【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合28

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715名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 16:57:43 ID:4Adjmb7k
>>713
サンクスギビング
ペンシルロケット置いていきますね
716名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 17:57:49 ID:hCDp3lVx
数日後…

訓練場には、立派な猫耳を生やし剣を降るアニエスの元気な姿が!
717名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 18:09:10 ID:PgoCT0Q1
猫耳・しっぽあるならヒゲもあるんじゃね、極めつけは猫手(肉球)
718名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 18:13:16 ID:jRgBGF/X
その上でサイトににゃんにゃんされるわけだな
719名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 18:16:54 ID:B+x7YDVt
目の前に転がされたボールに飛びついてしまったり
目の前で振られる猫じゃらしにとびついてしまったりするわけだな
720名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 18:31:57 ID:JkOmLseD
>絡み合う肉体。息を荒げ、互いが互いの体をまさぐり、何とかして
>相手の急所を探りあて、責め上げようと試みた

ヌコ相手に何やってんだ
721名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 20:24:03 ID:PgoCT0Q1
勝手に猫としてるけど何のしっぽかは書いてないし
他の動物と戦ってたんじゃないの?マンティコアとかさ(しっぽの有無はシラネ)
722名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 20:41:22 ID:hCDp3lVx
そうだな
個人的には猫耳より狐耳がいいな
723名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 20:53:09 ID:Jr2dubQR
そうそう。
犬かもしれないしボーパルバニーかもしれないじゃないか。
724名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 21:03:14 ID:jf1TvHT1
突っ込みが凄そうだけど。

ルイズ=猫
シエスタ=牛
タバサ=狸
テファ=兎
アン様=犬
キュルケ=狐
アニエス=狼

サイト=馬
竜=アホ

モンモンの薬もアップを始めたようです。
725名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 21:37:56 ID:wOlDYEHf
流れを切って悪いが
俺のID侯爵っぽくね?
という事で記念真紀子
726名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 21:57:22 ID:qiLNLKnN
記念に片腕切り落としてあげますね
727名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:03:37 ID:sM1hXEUR
>>724
せんせー!
竜がアホは違うと思います!w
いや、アホの子なんだけどさwww
728名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:27:46 ID:Jr2dubQR
じゃあ馬と鹿のハイブリッドでw
729205:2008/03/09(日) 22:27:50 ID:Pi1RQtxy
短編書いてたら半分ぐらい書いたところで100kb超えました。
どう見てもこのスレだけでは収まりません。
とりあえず区切りのいいところまでは書けたので、
この辺で一度投下しようと思うんですが、今現在次スレ立てられる方はいらっしゃいますか?
730名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:40:42 ID:HeyA3ikE
スレ立て試してみます。
731名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:44:54 ID:PgoCT0Q1
半分で100kbって・・・次スレの半分近くが消費されるのかw
732名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:46:28 ID:OuT+yYpk
だいたい30レスくらいになるな
733名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:46:52 ID:V6MeeEoo
それもう短編じゃねーw
734名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 22:48:26 ID:HeyA3ikE
新スレ立ちました。
【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合29
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205070276/l50
735205:2008/03/09(日) 22:53:09 ID:Pi1RQtxy
>>733
ですよねーw

>>734
thxッス!
とりあえず途中まではこっちに投下した方がよさげですね、中途半端に残ったままだとまずいでしょうし。
ってなわけで投下します。

いつも通りのエロなし萌えなしに加えて、
オリキャラ多数にケティメイン、才人もルイズもほとんど登場しない上に描写がくどくて長ったらしいという、
凄まじい地雷臭の漂うSSです。だが投下することにためらいはない!
危険な香りを感じた方は読まずにスルーしてくださるようお願いします。
736Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:54:56 ID:Pi1RQtxy
 椅子を蹴る音が、部屋の中に大きく響き渡る。
「ちょっと、それ、どういう意味ですの!?」
 ケティは丸テーブルに手を突きながら叫んだ。テーブルの周辺に椅子を置いて座ってい
る友人たちが、それぞれに声を返してくる。
「落ち着いて、ケティ」
 か細い声でぼそりと呟きながら、正面に座ったアメリィが静かに紅茶を啜る。
「そうそう。騒ぐほどのことじゃないって」
 コルク栓つきの試験管を右手で絶え間なく振り続けながら、右に座ったコゼットが気難
しげに顔をしかめる。かさかさした左手が収まりの悪い赤毛を掻くと、ぱらぱらとフケが
落ちた。
「怒ると将来皺が増えちゃいますよー?」
 小さなやすりで丁寧に爪の形を整えながら、左に座ったエリアが笑って小首を傾げる。
 彼女らが魔法学院の二年生に進級して、まだ三ヶ月も経っていない、ある休日の昼下が
り。昼食を食べたあとの決まりごとのようになっている、ティータイム中のことである。
 三人の友人たちを順繰りに見回しながら、ケティは声を震わせた。
「皆さん、一体何を考えてらっしゃるの」
 腰に両手を当てて、怒鳴る。
「サイト様を追いかけるのは、もう止めるだなんて!」
「悪いとは思うけどさ」
 コゼットは椅子の上で胡坐をかきながら、右手に持った試験管を揺らしながら、食い入
るように見つめている。
「ちょっと、こっちの方が忙しくなってきてて」
「こっちの方って、その試験管ですか?」
「そ。新しい薬。思ったよりも時間がかかるみたいで、これずっと振ってなきゃいけない
んだよ。あたしの予想だと、調合が終われば液の色が赤くなるはずなんだけどなー」
 説明している間も、コゼットはずっと試験管を振り続けていた。ガラスの向こうで青い
液体が踊っている。ケティは顔をしかめた。
「どうしてそんな面倒な薬を調合なさってるんです?」
「理想の栄養剤を作ろうと思って、いろいろ試してるんだよ。多分、この製法で調合した
薬が一番効果高くなると思うんだよね。今までの経験からして」
「薬好きもここまで来ると立派ですねえ」
 無邪気に感心するエリアの隣で、アメリィが少し俯きつつ、ぼそりと呟く。
「でも、お風呂ぐらいは入ったほうがいいと思う」
「仕方ねーじゃん、これ放っておいたらどうなるか分かんないしさ」
 彼女が無遠慮に赤い髪を掻き回すと、盛大にフケが飛び散った。アメリィがかすかに顔
をしかめて、さり気なく椅子ごと遠ざかる。後で必ず床を掃除しよう、と固く誓うケティ
の前で、コゼットは大口を開けて欠伸をした。
「もう三日も振り続けなんだけどねー。そろそろ出来上がってもいい頃だよなー?」
「三日ですって!? まさか、その間一睡もしてないんですの?」
 ケティが叫ぶと、コゼットは「そうだよー」とのんびり返事をしながら、左手で目を擦
る。よく見ると、目の周りには深いくまが出来ていた。
「コゼット、あなた、そんなことしていたらその内倒れますわよ?」
「大丈夫だよ。昔、薬の材料になる虫採取しに行ったとき、五日間ぐらい起きっぱなし
だったことあるし。胃袋が空っぽなら割と眠くならないもんだよ?」
「まさか、食事も取っていないんですの?」
「水は飲んでるから大丈夫だよ」
「その理屈が分かりませんわ」
 溜息をつくケティの前で、コゼットは顔に疲労の色を滲ませながら、それでも気楽に
笑っている。
「心配すんなって、これが完成したらちゃんと寝るからさ。きっともうちょいだ、もう
ちょい」
「コゼっちは相変わらずワイルドですわー。とても貴族の娘とは思えないガサツぶりです」
 柔らかい銀髪に指を絡ませながら、エリアが小さく首を傾げる。その隣で、アメリィが
俯き加減のまま少し頭を傾けた。長い前髪で目元が隠れているからはっきりとは分からな
いが、多分コゼットの顔を見ているのだろう。
737Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:55:38 ID:Pi1RQtxy
「ちゃんと眠らないと肌が荒れるわ」
「そんなんどうでもいいよ、あたしの肌がきれいになろうが荒れようが、気にする奴なん
ていねーって」
 素っ気なく返すコゼットに、アメリィはぼそぼそと小さな声で言い募る。
「ううん。コゼットは、ちゃんとお洒落すれば綺麗になる」
「ですよねー。仕草が粗暴なのはともかく顔立ちは悪くありませんもの、コゼっちは」
 エリアは細い顎に白い指を当てて、悪戯っぽく微笑んだ。
「なんだったらわたしがお化粧して差し上げましょうか? いつもお薬いただいているお
礼も兼ねて」
「いらないよそんなの。どうせ森行って薬の材料採取してれば落ちちゃうしさ」
 胡坐をかいた膝の上で頬杖をつきながら、コゼットは相変わらず試験管を振り続けている。
「化粧だったらアメリィにしてやんなよ。実は可愛いんだから」
「わたしはいい。ブスだから」
 両手で包むようにティーカップを握りながら、アメリィが恥じ入るように肩をすぼめる。
長く黒い前髪が顔にかかって、表情が見えなくなった。
「アメりんったら、ネガティヴ思考はダメですよー」
 立ち上がったエリアがアメリィの背後に回りこみ、長い前髪を思い切りかき上げる。い
つも泣いているように潤んでいる黒い瞳が露わになった。アメリィの頬に赤みが差す。
「エリア、やめて」
「えー、でも、こんなに可愛いおめめなのに、隠したら勿体ないですよー」
「ちょっと、あなたたち」
 ケティは声を張り上げて、騒ぎ始めた友人たちを黙らせた。
「まだ、わたしの質問に答えてもらっていないんですけれど」
「あー、サイト様の追っかけを止める件ですかー?」
 間延びした口調で言いながら、エリアがちろっと舌を出す。
「ごめんなさいねー。わたし、ちょっとお友達が多くなりすぎちゃいましたので、サイト
様の追っかけに時間を割いている余裕がなくなってしまったんですよー」
「友だちって、あなた」
 妖精のように可愛らしい顔立ちの友人を見て、ケティは頬を引きつらせる。
「まさか、また増えたんですの?」
「あ」
 乱れた前髪を元に戻していたアメリィが、何かに気付いたように口を開ける。
「エリア、首の後ろにキスマークがついてる」
「あら、本当ですか?」
 さして動揺した風もなく、エリアがうなじの辺りの手を当てて苦笑いを浮かべた。
「いやだわ、ルイったら本当に独占欲が強いんだもの」
「ちょっと待て」
 この話題が始まってから、初めてコゼットが試験管から目を離した。咎めるようにエリ
アを見る。
「その名前、初めて聞いたぞ」
「あら?」
「ミシェルにパスカル、マクシム、ジャン、クロード……昨日まではこの五人だったはず
だよな?」
「あらら、よく覚えてますねー、コゼっちったら。見かけに反して頭がいいんですから」
「誤魔化すなっての」
 コゼットは試験管を振るのを再開しながら、深々と溜息をついた。
「ったく。あんたって奴は、放っておいたら何人でも相手作るんだから」
 ぼやきながら、左手で赤い髪をかき乱す。またも飛び散るフケの向こうから、少し吊り
がちな目がエリアを睨んだ。
「友だちとして一応言っておくけど、くれぐれも修羅場にならないように気をつけろよ」
「大丈夫ですよ」
 人形のように愛らしい顔でにっこりと笑いながら、エリアは得意げに人差し指を立てる。
「皆さん、自由奔放な方々ばかりですから。わたしが他に何人の男と遊んでいても、自分
の相手をしてくれるのなら別に気にしないって人たちばっかり選んでるんですよ、わたし」
「そういうのは自由じゃなくて、貞操観念が緩いとか適当すぎるとか言うんだよ、アホ」
738Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:56:58 ID:Pi1RQtxy
「結構なことじゃありませんか。そのおかげで、わたしも危険なことなしに満足できるん
ですし。そんなわけで」
 エリアは小さな両手を一杯に広げて突き出し、コゼットに笑いかけた。
「避妊薬、くださいな」
「ほらよ」
 仏頂面のコゼットが、左手をスカートのポケットに突っ込んで、中に入っていた小瓶を
投げ渡す。危なげなくそれを受け取って、エリアが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。コゼっちの薬は市販のより信用できますからねえ。副作用もほ
とんどありませんし」
「おだてたって、あんたの生き方を褒めたりはしねえぞ」
「分かってますよ。お代は将来まとめてお支払いしますから」
「いらないって。あたしは単に、友だちが妊娠して学院を退学になる……なんてことにな
るのが嫌なだけなんだから」
「あら、それはよかった。わたしたちの熱い友情に感謝しましょう」
 邪気のない口調で言いつつ、エリアは再びケティの方に向き直った。
「とにかく、そういうわけですので、わたし、もうサイトさまの追っかけには参加できま
せん。ごめんなさいね、ケッちゃん」
 言葉では謝りつつも、あまり悪びれない軽い口調である。それでも、怒ったり文句を
言ったりする気にはなれなかった。癖のある柔らかい銀髪や、平均よりもだいぶ小さな背
丈、思わず触れたくなるほどに白く丸みのある頬などが作り出す、幼げで無邪気な雰囲気
を前にしては、とてもエリアを怒りの矛先にはできないのだ。
 悔しさに歯軋りしたくなる気持ちを堪えて、ケティはアメリィに視線をやる。彼女は
ちょうど、ティーカップから紅茶の最後の一滴を飲み終えたところだった。カップを丸
テーブルの上に置き、ぼそりと呟く。
「ごちそうさまでした」
「ちょっと、アメリィ」
 声をかけると、アメリィはゆっくりとこちらに顔を向けた。長い前髪の隙間から、潤ん
だ黒い瞳が不思議そうにこちらを見つめている。
「なに、ケティ」
「あなたは、どういった事情があってサイトさまの追っかけを止めると仰いますの?」
「別に、理由なんて」
 アメリィはケティの視線をおそれるように顔を伏せて、叱られた子供のような小さな声
で弁解する。
「わたしは元々、みんなが騒いでいたからそれに付き合っていただけで」
「じゃあ、みんなが止めると言ったから、自分も止めると仰るのね?」
「うん」
 すんなり頷くアメリィに、ケティは一瞬絶句してしまった。このままでは孤立してし
まう。なんとかアメリィを引き戻さなければ、と彼女に向かって微笑みかける。
「ねえアメリィ、よく思い出してみて? サイトさまって、とっても素敵な方だと思わない?」
「優しそうだとは思うけど、顔だったらギーシュさまの方が綺麗だと思うし、レイナール
さまの方が誠実そう。野性味だったらコゼットの方が上」
「そこで名前出されるのは微妙に嫌なんだけど」
 口を挟んできたコゼットは無視して、ケティはなおも食い下がる。
「でもほら、あの空飛ぶ機械を操縦していらっしゃるところとか、剣を振って戦っている
お姿とか……」
「機械のことはよく分からないし、剣を振ってる人は乱暴に見えるからあんまり好きじゃ
ない」
「だけど」
「それに」
 アメリィは今までより少しだけ大きな声でケティの話を遮ると、スカートのポケットに
手を差し入れて、大事そうに何かを取り出した。
「わたしには、これがあればいいから」
 白すぎて不健康にすら見える手を、そっと開く。中には小石ぐらいの大きさの、青い宝
石が収まっていた。それを見たエリアが歓声を上げる。
「わあ、すごいですねアメりん。今までで一番大きな宝石です。これ、サファイアですか?」
「うん。今朝、ようやく作れたの」
739Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:57:38 ID:Pi1RQtxy
 満足げに頷きながら、アメリィは手の中の宝石に顔を向けている。前髪の隙間から見え
る潤んだ瞳に、陶然とした色が宿っている。アメリィの肩に手を置き、彼女の後ろから宝
石を覗きこみながら、エリアがとろけるような微笑を浮かべた。
「いいなあ。ねえアメリィ、今度わたしにも、何か宝石を作ってもらえませんか?」
「うん。エリアだったら、指輪にしてもイヤリングにしても似合うと思う」
 仲睦まじく話す二人の横では、コゼットが相変わらず気難しげな顔で試験管を振っている。
 なんだか急に自分が一人ぼっちになったような孤独感を覚えて、ケティは溜息混じりに
椅子に座りなおした。

