ランドマークの展望台? 今の時間だったら、超綺麗かもー♪」
期待感を隠さずに、次の目的地の予想をしていた。
「あ、ああ。 うん。そうそう、ランドマーク。」
麻耶の予想は一部正解だが、一部不正解。
とりあえず、麻耶の予想に合わせて、一旦は展望台に行った二人。
からからに乾いた喉を軽く押さえ、展望台から観覧車を見下ろしてはしゃぐ麻耶を見つめる黒縁メガネ。
能登久光は、奥手な少年だった。 特に麻耶のような美しい少女の前では、いつも上手く話せない。

「…きは………麻耶…。」
「ん?なに?」
だが、恋は男も変える。
実は能登もこの日、勝負を賭けていた。

「今日は、帰さない。」

だから能登は、実に彼らしくない力強さで、そう言い切ったのだ。


                                                                  つづく。
34298VM ◆/8XdRnPcqA :2010/05/12(水) 21:52:25 ID:oYaCTfsr
いじょ。
埋めネタシリーズで初の複数作品同時構想です。
前回の1本と、↑と↓、次回分2本の5本を一気に妄想しましたw
では、続いてもう一本いきます。

自然石を模した壁のタイルに柔らかな間接照明が当たる。
タイルの凹凸が成す陰影は息を潜める男女の秘め事のようだ。
駅から少しばかり離れたバーでは、緩やかなジャズと、囁くような会話が、心なし曇った空間を流れていた。
そして、磨きこまれたカウンターに、近頃はそんな空間も似会うようになった人影が一つ、片肘をついて退屈そうにしていた。
年の頃は、ようやくこういった場所に立ち入る事を許されたばかりだろうか。
しかし、ウェーブのかかった黒髪と、飾り気の無いチュニックに包まれた豊満な肢体は年に似合わぬ色香を発散している。
寡黙なバーテンダーがナイト役を務めていなかったら、声を掛ける男の数は呆れるほどであったろう。

ふと彼女が顔を上げる。
はたして幼さを残す顔つきは、二十歳そこそこの娘のものだ。
しかし、口元の黒子のせいだろうか、すこし怒ったような瞳を玄関に向ける彼女は、いっぱしの女の色香を纏っていた。
――― カラン。
玄関のドアが来訪者を知らせようとするのを待ち構えたかのように、グラスの氷が崩れた。


     埋めネタ   〜奈々子様の超ラッキーな黄昏時〜


以前、ここに来た時とは状況が大きく違っていた。
大学はもう夏休みで、とくにバイトもしていない奈々子にとっては退屈な日々。
そんな時に届いたメールは思いがけない内容で、奈々子は大いに今日のことを楽しみにしていたのである。

前回、この店に来た時は呼び出す側だった。
だが、今日は呼び出されたのである。
誰あろう、川嶋亜美に。

それはもう、奈々子様が御悦びになられるのも当然だろう。
獲物がわざわざ向かってきてくれるというのだから。
奈々子様は、柄にもなく、(っと、これは失礼か)年端もいかない少女のようにウキウキしながら、この店に着いたのだ。
それが今から2時間前の出来事。
――― そう、2時間前の。

つまり、亜美の大遅刻である。
30分やら1時間なら我慢もできようが、……2時間である。
そりゃー奈々子様じゃなくたって怒る。

「はぁ、はぁ、はぁ… 奈々子…… ご、ごめ」
「亜美。」
「は、はい。」
「――― 絶対許さない。」
「はうっ! マジ、ゴメン! どうしても抜けられなくって… あ、あたしのせいじゃないの、共演者がNG出しまくって…。」
「―――――― 絶対、許さない。」
「本当に、御免なさい。 だって、本番中に携帯なんかいじってたら怒られるし、連絡できなかったの、本当に、本当だから!」
「―――――――――――――― 絶っ対っ、…くすっ ……許さない。」
「ひっ! な、奈々子、そ、そんな… 超怖い顔しなくたって…」
「…………」
「うふ。 冗談よ、亜美ちゃん。 でも、埋め合わせはしてもらおうかなぁ。」
「そ、それは当たり前じゃん、勿論するって。 っていうか、本当に……ごめん。」
「もういいわよ。 それより珍しいよね、亜美ちゃんの方から誘ってくれるなんて。 なにかあったの?」
「う、うん。 別に特別用事があるってわけじゃないんだけど、ちょっと話がしたくなっちゃって、さ。」
「ふぅん……。」
奈々子にはそれだけで十分だった。 亜美がけっこうヘビィな心理状況にあるのを読み取るには。
だから、奈々子は嬉しさで顔がにやけそうになるのを必死で押さえつつ答えたのである。
「わかったわ。 今日はゆっくり飲みましょ。 ――― 夜はまだ始まったばかりだもの。」


………
「……ふぅん。 そうなんだ。」
「うん。 本当に嫌だったんだけどさ、ここ何日かは、あたしの事、本気で色々考えてくれてるんだなって。」
「お仕事でも、嫌々なのと、そうでないのでは全然違うでしょうね。」
「そうなの。 だから、ちょっと女優ってのも悪くないかなってさ、思うようになった。」
「普通はみんな憧れたりするお仕事だと思うけど…。 でも、亜美ちゃんにはそんな感じだったのね…。」
「う…ん。 正直、それが用意されてたからやってた、って程度だったよ。 あたしがやらなきゃ、皆に迷惑かけちゃうとか……
ほんと、そんな程度だったんだ…。」
「そういえば、亜美ちゃん、高校の時もメイクとか裏方の仕事が好きって言ってたもんね。」
「それは今も変わらないよ? どっちかっていったらね、そっちの方が好きだよ。」
「でも、目立ちたがりのナルシーちゃん。」
「うん… まあね… それは否定しない。  うふふふふ。」
奈々子はくすくす笑いながら、カクテルグラスの縁に指を這わせ、そして一口だけ味わう。
「奈々子、それ好きだよね。」
奈々子のショートのグラスにはレッド・ルシアン
「あら、亜美ちゃんだって、この間もそれ、飲んでなかった?」
亜美の手元にはバラライカ。 確かに以前と同じ。 亜美は、あの状態でもそれを覚えていた奈々子に驚きと底知れなさを感じる。
そして、やっぱり相談するべき相手は奈々子しか居ないと思った。

さて、どうやって話を持っていこうか、と、しばし思案する亜美。
奈々子は、すこしの沈黙ならばむしろそれを楽しんでくれるから助かる。
ただ、流し目気味のその視線が、同性を見る視線にはちょっと見えないような気がするが…
気のせいだろう、と亜美は思うことにして、とりあえず麻耶の話題を振ることにした。

「それはそうと、知ってる? 今日、麻耶はデートなんだってさ。 能登君と…。」
「昨日聞いたわ。 なんだか不思議な感じ。 大ドンデン返しよね。」
「ほんと。 あんだけ祐作、祐作だったのにね。」
「やっぱり一緒にいる時間が長いほうが有利なのね。」
言外に高須と大河のことも滲ませつつ、奈々子は亜美をからかうような視線を向ける。
その視線を感じて、亜美はやっぱり奈々子は話が速くて良いと感じていた。
「告白されたのも大きいんじゃないかな? あれからあの二人、ちょっと変わったじゃん。」
「まぁ、それはそうね。 やっぱり、きちんと言葉にしないと伝わらないものね。」
またしても亜美をからかうような視線。
亜美は観念した。
どうやら、どんな話をしたいのか、奈々子は完全にお見通しのようだったから。

二杯目のバラライカを頼んだ後、亜美は一つ溜息をついて切り出した。
「あたしさ… 高須君のこと、好きだったんだよね…」
「知ってたわ。 というか、クラスの女子は全員気付いてたんじゃないかしら?」
「…そんなに見え見えだった?」
「知らぬは本人ばかりなり、って奴かしら。 亜美ちゃんは自分のことなのに気がついてなかったんじゃない? 高須君に夢中
だったって事。」
「………なんか、最低な気分なんだけど。 あたしはさ、そんなつもりなかったよ、実際。 自分じゃ吹っ切れてると思ってた。」
奈々子はクスクス笑いながら聞く体勢に入っていた。
「でもさ…いつまで経っても、全然消えてくれないんだよね。 あの凶悪面がさ。」
「…ふうん。」
「でも、今度こそ忘れられるんじゃないかなって……思ってるの。 なにか…、なにかきっかけさえあれば…。」
「………」
「やっとさ、あたし……自分の居場所見つかったかもしれないんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「うん。 今はね、もう少し仕事に打ち込んでみようかなって。」
「あたしさ、実を言うとファンレターって殆ど読んでなかったんだ…。 けど、さっき話したプロデューサーは目を通してたみたいで…
あたしの演じた役を見てね、がんばってみようって…。 絶望から救われたって…。 そんな手紙があってさ…。 プロデューサーに
それ、見せられて……。 胸の中の霧が一気に晴れたような気がしたんだ…。」


そんな亜美の様子は、劣情を抱いていた奈々子の胸に、きりきりと突き刺さった。
想像以上に亜美は苦しんでいたのかもしれない。
もっとちゃんと亜美のことを見ていたなら…
下手な策略など用いずとも、その傍に寄り添うことができていたのかもしれなかった。
やがて亜美の告白が進むにつれ、奈々子の中でその思いは大きくなり、確信へと姿を変えていく。
奈々子には信じられないことだが、亜美はあの飲み会で竜児がどれほど亜美を意識していたか、全く気付いていない。
それどころか、避けられたと思い込んでいた。
他人のことは恐ろしいほどよく気がつくのに、自分の事は過小評価している。
亜美ほど恵まれた人間が、なぜこんな卑屈な一面を持つのか?
奈々子には理解できた。 理解できてしまった。

それは…… 『孤独』

それは、『孤独』と言う名の、死に至る病。
母親が居なくなった時、奈々子の胸にポッカリと穴があいた。
母にとって、自分はイラナイ子だったのか? 無くしてもいいものだったのか? それとも、単にもっと大切なものが出来たのか。
残された父の背中と、隔絶された自分自身の想い。
その背中は、彼自身を拾い上げるのに精一杯で奈々子を救い出してはくれなかった。
やり場のない寂しさは、深い深い穴を心に穿ち、その穴を塞ぐのは自分自身でしかないと気付かされた。

