【友達≦】幼馴染み萌えスレ9章【<恋人】

このエントリーをはてなブックマークに追加
526 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:22:06 ID:9ytMuuHp
では連載物の箸休めにでもお気軽にどうぞ。
幽霊と幼馴染バカップルです。今回えろくなくてごめん。
527『さよなら幽霊屋敷(上)』1/6 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:24:01 ID:9ytMuuHp

森長亜月はよく眠る。
小さい頃からちょっと目を離すと、縁側で眠り俺の背中で舟をこぎソファにうつ伏せ枕を抱いていた。

その寝顔が、その、とんでもなく可愛いのだ。

いわば、お母さんがケーキを焼くにおいが嬉しくてドアの傍で笑ってる女の子が、
そのまま花の香りで眠ってしまったみたいな感じだ(というのはみのり談である。
なぜあの性悪幽霊からこんな乙女チックな表現が生まれるのか?…閑話休題)

しかも色素が薄いので陽射しにとける栗色の髪が透ければ、よりいっそう柔らかい表情に見える。
寝言が「ねこ」とか意味不明なのもまた堪らない。可愛い。
亜月はものすごい美人というわけではないけれど、とにかくその寝顔で可愛い可愛いと評判だった。
小学校中学年くらいまではそれなりにもてたし、俺はもちろんそれにイライラ嫉妬してよく泣かせるくらい喧嘩した。
冷やかされるようになって意識的に距離を取り出した頃には、
もっとおしゃれが上手くてませている女子達がもてるようになっていて、
俺は情けなくも少し安心しながら距離を取ったもんだった。
それが中学に入った頃だったか。
亜月は相変わらず泣き虫で、なのに一緒に続けていた剣道だけは負けず嫌いだった。

「そういやあの頃からか。ここが成長しだしたの」
528『さよなら幽霊屋敷(上)』2/6 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:24:48 ID:9ytMuuHp
いつの間にか手に余るほどになったそれは、ビリジアン(懐かしい)の冬服の下でも豊かに皺を作り存在を主張している。
部活の練習疲れなのか、二人でまったりしていたら気がつくと亜月は眠ってしまっていた。
優しい寝顔が喉辺りをむずむずさせた。
懐かしい寝顔は変わらず、身体だけが誘うように成長している。
耳にかかる毛先が流れて、呼吸と共に震える運動が吸い込まれるように手をひきつける。
寝ている相手だというのに、息が荒くなるのを自覚していた。
眠る幼馴染兼彼女を覗き込んで顔を近づけ、制服越しに右の胸をやわやわと揉んだ。
薄い吐息を漏らして肩を捩る姿がエロイぞ、あっき。すごいぞ。
…俺のあれはもうアークインパルスだ。

「啓伍、すごく面白いわ……」
斜め上からしみじみとした声が落ちてきた。
俺のあれは途端にフォークボールと化した!
しばらく脱力しまくったあとで振り向き、眼を丸くした女子高生の幽霊を捉える。
隙間風がかすかに絹の髪をさらう。
――黒髪ロングの膝下スカートに赤いスカーフと三つ折りソックス、時代錯誤も甚だしい格好が星の明かりに透けている。
ふうと溜息をついて玖我山みのりは腕を腰に当てた。
そしてぐっと片手を突き出した。
「しまったー。あまりに啓伍が面白かったからつい。いいよ、続けて☆」
「っ、く、く…っ」
ぐっとサムズアップで真剣にウインクされた。
顔に一秒単位で血が上っていくのは怒っているせいだけではないと、懸命な読者諸君はお分かりだと思われるね!
「み…みのりてめえ……。今日という今日は許せん………」
「しーらないっ。啓伍がやらしーのが悪いのよー!身に覚えのあることするから!
 えっちーえっちー!すけっちわんたっちー!へんたーいすけべー!!」
「っくああぁ!小学生かコノヤローー!」
叫ぶだけ叫びながら実に楽しそうに部屋をすり抜けていく馴染みの幽霊を追いかけて廊下に飛び出し、分厚い埃を散らして駆けた。
一分ほど追いかけっこを続けたところで長い髪がなびいて軽やかにコンクリートの割れ目に消えていくのが見えた。
「くっそ…今に見てろよっ!」
肩で息をしながら月の見える闇を睨む。
529『さよなら幽霊屋敷(上)』3/6 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:26:09 ID:9ytMuuHp
コレだから折角の隠れ家デートも油断がならないというのだ。
邪魔しないから自由に使っていいわよ♪とかなんで信じたのか一時間前の俺!
だいたいあの幽霊、客観的に見れば俺だって認めてやらなくもない美人なのに下品な言動で台無しだ。
「ったく、喧嘩中まで嬉しそうな顔しやがって」
「啓ちゃんもね」
後ろからおかしげな声がして、心地よい感触が腕にきゅっと指をからめてきた。
薄手のコートを羽織った体温は暖かくて実に落ち着く。
「あ、起きたのか」
「…ごめんね、寝ちゃって。もう暗くなっちゃった」
「いーって。俺、あっきの寝顔好きだしさ」
疲れてどちらかが寝てしまうのは珍しいことではなかったから、ほんとに怒ることじゃなかった。
頭を撫でてやると、亜月が声にならない声で小さく何か呻いた。
柔らかい髪と小柄な姿が、腕に深めに隠れる。
…そうやって、いつまでたっても誉め言葉に照れる姿は可愛すぎて参る。
っていうかやばい。
単純すぎて何だが、胸が当たってるので再びあれがなにしてきた。
……あっきが眠ったの、これからしようかなーっていう雰囲気の時だったしなあ。
部活帰りで少し汗のにおいがするのもあの空気を思い出させて鼻の奥までくらりとする。
腕時計を覗けば八時前だった。
唾を飲み込んでから腕にしがみつく幼馴染の彼女をそっと見下ろした。
「亜月。時間、いつまでへーき?やっぱしない?俺は、したい」
「……ぁ」
脇にかかる息が熱くなって亜月も同じ衝動を抱いているのが分かった。
スカートから覗く白い膝が期待に痙攣するのを見たところで理性が切れた。
そのまま深緑の制服を壁に押し付け、最後まですることにした。
床の埃が粘って汚れてしまった。


530『さよなら幽霊屋敷(上)』5/6 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:28:19 ID:9ytMuuHp

後始末をして、屋敷のホールに降りる頃には九時をまわっていた。
「やっべ。夕飯抜きかもしんね」
「そしたらうちに食べに来るといいよ」
手を引かれる亜月が答えながらきょろきょろ天井を見渡している。
袖口やスカートの皺が先ほどの余韻を伝えて愛しさを増した。
「そういえば今みのりちゃん、いないのかな」
「あー?どうでもいーよ。呼べば来んじゃねーの」
「仲いいよね、二人とも」
亜月がくすくすと呟く声は明るかった。
…ちょっとくらい嫉妬してくれればいいのにとか思ったり。
いや、俺とあの性悪幽霊の関係には昔も今も何も
あったもんじゃないので、嫉妬されても困るんだが。
「いいかぁ?」
「啓ちゃんてば、分かってないなあ。みのりちゃん、私達のこと、大好きだって言ってたよ?」
ほんとかよ。
「本当よ。好きな子達ほど苛めたいだけなの。フフフ」

