1 :
名無しさん@ピンキー :
2008/01/04(金) 01:31:19 ID:Wnx7zGjD
保守しないうちに落ちたようなので、新スレ立てました。
>>3 補足ありがとう。
readの前に余計な半角スペースが入ってしまったようで…申し訳ないです。
追加保守
保守保守
即死回避させないとな保守
保守ネタのひとつも書きたいんだが、あいにく二次の経験しかないもんで…… 誰か!誰かぁーーー!!
保守
保守
★
12だよ
13なのだわ
去年はクリスマスの話がなかったね。 今年は誰かバレンタインネタを書いてくれるだろうか?
保守ついでにノシ
どなたか保守ネタ投下予定の方おられませんか? 万一おられないようでしたら、明日ないし明後日に、少し投下させていただきます。 ただ、本来は4月ごろに投下する予定のものでしたので、もしどなたか投下の予定が あるようでしたら、今回の投下は行いません。 というか、どなたかお願いします。前スレの即死のあと、押っ取り刀で仕上げている ものですから…
保守です。 職人さん期待してもいいのかな?
俺、受験が終わって大学決まったら このスレに投下するんだ…
保守
こんにちは、48です。 後ろめたく、なかなか踏み切れなかったのですが、即死回避のため、緊急に投下します。 まず、あまりにも長く間を空けたことをお詫びします。何年になるのか、自分でも思い出せない ほどの間を空けてしまいました。おそらく、住人の皆さんも、私がいたころとはだいぶ入れ替わって いると思いますので、少々の自己紹介をさせていただきます。 私は、初代スレッドの48より投下を開始したことから、この名前を便宜的に使っています。 長編とそれに付随する短編を投下するパターンが多いですが、実際に完結させた長編は一篇のみ、 書きかけで放置のものが一本あります。今回投下するお話は、完結させた長編の世界を使用しつつ、 書きかけの長編の世界を混ぜ込み、そこに他の作品も叩きこんだ、魔女の大鍋のような代物です。 下敷きにした作品のうち、書きかけの長編については、これを読んでいなくても、十分に今回の お話を楽しんでいただけると思います。 完結させた長編「北の鷹匠たちの死」について、おおまかなあらすじは以下のようなものです。 「トム・クランシーの『レッド・ストーム作戦発動』の二次創作で、東西の通常戦争となった 第三次大戦を背景とした話。ノルウェー空軍の戦闘機パイロットであるスーザン・パーカーは、 捕虜になった先で、ソヴィエト空挺軍の大隊長だったセルゲイ・クレトフと恋に落ちた。戦後、 セルゲイは西側に亡命し、スーザンと結婚した」 これだけ知っておいていただければ十分です。必要におうじて作中でも言及しますしね。 しかし、あらすじとしてまとめると現実感皆無なのが悲しいところです。 他に原作とした作品は以下の2本です。 1. TVアニメ「よみがえる空 -Rescue Wings-」 2. 松村劭『戦術と指揮』 (驚け!) なお、主な登場人物と用語は以下のとおりです。 * Q島:架空の島。今回の戦場。 * LQ国:Q島の3分の2を占める国。混乱状態にある。 * L族:LQ国多数派。民族主義過激派が民兵組織(LDF)を結成し、UNQPMFと戦闘中。 * S族:LQ国少数派。L族過激派の弾圧を受け、多数が難民となっている。 * UN-Q-PMF:国連Q島平和創造軍。今回の登場人物の多くが所属する部隊。 * スタイナ・ベルグ:スーザンの上官。ノルウェー空軍准将。 * スーザン・パーカー:戦闘機パイロット。ノルウェー空軍中佐。 * セルゲイ・K・パーカー:スーザンの夫(旧姓クレトフ)。ソヴィエト空挺部隊少佐(退役)。亡命者。 * ロビンソン:パリサーの上官。UNQPMF南部方面司令官。イギリス陸軍准将。 * パリサー:浅網の上官。イギリス陸軍少佐。 * 浅網 渉:特殊部隊隊員。日本海兵隊中尉。 * シャルロット・ゴドウィン:浅網の部下。特殊部隊隊員。イギリス海兵隊2等軍曹。
「目標は撃墜された」 0. 序章 突然の暴力を前に、彼女の心はほとんど麻痺していた。しかし猛烈な異物感と痛みが、彼女に現実を否応なく 突きつけてくる。彼女の体にのしかかる男は、荒い息を吐きながら、乱暴に腰をうちつけてくる。 そのたびに、臓腑を抉られるような痛みが走った。実際に抉られていると言ってよいのだろう。 彼女はこの小学校の教師だった。買ったばかりの英語の辞書を取りにきただけ――それが間違いだった。 LDF――L族防衛軍、あらゆる意味で嘘っぱちの名前――の民兵たちが学校に入り込んで、酒を呷っている のに出くわしてしまったのである。 ただでさえ自制心の薄い連中である。酒が入っていると手のつけようがない。 抵抗は無意味だった。彼女のワンピースはずたずたに引き裂かれて床に散らばっている。 彼女の喉に一物を押し込み、頭を掴んで無理やりに前後させていた男が呻き、精液を喉の奥に放出した。 その感触に彼女は嘔吐しそうになったが、男は頭を掴んで離さず、それを飲み下させた。 それとほぼ同時に、彼女の腰をわしづかみにして乱暴に抽送していた男も、精液を彼女の胎内に注ぎ込んだ。 気管に入った精液に噎せつつ、彼女が叫んだのは、ただ純粋に絶望のゆえだった。 「助けて! 誰か!」 「誰があんたを助けてくれるっていうんだい、先生? 腰抜けのオランダ人どもか、日本人どもか?」 カラシニコフを抱えた男が嘲るように言った。 次の瞬間、男の頭から血しぶきが飛んだ。次の言葉を発そうと口を開いた姿勢のままで倒れこんだ。 カラシニコフをもったもう一人の男が後を追うように倒れた。 3人目の男がきりきり舞いをして倒れたとき、ようやく男たちは事態に気づいた。 開け放しの戸口に、黒尽くめの人影が膝立ちしていた。 彼女がそれに気づいた瞬間、彼女に向かってマスをかいていた男が呻いたかと思うと、その頭が爆発した。 血が混じった脳漿が彼女の顔に降った。 「野郎!」 彼女の腰にしがみついていた男が自分の銃に飛びつくのと同時に、野次馬の2人は慌てて銃を構えようとした。 無意味だった。戸口の人影が発砲すると同時に、窓に亡霊のような影が現れ、たて続けに撃った。 彼女の口から一物を引き抜いた男の視線は、戸口と窓の人影の間で揺れ動いた。 「莫迦なマネはよせ」 と戸口の男が警告した。 皮肉にも、その言葉がきっかけとなった。 男の口が大きく開き、絶叫する形になった。 その瞬間、男は二方向から同時に銃撃されて倒れた。一声も発せずじまいだった。 銃声がなかったために、死体が床を打つ音がひときわ大きく響いた。
「クリア!」 「クリア!」 窓と戸口の兵士が素早く周囲を確認し、銃口を天井に向けた。 「メディック、敵、3名射殺!」 「ポイント、敵4名射殺。女性1名を確保。全ての敵性目標を排除した。室内は安全」 それはもちろん、民兵でもなければ軍の兵士でもなかった。 警官でも治安部隊でもなかったし、国連の兵士とも――たぶん、違う。 警告なしの発砲、容赦なく迅速な動き。断固として正確な殺害。 殺戮の全てが無言でなされたことが、いっそう不気味だった。 静寂のうちに室内に充満する硝煙だけが、銃が使われたことを告げていた。 彼女は無意識のうちに、震える手で胸を覆った。 窓の兵士が窓枠を乗り越えて、彼女のほうに歩いてきた。 「大丈夫?」 なんと、その兵士は女だった。女性兵士は、銃を太腿のホルスターに収めて、無言のままで彼女を抱きしめた。 戸口から新しい男が現れた。 「軍曹、出発の準備だ。長居はできない。 彼女は――」 「はい。我々は遅すぎました」 シャルロット・ゴドウィン2等軍曹は体を離して、答えた。その目に光るものがあるのに、浅網中尉は気づいた。 「そうか――彼女の世話をしてくれ。我々は周縁を警戒する。終わったら呼んでくれ」 「はい、LT。3分ください」 うなずいて、浅網中尉は出て行った。 「さあ、しっかりして。あなたはもう大丈夫よ。連中は私たちが始末したからね」 ゴドウィン軍曹は、彼女を身奇麗にしてやってから、壁に掛けられていた誰かのコートをとって、かけてやった。そして、無反応な彼女の頬を張った。 「しっかりしなさい。泣くのは家に帰ってからにしなさい。奴らの仲間が来ないうちに、家に帰るの」 そして、立ち上がった。 「メディックよりシックス。準備完了」 さっきLTと呼ばれていた男が入ってきた。 「こんばんは、マーム。ひどい夜でしたね。もっと早く来られなくて申し訳ありません」 「あ…あなたは――三鷹大佐の兵隊さんですか?」 「いえ。我々は女王陛下の兵士です。これ以上は申し上げられません」
そして、思い出したように言った。 「ところで最近、難民たちの強制移送が活発になっているようですね。どこに送られているか、何かご存知で はありませんか?」 「あの――いえ。ただ、ベガ町に大きな収容所があると聞いたことがあります」 「ふむ。それはどのくらい確かでしょうね?」 「私の同期生が、ベガ町から車で20分の村にいるんです。彼女とおととい電話で話したときに聞きました」 「分かりました――どうもありがとう。 本当はお家までお送りしたいところですが、ここで失礼させていただきます。我々にも任務がありますので。 あなたも早くここを離れてください。こいつらの死体が見つかれば、厄介なことになります」 そして彼らは姿を消した。室内にころがる7つの死体さえなければ、悪夢としか思えないような迅速さだった。 そこから4キロほど離れた山中まで来て、浅網中尉はようやく隊を止めた。 「全ての徴候が、ベガ町を示している…」 そう呟いて、彼は無線機のマイクを口元に持っていった。 思ったとおり、交信の相手は、彼の話が気に入らなかった。 『ビーグル、君は気がふれたのか!? 敵との接触を避けろ、繰り返す、避けろと命じたはずだぞ!』 「奴らは民間人の女性をレイプしている真っ最中だったのだ。何もしないわけにもいかんだろう。 我々は奴らを殲滅した。他の敵には気づかれていない。 もし気づかれても、取り逃がしたオランダ兵の仕業だと思われるだろう。 我々は既に5マイル動いた。 奴らが気づくころには、さらに遠くにいるだろう」 浅網が続けて偵察の成果を報告するあいだに、〈ドグハウス〉は、どうにか自制した。 『まあいい――済んだことを言ってもはじまらないからな。 ただし、カウボーイ気取りはもうごめんだぞ!』 〈ドグハウス〉はそこで深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。 『ところで、悪い知らせがある。 今朝、オランダ大隊が正式に降伏した。保護されていた難民は、全員が過激派に引き渡された模様だ』 これで、バルゴ港方面に展開した国連の部隊は全滅したことになる。 救援に急行する三鷹大佐の日本隊は、はるか100キロの彼方。 浅網たちチーム・ナイフは、敵のどまんなかにとりのこされたのだ。
そこから200キロほど離れた首都シリウス市に、イギリス軍の現地指揮所はあった。その奥まった一角を 占めるのが、コールサイン〈ドグハウス〉――イギリス軍がこの島に送り込んだ、特殊作戦分遣隊の司令部で あった。 その司令室で、パリサー少佐は感情を抑えようとしていた。 「日本人は、冷静沈着で、感情に流されない、とかほざいたのはどこのどいつだ!?」 先月の少佐本人である。 「奴らは、非戦闘員の女性をレイプしていたのです。見過ごすわけにはいかないでしょう。 私でも自制できたか怪しいところです」 「とくにゴドウィン軍曹がいる以上はそうでしょう。女性を実戦部隊に配置することで、この種の弊害が生じる ことは予測されていました」 「まったく、なぜ別のパトロール隊を送らなかったのだ」 陸軍将校のぼやきに、海兵隊の士官が反論した。 「チーム・ナイフの作戦地域では、日本隊との連携も必要になってきます。我々の手持ちに日本人がいる以上、 彼を指揮官とすることに反対すべき理由はありません――合理的とすら言えます。 また、平和創造のような任務では、女性隊員にしかできないこともあります」 「この件については討議済みだ」 とパリサー少佐が終止符を打った。 「浅網中尉は十分な成果を上げている。彼のような人材を送ってくれた日本海兵隊に感謝しようではないか。 よし、問題は難民たちの行方だ。 チーム・ナイフの偵察は、ベガ町に最終的な移送先があると言っている」 「通信諜報も、それを裏付けています。ここ数週間、ベガ町周辺での交信が活発化しています。 37ミリ機関砲が設置された徴候すらあるのです」 「37ミリ高射砲を装備しているとなると、少なく見積もっても大隊クラスですね」 「ベガ町のオランダ小隊が降伏して一週間たっている。いま配備を増強するのは、明らかに異常だな」 パリサー少佐は腕を組んだ。 「ジェミニ丘陵周辺での航空活動は、国連PMF司令部によって厳しく規制されています。 衛星を使うこともできますが、そうすると、我々の本来の警備区域の偵察に支障が出る恐れがあります」 「よし。チーム・ナイフをベガ町に移動させよう」 その30分後には、“チーム・ナイフ”の4名の海兵隊員は、荷物をまとめてベガ町へと移動を開始 した。明日の昼ごろには到着できるだろう――敵と遭遇しなければ、の話である。 # プロローグは以上です。引き続き第1章投下に入ります。 # ところでこんなに久しぶりなのにトリップ・キーを覚えてたって、けっこうすごいと思いません? # せっかく思い出したので、ぜひ活用してください。NG指定とか。
第1章 この世界の某所に、Q島という島がある(と思っていただきたい)。その大きさは九州と四国を合わせた 程度、熱帯性の気候、島の中央付近から西海岸中央部には豊富な鉱物・石油資源があることが分かっている。 この島はもともと、オランダ人によって発見された。しかしオランダの衰退にともない、フランスの占領下に 入り、以後、1950年代前半まで、その植民地となっていた。 現在、Q島にはおおよそ3つの民族が住んでいる。 1つめが少数民族のM族。モンゴロイド系で、わずか3%しかいない。Q島にもっとも早く現れた人々で、 三角帆の小舟で大洋を駆け巡った海の民であるが、今では国内での発言力はほとんどない。 2つは、オランダ系入植者を祖にもつS族。Q島住民の25%に過ぎないが、フランス植民地時代には支配層に あって他の人々を酷使し、現在も経済界の主要なポストはS族の手にある。 3つめが、原住民族のL族。黒人とインディオ系の混血で、Q島住民の70%を占めている多数派である。 フランスからの独立のときには、これら三民族は一丸となって戦った。 しかし独立後、おきまりの内紛になった。とくにL族とS族の対立は激しく、ついにQ島は分裂した。 S族が多い南部の一部地域は、立憲君主制をとる王国となり、SQ国と呼ばれた。 一方、それ以外の地域は、社会主義をとる社会共和国となり、LQ国と呼ばれた。 このような経緯で、LQ国内では、もともと少なかったS族はさらに少なくなった。 さて、社会体制からご想像いただけると思うが、LQ国は東側、SQ国は西側の陣営にくわわり、Q島のなか でも冷戦が戦われた。 それはしばしば熱い戦いとなり、30年あまりの間におよそ二回の戦争と数知れぬ小競り合いが戦われた。 その間、SQ国は国王であるオリオンQによってすすめられた西側資本の導入によって、経済的には大いに 潤っていた。一方のLQ国は、経済政策の失敗もあって、徐々に苦しい状況に追い込まれていった。 しかしSQ国が優位にあったとはいっても、戦争の決着を一気につけられるほどではなかった。 何より分裂してもう40年、SQ国の本音としては、貧しいLQ国を抱え込みたくなかった。 20世紀の最後の10年、こう着状態に陥っていたQ島の情勢は変化のときを迎える。 まず、第3次大戦の勃発と終結があった。 この戦争は東側の事実上の敗北に終わり、さらに終戦の5年後にソヴィエト社会主義連邦が崩壊したことで、 冷戦は完全に終結した。 これによって、これまでLQ国にもたらされていたソヴィエトからの援助は打ち切られ、また、彼らの精神的な 支柱も消滅した。 このときにはSQ国の優位はゆるぎないものになり、一方、LQ国は経済的に行き詰っていた。 LQ国内では失業率が上昇し、社会不安が生まれていた。
これらの流れから、Q島全体に講和の気運がもたらされ、SQ国優位で、停戦が成立した。 しかし、これで収まらないのがL族右派である。 停戦後に西側から流入した外国資本は、ほとんどがSQ国とのつながりがあるS族に流れた。そして停戦後の 軍縮で、多くの軍人が失職した。もともと軍人の大部分がL族だったこともあり、これらの連中は急速に先鋭化 した。 彼らは、停戦そのものが誤りだったと主張し、政府やS族と激しくやりあった。党派に分かれての支持者どうし の衝突は、やがて流血の沙汰に発展した。 イデオロギー対立の影で忘れられていた民族対立が、突如として復活した。 道を歩く人々の視線はわずかに険しく、相手を探るようになり―― ただ、まだ事態は平穏だった。 L族とS族はこれまでずっとよき隣人で、民族間の結婚も珍しくなかった。 人々は緊張をはらみながらも、表面上は平常どおりに生活を続けていた。 S族の若者がL族の女性を襲った事件をきっかけに、事態は最悪の方向へと向かってうごきはじめた。 これ自体にはいかなる背景もなかったのだが、L族過激派はこの事件を最大限に活用した。突如として武器が 巷にあふれ、あちこちに民兵集団が雨後のタケノコのように現れた。サッカーのファンクラブがそのまま武装 組織に変じたこともある。若者たちは連れだって「集会」にでかけ、タダの酒と流行のラップ・ミュージックに 酔いながら、ダンスのかわりにカラシニコフ・ライフルの撃ち方を習った。 テレビ局は、S族の人々を公然と『ゴキブリ』と呼び、煽動した。スローガンが町中にあふれた。 あちこちでS族が殴られたり、嫌がらせを受ける事件が相次いだ。殺人や強盗といった重犯罪も数件報告された。 取り締まるべき警察は、混乱し、無力だった。警察内でもL族が多数派だったうえに、内務大臣その人が L族過激派に同情的とあっては、追求が鈍るのは仕方がない。 通報された「集会」の現場に警官隊が到着したときには、薬莢のひとつも残っていないのがたいていだった。 軍部はもっとひどかった。首脳部はL族によって完全に掌握され、S族の将官たちは次々に解任された。 しかし、こういったことは全て瑣末事だった。 重要なのは、みんなが予感を感じていたことである。何か悪いことが起きようとしている、どこかで起きている とみんなが思っていた。S族の人々は、逃げ出す用意だけはしつつも、それを信じられずにいた。 このとき、Q島には戦争の後始末のため、国連の小規模な停戦監視団がいた。 その団長であるカナダ軍のオリバー大佐は、きわめて優秀な軍人であった。 彼は独自の調査から、ある重要な事実を掴んだ。 「雨後のタケノコのように現れた」民兵組織が、ある一つの意思のもとに動きはじめたのである。 “それ”は「L族防衛軍」、通称LDFを名乗った。公式発表も記者会見もなかったが、その名は徐々に 人々の口にのぼるようになっていき、それと正比例して、重犯罪の発生がどんどん多発していった。
そして、ついに事件が起きた。高名なS族の与党議員が襲撃され、一家が皆殺しにされたのである。3才の 少女までが、幼児用ベッドの中で首を掻き切られた。L族の使用人たちは、「裏切り者」という札を首にかけ られて、木から吊るされているところを発見された。飼い犬や水槽の熱帯魚すら例外ではなかった。暗殺隊が 去ったとき、その家には一片の生命も存続を許されなかった。 この残虐な犯行は、戦争や暴力に慣れたLQ国民をも震撼させた。犯行声明は出されなかったが、巷間、 LDFの噂は恐怖と――もっと重要なことだが、畏怖とともに語られた。 オリバー大佐はそれら全てを見聞し、ニューヨークに向けて、あらゆる手段をつかって猛烈に訴えはじめた。 その訴えは、国連そのものには見過ごされたが、英仏を初めとするEU諸国には真剣に受け止められた。 この先年、中央アフリカで大規模な虐殺が発生した。80万人が犠牲となったこの事件で、欧米諸国は事態を 承知しており、惨劇を阻止できる機会もあったのに、それを逸してしまった。 アフリカのスイスといわれた風光明媚な土地で繰り広げられた惨劇―― 道端に累々と転がる死体、教会を埋め尽くす白骨などの情景が報じられるとともに、欧米、特にヨーロッパ では、後悔と自責が広がっていた。 そしてそのときも、オリバーと同じカナダ人の将軍が、全てを予見して警告を発し続けていたのである。 カナダ人の予言――見過ごされようとする惨劇――あのとき、誰かが動いてさえいれば―― そのさなか、LQ国で惨劇がおきた。 L族過激派の取り締まりをうったえていたデモ隊に、誰かが連射をあびせ、爆弾を投げ込んだのである。 犠牲者は150名を数えた。 事ここにいたり、国連安保理はついに介入を決定した。 UNQPMF(国連Q島平和創造軍)は、従来のPKOよりも強力な武装と権限をもち、紛争当事者に対して 平和を強制するだけの能力を備えていた。 しかし、その主体となるNATO部隊は、現地の国連特別代表とたびたび衝突し、その連携は必ずしも円滑では なかった。両者のあいだには温度差があまりに大きく、しかも国連の側には軍事力に頼ることへの根強い抵抗感 があった。 ところで、NATOと国連がつかみあいになりかねない会議のなかで、仲裁しようとしてあたふたしている ――ちょっと場違いな――人々がいる。 我々になじみの顔だち――黒い髪に茶色の目、目玉焼きに醤油をかける奴ら――要するに、日本人である。 国連の常任理事国になって有頂天の日本は、何をトチ狂ったのか、UNQPMFへの参加を決定した。 派遣されたのは、完全編成の1個戦闘団(4000名)、そして航空部隊としてヘリ2機+航空機2機である。 このうち、地上部隊は隊長の三鷹大佐の名前を取って“三鷹戦闘団”と通称されており、北西方面司令部の隷下 に入り、その主力部隊となった。 ということで、我らが三鷹戦闘団について見ていくことにしよう。
三鷹戦闘団の上級司令部はUNQPMF北西方面司令部、その司令官はベルギー軍のゴラール准将である。 准将は優秀な軍人ではあったが、柔軟性に欠けるところがあった。 北西方面は、北西端にある北西港を中心とした地区と、西部海岸のバルゴ港を中心とした地区、 その間をへだてる山中にあって両者を結んでいる中西部盆地に大別できる。 このうち、北西港地区が、三鷹戦闘団の担当地域である。 中西部盆地にはパキスタン軍の中隊が、バルゴ港地区ではオランダ軍の大隊が守りについた。 日本では、危険な地域(『戦闘地域』)に自国軍を配することへの反対が強く、これに配慮した配置だった。 北西港は、オランダ系移民がはじめて漂着した場所であり、古くから欧米との交易が盛んで、国際色豊かな 土地柄だった。このため、北西港はS族が市長に選ばれるほどで、情勢は比較的安定していた。 これに対し、それ以外の地域は――はっきり言って、無法地域としか言いようがなかった。 しかし、この配置が失敗であることは、すぐに分かった。攻撃しにくい地域に配された強力な三鷹戦闘団を 避け、ゲリラたちの攻撃は、パキスタン中隊とオランダ大隊に集中したのである。 国連の平和維持活動は、受け入れ国の同意がなければ実施できない。つまりLQ国政府は国連を受け入れて いるわけだが、それに大義名分以上の意味はなかった。 軍部の状況は前に述べたとおりである。過激な民族主義者によって掌握されており、ほとんど過激派民兵と区別 できなかった。治安部隊は装備も兵力も不足で、警察署から見える範囲しか保持できなかった。 悪いことに、Q島の民衆には、植民地時代に植えつけられた白人への反発が根強かった。そのせいで、欧米の かいらいと信じる国連にはほとんど協力せず、とくにオランダ大隊は反感の海のなかに孤立している状態だっ た。S族がもともとはオランダ系であることが、事態をさらに悪化させた。 さらに、自前で重装備を有する三鷹戦闘団とは異なり、ライフルや機関銃などしか持たないオランダ大隊と パキスタン中隊への火力支援は、完全に航空攻撃――空爆に頼っていた。 しかし、空爆が実施されるには、極めて複雑な過程を経なければならない。 つまり、前線の指揮官が要請し、方面司令部を経由してUNQPMF司令官に伝えられ、シヴィリアンである 国連の特別代表の許可を得たうえで、航空任務部隊に下命されて、実際に戦闘機が発進することになる。 もともと国連は調整機関であって、戦争行為の当事者となるにはあまりに民主的かつ官僚的すぎた。 4月下旬より、LDFの活動が活発化しはじめた。 中西部盆地のパキスタン中隊は、初めから圧倒的な劣勢に置かれていた。 しかし幸いにも日本隊に近いうえに、地形は錯雑していた。中隊長はこれらの障害を利用して防御しつつ、 日本隊の到着を待つという計画を立てた。万一の際には盆地の東側に引き上げて、盆地を東西に分けて流れる 中川と、盆地中央のマーズ山を利用して、カペラ地区で防御するのである。 いっぽう、バルゴ港周辺地区はおおむね平野で川もなく、防御に適した障害はほとんどなかった。 オランダ大隊は、地域全体に多数の監視ポストを設置していた。しかし劣勢のなか、これらのポストは徐々に 制圧され、配置されていたオランダ兵は武装解除され、ときには制服まで奪われて、追いかえされた。 こうして、バルゴ港のオランダ大隊は、確実に孤立していった。
そして5月15日、事態は突然に破局を迎えることになる。 早朝、首相官邸に爆薬を満載したトラックが突入した。爆発は、警備に当たっていたベルギー兵もろともに 首相の五体をふきとばした。 これと同時に、全ての閣僚と連絡が取れなくなった。あるものは自宅で惨殺され、警備の国連兵も同じ運命を たどった。またあるものは、警備兵の死体を残して姿を消し、のちに過激派民兵とともに現れた。 唯一、法務大臣のみが血路を開いて脱出に成功し、UNQPMFに保護された。しかし、そこにたどりつくまで に、警備兵は最後のひとりを残して全滅した。 時を同じくして、LQ国全土の主要都市――首都シリウス市、バルゴ港、北西港、北東港で、いっせいに 武装集団が蜂起した。 シリウス市の蜂起は、首都であるだけに、もっとも大規模だった。 陸軍首都旅団に1万以上の民兵とその数倍の暴徒が加わり、一時は市の中心部を占拠して、国連の司令部から 1キロたらずまで迫った。 全ての官公庁が占拠され、ラジオの公共放送は沈黙、聞こえてくるのはL族過激派のプロパガンダのみ。 数時間のうちに処刑リストが出回り、あらゆる道にバリケードが築かれ、通る車からS族の人々が引きずりださ れて殺されていた。若い女は別で、たいていは検問所にいた連中の慰みものにされた。S族は白人系で、性的に 魅力があると見なされていたためである。 市内各所で殺人事件が多発し、ありとあらゆるところで掠奪が横行し、商店のショーウィンドーはことごとく 叩き割られた。911番はたちまちにパンク状態に陥った。警官を派遣しようにもあまりに現場が多すぎ、また駆 けつけた警官はしばしばリンチされて殺された。 やがて電話が通じなくなり、ついで通信センターそのものが破壊された。 内務省と市警察本部は、軍のクーデター部隊に攻撃された。警察隊と治安部隊は果敢に抵抗したが、装備と 兵力の差はまったく絶望的だった。国家の治安を担っていた人々は逮捕され、日が昇りきる前に殺された。 警察署は暴徒たちの格好の標的になった。警察署の警官たちは、警察本部との連絡が途絶えたことをいぶかって いたが、事態を把握する間もなく、襲撃を受けた。 あちこちで火が放たれ、黒煙が空を覆った。銃声と爆音、怒号と悲鳴があちこちで響いた。 同日正午の時点で、治安部隊の8割がその戦闘力を喪失していた。頑強な一隊がなお抵抗を続けていたが、 他の憲兵は制服を脱ぎ捨てて群集に紛れるか、殺されるか、あるいは積極的に蜂起に加わっていた。外勤の警官 は皆殺しにされ、孤立した警察署が個々に抵抗を続けてはいたが、制圧は時間の問題だった。空軍と海軍の警備 隊は、圧倒的な反乱軍のまえに、日和見を決め込んでいた。 いまやおおっぴらに姿をあらわしたLDFは、ほぼシリウス市全体を掌握したと言ってもよいほどだった。
しかし、その勢いをもってしても、英軍空挺旅団とグルカ兵が守るUNQPMF司令部には届かなかった。 数回に渡って突撃が繰り返されたが、いずれも、土塁の前にいたずらに死体の山を築いただけに終わった。 首都警備を担うイギリス軍は、このとき、既に“本気”だった。 事態が治安維持の枠を超えて、戦争行為に発展しつつあることを悟り、そして決意を固めていた。 市街地でこんな戦闘を繰り広げれば、民間人の巻き添えは避けられない。 普通ならためらうところである。 だが、ここで事態を食い止めなければ、全てはルワンダの再現になってしまう。混乱はLQ国全土に広がり、 続く戦争で多くの人命が失われるだろう。前の戦争が終わるまで40年かかった。今度はどうなるか、想像したく もない。 それだけは避けなければならなかった。 民間人に犠牲が出ようとも、シリウス市全市が灰燼に帰そうとも… このとき、L族過激派は最大の誤りを犯した。 もはや英軍の降伏は目前であると勘違いし、民兵を後方に下げて、軍で攻撃部隊を固めるとともに、民間人を 全員退去させたのである。勝者の余裕のつもりだったようだが、完全に裏目にでることになる。 夕刻、叛徒は最後の突撃を敢行したが、これまでと同じように、英軍の堅固な防御に直面して先細りした。 しかしこのとき、イギリス軍の側が異なる対応に出た。 意気阻喪して引き上げる叛徒の背後で、ロビンソン准将の一言が、すべての隊員のイヤーピースから流れた。 それこそが、すべてのイギリス兵が熱望していた命令だった。 擲弾手がいっせいにグリネードを発砲し、機関銃は長い連射を放った。 軽戦車は照準を微調整し、いっせいに発砲した。76ミリ戦車砲の斉射が轟き、火点となっていた家が丸ごと 吹き飛んだ。 そして、空挺隊員とグルカ兵が土塁を乗り越えた。 暴徒は肝を潰し、クモの子を散らすように四散した。 民兵と反乱軍は動揺しつつも銃を握りなおし、向き直った。車が引っくり返され、バリケードが作られた。 しかしロビンソン准将は、迅速さこそが全ての鍵であることを知っていた。ここで手こずるわけにはいかない。 イギリス軍はそのまま、着剣突撃に移った。 軽機関銃チームはすばやく展開し、援護射撃の弾幕を張った。陣地の重機関銃もそれに加わった。 軽戦車は速射に移り、敵の機関銃を陣地ごと吹き飛ばした。 その下を、歩兵が銃剣をきらめかせて疾駆した。吶喊の叫びが響きわたった。
先頭を走るグルカがククリを抜き、雄叫びとともに跳躍した。 不運な民兵は慌ててカラシニコフを構えようとしたが、それより早くナイフが一閃した。 叛徒は狼狽した。厳しい規則にがんじがらめの国連部隊しか知らない彼らは、その抑制が解かれたとき、 どれほど危険になりうるかを、まったく分かっていなかった。 彼らは、ハイテク兵器さえなければ、欧米人などに負けるはずがないと信じていた。 しかし近接戦闘に持ち込まれた今、その自信は完全に崩壊した。 通りでグルカが荒れ狂い、空挺部隊が側面を援護し、警官隊が背後を支えた。 白刃で顔を覆ったグルカ兵が飛びこむごとに、幾人もが血煙とともに斬り倒され、戦列は大きく乱れた。 混乱に陥った民兵が不用意に発砲し、同士討ちが相次いだ。 空挺部隊は銃剣を振るい、家々を制圧した。軽機関銃チームは着実に前進し、援護射撃はさらに苛烈になった。 警官隊は矢継ぎ早に催涙弾を発砲し、白煙が路上にたなびいた。軽戦車も陣地を出て、援護した。 交戦はあっという間に終わった。 算を乱した反乱軍はたちまちに敗走し、イギリス軍がそれを追撃した。 治安部隊も攻勢に転じ、孤立した各警察署は次々に解放された。 さらに、英海兵隊1個コマンドーまでが戦闘に参加するに及んで、形勢は完全に逆転した。 夕方までには、市内は完全にUNQPMFの制圧下に復した。 暴徒は散り散りになり、反乱軍は北部の山岳地帯に逃げ込んだ。 イギリス隊が全面的な武力行使に踏み切る一方で、できるだけ戦闘を避けようとしたのが、北西港の日本隊 だった。これは、軍隊がとくに肩身の狭い日本ならではの事情もあったが、それを許す背景もあった。 北西港の治安がかなり安定していたことは上述したとおりである。住民にはS族が多く、またL族のなかで も穏健派が圧倒的多数だった。 また、日本はこれまでQ島とまったくかかわったことがなく、きわめて中立に近かった。しかも、日本隊の 指揮官である三鷹大佐は、軍人として有能であるのみならず、調整の才もあったうえに、Q島の文化にも精通 していた。調停者として、これ以上に適切な人も少ない。 このため、S族とL族は、LQ国のほかの地域とは異なり、まったく平和的に共存しており、治安部隊も、 日本隊との協力のもとでじゅうぶんに活動できていた。日本隊と地元住民との関係も良好で、S族とL族が 合同で組織した自警団までがあるほどだった。 他の都市に合わせて蜂起したL族過激派は、市内各所で孤立した。最初の爆弾テロで日本隊に損害を与える ことには成功したものの、逆上して見境がなくなるはずの日本兵は完全に統制を保ち、呼応して蜂起してくれる はずの暴徒の姿はどこにも見当たらなかった。そのかわりに現れたのは、警棒をふりかざす治安部隊と、威圧す るように機関砲を向けてくる日本のコブラ・ヘリコプターだった。 民衆からの支援はなく、民家にゲリラが逃げ込んでも、かくまってはもらえなかった。 良くても突き出され、下手をすれば、町中のリンチで半殺しの目にあった。 袋叩きにあって虫の息の民兵を日本兵が救い出す、という場面まで見られるほどだった。
北西方面戦区の問題は、バルゴ港のオランダ隊にあった。 山脈を挟んだ北西港とは対照的に、バルゴ港は敵意で満ち溢れていた。 バルゴ港周辺はもともと、L族過激派の牙城だった。その上、L族過激派が憎んでやまないS族は、もとを 辿ればオランダ人なのである。 オランダ大隊が歓迎されるはずがなかった。 オランダ隊は軽装備の歩兵大隊に過ぎず、重装備といえば81ミリ迫撃砲とミラン対戦車ミサイル程度のもの だった。三鷹戦闘団はかなり強力ではあったが、政治的な制約から、危急の事情がないかぎり、部隊を担当区域 外に派遣することができなかった。 15日早朝、首都でのテロと時を同じくして、オランダ隊司令部に1台のトラックが突入をはかった。 警備兵の発砲によって阻止されたものの、トラックは自爆し、20名近いオランダ兵がまきこまれて戦死した。 同時に、市内各所でテロ攻撃が相次いだ。オランダ兵の損害は少なかったが、S族の避難民に甚大な被害が出た。 同日夕刻、バルゴ港西方40キロのベガ町が敵部隊の猛攻を受け、制圧された。これまでのようなゲリラ攻撃で はなく、正面からの力押しだった。 LDFは、これまでのゲリラ作戦を捨て、ついに決戦をいどんできたのである。バルゴ港を完全に制圧し、 ここを拠点として足場を固めるつもりのようだった。 18日、バルゴ港西方正面に敵部隊が出現した。連隊規模で、完全なソ連式編制の諸兵科連合部隊だった。 首都から逃れてきた反乱軍とバルゴ港方面のゲリラ隊が合流したのだ。アメリカ製の軽榴弾砲およびT-55戦車 を保有しており、火力面でオランダ大隊を凌駕していることは確実だった。 脱出は問題外だった。バルゴ市には、国連軍を頼って逃れてきたS族難民が逃げ込んでおり、彼らを見捨てて 逃げるわけにはいかなかった。 バルゴ港には内戦の間に敷設された大量の機雷が残っており、まだ掃海できていなかった。しかもLDFが 持ち込んだ中国製の対艦ミサイルにより、海からの支援部隊は接近を阻まれた。 翌19日、バルゴ市は完全に包囲された。 バルゴ市周辺はほとんど丸裸で、陥落は時間の問題となった。 17日の段階で、事態を憂慮したゴラール准将は三鷹戦闘団に出撃命令を下しており、同日中に第2大隊が 中西部盆地入り口を確保、19日には既に戦闘団の本隊が盆地に進入していた。 しかし彼らは、オランダ大隊の待つバルゴ港を目指すまえに、パキスタン中隊を救援しなければならなかった。 パキスタン隊は、17日に敵の猛攻を受けて中川東岸に撤退していたが、18日の時点でマーズ山を敵に奪取され、 防御線は崩壊の危機に瀕していたのである。 20日早朝、オランダ隊指揮官は空爆を要請した。しかしこれは『事務上のミス』によって、国連特別代表に 伝えられず、実施されなかった。 翌21日早朝、再度の空爆が計画された。しかし今度は、自国兵への付随的損害を恐れたオランダ政府から 横やりが入り、国連特別代表はこれに逆らえなかった。
22日昼より、敵の総攻撃がはじまった。 多数の歩兵部隊の包囲のもと、猛烈な砲撃が見舞われた。戦車砲の直射と相次ぐ榴弾の炸裂が、町を廃墟に 変えた。 オランダ兵の損害は少なかったが、シェルターに収容しきれなかった難民たちに多くの被害が出た。 攻撃はかろうじて撃退したものの、オランダ隊の弾薬は尽きつつあった。対戦車ミサイルに到っては、5基の 発射機に対して、ミサイルは計3発しか残っていなかった。 今後このような攻撃が続けられたなら、長くもたないことは明らかだった。 23日夕刻、本国政府からの指令を受けて、オランダ大隊は降伏を決定した。難民の代表は猛反発したが、 もはや現地指揮官に左右できる事ではなかった。 24日早朝からの交渉により、オランダ大隊は正式に降伏した。難民たちは『安全な場所』に移送するバスに 乗せられて姿を消した。彼らを呑みこんだ運命は火を見るより明らかだった。 しかし、いったい誰を非難できただろう? 少なくとも、その責任を日本人とオランダ人に帰すことだけはできなかった。彼らの頭を青い鉄帽が包んで いようと、彼らが人間であるかぎり、奇蹟を起こせなかったかどで責めることはできない。 オランダ兵たちは、兵力でも装備でもはるかに劣勢で、拠って戦える足場もない中で、最善を尽くした。 それに実のところ、日本人たちの試みはまだ終わってはいなかった。三鷹戦闘団は中西部盆地でなお激闘し、 バルゴ港に向かってもがきつづけていた。 そして、まだ希望を捨てていないのは三鷹大佐たちだけではなかった。 オランダ軍とイギリス軍は古くから極めて親密で、またUNQPMFに参加しているイギリス軍にとって、 オランダ隊の運命は決して人事ではなかった。この関係のもとで、イギリス海兵隊の特殊部隊SBSのチームの 1つがオランダ隊の指揮下に編入されて戦っていた。包囲を目前にして、オランダ隊の指揮官は、彼ら“チーム ・ナイフ”を市から脱出させた。 そして5日後のバルゴ市の陥落により、チーム・ナイフの4人の海兵隊員は孤軍となった。 しかし彼らは心細く思いはしなかった。 彼らはSBSが誇る精鋭であり、敵だらけの環境での行動には慣れている。彼らには人民の海がついていた。 ここで一人の男が登場する。イギリス人の同僚たちは彼の名前を発音できず、“セィディー”とあだ名されて いた。日本海兵隊の中尉で、ちょうど半年前からイギリス海兵隊に交換派遣されていた。 彼の名前は、浅網渉。ゴドウィン軍曹に「LT」と呼ばれていた男――チーム・ナイフの指揮官である。
そのような次第で、話はここからはじまる。 オランダ隊の指揮下を離れた今、チーム・ナイフはイギリス軍の指揮下に戻った。 実はここに、浅網たちの立場の微妙さがある。 本来なら、オランダ隊の上級司令部であるUNQPMF北西方面司令部(ゴラール准将)の指揮下に入るはず である。UNQPMFの部隊なら、の話だ。 実のところ、彼らはイギリス軍のロビンソン准将、つまりUNQPMF南部方面司令官の指揮下で動いては いるのだが、UNQPMFに属しているわけではない。彼らの存在は、国連には知らされていない。 イギリスは、国連の指揮を必ずしも信用せず、万が一のときにはイギリス軍が独断専行する必要が生じうると 考えた。このため、国連には通知しないで、いくつかの資産をQ島周辺に配置した。そのひとつが、イギリス 海兵隊の誇る特殊部隊SBSで、そのチームの1つをオランダに貸したかたちになっていたのである。 そしてオランダ隊は、彼らが掴んだ情報はUNQPMFに伝えたが、彼らの存在は伝えなかった。 従って、オランダ隊なき今、浅網たちはイギリス軍の直接指揮下に復帰することになったのだった。 いま、浅網中尉をはじめとするチーム・ナイフの隊員たちは、ジェミニ丘陵に潜んでいた。 彼らは人目を避けて移動していたが、前に述べたような事情から、イギリス軍の制式装備を持っているわけでは なかった。 出所不明の迷彩服、使い古されたカラシニコフ・ライフル、東欧製の手榴弾。誰がどこから見ても、その辺の LDF民兵だ。 もっとも、見られてはまずいものもある。 特殊な機関拳銃と、そのための消音装置――これはNATOの特殊部隊の標準装備だった。 ハンディGPS、暗視装置、レーザー目標指示器。個人用通信機と衛星通信機,ラップトップ・コンピュータ。 ラップトップは日本の民間製品で、それが浅網には少しおもしろかった。 浅網がもうひとつおもしろく思うのが、一見してチームの4人に統一性がほとんどないということだった。 ニコルズ軍曹は白人だが、浅網は、まったく生粋の日本人であるにもかかわらず、「何人にも見えるし、何人に も見えない」と評される顔をしている。エステベス曹長は名前の通りにヒスパニック、ゴドウィン軍曹に到って は女である。 本来保守的なイギリス軍としては、ここまで多彩な構成は、みんながみんな黒い髪に茶色い目をしている日本の 海兵隊では、そもそもほとんど不可能なことといえよう。 地元の連中は、国連軍はみんな白人だと思っていて、また軍人である以上はみんな男だと思っているので、 彼らの外見は、非常に有利な擬装として使うことができた。 例えば、あなたが民兵だとしよう。山中の歩哨任務、きつい上に退屈である。 そこに、赤毛の美人が現れたらどうだろう? 相手がカラシニコフを抱えていて、屈強なヒスパニックの男を 引き連れていても、悪い気はしないだろう。ついでに、あなたに嫌味を言ってきた男を彼女がたしなめて、 かばってくれたりしたら? そのようにして、彼らは些細だが重要な情報を積み重ねていった。
イギリス人たちが、浅網のように三鷹大佐の能力を信じていたかどうかは、実のところ疑わしい。 日本は、海外での本格的な軍事活動についてはまったく経験がなく、その能力には、若干の疑問符がつけられて いた。 しかし日本人たちの力に疑いを持っていたとしても、SBSに疑いをもつイギリス軍人はいなかった。 彼らは常に困難な状況を克服し、不可能な任務を遂行してきた。 だからこそ、敵に制圧された地域において、わずか4人で難民たちの移送先を調べる、という任務を無造作に 与えてきたのだった。 浅網たちは地元の民兵たちに接触し、また兵力移動を観察し、尾行した。そしてついに、ジェミニ丘陵が 海に向かって平野へと落ち込むところ、ベガ町に大規模な収容所が設置されていることを突き止めたのである。 浅網たちは、町をうまく見下ろせる丘の中腹に陣取っていた。町の民兵部隊はうかつにも、この付近に殆ど 兵力を配置していなかった。 浅網は腕時計を見て、衛星通信機をセットした。 「ビーグルよりドグハウス、応答せよ」 『ドグハウスだ、感度良好』 「町には、民間人と思われる多数の人影がある。どう見てもダンス・パーティではなさそうだ。人数は少なく とも2000。民兵は300人程度の兵力と思われる。今早朝に兵士と接触したが、グリーン・ドラゴン大隊と名乗っ ている。迫撃砲が2門、牽引式多連装ロケットが2門、37ミリ機関砲が4門あるようだ。 それと、悪い知らせがある。ゴーントレットの自走発射機を1基、視認した」 『それはとびきり悪い知らせだな、ビーグル。間違いないか?』 「ああ、シエラ・アルファ−ワン・ファイヴだ。空軍の連中に、ここには近づかないように言っておいてくれ」 SA-15、コードネームは“ゴーントレット”。低空域で極めてすぐれた機動性と追随性を示す、ロシア製の 最新鋭対空ミサイルである。射程こそ短いが、レーダー妨害装置が通用せず、UNQPMFはすでに、こいつに 思わぬ犠牲を強いられていた。 そいつがまさか、こんなところにあるとは、まったくの想定外だった。 しかしそのとき、さらに彼らの想定しないことが起きようとしていた。 浅網がさらに詳しい配備状況を連絡しようとしていたとき、周囲を警戒していたゴドウィン軍曹が空を指差して 叫んだ。 「水平線に航空機、北東!」 浅網も自分の双眼鏡を構え、通信機を口元に持っていった。 「ドグハウス、ビーグルだ。我々はいま、2機の航空機を視認している。北東より、我々に向かって接近して いる。機種は不明だが、大きさから見て戦闘機クラスだ。この距離ではそれ以上のことは不明だ」 「F-16です。間違いありません」 「F-16だ。ニコルズ軍曹が間違いないと言っている」 北部方面航空団でF-16を使っているのはNATO統合飛行隊である。ベルギー、デンマーク、ノルウェーの 混成部隊だ。 「翼下に何か下げているようだ。爆弾か、燃料タンクか――それ以上は、このアングルでは無理だ」
『その地域で活動中の国連機はないはずだ。ビーグル、その航空機について詳しく知りたい』 国連機の活動は厳格にしばられており、飛行中の航空機は全て把握できるはずである。 ありえないことだった。 「そうは言うがな」 「あの機と交信することはできませんか?」 「この距離では無理だ。我々の個人用無線機は――」 「警告すべきだと思います。危険です」 「俺もそう思うが、我々にやりようがあるか?」 その矢先、町の東側から曳光弾がはじけた。民兵たちがF-16に気づいたのだ。 ソヴィエト製の古い37ミリ対空砲は、ここしばらく本来の用途に使われていなかった。久しぶりに機会を得て、 砲手たちは大いに張り切った。 F-16が応射し、着弾の土煙に包まれて機関砲が見えなくなった。北側の対空砲が発砲して命中させたが、応射 を浴びて沈黙した。 直後、町の北側の森から立て続けに2発のSAMが発射された。 1発は高速の目標を捉えきれず、虚空に飛び去った。もう1発はF-16から反射されるレーダー・シグナルを がっちり捉えて離れなかった。 戦闘機はあまりに低空で、回避機動の余裕はなかった。 それでもF-16は囮のアルミ片をばらまきながら、もがくように旋回しかけたが、ミサイルはそれを無視して 迫り、爆発して機体を引き裂いた。 傷ついた戦闘機は黒煙を引きつつ高度を落とし、やがて爆発音とともに木々の間から火球が立ち昇った。 浅網たちは祈る思いで見つめたが、パラシュートは見えなかった。 やがて、被撃墜機のパイロットの姓名階級が、ドグハウスから伝えられる。 その日の午後には、平和創造軍の報道官によって、それは世界中に発表された。 ノルウェー空軍中佐、スーザン・パーカー。 5月26日、中西部海岸地区、ジェミニ丘陵上空において連絡を絶ち、未帰還。 # 以上です。今回のお話は海兵隊員である浅網渉が主人公ですから、海兵隊らしく新スレに # 橋頭堡を確保するのも一興ではないかと思います。 # 当初は、中断中の長編のアナザーストーリーのつもりだったんですが、いっそそのままの # 世界観でもいいかな、と思い始めています。肝心の長編のほうは、断片的なイメージは # 掃いて捨てるほど沸いてくるのに、なかなか進みません。というか、熟成中です。 # ここ数年(苦笑)まともに完結させた長編がないもので、危惧する向きもあろうかと思い # ますが、こっちはあまり深く考える必要のない、“ニンジャ・ヒルの戦闘”の私的再構成 # みたいなものですから、比較的安全だと思います。 # とはいえ、こちらも当初は4月よりの投下を予定していたものですので、何かと粗はあるか # と思いますが、ご寛恕ねがいます。 # なお、1月〜3月初旬は多忙でありまして、投下は困難と思われます。ご了承ください。
>>36 遅くなりましたが、GJです(・∀・)
原作は知らないのですが、現実にあってもおかしくない世界観ですね。
忙しいさなかにありがとうございました。
続き、もちろんwktkして待ってます。
38 :
sage :2008/01/12(土) 03:49:02 ID:g1NnFMLL
48さん、お久しぶりです。 一回読んだだけだと消化しきれないので、腰をすえて再読します。 投下ありがとうございました。
保守
40 :
森蔵 :2008/01/17(木) 09:25:30 ID:IJLNOKse
明けましておめでとうございます お久しぶりです 女中と物書きシリーズの者です かなり季節はずれ、というか遅れてますが、 クリスマスの時のです。 -もみの木- 昼に薄緑の半纏を着た岸上さんがもみの木を持ってきた。 今日は25日。 この所仕事が忙しく部屋に籠もりっきりで気付かなかったが、そういえば世間ではクリスマスである。 「岸上さんは…その、クリスマスの予定は…もしよければ、うちでパーティなど」 どうでしょうか、と言いかけたが 「私はちょっと…色々あって」 先に返されてしまった。 「…岸上さんみたいな綺麗な女性ならクリスマスに予定が入ってても仕方ないよね」 「家にこんなにかわいい女中がいるのに無視ですかそうですか」 相変わらず私が作っている夕飯を―今夜は特に腕を振るった―囲みながら軽く落ち込んでいた。 「大体、もみの木を渡されたんでしょう?それって喪中って事じゃないですかぁ?」 「…何だって?」 「喪中ですよ、喪中。旦那さんの命日か何かですかねぇ」 どうやら岸上さんの地元の方では、身内の喪中には近所の人にもみの木を渡す事になっているらしい。 喪見、というわけか。 「岸上さん、私が空気の読めない人間だとか思ってないだろうか
41 :
森蔵 :2008/01/17(木) 09:27:36 ID:IJLNOKse
一晩明けて12月26日、朝から岸上さんが訪ねてきた。 「昨日はどうもすみませんでした…もみの木の事、私は存じませんで…」 「いえいえ、いいんですよう」 と、岸上さんがはにかみながら箱を出した。 「あの……1日遅れで良かったら…クリスマス、しませんか?」 …今年もいい年で終わりそうだ。 超短編ですが、保守代わりになれば幸いです 正月ネタも考えていたんですが忙しくてムリでした 今年はぼちぼち投下していくんで、よろしくお願いします
>>41 お久し振りです。
もうやめちゃったかと思ってがっかりしてましたが、
また、楽しみに待ってます!
保守
>41 いつもほのぼので和みます。 次回も、楽しみにしています。
45 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:30:16 ID:le4eLKjc
女中と物書き、こちらではまだ投下してなかったと思うんで、 過去に書いた節分ネタを。 もし前に投下してあったらすみません -壺鬼- 岸上さんの家の前に、壺が置かれていた。 いや、瓶と言っても良い。 兎に角、白磁に青い唐草模様の入った壺がでんと置かれていた。 「何か植えますか?」 「あははっ。何も植えやしませんよぅ」 旦那さんは何も知らないんですねぇ と、壺を持ったまま彼女は家の裏へと廻った。 家に籠もりきりなのだから仕方ないでしょうと思いつつ、後についていく。 岸上さんは納屋から穀物袋を出すと、中身を壺に空けた。 「豆……?」 「大豆ですよぅ。二月と言えば節分じゃぁないですか」 からから、 ざらざら、 ざあっ 壺の中いっぱいに音を響かせ、壺は豆で満たされた。 「節分といえば豆を壺に詰めるものではなく撒くものでは?」 「準備です。準備」 壺に落とし蓋を閉め、上から漬け物石をのせ、納屋に入れてしまった。 「出来た時には菅さんも呼びますよぅ」 「あー…進まない…」 大手文芸雑誌に連載しているタイトル。 物語も佳境に入る所だが、筆が進まない。 これだけではなく、他の仕事もこんな調子。 スランプ、という奴か。 「
46 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:31:20 ID:le4eLKjc
気分転換にはならないだろうという確信。 恐らく、先2、3日はこんな具合だろう。 …締め切りは明日までだがね。 「進んでます?」 「…いや。全く」 半分以上書けている。 書けてはいるが、脳を絞って無理やり引き出したアイデアが必ずしも面白いものとは限らない。 調子に乗っている時こそ面白いもの、満足のいく作品が書き上がるのだ。 「大丈夫…じゃないですよね」 「〆切、明日だからね」 「頑張ってとしか言えませんよ」 「頑張りますとしか言えませんな」 「御馳走様。美味しかったよ」 「御粗末様です」 女中が片付け始めると、呼鐘が鳴った。 「はーい」 「…待て、私が」 ドアを開けると予想通り岸上さんが立っていた。 「どうか、しましたか」 「はい、どうぞ」 とん 岸上さんが私の額を何かで突いた。 じわり と額が熱くなる。 何事かと手を遣ると、硬い突起物が指先に触れた。 「な……」 「邪気を払ってくれるんですよぅ」 聞けば、昼間の壺の中で出来たものらしい。 「明日、豆をぶつけられれば自然と落ちますから。あとは火を点けて供養しましょう ねぇ」 「はぁ……」 明日は宜しくお願いしますと言うと、彼女は帰っていった。 「誰でしたか?……!?」 満面の笑みを浮かべている。 「可笑しいかい?」
47 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:31:48 ID:le4eLKjc
「いえ……でも、可愛いです。とっても」 「…それはありがとう」 可愛い、ね。 しかし岸上さんの言う通りこの角は邪気を払ってくれているようで、頭の中がクリアになった気がする。 もしかしたら何かアイデアでもと筆を取る。 「……ほぉ?」 滑り出しがいい。 「……ほほぉ?」 推敲が手間取らない。 「これはもしかすると…」 徹夜の甲斐もあり、原稿は翌日の朝には終わっていた。 「いやぁ、いいのが書けたな」 眠い。 昼まで、少し寝るとしよう。 「…旦那様……お昼ですよぉ」 「……んんん」 「起きて下さ……プッ」 「むー…」 もう少し寝かせてくれと寝返りを打とうとしたが、頭が動かない。 「……?」 「旦那様、角が引っかかってますよぉ」 仕方ない。 起きるか。 「…………あれ?」 頭が重くて持ち上がらない。 「なぁ、いったい私の頭はどうなっているんだ?」 寝たままの姿勢で女中に聞いた。 「ちょっと待って下さいね」 女中が懐から手鏡を出した。 終始、笑顔のままである。 「……おおぉ」 いったい何事であろうか。 私の頭の角は昨晩より遙かに肥大し、巻いていた。 そして重い。 それも尋常ではない重さで、首の力では持ち上がらない
48 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:32:17 ID:le4eLKjc
ため恐らく立ち上がった時に虚弱な私の頸骨はへし折れてしまうだろう。 「……岸上さん呼んできて」 「はぁい」 主人が一大事の時に、どうしてああも笑えるのかと憎らしくなるが確かに今の私は滑稽で、私がこんな状態ではなかったら私も笑うだろうな。 「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ」 「…………」 余り片付いてない自分の部屋に意中の女性を上げることのなんと恥ずかしいことよ。 「たくさん吸われましたねぇ」 岸上さんはからからと笑いながら角を撫でている。 「何をですか?」 「邪気ですよぅ。ジャキ」 頭が重くなる程の邪気が渦巻いていたというのだろうか。 「この御様子ですと、御仕事がはかどった様ですねぇ」 「お陰様で」 「しかし困りましたね」 角を撫でていた岸上さんの手が風呂敷に伸びる。 切るのだろうか? 削るのだろうか? へし折るのだろうか? 痛いのは厭である。 「本当は夜やりたかったんですが…」 風呂敷包みから取り出したのは、枡に入った大豆だった。 「さ、女中さんも」 「私は……?」 「寝たままで宜しいですよぅ」 ばちばちと顔に豆が当たる。 当たる当たる。 角にも当たるが、顔面にもしこたま当たる。
49 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:33:34 ID:le4eLKjc
―ぼろり その内、私の頭に重圧を与えていた角が根元からきれいに取れた。 それでも飛んでくる豆、豆、豆。 「い…痛いって!取れた取れた!もういいですから!」 夕方、出版社に原稿を出しに行き、帰れば既に夕食の準備が出来ていた。 「あれ、筍ですか?」 お吸い物の中に肌色をした円錐形のものが入っている。 「食べてみればわかりますよぉ」 一口。 …食感は、竹輪に近い。 「わからないなぁ。何だい?コレ」 「岸上さんが作ってくれたんです。昼間のアレですよぉ。岸上さん曰わく、その日の内に燃やして供養するのも良いんですが、最高の珍味だそうで」 ……うぇ。 岸上さんが作ってくれたから食べるものの、なんだか排泄物を食べている心地がしてならなかった。
50 :
森蔵 :2008/01/28(月) 10:38:38 ID:le4eLKjc
すみません、
>>45 と
>>46 の間に
「旦那様、お夕飯ができましたよぉ」
「ん…仕方ないか……」
が入ります
なんか…随分間が開いたせいで人物設定に矛盾が出始めたなあ…
各キャラクターの口調がおかしいかも
面白かったです。ありがとう。 ところで、岸上さんは何者なんでしょうかね? 先が気になるところです。
52 :
森蔵 :2008/01/28(月) 21:51:10 ID:le4eLKjc
実は別板の小説スレで場つなぎのために書いてた短編の延長なので、基本的なキャラ設定と世界観しか考えてなかったりするのです でも基本的には皆ただの人。 皆様の隣近所に住んでるようなそんなキャラにしておきたい(笑
保守
54 :
名無しさん@ピンキー :2008/02/13(水) 11:55:32 ID:vWixWeGJ
保守
56 :
森蔵 :2008/02/28(木) 04:31:26 ID:vSBlmLfL
超短編ですが。 みわたり、と読みます。 知ってる方は同郷です。
57 :
森蔵 :2008/02/28(木) 04:37:24 ID:vSBlmLfL
【神渡】 冬も終わる、1月下旬から2月中旬にかけては寒さも本気を出すようで 残った全力を出して寒くする。 そんな夜に耳を澄ましていると池の方でミキミキ、ガリッと音がするんだ 鉄砲魚は冬眠すらしないが、冬は静かにしているはずなので彼の仕業ではない。 「わぁっ、旦那様旦那様、見て下さいよぅ」 「何だい朝から騒々しい…まだ6時を回ったばかりじゃあないか」 太陽もまだ起きかけ、といった時刻である。 「池が真っ二つですよぅ」 何を騒いでいるのかと縁側に出てみれば、久々に見かける本の虫と女中が池のそばではしゃいでいた。 「こりゃあ……懐かしいものを…」 神渡だった。
58 :
森蔵 :2008/02/28(木) 04:39:31 ID:vSBlmLfL
元々は私の地元にある湖で起こる現象である。 冬の湖に綺麗に氷が張った時、湖を挟んで建つ二つの神社の間に まるで神様が移動した後のように亀裂が走るのだ。 それは単純に氷の膨張や気温の変化による気象現象でしかないのだが、朝の湖に美しく神渡が出来た時などは感動モノの光景である。
59 :
森蔵 :2008/02/28(木) 04:42:10 ID:vSBlmLfL
上京してきて8年、そろそろ家に顔を出してもいい頃なんじゃないだろうか。 私の記憶の中の故郷はあの頃のまま、劣化していない。 暇が出来たら一度帰ってみよう。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 僕自身、最近故郷に帰ってません。 実家から離れて暮らしている皆さん、帰郷してますか? 神渡についてよく知りたい人はwikiでどうぞw
60 :
森蔵 :2008/02/28(木) 04:50:33 ID:vSBlmLfL
一応、女中と物書きシリーズです …書いておかないと保管庫で同じ場所に保管されないので…
GJです。 和みっていいなぁ。
GJです! 御神渡ですか?確か諏訪湖だったと思いますが、当たってますか? 一度は見に行きたいと思ってます。 バイカル湖でも同じ現象が見られるそうですね。
63 :
森蔵 :2008/03/02(日) 02:20:41 ID:mHaXyKSr
(・∀・)当たりです と、いうわけで今週帰郷しますw
64 :
光 :2008/03/03(月) 23:31:16 ID:vPFhg5t4
初めまして。 突然ですが、自分も投下してもよろしいでしょうか? 自分のホムペの使い回しで、しかも話の内容が訳分からなくなってしまってると思いますが…。
ここは萌え萌えな話から燃え燃えな話まで手広く受け入れる底抜けのスレ、問題ないッ!
