SIREN(サイレン)のエロパロ第3日

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1名無しさん@ピンキー
終了条件1:ホラーゲーム「SIREN」を題材にしたエロパロSSの投下、ネタ振り、
       萌え雑談等による「>>1000」への到達。
終了条件2:大量のSS投下による容量完走。

 Hint1:急募・SS職人様!

前スレhttp://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1170386562/
前前スレhttp://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1121780774/l50
2名無しさん@ピンキー:2007/06/13(水) 00:36:41 ID:4hSV04Sg
美智子
3名無しさん@ピンキー:2007/06/15(金) 17:34:37 ID:/5UBYaDN
3
4名無しさん@ピンキー:2007/06/18(月) 19:30:01 ID:9uDoHm4x
宮田(+牧野)×理沙で3Pとか何となく見てみたい
5名無しさん@ピンキー:2007/06/24(日) 13:53:46 ID:YVIsk2LC
>>4見たい見たい!激しく同意
6名無しさん@ピンキー:2007/06/28(木) 00:50:03 ID:oen/788T
ここのSSをまとめてある所はないんですか?
7名無しさん@ピンキー:2007/07/01(日) 08:02:04 ID:bsV6qjS6
>>1乙です。

暫くネットできない状況でした。
前スレ、落ちるだろうなぁとは予想してましたが、
立てる方がいてくれるとは思ってませんでした。
前スレでリクのあった漁師達による加奈江輪姦貼っときます。

注意:当然ながらレイプものです。あと、ともえが悪者です。
   あとチビ脩が虐待を受けます。
>>6
http://www26.atwiki.jp/sirennoeroparo/?page=%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
8加奈江/夜見島金鉱(株)/−3:00:00:2007/07/01(日) 08:03:07 ID:bsV6qjS6

 ――――悲劇は、少女が人ならざるモノであったこと。
 そして人でないにも関わらず―――否、人でないが故に―――余りに美し過ぎたこと。

 ――――悲劇は、惨劇を生んだ――――――


「おい、起きろ!」

乱雑に頬を打たれ、加奈江は意識を取り戻した。
同時に、躰の感覚も少しずつ取り戻してゆく。
だがそれは加奈江にとって、不快な、怖ろしいものでしかなかった。

即ち―――雨水と泥にまみれた躰。
その、重く疲弊した躰が転がされている、冷たく硬いコンクリートの床。
荒縄で、後ろ手に縛り上げられた手首の痛み。己を取り囲む、敵意に満ちた複数のまなざし。
そして何より―――天井から煌々と照りつけている、まばゆい蛍光灯の灯り。

「うぅっ……」
加奈江は躰を横に向け、光を避けようとする―――
が、その動作は、腕を縛める荒縄によって封じられた。
「動くんじゃねえ!」
手首から伸びる縄を引いたのは、雨合羽に身を包んだ男だった。
彼だけではない。
その場にいる男達は皆、暗い色の合羽を着込み、フードを目深に被って顔を隠していた。

顔の無い人の群れ――――――
それは、彼らの心の奥底にある罪悪感から来る物なのかも知れない。
このか弱げな少女を襲い、拉致する行為に対する後ろめたさ。
正義のため、島の平和を守るため―――
そんな名分を掲げた処で拭い去る事の出来ない、陰湿な暴力を執行せねばならぬ事への恐れ―――――

小さな島のこと。
幾ら顔を隠した処で、その背格好や声などで誰が誰であるのか、お互いに判りきっている。
それでも、判らないことにする。
そうでもしなければ、これから始まる残虐な宴の加害者となる自分に、彼らは耐えられない―――――

「あなた達……脩は? 脩は何処に居るんですか?!」
出刃や木刀を携えた男達を仰ぎ、加奈江は震える声で問う。

三上脩。いにしえの闇の使いとして現し世に現れた加奈江を、最初に見つけた人間の男の子。
まだ四歳の幼い脩は、加奈江にとって実の弟―――否、或いはそれ以上の、
かけがえのない存在であった。
こんな怖ろしい状況にあっても、加奈江の気がかりは脩の安否、ただそれだけだ。

「脩? ……ああ、お前が刺し殺した学者の、一人息子のことか……」
加奈江を縛り上げている荒縄を持った男が答えた。
「ふん! 岩場に打ち揚げられていたお前を、拾って養っていたあの男を殺した恩知らずが……
 今度はその子供も手に掛けようってぇのかい?!」
「違います! あの子を……脩を返して下さい!」

加奈江の剣幕に、男は一瞬、鼻白んだ様子を見せる。
だが次の瞬間、男の掌は加奈江の頬を打っていた。
9加奈江/夜見島金鉱(株)/−3:00:00:2007/07/01(日) 08:04:28 ID:bsV6qjS6

 「ふざけたこと抜かすな! この、人殺しの化けモンがぁ! 己の立場をわきまえやがれ!!」
男は加奈江の胸倉を掴み、彼女の躰を引き摺り起こした。
加奈江の顔が、苦悶に歪む。
雨に濡れた美少女の痛ましい姿に、その場に居る男達は動揺を隠せない。

「馬鹿野郎、うろたえるんじゃねえ! 上っ面の美しさに騙されるな!
 いいか。このアマは島を穢す化けモンなんだ。俺達の手で、仕留めにゃならねえ……
 これは、あのお方の御意志でもある。そうだったな?」
男の言葉に、他の男達は大きく頷いた。
「そ、そうだよな……俺たち島の漁師は、太田の家に逆らっちゃ生きていけねえ。
 殊にあのお方の言うことには、絶対……」
中の一人が、弱々しく震える声で言う。
彼の言葉に、他の者達は返事をしなかったが、否定もしなかった。

「じゃあ……やるぞ」
男達は、一斉に加奈江を見下ろした。
加奈江は、己の命がもはや風前の灯であることを悟り、顔色を失った。

しかし―――加奈江のこの認識は誤りであった。
男達は彼女に対し、死以上の苦痛を与えようとしていたのである。


縄を掴んでいた男が、加奈江の襟元に手を掛けた。
青色の大きな襟が引っ張られ―――次いで、ビリリと耳障りな音を立てて、
加奈江のワンピースの前が破かれた。
「!!」
ハッとした加奈江の表情。
そして、はだけられた胸元を覆う質素な下着をも男は引き千切り、
彼女の真っ白な乳房を、無機質な光の下に晒した。

男達の視線が、乳房に絡みつく。
豊かな膨らみを見せる白い乳房は、加奈江の呼吸に合わせて柔らかく揺れている。
男達の一人が、グッと生唾を飲み込む音が聞こえた。

加奈江は、曝け出された肉体を男達の眼から隠そうと身を捩る。
が、両腕を後ろで縛り上げられているのでは、どうしようもなかった。
彼女を剥いた男が、低く笑う。
掌に余るほどの大きさの乳房を乱暴に捻り上げ、
その尖端に息づいている桃色の乳頭を、強く押し潰す。

男の狼藉に耐えかね、加奈江は咽喉の奥で「くっ」と微かな呻きを漏らした。
すると、それを合図にしたかのように、廻りの男達が動き出した。

「へへ……こいつが化けモンのおっぱいか。おい、俺達にも触らせろや」
「こりゃあ見事な……
 しかもただデカイだけじゃねえ。この肌触りといい柔らかさといい、全く堪らんぜ」
「ああ。それに見ろよ。この乳首の色の鮮やかなこと。やっぱ、若い女は違うねえ…………」

好き勝手なことを言いつつ、男達は加奈江の乳房を、敏感な乳首の突起をまさぐり続ける。
「いや……やめて…………やめて下さい」
何本もの欲望に満ちた手指に絡みつかれ、加奈江は消え入るような抗いの言葉を発する。
だがそれは、男達の情欲を煽る以外に役立ちはしなかった。

「けっ! 化けモンのくせに、何抜かしやがる!
 人間様のすることに逆らえる立場じゃねえんだってことを、骨身にまで判らせてやらぁ……
 おい、てめえら! 早くこの、邪魔な布っ切れを剥いじまいな!」

 最初に加奈江の衣服を引き裂いた男―――おそらく彼が、一同のリーダー格なのであろう。
彼の号令に従い、他の男達は加奈江のワンピースを剥ぎ取りにかかった。

「ああ……」
袖口を破かれ、スカートを刃物で切り裂かれ、加奈江の可愛らしいワンピースは、
見るも無残なぼろ布と化してゆく。

夜見島に全裸で流れ着いた加奈江に、脩の父・隆平が与えた水色のワンピース。
『死んだ家内が若い頃に着ていた物なんだが……』
そんな風に言いながら、少し照れた笑いを浮かべた隆平の姿を思い出し、
加奈江は物悲しい思いに囚われる。
しかも、その隆平を―――脩のたった一人の父親である隆平を、自分は、この手で殺したのだ。
ほんの数時間前に。そう。この漁師達の言う通り。
闇の意思に乗っ取られ、自我のない状態だったとはいえ、その事実は――――――

悲しみと絶望で乖離しかけた加奈江の意識は、男達の喚声によって引き戻された。
気付けば、加奈江のワンピースは全て取り払われており、
今や、彼女を覆っているのは、白い綿の下穿きのみであった。

「うっひょー! こりゃすげえや!」
「この躰の線、肌の色つや……ううむ、思った通りかなりの上玉だ……
 別嬪だし、その本性が化け物だとは、こうして見る限りはとても信じられねえ」
コンクリートの床に転がされた加奈江の裸身に、男達の脂ぎった視線が注がれる。
フードの下から覗く無数の淫らな光に、加奈江はこわごわと身をすくめた。

「全く素晴しい躰だよ。殺してしまうのが惜しくなってくるほどに」
リーダーの男が、加奈江のなめらかな太腿をさすりながら言った。
「だがな……これも化け物の手の内なんだ。人間を騙し、たぶらかす為の……
 判ってるなお前ら? この躰に魅入られた、あの学者の末路を忘れちゃなんねえ」

一同は静かに頷いた。
彼らは皆、三上家襲撃の際、隆平の惨殺死体を目の当たりにしている。
そして、その死体の傍らで、血まみれの包丁を手に立ち尽くしていた加奈江の姿も――――――

その光景により、彼らの疑念は確信へと変わった。
間違いない。やはり加奈江は闇の世界からやって来た使い女―――
人の姿かたちを盗み、島を災いに導かんとする海の“穢れ”――――――――
穢れは祓わねばならない。彼らの暴力は、正義の行為として正当化された。

「野郎ども! 化けモンの脚を開かせろ!」
リーダーが号令をかける。
男達は加奈江の肉体に群がり、彼女の白い脚を、瞬く間に大きく割ってしまった。
「あぁ……いやぁ…………」
真一文字に開かれた両腿の間で、白い布地に包まれた陰部が、くっきりとその形を現している。
男の一人が、その中心部の窪みのある辺りを、指先で軽く突付いた。

「あぅんっ!」
唐突に襲われた甘い感覚に、加奈江はビクリと内股の筋を浮き上がらせる。
「化けモンの癖に、アソコはきっちり感じるってかい? ヒヒヒ」
男は更に、加奈江の性器を下着越しにグリグリと弄り廻す。
「あっ、うっ、う」
加奈江のもっとも敏感な箇所が、男の指による刺激で次第に充血を始める。
火照りは新たな快感を生じ、それは、加奈江自身の意思に逆らって、
止め処もなく彼女の性器を蕩けさせた。

 「……おい、見てみろ」
加奈江の性器を弄る男が、指を離し、その性器を指し示した。
指で辿られ、割れ目に白い布地を食い込ませた加奈江の性器。

その開き気味な割れ目の真ん中辺りが―――濡れていた。

男達が低く声を上げる。
白い股布の中心に、濃く、粘り気を帯びた液体が滲んで、ウズラの卵大の淫猥な染みを作っていた。
「この化け物……オメコ濡らしてやがるぜ!」
「へへっ、こいつぁいいや!
 縛られて無理やり股座おっぴろげられてんのに、淫水出しやがるとはなぁ!
 とんだ色狂いの化けモンだ」

下品な中傷の言葉を口にしながら、男達は、寄ってたかって加奈江の性器に手を伸ばす。
「あうぅ……」
男達の手の陵辱に、加奈江は切ない呻き声を漏らした。

「こいつが邪魔だ」
不意に、加奈江の下穿きが、グイッ、と横にずらされた。
紅く染まり、粘液に濡れ光る肉の合わせ目が、ぷっくりとしたその姿を覗かせる。
「いやっ!」
加奈江は反射的に腰を引こうとした―――が、男達に押さえつけられ、身動きすることは叶わない。
そして男達に淫らな手は、加奈江の下穿きをそのまま引き千切り、
彼女を、完全な裸体に剥いてしまった。

「いや……いやああああぁぁあっ!!」
乳房も、女陰も、肛門も、何もかも丸出しの恥ずかしい姿を曝け出され、
加奈江は悲痛な声音で叫んだ。

「くうぅ……堪んねえ…………」
男の中で、最も年若いと思われる一人が、興奮に耐えかねた様子で自らの股間を押さえている。
無論、彼だけではなく、その場に居る全員が同じ状態に陥っていた。
若い娘の無防備な肢体を前に、全員、ズボンがはちきれそうな程に陰茎を勃起させていた。

それでも―――此処に至るまでは、この娘が人ならざるモノであるという恐怖と嫌悪から、
彼らの欲情の心は随分と抑えられたものであったのだ。
しかし、こうやって加奈江の丸裸を―――濡れて開いた女の部分を眼の前にすると――――――

「も、もう我慢できねえ! 俺ぁ、姦るぜ!!」
年少の男がズボンを膝まで引き下ろし、加奈江に襲い掛からんとする。
加奈江が甲高い悲鳴をあげた。
「馬鹿野郎! 勝手なマネすんじゃねえっ!」
跳ね踊る陰茎を加奈江の膣口に宛がおうとした若者を、リーダーの男が、首根っこ掴んで引き剥がす。

だがもう、時は遅かった。
「あっ、フゥーン」
若者が珍妙な呻き声をたてたかと思うと、露出した紅い亀頭の先から、
真っ白い精液がどっくどっくと溢れ出てしまっていた。
若者の精液は勢いよく飛び散り、加奈江の下腹部は勿論のこと、
豊かな乳房や、ぽってりとした唇の辺りにまで降り掛かって汚していた。

「なんだいなんだい! えれぇ早えんだなぁ」
若者は、加奈江の膣口に亀頭が軽く触れただけの刺激で達してしまったのである。
「ハァ、ハァ、す、すんません、今夜の為に、ゆんべからセンズリ我慢してたもんスから」
射精した途端、人が変わった様にしおらしくなった若者を見て、男達は爆笑した。

 「ったく仕様がねえなぁ、こんなに汚しやがって……」
加奈江の肉体に降り掛けられた精液を眺め、リーダーは言った。
彼は、呆然と眼を見開いたままの加奈江の顔を覗き込む。
そして、精液に濡れた乳房を、彼女の口元近くまで持ち上げた。

「舐めろ」
リーダーは、乳房にこびり付いた精液を、加奈江自身の舌で清めるように命じた。
加奈江は顔を背けてそれを拒む。

すると、リーダーの掌が加奈江の頬を打った。
パン! パン! と、鋭い音を立て、何回も、何回も平手打ちが浴びせられる。
加奈江の蒼白な頬は、見る見る内に赤く腫れ上がっていった。
「……さあ、とっととやれぃ」
加奈江はもう、拒まなかった。
腫れ上がった頬に涙の筋を残したまま、加奈江は、己の雪白の乳房に舌を這わせた。

「んっ、んぐ……んむぅ」
舌を動かす度に、異様な臭気と、ピリリと舌を刺す苦味が、口の中に運ばれてくる。
そのつらさ悔しさで、加奈江の目尻には新たな涙が湧き出し、零れ落ちた。
「いいツラしてやがる……おい」
満足げに口元を歪めたリーダーが、後ろを振り返り、一人の男に声を掛けた。
「こりぁあ、おめぇの出番だろう」
「え? もう始めちまっていいんですかい?」
呼び掛けられた男は、一瞬戸惑った様子を見せる。
「ああ、予定じゃあのお方がこっちに着いてからってぇ手筈だったが……
 なぁに、もうじきに来るだろうて」

リーダーの言葉に、男は「へい」と答えると、
壁際に置かれた、何かのケースらしき物を引き寄せ、その蓋を開いた。
不安な面持ちで見守る加奈江の眼の前で、男は黒い部品を次々と取り出し、組み立ててゆく。
それはカメラだった。
それも、一般家庭にあるコンパクトカメラの類よりもずっと本格的な、プロ仕様の代物だ。

「……どうしたぃ? ボサッとしてねえで続けな」
彼らの目論見に気付き、顔色を無くした加奈江に、リーダーは乳房を舐め続けるよう促す。
だが、柔らかい膨らみを唇に押し当てられながらも、加奈江の眼はカメラを―――
カメラに取り付けられた大仰なストロボを、食い入るように見詰めている。

「いや…………!」
凶器じみた黒いレンズを向けられると、加奈江は、いきなり激しく暴れ出した。
屈強な漁師達が取り押さえる中、必死で身を捩り、脚をバタつかせる全裸の加奈江は、
まさに取れたての魚のようだ。
「ヒヒッ、いいポーズだ」
男はシャッターを切った。
薄汚れた室内に、切り裂くようなシャッター音が鳴り響き―――
同時に、まばゆい閃光が、辺り一帯を無慈悲なまでに照らし出す。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

加奈江は、絶叫した。

 閃光に躰の隅々までも照らされる苦痛は、加奈江に取って、最も耐え難い拷問であった。
光は、闇の使いである加奈江の、最大の弱点なのである。
あまり長い時間、強い光を浴び続けると、
加奈江は、この仮初めの肉体を保つことが、出来なくなってしまう。

「駄目! やめて……やめて下さい! や、やめて」
息も絶え絶えといった風情で、加奈江は抗いの言葉を吐き続ける。
その苦悶に満ちた表情に、巨大なレンズが向けられる。

そして、閃光。
「い……ぁ…………いひ、ひぃ、い」
顔に、躰に、開ききった性器に、光の陵辱を受けた加奈江は、
半ば白目を剥いた凄まじい形相を、男達の前に晒していた。

「なかなかいい写真が撮れそうだな」
リーダーの言葉に、カメラの男は笑って頷く。
「全くですぜ兄貴。アマチュアカメラマンの俺が、こういった迫力に満ちた女の裸を撮れるなんて
 本当にありがたい話です……あのお方には、もう足を向けて寝れませんて」
彼が、そう言った時であった。

「ふふふ……その言葉、忘れるんじゃないよ」
入口の扉が開き、雨音と共に女の声が聞こえた。
男達は全員立ち上がり、声の主に頭を下げる。加奈江は首を伸ばし、新たな登場人物を見た。
桜色の着物を身に纏った小柄な立ち姿。切り髪の下、勝気そうな瞳を煌めかせた若い女――――――
「……ともえ、さん?」

加奈江の呟きを耳にし、ともえは床に転がる裸体に、チラリと一瞥をくれる。
「いい姿ねえ。化け物女には、ピッタリの格好じゃない」
そして、高らかに笑う。
太田ともえ。
島髄一の網元、太田家の統領娘。
太田の家は、網元であると同時に、島を穢れから守る使命を帯びた、由緒正しい名家である。
当然、“海の穢れ”である加奈江とは、敵対する立場にある。

「ともえお嬢様! いい時にいらした。ちょうどこれから、本番に入る処ですぜ」
リーダーの言葉に、ともえは満足そうに頷いた。
「もう写真は撮ったのね? ふふ、面白いことになったでしょう?」
「へい、そりゃあもうお嬢様の仰る通り……このアマ、白目を剥いてヒイヒイ泣き喚いてやがって」

「そうでしょうとも」
ともえは、加奈江を残忍な眼で見下ろす。
「いにしえの闇から来た使い女は、光が苦手なのよ。
 だからこの女、今まで、陽のある時間に表へ出てこなかったでしょう?」
「なるほど……」
一同、加奈江に冷たい視線を送った。室内が、陰険な悪意で満たされる。

「では、早く始めなさいな」
漁師の一人が用意した木の箱に腰掛け、ともえは男共に指図した。
加奈江は、驚愕に眼を見開く。

闇に対抗する者として、ともえが自分に敵意を持っていることは、以前から承知していた。
自分を排除したいと思っていること。
そして、その為に強硬な手段を取る可能性があることも、予測はしていた。
しかしまさか―――統領の常雄の指図というならまだしも、その娘であるともえが……
同じ女の身であるともえが、かような淫らな陵辱を、手下の漁師達に命じていたとは――――――

 「ともえさん!」
加奈江は、強張る咽喉から声を振り絞り、ともえに呼びかけた。
「あなたが……あなたがこんな仕打ちを企んだんですか?!
 こんな、破廉恥なことを……いったい何故?!」

「おだまり!!」
ともえが鋭く一喝した。
「破廉恥なのは、あんたの方でしょう? 私は知ってるのよ。
 あんたが、あの余所者の学者を始めとした、島中の男達に色目を使っていたのを!」
「そんな……私、そんなことしてません」

「いいや。お嬢様の言う通りだね」
男の一人が口を挟む。
「俺ぁ以前、夜の路地でこの女に誘われたことがあるぜ……
 狭い道でよう、こいつ、すれ違いざまに、ワザとおっぱい押し付けてきやがってよ」
「俺もだぜ! 俺が居る前でケツを突き出して、ガキの靴ヒモ直してやがった!
 へへへ、この太腿をチラつかせてよぉ」
別の男が、加奈江の腿を撫で廻した。加奈江は、首をぶるぶると横に振る。
「違います! 私、私そんなつもりは……」

ともえが立ち上がった。
ともえは、何処から持ってきたものか、大振りの目抜き大切を携えていた。
その巨大な刃を加奈江に向けたかと思うと、切っ先を加奈江の下顎に宛がい、グッと顔を上向かせる。
「何を言っても無駄よ。化け物女。あんたはもう逃げられない……
 さあ、あんた達! この化け物女に、人間の力を思い知らせておやり!」

男達は、一斉に加奈江の肉体に躍りかかった。
シャッターが何度も切られ、稲光の如き閃光が室内に満ちる。

加奈江の悲鳴が、灰色の天井に木霊した。



「よし、姦れ」
無骨な手がしなやかな肢体を嬲り、押さえつける中、リーダーの声がする。
「お、お、俺から、ですかい?」
答えたのは、酷く気弱なか細い声だった。
「ああそうだ、おめえからだ。おめえ、道すがら言ってたじゃねえか……
 まだ女を知らねえから、今夜姦れるのが楽しみだってなぁ」
「ほーお。そいつぁ面白ぇじゃねえか。滅多に居ないぜ? 化けモンで筆下ろしする野郎なんてよ」
一同、大きな声で笑った。

加奈江の虚ろなまなこに、覆い被さる黒い影が映る。
女陰の裂け目に、そろそろと宛がわれる硬い肉の尖端。
 ――――犯されてしまう……。
だが、加奈江はもう、半ば諦めていた。
重い躰に圧し掛かられても―――寧ろ、光を遮ってもらえて有難いとさえ思った。

この陵辱の後、自分は殺されるのだろう。
仮初めの肉体を失うこと。それは、大して怖ろしいことでは無い。
加奈江の心残りは、ただ一つ。

 ――――脩…………。

愛しい脩を、守りきれなかった。脩を残して、消え去らねばならなくなった……。

断腸の思いで静かに涙ぐむ加奈江の膣に、凶暴な男根が、荒々しく分け入った。

 「あぅ……」
 「おうっ、ううう」
加奈江と男は、同時に声を漏らした。
シャッター音と共にフラッシュが焚かれ、性器で繋がった二人を横から写した。

「ようよう! どうでぇ、オメコに嵌めた感じはよ!」
「うぅっ、な、なんだかヌルヌルしてます……そ、それに、中の肉が、纏い付いてくるみたいで」
初めての性交の感想を訊かれ、男は、興奮に震える声で答える。
「ほれ、じっとしてたって仕様がねえだろう。腰を使いな、腰を!」
周りに促され、彼はぎこちなく尻を上下させ始める。

膣の入口から、躰の奥深い部分にまで衝撃を受け、加奈江は呻いた。
だが三往復もしない内に、彼は果ててしまった。
「お……おおおぉっ」
激しい射精の快感にガックリと力が抜け、加奈江の乳房に凭れかかる。

「早く退け馬鹿野郎! 後がつかえてんだ」
男が押しやられ、別の男が圧し掛かってくる。
今度の男は、やけに性急に腰を動かしてきた。
あまりに素早く膣を摩擦されるので、加奈江は、引き攣れる痛みを感じて顔をしかめた。
その所為なのか、加奈江の膣は萎縮したように男の陰茎を締め付け―――
瞬く間に、彼を射精へと導いた。

彼はさっさと加奈江から離れる。そしてまた、別の男が入れ替わった。
 ――――ああ……あと何人居るんだろう…………。
まばゆいフラッシュの合間を縫って、加奈江はその場に居る男の数を数えようとした。
……ざっと見る限り、七、八人くらいの人影が認められる。
だが正確な数は判らなかった。
明滅する光に眩んだ加奈江の眼は霞み、
膣を繰り返し犯される感覚で、意識も朦朧として、正常な思考が出来なくなっているのだ。

男達は、際限なく加奈江を犯し続けた。
たび重なる陵辱で、加奈江の全身は汗にぬらついて白くかがやき、
膣口からごぼごぼと溢れ出た精液は、尻の谷間を伝ってコンクリの床に染み込んでいた。


こうして、何度目かの射精が、加奈江の胎内で行われた。
「ったく……どいつもこいつも、あっという間に終わりやがって」
例のリーダーの男が、呆れ果てた口調で吐き捨てた。
「いいか。俺達ゃこの化けモンに、人間の怖さを思い知らせてやらにゃならねえんだぞ?
 それがどうだ? おめえらが不甲斐ねえからこのアマ、こんなにしれーっとしたツラしてやがる」

「いやぁ兄貴。そうは言いますがねぇ」と、他の男達は不服そうに言う。
「この化けモンのオマンタンの具合の良い事といったら……とても持ちゃあしませんて」
「そうっスよお。そんなこと言うんだったら兄貴、是非とも兄貴が手本を見せて下せえよお」
彼らはリーダーの方を見る。
男達が代わる代わる加奈江を犯し続ける中、リーダーだけが未だ、加奈江と交わっていない。

「ふん、しょうがねえなあ」
リーダーはニヤリと笑うと、身を包む雨合羽を、勢いよく脱ぎ捨てた。
人相を露わにした彼を見て、一同ハッと息を飲む。
一方のリーダーは平然とした様子で、瞬く間に全ての衣服を脱ぎ捨て、加奈江の前に仁王立ちした。

加奈江は、気怠げにリーダーを見上げた。
蛍光灯の灯りが逆光になった彼の顔は、加奈江からはよく見えなかった。
だが、そのがっしりとした体躯や、赤銅色によく灼けた膚の色は、なんとなく見て取れた。

 リーダーが加奈江の前にしゃがみ込むと、加奈江を取り囲んでいた男達は、少し後ろへ引いた。
「いいかおめえら、よぉく見て置きな」
加奈江の乳房を両手で鷲掴みながら、彼は言う。
「今からおめえらに、女の扱い方を教えてやらあ」
リーダーは、たわわな乳房をグッと持ち上げ、桃色の乳頭を摘まみ上げた。

彼は、他の男達のように慌てて性器を結合しようとはせず、
加奈江の肉体のあちこちを指先でまさぐった。
首筋から乳房をたどって脇腹をなぞり、また乳房に戻って柔らかく揉みしだく。
加奈江はぼんやりとした表情のまま、男の指戯を受けている。

やがてリーダーは、長い舌を伸ばして加奈江の乳首を舐め、
更に、上下に弾くように素早く舌を動かし始めた。
「う…………」
加奈江は、小さく呻いて眼を閉じる。
その表情をカメラが捉える。加奈江は首を振り、長い黒髪で顔を隠そうとした。
「ふふふ」
彼は低く笑うと加奈江の髪の毛を払いのけ、顎を掴んで無理やりカメラの方に向けさせた。
「撮らせてやれよ。せっかくのいい顔が、勿体ないぜ」

そうしながらも彼の手は、休むことなく加奈江の肉体を責め立てる。
片方の手で乳房を撫で廻しながら、もう片方はゆっくりと下腹部に落ち、
加奈江の、だらしなく開いたままの脚の付け根を、もぞもぞと弄くりだした。
「うっ、うぅんっ!」
その途端、加奈江の身は仰け反り、甲高いよがり声が唇から漏れ出でた。
リーダーは、加奈江の膣口に、中指と人差し指を挿れて掻き廻しつつ、
親指は陰核に宛がい、強い力で揉みほぐしていた。

暫くそれを続ける内に、加奈江の漏らす声は本格的な喘ぎ声となり、
弄られる陰部の疼きに耐えかねてか、尻を、もじもじと蠢かせ始めた。
「ふむ、そろそろいい頃合いだな」
リーダーは、加奈江の中から二本の指を引き抜いた。
指には、膣を汚した男達の精液とは明らかに違う、加奈江自身から湧き出た恥液が、
ねっとりと絡み付いていた。
周りの男達が溜息を漏らす。
リーダーは加奈江の両脚を脇に抱え込み、焦らすようにゆっくりと、陰茎を膣に埋没させていった。

リーダーは、人に言うだけのことはある、性技の巧みな男であった。
ただ前後に腰を動かして突きまくるばかりではなく、
時に浅く、時に深くと、緩急つけて抜き挿しをした。

「はっ……あぁ、あぅん」
入口上部のザラザラした部分をカリ首で擦られたり、
ぐるぐると廻すような動作で、膣内を隈なく掻き廻されたりする毎に、加奈江の性悦は昂まり、
遂には男の動きに呼応して、その丸い尻をクイッ、クイッ、と、自ら上げ下げするまでになった。
「おいおい見ろよ! こいつ、腰使ってやがるぜ!」
「はっはーっ! 本当だ! 兄貴のマラを咥え込んで、オメコが涎たらしてよがってやがる!」
「しかしさすがは兄貴だぜ! 化け物のオメコを夢中にさせちまうなんざ……」

「ふふん。ようやく淫売の化け物女が、本性あらわしたってぇ処ね」
前に出たともえが、上気した顔で言い放つ。
「さあ、もっともっと責め立てるのよ!
 化け物女のもっとみっともない、もっと恥ずかしい姿を私に見せなさい!」
ともえの命に、リーダーは大きく頷いた。

 「判ってますよ、ともえお嬢様……
  そいじゃあ、お嬢様にもっとお楽しみ頂ける様にしやしょうかい」

リーダーは一旦、加奈江の膣から陰茎を外した。
そして、加奈江の髪を引っ掴んで立ち上がらせると、背後から彼女の片膝を抱え、
後ろ取りで陰茎を挿れ直す。
刺激的な姿態に、ともえを始めとした全員が息を飲んだ。
リーダーは小さく笑い―――更に、そのまま加奈江の、もう一方の膝もすくい取った。

室内に、どよめきが起こった。
子供に小便をさせるような姿勢で抱え上げられた加奈江は、
陰茎を嵌められた女陰を見せ付ける形を取らされていた。
真っ赤に腫れ上がり、淫汁まみれでひくひくと蠢いている、いやらしいその姿――――――

「ああぁ」
あられもない姿にされた加奈江は、羞恥の極みで切ない声をあげる。
しかも、そんな加奈江をカメラは無情に撮影し続けるのだ。
「いぁ……ああ! ひぃっ……」
この状態で、ストロボの光を浴びせられるのは辛過ぎる。
それは、長いこと正座を続けて痺れた足を、思い切り踏み付けられるようなもので、
どうにも耐え難い苦痛であった。

「ヘッ、なんだいこいつ! 写真撮られるたんびに、オメコをピクピクさせてやがらあ!」
男の一人が、加奈江の性器を指さして笑う。
彼の言葉通り、加奈江の性器は、フラッシュに合わせてひとりでに収縮を繰り返していた。

「おぉ! クソ、よく締め付けやがるぜ……特に、入口の締め付けが凄い。
 こりゃあ俗に言う、蛸壺陰門ってえヤツだ。これじゃあ、おめえらが持たねえのも無理はない」

そう言いながらもリーダーは、無理な姿勢をものともせずに、腰を使い始める。
加奈江は再び、喜悦の声を上げ始めた。
「あっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ……」
性器の結合部からは、ぐちゅぐちゅ、にちゃにちゃ、と淫らな粘液の音が鳴り響く。
抱えあげられて揺さぶられる加奈江の脚は、膝から下がガクガクと上下し、
白い乳房も、ぷりんぷりんと大きく揺れ弾んだ。

こんな光景を見せられては、他の男達も黙っていない。
「あぁっ! いやあぁっ!!」
加奈江の陰核に、誰かが指を這わせてきた。
シコシコした手触りの敏感な肉豆を捻られて、加奈江はびくりと肩を震わせる。
陰茎の出し挿れされる膣口の周囲も、別の男が弄り廻している。
両の乳房は両脇から別々の男に触られているし、何故か、足の指をぺろぺろ舐めている男もいる。

「いぃ、あ、あ、あひ……へ……あ…………」
加奈江はもう、ほとんど正気を失ってしまっていた。
膣を犯され躰中を嬲られ、眩しい光に幾度も幾度も晒されて――――――

「なんて醜い顔かしら」
眼の前に立ったともえが、蔑みの言葉を投げ掛ける。
「これほど大勢の男に辱めを受けながら、よく気分を出せるものねえ……
 白目を剥いてヒイヒイ言って、上の口も下の口も、だらしなく涎たらして。
 いくら化け物とはいえ、恥はないの?」

加奈江は、ともえから眼を逸らした。
途端、ともえの平手が加奈江の頬を打った。
「答えなさいよ化け物女!」
憎々しげに言い募る。

しかし次の瞬間、ともえはフッと笑顔を見せた。
十一
 「ふふ……まあいいわ。あんたは今、性交に夢中なんですものねえ。
  大事な処に男のおちんこ嵌められて、雌豚のようによがり狂っているんですもの、
  マトモに話なんて出来やしないわよねえ、ホホホ……」

ともえは華やかに笑うと、加奈江に嵌めている男に眼で合図をした。
男は頷き、より一層、大きな動きで加奈江を姦し始めた。
加奈江は首を反らせ、恍惚の表情を露わにする。

「もっともっと、雌豚らしく啼き喚いてごらんなさいな。
 あんたの本性を……この場で曝け出すといい!」

言われるまでもなかった。
闇の使者としての勤めも果たせず、かといって、人間にもなれない。
加奈江にはもう、何も残されてはいないのだ。
彼女の虚ろな心は、もはや屈辱を屈辱とも思わず、
身を苛む快楽を、寧ろ積極的に受け入れようとさえしていた。

そして遂に、加奈江に快楽の絶頂が訪れようとしていた。
「おや、とうとう気を遣りそうなのね?」
ともえの言葉を耳の隅で捉えつつも、加奈江の感覚は、陰門の奥―――
陰茎の先で突き廻される、子宮頸口の蕩けそうな快感に、全て持っていかれてしまっていた。

――――かぽん、かぽん、ぱこっ、ぱこっ
 ――――ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ

「あああ、いい、いいい……くる……きちゃう、のお」
肉のぶつかる音と、性器から飛沫をあげて飛び散る淫液の音が、ひときわ激しく鳴り響く中、
加奈江の、絶え入るような声が被さってくる。
加奈江を犯す男もまた、先走りを漏らしながら、最後のあがきの如く、
がむしゃらになって腰を振り立てている。

リーダーは、大汗を掻きながら前に二、三歩進んだ。
すると、ともえと共に、取り囲んでいた人垣がサッと別れた。

加奈江は、何とは無しに、恍惚と閉ざしていた瞼を開いた。
部屋の片隅に、小さく光る何かが見えた。

二つ並んだその光は、眼だった。
つぶらな瞳。途轍もなく懐かしい―――だけど決して、今この場に居てはいけない子の瞳――――――

「脩」

加奈江は、驚愕に眼を大きく見開いた。
口にガムテープを貼られ、自分と同じように、後ろ手に縛り上げられた幼児の姿。
その痛ましい脩の姿に、加奈江の理性は急速に回復する。

だがもう、手遅れであった。

「いや、いや、い…………いひいぃい! いぁああああぁぁあぁぁあぁぁあぁああぁぁー……!!」

自分を見上げる脩の眼と見詰めあいながら、加奈江の躰は、凄まじい絶頂感に襲われた。
脳髄を貫く快感に、加奈江の視界の脩は、ぼやけて揺れる。
揺れているのは、加奈江自身も同じだった。
性器の痙攣は、全開の内股の筋肉や、肛門、尻の肉までもヒクつかせ、
それにつれて、肩から足のつま先まで、感電したようにビクンビクンと震え強張った。

脩の瞳は、そんな加奈江の全てを見詰めていた。
貝のように潮を噴き出し、蠢き悶える女陰を脩に見せつけ、
加奈江は、果てしない絶頂の渦にきり揉みにされ、沈んでいった――――――
十二
 白く虚ろに時が流れた。

自失の状態から覚めた加奈江は、いつの間にか、脩の前に座り込んでいた。
「脩……」
幼い脩のふっくらとした頬には、涙の跡が残されている。
しかし今、その顔には何の表情も無かった。
人形のようになってしまった脩を前にして、加奈江には、何もなす術が無かった。
出来ることなら、脩を縛めている縄を解いてやりたい。
ガムテープを剥がし、涙の跡も拭ってあげたい。
そして―――抱き締めるのだ。もう二度と離さない、と、誓いながら――――――

でもそれは、脩と同じく縛められた状態にある加奈江の手では、叶わぬことだった。
 ――――それに
と、加奈江は項垂れる。
あんな―――あんな醜態を晒してしまったのだ。
脩の眼の前で。汚らわしい快楽に耽溺し、絶頂を極めるはしたない姿を、この躰は――――――

閉じた太腿の内側では、男の放った精液と、自身の出したよがり汁の入り混じったものが、
溢れ返って粘りを帯びている。
腫れ上がった性器の穴はジンジンと疼きを残し、
こうしていても、未だ男の陰茎を嵌めているような錯覚を起こしていた。

こんな汚らしい自分が、脩に触れることが、果たして許されるのだろうか?

「感動のご対面ってわけね」
傍らに立ったともえが、嘲笑を交えた声で言う。
「しかし……傑作だったわねえ。あんた、性交に夢中でこの子に全然気付かないんだもの。
 ねえ、この坊や、いつから此処に居たと思う?」
「……」加奈江は、黙ってともえの言葉を聞いている。
「実はね……最初からなのよ。
 あんたが此処に連れて来られた時には、すでにこの子は此処であんたの様子を見ていたの」
加奈江は、俯いたまま眼を見開いた。

「化けモンに魅入られたガキだからな」
と、リーダーの男が続ける。
「見付け次第始末するように、と、親父さんには言われていたが、
 この余興に使えると踏んだお嬢様が、此処へ運ぶよう指示されたんだ。
 始めはてめえの眼に入らんよう、階段の影に隠していたが、
 へへっ、てめえがオメコで気分出し始めてからは、此処に出して置いといたのさ。
 てめえが気付いた時に、面白ぇことになると思ってな」

加奈江は、頭を殴られたような衝撃を受けていた。

 ――――見 ら れ て い た 。 脩 に 。 全 部 見 ら れ て い た 。

加奈江は、今まで此処で晒してきた、痴態の数々を思い返す。
いっそ死んでしまいたくなるほどの羞恥の念。そして――――――悔恨。
加奈江はもう、脩に眼を向けることさえ出来なくなってしまう。

「さてと。そろそろ休憩時間は終わりだぜ」
リーダーは、加奈江を縛る縄を掴んで引き摺り、加奈江を、部屋の中央に転がした。
「まだまだ、てめえが相手をせにゃならん野郎が何人も残っているんだ。
 さっさと済ませねえと、夜が明けちまわぁ」

これ以上の陵辱を受ける訳には、いかない。
加奈江は、慌てて起き上がろうとした。
だが多勢に無勢。人外ではあっても、非力な女の身で、しかも縛られていては――――――
十三
 それでも加奈江は今までとは違い、全力の抵抗を示した。
脩の眼の前で、これ以上恥ずかしい様を晒す訳にはいかない。
「やめて! お願いです! こんなこと、もうやめて下さい!!」

加奈江のそんな必死のあがきは、瞬く間に封じられた。
男の一人が、脩の咽喉元に出刃包丁を突きつけたのだ。
「股を広げな。そう……ちゃんとガキにも見えるようにな」
冷酷な刃物を柔らかな咽喉に受け、脩の塞がれた口元からは、ちいさな呻き声が漏れる。

「脩!」
こうなるともう、加奈江は言いなりになる他なかった。
ぶるぶると全身を震わせながら、加奈江は脚を開き、淫汁まみれの性器を露わにした。

「ヒヒヒ、ほら坊主、よおく見てやんな。あれが、おめえの大好きなおねえちゃんのオメコだよ」
「脩……見ないで」

「ほれ、こうやっておっぴろげると、もっとよく判るだろう……ほら、この穴だ。
 この化けモンは、この穴に男のチンボを嵌められるとヒイヒイよがり狂うんだ……
 おめえもさっき、見ただろう?」
「見ちゃ駄目……」

「坊主はこのお乳を吸ったことあるかい?
 へへっ、こうやって吸って、舐めてやるとな、女はみぃんな気持ちがよくなって、
 オメコを濡らすものなんだぜ?
 そして……くく、こうしてオメコのサネを撫で廻してやると……」
「見ないで」

「そらそら、オメコがぴくぴくしてきやがった。チンポを欲しがっている証拠さ。
 ついさっき、あれほど派手に精を遣ったってえのに……ほんに多情な女だ。
 いや、女じゃねえのか? 何しろ化けモンだもんなぁ、ハッハハ」
「脩、だめ」

加奈江の呟きは、誰の耳にも届きはしなかった。
おそらくは、脩の耳にも―――何故なら脩の眼は、加奈江が見てはならないと言い含めている、
彼女の躰の秘められた部分を、食い入るように見詰め続けているからだ。

やがて加奈江は、男達の玩弄の魔手に、抗う力を失っていった。
肉体を嬲りまわされ、肉の凶器で膣を、口を、肛門を、いく度もいく度も犯された。
加奈江自身は、脩の眼の前で四度の絶頂を迎えたが、
その身に受けた男達の射精の数は更におびただしく、とても数え切れるものではなかった。

全身精液まみれのその姿は、情け容赦なく写真に収められた。
そして―――
明滅するフラッシュを浴びせられ、今しも、溶けて無くなりそうな感覚に身悶えしながら、
尚も加奈江は呟き続けていた。

それは、祈りのように。それは、呪詛のように。

  ――――脩…… 見ちゃだめ…… 見ないで…… 脩…… 見ないで…………。
十四
 最後の男が、加奈江の顔に精の雫を放った。

ボロ雑巾のように床にへばりついた加奈江をうち捨て、男達は、ぐったりとした様子で、
そこかしこに座り、身を休めていた。

「みんな、ご苦労さま」
ずっと狂乱の宴を傍観していたともえが立ち上がり、一同に声を掛けた。
「じゃあみんな……今夜はこれで、引けてしまっていいわ。後は私に任せて……」
「お嬢さん一人で? 大丈夫ですかい?」
リーダーが、案じて口を挟む。
「……そうね。では、お前とお前だけ残って」
ともえは、リーダーともう一人の男に命じた。

雨の中、男達はぞろぞろと帰ってゆく。
室内にはともえと二人の男、そして、加奈江と脩の五人が残される。
「お前たち……ちょいと、二階へ行っておくれでないか?」
ともえの命を待つ男達に、ともえは言った。
「私はこの……化け物女に、用事があるのよ」

リーダーは一瞬、怪訝そうな顔を見せたが、
すぐに、全てを得心したような、意味深な笑顔を浮かべて頷いた。
「判りやした……んじゃあ、俺っちは上で待ってますんで。何かありやしたら、すぐに呼んで下せえ」

二人は、二階へ上がって行った。

ともえは、去ってゆく足音を確認するように、暫し階段の方を向いていたが、
やがて、ゆっくりと振り返って加奈江を見下ろした。
加奈江は、未だ辛うじて生きている、といった状態であった。
精液の残滓を躰のあちこちにこびり付かせ、抜け殻の如く虚ろな有様で横たわっていた。

ともえは加奈江の眼を覗きこむ。加奈江の瞳が揺らいだ。
加奈江に意識があるのを認めると、今度はむき出しの下腹部に眼をやる。
あお向けに転がった加奈江は、さいぜん犯された姿勢のままだった。
しどけなく八の字に開いた脚の付け根から、爛れきった性器が、ぱっくり口をあけていた。

ともえは、その痛々しい女の部分を―――紅い下駄で、思い切り踏み付けた。
「ぎゃあぁっ!」
加奈江の弛緩していた躰が、電撃を受けたようにビクンと跳ね上がった。
その拍子に、膣の中に溜まっていた精液が、どろりと膣口から溢れ出る。
加奈江は痛みに涙を流しつつも、陰部を手で押さえることも出来ずにただ、股間をヒクつかせた。

「ぶざまねぇ」
ともえは、異様に紅潮した顔で加奈江の姿を見遣った。
そして今度は、部屋の隅で小さく蹲っている脩の方に眼を移した。
「坊や。こっちにいらっしゃいな」
ともえが呼び掛けても、脩は光る眼で見上げるだけで、身動きひとつしない。
「くすくす……そうか。こんな汚らしい化け物女の傍へなんて、寄りたくはないってことね?」

ともえのこの言葉を聞くと、脩は、おずおずと加奈江の方に近付いた。
「ご覧、坊や」
ともえは、脩の肩に手を置いて、加奈江を指す。

「この、惨めなみっともない姿……まさに、人間以下の畜生そのものと思わない?
 でもこれが、この化け物女の本当の姿なのよ。
 こいつは今まで、人間の振りをして坊やに良くしていたようだけど……そんなの、ぜんぶ嘘。
 坊やをたぶらかすための、偽りの優しさだったのよ。
 どう、坊や? この化け物の本性を、今宵ここで、嫌というほど見ただろう?
 それでもあんたは、こいつをおねえちゃんと呼べる?
 この不潔な淫売女郎を見て……あんたは今、どう思っているの?」
十五
 ともえは、脩の口を塞いでいたガムテープを剥がした。
その途端、脩はともえの手を振り払い、加奈江の傍に寄った。

「おねえちゃん!」
「……脩」
脩は加奈江の眼をジッと見詰めていたが―――急に、声を上げて泣き出した。
封じられていた口が開かれたのと同時に、押さえられていた感情が、一気に噴出したようだった。
「おねえちゃん……おねえちゃんかわいそう」
手を縛られた脩は、その柔らかな頬を、加奈江の頬に擦りつけて泣きじゃくった。
加奈江にこびり付いた、淫液で汚れるのも構わずに――――――

「……脩!」
脩の涙の温かさを感じ、加奈江の眼からも涙が溢れた。
そのまま二人は、身を寄せ合って涙した。
「脩……ごめんね脩…………」
加奈江にはもう、謝ることしか出来なかった。
この子の父親を殺し、そして、この子を助けることも出来ない。
光と男根に犯され抜いた加奈江には、もはや、起き上がる力さえ残ってはいないのだ。

それでも脩は、こんな自分を、未だ慕ってくれている。
加奈江は脩の健気さに、嗚咽を漏らしてただ泣き続けた。

この哀れな二人の間に、もう、言葉は不要であった。
互いを思いやり慈しみあう心は、熱い涙となってそれぞれの頬の上で混じりあい、
ひとつに溶けあっていた。

そんな二人の様子を、ともえは背後から忌々しげに眺めていた。
「いつまで泣いているのさ、うっとおしいね!」
ともえは脩を押しこくり、加奈江から無理に引き剥がす。

「脩に触らないで!」
加奈江は鋭い声と共にともえを睨みつけた。
ともえは、加奈江の頬を打とうと手を振り上げる。すると――――
「おねえちゃんをいじめるなぁっ!」
脩が、横からともえに体当たりを浴びせた。
意表をつかれたともえは、まともに喰らって地べたに尻餅をついてしまう。

「あんた達……!」
ともえは、怒気を露わにして立ち上がった。
二人の前に立ち塞がり―――不意に、肩をすくめて溜息をついた。
「やれやれ気の毒に。すっかり化け物の術中に嵌まりこんでいるのね」
そして脩を見下ろすと、一転、優しげな声で語りかけた。
「ねえ坊や。そんなにそのおねえちゃんが好き?」

脩は、戸惑った様子でともえと加奈江を見比べていたが、じきに、コックリと頷いた。
「そう……じゃあ可哀想ねえ。だってあんたのおねえちゃん、もうすぐ死んじゃうのよ?」
「……うそ!」
「嘘じゃあないわよ」
ともえは脩に、あでやかな微笑を見せた。
「だってご覧な。おねえちゃん、皆にやっつけられてボロクズの様になってるでしょう……?
 放って置いたら死んじゃうわよ。確実に」
脩は今にも泣き出しそうな顔になる。

「助けてやりたい?」
ともえは、脩の目線に屈みこむ。
「おねえちゃんを助けるために出来ることがある、と言ったら、坊やはしてあげられるかしら?」
「ぼく……おねえちゃんをたすけたい。なんでもする」

たどたどしいながらも、はっきりとした声音で言った脩に、ともえは微笑んだ。
十六
 「じゃあ、おねえちゃんを舐められる?」
ともえは、加奈江の躰に眼を遣りつつ脩に問うた。
「それも、おねえちゃんのお道具。つまり……おしっこの出る処、と言ったら判るかしら?」

脩は、黙ってともえを見据えている。
「あんたのねえちゃんは、其処に男のものを咥え込み過ぎて、イタイイタイになってるはずなのよ。
 だから……あんたが舐めて、傷を癒してやるといい」

「……何言ってるんですか?」
加奈江は愕然として声を上げた。だがともえは、それを無視して、脩を、加奈江の前に座らせた。
「ほら此処。此処を舐めるのよ」
ともえは加奈江の性器を指し示した。

加奈江の性器は、いまだ激しい陵辱の痕跡で、火のように紅く充血して荒れている。
濡れた恥毛がへばりついた大陰唇。
その内側で、陰茎によって幾度も擦り上げられたせいで、肥大した赤紫色の小陰唇には、
白濁した液が絡みついている。
中央部の、ぽっかりと黒く穴の開いた膣口の様相といい、
それは大人の眼から見ても、空恐ろしく感じるほどの淫らさである。

ましてや脩は、たった四歳の子供なのだ。

生まれて初めて間近に見る生々しい女性器に怯み、脩は顔を強張らせる。
「駄目よ脩! そんな処、見ては駄目……」
脚を閉じることさえままならない加奈江は、首を傾け、懇願に近い口調で脩に訴える。
「おねえちゃんが、死んでもいいの?」
うつむく脩の耳元に、ともえがそっと囁きかける。

脩の顔が、ゆっくりと加奈江の股間に近付いてゆく。
熱い吐息が降り掛かり―――小陰唇の一端を、チロリと小さく舌が這った。
「あっ!」
加奈江は、思わず声を上げた。
「おねえちゃん、いたいの?」
心配そうな脩の声に、加奈江は、首を大きく左右に振る。
「大丈夫だから……脩はしないでいいのよ、そんなこと」

「やるのよ坊や」
ともえが後ろで命令した。
「そんなんじゃ駄目! もっと、感じるように舐めてやらなけりゃ……
 ではこうしましょう。いきなり膣を舐めるのは気味が悪いだろうから、まずは、此処をお舐めなさい」
ともえは、加奈江の包皮からむき出た陰核を、指で摘まんで脩に示した。
「此処の先っちょをね、舌を素早く動かして舐めるの。
 これなら小さいからあまり味もしないし、出来るわよね、坊や」

脩は言われるまま、加奈江の陰核に舌先を宛がった。
「脩……」
脩は、加奈江の困惑気味な表情を見上げる。
そして、そのまま加奈江を見上げつつ、舌先で、陰核を小刻みに突付き始めた。
「脩……!」
柔らかく熱い舌が、加奈江の敏感な肉芽をぴたぴたと刺激する。
加奈江の頬が、赤く染まった。
十七
 脩の舌は、ぎこちない動作で一所懸命に、加奈江の陰核を突付き廻す。
その、焦らすような舌の動きに耐えかね、加奈江のその部分は、硬く尖りかけていた。

「ん……ぅん…………んっ!」
加奈江は戸惑っていた。
幼い脩が強要されている不潔な行為。加奈江の心は、それを痛ましく思っている。
なのに、躰の方は――――――

「気持ちがいいなら、ハッキリそう言ったらどう?」
ともえは、腕組みをしてニヤニヤ笑いながら言った。
「何を気取っているのさ? 無理に声を殺しちゃって……
 あんたが淫乱の化け物だってことは、とっくにバレているのに」

ともえは、立ったまま下駄を片方脱いだ。
そして、白い足袋を履いた足を加奈江の乳房に乗せ、指の股で、器用に乳首を摘まみ、こね廻した。
加奈江は、逆上せたように顔を耳まで紅くし、切ない溜息をつく。

ともえは、乱れた裾前から華奢な足首を覗かせて、暫し、加奈江の乳首を責めていたが、
やがて、スッと足を戻した。
加奈江は、ともえを見た。
ともえの頬は、加奈江に負けないくらいに紅潮し、大きな瞳を爛々と輝かせたその表情は、
一種異様な美しさを醸している。

ともえは、何かに耐えるように微かに震えながら、加奈江の顔をジッと見返していた。
「化け物女のくせに」ぼそりと呟く声。
加奈江の耳の横で、カラン、と、赤い下駄が床を踏みしめる音がした。

ともえは、加奈江の頭をまたいで立っていた。
桜色の着物の裾を捲り上げ―――そのまま、ガバッと顔の上にしゃがみ込む。
加奈江の眼の前に、ともえの淡い恥毛に縁取られた女陰が突きつけられた。
「ともえさん……」

ともえの肉付きの薄い、慎ましやかな感じのする陰部は、鼠蹊部の辺りまでが紅に色づいていた。
そこをともえは、自身の指先でぱくりと寛げる。
開かれた陰唇の内部は、淫猥な蜜で溢れかえっていた。
「……此処をお舐め」
荒い息の中、少し掠れた声音で、ともえは命じた。

「…………」
加奈江は、黙ってともえの顔と、眼の前に晒されたともえの割れ目とを、交互に見ていたが、
頭を僅かに上げて、ともえの濡れた粘膜に、唇を吸いつけた。
「うわ……あぁあっ!」
ともえの叫び声が、辺りに木霊する。
加奈江は舌を伸ばし、淫液を止め処なく沸き立たせている膣口に、えぐるように挿し入れる。

「あぁっ、はっ、いぃ……も、もっと、もっとお舐め! もっと……お、おサネも吸って!」
ともえは膝をつき、加奈江の顔面に、股をぐりぐりと擦りつけた。
加奈江は少しむせ返りつつも唇を開いて陰唇に被せ、中の粘膜をべろべろ舐めまわした。

「おおぉ、おあぁ、あぁ」
「んむ……ん、んん…………んんっ!」
二人の女の喘ぐ声が交錯する。
加奈江の激しい口淫を受けるともえの甲高い嬌声と、
脩に陰核を刺激されながら、ともえに奉仕する加奈江の、抑えられた艶声は、
殺風景な廃屋の中で、一際なまめかしく響き渡った。
十八
 「ああぁー……いいわ、上手いわ……堪らない…………」
ともえは、ハアハアと大息を弾ませながら、着物の襟元に手を入れた。
懐から何かを取り出している―――それは、掌に納まるほどの、小さなこけし人形であった。

ともえは加奈江の顔の上から離れ、こけし人形の底を加奈江の口に突っ込んだ。
「しっかり咥えているのよ」
そう言って、ともえは腰を上げ、こけしの頭に膣口を宛がい―――ゆっくりと、腰を落としていった。
「あああああ……」
小さなこけしは、吸い込まれるようにともえの膣に埋没してゆく。

こけしを完全に胎内に埋めてしまうと、ともえは再び、加奈江の唇に、陰唇を押し付けた。
押し付けながら、加奈江の顔を両腿で挟みこみ、尻を前後に揺らす。
そうして、加奈江の唇の感覚を味わいつつ、ともえは、加奈江の顔を見下ろす。

眉をひそめたその表情は憂いに満ち、濡れぬれと潤んだ黒い瞳の美しさと相まって、
見る者を引き込まずにはいられない妖艶さを漂わせていた。
「化け物女のくせに」
ともえは再び、その台詞を呟いた。
「この顔が……この躰が、島中の男達を惑わせたのだわ……
 あん、こんな、化け物の、うわべの美しさに、あぅっ、み、みんな、誑かされ、て……あうぅっ!」

ともえは感極まった様子で、襟元を引き千切らんばかりの勢いで寛げ、小ぶりの乳房を露出させた。
自らの手で乳房を弄くりまわしつつ、腰を廻し、躰を反対向きにした。
加奈江に尻を向け、脩の居る方に向き直ったのである。

脩は、相変わらず加奈江の陰核に舌を這わせていた。
もうだいぶ慣れてきたのか、舌先で突付きまわすのではなく、
飴玉でも舐めているかのようにぺろぺろと、上部から裏つらの辺りまで、丁寧に舐めまわしていた。
「ああ……こんな小僧っ子までが、この化け物女の虜! こんな……おサネに舐りついて」
ともえは脩を、きつく吊り上った眼で睨みつける。

「はあ、はあ、そ、そうよ……化け物女……お前がこの島に現れてからというもの、
 男はみんな、お前のことばかり見るようになった!
 口では……あぅん、怪しいだの危険だのと言いながら……
 みんな、本心ではお前を欲しがっていたのを私は知っている!
 そう…………あぁ、お父様でさえ、私がこうして手を廻していなければ、きっと……!」

不意に、加奈江のくぐもった呻き声が、一オクターブ高くなった。
どうやら、脩に舐められ続けた陰核の快感が、限界に迫りつつあるらしい。
「気を遣るの? 気を遣るのね?!」
ともえは手を伸ばし、脩の顎の下、熱く潤みを帯びた加奈江の膣口に指を挿し入れ、
ぐちゅぐちゅと掻きまわした。

激烈な抜き挿しに、加奈江の快美感は加速する。
そして、ともえもまた、加奈江と同じく絶頂への階段を駆け上りつつあった。

「あああーっ……畜生! この、化け物女! お前さえ、お前さえ居なければ……
 私が一番だったのに! 島で一番綺麗なのは…………この私、だったのにいぃっ!!」

ともえの躰が、ばたりと前に突っ伏した。
加奈江の躰に、顔面に、全身を擦りつけるようにして、ともえは、ひくひくと震えて、達した。
それとほぼ同時に、加奈江の膣は、挿し込まれた指先をきゅっと締め上げる。
「うむ……むうぅ……んんんーっ!」
ともえの噴き出した淫水を顔中に浴びながら、加奈江もまた、達した。

女達が絶頂の呻きを漏らして身悶えているさなか、脩だけは、一人静かに己の仕事に没頭していた。
女達の声も、淫らな狂態も、彼の感覚からは遮断されているようだった。
 加奈江が陶酔の中、意識を遠のかせていることも知らず、脩はただひたすらに、
加奈江の陰核に愛撫をし続けた――――――
26三上脩/夜見島港/海上/29年前:2007/07/01(日) 08:23:46 ID:bsV6qjS6
十九

 ――――脩…… 見ないで……。

その言葉を残し、彼女は海の中に消えていった。
沈んだのではない。人魚姫のように、泡となって海に溶けたのだ。

あの後―――全てが終わった後、脩と加奈江は、ともえの手下によって海に放り出された。
二人は縛られたままであったが、加奈江は岩場の尖った部分を使ってなんとか縄を切り、
脩の縄を解き、小船のある場所まで、脩を伴って泳いだ。

そして、脩を小船に乗せた処で朝が来た。
強烈な朝の光―――ただでさえ脆くなっていた加奈江の肉体は、もう、限界だった。


脩は加奈江の溶けた水面を、いつまでもいつまでも見詰め続けていた。
紺碧の世界に包まれた脩は、脳裏に焼き付けられた加奈江の姿だけを思っていた。

優しく、美しかったおねえちゃん。
そう、おねえちゃんは、本当に美しかった。
怖い人達に苛められ、泣かされていた時でさえ―――その美しさは変わらなかった。

着物の女の人に命令されて、おねえちゃんのおしっこの場所を舐めさせられた時だって――――――
怖い気持ちになりながらも、何故か、胸の疼くような奇妙な嬉しさを感じた。
それは、おねえちゃんの助けになると信じた為だったのかも知れないし、
或いは、舐めている場所の発する、何処か懐かしい匂いのせいだったのかも知れない。

それはこの、海の匂いに似ていた――――――


加奈江の姿を、声を、匂いを思いながら、脩の視界は次第にぼやけてゆく。
輪郭を失いつつある世界の中で、脩の意識も、溶けて無くなってしまいそうになる。

 ――――このままぼくも、おねえちゃんのところにいくんだ。

薄れゆく意識の片隅で、脩は切なく呟いた。
でも本当は判っていた。自分は、おねえちゃんの処に行けはしないのだということが。

昇る朝日は全てを照らし、眩しいほどに、世界をきらめかせている。
だけど、今の脩に取ってそれは、何の意味も成さない、虚しい現象に過ぎなかった。
もはや脩は、暗く閉ざされた世界に身を置いている。

脩自身が、それを望んだのだ。
何故なら―――おねえちゃんの居ない世界を見ていても、しょうがないから。
おねえちゃんが見れないのだったら―――もう、何も見る必要がないから――――――


こうして、脩の世界は光を失った。
彼は光を―――真の光を取り戻す為に、残りの生涯を費やすことになるだろう。


 二十九年のちに、加奈江と再会を果たす、その日まで――――――

【終了条件未遂。】
27名無しさん@ピンキー:2007/07/01(日) 08:25:10 ID:bsV6qjS6
アーカイブ【No.0001】古びたフィルム

取得人物/サイレンのエロパロスレッド閲覧者
取得時間/不明
取得場所/夜見島金鉱(株)1F
取得条件/>>8−27に投下されたSSを読む
金鉱跡に忘れられていたエロ写真フィルムの一部。
http://www26.atwiki.jp/sirennoeroparo/pages/69.htmlでさらに詳しく
28名無しさん@ピンキー:2007/07/01(日) 20:33:49 ID:tUUWDDYm
すげえ・・
超乙です
29名無しさん@ピンキー:2007/07/06(金) 14:44:48 ID:Y/Q1gBAw
ho
30名無しさん@ピンキー:2007/07/06(金) 15:05:10 ID:fX5UOEaK
31名無しさん@ピンキー:2007/07/14(土) 20:23:15 ID:lp8bFXlC
終了条件未遂
32名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 11:39:50 ID:w5Fc1lcT
みーなきぼん
33名無しさん@ピンキー:2007/07/25(水) 20:31:11 ID:fogBroRm
保守
34名無しさん@ピンキー:2007/08/05(日) 22:56:10 ID:3ZEDiffH
保守
35名無しさん@ピンキー:2007/08/09(木) 14:25:13 ID:vRD+h8Gl
36名無しさん@ピンキー:2007/08/11(土) 18:40:16 ID:JV1GpyCS
宮田と理沙か宮田と美奈希望
37名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 01:22:28 ID:50oKXyu8
過疎すぎだろ・・・
38名無しさん@ピンキー:2007/09/04(火) 23:13:12 ID:RP03bvFm
   |  先生! |
__ノ ∩ 助けて!|
||   ||    /)
ヽニ>―-||   //
_// ̄||∧∧//|
/ /  ハ(;´Д)  ̄\
L|/⌒/   /
\\ノ__/o ゚
 \\:::::\\゚
  \\:::::\\
ジャーッ \\:::::) )
ゴボゴボ\_二二_ノ


   |      |
__ノ      |
||     先せ… |
ヽニ>――、    |
_// ̄ヽヽ__/)亅
/ / _∧_∧ // \
L|/ (;´Д)/
\\∠__/o ゚
 \\:::::\\゚
  \\:::::\\
ゴボゴ\\:::::) )
ポポポ…\_二二_ノ
39名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 16:34:57 ID:otIYBQ4c
保守
40名無しさん@ピンキー:2007/09/09(日) 15:52:41 ID:54UIiqpu
40
41名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 01:09:23 ID:AsgDQw7n
もうこのスレには誰も居ないような気もしますが、投下します。

牧野×八尾

またかと思われるでしょうが、またです!
宮田もちょっと出てきますが、あまりいい扱いではないです。
カッコいい宮田を期待されている方にはSUNMASON。では。
42牧野慶/蛇ノ首谷/羽生蛇鉱山選鉱所/1993年/16:45:21:2007/09/23(日) 01:12:03 ID:AsgDQw7n
 「赤ん坊の声……?」

 戻り橋を渡り、選鉱所の近くまで歩いて来た所で慶は立ち止まり、耳をそばだてた。
肌理の細かい霧雨に顔を舐られながら、古ぼけた木造の建物を見上げる。
今の声は、確かこの中から聞こえた気がする――。

 慶は信者の家に法要に出掛け、教会へ戻る途中だった。
「ひと雨来そうですし、どうかウチの車で教会まで御送りさせて下さい」と、
その家の主人が懇願するのを固辞して一人、歩いて帰るのを選んだ事に、これと言って意味はない。
あえて言うならば、村人達の丁重な挨拶や、好意に満ちた微笑に煩わされされずに、
一人きりで歩きたかった。と言うのがその理由であろうか。

 確かに蛇ノ首谷は、孤独を楽しむには打ってつけの場所であろう。
何しろ合石岳の鉱山が閉ざされて以来数十年、打ち棄てられ、荒れるに任されたままの
この廃選鉱所以外、何も無いのだ。
 当然、人の行き来も殆ど無い。
しかしそれは取りも直さず、人目の無いのをいい事に、
良からぬ目的でこの場所を使う不埒者の居る可能性が有りうる。と言う事でもある。
例えば――要らない赤ん坊を置き去りにする。など――――。

「!」

 再び声が聞こえた。
細く頼りなく響くその声音は、聞きようによっては子猫の鳴き声の様でもあった。
(しかし……)
もしも捨て子だったら。と考えてしまうのは慶自身が十七年前、
教会に捨てられていた赤ん坊だったのだと、教えられていた所為なのかも知れない。
(やはり……放って置く訳には……)
とにかく、確認だけでもしなければ。
慶は一人小さく頷くと、手前の空き地を通り、小雨にけむる廃屋へと足を運んだ。

 選鉱所の内部は、外から見る以上にぼろぼろに朽ち果てていた。
床や階段は所々崩れて穴が開いているし、至る所に木片や硝子の破片が散らばっていて、
慶が歩く度にぱりり、ぱりり、と寂しく乾いた音を鳴らした。

 慶は、恐る恐る辺りを見廻す。
暦の上ではもう夏だというのに、此処は酷く薄ら寒い。
荒涼とした屋内で瓦礫に足を取られながら慶は、この廃屋に入り込んだ事を既に後悔し始めていた。
 此処に一人で居るのが、怖いのだ。
今は昼間だからまだいいが、暗い時分であったなら間違いなく逃げ出していたことだろう。

(や、やっぱり、気の所為だったのかな……)
完全に及び腰になってしまった慶だったが、
(これで帰ってしまっては、何の為に来たのか判らないではないか)
と思い直し、なけなしの勇気を振り絞って、辛うじて踏み止まっていた。
そうして選鉱所内をあちこち探索し、配電盤の傍を通り掛かった時――
一際はっきりと、かの声を聞いた。
 (……あっちだ!)