「……」

けっ。先ほどの恨みはらさで置くべきか。
こんなやつ無視だ無視。
531『さよなら幽霊屋敷(上)』6/6 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:30:00 ID:9ytMuuHp
「ああ、空耳か空耳か。さーて帰るか、あっき。
 もうこんなところ来るのやめよう。次からはホテル行こうな」
目の前でまじめ腐った顔で現れた幽霊を無視して横に回っていく。
出口まで振り返らずに何か言いたげな亜月の手を引いて館を出かけたところでいきなり、
「なによっ!啓伍のばかぁ!」
珍しく傷ついた怒鳴り声が背中から飛んできた。
振り返る。
階段の途中で一人きり、普段動じない頬が少し透明に赤く、涼やかな瞳はこっちを睨み返していた。
ガキの頃からの昔馴染みで、今では同じくらいの年頃になった廃屋住まいのエロ幽霊。
こういう面白いやつと、一緒に隣で育って来れなかったのはちょっとばかし残念だ。
「…悪い」
肩を竦めて謝ると、ちょっと決まり悪げな目で幽霊が困って下を見た。
うん、結構ああいう顔は可愛いんだよな。
言ってやらんけどちょっと見とれる。
じっとそうして見ていたらこれまた珍しく、ちょっと傷ついた顔の亜月に足を踏まれた。
願いがかなった。俺は幸せものだ。
「ごめん、あっき。浮気はしません」
囁いてから、手を握り返してもう一度みのりに手を振った。
「じゃあな、みのり。また貸してもらいに来るよ」
「ホテルに行けばいいでしょう」
ふん、と怒ったままの顔で黒髪はつーんと手を振っていた。
「ごめんねみのりちゃん、また絶対来るね!」
一生懸命最後まで手を振っている亜月の柔らかい指先を改めて感じながら、
変な状況に慣れ親しんでいる自分が妙に笑えて冬の終わりの寒さも気分が良かった。
「みのりちゃんはね、あそこに一人で寂しいんだよ。」
ぽそりと呟く幼馴染に言わずもがなのことだったのでただ信号待ちでキスをする。
明日もまた二人であの頃のように、会いに行ってやろう。


(下)につづく
532 ◆NVcIiajIyg :2006/10/20(金) 01:30:51 ID:9ytMuuHp
次で終わりです。ではでは。
533名無しさん@ピンキー:2006/10/20(金) 01:52:35 ID:se89B1ax
さよならなのか!?幽霊とはさよならなのか!?
534名無しさん@ピンキー:2006/10/20(金) 07:00:15 ID:0SVwytH4
GJ!

安西先生……三人の前後関係が知りたいです……。
535名無しさん@ピンキー:2006/10/20(金) 13:18:25 ID:iCftn+bY
>>534
つ過去ログ
536名無しさん@ピンキー:2006/10/20(金) 19:36:05 ID:0SVwytH4
>>535
ありがとう、そしてごめんなさい安西先生……俺がアホでしたorz
537 ◆tx0dziA202 :2006/10/21(土) 23:56:31 ID:rYFbVzOx
>>500氏 まさか続きが読めるとは。
……自分も、出来れば完結しても続編を求められるようなものを書けたらいいなあ……

>>516
とうとう佳境ですか……、楽しみにさせてもらいます!

>>532
こういう雰囲気なので、下を楽しみに待たせてもらいます。



……いちおう、>>470に投下したものの続きです。
長すぎたので前後編に分けて投稿させてもらいます。楽しんでいただければ僥倖です……
538our treasure town is rusted whitely:2006/10/21(土) 23:57:32 ID:rYFbVzOx
漂う白は留まることなく。
降りしきる雪はやむことなく。
街はただただ化粧を施されてゆく。
今日この日は年の末日、大晦日。

白、そしてところどころに古びて薄くなった赤や黄色。
アーケードもなく、しかし人の通りは確かに認められる商店街。
通路ばかりは積雪は取り除かれるも、屋根の上には今も絶えずに無数のそれが重なる。

降る雪、吐く息、そして、それらに加わる最後の白――――漏れる灯。
蛍光灯の無機質な白は、商店街の一角――木造の、黴臭い古本屋からのものだった。

ガラス張りの光沢を持つほどに黒ずんだ扉の奥には、無造作に置かれ、変色しきった本の数々が鎮座している。
好んで訪れるものもあまりおらず、このような雪の日ならなおさら客は来ない。
――そんな、薄暗い中に居るのは、二人の人間。
彼らはそれぞれ、禿頭の好々爺と、清潔感を持つ整えられた髪に、童顔を持ち合わせた丸眼鏡の少年。

前者はまどろみの中におり、彼が牙城から抜け出る気配は微塵も無く、
後者は本の世界の中におり、彼も手の重石を手放す気配は微塵も無い。

――と。
からりからりと、入り口についた鈴が鳴った。
無論、店主も少年もそれに気づかない。
少年は頁を繰るのを止めない。
1頁。

2頁。

3頁。

4頁――

5頁目、少年が、種々の図解のついた内容を吟味し、飲み込んで次へ移ろうとした瞬間――
「何を読んでいるんですか? 薪。」
くすくすという笑い声付きで、ソプラノ気味のアルトが少年の耳に届いた。

少年は顔を上げる。彼にとっては、聞き飽きたとすら言える声の主。
没頭していたところを中断させられたためか、わずかな不快感を除かせつつも半ば諦めた表情で、機械人形のように平行な動きで振り向いた。

「――――四条。」
539our treasure town is rusted whitely:2006/10/21(土) 23:58:30 ID:rYFbVzOx
少年――高槻 薪(たかつき たきぎ)の思ったとおり、そこに居たのは彼の昔馴染みであり、被保護者であり、そして最大の親友である四条水城(しじょう みずき)だった。
足元までカバーする、白いふかふかの飾りのついたコート。
それを着こなして、同じ素材のロシア風の帽子を被るもしかし、彼女を最も強く印象付けるのはその長い黒髪だった。
腰をも越えて、膝裏まで到達するほど長い烏の濡れ羽色の髪を、あたかも神道の祭儀に使う玉串の様になびかせる。
やはり白い手袋を身につけているため、彼女の地肌が除いているのは首より上の部分だが、わずかに見えるその肌すらも透き通るようで、しかし不健康さは絹糸一本ほども見られない。
一見すれば、育ちがよさそうな丸眼鏡の少年でしかない高槻との接点は彼女とは見出せない。
――知らぬ人が見れば、20代半ばにも見えそうなたたずまいの彼女が、なぜ縁遠そうな彼の最大の親友なのか、それは彼らの日常の一コマを見れば、よくよく分かる。

「ええと……The history of mechanical birds ――Evolution of plane's architecture――
……成程。いつものですね?」
外套に薄く付いた雪を本にかからないよう落としながら高槻に近づいた四条は、高槻の持つ、薄汚れた深緑の本の題を読み上げた。
どうやら洋書の様である。

……と。彼女がそう聞いたとたん、それまで渋い顔をして足をほんのわずかに揺らしていた高槻が表情を一転させた。
まるでクリスマスイブの翌朝に、ベッドの下で紙包みを見つけた子供のように。
台詞こそいつもの呆れたような調子が混じってはいるが、口調は疲れた状態がデフォルトの普段の彼とは全く異なっている。
「……いつものとは酷いな、四条。これはもう絶版でなかなか手に入らない名著なんだよ。
航空機の構造の発展を図説付きで詳解したものはよくあるんだけど、これの特徴は、設計者たちの話を伝記風に書いているんだ。
どんな発明にもエピソードがある。それはこういった分野でも――」

生き生きとした目になり、飛行機の薀蓄について、夢中になって演説を始める高槻。
さながらそれは無邪気な小学生が得意になって下級生に勉強を教えているようであり、教鞭を握っているかのごとくオーバーなリアクションをとりながら高槻は破顔する。
「……ふふ。」
それを笑みを絶やさず拝聴する四条。
その笑みには高槻の子供っぽさを嘲笑うような要素は何一つなく、むしろ話そのものを純粋に楽しんだ上で、加えて飛行機に夢中な高槻自身を見て喜んでいるように見受けられる。


――つまり。高槻にとって、四条は自身の望みを躊躇いなく話せた上で、清聴を拝してくれる唯一の人間である。
彼らの関係は、それこそ長い年月によってのみ構成されえたものだ。
四条から見た高槻は躊躇うことなく自分の後ろ盾を任せられる存在であり、高槻の知る四条は自分の、他人がきっと幼稚なと嘲笑うであろう面を受け止めてくれる理解者なのだ。


……と。
「……あー……。二人っきりでミョーな空間作ってるとこ悪いんだがな。
水城、俺たちもいることを忘れるな。薪、せめて俺たちのことに気づいてくれ。」
540our treasure town is rusted whitely:2006/10/21(土) 23:59:27 ID:rYFbVzOx