転じて亜美は、恵まれた家庭に育ち、奈々子や竜児のような寂しさは知らないだろう。
しかし、亜美には彼女にしか理解できないであろう、『自分しかいない空間』の寂しさがあったのかもしれない。
だれも『自分』のことを見てくれない。 みな『川嶋安奈の娘』しか見ていない。
いつも周りには大勢の人が居るのに、まるでそれは物言わぬマネキン人形のように、ただただ亜美の周りを回る。
それはある意味、無人の荒野よりもずっとずっと恐ろしい、孤独。

告白を続ける亜美の端麗な横顔に、奈々子はそんな光景を幻視していた。
独りである事は、時として自らを否定し、己自身を矮小に見せる。
亜美が自分自身を過小に評するのは、大抵の女性にとって嫌味でしかない。
だが、当の本人にしてみれば、よじ登るのが困難な深い穴の中で、もがき苦しんでいるのかもしれないのだ。

けれど、ここに自分が居るという事は、まがりなりにもそんな彼女を救うことができたという事なのだろうか?
思いの丈を吐き出した亜美の頬には涙の川が流れていた。
真剣に、一途に惚れた男に、想いが届かない。
『伝えればいい。』 『伝える努力をしない亜美が悪い。』  
いくらでも言える。 簡単な事だ。 …それが出来る人にとっては。
だが、いくら頑張っても現実にそれが出来ない人もいて、亜美はおそらく、その一人なのだろう。
不器用といえばいいのか? それとも、要領が悪いといえばいいのか?
そんな亜美が、自分に助けを求めてきた。
この事実に、奈々子の心は震える。
罪悪感と、優越感と、歓喜と、同情と、純粋な優しさとが入り混じった不思議な感情。
自分の本心が判らず、奈々子もまた、戸惑っていた。

しかし…
やがて、見ているのが辛いほどのやせ我慢の笑顔を浮かべながら…
「はぁ〜あ。 今頃麻耶は能登君とよろしくなっちゃってるのかなぁ… なーんか、あたしって超カッコ悪いよね。 いい女ぶってる
くせに、本当はまだ『女』にもなれてなくて…。 そもそも、本気であたしを好きだなんて奴、一人も居ないしね。」
こんな事を口走った亜美。
その瞬間、奈々子の心は一つの感情で満たされてしまった。
一人も居ない? そんな事は無い。 断じて。 絶対に。
…何故なら…
…ナゼナラバ…

それは、今までの劣情とは明らかに違う。

―― 『愛おしさ』 ―― そう呼ばれる感情だった。

                                                                         つづく。
34698VM ◆/8XdRnPcqA :2010/05/12(水) 22:01:24 ID:oYaCTfsr
お粗末さまでした。

ちょっと最近、モチベーションががが…
なんか上手く書けないです…
というわけで、ちょいと投下ペースが遅くなるかもです。

決して佐・さんに浮気してるわけではない。
347名無しさん@ピンキー:2010/05/12(水) 23:54:23 ID:AiXLRXei
GJ
いつも最高です
348名無しさん@ピンキー:2010/05/13(木) 02:41:25 ID:NPubqLFM
GJ
2本一挙にとは贅沢な事で
続き待っております

>決して佐・さんに浮気してるわけではない。
????? 気になりますぜ

349名無しさん@ピンキー:2010/05/13(木) 03:46:53 ID:H0bmr0hD
GJだがそんなこと言ってると「ぶーいーえーむー!」とか叫びながらスカート捲るぞぉコラー!
350名無しさん@ピンキー:2010/05/13(木) 20:54:03 ID:ISVRm9KW
>>346
ぐっじょーぶ。もはや埋めネタじゃないオムニバス長編ですね。

テンション維持難しいならレールガンでSS書くとか?
351名無しさん@ピンキー:2010/05/13(木) 21:28:49 ID:YcJdihWI
もう飽きたしずっとレールガン書いててくれていいよ
352名無しさん@ピンキー:2010/05/14(金) 18:26:31 ID:C5CeblEZ
GJでした。読者が読みたいものを書くのと、読者に読ませたいものを書くのでは、
モチュベーションも違うのではないかなと存じます。今作は前者なのでしょうか、
普通に楽しく拝読させて頂ました。そしてきっと、ご連載されている『ローマ』
に関しては後者なのかなと存じます。その場合、過度に面白くしようと、自らの
ハードルが上ってしまい、筆力のある貴殿にしても、上手く書けなくなってしま
うのではないでしょうか。正直、埋めネタの方が私的には好みなのですが、『ロ
ーマ』に関しては以前から、一読者として楽ませて頂いております上、ご納得出
来るレベルまで彫琢して頂き、投下をお待ちしたいと存じます。失礼致します。
353名無しさん@ピンキー:2010/05/14(金) 19:03:19 ID:cGn5BETI
>>346
レールガン書くなら是非せーそくにいらして下さい
お待ちしております
354名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:24:56 ID:Fw6CK3OD
168レスめのものです。
書いてみたので落としに着ました。
前みたいにつまらないと言われないように頑張りました。
次レスから投下スタートです。
355名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:25:33 ID:Fw6CK3OD
嫌な予感がする……。
最近大橋高校の二大番長、逢坂さんと高須君が何時も一緒に行動してる。
何か起こるかもしれない…
学校の皆もそう思ってるのかびくびくしてる。
マルオ君にもその旨を伝えてはいるんだけど、

「高須も逢坂も良い奴だっ!」

そう言って全く取り合ってくれない。
もう!何かあっても知らないんだからね!


    *****


(今日の夕食は何にしようかしら?)

今日は何時も行っている、スーパーとは違うスーパーで特売があったから来て見たんだけど、特売のコンテナの回りは、少しでも夕食の食材を安く仕入れようとしている主婦で賑わっていて、とても私が入れ込めそうな気がしなかった。
多分入ったとしても、直ぐに弾き返されてしまう気がする。だけど私は、何とか入れないかと、未練がましく周りをうろうろしていた。
しばらくしてから、主婦の方々が散り散りになっていった。
「はぁ・・・」
私は溜息をつきながら、後ろに振り向いた。そして固まった。
私の視線の先には、男の子(多分4歳ぐらい)と、物凄く目付きの悪いヤクザがいた。男の子は泣いていて、ヤクザは何かしようとしている。
(どうしよう?)
周りへ視線を送って見るけど、誰一人としてそれを止めようとする人がいない。と、そんな事を考えているうちにそのヤクザが動き出した。鞄から何かを取り出そうそしている!
「…っく!」
私は、我を忘れてそのヤクザに突進した。
356名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:26:51 ID:Fw6CK3OD
どんっ!

「ぐあっ!」
ヤクザは、倒れながらノートの切れ端で作った、キリンを手放した。


・・・・ん?

・・・・キリン?

・・・・ノートの切れ端?


「・・・いってぇ、何なんだよ・・・」

もし、今突き飛ばしたヤクザが、泣いている男の子を宥めようとしているだけだったら?
もし、今突き飛ばした人が、ヤクザじゃなくて目付きが悪い高校生だったら?
その目付きの悪い高校生が、同じ高校に通っていて、その高校の番長だったとしたら?
自分のクラスメイトだったとしたら?
私の次の行動はどうすればいい?
多分その答えは・・・・・・

 だっ!

その場からすぐに逃げるだと思う。
「・・・あっ、おいっ!」
後ろから声がしたけど、無視して出口まで思いっきり走る。明日会うとしても今日逃げ切ればいくらでも対策は練れる!

 がしっ!

「・・・っ!」
(うそっ!)
全力で走ったのに、もう追いつかれてしまった。・・・どんだけ足遅いのよ私。
「待てって」
彼・・・大橋高校の二大番長高須竜児は、薬を取られたヤクザのような目で私を見ていた。
「・・・いっ、いやっ!」
私は全力で腕を振り払おうとしたけど、やっぱり男の人には叶わなかった。
殺されるっ!
「待て待て、怒ってないから、取り合えずそれは放しとけ」
「え?・・・あっ!」
逃げるのに必死になって、買い物籠(ちなみに中身は牛乳だった)を持ったまま店を出ようとしていたみたいだった。高須君が止めてくれなかったら、危うく万引き犯になる所だった。
「大丈夫か?」
「・・・うん、ありがとう。・・・その、止めてくれて・・・」
「?・・・ああ、別にいいよ、大した事はして無いし。たださぁ、何で突き飛ばしたんだ?せめて理由を聞かせてくれ」
「えっ!・・・え〜っと・・・その・・・。たっ高須君があの子に何かしようとしてる様に見えたから。つい、ど〜んって」
ちょっと茶目っ気を出しながら言ってみたんだけど、変じゃ無いよね?
「ついって・・・お前なあ〜・・・。俺はただあの子が、俺の顔見て泣いちゃったから泣き止ませようとしてただけだよ」
「そうなんだ。私はてっきりあの子が何か見てはいけないものでも見たのかな?って思ってた」
「・・・何だよ、見てはいけないものって・・・」
「薬とか?」
言い過ぎたかしら?なんか目に見えて落ち込んでるんだけど。
「お前は俺を何だと思ってるんだよ・・・」
「大橋高校の番長」
「即答すんなよっ!」
「しかもヤクザがらみの」
「嫌な意味で過大評価しすぎだろっ!・・・はっ!」
今の高須君の形相で人が高須君を中心に離れて行っている。私もその一人だったりする。だって怖かったんだもん。
「悪かった。少し取り乱した、謝るから逃げないでくれ」
357名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:27:18 ID:Fw6CK3OD
「・・・怒ってない?」
「ああ」
「殴らない?」
「ああ」
「怒鳴らない?」
「ああ」
「如何わしい所に連れて行ったりしない?」
「・・・ああ」
「薬飲ませたり、進めたりしない?」
「・・・・・・ああ」
「海に沈め「もういいだろっ!」・・・嘘ついた」
「・・・くっ、わ、悪かった」
「高須君顔怖いわ、近寄りたくない」
「生まれつきだ!」
「高須君顔怖いわ、近寄りたくない」
「2回も続けて言うなよ!」
「高須君の顔怖いわ、まるで般若みたい。近寄りたくないわ」
「グレードアップさせるなよ!余計傷つく!」
「ふふふ。高須君おもしろいわね」
「もう勘弁してくれ・・・」
高須竜児。思っていたよりも悪い人じゃないみたい。何て言うか・・・すごくからかい甲斐がある。
「そう言えば、何で般若君がスーパーなんかにいるの?」
「まだそのネタ引っ張るのかよ!」
「ふふふ、面白くてつい」
「そうかよ。ここにいた理由なんか、一つしかないだろ」
「やっぱり、親から離れた子供をさらっていくのかしら?」
「違う!それと『やっぱり』って何だよ!俺はただ特売目当てで来たんだよ!」
「特売?子供の?」
「しつこいわ!」
「口が勝手に動いちゃうの」
「じゃあ閉じとけよ!」
「む・り・♪」
「何でこんなに疲れなきゃいけないんだ・・・」
「ふふふ、ごめんなさい。謝るから許して、般若君」
「全然謝る気無いだろ!お前!」
358名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:27:42 ID:Fw6CK3OD
  *****