しかし、この頃キチンとした読み物を読みたいというのも偽らざる本音
67 :
光 :2008/03/04(火) 18:48:04 ID:iEoqpi7W
えー、では投下したいと思います。 ホムペの使い回しに少し手を加えた短めの物です。 季節外れですが、初夏の設定です。 ある初夏の休日。 その日、1人の女性が付き合って間もない彼氏を自分の部屋に呼んだ。 「どうぞ、入って?」 「ありがとう。おじゃましま〜す。」 この家に、このカップルの他には誰もいない。 ただ、窓から入った風がカーテンを優しく揺らしているだけである。 「…座ろっか。」 彼女が言った。 「うん…、そうだね。」 彼氏が答えた。 2人は、彼女のベッドの上に腰掛けた。 しかし、2人は何も話す事が出来なかった。うつむいたまま、微動だにしない。 まだ、異性と付き合うという事に、お互い慣れていないのだろう。 かすかに聞こえる電車の走る音と、窓辺に飾ってある風鈴の鳴る音だけが、部屋に響く。
68 :
光 :2008/03/04(火) 18:53:28 ID:iEoqpi7W
「あのさ…。」 突然彼氏が口を開いた。 「本当に、俺なんかと付き合っていていいの?」 「えっ…、どういう事?」 彼女は、その発言にびっくりして聞き返した。 すると彼氏は、悲しそうな目をしながら言った。 「だって、お前はウチの大学で凄いモテるじゃないか。そんなお前が、こんな地味で目立たない俺と付き合っていて楽しいのかな、って思ったんだ。お前と一緒にいると、いつもみんな俺がお前の引き立て役だと思うらしいし…。」 彼女は、笑顔でこう言った。 「そんな事無いわ。私は、あなたと一緒にいられて幸せよ。もし周りからどんなに思われていようが、私はあなたの彼女だって事が嬉しいんだから!!」 「本当に?それを聞いて安心したよ。」 彼氏の表情に、笑顔が戻った。 すると突然彼氏は、彼女の左手に自分の右手をそっと乗せた。 そして彼女の顔を、真剣な表情でジッと見つめた。 「何?どうしたの?」 「…好きなんだ、お前の事が。」
69 :
名無しさん@ピンキー :2008/03/04(火) 20:17:22 ID:288vHy6N
qwert.com
70 :
光 :2008/03/04(火) 20:54:46 ID:iEoqpi7W
「キャ…。」 ―パサッ。 気が付くと、彼氏は彼女をベッドの上に軽く押し倒していた。 そして再び、彼氏は彼女の顔を見つめる。 彼女は、頬を少し赤らめながら、視線をそらす。 ―チュッ。 彼氏は、彼女の額に自分の唇を軽く押し付ける。 「あっ…///」 突然の出来事に、彼女は身体を少しピクンと痙攣させながら、いつもより高い声を出してしまった。 同時に、彼女の頬の赤みが増した。 「や…だ…///」 「…じっとしてて。」 彼氏はそう言うと、今度は頬、首筋、鎖骨の辺りに口付けをした。 ―チュッ…。チュッ…。 「お前の肌、凄い綺麗…。」 そう言いながら、純白のワンピースの襟元からこぼれる彼女の柔肌を指先で撫でた。 そして今度は、彼女の肩に唇を押し当てた。 「やだぁ、何か怖いよ…。」 そんな彼女の言葉など聞こえていないのか、彼氏は彼女の肌にひたすらキスを続ける。 どれほどの時間が経ったのだろう、顔を上げると彼女の瞳から一筋の涙が頬を伝っていた。 「…ごめんな、今日のお前が今までで1番綺麗だったんだ。」 彼氏は、そよ風で軽くなびいている彼女の長く柔らかな髪をサラリと撫でながら言った。 彼女は、頬を赤らめたまま何も言わなかった。
71 :
光 :2008/03/04(火) 21:05:20 ID:iEoqpi7W
「本当にごめんね。いきなり押し倒した上に、こんな事しちゃって。」 彼氏は、彼女の流した涙を指でそっと拭った。 「いいのよ。でも突然の事で、びっくりしちゃった。」 彼女は「クスッ」と笑いながら、言った。 「ねぇ、ちょっと来て?」 そう言うと彼女は、彼氏の肩を抱き寄せた。 ―チュッ。 そして、彼氏の唇を自分の唇で優しく塞いだ。 今度は、彼氏の頬に赤みが刺した。 「………///」 「あの時のあなた、ちょっと怖かった。でもどうしてかしら、今は嬉しいっていう気持ちの方が大きいの。」 2人は笑い合った。 ―ギュッ。 彼氏は彼女の身体を抱きしめながら言った。 「…俺達ずっと一緒にいような。」 「うん!!」 彼女は彼氏を抱き返しながら、笑顔で答えた。 2人は気付いていたのだろうか。 初夏の眩しい太陽の光が、2人を優しく包んでいた事を。 まるで、2人を祝福してくれているかの様に…。 ―END 以上です。 こんなモンしか書けなくてすみません。 最後まで読んで下さった方は、心の広い優しい人ですね。 ご指摘があればお願いします。
初々しさがいい感じ。いらないと思った文章を削ぎ落とせばもっとよくなる。あと記号は出来るだけ使わない方がいい。これ(///)のことね。
73 :
森蔵 :2008/03/05(水) 10:40:00 ID:4P6Ozqa0
指摘ではなく、みんなに聞きたい事でもあるんですが… 台詞「」内の終わりに句点は付けますか? 例えば、「俺は森蔵だ。」と言った感じで。 俺は何だか違和感があって付けないんですが…
付けるのが本来文法的には正しいらしい 付けないのは新聞連載の場合に文字を増やすのに句点を減らした事からとかなんとか 今ではどちらも文法的には間違いじゃないという事になっているっぽい 自分も付けない その辺はもう好みじゃないかと
75 :
名無しさん@ピンキー :2008/03/05(水) 12:28:39 ID:ZViapFbv
>付けるのが本来文法的には正しいらしい 初めて聞いた。「。」は文法的に間違いと思ってた。
いらないと思います。 確か、『」』には終わりという意味があるので、終わりを意味する『。』は付けなくても良いって、ばっちゃが言ってた。
小説的に正しいかどうかは分からないけど、 小学校で習う作文の書き方としては「こんにちは。」だな。 国語の教科書でも句点と括弧になってる。
検索かけて調べてみました。以下、コピペ 「……。」の句点,いる? いらない? Q 会話を「 」でくくったとき,教科書はその最後に句点が打ってありますが,小説などでは打ってないこともあります。何か基準はあるのですか。 A 教科書は,1946年3月付で文部省から出された『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』の中の『マルは「 」(カギ)の中でも文の終止にはうつ。』という記述に基づいて,統一的に句点を打っています。(「?」「!」のある場合を除く。) これは主に表記の統一という観点で行っているもので,決して「打たないとまちがい」という判断ではありません。 しかし,義務教育での国語科の教科書ですから,「句点がついているから一文」という指導にも適応させる必要があるだろう,という配慮もあります。 ただし先ほども書きましたように,くだんの文書は「教科書上の表記の統一」という観点でつくられているものであって,日本語の表記の基準を示しているものではありませんので,一般の小説などでこれと異なった表記がなされていても,なんら問題はありません。 「……。」「……」のどちらでも間違いではないらしい。
「なるほど……。」 ( ^ω^)長年の疑問が解決しました
保守
ほす
83 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:25:11 ID:dNDjM/al
女中と物書きシリーズです 今回は実験的な試みで投下するので普段のような不思議ネタではありません
84 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:25:49 ID:dNDjM/al
【火鼠の毛皮】 ―19XX年、僕の家はボヤの炎に包まれた!― "火鼠の毛皮"、というものをご存知だろうか。 竹取物語とか言う大昔の作品内でかぐや姫が彼女に言い寄る色男に持ってくるように命じた、架空の産物であるとされているものだ。 それは火にくべても燃え上がる事は無いという。 作中では、偽物をそれと気付かず持って行った男は目の前で毛皮に火を放たれている。 祖父が言うには、あれは架空の産物などでは無いと言う。 現に私も小さい頃に現物を見ている。 その頃祖父は親戚一同を集めては自慢げに古びた桐の箱から出し、さぞ大事そうに見せびらかしていたのだ。 ―現物、と呼ぶには疑わしい事はみんなわかっていたが。 ある冬の日、軽く火を付けてみようよ、と祖父に言うと 「燃えたらどうする!」 と言ってお蔵の奥に持っていってしまった。 と、そこは好奇心旺盛な年齢であるからして、 私は祖父の留守中に蔵の奥へ行き、桐の箱を引っ張り出して火を放ったのだ。 冬の乾燥した空気はよく火を育て上げ、やがて火は炎となって当時の私の実家を優しく包み込んだ。
85 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:26:14 ID:dNDjM/al
翌日、半壊した実家の前ででビクついていた私のもとに祖父がこっそりやってきて当時私が大変欲しがっていた外国の貨幣を何十枚と差し出し、 絶対に自首しないように、と釘を刺した。 私は欲しかった外国の綺麗な硬貨に夢中で何も不思議に思わなかったが、何か祖父に都合の悪いものでも燃えてしまったのだろうか。 犯人探しもうやむやになった頃、祖父が大事そうに桐の箱を抱えて蔵に入るのを見ているが、箱の中身はわからないままである。 実家の方とは言うと、その頃流行っていた洋風建築を取り入れて改築、増築したために今のようなきっかり半々の奇妙な建物になってしまった。
86 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:36:01 ID:dNDjM/al
【火鼠の毛皮-後日談】 さて、今回の話がつまらないと感じたのはあなただけではない。 …私も今回の話はつまらないと思う。 普段私は身近に起こる不思議な出来事を物語にし、コラムとして大衆雑誌に定期的に投稿している。 その不思議な出来事の殆どは岸上さんが持ってくる事が多いのだが、今回は締切直前になってもいいネタを仕入れられなかったのだ。 以前書いた戯画を投稿した時は担当の人からも読者からも割と好評だったので、調子に乗って自前のネタを元に物語を書いてみたらこれである。
87 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:39:59 ID:dNDjM/al
担当の人からは、 "今回は調子が悪いようですね" と言われ 女中でからも "自前のネタじゃ面白くない" というなかなかに厳しい言葉を貰い 縁側で落ち込んでいる所に鉄砲魚から水を掛けられる始末である。 …岸上さんに日頃のお礼をしなければなぁ
88 :
森蔵 :2008/03/26(水) 03:44:34 ID:dNDjM/al
終了です。 正直冒頭のフレーズが書きたかっただけで、あとは風呂に浸かりながら書いたものです。 普段ここに投下してる物は作中で主人公が書いている小説と同じもの、という設定の回収でもあります。
乙
48です、こんばんは。時間とれましたので、投下させていただきます。 今回、あまり派手な動きはありませんが、実はけっこう時間かけました。 ところで、どうも前回投稿分が長ったらしく、また分かりにくかったようで、すみません。 いっそのこと、背景は完全に無視して、単純なアクション系のお話として楽しんでいただいてもよかろうかと 思います。今回は、基本的に少数精鋭(のつもり)の浅網たちが暴れまくる話ですし。 また、この板ではほぼ前例の無い原作を使ってはいることから敬遠される向きもあろうかと思いますが、 私のお話は、原作とした作品から、大まかな世界観と登場人物は借りているものの、細部の設定は事実上 オリジナルです。従って、まあおそらく、原作を知らなくても大丈夫だろうと思います。 むしろ、このお話を楽しんでいただくために大事なのは、私の少々くどい語り口に食傷しないか、ということ ではないでしょうか。自覚はしているのですが、3年たって直らなかったということは、もう直しようがない のではないかと思います。 気に食わない方には申し訳なく思いますが、トリップを活用して読み飛ばしてください。
白い国連塗装に包まれてはいたが、とにかく、懐かしのイリューシン輸送機だった。旅客仕様のくせに、乗り 心地の悪さもパイロットの腕の悪さも、彼が軍にいたころとそう変わらなかった。 もっともパイロットは、彼の(元)同国人かも知れない。ソヴィエト連邦が消滅してから、多くのロシア人が 国を捨てた。 何はともあれ、彼は生きてシリウス国際空港に降り立った。 窓からは見えるヒップ・ヘリコプターの焼け残りが、ここが戦場からほんの少ししか離れていないことを、 ご親切にも思いださせてくれる。 気圧変化で少し痛む膝をいたわりつつ、彼は立ち上がり、隣の座席に放り出していた荷物を肩に担いだ。 彼はセルゲイ・クレトフ・パーカー。 かつてはソヴィエト空挺軍に所属する優秀な将校であり、今はノルウェー国王陛下の空軍士官、スーザン・ パーカーの夫となっている男である。 機内に人影はまばらで、彼と同じようなジャーナリストがちらほらと見られるだけだった。Q島入りしようと いう報道陣のラッシュで、一時期はこの便も満員になっていたが、その波はとっくに過ぎ去っている。 ただ、彼には個人的な動機もあった。 スーザンは国連の平和創造軍に加わってQ島に来ている――ひと月ぶりの再会ということになる。 タラップに立って見下ろしたとき、マイクロバスに乗り込む乗客たちから離れて立つ、厳しい表情の紺色の 制服の男たちが目に入った。 その表情に不吉な予感を覚え、彼は急いで男たちの掲げる札に視線を移した。 『S・K・パーカー様 平和創造軍 航空任務部隊 監理部』 その意味を理解したとき、クレトフは大地が崩れ落ちたような衝撃を覚えた。 ニコルズ軍曹は機関拳銃を構え、木に身を寄せた。 音が聞こえた――風で動いた枝かもしれないし、そうでないのかもしれない。 彼が左手をまっすぐ上げると、彼に続くチームの全員が足を止めた。 彼は、きわめて高度に訓練されたイギリス特殊部隊員である。今は日本人の指揮下で動いているが、浅網中尉 が優秀であることは認めざるを得なかった。彼は地形と同じくらい上手に敵の動きを読み、チームを導いていた。 浅網の読みによれば、このあたりには敵はいないはずだった。しかし、運の悪い民兵が迷い込んできたという ことも―― いた――人間だ。 200メートル離れては、暗視ゴーグルを使っても、緑の棒くらいにしか見えない。 またひとり、現れた。 しばらく待ったが、あとには続かなかった。 妙だった。民間人にしろ、民兵にしろ、この地域では4人以上で歩くことが多い。 その人影は入念な足さばきで、まともな歩き方には見えない――ニコルズたちと同じだ。 長い銃身と丸いハンドガード、その根元の照星が見えた。AKでもタイプ56でもない。M-16系列だ。 M-16ライフルは、民兵としては珍しい。LQ国軍制式のAKか、大量に流入している中国製のタイプ56が 一般的である。 一方、オランダ兵たちはもっぱら、カナダ製のM-16で武装している。 ニコルズは木から離れて立った。 その人影は右を見て、左を見て、ニコルズのほうを見たままで顔を止めた。 ニコルズは暗視ゴーグルを上にずらし、赤外線ライトが相手に見えるようにして、三回明滅させた。 すぐにゴーグルを戻すと、相手が同じことをするのが見えた。
「味方だと思います。接触を試みます」 『気をつけろよ、軍曹』 了解の合図を送り、全員が配置につくのを待ってから、ニコルズは足を運んだ。 武器を構えることなど、できなかった。いつでも抜けるよう、腿のホルスターに入れてはいるものの、相手が 敵ならば、彼が次の日の出を拝める可能性は、ゼロよりほんの少し高いだけということになる。 10メートルまで近づいたところで、相手が声をかけてきた。 「ヴィー・ズン・ユー?」 オランダ語だった。 「リヴァリン・ポウザー」 「ターコイズ・オーガスタ」 「スペシャル・ボート・サーヴィス、イギリス海兵隊だ。私はニコルズ1等軍曹」 「ブラヴォー中隊、第1小隊。我々はオランダ陸軍だ。私はヘイボア1等軍曹、彼女はレシュカ伍長」 ヘイボア軍曹はニコルズ軍曹の手を固く握り締めた。緑と茶色のまだらに塗られた頬に流れる涙が、彼らの道程 の険しさを物語っていた。 ヴェガ町には国連部隊として、フリードマン少尉に指揮された、オランダ軍の歩兵小隊が配置されていた。 フリードマン少尉は、装甲車2両と1個分隊――たった11名!――を手元に残し、残る3個分隊を、6ヶ所の監視 ポイントに配置して、治安維持にあたっていた。 ヘイボア軍曹の分隊もその1つであった。分隊は5人ずつ2つのチームに分かれ、ヘイボア軍曹が一方を、副分隊 長のグレーナー上級伍長がもう一方を率いた。 15日早朝、他の監視ポイントからの報告により、フリードマン少尉は敵の接近を察知した。少尉は、小隊の 全力をもってこれを撃退すべく、全監視ポイントに撤退指令を出し、戦力の集中をはかった。 しかし、ヘイボア分隊の撤退以前に、ベガ町の本隊は敵の重囲に陥った。 グレーナー上級伍長のチームは応答せず、その方面には強力な敵軍が出現しはじめていた。 チームは大隊主力のいるバルゴ港に針路を変更したが、路肩爆弾によって車両を失い、徒歩での後退を余儀なく された。その途中で、バルゴ港の陥落の知らせを受けて、彼らは日本隊と合流しようと、再び山に分け入った。 しかしその夜、敵の大部隊と遭遇して、交戦せざるを得なくなり、チームは散り散りになってしまった。 あらかじめ決めておいた集合点に他の隊員は現れず、ヘイボア軍曹とレシュカ伍長は、2人だけで進むことに した。 投降という選択肢はなかった。民兵組織のいくつかは非常に残虐な仕打ちで知られている。 北東方面戦区で捕虜になった兵士の身に起きたことは、全ての国連兵の脳裏に焼きついていた。 「彼らは兵士を捕らえ、裸にして引きまわし、睾丸を切り取って本人の目の前でフライにし、頭のてっぺんから 足の先まで切り裂いたあげく、頭を切り落として杭に刺した」(P.W.シンガー『子ども兵の戦争』より) 幸い、彼らは空中機動旅団での経験を持つヴェテランで、ゲリラ戦訓練も受けていた。 そして敵を避けつつ山中を行くこと1週間、こうしてチーム・ナイフと巡りあったわけである。 「我々はここに人助けに来たんだと思ってたんですがね。山歩きはもうこりごりですよ」 「こいつは、もはや人道支援でも情報収集でもなくなった。そのことを司令部の連中が分かってくれれば いいんだが… 戦争中、君は何をしていた?」 「主として、ドイツのゲビルクス・イエーガー部隊と共同作戦を」 「そして、2個大隊の民兵が徘徊するなかをここまで来た――か。君なら習志野やストーンハウスでもいける だろう」 それは浅網の最大級の賛辞だった。ストーンハウスには英海兵隊の山岳教導隊がいる。 SBS隊員たちが視線を交わし、一つの合意に達したのを、オランダ人たちは感じ取った。 ヘイボア軍曹を見て、浅網は目を細めた。 その表情を例えるなら――新兵徴募官のような微笑みであった。いや、そのものか。 「我々は少々頭数が足りない。率直に言おう。君たちの手を借りたい」 「好都合です。我々をあなた方の隊に加えてください。国王陛下の陸軍が一矢も報いずに脱出するなど、我慢 できません」 「我々は敵に見つからずにここまで来ることができたのです。SBS並みとまでは行かないかもしれませんが、 足を引っ張ることはしません!」 こうしてチーム・ナイフは6人に増え――日英蘭3カ国の混成部隊と化したのだった。
「妙だな」 と三鷹大佐が言うのは、今日に入ってもう何度目か。 中西部盆地の戦闘は、当初予想されていたような、低強度紛争の域から、完全に外れつつあった。 崩壊しつつある軍からは、将兵が――ときに部隊ごと――脱走してはLDFに加わっており、その結果、三鷹 戦闘団の前に現れたのは、無秩序な民兵集団ではなく、立派な機甲部隊だった。 三鷹戦闘団は既に、一週間にわたって、死力を尽くしての全力戦闘を戦っていた。 中川大橋の攻防戦では、1個大隊の90式戦車が、突進してくる1個連隊のT-62戦車を迎え撃ち、両軍入り乱れて の大戦車戦を繰りひろげた。 この戦闘は、いあわせたNHKのテレビ・クルーによって本国に生中継され、国民の目を釘付けにした。 戦況は明るくなかった。 23日夕刻、三鷹戦闘団と南東正面で激戦中だった敵が、ついに後退しはじめた。しかしそれと同時に、バルゴ港 方面からの敵部隊が攻撃前進を開始した。 優勢な敵に対して第1大隊は遅滞戦闘を展開しつつ後退、一方で南東方面の第3大隊は追撃体勢に入った。 しかし、三鷹大佐は引っかかるものを覚えていた。 はやる第3大隊を急ぎ引き戻して防御に転じさせ、同時に第1大隊を、思い切って中川東岸に下げた。 その夜は、重大な試練となった。三鷹大佐と幕僚たちは、まんじりともせずに夜を明かした。 三鷹戦闘団は、敵のワナになかばはまりこみつつあったのだ。 第1大隊は終夜猛攻を受けた。 この戦闘で、三鷹大佐は作戦幕僚を喪った。竹中少佐は第1大隊の戦闘指導中に砲弾の直撃を受け、認識票のみ が後送されてきた。 しかし、日本人たちは持ちこたえた。 三鷹大佐が薄氷を踏む思いでしかけた策は奏功し、戦闘団はいぜん不利な情勢ではあるが、かろうじて追撃を かわし、防御体勢への移行に成功した。 しかし、妙なのはその後だった。26日朝までに、三鷹戦闘団の倍以上という強力な敵がバルゴ港方面から 進出してきたにもかかわらず、砲撃してくるだけで、まったく攻撃を仕掛けてこない。 三鷹戦闘団は激戦を覚悟して緊張していたが、前衛が動きだす気配すらないのである。 「S・K・パーカー氏が先ほど、シリウス国際空港にお着きになったそうです」 と人事幕僚が言ってきた。そう聞いて三鷹大佐は思い出した。三鷹大佐はスーザンと直接の関係があるわけでは ないが、彼女の撃墜地点が彼の管轄地域内だったし、彼女たちの戦闘機にはおおいに助けてもらっていたので、 遺族がQ島入りしたら報告するように言っておいたのである。 「ずいぶん早いな」 「パーカー氏はノルウェーの国防研究所の研究員でありまして、取材のためにQ島を訪れる途上であったとの ことであります」 「そうか…」 大佐はしばらく瞑目していた。 「直接お会いしたいところだが、知っての通りの戦況で、指揮所を離れられない。君のほうで、私の名前で 弔意をお伝えしてくれ」 「分かりました」
それから意を決したように言った。 「司令もずいぶんお疲れのようですが」 「君たちが休めるようになれば、私も休むよ」 そして、思い出したように言った。 「そうだ、橘君を呼んでくれないか」 戦闘団副長の橘中佐がくると、三鷹大佐は人払いをした。 「実は、バルゴ港地区に、イギリスの偵察チームがいるらしい」 「ほう。その情報の入手経路をお聞きしてもよろしいですか?」 「朝霞だ。あそこの隊員がひとり、英海兵隊といっしょにQ島に来ているんだが、最後の連絡によれば、彼は チームごとオランダ軍に編入されたらしい。 しかし、降伏したオランダ隊のなかに、そいつはいない。江田島の連中が英海兵隊に探りをいれたところ、 どうもまだ作戦行動中らしいのだ。 私としては、彼らの情報がほしい。バルゴ港地区の情報が必要だし、あの地域にいる我々の偵察チームと同士 討ちになる危険もある。 情報を渡すなら、無許可で我々の縄張りに踏み込んできていることは問題にしないと言ってくれ」 「分かりました。次の幕僚協議のとき、英軍に当たってみます。 その海兵隊員の名前は何というのですか?」 「浅網渉、海兵隊中尉――もとの部隊は、海兵隊の特殊部隊SBUだ」 軽装備の部隊が重武装した相手と対峙するとき、けっして変わらない法則のひとつは、装備の不足を何かで 補うことができないならば、敗北は不可避だということである。 浅網たちには幸い、利用できるものがいくつかあって、そのひとつが夜だった。 オランダ人を含め、チーム・ナイフは、全員が最新型の暗視ゴーグルを持っていて、誰もが音をたてずに動き、 殺すすべを心得ていた。 フェアに戦うつもりなど、なかった。 彼らがその気になれば、亡霊のように攻撃して小隊を抹殺し、闇に隠れて大隊を翻弄し、敵を恐怖のどん底 に叩き込むこともできた。 しかし今、彼らは交戦を避けて、すばやく動いた。歩哨の姿を見れば迂回し、湿地を這った。 さしあたり、存在を敵に知らせることは得策ではない。殺すだけなら後でもできる。 F-16の残骸は丸焼けではあったが、おおむねその形をとどめており、周囲には多数の足跡が残されていた。 電子機器、そしてひょっとしたら操縦士が、敵の手に落ちている恐れがあった。 あの戦闘機には、新型の敵味方識別装置が搭載されていた。日本空軍も支援戦闘機に搭載しているやつである。 そして、なお悪いことに、パーカー中佐はそいつの開発に参加していた。それが敵の手に落ちれば、なかなか 厄介なことになる。 可能なら、奪還する。もしもできなければ―― 〈ドグハウス〉は躊躇いを見せていたが、その指令は完全に明瞭だった。 人間が、尋問にいつまでも対抗できるなどと、幻想を持っているものなどいない。 一方、古い箴言もある。曰く、死人に口無し。 先導するニコルズ軍曹が手を上げるのが見えた。 浅網が低い茂みを回ると、木々の間から、焚き火の炎が明るく輝いた。 歩哨のライフルが光を反射し、きらりと光った。 愚か者め、と浅網は思った。 死にたがっていると宣伝しているようなものではないか! 地上部隊が消滅したにしても、制空権はいぜんとして国連部隊のものである。 しばらく身を潜めて観察したのち、浅網たちは、あそこにいるのはざっと中隊に少し欠ける規模の民兵だと 結論した――この位置にしてはあまりに多すぎる部隊である。 浅網の勘は、彼に獲物の存在を告げていた。 接触は、明朝。
ノルウェー空軍のQ島派遣団の雰囲気は、まさに通夜のようだった。 ここしばらく激戦が続き、誰もが限界に達していた。 それが小康状態になったある日、隊長は戻らず、ウィングマンは大破して、やっと滑走路にたどりついた ――機体は全損状態で、生きて帰れたのが不思議なくらいだった。 部隊はまだ即応配置にはあったが、士気はどん底にまで落ち込んでいた。 誰もがスーザンを好きだった。今回のQ島派遣団の指揮官にスーザンが選ばれたとき、みんなが喜んだもの だった。 第三次大戦において、圧倒的なソヴィエト軍の侵略に直面して、ノルウェー空軍は事実上、壊滅した。彼らは 大戦中、多くのエース・パイロットを生んだが、その多くが、生きて終戦を迎えられなかった。 あるものは祖国の空に散り、またあるものはブリテン島を守って死んだ。 スーザンは、戦争を生き延び、かつ、エースの称号を持つ、数少ないパイロットであり、唯一の女だった。 イスラエルのさる空軍将官の、 “最優秀にして、もっとも大胆――そして、少々正気を外れたパイロット” という言葉に、彼女はまさにぴったりだった。 その能力にもかかわらず、彼女は親しみやすい上官だった。 彼女はしばしば厳しく当たった。 優しげな容貌にもかかわらず、彼女を侮るものはいなかった。彼女を怒らせるくらいなら、もっと楽に死ねる 方法がある、とまで言われたものである。 しかし、その根底には常に思いやりがあり、公正を欠いたことは一度も無かった。 彼女は、部下たちをよい状態に保つすべを心得ていた。 しばしば隊員たちは愚痴や文句をこぼしたが、それでもやはり、彼女を好きだった。 しかし彼らも、いま廊下を歩く男にかける言葉を、持ち合わせてはいなかった。 彼らの多くは、既にクレトフを知っていた。 一度などは、基地警備演習で、陸軍に一泡吹かせるのに手を貸してくれた。 彼の出自にもかかわらず、彼らは例外なく、この隻脚の亡命者を好きになった。義足に頼らなければ歩くことも 叶わないにも関わらず、彼には自然な威厳があった。 そして今、彼らは悲劇のなかでもクレトフがその威厳を失っていないことに心打たれた。 しかし、ベルグ准将のような古くからの友人には、痛いほど彼の心中が分かっていた。 クレトフはもともと、ソヴィエト軍のエリート将校だった。彼はその軍歴を通じて空挺部隊に属し、少佐 にまで昇進した。 そのキャリアを捨てて、彼はノルウェーに移り住んだ。 卑劣な策を弄したあげく、世界を破滅の淵に立たせた祖国の政府への怒りが動機だったのかもしれないし、 第3次大戦での激戦が心身に負わせた傷がもとだったのかもしれない。 ともかく、3回目の大戦が終わって、意外にも世界は続いてゆくだろうと思えたとき、彼はノルウェー王国 空軍のスーザン・パーカー少佐(当時)に求婚し、彼女はそれを受けた。 ソヴィエトからは猛烈に非難されたし、もちろん空軍もいい顔はしなかったが、それが勇気ある決断だったこと は間違いない。 そして西側での新生活で、クレトフの全てを支えたのが、スーザンだった。 交通ルールから買い物の仕方まで、何もかもがまったく勝手が分からず、体すら自由にならないなか、彼女だけ がクレトフにとって頼りだった。 その彼女を、いま、彼は失った。祖国も家族もなく、彼はまったくの一人ぼっちになってしまったのだ。 クレトフは、戦争での死や負傷に慣れないわけではない、 彼は、かつて空挺隊員としてアフガンにも行き、第三次大戦では多くの部下を失い、自らも片足を失った。 妻にすら言えないような任務に従事したこともあり、それが夢に出ることも、無いではない。 一度は、いっしょに降下した部下のパラシュートが、どうしても開かなかった。 彼は曹長とともにそれを開こうとしたが、やがて離れざるを得なくなった。彼が自分のパラシュートを開いた ときに、彼を見上げた兵士の目を忘れることは、一生ないだろう。
心構えはできていると思っていた。戦闘機乗りの家族は、伴侶がある日帰らないかもしれないという恐怖と ともに生きている。 しかしそれらは、愛する人の死という現実に対して、まったく効果を持たなかった。 心がいくつもの部分に砕け、それぞれがばらばらに動いているような感じだった。 ベルグや航空隊のみんなの言葉は意味をなさず、全てが現実感を失ったままに動いていた。 あの、獰猛なまでに活発だった彼女が死んでしまって、もうこの世界のどこにも存在しない、というのはとても 奇妙だった。 まったく奇妙だった。今にも、ドアを開けて彼女が飛び込んできそうな感じがするのに、いつもみたいに ちょっと憎まれ口を叩いて、それでも嬉しそうに彼の腕に収まりそうな感じがするのに―― 彼らは、実に仲のよいカップルだった。 おそらく、皮肉にも、クレトフが障害を負ったことが、彼らを分かちがたく結びつけたのだろう。 彼は西ドイツ製のとてもよい義足をもらったが、それでも生活には多少の不自由があったし、それに慣れるには かなりの時間と労力が必要だった。 そんなとき、いつも彼女は傍にいて、彼を助け、また励ましてくれた。 挫けそうなときには叱咤し、倒れそうなときには肩を貸した。 彼らは恋人であるとともに戦友でもあったのだ。 それは、彼らの出自を考えると、実に、実に不思議な情景だった。 彼らは、とてもロマンチックとは言えないような状況で出会った ――実際、最初に出会ったとき、彼は彼女に銃口を向けていたし、その数分前には、彼女は彼の部隊を機銃掃射 していた。 彼らはそのとき敵同士で、彼女は彼の捕虜だった。 彼の国は彼女の国を侵略している真っ最中だったし、世界は最終戦争めがけて突っ走っていた。 その危機の片隅の小さな島で、彼らは愛を育んだ。 自分がいつ彼女に恋をしたのか、彼には分からなかった。しかしそれは抗しがたい衝動として彼の中に根付き、 やがて彼の一部となった。 戦争が終わって抑留されたとき、彼は故国に帰りたいとは思わなかった。 エリート・コースを歩んでいた若い将校の思わぬ反逆だったが、誰もそれを不思議には思わなかった。 少なくとも彼ら二人を知っている人々にとって、それはまったく自然な成り行きだった。 彼にとって、それは、卑劣な陰謀を巡らして侵略戦争を企て、あげくのはてに世界を滅亡の淵に立たせた、 祖国の政府への反発だった。 少なくとも、そのときはそう思った。 しかしいま、彼は自分の真情を知った。 自分の人生において、彼女がいかに大きな位置を占めていたのかを知った――しかし、それは遅すぎた。 彼女は既に、見知らぬ異国の地で死んでしまって、亡骸を見ることも叶わない。 理不尽だ、と思った。 彼女が大地に叩きつけられたとき、彼はきっとうるさい輸送機に文句を言ったり、狭くて硬い座席に悪態を ついたりして、何も知らずに安穏としていたに違いない。 報いなのかもしれない。 あまりに多くの命を奪い、それにも関わらず、彼はこうして生きている。
それを思ったとき、彼は、自分の触れる全てが失われていくように感じた。 多くの命を奪ってでも守ろうとした理想は幻想だった。 多くを奪っただけではない。彼も多くを失った――多すぎた。 上官を失い、部下を失い、脚を失った。 そして、祖国を捨ててでも守ろうと思った女性を、今、失った。 守るべき国もなく、帰るべき家もなく、全ては失われ、取り戻すことは叶わない。 最悪なのは、涙を流すことすらできないということだった。 彼はあまりにも長いこと、そういった感傷を恥とする文化のなかで育ってきた。 しかし彼は気づかなかったが、それらの感情は独りで抱えこむにはあまりに重すぎた。それは冷ややかで浸蝕性 の液体のように、静かに彼の心を蝕み、荒廃させた。 彼は虚ろな視線を夕暮れ迫る森に向けていた。彼は彼女の微笑みを描き、笑い声を聞いた。 身じろぎすることすら苦痛だった。 誰かが扉をノックした。少し間を置いてもう三回叩き、それからベルグ准将が入ってきた。 「こんにちは、ミスタ・パーカー。失礼しますよ」 そう言って、彼は向き合うように椅子に座って、 「ひどい顔色ですよ。大丈夫なんでしょうな?」 と案ずるように聞いてきた。 准将の目が、隠しきれない疲労のなかにも興奮に輝いているのを知って、クレトフは鈍った心の片隅で、かすか に訝った。 「実は――」 その言葉に、クレトフはわずかに頭を上げた。 ベルグ准将がもう一度繰り返しても、彼がその意味を掴むまでにはしばらくかかった。 「スーザンは生きています――イギリス軍からの情報です」 ときに5月28日、雨期迫る島に夜のとばりが降りようとしていた。 だがこの夜、スーザンとチーム・ナイフは試練のときを迎えることになる。 # 今回は以上です。まだ本格的な戦闘がはじまっていないので、わりと短いですね。 # さて次回、これまでバラバラに動いていた各隊がひそかに接触し、ついに事態が動き始めます。 # また、村上2佐(中佐)以下の「よみ空」の皆さんの登場で、主要登場人物が出揃う予定です。 # 次回の投下時期は…すみません、未定ですが、もう半分くらいは書けてるので、そう遠くないと思いますよ。
>>97 乙です。忙しくてゆっくり読む時間がないんで、休みになったら必ず読みます。
GJ
ここは二次OKだっけ? ブリーチとかDグレとかリボーンとか
俺は別に構わんと思うが… 該当の作品スレで「エロなしだけどいい?」って聞いてダメだったらでもいいんじゃないか?
トン。でもここエロパロ板だから聞くまでもない気がするwスレの雰囲気を見て検討してみる。
保守
保守
ARIAの二次。 該当スレはあるんですが、書いていたらエロスのカケラもない SSになってしまったんで、ここに落とさせてもらいます。 あぼん指定はタイトルで。
「ちゃーすっ!」 「おはようございますっ!」 「あら? トラゲット組? 私たちのように、プリマになれない居残りさん? ま、他の会社の居残りさん達と一緒に、今日もせいぜい頑張ってね(プッ」 「そ、そんな言い方しなくてもいいんじゃないですか! …… む、むぐぐ」 「いいから、いいから。朝っぱらから、波風立てなくってもいいから」 「だって、あんな言い方することは無いと思いませんか? あゆみさんっ!」 「言いたい人には、言わせておけばいいから。 ほらほら、そんな真っ赤な顔のまんまで、お客様の前に出る積もりか?」 「あ …… す、すみません …… 」 『その、新たなる船出は』 ここは、姫屋の管理室。 アリシアの現役引退、アテナの舞台デビューに伴い、 全現役水先案内人(ウンディーネ)のトップとなった晃と、 シフト管理のマネージャーが、頭を抱えていた。 「んー、新規支店のテコ入れに、ベテランを送り込み過ぎたかなぁ?」 「支店の方に連絡入れて、一人前(プリマ)のウンディーネを何人か 本店の方に廻してもらいますか、晃さん?」 「藍華も支店の立ち上げでゴタついてる時に、人を動かされても困るだろ。 それに、本店にだって頭数は居るんだ。 なんとか、こっちだけで対処してやろうじゃないか」 ホワイトボードのカレンダーには、来月から向こう三ヶ月間、 びっしりと団体予約が入っていた。 アリシアの引退で減速したものの、灯里の立ち上がりで 急速に地歩を固めつつあるアリアカンパニー、 効率的な運営で業績を伸ばし続けるオレンジプラネット、 切磋琢磨を続けるその他諸々の中小規模店。 そういった同業他社の動向に危機感を持った営業が、 後先考えずに予約を取ってきた結果が、この過密スケジュールとなっていた。 だが、実際に現場に出せるウンディーネの人数は限られている。 オフをずらしたり、削ったり、ローテーションを工夫するだけでは、 どうしても予定が破綻してしまう。 オレンジカンパニーを真似て、プリマに半人前(シングル)のウンディーネを つけて、プリマの負担軽減とシングルの修行を行おうとしていたが、 始めたばかりの制度は、未だ効果を上げていなかった。 「もうそろそろ、昇格させられそうなシングルは居ないかな?」 そう言いながら、晃は名簿に手を伸ばした。 「サンタ・ルチア支店開設前に、一気に昇格させてしまいましたからね」 マネージャーは、お手上げの仕草をした。 「うち(姫屋本店)のシングルには、もう昇格対象者は残って居ません。 それに、そのプリマも経験の浅いメンバーばかりです。 中堅以上のプリマは、晃さん以外はごっそり支店に持っていきました。 やはり、現状のメンツでこの予定をこなすのは無理がありますよ」 マネージャーの愚痴を聞き流しながら、晃は名簿をめくった。 若すぎるか、操船の技量に問題があるか、接客が稚拙か、 …… 誰もがどこかにアラがある。
紙をめくりつづけていた晃の手が止まった。 「あれ? この娘(こ)、どうして昇格対象になってなかったんだ?」 自分に向けられた名簿の紙面を一瞥して、マネージャーは答えた。 「あぁ、あゆみちゃんですか。最初っからトラゲット志望の子ですよ。 プリマへの昇格は興味無いからって、辞退してるんです」 「へぇ …… 」 相槌を返しながら、晃は手許の名簿に目を落とした。 経験は申し分なさそうだし、トラゲットの現場でも、 他社のシングルも含めて、上手く取りまとめているようだ。 「けっこう頑固な子ですからねぇ。説得は無理ですよ」 翌朝。 「ちゃーすっ …… う、うわぁ! な、何すか! 晃さんっ!」 いつものように、朝の挨拶をしようとしたあゆみに、 姫屋のトッププリマが、子泣き爺のようにしがみついていた。 「ぐふふ、あゆみちゅわーん、今日はトラゲットをお休みして、 私のサポートで、団体さんの対応に回って欲しいんだなぁ」 彼らの周りで、一緒にトラゲットに行こうとしていたシングル達が、 遠巻きに、恐ろしそうに見守っていた。 「晃さんってば、藍華さんが居なくなったから …… 」 「ああやって、シングルやペアの娘をさらって来ては、 シゴキ倒して もとい 可愛がって、寂しさを紛らわしてるそうよ」 「今日の犠牲者は、あゆみさんだ、ってコトで …… 」 「それじゃあ、私たちは …… 」 「「「「いってまいりまーすっ!!」」」」 「ああっ! みんなっ!」 首尾良く管理室に連れてこられたあゆみは、打ち合わせを行っていた。 「別にウチは、お手伝いすることに、不満がある訳じゃ無いんすけどね、 ただ、大事なお客様なら、ぶっつけでやらずに、 予行演習をしてから本番に入った方が良い、って思うんすけど?」 普段の顔に戻った晃が、疑問をぶつけてきたあゆみに答えた。 「ああ。今日が、その予行演習だ」 「へ?」 「まぁ、あれを見てみろ」 ホワイトボードの予定表を指さしながら、晃は言った。 ぎっしりと書き込まれた予定に、あゆみは絶句していた。 「お客様を迎えるにあたって、本番も練習も無い。それは分かるな?」 晃に言われたあゆみは、黙ったまま頷いた。 「だが、滅茶苦茶忙しくなる来月までに、みんなの様子を把握する必要がある。 だから、今日のは本番ではあるけれども、来月に向けた予行演習でもあるんだ」 晃の鋭い目線に、あゆみは再び黙って頷いた。 「ようこそ、いらっしゃいませ」 ゴンドラ乗り場に、晃のよく通る声が響いた。 その声に、あゆみは はっ とした。 ただの挨拶、セリフだけならば紋切り型の口上に過ぎないのに、 そこには、歓迎の気分が、聞いただけで微笑まずにいられない明るさが 込められていたからだ。 「これが、トッププリマの接客かぁ」 あゆみは、これまで興味を感じられずにきた、 観光案内の世界の奥深さを、垣間見たような気がした。
あゆみにとって、晃の白いゴンドラに、半人前の黒いゴンドラで並走するのは、 正直、気がひける思いがしていたのだが、その事は杞憂に過ぎなかった。 乗客たちは、女性が操るゴンドラで観光案内してもらう、という 体験そのものに珍しさを見出している様子だった。 間近に見る晃の操船や口上、振舞いなどから、大事なものを盗みとっていった。 1セットのクルーズが終わる度に、晃から厳しいダメ出しが出た。 声が小さい、態度が硬い、気さくと失礼の間の見えない一線を踏み越えている。 晃のダメ出しがあるごとに、あゆみの腕前は向上していった。 晃にとっても、あゆみと接する事で、新たな発見があった。 あゆみの気さくな態度は、乗客の緊張感を消し去った。 活発な動作は「この娘のゴンドラなら大丈夫」といった安心感をもたらした。 普段トラゲットで鍛えられている成果なのか、 男性客の下品な冗談はさらりとかわし、 乗客が多い時でも、安定した操船を行っていた。 午前のクルーズを終了し、昼休みをはさんで午後一番のクルーズの途中、 「こいつ、意外と凄腕のウンディーネになるんじゃないか?」 と思いはじめていた頃、厄介ごとが持ちあがった。 観光客の集団とは、基本的に厄介ごとがセットになっている。 いきなりトイレを要求する者、腹が減ったと言い出す者、居眠りする者、 大抵の事は経験済みだったが、さすがの晃もちょっと困った。 あゆみは、先行する晃が右手を小さく廻している仕草に気がついた。 「お客様、すこしスピードを上げますので、お気をつけ下さぁい」 ハリのある声で言うと、晃のゴンドラに並ぶ位置につけ、 かろうじて二人の間だけで聞こえる程度の小声で尋ねる。 「なんでしょう?」 「あゆみ、ピンチだ」 赤ん坊を抱えた、若い母親のお客様が、授乳をしたいと言い出したのだ。 大きな商業施設にまでたどり着いてしまえば、授乳室もあるが、 ネオヴェネツィアの下町の水路を航行している今この場には、 そういうこじゃれた物は無い。 この場で授乳してもらう事もできるだろうが、 抵抗無くそういう事ができるなら、わざわざ晃に相談しないだろう。 あゆみは、少しの間あたりを見回すと、にっ と微笑んで、晃に言った。 「了解っす。不躾ながら、しばらく先導させて頂きたいんすが」 「分かった。まかせる」 「お客様、しばらく規定のコースを外れさせていただきまぁす」 規定速度いっぱいの早さで、町の舟着き場にゴンドラを付けたあゆみは、 手早く自分のゴンドラを舫う(もやう)と、乗客にしばらく待つように頼み、 陸上に姿を消し、またすぐに戻ってきて、晃に合図をした。 晃はゴンドラを接舷させると、赤ん坊を抱えた母親に声をかけた。 船に不慣れなお客様は、立ち上がるだけでもゴンドラをゆらしてしまう。 あゆみは、素早く母親のお客様をはさんだ、晃と相対する位置に回って、 片足でゴンドラを踏みしめる。 晃に手をとられて、揺れが収まったゴンドラから降りたお客様を すかさずエスコートして、あゆみがどこかに連れていく。 晃は、残された乗客が退屈しないよう、二隻のゴンドラにむかって、 あれやこれやの逸話を語って聞かせた。
しばらくたって、恐縮したお客様を連れて、あゆみが戻ってきた。 待たされていた他の乗客も、晃の話に退屈を感じていなかったためか 戻ってきた母親を温かく迎えた。 その母親が、舟着き場の方を見て深々とおじぎをしているのに気づいた晃は、 そこに人の良さそうな婦人の姿を認めた。 「あの方が授乳する場所を貸して下さったのか」 と思った晃は、自分も深く一礼をした。 ふと見ると、自分のゴンドラに戻ったあゆみは、 舟着き場の婦人に向かって、元気一杯に手を振っていた。 その、あゆみの姿を見た、道を歩いていた関係の無い子供が、 喜んで手を振りかえす。 その子供に向かって、今度はお客様が手を振り始めた。 自然と沸き上がった、和やかな笑いに包まれて、 二隻のゴンドラはクルーズを再開した。 「今日の午後のアレには参ったな」 仕事を終え、ピザ屋にやってきた晃とあゆみは、 反省会と称して、マルガリータをぱくついていた。 「よくあの場所で、授乳場所を貸してくれるお宅を知っていたなぁ」 「あぁ、それは」 感心したように言う晃に、嬉しそうにあゆみが答える。 「イトコの知合いがあすこに住んでるンすよ」 「親戚の知合いって、それは赤の他人と言わないか?」 呆れたような晃のツッコミに、あゆみは邪気の無い笑いを返した。 「実は場所を貸してくれたのは、そのお向かいさんなんすけどね。 あン時、知合いさんは留守だったもんで」 あゆみの笑い声は、店の中にころころと響いていった。 その日から、あゆみはプリマのサポート役に駆り出される事が多くなった。 ただ、あゆみ自身は自分の仕事の主軸を観光案内には置いていないようで、 相変わらず、トラゲットの現場へと足を向けていた。 その事で、ウンディーネ達の中に、噂が流れるようになった。 「トラゲットをしているシングルの中に、 プリマ級の腕前を持つウンディーネが混じっているようだ」 「どうやら、それは、姫屋のシングルらしい」 「姫屋は、そのウンディーネを軸にトラゲットの独占を狙っているそうだぞ」 「いやいや、そのウンディーネの才能に嫉妬したプリマが、 昇格できないように手を廻しているんだ」 「嫉妬しているプリマとは、三大妖精の一人、クリムゾンローズだってよ」 晃は、自分についてなら、どんな誹謗や曲解でも、受け止めることができた。 だが、あゆみの事で、好き勝手な事が語られているのが、我慢ならなかった。 あゆみ本人は、噂話なぞ気にも止めてない態度をとっていた。 むしろ、あゆみを気遣う晃自身が心配だ、と言ってくれるんだが …… 「ほへ、しばらくお会いしない内に、そんな話があったんですかぁ」 多忙を極める日々の中、久しぶりに偶然ゲットできた午後の半日オフを 晃はアリアカンパニーで過ごしていた。 久しぶりに、私も今日はオフなんですよ、と笑う灯里は、 午前中は、アイちゃんの修行に付き合い、午後も店番をしているそうだ。 それって、オフでも何でもないような気がするんだが。 予定カレンダーにも、姫屋のそれと大差ない程の書き込みがあった。
「でもなぁ、あゆみも嫌な思いをしてると思うんだ」 ティーカップを口許に運びながら、晃はぼやいた。 「なんとかしてやりたいんだけどなぁ」 「あらあら、じゃあ、そのあゆみって娘を、 プリマにしちゃえばいいんじゃないかしら?」 横から聞こえた言葉に、思わず晃は顔を向けた。 「ア、アリシア! いつからそこに?!」 「うふふ、わりとさっきから」 灯里が、アリシアの分のお茶とお菓子を用意しはじめたので、 晃はアリシアに向かって話した。 「だけどなぁ、プリマになっちまったら、トラゲットには出られないんだろ?」 「あらあら、そんな事ないわよ。 トラゲットを漕げるのはシングルだけ、なんていう決まりはないの」 「え? そうなのか?」 驚く晃に、アリシアは微笑んだ。 「そうよ。大勢のお客様に乗っていただくから、 あまりゴンドラに慣れていないウンディーネじゃ困る、っていう話があるだけ。 ペアの人が対象外になってるのは、たぶんその事が元ね。 だから、プリマでもトラゲットをしても何の問題も無いはずよ」 「でも、聞いたこともないぞ。プリマがトラゲットするなんて話」 晃は、自分の知る範囲から疑問を投げかけた。 「そうでしょうね。私も現役時代には、そんな話は知らなかったわ。 だけど、グランマが現役の頃には、 プリマでもトラゲットを漕ぐことがあったそうよ」 「正確には私が現役になる、少し前までの話かしらねぇ」 「グ、グ、グランマ! い、いつからそこに!」 「ふふっ、わりとさっきからかしらね」 そこには、灯里からお茶を受け取りながら静かに微笑むグランマが居た。 「トラゲットはねぇ、ペアからシングルに昇格したご褒美でも、 プリマになれないシングルへの罰ゲームでもないの。 もちろん、プリマがトラゲットをしてたのだって、 ペナルティの意味は無かったのよ」 グランマは、アクアで観光業が成立し始めた時代の事を語った。 なりふり構っていられない、入植直後の時期が終わり、 人々が余裕とゆとりを手にし始めた頃。 一部の人の娯楽が、多くの人々の余暇となり始めた時期に、 地球(マンホーム)のヴェネチアを真似て、ゴンドラでの観光が始まった。 だが、ルーキーからベテランに至る、全てのウンディーネにいきわたる程の 仕事の需要は、存在しなかった。 「そんな時に、トラゲットは始まったらしいのよねぇ」 人々の暮らしに密着した、ヴァポレット(水上バス)がフォローしきれない 短距離の移動をウンディーネが受け持とうというプランが持ちあがった。 「だから、始めの頃はプリマでもトラゲットをしてた訳よ。 みんな自分の会社の知名度を上げようと一所懸命だったらしいわ」 「それなら、なんで、プリマはトラゲットをしなくなったんですか?」 晃が投げかけた疑問に、グランマは灯里の予定表を示した。 「やがて、地球(マンホーム)のお客様が定期航路で見えられるようになって。 プリマは自分のゴンドラで案内をするので、手一杯になっちゃったでしょう。 それが、私が現役になる少し前の話なの。 その頃から、プリマはトラゲットに出なくなっていったらしいのよねぇ。 ま、私が現役になる前の話は、先輩からの又聞きなんだけどねぇ」
上品に笑うグランマの声を聞きながら、晃は灯里に向き直った。 「灯里、この中で、あゆみと面識があるのは、私以外にはお前だけだ。 だから、お前の目から見た、正直な感想を聞きたい。 あゆみの奴は、プリマとしてやっていけると思うか?」 真剣に問いかける晃に、灯里は静かに微笑みながら答えた。 「ええ。あゆみちゃんほど、お客様と接する事とゴンドラが好きな ウンディーネが、プリマとしてやってゆけない訳がありません。 あゆみちゃんは、きっと素敵なプリマになりますよ」 確信と信頼に満ちた灯里の答えに、晃は恥ずかしささえ感じていた。 思えば、あゆみの名簿を見て彼女の素質を予感したのは、 自分自身だったはずだ。 それが、思いもよらない噂話のネタにされ、最初の確信を失ってしまっていた。 自分が、あゆみとあゆみの可能性を信じなければ、 誰が信じるというのだろう。 晃は、確信を失っていた恥ずかしさと同時に、 なぜ灯里は、あゆみの事をこれほど確信できるんだろう? という疑問も感じていた。 だけど、身振り手振りでトラゲットでの体験を話す灯里と、 微笑みながら聞いているアリシアとグランマを見ている内に、 そんな疑問は、ささいな事なのだ、と思えてきた。 晃には、かつてグランマが姫屋を出て、この場所にアリアカンパニーを 設立した理由と気持ちが、少しだけ分かるような気がした。 数日後、その日最後のクルーズで、舟着き場まで団体客を送り届けた後、 晃は舟着き場に自分の白いゴンドラを舫った。 今日もサポートについていたあゆみは、そんな晃にゴンドラから声をかけた。 「どうしたんす? 今日はこっちにお泊まりっすか?」 あゆみのゴンドラまでつかつかと歩み寄った晃は、あゆみに言った。 「今日はお前のゴンドラに、私を乗せて帰ってくれ」 「いいっすよ」 「ただし、客としてだ」 その瞬間、あゆみは、桟橋に片足をのせ、左手で杭をしっかり握ると、 にっこりと微笑みながら、晃に右手を差し出した。 「ようこそいらっしゃいました。今日はどちらまでお運びしましょう」 晃は、たった半月ほど前のあゆみの様子を思い浮かべ、 短期間での成長に、内心で驚いていた。 無表情を装いながら、あゆみに手を取ってもらって、ゴンドラに乗り込む。 「姫屋の舟着き場までお願いします」 まるで、貴婦人のような、気品と風格を感じさせながら、晃が言った。 「承知いたしました。 ゴンドラ通りまーす!」 大小の船で混み合う夕方の舟着き場を、スムースなオールさばきで、 あゆみのゴンドラが滑り出た。 普通の観光案内のように、景色の解説など話しながら、 危なげなく姫屋への水路を通っていったのだが、 とある三叉路を通過する時に、異変はおきた。 「ウンディーネさん、その角を曲がって下さい」 晃はいきなり、あゆみに呼びかけた。 「あ、お客様、そこは …… 」 「曲がってください」 「そこは通行禁止区域です」というセリフを飲み込むと、 あゆみは覚悟を決めた声を出した。 「ゴンドラ、曲りまーす!」
そこは、まるで迷路のように見える水路だった。 日没が近い夕方の空は、急速に明るさを失っていった。 視界が悪い中、急カーブが、連続したクランクが、行く手を阻む。 良く見えない分は、波音と感じられる水の流れで補い、水路の様子を把握する。 かといって、操船だけにかかずらっている訳にはいかない。 両岸の建物に、何とか話のネタを見出そうとする。 細い、路地のような水路に、話すネタも見つけられない時には、 カンツォーネを唄って、間を持たせる。 やがて、広く開けた場所に近づいた事が感じられてきた。 あゆみは、晃に声をかけた。 「お客様、狭い水路が続いて大変失礼をいたしました。 お詫びに、ネオアドリア海に沈む、とっておきの夕日を ご覧に入れて差し上げます!」 水路を抜けたゴンドラは、ネオヴェネツィア港に踊り出た。 そして、スムースなオールさばきで、舳先を沖に向けると、 目の前には、今まさに海に没しようとする、夕日の姿があった。 その荘厳な風景に、しばし見とれた後、 すっと立ち上がった晃は、あゆみの方を振り向いた。 その動作に、あゆみは思わず息を飲む。 地上であれば、なんでもない動作だが、波に揺れるゴンドラの上、 余計な振動をゴンドラに与えず、なおかつへっぴり腰にもならず、 自然に振る舞うのは、相当な熟練の賜物と言えた。 あゆみは、目の前の人物が掛け値なしのトッププリマである事を、 改めて思い知った。 「今のコースの意味、分かるな?」 「プリマへの昇格試験、っすか?」 「そうだ。お前は、たった今、それに合格した」 あゆみは黙って頷いた。 新入禁止区域に行くことを命じられた時から、いや、 晃に客として便乗された時から、薄々察してはいた。 しかし、最初からプリマを目指す少女達の間でさえ難関といわれる試験を、 トラゲット一本でやっていくつもりの、自分がパスしてしまうとは。 喜べばいいのか、どうか、正直迷っているところに、晃が語りかけてきた。 「これまで通り、シングルでやっていくのも、 プリマに昇格するのも、お前次第だ」 晃は言葉を続けた。 「プリマになっても、トラゲットに出ることは構わない」 驚くあゆみに、晃はグランマから聞いた話をかいつまんで語った。 「だが、現状、プリマになってトラゲットに出るという事は、 今以上の反発ややっかみ、中傷や噂を背負い込む事になる。 その上で、お前がどうしたいかを決めてくれ」 わずかの間考え込んでいたあゆみは、やがて晃に答えた。 「分かりました。プリマへの昇格、お受けします」 何かをふっ切った表情で、あゆみは語った。 「ウチは、ほんっとにトラゲットが好きなんです。 晃さんのおかげで、観光案内も凄い事なんだって分かったけど、 やっぱり、トラゲットやってるのが楽しいんです。 だけど、一緒にやってるみんなは、そうとばかりも言えなくって。 プリマになれなくて辛く思ってる娘もいれば、 嫌味いわれたり、苛められる娘だって居る。 あてつけに思われるかもしれないけど、そんなみんなを元気付けたいんです」 「ああ、お前ならきっとそれが出来るよ」 優しく微笑みながら、晃が答えた。
「でも、よくウチなんかに、昇格試験を受けさせてくれましたね」 姫屋に向かうゴンドラの中で「もう普通に漕いでいいぞ」と 言われたあゆみは、晃に尋ねた。 「ああ。経験はあるんだし、合格するとは思ってたからな」 気安い態度で、晃が答える。 「それに、他のプリマからの推奨もあったしな」 「へぇ。ちなみに、どなたなんです? ウチを推奨してくれたのは」 「アクアマリンだよ」 そんな通り名のプリマって、姫屋に居たっけ? 通り名は、不思議とそのプリマの人となりを表すという。 確かに、自分はアクアマリンと呼ばれるウンディーネを知っている気がする。 だけど、それが誰だか分からない。 そのもどかしさに、あゆみはしばし考え込んだ。 振り向いて、あゆみが悩んでいる様子を見た晃は、 楽しげに笑いながら、その名前を教えた。 「姫屋のプリマじゃないよ。アリアカンパニーの水無灯里だ」 「あぁ! あの時の!」 あゆみは、一緒にトラゲットを漕いだことのある、 凄腕のシングルのウンディーネを思い出していた。 「うーん。灯里ちゃんは、ちゃんとプリマになってたんかぁ。 ウチの見立て通りやなぁ。さすがやなぁ」 しきりに感心するあゆみに、その笑みを大きくしながら晃が言った。 「おいおい、お前も今日から、そのさすがのプリマの一員なんだぞ」 「はいっ! 承知しておりますっ!」 元気良くあゆみが答える。 笑いさんざめく二人を乗せたゴンドラは、姫屋への路をすすんでいった。 - fin -
投下終了
ぐっじょぶ、まさかリアルタイム投下に出くわすとは思わなかった。 ARIAらしさとか、結構出てると思う。 …欲を言えば、あゆみの通り名も(決めないまでも)話題に出して欲しかったかな、とか。
117 :
名無しさん@ピンキー :2008/06/06(金) 00:45:48 ID:Mnm+qfVU
ageる
発掘したので昼間から小ネタ投下。 オリジナル主従関係の恋愛未満です。 金持ちの坊ちゃん専属の召し使い、もの心つく前からその役目を与えられていた。 女である自分が選ばれたのは器量と在る程度成長してからの事を考えてだろう。 質の悪い遊女にいれこむより自分の所で賄った方がましだと考えたのかも知れない。 粗相をしてもかなり優遇された甘い罰しかうけていないのも分かっている。 問題は、未だにシタ事が無い。 立場もあるだろうが皆10かそこらで経験済みだとこの間知った。 「なぁ」 いつもと同じ、机に向かい自分に背を向けている彼に声をかけた。 「どうしたんです? また何か壊したんですか?」 彼は罪を告白させる神父のように優しく答えた。 その言動を見ると自分と2つしか違わないとはとても思えない。 「いや、そうじゃ無くて……」 「お腹が空いたんですか? そこにあるの食べて良いですよ」 傍らにある台を指差して振り返りすらせず返す。台の上には熟した果物が甘い香りを放っていた。 今までそんな事しか彼に言って無かった自分が哀しくもある。 「別に腹が空いてる訳でも無いんだけど……」 「では、何ですか? 貴方が自分の腹具合と物を壊した事以外で話があるなんて、珍しいですね」 彼がやっと振り返った。 「いや……」 顔を合わせると改めて自分の聞こうとしていた事に対し恥ずかしさが先立つ。 「なにがあったんです? 貴方らしくも無い、熱でもあるんですか」 と、彼は手を額に当て様とする。 「ひぇ!!」 思わずその手を叩き、身を引いた。自分の顔が紅潮している事が判る。 「え?」 二人の声がハモった。 唖然とした顔。自分も変な顔をしているだろう。益々顔に熱が集まる。 「な、何でもない!」 叫んで部屋から飛び出した。 何がしたかったんだ? 足早に廊下を歩きつつ自分に聞き返してみる。自分の事をどう思っているのか問いたかった。 簡単な答えだ。 妹、もしくは只のステイタスバロメーター。見せびらかすには申し分ない。ブラボー自惚れ! 言葉遣いさえきちんとしていればそれなりになるだろう。 彼が言葉遣い以外の全ての事は教えてくれたからだ。 ダンスのステップ。礼儀作法。ミサの賛美歌。歌に関しては褒めてくれさえした。 音楽だって2,3曲だが弾く事も出来る。 バイオリンとか言う楽器だけは残念ながら受け付ず、上達しないものだから彼ももう諦めている。 ひょうたん型以外の弦楽器は正式に習った事すら無いため、自己流で適当に弾いているが、 たまに彼から弾いてくれと頼まれる位だから下手では無いのだろう。 自分で弾く方が巧いくせに気紛れに弾かせる。 「だからなんなんだ。簡単だろ? 聞くだけ、だ。何で一々赤くなったり、逃げ出さなきゃならない?」 結局、その日は彼とまともに顔をあわせられず気まずい雰囲気のまま夕食を済ませた。
なんでだろうな。思考がまた堂々回りを始める。 いやだからだろう? 今の関係を壊すのが。 知っているからだ。それを口にすれば、居心地の良い現在を失うことを。 恐ろしいからだろう? 彼から軽蔑されるのが。 自分に手を出さないのが当然だと思っている。子供のように永遠に同じ関係が続くと信じてるからだ。 どこかのお節介な自分が答えてくれる。そうだ。お節介な自分に同意する。当然だ。 厭で恐ろしくて堪らない。彼の傍に居られなくなるのも、ましてや軽蔑されるだなんて。 考えただけでもゾッとしない。 でも、一番恐ろしいのは自分が女に成り下がってしまう事。 思いもよらない言葉に、思わず息を呑んだ。落ち着いてもう一度考える。自分は何を考えている? 彼の特別な存在から只の女になってしまう事。 違う! 違わない。自分が彼の特別である事を捨てられないから、逃げ出した。 それから逃げたんじゃ無い! 他の事なら何でも言えるのに、この感情だけは言えない。 それは、自分が自分である為だ。恥じる事では無いさ。 「違う、違う、違う!」 自分の声で目を覚ました。全身がじっとりと汗ばんでいる。 夜の風がひんやりとして肌に心地良い。広い部屋の中は一言で言えば薄暗かった。 窓から射す月の光だけでは物はその輪郭しか見えない。 「どうしたんです? 怖い夢でも見たんですか?」 影が一つ起き上がり、自分に問いかける。彼には悩みなど無いのだろうか。 無い、と言われれば納得してしまいそうだ。自分が悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思える。 「ん、そんなとこ」 できる限り動悸を抑えいつもと同じように変わり無く答える。暫しの沈黙。 答えを待っているのだろうか。それを知っているのは自分だけだが、答えられるはずも無い。 「ごめん、寝ぼけたんだ」 また暫しの沈黙。もしかしたら殆ど寝ているのかも知れない。 「あー、そうですか? それは痛み入ります……」 さっきより寝ぼけた感じの彼の声は昼の演じているものと違って、とても自然な声に聞こえた。 「そっちの布団、入って良い?」 笑いを堪えながら聞いてみる。 「んー? 構いませんよー。御自由に」 子供の頃と同じように自分の布団を少し持ち上げ、自分を招き入れる。 その仕種は昔と何も変わっていない。 彼の布団に潜り込み、彼の腕の中で安心する。彼が自分をどう思っていようとも、構いはしない。 今は彼の特別で、彼の体温を感じられる距離にいる。 それだけで充分、幸せだとぼんやり感じる事が出来る。 きっと、もう暫くはこのままで居られる。それが幸せ。きっと幸せなんだ。 (終了) お邪魔しました。 当時から人の名前を考えてなかった事を思い出した。
gj もどかしい感じがすごく良い
エロでもなんでもないですが失礼します。 (ああ、どうしよう。) ここはこんなにも温かいのに、むしろ暑いくらいなのに。 汗が噴きだして止まらないほどなのに。 那津子さんときたら、まるで氷のように冷たすぎる。 意識さえも凍えて反応なんか有りはしない。 どうしよう! 暖めたら良いんだろうか。 普通の人間の体温はあたたかい。 今現在、ここにいる温かくない那津子さんはとても冷たい。 冷たい彼女は普通ではなく、人間でもないのだろうか。 そう考える間により冷えていく那津子さん。 どうしよう・・・! 人間に戻すには暖めたら良いのか? ここには毛布もお湯もストーブもない、どうやって暖める? ここには僕しか居ないじゃないか!! ああ、どうしたら良い? 抱き締めれば暖まる? 僕は那津子さんを抱き締めた。 彼女の体はひやっとしていて、この暑いくらいの気温の中ではとても気持ちが良い。 しかし彼女にとっては気持ちが良いなんてレベルのもんじゃないだろう。 このまま冷え続けたら、彼女は死んでしまうんだろうか? そういう風に考えると、僕はぞっとして那津子さんから体を離した。 しかし慌ててまた抱き直す。 彼女をこのまま冷やし続け、死なせることに罪悪感を感じたから。 僕のせいで死んでしまってはとても後味が悪いから。 僕はどこまでも偽善だなあ、と彼女を抱き頭の片隅でそっと思った。 冷える彼女はとてもお世辞には美しいとは言えなかった。 唇は青く血の色を無くし、肌も日焼けしたときとは異なる黒さだった。 心が拒絶する、抱き締めるという行為。 僕が抱き締めたいのは、明るく桃色の肌をし、黒目がちの美しい瞳を持った少女だというのに。 今ここにいるのは死にゆく女の姿。
122 :
続き :2008/06/14(土) 03:03:53 ID:/iydtLkh
だが 初めてではないものの、今までの経験では数少ない肌と肌の接触。 過去に体感した温もりとは異なる肌の感触。 先程ぞっとした体で、今度は欲求を感じた。 初めて素肌で女に触れた感触は忘れない。 世の中に、こんなに温かいものがあるのかと思った。 今までどんなにも感じたことがない、体中で感じる人間の温もり。 人と人が触れ合うと、その瞬間オキシトシンという神経ペプチド物質が脳内に放出されるらしい。 それは人と人の結びつきを強くする物質。 そんな科学的根拠があるならば尚更、抱き締めあうという行為は気持ち良いはずだろう。 そのときはそんな事を知りもしなかったが、ただ幸せだと感じた瞬間だった。 今僕の脳内にはオキシトシンはあるのだろうか? 脳を覗ける鏡などないので知ることはできないが、僕は今、気持ち良さを感じている。 そう、気持ち良いのだ。 心では拒絶しながら、体では求めている。 体は正直だな、との台詞の使い回しは下らないがまさにその通りである。 薄情な僕の身体は、意識の無い彼女と交わることを望んでいる。 そうしたら僕はきっと胎の中に僕を放つだろう。 彼女は喜んで受胎してくれるだろうか? 僕の児を孕んでくれるだろうか? そんな事を考えながら冷えていく 朦朧とす る 途 切 れ る 意 識
GJ! 雰囲気が凄く良かった。 でも、その雰囲気を大事にしすぎて説明不足な感じがした。 くだくだと説明過多で、この雰囲気が壊れたらもったいないけど、 もうちょっとだけ、状況を教えて欲しかったな、みたいな。 てゆーか、この調子でがんばってSSを書き倒して、 ネタ切れ感の強い屍姦スレの救世主となってくれい! って感じ。
ARIAの二次。
例によって、エロスのエの字もないSSなもんで、ここに落とさせてもらいます。
トラゲット娘さんず+銀髪の女神アテナさん。
ある意味、
>>107 〜の後日譚ですが、いちいち読み返さなくても意味は通る(はず)。