 「劇薬」のコゼット、「貴石」のアメリィ、「妖風」のエリア、そして「熾火」のケ
ティ。彼女ら四人は、魔法学院に入学して以来の友人グループだった。
 収まりの悪い赤い髪と少しばかり目つきの悪い顔に、貴族とは思えないがさつな言動が
特徴のコゼットは、水系統の使い手。
 黒く長い髪で目元を隠し、いつも俯き加減に宝石を見つめてはひっそりと微笑むアメ
リィは、土系統の使い手。
 柔らかく細やかな銀髪と、持って生まれた妖精のように愛くるしい顔立ち。誰にでも遠
慮なく笑顔を振りまき、多くの男子生徒を遊び友達にしているエリアは、風系統の使い手。
 どこにでもいるような栗色の髪に、決して不細工ではないが平凡かつ地味な容姿。これ
といった特徴もなく、実に平均的なトリステイン貴族の女であると自他共に認めているケ
ティは、炎系統の使い手。
 魔法の系統も性格も容姿もてんでばらばらだったが、彼女らは紆余曲折を経て親交を深
め合い、今ではどこに出かけるときも大抵四人一緒に行動するほどの仲だった。コゼット
が薬の材料採取のために森に出かけるときも、アメリィが町の宝石店を冷やかしに行くと
きも、エリアが男友だちを喜ばせるための服を買いに行くときも。
 もちろん、ケティが上級生の男子に熱を上げているときなども、一緒になってキャー
キャー騒いでくれる。最近の彼女は、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガという少年を追
いかけていた。
 シュヴァリエ、という称号が示すとおり、元々彼は貴族ではない。それどころか、平民
ですらなかった。ルイズという上級生が、使い魔として召喚してしまったという非常に珍
しい経歴を持つ人物なのである。
 そんな少年がシュヴァリエの位を授かったのは、少し前に終結したアルビオン戦役にお
いて、人間離れした大戦果を挙げたからである。なんと七万の大軍をたった一人で食いと
め、友軍が撤退するための時間を稼いだというのだ。
 劣等生が召喚した変な使い魔、程度にしか認識されていなかった彼だが、この活躍に
よってシュヴァリエとなってからは、俄然周囲の女生徒たちから熱い視線を浴びるように
なった。
 ケティもそういう経緯で才人を慕うようになった少女たちの内の一人であり、友人たち
と一緒に焼いたビスケットを彼に食べてもらおうとしたこともある。そのときは彼の主で
あるルイズの妨害により渡せなかったが、気持ちのほうは少しも冷めていない。それどこ
ろか、間近で彼を見ることにより、新たな魅力を発見したような気がしていた。他の貴族
の少年達と違ってあまり気取ったところがなく、そういう気さくさがとても新鮮で、好ま
しいものに思えたのである。
 そんな風に才人のことで騒ぎ立てるケティに、友人たちは大抵温かく答えていた。コ
ゼットは才人のことを「男らしくて格好いい」と評していたし、アメリィも「優しそうな
人で好感が持てる」と言っていた。エリアなど「結構な女好きというお話ですし、わたし
とも遊んでくださらないかしら」と目を輝かせていて、ケティにも劣らぬほど熱を上げて
いたはずなのである。
 それが、今日になって突然、口を揃えて「もうサイト様を追いかけるのは止める」と言
い出した。
 友人たち一人一人から理由を聞いた今となっても、ケティにはどうもその辺りが納得出
来なかった。なんとなく、自分ひとりがのけ者にされたような気分になってしまう。
740Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:58:04 ID:Pi1RQtxy
「そんな顔すんなよ」
 相変わらず試験管を振り続けながら、コゼットが苦笑する。
「別に、もうみんなで遊ぶの止めるってんじゃないんだからさ」
「そうですよケッちゃん。ただ、ちょっと忙しくなっちゃいそうなので、一緒にサイトさ
まの話題で盛り上がるのは難しそうだ、というだけでして」
 エリアがケティの肩に手を置きながらなだめる。アメリィも宝石をしまいながら小さく
頷いた。
「大丈夫。みんな、これからも変わらず友達だから」
「それはそうでしょうけど、でも」
 ケティは食い下がりながらも、言葉に詰まった。胸に何かがつっかえているような嫌な
感じがあって、このままではどうにも引き下がれない気がする。ただ、自分が具体的に何
をこれほどまでに気にしているのか、はっきりとは分からない。
「ねえ、ケティ」
 不意に、コゼットが少し声の調子を落とした。驚いて彼女を見ると、試験管に向けられ
たままの顔に、少し厳しい表情が張りついていた。
「そもそもさ、あんた、あんまり本気じゃないでしょ」
「本気じゃない、と仰いますと?」
「決まってんでしょ? もちろん、サイトさまのこと」
 どきりとした。横目でこちらを見るコゼットの瞳に、心の内を見透かすような光がある。
ケティは腕を組んで無理に微笑んだ。
「何のことだか分かりませんわ。私、心の底からサイトさまのことを慕っておりますのよ」
「その割には笑顔が引きつってますよー、ケッちゃん」
 エリアがケティの肩越しに、顔を覗き込んで来る。テーブルの向こうのアメリィが、前
髪の隙間から上目遣いにケティを見上げた。
「ケティ、ギーシュさまのときも似たような感じだった」
「ちょっと、アメリィ……!」
 ケティは慌てて立ち上がる。アメリィが怯えたように顔を伏せた。
 ギーシュというのは、彼女よりも一学年上の男子生徒である。トリステインの名門、グ
ラモン家の子息であり、整った細面と少々大袈裟すぎるぐらいに気取った仕草が特徴の少
年だった。入学して間もないころ、ケティは彼の家柄と容姿に一目ぼれし、今の才人に対
するのと同じぐらいに熱を上げていたのである。
「あー、確かにそうだ、ギーシュさまのときもこんな感じだったなあ」
 思い出したように、コゼットが二度頷いた。エリアがケティから少し離れながら、可愛
らしい小さな唇に指を添え、「んー」と記憶を探るように瞳を上に向ける。
「確か、あのときは偶然を装ってあの方のそばを通りすがったんでしたっけ。そしたら
『やあ、これは可憐なお嬢さんだ。一瞬、こんな人里に精霊が降りてきたのかと勘違いし
てしまったよ!』とか仰ったんですよね、ギーシュさま。その後はもう成すがままに口説
き落とされちゃって、ケッちゃんったらすっかり舞い上がっちゃって」
「そうそう、あたしら相手にギーシュさまの魅力を散々喋り捲ってたっけねえ」
「あの、あなたたち」
 コゼットとエリアの思い出話を、ケティは無理矢理遮った。顔が熱いのは気のせいでは
ないだろう。
「出来れば、そのお話は止めていただきたいのですけど」
「なんでさ? いやー、あんときのケティは可愛かったねー」
「そうですねー。『どうしましょうどうしましょういやんいやん』って、こんな感じでし
たものね」
「やめてくださいったら!」
 ケティは拳を握り締めて怒鳴った。ギーシュとのこと……特に、二股をかけられている
とも知らず、彼の甘い囁きを馬鹿正直に信じて舞い上がってしまっていたことは、金を
払ってでも消してしまいたい、過去の汚点なのである。
 コゼットは「悪い悪い」と気楽に笑ったが、その瞳に浮かぶ、こちらの内面を見透かす
ような色は消えなかった。
741Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:58:44 ID:Pi1RQtxy
「でもさ、今回だって、あのときと大して差があるとは思えないんだけど?」
「そんなことありませんわ」
 コゼットの視線から逃れるように少し顔を伏せながら、ケティは反論した。
「確かに、あのときは皆さんの言うとおりだったかもしれませんけど。今度こそ本気です
わ、わたし」
「どう本気だっての?」
 コゼットの目が茶化すように細められた。ケティは落ち着かない気分を味わいながら答える。
「ギーシュさまのときは、何というか言われるままでしたけれど。今回は、攻めですから」
「攻め、と言いますと?」
 エリアが不思議そうに言う。ケティは「ほら、あの」と手をさまよわせたあと、なんと
か言葉を絞り出した。
「ビスケットとか、作って持って行きましたし」
「でもルイズさまに食べられちゃったじゃん」
 ほとんど間を置かずに、コゼットが突っ込む。実際その通りだったので、反論できない。
「でも、でも」
 それでも、ケティはなおも食い下がった。
「わたし、本気ですから。それにサイトさまも、今現在はお相手がいらっしゃらないよう
ですし」
「いや、明らかにあの怖いご主人様に惚れてるでしょ、あの人」
「ですよねー。あんなに酷い目に遭われても、おそばを離れないんですもの」
「心底愛してるのね」
 友人たち三人が口を揃えて言う。いよいよ意地になって口を開こうとしたら、「ケ
ティ」という、コゼットのため息混じりの声に遮られた。
「あんた、口では本気とか言ってるけど、全然本気に見えないんだよね、正直さ」
「どうしてですか」
「だって、サイトさまのところに行くとき、絶対他の連中と一緒に行くじゃん」
 痛いところを突かれて、ケティは声を詰まらせる。「そうですよねー」と、エリアも同
意した。
「ケッちゃん、サイトさまを慕ってる他の女の子たちを出し抜く努力、全然してませんものね」
「だよな。そんなんじゃ、いつまで経っても『俺にキャーキャー言ってる女の子たちの中
の一人』のままだ」
「きっと、名前も覚えてもらってない」
 口々に指摘され、ケティは何も言えなくなってしまった。黙って椅子に座り、唇を噛み
締める。自然と、膝の上の拳を握り締めていた。
「あ、悪い、言いすぎた」
 コゼットが慌てて立ち上がり、ケティのそばに歩み寄ってきた。右手で試験管を振り続
けながら、左手でケティの肩をそっとつかむ。
「ごめんなケティ、あんただって、あんたなりに努力してんのにさ」
 そう言われたとき、ケティの胸に言いようのない奇妙な感覚が広がった。罪悪感とでも
言うべき息苦しさに、椅子の上で身じろぎする。そんな彼女の内心に気付かぬように、コ
ゼットは先程よりも幾分か優しい口調で続けた。
「でも、怒らないでほしいんだよ。あんたが美男子にキャーキャー言うのが悪いことだと
は思わないけど、そろそろ、他のことも考えなくちゃなんないじゃん?」
「他のことって、なんですか?」
「将来のことだよ」
 胸の内の閉塞感が、さらに大きくなった。「将来」と繰り返すケティに、コゼットが大
きく頷く。
「そ、将来のこと。あたしらももう二年生だしさ。学院卒業したらどうするかとか、
ちょっとは考えなくちゃいけないと思うんだよね」
「わたしは考える必要なんてありませんけど」
 椅子に座ったエリアが、滑らかな銀髪を一房指で巻きながら、にっこりと微笑む。
「学院を卒業したら、領地に戻って婚約者と結婚することになってますので」
「あー、なんとか伯爵って、結構いい年したおっさんだっけか?」
「ええ。学院に入ったのは、元々貴族の息女として恥ずかしくない教養を身につけるため、
という名目でしたから、それを活かしてどこかで働く、ということはありません。まあ、
わたしにとってはどちらかと言うと、将来退屈しないための遊び相手を見つけるのが一番
の目的だったんですけどね」
 エリアは口許に手を添えた。
742Funny Bunny:2008/03/09(日) 22:59:30 ID:Pi1RQtxy
「その辺は思ったよりも簡単に達成できちゃいましたから。あとは貞淑な伯爵夫人として
適当に振舞いつつ、たまにここで知り合った男の子達とこっそり遊ぶ、悠々自適の楽しい
人生が待っているのですよ」
「お前ってホント自由だよな」
 げんなりした口調でいうコゼットに、ケティはおそるおそる問いかけた。
「コゼットは、ここを卒業した後の予定がおありですの?」
「まあ、一応ね。ちょっと迷ってるけど」
 気難しげな顔で試験管を振り続けながら、コゼットが小さく首を捻った。
「薬の研究続けるならアカデミーに進んだ方がいいんだろうけど、早めに領地に戻りたい
気持ちもあるんだよね。母様のこともあるしさ」
「そういえば、コゼっちのお母様、ご病気なんですっけ」
 エリアがいうと、コゼットは軽く肩をすくめた。
「そ。あたしが子供の頃に父様が死んじゃったから、執事に助けられて領地を切り盛りし
てんだけど、元々あんまり体が強い人じゃないからさ」
「コゼっち見てると信じられませんね」
「余計なお世話だっての。ま、ともかく、早く母様のところに帰ってあげたいなーとも思
うわけだよ。あたしの他には、まだ小さい妹たちが二人いるだけだしさ。薬の研究も楽し
いけど、たとえド田舎のちっちゃな家でも、貴族の長女としての義務とか責任ってやつも
あるわけだし」
 少し真面目な口調から一転して、コゼットはからかうようにアメリィの方を見た。
「アメリィ、あんたはどうすんの……って、聞かなくても大体分かるけど」
「ここで学んだ魔法を活かして、一生宝石を作り続けて暮らすわ」
 どことなくうっとりしたように口許を緩ませて、アメリィが呟くように答える。
「死んだあと、たくさんの宝石と一緒にお墓に入るのが夢なの」
「あんたらしいよ、ホント」
 からからと笑うコゼットのそばで、ケティは隠しようのない居心地の悪さを感じていた。
(もしも『ケティはどうするの』と聞かれたら、どう答えればいいんだろう)
 必死に考えるが、答えが出ない。コゼットやエリアが明る声を交し合うそばで、そうす
れば質問から逃れられるとでも言うように、ケティはただ黙って身を縮めていた。
 幸いにも友人たちはほとんど時間を置かずに部屋を出て行ったので、ケティがその問い
を投げかけられることはなかった。