 それは、休憩所から聞こえていた。
大きな声ではなかったが、何処か切ない調子のかん高い声音は、離れていても耳についた。
 慶は一旦表に出ると休憩所前の階段に廻る。
腐って崩壊寸前の階段を、壊さぬ様に注意深く上った。
休憩所の、板が打ち付けられた窓の向こう側に、何か動くものがある。
破れた板の隙間から、緊張した面持ちで中を覗く――。

 そして慶は、息を呑んだ。
43牧野慶/蛇ノ首谷/羽生蛇鉱山選鉱所/1993年/16:45:21:2007/09/23(日) 01:13:50 ID:AsgDQw7n
 休憩所に居たのは、慶と全く同じ顔の少年であった。
十七年前、双子として同時に生を受けながら、教会へ貰われた自分と引き離され、
病院に引き取られて行った同胞。
たった一人の肉親でありながら、誰よりも遠い存在である――弟。
 宮田医院の跡取り息子――宮田司郎は、休憩所の床に跪いていた。
司郎の前には一人の少女。
彼に白いブラウスの背を向け、四つん這いで床に伏せている。
司郎は、紺のブレザースカートを穿いた少女の腰を抱え込み、ズボンの前だけ開けた自分の下半身を、
彼女の臀部になすり付ける様に押し当てていた。

 慶は、全身がカッと熱くなるのを感じた。

 幾ら慶が奥手であっても、男と女がこんな場所で、こんな姿で、
何を行っているのか判らない程、子供では無い。
 少女は司郎にされるがままで殆ど動く事は無かったが、時折顔を伏したまま、
頼りなげな喘ぎ声を漏らした。
あたかもそれは、子猫か赤ん坊の泣き声の様である。
司郎は、そんな少女を冷たい眼で見下ろしながら、淡々と腰を揺すっていた。

 そんな二人の繋がりを真正面から目撃した慶は、ただ呆然とその場に立ち尽くすだけだった。
声を上げる事もその場を立ち去る事も出来ず、
ただひたすらに、目の前の男女の生々しい行為に圧倒されていた。

 「んっ、んっ、んっ……」

 少女の声の間隔が早まっていく。
慶が呆けた様に見守る中、司郎の腰の動きが少しずつ激しさを増していた。
それにつられて少女の下肢も大きく揺さぶられ、捲れ上がったスカートの下から
剥き出しの白い尻たぶが露わになった。
その尻の間から、司郎の赤黒い陰茎が見え隠れする。

 いつしか慶の眼は、その、二人の結合部分に釘付けになっていた。
(一体、どんな感じなんだろう……)
司郎は性行為のさなかにあっても日常と変わらず、全くの無表情を貫いていたが、
慶には司郎の肉体の昂ぶりが、手に取る様に判っていた。

 それにこの少女。
顔を伏せているので誰かは判らないが、その制服姿から見て、自分と同年代の村娘に間違いない。
慶は、村の少女達の顔を一つ一つ思い浮かべてみる。
どの顔も皆、無邪気で純朴そのもので、とても性交など――
ましてやこんな場所で、大胆に尻を突き出して声を上げたりする姿など、想像する事も出来ない。

 汚れた床に流れ落ちた黒髪を眺めながら慶は、何か妬ましい様な、妙な気持ちに満たされつつあった。
そしていつしか慶の手は、丈の長い法衣の上から、熱を帯び、硬く押さえつけられている陰茎を
無意識の内に撫で摩り始めていた。
 (ああ……)
じんわり伝わって来る快感が、慶の思考を蕩かして行く――――。

 その時、不意に司郎が顔を上げた。
鋭い視線に突き刺された気がして、慶は思わず後ずさる。
その途端、黒い革靴の下で、腐った床板がギシリと大きな音を立てた。
 音に気付いた少女が、パッと顔を上げる。
慶は思わず眼を見開いた。それは、慶がよく知っている顔だった。
毎週日曜、必ず教会に礼拝に来る、熱心な信者一家。
彼女はその家の一人娘だった。大人しく、小動物の様に小柄で愛らしい少女。

 彼女は礼拝の最中、いつも慶を見つめていた。
慶もまた、そんな少女の事を意識せずにはいられなかった。
少女の悲鳴を背に、脱兎の如くその場を走り去りながら慶は、ぼんやりと考えていた。
(僕の事を見ていた訳じゃあ、無かったんだなあ……)
 暗い自室で慶は寝台に横たわり、夜光塗料の星に彩られた天井を見上げていた。
つい先程雨は上がったものの、憂鬱な湿気は消え去る事無く室内に留まり、
部屋にただ一つの高い天窓を開け放しても、出て行く気配は無い。

 崖に面して建ち、陽当たりの悪い教会の母屋で、採光と換気の為に穿たれた天窓であったが、
あまりその役目を果たしているとは言えない。
どうせ、風も陽の光も背後の崖に遮られ、教会にはまともに届きはしないのだ。
月の光さえ届かない、黒い闇を湛えた窓枠を見遣り、慶は物憂げに溜息を吐いた。

 あの後――どうやって教会まで帰って来たのか、覚えていない。
帰ってからも何もかもが上の空で、教会でのお勤めはしくじってばかりいたし、
食欲も無く、勉強にも全然身が入らなかった。
 求導女から幾度も注意を受けてしまい、ついには体調を心配され病院へ連れて行かれそうになった。
でもそれだけは勘弁して欲しかったので何とか言い繕い、這々の体で自室に逃げ込んだ訳である。

(散々な一日だったな……)
瞼を閉じるとあの時の少女の、驚愕の表情が眼に浮かぶ。
あの子と司郎が――あんな事になっていたなんて。
そうとも知らず、自分に司郎の面影を重ね合わせていただけに過ぎない少女の視線を勘違いし、
独り合点で舞い上がっていた自分が、酷く滑稽で惨めに思えた。
 彼等は、あそこに居たのが自分だと気付いただろう。
そして、あんな風に逃げ出した自分の事を、二人して笑ったに違い無い。
そんな想像をして、慶は辛く悲しい気持ちになった。

(ああ……駄目だ。このままじゃ、眠れない……)
 慶は、寝台の上で上半身を起こすと、やにわに寝巻きのズボンと下穿きを膝下までずり下ろした。
生ぬるい夜気に晒された陰部は、彼自身の気持ちに反し、熱く火照っていた。
 慶は息を吐き、黒い陰毛の中の赤紫色の肉塊に手を伸ばす。
初めて間近で性行為を見た衝撃と、淡い恋情を踏み躙られた屈辱感が不思議な興奮を伴い、
慶を奇妙に欲情させていた。

 求導師と言う聖職に在りながら、こうしてこっそり自涜を行う事には、常に激しい罪悪感が付き纏う。
汚らわしい肉欲に溺れ、そこから逃れられない浅ましい自分。
それを行った翌日、慶はいつも祭壇の前で、神に懺悔の祈りを捧げた。
そして、もう二度とあんな淫らな真似はしないと誓った。
 なのに、してしまう。
禁欲の誓いは三日と持たず、夜が来ると慶は、性器の疼きに身悶えしながら、
陰茎の摩擦に耽ってしまうのだ。

「はぁ……あぁぁ……」
 慶の左手の中、彼の肉の塊は、それ自身意思を持つものの様に脈打ち、青筋を立てて怒張していた。
その、明確な性欲の形状を成した器官を、慶は摩り、揉み、優しく宥めようと試みたが、
やがて業を煮やした様に強く締め上げ、ゴシゴシ扱き始めた。

 閉じた瞼の裏では、選鉱所で見た光景を再生していた。
朽ち掛けた廃屋の一室で這い蹲り、後ろから陰茎を挿入されていた少女。
乱れて床に散った黒髪。白いブラウスの背中。捲れ上がったスカートの紺色。
 その紺色の中から現れた、柔らかそうに割れて震える尻肉の膨らみ。
白い靴下の足首に絡み付いていた、水色のパンティー――。

 慶の想像の中、少女を姦している少年は、いつしか慶自身に変貌している。
慶は少女のスカートにしがみ付き、憎しみに近い激情を込めて、彼女の未知なる女性器を
自らの陰茎で蹂躙し続けた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 射精の時が迫る。
それにつれ、慶の呼吸は早くなり、手淫の動作も素早く、激しいものになって行く。
睾丸がせり上がる。先走りの粘液が溢れ、テラテラと亀頭を濡らす。
 しかし、快感のうねりのさなか、慶は凍りついた。
 暗い室内に微かな月明かりが入り、湿った空気が、ゆうるりと流れて頬を撫ぜる。
慶は背筋を伸ばし、絶望的な面持ちで正面に眼を向けた。
彼の真正面、寝台の足元から2メートル程離れた先の――部屋の扉が開いている。

 そこに、求導女が立っていた。

 求導女――八尾比沙子。ずっと昔から尼僧として教会で働き、求導師の手助けをして来た女。
白磁の肌と、黒檀の髪と、目鼻立ちのはっきりした美しい容貌を持ち――
それでいて控え目で奥床しく、誰に対しても慈愛に満ちた態度で接する聖母の様な女。
 慶が子供の頃から母として、姉として、眞魚教の先達として彼を育み、
養父である先代求導師亡き後、ただ一人の家族となって傍に付き添って暮らしてくれている、
かけがえの無いひと。

 求導女はいつもの赤いベールは外していたが、衣装はまだ尼僧服のままだった。
月明かりを背に部屋の入り口に立ち、静かに慶を見詰めていた。
慶は、自分の陰茎を握り締めたまま、言葉も無く、求導女のすらりとしたシルエットを見詰め返した。

「求導師様」
 柔らかな通る声に呼び掛けられ、びくりと肩が跳ねるのと共に、慶の刻が動き出す。
慶は、露出した陰茎を両手で覆った。
 他にどうしようも無い。
こんな、下半身を丸出しにして、勃起した陰茎を手にしている格好を見られてしまっては、
今更、どんな言い訳をしたって無駄だろう。

 慶は、眼の前が真っ暗になる様な気がした。
この惨めな行為……眞魚教の求導師として有るまじき、破廉恥な行為に耽っている所を、
一番見られてはならない、求導女に見付かってしまうなんて。
(終わりだ……僕は、もう……)

 慶の躰は小刻みに震えていた。
狂おしい程の羞恥の念に苛まれ、いっそ死んでしまいたいとさえ思った。
 求導女は、日頃は万事に寛容で、慶の挙動にもそれ程口煩く干渉して来る事は無かったが、
求導師としての言動や振る舞いに関しては、事の他厳しい一面を見せていた。
常に自分が求導師で在る、という自覚を持つように。
求導師として、恥ずかしく無い行いを心掛けるように。
幾度と無く求導女から言い含められていたこの言葉を、今のこのザマは明らかに裏切っているだろう。

 ――――求導師失格。

 そうだ。自分は求導師の資格を失い、教会を追い出されるかも知れない。
頭を殴られた様な衝撃に襲われた。
 求導師でなくなる事。
それは慶に取って、この世界からの消滅を意味した。
身寄りも無く、何の才覚も無い自分が、教会の後ろ盾無しに――求導女の助けも無しに、
どうやって生きて行ったら良いのだろうか――。

 足元が崩れて行く様な絶望感に蒼ざめる慶の元へ、求導女はゆっくりと近づいて来る。
いっそ、激しく打擲して貰えないだろうか?
慶はふと、そんな事を考えた。
 もしもそれでこの罪が赦されるのなら――慶は、どんな責め苦にでも耐えられる様な気がした。

 求導女が慶の横に立つ。
慶は深くこうべを垂れ、求導女の断罪の刻を待った。
 求導女は寝台に、慶と肩を並べる様に腰掛ける。
寝台のスプリングがギッと音を立て、求導女の肌の暖かさと、甘やかな匂いが慶を包み込む。

 女の手が、陰茎を隠す慶の両手の上に重ねられた。
細く、柔らかく、少し冷たい指の感触。
 その指先が――何の前触れも無く、慶の手の下に滑り込んで来た。
 「……?!」

 慶は一瞬、自分が何をされたのか判らなかった。
下を見下ろす。
求導女の華奢な手は間違いなく、慶の掌の中の、萎縮しきって縮こまった陰茎に触れていた。

「此処……自分で弄っていたのね?」
 優しげな口調で求導女が囁く。
慶は思わず頷いてしまう。
「求導師様……」

 蒼色の闇の中、求導女の口元が、幽かに微笑んだ様な気がした。
そして――。

「一言……言って下されば良かったのに」

 え――?
聞き返す間も無く、求導女の手が動き出した。
 慶の掌の下で、彼女の手の甲の骨が盛り上がったかと思うと、
指先が包皮に埋もれかけた亀頭を撫ぜ、中指が、裏側の筋をすうっ、すうっ、と刷く様に辿った。
「え?……あ、……あ!」
 裏筋からゾクッと来る感覚と共に、慶の陰茎は瞬く間に勃起し直した。
求導女の指は、だらんと乗せられたままの慶の両手に邪魔されるのも構わず、
屹立した陰茎に丁寧に添えられ、玄妙な動きでそこを刺激し始めた。

「うあっ?! やっ、八尾さ……あぁーっ!!」

 あっと言う間に絶頂が訪れた。
どくん、と痙攣した肉の玉の先から精液が勢い良く飛び散り、小さく声を上げる求導女の
眉間から唇、胸元、下腹部と、ほぼ一直線に点々と白い飛沫で濡らした。
「あっ、あっ……ぁ…………」

 慶は力が抜けた様に、仰向けにばったり倒れ込んだ。
求導女に握られた陰茎の先からは、未だ、どくどく、どくどく、噴水の如く精液が溢れ出ていた。

「凄い……こんなに沢山……」
 求導女の驚嘆の声を遠くに聞きながら、慶は全身をびくん、びくんと痙攣させ、
虚ろな瞳で天窓を見上げていた――――――。


 慶の永い射精がようやく治まった時には、求導女の掌も、その袖口も、固練りの白濁液で
どろどろに汚されてしまっていた。
求導女は、寝台の横に設えた卓子の上のちり紙箱から紙を何枚か引き出し、慶の体液を拭い取った。

「何故……? どうして、こんな事を……」
 手や顔に付いた汚れを、優雅な動作で拭き取っている求導女の手つきをぼんやり眺め、
慶はぽつりと呟いた。
 慶に振り向いた求導女の表情は、闇に埋もれて読み取ることは出来ない。
しかし彼女の躰からは落ち着いた、穏やかな気配のみが感じられた。
いつも通りの求導女。それが何故自分にあんな、淫らがましい真似をしたのだろうか――?
 天井の星座群が、慶の瞳の中に小さな光を映す。
それらは四年前、先代求導師からこの部屋を受け継いだ時、慶が自ら描いたものだ。


「求導師様のお世話をするのが、私の役目ですから」
 夜光塗料の星の下、求導女の艶めいた唇がちらりと光る。それは、慈愛に満ちた微笑を象っていた。
そして今の一言が、彼女が慶の陰茎を手淫した理由についての説明であった。

「求導師様。御免なさいね……すぐに気付いてあげられなくて」
 ちり紙で慶の性器の周りを丁重に拭き清めながら、求導女は語る。

「そうよねぇ。貴方も、もう十七歳。男の人として……
 此方の方にも、気を配ってあげなければならなかったんだわ。
 ……貴方があんまり大人しい御気性の方だったから、私、つい気付くのが遅れてしまって」

「何……言ってるんですか?」
 慶には、求導女の言葉の意味が理解し難い。彼女の言いようを聞いているとまるで、
己が求導師の性の捌け口になる。とでも言っているみたいではないか。
しかも、この口振りでは――それがこの教会で、恒久的に行われていた様な気配すらある。
(そんな馬鹿な)
 あの、清楚で上品で、賢明な女性である八尾さんが。
慈母の様に優しい――自分にとっては、まさしく母に等しい女性であるこの八尾さんが。
そんな――それではまるで――――。

「止めてください」
 慶は躰を起こした。
そして、陰嚢の裏側にまで垂れた粘液を優しく拭き取っていた求導女に、ぴしゃりと言い放った。

「そんな……そんな事、八尾さんはしないでいいんです。先代までがどうだったかは知りませんが……
 僕は……僕は八尾さんを、そんな風に扱うつもり、無いですから」
 慶は、求導女の事を深く敬愛していた。
このひとには聖職者として、女性として、ひとつの欠点も見当たらない。
彼にとって、正に完璧な理想の女性像であったのだ。
そんな求導女を性欲の対象に貶めてしまうのが、心根の優しい慶にはとても堪えられなかった。

「求導師様……」
 求導女は汚れたちり紙を足元の屑籠に捨て、枕元の電気スタンドの灯りを点けた。
橙色の暖かい灯りが寝台を照らす。慶は、眼を細めて一時の眩しさに耐えた。
 ふと顔面に、求導女の甘い吐息がふわりと掛かった。
求導女が、親しみを込めた笑みを浮かべて慶の顔を覗き込んでいる。
こんなに間近で求導女と向き合う事は、久しく無かった。慶は気恥ずかしくなって眼を伏せた。

「優しい子ね。求導師様は。だけど」
 慶は、ひっ、と小さな悲鳴を上げた。求導女が、再び陰茎に指を絡めてきたのだ。
その陰茎は――未だしゃっきりと屹立したままだった。
「これは……どうするつもり? 眠れないんじゃない? このままじゃあ……」

 慶は頬が熱く逆上せるのを感じた。
「ほ、放っといて下さい! 僕の……こんな……八尾さんは、触ったりしちゃ、いけない!」
 慶は眼を伏せたまま、顔を耳まで紅潮させて声を上げた。
しかし。求導女の手を払いのけたり、彼女から躰を離したりはしなかった――いや、出来なかった。
 求導女のしなやかな指の感触は、あまりに甘美で心地良く、その快味から、
慶はどうしても自ら抜け出せないでいた。

「お願いです八尾さん。手を……その手を、退けて下さい。でないと……僕は……」
 おもてを伏せ、慶は懇願する。呼吸を荒げながら――。
それは慶の、肉欲に負けまいとする良心の叫びであった。

「求導師様。私にこうされるの……嫌?……私なんかが相手じゃあ、駄目なのかな」
「……! そ、そんな事!ぼ、僕は八尾さんのこ……んん……?!」

 顔を上げた慶の唇に、求導女の唇がぶつかった。
甘く柔らかく、巨峰の様にぷりぷりとした弾力を持った、女の唇。
求導女の唇は慶の乾いた唇をしっとりと包み込み――彼の脳髄に痺れる様な快感をもたらした。

 そして、慶は再び射精した。

「んむ……うんん…………!」
 拭き清められたばかりの慶の陰茎は、自ら吐き出した白濁液に再度、汚辱された。
求導女の息の香を嗅ぎながら、慶は固く眼を閉じ、その眦に涙を浮かべた。
その涙は、歓喜と情けなさの入り混じった、苦い味がした――――。


「本当に凄いわね。やっぱり……若いのねぇ」
 慶から唇を離した求導女は、手に掛かった彼の精液を舌で舐め取っていた。
さすがに初回程の量は出ていないので、それで充分の様だった。
 慶は肩を落とし、ただ呆然と喘ぐ様な呼吸を繰り返す。
二度の射精による疲労より、己の精神が快楽に屈服した敗北感の方が、慶を消沈させていた。
 しかも。

「ねえちょっと。まだ……硬いままじゃない?」
 慶の陰茎は、それが生来の形であるかの様に、頭をもたげて起き上がり続けていた。
性欲の旺盛な年頃とはいえ、今までこんなになった事は無く、慶は、我ながら呆れるのを通り越し、
少々気味悪く思い始めていた。
 求導女は暫し慶の勃起を眺めていたが、やがて慶に背を向け、寝台から降りた。
そのまま立ち去るのかと思いきや、くるりと慶を振り返った。

「八尾……さん?」
 求導女は頭の後ろに手をやると、結い上げていた髪を解いた。
つややかな黒髪が肩に零れ、かぐわしい髪の香りが辺り一面に広がった。
そして次に、首の後ろに両手を伸ばし――赤い尼僧服の釦を、ゆっくりと外し始めた。
慶は、固唾を呑んでその様子を見守る。

「……そう見詰められると、何だか照れちゃう」
 困った様に微笑む求導女。慶は、咄嗟に顔を背ける。
しかし、その眼はしっかりと、求導女の肉体に向けられていた。
 電気スタンドの暖色のぼんやりとした灯りが、寝台の傍に佇む求導女を、
妖艶な幻の様に浮かび上がらせている。
 慶は、今まさに衣服を取り去ろうと二の腕を蠢かせる求導女の立ち姿に――
密やかな衣擦れの音に、誘蛾灯に誘い込まれる夏の虫の如く、心を奪われていた。

 このひとのこんな姿を見るのは、何年振りの事だろう?
ずっと幼い時分、風呂に入れて貰う時に、こうして彼女が服を脱ぐのを待っていた記憶が、
慶の中で唐突に蘇る。
 あの時と同じ様に、まず尼僧服の白い立ち襟がたわみ――たらんと前によれて、
求導女の、なよやかな撫で肩が現れた。
肩の丸みの先が、肌の艶で輝いているのも、あの時と変わらない。そして――――――。

  ぱさり。

 赤と白の布地が、くすんだ緋色の絨毯の上に落ちた。
慶の眼の前に、ブラジャーとパンティーとマナ字架だけの、均整の取れた瑞々しい裸身が曝け出された。
(すごい……)
 慶は思わず溜息をついた。

 求導女の下着はベージュ色の綿製で、飾りも無く質素そのものであったが、その地味さが、
かえって彼女の肉体のつやめかしさを際立たせていた。
 求導女の躰は骨細で、全体的にほっそりと締まっているが、胸元と、腰から腿にかけた辺りには
むっちりと脂が乗っていて、見た目の美しさばかりで無く、その触感の素晴しさまでも想像させ、
慶の興奮を駆り立てるのだ。

「求導師様」
 求導女の躰に見とれる内に咽喉が鳴り、慌てて咽喉元を押さえていた慶に、彼女は声を掛けた。
「下着は……貴方が取って下さい」

 思わぬ言葉に、慶は「へっ?」と素っ頓狂な声を出す。
意図が掴めずまごつく慶に、求導女は今迄見せた事の無い、少女の様にはにかんだ笑みを漏らして言った。
「だって……男の人の前で自分で全部脱ぐの、恥ずかしいんだもの」

 慶の心臓が跳ね上がった。
今のは本当に、あの八尾さんの言葉だろうか?
母であり、教師であったこのひとは、優しいけれどいつでも凛としていて――
誰に対してだって、こんな甘ったれた態度を取るひとでは無かった。
 少なくとも、自分の知る限りは――――。

 慶は胸が高鳴り、躰中がカアッと燃え上がるのを感じた。
つい先刻まで、あれほど求導女を汚す行為を嫌がっていたというのに、
それを忘れてしまったかの如く、いそいそと彼女の傍に這い寄り、言い付けに従わんとする。

「求導師様……ブラのホック、判りますか?」
 優美な曲線を描く背中を見せて訊ねる求導女に、「はい、なんとか」と上ずった声で返事をしつつ、
慶は、窮屈そうなベルトに締め付けられた乳房を開放すべく、小さな金具の引っ掛かりを、
震える両手で外した。
粗末な布が、乳房の弾力に弾かれる様に、床に落ちる。

 求導女が振り返る。
慶の眼の前に、二つの豊かな膨らみが露わになっていた。
円錐型のそれは、白く柔らかく隆起し、スタンドの灯りに妖しく浮かび上がり、
膨らみの真下に濃い影を落としていた。
 暗い薔薇色の乳頭は丸く突き出し、乳房の頂点を淫猥に彩っている。
白い勾配の谷間には、銀のマナ字架。
 求導女の唇が、三日月の様に笑った。
 慶は、寝台の上に正座をして求導女の乳房に見入った。
眉根を寄せ、半開きの唇で浅い呼吸を繰り返すその表情は、砂漠で渇きに苦しむ人の顔の様である。
彼の震える指先は眼の前の、したたる様に熟れた、甘そうな果実に伸ばされる……

「まだ下が残ってるわよ」
 求導女の声が慶の動きを止めた。
「下」と鸚鵡返しに繰り返し、慶は目線を下に落とした。

 そこには、ベージュの薄いパンティーに包まれた下腹部がある。
その中心部には、黒い翳りが幽かに透けて見えていた。

 慶は、ぐっ、と生唾を飲み込み、パンティーの両脇に手を掛ける。
指の背に彼女の肌の温かさを感じつつ、綿の布を、そろそろと下ろす。
すると白い肌に囲まれて、ひときわ黒く輝く草むらが現れた。
縮れの少ない和毛は逆三角形に生え揃い、求導女のおんなの部分を、奥床しく包み込んでいた。

 慶の手がパンティーをするり、と、腿の途中まで引き降ろすと、彼女は膝を片方ずつ上げ、
彼の仕事を手伝った。

 足首からそれが抜け落ちると、もう求導女の躰を隠すものは、何も無い。

 無防備で、何処か挑発的でもある美しい裸身を眼の前にして、慶は軽い眩暈を覚えた。
こんな姿になって、彼女が自分に何をさせようとしているのか―――考えるだけで、躰が煮えたぎる。
それは、あまりに現実味の無い事だった。
(これは、夢なんじゃないだろうか)
 そう考えた方が、辻褄が合う様な気もする。
これはきっと、有り余る性欲に悶々とする己の脳が見せている淫夢。
八尾さんと抱き合って――これから、という処で眼が覚めるのに違いない。
下着の中の、生温く濡れた感覚と共に――――――。

「これでもう、どれだけ濡らされても大丈夫だわ」
 尻の下が少し揺らいだかと思うと、求導女が寝台に上がって来ていた。
隅で縮こまっている慶の隣に腰を据え、ゆっくりとその身を横たえる。そして、慶を見上げて微笑んだ。

「さ、求導師様。どうぞ」
「はい?」
 どうぞと言われても、女を知らぬ慶には何をどうすればいいものやら、さっぱり判らない。

「……そっか。初めてだから、やり方が判らないよね」
 内気な慶の困惑を察し、求導女は身を起こした。
寝台の足元の方に蹲る慶と向き合う様にして坐り、枕元のスタンドの笠を手前に傾けて、
シーツの上を明るく照らした。

 そして慶は見た。
彼女のしなやかに伸びた脚がスッと開き、白い、大理石の様な内腿と、
その中で密やかに息衝いていた、肉の裂け目が露わになるのを。

 更に。
彼女は膝を立て、太腿を大きく広げ、その裂け目に指を宛がい――其処も、ぱっくりと広げた。

「求導師様……見て」

 求導女の静かな声。慶の眼が見開かれる。
慶がずっと、求め続けていたものが、其処にあった。
 こんなに間近く。生々しく。
慶は息をするのも忘れ、求導女の、その部分を見詰め続けた。
 夜の帳に包まれた暗い寝室。
寝台の辺りだけが、スタンドの灯りにぼんやり浮かび上がっている。
その幽かな光に照らされ、求導女の生殖器は、その妖しく淫猥な全貌を曝け出していた。
「八尾、さ……ん」

 牡丹の花みたいだ。それが、第一印象だった。
高く盛り上がった陰阜の下、黒い繊毛に薄く縁取られた大陰唇の中に、肉厚な、濃い紅色の陰唇があり、
指で寛げられた其の陰唇の中には、色味の淡い、繊細な感じのする粘膜が、
複雑で内臓めいた姿を現していた。
菱形に割られたその頂点に、豆状の突起がぽつんとくっ付いているのが不思議な感じだ。

 慶は、もう逆らえない気持ちになり、求導女の性器ににじり寄って行く。
其処に顔を近付けると、香ばしい様な生臭い様な――甘ったるい様な、何とも形容し難い匂いがした。

「ふふっ……可笑しなモノでしょう?」
 かぶりつきで見入っている慶に、求導女が声を掛ける。
慶は何と言っていいのか判らず、ただ曖昧な空返事をするだけだ。

「いい? 求導師様」
 しっとりとした眼差しで慶の顔を見詰め、求導女は、己の性器を指し示す。
「これが、女の陰部です。求導師様のとは全然違うでしょう?男の人のものを受け入れる為に、
 こういう形になっているのよ」
 それは普段、慶に勉強を教える時と同じ、淡々とした口調であった。

「……この、ひらひらした鶏のトサカみたいな部分は、小陰唇といいます。
 普通の時は此処が合わさって、中の粘膜を隠しているの。で、これを広げると……」
 求導女は其処を指先で摘まみ、ピラッと捲って見せた。
「ね。此処の、下の方……ちょっと判りづらいかもしれないけど、此処が膣の入口……
 男の人のおちんちんを挿れる為の、穴の入口よ。赤ちゃんも、此処から産まれます」

 おちんちん。という単語を聞いて、慶は僅かな反応を示す。
それに気付いているのかいないのか――。
 淫らな女教師は、自ら指し示した膣口をグッと開き、小さな穴をひくひくと収縮させて、
慶の目線を強く其処に吸い寄せた。

 顔を突き出し、シーツの上で前屈みに丸く蹲って、求導女の生殖器に見入っている慶は、
眼の前のいやらしい膣穴の蠢きに頬を紅潮させ、呼吸を荒げて行く。
 ずきずき脈打つ陰茎は、腿の間で圧迫されて疼き、
もうこのまま扱き上げて射精したい衝動に駆られてしまうが、慶は、その衝動に耐え続けていた。
そして、求導女による濃密な性教育の授業を、息詰めて聴講し続ける。

 そんな慶に向かって、求導女は、更に詳しく女の性器の解説を行った。
「この膣の穴の下には、お尻の穴があります……ほら、これね。
 これは求導師様にもあるから、判るわよね。
 で、上の方。此処に尿道口があるのだけど……見えるかしら?膣よりずっと小さいから……
 ……そう。女は性器の穴と、おしっこの穴が、別になっているの。
 複雑よね。うふふ……」

 桃色の粘膜の中心部。
求導女が尿道口だと説明した箇所には、ぽつんと小さな窪みがあった。
(これが……八尾さんのおしっこの、穴?)
ぼおっと欲情に逆上せた頭で、慶は其処を凝視する。
 ふと、その穴が微かに広がって、檸檬色の小水を噴き出す映像が頭に浮かんだ。
自らの卑猥な妄想に興奮し、慶はふう、と大きな溜息を吐く。
 勃起が、酷い。
陰茎に血液の全てを持って行かれてしまったみたいに、頭がクラクラする。
 求導女が美しい女である事に気が付いたのは、いつの頃からだったろう?
それは先代のマナ字架を譲り受け、求導師と呼ばれるようになってからだった様な気がする。

 とても複雑な心境であった。
母に等しい女性であり、汚してはならない清らかな求導女である彼女に、女を感じてしまう自分。
 気が付くと、彼女の乳房の膨らみや後姿の腰の線を眼で追って、
尼僧服の下の肉体に思いを馳せてしまう不埒な自分。
 嫌だ。不潔だ。気持ちが悪い。
そんな気持ちで我と我が身を叱って見るも、その衝動はどうにも抑え難いものであった。
そして或る晩――慶は求導女の夢を見て、生まれて初めての射精を経験したのだ――――――。


「それでね、求導師様」
 求導女の講釈が続く。
「この一番上にくっ付いているお豆のようなものなんだけど……」
 と言って女は、割れ目の頂点で紅色に輝いている、大豆ほどの突起を指し示す。

「これが、女の躰で一番敏感な部分なの。陰核。おさね……
 ああ。今の若い人には、クリトリスって言った方が、通りがいいのかしらね? ふふ」
 求導女は自らの指先でその突起をつついたり、そっと撫で廻したりする。

「ここはね、求導師様のおちんちんの尖端と同じくらい……
 いえ、もしかするとそれ以上に、敏感な処なのよ。ここをこうやって優しく触れれば……
 快感を得ない女は、いない……あぁ」
 求導女は、自身の言葉を実証するかのように紅い豆状突起に指を這わせ、切なげな溜息を吐いた。
腰が、何かの衝動に耐えかねているようにもじもじとくねり出し――――。

 そして――其処までが、慶の限界であった。

「や……八尾さんっ!」
「きゃっ? 求導師さま?!」

 とつぜん慶は、求導女にしがみ付いた。
求導女の腰に喰らいつき、彼女の股間に顔を埋める。
 恥毛のしゃりしゃりした感触――両手は、たわわな乳房を力いっぱい握り締めている。

「ああっ、求導師様……い、痛いわ……」
 慶に乳房を捻り上げられ、求導女は苦痛の呻きと共に顔を歪めた。
慶の手を取り、乳房から外そうとする。
 だが慶はそれに抗い、尚も強い力で女の乳房を揉みしだいた。

「八尾さん……八尾さん……八尾さん!」
 求導女の性器に顔を押し付けながら、慶はくぐもった声で女の名を呼び続ける。

(これがクリトリス……これが尿道……これが……膣…………)
唇で、舌で、慶は教わったばかりの女性器の各器官を確かめるように舐り廻す。
 酸味と塩味の入り混じったような、奇妙な、それでいて男心を引き付ける淫らな味――。
 掌にはもちもちとした乳房があり、彼の手の動きによってその形を千変万化させている。
乳房の中心の突起が、陰部の頂点にある突起が、慶の刺激を受けてシコシコと硬く尖ってゆく。

「ああぁ……求導師様、ちょっと、お、落ち着いて」
 慶のあまりに性急で乱暴な行為は、求導女の肉体に苦痛を与えていた。
求導女は何度となく少年に自制を促したが、彼女の言葉は彼の耳には入らなかった。

 慶の理性は、極度に昂ぶった肉欲の前に、完全に消失していた。
灼熱の閃光に眩んだように視界は霞み、
沸騰しきった脳髄は、眼下の女体を貪ること以外、何も考えられなくなっていた。
 乳房から、女陰から、目茶苦茶に揉み、摩り、舐め廻して歯を立てる。
それは愛撫などと呼べるような代物ではなく、
求導女は、まるで荒波に揉まれているような心地で苦悶の呻きを漏らし続ける。
「ひぃっ! やめ……求導師様やめて! 求導師様……」
 慶が乳首をきつく抓った処で、耐えかねた求導女は、本格的に制止の言葉を口にし始めた。
だがのぼせ上がった慶は、相変わらずその訴えを無視し続ける。
 自らの欲情に翻弄される慶は、求導女の内腿に硬直しきった亀頭を擦り付けるのに夢中だった。
尿道口からは先走りの液が駄々漏れになっていて、
ぬるぬるした感触に、陰茎がもう、ふやけてしまいそうだ。

「求導師様! ちょっと待って、きゅ……ああぁっ、駄目! 駄目です、求導師様……
 ……慶ちゃん!!」

 慶の動きがピタリと止んだ。

 先代が急逝し、求導師となってから四年。慶は村で“求導師様”と呼ばれ続けてきた。
今や彼を“牧野慶”という個人名で呼ぶ者はほとんど居ない。

 それは求導女も同様であった。
先代の死亡が確認されたその日から、求導女は慶を“求導師様”と呼んだ。
 求導女に求導師と呼ばれた瞬間から、慶は村の教会の求導師となり、
本人の意思とは係わりなく、村の権力の一端を担う存在として祭り上げられてしまったのである。

 それに伴い、慶自身もその役目に相応しくあるように“求導師”の仮面を被って生活するようになった。
村の信仰を司る者。
それは村中の尊敬と期待を一身に浴びる存在で在らねばならない。
求導師の仮面は慶の精神に重苦しく張り付き、常に重圧を与え続けていた。

 しかし。
その仮面は慶の無意識に、特権者としての自負と驕りをもたらしていたのも、また事実である。
 偉い求導師様。ご立派な求導師様。
村人達の賞賛と敬愛の言葉が、知らず知らずの内に慶の自尊心を高めていった。

 そんな慶の儚い自尊心を、求導女の言葉は容易く粉砕してしまったのだ。

 “慶ちゃん”という幼少時の呼び名で叱責されたことで、慶は子供時代の無力な自分に――
求導女の庇護なしには何も出来ない、今以上に無力な自分自身に立ち帰り、
冷水を浴びせられたように正気を取り戻した。

 ――――慶ちゃん。爪を噛んでは駄目と言ったでしょう? もう、めっ! よ……。

 幼子の頃――求導女に叱られて泣きべそを掻いていた時の気持ちを思い出した慶は、
おずおずとその身を引いた。
起き上がり、そして寝台の隅で、背中を向けて首をすくめる。

 求導女もまた、正座をしている慶の後ろでゆっくりと身を起こした。
ちらと振り返ると、慶の唾液でぬらぬらと光る女の乳房が見えた。
乳房には、慶の指で握り締められた痕が、赤く痛々しく残っている。

「慶ちゃん……」
 求導女は、すっかりしょげ返ってしまった慶の肩に手を置いた。
慶は肩越しに、彼女の白い指先を見下ろす。
 求導女は、慶の肩を撫で摩りながら耳元に唇を寄せて、言った。

「慶ちゃんも脱ぐのよ」
 慶は求導女に言われるまま、寝間着の釦を上から順に外し始めた。
上着を肩から抜き取る。求導女のものより少し大振りなマナ字架が、胸元に鈍く光って現れる。

 着衣の時は幾分華奢に見える慶だったが、その肉体はすでに青年期の逞しさを備えつつあった。
 求導女は慶の、自分のものより一まわり以上も広くなった肩幅を――
厚みを増した胸板を、眼を細めて見遣った。

 彼女の見つめる中、足首の辺りに溜まっていたズボンと下穿きを脱ぎ去ってしまうと、
慶はもう完全な裸体になった。
 反り返ったものを手で押さえている慶の前で、求導女は再び仰臥した。

「慶ちゃん。こっちにいらっしゃい」
求導女に促され、慶は彼女の躰に覆い被さるような姿勢を取る。
彼女の開いた腿の間に膝をつき、真上から白い顔を見下ろした。
「おっぱいはね」と求導女は慶の手を取り、乳房に宛がう。
「おっぱいは……さっきみたいに乱暴に掴んじゃあ、駄目。これくらいの力で、優しく揉んで……」

 求導女は慶の手に己の掌を重ね、柔らかい力で乳房を揉ませた。
慶は求導女の手の動きに合わせ、注意深く乳房を愛撫する。
 彼女の手が離れてからも、慶はゆっくりと乳房を捏ね廻し続けた。
胸の谷間にあるマナ字架が傾いて、光る。
揉んでいる人差し指の辺りに乳首が当たるので、それもそっと転がしてみた。

「あ……」
 求導女が微かな吐息を漏らした。慶は、不安げに女の様子を覗う。
「あぁ……それ、いいのよ慶ちゃん。もっと、続けて……」

 慶は求導女の言葉に安堵し、そのまま乳首に戯れ続けた。
転がしたり摘まんだりしているだけでは物足りなく思い、そこに唇を寄せてもみた。
舌先で舐めて、軽く吸いつく。そしてまた、舌で弾く。
 そうしながら、片方の手ではもう一方の乳房を撫でた。
(ああ、八尾さんの、おっぱい……)
豊かな乳房に顔を埋め、その感触を五感で味わう。

 慶の行為に求導女の吐息も熱くなり、それは次第に、切ない喘ぎに変わりつつあった。
「慶ちゃん、こっちも……」
やがて、求導女は慶の手を、己の陰部に導いた。

 其処はすでに、温かい粘液で溢れ返っていた。

「これは……」
内腿までも濡らしている液体の量の多さに驚き、慶は思わず声を上げる。
「欲しがっているからよ」
求導女は、陶酔に潤んだ瞳を慶に向けて言った。
「慶ちゃんのおちんちんが欲しいから……ここ、慶ちゃんを迎え入れる為に、濡れているのよ」

 ――――八尾さんの躰が、僕を、欲している……。

 慶は激しい興奮で動悸が上がった。
耳の奥で己の血管が脈打つ音を聞き――亀頭の裂け目からは、透明な液体がじわりと滲み出た。

「八尾さん……」
慶は、渇いた咽喉から掠れた声を出した。
「僕も、もう……欲しいです。八尾さんの、ここに……」
慶は指先で、求導女の膣口に触れた。本当に、軽い力で触れた。

 ところが――――。
「あ……」
「あはぁ……ん」

 二人は同時に声を出した。
求導女の膣口は、軽く添えられただけの慶の指先を、ぐずぐずと飲み込んでしまったのだ。
慶の中指は、瞬く間に第二関節の辺りまでも膣に埋没してしまった。
初めて触れる膣の内部――ぬめぬめと熱く、硬いような、柔らかいような、妙なる肉襞の感触――――。

 慶は其処から、素早く指を抜き去った。
糸を引くその指で、求導女のものに負けず劣らずぬめりを帯びた自分の性器を掲げ持つ。
 求導女は、待ちかねたように自ら陰唇を寛げた。
慶は息を弾ませながら、ぎこちなく膣口に亀頭を宛がう――此処だ。この辺りが、入口の筈――――。

「ああぁ、そう、其処よ、そのまま、挿し入れて……乗っかって構わないから!
 ああ、は、早く……う」
求導女に懇願され、慶は思い切って細い肢体に圧し掛かり、陰茎を、開いた膣穴に推し進めた。

 ――――う……あ、す、凄い…………。

 雁首を半ば覆っていた包皮が翻転し――
むにゅっ、と亀頭が包み込まれたと思う間もなく、慶の陰茎は温かく濡れた膣内に潜り込んでいった。

 ずぶずぶずぶずぶと狭い肉穴を分け入り、夥しい数の肉襞に、ぴったりと吸い付かれて――――。

「あ、あ、あああっ!」

 眼球の奥を、白い閃光が駆け抜けた。
脳天から尾骶骨にかけて電流に貫かれるような衝撃を受け――慶は、女の膣の中に射精をしていた。
「あ、あ、あ……」
 彼は虚ろに眼を見開いたまま、全身をビクンビクンと震わせた後、
力を失って求導女の乳房に突っ伏してしまう。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 求導女の甘美な襞のざわめきは、達したばかりの慶の陰茎を容赦なく擽り続けていた。
波打つように茎を締め付け、陰唇も、しっとりと絡み付いて離そうとしない。
 あっという間に硬度を取り戻した陰茎を、慶は小刻みに腰を揺すって女の膣壁に擦り付けた。
(選鉱所で……確か、こんな風にしていた筈だ)
慶は昼間見た弟の行為を思い出し、懸命に腰を上下させた。

 すると、慶の腹の下で求導女が尻を蠢かせ始めた。
最初は小さく細波のように――やがてそれは大波となり、慶の陰茎を粘膜で激しく扱きあげた。
「あっ、はっ、いっ、いいわ……あぁ、響く! 奥に、響くわ……」
求導女の淫声に混じり、繋がった箇所からはぐっちゃぐっちゃといやらしい結合音が鳴り響く。
 ジュクジュクと膣から掻き出される液体は己の漏らした精液なのか、
それとも、求導女の快楽の証の汁であるのか――――。

 そうして二人で腰を絡みつかせて揉み合っているうちに、求導女の内部が急激に狭窄感を増してきた。
膣の入口から中心付近、そして奥の方の弾力のある器官にかけて、きゅーっと強く締まってくる。

「あ……慶ちゃん、あぁ、あああぁぁ……」
求導女は黒髪を枕に散らし、紅く脈打つ首筋を仰け反らせる。
額には玉のような汗が浮かび、恍惚の為か、眦に涙まで滲ませている。

 ――――八尾さんが……! ぼくが、八尾さんを…………。

 慶は何とも形容し難い、達成感にも似た感動を覚えた。
背筋がぞくぞくとして――またもや、精液を弾け出させてしまった。
 求導女は、呻き声と共に凭れ掛かってくる慶の頭を抱きかかえて、労わるように撫ぜた。
「出たのね……判るわ。おなかの中、慶ちゃんの精液で一杯になってる……」
求導女の静かな声を聞きながら、慶は、初めて味わう快楽の余韻に微睡んだ――――。


 求導女の中で果てた慶は、暫く彼女の中に潜り込んだまま、その豊胸に抱かれて横たわっていた。
眼を閉じ、乳房の温かさ柔らかさ、それに甘ったるい匂いに浸っていると、
何とも言えない狂おしい切なさが胸に込み上げてきて、慶は何故か、泣きたい様な気持ちになった。

「これで落ち着いて眠れそう?」
頭の上から求導女の声がする。見上げると、求導女の黒く輝く瞳が慶を見ていた。
 慶は、気恥ずかしさを感じて瞼を伏せた。

 初めての夢精を経験して以来、慶は求導女を自分の意識から遠ざけるようにしてきた。
必要以外、なるべく彼女の傍には近寄らないようにしたし、
それまで彼女が手伝ってくれていた日常の些末な作業――着替えだとか入浴だとかも、
自分一人で片付けるようにした。
求導女に対する言動も素っ気なく、余所余所しいものになっていった。

 それもこれも、慶が己の中の欲望を押さえ込む為にしてきた努力なのであった。
求導女を女として認識することは、どこか近親相姦めいた罪悪感を生じさせるものだったからだ。
 忌まわしい、不自然な欲望。
その他の少年らしい様々な欲求と同様に、彼は、秘めた感情にも蓋をした。

 そうして数年の時が経ち、慶は、求導女に対する欲望を完全に克服しつつあった。
過剰な性欲に苛まれてはいたものの――それは求導女に対してのものでは無かった。
 求導女は、求導女でしかない。教会を運営していく為に必要な存在ではあるが、それだけだ。
村で他に気になる少女も現れた。慶は、求導女からの精神的な自立を果たそうとしていた。

 全て彼の望み通り――――それなのに。

「八尾さん」
求導女の胸の中で、慶は呟いた。
「お願いがあるんですけど」
慶は、求導女の胸のマナ字架を弄りながら言った。
 まだ幼児の頃。
慶は求導女に何かをおねだりをする時、いつもこうして彼女のマナ字架に触れたものだった。
 慶も求導女も、そのことは覚えていなかったが――――。

「あの、ぼく……今日のことおさらいしておきたいんです」
恥じ入るように小さな声で言う。
求導女は一瞬きょとんとして慶を見たが、すぐに彼の本意を理解し、穏やかに微笑んだ。

 つまり慶は、もう一度性交をしたいと言ったのだ。
今宵、求導女に教わったことのおさらいとして行為をせがんで来るとは。
何とも慶らしい言い様だと求導女は微笑ましく思った。
 それは一見、生真面目に思える言い様だ。賢くて――でも、少し小ずるい言い廻し。

「勿論、私は構いませんよ。……では、このまま?」
求導女は、外れかけていた慶の陰茎の根元に手を添える。
 だが慶はその手を遮り、求導女の中から引き抜いてしまった。
「いいえ。あの、最初からやってみたいんです。いいですか?」
 夜が深まるのにつれ、少しは風が出て来たようだ。
気温も幾分低くなり、冷たい夜風が、慶の裸の背をひんやりとなぞる。

 それでも慶は、その冷たさを全くといっていい程に感じていなかった。
体内から湧き上がる交接欲で、全身が燃え上がっている為だ。
 慶は今夜、すでに四度に及ぶ射精を行っていたが、まだ充分な満足を得られてはいなかった。
理由ははっきりしている。
それらの絶頂のほぼ全てが、求導女から一方的にもたらされたものであったからだ。

 当然、自慰に比べればそれらは途方も無い快感を慶に与えていたが――
性に目覚めて以来、押さえ付けられ鬱屈しきっていた欲望は、この程度の快楽では治まり様も無かった。
 慶は、女にも性の絶頂があることを書物などで見知っていた。
それがどういったものであるかまでは、彼の拙い性知識からは見当もつかなかいものの――
さっき、求導女はその兆候を見せていた気がするのだ。

 ――――あの時、僕がもう少し射精を我慢出来ていたら……
              八尾さんも、達していたのではないだろうか?

 慶は、求導女が性の絶頂を極める姿を見たいと思った。
己が陰茎でのたうち廻り、憐れによがり泣く求導女の悩ましい姿を、慶は心の底から欲していた。


「じゃあ、いきますよ」
慶は求導女に覆い被さり、唇に軽い接吻をする。
次いで首筋に。
耳朶にも、擽るように唇を這わせる。

 くすくすと笑う求導女の肌の匂いに心をざわめかせながら、慶は隆起した乳房を丸く撫で廻した。
求導女の唇から、溜息が漏れる。
「はぁ……気持ちいいわ慶ちゃん。とっても上手……」
 求導女に誉められて気をよくしたのか、慶は、更に大胆に彼女の躰をまさぐり始めた。

「八尾さん……さっき、此処が一番いいって言ってましたよね?」
慶は指先を滑らせ、求導女の陰部の割れ目の頂点をぐりぐりと捏ね廻す。
 そこには、陰唇に埋もれる陰核があった。
揉まれ、摩られするうちに、柔らかだった突起は硬さを増し、慶の指先をこりこりと押し返した。
 求導女は呻き、身を捩る。

 彼女の陰部は最前の性交の名残りで、未だぬるぬると濡れそぼっていた。
その為、尖った陰核の上で慶の指先は滑り、時折思いがけず強くその部分を弾いたり、押し潰したりした。
 その度に求導女は小さく身を震わせ、細い叫び声を上げる。

 だが慶は、求導女のこの反応が苦痛を訴えてのものではない事を、すでに理解していた。
「ああ慶ちゃん……あなたは飲み込みが早いわ……本当に……凄く……くぅっ」
陰核を弄る一方で、慶は空いた指を女の膣口にめり込ませる。
熱く蕩けたようになっているその肉穴は、慶の指先を抱き締めるように強く、優しく包み込んだ。

「ああっ、あはぁっ、あ……いい。いいわとっても……ああ、ああぁ……」
求導女は甘ったるく鼻に掛かった声を出し、くねくねと尻をくねらせた。
そして、もっと弄ってとでも言うように両手を大陰唇の脇に添え、グッと大きく陰裂を寛げた。
 パックリと開いた貝状の粘膜が、物欲しげにひくひくと蠢く。

(八尾さん……)
慶は、眼の前に差し出された、求導女の発情しきった生殖器に尚も追い討ちをかける。
「あ……あぁあああっ!」
慶は求導女の股座に顔を寄せると、陰核を指で弄くるのを止めて舌先を其処に近づけた。
下から上に。ちろちろと舌を動かしながら、膣の内部を指先で探る。
 掻き廻すようにまさぐっていると、入口から少し入った辺りの上方に、
少し出っ張った箇所があるのに気が付いた。
 弾力のあるその肉の塊を慶はぐっ、ぐっ、と押さえつけてみた。
「あ…………あ、あ、あぁ……あぁああぁーっ」
 途端、求導女の腰がびくんと跳ね上がった。
躰が強張り、膣が、指先を硬く食い締めてくる。
そして、痛みを感じるほどに締め付ける膣口から、等間隔の痙攣が始まった。
「あう……うぅううぅぅ……」
 二回、三回、四回――。
絶え入るような呻き声と共に、ぴくりぴくりと膣口から性器全体、下腹部までが大きく蠢いて、
熱した蜜がどろどろと溢れ出る。

 慶は濁った粘液で掌を濡らしながら、真っ赤に膨れ上がった膣穴の収縮の回数を数えていた。
十回を超え、収縮の力が弱まってきた処で慶は指を引き抜き、躰を起こして求導女を見下ろす。

 求導女は力尽きたようにパタンとシーツに尻を落とし、荒く呼吸を弾ませていた――――。


「よかったわ」
 慶の視線に気付いた求導女は薄く瞼を開き、桜色に上気した顔を綻ばせた。
その表情は、平素彼女が見せている気品ある笑顔に比べるとどこかしどけなく、
少し生々しい印象を与えるものであったが、今の慶にはこの上なく美しく感じられた。

「八尾さん。あの……」
「なあに?」
 慶は求導女が気を遣ったのか聞いてみようとしたが、それは何となく無粋に思えて、途中で止めた。
 その代わり――彼女の両脚を抱え上げ、豊かな腰を、膝の上に引き寄せた。
 ぐっと反り返った平らな腹の下、紅く色づいた性器から、その更に下の、
濃い薔薇色に翳り、絞るように窄まった肛門の辺りまでもがむき出しになる。

 求導女は、照れ臭そうに笑うと片手で眼を覆った。慶もつられて小さく微笑む。
「いいですか?」
すでに勃ち上がっている陰茎の先を膣口に押し当てて訊ねる。
求導女は、額に手をかざしたまま頷いた。

 彼女の両脚を抱え上げたまま、慶は腰を上げてぐっと女陰を貫いた。
たった今まで弄くられていた為か、其処はさっきよりも柔らかくなっている感じだ。
だが、内部の熱は先ほどの比ではない。

「八尾さん……なんか、奥の方が凄く熱いです」
慶は思ったままを口にした。そして、膣の内部を亀頭で探るように掻き廻す。
求導女は、深く息を吐いた。
「奥……いいの」
「奥……ですか?」
慶は一旦膝の上から求導女の尻を下ろし、真上から膣に陰茎を挿れ直した。

 ずん、と勢いよく嵌めたのが効いたのか、求導女は低い唸り声を上げて躰を震わせた。
そのまま腰を沈め、陰茎を根元の毛際まで、挿れられるだけ挿れてみる。
確かに、膣の奥の方に行けば行くほど熱っぽさが増しているような気がした。
 慶は、そうして限界まで陰茎を突き挿れた状態でぐりぐりと腰を上下させた。

「おお……」
求導女の美しい咽喉から、思いのほか低い声が漏れ出る。
(攻める場所によって、声音も変わるものなんだな)
そんなことを考えつつ、慶はもっともっと深く求導女に這入り込むべく、下腹部を密着させた。

 求導女の膣の最深部と思われる辺りには、何か弾力に富んだ器官があって、
慶が突き挿れる毎に鈴口にこつこつと打つかった。
 その跳ね返される感覚と、ぬめぬめとした肉襞が四方から茎や雁首に絡みつく感覚。
そして、求導女の腰の動きにつれて膣の筋肉がきゅっきゅっと締め付けてくる感覚が、
慶の官能に例えようもない快美感を伝えてやまない。
「おぉ……おおっ、うぅ……ふう……う……うぅん!」
「はあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ……」

 二人の男女の、火の様な吐息が交錯する。
腰と腰をぴったりと重ね合わせ、きつく抱き締めあいながら躰を揺さぶる。
触れ合った二人の胸のマナ字架が、かちゃかちゃと金属質の音を立てて擦れあう。

 慶は求導女のむっちりとした腿に尻を挟まれ、
柔肌に埋もれながら激しく女の胎内の臓物を抉り続ける。

 ――――深く。もっと深く……。

 体液にまみれる二人の躰は、そのこと以外に何も望んではいなかった。
慶は、求導女の首筋に火照った頬を擦り付けながら、
何とかしてこの女の躰の、更に奥底に潜り込めないものかと画策していた。
(この状態では限界がある。もう少し……そうだ、姿勢を変えれば)

 慶は、求導女と腰を揉み合わせる一方で膝をつき、上体をゆっくりと起こし始めた。
 尻に求導女の白いふくらはぎを纏いつかせたまま、ぐいぐいと押し籠めてみるが、
細い肢体が押されてずれていくだけで、大した変化は無かった。
(動かないように固定しなくっちゃ)
 慶は、己の腰を挟み込むなめらかな腿を掬い上げて両脇に抱えた。
そして、それをもう一段階高く持ち上げ、肩の上に担ぎ上げてしまった。

「あああっ! はぁっ……あぁあっ!」
 尻を持ち上げられ、躰を真ん中から折り曲げられた求導女が、快楽とも苦悶ともつかない声で呻く。
慶も僅かに呻いた。
 姿勢を変える時、膣がひしゃげて慶の陰茎を捻り上げたのだ。
(ああっ、な、何だか、狭くなったみたいだ……)
体勢を変えたことにより、求導女の膣の様相が変化したように思われた。
膣内部の襞やおうとつの在りようが変わり、慶の陰茎に新たな刺激を与えている。

 それだけではない。
膣穴が浅くなった所為で、その奥底にある例の器官に、亀頭が余計に当たるようになっていた。

「ひいぃ……っ」
求導女が、感電したように身を強張らせる。
濡れそぼつ膣穴がきゅんと窄まり、中の肉が、ひくひくと痙攣しながら慶のものを揉み扱く。

 慶は眉間に皺を寄せて唸りつつも、手心を加えることなく亀頭の先で求導女の奥をまさぐった。
「はっ、あはっ、あっ、あはぁっ、だめ……それ、駄目!」
 突然、求導女は慶を押し返そうと悶き始めた。その様相は、何か差し迫ったものを感じさせる。
慶は一瞬怯んで動きを止めた。

 が。

 ――――違う。

 ぐちゃぐちゃと粘液を吐き出す膣口の蠢動が、慶の本能に真実を訴え掛ける。
慶は、肩から外れた求導女の両脚を再び抱え込むと、前以上に熾烈な抽送を始めた。
「ああぁあああああっ! あっ、あぁ、あ、あ、あ、あ、あ……」
求導女は眼を見開き、上半身を海老のように仰け反らせて絶叫した。

 寝台のスプリングが、軋んで嘶く。
慶も、最早なんの技巧も計算もなく、ただただ求導女の最深部に亀頭を擦りつけた。
あたかもそれは女の膣をも突き破り、子宮から臓腑から、
一緒くたにして混ぜ合わせてしまおうとしているかのようだ。
 いや、寧ろ彼は、求導女の子宮の中に潜り込もうとしているのか――――。

 ――――子宮! 子宮! 八尾さんの、これが……!

 慶はこの、最深部にあり、求導女を狂乱の極致に追い込んでいるものが、
彼女の子宮の入口であることを確信していた。
 求導女の中の、女の源である場所。
そこに自分は直に触れ、愛撫を加えているのだ。
自分の、最も男である器官でもって。

 快感と、言いようのない感動に酔い痴れる慶の鈴口に向かい、求導女の子宮がせり上がってくる。
球体同士を揉み合せるうちに、求導女のそれは、限界を超えたかのように唐突に柔らかく解けた。
 そして、膣の奥底で、微かに開いた肉厚の花弁が、慶の亀頭にちゅっと吸い付いて――――。

「あ…………あああぁぁあぁああああああああああああああああああああぁ!」

 亀頭に吸い付いた粘膜の中から、熱く粘りのある液体がどっと噴出して慶の肉を包み込んだ。
膣全体がどくんどくんと自発的な痙攣を起こし、慶を、その胎内に取り込もうとしているかのようだ。

 慶の脳髄を、びいんと痺れるような快感が駆け抜けた。
耐え難いほどの激しい射精感が、淫液にまみれた陰嚢から臀部、そして背中までをも律動させる。
 慶は、咆哮した。

 二人の聖職者は二匹の獣となり、理性の欠片もない叫びを上げて、
互いの躰にがっしりとしがみ付きあった。

 彼らは、全く同時に性の絶頂に到達していた。

「あぁ……あはぁ……あああぁ……」
眼の前が暗くなり、泥のように崩れ落ちた慶の耳元で、
未だ続いている求導女の断末魔の喘ぎ声が聞こえていた。

 鼓動と、しっとりと汗に濡れた乳房の熱と、マナ字架の硬さを頬に感じながら――
慶は、望みを果たした満足感に、陶然と揺蕩った。

  開いた天窓を、小さな風がガタンと鳴らした――――。
 額にひんやりとした指先が触れる。
眼を開けると、求導女が汗でへばり付いた慶の髪の毛を、そっと梳っている処であった。
 ぼんやりとした灯りの中で、黒い瞳同士が見詰め合う。

 二人は、どちらからともなく唇を重ね合わせていた。

 慶は、求導女の舌を吸った。
柔らかく、少しざらざらした筋肉質の粘膜を取り込み、口一杯に味わう。
 暫くそうしていると、今度は求導女が慶の舌を吸ってきた。
求導女は、慶の舌に舌を絡めて舐り廻す。
すると今度は、慶がそれを真似て求導女の舌に絡みつく。

 舌の応酬に飽きると、慶は求導女の乳房に手を伸ばした。
「もう……駄目よ慶ちゃん。今夜はもう休みましょう。ね?」
 求導女は、慶の手を取り払って窘める。
慶は、彼女の広がった髪の毛に顔を埋め、尚もしつこく求導女の乳房を弄る。
「こぉら!」
 求導女は、ぴしゃんと慶の手の甲をはたいた。

「……くっ。くく……ふふふふふ……」
 黒髪に埋もれたまま、慶は突然笑い出した。
求導女は不思議そうに見守る。慶の笑いは、なかなか収まらなかった。
「どうしたの慶ちゃん? 何がそんなにおかしいの?」
「ふふふ、くっくくくく……だって」

 慶は笑い続けた。おかしくてならなかった。
数時間前の自分が。
無意味な苦しみに沈み込んでいた自分。
打ちひしがれて――それでも、肉欲の疼きに悶々とすることを止められずにいた、惨めな自分。


 山を吹き渡る風が、屋根をばたばたと鳴らす音が響いた。

「八尾さん」
慶は顔を上げると、求導女の躰に圧し掛かった。
「慶ちゃんたら……全く、何回すれば気が済むの?」
求導女は呆れ顔で溜息を吐く。だが、拒絶するつもりもなさそうだった。

 慶は、求導女の額に口づけた。
「八尾さんごめんなさい。でもぼく……取り返したいんです。今までの分を」
「今までの分って?」
 慶は黙って微笑む。そして、小さな乳首に吸い付いた。

 後ろ頭を撫でられながら、慶は、深い深い安らぎに充たされていた。
それはこの四年間、慶が失っていたものだ。

 ――――もう離れない。

 優しい二の腕に抱かれて、慶は心に呟いた。
もう二度と、求導女の中から出て行こうなどとは思うまい。
 求導女さえ傍に居れば――求導師として、自分は生きていける。
村娘に気を取られたり、病院の弟に怯えたりすることもなく――――。

 ――――そうだ。これからは、ずっと、ずっと……。

 求導女の手が、慶の陰茎にやんわりと添えられた。
その手が動き出すのを快く感じながら――慶は、求導女の白い裸身をしっかりと抱き締めた。

 黒い木々の狭間に、小さな赤い火がぽつんと灯っている。

 宮田司郎は煙草を銜え、眼下に広がる陰気な風景を見据えていた。
午後に雨を降らせていた雲は未だ留まったままでいるらしく、今夜は星もなく月も朧だ。

 そんな暗い空の下、山に囲まれた村は闇に沈みこんでいた。
司郎の立つ崖の上からは、棚田の湛える水が微かな外灯の光を映しているのが、
申し訳程度に見えているだけだ。
司郎は、物憂げに煙を吐き出した。

 視線を落とすと、足元には教会の屋根が見えている。
崖に張り付くようにして建てられた礼拝堂の三角屋根と、それに続く教会の母屋の屋根。
司郎は母屋の方に眼を向けて、昼間の出来事を思い返していた――――。


 ――――今のは、確かにあの人だった。

 選鉱所から立ち去っていく足音を聞きながら、司郎は呆然とした頭で考えていた。
連れ込んだ少女が、自分に取り縋って何事かを喚き立ててくるのが疎ましい。
彼女は、見られた相手が誰なのかまでは理解していない様子だ。

 しかし、司郎にははっきりと判っていた。
 こんな天気の日に、眞魚教の求導師たるお方が、
こんな場所をほっつき歩いていた理由までは判らないが――――。


 四年前。司郎の双子の兄は、求導師という村の名誉職ともいうべきものに就いた。
そしてその日を境に、彼は司郎に取って完全に手の届かない、別次元の人間になってしまった。
それまでとて、兄は司郎の近寄る隙などない人ではあったのだが。

 光と影。清と汚濁。教会と、病院――――。
双子の運命は、その誕生の瞬間からはっきりと分かれていたのかも知れない。
 でもそれは何故? 何を基準にして自分らは選別されたのか?
幼少の頃より、己の中で無限に繰り返してきた問いかけ。無論それに答える者はいない。

 司郎は、弱冠十七歳にして人生に疲弊しきっていた。
同胞から切り離された孤独。自分の置かれている閉塞的な環境。
そして、一層の苦渋と泥濘にまみれているであろう、未来の自分。

 己が運命に対する絶望感は、司郎の精神をささくれたものにしていった。
狂気じみた執着心でもって彼を支配し、がんじがらめに縛りつけようとする養母。
司郎はそんな母の眼を盗み、母がしてはいけないと言う事ばかりを選んでやるようになった。
 反抗や自立などは許されない立場にある、貰われ児の自分。
そんな意識の働く中、司郎の非行は、いびつで醜悪な形を取るようになっていた。

 村の女達に片っ端から手をつけ始めたのも、その一端であった。
 ――――汚らしい虫けらの誘いに乗るんじゃありませんよ。
母が害虫呼ばわりをする村娘達を、司郎は自ら進んで誘惑するように努めた。
本当に際限なく彼は漁色に耽った。それは、殆ど病的ですらあった。
 幸い、と言うべきなのか?
司郎は案外女に好まれる性質らしく、相手に不自由することはなかった。
同年代の娘達は勿論――病院の看護婦や若い人妻でさえ、司郎が望めば靡かない女はいなかった。

 だが。
近頃彼は、そんな放蕩三昧の日々にも食傷していた。
 結局の処、女達との交わりが虚しい泡沫でしかないことに、気付いてしまったからだ。
女達が見ているのはあくまでも“病院の子”であり“宮田のぼっちゃん”である自分。
誰一人として、生身の自分を見てはくれない。
自分の感じている痛みや孤独を、共有してくれる訳ではない。
 ――――自分に取って女達がそうであるように、彼女らに取っても、
                 自分は一時の気晴らしの相手に過ぎないのだ。

 その認識は司郎の自尊心を傷付け、彼の精神をますます荒廃させていった。

 件の少女に誘いをかけたのは、そんな、司郎が苛立ちのさなかにある時のことであった。
――あの子、求導師様に気があるらしいよ。
 情事の後、女達が決まって聞かせるくだらない四方山話の数々。
司郎は大概それらを聞き流していたが、その、求導師を懸想しているという少女の名前だけは、
はっきりと記憶していた。

 人気のない山道で少女とすれ違った時、司郎は思い切って声を掛けてみた。
兄を想っている少女を誘惑すること――それは司郎をして、かつてない勇気を要する行動であった。
それは兄に対し、刃を向けるにも等しいことだからだ。
 女を誘うのに、これほど緊張したことはない。
脇の下がじっとりと汗ばみ、声の震えを抑えるのに懸命だった。
それほどまでに――司郎は、兄に恋しているこの少女を、奪い取ってやりたかったのだ。

 そんなことで自分が兄に勝る存在になれる訳ではないことは、重々承知していた。
でも、それでも。
司郎は、己の内から沸きあがる衝動に抗えなかった。
少女は清楚で大人しく、いかにも兄とは似合いの風情であったから、尚更だった。

 だが少女に声を掛けた直後、司郎は早くも後悔を覚えることになる。
少女が、いともあっさりと司郎の誘いに乗ったからだ。

(あんなことは、すべきじゃなかったんだ……)
司郎は苦い煙を肺まで吸い込み、冷たく光る瞳を闇に向ける。


 逢ったばかりだというのに、少女は司郎の言いなりになって後に付いて来た。
雨宿りと称してあの選鉱所に連れ込んでも、全く警戒の様子を見せないどころか、
寧ろ何かを期待している節さえあった。

 そんな少女の態度を見て、司郎は遠慮するのを止め、普段通りに振舞うことにした。
小さな躰を引き寄せて、強引に唇を吸い、取り出した陰茎を握らせてやった。
 少女は、硬く尖ったものが手に触れた時には、さすがに驚いて手を引いたものの、
それでも、その場から逃げ出したりはしなかった。

「いいのか?」
司郎の問いに、少女は真っ赤に染めた顔を縦に振って答えた。
 後はもう――彼女は、司郎の為すがままであった。

 恥じらいを示しつつも、臆することなく肉体を差し出す少女を前にして、
司郎は戸惑いを禁じえなかった。
 初々しい硬さが眼につく乳房も、夥しい蜜に濡れながら、ぴったりと合わさったままの陰唇も、
未だ処女であることを如実に表しているのに――――。

 たどたどしい吸茎を始めた少女に、司郎は「後悔しないか?」と重ねて問うてみた。
「しません」
司郎の陰茎と唾液の糸で繋がった唇で、少女は答えた。
 少女は、司郎から誘われたことを心底喜んでいるようだった。
司郎のことは前から知っていたと言い、ずっと気になっていた、というようなことも言った。
 そして、こうも言った。
処女でいるのは嫌だった。早く捨ててしまいたかったのだ――と。
 ――――こいつ……要するに、誰でもよかったってことか。

 どす黒い憎悪の炎が、司郎の胸で燃え上がる。
 司郎は、少女を突き飛ばして汚れた床に伏させた。
前戯もそこそこに、背後から乱暴に貫く。
少女はか細い泣き声を上げたが、構わずに突き捲ってやった。

 ――――お前のようなメス犬は、こうして姦されるのがお似合いだ。
 蔑みに満ちた瞳で少女を見下ろし、司郎は血の滲んだ陰部を無体に抉り続けた。

 兄の気配を感じたのは、その交接がまさに佳境に入った時のことであった。
板張りの窓の隙間に人影を見た、と思う間もなく床の軋む音がして――。
少女の悲鳴と、床板を踏み鳴らす喧しい響きと――――。


 その後のことは、はっきりと覚えていない。
ショックの為か、泣きながら騒ぎ立てている少女を何とか宥めすかし、
身支度を整えて別々に帰路に着いた頃には、もうすっかり陽は落ちていた。

 あの人は、あそこであんなことをしていたのが誰であるか、はっきりと見ただろう。
あんな廃屋の片隅で――
野良犬のように女と交わっていた自分を見て、一体あの人はどう思ったことだろうか?
 司郎は濡れた地面に煙草を吐き捨てると、水溜りの中の吸殻を執拗に踏み躙る。

 そして、今いちど教会の母屋に眼を遣った。
そう。司郎がこんな深夜に自室を抜け出してここまで来たのは、
この下にある屋根の天窓から、兄の様子を確かめる為だったのだ。


 崖の縁から教会の屋根までは1,8メートル弱程の段差になっている。
少年は崖っぷちに生えている立ち木を利用して、音もなく屋根の上に飛び降りた。

 此処は、司郎の秘密の場所だった。
此処から教会の屋根に飛び移れることを発見したのは、彼がまだ、ほんの子供の頃のことだ。
傾斜のきつい屋根のてっぺんを屈んで渡りながら司郎は、当時のことを、昨日のように思い出す。

 あの頃――子供らしい好奇心と、自分の片割れに近付きたい思いから、
司郎はよくこの場所をうろついていた。
 半ば偶然屋根に降りることに成功し、屋根の一番端に付いている天窓が、
兄の部屋のものであることを知った。

 初めて部屋を覗いた夜――真上から見えた兄の寝顔は、今でも胸に焼き付いて離れない。
何故かほの青く発光して見える寝台の上、真っ直ぐに仰臥している兄の安らかな寝顔。
 静かで、穢れを寄せ付けない清潔さを感じさせる兄の寝姿に、司郎は暫し見とれたものだった。

 それ以来、司郎は深夜、この天窓を度々訪れるようになった。
 眠れない夜や、悪夢に目覚めた夜。
水鏡を覗き込むように――ここから兄の寝顔を覗き込むと、奇妙に心が安らいだ。

 あそこに居るのは、自分だ。
司郎は、穏やかな表情で眠りに就く兄の姿に自分を重ね合わせていた。
 あの清らかな少年こそが、真実の自分なのだ。
いま此処で、薄汚れて苦しみに喘いでいる自分は、あそこで寝ている少年の悪夢に過ぎないのだ。
 朝になればきっと――
明るい日向の存在として自分は目覚める。誰からも愛されて、誰をも、愛して――――。
 此処へ来る度に司郎は、そんな、ありもしない空想に、止め処もなく耽るのが常だった。

 だが今夜は、そんなに長居をするつもりはない。
ただ、兄がいつもと変わらぬ様子で眠っていることを確かめたい。ただ、それだけだ。
 それを確かめた処でどうにもなる訳ではなかったが、こうでもしなければ眠れそうにないのだ。
 そうして足早に天窓を目指していた司郎だったが、ふとその足を止めた。
(部屋が、明るい……?)
夏季は大抵開け放されている天窓。
いつもは暗い影になっている窓の中から、淡い光が零れ出ているのが見えた。

 教会の夜は早く、兄も、どんなに遅くとも十一時頃には寝てしまっている筈なのに。
(こんな時間まで……一体何をやっているんだ)
司郎は、注意深くしゃがみ歩きで窓の桟に近付く。
 そして、中を覗いた。


『おぉ……おおっ、うぅ……ふう……う……うぅん!』
『はあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ……』

 窓の下では、二つの肉体が絡み合っていた。
橙色の灯りに肌色の濃淡が淫らにうねり、なまめかしく浮かび上がる。
 司郎は、驚きに眼を見張った。

 そこにいつもの青い静謐はなかった。
司郎がそこに見たのは、二人の男女が性の交歓に耽る姿。
黒い闇の中から現れた、赤味がかった妖しい世界。

 ぬめりを帯びた灯りに満たされた、水槽のような部屋の底を、司郎は言葉も無く凝視する。
寝台に横たわり、喘ぎ身悶えている女は、教会の求導女のようだ。
そして彼女を組み敷いている男は――顔は見えないが、兄に間違いないだろう。

 ――――これは……何だ?
寝台の派手な軋みに混じり、淫らな吐息と嬌声が微かに聞こえてくる。
枕灯の弱々しい光の中、彼らはきつく抱きあい、解け、そしてまたもつれ合う。
微妙に姿態を変えて絡まりあうその様は、まるで万華鏡のようだ。

 司郎は、その美しくも淫猥な光景に飲み込まれてしまっていた。
頭の奥がじいんと痺れ、思考が上手く廻らない。
眼も眩むような衝撃――それでいて、股間がずきずきと熱を帯びる。
脈打ち起き上がる陰茎が、ズボンに抑えられて痛みを覚える。
昼間の性交は中途半端なまま終わってしまったから、勃起の激しさもひとしおだ。

 躰の渇きに苦しみながらも、司郎は眼を凝らして兄達の交接を見つめ続ける。
すでに行為は、最高潮に達しているらしい。
求導女の身のくねりも兄の腰使いも凄まじく、荒々しい息吹きや濁った体液の匂いまでもが
此処まで伝わってくる錯覚を覚える。

 兄は、女の扱いにかなり長けているようだった。
脚を高く抱え上げられ、白い乳房をゆさゆさと跳ね躍らせて啼き叫ぶ求導女の反応から、
司郎はそう判断する。

 ――――あの人達はきっと……ずっと前からこうやって、していたに違いない。
昼間は清廉な聖職者の仮面を被りながら、
夜になると、こうして淫獣のように交わりあっていたというのか。
 虫唾が走る程の嫌悪感に、司郎は眉をしかめる。
しかし同時に、心の奥底で妬けつくような羨望の念が沸き起こるのも感じていた。
 司郎は、村の女達と数え切れない程の性行為を交わしてきたが、
それはいつも人目と時間を気にしながらの、慌しく落ち着かない作業であった。
虫のように、鳥のように躰を繋ぎ、性器同士を擦り合わせるだけの下等な交わり。
今、下で繰り広げられているような濃密な交わりは経験がない。

 ――――裏切られた……裏切られた…………!
白く靄のかかったような頭の中で、司郎は兄への怨言を繰り返す。
 そんな司郎の、情念の篭った暗い眼差しを余所に、二人の営みは益々激しさを増して行く。
 そして――――。

『あ…………あああぁぁあぁああああああああああああああああああああぁ!』

 一際大きな女の声と、追い縋るような兄の声。
それまでの無軌道な震動がぴたっと止まる。
硬直する二人。天井に向かって伸ばされた女の足の親指が、ぴくりぴくりと痙攣する。
兄の、小さく締まった臀部の筋肉が、細かく震える――。

「あ……」
 唐突に、膝から力が抜けた。
体勢を崩し、窓枠をガタンと鳴らしてしまう。が、部屋に居る二人は気に留める様子も無い。
司郎は、安堵と共に混乱を覚える。

 司郎は、彼らが快感の頂点を極める姿を眺めながら、自身も射精してしまっていた。
陰茎をまったく刺激せずに精を漏らすなど、初めての体験だ。
全力疾走をした後のように胸が高鳴り、息が上がっている。
ズボンの中で、精液の溜まった下着が重く濡れているのを感じた。

 司郎は額の汗を手の甲で拭い、腹の底から溜息を吐く。
発熱したように潤んだ瞳は、ぐったりと折り重なる男女から離せないでいた。

 下着の汚れにも構わず座り込んだ司郎の心は、虚ろだった。
兄に対する複雑な思いの何もかもが、精液と共に尿道から射出されてしまったみたいだ。
 ――――これは、夢なんじゃないだろうか?
現実感を喪失したまま、司郎はぼんやりと考える。
 今の感覚は、以前夢精をした時の感覚に似ている気がしたのだ。
一瞬の快感の強烈さと、反比例するような濡れた下着の気持ち悪さがそっくりだ。

 そうだ。きっと全ては夢なんだ。こんな馬鹿げたことは有り得ない。
教会で、求導師と求導女がこんな風に激しくまぐわっているなんてこと――――。

『……くっ。くく……ふふふふふ……』

 下から、低い笑い声が響いてきた。
火照っていた司郎の躰から、スウッと血の気が引いてゆく。

 ――――あの人が……俺を笑ってる。

 笑い声は、長く後を引いて続いていた。
冷えた精液の中で、己の陰茎が怯えて縮こまるのを感じながら、司郎はガタガタと震えだした。
 兄に笑われている。
窃視も、射精も、劣等感も。
一切合財を見透かした求導師に自分は蔑まれ、嘲笑を浴びせられているのだ。

 司郎は、逃げ出した。
足音を忍ばせる余裕などは無かった。
叫び出しそうになる口元を手で押さえ、力の入らない足を懸命に動かして。
ただひたすらに、その場を離れることだけを目指した。

 司郎の背中を追って、生ぬるい風が屋根の上を吹き抜ける。
風音までもが、司郎を哂っていた。

 ――――やめろ! やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!