「へぇ〜高須君が家の事やってるんだ」
「ああ、そうだ。」
今聞いた話を簡単に説明するとこんな感じかな?
親が働いているから、少しでも楽できるようにと、家事をしていると言う。
それで今日は特売があったから、行きつけのスーパーではなく、こちらに来たらしい。
けど、特売目当てで来たはいいけど、予想以上に人が来ていて、大変だったみたい。
取り合えず、目当ての特売商品(胡瓜一本20円)を手に入れた後に、その人ごみから出ようとして躓いたらしい。
その拍子に顔がその男の子の目の前に来てしまって、泣かせちゃったみたい。
それで、泣き止ませようとしてノートを破ってキリンを作ったけど、全く効果が無くて、最終手段の飴を渡そうとしたところに、私が突っ込んだらしい。
「・・・何て言うか、大変だっただね(面白いね)」
「今声が2重になって聞こえたんだが」
「あら、気のせいよ」
「・・・そうか?」
「そうよ」
「まあ、いいや。」
高須君は少し疲れたしぐさをしながら、食材を見ている。
何て言うか・・・真剣に選んでいるのはいいんだけど。顔が怖いわ。
「・・・ん?香椎?どうした?」
「なっ、何でも無いわ」
「そうか。・・・そう言えば香椎は何でここに?」
「高須君と同じ理由よ」
「じゃあ、香椎も家事やってるのか?」
「そうよ」
私の家は片親だから、私がやる以外には父しかいない。
けど、その父は帰って来るのが何時も10時を過ぎてしまうので、必然的に私が家事をやらなきゃいけなくなっていた。
「それにしても高須君が家事をねぇ・・・想像出来ないわ」
「やっぱり男が家事やったりするのは変か?」
「ううん。別にそれ自体は変でもなんでもないわ。ただ、高須君が包丁持っている姿を想像できなくて」
「そうか?」
「うん。どちらかと言うと、短い日本刀を持っている方が似合いそうよね」
「ヤクザじゃねえか!」
「正解」
「肯定するなよ!」
まあ、ホンとはそんな事思ってないけどね。さっきまでの私なら間違いなくそう思っていたと思うけど。
話していると分かるけど、高須君は番長、ヤクザ等の人とは全く関係ない。何でか解らない、けどそう確信がもてる。
高須君は年相応のちょっと・・・凄く目付きが悪いただの少年で、目付きの所為で番長、ヤクザ等の人達と同じに見られているんだと思う。
そんな風に見られて、人から避けられてきたのにぐれなかったのは正直凄いと思う。もしも私が同じ立場だったら、多分想像どうりの結果になってたと思う。
目付きが物凄く悪い、でもほんとはとても優しい、まるで漫画の主人公みたい。ヒロインは・・・誰かしらね?
「まあまあ、気にしないで早く買い物済ませましょ」
「・・・たくっ。そうだな、さっさと済まして帰るか」
「そうそう、ちょっと提案なんだけど、メルアド教えてくれないかしら?」
「はあ?まあいいけど。どうして急に?」
「献立に新しい要素が欲しいからよ」
「俺そんなに珍しい料理何て作らねえぞ」
「あら、高須君にとっては普通でも、私にとっては新しいかもしれないじゃない。だから、ね♪」
「そうか?」
難しい顔をしながら、携帯を弄っている。・・・やっぱり怖い。
「ほい、送信完了。これでいいか?」
「うん、ありがと、高須君」
「へいへい」


この人が私の大切な人になるなんてこの時は思ってもみなかった
359名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 15:28:22 ID:Fw6CK3OD
取り合えずこれで終了です。
簡素王を聞かせてくれたらうれしいです。
360名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 19:02:37 ID:dn0ZelTN
なかなかいいんじゃないですか簡素王陛下
361名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 19:06:52 ID:e/HtKUHE
>>359
普通に面白いと思います。
前回は他の方が指摘されておられました通りでしたが、
今回はその点、問題ないと思います。
あえて苦言を呈するとしたなら、『怖い人』の認識から『あれ?いい人?』
への転換が肝となる筈ですので、そこをもうちょっと丁寧に書くと更に印象が強くなるかと。
いきなり茶目っ気を出して話せるのはちょっと唐突感があるかもですね。
でも、その後はテンポよく展開してて気持ちいいです。
ではでは、続きをお持ちしておりますよん。
362名無しさん@ピンキー:2010/05/16(日) 22:09:42 ID:AVE5BMYq
簡素王さま 申し上げます
GJでございます
是非とも続きをお願いいたします ねん
363174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:35:25 ID:CcODol3a
SS投下

「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × ?-s ───」
364174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:35:57 ID:CcODol3a

縞々の模様から商品情報を読み込んだスキャナーがピッと無機質な電子音を奏でる。
表示された価格を唱えつつ次の商品を手に取り、それを数度繰り返して、最後に合計金額を知らせる。
預かった紙幣をレジに収め、取り落としてしまわないよう両手でしっかりとお釣りを返し、最後に仰々しくならない程度にお辞儀。

「ありがとうございました、またお越しくださいね」

タイムセール目当てに夕飯の買出しをしに訪れたお客さんたちが成していた群れを相手にすること数十分、ようやく忙しい時間帯を切り抜けた。
ごった返していた店内はいくぶん落ち着きを取り戻し、窓から差す夕日も落ちかけ、浮かぶ月が顔を覗かせている。
そうなると、そろそろ私も上がる時間だ。
ほぼ丸一日の間立っていた狭い仕事場を簡単に片付けてから、他のパートの方に挨拶を交わしてレジから出る。

「お疲れさまです」

それを見計らったように背後から声をかけられた。私もお疲れさまと、重たい身体で店中を忙しなく駆け回っていた彼女を労う。
うーんと大きく伸びをするとただでさえ大きな胸がたわわに揺れ、殊更に強調されている。
最近はまた大きくなったらしく、サイズの合うブラがなく、仕方なく着けない日も多いそう。
今日もそうなんだろう、シャツ一枚の背中には線が見当たらない。
彼女からすれば悩みなのはわかってはいるし、しょうがないのもわかるけど、していないなら、男の人の目があるところでそういう無防備な仕草をするのはやめてほしい。
隣にいる私が、ちょっと、みじめだから。
今通り過ぎていった、どこかで見覚えのあるような長髪をした男性客がおもむろに振り返っていたのが見えていないのだろうか。
豊かな胸もそうだけど、お腹だってこんなに大きいのに、それでも人目、特に異性の目を惹きつける彼女。
動作一つ一つから香りたつ色気は年を重ねるごとに強く、濃くなっていくように思えてならない。
そのくせ自身はあんまり気にした風でもなく。

「今日も疲れましたね」

なんて、のほほんとしている。厭味でなく、下手にでているわけでなく、あくまで普通に。
こっちが勝手に劣等感を感じているみたいで、実際そうなんだからバカらしくなってしまう。

「でも、今日はまだ楽な方じゃない。お客さんも少なかったし」

「あはは、そうですね、ホントはそれじゃいけないんですけど」

それでもこのお店は繁盛している部類に入るだろう。
以前に一度大不振に陥ったことがあるらしいここかのう屋も、少なくとも私が働いているこの数年の間、経営状態が深刻な落ち込みを見せたことはない。
それどころか黒地さえ叩き出している。現在の経済状況からすれば幸運を通り越して奇跡じみてすらいる。
これには来店してくださるお客様の力添えもさることながら、ある一人の従業員の尽力というか、活躍というか。
とにかく関係はしていると、そう私は睨んでいる。
その従業員さんは特別何かしたというわけではなく、むしろ何もしないことの方が多い。というか、できない。
頻繁に入退院を繰り返していて、これだけだとリストラ対象の筆頭と言っても過言じゃない。なのにクビにはならない。
そしてもっと不思議なのは、その従業員さんに不幸が訪れるのと反比例するように業績が上がっていくこと。

「そういえば幸太くん、さっき在庫整理してたら積んでたビールの下敷きになっちゃったんです。しかもケースごと」

他人の不幸は、きっとおいしくないんだろう。中には極上の糖蜜のような甘露に感じる人もいるんだろうけど、私はそうは思わない。
だって彼は毎回毎回どんよりとした翳を絆創膏と包帯だらけの顔に貼り付けている。
この娘が無意識に色気に磨きをかけているなら、彼もまた、生まれながらの不幸っぷりに磨きをかけているんだろう。
今では身の回りに漂う、本来なら関係のない不幸すら持っていってしまっているからなのか、彼の回りにいると悪いことは起き難い。
逆に、彼そのものに降りかかる災難も尋常じゃないけれど。

「重たいのなんのって、もう大変だったんですよ、引っ張りだすの」

それでも大事にはならなかったみたいで安心した。これで大ケガでもされていたら、なんだかこっちも寝覚めが悪い。

「あ、そうだった」

突然何か思い出したよう。手をポンと叩き、先を歩いていた彼女がその場でくるりと向き直った。
膨らんだお腹がバランスを崩させたのか、足がもつれてちょっとわたつく。
ギョッとして手を貸すと、その手を掴んで体勢を立て直した彼女は興奮気味に口を開いた。
365174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:38:34 ID:CcODol3a