 憂鬱なティータイムから一時間も経っていない時刻、ケティは沈んだ気持ちを抱えたま
ま、一人寮の廊下を歩いていた。
 休日ということもあって、人影はまばらである。夏も近い時分、やや強い日差しが眩し
く降り注ぎ、寮周囲の木々を瑞々しく輝かせている。青空に点々と浮かぶ千切れ雲を吹き
流す風が開け放たれた窓から吹き込み、人の肌にも心地よい。だが、ケティの心は空のよ
うには晴れなかった。
(将来……将来、か)
 視線が落ちる。
(そんなに、遠い未来の話ではありませんのね)
 だが、ケティは今まで、そのことについて深く考えたことがなかった。あえて考えない
ようにしていたのかもしれない。
(わたしの将来なんて、分かりきってますもの)
 ロッタ家は、そこそこ長い歴史を持ってはいるものの、取り立ててどうと言うこともな
い、至って平凡な中流貴族である。
 外聞ばかり気にして、上の者には媚びへつらい、下の者には威張り散らす父。若さと同
時に夫からの愛も失ってしまい、今や召使やメイドをいびることぐらいしか楽しみのない、
陰気な母。
 そんな二人から生まれたケティは、やはりあまり愉快なところのない少女だった。魔法
学院に入ったのも、魔法の腕を伸ばすためと言うよりは単に慣習に従ってのことだったし、
予想通り成績は平々凡々としたもので、隠れた才能が爆発的に開花した、ということもも
ちろんない。自分でもそのことは重々承知していたので、卒業後に魔法を活かす仕事に就
こうなどという気は少しもなかった。
743Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:00:37 ID:Pi1RQtxy
(そうなると、当然、残された選択肢は結婚ということになるのでしょうけど)
 貴族の娘と生まれたからには、ほぼ間違いなく親が決めた相手と結婚することになるの
だろう。父は体面さえ取り繕えればそれでよしという、トリステイン貴族の悪いところだ
けを凝結させたような人間だから、おそらく結婚相手も人格や能力よりは家柄優先で選ば
れるに違いない。自分にとっては間違いなく不幸な結婚になる。好きでもない男に抱かれ、
好きでもない男の子供を生み、若さを失って夫に見てもらえなくなり、母と同じように召
使をいじめるのだけが楽しみという、実に根暗な人生が待っているに違いない。それ以外
の将来など想像も出来ない。
(お兄様たちがいらっしゃるから、家督を継ぐとかそういう重大な問題とは無縁でいられ
ますわね。でも)
 自分と違って優秀な兄、姉の姿を思い浮かべて、ケティは唇を噛む。そうなると、自分
には政略結婚の道具になるぐらいしか価値がないように思えて仕方がない。
(みんなみたいに、稀有な才能でもあればよかったのに)
 コゼットのような豊富な知識や強い意志、アメリィのような土魔法の才、エリアのよう
な異性の心をとらえて離さない容姿、仕草。全て、自分が持っていないものだ。
(そもそも、わたしは何も持っていない。家柄も取り立てていいわけじゃないし、容姿も
せいぜい人並み程度、人を惹きつけるような素晴らしい人格者でもなければ、優れた才能
を持っているわけでもない。わたしは本当に、どこにでもいるようなつまらない人間なんだわ)
 そのとき、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。一瞬立ちすくんだあと、急いで
周囲を見回す。幸い近くに物置部屋があったので、迷いなくそこに飛び込んだ。
 暗い物置の中で息を殺して待つこと、十数秒。先程の声の主が、扉のすぐそばを通り過ぎる。
「おお愛しいモンモランシー、どうか僕の言葉を聞き入れてくれたまえ」
「うるさいわね。あんたの言葉なんかもう一生信用しないわよ」
 ギーシュとモンモランシー。ケティの一学年上の先輩であり、今も苦い思い出として心
に残っている二人の男女。彼女を選んでくれなかった男と、その男に選ばれた女が、息を
潜めて物置に隠れているケティには全く気付かず歩いていく。ほんの少しだけ開けた扉の
隙間から、通り過ぎる二人の横顔が見えた。ギーシュはもちろん、モンモランシーの方も、
口では悪態を吐きながらも、どことなく楽しそうな様子だった。
 二人が廊下の向こうに消えたのを確認してから、ケティはそっと物置を出た。相変わら
ず静まり返っている廊下の先、二人が向かった方向を見つめて立ち尽くす。滑らかな金色
の巻き毛を揺らして歩くモンモランシーの横顔が、頭に浮かんできた。
(美しい方だわ。歩く姿も堂々としていて、わたしなんかとは大違い)
 溜息が出た。
(やっぱり、殿方が最後に選ぶのは、あんな風に何か輝くものを持っている女性なのね)
 ケティはぎゅっと眉根を寄せて、踵を返した。二人とは別方向に、目的もなく歩き出す。
胸に燻る想いを振り捨てようと足を速める中で、一つだけ、納得できたことがある。
 先程、物置に隠れていたケティのすぐそばを通り過ぎた、ギーシュの顔。名門の子息ら
しく非常に整っていて、気障な仕草や甘い囁きがよく似合う。その辺りの印象は以前と変
わりない。惚れ惚れするほどの美男子だと思う。
 だが、彼の顔を思い出しても、ケティの胸にはさざ波一つ立たなかった。だから、断言
できる。
(みんなの言うとおり、わたしはギーシュさまに恋なんてしていなかった。ただ、こんな
取り立てて褒めるところもないような自分を選んでくれたのが、嬉しかっただけだった)
 苦笑いが浮かびそうになった。そうとも気付かずギーシュの口説き文句に舞い上がって
いた過去の自分が、とても滑稽で恥ずかしい存在に思えてくる。
(では)
 もう一つ、心に疑問が浮かぶ。
(今わたしがあの方に抱いているこの想いは、一体なんなのでしょう)
 そのとき、廊下の窓の向こうから大きな唸りが伝わってきて、かすかに体を震わせた。
驚いて足を止め、窓に駆け寄って空を見る。絶え間ない唸りは、晴れ渡った空の一点から
聞こえてきていた。そこに、この学院に入るまでは想像したことすらなかった不可思議な
物体が飛んでいる。
(サイトさまだわ)
 空を横切る鉄の翼を仰ぎ見て、ケティはそっと胸を押さえた。鼓動が早まり、無闇に熱
を生んでいる。顔の火照りを自覚しながら見上げ続けるケティの視線の先で、想い人を乗
せているのであろう鉄の翼は、唸りの尾を残しながら広場の方へ飛んでいく。
744Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:01:28 ID:Pi1RQtxy
(どこかに出かけていて、今帰っていらしたのね)
 ケティの心臓が大きく脈打った。
(今すぐに向かえば、わたしが誰よりも早く、サイトさまをお出迎えできるかもしれない)
 その思いつきに突き動かされるように、ケティは寮の入り口に向かって駆け出した。
 息を切らしながらヴェストリの広場の一隅に着いたころには、もうあの力強い唸りはど
こからも聞こえてこなかった。不思議な鉄の乗り物は、少し離れたところに見えている粗
末な建物に収まったらしい。そこは才人が副隊長を務める水精霊騎士隊の詰め所であり、
あの鉄の乗り物の格納庫でもある。
(多分、まだあの中にいらっしゃるはずよね)
 ケティは乱れた息を整えつつ、手鏡を覗き込んで髪を直してから、ゆっくりと歩き始め
た。広場は閑散としていて誰もおらず、自分のように才人を出迎えようと走ってくる女生
徒たちの歓声なども聞こえてこない。どうやら、狙いどおり一番先にたどり着けたようだ。
 扉のついていない格納庫の入り口にたどり着くと、ケティは壁の陰に隠れてそっと中を
窺った。
(ああ、やっぱりいらっしゃった)
 胸が高鳴った。才人はあの鉄の乗り物の中に座ったまま、大きく伸びをしているところ
だった。今出て行けば、間違いなく自分が真っ先に彼を出迎えることができる。
 そうと分かっているのに、ケティは何故か足を動かすことが出来なかった。出て行きた
いのに出て行けない、もどかしい思いを抱えたまま、壁の陰で立ちすくむ。
(一体どうしたの。行きなさい、ケティ。出て行って、笑顔で「お帰りなさいませ」と声
をかけるの。そうすれば、サイトさまを慕う女たちの中の一人ではなく、ただ一人きりの
ケティ・ド・ロッタとして覚えていただけるかもしれないでしょう)
 心の中で自分を叱咤してみるが、やはり足は竦んだように動かなかった。どんなに焦っ
てもその状態に変わりはなく、ただ時間だけが無駄に過ぎていく。才人はもう身を乗り出
して、あの乗り物の外へ出ようとしているところだった。
(早くしないと、他の子たちもやってくるかもしれないのに)
 そう思いながらも、ケティは自分の欺瞞に気がついていた。こうしてせわしなく周囲を
見回しているのは、他の少女達が来るのを警戒しているのではなく、期待しているからだ。
自分一人で彼の前へ出て行くなど、どうやったって出来るはずがない。
 どれだけ想像しても、頭に思い浮かぶのは「何故この見知らぬ女は、自分に気安く声を
かけてきたのだろう」とでも言いたげな、迷惑そうな才人の顔ばかりだ。
 自分がどんな顔をして出て行き、どれだけ勇気を振り絞って声をかけたとしても、彼の
心には何の感情も呼び起こさないのではないか。そう考えると、とても前へ進めなかった。
 そうやって彼女が迷っている内に、才人は鉄の翼の上に危なげなく降り立った。ケティ
の予想に反してすぐには地面に降りず、翼の上で振り返って、先程座っていたところを覗
き込む。
「おい、早く出てこいよ」
「うっさいわね、使い魔のくせにご主人様を急かすんじゃないわよ」
 ケティは息を飲んだ。てっきりあの乗り物に乗っているのは才人だけかと思っていたが、
もう一人同乗者がいたらしい。その声の主のことも、ケティはよく知っていた。
「ったく、狭苦しいったらないんだから」
「飛んでる最中ははしゃいでただろうが、お前」
「はしゃいでなんかいないわよ!」
 癇癪を起こしたように叫びながら、小柄な人物が姿を現す。桃色がかった美しいブロン
ドの髪と、少々色気には欠けるが可愛らしさでは他の追随を許さない小柄な体、そして、
女ならば誰もが羨むであろう完璧な美貌。
 何もかもがケティとは正反対に思える彼女の名は、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールとい
う。かつては魔法が使えないためにゼロのルイズと馬鹿にされていたが、一年ほど前に有
名な盗賊を捕えた功績を認められて以来、周囲に一目置かれるようになった少女である。
ケティにとってもっと重要なのは、彼女が使い魔才人の主人であるという事実だった。
「ほら、使い魔ならちゃんとご主人様を支える」
「へいへい、分かりましたよお嬢様」
 才人がそっと手を差し出し、ルイズが上機嫌なすまし顔でその手を取る。まるで一枚の
絵画のような光景だ、とケティは思った。同時に、どうしようもないほど自覚する。その
絵の中に、自分が入れる隙間など少しもないのだと。
 才人という少年は、絵に描かれた王子様のように、ケティにとっては遠すぎる存在だった。
745Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:02:20 ID:Pi1RQtxy
(あの方はきっと、わたしの名前すら覚えてはいない)
 二人から目をそらすように顔を伏せ、壁の縁を強く握り締める。ナイフで抉られたよう
な胸の痛みは、どうやっても治まってくれそうにない。
 そのとき、背後からいくつもの騒がしい靴音が聞こえてきた。振り返ってみると、才人
を慕う女生徒たちの一群が、黄色い歓声を上げながら走ってくるところだった。彼女らが
近づいてくるのを見つめながら、ぼんやりと考える。
(わたしも、あの子たちと全く変わらないの?)
 何度も首を横に振り、ケティは駆け出した。格納庫の中ではなく、広場の方へ。こちら
には目もくれないその一団とすれ違っても、まだ走り続けた。彼女たちの中に埋もれてし
まうのだけは絶対に嫌だった。