全10レス。あぼん指定はタイトルで。
「ちゃーすっ!」 「おぉ、おはようさん、あゆみちゃん。 おっと、今や姫屋のプリマ(一人前)ウンディーネ(水先案内人)、 スカーレット・ローズ(紅き薔薇)だっけか」 「あはっ、あゆみちゃんでいいっすよ」 「でも、いいのかい?」 「何すか?」 「いや、ワシ等トラゲットに関わるモンからしたら、 あゆみちゃんがトラゲットを漕いでくれるのは、有難いんだけどさ。 でも、会社とか、あゆみちゃん自身にしたら、 観光案内してる方が、実入りがいいんじゃないのかい?」 「ウチは、トラゲットが好きで漕ぎたくて漕いでるし、 会社には、大目に見てもらってる、みたいな。 なんつっても、ウチにはクリムゾン・ローズ(真紅の薔薇)、 晃さんの後ろ盾がありますし」 『その、無邪気な歌姫は』 オレンジプラネットの会議室では、所属プリマを集めた ミーティングが行われていた。 「同業他社の、ここ数ヶ月の目立った動向として、 姫屋のトラゲットへのプリマの投入が挙げられる。 これは、地域社会への姫屋の知名度浸透、及び 観光客へのアピールに一定の効果を上げておる」 「あー、アリスちゃん、私もトラゲットやりたい」 「アテナ先輩、それはでっかいワガママです。 近頃は舞台が忙しくて、ゴンドラに乗る機会すら減ってるのに」 「うぉっほん!」 偉いさんのわざとらしい咳払いに、アテナとアリスは首をすくめる。 「ただ、トラゲットは実際の収益への寄与が小さい。 オレンジプラネットでは、これまで通り、トラゲットには 半人前(シングル)を投入する事で対応する」 会議の後、自室に戻ったアテナは、興奮した口調で話していた。 「プリマもトラゲットできるんだぁ! いいなぁー、やりたいなー」 「アテナ先輩もシングルの頃、トラゲットしてないんですか?」 アリスの問いかけに、アテナは首を傾げて考えた。 言われてみれば、自分はトラゲットに出た記憶が無い。 「んー、やってないと思うんだけどぉ」 「え! アテナ先輩も、私と同じ飛び級昇格だったとか!」 シングルを飛ばし、いきなり見習い(ペア)からプリマへと 昇格したアリスにも、トラゲットの経験は無かった。 「んんー、そんなハズはないわねぇ。 飛び級昇格は、アリスちゃんが初めての事だし、 私がシングルの頃に、アリシアちゃんや晃ちゃんと知り合ったんだし」 アテナは首をひねって考え込んでいた。 「確か『明日トラゲットに出てもらうから』って言われて喜んでたら、 あくる日の朝に『君はトラゲットには出なくていい』 とか言われちゃったのよねぇ」 「なんだか、でっかい嫌らしい言い方ですよね、それって」 「そうでしょ、そうでしょー」 アテナの話に、アリスが思わず憤る。その態度に、アテナが喜ぶ。 「ちょっと喜んだせいで、食堂でお皿割って、ゴンドラぶつけて、 階段でコケたぐらいで、そんな風に言わなくってもいいよねぇ」 「え?!」 「それも、朝晩たったの二回づつ」 「 …… アテナ先輩、トラゲット以前に、よく首にならずに、 ウンディーネを続けることが出来ましたね …… 」
「あー、もう、禁止よ、禁止!」 「どうしたの? 藍華ちゃん?」 目が回るほど忙しい日々の中、藍華は、しばしの休憩時間を、 アリアカンパニーで愚痴たれて過ごしていた。 「元はといえば、灯里、あんたもいけないんだからねっ」 「えっ、私っ?」 灯里は、両手で自分を指差して、尋ね返した。 「そーよっ! あんたが晃さんをけしかけて、昇格試験を受けさせた、 トラゲットやってた娘(こ)がいるでしょっ!」 「あー、あゆみちゃんね。こないだ、晃さんから聞いたよ。 トラゲットに出てて、目立たなかったけど、凄く優秀なんだって?」 「優秀も何も、その娘の指導でプリマへの昇格者が 3人も出ちゃったのよっ!」 「すっ、凄ーいっ!」 藍華の言葉に、灯里は目を丸くして驚いた。 驚くと同時に、疑問も感じていた。 そういう凄い事を、何で藍華ちゃんは、怒って話すんだろう? 「全部、他所(よそ)の会社のウンディーネだけどねっ!」 「へ? 姫屋って、他の会社のシングルを指導してるの?」 「なぁにを、お間抜けな事を言ってるの? そんな訳ないじゃない。トラゲットよ、トラゲット。 あゆみちゃんは、プリマに昇格した後でもトラゲットに出てて、 そこで誰彼なしに、漕ぎ方や接客を指導してるらしいのよっ!」 「私もあゆみちゃんに、トラゲットのこと教えてもらったよ」 「あんたの事は、いいのっ! ここんとこ、トラゲット経験者のシングルが、 立て続けにプリマに昇格しててねっ、 昇格後の面談で、言ってるらしいのよっ。 『トラゲットの現場であゆみさんに教わった事が、いい勉強になった』って。 その娘たちの会社の指導や先輩とかを差し置いてねっ」 嬉しそうに微笑みながら、灯里は相槌を打った。 「あゆみちゃんって、結構世話焼きだからねぇ。 あ、ちょっと晃さんに似てるかもね、雰囲気」 「暢気な事を言ってる場合じゃないわよ、灯里。 私たち観光案内業者にとって、プリマは収益の源泉。 他の会社のプリマが増えるって事は、取りも直さず、 自分たちの会社の取り分が減るって事なのよっ!」 藍華の発言は事実だった。 その事は、アリシアの跡を継いで、アリアカンパニーの 実質的な運営にあたっている灯里も、十分理解していた。 しかし、灯里は、その表情から嬉しげな微笑を消さなかった。 「でもぉ、あゆみちゃんのやってる事って、藍華ちゃんが、 私に色んなことを教えてくれたのと、同じような事だよねぇ」 「うっ …… 」 出鼻を挫かれた藍華は、愚痴の方向を変えた。
「それだけじゃないのよっ! プリマや先輩に苛められたとかで、悩んでる娘とかがいたら、 あれこれ相談に乗ってあげてるらしいのよっ! おかげで今では、会社の枠より、トラゲットに出てる ウンディーネ同士の連帯の方が強いんじゃないか、 なんて話があるぐらいなのっ」 それを聞いても、灯里の微笑みは消えなかった。 「あ〜、それって、藍華ちゃんが、周りの人たちと上手くいかずに 悩んでたアリスちゃんを、慰めてあげたのと一緒だぁ」 「あうっ …… 」 「あの時は藍華ちゃんったら、目に涙を溜めて、 アリスちゃんを力づけてあげてたんだよねぇ」 「恥ずかしい思い出話、禁止っ!」 自分の話を持ち出されて、薮蛇になってしまった藍華は、 顔を赤くして怒鳴った。 「でも、姫屋の本社には晃さんが居るんだし。 会社に良くない事だったら、晃さんが止めるんじゃないかな?」 「それがねぇ …… 」 灯里の疑問に、藍華はため息混じりに答えた。 「晃さんは『どんどんやれ』って、けしかけてるらしいのよ」 「ほへ?」 「『先輩であることを嵩(かさ)にきて、苛められる事に対抗するんなら、 会社の枠を超えて団結するのも悪くない。 それに、プリマが増えて仕事を奪われるのが嫌なら、 各人がもっと、自分を高める努力をするべきだ』 なんて言っちゃって。 私には、先輩なことを嵩にきて、 さんざん苛めてくれたくせにねっ!」 晃らしい言い分に、灯里は思わず笑った。 そして、藍華の悪態に納得がいった様子で、頷き返した。 「なぁんだ、そういう事かぁ」 「やっと分かってくれた? 灯里」 「うん、よっく分かったよ。 藍華ちゃんは、晃さんを取られたような気がして、寂しかったんだね」 「は、は、は、恥ずかしいセリフ、禁止っっっ!!!」 顔を真っ赤にした藍華の怒号と、灯里の軽やかな笑い声が、 アリアカンパニーから流れ出した。 *** 「え? プリマへの昇格試験の試験官、ですか …… 」 アテナとアリスを前にして、オレンジプラネットの管理担当者は、 ネオヴェネツィアの水路図を指差しながら言った。 「そうです。アテナには、この街中から港に抜けるルートで、 アリスは、倉庫街の周りを迂回するルートを」 それぞれにむけ、対象ルートを指でなぞって見せる。 「アテナはもう解ってると思うけど、試験中のゴンドラは、 外部からもモニターされているので、そのつもりでいて。 失敗を無かった事にする温情も、 優秀なウンディーネを蹴落とそうとする策略も、 あなた方自身の評価を落とすことになるから、心していて」 「外部からのモニターって、会社の人が見てるんですか?」 アリスは、初めて聞く試験の実態に驚いた。
「いいえ。ゴンドラ協会の専任の担当者よ。 実際に、誰がどのように見ているのかは、秘密にされているわ」 管理担当者は、冷たさすら感じさせる態度で言った。 スキルの不十分なプリマが増えることも、 才能のあるウンディーネが、プリマになれないことも、 どちらも、ネオヴェネツィアの観光にとってはマイナスになる。 プリマの昇格試験が、正しく行われているかどうかは、 ゴンドラ協会にとっても、大きな関心事なのだった。 「特にアテナ、あなた『この辺りでカンツォーネ歌いたいなぁ』 とか思って、鼻歌を口ずさんだりしても、 カンニング行為と見なされますからね。注意してちょうだい」 三大妖精の一人にして、稀代の歌い手であるアテナは、 前科でもあるのか、首をすくめて項垂れた。 「受験者には、好きなタイミングで試験日を教えてかまいません。 ですが、コースは直前まで教えないように。 今回の受験者は、二人とも何度か試験を受けているから、 要領については、アリスより詳しいかもしれないわ」 その日の夕方、トラゲットから会社に戻ってきたアトラと杏は、 アテナとアリスの出迎えを受けた。 自分たちより余程格上のプリマの出迎えに、アトラたちは、緊張した。 だが、アリスはその二人よりも緊張していた。 「ア、ア、アトラさんっ」 「は、はいっ!?」 「こ、今度、プリマへの昇格試験を行いますっ」 「はいっ」 「し、試験官は、私が担当しますっ」 「はい」 「で、でっかい頑張って下さいっ」 「はいっ」 二人のやりとりを見ていたアテナは微笑んだ。 「まるで、アリスちゃんが試験受けるみたい」 「ですよねぇ」 相槌を打つ杏を見ながら、アテナはふと黙り込む。 その態度に、杏は不安を感じた。 何かを思い出そうとでもするように、しきりと考え込むアテナに、 恐る恐る尋ねかける。 「あ、あの、何か?」 杏の顔を、まじまじと見ながら考え込んでいたアテナは、 やがて納得がいったように、ぽん と手を打った。 「そうそう、杏ちゃんも試験だから。アトラちゃんと同じ日に」 「えっ、あっ、は、はいっ!」 あくる日から、アトラと杏の二人は、 トラゲットの休憩時間に、必死に試験対策の練習を始めた。 見かねたあゆみたちが「修行に専念して、トラゲットは休めば」 と声を掛けても、けっして、トラゲットを休もうとはしなかった。 そんなある日、昼休み中に、休憩しているシングルたちから離れて 練習している二人の所へ、あゆみが顔を出した。 「がんばってるなぁ、キミらも。少しは休んだほうがいいよ?」 「う、うん。大丈夫だから」 アトラが健気な返事を返す。 その脇で、杏が両手を握り締め、黙って俯いていた。
「杏ちゃん?」 その様子に気がついたあゆみが、声をかける。 アトラも不審そうに首をかしげて、杏を見た。 「こ、怖いんです。失敗しそうで。又、落第しそうで」 張り詰めた神経が、断ち切られてしまったかのように、 杏は両手で顔を覆って、泣き出した。 「アトラちゃん!」 あゆみは、アトラに声を掛けると、すばやく杏の手を取った。 アトラも一瞬遅れて、反対側から杏の身体を支える。 泣きじゃくる杏を抱えるようにして、トラゲットの事務所に向かう。 事務所といっても、その実態は掘建て小屋だ。 休憩時間の暇つぶしに、釣り糸を垂らしていた老人に、あゆみは叫んだ。 「おっちゃん! 事務所借りるよ!」 「おうよ」 今までのやり取りを、聞くとも無く耳にしていた老人は、 あゆみ達が飛び込むように入っていった事務所を眺めた。 「ふむ」 老人はため息をつくと、飄々とした足取りで、 休憩中のウンディーネ達がたむろっている一角に歩み去った。 一方、事務所の中では、しょげ返った杏をあゆみが慰めていた。 「ほらほら、心配しなくても、漕ぎも接客も経験あるんだから。 そんな、切羽詰らなくても大丈夫っしょ」 泣き止んだものの、呼吸を乱してしまい、 返事が出来ないでいた杏に代わり、アトラが答えた。 「それが、今度の私たちの試験官が、アテナさんとアリスさんなのよ」 「え! 三大妖精のセイレーンと、飛び級のプリンセスが!」 ようやく呼吸が整った杏が、鼻をすすりながら言った。 「はい。私の担当はアテナさんです。 私、アテナさんみたいにカンツォーネなんか歌えません!」 怯えたような杏に同調するように、アトラも言葉を継いだ。 「私だって、人並みには漕ぎは出来るつもりよ。 でも、天才って言われるアリスさんみたいには、 ゴンドラを扱うことは出来ないわ!」 杏のように、泣き出してはいないが、 アトラも精神的に、かなり追い詰められているようだ。 そんな二人に、あゆみはため息をついた。 「キミらねぇ、ちょっとは落ち着きなさいよ。 ウチだって、晃さんと同じくらいに接客できなきゃダメって言われたら、 一生プリマになんかなれないよ? もし、アテナさん並に歌えなきゃ失格になるんなら、 ネオヴェネツィアのウンディーネは、アテナさん以外は、全員失業っしょ?」 杏とアトラは、きょとんとしてあゆみの事を見ていた。 言われてみれば、その通りな気がする。 「プリマになれるだけの実力がある事を示せばいいんだから。 その力は、二人にはあると思うよ。 もっと肩の力抜かないと、試験の前に潰れちゃうよ?」 杏とアトラは、呆気に取られたように顔を見合わせた。 憑き物が落ちたような二人の様子に、あゆみは胸をなでおろした。 「さ、そろそろ休憩時間が終わるよ! 今日の午後は、トラゲットに出てもらうとして、 明日からは、試験に向けた修行をしな。 大丈夫だよ、キミらは二人っとも、腕はあるんだから!」
頷きあう杏たちに笑いかけながら、 事務所の扉を開けたあゆみは、立ち止まって絶句した。 不審に思った二人が、あゆみの肩ごしに外を覗き込む。 そこには、休憩していたはずのシングルたちが 取り囲むように立っていた。 「二人っとも、ダメじゃないすか! 大事な試験があるのに」 「今日の午後は、あゆみ先輩を貸してあげるから、 しっかり修行しなさいよねっ!」 「杏ちゃんも、アトラちゃんも、がんばっ!」 色とりどりのユニフォームをまとった少女たちが、口々に声をかけた。 「あれ?」と思ったあゆみが、ふと傍らを見ると、老人が わざとらしい程そ知らぬ顔をして、つり道具を片付けていた。 それで事情を納得したあゆみだったが、すぐに気持ちを仕事のことに戻した。 「でも、午後からはどうするの? 二人も抜けたら、大変っしょ?」 「二人じゃありませんっ! 三人ですっ! あゆみさんは、午後から杏ちゃんとアトラちゃんを指導してあげるんですっ!」 一人の少女が力説する。 その隣の少女が、おっとりした調子で説明した。 「休憩時間の間に、午後の場所割りを組みなおしました。 皆さんが抜けても、業務に支障はありません」 ちょっと困ったような顔で、あゆみは背後の二人を振り返った。 杏とアトラが、さっきまでとは違う意味で涙ぐんでいた。 二人が口々に、あゆみに言った。 「あゆみさん、午後から私たちの修行を指導してください」 「お願いします」 ぽりぽりと頬を掻きながら、あゆみは少しの間考え込み、 そして、にっ と微笑みながら言った。「うん。解った」 そのまま振り返ると、周りのウンディーネたちに呼びかけた。 「みんなっ、ありがとなっ!」 その声を合図とするかの様に、笑い声が湧き上がった。 「しっかり、教えたげてくださいねっ!」 「杏ちゃんもがんばれ〜、アトラちゃんも負けるな〜」 「さ、私たちもそろそろ、午後の仕事だよっ!」 「うんっ!」 みんなの声に励まされるようにしながら、杏とアトラも あゆみと共に、自分たちのゴンドラに向かった。 午後からは、あゆみの指導でアトラと杏の修行が始まった。 「昇進試験のコースは、いくつかあるんだけど、 コースを丸暗記したって無駄なんだ」 あゆみは、熱心に聞き入る二人に語った。 「余りにも水路が複雑すぎて、月や日、時刻によって、 水の流れ方が全然違うからね」 事も無げに語るあゆみに、二人は、 「なら、どんな練習をすれば?」と聞き返した。 「だから、漕ぎの練習は、どんな流れの中でも真っ直ぐ進む事を基本に。 次に、ゴンドラの進行方向を、自分の望む方向にスムースに曲げる練習。 聞いてたら、まるで見習い(ペア)の練習みたいっしょ? でもね、これさえきちんと出来たら、昇進試験は受かるよ」
時々は、あゆみが乗客役になり、 客席に座りながら、細かく指摘していく。 「杏ちゃんは、ちょっと体格小さいから、 お客さまの重さに漕ぎ負けないように、ゴンドラの進路を保持して。 ゴンドラのベンチには幅があるから、どうしてもお客さまは、 左右どっちかに寄って腰掛けちゃうからね」 「はいっ」 あゆみの腰掛けている側に、微妙にずれていた進路を、 杏が返事をしながら修正した。 「それから、アトラちゃんは、乗せているのは、 あくまでもお客さまであって、 試験官じゃないんだって事を忘れないようにして」 「え、あ、はいっ」 ついつい普段の態度に戻りがちなアトラにも注意する。 「乗っているのがユニフォーム姿のウンディーネだから、 みんな、うっかりお客として接する事を忘れちゃうんだねぇ。 見慣れた同じ会社の制服のウンディーネでも、 お客さまだって事を、忘れんようにね」 あゆみから教わった事を元に二人は、 翌日から試験対策の修行に専念した。 そして、試験当日がやってきた。 アリスは、自分が試験を受けるかのように緊張していた。 それに対してアテナは、普段通りに、いや、 もしかしたら普段以上に、ぼーっとした雰囲気を放っていた。 「う〜、私は、居ても立ってもいられないので、 先にゴンドラ乗り場に行ってます。 アテナ先輩も、ドジっこぶりを発揮して、 遅刻しないようにお願いしますねっ」 そう言い残したアリスが部屋を出て行くのを、 アテナは、微笑みながら見送った。 予定の時間ぎりぎりに、ゴンドラ乗り場に現れたアテナに、 小言を言おうとしたアリスが、あんぐりと口を開けたまま固まった。 アテナは、普段のユニフォームではなく、 淡いパステルグリーンのワンピースを着ていた。 「な、なんて格好をしてるんです、アテナさんっ!」 憤るアリスに、アテナはにこにこと答えた。 「うふふ、かわいいでしょ、アリスちゃん。 試験官は制服着てなくても、いいのよ」 アリスは、立ち会っていた管理担当者を見る。 管理担当者は、やれやれといった様子で肩をすくめただけだった。 とりたてて注意するほどの事ではないらしい。 だが、そのアテナの様子を見て、杏とアトラは、はっ とした。 今日、ゴンドラにお乗せするのは、試験官でも同じ会社の先輩でもない、 お客様なんだ、というあゆみの言葉を思い返していた。 「では、行ってらっしゃい。私たちも良い結果を期待しているわ」 管理担当者の言葉で、試験は開始された。 「はい。では、お客様、こちらのゴンドラへどうぞ」 おのおののゴンドラに試験官を誘導する杏とアトラを見ながら、 「今度は上手くいくのかな?」と管理担当者は思った。 杏も、アトラも、これまでに何度か、昇進試験を落ちている。 合格できる、という確証は無い。
杏は、ゴンドラを漕ぎながら、ふと違和感を感じた。 練習で漕ぐよりも、進路の保持がしやすい。 水路から見える風景や建物の案内をしながら、その原因を探る。 いつものゴンドラとオール、お客様は一人、 漕ぎ方を変えているつもりは、ない …… ふと、原因に気が付いた。 ゴンドラの、普通に座れば二人掛けのベンチ。 アテナは、その丁度中央に座っていた。 杏は、一瞬、胸が熱くなる思いがしたが、 すぐに気持ちを切り替えて、観光案内を続けた。 やがて、網の目のように入り組んだ、ネオヴェネツィアの水路の 別々の場所で、アテナとアリスは、同じ言葉を口にした。 「ウンディーネさん、そこの角を曲がって下さい」 杏とアトラは、昇進試験のクライマックスへと舟を進めた。 これまで、幾度となく経験してきた、曲がりくねった水路。 複雑な水の流れが、ゴンドラを揺らそうと待ち構えている。 杏もアトラも、あゆみから教わった事を胸に、 慎重に、果敢にオールを漕いだ。 一艇身でも半艇身でも、四分の一艇身でさえも、 真っ直ぐ進む場所では、絶対に進路をぶれさせずに進む。 曲がりたい場所では、スムースに、必要なだけ曲がる。 どうしても揺れる事が避けられないのならば、 早めに注意を呼びかけ、揺れが収まった後のフォローも忘れない。 彼らは必死にゴンドラを操り続け、ふと気がつけば、 広々としたネオヴェネツィア湾に到達していた。 二人とも、今日の試験は、途中で打ち切られることはなかった。 「合格です」 アリスは言った。 「え、あ、はい」 アトラは、少しうろたえながら返事をした。 実はアトラは、試験の合格・不合格よりも、 自分がコースを完了できた事の方に驚いていたのだった。 「細かい点を挙げると、キリがないのですが、 不合格となるミスやエラーは見当たりませんでした。 プリマになった後も、でっかい精進してください」 「は、はいっ!」 「あ、あそこに見えますのは …… 」 「あー、もういいわよー、合格ー」 ネオヴェネツィア湾から見える町並みを案内しようとする 杏を遮って、アテナが合格宣言を出した。 「えっ! は、はい! ありがとうございますっ」 お礼を言った後で、自分の方を見て、何かを待っている様子の杏に、 アテナは尋ねかけた。 「んー、なにかな?」 「あのぉ、終わった後で講評て言うか、 ダメ出しがあるって聞いていたのですが …… 」 「あー、カーブの時に曲がるタイミングが もう少し早いほうがいいかなー、とか、 カンツォーネは、もうちょっとのびのびと歌えたらいいかなー、とか、 案内の態度が硬くて、レコーダーの再生みたいだなー、みたいな?」
杏は、自分が単に昇進試験に合格しただけであって、 ウンディーネとしては、まだまだ至らない事を自覚させられた。 「でもぉ、そんな事は、実際にやっていく内に、 自然に身についていくからぁ。 今日のところは合格っ! って喜んでたらいいんじゃないかな?」 そんな杏に、アテナは言葉を続けた。 アテナの態度に緊張感がほぐれた杏は、元気よく頷き返した。 しかし、すぐに寂しげな表情になって、つぶやいた。 「そういえば、プリマになっちゃうと、 トラゲットには、もう出てはいけないんですよねぇ」 「そうそう! トラゲット!」 杏のつぶやきに反応して、アテナが、ぽん と手を打った。 「わたしもやりたいの。トラゲット」 少し唖然としながら、杏が答えた。 「え? 会社の偉い人が、トラゲットに出るのはシングルだけ って言ってたらしいですよ?」 「うん。言ってた。でもね、やりたいの、トラゲット」 駄々をこねるようなアテナの態度に、たじろぎながら杏は尋ねた。 「あの、それなら、アリスさんに言われてみたらどうでしょうか?」 「アリスちゃんはね、私がトラゲットやりたい、って言うと怒るのよ。 でもでも、トラゲットやってみたいから、 知ってる人に、連れて行ってほしいなぁ、って思うのよ。 …… だめ?」 小さい子供が、おねだりをするように問いかけてくるアテナに、 杏は途方にくれていた。 *** 「やぁ! おはよう、アトラちゃん、杏ちゃん。 協会で聞いたよ。プリマ昇格、おめでとう!」 「えー、本当! やったぁ!!」 「おめでとう、二人とも!」 「ねえねえ、通り名決まったの?」 トラゲットの現場に出向いた二人は、早速、お祝いの言葉を浴びせられた。 その言葉に、仲間たちが寄ってきた。 「ありがとう。私の通り名はサンシャイン・オレンジ(降りそそぐ陽光)。 で、杏ちゃんが …… 」 「うん。私はライム・グリーン(薫り立つ新緑)です」 「きゃー! かわいいー!!」 はにかんだ、真っ赤な顔で、アトラと杏が礼と報告を言う。 そんな二人を、周りの仲間たちがはやし立てる。 ひとしきり騒いだ後で、係員の老人が尋ねた。 「わざわざ、挨拶に来てくれたのかい? 姫屋さんと違って、オレンジプラネットでは、 トラゲットへのプリマの参加はしないって聞いてたけど?」 「そ、それが …… 」 口ごもるアトラの背後から、アテナがひょっこり顔を出す。 「え? 三大妖精のセイレーン …… 」 絶句した周囲に向かって、アテナはまるで新人ウンディーネのように、 ぴょこん とお辞儀をした。 「あの、アテナさんが、どうしてもトラゲットしたいって …… 」 「ええーっ!」
驚いてばかりもいられないので、とりあえず、 アテナを場所割の中に組み入れた。 さすがに、三大精霊の一角を占めるウンディーネだけあって、 アテナはトラゲットの漕ぎ方や要領を、すばやくマスターした。 仰ぎ見るような大先輩の登場に、少しおののいていたシングルたちも、 アテナの飾らない性格に安心し、 そして、自分たちの輪の中に受け入れていった。 アテナも、初めて体験するトラゲットの仕事に、 面白さを感じていた。 気取らない立ち乗りの乗客たち、 息を合わせた、二人漕ぎのゴンドラ。 普段の観光案内との違いもあって、漕いでいると、結構楽しい。 楽しくなると、ついつい口をついて、カンツォーネが流れ出す。 水路に朗々と響く歌声に、周囲の人々は驚き、そして、喜んだ。 楽しげな気持ちのままに歌われる、アテナのカンツォーネは、 聞く者の心をすら、暖かな喜びで満たしたのだった。 やがて、一人のシングルが、思わずアテナの声にあわせて歌い始めた。 自分が、セイレーンの歌を邪魔してしまった事に気づいた彼女が、 はっ として口ごもりそうになる。 しかし、そんな彼女を後押しするかのように、 アテナは主旋律を明け渡した。 高音で歌に華やかさを添え、低音で曲を支える。 「一緒に歌いましょう」 アテナの誘いを悟った彼女が、弱気を振り払い、力強く歌い始めた。 その歌声に、他のウンディーネが加わった。 さらに一人、もう一人、歌声の輪は、少しずつ大きくなっていった。 乗客だけではなく、川沿いの道を行く通行人も足を止め、 ウンディーネの合唱に耳を傾けた。 川岸に店を出す、普段はやかましい物売りたちすら、 しばし、客引きの呼び声をとめた。 やがて、曲が終わりを迎える。 運河の上に、歌声が流れ去った一瞬の静寂の後で、 割れるような拍手が沸きあがった。 「ブラーヴェ!!」 「ケ・ベッレ!!」 人々の拍手と歓声は、いつまでも響き渡っていた。 〜fin〜
投下完了
137 :
122 :2008/06/25(水) 23:44:14 ID:Dvg6zcj7
>>123 評価ありがとうございます。
人に見てもらったことがなかったので、読んでもらえて嬉しいです。
こつこつ頑張ってみます。
>>120 gjありがとうございました。
2レス程お借りし投下します。
オリジナルの人外スライム少女と男です。
NGはタイトルかトリップでお願いします。
「大体ですね、力も無いのに好奇心を暴走させるのが悪いンですよ」 ちょっとしたイタズラ心が引き起こした事態により早々に宿を後にした俺は原因となった 相手から説教をくらっていた。 その相手とは見た目からすれば、スレンダーな身体に大きめの胸を持つ青い髪をした少々 たれ目の美少女である。 代金に色を付けたとはいえ、宿の主人には悪い事をしたと思う。 「あー、うん。今回は確かに全面的に俺が悪かったとは思う」 とりあえず相手の意見を素直に認め、俺は“でもな”と言葉を続ける。 「人間の村の宿で本性だして襲うなよ」 「下手に私を刺激するからじゃないですか。それに、ちゃんと手加減はしました」 「アレで?」 少女の心外だと言わんばかりにした抗議先を促し、昨晩の事件を思い出し身震いした拍子に 体の節々が痛んだ。 「私が本気なら、今頃あなたは文字どおりに骨までトロけてますよ」 可笑しそうにケラケラ笑いながら言う少女の言葉に先程とは別の意味の身震いが俺を襲う。 端から聞けば羨ましく聞こえるかも知れない言葉なのだが、この少女の正体はスライム である。 モンスターの代名詞とも言える洞窟や森の奥などに棲息するプヨプヨとした基本的に不定形の 流動体生物で厄介な事に基本的に焼かない限り、叩いても切っても死なない上に雑食。 よく生きてたな俺。
「……にしても、そこまで嫌なら途中でスライムに戻れば良かったのに」 「極端にびっくりしてると巧く変形ができないンですよ。それに」 「それに?」 一旦区切り何やら思案している様子のスライム少女に言葉の先を促す。 「途中で溶けるな。って最初に言われましたし、途中までは同意の上でしたことですからね。 その辺も加味したンです」 昨日の夜の事件を要約すると、お互いの好奇心から事に及び、俺のイタズラ心により軽い強姦 プレイになり、スライム少女の復讐心によって逆レイプされ、最終的にスライム少女の手心に より俺は生きている。 「……俺が調子に乗りすぎた。ごめんなさい悪かったです」 「なら、この問題は水に流しましょう」 そう言ってスライム少女は嬉しそうに俺を見た。 何となく目が合わせられない。 無理矢理であった昨日のスライム流は認めたく無いが、かなり気持ち良かった。 俺はマゾなのだろうか……。 「何をしてるンですか、行きますよっ!」 立ち止まり考えていたらスライム少女の呼び声が俺を現実に引き戻した。 鮮やかな髪が愉しげにフヨフヨと舞うのが視界に入る。 「おいっ、髪が踊ってるぞ」 「ああっ、すみません」 例によって例のごとくのスライム少女。 結局こうやって漫才のごとく俺の1人負けで奇妙な旅の日々は、のほほんと過ぎるワケだ。 そう悟り1つ息を吐くとスライム少女を追いかけた。 (終了)
↑投下終了です。 お邪魔しました。
保守
3-1 # 48です、こんばんは。 # 日本じゃ明日は七夕だってのに、こっちは月月火水木金金ですよ。やれやれ。 # # さて、以前は“リアリティ重視”を標榜していた私ですが、しばらく # 離れている間にちょっと考えが変わりまして、今作はその辺を抑え目で # いこうと思います。何しろ、OOTWというのは、現実に即して書いてると、 # 陰惨で地味で、面白くもなんともないものになってしまいますから。 # (ちなみに第二の理由は、リアリティ重視のはずの前作を先ごろ読み返して # たいへんに落ち込んだからです!) # ということで、今作はどっちかというと“ファンタジー”ですので、 # その辺どうぞよろしく。 俺は軍人なんだぞ。外交官もどきのことをやらせるならもっと給料よこせ! というのが、三鷹戦闘団副長である橘中佐の偽らざる心情であった。 (うう、早く戦闘団本部に帰りたい!) UNQPMFにおいて、各国派遣団の指揮官たちは、月に2回の定例会合を持っていた。 それらは、冒頭部分だけが各国のメディアに公開され、残りは非公開となるので、 記者たちは、てっきりその隠された部分で重要な討議がなされているものと思って、 そこをすっぱぬこうと必死になっていた。 それは決して間違いではない。 しかし、UNQPMFの方針を決める本当の舞台は、各国派遣団の幕僚たちが週に1回 開く会合であり、とくに、高級幕僚の会合であった。 高級幕僚のいない三鷹戦闘団においては、副長の橘中佐がこれに出席することになる。 というわけで、橘中佐は、一介の陸軍中佐でありながら、日本の国益を代表しなければ ならないという重責を負わされていた。 日本陸軍は、ここ50年ほど国内に引きこもっていたおかげで、市ヶ谷の先輩も頼りに できない。霞ヶ関からの支援はほぼ皆無、おまけに、橘はこの面子の中でもっとも 若僧ときている。 橘が頼れるものがあるとすれば、それは三鷹戦闘団があげている成果だった。 オランダ大隊が降伏したのち、三鷹戦闘団は、わずか1個連隊でありながら、広大な 北西方面戦区を一手に担うはめになっていた。 他の戦区には、それぞれ倍ちかい部隊が配置されていることを考えると、相当に不利な 条件である。 兵力の少なさやQ島の情勢を考えると、三鷹大佐は、通常の軍事的手段を取るわけには いかなかった。 彼が頼ったのは、彼らに対する幻想と、彼自身の外交力だった。 中川大橋の戦闘など、テレビに華々しく報じられるニュースの裏で、日本人連中は、実に 地味で、人目につかない努力を続けていたのである。 この辺のことはあまり報じられていないし、読者も興味を持たなそうなので割愛する。 詳しく知りたい方は、三鷹戦闘団で大隊長をつとめていた嵐少佐が、帰国後に著した “Conventional Forces in Low-Intensity Conflict: The 3rd Infantry in Firebase Shkin” を一読されることをお勧めする。 一言で言うと、説得から買収、恫喝にいたるまで、ありとあらゆる手段を用いた根回し が効を奏して、三鷹大佐の試みは、かろうじて成功しつつあった。 倍以上の兵力を持つ各隊が苦戦するなか、三鷹戦闘団は今のところ、最小限の犠牲で、 順調に任務を遂行していた。 橘中佐も、前のように新参者の後ろめたさを感じることもなく、胸を張って、この連絡会議に 出席できるようになっていた。
「…以上だ。何か追加事項は?」 レアード准将(仏陸軍)が、各国の幕僚たちに言った。 誰も発言しなさそうだと思って、橘中佐は書類をまとめはじめた。 そのとき、ゴダード大佐(英陸軍)が発言を求めた。ゴダードはロビンソン准将の幕僚長 である。 「昨日撃墜された、北部方面航空団のパーカー中佐についてですが、生存しているという 情報があります。生命に別状なく、ヴェガ町北方の墜落現場付近に拘禁されているとの ことです」 幕僚たちがざわめいた。レアード准将が眼鏡を押し上げた。 「ほう。その話は、どのようなルートで入手したのですか?」 「我々の部隊が、民事作戦を展開中に入手しました。彼女をとらえた部隊の民兵からの 直接情報です。我々は、極めて信頼できると評価しています」 「なるほど――なぜパーカー中佐がやられたのかが不思議でしたが、これで分かりました ね。 彼女はヴェガ町の上空に迷い込み、その防空網に引っかかったんでしょう。 あの近辺にはガントレットがあります。あいつは油断できない相手です」 アメリカ空軍のマイケルソン大佐が頷いた。 ゴダードが密かに狙っていたとおり、橘中佐が食いついてきた。 「我々の偵察隊が、ヴェガ町の南方20キロにいることは先ほどご報告したとおりですが、 現在、既にヴェガ町に向けて移動を開始しています。さらに足を伸ばして北方を捜索する ことは可能です。 しかし、まずは広報ですね」 「そうです。不確定情報の段階でも、とにかく公表しなければなりません」 「どうも興奮しすぎておられるようだな」とレアードが割って入った。 「不確実な情報を流して、無駄な希望を持たせることが、どれほど遺族を傷つけるか、お分かりか?」 「しかし、彼女が生きていると我々が知っていることを奴らに知らせなければ――」 「消極的すぎます!」 橘が言いかけたのをさえぎり、デンマーク空軍のオルセン大佐が怒鳴った。 「彼女が撃墜されたとき、捜索を打ち切らせたこともそうです! いいですか、我々は決して仲間を見捨てはしないのです! 彼女が生きている一片の可能性だけで――」 「その一片の可能性に賭けて、さらに犠牲を増やそうというのか!? いいか、そもそも、彼女はヴェガ町の周囲50キロに近づけという命令すら受けていなかった! 彼女は勝手に飛び込んで、勝手に死んだ! なぜその身勝手の代償を我々が払わなければならないのか!」
これは言い過ぎた。空軍の世界に古くから伝わる盟約に、真っ向から喧嘩を売っている。 北部方面航空団の幕僚連中は例外なく、血相を変えて立ち上がった。 彼らはみな、スーザンの戦友である。 オルセン大佐は完全に逆上した。副官の若い大尉などは拳銃を抜きかねない表情で、 警備の憲兵が銃に手を掛けかけたほどだった。 マイケルソン大佐をはじめとするアメリカ人たちも、机を叩いて立ち上がり、オルセンに 加勢した。これに対し、総司令部の幕僚たちも総立ちになって応戦した。 その怒鳴りあいを聞きながら、一人座って橘中佐は考えを巡らせていた。 レアード准将は消極的すぎる。どうも妙だった。下手をすると、パーカー中佐は切り捨て られるかもしれない。 橘も三鷹大佐も、それを見過ごせるような人間ではなかった。特殊作戦群のチームは、 あと2日でちょうど… そのとき、イギリス軍の幕僚からメモが回ってきた。 「お招きいただきありがとうございます、大佐。ここは確か、あなた方のお子さんたちの 行きつけだとか」 「はい。邪魔が入ることをご心配いただく必要はありません」 橘中佐は、2つ隣のテーブルに座る、かわいらしいブルネット娘もそちらの者なのか、と 聞こうと思って、やめた。 いま彼らがいるイタリアン・レストランは、イギリス大使館員が要員との会合に使った り、何やらSASの隊員が出入りしたりしていて、日本の現地情報隊の隊員が招かれた こともある。 橘に随行している猪木伍長がささやいてきたところによると、彼がフォート・ブラッグで 顔見知りになった奴も、その辺にいるようであった。 「まだ昼食には早いですが、ここのペスカトーレは絶品なんですよ」 と微笑んでから、ゴダード大佐は真顔になった。 「お引き留めしてすみません。ただ、重要な話がありますので」 「パーカー中佐のことですね?」 「ええ。皆さんのお力をお借りする必要があると思うのです。我々は独断で、彼女を奪還 するつもりでいます」 ファンの回る音が妙に大きく聞こえた。
「率直にお話しましょう。 我々はいま、ヴェガ町の北東10キロの地点に、海兵隊の偵察チームを入れています。 コード・ネームはチーム・ナイフ。 そちらからお借りしたワタル・サデ中尉が指揮をとっています。 彼らがこの朝、彼女を捕らえた民兵部隊と直接に接触したのです。 連中は、ブロンドの女性パイロットを捕らえ、その捕虜がデネブ渓谷に幽閉されていると 言っています。 我々はその情報を確認するよう命じました。そしてつい先ほど、直接に視認したという 報告が入ったのです」 橘はひそかに微笑んだ。 席について間もなく、ウェイターがメニューに紛れて何かをゴダードに渡したのを、橘は 見逃していなかった。 「その偵察チームは、オランダ大隊に所属していた人たちですね?」 「流石ですな――そう、オランダ大隊に配属されていました。 オランダ隊の消滅とともに、我々の指揮下に戻ったのです」 「あるときから突然、オランダ大隊からの情報資料の質が向上したのです。それに――」 それ以上は言わなかったが、ゴダードも当然承知していた。 「そちらの偵察チームはどうなのです?」 「我々は、特殊作戦群のロードランナーを入れています。 ただ、ヴェガ町にもっとも近いチームでも南方15キロほどですから、移動に少々時間が 必要です。間に合わないかもしれません」 「お願いがあります――そちらの空軍の村上中佐と連絡をとりたいのです。 我々のリンクス・ヘリコプターでは、この任務には航続距離も生残性も不足です。 あなた方の空軍部隊が持つブラック・ホークが必要なのです」 橘はじっとゴダードを見つめた。 「それは構いませんが――なぜそこまでするのです? 我々と同じく、あなた方にとっても、彼女は外国人です。 そのために、なぜそこまでの危険を冒すのですか?」 「ノルウェー空軍軍人であるということと、スーザン・パーカー当人であるということ で、我々は彼女に二重に借りがあります。 かつてソヴィエト軍が直接我が国を攻撃しはじめたとき、ノルウェー空軍の飛行隊が増援 してくれなければ、スコットランド北部は壊滅していたでしょう。 また、我々がアンドヤ島を攻略したとき、彼女が敵の指揮官と交渉してくれなければ、 おそらく我々の損害はもっと大きくなっていたでしょう――いずれは我々が勝っていたに は違いありませんが」
第三次大戦の末期、イギリス軍は、ノルウェー軍と共同で、ソヴィエト軍に占領された 島の奪還作戦を行なった。この島には捕虜になったスーザンが勾留されていて、ソヴィエ ト軍守備隊の次席指揮官がクレトフだった。 事態が最終局面に至ったとき、彼女は脱走し、文字通りクレトフに銃をつきつけて降伏を 迫ったのだった。彼女が叙勲されるに至ったのは、その辺の功績もあったらしい。 「ここで、我々が彼女を取り戻す機会をみすみす逃せば、人々は我々をどう見るでしょうか? 我々はしばしば狡猾と批難される、そのことは承知しています。 しかし、我々は恩知らずと批難されることには慣れていないのです」 「そう胸を張って言える人々は、とても恵まれていると思いますよ」 と橘中佐は嘆息した。 日本は当初、三鷹戦闘団とともに支援戦闘機の一隊を派遣するつもりでいた。しかし 与党は野党と取引きし、三鷹戦闘団に戦車と自走砲を持たせるかわり、戦闘機の海外派遣 を取りやめた。 今になってみれば、賢明な判断だった――予定されていたような軽武装では、三鷹戦闘団 はとうの昔に全滅していただろう。 そして日本は、戦闘機部隊にかわり、救難部隊としてヘリコプターと捜索機を2機ずつ 派遣することにしたのだった。 最高のヘリコプター・パイロットである本郷少佐がそれに含まれるのは、まったく当然の ことである。 そして、優れたU-125Aパイロットであるとともに、最高の救難指揮官である村上中佐が それを指揮するのも、まったく当然のことである。 しかし、ここにひとつ問題があった。 すなわち、日本の救難ヘリコプターは、とびきりホットな環境での作戦を想定しては いなかったのだ。 日本では、地形や気象の条件がただでさえ厳しいうえに、だだっぴろい海まであるので、 防弾装備やら地形追随レーダーなどといった、戦争しないかぎりは無用の長物である代物 を削りたくなるのも、無理はない。 しかしこっちでは、まさにそういった代物が必要なのだ。 あまり知られていないことだが、戦闘中に失われた航空機の乗員を探し出し、救出する 作戦――いわゆる戦闘捜索救難(CSAR)は、ありとあらゆる任務のなかでも最も過酷 な部類に属する。 航空機を撃墜すれば、敵は当然、パイロットを捕まえようと急行し、救助部隊と鉢合わ せすることになる。おまけにヘリコプターはなべて鈍重で脆弱と来ている。危険な任務に ならざるを得なかった。 日本の険しい山々や急変する天候、広大な海洋に代わり、今や彼らの敵は、武装して 彼らを狙ってくる敵である。
もちろん、本郷少佐をはじめとする乗員たちの技術と努力で、装備の不足はある程度 埋めることができる。 しかし結局、それは完全とはなりえない。 今日の山田伍長の負傷も、その破綻の一端である。 山田伍長は救難員としてはもっとも新入りで、若いだけに少々無鉄砲なところがあった。 ただ、今回の負傷はそれとは関係ない。 撃墜されたフランス軍のパイロットを収容・離脱する際にドアガンを操作していて、 被弾したのである。 日本を出る前に、機体の主要部には装甲が施されていた。残念ながら、山田伍長の 腹部に命中した弾は、装甲を施せなかった部分を貫通していた。 幸い、生死にかかわる怪我ではなかったが、二週間は戦線から離脱せざるを得ないだろう。 この事件は、日本の救難隊員たちに少なからぬ衝撃を与えた。 後送される山田伍長を乗せた救急車を見送り、乗員たちは蒸し暑い飛行場に立ち尽くした。 やがて、誰が言うともなく、冷房の生ぬるい風を求めて待機室に引き揚げたが、その 足取りは重かった。 「俺たちは、何のためにここにいるんでしょうか」 と内田少尉が呟いた。 「俺たちは人助けをするために来たはずなのに、その相手から撃たれるなんて―― 我々がここにいることに意味はあるんでしょうか」 「国連PMFが撤退すれば、この国は破滅するしかない。 我々にできることは二つ。 彼らを助けるか、大虐殺をNHKで眺めるかだ」 田中大尉がたしなめた。 本郷少佐は田中よりも思慮のある態度をとった。 彼の言葉に感想を漏らすかわりに、彼らに原則を思い出させた。 「要救助者がいるかぎり、我々は踏みとどまる。それでよかろう」 本郷はそう言って、鉛色の空を見つめた。 “That others may live”――「他者を生かすために」。 それが彼らのモットーである。 そして、イギリス人とノルウェー人の話を聞く村上中佐が念頭に置くのも、その 言葉だった。 日本空軍Q島派遣団はこれまで、常に「善意の第三者」で居続けた。 派遣部隊の各国同士がいがみあい、さらにそれらが国連ともしばしば対立する複雑な環境 を、村上中佐は、朴訥でお人よしで真面目な日本人という仮面によって切り抜けてきた。 しかし、ゴダード大佐とベルグ准将が持ち込んできた話は、その仮面を脱ぎ捨てることを 要求しているのだった。 「パーカー中佐を奪還する、絶好のチャンスであることは分かります。 しかしなぜ、国連に隠して作戦を行なうのですか?」 「第一に、彼らに通知すれば介入を招き、行動が致命的に遅れてしまう危険があります。 彼らが消極的なのはご存知の通りです。 第二に、彼女が撃墜された原因が問題です。パーカー中佐は、命令から逸脱してベガ町の 偵察を行い、撃墜されました。そんな人間を救うために、彼らが必死になるとは思えませ ん」 「パーカー中佐はなぜ、そのようなことをしたのでしょうか?」 「彼女は、独自の筋で難民の移送先を調べていました。おそらく、何らかの手段でベガ町 にたどりついたのだと思います。彼女は非常に正義感が強いもので」 准将は、十年来の愛弟子をかばって言った。 「ときおり、やりすぎるのです」 「それについてはよく聞いていますよ」 ゴダード大佐が含み笑いをした。 「アメリカのイーグル・ドライバーと大乱闘をやらかしたそうですな」 「彼らは、我々の派遣団全体を侮辱したのです。 彼女はよく自制しました。部下は抑えましたし、相手で障害が残ったものはいないはずです」
彼女は一人で大立ち回りをやらかしたあげく、相手の指揮官とサシで飲んでうやむやに してしまったのだった。 村上中佐はむしろ、米軍のパイロットに喧嘩を吹っかけたというほうに共感を覚えたよう だった――何か個人的体験があるのかもしれない。 「なるほど――承知しました。パーカー中佐は我々にとっても戦友ですし、浅網は同胞です。 全面的に協力しましょう」 村上中佐の言葉を聞いて、イギリス人たちはほっと安堵の息をついた。 村上龍之介空軍中佐は本郷少佐たちの上官で、UNQPMF航空部隊の救難隊 北部分 遣隊の指揮官であると同時に、日本空軍のQ島派遣団の指揮官でもある。 三鷹大佐は既に、救出作戦に関してイギリス隊の全ての行動を是認するというメッセージ を伝え、連絡官として松島大尉を送っていた。 松島大尉は三鷹戦闘団の情報幕僚で、くだんの地域の情勢にとてもよく通じていた。また 、日本隊が入れている斥候部隊からの情報を知ることができた。 そして、三鷹大佐と村上中佐の了承を取り付けたということは、日本人を完全に味方に つけたということだった。 日本人を味方につけたことで、問題のひとつが解決した。 つまり、兵力の問題である。 チーム・ナイフは、きわめて高度に訓練され、また重武装した2人のオランダ人が加わっ たとは言っても、結局はわずか6人の軽歩兵にすぎない。 現在パーカー中佐を拘束している敵部隊は中隊規模、150人はいて、標準的な民兵部隊の 編制をとっている。 キャンプには簡単な防御施設があり、数丁の機関銃に迫撃砲が1門はある。 いくら英国SBSといっても、6人では手には余る相手だ。 そこで、日本隊の出番となる。 オランダ隊の消滅とともに、バルゴ港地区は三鷹戦闘団の作戦区域に編入された。 これを受けて――じつはその前から――日本の斥候隊がいくつか、バルゴ港地区に潜入 していた。 そして三鷹大佐は、そのなかでもっとも近い“チーム・オーメン”を、救出作戦に投入 することを許可したのである。 チーム・オーメンは、特殊作戦群から選抜された、8人の特殊部隊員からなる 強襲偵察隊で、後方破壊・撹乱を狙っていたことから、かなりの重武装であった。 好都合なことに、チーム・オーメンの指揮官は曹長なので、作戦の指揮はチーム・ ナイフの浅網中尉がとることになる。浅網は日本人だが、今はイギリス軍に派遣されて いるので、指揮権はイギリス側にある。 しかし浅網の忠誠心が最終的にどちらに向いているかは、言うまでもない。 日本隊とイギリス隊の双方が満足できる、なかなか見事な折衷案といえよう。 「チーム・オーメンは現在、ヴェガ町の南方16キロにあって北上中です。到着は29日深夜になるでしょう」 「たったこれだけの距離を移動するのに、30時間もかかるのですか?」 「バルゴ港地区には、多数の民兵部隊が出現しつつあります。その陣地を迂回しなければならないのです」 焦燥を露わにするリタア空軍少佐に、松島大尉が申し訳なさそうに言った。 誰の頭にもあるのが、スーザンの性別による明白な危険だった。 L族民兵は、品行方正さで有名になったわけではないし、彼女を前に、自制心を保って いられる保証はどこにもなかった。 何しろ、世界に知られたソヴィエトの空挺隊員をたらしこんだくらいである。 その後5年以上が過ぎたが、彼女は相変わらずだった。
「チーム・ナイフが追跡し、監視しています。私は既に、浅網中尉に対して、必要に 応じてただちに強硬手段に出ることを許可しました。敵のふるまい次第では、チーム・ オーメンとの合流以前に行動に踏み切ることもありえます。 その場合の支援は大丈夫でしょうか?」 「我々の飛行中隊の即応配置は今週いっぱい続く。いつ出撃しても問題はない」 とベルグ准将が答えた。 「救難隊は常に即応態勢にあります。通常任務は米軍に肩代わりしてもらうことができ ます。 問題ありません」 と村上中佐。 「我々は目下、北西部海岸−中西部盆地間の隘路に出現した敵の大部隊と激戦中です。 中川ラインでも敵の攻勢が開始されました。申し訳ありませんが、戦闘団主力は皆さんを 支援することは出来ません」 と松島大尉が言った。 この前日深夜、三鷹戦闘団の後方連絡線上に、敵部隊が出現した。 敵は歩兵の大軍を山中の徒歩行軍によって投入してきたのである。 これによって、三鷹戦闘団は退路を断たれて包囲され、中西部盆地のどまんなかに孤立 することになった。 とはいえ、日本陸軍の誇る最精鋭の機甲部隊を、三倍程度の兵力差で殲滅できると考えた としたら、それはよほどの自信と言える。オランダ大隊を降し、そのうぬぼれは頂点に 達していた。 「ただ、敵は相当の部隊を迂回機動に投入したと見られます。ジェミニ丘陵地区での活動 は低調です」 「つまり、君たちと相対する敵が活発に活動している間は、敵の背後への注意が薄れるわ けだ」 「そうです。敵は軽装備の歩兵部隊ですから、奇襲効果を失えば、その攻撃力は急速に低 下するでしょう。ここ数日が山だと、我々は判断しています」 ベルグ准将が提案し、ゴダード大佐、村上中佐、松島大尉がともに賛意を示し、決定は 下された。 ベルグ准将はもうひとり、この知らせをまっさきに伝えなければいけない男のことを忘れ ていなかった。 彼はジープを自ら運転し、クレトフが投宿するホテルに向かった。 # 以上です。 # # ところでちょっと相談なんですが、私って結構場違いですかね? # あんまり場違いすぎてよろしくないようでしたら、本作完結後においては # 他スレ、またはまったく別のところに移動することを考慮します。 # パーカー夫妻の話はここ以外では書けなさそうですが、もう一本、長編の構想が # あります。でまあ、パーカー夫妻の小話なんかはここの趣旨に合いそうですが、 # 長編のほうは、例によって導入部が長そうですから、少々危惧しているという次第。
>>150 gj
別に浮いてなんかないと思うよ。
だいたい、非エロスレと言えば、かつて欧州中世戦記物の大作を
連載していた神がおられたぐらいだし。
現代戦ぐらい余裕で範疇なのではないかと。
ただ、スレの流れと自作の間にズレを感じるのなら、
仮想戦記スレとかに引っ越すのもアリかも。
ここだろうが、仮想スレだろうが、
ROM住人として住み着いているから、私は別に困らない! みたいな
というか、48氏が最初にやらかしたおかげで、今のこのスレがあるようなもんだし。 スレ建て当初からあんだけぶっ飛んだものが落ちてりゃ、みんな大胆になるわな。
保守
まとめサイト経由で来ましたが、『目標は撃墜された』は未完結なのかな?と思って 本スレを覗きましたが進行中の作品と知って安心しました。 軍板に出入りしている程度のヌルオタですが続きをwktkして待っています。 #ちなみにRed Storm Risingは初めて手を出した軍事スリラー作品でした。
二次もので、スレはあるんだけど、 そのスレではエロなし禁止とか、エロなしと注意書きしても荒れるような場合、 ここに投下してもいいんでしょうか
つうか、まさにその為のスレだぜ
なんの元ネタでもいいのか
OK
私は魔導師だ。 属性は闇、主な系統は時空間関係のもの。 名前は……まぁ、『私』で構わないだろうか? 性別は男、種族は人間……知り合いに人間以外の魔術師がいるから詳しくはそいつを訪ねてくれ。 趣味は次元巡り。次元に孔をあけ、その世界に入り込む。 暫く異世界を満喫出来るわけだ。 …そうそう、さっきの話。 私のいるこの次元では、別に人間でなくても魔法使いのスキルを得ることができる。 吸血鬼だったり、ホムンクルスだったり。 ……さて、今回は何処に行こうか。
「よっ、と」 無事に到着したみたいだ。 現在地は竹林。魔術で空間を把握してみる。 ……近くに住居があるな。行ってみるか。 薬屋のようだ。「……あ、いらっしゃいませー」 店員さんが言葉をかける。…目を反らしながら。 「…ここは薬屋ですか?」試しに聞いてみた。 「はい、そうですよー」……やはり目を反らす。 ………第一印象が悪かったのだろうか? なんか土産に買ってくか。そういえば切れてたな…… 「…増血剤と喘息の薬、それから…薬の元になる材料は売って貰えますかね…?」 「…あー、それ次第かと……ししょー!!」 奥に引っ込んでく。「あ、ちょっと」「はい?」 反応でこちらを向く彼女。その眼を見てみた。 …あぁ、なるほど。 「……あ、いえ。その『師匠』さんが薬を作っているんですか?」 「はい。そうですよー……あ、師匠!」 「お客さん?……男…珍しいわね」 銀髪の女性。みつあみ。 「…薬を貰いたいんですが……その他に材料自体は売ってませんか?」 「あら、貴方も薬を作るの?」 「薬というか……まぁ、薬には違いないんですが」 「何を御所望で?」 「えっと……」 ・マンドレイク ・月兎の涙 ・不死の心臓の血 「うーん……マンドラゴラはあるけど…他は今は無いわね……今すぐでなくてもいいならあるけど」 「あ、ならお願いします。時間はいつくらいで……」 「ん、昼くらいになら薬も作っておけるから。その時にまた」 「ではまた。ありがとうございます」 店を出て暫くすると。 女性の悲鳴が聞こえた。
さて、次は何処に行こうか…… ……竹林を抜けてみたら、そこは人里だった。 「……おー、最近見ないやつらが並んでますなー」 ビンラムネ。(→缶・ペットボトル) 野菜直売所。(→スーパー・通販) 茶屋。(→カフェ・自販機) せっかくなのでラムネでも買ってみる。 ビー玉。……あぁホント懐かしい…… 「…あのー……」「はいっ!?」びっくりした。 「隣、よろしいですか?」「…えぇ……」 「珍しい恰好ですね?神事でも?」「…あ、はい。巫女のようなものです」 「……巫女………って風に見ても珍しい恰好ですよ?」 「そうですか?でも貴方もここじゃ変な恰好ですよ?」 「……Tシャツにジーンズで?……マントにローブで杖でも持ちましょうか?」 「……あは、そっちの方がおかしいです。でも、そっちの方がいいかな?」 「ついでに白梟を飼ってて額に傷が」 「……秘密の部屋以降はちょっと……」 ……そうか、この娘は……… 「杖は持ってたり」 「…魔法使いなんですか?」 「『種族は人間、スキルは魔導師、職業はニートです』……あ、最後のは冗談ですよ?」 次元に孔を空ける。 「………!!?」 「…ちょっと待ってて。……あ、あっ
次元に孔を空ける。 「………!!?」 「…ちょっと待ってて。……あ、あった」 がさがさ、ごそごそ。 「全七巻、計十一冊。プレゼントの代わりに、案内してくれないかな?」 ……そりゃびっくりだわな。 「あの、でも」「………いいんだ、読み終わったから。数年もすれば町の図書館に置いてあるだろうし」「…はぁ……」 案内役げとー
163 :
名無しさん@ピンキー :2008/08/13(水) 01:18:39 ID:sTZ3MTYB
あ げ
「ここは学校ですね。塾なのかもしれませんけど」「学校ですか」 「おや、あなたは神社の……そちらは?」 「…あ、いや…警戒する程度の能力は持ち合わせちゃいませんよ。先生ですか?」 「そうだ。…失礼だが、貴方は?」 「『次元を旅して暇を潰す魔導師』とでも思って貰えば。ここは楽しいところですね」 「……そうでもないさ」 「…というと?」 「里の人間を喰わない条約があるはずなんだが……この頃行方不明者が多いんだ」 「……………。」 「……異世界の民だというならば、どうか外にも幻想にもないなにかで助けては貰えないだろうか」 ………やっぱ警戒解いてねぇ…… 「…………風さん、これを」 「(……かぜさん?)あ、はい」 「先生、一発」「…え?」「すまない」「……え」 ばしっ 「……………あれ、無事……?」 「…掠り傷レベルとはいえ……強いのも大丈夫か?」「ああ」「なら本気で」「え!?」 バシッ 「……魔導師さん〜……」 「そんな訳で強い攻撃一発分は無効化してくれます。せっかくですから皆にあげますよ」 「いいのか!?私の弾を無効化するようなモノを!?」 「いいですよ、ただし授業料として」 「……いい歳してまだ教わり足りないのか?」 「こっちのこと、色々と知りたいので」 (……やっと笑った) 記憶開始、っと
保守
いいすれ
なんかエロなしのSS用の板ができたらしいよ
今日できたてほやほやの新板
http://namidame.2ch.net/mitemite/ 創作発表
こういうことらしい
「新しく出来た小説(SS)やイラストなどを書いて(描いて)感想を貰う板です。
一次、二次、競作等幅広く受け入れています。
※PINK系該当作品は該当板へお願いします。」
168 :
名無しさん@ピンキー :2008/09/02(火) 17:35:49 ID:NI57PikP
ほしゅー
169 :
1/3 :2008/09/02(火) 19:06:16 ID:RtV6SqYv
とある絵を見ていたらこんな妄想が脳内に浮かびまして、ちょっとした量になってしまいました。 おおざっぱで細部描いていないところなどありますが、読んでいただけたら幸いです。 ---------------------------------------- 原稿を書き上げて久しぶりにまとまった休みのとれた私は、唐突に温泉に入りたくなり、その日のうちに 家を飛び出し列車に乗った。 ……。 その温泉宿には、可愛らしいふたりの娘がいた。十五歳と十二歳くらいの少女で、細い身体に小さく整 った顔立ちをしていて、よく気がつき働く子たちだった。私は五日ほどその宿に逗留するつもりだったが、 このふたりのおかげでひとりで過ごす寂しさは感じずに済みそうだと思い、宿選びに成功したことを喜んだ。 ……。 温泉宿について三日目。夜のだいぶ遅い時間に、露天風呂へと私は向かった。 しかしそこには意外にも先客がいた。心の中で舌打ちをした。風呂を独り占めして満喫するつもりだった のに、と。だからといってここでわざわざ戻るのも癪だったし、相手も気にするだろう。私は気にせぬように して、湯船に近づいていった。 何歩か歩を進めたところで、ぎくりとして立ち止まった。 湯船にいるふたりもこちらを見ている。 それはここで働いているあの娘たちだった。 丸裸だった私はすぐさま股間を隠し、彼女たちに背を向けた。 「すまないっ、まさか君たちだとは」 ……。 「長谷川さま、一緒に入りませんか?」 年長なほうの少女が、そう言ってきた。 「え、いや、でも……」 「せっかくいらしたんですもの。戻るのも手間でしょう」 「それはそうだけれど……いやダメだ、まずいよ」 「なぜです? いけない理由でもありますか?」 「だって、君たちは女の子だし、もう子供とは言えない年齢だ」 「長谷川さまが男で、だから私たちとの間に間違いがあっては困る、と?」 「そういうことだね」 「ふふ。たしかにそんなことになったら大変です。けれど……長谷川さまは女と見れば誰彼構わず襲い かかるような方なのですか? 私にはそうは思えないのですが」 「ばっ、馬鹿にしないでくれ。私には確かな理性がある」 「そうでしょう? でしたら平気ではありませんか」 「いや、しかし……」 「それとも、私たちの理性をお疑いですか?」 「君たちの……? ──あっ、いや! ……何を言うんだ、君は。私はそこまで自惚れてはいないよ。 そんなことは考えてもいない」 「あら。そうなのですか? 長谷川さまは、その……少々無防備なのですね」 「どういうことだい、からかっているのか?」 「お気を悪くさせてしまったのでしたら、すみません。私には長谷川さまは十分に魅力的な方に見えて おりましたので──。けれども私たちにも理性はありますから、男と見れば誰彼構わず……ということは いたしません。ですから、さあ」 「……………」 「そこにいては風邪を引いてしまいますわ。どうぞこちらへ」 誘いを断って部屋に戻るのが一番正しい選択だというのはわかっていた。けれど、正直に言えば美し い少女たちとの混浴という状況にも心惹かれていた。彼女たちが良いと言っているのだから、一緒に入 ることくらい問題はないのだ。 問題は自分の感じているやましさと、身体に生じているひとつの現象だった。 「……ひとつ、問題があるんだ」 「なんでしょう?」 「わ……私は今、勃起しているんだよ」 「えっ」 背後からは絶句する気配が伝わってきた。ふたりはどんな表情を浮かべているのだろう。嫌悪感を浮 かべた目で私を見ているのだろうか。 強烈な後悔の念がわき上がってくる。やはり何も言わずに去るべきだった。 すまない、と言って脱衣所へ向けて足を踏み出そうとした時、 「ふふっ、うふふっ」
170 :
2/3 :2008/09/02(火) 19:06:53 ID:RtV6SqYv
背後から彼女の笑い声が聞こえてきた。もうひとりの少女も、小さな声で笑っている。 かあっ、と顔が熱くなった。 「すみません、ふふっ……そうだったのですね。嬉しいですわ」 「な、なにが嬉しいんだ」 「だって、私たちでそうなってしまったのでしょう? それはとっても嬉しいことですわ。女として認めて いただけたということではありませんか」 「……嫌じゃないのかい? 私は君たちに欲情してしまっているんだよ」 「ええ、それが嬉しいのですわ。若く魅力的な女性が、長谷川さまと一夜を共にしたいと望んでいると 言ったら、長谷川さまはどう思われますか?」 「それは……まあ、喜ぶだろうね」 「それと同じですわ。その、それが大きくなるということは、相手に対してそう言っているのと同じこと ですもの」 「いやしかしっ、だからそれが、君たちに迷惑ではないかと……」 「長谷川さまには理性がお有りになるのですよね?」 「う、む……それなりに、ある」 「でしたら、平気ではありませんか」 「……そうだね、わかった。今から、そちらを向く」 胸を張り、意を決して私は彼女たちのほうへと身体を向けた。 先ほどから脳裏に焼き付いていた彼女たちの裸体が、変わらずそこにあった。少女らしい、華奢で ありながら女性特有の丸みを帯び始めている、綺麗な身体だった。肌は瑞々しく輝いていて、その肢 体が目の奥に飛び込んできた時、私は一瞬くらっとしてしまった。 ふたりは微笑みを浮かべてこちらを見ていた。 その視線が、膨らみのわからぬように両手とタオルで巧妙に隠した股間へと時折ちらちらと向けら れることに、私は気付かぬふりをして湯船へと向かった。 湯船に入る時タオルを外そうか外すまいかと悩んだが、タオルを湯船に漬けるのはマナー違反で あるし、彼女たちもこの現象を許容しているのだから、ええい構うものか、と私はいちもつをさらけ出 してやった。 ふたり分の視線が一気に股間に集まった。 真正面にいる年下のほうの少女は、凝視、といっていいほどに上半身を少し乗り出してまじまじと 見つめていた。年上のほうの少女は微笑みを崩さずにさりげなく、されどしっかりと私の股間を視界 の中心に捉えていた。 自慢出来るほどの大きさではない、平均的なものであったが、それほどまでに熱心に見られてい るとなると何だか誇らしい気分になってくる。どうせ水面下にあるのではっきりとはわからないだろう が、私は股間に力を入れて一回り大きくして見せつけてやった。 「……あ、あらやだ、すみません。はしたないことを」 年上のほうの少女が恥ずかしそうに笑いながらそう言った。ちゃぷ、と音を立てて年下のほうの少 女も岩壁に背を預ける姿勢に戻った。心なしか二人とも先ほどより顔が赤い。 年下のほうの少女はともかく、年上のほうの少女のその反応は意外だった。 「あまり見慣れていないのかい」 いくぶんか余裕が生まれてきた私は、そう訊いてみた。 「ええ。仕事の時に何度か見たことはあったのですけれど……はっきりと見たのは、これが初めて です。こんなことを思うのははしたないことかも知れませんけど……とっても不思議な形をしているの ですね、見ていてどきどきしてしまいます」 確かに。自分では見慣れてしまっているが、純粋に物体として見れば、ただの棒というには少々 特殊な形状をしているかも知れない。人体から生えていると考えれば尚更か。 「そうかい、参考になったのなら嬉しいよ。ああ、しかしいい湯加減だ」 私は肩まで浸かるため、足の先をずるずると湯船の中に伸ばしていった。 股間をさらにさらけだすような格好になって、ふたりの視線がまたそこに集まる。初めて見たのな ら仕方ないことだろう、と思ってそれは気にしないことにする。 「ふたりはいつから入っていたんだい。この湯加減ではあまり長居すると湯あたりしてしまうんじゃ ないかい?」 「いえ、大丈夫です。まだしばらく入っていようかと思いますわ」 「あまり無理してはいけないよ。私には気を遣わなくて良いからね」 「ええ。ここのお風呂は好きで、毎日入っていますもの。加減は心得ておりますわ。長谷川さまこ そ、気持ちよいからと長湯し過ぎませぬように」
171 :
3/3 :2008/09/02(火) 19:07:48 ID:RtV6SqYv
そんなふうにゆったりと話をして湯に浸かっているうちに、性的な興奮は治まっていき、気付けば いつの間にかいちもつは小さくなって湯の中でゆらゆらと揺れていた。ふたりもその頃にはもう私の 股間を意識しなくなっていた。 ふたりが出て行ったあと、私は星空を見上げながらふたりの裸身を思い出した。 ひとりきりになって遠慮する必要がなくなったいちもつが、脳裏のその映像に反応してまたむくむ くと大きくなっていく。その感覚が、先ほどふたりにじっくり見られた時のことを思い出させて、よりい っそう強張りは確かなものとなっていった。 「いい身体だった……」 年上のほうの少女は、あと二、三年もすれば身体つきも完全に女のものとなって、さすがに私も 我慢できないほどの美人になるだろう。年下のほうの少女は背丈の割に胸がずいぶんと大きくな っていて、大人になればさぞ豊満な乳房になるに違いないと思われた。 どちらも、いい女になる。 もちろん今の身体だって十分に魅力的だ。思わず身体が反応してしまうくらいに。 来年もまたここに来よう、と私は誓った。 END
172 :
名無しさん@ピンキー :2008/09/02(火) 19:13:14 ID:RtV6SqYv
ああっ、すみません。スレの趣旨を勘違いしていた。 これじゃエロ本題ですね……申し訳ない。
>>172 GJ!です。珍しい趣向の話でした。
エロシーンはあってもいいんですよ。
>>1 を確認してください。
グッジョブ!!