呆れ交じりの男の声が横から入ったことに四条は気づいた。
はっとした顔になり、ええと、と苦笑いをしながら、薪? と呼びかけてみることにする。
「……そもそも日本の飛行機の歴史は故・二宮忠八氏のカラス型……」
「聞けよ!!」
もはや完全にスイッチの入った高槻の両肩を掴み、先刻の声の主は思い切り揺すった。
「ひここここうきがががが……何するんだ!」
掴まれている肩のうち、右肩を払ってからその影を体を揺すって振りほどく。
言い終え、ここで初めて高槻は声の主に気づき、鳩が豆鉄砲を食ったときの顔をして間抜けな声を上げる。

「……あれ? どうしたんだ、淵辺。」

淵辺、と呼ばれたオールバックの髪と高い身長を持ち合わせる男は、ここで高槻の方から手を離し、はあ、と息をつきながら芝居がかったしぐさで頭に手を当てる。
……と、拳骨で額を軽くぐりぐりと押しているその影からもうひとり。
にやにや笑いで歩み出てきて、高槻の肩を小突いたのは、三原色のストライプのマフラーの目立つ、小柄な影。カーキ色のセーターを着たその姿は、女性のものに他ならない。

「あら……ミズキチと二人きりで居たかった? 邪魔して悪かったかな。
ま、それじゃ邪魔者はお暇しましょうかね〜。行くわよ、セーギ。」

やや天然パーマ気味のショートカット、かつ低い背のその人物は、親切な中年女性じみた声でそういい、淵辺の服を掴んで引っ張り出した。

「……あのね、そんなことしたら僕はともかく四条に迷惑かかるだろ。
ただでさえ四条はそういうことに無頓着なんだから察してくれよ、雛坂……」
先ほど無神経な台詞を言い放ち、いまはじぶんより30pは高い身長を有する淵辺をずるずる引きずっている少女に向かい、高槻は溜息まじりに懇願。
そのまま、改めてその二人に目を向ける。

「淵辺……。仮にも付き合ってるなら、雛坂のこと少しは制御してくれ。」
「そりゃ無理だ、お前もいい加減気づけっつの。ミコは根っからの仕切り体質だからな、こうやって皆を振り回して楽しむこととかは絶対に止めやしねぇ……。S気質ってこった。
ここに来たのだってミコがお前を呼べっつったんだしな。」
聞いて、高槻はそういえば、とつぶやき、腕組をしながら雛坂に問いかける。
顔に浮かんでいるのは、純粋な疑問符。
「……どうしたんだ、こんなとこまで皆して。」
そう言って、瞬きの後に順繰りに、四条、淵辺、雛坂を見回した。


高槻の目の前にいる淵辺正義(ふちべ まさよし)と雛坂神子(ひなさか みこ)は、高槻自身と四条を含めて、いわゆる仲良しグループと言える。
その付き合いは長く、遡れば小学校三年生にまで辿ることができる間柄だ。
高槻と四条、淵辺と雛坂という幼稚園の頃からの二人組みが、雛坂と四条が席替えで隣同士になったことからいつの間にか仲良くなって行き、結果として高校生徒会をこのメンバーで作るくらいに縁が続いている。

541our treasure town is rusted whitely:2006/10/22(日) 00:00:17 ID:rYFbVzOx
何が何やら、といった風情の高槻に対し、ぽん、と手を叩いて弓の形に目を細ませた四条が嬉しそうに事の次第を告げた。
「そうでした。ええと、これから皆でうちで忘年会をやろうかという話になったんですけど……」

「……はあ?」
口を大きく開けて、高槻がアヒルのごとき間抜けな声を出す。
さながらその姿は、風邪で休んだ生徒が学校に戻ってきたら、いつの間にか学園祭での劇の主役にされていたときのそれであった。

「……ちょ、ちょっと待ってよ。そんな話今日になるまで全然聞いてないんだけど。」
「うん。だってついさっき思いついたから。」
平然とあっけらかんと言い放つ雛坂。二の句が告げない高槻に対し、畳み掛けるように雛坂が追い討ちの連携を決める。あくまでも、爽やかに。
「で、皆に電話したらいいって言ってくれたんだけど、タキだけ連絡取れなくてさ、タキのお母さんに聞いたら古本屋だろうって教えてくれたわけ。
いやでも一発目でビンゴでよかったわよ、他のとこまでいくの面倒だし。
あ、予算とかは心配しないで。会計の私が必要経費ってことでしっかり騙……もぎ取ってきたから☆」

「『もぎ取ってきたから☆』じゃないだろ! あぁぁぁもう余計な仕事増やしてくれて!
只でさえ来期の引継ぎまでぎりぎりだって言うのに、どうしてそんな私事で……」
頭を両手で抱え、高槻はうずくまる。
誰が見ても落ち込んでいると分かる高槻に、
「心配しないでください、薪。」
四条がとびきりの微笑みで高槻の肩に手を置いた。
ああ、やっぱり四条はありがたい親友だな、と高槻は思い、それが感謝の言葉とともに口からこぼれる。
「……ありがとう、四条。……分かってくれるのか。」
ええ、と四条はやさしげにうなずく。
「……私事でなければ構わないんですよ。先生方もお呼びして、公行事扱いにしてもらいましょう?」
「か、懐柔してどーするー!! それでも会長なのか、四条……」

あぁぁぁ、と奇声を発する高槻ははやグロッキー状態。
これ以上放っておいても話が進まないので、淵辺が話を切り出した。
ついでに主導権を握って有無を言わせないようにする。
「ま、そういうわけだ。んじゃ、行こうか」
「……行くって、僕はそんなこと決めて……」
「あ、そういうわけにはいかないの。もうあちこち注文しちゃったし。」
「……。うん。もう、いい…… 好きにしてよ……」
もう顔を上げることもなく、高槻は淵辺に引っ張られるままにずるずると店から連れ出された。

ぱたり、と彫刻入りのドアが閉じられ、空から氷の結晶の降る外界と、電気ストーブの効いた黴臭い内界を隔絶する。
騒がしい学生を排除した店の中には再度の平穏。そして、店主は一連の出来事に気づくことなく未だすやすやと眠り続けていた。
室内にはただただ、じ、と電熱線が熱される音が自己主張をするのみ。

542our treasure town is rusted whitely:2006/10/22(日) 00:01:18 ID:rYFbVzOx
雪の降る中、淵辺を先頭に並び歩く。
雪はいまだ止む様子はなく、彼らの脇、日本家屋の瓦葺の塀にもその上から突き出る松の枝にも、仮に切り出したら一抱えは有りそうなほどのそれが積もっていた。

彼らの住むこの街は――やや寂れた地方都市である。
はるか昔城下町だったという伝統だけはあるが、首都圏からも遠いこの豪雪地帯においては発展はあまり期待できない。
その城下町という伝統さえも城がすでに戦国時代に無くなっており、それ以前に作られたごくごく一部の武家屋敷が面影をとどめるばかり。
江戸時代にはすでに、この街はかつて栄えていたというだけに過ぎない大き目の都市のひとつでしかなかった。
残された屋敷や、雪をはじめとした四季折々の景色を求めてくる人々を相手に観光収入でやりくりしている――そんな場所だった。


今、彼らが目指している四条家は、そんな何の変哲もない武家屋敷のひとつだった。
ただし、他の大多数の観光地化された武家屋敷とは違う点がひとつだけあり、それは四条家がいまだにそれを使用しており、和菓子屋を営んでいることである。
“四条亭”と分かりやすい看板のついた家屋、彼らはそこに向かっているはずだった、のだが……


「……あの、淵辺さん…… 私の家はこちらではないのですけど……」
前置きなしに、四条があいまいな苦笑いで淵辺に問いかける。
歩き出してはや二十分ほど。本来ならばすでに四条宅に到着していてもおかしくはなく、彼らの体は当然冷えている。
少なくとも高槻と四条の二人は、一刻も早く炬燵にでも入りたいところだった。
しかし、先を行く淵辺と、そのすぐ後に続く雛坂はどうやら見当違いの方向に進んでいるようである。