 木々の隙間から木漏れ日が点々と落ちる道を、ケティは俯きながら歩いていた。一歩踏
みしめるごとに、森の土は柔らかな感触を返してくる。小鳥のさえずりと木の葉の囁きを
運ぶ微風が、栗色の髪を優しく撫でるように吹きすぎていく中、とぼとぼと歩き続ける。
先ほど、遠くから才人とルイズを見つめていることしか出来なかったときの無力感、閉塞
感が、小さな胸を押し包んでいる。息苦しさすら感じるほどの痛みに、このまま消えてし
まいたい気分になる。しかしちっぽけな体は今厳然とこの場に存在していて、消える気配
など微塵も見せなかった。
(わたしはどこにも行けないし、何にもなれない)
 胸中で呟いた言葉が、そのまま残ってさらに胸を重くする。大きく溜息をついても息苦
しさは消えず、それどころかさらに強く胸を締めつけた。周囲の景色も少し暗くなる。そ
う思ってよく見ると、実際に木々の間隔が狭くなって、日光を遮っていた。行くあてもな
く歩く内に、森の中でもかなり奥深いところに入り込んでしまったらしい。
 少し迷いながらも、ケティは森の奥に向かって歩き続けた。まだ気晴らしが必要だった。
こんな気持ちのまま学院に帰りたくはない。学院周辺に広がるこの森には、今まで何度も
足を運んでいる。コゼットが薬の材料を採取するために森を訪れる際、他の友人たちと共
にそれに付き合うからだ。目印を刻んだ木を何本か見かけるから、この辺りにも来たこと
がある。迷って帰れなくなるということはないはずだ。
(万が一迷ってしまっても、『フライ』の魔法で空に飛び上がればいいだけですし)
 そう考えながらも、今の自分では頭上を覆う木々の枝にぶつかったりしそうだ、と少し
不安になる。その感情を沈めようと顔を上げかけて、ケティは眉をひそめた。
 前方の高い木々の向こうの空に、何かが尖ったものが突き出しているのが見える。先端
が陽光を浴びて鈍く光っているところを見る限り、明らかに金属製の人工物だ。
(あんなもの、前に来たときはありましたっけ?)
 ケティは不思議に思いながら、前方に向かって歩き出した。鬱蒼とした木々が作り出す
曲がりくねった道を通り過ぎ、目標に向かって少しずつ近づいていく。近づくごとにその
物体の巨大さが分かってきて、少し不安になった。
(もしかして、野盗の隠れ家、とかではありませんよね?)
 今まで読んだことのある物語の数々が、頭を過ぎっては消えていく。馬鹿馬鹿しいこと
だ、とケティはかぶりを振った。森の奥深くと言っても、魔法学院の周辺なのだ。王軍所
属の竜騎士が空から目を光らせているような場所に、あんな大きな鉄の建物を建てる盗賊
などいるはずがないし、そもそも見つからずに完成させるのは不可能だ。
 だからこそ、不思議でならない。あれは一体いつの間にここに出現したのだろう。胸が
どきどきした。自分の存在の小ささに嫌気が差していたところに、あんな不可思議な物体
が現れたのだ。物語の中に入り込んでしまったかのような奇妙な好奇心の命ずるままに、
ケティどんどん前へ進んでいった。
 やがて、森の中の開けた一角が見えてきた。そのすぐ近くまで近づき、太い木の幹に体
を隠してそっと向こうを窺う。鉄の建物は、間近で見ると想像していた以上に大きかった。
丸みを帯びた塔のような建物だ。全体はいかにも硬そうな金属で作られていて、壁には丸
くて分厚いガラス窓がいくつかついている。底の方は周辺に生えているどの木よりも太
かったが、上にいくにつれて細くなり、先端は槍のように尖っている。天を貫こうかとで
も言うように、空に向かって真っ直ぐ伸びていた。そんな物体が、森の真ん中に突如とし
て出現したのだった。
746Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:03:02 ID:Pi1RQtxy
(これは一体なんなんでしょう?)
 ここまで近寄ってみても、ケティはそれがなんなのか検討もつかなかった。考えに考え
て、ひょっとしたら変人のミスタ・コルベール辺りが秘密裏に建造した魔法の建物なのか
も、という推測が頭の隅に浮かんだとき、不意に声が聞こえてきた。
「スペンダー、周囲に人影はないな?」
「イエス、キャプテン」
 誠実そうな大人の男の声に、平坦で少しざらついた、奇妙な声が答える。「塔」の影か
ら、一人の男が姿を現した。背の高い、精悍な顔つきをした男だ。短く刈った茶色の髪と、
やや四角張った顎に生えた無精髭が、落ち着いていながらも野生的な雰囲気を生み出して
いる。それ以上に目を引くのは、その男が着ている服だった。たくましい体つきを浮かび
上がらせるような、ぴっちりした服を着ている。見たことのない格好だった。ケティの想
い人である才人も妙な服を着ているが、この男の服装はそれ以上に変わっている。
(見たことのない方だわ)
 当然のことを心の中で再確認しつつ、ケティはその男をじっと見つめた。男は「塔」の
底部周辺をうろついて、壁に触ったり叩いたりしながら、誰かに向かって話しかけていた。
そのたびに、あの妙にざらついた声が返ってくる。しかし、周囲には男のほかに人影は見
当たらない。
(一体どこにいるのでしょう)
 困惑しながら「塔」の周りに視線をさまよわせていたそのとき、足元で何か妙な音がし
た。ケティの知っている限りだと、フォークと食器がぶつかるときのものによく似た、金
属的な軽い音だ。驚いて下を見ると、大きな蜘蛛のような物体が、透き通ったガラスの目
でじっとこちらを見上げていた。
(化け物!?)
 未知の物体に対する根源的な恐怖に、悲鳴を上げて飛び上がる。
「誰だ!?」
「助けて!」
 男の叫びとケティの悲鳴が重なった。何かを考える余裕もないままニ、三歩男の方に駆
け出し、そこで少しだけ冷静になって立ち止まる。先程の蜘蛛型の物体が、八本足をカ
チャカチャ鳴らしながら「塔」の方に駆けていく横で、ケティは声も出せずに立ち尽くす。
「君は……」
 呆然と呟いたあと、男は困りきった苦い顔で頭を掻き、「塔」の方を振り返った。
「スペンダー、周囲に人影はないんじゃなかったのか」
「センサーの不調のようです、キャプテン」
 詰問するような男の声に、しれっとした声が答える。答えたほうの姿は、やはり見えな
かった。
(どうしましょう)
 ケティの体が小さく震え出した。足が竦んで動けない。先程の男の声を聞く限り、自分
は何かまずいところに出てきてしまったらしい。先程の、蜘蛛の形をしたおぞましい物体
が頭に浮かぶ。一体何をされるんだろう、と思ったところで、男がこちらを見た。迷って
いるような、困っているような表情を浮かべていた。
「こんにちは……いや、はじめまして。何から話したものか」
 そこまで言いかけたあと、男は不意に慌てた様子で問いかけてきた。
「すまない、お嬢さん。僕の言葉は分かるかな?」
 何故そんなことを聞くのかはよく分からなかったが、男の雰囲気に危険なものは感じら
れない。ケティは少しほっとしながら、それでも警戒は緩めずに、無言で小さく頷く。
「良かった、翻訳機の方は問題ないみたいだな」
「イエス、キャプテン」
 ほっとした男の声に、例のざらついた声が生真面目に答える。この頃になるとケティも
少し落ち着きを取り戻して、男のことを少しは冷静に観察できるようになった。
 間近で見ると、男はやはり変わった格好をしている。ぴっちりした服には継ぎ目がなく、
上下一体になっているようだった。だが変なのは格好だけで、顔立ちは普通の人間と大し
て変わりがない。それどころか、真面目で誠実そうだ。無精髭があるせいで少し粗野に見
えるが、ハンサムと言っても差し支えない造作だった。
 その男が、咳払いをしながら、ためらいがちに近づいてくる。
「すまなかったね、お嬢さん。周囲の様子を記録するために地上用の観測ユニットを放っ
ていたんだが、人がいるとは思っていなかったんだ。怖がらせてしまったようで、申し訳ない」
 男は深く頭を下げる。
747Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:03:44 ID:Pi1RQtxy
「いえ、そんな。勝手に驚いたのはわたしの方ですし」
 と、ほとんど考えもなしに言ってしまってから、ケティは自分で驚いた。既に、目の前
の男に対する警戒心が消えつつある。相手はこれほど怪しくて、わけの分からない人間だ
というのに。だが、心底こちらに申し訳ないと思っているらしき謝罪の仕草や、後ろ暗い
ところなど全く窺えない瞳の輝きを見ていると、自然と警戒が薄らいでいくのも事実だった。
 ケティは深く息を吸い、乱れた衣服の裾や髪を整えながら、「ところで」と声をかけた。
「あなたは一体、どこのどちら様? この塔のような建物は一体なんなのですか? こん
なところで何をなさっているんですか?」
 矢継ぎ早に質問する。我ながら不躾だとは思ったが、好奇心は抑えようもないほどに膨
れ上がっていた。ケティの問いかけに対し、男は短い頭髪を掻きながら「いやぁ、それ
は」と困ったように口ごもる。ちゃんとした返事をくれたのは、男ではなくもう一つの声
だった。
「このお方は偉大な大魔術師なのです、レディ」
「スペンダー?」
 男が驚いたように「塔」の方を振り返る。ケティもまた驚き、目を見張った。
「まあ、大魔術師、ですか」
「いや、誤解しないでくれ、お嬢さん」
「そうです、大魔術師です」
 男の焦った声を遮るように、平坦ながら得意げな声が頭上から降ってくる。
「彼の名は、ジョン・ワイルダー。遥か西方よりこの地に旅してきた、不世出の大魔術師。
私はワイルダー様に仕えております、不可視の精霊スペンダー。以後お見知りおきを」
「そうだったのですか」
 ケティは感嘆の声を上げた。なるほど、確かにそれほどの男ならば、こんな森の奥深く
に、これほど巨大な建物を何の前触れもなく出現させるのも、不可能な話ではない。それ
以外の理屈では目の前の現実にどうとも説明がつかない。きっと、西の大洋を越えた世界
では、こういった魔法が発達しているのだろう。
 ケティはそんな風に納得しかけていたが、目の前の男……ミスタ・ワイルダーは、腕を
組んで呆れたように溜息をついた。
「スペンダー、これは一体何の遊びだ?」
「先ほど戻った飛行型観測ユニットが持ち帰った情報を分析いたしますに、この惑星はそ
ういった文明が構築されているものと推測されます。しかるに私、アシモフ式第7世代型
陽電子頭脳スペンダーが、データベースに収められている情報から、キャプテンのこの世
界における違和感のない素性を捏造したのです」
「自分で捏造と認めるんじゃない。全く……そもそも、お前のデータベースにさっきの嘘
八百に関わるどんな情報が収められていたというんだ?」
「遥か昔に流行したファンタジー小説の一群です、キャプテン。トールキン、ムアコック、
エディングス、ローリング、ラッキー、ヤマグッティ……いずれもキャプテンの娯楽とす
るべく、私が収集したものです」
「初耳だ」
「キャプテンに報告すると『不要だ、削除しろ』と言われるのは目に見えておりましたの
で。他にも文学、ホラー、ラブロマンス、SF、ライトノベル等、およそ十万点ほどが収
められております。キャプテンもたまには読書に没頭して、教養を深められることをお勧
めいたしますが」
「余計なお世話だ」
 ワイルダーがうんざりしたようにかぶりを振る。ケティは困惑した。彼らの会話の内容
はよく分からないが、先程の大魔術師云々が嘘だったらしい、ということは理解できた。
「でも、それならあなた方は一体……?」
「うん、その、なんと説明したものか」
 ワイルダーが困ったように頭を掻くと、またどこからかスペンダーの声が降ってきた。
「キャプテン、船体のチェックは滞りなく完了しております。休憩がてら、船内でそちら
のレディに事情を説明して差し上げるというのはいかがでしょうか」
 言い終えると同時に、空気が抜けるような音がして、「塔」底部の壁の一部が、四角く
せり出してきた。その部分が前に倒れて、無骨な鉄の階段が現れる。外れた壁の向こうに、
「塔」の内部が見えていた。どうやら、ここが入り口らしい。
「仕方ないな」
 ワイルダーは呟き、親しみのある笑顔を浮かべて、「塔」の入り口を手で示した。
748Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:04:43 ID:Pi1RQtxy
「こちらへどうぞ、お嬢さん。大したもてなしはできないが、質問には全て答えてあげよう」
 そう言って、先導するように歩き出す。ケティは少し迷ったあと、結局彼についていっ
た。「塔」の入り口が、未知の世界に続く扉のように、口を開いて待ち構えていた。