GJ!
176 :
169-171 :2008/09/03(水) 08:50:40 ID:rqBxO1Qp
ありがどうございます。 エロに偏り過ぎでダメかなと思ったのですが、 大丈夫な範囲でしたか。良かった。
以前「暇潰しに幻想卿に行ってみた魔導師」の話を書いていた者です。 続きを書きたいと思いますが、「東方スレでやれスレチ」という意見が出る前に行っておきます。 向こうではこういったオリキャラを嫌います。ごめんなさい。 さて、書きますか
「…なるほど、だいたいわかりました」 「そうか、」……先生さんはそう言うと大きく伸びをした。 「…もう昼か……よかったら食べていきますか?」「いえ、そんなにお世話になる訳にはいきません。……あ、」 ……そういや薬屋に用事があったんだ。 「すみません、ちょっと薬屋に材料を買いに行ってたんでした!また機会があれば立ち寄ります。」「あぁ、その時は子供たちにもよろしくしてくれ」 …風……なんだっけ? その彼女とは既に別れている。歩いて行けるか? しゃーねー、能力使うか。 次元を歪ませ、イメージする。そして 「……よし、着いた」…我ながらかなり便利だ。 「って竹林全焼!!??」 ……向こうで何やらぎゃー、とかなんのぉ、とか聞こえる。行ってみたいが後悔以外に何も期待できそうにない。 「薬屋も向こう側だし、諦めるか。」 仕方なしにそちらへ歩いていくことにした。 なんかぱちぱちいってるし。
>>169 >とある絵を見ていたらこんな妄想が脳内に浮かびまして、ちょっとした量になってしまいました。
どんな絵が妄想を掻き立てたのか気になる……。
# 前回投下直後の皆さんの反応から、了承を頂いたものと解釈し、 # 投下を継続します。 # 個人的には、今回投下分のような、嵐の前の雰囲気はけっこう好きなんで、 # 延々といじっていたいような気がするのですが、まあそうも行きませんやね。 # そしてよりによって救難隊がアクチュアル・ミッションやった日に投下という暴挙。 4-1 「私はスーザン・パーカー。ノルウェー国王陛下の空軍中佐。認識番号01256074」 「お前の所属部隊を答えろと言っているんだ、雌豚!」 「その質問には答えられない」 「貴様痴呆か? お前の所属が北部方面航空団であることはどの新聞にも載ってるんだ、 このド低脳が!」 尋問官アロンソ大尉は新聞の束で、スーザンの腕から3インチも離れていない机を引っぱたいた。 並みの神経なら飛び上がりそうな音が部屋中に響いた。 アロンソは顔をスーザンに突きつけた。 「お前は莫迦か? 答えろ! お前は莫迦なのか!?」 「その質問には答えられない」 当代、ノルウェー空軍において、捕虜経験をもつパイロットは決して珍しくない―― 現在の空軍参謀長たるベルグ准将にしてからが、第3次大戦中には乗機を撃墜され、敵の 追っ手から逃げ回ったことがある。 しかしその中でも、彼女の捕虜体験は、国民の多くに知られている。何しろ、今の夫で あるクレトフはもともと、彼女をつかまえた張本人だ。 しかし前回とは、だいぶ勝手が違っていた。 サヴァイヴァル無線を使っているとき、銃撃された。狙いが悪くて全部外れたが、驚い た拍子に根に足を引っ掛けて転倒し、沢を滑り落ちた。無線はどこかにすっとんだ。 あわてて拳銃を手探りしているとき、まだ熱い銃口が頭に押し当てられた。 暴行はその場ではじまった。相手は彼女が女だとは気づかず、殴ったり蹴ったりが執拗 に続いた。 意識が遠のいてきたところで、声が強い調子で命令するのが聞こえた。そのとき、ガード をかいくぐった強烈な一撃を顎に喰らって、彼女は昏倒した。 こうして彼女は、再び空から引きずりおろされたのだった。 「いい加減に何か喋れ。ここでジュネーブ協定が通じると思っているわけでもあるまい?」 アロンソはスーザンの強情にあきれたのか、ややトーンを落とした。 「その質問には答えられない」 「俺があんたを痛めつけないで来た理由が分かるか? いや、『その質問には答えられない』はいらん。聞き飽きた」
# ハンドル忘れ失礼。 確かに、アロンソは彼女に直接手を触れてすらいなかった。 「あんたは我々をさんざん爆撃してきた女だ。我々の兵士と家族をどれだけ殺したか、 想像もできん。 それでも、仮に許されるなら、俺はあんたを無事に帰したいと思う。 なぜか分かるか? 「俺はソヴィエトGRUで訓練された人間だ。 そのとき、トゥーラにも何回か行ったことがある」 スーザンは、疲労で鈍った頭の片隅に、何かの断片が引っかかるを感じた。 「第106親衛空挺師団の駐屯地、あんたの旦那の元の赴任地だ。 俺は奴らから多くのことを学んだ。 だから、その女房を傷つけたくなかったんだ」 アロンソは言葉を切り、スーザンの目を見据えた。 「それともうひとつ。俺がわざわざやらなくても、そういうのが大好きな奴があとに 控えているからだ。 あんたが気づいているかは知らんが、あんたは――ある種の連中にとっては、実に魅力的 なのだ。俺は同じクリオーリョのほうが好みだがな」 彼は一片のユーモアも交えずに言った。 「そういう連中のひとりについて、あんたも聞いたことがあるだろう。 クリストバル准将閣下その人だ。 閣下は既にお前が我々の手に落ちたことを聞き、ご自身で尋問することを希望しておら れる」 これには、さすがのスーザンもたじろいだ。 クリストバルと言えば、はっきり言って悪名高さではQ島随一だろう。麻薬取引で得た 資金を背景にして勢力を伸ばしている軍閥で、子どもを誘拐しては薬漬けにして洗脳し、 少年兵に仕立てて残虐行為に駆り立てている。 捕虜の腕を肘のところで切り落とすのをトレードマークとしており、その悪逆非道さは 今や全世界に知られている。国連軍のお尋ね者リストのトップにゴシック体の大文字で 大書してある奴だった。 しかし彼女をうろたえさせたのは、クリストバル個人の嗜好だった。 以前、CNNの女性記者を捕まえたとき、さんざんレイプしたあげく、首を斬りやがった のだ。 ちなみにこの外道、一緒に捕まえた米兵を処刑するシーンとともに、一部始終をビデオに 撮ってホワイトハウスに送りつけ、おかげでトマホーク攻撃を2回ぎりぎりで逃れ、今も デルタ・フォースに付け狙われている。 はっきり言って、国連軍に捕まる前にデルタかトマホークに消されるほうに100ドル賭け てもいいくらいだった。 そして、その不運な女性記者とスーザンは、身体的特徴において、極めて似通っている。 小柄な体躯、黄色がかったブロンド、青みを帯びた目――あとは胸がさびしいところか。 「あんたが何か我々の役に立つことを話してくれれば、俺があんたを守ってやることが できる。 どうだ、この話を聞いて、何かしゃべることを思い出したか?」
しかし、常に忠実な国王陛下の空軍士官として、彼女の答えは既に決まっていた。 「その質問には答えられない」 アロンソは深いため息をついた。 そして立ち上がり、番兵を呼んだ。 「我らが106空挺の将校を落とした女が、あんたのようにいい女だったというのは、 俺個人としてはとても喜ばしいことだ―― しかし、あんたの美質は、あんた個人にとっては決して良い方向には働かないだろう」 「もう知ってるわ、そんなことは」 彼女は最後に、どうにか微笑みらしい形を作って言った。 アロンソは鼻を鳴らし、そして言った。 「連れて行け。ただし番兵、覚えておけ。 准将閣下がこいつにご執心だ。手を出したら金玉を潰されるぞ」 フェリクス・コルテス大佐は、いまの境遇に満足している ――と言えば、それは掛け値なしの嘘になる。 彼は、バルゴ港方面のLDF副司令官である。 またLQ国や国連にしてみれば、国軍最強の戦車旅団を率いて、丸ごとLDFに寝返った、 最悪の裏切り者でもあった。 彼はかなり過激な民族主義者ではあったが、ソヴィエトの軍事アカデミーに留学したこと もある、熟練の戦車将校でもある。 バルゴ港のオランダ隊が降伏を余儀なくされたのは、コルテスの率いる戦車隊の威力あってこそのことであった。 しかし、ソヴィエトに留学していたというだけで、彼はクリストバルの下につかざるをえ なくなっていた。 クリストバルは、こういうご時世によく出てくるような連中の一人で、麻薬取引で得た 資金と過激な言動により、LDFの有力者にまでのぼりつめていた。 元来が無法者集団だったLDFでは、こういう粗暴な連中が幅をきかせており、コルテス のような正規軍出身者は軽視される傾向があった。 言うまでもないことだが、陸軍将校たちが、それに満足なはずがない。彼らはLDF上層 部が考えるような飼い犬ではない。 クリストバルは確かに冷酷だが、莫迦だ。力を無闇やたらに振りかざすことしか知らない。 例えば、例のパイロットにしてもそうだ、とコルテスは思った。 パーカー中佐を捕らえたと聞いたコルテスは、さっそく腹心の情報将校を送ったのだが、 クリストバルはその尋問に難色を示してきた。 奴は彼女をじきじきに辱め、晒し者にしたいらしい。 古くから使われてきた方法だ――武力を手にした男がまず考えるのは、女を力で自由にす ることである。 まあ、魅力的な考えではあるな、と彼は写真を見て思った。 金玉で物を考える男にとってはなおさらだろう。 しかし、それは本質的に無益である。
そして、相手がスーザンであることで、事態はますます厄介になった。 理由1。彼女は女である。 欧米人は基本的にロマンチストだ。そして、少なくともその世論は、フェミニストでも ある。彼には理解できない理由により、彼らは、女性が傷つけられることに極端な反応を 示す。 理由2。彼女は佐官である。 この戦争(と大佐は思っている)がはじまってから捕虜は何人か出たが、考えなしの民兵 どもがその場で首を刎ねることが多すぎて、生きてLDF指導部にたどり着けるものが ほとんどいない。とくに空軍士官はこれまで例外なく殺されていて、生きたまま彼らの手 に入った空軍士官は、彼女がはじめてなのである。 理由3。彼女はノルウェイ人である。 ノルウェイは中東や南アジアで数々の和平交渉を仲介した実績を持ち、交渉人として定評 がある。 実際、コルテス大佐をはじめとするLDFの対外融和派が、仲介役として期待をかける のもノルウェイをはじめとする北欧の諸国なのだ。 そしてパーカー中佐は、ノルウェー国王陛下が自ら勲章を与えた英雄である。 そんな彼女を、例のCNNの記者と同じ目にでもあわせた日には、彼らの態度が一気に 硬化することは、考えなくても分かる。 L族過激派は、はっきりいって、所期の目的を達しつつあった。 5月15日の蜂起は、Q島紛争において、いわば“テト攻勢”の役割を果たしていた。 蜂起は多くの犠牲を出したが、S族の人々はそれに恐れをなして、続々と家を捨てて、 逃げ出している。 たしかに、北西港と首都シリウス市では日英部隊が頑張っているし、北東地域でも、 フランス隊がほぼ鎮圧に成功していた。 しかし、それはあくまで表面上の話だ。 一度染み付いた恐怖は二度と消えない。 そして、鎮圧に多くの犠牲を出したことで、活動に参加している各国では、この平和創造 活動への反対が高まっており、その基礎となる「平和のための提言」構想そのものにも 疑念が呈されつつあった。エジプト人の国連事務総長は、国連安保理の席上で吊るし上げ を食った。 第3次大戦の勝利、冷戦終結後の平和を謳歌する西欧の人々は、これ以上、ヨーロッパ人 の血を流すことを欲しなかったのだ。 特に、首都シリウス市の攻防戦では、グルカ部隊を援護していた米軍のヘリが撃墜され、 乗員の焼死体が暴徒に引き回される、という衝撃的な映像がCNNに流れ、米国民に 大きなショックを与えていた。 遠からず、いくつかの国が撤退を発表し、やがて平和創造活動そのものが瓦解するだろう。
要するに、LDFは勝利しつつあるのだ。 コルテスは、その後のことが見えないほど愚かではなかった。 この島をL族だけのものにするというのは崇高な理念だが、結局のところは妄想に過ぎな い。どこかで妥協し、国際社会と折り合いをつける必要がある。 そのときに備え、外国との関係を必要以上に悪化させるべきではない。 そうなると、邪魔になる奴らがいる。たとえば、彼の上にいる人物などがそうだ。 もちろん直接に動くわけにはいかない。リスクが大きすぎる。 しかし、国連軍の連中が奴を消してくれるなら―― それはまったく別の問題となる。 「上の連中は何を考えているんだ!? いま突入すれば奪還できるのに!」 「そしてあえなく全滅か? 少しは頭を使え」 焦れる彼女を、エステベスがたしなめた。ゴドウィンは、淑女としては褒められたもので はないが、海兵隊員としては使わざるをえない四つのアルファベットを並べた。 もちろん、だれもそれをとがめはしなかった。 彼らはまだ半日ほど監視しているに過ぎないが、すでに忍耐心は極限まで試されていた。 捕虜を殺すことに対しては、いかに残虐な民兵でも、一切れ程度の呵責はある。しかし レイプとなると、その種の呵責は欲望に圧倒されるであろうことは間違いなかった。 この部隊はグリーン・ドラゴン大隊のブラッディ・ボーイズ、主力は少年兵で平均年齢は 16である。日本の男子高校生でも、女と見ると何をしでかすか分からない年頃だ。 血に餓えた少年兵に覚醒剤と酒が入っていると、その行動はまったく予測不能だった。 おまけに、いつ行動に踏み切ればいいのか、彼ら自身にも確信はもてなかった。 彼女が殺されそうになったら突入することになっている。 ではレイプはどうなのか? 正直に言えば、浅網は、レイプは許容せざるをえないと考えていた。準備未完のままで 突入して全滅するよりは、彼女の心が傷を負ったとしても、生きて連れかえるほうが 優先するはずだ。 しかし、実際にそういう事態に到ったとき、自制できるかといえば――自信はなかった。 『日本の特殊作戦チームがヴェガ町に向けて移動中だ。到着予定は29日深夜。上級曹長に 率いられた8名、2名がMINIMI、4名がM-203、残る全員がアーマライト・カービンで武装して いる。 救出作戦は彼らと共同で行え。作戦決行は30日早暁。詳細は現場指揮官たる浅網中尉に 任せる』
この通信を受けたとき、みんなは大いに喜んだ。 いまのところ、チーム・ナイフの火力はかなり貧弱で、重火器はレシュカ伍長が持って いた軽機関銃が1丁と、ヘイボア軍曹のライフルについているグリネード・ランチャー だけ、あとは3丁のAKと1丁のSVDしかない。 1個中隊相当のいるキャンプに殴りこむには、少々心もとない火力だ。 みんなは当然、日本の特殊部隊について浅網に聞いてきた。何しろ、彼らに命を預ける かもしれないのだ 日本の特殊部隊は決して短くない道程を歩んできたが、表に出るようになったのはごく 最近である。ゴドウィンなど、真顔で 「それで、手裏剣とカタナはちゃんと持ってるんでしょうね?」 などと確認してきたほどだ。 それに対し、浅網は大いに吹聴した。海兵隊員の通弊に漏れず、彼は“陸軍野郎”が あまり好きではなかったが、地球の裏側の戦場で友軍に会えるという喜びが先にたった。 しかし今、浅網は焦燥のあまり、思わず無いものねだりをしていた。 もし、チーム・ナイフに充分な火力と兵力があれば、今すぐにでも突入するところである。 陸軍の連中も連中だ。なぜもっと早く移動できないのか! もちろんそれは無理な相談だった。オランダ大隊の降伏とともにこの近辺には多数の民兵 部隊が出没しつつあり、特殊作戦群の連中はそれを迂回しつつ前進しなければならない。 それは浅網にも分かっていた。 この問題は、何世代も前から戦場の男たちが経験してきた。 待つしかない。 しかし、事態は既にこれ以上ないほど緊迫していた。これまでに二度、酒と薬の勢いを 借りた連中がパーカー中佐の拘禁されている小屋に押しかけて、番兵に押し戻されている 光景を目にしていた。その連中の顔に浮かぶ表情は、ドラグノフで狙うエステベス曹長が 引き金を引きかねないようなものだった。 夕闇があたりに忍び寄っていた。その密やかさは危険な猛獣を思い起こさせた。 夜は死神が歩く時間である。 東京のように治安に優れ、照明の整った都市ですら、犯罪の多くが夜に起きる。 戦場の夜は危険な害毒と同じだ。それは混沌をもたらし、少なからぬ命が短慮や不注意の ために失われる。 そしてスーザン・パーカーは、その只中に真裸で、無防備なままに放り出されている。 無防備な雌羊が、狼の群れの只中でつながれているようなものだ。 抑えは狼の良心と規律のみ、大砲を紙の盾で防ごうとするようなものである。 しかしその森には犬がいた。鋭い牙に強健な脚、夜の闇より黒い毛皮の猟犬が。 それはおそらく、猟犬の嗅覚のようなものなのだろう。 3つの国籍と3つの軍種、5つの人種と2つの性別に属するチーム・ナイフの全員が、死闘を 予感していた。 全員が武器に装弾した。爆薬には信管が挿入され、適切に配置された。 海兵隊員たちは機関拳銃にサイレンサーを装着し、暗視スコープをいつでも使えるように 準備した。 オランダ人たちは銃剣を抜き、黒く艶消しした刃に白い線を走らせた。
日が沈み、隊員たちはまんじりともせずに身構えていた。 もう、今日は何も起こらないのではないか、という希望を抱きかけたとき、2つの人影が パーカー中佐のいる小屋に近づいた。番兵は少し言い争ったが、諦めたように立ち去った。 そして、悲鳴が響いた。 血も凍る、生死の危機にある者だけが出せる絶叫だった。 隣のゴドウィン軍曹が全身を強張らせた。 争うような物音、男の悪態、そして女の悲鳴。 悲鳴が長く続き、やがてプツリと途絶えた。 浅網はそれを理解したとき、全身の血液が瞬時に沸騰したように感じた。 ゴドウィンがギリギリと歯を食いしばるのが聞こえた。 エステベス曹長が、簡潔だが完全に、全員の考えを代弁した。 『糞ったれが!』 自制しろ、と浅網は自分に言い聞かせた。 衝動にまかせて闇雲に動くのは自殺行為以外の何物でもない。 騎士道精神でチームの全員を危険にさらすことなど許されない。 掩護も支援も無いままに、圧倒的多数の敵に攻撃をかけるなんて、気でも違ったのか!? …うん、どうもそうらしい。 浅網はライフルのグリップを固く握り締めた。 その瞬間、彼はたとえ理屈に外れていても、これを座視することなどできないことを知った。 この後の人生を、鏡に映る自分の目を避けて過ごすことなどできはしないのだ。 そしてそれは、彼個人の問題ではなかった。 日本海兵隊は、第三次大戦直後に創設された、とても若い軍隊である。 浅網たちの世代には、日本海兵隊の伝統を創るという重責が与えられていた。 これは、日本海兵隊が海外で作戦行動をとったことが公表される、初の例になるかも しれない。 海兵隊員は、友軍の女性将校がレイプされるのを手をこまねいて見ている腰抜けだ、など と批難されることは―― 彼には、絶対に耐えられなかった。 「シックスより各員に伝達。 我々は突入する。繰り返す、我々は突入する。全員、確認せよ」 「メディック了解」 『ライフル了解』 『ポイント了解』 『アシスト了解』 『グリネード了解』 そして、誰かが抑えきれずに言った。 『そいつを待っていたんですよ、LT』 誰もが、無言のうちに同意を示した。 熱狂はなかった。それが無謀どころではないということを、誰もが知っていた。 おそらく、彼らのうちの数人――あるいは全員――が生きて戻れないであろうということも。 しかし、逡巡もなかった。静かな決意だけがそこにはあった。 兵士たちは忍びやかに動き出した。見事に抑えられ、しかし火を吹きかねないほど激しい 殺意を秘めて、猟犬たちは牙を剥いた。 # >154さんのように“赤嵐作戦”を知っているひとはそういないと思いますので、 # 原作未読の方のためにひとつ注記。 # この話の設定年代は90年代中ごろです。通常兵器による第3次世界大戦ののち、 # 現実世界とは異なる形で、低脅威度紛争の時代に突入した人々の話です。 # そんなわけですから、各種の地域紛争は、時期が変わっていたり、 # そのままだったり、あるいは異なる帰趨をたどったりしています。
さて、例の薬屋。 半壊していた。 「……あ、朝のお客様で?」 「………どうも、『ししょー』さん」 「…凄いでしょう」「…えぇ、まぁ、色々と」 白髪の彼女は火の羽を生やし辺りを焼き尽くしていた。 黒髪の彼女はなんやら光るモノで周りを薙払っていた。 「いつもこうなんですよ」「……さいですか」 目の前の命が次々に消費されていく。ただし死者は出ず。 「オラ死ねェェェ!!!」「死ねねぇよクソがァァァ!!!」 全く、女の子が使うセリフじゃない。 「……頼んだ奴は?」「はい、これ」 光る液体、動く血液、その他。…少し多い。 「確かに」「お代は……アレを止めて貰えるかしら?」 ……前払いした分より多めに貰ったからな。ま、いいか。 「よいせっと」 魔力で造り出した闇の結晶を放り投げる。 被弾、瞬間に闇が二人を覆う。 「うきゃーっ!!」「暗、暗ーい!!」 「寒い、寒いーっ!」「なっ、炎が続かない!?」 「ちょっと!火ィ使うな!酸欠に」 「もういいですか?」「……私、不死って言ってないわよね…?」 死んだ二人は無酸素空間で再生と再死を繰り返していた。
そして肉体の蘇生が止まった頃。 「蘇生する度に脳の酸欠でまた死にますね。蘇生時にひと呼吸するはずなので…まぁ、しばらくしたら復活するでしょう」 「…なんというか……なんていうのかしら…?」 「では。」立ち去る。……悪い方法でいいことをすると気分がスッキリするなぁ。 ツッコミは基本的に受け付けない。 しばらく歩いてみた。 …迷った。 …困った、能力が通じない。 「あれ、迷い人かな?」 あぁ、助かった。ありがとう、狐さん―― 「狐さん!!?」「うぉぅ、どうした?」「あ、いや」 狐の妖怪?か。九尾ということで、 「鬼火とかって出せます?」「……はい?」 「――成る程、旅人でしたか」「はい。魔術をかじってまして」 暫し談笑。…このひと、なかなか常識人みたいだ 「……らんさま、お客さま?」 ――――前言撤回。ペd…親バカだ。 「…猫又の君、地図を貸して戴けるとありがたいのですが」「…む、…わ、わかりまひた……よいせっ!!!」 おお、背負い投げ。 彼女が地図を持って来てくれるまで、私は九尾の方を泣き止ませる事に専念することになる。
久々にこのスレにきて「目標は撃墜された」を読んだんだが、なによりも スーザンがひんぬーだったことに衝撃を受けた。 前作では全然気付かなかったぜ
エリカは不安げに部屋の中を見回した。 高価な調度品で飾られた部屋は掃除も行き届いて清潔だが、人の出入りが少ないためか空気が冷たく停滞していた。 (:○_ゝ-) 「お嬢様、こちらの部屋はお気に召しませんか?」 エリカの浮かない顔色に目ざとく気付き、片眼鏡の男が声を掛けた。 エリカは慌てて首を左右に振る。 ルイ・д・リ 「ううん。エリカこのお部屋好き…」 子供ながらに謙虚な嘘をつき、エリカはベビードールのドレスの裾を小さく握った。 両親と離れて暮らすのは心細く寂しいが、我が侭を言っても両親の元へ行ける訳ではない。 ここで良い子にしていれば、きっとまた両親が迎えに来てくれるはずだとエリカは信じた。 ルイ・_・リ 「あの…執事さん」 (:○_ゝ-) 「はい」 ルイ・◇・リ 「パパやママといつぐらいに会えるかな」 (:○_ゝ-) 「…」 (:○_ゝ-) 「旦那様も奥様もお仕事でお忙しいですから…まだ先になられるかと」 ルイ゜д゜リ ルイ´д`リ 「…そう…」 部屋に一人残ると、がらんとした空間に広がるよそよそしさが身に染み、エリカの孤独感を強く煽った。 ルイ∩д∩リ 「う…う…ママ…さみしいよう…会いたいよ」 (:○_ゝ-) (…困りましたね)
「さてと、行きますか」 そもそも、ここに来た目的は判っていた。たった今思い出しただけのことだ。 ……あの娘、グレたか。ご愁傷様。狐さん。 地図と能力を照らし合わせて、目的地へ。 目的地、白――― …の前に湖行くか。確か妖精がいるんだっけ? 気まぐれで来たこの世界、目的のもののうちのひとつだったらしい。 中々、面白い。 この旅にオチが付くかどうかが心配だが。
ほす
私は暇人だ。自他共に認める。 あまりにも暇で暇でしょうがないので、たまーに次元の孔から適当な世界へ出掛け、満喫する。 そんな事を繰り返していると、淋しくなってくる。虚しいぜ。 そうして私の『仲間』集めが始まった…… 「……あなたは食べてもいい人類?」 ……当然ながら、その次元から存在が『消滅せずに』いなくなるなんてのは論外だ。 …だから、なるべくその世界を旅している最後の方に神隠しされてもらう。バレたくないし。 「…いただきます?」「喰うな喰うな」 「…食べてもいい、人類?」 「食べると後悔する人類」「…何それ?」 「………ならかじってみ、ホレ。」 腕を差し出す。「いただきます」…がぶり。痛ぇ。 「!!???!!!??!!」 彼女は口を押さえてしゃがみこんだ。 「…大丈夫か?」「……くち、が…?」 「俺は魔法使いやってるんだ。ちなみに魔法の媒介は血液。つまり、」 「………血が、呪われてる……?」「正解」 しばらくは何も口にすんなよ、と言い残し。 私は湖へ向かう。伝説の馬鹿を拝む為に。 ついでに屋敷にも行くか。暇だし。
保守
「あた」「ごめんなさいごめんなさい」 …大妖精ってかわいいなぁ。5ボスで出ればいいのに。 「えーと。」貰った地図には門番の名前が強く刻印されていた。 「…えー……くれないメイリンさん?」 「狂おしい程に惜しいっっっ!!!!!!」 だって紅って読めねーもん。 「……えーと、何の御用でしょか…」 「…ああ、そうだ。こいつと手合わせ出来ますか?」 空間魔法、『フレンドコール』。次元を越えて会話出来るのだ! 『痛いことやってんじゃねぇ。とっとと繋げろ』…痛いって言われた… 時空が歪み、一人の赤い男が出てくる。 「名前はLord、性別は雄、職業は暇人、種族は吸血鬼、趣味は日光浴だ。よろ」 「……吸血鬼………で……日光浴?」「別名ひなたぼっこともいう」 ………。 ………。 「…御手合わせ、願います」 さ、ドンパチやってる間に入りますか。 こっちの吸血鬼はどんな奴だろうか。 「………ん?」…時間が停まった? 「……驚いたわ、貴方も時間の狭間に居られるのね」 「…ん、『ルール違反をする程度の能力』…ってのじゃ駄目…?」 「駄目ね。」「あちゃ」「用が無いなら出ていきなさい」 「いや、幻想卿の吸血鬼とはいかなるものかを教えて頂きたいのですが」 「……いるの?吸血鬼」「居ますよ、吸血鬼」 ドアの外、紅い門番が気を溜めながら構える。 それに赤い吸血鬼が両手から闇の光を出しながら襲いかかる。 ……それが、瞬間。 「………変な人ね」「…幻想ですから」
196 :
名無しさん@ピンキー :2008/11/11(火) 00:36:17 ID:Uy//2ly2
保守age
………………。 ……………このペドメイドめが。 「……さて、次は地下ですわ」「さいですか」 地下へ行く。ホコリが舞っているが時間が止まっているので呼吸が平気なかわりに色々とぶつかる。痛い。 「……ではごゆっくりしていってくださいね」 がちゃり。ガチリ。……扉が閉ざされそして時は動き出す。 「……貴方はだぁれ?」……この子が… 「…まぁいいや。遊んで?」「…なにでさ」 「弾幕ごっこ!」「む」「わーい」 いきなり魔杖らしきモノを振り回す。危ねぇ。 「…『弾』『幕』じゃねーし…」「わーい壊れろー」「壊れるかっ!」 瞬時に術式発令、存在転換…「クランベリートラップ!」 「……なんで壊れないのー?」「…その無茶苦茶なパワーから『物質破壊』、息苦しいから『存在破壊』と読んだ」 「えーと…………つまり?」…解ってない。 「『存在破壊』なら、『存在しなければ』破壊されない。自分を非存在物質に変換したのさ」 「……なぁにそれ?」 いくらチートキャラでも、改造したゲームソフトを砕かれたら終いだ。 だからそもそも機体ごと存在しなければ壊されない、という、一種の矛盾。 「そういった意味の解らないモノは存在しない。だから破壊されない。」「…意味わかんない」「意味わかんないな」 解っちゃいけない。解れない。 こんな馬鹿馬鹿しいの解ったらきっと社会的に死ぬ。
……さて、そろそろ時間か。 「…あれ、帰っちゃうの?」「ん。…こいつはやるよ」 トランプを放り投げる。キャッチ成功。 「そいつも破壊されないからさ。メイドでも誘って遊べばいいさ」 「わーい」 「じゃな」「バイバイ(^-^)/~~」 さてと、目的地目的地… 「……誰だ!!?………気のせいか…」 …ふう、危ない。 日本刀少女に気付かれるも気のせいになったらしい。…俺は何もしていない。 妖怪桜。近付くだけで命を奪う妖樹。 「……………」 適当に次元を歪める。…すると、『ずるり』と樹から何かが出てきて。 ……「何か」は少女の形をしていた。 「うんしょっと……アンタ誰さ?………まぁ誰でもいいけどね〜」 「…今の内に名前と経歴考えとけ、逃げる」 「あたしの本体は大丈夫なの?」 「ちっと弱まるな。…まぁその分ここの姫も多くの『死』を必要としないだろうけど。」 「………少しは食わなくなるってことね。いいことだ」 次元の孔を開く。彼女と俺はそのまま何処かへ行く。 ………あれ、何か忘れてるような 「……はぁ、はぁ。…なかなか…やりますね…」 「…一発も喰らってねぇ癖によく言うぜ…ったく」 「……避けるの、辛いんです…貴方も…はぁ、……そんなに血だらけで…ちょっと、不気味、ですよ」 「俺の魔術やらドーピングやらは血を媒介にしてるんだ。気付いて攻撃してるだろ?」 「…最初に指に傷を付けてましたし。その後に気が膨れ上がりましたから」 「最初っからかよ………んじゃこっからは本気……で………」 「…どうかしましたか?」 「………アイツ置いてきやがった……もう結界内に居ねぇ……」 「……泊まりますか?寒いですけど」「…ありがと」
ふと暇潰しに書いてみた。大したことないと先にお知らせしまs ある高等学校での出来事である。 生徒はいつも通り校門を通り、玄関に向かう。 それは勿論私もだ。ちなみに自分は転校してきたばかりで、何一つこの学校のことを知らない。 よくある親の都合での引っ越しだった。どちらにせよ、前の街への未練はない。 元々無口で他人と関わるのは苦手だったから。 そして靴を履き替えてそれぞれのクラスに行く…はずだった。 通行するための場所が混んでいる。 その矛先を見ると、ある男子生徒達が争っていた。 「邪魔だ。迷惑だ。」 一人の男子がそう言った。 その言葉に対し、向かい側の男子数人は怒った様子で返す。 「何言ってやがる!元はと言えばテメェの所為だろうが!」 見てわかるとおり、喧嘩だった。 そしてどう考えても多勢に無勢。 一人の男子に数人、おそらくは三人が突っかかってきている。 何故そうなったのか分からないけど、そろそろ退いて貰いたい。 …だんだん混んできてる…。
「アンタ達が余計なことしたからだろ?」 「当たり前だろう!仲間がやられてんだからよっ!」 どうやら何時かの仕返しらしい。 「とにかく邪魔だ。そろそろ寝たい。」 「舐めてんじゃねぇ!」 そう叫ぶと三人は一斉に彼に襲いかかった。 周りの生徒は我関せずといった感じで遠巻きに見ている。 というか、巻き込まれないためにムリして下がっている。 一方の喧嘩組は意外にも一人の男子生徒が有利だった。 軽やかに交わしていた。 たぶん喧嘩慣れしている。 「眠いんだけどな…」 そう呟いていた。 かなり余裕に見える。 「この野郎!」 大柄の生徒がパンチした。 ヒットした。 これは痛いだろう。 可愛そうに思えたが、終わってくれるならいい。 それにしても教師が来ないなんてどういう学校なんだろう…。 「全然痛くねえな…。つまんね。」 「ひっ…」 顔面に直撃したはずなのに、何一つ傷がなかった。 「パンチってのはな、こう捻るように打つべし!」 大柄の生徒にその一撃が当たった。 お腹にジャストミート。 数メートル後方に飛ばされて倒れた。 残りの二人は担いで逃げていった。 ここで騒ぎは収まった。 ようやくここで職員登場。 事情を聞いているようだ。 今さら遅いだろうに。 そして私を含めた生徒は何事もなかったかのようにその場を立ち去る。
私は校長先生に挨拶に行った。 その後自分の教室の前に来て、自己紹介をさせてもらった。 何度も転校しているが、いつも同じだ。 「初めまして、灰塚繊です。よろしくお願いします。」 そう言って頭を下げた。 予想通り拍手だとかよろしくだとかワンパターンだ。 そして後の方を何気なく見ると、そこには朝喧嘩していた男子生徒(勝者)がいた。 窓の方を眺めている。正確には外を、だ。 周囲に歓心なさそうな雰囲気だ。 でもその姿も様になっている。 「では灰塚さんは、悪いけど一旦後の席に座ってて。」 「はい。」 悪い、そして一旦というのが気になったが、そのうち席替えでもするのだろう。 そのまま席に向かった。 その席は例の男子生徒の隣だ。 挨拶はすることにした。 「初めまして…。」 ようやくこちらに気づいた彼は、振り向いて睨んできた。 「…誰?」 「転校してきた灰塚です…。」 「あっそ。」 そして今度は寝てしまった。 結構他人嫌いなのか、ただそういう人物なのか。 そしてこの時間は何事もなく過ぎていった。
休み時間には私の周りに生徒が寄ってくる。 珍しい光景ではないので、受け入れる。 「灰塚さんも運がなかったね〜」 ある女子生徒が言った。 「何で?」 当然の疑問を返した。 「だって隣がアイツじゃんか。」 今度は別の生徒(男子)が言う。 「そうそう。校内一の不良だしね。」 「不良…?」 「そう。しかも喧嘩で負けたことがないし、ちょっとしたことで睨んでくるし、場合によっては男女関係なく暴力。」 「俺達もなるべく気を付けてるんだよ。例えば…ほら!朝に喧嘩あったの見た?」 「…うん。」 「あれはいつもより良い方だったんだ。いつもはもっとやばいからな。」 「警察沙汰とかね。」 余程あの男子生徒は恐れられているらしい。 警察沙汰とはまた大事だったんだろう。 そんなことを話している間に当の本人が帰ってきた。 みんなは黙って席に戻る。 彼も席に座った。 丁度その時チャイムが鳴った。 その時私は、案外彼は時間を守るタイプなんじゃないかと思った。
まあつまらんものですが一旦ここまで。 いらなければ中断しますw
ここで切られちゃたまらないよ。名無しの不良さんの素性にも興味あるし、 続き希望です。
いいれす
オリジナル、先生と生徒、エロ未満で保守代わりに小ネタを。 寝ている場合じゃない。ここでの居眠りは絶対にまずいとわかってるけど。 手の甲に爪を立ててみても、睡魔は去ってくれなかった。一番眠気が増す五時間目、 窓から射しこむ陽光はポカポカと暖かくて、瞼が少しずつ重くなっていく。先生の低い声が、 眠りを誘う呪文のように聞こえる。 「メタノールの燃焼は……酸素と反応して……」 うんうん、燃焼も眠気も、自然の摂理だよね。 「シーエッチスリーオーエッチプラス……」 えっちえっちってうるさいよ。 こんなに眠くてだるいのは、誰のせいだと思ってる……んだ。もうダメ、沈没する。 「左辺と右辺の……原子数が……誰か答えてもらおうか」 先生の声が子守唄みたいで、気持ちいい。トロトロと夢の世界に引き摺りこまれながら、 先生の腕の中にいるみたいだなあって思う。 足音が近づいてくる。 「マキ、起きなってば。当てられちゃうよ」 誰かが脇腹をつつく。もういいってば。ほっといて。 ごつんと頭頂部に衝撃が走った。 「夢の世界へお出かけか」 耳元で、ぞくっとするような低音が響いた。慌てて立ち上がる。先生の顔は怖くて 直視できない。 「黒板の化学反応式の答えは?」 化学は格別好きでもないけど、先生が担当する科目だから予習済みだ。黒板をじっと 見つめる。よし、この問題なら大丈夫。
メタノールが燃焼すると、二酸化炭素と水ができる。答えのポイントは係数だ。 「ニシーオーツープラスヨンエッチ……ッーォー」 スラスラと答えるはずが、途中から蚊の鳴くような声になった。机の脇に立っている 先生と、目が合ってしまったから。 『先生のエッチ!』 答えた化学式で、昨夜自分が先生の腕の中で叫んだ言葉を思い出すとは……。 なんたる不覚。は、恥ずかしすぎる。 唇の端をわずかに歪ませ、怒っているように見える先生の表情は、実は笑っているのだ。 私にはわかる。笑われていると思ったら、頬がじわっと熱くなった。 白衣フェチという言葉があるけど、私は間違いなくそれだと思う。白衣に弱いのか、 それとも先生の白衣姿に弱いのかは、正直自分でもよくわからない。 先生は丸顔で少し鼻が上を向いている。黒くつぶらな瞳に、ややメタボ気味な体型。 いつも白衣姿だから、白ダヌキとかポン太とか陰で呼ばれて、女子の中でも人気がない。 競争率が低くてうれしいけどね。背もあまり高くない。今だって目線の高さは同じ。 キスする時に背伸びの必要がなくて便利だ。 「正解。居眠りのペナルティは、放課後に化学準備室の掃除だ」 踵を返して颯爽……というより、モタモタと教壇に戻っていく。その後ろ姿は、 ころんとして白熊のように可愛い。 白ダヌキの言うことなんか、気にすることないよ。そうよ、掃除なんてサボっちゃえ。 先生を非難する周囲のざわめきに、私は困ったように微笑んで見せ、着席した。 頬が少し紅潮してるのだって、居眠りを叱られ恥ずかしがっていると、 言い訳できる……と思う。二人きりになれる放課後が待ち遠しくて、授業も上の空だなんて、 気づかれてはならないのだ。
* * * * * * 「まさか、本当に掃除だなんて。どうしたら、こんなに散らかせるんですか」 「当たり前だろう。卒業するまで、公私の区別はきちんと付けないとな」 黙々と実験器具を洗浄する私に、先生が呟いた。 正論なんだけど、なんか腹立たしい。夜の先生と、ずいぶん態度が違うじゃない。 いやいや、思い出すな、昨夜のことは。記憶を蘇らせると、身体的にヤバくなってくる ような気がするから! 「それとも何か期待してた?」 「し・て・ま・せ・ん!」 いつの間にそばに来てたんだろ。先生ってば油断ならない。 耳元で囁かれた先生の低く響く声に、ゾクっとした。うまく説明できないけど、何かの スイッチが入りそうな感覚。フラスコを洗う手を止めて、深呼吸してみる。スーハースー。 ふうう。いちいち動揺してしまう自分が情けない。 ファイル片手に、試薬の確認をしている先生を、ぼんやりと目で追った。授業中でもなく、 二人きりの時でもなく、こんな距離で先生を眺めるのも新鮮だ。 「ん、なんだ?」 「なんでもありませーん」 カシャカシャと洗浄を再開する。先生と付き合ってるのは、卒業するまで誰にも内緒。 そして白衣だけじゃなく、先生の包みこむような声が好きだってことは、先生本人にも 秘密にしておこうと思った。なんとなく悔しいから。 fin.
>206-208 化学、苦手だったなあ… しかし、先生と生徒とか、背徳感バリバリでもおかしくないのに、何か微笑ましいカップルだw
保守
保健の授業だけは好きだった。 守備だいすき。
# 我がヒロインの体形について、失望された方がおられたようで、申し訳ありません。 # (ただ、前作の真ん中くらいで、自分のバストについてうだうだと悩むシーンを入れた # ような気がするのですが…) # 彼女のバストについて、これを決定した要素はただひとつ、彼女の職業です! # つまり、高Gを頻繁に体験する環境である以上、あまり立派だと、たぶん後々に苦労 # するのではないかという、作者の老婆心であります(笑)。 # # さて、ちょっと陰惨なシーンなので、クリスマスにあまり近くならないうちに投下させて # いただきます。本当なら、今回は“エロ強化型”のはずなんですが、なんだか、あまり # そういう雰囲気でないのはお約束ということで。 ***** さて、読者の皆さんは交通事故に遭ったことがあるだろうか? 私事だが、作者はよりによってフネを沈めかけたことがあって――そのあと3日ほどは 明らかに異常な精神状態だったし、今でも夢に出る。 しかし、平和な状況での事故と異なり、今のスーザン・パーカーの心の中に渦巻く感情 は、敗北や挫折、屈辱と言ったものだった。 元来がきわめて活発的である彼女にとって、これはまさに究極の挫折だったのだ。 彼女は以前にも撃墜されたことがある。 しかしそれは、圧倒的なソヴィエト軍の奇襲に対する、英雄的とすら言える抗戦の果てに 訪れたものであり、少なからぬ戦士が密かにあこがれる、栄光の敗戦だった。 今回は、完全に彼女のミスだった。 命令を無視して先走り、敵の戦力を軽視したあげく、国王陛下の戦闘機を喪い、自らも 虜囚の身となった。 身の程知らずな正義感を膨らませたあげく、行き着く果てがこれだった。 すべての戦闘機パイロットと同様に、彼女も、捕虜になることを想定した訓練を、嫌に なるほど受けていた。 しかし、どんな訓練も、この屈辱感までは再現できなかった。それがどれほど有害かと いうことは散々叩き込まれていたが、しかしどうすることもできなかった。とくに彼女の ように、人一倍自尊心の強い女にはなおさらである。 「ファック」 我知らず、彼女は短く悪態をついて、 ――その残酷なまでの皮肉に、危うく吹き出しかけた。 これが彼女の強みだった。 彼女が自分を笑えない女であったなら、とうの昔に、正気を失ったパイロットの名簿に 名前をつらねていただろう。 しかし、彼女の置かれた状況は、笑い飛ばすにはあまりに深刻で、切迫していた。 “准将閣下が…ご自身で尋問することを希望しておられる…” それを想像すると虫唾が走った。 戦闘機乗りの通弊として、彼女は極めて自尊心が強い。汚されるくらいなら死ぬことを 選びかねない。 だがそれは、その自由があれば、の話である。今の彼女は、自らに対する凶器すら取り 上げられた、無力な一人の女に過ぎない。
頭上の明り取りから落ちる月光が雲に遮られ、消えた。 彼女は我が身をかたく抱き締めた。 冷たく硬い壁の感触が背中に伝わってきた。 怖ろしくて、心細くてたまらなかった。 夫の待つ家へ、その腕の中に帰りたかった。 涙が流れそうになるのを必死でこらえた。 (泣いてる兵隊なんか、誰も助けちゃくれないんだ…) そう自分に言い聞かせ、そして無力さを噛み締めた。 (あたしを助けて――助けてよ、セルゲイ…!) どれくらい、そのままでうずくまっていただろうか。 獄舎の扉が開く音が唐突に響き、彼女はびくりと身を震わせた。 足音が近づいてくる――複数、たぶん2人。 そして、彼女の独房の前で止まった。 彼女は立ち上がり、涙を拭って、拳を握った。 ついに来るべきときが来たのだ。 例えかなわないとしても、抗ってやろう。この体が動く限り。 耳障りな音を立てて鍵が解かれ、扉が開いた。 入ってきた男たちには見覚えがなかった。 しかし、その目には見覚えがあった。興奮に濁り、邪な喜びに輝いた目には。 その一人が一歩踏み出した瞬間、彼女は声の限りに絶叫した。 相手がひるんだ刹那、彼女は弾かれたような勢いで飛び出した。 そいつの懐にまで入り込んで喉笛に拳を突き刺し、股間に膝を叩き込んだ。 先手必勝。それが彼女の目論見だった。持ちこたえられればアロンソ大尉が来るだろう。 この連中の行動が彼の意図とは思えない。 それには、まずは彼女が容易ならぬ相手であることを教えてやらねば―― だが彼女は所詮はパイロット、常人より訓練は受けているものの、近接戦闘の専門家で はない。そして彼女は万全の状態ではなかった。 喉笛に鋭い一撃を食らった男がよろよろと後ずさり、彼女が体を回しかけた瞬間、 降下時に傷つけた脛の痛みに、一瞬体勢が崩れた。 その瞬間、もう一人の男の足が彼女の腹を捉えた。 息がつまり、視界が暗くなった。 「この売女が!」 うずくまった彼女の背中に蹴りを入れる男に、最初の男も加わった。 無抵抗なはずの女に噛み付かれ、怒りくるってはいたが、大してこたえているようには 見えなかった。 体重が軽い上に、傷つき疲労困憊した彼女の攻撃は、思った以上に効果が薄かったのだ。 おしまいだ。彼女は目の前が真っ暗になった。 しかし、それは所詮、はじまりに過ぎなかったのである。
一人が布きれを彼女の口に押し込み、上体を押さえ込んだ。手早く両手を頭の上で縛り 上げ、コンバット・ナイフを抜いた。銀色の輝きに、彼女は凍りついた。 「身の程を知りな、雌犬」 男はにたっと笑い、そして、無造作にナイフを動かした。 彼女ははっと息を呑み、大きな麻のシャツがはらりと落ちて、白い裸体が月光の下に晒された。 「小せえな」 彼らは彼女のバストに不満だったようで、乱暴に掴み、もみしだいた。 ごつい手の感触と痛みに彼女は喘いだ。 「おい、感じてやがるのか? この雌犬が」 「白人女は淫乱ってのは本当だな、おい」 そう言いながら、もうひとりもナイフを抜いてパンツに引っ掛けた。 「嫌、やめろ、糞ったれ、やめなさいよ…!」 彼女はわめいたが、あいにく口につめこまれた布切れのせいで言葉と聞こえない。 さんざん暴れる足を、こともなげに掴んで押さえ込み、男はパンツの前を一気に切り裂いた。 「おいおい、雰囲気ねえな、淫乱女のくせによ」 男はその奥のスポーツ・パンティーの下に刃を通し、冷たい感触にスーザンは怯えた。 彼女の最後の防壁は、しかし、あっけなく裂かれて床に落ち、彼女の金色の茂みは外気に 晒された。 彼女は必死で脚を閉じようとしたが、男の手が偶然に脛の傷を掴んで、激痛が走った隙に 力が緩んでしまった。 無様に脚を広げられて、彼女はますます激しく暴れだしたが、頬にあたる冷たい刃に 動きを止めた。 男は彼女の顔をのぞきこんで、下卑た笑いを浮かべた。 「ずいぶん強気な目じゃないか。気に入ったぜ。 だが、そのお上品なお顔に傷をつけられたくなけりゃ大人しくしてな。 ここで首掻っ切ってもいいんだぜ」 絶望が彼女を蝕んだ。 確かに彼女がいくら暴れても、結果が変わることはないだろう。 しかし…
涙をためて顔を背ける仕草に、男どもは嗜虐心を煽られた。 「ノルウェー人のプッシーを見せてくれよ、白豚」 大仰な仕草でのぞきこんで、ずいぶんな感想を漏らした。 「ずいぶん茂らせてるじゃないか」 そう言って、わざとらしく鼻をつっこんでひくつかせ、舌を出してぺろりと舐めた。 生々しく、ざらりとした感触に、彼女は全身を強張らせた。 彼はわざと音をたてて吸い付き、舐めまわし、それを聞くごとに彼女の屈辱は募り、涙が 流れた。 やがて満足したのか、 「だいぶ濡れてきたし、そろそろ良いだろう?」 「糞、やっぱりお前が先か」 また暴れだした彼女の頬をナイフで引っぱたきながら、上体を押さえている男が言った。 「こいつ頑固でよ、なかなか濡れやがらないんだ。こんだけ苦労したんだから先に やらせろよ」 そう言いながら、彼はすっかり屹立した逸物を彼女の腟口に押し当てた。 (嫌だ、嫌、嫌、嫌、やめろ!) しかし彼女の声は声にならず、無情にも、男は彼女の腰を掴んで一気に貫いた。 「おいおい、中はぜんぜん濡れてねえじゃねえか。つまらん女だな」 「白人とヤれるってのに、贅沢言ってるんじゃねえよ」 「それもそうだな」 そう言って笑いながらも、彼は腰を動かすのをやめなかった。 そしてそのたびに、彼女ははらわたを抉られるような激痛に身を焼かれ、悶えた。 粘膜は痛々しく裂かれ、自らを守るために粘液を絞り出した。 「やっと濡れてきたぜ。乱暴にされないと感じないなんて、ほんと淫乱な女だぜ」 そう言って、身を震わせた。 「おお、良いぞ…」 それを聞いて、彼女は今度こそ死に物狂いで暴れはじめた。 しかしもう一人ががっちりと押さえ込んでいて、何より、撃墜に降下、拷問に強姦と 無理を重ねた彼女の体はもう限界だった。 男は溜まりにたまった精液を、ありったけ彼女の胎内に注ぎ込んだ。 さしあたり満足して男が離れても、彼女は動くことすら出来なかった。 またしてもこの汚らわしい犯罪が自分の身に降りかかったことへの怒りすら沸かず、 ただ虚脱していた。 乱暴に押し入られた腟口から、白濁液が一筋垂れた。 「しかし、乗りが悪い女だ」 「アレを使うか」 そう言って、彼女の頭上の男が注射器を取り出してきた。 それを見て、彼女の瞳に光が戻った。 (それは、まさか――) 「おう、気づいたか? こいつは軍医ドノから巻き上げた魔法の薬、どんな女でもよがり狂うというシロモノよ」 「あんた達…!」 ようやく口の中のものを吐き出すことに成功して、彼女は吼えた。 彼女は以前にもこのような経験をしている。そしてそのときにも、彼女に無理やり麻薬 を打った男がいたのだ。その絶望が彼女を駆り立てた。 「あんたら殺してやる…ぶっ殺してやる…!」 「あんたみたいな女に殺されてみたいもんだぜ」と男は笑った。
「あら、そう? ならば死ね!」 唐突に割り込んできた、聞きなれぬ女の声に、男はぎょっとして振り向いた。 消音機が装着された、黒く冷徹な銃口が、彼が見た最後のものだった。 ゴドウィン軍曹は機関拳銃を男の額に密着させ、冷酷に引き金を絞った。 10発の4.6ミリ高速弾が男の後頭部を吹き飛ばし、血しぶきが壁に散った。 死体がゆっくりとスーザンの上に倒れこんだ。 後頭部を失った頭から噴き出す血をまともに受けて、彼女は動けないままに目を見開いた。 「待て、糞、おい、待てよ!」 慌てて身を起こした男に、浅網が銃を突きつけた。 男は観念したようにナイフを捨てた。 浅網は黙ったままで、銃をさらに押し付けた。 「おい、俺は武器を捨てたんだ、そんなのを撃つのか!?」 「あいにくだな。我々に捕虜を取る余裕はないし、お前を生かしておく理由もない。 お前の神に自分の行いをゆっくり言い訳しろ」 そして彼は弾倉の残りを一気に叩き込み、その男の命が失われていくのを冷徹に見守った。 その間にも、ゴドウィンはスーザンの手当てにかかっていた。ベルゲンからキットと 簡単な着替えを取り出した。 フラッシュ・ライトで照らされて、スーザンは腕で顔をかばった。 「パーカー中佐、王立ノルウェー空軍のスーザン・S・パーカー中佐ですね!?」 スーザンはすっかり呆然自失の態で、答えを得るには何度も問いかけねばならなかった。 「――あなたたちは…?」 「女王陛下の海兵隊員です。助けに来ました! 中佐、国に帰りましょう!」 その光景に背を向け、浅網はドアから外を狙いつつ、送信した。 「シックスより各員、対象者を確保。生命に支障なし」 『ライフルよりシックス、急げ。敵が動きはじめた』 『グリネードよりシックス、敵兵2名が接近中。回避不能と判断。交戦する』 一瞬の中断ののち、レシュカが送信してきた。 『アシスト、敵1名射殺』 『グリネード、敵1名射殺』 「シックスより各員、なお現在地を固守せよ。 メディック、急げ」 「もう少し待ってください。中佐、ほら、腕を通して―― オーケイ、大丈夫です!」 「彼女は動けるか?」 「中佐、歩けますか?」 「…大丈夫、いけるわ」 「オーライ、野郎ども、引き潮だ。 ライフル、退路を偵察。 メディック、中佐をエスコート。先行しろ。 アシスト、グリネード、退路を確保せよ」 「メディック了解」 『ライフル了解』 『アシスト了解』 『グリネード了解』 『ライフルよりシックス、ポイント・デルタまでに障害見えない』 「シックス了解。行け、行け、行け!」 「さあ、中佐、行きましょう!」 まだ足元がおぼつかないスーザンに肩を貸してゴドウィンが歩き出し、油断なく機関拳銃 を構えた浅網が続いた。 廊下では、異変をかぎつけた他の囚人たちが扉を叩いて騒いでいたが、彼らに構っている 余裕はない。
『ライフルよりシックス、そちらの現在地よりポイント・チャーリーまでに障害見えない』 「了解」 前進したレシュカ伍長とヘイボア軍曹がハンドシグナルを送るのを確認し、浅網たちも 小走りで進んだ。 オランダ人たちと合流したとき、レシュカ伍長が浅網の肩を叩き、指を3本立てて、指差 した。 角のところを3人の敵兵が回ってくるところだった。 浅網がレシュカの頭を軽く小突き、彼女は機関拳銃を構えて、立て続けに短い連射を放った。 最初の発砲で2人を同時に倒したが、残る1人は腕をかすめただけに終わった。 その男はパニックに陥ってでたらめに連射しはじめたが、ヘイボア軍曹と浅網が同時に 発砲して倒した。 「アシスト、敵、2名射殺」 「グリネード、敵、1名射殺」 「すみません。奴ら、気づきましたかね?」 「気にするな。どうか分からんが、潮時だな」と言って、浅網がマイクのスイッチを 入れた。 「シックスよりポイント、爆破に備えよ。繰り返す。爆破の準備をせよ」 『了解』 「よし」 そう言って、浅網はマイクのスイッチから手を離した。 「行け!」 ヘイボア軍曹とレシュカ伍長が飛び出した。浅網とゴドウィンは片膝ついて機関拳銃を 構え、援護した。 2人のオランダ人は、鉄条網の穴までたどり着くと周囲を手早く観察し、脅威がないと 見てとるや、手招きした。 そこは、彼らが最初に歩哨を殺した場所だったが、既に死体は隠され、地面の血痕が その痕跡を留めるのみである。 浅網たちもたどりつくと、浅網は短く送信した。 「シックスよりポイント、爆破せよ。やれ!」 『ポイント了解。みんな、備えろ。 3――2――1――爆破!』 ニコルズが爆破装置のスイッチを押し込み―― 大地が揺れ、すさまじい火球が夜空に立ち上り、辺りを赤く染め上げた。 「弾薬集積場を掩蔽したのは、奴らにしちゃいい思いつきだが、燃料も同じように隠して おくべきだったな」 とゴドウィンが独りごちた。
# ナンバリングミス失礼。
「敵襲!」
誰かがわめきながら走り去った。次の瞬間、地鳴りが響いた。
「敵襲!?」
アロンソ大尉はがばっとはねおきて、あわててズボンに飛び込んだ。
長い尋問ののち、報告を書いてからやっと仮眠に入って、30分足らずでこれだった。
「どうした!?」
AKSを抱えて飛び出し、辺りを駆け回っている兵士をつかまえたが、どうも要領を
得ない。
民兵どもが! と彼は歯噛みした。
ちょうどキャンプの指揮官であるベイリー大尉が走ってきたので、つかまえてまくし立てた。
「奴らだ――国連だ! パーカー中佐を奪い返しに来たのだ」
しかし、さすがにベイリー大尉は冷静だった。
「国連部隊はこの近辺にはいないし、オランダの敗残兵にしては兵力が大きすぎる。
あらかたS族の民兵だろう」
ニコルズ軍曹は、燃料庫に爆弾をしかけるついでに、遅延装置つきの指向性地雷やら何
やら、各種のブービー・トラップを正門前に仕掛けてきたのだった。
「我々はメインゲート前の敵を掃討してくる。君も来てくれるか? 正規の将校がいて
くれれば心強い」
「よしきた」
アロンソ大尉は嬉々として小銃小隊を率いて見当違いの方向に突撃し、かくして、
スーザンが連れ去られたことは、さしあたって知られずに終わったのである。
# ということで、ようやく佳境に入りはじめました。
# ところで、なんとgoogle booksで、原作たる『戦術と指揮』が出てるのを見つけて
# しまいました。
# まあ例によって原作から逸脱してますから必要性は薄いんですが、興味を持たれた向き
# はどうぞ。なお、今回の該当範囲はこのあたりです。
#
ttp://books.google.com/books?id=QBykmTjT5OEC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja#PRA1-PA292,M1 # 今作では、三鷹戦闘団本隊の動きはありませんが、偵察中隊が多少登場する予定です。
乙です。
乙です。今回も楽しませていただきました。 ># 彼女のバストについて、これを決定した要素はただひとつ、彼女の職業です! ># つまり、高Gを頻繁に体験する環境である以上、あまり立派だと、たぶん後々に苦労 ># するのではないかという、作者の老婆心であります(笑)。 納得(笑)
保守
保守
223 :
名無しさん@ピンキー :2009/01/25(日) 19:20:21 ID:g5P7o9Dv
age
# 48です。ひと月ぶりに来てみれば何とまあ、連続投下になってしまいましたねえ。 # 昔なら、翌週には私よりずっとまっとうな人が投下してくれて、その人たちの合間に # こっそりと拙作を挟んでいくということができたんですが。それともこれは、私を矢面に # 立たせようというResident of Sunだか半年遅れのカボチャ大王だかの陰謀なんでしょうか。 # いすれにせよ、支援を要請します。座標>231-240、弾種はウィリー・ピートで頼みますよ! さて、ここで、日本人としては気になる、三鷹戦闘団の動向を見てみよう。 この3日間、中西部盆地で孤立している三鷹戦闘団の戦闘は、まさに正念場を迎えていた。 後方には敵歩兵の大部隊が出現、正面には機甲部隊が攻撃の機会をうかがっていた。 防御円陣を組むには歩兵が足りず、現在の態勢を維持するほかなかった。 中川大橋に続いて上橋を奪取され、三鷹戦闘団は中川の西岸を完全に失った。 三鷹戦闘団の命運は、もはや風前の灯であるかのようにも見えた。 しかし三鷹大佐は不安がりはしなかった。 三鷹戦闘団は日本陸軍の基準杭、最北の国境守備部隊をもって任じていた連隊を主力とする。 北海道は名寄にて、自らの犠牲とひきかえに、在りし日のソヴィエト陸軍の大攻勢を足止めするために編制された部隊である。 ソヴィエト軍の劣化コピー、勝利におごって軍規緩み、旧式兵器をもって最強の幻想に酔う連中に負けるとは思わなかった。 兵士たちの表情も明るかった。 これまで、彼らは、誰が敵で誰が味方か分からない非正規戦を強いられていた。 読者諸賢には、今のイラクと言えばお分かりいただけるだろう。 しかし、今度こそ、日本兵たちがずっと訓練されてきたやり方で、正々堂々と戦えるのだ。三鷹戦闘団を正面から攻撃・殲滅するため、民兵たちはすべて引き上げられて、正規軍式に編制しなおしている真っ最中だった。 いまや三鷹戦闘団は、UNQPMFの決戦部隊となっていた。 三鷹戦闘団の戦闘を全世界が見守っていた。 その裏で、即席の有志連合の人々はひそかに動き出した。 シリウス市の南にある建物に、松島大尉と広沢少佐、そしてノルウェー人たちが入っていったことは、誰にも気づかれなかった。 外部には知られていないが、その家は、間接的にイギリス隊が所有しているものである。 「民兵たちがパーカー中佐に激しい暴行を加えたため、浅網中尉は、彼女の生命に危険があると判断しました。 このため、昨夜2100ごろ、チーム・ナイフは突入。パーカー中佐を保護しました。 侵入に際して若干の戦闘がありましたが、全員無事に離脱することに成功。 現時点――本日0030の時点では、追尾を受けている徴候はありません。 中佐は若干の外傷を負っているものの、生命に別状なし。我々の衛生兵に手当てを受けています。 現時点では敵にはまだ気づかれていないようですが、発覚は時間の問題でしょう。 早急に回収する必要があります」 しかし、広沢少佐の表情は暗かった。 「雨季が近づき、雲底が低くなっています。レグルス高地の大部分は濃霧に覆われています。 この状況で、敵対的環境でのピックアップは、困難と言わざるを得ません」 「地上からの回収はできないのか?」 松島大尉は地図を睨んだ。 「もっとも近い“チーム・オーメン”でも、チーム・ナイフの現在地まで、まだ8キロあります。しかも、チーム・ナイフを追撃する敵をかわさなければいけません。間に合わないでしょう。 車両を使うことも考えましたが、検問で露見する危険が大きすぎます。パーカー中佐を連れていては、現地民にまぎれこむのは難しいでしょう。 駄目ですな。やるならヘリコプターです」 「明後日から明々後日にかけて、天候は一時的に回復する見込みです。それまで待つほかありません」 *****
早朝の一時、浅網は休息を許した。 ゴドウィンとレシュカに支えられながら歩いていたスーザンは、この機会にゴドウィンの手当てを受けた。 この数年前、米国FBIは、その機関紙で次のように述べた。 「捜査官にとって絶対に忘れられない経験になるのは、セックスサディストに拷問を受けた犠牲者の事情聴取とその殺害現場だ。人間が残酷な本性をむき出すことは多いが、セックスサディストに比べれば、そんなものはかすんで見える」 そして平和維持任務の増加によって、兵士たちも、この種のトラウマに直面するようになった。 この任務についてからというもの、浅網たちは、惨劇をすっかり見慣れてしまった。 5月15日の蜂起以後、バルゴ港は地獄となった。 黒煙に覆われた空には、烏が群をなして喧しく、道端には累々と死体が転がり、ひっきりなしに、どこかから断末魔が聞こえてきた。 まだ死んでいない人々は、人殺しどもに銃弾と米ドルの札束を差し出して、残酷な斬首刑ではなく、ひとおもいに一発で片付けてくれるように懇願する有様だった。 教会に逃げ込んだ信者たちに向かって、ある司教は次のように語ったと伝えられる。 「貴様らの問題には解決法が見つかっておる。 貴様らは消えねばならない。神は貴様らを求めておられない」 そして教会には火が放たれ、死にそこねたり逃げ出したりした人々は残らず射殺された。 しかし、教会を埋め尽くす腐乱死体は、怒りと吐き気を催させるが、傷つけられ、貶められた女性と接することは、また違った感情を引き起こすことになる。 そして、チーム・ナイフの男女兵士にとって、彼女は戦友だったのだ。 女性兵士にとってその痛みは自らのことも同然、男たちにとっても、自らの妻や恋人が汚されたことに等しかった。 ゴドウィンは、収まりかけた怒りが、またしても沸々と沸きたつのを感じた。 スーザンは、ゴドウィンが射殺した男の血を頭からかぶって、それが雨にうたれてひどいありさまになっていたが、一言も文句を言わなかった。 実のところ、救出された直後にひとすじ涙を流し、 「ありがとう…」 と言ったあと、ほとんど喋っていなかった。 ゴドウィンにはそれが気になっていた。 いま、彼女らは、小さな沢に足をひたして立っていた。 岸ではレシュカ伍長が直接援護し、死角には男たちがカモフラージュして隠れていた。 ゴドウィンに助けられて、スーザンは体を洗った。 手早くする必要はあったが、ゴドウィンは、できるだけ丹念に洗い、清めた。 スーザンは彼女よりも年上だったし、軍での階級はほとんど隔絶したものだった。 空軍中佐といえば、英海兵隊ならコマンドゥの指揮官、日本陸軍なら大隊長に相当する。 一方、ゴドウィンが属する2等軍曹というのは、見習い下士官である伍長を卒業して、ようやく軍曹どものマフィアの下っ端として認められたあたりに相当する。 要するに、雲の上の人である。 空軍と海兵隊という関係では、それは比喩ではなかった。 しかしそれにもかかわらず、ゴドウィンは、彼女を守らなければならない、と強く思った。 濡れた髪が頬にはりつくのにもかまわず、小刻みに体を震わせ、俯いたままでじっと立ち尽くしている彼女を見ては、そう思わざるを得なかった。 彼女は泣いていた。
押し殺してはいたが、それは聞き落としようもなかった。 ゴドウィンは何も言うことができず、ただ、彼女をそっと抱きしめた。 彼女はゴドウィンの髪に顔をうずめ、支えを求めるようにしがみついた。 女性兵士の体温に包まれて、心なしか、彼女の胸のふるえが大きくなった。 押し殺したすすり泣きに、背を向ける男たちの怒りもつのった。 浅網は、自分の決断が遅すぎたのではないかという自責を感じずにはいられなかった。突入をあと数分早めていたとしても、その行動の危険性は一毛たりとも揺るぎはせず、かつ、彼女をその恥辱から救いえただろう。 結局、彼は兵士らしい突き放した感想で、自らを納得させるしかなかった。 『メディックよりシックス、準備完了』 浅網は、本人確認のために衛星通信で伝送された写真と、目の前の女性を比べずにはいられなかった。 それは英軍の書庫から掘り出された雑誌からの切り抜き、 空戦殊勲十字章を受けたスーザン、おそらく人生最良の時にあった彼女だった。 この写真の女性と、いま彼の目の前で、なお半ば自失のままで座り込む女性とが、同一人物だということは、容易には分からないだろう。 確かに顔立ちは変わらない、しかし最も印象的な部分、勝気で自信に満ちた光を宿した瞳はもはや無い。 しかし残念だが、彼女にカウンセリングをしている余裕はなかった。 まずは生き延びなければいけない。 ***** さて、UNQPMF参加国が唯一共有しているのが国連への不信感で、どの国も大なり小なり独断専行をしていた。チーム・ナイフをはじめとする特殊部隊やら原潜やらをばらまいていたイギリスは、少々やりすぎの感があるが、日本もささやかな抵抗をしていた。 その一つが、陸軍の現地情報隊から分遣された長距離偵察隊、寺田大尉を指揮官とする〈リアルタイム〉である。
彼らは大胆不敵にも、オランダ隊が危機にさらされている最中よりバルゴ市に潜入し、超少数民族であるM族をよそおって情報活動を繰り広げていた。 ここで注記、この時点でバルゴ市は日本隊の管轄地域から100キロ以上離れていて、これは、れっきとした規則違反であった。オランダ隊に発覚すれば即座に拘束されても文句は言えない。 その後、オランダ隊の降伏に伴い、この地域は三鷹戦闘団の管轄に編入されたので、規則違反の問題は解決されたものの、危険はより増した。 しかし、その危険を冒す価値は十分にあった。 彼らが送り続けた情報資料は、まさに値千金、のちには三鷹戦闘団によるバルゴ港攻撃作戦の基礎となった。 そしてさしあたり、彼らの情報は、松島大尉を経由して有志連合に伝えられ、浅網たちを大いに助けていた。 「パーカー中佐が奪還されたことは既に露見しています――当然予想されたことですが。現在、周辺の民兵部隊をかきあつめて追跡部隊を組織している模様ですが、詳細は不明です。 ただ、あの近辺のカテゴリB部隊は、ジェミニ丘陵での遅滞作戦に投入するため、既に相当数が引き抜かれています。追跡部隊の主力はカテゴリCの部隊となるでしょう」 カテゴリCの民兵部隊とは、要するにそこらの農民にSKSカービンを持たせたような連中のことである。 しかし、銃弾は公平だ。誰が撃ち、誰が撃たれたとしても、当たればただでは済まない。手負いの女を抱えた6名の兵士では、いつかは追い詰められるだろう。 *****
浅網の決断のタイミングはともかく、彼の決断によって、状況は明確に変化した。 かつての彼らはいわば幽霊、いるかどうかも分からない存在で、彼らが去った後に残されるのは、誰に殺されたのか分からない死体だけだった。 そして死体は何も語らない。 しかし、あの襲撃による直接的な結果として、一団の武装集団がこの山中にいることが知られてしまった。 今や彼らは追われる身である。 ポイントマンのニコルズ軍曹はいっそう周囲に注意を払い、後衛のヘイボア軍曹は、送り狼だけでなく、彼ら自身の痕跡が少しでも残らないように気を配った。おまけに負傷したスーザンを伴っているために、移動速度は落とさざるを得なかった。 浅網は、スーザンの回復力に驚かされることになった。 朝にはあの有様だったが、今では曲がりなりにも軍人らしさを取り戻し、ペースを落としているとはいえ、海兵隊員と山岳レンジャーにもどうにか自力でついていけるまでになっていた。ゴドウィンが与えた薬の副作用があることを考えると、まったく凄まじい気力である。 それが実際に回復しているのが、単なる強がりなのかは分からなかった。 前者であれかしとは思ったが、さしあたって彼にできることはなかった。 しかし、仮に彼女の体調が万全だったとしても、“歩き屋”どもに伍していくことは望むべくもなかっただろうし、心身ともにひどく傷つけられた今なら、なおさらだった。 彼女の胎内に作られた無数の裂傷は、たえまない痛みをもたらした。 やがて、右後ろから彼女を見守るゴドウィン軍曹が浅網に忠告し、彼は一時休憩を宣言した。 「私たちは、どこに向かっているの?」 2人の女性兵士とともに座り込んだとき、彼女は尋ねた。 「レグルス高地のベクルックス山を目指すよう指示されてはいますが、さしあたっての目標は、接触を避けて逃げ延びることです。ヘリは明後日まで来られません」
「そう…」 目を伏せたスーザンを、ゴドウィンが励ました。 「村上救難隊、英軍特殊部隊、そしてノルウェー空軍が、あなたを助けるために戦っています。 三鷹戦闘団と日本陸軍の特殊部隊も、我々をバックアップしています。 我々は決して独りではありません」 スーザンは俯いたまま、ぎこちない表情で微笑した。 「ありがとう。 さっきはみっともない格好を見せて、ごめんなさいね」 「どうか、気にしないで下さい。誰もあなたを責めはしませんよ。 私はこれでも衛生兵です。傷ついたひとを支えるのが、私の使命です」 「私は、フリードマン小隊にいました」 とレシュカが口を挟んだ。 「我々は、それはそれはひどい状況にありました。 周りの山中には敵がひしめいているのに、本隊からの火力支援もなく、固有の火力といえば、軽迫撃砲が1門と機関銃のみ。 そんな我々にとって、あなた方の航空支援が、唯一の頼みの綱でした。一度などは、迫撃砲の射程外で襲撃されて、危うく圧倒されかけたところを、あなた方のCASで、かろうじて脱出できたこともありました。 あなたは私の命の恩人なんです。ですから、これで貸し借り無し、ということにさせていただけませんか?」 スーザンは改めて、レシュカ伍長を見つめた。 二十歳になるかならぬか、そばかすが残る、かわいらしいブルネット娘。 彼女がいつも見下ろしていた地上で、高校生とも見えるこの娘っ子が戦い続けていたのだ。 そして、レシュカの心遣いが、彼女にはうれしかった。 自分の戦争が無意味ではなかったことを思い出させてくれたのだ。 「中佐、そろそろよろしいですか?」 見上げると、浅網中尉が立っていた。 申し訳なさそうな表情の日本人、くそいまいましい海兵隊員にして彼女の救助者に、彼女は、挑戦するように笑った。その大部分は虚勢で、相手がそれを読み取らないように願った。 「大丈夫、いけるわ」 「まことに結構。野郎ども――」 「中尉、我々のことを忘れないでくださいね」とレシュカ伍長が笑った。 「――そして淑女諸君、ちょっとしたハイキングといくぞ。ケツを上げろ。出発だ」 ***** たいていの勇者と同様、彼もごく普通の人間に見えた―― と言いたいところだが、佐官のくせに“鬼軍曹”なんてあだ名をちょうだいする人間を果たして普通と称していいものかどうか、大いに迷うところである。 癪になるほどきれいな嫁さんと小学生の娘に恵まれ、愛車はローバーミニ・メイフェア。 かつては千歳でF-15を飛ばしていたが、訳あって回転翼に転じた。 そして、彼は日本空軍で最高のヘリコプター・パイロットとなった。 仮に彼が日本以外の空軍にいたなら、彼の胸は勲章で埋め尽くされていただろう。 しかしそれは大した問題ではない、と彼は見なしていた。 彼に助けあげられた人間を数えあげるのは、おそらく一日仕事になるだろう。 そしてまた、彼は、自分の酒代を払う必要がめったにない男でもあった。 それこそ、救難のパイロットにとっては、最高の名誉かもしれなかった。 彼の名前は、本郷修二郎。 日本空軍少佐、Q島派遣隊でもっとも長い飛行時間を誇るヘリコプター・パイロットである。 本郷少佐の名前は今や、航空任務部隊のみならず、UNQPMF全体において、守護天使と同義に使われていた。 それは当然、部下をUNQPMFに派遣しているベルグ准将の耳にも入っていたし、スーザンと毎日電話していたクレトフも聞き及んでいた。
亡命ロシア人をまじえたノルウェー空軍軍人たちは今、日本の救難ヘリコプターを眺めていた。 今回派遣されたUH-60JヘリコプターはSPタイプの特別追加改修型、ブラック・ホークと呼ばれてはいるが、実際にはアメリカ空軍の特殊救難ヘリ、HH-60Gペイヴ・ホークに近い。 剣呑な濃紺の迷彩色、左右のキャビン窓には自衛用にベルギー製のMAG機関銃を備え、さらにドアガンとしてミニガンを1丁積むことができる。 「有名な本郷少佐に協力していただくことができて、まったく心強いですな」 とリッター少佐が言った。彼はスーザンのウィングマン、あの災厄の日も彼女とともに出撃し、対空砲火を受けて大破したものの、どうにか帰投に成功し、九死に一生を得た男である。 「私にも、墜落した経験がある」 と本郷少佐は答えた。 「13年前、まだ私が大尉だったころだ。バードストライクで機体が大破し、射出した。 北海道の海を半日漂流して、千歳の救難隊に救けられた。 今度は私の番だ」 そのとき、本郷は30才だった。 スーザンはこの6月で30才になる。 しかし、本郷少佐には、リッター少佐に言わなかったことがあった。 そのときの事故機は、複座のF-15DJ。 本郷は教官として後席に乗っていた。 前席の訓練生、井上少尉は、本郷が救出された4時間後に発見された。 既に心停止の状態だった。 それは、本郷少佐にとって、人には言えない十字架となっていたようである。 いま、彼はそのことをまたしても思い出した。 自分と同年代の女が撃墜されたこと、そして、彼とともに脱出した男が生きて戻れなかったことを。 今度はそうはさせない。 彼はQ島に来て、ひとつ発見したことがあった。 台風に撃ちかえすことはできないが、敵は制圧することができる。 人間には、人間の力でうち勝つことができるのだ。 彼らは私の妻を助けに行くのだ、とクレトフは思った。 あの地獄のような一夜が明け、スーザンの“死”に心を苛まれた経験の上で、彼は一つの決意を固めていた。 スーザンを助ける試みがなされるなら、彼はそれに加わらなければならない。 その試みが無残な失敗に帰すのなら、彼女の近くで、死にたい。 この日本人たち、彼がその軍歴を通じて仮想敵としていた男たちに全てを任せて、彼女が帰ってくるのを、ただ座って待っているなんて、とても耐えられなかった。 「このヘリは、銃を3丁そなえていますな」 クレトフはちょっと考えてから言った。 「射手は2人しかいない」 「新入りが負傷して後送されたもので」と内田中尉が言った。 「補充が間に合わなかったんです」 「わたしは射撃が得意なんですよ」とクレトフは言った。 # えー、今回投稿分で、日本のUH-60JがMAG機関銃を積んでるという描写が # ありますが、別に他意があるわけではないことを強調しておきます。 # 何だかよみ空の人たちと共闘しそうなクレトフですが、言葉が通じるのか?という質問には # 断じて答えませんよ! # # さて、最大の見せ場がもうすぐやってまいります。それが濡れ場でないのが残念で # なりませんが、まあ見応えのあるものにはできるかと思います。 # …ちゃんと濡れ場もありますよ、最後のほうには。いや、本当に。
うおぉ、このスレで一番楽しみにしてる作品がきてる……! GJを贈らせて下さいッ!