 よろめきながら司郎は走る。
視界がぼやけるのは、涙が溢れている所為か。

 司郎を追い越した風が、山の木々をざわめかせる。
それは闇に向かって走る少年を迎え入れる、地獄の亡者どもの拍手の音だ。
それでも彼は走り続けるしかないのだ。
例えその先に、絶望しかないことが判っていたとしても。


 そして司郎は暗闇の中に消え去った。

 静寂を取り戻した屋根の上、
天窓から漏れる灯りは何事も無かったかのように揺らめき、瞬き続けていた。


【了】
68名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 01:57:08 ID:7NtjxoxS
す、すげぇ………
GJ!そして乙!
宮田が不憫なのも新鮮でいいな。
69名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 02:09:22 ID:RU5+KXJo
すげえなあ。このまま公式だと言われても信じてしまいそうな出来だ
しかもしっかりエロいし
70名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 18:02:56 ID:da+MtYbi
はじめて来たけど力作ばかりで感動したよ。
職人さん超乙!次の作品も期待してます。
71名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 02:53:18 ID:rkNTDGyD
SIREN知らないけど、ここのSSはエロくて好きだ。
72名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 01:14:27 ID:P/fCdHaE
みんな凄いや
73名無しさん@ピンキー:2007/09/30(日) 15:00:12 ID:cAQf1AtL
すげぇ 文章を仕事にしてる人?
見事すぎる
74名無しさん@ピンキー:2007/10/02(火) 23:46:06 ID:sUwLYaDc
前スレだけど、百合の話がやばかった。たまにふと思い出してチンコたってしまう。
75名無しさん@ピンキー:2007/10/03(水) 13:39:19 ID:YONAaMGx
73のレス見て過去ログ倉庫見てきたんだが
あの百合ssを投下してくれた人と
このスレで加奈江ssを投下してくれた人は
同じ人なのかな?
エロいのは勿論だが、原作のエピソードやキャラクターを
うまく消化してくれている所がとてもいい。
76名無しさん@ピンキー:2007/10/03(水) 13:39:59 ID:YONAaMGx
73じゃなくて74のレスだった、すまん。
77名無しさん@ピンキー:2007/10/05(金) 01:21:19 ID:X6jO8ths
なんだか悶々としてしまうな。
78名無しさん@ピンキー:2007/10/15(月) 13:50:33 ID:kMByN3Fu
好きなスレなので保守
79名無しさん@ピンキー:2007/10/23(火) 19:09:15 ID:cU7pH1ZD
なんというハイレベル
80名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 03:08:52 ID:nb3/4BzO
a
81名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 13:52:06 ID:KoGKgV6j
まちがっ
82名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 22:24:44 ID:obrDt7n2
街?
あの名作ゲームかい
83名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 23:30:47 ID:x8AILPSl
街は市川文靖編が一番好きだった

そんなことよりSIRENしようぜ!
84名無しさん@ピンキー:2007/10/27(土) 00:03:26 ID:dskAwDDq
あの恐ろしいゲームでおしっこチビらずにエロ萌え出来る勇者が集うスレはここですか?
85名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 13:57:06 ID:5xPNSioK
ごめん、俺は途中で怖くなってやめた
86名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 01:56:22 ID:eLjj8+Vx
スレと書き手が見捨てられていなかったことに感謝しつつ、投下します。

前回の牧野×八尾の続編にあたるSSです。
同じ様なのばかりで申し訳ないです。
次は絶対違うキャラでやりますので、ご容赦下さい。
かなり長い上、いろいろと調子に乗りすぎた面も多々ありますが、
寛容な気持ちで愉しんでいただけたら幸いです。

注意事項:放尿、露出、SM(鞭、蝋燭等)

よろしくお願いします。

  止め処ない接吻を繰り返していた。

 いつからこうしていたのか――女の舌と唇に酔い痴れる慶の頭は、はっきりと思い出せない。

 一日の勤めを終えて寝所に戻った途端、不思議な甘い匂いを嗅いだ。
 眼の前がぼやけて――上から何か重い物が落ちてくるような音を聞きながら、意識を失った。
 そして気付いた時には、求導女と唇を重ね合わせていたのだ。

 辺りに漂う深い夜の気配。
 求導女の熱っぽさを増してゆく吐息を口腔に感じながら、慶は、
ほとんど反射的に彼女のくびれた腰へ腕を廻す。
 ――――そうか……今から八尾さんを抱くんだっけ。
 仄々とした悦びに心を充たされ、慶は静かに微笑む。

 が、ふとその笑顔が曇った。
 自分らの抱き合っている場所が、教会の礼拝堂であることに気付いたからだ。



 羽生蛇村から、短い夏が過ぎ去ろうとしていた。
 日中を賑わせていた蝉の声に代わり、近頃は、宵から始まる鈴虫やコオロギの音がかまびすしい。

 十七歳の夏。この夏の慶に取って、夜こそが生活の全てであった。

 村人達の為に開け放されている教会も、日が暮れればかんぬきを下ろして扉を閉ざしてしまう。
 そうなればもう、此処を訪れる者はいない。
 山奥にあるこの教会は、慶と求導女だけの世界になるのだ。

「あら、駄目よ慶ちゃん。お夕飯の支度をしないと……」
「そんなの後でいいじゃないですか。僕もう、待ちきれないんです」

 初めて求導女と交わった夜以来、慶は一晩も欠かすことなく彼女の肉体を貪り続けていた。
 昼間の、清潔で生真面目な求導師の仮面を取り去れば。
 慶は発情期の雄の獣と成り果て、飽くことなく眼の前の雌に挑みかかるばかりであった。

 寝所で。居間で。浴室で。台所で。
 処構わず躰を求めてくる慶を、求導女もまた、貪欲なまでに受け入れた。
 慶がどれ程の数の性交を望もうと、どれ程、女に取って恥ずかしい行為を要求しようとも――
求導女は決して、それを拒むようなことはしなかった。


 それをいいことに、慶は欲望の赴くまま、考え付く限りの淫事を求導女に仕掛けた。

 夕餉の膳を用意している彼女の尼僧服の裾を捲り上げ、
背後から陰茎で挿し貫くなどは当たり前。
 食事が済めば済んだで、腹ごなしとばかりに一番や二番は交接をせねば収まらない。

 そうして慶が人心地ついた処で求導女はようやくひととき開放され、
夕飯の後片付けや風呂の用意をする訳であったが、この間も油断がならない。
 特に風呂掃除などは尻を絡げての作業であるから、慶が触発されやすいので注意が必要だった。

 それから、二人は入浴する。
 慶が思春期を迎えてから数年来。絶たれてきた二人での入浴は、夜の同衾と共に復活していた。
 かつてそうしていたように――求導女は慶の頭を洗い、背中を流す。
 子供時代と違うのは、入浴の世話がそれに留まらない処である。
 今の求導女は慶の躰の隅々まで――陰茎から肛門の内部に至るまで、丁寧に洗い上げてくれる。
 時には手拭いを使わず手だけで洗ったり――泡立てた陰毛を使うことすらあった。

 そんな目に合って、慶が大人しくしている訳がない。
 始めの内は辛抱堪らず、泡だらけのまま、
簀の子の上に求導女を押しこかしてしまったものだった。
 最近では多少ゆとりが出て、そこまで性急な行為に及ぶことはなくなったものの、
その分、やることが入念になってきていた。

「八尾さん……今度は僕が洗ってあげますよ」
「あ……ん。慶ちゃんったら。そんなこと言って、いつもちゃんと洗ってくれないじゃない」
「そんなことないですよ。ほら、こんな処だって……」
 尻の割れ目に手を廻し、肛門にぬるりと指を挿し入れると、求導女は笑い混じりの悲鳴を上げる。
 逃げる躰を捕らえようとするが、石鹸の泡でつるつる滑って上手くいかない。

 泡にまみれて戯れあっている内に、結局は二人とも催情してしまい、
なしくずしのままに性交にもつれ込む、というのが今や定石となってしまっていた。
 このように、肌と肌とを擦り合わせて快感を得るやり方を、慶はこれで知った。


 他にも、浴室では他の場所では出来ない様々な淫戯が試された。
 汚れを伴うような行為でも、浴室ならばすぐに洗い流せるので、気軽に出来るのだ。
 そう。浴室ならば――求導女の躰を精液まみれにしようとも、
逆に、自分が女の淫水で顔中どろどろになったとて、後始末は簡単だ。

 求導女に放尿をさせたのも、風呂場でのことだった。
 女の性器からどうやって小水が出るのか見てみたい。と言う慶の頼みに、
さすがの求導女も始めは難色を示した。
 しかし慶の縋るような甘えた視線にほだされたのか、終いには彼の言いなりになったのである。

「それじゃあ……出すね」
 浴槽の縁に腰掛け、彼女は片足を上げる。
 中指と人差し指を逆さVの字に添えて陰唇を広げ、下腹部に、クッと力を入れる。
 ショロショロと微かな水音が鳴り始め――間もなく温かい小水が、弧を描いて噴き出してきた。
 自分が出すものと違い、少し末広がりに迸り出る小水。
 慶は興奮の余り、飛沫が掛かるのも構わず前に廻り、求導女の開かれた尿道口を覗き込んだ。

「ああぁ、嫌よ慶ちゃん……」
 排尿する姿を間近で見られる恥ずかしさと、
慶に小水を引っ掛けてしまうことへの居たたまれなさに、求導女は激しく身悶える。
 だが、一度出始めた小水を止めることも出来ずに、求導女は最後までそれを出し切ってしまう。
 全てを排出し、檸檬色の雫を垂らす求導女の女陰は――赤く火照っていた。

「八尾さん。此処……おしっこ以外のものも出て来ているみたいですけど」
「あんっ、ちょっと! 駄目よ、ちゃんと洗い流してからじゃないと汚い……あぁん!」
 求導女の困惑を余所に、慶は、尿で汚れた彼女の陰部を舐め廻す。
 塩気の強い小水の味に混じり、もはや少年に取って馴染みの、
粘り気のある液体が舌に絡み付いてくる。
「八尾さんってもしかして……好きなんですか? こういうの」
「はぁ、あう……そ、そんなこと……な…………あぁっ」

 尿道口を、舌先で抉り込むように突付き廻されて、求導女は仰け反り、
あられもない声を浴室に響かせる。

 最近、性生活において慶は求導女を圧倒することが多くなっていた。
 元々は、初心な童貞少年である慶に、
求導女が手ほどきをする形で始まった関係であった筈なのに。
 一回の交合で、慶が射精に至るまでに、
求導女が先に二度三度四度と達してしまうことも、今や珍しくない。
 慶の若さと思いもよらぬ精力を前に、求導女の熟れた躰は、成す術もなく翻弄されつつあった。

 それは、風呂の後から始まる本格的な営みにおいて、更に顕著であった。

「慶ちゃん。今日はどっちで寝るの?」
「八尾さんの部屋にしましょう。今夜も蒸しますから……」

 求導女の部屋は、慶の寝所からずっと離れた廊下の端にあった。
 四畳半の和室。勝手口に近い質素なこの部屋は、使用人部屋と言った方が正確かも知れない。
 廊下とは襖で仕切られているだけのこの部屋に窓は無い。
 だが、襖を開けて廊下のサッシを開けば、
天窓しかない慶の部屋よりも、ずっと風が入って過ごしやすかった。

 それに慶は、求導女の部屋が好きだった。
 小さな鏡台以外に家具らしい家具もない、殺風景な求導女の寝室。
 でも、部屋に立ち込めている女の匂い――畳や柱にまで染み込んでいるような求導女の匂いは、
慶の心を日頃の憂さから開放し、優しく包み込んでくれるのだ。
 慶には子供の頃より、繰り返し見続けている悪夢があったが、
求導女の部屋で眠ると、何故かそれも見ずに済んだ。

 ただし。
 それは単純に、求導女の部屋では殆どまともに睡眠を取っていないから。
というだけのことなのかも知れないが。

 この部屋で慶は、何度求導女と夜明けを見たことだろう。
 汗と、互いの体液の染み込んだ布団の上で。快楽の余韻に夢うつつの眼で。
 途切れることなき絶頂の叫びに声を枯らした、求導女の胸の中で。

 寝ずの泊まりが三晩ほども続いた折には、求導女も慶の躰を案じ、
自室で大人しく眠るように切々と諭したものだった。
 しかしそんな彼女の母心を余所に、慶は心身ともに、以前よりもずっと健康になっていた。
 睡眠不足や荒淫による疲労がない訳ではなかったが、
若い慶に取って、それは大した負担ではない。

 それどころか、求導女との夜の生活は、求導師としての慶によい影響すら与えていた。
「求導師様はこの処なんといいますか、落ち着きというか、
 威厳みたいなのが身に付いてきましたなあ。結構なことですよ」

 女を知った所為であろうか?
 村人の称した如く、慶は確かに、以前とは少し変わったようである。
 慶自身に余り実感はなかったが――。
 そう言われて見れば、前は若い女性と対面すると、
何か物怖じするような気持ちで落ち着かなかったが、今はそんなことも無くなった気がする。

 誰に対しても――あの、慶に取って威圧感の塊のような病院の弟に対してさえ、
 おどおどと眼を逸らしたりせずに、割合普通に接することが可能になっていた。

「村の人達の前で堂々とした態度で居られるのは、いいことね。
 その方がみんなの尊敬を得られるもの」
 求導女は、膝に乗せた慶の頭を撫でて賞賛してくれる。慶にはそれがくすぐったくて、嬉しい。
「では、ご褒美を下さい」
 慶の望むご褒美は、いつも決まっている。

 教会の勤めの間中、慶は求導女の女陰のことばかり考えて過ごしていた。
 夜になったら、あの粘膜をどんな風にいたぶってくれようか――。
 それらの妄想は全て、その日のうちに実現されたものだった。

  更に。彼の性幻想が実現されるのは、何も夜だけに限られたことではなかった。

 朝。例え夜を徹して性交に耽った直後であろうとも、求導女は日の出と同時に起き出し、
掃除と洗濯を始めるのが常である。
 ある時慶は、それを裸体のままで行うようにと命じたことがある。
 せめて前掛けだけでも着けさせて下さい、と求導女は懇願したが、結局この時も、
根負けする形で彼の命に従ったのだ。

 朝日の下で見る求導女の裸身は、まさに神々しいばかりの代物であった。
 煌めく光を浴びて、くっきりと浮かび上がる躰の曲線も。つややかに輝く陰毛も。
 暁色の空が明るさを増し、目の覚めるような青色に変わってゆくのに従って、
求導女の肌の白さも鮮やかに際立ってゆく。
 その光景の美しさに慶は暫し情欲を忘れ、求導女の立ち働く姿を、
絵画のように見入ったものであった。

 だが、そんな慶の崇高なまでの感動も、
求導女が尻を突き出して廊下の雑巾がけを始めた辺りから、
妖しい官能の疼きに飲み込まれ、どろどろと溶解してしまう。

「あっ?! 慶ちゃん、何をするの?」
 慶は、床に這いつくばる求導女の背に覆い被さっていた。
「だって……八尾さんがそんな格好するから……」
 尻たぶに腰を押し付け、硬い陰茎をその狭間に割り込ませつつ、慶は熱い息を吐く。
 そのままずるりと女陰に挿入してしまうと、突き出された尻を背後から押した。

「あ、あはあっ……! け、慶ちゃんよして……拭き掃除が、出来なくなっちゃう」
 慶の下肢に押し潰されるように。
 廊下の板目に突っ伏した求導女が、憐れな声を上げる。
 もくもくと白く盛り上がった尻の肉と、そこから続く細腰を見下ろす慶は、
その打ちひしがれたような声音にふと悪戯心を覚えた。
「拭き掃除……だったら僕、手伝いますよ」

 慶は床で潰れた求導女の腰に手を添えて、ゆっくりと起き上がった。
 むっちりと肉付きのいい腿を両脇に抱えて立ち上がる。
 そうして彼女の脚を持ったまま、慶は歩き出した。

「ああぁっ! あうっ、あっ、やめて慶ちゃんっ! あっ、あっ、あっ!」
「八尾さん、ちゃんと雑巾の上に手を置かないと……それじゃあ床が拭けませんよ」
「あぁんっ! 駄目よこんな……だってこんなの……ああっ! いやあぁあん……」
 腕を突っ張っていないと姿勢が崩れてしまう。
 しかし、慶に陰茎で膣を抉られながらしっかりと手を突いているのは、至難の業だった。

 最終的に、求導女は雑巾を敷いた上半身を床に伏し、尻から下だけ慶に抱え上げられた状態で、
ずるずると這いずり廻ることと相成った。
 その姿はあたかも、農夫が耕運機を使って畑を耕している様、そのものだ。
 慶はその、淫らな耕運機の脚を交互に上下させ、膣への刺激を巧みに御する。
「ああぁー…………」

 結果、自然と気ざした求導女の陰部はじゅくじゅくとぬかるみ、慶が足を進める度に、
ねちゃねちゃぐちゃぐちゃと淫液の音を鳴らした。

 しかもこのやり方だと、求導女の弱点である膣の最深部に、
亀頭の先がコツコツとよくぶつかるものだから、堪らない。
 朝日の射し込む廊下を往復しながら、求導女ははしたない嬌声を上げ続け、
結局二度もの絶頂にむせび泣いたのである。

 が。寛容な求導女もこの時ばかりはさすがに、度を越えた慶の所業が腹に据えかねたらしい。
 彼女は思いも寄らぬ方法で、慶に仕返しをしてきたのだ。

 それは、眞魚教の信者である村の老人が、教会を訪れた時のことであった。
 老人は、長年世話をし続けていた畑を手放すのだと、慶と求導女に話していた。
 曰く。自分も年を取ってすっかり足腰が弱くなったし、
後継者となるべく子や孫達も都会へ働きに出てしまい、畑仕事を出来る者が居ないので、
いっそ手放してしまうのが妥当であるのだ。と。

 そう言って寂しそうに笑う老人に、ならば求導師様に野良仕事の手伝いをさせればいい、
と求導女は微笑んだのだった。
 彼女は言った。
「求導師様は、耕運機を扱うのがなかなかお上手なんですよ」
 慶はこれを聞き、飲んでいた麦茶が咽喉につかえてむせ返りそうになった。
どうにか取り繕いつつ彼は、「耕運機の種類にもよります」とだけ返した。
 その日以来、二人の間で“耕運機”という言葉は秘密の符丁となった。


 それから暫くは、慶も多少は身を慎むようになっていた。
 あまり奇異な行為にばかり及んで求導女に嫌われるのも怖かったし、
何より、彼女の躰のことも心配であったからだ。

 慶は求導女と交わるようになってから、一度も避妊の類を行って来なかった。
 これまでの夥しい数の性交で、夥しい量、子宮に注ぎ込まれてきた精液。
 求導女が求導師の子種を孕む。などという怖ろしい事態になりでもしたら――。

 だが恐る恐る問うてみた慶に対し、求導女の返事は呆気ないものであった。
「大丈夫よ慶ちゃん。私は子供が出来ない躰なの」

 ――――子を孕むことの出来ない躰。

 夕刻。久方ぶりに早めに湯を使い、浴衣姿で縁側に腰掛けた慶は、
洗濯物を取り込む求導女の豊饒そうな腰廻りに、複雑な目線を送る。
 幾ら精を放っても妊娠しない求導女の躰は、慶に取って非常に都合が良いと言えるだろう。
 それなのに。
 その事実を噛み締める度に、慶は何故かしら少し寂しいような――虚しいような心境に陥った。

 眞魚教の求導師は元来、世襲制が習わしである。
 慶の義父のように、養子を跡取りにして生涯独身を通すのは稀な事例だ。
 このまま時が過ぎれば。
 数年後、求導師・牧野慶に取って、最大の試練である儀式を、
無事に成し遂げることが出来たなら。
 おそらく慶は、神代の親戚筋辺りから妻を娶ることになるだろう。
 そしていずれは子を成し、次世代の求導師として育んでゆくのだ。

 それは今の慶に取って到底受け入れ難い、およそ現実味の無い話である。
 ――――僕が結婚してしまったら……。
         八尾さんはもう、僕に抱かれてはくれなくなるのかな……。

「なあに慶ちゃん?」
 いつの間にやらのっそりと後ろに立っていた慶を、求導女は肩越しにちらりと振り返る。
 処暑を迎え、めっきり日の落ちるのが早くなった昨日今日。
 すでに辺りは、薄暗くなり始めている。

 慶は物干し竿に掛けられた大きな白いシーツの陰で、求導女の背中を抱き締めた。
 裏庭に立ち込める蚊遣火の香に混じり、求導女の甘い香りが慶の胸をかき乱した。
「まあ、あなたはまた……こんな処じゃ駄目。誰かに見られたらどうするの?」
「……」

 慶は何も答えなかった。
 背後から求導女を抱きすくめ、尼僧服の立ち襟に顔を埋めながら乳房の膨らみをまさぐる。
 「ちょっと慶……んっ」
 押し返そうとした女の手を掴み、諭す言葉を口にしようとした唇を、唇で塞ぐ。
 舌を舌でぞろりと掻き廻し、尼僧服の襟の釦も手早く外してしまう。

 果物の皮を剥くように。生身の肉体を包み隠す尼僧の装束を剥いでしまえば。
 求導女の、求導女としての理知も分別も、地面に落ちる赤い衣のように、
脆く儚くその身から剥がれ落ちてしまうものなのだと、慶は彼女との生活の中で学んでいた。

「ああー……いや。恥ずかしいわ、こんな、表でなんて……」
「恥ずかしい方が好きでしょう? 八尾さんは」
 垂れ幕のようなシーツの陰で。慶と求導女は瞬く間に全裸になり、火照った躰を絡ませあう。
 黄昏の風が肌をくすぐり、立ったまま交接を行う二人の汗を、流すそばから乾かしてくれた。

「ああ慶ちゃん……いい。気持ちいい……」
「僕もです。こうしていると本当に……嫌なこと、何もかも忘れてしまえる……」
 物干し竿の柱にしがみ付いて尻をくねらせる求導女と、後ろ取りで求導女の蠢く尻を抱え込み、
深く浅くと緩急つけて求導女の胎内を陰茎でほじくり廻す慶は、共に歓喜の声を上げる。
 鬱蒼と生い茂る草木と崖とに囲まれたこの陰鬱な裏庭は今、
二人の男女のささやかな楽園と化していた。

 ぱん、ぱん、と肉を打ち付けあう音は木々のざわめきに吸い込まれ、
求導女の発するいやらしいよがり声も、夕風と共に何処かへ飛んで行ってしまう。
 そこには普段の性交とは違う、からりと爽やかな快味があった。
「八尾さん……!」
 慶は求導女の、粉をはたいたようにさらさらした背中に胸板を押し付け、
性の絶頂に向かって力強く腰を使い始めた。
 求導女も慶の意思に従い、上下左右に腰を捻くり、
肉襞をぐっと締め付けて快楽の階段を駆け上ろうとする。
「ああん、あん、慶ちゃん堪らない……だめ! いく、いく、もう、いっちゃうぅ……」

 求導女のいつになくあけすけな睦言が、慶の欲情を加速させる。
 慶は射精の予感を覚え、求導女の尻の割れ目にぐっと腰を押し付けた。

 ところが。

 風の音に乗って、微かなエンジン音が聞こえてきた。
 空耳か? そう思う間もなくそれは大きく確かなものになり――
やがて、裏庭に通じる勝手門の前で停まった。

 淫欲に飲み込まれつつあった二人の躰が、すっと冷え固まる。

 未だ夢の中にあるように呆然とした求導女に対し、
いち早く冷静さを取り戻した慶が、彼女の躰を背中から抱きかかえる。
 そして干されたまま微かな風に揺らいでいるシーツの裏に、そっと身を潜めた。

『き、求導師様……!』
『しっ! 静かに』

 慶が後ろから求導女の口を手で塞ぐのとほぼ同時に、裏庭に小さな人影が飛び込んできた。
「きゅーどーしさまー! きゅーどーめさまー!」
「ほら知子。そんなに走っちゃ危ないじゃないか……ごめん下さーい」
 突然の来客の正体。
 それは、村役場の職員の前田隆信と、確か今年で四歳になるその娘の知子であった。

「おるすですかあー?」
 知子の無邪気な声に、慶と求導女は生きた心地もしない。
 大人と違い、子供の行動は突飛で予測がつかない。
 ここに隠れていることがばれてしまったら――
全裸の破戒僧達は繋がりあったまま、息を殺して隠れ続ける。

「おとーさん、せんたくものほしたまま」
「駄目だよ知子。そっちは求導師様のおうちだから勝手に入っちゃいけないの。
 ……すいませーん、村役場の前田ですけどー」
 前田は裏庭の隅にある勝手口の戸に向かい、しきりに呼びかけていた。
「……居ないみたいだ。おかしいなあ、教会はもう閉まってるし、こっちに居るはずなんだが」

 勝手口の前で困惑している様子の前田を余所に、
知子は落ち着き無くそこいらをぱたぱたと駆け廻っている。
(頼むからこっちには来ないでくれよ……)
 過度の緊張で荒くなる呼吸を必死に抑えながら、慶は祈る気持ちで心に呟く。

 そんな慶の祈りが通じぬのか、前田はぐずぐずと勝手口に居続け、
一向に立ち去る気配はなかった。
 何か、役場から教会へ至急伝えねばならぬ事柄でもあるのだろうか?
 庭の隅をうろうろしている前田の足音と、
ぱたぱたぱたぱた、近付いたり遠のいたりする知子の足音。
 そんな怖ろしい音を聞いているうちに、慶は凍りつくような緊張感に身を竦める一方、
頭のどこかが麻痺してしまったような――
一種異様な興奮に、じわじわと心を侵食されつつあった。

 娘の足音が遠のいた隙を見計らうように、慶は求導女の膝を背後から掬い上げた。
 求導女が驚いたように身を震わせるのを感じ取りながら慶は――
求導女の口を塞いだまま、小刻みに抽送を再開していた。
『……! …………!!』
 求導女は声を上げることも慶を引き剥がすことも出来ず、
ただ身を強張らせてこの所業に耐え忍ぶしかない。

 暫くして急に、求導女の唇の隙間に入り込んだ慶の指先が、きりりと噛まれた。
それを合図とするように――じっと慶にされるがままになっていた求導女の下半身が、
彼の動きに呼応して、もじもじと蠢きだす。
(八尾さん……)
 慶は、彼女の口を押さえていた手をサッと下ろして、陰毛の下の陰門の周囲をまさぐってみた。

 陰茎で感じている通りそこは、大量の淫水に濡れそぼっていた。
 しかもそれだけではない。
(これは……)
 慶は密かに驚嘆する。
 慶の指の下、求導女の陰核はこれまで感じたことも無いほどに勃起し、
かちこちに硬直して反り返っていたのだ。

「……っはあっ」
 陰核の裏つらをそろりと撫で上げると、求導女は鋭く息を吐いた。
 慶は慌てて掌を彼女の口元に戻す。
 どうせなら陰核も愛撫してやりたいが、この状況ではどうにもできない。
 日が落ち、辺りが夕闇に沈み視界が効かなくなってゆく中、
慶は求導女のくっきりと起き上がった陰核を想い、ますます大胆に腰を動かした。

「……駄目だな。こりゃあ完全にお留守だ。しょうがない。知子、出直そう」
 ようやく前田が諦めたらしい。
 性交の快感に酔い痴れながら、慶と求導女は、ほっと安堵の息を吐く。

 だが其の時。
「おるすじゃないよ」
 怪訝そうな声で言ったのは、知子だった。
「おるすじゃないもん。ちゃんといるよほら」
 知子が、こちらに向かってそう言った。

『…………』
 前田親子が庭の、こちらの方角に注目する気配を感じ、慶はぴたりと腰の動きを止めた。
 ――――もう駄目だ……。
 絶望感が胃の腑の底をずんと重くするのと同時に、膣の中の陰茎が、
おぞましいまでの快感に襲われていた。
 快感は尿道の奥底を刺し貫き、精巣どころか、
膀胱までもが圧縮されて尿管から吸い出されそうな凄まじい感覚と共に、
慶の視覚は赤い閃光の中に眩む。

「ほらだって、蚊取り線香ついてるもん。ぶたさんの」

 じいんと痺れた聴覚の片隅に、娘の声が聞こえてくる。
 その後、父親の方が何事かを娘に返答し、立ち去ろうとしている気配の中、
慶は、間欠的な射精を行った。

「ううう……」
 あまりに激しい射精の快感が、慶の足元をふらつかせる。
 よろめいた拍子に、共に転びかけた求導女が眼の前のシーツを掴んだ。彼女は小さく呻く。
「あぁ……あ!」

 垂れ幕が落ちるように。
 シーツがするりと、音も無く地面に落ちた。
 急に拓けた視界に、庭から去って行く前田の横顔と、その後に続く知子の姿が映る。

 出口の手前で、知子が、こちらを向いた。
 強い風が、庭を吹き渡った。

「あ!」
「うぅっ……」
「あはぁー……っ」

 知子と慶と、求導女の叫びが重なり合う。

 白い布がひらめいて飛んでゆき――轟音に包まれながら、求導女が、絶頂の声を上げた。

「おとーさあん……目にごみがはいったあ……みえないよお」
「そうなのかぁ? こっちへ来なさい。此処じゃ暗いから車ん中で取ってあげよう……」

 親子の声が遠ざかる。
 残された二人は狂おしいほどのオルガスムスの余韻に性器をひくつかせ、
蕩けた部分を繋ぎ合わせたまま、地べたに崩れ落ちた。

 慶の脱ぎ捨てた浴衣が敷布のように彼らを受け止め、
外れた性器からどろりと漏れ出る二人の淫液を吸い取った。
「…………」
「…………」

 それから彼らは、暫し呆然と庭の真ん中に座り込み、互いを見つめ合っていた。
 慶の陰茎は初めての晩のように勃起したまま収まらず、求導女の陰核は、
根元から勃ち上がって淫猥な自己主張をし続けていた。

「……見られたの?」
「……判りません。あの様子だと多分、気付いてないと思うけど……」
 藤色に翳った空の下、求導女の頬は紅潮し、黒く潤んだ瞳が宝石のように輝いている。
 隆起した乳房が呼吸と共にせわしなく上下する様を見下ろして――
慶は、乳房の頂点に乗って息づく二つの乳頭を両手で摘まんだ。
「はぁ……う」

「でも、もしかしたら……見られたかも知れませんね。八尾さん、すごく大きな声出してたし」
 言いながら慶は、求導女の尖りきった陰核をも片手で捻る。
「ああいや……」
「此処だって、見られたかも知れません。此処、こんなに大きく勃起させてたら……
 眼につきますよ。しかも、こんなにひくひくさせちゃって」
「ああん。だ、だって、だって……あああっ」

 求導女は我慢が出来なくなった様子で仰け反り、土で汚れるのも構わずに地面に仰臥した。
 慶は求導女の躰を追い、腰をあげて上から覆い被さってゆく。
「本当は……見られたかったんでしょう?
 あんな小さな子供の前であんなに派手に気を遣るなんて……
 八尾さんって、本当に助平な躰をしてるんですね。求導女の癖に……」
「あはぁ……あ、あなたこそ! 求導師様の癖に、こんな、こんな場所でこんな……ああっ!」

 慶は求導女の脚を目いっぱいに広げ、股間を限界まで押し付けて亀頭を押し込み、
奥の子宮頚管を小突き、揉み込んだ。

 夕暮れが夜になり、夜が夜更けへと移り変わるまで。
 慶と求導女は庭先で、獣のようなまぐわいを続けた。
 夜になったとはいえ、屋根のない屋外である。
 最前のように急に人が訪ねてくるかも知れないし、あるいは崖上や傍の木陰から、
人の目に覗かれないとも限らない。

 それなのに――いや、それだからこそ。
 二人は異常なまでに発情し、物狂いのように盛りまくってしまったのであろうか。
「ああああっ……いい! いいっ!
  慶ちゃんの……おちんちんの先が、おまんこの奥に届いて……あああ、溶ける……
 おまんこ、蕩けちゃうぅ……」
「八尾……さん……あぁ、そ、そんなにおまんこでちんぽを締め付けたら……!
 うううっ……! 出……る、出る! 出る! 出ます! 僕出ます! 精……液……出る!」

 慶と求導女は、常日ごろ口にすることのない淫辞を捲し立てながら、
際限なく恥知らずな交合を繰り返し、絶頂の痙攣に生殖器をわななかせた。
 開放感と、敏感になった皮膚を外気に嬲られ続ける快感も相まって、
それは途方もない快楽を二人に与えた。

 尚、彼らはその快楽に夢中になったものの、
その後、表で素っ裸になっての交接が日常化することはなかった。
 危険なのは勿論のことであったが、それより何より快楽の代償として、
二人ともあらぬ処を虫に食われてしまい、暫くの間往生する羽目に陥ってしまったからである。
  かようにして慶は、求導女との性の快楽に耽溺し続けてきた。
 まさしく、虜になっていたと言っていい。
 ――――人の世に、これほどの悦びがあったとは……。
 慶は目の前がパッと啓けたような気分だった。
 今や性交の為に生きている慶は、
機会さえあればいつでも、何処ででもそれを行う準備が出来ていた。

 ただし。
 今居る此処だけは――教会の礼拝堂だけは、いけない。


 礼拝堂――否。正確にいえば礼拝堂の祭壇の奥にある秘密の洞窟。
 此処が畏れ多い場所であることは求導師となるずっと前から――
物心が付くか付かないかのほんの幼い時分から、骨身に沁みて理解していた。
 今は亡き義父が、あの傲慢な神代家の人々が、
そして、他ならぬ求導女さえもが畏れて崇め奉る、村の暗黒。

 求導師の職に就いてからというもの、慶はこの礼拝堂に入らない日は無かった。
 朝な夕なと祈りを捧げ、信者を前に説教を行う慶の職場。
 慶に取ってはもう一つの住まいともいうべき場所であるのに――
未だに、どうしても馴染むことが出来ずにいた。

 日当たりの悪い谷間に位置するこの教会にあって、最も冷たく薄暗いこの礼拝堂。
 崖面に張り付いて建てられ、祭壇の奥は、崖の岩壁が剥き出しのままにされている。
 中央部の、人独りが屈んでやっと通れるほどの小さな岩窟は、鉄格子の扉で封じられていて、
その信仰の場所らしからぬ無骨で物々しい有様は、見る人全てに、
一種異様な威圧感を与えて止まない。

 しかし慶は知っていた。
 この鉄格子は――大仰な錠前は、岩窟の奥に眠る恐るべき村の真実を封印する為に、
是非とも必要なものである、ということを。

 ――――村において最も尊ばれ、また愛されてもいる求導師の正体は、ただの墓守に過ぎない。
 亡き義父が死の直前、自嘲気味に漏らしたその言葉は、ある意味真実であった。

 岩窟の奥に続くのは、遥か昔にこの村を興し、現代に至るまで村を支配し続けてきた、
神代本家の墓所なのだ。
 かつては禁足地であったこの墓所を見張り、何人をも近づけぬように隠し続けること。
 それこそが、求導師の最も重大な使命なのである。

 求導師には、村で秘密裡に行われる“聖婚の儀”を執り行なうという、
表向きの大任もある。
 それは求導師自身のみならず、村そのものの命運を大きく揺るがしかねない、
いわば大きな賭けである。
 しくじれば神の怒りを買い、村は大いなる災いに見舞われる。
 求導師はその責任を問われ、
それまでとは一転し、その存在さえも否定され、疎まれながら惨めな余生を送らねばならない。
 さきの儀式に失敗した先代求導師である、義父のように――だ。

 そういったまさしく命がけの大仕事ではないにせよ。
 求導師に取って、“祭壇裏の聖域”を守ることが重要な役割であることには違いない。

 神代本家の血筋を連綿と受け継いできた、本家の奥方達。
 彼女らの永い眠りを妨げさせることのなきよう、聖域を見守り、慰霊の祈りを捧げ続けること。

 求導師たる慶は常にそれを肝に銘じ、祭壇を前にする折には威儀を正すのを忘れなかった。
 自分らの始祖であり、最も神に近い畏れ多い方々を前にすると、
 如何に多淫の日々を送っている慶とても、暫しその情欲を身の奥底に封じ、
真摯な聖職者としての意識を取り戻すことが出来た。

 求導女にした処でそれは同じである。
 例え、ほんの数分前まで互いの陰部を弄くりあい、舐りあった直後であろうとも。
 ひとたび礼拝堂に立ち入れば、そんな秘め事の余韻は綺麗に捨て去り、
双方眞魚教の師としての立場に乗っ取って、それぞれの役目を全うするのみであった。

 無論、聖なる礼拝堂で性の匂いにまみれた接吻に耽るなど、もっての他だ。


 ――――今すぐ止めなければ……。
 慶は求導女の肩を抱き、そのまま引き離そうとする。
 ――引き離そうと、したのだが。

 ――――あ?
 不思議な現象が起こった。
 求導女の肩を押そうとした途端。慶の視覚も、触覚も、聴覚も。
 とにかく全ての感覚が、ぶれて歪んで、砂嵐と共に消え去ったのだ。
 まるで、テレビのアンテナが風で倒れてしまったように――。

 ――――何だこれは……?
 突然全ての感覚を絶たれた慶は、混乱と不安に我を失いかける。
 ――――戻らなくちゃ! とにかく……戻らなくちゃ!
 これまでの人生において全く未曾有の異常事態にあって、
慶は何故か“元の位置に戻る”ことが、ただ一つの解決方法であることを信じて疑わなかった。
 肝心の“元の位置に戻る”方法については、皆目見当がつかなかったが――。

 ――――そういえば……。
 慶の脳裏に、始めに気を失った時の記憶が微かに甦る。
 あの時――倒れた瞬間、不意に慶は床に伏した自分の姿を見たのだった。
 それもずっと高い位置――部屋の天井を越え、屋根の上辺りから、
天窓を通して見下ろしたのだ。
 まるで、自分の意識が自分以外の何者かの中に入り込んでしまったような、あの感覚――。

 あの時の感覚を思い出し、慶は自らの意識を揺るがして、中空を漂わせて見た。
 雑音と灰色の闇の中、慶の意識は何処とも知れぬ場所を不器用に巡り続ける。
 ――――早くしないと……僕は、永久にこのまま……。

 奇妙な焦燥に急き立てられつつ意識を巡らす慶の視界が、唐突にぽっと啓けた。
 ――――……?!
 仄暗い礼拝堂に溶け込む、黒い法衣姿。
 慶の眼の前にいるのは他ならぬ、慶自身であった。
 妙に不安定な、乱れた感じのする視界の中で、
もう一人の自分は何事かをぼそぼそと語り掛けてくる。

 もう一人の自分との対峙は、慶を言い知れぬ不吉な予感に陥れる。
 己の分身に巡り逢う時、人は死ぬ。
 以前聞いた古い言い伝えが、心に残っている所為だろうか――?

 慶は自分と向き合う不快感に耐え切れず、意識を宙に飛ばした。
 再び心許無く彷徨い始める――。

 だが今度は、すぐに己を取り戻せた。
 求導女を前にして立っているこの位置。
 少し目線を落とすと、黒衣の胸元で鈍い光沢を放つマナ字架が見える。
 ――――ああ、ようやく帰って来られた……。

 安堵に胸を撫で下ろす慶の眼の前で、求導女は衣服を脱ぎ去ろうとしていた。
 いつものように――尼僧服を。ブラジャーを。そして、パンティーを。
 ただいつもと違い、頭から肩までを覆う赤いベールは着けたままだった。
 ――――何故ベールを取らないんだろう?
 不思議に思いながらも、全裸にベールだけを被った姿のなまめかしさに心を奪われ、
まあいいか。と慶はぼんやり納得する。

 どうも、頭が上手く廻らない。
 この場所で、こんな風にしていてはならないと思ってはいるのに。
 己自身を律する言葉は、意識の遠い片隅に追いやられてしまっているようだ。
 それは、聞こえていながらどうしても起きて手を伸ばすことが出来ない、
夢の中の目覚まし時計の音のように――。

 ぼんやりとした困惑を胸に立ち尽くす慶の前に、求導女は跪いていた。
 彼女の瞳は美しく濡れながらも何処か虚ろで、
その視線は慶を通り過ぎ、いずことも知れぬ遠い場所に思いを馳せている風情だ。

 昔から求導女は、時折こんな眼を見せる。
 この眼を見るたびに、慶は言い知れぬ心細さを感じていた。
 このひとはいつか自分を置いて――
自分の手の届かぬ何処かへ去って行ってしまうのではないか。
 そんな悲しい予感を催させるそれは、慶の嫌いな眼差しだった。

 でも今見せているこの眼差しは、少し様子が違うように思える。
 それは虚ろなのが目線だけに止まらず、
表情全体からその所作にまで及んでいる為なのかも知れない。
 酒にでも酔っているかのように陶然とした気配を漂わせながら、
求導女は、慶の股間部分にそっと手を伸ばした。

 ――――八尾さん……。
 そんなことは、母屋でやってくれればいいのに。
 求導女が跪いてしまったので、慶は彼女の頭越しに祭壇と、
その奥の岩窟とまともに向き合ってしまっている。
 半円形に穿たれた黒い岩窟から眼を逸らし、慶は求導女の手を押し戻そうとする――。

 すると、またもや慶の意識がぶれた。
 ――――駄目だ!
 雑音と共に意識が乖離しそうになるのを堪え、慶は自我を保つ為に動きを止めた。
 その間に求導女は慶の長い法衣の裾を捲り上げ、ズボンの釦を外しに掛かる。
 下着越しに陰茎を指で辿り、淫靡な笑みを浮かべた。
「硬くなってる……」

 求導女のうっとりとした声音に、慶はまさかと己の股座を見下ろした。
 求導女の、言う通りであった。
 下穿きの上から握り締められている慶の陰茎は、びくびくと脈打ちながら瞬く間に膨張し、
硬度を増して反り返ってゆく。
 求導女は慶の下穿きをずり下ろし、上向いた亀頭の先にぬめる桃色の舌を這わせた。
「う……」
 慶の咽喉から、くぐもった呻き声が漏れる。

 求導女が最初に陰茎を口で吸ってくれたのは、初交の翌日の晩のことであった。

 共に入浴をした際「洗ってあげる」といって口に含まれた時には、
慶は驚いて思わず腰を引いてしまったものだった。
 しかし求導女はそんな慶の逃げる陰茎を追い、
両手を下肢に絡ませ、根元まで銜え込んでしまった。
「わ……わ……うわぁっ」
 初めて陰茎で味わう、女の口の中の感触。
 膣とはまた違った趣のある粘膜は、膣よりも強い力で陰茎を締め上げ、なぶり、
瞬く間に慶を快楽の高みに追い上げた。

 求導女の舌の動きは、素晴しかった。
 長い舌がなめくじのように亀頭の裏筋を辿り、張り出した部分に絡みつき、
這いずり廻ってゆく毎に、慶は女のように甲高い嗚咽を漏らしてしまう。
「うぅ……! で、出ちゃう……出ちゃいますよ、そんなにしたら……」
 陰茎が蕩け、麻痺するような感覚に苛まれながら慶は身悶え、求導女に許しを乞うた。
 求導女はそんな慶の苦しげな表情を上目遣いに見上げ――
更に激しく舌を動かし、頬を窄めて口腔粘膜を摺りつけ、ずぼずぼと扱き上げた。

「うふぅっ! くっ……ふううぅっ……」
 到底、堪えることは出来なかった。
 いつの間にか根元の辺りに添えられていた指の締め付けに押し上げられて、
慶の陰茎は、求導女の口の中に熱い迸りを大量に放出してしまった。
 絶頂の断末魔にある慶は求導女の頭を押さえつけ、髪の毛を強く掴む。
 そうされている求導女の方は落ち着いたもので、慶に押さえ込まれ、
ごわごわ繁った陰毛に顔を埋めながらも、咽喉を鳴らして慶の放った精を飲み干した。

 牛の乳を搾るように尿管に残った精液を搾り出し、それをもちゅっと吸い取ってしまうと、
求導女はようやく唇から陰茎を開放して微笑んだ。
「久しぶりに飲んだわ。こんなに濃いの」

 求導女は、慶の陰茎を口に含んで愛撫するのを好んだ。
「慶ちゃんのは綺麗で匂いもきつくないし、大きさが程よいからしゃぶり易いのよ」
 求導女のこの言葉を、賞賛と取るべきかどうか慶は迷う。
 だが実際問題、こんなにも心地好い行為を彼女から進んでしてくれること自体には、
異論があろうはずもない。

 口淫は大抵、交接の合間に行われた。
 求導女の肉体を散々責め立てた後。慶が小休止を取って微睡んでいる時。
 慶の陰茎を掌で玩んでいた彼女の躰は下にずれ、
未だ淫液に塗れたままのその部分に優しい口付けを始めるのだ。

「八尾さん……くすぐったいよ……」
 夢うつつで呟く慶をよそに。
 求導女は棒飴でも舐めるように慶の陰嚢の裏側から茎全体、そして裏筋を通って鈴口まで、
丹念に舐り廻す。
 そうする内に慶の陰茎は頭をもたげ、ぴくんぴくんと物欲しそうに蠢き出す訳だが、
そうなってからが口淫の本番なのである。

 求導女は人差し指と親指で輪をつくり、ぱんと張り出したカリ首を囲む。
 そうして亀頭を支えてから、舌を伸ばし、艶々とした肉の表側のみを舐め廻すのだ。
 敏感になった部分に甘い刺激を延々と受け続け、
慶の亀頭の裂け目からは透明な粘液がとろりと溢れ出る。
「うう……八尾さん」
 焦らすような舌の動きに耐えかねて、慶は腰を捩って逃げようとした。

「駄目よ慶ちゃん。少し我慢して」
 求導女が静かな声で言い含める。
「じっと横になってなさい。大人しくいい子でいたら」
「……いたら?」
「この世のものとは思えない、とても気持ちのいい思いが出来るのよ」
 そう言って微笑んだ求導女の顔は、男に淫夢を見せる夢魔のように美しかった――。

 赤いベールの頭が、慶の股間で小刻みに揺れている。
 求導女は今、亀頭だけに舌を絡める口淫を行っていた。


 ――――大人しくいい子でいなさい。
 これまで、求導女の教えを範とし、求導女の言葉に従い続けて生きてきた慶は、
求導女に言いつけられたことには決して逆らうことはなかった。
 当然この、耐え難く寧ろ苦しみさえ感じさせるほどの、求導女の奉仕に対しても――。


「ああぅ……う……ああ……や、八尾さん……八尾さん!」
 あの時――
もう、かれこれ二時間以上も亀頭のみを責め立てられて、慶は悶絶しかけていた。
 陰茎がぐずぐずと崩れ落ちそうな凄まじい恍惚感の中、
不意にカリ首や、裏筋の辺りにほんの僅かな指先の刺激が加えられる。
 その度ごとに慶は、絶頂感の伴わないまま、だらだらと精液を漏らし続けていた。

「ああ……ああ……あ」
 快楽に眼が霞む。
 脚を突っ張り、腰の脇でシーツを両手に掴み、淫欲地獄に耐えながら慶は、
このきりのない快感の連続に、自分が女になってしまったような錯覚を起こしていた。
 口淫の合間に乳首をそっと弄くられたり、
肛門の辺りをもにょもにょと摩られたりして声を裏返らせている内に、
慶は、自分の男としての自我が崩壊してしまいそうな危機を感じた。

 でも――気持ちいい。
 もう――どうなったって構わない。
 とろんとぼやけた瞳で、舌を蠢かせている求導女を見下ろす。
 その卑猥な口元の動きと、伏せられた長い睫毛の高貴な美しさとに魅せられながら、
慶の意識は、温かい波に飲み込まれるようにゆっくりと遠のいて行った――。

 この特別な口淫は、いつもいつも為される訳ではない。
 これは快感の大きさの分、奉仕する側もされる側も、非常に消耗が激しいからだ。
 それに、時間も掛かる。
 いつしかこの口淫は、日曜日の――午前中に行われる礼拝以外は教会が休みになる日限定の、
特別な愉しみとして取って置かれることになった。

 いま求導女が行おうとしている口淫は、まさにその“特別な口淫”なのである。
 ――――此処であれを……そんな……。
 畏れ多いことだと思った。
 眞魚教の教えを司る立場に在りながらの、この瀆神行為。
 だが心は畏れを抱いていても、躰の方が言うことをきかない。
 たくし上げた法衣の裾を持ち上げ、
ずっきんずっきん筋張りながら先走りを滲ませる慶の陰茎は、
すでに求導女に責められることを欲していた。

 ――――いけないよ八尾さん……このまま続けられたら僕、どうなってしまうか……。
 鈴口の割れ目を抉るように、舌先が割り込んでくる。
 慶は息を荒げ、がくがくと震えだす足で必死になって躰を支える。

 尿道口の裂け目は、慶の一番の泣き所である。
 此処を指で摩られたり舌でほじくられたりすると、慶はもう逆らえない。
 ――――あああ、八尾さん……もっと……もっと!

 慶の心の声が聞こえたのだろうか?
 求導女は、つと顔を上げると、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「慶ちゃん……もっともっと気持ちよくしてあげる」

 求導女がこう言ったのを耳にした途端、慶の中に不可解な衝動が起こった。
 それは慶に取って、あまりに馴染みのない衝動――。

 押さえる間も訝る間もなく、慶はその衝動に従っていた。

「きゃあっ?!」

 ばちん、と激しく肉を打つ音がした。
 掌に熱い感覚。
 ふと見ると、慶の足元から50センチほど離れた床に、求導女の裸身がひっくり返っていた。

 ――――僕は……八尾さんを、ぶったのか?
 信じられない思いであった。
 混乱と、何に対してとも知れぬ憤りで胸が高鳴る。
 だが、そんな慶の心を無視するように、慶の躰はヒリつく掌を握り締め、
ゆっくりと歩き出していた。

「……慶ちゃん?」
 おずおずと身を起こした求導女は、虚ろな表情で慶を仰いでいた。
 赤いベールの下、打たれた頬には慶の指の痕が残り、紅く痛々しく腫れ上がっている。

 慶は求導女の前にしゃがみ込んだ。
 真正面から見る求導女の顔は、虚ろな中にも怯えの色が見え隠れしている。
 その表情に、何故かときめきのようなものを感じながら――
慶は、彼女の震える顎を掴んで、引き寄せた。
「求導師様、だろ?」
「え?」

「求導師様だ。ちゃんとそう言ってみろ」
「き……求導師様……」

 慶は愕然としていた。
 ――――僕の口が……勝手に喋っている……。
 躰ばかりでなく、言動までも。これはいったい、どういうことなのだろうか?
 慶ははっきりとした意識をもっているにも関わらず、
まるで誰かに肉体を乗っ取られてしまったように自由を失ってしまっている現状に、
ようやく気が付いた。

 この礼拝堂で求導女と抱き合っていたのは、自分の意志ではなかったのか?
 ――――何故だ?! どうしてこんな……?!
 しかも、慶が己の意思でもって行動しようとすると、
躰に拒絶され、精神が引き剥がされてしまうのだ。

 これでは――成す術がない。
 何でこんなことになったのかは判らないが、今の慶はまさしく手も足も出ない状態だ。

 一方、混乱と焦慮のどん底でもがき苦しむ慶を封じる肉体は、
独りでに、自分勝手に動き出していた。

「立て」
「あぁっ……」
 黒い袖が、白い細腕をぐっと掴み上げる。
 ――――そんな乱暴にしたら、八尾さんが可哀想じゃないか……。
 慶の心の声は、躰に届かない。
 慶の躰は、求導女の腕を強引に引っ張って祭壇の前まで連れて行った。

「ふん。求導師に仕える立場でありながら、馴れ馴れしく名前を呼んでくるとはな。
 生意気な女だ……」
 慶は、求導女の躰を祭壇に押し倒した。
 壇上に立てられていたマナ字架が、けたたましい音と共に倒れて、落ちる。
 両脇に供えられている火の消えた燭台も同様だった。

 求導女は、周りを散らかしてしまったことを気に病む様子を見せつつも、
呆然とした表情で祭壇に横たわったままだった。
 己の身に起こっている事態が理解できずにいるのかも知れない。
 無理からぬことだと慶は思った。
 実際、彼女をこんな目に合わせている慶自身にさえ、
何が起こっているのか判らない有様なのだから――。

「お前には罰が必要だ」
 無機質な声で慶は言う。
「そうだ。お前はただの、求導師のしもべに過ぎないんだ……
 今からそれを、その躰に思い知らせてやる」

 慶は床に落ちた燭台を起こし、祭壇の下に並べて置くと蝋燭に火を点けた。
 月明かりだけしかなかった暗い堂内が、頼りない灯りに照らされる。
「お赦しください……」
 虚ろに天井を見上げたまま、求導女は呟いた。
 慶は祭壇の真横に立つ。すると彼女は、緩慢な動作で首を傾けて彼を見た。
 膜が掛かったように曖昧な眼差しには、
困惑と恐怖の表情が、先ほどよりもはっきりと浮かんでいる。

 慶の背筋に戦慄が走った。
 何故だろう? 今夜の慶は、求導女の笑顔より、恐怖や苦痛の表情の方に気をそそられがちだ。
 ――――馬鹿な。僕は、八尾さんのことが好きなはずなのに……。
 慶は己の嗜虐的な行いや、それに伴う気持ちの昂ぶりを否定する。

 しかし、躰の方は正直だった。
 たくし上げた裾の下から顔を出している陰茎の膨らみ方はますます物凄く、
硬直しきった茎に絡む血管の有様といい、“怒張”という言葉をそのままに体現している。

 慶は、燭台を一つ持って求導女の肢体を照らした。
 打たれた痕を残し、微かに腫れた頬から蒼ざめた乳房、
そして、黒く翳った股の合わせ目の辺りまで、小さな炎で舐めるように辿ってゆく。

 燭台を傾け過ぎた所為だろうか?
 蝋燭の先から融けた蝋がひと滴、大理石めいた内腿に零れ落ちた。

 求導女が甲高い悲鳴を上げる。慶の胸に、蒼白い炎が点った。
「熱いか?」
 慶はわざと燭台を傾け、更に二、三滴、柔らかな太腿に蝋を垂らす。
 祭壇の赤い掛布の上で、求導女の肢体が苦しげにうねった。
「ふふ、暴れるなよ……大事な処を火傷しても知らないぞ」
 慶は我知らず口の端が歪むのを感じていた――つまり、笑っているのだ。

「ああ……熱い……熱い!」
 内腿に、下腹部に。求導女の柔肌に、熱した蝋を垂らし続ける。
 遂に耐え切れなくなった求導女は、祭壇から転げ落ちた。
 立ち上がろうとして――腰から崩れ落ちてしまう。
「あ……あ……」

「身体にも効いてきたか」
 慶は、横座りのまま腰を躙らせて逃れようとする求導女の前に立ち塞がる。
「思ったより遅かったな……やはり本に載っていた用量では、少し足りなかったのか」
 自分でもよく理解出来ない言葉を口にしながら、慶は求導女の眼の前に蝋燭の火をかざした。
「ひいっ」

 聖なるともし火に怯える悪魔のように。
 求導女は引き攣れた悲鳴を上げて慶を避け、床を這って逃げ惑う。
 慶は低い笑い声を漏らしつつ、それを追った。

 ――――まるで、鬼ごっこをしてるみたいだ。
 木の長椅子の狭間を縫って逃げる白い尻を追う慶は、場違いに愉快な気分になっていた。
 何故か求導女は腰が立たないらしく、こけつまろびつ、泥酔したような千鳥足なので、
追って捕らえるのに何ら苦労はない。
 だが慶は、わざとのんびり歩いてそれを引き伸ばした。
 追いつきそうになると、ベールの下の背中や尻たぶに蝋を垂らしてやる。
 すると彼女はびくんと腰を跳ね上げ、ひいひいと息を漏らしながら逃げる速度を上げるのだ。

 そうして堂内を徘徊するさなか、求導女の手が、最前列の長椅子の上で何かを捉えた。
「そいつに興味があるのか?」
 求導女が手にしたもの。それは、一本のロープだった。
 随分と使い込まれたもののようで、ロープというよりも殆ど荒縄に近い状態になっている。
 慶はその毛羽立ったロープを求導女の手からひったくると、
びしりと扱いて、伸ばして見せた。

「これを使って貰いたい訳か? くくっ、いいだろう……。
 もう少し後で使うつもりだったんだけどなあ……あんたが、どうしてもって言うんなら」
 慶の言葉の意味をなんとなく察したのか、求導女は虚ろな眼を微かに見開く。
 慶は笑った。
 いったいこれから何が為されるのか。
 不安と、密やかな期待に胸を焦がしつつ、慶の頬は勝手に笑顔を模っていた――。


「けい……求導師様……お赦し下さい……求導師様……」
 求導女は、再び祭壇の上に身を投げ出していた。さっきとは違い、今度はうつ伏せの姿勢だ。
 それも、ただうつ伏せているだけではない。

 求導女の両腕は、頑丈なロープによって後ろ手に縛められていた。
 腕を束ねて巻きついたロープは、首元を通って胸の方にも廻り、
乳房を捻ってきつく締め上げてもいる。

「本当は、股の方も縛ってやりたかったんだけどな」
 一仕事を終え、両手を払いながら慶は言う。
「股座に縄を通すと使えなくなっちまうもんな……此処が」
 慶は尻の谷間に指を差し挿れ、奥まった場所で息づいている陰門をぐりぐりといたぶった。
「はぁ……うっ」
「なんだ。少し濡れてるんじゃないのか? 縄で感じるのかこの淫売め」
 淡々とした声音で責め立てながら、慶は求導女の膝に手を添え、バッと股を開かせた。

 紅い洞穴の入口が、闇の中に現れる。
 慶は燭台を傍に引き寄せ、曝け出された部分を凝視する。
 もうすっかり見慣れた求導女の秘所であったが、
こうして蝋燭の幽し灯りにゆらゆらと浮かび上がる様は、また格別だと思った。
 しかもこんな風に裸で縛り上げられた、憐れな姿態で――。

 慶の精神は、肉体の暴走に順応しつつあった。
 さすがに愛しい求導女を淫売呼ばわりする冷徹さには、まだ馴染めていなかったが――。
 これまで慶が思いつきもしなかったこのやり方に、慶は興味を覚え始めていたのだ。
 祭壇の後ろに控えている岩窟のことも、すでにあまり気にならなくなっている。

 ――――仕方ないんだ。だって、僕の意思ではどうすることもできないのだから……。

「ふうん。使い込んでる割には、綺麗な色してるじゃないか」
 心に言い訳をする一方で、慶は祭壇の前に座り込み、求導女の性器を覗き込んでいた。
「女の躰って、本当に判らないもんだ。
 子供を産んだ女でも、ピンク色で小陰唇も小さい、妙に可愛いアソコをしている場合があるし、
 そうかと思えば、処女のガキの癖に乳首もアソコも焦げたように真っ黒な奴もいるし」

 そんなことを喋りながら、慶は見ているだけでは飽き足らず、
求導女の陰部に指先を伸ばしていた。
 広がった陰唇の中の膣口を広げ、突っつき、ずぶりと人差し指を根元まで突っ込むと、
くちゃくちゃ音を立てて掻き廻す。
「あ……んっ」
 求導女の尻がぴくっと震え、陰門の上に座する小さな肛門が、磯巾着のようにきゅっと窄まる。

「ふふ……」
 慶はヒクつく肛門の膨らみを見て微笑むと、挿れる指に中指も足して、
いっそう激しい抜き挿しを始めた。
 それは、ふだん慶がするのよりずっと激しい――ほとんど暴力的ですらある動作であった。
 ――――こんなにして……膣に傷でもつかなければいいが。
 危惧する慶の眼の前で、求導女の陰部は見る見る内に紅く色づいてゆく。
 膣内部の熱と潤滑さも増してきた――と、思う間もなく膣口から、
白濁した淫液がどばっと溢れ出した。

「はあぁん……あは……あはあぁん……」
 求導女は背筋を反らし、ねっとりと咽喉に絡みつくような声で喘ぎ出す。
 腰から下を、前後左右にくねらせて――
割れた尻肉の中心部で、会陰と、薔薇色の肛門が、物欲しそうにもぐもぐと収縮した。
「気持ちいいのか? こうか? くっく、じゃあ……これはどうだ?」
 慶は親指で陰核を弾いた。
 硬く膨らんだ肉豆に強い刺激を受けて、求導女は甲高く嘶いた。
 そして膣の縁肉で、二本の指をぎゅうぎゅう締め付け出した。

 ――――オーガズムの前兆だ。
 慶は、今しも達してしまいそうになっている求導女の女の部分に、熱の篭った視線を向けた。


 ところが。そこまでした処で慶の指は、求導女の膣からぬるりと抜かれてしまった。
「あ……ああぁ」
 性器の快楽を中断されて、求導女は切ない声を漏らす。
「どうした? もっと欲しいのか?」
 慶は大陰唇から腿の付け根にまで飛び散ったよがり汁を指で掬い、
肛門の皺襞に塗りつけながら聞いた。
「……ほ……しい……」
「何だって? もっとちゃんと言ってみろ」
「欲、しい……欲しいです……求導師……様……お、願、い……」

 求導女の懇願の言葉を、慶はわくわくしながら聞いていた。
 もう気の毒に思ったり、物怖じするような気持ちも湧かない。
 次々に発せられる嗜虐的な台詞も、
もはや自分の意志で言っているような錯覚を起こし始めていた。

「続けて欲しいか。だったら……鍵の在り処を教えろ」

 出し抜けな問いに、求導女の腰の蠢きが止まる。慶自身、おや? と首を傾げる思いだ。
「鍵、ですか……?」
「そう、鍵だ。お前が持っているんだろう?」

 求導女は首を傾け、虚ろな眼を慶に向けた。
「……教会の鍵の置き場所なら、あなたも全てご存知のはずよ」
「嘘だ。俺に隠している鍵が一つあるはずだ。その在り処を言え」
 求導女の瞳が、惑い気味に揺らぐ。
「そう言われましても、いったい何処の鍵のことを……まさか」

 求導女は、伏した頭を上げて祭壇の奥――鉄格子の扉に閉ざされた岩窟を見上げた。
 求導女の目線を追い、慶も岩窟の扉に眼を遣る。

「何故、此処の鍵が必要なんですか……?」
「何故? そんなのは俺の勝手だ。貴様まだ判っていないようだな。
 この教会の主は誰だ? お前の仕える主人は誰なんだ?」
 慶は、求導女の躰をひっくり返した。
 縛り上げられた両腕に縄目が食い込み、求導女は苦悶の呻きを上げる。

「さあ言え。この扉の鍵は何処にある?!」
 慶は再び燭台を手にしていた。
 そして今度は、ロープに挟まれぎゅっと盛り上がった乳房に、ぽたぽたと蝋を垂らした。
「あ! ああっ! あ……つ……熱!」
「早く言わないと、もっと下から垂らすぞ」
「ああぁ止め……ひい! い、言います! 言いますから……あああっ!」

 低い位置から零れ落ちる蝋は、膨れ上がった乳房の丸みだけでなく、
その頂点でぽつんと隆起した乳首にまで零されていた。
 その責め苦に耐えあぐね、求導女は脚を突っ張らせてはあはあと肩息を吐く。

 乳首に垂らされた蝋は、溢れ出た母乳のように乳房に流れ、白く固まりかけていた。
 慶はそれを、指で擦ってこそげ落とした。
「よし言ってみろ。鍵は何処だ?」
「ああぁ……か、掛け軸、の……」
「掛け軸?」
「か、掛け軸の、後ろ……」

 慶は、礼拝堂の岩壁に掛けられている聖画の掛け軸を見上げた。
 掛け軸は、岩窟を挟んで二つ飾られている。
 求導女の眼は左側の、三角形の赤い池のほとりに佇む人が描かれた方の絵を見上げていた。

 慶は、祭壇横にあるオルガンの椅子の上にあがり、掛け軸を捲って見た。
 掛け軸の後ろには20平方センチメートルくらいの小さな穴が開いていた。
 覗き込むと、中には粗末な木の小箱が仕舞われている。
 慶はそれを取り出して、蓋を開けた。

 ぼろぼろになった古い帳面と共に、錆の浮いた鍵が現れた。
「これか……」
 慶は鍵を手に取り、まじまじと見つめる。
 大きさといい材質といい、これこそ岩窟の鍵に間違いないだろう。
「それを……どうなさるおつもりですか……」
 求導女が、祭壇の上から弱々しく問うた。

「さあ……な」
 慶はズボンのポケットに鍵を突っ込み、半笑いで求導女を見下ろす。
「いけません……勝手に、鍵を開けて遂道に足を踏み入れるなど……
 いくら求導師様とはいえ、それだけは」
「何故だ」
「禁忌の場所だからです」
 求導女の澱んだ瞳が、慶を見据えた。
「罪の牢獄に土足で踏み込むのは、誰にも許されぬこと。お願いします。
 どうか、考え直して下さい……」

 求導女は、必死になって訴え掛ける。
 しかし彼女の言葉は、慶の耳には入っていなかった。
 慶の気持ちが、他のことに奪われていたからだ。
「……おい。何だこれは」

 慶は木箱の中の古い帳面を取り出していた。
 彼の気を引いたのは、触れただけでばらけてしまいそうなその帳面ではない。
 帳面の下に隠されていた、黒い革製の――鞭の方であった。

 細く編み上げられた一本鞭は、箱の中でしなやかに折り畳まれていた。
 慶は全長1メートル程のそれを取り出すと、興味深げに眺め廻した。
 振り上げて、祭壇の端を軽く叩いてみる。
 びしり! と鋭い音が堂内に響き渡った。
 それを耳元で聞かされた求導女は、恐怖に慄き乳房を震わせる。

「それは……鞭です」
「そんなのは見れば判る。何故教会に鞭なんかがあるのかと訊いてるんだよ、俺は」
「そ、それは……うぅ」
 慶は求導女の傍らに立ち、ばらけた革の先の方で、
彼女の乳房から陰裂までをそっと辿っていた。
 その刺激に耐えながら、求導女は掠れる声で言葉を継いだ。
「それは……昔、教えに背く信者を、この教会で罰していたからです……」

 それを聞いた途端、慶の瞳は鋭く光った。
「教会でそんなことを? それは初耳だ」
「はい……村に病院が出来てから、そういったことは病院の役目になりましたから」
 陰唇の上を革でさわさわと嬲られて、ぼんやりした様子で求導女は呟く。

 慶の中で、得体の知れない情動がふつふつと沸き起こり始めていた。
 慶は鞭を握り締める。
「そうか……つまり、昔は求導師様がお手ずから、この鞭で村人達を調教していたって訳だ」
「いいえ、求導師様は……ひぃっ!」
 再び鞭が唸りを上げた。今度の鞭は、求導女の耳たぶすれすれを掠めた。
「求導師様は……なんだ?」
「求導師様は……そんなことは致しません。それは、求導女の仕事でした……」

「求導女の?」
 慶の静かな声。
「ふうん……じゃあ世が世なら、お前がこの鞭を村の奴等に振るっていたかも知れないんだな。
 こうやって……!」
 一際鋭い音と共に、鞭の先端が求導女の二の腕を打った。
「ぎゃあっ」

 白い肌に、紅い筋が浮かび上がる。
 高鳴る胸を押さえつつ、慶はその傷跡に触れた。
「うう……」
「痛むか? ふん、でも大した傷じゃあないぞ……
 これだったら、もう少し強い力で打っても大丈夫そうだな……これぐらいまでは!」
 慶は鞭を振り上げると、ロープに絞られ膨れ上がった蒼白な乳房に、容赦のない一撃を与えた。

「……!」
 落雷に打たれたかの如く。求導女の肢体が跳ね躍る。
 そこに畳み掛けるように、慶の鞭は、二発、三発と打撃を加える。
 白く美しい乳房は、見る見るうちに紅い、むごたらしい有様に引き裂かれてゆく。

「か……はっ……」
 求導女は今しも絶え入りそうな様子で、声にならない悲鳴をあげた。
 見開かれた眼の眦からは涙がぼろぼろと零れ落ち、祭壇の赤い掛布に染み渡る。

 そして求導女の躰が痛手を負い、苦しみを露わにしてゆくのに比例して、
慶の興奮は凄まじいものになっていた。

 今や慶の顔貌に、日頃の穏やかさは片鱗もさえも見られない。
 紅潮した額に血管を浮き上がらせ、眼を吊り上げ、
半開きの唇から餓えた獣さながらに荒い息を吐き続けるその形相は、鬼畜生そのものだ。
 露出させた股間の逸物も禍々しい憤怒の相を表し、
反り返り鎌首もたげて贄の女を威嚇する呈である。

 ――――酷い……。こんな……僕は……僕はどうしてこんなに……。
 激しい昂ぶりのさなかにあって、慶の心は千々に乱れていた
 求導女をこんな風に傷つけることなど、望んだことはない筈なのに。