何度も来ている筈なのにどうしてかと高槻と四条は顔を見合わせ、首だけで高槻がおもむろに四条が問うことを促したのだ。
淵辺は彼らの問いに対し、歯を見せた笑みで、待ってましたとばかりに答えを告げた。

「ああ、水城んちに行く前に、ゲーセンでも寄って時間潰そうかと思ってな。」

そゆこと、と雛坂もうなづく。
そのようなことは何も説明されていないばかりか、いつの間にか忘年会に強制参加させられたが為に、もはや諦観を受け入れている高槻はあいまいに頷くのみ。
「……分かった。」

……と。
「あ、あの……私、そんなことを聞いてはいないのですけど……」
珍しく動揺した口調で、四条がこっそりと雛坂に話しかけた。とはいっても、顔つきは眉を下げつつも力ない笑みのままである。
「そりゃそうよ。言ったらミズキチ、ついて来ないでしょ?」
ひそかに、しかしにたりと捕食者の笑みを浮かべる雛坂。
高槻に気づかれないように、ぼそぼそ声で四条に応答する。その顔つきには四条で遊ぼうという魂胆がありありと見えていた。

「あ、あの……その……」
「いやー、こうも簡単に引っかかってくれるとは思ってなかったわよ。
ミズキチの家で忘年会やるって言ってるのに、さて、何で私達ゃタキ探しにあんたを引っ張り込んだんでしょう? まとまって動いてんだから、わざわざこっちまで来なくてもミズキチは家でコタツ入ってりゃいいのにね〜……」
「……そ、それって……」
四条は表情こそ変わらないものの、顔色や語調が次第にあせりを帯びてゆく。
543our treasure town is rusted whitely:2006/10/22(日) 00:02:10 ID:lc2aX0P8
「タキを探して三千米ってか〜。うんうん。」
「み、神子さぁん……」
もはや完全に雛坂のペースである。淵辺はにやにや笑いで横目から眺めているのみ。
ここで、雛坂が高槻がいぶかしげに二人を見ていることに気づいた。
「ほらほら水城、地が出てる地が出てる。あの不景気顔が見てるわよ。」
「え、あ、あ……はい。」
瞬時に目を閉じ、気づかれないように深呼吸。
すぅ、と、真冬の冷たい空気を取り入れ、生温かい呼気をゆっくりと漏らす。
静かに目を開けたときには、
「……すみません、神子さん。お手数かけます。」
控えめに微笑む、いつもの四条となっていた。

「や、私が悪いんだしね。めんごめんご。」
ぺろりと舌を出した雛坂に、四条は苦笑で返す。
「いえ、気にしないでください。何せ……」
いつもお世話になっているんですから、と、四条。
もうしないでくださいね、と念を押すよう付け足しはしたが。


高槻は、少し離れた所で内緒話をする四条と雛坂を眺めていた。
珍しく四条が少し慌てているように見えたが、気のせいだろうと思う。

これ以上体を冷やしたくはないな、と思った彼は彼女たちに近づき、
「そこまでにして欲しいんだけど……。」
遠慮がちに二人の間に手を割り込ませた。

「雛坂、何話していたのかは分からないけど、あまり四条に迷惑をかけないでくれ。
僕は貧乏くじ引きなれてるからいい……わけないけどさ、四条にまでそうするってのはやめて欲しいんだよ。」
四条を庇う様に雛坂の前に立った高槻を通り越して、変わらず雛坂の目線は四条にある。
口元を、再度面白おかしむような形に曲げた。
「おやおや、愛しの騎士様が御推参ですぞ、姫様。ちょっと……いや、無茶苦茶頼りないけど。」
この程度の挑発では高槻は振り回されるのに慣れすぎているため、幸か不幸かなんとも感じない。
逆に四条は糸のごとく細めていた目を開いている。心なしか四条の頬が上気しているように見えた高槻は、珍しいな、と感想を持った。
「……。わ、私、先に家に行かせてもらいます。そもそも、ゲームセンターなど真っ当な学生の行くところではありませんよ。」

四条はそういってはいるが、実の所単に五月蝿い所が嫌いなだけなのを高槻はよく知っていた。
それは高槻も同じで、なんだかんだと高槻が四条に付き合うのはそういった趣味嗜好が実に近いためでもある。
故に、これ幸いとばかりに高槻は四条に近づき、
「……じゃ、僕たちは先に四条の家に居るよ。」
四条の真白い手袋越しに掌を握り、
「……あ、」
歩みだした。

「あ、あああのあのあの、た、薪?」
「ん?」
高槻が振り返ってみれば、四条が顔を赤らめて手をばたばたと振っていた。
長身の彼女には似合わず、また普段の大人びた彼女とかけ離れた行為であり、なぜかと高槻は一瞬考え込んだ。
すぐに正解にたどり着く。
「ん……、大丈夫でしょ。雛坂はともかく淵辺が居るんだ。迷いはしないよ。」
四条の家や高槻の家の近くは周囲の武家屋敷の塀に囲まれた袋小路になっており、土地勘のない人間は迷いやすい。
方向音痴気味な雛坂を案じて、皆で行動したほうがいいと主張しているのだと高槻は判断したのだが――
「え、あ、いや、そうじゃなくてですね……」
四条の様子を鑑みるに、どうやら違うようである。
じゃあ何が原因なのか、と考えようとする高槻はしかし、どうやらその必要はなさそうだと感じた。
考えた一瞬の間に四条はすでに落ち着き始めたようだ。す、と息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した彼女は、
「……いえ、なんでもないですよ。行きましょうか?」
いつもどおり、鈴蘭の花のような穏やかな笑みを浮かべ、そう告げた。
544our treasure town is rusted whitely:2006/10/22(日) 00:02:57 ID:lc2aX0P8

「……? うん、まあいいけど。」
多少気にならなくもないが、高槻は四条の言動についてはあまり深く考えないことにしている。
元々マイペースで読書好きの四条の事、やたらに妙なレトリックを使ったり、発想がそれこそ小説並みに飛躍しがちである――と高槻は考えているのだ。
四条が一歩を踏み出し、高槻がそれに続こうとする。
――と。

「へぇ…… ま、育ちのいい“お嬢”は当然庶民の娯楽にゃ興味ないってか?
それとも単に負けるのが怖いだけだったりしてなー。」
ぴたり、と四条が足を止める。それと同時、
「な、ばっ……!」
四条の反応を見る間でもなく、高槻が後ろを振り向く。……無駄だと、経験則から分かってはいるのだが。
彼には今から起こる出来事のパターンが、まるでエドガー・ケイシーの頭の中を覗くかのごとくはっきりと見えていた。

即座に今の言葉を放った人間を視界に収める。
そこにいたのは、傍観をしていたはずの淵辺。
……いや、そもそもゲームセンターに行きたいといっていたのは誰だったか。
彼が傍観していたのはあくまで四条と雛坂の莫迦話のみだ、と今更ながらに高槻は気づいた。

「……今。なんと仰いましたか? 淵辺さん。」
何も普段と変わらない四条の声が、彼の脳内に響く。
それを聞き、高槻はもはや自分にはどうにも出来ず、これからゲームセンターに行かねばならないことを確信し、落胆した。
うつろな目で淵辺のほうを見れば、しめたとばかりに淵辺がうれしそうな顔。
傍らでは雛坂が腕を組んであきれた顔をしている。
先ほどまでの彼女を思い、突っ込みたい衝動にかられながらも、高槻はすでにそうする気力も無い。
嫌な意味で、彼は巻き込まれることを日常としているのだ。

「んー? いやいや、どこぞのお嬢様に下衆な場所は似合わないだろう、と。
わたくしなりに深謀遠慮を積み重ねたつもりなのですが?」
芝居がかった動作で、明らかに作り物の笑みを淵辺が浮かべる。
対する四条も同じく作り物のような笑み。ただし、淵辺が西洋の仮面劇の道化のそれであるのに対し、四条のものは能面の虚ろな笑いだ。