本スレはあるのですが、どう考えてもエロをねじ込む隙間がなかったのでこちらに6レスほど間借り致します。 『忍たま乱太郎』長次×カメ子のバレンタインネタで一本。 いろいろ知識が胡散臭いのは仕様ですが、気になってしまう方は『室町バレンタイン(乙)』でNGお願いします。 ****** 南蛮に、『バレンタイン』なる風習があるという。 何でもその一日、互いに想い慕いあう男女が恋情の意を言葉に、あるいは形にして伝え合うという。 言葉で伝えあうのに説明は不要だろうが、形の場合は一風変わっており、花束やハンカチ――おそらく手拭のようなものと推測される――や、 ボーロ(ケーキ)などの南蛮甘味を贈りあう、らしい。 由来を辿れば羅馬の神が云々、耶蘇教の聖者が云々といった至極もっともらしい来歴が有るようだが、自分には縁の無い行事だと思っていた。 ――思っていたのだ。 「……っくしっ!」 如月の半ば。冬来たらば春遠からじとは言えども、まだまだ寒さが骨身に染みる時期。 山合いにひっそりと佇む忍術学園の、誰も使われなくなった倉庫の片隅で、一人の男が寒さに耐えかねてひとつ、小さなくしゃみをした。 吐息に男の目前の炭櫃(すびつ)の火が揺らめき、炭がぱちん、と爆ぜる音を立てる。 「……」 ――まだだ、まだ逸るな。 真暗闇の倉庫内、赤々とした炭火に照らされる男の横顔は、仏頂面然とした表情と頬に刻まれた傷があいまって不気味さを醸し出していたが、 目にはそれ以上、何やら計り知れぬほどに強い意思の光が宿っているようでもあった。 ぱちん。 しばし後、再び炭が爆ぜ、辺りにじわじわと甘い匂いが漂いだす。 やにわに男の視線が格子窓の外の、半円に近い月へと向けられ、次いで炭火の上、五徳に掛けられた釜へと移った。 そろそろだろうか。男は心中で呟くと、おもむろに傍らに置いてあった洋書――の上においてあった竹串を手に取り、釜の蓋の置石を取り除け、 そして、ゆっくりと釜の蓋を開けた。 ふわり。 蓋を開けた瞬間辺り一面に、腹の底まで締め付けられるような甘い匂いが溢れ返る。 釜の内には、ほんわりと昇る湯気と、満月を形にしたかのような淡い黄色の物体がひとつ。 その中心に竹串を突き刺し、ゆっくり引き抜き――串に何も付いていないことを認め、男は更に表情を重苦しくさせた。 「………」 表情に笑みを見せないからといって、今の事態を忌々しく思っている訳ではない。 男――忍術学園六年ろ組・中在家長次にとっては、三千世界が滅亡したかの如き重々しい表情こそ、心底からの喜びを表した顔なのだった。
* 「…はあぁぁぁあ」 「どうしたんだよしんべヱ、図書室に入って早々デカいため息なんかついてさ」 時は遡り、如月上旬のとある放課後。 文机に顔を伏せ、盛大な溜息を吐く一年は組・福富しんべヱに向けて、図書委員でもある級友のきり丸が声を掛ける姿に、話は始まる。 書架の整頓の手を休めて友人の話を聞こうとするきり丸に、同じ図書委員の二年があからさまにムッとした表情を作っていたが、図書委員長の 長次はあえて黙殺し、貸し出し図書の整頓を続けていた。 「パパからまた手紙が来たの。…本当にカメ子の調子が悪くなった原因知らないのかって」 「ありゃあ。カメ子ちゃん、まだあの調子なのか? 本当何があったんだろな」 ――カメ子。 二人の口から出た名前に、長次の手が止まった。 聞き違いでなければ、それは今溜息を吐くしんべヱの妹、福富カメ子のことであろう。 堺にその名を轟かす豪商福富屋――しんべヱの実家――は、舶来の書物も扱う大貿易商である為、書物繋がりで長次も彼女とは面識がある。 歳に見合わぬほどの知識と聡明さ、そして歳相応のあどけなさと愛らしさを併せ持つ稀有なる娘――と記憶している。 己の中での彼女の評価は、割と客観的に判断したつもりだが、口に出せばそれはべた褒めだろうと揶揄されかねない代物かもしれない。 おいそれと口に出す気の無い、己が内に抱えたもの故に困る必要は無いのだが。 「ぼくだってわかんないよ。急に学園にニコニコ顔でやって来たと思ったらすぐ居なくなって…で、探し回ってようやく見つけたと思ったら一人で 子どもみたいにわんわん泣いててさ。理由を聞いてもカメ子のやつ頑固だから」 文机に鼻水を垂らし愚痴るしんべヱに、子どもみたいって、と引きつった顔できり丸がツッコミを入れる。 「五歳は充分子どもだろ。…ま、それでもちゃんと一人で堺まで帰れてる辺りがカメ子ちゃんだな。しっかりしてるよ」 「……なんか言葉にトゲ感じるんだけど気のせい?」 「気のせいだ。それより何があったんだろうなあ。アレ先月の末ン時だろ? あん時学園に居たのは…」 きり丸の扁桃型の目が、過去を思い起こすように天井を見上げ、何か言葉を紡ごうとしたのだが――。 「いい加減にしろよ一年は組! 話がしたけりゃここじゃなくて長屋でやってくれ! それときり丸、ドサクサまぎれに書架の整頓ほっぽらかすな!」 図書委員会随一の生真面目男、二年い組・能勢久作の一喝により、二人の取り留めの無い会話はお開きとなったのだった。 図書室に響くケチだのいやぁんだのといった賑々しい言葉を聞き流しながら、長次はそっと、書架の奥から一冊の本を抜き出し、表紙を見た。 革表紙に金色の南蛮文字。随分前に福富屋から買い取った洋書のひとつ。 長次の脳裏に、一人の女が逡巡の末に意を決し、答えた姿がよぎった。 ――南蛮では、好いた相手に甘味など贈る慣わしがあると聞きました。 申し訳ないが機密保持のため、学園の書物は学園外に貸し出す事は出来ない。 図書室の文机を挟んで正面に座る女は、長次が言葉少なに語ったそんな旨の台詞に目を伏せ、やはりそうですか、と少し悲しそうな表情で答えた。 うつむいた弾みで女の切り揃えられた黒い横髪が揺れる。 妙齢の美女の打ち萎れる姿は、長次の心を僅かに疼かせるものだったが――だからといって規則を破るわけにはいかない。 例え相手が学園に深く縁ある者だとしても。 忍術学園の図書室には、古来の兵法書から南蛮風俗にまつわる洋書まで、多種多様な書籍・文献が収められている。 時にその希少な文献を影から狙う悪漢の姿などもあるが、目の前の女のように、南蛮菓子の製法書を貸して欲しいと面と向かって頼んで来たのは、 少なくとも長次が図書委員長になって初めての事で、故に若干の狼狽もあった。 唐突さもさることながら、何故に今の時期に、それも南蛮の甘味など――首を傾げ、疑念を含んだ視線を投げかける長次に、女は白磁のような頬を かすかに赤く染め、好きな人に贈ろうと思いましたの、と恥ずかしげに答えた。 南蛮ではこの時期に、好いた相手に贈り物をする習慣がある、とも。 『………』 『その人のお師匠様のところで南蛮妖術の勉強をしてた時に偶然、南蛮の慣わしの書かれた本を目にしまして…可笑しいでしょう、中途半端に南蛮に かぶれたような真似なんて。外国の宗教だって、これっぽっちも信じちゃ居ないのに』
それでも、彼女はこの方法で想い人に己が恋慕を伝えたかったのだろう。 慣れぬ道のりを一人歩き、ろくに見識もない自分に無謀に等しい願いを立てるほど。 天主も基督も信じていなくとも、ただ一人の想い人のために。 悪くない考えだな――長次は思うが、やはり規則を破るわけにはいかない。 『……図書委員長として、理の通った規律を破る事はできません』 改めて重々しく呟かれた長次の言葉に女は自嘲めいた笑みを止め、きゅっ、と唇を噛み小さくうなづいた。 『ですが……しばらく時間をいただけますか』 『え?』 『……製法書の写しを渡してはいけない、という決まりは学園にはありませんから』 更に言えば原書は南蛮(ポルトガル)の言葉で書かれているが、自分が彼女に渡さんとしているのは独学ながら翻訳したものである。 これならば、言葉につまづく恐れも無いだろう。 ぼそぼそと低く声を紡ぐ長次に女はしばしの間のあと、童女のようにくしゃりと表情を歪め、ありがとうございます、と一言呟いた。 自分よりいくつも年上の女性とも思えぬほどにあどけない、誰かを思い起こさせるような泣き笑いを彼女は満面に浮かべていた。 あれは、いつの事だったか。 「お、長次やっと図書室の整頓終わったのか。飯食い終わったら一緒に鍛練でも行くか?」 日も落ちきった忍たま長屋の廊下で、顔を見るなり声を掛ける同級生・七松小平太の問いに、長次は首を振り、脇に抱えた本を見せた。 長屋の部屋から漏れる光をぼんやりと受ける金文字に、小平太の丸い目がわずかに細まる。 「んん? 南蛮語か? えーと」 「……南蛮の風習の本だ」 目を通しておきたいので、夜中の鍛練には参加できない――という言葉が続くのであるが、『忍術学園一無口な男』はそれ以上喋ろうとしない。 だが、勝手知ったる何とやらとでも言うのだろうか。 小平太はうんうんと頷くと、じゃあ体育委員でも連れて行くよ、と笑顔で廊下を後にした。 どこからか下級生の恨み節が聞こえなくも無い中、長次は誰も居ない自室へと足を踏み入れ、燈台に明かりを灯し、抱えていた本を開いた。 横書きの文字と、ところどころに添えられた絵。 細かい注釈すら南蛮の言葉で書かれたそれを、時につまづきながらも長次は丁寧に目を通した。 ――中在家様。 脳裏に、幼子が舌足らずに名を呼ぶ声が響く。ふっくらとした頬を染め、花咲くような笑顔を浮かべながら呼ぶ声が。 随分大それた考えだとは自覚している。 十も歳の離れた、ついこの間まで乳飲み子だったような娘に心乱され、挙句、薄暗い部屋で元来無縁と思しき本を読みながら懸想にふける己を、 愚かしいとも。 無縁――そうだ。縁など無い。 遥かに離れた異国の宗教も、習慣も、全く知らなくとも己の生きていく上に、なんら支障を及ぼす物ではない。 「………」 しかし頁を捲る手は止まらず、また、横文字の羅列を追う目も止まる事は無かった。 ――中在家様。 彼女が不調をきたした理由を、自分は知らない。全く関係など無い所で起きた、関係の無い事柄に心を痛めたのかも知れない。 ただ、想像したくなかったのだ。 柔らかな頬から滑り落ちる涙を。打ちひしがれて震える小さな肩を。喉奥から堪えきれず漏れる切なげな嗚咽を。 止める術があるならば――自分が、止める事が出来るならば。 ――好きな人に贈ろうと思いましたの。
* 如月十四日、早朝。 月も白んできた忍たま長屋の自室で、長次は独り腕を組み、部屋の中心に据えた風呂敷包みをただ凝視していた。 目前の包みの内には、先程まで夜を徹し、寒さに耐えながら焼き上げたボーロの入った箱がある。 出来に関して言えば味の保証はしかねるが、戻したくなるほど不味いというでは無いだろう。多分。 問題はそこでは無い。 ――受け取って、貰えるだろうか。 作り上げてから悩むなど、馬鹿馬鹿しい話なのかもしれないが、勢い余って突っ走って、出来上がってしまったのだからしょうがない。 迷惑がられるだろうか――いや、彼女の事、面と向かって不快な顔などはしないと思うが、それでもいい年をした男が慣れぬ手で作った甘味など。 しかし南蛮の書には男からも贈り物をすると――待て、それはひょっとして出来合いの物だったりするのではないのか? いやいや。 考えれば考えるほどドツボに嵌る。 中在家長次十五歳。『忍術学園一無口な男』の孤独な煩悶は、静かなだけに空恐ろしいものを感じさせるものだった。 半刻ほど悩みに悩んだ末、このままでは贈れる物も贈れなくなる、と長次が重い腰を上げた頃には月は雲に隠れ、早春の山間には寒風が吹いていた。 例の『バレンタイン』は一日だけの祭のようなものと聞く。この日を逃せば、包みの中の甘味は甘味以上の意味を成さない。 それでは駄目なのだ。 包みを手に持ち、障子戸を開ける。甘いボーロの匂いが染み付いていた肺腑に満ちていく、清冽な朝の空気が心地良い。 「……行くか」 自分の足なら堺まで半日。雲行きが心配だが、それを換算に入れても一両日中には間に合うだろう。 目深に笠を被った長次の足が、学園を出ようと正門へと向ったその時――。 「おやあ、おはよほございまふカメちゃん。今日はまた随分はやいんらねえ…ふああ」 忍術学園正門から聞こえた欠伸混じりの言葉に、長次は己が耳を疑った。 慌てて身を隠し、様子を伺う。 目を擦りながら入門票を差し出す事務員の足元で、市女笠が揺れる。 正門にて寝ぼけ眼の事務員・小松田秀作が出す入門票に、手際よく名前を書き込んでいたのは、つい先程まで長次が逢いに行かんとしていた相手。 大貿易商福富屋が愛娘・福富カメ子に相違なかった。 「小松田様は随分眠たそうですが、そのような調子で事務の仕事は大丈夫なのですか?」 「今日は休講日だから、つい夜更かししすぎちゃったんだ。多分お兄さん達も、いまごろ長屋で大イビキなんじゃないかなあ?」 はにかみながら頭を掻くと小松田は、それじゃ門を出る時は出門票にサインお願いしますね、と言い残しカメ子と別れた。 カメ子はそんな事務員の後姿をしばし見送ったあと、杖を持ち直し、歩を進めようとして――足を止めた。 ざざ、と寒風に木々がしなる音が、向かい合う二人の間を通り抜ける。 「中在家、さま」 市女笠の下の円らな瞳が、わずかに揺らいだように見えたのは、果たして気のせいだろうか。 旅装束のカメ子の目前で長次は一言も発する事無く、笠を上げ、ひとつ礼をした。
「……兄に、用事か」 聞き取り難い長次の声にカメ子はわずかに目を細め、次いで静かに首を振った。 「いいえ、今日はお兄様に用があった訳ではありません。……中在家様は、これからお出掛けになさるのでしょう?」 柔く小さな幼子の手が、笠を傾ける。視線を合わせるでなく、むしろ逸らすように笠を深く被ったカメ子の仕草に、長次は首を傾げた。 もしこの時、身を屈め彼女と同じ視点に居れば、彼女がどういう表情をしていたか即座に知る事が出来ただろう。 だが長次は膝を屈める事無く、また、何も言葉を紡がなかった。 風が吹き抜けるのみの沈黙に耐えかねたか、うつむいた幼子は背に負った荷を解き、再び口を開いた。 「入れ違いにならなくてよかったです。…中在家様に、お渡ししたいものがあって」 ぎこちなく紡ぐ言葉と共に幼子の手が差し出した包みに、長次は目を見開いた。 己の胸が一拍、どくん、と強く脈打つ音が耳に届く。 「ビスコイト、です。家で作っている……その、今日、受け取ってもらいたくて。そ、それじゃあ、私は失礼致します」 待て――と長次が口に出すより先に踵を返すカメ子の体が、何かにつまづいたか、不意に揺らめいた。 「きゃっ!」 「……!!」 ざあっ。 顎紐の解けた市女笠が早春の風に舞ったのと、さっきまで長次が抱えていた手荷物の中の木箱が、がごん、と鈍い音を立てたのが、ほぼ同時だった。 とくん、とくん、とくん。 袿(うちき)越しに掌に伝わる、小さな胸の鼓動。これ以上腕に力を込めれば崩れてしまうのではないかと思うほど、柔らかく果敢ない幼い娘の体。 あわや転ぶ寸前だったカメ子の体を、とっさに長次は背後から抱きとめていた。 それは偶然にも、二人が初めて出会った日、潮騒鳴り止まぬ港での情景に似ていた。 「な…中在家様」 肩が冷えている。いや、冷えているのは肩だけでない。 支える腕に添えられた、紅葉のような掌も、胸元をくすぐる切り揃えられた禿(かむろ)髪も、寒風に晒された箇所全てが氷のように冷たい。 堺の町から学園までの距離がどれほどの物なのか、大人でも難儀する道程を、ましてや十にも満たぬ幼子がどれほど苦労してやって来たか。 分からぬ程長次は愚かではない。 「……包みを渡す為だけに来たのか」 抱きかかえられたまま耳朶に落とされた言葉に、カメ子の唇が小さく吐息をこぼした。 「今日……じゃなきゃ、嫌だったんです。誰か、の、手じゃなくて…私の手から、中在家様に渡したかったんです」 ――叶える事が出来た今、これ以上何を望みましょうか。 声が震えていた。歳に似合わず頑強な意志を持つ娘は、背後の男に涙を見せまいと気丈に答えてみせたが、その目の端は赤く色づいていた。 「ごめんなさい。こん、な…訳の分からない事をされても、今の中在家様には迷惑で……」 「帰るな」 言葉を遮る長次の一言に、腕の中の娘の体がびくん、とこわばった。振り向かないで欲しい。切に願う。 おそらく今の己の顔は、笑顔とは遥かにほど遠い表情で、笑っている。 「……俺からも、渡したいものがある」 天主も基督も信じていなくとも、ただ一人の想い人のために。 一途に想いを伝えに来てくれた、ただ一人のために。
* 「うー…寒。なんか雪降ってきそうだなあ」 忍たま長屋に向って歩く二つの人影。 その片割れが、寒さに背を震わせながら呟く言葉に、もう一人が同意するようにうなづいた。 「でも風が止んだだけマシだよきりちゃん。…ところでさ、六年生の中在家長次先輩の部屋に行くのに、わたしまで一緒に行っていいの?」 眼鏡の奥の小さな目に素朴な疑問の色を浮かべ尋ねる、一年は組・猪名寺乱太郎に同級生のきり丸は困り顔で、頼むよ、と答えた。 「おれだって六年長屋ってだけで気が引けてんのに、相手は『学園一無口な男』中在家先輩だぜ? 全く、里芋行者さんとミス・マイタケ城嬢さんも、 厄介な用事押し付けてくれるよ」 「厄介って、ただお礼の品を届けてもらいたいって言ってただけでしょ。それにきりちゃん、ちゃっかりお代は貰ってたじゃない」 「そりゃ当たり前。貰えるモンは何でも貰うのがドケチの掟だ。…にしても、なんかヘンなんだよなあ」 ヘンって何が? と尋ねる乱太郎に、きり丸は扁桃型の目を細め、なんか今回の事はどこかで繋がってる気がするんだ、と唇を尖らせ呟いた。 「なにそれ」 「…なんだろうな」 「それよりきり丸、その包みの中は何だ?」 「へ? これはミス・マイタケ城嬢さんが、中在家先輩に教えてもらった通りに作ったボーロでって…うわあっ!? な、七松先輩?」 自然に会話に紛れ込んでいたので気付くのが遅れたらしい。 途中まで喋りながらきり丸は、いきなり横に立っていた上級生の姿に、手に持った包みを落とさんばかりに驚いた。 六年ろ組・七松小平太は、きり丸の手荷物をひょいと取り上げると、六年にしてはやや子ども染みた印象を受ける顔に、朗らかな笑みを浮かべた。 「ど、どどどうしたんですか七松先輩?」 「六年長屋の前に六年が居ても不思議じゃないだろう。それに、どうしたは私のセリフだ。見たところお馴染みの顔が一人足りないようだが?」 泡を食った乱太郎の質問を、小平太はさらりと質問で返す。 「お馴染みって、しんべヱの事かな?」 「しんべヱならさっき、福富屋から手紙が来たって馬借の清八さんに呼び止められましたよ…あ、ちょっと先輩! 勝手に包み解いちゃ駄目ですって!」 「まあまあ、気にすんなって。おお、確かに美味そうなボーロだなあ」 話をしながら包みを解き、中のボーロを目にした小平太は、笑顔のままひとつ舌なめずりした。 「気にするなって気にしない方が…んぐっ!?」 「だーかーらっ! 人の贈り物を…むぐっ!?」 電光石火の早業で、同時にツッコミを入れようとした一年ボーズ二人組の口にボーロを押し込む。 七松小平太十五歳。妙なところで最上級生の腕前を見せる男である。 「ははははは! 食ってしまったからお前らも同罪だな!」 同じくボーロを頬張りはじめる六年の前で、複雑な心境の乱太郎ときり丸は互いの顔を見合わせながら、モゴモゴと口を動かしていた。 今のアイツには、充分間に合ってるだろう――小平太は一瞬だけ長屋の一室に視線をやり、眩しげに目を細めた。 「うん。真心は最高の調味料というが、本当だな」 「…そうなの?」 「知らね。空腹じゃなかったかなアレ」 「もう少し歳を取ったら分かるさ。お? 見ろ一年! 雪だ!」 如月十四日。 山間にひっそりと佇む忍術学園に、真っ白な雪が舞い降りる。 事務員の上にも、門を後にする夫婦の上にも、山道を行く馬借の上にも、書簡を手に慌てふためく子の上にも、長屋の庭先ではしゃぐ者達の上にも、 そして――障子戸の内で、ささやかな温もりを分かち合う二人の上にも。 音もなく、静かに舞い降りて、全てを白に染め上げる。 あたかもそれは、この一日を名も知らぬ誰かが、ひそやかに祝っているかのようであったという。 ****** 以上です。スレ拝借失礼しました。読んでくださった方、ありがとうございます。
>>232-237 素敵なバレンタイン話をどうも有り難うw
思わぬバレンタインプレゼントに2828しましたw
GJ!! すごい暖かくなった… ボーロ食べたい
240 :
季節ネタ【00】ソマ&セルゲイ :2009/02/14(土) 18:13:07 ID:9cLBTf2O
※ガンダム00エロ無しなのでこちらに。ソマ&セルゲイ。カプ注意。 「珍しいな、ウィスキーか」 セルゲイが呟いた。 「お嫌いではないと伺ったので。たまには良いかと思いまして」 言いながらピーリスは身をかがめて、 運んできたトレーをテーブルの上にそっと置いた。 長方形のトレーには丸い氷の入ったグラスに ミネラルウォータとソーダ水の小ビンが一本ずつ。 シングルモルトのベビーボトルの脇には、 金色の包み紙のカレ8枚とミックスナッツを盛った 四角い小皿が添えられている。 「いただこう。中尉もどうかね?」 「いえ、私はこれで。…明日も早いので」 「そうか」 カレを一枚つまんだセルゲイは、 そそくさと立ち去ろうとするピーリスの背中に 声をかけた。 「中尉、」 ピーリスがドアの前で立ち止まる。 「チョコレートありがとう」 「……いえ」 一拍おいて後ろ姿のまま短くそう答える彼女の瞳の表情が、 セルゲイには容易に想像がついた。 「おやすみなさい、大佐」 「ああ、おやすみ」 耳だけを真っ赤に火照らせて、 ピーリスは静かに退出していった。 セルゲイは手にしたカレの包装紙を剥がすと 正方形の薄いチョコレートを口に含んだ。 歯を立てて噛んでしまわずにそっと、舌の上に乗せる。 そうして時間をかけて溶かしながら、 控えめで遠回しな方法で彼女がくれた、 ビターチョコレートの甘さと苦みを味わった。 この穏やかな日々ができるだけ長く続く様にと 心の内で願いながら。 愛おしむかの様に、ゆっくりと。 ---(終)--- 奥さんと息子の写真見たら普段と違って直球でない遠慮がちなソーマになった。 失礼しました。
>>240 GJ! ソーマ可愛すぎる
そうなんだよ、ソーマはこういう奥床しい娘なんだよ
熊に嫉妬した
GJ!!
保守
保守
保守
保守
保守
249 :
名無しさん@ピンキー :2009/04/04(土) 18:30:19 ID:vLqHcJM/
age
# 要請どおりに支援が来た、というか、要はバレンタイン前の静けさだったようで、 # 見事なまでに取り越し苦労でしたねえ。 # ああいうロマンチックな話を書ける人はまったく羨ましいものです。 # そして、これまた見事なまでに硝煙と血煙の臭いしかしない投下です、悪しからず。 # 今回は7レスを予定、最初から最後まで戦闘してます。 ヤバいな、と浅網は思った。 スーザンを伴っていることで移動速度が落ち、彼らはかつてよりも脆弱になっている。 そして今や、敵は本気になって山をかきわけはじめている。 交戦は避けられそうもなかった。 しかし、ニンジャ・ヒルで全滅したかつての“チーム・ナイフ”とは違い、彼らには、かなり大きな裁量権が与えられている。おまけに、命令はずっと単純だし、浅網は命令違反の常習者――とまでは言わないが、まあ、わりと自由な発想をする人間である。 そして、彼らは決して孤立してはいなかった。 救援が来ることを確信していたし、彼らと連携して動く地上部隊もいる。 それゆえ、浅網には、黙って戦闘を甘受する気など、さらさらなかった。 こちらには腕利きが6人いて、スーザンも銃が撃てるくらいには回復している。 立っているものは空軍中佐でも使え、だ。 そう思って、浅網はこっそり笑った。 もちろん彼女を戦闘に投入することは、警護対象を不必要な危険にさらすことになる以上、本当は褒められたことではない。 ただ、彼らは、そこまで贅沢を言っていられるような状況でもなかった。 それに、彼女を外すなどと言い出せば、たぶん本人が黙っていないだろう。 彼らには機関銃が1丁、消音銃が4丁、狙撃銃が1丁、指向性破片地雷が6個ある。 奴らを死地に誘いこんでやれ。 手早く、徹底的に殺す。 最初の5秒で10人が死ぬだろう。続く5秒で、おそらく同数が後に続くことになる。 そうなれば、残る敵は一目散に逃げ去って、震えながら自分のズボンのなかでちびることになるだろう。 ヘイボアとエステベスを呼び、浅網は地図を検討した。 浅網が指差した一点を見て、二人が頷き、同意がなされた。 ***** 「シックス、こちらポイント。推定勢力は増強された小隊規模。 まっすぐそちらへ向かっています」 『了解。安全なあいだ留まり、それから移動せよ。1キロかそこら、彼らにペースをあわせて動いてみてくれ。敵をできるだけ多くこちらの仕掛けの中へ入れたい』 「了解」
このド素人どもめ、とニコルズは思った。 3、4人ずつまとまって行動しているが、確固たる任務分けは無いらしい。 どうせ顔見知り同士で固まっているのだろう。 「移動するぞ」 エステベス曹長が肩を叩き、二人は急いで斜面を登った。 彼らは、できるかぎりすばやく動きつつも、観測しやすい地点を次々に選んでは、敵の様子を浅網に連絡していった。 彼らの前方では、チーム・ナイフの隊員たちがそれぞれ場所を選び、準備をした。 スーザンまでもが、鹵獲品のライフルを肩に当てて、戦闘体勢を取っていた。 浅網は賢明にも、彼女を一人前の兵士であるかのように扱うなどということはせず、軽機関銃を扱うレシュカ伍長の補助に回していた。 レシュカ伍長は、10歳近く年上の中佐を弾薬手に迎えることになって、すこし戸惑ったが、スーザンのほうは、その役割をすんなりと受け入れた。 スーザンの本業は戦闘機乗りであって、陸戦畑ではない。 その銃の扱いは、見よう見まねのような感じで、まださすがに浅網たちのレベルには達していなかった、が、しかし、そこらのL族民兵よりは、よっぽど板についていた。 昔々の基礎教練がよみがえってきたのもある。 だがそれはむしろ、戦争が終わってから、しばしばクレトフと行った、狩りのおかげだろう。 彼はかつて優れた空挺隊員であり、今でも銃の扱いについては、とても良いコーチだった。 その彼に教えを受けた、彼女は良いハンターだった。特に、空を飛ぶものについては。 その思い出を海兵隊員たちに語るとき、彼女の口元には微笑みがあった。 平和だったころの思い出、夫の感触… しかし今、レシュカの横でタイプ56のストックを肩に当てて、照準越しに周囲を警戒する彼女の顔からは、一切の思念が排されて、まるで老兵のように引き締まっていた。そしてその青灰色の目は、銃の鉄灰色にも似た、危険な色をたたえていた。 辱められたことへのショックの段階は既に過ぎ、彼女は今や復讐に燃える獣だった。 その汚辱は、敵の血によってのみ贖われる。 彼女は殺しを切望していた。
そしてそれこそが、浅網が彼女を補助に回した、第2の理由であった。 兵士は常に冷酷でなければならない。少なくとも、そう努力しなければならない。 戦闘はたいてい混沌として、やっているほうにも何が何やらさっぱり分からないが、とにかくヘマの少ないほうが、勝って次の朝日を拝めることになる。 そして頭に血の上っている男――もちろん女も――は、ヘマをやらかしかねない。 だが、年下の女性兵士を援護しなければいけないとなれば、自分の復讐に夢中になっているわけにもいかない。 それを彼女は承知していたし、彼女が承知していることを彼は承知していた。 ***** イギータ少尉は、少尉などと名乗ってはいるが、正規の軍事訓練を受けたことなど一度もなかった。 それどころか、学校教育すらまともには受けていなかった。 もっとも、それは彼の罪とはいいがたい。 彼には、政治的な理念も大してあるわけではなかった。少尉になったのは、単にこのあたりでちょっと大きな畑を持っていたからに過ぎない。 この騒動についても、S族が持っている色々なものをちょうだいできるから賛成という程度で、確固とした信念があるわけでもなかった。 それでも、今回の任務については、全小隊員が奮い立っていた。 白人首には一人当たり米ドルで50ドルの賞金がかかっている上に、そのうちの一人は女だという。 それを自由にできるわけだから、奮い立たないわけがなかった。 自動小銃を手にして、彼らは、自分たちが無敵の戦士になったような幻想に身をゆだねていた。金髪女というのは、そんな自分たちにかっこうの獲物に思えた。 多くの男がプレイメイトやそれに類するものを読んだことがあり、豊満なブロンドを夢想して、今から、ああしてやろうだの、こうしてやろうだのと、妄想をたぎらせていた。 ――実物を見たら、たぶん相当数がちょっとした失望を味わっただろう。 ただもちろん、実物を拝むには、彼らのうちの相当数が、その生命を代償として支払う必要があった。 そしてそんな状態だから、2人の海兵隊員が、彼らの進路をひそかに横切り、後ろに回りこんでいることになど、気づくはずもなかった。 最初の徴候は、先を進んでいたマルランダ軍曹のチームが消えたことだった。 ある面から言えば、当然の結末だった。 英国SBSは、生きた人々をうっかり背後に残すことで有名になったわけではない。 そしてチーム・ナイフには、2正面で交戦できるほどの人数はいない。 そんなわけで、マルランダ軍曹と3人の兵士は消えることになった。 一瞬のことだった。 その数秒前まで、4人の民兵は、下卑た冗談を大声で言い交わしながら、中国製の自動小銃をスリングで肩からさげて歩いていた。 先をすすむ3人が、薮をまわりこんだところで、ヘイボア軍曹が後尾のマルランダに躍りかかり、背後から腰にコンバット・ナイフを突き立てた。 マルランダは突然の激痛に痙攣し、声も出せずに銃を取り落とした。 それと同時に、浅網とゴドウィンが消音銃でバースト射を放った。 3人のうち、2人がまずやられた。 浅網の2射目は少し狙いが悪く、3人目の脇腹を貫通するだけに終わって、その男は体をよじりながら、銃を振り上げようとした。 しかし、浅網が3射目を放つよりも早く、ゴドウィンがフルオートで10発叩き込み、その男は声もなく倒れた。 ヘイボアが消音拳銃でマルランダに止めをさして、終わった。
しかし、予兆ともいえるこの惨劇は、イギータ少尉たちには知られずに終わった。 彼らはもともと、チーム間の連絡があまりない。 無線機は、中隊の指揮系統のものが一つあるだけで、小隊内で使う戦術無線機など無いし、その重要性も分かっていなかった。 チーム・ナイフの隊員たちは、各人が1個の戦術無線機を携行しているし、浅網は衛星通信機も持っている。これは大きなアドバンテージとなった。 『トリガーをライフルへ』 浅網中尉が短く言った。 エステベス曹長は適当な倒木を見つけて、ドラグノフ・ライフルのフォア・ストックを乗せた。 そしてすばやく伏射姿勢をとって、うまく大地の安定性を引き出すことができる姿勢を見つけた。 スコープを目に当てて、目標を探した。 曇天のもとで分厚い樹冠の下という頼りない明かりでも、人影はまぎれもなかった。 彼は1人の指揮官を見分けた。 300メートル離れていては、声は聞こえないが、大げさなゼスチュアでそうと分かる。 ***** イギータ少尉は、他の男たちと変わらず、その顔も知らぬ白人女を夢想していた。 将校である以上、彼が最初に味見することができるだろう。 S族の混血女などではなく、正真正銘のブロンドである。 その女の服を引き裂き、目に走るおびえの色を楽しみつつ、むなしく暴れ、叫ぶのを押さえ込んで、白い脚を割ってむりやり押し込んでやる。 白い肌に、幾条もの赤いみみず腫れを刻み込み、穴という穴を犯しつくし、何度も陵辱を重ね、目の光を失い、よだれをたらしながら言葉にならないうわごとをもらし、彼の殴打のたびに、熱い悲鳴と涙で隷属を誓うようになるまで―― そこまで考えを進めたところで、一切の思念が奪い去られた。 185グレインのフルメタル・ジャケット弾が、秒速2000フィートあまりの速度で、彼の額のほぼ中央に命中した。 人体は、その莫大なエネルギーを吸収しきれるほど丈夫ではなく、彼が何を感知するよりも早く、後頭部がほとんど瞬時にして粉砕されて、赤い霧のようになって飛び散った。 周囲の兵士たちは唖然として立ち尽くした。 頭を半分失った死体が地を打った。 まるで、ジャングルに住む悪魔が、突然にして少尉を貪り食ったかのようだった。 兵士たちが困惑して目を見合わせたとき、通信兵の胸が炸裂し、剥き出しになった大動脈から奔流のように血がほとばしった。 RPGの射手が、ようやく、何がおきているかを把握して、警告の叫びをあげようと口を開いた瞬間、彼の横にいた弾薬手が背中を撃たれた。 背負っていたロケット弾のコンテナが爆発し、大地に巨大な穴をうがって、4人が一気に死んだ。 この爆発音で、周囲を進んでいた連中が振り返り、前方にひそむ未知の脅威に背中を向けかけた。
次の瞬間、海兵隊が火蓋を切った。 最初の1秒で3人が死に、次の2秒で4人がやられて、先頭のグループは一発も撃てないままに全滅した。 次のグループでは既に3人が倒れ、生き残った男たちは狼狽し、悪態をわめきながらも、腹ばいになって銃を構え、応射しようとした。 その瞬間、前方からの射撃がやんだ。 「撃ったのは誰だ? 撃ったのは誰だ? どうなっているんだ?」 誰かが叫ぶのが聞こえた。彼らと同じ訛りの英語だった。 誰が誰に撃っているのかを見極めようと、民兵たちは混乱しつつ身を起こした。 銃声がカラシニコフのものだけだったことが、混乱をさらに助長した。 浅網たちのAKMは、民兵たちのタイプ56と、事実上同一なのである。近づいて初めて見分けられる程度のもので、銃声では違いは分からない。 彼らが50メートルまで近づいたところで、チーム・ナイフは全力射撃を開始した。 たちまち、薄暗いジャングルのなかに、曳光弾の白くまばゆい線と、円筒形の発砲炎が飛び交った。 海兵隊とオランダ人は、全員が適切な遮蔽物の背後に陣取って、それぞれが責任を持つ射撃範囲を割り振られていた。 一方の民兵たちは、適切な指揮官もなく、ただ固まって走りながら銃を撃っているに過ぎなかった。 彼らは既に指揮を失っていたのに、そのことに気づかなかった。 彼らはやみくもに突っ走り、いたずらに犠牲を増やしたあげく、チーム・ナイフの射撃に直面して、自然と勢いが鈍った。 その瞬間、レシュカの軽機関銃が隊列を掃射し、さらに浅網が指向性地雷を炸裂させた。 地雷に収められた1ポンド半のプラスティック爆薬が爆発し、700個のボール・ベアリングが、隠れようもない男たちを暴風のように襲った。 地雷から20メートル以内にいた者は即死し、それ以外の大部分も負傷した。 この苛烈な攻撃は、寄せ集めの民兵にとって、もはや耐えられるものではなかった。 誰が言うともなく、彼らは背を向けて逃げ始めた。軍曹たちがまっさきに逃げ、新兵がそれを追った。 その背中に向かって、銃弾が容赦なく浴びせられた。 エステベスはSVDを構え、速射しはじめた。 隣を走る男たちが、次々に声もなく倒れて動かなくなっていくのを見て、生き残った民兵はさらに半狂乱になった。 エステベスはさらに3人をしとめてから、射撃位置を離れた。 そのころには、チーム・ナイフの各隊員も、前もって決めておいたとおり、それぞれの射撃位置から離れて、援護しあいつつ離脱していた。 *****
「敵が出た!?」 アロンソ大尉は、がばっと立ち上がり、地図をわしづかみにした。 「座標はどこだ、座標は!」 軍曹がプロットした地図を見て、アロンソは目をむいた。 「バカヤロー、半径が10キロもあるじゃないか!」 「そうは申しましても、何しろ生存者の証言があやふやで…」 「圧倒的な火力で攻撃され、ほとんど瞬時に壊乱したようです。 小隊員43名中、現在までに掌握できたのはわずか8名、残りは戦死か脱走と見られます」 「まったくあてにならんな」 コルテス大佐がぼやいた。 「なにぶん、カテゴリCの臨時召集部隊ですから」 「小隊規模の部隊を瞬時に壊乱させる火力…おそらく中隊規模だな。 まさか、日本隊の先鋒がもう進出してきたのか?」 「それはないと思います。ミタカ大佐の部隊は、マーズ山系で激戦中で、我々の方面で攻撃作戦を展開している余裕はないはずです」 「しかし、ハルミ偵察中隊の行方が掴めていないとの報告があります。 ハルミなら、やりかねません」 晴海大尉の偵察中隊は三鷹大佐の懐刀と称され、これまで、幾度となくLDFを痛い目にあわせてきた。 三鷹戦闘団本隊に先駆けて進出し、また撤退に際しては殿をつとめた。 完全に三鷹大佐の裏をかいたはずの攻撃を、わずか1個中隊で粉砕したこともあった。 それゆえに、晴海中隊は、ほとんど悪鬼羅刹のごとく恐れられていた。 コルテス大佐が、戦車将校として、もっとも警戒する相手であった。 「やむを得ない。SBUを投入する」 「しかし大佐、SBUは!」 「我々には、カテゴリBの部隊は1個中隊しかないのだ。そしてそいつはジェミニ丘陵 から動かせない。通常のカテゴリC部隊では、イギータ小隊の二の舞だ。 SBUなら、まだマシだろう」 SBU、浅網中尉の原隊である日本海兵隊の特殊部隊と同名だが、まったく関係ない。 スモール・ボーイズ・ユニット、平均年齢13才の少年兵部隊である。 少年ゆえの純粋な残酷さと狂信的な攻撃で知られており、大人たちや、より年上の少年兵の部隊に対する督戦隊として用いられることもある。 子どもだからといって、油断してはならない。 三鷹戦闘団の最初の犠牲者が、少年兵の手によるものだったということは、日本人に大きな衝撃を与えた。 小澤軍曹は稚内に7歳の息子を残してQ島に派遣されてきており、おそらくそのせいで、突然飛び出してきた少年を撃つことができなかった。そしてその6才の少年は、古いアメリカ製のカービンを持っていた。 分隊員たちは連射を浴びせてその少年をずたずたにしてから、小澤の亡骸を抱えて泣いた。 6才で戦場に出たなら、13才になれば、日本陸軍でいえば、既に3任期に達する立派なヴェテランになる。2日間の速成教育だけで部隊編制をおこなっている、カテゴリCの民兵に比べれば、よほど恐るべき相手といえる。 *****
「チーム・ナイフは、もっとも近かった追撃部隊に対して待ち伏せをしかけて、ほぼ全滅させました。当座の危険は去ったと言ってよいでしょう。 ただ、これで敵に手がかりを与えてしまいました。 網は狭まりつつあります。一刻の猶予もなりません」 「SBUが投入される動きがあります。敵は本気です」 「聞いての通りだ。各位、準備は万端か?」 「晴海偵察中隊は攻撃位置に配置されています。チーム・オーメンも目標に到達し、攻撃準備を完了しました。奴らの命は我らが手中にあり、です」 「UH-60、U-125、ともに整備は万全です。平田中尉が太鼓判を押しています」 「整備は完了、兵装の搭載も完了しております。第1エレメントは制空任務、第2、第3エレメントは阻止攻撃任務です」 「よし。 諸君、作戦は予定通りに決行する。 ミスタ・リッター、私が第1エレメントの指揮を執る。君はウィングマンにつけ」 「望むところであります」 「よろしい」 そして、准将はノルウェー人たちを見回した。 「みんな、我々のお姫様を助けに行くぞ!」 「違いますよ、閣下」 とリッター少佐が微笑した。 「ミス・パーカーは“お姫様”ではありません。我々の指揮官です」 「そうだな、少佐。失礼した」 と謝って、ベルグ准将は、心の中で喜んだ。 「パーカー中佐は、よい部下を持ちましたな」 村上中佐が、ベルグの心を読んだように言った。 ベルグは、10年来の乾分を誇るような笑みを浮かべて、そして村上に向かって詫びるような表情を浮かべた。 本来、日本人たちはまったく無関係だったのだ。命を賭けて彼らがこの件に関わって、得られるものは何もない。国際問題になって、彼らの将来を危険にさらしかねない。 しかし、村上中佐は、ベルグに何も言わせなかった。 「パーカー中佐は我々の戦友です。そして、彼女は夫のある身でもあります。彼女を家に帰してやらなければなりません。 “These things we do, that others may live”ですよ。 我らは航空救難団、行いをなすのが我らが務めです」 かつて、合衆国空軍救難隊を創った男は、救難隊員の信条をこう記した。そしてそれは、村上たちの金科玉条でもあった。 It is my duty as a Pararescueman to save life and to aid the injured. I will be prepared at all times to perform my assigned duties quickly and efficiently, placing these duties before personal desires and comforts. These things I do, "That Others May Live"! # 最後に掲げた英文ですが、どうにか和訳しようとさんざん悩んだものの、この格調高く、 # 重みのある文章を日本語に書き直すのは、どう考えても私の分を超えています。 # ということで、素直に原文を張らせてもらいました。 # これは米空軍救難団の創設者であるナイト中佐による文ですが、米空軍の救難隊が # ヴェトナムでどれだけの犠牲を払ったかということを考えますと、壮絶としか言えませ # んね。
続きがきとった!GJ!
