「―――という訳で、千佐子さんは僕と結婚します」
開いた口が塞がらないって、こういう事を言うんだなー、と思った。実際口ぱ
っかー、開いたまんまだし。
「…は!?」
大分遅れて、一先ず浩司がそう言った。だろうな、だろうな。私と誠司が結婚
するって、例えるならば…うーん、思い付かない。けど、とりあえずありえない
事だからなぁ。
誠司は私を抱き寄せると、浩司はともかく叔父さんに向かって、聞く。
「…異論は、ありませんよね。知らない人と結婚させるより、僕と一緒になった
方が幸せになれますから」
しかし、血が繋がっていないとはいえ、なんか誠司と叔父さんの間には何かが
あるような無いような…壁みたいなものがあるような気がするんだよなぁ。
「あ…ああ…うん、そ、そう…だよね」
うっわ、叔父さんガタガタだ。ちら、と誠司を見ると…顔が怖い。もしかして、
嫌いなのかね、叔父さんの事。
浩司も、叔父さんの方も気にしつつ、こっちを凝視してる。
「……」
少し苦い顔をして、顎で部屋から出ろ、的仕草をする。誠司は素直に従って、
私を伴って浩司の部屋まで行く。戸を閉めて、浩司にしては珍しく鍵も掛けて、
そして、言った。
「…誠司、それは同情じゃないんだよな?」
普段の浩司からは、想像出来ないような―――今だったら、ちゃんと誠司の兄
に見えるような顔で、声で、そう言った。
「…はい。同情ではないです」
誠司も、真剣そのものだった。次に浩司は私の方を向き。
「お前は、結婚したくないからって、誠司を利用してる訳じゃないんだよな?」
「いいえ、仰る通りです」
あんまりにも真剣に言うもんだから、正直にぶっちゃけた。そして同時にこの
兄弟は崩れ落ちる。
「…ちょ、千佐子さん、それは言わないって…」
完全に脱力し切って、誠司はぼやく。浩司は顔面からすっこけている。
「おっ…お前はああああああああああああああああああああああああっっ…」
あーあ、そんな興奮しなさんなって。でも、仕方ないじゃん。
「だって、知らない奴と入籍するなんて死んでも嫌だもん。でも、誠司の事だっ
て好きな訳じゃないし…第一、持ち掛けたのは誠司なんだから…とりあえず」
なんとなく。なんとなくだけど、嘘付いたらバレるような気がした。それでな
くても、私は嘘がすぐバレるタイプだ。だから、浩司も巻き込む形で、イチかバ
チかで言ってみた。
「…あのさ、お前こんなんに本気なのか…?」
へなへなしながら、誠司に尋ねる。まぁ、そりゃそうだろうな。私だってまだ
疑ってるもん。
「ええ、こんなんがいいんです」
うわぁ、誠司もこんなん扱いだ。私は苦笑しながら全然似てない兄弟を見た。
ていうか、本当に誠司、こんなんでいいのか?
「…別に、今は千佐子さんの望まない婚約を破棄出来れば良かったんですよ」
じーーーーっと誠司をみつめる浩司に、言った。
「まぁ、こんな人を好きになってしまったのは、本当にもう仕方が無いんですけ
どね」
行きましょうか、と誠司は私を手招きする。
「…がんばれよー」
完全にやる気無さそーな声で、応援してくれた。誠司もやる気の無さそーなガ
ッツポーズで応えた。
浩司の部屋を出ると、誠司は少し足早に自分の部屋らしき所へ向かう。が、私
はまだ杖つきだ。頑張って歩いていると、厄介な奴がやって来た。
「お、千佐子様。脱走失敗して誠司坊ちゃんにブチ込まれちゃったんだって?痛
くなかったですかい?」
「だから、お前はどうしてそんなに―――」
―――あ。
ここで、私は何かが引っ掛かった。でも、何が引っ掛かったのか、わからない。
「?どうした?お前、そういえば杖も使ってるし…」
「…千佐子さん?」
誠司も、近寄って来る。なんだっけ、えっと、なんか、鈴原が、どうしたんだ?
鈴原…
「……悪い、お前、えと、下の名前、どっち?」
なんだか、支離滅裂な質問をしてしまう。
「は?どっちって…まず何と何で?とりあえず、俺の名前は葵ちゃんだけど」
―――葵?