 ――――だったら今、こんなにも欲情しているのは何故だ?
 ――――判らない……知らないよ! だって僕……僕は……。

 混乱の極みで自問自答する慶の心を取り残し、慶の躰はますます熾烈な残虐行為を、
求導女の肉体に施してゆく。
 数え切れないほどの鞭の雨は、求導女の乳房を隈なく嬲り、その皮膚を裂いた。
 ミミズ腫れと、裂けた皮膚から滲み出る血で真っ赤に染まった乳房に、
慶は舐りつき、歯を立てる。
「ううぅ……ぐっ……」
 美しい咽喉から、獣じみた呻きが漏れる。
 熱を持った乳房は微かに震え、怯えるように強張っていた。

 ――――なんて可愛らしいんだろう……。
 締め上げられた血まみれの乳房に口づけながら、慶は夢のような恍惚感に引き込まれる。
 紅い乳房の頂点で、乳首が心細げに隆起している様がまた何ともいえない。
 慶は背筋がぞくぞくする感覚に耐えながら、そのいたいけな乳首を鞭の先で打ち据えた。

「ぎゃはっ?! ……あ……あ、ぐぅっ……」
 敏感な器官を襲う激痛に、求導女は苦悶の叫び声を上げた。
 白眼を剥き――口の端から泡を吹いてひくひくと痙攣している。

 横たわった女の下半身から、微かな気配を感じた。
 求導女の股間に眼を向ける。仰向けに反り返った性器から、小水が零れているのが見えた。
「こいつ、小便漏らしやがった」
 慶は口元を歪め、求導女の頬を平手で――これはさすがに鞭を使わず――平手で打った。

 鞭の衝撃による反射的なものなのだろう。求導女の失禁は、大した量ではなかった。
 それでも。
 溢れ出した小水は内腿から祭壇の掛布に流れ、
祭壇の縁から、すんなり伸びた脚を伝って床の上にまで染みを作ってしまっていた。
「求導女の身で在りながら、神聖なる礼拝堂を己の排泄物で穢すとはな」
「ああぁ……お、お赦しください……」
「駄目だ赦さん。お前にはもっと……徹底的な仕置きをしてやる」

 求導女の躰が、再びごろんと裏返された。
 うつ伏せになれば当然、ふっくらと盛り上がった尻の丸みが露わにされる。
 慶はその、つやつやと輝く見事な臀部を撫で廻した。
「やっぱり鞭をくれるのに一番適しているのは、ここなんだろうな。
 肉が分厚いから、かなりきついのを食らわせてやっても耐えられる筈だ」

 言うやいなや、慶は鞭を振り上げる。
「うあぁっ!」
 女の叫びと共に、乳房を打った時以上の派手な肉音が、堂の天井に木霊した。
 二つの膨らみを繋ぐようにつけられた、紅い鞭の軌跡。
 びしり、びしりと鞭が尻たぶを打つ度に、
その痕跡は無数の紅い蛇のように求導女の尻をのたくり、まだらに埋め尽くしていった。

 求導女の尻肉が傷付いてゆく様を眺めながら、慶は無心で鞭を振るい続ける。
 鞭打ちは、意外に重労働だった。
 息が切れて、額も、黒い法衣の下の躰も汗でぐっしょり濡れている。

 ――――法衣なんて、脱いでしまえばいいのに。
 そもそも色事を行おうという時に、求導師の姿で在り続ける必要などないのだ。
 だがこれを脱ごうとすれば、また肉体から精神が離れてしまうのが眼に見えていた。
 乱れてやたらと額に落ち掛かってくる髪の毛を払いあげながら、
慶は大息を吐いてそのまま仕事を続けた。

 そんな慶の努力の甲斐あって、求導女の尻は、
今や乳房とは比べ物にならないほどの惨状を示していた。

 先ほどまで白い無垢の輝きを放っていた彼女の尻は、真紅に近い色に変じており、
脹れあがって一廻りほども大きくなっているように見えた。
 裂けた皮膚のあちこちからは鮮血が飛び散っていたが、
祭壇に掛けられた布が赤い色をしている為、こちらはそれほど露骨には悲惨さを表していない。

「あ……あぁ……は……」
 後ろ手に縛られた求導女は肩で息をしながら、半ば悶絶しつつあった。
 捲れ上がったベールの下からは、華奢な肩甲骨や、縛られ鬱血した手首が痛ましく覗いている。
 そして、鞭で傷つけられた紅い臀部。

 これら淫虐の美を前に、慶の陰茎は張り裂けんばかりの勃起に苦しめられていた。
 もはや一刻の猶予もないといった様子で鞭を捨て、慶は求導女の股を割った。
「う……ぐぅっ?!」
 尻に触れられるだけでも痛いのだろう。
 すでに気を失ったかに見えた求導女の背筋は、慶の行為にぴくりと反応した。

 だが慶の手は、求導女の苦しみをまるで気に留めず、無慈悲に尻の割れ目を開き、
中の性器を探った。
「…………」
 指先に、くちゃりと粘りを帯びた液体の手触り。慶は言葉も無くその熱い蜜を掬い取った。
 それは無論、尿ではない。更に言えば、鞭打ちの前に漏らしていた淫水でもない。

「お前……鞭で打たれて濡らしたのか」
 慶の声は震えていた。あまりにも激しい興奮の為であった。
「よっぽど痛めつけられるのがお好きなんだな、求導女様は……なあ、そうなんだろう?」
 慶は、眼下で紅い段だら模様に染まっている尻たぶを両手で掴み、捻り上げた。
「あああっ……」
 求導女の頭が大きく仰け反る。

 慶はそのまま尻の肉を左右に広げ、腰を押し付け、ぬめる穴に脈動する杭を打ち込んだ。
 再び、求導女の潤み声が上がる。
 苦痛と快楽の入り混じった感覚に翻弄される女の悩ましい声音は、
赤い闇の中で途轍もなく淫猥に響き渡った。
 慶は、頭の芯がじいんと痺れて眩暈を起こす。
 灼熱の粘膜にくるまれて、陰茎が気持ちよくて堪らない。
「う……あぁっ! くそ、駄目だ、まだだ! まだ……うううっ!」

 堪えようもなく。陰茎は膣の中で爆ぜ、固練りの精液を大量に噴出させてしまった。
 根元の奥から、重たい快楽の塊が転げ落ちるような感覚に、
慶は脳天までも直撃されて、脚をがくがく震わせる。
「は……はぁ、あぁ……畜生……」
 射精の余韻も覚めやらぬまま、悪態と共に膣から陰茎を引き抜く。
 ぽっかり開いた膣口から、白濁液がとろりと溢れ出した。

「あ……ああぁ……」
 胎内を満たしていたものを失って、求導女が切ないため息をついた。

「……まだ食い足りないか」
 物欲しげにひくひくと蠢く膣口を見下ろし、慶は呟いた。
 ――――そりゃあそうだろう。
 心の中で慶は独りごちる。

 こんなに早く精を漏らしてしまったことは、久しく無かった。
 性行為にはもう、随分と慣れたつもりでいたのに。
 それにこの精液の濃いこと。まるで、二日や三日射精を我慢した後のようではないか。
 ぶりぶりと音を立てて膣から押し出される精液を見て、慶は奇妙な感慨に耽った。

 気は昂ぶっているものの、慶の陰茎が完全に回復するのには、少し時間が掛かりそうだった。
 鞭打ちやなんかで体力を消耗している所為かも知れない。
 だが躰を煮えたぎらせているこの女を、このまま放っておくのも口惜しい気がした。
 ――――何か、どうにかしてもっと虐めてやりたい……。
 もじもじと揺すられている尻や、その奥でぱくぱく収縮し続けている膣口の動きを、
慶は無性に苛立った気持ちで見つめた。

「そんなに欲しいんなら、こいつでも咥えていろ」
 取りあえず慶は蝋燭を一本吹き消し、
燭台から引き抜いて、求導女の膣穴に捻じ込んでやることにした。
「ああっ……うぅん」
 蝋燭は慶のものより幾分か細身ではあったが、
それでも求導女の淫乱な膣を慰めるくらいの役には立つようであった。
 奥まで挿し込んで膣壁をぐりぐり掻き廻すと、求導女の腰はねっとりとした動きで上下し、
その異物感を躰全体で味わおうとする。

「おうっ、おぉっ、おぉう……っ」
 ――――いやらしい女だ。
 縛られて、虐げられながらも肉の快楽に耽溺し、動物めいたよがり声をあげる求導女の姿に、
慶の陰茎はすぐさま活力を取り戻した。
 慶は膣に突っ込んだ蝋燭をずっこんずっこん、派手な音が鳴るように勢いよく出し挿れする。
 それは、膣の奥に残った精液を掻き出す作用をした。
 おかげで求導女の内腿も、祭壇の上も濁った淫水にまみれてしまい、
むせ返るほどの性臭で周囲を満たしていった。

「おああ……あは、い、いい! 気持ちっ、いい……ううぅんっ!」
 慶は蠢動する膣穴を蝋燭で攪拌する傍ら、祭壇に押し付けられた陰核を指で揉みほぐしたり、
溢れ出た淫液を指に絡め、膣につられてもごもご蠢いている肛門の皺に、
それをなすり付けたりしていた。
「そんなにいいか?」
「あぁ、は、はい……いいぃ、ですぅ……」
「くっく……いきそうになったら、ちゃんとそう言うんだぞ」
「あひ……あ、ああ、求導師……さま……」

 不意に求導女は、肩越しの目線を送ってきた。
「求導師様…………して」
 淫悦に澱んだ瞳が、ぬらぬら輝いて慶の――陰茎を見つめている。

「して、とは?」
 判りきっているのに慶は訊ねた。
 慶の冷たい眼差しを見上げ、求導女は、喘ぎ喘ぎ唇を動かす。
「お、お願い、です……はぁっ、こ、こんな蝋燭なんかじゃなくて……あ、貴方様のものを……」
「俺の? 俺の何が欲しい? はっきり言って見ろ」
「お……ちん……ぽ」
「何?」
「……おちんぽを」

 求導女は、紅い唇からはあはあと大息を吐き、眉根を寄せて慶の下腹部を見遣る。
 そして意を決した様子で息を吸い込み――礼拝堂に轟き渡る大音声で、言い放った。

「……ああ! 貴方のおちんぽ! その、大きくてびくびくしてるおちんぽ……下さいぃっ!」

 その声は、彼女が普段発している、静かでありながらも澄みきってよく通る声とは、
まるで違っていた。
 情欲の虜と成り果てた――理知の欠片もない発情牝が、雄を求める声に過ぎなかった。
 その卑猥な声音を聞き、慶は邪悪な笑みを浮かべる。
「俺のちんぽが欲しいのか。くく、いいよ。じゃあくれてやるさ……お望みどおりに、な」

 慶は法衣の裾を胸の上までたくし上げ、ズボンを脱ぎ去った。
 ぱん、と張り切って上向いた陰茎を捧げ持ち――求導女の尻の谷間に、ぐっと押し当てる。
「は……」
 慶の腹の下、求導女の下肢が僅かに緊張した。
「き……求導師様……?!」
「くっくくくく……そら、お前の欲しがってたものだ」
 亀頭で性器の周辺をまさぐり、粘液を万遍なくまぶした後――
慶は、尖りきった陰茎を求導女に突き立てた。

「あぎ……ぎゃああああああああああ!!」

 求導女は絶叫した。
 慶の陰茎が、肛門を貫いた激痛の為であった。

 ――――あ……ああっ?!
 あまりのことに慶自身、動揺を禁じえない。
 慶の陽根は、排泄の目的でしか使われぬはずの不浄の穴に、深々と突き刺さっていた。
 粘膜に覆われ、尚且つ、前の門から伸ばしてきた淫液に浸かってぬかるんでいたとはいえ――
 本来何物をも迎え入れることのない窮屈な肉穴は、
慶の剛直に犯されて、張り裂けんばかりになっていた。

「あああ……きゅ、求導師様……! 違う! そこ、違います……」
「違うって、何がさ」
「そ、そこは、お尻……う……あああっ!」
 隙間なく充溢した肉茎が、肛門の奥でずるずると動き始めていた。

「まんこに、挿れるなんて、言わなかっただろう?」
 分厚い筋肉の束にぎっちりと挟み込まれ、鬱血しそうなほどに絞られながら、
慶は無理矢理、褪せた粘膜を掘り起こす。
「いぎっ! い……た……痛、痛たっ……ああっ」
「あーっ、きついな……俺の方も、ちょっと痛むよ……」
 そんなことを言いながらも、慶はずんずん腰を打ちつけ、熱を持った肛門の皮膚を、
引っ張ったり、押し込んだりする動きを繰り返す。

 抽送をすれば、傷付いた尻肉に慶の下腹部が打ちつけられて、
柔肌も痛めつけられているはずである。
 しかし求導女は、あまりそのことに頓着していないように見える。
 つまり――それどころではないほどに、肛門の苦痛が凄まじいということであろう。

 一方、慶の方はといえば、地獄の苦しみの只中にある求導女とは対照的な処にいた。

 ――――ああっ……す……ごい……これ……これが八尾さんの……お尻の、穴……。
 かつてない激しい締め付けに意識も絶え絶えになりながら、慶の心は呟く。
 今まで、戯れに触れてみる事こそあったものの、
こんな風に陰茎で姦すことなどは、考えても見なかった。
 一瞬よぎった嫌悪感を乗り越えてみれば、そこは素晴しい悦楽の世界。
 根元を強く食い締める肉の輪と、その奥に鎮座するふんわりと温かい内膜の感触が織り成す、
めくるめく性の楽園であった。

「どうした? これが、欲しかったんだろう? もっと喜べよ。感謝して、ケツを振って見せろ」
 快楽に囚われた慶の責め言葉は切れ切れだ。
 それでも彼は、強く、強く、腰を打ちたて続ける。

「あぁくそ……よく締め付けやがる……それに、なんか段々中も濡れてきてるぞ……」
 慶は、肛門粘膜をにちゃにちゃさせている液体を指に取って見る。
 眼の前にかざした指が、赤く染まっていた。
 ――――きっと、直腸か肛門内壁のどこかを傷つけたに違いない。

 そう思った途端、慶の心は異様な激情に囚われた。
 頭の中の何処かが千切れて――慶は、狂ったように笑い出した。

 ――――苦しめ! 苦しめ! もっと、もっと、もっと……。

 慶は求導女の尻たぶを掴み、力いっぱい抓り上げた。
 求導女の甲高い悲鳴を聞きながらもそれだけでは飽き足らず、
床に捨て置いた鞭を取って、ベールの下の肩を打った。

「ぎゃあああああーーーーーーっ……あう、あぐ……うあああ……ぐ……」

 この世のものとも思われないような求導女の叫声が、慶を夢幻の境地へと導いてゆく。
 狂おしいまでの陶酔に、慶は涙さえ流していた。
 泣きながら、笑いながら、慶は求導女の肛門を犯し、鞭で打つ。
 打った傷跡を舐め、齧り、あまつさえそこに蝋燭も垂らして、また鞭打った。

 もう、滅茶苦茶だった。
 求導女の玉の肌は簾のようにぼろぼろで、血にまみれて見る影もなかった。
 陰茎にごしごし擦られる肛門の皮膚は脱肛気味に盛り上がり、
だらしなく広がったその様子は、眼を背けたくなるほどに、酷い。

 けれど、慶の眼にはそうは映っていなかった。
 血と、ミミズ腫れと、荒縄で飾り立てられた求導女の姿は、
慶に取って愛おしく、この上なく美しいものであった。
 ――――僕の手で、僕の躰で八尾さんは……こんな風になったのだから……。
 
「いいよ……いい……八尾さん、すごく綺麗だ……」
 いつしか慶は、完全に自分の言葉でそう呟いていた。
 ずっと借り物のように利かなかった躰の動きも、なんとなく自由を取り戻している気がする。

 慶は思い切って法衣の掛け釦を外してみた。
 予想通り、躰はちゃんと慶の意のままに動いた。

 ――――駄目だ。これを脱いじゃあ、意味がない。
 心の奥底で、何故かこんな声が聞こえた。
 だが慶はそれを意に介さず、さっさと法衣を脱ぎ捨ててしまった。

 法衣を脱いでしまうと、今までよりもずっと身軽に動くことが出来る。
 慶はもうすっかり大人しくなった求導女の尻を抱え込み、
渾身の力を込めて肛門への抽送を再開した。
「八尾さん……気持ちいいよ八尾さん……僕は……もう…………くっ!」
 慶は、締めつけまとい付く肉の中で、陰茎の快楽の弁を解放した。
 どっくんどっくん迸り出る欲望の滾りは止まる処を知らず、
恍惚のあまり、慶は眼の廻る思いだ。


 果てしなく続く射精を終えた慶は、ほうっと満足げなため息をついて、
ゆっくりと求導女の肛門から離れた。
 慶が遠慮会釈もなく掘り返した肛門は、肉が爛れ、処々破けて血が滲んでいた。

「あーあ。こんなになっちゃった……」
 すっかり荒れ果てた肛門の皺襞に、慶は優しく舌を這わせた。
 鉄を思わせる血の味に、なんともいい難い苦味が混じっている。
 ――――腸液が漏れてるんだ。
 心の声に慶は、ああそうか。と納得する。そして勿論、その腸液も舐め取った。
 開き気味の肛門からは、慶の出した精液も駄々漏れになっていたが、
彼は、それを舐めることすら厭わなかった。
 何しろこれは、愛する求導女の躰から出たものなのだから。躊躇する理由など、まるで無い。

 だがこの、慶の甲斐甲斐しい奉仕に対して、求導女は完璧な無反応を貫いていた。
「八尾さん? もしかして……怒ってます、よね」
 当たり前のことである。
 これほどまでに痛めつけられ、おもちゃにされて怒らない方がおかしい。
 慶は、恐る恐る求導女の伏せた顔を覗き込んだ。

 求導女の顔の下は、流された汗や涙で湿っていた。
 おとがいを持って顔を上げてみる。白い顔は、何の抵抗も無く慶の方を向いた。
 ――――気絶してるのか。
 求導女の瞼は静かに閉ざされていた。
 青みを帯びた瞼と長いまつげを眺めつつ、慶は、口の端に溢れた泡の跡を拭ってやった。

 指先が、違和感を捉えた。
 何の違和感だろうかと一瞬考え込む。
 ――――冷たすぎる。
 そうだ。半開きの唇からも、鼻孔からも、温かい呼気が全く感じられないのだ。

 背筋に冷たいものが走った。

 首筋に手を宛がってみた。瞼を引っ張り、頬を叩いて名前を呼んでもみた。
 でも駄目だった。
 求導女は――否、求導女の亡骸は――慶の呼びかけに答えることは、なかった。


 どれくらいの時間が経ったのだろう?

 いつしか慶は、求導女と並んで祭壇の上に横たわっていた。

 あれから――慶は慌てて求導女の縛めを解き、聞きかじりの知識を総動員して、
胸骨を押したり、鼻をつまんで口に呼気を送り込んでみたりと、考えうる限りの蘇生法を試みた。

 そしてそれらは、ことごとく失敗に終わった訳である。
「これじゃあ、とても医者にはなれそうにないな……」
 視線を天井に向けたまま、虚ろな声で慶は呟く。
 ――――医者?
 自分は何を言っているのか。慶は奇怪に思う。
 だがそれも、今の彼にはどうでもいいことだった。

 ――――死んじゃったね。
「…………死んじゃったね」
 慶の心と慶の口は、同時に同じ台詞を言った。
 ――――これからどうしよう……。
 傍らの、傷だらけの乳房に手を置いて、慶はぼんやり考える。
「さあ……どうしようか?」
 頼りなげな呟き。そのまま、暫く無言の間が続く。

 ――――まあ何にしても、死人が出たら弔いをしないと。
 慶はむっくり起き上がる。
 「そうだよな……求導師なんだから」
 のろのろと祭壇を降り、慶は脱ぎ捨てた法衣を身に着け始めた。

 数十分後。
 慶は葬儀の仕度を整え、祭壇の前に跪いていた。
 倒れたマナ字架は元通り祭壇上に戻し、その前に、求導女の亡骸を供えてある。
 弔われるべき死者を“供える”というのもおかしな話ではある。

 しかし、全裸のままでひっくり返り、尻を高く掲げて、
陰門と肛門を丸出しの状態でロープによって固定され、
更にその二つの門に、燭台よろしく蝋燭を突き挿されているとあってはもう、
供え物といった方がしっくりくるのも確かなことだ。

 ――――変な葬式だなあ……。
 愛する女性を常世に送るのに、これではあんまりなような気もしたが、
この後のことを思えば、この方が手っ取り早いのには違いない。
「でも、蝋燭をぶっ挿すのはちょっとやり過ぎだったかな」
 ――――やり過ぎだよ! 何考えてんだ!
 慶の心はそう叫んだが、かといって今さら蝋燭を元に戻すのも面倒くさい。

「じゃあ取りあえず……祈りを捧げようか」
 慶は胸の前で手を組み合わせて眼を閉じた。
「ええっと……」
 ――――失われし者は我々の血と肉の中に生き続ける……。
 言い澱む口に反し、慶の心はすらすらと祈りの言葉を連ねてゆく。
 慶の躰は心が伝えるその文句を辿るように、ぎこちなく祈りを捧げていった。

 一通りの儀式を終えてしまえば、残る問題は死体の後始末である。
「先に鍵の在り処を訊いておいて正解だったな」
 慶は、祭壇の向こうにある鉄格子を見据えて言った。

 この岩窟の向こうには、長い地下遂道が続いている。
 何人たりとも近付くことの赦されない、畏れ多い禁足の墓所。
 死体を隠すのに、これ以上ふさわしい場所もないだろう。

 ――――けど、八尾さんをこんな処に閉じ込めるだなんて……。
 慶の柔弱な精神はためらい続けているが、無鉄砲な肉体はさっさと祭壇を乗り越え、
鉄格子の鍵を開けようとしていた。
「……よし、開いたぞ!」
 嬉しそうな声。その口調とは裏腹に、緊張で鼓動が早くなっている。
 慶は慄く指先で、鉄格子を開けた。

 冷たい風が、岩窟の向こう側から吹きつけてきた。
「?!」
 ――――今まで、此処からこんな風が吹いてきたことなんてないのに!
 慶の心は恐怖で凍りつく。
 だが躰の方は割りあい冷静に岩窟を覗き込み、奥の様子を見定めようとしている。
 ――――いけない、これ以上は……!

 慶の心がそう叫んだ途端。

「求導師様」

 背後から聞き慣れた声がした。
 驚いて振り向くと、すぐ後ろに、求導女が立っていた。

 つい今しがた、冷たい骸となって惨めな姿に縛り上げられていたはずの求導女。
 その彼女が平然と、何事もなかったかのように微笑を浮かべて佇んでいる。
 元通りに赤いベールを被った、清らかな尼僧姿で、だ。

「……あんた」
 慶の声は掠れていた。
 わなわなと震えだした慶を前に、求導女は慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま、言った。
「もう遅いから。遊ぶのはここまでにして、お家に帰りなさい……××君」

 最後の部分が上手く聞き取れなかった。
 慶の意思に反し、慶の意識が肉体から引き剥がされようとしている為だった。
「……! …………!!」
 悲鳴とも、うわ言とも取れない何かを口にしながら、肉体が求導女から後ずさっている。
 視界が乱れて歪んでゆく。意識も、感覚も、確かな形を失ってゆく。


 これ以上、自我を肉体に繋ぎ留めておくことは、不可能だった。

 砂嵐と雑音の波に飲み込まれ――慶の世界は、ゆっくりと閉ざされていった。


 翌朝。慶は自室の寝台で意識を取り戻した。

 きちんと寝間着を着込み、何事も無く普通に眠っていた様子だ。

 何事も無かったのは、求導女もまた同様であった。
「久しぶりに独り寝をして、寂しくなかった?」
 悪戯っぽく笑って言った求導女は健康そのもので、
首筋にも、捲り上げた両腕にも、縄目や鞭の痕跡などはひとつも残されていなかった。

 ――――あれは全部、夢だったんだろうか……?
 そう考えるのが自然に思えた。
 あの不可解さ不条理さ。あんなことは、夢でなければ有り得るはずもない。
 ――――なんだ。そうだったんだ……。
 ほっとしつつも、何故か少しばかり名残惜しいような気持ちもあった。
 朝食の席に着きながら慶は、複雑な思いで求導女を見つめる。

「ん? どうかした?」
 求導女はいつもの優しい笑顔。
「いえ……別に」
 慶もいつも通りに柔和な笑みを返す。

 空が高かった。
 食堂の窓から見える山々も、緑が褪せて、寂しい秋の色に変わる準備を始めている。
 ――――そろそろ、天窓を閉めて寝た方がいいかな。
 求導女から御飯茶碗を受け取りながら、慶は移ろいゆく季節に思いを馳せていた――。

 そして時は過ぎ――。
 慶の中で、あの摩訶不思議な夜の記憶は曖昧になっていた。
 あの夜以来、あんな凶暴な衝動に駆られたこともないし、
砂嵐と共に意識が宙に飛ぶ、幻視に似た奇妙な感覚も――
あれっきり、慶を苦しめることは無かった。

 けれど、あの夜は確かに存在していたのだ。

 慶はあの後、求導女が居ない隙を狙ってこっそりと掛け軸の裏を探ってみた。
 やはり秘密の穴はあった。もちろん、例の木の箱も――。
 ただし。中には古い信者名簿と思しき帳面が入っていたものの、
黒革の鞭と鉄格子の鍵は何処かに消え失せてしまっていた。
 密かにそれらしい場所をあちこち探してみたが、結局見つけることは出来ずじまいであった。

 更に。
 あの夜の記憶は、慶と求導女の生活に微妙な変化を及ぼしていた。

「……あ、ああぁあっ!」
  深夜。慶の寝室から淫靡な牝の声が聞こえてくる。

「はあん……き、求導師様……もう……もう駄目、げ、限界です……!」
「いいやまだまだ……もう少し頑張れるはずですよ、八尾さん」

 机に向かって本を読む慶の椅子の後ろに、なまめかしい肉塊がへばり付いている。
 よくよく見るとそれは、椅子の後ろ脚に曲げた両腕を縛り付けられ、
高く持ち上がった尻は椅子の背もたれに括り付けられた状態で、
逆さまに固定されている求導女なのである。

 彼女の真上を向いた尻の間からは、蝋燭が一本伸びている。
「あぁ熱! あんもう……無理よ私……ああ、ほら見て、蝋が……蝋がこんなに垂れて……」

 尻の穴に突き立てられたその蝋燭には火が灯っており、溶けた蝋が垂れ落ちて、
肛門から性器、そして恥毛に覆われた陰阜の辺りまで、残酷な蝋責めに苛んでいた。

「蝋以外のものもいっぱい垂れてるんじゃないですか?」
 慶は椅子を動かさないように注意深く振り返り、
白い蝋が溜まっている求導女の性器を見下ろした。
「いや……ご、後生です求導師様……どうかこの蝋燭を……蝋燭を消してえ……!」
 求導女が涙混じりに訴えた途端、またひと滴、蝋が零れた。
 肛門の襞がびくんと震え――蝋燭の先が、僅かに傾ぐ。

 このままだと倒れるかも知れない。
 危険を感じた慶は急いで蝋燭を吹き消し、肛門から引き抜いた。

 窓を閉ざす季節になってから、慶は度々こんな遊びを求導女に仕掛けていた。
 温和な慶は、女を鞭で打ったりするのはさほど好まなかったが、
女体を縛って自由を奪い、玩弄する行為に関しては、まんざらでもなかった。

 それにこれは、求導女の好みにも適っている行為なのである。

「そうら。やっぱり一杯出してたじゃないですか」
 電気スタンドの灯りしかない薄暗がりの中、慶の忍び声と求導女の息遣い、
そして、密やかな粘液の音が響く。

 こんな新しい悦びを見付けられたのだから、あの夜の記憶もそう悪いものじゃない。
 適度な時間を置いた今、慶はそんな風に考えられるようになっていた。


 ただ――ひとつだけ、慶の生活に悪く作用したこともある。

「あはあぁ……きゅ……どうし、さまぁ……求導師、様あぁ……お赦し下さいぃ
 求導師様、求導師様、求導師様! あぁ……あああああああ……いっ……く……」

 あの夜を境にして、求導女はけっして慶のことを“慶ちゃん”とは呼んでくれなくなった。
 慶はそれをとても寂しく、残念に思うのだ。

【了】
121名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 20:58:34 ID:245j7gnt

すげぇ……
GJでした。
122名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 22:48:46 ID:b8l/qs82
やべぇなこれ。えろすぎだろ。
ごちそうさまでした。
123名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 22:50:12 ID:V+6GJGaR
何このレベルの高さ。すごく面白淫ですけど!
124名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 23:41:56 ID:a6lChFa0
読んでるだけでイキそうになるなほんとこのスレはやべぇ。
125名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 00:11:43 ID:hqDYAuHt
新しいのキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
126名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 23:23:49 ID:Amh/8ngJ
耕運機ってのがイイネ。おれもしてー
127名無しさん@ピンキー:2007/11/13(火) 00:24:40 ID:V7T/qq3V
大作を乙です!
湿った隠微な雰囲気の表現が毎回すごいっす。
128名無しさん@ピンキー:2007/11/14(水) 00:13:31 ID:VKiaEkrF
実はSIRENやったことなかったけど、このSSのせいで買ってしまったぞ畜生
129名無しさん@ピンキー:2007/11/14(水) 01:35:50 ID:zj9s3CL6
>>128どうあがいても絶望の世界へようこそ。
130名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 22:47:23 ID:gL4QSKn6
毎日PCの電源つけるの面倒だからケータイに送っていつでも使えるようにした。
131名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 00:20:34 ID:xr3DEctJ
>>128のその後が気になる
無事に村から脱出出来るのだろうか?
132名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 13:36:02 ID:WLDtPbot
返事が無い ただの屍人のようだ
133名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 01:19:21 ID:mDfztMVC
今北
素晴らしい作品ばかり投下されてるね!!
書き手さんお疲れさまです
134名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 01:28:56 ID:cqEgFTau
ここの作品はレベル高過ぎだろ
八尾が八尾として記憶を取り戻すとこ鳥肌たった!エロ怖えー
135名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 07:08:03 ID:R9PU3Ao7
>>134
一瞬、レベル高遠に見えた。
136名無しさん@ピンキー:2007/12/03(月) 23:57:26 ID:x+BDyb2N
つい全部読んでしまった…プロだろ。
新作もwktk
137名無しさん@ピンキー:2007/12/04(火) 14:10:50 ID:G8e7OOFc
何だここのカス女共は・・・
138名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 00:17:49 ID:634aj7+G
139名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 07:11:11 ID:5D8IHZNi
毎度読んで下さる方の感想にとても力づけられております。
3が出る日まで頑張って生き延びましょう。

一樹×ともえ

ややレイプです。そんなにエロくないかも知れませんが、よろしくお頼もうします。

 金鉱採掘所の施設は、うら寂しい廃墟に成り果てていた。

 そこに操業時の喧騒の面影はなく、錆びついた機械や朽ち果てた部屋の数々が、
見る者の寂寥をただいたずらに煽るばかりであった。
 かつて、採掘された金の運搬に使用されていたトロリー電車。
 そしてそれを動かすためのインクラインも、今は眠るような沈黙のさなかにある。

 一樹守は、インクライン制御室に迷い込んでいた。

 確かにこの夜見島金鉱も、取材の予定に入ってはいた。
 オカルト雑誌「アトランティス」の新米編集者として――
 彼は夜見島の数多あるミステリースポットを探索し、記事に仕立て上げねばならないのだ。

 しかし実際の話、彼は今、それどころではなかった。
 漁船で渡航中、赤い津波に飲まれながらも何とか辿り着いた夜見島。
 二十九年前に突如として島民全員が消失して以来、
ずっと無人島と化していたはずの夜見島は、生ける屍のような化け物どもに占拠されていた。
 訳も判らぬままに――襲ってくる化け物の群れから逃げ惑う途中、
再び赤い津波が押し寄せて――気付くと彼は、更なる怪異に巻き込まれていたのだ。

「後はもう……ここしかない」
 インクライン制御室は、二階建ての粗末な掘っ立て小屋だった。
 小屋の中央に鎮座する大仰な機械を横目で見やり、一樹は二階へと続く階段を見上げた。

 彼は、島で出逢って同行していた少女を捜していた。
 化け物に追われていた謎の美少女。
 赤い服に長い黒髪。透けるように白い肌を持つ彼女は、岸田百合と名乗った。
「島に幽閉されている母親を助けて欲しい」と訴えかける百合にいざなわれるまま、
一樹は島の中央に向かっていたのだが――。


「くそっ……なんだって俺は、こんな物に気を取られたんだ!」
 胸ポケットから赤い髪飾りを取り出し、苛立ちを押さえきれない声音で一樹は呟く。

 小屋の二階は物置になっているようだった。
 物置、とはいってもダンボールの空き箱が壁に沿って積み上げられているだけの、
殺風景この上ない部屋だ。


 津波に飲まれ気を失った後、目覚めた一樹は百合と共に採掘所までやってきた。
 ここを通り抜け、百合の母親が閉じ込められているという場所へ向かうつもりだった。
 道中、ふと思うところがあってインクラインを辿り、下の階層を調べてみた。
 化け物に対抗するための武器でも見付かれば。
 漠然とそんな考えを抱いて辺りを見廻していた一樹は、
微かな光を放つ小さな物体を見つけた。

「これは……さっきの」
 通風ダクトに引っかかっているのを苦心して取り出してみれば、それは女物の髪飾りだった。
 五枚の花弁からなる赤い花を模ったそれには、見覚えがある。
(そうだ。これは確か、あの女が)
一樹は髪飾りを拾い上げ、それを着けていた女のことを思い出した。

 その時突然、百合の悲鳴が上がった。
 二人はいつの間にか、黒い霊体のような化け物に包囲されていたのだ。
 一樹は悪霊の群れを排除するため、慌てて火掻き棒を振り回した。

 どうにか全てを片付け終えた時には、すでに百合を見失ってしまっていた。
 一樹は百合の姿を求め、採掘所を捜し廻った。
(もう、あと見てないのは、ここだけだ)
 一樹は祈るような気持ちで物置をライトで照らす。

 ――が、ここにも百合は居なかった。一樹は、落胆のため息をつく。
「どこへ行ったんだ……」
 硝子のない窓から外を見下ろした。
 ライトを向けると、雨に打たれる採掘所の屋根が、ぼんやりと浮かび上がる。
 その向こう側は、闇に沈んで何も見えない。
 どれほど眼を凝らしても、暗闇の向こうに何も見ることは出来なかった。
 闇の中、ライトを反射してチラチラ光る雨粒を、途方に暮れてただ見つめた。

(とにかく、もう一度下に降りて捜してみよう)
 一樹は下り階段へ向かおうと振り返る。
 階段に向けたライトの中に――小さな人影が映った。
「……君は」

 息を飲む一樹の前で、その人影は肩を震わせ立ち尽くしていた。
 桜色の着物に身を包んだ、おかっぱ頭の若い女。
 この場におよそ似つかわしくない風体の女は、両手に黒い筒状の何かを携え、
その先端をこちらに向けているようだった。
 その黒い筒が何であるのか――
 気付くのに間があったのは、それがあまりに突飛な、非日常的な物であったからだ。

 そして、気付いた時にはもう遅かった。
 女の震える細腕が真っ直ぐに伸び、白い指先が、筒の根元を探るように動く。
 桃色の唇から喘ぐような息が漏れ――室内に、銃声が轟いた。


「誰か! 誰か来てー!」
 あの女が、男と共に逃げてゆく。
 ともえは声を限りに手下の漁師達を呼んだが――応える声は、無かった。


 夜見島灯台前の崖道で、島を丸飲みにする規模の大津波が迫り来るのを見たのは、
つい先ほどのことだ。
 島に仇成す魔女の最期を見届け安堵したのも束の間、島を襲った異変――。
(一体何が起こったというの……?)

 気が付くとともえは、森の中にいた。
 草むらに倒れていた躰を起こす。少し離れた樹木の向こう側に人影が見えた。
「アッ! あれは……!」
 暗闇に浮かび上がる白い横顔に、ともえの表情が険しくなる。
 それもそのはず。
 そこに居たのは、先刻崖から落ちて死んだはずの憎き魔女――加奈江だったのだ。

 駆け寄って掴みかかるともえは、加奈江の連れていた男に振り払われた。
「おのれ、しぶとい化け物女め!」
 ともえは忌々しい思いで加奈江と男の逃げた先を見据える。
 彼らの逃げた先には、金鉱の採掘所があったはずだ。
 誰も助けが来ないので、ともえは仕方なく独りで後を追って行った。

 泥道を着物に下駄履きで走るともえは、
なかなか加奈江達に追いつくことが敵わなかった。
 息を切らせ大汗を掻きながら、ともえはますます加奈江に対する憎しみを募らせていった。
「化け物女……絶対、許さないんだから!」
 さっき島を襲ったかに見えた。禍々しい赤い津波。
 あれもきっと、あの女が見せたまやかしに違いない。ともえはそう信じ込んでいる。
 やはりあの女は邪悪な化け物だったのだ。
 人心を惑わし島に災いを呼び寄せる、忌まわしい闇の使い女――。

(あの一緒にいた男……あいつも、妖力でたぶらかして仲間にしたのに違いない)
 それにしても、よくもまあこの短時間で男を見つけてたらし込めたものだ。
 化け物女というのは、破廉恥なあばずれ女でもあるものなのか。
 ともえは生娘らしい潔癖さで、加奈江の悪女ぶりに嫌悪の情を催す。
(私だったら……とてもじゃないけど、出来ないわ。
 あいつみたいに次々と男の人を騙して、手玉に取るなんてこと)

 そう。女に生まれてきたからには、たった一人の愛する男に生涯かけて尽くすのが、
本懐というものではないか。
 ともえは、最近読んだ恋愛小説の筋を思い出しながらそう考える。
(いつかは私もあのヒロインのように……大切な人に、み、操を…………)
 と、場違いに浮ついた気持ちに囚われたともえは、足もとの石にけつまずいて、こけた。
「痛っ! ち、ちくしょう……」
 ぬかるんだ地面に突っ伏したともえは、己を転ばせた石ころに憎しみの眼を向けた。

 が。よく見るとそれは、石ころではなかった。
「これって……まさか」
 それは、拳銃だった。
 鈍い光沢を放つ黒い銃身を、ともえは恐る恐る拾い上げる。
 ずっしりとした手ごたえ。どうやら、弾も入っているらしい。
「でも、何でこんな物が……?」
 よくよく見れば、辺りには血糊の付いたリュックサックや、
兵隊が被るようなヘルメットなんかが散らばっている。

 戦争中でもあるまいに。ともえは訳が判らなくなった。
 だがしかし、この武器は化け物退治に使えそうだ。
 拳銃など触ったことも無いが、
こんな小さな物ならば、自分でも扱えるのではないだろうか?

 ともえは拳銃を手に持ち、立ち上がった。
「化け物女……待っておいで。今に眼にもの見せてあげるから!」
 銃の重みを手の平に感じていると、自分がとても強くなったような気がする。
 ――――今度こそきっと、あやつを仕留めてくれよう。
 ともえは決意を新たにし、再び、採掘所へ向かって走り出した。


「はあ、はあ、ど、どうなってんのよ全く!」
 粗末な小屋の戸を後ろ手に閉め、ともえは荒い息と共に独りごちた。

 採掘所の内部には、気持ちの悪い化け物どもがひしめいていた。
 ともえは生まれてこの方ずっとこの島で暮らしているが、
あんなのは今まで一度も見たことが無い。
(きっとあれも、あの化け物女の仕業なんだわ!)
 襲い来る化け物から逃げ隠れしつつ、ともえは、この現状も加奈江のせいと断定した。

 小屋を目指してきたのは、ここの二階の窓に揺らめく光を見つけたからだ。
 ――――化け物女は、ここに居るのに違いない!
 途中、黒い煙のような化け物の群れに襲われながらも、
 ともえは執念で持ち堪え、やっとの思いでここまで辿り着いたのだ。

「やっつけてやる……あいつ、絶対に」
 木の階段を、音を立てぬようにゆっくりと上る。
 果たしてそこには、さっきの男が佇んでいた。
 背の高い、格子柄のシャツを着た男。どうやら窓の外を眺めているらしい。
 だが、なぜか傍に加奈江の姿がない。
(化け物女。一体どこに?)
 用済みになった男を捨てて、一人で逃げたのだろうか?
 そんな風に考えるともえの前で、男が急に振り返った。

「……君は」
 男は驚いた様子でともえを見つめている。
 驚いたのはともえも同様だ。
 考える間も無くともえの手はあがり、銃口を男に向けていた。
 ――――化け物女に魅入られたこの男を、生かして置いてはならない。
 この場に父が居たならば、おそらくはこう言った筈である。

 ともえは、震える指先で拳銃の引き金を探り当てた。
 緊張と恐怖で足が竦んでいるのが判る。
 心臓は早鐘を打ち、呼吸は荒く、まるで獣の唸り声のようだ。
 それでもともえは決然と男を見据え、腕に力を入れる。

 そして――。

 ――――お父様! 御力を!

 ともえはぎゅっと眼をつぶり、銃の引き金を、引いた。

 つんざくような轟音は、耳元をかすめて通り過ぎた。
 頬に焼け付く痛みを感じるのは、弾丸に擦られた為だろうか?
 その痛みにより、一樹の肉体は急速に興奮状態に入る。

 女は予想を超えた発砲の衝撃に耐え切れず、よろめいて床にひっくり返っていた。
 起き上がろうとする女の躰を、一樹は上から押さえつけた。
「やっ……放して! 放しなさい!!」
 一樹は、暴れる女の手から拳銃をもぎ取ろうとする。
 抗う女と揉み合いになった。二人は無言のまま、暫し床を転げ廻って格闘を続けた。

 和服姿の華奢な女は、二十歳の青年からすれば赤子のように非力であった。
 彼さえその気になれば、その白魚の指から拳銃を引き剥がすことも、
あるいは細い首筋に手を廻し、絞め殺してしまうのだって容易いことであっただろう。

 一樹が女に手こずっているのは、彼が手加減をしているからだ。
 この女は――風体は異質であるものの、今まで見てきた化け物の類とは違う、
普通の女なのだ。
 ――――何とか落ち着かせて、話を聞き出せないものだろうか?

 一樹は、この女が夜見島のことをよく知っているのではないかと考えていた。
 それにさっき森で出逢った時、女が百合に言った台詞も気に掛かる。

 ――――化け物女! なんであんた生きてんのよ! 変なまやかし使いやがって!

 おそらくこの女は、百合の素性も知っている。
 そしてそれは、今の一樹に取って最も大きな関心事の一つでもあるのだ。

「お、落ち着けって……ちょっとは、こっちの話も……」
 腕を女の爪に引っ掻かれ、歯で噛み付かれながらも、一樹は拳銃を少しずつ、
女の指先から引き剥がしつつあった。
 女は「うぅー」と、まるで癇癪を起こした子供のような声を上げ、
一樹の躰の下で滅茶苦茶に身をよじる。

(も、もう少しだ)
 すでに拳銃は、ほとんど一樹の手中にあった。
 だが、安心が僅かな油断を誘ったのか。
 二人の手の間にある拳銃が、突如、暴発した。

 一樹と女は、一瞬にして凍りつく。
 鼻先に、火薬の匂いを強く感じた。
 今度の銃弾は一樹の顔の真ん前をかすめ、天井に食い込んでいた。

 一樹は、カッと躰が熱くなるのを感じた。
 全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら――
彼は思わず、女の手から拳銃をむしり取っていた。
 驚愕に開かれる女の眼を見下ろす。
 そのまま拳銃を取り上げた手を振り下ろし――女の頬を、強かに打った。

「ぎゃっ」
 女はぶたれた勢いで部屋の奥――窓枠の下の方まで吹っ飛ばされる。
 一樹は女の前に仁王立ちで立ち塞がり、上から拳銃を突きつけた。
「ひ……いぃっ」
 女は銃口に怯え後ろに下がろうとするも、壁に突き当たり逃げようが無い。
 わななく両腕を顔の前にかざし、弱々しく悲鳴を上げ続けるしかなかった。

 一樹は、そんな女の惨めな有様を無言で見つめていた。
 荒々しく肩で息をしながら――。
 二人は、最前までと全く逆の状態に成り代わっていた。

 一樹は異様に昂ぶり、興奮しきっていた。
 彼は元来、大人しい性質の男だった。
 日頃から、大抵の事柄には冷静に対処出来ると自負していた。
 こんな風に見ず知らずの女を殴り、銃で威しつけることなど、
普段の彼には考えられないことだった。

 だからこそ、彼は興奮していたのかも知れない。
 一樹守という上っ面の仮面を取り払い、真の自分を曝け出すような快感がそこにはあった。

 そしてまた、眼の前の女の怯える姿も彼の興奮を煽っていた。

 よくよく見れば、女は案外美しかった。
 LEDライトの明かりしかない暗い部屋の中とはいえ、
此処まで至近であれば、その容貌をはっきり見ることが出来る。
 百合のあの、魂までも吸い寄せられるような妖艶さこそないものの――
ぱっちりとした瞳は愛くるしく、顔の作りも整っていて品がある。
 その雰囲気は勝気で高慢そうではあるが、
どこか猫を思わせるコケットさも持ち合わせていた。

 そしてこの着物姿。
 着物のことなど全く知らない一樹の眼にも、
女の纏っているものが高級な品であることは明確だった。
(きっと、由緒正しい家のご令嬢なんだろうなあ)
 そんな彼女が自分のような男に打ち倒され、銃で威され憐れな悲鳴を漏らしているのだ。
 そう考えると暴力的な衝動の他に、妙な劣情までもが沸いて来る。
 一樹は百合のことを思い出し、なんとかそれらの衝動を押さえ込んだ。

「あ、暴れるな! 撃ち殺すぞ」
 一樹は拳銃を持ち直すと、女の眉間の辺りに銃口を突き付けた。
 女の動きが、ぴたっと止まる。
 掲げていた手が、手の平を上に向けた状態で顔の両脇に下ろされた。

「よぉし……そのまま、手を上げたまま起き上がるんだ」
 そう言って一樹は、小さく万歳をしたような格好の女に銃を突き付けたまま、
後ろへ退いた。
 女は一樹を上目遣いに見上げ、おずおずと身を起こす。
 恐怖と反感が綯い交ぜになったその表情は、何故だか少し笑っているようにも見えた。

「名前は?」
 床に横座りになった女の前にしゃがみ込み、一樹は問いかける。
 だが女は険悪な眼で一樹を見つめるだけで、返答しなかった。
「答えられないのか?」
「……下郎。お前のような誰とも知れぬ余所者に、名乗る名前は無い」

 女はそう言ったきり、プイッと一樹から眼を逸らした。
 一樹は、女の気位の高さに驚き呆れる思いだ。仕方なく彼は自分から名乗ることにした。
「……僕は一樹守。アトランティスという雑誌の編集をやってる」
「雑誌の?」
 女の顔つきがよりいっそう険しくなった。
 その表情に、島へ渡航する際、本土の漁港で出会った漁師たちの姿が重なる。
 彼らは皆一様に、都会から来た余所者である自分に対する不信感を剥き出しにしていて、
それを隠そうともしなかった。

(ただでさえ排他的な土地柄の人に対して、
 マスコミの人間だ、なんて名乗り上げるべきではなかったかも知れない……)
 すっかり警戒心を強めてしまった女を前に、一樹は幾許かの後悔の念を覚える。

 そして懸念したとおり、その後女の態度が軟化することはなかった。
「今、この島でいったい何が起きているんだ?」
「君は何者だ? どうして此処に居る?」
「僕と例の彼女を襲った理由は何だ? 君は、あの子のことを知ってるのか?」
 一樹は女に質問の数々を浴びせたが、
彼女は口を閉ざしたまま、一言たりとも答えようとはしない。

 暗い室内を、憂鬱な雨音ばかりが満たしてゆく。
 この膠着状態に、一樹は次第に苛立ち始めていた。

「……こんなことをしたって、無駄なんだから」
 ふいに、女が独り言のように呟いた。
「この島に居る限り、逃げ場なんてないのよ。あんたも、あの化け物女もね。
 此処だって、すぐに私の手下が見つけに来るわ。
 そうなればあんたはもう終わり。この私をこんな目に合わせたんだから。
 絶対、生きて帰ることなんて出来やしない……」

 一樹に打たれた頬を撫ぜ、女は薄笑いを浮かべた。
 女の言葉に、一樹は拳銃を構えた自分の手を見下ろす。
(このままでは……敵視されたままでは駄目だ。話が進まない)
 一刻の躊躇の後、一樹はひとり頷き、その手を収めようとした――。

 だがそこで、彼の視界は窓の外に黒い靄を捉えた。
 一樹の腕は真っ直ぐに伸ばされ、黒い銃口が火花を散らす。
「きゃあっ!」
 耳を塞いで縮こまる女の肩の後ろで、黒い靄が掻き消えた。
 靄の中心部の白い顔が、苦悶の叫びを上げて消滅する――。

 黒い悪霊を退治した一樹は、ため息をついて女を見た。
「大丈夫か?」
 気遣う言葉と共に、伏せられた顔を覗き込もうとした。

 そして――彼は見た。
 俯いた女の口元が、邪悪な笑みに歪んでいるのを。
 冷たい気配に、一樹は思わず小さな悲鳴を漏らす。
 女は、パッと顔を上げて一樹を見た。
 蒼白な顔の中、異様に大きな瞳がぎょろりと一樹を見据えていた。

 ――――こいつは……この女は、まさか……。

 一樹の中で、ひとつの結論が導かれようとしていた。
 自らたどり着いたその結論の恐ろしさに――彼は戦慄し、微かに震え出した――。

 急に顔色を失って震えだした男を、ともえは引き攣った表情のままで見上げていた。

 男がこちらに銃口を向けてきた時、ともえは一瞬、死を覚悟した。
 しかし彼が撃ったのは、知らぬ間に背後に迫っていた例の化け物の方だった。
 黒煙の塊のような、気持ちの悪い化け物。
 そういえば――と、ともえは考える。
 異変が起きる前、化け物女が海へ追い払っていたのは、あの黒い塊ではなかったか?

 ――それはさて置き、眼の前の男はどうやら自分を救ってくれたようである。
 (こいつ……それほど悪い奴でもないのかも)
 胡散臭い余所者には違いないが、少なくとも、か弱い女を守る分別くらいはあるらしい。
 ともえの気持ちは、ほんの僅かではあるが和らいでいた。

(……やはり、礼ぐらいは言っておくべきかしら?)
 男の眼鏡のレンズに散った雨粒を眺め、ともえはぼんやりと考える。
 そして軽く咳払いをし、居住まいを直そうとした――。


「お前の仕業だったんだな」
 ともえが言葉を発しようとした途端、突然男が口をきいた。
 重苦しく暗い声。蒼ざめた顔で、彼は言葉を続ける。
「この島に居る化け物達を操っていたのは……お前だったんだ!」

 突拍子もない台詞。
 あまりに奇天烈な男の言いように、ともえはぽかんと口を開けて男を見返した。
(こいつ……何を言ってるの?)
 男は大真面目であるらしかった。その見当違いな真剣さに、ともえは思わず失笑してしまう。
「な、何がおかしい?!」
 男はともえに拳銃を向けてわめき散らした。

 銃口を前にしながらも、ともえはもう、それに怯えることはなかった。
 今ともえの心にあるのは、男に対する侮蔑と、僅かばかりの憐憫だけだ。

「ふふふ……この私が化け物の親玉だと言いたいの?」
「ち、違うのか?!」
「馬鹿をお言いでないよ!」
 ともえの声が、ビンと辺りの空気を震わせた。
「全く、余所者というのはどうしようもないわねえ!
 この私を、よりにもよって化け物呼ばわりするなんて……。
 あんた、その眼は飾りなのかい?! そんなに役に立たない目玉なら、
 くり抜いてビー玉でもはめ込んでおいたらどうなのさ!」

 ともえの物凄い剣幕に、男は微かにうろたえる。
 そこに畳み掛けるように、彼女は罵声を浴びせ続けた。
「冗談じゃあないってんだ! 大体あんた、敵と味方の区別もつかないで……
 いいかい、よおくお聞き。本当に化け物を操っているのは、あいつなのよ!
 あの化け物女……あんたはあいつにたぶらかされているのさ。
 ふん! どんな汚らわしい手管でまるめ込まれたのか知らないが、
 いい加減に眼をお覚ましよ、みっともない!」

 ともえのまくし立てる言葉の中には、彼女自身も気付いてはいない、
加奈江に対する嫉妬心が含まれている。
 類まれなる美貌と、十八の小娘とは思われぬほどの色香でもって、
次々と男を篭絡してゆく加奈江。
 その姿はともえに嫌悪感ばかりでなく、
密かな憧れのようなものも同時に感じさせていたのだ。

 ――――あいつのように、男共を自分の思い通りにすることが出来たなら……。
 ともえの加奈江に対する憎悪には、そんな、複雑な女の欲が混ざり込んでいたのである。

 が、そんなともえの心の澱など、ついぞあずかり知らぬ男は、
彼女の罵倒にあからさまな反感を示した。
「あの子が化け物の仲間だって言うのか? そんな訳あるか!
 あの子は、その化け物に襲われてたんだぞ!」
「そんなの知らないわよ! とにかく、化け物はあの女の方なんだから!」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」

 いつしかともえは立ち上がり、背の高い男を真下から仰ぐようにして睨み付けていた。
 男の方も、手にした拳銃のことなど忘れ、
自分の胸ぐらいまでしかない小柄な女を見下ろして、睨み返す。
 二人はそうして暫しの間、互いの視線をかち合わせた。

「証拠はあるのか?」
 男が言う。
「君が真実を言っているという証拠が、何かあるのか?
 君が化け物の一味ではなくて、あの子がそうだという証拠が」
「証拠だなんて……わ、私の何処をどうすれば化け物に見えるというのよ!」
「あの子だって化け物には見えない」

 ともえは口惜しそうに唇を噛み締めた。
 俯きかけて――でもすぐに顎を上げ、男に食って掛かる。
「だったら……確かめてみればいいじゃない!」

 ともえは両腕を広げた。
 桜色の着物の袖も広がって、寂寞とした景色を花のように彩る。
「ほら、もっと傍まで寄ってよおく見てご覧。この私が、化け物かどうか」
 本当は、着物を脱いで見せようかとも思った。
 しかし、生娘のともえはそこまで思い切ることは出来ず、
ただ手を広げて、無防備な躰を男に任せるのが精一杯だったのだ。

 ともえの行動に、男は虚を付かれた様子であった。
 どうすべきか迷い、考えた挙句彼は――ともえの顔を覗き込んだ。
 顎を掴み、つぶらな瞳をまじまじと見つめる。

 ともえは男に顔を、眼を見つめられて、
何とも居たたまれない、落ち着きのない気持ちになった。
 頬が紅潮し、瞳が潤みを帯びてきたのが、自分でも判る。
 恥らう気持ちが先立ち、瞼を伏せて、顔を背けてしまいそうになる――。

 だがともえはその衝動を堪えた。
 (眼を逸らしたりすれば、余計に疑われてしまう……)
 このままこの男に化け物だと思われ続けるのは、癪だ。
 ともえ自身、何故自分がそんな風に思うのかはよく判っていない。
 ――――きっと理由なんかないのだわ。
        誰だって、化け物呼ばわりされるのは嫌なことに決まっているもの……。

 そう考えながら男の眼を見つめ返すともえの頬に、男の指先が触れた。
 小さな肩が、ぴくりと跳ねる。
 いつの間にか顎を離れた男の指が、そっと頬を辿っている。
「う……」
 むず痒いような感触に、ともえは咽喉の奥底で微かに呻いた。
 すると男の指先は、頬から首筋に落ちて、その咽喉の辺りをまさぐった。

 奇妙な感覚だった。
 男の指が肌の上を動いてゆくにつれ、触れられている箇所とはまるで無関係な躰の中心部、
腹の底よりもっと下がった部分から、もやもやとした得体の知れない何かが湧いてきて、
ともえの鼓動を、体温を、勝手に高めてゆく。
 呼吸も乱れ、瞼が重くなって、眼を開けているのが困難になってくる。

 立っているのもままならない。このまま頽れてしまいそうだ。
 ともえが、その心までも揺らぐような感覚に苦しめられていたその時である。

 不意に、男のもうひとつの手がともえの背中を支えた。
 拳銃は何処かへ置くか仕舞うかしたのだろうか?
 とにかく彼の手は武器を捨て、ともえの躰を抱いていた。

「な、何? 何を……?」
 ともえは驚愕と共に本能で危機を察知し、顔を強張らせる。
 男は彼女の見開かれた眼を避けるように顔を背け――ぐっとその身を引き寄せた。
「あ……?!」

 ともえの小さく華奢な躰は、大柄な男の胸にすっぽりとうずまってしまった。
「……見るだけじゃ、判らないから」
 頭の上で、男の掠れた声が言い訳するように呟いている。
 微かに震えるその声音には、獣じみた息遣いも混じっていた。

「……いや!」
 如何に初心な乙女であろうとも。
 こんな風に息を荒げて抱きすくめてくる男が何を望んでいるのか、判らぬ筈はない。
 男の腕の中でともえはもがき、渾身の力を込めて引き離そうとする。
 が。それは全くもって無駄な努力であった。
 男の大きな手の平は、丸太のような腕はともえをしっかりと絡め取っており、
どうあがいても抜け出せそうにはなかった。

「大人しくしろ! ……何もしない。何も、しないから……」
 男はぎこちない口調で宥めながら、
ともえの背中を、そして、帯の下の腰の辺りを手で探った。
 ――――な……何て馴れ馴れしい!
 屈辱感でともえの躰はカッと燃え上がる。
 どくんどくんと音を立てているのは己の鼓動か、はたまたこの男のそれであるのか――。

 それでも彼女が腕の中から抜けられないのをいいことに、
男の手は傍若無人にともえの肉体を這いずり始めていた。
「ああいや! よしてよ……よして」
 襟の後ろ側から。脇の下の身八ツ口から。
 じわじわと潜り込んでくる汗ばんだ指はともえの敏感になった肌を責め立て、苦しめる。

 やがて男の手は、帯に掛かった。
 おたいこの結び目を探し出そうとしたが――
結局見つけられず、ついには帯止めごとぐいぐいと引っ張り始めた。
「ちょっと! やめ……や……あああっ!」
 力ずくで帯が緩められるのと同時に、身八ツ口に深々と手が侵入してきた。
 襦袢越しに、乳房の膨らみが手の平に包まれる。

 襦袢越しだというのに。
「あんっ……あ、あ、あ!」
 生まれて初めて味わう男の手の感触を、
密やかに実った乳房は――その先端で息づく乳頭は、浅ましいほど貪欲にむさぼっていた。
 特に乳頭は、鋭いアンテナとなって荒々しい触感を捕らえ、
全身に痺れるほどの快美感を行き渡らせた。

 その衝撃に、ともえの腰からは力が抜けてしまう。
 ただでさえ立っているのもやっとの状態だった躰が、足元から崩れ落ちる。
 へなへなと倒れこんだともえの肢体に重なって、男の躰も床に落ちた。

「……」
「……」
 とうとう床の上で抱き合う形になったともえと男は、
暗闇の中で互いの光る眼を見つめ合った。
 ともえは眼を大きく開き、強張った小さな顔を左右に振っている。
 ――――駄目。いけない。これ以上はもう……。
 男の眼を見つめ、精一杯の拒絶の意を示した。

  でも本当は、心の何処かで判っていた。
  そして、心の何処かで待ちわびてもいた――。

 そんなともえを眼鏡の向こう側から見返しながら、男は、乱れた襟元に手を差し入れた。
「あ……!」
 彼は素肌に触れていた。
 ついに襦袢の下にまで潜り込んだ手が、長い指先が、
ともえの柔肌を滑り、ぷりんと膨らんだ乳房の丸みを押し潰して、
その中心で尖りしこっている可憐な蕾を摘み取ろうとしていた。

「嫌! お願い……か、堪忍! かんにん……して……」
 ともえは身悶え、躰をよじって男の狼藉から逃れようとする。
 だがそれがいけなかった。
 身をくねらせた途端、着崩れていた着物の裾がぱっくり割れて、
ともえの脚が――脚の付け根までもが、すっかり露わになってしまったのである。

「あぁっ」
 ともえは慌てて裾前を掻き合わせようとする。
 しかしその直前に、男の膝が白い腿の間に分け入っていた。
 男の膝は、無防備な股間に強くぶつかった。
 甘い感覚が、そこからじんわり広がった。

「あぁ……あはあぁ……ん」
 仰け反る咽喉から牝そのものの声が絞り出され、
ともえは――眼も眩むような恍惚の世界へ、乱暴に放り出されてしまった――。

 女がこれまでにない程のなまめいた声を上げて、身を反り返らせている。

 その扇情的な声音を耳元で聞かされながら、
一樹は、激しい情欲の渦に巻き込まれて、抜け出せなくなっている自分を感じていた。


 最初に女が腕を広げて身を投げ出してきた時、
彼はすでに、女が化け物であるという考えが誤りであることを理解しかけていた。
 この女の、呆れ返るくらいに真っ直ぐな態度からは、
あの化け物ども醸しているような邪悪さが、微塵も感じられないのだ。
(やっぱりここは、己の非を認めて詫びるべきなんだろうか……)

 一樹は、女の眼を見つめながら困惑気味に考えていた。

 女の、雨露に濡れた黒スグリのような瞳。微かに甘い吐息――。

 考える頭とは裏腹に、指が勝手に動いていた。
 女の顎を引き寄せ、頬を撫ぜて、首筋に触れた。
 女は小さな声を漏らした。
 とろんと落ちかけた瞼の下から、潤んだ瞳が見上げていた。

 女の吐息に顎の辺りをくすぐられている内に――
いつしか彼は、躰の奥からふつふつと沸き上がる衝動を感じていた。
 それに引きずられるように、一樹は女を抱き締めた。
 ――――俺は、何をする気なんだ……。
 疑問を差し挟む余地もなく。
 抵抗を示す女を宥めつつもその自由を奪い、押さえつけて、しなる躰をまさぐった。

「ああいや! よしてよ……よして」
 女が発する抗いの言葉が、一樹の興奮をいっそう煽る。
 すでにジーンズの中では陰茎が硬直し、熱を持って膨らんでいた。

 ――――そうか……そうなんだ。
 一樹は心に呟いた。
 これは……調査であると。
 女が、この嫋やかな肉体が普通の人間であることを知る手段。
 その本性を暴くのに、これ以上によい方法はあるまい。
 欲情にのぼせ上がった一樹の脳は、この、酷く身勝手な理論を得て調子づいた。

 まずは乳房を刺激してみる。
 女は少々過敏すぎるほどの反応を示した。
(下着の上からなのに……)
 薄い布地の中では、柔らかい膨らみの中心で、
こりこりとした突起がわなないているようだ。

 床に転がり、更にそこを責め立てた。
 女は全身で抵抗を示したが、これは調査なのだから仕方がない。

 傍らに落ちたLEDライトが、女の蠢く様を映し出していた。
 艶のある黒髪が、白い手首が、桜色の布地が、白い明かりにゆらゆら揺らめく。
(もっと……もっとよく調べなくては)
 一樹は女の着物を剥ぎ取ろうとした。
 帯を解こうと手を掛けたものの、
それは着物の扱いなど知らぬ若者には困難な仕事であった。

 結局、強引に引っ張って僅かに緩めることしか出来なかった。
 しかしそうして着付けを崩し、襟元や裾前を乱した姿も、それはそれで悩ましい。

 一樹は開き気味になった襟元に手を突き挿し、中の乳房をまさぐらんとする。
 すると案の定、女はさかんに躰をねじり、彼の手を避けようとした。
 意識が乳に集中した所為なのか。
 無心にばたつかせた脚から着物の裾が滑り落ち、
眩い純白の太ももが、一樹の眼の前にまともに突き出された。

 女はすぐに気付いて脚を仕舞おうとした。
 無論、一樹はそれを許さない。
 すぐさま腿の隙間に膝を割り込ませ、その先の行為に都合のいい体勢を取ろうとした。

 そして――。


「あぁ……はぁ、はぁ……う」
 長く尾を引く声を出し終えて、女の躰はがっくりと力を抜いた。
 一樹の膝を挟み込んで締め付けていた腿の緊張も解けて、
着物の上にしどけなく投げ出されていた。

 ――――まさか……。
 一樹はごくりと唾を飲み込むと、物も言わずに女の股間に手を挿し入れた。
「う……!」
 眼を閉ざしていた女が、呻き声を上げる。
 彼女の女の部分は――熱いしたたりを振り零し、指が滑るほどぬかるんでいた。
 一樹は自分の膝を見下ろした。
 女の股に触れた部分に、小さな染みがついている。

(触れただけで達してしまった……なんてことはないんだろうけど)
 それでも、この女の肉体が性欲の海の中に居ることには、変わりなさそうである。
「ああいやぁ……やめて。いや。いや。いや……」
 一樹が着物の合わせ目の奥で指先をひらめかせれば、
女は見も世もないといった風情ですすり泣き、もじもじと尻を動かす。
 指先に、ねっとりと蜜に浸かった小陰唇が、繊細な陰門の粘膜が絡みつき、
ぴくぴくと物欲しげに蠢いていた。

 一樹は「ふう」と大きなため息をつき、腰を据えて女の股間に集中し始めた。
 赤い下駄を突っ掛けた、白足袋の足首をぐいっと持ち上げ、
開かれて剥き出しになった部分にLEDライトを向けた。

「ひいぃっ」
 秘すべき場所を晒された衝撃に、女は真ん丸く眼を見開いて悲鳴を漏らす。
 一樹はそれに構わず、割れた股の奥で紅くぬめっている箇所に、再び指を宛がった。

 小柄な女の生殖器はその容姿に相応しく、ちんまりと可愛らしいものであった。
 紅色に濡れ光る小陰唇は慎ましく、
それを縁取る、紫がかった大陰唇に生えそろった恥毛もまた、ささやかなものである。
(ここはどうかな?)
 一樹は、女の割れ目の頂点を探り――
そこで、ぽつんと起き上がっている陰核に指を這わせた。

「はうっ!」
 女の内腿の筋が、くっ、と浮き上がる。
 ころころと硬く、弾力のある肉の豆を摩ったり揉んだりする度毎に、
臀部から太腿、ふくらはぎにかけてまでもがわななき痙攣する。

「ああぁ……あぅっ、はぅんっ……くうっ」
 女の性器の中でも最も鋭敏な陰核を玩ばれて、女はすっかり興奮しているようである。
 熱を帯び、桃色に染まった肌は何処もかしこもじっとりと汗に濡れ、
乱れ髪は頬に張り付き、半眼に開いたまなこは虚ろで、何も映していないように見える。
 弾む息には喘ぎ声が混ざり、艶めいた唇から絶えることなく溢れ出していた。

 一樹は、女が性悦に我を失ってゆく様を、黙って観察し続けていた。
 その指先ひとつでもって女を熱狂させる一方で、彼自身もまた、
女の姿に魅入られ、惹き込まれつつあった。

「あ……あぁ、あ、ああ、もう、あは……は……はあ……あぁんっ」
 女が、一際高く声を上げた。
 掴まれた足首の腱が強張り――その緊張がくるぶしを通ってふくらはぎ、
内腿へと伝わってゆき、真っ赤になった会陰の肉をぐっ、ぐっ、と収縮させた。
 その性器の蠢動に合わせ、断末魔のように開かれた唇からは、
「ああーっ」
と、快楽にむせぶ声が後を引き、八の字に歪んだ眉の間には深い皺が刻み込まれる。

 苦悶に満ちた喜悦の表情を浮かべる女を前にして、
一樹の頭はもう、何も考えてはいなかった。

 ぐったりと四肢を投げ出した彼女を見下ろしながら、彼は素早くジーンズの釦を外し、
ファスナーを引き下ろした。
 そして、下着と一緒にジーンズを膝まで押し下げてしまう。
 赤黒い肉の棹が、ぴいんと跳ねて躍り出る。
「う……」
 気付いた女が、怯えた呻き声を出した。
 が、別に逃げようともしない。
 細く開いた眼で、一樹の陰茎をぼんやり見つめるだけである。

 一樹は膝でにじり寄り、女の両脚を掻い込んで、引き寄せた。
 片手で亀頭を持ち添え、濡れた陰唇の間に宛がって、中の粘液をぬるぬるとまぶした。
「いや……」
 女は、ほとんど形ばかりの拒絶を口にする。
 その弱々しい声音に、一樹は何故か愛おしさのようなものを感じた。
 心が和み、我知らず微笑みが零れ出す。

 そうして笑いながら――彼は女の膣口に、ゆっくりと陰茎をめり込ませていった――。


「あ……あぁ、あ、ああ、もう、あは……は……はあ……あぁんっ」

 あられもない嬌声と共に、ともえは果てた。
 生まれて初めて、男の手によって為された陰核への手淫。
(信じられない……こんなに……いいなんて……)
 己で触れた時の比ではない。
 世の人々が夢中になり、その人生さえも変えてしまうほどの男女の営みの凄さを、
ともえはほんの僅かばかり、自身の躰で理解した。

(触れられただけでこんなに良いものならば、本当のあれをしたら、一体、どんなにか)
 この、見ず知らずの余所者の男に、惚れている訳ではない。
 それでもともえは、もうこの男に最後まで許してしまっても構わない気持ちになっていた。
 ここまでされてしまったら同じことだから、というのも勿論ある。
 でもそればかりではなかった。
 ――――あの化け物女が虜にしたこの男を、私は奪い取ってやるんだ……。

 絶頂の余韻に微睡みながら思いを巡らすともえの耳に、金属の擦れあう音、
そして、密やかな衣擦れの音が響いてきた。
 薄っすらと開いたともえの眼に飛び込んできたのは、直立した男の陰茎だった。
「う……」
 初めて眼にする勃起した陰茎の怖ろしげな姿に、ともえは思わず呻き声を上げる。
 そんなともえの様子を男は全く気に留めず、さっさと躰を繋ごうと腰を抱え込んできた。

 ――――ああー……ついに私の操が奪われてしまうのね……。
 悲劇のヒロインにでもなったような心持ちで、ともえはひそかに涙ぐむ。
 二十四年もの間、守り通してきた処女性。それが今、まさに失われようとしている。

 ともえは、そっと男の顔を見上げてみた。
 闇の中、眼鏡の奥の瞳がどんな風に自分を見ているのかは、よく判らない。
 だがその口元は、微かに綻んでいた。
(……笑ってる)
 奇妙な感じだった。それはこの状況下にそぐわない、牧歌的な微笑みに思えた。
(どうして……?)