投下乙 GJ
GJ
保守
保守
年の差スレに落とそうか悩んだが、 二話まで書いて、エロまでの道のりが遥か彼方なことに気付いた むしろ萌えすら、あるかどうか タイトル通り微妙な作品 以下投下
「俺と付き合ってくれませんか?」 目の前の少年――いや、去年高校生になったばかりだから、微妙に青年?――は、至って真顔だった。 真顔と言うよりも、何だろう。必死……も、ちょっと違うか。 顔色一つ変えず、真っ直ぐに私を見据えて、そんな事を言うもんだから、私は一瞬、耳がおかしくなったのか、と自分自身を疑った。 たっぷり十秒は掛けて、少年と青年の境目に差し掛かった彼・嶋野雪仁君の告げた、言葉の意味を考える。 それでも、何故か座りの良い答えが見つからなくて、私はわざと首を傾げて、聞き返す事にした。 「……はい?」 「だから、ジンコさん、俺と付き合って下さい」 私が待たせていた間も、焦れた様子もなく。むしろ、子どもに言い聞かせるみたいな落ち着いた口調で、雪仁君は、もう一度、同じ内容を――私の名前付きで――口にした。 いや、さっき疑問系だった部分が、要望に変わっているのが、変化と言えば変化か。 「それは」 「ドコへ、とかじゃなく。性的な意味で」 聞き返す前にピシャリ。 何とも分かり易い返答で有り難いが、その前に疑問が。 まず第一に、私こと宮内仁子――ちなみに、ジンコはあだ名であって、本名はニコという――の何処に魅力があるのか。 私は、フリーターとは言え酒も煙草も六年前に解禁となっている、早い話、四捨五入でアラサーになる女だ。悔しいから、去年から下一桁は切り捨てているが。 なのに雪仁君は、まだまだ青春真っ盛りの十六、七歳。約十歳の差がある訳で。 大人の魅力? それは無い。むしろ、この年になっても分からない私に、誰か教えて下さい、ってぐらいだ。 年上のお姉さんに憧れる気持ちは、分からなくもないけれど、私である必要性は皆無に等しいと思われる。 そもそも、出会いからして微妙なのだ。
最初に出会ったのが、私が今のアパートに引っ越しして来た時。 引っ越し屋さんに頼むのももったいなくて、友達に借りた車を往復させて、自力で引っ越し作業をしていたら、その場に遭遇したのが学校帰りの雪仁君。 私んチは二階の手前。雪仁君チは二階奥の角部屋。 私はちょうど、冷蔵庫を部屋に入れるのに四苦八苦していた所で、雪仁君は足止めを喰らい。 『傾ければ、入るんじゃないんですか?』 馬鹿正直に、真っ正面から冷蔵庫を部屋に入れようとしていた私に、左目を眇めてボソリと呟いたのが、最初の会話……と言うか、遣り取り。 言われた通り冷蔵庫を傾けると、悪戦苦闘していた私の十五分は、あっさりと無駄になってくれやがり。気まずさにへらりと愛想笑いを浮かべた私を、雪仁君は、愛想も何もない微妙に冷たい眼差しで見つめたあと、無言の会釈だけを残して立ち去った。 何とも不愛想だと思いはしたけれど、助けてもらったのは事実なので、お礼も兼ねて引っ越しの挨拶を。 そう考えた翌日土曜日の挨拶では、雪仁君のお母さんが、息子とは似ても似つかぬ愛想の良さで応対してくれたのだが。 冷蔵庫の件でお礼を言おうとした矢先、これまたちょうど良いタイミングで、雪仁君が奥から――間取り的にトイレだと思う――、眉を寄せた無愛想な表情で現れて。 『図書館、行ってくる』 玄関先に居た私は、その微妙な表情と言うか雰囲気に飲まれ、自然と道を空けてしまい、お母さんと二人、雪仁君を見送ってしまった。 それが、約半年前の話。 以降、何となく微妙に間が悪いと言うか、タイミングが合ってるようで合ってない、そんなすれ違いみたいな……遣り取り? が幾度かあり。 普通に考えれば、接点なんてまるでないのに、偶然なのか誰かの采配なのか。一ヶ月前に、これまた微妙な接点が生まれていた。
私達の住むアパートは、ペットOKで、私がこのアパートを選んだのも、それが理由。 一階に住む中村さんなんか、申し訳程度の庭にセントバーナードのジローを飼っていたりする。 私の場合は、大型犬は無理だけれど、ジャンガリアンハムスターのさゆりとオカメインコのマル、豆柴のワンタン、と一人と二匹と一羽のそれなりに大所帯。 そのワンタンが脱走し逃げ込んだ先が、たまたま雪仁君の家の玄関で。実は隠れ動物好きだけれど、家庭の事情で飼えない雪仁君が、ワンタンを保護し。 更に二日後、ワンタンの散歩の時間と雪仁君の帰宅時間が高確率で被る事を知り、雪仁君の気が向いた時は、中村さんチのジローも含めた二人と二匹で散歩をする事が多くなった。 元々、中村さんチは老夫婦とジローの二人と一匹暮らしで、最近では雪仁君が、ジローの散歩を代わっていたらしいし。 まあ、そんなこんなで、今時珍しく近所付き合いっぽい代物をこなしていたら、今日の、唐突な告白に至ったのだ。 「えーっと……何で?」 川沿いの公園には、そこそこ大きなドッグランがある。 そこにワンタンを解放して、一服するのが、私のいつもの散歩コース。 雪仁君とジローが居る時は、煙草は控えているので、代わりにペットボトルの水を飲んだりする。 今日も、持参したペットボトルの蓋を開けようとして――結局、私は手の中で外し掛けた蓋を、もう一度反時計回りに回した。 「なんか、ほっとけないんすよ。ジンコさん天然だし」 天然。成る程。 彼には、私が天然に見えているらしい。 ちなみに、自覚は無いから、多大な勘違いだろう。友達にも『間が悪い』とは言われたことはあるけど、天然との評価を受けたことは一度もない。 「それに、たぶん、俺、好きなんでしょうね、ジンコさんの事」 たぶん、と来たか。 肩を竦める雪仁君。くるくるとしっぽを追いかけて回るワンタンの姿を眺める顔は、微妙に苦い笑み顔だ。 「あのさ」 「はい?」 「たぶん、とか言われても、困ると思うよ。普通は」 「普通は」 体育座りで、ペットボトルすら持て余している私は、雪仁君の言葉も持て余してる。 オウム返しに頷いた雪仁君は、照れ隠しみたいな苦い笑み顔で、首をコキリと鳴らした。
「けど『たぶん』なんです。気付いたら、ジンコさんのこと考えてる。今、何してんだろー、とか。バイトからちゃんと帰ってるかなー、とか。朝、ちゃんと起きてるかなー、とか。ワンタンの飯大丈夫かなー、とか」 つらつらと淀みなく上げられる言葉に、私は徐々に唇の先を尖らせる。 まるでお母さん。いや、男だからお父さん? 私の事を気に掛けてくれてるのは分かった。でも、後半になるにつれて、中身は微妙にワンタン(犬)やさゆり(ハムスター)やマル(インコ)の事になって。 「マルの籠の掃除はー、とか。水浴びさせてやりたいなー、とか」 「私のことじゃ無いじゃん」 仏頂面で無愛想な雪仁君は、隠れ動物好き。それは、よーーーく分かってる。 分かっちゃいるけど、どんどん本筋(私のことね)から離れられてくと、流石に面白くない。 私の隣で寝そべっていたジローにちょっかいを出して、あがあがとあま噛みされるワンタンを見守りながら、私が呟いた声音は、明らかに不機嫌滲みた低い声。 まあ、半分はわざとだったりするんだけど。 それを聞き咎めた雪仁君は、はたりと口を閉ざすと、柵にもたれたままずるずるしゃがみ込んだ。 少しだけ、首を傾げて私の顔をのぞき込む。顔色を伺うって、こんな風なんだろう。 チラリと。ほんの少し、瞬きをする隙間に視線を向けてみると、雪仁君は顎を掴むみたいに口元を覆っている。 そして、もごもご。 「ワンタンみたいだよなー、とか。案外ちっちゃいよなー、とか。触ってみたいなー、とか。そんなことも、思うんですけどね」 「…………ふーん」 もごもご。 言いにくそうな割に、視線はやっぱり私に向けられていて。私はと言うと、言われた内容よりも、雪仁君の眼差しの方が痛くて痛くて。 唇を尖らせたまま、足下にコロンと転がって来たワンタンを抱き上げた。 「抱っこする?」 そのまま差し出したワンタンは、ピスピスと鼻を鳴らし、しっぽも申し訳程度にゆらりゆらり。そんなワンタンと私を交互に見る雪仁君は、両の眉を押し上げた。 「嫌ならい」 「触ります」 何だかんだで動物好き。私の言葉を遮って、雪仁君は両腕を伸ばした。
「雪仁君」 彼の手が、私の手に触れている。 私の手は、ワンタンの少し高い体温と、ちょっとひんやりとした雪仁君の手の温度に挟まれた。人間と犬って、同じほ乳類なのに、案外温度差がある。 じゃなくて。 「雪仁君、手」 ぎゅうっと私の手を握る雪仁君の表情からは、何の感情も読みとれない。 無愛想な顔。 けど、目元がほんの少し、緩んでる。 「ジンコさん、顔真っ赤」 「ん……っ」 知らんぷりをしようと思ってたのに、指摘されれば嫌でも意識しちゃう訳で。 耳がかぁっと熱くなった私に、雪仁君は喉の奥を震わせながら、つうっと手を滑らせてワンタンを抱き上げた。 「うん、やっぱ似てる」 ちっちぇー、とワンタンの前足を握り肉球をぷにぷにしながら、雪仁君は今度こそ目で笑い。その様子に、思いの外ゴツゴツしていた手の感触を、今更ながら思い出す。 「見た目は草食なのに」 「雑食でしょ、犬は」 「まあ、そうだけど」 何となく恥ずかしくて、ワンタンの耳の裏を指で掻いてやりながら言うと、雪仁君は少し眉を顰めた。 ――ワンタンの話じゃなく、君のことデスヨ。 「で」 「うん?」 「付き合ってくれませんか?」 視線を上げる。 ワンタンが、かぷりと私の指を噛んだ。 「うん……ちょっと、考えよう。お互いに」 「何を」 「雪仁君、私の年齢知ってる?」 「三十前」 有り難う。確かに三十前だし、知っててくれたのは嬉しいけど、即答されるとちょっぴり傷つく。 「けど、関係ない」 がじがじとワンタンが私の指を噛むので、雪仁君はワンタンを抱き直してくれた。痛くはないし、遊んでるのは分かるから、叱ったりはしないけど。 「ジンコさんは、可愛いと思うし。ヤりたいと思うし。一緒に居て気楽だし。ガッコの女と全然違うし」 一緒だったら、それはそれで問題あるでしょうよ。 「彼氏が居るなら諦めるけど、俺の気持ちは知ってて欲しい。てか、俺ばっか話してない? 嫌ならそう言ってくれりゃ良いのに」 凹むけど。 ワンタンをむぎゅっと抱きながら、雪仁君はボソリ。 ワンタンを独り占めされた私は、ジローの首筋を撫でることにした。 「嫌じゃないから、困る」 「え?」 「考えたこと、無かったから。雪仁君と付き合う、とか。だから、ちょっと考えよう」 「お互いに?」 「お互いに」
たぶん、私達の恋愛のツボは、ワンタンとジローの体格差ぐらいに違いがあるだろうから。 ちょうど良い距離感ってのを見定めないと、私は踏み出せない。十年前なら、夢中で走り出せたかも知れないけど、今はもう、なりふり構わない恋愛に、足を突っ込む勇気はない。年月は人を臆病にする。 「彼氏は?」 「居ない。そこは、安心して良いよ」 「そっか」 ふーん、と、雪仁君は頷いた。 「じゃあ、俺が振り向かせられりゃ良いんだ」 「……そう、かな」 恋愛って、そんな簡単なもんじゃなかったような気がするけど。 「たぶん」 「たぶん?」 「ハジメテだから。こんな風に、誰かのことを想うのは」 言って、今度は目だけじゃなく、口元も緩めた。 嗚呼、雪仁君も、ちゃんと笑うんだ。 「……可愛いかも」 「何?」 考えたことがポロッと出る癖は、治した方が良いかも知れない。 「何でもない。そろそろ帰ろうか」 よっこらせ、と立ち上がり、外してあったワンタンのリードを雪仁君に渡す。 雪仁君も、ワンタンを地面に下ろすと、手慣れた様子でリードを付ける。 私が付けたジローのリードと、雪仁君の付けたワンタンのリードを交換して、帰宅準備完了。 さて帰ろう、と歩き出したその時。 「あ」 雪仁君がリードを見ながら、声を上げた。 「どしたの?」 「いや……もっぺん、チャンスだったなと」 「何の」 「手」 苦い笑みで振り返った私の隣に並び立ち、雪仁君は顎で私の手を示す。 「ま、明日があるから良いんすけど」 肩を竦め、ちょっぴり大人びた口調の雪仁君の姿に、さっきの手の感触を思い出し、私はまたもや耳が熱くなった。 そんな私の顔をひょいとのぞき込んだ雪仁君は、眉尻を下げた笑み顔で。 「ジンコさん、赤面症?」 「雪仁君は、手フェチ?」 悔しいから、わざとからかい口調で言うと、一瞬、面食らったような顔になり。 「やらしー」 すかさず意地悪になるのは、年上をからかった報いだ。
「んなこと…。や、確かにヤらしーことも考えるけど……そりゃ、健全な男子だし」 ぶつぶつ。 言い訳っぽく口にする雪仁君に、私は忍び笑いを漏らす。 「てか、手フェチがやらしーって、何なんすか?」 「んー、偏見?」 「うわ、ジンコさんひでぇ」 「けど、手は、足よりやらしー気がする。持論だけど」 「持論ですか」 「最初に相手に触れるのは手でしょ? 下心があるか無いかは別として」 「成る程」 雪仁君との会話は、案外楽しい。 あんまり口数は多くないけど、生来口下手な筈の私が言葉に詰まることがないのは、雪仁君が聞き上手だからだろう。 うん、これは今日の新しい発見だ。 ちょっとしたことだけど、雪仁君の良い所が分かったのは、素直に嬉しい。 「じゃあ、手フェチで良いや」 「良いの?」 「はい。だからジンコさん、手」 ひょい、と雪仁君が、空いた左手を私に差し出した。 「手フェチの高校生からのお願いです。手、握らせて下さい」 にんまりと笑った顔は、少しだけ赤い。 太陽はかなり西に傾いているけど、顔が赤い理由にはならない。 告白された時と同じぐらい、たっぷり十秒の時間を掛けて、私は差し出された手に、自分の右手を乗せた。雪仁君の手は、少しだけ汗ばんでいる。 雪仁君は、一瞬だけぴくりと指を震わせたあと、ほおっと溜め息を吐いて、私の手を握りしめた。 「緊張してる?」 「今もしてます」 頭半分高い雪仁君を見上げると、雪仁君は困ったように笑った。 内心私も緊張してたりするけど、それは敢えて黙っておこう。ずるいかも知れないけど、それが大人ってもんだ。 「じゃ、帰ろうか」 「はい」 ぎゅうっと握られた手は、色気も何にもないけれど、今はそれだけで充分心が暖まるから。 帰ったらたぶん、自分の行動を思い返して、恥ずかしさにのたうち回る気もするけど、こんな気持ちは久しぶりだから、それも取り敢えず享受しよう。 微妙な関係が、恋に育つか愛に育つか、それはまだまだ分からないけれど。 今はまだ、互いを知るのが第一だから。 そう思い始めている辺り、雪仁君の告白を前向きに考えていることに私が気付いたのは、それから数時間後のこと。 布団の中で雪仁君の手の感触を思い出し、一人赤面した時のことだけれど。 それはまた、別の機会に。
以上です エロは見えてるのに、先は長いorz
>>270 (・∀・)イイ!!
GJです!好きだな、こういう設定の話。
続き投下してくれるなら、期待して待ってます。
遊びで書いてみたよ。エロ無し味無し前説無し 教室にて 「普通の猫が欲しいな」 「無理な相談だわ。ウチにそれに該当しないのが一匹いるし」 (失礼な奴だ) 「この前だって可愛い仔拾ったと思ったら、盗聴器付けられていたし」 「当たり外れが多いからなあ、特に犬猫の類は」 (白々しい言い方はやめろ) 「世の中何かおかしいよね?」 「本当にそう思うよ」 (よく言うよ) 「砺波くん、人の話真面目に聞いてないよね?」 「――え?」 「目が泳いでるし」 「マジで?」 「何か時々思うんだけど、砺波くんって人から猫っぽいって言われない?」 「いいや」 「何も無いところを普段から凝視していたり、突拍子も無く喋ったり動いたり」 「・・・・・・気の、せいかと」 (ハハハハハ、こりゃ傑作だ) 「笑うな」 「?」 「!」 「やっぱり・・・・・・」 「・・・・・・」 「植月さん?」 「え? あ、砺波さん」 「兄貴がどうかした?」 「いや――ごめんなさい。私もう行くね」 「あらあ・・・・・・兄貴も隅に置けないじゃない?」 「何が」 (猫が欲しい娘が、お前を猫っぽいと言っている――後は分かるだろ朴念仁) 「――つまり全ての元凶はお前にあるということか」 (若いとは実に羨ましいものだ) 「守護霊の癖に、覚えてろよ化け猫」 (ハハハ) 「全く――」 (ご主人様、紺様が心配ですか?) 「単純な意味でね」 (そうですか) 「そう。例えお前の勘がどんなに鋭いとしても、ね」 (はあ) 「犬と何話してんの?」 「兄貴の悪口」 「何て奴らだ。もういい、不貞寝だ」 あーオチも無いわ
『微妙な関係』、取り敢えず二話を どれだけ続くのか、書いてる本人も微妙なところ 以下投下
俺と彼女が出会ったのは、今から一年以上前のことだ。 俺の家は両親が共働きで、父親は滅多に家に帰らない漁船の船長。母親は看護師。 両親も俺も動物好きで、昔から犬やら猫やらを飼いたかったのだが、まともに世話が出来るとも限らないので、仕方なく、ペットショップのウィンドウを覗くことで、俺は自分を満足させていた。 ちなみに、密かな野望の一つは、犬を家族単位で飼うことだったりする。 一年と七ヶ月前、高校生になったばかりの俺は、新しい通学路の途中に見つけた、ペットショップを覗いていた。 覗くと言っても、無駄に店内に入る勇気も無く、店の外からぐでーっと寝そべる犬猫の様子に、目を細めていたのだが。 「良かったら、中で見ていかない?」 店の奥から顔を出して、声を掛けてくれたのが、ジンコさんだった。 「いや……別に」 「気にしないで。あっちのサークルに子犬も放してるし」 「いや……」 ひょいと店内を覗いた彼女の視線の先には、ころころと転がるラブラドールの子どもが一匹。 触りたい。 本音を言えば、めちゃくちゃ触りたいし、抱き上げたいし、手とか顔とか舐められたいし、がじがじ噛まれてみたい。 けど、客にもなれない俺は、口ごもったまま。 そんな俺の姿に、彼女は少しだけ首を傾げたけれど、直ぐに眉を下げて笑った。 「じゃあ、気が向いたらで良いから」 無理強いはしない、と言外に告げて、店内に戻って行く。俺は暫く彼女の後ろ姿を見送ったあと、ウィンドウ越しに寝そべるミニチュアダックスに別れを告げて、帰路についた。 ジンコさんは覚えていないだろうけど、それが俺と彼女の初めての出会い。 それからも何度か、俺は店の外からジンコさんの姿を見かけたけれど、最初の時のように声を掛けられるどころか、彼女は俺に気付きもしなかった。 そうして、二学期になったある日。 いつものように店の前を通りかかった俺は、ウィンドウの犬猫達を眺めつつ、ジンコさんの姿を探したけれど。 「……今日は居ないのか」 見慣れた彼女の姿は何処にも無い。それから何日か通っても、それ以降まったく姿を見なくなり。「ああ、辞めたんだな」と気付いたのは、更に一週間が経過してから。 別に彼女が目的だった訳じゃないけれど、何となく寂しかったのは本当で。 だから、今年の春、いつものように帰宅した俺は、見覚えのある後ろ姿を見つけた時、思わず我が目を疑った。
体の半分はありそうな冷蔵庫を抱え、悪戦苦闘する彼女は、苛々とした様子。 俺はと言うと、大きなドッグフードの袋を抱える姿を思い出し、少しだけ微笑ましくもあったりして。 「傾ければ、良いんじゃないんですか?」 苦笑混じりに告げた俺に、ジンコさんは肩越しに俺を振り返った。 俺は毎日のように彼女を見ていたから、直ぐに誰なのか気付いたけれど、彼女はそうじゃなかったようで、突然声を掛けられて驚いていたみたいだった。それでも、俺の言葉に素直に従い、冷蔵庫を傾けて玄関を潜る。 あっさりと部屋に飲み込まれた冷蔵庫に、俺は思わず吹き出しそうになったけれど、ここで笑うのも失礼だ、と、必死でポーカーフェイスを取り繕う。 そんな俺をどう思ったのかは分からないが、ジンコさんは、玄関口に冷蔵庫を下ろすと、へにゃりと緩んだ笑みを俺に向けた。 その顔が、まるで安心しきった子犬みたいで、またもや頬が緩みそうになった俺は、慌てて軽い会釈だけを残し、ジンコさんの部屋の前を通り過ぎた。 その日は何だか浮かれていた、と後になって母さんに言われたけれど、言われてみれば、そうかも知れない。 もう会えないかも知れないと思っていた相手との意外な再会。吊り橋効果にも似た感情だけど、嬉しかったのは本当だから。 その翌日、ジンコさんが俺の家を訪れた時も、内心緊張していたりしたのだが、何となく悟られるのが嫌だったのと、これからも会える安心感で、俺はまともに彼女の顔を見ることが出来なかった。 そして。 気付けば、ジンコさんのことばかり考えている、俺が居た。 最初は、豆柴を飼っているからだ、と思っていた。実際、ジンコさんちのワンタンが逃げ込んで来た時は、ジンコさんに返したくなかったぐらいだし。 返してからも、ワンタン会いたさに、学校から早足で帰って来るようになった程。 でも、そうじゃなかった。 いつからかは分からない。もしかすると、去年彼女がペットショップを辞めた時から。この四月になってからは、間違いなく三日に一度は。 俺の頭の中には、ジンコさんのことを考えるためのスペースが、出来ていた。 時折、一階の中村さんちのジローの散歩を代わっていた俺は、ワンタン騒動があってから、なるべく毎日、散歩を代わるように帰宅時間を早めた。
そうすれば、大好きな犬と気になる彼女、両方と一緒に居られると考えたからだ。 俺の考え通り、ジローだけじゃなくワンタンも、いつしか俺に懐きはじめ。 必然的にジンコさんと接する時間が増えたからか、彼女のことも色々と分かった。 今は駅前のペットショップに勤めていること。 ワンタンは、そこで売れ残っていた子だったこと。 ジャンガリアンハムスターのさゆりと、オカメインコのマルは、今のアパートに来てから飼い始めたこと。 動物を飼うために、今のアパートに引っ越して来たこと。 実家では、柴犬とボストンテリア、亀二匹を飼っていること。 知れば知るほど、俺の頭の中のジンコさんスペースはでかくなった。 もっと知りたい。触れたい。 俺だって健康な男だから、下心のない『触れ合い』じゃ物足りないと思うのに、そう時間は掛からなかった。 170センチの俺より、頭半分小さなジンコさんは、豆柴のワンタンによく似ている。 暢気に笑った顔や、ちょこまかとした動作とか。それだけじゃなく、案外小さな肩幅とか、綺麗に整えられた爪とか。 触りたい。 そう想った瞬間、俺の口から出た言葉は「付き合ってくれませんか?」と、妙な現実味を帯びた言葉だった。 ジンコさんは、嫌な顔はしなかったけれど、特別何か意識した様子もなく。 どさくさ紛れに手に触れた時は、顔を真っ赤にしていたけど、それだけで。 かなり強引に手を繋いでもらって帰ったけれど、アパートが近くなると、ワンタンが走り出してしまったから、その日はそれだけ。 翌日も、一緒に散歩をしたけれど、変わった様子もなかった。 年下の俺の言葉なんて、彼女にとっては、非日常の入り口にもならなかったらしい。 そう考えた瞬間、俺は酷く残念だった。
「雪仁君って、変わった名前だよね」 日曜の朝。 ジローの調子が悪く、中村のおじさんが病院に連れて行くと言うから、今日の散歩はワンタンだけ。 俺が付き合う必要は無かったけれど、おじさんに言われ部屋に戻る途中でジンコさんに会った俺は、ジンコさんの荷物を持つ形で、彼女とワンタンの散歩に同行した。 「そうですか?」 「ユキヒト、だったら…幸せな人とか。最初は、そう思ったよ」 「ああ、そうかも知れませんね」 いつもの散歩道。 ドッグランには、他にも何人かの飼い主と犬が居る。 流石にリードは離せないから、俺とジンコさんは、川沿いの公園を大きく回るコースを選んでいた。 「ジンコさんも、変わってますよね」 「よく言われる。ニコって呼び方も、漢字も、子どもの頃はよくからかわれたな」 「スマイルマーク、ですか?」 「そう。にこちゃんマーク」 黄色い笑顔を思い浮かべる俺に、ジンコさんは頷く。 たぶん、同じ物を思い浮かべているんだろうけど。 「あ」 「どうかしました?」 「今、軽くジェネレーションギャップ。今時、にこちゃんマークはないよねぇ」 そう言って苦笑する。 いたずらを見つかった子犬みたいな顔だ。こう言う顔は、やっぱりワンタンに似てる。 「そうですか?」 「そうだよ。雪仁君、この歌知ってる?」 ふんふんと鼻歌を歌うジンコさん。 不明瞭だけど、聞き覚えのある歌は、俺が産まれる前のもの。 「知ってますけど……」 「リアルタイム?」 「残念ながら」 「あちゃー」 肩を竦めた俺に、ジンコさんはますます苦い顔つきになる。 告白した時もだけど、どうやらジンコさんは、俺との年の差を気にしているらしい。 確かに十歳ぐらい差はあるけど。気にしたって仕方ない、と、俺は開き直ってる。 俺の知らないジンコさんが十年あるなら、それ以上にジンコさんのことを知れば良い。そうだろう? 「凹むなぁ。雪仁君、若いよ」 「仕方ないじゃないですか。でも、俺は良かったですよ」 唇を尖らせたジンコさんは、そのまま俺を見上げた。 「今だからジンコさんに会えたんすから。俺がジンコさんと同い年だったら、会えなかったかも知れない。だから、良かったです」 十一月の朝なのに、今日はやけに暖かい。 心地よい陽気につられてのんびりとした口調で言う俺に、ジンコさんは口を閉ざした。
「……何すか」 あ、ちょっと頬が赤い。 「雪仁君って……たまに、すっごく恥ずかしいこと言うよね」 「そうですか?」 俺にとっては当たり前のこと。でも、ジンコさんにとっては、そうじゃなかったらしい。 よくよく考えれば、確かに恥ずかしいことを言っている。でも、ここで俺が照れてしまったら、ジンコさんのことだから、また何か仕返しがあるに違いない。 以前にも、俺は手フェチだと、勝手に決めつけられてしまったから。 「そうだよ。あー、もう。その涼しい顔がムカつく」 「名前っぽいでしょ? 雪、だし」 「ほんとだね!」 悔しそうなジンコさんは、やっぱり唇を尖らせて、ワンタンに視線を移した。 うん、可愛い。何か得した気分だ。 「でも、雪だけじゃないですよ、俺」 足下にじゃれつくワンタンに、俺も視線を落とす。 くるんと丸まった尻尾は、左右にぽてぽてと揺れている。 「ジンコさんと同じ文字。ちょっと、得した気分。この名前で良かった」 チラリ。横目でジンコさんを盗み見る。 ジンコさんも、ちょうど俺を横目で見ていて、ばっちり視線が合った。 「……だから」 「はい?」 「恥ずかしいから言わないの、そういうこと」 今度は頬を膨らませる。 普通なら、大した意味のない会話だけど、こんなことを言う辺り、少しは脈があると思って良いんだろうか? 自惚れるには、少しばかり材料が足りない気もするけれど。 「ジンコさんが、手を繋いでくれるなら」 調子に乗ってる。 自覚はあるけど、こんなことでも無けりゃ、俺はこんな風にスマートに手を差し伸べることも出来ない。 ひらひらと差し出した俺の手を見て、ジンコさんは眉をしかめた。 「年上をからかわない」 ピシャリと言われ、俺の手は寂しく宙を掻く。 残念。 「ちぇっ」 「そう言うのは、年上がすることでしょうが」 「からかうのも?」 「そう」 「手を繋ぐのも?」 「そう」 強く頷くジンコさんは、俺の手を握ろうともしない。 さっきまで照れてたくせに。 こういう所を見せられると、やっぱり俺の方が年下なんだと痛感する。 少し悔しい。
「けど」 しょんぼりした俺を見て、ジンコさんは笑った。 「男性がエスコートしてくれるのは、素直に嬉しい」 はい、と差し出される手。 ジンコさんは、自分が優位に立ったことが嬉しいのか、にこにこと笑っている。 これが犬なら、間違いなく尻尾は左右にパタパタ揺れてる筈だ。 「……ジンコさん、ずるい」 「大人だから。ほら、あと五秒」 手をひらひらさせてカウントダウンする大人なんて、居ないと思う。 ジンコさんの行動は大人げないけど、その手を握れないのは、俺としてはもっと悔しい。 あと二秒。 俺は差し出された手を取ると、少しだけ仕返しの意味も込めて、指を絡めた恋人繋ぎでジンコさんの手を握った。 「家まで放しませんよ」 「暑くない?」 「家に帰るまでがエスコートです」 「遠足だよ、それ」 繋いだ手を見下ろすジンコさんは照れくさそうだ。 「でも残念」 「うん?」 「寒かったら、このままポケットに入れたい勢いです」 出来るなら、ジンコさんごと。 そう思ったけど、口にする前に、ジンコさんの顔が赤くなったから、取り敢えず口にチャック。 下手なことを言えば、手を離される可能性もある。 「構いませんか?」 その代わり、前もって了解を取っておこうと、俺は顔をのぞき込む。 ジンコさんは隠し事が出来ない人だ。 少し困ったような赤い顔で、俺の方をちらちら。 年上なのに。大人なのに。この反応はやっぱりずるい。 「……雪が降るぐらい寒かったら」 「ジンコさんと一緒なら、散歩でも買い物でも」 出来れば、二人っきりでデートとか。 ボソリと呟いた俺の言葉に、ジンコさんは三度唇を尖らせた。 手に触れるだけで今は満足だけど。 もう少し距離を縮めたい想いがあるのも確か。 雪が降る頃には、ますますその想いが強くなってる可能性もあるんだけど、それはまあ、今は言わない方が良いかも知れないな。 まだ暫くは、微妙な関係が続くだろうけど、十年の差を埋めるんだから、それぐらいは覚悟しないと。 いつまでも続くのは、俺としては願い下げだけど。
以上です 投下ペースは気紛れ 書けたら投下に参ります
ちょっちょっちょGGGGGJJ! 二人とも可愛すぎる。犬がじゃれ合ってるみたいだ。 年の差スレに投下してほしかったよ。 続きまってまーす。
エロパロ板にいるのに、エロ上手くなんねー! ――と、ちょっと自分が嫌になってきたので、エロ抜いてみた。 そうしたら、えらい長さになっていた。 というわけで、注意書き。 ・微百合 ・エロなし、萌えもあるかあやふや ・なにより長い ってことで、何回かに分けて投下しようと思います。 今回は10レスほどです。 では、投下します。
あいまいな記憶。 わたしが小学校に入る前のことだ。 記憶からは風化しかかっていて、残っているのは木っ端のような断片に過ぎないのだろう が。 ――時折、思い出す。 幼いわたしは母さんと一緒に近所の公園で遊んでいた。 あの頃のわたしは、母さんが病気を患っていることなどまったく知らなかった。 母さんがいつも日傘をさしているのはオシャレで。母さんが少し早足で歩くだけで休憩を 入れるのは、母さんがもうおばさんだからで。 母さんが三日に一回は寝込んでしまうのは、 ごはんをいっぱい食べないせいだと思っていた。 いや、思い込まされていた。 そういう意味では、うちの家族はうそつきのプロだといえた。 実際、母さんが入院するまで、わたしは母さんの病気のことを知らなかったのだから。 『おかあさん、おそーい!』 そういって、のんびりと歩く母さんを何度急かせたことか。 だけど、母さんはうそをついて誤魔化すことができない身体になるまで、わたしの前で苦 しそうな顔をみせたことはなかった。 『はいはい、今行くから』 子供の足で歩いて五分、走らなくても直ぐに着くのに、わたしはいつも走って公園へ向か う。一刻一秒でも早く公園に行きたい、一分一秒でもいいから長く遊んでいたい。ただそれ しか頭になかったんだと思う。 友達のお母さんたちは、子供の遊び場に顔を出すことはなかった。 母さんがわたしの後についてきていたのは、少しでも長くわたしとの思い出を作りたかっ たからじゃないだろうか。 といっても、母さんは遊んでいるわたしのことを見ていただけだが。 身体のこともあるけど、子供の中に大人が一人混ざってたら変だし、わたしたちも遊びづ らかっただろうし。 それでも、友達が来るのを待っている間だけ、母さんは遊んでくれた。 ブランコ押してくれたり、キャッチボールしたり。でも身体の弱い母さん相手に、手加減 してやるのは、子供のわたしには退屈だったような覚えがある。 春には花の冠の作り方を教えてもらったり、秋にはどんぐりでコマを作ってもらったりも した。 その時のことをたまに思い出す。 母さんとの記憶。 想い出。 今ではもやがかかってしまったかのようにあやふやな記憶。 母さんが死んだのは、それから数年も経っていない。わたしが小学校に入って直ぐのことだ。 入学式を終えた頃には、母さんは病気で外に出歩くことすらできない身体になってしまっ ていた。 小学校に入る少し前の記憶だけが、憶えている数少ない母さんとの記憶。 だからなのかもしれない、その時のことをよく思いだすのは。 『ねえ、おかあさん』 『なあに?』 たんぽぽで指輪を作る母さんの手先を見ながら、わたしは母さんに話しかけていた。 『ゆみちゃんには妹がいるのに、なんでわたしにはいないの』 『え?』 『ねえ、なんでー』 『んー? 彼方ちゃんは妹欲しいの?』 『うんっ』 あの頃のわたしに会えたら、思い切り蹴っ飛ばしてやりたい。それはもうサッカーボール でも蹴飛ばすかのように。 母さんの身体を考えたら、子供が産めないことなんて分かるのに。……いや、あの頃のわ たしにはそんなこと分からなかったんだけどさ。 そんなわたしに母さんは怒るでもなく、悲しい顔を見せるわけでもなく、微笑んで答えて くれた。 『今すぐは無理かなぁ』 『そうなの?』 『うん。でも、名前くらい、先に考えておいてもいいかもしれないわね。彼方ちゃんは妹が できたら、どんな名前がいいかな?』
「――久遠」 ぱたぱたと足音を鳴らしながら、わたしは一人の少女を探していた。 その少女は、先程まで魅入られたかのようにテレビをみていたのだが。わたしが夕飯の調 理を終えリビングに戻ると、いなくなっていたのだ。 どこへ行ってしまったんだろう? わたしは二階建ての一軒家の中を探すのは億劫だと思いながらも、エプロンをソファの上 に脱ぎ捨て。再度、彼女の名前を呼んだ。 「久遠ー、どこー?」 二階に二部屋、一階にバスルームとキッチンそれにトイレ込みで六部屋、計八部屋の小さ な一軒家でも、わずかな隙間にでも潜り込めてしまえる少女を探し出すのは、骨が折れそう だ。 彼女が興味を持ちそうな場所はどこだろうと考えてみようとしたが。 わたしには、彼女が興味を持ちそうな場所の心当たりなどない。 強いてあげるのなら、先程まで食入るように視ていたテレビだが。夕方の報道番組を映す ブラウン管の前には、少女の座っている姿はない。 ならば、と考え。直ぐに考えることをやめた。 考えるくらいならその時間を使って探したほうがマシってものだ。 とりあえず、一部屋一部屋潰していくことにした。 この家には今、わたしと彼女しかいないのだから、物音がしたらイコール久遠ということ だし。 ただ一つだけ問題があるとすれば。 久遠を探し出すまでの時間で、折角作った夕飯が冷めしまわないかということ。それだけ が気がかりだった。 久しぶりに誰かと食べる夕飯だからと、気合を入れすぎた。――といっても、冷蔵庫にあっ たもので作った程度だけど。 久遠の口に合えばいいけど。 そんなことを考えながら、リビング、仏間、父さんの書斎を見終え。 いないだろうなあと思いながらトイレとバスルームを覗いたが、小さなシルエットはどこ にもなかった。 キッチンは先程までわたしがいたから、彼女が来ていれば気づくだろう。 となると後は二階か。 階段の電気は点けられておらず真っ暗。 久遠が昇った後に消したとも考えることはできたけれど、そのようなことに気が回りそう なタイプだとは思えなかった。 「いやいや」 まだ会って半日も経っていないのに、そう判断するのは早計っていうものだろう。 そう、わたしが久遠と出会ってからまだ半日も経過していない。 彼女と出会ったのは今日の夕方。 わたしが彼女について知っているのは、「久遠」という名前のみ。 「不思議な子なのよね……」 多分わたしの思い込みなのかもしれないけれど、彼女は知らないことが多すぎるように感 じた。 久遠を家に招いてから、彼女がテレビに魅入られるまでの間。まるで他の星から来た宇宙 人に地球の文化を教えているかのようだった。 汚れた服を脱がせてあげ、着せてあげなければならなかったし。どういう生活をしてきた のか、トイレでする習慣がなかったようで、仕方を教えてあげる必要もあった。 「――あ」 そこまで考えて、嫌な考えにぶちあたった。 「いや、まさか、ね……はははは」 渇いた笑いを上げたあと、わたしはダッシュで階段を駆け登った。 考えたくはなかったが、もしわたしの部屋で、先程のようにおしっこを漏らしていたらと 思うと、走らずにはいられなかった。 「久遠っ!」 わたしは自室の扉を勢いよく開け踏み込むと、室内を見渡して彼女の姿を求めた。 だがわたしの心配を他所に、彼女の姿はここにもなかった。 「……ふむん」 ベッドの上に脱ぎっぱなしだった高校の制服を、壁にひっかかってるハンガーにかけると、 脱いだままの靴下をポケットに突っ込んで部屋を後にした。 探していないのは、兄の部屋くらいなのだが。 踏み込むのには少しばかり勇気がいった。
いや、別に兄のプライバシーがどうこういう気はない。 もう三年も前に出て行ったまま、帰ってこなくなってしまった人の部屋だ。そういう点で は気にすることもないのではあるが。 去年の大掃除の時に掃除してやって以来、立ちいったことさえなかったから、虫とかわい てたらと思うと、二の足を踏んでしまう。 けれど、兄さんの部屋はそれこそ時がとまったように、変わっていなかった。 変化があるとすれば、本棚や机にうっすらと埃が積もっていることくらいだろうか。今年 の大掃除の時にでも掃除してやろう。 しかし、ここにもいないとなると、いよいよ困った。 探せる場所は全て探したが、――いや、もしかしたら出て行ってしまったという可能性も あるか。 だとしたら大変だ。 慌てて玄関へ向かったが、玄関の鍵はしっかりと内側からチェーンで閉じられたまま、思 わずほっと胸を撫で下ろしていた。 警察に、久遠の親が現れるまで、預かっていると言ったからというのもあったが。またど こかへと、ふらふら行ってしまってやしないかと思っただけに、安堵は大きかった。 ならば、どこへ行ったのだろう? もう探していない場所はないはずだ。 「まあ、見落としたってこともあるかもしれないしね」 それにすれ違ったという可能性もある。 一軒家としては狭い家とはいえ、そこそこの広さはあるのだ。 ポストに刺さっていた新聞を掴み、居間へ戻ろうとして、わたしは異変に気付いた。異音 とでもいうべきだろうか? その音は台所のほうから聞こえてきた。 テレビの音量がすぼめられていたから聞こえたが、本当にかすかなその小さな音は、何か を咀嚼するような音だった。 「まさか……」 わたしは頭の中央に居座った嫌な予感を払拭しようとしながらも、ゆっくりと台所のほう へと足を進めた。 そこには―― 「……う?」 予想通りと言うべきか、久遠がいた。 久遠は先程盛り付けたばかりのサラダボウルを抱え、手づかみでその中身を食べていた。 ドレッシングをかけた状態でなかっただけ、マシだったかもしれない。それでも久遠の周囲 には食べかすが散らばり、貸したワンピースも汚れていた。 「……はぁ」 小さくため息を漏らすと、久遠に言った。 「まったく、キミっていう子はどういう育てられ方してるのかな」 久遠はわたしの言葉なんて理解できないというように首を傾げると、再び食べ始めてしま った。 よっぽどサラダが美味しいらしい。 これが手の込んだ料理だったなら、夢中で食べてくれるのも嬉しいけれど。ただ千切った りしただけのサラダだから、久遠の食欲に呆れてしまうばかりだ。 「ほら、あっち行って一緒に食べよ。ね?」 わたしは久遠の腕を掴み、立ち上がらせると。彼女の腕を引いて居間まで連れていった。 久遠はその間も黙々とレタスを手づかみで食べ続けていた。 これから久遠に手づかみでないご飯の食べ方を教えなければならないかと思うと、少しだ けうんざりした。 わたしが久遠と出会ったのは、ほんの五時間ほど前のことだった。 ***
「――かーなーたー。ねえ、彼方ってば」 「ん?」 わたしはいじっていた携帯電話をぱちんと閉じると、正面の席に座る友人へ目をやった。 「なに?」 「早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ」 そういう友人――神楽知恵へ頷き返し、携帯電話をブレザーのポケットにしまった。 「え? ああ、うん」 昼休み、わたしは珍しく学食にいた。珍しく――というのは、普段は弁当を持参してきて いて、学食を使ったことがなかったから。高校に入学して一年半、来るのも初めてかもしれ ない。 次いつ利用するかわからないからと、美味しそうなのをあれこれと取っていったら、計九 五〇円とかいう、なにやら豪華なランチになっていた。 というより、学食っていうのは定食屋みたいなものだと思っていたから。色々とおかずを 選んで付け合せられることを知って少し驚いた。 四七〇円のネギトロ丼に八〇円のザーサイ、一二〇円のプリン、一五〇円のフルーツポン チ、それに一三〇円の小さなケーキは知枝が、 「って、なんで人のもの当然のように食べてるのよ。キミは」 「ふぇ?」 知枝はフォークでチョコケーキを小さく切って口に運びながら。 「なんでって……おいしそうだったから」 「ふうん」 「食後のデザート」 「へぇ」 至極当然のように応える知枝。 面の皮が厚いのか、それともただ単に天然なだけなのか。おそらくは後者なのだろうが、 いわゆる所のお嬢さまな神楽知枝の思考回路は、たまにわたしではついていけないことがあ る。 「それに、彼方一人じゃ食べきれないかと思って」 「まあ、それは確かに」 昼休み終了まであと十五分、食べきれる自信はない。 けれど、 「一言断ってから取るとかしたら?」 それくらいの礼は友達の間にもあっていいはずだ。 だが知枝はあっけらかんと微笑んだ。その小動物のような笑みは同姓のわたしが見ても、 保護欲がそそられてしまう。 「まあまあ、わたしと彼方の仲じゃない」 だそうだ。 こういうことを当然のように言えてしまう友人の性格が多少羨ましい。 「なら食べるの手伝って。残したら作ってくれた人に悪いしさ」 「はーい」 知枝は楽しそうに応えた。 「ありがとね」 食べすぎで太っても知らないよ――という言葉は飲み込んでおいた。 「さっきからチラチラ、チラチラ」 「うん?」 昼休みが終って、地学教室へ向かう途中知枝に指摘された。 「三○秒置きに携帯電話出しては仕舞って、そんなに気になるの?」 「え? ああ、うん」 そんなペースで見ていただろうか? いや、確かにそれくらいの頻度で見ていたような気はする。 それに今も、ブレザーのポケットに入れている携帯を取り出そうとしていた。わたしは手 をポケットから出すと、後ろ手に組んだ。先程から熱心に話していた知枝に悪いし、頻繁に 弄ってたせいで大事な時に電源が切れたら困る。 そういや知枝なんの話してたっけ? 「まさか彼氏ができたとか!」 ――と、知枝がわたしの前に回りこんでそんなこといった。 「は?」 「とか!」
らんらんと輝く目には、向けられても応えようがない期待が宝箱のように込められていた。 太陽のような熱量を発するそれを直視できず、知枝の肩を掴むと、くるりと反対を向かせた。 わたしは苦笑を浮かべ。 「ないない」 「ならなんでー? まさかわたしからのラブメールを待ってるとか! それなら書いてあげ るよ!」 「ないない」 振り返ろうとする知枝の背中を押してやりながら、少しだけ声をすぼめて言った。 「父さんとね、連絡がとれないのよ」 「へ?」 「五日前から帰ってきてないのよ、うちの父さん。携帯電話の電波は届かないし、研究室の 電話は通じないし、大学の事務室に連絡頼んでもなんか返事曖昧だったし」 「え? なにそれ、どういうこと?」 聞き返されて、少しだけ苛立った。 そんなこと分かるんだったら、こんな気にしてない。 「連絡が取れないのよ」 「五日前から?」 「うん」答えてから、頭を振った。「ああ、ううん。五日前の段階だと連絡はとれてた。連 絡がつかなくなったのは、二日――いや、三日前から」 言うと、知枝は足を止めた。 細い手でわたしの手に手を重ねて、先程までとは違う落ち着いた声で言った。 「まったく連絡がつかないの?」 「うん。いつもなら外に泊まる時は一日一回は連絡くれたのに」 「そっか。警察には?」 「……警察」 そうか、失踪したと考えるのなら。まず警察に連絡しないといけないのか。でも、 「まだしてないし、できればしないで終らせたい」 大事にするのがいやだとか、警察に関わりたくないとかじゃなく。警察に連絡してしまう と、二度と父さんが帰って来なくなってしまうような気がしたのだ。 ただ流石に明後日になっても帰ってこなければ、警察に連絡を入れようとは考えていた。 いなくなってから丁度一週間だし。 知枝はそんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、そっかと呟き小さく頷いてくれた。 「大学には」知枝はこほんと小さく咳をした。「大学の研究室には行ったの?」 「ううん、まだ。今日行こうかなって」 わたしの父さん、柊正吾は大学の研究室に勤めている。 陰秘学っていうなんだかよく分からない分野の研究をしている。 陰秘学とは直感により、存在するものと先験的に想定する超自然的な存在や法則なるもの をとらえようとする技術や、精神的営みの結果得られた知識体系。その中でも、とりわけ衆 目の目からは隠されてきたもののこと指しているらしい。 正直、ちんぷんかんだったわたしに、父さんは分かりやすく言ってくれた。 『オカルトの研究だよ』 オカルト――魔法とか錬金術とか宗教とか、よく分からないあやふやなものについて父さ んは研究しているらしい。 らしいというのは、わたしは父さんの研究について興味が薄いからだ。 それというもの、小学生の頃に母さんが死んで以後。家での家事全般を受け持ってきたわ たしとしては、そんな絵空事よりも、明日どこのスーパーで特売があるかのほうが重要だっ たからだ。 だから、父さんがどんな研究をしているのかよく分かってない。 それでも一つ言えるのは、父さんが『空を飛べる』などと言い出す人ではないこと。 オカルトといっても、胡散臭いものではなく、考古学や民族学、宗教学の兼ね合いのよう な地に足のついた学問らしい。 「なるほど」 知枝は小さくうんうんと首を縦に振った。 「それで今日は携帯気にしっぱなしだったわけか」 「そそ」 知枝は少し考えた様子を見せた後。 「じゃあ、わたしもついてくよ。一人じゃ不安でしょ」 予想していた答だった。 だからこそ、わたしは微笑みを浮かべ知枝の頭に手を置いた。 わたしの固い癖っ毛と違って、知枝の髪はふっくらとしていてやわらかい。
「キミは塾あるでしょ。なら、そっち行かないと」 「でも」 上目遣いに見つめてくる知枝。その小動物的愛らしさに、なんでこの子彼氏いないんだろ うと真面目に悩みそうになりながらも、わたしは態度を崩さなかった。 「だーめ。別に、人知未踏の秘境に乗り込むわけじゃないんだからさ、一人でだいじょうぶ だって」 「……でも」 「心配してくれるのはありがたいよ、でもそれでキミが怒られたら、わたしがつらいよ。わ たしに嫌な思いさせたいの?」 まるで子供をあやしてるようだ。 一ヶ月しか歳の離れていない幼馴染なのに、妹のように思えてしまう。 わたしは後ろから知枝に抱きつくと。 「あんまりわがまま言うと、ちゅーするぜ」 冗談めかしてそういうと、知枝はくすっと笑った。 「うん、じゃあ、塾行ってくる。でも、なにかあってもなくても、連絡ちょうだいね」 「分かってるって」 放課後。 わたしはいつもなら、知枝が塾に行くまでの時間をいっしょに潰すため、近所の本屋に寄 ったりするのだが。今日は駅前で知枝と別れて、地下鉄に乗った。 父さんが勤めている大学は、家から地下鉄で駅三つ分離れているところにある。 大学を一人で訪れるのはこれが初めてかもしれない。 だって、用事もないのに親の仕事場にちょくちょく出向く理由なんてないし。 そういえば兄さんは、大学に入学する前から、よく父さんの研究室に遊びに行ってたっけ。 兄さん、今頃東京でなにやってるんだろ。 大学は駅から五分ほど歩いた場所にあった。着いた時には空が既に紫色に染まっていた、 あと一時間もせず真っ暗になりそうだ。 まず事務室に行って、父さんの研究室の場所を聞いた。 どうやら隅の方にあるらしい。 並木道に沿っていけば着くと言われたが、途中何度も曲がりくねってる道を見て、真っ直 ぐに林を突っ切る道を選択した。 門をくぐってから二〇分ほどで、父さんの研究室がある建物の前に着いた。 その景観は、わたしが考えていたものとは少し違っていた。 研究室というからには病院みたいな場所を想像していたのだが、そうは見えなかった。 やはりここには来たことがない、そう記憶が告げていた。 雑木林の中にひっそりと建つ、二階建ての建造物。 「なんか……」 言葉が口からついてでた。 二の句が出てこない、飲み込んでしまわないと不安に押し潰されそうな外観だった。 窓という窓に暗色のカーテンがかけられていて、内部が見えないようになっているし。一 階の窓にはそれに加えて、まるで台風でも来るかのように板が打ち付けられている。 外壁は所々崩れ落ち、コンクリートが露出していて、まるで廃墟のようだ。 それに加え、その建造物を囲う柵と門の存在に、不穏な印象を覚える。 鉄柵は上部が棘のような乗り越えにくい形になっていたし。なにより、鉄錆の浮いたその 見た目に、どうも不快なものを感じずにはいられなかった。 いや、そんなのはただの印象論だ。 怖いと思うから怖い、嫌だと思うから嫌になる。暗い夜道を歩いていた時、兄さんがそう 言っていた。実際、そうだと思う。 だって、確かに外観はぼろいかもしれないけれど。ここで父さんが働いているんだ。 鉄錆の浮いた門に手をかけ、ゆっくりと押したが、門は開かなかった。 「え?」 引くのかと思い、今度は思い切りよくひっぱったが、しかし―― 「えええ」 鍵でもかかっているのか門は一向に開かない。 しかし、年代ものに見えるこの門に鍵のようなものは見当たらない。 どういうことなんだろう? 押しても引いても開かない、錆のせいだろうか、だとしてもなんとかはいる方法を見つけ ないと。
乗り越えようかと思ったが、門にも上部に鈍い金属色の棘が生えていて、足が滑ってそれ が刺さるようなことがあったら……そう考えると、少し背筋が凍った。 乗り越えるのは他に方法が見つからなかった時ということにし、周囲を散策することに決 めた。 太陽は既に落ちてしまっていた。 薄暗い林の中、落ち葉を踏みしめながら歩くのはぞっとしなかったが。確保しやすいよう にか、手入れの問題にか、木々の間に一定の感覚があったおかげで、なにも視えないという ことはなかった。 それにしても、柵はきちんと並んでいて通り抜けられそうなところはなかった。 一度、少しだけ間隔が広い場所があって、そこを通ろうかとも考えたが。わたしは凹凸が ないこともない自らの体を見て、潜り抜け作戦を実行に移す気にはなれなかった。 だって、もし潜り抜けられず、お尻の辺りでひっかかって動けなくなったらと思うと。そ んな状態で発見されたら、恥ずかしくて町歩けなくなるし。 ……こういう時、ひっかかる理由が『胸』とかだったら、少しはマシかもしれないが。わ たしは自分の胸を見て、わずかに落胆した。 これが知枝なら、まさしく胸でひっかかったーってできるんだろうな。とか、そんなこと を考えながら歩いていると、建物の周囲を一周してしまいそうだった。 結果から言えば、入れそうな場所はどこにもなかった。いや強引に突破すればどこからで も入れそうではあるが、柵を乗り越えるか、潜るか、撤去するかのどれかを選ばなければな らなくなる。 乗り越えるのは運動音痴のわたしには無理っぽいし。 潜るのは失敗した場合のリスクが高い。 撤去するのは、……どうやって? 方法がない。鉄柵をえいやっと壊せるような怪力も道 具もないのだ。 もう一回事務室に行って鍵を開けてもらうよう頼もうか、そう考えている時だった ――わたしが彼女に出会ったのは。 ぐるりと一周回って門の前に戻ってくると、そこに一人の子供が倒れていた。 「へ?」 わたしは歩く足を少しだけ遅め、ゆっくりと近づいて行った。倒れている人間に駆け寄れ るほど、トラブルへの対処能力はない。 人が倒れている。 その姿がとても怖かった。 人が倒れてるなんて尋常じゃない。十中八九怪我してるか病気かどちらかだ、どちらかで なければ起き上がるはず。だから歩調を遅くした、そばに行くまでに立ち上がってくれるこ とを願って。 しかし、その子は一向に立ち上がる素振りすらみせず、ひくりとも動かない。 よく見ればその子が着ている服は、病院なんかで検査する時に着るような薄手の服を着て いるだけで、靴も履いていなかった。 なんなんだろうこの子。 大学病院から抜け出して来たのかな? でも、病院からここまで結構な距離があるし、その間こんな目立つ格好で歩いてたら誰か 気付くんじゃないか。 周囲を見回した。 他に声をかけてくれそうな人。他にこの問題に一緒にあたってくれる人。どちらでもいい からいないかと首を巡らせたが、しかし、誰もいなかった。 声をかけないと、声をかけたほうがいいよね。音が鳴りそうなほど強く唾を飲み込み、距 離を詰めていく。 いきなり起き上がって「わあっ!」ってされたら、心臓止まって死ぬ気がする。それくら い心臓がどくんどくんと早鐘を打っていた。――いや、そんなことされる理由なんてないけ ど。 わたしはとりあえず声をかけてみることにして、軽く息を吸った。 「……おーい」 反応はない。声が小さかったかなと、もう一度呼びかけた。 「おーい、キミキミ。ちょっとー」 へっぴり腰でおずおずと呼びかける姿は、どうも間が抜けてたけどしょうがない。 一向に起き上がってくれる様子がないまま、とうとう手が届く距離まで来てしまった。 身体を揺さぶったらまずいのかな? 外傷はないようだけれど、あんまり動かすのはダメ なのかな? でも、呼びかけたくらいじゃダメなんだから、肩叩くくらいしても大丈夫だよ ね?