「昨日の夜、お姉ちゃんから電話があったんです」

こちらが夜なら、向こうはまだ朝も早い時間だろうに。あの人のことだから彼女の都合に合わせたのだろう。
用件も、大方の察しはつく。帰ってくる目処がたったのね。

「お姉ちゃん来月か、早ければ今月にも帰ってくるって」

ほらやっぱり、思ったとおり。
来月はともかくいくらなんでも今月はムリな話じゃないかしら、とは言わない。
その気になれば身一つと、あの人から生まれたとは信じられない純真無垢なあの子だけを連れて即日帰国を果たしたとしても私は驚かない。
そんなことをしないという理性や常識を持ち合わせているのは知ってるけれど、それを補って余りある男らしさと胆力を併せ持っている。
とはいえ、帰国の理由が出産を控えてるからとなれば無茶なことはしないだろう。
私と、私の手をまだ握っている彼女と同じで、そのお腹はぽっこりと見事な丸みを帯びているに違いない。
そういった理由から、前回みたいな大騒動に発展するとも考えにくい。けれどもゆめゆめ忘れてはならないこともある。
あの人は、会長なのだから。
何をしでかすか見当もつかないし、ついた後でもこちら側の予想を裏切る動きをすることは必定。それこそ前回の帰国がいい例。
妹である彼女は元より誰にも何の連絡もしないで唐突に帰ってきたと思ったらすぐさまあっちへと戻ってしまった。
それはまだいい。行動力と決断力の鋭さ素早さ逞しさは学生時代からして既に折り紙つきだった。
凡人の私には及びもつかない考えがあってか、それとも、そうせざるをえない止むに止まれぬ事情ができたか。
たぶん、何事もなければ、後日になってからそういうことがあったと、誰かから聞かされた私はきっと会長らしいと笑っていた。
実際のところは何事も大有りで、笑うどころか怒り心頭で、後日そういうことがあったと後になって誰かに話した私は私らしくないと呆れられていた。
それも無理ないかも、とは冷静になった今だからこそで、あのとき、少し落ち込んでいた、というよりも嫉妬していた私はそんな反応にひどく傷ついたりもした。
宵に繰り出す人々の波をあたかも戦艦さながらに割っていく会長は、誰が持ち出したのか拡声器によって増幅された大音声のちょっと乱暴な停止勧告に決して聞く耳を持たず、
たまにその大音声にも引けを取らない凛と澄んだ声でとても女性の口から出てくるとは思えないというよりも出しちゃいけない罵詈雑言を詠い、
十重二十重にも及ぶ追っ手を時に華麗に抜き去り、時に力ずくで突破し、これを渡りきられれば捜索は一段と困難を極めるという橋上で挟み撃ちされても動じず、
及ばずながらも律儀に馳せ参じた直後の北村くん達を肉の壁かはたまた囮に使うかと思わせといて彼ら諸共私たちを、という魂胆で平然と橋の上から北村くん達を蹴り飛ばし、
いち早くその身の毛もよだつほどに恐ろしい考えを察知していた川嶋さんと香椎さんの手引きで私たちが彼らを避けるのを見やるや、
現在進行形で落下中の北村くんに向かって改めて立ち塞がれ、堰きとめていろと無理難題をお仰せ付け、北村くんと、北村くんの巻き添えをくう形で一緒に落ちた、
軽佻浮薄という言葉でできたような長髪の男子を助けに行こうとしていた辛くも紐なしバンジーを免れたメガネの男子にそれまで繋ぎをしていろと命じ、
しかしその際僅かながらも作ってしまった隙を常に先頭に立ちつつ虎視眈々とその機会をひたすら狙っていたあの逢坂さんが見逃さず、
尋常ならざる高さから川面に飛び込んだというのにすぐさま橋脚をよじ登り息を切らせた濡れ鼠な北村くんが欄干に身を預けた頃には時既に遅く、
背後から忍び寄っていった彼女は会長を取り押さえることに成功していて、発覚から延べ三時間を越える大捕り物は日付を跨いだ後になってようやく終わりを迎えた。
366174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:39:56 ID:CcODol3a
一件落着というにはまだまだ時間がかかったのは言うまでもなく、即刻即時その場において開かれた事情聴取の体を借りた尋問は入水自殺の通報を受けて駆けつけたお巡りさんさえ退かせる迫力やら圧力やら理力やらの何やらに満ち満ちていて、
その中心に据えられてなお気丈で居丈高な態度を崩さない会長は極一部の血気滾る過激な物言いをする娘たちの神経を逆撫でに撫でて余計に焚きつけ、全員いっぺんに相手にすることすら辞さないという構えを貫くという、
客観的に言わせてもらうなら往生際の悪さを存分に見せ、だけど、極一部の血気滾る娘たちの存在のおかげで逆に一歩引いていた私にとってはそこまでするあの人の姿が、そのときは、笑えるくらい女らしく映った。
はたして私に同じことができるだろうか。
あの子と、自分より背も高くて体重もある男性を両脇に抱えながら全力疾走を続けしかも全員が一応は女性とはいえ二桁に届く追跡者を相手に優位に立ち回るという離れ業を、じゃあない。
あんな風に、身を焦がす嫉妬を素直に曝け出せるのか。あんな風に、他人を蹴落としてまで誰かから誰かを奪おうとすることができるのか。あんな風に、今さらでも自分だけを選べと迫れるのか、懇願できるのか。
あんな、風に。
そんなことをして何になるっていうのよ。自分だけよかったらそれでいいの? 願うだけなら、そんなの、私にだって。そもそも比較対象からしておかしいじゃない。
する相手のいない言い訳はいくらでもできた。それなりの理由付けもできた。
相手のいない言い訳をすればするほど、理由を探せば探すほど、男らしさの頂で仁王立ちしていると豪語しても憚らないあの人に余計に女らしさを覚えた頃、いよいよ彼女は最後の武器を取り出していた。
それはとてもあざとくて、姑息で、いやらしい。誰にでもできて、選ばれた人にしかできない。
男らしさの頂で仁王立ちしていると豪語しても憚らないあの人には似つかわしくなくて、常の彼女をよく知っていればこそ、より効果を発揮する。
ときには、透き通るほどに透明な、まるで湖畔に芽ぐむ草葉に降る朝露のよう、という詩的な表現さえ与えられるその武器の名前はナミダ。
そんなことあるわけがない。少なくとも男の奪い合いで流される涙がそんなキレイなものでも高尚なものであるはずもない。
感情の発露にしては計算の入り込む余地だらけで、純粋と偽ったその実は不純まみれで、本来なら場違いなのに驚くほどタイミングを見計らって出てくる。
その上弱さを見せまいと背を向け、声を押し殺し、差し伸べられる手を力なく払った後に指先を指先で握り締め、絡ませ、結局は縋り。
卑怯だって、こんなのずるいって思った。憤った。歯噛みした。そこにいた、誰よりも女だった会長に。
そして私以外にも、おそらくは多かれ少なかれそういったものを感じ取ったんでしょうね。
散々好き勝手やっておいて悪びれもせず、それどころか最後の最後までやってくれる会長にもはやあるのかすら疑わしい堪忍袋そのものを腹ペコの野良わんこも遠慮しそうなズタズタの細切れにされた彼女たちは、情状酌量の余地なしという判決を満場一致で下した。
再三に渡る不服申し立ては当然棄却。
被告人と裁判長のみの法廷は夜もふけたというとってつけた理由で永久にその幕を閉じ、納得がいかず一人腹の虫のおさまらない様子でいた会長は、だけど、
彼となにか短く言葉を交わすとその場はすんなりと下がり、ご機嫌というわけでもないけど不機嫌でもない感じで、疲れて眠ってしまっていたあの子をおぶさり、おろおろしていた彼女を伴い実家へと帰っていき、
そうなるとそんな所に居残っているのも無意味で、続々と帰路につく娘たちと一緒に私も自宅へと歩みを進めた。
ちなみに彼はその日のおうち当番だった逢坂さんに揚々と首根っこを掴まれて引きずられていき、北村くん他は救急車に乗せられていずこかの病院へと搬送されていった。
いつしか一人きりになり、暗い道すがら、思い返すのはさっきのこと。振り払っても振り払っても、浮かんでは消える幻みたいに網膜に焼きついた光景が離れず、胸を妬く。
なんだか嫌になって別の景色に目を向ければ辺りは鬱蒼としていて、私の心象を切り取ったようで、それがもっと嫌で、そして気が付く。
ずいぶん遠くまで来ていた。
当たり前だ。あんなに長時間追いかけっこをしていて、入り組んだ路、途切れ途切れの街灯の下、どこを通ってきたかも覚えてない。
なにをやっているんだろう、こんな時間にポツンと突っ立って、空を仰いで。傾き始めた月にまでバカにされてる錯覚さえする。
甚だバカバカしすぎてバカになっちゃったのかもしれない。寒い事この上ない。お腹に障ったらどうしよう。早く帰ろう。
367174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:41:22 ID:CcODol3a
歩いているとお腹の底から幻聴がした。聞いたことがあるようなないような、実体のない声が鼓膜を叩く。
寂しいなら会いに行こうよ。むりよ。なんで? 順番があるの。今日は順番じゃない、けど、会った。それとこれは、べつ。
いけしゃあしゃあと痛いところを突く幻聴が私を嘲笑う。駆けても跳んでもべったり張り付いてくる。
こわいんだ。だから? だから何もしない。してるわ、だからこんな所を歩いてるんじゃない。うそつき。嘘なんて言ってない。
耳を塞いだ。三匹で一セットのお猿さんの、その一匹みたいに両手を耳に被せるポーズで早足をする私はアホ丸出しだけど、誰もいないからかまわない。誰かいてくれた方がよっぽどよかった。
羨ましいなら、悔しいなら、妬ましいなら、自分だってやればいいのに。できないよ、そんな、今さら。どうして。言いたくない。
血管に送るための酸素がついに尽きて、しゃにむに動かしていた足も止まり、我慢できなくなって堪らず大きく息を吸い込んだ。
いくじなしの、いじっぱり。
顔を上げたときにはそこは見知った自宅の目の前で、その言葉を最後に私の周りは静けさを取り戻した。

「───それで、これ、まだ誰にも言ってないんですけどっと、わわっ」

「きゃっ」

精彩を欠いた薄褐色の世界に色が戻ってくる。スピーカーから響くアナウンス、行き交う人々の足音、ざわつき。
埋没していた意識が引き上げられていく。急上昇するエレベーターみたいな不思議な浮遊感に一瞬地面がなくなったような感覚を味わった。
膝から力が抜けても床にへたりこまなかったのは、まだ、繋がっていたから。