 その疑問は、一瞬で消し飛んだ。
 男のものが、ともえの膣を貫いたからである。

「いっ…………!」

 刃物で切り裂かれたかと思った。
 狭い場所を太い剛直が無理矢理こじ開ける激痛に、ともえは悲鳴を上げるゆとりすらない。
 それに反して男の方は、心地好さげなため息をついている。

 ――――い……た……あ……!
 痛みの余り、ともえの顔はくしゃくしゃに崩れてしまう。
 膣も硬直し、胎内の異物を排除しようとして強く締め付け、押し返す動きをした。

「ううっ……」
 男が呻き声を漏らしている。
 彼は膣の押し返しを堪えるように、少しのあいだ静止していたが――
いきなり猛然と、陰茎の抜き挿しを開始した。

「あ痛っ! 痛い……痛い! 痛いぃっ!!」
 ともえは手足を突っ張り、涙を流して苦痛を訴えた。
 男の胸板に腕をつき、シャツの上から爪を立てても見た。
 けれど、それらの抵抗は全て徒労に終わった。
 男は、そこに根が生えているもののように、びくとも動かなかった。
 決してともえの上から退こうとしない――
ただ一心に腰を上下動させて、陰茎で穿った傷口を掘り返すのであった。

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
 挿して。抜いて。挿して。抜いて。
 律動的な呼吸と共に、素早く、規則正しい運動が繰り返される。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」
 男の運動に合わせ、ともえの咽喉からも独りでに声が漏れる。
 頬が。肩が。腰が。膝が。つま先に突っ掛けた下駄の鼻緒が。
 揺れて震えて、ともえの意識を夢幻の境地に引きずり込む。

 すでに痛みは通り越していた。
 陰部はただ燃え盛るように熱く、膣口が引き攣れる違和感のみが、
彼女を責めて、苛んでいた。
「あああ」
 ――――熱い。なんて火のように激しい。強い。壊れる。私。ばらばらに壊れてしまう。
 動物めいた呻き声と共に、取り留めのない思考が浮かんでは、消える。

 不意に、襟前がぐっと寛げられた。
 剥き出された乳房を、ぬるい夜気がさっと撫でる。
 次いでそこに荒々しい吐息が降りかかったかと思うと――
乳房の谷間に、重たい頭が圧し掛かってくる気配を感じた。

「あ……はぁ」
 眼鏡の冷たさ。乳首を、ちゅっと吸われる感覚。
 汗ばんだ乳房が、同じくらいに汗ばんだ手の平に揉みしだかれて――。
 腰の動きは、ますます熾烈になっていた。
 ぐいぐい押される。姿勢が不安定になる。

 ともえの腕が、男の頭を抱え込んだ。
 乳を吸う幼子を抱くように。
 肘の上まで捲くれ上がった着物の袖が邪魔だった。
 もっと、もっと強く抱き締めたいのに。
 深く、深く繋がりたいのに――。

 両脚はすでに男の腕から解放されていたが、
ともえは自らそれを掲げ、男の尻に巻き付けていた。
 苦痛に耐えて腰を上げると、繋がった部分からぐちゃぐちゃと液体にまみれた音が聞こえた。

 ――――もうすぐ、ひとつの決着がつく……。
 狂ったような震動に揉まれながら、ともえの心は予感する。

 その予感は的中した。

「うっ……おぉ」
 ともえの胸の中、滅茶苦茶な呼吸と動作を繰り返していた男が、
搾り出すような呻き声を出した。
 激しい動きがぴたっと治まり――
膣の奥で、何かがぐっ、ぐっと自律的に躍動しているのを感じた。

 やがて、ともえのふくらはぎの下でびくびく震えていた臀部の筋肉から、
ふっと力が抜けた。
 被さっていた大きな躰が、さらに重みを増してともえを押し潰そうとする。

 その重みに耐えながら、ともえは脚を下ろした。
 熱を持った躰は全身で早鐘を打ち、
汗を、灼熱の呼気を放って、未だ激情の余韻に火照っている。
 それは男も同様だった。

 静けさを取り戻した室内で余熱を発する二人の肉体は、
重なり合ったまま動くことはなかった。
 仰向いたともえは霞んだ眼を天井に向けていたが、心の中は虚ろで、
その瞳は、何も見ていないのと同じであった。

 ――――終わった。

 がらんどうの胸の中、小さな言葉が浮かび上がる。
 安堵と、幾許かの悔しさが込み上げてきたが――
それは徐々に引いてゆく躰の熱と共に、ゆっくりと意識の底に沈んで、消えた。


「あ痛っ! 痛い……痛い! 痛いぃっ!!」

 女が悲痛な声で叫んだ。
(やっぱり、処女だったんだ)
 どうりで挿入する際、異様なまでの狭窄感があったはずだ。

 一樹は、半ば無理矢理に貫いた膣の感触に酔い痴れ、
その初開の場所に陰茎を擦りつけ始めていた。
 処女の性器の味は素晴しいものであった。
 挿れたり出したりする度に、膣口がきつく収縮し、中の方ではぶよぶよとした柔肉が、
吸い付いてねっちり絡みつく。
 ――――ああっ、す、凄い……!
 女に火の息を吐きかけながら、一樹は憑かれたように抽送を繰り返した。

 姦されている女は押したり引っ掻いたり、やたらに暴れて儚い抵抗を示していたが、
そのうちそれも弱まって、段々と一樹の為すがままになってゆく。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」
 全身を揺さぶられながら、機械的な声を上げ続ける女の表情は虚ろで、
ぼろぼろと零していた涙も枯れ果て、全ての感情は失われてしまったかに見えた。

 しかしそうした一方で、陰茎を抉り込まれている膣の方は、
実に生き生きと一樹の動きに応え、濃密な肉の快楽を伝え続けてくるのだ。

 一樹は女の姿を見おろした。
 彼の腹の下、女は憐れな肉人形に成り果てていた。
 それは信じ難い光景であった。
 勝気で、気位の高かったあの女が。
 髪はざんばらに振り乱し、はだけられた着物を床に押し広げ、
素足も二の腕も晒した無残な有様で――。
 しかも彼女のししむらは、こんな状況であるのにじっとりと濡れそぼち、
あまつさえ彼の陰茎を淫らに食い締め、ぬらぬらと舐りついてさえもいた。

 そんな変わり果てた女の姿を見るにつけ、堪え難い衝動に駆られた一樹は、
彼女の脚を手放し、桜色の着物の襟をぐっと引き開けた。
 真白く愛らしい膨らみが、ぷるんと震えて零れ出た。
 女は切なげに咽喉をそらす。
 一樹は荒い呼吸をしながら、その柔らかそうな二つの乳に顔を埋めた。
「あ……はぁ」
 眼鏡がずれるのも構わず、小粒の乳頭に音を立てて吸い付き、
手の平で、乳房全体をいたわり深く揉みほぐした。

 乳房を愛撫した途端、女の様子に変化が起こった。
 されるがまま、投げ出されたままになっていた手足が勢いよく動き、
一樹の躰にしがみ付いてきたのである。
 細い腕は、乳房にすり寄せた頭を抱きかかえ、
下駄履きの脚は腰に絡んで、しっかりと組み付いた。

 ことこと打たれる女の鼓動を耳で聞き、甘酸っぱいような匂いに包まれながら、
一樹はいっそう激しく、ありったけの力を込めて腰を使い始めた。
 女の躰が、嵐の中の小船のように揺れ動く。
 乳房の下、腹の奥では膣がきゅうきゅう窄まって、
亀頭冠に、裏筋に、いやというほど秘肉を纏わりつかせて扱き上げた。

 頭の中で、幾つもの閃光が火花を散らして、炸裂した。
 腰の奥から堪らない快感が陰茎の先に集まり、そして――。
「うっ……おぉ」

 突然、深い穴に落ち込むような感じで、一樹は精を漏らし出していた。
 一樹は息を詰め、精液が押し出される感覚に耐えた。

 全て出し終わると一樹はぐったり力を抜いて、女の上に倒れた。
 それを待っていたかのように、尻に絡み付いていた女の脚も床に落ちる。
 下駄が、からんと乾いた音を立て――それを最後に、快楽の刻は、終わりを告げた。


「……」
 一刻の余韻から覚めた一樹は、起き上がって眼鏡を掛け直した。
 女から身を離し――そこでようやく気付く。

 ――――これって、レイプじゃないか!

 乱れた着物から胸と股間を曝け出し、呆然と天井を見上げて横たわった女の姿。
 だらしなく広げっぱなしの脚の間で、くちゃりと割れた陰唇の下の方に、
僅かな赤い色が見える。
 生々しい、処女の血痕――。

 一樹は急に怖ろしくなり、小刻みに震えながら後ずさりを始めた。
 大急ぎでジーンズを引き上げ、拳銃とライトを拾い――
そのまま、一目散にその場を逃げ出した。
 もつれる足で階段を駆け下り、制御室の戸を開けて出て行こうとする。

 そこで彼は立ち止まった。
 開きかけた引き戸から手を離して、二階を見上げる。
 ――――逃げてどうする!
 彼女は、人間だ。
 彼女の言ったとおり。それは完璧に証明されたのだ。
 ――――だったら……あのまま放っておく訳には……。
 今は非常事態なのだ。
 こんな化け物が跋扈する危険な場所に、か弱い女を捨てて行くことは出来ない。
 一樹は、女の元へ戻る決意をした。

 ところが。

 引き戸が開いて、湿った外気が部屋に流れ込んできた。
「あ……」

 そこには、百合が立っていた。
 雨に濡れた長い黒髪。赤いカーディガンも、雨水を含んで重そうに濡れている。

「……もう、済んだんでしょ?」
 掠れた声で、百合は言った。
「え……」
 何が? と、聞き返す勇気はない。百合は、言い澱む一樹の腕を取った。
「行こう? 時間、ないから」

 冷たい腕を絡ませてくる百合は、黒々とした瞳で一樹を見つめる。
 すると彼はその輝きに惹き寄せられて――
もうひとつの気掛かりのことなど、瞬く間に忘れてしまった。

 百合に引っ張られるように制御室を後にする一樹の胸ポケットで、
花の髪飾りが微かに揺れる。
 ――――これ、返してあげればよかったかな……。
 鉄階段の途中で、そっと制御室を振り返る。

「どうかした?」
 傍らで百合が見上げている。
 その、自分を一心に頼り続ける、いたいけな瞳――。
「……なんでもないよ。行こう」
 あの女には悪いが、この子を見棄てることなど出来はしない。
 一樹は胸に小さな痛みを残したまま、
百合を伴い、採掘所からの脱出口へと向かって行った――。

 男が逃げるようにともえの元から去って行く。
 後に残されたともえは独り、外から吹き込む雨風をその身に受けながら、
ぼんやりと天井を見上げていた。
(寒い……)
 熱の引いた肌がすっかり冷たくなっている。
 ともえは重たい躰をのろのろと起こし、着物の着崩れを直そうとする。

 立ち上がる時、陰部に鈍い痛みが走った。
 それは躰を動かす度に、いつまでもいつまでも残ってともえを憂鬱な気分に陥れた。
(忌々しいね、本当に)

 つまらない男。
 身八ツ口に手を入れて襟を正しながら、ともえは、己の処女を破った男のことを考えていた。
 余所者で。臆病で。思い込みが激しくて。あんな――甘ったれた笑顔を見せて。
 ――――それに……あんな化け物女なんかに騙されて。
 ふっと涙が湧いて、視界がぼやけた。
 ともえは慌ててそれを拭う。
「おおいやだ。まだあそこが痛みやがる……」

 忘れてしまおう。ともえは心にそう呟いた。
 どうってことない。どうってことない。こんなの、犬に噛まれたも同じこと。
(お父様だってきっと……判って下さるわ……)
 誰よりも頼みにしている父を想い、ともえは髪の毛に手をやる。
 頭の後ろの髪飾りに触れようとして――それがないことに、初めて気がついた。

「……お父様に貰った、髪飾り」
 今までにない深刻な表情で、ともえは呟いた。


「ちょっと待ってて」

 郁子の肩から手を離し、一樹は座敷へと戻って行った。
 鉄塔の只中に、何故在るのか判らない奇妙な座敷。
 まあこの鉄塔自体、捻くれ曲がった大樹と融合している処といい、
頂上が異界と現世の接点になっている処といい、奇妙以外の何ものでもない訳ではあるが。


 あれから――。
 あの着物の女との出逢いから、様々なことがあった。

 結局あの女の言っていたことは、正しかった。
 岸田百合は諸悪の根源ともいうべき化け物であり、
彼女を信用していいように操られた自分は、救いがたい大馬鹿者であったのだ。

 そのことに気付いたのは、自らの手で、事態を更に悪い方へと進めてしまった後だった。

 だからこそ――だからこそ彼は、この悪夢を、
同じく自らの手でもって収束させねばならないと意気込んでいた。
 幸い、彼には心強い協力者もいた。
 彼がこの怖ろしい鉄塔を此処まで登ってこられたのは、
彼女の助けもあってこその事なのである。

 ――――今度こそ……見棄てていったりはしない。
 優しくて口の悪い郁子。
 大事なパートナーである彼女を表に待たせて一樹は――
たった今座敷に生えた、小さな木の前に立っていた。

 あの女は――あれから度々、一樹の前に立ち塞がってきた。
 すでに人では無くなってしまった姿で。
 彼女が忌み嫌っていた化け物の眷属と成り下がってしまった彼女を、
一樹は何度も何度も打ち倒さねばならなかった。
 何度撃退しても起き上がって一樹に向かってくるその執拗さは、
あたかも、彼の不実を責め立てているようでもあった。

 しかしついに、その腐れ縁に決着のつく時が来たのだった。

 『太田ともえ』と銘打たれた呪具を使い、彼は異形と化した女を滅することに成功した。
 ――――これでもう、君が起き上がることは無い。
 小さな木――否、大樹の枝となった女を見つめ、一樹は心に呟く。
 そして、胸ポケットから花の髪飾りを取り出した。

 美しい赤い花を模った髪飾りを、枝の先端に挿し挟む。
 朽ちかけたような色合いの木に、たった一輪の可憐な花が咲いた。
「……」
 一樹は言葉もなく暫し花を、木を見下ろした。
 綺麗な髪飾りはきっと、人であった頃の女によく似合ったことだろう。

「ねえ、どうかしたの?」
 座敷の玄関先で郁子が呼んでいる。
「ああ……何でもないよ。もう行こう」
 一樹は木を一瞥し、郁子の元へ戻っていった。

 彼が立ち去った後の座敷には、赤い花をつけた木が、静かに座するのみであった。

【了】
164名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 10:01:12 ID:rexS61BB
乙、素晴らしい!
165名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 14:22:16 ID:U/bA2c2w
オリジナル小説というのがどうにも信じられん程の完成度
そ、そうか貴方は製作者だなGJ!
166名無しさん@ピンキー:2007/12/12(水) 23:00:49 ID:9KOYqhYH
すごいクオリティage
167名無しさん@ピンキー:2007/12/14(金) 15:33:37 ID:SsxU/rzo
宮田が人気かと思ってたけどそうでもないんだね
168名無しさん@ピンキー:2007/12/18(火) 17:33:54 ID:Ss41ZBzA
宮田×美耶子ってないね
169名無しさん@ピンキー:2007/12/24(月) 03:00:56 ID:jXh9jDra
>>168
診察中にあれやこれや?
…いいじゃぁないか!
170名無しさん@ピンキー:2007/12/24(月) 16:32:48 ID:1DrC1pgQ
美耶子ってパンツ何色だろ?
171名無しさん@ピンキー:2007/12/24(月) 18:42:08 ID:WpiOkaW1
ベージュで真ん中が黒
172名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 12:01:34 ID:sc5c6AJM
ノーパン?
173名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 23:08:05 ID:M+useQKk BE:137400252-2BP(1000)
hssh
174名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 13:47:04 ID:kbbq8542
誰か職人さん来ないかな
175 【中吉】 【1803円】 :2008/01/01(火) 00:35:37 ID:mS0oh6i7
あけおめ
176名無しさん@ピンキー:2008/01/04(金) 10:35:54 ID:FCvbrcPh
あけおめ
177名無しさん@ピンキー:2008/01/05(土) 16:11:18 ID:DxDMMOmX

竹内×安野が読みたい…

178名無しさん@ピンキー:2008/01/21(月) 17:02:12 ID:CQpfC/bD
保守
179名無しさん@ピンキー:2008/01/26(土) 21:42:56 ID:Qr18mXFD
良すれ保守
180名無しさん@ピンキー:2008/02/04(月) 22:52:56 ID:R2sS8y6p
保守
181名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 02:28:06 ID:qyK2aQsa
ちょwここのエロパロ素晴らしすぎだろ。
一樹、永井×百合は神
182名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 03:42:25 ID:ZUJCxixl
サイレンはサイレンでもサイレンの方のサイレンと勘違いしてた
183名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 17:23:44 ID:eexKPguE
182は何と勘違いしてるんだよww
184名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 23:42:43 ID:shwxWnGI
PSYRENとかいうジャンプの漫画だと思われる
185名無しさん@ピンキー:2008/02/08(金) 15:40:02 ID:/a2xLZoA
教えてあーー・・・げない
186名無しさん@ピンキー:2008/02/12(火) 20:10:07 ID:NPYLFLsY
これは?携帯だけだけど
ttp://courseagain.com
187名無しさん@ピンキー:2008/02/19(火) 10:54:05 ID:EymYbFrE
宮田ねたが読んでみたいです
188名無しさん@ピンキー:2008/02/26(火) 01:18:49 ID:bHWiDIzJ
ho
189名無しさん@ピンキー:2008/02/28(木) 12:34:20 ID:THfIU3WD
女性の身体を洗い、マッサージをする仕事になります。
射精の瞬間を見たいという要望も多数あります。
[email protected]
190名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 16:55:01 ID:ipthkwDi
hs
191名無しさん@ピンキー:2008/03/08(土) 23:28:18 ID:IKXnPJ/4
保守
192名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 20:41:18 ID:g+wpTXqJ
193名無しさん@ピンキー:2008/03/13(木) 21:51:28 ID:g+wpTXqJ
194名無しさん@ピンキー:2008/03/15(土) 07:28:07 ID:aJYVfete
吉村兄弟と恩田姉妹で一つ
195名無しさん@ピンキー:2008/03/24(月) 22:51:55 ID:zFdWU+DF
196名無しさん@ピンキー:2008/03/25(火) 15:17:16 ID:eefKE45O
どんなに過疎っててもへこたれないわ!
それ以上に私のハートは燃えている!
過激なほどぉおおおおおお!
197名無しさん@ピンキー:2008/03/26(水) 00:50:54 ID:yrOeeemO
最近闇人の言動が可愛く見えてきた
特に焼きたらこ
198名無しさん@ピンキー:2008/03/26(水) 04:32:51 ID:syvphQhS
焼きたらこ?
199名無しさん@ピンキー:2008/03/29(土) 23:59:54 ID:q/s+NUEV
白子みたいな奴に靄ついて黒くなった雑魚
200名無しさん@ピンキー:2008/04/09(水) 11:30:33 ID:ihMZPdML
ほしゅ
201名無しさん@ピンキー:2008/04/10(木) 18:08:05 ID:CvoKPykK
過疎り杉ワロタ
202月下奇人:2008/04/15(火) 22:36:37 ID:5yECaMUV
  夏の夕暮れ。
 夕日が赤く照らす中、曲がりくねった細い山道を、ぼくの車は静かに走り抜けていく。
 まったく静かなものだ。
 標識のない分かれ道へハンドルを切ってから、かれこれ一時間。一台の車にも出くわさない。

 助手席の郁子は、さっきからずっと大人しい。
 川遊びの疲れもあるだろう。だが勘の鋭い彼女は、きっと気付いているのに違いない。
 ぼくの胸に秘めた、この、熱い思いを――――――。


 夜見島事件から、一年の時が過ぎようとしていた。
 あの怖ろしい無人島で、ぼくと郁子はともに戦い、すべての怪異を収束させ、奇跡の生還を果たした。
 いにしえの闇の世界から、ぼくらの世界を侵略しようと画策していた異形の者たち。
 ぼくと郁子がその謀略をうち砕き、やつらを倒して世界を救った――
などということに気付いている者は、当然、誰もいない。

 あの事件のことは、“自衛隊の訓練ヘリ消失事件”として、僅かな期間、世間の関心を引いたものの、
マスコミの垂れ流す膨大な情報の波に埋もれ、すぐに忘れ去られた。

 だが、夜見島に興味を抱いているオカルトマニア達からすれば、また話は別だった。
 三十年前の全島民失踪事件、二十年前の客船消失事件など、
過去に数々の怪事件の舞台となっている夜見島。
 近隣からは『忌み島』『黄泉島』などと呼ばれる呪われた島である夜見島の、新たな怪異。
 流行作家・三上脩の失踪とも絡み、この事件のことは、ネット上で大いに話題になったし、
オカルト専門誌等においても、大きく取り上げられた。

 当然、ぼくが編集部員として所属する超科学雑誌、アトランティスでも――――――。

 夜見島から救出されたのち、数日間の入院を経て職場復帰したぼくは、
すぐにあの事件のことを記事に起こした。
 ぼくとしては、あまり現実離れしないようにと腐心して書いたつもりだったが、
それでもまだ荒唐無稽に偏り過ぎていたらしい。
 デスクからは「うちはカストリじゃねえんだぞ」と怒られてしまい、
化け物たちとの戦いのくだりなんかは、編集長をして「おまえ漫画原作やってみるか?」
と、言わしめるほど、嫌な意味で面白い出来になってしまっていたようだ。

 それでも、郁子がぼくの落としたデジカメを拾っていてくれたおかげで、証拠資料は揃っていたし、
なにしろあの事件の当事者が書いたものだということで、
ぼくの記事は、ほぼそのままの形で、アトランティスに掲載された。

 初めて一から企画し、自分の力でまとめ上げた、ぼくの仕事。
 この仕事を境に、ぼくはようやく“バイトあがりの編集見習い”から脱し、
一人前の編集者として、周囲から認めてもらえるようになれたのだ。
 もちろん、編集部で最年少のぼくは、まだまだ坊や扱いされているのには変わりないのだが。
 でもあれ以来、単なる使いぱしり以上の仕事を任される割合は確実に増えたし、
なにより、ぼく中で仕事に対する自信がついたのは、かけがえのない収穫だったと思う。
 その意味では、あの怖ろしい、悪夢の一夜は無駄ではなかったのだ。

 そして――夜見島事件がぼくにもたらした収穫は、もう一つあった。
 それは今、ぼくの隣に座っている女の子――木船郁子との出逢いである。


 郁子は助手席の窓にもたれ、流れる景色に眼をやっているようだ。
 そのしどけない姿態はどこか物憂げで、
ぼくは気の強い彼女にいつになく女を感じ、少しばかり、ドギマギしてしまう。
203月下奇人:2008/04/15(火) 22:37:27 ID:5yECaMUV
 郁子とは、夜見島へ向かう途中、島の近くの漁港で出逢った。

 漁師の手伝いという、若い女の子に似つかわしくない仕事に就いていた郁子の第一印象は、
『ぶっきらぼうで取っつきにくい人』
 つまり、他の漁師さんたち同じような印象だった。
 そんな口が悪くよそよそしい彼女と、のちに運命共同体になるなんてことは、
最初に逢った時点では考えもしなかったのに――世の中、何が起こるか判らないものだ。

 郁子は、生まれながらに超常の力をもっていた。
 他者の精神に感応する能力――いわゆる、テレパスなのだ。

 怪現象のさなかにあった夜見島で、郁子の能力は最大限に増幅した。
 それまでは単に、時折人の心が読める。という程度のものであったのが、
夜見島にいる間は、他者の精神を乗っ取り、一時的にその動きを止めたり、
思い通りに操ったり出来るほどにまでなっていた。

 島の地底で、ぼくが絶体絶命の危機に瀕していた時、彼女はその力でぼくを救ってくれたのだ。
 もっとも、余りに能力を酷使し過ぎた反動からか、
島から戻って以来、人の心も満足に読めなくなってしまった。と彼女は笑ったが――――。

 夜見島から生還した後も、郁子はぼくの救いになってくれた。
 島で遭遇した恐怖体験の数々――ぼくは帰ってからも、たびたびそのPTSDに苦しめられた。
 そんな時、いつもぼくの苦痛をやわらげてくれたのは、郁子の存在だった。
 同じ恐怖を体験し、共にそれを乗り越えてきた仲間。
 彼女に逢って話をすることにより、ぼくは恐怖心を克服することができたのだ。

 幸い、漁港のバイトを辞めた郁子は、ぼくの会社近くの二十四時間喫茶店で、
ウェイトレスとして働いていたので、仕事が忙しい時でも比較的ひんぱんに逢うことができた。
 きっと彼女も、ぼくと同じ気持ちだったのだと思う。
 彼女もぼくと一緒にいることで、辛い記憶に耐えていたのだろう。
 そうでなければぼくの会社の近くに職を求めたり、ぼくのアパートから歩いて行けるほどの近所に、
わざわざ越してきたりはしないはずだ。

 そう考えると、いつも気丈に振舞っている郁子のことがいじらしく思えてくる。
 いつもいつも、部屋が汚いとか、格好がだらしないとか、話がくどくてウザイとか、
眼鏡が胡散臭いとか、ボロカスに言ってくるキツイ性格も、なんだか可愛い気がしてしまう。

 いつしか郁子は、ぼくの中で、かけがえのない大きな存在になっていた。
 そしてついに――ぼくは一大決心をした。

 計画は、数ヶ月単位で進められた。
 ボーナスを頭金にローンを組んで新車を購入し、郁子のスケジュールに合わせて有給も取った。
「せっかく車を買ったんだから、どこか景色のいい処にドライブに行こう」
 理由づけも、完璧だ。

 そして今日。
 この山を下って少し行けば、温泉地に出る。それは事前に調査済みだ。
 そこの雰囲気のいいペンションかなんかで食事を取る。
 せっかくだから。と温泉に入ったりしている内に、帰るにはもう遅い時間になっているだろう。
 そうしたらもう――泊まっていくしかない。という流れになって、そ、それで――――――。

 こんなことを考えていると、なんだか自分が酷くサモシイ男のように思えて鬱になる。
 だがしかしそれでも。
 郁子と――そういう関係になるための方法は、これ以外にないのだから仕方が無い。
お互い何かと忙しい生活の中、ぼくらの間柄は“仲のいい友人”レベルに留まったままだった。
204月下奇人:2008/04/15(火) 22:38:14 ID:5yECaMUV
 そう、つまりぼくたちはまだ――何もしていないのだ。
 これは、ちょっと問題なんじゃないだろうか?
 若くて健康で、互いを憎からず思っている(……筈の)男女が、だ。
 もう出逢って一年にもなるというのに、キスの一つもしていないなんて!
 きょうび、中坊のガキどもだって、もうちょっとその――やることはやってるぞ!!

 まあそんな訳で。
 ぼくは固い決意を胸に、今日のドライブを決行したのだった。
“昼の部”は滞りなく進行し、時刻はもう夕暮れ時。

 いよいよこれからが本番だ。
 ペンションで湯に浸かった後、郁子を連れてテラスに出よう。
 そして満天の星空の下、ぼくは、彼女に想いを告げる。
 彼女もきっと――ぼくの気持ちを、受け入れてくれるはずだ。
 郁子の潤んだ瞳がぼくを見上げて――ぼくらは、その場で口づけを交わすだろう。
 永い口づけの後、ぼくらは寄り添うように部屋へ行き、そして――そして――――――。

 ――――パーペキじゃないか……。
 ぼくは、自分の立てた計画のパーフェクト具合に酔い痴れ、一人静かに頷いた。
 筋書きは出来上がっている。あとは――行動に移すのみ。そうだ。もうやるしかないんだ。
 今夜は――――決める。
 ぼくは力強い決意を込めて、ハンドルを切った。


「うぁぎゃあ?!!」
 タイヤが軋み、素っ頓狂な悲鳴をあげて郁子が倒れこんできた。
――ちょっと、決意をハンドルに込め過ぎたみたいだ。
「あれ……ここどの辺?」
 ゴシゴシと眼をこすりながら、郁子がかすれ声で訊いてきた。
 どうやら、ずっと居眠りをしていたらしい。そりゃ大人しくしてる訳だよ――――。

「脇道に入ったんだ。こっちの方が、早く着くと思って……」
「ふうん……なんだか淋しい道ねぇ」
 郁子は、しきりに辺りを見廻している。
「郁子、何見てるの?」
 郁子の目線は、道に沿って続く雑木林に向けられている。

「うん、あの赤い花。さっきからあの花ばかり眼につくの」
 郁子の指さす先には、風に揺れる赤い花が、かたまりとなって点々と続いていた。
「あれって、彼岸花かしら?」
「いや。あれは、月下奇人」
「ゲッカキジン? ……月下美人じゃなくって?」
「ああ。月下美人は白い花だろう? あれは、違う花なんだ。
 この辺りにしか生息しない、珍しい植物なんだよ」
「へえ」

 郁子は、感心したように頷きながら、道ばたの赤い花々を眼で追った。
 ぼくはふと、月下奇人にまつわる話を郁子に聞かせる気になった。
「あの花は……羽生蛇村っていう、以前この近くにあった小さな山村が原産地だったんだ」

「はにゅうだむら? その名前、どっかで聞いたような」
「羽生蛇村は、三年前の土砂災害で全滅してしまったんだ。
 当時そのニュースは大々的に取り上げられてたから、それで覚えてるんだろう。
 住民は、たった一人の女子小学生を除き、全員行方不明になった……」

「あー、思い出した! 確か土砂崩れが起こって三日後に、女の子一人が無傷で見付かったって……
 自衛隊のヘリにぶら下がって助けられてる映像、テレビで見た……あれって、この近くだったの?」
「そう」
205月下奇人:2008/04/15(火) 22:38:57 ID:5yECaMUV
 ぼくは、前を向いたまま返事をした。
「羽生蛇村は昔から土砂災害や水害に見舞われやすい土地だった……
 そして、それらの災害が起こる日の夜……月下奇人の花は開く、と、言われていたそうだ」
 郁子は、眼を丸くした。

「じゃあ、三年前に土砂災害が起こった時にも、月下奇人は咲いていたの?」
「言い伝えが本当なら、そういうことになるね……さらに、こんな話もある」
 ぼくは軽く咳払いをする。郁子は、ちょっと居住まいを直してぼくの方を向いた。

「羽生蛇村の伝承によると、月下奇人は元々、常世……つまり、あの世の花なんだそうだ。
 現世にある月下奇人の花は、その生涯で一度きりしか咲くことが出来ない。
 そして、夜に咲いたその花は、夜明けを待たずに萎んでしまう。
 だがその花が開く処を見た者は、花が萎む前に常世に招かれてしまう。
 そんな話が、村ではまことしやかに言い伝えられていたんだ」

 郁子は、黙ってぼくの話に耳を傾けている。
 宵闇が深まっていく中、車の音と、ぼくの声だけが暗い山道に吸い込まれてゆく。

「羽生蛇村は自然災害の他に、人の消失事件も多い土地だった。いわゆる、神隠しと言うやつだ。
 ある日突然、なんの理由もないのに人が消えてしまう。
 消えた人々のほとんどは二度と帰って来ないが……まれに、帰って来る事もあったのだそうだ。
 数日、数ヶ月……或いは、数十年もの時を経て、突然に」
「……」
 「……帰ってきた人たちはみんな憔悴し、すぐに死んでしまうか、
 運良く生き続けることが出来たとしても、精神に異常をきたしてしまい、
 病院で余生を過ごすしかなかった。当然、まともに話なんか出来る状態ではない。だけど」

 小雨がぱらついて来た。
 ぼくは一旦言葉を切って、ワイパーのスイッチを入れる。そしてまた、話を続けた。

「だけど帰ってきた人たちはみんな、一様に同じ言葉を口にした……
 すなわち、“ぱらいぞうにまうづ”と」
「ぱらい、ぞうに……?」
「ぱらいぞうにまうづ。これは、月下奇人の旧い呼び名なんだ」
「まあ」
「ここから推測出来るのは、神隠しに遭った人々が、月下奇人を見ていた可能性が大きいってこと。
 ……実際、帰ってきた時に、月下奇人の花を手に握り締めていた人もいたらしい」

「なんか……怖い花なんだね」
 郁子は、恐々と肩をすくめて言った。
「そんないわくのある花を見て……私たちも、神隠しに遭っちゃったりして」
「大丈夫だよ。だってよく見てみな。花は咲いてないだろう? あの赤いのは、全部蕾だ。
 だから大丈夫」
「でも」
「大丈夫だって! 仮に花が咲いたって、大丈夫だよ。だっておれ達は」
 一年前に、あの島から帰って来られたんだから。と、ぼくは言いかけて――やめた。

 もうあの夜見島事件は、過去のことだ。
 いつまでも囚われ続けるのはよくない。そう。ぼくらはもっと、未来に眼を向けるべきなんだ。
 差し当たっては――今夜。これから始まる、郁子と、ぼくの――――――。

「ねえ、ところでさ。道……本当にこっちで大丈夫?」
 郁子の言葉が、ぼくの思考を容赦なく現実に引き戻した。
 言われてみれば変な感じもする。
 もう随分走っているし、いい加減、麓の灯りが見えてもいいはずなのに――――――。
「もしかして守。道に迷ってない?」
「いや、そんな訳ないよ。ずっと一本道なんだから」
206月下奇人:2008/04/15(火) 22:39:42 ID:5yECaMUV
 そうだ。道は間違っていないと思う。なのにこの胸騒ぎは何なんだろう?
 雨音が響く。降りが本格的になってきたようだ。
 視界の端に、月下奇人の赤い色がちらちらと入ってくる。

 ――――なんだか、ずっと同じ場所を走っているみたいだ……。
 不吉な予感を振り払うように、ぼくは、アクセルを踏み込んだ。

 その時突然、黒い空が閃き、辺りに雷鳴が轟いた。

「ひゃあっ!」
 郁子がビクリと肩を震わせた。
 雨だけじゃなく、雷まで。
 ――――これじゃあ、満天の星空の下で告白、というシナリオは没にせざるを得ないな。
 などと思いつつ、ぼくは、さりげなく郁子の肩を抱く。

「大丈夫だよ。ただの雷だ」
「う、うん……でも、結構近くに落ちたみたい」
 タンクトップからはみ出た郁子の小さな肩は、恐怖心からか、小刻みに震えていた。
 ぼくはその、なめらかな肌の感触を指先で味わいながら、二の腕の方までゆっくりと撫で摩ってみる。
 郁子の抵抗は、なかった。
 それどころか郁子は、ぼくに身を預けるように、気持ち頭をもたせ掛けてきた。

 ――――こ、これは……!
 前に男性向け雑誌で読んだことがある。こういう場面でこの反応は――。
 いわゆるひとつの、OKサインというやつではないか?!

「い、郁子……?」
 ぼくは、緊張で咽喉に絡まる声で、郁子に呼びかけた。
 郁子は何も言わない。だがその代わり――。
 寄り添ったまま、ハンドルを握るぼくの膝に、そっと指を乗せてきた。

 もう間違いない。
 郁子はぼくと――同じ気持ちになっている。
 ぼくの心臓は早鐘を打ち、息苦しいような気持ちになった。
 降りしきる雨はいっそうの激しさを増している。
 雨と、深い緑に閉ざされた無人の山道。
 小さな密室の箱の中、この世界に居るのは、ぼくと、郁子の二人きり――――――。

 このチャンスを逃す手は無い。ここが決断の為所だろう。
 ぼくは今、この場で、郁子を――――ぼくのものにする決意をした。
 まずは、車を停めなければ。
 ぼくは車を路肩に寄せ、ブレーキを踏んだ――――――が。

「あれっ?」
 ブレーキペダルは、スカッと床に着いた。
 更に何度か踏み直してみる。やっぱり駄目だ。なんの反応もない。
 雨に濡れる山道を、車はどんどんスピードを増して下ってゆく。
「守? どうしたの?」
 異変に気付き、郁子が顔を上げて問い掛けてくる。
「ブレーキが……効かない!」

 車は、ジェットコースターのように加速してゆく。
 フロントガラスに当たる雨粒が視界を奪い、滑る路面に、ハンドルが取られそうになる。
 郁子が悲鳴を上げた。
 眼の前に断崖が迫っている。
 ぼくはクラッチを切り、ギアを落として減速する。
 前のめりになりながらも、急ハンドルを切ってカーブを曲がりきろうとする――――――。
207月下奇人:2008/04/15(火) 22:40:28 ID:5yECaMUV
 車は、崖の縁を横滑りしながらカーブを曲がった。
――――なんとか墜落はまぬがれた。
 だがホッとしたのも束の間、突然、真正面から対向車が現れた。

「駄目だ、ぶつかるっ!!」
 ぼくは再び、急ハンドルを切った。
 対向車のヘッドライトが真っ白にぼくらを包み、そして――――――。


 ――――気が付くと、車は何事もなかったかのように停止していた。
 ぼくらは辺りを見廻す。
 たった今追突しそうになった対向車は、影も形もなく消え去っていた。

「……どういうこと?」
 郁子は、呆然とした様子で言った。
 ぼくにだって判りはしない。ぼくら二人は、狐につままれた気持ちで顔を見合わせた。

 ――――今起こったことは、全部、錯覚なのか?
 なんだか頭がくらくらする。その時ふと、窓の外に白い人影を見た。
「きゃっ、守っ! アレ……」
「……いっ今の、郁子も見たのか?!」
 外を通りかかった人影は、若い女だった。それも――一糸まとわぬ姿の、全裸の女。
 長い黒髪がたなびいて――――――。

 女は、月下奇人の赤い花をかき分け、雑木林の中に消えて行った。
「あの女……」
 なんで、こんな場所に――――。ぼくは居ても立ってもいられず、雨の中、車を飛び出した。
「守、待って!」
 すぐに郁子が追ってきた。冷たい雨が、激しくぼくらを打ちつける。
 ぼくは胸ポケットからL字ライトを取り出し、女の消えた辺りを照らしてみた。

 夜見島事件以来、ぼくは、どこへ行くにもライトを手放せないようになっていた。
 このL字ライトは、東京に戻ってから新たに買い求めたものの一つ。
 あれから様々な種類のライトを買ったが、これが一番使い勝手が良かった。
 点けたまま胸ポケットに入れておけるから、手で持つ必要がないのだ。
 両手が空いていた方が、行動に制限がなくなるからいい。
 敵に対抗するためにも、この方が便利だ――――――。

 雑木林の中には非常に判りにくい細い道が、頼りなげに続いているようだった。
 それはほとんど獣道に近い代物だ。
「ねえ、行くの?」
 郁子が不安そうに訊いてきた。
 彼女のすがるような眼を見ていると、ぼくの気持ちは揺らいだ。でも――――。

「ちょっと確かめてみるだけだよ。さっきの女が何だったのか……
 だってうやむやにしたままだと、余計に怖いだろ?」
「でも」
 郁子は、腕を掴んでぼくを引き留めようとする。
「ねえ……やっぱり、やめとこ? 私、こっちに行きたくないの。なんか、嫌な感じがして」

 郁子は、蒼ざめた顔で獣道を見やった。
 こういう時、超常能力を持つ郁子の勘は確かだ。
 ――――きっと、本当に行かない方がいいんだろうな……。
 ぼくは後ろ髪を引かれる思いだったけれど、郁子の忠告を聞き入れ、車に戻ることにした。
208月下奇人:2008/04/15(火) 22:41:04 ID:5yECaMUV
 ますます激しい雨の中、真っ黒な低い雲が光り、獣のような吼声を轟かせている。
「やばいな、近くに落ちそうだ」
 ぼくがそう言った途端――――――。

  「守! 危ないっ!!」

 郁子が、後ろからぼくを引っ張った。
 地べたにひっくり返るぼくの眼が、まばゆい閃光に眩む。

 次の瞬間、ぼくの躰を、凄まじい轟音が貫いた。


 耳をつんざくような落雷の音に包まれて、
 ぼくは一瞬、自分が雷に打たれたような錯覚を起こしていた。
「守、大丈夫? まもるっ?!」
 呆然と座り込んだぼくは、郁子に揺さぶられて、ようやく我を取り戻した。

 雷に打たれたのは、ぼくではなく、ぼくの眼の前にある、ぼくの車だった。
 ついこの間買ったばかりの、ぼくの新車。
 向こう三年分のローンを残し、今、炎を噴き上げ無残な鉄屑になろうとしている――――――。

「まあ……そう気を落とさないで」
 郁子は、ガックリ落としたぼくの肩をぽんぽんと叩いた。
「しっかりしなよぉ! 命が助かっただけでも、ありがたいと思わなきゃ!」
「うん……そうだね…………」
 郁子に励まされ、ぼくはヨロヨロと立ち上がる。
「でも、まいったな……荷物とか、全部車ん中だよ」
「あ、それなら平気。ほら」
 郁子は、いつの間にか抱えていたぼくのスポーツバッグを差し出した。

「郁子……これ」
「うん。さっき車から降りる時、持って出たの。なんか、そうした方がいいような気がして」
 見れば、彼女の肩には自前のバッグが掛けられている。
 ――――これも、郁子の鋭い勘のなせる業か……。
 どうせなら、その類まれなる能力で、ぼくの車も救って欲しかったと思わないでもなかったが、
それは言うまい。


 ぼくは気を取り直し、バッグを持って歩き出した。
 歩きながら携帯を開いてみる。アンテナの処には、“圏外”と、無情に表示されているだけだった。
 こうなったらやはり――例の獣道を進む以外にないだろう。
 このまま道路を歩き続けたところで、拾ってくれる車が通りかかるとも思えないし、
他に、道らしい道もないとなれば――――――。
 郁子もそれを理解したのだろう。今度は反対の言葉もなく、黙ってぼくについて来た。

 暗い雑木林の中、L字ライトを頼りにぼくらは歩いてゆく。
 獣道では、雑草や低木が亡者の腕のように足元に絡み、歩きにくい事この上ない。
 突然、下から強く足を引っ張られた。
 ギョッとして照らしてみると、それは足首に巻きついた月下奇人の茎だった。
「なんでこんなモンが」
 ぼくは慌てて、月下奇人をむしり取った。

 よくよく見れば、辺り一帯が月下奇人の赤い色で埋め尽くされていた。
――しかも。

「月下奇人が……咲いてる」
 車窓から見た月下奇人の花は、もっと小さくまとまって見えていた。
209月下奇人:2008/04/15(火) 22:41:57 ID:5yECaMUV
 なのに今はその花弁が大きく開き、倍近くの大きさになっている。
 滴る血のように赤い花の中心からは、むせ返るほどの甘い芳香が漂い、
 それを吸い込むと、頭の芯が痺れるような感覚に襲われた。

「やだどうしよ……これ咲いちゃったら、私達、神隠しに」
「……心配するな。花が開く瞬間を見た訳じゃないんだから、セーフだよ」
「ほんと?」
 実際問題、そんなルールがあるのかどうかは知らない。
 これは、ぼくが今思いついて言っただけのことだ。怯える郁子を、少しでも安心させたかったのだ。
 幸い郁子はそれで納得したのか、もう神隠しのことは口にしなかった。

 だが、満開の月下奇人の群生が、美しくも禍々しい光景であることに変わりはなかった。
「まるで、月下奇人の畑みたい」
 郁子の言葉に、ぼくは無言で頷く。
 闇の中に浮かび上がる赤い花は、赤い血――そして、夜見島で遭った不気味な赤い津波を連想させ、
ぼくらに取って、あまり気持ちのいいものではなかった。

 不安な気持ちから、ぼくらの躰は自然に寄り添い合う。
 腕と腕が絡み――郁子の胸の膨らみが、ぼくの肘に触れる。
 ぼくは、この時間が長く続くことを祈った。

 しかしそうして歩いていくうちに、道幅は徐々に広くなっていった。
 もう人が歩いても差し支えのない、ちゃんとした道になっている。
 暫く行くと、眼の前の道が二手に分かれているのが見えた。
 それを見た途端、郁子は急にぼくの腕を離して走り出した。

「守! 見て、これ……」
 郁子は、分かれ道の右側に立って振り向いた。彼女は道端の、古びた郵便受けに手を置いていた。
「こんなのがあるってことは、こっちに民家があるんじゃない?! 誰か居るんだよ」
「うーん……どうだろうな」
 赤い郵便受けは塗装が所々剥げていて、もう永いこと、使われた形跡がない。
 もしも民家があったとしても、廃屋になっているのが関の山ではないだろうか――――。

 でも郁子は、そうは思っていないらしかった。
「とにかく行ってみようよ!」
 強く促されたぼくは、彼女と共に郵便受けの先へと進んで行った。
 正直、あまり期待はしていない。
 まあ、せめて雨や雷を凌げる場所でもあれば儲けものだ。
 その程度の気持ちで、ぼくは郁子の後に続いてゆく。

 道を進むにつれ、生えている月下奇人の密度がどんどん増してきた。
 一面の、赤、赤、赤。

 ――――赤い海……。

 また夜見島の記憶が甦る。
「いかんいかん!」
 突然、頭をブルブル振って声を上げたぼくに、郁子は不思議そうな眼を向ける。
 ぼくは笑ってその場を取り繕った。ああ、本当にいかん。こんなことでは――――。
 今夜のぼくは、どうかしている。こんなに、夜見島のことばかり思い出すなんて。

 さっき見た裸の女だってそうだ。
 郁子も見ているのだから、まあ、女が通ったのは間違いないのだろう。
 しかしあの顔は、絶対に見間違いだ。
 なんで今さら――今、ぼくの隣には、郁子がいるというのに。

 ぼくが物思いに沈みかけたその時、頭上を稲光が走った。
210月下奇人:2008/04/15(火) 22:42:58 ID:5yECaMUV
 一瞬、昼間のように明るくなった視界の先に――――突然、巨大な屋敷が姿を現した。
「これは……」


 まるで、ホラー映画のワンシーンのようだ。
 唐突に途切れた森の向こう。
 拓けた土地の中、アダムスファミリーでも出てきそうな洋館が、古めかしい佇まいを見せていた。
 稲妻の閃光に照らし出されたその威容――――――。

「お、お化け屋敷みたいだね……」
 郁子の言う通りだった。
 おそらく、ここは廃墟なのだろう。
 石造りの立派な門柱は半ば朽ち果て、門扉は、片方が倒れて地面で苔むしている。
 そして、門から屋敷に至る、百平方メートル以上はありそうな広大な庭を覆い尽くしている、
月下奇人の赤。

 見渡す限りの赤い花が、その異様な香気が、ぼくの胸をかき乱す。
 ここは――――ここは、いったい?

 ――――ねぇ。見て? お願い、私を見て。

 不意に女の声が囁いた。甘い吐息が耳をくすぐる。ぼくは、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「守? どうしたの?! しっかりして!」
 郁子がぼくの肩を揺する。ぼくは荒い息を吐き、震える指でずり下がった眼鏡を直した。
「な、なんでもないよ……ちょっと、気分が悪くなって」
「そう……しょうがないなあ、もう。しっかりしてよ!」
 郁子にいつもの調子で発破をかけられ、ぼくは、ようやく冷静さを取り戻した。

「判ってるよ。もう大丈夫だ……さあ、行こう」


 レンガ敷きの小道を歩きながら、ぼくはさりげなく辺りを見廻した。
 当然あの女はいない。そりゃそうだ。あんなの、ただの幻聴なのだから。
「中に入れるといいけどな」
 屋敷の玄関が近付いて来る。
 観音開きの扉は重く閉ざされていて、あたかも、地獄の入口といった風情だ。

「入っちゃって、大丈夫なのかな……」
 郁子は、首をすくめて木の扉を見詰める。
「構わないだろ。ここ多分……ていうか、絶対に、空き家だし」
 本当は判っていた。郁子は、そういうことを言ってるんじゃない。

 ――――この屋敷に入るのは、危険じゃないのか?

 無論ぼくだって、屋敷が発しているこの、尋常ならざる妖気に気が付かないほど、鈍くはない。
 しかし、だからといって落雷の恐怖に怯えながら、
 雨に打たれ続けて一夜を過ごす訳にもいかないだろう。それでは、躰が持たない。
 ぼくは郁子の顔を見下ろした。
 夏の盛りとはいえ、気温の低い山の中。
 雨に体温を奪われた郁子の頬は、すっかり冷え切って蒼ざめている。

 ――――やはり、屋敷に入るしかない。
 体力の問題だけじゃない。
 ここから引き返すのには、またあの、月下奇人の海の中を通り抜けねばならないのだ。
 とてもじゃないが、それには耐えられない。
 ぼくはブルリと身震いをした。
 すでにぼくの中では、月下奇人があの女のイメージと重なってしまっている。
211月下奇人:2008/04/15(火) 22:43:42 ID:5yECaMUV
 ――――怖ろしい女。怖ろしい、夜見島の記憶――――――。

 ドアの取っ手を掴む。どうやら鍵は掛かっていない。
 ギギィ、と、悲鳴じみた軋みを鳴らし、重厚な扉はゆっくりと、誘い込むように奥に開いてゆく。
 同時に中からは、かび臭い、湿った冷気が漂ってきた。
 言い様のない悪寒を覚え、ぼくのうなじの毛が逆立つ。
 郁子は、何かを訴え掛けるような眼でぼくを見上げている。

 でもぼくは、あえてそれに気付かない振りをした。
 もう、引き返すことは出来ない。
 背後からは雷鳴と――月下奇人の波が、迫っているのだ。

 ――――月下奇人は、夜にしか咲かない花。一晩だけだ。一晩だけ、ここで持ち堪えれば……。
 ぼくは、自分自身を説き伏せるように、胸の内で呟いた。
 郁子の手を取り、扉の中へ足を踏み入れる。そして。

「……お邪魔しまぁす!」
 ワザと馬鹿げた大声で挨拶をし、ぼくは、郁子と屋敷に入っていった――――――。


 屋敷の中は、真っ暗闇だった。
 ライトで周囲を照らしてみる。どうやらここは、吹き抜けの玄関ホールらしい。
 まず眼についたのは、正面左右に伸びた階段だ。
 ホール全体を抱く腕のように湾曲した階段が、二階へと続いている。
 その上には、蜘蛛の巣だらけのシャンデリア。

「あれが点いたらいいのにな……」
 こう暗いと落ち着かない。今にも、やつらが出てきそうな気がする。
 ――――でもこんな廃屋じゃあ、電気なんて通ってないだろうなあ……。

「……ねえ、守」
 郁子が傍に寄り、妙に小声で話しかけてくる。
「ここ、誰かいる。視線を感じるの」
 ぼくは思わず身構えた。
 脳裏に、黒い布を巻きつけた白い怪物が、わらわらと寄って来るイメージが甦る。
 ライトを四方八方に向け、ぼくは闇の中を探る――――。

 と。

「うわあっ?!」

 突然、眼の前にウルトラマンが現れた。
 でもよく見たらウルトラマンじゃなかった――当たり前だけど。
「なんだこれ……鉄の、ヨロイ?」

 それは、鉄製の西洋ヨロイのようだった。
 ぼくでも着けられそうな大きさのそれは、物々しく剣まで携えて立ち見番をしていた。
「なあ郁子。誰かいるって、まさかコイツのこと?」
「えーっと……」
 ジト目で見るぼくの視線を避け、郁子は、ヨロイの後ろの壁に手を伸ばした。

 すると、カチッという音と共に、屋敷中の照明が点いた。
「あ……これ、電気のスイッチだったんだ」
「おぉ助かった! きっと自家発電装置があったんだな。しかしよくスイッチを見つけられたもんだ」
「うん、なんとなく、ね」
 何はともあれ、明るくなるとホッとする。
 ぼんやり灯ったシャンデリア光の下、ぼくらはホール内を見廻してみた。
212月下奇人:2008/04/15(火) 22:44:28 ID:5yECaMUV
 ぼくらが驚かされたヨロイの隣には、子ヤギでも隠せそうな位に大きい置時計が据えられている。
 チクタクと時を刻んでいるその時計の針は――零時ちょうどを指している。
 ぼくは、自分の腕時計を確認した。腕時計は七時三十三分を指していた。
 念のために携帯の時刻表示も確認する。やはり、七時三十三分だ。

「まあ、古時計だから狂ってるんだろうな」
 あまり深くは考えず、ぼくらは他の場所も見てみた。
 ホールの隅には、なぜか巨大な水槽があった。
 藻に覆われたガラスの中は、澱んだ水で満たされている。その中身は、ちょっと見には判らない。
「何か居るのかな?」
 ぼくは、傍に寄って中の様子を覗った。

「さあね。こんだけおっきいんだから……人魚でも、飼ってんじゃないの?」
 冗談めかした郁子の台詞。ぼくは笑おうとしたが――ふと、胃の腑に冷たいものを感じた。
 ――――人魚。
 郁子も、言ってしまってから気付いたのだろう。ハッとした表情で、口を押さえている。


 一年前のあの日――――。
 ぼくと郁子は夜見島で――異世界の夜見島で、鉄塔の頂上を目指していた。
 異世界からこの世を侵食しようとしていた闇の住人たちは、
 皆、鉄塔を通じてこの世に辿り着こうとしていたからだ。
 ――――奴らより先に、鉄塔の頂上に到着しなければならない。
 ぼくらは鉄塔を登りつめ――その果てに、あいつと対峙した。
 美しい女の顔に、魚のような躰を繋ぎ合わせた、異形の化け物。

 まるで、人魚のような姿をした、邪悪な女。
 郁子と二人で奴を倒し、現世に帰って来られたものの、ぼくは、あの化け物の姿を夢に見続けた。
 あいつの腹から伸びた触手に絡みつかれ、その胎内に取り込まれてしまう悪夢。
 夜驚を起こしたことも、一度や二度ではない。
 帰った当初は、人魚の絵や映像を見ただけで、吐き気や頭痛を催した。
 一時期は、“人魚”という文字すらも、受け付けなかったほどだ。

 今はもう、すっかり治ったと思っていたのに――――。

「守……」
 郁子の気遣うような声音に、ぼくは、我と我が身を叱った。
 ――――こら! 郁子にあんまりカッコ悪い処、見せんなよ。
……判ってるよ。ぼくは眼鏡を直しながら、クールな口調で言った。

「人魚か……人魚のモデルになったといわれるのはジュゴンという海棲哺乳類だが、
 あれは体長3メートル、重さが500キロほどにもなるから、ここで飼うのは難しいかもな。
 この水槽の容量だったら……せいぜい、シーラカンス程度が限界か……」

「あっ、裏にはしごがついてる!」
 郁子は、ぼくの話を全然聞いていなかった。

「上から見たら、何が居るか判るかなぁ?」
「よせよ郁子。あぶないよ」
 郁子ははしごに手を掛けたが、不意に顔を引き攣らせて手を引いた。
「どうした?」
「なんでもない、なんでもない! 守、あっち行こ!」
 郁子はぐいぐいとぼくを押し遣った。
「なんだよぉ」
 ぼくは気になってしまう。だから水槽の後ろを覗き込み――そして、見てしまった。
213月下奇人:2008/04/15(火) 22:45:07 ID:5yECaMUV
 鉄のはしごについた、巨大な歯形。
 その大きさからすると、人間の頭なんか丸飲みにしてしまえそうだ。
 更によく見ると、はしごの下には、郁子の両足がスッポリ入ってしまうほどの、
 これもまた巨大な足跡が残っていた。

「ていうか、これホントに足跡なの? こんな、もみじの葉っぱみたいな形の足跡ってある?」
「あるよ。昔、恐怖漫画で見た半魚人の足跡は、確かこんなんだった」
「あー……じゃあこの水槽に居るの、半魚人なんだ」
 なんだかこの水槽にはあまり関わらない方がいいような気がしてきた。
 ぼくらは、その場からジリジリと後退していった。


「郁子、あっちにソファーがある」
 ドンヨリとした空気を吹き飛ばそうと、ぼくは努めて陽気に、水槽の向かい側を指差した。
 水槽から見て玄関ドアを挟んだ向こうの壁際には、レンガで組まれた暖炉が設えてあり、
 その暖炉の前に、客用のソファーが置かれているのだ。

 ぼくらは荷物を置き、ふかふかのソファーに並んで身を埋めた。
「あー、くたびれたねぇ……」
 郁子が、お婆さんのようにグッタリと疲れた声で言った。
 ぼくもつられて溜息を吐いたら、速攻で「ジジむさい」となじられた。

「色々あったけど、後はこのまま朝まで待てばいいんだよな」
「うん、そうだよね……」


 ホールは静まり返っていた。静寂の中、置時計の振り子の音だけが響いている。

 ぼくは、隣で眼を閉じている郁子の横顔を見下ろした。
 雨に濡れそぼった郁子の髪の毛は、心を奪われるような切ない芳香を発している。
 その香りを嗅いだ途端、冷え切っていた躰の奥底に、小さな炎が灯るのを感じた。

 ぼくは息をひそめ、首筋に張り付いている彼女の髪の毛をすくい上げる。
 郁子は、睫毛を少しだけ震わせたが――嫌がるそぶりは見せなかった。
 ぼくは躰をずらし、もう少し、郁子の傍に近寄ってみた。
 二の腕がピタリとくっ付くほどに近づいても、郁子はぼくを避けようとはしなかった。
 かといって、眠っている訳でもない。
 閉ざされた瞼とは対照的に、半開きになった唇が、何かを求めている感じがする。

 ぼくは、ゆっくりと眼鏡を外した。郁子の細いあごに指を掛けて、こちらを向かせる。
 郁子は一瞬、戸惑ったように薄眼を開けてぼくを見た。
 その表情は蠱惑的な、うっとりと性的な陶酔感に浸っているような、なんとも悩ましい表情だった。

 ぼくは衝動を抑えきれず、郁子にキスをした。
 柔らかな感触。郁子の唇は、抗うことなくぼくの唇を受け入れた。
 更に。ぼくの舌は、整然と並んだ歯列を通り抜け、郁子の口の中に潜り込んだ。
 郁子の蕩けるような舌に絡みつき、甘い唾液を吸いとり、嚥下する。
 ぴちゃぴちゃと粘膜の擦れあう音の合間に、郁子とぼくの、喘ぐような呼吸の音が交じりあう。

 ――――ああ、ついに……ついにやったんだ…………。
 興奮にのぼせるぼくの脳裏に、これまでの、郁子に出逢ってから一年間の思い出が、
走馬灯のように駆け抜ける。
 そのほとんどが、怒られたり貶されたりしている思い出だけど、今となってはそれも良い思い出だ。

 ――――郁子……郁子……いくこ……!
 夢中で情熱的なキスを続けるぼくの股間が、突然、甘美な快感に捕らわれる。
214月下奇人:2008/04/15(火) 22:45:52 ID:5yECaMUV
 ――――郁、子……?
 なんと、郁子の手が、その嫋やかな指先が、いつの間にか、ぼくのジーパンのファスナーを開け、
ぼくの、その、アソコの部分を、優しく扱いているではないか!

 ――――郁子! そんないきなり……! な、なんて大胆な…………!!
 ぼくは激しく混乱する。まさか郁子が、こんな、こんなテクニックを――――――!
 いったいどこで覚えたんだ!
 ショックだ。でも気持ちいい。もっと、やって欲しい――――。

 ぼくは、衝撃と歓喜の入り混じった複雑怪奇な官能のさなか、唇をはずして郁子の顔を見つめた。
 眼鏡のない若干ぼやけた視界に、漆黒の長い髪が映った。
 黒髪に、病的なまでに白い肌が一際映えて――――あれ?
 郁子は、こんなに髪が長かっただろうか? こんなに、色が白かっただろうか?
 それに郁子、君は、いつの間に裸になんかなったんだ?

 郁子の白い顔に、ゆっくりと焦点が合ってくる。いや。郁子ではなかった。
 濃く長い睫毛に縁取られた黒目がちな瞳。途轍もなく妖艶な、途轍もなく――――怖ろしい。
 彼女はぼくを見上げて、にっこりと笑う。ぼくは、恐怖に眼を見開いて――――――。


 頬に、パチンと衝撃が走った。
 頭がぐらりと傾いで、ぼくは、ソファーの上に横倒れになった。
「なーに寝ぼけてんのよっ! このムッツリスケベ!!」
「???」
 状況が掴めないまま、ぼくは起き上がり、ずれた眼鏡を掛け直した。

「あれ? おれ、眼鏡外したはずなのに……」
「やれやれ。まーだ寝ぼけてる。たく、しょうがないなあ」
 郁子は腕を組み、ぼくの前に仁王立ちしていた。そして、呆れた様子でぼくを睨みつけている。

 不意に、頬がジンジンと痛み出し、ぼくは郁子に叩かれたことを思い出した。
「ていうか、痛いんですけど……いきなり、ぶつことないだろ」
「はぁ? よっく言うよぉ。そっちこそ、人にいきなり、その……あんなこと、しといてさぁ」
「あんなことって?」

 ぼくが尋ねると、郁子は急に、顔を真っ赤にして押し黙った。
「なあ……おれ、なんかした訳?」
「う、うるさいなぁ! もういいよ!」
「よくないよ。教えろよ」
「そんなこと……口で言える訳ないじゃん! ばかっ!!」

 ぼ、ぼくは、口では言えないようなことを郁子にやったのか?
 さっきの夢を思い返す。
 もしかしたら、あの夢の中の行為のどれかを実際にやっていた、とか?
 ぼくが考え込み、もう一度、郁子に問い掛けようとしたその時だった。

 「待って。……今、何か聞こえなかった?」
 郁子は、ぼくの唇に指を押し当て、耳をそばだてた。
 聞こえた。確かにぼくも、重いドアが軋んで開くような音を聞いた。
「二階からだったよな」
 ぼくの言葉に、郁子は頷く。

「ひょっとして……誰か、居るんじゃないか?」
 ぼくらは顔を見合わせた。
「じゃあ……確かめに行く?」
 郁子が、おずおずと提案する。ぼくは暫し考えたのち――首を、縦に振った。
215月下奇人:2008/04/15(火) 22:46:51 ID:5yECaMUV
 危険があるかも知れないし、このまま放っておくべきかも知れない、とも思う。
 だが、得体の知れない何かを、判らないまま放置しておくのは、余計に気味が悪いものだ。
 ぼくは、ウエストポーチからサバイバルナイフを取り出した。
 夜見島から戻って以来、ぼくが手放せなくなったものは、ライトだけではなかったのだ。
「出来れば拳銃も欲しい処だけどな」
 そう言って笑うぼくに、郁子は複雑な視線をよこす。
 ナイフを持って笑うぼくは、郁子の眼に、どんなふうに見えたのだろうか――――。


 ぼくは郁子の前に立ち、慎重に階段を上って行った。
 古びた階段は、いくら注意して上っても、踏み締める度にギイギイと姦しく鳴り響く。
 そうしてゆっくりと階段を上っている途中、郁子が突然、「あっ!」と声を漏らした。
「ヨロイが……消えてる!」
 ぼくは階段の下を見た。

 郁子の言う通り、置時計の並びに立っていたはずのヨロイが消え失せていた。
「なんで? さっきまで、確かにあそこに」
「……きっと、休憩時間に入ったんだよ」
 ぼくは冗談を言ってはぐらかした。これ以上、郁子を怯えさせたくはない。
 しかし、実際ヨロイが自発的にどこかへ行ったりはしないだろう。
 つまり、あれを動かした奴が居るんだ。

 ――――やっぱりこの屋敷には、ぼくら以外にも誰か居る。
 疑心は、確信になった。手の中のナイフを強く握り締め、ぼくは、薄暗い二階の廊下を目指した。


 階段を上りきると、奥のほうに真っ直ぐ伸びた長い廊下が見渡せた。
 廊下の左右には、いくつかのドアが並んでいる。
 ライトを向ける。
 壁に点いた、切れ掛かった照明の向こう側――
正確に言うと左側の奥から二番目の扉が、ちょうど閉ざされる処だった。

「守、あれ……」
 郁子がぼくの腕にすがりつく。ぼくらは、おそるおそるその部屋に近づいた。
「……誰か、居ますかぁ?!」
 念のため、ノックと共に外から呼び掛けてみるも、やはり返事はない。
「やっぱ、誰も居ないのかな……?」
「でも、ドアが閉まるの見たじゃない!」
「だよな…………」

 試しにノブを廻すと、あっさりと扉は開いた。
 部屋の中は真っ暗だ。扉の外からライトで照らしてみる。
 ここは、家人の居室だったようだ。
 ヴィクトリア朝風の調度品で統一された室内は、
きっと、かつては気品溢れる落ち着いた雰囲気を醸し出していたことだろう。
 でも今は、荒涼とした廃墟の一室に過ぎない。

 寒々と人の気配の絶えた部屋の中央には、白い布に覆われた椅子が置かれ、
その奥には、小さな木のテーブルがある。
 そして、そのテーブルの上には、赤い布表紙の分厚い本が乗せられている。
 ぼくは興味を引かれ、部屋に入って本を手に取ろうとした――――。

 と、ぼくの背後で扉が閉められた。

「おい郁子やめろよ! ふざけてる場合じゃないだろ」
「守……私、ここ」
 ぼくはギョッとして、隣で泣きそうな声を出す郁子を見た。
216月下奇人:2008/04/15(火) 22:47:32 ID:5yECaMUV
「な、郁……! おま、い、いつの間に横に! つか、じゃ、じゃあドア閉めたの誰よ?」
 ぼくと郁子は、蒼ざめた顔を見合わせた。

 ――――ひょっとして……閉じ込められた?
 不吉な予感に慄いて、ぼくは、おそるおそる扉を開けようと足を踏み出す。
 踏み出した足が、横の椅子に当たった。
 すると、椅子はギイと音を立てて動き出し、同時に、被せられていた布がハラリと床に落ちた。
 椅子の全容が現れる。
 その椅子には車輪がついていた。いわゆる、車椅子というヤツだ。
 ただの車椅子じゃない。人が座っている。
ただの人じゃない。その人は――この屋敷同様、干からびて、朽ち果てていた。


「これ……ミイラよね」
「ああ。ミイラだな」
 郁子とぼくは、ライトの中に浮かび上がる茶色がかった変死体に眼を向けた。

 この作り物めいたミイラは、元は女性であったらしい。
 洋風の屋敷に不釣合いな白い着物を身にまとい、束ねた髪を背中に垂らしたそのミイラに、
 ぼくは、これでもかとライトの光を浴びせ続ける。
 ――別に、煙を吹いて苦しんだりはしなかった。
「何やってんのよ……」
 郁子は呆れた様子でぼくの背中を叩いた。
「そんなことしないでいいのよ。ここにはもう、あの化け物たちは居ないんだから」

 郁子の言う通りだと思う。
 でも、頭では判っているのに、こうしなければ気が済まなくて、ついやってしまう。
 夜見島に居た化け物共は、みんな光に弱かったのだ。
 その後遺症というか。
 ぼくは怖ろしいものに遭うと、とりあえず光を当ててしまう癖がついてしまった。
 以前、仕事で手違いがあって印刷会社の人に怒られた時、
咄嗟にその人の顔にライトを当ててしまって余計に怒られたことを、今なんとなく思い出す。

 ……そんな場合じゃ、ないのだが。
「でも驚いたぁ。こんなトコに、まさかミイラがいるなんて」
 郁子は、気味悪げにミイラの頬を突付いている。
「けどまあ……このヒトは別に襲って来たりはしないから、そんなに怖くないかな」
 そう。夜見島で、さんざっぱら怖ろしい目に遭って来たぼくたちは、
ミイラを見たぐらいじゃ、さほどビビりはしないのだ。ミイラなんて、大したことはない。

 ミイラだけなら、ね……。

「この人が、どういった経緯でこんな風になったのかは知らないけれど……
 少なくとも、このドアを閉めたりは出来ないよな。やっぱり、他に誰か」

 と、言いかけた時、部屋の外で、ガシャンガシャンと鉄の塊が歩いているような音が聞こえた。

 ぼくらは、息をひそめてその音に耳を澄ます。
「ま、守……」
「シッ! 静かに」

 その音は、この部屋の前で止まった。
 ぼくらが緊張して身構える中、音は再び鳴り出し――そして、部屋から遠ざかって行った。

「はぁー……」
 全身から、どっと汗が噴き出した。緊張から解かれたぼくは、床にへたり込んだ。
「ねえ守……今のって、ヨロイの足音だったんじゃ」
217月下奇人:2008/04/15(火) 22:48:13 ID:5yECaMUV
「……判らないよ」
「どうなってんの?! ヨロイが、独りでに歩き廻ってるっていう訳?!」
「そうとはかぎらないよ」
 ぼくは座ったまま、郁子を見上げて言った。

「あのヨロイの中に、人が入っていたとしたら?
 最初に見つけた時、ぼくらはあのヨロイの中身までは確認しなかっただろ?」
「…………」
 郁子が、何か言いたそうにしている。
 本当はぼくにだって判っている。あのヨロイには、人の入ってる気配なんてまるで無かったんだ。

「とにかく、この部屋を出よう。いくらなんでも、ミイラと一晩一緒に居る訳にもいかないからな」
 ぼくは、外の様子を覗いながらノブを廻した。
 幸い鍵なんかは掛けられておらず、ぼくらは、無事に部屋を出ることが出来た。

「けど、これからどうするの?
 私、やっぱりこのお屋敷に居るの、ヤバイような気がしてきたんだけど」
「……とりあえず、いったんホールに戻って考えよう。外の天気の具合を見て……
 大丈夫そうであれば、屋敷を出てそれで」
 どうしよう。と、考えたぼくの背後で、ミイラの部屋の扉が微かに開く気配がした。

「あれ? 私、ちゃんと閉めたはずなのに」
 郁子が振り返る。ぼくも振り返った。
 振り返った先には――――ミイラが居た。
 錆びついた車椅子が、耳につく響きと共にゆっくりと動き出し――――
 そして急に、物凄い勢いで、こちらへ突進してきた。

「うわあっ?!」「きゃああ!!」
 ぼくらは慌てて走り出した。
 突如として襲い掛かってきたミイラの車椅子を前に、
ぼくらはなす術もなく、ただ逃げ惑うしかない。

 階段にたどり着くと、二人でもつれ合うように駆け下りた。
 下りるというよりは、転げ落ちると言った方が正確だ。
 転げ落ちる途中、ぼくの胸ポケットから、L字ライトが零れ落ちた。
「あ……」
 ライトはホールの床に落ち、衝撃で消えてしまう。

 それと同時に、屋敷内全ての照明が、消えた。

「てっ、てっ、てっ、停電か?!」
 電気が消えてしまうと、屋敷の中には一切の光もなくなる。
 辺りは真っ暗。墨を流し込んだような、真の暗闇だ。

 暗黒に視界を奪われて、ぼくは、パニックにおちいった。
 ――――暗いのは駄目だ。闇は、あいつらの世界なんだ。
 ぼくは慌てふためき、必死に、手探りでライトを探そうとした。

「郁子? い、郁子! どこだ……?!」
 ホールの床に這いつくばりながら、ぼくは、郁子の名を呼んだ。
 ――返事は無い。ぼくは、更に恐慌をきたす。
 ぼくの傍から、郁子の気配が消えている。郁子は――郁子はどこへ行ったんだ?!
 ――――まさか、さっきのミイラに? あるいは……例のヨロイ?!
 悪い予感が、止め処もなく浮かんでは消える。
 ぼくは、迷子の子供みたいに心細い気持ちになり、ただひたすらに郁子を呼び続けた。

「まもる……」
218月下奇人:2008/04/15(火) 22:48:55 ID:5yECaMUV
 床を這うぼくの肩に、しっとりと柔らかい掌が乗せられた。
「あぁ、郁子!」
 ぼくは深い安堵と共に、その手をギュッと握り締めた。
「よかった……無事だったんだね」
 少しだけ暗闇に慣れたぼくの視界に、白くほっそりとした腕が浮かび上がった。

「まもる……」
 郁子はぼくの胸元に頭をもたせ掛けてきた――甘い香りが、ぼくの鼻孔をくすぐる。
「郁子……」
「ねえ、まもる……キスして」
「えっ?!」
「お願い……して」

 暗闇の中、郁子はぼくの胸元に手を這わせた。
 郁子の手に撫で摩られて――ぼくの胸の鼓動は、早く、激しくなってゆく。
 ぼくは、郁子を抱き寄せた。
 芳香を放つ髪を撫で、その頭を、ぼくの方に引き寄せる。

 濡れた唇が、強く吸い付いてきた。
 情熱的なキス――――ぼくの理性が、瓦解する。
 郁子の勢いに飲まれそうになりながらも、
ぼくは、負けないくらいの情熱を込めて、激しいキスをかえす。

 ――――今度こそ、夢じゃない……。
 眼鏡が邪魔だと思ったが、今は外すゆとりもない。そのままぼくらは、絨毯の上に転がった。
 郁子はすでに、服を脱いでいるようだった。
 裸の乳房が、なだらかな腹部が、そして、その下の柔らかな茂みが、ぼくの躰に密着して蠢いている。
 ――――ああ…………。

 ぼくはキスをしながら、夢中になって郁子の乳房を揉みしだき、
 その先端の乳首を指で摘まみ上げた。
 ぼくの唇の中に、郁子の、桃色の吐息が流れ込んでくる。
「郁子……」
 ぼくは両手で郁子のウエストのくびれを辿り、豊かに張り出した腰の線をうっとりと撫で廻した。

「あぁっ、まもる……」
 郁子は身を捩り、ぼくの手から逃れんとするように背中を向ける――
 でも、ぼくはそれを許さず、彼女の腰を捕まえると、
その大きく突き出された丸いヒップに頬を寄せた。
「あん、いや……」
 恥じらいを籠めた郁子の声に、ぼくの興奮は、いやが上にも増大する。

 ぼくは郁子の、白く浮き上がる尻の膨らみを、唇で辿った。
 絹のようになめらかな肌を唇で愛撫しながら――ゆっくりと、その割れ目の方に指を這わせる。
 郁子が、甲高く喘いだ。
 ぼくの指先は、郁子の、秘められた部分を静かにまさぐった。

 ――――濡れてる……。
 みっちり合わせられた尻肉の下、郁子の女の部分は、しっとりと蜜を湛えてぼくの指を迎え入れた。
「い、郁……っ」
 ぼくが郁子に覆い被さり、背後から彼女を抱きすくめようとした時だった。
 いきなり、郁子はぼくを振り払い、立ち上がって走り去ろうとした。
「郁子?!」

 ぼくは慌てた。
 ――――ちょっと、焦りすぎたか?
 ぼくの行為が、郁子に嫌悪感を起こさせたのだろうか。
 追い縋るぼくの手が彼女のヒップに触れる。でも、彼女の躰はそのまま遠ざかり――――――。
219月下奇人:2008/04/15(火) 22:49:56 ID:5yECaMUV
「守!」
 急に背後から呼び掛けられ、ぼくは驚いて振り返った。
 なんと、そこには――郁子が立っていた。
 ぼくは、ぽかんと口を開けて郁子の姿を見つめた。

 郁子は携帯を開き、液晶画面の微かな光でぼくを照らしていた。
 もちろん、衣服をきっちり着込んだままで、だ。

 ぼくはハッと我に帰り、尻ポケットから自分の携帯を取り出して、開いた。
 薄い明かりで床を照らし、少し離れた場所に落ちていたL字ライトを見つけ出す。
……最初から、こうしてりゃよかったんだ。

 ライトを点けた途端、屋敷内が一斉に明るくなった。
 停電が、直ったらしい。
「……電気、点いたね」
「……ああ」
 ぼくらは、微妙に互いの目線を避けながら、ぎこちなく会話した。

 ――――どうなってるんだ?
 ジーパンのポケットに手を突っ込み、ぼくは、さっきのことを思い返す。
 あの、暗闇の中でぼくと絡み合っていた女は、郁子ではなかった。
 ――――じゃあ、あれは誰だ?
 今度は夢なんかじゃない。
 あの肌の感触、匂い、それに――この指先についた、女の愛液。
 中指と人差し指で糸を引いている液体を見つめ、
 ぼくは、ポケットの中で、硬く疼いている部分をそっと押さえる。

 ――――郁子は、知っているんだろうか?
 あの女が何者なのか、とか、停電のあいだ郁子がどこで何をしてたのか、とか、
気になることは山ほどある。
 しかし差し当たってのぼくの気がかりは、
あの女とのふしだらな行為を郁子に見られていやしないか。ということだった。
 ――――他の女とあんなコトやってたのがばれたら……このあと郁子を口説きづらくなる!