「私は別にお嬢様などではない、“普通”の“どこにでもいる”“一般人”ですよ? 撤回を要求します。」
単語を強調しながら、来た道を戻る四条。淵辺が手元だけで小さくガッツポーズを作るに気づいた高槻は、しかし内心四条の台詞が三重に意味が被っているというどうでもいいことのほうが気になるくらいに現実逃避の真っ最中である。
しかし、今の四条に口出ししたら自分が事の中心に引き込まれるのは自明だったので止めておくことにする。
雛坂は淵辺に異論があるはずもなく、一歩引いたところで淵辺を眺めているのみ。

「んじゃゲーセン行こう。フツーの連中なら皆行ってるとこだぞ?」
「別にどこでも構いませんよ、さっきの言葉を撤回するのなら。
フウイヌムだろうとアスガルドだろうとユッグゴトフだろうと、どこへなりとも行ってみせましょう!」
四条は肩をいからせ、高槻にこそ分かるが他の2人には分からない地名を出した。

……しかし、彼らにとってはそんな瑣末事など気にならない。
四条の台詞の“どこへなりとも〜”の時点で、達成感に満ちた表情の淵辺は雛坂に近寄り、ぱあんとハイタッチ。
彼らの身長差の関係上、淵辺はミドルタッチといったところではあったが。

「よっしゃ、決まりだな?」
「初めっからそう言っておけばいいのにねー。それはそうと。
セーギ、クレーンに新しいプライズ入ってたんだけど……」
「オーケイ、何が欲しいんだ?」
「えっとねー……」
「そんなことよりですね、早く撤回を……」
言いつつ、一行は高槻を置いてあらぬ方向へ。
高槻は一人たたずみ――
「……ここで立っててもしょうがないしなあ……」
一見いやいやながら、四条たちの後ろ十数歩をついていくことにした。
騒がしく、しかしどことなく空虚で現実感のない場所へ、一行は向かってゆく。


545 ◆tx0dziA202 :2006/10/22(日) 00:04:38 ID:lc2aX0P8
……前編は以上です。スレ汚し、失礼しました。


……投下時期次第では後編は次スレのほうがよさそうですね……
546名無しさん@ピンキー:2006/10/22(日) 01:51:24 ID:Ylu+zJQ0
GJ!!
情景描写の丁寧さがすごい好みだなぁ。
今後も期待してます!
547名無しさん@ピンキー:2006/10/22(日) 19:12:25 ID:gMqF5abI
保守
548名無しさん@ピンキー:2006/10/23(月) 00:42:40 ID:u30TAK+1
残り容量が不安ではありますが、>241-248の続きを投下させて頂きます
相変わらずマイペースですが、お付き合い頂ければ幸いです
549それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:43:50 ID:u30TAK+1
運動会。社会見学。芸術鑑賞。二学期は行事が目白押し。
私達教師が忙しいのは言わずもがなで、日々の職務に忙殺されて、いちいち落ち込んだり悩んだりする暇もない。
ゆっくり休養したいと思っていても、そうは行かないのが辛い所。

気付けば私が教師になってから、早八ヶ月になろうとしていた。



十二月も目前に迫ったある土曜日。
お昼を過ぎても私はベッドの中でゴロゴロしていた。
とは言っても基本的にインドア派だから、別に珍しい事じゃない。
たぶん何事もなければ、そうやって怠惰な一日を過ごしていたに違いない。
けれどこの日は違った。
午後一時過ぎ。
枕元に置いてあった携帯から着信を知らせる音楽が鳴った。
大して面白くもないバラエティー番組を見ていたので、テレビのリモコンに手を伸ばして音量を下げる。
そのまま体を起こして携帯のフリップを開いた私は、表示されていた名前に思わず目を見開いた。
「え?」
瞬きを一回。
それでも勿論、表示が変わる訳もない。
『門田直樹』と記されたディスプレイを見つめるうちにも、携帯は早くしろと言わんばかりに鳴り続ける。
一瞬気が動転した私はベッドの上に御丁寧にも正座をすると、震える手で通話ボタンを押した。

心臓がバクバクしている。

「も……もしもし?」
『チィちゃん?俺』
元々あまり電話が得意じゃないせいで、会話の始まりはいつも緊張してしまう。
けれどコレはちょっと緊張しすぎだ。
手は震えるし声も震えて完璧裏返ったし。頭の中は緊張のあまり真っ白で、心臓の音だけがやけに煩い。
それでも当然ながら門田先生に私の気持ちが伝わる筈もなく。
『今大丈夫か?』
「あ、ハイ。平気ですよ」
いつもと変わらない口調の門田先生の声。
悟られないように呼吸を落ち着かせようと、私は携帯を離して大きな吐息を吐いた。
550それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:46:08 ID:u30TAK+1
「何かあったんですか?」
『急な話なんだけど、今夜暇か?』
「今夜?」
『お袋が映画の試写会のチケットが当たったんだけど、都合が悪くなったんだよ。親父と二人で行くのもアレだし、良かったら行かないか?』
呼吸を落ち着かせようとしていたのに、その努力は水の泡だ。
──デートってヤツですか?
真っ白な頭の中によぎる単語に、それ以上口が回らない。
心拍数最高潮。
息を一つ飲み込んで逸る気持ちを無理矢理に押さえ付け、私は送話口に口を近付けた。
「い、良いですよ。暇を持て余してた所だし」
『なら六時頃に待ち合わせようぜ。晩飯奢る』
「この間お金ナイって言ってませんでした?」
『言葉の絢ってヤツだよ。たまには良い格好させろ』
呆れ混じりに笑う門田先生の声のトーンは明るい。
いつもとは違うその明るさに、普段の私なら気付いていただろうけど、生憎今の私にはそんな余裕はなかった。
『映画、七時半からだから。待ち合わせはそうだな──』
隣街の駅前を指定した門田先生に了承の言葉を返すと、そこで電話は終った。
終了ボタンを押し、深い溜め息を一つ。
心臓のドキドキは電話を受ける前よりも酷くなっている。
思わず携帯を枕に押し付けた私は、頭を垂れてその姿勢のまま固まった。

これじゃあまるで恋してるみたいじゃない。
確かに門田先生の事は好きだけど、それは『幼馴染み』で『同僚』だから。
男の人と二人で出掛けるなんて久しぶりだし、それに対するドキドキ感はあるけれど、特別な感情なんて私も門田先生も持ってるなんて思わない。
デートのお誘いだって、別に特別な理由があった訳じゃない訳だし、たまたま暇そうな私に声が掛っただけかも知れないし。

無理矢理自分の中で理屈をこねるけれど、膨らむ期待は萎まない。
それどころか心臓が一つ打つ度に、どんどん大きくなっていく。

「何着て行こう……」

顔を上げた私の手の中で、熱を持った携帯は沈黙したままだった。
551それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:47:18 ID:u30TAK+1

午後六時少し前。
電車を降りた私は一度トイレに入り鏡で服装をチェックした。
なるべく気張らないように、それでもいつもより少しだけお洒落をして。こんな風に気を使ったのなんて、初めてのデートの時以来かも知れない。
不思議な高揚感と緊張感。初めて教壇に立った時にも似た感覚だけど、それ以上に気分が浮き立っている。
乱れてもいない髪を直す鏡に写った顔は、妙に締まりのないニヤけた顔だった。
思わず頬を叩いて顔を引き締める。
別に何があるって訳じゃなし。晩御飯を一緒になんて今更珍しくもないじゃない。夏休み以来、月に一回は一緒に御飯食べてるんだし。
……まぁ、おじさんおばさんも一緒なんだけど。
「平常心、平常心」
ブツブツ呟く私を見て、通り掛ったおばさんが鏡越しに不審な視線を投げて来る。
それに気付いた私は時間を確認すると、何事もなかった素振りでトイレを出た。
改札を抜けて直ぐの喫煙コーナー。そこで門田先生は一足先に待っていた。
普段は結構緩い性格な割に、時間にだけはやけに正確なのよね。待つより待たせるのが嫌いらしいんだけど。
チラチラと改札を見ては煙草を吸う。
土曜日と言う事もあってか人通りは多い。そのせいか門田先生はまだ私には気付いていないみたいだった。
「平常心っ」
呪文のように繰り返して拳を握ると、私は足早に門田先生に近付いた。
距離にして数メートル。門田先生は直ぐに私に気付くと、灰皿に煙草を押し付けた。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「いや、一本分」
ダウンジャケットに手を突っ込んで首を振る。
それが嘘なのか本当なのか分からないけれど、勿論それを追及する気はない。
「取り合えず飯行こうぜ。旨い店があんだよ」
ニィと笑った門田先生が歩き出す。
私も遅れないよう慌てて小走りで隣に並んだ。
552それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:48:20 ID:u30TAK+1