「ごめんなさい、考え事してたら躓いちゃって」

「いいんですよ、そんな。お互いさまのおあいこです」

ぎゅっと握ってくる手。その手を握り返し、ありがとうと謝意を述べると、はい、と輝くような笑顔を見せる。
こういった彼女の持つ美徳というか、さりげない優しさなんかを誰かさんも持ってくれればいいのにと心の中で呟いたのは内緒。
ふんわりとした雰囲気を放つたおやかな女性像は、いくら想像しても当てはまらないし、雄渾で豪快にしてくれている方がやはり様になっている。
でも、女性らしさも兼ね備えてはいて。

「あれ、なんの話してたんだろ、あたし」

ど忘れしてしまったらしいので、直前の会話を掻い摘んで、というほど喋ってもいないけど、説明する。

「そうそう、お姉ちゃん、早く帰ってこないかな」
368174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:42:07 ID:CcODol3a

私はどうなのだろうか。会いたくないわけじゃないけれど、顔を合わせづらいとも感じている。そうなったらと考えると少し憂鬱。
どうすれば、いいんだろう。とりとめがなくて例えようのない感情に揺れていると、

「こないだのときだって何かしようとしたら、する前にさっさと逃げちゃって、もう。でも今度は目にもの見せてあげるんだから」

瞬間、唐突に放たれた言葉の、その言わんとするところを理解するために立ち止まった私に、彼女は変わらぬ笑みをたたえ、

「あのままやり逃げされたまんまじゃ、悔しいじゃないですか」

一部不適切な発言が見受けられたけれどそれには触れず、口にした本人である彼女はそんな細事なんて気にも留めない以前に気付きもせず、そして私の手を両手で包む。

「だから、そんなにヒドイことはたぶんやらないから、手伝ってください」

下克上、一揆、反逆、謀反、クーデター等々。脳裏を駆け巡る物騒な単語に、自分があの人にどんなイメージを抱いていたかが現れているようで無性に可笑しくなった。
彼女の言を信じるなら大それたことはしないだろう。いっても精々が他愛ないイタズラか、笑って許せる範囲での意趣返しか。
それでももし加担したことがバレれば後がこわい。何をされるかわかったものじゃない。ここは懸命な判断を下さないと。
一度深く肺に空気を取り込み、ゆっくりと吐き出すと、私は口を開いた。

「ええ、よろこんで」

ああ、私はいつからこんな悪女に。そんな自分がちょっぴり気持ちいいのはどうしてかしら。
わかってる。彼女は私を利用したいだけでありぶっちゃけたとこ手駒にできるのであればなんでもよくって、今頃ぺちゃんこになった体を休めてるであろうとある不幸な従業員さんも巻き込むことは想像に難くない。
狙ってやっているのかそうでないのかはこの際問題じゃない。だって、彼女は、会長の妹さんなんだから。
それに、会長の妹さんだから断りづらいし、パートとはいえ雇用主のお嬢さんというのも無下にできない要素ではある。
そしてそれが、万が一の事態に陥ったときの言い訳や交渉の材料にも使えるという計算を内心ではとっくに終わらせている。利用されてあげるからにはそれ相応の保険もかけておかないと。
こういうのは私らしくないと、また、呆れられるだろうか。
あなたはどう思う? やっぱり呆れちゃう、私らしくないって。
不意に湧き出た自問をお腹にぶつけてみても答えが出てくるはずがない、なのに、撫でて問うてみる。
トン、と。内壁が知覚した衝撃はただの気のせいかもしれない。
あまりにも微かだったし、こんなに狙いすましてする可能性なんて、でも、いいよって、行っちゃえって、そう背中を押してくれたように感じた。

「ふふ」

私のこぼしたそれをほくそ笑んでいると解釈したのか、お姉ちゃんに一泡ふかせてやりましょうねと奮起する彼女も負けず劣らずの悪女な笑みを、それは楽しそうに浮かべていた。

                              〜おわり〜
369174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/16(日) 23:43:20 ID:CcODol3a
おしまい
書記女史ってどんな名前してるんだろう。
370名無しさん@ピンキー:2010/05/17(月) 00:01:13 ID:ZOH2nWTk
>>346
麻耶キタ━(゚∀゚)━!!イイ!!
奈々子様もイイ!!
(;´Д`)ハァハァGJハァハァ

>>359
簡素王さま……これではななドラと同じでございます……
371名無しさん@ピンキー:2010/05/17(月) 01:17:21 ID:gZ9tO1Q0
GJ! でも幸太くん可哀想(´・ω・`)

次のも全裸で待ってます。
372ANNADEUME ? アンナディウーム:2010/05/17(月) 17:50:16 ID:8NYvw7A+
  「ラブホテルに来るの、久しぶりだわ。坊やは初めて?」

ラブホテルに来るのは初めてだけど、その質問には二重の意味もあると聞こえる。
とにかく、間違っても「そうだ」とか言っちゃイケない。
言ったら、まるでこれから本当にエッチなんかするみたいジャマイカ。

  「もう、勿体ぶっちゃって。女を抱くの初めてでしょ?
   童貞君は皆経験者として見られたいって、お姉さんが見通しだからね。」

いや、お姉さんじゃなくておばさん、でしょう?ってか勿体も経験者もぶってねぇ!
人の沈黙を勝手に解釈するな! 黙秘権っていうものの存在意味も知らないのかっ!?

  「ふふ、これぐらいでオロオロしちゃって、かわいい。
   顔はヤンキーくんなのにね。亜美もこのギャップで落とされたのかしら?」

何でそこで川嶋が出るんだ?

  「あら、知らないの?亜美が貴方にベタ惚れだってこと。
   だから、この私がこうして味見するのよ。」

…川嶋のお父さんは泣いてますよ。あと、その「だから」ってのも、
俺のニュートリーノ並の大きさの頭でも理解できるようにkwsk。

  「最初は、貴方を試すつもりだったけれど…
   つまりね、私は貴方を誘惑して、そして貴方がそれを乗ってたら、
   私は亜美を転校させて、二度と貴方に会わせない、
   おまけに貴方を社会的に抹殺する、という予定だったけど。
   それで私もノリノリになっちゃって…」

その物騒な計画を聞きたくない。一生知らなくていいんです。
大人が皆鬼に見えるんじゃないですか。でも実行されてなくてよかった。
いや、だからってノリノリってのもどうかと思いますが。

  「何でこんなことになっちゃったのかな。」

深く考えないでください。あんたの頭がおかしいだけだ。
もう答えが分かってくれたのなら、俺のズボンとパンツを返していただきたい。

  「そうだわ。坊やが可愛すぎるのが悪いわよ。」

人のせいにするな! っていうかどこをさわるんだおい!
ええい、息子よ伏せろ! これぐらいの挑発にも耐えられんかっ…!

  「私の誘いに応えて、凄くうれしかいわ。」

普通に話をしながら服を脱ぐな! でも本当に見事のプロポーシy…
じゃなくて応えてない! 俺は騙されてここに来たんだ!

  「あとはパンツ…よ、っと。
   これで、おしゃべりはおしまい。もう、我慢できないわ。んん…」

し、舌を入れられる…俺のファーストキスを返せ!

  「ん、悪くない。メインディッシュも、美味しくいただくわ」

く、喰われるぅぅぅ!!うきゃぁぁぁーーーー

  ギッシー・アーーーン

おわり。
373名無しさん@ピンキー:2010/05/17(月) 21:50:55 ID:Ui4v/8gd
GJ
374名無しさん@ピンキー:2010/05/18(火) 04:07:10 ID:FFsDNKQq
GJ
アンナでギシアンネタとは珍しい
375名無しさん@ピンキー:2010/05/18(火) 21:31:39 ID:oy377qmv
けっこう安奈さん書く人いますねぇ
ほぼオリキャラなのにw
376名無しさん@ピンキー:2010/05/19(水) 00:29:18 ID:u02re6+e
翼をください・エンドレスあーみんの続きが読みたい…
377名無しさん@ピンキー:2010/05/19(水) 07:03:53 ID:muPNFQMm
埋めネタで一本投下したいんですが、どなたか次スレ立ててくれませんか?
立てられなかった
378名無しさん@ピンキー:2010/05/19(水) 07:47:37 ID:Rtrs0vVv
立ちました。失敗してないと祈りつつ。

【田村くん】竹宮ゆゆこ 32皿目【とらドラ!】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1274222739/
379174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:28:25 ID:muPNFQMm
>>378
お疲れ様です。ありがとうございました。


埋めネタSS投下

「やんとら」

ヤンデレ風味なのでそういうのが苦手な方、近親の要素が苦手な方、大河とやっちゃんが好きな方は注意してください。
380174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:29:17 ID:muPNFQMm
カバンを放り投げると数秒空けて何かが割れる音がした。
力任せに投げつけたから、どこに飛んでいったのか見当がつかない。
何にぶつかったのかも、何を壊したのかも、見る気もしないからわからない。
そもそも、私はさっきまで竜児の家に居たはずなのに、いつの間にか自分の家の玄関に立っていた。
一体いつ、どうやって。
「どうでもいいわよ、そんなこと……」
呟いたその声はひどく掠れていて、私にしか聞こえなかった。
もういい。
そんなこと考えてたって、なんの意味もないし、もうなにもする気が起きない。
もうなにもしたくない。
靴を脱ごうと、今まで寄りかかっていたドアから背を離すと、チャリ、というドアに備え付けられている鎖が擦れる、小さな音が聞こえた。
振り返ると、キィ…キィ…と、小さく耳障りな金属音を立てながら、今にも動きの止まりそうな鎖が、振り子のように揺れているのが見えただけ。
自分が動いたせいで鎖が揺すられて、それで鳴った音だっていうのなんて考えなくてもわかる。
それ以外に、この鎖が揺れるような理由が、「今」は、思い当たらないから。
私以外にこの家に来る人間なんて一人しかいない。
けど、そいつが来る、わけが、ない。
だって、来た時はまずインターフォンを鳴らすだろうし、合鍵だって渡してあるんだから勝手に入ってくるはず。
今までだってそうだったから、間違いない。
だから、鎖が鳴っていたのは私のせいに違いない。
でも、ひょっとしたら。
もしかしたら、このドアのすぐ向こうに。
「まって」
誰かが勝手に掛けていた鍵とチェーンが煩わしい。
誰よ、人ん家でこんなもん勝手に掛けてくなんて。
早くしなきゃ、置いてかれちゃうじゃない。
せっかく今日は私から行ってあげて、なのに、あのバカ今日に限って寝坊なんかして、呼んでも出てこなくて。
まったくもう、だらしないわね。しょうがないんだから。
けど、怒んないわよ? 遅れちゃったけど、でもいつもどおりに、ちゃんと迎えに来てくれたんだもん。
ちょっとは言うこと聞いてもらうけど、そんなに難しいことじゃないから…そのくらい、いいでしょ?
……ううん、やっぱりそんなこと言ったりしない。
それだけじゃない。
もうワガママも言わないし、もういつもみたいにすぐ怒らないようにするし、もう自分のことは自分でするようにする。
もう困らせたりしないから。
もう迷惑なんてかけたりしないから。
だから、だから。

