【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part11【改蔵】
「は?じゃありません。お兄様、いつもおっしゃっていたじゃないですか。
自分は、両親がクリスマスに浮かれてできた子供だ、って。
でも、今のお父様とお母様のお言葉、聞いてらしたでしょう?
…お2人は、本当に、心からお兄様を望まれていたのですわ。」
「…。」
望と倫の前の場面が切り替わった。
辺りに赤ん坊の泣き声が鳴り響く。
「妙…よくやった!」
「あなた…見て、元気な男の子。」
妙の腕の中の赤ん坊を覗き込む2人の顔は、喜びに溢れていた。
「ねえ、あなた…私、この子を、望、と名づけたいと思いますの。」
「望…良い名だな…この子は、私達の望みを受けて生まれたんだものな。」
「…名前をつける前に、自分達の苗字を考えて欲しかったですけどね…。」
望は呟いたが、その声音には先ほどのようなとげとげしさはなかった。
自分では気がつかなかったが、望は柔らかい表情で目の前の光景を見ていた。
倫は、そっと望を覗き込むと、小さく微笑んだ。
目の前の光景は、再び変わり、望の子供時代を目まぐるしく映し出していった。
そこには常に、家族の暖かい笑顔が溢れていた。
―――そういえば、この頃は、絶望という言葉さえ知りませんでしたね…。
眺めているうちに、目の前の光景はだんだんと薄れていき、
いつの間にか、望と倫は元の宿直室の部屋に戻っていた。
倫と望は向かい合って座っていた。
倫が、望の目をひたと見つめた。
「お兄様…お兄様は、この世に望まれて生まれてきたのです。
それだけは忘れないで下さい。
お父様とお母様の思いを、無にすることのないよう…。」
そう言うと、倫は望の前から掻き消えた。
望は、黙ったままぼんやりと、今まで倫が座っていた空間を見つめていた。
「さーて、次は私の番ですよ、先生。第2の使者、現在の幽霊でーす。」
明るい声に望は振り向いた。
そこには、奈美が白いワンピースを着て立っていた。
「…。」
「どうしたんですか、先生?そんな不思議そうな顔して。」
「いえ、人並みなあなたがこんな大役を仰せつかるなんて、
神様の判断基準というのは分からないものだ、と思いまして。」
「人並み言うな!!それに、馬鹿にするなぁああ!!」
奈美は両手を振り上げて怒鳴った。
「もうっ、いいから、先生こっち来て見てくださいよ。」
奈美が振り上げた両手を下ろすと、
目の前に、望のクラスの生徒達がどこかの家で、
クリスマスパーティの準備をしている光景が現れた。
「先生、今年も来てくれないのかなぁ。」
千里がツリーに飾りをつけながら、ため息をついた。
「ねぇ。何をするにも、先生がいないと何かピリッと来ないよね。」
晴美が隣で相槌を打つ。
「ほら、先生、こんなに生徒達に慕われてるんですよ。」
嬉しそうに望を振り返る奈美に、望はため息をついた。
「…なんですか、そのリアクションは。」
「余りにもインパクトがなさ過ぎて。…本当に悲しいまでに普通ですね。」
「普通ってゆーなあ!」
奈美は顔を真っ赤にして怒ると
「違うんです!私が本当に見せたかったのは、あっちです!!」
と部屋の一角を指差した。
奈美の指差す先にいたのは、膝を抱えてうずくまっている甥っ子だった。
「交…?」
うずくまる交に、千里が声をかけた。
「交君、一緒にツリーの飾り付け、しない?」
その誘いに、交はふい、と顔を背けた。
「…クリスマスなんて、大嫌いだ。」
「どうしたのよ、交君。」
女生徒達が、わらわらと交の周りに集まってきた。
「だって、クリスマスが近くなると、叔父さん機嫌が悪くなるんだもの。」
交は下を向いてぼそぼそと呟いた。
「…。」
黙って目の前の光景を見ている望を、奈美は非難の目で振り返った。
「子供にとって、クリスマスは1年で一番楽しい季節のはずなのに、
交君は、先生のせいで、クリスマスはいつも嫌な思い出ばかり!」
「だって!それを言ったら、私の元に交がいること自体、
そもそも縁兄さんがいけないんじゃないですか!!」
不満そうに叫ぶ望の言葉に、奈美は悲しそうな顔をした。
「…先生、そんなこと言うんですか…がっかりです。」
奈美は、寂しげな声で呟いた。
「誰の責任とかじゃないじゃないですか…目の前に、先生が
救うことができる子供がいるのに…先生は、目をつぶるんですか。」
「そ、そんな、いくら年末だからって、
赤い羽根の共同募金みたいなこと言わないで下さい!」
居心地が悪くなって、望は再び目の前の光景に顔を戻した。
―――ずきん。
ふいに、交の表情の暗さが、望の胸をついた。
その表情は、子供の表情ではなかった。
世を拗ねた大人のような―――まるで自分のミニチュアのような。
「…交君、このまま、絶望まみれの人生を送らなきゃいけないんですか?」
奈美の声が後ろから追いかぶさる。
望は、ふと先ほど見た自分の子供時代を思い出した。
今は絶望ばかりしているが、自分の子供時代は楽しかった。
―――交は、それさえも与えられていないのか…。
奈美は、しばらく望の表情を観察していたようであったが、やがて、
「…どうやら、先生、分かってくれたみたいですね。」
と肩をすくめた。
「…人並みなあなたに、そんな洞察力があるんですか?」
望の答えに、奈美は顔を赤くして口を開いたが、望を見て口を閉じた。
そして、突然、輝くような笑顔を浮かべた。
「…分かりますよ。だって、私も、先生のこと大好きですから。」
そう言うと、望の答えをまたず、奈美は虚空に姿を消した。
最後の奈美の笑顔が余りにも印象的で、望は呆けたように突っ立っていた。
何だか顔が熱いような気がして、頬に手をやる。
「…なんだ、日塔さん、意表をつくようなこともできるんじゃないですか…。」
頬を押さえながら呟く望に、後ろから声がかかった。
「やだなぁ、世の中に意表をつくことなんかあるわけないじゃないですか。
全ては必然の結果ですよ。」
「…やはり、最後はあなただろうと思ってましたよ、風浦さん。」
望はため息をつきながら振り返った。
そこには、白い天使のような姿をし、笑みを浮かべた可符香が立っていた。
「それなら話は早いですね。さあ、未来へと飛び立ちましょう!」
可符香が腕を優雅に振ると、辺りが真っ暗になった。
「カウシテ」「コノ物語ノ主人公ハ死ンダ」
空から、誰のものとも知れない声が響く。
そして、ふいに2人の目の前に、どこかの式場が現れた。
「…ここは?」
「先生のお葬式ですよ。」
白と黒で埋められた場内には、静かな読経の声とすすり泣きが満ちていた。
「ほほう、なかなかいい式じゃないですか。」
望は、きれいに飾られた祭壇を眺めながら、満足そうに目を細めた。
可符香は、そんな望を横目で見やると不可思議な笑みを浮かべた。
「まだまだ、ここからが本番です。」
急に、式場でざわめきが起こった。
「大変、まといちゃんが首を吊りました!!」
外から駆け込んできた生徒が、慌てたように告げた。
「え…!?」
絶句した望の目の前で、霧がロープを取り出した。
「抜け駆けなんて、ひどいよ!私も、先生のところに行く!」
そういうと、ロープを式場の梁にかけ、えい、とばかりにぶら下がった。
「な、何やってるんですか、小森さん!」
望は霧に駆け寄ったが、その手は、霧の体をすり抜けてしまった。
「何故、誰も止めないのです!?」
望の叫びは、当然のことながら式場の誰にも届かない。
「ごめんなさい、先生が自殺しちゃったのは私のせいなんです!」
愛が突然立ち上がると、泣きながら式場から走り去った。
間もなく外から、ブレーキを踏む音と嫌な衝撃音が聞こえてきた。
「…。」
真夜が涙目で、爆弾のスイッチらしきものを押した。
爆音が響き、真夜は周囲の生徒達ともども吹き飛ばされていった。
「なん…何なんですか、これは一体!?」
言葉を失っている望の背後から、可符香が明るい声をかけた。
「やだなぁ。先生は、皆に悲しまれて死にたかったんでしょう?
先生の望みどおりじゃないですか。
30倍どころか100倍、1億兆倍も悲しまれてますよぉ。」
望は、目を見開いて可符香を振り返った。
そこに、涙でしゃがれた声が聞こえてきた。
「いつの世にもこの子に望みがあるようにと、願いを込めて名づけたのに…。
こんな形で我が子に先立たれて、この先、夢も希望もありません。」
親族席で、望の両親が立ち上がると、怪しげな錠剤を口に放り込んだ。
「そんな…いやだ!」
望の叫びも虚しく、両親は重なり合って崩れ折れた。
可符香は、青ざめた望を見ながら、楽しくて仕方ないというように
腕を一振りすると、新たな場面を映し出した。
「ほら!見てください、先生!これは必然です!!