他愛ない会話を交してはいるけれど、情けない事に私は気もそぞろ。
いつもはお互いラフな姿が多いから、改まった服装となると気恥ずかしい。何せスカートなんて、普段はスーツぐらいしか履かないからだ。
──気合い入ってるとか思われてないよね?
ほぼ月一の食事会の時だって、パンツ姿だったし。
冬も本格的に近くなって来ているせいか、足元がやけにスースーする。
ストッキングを履いてはいるけど……やっぱ寒い。
「チィちゃん、辛いの平気か?」
「え?あ、はい。大丈夫ですよ」
服装に気を取られていたせいか、思わずいつもの「門田先生」に対する口調で返すと、門田先生は困ったような笑顔を浮かべた。
「それを言うなら『大丈夫』だろ?いつになったらタメ口になんのかね」
「や、今のは突然だったから!最近は……マシになってると思うけど」
「んな事ない。今日は一日タメ口。よし、そうしよう」
「はいぃ!?」
一人勝手に決めつけて楽しそうに頷く門田先生。
私の声が裏返った事も気に留めず。ましてや私の方なんか見もしない。
──ちょっと待ってよ、それは。
正直な所、未だに「ナァくん」と呼ぶのが精一杯の私に、その要請はきつ過ぎる。
本来の順番なら──タメ口から「ナァくん」への変化なら、まだ何とかなったかも知れないけれど。中途半端な距離をいきなり縮めろって言うのは、かなりの無理難題だ。
「駄目。無茶。絶対無理」
「単語も却下」
端から自信もなく強い口調で言う私に、非情にも門田先生はすっぱりと言い捨てる。その表情には薄い笑み。
綻んだ目元と僅かに上げられた口角に、私はそれ以上何も言えなかった。

半年以上一緒に仕事をして来て分かった事が幾つかある。その一つが門田先生の笑顔だ。
いつも何かはぐらかすような薄い笑みを浮かべる事が多いけれど。何か楽しめる対象が──いや、からかえる対象がある時も、門田先生は薄い笑みを浮かべる。
今浮かべている笑みがどちらかの意味か、なんて愚問にも程がある。

──……この人、絶対私の事、オモチャか何かだと思ってるわよね。
そんな妙な確信を抱きながら、私は深い溜め息を吐いた。
553それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:49:34 ID:u30TAK+1

門田先生に連れられた場所は、テナントビルの二階にあるエスニック料理の店だった。スパイスの香りが漂う店内は、さほど広くはないけれど結構居心地が良さそうで、カップル連れの姿が多い。
私達も恐らく──考えなくても、か──回りからすればそう見えるんだろう。
なんて。冷静な思考回路は今はない。
門田先生は私にタメ口を使わせようとしているのか、いつもより口数が多い。勿論、イエス・ノーで答えられるような会話じゃなく、私にも意見を求めて来るんだから、私の慌てっぷりは相当な物だろうと思う。
だけど門田先生は、それすらも楽しげに笑っているだけ。
席に案内されコートを脱いだ私は、深い溜め息を吐いて腰を下ろした。
「溜め息吐いたら、寿命が縮むんじゃなかったのか?」
「う……」
ダウンジャケットを脱いだ門田先生がメニューを取りながらニヤリと笑う。
思わず口篭った私だけど、門田先生はメニューを開くと其処に視線を落とした。
「何にする?」
「何がある…の?」
無理矢理言葉遣いを訂正しながら問掛けながら、私はきょろきょろと店内を見回した。
どうやらインド料理が多いらしく、カレーの文字があちらこちらに見える。
「お勧めはベジタブル・サモサとシーフード・カレーだな。辛いのが苦手ならほうれん草カレーもお勧め」
「じゃあ、ほうれん草カレー。あとチーズ・ナン」
店内に貼られたメニューを示して告げると、門田先生は通り掛った店員を呼び止めた。

こうして門田先生と外で食事をするのは、四月末のあの時以来だ。
あの時はまさか、門田先生が「ナァくん」だなんて思いもしなかったし、ましてやこうして休日に一緒に出掛けるような間柄になるとも思ってもみなかった。

そんな事を考える私は、門田先生の様子がいつもと違う事に気付かなかった。
さっきまであれ程饒舌だった門田先生は、店員に注文を済ませた途端に黙りこくって、煙草をくゆらせていた。
554それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:51:14 ID:u30TAK+1

そんな門田先生が口を開いたのは、頼んだ品が残らずテーブルに並んだ頃だった。
「今更だけどチィちゃん、ホントに暇だったのか?」
「はい?」
言われた意味が分からず首を傾げる。
門田先生は少し眉尻を落として、何処か言葉を濁すようにベジタブル・サモサを頬張った。
──何だろ。らしくない。
千切ったナンにカレーを乗せながら門田先生の言葉を待つ。
門田先生は暫くモゴモゴとサモサを口にしていたけれど、やがて私の視線に負けたようにカレーに視線を落としながらこう告げた。

「彼氏とかさ。居たら、俺に付き合ってる場合じゃねぇだろ?」

……え?

ぱちくりと瞬き。

何で今更、こんな事を訊くんだろう。──いや、本人も「今更」って言ったけど。そうじゃなくて。

もし、私がここで「彼氏が居る」なんて言ったら、門田先生はどうする気なんだろう。

ざわざわと胸の奥から這い登って来る感覚が私の頭の中を乱して行く。
言い知れぬ感情と混乱のせいで、私はナンを口に運ぶのも忘れてまじまじと門田先生を凝視。
門田先生はと言うと、シーフードカレーの海老の殻をスプーンでお皿の端っこに寄せながら黙っている。


「それは……ナァくんも、でしょ」


何とか口を開いた頃には、私達の間に漂う空気は明らかに色が違っていた。

さっきまでの、他愛ない会話を交すような気楽な雰囲気じゃない。
変に張り詰めていて。互いに何かを探るようで。

──やだ。……この空気は、嫌いだ。

本能的、とでも言えば良いんだろうか。
そう思った瞬間、私は態と顔に笑みを張り付けていた。

「彼女が居たら、私なんか相手にしてる場合じゃないんじゃないですか?今日だって、その人を誘えば──」
「いねぇ」
へらへらと馬鹿みたいに笑う私の言葉を遮ったのは、妙に強い門田先生の口調だった。
「居たら、チィちゃん誘ってねぇし。つか、答えになってなくね?」
──え……と。
何故か不機嫌そうに私を見る門田先生から、私は慌てて視線を外した。
555それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:52:05 ID:u30TAK+1
何でこんなに混乱してるのか。そもそも何に混乱しているのか。
理由が分からない訳じゃない。ただ、その理由は追求したくない類の物。
唯一言えるのは、この雰囲気でなければ気付けなかった想いが、私の胸の内にじわじわと滲んでいると言う事。

こんな形で自覚するなんて思いも因らなかったけど。

ともすればその想いに流されそうになっていた私は、無理矢理気持ちを押さえ込むと、ナンを頬張り視線を外したままぶっきらぼうに呟いた。
「ナァくんと一緒。居たら付き合ってません」
早口で言い捨てる姿は、絶対可愛くないだろう。
だけど今は、取り繕おうとか誤魔化そうとか、そう言った余裕がない。
口の中の物を飲み下しスプーンを手にする。

空気の色は変わらない。変えるのに失敗した私には、どうすれば良いのか分からない。

門田先生の持つスプーンが視界の端に写った。
「……チィちゃん」
門田先生の声が降る。呟くような声音からは感情の色が見えない。
動く様子のないスプーンを視界の端に捕えたまま、私は無言でカレーを口にした。


「サモサ、食う?」

──…………ハイ?