そうだ。それだ。けど、なんで葵で引っ掛かったんだ?私は首を傾げる。
眼の前には、心配そうな表情の誠司と、鈴原。
「大丈夫ですか?やっぱり、無理をさせてしまいましたか?」
そう言うと、誠司は倒れそうな私を支えてくれる。
「なんだよ、お前具合悪いなら俺様に言っとけよ。ったく、信用ねぇなぁ」
鈴原も、今ばかりは冗談も言わずに怒ってくれる。大丈夫だよ。鈴原に気を付
ける事なんか、何も無い。
一瞬そう思って、またなんでそう思ってしまったのかわからず、またくらくら
して来る。あ、そうだ、どっちかって…
「2人共、『シンゴ』って名前に覚え、無い?」
唐突にそんな事を聞いて、2人共訝しげな顔をする。
「…SM○P?」
「…警察無線?」
完全に覚えは無いみたいだ。ていうか、その名前もどこから出て来たんだか。
頭がなんだかすっきりしない。
「まぁ、後で頭痛薬でももって来るわ。じゃ、俺は浩司坊ちゃんの所に行くから、
なんかあったら呼べよ」
そう言って、鈴原は行ってしまった。誠司は私の肩を抱いて。
「話があったんですけど…戻りますか?部屋に」
心配そうな顔をして、優しく言ってくれる。話?なんだろうか。私は首を横に
振って、誠司の部屋に付いて行った。
「…さっき、どうしたんですか?」
お茶を淹れながら、誠司は聞いて来た。
「わかんない…なんか、急に…なんでかな」
理由が、本当にわからないだけあって…ちょっとおっかなくなって来た。私、
電波系だったんだろうか。やっぱり、まだ現実逃避なんだろうか。
「…やだな、なんか怖いわ。」
昨日1人になった時みたいに、自分で自分の身体を抱き締める。寒気がする。
怖くて、俯いてしまう。馬鹿みたいに怖がってると、誠司が横に…それも、ほと
んどくっついてるくらいの位置に座って来た。
びっくりしたけど、それだけで、何かをして来るって訳じゃないんだけど…で
も、やっぱり隣に誰かいるっていうのは…ちょっと心強い。
「貴方は、1人じゃないんです。安心して下さい」
…私の頭の中、見透かしたみたいに言う。それが少し嬉しくて、ちょっと…ど
ころか大分恥ずかしくて、少しだけ離れてしまう。
「…意識してくれるという事は少しは進歩したという事ですかね」
誠司が、苦笑して言った。ぺち、と叩いてやった。あ、そうだそうだ。
「あのさ、話って、何」
照れ隠しと、本当に疑問だったので聞いてみる。誠司もちょっと忘れていたみ
たいであ、という顔をする。そして、小さな声で、言った。
「…こういう事、言いたくないんですけどね」
はあ、と溜息。どういう事?
「俄かには信じ難い話だと思います。出来れば、僕だって嘘だと笑い飛ばしたい
です。でも…笑わないと約束して下さい」
ま、回りくどい…私はこの時点でうんざりしながら、約束はした。
「…父さんは、貴方を姪ではなく女性として見ていると思います」
―――え?
え?え?父さんって事は…あの、叔父さん…だよね?え?あの人?あの人が、
私を…ですか?
「まぁ、信じ難いでしょうね。こういう事は」
うん、非常に信じ難いっす。馬鹿馬鹿しい話だ。けど、当の本人は大真面目。
なんだか否定するのがはばかられた。
「…気を悪くしないで下さいね。しかも、父さんは…貴方の母親を貴方に重ねて
見ているようなんです」
誠司は、心底同情するような表情になり、そして、頭を抱える。こんな誠司を
見てしまうとその考えを笑い飛ばす事が出来なくなってしまう。
「知っての通り、あの人は僕たちの本当の父親ではありません。でも、母さんや
貴方の―――理佐子叔母さんとは旧知の仲で、父さんはずっと、理佐子叔母さん
を好きだったらしいと、聞いた事があるんです」
…誰に?と聞こうとして、止めた。誠司の顔を見て、それは多分、誠司のお母
さんからだったんじゃないか、と思ったから。即ち、叔母さんも、お母さんを重
ねて見られていたんじゃないか、って。
俄かには、信じ難い。だって、あの叔父さんが。あの、一見脳天気でずっと笑
っている、あの人が。
「あの人は、僕や兄さんを本当の子供のように可愛がってくれましたし、尊敬出
来る人だと、理屈ではわかっています。けれど、あの人は、母さんを悲しませて
いた。そう思うと…」
はぁ、と深い溜息。
基本、こいつって頭がいい。結構気の付くタイプだと思う。だから、余計な事
も色々考えてしまうと思う。
でも、子供って案外親の事わかるらしいからな。私はわかんなかったけどさ。
見てしまったんじゃないかなー、と。もしかして、叔母さんが泣いてるのとか。
早い話が、夫婦仲良くなかった、みたいな。再婚の割に。
「もしかして、父さんは貴方に手を出すかもしれない。そう思っているんです。
まぁ、とりあえず牽制球は投げましたけど」
牽制…ああ、結婚云々か。
「手荒な真似はしないと思いますが、父さんには気を付けて欲しいんです。勿論、
僕が貴方を守ります。だから―――」
「うわっ…!?」
凄く、必死だった。ううん、必死っていうより、あの、恐がって…?いるのか