先生の絶望の先には、こういう結末が待ってるんですよ!!」
既に式場は阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
そんな中、千里が血の涙を流しながら立ち上がった。
その手にはスコップが握られている。
「絶望よ!先生のいないこの世なんて、存在する価値はない!!」
千里はスコップを振り上げた。
悲鳴と怒号。
望の目の前に、言葉に尽くせない凄惨な光景が広がっていった。
望は顔を覆った。
「やめて…もうやめてくださーい!」
「どうして?
素晴らしいじゃないですか!先生のおっしゃるとおり、
世の中には希望なんてない、あるのは絶望だけなんです!
箱の底に残ったのは、希望じゃなくて絶望だったんですよ!!」
可符香の明るい笑い声が、望の頭の中いっぱいに響き渡る。
「私が悪かったです!もう、もう絶望なんかしないから、
お願いですから、やめてください―――!!」
望は、叫びながら飛び起きた。
「あ…?」
朝日がさんさんと部屋に差し込んでいる。
「今のは…夢…?」
呟きながら、ふと枕元に目をやった望の表情が強張った。
そこには、小さな髪留めが落ちていた。
「何やってるんだよ、叔父さん。」
望は、その声に振り向いた。
交が仏頂面をしながら望を見ていた。
「いくらクリスマスが嫌いだからって、悲鳴上げながら起きるなよ。」
「…交。」
甥っ子の姿に、望の脳裏に奈美が見せた光景が蘇った。
同時に、倫や可符香が見せた光景も…。
望は、壁の日めくりに目をやった。
今日は12月24日―――千里の家でクリスマスパーティが開かれる日だ。
―――まだ、間に合う…ということでしょうか。
望は、再び交を見た。
「交…後で、一緒に木津さんの家のパーティに行きませんか?」
交は目を瞬いた。
「…。叔父さん、何かヘンなもんでも食べたのか?」
「いいえ、ちょっとした心境の変化です。」
望は明るくそう答えると、布団から出た。
窓を開けて天気を確かめると、交を振り返る。
「今日は良い天気ですからね。
もしかして夜にはサンタクロースも現れるかもしれません。」
交が大きく目を見開き、次の瞬間顔を輝かせた。
「ホントか!?」
「ええ、きっと、この部屋にも来てくれますよ。」
―――後で、交が欲しがっていたあのプラモを買っておきましょう。
望はそっと微笑んだ。
望は、再び窓から外を見やり、3人の幽霊達のことを思い浮かべた。
やり方は三人三様であったが、皆、望に大切なことを伝えようと
必死だったことが、今なら分かる。
―――誰からも愛されていない人間なんていない。
誰も愛することのできない人間も、いない。
そうやって、人は、常に誰かとの絆を築きながら生きていく。
自分の人生は、決して自分1人だけのものではない―――。
―――少し、うっとうしいですけどね。
望は、小さく笑うと、辺りを見回した。
見慣れたはずの風景が、いつもよりまぶしく見えるのは気のせいだろうか。
どこか遠くから、ジングルベルの歌が聞こえてくる。
望は、空を見上げて目を閉じると、小さい声で呟いた。
この世に生まれ、そして生きてゆく全ての人に―――メリークリスマス。
519 :
430:2007/12/01(土) 00:30:30 ID:uhDjJRe9
えー、お付き合いいただきましてありがとうございました。
電波な可符香が書けて楽しかったです。
では、また埋め小ネタの時期になったら、お邪魔しに来ます…。
って、もう、すぐにそうなりそうだけど。
>>519 ふふふ・・・・・・丁度ケーキを予約した日に、430氏ssがリアルタイムだなんて。
それもこんなに良いものを。だんだん加速して読ませて、最後、穏やかな流れになる話はとても好きです。
何だか懐かしい(ry ずいぶん前な気がしますが、まだ三ヶ月ちょいなんですねぇ・・・ よし、私も、書き上げ・・・るぞw
>519
感動した!(古
いい話だった。12月にふさわしい。
>>519 流石430氏!
俺にはできないような綺麗なエンディングを平然と書き上げてみせる!
そこにしびれる!あこがれるぅ!
会社で過ごすであろうクリスマスのエネルギーにさせていただきます。
>>520 430氏のネタに使ってもらえるとは光栄の極みw
三ヶ月も充電しているといい加減過充電で妄想が暴発しそうです。
つーわけで、今週末にでも久々に投下しようかなぁと思います。
最高!
やっぱり430氏以外はイラネ。
まあそう言うな。偏りがあった方が面白い。
527 :
305:2007/12/02(日) 02:00:07 ID:mRiOS/p2
>>523 色々・・・色々・・・語りたいのは押さえて・・・おかえりなさい・・・
私も、クリスマスは会社w ケーキ持ちこむ予定w
えーと、お疲れ様です。
こんな夜中に失礼してw 投下させて頂きます。
一応、奈美+芽留主役で、エロ無し+捏造設定+ちょっと長め(12レス程かと)です。
なのでスルー推奨でお願いいたします。
では、よろしくです。
後ろ姿は親子ほども身長差がある少女が二人。そろって柳眉を逆立てた表情で、不機嫌さを隠そ
うともせずに通路の真ん中を並んで歩いていた。
『何だあの店員! 子供扱いしやがって! 責任者出て来い!』
「ホントムカツク! 何で私がお母さん扱いなの!?」
それぞれ怒りの向く方向は違うが、お互いに不満の言葉をつらねてゆく。
―――もっとも、小柄な少女の方は携帯の画面に文字を打ち出しつづけていたので、背の高い少
女の方が一人で喋っているように見えるが。
「どこをどう見たらそんな年に見えるかな!? ねえ芽留ちゃん?」
芽留は勢いよく訪ねられて、背の高い方の少女―――奈美を横目で見上げる。
藍色のタートルにクリーム色のジャケット。下はジャケットと同色のショートパンツと足には黒
のストッキング。首に掛けたロングのパールネックレス。
『どこをどう見ても 授業参観スタイルだ ブス』
そう打った画面を見せて芽留はニヤリと笑ってみせる。
奈美は口を半開きにして、虚ろな表情で少しよろめいた。
「・・・ちょっと大人っぽくしたつもりだったのに。」
『フケて見えてんなら 成功じゃねーか』
「成功って言うのかな!? それ!?」
怒りが何処かに飛んでしまったのか肩を落として歩く奈美の隣。
奈美を消沈させて機嫌が直ったようで、嬉しそうに携帯をいじりながら歩く芽留は、赤いAライ
ンのコートをすっぽりとはおり、首元にはゆるめたマフラーが巻き下げられている。
コートの裾は足首に届く所まで来ており、袖は辛うじて手の甲から先が出ているだけだった。
やがて二人は駅ビルを繋ぐ連絡路にさしかかりガラス張りの天井を見上げた芽留が足を止めた。
『雨 止んだな』
つられて足を止めた奈美もガラス越しに見える空を仰ぐ。
「ホントだ。・・・あー、ゆうべ降っていた雪が、朝は雨になっていたのはショックだったよね
ー。」
少し眩しそうに、遠い太陽の姿を見ながら奈美は答えた。
『・・・コドモ』
「何で! ・・・・・・でも、雨上がりの空って気持ちいいよね。何かこう、いい事が起こりそ
うな気がしない?」
芽留は肩をすくめ、奈美の顔をチラリと見た。
『まあ 雨よりはマシ だな ・・・普通は』
「普通って言うな!」
―――いつもの私の叫びに彼女は肩をすくめてみせる。
雲の隙間から光の柱となって街の遠くへと落ちる日差しと、重なるようにしておぼろげな姿を現
わす虹の切れ端。灰色の雲が少しずつ散り、明るく照らし出されてゆく街の姿。
私は、楽しい何かが起こりそうな予感を抱きながら、彼女と二人佇み、しばらく眺めていました―――
「芽留ちゃんどうする? このあと。」
エレベーターホールに入った所で足を止め、奈美は傍らの芽留を見て尋ねる。
『もう用事はねーからな 帰ろーぜ』
奈美の脇から手を伸ばし下りのスイッチに触れる。
ポン と軽い電子音が響いた。
「だねー。じゃ、さ。帰りがけに学校寄って行かない? 私、来週から交くん当番だしさ。・・・あと、
先生の様子も見ておかないと。」
芽留は小さく肩をすくめて首を縦に振った。
『生徒に これだけ心配かける先公も大概だな』
「まあ、それが先生だしね。」