ゆっくりと視線を上げる。
門田先生は、いつものように飄々としていて。

さっきまでの不可解な空気なんて無かったかのように、自分の近くにあったサモサのお皿を、空いた右手で私の方へと押し出した。
「チーズ・ナンと交換」
「あ……はい」
笑みを浮かべる門田先生の態度の変化に、私は思わず頷く。
「あ、それと」
「はい?」
「タメ口。忘れんな」
人の悪い笑みは門田先生のいつものそれで。
いつの間にか消え去った空気の色に、私は一人妙な混乱と何とも形容し難い想いを抱えたまま吐息を漏らした。
556それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:52:58 ID:u30TAK+1

時折笑いの含んだヒューマン・ドラマだった映画は、前情報以上に面白かった。
食事を終え、映画を見て。人並みにデートのような行程を踏んだ帰り道。
改札を抜けホームに立つ頃には夜の寒さはいっそう増し、時刻は十時前になっていた。
「うぉ、寒ぃ」
一際強く吹いた風に、門田先生は肩を震わせダウンジャケットに両手を突っ込む。
こんな時間だと言うのにホームには私達以外にも何人かの人影が見えた。
「今日は御馳走様。それから、ありがとう」
コートの前を合わせて門田先生を見上げる。門田先生はチラと私を見下ろすと、ハッと短く笑った。
「良いって。俺が誘ったんだし。タメ口も様になって来たみてぇだし?」
「っ……それは、ナァくんが無理矢理使わせたからじゃない」
からかう口調にムッとすると、門田先生はニヤリと笑ったまま煙草の箱を取り出した。
「こうでもしなきゃ、使わねぇだろ?修行だ、修行」
「何の修行ですか、ソレは」
あれから、門田先生の態度はいつもと何一つ変わらない。私もいつの間にか普段の調子を取り戻して、時々軽口を叩きながら他愛ない会話を交している。
けれど。
「ン?そりゃ、付き合う為の修行だろ」
さらりと告げられた言葉に私の思考回路はプツリと止まった。
煙草を咥えた門田先生は私を見下ろし、薄い笑み顔。

──待って。

……て言うか。
何ですかソレは!
ぐるぐると。訳の分からない混乱再び。

馬鹿みたいに目を丸くしていた私の姿に、門田先生は楽しげに目を細めていたけれど。
やがて。
不意にブッと吹き出したかと思うと、咥えたばかりの煙草を手にして、私から顔を背けた。
557それはまるで水流の如く:2006/10/23(月) 00:53:49 ID:u30TAK+1
揺れる肩が私の目の前に写る。
「チィちゃんっ……面白ぇ……」
クツクツと喉の奥を震わせながら、門田先生は口許を押さえる。
その姿に私はハッと我に返った。
「か、からかってる!?もしかしなくてもからかってる?ねぇ、ナァくんっ!」
訊く間でもない。愚問だ。これ程の愚問は有り得ない。
声を荒げた私に門田先生は肩を震わせ笑うだけ。
「いや、あながち冗談でもねぇんだけど」
「嘘。絶対嘘。信じないっ」
子どもみたいにそっぽを向いた私は、悔しさを隠す事も出来ずに口先を尖らせた。

何で自分がこんなに動揺してるのか。答えは至ってシンプルだ。さっき自覚した想いが、全ての答え。

私は、彼の事が好きなんだ。

初めは『幼馴染み』としての好意。
けれどそれは、いつの間にか『ナァくん』じゃなく『門田直樹』に向けられていた。
だからこそ、こんなに簡単にからかう門田先生が憎らしい。例え本心だったとしても、冗談混じりに言われちゃ敵わない。

門田先生は煙草を咥え直すと、尚も膨れっ面の私に困ったように笑い掛けた。
「チィちゃん、変わんねぇな。膨れた顔も昔のまんま」
「誤魔化さないで下さいっ!……もう口利かない」
「あ、その口癖も昔のまんまだ」
「もぉっ!」
傍から見れば立派な痴話喧嘩に見えるだろう。
膨れた私と笑う門田先生。
その遣り取りを拐うように、ホームに電車が到着した。
558548:2006/10/23(月) 00:56:22 ID:u30TAK+1
以上です

残り二回か三回で完結になる予定ではありますが、相変わらずノタノタペースになるかと
長い目と広い心の皆様に感謝
559名無しさん@ピンキー:2006/10/23(月) 01:57:35 ID:IVG1XsJM
お、待ちかねた教師話!続きも楽しみに待ってる。
490KB、次の季節か。
560名無しさん@ピンキー:2006/10/23(月) 02:00:03 ID:RZGuQqcN
キタコレ
561名無しさん@ピンキー:2006/10/23(月) 02:01:00 ID:ajfV2/j2
GJ!
もう2、3回で終わってしまうのか・・・
562名無しさん@ピンキー:2006/10/23(月) 07:43:34 ID:q7H8bzFd
むぅ…堪らんw
俺もベッドの上でゴロゴロしてしまったww
563名無しさん@ピンキー:2006/10/24(火) 23:43:58 ID:un+auW1b
相変わらず上手すぎるよGJ!
564名無しさん@ピンキー:2006/10/26(木) 22:32:21 ID:wtLtSxiZ
ハァハァ(´Д`)…ゥッ
565名無しさん@ピンキー:2006/10/28(土) 04:04:43 ID:4o2KH2Od
次スレ立てました。移動よろしくです。

【友達≦】幼馴染み萌えスレ10章【<恋人】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1161975824/
566『パンプキン』(1/3) ◆NVcIiajIyg :2006/10/29(日) 18:01:43 ID:S6Kft5FC
宿題を放り出し幼馴染から借りた「明日のジョー」文庫版を読みふけって、
カップラーメンでも食うかなーと畳でごろごろしていたらチャイムが鳴った。
なんだよー、と呟きながら暗い廊下の電気をつけてのろのろとサンダルを履いた。

「トリックオアトリート!!?」

引き戸を空けた瞬間、ない胸を張ったツインテールが目に飛び込んできた。
ご丁寧にかぼちゃの柄がついた黒トレーナーだ。
俺はしばらく、目を合わせたまま深い溜息をついた。
あほだなぁ、こいつ。

「聞くまでもねーと思うけど…。何やってんだ?」
「ハロウィンイベントに決まってるじゃない。
 悪戯されたくなかったら、お菓子よこしなさいよねっ」

手を出して口を曲げるところは中二にもなって本当にこどもだ。
(俺も同い年だけど、それにしたってどうなのか。
 一緒に隣で育ってきたはずなのになぜだ。弟もいるくせに)
そんなことをぼーっと考えつつも、
じっと手を出して待っているのになんとなく顔がほころんでしまった。
愛は、俺を見上げてすごく複雑な顔をした。
すねているっぽい。

「勝利。どーせその顔は、子供扱いしてるんでしょ。分かるんだから」
「別にしてない」
「うそつき」
「鋭いなあ、愛は」

ははは、と笑うと明日のためにその2並の右ストレートが飛んできた。
痛い。
これ以上やられると困るので、手首を掴んで止めた。
こどもだけどトレーナーから伸びたつやのある肌が意外に細
「やっ!」
「ぅが!」
気を抜いてたらやられた。
今度は明日のためにその1(左ジャブ)がもう一発。
いやほんとほんとマジ痛いって!
今日も両親は仕事で遅いのでこのままでは犯行が闇に葬られてしまう。
死んだ後に押入れにある段ボール箱の秘蔵コレクションを探られては死ぬに死ねん。
両手首とも掴んでつむじと赤い二つの髪ゴムを見下ろした。
567『パンプキン』(2/3) ◆NVcIiajIyg :2006/10/29(日) 18:02:44 ID:S6Kft5FC