 そう。この期に及んでぼくは、郁子と深い仲になる計画を諦めてはいなかった。
 共通の恐怖体験。男女の絆を強めるのに、これ以上の媒体はない。
……共通の恐怖体験なら、もう一年も前に経験済みだという事実は、この際忘れることにする。

 ぼくは、郁子の様子を覗った。
 郁子はぼくに背を向け、最初にヨロイの立っていた辺りをぼんやり眺めている様子だ。
 ぼくはその肩に手を掛けた。
「なあ郁子……」
「ひゃあぁっ?!」
 郁子はえらく驚いた様子で肩を震わせ、ピョコンと跳ね上がった。

「あ……驚かせてごめん。あ、あのさ」
「え? な、なに? わ、私なんにもしてないよ?!」
――何言ってんだ?
 見れば郁子は、妙におどおどした態度でぼくから眼を逸らし、
近付くぼくから、距離を置こうとしている。

 ――――これはもしや……さっきのアレを見て、ぼくに不信感を抱いてるんじゃあ……。
 ご、誤解だ! そう思ってぼくは、郁子に弁明を試みることにした。
「あ、あのさ郁子。さ、さっきの女のことだけど……あれは、違うんだ」
220月下奇人:2008/04/15(火) 22:50:31 ID:5yECaMUV
「へ? お、女? 女って何?」
 郁子は訳が判らない、といった顔つきで訊き返してきた。

 ――――しまった! 郁子はアレを、見てなんかいなかったんだ!
「ねえ守。女って、何?」
 郁子は、いつになく静かな口調でぼくを問い質す。ま、まずいぞ――――。
「いやあの……停電の時、例の……山道で見た裸の女が、ここに居たみたいなんだよ」
「え? あの人がここに? それ本当なの、守?」
「ああ……郁子は、見てないの?」
郁子は眉をひそめてかぶりを振った。 ――しめしめ。なんとか話を逸らせそうだ。

 しかし――――。
 口からでまかせで言った言葉が、よくよく考えてみると、意外に真実をついてるように思えてくる。
 この屋敷には、あの、裸の女を追ってたどり着いたようなものなのだし――
最初から丸裸だったのも、あの女だったからだと考えれば納得がいく。

「もしかすると……ミイラやヨロイを動かしたのも、あの女なのかもな……」
「じゃあ停電も、彼女が?」
 ぼくらは暫し考え込む。
 あの短時間に、女手一つであれだけのことをやってのけるのが、可能かどうかは別にしてもだ。
 ――――この屋敷に、ぼくらに悪意を持っている何者かが存在しているのは、間違いない。

 ぼくは、未だ女の体液でぬめっている指で、こぶしを握った。

「よし……行くぞ」
 ぼくは階段を上ろうとする。
「ちょ……行くって、どこによ?!」
 郁子があわ食ってぼくの腕を掴む。

「決まってる。あの女を捜しに行くんだ。
 なぜ、コソコソ隠れて、ぼくらをこんな目に合わすのか……
 とっ捕まえて、徹底的に、小一時間問い詰めてやる!」
「そ、それサイアク……じゃなくて! なんで二階なの? 女の人がどこへ行ったかも判んないのに」

 ――それもそうだ。
 でもぼくの勘は、なんとなく、彼女は二階に居ると言っている。
「私は……どっちかっていうと、一階に居るような気がするかな……」
 ぼくらの意見は、真っ二つに分かれた。
 こういう場合はいつも、勘の鋭い郁子の意見を聞くのが定石なのだが――――。

「いや。やっぱり二階を見よう……おそらく、二階の方が部屋数が少ないからすぐ済むと思うんだ」
 ぼくがそう言うと、郁子はあえて反論することもなく頷いた。
「よし、それじゃあ」
 ぼくは、ウエストポーチから、ボイスレコーダーとデジカメを取り出した。
「守、まさか」
「そう。そのまさか」

 ぼくはまずデジカメを構え、ホールのスナップを幾つか撮った。
そして、おもむろにボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「……現在二十二時〇一分、××山中、廃屋玄関ホール。今から二階の探索を開始」
 スイッチを切ると、呆れ顔の郁子に笑いかけた。
「これでも超科学雑誌の編集者だからね。ミステリアスな廃屋敷に起こる超常現象の謎……
 こんなおいしいネタを、放っておく手はないって訳」
 いきなり記者モードに入ったぼくを前に、郁子は、処置なしといった顔つきで溜息を吐いた――。
221月下奇人:2008/04/15(火) 22:51:07 ID:5yECaMUV
 二階に上がろうとした時、ぼくは、サバイバルナイフを失くしたことに気が付いた。
 さっきの停電のドサクサで、どこかに落としたのだろうか?
 探したけれど見当たらないので、仕方なく、暖炉の火掻き棒を拾って持っていくことにした。
こんなモンでも、ないよりゃマシだ。

「さあ行くぞ!」
 と言って振り返ったら、郁子は一人でとっとと階段を上がろうとしていた。
「ちょ、待てよ!」
 郁子の後を追って、ぼくも階段を上り始める。

 ぼくの眼の前で、郁子のボリュームのあるヒップラインが、左右に揺れている。
 郁子は、お尻に特徴のある子だ。
 幅広く、大きく後ろに突き出した、肉感的なお尻。
 それでいて形良く、引き締まったカッコいいラインをキープしている処がすごい。
 全体的には細身だし、腿もウエストも標準より細いくらいなので、このお尻は余計に際立つ。
 特に尻フェチではなかったぼくだが、郁子のせいで、最近はすっかり宗旨変えさせられてしまった。

 そんな郁子の魅力的なお尻を見ている内に、ぼくの心に、ふと疑問が湧いてきた。

 ぼくはさっきの停電のさなか、別の女を郁子と間違って抱こうとした。
 これがどうも、おかしい気がするのだ。
 そりゃあ、ぼくと郁子はウンザリするくらいに清らかな関係で、
ぼくは未だ、郁子の肉体にろくに触れたこともない。

 だけど――いくら触れたことがないとは言ってもだ。
 郁子のように判りやすい身体的特徴を持っている女の子を、他の女と間違えるなんて。

 暗かったせいと言われればそれまでなのだが――どうにも釈然としない。
 あの時聞いた微かな声も、その匂いや感触にも、全てに違和感がなかったのだ。
 ――――単に、おれが鈍いだけなのか?

 郁子の尻を目前に見ながら、女が立ち去る直前、一瞬掴んだヒップの感触を思い出す。
 ――――本当に……この尻とあの尻は別尻なのか?
 思いつめたぼくは、眼の前の郁子の尻に手を――――――伸ばしかけたが、思いとどまった。
 そんなことをしでかした日には、命がいくつあっても足りないだろう。

 出しかけた手を引っ込めて、ぼくは、しょんぼりと溜息を吐いた。


 二階に着くと、ぼくはまず、例のミイラの部屋から検めた。
 あのミイラは――と覗いてみると、やはり、車椅子もろともその姿を消していた。
 部屋に入ってあちこち調べてみたが、特に怪しいところは無い。

 最初に見つけた赤い本が置いたままになっていたので、手に取ってみた。
 表紙に金箔の型押し文字で、“Diary”と記されている。
「日記帳だ……」
 パラパラとめくっていくと、突然、真っ赤な頁が現れた。
 一瞬、血に見えたそれは、月下奇人の押し花だった。
「うっ」
 ぼくは思わず日記帳を投げ捨ててしまった。 ――どうもこの花は、苦手だ。

「この部屋には何もなさそうだ……行こう」
 訝しげにぼくを見る郁子を促し、ぼくは、ミイラの部屋を出た。

「さて次は……」
「守、こっち」
 ぼくが考える間もなく、郁子はもう、ミイラの部屋の隣――廊下左側、一番奥のドアを開けていた。
 中を覗くと、なんだか線香臭かった。ライトを向ける。
222月下奇人:2008/04/15(火) 22:51:51 ID:5yECaMUV
 そこは、奇妙な部屋だった。
 窓のない室内は、床も壁も天井も、あらゆる場所がビロードの赤い布で覆われている。
 奥には、やはり赤い布を掛けられた祭壇のようなものがあり――
 そこに、蝋燭の立った燭台二本と、それらを従えるようにそびえ立つ、奇妙なオブジェがあった。

「何これ? 十字架とは違うね?」
 郁子は、長細い台の先に取り付けられた、眼の高さより少し上にあるそのオブジェを、
しげしげと眺めている。
 銅製とおぼしき、若干赤みがかったそのオブジェの形には、見覚えがある気がした。
 ――――どこで見たんだったか……。

 あごを捻るぼくの足元で、何かがカサコソと音を立てた。
「うわぁっ!」
 それはゴキブリ――ではなく、干からびた月下奇人の花弁だった。
 よくよく見ると、祭壇の上も、その周囲の床も、夥しい量の月下奇人の花で埋め尽くされていた。

「秘めた信仰……」
 郁子が、ぽつりと呟いた。
「え?」
 ぼくは郁子を見る。彼女はなんだか、遠い眼をしていた。
「花言葉よ。月下奇人の。月下奇人は常世の花。神の御許に咲く……」
「おい郁子! なに訳判んないこと言ってんだよ!」

 ぼくが声を荒げると、郁子は、夢から覚めたように眼を見開いた。
「あ……れ? 私、なんでこんなことを?」
 郁子は、おろおろと取り乱している。ぼくは、郁子の肩を抱いた。
「……まあ、今夜は変な目にばっか遭ってるからさ。調子狂うのも無理ないよ」

 フォローしつつもぼくは、心の中で郁子の台詞を反芻していた。
 ――――秘めた信仰。 
 これは単に、この抹香臭い部屋の雰囲気から連想されたイメージの過ぎないのか?
 あるいは――郁子の超感覚が、この部屋で何かをキャッチした結果なのだろうか?
 ぼくは、郁子に眼を遣った。郁子の不安げな眼が、ぼくを見返した。
「守……もう、出よ?」
 ぼくらは、部屋を出ることにした。


 その後、ぼくらは二階の部屋を片っ端から調べたが、特に変わったものは見当たらなかった。
「この部屋で最後だな……」
 廊下右側の一番奥。他とは違う黒っぽいドアには――鍵が掛かっていた。

「鍵が要るな」
「鍵だけじゃ駄目みたい……ほら」
ドアの四隅が、釘で打ちつけられていた。
「釘抜きも用意しなきゃ」
「開かずの間……ってとこかな。
 こんな風に詰まった場合、ロックの掛かった場所は一旦スルーして、
 他の、クリア出来そうなステージを片付けてから、出直すのがセオリーだよ」
「守、それ何の話?」
「この世界の常識の話。じゃ、ホールに戻ろう」


 やはり、郁子の勘の方が正しかった訳だ。
 二階に何もなかった以上、女も、ミイラも、ヨロイも、全て一階に居る、ということになる。
 ――なんか、ぞっとしない話だ。
「ねえ、やっぱり、この屋敷から出ない……?」
223月下奇人:2008/04/15(火) 22:52:30 ID:5yECaMUV
 ぼくの心中を察した郁子の言葉。だが、ぼくにだって意地がある。
 いったん記者モードになった以上、そう簡単に取材先から逃げ出す訳にはいかないのだ。

「最後まで調査しなきゃ。大丈夫。いざとなったら、この火掻き棒で戦うさ」
「もう! 変な処で意地っ張りなんだから!
 そんな攻撃力なさげな武器で、ヨロイとかに勝てる訳ないじゃん!」
「そんなことはないよ。攻撃力の不足は、頭脳とテクニックでカバー出来るもんさ」

 ぼくがそう言った途端、眼の前にヨロイがヌッと現れた。
 ぼくらは、仲良く悲鳴を上げた。
 ヨロイはガシャンと音を立て、手に持った剣を振りかざした。
「ま、ま、守っ! ほ、ほら、頭脳とテクニックでなんとかしてっ!」
 ぼくは頭脳とテクニックを駆使して、逃げた。

「郁子、こっちだ!」
 郁子を伴い、ぼくは一階の廊下を駆け抜けた。
 ヨロイは、大仰に音を響かせつつ、結構なスピードで追いかけてくる。
 必死で走るが、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう――――――。
 と、角を曲がった処に、少し開いたドアを見つけた。
 灯りが点いている。 ――少し迷ったが、ぼくらはその部屋に隠れることにした。

 ドアを閉め、息を殺してしゃがみ込む。
 ヨロイの音が部屋に近付き――――部屋を素通りして、遠ざかって行った。

 音が完全に聞こえなくなるのを確認すると、ぼくらは、ガックリと床に座り込んだ。
「全く、口ばっかなんだから!」
「だ、だってさ、あいつ、実際向かい合ってみると意外と迫力あってさ……」
「言い訳しないの!」
 郁子のキツイ一言に、ぼくはシュンとなった。

「それはそうと……この部屋は凄いな」
 ぼくは話題を変えようと思い、部屋についてコメントをした。
 ここは、書斎だった。
 広い室内をぐるりと囲む本棚。それが、おびただしい量の本で隈なく埋め尽くされている。
「図書館みたいね」
 郁子も、圧倒されて溜息を吐く。
 ざっとみたところ、様々な学術の専門書らしきが多い。しかも大半が洋書というか、原書だ。
 その中には、クロウリー、カリオストロ、ノストラダムス、といった、
有名なオカルティストの本も、かなり多く混じっているようだった。

「この屋敷のあるじは、相当にエキセントリックな人物だったらしいな」
「そんなの……今まで私たちにしてくれた持てなし方で判んじゃん」
「……まあね」

 ぼくは、部屋の中央に置かれた書き物机の引き出しを開けた。
 中には、割と新しい感じのスクラップブックが入っている。
 ぼくはそれを開いた。郁子も横から覗き込む。
 スクラップブックには、新聞や雑誌の切り抜きが、几帳面に貼り付けられている。
 見ていく内に――段々、ぼくらの表情は曇ってきた。

 切抜きの記事は、夜見島事件に関連したものばかりであった。
 新聞の自衛隊ヘリ消失事件の報道に始まり――マイナー雑誌のほんの数行の些細な記事や、
 ネットの書き込みをプリントアウトしたものまでが挟み込まれている。
 中には、ぼくが“アトランティス”に掲載した夜見島レポートも、当然入っていた。

 それだけではない。
 後ろの方には“アトランティス”の、夜見島とは全く関係ない切抜きばかりの頁があった。
224月下奇人:2008/04/15(火) 22:53:14 ID:5yECaMUV
 次号予告や読者プレゼント、編集後記といった、どうってことのない記事の数々――――。
 それらは皆、このぼくが担当して作った記事だった。

 ――――このスクラップを作った人間は……ぼくのことを、知っている?
 ぼくは、ザワザワと身の毛がよだつのを覚えた。
 それは今までとは違い、もっと湿度の高い、気持ちの悪い恐怖だった。
「守…………」
 蒼ざめるぼくに、郁子は労わるように寄り添った。
 郁子の肌の温かさが――なぜか、ホールで抱き合った裸の女の感触を思い起こさせた。

「大丈夫。大丈夫だ……」
 ぼくはつい、郁子から離れてしまう。郁子は、ちょっとだけ寂しそうな顔を見せる。
 でもすぐにいつもの勝気な表情を取り戻し、ぼくに言った。
「そ。だったらもう行こ! いつまでもこんなかび臭い部屋に居たって、しょうがないじゃん!」


 書斎の扉を開けて廊下を見廻す。
 ――ヨロイの気配は無い。ぼくはビクビクしながら部屋を出た。
「ねえ。のど乾いた」
 廊下を歩きながら、郁子はそんなことを言ってきた。
「走り廻ったからのど渇いた。何か飲むもん持ってない?」

 んなこと急に言われてもなあ。
 スポーツバッグに飲みかけのペットボトルがあったかも知れないが――
いや、あれは車に置いてきたんだったかな?

「そうだ。ここの台所に何かあるかも! 行ってみようよ」
 郁子は考え込むぼくの腕を引っ張ろうとする。
「ちょっ、ちょ……こ、こんな廃屋にあるものを口にするなんて」
「ものは試しよ! 瓶詰めの物とかならきっと平気だって!
 こんな大邸宅なんだからさぁ。ひょっとしたら、ワイン倉くらいあるかもしんないじゃん」

 郁子――。君はこんな処で飲んだくれるつもりなのか――――。
 逞しいというかなんというか。

 でも本当は判っている。
 郁子はわがままを言ってる風に見せかけて、
 ぼくの気を、さっきのスクラップから逸らそうとしてくれているのだと思う。
 ぼくは最近、郁子の思考ルーチンをある程度は理解出来るようになってきていた。
 もうかれこれ一年近く付き合ってきたおかげだ。
 付き合ってきた、とは言ってもそれがただの“友達付き合い”というのが切ない処ではあるが。

 そうこうする内に、ぼくらは観音開きの大扉の前に来ていた。
「これはきっと食堂のドアね。てことはこの奥に厨房が……」
 郁子は重そうな扉を両手で押し開ける。ぼくはすかさず、ライトで中を照らした。

 真っ暗な中、白いテーブルクロスの上で蠢いていた黒い塊が、パッと散った。
「うわっ」
「いやぁっ」
 ぼくらは悲鳴をあげて跳び上がった。

 そこは、郁子の言った通り食堂になっていた。
 ただの食堂ではない。ざっと見て十人以上は一緒に食事を出来そうな広さ。
 縦長の食卓の周囲は暗くてよく判らないが、
英国の古城のように重厚かつ凝った装飾で設えてあるのが、微かに見て取れる。
 ただし。この立派な大食堂で食事を取っていたのは着飾った紳士淑女などではなく、
薄汚いドブネズミどもだった。
225月下奇人:2008/04/15(火) 22:58:00 ID:5yECaMUV
「酷いなこりゃ……」
 ぼくは荒れ果てたテーブルの上をライトでたどる。
 テーブル上は嵐の後のように散らかっていた。
 食器やグラスの類だけではない。皿に乗っていたと思われる料理の残骸――。
 しかしそれらはここに置かれてからもう随分日が経っているらしく、
ネズミどもに食い荒らされた挙句カラカラに干からびて、
クロスのあちこちにカビとなってこびり付いていた。

 そして。そんな、カビとネズミの足跡で汚らしく飾り立てられた食卓の中心には――――。
「う……また月下奇人かよ……」

 陶製の花瓶はネズミに倒されたのだろう。ひっくり返って挿された花を散らばせていた。
 赤い――月下奇人の花束を。

「も……もういいよ! 守、行こ!」
 郁子は食堂に入ろうとさえしなかった。
 確かにいくら郁子が逞しくったって、これほど不潔な場所に立ち入って、
あまつさえそこにあるものを口にすることなどは出来まい。
 一応仮にも、女の子なんだから。だからぼくは言った。

「郁子、ちょっとそこで待ってて」
 せっかくこっちに足を運んだのだから、この奥にある厨房の方も覗いてみようと思ったのだ。
「はあ? ちょっと何する気なの?」
 当然郁子は不満げな声を上げたが、ぼくは「すぐ戻るから」と言い残し、奥へ続く扉を開けた。

 開けるとすぐに使用人用と思しきダイニングキッチンがあり、その更に奥が広い厨房になっていた。
「意外と綺麗だな……」
 食堂の惨状から、こちらもかなり悲惨な有様になっているに違いない、と覚悟して来たのだが。
 コンロも調理台もほこりが積もってはいるものの、きちんと片付いているし、
比較的清潔に保たれているようだ。

 ぼくは、ライトを巡らせざっと辺りを見廻した。
 これも一応、取材活動の一環だ。
 謎のミイラ。人を襲うヨロイ。そして、夜見島事件についての記事を集めたスクラップ。
 この屋敷には、何か途轍もない秘密が隠されているに違いない。
 こうなったら、とことんまで突き詰めて調べてやろう。
 ぼくは半ばヤケクソのような気持ちになっていた。

 前の夜見島の一件でも思ったのだが、人間、恐怖や絶望が臨界点を超えてしまうと、
自分でも思いがけないほどの行動力を発揮するものだ。
 こういうのを、火事場のクソ力と言うのかも知れない。

「ただの逆切れなんじゃない?」
うん、そうも言うか。って――。
「わ、郁子?! 結局来たのかよ」
「だあって、一人じゃ心細いんだもん」
 郁子ふくれっ面でそっぽを向いた。

「こっちはそんなに荒れてないんだね」
「そうだな。何か飲むもの探してみる?」
「それはもういい……さっきのあれ見たら、そんな気失せた」
 郁子は食堂の方を振り向いて肩をすくめた。

「それより守? ここ、何か変な音してない?」
「変な音?」
 ぼくは耳をそばだてる。
226月下奇人:2008/04/15(火) 22:58:34 ID:5yECaMUV
 どこかで、虫の音が聞こえた。
 秋の虫が鳴くにはまだ早い気がするけれど、山奥ってこんなもんなのかもなあ。
などと思いながら聞いていたが、だんだんと違和感が生じてきた。何か違う。
「これ……電話の音?」

 ぼくらは顔を見合わせる。
 小さく篭った音で判りづらいが、これは間違いなく電話の音だ。
 それも昔懐かしい、ダイヤル式の黒電話。
「何でこんな廃屋に電話が……」
「で、でもどこにあるの? 電話なんて」
 二人してあちこち見廻してみるが、それらしきものは見当たらない。
「無いな……あとは」

 ぼくらの目線は、厨房の奥に鎮座している巨大なステンレス製冷蔵庫に向けられた。
「まさか……この中にはないよな」
 ぼくは冷蔵庫を開けてみた。

 開けた途端、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
――あった。冷蔵庫一杯に詰め込まれたブロック肉に埋もれた、クラシックな黒電話。
 冷蔵庫の中から電話が出現するというシュールな事態に、ぼくは一瞬、眼が点になった。

「これって出るべきなのかな?」
 ふと気になって郁子に尋ねてみた。彼女は、なんとも微妙な表情でぼくを見上げた。
「出たいんだったら出てみれば?」
「でも……何て言って出たらいいんだろう? おれ、この家の住人でもないのに」
「……とりあえず“もしもし”って言ったらいいじゃん。はい」
 郁子はどこか憐れみを帯びた瞳でぼくを見やりつつ、
冷蔵庫から電話を引っ張り出してぼくに手渡す。

 ぼくは仕方なく受話器を取った。
「……もしもし」

 電話の相手は、何も喋らない。でもちゃんと繋がっているのは気配で判った。
 ぼくは、もっと向こうの様子を聞き取ろうと受話器に耳を押し付ける。
『……ふ……くぅ……ふふっ』
 微かな息遣いに混じり、女のすすり泣きのような声が聞こえる。
 本当に微かなその声は、聞きようによっては含み笑いにも、或いは隠微な喘ぎ声にも聞こえた。

「もしもし?」
 ぼくは薄気味悪くなってもう一度呼びかけてみた。
 すると突然、郁子がぼくの腕を掴んでめいっぱい揺さぶった。
「守…………これ、繋がってない!」

 何事かと思い電話機を見下ろすと――電話のコードが、ちょん切れていた。
 ちょん切れていると言うよりは、引きちぎられていると言った方が正確かも知れない。
 どちらにしても確かなのはこの電話の回線は繋がってはおらず、
よって受話器から人の声が聞こえてくることも、ありえないということだ――――。

 と、ぼくがここまで思考を進めた処で、突然、受話器の中で女の甲高い笑い声が聞こえた。
「ぎゃあっ」
 驚いたぼくは電話を取り落とした。床に落ちた受話器からは、未だ女の笑い声が漏れ聞こえている。
「ま、守……」

「……こんなのただのトリックだ。絶対に何か仕掛けがあるに違いない」
 ぼくは、やっとのことで声を絞り出す。
「でも」
227月下奇人:2008/04/15(火) 22:59:22 ID:5yECaMUV
「ぼくらを怖がらせたいんだよ! 要するに単なる嫌がらせだ。気にすることは無い」
 女の笑い声が、更に大きくなった。
「くそ!」
 笑い続ける電話機を、ぼくは再び冷蔵庫に押し込んでやった。

「馬鹿にしやがって……郁子、もう行こう」
「ん……うん…………」
 蒼ざめた顔の郁子の腕を取り、ぼくは厨房を後にした。

 脳裏に浮かぶあの女の狂気の笑いをかき消すように、勢いよく扉を閉めた。


 ひとまずホールへ戻ろうと歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえた。
「守! 今の……」
 ぼくらは立ち止まり、耳を澄ます。 ――また聞こえた。
「女の人の声だよね?」
 郁子は辺りを見廻している。
 ――――女の悲鳴……。
 ぼくの脳裏には、あの女の姿しかない。

 山道で見かけてからこっち、あの女の顔は、一度としてまともに見ていない。
 しかしぼくにはもう、あの女がどんな顔をしているのかは、手に取るように判っていた。
 ――――どうしよう……行くべきなのか?
 正直言って、ぼくは怯んでいた。
 あの女にはもう、遭いたくない。遭ってしまったら、きっと、ぼくは――――――。

「あっちからよ!」
 郁子は、廊下の突き当たりのドアを指して言った。
 ――ぼくが女を助けに行くものと、信じて疑っていない。
「どうしたの守? 早くしないと!」
「うん……そうだよな…………」
 ぼくは、悲鳴のする方へと向かった。
 女と遭うのは怖ろしかったが、それ以上に、郁子に軽蔑されるのが怖かった。


 突き当たりのドアを開けるなり、風が吹き込み、雨の飛沫が顔を濡らした。
「うわ……ここ、裏口だったのか」
 額に手をかざし、真っ暗な空間をライトで照らす。
 鬱蒼と立ち木や雑草の生い茂っている中、左手奥の方で、何かが光を反射した。
「温室みたいね」

 郁子の言葉に返事をするかのように、再度、悲鳴が上がった。
 もう、一刻の猶予もなさそうだ。
 ぼくらは雨に濡れるのも構わず、ぬかるみの中を走り出した。
 乾きかけていた髪には水が染み込み、靴もジーパンも、すぐに泥まみれだ。

「ねえ守。この悲鳴ってやっぱ……あの女の人のかな?」
「さあ……」
 ぼくが生返事をすると、郁子は「あのね」と小声で言ってくる。
「私ね、あの女の人のこと……知ってるような気がするの」
「……おれもだよ」
「えっ?」

 温室にたどり着いたので、ぼくらは話すのをやめた。
「おーい!」
 声を掛けながら、温室のガラスに光を向ける――――。
228月下奇人:2008/04/15(火) 22:59:53 ID:5yECaMUV
「うぅっ?!」
 郁子が、悲鳴を押し殺している。
 温室の中は真っ赤だった。また――――月下奇人だ。
 温室はきっと、長いこと放置されていたのであろう、雑草に侵食され、荒れるに任されている。
 だが他の草花を制し、月下奇人の花は、赤く、美しく、禍々しく咲き誇っていた。
 呆然と立ち尽くすぼくらの耳に、また、悲鳴が聞こえた。
――悲鳴? いや違う。これは――――――。

 ――――キィイイイィィィ……。

「あっち!」
 郁子が、温室の向こう側に走り出した。

「あっ、おい!」
 ぼくも、郁子を追って走った。
 郁子は泥を跳ね上げ、何かに追いたてられるように走っている。
 すごい勢いで温室を廻りこみ、そして、突然立ち止まった。

 案の定、そこには温室の入口の扉があった。
 風にあおられたガラスの扉が、開いたり閉じたりするたびに、耳障りな軋みを響かせている。
 ――つまり、この音が悲鳴の正体だった訳だ。

「幽霊の、正体見たり枯れ尾花……か」
 ぼくは、大げさに肩をすくめて見せる。
 泥の跳ねた眼鏡を拭うぼくを尻目に、郁子は、軋む扉を見つめて棒立ちになったままだ。

 奇妙に思い、ふと、ガラスの扉にライトを当ててみた。
 白く照り返す光の中、ドア一面に、月下奇人の花弁が張り付いているのが見える。
 ぼくは眼を凝らす。
 あれ? この赤は――花弁じゃない。これは、赤ペンキで書かれた文字だ。

   “陏子”

 確かに、そう読める。
 陏子。陏子。陏子。 扉の赤い“陏子”の文字が、幾度も幾度も、寄せて、かえす。
 揺れるガラスが、光を映す。
 赤い色と白い光が暗雨の中に浮かび上がり、ぼくたちを、夢幻の世界に誘い込もうとしている。

 風にあおられた扉が、また軋んだ。

「行こう」
 ぼくは、郁子の腕を引いた。が、郁子は扉の前から動こうとしない。
「郁子!」
 ぼくは、強引に郁子の腕を引っ張った。郁子はよろめきながらも、踏みとどまる。
「なんでなの…………」
 小さくかすれた声で郁子は呟いた。
 郁子の受けたショックは、尋常ではないようだ。

「……とにかく、戻ろう」
 ぼくは他に、何も言えなかった。
 ぐったりと脱力した郁子の躰を引き摺るようにして、ぼくは、屋敷へと戻って行った。


「なあ、ここって風呂場あるかな?」
 屋敷の廊下で、ぼくは郁子に言ってみた。
「泥まみれになっちゃったし、洗わないと気持ち悪いじゃん」
 ぼくの言葉に、郁子はぎこちなく笑った。
「そだね……探してみようか」
229月下奇人:2008/04/15(火) 23:00:46 ID:5yECaMUV
 郁子は、未だショックから抜けきれてはいまい。
 こんな不気味な場所で、あんな風に自分の名前が出てきたら――
 多分、ぼくがあのスクラップから受けた以上の恐怖を感じたに違いない。
 なのに郁子は、さっきのあれをもう忘れてしまったかのように、気丈に振舞って見せていた。

 ――――郁子……君は、いつもそうだ。
 ぼくの前に立ち、背筋を伸ばして歩いてゆく彼女の後姿を見つめ、ぼくは、心の中で呟いた。

 郁子は自分が辛い時――その辛さが、大きければ大きいほど、それを表に出さず、
自分の中で押さえ込んでしまう癖がある。
 それは、彼女が超能力を持つ故の――選ばれた人間故の、精神力の強さなのかも知れない。
 でもそんな郁子の毅然とした態度は時として、拒絶の態度として感じられることがあるのも事実だ。

 ――――もっとぼくを頼ってくれても、いいのに。

 なんだかちょっと、寂しい気持ちだ。
 前を行く郁子の量感あるヒップが酷く遠い存在に思われて、ぼくは少しだけ、消沈しながら歩いた。


「私の勘だとここら辺なんだよねー」
 郁子は、廊下の薄暗い奥に入って、手前のドアを開けた。
 開けた途端、真正面に光の輪が見えた。
「わっ……なんだ、鏡か」
 そこは、浴室に続く洗面所だった。
 郁子が入口のスイッチを入れると、辺りは黄色っぽい灯りに包まれた。

「さてと。ちゃんと水が出るかな……」
 ぼくは洗面台の蛇口をひねった。白い陶製の洗面台が、真っ赤に染まった。
「いやあぁっ!」
 郁子が跳び退った。
「落ち着けよ、ただの赤錆だ」
 そう言うぼくも、一瞬、口から心臓が飛び出しそうになっていたのは内緒だ。

 水道管の赤錆はすぐに流され、金色の蛇口からは、透き通った水が流れ始めた。
「郁子、先に使いなよ」
 洗面台を郁子に譲り、ぼくは、浴室の引き戸を開けた。
「へえ……」
 浴室は、思いのほか広くて清潔だった。
 壁や床のタイルの目地には黒カビが目立つし、猫足のバスタブにはヒビが入っていたが――
ざっとシャワーを浴びる分には、何の問題もなさそうだ。

「さすがにお湯は出ない、よねぇ……?」
 後ろから顔を出した郁子が、入りたそうな顔で言う。
「ものは試しだ」
 郁子にシャワーを使わせてやりたい。
 郁子のシャワーシーンを頭に思い描きつつ、ぼくはシャワーのコックをひねった。
 バスタブが、真っ赤に染まった。

「うわあぁーっ!!」
「いや、赤錆だから……って、どこまで逃げてんのっ!」
 ぼくは、眼鏡を直しつつ廊下から帰って来た。

 例によって赤錆が流された後、水は澄み、やがて温かくなってきた。
「わーい、お湯だぁ」
 郁子がはしゃいだ声を出す。もう空元気ではないみたいだ。 ――よかった。
230月下奇人:2008/04/15(火) 23:01:22 ID:5yECaMUV
「ね? 先入っていいよね?」
「はいはい」
 ぼくは浴室を出た。

「あ、そうだ……守ぅ、悪いけど私のバッグ取って来てくんない?」
 洗面所を出ようとした処で、郁子に呼び止められた。
「タオルと着替え、あれに入ってんのよ。ほら早くぅ。駆け足!」
 つか、元気になり過ぎなんですけど。
 ――――これじゃあまるで、尻に敷かれてる亭主みたいだよ。
 なんとも情けない心境に陥りながら、ぼくは、「はい」と返事をして駆け出した。


 ホールへ戻ってバッグを取ろうと身を屈めた時、足元で、何かが光った。
「なんだ?」
 拾い上げたそれは、鱗だった。
 CDほどの大きさの、薄桃色の鱗。ぼくは、総毛立った。

 この鱗には、見覚えがある。
 夜見島で、あの夜の廃遊園地で、ぼくは、これと同じものを拾った。

 ぼくは眩暈を覚え、絨毯の上に膝を突いた。
 眼を閉じれば、あの時のことが鮮明に甦る――――――。


「私の歌の通りにして……」
 あの女は、そう言ってぼくの前で歌った。暗闇の中、澄んだ歌声が響き渡った。
 闇。雨。廃墟。そして――――あの女。
 黒髪に、濡れた瞳にいざなわれ、ぼくは、冥府の封印を解くために、迷道を走り廻った。

 後から考えてみれば、あの女の言動は不審な処だらけだった。
 それなのに――――。
 ぼくは女を疑いもせずに、ただ言われるまま、事態を悪化させる手助けをしたのだ。
 哀れな美少女を救う、正義のヒーロー気取りで、ぼくは――――――。

 あの時のことを思い出すと、耐えがたいほどの自己嫌悪の念に囚われてしまう。
 ――――なんで、なんで今になって、こんな……。
 ぼくは、頭を抱えて床にうずくまった。
 いけない。こんなことではいけない。今、ぼくの傍には郁子が――――――。

 ぼくが、心の苦しみに押し潰されかけたその時だった。

  「きゃああぁーーーっ!」

「……郁子っ?!」
 間違いなく郁子の声だ。郁子の身に何かあったのか?!
 ぼくは、弾かれたように駆け出した。

「どうしたんだっ?!」
 ぼくはあっという間に洗面所にたどり着き、勢いよくノブを引いた。
 ドアを開けたぼくの眼に飛び込んできたものは――――――。
「ひゃあああぁっ?!!」
「ああっ?! ごっ、ごめんっ!」

 背中でバタンとドアを閉めた。
 洗面所には、郁子が濡れねずみで立っていたのだ。
 ――――――全裸で。
 白い裸身が、下腹部の若草の黒が、網膜にはっきりと焼き付いている。
231月下奇人:2008/04/15(火) 23:02:03 ID:5yECaMUV
「いきなり開けないでよバカッ!」
 眼を閉じて今の映像を反芻していたぼくを、郁子がドア越しになじってきた。
「イヤだって……悲鳴が聞こえたから、心配になって……いったい何なんだよ?」
「そ、それがね……シャワーが、いきなり熱湯になっちゃったの」
「ええ? なんだって?!」
「もう熱くて、シャワーのコックにも近づけないのよ」
「ちょ、ちょっと中に入るぞ」
 洗面所に入ると郁子はすでに、どこからか引っ張り出したバスタオルで躰を包んでいた。
 ――――なんだ。
 ガッカリしたものの、気を取り直して浴室の戸を開けた。

 引き戸を開けた途端、眼鏡のレンズが真っ白に曇った。
 凄まじい熱気と湯気がムワッと襲い掛かってくる――駄目だ。これじゃあ、浴室にすら入れない。
「おれ、ボイラーの方を見てくるよ」
「ボイラー? そんなのどこにあるの?」
「さっき、それっぽいのを見つけたんだ……多分、そっちでなら直せると思う」
 そう。あの温室の手前で――――。 ぼくは郁子を洗面所に待たせて、裏口へと急いだ。

 裏口の扉を開けると、左側の壁にライトを当てる。
 ――――あった。
 外壁の片隅に、地下への入口と思しきものが、小さな黒い口を開けている。
 激しい土砂降りが続いている中、ぼくは、温室から眼を逸らしつつ、その入口へ向かった。
 垂れ下がるツタの葉をくぐり、湿った石段を下りていくと――――。
 狭い空間で、鉛色の古びた機械が唸りを上げていた。
「やっぱりボイラーだ」
 ライトを巡らすと、本体から伸びた金属のパイプが壁や天井を這い廻り、
突き抜けているのが見えた。

 そのまま、眼の前の計器類も照らす。
「これは……!」
 温度計の針は、一〇〇度を指していた。
 震える針は、尚も高温になろうとしているかのようだ。慌てて温度調節のツマミを探す。
 温度設定は――やはり、一〇〇度になっていた。

「なんでこんな……」
 下手をすれば郁子が大やけどを負っていた処だ。考えると背筋が寒くなる。

 とりあえず、目盛を四十度に合わせた。ひとまずこれで様子を見るしかない。
「郁子は大丈夫かな」
 不安が頭をもたげてくる。ぼくは、洗面所に戻ることにした。

 戻る途中、曲がり角の向こうに、白い人影がスウッと消えて行くのを見かけた。
「あれ、郁子?」
 まさか郁子は、自分でホールまでバッグを取りにいったのだろうか? ――全裸で?
 後を追っていこうとして――ふと、思い留まった。
 ――――今の……もしかして、例の裸の女だったんじゃないのか?

 だとしたら――どうしよう。洗面所に戻るべきなのでは?
 いや。寧ろあの女を追って、ホールに向かう方がいいのでは――――?

 廊下の真ん中で考え込むぼくは、背後から忍び寄る気配に気が付かなかった。
 立ち尽くすぼくの脳天に、重い何かが振り下ろされ――
 ぼくの意識は、そのまま暗転した――――――。
232月下奇人:2008/04/15(火) 23:08:12 ID:5yECaMUV
見ての通り、サウンドノベル作成目論見中でしたが、SCEJカウントダウンのショックから、
メインシナリオだけアップすることに決めました。
後悔はありません。
残り半分は、来週にでも持ってくるつもりです。
どなたか読んでくださる方がいると嬉しいです。
では今夜はこの辺で。
233名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 00:11:00 ID:VrR+DX6a
頑張って下さい!正座して待ってます!(゜∀゜)
234名無しさん@ピンキー:2008/04/16(水) 01:00:25 ID:ZXFb+0Oq
ピンクのしおりハァハァ。
SCEJのサイトのカウントダウンしてる時計、どう見てもSIRENだよなあ。
235月下奇人:2008/04/16(水) 09:30:00 ID:IHnkP8PT
昨夜は来週投下するとか抜かしてしまいましたが、
3に対する期待やら不安やらで漲ってどうにも収まりが付かないので、
やっぱすぐに続きを投下することに決めました。
校正が不足しているかとは思いますが、適当に読み流してください。長いし。

出来れば3発売の前にサンノベを完成させたかった。
でも3が今夏発売となれば、どうあがいても間に合いません。
くやしい。でもビ(ry

とりあえずこれを投下した後は、PS3預金の開始&ずこーのAA探しに奔走せねばならないので、
また分岐シナリオの進みが滞りそうですが、いつの日か必ず完成させて、このスレの住人さんにお目見えしたいです。
って、こんな大騒ぎして、謎の新作が本当にさるげっちゅうとかだったらどうしよう。
いや、それはないですね。それはないですよ。ではよろしく。
236月下奇人:2008/04/16(水) 09:31:11 ID:IHnkP8PT
 闇の中で横たわっていた、
 ――――なんでこんなに暗いんだ……。
 ぼくは、枕元のスタンドを点けようと手探りをする。

 夜見島から戻ってきて以来、ぼくは、部屋の電気を消したことがない。
 昼間だろうと、眠る時だろうと――外出する時だって、電気は点けたまま出て行く。
「電気代もったいなくない?」
 郁子にはそう言って呆れられるが、どうしても、やめることが出来ない。

 でもたった一度だけ、電気を消して眠った夜がある。

 あれは、世間がゴールデンウィークに入る少し前のことだった。
 その日のぼくは、三週間ぶりにアパートへ帰宅していた。
“アトランティス”がゴールデンウィーク進行なのに加え、増刊号の仕事も重なった為に、
忙しすぎて部屋に帰る暇がなかったのだ。
 睡眠時間などなきに等しい状態でただがむしゃらに作業をこなし、ついに訪れた校了日。
 全てを終わらせたぼくがふらつく足取りで部屋にたどり着くと、そこには郁子が待っていた。

 ぼくの留守中、郁子が部屋に上がっているのは、別に珍しいことではなかった。
 郁子は、忙しさにかまけて全くといっていいほど家事をしないぼくを見かね、
ちょくちょくアパートに来ては、掃除や洗濯などをしてくれていたのだ。

「ホント酷すぎ! これじゃあウジも湧かないよっ」なんて言いながら、
ゴミを出したり、繕い物までしてくれる郁子のために、
ぼくはいつも、ダイヤル錠をつけた宅配便受けに合鍵を置いていたくらいだ。

 でも、校了明けに郁子が部屋に来ているのは、珍しかった。
 郁子は普通、校了の当日には来ない。
 ぼくが疲れ果てて帰宅するのを知って、気遣ってくれているのだと思う。
 そんな郁子がその日はなぜか、大した用もないのに、部屋の隅で膝を抱えて待っていたのだ。

 ぼくらは少しの間、他愛のない会話をした。
 徹夜明けのぼくはハイになっていて、やたらにはしゃいで色々まくし立てたが、
途中で意識が途絶えた。
 夢うつつに、郁子がぼくに布団を掛け、鍵を閉めて去って行く気配を感じた。

 真夜中に眼が覚めた。
 部屋が暗いのに気付き、ぼくは、半分寝ぼけながらも、枕元の灯りを点けようと手を動かした。
 動かす手が、何かに遮られた。
 郁子だった。
 郁子が、ぼくのベッドの中にいた。

 横臥していたぼくの胸に顔を埋め、郁子は、ぼくに身を預けていた。
 ――――ああ、これは夢なんだな……。
 変に納得したぼくは、郁子の背中に腕を廻した。

 郁子は、ぼくがその躰を撫で廻すのに任せてじっとしていた。
 ぼくが、手を服の中に潜り込ませても――
彼女の躰の、ノーマルな男ならば触れないような部分に、ぼくが指を挿し入れても――
郁子は、小さな子供のようにぼくにしがみ付いたまま、ぼくの行為に黙って耐えた。

 理性その他は眠っているのに、頭の一部分だけが異様に冴え冴えと覚醒した状態で、
ぼくの手は執拗に、サディスティックなまでに、郁子の躰を玩び続けた。

 そして――郁子の、消え入りそうに微かな喘ぎを聞きながら、ぼくは、再び眠りに落ちていった。
237月下奇人:2008/04/16(水) 09:32:16 ID:IHnkP8PT
 翌朝。目覚めたぼくのベッドの中に、郁子のいた形跡はなかった。
 昼ごろ布団を干しにやって来た郁子の様子にも、別段変わった処はなく、
ぼくは、やっぱりあれは夢だったのだ――。と、ホッとするような、残念なような、
不思議な気分を味わった。

 それから数日が経った。
 もう夢のことなんか忘れていた。
 就寝前、ベッドに寝転んで本を読んでいた。
 手元が暗かったので、灯りを点けようと枕元のスタンドに手を伸ばした。
 手に何かが付いた。
 体毛だった。細く、緩やかに縮れていた。ぼくのではない。
 ぼくはそれを見つめた。見つめながら考えた。何時間も考えた。

 考え続けて出た結論は、あの夜のことは夢じゃなかった可能性がある、というものだった。

 そして、その時に決意したのだ。
 郁子とドライブに行くことを――――――。



 意識がゆっくりと浮上する。
 目覚めても未だ夢の中にいるような感覚。温かくて、心地良い――――。

 小さな水音が、ぼくの意識をはっきりと覚醒させる。
 眼の前は真っ白だった。
 ――――これは……湯気か。

 ぼくはバスタブの中にいた。
 なみなみと満たされた湯の中に躰を浸し――手足を伸ばして、横たわっていた。
「おれ……いつから、風呂入ってたんだ?」
 天井からの雫が、湯船に落ちる。

「お風呂の中で寝込むと、風邪ひいちゃうぞ」
 湯気の向こうから、声が聞こえた。
「……郁子?」
 眼鏡もなく、湯気に包まれた不明瞭な視界の中、郁子の顔が微笑んでいる。

「おれ……どうして」
「ほーんと、大変だったんだから……
 まもるがいつまで経っても戻って来ないからさ。廊下に出てみたら、床に倒れてんだもん。
 躰が冷え切ってたから、温めなきゃって思って……ここまで運んで、お風呂に入れて……」
「そうだったのか……ごめんな」
 面倒を掛けてしまった。
 郁子の力でぼくを浴室まで運ぶだけでも大変だろうに、
更に、ぼくの服を脱がして湯船に入れるなんて――――――

 え? ふ――服?!

「郁子……おれの服を全部脱がせたってことは……つまりその、それは…………」
「えー? なあにー??」
 郁子は、カランの処でぼくの服をジャブジャブ洗っている最中だった。
「つまりあの……見た?」
 まあ見ただろうけど――やっぱそれは――――恥ずかし過ぎる気がする。

「なーによ。今さら恥ずかしがること、ないじゃん」
 郁子が立ち上がった。
相変わらず湯気が凄くてよく見えないが――郁子も、服を着ていないみたいだ。
「ああこれ? だってこの方が洗濯しやすいんだもん。ほら、服着たままだと、濡れちゃうでしょ?」
238月下奇人:2008/04/16(水) 09:32:49 ID:IHnkP8PT
 郁子が間近に寄って来た。
 白い湯気の中、腰周りの豊かなボウリングのピンのようなボディーラインが、
あますとこなく、はっきり、くっきり、徹底解明されている。

「もー、そんなにまじまじと見ないでよぉ……照れちゃう」
 てなことを言ってクルッと後ろを向く。すると今度は、お尻がこっちを向いた。
 ぼくの瞳孔が、最大限まで拡大する。

 ――――さすがだ。
 やはり生は、迫力が違う。
 この突き出し具合、この質感、割れ目の深さ――マーベラスだ!
 単に形が良いだけではない。これは、これはそれ以上の、その――――――。

「ま・も・る? うふっ、どうしたの? もしかして……ムラムラしてきちゃった?」
「い、郁子……」
 郁子は、悪戯っぽい笑みを浮かべて湯船の中に入ってきた。
 彼女が腰を落とすと、その容積の分だけ、バスタブの縁からザァッと湯が溢れる。
 郁子は、ぼくと向かい合って湯に浸かった。
 大き目のバスタブとはいえ、二人で入るとさすがに少し窮屈だ。
 躰が密着して、肌と肌が擦れ合って――――あああ。

 郁子は、じりじりと膝でにじり寄り、ぼくの脚の間に入り込んでくる。
 郁子の膝に押されたぼくの腰が浮き上がり――
ぼくの陰茎の先端が、湯船からピョコンと顔を出した。
 まるで、潜望鏡のように――――。

 郁子は、湯から飛び出た坊主頭のようなソレを、いい子いい子とばかりに撫で廻した。
 沁み込んでくる快感に、ぼくは、大きな溜息を吐く。
 郁子の顔が上気し、ピンクの舌が、チロリと唇を舐めた。

「元気になっちゃったね……」
 硬度を増したぼくのものに指を添え、郁子は淫靡な微笑みを見せる。
「ねえまもる……こういうの知ってる? 私、雑誌で見たんだけど……」
 そう言うと、郁子は、ぼくの先端に顔を寄せ――ズッポリと唇を覆い被せてしまった。
「あ……」

 言葉を失ったぼくを余所に、郁子はくちゅくちゅと音を立て、ぼくの亀頭をしゃぶり廻す。
 湯で温もったぼくの陰茎が、煮崩れるような快感の中に浸される。
 そして更に。
 郁子は先端からもっと下まで――陰毛が揺らめく根元の方まで、深く咥え込んだ。

 ――――ずちゅっ、ずちゅっ、ずぼっ、ずぼっ、ずぼっ。

 浴室中に淫らな音が反響する。
 郁子の頭が激しく上下に振り立てられる。
 舌が、唇が、長いストロークでぼくの陰茎を扱きあげ、そのヌルヌルと吸い込まれる感覚に、
 ぼくは蕩かされ、込み上げる快感に、ぼくは、ぼくは押し流されそうになり――――。

 ぼくはザブンと立ち上がった。
 郁子の唇から陰茎がはずれる。
 直立し、へそに届く勢いの陰茎の先から、粘液が糸を引いて、彼女の唇と繋がっている。
 ぼくはそれを断ち切るようにして、疼く股間を押さえる。そして郁子に言った。
「君は……誰だ?」

 いくらなんでも、郁子がここまでする筈がないんだ。ぼくらは未だ――寝てもいないのに。
 この郁子は、偽者だ! そう考えての発言だったのだが――――――。
239月下奇人:2008/04/16(水) 09:33:31 ID:IHnkP8PT
 郁子はぼくを見つめたまま、微動だにしない。 ――永い沈黙の時が流れる。
 ――――もしやぼくは、見当違いなことを言ったのか?
 そう思い始めた時だった。

 郁子の躰が冷気を発したように感じた――と同時に、彼女の両手が、ぼくの首を掴んだ。
「ぐうっ!」
 ぼくはその腕を取ろうとする。
 だが郁子の腕は、物凄い力でぼくの首を締め上げる。
 ぼくは首を絞められたまま、湯船の底に沈められた。

 鼻の奥がツンと痛くなる。
 ごぼごぼと気泡が沸き立つ湯の中で、ぼくは必死になってもがき、
締め上げる手を振り払おうとする。
――駄目だ!
どれだけ引っ張ろうが、爪を立てようが、郁子の腕はビクともしない。
 このままでは、溺死してしまう!
 ぼくは郁子の腕を払うのを諦め、足で彼女を蹴飛ばそうとした――が、これも無駄だった。
 郁子はぼくの脚の間に躰を割り込ませているので、
幾ら足をバタつかせても、バスタブの向こう側を蹴りつけることしか出来なかった。

 ――――もう、これまでか……。
 苦しさが臨界点に到達していた。
 瞼の奥が赤く、そして黒くなり、頭が、中から破裂しそうに――――――。

 と、そこでいきなり、締め上げていた腕が離れた。
 ザアッと湯の流れる音がして、顔が、躰が外気に触れる。
 どうやらヒビの入っていたバスタブが、ぼくの蹴りに耐え切れずに、ぶっ壊れてしまったらしい。
「ぐっ……げほっ、ごほっ」
 ぼくは激しく咳き込んで、肺に溜まった水を吐き出す。

 そんなぼくの視界の隅に、逃げて行く白い裸身が霞んで見えた。
「ま、待……て……!」
 立ち上がろうとしたら、立ちくらみを起こしてひっくり返った。
 ついでに割れたバスタブもひっくり返り、ぼくの躰は、濡れたタイルに強か打ちつけられる。
「痛ぇ……くっそ」
 ぼくは打ちつけた肩を摩りつつ、よろめきながら浴室を出た。

 すでに彼女は逃げ延びた後だった。
 だが、慌てていたので躰を拭く暇もなかったのだろう。
 開け放されたままの洗面所の外に、濡れた足跡が続いているのが見えた。
 ――――あれを追って行けばいい。
 着ていた服は洗濯されてしまったが、幸い、着替えの入ったバッグがこっちに運ばれていた。
 郁子が運んでおいてくれたのだろうか? ――あの、郁子が?

 ――――いや……考えるのは後だ。
 ぼくは急いで衣服を身に着ける。
 そして眼鏡を掛け、ライトと火掻き棒を探した。
 だが、それらは無くなっていた。
 やはりこれも――あの郁子の仕業だろうか? 嫌な胸の高鳴りを押さえ、ぼくは廊下に出た。

 濡れた足跡は、ホールに続いていた。
 しかし、徐々に薄れてゆくそれは、ホールの中央で途切れてしまっていた。
 眼を凝らして絨毯の上を見つめるも、もうその痕跡をたどるのは不可能だった。
「どこへ行ったんだ……」

 薄暗いホールに立ち尽くし、ぼくは溜息を吐いた。
 なんだか――疲れた。ぼくは、ソファーにがっくりと座り込んだ。
 前屈みになって眉間を押さえ、浴室でのことを思い返す。
240月下奇人:2008/04/16(水) 09:34:06 ID:IHnkP8PT
 ――――どう見てもあれは、郁子に間違いなかった。
 今度こそ間違いようがない。
 あの声、あの姿――――。細かい仕草ひとつ取っても、郁子以外の何物でもなかった。
 ただし、あの、ぼくにした行為だけは郁子のものではない。
 あんな風に、ぼくのモノを口でしたことも、その後――ぼくを殺そうとしたことも。

 ――――いや……果たして、本当にそうだろうか?

 ぼくは郁子のことを、どれだけ知っているというのだろうか?

 木船郁子。十九歳。二十四時間喫茶店のウェイトレス。
 郁子は、自分の身の上を話したがらない子だった。
 話すとしても、他の話のついでにチラリと漏らす程度だった。

 そうして漏れ聞いた彼女のプロフィールといえば――
 生まれた時すでに父はおらず、母親や姉妹とも訳あって離れて暮らしていたこと。
 高校卒業と同時に実家を離れ、一人暮らしを始めたこと。
 人付き合いが苦手で、ぼく以外に友人らしい友人も居ないらしい、ということ。

 つまりぼくは――郁子のことを、ほぼ何も知らなかったに等しい。

 例えば、彼女が心の奥底に他者のうかがい知れない闇を抱え込んでいたとして、
ぼくは、それを察してやることが可能だっただろうか?
 ましてや郁子は普通の子じゃない。
 生まれながらに特別な能力を授けられた――神に選ばれし少女なのだ。

 あの日――異世界の夜見島から帰還した時の記憶が甦る。


 ――――また、手を離してしまった。

 眼を覚まして、最初に浮かんだ台詞は、これだった。
 ――――ぼくは、またも彼女を裏切ってしまったのだろうか?

 だが、郁子はすぐに見付かった。
 彼女の傍へ行き、生存も確認出来た。心底、ホッとした。
 夜見島での数十時間、目まぐるしく繰り返された、出逢いと別れ。
 それはいずれも懺苦に満ちて――それでも、こうして郁子だけは、連れ帰ることが出来た。

 ――――これで、全ての苦しみが報われた……。
 心身ともに疲れ果ててはいたものの、ぼくは、清々しい気持ちに満たされていた。
「きれいだな……」
 昇る朝日が青い海原を照らしてゆくのを眺めつつ、後ろで身を起こす郁子に語りかけた。

 郁子の返事はなかった。ぼくは郁子を振り返った。
 郁子は額に手をかざし、朝日を見上げているようだった。
 眩しそうに眼を細めた郁子――――不意に、その横顔が、霞んで見えた。

「……おい!」
 ぼくは、郁子の肩を掴んで揺さぶった。
 何故だか、途轍もなく不吉な予感に苛まれたからだ。
「え……あ、私…………」
 ぼくの呼びかけに、郁子はハッと夢から覚めたような表情になった。

「大丈夫? だいぶ疲れてるみたいだね」
241月下奇人:2008/04/16(水) 09:34:49 ID:IHnkP8PT
「うん……平気。ちょっと、ボーっとしちゃって……」
 郁子は、相変わらず眩しげに朝日から眼を背けていたが、
もう、最前のような危うい気配を発してはいなかった。

 ――――よかった。
 ぼく自身、何にホッとしているのかは判らなかった。
 それでも、かけがえのない何かを守れたのだと確信していた。
 尚も朝日を眩しがる郁子を伴い、歩き出しながらぼくは、
今後も、彼女のことを見守り続けたい。という静かな意志を、心の奥底に感じつつあった――――。


 だが、そんなぼくの意志も、結局はただの独りよがりに過ぎなかったのかも知れない。
 今夜のことを色々思い返してみると、そんな気持ちが沸き起こってくる。

 考えてみれば彼女は、最初からぼくとの関わり合いを避けていた。

 夜見島でぼくの危機を救ったあと、自らテレパスであることを明かし、
畏れを抱いたぼくが手を離した隙に立ち去って行った。
 島から戻った後も、同じ病院に入院していたにも関わらず、彼女はぼくに連絡先も告げず、
先にさっさと退院しようとした。

 ぼくは、間一髪のところで郁子を捉まえた。
 彼女は、これからの身の振り方について悩んでいる様子だった。
 無理もない。彼女のバイト先の船はもう、無くなってしまったのだから。
「とりあえず三逗港の近くで別の仕事を探す」
と言う郁子に、いっそ東京に出て来ないか? と、ぼくは思い切って切り出してみた。
 他人が苦手なら、むしろ人同士の繋がりが希薄な都会の方がいいだろうし、
何より、夜見島の傍からは、離れるべきなのではないか?

 郁子は、ぼくの助言に若干心が動いたようだった。
 でもハッキリとした返答はなかった。
 ぼくは、あえてそれ以上は押さず、彼女に自分の名刺だけを渡した。
「何か、ぼくで力になれることがあったら……」と、言い添えて。
 名刺の裏にはあらかじめ、プライベートな携帯の番号とメアドも書いておいた。

 しかし、彼女の方から連絡を取ってくることは、無かった。

 郁子の消息を気にかけながら過ごし、半月ほども経った頃だろうか。
 深夜、会社帰りに立ち寄った喫茶店に、郁子はいきなり現れたのだった。
 ミニスカートの、ウェイトレス姿で。

「いらっしゃいませ。お客様、お煙草お吸いになられますか?」
「あ……いやあの……すいません、吸いません……」
「ふふっ。じゃあこちらへどうぞ」

 これが、ぼくらの再会の第一声だった。


 あの時ぼくは、郁子がぼくに打ち解けてくれたものとばかり思っていた。
 でもあれはひょっとすると――たまたまだったのではないだろうか?
 たまたま、あの喫茶店に勤めることになり、たまたま、新居に選んだアパートが、
ぼくのアパートの近所だったのかも――――。

 ひょっとするとぼくは、郁子にとって邪魔な、疎ましい存在でしかなかったのだろうか?
――殺してしまいたいと、思うほどに?

 ――――馬鹿馬鹿しい!
242月下奇人:2008/04/16(水) 09:35:24 ID:IHnkP8PT
 ぼくは両手を髪の毛の中に突っ込み、グシャグシャと掻き廻した。
 自分が酷くナーバスな状態に陥っているのは、判っていた。
 判っていながらも、次から次へと、嫌な、考えたくない妄想に耽るのを、止められないでいる。

 だって、仕方がないじゃないか。ぼくは――ぼくは、好きな女の子に殺されかけたんだから!!


 頭を抱えるぼくの背後で、扉の開く音がした。
「守?!」
 振り返ると、ホールの右の階段の向こう側――
水槽の横にあった扉の中から、郁子が姿を現していた。
「守、こんなトコに居たんだ……随分捜しちゃった」
「郁子……」

 郁子はぼくに駆け寄ってきた。心から、安心した表情で。
 ぼくは立ち上がり、郁子の姿を見つめた。

 郁子は新しい服に着替えていた。
 黄色のタンクトップに、裾を折り返したブルージーンズ。
 真正面に立った郁子を見下ろし、ぼくは、惚けたように立ち尽くした。

 郁子が着替えに持って来ていたのは、一年前、夜見島でぼくらが出逢った時に来ていた服だった。
「なあに? そんな、変な顔しちゃって」
 郁子は、少し照れ臭そうに微笑んだ。
 そうか。そうだったんだ。今日は――――――。

「郁子、その服……まだ持ってたんだ」
 気持ちとは裏腹に、ぼくの口は、酷く間の抜けた言葉を発していた。

 でも郁子は気にすることもなく、いつもと変わらぬ明るい笑顔を見せてくれた。
「そりゃあ、私は貧乏なフリーターだもん。まだ着られる服を、そう簡単には捨てられないって」
「満面の笑みで言うことじゃないだろそれ」
 ぼくは、思わずつられて微笑んだ。

「でも、よかったぁ。守、私がこれ着てたら嫌がるかもって、ちょっぴり心配だったの」
「そんな……どうして?」
「だってさ……この服見たら、思い出すでしょ? 夜見島のこと」
「そうだね。思い出す」
 郁子は、悪戯を見つけられた子供のように、上目遣いでぼくを見た。
 その仕草がなんだか可笑しくて、ぼくは、更に微笑んだ。
「あれから……ちょうど一年経ったんだな」

 そう。日付の変わった本日八月三日。夜見島事件から、きっかり一年が経過したのだ。
 怖ろしく、忌まわしい記憶。
 郁子の黄色いタンクトップを見ていると、あの時の出来事が昨日のことのように甦って来る。

 でもぼくは今、何の恐怖も不快さも感じてはいない。

「きゃっ……な、何よ?!」
 ぼくは――郁子の躰を力いっぱい抱き締めていた。
 多分いつものぼくなら、こんな事はしない。ぼくはこれでも、割と慎重な性質なのだ。
 でも今は――今だけは特別だ。

「郁子……ごめんな」
 ぼくは郁子を抱き締めたまま、郁子の後ろ頭に向かって呟いた。
 郁子はさすがに身を堅くしているものの、抗うことなくぼくに身を任せていた。
「何なのよもう……」
243月下奇人:2008/04/16(水) 09:38:11 ID:IHnkP8PT
 郁子はふて腐れた口調で言い、それでも、ぼくが抱き締めている肘から下を上げ、
ぼくの背中を労わるように軽く摩った。

 ――――これが、郁子なんだ。
 郁子の華奢な肢体を、温度を、鼓動を、全身に感じながら、ぼくはそう思った。
 さっきまでぼくを支配していた彼女への疑心は、もう跡形もなく消え去って――――。

 いや、少し違う。

 ぼくが郁子の全てを理解出来ていないのは、相変わらずだ。
 浴室でぼくを手に掛けようとした、あれが郁子の本心でないという保証は、どこにもない。
 ――――でも。それでも。

「ねえちょっと……苦しいよ」
 郁子が、かすれた声でぼくに言う。
 そりゃあ苦しいだろう。
 何しろぼくはいっさい手加減することなく、全力で彼女を抱き締めているのだから。
 それでもぼくは、郁子を抱き締めるのを止められないでいた。
 こんなぼくのことを、彼女はどう思っているのか――――。

 でも、郁子の中の、ぼくに理解できない部分も含めて――ぼくは、郁子が好きだ。
「ごめんな」
 もう一度謝罪の言葉を繰り返し、ぼくは、郁子のうなじに顔を埋めた。


「守。私ね、守に見せたい物があるの」

 ぼくが落ち着くのを見計らい、郁子が口を開いた。

 郁子は、ボイラーを見に行ってから、待てど暮らせど戻って来ないぼくに痺れを切らし、
浴室を出て屋敷内を捜し廻っていたのだという。

「で、色んな部屋を見て廻ってたんだけど……途中で、ちょっと気になる物を見つけたの」
「何?」
「うん。それはまあ、見れば判るから」
 そう言って郁子は、ぼくの腕を引いた。
「ちょ、待ってくれよ」
 ぼくは、ちょっと困惑して郁子の手を引っ張り返した。
 彼女の態度が、どうにも腑に落ちなかったのだ。

 ぼくの行方を捜していたのなら、まず真っ先に、ぼくが一体どこで何をしていたのか?
と聞きたくなるのが人情というものではないだろうか?
 なのに郁子は、その件を一切スルーしているのだ。
 それに――浴室からぼくを捜しに出たと言うが、その時点で郁子のバッグは、
まだこのホールに置いてあった筈だ。
 つまり郁子は、素っ裸のままで浴室を出てきたことになる。
 これは少々、不自然なことに思えてならない。

「郁子」
 とにかく、もう少し話をするべきだ。ぼくは郁子の腕を取った。

 そして、ぼくは見付けた。
 ホールのぼんやりと薄暗い照明に浮かび上がる、白い腕。
 その腕に痛々しく残る――――無数の引っ掻き傷。

 郁子はぼくの目線に気が付くと、ハッと青ざめた表情でぼくの手を振り払った。
 ぼくは、チラリと自分の指先に眼をやった。
244月下奇人:2008/04/16(水) 09:39:11 ID:IHnkP8PT
 爪の中が、赤黒く染まった指先。
 風呂で郁子に首を締められた時、抵抗して、彼女の腕に爪を立てた名残だ。

 ぼくは郁子に眼を向けた。郁子はじりじりと後ずさる。
「郁子」

 郁子は、脱兎のごとく走り出した。
 慌てて後を追ったが、彼女は素早く水槽脇のドアを閉め、内鍵を掛けてしまった。
「くそ……何なんだよ!」
 苛立ちに任せて扉を蹴飛ばした。だがそんなことをしても、扉はビクともしなかった。

 ぼくは扉を背にしてもたれ掛り、そのまま、ずるずると床に座り込んだ。
 ――――郁子……君は一体、おれをどうしたいんだ……。
 少なくともこれで、郁子があの時、間違いなく、
自らの意志でぼくを殺そうとしたのだということが、明らかになった。

 正直な処、今までは他の可能性だって考えていた。
 例えば――あの時、ぼくが何らかの作用で幻覚を見せられ、郁子ではない何者かを、
郁子だと思い込まされていた――とか。
 或いは。屋敷の怨念のようなモノが郁子に取り憑き、操ってあんな行為をさせていた――だとか。

 だが、それらのある意味、希望的な憶測は、
郁子のあの反応によって、見事なまでに粉砕されてしまった。
 ぼくは溜息と共に、ガックリと項垂れた。

 ――――郁子……。
 肩を落として俯いていると、なんだか涙が込み上げてきた。
 涙をこらえて、瞼を閉じる。
 頭の中では、郁子と出逢ってから一年間の思い出を、切ない気持ちで追想していた。

 口が悪くて気の強い郁子。でもぼくは知っている。
 郁子はそんな態度の裏側で、いつも他人を気遣うことを忘れない、優しい女の子だった。

 「守! あんた、またガス代振り込むの忘れてたでしょう?!
  私が立て替えといてあげたから、後でちゃーんと返してよね!
  早く返さないと、トサンで利子つけるから!」
 「あ、明日校了なの? どおりで顔がゾンビっぽいと思った」
 「はあ? 椎茸が嫌い?? 判った。じゃあ今日のご飯は椎茸のホイル焼きにするわ」

 郁子のキツイ台詞の数々。だけどそんな言葉の中にいつも、彼女なりの思いやりが隠されていた。
 ――――郁子……。
 ぼくは眼鏡をずらし、ゴシゴシと眼を擦った。
 これまで郁子がしてくれたこと。ぼくに見せてくれた優しさ、強さ。
 そして――時おり垣間見せた、寂しげな表情。


 ぼくは、鼻を啜って立ち上がった。
 ――――こんな処で、挫ける訳にはいかない。
 彼女が何故、何の為にぼくを退けようとしているのかを、突き止めなくては。
 何か誤解や行き違いがあるのなら、ぼくはそれを解かねばならないだろう。
 しかし万が一。
 万が一、郁子がぼくを殺害しようとするのに足る、納得のいく理由があるのならば――――
 ぼくは、彼女の望むとおりになってしまっても、構わない。

 とにかくこのまま、何も判らないまま殺されるのだけは御免だ。

 ぼくは、もう一度屋敷の中を徹底的に探索することに決めた。
 郁子がぼくに敵対する理由は、全てこの屋敷に隠されている。
 そんな確信が、ぼくにはあったのだ――――――。
245月下奇人:2008/04/16(水) 09:39:41 ID:IHnkP8PT
「さて、どこから検証するか……」
 さっき二階はあらかた見たし、水槽脇の扉は、郁子が閉ざしてしまった。
 あとは――――。
 ぼくは、ここからホールを挟んだ真向かいにある扉に眼をやった。
 暖炉とソファーの脇についた扉。よし。まずは、あそこから行こう。

 扉を開けると、そこは狭い廊下になっていた。
 十メートル程先に扉が一つある以外、何も無い空間だ。
 ぼくは廊下を渡り、その、突き当たりの扉を開けた。

 開けると同時に、ぬるい夜風が頬を撫ぜた。
 そこは、森に面したテラスになっていたのだ。
 もう雨は上がっていて、辺りには、虫の声と、壁面のツタの雫が落ちる音だけが、
密やかに響いていた。

 木で組まれたテラスの中央には、塗装の剥げ落ちた丸テーブルが一つと、デッキチェアーが三つ。
 チェアーの一つは横に倒れている。
 その上は藤棚になっていたが、今はツタにうっそうと侵食され、見るも無残な有様になっていた。

「テラス、か……」
 あちこちが腐れ果て、ボロボロになっているテラスを眺め、ぼくは溜息を吐いた。
 濡れた木の床を踏みしめながら、
ペンションのテラスで、郁子にキスしようと考えていたことを思い出す。

 ――――それが何で、こんな風になっちゃったんだろうなぁ……。
 古びたテーブルも、デッキチェアーも、雨に濡れてびしょびしょだ。
 ぼくは、屋敷の中に戻ろうとした。

 その時、ぼくの視界の片隅で何かが光った。
 光の見えた藤棚の支柱の根元に眼を凝らす。
「……これは」
 それは、停電の時に無くしたサバイバルナイフだった。
 屈んで拾い上げてみる。間違いない。柄の部分に、ちゃんとぼくのイニシャルも入っている。
「なぜこんな処に」
 ぼくはナイフを手にして考え込む。そしてふと、眼の前の柱を見た。

 屈んだぼくのちょうど眼の高さ。
 そこには、横一文字の小さな掻き傷がつけられていた。
 一瞬このナイフでつけたものかと思ったけれど、これはもっと、古い傷のようだ。
 顔を近付けよく見てみると、横に何か文字らしきものが刻み込まれているのが、微かに見えた。
「何だろう?」
 藤棚の柱には、苔がこびり付いていて、何が書いてあるのかはっきりとは判らない。
 ぼくはそれをナイフでこそげ落とし、文字を読み取ろうとした。
「よしよし、見えてきたぞ……」

   イ ク コ

 そこにはそう刻まれていた。
 ぼくの胸のうちに重苦しい暗雲が垂れ込めてゆく。
 線状の掻き傷と文字は、他にもいくつかあるようだった。
 ぼくは柱を掌でゴシゴシ擦って、それらを見ようとした。
246月下奇人:2008/04/16(水) 09:40:39 ID:IHnkP8PT
 掻き傷は全部で四本つけられていた。
 二本ワンセットのように重なってついた線がツーセット。
 その、それぞれの線の横に、イクコ、リュウコ、イクコ、リュウコ、と、
たどたどしい筆跡で刻まれていた。

 ――――これは――何だ?