奈美はクスリと笑って見せる。
再び電子音が鳴り、到着したエレベーターのドアが開いた。
「・・・え。」
「ああっ!? 普通に偶然ですか、これは!?」
「いきなりイヤミかあ!!」
エレベーターの中には男性が二人。
その袴姿の相手に向かって奈美は怒鳴り返す。
『もう脊椎反射で出るんだな 普通に』
「芽留ちゃんまで!?」
ショックを受けた表情で肩を落とす奈美に、先生は しれっ とした顔でそっぽを向いてしまった。
ふと、もう一人の男性がクスクスと声を抑えて笑っている事に気がつく。
「あれ!? お兄さんじゃないですか。」
「や。ひさしぶり。」
奈美の声に眼鏡の位置を直しながら、命は笑いかける。
『よお 死ねる医者』
携帯の画面を見せた芽留に苦笑を浮かべて、命はその携帯を軽く押し戻した。
「もうネットでは流さないでくれるかい? 困った患者さんばかりが押しかけて来て大変だったから。」
そのやりとりに奈美はひきつった笑いを浮かべた。
「あー・・・えっと! 先生達も買い物?」
話題を変えるように、そっぽを向いたままの先生に話しかける。
「いえまあ、買い物ではなくてですね・・・・・・」
「今日、上で医療機器の展示みたいな事をやっていてね。ああ、延命治療のね。―――望が連れ
て行ってくれと言うもので・・・・・」
言いよどんだ先生の代わりに命が答え、先生は再び顔をそむけてしまう。
命の言葉を聞いて奈美の顔が少し意地悪そうな笑みを浮かべてほころんだ。片手を口元に当てて
横目で先生の顔を眺めながら、わざと鼻を鳴らすような笑い声を上げた。
「なぁーんだぁ。先生、死ぬ気ないんだー。せっかくいつも、私達が様子を見に行ってあげてい
るのに、損しちゃったなー。」
てっきり反論してくるかと思いきや、先生は目をそらしたままでボソリとつぶやいた。
「また、恩着せ様が始まりましたか・・・」
「何か言いましたよね!? 聞こえよがしに!」
奈美は口に当てていた手を外し、眉間に皺を寄せて先生の顔を覗きこむ。
先生は奈美の視線を避けるように首を振って目をそらす。
「・・・おーい。エレベーター閉めるよ。」
「あ! ごめんなさい!」
命に声をかけられ、奈美は慌ててドアから離れて中に入る。すでに壁にもたれて待っていた芽留
が小さく溜め息をついた。
『みっともねー女だな コドモか』
「うう・・・」
奈美は気まずそうにうつむいてしまう。
エレベーターのドアが閉まり、下の階に向けて動き出した。今は自分達しか乗っていないが、ホ
ールにいた他の客達には丸聞こえだっただろう。
「普通に変な人ですね。」
「だから普通って言うなあ!」
先生は涼しげな顔をしたまま奈美に背を向けている。奈美はぶすっと口を尖らせた表情でその背
中を見ていた。
エレベーターのくぐもった作動音の中、四人は揃って無言で階数表示を眺めている。命は背を奥
の壁に預けて、困ったような顔で微笑みながら目の前で前後に並んだ二人をしばらく見ていた。
「・・・ああ、そうだ望。私はちょっと行く所があるから。生徒さんを送って電車で帰ってくれ
るかな?」
「はあ? まあ、方向は一緒ですし構いませんが。」
命の言葉に、首だけを捻って先生は返事をした。
『しょーがねーな 送ってやるぜ 坊っちゃん』
「いや、それ逆でしょう!?」
奈美はクスリと笑うと命の方へと向き直る。
「お兄さん忙しいんですね・・・ ちょっと、みんなでお茶でも、って思ったけど。ほら、丁度そんな時間だし。」
「・・・誰にたかるつもりだったんですか?」
『そら 決まってるだろが』
奈美と芽留は揃って先生の方へと顔を向ける。
それを見て命は苦笑を浮かべて頬を掻いてみせた。
「・・・まあ、たまにはいいかもね。」
「あ、じゃあ行こうよ! スウィーツ!」
「兄さん・・・言っている事が違いませんか?」
振り向いた先生に命は軽く肩をすくめて見せる。
ポン
電子音が鳴り響きエレベーターのドアが開いた。
乗り待ちのお客は居ない。先生はホールへと足を踏み出し芽留もそれに続いた。
奈美は―――足を踏み出そうとした所を左肩に命の手が置かれた事に気がつき、思わず動きを止
めてしまった。
「・・・・・・え?」
戸惑っている奈美の右手に背中から命の右手が添えられた。命はその手を持ち上げ、エレベータ
ーの「閉」ボタンの前まで誘導するように動かした。
「・・・お兄さん?」
奈美の呼びかけに返事は無く、代わりに頭の上あたりからやや低めのトーンで命の声が囁かれる。
「追いかけてきて―――欲しい? ・・・欲しくない?」
柔らかく耳に届いた命の声が、瞬時にして両耳から全身へと流れるように広がりゆき、奈美の動
きを凍りつかせた。
急速に狭まった視界の中、少しずつ離れてゆく先生の背中と、やや遅れて続く芽留の姿が映っている。
二人とも背後の様子には何も気がついていないまま徐々に距離が広がって行く。
―――トクン
自分の心臓が大きく波打つのが聞こえたようだった。
「・・・・・・先生。」
奈美の口からぽつりとその言葉がこぼれた。
聞こえるような大きさの声ではないだろうが、何かを感じたのか、それとも二人が後ろに居ない
事に気がついたのか、先生は軽く振り返る。
奈美と先生の視線が絡んだ。不思議そうな表情が浮かび、その口がわずかに開いて何事か声を発
した様子がわかる。
何と言ったのかは奈美には聞こえなかった。
気がつくと、奈美は右手の人差し指を立て、その指は「閉」ボタンの上に触れていた。
響く電子音。そして扉は固く閉じられる。
「・・・あ・・・あれ!? えっええ!?」
すかさず命に押されたB2のボタンが点灯し、エレベーターは降下を始めた。
奈美は呆然と行き先のランプと、閉まった扉を交互に見つめる。その肩を命の手が軽く叩いた。
「じゃ、行こうか。」
「・・・・・・い・・・行くって?」
振り返って尋ねる奈美に、命は澄ました顔で小首をかしげてみせる。
「ん? ―――お茶だよ。」
□ □ □ □
(―――先生)
ふと呼ばれたような気がして振り向いた。
後ろを歩いているはずの奈美と命の姿は無く、思わず先生は足を止めて二人を視界の中から探そ
うとする。
すぐに探している相手は見つかった。
エレベーターの中。なぜか降りずに残っている二人の姿。こちらを見つめる奈美の視線を正面か
ら受け止める姿になった。
「兄さん・・・何を・・・?」
視線の先、奈美の顔とその後ろに並ぶ命の姿。命はこちらに笑いかけ、軽く数回手の平を振って
見せる。気のせいでなければ、命に導かれるようにドアを閉めた奈美は訴えかけるような目で見
ているようだった。
階数を表示するランプが、階を下って行く。
『なんだ あいつらはどこいった?』
目の前に差し出されたディスプレイの文字に、先生はようやく我にかえる。
「あ―――、ええと、まあ。私にもよく分かっていないので、説明するとなると・・・・・・」
『分かるように言え ハゲ』
「・・・まあ、連れ去られたように見えましたねぇ・・・。兄さんに。」
芽留の携帯を打つ手が一瞬止まる。
『誰がだ!?』
先生は悩むように腕を組み、首を捻ってみせた。
「・・・日塔さんが・・・ですかね・・・?」
その言葉に硬直する芽留。―――先生は難しい顔をして唸っている。
無言になった二人をよそに、階数の表示はB2で止まった。
□ □ □ □
「さて―――少し走ろうか。」
「あー、ちょっとまっ・・・!?」
何か言いたげな奈美の手をひいて、命は小走りで自分の車まで誘導する。
走りながら取り出した鍵でロックを外し、助手席のドアを開けた。
「はい、どうぞ乗って。・・・頭、打たないようにね。」
「えーと・・・その・・・・・・」
背中を ぽん と押され、奈美は戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。
そのまま運転席へと回り込む命を何となく見ていると、
ガツッ
「あ痛ッ!?」
座りなおそうとして、バックミラーの角に頭をぶつけてしまう。
「奈美さん? 大丈夫かい?」
「あ、うん。ちょっとぶつけただけだし・・・」
ぶつけた場所を手のひらで ぽんぽん と軽く叩いてみせる奈美を見て、命は口元に笑みを浮か
べた。