おねがいだから、そばにいてよ。

「お待たせ、竜児!」
バンッ!って、頑丈な作りのドアが壊れて外れそうなくらい、おもいきり勢いよく開けた。
「珍しいじゃない、あんたが寝坊するなんて。まあいいわ、今日は怒んないであげる。それよりもほら、ボサっとしてないで早く行こう…よ……」
てっきり、これでもかってほど目を見開いて、驚いた顔をした竜児がそこに立っていると思ったのに。
「危ねぇじゃねぇか、なに慌ててんだよ、大河」なんて、遅刻しそうだっていうのにとぼけたことを、きっと竜児は言う。
それを合図にいつもと同じ、代わり映えのしない今日が始まる。
そう予感めいたものがあったから、精一杯の笑顔を作った。
なのに。
ドアの向こうにも、廊下の先にも、階段にも、エレベーターの中にも、エントランスにも、マンションの外にも、どこにも竜児は居なかった。
探しても探しても、視界に入るところはくまなく探したのに竜児の影さえ見つけられない。
きっと居るはずなのに、居るに違いないのに、居なくちゃだめなのに、見当たらない。
そうこうする内に荒くなっていく呼吸、不規則に乱れる動悸、指先から消えていく感覚と共に震えだす手足、止まらない冷たい汗、散漫になる意識。
それらが猛烈に襲いかかってきて気分が悪くなる。
特別重い時のアレにも匹敵するほどの嘔吐勘が急激に込み上げてきて、ただでさえ良くない気分を一層悪くさせる。
口元を両手で押さえて前屈みになって、押し寄せる波が引くのを待ってみたけど無駄だった。
きもちわるい。踏ん張らないと立っていられない。
だけど、ガタガタと震える足にどんなに力を入れようとしても、思ったようには入らない。
それどころか抜けていく一方で、
381174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:30:04 ID:muPNFQMm
「あ、やぁ…竜児」
とうとう耐え切れなくなって、私のなのに私のじゃなくなってしまったように言うことを聞かない体は地面に引っ張られていくように崩れていく。
咄嗟に手を伸ばしても、伸ばした手は空を切っただけだった。
いつだって手の届く所に居たはずの竜児に、無意識に助けを求めて。
いつだって手の届く所に居たはずの竜児が、どういうわけか居てくれないから。
伸ばした手をそのままに、私は道路に大の字に倒れた。
なんで竜児が受け止めてくれないの…?
なんで竜児は助け起こしに来ないの…?
なんで竜児の声も、駆け寄ってくる音も聞こえないの…?
なんで私の傍に、竜児がいないの…?
おかしいじゃない、こんなの。
「……なんで……」
段々と暗くなる視界の隅に、いつも傍にいる竜児と、いつでも優しい     と、いっつもブサイクなブサインコが住む、あのアパートが見えて。
気がつくと、私はまた自宅の玄関に立っていた。

                    ***

玄関の中、何をするでもなくボーっとしていると、突然焼けるような痛みを感じた。
「なによ、これ」
その痛みに沿って目線を下げていくと、手から血が出ている。
もっと目線を下げれば、ゆっくりと指先から滴り落ちた血が、玄関のタイルに小さな斑点をいくつも作っていた。
よくよく見れば両手とも擦り剥けちゃってるし、割れてしまった爪まである。
手だけじゃなくて足も痛い。つま先がジンジンする。
右膝も両手同様擦り剥けて血が出ているし、左の足首なんて多分捻っている。
歩き辛くて、とても痛い。
それ以外にも制服も靴も土や埃まみれで汚れて、所々ほつれちゃってる。
そんなに大袈裟に転んだのかしら。
どうすんのよ、また困らせちゃうじゃない。
制服は洗濯するのが大変だって、前に頼んだ時に竜児がそう言っていたのを思い出す。
なのに、こんなにボロボロにして。
もう困らせたりしないって、そう決めたばっかりなのに、なにやってんのよ、いったい。
今決めたことも守れないでどうすんのよ。
悔しくて涙が出そうになる。
けど、こんなことで泣いてたら竜児に嫌われるかもしれない。
傷だらけで、みすぼらしい格好して、全然女の子っぽくない私のことなんて竜児は───あるわけない。
そんなこと、絶対ない。
心の片隅に顔をのぞかせたバカな考えを頭の中でおもいっきり否定して、必死に奥歯を噛みしめて堪えた。
涙を流すことはなかったけど、真っ赤になってるだろう顔からは、目元からじゃなくて唇の端から別の何かが流れていった。
知らない間に口の中いっぱいに溜まっていた液体の中に舌を泳がせてみれば鉄の味がした。
口の中まで切ってるみたい。
転んだせいか、奥歯を噛みしめすぎたせいかは定かじゃないけど、どっちにしろ、最低なことに変わりはない。
口腔に溢れて止まらない血の味と、鼻を抜けていく生臭さに我慢できなくなって、玄関ということもあって私は床目掛けて口を開いた。
吐き出した血が玄関のタイルを汚して、跳ね返ったそれが靴を、口元から伝う赤い色をした唾液が制服に嫌な色の染みを作る。
余計に汚してしまったことと、そんな自分にうんざりしながら制服をはたいていると、またしても鎖の擦れる音が聞こえた。
振り返ると、当たり前だけどドアがあるだけ。
さっきみたいに鍵もチェーンもしっかり掛かっている、まるで私を閉じ込めているようなドア。
「……まただ」
だから誰よ、人ん家の鍵勝手に弄って、気味が悪いったらないわ。
防犯対策緩いんじゃないの、なんのために無駄に高い家賃払ってると思ってんのよ、たく。
そうだ、今度竜児が来たら相談しよう。
竜児のことだから最初は信じないわね、絶対。
自分で掛けたのを私が忘れてるだけだって、そう決めつけて。もう、人のことバカにして。
でも…あいつ、優しいから…どんなにぶっきらぼうに言ってたって、必ずどうにかしてくれる。
聞き流そうとしないで、知らんぷりしないで一緒にいてくれる。
いつだってそうだったもん、私にはわかる。
そうよ、いつだって竜児はそうだった。
初めて会った日もそう。
382174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:30:51 ID:muPNFQMm
放課後、北村くんへの想いを託した手紙を間違って竜児のカバンに入れちゃって、竜児がやって来てからカバンを間違えていたことに気付いた。
その場は手紙を取り返すことができなくって、夜中になってから、竜児の家に忍び込んで、それで、私は、竜児のことを……。
それなのにあいつは、口ではゴチャゴチャ言ってたけれど、夜中に勝手に家に入って、自分を襲った私にチャーハンを、暖かいごはんを作ってくれた。
中身のない手紙のことで、恥ずかしさから泣きそうだった私に恥なもんかって。
悩んでるだけの自分よりもすごいじゃないかって慰めてくれた。
最初は同情かとも思った。
だけど、バカな竜児は私にあれこれと自分の妄想の産物をよこして見せた。
あんな気の遣われ方されたこと、一度もなかったっけ。
変な奴って思ったけど、不思議と嫌な気はしなかった。
上っ面だけのヤツじゃないって思えたんだと思う。今となっては、そう断言できる。
それに、あの時誓ってくれた。
そうよ、誓ったんだから。
内容なんてどうでもいい、とにかく私と竜児は誓ったのよ。
その事実は、何があったって、消えない。
次の日も、竜児のごはんはおいしかった。
ちゃんとした朝ごはんなんていつ以来だったかしら。
掃除だって頼んでもいないのにしてくれていて、お礼は素直に言葉にできなかったけど、感謝してる。
嬉しかった。
それからの日々は、少しずつ、けれど確かに変わっていった。
───竜児は優しい、私にも優しくしてくれる。
作戦だって、いつも失敗するのは私が原因なのに、何度も何度も竜児は手伝ってくれた。
私がドジを踏む度に、あいつは、それこそ体を張って助けてくれた。
───竜児だけは優しい、こんな私でも見捨てないでいてくれる。
私のせいで失敗した作戦なのに、それでも、ウジウジしていた私のことを気にかけてくれた。
手を組むって言っても、ほとんど私のワガママに巻き込んでおいて、勝手にもういいって私が突き放しても、それでも。
───竜児だけが優しい、私だけに優しい竜児。
北村くんに告白した時だって……。
あいつは、竜児は横に並んで、いつものぶっきらぼうな口調で私を慰めてくれた。
それに大河って、初めて名前を呼んでくれて。
傍らに居続けるって、そう言ってくれて。
「傍に居るって言ったんだから居なさいよ…ばか…」
呟き、いい加減中に入ろうと靴を脱ぎかけたその時、ズキリと痛みが走る。
それでも我慢して脱いで、家に上がった。
手の指みたいに爪は割れてないし、しっかり曲がるから骨はどうともないみたいだけど、ちょっと、キツイ。
すぐそこの部屋まで、なのに、遠いな。
いつも居た竜児の家は狭いけど、暖かかった。
ただ広いだけで冷たいこの家は、歩くのも億劫な今の私にはいつも以上に憎らしい。
愛着も、生活感も、居心地も、自宅だっていうのに、この家からは全然感じられない。
隣のあのボロっちいアパートの方がなにもかも揃ってる。
愛着なんて一入だし、生活感なんて半端じゃないし、居心地なんか…たまらないほど、良い。
きっと、なによりも竜児と一緒だったから。
竜児の隣だから、竜児の傍だから、竜児と居られる空間だったから。
竜児さえいれば狭いだのボロいだのなんてつまんないことだもの、どうってことない。
心が暖かくなってくようで、なにもしてないのに嬉しくなって、なにもしてなくてもドキドキしてふわふわして、心地がいい。
竜児と一緒にいるとホッとする、安心できる。
こことは大違い。いっそ無くなったらいいんだ。そうすれば竜児の家にずっと居られるのに。
本気でそう思うくらいイラつくだけの長い廊下を、凍てつく壁を支えにしながら歩いてやっと自室に入った。
カーテンに遮られてるせいで十分な日差しが届かず、少しだけ暗い部屋の中、ボロボロに汚れてしまった制服を脱ぎ捨てると、姿見の前に立ち全身をチェックする。
相っ変わらず貧相で、自分で自分を嘲ってやりたくなる。
けど、くだらないことやってないで今はやることをしないと。
「チッ」
痛みを訴える体をできる限り隅々まで鏡面に映してみた。
思わず舌打ちが漏れる。
他はどうともないみたいだけれど、やっぱり両手と片膝を擦り剥いてるのが一番目立つ。
もしかすると痕が残ってしまうかもしれない。
最悪。ホントに最悪で最低。心の底から後悔した。
383174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:31:41 ID:muPNFQMm
この体は、もう私だけの物じゃないのに。
竜児と一つになって、竜児の物になった。
だから、傷なんてものが肌に残るなんて絶対に認めない。
小さな背で、小さな胸で、高校生にもなって「手乗りタイガー」なんてバカにされるような、子供みたいな体つきをしてても、竜児は、竜児だけは求めてくれた。
それだけで、今までコンプレックスだった背も胸も、この時のためにあったんだと感謝してしまったほど嬉しかった。
一昨日の夜。私と竜児の、初めての夜。
こんな体をしてても、竜児は綺麗だって…私のことを、大切だって、お前じゃなきゃって…そう言って、優しく抱きしめてくれた。
死ぬほど恥ずかしかったし、今手や足に感じてる痛みなんて比じゃないほど痛かったけど、竜児の想いも心も一緒に私の中に入ってくるようで、文字通り身が裂けるような痛みを、抱きしめ返して抑えつけた。
それに痛いだけじゃなかった。
痛がる私を抱きしめて落ち着かせてくれた竜児のぬくもりが。
全部入りきると、私が泣き止むまで待っていてくれた竜児の優しさが。
その後ゆっくり、慣らすように緩慢な動きで私を愛してくれた竜児の思いやりが。
生まれて初めて体に感じる異物感の、その異物感に感じた竜児の熱が。
私が求めると、呼応するように私を求めてくれた竜児が。
竜児の動き一つからでも、何かがたくさん伝わってきて、言葉にできない感じがした。
「……ん」
思い出すと、まだ腰や背筋をゾクゾクしたものが駆け上がる。
丸一日以上経ってるのに、この場に竜児が居たら、押し倒してでも始めそうな自分に、少し驚く。
クセになっちゃいそう…もうなってるのかも。
竜児だってきっとそう思ってるに違いないわよね、私がこうなっちゃうくらいだもん、きっとそう。
今度は私が主導権握らなくちゃ。
それまで我慢できるかしら?
「痛っ……」
半分夢見心地のまま体を動かしてしまい、足の痛みがぶり返し、私は我に帰った。
ムカつく。
せっかく機嫌がよくなってきそうだったってのに、鏡に映る現実を見せられてまたイライラが募る。
今の今まで感じていたものが引く代わりに、それとは逆の嫌なものが私の中に広がっていく。
この体に傷を付けていいのは竜児だけ。
「竜児の所有物」っていう痕以外は絶対に認めない。
竜児が綺麗だって言ってくれたのに、竜児以外に汚されちゃうのは許せない。
そんな考えが頭の中でグルグル回っていると、くちゅんと、突然クシャミが出た。
そういえば鏡の前でずっと裸でいたままだった。
いけない、着替えてる途中だったのに。
早く代えの制服を…いっか、もう。今から出たってどうせ出席には間に合わない。
それに一人で行ったって意味ないじゃない。竜児が一緒じゃないんなら、意味がない。
今日はサボろう、学校なんて一日くらい休んでも別にどうってことない。
元々内申なんて酷い事しか書いてないだろうし、そんなもの、明日の天気よりもどうでもいい。
教師なんかがつけた評価よりも、私には竜児が、そう、竜児。
竜児、竜児、竜児。
「大河」って名前で呼んでくれて、傍らに居続けるって言ってくれたあの時から、私達は、あそこから始まった。
心が動く音はなんて例えればいいんだろう。
キュン? クラッ? ゴトン? どれも違う気がする。
そんなもんじゃない。
あの時聞こえた音は、そんな軽い音じゃなかった。
もっと、だから私は───。
部屋着を頭から被ると、ベッドに倒れるように寝転んだ。
服やシーツに血の跡が付いちゃうのは嫌だけど、もうなにもかもめんどくさい。
気にはなるけど、目が覚めたら自分で洗濯しておけばいい、手当てもしとけばいい。
それなら竜児の迷惑にはならないはずだから問題ないわよね。
今だけは、少しでも竜児のことを想いたいから。
なにもかも忘れて竜児のことだけを考えていたいから、私はベッドに入って目を瞑った。
そうすると、いろいろと頭に浮かんでいく。
竜児はいつも一緒にいてくれた。
学校でも、帰ってきても、寝るとき以外は、私たちはほとんどの時間を一緒に過ごした。
384174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:32:32 ID:muPNFQMm
朝起きて、最初に見るのは竜児の顔。
他の奴らは恐いって言うけど、そんなことない。
誰がなんと言おうと、あいつはカッコいい。
ドコが? と問われても、そんな連中に説明したってきっとわからないし、教えてやらない。
竜児は私の、私だけの竜児だもん。
学校にいるときも、ずっと一緒。
席が離れてるのは気に入らないけれど、このクラスになれたから竜児と知り合えた。
だから、少々のことは我慢する。
それに昼休みになって、竜児と机をくっ付けて食べるお弁当は、我慢していた分だけ余計においしく感じるから。
ホントは二人っきりがいいけど、少々のことは我慢する。
竜児の前でみんなに「邪魔だからあっち行ってて」なんて言ったら、変な娘って思われそうだもの。そんなの嫌。
学校が終わっても一緒。
帰りにスーパーで買い物をしてると、ああ、こんな日常が死ぬまで繰り返されるんだと思って、自然と笑みがこぼれる。
来年も、再来年も、十年先も、もっと先も、並んで歩く私たちだけは変わらないのよ。
なにがあっても、絶対に。
帰ってきたら、やっと私たちの時間。
あの狭いけど暖かい家の中、どこにいても目に入る所に竜児はいて。
何もしなくても、肌で竜児を感じられて。
二人っきりの時間が、あのままずっと続けばいいって、何度も思った。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。
でも、べつに、本当に二人っきりじゃなくってもいい。
あの場所にはあの二人よりも、何倍も優しい「ママ」が───