 足を踏み入れた先は、丸い部屋になっていた。壁面も天井も湾曲していて、唯一平らな
のは床だけだ。大聖堂の丸天井をそのまま部屋にしたような形で、全面が真っ白だ。丸く
分厚いガラス窓の向こうに森が見えていなければ、一体自分はどこに入り込んでしまった
んだろうと首を傾げていたかもしれない。
 ケティが完全に部屋の中に入るのと同時に、再び空気の抜けるような音を立てて、入り
口が閉まった。
「そちらにどうぞ、お嬢さん」
 部屋の中央に立ったワイルダーが手で目の前を示すと、そこの床から四角いテーブルと
透明な椅子が音もなくせり上がってきた。驚くべき魔法だ、と思いながら、ケティはテー
ブルを挟んでワイルダーと向かい合わせに腰掛ける。丸い天井の一角が開いて、中から細
長い鉄の腕が二本伸びてきた。どこからか、スペンダーの平坦な声がする。
「コーヒーをどうぞ、キャプテン。レディは紅茶でよろしかったでしょうか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 細長い鉄の腕が、手に握った二つのカップをテーブルに置くのを、ケティは呆然と見つ
めていた。飛び上がらんばかりに驚く場面なのだろうが、あまりにも異様なことが連続し
て起きているせいで、感情を表す機能が一時的に麻痺しているようだ。
 ワイルダーは手元に置かれたカップから、見慣れない真っ黒な液体を美味そうにすする。
ケティは好奇心を駆られた。
「あの、その真っ黒いのは、飲み物なのですか?」
「え? ああ、コーヒーのことかい?」
「コーヒー、ですか?」
「そうか、君が住んでいる地域では、飲まないんだね」
 納得したように呟いたあと、ワイルダーは悪戯っぽい笑みを浮かべて、自分が持ってい
るカップを差し出してきた。
「試しに一口、飲んでみるかい?」
 ケティはおそるおそるカップを受け取った。中に満たされた液体は黒々とした光を湛え
ていて、まるで泥水のように見える。
(大丈夫、この人だって飲んでいるんだから、毒ではないはず)
 自分に言い聞かせながら、ケティは目を閉じてカップに口をつけた。飲んだ途端に凄ま
じい苦味が舌を這い回り、思わずカップから口を離してしまう。ワイルダーが声を上げて笑う。
「お嬢さんにはまだ苦すぎたようだね」
 子供扱いされていると感じて、ケティは少しムッとした。カップをテーブルの上に戻し
てから、居住まいを正してワイルダーを睨みつける。まだ口の中に残る苦味に顔をしかめ
ながら、文句を言った。
「仮にも貴族の娘に対してそのような物言い、失礼なのではありませんか? それに、わ
たしはお嬢さんなどという名前ではありません」
 ワイルダーは苦笑しながら頭を掻いた。
「これは失礼。そう言えば、自己紹介するのを忘れていたね。わたしはジョン・ワイル
ダー。この船の船長だ。さっきからふざけたことばかり言ってるのは、AIのスペンダー。
この船の制御のほとんどを受け持っている。以後よろしく」
 そう言って、ワイルダーはテーブルの上で右手を差し出した。その手と彼の顔を交互に
見比べて、ケティはどうしたものかと困惑する。それを見て取ったのか、ワイルダーは慌
てて手を引っ込めた。
「すまない、初対面の相手と握手する習慣はなかったかな?」
「いえ、分かりますけれど」
 ケティもまた、慌てて自分の手を差し出す。ワイルダーがほっとした様子で、その手を
握り返した。武骨でたくましい大きな手が、ケティの小さな手を軽く包み込んでいる。な
んだか変な感じだった。男同士で友情の証として握手をするのは知っているが、女性に対
して握手を求める男など、ケティは他に知らない。
(やっぱり異邦人なんだわ)
 改めて確認するのと同時に、俄然目の前の男に対して興味が沸いてくる。ケティは手を
離すと、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
749Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:05:13 ID:Pi1RQtxy
「あなたは一体どこのどなた? 先程『船』と仰っていましたけど、『塔』の間違いでは
ございませんの? それに、スペンダー……AI、というのは一体どのようなマジックア
イテム」
「その前に」
 ワイルダーは穏やかながらどこか面白がるような口調で、ケティの質問を遮った。
「出来れば、君の名前をお聞かせ願いたいんだが」
 頬が熱くなった。そう言えば、相手に聞くばかりで自分のことは何一つ言っていない。
ケティは慌てて座りなおすと、咳払いをして自己紹介した。
「失礼いたしました。私、ケティ・ド・ロッタと申します。ロッタ家の三女で、トリステ
イン魔法学院に通っております」
 ワイルダーの目が子供のような輝きにきらめいた。上の方に目を向けて、はしゃいだよ
うに言う。
「聞いたか、スペンダー」
「イエス、キャプテン。会話は全て録音されております」
「ああ、そうしてくれ。貴族に魔法、魔法学院か! 本当にファンタジーの世界らしいな、
ここは!」
 感心したように何度も頷いたあと、ワイルダーは興味深げにこちらの顔を覗き込んできた。
「ということは、君は貴族の令嬢でお姫様ってことだ。そういわれれば、確かにどことな
く気品のある雰囲気だものな」
 間近でまじまじと見つめられると、ケティの胸に恥じいるような感情が浮かんできた。
身じろぎしながら、ぼそぼそと答えを返す。
「いえ、お姫様だなんて……ロッタ家はそれほど身分の高い家柄ではありませんし」
「そうなのかい? まあ僕からすれば同じことさ。生まれてこの方、貴族の令嬢なんて見
たこともないんでね」
 そう言ったあとで、少し気まずそうに頬を掻く。
「そういうわけだから、多少礼儀作法に欠けるのは許してもらいたいんだが、どうかな?」
「ええ、構いません。楽にしてください」
 ワイルダーがほっと息を吐いた。
「やあ、良かった。テーブルマナーなんて求められたらどうしようかと思った」
「だから少しは教養を身につけるべきだと、常日頃から申し上げているではありませんか」
「うるさいぞスペンダー、宇宙の男にそんなものは不要だ」
 拗ねたように唇を尖らせるワイルダーを見て、ケティはなんだかおかしくなった。未知
の世界の住人だと思っていた男に、急に親しみが湧いてくる。彼の笑顔が、想い人である
才人にどこか似ているからかもしれない。そう思ってみると、彼と才人はどことなく似
通った雰囲気があるような気がした。たくましく、気さくで、穏やかで。貴族でないとい
うことは彼も平民なのだろうが、こんな風に何の気兼ねもなく話をすることが出来る。そ
の辺りも、やはり似ている。
「さて、ケティ」
 ワイルダーが膝の上で手を組んで、少し身を乗り出してくる。呼び捨てで呼ばれたこと
は、特に気にならなかった。
「僕にいろいろと聞きたいあるようだね。なんでも、遠慮なく聞いてくれ」
 ケティは迷った。確かに聞きたいことはたくさんあったが、たくさんありすぎてどれか
ら聞いていいのか分からない。とりあえず彼がどこから来たのか聞こう、と口を開きかけ
たところで、不意に盛大なファンファーレが鳴り響いた。驚きに体が跳ねる。ワイルダー
もぎょっとしたように、ケティの背後を見つめていた。その視線を追って振り向くと、天
井から鉄の腕に吊るされた黒い板のようなものが降りてきていた。ケティが振り向くのを
待っていたかのように、その黒い板に動く絵が映し出される。
750Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:06:22 ID:Pi1RQtxy
「無限に広がる大宇宙を駆ける、誇り高き男!」
 誇らしげな叫びと共に、実物よりもいくぶんか美化されたワイルダーの顔が大写しになる。
「その名は、キャプテン・ワイルダー! 数多の惑星を飛び回り、未知の世界を解き明か
すために深遠なる宇宙を駆け抜ける! 星の海を渡るその行く手に待ち受けるのは、栄光
か、それとも死か!」
 声と共に、次々と絵が切り替わる。派手な爆発を背景に、見慣れぬ銃を手にして走るワ
イルダー。蔦につかまって木から木へと飛び移るワイルダー。剣を片手に、謎の黒尽くめ
男を相手に死闘を演ずるワイルダー。
「進め、キャプテン・ワイルダー! その手に未来を勝ち取る日まで!」
 最後にきらりと歯を光らせて笑うワイルダーの顔が大写しになったあと、板はまた天井
に引っ込んでいった。唖然としているケティの耳に、スペンダーの真面目くさった声が聞
こえてくる。
「いかがでしたでしょうか。なおスタッフに関しましては、音響スペンダー、美術スペン
ダー、演出スペンダー、総監督スペンダー」
「おい、スペンダー」
 ワイルダーがうんざりした声で遮った。
「一体何の遊びだ、今のは」
「初めてお越しいただいたお客様にキャプテンのことを紹介するべく、秘密裏に製作して
いたCGムービーです。お気に召しませんでしたか?」
「当たり前だ。見ろ、ケティの顔を。すっかり動転しているじゃないか」
 名前を呼ばれて、ケティははっとしてワイルダーの方に向き直った。
「あの、今のは一体」
「イカれたAIの悪ふざけだ。気にしてくれなくていい。スペンダー、船長命令だ。しば
らく黙ってろ」
「了解いたしました、キャプテン」
 悪びれない声で答えて、スペンダーが黙り込む。「まったく」と呟いたあと、ワイル
ダーは苦笑気味に言った。
「まあ、さっきのふざけたムービーも、ある程度正しくはあるんだが。僕は確かに、未知
の宇宙を旅してその情報を持ち帰る探検者だ。この惑星も、知的生命体らしきものが確認
されたので降りてみたわけだし。でもまさか、ここの人間がここまで僕らに似ているとは
思いも」
「あの」
 ケティはためらいつつも、ワイルダーの話を遮った。
「なんだい、ケティ」
「いえ、先程仰った、宇宙だとか惑星だとかいった単語の意味が、よく分からなかったもので」
「ああそうか、うっかりしていたな」
 ワイルダーはぴしりと自分の額を叩いたあと、穏やかに笑った。
「分かった、じゃあその辺りから説明しようか」
 そして、ワイルダーはケティが今まで想像したことすらなかった事実を語り始めた。
 青い空の向こう、無限に広がる大宇宙。風も空気も上下左右の区別もない、広大な星の
海。その海を駆け抜け、星から星へと旅する探検者。その探検者が乗り込む、ロケットと
いう名の巨大な船。
「それでは、このハルケギニアも、そういった『星』の中の一つだと仰いますの?」
「そういうことだね。この世界で信奉されているのが地動説か天動説かは知らないが、現
実は僕が今説明した通りだ。夜空に瞬く星々も、多くはここと似たような世界なんだよ」
 ワイルダーはケティの呆然とした表情を楽しむように言う。彼の言うことが全て理解で
きたわけではなかったが、嘘ではないこともなんとなく分かった。王都で持て囃されてい
る人気者の吟遊詩人ですら、ここまで馬鹿げた物語を作り出すことは出来ないだろう。ワ
イルダーが語った世界は、ハルケギニア住人の想像の範疇を超えている。逆に言えば、そ
れが信じるに足る証拠にもなり得るのだった。
751Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:06:57 ID:Pi1RQtxy
「この『塔』も、ロケットという名の船だと?」
「ああ。こいつは」
「恒星間移動すら可能な空間跳躍航法を実装した、最新式のブラッドベリ型ロケットです、
ミス・ロッタ」
 スペンダーの声が会話に割り込んだ。
「人類史上最も効率的かつ高性能な超小型対消滅エンジンと、その燃料を船内で生産する
ための超小型反物質生成プラントを完備し、長期間宇宙を旅する乗員にもストレスを与え
ないよう、徹底的に配慮された居住スペースを備えております。そして何よりも特徴的な
のは、ロケット全体の機能を保持、管理、制御するこの私、アシモフ式第7世代型陽電子
頭脳、スペンダーでありまして」
「スペンダー」
 ケティにはさっぱり意味が分からない説明を捲し立てるスペンダーの声を、ワイルダー
が不機嫌そうに遮った。
「僕はさっき、黙ってろと言ったはずだが」
「『しばらく』とも仰いました。その時間はもう終わったものと判断したのです、キャプテン」
「分かった。じゃあ今度は、僕がいいと言うまで黙ってろ」
「了解しました、キャプテン」
 またも生真面目な声で答えて、再度スペンダーが黙り込む。「まったくあいつは」と疲
れたように肩を落とし、ワイルダーが頭を掻く。
「おしゃべりな奴で、すまないね。だがまあ、やっぱり説明自体に嘘はない。この船は星
の海を旅するためのロケットなんだ。昨日の夜この森に着陸したあと、観測ユニットを
放って周辺を探索させていたところに、君が来たわけさ」
「でも、こんなに大きなものが空から降りてきたら、いくら真夜中でも誰かが気付くと思
いますけれど」
「ああ、この船には光学迷彩……要は透明になれる機能があってね。君がここに来る少し
前までは姿を消していたのさ。その頃になって急に機能が不調になったとスペンダーが言
い出したものだから、仕方なく僕自身が船外に出てチェックしていたんだ。さて」
 ワイルダーは椅子の上で居住まいを正し、じっとケティを見つめた。
「今の説明である程度推測できたかもしれないけれど、このロケットの存在は、本当なら
誰にも知られてはならない。特に、ここのように……ああ、気を悪くしないでくれ……ま
だ文明が未発達な惑星の住民にはね」
「どうしてですか?」
「もちろん、混乱が起きるからさ。自然な文明発展に悪影響を及ぼすし、何より精神的に
未成熟な文明に過ぎた力を与えるわけにはいかない。本当なら、これほど深く接触して、
自分の素性を明かすこと自体、惑星同盟間規約で禁じられているんだよ」
 前半はよく分からなかったが、後半の「禁じられている」という部分に、ケティは罪悪
感を覚えた。
「つまり、あなたは今、規則を破ってしまっているのですね」
「まあ、そういうことになるかな」
「ごめんなさい、わたしのせいで」
 身の縮むような思いを味わうケティに、ワイルダーは気楽に言った。
「いや、別に君のせいじゃないよ。どちらかと言うと油断していた僕らが悪いんだ」
「でも」
「ただまあ」
 ワイルダーは少し言いにくそうに切り出した。
752Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:07:44 ID:Pi1RQtxy
「こちらの事情を分かってもらえたのなら、僕らのことは秘密にしておいてもらえると助
かる。君のご両親や、友人にも喋らないでいてもらえないか?」
「ええ、それはもちろんです。ロッタ家の家名に賭けてお約束しますわ」
「本当かい? ありがとう、すごく助かるよ」
 安堵しきったワイルダーの声を聞くと、またもケティの中で好奇心が首をもたげてきた。
「参考までにお聞きしたいのですけれど、もしもわたしが喋ってしまった場合、どうなる
のですか?」
「そのときは、急いでこの星から出て行くだけさ」
 ワイルダーは肩をすくめた。
「このロケットがなくなれば、誰も君の話を信じなくなるだろうからね」
「それもそうですわね」
 ケティもまた、ほっと息をつく。喋れば誰かに害が及ぶような、危険な秘密を知ってし
まったわけではなさそうだ。ふと窓の外を見ると、外の森が黄昏の色に沈みつつあるのが
見えた。
「ああ、わたし、もう学院に帰らないと」
 慌てて立ち上がると、ワイルダーが少し残念そうな顔で呟いた。
「そうか、もう帰ってしまうのか。残念だな、君の話もいろいろと聞かせてもらいたかっ
たんだが」
「え、わたしの話ですか?」
 思いがけない言葉に、ケティの胸が高鳴る。ワイルダーは立ち上がりながら頷いた。
「ああ。どうせ規則を破ってしまっているんだし、住人の口から直接この世界のことを聞
いた方がいろいろと得だろうしね。君がさっき言っていた、魔法というのも見せてもらい
たいし……まあ、無理強いはしないよ。君にも君の都合があるだろうしね」
 話しながら、ワイルダーは壁の一角に歩み寄る。それを待っていたかのように空気が抜
けるような音がして、壁が四角く切り取られて向こう側に倒れた。その先には、暮れなず
む森が広がっている。白い部屋に差し込む黄昏の光に、ケティは目を細める。入り口の階
段を下りると同時に、緩やかな風が木の葉のざわめきを運んできた。
「さて、それじゃさよならだ、ケティ」
 低い階段の上に立ち、ワイルダーが眉を傾ける。
「送っていけなくて申し訳ないね。本当なら、君のような女の子をこんな時間に一人歩き
させたくはないんだが」
「いえ、大丈夫です。この森のことはよく知っていますし」
 そう言ったあと、ケティは迷った。先程から、ある思いつきが心の中をぐるぐると駆け
巡っている。だが、それを言ってしまって迷惑にならないものか。
「あの、もし、よろしかったら、なんですけど」
 散々悩みぬいた挙句に、ケティは思い切って切り出した。ワイルダーが、驚いたように
目をしばたたく。
「なんだい、急に?」
「いえ……あの、もしよろしければ、またここに来てもいいでしょうか? ああ、もちろ
ん、この船のことは誰にも話しませんので」
「本当かい?」
 ワイルダーの顔に喜びが広がる。彼は階段を駆け下りてきて、ケティの小さな手を
ぎゅっと握り締めた。その熱烈な仕草に、ケティは自分の頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、ケティ。もちろん大歓迎さ。楽しい話をたくさん聞かせておくれよ」
 上下に手を振るワイルダーを見て、ケティは恥じらい混じりの不安に襲われた。
「そんな、わたし、きっと大したことは話せませんわ」
「いやいや。僕にとって、未知の世界の話はなんだって心が躍るんだ。是非ともここに
通って、いろんな話を聞かせてほしい。ああ、もちろん」
 ワイルダーは悪戯っぽく片目をつむった。
「君だけを特別に招待するわけだからね。必ず一人で来てくれよ。僕としては、それだけ
約束してもらえればいい」
「わたしだけ、特別」
 なんとも言いがたい感動が湧き起こる。今まで何も持っていなかった自分が、ついに他
人が持っていない秘密を手に入れた。その事実に、小さな胸が激しく躍った。
753Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:08:36 ID:Pi1RQtxy
(特別な人間になれば、サイトさまとも少しはお近づきになれるでしょうか)
 わけの分からない理屈だと思いつつも、心は勝手に楽観的な想像を弾き出す。
「分かりました。ここに来るときは、必ず一人で来ますから」
「うん、そうしてくれ。いやあ、楽しみだなあ」
 上機嫌に頷いているワイルダーを見ていると、ケティもまた楽しい気分になってきた。
思えば今日は彼に驚かされっぱなしだったから、最後に少し仕返しをしてやろうと、いつ
になく愉快なことを考える。
「それでは失礼いたします、ミスタ・ワイルダー」
 ケティはスカートのポケットに入っていた自分の杖を取り出した。手の平に収まる程度
の大きさのそれを振り上げ、小さく詠唱する。ワイルダーは怪訝そうに眉をひそめていた
が、ケティの体がふわりと浮き上がるのを見て、大きく目を見開いた。
「こりゃ凄い! おいスペンダー、記録しているか? ……ああ、喋ってもいいぞ」
「イエス、キャプテン。全て記録しております。驚くべき現象です」
「ああ。これが魔法というものなんだなあ」
 深く感動しているらしいワイルダーを見ながら、ケティは出来る限り優雅にお辞儀をした。
「それではミスタ・ワイルダー、ごきげんよう。良い夢を」
「ああ、お休みケティ。次に君が来るのを楽しみに待っているよ」
 大きく手を振るワイルダーに背を向けて、ケティは空に舞い上がった。少し飛んでから
振り返ってみると、あの大きなロケットは跡形もなく消えている。確かに、これならば自
分以外の人間は気付きもしないだろう。
(そう。あの船のことは、わたしだけの秘密)
 胸中で呟きながら、ケティは今までにないほど軽やかに空を飛び、学院に戻った。
 その日の夜、再び集まった友人たちと話している最中も、その顔には絶えず微笑が浮か
んでいた。