エンジンがかけられ、二人の乗った車は停車位置を離れて通路に滑り出す。
シートの横から後部座席の方を覗き込むと、ちょうど正面に位置するエレベーターが離れてゆく
様子が見えた。そして、奈美の目はボックスが降下してくる事を教える表示ランプを捉える。
表示はこの階で止まりドアが開く。
開いたドアをくぐって降りてくる先生と芽留の姿が見えた。
「ね! お兄さん?! 先生たち来たよー!?」
離れて行く二人の姿を捉えて離さないまま、奈美は運転席に声をかける。
命はチラリと奈美に視線を送り、
「―――あっと、忘れる所だったね。」
その言葉に、奈美はホッとしたように笑みを浮かべて振り返った。
「あーもうー びっくりしたじゃないで――――」
「シートベルトしなきゃ。・・・ね? 奈美さん。」
命にベルト口を示され、奈美は慌ててベルトを引っ張り出し―――
「違うー! まってまって・・・・・・」
「ちょっと高速使うからねー。ベルトは? つけたかい?」
「ええ? どこまで・・・ って、あの、ちょっとぉ!?」
混乱し、後部と運転席とに忙しく視線を変えながら、奈美はもたもたとシートベルトをつけている。
命は口元に微笑をうかべるとハンドルを切る。
―――地上へ続くスローブを上がりきった車は車道へと入って行った。
□ □ □ □
「あっと・・・! いけない。圏外ですねここ。」
先生は自分の携帯を取り出し、命のアドレスを開いた所で渋い顔をしてみせた。
『どっちみち運転中だろ?』
「ああ・・・たしかに・・・」
先生は大きく溜め息をつき、再びエレベーターに乗り込む。
芽留もそれに続いた。取り敢えずドアを閉め1Fのボタンを押す。・・・低い作動音が響き、エ
レベーターが動き出した。
先生の目の前に、そっと携帯のモニターが差し出される。
『ひょっとして 放っといても いいんじゃねーか?』
先生の表情が曇る。
「・・・そう言うわけにはいきませんよ。」
『オマエのアニキ そんなにアブナイ奴なのか?』
芽留の問いに先生は苦笑を浮かべて首を横に振った。
「いえ、そんな事はありませんが・・・ しかし、前から日塔さんに興味がありそうな感じでし
たから・・・ちょっと。」
芽留の瞳が少し不機嫌そうに細められた。先生には顔が見えないように足元に視線を落としたま
ま携帯を打つ。
『それが 何かマズイのかよ』
「いえ・・・・・・日塔さんはまだ未成年ですし・・・」
苦い顔をして首を振って見せる先生に、芽留はうつむいたまま大きく息を吸い込んだ。
『立場ばかり 気にしてんじゃねーよ タコ!』
『アニキを信用してねーのか? ついでに普通も?』
『どうせ 取り越し苦労で 終わるんだろーよ!』
ポン と電子音が響き、ドアが開いた。
芽留の勢いに少々呆気にとられた様子の先生と二人並んでホールへと進む。
『・・・まあ 心配なんだろーから あいつにメールしとくぜ』
小首をかしげて自分を見上げた芽留に、先生は半ば諦めたように短く笑ってみせた。
「では・・・お願いしますからね。音無さん。」
その言葉に芽留の肩からフッと力が抜け、照れ隠しのように顔をそむけてしまった。
先生に背を向けたまま何事か考えているようだったが、やがて携帯のボタンを打ち始める。
メールの着信音がして、先生は自分の携帯を開いて見た。
『じゃ ちょっと ヅラ貸せよ』
「・・・! 私はヅラではありませんから!!」
思わず肩を怒らせて叫ぶ先生。周囲を行き交う人達が何事かと注目する中、芽留は他人の振りを
装いながらメールを打ち続けニヤリと笑う。
『間違えた ツラ 貸せよ』
先生がメールを読んでいるうちに、芽留はてくてくと玄関口の方へと歩いていってしまう。
「・・・まあ、ワザとなのは分かり切っていますけどねぇ。」
先生は周囲の視線に気まずそうに咳払いを一つ落とすと、ちょっと大げさな動作で髪を一度掻き
あげてから芽留の後を足早に追って行った。
□ □ □ □
眼下に見える桟橋の先には釣り人が一人糸を垂れている。
紅く染まった遠くの空を渡ってゆくのはウミネコだろう。猫の声にも似たその泣き声は緩やかな
風に乗って奈美の耳まで運ばれてくる。
水平線に触れかけた太陽の光は優しく波間を照らし、見渡す海は一面が金色に染まりゆっくりと
揺らいでいるようだった。
「寒くないかな?」
レストハウスの方からかけられた声に振り向き、奈美は笑顔で頷いてみせる。
「うん! 意外と寒くないです。かえって気持ちいいくらい。」
「今日は風もあまり無いからね。・・・はい。」
命は湯気を立てているサーモマグを奈美に手渡し、テラスの手すりにもたれている奈美の隣に並
んだ。
自分が手にしているマグに軽く息を吹きかけると、沸きあがった白い空気が風下へと流れ、奈美
の目の前をかすめる。
「いただきまーす。あー、ココアの匂い・・・美味しそう。」
「熱いから気をつけて。」
奈美は命のように一息吹きかけて、甘い香りの漂うマグを口に運んだ。
一口含み、美味しそうに顔を綻ばせると、――ほうっ、と白い息を吐き出した。
微かに聞こえるウミネコの声に耳を傾けながら、二人はしばらく言葉を交わす事もなく熱い飲み
物を楽しんでいるようだった。
「あの・・・ お兄さん?」
「ん?」
「なんで連れ出したんですか? その・・・ちょっとひとさらい・・・ってゆうか・・・・・・
拉致? みたいに。」
命は口元にマグを運んだまま、少し目を細めて笑ったようだった。
「たまには・・・ こんなのも良いかな、と思ってね。」
「・・・まあ、先生達もあまり心配していないみたいですし・・・・・・いいですけど・・・」
奈美は携帯を取り出し、先ほど芽留から届いたメールを呼び出した。
『じゃあ オレは ハゲに二人分たかる』
少し苦笑を浮かべて、携帯をしまう。
「・・・それで、奈美さん。」
「はい?」
「その後 ―――どう? 望とは進展したかな?」
ぶはっ と盛大に奈美はむせ返る。
「なんですかぁいきなり!? ・・・ええ!? でも、ど、ど、ど・・・・・・」
命は語尾をどもり続ける奈美に少し首をかしげて考えたようだった。
「ああ・・・ 『どうして知ってるの』って事?」
「あ・・・う・・・!」
口を開けたまま言葉が出ずに顔を真っ赤にしている奈美に命は微笑んでみせる。
「ああゴメン。・・・以前話した時に、そうじゃないかな? って思っただけ。」
「カマかけですかぁ!?」
「うん、まあ。」
ちょっと人の悪そうな笑みを浮かべた命に、奈美は手すりに突っ伏して両腕で顔を覆い隠す。
「・・・お兄さん、意地悪い。」
奈美は腕の中に顔をうずめたまま、くぐもった声でぼそりとつぶやいた。
命は何も答えずに、微笑んだままカップの中身を一口含んだ。
「あの・・・・・・どうせ恥掻きついでに聞いていいかなぁ・・・?」
「ん?」
奈美は少し頭を上げ、腕の上に顔を半分見せた。
「先生って・・・ その、いわゆる、彼女・・・とか、居るのかな?」
顔は命に向けたまま、しかし視線は合わせずに奈美は問い掛けた。
命はその言葉に少し眉を上げて驚いたような表情をみせる。一瞬考えて口を開き、
「―――いるよ。・・・・・・って言ったら、どうする? 諦めてしまうのかい?」
奈美の目が驚きで見開かれ、顔を上げて呆然とした表情で命を見つめ・・・一拍置いて顔を伏せ
てしまい、力無く手すりの上に顎を乗せて水平線を見つめている。
「・・・わからない。そんなの。」
やや投げやりな声で奈美はポツリとつぶやいた。
「そうだね・・・わからないよね・・・」
ココアを口に運び、コクリと一口飲み干す。
奈美の口から、白い溜め息が漏れた。
「さっきのエレベーター・・・ お兄さんも意地悪だったけど、私も悪い事考えていましたよ。」
苦笑交じりの奈美の表情に、命は一つ肩をすくめてみせる。
「追いかけてきて欲しいなぁ―――って・・・・・・ 血相変えてさ・・・」
その自分の言葉を自嘲するような笑みを浮かべ、奈美は片手で頬杖をつく。
「・・・普通にいやらしい奴ですよね私・・・・・・ あ! 自分で普通って言ってるし!?」
口を丸く開けたまま眉間に皺を寄せる奈美に、今度は命が苦笑を浮かべる。
「やっぱり、『普通』って言われると嫌なんだ?」