 ぼくは、鳥肌の立つ二の腕を両手で押さえ、柱から後ずさった。
 これはおそらく、たけくらべの跡だろう。
 イクコとは――郁子?
 つまり郁子は、屈んだぼくの眼の高さぐらいしかない小さな少女の頃に、
この屋敷に居た、というのだろうか?

 それにこの、“リュウコ”というのは?
 ――――いつまでもここで考え込んでたって、判るはずもない。
 ぼくは、何とも言えない悪寒に苛まれながら、屋敷に戻ることにした。


 ホールの扉を開けると、何か違和感があった。
 ずっと向こう側、水槽脇の扉が、開いているのだ。
 ――――郁子が出てきたのか?
 ぼくは扉に駆け寄った。

 だが近くまで寄ってみて、どうも様子がおかしいことに気が付いた。

 扉は妙にブラブラと揺れていた。蝶番の下の方が壊れているのだ。
 さっきは、こんなんじゃあなかったのに――――――。
 それに扉の表面を見ると、何か硬いもので殴りつけたように傷やへこみがついていた。
「この扉……ぶち破られたんだ」

 嫌な予感がした。
 背筋に冷たいものを感じながら、ぼくは、扉の中に入った。

 扉の先は、暗い廊下が続いていた。

   ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン――――。

 長い廊下を小走りに進んで行くと、どこからか、鉄の塊の歩く物音が聞こえて来た。
「まさか……!」
 耳をそばだてる。音は、廊下の左側の方から聞こえる。

 不意に、音が止んだ。

 そして――――――。

   「きゃああああーっ!」

「……郁子!」
 ぼくは、悲鳴のする方へ走った。
 廊下の突き当たりは、二手に分かれていた。
 ぼくはそれを左に曲がり、その奥の、開いている扉に飛び込んだ。

 入るとすぐに、銀色の背中が見えた。
 やはり例のヨロイだった。
 その向こう側で郁子は床に倒れ、眼の前の敵になす術もなく、悲鳴を上げ続けていた。

「こいつ!」
 ヨロイの背中に、思い切りタックルを喰らわせる。
247月下奇人:2008/04/16(水) 09:41:12 ID:IHnkP8PT
 ヨロイは不意をつかれ、けたたましい音を立てて倒れた。
 ぼくはそのまま馬乗りになって、ヨロイを押さえ込もうとする――
が、その前にヨロイは素早く起き上がった。

 ヨロイはぼくに向き直ると、ものすごい勢いで剣を振りかざしてきた。
 その激しい攻勢に、ぼくはなす術もない。
 ――――こいつ……本気でおれを殺る気だ……!
 剣の切っ先はぼくの腕や首筋をかすめ、ぼくはもう、あちこち傷だらけだ。
 とてもじゃないが、ナイフ一本じゃあどうにもならない。このままでは――――。
 そして、胸元を狙ってきた刃を避けた拍子に、ぼくは仰向けにひっくり返ってしまった。

 ――――まずい!
 ぼくを見下ろすヨロイが両手で剣を構え、それをぼくに突き立てようと振り上げる――――――。

 と。そこで突然、ヨロイの動きが止まった。

「…………?」

 ヨロイはだらんと両腕を下ろし、ぼくをまたいで廊下に出てゆく。
 ぼくは、ふと気付いて郁子を見た。
 郁子は硬く眼を閉じ、祈るように胸の処で両手を組んでいる。
「……まだよ……もう少し…………あいつを引き離してから……」

 ヨロイの足音が、どんどん遠ざかってゆく。
 もうほとんど聞こえなくなった頃、郁子はようやく瞼を開き、床に手を着いて息を切らした。
「はあ、はっ、ち、ちょっと、限界、かも」
「郁子……君は」

 今、郁子がやってのけた超常現象には覚えがある。
 それは他者の精神を乗っ取り、思いのままに行動させる超能力――感応視、とでも呼ぶべきものか。
 ――――夜見島から戻ってからは、出来なくなったと言っていたのに。

 それはさて置き、またヨロイが戻ってくるかも知れない。
 ぼくは扉を閉めて鍵を掛け、更に、部屋の椅子やらテーブルやらを立てかけてバリケードを築いた。
「これで暫くは持ち堪えるだろう」
 ぼくは、改めて郁子に向き直った。

 郁子は、部屋のソファーにちょこんと腰掛けてぼくを見ていた。
 眉根を寄せたその表情は、困っているようにも、或いは、悲しんでいるようにも見える。

 ぼくは、バリケードの前にあぐらを掻いた。
 きっと普段のぼくなら、迷わず郁子の隣に腰掛けたことだろう。
 でも今は、そんな気になれなかった。

「……」
「……」
 気まずい沈黙が続く。
 言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるのに、いざとなると言葉が出てこない。
 無意味に時間だけが過ぎてゆく――――――。

「……あのさ」
 先に口火を切ったのは、郁子だった。
「私……そっちに行ってもいい?」
「え?」
 ぼくは郁子の顔を見た。郁子は、ぼくと眼を合わせないようにしながら、言葉を継ぐ。
「なんか、いっぱい怪我しちゃってるじゃん? 手当てとか、した方がいいのかなぁって……
 嫌だったら無理にとは言わないけど」
248月下奇人:2008/04/16(水) 09:41:46 ID:IHnkP8PT
「……」
 ぼくは何と言うべきか迷い、黙り込んでしまった。

 それを拒絶と受け取ったのだろうか――郁子はぼくに、背中を向けてしまった。
 そしてポケットを探り、ハンカチと小さなポーチを出した。
「これ、よかったら使って。絆創膏とか、中に入ってるから……」
 そう言うと郁子は後ろを向いたまま、絨毯の上を滑らせてぼくの方に寄越した。

「郁子……」
 ぼくは立ち上がり、郁子の傍まで行った。
 ササッと背を向けてしまう郁子の隣に座り、彼女の顔を覗き込もうとする。
「やめてよ!」
 郁子は立ち上がり、バリケードの前まで行くと、再びぼくに背を向けた。

「……何で、私を助けたの?」
 微かな呟き。ぼくが思わず聞き返すと、郁子はクルリと振り向いた。
「だって守、私のこと疑ってんでしょう?!
 さっきホールで私の腕掴んだ時……守の心、私への不信感でいっぱいだったよ」
「郁子……おれの心を読んだのか」
 郁子はハッと口を押さえる。

「そうよ」
 蒼ざめた顔に、自嘲気味な笑みを浮かべ、郁子は言った。
「そう私……守の心を読んだの」
 小さな肩が、ぶるぶる震えだす。

「そう……疑われても仕方ない。だって私、ずっと守に嘘ついてたんだもん。
 夜見島で力を使い果たして無くなっちゃったって……あれは嘘。
 無くなったんじゃないの……それまで、制御しきれなかった力のコントロールの仕方が判って、
 人の心を読む読まないが、きちんと自分の意思で出来るようになっただけ。
 だから、読もうと思えばいつだって読めるの。今の私は……それでね」

 泣き笑いのような顔を上げ、郁子は更に続ける。
「それでね守。私、この一年の間、ずっと守の心、読んでたんだ。
 最初は他の人にしてるみたいに、閉ざしておくつもりだった……でも、駄目だった。
 どうしても気になっちゃって……気付くと、私……」

 郁子は更に俯いた。
 郁子の告白を聞いたぼくは、恐怖とも嫌悪ともつかない、嫌な感情に腹の底が満たされるのを、
抑えられなかった。
 こんなぼくの感情も、全て郁子に読まれているのだろうか? ――それに。

「じゃあ郁子……郁子は今日、おれが君をドライブに誘った理由も、
 全部承知で着いて来た……ってこと?」
 郁子は何も答えなかった。その代わり――俯いた首筋と耳朶が、みるみるピンク色に染まっていった。

 その反応が答えになっていた。ぼくは激しく混乱する。
 郁子の反応を見る限り、やはり、彼女がぼくのことを嫌っているようには思えない。
 なら、これまで彼女がぼくにしてきた行動はいったい――――?

「なあ郁子。こっちに来なよ。少し落ち着いて話をしよう。おれ、君に訊きたいことがあるんだ」
 郁子はちょっとだけぼくを振り向いたが、すぐにバリケードの方を向いてしまった。
「……訊きたいことって、何?」
 郁子は後ろ向きのまま、口を開いた。

 ぼくは郁子の傍まで行こうとしたが思い直し、ソファーに腰掛け、彼女の背に話しかけた。
249月下奇人:2008/04/16(水) 09:42:19 ID:IHnkP8PT
「郁子はさ……この屋敷に来るの、初めてじゃないんじゃないか?」
「どういうこと?」
 チラッとぼくを振り返り、郁子は聞き返す。

 ぼくは、テラスで見たたけくらべの跡のことを話した。
 藤棚の支柱につけられた“イクコ”“リュウコ”という文字のこと。
 それを聞いた途端、郁子はぼくを物凄い形相で振り返った。
 ぼくは一瞬、また彼女に襲われるのかと思ってギョッとした。

「守それ……本当なの?」
 郁子は蒼ざめた顔をぼくに向け、酷く深刻な口調で問い質す。
 ぼくは気圧される思いで頷いた。
「私もそれ見たい! ねえ、テラスって、どこにあるの?!」
「落ち着けよ。今は止めた方がいい。またあのヨロイと鉢合わせでもしたら、どうするんだ?」
「いいから教えてよ! テラスって……あ、もしかしたら」

 郁子は何かを思い出したように顔を上げた。
 そしてソファーの横を通り、バリケードで封じた扉の反対側にある扉に向かい、出て行こうとする。
「待てったら!」
 ぼくは郁子を引き留めようとする。
「いいから! 守はここに居て! 私……私たちをこんな目に合わせた犯人、判ったかも知れない!」
 そう言うと郁子は、勢いよく戸を開けて部屋を出て行った。

 犯人が――判った?
「な、何なんだいったい……」
 ぼくが呆気に取られている間に、郁子の姿は消えていた。
 ぼくはハッと我に帰ると、慌てて郁子の後を追いかけようと立ち上がった。
「なんか、さっきから同じようなことばっか繰り返してる気がするぞ」
 徒労感に襲われつつも、ぼくは郁子の出て行った扉を開けようとする――――。

 その時、扉の横に置いてあるサイドボードがふと眼に入った。
 焦げ茶色の木の天板に伏せて置かれた写真立て。
 なんとなく気になったぼくは、それをひっくり返してみた。

 見た途端、写真の異様さに思わず眉をしかめた。
 それは二人の少女の写真だった。
 背格好からすると五歳くらいだろうか? お揃いのワンピースを着て、仲良く並んで立っている。
 ただ、顔は判らなかった。
 彼女等の顔の部分は釘か何かで執拗に引っかかれ、潰されてしまっているからだ。
「……」
 これは――どういうことなのだろう?
 よく見ると、片方の女の子の顔は左側が重点的に潰されており、そこだけ写真が破れかけている。

 ――――これは……イクコと、リュウコ?
 ぼくは直感的にそう考えた。
 もしかすると、郁子がぼくに見せたいと言っていたのは、この写真のことだったのだろうか?

 ぼくは更によく見ようと思い、写真立ての裏のカバーを外して写真を取り出そうとした。
 するとカバーを外すと同時に、中から折り畳んだ紙が落ちてきた。

 開いてみると、それは手紙のようだった。
「何なんだ?」
 郁子の安否が気掛かりだったので、急いで読んだ。
250月下奇人:2008/04/16(水) 09:42:54 ID:IHnkP8PT
 ××先生へ

お手紙ありがとうございます。
夏の間、二人の娘ともども、大変お世話になりました。
わたしと柳子は、かわりなく元気でやっております。
ただ、柳子は陏子ちゃんと会えなくなったのがさびしいらしく、
少し落ちこんでいる時もあります。
やはり、双子の姉妹ということなのでしょうね。
時々、寝言で陏子ちゃんを呼んでいたりもします。
夢の中で、陏子ちゃんと遊んででもいるのでしょうか?
先生のおっしゃるように、離れ離れになった双子というのは、
不思議な力をはっきするものなのかもしれません。

それから謝礼金の方ですが、間違いなく頂戴致しました。
当初のお約束よりずいぶんたくさん振り込んで頂けましたようで、
本当に、本当にありがとうございます。
これだけあれば、柳子の小学校の入学準備も、充分にしてやれそうです。
先生のご研究のお役にも立てたようで、本当にうれしく思います。

 それでは。今後も先生のご研究が発展しますよう、心よりお祈り申し上げ×××
 どうかお元気で。

                               木船××


 全部読み終えた後も、ぼくは暫し呆然として手紙を見つめ続けた。
 古い手紙の為か、処々に染みが出来て読めなくなっている部分もあったが、
情報としては充分だろう。

 これで、大体のことが判った気がする。
 まず、この廃屋敷の持ち主が、この××先生であったということ。
 その先生が今ここに居ないのは、余所に越してしまったからか、あるいは、死んでしまったのか――。

 “先生”とやらは、双子の少女を使って何かの実験をしていたらしい。
 その双子こそが、“イクコ”と“リュウコ”。
 何らかの理由で離れ離れに暮らしていた双子の姉妹は、
ひと夏の間だけ、この屋敷で一緒に過ごした。
 お母さんも交え、仲良く水入らずで――テラスでたけくらべをしたのも、その時のことなのだろう。

 そして――――。

「郁子!」
 ぼくは手紙をポケットに突っ込むと、郁子を追うため、隣の薄暗い部屋に入って行った。

 そこは、天井の高い広々とした部屋だった。
 壁の一面がガラス張りになっていて、その向こうには、裏庭とそれに続く森の木々が見える。
 部屋の中央は一段高くなっていて、そこに、立派なグランドピアノが置いてあった。
「ピアノホールか……」

 部屋の照明は付いていないものの、雨上りの夜空から射す月の光が意外に明るかった。
「郁子! 居ないのか?!」
 ぼくの声が、辺りに反響する。
 月明かりの照らす中、ぼくの影法師が長く伸びている――。

「まもる……」
 ぼくの影が喋った。
 いや、影が喋ったんじゃない。ぼくの影に被さる様にして佇んでいた女が、喋ったのだ。
 ――――いつの間に……。
 戸惑うぼくに、女はゆっくりと近付いて来る。
251月下奇人:2008/04/16(水) 09:43:37 ID:IHnkP8PT
 彼女は、素肌の上に白いドレスをまとっていた。
 ドレス、と言うより、ネグリジェと言うべきか。
 それは非常に薄い布地で作られており、乳首も、臍も、その下も、
躰のありとあらゆる場所が透けて見えている。
 到底、衣服としての役目を果たしているものではない。

 そんな、何もかも透け透けの彼女は――郁子だった。
「まもる……好きよ」
 郁子はぼくの前まで来ると、白い腕をぼくの肩に廻した。
 甘ったるい蠱惑的な香りが鼻をくすぐる。

 ぼくは、郁子の顔を見下ろした。
 月明かりで見る郁子は、普段よりも幾分髪が黒く、長いような気がした。
 その黒髪は乱れていて、彼女の顔の左半分を隠してしまっている。

 それでも、彼女は充分に美しかった。
 こうしてジッと見つめていると、その半開きの唇に、思わず吸い寄せられそうになる。
 でもぼくは、湧き上がる衝動を抑え、彼女に言った。

「君は……柳子だろ」

 彼女の潤んだ瞳が、スウッと鋭くなった。
 浴室で見せた馬鹿力を思い出し、ぼくは慌てて身を引いた。

 女は、けたたましい笑い声を上げた。

「やっぱりそうか……!」
 柳子は笑い続けている。
 と、その顔が徐々に変化し――ぼくの怖れる、夜見島の女の顔になった。
「うわっ?!」
 ぼくは驚きのあまり飛び上がった。それを見た柳子は、更に大声で笑う。
 ――――こいつ!!
 ぼくはカッと頭に血が上り、発作的に、手に持ったナイフで彼女に切りつけた。

 その途端、柳子の姿は、幻のように掻き消えた。


「…………」
 気付くとぼくは、ぽかんと口を開けたまま床に座り込んでいた。
 手にしたナイフは、床に残された白いドレスの胸元を貫いている。
 ぼくは呆然とナイフを引き抜き、床のドレスを拾い上げた。

 今のは――幻覚?
 いや。それは違う。
 この手に残された白いドレス。彼女が今、ここに存在していた証拠だ。
「どういうことなんだ」
 ぼくはドレスを握り締めて立ち尽くす。

「守!」
 いきなり廊下側の扉が開き、郁子が飛び込んできた。
 一瞬、柳子が戻ってきたのかと思ってビビッたが――今度は、間違いなく郁子のようだ。
「……柳子がここへ来たのね?」
 郁子は、ぼくの強張った顔と、手に持ったドレスとを見比べて言った。
252月下奇人:2008/04/16(水) 09:44:51 ID:IHnkP8PT
「守……私、守に話さなきゃならないことがある」
「うん。おれも郁子に聞かなきゃいけないと思ってたんだ。
 君が……柳子やお母さんと一緒に、ここで過ごした時のことを」
 郁子が大きく眼を見開く。
「守、どうしてそれを?!」

 ぼくは、さっき見つけた写真と手紙のことを話した。

「郁子はこの屋敷のこと……覚えてなかったの?」
 ぼくの言葉に、郁子はおずおずと頷いた。
「ほんと変な話なんだけどね。私、さっき子供部屋を見つけるまで、ここに柳子と居たこと、
 完全に忘れてたんだ」
「子供部屋?」
「そこに、柳子とお揃いで貰ったお人形があったの。
 それを見たら、いきなりワーッと記憶が甦ってきたっていうか」
「まあ、忘れるのも無理ないかもな。まだ小学校にも上がってない、うんと小さい時の話なんだから」

「そう……だよね」
 郁子は静かに微笑む。それはなぜか、とても寂しげな笑みだった――――。

 「柳子とはここで初めて逢ったの」
 ピアノにもたれ掛り、郁子はぽつぽつと語り出した。
「お母さんと逢えたことも、勿論嬉しかったけど……
 それよりなにより、柳子と出逢ったことの方が、衝撃大きかったよ。
 だってそうじゃん? 眼の前に、自分と全く同じ顔した女の子が居るんだもん」

「……うん。男の人も居た。私達、“先生”って呼んでたよ。お母さんが、そう呼んでたから……
 三十後半くらいの、背の高いおじさん」

「あの実験……先生は“実験”って言ってたけれど、
 私と柳子に取っては、遊んでるみたいな感じだったなあ。
 カードを当てたり、意識を集中して、紙を動かそうとしてみたり……二人で競争とかしてた。
 結構、面白かったよ」

「ここを出て、別れ別れになってからも……私達、夢の中で一緒に遊んだ。
 どんなに離れててもね、気持ちさえ合わせればいつだって逢えたんだ。私達。
 ここに来て、その方法が判ったから簡単だった。なのに…………」

 不意に郁子の表情が曇った。
「なのに……小学校に通うようになってから、段々、柳子と逢えなくなってきたの。
 逢いたい! って意識を集中しても、なんでか波長が合わなくなって。
 それで気付いた時にはもう、全然……。
 で、いつの間にか柳子と遊んだこと自体も忘れちゃってた。今日、ここに来るまでずっと」

 郁子は大きく溜息を吐いた。
「そんなことがあったんだ」
 ぼくも、つられて息を吐く。
 偶然迷い込んだかに思われたこの廃屋敷に、そんな過去が秘められていたなんて。

 ――――偶然?

 いや――多分そうではないのだろう。
 思えば、山道で起こったブレーキの故障は、少しおかしかった。
 あれさえも、柳子に仕組まれたことだったとしたら――――。

「柳子……私のこと、怒ってるんだ」
 肩を落として、郁子が呟く。
「私が、柳子を忘れたから。この屋敷でのことも忘れて、柳子とお母さんを、見捨てたから」
「それは違うよ」
253月下奇人:2008/04/16(水) 09:45:23 ID:IHnkP8PT
 ぼくは強く否定する。
「要するに、お互いの環境の変化に伴って、精神が同調しにくくなってしまったってことなんだろ?
 そんなの郁子だけのせいなんかじゃない。
 だいいち、そんな十数年も昔のことを未だに根に持って、こんな陰険な復讐をしてくるなんて…… 
 こう言っちゃなんだけど、今の柳子はマトモじゃない」

 そう。柳子の精神状態はマトモではない。あの狂笑を思い出してぼくは思う。
 今まで、ぼくと郁子との間に起こった不協和も、柳子が仕組んだことなのだろう。
 柳子は、ぼくと郁子の絆まで断ち切ろうとしているのだろうか?
 何のために? まさか、郁子の幸福を奪い取るため?
 ――――そんな馬鹿なこと……。

 柳子。なんと怖ろしい女なのだろうか。
 それにあの、郁子のそれを遥かに凌駕する、凄まじいまでの超能力の数々――。

「十数年前……そうなんだよね。何で今なんだろ? これまで何もしなかったのに、今になって何で?」
 ぼくの恐慌をよそに、郁子は妙な処を訝しんでいる。
「それは……なんか急に思い立った、とか」
 ぼくの我ながら間の抜けた言葉を無視して、郁子は眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「日記……」
 郁子が唐突に呟いた。
「え?」と聞き返すぼくを見上げ、郁子は真剣な口調で言い放つ。
「ミイラの部屋へ戻ろう! あそこにあった日記……多分あれで、何か判ると思う」


 廊下へ出て二階へ向かおうとしたぼくらの前に、急にまたあのヨロイが現れた。
「きゃあっ!」
「うっ?! ま、またか……!」
 ヨロイは剣を振り上げた。
 ぼくらはそれを寸での処で避け、床に転がる。

「このヨロイ……きっとこいつも、柳子が動かしているんだ!」
「りゅ、柳子が?!」
「念動力……つまり、念の力で自由に物を動かせる力だよ!」

 双子とはいえ、郁子と柳子では持っている能力に違いがあるようだ。
 精神感応能力を持つ郁子に対し、柳子が持っているのがこの念動力という訳だ。
 更に。ピアノホールでの一件を思い返すに、柳子はテレポーテーション能力――
つまり、瞬間移動の能力までも持っている可能性が高い。
 全く冗談じゃない――それって、何でもありってことじゃないか!

「郁子! 例の感応視で何とか出来ないか?!」
「む、無理だよぉ……こんなに剣を振り廻されてたら、集中するヒマも……ひいっ!」
 剣の切っ先が、郁子のジーンズの腰の真横をかすめる。
 腰の部分を薄く切り裂かれた郁子が、悲鳴を上げて座り込んだ。

 ――――野郎!!
 頭の中が赤く燃えるような思いで、ぼくはヨロイに蹴りを入れた。
 ヨロイはガン、っと派手な音を立てたが、応えている様子はまるでない。
 ――――くそっ! このままでは郁子が!!

 ヨロイはぼくを剣で牽制しながら、郁子の傍ににじり寄る。
 そして――――。
「ひっ?! い、いやあぁああ?!」
「い、郁子ぉっ!」
254月下奇人:2008/04/16(水) 09:46:00 ID:IHnkP8PT
 ヨロイはいきなり剣を捨て、郁子の躰を高々と抱え上げた。
「やっ! お、降ろしなさいよ! 降ろしてぇっ!!」
 郁子がバタバタと手足を振り廻している。しかし、ヨロイから逃れることは出来ない。
 ぼくは郁子を救うため、ヨロイに組み付こうと身構えた。
 すると突然、ヨロイは、郁子もろともぼくの前から掻き消えた。

「郁子……郁子!」
 ぼくは、慌てふためき辺りを見廻す。
 どこへ行ったんだ! 郁子は――――ぼくの、郁子!

「まもる。私はここよ」
 曲がり角の向こうから声がした。
 暗く陰になった廊下の隅に佇んでいる、腰周りの豊かな女体のシルエット――。
「柳子……!」
 ぼくは、柳子に詰め寄るべく、廊下の隅に向かう。が、もうそこに、彼女は居ない。
「うふふ……こっちよまもる。早く私を捕まえて」
 今度は後ろの方で声がした。ピアノホールの入口だ。
 急いで戻ると、さっきの薄物をまとった柳子が、扉にもたれて艶然と微笑んでいた。

「貴様……ふざけるな! 郁子をどこへやった?!」
「あの子は今頃ヨロイさんとよろしくやってるわよ……ねえそんなことより」
 柳子はぼくの耳元に唇を寄せる。
「あんな子のことは忘れて、私といいことしない?
 お風呂場でしたのより、もっと凄いこといっぱいしてあげるわよ」
 柳子の指先が、ぼくのジーンズの股間をたどる。ぼくは、嫌悪の情も露わにそれを振り払った。
「ごめんだね。おれは君みたいな、実の姉妹を傷付けるような女はタイプじゃないんだ」

 ぼくの台詞を、柳子は鼻で笑った。
「ほほほ……言ってくれるじゃない。何も知らない癖に。
 そうよ。あんたは何も知らないんだ。郁子とだって……まだ寝てもいなかったんじゃない。
 驚いたわよ。一年も付き合ってたのに、まさか何にもしてなかっただなんて」
「そんなこと」
 お前に関係ない! と言おうとしたぼくの耳に、郁子の悲鳴が飛び込んできた。

「郁子?! ……おい! 郁子に何をしたんだ?!」
「さあ? ヨロイさんが、あんまり優しくしてくれなかったんじゃないの?
 あの子まだ処女みたいだし、痛くて泣いちゃったのかも」

 ぼくは柳子に掴み掛かろうとして――
今はそれどころじゃないと思い直し、柳子を放って廊下を駆け出した。

 ――――今の声は……二階からだった。
 ぼくは階段を駆け上り、大声で郁子の名を呼んだ。
「郁子ぉーっ! どこに居る?! 頼む、返事をしてくれーっ!」

 返事はなかった。
 その代わり、一つだけ細く開いたままになっている扉が眼に入ったので、覗いてみた。
 郁子は居ない。
 ただ、真っ暗な部屋の絨毯の上には、バラバラになったヨロイの部品が散らばっていた。
「……」
 ぼくは、がらんどうの手足や兜を言葉もなく眺めた。

 こうしてはいられない。
 ぼくは他の場所を探るべく、部屋を出ようとした。
 が、その時ふと、部屋にある大きなタンスに眼をやった。
 ――――まさか……この中に郁子が。なんてこと……。
 奇妙な予感めいたものに囚われ、ぼくは、観音開きのタンスの扉をおそるおそる開いた。
255月下奇人:2008/04/16(水) 09:46:35 ID:IHnkP8PT
 その途端、中から真っ赤な塊がぼろぼろとこぼれ出してきた。
「うわあぁっ」
 それは、タンス一杯に押し込まれていた、月下奇人の花だった。
 扉を開けたぼくは、溢れ出る月下奇人に襲われて、ひっくり返ってしまう。
「く……くそ! 馬鹿にすんのもいい加減にしやがれ!」
 月下奇人は、もう沢山だ。
 躰にまとわり付く花弁を振り落としつつ、ぼくは逃げるように部屋を出た。

 それから二階をあちこち捜索したが、郁子の姿は見当たらなかった。
「郁子……どこにいるんだよ!」
 もう残っているのはミイラの部屋と、あの、開かずの間だけだ。
 開かずの間の黒い扉は、以前と変わらず釘を打たれたままで、開いた形跡は無い。
 ――――これじゃあここにも居ないだろう。あと残るは……。


 ぼくはミイラの部屋に来た。

 驚いたことに、ミイラは車椅子ごと元の位置に戻っていた。
 おそらくは、柳子が元に戻したのに違いない。
「郁子!」
 大声で呼びかける。
 だが、ここにも郁子は居なかった。これで二階は全滅だ。
「郁子……」

 どうしよう? 二階は諦め、下を捜すべきなのだろうか? 途方に暮れてミイラを眺める。
 車椅子にもたれたミイラの膝には、赤い日記帳が乗せられていた。
 どうせこれも、柳子がやったのだろう。

 日記を手に取りめくってみた。
 ――――ミイラの部屋へ戻ろう! あそこにあった日記……多分あれで、何か判ると思う。
 ピアノホールでの、郁子の言葉を思い出す。
 本当にこれで、何か判るのか?

 日記には、細々とした文字で、何か小難しい言葉が並べ立てられている。
 これは、この屋敷の持ち主だった先生が書いたのだろうか?
 とにかく内容が難解な上に、達筆過ぎて物凄く読みづらい。
 しかも、今のぼくらにはあまり関係無さげな内容だ。

 どんどん読み飛ばしていくと、途中に例の月下奇人の押し花が出てきた。
 そして、その次のページをめくると――急に日記の様子ががらりと変わった。
 可愛らしい、小ぢんまりとした女文字で記された文章は、
明らかに前頁までとは別人によって書かれた物だ。
 ぼくは、身を入れてそれを読んだ――――。


8月10日
 曖昧な眠りの中をさまよい、いつの間にか私はここにたどり着いていた。
 懐かしい。
 13年も前に、ひと夏過ごしただけの家だというのに。
 あれから間もなく廃屋になってしまったらしく、中も外もぼろぼろだけど……。
 でも今の私にはきっと、お似合いのおうち。

8月14日
 時間の感覚が曖昧だ。
 家の中は暗いし、時計も狂ってる。朝だか夜だかよくわからない。
 それでも、時間も日にちも簡単に調べられる。
 昔、ここで先生に教わったことが、今の私の助けになっている。
256月下奇人:2008/04/16(水) 09:47:42 ID:IHnkP8PT
8月26日
 ここに居ついてからというもの、私は寝てばかりいる。
 疲れきっているのだ。無理もない。あんな状態から立ち直り、ここまで歩いて来たのだから。


9月30日
 前の日記からひと月以上も経っていることに驚く。
 さすがに眠り過ぎだ。
 こんなことではいけない。これではまるで生ける屍だ。
 でも体がいうことをきかないのでは、どうしようもない。
 なんとかしなければ。

10月1日
 近くの病院から車椅子を持って来た。
 持って来た。なんて言うとまるで泥棒みたいだけど、ここ以上にぼろぼろの廃病院だったから、
 問題ないと思う。
 これで明日から屋敷内を自由に動けると思うと、とても嬉しい。
 起きたら、大好きだったテラスやピアノホールを見に行こう。

10月4日
 屋敷内を全部見てまわる。
 懐かしさと共に、私の中で封じられていた記憶の扉が、次々に開いていくのがわかる。
 子供部屋で、あの人形を見つける。
 陏子とお揃いで貰った、可愛いお人形。
 ずっと忘れていたあの子のことを久しぶりに思い出した。
 陏子。もう一人の私。
 あの子は今、どこで何をしているのだろう……。

10月15日
 屋敷はもうすっかり見つくしたけど、あの部屋にだけどうしても入れない。
 釘を打ち付けられた、黒いドアの部屋。
 先生からも、けっして近付いてはならないと言い含められていた、開かずの間。
 何とかして入ることが出来ないものか……。

11月9日
 屋敷を見てまわるのも、もう飽きてしまった。
 お人形と遊んで過ごすが、あまりおもしろくない。
 理由はわかってる。陏子が居ないからだ。
 一人きりで遊んだって、つまらないに決まってる。
 陏子。なぜここに、陏子は居ないのだろう?

11月25日
 明日は、私と陏子の誕生日だ。
 陏子を呼んでお祝いしよう。
 ケーキを焼いて、お部屋を花で飾って。
 陏子はちっとも私と会ってくれないけれど、お誕生日くらいはきっと来てくれるに違いない。
 今からとても楽しみ。明日は早起きしなくっちゃ。

11月27日
 陏子は来なかった。
 もう日付も変わってしまった。
 どうしてなの?
 ケーキだってうまく焼けたのに。
 空いたままの席に向かい合っていると、とめどなく涙があふれて来る。
 陏子はもう、私が嫌いになってしまったのだろうか?
 陏子。陏子。陏子。陏子……。
257月下奇人:2008/04/16(水) 09:48:17 ID:IHnkP8PT
12月2日
 あれからずっと、陏子のことばかり考えてすごす。
 わたしは、陏子に見捨てられてしまったのだろうか?
 いやちがう。
 陏子はそんな、薄情な子じゃないはず。
 わたしとおなじ心をもっているのだから……。
 きっと、なにか事情があってここにこられないだけなのだ。きっとそう。
 それさえわかれば……。

12月2日
 こうしてはいられない。
 わたしはここを出て陏子をさがしにいくことにする。
 当てなどない
 陏子が今 どこにいるかもわからないのだから
 もしかすると、これでわたしは力をつかいはたしてしまうかもしれないけど。
 でも 陏子にあうためならわたしは

12月23日
 ついに陏子をみつけた
 やはりあの子は わたしをわすれていた
 わたしをひとりにしておいて 男のそばにいた
 陏子

1月4日
 もうすこしであの子をこちらに引き込めそうだったのに あの男が邪魔をした
 いやな男
 あんなやつとなんかはやく別れてしまえばいいのに。

2月21日
 なかなかうまくいかない。
 陏子の心はもうほとんどこちらがわにあるはずなのに
 あの子はなぜか ふみ止まっている。
 きっと、あの男が邪魔しているせいだ。苦しいでしょうに。
 かわいそうな陏子。

3月15日
 今日はいいところまでいった。
 風で帽子が飛んで 強い日差しをあびたのが幸いしたようだ。
 でも例によってそばにいた男が邪魔したので 完全に目覚めるにはいたらなかった。

 あいつ……そろそろ消すことを考えるべきかもしれない。

3月21日
 陏子の強情さにうんざりする
 わたしのこと 忘れてるわけではないはずなのに。
 陏子は 耳をふさいでわたしの声を無視しようとする。
 陏子。あなた本当にそのままでいいの?
 双子なのに顔が違うなんて、おかしいとは思わない?

4月27日
 ついに陏子が目覚めた。
 これで姉妹水入らずで暮らせる、と喜んだのも束の間、
 あろうことか陏子は、男にすがり付いて自分を取り戻してしまった。
 信じられない。
 そんなにわたしと一緒になるのがいやなの?
 悔しい。もう殺してやりたい。
 だけど、わたしにはそこまでの力はないみたいだ。悔しい。ほんとうにくやしい。
258月下奇人:2008/04/16(水) 09:48:49 ID:IHnkP8PT
 月 日
 あれから、どれだけの時間が流れたのだろう?
 陏子に拒絶され、一度はすべてを諦めかけた私だったけれど、まだこうしてここに居る。
 私は今、あの開かずの間の中に居る。
 突然開かずの間に大穴が開いて、そこから凄い力が噴き出してきたのだ。
 半分消えかけていた私が甦ったのも、その力のおかげ。
 私は確信する。ここに陏子を連れて来さえすれば、きっと、目覚めさせることが出来る、と。


8月2日
 開かずの間は、私に素晴しい力を分け与えてくれた。
 今の私は、以前とは比べ物にならないほど強い能力を使うことが出来る。
 以前は出来なかったことも、今なら出来る。
 準備は整った。
 陏子を乗せた車は今、すぐ近くの山道を走っている。
 これから私は男に暗示を与え、陏子をこの屋敷まで連れて来させる。
 きっと上手くいくはずだ。

 陏子。とうとう私達、一緒になれるんだよ……。



 これは――――何だ?
 終いまで読み終えたぼくは、衝撃のあまり床に座り込んでしまった。
 眼を閉じ、頭を抱える。情報を整理しよう。

 この日記が柳子の書いたものであるのは、まず間違いがないだろう。おそらくはこうだ。

 約一年前、柳子は一人でこの廃屋敷に迷い込んだ。
 柳子がこんな人里離れた山中にある屋敷にたどり着き、孤独に引き篭っていた理由は判らない。
 日記の様子から察するに、相当躰が弱っていたようだが――――。

 そして、廃屋敷に一人きりで暮らすうちに、柳子の精神は次第に荒廃してゆく。
 孤独な柳子は、かつて、屋敷で共に過ごした双子の片割れである郁子に執着するようになる。
 柳子は生まれ持った超感覚を研ぎ澄まし、ずっと音信不通になっていたと思われる、
郁子の行方を捜し始める。

 発見した郁子と一緒に居たという男は――もちろん、ぼくだろう。
 この日付――十二月二十三日は、ぼくの誕生日だった。
 事前にさんざんアピールした甲斐あって、この日郁子は、
ぼくの部屋にケーキを持ってお祝いに来てくれたのだ。

 ぼくの誕生日と、ひと月前の郁子の誕生日と、クリスマスと忘年会と。
 とにかく諸々を一緒くたにして祝ってしまうという、非常に効率重視な夜で、
なんだか慌しかったけど、凄く楽しかったのを覚えている。
 そんな、ぼくらが幸せに過ごしている様子を、柳子はこの暗い屋敷から
独りぼっちで見ていたというのか――――。

 それに気になることがある。
 日記の最も新しい記述。柳子は“男に暗示を与える”と書いている。
 つまり――柳子はここからなんらかの力を使い、このぼくを操ったというのだ。

 それは例の、山道で見かけた裸の女の幻か。或いは、ブレーキの故障?
259月下奇人:2008/04/16(水) 09:49:23 ID:IHnkP8PT
 そうだ。あの故障は果たして本当にあったことなのか? それにあの時の対向車も。
 車を失ってからも、ぼくはやけにスムーズにこの屋敷までたどり着いた。
 中に侵入することに対しても、ほとんど迷いがなかった。

 それもこれも、全て柳子によって仕組まれた罠だったというのか。
 ぼくは鳥肌のたつ二の腕を自ら摩った。
 恐怖心。おぞましさ。そして、どうしようもないほどの無力感。
 かつて夜見島で化け物どもと戦ってきたぼくではあるが、この戦いはあまりに荷が重い。
 何しろ今度の敵は狂気の超能力者だ。しかも、恋人の郁子と全く同じ顔をした、双子の――。

 さらにもうひとつ。重大な疑問点――というか、矛盾がある。
 それは――今ここに居るミイラの存在だ。
 この、髪の長い女性のミイラ。ぼくは、恐る恐る近付いてミイラの顔を凝視した。
 茶色く干からびた顔の、左のこめかみの辺りが大きく陥没しているように見える。
 ぼくは医者じゃないからはっきりと断定出来ないが、
もしかすると、彼女の死因はこの頭部の傷が原因なのかも知れない。

 ぼくは、ミイラの傷跡を見ながら額に脂汗が滲むのを感じていた。
 おそらく、顔も蒼ざめていることだろう。
 こいつの存在と日記の文章とを照らし合わせ、それにより到達した怖ろしい結論に、
ぼくは慄然としていたのだ。
 ――――そんな。そんな、ばかな……。

 ぼくは、よろよろと立ち上がった。
 ここで逃げる訳にはいかないんだ。ぼくは、確認せねばならない。
 郁子のため、そして――この事態に決着をつけるためにも。

 部屋を出て一階に下りると、微かにピアノの音が聞こえた。
 ――――彼女が弾いてるんだな……。
 ぼくはピアノホールへ向かった。


 ピアノホールの扉は開いたままになっていた。
 そこに郁子はいた。
 黄色いシャツを着て、ピアノの前に座っている。

「それ、何て曲?」
 ぼくは彼女に近付きながら尋ねた。
「さあ……小さい頃ここでお母さんが弾いてたのを、覚えてただけだから」
 鍵盤に指を滑らせながら、彼女は答える。
 ぼくは、郁子がピアノを弾く姿を、黙って見つめ続けた。

「柳子の日記を読んだのね?」
 ぼくに横顔を見せたまま、郁子は言った。
「読んだ」
「可哀想だよね。柳子」
「……」

「可哀想だと思わないの?」
 ピアノの音が途切れる。
 白い指先が微かに震え――いきなり、ガンッと乱暴に鍵盤を叩いた。
「やっぱり判ってくれないんだね。そうだよね。あんたも所詮は他人だもの」
 郁子はぼくに光る眼を向ける。
「でも……私は違う。私達は血の繋がった双子の姉妹。かけがえのない、二人きりの……」
 郁子は、遠い眼をして再びピアノを奏で始めた。もう、ぼくの方を見ようともしない。

「私ね、ここで、柳子と暮らすことにしたんだ」
260月下奇人:2008/04/16(水) 09:53:18 ID:IHnkP8PT
 夢見るように郁子は言う。
「今まで一緒に居られなかった分……これからは、ずっとずっと一緒。絶対離れたりしない」
 暫くピアノの音だけが続く。

「帰って」
 無言で立ち尽くしているぼくに業を煮やしたのか、郁子は冷たい声で言い放った。
「聞こえないの? 私、もうここに居るって決めたんだから。あなたは一人で帰ればいい」
「……それが郁子の希望なら」
 ぼくはようやく返事をした。
「だけど……ちゃんと郁子の言葉としてそれを聞くまで、ぼくは帰る訳にはいかないよ……柳子」

 ピアノの音が、止んだ。

「そう。今の君は柳子だ。そして郁子は……」
 ぼくは、彼女のこめかみに指を当てる。
「この中に……君と交代して、今は眠らされているんだろう」
「……何言ってんの?」
「始めからおかしいと気付くべきだったんだ。君と郁子は、必ず別々に現れる。
 絶対同時に現れない理由。それは、同じ躰を二人で共有していたからなんだ」

 彼女は嘲笑を浮かべてぼくに向き直った。
「私が二重人格だとでも言いたい訳? はっ! ばっかみたい! 漫画の読みすぎなんじゃないの?!
 いい?! 私は……」

「いや。君は二重人格なんかじゃない」
 ぼくはきっぱりと言いきった。
「柳子は郁子が作り上げた別人格なんかではない。ちゃんと実在しているんだ……あそこに」
 ぼくは、指先を天井に向けた。
「あの車椅子のミイラ。あれが、君の本体だ」

 柳子の肉体はこの屋敷で、すでに死んでいたのだ。
 彼女の死の経緯は、ぼくには全く想像出来ない。
 しかしあのミイラが身に着けていた白い着物。何かおかしい気がしたんだ。
 あれは――死に装束だ。

「あのミイラが柳子? 何でそう思うの?」
「あの日記に、ミイラに関する記述が無いからさ」
 彼女の質問にぼくは即答する。
「他にも色々とおかしな部分はあるけれど、あの日記の一番奇妙な点はそこだ。
 ミイラが……初めからあったにせよ、柳子が来たのち誰かが死んでミイラになったにせよ、
 そんな一大トピックについて何も書かないなんて、逆に不自然じゃないか」
「……」

「理由は簡単。柳子自身が、あのミイラだったからさ。
 日記を読む限り、柳子は半死半生でここにたどり着いた様子だった。
 おそらく、ここに来て間もなく最期を迎えて……
 でも何故か、死んだ肉体に魂は留まり続けたんだ。そして、あの日記をつけ続けた」

 郁子――いや、郁子の肉体に宿った柳子は、無表情でぼくの言葉を聞いていた。
 顔こそぼくの方を向いているものの、その視線はぼくを通り越し、
 どこか遠い処を彷徨っているようだ。

「死んだ肉体から魂が離れなかった理由は、判らない。
 君の持つ超能力が関係しているのか……あるいは、この屋敷の持つ妖力によるものなのか」
 ぼくは柳子の前に仁王立ちして語り続ける。
「とにかく。肉体を失った君は、霊体となってこの屋敷に住まい続けていた。
 超能力を駆使して郁子を捜し当て、彼女をこの屋敷に引き寄せようと画策してきた。
 そして今夜、その望みを果たした訳だ」
261月下奇人:2008/04/16(水) 09:59:22 ID:IHnkP8PT
「姉妹は一緒に居るべきなのよ」
 遠い眼をした柳子が、ぽつりと呟いた。
「それを望むことは罪? 私、なんにも悪いことしてないよ……」
「郁子もそれを望んでいるんなら……な」
「……」

「これからどうするつもりなんだ? そうやって郁子の肉体を乗っ取って、
 朽ち果てるまでここで隠遁生活を続けるつもりか?
 あるいは……郁子に成り済まして新しく人生をやり直そうとでもいうのか?
 自分が生き続ける為に、郁子を犠牲にして君は」
「違う!」
「何が違うんだ!」

「違うのよ……」
 柳子はふらりと立ち上がった。
 顔を上げ、か細い指先でぼくの頬をなぞる。

「まもる」
 温かい吐息がぼくの唇に降り掛かった。
「あなたはいい人だわ。私、本当は判ってた。
 郁子はきっと……あなたと一緒に居るのが、一番幸せなんだって」
「じゃあどうして……?!」
 ぼくは柳子の手を掴んで問い質す。

「郁子はね……駄目なのよ」
 柳子は、力無く微笑んだ。
「郁子はあなたと一緒にはなれないの。拒絶しているのよ……他の、世間の人達と同じようにね。
 だから私が一緒にいてあげないと」
「嘘だ!」
「本当よ」
 柳子の瞳が、真っ直ぐにぼくを見据える。

「私の言葉が信じられないのなら……直接本人に聞いてみればいいわ」
「本人に?」
 柳子の瞳が、ぐるんと反転した。
 白眼を剥いたまま、彼女の躰は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
 ぼくは慌ててその躰を抱きとめた。

「う……ん」
 程なくして、彼女はまるで寝起きのような声を漏らし、眩しげに眼を開いた。
「……郁子か?」
「守……? 私……」
 彼女はぼくに抱きかかえられていることに気付くと、表情を強張らせた。
「あ、ご、ごめん」
 別に謝る必要はないと判っていながらも、つい反射的に謝罪の言葉を口にしてしまう。
 おずおずと彼女の躰から離れつつ思った。この感じ――間違いなく郁子だ。

「郁子。すぐにこの屋敷を出よう」
 ぼくは郁子の背中に呼び掛けた。
「もう雨も上がってる。じきに夜も明けるはずだ。行こう。もう、ここには居ない方がいい」
 柳子が郁子を解き放った今の内に――そう思って、ぼくは郁子の腕を取ろうとした。
 しかし、郁子はぼくの手を振り払った。

「郁子?」
「守……ごめん」
262月下奇人:2008/04/16(水) 10:00:03 ID:IHnkP8PT
 郁子はぼくを振り返った。
 ぼくに向けられた郁子の瞳は――涙で濡れていた。
「全部……柳子の言った通りなの」
 郁子は、零れ落ちる涙を隠すように再び背を向けた。
「ここに来て……昔のことを思い出して……柳子と話をして……はっきり判ったんだ。
 私は、守の傍に居ちゃいけないんだって」
「郁子!」
「近寄らないで!」

 郁子の肩を掴もうと伸ばしたぼくの腕は、郁子の叫び声に遮られた。
「もう私に関わらないで……私のことなんて忘れて、もっと他の、まともな女の子と付き合って。
 その方が、あなたに取って幸せだから」
「そんな……何を言って……」
「私は化け物なのおっ!」

 頭上で、ぱん、ぱん! と鋭い破壊音が響いた。
 どうやら天井のシャンデリアが割れたらしい。
 暗い中、ガラスの破片が月の光を照り返しながらぱらぱらと降り掛かってくる。

「……郁子!」
 ぼくが破片を避けている合間に、郁子はガラスのシャワーの向こう側へ立ち去ろうとしていた。
「お願い……もう行って! 私のことは……放って置いて。お願いよ……私……」
 郁子の声が遠ざかる。ぼくが廊下に出た時には、既にその姿も消えていた。
「くそ……! 何なんだよ?! 一体どうして……」
 本当に訳が判らない。郁子はなぜ急に、ぼくを避けるようになったのだろうか?

 それに今の超常現象。
 どういうことなんだ? タイミング的に、あれは郁子がやったことのように思えるが――。
 いや――本当にあれは郁子の仕業なのか?
 というか寧ろ――さっきのあれは、本当に郁子だったのだろうか?

 ――――判らない。
 ぐるぐる廻る思考の渦を断ち切るように、ぼくは頭を振った。
「郁子……」
 廊下をよろよろと歩き出す。
 はっきり言って、先ほどまでのガッツは残っていない。
 他ならぬ郁子自身に、ああもはっきり拒絶されてしまっては――
 本当に、このまま郁子を置いて帰ってしまった方がいいのではないか?
 ――そんな気にさえなってしまう。

 それでもこうして郁子の後を追い続けているのは、やはり彼女を置いて行きたくはないからだ。
 例え、未練がましい行為だと判っていても。
 郁子と別れてしまうなんて――
もうこれっきり、郁子と逢えなくなってしまうだなんて、考えたくもなかった。

 ――――もう一度……もう一度だけ、郁子と話してみよう。
 それでもし駄目だったら――更にもう一度話す。
 そんな風に考えながらホールまで到達した時のことだった。

   キィ……キィ……キィ…………。

 どこからともなく車輪の軋む音がした。
 周囲を見廻す。どこだ? どこから来ているんだ――?
「……!」
 気が付くと、ぼくの眼の前にはミイラの車椅子が停まっていた。
 ぼくは、暫し無言でミイラの眼窩の空洞と見つめ合った。
 ミイラの揃えた膝の上には、例の日記帳が開いて置いてある。ぼくはそれを覗き込んだ。
263月下奇人:2008/04/16(水) 10:00:34 ID:IHnkP8PT
 まもるさんへ

あなたがまだ陏子のことを諦めないのなら、一度だけチャンスをあげます。
あの子は今、開かずの間にいます。
そこで、あの子の真実と向き合ってあげて下さい。
もしもあなたが、陏子の苦しみを受け入れる事ができるなら。
あの子の全てを、深い愛情でもって受け入れて下さるのなら……
どうぞ、あの子を連れて行って下さい。
でもきっと、それは無理な話でしょうね。

ここに来てからというもの、私は陏子と一緒になる事ばかりを願ってきました。
それはもちろん私自身の願望でもありましたが、それだけではありませんでした。
陏子が……あの子が心の奥底でそれを望んでいる事が、私には分かっていたからなのです。
あなたと出逢ってからの一年間。
陏子はあなたと、私たち姉妹の住まうべき闇の世界からの呼び声との狭間で苦しみ続けていた。
私はその中途半端な状態から陏子を救い出してあげたかった。
あなたからすればそれも私の身勝手な言い分と取られるのでしょうが……
これが私なりの、あの子への愛。

分かってくれとは言いません。でも、知って置いて欲しいのです。
この世界にいるのは、あなたがた光の世界の住人だけではないのだという事を。
古き闇の住人は、あなた方のすぐ近く……
思いがけないほどに近い場所から、いつでもあなた方を見つめているのだという事を。
隙あらば光の者とすり替わり、再び地上に君臨するために……。

長々と書いてしまいました。
私はしばらくの間、元の体にもどって休む事にします。
あなたが陏子との関係に決着をつけるまで……。

あなたが陏子を連れて帰るにせよ、置いて去って行くにせよ、
これでもう二度とお会いする事はないでしょう。

さようなら。どうか、いつまでもお元気で。

                                   木船柳子



 ――真新しい頁を埋め尽くす丁寧な女文字。
 いつしかぼくは日記帳を手に取って、食い入るようにその文章を読み耽っていた。

    キィ……キィ……。

 微かな物音に顔を上げると、いつの間にか背を向けていた車椅子が、
 ホールの奥の暗闇にゆっくりと消えて行く処だった。
(柳子……)
 密やかな泣き声を思わせる車輪の音は少しずつ小さくなり、やがて掻き消えた。
 日記帳を胸に、ぼくは柳子の消え去った暗闇を、暫くの間見つめていた。

 ぼくは、瞳を閉じて深呼吸をした。胸の中で、沸々と熱い心が甦る音がする。
 これは、試練だ。
 ぼくが郁子にふさわしい男であることを示さなければ、彼女を手に入れることは出来ないのだろう。
 ――――望むところだ!
 ぼくは階段を駆け上る。
264月下奇人:2008/04/16(水) 10:01:04 ID:IHnkP8PT
 ぼくには、確信があった。
 柳子の言う闇の世界。それは、あの夜見島で見た異世界のことに違いない。
 一年前、ぼくと郁子とで終わらせたと思っていたあの事件は、実はまだ続いていたのだ。
 柳子と郁子が生まれながらにして持っていた超能力。
 きっとそれこそが彼女らに秘められた闇の因子であり、郁子は――――。


 開かずの間の前にたどり着いた。
 威圧感に満ちた黒い扉は、相変わらず釘を打たれて閉ざされたままだった。
 でも柳子は、郁子が居るのはここだと言った。その言葉に嘘はないとぼくは信じている。
 では郁子はいったい、どうやってこの部屋に入ったのだろう?

 ――――きっとこの扉以外にも、出入り口があるに違いない。
 考えた末――ぼくは、開かずの間の隣の部屋に眼をつけた。

 その部屋には、バラバラになったヨロイと、月下奇人の真っ赤な花が雑然と散らばっている。
 さっき郁子を捜していた時、最初に入った部屋だ。
 部屋の左側の壁に眼をやる。この壁の向こうに、開かずの間はあるのだ。
 ぼくは、開け放たれたままのタンスの前に立つ。
 月下奇人が一杯に詰め込まれていたタンス。妖花の残り香に満ち満ちた扉の中を覗き込んでみる。

 このタンスは、絶対に怪しい。
 昔やったゲームを思い出し、ぼくはタンスを横から押してみた。
 こういう場合、たいていタンスをどかした後ろに隠し扉が見付かるものなんだが――。
「……駄目か」
 右から押しても左から押しても、タンスはビクとも動かない。
 ぼくはタンスのてっぺんに手を置いて寄り掛かり、深々と溜息をついた。

 すると――。

「うわぁっ?!」
 ガクンと力の抜けるような手応えと共に、なんと、タンスが床に沈み始めていた。
 ビックリして見守るぼくの眼の前でタンスはどんどん沈んでいき、遂には完全に床に埋没してしまう。
「……どうなってんだこの屋敷は」

 驚き呆れるぼくの前には、小さな黒い空洞が待ち構えていた。
 破れた壁紙の下、露出したセメント材が無残な灰色を晒している。
 それはあらかじめ穿たれていた入口ではなく、明らかにハンマーか何かで打ち壊した跡だ。
「……」
 ぼくは緊張にすくむ脚を無理に動かし、身を屈めてその空洞の奥へと進んだ――。


 開かずの間の中は、真っ暗闇だった。
「……郁子!」
 郁子を呼ぶぼくの声は、すぐ眼の前にあると思しき壁の中に吸い込まれる。
 ――――意外と狭い部屋なんだな……。
 全く視界の利かない室内を手さぐりで探索する。

 ここは本当に狭い部屋のようだった。いや。狭いというよりも、幅が無いのだ。
 ただし。眼の前の壁の感触から、ここにはもう一つ鉄製の扉があることが判る。
 そのゴツゴツとした手触り。扉はかなり物々しく、厳重なものである様子が覗えた。

 更に。
 鉄製ドアと対面するぼくの右側から、なんというか、ひんやりとした空気が流れてくるのを感じる。
 ぼくは――誘い込まれるように、その空気の流れてくる方へと手探りで向かった。
265月下奇人:2008/04/16(水) 10:01:36 ID:IHnkP8PT
 この、下から吹き上げてくるような空気の流れには、覚えがあった。
 あの夜――冥府へ続く七つの門を開いたのちに出現した、あの地下洞道。

 暗闇に慣れ始めたぼくの眼に、下へと続く小さなはしごが見える。
 ぼくは、迷うことなくそれを降りた。
 それは随分と長いはしごだった。
 かれこれ七、八メートルは下っただろうか? 暗いので、周りの様子はよく判らない。
 しかし下るにつれて次第に空気が湿り気を帯び、
人工的な壁ではなく、自然のままの岩肌に周囲が包まれてゆくのを肌で感じ取っていた。

 そうして、ようやく足の裏が地面に着いた。
「……これは」

 降り立った岩場は、不思議な光明に包まれていた。
 赤みがかった妖しい光――そしてこの岩場の下には、尚も下へと続く鉄の螺旋階段が伸びている。

 ――――ここ……どこだ?
 激しい既視感。混乱と懐かしさの入り混じった複雑怪奇な感動に、ぼくは眩暈を覚える。
 それでもぼくは――意を決して螺旋階段を下り始めた。

 鉄の段を踏みしめながら、ぼくの心は奇妙に静まり、落ち着きを取り戻しつつあった。
 これは、あの夜の再現なんだ。
 闇の女に誑かされ利用された、悪夢の一夜。
 眼下に広がる赤い海も、あの時と同じ――――。

 下りてゆくに従って、その赤い海の全容が明らかになる。
 案の定、赤い海の正体は、群生する月下奇人だった。
 広大な洞穴を埋め尽くす、月下奇人の赤い色。

 そして――その赤い海の中に、彼女は居た。

「…………守」
 階段を下りきったぼくの前で、郁子は弱々しく立ち尽くしていた。
 俯いて、肩を落として――こんなに消沈した彼女の姿を見るのは、これが初めてだ。

 今にもくずおれそうな様子を見せながらも、郁子は顔を上げ、ぼくの眼を見た。
「ねえ……見て?」
 聞き覚えのある台詞に、ぼくはハッとする。

 あの夜のあの女と同じように――赤色に囲まれた郁子が、ゆっくりと衣服を脱ぎ始めていた。
 黄色いシャツを捲り上げ、肩から抜き取る。
 一瞬零れ出た乳房が見えたが、すぐに手で覆われて、隠れてしまった。
「郁……!」
「…………」
 郁子の裸の肩は震えていた。
 先ほど以上に深く俯いているし、ぼくはてっきり彼女が泣いているものだと思ってうろたえた。

 だが、再度上げられた郁子の瞳に、涙は浮かんでいなかった。
 ぼくの困惑している様子がおかしいらしく、ほんの少しだけ微笑んで――
 そして、掻き合せていた腕を開いた。

「………………」
 今、郁子の乳房は、完全に曝け出された。
 お椀を伏せたように丸く、可愛らしく並んだ二つの膨らみ。
 上向きの小さな乳首がちょっと生意気そうで。ずっと想像してきた通りの、魅力的なおっぱいだ。

 ただひとつ想像と違っていたのは――その綺麗な乳房に、大きな痣がついていることだった。
266月下奇人:2008/04/16(水) 10:02:18 ID:IHnkP8PT
「見て。お願い……私を見て」
 二つの乳房に一つずつ。それは、どう見ても人間の眼にしか見えない。
 しかもその眼に、ぼくは見覚えがあった。

「あ……あ」
 叫び出しそうになるのを堪えるのに必死だった。
 腰も抜けそうに驚いて――正直、このままへたり込んで座り小便をしないのが不思議な位だ。

 驚愕と恐怖に、がくがくと全身を揺さぶられて立ち尽くしているぼくの面前で、
郁子もまた、乳房を晒したまま立ち尽くしていた。
「これが、本当の私なの……」

 郁子は、紙のように白い顔でぼそりと呟いた。
「私と柳子には、生まれた時からこの痣があった」
 郁子の指先が、痣に触れる。
「最初は小さな痣だった。それこそ、乳首と見分けがつかないくらいの。
 でも成長するにつれてどんどん大きくなって……あの力と、比例するみたいに」

 郁子の痣は、乳首を取り囲むように浮かび上がっていた。
 赤みを帯びた痣の中心で、郁子の乳首が瞳のように、ぼくの間抜け面を見据えている。
「小学校の頃はまだブラしてなかったから。着替えの時にクラスの子に見付かって、軽く虐められた。
 私、生まれも特殊だったし、変な力もあったからさ。
 これが無くたって、遅かれ早かれ虐められたろうとは思うけど」
 郁子は、悔しそうに唇を噛んだ。

 ぼくはといえば、そんな彼女をただ黙って見つめるだけだ。
 ぼくの沈黙をどう受け止めたのか――郁子は乳房を手で隠し、再び顔を落としてしまった。

「なんで私にこんなのがあるのか、私にだって判んない。
 きっと私が普通の人とは違う化け物だから……なんだよね。怖いよね。ほんと、気持ち悪い。
 ……だけど」

 郁子はぼくを見た。眉根を寄せながらも、口元は微笑んだ泣き笑いの表情。
 溢れる涙は頬を伝い、顎先から胸元に零れ落ちていたが、それを隠そうとも拭おうともしない。
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、郁子は言葉を継いだ。

「……だけどこれが、本当の私! 今まで守に隠してきた、本当の私の姿なの……。
 これがあったから私、守の気持ちをはぐらかしてきた。本当は、知ってたのに。
 だって……無理じゃん? こんなんなんだもん、私。
 こんなんなのに……無理だよ私……私は守に好かれる資格なんてない。私……」
「郁子……」

 ぼくはようやく口を開き、少しずつ少しずつ、郁子に近づいて行く。
 呪いが掛かったように重い足取りではあったけれど。ぼくは今、こうしなければならないのだ。

「来ないで!」
 郁子は泣きながら、ぼくを拒絶し後ずさって行く。
 ぼくは立ち止まりかけたが――なんとか歩き続けた。

「なんでよ……駄目だよ……私には守に好かれる資格なんてないのに……。
 守を……好きになる資格なんてないのに!!」

 突然、強い衝撃波に襲われた。
 突風に舞い上がる木の葉のように、ぼくの躰は後ろに吹っ飛ばされる。
「っ痛……」
 岩場に強か打ちつけられつつも、ぼくはめげずに起き上がる。
 立ち上がった途端に軽い眩暈を覚えたが、真っ直ぐに郁子を見据えて再度歩き始めた。
267月下奇人:2008/04/16(水) 10:02:49 ID:IHnkP8PT
「守……」
 郁子は少し怯えたように顔を強張らせ、更に二、三歩後ろへ下がる。
 額から目元に何かの液体が流れ込んでくる。多分、血だろう。
 ――――倒れた拍子に頭が割れたんだろうなあ。
 心の片隅で他人事のように考えながら、ぼくは郁子の元へ向かう。
 流れる血液に加え眼鏡もどこかに落としてしまい、物凄く視界が悪かったが、
構わず郁子の元へ歩いてゆく。

「来ないで!」
「いやだ」
「駄目……」
「駄目じゃない!」
「や…………」

 ぼくが近付くにつれ、弱々しくなっていく拒絶の言葉。
 5メートル。2メートル。1メートル。もう、彼女の息吹きさえはっきりと感じ取れる。

 そして郁子の眼の前まで到達した処で、ぼくは足を止めた。

「郁子」
 眉毛に溜まった血を拭い、ぼくは郁子に語りかけた。
 胸を覆い、身を縮める郁子の剥き出しの肩を、両手で掴んだ。
 伏せられた顔の、ぴったりと引いた顎に指をかけ、顔を上げさせた。

「郁子……」
 ぼくは、有無を言わさず彼女の唇に唇を重ねた。
 郁子はぼくの躰を両手で押し返そうともがく。が、ぼくはそれを許さなかった。
 唇を強く吸いあげ、微かに動かして彼女の下唇を上下の唇で挟み込む。
 唇で唇を愛撫し、郁子の抵抗が弱まった処で、思い切って唇の中に舌を差し入れた。
「ん……む」
 郁子が小さく呻く。ぼくは唇を強く押し付けて、舌に舌を乗せ、舐めて、押して、絡みつく。

 ぼくらの躰は、重なり合ったまま月下奇人の中へ倒れこんだ。

「あ……」
「あぁ……」

 郁子が脱力してしまったからか、あるいは、ぼくが勢い余って彼女を押し倒してしまったのか。
 自分らでもよく判らないまま、ぼくと郁子は、赤い花に埋もれて向き合っていた。
「郁子」
 両腕を郁子の肩の両脇に置いて突っ張り、上から郁子を見下ろす。
 郁子の黒い瞳が、涙を残したままぼんやりぼくを見上げていた。

「郁子……おれは郁子が好きだ。郁子を、抱きたい」

 郁子は、まんまるく眼を見開いてぼくを見た。
 驚き。困惑。不安。そして多分、喜び。
 彼女の瞳の奥で、複雑な感情が目まぐるしく交錯しているのが判る。
 それはテレパスではないぼくにすら、はっきりと判った。

「……」
 郁子の唇が動き、何かを言おうとしている。
 その唇を、ぼくは唇で塞いだ。
 郁子が何を言うつもりかは知らないが、それはきっと彼女自身を傷つける言葉に違いないと、
ぼくは直感的に思ったのだ。
268月下奇人:2008/04/16(水) 10:03:19 ID:IHnkP8PT
 ――――もう、何も言う必要はない。
 郁子が今まで一人きりで抱え込んできた苦しみを分けて貰うのに――言葉だけでは駄目なんだ。

 ――――ぼくが郁子を本気で愛しているという証拠を、示さなければ……。

 吐息が火のように熱くなる。
 ぼくの熱で、郁子の頑なな心も溶けてくれることを願いながら――ぼくは、郁子の唇を、舌を、
 心を込めて愛撫し続けた――――。



 長いキスの後、ぼくは郁子を見つめた。
 赤い花の香気が陽炎のように漂い、空気さえも赤色に染めているように思えるこの場所で、
胸の上で手を組み、赤い花に埋もれる郁子は、なんだか棺の中の白雪姫のようだ。
 彼女の白い肌は周囲の赤を照り返し、少し赤く染まって見える。
「郁子……」
 綺麗だ。と続けるつもりが、ちょっと気恥ずかしくて言い淀んでしまう。
 仕方なくぼくは、そのまま先へと進むことにした。

 まずは郁子の組まれた手を外しにかかる。
 何らかの抵抗を見せるかと思いきや、それは、あっさりほどけて腰の両脇に力なく落ちた。
 露わになった乳房を、ぼくは見つめる。
 大きな眼が、ぼくを睨みつけてくる。ぼくはその眼を負けじと睨み返す。
 ――――負けるもんか。こんなの……ただの痣に過ぎないんだ。

「あっ……!」
 郁子の微かな叫び声。
 ぼくの唇は、郁子の乳首に強く吸い付いていた。
 小さな乳首は未だ柔らかく、唇の中で蕩けてしまいそうに、甘く感じる。
 ぼくは、眼を見開いたままそれを吸い続けた。
 吸い上げて、吸い上げて、吸い上げて。柔らかだった乳首の先が、コチコチに硬く尖り始める。

「あ……は……」
 郁子は、耐えかねたように大きな溜息を吐いた。
 荒くなってゆく息遣いと共に、乳房全体が心なしか大きく膨らんでいくように思える。
 ぼくは口を開け、膨れ上がった乳房を口に含めるだけ含んでみた。
「あぁん、や……め」
 郁子の手が、ぼくの肩に添えられる。
 か細い指先はぼくを押し返そうとしているのか、はたまた引き寄せようとしているのか。
 その弱々しい指の感触は、なぜか異様にぼくの気持ちを昂ぶらせる。
 ぼくは興奮し、いっそう強い力でもって郁子の乳房を食んだ。

「ああんっ! やめて守! い……たい……」
 郁子の躰が反り返り、少し鼻に掛かった声で苦痛を訴える。
 ――――……郁子!
 ぼくの腕は郁子の仰け反る腰に絡みつき、強い力で抱きすくめた。

 郁子の乳房は、見た目に反して少し硬い感じだった。
 こりこりと芯があって――それは郁子の印象そのものに、勝気で初々しい感触だ。
 そんな郁子の乳房にぼくは、これでもかとキスの雨を降らせた。

「守……守……まも……」
 ぼくの名を呟くたびに、隆起した乳房が大きく上下する。
 その頂点で尖りきっている乳首が、紅く色づいて見えた。
 ぼくは郁子の鳩尾の上に頬をすり付けるようにして、真下から二つの乳房を仰ぎ見た。

「やだ……そんな見ないでよお……」
269月下奇人:2008/04/16(水) 10:04:10 ID:IHnkP8PT
「恥ずかしい?」
「ん……ていうか……だって……」
 何かを言いよどみ、郁子は目線を逸らす。
 多分、胸の痣のことをまだ気に病んでいるのだろう。
 ――――気にすることなんて、ないのに。
 ぼくは躰を起こし、郁子の顔を覗き込んで微笑んだ。

「恥ずかしがることないじゃん。思ってたより全然綺麗なおっぱいだよ……
 郁子って、もっと貧乳だとばっかし思ってたのに」
「えぇ? 何それ! ひっどい!」
「だって郁子、おれにちっともおっぱい見せてくれないからさ」
「当たり前じゃん! どこの世界に意味もなくホイホイおっぱい見せる女が居んのよっ!!」

 こんなおっぱい丸出し状態にされてても、郁子の口は減らない。
 ぼくはそんな生意気な郁子の、生意気な乳首をきゅっとつまんでやった。
「あはぁっ……あっ、きゃ……」
「感じる?」
「あぁっ……ば、ばかぁっ……あんっ、あ、あ、あ」