『竜ちゃんを盗るのだけはだめ! 絶対にだめぇ!』

なんだろ、今の。
変ね、私、なに考えてたのかしら。あ、そうよ、そうそう、竜児のこと。
竜児とのことを考えてたんだった。
竜児とはいろんな所へ行って、いろんなことを一緒にした。
プールも、海にも泳ぎに行って、ドッキリをしかけたら、逆にドッキリにハメられて。
あんなに楽しい夏なんて、今までなかった。
来年は二人でどっか行ければ文句ないわね。
文化祭も……あれは余計な奴のせいで竜児と擦れ違って……。
あのクソ親父だけは絶対に許さない。
私だけじゃなくて、竜児を利用して…竜児は悪くない。絶対悪くない。
あいつは私のことを真剣に考えてくれて、私のためにって、それで、私を親の元へ帰そうとしてくれただけ。
自分だって私と離れるのが寂しいのを我慢して、それが私の幸せのためだって。
胸の奥が熱くなる。
そこまで自分を想ってくれる竜児が、焼けそうな胸が裂けてしまうくらい、嬉しい。
けど、竜児は勘違いしてたのよ。
私の幸せが、竜児と離れた先にあるなんて、ほんとバカなんだから。
あの時はクソ親父が生活費も出さなかったり、竜児を都合よく言いくるめたりして、周到に根回しをしていたせい。
本当に卑怯者の、最低な親だわ。信じられない。
なによりも、あの時はクソ親父の本性をまだ知らなかった竜児の後押しもあって…今なら絶対ありえないのに、まだ竜児以外も信じてた私はすっかりクソ親父に甘えてしまった。
どうせ捨てられるのなんて、最初からわかりきってたくせに───

『大河ちゃんはぁ、やっちゃんの家族じゃないよ』

まただ。なんなのよ、もう。
私は竜児のことだけ考えてたいの、他のことなんてどうでもいいの。
邪魔しないで。
まあ、結果的に言えば、私達がもっと近づくことができたのはあの文化祭があったから、とも言える。
あれがあったからもう絶対に離ればなれになりたくないって、心からそう思うことができる。
それもやっぱり竜児のおかげ。
あのクソ親父は引っ掻き回すだけ引っ掻き回しただけよ。
あんな親、もう要らない。
私には竜児がいるもん。
竜児さえいれば、それだけで私は幸せ───
385174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:33:26 ID:muPNFQMm

『やっちゃんと竜ちゃんの幸せを壊さないで』

やめてやめてやめて!
あんなの嘘、なにかの間違いよ。
やっちゃんはそんなこと言ったりしない、あいつらみたいに私のこと───

『竜ちゃんが寝かせてくれなくって』

私の、こと……───
朝、待っても待っても起こしに来ない竜児を逆に起こしに行くと、竜児のシャツを着て出てきたやっちゃん。
髪もボサボサで、気だるげだったやっちゃんはすっごく汗臭かった。
それに汗の臭いに混じって、生臭いような、ツンと鼻につく臭いがしてて、私はそれを、つい最近嗅いだ覚えがある。
それもやっちゃんからじゃなくて、私自身から出ていた、あの臭い。
気になって、二回も体を流したくらい独特の、アレの臭い。
でも、なんでそれがやっちゃんからしてくるのか理解できなかった。
そんな私を、やっちゃんは今まで見たことのない顔をして見ていたのもわからない。
ばかちーが見せる勝ち誇ったような顔を、百万倍煮詰めたようないやらしい……いやらしい?
いやらしい、なに?
なんでやっちゃんがそんな顔して私を見るの? どうして?