奈美は少し考えているようだった。
「・・・うん。面白くはないかも。・・・特に先生に言われると。」
「望にかい? ・・・じゃ、もし、望だけが君に言わなくなったら―――どうかな?」
「先生だけが?」
その問いに奈美はきょとんとした表情を浮かべた。
しばし無言で空を仰ぐ。
「それならまあ・・・・・・ 我慢できないほどじゃないかも。・・・言われたい訳じゃないけど。」
「そうなんだ。なぜ、望だけだろう?」
「―――それこそ教えて欲しいくらいですが。」
口を尖らせる奈美に、命は笑って自分のマグを傾けた。
「そうだね・・・・・・ 他の友達には言わないんだよね? じゃ、君にだけ言うのかな?」
奈美はクラスメイトの顔を思い出し、一つ呻いた。
無意識にサーモマグを揺らして回転する中身を見つめながらボソリと言葉を吐き出す。
「―――私が、平凡だからだな・・・ 特徴が無いっていうか・・・ でも、それは皆が個性的
すぎるからだし!」
空いている手で少し風で乱れた髪を押さえる。カップの揺れがだんだん大きくなってきた。
「そりゃ、私は、千里ちゃんや霧ちゃんみたいに美人じゃないし、芽留ちゃんみたいに可愛くな
いし! あびるちゃんやカエレちゃんみたいにスタイル良くないし、まといちゃんみたいな色気
も足りないし!」
奈美は一度そこで言葉を切って、手の動きを止めた。
「・・・可符香ちゃんみたいに女の子らしい・・・ 愛らしさもないから、さ。だから・・・!」
奈美は両手でカップを抱えて回るココアの動きを止めた。
湯気の隙間、褐色の水面に自分の顔がぼやけて映りこんでいた。
「・・・うん。」
軽く相槌を打った命に促されるように、奈美は深く溜め息をついて言葉を続ける。
「そうか・・・ 私、特別扱いされたいんだな。先生にだけ、特別・・・・・・」
褐色の面に映る自分の顔が揺れたように見え、奈美は残りの液体を一気に口に含んだ。
まだ熱いココアが喉を通り過ぎ胸の内側が焼けるように熱を帯びる。
奈美は顔をしかめると、空になったカップを両手で抱えて手すりに置いた。
「自分を特別に見て欲しいんだな、私は。・・・・・・なんだ、全然成長してないって事かぁ・・
・・・・・」
肩を落とす奈美を、命は静かに一つ頷き、黙って見ている。
「そういや、『私を見て!』って言わんばかりの事、何度もやっちゃっていた・・・ 先生に
は、恩着せだのホワイトライだの言われてスルーされてたけど。」
「らしいね。」
苦笑いを浮かべ肩を落とした奈美に笑いかけ、命は体の向きを変え、水平線の方を向いた。
日はもう半分ほど沈み、やや空気も冷えてきている感じだった。
「あいつはね・・・・・・ いつか君の言っていたように、臆病なんだよ。昔から。」
小さく笑ってカップを口に運ぶ。
「まあよく言えば、気が優しいんだろうけどね。だから正面からくる言葉は避けてしまうんだ。
小理屈を言い出したり憎まれ口を言ったり・・・・・・ それでかえって相手を怒らせる事もあ
るけど。」
奈美はクスリと笑う。
「・・・でもそれで、相手も自分も、逃げ場が無くなるような状況を作らないようにね。してい
るんだろう。大事な相手なら余計にね。」
「大事な相手・・・自分の生徒ですもんね・・・」
奈美はそう言って、ふう、と大きく息を吐き出した。
「・・・それって後ろ向きだなぁ。」
「あいつなりの表現なんだろう。君が可愛いんだろうさ。」
さらりとした命の言葉に、奈美は思わずカップを落としそうになる。
「・・・・・・お兄さんまで私をからかう!?」
「いや、本当に。」
命は笑って、奈美の手から空になったマグを取る。
少し小首をかしげてみせ、
「まあ、私がそう思っただけ、だけどね。本心はあいつにしか分からない事だから。」
命は奈美の目線にマグを持ち上げた。
「・・・おかわり、どう? ・・・三種のベリーパイも一緒に。」
「・・・ください。」
真面目な表情で言葉を交わし、二人は揃って小さく笑った。
□ □ □ □
『オマエの一歩は オレの二歩なんだ』
『だから オレが早足になるか オマエがゆっくり歩くか どちらかなんだ』
『大抵オマエが オレに合わせるだろ』
『だから 他の奴らの倍は 長く 一緒に歩けるんだぞ』
「さっきからずっと何を打ってみえるのですか?」
ちょっと興味をひかれた様子で尋ねてくる先生に、芽留はもともと見えないように打っていた携
帯を隠すような仕草をみせる。
素早く文章を打ちなおし、画面を向けた。
『プライベートを 覗き見 するんじゃねーよ ハゲ』
「ああ、すみません・・・ とは言っても覗いてはいませんが?」
先生は少し納得がいかない顔を浮かべたが、すぐに元の表情に戻り、無言で歩みを進めてゆく。
遠くから遮断機の警鐘が聞こえ始め、線路が震える音が近づいてくる。
やがて土手の上を列車が通って行く。
その窓ガラスから外へと落とされた明かりは、フェンスを通して二人の足元を照らし、互いの顔
に網目模様の影を映し出し通りすぎていった。
再び、街灯の明かりだけが二人の歩く道に落ちている。
「・・・しかし、地下街を歩き回ってクレープを食べただけでしたが・・・何も買わなくて良か
ったのですか?」
『別に 買い物 したかったワケじゃねーよ』
「はあ・・・とすると、何をしに・・・?」
『・・・・・・買い物だ』
『さっきから 細かい事ばかり ウゼーぞ!』
困惑して眉を寄せる先生に芽留は少し苛ついたように強く携帯のボタンを押す。
先生は一つ肩をすくめると、少し冷えてきたのか羽織っている外套の襟元の隙間を直した。
しばしお互いに口を開かず、ゆっくりと歩みを進めていた。
芽留は携帯の画面を眺め、チラチラと先生の顔を見上げながら躊躇していたが、やがて意を決し
たように先生の前に携帯を差し出す。
『おい ハゲ 正直に答えねーとコロス』
「・・・えっ? わ、私が何かしましたかっ?」
動揺した様子で足を止めた先生の正面に立ち、芽留はさらに携帯を突きつける。
『いるんだろ? ・・・想ってる相手は』
先生は苦い表情を浮かべて頭を掻いた。
「・・・聞いてどうするんです?」
『だったら何で 普通に ちゃんとしてやらねーんだよ? 』
しばし瞑目し先生は口を開いた。
「・・・・・・いつかはきちんと断らなくては、とは思いますよ。・・・でもね・・・言えない
んですよねえ ―――あっ? 鼻で笑いますか?」
苦笑を浮かべて小首をかしげている芽留に、先生は短く溜め息をついた。
「そりゃあ、私だって日塔さんは好きですよ?」
芽留の表情が、苦笑のまま凍り付く。
「・・・でも、それは、愛とか恋とは違うものでしょう。」
『その言葉は 結構 傷つくぞ』
顔をそらして芽留は再び歩き出し、先生もその横に並ぶ。
『じゃ 嫌われようとか思ってんのか? いつもヒドイ事してるだろ』
「・・・まあ、半分くらいは、そうです。」
『あとの半分は何だよ?』
先生は何も答えない。しかし、考え込んでいる様子は無く、ただ黙って歩き続けていた。
その視線はどこも見ていないように感じられる。
芽留はわざと大きな溜め息をついてみせた。
『かえって期待させちまうだろーが! 普通に図々しい女に!』
先生は、夜空を仰ぎ大きく息を吸い込んだ。
吐き出した息は白い塊でその姿を見せ、あっという間に冷えた空気の中へと霧散してゆく。
「気持ちを―――受け止めきれる自信が無いのですよ。・・・私は。」
芽留は先生の顔を見上げた。
夜空を眺めるその顔にほんの一瞬、とても苦しそうな表情が浮かんだように見えた。
『じゃあ もし 本気で攻められたら どうするんだよ?』
「・・・逃げてしまうでしょうね。私は。」
『逃げ道なんか なかったら!?』
「・・・・・・・・・・・・」
『逃げ道なんて用意できるような 気の利いた女じゃねーぞ!』
先生は目を閉じて頭を振った。
「―――わかりません。」
芽留はつい興奮している自分に気がつき、慌てて目をそらした。
そのまま誤魔化すように少し歩みを速めて、先生の数歩先を歩く。
沈黙が訪れた。
通り過ぎる電車の立てる音がやけに重く大きく響く。
「・・・私なんかの何処がいいのでしょうかね。」
ぽつりと呟いた先生の言葉に、芽留の足が一瞬止まる。