さる
そう思ってわたしはその子へ手を伸ばし、触れようとした瞬間――逆にその手を掴まれて いた。 一瞬で頭が真っ白になった。 「――――っ!? ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」 ……気が付くと、地面にへたりこんでいた。 いつのまに手を伸ばしていたんだろう、気付かなかった。 でも、これではっきりした。この子はちゃんと動ける、ここに突っ伏して倒れていたのは きっと、そう、悪ふざけかなにかだ。 わたしはそんなことを考えながら、空いているもう片方の手で胸を押さえ、話しかけた。 その段階になってはじめて、倒れていた子が女の子なのかなと考えた。いやまあ、さっきま ではびびっていて、そんな心の余裕がなかっただけなのではあるが。 それに女の子だと思った理由も、髪が長いからってだけだけど。 「ねえねえ、こんなとこで寝っ転がってたら風邪ひいちゃうし。もう遅いんだから帰らない と、周りの人心配しちゃうよ」 家族が心配、と言わなかった。着ている服と場所的に考えて、この子は大学病院に入院し ている子なんだろうって思ったから。 そう話しかけると、ようやく少女はわたしの声に反応してくれた。 地面にくっついたままだった顔を離し、まるで小鹿が立ち上がるかのような様子で上体を 起こして、わたしのほうを見た。 大きな目だなとかそんなことを思った。 少女の瞳はまるで猫のようで、それこそ本当に縦長の瞳孔をしていた。 「ほら、送って行ってあげるからさ。ね?」 少女はわたしの言葉に大きな瞳を見開いたまま、かくんと首を振った。 「よし、じゃあ行こう行こう」 言いながらも、わたしは彼女をどこに送ったらいいんだろうなあと頭を巡らせていた。 ――それが、わたしと久遠の出会いだった。 *** その後、わたしは大学の事務室に行って、大学内で迷子がいないか確認してもらったがい ないと答えられ。 応対してくれた事務のおばさんに頼んで、警察にも確認してもらったが、迷子の届けは出 されていないといわれた。 それでも、近くの交番から制服姿の警官が二人ほど来てくれて。大学の事務室で、少女の 顔写真を撮ったり、発見した時の状況を聞かれたりした。 「身元が分かるような所持品はなし、と。……言葉を喋れないというのは困ったな」 頭をボールペンでポリポリ掻きながら、この大学に通っていてもおかしくない風貌の警官 が言った。 そう、少女は言葉が分からないようだった。 まず喋りかけてもぼんやりしているばかりで、なにか言葉を返すこともなく。筆談ならい けるかと紙とペンを渡しても、渡された格好のまま不思議そうにしているだけ。 その姿は、まるでなにかがすっぽりと抜け落ちてしまっているかのようだった。 わたしはてっきり少女を警官たちが引き取っていくものだと思っていたのだし、警官たち もそのつもりだったようだが、少女本人が予想外のリアクションを取った。 「――うん、こんなところかな。じゃあ、その子は私たちのほうで保護するから、キミは家 に帰ってもいいよ」 「あ、はい。――あの、できたらでいいんですけど。この子の親が見付かったら教えてもら えませんか」 「ああ、うん。親御さんも保護してくれた人に礼の一つでも言いたいだろうしね。それは確 約しておく」 「お願いします」 わたしは小さく頭を下げ、少女に別れを告げようとしたが。不意に引っ張られる感じがし て振り返ると、少女がわたしの服の端を掴んでこちらを見上げていた。 「ん? どうしたの?」 少女は無言のまま、しかし真っ直ぐにわたしを見つめる。 「えっと、お姉さんは帰るから、あとはこの人たちについていくんだよー」
そう言っても少女は一向に手を離してくれそうになかった。 それから三〇分ほどもかけて、少女を引き剥がそうと説得を試みたのが、少女はわたしか ら離れようとしてくれなかった。 そして最後には警察が折れてしまった。 「キミが迷惑でないのであれば――」 そんな前置きで言われたら断りようがない。 そういった経緯で、わたしは少女を預かることになった。とりあえず一晩、そういうつも りで。 父さんを探しに行ったはずなのに、連れ帰ってきたのは、どこの誰とも知れぬ少女。―― ああ、そういえば。なんであの時、父さんのこと警察に話さなかったんだろ。自分の抜けた 性格が嫌になる。 警官はいざという時の連絡先を渡して帰っていってしまった。 二人きりにされて、わたしはとりあえず少女の泥だらけの服をなんとかすることにした。 「ちょっと待っててね。ああそうだ、テレビ見てて待ってて」 そういってテレビをつけて、ソファに座らせるとわたしは自分の部屋に走った。 少女の体格は、丁度小学生の頃のわたしと同じくらい。でも妹がいるならまだしも、小学 校の頃の服なんて取っておいてないから。適当に小さめな服を見繕うことにした。 「よしっ」 スカートとTシャツを掴んで部屋に戻ろうとして、立ち止まった。 スカートは、だめだ。 ……というか、パンツとかスカートとか上下別なものにしたら致命的にダメな部分がある、 丈は大丈夫でも腰周りが違う、ぶかぶかになるよね。ならワンピースがいいかな? 箪笥の中を漁ること数分、ようやく彼女が着てもおかしい感じのしないワンピースがみつ かった。 しかし、こんなに服なかったっけか。もうちょっとあったような気がするんだけど。 まあ、Tシャツ着せてワンピース! っていうような事態にならなくてよかった。 というよりも、下着の替えが一番問題か。 明日帰るのならそのままでもいいけど、明日以降もいるのなら替えの下着買ってあげない となあ。 ――ん? 「いや、それはないか」 明日以降もいる状況は、彼女の親や保護者が出てこなかった場合だけ。その上で彼女を施 設に預けず、うちで引き取るということだ。 そんなことができるとは思わなかったし、なによりそれは最悪のパターンっていうものだ ろう。だって、親が見付からないってことだし。そんな悪いことは考えなくてもいいや。 わたしが服を掴んでリビングに戻ると、彼女はソファから降りてブラウン管テレビの前に ぺたんと座り、その猫のような瞳をらんらんと輝かせていた。 そんなに面白いのかな? 見ると、テレビでは子供向けのアニメをやっているようだった。 「お洋服持ってきたから着替えようねー」 呼びかけても彼女は反応せず。 わたしは名前を呼ぼうとして、彼女の名前を知らないことを思い出した。 「名前知らないって、結構不便ね」 「……くおん」 「なんて呼んだらいいん……え?」 「くおん。わたしのなまえ」 驚いて、開いた口が塞がらなかった。 「喋れたんだ」 そう訊くと、彼女は振り返ってこう答えたのであった。 「うん。喋れるようになった」 ――続く
前書きで書き忘れましたが。 話のメインタイトルは「久遠」 名前欄の「」内は話数とサブタイトルという感じです。 9レスで済んでよかった。 それでは、また
>>292 からの続きです。
今回も9レスほどいただきます。
翌朝、わたしは学校を休むことにした。 久遠を一人家においていくことはできないし、警察に渡したのは家の電話番号だけだった から、連絡がはいった時に家にいないといけない。 それに、もう一度大学に行ってみようと考えていた。 なにか、なんでもいいから、父さんがどこに消えたかについて分かることがあるかもしれ ないし。 まあ久遠に服を買ってあげるついでのようなものだ。 流石にぶかぶかのワンピース着させ続けているのはかわいそうだし。 ――ということを、学校へ行くのに迎えに来た知枝に説明すると、知枝はまるで遊園地で ジェットコースターをみつけた子供のような顔をして言った。 「ついてく!」 ある程度予想できた言葉だった。 知枝の性格は、わたしのそれよりも分かりやすい。 面白そうなこと、楽しそうなことがあったら飛びつく。わたしみたいに楽しいことの裏に なにかあるんじゃないかと勘ぐることはしない。 それが彼女の美点なのかも知れないが。 「ついてってあげるよ、一人だと心もとないでしょ、だからさ、ついっててあげる」 強引過ぎるきらいもあって、たまに困ってしまう。 「いやいいよ別に……」 果たしてわたしの言葉は知枝に届いたんだろうか? 知枝は言いたいことだけ言うと、靴を脱ぎ捨て、リビングへと突撃していた。 ドタドタ走っていく足音が止まったかと思うと「キャー」と悲鳴があがった。 「おおう?」 「なになに、この子が久遠ちゃん? やーん、なにこれかわいいー。ちっちゃいよー」 「かっ、かなたぁっ、助け――ふぁっ」 背後から聞こえてくる騒音に、わたしは額に手を当て、大きくため息をはいた。 「まったく」 そう言いながらも、自分の口が笑っていることに気付いていた。 *** 「まったく」 家を出ると、まずわたしはそういって知枝を睨みつけた。 「朝ご飯まで食べるなんて、どういう神経してるっていうか太るよ、キミ」 「気にしない気にしない、栄養は全部おっぱいにいくからー」 陽気にいう知枝を絞め殺したくなった。 いったいどういう身体の構造してたら、栄養が胸にまわるっていうんだ、普通お腹とかふ とももとか二の腕からじゃないのか。 知枝になにか言い返そうとしたが。 「きにしなーい、きにしなーい」 久遠が歌うように言った。 知枝はにこにこと笑いながら久遠の様子を見つめている。 「ねー?」 「ねー」 なんというかこの二人、精神年齢が近いのかもしれない。なんとなくそう思った。 「それで、まずはどこ行くの?」 知枝が訊いた。 「うーん、とね。とりあえず駅前のスーパーに行こうかな、あそこのスーパー二階で服と靴 売ってるから。とりあえず久遠の着てるものなんとかしないとさ」 「だねぇ」 久遠が今着ているのは、昨日わたしが渡したワンピースにサンダル履き、どちらもぶかぶ かだ。 そのぶかぶかな靴も楽しむように、ふらふら踊りながら歩いているが。あれは流石に履き 続けていたら足を痛めてしまう。 いつまでうちにいるかは分からないけれど、外出の際のことを考えると、靴と下着くらい はなんとかしてあげないといけない。 「……下着、か」
「ん? どうしたの、彼方」 履きなれないサンダルで踊り歩く久遠。 着ているワンピースの裾が膝のちょっと下まで隠しているからいいけど、あれがもうちょ っと裾が短いか、強風でもふいたら見えてしまうんじゃないかと、どうにもハラハラしてし まう。――いや、これがパンツが見えるとかなら構わないんだけど。 「久遠、真っ直ぐ歩きなさい! 危ないから!」 「はーい」 久遠は元気な声を返してくれたが、踊り続けている。 「もう、人の話ちゃんと聞きなさいって」 見える見えないの問題以前に、あんな歩き方をしてたら転んでしまうかもしれないし、車 道に飛び出したら大変だ。 なんとかして止めさせないと、手を繋いだら少しはおとなしくなるかな。 わたしが頭を悩ませてると、知枝がふふっと短い笑いをこぼした。 「……なによ」 「べっつにー」 知枝は手で口元を隠したが、それでも堪えきれないというように笑みをふきこぼして、自 白した。 「だってさ、なんか彼方お母さんみたいで、おかしくて」 なにを言うかと思ったらそんなことか。 「やめてよね。ただでさえうちにはおっきな子供がいるんだから」 「おじさんのこと?」 「うん、父さんあの歳で家事全然できないのよ。わたしが家出たらどうするんだか」 くたびれたスーツを着た父さんの姿を思い出し、小さくため息を吐いてしまった。 子供の頃は結構格好よかったような気がしたんだが、わたしが小学生の頃に母さんが死ん で以来、落ちぶれてしまったような気がする。 母さんが死んでショックだったのは分かるんだけど、今の父さんは一緒に暮らしている身 としては、ちょっとかわいそうに見えてしまう。 朝大学へ出勤して、夕方帰ってきて、ご飯食べたら寝るまで書斎に篭り切り。 わたしが兄さんのように上京したり、そうでなくても結婚とかで家でていくことになった らどうする気なんだろうか。 「そういえば、お父さんまだ帰ってきてないの?」 知枝に聞かれ、父さんへの心配でいっぱいになりそうだったのを振り切って、頷いた。 「これで六日目。まったくあの人はどこふらついてるんだか」 「……心配?」 「なに言ってんの。あの人だって大人なのよ、っていうかわたしの親なのよ、子供が心配す るようなことだけはしないはず。今回だって、ただ単に連絡忘れてるだけよ」 できるだけ、呆れているといった様子で言った。全然心配なんかしていない、いやーねー、 まったくもうってな感じに。不安がってる顔を知枝に見られたくないし、なにより 『不安です』って顔してたら、余計不安になってしまう。 「そっか」 華のような笑顔で知枝は頷いた。 なんかその笑みが『彼方の心の中なんて、言われなくても分かってます』って言っている ようで、ちょっとだけむかついた。 けどまあ、知枝に心配されているようじゃあ、わたしはまだまだだ。 「なに? 心配だって言った方がよかった?」 「ううん――それより」 「うん?」 知枝は自らの胸元――イラストが伸びきってるTシャツ――を指差して、困った様子で言 った。 「彼方の服ってちっちゃいよね」 「……あ?」 「これってサイズいくつ? 初めて着たけど、んっ、なんか苦しくない? 彼方のほうは、 なんかゆったりしてるけど」 「…………」 ……ケンカを、売られている。 おそらく、知枝なりにわたしの気分を明るくしようとしてくれているのだろう。 ――それは解かる。 しかしだ、なにも貧富の差についておちょくらなくていいだろう。 胸の貧富の差について。 望んで貧乏に産まれるものがいないように、誰が望んでこんな、こんな、こんな――
「きゃッ」 わたしが知枝の存在をこの世界から抹消しようかと考えている時だった。 短い悲鳴が上がった。 「久遠?」 慌てて視線を前方に向けると、久遠がアスファルトの上にうつ伏せで倒れていた。 「だから転ぶからやめなさいって――あ」 「あ」 わたしと知枝の声が重なった。 一陣の風がふき、ふわりと布がめくれた。 わたしも知枝もしばらくそれを見ていた、沈黙を破ったのは知枝だった。 「……なんで、はいてないの?」 知枝に、わたしは額に手をあて「だって」と答えてやった。 「子供用のなんてなかったし、それに女同士でも使用済みなんていやでしょ」 「……そうかもしれないけど」 久遠は「いてて」と呻き声を上げながらゆっくりと身体を起こすと、座ったままの体勢で 振り返り。 「転んじゃった」 無邪気な笑顔でそう言った。 「……いいから、股閉じなさい」 ほんと、どんな育ち方したんだか。 *** 「下着、靴下、靴、鞄……服は本当にそのままでいいの?」 「うんっ」 「でもさ、そんなぼろいのより」 「これ、かなたのなんでしょ? だったらわたしこれがいい!」 久遠は無邪気に笑ってそう言った。 買い物を一通り終えると、大学へ行く前に一旦スーパーの地下にあるファーストフードシ ョップで休憩することにした。 久遠の服飾類は買った後、トイレで着せてやった。試着室を使いたかったけれど、流石に 買って直ぐ試着室で着ていくのも、なんだか変な目でみられそうでいやだった。 知枝は気にすることないと言ってくれたが。 高校生二人に小学生一人の三人が、平日の昼間スーパーでそんな行動とってたら怪しまれ る――というか、レジのおばちゃんにも「今日は学校お休みなの?」と訊かれて、一瞬答え あぐねたのは失敗だった。 でも、そのまま答えてもウソっぽいんだよなあ。 迷子を預かっているんですが、その子の親が見付かってないか調べるのと一緒に、わたし の父が行方不明になってるんで、てがかりがないか調べに行くんです。 ……ウソではないんだけどなあ。 でも、預かるにしても高校生、まだ世間的には子供なわたしたちがなんで? ってことに なるし。久遠が記憶喪失なのも――。 そう、久遠には記憶がない。 『お家の場所とか、電話番号とか、せめて苗字くらい思い出せないの?』 言葉が喋れると分かったあと、わたしは何度か久遠にそう訊いたのだが。 久遠は決まって。 『家? どこにあるんだろう?』 『電話? あるかなあ……』 『苗字? わたしはくおんだよかなた。くおんて名前』 大体こんな感じのことを答える。 これが訊くたび毎回全然違うことを言ったり、毎回全く同じことを言うのならウソだと言 えるんだけど。 久遠にそんな素振りはない。 「『久遠』て名前しか分からないのがなあ」 わたしは言いながら、備え付けのペーパータオルに『久遠』と書くと、その横に困った顔 の女の子を書いた。 久遠はそれを覗き込み。 「ねえ、かなた。これってなんて書いてるの?」
「ん?」 ああ、難しい漢字は分からないか。ていっても、久しいも遠いも難しくはないけどね。 「くおんて読むの。久遠の名前ってこの字でしょ?」 「え?」 あれ? 違ったかな? 顔を上げると、久遠はぽかんと口を開けてわたしを見ていた。 「違うの?」 どんな漢字をあてるのかまで聞いてなかったから、思い込みでそう考えていたが違ったの だろうか。 確かに九音とか玖恩とか字の当てようは他にもあるし。 「ねえ、これってどういう意味?」 久遠は不意に違うことを言った。 「へ?」 「こういう言葉って、組み合わせで意味あるんだよね? これにも意味ってあるの?」 「あ、うん。これはね、永久とか不滅とかって――言っても分からないか」 わたしはうーんと首を捻り、考えた。 こうして考えてみると、自分が当然のように使っている言葉を、その言葉を知らない人へ 伝えるのは難しい。 わたしが考えている間、久遠はわたしが書いた字を指でなぞっていた。 ――うーんとね、それは―― 「ずっと、……ずっとなくならないって意味だよ。って……あれ?」 随分昔に、わたしが誰かに同じことを訊いたような気がした。ぽろっと出た言葉は、おそ らくその誰かの言葉なんだろうけど。それが誰だったか思い出せなくて、すこしモヤモヤし たのだが。 「なくならないって意味かぁ……久遠」 嬉しそうに繰り返す久遠を見ていると、そんなことは些細なことに思えた。 と、そこへ。 「たっだいまー」 小さい子用のおもちゃ付きのセットをトレーにのっけて知枝が戻ってきた。 「あれ? いつの間にかいなくなってると思ったら」 「へへー」 知枝は自らの無駄に大きい胸を指差し。 「やっぱきついから、服買ってきちゃったよ」 「……ああ、そう」 心底訊かなきゃよかったと思った。 わたしは飲みかけだったコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がり。 「休憩は終り! 用事はとっとと済ませましょ」 「え、でも、今食べ始めるとこだし……」 「人ン家でご飯食べておきながら、まだ食べるのか、キミは」 「えへへ、成長期だし」 まだ胸が大きくなると言われているようで、あやうく蹴り飛ばしそうになったが、なんと か堪えた。 「大学行って、警察行って、やること一杯あるんだから。分かってる?」 「ほうら、久遠ちゃーん。フライドポテトだよー、おいしいよー」 「って、聞けよ!」 「え! 美味しいの?」 「久遠も釣られない!」 結局、食べたことがないっていう久遠にハンバーガーとかフライドポテトとかシェイクと か一通り食べさせながら談笑していると、気づいた時には時計の針は十二時を指していた。 ……まったく、もう。 ***
本当は午前中に大学に行って、お昼は大学の学食で済ませて、それから警察に行くつもり だったのに。気付くと大学の最寄の駅で降りた段階で、お昼過ぎてるし。知枝を連れてきた のは間違いだったかもしれない。 わたしの気持ちを知ってか知らずか、知枝はほわほわとした笑みを浮かべている。 「そういえば、彼方のお父さんの研究室に行くの始めてかも」 「わたしもなんだよね」 「あれ? 昨日行ったんじゃないの?」 「昨日は門が閉じてて入れなくてさ、それにこの子が倒れてるのみつけちゃったし」 知枝は「なるほど」と頷き、わたしたちの間に立つ久遠を見た。 先程みたいに一人で歩いていると、また踊りだしそうだったから、手を繋いで歩くことに したら、どうやら久遠はそれで満足したようで。にこにこ笑いながら、わたしと知枝の手を ブンブン振り回してる。 最初久遠に会った時には無口な子だと思ったけど、時間が経つにつれてそうでないと分か った。 おそらく、最初の頃は怯えていたんだろう。 久遠がどういう経緯であそこにいたのかは、わたしには分からないけれど。普通じゃない ことくらいは分かる。 病院服着た裸足の小さな女の子が、大学校内の森の中で倒れている。 推測でしかないが、きっと尋常ではないことがあったんだろう。 わたしは、わたしの手を強く握る小さな手を意識した。 「久遠、お母さん見付かるといいね」 そんな言葉が口を突いて出た。 なにも考えないでいった言葉だったけど、でも、確かにそうだと思った。 久遠の年齢を考えると、わたしみたいな見ず知らずの他人の家にいるより、家族と一緒に いたほうがいい。 うん、そうだ。絶対そうだ。 わたしの家族は、わたしが小さいころに母さんが死んで、それで父さんが家を顧みなくな って、その上兄さんも家を出てしまってて……家族での団らんなんて記憶にない。 あるのは父兄参観の時とか、家庭訪問の時に寂しいと思った記憶ばかりだ。 やっぱり、家族と一緒にいるほうがいいよね。 そう思い久遠を見たが、大きな瞳はきょとんと見開かれていた。 「え? おかあさん?」 「うん。久遠のお母さん」 久遠は不思議そうにわたしを見ていたが、しばらくすると「う、うん」と不思議そうな顔 のまま頷いた。 あれ、なんだろ、変なこと言ったかな。 しばらく歩くと大学の事務室についた。 「あ、すいません」 入った所で丁度よく昨日会った事務のおばさんと出くわした。 おばさんはわたしを見ると、「あ」と口を開け、指差した。 「こんにちは。あの、この子のことでなにか分かったこととかって」 「あ、ちょっとアナタ」 わたしの言葉を遮っておばさんは言った。 「柊教授の娘さんだったわよね?」 「え、はい、そうです。そうですけど」 「落ち着いて聞くのよ、いい?」 ――嫌な、予感がした。 おばさんはとても深刻な顔で、わたしの両肩を掴み。 「柊教授見つかって、でも今入院してるわ。意識がないみたい」 「は?」 ***
夕焼けに染まる病室の中、誰かがすすり泣く声だけが聞こえる その声はわたしによく似ていた。 わたしは父さんが寝ているベッドの横に、丸い小さな椅子を置き、ただじっと父さんを見 つめていた。 父さんが発見されたのは、わたしたちがのんきに久遠の衣服を買っていた頃だという。 父さんは久遠と同じように、研究室の傍で倒れていたらしい。 ボロボロの白衣を着て、まるで戦場にでも行っていたような姿だったと、誰かが教えてく れた。 色々な人と話したような気がするけど、頭が混乱してて、なんか今にもパンクしちゃいそ うだ。 先生か看護婦さんの話によると、父さんはどうやら餓死寸前だったようで、目が覚めない のはそれが原因じゃないかと話していた。 ――餓死? なんでこんな都会で、まともな職についてる人がそんな状態にならなければならないのだ。 五日も六日も家を空けておいて、それでこんな状態で戻ってくるなんて。 「…………なんで」 父さんはとても安らかな顔で眠っている。 その顔はとても幸せそうで、わたしと父さんの二人暮しになってから、こんな穏かな父さ んの顔なんて、初めてだ。 どんな夢をみているんだろう。 母さんとの夢かな? 父さん、母さんのことすっごい好きだし。きっと母さんの夢だよね。 「……なんで」 父さんが研究に打ち込むようになったかは分かっている。理解しているつもりだ。 母さんが死んでから、父さんは研究に没頭し始めた。 いや。 母さんが死んだから、父さんは研究に没頭し始めた。 好きだったのは分かる、父さんが母さんのこと愛していたのは分かってる。 でも母さんは死んだんだよ、父さん。もういないんだ。そのことから逃げるように研究に 打ち込むのはいいよ、かまわないよ、それが生きがいになったっていうならそれはそれでか まわないけど。 でも。 なんで、生きてるわたしを悲しませるようなことになってるのよ。 餓死なんて、ちゃんと家に帰ってきてご飯食べないからダメなんだよ。研究が楽しいかも しれないけど、ちゃんとご飯食べないと、死んじゃうよ。 死んじゃったら、もうなにもできないんだよ。 それとも、死ぬ気だったの――、 「彼方」 背中に、なにかが触れた。 それは背中からわたしのことをゆるやかに抱擁して、穏かな声で言った。 「おじさん死んだわけじゃないんだから泣かないの。ちゃんと帰ってきたじゃない」 知枝。 「……泣いてない」 「そっか」 知枝はわたしの肩の上にあごを乗せてきた。 「いつ戻ってきたの?」 父さんがいる病室に案内されたあと、わたしは医者から父さんの状態に付いて説明を受け、 次に警察から父さんについていくつか質問された。 それが終って、お腹が空いたという二人を食堂に送り出し。病室にはわたしと寝たきりの 父さんだけだと思っていた。 だから、すこし、油断した。 「ついさっき」 「……そう」 別に、泣いていたところを見られたのが悔しいとは言わない。だって知枝にはこれまで何 度となく泣いたところを見せてきたんだから、今更だ。 母さんが死んだとき、初恋が成就しなかったとき、小学校の卒業式のとき、兄さんが家を 出ていった時、中学校の卒業式の時――常に知枝が傍にいてくれた。これだけじゃない、わ たしが辛い時、悲しい時、知枝はいつも近くにいてくれた。 だから、今更弱いところをみられてもどうということはない。 「久遠は?」
近くに、あの小さいけど元気な女の子の影がないことに気がついて、そう訊くと。知枝は くすっと笑った。 「学食に連れて行ったらね」 「うん?」 「おばちゃんたちに大人気でさ、相手してもらってる」 「ははっ」 わたしは軽く笑うと、袖で目元の涙をぐいっと拭った。 「あー、くそ。なんで泣いちゃったんだろ」 「さあ」 知枝も笑みを含めた声で応えてくれた。 それがなんか嬉しかった。 「まあいいや」 理由なんて分かってる。 変に暗いこと考えたのがダメだった。 父さんが今どんな考えで生きてるとか、父さんがなんで餓死しそうになったかとか、今わ たしが考えてもしょうがないことじゃないか。 父さんはまだ生きてるんだし、わたしだって生きてる、父さんが目覚めたら聞けばいい。 なんで帰ってこなかったのか。 なんでちゃんとご飯を食べてなかったのか。 生きてるんだから、向き合える。 そう、だからわたしは泣いたんだ。父さんがちゃんと生きていたってことが嬉しくて、だ からわたしは泣いたんだ。 そうと決め付けたら、頭がすっきりしたような気がする。 色々やらないといけないことはあるし、うじうじ心配してる暇はない。さて取り合えず―― 「……ところで」 「ふみ?」 わたしは知枝の手首を掴むと、口元を吊り上げ笑った。 「なにをしているのかなぁ? キミは」 「なにって、彼方のおっぱいが少しでも大きくなるよう揉んであげてたんだけど」 「ほぉう?」 言いながら、少しずつ少しずつ手首を掴む手に力を込めていく。 「――っ!? 彼方、痛いよ?!」 「そりゃそうよ、痛くしてるんだから」 わたしは歯を食いしばったまま笑うという高等技術を披露しながら、知枝の手をねじ切る くらいの力でどんどん締めていく。 「え、ちょ、謝るから。揉みながら、『つくづく小さいなあ、っていうかないよなあ』とか 思ってたことも謝るから、もうやめてっ」 「……死なす」 「ちょおっ」 それから十分ほどの乱闘の末、見回りに来た看護婦さんに発見されて、ようやくわたしは 矛を収めた。 知枝を床に押し倒して組み伏してる姿を見られたのは、ほんと、失態だった。 ***
病院で付き添っていてもできることはないので、わたしと久遠は塾へ行く知枝を駅まで見 送ると、スーパーマーケットに寄ってから帰ることにした。 わたしたち――久遠は今日もうちに泊まることとなった。 大学病院とその周辺の病院で、入院患者が抜け出していないか調べてもらったが、そのよ うなことはどの病院でも起きておらず。また、警察のほうにも届けがないらしい。 それに、 「久遠、ほんとにどこから来たかも分からないの?」 「うん、そうだよ。かなた」 久遠は自分がどこから来たのか、いやそれ以前に、名前以外のことを答えられないのだか ら、それ以上の追求のしようがない。 警察や大学の人たちは、久遠のことを記憶喪失だと言っていた。 かろうじて自分の名前を憶えているだけで、他は憶えていない。 確かに記憶喪失のように思える。 でも、わたしは違うんじゃないかと考えていた。 久遠は本当に、名前以外のことを知らないんじゃないか、って。 「ん? どうしたのかなた」 久遠の大きな猫のような瞳がわたしを見つめていた。 どうやらわたしはいつの間にか立ち止まってしまっていたようだった。 「あ、ううん。なんでもない」 歩き出すと、わたしは再度思考の海に潜ってしまっていた。 人と話したい気分じゃなかった。というより、頭の中がごちゃごちゃしていて、それをま とめようとしているのか、勝手に頭が回っているような感じ。 普段なら考えないようなことばかりを、考えてしまっている。 わたしは軽く頭を振ったが、なかなか、まとわりついていて離れてくれない。 父さんは、なんで餓死寸前までなにも食べなかったんだろう、いや、食べることができな かったんだろう。 研究に熱中してたから? それとも誰かに捕まえられてた? 誰かって誰? 父さんはただの大学教授でしかない、そんな人が監禁される理由ってあるの? わからない。 「かなた?」 わからないといえば、久遠はなんでなにも分からないんだろう。おかしくないか。だって 最初服の着方も、トイレの仕方も分かってなかった。記憶喪失になったらそんなことまで忘 れちゃうものなの? それともウソをついているだけ? 家出してて、帰りたくないから、だからなにも分からないって――いや、だとしたらおか しいか。たとえ同姓でも、おしっこ漏らすとこ見られたいわけがない。それも演技だとした ら、久遠はどうしてそうまで家出し続けようとしてる? 帰りたくないにしても、そう、久遠の両親とか保護者が気付いてないわけない。警察に届 けだしてるはず。 それがないってことは、久遠には捜索届けを出してくれる人がいないってことか。 それってどういうことなんだろう。 いないのか、捜索届け出してないだけか。出してないって、そんなことってあるの。自分 の子供がいなくなって、探そうともしないとかないよね。 嫌な考えばかり頭によぎる。 「かなたっ」 「……え?」 久遠の声で現実に引き戻された。 「どうしたの、かなた。さっきからおかしいよ、ずっと黙っちゃってて」 「あ、うん。ごめん」 こんな小さい子に心配かけるとは、わたしは最低だ。 なんとか笑おうとしたが、どうも苦笑いにしかならなかった。 「ちょっと考えごとしてた」 「かんがえごと?」 わたしは頷くと、公園があるのを見つけ、そこで休むことを提案した。
久遠が滑り台の坂を登ろうと必死になっているのを見ながら、わたしは缶コーヒー片手に 一息ついた。 「……うぇ、まず」 いつも飲んでるやつがなかったから、適当に買った缶コーヒーは、どうも泥水のような味 しかしなかった。 こういうのでもホットだと意外と飲めるんだけど、アイスだと飲むだけでも苦行に近い。 しかし、どうしたものだろう。 考えることが多すぎる。 頭が働きすぎてる。 父さんのこと、久遠のこと、おおまかに分けるとたった二つのことなのに。その悩みの重 量は凄まじく大きかった。 クソまずい缶コーヒーを笑顔で嚥下するほうが楽だ。 とりあえず、父さんのことは父さんが目覚めてからでいいかな。ていうか、父さんが目覚 めないとわたしにはなにも分からないし。 父さんが起きたら色々言おう。 餓死するまで研究するなとか、ちゃんと家と連絡取れるようにしておきなさいとか、たま には家族サービスしなさいとか。 まあ、色々だ。 父さんが目覚めるには一日二日、もしかしたらそれ以上の期間が必要かも知れないと病院 の先生が言っていた。なんでも、死にそうだった身体を休めるためには、それだけの時間の 休養が必要で、身体のほうでセーフティが作動して眠ったままだとかなんとか。 それまで父さんのことは置いておこう。 当面の問題は、 「久遠、か」 久遠はどこから来たんだろう。 どこに帰したらいいんだろう。 久遠の引き取り手が見つからなかったら、施設に入れられるんだろうか、それとも里親で も見つけるんだろうか。 里親――うちで久遠のこと引き取ったらダメなのかな。 「あー、かなたなんか飲んでるー。一人だけずるーい」 滑り出いを登りきった久遠がわたしを指差してそういった。 「ごめん、喉渇いたからさ。久遠もなんか飲む?」 「いいの」 「いいよー」 わたしがそういうと、久遠は尻尾がはえてたらぶんぶん振っていそうなくらい嬉しそうに 走ってきた。 懐から財布を出すと、そこから一二〇円取り。 「自販機の買い方分かる?」 「じはんき?」 久遠は首を横に傾げた。 これは分からないのか。久遠が分かることと分からないことの境界線が、地味に分かりに くい。 「じゃあ、教えてあげる。ついてきて」 「はーい」 公園内にある自販機の前で買い方を教えると、久遠は直ぐに理解して買えるようにはなっ たが。一番下の列以外は背が足りなくて買えそうになかった。 「かなた、届かないよ」 「あー、はいはい。抱っこしてあげる」 わたしでも抱き上げれるくらい軽い久遠。 なんか昔こんなことあったな、あの時はわたしが抱き上げられる側だったけど。 そういえば兄さんに連絡入れるの忘れてた。まあ、後でいいかな。 「ねえかなた、どれがおいしいと思う?」 「決まってなかったのか……」 ――続く
保守
保守
保守
保守
308 :
名無しさん@ピンキー :2009/05/22(金) 19:09:48 ID:UjRmcMIs
あ
保守
保守
ほ
ホシュ
313 :
名無しさん@ピンキー :2009/07/01(水) 05:19:42 ID:bpmx+aUa
保守
中間を充分な長さに出来ず、バランス悪い話になったが置いとく 脱走癖の少女ってテーマで書きたかったのに、何でこうなるんだろ
「どうしたんですか八百屋さん」 「あ、倉橋の旦那。聞いて下さいよ、またですよレモン泥棒」 「あらあ、一週間前もだそうですね」 「そうよこれで二回目だ。今回も朝の仕入れの際に、箱ごとピャーっと持って行きやがった。全く、何てったってレモンなんだよ?」 「犯人は見ましたか?」 「いいや、目を離した隙に。で、慌てて通りに出てみても、姿形もありゃしねぇ」 「大変ですね……あ、すいません。スモモ一箱と、デラウェア二房下さい」 「”強奪! レモン泥棒”か。今度の文通ネタにしてみるか」 そう言って、買って来たばかりのスモモを齧りながら、手紙を認める。 彼の名は、倉橋百朗。若くして親から引き継いだマンションの大家・管理人をやっている。 百朗はすらすらと文を書き綴ると、それを簡単に見直す。 「……よし。じゃあ行くか」 文通相手は恩師の先生で、年若く落ち着いた雰囲気のある女性。 大人の恋とはどんなものかしら? 考えた結果、文通という古風なやり取りが定着した。 種を捨てると、百朗は再び家を出た。 郵便ポストは家から少し歩いた、文具屋の前にある。 そこまで足を伸ばすのに、必ず通るのが草が生えっ放しの空き地。 「ん?」 百朗はふと、空き地の中から変な匂いが漂ってくるのを感じた。 「……レモンの香りだ」 目の前が空き地でなければ風流なのだが、百朗は興味が湧いた。 外から少し背伸びをして覗き込む。古惚けた小さな屋敷があるのだが、人が住んでいるようには見えない。 「?」 するとがさりと音がして、草むらから少女が出て来た。 百朗はその姿を見て、口の中に唾が溢れるのを感じた。 レモンを手に持っている。それも皮のまま、齧りあとがある。 「…丸齧りか」 「私の黄色い心を奪った、あなたはそう、レモン泥棒。酸っぱいのをお構いなしに齧って行ったの♪」 少女は簡単にメロディに乗せながら歌い、笑った。 「まるでみみずくず…あの、君は?」 「ねー、レモン食べる? いっぱいあるよ?」 そう言って、ずいと近付く少女。目の前に差し出されたレモンが、強く香る。 「レモンはいらないけど…それ君の?」 「私の。そうだ、ねーお家貸して?」 たじろぐ百朗に対し、少女は尚も接近する。とても人懐っこいようだ。 「何で?」 「クッキーを焼くの。レモンの香りのするクッキー。フランケンシュタインもきっと喜ぶわ」 話が飛躍し過ぎて、百朗の理解が全く追いつかない。 「君の名前は?」 「津曲菘。競艇場の”つ”に舞曲の”きょく”、”すずな”は草冠に松竹梅の松」 丁寧な説明に恐れ入る百朗。 「津曲って、確かウチのマンションの……」 聞き覚えがあった。入居者に津曲安芸子、という子連れの女性がいた。 人のことに深入りはするべきでないが、百朗には印象に残っている。 彼女は、以前演技派女優として一世を風靡した、ちょっとした有名人なのである。 結婚後引退、そして一年半後、離婚したという噂が流れてそれっきり――が、こんな所で。 女優時代のキリッとした美しさは残るも、やつれて口数少ない。しかし、連れ子には厳しそうな印象を受けていた。 何かあったのでは――と思わざるを得ない百朗だった。
「自分のお家に帰らないの?」 「ここが私のお家」 「(これって、占有じゃないか……)」 いくら手入れが為されず放置された空き家と言っても、このままではいけない。 「ねーねー、クッキー焼こうよクッキー。おじさんにもあげるから」 「おじさんは酷いな」 このまま連れ帰るのはさすがにまずいと、百朗は一応、母親に連絡をすることにした。 「とりあえず、待っていてね。用事を済ませてくるから」 手紙をポストに放り込んだ後、電話ボックスに入る。 そして住所を調べて、そこにかける。 るるるるるる――がちゃ。 「……もしもし、どちら様でしょうか?」 「ジルコニア管理人の倉橋です。津曲安芸子さん、でしょうか?」 「はい」 「お宅のお子さんがですね、近くの空き家で遊ばれているようで」 すると、声のトーンが一変する。 「本当ですか! ああ、どうもありがとうございます。昨日から姿が見えなかったもので」 「…失礼ですが、警察に通報はされなかったのですか?」 がちゃり。つー、つー、つー。 「(何だか、感じ悪いな)」 仕方なく受話器を置き、空き地に戻った。 そして百朗の目の前に予期せぬ光景が広がる。 菘が段ボール箱を敷地に並べ、バリケードのようなものを作っている。 「どうしたの?」 どれもスーパーが無料で配っているようなものだが、その中に見慣れた名前の入った箱がある。 レモン――間違いなく、八百屋から盗んできた物だった。 「ねえ、レモン…本当に、君のなの?」 「違うの?」 「はぐらかさないで。勝手に持って行っちゃダメじゃないか」 そう言うと、不満気に頬を膨らます菘。 菘はいきなり百朗の手を掴み、バリケードの中へと引き込んだ。 「ちょっと、何?」 無言で草むらの中、手を引いて進む菘。百朗も振り放す訳にいかず、仕方なくその後を付いて行く。 すぐに小さな玄関へと辿り着いた。表札は藤鳴――となっている。 「待ってて。まだ篭城戦の準備中」 そう言って、再び草むらの中に入って行く菘。一人その場に残された百朗。 唸り声。何だろうと思いながらも、特定出来ない。 「困ったな…」 少しして、また菘が戻って来た。 「おかーさんが来た! 中に入って。捕まっちゃう捕まっちゃう」 「遊びに付き合うのは御免だよ。それに、何ごっこなのこれ」 「いーから早く」 がらっ、ぴしゃんっ。 「ふうーっ!」 「い、犬?」 「大人しくしててね、フランケンシュタイン」 黒犬だった。右目が潰れていて、残るもう一方の眼光は鋭い。 菘には懐いているようだが、迫力があった。少なくとも名前負けはしていない、と百朗は感じる。
六畳程度の部屋。それがこの屋敷の全容である。 「(離れか何かだったのかな?)」 布団が敷いてある。周囲の時間が止まったような状況の割に、これだけは妙に小奇麗だった。 「これじゃ俺が疑われるだけだよ…」 「こういう時は、色仕掛けで切り抜けるんだって。さー、寝よ?」 空いた口が塞がらない百朗。 「で、お布団に入った後どうすれば良いかはよく分かんないから、後はよろしくね。見つかっちゃったら私が上手く誤魔化すけど」 正午も過ぎからとんでもない出来事に出くわしてしまった百朗だった。 「菘っ!」 戸が開いて、安芸子が中に入って来た。 「うあうっ!」 黒犬が、噛み付きこそしないものの、目の前に立ち塞がる。 その後で、ただ座ったままの百朗と、菘。 「よしなさい。……すいません、こんな状態です」 百朗なりの誤魔化し方を考えた結果、とりあえずこうなった。 「菘、一体どういうことなの!?」 「おかーさん……」 顔を見ると意気消沈したのか、菘はすっかり大人しくなった。 百朗は黒犬と共に外に出て、二人を待つことにした。 「……」 黒犬も空気を読んでか、大人しい。百朗の隣で、ぺたんと座った。 「…ウチんとこじゃ、お前は飼えないよなあ」 「ばう」 切なくなった百朗は、黒犬の頭を撫でた。 「くぅーん」 簾に風鈴の鳴る窓際。ノースリーブのゆったりとした格好で、女性は便箋の束を見た。 「あら、また倉橋くんからだわ」 女性は口元を緩ませる。そして封を切り、中の手紙を手に取って開く。 「えーと、”月川先生、先日のレモン泥棒の件、解決しました”」 そして、数枚に渡る文章を女性はゆっくりと読んで行く。 時折笑ったり、驚いたり。そして、最後の挨拶まで、じっくりと目を通し終えた。 「……ふう」 満足気な表情で、女性は机に手紙を置く。そして、自分の手紙と便箋を取り出すのだった。 「こんにちは」 マンションの掃除をしている百朗は、その声に振り向く。と、そこには安芸子が立っていた。 「あ、こんにちは」 「先日はどうも…菘がご迷惑を」 「いいえ。俺はそれよりも、何故あなたが……」 表情を暗くする安芸子。百朗は肩を竦める。 「とりあえず、犬は知り合いに引き取ってもらうことにしました。カフェ・ハイドの店長、吉田です。店に行けば、いつでも会える――と」 「ありがとうございます。…あの子、多感な時期で何を考えているかよく分からなくて…犬のことも」 ベンチに二人で座り、話を続ける。 「たった一人の家族だから、なるべく私の目の届く所に、って。それでお友だちとも遊ばせず、寂しかったんだと思います」 「あなたも、失礼ですが…気を病んでいる風に見えました」 安芸子は頷く。 「夫と別れて、それで荒んで……菘が犬を欲しがったのも、多分そんなことからだと」 「でもこれからは、上手くやっていける――何かあったら、俺も出来る限り力になります」 無言のまま、安芸子は頭を下げた。
「管理人さーん」 「あ、菘ちゃん。元気そうだね。もう、あんなことはしちゃダメだよ」 「分かってる。…これね、私がいつも読んでるおかーさんの台本」 「へえ……結構色々あるね。どれが好きなの?」 「これ」 「……家出少女が、一人で生きて行こうとする話、か。何となく、分かる」 「本当?」 「うん。そうだ、今度三人で、フランケンシュタインに会いに行こうか?」 「うんっ!」 おわり
保守
保守
>>318 面白かった
でも読みづらいところもあった
エロを度外視しているならもっと話をふくらませてもいいと思った
全体に流れる古風な雰囲気が好き
続きがあったら文通相手の女性の話とか読んでみたいな
新作が
323 :
名無しさん@ピンキー :2009/08/15(土) 03:00:03 ID:oeoA69vI
保守
保守
保守
着想だけで書き始めたらエロが入らなかったので投下 ちょっと上から目線っぽくなったのが心残り…
327 :
沸点306℃ :2009/08/28(金) 01:39:20 ID:9Ic69p4j
秋も近くなると零時を過ぎるころにはめっぽう涼しくなる。 仕事が煮詰まっていかんともしがたいとき、わたしは頭を冷やしに街をぶらぶらと散策することにしている。 その夜も期限が間近にせまった原稿に追われ、思考がまとまらなくなったわたしは外へ出ることにした。 晩夏のほんのりとあたたかい夜風が商店街を吹き抜けていく。 シャッターの降りた店が連なる一本道。 日中の活気が消え失せ、かわりに土の下で開かれた同窓会のようにささやかな賑わいがあった。 ラジカセから流れるアップテンポの曲にあわせてダンスを練習するスキンヘッドの若者がいる。 彼のとなりで携帯電話をいじりながら退屈そうにあくびをしている少女がいる。 その向かいで四十は過ぎているだろうか、中年の男性が上半身を裸にして威勢よく腕立て伏せをしている。 わたしは彼らに咎められないよう気をつけながら、好奇心を満たしつつ商店街を歩いていく。 夜の街は閑静だった。 石のタイルを踏む音がひとつひとつ聞き取れるかのように錯覚してしまう。 抜け切らないわずかな熱気が少しずつ空へ帰り、首の付け根からじょじょに落ち着きがよみがえっていくのを感じる。 ちょうど十字路になっているところにかすかな人だかりができていた。 夜更けに客寄せをしている店ではないだろうから、それはアマチュアのパフォーマーに違いなかった。 果たして、半円の中心には二人の少女が楽器を弾いていた。 わたしは音楽に疎いのでそれがギターなのか、ベースと呼ばれるものなのか、見当もつかなかった。 彼女たちはマイクスタンドもない深夜の路上で、おそらく自作のものだろう、恋愛や青春を題材にしたと思われる曲を歌っていた。 いずれもありきたりな歌詞だった。 失恋した少女の物語を歌い、無理解な親や教師への反発を叫び。 彼女たちの知りうる狭苦しい世界の、とても限られた悲哀や不満について歌っていた。 わたしを含め、社会人としての身分にある者が聴けばひどく陳腐に感じられるようなものであった。
328 :
沸点306℃ :2009/08/28(金) 01:40:27 ID:9Ic69p4j
成長するにつれて閉ざされていく可能性に、大人たちの誰しもが嘆いてきた事実を彼女たちは知らないだろう。 なぜ夜になると月が現れ、星々がきらきらと瞬くのか。 その理由を知ることで大人になってきた先達がどれほどいることか、彼女たちはまだ知らないだろう。 彼女たちもそう遠くないうちに大人になる。 子どもと大人の境い目もよくわからないうちに働きはじめ、いつしか責任を背負わされ。 気づいたときには捨てられないものを山ほど抱え、そのまま老いて死んでゆくことを理解するともなく理解するようになるだろう。 そのとき、彼女たちは路上で歌っていたことを憶えているだろうか。 見えない何かを恐れ、必死に声を張り上げていたことを憶えているだろうか。 面識もない彼女たちに願うのは、ほんのわずかばかり長く生きている大人の驕りであろう。 肩が震えて帰宅する頃合だと悟った。 背後から聞こえてくる歌声のひとつひとつが不思議と耳に残る。 わたしには意味のわからない歌詞が頭の中で結びついていき、彼女たちの思いを描いていく。 ――ピカソの孫が高らかに笑った ――交差点のドビュッシー 冥王星から高見の見物 ――シューベルトはサボり魔で ――ゴッホは風邪で寝込んでる ――アインシュタインの指先で 世界は無理やり動いてる ――ダヴィンチの父は涙を知らない ――コーラ好きなアルキメデス 地上説のせいにしておけ ――ニュートンは猫を毛嫌いし ――モネの彼女はカブトムシ ――アントワネットの一声で ご飯はお菓子に早変わり 空を仰げば無数の星が輝いている。 きれいな満月の夜だった。 おしまい
以上です。読んでくれた人に感謝を。 楽しんでもらえたら幸い。
gj うん、描写が好みだ
投下乙 良かったよ また書いてね
全6レス・21kb/ロリ・ショタ(ロリ一人称)/フェラのみ/エロ含有率約15パーセント(行数比)
「うっぜえなー」 というのが、わたしが有希ちゃんの部屋に入ってから聞いた最初の声。 わたしの後ろでおばさん(有希ちゃんのおかあさん)が、こぉらなに言ってるの有希、せっかく 春菜ちゃんが来てくれたのに、と怒った声で言うけれど、わたしはこれくらいなら慣れっこだ。 というのも、最近有希ちゃんは、ふたことめには「うざい」なのだから。 たとえいまが、夏休みだというのにカゼをひいて、登校日に提出する宿題をわたしに取りに きてもらっているような状況なのだとしても、やっぱり「うざい」らしい。ベッドの上のパジャマ姿の 有希ちゃんは、けれどやっぱりいつもより元気がなくって、こっちをにらむ顔もあんまり迫力がない。 まあ、迫力がないのはいつものことだけれど、元気がないのはちょっと心配だ。 「有希ちゃん、だいじょうぶなの?」おばさんが飲み物とお菓子を取りに行っているあいだ、 わたしはベッドのそばに寄って、きいた。 「なーにが、有希ちゃん、だ」有希ちゃんはふてくされたように言って、せきこむ。「……ちゃん付け はやめろって、いつも言ってるだろ」 「いつも聞いてるけど、どうして?」 「だから、いつも言ってるだろ……かっこわるいからだよ」 そう言って、有希ちゃんはまた、げほげほとせきをする。わたしが背中をさすってあげようと すると、手でそれをはらいのけてしまう。女の子に心配されるなんて、「男らしくない」って思ってるに ちがいない。 そう。最近有希ちゃんは、どうやら「男らしい」ことに目覚めたらしいのだ。 有希ちゃんは最近、女子といっしょには遊ばなくなって、言葉づかいも乱暴になった。それが 男らしいことだ、と思ってるところが有希ちゃんらしいけれども、わたしに対してまでそういう態度を 取るというのは、ちょっとよくないことだと思う。 だいたい有希ちゃんもまだ小学五年生なのだし、顔も身体も男らしいどころか、どっちかと いうと女の子みたい。はっきりいって顔立ちはわたしなんかよりかわいい。そういう有希ちゃん がムリして男らしくしようとしているところは、ほほえましいしかわいらしくもあるけれど、幼なじみ のわたしを邪険にするというのは、そう、とてもよくないことだ。うんうん。 「ごめんねえ、春菜ちゃん」と、飲み物を運んできたおばさんが言った。「有希ったら、恥ずかし がっちゃって……ホントは春菜ちゃんが来てくれてうれしいのよ、この子。最近反抗期みたいだけど」 「――――! ――!!」有希ちゃんがまた乱暴な言葉を言ったけれど、わたしは右から左に流した。 「わかってます、おばさん」わたしはにっこり笑って答える。「わたし、有希ちゃんの幼なじみですから!」 「あらあら、もう、春菜ちゃんったら!」おばさんは手をぱたぱたと振り、「春菜ちゃんみたいな子に 気に入られれば、有希の将来も安泰ね! じゃ、お邪魔なおばさんはお邪魔するとしますかね…… 春菜ちゃん、用事が終わったら声かけてね」 はいっ、とわたしが返事をしている間も有希ちゃんは何か言い続けていたけれども、おばさんが 有希ちゃんのパジャマをととのえてドアを閉める頃には、つかれたのか、むっつりとだまっている だけになっていた。 「さて、有希ちゃん?」わたしは言った。 「ちゃん、じゃない」有希ちゃんは表情通りの声で言う。 「じゃ、有希?」 と言ったら言ったで、びっくりした顔になって口をもごもごさせるのが、またかわいいんだなあ、これが。 「……そ、そうだよ、そう呼べばいいんだ。まったく」 「はいはい。それはそれとして、宿題はちゃんと終わってるの?」 わたしが聞くと、有希ちゃんはだまって机の上を指さした。立ち上がって見てみると、たしかに 夏休みの宿題ノートがそろえられている。登校日までに提出するものだけじゃなくって、きっちり全部。 いくら乱暴な言葉づかいをしたって、有希ちゃんはやっぱり頭はいいし、きまじめなのだ。ぱらぱら めくって見たページの文字からもそれはわかる。 「……うん、全部できてるね」わたしはぱたんとノートを閉じて、「でね……ちょぉっと、相談があるんだ けどなあ」
「宿題ひとつにつき、ジュース一本。ペットボトルで」にくらしいことに有希ちゃんは即答する。 「高いよお!」わたしは悲鳴をあげつつ、ちょんと指を突き出す。「あのねえ、わたしは有希ちゃんの 宿題を代わりに出してあげようっていうんだよ? そのわたしに……」 「別に、おれがおまえに頼んだんじゃない」もう、おれとかおまえとか、有希ちゃんらしくないったら! 「他の誰かに届けてもらってもいいんだ。そしたらおまえは誰に写させてもらうつもりだ?」 むうう、とわたしはうなってすこし考えたけれども、口では有希ちゃんにかなわないのはわたしが いちばんよく知っている。その有希ちゃんがヒネくれたのだから手に負えないったら、まったく。 「わかったわよお……もう」両手を挙げて、降参のポーズ。「じゃ、ジュース五本でね」 「……おまえな、どれだけ宿題さぼってたんだよ」 有希ちゃんがあきれたように言ったけれど、そのころにはわたしは全力で宿題を写しにかかって いる。なにしろ明日の登校日までのものもあるのだから、こっちも必死なのだ。有希ちゃんが いなければわたしの夏休みはもっとつまらないものになっていたにちがいないと思う。 しばらく、部屋の中にはノートにシャープペンシルの先がすべる音と、有希ちゃんのせきの音 だけが聞こえていた。 二つ目の宿題をカンペキに写し終えたころ、わたしはふと顔を上げた。 有希ちゃんの方もこちらを見ていて、わたしが首をかしげると、有希ちゃんはあわてて目を そらした。その視線があった方向に目を向けていくと、そこには――だらしない姿勢をしていたせい か、すこし乱れたスカートのすそがあった。 なるほど。角度的には、見えていたかもしれない。 「有・希・ちゃん?」わたしはこみあげてくる笑いをおさえて、顔をむこうに向けたままの有希ちゃんに言った。「……えっち」 「なっ、っ――!!」 すごいいきおいでこちらを向いた有希ちゃんの、その表情といったら、もう! そのあと、有希ちゃんが顔を真っ赤にしてあることないこと言いつのるのを、わたしはたのしく 聞き流していた。まあ、有希ちゃんがわたしのスカートの中に興味をもってくれるというのは、 なかなかどうして悪い思いはしない。有希ちゃんだって、男らしいかどうかはともかく男の子には まちがいないし、そしてわたしはりっぱな女の子なのだから。 しばらくすると有希ちゃんは、ようやくののしる言葉も尽きたのか、ふんと鼻を鳴らして布団に くるまってしまった。わたしは五つ目の宿題を終えて、六つ目に移っていた。 ジュースに浮かぶ氷がすっかり溶けた頃、わたしはようやく最後の宿題ノートを閉じて、うんと伸びを する。まったく、こんなことを夏休みにやらせるなんて、学校の先生は休みという言葉をよくわかって いないにちがいない。 ともかく宿題は片付いて、わたしは有希ちゃんにお礼を言おうとした。 けれど、有希ちゃんはまだ布団にくるまったまま。「有希ちゃん?」声をかけても出てこない。 もしかしたら寝てしまったのかもしれないと、わたしは立ち上がってベッドに上がり、そっとかけ布団をめくった。 そこには、こればっかりは昔から少しも変わらない、有希ちゃんのかわいい寝顔があった。…… けれどわたしは、同時に違和感も感じる。ほてった頬や上下する胸が、どこか苦しそうなのだ。 わたしはためらうことなく、手を有希ちゃんのおでこに当てた。 自分のそれと比べるまでもない。……ひどく、熱い! そうだ。半分くらいは忘れてたけど、有希ちゃんは病気なのだ。 わたしのおなかのあたりに冷たいものが落ちて、きゅうに顔が熱くなるのを感じた。うまく頭が 回らなくって、けれどそれでも、このままじゃいけない、とわたしは思った。有希ちゃんに、待って てね、と言って、わたしはいそいでベッドから降りようとする。 けれどそのとき、わたしの服のすそが強い力でひっぱられた。 わたしはおどろいて振り向く。有希ちゃんの手が、指が白くなるくらいに強く服をつかんでいる のが見えた。苦しげな息にまじって、か細い声が聞こえる。 「……ないで……」 有希ちゃんがせきこんだけれど、わたしはそれにもかまわず、その顔に耳を近付けて、 「どうしたの、有希ちゃん」できるだけ、そっと聞く。「どこか痛む? なにかほしいもの、ある? すぐにおばさんを呼んでくるからね」 「おねがい……いかないで……」その声は、痛々しいくらいにつらそうで、「春菜、ちゃん……」 そのことばに、そのうるんだ瞳に、わたしは唐突に、昔の有希ちゃんを思い出す。
有希ちゃんは昔から、ちっちゃくておとなしくって、いつもわたしのうしろにくっついていて…… くいくいと小さな手でわたしの服のすそを引っ張って、春菜ちゃん、と鈴の鳴るような声でわたしの 名前を呼んで。 運動はニガテで不器用だけれど、頭はよくて何にだっていっしょうけんめい。泣き虫だけれど ヘンなところでいじっぱりで、わたしの前以外ではけっして泣かなくって……涙にふるえるその 頭をなでてあげると、子犬みたいに甘えてきて。 そして……それは見ているだけでこっちもうれしくなってくるような、雨上がりの笑顔。 わたしは有希ちゃんのそんなところが、ぜんぶぜんぶ大好きだったし、これからも、きっとそうだ。 「うん」心細げにこちらを見上げる、むかしのままの瞳に、わたしは言った。「だいじょうぶ……わたし はそばにいるよ、有希ちゃん」 そしてその、むかしよりちょっと大きくなった身体のとなりに身を寄せて、ぎゅうっと抱きしめる。 ひしと抱き返してくる有希ちゃんは、まるでむかしにもどってしまったかのよう。熱で頭がもうろうと しているせいかもしれない。 でも……男らしくしてるよりも、こうしているほうがずっと有希ちゃんらしいと、わたしは思ってしまう。 こんなときだというのに、ひさしぶりに有希ちゃんを思い切りだっこできて、わたしはうれしく思って いる。有希ちゃんにたよられて、甘えられて、うれしく思っているのだ。 その息づかいをほおに、その鼓動を胸に、その体温を全身に感じる。そうしていると、ふと気付く ……ふともものあたりにある、かたい感触。 わたしはそっとそれに手をのばす。触れた瞬間、ひぅ、と有希ちゃんが声をもらす。手の中のそれ は熱いくらいに感じる。わたしはすこしだけためらって、有希ちゃんのパジャマのズボンのすそに手 をかけ……ひといきにおろした。 有希ちゃんのそれは、最後にいっしょにお風呂に入ったときより、ずっとおおきくなっていた。 先っぽの皮がすこしめくれて、中味がみえている。むかしは小指くらいもなかったのに、いまは どうにか手でつつみかくせるかどうかというくらい。 わたしはそれを、好奇心おう盛な友だちから聞いていたように、気持ち悪いとかぶきみだとか 思うことはなかった。けれど――どこか苦しげではある。すこし考えれば、そのことと有希ちゃんの 熱とが関係ないことはわかったはずだけれど、そのときはわたしもどこか、ぼうっとしていたのかも しれない。これをしずめてあげないと、とわたしは思った。 「あっ、春菜ちゃん、……っ」 わたしがそれに手を触れると、有希ちゃんはせつなげな声で言った。すべすべしたおなかや ふとももをくねらせているようすは、わたしまでむずむずしてきそう。有希ちゃんのそれは熱くて、 かたくて、ひくひくと動いていた。 有希ちゃんも男の子なんだもんね、とわたしは思った。ムリに男らしくしなくても、こうして…… おおきくなっていくものなんだ。わたしが最近、首とおなかのあいだのあたりを気にしているように。 もむようにいじると、それはたしかにかたいけれど、やわらかくもあることがわかる。けれど、 指のように、中に骨があるというたしかな感じまではしない。おしりの感触にちょっと似ているかな、 とわたしは思った。触れるたびに、有希ちゃんの、はっ、はっ、という吐息が髪にかかる。見上げ ると、有希ちゃんはきつく目を閉じて、ほてった顔をいやいやするように振っていた。気持ちよく ないのかな、とわたしは思って、そっと顔を近付ける。 「やっ、ひあっ……!」 それは汗とおしっこのにおいがして、そのとおりの味がした。舌の先がふれた瞬間、びくんと 有希ちゃんの身体が動いた。目の前のそれがまたすこしおおきくなったようで、わたしはびっくり しつつ、両手でつつむようにしながら、それを口にふくんだ。 むっとするにおいが鼻と口じゅうにひろがって、正直いってあんまりいい気分じゃなかったけれど、 わたしはそうする自分をとめられなかった。有希ちゃんのそれをアイスキャンデーでもほおばる ようにしてなめまわすわたしは、きっとすごくはずかしい姿だっただろうと思う。けれど、頭の上 からきこえてくる、そしてすこしずつ甘く湿っぽくなってゆく有希ちゃんの声が、わたしもそういう 気分にさせていたのかもしれない。触れてたしかめるまでもなく、わたしのそこも熱く湿っていた。
「春菜ちゃ、んっ……あ、っく……ぅ」 わたしがなめたせいでぬらぬらとしているそれの先っぽから、よだれとはちがう種類のなにかが 出てきた。おしっこでもない、ねばねばしたなにか。そのころには有希ちゃんは自分から腰を動かし ていて、わたしはあばれまわるそれをけんめいになぐさめていた。そして自分でも気付かないうちに、 わたしの方も、ベッドにそこをこすりつけるように腰を振っていた。 やがて、わたしのおなかのあたりになにかぞくぞくする感じが集まってきたころ、とつぜん有希 ちゃんがおおきな声をあげ、「――あっ、っく、ふ、あぁ……っ!」わたしの口の中に、すごく熱い なにかが飛び出てきた。わたしはおどろいて顔をはなしてしまい、あわてて有希ちゃんの顔を 見あげた。 そのときの有希ちゃんの顔を、わたしはしばらく忘れられないと思う。口を半開きにして、薄く 開いた目をうるませて肩をふるわせるそのようすは、これ以上ないくらい気持ちよさそうだった。 だらしなくはだけたパジャマのすそ、白いおなかとふとももに飛び散る真っ白ななにか……いま 思い出しても胸がきゅんとする。 苦いなにかをごくりと飲み込んで、わたしはしばらくその姿に見入っていた。頭はまだどこか 物足りなさを感じていて、しぜんと手がまだぬるく湿っている足の間に伸びかけて……そのとき、 「春菜、ちゃん……」 ぼうっとした声で有希ちゃんが言って、わたしの胸に倒れこんでくる。 有希ちゃんは、ふにゅ、と顔をこすってきて、すりすりとするそのしぐさがかわいくって、愛らしくて ……わたしはそっと有希ちゃんの顔を上げて、そのやわらかいほっぺたにキスをした。するとほんの わずか先にある有希ちゃんのくちびるが動いて、わたしはそれをきいた。 「春菜ちゃん、……だいすき……」 わたしが聞き返そうとしたときには、有希ちゃんはもう、やすらかな寝息を立てていた。 有希ちゃんのその寝顔は、ホントに天使みたいで……。 でも……わたしは思った。有希ちゃんだって、いつかはおおきくなるんだ。 男の人なのだから、背も伸びて、たくましくなって……そっちの方だって、もっとおおきくなって いくんだろう。そういうとき、わたしはまだ、いまとおなじ気持ちでいられるんだろうか? 有希ちゃんが男らしくしようとしているのは、わたしはいいことではないと思う。するとわたしは、 有希ちゃんにむかしのままでいてほしいと思っているんだろうか? おっきくなってほしくなんかない って思っているんだろうか? でも、そんなことはけっしてできない。それなら、わたしは有希ちゃんの ことを、いつか…… ……わからなかった。 もともとわたしの頭は、むつかしいことを考えるには向いていないのだった。それはほんとうに むずかしい問題に思えて、だからこそ考えなくてはいけないと思ったけれど、やっぱりムリだった。 こういうとき、有希ちゃんがいれば……。 すやすやと眠る有希ちゃんの寝顔をながめていると、いつのまにかわたしも、ベッドの中で うとうととしてしまっていた。
「うっぜぇなー」 というのが、有希ちゃんがわたしの部屋に入ってから聞いた最初の声。 さすがの有希ちゃんも、わたしのおかあさんがいるときはおとなしくしていた。けれどおかあさんが 飲み物を置いて出ていくと、これなんだから。 「わたし、たしか昨日、大丈夫なのって最初にきいてあげたと思うけどな」 わたしがつぶやくと、有希ちゃんはあきれたように首を振った。 「あのなあ……人んちに宿題写しに来て、そのままカゼ引いて倒れたヤツに、大丈夫も何もない だろ?」ため息をつき、「けっきょく、おまえの分の宿題までおれが持っていって……まったく、写させ 損じゃないか」 そういう有希ちゃんも、わたしがけほけほとせきをすると(べつにカラぜきじゃなくって)、ちょっと 心配そうにこちらを見てくれたりする。わたしは笑って、「わたしが有希ちゃんのカゼをもらって あげたから、有希ちゃんは学校行けたんじゃない」 「……頼んだ覚えなんてないけどな」 「ふうん? わたしが昨日なにをしてあげたか、もう忘れちゃった?」 この一撃はきいた、とわたしは内心にやりとしたけれど、意外にも有希ちゃんはきょとんとした だけだった。「なに、って……?」 もしかしたら、昨日は熱でもうろうとしていたから、ホントに覚えていないのかもしれない。それは それでいいけど……わたしは飲み物のコップを持ち上げて、聞いた。 「ホントに、忘れちゃった?」 その中身は、わたし好みのちょっと濃い目のカルピス。 わたしはそれを両手で持ち、ごくりとのどを鳴らして飲む。おいしい。 そのとき――有希ちゃんの顔が、はたと気付いた表情、それから困惑、そしてそれからみるみる うちに赤くなって、ぱくぱくと金魚みたいに口を動かすまでのようすは、もうビデオに取っておきたい くらいだった!「……あ、あ、あれ、ゆ、夢じゃ……っ!?」 「春菜ちゃん」とわたしは言った。「だいすき……ってね?」 この一撃はホントにきいたみたいだった。有希ちゃんは悪態をつく間もなく、火が出そうなくらい 赤くなった顔をうつむけて沈黙する。わたしはついつい笑ってしまいそうな心をおさえて、ベッドから おりて有希ちゃんのとなりに座る。 「ね、有希ちゃん――」 「う――」有希ちゃんがきゅうにぱっと顔をあげたので、わたしはびっくりした。「う、う、ウソだからな! 昨日のは、あ、あれは、ちょっと調子が悪かったから、まちがえて……その……と、とにかく、ホント に言ったんじゃないんだからなっ!!」 言ってから、有希ちゃんはわたしと目があって、またうつむく。 わたしはふっと笑って、かたくにぎられた有希ちゃんの手に、自分の手を重ねた。 「ね……有希ちゃん」わたしは言う。「わたしのこと、きらい?」 有希ちゃんはちょっと顔を上げかけて、けれど下を向いたまま、 「……なんでだよ」とだけ答える。 「うん……わたしね、有希ちゃんにだけはウソを言ってほしくないから」 わたしはすこし迷って、けれど思うままに続けた。「おっきくなっても、かっこよくなっても……有希 ちゃんには、ホントの有希ちゃんでいてほしいの。わたしがきらいなら、そう言って。その方が、ウソ をつかれるよりは、ずっといいもの」 わたしは……自分がホントにそう思っているかどうかも、じっさいのところわからなかった。ホント に有希ちゃんからきらいって言われたら、わたしはきっとすごく落ち込むかもしれない。 でも……ひと晩眠って、考えたのだ。 わたしは有希ちゃんが男らしくしようとしているのはイヤだけれど、それは有希ちゃんがおっきく なるのがイヤなんじゃなくって、有希ちゃんがムリをして、ウソをついているようなのがイヤだったんだ。 有希ちゃんがいつかホントにおっきくなって、ホントに男らしくなっても、やっぱり有希ちゃんは有希ちゃん なんだと思う。だって、それがホントの有希ちゃんなのだから。そしてそんな有希ちゃんが、わたしは ……ああもう、よくわからなくなってきたけど、つまり、ムリしてウソをつくのはよくないってこと! 「だから」ぽふ、と有希ちゃんの細い肩に頭をあずける。「男らしくなくっても、かっこよくなくっても、 わたしがきらいだっていいから……わたしの前でだけは、ホントの有希ちゃんでいてね」 有希ちゃんの体温がつたわってきて、こうしていると、とても安心する。むかしから有希ちゃんは わたしの後についてくるばっかりだったけれど、だからといって有希ちゃんがわたしにたよりっぱなし だったってことじゃない。わたしだって、有希ちゃんがいなければさみしかったし、わたしの方も 有希ちゃんにたよっていたのだから。
有希ちゃんは、そんな、わたしの大事なひとだ。 だからわたしは……有希ちゃんには、ホントの有希ちゃんでいてほしい。 「……ホントに」ぼそりと、有希ちゃんがいった。「男らしくなくても……いいの?」 「え……?」わたしは頭を離し、うつむいたままの有希ちゃんを見る。 「だって」有希ちゃんはやっと聞き取れるような声で、「その……春菜ちゃんって、男らしいひとの方 が、好きなんじゃ……」 わたしのカゼでぼうっとした頭は、その意味を理解するのにしばらくかかった。それから、わたしは 言った。「えーと……それはつまり、有希ちゃん……?」 「……だ、だって、春菜ちゃん、ぼくのこと臆病とか、ひっこみ思案とか、いつも言って……」 ……うつむいたままの顔、そのほっぺたを両手で持って、ついと持ち上げる。 大きな瞳が、おちつく場所を探して動いている。わたしの方ではないどこかを見ながら、有希ちゃん はごくごくちいさな、鈴の鳴るような声で、「……ホントだよ、昨日いったこと……」それからやっと、 わたしの方を見て、上目づかいに――「……すきだよ。春菜ちゃんのこと……だから、ぼく……」 この一撃は、きいた。 おなかの奥の方からなにやらざわざわしたものが湧いてきて、あっというまにのどを突き抜け、 わたしの頭の中ではじけた。気付いたときにはわたしは有希ちゃんをものすごいいきおいで押し たおしていて、ものすごいいきおいで抱きしめている。 「は、春菜ちゃ――!?」有希ちゃんがあわてた声で言った。 「――――っ!!」わたしは声にならない声をあげて、「有希ちゃん、もういっかい言ってっ!」 「え、ええ?」 「もういっかい!」 しどろもどろに、すき、という有希ちゃんを、わたしはもうなにがなんだか、とにかくぎゅうっと 抱きしめる。「わたしもね」そのままのいきおいでわたしは言う。「わたしも有希ちゃんのこと、 すきだよ。やっぱり、ホントの、そのままの有希ちゃんが……だいすきっ!」 なんだかんだで言えなかったひとことが、あっさりと口をついて出た。有希ちゃんは真っ赤な顔で こくこくとうなずいて、ふにゅ、とわたしに抱かれるままになる。そんな有希ちゃんが、わたしのため にムリして男らしくなろうとした有希ちゃんがかわいくていじらしくてしかたなくって、もう、わたしは カゼであることなんかどこかにふっとんでしまった! ひとしきり有希ちゃんのやわらかい身体を味わったあと、わたしはそっと言う。 「……有希ちゃん、ごめんね」こんなにまっすぐに、ごめん、ということができたのは、はじめてだった かもしれない。「わたし、臆病でもひっこみ思案でもね、そんな有希ちゃんが……」 「うん……」有希ちゃんは答え、「……春菜ちゃん。ぼくも、そのままの春菜ちゃんが……」 ……すき、と二人の声が重なる。 そしてわたしたちは、そのままくちびるを重ねて……昨日の続きを、した。 残ったみじかい夏休み、けっきょくわたしたちは二人そろってカゼで寝込むことになった。 けれどもわたしは、ぜんぜん後悔なんてしなかった。 だって……夏休みが終わったいま、わたしのとなりには有希ちゃんがいて、わたしたちは手を つないでいて、そして、 「……春菜」 と、有希ちゃんが、あの有希ちゃんが、はにかみながらもホントに言ってくれてるのだから! まだふたりっきりのときだけだけれど、そんな有希ちゃんは、男らしくしようとムリをしていたときより も、ずうっとたのもしくて、りっぱで、かっこよく見えた。わたしはますます、有希ちゃんのことがすきに なった! やっぱり有希ちゃんは、ありのままでいるのがいちばんすてきなのだ。 そしてわたしは、いつか有希ちゃんがおっきくなっても、男らしくなっても、おとなになっても、おじい さんになっても、有希ちゃんの――有希のことが、だいだいだいだーいすき!なのだとおもう。…… だってそれが、ホントのわたしの気持ちなのだから!
本文は以上です
GJです! ・・・というと思ったか!昨日の続きをもっと詳しく書いてくれるまでGJはお預けです!(つまりはGJです、ということで)
詳しく書いたら、スレ違いになってしまうんじゃないかw
いいと思う 上手い、GJ!
保守するね
>>340 通りすがりですがGJ!
フラリと立ち寄ってこんな良作に出会えたなんて幸運です!
保守
ホッシュ
348 :
名無しさん@ピンキー :2009/10/01(木) 21:10:56 ID:zkkpMqyu
保守
ほしゅ
350 :
名無しさん@ピンキー :2009/10/12(月) 10:04:29 ID:c6/ax9uP
良スレ
保守
「恋人よ」 「何? 哀れな妄想家さん」 「私は夢を見た。遠い昔の高校時代の夢だ」 「時間軸三点が成立していない人物に、認識可能な過去があったとは知らなかったわ」 「登場人物は、三人いてね。由美ちゃん、尚ちゃん、そして雪子ちゃんだ」 「その女子三名が、あなたの人格形成にどう影響を及ぼしたのかしら?」 「舞台は学校の体育館だ。用具室に来い――そういう手紙を受け取って私は現れた」 「現実に起こり得るとすれば、リンチに遭う時でしょうね」 「扉を開けると、彼女たち三人が吊るされていてね。裸で、だ」 「それは性的欲求の具現――内面を表しているという訳?」 「確かに、三人はクラスで上から順に数えるに等しいセックスシンボルだった。…話を戻そう。そしてその下には、ぐつぐつと煮え立った大釜」 「釜茹で、ね。美学としてはやや古風」 「そして私の目の前にジャグラーが現れた。ピエロのような、ジャグラーだ」 「ジャグラーのようなピエロとも取れるわ」 「なるほど、しかしピエロかジャグラーか判別をつかなくさせて私を惑わそうとするなら、その性根はジャグラーだ」 「そして踊らされるのがピエロ。ならば、あなたはそっちね」 「さて、ジャグラーは私に言う。”お前はこの三人の娘の中から、一人だけ助ける権利を持っている。そして選ばれなかった者はこの釜の中に落ち、命を落とす”」 「他人の運命を変える権利を与えられるなんて、夢にしても素晴らしい話だわ」 「君ならこの判断、どうする?」 「周辺情報が少ないから判断しかねるわね。行使に制限がなければ、放っておくのも悪くない」 「…私はまず、左の由美ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”助けて、死ぬのは嫌。助けてくれたら何でもする”」 「この子は頭が悪いわね。窮地で自分を安く売り抜けようなんて、男を無意識下で蔑んでいるのかしら」 「次に真ん中の尚ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”選ばなければあなたを恨むわ。私を見殺しにするつもり?”」 「この子とは一定の間柄だったことは窺えるけど、人の良心に漬け込むやり方は、この場面で賢明とは言えないわ」 「最後に右の雪子ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”好きにしてよ。私は良い子にも悪い子にもなりたくない”」 「心弱き者は生き残れないのが世の掟。潔いと傍観するには良いけど、憐んで助けるのは安直な考えと言えそうね」 「…では、君がもし吊るされている側なら何と言う?」 「さあ? 黙って運命にでも身を任せてみるかしら。そもそも、無意味な仮定ね。釜に落ちない子が”助かる”とは限らないもの」 「それが最良の選択とは、思っていないだろう」 「勿論そのつもり」 「私が誰を選んだか、聞きたいか?」 「参考程度に」 「…雪子ちゃんだ」 「へぇ」 「理由は……彼女が一番好みのタイプだった――そんなところだ」 「下らない妄想をありがとう」 「…で、残る二人は想像通り、死んだ。私はとりあえず雪子ちゃんを抱き、それから後は好きにしろ、と囁いた」 「さぞかし良い思いをしたんでしょうね、あなたは」 「現実では手の届かなかった体だ、存分に味わったとも。三人の中では、三番目のセックスシンボルだったが」 「高望みせず、庶民的ね。ただ、ありふれた考え方――で?」 「一人生き残った罪悪感に耐えられなかったのか、目を離すとすぐに自殺したよ。今思えば、最良の選択だったようだ」 「本当ね。センスの良い夢を満喫出来るあなたが羨ましいわ」 「――もうこんな時間ね」 「帰るのか?」 「ええ。次会うのは十年後か、それとも二十年前か」 「…次、という言葉は便利なものだ」 「そうね。それじゃ、また」 「おやすみ、恋人よ」 「おやすみなさい、哀れな…ピエロさん」
ひゅう このようなテイストの話を昔は好んで読んだが 近頃は久しく読んでなかった GJ
おもしろかった、GJ なんとなくラノベの『MISSING』を思い出した
355 :
名無しさん@ピンキー :2009/10/29(木) 16:03:02 ID:L/7E/qRa
GJ シュールで面白かった。
かろりーん。 『あ』 同時に目についたのは、同じ服装をした、ツインテールの少女。 レトロな雰囲気が漂う喫茶店で、二人は待ち合わせをしていた。 服装だけでない、顔も髪型も身長も体格も、全て生き写しのようにそっくりだった。 「おはよう、知留」 先にテーブルで待っていた少女が、口を開いた。 「おはよう、見留」 たった今、店に入ってきた方の少女は、そう返す。 テーブルに対になって座る二人は、双子の姉妹だった。 奥で待っていた少女が、見留。そして手前に座ったのが、知留。 「ご注文は、何になさいますか?」 『グレープフルーツのジュースを下さい』 二人の言葉が重なる。 「…かしこまりました」 マスターも慣れているのか、動じずにカウンターに戻る。 二人はじっと、見つめ合う。 「……今日で、さよならだね」 見留がそう切り出すと、知留は視線を落とす。 「私は彦野伯父さんの家に、知留は升井叔母さんの家に――それぞれ引き取られる」 「ほらほら、こんな所にご飯粒なんて付けて」 知留は不機嫌そうに黙っている。 「今までいろいろと、ごめんね?」 「……見留はそうやっていっつも、自分だけ良い子になろうとする」 不貞腐れたような態度に、見留も表情を曇らせる。 「私は馬鹿だから、やんちゃだから――」 「知留…」 可愛らしい双子。それはどうしても比較されてしまう運命にある。 事ある毎に優劣が際立ち、二人の間に軋轢を作る。 「…お母さんだって、私より見留の方を好きだったに決まってる」 「何でそんなこと分かるの!?」 思わず大声を出してしまい、一人気まずくなる見留。 店内に他に客はいなかったのが、せめてもの幸いだった。 「知留の方がいつも構ってもらえていたじゃない。私…羨ましかった」 一層ギクシャクし始める、双子の関係。 「見留はいつだって落ち着いてるし、賢くて気が利いて――羨ましいのはこっち。いらいらするくらい」 淡々と、そんな言葉を言い放つ知留。 「…そんなので優越感に浸っているとでも思ってる? 何なの、良い子って」 言い返す見留。言葉と表情が、段々と険しく変わっていく。 「私は私なりに…その”良い子”って奴にならざるを得なかっただけ」 判官贔屓――大抵、こういう場合は心情的に知留に味方する者が多い。 それを見留のような立場の人物は、よく分かっている。 「正直に言う。私は知留のこと、本当は嫌い。そんな風に思ってしまう自分のこともね」 「……」 知留の表情は複雑に歪み、見留と視線を合わせられずにいた。 「この前、新一くんに告白されたよね?」 「…!」 見留の言葉に、知留は固まる。 「二人共好きなんだ」 届いたグレープフルーツジュースを互いに一口。 「…最初は知留のことが好き、って言ってたけど」 途端に、今度は知留が大声を出す。 「見留が抜け駆けして言わせたんでしょ!? …私がその頃から、神経質になってるからって」 「で、問い詰められて、気遣いの出来る私も好きだって喋った」
そして強引に押しつけて、知留は行ってしまった――そんなすれ違いが最近、二人の間にあった。 「でも結局、選びきれないって。二人一緒にいて、バランスを保ってる私たちを見てるのが、好きなんだそう」 「…何なの、優柔不断な奴」 そしてまた、ジュースを一口。 「もう一つね…貴明くんのこと」 知留はゆっくりと、その視線を持ち上げる。 「外見じゃない、お前自身を愛してやる」 「貴明くんの言葉は、私には心強かった。だから……体を許した」 「…っ!」 「……分かってる。知留も同じこと、言われたんだよね?」 相手は軽く遊びのつもりだったのだろうが、本当のことを知った二人は強かに気持ちを傷つけられていた。 「変だね…その時何故か、知留のこと――少しだけ同情した」 「……傷の舐め合いでもしたいの?」 憎まれ口を叩く知留。 しかし見留は、大人しく首を横に振る。 「結局さ…私一人でも、知留一人でもダメなんだと思う。私たちは双子、でなきゃ赤の他人で良い」 見留はそう言って、愛想笑いを浮かべた。 「ごめんね。自分でも何言っているか、分かってない…」 二人はそのまま、無言だった。 ジュースは既に空になり、氷の入ったグラスをストローでかき混ぜるような、そんな状態。 「……そろそろ、行かなくちゃ」 立ち上がったのは、見留。それを力なく目で追うのは知留。 「長い間、ありがとう」 見下ろす表情が、寂しく笑っていた。 「…?」 と、今にも会計をし、そのまま去って行きそうな見留が固まった。 席に座ったままの知留の目から、涙が零れ落ちていたのだ。 ふと、自分の頬にも違和感を感じる。 「え……」 同じタイミングで、二人は無意識の内に流した涙に触れる。 『……』 「このまま家出?」 「知留が一緒なら、そうするけど」 「行くあてもないのにどうするの? 第一、見留と一緒なんて――」 「さぁ? 知留なら新一くんにでも、頼んでみる?」 「……分かった。良いよ、一緒に行く」 「…知留」 「私のこと、嫌いなんでしょ? それでも良いなら別に良いよ」 「自身はどうなの?」 「私も嫌い。だけど、こんな時くらい折れてあげられないと……悔しいもん」 「……ふふ」 「お金、私が出すから」 微妙なまま終了 双子の葛藤的な話に凄く憧れるんだが、上手く書けない
状況や設定はともかく文は凄くうまいと思う
投下乙 また書いてね
投下場所かなり迷ったがここにしました。 元ネタ:おひとりさま 神坂(真一)×秋山(里美) エロ無・尻切れトンボ・書き手の願望注意! 1 「秋山先生飲み過ぎですよ‥ほら、ちゃんと立って!」 「やぁ〜だ。里美ここで寝るんだもん!」 前々から酒癖が悪いとは知っていたが、これ程までとは… 思わずため息が出た。 ―そもそも、 何かにつけ、飲みに誘ってくる同僚達の話に乗ったのが失敗だった。 気付いた時には、里美は既に出来上がっていた。 「住んでいる場所が近くなので、僕が送ります」 他の同僚達に告げ、タクシーに乗り込んだ。 ドア越しに 「よっ!送りオオカミ!」 「秋山先生襲っちゃダメよ〜」 「無理無理!小動物だからそんな度胸ないよ〜」 「役得ですなぁ」 「全く羨ましい限り」 全く人の事を何だと思っているのか‥ 酒の勢いに任せ、一言言おうか考えたが、後々が恐ろしいので押し黙ることにした。 「‥うぅ〜ん」 「…………」 一方、隣人はこちらの肩に頭を預け、幸せそうに寝入っていた。
2 自室前まで来ると、里美を一旦背中から降ろし、ドアの鍵を開けた。 「秋山先生、家に着きましたよ。中に入って下さい」 「ん‥」 軽く頷くと、里美はおぼつかない足で中へと入っていく。 続いて自分も中へと入ると施錠した。 「…何してるんですか?」 振り返ると、 里美が玄関で仰向けに眠っていた。 ―そして今に至るわけだ。 「こんな所で眠っちゃうと、風邪ひきますよ?寝室行きましょう」 「いやぁ!」 「お願いですから〜」 「じゃあ、里美のお願い聞いてくれる?」 「‥いいよ。ただし、一つだけね」 「うん!ありがと」 普段の本人からは想像がつかない程、幼児に逆戻りしてしまった彼女に話を合わせる事にした。 「お願いって何?」 「‥うんとね、里美をベットまでお姫様抱っこしてってほしいの」 「え゙?!お姫様抱っこ?」 「‥ダメ?」 「ゔ‥わ分かりましたから、それ以上僕を見つめないで下さい!」 飲酒によって、里美の頬は薄紅に染まり、猫のような瞳は潤んでいた。
3 寝室のベットまで、たかが数メートルの距離だというのに、真一の足取りは重かった。 真一の小柄な体格に対して、彼女があまりに大きく重過ぎるからだ。 しかし彼女は、ただ体格が良いだけではない。 教師にしておくには勿体ない程、目鼻立ちが整った小顔で手足が長い。まるでモデルの様な女性だった。 その彼女の手足が、酔いで幼児かしているためか、真一の行く手を阻むのだ。 「お‥お願いで‥すから、じっとし‥てい‥て下さい」 「やぁ〜だ」 そんなこんなで、どうにか里美をベットに運び終えた。
4 「はぁ〜‥はぁ〜‥」 腕や太ももはぱんぱんに腫れ、腕は痺れも伴っている。自分の情けなさを痛感していると 「‥ねぇ」 「何‥で‥すか?」 里美から声を掛けられ、痛みが走る上半身を起こし、視線をベット上の彼女と交じり合わせた。 「なっ‥何にしてるんですか?!」 先程まで彼女が着ていた服はベットの下に投げ捨てられており、 里美が身につけていたのは、細い首を飾る繊細なデザインのネックレスと、 白く滑らかで柔らかそうな二つの丘などを包み込む品良く刺繍が施された薄紫色の 上下揃いの下着のみだった。 その扇状的な光景に、いつのまにか口内に溜まっていたつばを真一は飲み込んだ。そんな彼の事は気にも止めずに 「このネックレスを外してほしいの」 そう言うと、彼女は背を向け、長い髪を両手で掻き上げた。収まりきらなかった髪が零れ、 背中を流れ落ち、更に長いものは、くびれた腰に纏わりついた。 「…そんなの、自分で外して下さいよ。‥こ子供じゃないんだから‥」 目のやり場に困り、視線を彼女から逸らし、そう告げた。
5 真一はこれまでに何人か彼女がいたが、今はいない。ましてここ最近は、臨時とはいえ、 教師の立場上、レンタル店や書店にそういう類のものを気軽に借りたり買ったり行けずにいた。 また里美の所に居候している関係もあり、自己処理も叶わず 出すべきものも出せず、かなり溜まっていた。 そんな余裕がない状況で、酔いのせいとはいえ、あまりに刺激的な里美の姿は 真一にとって、目の毒にしかなかった。 「ねぇ‥早く外してよぉ〜」 「‥自分でお願いします!僕もうリビングで寝ま‥わぁっ!」 なおも要求する里美に、目を閉じドアの前まで歩き、振り向きベット上の彼女に言ったつもりが、 すぐ後ろに里美は立っていた。
6 意外に力がある彼女に引っ張られ、 ベットの傍まで一気に逆戻りさせられてしまった。 「真一早く!全くだらしない!」 「‥分かりました。外せば良いんですね‥」 少し前の可愛らしい言葉遣いはどこへ飛んでいったのか、里美は完全に目が据わり、 説教上戸になっていた。 本当に酒癖悪いよ‥この人… 里美は今度はベットに正座し、こちらをじっと見ている。色々な意味で直視は避けたい。 「じゃあ外しますから…後ろ向いてください」 「いや、あんた‥また逃げるかもしれないじゃない」「…分かりました。僕が目を閉じます」 目を閉じ、恐る恐る両手を伸ばしていく。 ふにっとした感触に目を開ける。 「どこ触ってるのよ」 柔らかいはずだ。左手は里美の右胸に触れていた。 「す、すいません。もう一度やり直します」 真一は再び目を閉じ、腕を目的の位置に伸ばそうと上体を里美に近付けた。 「分かれば良いのよ」 両手に里美の髪が触れるのを感じ よし!もう少しだ! 首のネックレスに触れようとした瞬間 「‥もう!じれったいわね」 真一に痺れを切らした里美は立ち上がった。 「うわぁ!?」 「きゃあ!?」 バランスを崩した二人は勢い良くベットに倒れこんだ。
7 「痛ッ?!!いったぁ〜い!!…‥え゙?は?え、何なの?この状況は…‥ちょ、 ちょっと!は早く、どいてよ…‥」 「…嫌‥です」 「は?」 「…ここまで僕を誘っておいて、それはないんじゃないっすか? 責‥任‥取って下さいよ、秋山先せぇ‥」 ベットに倒れこんだ際、若干頭がはみ出し、角に頭を打ち付けた里美は酔いが醒めた。 真一は先程まで限界寸前の理性をすり減らし、里美の対応に当たってきた疲れと 付き合いで軽く飲んだ酒の酔いが今頃回ってきたようだ。目が先程の里美の様になっている。 「覚悟して下さい‥秋山先せぇ‥」 「じょ冗談じゃないわ!放せ!な、何なのよ〜この馬鹿力は‥」 普段の小柄な真一の体格からは想像もつかない程の力で押さえられ、 里美は身動きがままならない。 「‥ひっ、脚の付け根に何か当たってるぅ‥」 「‥秋山先せぇ、知らないんですか?」 「はは、大丈夫よ‥男の生理現象でしょ?その知ってるから‥んッ」 乾いた笑顔を引きつらせ、何とかベットを後退しようと努力する里美の両腕を、容易く片手で頭上にまとめると そのまま彼女の唇に同じものを重ね合わせた。 その重なりが深かった事を示すように、二人を銀色の糸が繋いだ。 「ンハァッ‥ハァ‥ハァ」 「ハァ‥ハァ‥秋山先せぇ」 「…‥ハァハァ」 里美はなかなか整わない息を何とか整うようとしながら、真一に牽制の眼差しを向けた。 「‥大丈夫。恐がらないで下さい」 真一は いつもと変わらぬ向日葵の様な笑顔を里美に向けた。 「‥ちゃんと教えてあげますから‥」 End.