『竜ちゃん元気一杯だからぁ、最後の方はやっちゃんが参っちゃった』

本当は、はじめから、全部理解していた。
どうしてあんなにいやらしい顔で私を見てたの?
───そんなの、ほくそ笑んでたから。
どうして私を笑うの?
───私を見て笑ってたんじゃない。私を見て、優越感に浸ってたから笑ってたのよ。
どうして……。
───やっちゃんが、私から、竜児を奪ったから。
竜児が獲られた。
目の前で私を見下ろしていたのは、私の知ってる優しいやっちゃんじゃない。
竜児と体を重ねて、私から竜児を奪い取っていったあの女は、もうママでもなんでもない。
まただ。また捨てられたんだ。
あんなに優しくしてくれたやっちゃんも、他の奴らと一緒だった。
家族だって思ってたのに、ママみたいに思ってたのに、手の平を返して私を捨てた。
「……やっちゃんは、違うって思ってたのに……」
なにも初めてのことじゃない。
パパにもママにも捨てられて、パパだったクソ親父には何度も裏切られて。
そんなの、もう慣れてたはずなのに。
実のだろうが何だろうが、親なんて言っても所詮は男と女ってだけ。
386174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 08:34:22 ID:muPNFQMm
結局自分が一番で、子供の事なんて二の次。ましてや他人の子供なんか歯牙にもかけない。
勝手に作っておいて、勝手な理由でほったらかしにして、厄介払いまでしておいて、平気で親の顔をしている。
養育費や生活費なんていう名前をしたお金を振り込んでおけば責任は果たしたって思ってる、ただ自己満足を満たしたいだけの骨と肉の塊。
所詮そんな程度だって思い知ってからは、変に期待することもやめたはずなのに。
でも、だけど、やっちゃんは優しかった。
見てくれは全然違うけど、こいつらは絶対親子だって、そう確信できるほど竜児に負けず劣らずやっちゃんは優しかった。
いつだって優しく抱きしめてくれた。
普段は子供っぽいのに、私と竜児がケンカをすれば、自然と間を取り持ってくれた。
聞いてるこっちが恥ずかしいくらい私のことを「かわいい」って、「大好き」って…「家族」だって言ってくれた。
こんなママが欲しかった。
やっちゃんがママだったら、どんなによかったんだろう。
ううん、竜児と家族になれば、やっちゃんは本当のママになってくれる。
私の「本当の」家族ができるんだ。
そう思ってた。思ってたのに───。
ギュウってシーツを握り締めた指先がジクジクと痛い。
割れていた爪から、私の中を駆け巡っていたなにかが滲み出してシーツを染める。
赤いはずなのに真っ黒に見えるそのなにかは熱を持っていて、指先と、目からどんどん流れ出していく。
壊れた蛇口みたいに止めようとしても止まらない。
どうすればいいんだろう。
ママみたいに思ってたやっちゃんからも裏切られて。
竜児まで獲られて。
「どうしてこうなっちゃったのよ……どうして……」
答えなんて求めてない、それはただの独り言だった、
なのに、

やっちゃんのせいでしょ。

錯覚かもしれない。
それでも、誰かの声と、誰かに背中から抱きすくめられている感覚を、その瞬間の私は確かに感じていた。

やっちゃんのせいに決まってる。
竜児が来てくれないのもそう。
竜児と離ればなれなのもそう。
竜児を抱きしめられないのもそう。
竜児が抱きしめてくれないのもそう。
全部、全部やっちゃんのせい。
私と竜児の仲を裂こうとする、やっちゃんのせい。

背後に目を向けたとき、やっぱりそこには誰もいなかった。
けれど、

そうでしょ?
387174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 09:04:13 ID:muPNFQMm

私は、竜児の私はここにいた。
「そう…そうよ、やっちゃんのせいじゃない…やっちゃんが悪いに決まってる」
急に体中に感じていた痛みが引いてきた。
目から溢れて止まらなかった涙も、指先から流れてた血も、一緒に漏れ出ていた黒い何かもいつの間にか止まってる。
スッキリしなかった頭も次第に冴えてきた。
やっちゃんが愛し合う竜児と私の邪魔なんかするから、だからこんなことになったのよ。
なんでこんな簡単なことで悩んで、悲観して、諦めていたんだろう。
邪魔なモノなんて、一々覚えてらんないくらいぶっ壊してきたじゃない。
獲られた物なんか獲り返せばいいだけの話でしょ。
そう。ぶっ壊して、獲り返すのよ。
なにを誓ったか、どんな誓いを立てたかなんか覚えてない。
それでも、あのとき私と竜児は誓ったんだから。
誓ったっていう事実と、私が竜児の物になって、竜児が私の物になったっていう事実だけあれば十分。
竜児さえ獲り戻せばいくらでも誓える。
何度だって何度だって何度だって何度だって何度だって何度だって何度だって何度だって。
好きだけ誓える。好きって気持ちを誓い合える。
誓い合うには竜児がいなきゃだめ、だから竜児を獲り戻す。
そのためにはやっちゃんが邪魔。
邪魔なものはどけたらいい、それだけじゃない。
それで私は幸せになれる。
竜児と一緒なら幸せになれる。
どうしてかわかんないけど、絶対なれるって自信がある。
でも、それは竜児がいなきゃ幸せになれないことと同じ。
そんなの嫌だ。
女の子は好きな人のお嫁さんになるのが一番幸せなのよって、子供の頃、ママがそう教えてくれた。
人間は幸せになるために生きているって、何かの本に書いてあった。
幸せになるために生きて、好きな人のお嫁さんになるのが幸せなら、竜児と一緒じゃなきゃ私は幸せになれない。
竜児だって私と一緒にいるのが幸せでしょ。それだけでいいでしょ。
そうに違いないのに、今までだって散々面倒を見させられてきた上に、私と引き離されて、監禁されて、無理やり……。
「フザケんじゃないわよ、ママみたいに思ってたのに」
私のことを大切にしてくれるのは竜児しかいないのに。
竜児のことが一番大切な私には竜児がいなきゃ生きていけないんだから。
誰にも、それがやっちゃんだろうと死んでも渡さない。
私から竜児を獲ろうとするなんて上等じゃない。
竜児を獲ってくやっちゃんなんてもうママじゃない。
ベッドから跳ね起きると、痛みを感じなくなった足でクローゼットまで歩いていって、開く。
奥の方に手を突っ込むと、危ないから竜児に捨てろって言われてたけど、今まで捨てずに隠しておいた木刀を取り出した。
使い込みすぎてデコボコになってる表面を一撫でして埃を拭ったら、渾身の力を込めて振り回し、具合を確かめる。
ピッと鋭い風切り音が奏でられる度、一瞬遅れてやかましい音を立てながら、室内の家具が粗大ゴミに変わっていく。
特に問題もなさそう。
馴染ませるように幾度か握っては開いてを繰り返すと、不意に、竜児の不安げな顔が頭を過ぎった。
「べつにこれでぶん殴るわけじゃないんだから心配しないで。せいぜい窓を吹き飛ばすだけ。それ以外には使わないから、安心して」
いつもの調子で、おそらくはそこに居るだろう竜児と、竜児の家を見据えて、固く握り締めた木刀の、その切っ先を虚空に突きつけ、誰に言うでもなくそう言った。
ひょっとしたら本気で殴りかねない自分に向けてかもしれない。
口に出さないままでいたら、何をするかわからない。
それで手加減や遠慮をするつもりなんか更々ありはしないけど。
「悪いのは全部、竜児と私の幸せを邪魔するやっちゃんだもん。待ってなさい竜児、今行くからね、もうちょっとだけ待っててね」
そうだ。竜児を迎えに行ったら、今日からはこっちの家で一緒に住むことにしよう。
こんなことがまた起こらないように、これからは今までよりももっと傍にいて、ずっと一緒にいて、私が竜児を護ってあげなくちゃ。
誰にも気を遣う必要なんてない、邪魔されない、この家で。
ここがダメなら、いっそ誰も知らない場所へ行ってもいい。
竜児が傍にいるんなら、どこだって怖くない。
二度と私を離さないでいてくれるのなら。
「私も竜児を離さないから」
まだ見ぬ明るい未来に弾む胸を押さえ、あらん限りの想いの丈を振り絞って目の前───私を呼んでる竜児の部屋目掛けて自室の窓から飛び降りた。

                              〜おわり〜
388174 ◆TNwhNl8TZY :2010/05/19(水) 09:05:02 ID:muPNFQMm
おしまい
389名無しさん@ピンキー:2010/05/19(水) 13:24:43 ID:JHH9fZki
ヤンデレったー
390名無しさん@ピンキー:2010/05/19(水) 15:18:19 ID:54gnzGQK
ヤンデレは痛みを感じないってのは、どこの作者でも共通認識なんだな
391名無しさん@ピンキー:2010/05/20(木) 09:31:28 ID:ZtaSMvWv
これはxxxドラの系列なのかな。
大河ならちょっと間違えばこういうことも十分ありえると思えるところが
怖いな。
392名無しさん@ピンキー:2010/05/20(木) 16:35:32 ID:jq0CvV3I
どうもやっちゃんが竜児を寝取った(と言うのか?)みたいだけど
だとしたら一番病んでるのって大河よりもやっちゃんだと思うのは俺だけかな
なにはともあれGJ
393名無しさん@ピンキー:2010/05/22(土) 10:00:50 ID:EsOzPaXo
まだ埋まっていないのかね
あと2KB、ガンバ
394名無しさん@ピンキー:2010/05/22(土) 15:03:11 ID:tIcqZ1Vm
次スレは?
395名無しさん@ピンキー:2010/05/22(土) 18:52:58 ID:8XJrsUkQ
396名無しさん@ピンキー:2010/05/22(土) 18:55:37 ID:8XJrsUkQ
397名無しさん@ピンキー:2010/05/23(日) 15:13:06 ID:5n1Vuo9O
500KBなら色んな停滞作品が復活
398名無しさん@ピンキー:2010/05/23(日) 16:49:54 ID:wJLU8uwX
大河ちゃん
399名無しさん@ピンキー:2010/05/23(日) 16:50:28 ID:wJLU8uwX
亜美ちゃん
400名無しさん@ピンキー
ガバッ ∧_∧  
  彡( ` ・ω・) ふざけるなァ!
  彡 | ⊃/(___
 / └-(____/|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |/     
   ゴソゴソ       12週でさよならドスサントス・・・
   <⌒/ヽ-、___
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