 翌日以降、それまでの憂鬱さから一転して、ケティは楽しい毎日を送るようになった。
 とは言え、昼間の生活にはさして変化がない。相変わらずあまり楽しくない授業を受け
て適当に課題をこなしつつ、友人たちとお喋りをしたりして、ひたすら放課後になるのを待つ。
「なんかさ、ケティ、最近やけに楽しそうだよね」
「いえ、そんなことありませんよ。わたし、至って普通ですわ」
 今はもう試験管を振るのを止めたコゼットが疑わしそうに言うのに対し、すまし顔で答
えるのが楽しくてたまらない。
 授業が終わると、ケティは人目を避けてこっそりと学院を抜け出し、森の道を足早に駆
けてワイルダーのところに向かう。ロケットは、ケティがあの広場に姿を見せると同時に
擬装を解き、入り口を開けて迎えてくれる。
「やあ、いらっしゃいケティ。待っていたよ」
 ワイルダーはいつも、入り口の階段の上に立ち、両手を広げてケティを歓迎してくれた。
 彼の格好は毎日違うものになった。最初の日は魔法学院の教員が着ているようなローブ
姿で、次の日は商人風だった。三日目に着ていた騎士風の衣装が一番似合っていたのでそ
う言ってやると、その日以降はずっとその服で迎えてくれるようになった。
「ところで、その服はどうやって調達いたしましたの?」
「スペンダーが用意してくれるのさ」
「まあ、彼はそんなことも出来ますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。ベッドメイクから調理、裁縫に至るまで、何なりと私にお申し
付け下さい」
754Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:09:09 ID:Pi1RQtxy
 平坦ながらもどこか得意げなスペンダーの声を聞いて笑いながら、ケティはあれこれと
取りとめもないことを話す。生まれ育った領地のことや、賑やかな領地のこと、魔法学院
での少々退屈な生活のことや風変わりな友人たちのことも話した。中には自分で話してい
てあまり面白くないなと思うことも多かったが、ワイルダーは退屈そうな様子を見せるこ
ともなく、どんな話でもとても興味深そうに聞いてくれる。ただ、才人に関することだけ
は一切話さなかった。想い人に似たところのある目の前の男性に、自分のうじうじしたと
ころを知られたくなかったのだ。
 それはそれとして、ケティの方でも、様々なことをワイルダーから聞いた。そのおかげ
で、ロケットのことやスペンダーのことも、ある程度は理解できるようになった。
「観測ユニット、でしたっけ。最初の日にわたしが驚かされた、蜘蛛のような形をしたものは」
「ああ、そうだ。今は外装をこの惑星の生き物のものに張り替えて、近くの町や村に潜り
込ませているよ。ひょっとしたら、君の学院に迷い込む野良犬の中にも、僕の放った観測
ユニットが紛れ込んでいるかもしれないね」
 そう言いながら、ワイルダーはその観測ユニットの内の一体を見せてくれた。抱き上げ
た子犬には体温すらあったが、皮膚一枚隔てた向こう側には、確かに金属の感触がある。
だが傍目には本物にしか見えず、抱き上げたケティの臭いをふんふんと嗅ぎまわる仕草も
子犬そのものだ。これでは誰も気付かないだろう。
「よく出来ていますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。この通り精密な作業もお手の物、アシモフ式第7世代型陽電子
頭脳、スペンダーをどうぞよろしく」
「調子に乗りすぎだぞ、スペンダー」
 たしなめるワイルダーの声にくすりと笑いながら、ケティはテーブルの上の紅茶を啜る。
対面に座ったワイルダーはあの黒い飲み物……コーヒーを飲んでいるが、ケティはあの苦
さを思い出すと未だに顔をしかめてしまう。
「よくそんな苦い飲み物を平気で飲めますわね」
「苦みばしった大人の味さ。なに、君にもその内分かるようになるよ」
 ワイルダーは何やら深みのある笑みを浮かべて、今日も美味そうにコーヒーを啜っていた。