腕だけ差し出して、画面を先生に見せた
『わかってたら 苦労はしねーよ バカか ハゲ! シネ!』
「そ、そうですか・・・」
先生は気まずそうに頬を掻いている。
芽留は前を向いたまま、少し歩みを緩めてその隣についた。
「―――音無さんは、友達思いですね・・・ ちょっと以外です―――と、失言でしたね! す
みません。」
冗談めかした先生の言葉だったが、芽留は胸の中が締め付けられるような痛みと、眩暈にも似た
感覚に襲われ思わず両手で胸を抱え込む。
じくじくと疼くような痛みを感じ、不規則になって行く自分の呼吸に苦しそうに顔をしかめうつむく。
「音無さん? どうしました?」
芽留の様子に気がついた先生に、画面も見ずに打った文字をつき付けた。
『なんでもねーよ』
「・・・苦しそうに見えましたが・・・ 大丈夫ですか?」
芽留は答えない。何事も無かったように前を向いて足を進める。
怪訝そうな顔のままだったが、先生も並んで続く。
芽留は横目でチラリと隣の様子を伺う。
目線の位置にあるのは先生の腰あたり。視界に入るのは歩みと共に揺れる外套に包まれた腕。
手を伸ばせばすぐ届く場所。
芽留は視線は前に向けたままそっと腕を伸ばす。
柔らかい手の平に触れた。長く揃った指を芽留の小さな手がそっと握り締める。
冷えた芽留の手に先生の温もりが広がる。
「―――! 音無・・・さん!?」
動揺の声を上げた先生に構わず、その手を掴んだまま外套のポケットへ納める。
柔らかな生地に包まれた中でさらに強く握り締めた。
『このポケット オレのだろ?』
「あ・・・・その・・・・」
持ち替えた左手で見せる携帯の画面に、先生は言葉に詰まる。
芽留は素早く携帯を戻し何やら操作すると、空いている先生の片手にグイと押しつける。
手渡されたその携帯に目をやった。
フォントを最大にした時刻表示。そして、壁紙は文字が一行だけ。
『 五分だけ くれ 』
芽留は外に出ている左手で先生の腕を包むように抱え込み、そっと顔を寄せた。
赤らめた頬を隠す様に押し付け、目を閉じ、自分の体温を分け与えるように体を寄せる。
人通りの無い線路沿いの小道。寄りそう二人の姿は別れを惜しむ恋人のように見えた。
□ □ □ □
「いいのかい、ここで?」
「うん! 交くん迎えに行くし、そんな遅い時間でもないし、大丈夫ですって!」
車を降り運転席の窓側にまわって、奈美は命に頭を下げていた。
「ちょっとびっくりだったけど、今日は・・・ありがとう。お兄さん。」
「・・・そろそろ『お兄さん』は、ちょっと変えないかな?」
奈美は悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべ、
「じゃあ・・・絶命先生!」
「くっつけて言うな!」
思わず叫んでしまった命に、奈美は吹き出した。
「ごめんなさい! ・・・やー、唯一のからかいポイントだからつい。」
「まあ、慣れているけどね。」
「ほんとー?」
命は困った表情で少し肩をすくめてみせるが、ちょっと表情を改めて口を開く。
「・・・君は、まあ思いつめるタイプじゃ無いと思うけど・・・・・・ 一人で考え込んだりし
ないようにね。潰れていってしまうから。」
「潰れる・・・って?」
「・・・大事な気持ちが――― ね?」
奈美は少しはにかむような笑みを見せてうなずいた。
「・・・うん。大丈夫ですよ。・・・なんたって、家に篭る事が出来なくて不登校に失敗してる
実績が私には・・・・・・ あ、ちょっと関係ないか?」
命は顔をそむけ、少し吹き出すように笑ってしまう。
奈美もつられて微笑んだ。
「じゃ、命先生! ありがと! またねー!」
命は軽く手を振ってみせ、車を発進させる。
奈美はそのテールランプの光が完全に見えなくなるまで、その場に佇み見送っていた。
□ □ □ □
「奈美ねーちゃん!」
校門をくぐろうとしたところで呼び止められ、奈美は立ち止まる。
足音を立てて交が駆け寄ってきていた。
遠くから走ってきたのか、肩で息をしながら奈美の前に屈みこむ。
「交くん? どこかに出かけていたの?」
「・・・ちょっと、おじさんを、迎えに行こうと、しただけ・・・」
「あー 先生まだ帰ってないんだ?」
奈美の言葉に交は首を振ってみせる。
「見つけたんだけど・・・・・・いいよ! ほっといて。 今日、奈美ねーちゃん家だろ?」
「は? え、置いて来たの?」
「いいってば! 行こうぜ!」
交は奈美のジャケットの端を握り、強引に引っ張って歩き出す。
「ちょ、ちょっと交くん?」
つんのめりながらも、何とか転ばずに、奈美は小走りで進む交に引きずられるように校門を後にした。
「・・・何よー? いつもは渋々みたいな顔でついて来てるのに。」
「うるせーな、いいだろ別に。」
やや不機嫌な声で、交は返事を返す。
奈美に手をひかれながら、いまは落ち付いていつも通りの速さで歩いていた。
「・・・奈美ねーちゃんは、悩みとかなさそうだよな。」
「なんだぁ! いきなり何を言うかな?!」
眉間に皺を寄せて怒る奈美に、交は、ぷいと横を向いてしまった。
「だっていつも明るいじゃねーか。悩みなんてなさそうに。」
「あのねぇ、私にだって人並みの悩みくらい・・・・・・!」
奈美の声がそこで凍り付いたように途切れた。
寒いはずの時期なのに頬に汗が一筋流れたように見える。
「そっか。普通にあるんだな。」
「普通て言うなあ! ・・・って、交くんにまで言われるか私!?」
思わずしゃがみこんでしまった奈美の肩を、交がポンと叩く。
「早く行こうぜ。今日、カレー作ってくれるって言ってたよな?」
「・・・はいはい。・・・ほんとにもう。何か先生に似てきたなー・・・」
奈美は諦めたような笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「カレー、辛口にしてよ。」
「へ? 交くん甘口がいいんじゃ・・・」
「辛口がいい。」
「まあ・・・いいけど。辛いよ?」
「知ってるよ。」
二人の会話は、そのままカレー談義へと移って行き、寒風が強くなってきた道を並んで歩いて行った。
□ □ □ □
芽留はひったくるようにして取った携帯を見つめていた。
困惑している先生を残し何も言わずに走り去り、先生の姿が見えない所まで来てようやく一息い
れた所だった。
芽留は自分の胸に手を当ててみる。
まだ激しく打ち付ける鼓動が伝わってくる。それが、全力疾走した理由だけでは無い事を自身で
感じ芽留は苦笑を浮かべる。
『まんざら 悪いものじゃねーな』
すこし心地よさげな顔で、その文字を打った。
そのまま携帯をいじりアドレス帳を呼び出す。
奈美のアドレスを出した。名前欄に[普通女]と書いてある。
少し震える指でボタンを押し、芽留は名前欄を書き替えた。
[日塔]と入力し、決定キーを押そうとして一瞬指がぶれる。
「・・・ぅ・・・・・・!」
意を決したように一つ呻き、キーを押しこんだ。
短く溜め息をつき、芽留は空を見上げた。
一面黒い雲に覆われ、月明かりさえ落ちる隙間もないような夜空は、今にも泣き出しそうにどん
よりとした姿を漂わせている。
『泣きたいのはこっちだぜ』
夜空に毒づくように画面に文字を入れた。
雪でも降りそうな寒い夜。
それでも、空は落ちてくる事もなく、ただ暗く重い幕となり広がり続けているように見えた。
539 :
305:2007/12/02(日) 02:24:33 ID:mRiOS/p2
おそまつでした。
長々と、読みにくい文・・・失礼しました。
読んで下さったかた、ありがとうございます。
スレの容量、食い潰しかけた・・・かな?
430氏の小ネタを圧迫してなければいいのですが・・・
では、また。失礼します。
541 :
430:2007/12/02(日) 19:03:04 ID:cIfGAfZQ
おお、やはり週末で埋まりましたか。
>>539 305さんGJです!命兄さん大好きなのでこういう話は堪りません。
そして、芽留と奈美と先生の関係がすごくいい…切ない(ノ´Д`)・゚・
何か余計なこと書いたために、お気を使わせてしまってすいませんでした。
>>540 素早いスレ立て乙です!ありがとうございます!