 乳首をつまんだ指先を、紙縒りを作るように擦り合わせる。
 きゅっきゅっと揉んだり、尖端をとんとん押してみたり。
 ぼくが指を動かす度に、郁子は全身を小刻みに震わせ、子猫のような甲高い鳴き声をあげた。

 郁子の可愛らしい鳴き声や瑞々しい肌の感触に、ぼくの興奮も次第に高まってゆく。
 躰の深い部分――アソコから腰全体にかけて、堪らない衝動が湧き上がるのを感じる。
 ぼくはいったん郁子から躰を離すと、引きちぎるようにシャツを脱ぎ捨てた。
「守……」

 ぼくが服を脱いでいく様を、郁子はぼんやりとした眼差しで見上げていた。
 なんだかちょっと、照れ臭い。
「そんなに見んなよ、えっち」
「ばっ……な、何よっ! 人のは散々見といてさ……」
「それはそれだよ……ていうか、そんなにおれのちんちん見たい?」
「うん。見たい」

 思わぬ切り返しに、ぼくは意表をつかれて面食らってしまう。
 言葉を失うぼくを見て、郁子は少しだけ笑った。
「そーかよ。じゃあ今見せてやっからな。よーく見とけよな!」
 ぼくはやけくそのように言い放ち、ジーンズの前を開ける。
 すでに硬直しきっていたぼくのものは、抑えを失って勢いよく飛び出した。

「ひゃっ」
「なんだよ。なんで眼ぇ隠してんの?」
 下着ごとジーンズをずり下ろすぼくを前にして、郁子は両手で顔を覆ってしまっている。
「郁子が見たいって言ったんじゃん」
「いや、でもやっぱ……ごめんなさい」
「ごめんなさいってなんだよ。ちゃんと見ろよほら」
「いやー! やめてー!! 顔に近づけるのやめてー!!!」

 郁子の眼の前で勃起したペニスを振り廻すと、彼女は両手で顔を覆ったまま後ろを向いてしまった。
 なんか――異様に興奮する。
 いかんいかん。これじゃあまるで変態だ。

「郁子……」
 ぼくは、郁子の背中に寄り添うように横になった。
「もうしないからさ……こっち向いてよ」
「……」
270月下奇人:2008/04/16(水) 10:04:43 ID:IHnkP8PT
 郁子は、背中を向けたままだった。
「ねえ郁子……頼むよ。機嫌直して」

 ぼくは郁子の耳元にそっと囁きかける。それでも郁子は振り向かない。
(まいったな……)
 ぼくは背後から郁子の肩を抱き、耳たぶや首筋にキスをしてみた。
 でも郁子は身を固くしたまま無反応――とぼくは思っていた。

 下の方から、かちゃかちゃと微かな音が聞こえた。
 いつの間にやら両手を下ろしていた郁子が、
自分の穿いているジーンズのホックに手を掛けていたのだ。
「郁子……?」
 郁子はジーンズの腰に手を宛がい――ぴったりと張り付いていた青い布地を、
ずるりと腰から抜き取った。

「あ……」
 剥き玉子のような白いお尻が、ジーンズの中から現れた。
 きついジーンズに引きずられて下着も半分脱げてしまい、
みっちり合わさった二つの山の切れ込みまでもが、ぼくの眼の前に晒されている。

「守だけ脱ぐの、不公平かなって思ったから……」
 背中を向けたまま郁子は呟く。
 そして小さく躰を丸め、足の先からジーンズを引き抜いて、赤い花の上に放り投げた。
 月下奇人の芳香が、強く鼻孔を刺激する。
 一瞬、頭の芯がぶれるような感覚に襲われた。そして――。

「郁子!」
 考えるより先にぼくの手は動いていた。
 郁子の腰に残った下着を掴み、一気にずり下ろしていた。
 そのまま全裸になった郁子の躰をひっくり返し、再び、真上からその肢体と向き合った。

「郁子、すごい……綺麗、だ……」
 たどたどしいながらも、今度ははっきりそういった。
 それは、心の底から溢れ出た真実の言葉だった。
 何も身にまとっていない郁子の姿は、本当に、信じられないくらいに美しかった。
 ぼくは真っ直ぐに横たわる郁子の躰を、上からゆっくりと眼でたどる。

 花の照り返しばかりではない、明らかに紅潮している頬。
 首の頚動脈は大きく脈打ち、乳房も激しく上下している。
 そして――そしてなだらかなお腹の可愛く窪んだへその下、
黒く輝く若草に覆われた小高い丘と、その麓に隠されたちいさな小川――。

 ぼくは郁子の隆起した乳房からくびれたウエスト、次いで豊かな腰のラインと、
美術品を鑑定するように、丁重に手指で確かめた。
「あ、あぁ……こ、こそばい……」
 消え入るようなか細い声で言いながら、郁子は切なげに身をよじる。
「くすぐったい? ……じゃあ、これは?」
 ぼくは脇腹から乳房の横の辺りまでを、一息に舐め上げた。

「あああぁっ」
 郁子の躰が、小魚のように跳ね上がった。
 その動きに合わせ、それまでぴったりと閉じられていた脚が僅かに開く。
 開いた脚の間で、何かが光った。
「郁子……?」
「へ? あ……あぁっ!」
 ぼくが股間を覗き込んでいることに気が付くと、郁子は慌ててそこを両手で隠した。
 しかしもう遅かった。郁子の脚が開いた瞬間――ぼくはもう、はっきりと見てしまったのだから。
271月下奇人:2008/04/16(水) 10:05:16 ID:IHnkP8PT
 郁子は両手を股間に差し入れ、腰をひねって横に向けている。
 ぼくはその腰をこちらに向かせ、性器に宛がわれている両手を、そっと外した。

 やはりそこは――大量の体液で濡れていた。

「あぁ……」
 ぼくに両手を押さえつけられた郁子は、全身の力が抜けてしまった様子でぐったりと動かない。
 僅かに広げられた脚もそのままで、自ら閉ざそうとはしなかった。
「郁……」

 ぼくは躰中の血がカアッと熱くなるのを感じた。
 何か言おうと思ったのだが言葉が出ずに、ただ、咽喉の奥で密かに呻いた。
 そして、震える指先を彼女に伸ばし――すべすべとした内腿を掴んで、ぐっと広げた。

 大きく開かれた股の中心部には、濃い桃色の裂け目が見える。
 薄い恥毛に縁取られたそこは、何かを求めるように半開きになっていて――。
 柔らかそうな粘膜部分が、振り零した愛液できらきらと光って――。

「あっやだ……駄目っ! だめぇ……」
 気付くとぼくは、郁子のその、一番大切な部分に口づけていた。
 それはほとんど衝動的な行為だった。
 女の子の躰にここまでするのは、はっきり言って初めての経験だ。
 ――――ああ、なんかすげえ……。
 汗にも似たしょっぱさと僅かな酸味。
 そして周囲の花の香に負けないほど強い女の芳香が、ぼくの感覚を支配する。

 ぼくは、ぼくの舌は、郁子の溶け崩れた裂け目に割り込んで、掻きまわしていた。
 ぐりぐりと抉り、しゃくって、ぬたりと這い廻る。
「やっ、はっ、あ……はあぅっ……く」
 郁子の腰が蠢いて、途切れ途切れに声が漏れる。
 ぼくが舌を動かす毎に、熱を持った郁子の入口は小刻みに震え、自発的な痙攣を繰り返した。
 溢れる蜜は止まる処を知らず、ぼくの唇から、顎から、頬に至るまでもべとべとに濡らす。

「あ……ふう……んっ」
 郁子の腰が、大きく跳ねた。ぼくの鼻先がクリトリスに当たったからだ。
 小豆大のクリトリスは真っ赤に膨らんで、彼女の呼吸に合わせてぴくぴくと蠢いている。
 何とも言えず、物欲しそうなその動き――。

 ぼくは、こりこりと弾力のある小さな肉芽を唇で挟み、強く吸い上げた。
「あ、あ、あ!」
 郁子の腿が、ぼくの両耳を挟んで締め付けてくる。
 熱い粘膜と柔肌に包まれてぼくは――ぼくは――。

「ぶはぁっ!」
 ぼくは窒息しそうになって郁子の股間から起き上がった。
「あ……ごめ……苦しかっ、た……?」
 まるで別人のように掠れてしまった郁子の声。
 ぼくは「平気」と返し、半開きの唇にキスをした。
「うえ……変な味がする……」
「郁子の味だよ」
 郁子は「キモい」と言って笑った。

 それからぼくらは、どちらからともなく抱き合った。
 肌と肌とを合わせ、しなやかな躰を抱き締めながら肩に巻きつく細い腕を感じていると、
かつてないほどの多幸感が胸に満ち溢れてくる。
272月下奇人:2008/04/16(水) 10:05:45 ID:IHnkP8PT
 もう痣に対する恐怖心なんか、ぼくの念頭からは消え去っていた。

「郁子……いい?」
 ぼくは、郁子の耳元に囁きかけた。
 郁子は、ぼくの肩にぎゅっとしがみ付いて、頷いた。

 ぼくは郁子と抱き合ったまま、傍らで花に埋もれたジーンズを引き寄せ、ポケットを探った。
 小さなプラスチックの包みを取り出す。
 その中身は、一見リングのようにまとまった極薄のゴム袋だ。
 包装を開けて、輪の端を持ってペニスの先に宛がう。
 後はこれを巻き上げれば――と思ったら表裏を間違えていた。

 片手でごそごそやってるぼくの下で、郁子は何となく気まずそうに顔を逸らしている。
 ――――段取り悪くて、萎えちゃったのかな?
 なんとか装着を終えて郁子の顔を覗き込む。すると郁子は、両手で顔を覆ってしまった。

「どうしたの?」
「……」
 郁子は黙って首を振る。そして――膝を立て、半ば開いていた脚を更に少し開いた。

 赤い花の中で、郁子の白い肌が、何故かぼんやり滲んで見える。
 郁子……緊張してるんだな。唐突に、そんな考えが浮かぶ。

 特別な能力を持つ故に人との関わりを避けてきた郁子は、
これまで、男性と深い関係を持つことなど無かったに違いない。
 寂しかっただろうな、と思う。
 でもそれは、ぼくに取って有難いことでもある。

「郁子……」
 ぼくは花の上に腕を突き、開かれた脚の間に割り込んだ。
 心なしか郁子の躰が硬くなった気がする――やはり、緊張しているんだろう。

「そおっと、ね?」
 郁子は顔を覆った手をずらし、ちらっとぼくを見上げた。
「……大丈夫だよ」
 彼女の緊張感を少しでも解いてやるために、ぼくは言う。
 そして躰を落とし、肘を突いて腰をさらに割り入れた。
 片手で勃起したものを持ち添え、郁子の熱く濡れた部分に宛がうと――。

「あ……」
 郁子の微かな声。同時に、ねっとりとぬめる粘膜も小さく震えた気がした。
 ――――焦るな。少しずつ少しずつ。
 自分自身に言い聞かせながら、ぼくは腰を押し進め、郁子の初めての場所に這入り込もうとする。
 さすがに、きつい。
 郁子が大きく脚を開き、微動だにせずぼくを受け入れようとしてくれているのにも関わらず、
その部分は硬く強張り、亀頭さえも軋んで入らない。

 とろとろにぬかるんで欲しがっている様子を見せながら、
その一方でぼくの侵入を頑なに拒んでいるようでもある。それはとても矛盾した感触だ。

 ぼくは腹の底から息を吐くと、ペニスを持つ手に力を入れ、
閉ざされた部分にねじ込む感じで突き進もうと試みた。
 すると郁子は顔を半分隠したまま、苦しそうに呻いた。
「うぅ……ちょっ、ちょっときつい……かも」
「ご、ごめん……」
「んーん、大、丈……夫」
273月下奇人:2008/04/16(水) 10:06:20 ID:IHnkP8PT
 郁子は顔を覆っていた手を外した。
 そのまま両手をぼくの腕に添えて、眼を閉じる。
「大丈夫、だから……ね?」
 弱々しいながらも、強い決意を感じさせる確かな口調。

 それは、ぼくの決意を促す声でもあった。

「判った。じゃあ……いくぞ」
 ぼくは喘ぐように言い放って、腰を据え直した。
 柔らかな陰唇の奥、小さく締まった膣の入口に亀頭の先を嵌め込めるだけ嵌め込んで、
郁子の腰に腕を廻す。
 郁子の腕は、ぼくの背中に廻った。
 互いの躰を絡ませあいながら、ぼくらは熱い吐息を交換する。
 郁子の額に浮かぶ汗の玉を見やりつつ――ぼくは、捏ねるような動きで腰をめり込ませていった。

「うっ……くうぅっ……!」
 郁子の白い歯が食いしばられる。
 ぼくの背中を抱き締める指先が、何かを訴え掛けるように皮膚を掻きむしるようになった頃、
ぼくは、ぼくの男の部分は、郁子の中に、完全に埋没していた。

 ぼくらは、揃って声を上げた。

 狭い肉の入口をずるずると掻き分け、ついに到達した郁子の躰の最深部。
 そこは、ぼくのものを狂おしいほどに甘く噛み締め、ぼくを、めくるめく恍惚感にいざなう。
 全ての肉襞が、ひくひくと吸い付くように纏わりついて、ぼくは、ぼくは――。

「はぁ、はぁ……は、入った、の?」
 郁子の上ずった声が訊ねてくる。
 ぼくは郁子の首筋に顔を埋め、身動きひとつせずにその胎内の感触に酔い痴れながら、
「……入った」
 とだけ答えた。

 郁子の躰は、信じられないほどに素晴しいものだった。
 単に気持ちがいいだけではない。
 まるで母なる海の如く温かい。優しい感覚は、ぼくの全てを包み込んでしまうようで――。
 きっとこれは、郁子の気性その物なのだと思った。
 勝気で、少々意固地な風にも感じられる普段の郁子。
 でもそんなうわべの殻の下に、彼女はいつでも、包容力に満ちた優しい心を隠しているんだ。

 郁子の腕が、ぼくの背を撫ぜた。
「守……」
「郁子……」
 ぼくらの顔が、至近で向き合う。
 ぼくらは、そのままキスをした。

「郁子……痛い?」
「うん平気……ちょっとだけ、きついけど」
「きつい? じゃあ、まだ暫く動かない方がいいのかな……郁子?」
 突然、郁子は涙を流し始めた。
 微かに顔を歪め、真珠のような涙をぽろぽろとこめかみに落としている。
「そ、そんなに痛い?!」
 ぼくは焦った。ここはひとまず、引くべきなんだろうか?

 しかし郁子は大きく首を振ってしがみ付いてきた。
「違うの」
 ぼくの胸元に頬をすり寄せて呟く。
「違うの……私……わたし……」
274月下奇人:2008/04/16(水) 10:07:04 ID:IHnkP8PT
 郁子は、ぼくの胸の中でむせび泣いていた。
 彼女の嗚咽を、熱い涙を肌で感じているうちに、ぼくの胸にもなんだか熱いものが込み上げてきた。

 ぼくは、郁子の躰をぎゅっと抱き締めた。
「守……私、私達、本当に……これ、夢じゃないんだよね?」
「ああ……本当だよ。おれ達は、本当に……」
 それだけ言うのがやっとだった。
 感情が昂ぶって胸が張り裂けそうになるのを堪えながら、ぼくは郁子の髪の毛に口づける。

 そしてゆっくりと躰を蠢かせ、彼女の膣を突き上げ始めた。
「あぁ……うあぁ……」
 ぼくが動き出した途端、郁子の膣口は緊張したようにきゅうっと引き絞られた。
 膣全体も、上下からぼくのものを挟み込んで押し潰さんばかりにきつくなる。
「ううぅ」
 こんなにされたら――堪らない。ぼくは、我を忘れてうっとりと呻いてしまう。

 どうしようもない衝動につき動かされたぼくは、腰の動きを段々と大きく、激しくしていった。
「はっ、はっ、はあっ、いっ、郁子っ……郁子おっ!」
「あっ、ああっ、まも……くあっ、や、ああ……あああっ」
 ぼくに揺さぶられる毎に、郁子の唇からは苦痛とも快楽ともつかない喘ぎ声が零れ出た。

 ――――もう少し、セーブしないと……。
 郁子は、初めてなんだ。
 あんまり激しいのは、きっと辛いに違いない。
 重々承知はしていた。
 承知していながらもなお、ぼくは強く、素早い動きで郁子の躰に抜き挿しを繰り返していた。
 興奮のあまり、抑えが利かなくなってしまっているのだ。

 自分勝手な欲望に翻弄されつつあるぼくの下で、郁子は堅く眼を閉じ、
文句ひとつ言わずにこの仕打ちを耐え忍んでいる。
 額を、全身をじっとりと汗で湿らせ、半ば開いたままの唇からは乱れた呼吸に混じり、
絶え入るような悶え泣きの声を漏らし続けていた。
「ああ……あっ、ああ……守……守うっ!」

 郁子の腕が、ぼくの頭をくるんで引き寄せる。
 輝かんばかりに白く膨れ上がっている乳房に、顔を押し付けられた。
 柔らかで張りのあるその感触。むせ返りそうなほどの郁子の匂い。
 繋がりあった部分からは、濡れた粘膜の擦れあう音がくちゃくちゃくちゃくちゃ、
ヒワイでいやらしい音色を奏でている。
 郁子の中の熱い、蕩けそうにしこった気持ちのいい粘膜が、堪らない。ああ。たまらない。

「あー、郁子……もうだめだ……あー、もう、やばい……」
「守ぅ……ああん、あぁ……なんか、変だよぉ……」

 激情に駆られたぼくらは、意味不明な言葉でもって互いの感覚を訴え合っていた。
 なんという甘い慟哭だろう。
 郁子の鼓動にうずもれ、そのひくひくとわなないている肉の中でぼくは、
頭の髄が白く焼き切れそうなほどの恍惚感に引き込まれる。

 ああ、郁子の奥から熱いしたたりが溢れ出して――。
 洪水のように。ぼくのものを打ちつけて――とろりと包み込んで――――。

「うぅ……郁、子……っ」

 ぼくは、弾けた。
275月下奇人:2008/04/16(水) 10:07:33 ID:IHnkP8PT
 どくん。と震えるのと同時に、止め処もない快楽が、後から後からほとばしり出た。
 陶酔に意識の全てを持っていかれそうになって、ぼくは思わず、郁子の腰にしがみつく。

「はあっ……」
 ぼくが絶頂を迎える一方で、郁子の平らな腹部は、呼吸と共に大きくうねった。
 根元の辺りを中心に、繊細な筋肉がぴくぴくと蠢いている気がした。
 そして。

「あぁ、はあぁぁ……あぁあ……あぁ、ああぁ……」

 郁子の肢体が、小刻みな痙攣を起こしていた。
 ぼくの頭をいだく腕に力が篭り、足先は真っ直ぐに伸ばされているようだ。
 痙攣はやがて狂おしい震動となり、全身を、抱えたぼくの頭ごとびくんびくんと揺るがした。
「あぁ……あぁ……あぁ……」


 郁子の蠢きは徐々に収まり、その手足からがっくりと力が抜け落ちた。
 その後はただ静寂。
 互いの息遣いと、耳の奥でどくんどくんと血潮が波打つ音だけを聞きながら、
ぼくらは崩れるように弛緩して、重なり合うのみだった。


 思い出したように鼻腔が捉えた花の香りが、セックスの余韻と融けあい、
赤い微睡みが、ぼくらをゆったりと引き込んでいった――。




「……中二の頃、クラスでイジメがあったんだ」

 一刻の微睡みのあと、ぼくと郁子は並んで寝転んでいた。
 二人して仰向けになり、洞穴の果てしなく高い天井を見上げていた。

 洞の天井は、その高さのせいか赤い闇に沈んでしまい、はっきりとは見通せない。
 あの屋敷の地下にこれほど深く広大な洞穴が広がっていたなんて、全く信じがたいことだ。

 この不思議な赤い空間の中、いつしかぼくは、ぽつりぽつりと問わず語りを始めていた。

「虐められてたのは、池田麻衣という女の子だった。
 大人しくて……ごく普通の子だったんだけど、学校ではいつも孤立していた。
 いつも無視されて、陰でこっそり“化け物”なんて言われたりして……」
「なんか私みたい」
「……おれは、自分のクラスでそういうことが起こっているのが嫌だった。
 イジメなんて、卑劣なみっともない行為だと思ったし……
 はっきり言って、そんなことしてるクラスの連中に心底ムカついたよ。
 しかもさ……そのイジメの理由ってのが、本当にくだらないことなんだ」
「どんな理由?」
「彼女の胸にある痣がその理由だったんだよ」
「……」

 天井を向いたまま話すぼくの片頬に、郁子の視線が注がれる。
 ぼくは、構わず喋り続けた。

「彼女の胸には、まるで人の眼みたいに見える赤い痣があったんだそうだ。
 それが原因で、彼女は小学校の頃からずっと虐められ続けていたんだ。
 そんな、本人が悪い訳でもない身体的特徴を理由にイジメをするなんて……
 許せないと思った。だから……」
276月下奇人:2008/04/16(水) 10:08:03 ID:IHnkP8PT
「だから?」

「……少なくとも、おれだけは彼女と普通に接することにしたんだ。
 出来るだけ彼女が孤立しないように進んで話しかけたし、
 学校行事の時、彼女があぶれている時にはおれのグループに入れてあげた」
「偉いじゃん。守って、学級委員タイプだったの?」
「そんなんじゃねえよ……ただ、おれって昔っからオタクだったからさ。変わり者で通ってたし。
 そういうことしても、あいつ変わってるからな。で済まされるから、やり易かったんだ。
 それで暫く経つと、ほとんど口利かなかった彼女も、段々と心を開いてくれるようになってさ」

「ねえ守」
 郁子はごろんと寝返りをうち、うつ伏せになって半身を起こした。
「守って、その子のことが好きだったの?」
「……いや。それは、違うんだ」
 ぼくは、複雑な心境で郁子に眼をやる。
 頬杖をついてぼくを見下ろす郁子の、肩甲骨から急勾配を描いて落ちる背中のライン、
そして、そこからまた一気に盛り上がる見事なヒップラインを一瞬で確認して、再び語り始めた。

「おれ……本当に、ただイジメが許せなかっただけだったんだよ。
 池田さん自身にはそれほど興味がなかった……。
 もっと正直にいうと、女の子としてはどっちかっていうとあまりタイプではなかった。
 なのにおれは、学校では彼女と親しく付き合っていた」
「……」
「池田さんは、日に日に明るい子になっていった。
 イジメが完全になくなった訳ではなかったんだけどね。
 少なくとも、彼女に聞こえよがしに悪口をいうようなことは無くなったし、
 おれの仲間内では、彼女は居てもいい存在になっていた。
 ……そんなある日のことだったんだ。あの事件が起こったのは」

 ぼくは、一旦ため息をついた。
 この話を人にするのは初めてのことだ。気が重い。ぼくの心に、未だ根深く残された傷跡。悔恨。
 でもぼくは――言わなくちゃいけないんだ。

「あの日……近くに温水プールが出来たから、みんなで行こうって話をしていたんだ。
 それで、仲間内にいた女子が、じゃあ池田さんも誘おうかって言いだした。
 初めてのことだったよ。クラスで、おれ以外の人間が彼女を進んで受け入れようとするのは。
 あの時おれは……素直に喜ぶべきだったんだ。
 それは、彼女が特別な存在でなくなりつつある兆候だったのだから。なのにおれは……」
「守は……どうしたの?」
「……おれは、怒鳴りつけた」
「誰を?」
「その、池田さんをプールに誘おうって言った女子をだよ。
 痣のある池田さんを、水着になんかさせたら可哀想じゃないか! ……ってね」

 郁子の表情が曇った。
 その気持ちは判る。ぼくももう中学生ではないから。

「池田さんは、おれがそう言ったのをどこかで聞いていたらしいんだ。
 で、その日の内に彼女、自宅のベランダから身を投げた」
「…………!」
「……幸い、命に別状はなかった。でも、おれのせいで心に深い傷を負っているのは、間違いなかった。
 彼女、飛び降りる前におれ宛の遺書を残してたんだよ。
 おれに痣のことを言われたのが、ショックだったって。そう書いてあった」

 ぼくは、両手で顔を覆った。
 泣きはしないが、泣きたい気分だ。
 郁子はそんなぼくの頭に手を伸ばし、髪の毛を優しく指で梳いてくれた。
277月下奇人:2008/04/16(水) 10:18:46 ID:yfQs0/cN
「守は……なんにも悪くなんかないよ」
 暫しの間を置いて、郁子は言った。
「そりゃあ、ちょっとデリカシー足りない台詞だとは思うけどさ。
 別に悪気があってのことじゃないんだし。その池田って子が勝手に」
「いや……違うんだ」
 ぼくは、顔を覆ったままで続ける。

「おれさ……その事件のせいで……気付いちまったんだよ。自分の中の欺瞞に」
「欺瞞?」
「そう欺瞞。結局おれがしてたことって、ただの自己満足に過ぎなかったんだ。
 おれはただ……自分が他の奴らとは違う、立派な人間だって思いたかっただけだったんだよ。
 その為だけに……別に好きでもない子と仲良くして……優しいそぶりを見せて……。
 何もかも、おれ自身の満足のためだけの行動だった。
 池田さんの気持ちなんて、実際は何も考えていなかった」
「…………」

「おれが無神経に発した一言は、その事実を端的に表していた。浅はかなおれの本心をね……」
 ぼくは顔を覆っていた手を外して郁子を見上げた。
 そんなぼくを郁子は、微かに眉をひそめて無言で見つめるだけだった。

「それから……池田さんは退院と同時にどこかへ転校していった。
 意外なことに、この件でおれを責める人は誰一人として居なかった。
 クラスメイトも、先生をはじめとした周りの大人たちも、おれを不幸な被害者として扱った。
 日頃、何くれとなくイジメから庇ってきた一樹を、名指しで非難する遺書を書くなんてあんまりだ。
 そんな風に、むしろ池田さんの方が悪いように言う者さえいた。
 でもそれは、おれにとってなんの救いにも慰めにもならなかった。
 おれは虚しかった。
 結局おれは、池田さんを本当の意味で救うことができなかったばかりか、
 彼女にさらに深い傷を負わせてしまっただけだった。
 周りが池田さんを非難するたびに、おれはその事実を再確認するばかりだった……」

 あの日以来――七年もの間、胸の奥底にしまい込んできた辛い思い出。
 ぼくはついに吐き出した。
 最愛の人の前で。想いを遂げたばかりの、恋人の前で。

「軽蔑する?」
 ぼくの問いかけに、郁子は黙って首を振る。その表情には、微かな困惑の色が見て取れた。
 そりゃあ、いきなりこんな話を聞かされたら、誰だって困るだろうなあとは思う。
 少なくとも、初エッチ直後のピロートークの話題として相応しくないのは確実だろう。

 だけど――――。

「つまり……こういうこと? 守は、池田さんを救うことが出来なかったから、代わりに私を……
 池田さんと同じように痣があって、池田さんと同じように独りぼっちの私を救いたかった。
 だから私を……こういう風にしてくれたの……?」
「いや、それは違う!」
 ぼくは思わず飛び起きた。
 びっくりして眼を丸くしている郁子に向き直り、ぼくは言葉を継いだ。
「おれはさ、ただ……後悔したくなかっただけなんだ」

 中二の頃のぼくは幼すぎて、自分のことだけで――自分を守ることだけで、手一杯だった。
 あの時、自殺未遂を図った池田さんの身を本当に案じるのであれば、
もっと出来ることはあったはずなのだ。
 それまでに積み重ねてしまった様々な誤解を解く為にも、
彼女とは直接会ってきちんと話し合うべきだった。
278月下奇人:2008/04/16(水) 10:19:25 ID:yfQs0/cN
 なのにぼくは、何もしなかった。
 池田さんに会って、直に責められるのが怖かったからだ。

 要するに、逃げたってことだ。

 怖いこと、煩わしいことから逃げたのだという認識は、
自分で自分のプライドを傷つける結果となった。
 自責の念は永きに渡って心を支配し続け、ぼくの少年時代に暗い影を落とした。
 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 だから。

「おれは、諦めたくなかったんだよ……郁子のこと」
 郁子は、澄んだ瞳を見開いてぼくを見上げている。ぼくはその瞳を真っ直ぐに見返した。
「かつてのおれは、池田さんとのコミュニケーションを中途半端なまま諦めてしまった。
 おれはそのことで、ずっと苦しんできたんだ。もう二度と、同じ過ちは繰り返したくなかった。
 もう二度と……お互いに誤解しあったまま、関係を断ち切られてしまうようなことは……」

「でもさ……」
 ふいに郁子が口を挟んだ。
「私は、守にそんな風に想ってもらえてすごい嬉しい。けど守は……本当に、いいの?
 わ、私なんかで、さ……。私、普通の女の子じゃないんだよ?
 人の心を読む能力を持ってるなんて。気持ち悪いでしょう……?」
「そんなことないよ」
「嘘!」
 
 ぼくの否定に、郁子は声を荒げた。
「守だって本当は、嫌なんじゃないの?!
 嫌だったから……夜見島で、私が最初にちからのことを言った時、手を離したんでしょう?!」
「……」
「隠さなくたっていいよ。誰だって、自分の心を読まれるのなんて嫌に決まってるし。
 そんなちからを持ってる奴を避けたいって思うの、当たり前なんだから……」
 郁子はそう言うと寝返りを打ち、恥じ入るように背中を向けた。
 ぼくは郁子のお尻のえくぼに眼をやりつつ、小さく咳払いをした。

「あの時のあれは、違うんだよ。つまり……ああ、あれだ」
 ぼくは3年前、アトランティス編集部にバイトとして入ったばかりの頃にあったことを話した。
 その時ぼくは、ある遺跡の取材に同行していた。
 写真撮影のための機材の持ち運び等、雑用中の雑用をこなしていた訳だが、
 その取材中、ぼくらを制して、先に遺跡に入り込もうとしてきた男がいた。
 先輩に命じられてぼくは、その男を引き止めた。
 だが振り返った男の顔を見て、ぼくは思わず手を離してしまったのだ。

「……その人は、竹内多聞という有名な民俗学者だったんだ。
 おれ、竹内先生のことすごく尊敬してたからさ、ちょっと、ビビり入っちゃって」
「……はあ」

 郁子は話の途中から身を起こし、ぼくの前に向き直っていた。
「それってつまり、どういうこと?」
「いや、だからね」
 ぼくは人差し指を立てて、きょとんとした表情の郁子に説明を試みる。
「つまり……そういうことなんだよ」
「説明になってないじゃん! 全然判んないよ! その竹内先生の話が、私と何の関係があるのよ?!」
「ええとその、要するに、だ」
 ぼくは段々、気恥ずかしくなってくる。
「あの時……郁子が夜見島で、特殊能力について話してくれた時、おれ、思っちゃったんだよね……
 その、かっこいい……ってさ」
279月下奇人:2008/04/16(水) 10:19:55 ID:yfQs0/cN
「はあ?!」

 そうだったのだ。
 郁子は夜見島で、敵の動きを止めたり、敵の意識を乗っ取って自在に操ったりしていた。
 人知を超えたそのちから――まるで、SF小説のヒロインのような彼女。
 彼女自身がその能力ゆえに苦悩している姿もまた、ドラマチックでグッと来た。
 S・キングのキャリー、ファイアスターター。筒井康隆の七瀬三部作。柴田昌弘の赤い牙シリーズ。
 ぼくは郁子を、そういった作品群の超能力少女達と、重ね合わせたイメージで捉えてしまっていた。

――こんなことを言うと郁子にキレられるような気がして、ずっと言えずにいたのだ。

「かっこいいって……何それ?
 守は私のこと、アニメのヒロインか何かみたいに思って見てたってこと?!」
「いや、そこまで腐った眼で見てた訳では……でもまあ、近いものはあるかな……」
「あんたって人はほんと……馬っ鹿じゃないの?! この、オタク編集者!」
 郁子はぼくに思いっきり顔を突きつけて、罵声を浴びせかけた。
 ……そら見たことか。
 やっぱり怒られたぼくは、しゅんと肩を落としてしまう。

「だってさ……思っちゃったんだから、しょうがないじゃないか」
 ぼくは半ばヤケクソになり、上目遣いで郁子に反論した。
「何がいけないっていうんだよ。
 だいたい超能力なんて、もろにオタク心をくすぐるアビリティーを取得してる人間に対して、
 憧れや畏怖の念を抱くなと言う方が無理ってもんだ。そこは理解してくれよ。
 そういった個性を持って生まれてしまった者の宿命だと思って、諦めてくれ」

「個性?」
 ぼくの言葉を、郁子は意外だと言わんばかりに聞き返す。だからぼくは言ってやった。
「そう、個性。そして、木船郁子という女の子を構成するひとつの要素だ。
 郁子は生まれ持った超能力のせいで、これまでに色々辛い思いをしてきたのかも知れない。
 だけど、そういったマイナスの部分とかも全部ひっくるめて、今の郁子があるんだと思う。
 そして、そんな郁子のことを、おれは……」
「守……」

 郁子の超能力が闇の因子に因るものならば、それは忌まわしい力というべきなのかも知れない。
 だがしかし、それがいったいなんだというのか。

 郁子は、郁子だ。

 心が闇に囚われない限り、郁子は、ぼくと共に光の下で生きていけるはずだ。
 ぼくがきっと――そうさせて見せる。
 いつも郁子のそばに居て、郁子を見守る。
 そして、郁子の全てを愛し抜く。郁子の中の闇の因子をも含めた、全てを――。

「そうだ。超能力だけじゃない。これだって」
「あんっ」
 郁子の甘い声。ぼくは、郁子の乳首の周りをそっと指でなぞっていた。
 正確には――乳首を取り囲む痣をなぞっていた訳だが。

「郁子はさ……これが気になってたから、今まで彼氏つくんなかったんだろ?
 そのおかげでおれは、郁子の初めての相手になれたんだ。だから……」
「だ、だから?」
「だから、えっと……これは、あってよかったものなんだよ」
「あ……あぁんっ」

 流れで痣に――というか乳首に口づけると、郁子は身を仰け反らせて喘いだ。
 アバタもエクボ、なんていうけれど、確かにぼくはすでにこの痣の存在に慣れてしまい、
完全に彼女の躰の一部として受け入れていた。
 この痣はもはや、郁子の豊かなヒップと同じ、彼女の魅力的な個性のひとつに過ぎなかった。
280月下奇人:2008/04/16(水) 10:20:33 ID:yfQs0/cN
「郁子? どうかした?」
 郁子の眼に、なぜか涙が浮かんでいるようだったのでぼくは訊ねた。
 彼女は「何でもない」と言って指先で目じりを拭う。
「何でもないことないだろ? 言えよ。おれ達の間で、今さら隠し事なんて」
「ほんとに何でもないったら……守が変なことするから、ちょっと変な感じになっちゃっただけ」
「変なことって……これ?」
「あんっ、やぁん……」

 乳首をちゅっと吸い上げてやると、郁子はびくんと肩を震わせた。
 更に舌先を高速で上下させて、口の中の乳首をぷるぷると弾く。
「あはぁあ……」
 郁子は、喘ぐような息をはいて仰向けに倒れてしまった。

「ま……守ぅ……」
 倒れる郁子を追って上から覆い被さったぼくの頭を、郁子は再び掻い込んだ。

 ――――こりゃあ……二回戦開始か?
 躰のもやもやがぶり返している。きっと郁子もそうなのだろう。
 ぼくは郁子の乳を吸う一方で、背中の方に腕を廻し、その下のお尻の膨らみを撫で廻した。
 あああ、この弾力とボリューム。
 やっぱ今度は、バックからがいいなあ。このお尻を鷲掴みにしながら――。
 でも、二回目でいきなりそんな要求をしたら引くだろうか?

 てなことに思いを巡らせているぼくの下で、ふいに郁子は身を固くした。
 ぼくの愛撫に応えてくねくねと身をくねらせていたのが、ピタリと止まる。
 何だ? ……ひょっとして、ぼくの心を読んだとか?

「……柳子」
「え?」
「柳子が、何か言ってる」

 郁子はぼくの腹の下からするりと抜け出ると、素早く立ち上がって中空を仰いだ。
「どうしたんだ?」
「しっ! ……待って。 ……何? いったい何をそんなに……」
 郁子はぼくに背を向け、彼女にしか聞こえない柳子の声に耳を傾けているようだった。
 夜見島で幻視能力を使った時と同じく、胸の前で手を組んだ格好で意識を集中させていたが――。

「ええっ?! そんな……」
 白い背筋がぴくんと伸びた。
 何を聞いたんだろう? そう思う間もなく、郁子はぼくに振り返った。
「守、大変! 急がないと……ここから出られなくなっちゃうって!」
「ええっ?! ……なんだって?!」


 郁子が聞いた柳子の言によると――
地下のボイラーが負担に耐え切れずに爆発し、それが原因で屋敷が火事になってしまったのだという。
「早くしないと! 此処の出口はあの開かずの間しかないの!
 あそこが塞がっちゃったりしたら……!」
「判った、急ごう!」

 ぼくらは即行で衣服を身に付けると、錆びた鉄階段を上り始めた。
「郁子、大丈夫か?!」
「う、うん、ごめん。早く動けなくって……」
 郁子は、普段の半分くらいの歩幅でしか進めないでいた。
281月下奇人:2008/04/16(水) 10:21:06 ID:yfQs0/cN
 無理もない。なにしろあんなに激しい初体験の直後だ。まだ、傷が痛んでいるのだろう。
「よし、こうしよう」
 ぼくは、郁子の背中と膝の裏に腕を廻し、横抱きにかかえ上げた。
 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

「ちょ、まも……うわぁ!」
「しっかり掴まってろよ!」
 ぼくは郁子を抱いたまま、猛スピードで階段を駆け上がり始めた。
 そのまま一気に地上へ――といきたい処ではあったが、
お姫様抱っこをしたままはしごは登れないので、そこはやむなく郁子を下ろし、
自分で登って貰う事にした。

「守……なんか、すでに焦げ臭くない?」
 はしごの途中で郁子が言った。
 彼女の言うとおりだった。
 郁子よりも先にはしごを登っているぼくは、その不吉な臭いをよりいっそう強く感じている。
(まずいな……もしもすでに火が二階にまで廻っていたら……脱出が困難になってしまうぞ)

 不安な思いを胸に、ぼくらは開かずの間にたどり着いた。
 着いたのはいいが……。
「ごほっ……ひどい煙!」
 開かずの間には、黒い煙が充満していた。息苦しいし、眼に沁みて涙が出てくる。
「……あんまり煙を吸うと、一酸化炭素中毒になってしまう!
 なるべく息を止めて、躰を低くして進むんだ!」

 ぼくらは、身を屈めて部屋を出た。廊下を進み、ホールの階段の処まで這うように進む。
(ホールに降りられれば、出口はすぐ眼の前だ!)
 ぼくは郁子を庇いつつ階段に近付いた。

 階段からホールにかけての空間は、火の海と化していた。
 オレンジ色の炎は古い木材を舐めるように這い廻り、耐えがたい熱気と共に、
全てを焼き尽くそうとしていた。
「……行くしかない! 覚悟はいいか?!」
「平気よ。守と一緒なら」
 ぼくらは一瞬見つめ合う。そして、短いキスをした。
 ほんの一瞬――だけど、強く確かなキス。

 ぼくは郁子の肩を腕で覆い、燃える階段を一気に駆け下りた。
 下りた途端に、階段は燃え落ちた。
 火勢はますます激しい。
 建物はあちこち崩れ、屋敷のその威容は、もはや見る影もない。
 炎と煙にまかれ、ぼくらは、行くべき方向を見失いかける。
 その時、真横でぱん! という破裂音が響いた。
 なんという僥倖。あの巨大水槽が割れて、眼の前の炎を少しだけ消したのだ。

「……あっちだ!」
 僅かな活路を見逃さず、ぼくらは炎の中を駆け抜け、玄関の扉に喰らいついた。
 これでいい。これで、助かる――。

 これで助かる――――はずだった。

 が。

「…………開かない!」
 観音開きの大扉は、押しても引いてもびくともしなかった。
 もう、後がない!
 ぼくはパニックを起こしそうになりながら、死に物狂いで扉に体当たりをかます。
282月下奇人:2008/04/16(水) 10:21:46 ID:yfQs0/cN
 だが、郁子も一緒になって体当たりしているにも関わらず、扉は、全く開く気配がなかった。
 ――――くそ! もう、これまでか……!
 絶望の中、ぼくらは虚しく扉にすがりついていた――。

   キィ……キィ……キィ…………。

 屋敷の燃える音に混じり、微かな車輪の音が聞こえた。
(……まさか)
 ぼくと郁子は振り返る。
 紅蓮の炎の中から黒いシルエットが現れた。郁子が呆然と呟く。
「……柳……子?」

 それは、ミイラと化した柳子を乗せた車椅子だった。
 車椅子は柳子を乗せたまま、扉に向かってまっしぐらに突進してくる。
 そしてぼくと郁子が見守る中、轟音と共に扉に激突した。

「柳子……!」
 郁子が叫ぶのと同時に、破壊された扉が熱風で吹き飛ばされた。
 破壊され、吹き飛ばされたのは扉だけではない。
 車椅子も――柳子の肉体も、衝撃で木っ端微塵に砕け散っていた。
「柳…………!」
 悲鳴を上げかけた郁子の躰を引きずって、ぼくは、取るもの取りあえず脱出する。

 ぼくらが扉から転がり出るのとほぼ同時に、屋敷の屋根が崩壊した。
 入口は落ちた柱に塞がれ、もう戻ることは出来ない。
「あああ……柳子、りゅうこおおおっ!!」
 恐慌をきたして泣き叫ぶ郁子の腕を強引に引っ張り、ぼくは走り出した。
 少しでも屋敷から離れなければ……。
 背後から、屋内に充満した有毒ガスが、屋敷のあちこちで小爆発を起こしている音が追ってくる。
 このままいくとやがて、屋敷が大爆発を起こすに違いない。
 萎れかけ、小さく縮こまっている月下奇人の花を踏み散らし、ぼくはただひたすらに走った。

 そして――――。

 腹の底に響くほどの爆音と共に、一瞬、辺り一帯が昼間のような明るさに照らされた。
 吹き上げる爆風に躰が押され、ぼくらはひっくり返る。
 真っ白な衝撃。

 ――――郁子!
 眼が眩み、視界が奪われた中で、ぼくは郁子の存在を捜した。

 郁子はぼくのすぐ近くに転がっていた。
 細い手首を探り、手の平から指の間に、指を滑らせる。
 ――――もう二度と離さない。
 ぼくが郁子の手を握り締めると、郁子は微かな呻きと共に握り返してきた。
「守……」
「郁子、大丈夫か?」

 お互い、躰中煤だらけで一見酷い有様ではあったが、実際は軽い焼けどを負っているくらいで、
大したダメージは受けていないようだった。
「お屋敷は……?」
 郁子は起き上がって屋敷の方を見る。
 月下奇人の向こう側。屋敷は炎と黒煙に包まれ、完全に焼け崩れつつあった。


「柳子……」
 郁子はふらふらと屋敷の方へ歩いていく。
283月下奇人:2008/04/16(水) 10:22:17 ID:yfQs0/cN
「よせよ郁子! 危ないぞ!」
 ぼくは後ろから肩を掴んで引き止めた。
 郁子は虚ろな眼差しで、眼の前の見えない何かを捕まえようとするかの如く、
ゆらゆら手を振っている。
「ああ……消える……柳子が……柳子の魂が……」

 屋敷が崩壊したせいか。あるいは、本体であるミイラが破壊され、焼失してしまったせいなのか。
 郁子の半身は今、屋敷と共に天に召されようとしているらしい。
 ぼく達二人を結びつけ、そして、ぼく達二人の命を救ってくれた、優しい柳子――。

「ああっ……消えた! 柳子が、柳子が消えちゃったよぉ……」
 赤々と燃える屋敷を前に、郁子はがっくりと膝を落とした。
 そのまま地面にうずくまり、月下奇人に埋もれて泣き崩れてしまう。

 ぼくには為す術がなかった。
 郁子の横に座り込み、ただ、うずくまる彼女の背を撫でてあげるぐらいしか、出来ることはない。


 暗い空の片隅から、朝の気配が漂い始めていた。
 赤く咲き誇っていた月下奇人の花々は、その言い伝えのとおり、
朝日を見るまでもなく項垂れ、萎れ果てていた。

 いつしか郁子は、ぼくの膝にすがり付いて泣きじゃくっている。
 その背中を摩りながらぼくは、考えていた。
 夜が明けたら。
 陽が昇り、世界がきらめきを取り戻す頃には、郁子の涙雨もやむだろう。

 そうしたらぼくは、郁子に打ち明けようと思う。
 予定していた計画の最終事項。ぼくと、郁子の将来に先がけた第一段階への提案。

 ジーンズのポケットに手を入れる。
 そこには、郁子の為に新しく作った部屋の合鍵が入っている。
 ポケットの中、ぼくはそれを、強く握り締めた。

 ――――ずっと傍に、居て欲しい。

 この一言を告げること。それが、今回の小旅行の目的であったのだ。


 燃えゆく屋敷に照らされながら、ぼくは郁子の泣き伏す姿を見下ろし続ける。
 かわいい郁子。かけがえのない恋人。
 彼女を、ずっとずっと守ってあげたい。ぼくに負けないくらいに彼女を愛していた、柳子の為にも。

 郁子の泣き声は、じょじょに小さく治まりつつあった。
 肩を震わせしゃくりあげる音だけが、余韻のように後を引いている。
 ぼくは顔を上げた。
 すでに空は白み始め、星々は、頼りなくその姿を隠そうとしていた。
 耳を澄ますと、どこからか鳥の声も聞こえる。

 ぼくは膝にすがる郁子をそのままに、空を仰いで寝転んだ。
 ゆっくりと瞼を閉じる。そして夜が明けるのを、密かに待った。

 【終】
284名無しさん@ピンキー:2008/04/17(木) 11:06:24 ID:mxvuNLoi
うーん、思わず読み耽ってしまった。
幸せな感じの話もいいね。
285名無しさん@ピンキー:2008/04/20(日) 14:25:15 ID:bobY+Nd4
新作が発表されたのになんなんだこの過疎は
皆屍人になってしまったか
286名無しさん@ピンキー:2008/04/20(日) 15:57:05 ID:xFHmOcto
新作発表されたな
287名無しさん@ピンキー:2008/04/21(月) 00:06:29 ID:0EMzy0O+
>>283
なんという神…
288名無しさん@ピンキー:2008/04/21(月) 11:26:57 ID:14vIZSNm
読み耽ってしまった
前半の盛り上げ方もいいな
超乙!
289名無しさん@ピンキー:2008/04/23(水) 03:07:47 ID:ZaZ27rP0
長かったけどいつの間にか読みきってしまった
GJ!
290名無しさん@ピンキー:2008/04/28(月) 07:37:43 ID:SeipULUx
保守
291名無しさん@ピンキー:2008/04/29(火) 19:59:56 ID:JlUGW461
保守
292名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 00:56:56 ID:Q34PXr4s
まだ皆新作の攻略に手間取ってるようだな
俺?PS3なんて持って無いっすよ
293名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 10:01:25 ID:LXoH6SHi
新作の攻略??もしかて2のこと?それともNew Translationのこと?
New Translationのことならまだ発売してないよ。
294名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 21:33:00 ID:lSIh0zLT
NT体験版には手を出してないぜ。
7月に発売されたらPS3ごと買うつもりなんだぜ。

というかこのスレ的に問題なのは、NTにおいてエロが成立するかどうかだぜ。
295名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 22:42:52 ID:5nJK3KYN
先代美耶子っぽい日本人いるからエロは成立しようと思えば成立すんじゃね?
需要があるかどうかは知らんが
296名無しさん@ピンキー:2008/05/01(木) 22:54:20 ID:LXoH6SHi
問題はSDKがでるかどうかだな。それより、容量的に次スレの季節だけど、どうする?
297名無しさん@ピンキー:2008/05/02(金) 00:19:18 ID:V0ckidkD
>>296
雑談がほぼ無きに等しい状態なので、次スレは落とすSSを用意した書き手が立てるのがいいと思う。
万一本人が立てられなければ、ここか、質問スレ辺りでスレ立て代行を頼むということで。

しかし次スレの終了条件2は『過疎』からの脱出。に変えた方がよさげだねえ……。
298名無しさん@ピンキー:2008/05/02(金) 16:15:37 ID:Gzrp9ivx
しかしこのスレは過疎すぎだ
299名無しさん@ピンキー:2008/05/03(土) 00:57:59 ID:2uo7qZOZ
過疎でも細々と続いているからには、一応需要はあるのだろう。

時にNTは、1を元にした全くの別物と思った方がよさそうだね。
その後の羽生蛇村でもなく、パラレルワールドでもなく。
病院は出ていても宮田医院じゃないそうだし、異聞との接点も無さそうだ。
外伝、というよりシリーズのアーカイブ的な存在なのかもしれん。
300名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 07:58:27 ID:1z9tAamj
関連スレで言われてたがNTは外人向けにループを断ち切る終わり方になると予想してる
SDKは間違いなく出てくるだろ



ただ体験版遊んでみたが、ふりほどきの操作方法を従来に戻して欲しい…
301名無しさん@ピンキー:2008/05/04(日) 16:45:34 ID:sFbQNVKm
保守
302名無しさん@ピンキー:2008/05/05(月) 10:16:45 ID:Vec6UPZL
操作方法はあんまし変えないで欲しいよなあ・・・
ジャックしながら歩きというのも実際使えるのかどうか。
303名無しさん@ピンキー:2008/05/05(月) 11:47:52 ID:RMIkm/me
ツン子(*´Д`)ハァハァ
304名無しさん@ピンキー:2008/05/05(月) 12:46:06 ID:LaFe5Yaa
須田美弥の血の契約がエロだったらよかったのに(´・ε・`)
305名無しさん@ピンキー:2008/05/05(月) 12:52:48 ID:p2dhrodS
過疎ってる……のか?
306名無しさん@ピンキー:2008/05/06(火) 18:52:29 ID:qt+nI3Du
保守
307名無しさん@ピンキー:2008/05/07(水) 05:51:49 ID:aAOSv7Jt
保守
308名無しさん@ピンキー:2008/05/08(木) 07:14:28 ID:tnNZcpih
保守
309名無しさん@ピンキー:2008/05/09(金) 07:53:47 ID:T6cG+QWB
保守
310名無しさん@ピンキー:2008/05/10(土) 19:40:11 ID:SeAoN54X
保守
311名無しさん@ピンキー:2008/05/11(日) 13:10:38 ID:r5GUu/mr
保守
312名無しさん@ピンキー:2008/05/12(月) 07:30:33 ID:XHVk+LNl
保守
313名無しさん@ピンキー:2008/05/12(月) 17:42:39 ID:iLkVpHYY
ここのスレって雑談少ないな
314名無しさん@ピンキー:2008/05/12(月) 21:13:30 ID:XHVk+LNl
住人が少ないからでしょ
315名無しさん@ピンキー:2008/05/13(火) 08:23:08 ID:zWnVA7a9
保守
316名無しさん@ピンキー:2008/05/13(火) 20:46:14 ID:aEN5eMLy
NTに志村晃一と先代の美耶子が出てくるといいな
317名無しさん@ピンキー:2008/05/14(水) 09:41:21 ID:mAga50VT
保守
318名無しさん@ピンキー:2008/05/15(木) 07:16:14 ID:7Fm3Jo7x
よく考えたら、保守じゃなくてうめだね。

梅梅梅梅梅梅梅梅梅梅
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梅梅梅梅梅梅梅梅梅梅
梅梅梅梅梅梅梅梅梅梅
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楳梅梅梅梅梅梅梅梅梅
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319名無しさん@ピンキー:2008/05/15(木) 18:38:05 ID:YPP71Nuw
パンツ予想
美耶子:純白のオパンティー、もしくは「パンツ…?何それ?」

320名無しさん@ピンキー:2008/05/15(木) 18:49:19 ID:ZjW8lucD
ともえたんが穿いてないのはガチだな
321名無しさん@ピンキー:2008/05/15(木) 21:32:39 ID:WELF9Gjm
ともえたんかわいいよともえたん
322名無しさん@ピンキー:2008/05/16(金) 06:59:40 ID:LUZ864Di
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323名無しさん@ピンキー:2008/05/16(金) 16:37:48 ID:KWnBQcIN
うんこうめー
324名無しさん@ピンキー:2008/05/17(土) 15:54:49 ID:FR13u4BF
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325名無しさん@ピンキー:2008/05/18(日) 10:36:52 ID:ytORWKYD
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うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
326名無しさん@ピンキー:2008/05/19(月) 07:53:23 ID:BHvvaO8O
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー
うめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめーうめー



327名無しさん@ピンキー:2008/05/20(火) 07:58:27 ID:lZN7eqfU
サイレンのエロ絵ってなかなかないですよね。見てみたいけど
328名無しさん@ピンキー:2008/05/20(火) 15:47:55 ID:dBhTXILe
やおいなら山ほどありそうだけどね
329名無しさん@ピンキー:2008/05/21(水) 05:54:58 ID:6V+4AHps
ツン子かわいい
330名無しさん@ピンキー:2008/05/21(水) 20:49:16 ID:GRF3pV7k
美耶子の髪の毛の匂い予想
牛乳石鹸
331名無しさん@ピンキー:2008/05/21(水) 21:35:31 ID:6V+4AHps
ちょwww牛乳石鹸懐かしいwww
332名無しさん@ピンキー:2008/05/21(水) 21:48:25 ID:1khqEF5E
良い石鹸

時に美耶子にはSDKが鉄板ですか?

自分的には淳にいぢめられる美耶ちゃんも有りな気がするが
333名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 06:57:11 ID:3hVpTrAY
ゲームの内容が内容だけに、暗めな内容の小説の投下が多いから、
コミカルな内容の小説の投下が多くなればいいな。



























次スレで……。
334名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 12:57:02 ID:HFFFmW4G
次スレ立ててから埋めろよばか
335名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 17:48:56 ID:bdaYVWOg
>>332 意外と美耶子とSDKのやつ無いからな。見たい。
    でも淳に虐められるのも良いかもしれない。
336名無しさん@ピンキー:2008/05/23(金) 09:27:35 ID:avM3rpXB
保守
337名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 14:57:31 ID:RlUTemjR
>>335
須田美耶って少ないの?
ノーマルカップルでは一番人気かと思ってた。
338名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 20:44:12 ID:HtCmmKX7
>>337 保管庫を見てごらん。あまりの少なさに絶望。
339名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 22:32:54 ID:RlUTemjR
二つこっきりなのね(´・ω・`)
つーか恭也vs美耶知市子ってw
どんだけだwww
340名無しさん@ピンキー:2008/05/25(日) 03:54:13 ID:uaXnm/+2
自分は宮田の少なさに絶望した。
341名無しさん@ピンキー:2008/05/25(日) 14:00:24 ID:I3R8i+WY
牧野と八尾さんのエロさには勝てないのか
342名無しさん@ピンキー:2008/05/25(日) 14:24:23 ID:/KC4lLRW
大人の三上もないんだな
目の見えない設定がおもしろそうなんだが
343名無しさん@ピンキー:2008/05/25(日) 21:38:40 ID:+Zzxkm+8
よし! 誰か書くんだ!
スレ立てぐらいなら手伝うお!
344名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 07:59:59 ID:pzbjIKZZ
「俺、このスレが490kになったら次スレを立てるんだ……」
345名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 21:09:11 ID:HIeGjHCq
hosyu
346名無しさん@ピンキー:2008/05/27(火) 06:57:41 ID:tvA2EBmH
保守
347名無しさん@ピンキー:2008/05/27(火) 12:00:31 ID:SfIQgoR/
み〜なが無いのに絶望した
348名無しさん@ピンキー:2008/05/27(火) 16:49:40 ID:NTIKLY2g
>>347 み〜な☆ってどうもネタ臭くてエロに繋げづらい
349名無しさん@ピンキー:2008/05/27(火) 18:53:24 ID:pPQRHQyZ
美浜のエロが見たい奴がいるのか……。
というか次スレ、マジで>>344に任せてしまって構わない?
もし立ててくれるんなら、テンプレに保管庫も追加してくれるとありがたい。
350名無しさん@ピンキー:2008/05/27(火) 19:02:15 ID:9Ui0WKWr
美耶子の目が見えない上に、まだロリータだからな…
そっち属性のある人じゃないと書くの難しいっていうのもあるかもしれない。

でも、二人が事に及んだ時に
「お前の顔が見えない」
「じゃあ、俺の目を使って、お前の目を見ろよ」

実は間接的な羞恥プレイ

なんてのを考えてしまった自分はナースシューズを隠しに行かなくちゃ
いけないだろうと思う。
351名無しさん@ピンキー:2008/05/29(木) 18:23:08 ID:+yMRodZS
保守
352名無しさん@ピンキー:2008/05/30(金) 18:24:53 ID:/tpaOft4
保守
353名無しさん@ピンキー:2008/05/31(土) 15:10:06 ID:FrbqEGcf
ほしゅ
354名無しさん@ピンキー:2008/06/01(日) 16:51:35 ID:MaSFQmhx
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355名無しさん@ピンキー:2008/06/02(月) 06:52:03 ID:Fa0Frs+k
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356名無しさん@ピンキー:2008/06/02(月) 22:06:17 ID:FZO18us8
「ともえハード」

髪飾りを取り戻す為に金鉱採掘所に潜入するともえ。
だが、それはキバヤシの巧妙な罠だった。

「ともえの純潔は俺に崩される為に築いてきたんだからな」
「乙型になれば…こんなキバヤシなんかに…!」
「よかったじゃないか アンテナのせいにできて」
「んんんんんんんっ!」
「へへへ おい、漁師達を呼べ。みんなで気持ちよくしてやる」
(耐えなきゃ…!!今は耐えるしかない…!!)
「ともえの生乳ゲ〜ット」
(いけない…!左乳首が感じやすくなってるのを悟られたら…!)
「生ともえの生ヴァギナを拝見してもいいか?」
「こんな奴らに…くやしい…! でも…感じちゃう!」(ビクッビクッ
「おっと、乳首に当たってしまったか。甘い痺れがいつまでもとれないだろう?」

「永井ハード」

市子を救う為に金鉱社宅に潜入する永井。
だが、それは市子の巧妙な罠だった。

「永井さんの純潔は 私に崩される為に築いてきたんだよねぇー」
「沖田さんが居れば…こんな女の子なんかに…!」
「よかったじゃないですかぁ 三沢さんのせいにできて」
「んんんんんんんっ!」
「あはは ブレスレットを用意して。みんなで気持ちよくしてあげる」
(耐えないと…!!今は耐えるしかない…!!)
「永井さんの生チ○ポゲ〜ットw」
(いけない…!俺の89式小銃が爆発しそうになってるのを悟られたら…!)
「生永井さんの生アナルを見ちゃおーかなー?」
「こんな女子中学生に…くやしい…! でも…感じちゃう!」(ビクッビクッ
「あ、亀頭に当たっちゃったぁー甘い痺れがいつまでもとれないんだよね?」

「阿部ハード」

空腹で金網を調べる阿部。
だが、それは夜見アケビの巧妙な罠だった。

「阿部の腹は私に崩される為に築いてきたんですものね」
「釘バットがあれば…こんなアケビなんかに…!」
「よかったじゃないですか 章子のせいにできて」
「んんんんんんんっ!」
「へへへ おい、羽生田蕎麦を用意しろ。みんなで苦しめてやる」
(耐えろ…!!今は耐えるしかねぇ…!!)
「幻覚作用ゲ〜ット」
(いけない…!肛門がどうあがいても絶望なのを悟られたら…!)
「生阿部様の生アナルを拝見してもよろしいでしょうか?」
「こんなアケビに…くやしい…! でも…クソすぎだろぉ!」(ビクッビクッ
「おっと、夜見アケビが当たってしまったか。甘い酸味がいつまでもとれないだろう?」



357名無しさん@ピンキー:2008/06/02(月) 23:07:42 ID:KI/99Oai
でかしたb
358名無しさん@ピンキー:2008/06/04(水) 17:03:44 ID:4Nj05hRb
>>356 いいね、いいね。
359名無しさん@ピンキー:2008/06/05(木) 02:16:06 ID:xgikH+f7
不覚にもワロタw
360名無しさん@ピンキー:2008/06/05(木) 11:22:08 ID:xmXlxa7f
↓やあ、344で次スレ立てを宣言した者だ。無事に490Kに達成したので立ててみたよ。
ttp://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1212631999/

もう少しSIRENぽさを出したかったが、自分の能力ではこれが限界だった。それでは次スレが
賑わうことを願って……。
361名無しさん@ピンキー:2008/06/06(金) 10:55:10 ID:HKt/CCj2
うめ
362名無しさん@ピンキー:2008/06/06(金) 19:25:15 ID:HKt/CCj2
NTにツン子がキタ━━━( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)゚∀゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)−_)゚∋゚)´Д`)゚ー゚)━━━!!!!(字違いだけど)
ttp://rainbow.sakuratan.com/data/img/rainbow77466.jpg
363名無しさん@ピンキー:2008/06/07(土) 22:17:50 ID:8fgqAqHI
うめうめ
364名無しさん@ピンキー:2008/06/07(土) 23:24:35 ID:Ak4GGVeH
Archive 永井のテープ 「なーがいくーん一緒に、遊びましょお」 俺の名前は永井頼人 自衛官だ。
最初に聞こえた声は元上官の三沢っていう化物で俺を探してる。 きっと見つかったら禁則事項です♪されるだろう。だからいまこうやってこのテープに遺言を録音してる。
俺が見つかるのも時間の問題だろう。
「見つけた!」早くも見つかっちまったみたいだ。俺はやはり禁則事項です♪されるだろう。 このテープを聞いてくれて有り難う。 今から神風を見せてやるぜ。 ウォォォォォォ ダッダッダッダッ アッーーーーーーー!というコネタ
365名無しさん@ピンキー:2008/06/09(月) 07:21:47 ID:SDreLgR5
>>364 笑ったww
366名無しさん@ピンキー:2008/06/10(火) 19:02:44 ID:s/sIP7tQ
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367名無しさん@ピンキー:2008/06/11(水) 15:49:17 ID:UpbMtd3Q
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「あっ……はぁん……あぁぁん」

 夜更けの住宅街。
 単身者向けの小さなアパートの一室から、女の喘ぎ声が微かに漏れ聞こえて来る。

 声の主は恩田理沙。このアパートに独りで暮らしている、二十一歳の娘だ。
 アパートの二階にある彼女の部屋には、明かりが点いているものの、
 カーテンがしっかりと引かれているので、中の様子は全く判らない。
 独り身の理沙が、こんな夜更けに、淫らな喘ぎ声を漏らしていったい何をしているのか――。

「んんっ……あん、あぁん……気……持ちいい……ああっ、オナニー、気持ちいい!」

 理沙は今、自慰行為の真っ最中であった。
 電気を点けたままの部屋で、姿見の前に置いた大きなクッションにもたれ、
全裸になり、大股開きで自分の性器を弄くり廻していた。

 田舎から上京し、スーパーのレジ打ちとして勤めだしてから早五年。
 東京には縁故もなく友人もいない。
 都会に馴染めない理沙の唯一の愉しみが、この、夜ごと自室でひっそりと行う自慰行為なのである。

 それでも、始めの頃のそれは、もっと慎ましやかに行われていた。
 六畳のワンルームの明かりを消し、布団を被り、パンティーに手を入れる。
 必死に声を押し殺し、窮屈そうに、疼く陰裂を指でなぞる。
 それが、十五歳の理沙のオナニーだった。

 だが彼女のオナニーは、日を追うごとに大胆に、淫らに変貌していった。
 どうせ独りの部屋なのだ。誰にもばれない。誰にも――咎められやしない。
 そんな思いが、理沙の行為をどんどん自堕落なものにしていった。


 今や理沙は、仕事から帰って眠りに就くまでの時間、その殆どを自慰行為に耽って過ごしていた。
 まず帰宅するとすぐに服を脱いでシャワーを浴びる。
 そして、バスタブの中で片足を上げ、股間に当てたシャワーの水圧で、一度達する。
 風呂から上がるとテレビをつけ、ぼんやりと画面に眼をやりながら、
スーパーで売れ残った惣菜で、簡単な夕飯を済ませる。

 その後はもう、オナニー以外にすることもない。
 小さくテレビの音をつけたまま、理沙は姿身の前でパンティーを下ろす。
 パンティー以外に何も身に着けていないのでもう丸裸だ。
 姿見に映る白い裸身と、理沙は暫し向き合う。
 透き通るような肌理の細かい肌。細く尖った肩。
 膨らみの薄い乳房にのった、小さな乳首。直立すると隙間の出来る太腿――。

「お姉ちゃん……」
 硬い姿見に手を宛がい、理沙は、低く呟く。
 理沙は鏡に映る己の姿に、故郷に残った双子の姉・美奈の面影を見ていた。


 実家にいた頃、理沙は、いつも美奈と一緒だった。
 ハキハキとして、しっかり者だった美奈と、甘えん坊で少し内気な理沙。
 二人は学校でも家でも、常に一緒に行動していた。
 食事や入浴はおろか、トイレの個室にまで二人で入った。

 そして、性の目覚めも――。
 それは、二人が同時に初潮を迎え、少し経ってからのことだった。
 美奈と理沙はベッドの中で一冊の漫画本を読んでいた。
 学校の友人から借りたその漫画には、かなり露骨な性描写がたくさんあって、
 彼女達は、きゃあきゃあ騒いでそれを見ていた。

 先に様子がおかしくなったのは、美奈だった。
 急に口数が少なくなり、ぼんやりとした表情でしきりに両腿を擦り合せはじめた。
 やがて、手が布団の中に潜り込んだかと思うと、
スカートの下でもぞもぞと股間を弄くり始めたようだった。

「お姉ちゃん?」
「んん、なんか……変なの」
 理沙は、姉のその部分をパンティーの上から触ってみた。
クロッチの中心部が、じっとりと濡れていた。
「おしっこじゃないし……オリモノとも違うみたい」

 理沙は下着越しに、姉の陰裂に沿って指先で撫で上げた。
 何度も繰り返すうちに、姉の頬が紅潮し、呼吸が荒くなってきた。
「お姉ちゃん? どうしたの? ……大丈夫?」
「んっ、はっ、な、なんか、すごく…………ああっ!」

 理沙の指先が、パンティーの中のコリコリした部分を強く弾いたとたん、
美奈は、甲高い声を上げて全身をわななかせた。
「お、お姉ちゃん?!」

 尚も声を上げ、自分にしがみ付いてくる美奈の感触に、
 理沙は、自分の性器が熱を持ちつつあるのを感じていた。
 大きく息を弾ませ、ぐったりと凭れ掛かる美奈の下で、理沙は、自分の陰裂に手を這わせてみた。
 案の定そこは姉と同じように、しとどに濡れそぼっていた。
 それと同時に、触れた部分から甘く蕩けるような快感が広がって――。

「あ……何、これ?」
 初めての感覚に理沙は戸惑い、思わず手を引いた。
 しかし、それと入れ替わるように、美奈が理沙のパンティーに指を入れてきた。
「理沙……私がやってあげる」
 美奈は、理沙の性器のコリコリした部分を指先で震わせた。
「あ、あ……だめ、だめ……お、姉、ちゃ……!」

 失禁してしまいそうな感覚と共に、何か、抗いようのない性器の快感に飲み込まれ、
理沙は身を仰け反らせた。
 とろとろと続く快感に押し流されそうになった理沙は、両脚をピンと伸ばしてそれに耐え――。


「ああ……あぁああぁぁ……」
 鏡の中の痴態が、佳境に入っていた。
 大きくM字に拡げた脚の間、真っ赤に充血した股間部分には蜜が溢れ、
肛門を伝って、クッションの尻の下に小さな染みを作っていた。

 片手は陰核を、もう片方は膣口を弄り廻しているために、
性器の様子は手で隠れてはっきりとは判らない。
 だからなのか――理沙は、時折ぬめる指先で陰唇をパックリと開き、発情しきった性器を、
鏡に映して確認するように見つめた。
 勃起した乳首を摘まみあげ、紅く膨張した女陰がヒクつく様を眺めていると、
恥ずかしさで、より興奮が昂まるのだ。
 それに、この恥ずかしい姿は自分だけのものではない。
「ああっ、おねえちゃん……」
 鏡に向かって、理沙は呟く。


 双子の姉の美奈は、当然のことながら、理沙と瓜二つだった。
 初めて互いの性器に触れ、揃って性の悦びを知った姉妹は、その後も淫らな遊戯に耽溺し続けた。
 いつも一つの布団で寝ていた二人は、就寝前、どちらからともなく相手の性器に手を伸ばし、
触り合うのが日課になっていた。

 ただ触り合うだけではない。
 舌で刺激すると指とは違った快感を得られると知れば、すぐさま互いの股間に顔を埋め、
ぴちゃぴちゃと舐め合った。
 陰唇や陰核を指で弄るだけでは物足りないように感じ出すと、
マッサージ器を宛がったり、シャープペンシルを挿入したりして、膣の入口付近を刺激した。

 だが、美奈と理沙を何より夢中にさせたのは、そういった触りっこではなかった。

「はぁ、はぁ……お姉ちゃあん……一緒に、気持ちよく、なろ?」
 性器への刺激で欲情が昂まると、決まって理沙はこう言った。
 すると美奈は理沙を抱き――ぴったりと併せた躰を蠢かせて、肌と肌とをすりすりと擦り合せた。
 唇を唇で。乳首を乳首で。陰核を陰核で。己の性感帯で、相手の性感帯を刺激する。
 それは続けていると、融けあって一つになってしまうような錯覚を、彼女達に起こさせた。

 相手の快楽と、自分の快楽の区別がつかなくなるような――倒錯に満ちた悦び。
 姉妹は――特に理沙は、この行為の虜になっていた。
 来る日も来る日も繰り返し、もはや病的と言ってよかった。

 しかし。そんな蜜月の続く中、姉妹は、次第に不安な気持ちに囚われるようになっていった。
 双子の姉妹という、最も近い近親同士で行う性行為に没入し続けること。
 これが普通ではないということは、世間知らずな幼い彼女達でも、理解はしていた。
 それでも、この甘美な行為を自分らの意志だけで止めるのは、不可能に思われた。

 そんな折、村の中学校で、集団就職の希望者を募る旨が知らされた。
 理沙は、思い切ってこれに応募した。
 村から遠く離れた都会に独りで行くことに、不安が無かった訳ではない。
 それでも。こうして無理やりにでも離れなければ、二人とも駄目になってしまう。

 美奈は、そんな理沙の心情を理解してくれた。


 旅立ちの前夜。
 最後のあがきのように激しい絶頂を繰り返したあと、美奈は理沙の肩を抱き締めて、泣いた。
 理沙も泣いていた。
「頑張ってね。躰に気をつけてね」
 何度も繰り返される美奈の言葉に、理沙は涙に暮れながら、ただ、頷いた。
 理沙は美奈にしがみ付き、その唇に、そして、乳頭に、塩辛いキスをした。そして――。
「お姉ちゃあん……もう一度……これで、終わりにするから……」
 理沙は美奈の背に腕を廻し、二人は、再びもつれて寝床に転がった――。


 「んん……お、姉ちゃ……!」
 鏡から粘液が糸を引いている。
 理沙が腰を上げ、濡れた性器を鏡面に擦りつけたからだ。
 この姿見は、就職して最初に貰ったボーナスで、真っ先に買い求めたものだった。
 作りのしっかりした上質なそれは、この安普請の部屋から少し浮いて見える。