 空の向こうからやって来た旅人たちとの出会いから、もう二週間ほどの時間が過ぎていた。
 その日ケティは、コゼットの薬草採取に付き合って森に足を踏み入れていた。何やら上
の空で考え込んでいる様子のアメリィと、いつも通り歩きながら手鏡を覗き込むエリアの
姿もある。
「コゼっち、あんまり奥に入りすぎると、学院に戻るのが遅くなっちゃいますよー?」
 手鏡をしまいこみながら、エリアが不満げな声を上げる。コゼットは木の根元を覗き込
みながら、気のない返事を返した。
「大丈夫だって、ちょっと薬草探すだけなんだからさ。でもこの辺にはなさそうだなあ」
 ぼやくように言いながら、コゼットはどんどん森の奥に進んでいく。エリアが可愛らし
く唇を尖らせる。
「もう。最近この辺りではぐれワイバーンが目撃されたって話もあるんですよ? 危ないです」
「大丈夫だって。そんなもん、出てきたって氷付けにしてやっからさ」
 気安く請け負うコゼットは、止まる気配など微塵も見せない。ケティは少し不安になっ
てきた。
(このまま進んでいくと、あの広場まで着いてしまいそうなんですけど)
 その不安は的中し、コゼットはとうとう、あの広場に足を踏み入れてしまった。もちろ
ん、ロケットは影も形も見当たらない。あちらではケティを確認しているはずだが、他に
も人がいるから姿を現せないのだろう。
「ねえコゼット、早く戻りましょう。そろそろ日が落ちてきますわ」
「そんな心配すんなよ。いざとなったらフライで帰ればいいじゃん」
「それはそうですけど」
 ケティは口ごもった。コゼットをこの広場から追い出すための、上手い言い訳が思い浮
かばない。だが、姿を消したロケットが鎮座しているであろう辺りを見ていると、ほんの
少しだけわくわくするような、楽しい気持ちになるのも事実だった。
755Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:09:44 ID:Pi1RQtxy
(やっぱり、わたしだけ特別なんだわ)
 周辺に生えている木の根元を探っているコゼットは、すぐそばに自分の想像の範疇を超
える乗り物が存在していることになど、少しも気がついていないだろう。広場の入り口辺
りで談笑しているアメリィとエリアも同様だ。今この場において、ロケットのことを知っ
ているのはケティだけだ。その優越感に満足げな笑みを浮かべていると、不意にエリアが
驚いたような声を上げた。
「まあ、本当なんですかそれ」
「うん」
 振り向くと、アメリィが恥ずかしそうに頷いているのが見えた。口許を隠す左手の人差
し指で、青い宝石をはめ込んだ指輪がきらりと光っている。「わたしはブスだから」が口
癖で、装身具の類を収集はしても決して身につけはしないアメリィにしては、珍しいこと
だ。アメリィは青白い頬をかすかに染めて、ぼそぼそと喋っている。
「それで、どうしたらいいのか、分からなくて」
「それはもちろん、ちゃんと答えてあげるべきですよ。嫌いではないんでしょう?」
「うん。活発だけど優しくて、むしろ好感を持ってるぐらい」
「それはなによりです。帰ったら早速おめかししましょうね」
「でも、ちょっと怖い」
「大丈夫ですよ、アメりんはとっても可愛らしいお顔なんですから、ちょっと髪型を変えれば」
「あの」
 楽しげに話しこんでいる二人の間に、ケティは遠慮がちに割り込んだ。
「お二人とも、何の話をなさってるんですの?」
「ああケッちゃん。実は、アメりんがですね」
 とエリアが話し出したところで、「いってーっ!」という叫びが後ろから聞こえてきた。
はっとして振り向くと、いつの間にか広場の中央付近に移動していたコゼットが、頭を押
さえてしゃがみ込んでいる。
(まずい……!)
 あの辺りは、ワイルダーたちのロケットがあるはずの場所である。焦るケティの横を通
り過ぎて、アメリィとエリアがコゼットに駆け寄る。
「どうしたの、コゼット」
「なにが痛いんですの、コゼっち。自分の存在?」
「ちげーよバカ! 今、何かに思いっきりぶつかったんだよ!」
「何かって、なんですか? 何もありませんけど」
 不思議そうに周囲を見回すアメリィとエリアのそばで、コゼットも立ち上がりながら首を傾げた。
「っかしーな。確かに、なんかスゲー硬いものに頭ぶつけたんだけど……この辺りだったかな?」
 コゼットが何もない空間に向かって怪訝そうに手を伸ばす。その辺りが、ちょうどロ
ケットの外壁のある場所だ。ケティが叫び声を上げそうになったとき、突然野太い咆哮が
轟いた。驚き、立ちすくむ四人の前に、森の奥から大きな影が進み出てくる。人間より一
回りも二回りも大きく、薄汚れた体。ぎょろりとした赤い瞳と、豚のような醜い顔。オー
ク鬼と呼ばれる亜人だった。
「なんでこんなとこにぃ!?」
 悲鳴を上げるコゼットの前で、オーク鬼は再度咆哮を響かせながら、持っていた棍棒を
大きく振り上げた。その近くに立っていた三人が、慌てて逃げ出す。一瞬後、振り下ろさ
れた棍棒が、凄まじい轟音と共に広場の地面を抉り取った。
「コゼっち、氷づけにするんじゃなかったんですかー!?」
「アホ、んなこと言ってる場合か!」
「早く逃げないと」
 三人は各々杖を取り出して口早に詠唱すると、ふわりと空に舞い上がった。一人残され
たケティは、恐ろしいオーク鬼を前に棒立ちしていた。動かないのではなくて、足が竦ん
で動けないのだ。オーク鬼は、そんな彼女の前にゆっくりと歩いてきて、醜く大きな鼻を
ひくつかせながら、涎の滴る口を開いた。
「ご友人方の後を追った方がいいのではないですか、ミス・ロッタ」
「……え?」
 突然オーク鬼の口から吐き出された理性的な言葉に、一瞬ケティの頭が真っ白になる。
だが、すぐに正気を取り戻して、驚きと共に叫んだ。
756Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:10:18 ID:Pi1RQtxy
「もしかして、スペンダー!?」
「しっ! 声が大きいですよ、ミス・ロッタ」
 言われて、ケティは慌てて口を塞ぐ。だが、胸の動悸は治まらなかった。目の前にいる
のはどう見ても凶暴なオーク鬼なのに、何故スペンダーの声で話しているのだろう。少し
考えて、答えに思い当たる。
「もしかして、これも擬装した観測ユニットの内の一体、とかですか?」
「さすがに聡明でいらっしゃいますね、ミス・ロッタ。そう、こんな風に人が近づいてき
たとき、驚かして追い払うつもりで製作していたのです。よく出来ているでしょう」
 オーク鬼は涎を垂れ流しながら、口が裂けたような笑みを浮かべる。荒っぽい息遣いと
いい立ち上る臭いといい、どう見ても本物にしか見えない。今さらながら、常識を超えた
技術力に感心してしまう。
「さ、怪しまれない内に早くお行きなさい、ミス・ロッタ」
「ええ。ありがとう、スペンダー」
「いえ。ただ、出来るならばこんな物を秘密で作っていたことをキャプテンに叱咤される
とき、私を庇っていただけるとありがたいのですが」
「分かりましたわ」
 スペンダーの平坦ながらも冗談めかした言葉に笑って頷きながら、ケティもまた友人た
ちを追って空に浮かび上がった。
 木々の上まで飛んだとき、物凄い勢いで降下してきたコゼットとぶつかりそうになって、
慌ててその場に静止する。コゼットはほんの少しだけ行き過ぎてしまってから、抱きつか
んばかりにケティのところに戻ってきた。
「大丈夫か、ケティ!? 怪我してないか、貞操は守られているか!」
「興奮しすぎですわ、コゼット、言葉が意味不明になってます」
 落ち着かせるように言うと、コゼットはようやく少し冷静さを取り戻したようだった。
厳しい顔つきでケティの体を上から下までじっくりと眺め、ほっと息をつく。
「良かった、あの豚野郎にヤられちまったのかと思ったよ。可愛いケティの顔に傷でもつ
いたらどうしようかと思った」
「コゼっち、その言葉はなんだかちょっとあやしいですわー」
 ふざけ半分に身をくねらせながら、エリアも下りてくる。その隣に浮かんだアメリィが、
長い前髪の隙間から、じっと広場の方を見つめていた。
「こんなところにオーク鬼が出るなんて」
「どうしましょうねえ。学院の先生方に話したほうがいいんでしょうか」
 ちょこんと首を傾げるエリアに、ケティはまたも焦った。そんなことをしてこの辺りを
兵隊がうろつくようになったら、ロケットが発見されてしまうかもしれない。
 幸いにも、その危惧は「ダメだ!」と叫んだコゼットによって払われた。
「この辺、結構穴場もあるんだぜ! 人が入るようになったら、レアな薬草根こそぎ採ら
れちまうかもしんねーじゃん」
「コゼっちほどの薬草マニアなんて、それほどたくさんはいないと思いますけれど」
 エリアが苦笑する。
「でも、確かに話さないほうがいいかもしれませんね。変に騒ぎが大きくなって、事情聴
取とかで時間をとられるのも嫌ですし」
「面倒なのは嫌」
 アメリィもぼそりと同意する。コゼットが赤い髪を乱暴に掻いて、フケを風に吹き散らさせた。
「とは言えあんなのがいるんじゃ、しばらくは森に入らない方がいいかもな。どうせ群か
らはぐれただけだろうから、すぐいなくなるだろうけど」
 ケティはほっと胸を撫で下ろした。同時に、また少し嬉しくなる。
(あのオーク鬼が偽物だと知っているのも、やっぱりわたしだけ)
 先ほどのオーク鬼の恐ろしさ、醜さについて口々に語っている友人たちに取り囲まれな
がら、ケティはまたも優越感に浸った。
 だから、広場でアメリィとエリアが話していたことについては、翌日になるまですっか
り忘れてしまっていた。
757Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:11:26 ID:Pi1RQtxy
 森で偽物のオーク鬼と遭遇した翌日、いつものようにワイルダーのロケットで話しこん
だあと、ケティは日が落ちる少し前に学院に帰還した。寮の自室に戻ろうとしてヴェスト
リの広場に差し掛かったとき、遠くから聞こえてきた歓声に足を止める。その方向を見や
ると、ベンチが置いてある辺りに、何やら大きな人だかりが出来ていた。彼らは全員魔法
学院の生徒のようで、絶え間なくざわつきながらも、時折一際高い歓声を上げている。
(なんでしょう?)
 首を傾げながら、ケティは群集に近づいた。近づくにつれて、人だかりの中心が少しだ
け高くなり、そこから眩い光が放たれているのが分かった。もっとよく見ようと「レビ
テーション」の魔法で空に浮かび上がり、ぎょっとする。人だかりの中心にいたのは、よ
く見知った人物だった。
「アメリィ!?」
 叫び声が、群衆の上げた歓声にかき消される。その中心で、アメリィはきらびやかな光
を放っていた。土魔法によるものか、台のように隆起した地面の上に立ち、周囲の生徒達
に向かって笑顔を振りまいている。眩い光は服から放たれていた。よく見ると、魔法学院
の制服に、彼女のコレクションと思われる宝石が無数に縫い付けられている。その一つを
無理矢理もぎ取って、アメリィは歌うように叫んだ。
「幸せをおすそ分けーっ!」
 先ほどの宝石が、アメリィの手から空に向かって高々と放り投げられる。彼女を取り囲
んでいた群集が歓声を上げ、落ちてくる光の粒を追いかける。酔っ払ったような笑いと共
にそれを見下ろしながら、アメリィはまた宝石を一つもぎ取り、心底楽しそうに叫んだ。
「皆さんも、わたしみたいに幸せになっちゃってくださーい!」
 彼女が叫ぶたび、煌く宝石が次々と夕暮れの空に舞い踊る。それを追って右往左往する
群衆の頭上に浮かびながら、ケティは呆然とアメリィを見下ろしていた。
 ケティの知るアメリィは、内気で大人しい少女である。いつも泣いているように潤む黒
い瞳が可愛らしいが、本人は自信のなさから長い黒髪でそれを隠してしまっていた。「わ
たし、ブスだから」が口癖であり、気心の知れた友人の中にあってさえ、いつも遠慮がち
にぼそりと発言するような臆病な人間だったはずだ。
 その彼女が長い黒髪を勢いよく躍らせ、夕暮れの空に向かって高らかに笑い声を響かせ
ながら、景気よく宝石を投げまくっている。頭のネジが外れてしまったようにしか思えな
いその行動は、冷静に見るとかなり痛々しい。しかし、内から溢れ出さんばかりの歓喜と
生命力に満ちているのも確かで、見ている者に不思議な高揚をもたらすものでもあった。
 そのアメリィが、上空に浮いているケティに気付いて、にっこりと笑いかけてきた。ど
きりとするほど魅力的な笑顔だった。入学して以来、長い間友人として付き合ってきたつ
もりだったが、アメリィのそんな表情を見るのは初めてのことだ。
「ケティーッ!」
 アメリィが叫ぶ。服に縫い付けられていた宝石の中でも一番大きなものをもぎ取り、大
きく腕を振りかぶった。
「あなたも、怖がらないでーっ!」
 力強い叫びが、ケティの胸に突き刺さる。呆然とする彼女の前に、山なりの軌道を描き
ながら宝石が飛んできた。ケティは慌ててそれを掴み取る。手を開くと、数日前にアメ
リィが見せていた、青く大きな宝石が零れんばかりの輝きを放っていた。驚いて彼女の方
を見ると、コゼット顔負けの満面の笑みが返ってくる。
「一緒に頑張ろうね、ケティ!」
 アメリィは楽しそうに叫んで、また宝石をばらまき始める。校舎の方からミセス・シュ
ヴルーズが顎の肉を揺らしながら走ってきて、「あ、あなたたち、これは一体何の騒ぎで
すか!?」だのと喚いていたが、いよいよ熱狂が頂点に達した群集に飲み込まれ、もみく
ちゃにされてしまった。
 そうして日が完全に落ちかける頃、アメリィはようやく全ての宝石をばら撒き終わった。
一礼した彼女を、群集の盛大な拍手が包み込む。その中から一人の少年が歩み出て、大き
く両手を広げてアメリィに近づいた。
758Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:13:25 ID:Pi1RQtxy
「とても素敵だったよ、僕のアメリィ!」
「ありがとう、アルテュール! あなたが見守っていてくれたおかげよ!」
 アメリィは台状に隆起した地面を蹴って空中に身を躍らせ、勢いよく男子生徒の胸に飛
び込んだ。二人は抱き合ったままくるくると回り、止まったかと思うと何度も何度も音高
くキスを交し合う。人だかりの中から、無数の口笛と煽るような拍手が飛び出した。本当
にここは魔法学院の敷地内なのか、と疑ってしまうほどの馬鹿騒ぎだ。まるで場末の酒場
の中のようである。
 こうして、ケティには全くわけが分からないまま騒ぎは終わりを告げ、群衆の中でもみ
くちゃにされたミセス・シュヴルーズは、全治一週間の怪我を負った。