えーと、そうしましたら埋め小ネタを投下させていただきます。
命兄さんと看護師のお話…以前書いたSSとつながっているよないないよな。
あ、エロなしです。
その日、望は、可符香と都内のレストランで食事をしていた。
と、奥の方で何やら女性のわめき声とともに、バシャッという水音がした。
驚いて顔を上げた望達の横を、憤怒の表情をした女が通り過ぎて行く。
望と可符香は顔を見合わせると、女性のいたテーブルの方向を振り返った。
すると、望の目に映ったのは、自分とよく似た顔の青年。
「命兄さん…。」
命が、むすっとした顔で、髪からしたたる水をナプキンで拭いていた。
「いったい、どうしたんですか、兄さん。」
食事もそこそこに、望達は命と共にレストランを出た。
命は、まだハンカチでシャツを押さえている。
「ワインじゃなくて助かったな…あの女、それくらいの良識はあったらしい。」
ぶつぶつ言っている兄に、望はあきれた目を向けた。
「何をやって、食事の最中に水浴びをする羽目になったんですか。」
命は、望の目を見ずに答えた。
「別に…単に、会うのは今日で終わりだって話をしただけなんだがな。」
望は眉をひそめた。
命は、自分なんかよりも余程女性の扱いに長けている。
不用意に、そんな女性を逆上をさせるような発言をするとは、らしくない。
先ほどから、命が自分と目を合わせようとしないことも気になった。
と、可符香が望をつんつんとつついた。
「先生、今日は私、先に帰らせてもらいますね。」
「え…、あ…じゃあ、送りますよ。」
可符香は笑った。
「やだなぁ、まだ宵の口じゃないですか、1人で大丈夫ですよ。それに…。」
と、命の方をちらりと見て、望に頷いた。
望は、じっと可符香の顔を見ると、頷き返した。
「…そうですか、そうしたら、今日は申し訳ないですが…。」
命が顔を上げて望を見た。
「な…。お前達、食事もまだ途中だろ?」
望は命の肩に手を回した。
「いいんですよ。たまには、兄弟でゆっくり飲みましょうよ、兄さん。」
そういうと、可符香に小さく手を上げて謝った。
可符香はにこっと笑って手を振ると、「じゃ。」と夜の雑踏に消えていった。
「…お前、男として、あんな状態で彼女を一人で帰しちゃダメだろう。」
命は、ずっと不機嫌そうにウィスキーをロックで飲んでいた。
結局、望は、ほとんど拉致するようにして命をバーに連れてきたのである。
「女性に頭から水をぶっかけられた人の言葉とは思えませんね。」
望は水割りのグラスを口にして笑った。
命は、むっと眉を寄せた。
2人は、しばらく黙って酒を飲んでいた。
命が、手の中のグラスを覗いて、カラカラと氷を回した。
「バーボンよりも、スコッチの方が好きなんだがな…。」
「文句を言いながら、よく飲みますね。」
「お前のボトルだからな。」
「飲み尽くしちゃったら、兄さんが新しいボトル入れてくださいね。」
望は、そういいながら兄のグラスに酒を注ぎ足した。
もう少し、酔わせた方がいいと判断したのだ。
すっかり命の目尻が赤く染まった頃、望は切り出した。
「命兄さん…いったい何があったんですか?」
「…。」
命は答えない。
命の手のグラスの中で、氷が、カランと音を立てた。
「女性をあんなに怒らせるなんて…兄さんらしくないですよ。」
命は、グラスに残っていた酒を一気にあおると、ふぅ、と息をついた。
「…彼女が…。」
「彼女?」
「うちの看護師がね…。」
ああ、と望は心の中で、糸色医院の看護師の元気な笑顔を思い浮かべた。
「実家に、帰るかもしれない…。」
「……それは、また。」
望は、唐突な会話の流れに戸惑いながら答えた。
「先日、彼女のご両親が、うちの医院に来てね…。
実家も、医者だったんだな…彼女を、返して欲しいって言って来た。」
「返して欲しいって…物じゃあるまいし。」
「まあ、そうだけどな…親としては、自分の医院で娘が看護師やってくれれば
それ以上の喜びはないだろうからな。」
こんな流行らない医院で腐らせるよりはな、と命は自嘲気味に呟いた。
「で、それが、どうやったら…。」
さっきの女性に対する態度につながるんだ、と問いかけようとして、
望はふと口をつぐみ、兄を見た。
命は、自分で自分のグラスに酒を注ぐと、それを目の前に掲げた。
その横顔は今にも泣き出しそうで、望は兄のそんな姿を見たのは初めてだった。
「命兄さん、あなた、もしかして…。」
「…でも、困るんだよな、彼女がいなくなると。」
命は、酒を飲みながら、望の言葉を聞いていないかのように呟いた。
「薬の置き場所だって私は知らないし、机を片付けてくれる人も必要だし…。」
「……そういう、問題なんですか?」
望は、静かに尋ねた。
命は、再びグラスを眺めて黙り込んだ。
望はそっとため息をついた。
―――この人は……あれだけ何でもできるくせに、
なんで、こう、肝心なところで不器用なんでしょうね…。
「、ミルク、ティー、が…。」
「え、なんです?」
命の小さな呟きに、望は顔を向けた。
しかし、命は、すでにカウンターに突っ伏し、寝息を立てていた。
「まったく…手のかかる兄ですね…。」
―――この分だと、今日のことは覚えてないかもしれませんね…。
望は苦笑すると、会計のためにカウンターの中に声をかけた。
翌日。
命の様子が気になって、望は学校の帰りに糸色医院に立ち寄った。
彼を出迎えたのは、受付にいた、件の看護師の明るい笑顔。
「あら、こんにちは!珍しいですね!」
望は、彼女の顔を見て、一瞬ためらったが、尋ねることにした。
「…実家に帰られるかもしれない、とお聞きしましたが…。」
看護師は赤い顔をして手を口に当てた。
「やだ、弟さんにまで話が行ってるんですか。帰りませんよ、実家になんか。」
「…え?」
望は、驚いた顔で看護師を見た。
「うちは、私以外にも姉も妹も看護師やってるんですから、
わざわざ私が帰る必要なんかないんです。
うちの親の言うことなんか、うっちゃっておいてくださいって、
今朝、命先生にも言ったところなんですよ。」
看護師はころころと笑った。
だいたい、と腕組みをして看護師が続ける。
「私がいなかったら、命先生、薬の置き場所1つ分からないだろうし、
それに、いつも飲んでるミルクティーだって…。」
望は、顔を上げた。
昨日、兄が沈没する前に呟いた言葉。
看護師は、望の問いかけるような視線に、はっとしたような顔をすると、
次の瞬間、真っ赤になった。
「み、命先生だったら診療室ですよ!今なら患者さんいませんから!」
いつもいないんじゃないか、という突っ込みは胸の中にしまって、
望は首を振った。
「いや、いいです、ちょっと近くまで来たから立ち寄っただけなので。」
「そ、そうですか…。」
そのとき、診療室から、地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
「…お〜〜い…。すまないが、氷の替えを持ってきてくれ〜…。」
「はーい。」
看護師は元気に返事をすると、望に向かって顔をしかめた。
「命先生、今日、ひどい二日酔いなんですよ。全く何やってるんだか。」
ぷりぷりと給湯コーナーに向かう看護師の後姿を見ながら、望は微笑んだ。
そして、そっと糸色医院の扉を押して医院を後にすると、心の中で呟いた。
―――大丈夫、これからは多分、兄さんが二日酔いになることはありませんよ…。
「もう、先生ったら、もう少し医者としての自覚を持ってくださいね!!」
望の背後では、だらしない院長を叱る看護師の、明るい声が響いていた。
546 :
430:2007/12/02(日) 19:11:08 ID:cIfGAfZQ
えーお付き合いいただきどうもありがとうございました。
原作見ると、先生→命兄さんの口調はタメ語なんですかね…?
でも、タメ語にすると、先生って分からなくなるのでorz
そして、先ほど書き損ねましたが、
>>523 なんと!!!
おおおおおお久しぶりです…ネタに使ってしまってすいません!!
新作投下、禊して着替えて、正座待機しております!!!
「あれ?先生、どうしたの?」
霧がいつも通り夕食を作りに宿直室へ入ると、
望は夏だというのに寒そうに震えていた。
「ああ、小森さん。実はエアコンが壊れてしまって強しか入らなくなったんですよ」
「そういえばちょっと寒いね」
後ろ手で扉を閉める霧。
「ちょっとどころじゃありませんよ!この寒さでよく…」
ぴたり、と停止する望。
(待てよ…)
「…?」
そして疑問符を浮かべつつも食事を作るために台所へ向かう霧の体を凝視した。
(毛布…ハッ!)