こういうのは作者の作品解説があるといいね ここに力いれてみましたがどうでしょう、ここがこだわりなんですよ的な
投下乙!
369 :
名無しさん@ピンキー :2009/11/25(水) 03:03:22 ID:FJl3Juat
下がってたからアゲとく
「目標は撃墜された」はそろそろ来ないかな。 原作のファンでもあるので。言い回しにはニヤリとさせられる。
>370 ご指名いただいては、出てこないわけにいきませんね。お久しぶりです。 実は、「目標は撃墜された」については、ここで続行することを断念しつつあります。何しろ、いくら「エロくない」とはいえ、ちょっと殺伐としすぎてますからね。 今も暇を見つけては書いておりますから、どこかに出すことは間違いありません。移転先はアルカディアなどを考慮していますが、決まったらここで告知します。 ちなみに、移転ついでに、作戦/戦術状況を多少書き換えるつもりですので、こちらでの読者諸賢にも十分にお楽しみいただけると思います。 なお、Mr. &Mrs. パーカーの短いお話などは、引き続きこちらに書かせていただこうかと思っていますので、どうぞ宜しくお願いします。
えー
ほす
hosyu
ほしゅ
377 :
メリクリ遅刻 :2009/12/26(土) 01:53:39 ID:ngjMX9Mt
「性の六時間かぁ……」 「……う、えっ?」 「24日の21時から25日の3時までって、1年間で最もエッチする人が多い時間帯なんだって。それで『性の6時間』」 「あ、うん……なんかすごいね……」 「でも、今年は25日の方が多そう。明日土曜じゃない。ね?」 「……うん……」 「世のカップルは元気だねー。年末で仕事忙しいだろうに」 「まぁ、うん……そうだね」 「それを思うとあたしたち、すごく健全だよね。とっくに成人済みなのに」 「……」 「ご飯食べて、お茶して、こうしてベンチ座ってイルミネーション見てる」 「……ごめん」 「違うの、不満じゃないの、すごく幸せだよ。健全すぎるけど」 「……」 「手つないでくれるのも嬉しいよ」 「……」 「でもね」 「うん」 「ちょっと不安になる」 「……」 「別に絶対しなきゃいけないものじゃないのはわかってるよ。何もしなくても、本当にどきどきするし幸せな気持ちになるよ。 でも、あたしのこと興味ないのかなぁとか、したくないのかなぁとか、なんか」 「……」 「ちょっとへこむ」 「それは……」 「あたしはしたいよ、触ってほしいし触りたい」 「……」 「だめかなぁ……?」 「……」 「……」 「……」 「ごめん、祐太郎困らせた」 「や、あのさ」 「ごめん」 「そうじゃなくて、雪ちゃん悪くないから。あのさ、情けない話してもいい?」 「え?」 「俺ね、雪ちゃんのことほんと好きなの。長い事好きだったわけだし」 「……」 「……だってさ、付き合いだしたの11月の終わりだったでしょ」 「うん」 「クリスマス意識してたから付き合い始めたんだって思われたら、……って怖かった」 「……」 「イベントのために付き合うような男とも思われたくないし、大事にしたいって考えてたし、そしたら……うん、手、出せませんでした」 「……」 「あー……絶対今顔赤い」 「……なんだ、あたしに興味ないわけじゃなかったんだ」 「そんなわけないでしょうが。ありすぎて大変なんだよ」 「女として見られてないんだろうなーとか考えてた」 「今日すげえ可愛いって思ってんのに、そんなわけないから」 「うん、可愛いって言って欲しくて頑張った」 「……ほんとに可愛い」
378 :
メリクリ遅刻 :2009/12/26(土) 01:54:03 ID:ngjMX9Mt
「ありがと。そっかぁ。うん。……えへへー」 「可愛いから、いろいろしたくなって大変になるの」 「今も?」 「……今も」 「……あのね」 「うん」 「もう25日も終わるけど、明日仕事ないよね?」 「ないよ。雪ちゃんもないんでしょ?」 「じゃあさ、その、……いろいろしよ」 「……いいの?」 「さっきからそう言ってる」 「ごめん、今なんか緊張してきたかも」 「……ひとつだけ言っておくけど」 「うん」 「えっと……別にそういう人間じゃないから」 「そういう?」 「あの、確かにエッチ嫌いじゃないし、誘っちゃったけど、祐太郎だからこうなだけで、別に普段そうじゃなくて」 「あー、それは俺も同じだから」 「……」 「好きな子じゃないといろいろしたくならない」 「……うん。私もいろいろしたい」 「あ、もういっこ」 「うん?」 「特別感のない下着でごめんね」 「……うん……」 「でも、一応上下は揃っ…んぅ……ふ、ぁ…」 「…………もう黙って」
************************* リハビリに書いたら、エロ無しな上にご覧の有様だよ。会話難しい。 メリークリトリス!
メリクリ。 なんとなくリアル。 出来ればここから続けて欲しい。
381 :
名無しさん@ピンキー :2010/01/05(火) 20:57:51 ID:pgWnepuS
保守
主従スレの1>に萌えて書いた オリジナルでファンタジー エロなし、ほのぼの系? 主従ものだけど主従カプじゃないです
とある宴席でのこと。 主催者の某伯爵が余興のひとつでもと招いた占者が、いまだ独り身である水晶王にふさ わしい伴侶はどなたであるかという問いかけに、もったいぶりつつのたまった。 「水晶王陛下の隣に立たれるお方は、この世ならぬ異界におわす神子様でございます」 国の大事を座興に貶めた質問者がおのれの浅薄さを牢の中で悔やんでいた頃、その報告 を受け取った水晶王がひと言、 「面白い」 と呟いたため、神子召喚は決定した。 (陛下の気まぐれにも困ったものだ) 執務室で書類に目を通しながら、宰相は深々とため息をついた。 即位して三巡年、水晶王には妃がいない。 先代王の第八子という王族とは名ばかりの生まれであったため幼少期の婚約は整わず、 長じてのちは四十九人の女に寵を与えるも庶子さえ誕生する気配がないという現状、宰相 の中で後継者問題はゆゆしき事案となっていた。 (そもそも陛下に釣りあう女がいないのが悪い) 手塩にかけて育てた王である。 豊かな知識は学者に勝り、優れた武芸は騎士を凌駕し、教養と気品にみちた惚れ惚れす るほどの美丈夫だ。 なにより魔力の強さは当代無比。 こうまで完璧だと並び立つどころか、一国の王女さえ恐れをなして前に出ることもでき ぬ有様。 ならばいっそ、異界の神子とやらでも構うまい。多少の問題は肩書きと希少さで補える。 もちろん最終的な判断は水晶王の御心ひとつだが。 「閣下?」 秘書官の怪訝な声で宰相は我に返る。 「書類を」 「はい。こちらは召喚の儀に必要な物資の一覧です。儀式の手順を現代語に訳した資料と あわせてご確認ください」 水晶国の宰相の名をディディアネ・ヴィッスリンという。 大陸広しといえど女を宰相とするのはただ一国。 そして魔力を持たず貴顕の地位に就いたのは、歴史上彼女ただ一人。
「つかれたー」 神子召喚の最高責任者ユージウス・レピーベラは断りもなく執務室に入ってくると、勢 いよく長椅子へ突っ伏した。 「なんだよあの計算式。やってもやっても終わらねぇ。つか四代前の宮廷魔術師団、能な しの集まりだろありゃ。安定悪いし余分なもん加えすぎ。しかも美しくない。けっきょく 最初から構築する羽目になったじゃねぇかよ。徹夜もうやだ」 「陛下の御為だ、しっかり励め」 ユージウスが押しかけてきたことで仕事の手を休め、ディディアネは香りよい茶と王宮 料理人おすすめの焼き菓子を楽しんだ。 「うおっ、冷てぇぞ宰相殿。幼馴染みをもっとねぎらえや。そこの女官、私にも同じもん を」 ふてぶてしくもディディアネの執務室に居座り茶菓子を喰らう男。 (さしたる才のない奴であれば王宮どころか国から叩きだしたものを) 残念なことに、水晶王陛下に次ぐ魔力保持者なのだ。立場としては宰相のディディアネ が上だが、しかしすべての局面でユージウスがはるかに凌ぐ。 魔力。 それこそが絶対の価値基準。 ディディアネは魔力を一欠片も持たずに生まれた。 大陸の民のほとんどが大なり小なり魔力を有する中で、それは稀にあり得ること。 不具の子は終生蔑まれる身を余儀なくされるはずだった。 赤子のうちに森へ棄てられたディディアネを拾った奇特な老女が、ひとりでも生きてい けるようにと知りうるすべてを教えこんでくれたから、いまの女宰相ディディアネ・ヴィッ スリンがある。 「なあディー」 養育者の死後、森を出た七歳のディディアネは遺された紹介状を胸に水晶国の王都、王 立学校初等部へ。そこで知りあったのがユージウス・レピーベラ。 (あの頃から自信家でやかましい奴だったが) ともに学んだのは二巡年。 ディディアネはあっさり初等部の学業を修め終え、奨学金付きの特別進学を許可される。 レピーベラは魔術の才を伸ばすため王立魔術院の門をくぐり、道は分かれた。 まさか王宮で、宰相と筆頭魔術師として再会するとは思わなかった。 「なあって」 「いきなり顔を近づけるな、驚いたではないか」 「そろそろディディアネ・ヴィッスリン・レピーベラになんね?」 「わたくしに侯爵家の名を授けてどうする。おまえもバドミリオも養子が欲しければおの れの一門をあたれ」 「あのやろうっ……!」 女官に大人気の甘く整っているらしい顔を歪め、ユージウスは不機嫌にうなった。
大陸では魔力が低いとなにかにつけ不利に働く。 肩身は狭く、結婚をいやがられ、出世もできず、日陰暮らしとなるのだ。魔力なしと判 定されたディディアネを好きこのんで口説こうとする輩はいない。 かつて二巡年ばかり同じ学舎で過ごし、現在は王宮勤めであるという共通項だけで名家 の名をくれてやろうと言う二人はつまり、ディディアネを高く評価しているのか、とてつ もない慈悲の持ち主なのか。 (初等部の頃から仲がよかったな、レピーベラとバドミリオ) はじめて会ったその日から火花を散らし、二言目には胸ぐらをつかみ合い、頭突きと蹴 りの応酬を繰りひろげたほど。 喧嘩するほど仲がいい。 その実例をディディアネは知った。 「アンの戯言を真に受けるんじゃねぇぞ、ディー」 この男はときどき猫になる。 獲物を探して貪欲に光っているような目、ディディアネの頬に顔を寄せてこすりつけ、 唇の端をぺろりと舐めてきたりするところなど、その辺りの猫とまったく変わらない。 「私のディー……」 「む、ロロッシュ君、時間か。どけレピーベラ、わたくしはこれから会議だ」 迎えの文官が扉のところで所在なげに佇んでいた。 ずっしりとのし掛かる身体を押しやり、乱れた衣服を手早く直すと、ディディアネは宰 相の威厳をまとい、王宮に巣くう狐狸妖怪どもと化かし合うべく議場へと乗り込んだ。
よわい五百年の氷蜥蜴、ヌフ・ヌーヴーニの火薔薇を八本、神聖山脈の頂に輝く緑の金 剛石、暗黒樹の怪鳥ミッテとミーダンの風切り羽。 神子召喚に必要不可欠とされた神秘の魔具。 「みごとだバドミリオ。困難な使命、よくぞ果たしてくれた」 常人ならば十回死んでもなお一つたりとて物にできない品々を、彼が率いる一隊は三巡 月を留守にしただけで、すべて入手してしまった。 (北方大湿原地帯へは馬を休まず走らせても半巡年はかかるのだがな……魔術師団の助力 もあろうが、水晶王の騎士とは凄まじいものだ) 「近く水晶王陛下から直々にお褒めの言葉を賜るであろう」 「身に余る光栄にございます、宰相閣下」 「それまでは疲れた身体、存分に癒すがいい」 アンフィルダ・バドミリオ。 王立学校初等部でユージウスともども知り合い別れ、これまた王宮で再会した男。 初等部で二巡年を過ごし王国軍士官学校へ編入、武術と魔術を駆使する近衛騎士として 史上最年少で隊長位を拝命した。 (史上初の女宰相、史上最高の魔術師、史上最年少の近衛騎士隊長、か) その国は史上最強の水晶王が治めている。 十四の時、最優秀の成績で王立学校大学部を卒業したディディアネだったが、一件たり とも職の誘いはなく、これは在野の研究者として極めるべきだろうと準備を進めていた矢 先、王宮の使いが訪れ、第十三妃の御子の教育係として召し上げられた。 後宮で拝謁した第八王子は青白く虚弱で、あきらかに毒物の摂取からくる不調だと見抜 いたディディアネは、徹底的に周辺人物を洗いたてた。 はっきりいって十三番目の妃ともなると権力はないに等しい。後宮の暗部から子を庇う ことに懸命であった妃には、ろくな人材を招くことができなかったのだろう、そこへディ ディアネが引っかかったのは双方ともに幸運だった。 健康を取り戻した第八王子は生来の聡明さに加え、魔術の技と武芸を磨き、すばらしい 青年へと成長する。 大事に大事に、誠心誠意お仕えしたディディアネは、成人の儀に誇らしく立ち会ったも のだ。 あれやこれやがあって三巡年前、玉座とはほど遠い場所にいた第八王子が水晶王として 登極。新しく宰相として指名されたのがディディアネだ。 その後を追うようにユージウス・レピーベラ、アンフィルダ・バドミリオが相次いで抜 擢され、現在に至る。
椅子に腰かけ上品な仕草で茶器を傾けているアンフィルダが、 「ずいぶんと機嫌がよいですね」 いつもより若干、書類をめくるのが早いことで気づいたらしい。 「神子様がお心深くお優しい陛下に似合いの方であればいいと考えていただけだ、バドミ リオ。かの伯爵が招いた占者は当代一との評判でな、わたくしとて期待がある」 男女の魔力保有量が均衡していると懐胎しやすい。 さらに水晶王との相性がよければ国として大歓迎だが、果たして。 「……水晶王陛下を聖人のごとく敬えるのはあなただけですよ」 「なにか?」 「いいえ。ところでディディアネ、わたしが城を空けているあいだ、ユージウスがここに 通い詰めていたそうですが、あの魔術狂いに配慮は無用ですよ。邪魔をするばかりの者な ど摘み出しておやりなさい」 (ほんとうに仲がいいな、こやつら) 印を押した書類を秘書官に渡しながらディディアネは感心する。 バドミリオ子爵の第二子と、レピーベラ侯爵の弟。どちらも名門貴族であり、兄に何事 かあれば家を継ぐ身。同い年で幼馴染みかつ王宮でずば抜けた出世ぶりを見せあうとなれ ば意識するのも仕方がないのか。 「麗しきディディアネ」 この男はときどき変になる。 資料が欲しくなり気分転換もかねて秘書室へ向かおうとしていたディディアネを背後か ら抱きすくめ、遍歴楽師が歌う恋愛詩のような文句をささやきだしたアンフィルダ。 どこぞの姫君に捧げるべきを、宰相に誓ってどうする。 「わが両の手は海原をしてすすげぬ罪に染まれど、あなたへの愛はもっとも甘美で悩まし き罪。ディディアネ、わが貴婦人」 「バドミリオ」 「なんでしょう」 「チルセ・ガトゥド子爵令嬢から、不運にもすれ違いが続いている近衛騎士隊長に会わせ てもらえまいかという嘆願を非公式で受け取った。ジャクリフ男爵夫人は直接ここへ足を 運ばれ、バドミリオ子爵の二番目の息子を捕獲する許可を求めておいでだ。両方に承諾の 返事をしてもよいか?」 ディディアネの耳朶を食んでいたアンフィルダは、女官の熱い視線を集める冷ややかに 整っているらしい顔に笑みを浮かべると、お手本のような一礼をして宰相の執務室を退出 した。
そうして儀式当日。 王宮では水晶王以外の魔術は制限されているため、王立魔術院は星の塔での神子召喚と あいなった。 四代前の女王の御世、異界人の召喚を試みたとき、応じたのはたおやかな婦人であった という。水晶国の魔術の発展に貢献し、ふいに行方をくらましたとか。 (よもや男の神子様だったりしないであろうな……) いまさらな不安がディディアネの脳裏をよぎった。 水晶王ご臨席の中、夜更けからはじまり、怪しげな格好の人々が怪しげな呪文を唱えつ つ怪しげに蠢くこと三刻半。 数種の香木と数百の薬草を焚きしめた、怪しい匂いが充満する空間での怪しい儀式はつ いに頂点を極めた。 床に描かれた巨大な魔術陣があわい光を放つ。 と、瞬きひとつのあいだに、それは出現した。 (これが神子様か) 丸みのある豊かな輪郭は、まぎれもない女性。 肩を流れ背を覆い腰までとどく御髪は闇という闇を集めたように黒い。 お召しの衣服も夜を紡いで織りあげたかのような黒さだ。 抜き身の剣をたずさえて、その刀身も黒。 神子、などという物々しい響きから聖神殿にたむろする白くて繊細そうな連中に似てい るのではとの想像を裏切る、いっそ禍々しいまでの力強さ。 不敵な輝きをたたえた闇色の双眸をまっすぐに定めてくるこの威圧感、覇気。 (陛下に似ている) 素直にそう思った。 神子の眼差しの先にいる、水晶王その人に。 食い入るように見つめ合う男と女は、それだけで悟るものがあったらしい。 水晶王が立ちあがり神子をうながす。 神子は差し伸べられた手を躊躇なく取る。 二人の口元には獰猛ともとれる笑みが刻まれていた。 刹那のうちにかき消えた二人の姿を惜しみ、しばらくじっと動かないでいたディディア ネは、唇を締めつけ、両手をぐっと握り、精根を使い果たして倒れ伏す魔術師たちに近づ くと、おもむろに幼馴染みの背中を踏みつけた。 「よくやったレピーベラ」 ディディアネの心臓は破れそうなほどに高鳴っていた。 (陛下、陛下、おめでとうございます) 叫びながら走り回りたい気持ちを抑えかね、アンフィルダが適当なところで制止するま で、ディディアネは歓喜のままにユージウスを蹴り転がした。
水晶王と異界の神子が寝所にこもって一日目。 王宮の廊下をぴょんぴょん跳ねて移動しているのを女官長に見つかり叱られる。 「あんな可愛いことをして、ただでさえ多い信望者をさらに増やしてどうなさいます」 女官長の諫言はディディアネにとって難解だ。 二日目。 後宮の、正妃だけが使用できる白葡萄の間を開く。 黒葡萄の間に改称。 三日目。 ディディアネの仕事量は飛躍的に増えたが、幸せにうっとり蕩けた状態でかたっぱしか ら処理しまくり、まったく問題はなかった。 宮廷医から一巡月は安静をと言い渡されているユージウスは、土気色のご面相で長椅子 に横たわり、せめて医務室へとすすめても頑として動かない。 「ディーが笑ってるなんてはじめてだ……ずっと見てぇ……」 くぐもった声でぼそぼそ訴えていたが、ディディアネは水晶王付きの侍従からあがって くる報告書を読みこむのに没頭し、聞いていなかった。 四日目。 アンフィルダが執務室を頻繁に訪れ、ユージウスの様子をうかがっている。 普段は衝突の絶えない二人が静かなもので、親友とはよいものだとディディアネはたい そう感銘を受けた。 「あなたの色香にあてられた不埒者が襲ってこないとも限りませんからね」 黒いレースの大量追加発注とドレスの図案集に心を奪われていたディディアネに、その 言葉は届かなかった。
五日目、水晶王と神子はそろって朝議に現れた。 二人の溶けあった雰囲気がディディアネには嬉しくてたまらない。 「我が名はエク・オドー・アサルルヒ、<闇に咲く花>という。これより世話になる」 玲瓏とした声音で神子は告げ、重臣たちはうやうやしく上体を折り頭を下げた。 水晶妃の誕生である。 「そなた、宰相。あれなる王を育てた母にして姉よ」 水晶妃の信じられない呼びかけに息を呑んで水晶王の尊容を仰ぎ見ると、この世の誰よ りも秀でた造作のかんばせがゆるりと頷く。 (陛下、ああ陛下……!) 「そなたに感謝を。いずれ王のごとく我とも遊んでおくれ」 「喜んで、水晶妃陛下」 情けないことだが、感極まってわななくディディアネではそれだけを口にするのが精一 杯だった。 (王……いや、王子殿下との遊び。覚えていてくださったか) 稽古の息抜きがてら、王宮の隠し通路をくまなく調べあげて罠を仕掛けたり。 食後の菓子を賭けて貴族の弱みをいくつ掴めるか競いあい。 おたがい考え抜いた拷問方法を生きたまま捕らえた暗殺者に試すという他愛のない実験 に夢中になった夜。 無能な王族の優雅な排除とその実践といった、さまざまな課題を設けては果敢に挑んだ 楽しき日々よ。 第八王子がすべての面でディディアネを上回ったとき、水晶王として即位する。 (水晶妃陛下のお望みとあらば、不肖ディディアネ・ヴィッスリン、いかなる遊びでも全 身全霊をもってお相手させていただきます) 居並ぶ大臣たちの顔がみるみる青ざめていくのも知らず、ディディアネは決意を噛みし めながら水晶王と水晶妃へ永遠の忠誠を誓うのだった。 魔王と恐れられる王がいる。 数多の魔術師を束ね、血染めの騎士団を率い、のちに剣神と呼ばれる妃を娶った。 かの国を支えるは、知略によって名をあげた美貌の女宰相。 おわり ****** 読んでくれてありがとう
秀でたって 出っぱったって意味じゃない?
すぐれた、抜きんでたって意味でしょ 出っぱったなんて聞いたことないなぁ
投下乙 好きな世界観
額が秀でるって言い方はある
秀でた造作、だと 鼻とかアゴとかのパーツが出っぱってると読めなくもない でも普通は前後の文脈で きれいな目、綺麗な鼻…ということが言いたいということを分からない人はいないから 問題はない
396 :
名無しさん@ピンキー :2010/01/27(水) 12:53:24 ID:oFt1LEBD
保守
保守
ある日の風景―バレンタイン― 注意書き ちょっとフライング、バレンタインネタ 表記は迷ったが、バカ×バカ 2レス 息抜きにどうぞ
「ま、マズイ以外の感想は受け付けない!」 ひょっとして、それを言うなら「ウマイ以外の感想は受け付けない」では無かろうか。 叩き付けられるようにして机の上に振り下ろされた小振りの紙袋に目を遣りつつ、彼は目の前の 人物に向かって心の中で突っ込みを入れた。 「言っとくけど、これはアンタへの日頃の感謝を形にしただけであって、断じて本命とかじゃないん だからね!」 初っ端の台詞をリアルで突っ込むべきかを決めかね、半ば呆然と見上げて黙考していた彼に対し、 発言者も言うだけ言ってそっぽを向いた為、流れゆく無言の時間がイタズラに長くなるにつれて 彼女はちら、と彼に視線を送るようになり、更に彼が苦悩するが故に沈黙を貫いていると、 彼の方を向く度に妙にそわそわとした態度をあからさまにし始め、仕舞いには、 「早く開けなさいよっ」 と、怒鳴った。 今、ここで? 彼は三度見返し、次いで眼鏡のブリッジを押さえながら教室内に視点を移した。 今日はバレンタインデー。 男にとってチョコレートが貰えるか否かで幸せな日とも空白な日ともなり得る、凄まじくその境界が 明確になる日――。 その明暗がはっきりと出る空気が一緒くたになるこの教室その他諸々の場所は、既に混沌と 呼ぶに相応しい様相を呈していた。 先ほど、「チョコレートもらっちゃったぜっ」と教室に入るなり叫んだ本日の天国便チケットを 手にした男は、厳かな雰囲気を纏った連中に自ら飛び込み手荒い祝福を浴びた後、彼の斜め 前の席でだらしなく緩む表情を隠そうともせずに包みを抱えて間抜け面を晒し、聖者モドキらに 舌打ちされている。 幸せな奴だ、と彼は独りごちたばかりだった。 「それとも何、……いらないって言うの?」 「〜〜っ 待て!」 泣かれるのは困る。 急落した声のトーンに何かヤバイ展開になりそうな空気を感じて咄嗟に叫び、続く言葉を三秒間 吟味した後、 「……いる。…もらう」 彼は周囲に目を配りながら憮然と答えた。
男には時として袂を分かとうとも、同性の仲間よりも異性の他人を選ばなければならない事もある。 中々に周囲の耳目を集めてしまった以上、囃されるのは覚悟の上での返事だった。 「何よ、最初っから素直にそう言えばいいのに!」 少女は一転して表情を輝かせ、先ほどの表情が演技だと思えるくらいに鼻息荒く、高慢ちきに 宣った。 彼は諦めて読んでいた文庫本を机の中に仕舞い、目下のやたらと煌びやかな赤い包みへと 手を伸ばした。 彼がその繊細な包みの開封に手間取っている間(何しろ、ちょっとでも雑な扱いをすると烈火の 如く怒るので)、目の前で眉間に皺を寄せながら髪を撫でたり、何やら口を出したそうにしていた 小柄なツインテールの少女は、はらりと包装を取り払った途端、目に見えて息を呑んだ。 その光景を目の端に捉えながら、彼は小箱の蓋を開ける。 小さな化粧箱に収められた丸い塊は、トリュフと呼ばれる物だった。 シンプルなココアで覆われたものから上部にチョコレートの線が描かれたもの、刻んだココナツ やホワイトチョコレートでコーティングされたものなどそれぞれ工夫が凝らされており、見た瞬間に 思わず感嘆の声が漏れた。 「……ウマそうだな」 「でしょう? この私が三ヵ月も前から準備して完成させたんだから、マズイはずが無いわ!」 「三ヵ月も前って秘伝のタレじゃあるまいし、腹壊したりってことは……?」 「違うわよっ! 三ヵ月って言うのは、お菓子の本で何を作るのかを悩んだり、試作して何をあげるか を決めるまでの総合的な期間の話で……って、あ、…な、な、何言わせるのよ! 早く感想聞かせ なさいよっ」 怒鳴られるのにも慣れたもので、言われずともその結わえた髪がピョコピョコ揺れている間に、 彼はココアの塗された一粒を摘んでいた。 じわりとココアの苦味が舌に広がり、噛むと風味が爆ぜてチョコレート独特の甘ったるい香りが 鼻から抜けてゆく。 「……ふむ」 「ど、どうなの……?」 彼は今一度、自分へ問うた。 「マズイ」 眼鏡が飛んだ。 (おそまつ)
>>399 危ないw人前で噴くところだったww
どっちのバカも可愛かったです、GJ
酒保
圧縮きそう…
405 :
名無しさん@ピンキー :2010/02/21(日) 21:17:13 ID:fNsMIRYj
心配だから保守しておこう
>>399 いまさらだがGJ!味噌汁フイタw
いいなあ甘いなあ
緊急ほしゅ
つ
796
軍板で触れられてるの見てきました ◆ZES.k1SA.I氏スゲーw 生粋のエロパロ民なのに気付かなかった… 再開して欲しいな
肌に刺すような空気を感じながら、静まり返った住宅街を歩く。 私のはいているブーツの音だけがカツカツと響き、街灯が私と彼を仄かに照らしている。 「あ…雪だ」 「……本当」 彼の声に見上げると、白く綿毛のような雪が黒く染まった空を舞っていた。 毛糸で包まれた右手を宙へと伸ばすと、雪はそこへ静かに着陸し小さな水溜まりとなり、やがて消えた。 何度かそんな事を繰り返していると、しばらく黙っていた彼に 「寒いし、そろそろ帰ろ。な?」 と言われて、そのまま自宅まで連行されてしまった。 途中、あまりに強引な気がして一言物申そうと彼の横顔をちらりと見ると、 無言ながら話かけるなオーラを放っていたので、恐くて何も言えなかった。 先程まで着ていた上着を脱ぎこたつに入ると、その心地好い温もりに急に睡魔が襲ってきた。 「なぁ…まだ怒ってんの?」 彼が私の両肩に手を乗せてきた。私が下を向いたまま黙っているので、機嫌を損ねていると思っているようだ。 ふと彼の手の重みが両肩から消えたと思った次の瞬間、私は首にとても細く少しひやりとした何かを感じた。 「え?」 咄嗟に両手で掴み、目の高さまで持ち上げた。それは繊細にデザインされたネックレスだった。 部屋の明かりに照らされ、小指の先サイズの雪の結晶がキラキラと光る。 訳が分からず彼の方を向くと、そこには満面の笑みを浮かべる彼がいた。 「誕生日おめでとう、ミホ。どうしても一番先に渡したくってさ…本当に悪かったよ」 彼の言葉に視線を壁にかけた時計へと移す。ちょうど夜の十二時を数秒過ぎたところだ。 「あ…ありがとう、アキト。私こそ、ごめんね」 サプライズに嬉しくなり、思わず彼に抱きついた。 服越しでも彼の心臓が私のと同じようにと、はやく脈を打っているのが分かった。 彼がさらに強く抱き締めてきた。 「これ、ずっと大事にするから…」 「そうしてくれると嬉しい。次は何がいい?」 「もう〜気が早すぎるよ…」 そう言いながら、次は指輪がいいなと思ったのは、彼には内緒だ。 End.
保守
保守
保守
415 :
名無しさん@ピンキー :2010/04/24(土) 22:47:20 ID:Ja2/Mmjr
age
自動音声に何とか萌えてみたいが、記憶が曖昧 そのまま適当に書いた。保守ついでにどうぞ お電話ありがと〜。 こちらは、七色猫の再配達受付センターですよ? 本日の営業は終了しちゃったので、音声案内になっちゃうけど、私の質問に優しく答えてね? まず、伝票番号をプッシュしてほしいな? あ、急がなくて良いよ。ゆっくり、確実にね。 「○」 うん、えーと、確認しま〜す。 ○ で、良いかな? 良かったら1を、修正するなら2を、優しくプッシュしてね? 「1」 もう、せっかちさんなんだから。 じゃあ、次にお届け希望日を4桁でよろしく! 出来れば、すぐに会いたいなぁ。 「0506」 ありがと。確認するね? 5月6日 で、良い? 良かったら1を、修正するなら2を、じゃあ今度はもっと優しく、プッシュして? 「1」 長押しし過ぎ。もう、優しいにも程があるんだから。 次に、ご希望の時間帯を訊いちゃいます。 1:午前中、2:12〜14時、3:14〜16時、4:16〜18時、5:18〜20時、6:20〜21時、全部でこの6つの中から選んでね? じゃ、入力お願い。 「6」 確認します。 6の、20〜21時 それでも良い? 良かったら1を、修正するなら2を……もしくは、他に何かあるなら3を押してね? 「3」 でも、ダメだよ? あなたの為だけに深夜配達なんて…してみたいけど。 もう一度、1か2で答えて下さ〜い? 「1」 今一瞬、また3を押そうとしなかった? ふふ。ひょっとして、すぐ調子に乗るタイプ? 最後に、受取人つまりあなたの家の、電話番号を教えて? 「●」 繰り返します。 ● なの? 良かったら1を、修正するなら2を押してね? ちょっとドキドキしながら、待ってる。 「1」 承りました。あなたは一体どんな人かな? …楽しみ。 じゃあ、これで用事が済んだ人は1を、他に再配達を希望する欲張りさんは2を、プッシュ! 「3」 入力が確認出来ないよ……本当は、もっと私とお話がしたいのかな? 嬉しいけど、ダメだよ? ね? もう一度、1か2。 「3」 もう…しつこいと嫌われるよ? 私はそんなあなたが、少し気になっちゃうけど。 けど、これ以上別のボタン押したら、もう受付しないよ? さあ、1か2を押して? 「1」 ふふ…お電話、ありがとう。お荷物しっかり届けるから、今度はちゃんと受け取ってね? じゃあ、また不在通知を見つけたら、かけてきて? ばいばい? ぷつん。つーっ、つーっ、つーっ。 「3」 「3」 「3!」 完
かわいい
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これだけ過疎っても落ちない。 ある意味すごいと思ったが、規制で書き込めない人が多いのかな。
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逆転裁判スレとキャラスレに投下したSSのエピローグ的な話。 エロくない上にどこにも救いがなくなったので、こちらを間借り。
見舞いの手土産に何を持っていこうか散々迷い、まずは白と黄色の可愛らしい花束を 選んで、そこで色気より食い気の少女には食べられるものの方が喜ばれるだろうと思い 至り、籠に各種フルーツが入ったセットを手にし、ふと冷蔵庫を見たらちんまりした チョコレートケーキがあってああそういえば二人とも甘いものが好きだったなと思い出し ゼリーとマジパンを載せたケーキをふたつ買い求め。 病院の売店レジで会計を済ませる段になって、御剣怜侍は自分の手が二本しかないのに 気がついた。 「ム」 眉間にヒビを入れる御剣に、店員が気を利かせて大きなレジ袋を用意してくれたから いいものの、そうでなければ御剣は大いに困ったことだろう。荷物持ちに便利な刑事は 今日は同行していない。 片手に花束を抱え、もう片方の手にはかさかさ鳴るレジ袋を提げ。御剣は病院の廊下を 歩く。淡いクリーム色の壁へ、窓から差し込む陽光が模様を描く。何かに似ている、と 考え、考え──(ああ。そうか) 鯨幕だ。 父親の葬儀で、十歳だった御剣は、こんな模様の前でずっと座っていた。 午後の浅い陽光と。窓に規則正しく嵌められた鉄格子のつくる影のなか、御剣は表札の ない病室の前で足を止めその扉をノックした。 中の話し声が潜まり、ドアがほんの僅か開いて。 「あ! みつるぎ検事さん!」 ドアの向こう側から見上げてくる春美へ、ぎこちなく笑いかける。 「まあ、おみまいに来てくださったのですか?」 「うム。もっと早くに顔を出せれば良かったのだが……すまない」 「そんな! どうぞお入りになってください──真宵さま、みつるぎ検事が来てください ましたよ!」 「ホント?!」 おみやげもたくさん持って、とはしゃぐ春美に輪を掛け明るい声が響く。 「うわあ、いらっしゃい、みつるぎさん!」 「……ああ」 ベッドに身を起こし屈託なく笑う真宵へと手土産を見せ、御剣は考える。 自分は、今、この少女に“普段通り”接していられているだろうか。と。 ケーキにはしゃぐ真宵、花束を受け取り手際良く花瓶に生ける春美。何も変わらない ように見える。真宵が髪を切り、ベッドに横になっている以外は。春美の笑顔に痛々しい 明るさが混じる以外には。 視線が。制御できない。「ケーキ、ふたつしかないですよ?」と首を傾げる真宵へそれ はキミたち二人への土産だから、と答えながら、御剣はついソコを見てしまう。毛布の 下。にこにこ笑う真宵の、腹。“今のところ”なだらかな曲線しか見受けられない部位を 見てしまう。 不意に。ノックが響いた。 春美がびくんと身を竦ませ、「綾里真宵さん。検温ですよ」きびきびした看護士の姿に ほうっと息を吐く。 「では、わたくし、くだものを切ってまいりますね」 よいしょと持ち上げる春美から、御剣が果物籠を取り上げる。目をぱちぱちさせる春美 へ、「私も手伝おう」 「まあ! お客さまに、そんなことはさせられません!」 「いいから。それに、ここにいたら看護士さんの邪魔になる」 御剣の言葉に、三十手前くらいの看護士は明るく相槌を打ち、「十分くらいで終わり ますよ」と声を掛けてくれた。 やたらと恐縮する春美と共に、給湯室へ向かう。そこまで荷物を運んでしまうと、御剣 にはやることが無い。何しろりんごの皮を剥けば残る実より皮の方が分厚くなる不器用 ぶりだ。というわけで、御剣は春美が持参のぺティナイフでりんごの皮をくるくる剥く 様を横で眺めていて、「みつるぎ検事さん」
沈黙を破ったのは春美だった。 「本日は、真宵さまのおみまいに来てくださって、ありがとうございます」 いや、と、御剣は呟き。「キミもだ。春美くん」 春美は答えない。ナイフを握る手が微かに震えている。 「キミと、真宵くん。二人の、お見舞いだ」 春美は無言のまま、りんごの皮剥きを続けている。ぷちんと、ひとつづきになっていた 皮が切れて、流しに落ちる。春美はぱちぱち目を瞬かせ、「切れてしまいました」と、 くしゃりと笑った。御剣はどう答えればいいのか分からなかったので、気にしなくても いい、とだけ言った。 御剣は呼吸を整え、「春美くん。真宵くんは、」 そこから先が出てこなくて絶句する。聞きたいことはたったひとつなのに、「四ヶ月 です」 「――」 「もうすぐ四ヶ月です。真宵さまも、赤ちゃんも、お元気です」 明るい声だった。 痛ましいほどに、弾んだ声だった。 御剣は、ゆっくりと、息を吐いて──この質問を小学生の春美に対して行ってもよい ものかどうかを判別できぬまま、問う。 「真宵くんは、産むのか」 「はい」 迷いのない、即答。 ──真宵と春美が被害者となった、監禁事件。そこで何があったのか、検事である御剣 は知っていた。そこで 本 当 は な に が あ っ た の か 、綾里の事件に関わった経験 のある御剣は、他のどの検事よりも理解していた。 にこにこ笑う真宵。しあわせそうな真宵。――壊され、幸福を感じることしかできなく なった、綾里真宵の残骸。 せめて想い人であった成歩堂龍一の子であれば良かったのだが──そんな風に考えて いる自分に気づいて、嫌になる。誰の子であっても真宵が犯され孕まされたことには違い ないのに──ああでも、成歩堂の子なら、真宵は喜ぶだろうか──ほんとうのほんとうに 喜んだかもしれない──「男の子がいいです」 え、と、聞き返す声は、我ながら間の抜けたものだった。 春美は繰り返す。「男の子が、いいです」 「そ、そうか。うム」 何が“そうか”でなにが“うム”なのか自分でも分からぬまま相槌を打ち。「だって」 春美の、暗く沈んだ瞳に言葉を失う。「女の子は、倉院の里にとられてしまいます」 「な、に?」 春美のちいさな身体がぐらぐら揺れる。声も虚ろにぐらぐら響く。 「真宵さまは、もう、家元のおつとめが、できません」それはそうだ──あんな状態では ──「わたくしも、もう、里には戻れません」――そんなことはない、と言ってやりた かった。けれど言えない。彼女のせいではないと言うしか出来ない──「だから、」 「綾里には、供子さまの血をひく、女の子が必要なのです」 春美の目は。がらんどうで、乾いていた。 「男の子だったらとられません。男の子だったら、綾里には男の子は必要ないから、綾里 がほしいのは霊力のある女の子だから、男の子ならずっと真宵さまが育てていけます。 わたくしも、いっしょうけんめいお手伝いします。だから──でないと──!」 「春美くん!」 咄嗟にぺティナイフを叩き落とす。春美の柔らかな肌ならあっさり傷つけてしまえる 刃物が、流しに跳ねて。
「あ」 それで。春美が決壊する。 「だって──真宵さまには、もうほかになにも、わたくしも、真宵さまのおそばにいては いけないのに、けど、真宵さま、真宵さまにはもう──ちっ、千尋さまも、舞子さまも、 なるほど、くん、も、――わたくしたちさえいなければ──でも、わたくしがいなく なったら真宵さまはひとりに! わたくしは真宵さまを苦しめるだけなのに、だから、男 の子、真宵さまの大事な──だいじな──!」 ぼろり。と。一粒だけ、虚ろな瞳から涙が零れて。 「真宵さまああッ! わたくしさえっ! わたくしたちさえいなければあっ! ごめん なさいごめんなさい──!」 甲高く迸る謝罪に、鈍い音が混じる。それが何かを理解した瞬間、御剣の背筋が凍る。 春美がその細い腕をステンレスの流し台に叩きつけた音だった。音は続く。声も続く。 御剣が春美を羽交い締めにし自傷は止むが、金切り声はどんどん高くなる。春美の幼い 行動に御剣は驚き──(違うだろう!)――違う。これが、春美本来の年齢なのだ。酷く 傷ついた少女が陥って当然の狂乱なのだ。暴れる春美の拳が、御剣を打つ。けれどヒトの 肉を殴っている方が流し台を殴るよりは痛みが少ないだろうと──少なくあって欲しいと 願い、必死で抱きかかえる。 ぱたぱたと足音が近づき、「どうしました!」厳しい顔つきの看護士が給湯室に入り、 御剣と、泣き喚く春美を見て。 「――先生を呼んできます。もう少し押さえていて下さい」 御剣は、頷く。 看護士は、医師を連れてすぐに戻ってきた。てきぱきと看護士が御剣から春美を奪い、 医師が装束の左袖をまくりあげ。 そこに。多数の、青紫の注射痕を見つけ。御剣は呻く。 医師は微かに眉を動かしただけで何も言わず、反対側の袖をまくり、肘うらの注射痕が まだ少ないのを確認してから、注射を打つ。ひくん、と痛みからか春美が震え。静かに、 しゃくりあげる。 「さ、春美ちゃん、お部屋、戻ろうね?」 抱きあげた看護士の言葉に、春美がかくんと頷く。単に鎮静剤が効力を発揮しただけ かもしれないが、とりあえずこれ以上自分で自分を傷つける心配はないだろう。 御剣が足元に目を落とす。 半ばまで剥かれたりんごが、床に転がっていた。 『どうしてまだ巌徒海慈は捕まらないんだい?』 御剣が友人と最後に交わしたのは、そんな会話だった。 あれは病院のロビーだっただろうか。廊下、それとも病院以外の場所。あれは昼だった ろうか、夜だったろうか? 『なあ、御剣』 昏い目をした友人。成歩堂龍一と最後に会ったのは、何時、何処だっただろう? 「どうしてまだ巌徒海慈は捕まらないんだい?」 成歩堂の言葉に嘲りの色を嗅ぎ取り、御剣は不快げに眉をしかめた。怒鳴りつけない のは、彼が巌徒の犯罪の被害者だったからだ。被害者がいつまで経っても事件を解決でき ない司法に対し不満をぶつけるのは当然のことだったからだ。だが、二度目の、同じ問い のなかにはあからさまな嘲弄が含まれていて、元々丈夫ではない堪忍袋の緒が切れた。 「バカにするな! キサマ、警察も検事局もナニもしていないとでも言うつもりか!」 「へえ、違うの?」 「な──!」
そこで殴りつけなかったのは、御剣の自制心がかろうじて機能したのと、顔を背け 「分かってるよ」と呟く成歩堂の姿に、怒りの行き先を見失わされたからだ。 「ぼくも、ニュースくらいは見るよ。検事局、大変なんだろ」 重苦しい沈黙が漂う。“大変”なのは、何も検事局に限った話ではなかった。かつて 地方警察局長の地位にあった巌徒海慈が、法曹界各所にバラ撒いた告発文書──虚実と 確かな証拠をとりまぜた、司法の不正を示唆する文書は、法曹界に混乱を起こしていた。 汚職、不正捜査、事件自体のもみ消し。告発対象は警察局内に留まらず検事局、裁判所 にも及んだ。 四十年を捜査官として、警察官としての最後の二年を警察局長として生きてきて、 しかも自身でも証拠の捏造や隠蔽といった不正捜査を行ってきた巌徒だ。他人の不正を 知り得る機会も多かっただろう。それを、あらいざらいどころか脚色までつけてブチ 撒けたのだ。 どれが真実なのか。 どれがウソなのか。 法曹界は混乱の極みにあり、上の混乱は現場捜査にまで悪影響を及ぼしていた。 そう。被害者を散々傷つけて解放した誘拐犯を野放しにするほどに。 御剣自身も無傷ではいられなかった。むしろ、突き上げの酷い部類に入るだろう。二年 前、師と仰いでいた検事が証拠の捏造と殺人罪で裁かれたあのとき、弟子であった御剣も 厳しい査問にかけられた。二年前の御剣への追及は、中心人物であった巌徒海慈が殺人罪 で逮捕されたこと、査問対象である御剣が失踪したことでウヤムヤになったが、今度は そうもいかないらしい。否、二年前に棚上げになった問題があるからこそ。批判しやすい 部分があったからこそ、御剣が槍玉にあがるのだ。 誰も泥なぞ被りたくない。 ヒトリを叩いていれば、その間、自分は安全圏にいられる。 スケープ・ゴート。 ──そしてこの山羊はまっさらな白というわけでもなかったのだ。 「御剣」 「ム」 「やせたな、オマエ」 「……キサマに、言われたくはない」 成歩堂が笑う。空疎な笑いだと思った。 「――法で」 ぽつりと。成歩堂が、呟く。 「法が、アイツらを裁けないなら」 ぐずりと。喉元にせり上がる、無形の吐き気。御剣は瞠目する。眼前のコレはダレかと 目を凝らす。 「法廷以外の場所で裁くしかないよな──?」 暗い。淀む声。暗い場所を見つめる淀んだ眼差し。 「成歩堂、キサマ、ナニを」 「アイツはさ、」声は、暗く沈んで──沈み過ぎて、かえって晴れやかだった。「とっ 捕まえて死刑にすればいいんだけど。ちなみの方はそうもいかないよな。何しろもう 死んでるし」 「成歩堂、ナニをする気だ!」 沈黙。 「決まってるだろ」静かな。それはそれは静かな。「裁き、だよ」 ――待て。と。御剣は、止めたのだ。 警察に、検事局に任せろと。法の裁きに任せろと。どちらでも成歩堂の翻意には至らぬ と知り。最後に、御剣は言った。
「真宵くんを、置いていくつもりか」 沈黙。沈黙。「アイツらは」――冷ややかな、憤怒。「アイツらが、真宵ちゃんを 滅茶苦茶にした」 赦せるわけがないだろう? 激情。押さえに押さえて却って均された感情。 「だからといって、真宵くんをヒトリにするつもりか?!」 「はみちゃんがいるよ」 「そうだが──いや、そうではない! 普通の状態ならまだしも、真宵くんは、」 その先を言い損ね。御剣は眉間のヒビを深くする。 成歩堂はそんな御剣をじっと見て。 「ぼくの子どもじゃないから」 信じられない台詞を、吐いた。 御剣は唖然とし、「今、何を言った」「真宵ちゃんのおなかの子はぼくの子じゃ」 今度は、自制が効かなかった。 「そんなこと」 痛む拳をかかえてぜいぜい息する御剣と、片頬を腫らし口内に指を突っ込んで欠けた歯 を取り出す成歩堂。かたや怒りに震え、かたや感情の抜け落ちた様子で向かい合う。 「そんなコト、誰に分かる!」 「分かるさ」 「DNA検査でもしたのか?! していないだろう! していたとしても、キサマ、それ でも」 「寝てないから」 奇妙な。有り得ない。あるはずがない、言い訳とすれば最悪の台詞が聞こえた。 「ぼくは、真宵ちゃんと、セックスしていない」 詰れなかったのは。こちらを見る成歩堂の、目が、表情が、乾いて、澱んで。 「勃たなかったんだよ」 「な、に」 「勃たなかったんだよ──なあ分かるか御剣。好きな女の子がさ、すっぱだかで、キス して、もっとすごいコトもしてきて、大好きだって言ってくるんだぞ? なのにこっちは ──好きなのに、応えたいのに、──ああ分かってたよもう壊れてたって。それでも応え たくて、でも駄目で。そのうちその子が『ごめんね』って『あたしじゃダメでごめんね』 って──!」 声が、感情を帯びる。怒りと、自己嫌悪。 「情けないよな? オトコとして、サイテーだよな?」 仕方がないと思った。監禁、薬物投与、脅迫、強制された性行為──異常な状況下での 勃起不全は、もう、どうしようもないことだと。 「なのに」 ――なのに。成歩堂の告白は、予測を上回り。 「犯されるのを見て、興奮したよ」 声は、もう、無感情とは程遠い。自分が受けた苦痛を屈辱を。真宵に与えられた苦痛を 絶望を眼前に蘇らせて、わななく。 「目の前で、アイツに、ちなみに、真宵ちゃんが、犯されて──喘いでいるのに! 信じ られるか?! 勃起したんだよ、ぼくは! 真宵ちゃんが犯されてるのに、口では止めろ って言いながら──そして、最後は、ゴドーさんだ! 真宵ちゃんはぐちゃぐちゃで 疲れてふらふらで──嬉しそうに、それで、嬉しそうに、『なるほどくん』って──!」 ぶつり。と。 告解が。途切れる。 「真宵ちゃんのおなかの子は、十中八九ゴドーさんの子だよ。アイツは年齢のコトがある し……まあ、絶対ない、とは、言いきれないけどね」 元気な年寄りだよね、と笑う調子は。冷え冷えとした平坦さで満ちていた。
御剣は、何と言えば良かったのだろう? 待て、と。警察を、検事局を。この国の司法 を信じろと言えば良かったのだろうか。 「ぼくは、ぼくなりのやり方でアイツらを裁くさ」 その。痛みは、悔恨は。 真宵を置いていく理由にはならないと、言えば良かったのだろうか? 「じゃあな、御剣。――真宵ちゃんと、はみちゃんを、よろしくな」 御剣怜侍は、成歩堂龍一を止められなかった。 だから、御剣はまだ此処にいる。 春美を彼女の病室まで見送ってのち。真宵に一人で会う気力が足りず、査問会の時間が 迫ったのを言い訳に、御剣は病院の受付に剥きかけのフルーツと帰る旨の伝言を託し、 病院を出る。日差しは傾き始めている。もうすぐ夕暮れだ。 懐から携帯電話を取り出し電源を入れ、留守録を確認する。 一件。 かけてきたのは──心臓がごとごと言い出す。着信の名前は見慣れたもの。糸鋸圭介。 携帯の履歴にうんざりするほど並ぶ、部下の名前。強張る指を叱咤しボタンを操作する。 メッセージを再生。 『御剣検事ッスか?! イトノコギリッス!』そんなこと見れば分かる、この電話の用件 を、早く、早く、『――で見つかった遺体が、』早く。『ガント局ちょ──巌徒海慈の モノと、確認が取れたッス』 携帯が、握力に耐えかね軋んだ。 身元の確認に、日数を必要とした遺体。身元を示す所持品が、なかったからだ。 身元の確認を困難にするほどに、徹底的に、けれど完全に隠すほどではない、そんな 具合に“破壊”されていたからだ。 今日は署に泊まるからいつでも来て欲しい。糸鋸のメッセージはそう伝えて終わる。 御剣は、終了のボタンを押す。 「バカが」呟く。 「戻らない気か──真宵くんを、置いていく気か」 ここにいない、踏み越えてしまった友人の名を、呟いた。 この邂逅が何時のことだったのか。夜のことか、昼のことか。何処であったのか。誰が 望んだものなのか。当事者以外には、誰も知らない。 追い詰められたのは女。容貌だけなら愛らしく清純そのもの、汗と汚れがべったり貼り つく衣装は相応しくない。 だが、女は笑っていた。恐怖が、眼前の“死”が怖ろしくて、却って笑いが止まらない という風だった。 追い詰めたのは男。かつて胸元に誇らしげに輝いていたひまわりのバッジは、もう何処 にもない。あるのは、この国では一般人の所持が禁じられている凶器。銃。ヒトを殺す 道具だけ。 男は薄く笑っていた。感情がぐるぐると渦巻いて、それ以上の表情を作ることが出来な かった。 「終わりだよ」 低く、男が囁く。「随分、長く追いかけたけど。もう、終わりだ」 「ふ…ふふ、いいのかしら? このカラダは、綾里の、」「関係ないね」 がちん、と、銃の安全装置が外される。 「別に。そこまで驚くコトじゃないだろ? オマエだってアイツを見捨てて逃げた。目的 のために他を犠牲にするのが、そんなに珍しいって?」
女は顔色を失う。 生前“美柳ちなみ”の名で呼ばれた彼女は、死者だった。他人の身体を乗っ取ることで かろうじて存在しているモノだった。今依り代としているのは、遠い親戚にあたる女だ。 名前は、知らない。“綾里”の姓といくばくかの霊力を持つという以外には、ちなみは 彼女のことを何も知らない。 だが、男は違ったはずだ。 死者であるちなみを追うため、霊媒を生業とする倉院の里へ協力を求めた彼は、依り代 の女を知っていた。言葉を交わした、“家元様”を奪われ怒りに燃える彼女に、彼は自分 も同じ気持ちだと頷いたことさえあった。 それを。 「成歩堂…龍一ィッ!」 恐怖と怒りで天使のかんばせを引き攣らせるちなみに、成歩堂は表情ひとつ変えず銃口 を向ける。 もう、二度目だ。失敗はしない。余裕さえある。 これでおしまい。 終わり。そうしたら、これで、 「これが、真宵ちゃんを傷つけたオマエたちへの罰だ」 もう一度、やり直す。 「――」 「――?」 命乞いが。罵声が。あるはずの声が、無い。 「――な」 ちなみは。哂っていた。 「ふ、ふふ……っ、ははっ! “真宵を傷つけた罰”! つまり、アンタは真宵のために アタシを殺すってわけね!」 「そうだよ」 ひたり。笑声が止み。「ウソね」 ちなみは。恐れる、というより。嘲る、というより。何か、ひとつ、腑に落ちたという 顔をしていた。 ああ、と、かたちよい唇が動く。 そう。コレが“逃げる”ってコトだったわけ。 「何を、」 「アンタが殺すのは真宵のためじゃない。アンタの、ためでしょ?」 に、と、朱い唇が弧を描く。「裁き? 罰? ハ、笑わせないでよ。アンタは、アンタ が“そう”したいから“そう”してるだけでしょ?」 一拍。 「アタシたちと、おんなじじゃない」 「違う!」 否定。哄笑。「ああそうね──アンタは、アタシたちより酷いわよね!」 「何を──」 「違うっていうなら、教えてよ。ねえ、成歩堂龍一」 どうして、と、ちなみは問う。「これが“裁き”だ“罰”だって言うのなら──なんで アンタ、巌徒海慈を殺すのを、あんなに楽しんだの?」 楽しんだ。呆然と成歩堂がオウム返しに呟き、「違う」 「へえ、違うの?」 「違う! ぼくは真宵ちゃんのために──!」 狂笑が、弾ける。 「ええ、ええ! 信じてあげてもよろしくてよ、“弁護士さま”?! さっきアタシに 聞かせたこと、全部そっくりそのまま綾里真宵にも伝えられたらね!」 成歩堂の顔色が変わる。
「どうしたのよ“弁護士さま”! あんなにイキイキ語ってらっしゃったじゃないの! 巌徒海慈がどんな風に死んだか、どれだけ時間がかかったか──下手に鍛えてたから 苦しいのが長引いた、とか、どれだけみじめな末路だったかとか! クソだの小便だの 洩らしてクソみじめに死んでいったの、とか!」 「止めろ」 「アタシが、巌徒海慈と同じように、どれだけみじめに苦しんで死ぬか、」 「やめろ」 「アンタが殺すのをどれだけ楽しんだか、全部! アンタが“復讐”するために捨てた、 綾里真宵に、全部!」 「やめろおおおッ!」 銃口が跳ねあがる。 引き金に指がかかる。 撃鉄が、起こされる。 ちなみは、動けなかった。動かなかった。 冷ややかに、嘲るように、──復讐の完遂を、祝うように。成歩堂を見て。 「“ようこそ”」 ――彼女にとっての何度目かの、今度こその、完全な“死”の瞬間。 「“ようこそ、コッチ側へ──成歩堂龍一”」 霊媒のチカラを持たぬが故に捨てられた女は、確かに死者の言葉を語った。 そして、静寂。 綾里真宵は歌を歌っていた。ヒーローものの長寿シリーズ・トノサマンの初代テーマ ソングだ。 「へーいわーをーまもーるぞー、ぶーちーこーろーせー」 情操教育には些か不適切な歌詞を口ずさみながら、胸に抱く赤子をあやす。その表情は 穏やかで、幸福そのものだ。だって赤ちゃんも真宵も健康そのものだし、病院のお医者 さんは右も左も分からない真宵に色々教えてくれるし、看護士さんはみんな親切だし、 春美はなにくれとなく世話を焼いてくれるし──その春美がさきほど血相を変えて病室を 飛び出したことを。真宵が赤子を抱く時は傍にいてくれる看護士が「なにも心配しなくて いいですからね」と言い残してやはり病室を出たことを。真宵はもう覚えていない。 「あ」 赤子がまばたきしたような気がして、真宵は目を凝らす。この子はなかなか目を開けて くれなくて、目玉が溶けてしまうんじゃないかと──お医者さんには笑われたが、真宵は 気が気じゃなかったのだ。 真宵は微笑む。 幸せそうに。母性に満ちて。 「だいじょうぶだよ」 ――その言葉は、誰に対してか。胸に抱く吾子にか。病室のドアの向こうで半狂乱に なって叫ぶ春美にか──やめて。やめて。もう真宵さまからなにもとっていかないで── それとも。これから目にするモノを予見する、綾里真宵の、最後のカケラにか。 ドアが開く。 赤子の目が開く。 真宵は微笑む。 「大丈夫」 ――“なるほどくん”は、最後にはいつだって助けに来てくれるんだから!
投下終了。480kb越えたのでスレ立て挑戦してきます
才能がもったいない