「……で、なんで反省文書かされてんの、あたしたち」
「そりゃ、悪いことしたわけですから」
 憮然とした表情で机に向かっているコゼットに、エリアが愉快そうに笑いながら答えを
返す。彼女の細い指先で、黒く長い髪が様々な形に束ねられては、また解かれていく。
「あの薬、効きすぎ」
 その髪の主、いつも以上に青白い顔で呟くアメリィもまた、部屋の中にあるテーブルに
向かって一生懸命反省文を書いているところだった。もちろん、夕方の騒ぎの後始末である。
 あれから、まださほど時間は経っていない。だが、騒ぎを起こした張本人であるアメ
リィはすぐに学院長室に連行されて事情を聞かれ、連鎖的にコゼットも呼び出されてこっ
てり絞られたらしい。結果的には反省文を書くだけで許されることになったので、まあ寛
大な処置と言えるだろう。
「学院長を説得するのなんて楽勝ですよー。ちょっとこう、胸元をはだけさせて片目を瞑
ればイチコロです」
 何故か同行したエリアは、そのときのことを実演しながら気楽に笑っていた。
 今、四人がいるのはコゼットの部屋だ。とても年頃の少女の居室とは思えないほどに散
らかっており、特に得体の知れない薬やら薬草の束やらがなんとも言えぬ不気味な雰囲気
を醸し出している。
「やっぱ、シュヴルーズのババアを怪我させたのがまずかったんだろうなー」
「そもそもあんな騒ぎを起こしたこと自体、よくないことでしょうに」
 悔しそうなコゼットのぼやきに、ケティは呆れて溜息をついた。
 アメリィがあんな風になってしまったのは、コゼットが作った薬を飲んだのが原因らし
い。二週間ほど前、コゼットが絶えず試験管の中で振り混ぜていた、あの薬である。
「いやー、栄養剤作ったつもりだったんだけど、体だけじゃなくて心の方にまで過剰に栄
養がいっちゃったみたいでさー。ほんと、やっちゃったぜって感じだよな!」
 コゼットはそんな風に笑って誤魔化そうとしたが、罰からは逃れられなかった。
 だが、彼女以上にケティを驚かせたのは、アメリィが薬を飲んだその理由であった。
「実は、ちょっと前に、アルテュールから求愛されていたの」
 学院長室から帰ってきて、薬の効果もようやく消えたアメリィは、いつもどおりのか細
い声で、恥ずかしそうに告白した。アルテュールというのは夕暮れの広場でアメリィと抱
き合っていたあの男子生徒である。彼の気さくな人柄は内気なアメリィの心を強く惹きつ
けたが、その求愛を受けるかどうかについては迷いがあったという。
「わたし、ブスだし暗いし、彼に何かしてあげられるとは思えなかったし」
「そんな風にいつも通りのネガティヴ思考を繰り広げてたアメりんに、コゼっちが例の薬
を一発盛ったわけですよ」
「で、身も心もスゲー元気になったアメリィは、見事アルテュールの告白を受けて、幸せ
一杯夢一杯でみんなに宝石をばらまきだしたってわけだな」
「あの薬、効きすぎ」
 アメリィは少し気持ち悪そうに口を押さえていたが、青白いその顔には嬉しそうな微笑
が浮かんでいた。
「でもありがとう、コゼット。あれがなかったら、きっとアルテュールの言葉に応えられ
なかったと思う」
「なに、いいってことさ。あたしの方も、自分の薬の程度がよく分かったしね」
 終わりの見えない反省文をだらだらと書き進めながら、それでもコゼットは上機嫌な様
子だった。
「自分があんだけいい薬作れるってわかったからさ。なんか、自信湧いてきたよ」
「コゼっちったら、あれをいい薬と言い張るのは乱暴すぎますよー」
「いや、いい薬だ! なにせアメリィを幸せにしたんだしな。これからも頑張って無茶な
薬を作るぞー、おー!」
 一人で勝手に盛り上がったあと、「……なんて、冗談は置いといて」と、コゼットは少
しだけ声を落とした。
759Funny Bunny:2008/03/09(日) 23:14:15 ID:Pi1RQtxy
「真面目な話、今回のことで本当に自信ついたんだよ、あたし。入学してから初めて作っ
た薬飲んでシュヴルーズのババアがぶっ倒れて以来、いまいち自分の才能に自信が持てな
かったんだけど」
「ああ、あれは大惨事でしたよね。ミセス・シュヴルーズ、泡吹いて白目剥いてましたもの」
「あの事件のせいで『劇薬』の二つ名がついた」
 しみじみと当時を振り返るエリアとアメリィの声に、「しかぁし!」というコゼットの
声が重なった。
「ついに、あたしはやり遂げたぞ! 挫折に次ぐ挫折の上にさらなる努力を重ね、ついに
夢の尻尾を捕まえたんだ! そこで、決心した!」
「何を?」
「学院を卒業したら、アカデミーとかには進まないで故郷に帰る!」
 コゼットが椅子に片足を乗せながら断言する。豪快な動作でスカート捲れ上がり、思い
切り下着が見えてしまっているが、お構いなしだ。ケティは驚いて問うた。
「どうしてそうなるんですの?」
「元々、母様の体を治すための薬を作るってのが目標だったからね。今回の栄養剤の成分
をちょいと調整すれば、きっとそういう薬ができるはずさ」
「でも、アカデミーに進んだほうがよりよい設備で研究が進められるのでは?」
「そうかもしれないけど、やっぱり母様のそばについててあげたいしね。できれば領地の
運営だってあたしが変わりたいぐらいだったし。今回のことでようやっと決心がついたよ。
アカデミーなんかに進まなくても、あたしは十分にやれるってさ」
 コゼットは歯を見せて力強く笑う。その笑顔が、なんだか妙に眩しい。
「わたしも」
 不意に、アメリィがいった。か細いが、芯の通った確かな声音だ。
「わたしも、今回のことで、少しだけ前を向けた気がする。こんな自分でも、あんな風に
明るく、楽しく振舞えるんだって」
「かなり痛々しかったですけど」
「それでもいいの」
 茶化すようなエリアの声に、アメリィは一生懸命な口調で答えた。
「頑張れば、きっと出来ることがあるって、分かったから。きっと、アルテュールをもっ
と喜ばせられる女になれるって、思えるようになったから。だから、いいの」
 アメリィの口許に微笑が浮かぶ。エリアがにっこり笑って、アメリィの前髪をかき分け
た。潤んだ黒い瞳が露わになり、嬉しそうに細められる。
「じゃあもっと綺麗になりませんとね、アメりんは。とりあえずこの前髪は素敵な形に
カットしちゃいましょう」
「エリア、お願いできる?」
「任せてください。アメりんの愛しいアルちゅーが欲情するぐらい、セクシーに仕上げて
みせますよー」
「アルちゅーってお前、そのあだ名はねーよ。酒飲みか」
 即座にコゼットの突っ込みが入り、三人が楽しげに笑い合う。その輪から一人外れて窓
際に佇み、ケティは顔を伏せた。友人たちが一歩ずつ前に進みつつあるのだから、喜ばし
いことのはずだ。喜ぶべきなのだ。そう思ってみても、胸の奥から湧き上がってくる孤独
感が、抑えようもないほどに膨れ上がっていく。
「ねえ、ケッちゃん」
 不意に、エリアが静かな声で呼びかけてきた。顔を上げると、穏やかに問いかけるよう
な瞳が、じっとこちらを見つめていた。
「わたしたちは、みんなこの先のことを決めましたよ」
 アメリィの髪を弄りながら、エリアが気遣うような柔らかい声で語りかける。
「ケッちゃんは、どうするんですか?」
 静かながらも鋭い問いかけに、ケティは答えられなかった。コゼットとアメリィも、反
省文の紙面に向かいながら、息を潜めてこちらの様子を窺っているようだ。耐え難い沈
黙に、ケティはついに顔を伏せる。近頃の楽しい生活の中で忘れかけていた惨めな感情が、
一息に噴出してくる。一枚の絵画のように美しい才人とルイズの姿が、強く脳裏に浮かび
あがる。
「分かりません。まだ」
 ようやく絞り出した声のあまりの情けなさに、ケティはそのまま消えてしまいたくなる。
 エリアは「そうですか」とだけ呟き、また無言でアメリィの髪を弄り出した。他の二人
も黙々と反省文を書き続け、四人が集まった部屋には、いつまでも不慣れな沈黙が垂れ込
めていた。
760205:2008/03/09(日) 23:15:36 ID:Pi1RQtxy
切りのいいところなんで、そろそろ次スレへ移りますね。

↓【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合29
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205070276/l50
761名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 23:16:09 ID:PgoCT0Q1
うーむ楽しい
762名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 23:52:15 ID:wzvCs+HT
                                          ○________
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  ト、     ,.    ̄ ̄Τ 弋tァ―   `ー /  l从 |メ|_l  l_.l斗l |ヽ V |:| ̄ ̄ ̄ ̄ フ  ̄ ̄    |                  イ
  ヽ \__∠ -――く  __       .Z¨¨\   N ヒj ∨ ヒソj .l ヽ\|       / /     |                / !
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       \!      |   / 入_.V/|      >-ヘ  \:::∨::∧  ∨ ∠二 -‐ .二二 -‐ ' ´ /        /   / l.  l
 __  |\       l/V  _{_____/x|    (_|::::__ノ   }ィ介ーヘ  /  ,.-‐ ' ´           /       ____  ̄ ̄フ ∧  l
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 入ノ. ヽ  く  ヽ______7 ー―∠__    〃  l :/    :l l     \V       ヽ       \    ,.  '´
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        \  `' ┴ヘ     {    .レ__r‐|ィ‐┬、lレ' |    /  ノ`y‐一'  >、_/   / ̄ 7丶、_   丶
         \    ヽ   /`ー「と_し^´ |  |    }  ム-‐'  /     /    \_/  /  /  ヘ    \
           ヽ   _>-ヶ--∧_}   ノ  j   /` 7 ̄ ̄ ̄{      (         ̄ ̄`ー‐^ーく_〉  .ト、_>
            ', /     人__/   .ィ  {__ノ`ー'    ヽ    人     \__              {  }  |
            V     人__/  / | /           ̄{ ̄  >‐ ァ-、    \             〉ー}  j
                {  / ./  ∨      __      ̄ ̄ >-</  / ̄ ̄         廴ノ  '
      <ヽ__      /し /        < )__ \   _r‐く___/  /    < ) \     {__ノ /
        Y__>一'    /         ___r―、_\ >'   `ー' ,.  ´       >.、 \__ノ    {
     ∠二)―、       `ー‐┐    ∠ ∠_r‐--―      <__       ∠ )__          \_
       ∠)__ノ ̄`‐⌒ヽ__|>      ∠)__r―――-― ..__{>        ∠_廴,. ⌒ー'  ̄ \__{>
763名無しさん@ピンキー:2008/03/09(日) 23:52:48 ID:wzvCs+HT
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r、__ , --イ-=- '</ 从l iハヽ、|/ || \|
\〈三三wwヽ / ゝ パヮ゚ノ|}// ̄ ̄
_ r、,、  |,、/Yソl  ゝ) )水Y /==
〈V〈ノ   /ミ!;;|  (ゝイノ、/ ニニ=
. }  )   !三|;;;;|/─''´、,、<`ヽ\
/ノ、〈ヽ {二,|/ ̄/Y/ || \>-‐'´
´  \`T  / ̄l´ /─'' ̄ヾ二
764名無しさん@ピンキー
    ______     __,.  ---- 、_
   弋:ー -- 、__:::::><____     ヽ、
    ヽ: : : : : :._\:::::::::::::::::::::::`ヽ、_    \
      \>'´   ̄`´ ̄ ̄ ¨ヽ:::::::::::−‐-、_\
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      f  /      !        \: ̄ ̄ ̄ ¨ヾ≧
      |  i  _」_/  i       ヽ  ヽ: :: : : : : : :/
.      ', !  !/\  V    !   !   |: : : : : ,.イ
       V  テX、!ヽ  ヽ斗 十ト、 !   |_,.イ  !
        \|  ト心.|  ハ レ' ∨ |`ト、  |   \ ヽ、
       /| リ 、ゝツ|/ 圷七卞く.|   !     \ \
       (  八 :::: ,    ヾこソ 个  ! \    ヽ \
       \ ! \  、__   `'::::  /  /   \    !  )
   __/ ̄`<!.___ \ヽ _}     ,/  ∧     \  ! /    にゃ〜ん♪
   {:火     、 .}  `r--r::r‐_' /   ∧. \     \ (
   从::\ ヽ ヽ__}_/   ', }::::::::/   ムイ`ー―'⌒ヽ .! ヽ\
    从::::`┴f / |    ! `^フ    |-'       ∨  !  \    _
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     i.    |    人:::::::::::::::ヽ     }     ∧  ∨::::/  /
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