「それです!」
いきなり立ち上がり、人差し指で霧の体をビシッと指差す。
「…?」
驚いて立ち止まり振り返る霧。
「小森さんのように毛布を被って体温を調整すればいいんですよ!」
◇
「あの…先生?」
「どうしました?」
「…どうして私の毛布に…?」
霧と望は同じ毛布の中で体を密着させていた。
「まあまあ、いいじゃないですか。このほうが温かいですし」
「…そういう問題?」
「なんなら、もっと温かくなりますか?」
「え?ちょっ…」
「ん…はあっ…やぁん」
「じゃあ、今お客様用のお布団敷くね。」
「家のですけどね」
押入れで冬眠したい、という望に布団を敷く霧。
「さて、では冬眠しますか」
ぱたり、と押入れの扉を閉ざす。
「む…意外と狭いですね…」
「そうだね…」
「少しくっつきますか」
「え…?」
「ふむ…まだ狭いですねぇ…もう少しくっつきますか」
「せ、先生…?」
「一つになったほうが楽でしょうか」
「え?ちょっ…」
「ん…はあっ…やぁん」
エロシーン?
ご想像にお任せします
>>548 そこはかとなくエローww
えーと、埋め小ネタ投下します。
なんちゃってスリラーwな感じです。
では、スルー推奨でお願いします。
550 :
埋め小ネタ:2007/12/03(月) 21:11:40 ID:P4szRLvg
激しくドアを叩く音が続けざまに聞こえる。
それはもはや、叩くなどという生易しい物ではなく、はっきりとした破壊の意思を持つ激しい音
だった。
小屋の中にあった、ありったけのテーブルやイスで押さえ込んではいるが、木製のドアその物が
破られれば、それもさしたる意味は無くなるだろう。
二人は懐中電灯の照らす薄明かりの中、焦りの表情を顔に張り付かせ脱出口を探していた。
「木津さん! 窓はどうですか!?」
先生の問いに窓を調べていた千里は首を振った。
「駄目! ちょっと位置が高いし、人がくぐれない事も無いけど・・・・・・・・手間取ったら
危ないです!」
戸棚を空けて中を調べていた先生は、手当たり次第に中の物を引っ張り出しながら小さく唸った
。
中から出てくる物といえば、錆び付いた工具や、ラジオ、黄ばんだ書類や、細かい雑貨など、ほ
とんどガラクタとしか言えない代物ばかりで、武器になりそうな物すら見つからない。
先生はもう一度室内を見回し、状況を確認する。
「・・・窓から出るのは危険。・・・出口はドアが一つのみ。・・・武器になる物は無し。・・
・助けを呼ぶあても手段も無い。・・・・・・ドアもそう長くは持たない。」
自身を落ち着かせるように唱える言葉に、千里が口を開いた。
「逃げるには・・・そのドアを通るしかなさそうですね。」
「それはそうですが、向こう側には・・・・・・」
先生は乾いた声で答え、ドアを見る。
まだ破られてはいないものの、容赦の無い破壊音を聞く限りそれも時間の問題だろう。
「・・・こうしたら、どう?」
千里は幾分震える声で言い、散らばったガラクタを見ていた。
ドアの中心に亀裂が入り―――それをきっかけに、文字通り風穴が開きドアの木材は砕かれて行
く。
その向こうから小柄な影がゆっくりと部屋に足を踏み入れてきた。
手に握るバットでバリケードを払いのけながら、鋭いその双眸が部屋の隅で寄り添う二人を捕ら
えた。
そして、先生の手に握る細いワイヤーに気が付き、訝しげに目を細める。
手が開かれ、ワイヤーが滑るように中に舞い、次の瞬間、重い音と共に真夜の頭頂部に衝撃が走
った。
金属音と工具などを散らばしながら、工具箱は真夜の足元に落ちる。
噴き出した赤い物が額を伝い、その顔に幾本もの筋となり流れ落ち―――真夜は、二人の姿を赤
く染まった視界に捉えたまま、ゆっくりとうつ伏せに倒れこんだ。
「・・・いまのうちですね。」
真夜が動かなくなった事を確かめ、先生は千里の手を引いてバリケードの残骸に、埋もれるよう
に横たわったその体を乗り越えて外に出る。
551 :
埋め小ネタ:2007/12/03(月) 21:13:43 ID:P4szRLvg
空はようやく白みががっていた。
ひんやりと湿った空気と、少し霧ががったダムの湖面を横目に二人は車に乗り込んだ。
「先生、全然寝てないでしょう? 運転できますか?」
千里の問いに先生は苦笑を浮かべた。
「・・・そうですが、とにかく安全な場所まで行き着くまでですから。・・・・・・じゃ、行き
ますよ。」
エンジンがかかり、ヘッドライトが伸び、前方の薄闇を払い出す。
低い唸りとともに、テールランプの赤い光が遠ざかっていった。
ダムの側面を走る細い道を、車は慎重に下っていた。
千里はようやく緊張が解けたのか、うつらうつらと始めており、先生は少し笑うとエアコンのス
イッチを入れようと手を伸ばし―――
ゴッ!
車の天井が鈍く軋みを上げた。
「・・・な、何!?」
その音で千里も飛び起き、先生はゴクリと喉を鳴らし、かすれた声を出す。
「・・・・・・まさか・・・・・?」
ゴン! ガッ! ドッ!
続けざまに上から聞こえるその音で、不安は確信に変わる。
「・・・せ・・・先生・・・・・・うしろ・・・・・!」
千里の声に先生はバックミラーを覗き込み、息を飲む。
後部座席の窓から、血だらけの顔のままの真夜が、逆さに覗き込んでいた。
その手に持つバットのグリップが窓に叩きつけられ窓は軋んだ音を立てた。
「木津さん・・・・・・シートベルトを外してください。」
口もきけずに硬直している千里に、先生はそっとささやいた。
何度も叩かれた窓は遂に砕け、真夜は上半身から車内に入り込んでくる。
「いきますよ!!」
目の前のカーブに向かい、ハンドルも切らずに直進すると先生はドアを開け、千里の腕を掴んで
外へと飛び出した。
地面に転がった二人が最後に見たものは、ガードレールを突き破り、湖面に向かい落ちてゆく車
の中で、その目を見開きこちらを見ている血だらけの少女の姿だった。
激しい水音―――そして沈黙。
「・・・木津さん? 怪我は?」
「大丈夫。擦り傷くらいです・・・・・」
少し足をぎこちなく引きずりながら、千里は先生に微笑んだ。
「あまり大丈夫ではないですね・・・」
先生はそう言って、千里の腕を取ると半ば強引に背負い込んだ。
「・・・だ、大丈夫です。歩けますよ。」
「こちらのほうが早いですから。」
先生はそれだけ言うと、千里をおぶって歩き出した。
552 :
埋め小ネタ:2007/12/03(月) 21:14:15 ID:P4szRLvg
先生の背中におぶわれながら、千里はチラリと後ろを振り返る。
壊れたガードレール以外は何も見えない。
千里の唇が細く開いた。
唇の両端を引き上げ、三日月を思わせる笑みが浮かぶ。
喉の奥から、「ククッ」と低い声が漏れた。
「木津さん? 何か言いましたか?」
「いえ、なにも。」
すました声で返事が返ってきた。
2人の姿は遠ざかって行き、やがて曲がりくねった道の先に消えてゆく。
しばし後、日が完全に山裾から顔を出した頃。
大きく裂けたガードレールの下、崖の向こうから伸びた手が裂けたガード板の端を掴んだ。
手繰り寄せるように腕を縮め、自身の体を持ち上げて、真夜は雑草の生えた地面の上へと這い上
がる。
大きく息をつき、口にくわえたままだったバットが転がった。
呼吸を整えもせず、真夜はバットを手に取り杖代わりに立ち上がると、2人の去っていった道先
を睨むような視線で見据える。
ややおぼつかない足取りで一歩を踏み出し、よろめく体を引きずるようにして歩いてゆく。
そしてその姿は、濃くなり始めた霧の中へと消えていった。
おそまつでした。
背中の千理ちゃんが真夜だった、そんな結末も予想してみた霧立ち上る冬の夜更け。
実は、真っ当なのは千里ではなく真夜の方だった
とか?
しかし命兄さん連チャンで活躍してるな
エロ無しのシリアスな話が続くのも読むのも、たまには良いものだな、と
憑かれた心に巣食うきっちり妖怪から望を救うため、
千里の道をも越えて往く魔物ハンター真夜健気(ノд`)
あと2キロバイトか。埋め埋め埋め埋め埋めまくって〜。
埋め
千里め
すず様かわいいよすず様
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;;;;;;;;;;;;;;.:::'''" ,i!' `ヾ、;;;;;;;;. - ''" ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ、
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