「だから止めろって。菓子じゃなくて悪戯するぞ」
「なによ。悪戯するのはこっちよーだ」
じたばた暴れる姿は本当に小学生みたいだった。
慣れているとはいえ、さすがにうんざりしてきた。
一人で気楽な夜だったっていうのに、もう昔のよしみなんかで容赦しねー。
「うっさい!いいかげん帰れ!」
「なによ!寂しいかと思ってきてやったのにっ」

怒鳴ったのに返ってきた半泣きの声が、あまりにも意外だったのか言葉が意外だったのか。
思わず両手を放してしまった。
勢いでぶつかってきた小柄な肩を止めようとして、背中ごとしたたかに廊下に打ち付けてしまった。
なんか前にも何度かあった気がする。
結構気まぐれに突進してくる愛を受け止めるのは、そんなに珍しいことではないのだ。
しかし今回は、妙に困った。
相手は妹みたいな奴だというのに、我ながら変だった。
二つ結びの頭を軽く撫でてみたら慌てて首を振って逃れてしまった。
慌てて軽い体重が上からどいて、引き戸の前まで下がるのを見る。
幼馴染が初めて大きな紙袋を持って来ていたのを拾った動作を見て知った。
それにも情けなくうろたえて、立ち上がるのが上手くいかなかった。
なんだ俺。どうした。立つんだジョー。

「もういい、帰る。心配して損した。……転ばせたのは、ごめん」

愛は俯いて引き戸を後ろ手で開けた。

なんだよ。
別に、俺は、両親が仕事で忙しいのは俺のためだって知ってるからそんなに嫌じゃないんだぞ。
なのに思わず押し殺した溜息が出てしまった。
開きかけた戸を無理矢理上から手を伸ばしてまた閉める。
568『パンプキン』(3/3) ◆NVcIiajIyg :2006/10/29(日) 18:03:50 ID:S6Kft5FC
「拗ねるなって。ハロウィンなんだろ。菓子くらい食ってけよな」
「ふんっ。知らなーい」

ぷいと顔ごと背ける様はほんとうに小学生で。
少年漫画ばっかり読んでいて、貸してくれたりして、我侭放題の困ったお隣さんだけど。
そのお節介にうんざりしても、嫌だったことはない。

「いいから、人が折角いってやってるんだからそうしろよ。
 あー……心配してくれてどうもな」
「またそうやって大人ぶる!勝利だって同い年のくせに」
「は?大人ぶってないって」
「はいはいはーいそーでーすかー!」
まだ機嫌を損ねているので、やっぱり困ってしまった。
前言撤回しようかな。
「…愛ってほんと子供だよな」
「ほら!」

それが大人ぶっているって言うのよ。

と悔しそうに睨まれた。
水色のスニーカーを脱いで上がり、小さい頃からの習慣のまままず靴を揃え、
おじゃまします。と言ってから奥に踏み出す愛を見て肩を竦める。
しかも相変わらず茶を入れる手つきは様になっていてついでに
少し散らかっていた周囲を片付ける手際がいい。
「これ、お母さんからね。食べてよ」
持ってきたおかずの類をいつの間にやら見やすく冷蔵庫にしまってくれているし。
それを横目に戸棚の中にしまってあったお茶請けの菓子を出したら
パンプキンパイで、タイムリーだなーと顔がにやにやしてしまった。
(これは愛、喜ぶだろうなー。)
などと思っている自分に気付いてなんとなく気が抜けた。
これじゃどっちが子供なんだか。

って、どっちも子供か。
なんだかな。


569 ◆NVcIiajIyg :2006/10/29(日) 18:09:25 ID:S6Kft5FC
ちょっと気が早いですが埋めネタということで。
いつも変化球ばかり好んで投げるのを読んでいただいて深く感謝します。
ではでは。
570名無しさん@ピンキー:2006/10/29(日) 18:22:22 ID:mdKqcBmd
GJ。
そういやもうハロウィンだなー
今年も良作ぞろいの予感
571名無しさん@ピンキー:2006/10/30(月) 03:14:16 ID:+9cPxxIJ
>>243
GJ!ハロウィン話かぁ〜中二かぁ〜
572名無しさん@ピンキー:2006/10/30(月) 03:26:09 ID:V0LOUkPB
>こどもだけどトレーナーから伸びたつやのある肌が意外に細

唐突感を出す為に、文章を途中で止めたのか
上手いなぁ
573名無しさん@ピンキー:2006/10/30(月) 08:05:27 ID:vxrYEb5r
GJ! コイツら前に鯉のぼりで騒いでた二人よな。
好きなノリだったんで、また読めて嬉しいわ。
574 ◆m57W70yg/k :2006/10/31(火) 18:46:25 ID:9roVfy4p
「氏神様、楽しい一年間をありがとうございました」

光が切れ切れにしか差し込まない、竹生茂った林。
男は今、自宅の裏山にひっそりと立てられた祠…氏神様の下、祈りを奉げている。
静かで、そして涼やかな秋のとある一日。
気がつけば日が詰まるのも早くなり、庭の木々も赤く色付いてきた。
カレンダーの日付ももう後がない、そう明日からはもう11月なのだ。

「歌穂とはよく喧嘩もするけど、御陰様で良仲でいさせて頂いてます」

昨年の万聖祭の前夜祭……
あれからもう一年だと思うと、目まぐるしく季節が移り変わり行く様に戸惑いすら感じる。
あの日から男の日常は大きく変化していった。

自分に出来た生まれて初めての彼女……。

彼女は幼馴染という近い存在であったので、
何でも分かっていたつもりでいたがそれは過ちだと気付かされた。
実はお化け屋敷が死ぬほど苦手だったり、しっかりしていると思っていたら実は甘えたがりだったり……
と、付き合ってからは意外な一面を見ることも多々あった。
ただの幼馴染だったときには見られなかった顔。
強さ以外の、そう、弱みも曝け出してくれた事。
それはありのままの彼女を自分に見せてくれているということで、男は素直に嬉しかった。

「これからも苦難とか困難とかあるかもしれないですけど、どうか温かく見守ってやって下さい。」

言い終わると、目を少しずつ開け胸の前で合わせていた手をゆっくりと解いていく。
同時に一陣の風が枯葉を孕みながら男の前を吹き抜ける。
一瞬にして耳内に木枯しの音が響き渡った。
冷たい風だったが竹の合間を縫って差し込む光のお陰か、不思議とそこまでの寒さは感じなかった。
575 ◆m57W70yg/k
(……氏神様の返事かな)
風が凪いだ後(のち)にふとそんなことを思う。

男は小さな祠に向かって一礼をすると、金木犀の香り漂う元来た道に踵を返した。
明日は一日だから榊を取りに行かないと……等とぶつくさと、今日すべき事を説いていく。

「あっ、忘れてた」

「最近歌穂の胸が大きくなってきて嬉しいです。これも氏神様が願いを叶えてくれたお陰です。
 じゃ、また報告しに来ます」

その場で氏神様のほうに身体を向け言葉を紡ぐと、もう一度一礼をし家へと足を運んでいく。

が…

「……誰の胸が大きくなって嬉しいですって?」
そこには、見慣れた姿が眉をひくひくさせながら待ち構えていた。
「げっ……!歌穂なんでここに!」
「穂高!あんた、しょうもないこと神様にお願いしてるんじゃないわよ!」
「しょうもないことじゃない!俺にとっては大事なことだ!きっと氏神様だってそう思って……」
「思ってるわけないでしょ!もう……本当にスケベで馬鹿なんだから……」
「ごっ……ゴメン」

「でっ……でも今日は特別な日だから……いいよ……
 って!何言わすのよ!」
男……瓜谷穂高は、女……南野歌穂のその小さな声を聞き逃さなかった。
今夜は激しい夜にしちゃると、氏神様の前で何ともふしだらな事を考えているとは
この時歌穂は気付く由もなかった。

今日は彼女の22回目の誕生日……そして幼馴染同士が付き合って丁度一年が経過した、ある秋晴れの日の小話。