な。私を抱き締めるってより、縋り付く、みたいな。
…なんとなく、思い過ごしみたいなもんだと思うんだけどなぁ…だって、いく
らなんでも歳も大分違うし、誠司もちょっと過敏過ぎだと思う。けど。
「…千佐子…さん?」
誠司の事、抱き締め返す。まぁ、勘違いするなよ?これはどっちかというと…
家族としての気持ちの方が強いからな。
「ほれ、お姉ちゃんが付いてるから、大丈夫だよ」
誠司も、寂しいっていうか…1人が恐かった…ていうか、どう言えばいいんだ
ろう。寄り掛かれるものが、無かったんじゃないかな。
父親も母親も亡くして、継父と上手く行かないで、たった一人の兄は病弱で逆
に自分が守ろうとでも思っているんだろう。その上また私って荷物まで守ろうと
しやがって。私より、年下のくせに。
「…千佐子さん…」
「お姉ちゃんとお呼び」
「あ、それは断ります。ていうか、さらっと恋愛対象から外させないで下さい」
割と、ちゃっかりしてやがる。こちらとしては出来の悪い姉のつもりだけど。
「わかったよ、叔父さんには気を付けるから。だから安心しろ」
ぽふぽふと頭を撫で叩く。少し、不満そうな感じで頭を上げる。
「…ですから、弟扱いは困るんです」
むっ、と割と歳相応の表情をする。あ、可愛い。いいなぁ、年下。誠司から離
れると、置いてあったお茶(玄米)を取って、誠司に渡す。私も、一服。んまい。
「…好きです」
少し溜めて、誠司は言った。
「そ?なんか、改めて言われると照れるわ。私、そんな事言われるの、誠司が初
めてだから」
「もてそうにありませんしね」
…その通りなんだけど、すっげぇむかつく。この野郎、仮にも婚約者になんて
事言いやがる。
「そぉですよぉおおおだ。誠司さんはさぞかしおモテになったんでしょうね」
「ええ、モテますよ。この顔と外面の良さですからね」
い、言い切りやがった。うわああああああああああああ。私が口をぱくぱくさ
せながら誠司を見ると。
「ヤキモチですか?」
「ごめん、お前一回死んで?」
イイ性格してやがる。まぁ、でも、元気になったんなら…いいか。
「…しかし、この部屋落ち着くなぁ」
この館は洋風なのに、誠司の部屋は結構な和風テイストだ。惜しむらくは寝具
ベッドな所か。
「いたいなら、いつでも…いつまでもいていいんですよ」
「あらら、それはどうも」
こたつの上に突っ伏して軽く流す。
なんだか、うやむやの内に和んでしまっている自分がいる。
「少しでも、落ち着ける場所が増えて行くといいですね」
「…まぁね。家、ここだもんね」
色々、受け入れちゃったけどまぁ、3年もいりゃ住み慣れた我が家になるだろ。
「そうですね」
みかんの薄皮をきっちり剥く誠司。私はそのまま食べる。
「父さんも兄さんも、意外にここに来る事多いんですよ。日本人だからですかね」
「…来るんだ」
うわー、叔父さん浩司誠司の3人で団欒かいな。
「来ますよ。まぁ、楽しいといえば楽しいんですけど…2人共勝手に棚を開けた
り僕がいない間に入ってずっと寝てたり、日記とか見たりするのが…」
…あ、だから戸締り万全なんだ。ちょっとおかしいや。
「本当の家族になれますよ、その内」
誠司は笑って、そう言ってくれる。確かに、楽しいかもしれない。親1人子3
人。こたつを囲んで紅白とか…お母さんが死んじゃってから、あんまりそういう
事、してなかったからなぁ。
…誠司の話が全部本当なら、ちょっとイヤな関係の家族だけど。
いいのかもしれない。
「幸せに…なれるかな」
「なれますよ」
あったかい部屋。みかん一杯食べて、お腹もいい感じ。なんだか眠くなって来
た。
「…誠司、私、ちょっと眠たい」
こたつを布団代わりに、寝転がる。
「…そうですね、僕も、少し」
誠司も、同じように寝転がる。見えなくなった。けど、足が当たった。面白半
分に蹴ってやる。誠司が、やり返して来る。
「ふへっ」
つい、笑ってしまう。本当の姉弟みたいな遣り取りをして、寝ちゃおうか、と
いう事になった時、邪魔が入った。ノックをする音。誠司が返事をして、鍵を開
ける。訪問者は…鈴原だった。
「よう、持って来たぞ頭痛薬。後、朗報だ」
「…朗報?」
ずかずかやって来て、靴脱いで、堂々とこたつの中に入る。
「…おい」
「まぁ、聞いて下さいよ。俺なりに頑張ったんですから」
にこーーーー、と子供のような笑顔。みかんの皮を剥いて、3等分してから口
に放り込む。こいつも大雑把だな。
「なんですか?」
「ん?ああ、さっきのシンゴの件。なんとなく気になったから屋敷中の人間に聞
いてみたけど…一位がSMA○、二位が山城、三位が無線で次点で風見、実の祖
父。まぁ、普通に考えて俺等と同じ反応だわな。祖父って言ったのは最近就職し
たばっかの、酒屋の兄ちゃんだから一応除外な。でもって、その名前で過剰反応
したのが、2人いた」
なんか、色んな意味でありがとう。私はその2人が気になって、身を乗り出す。
鈴原は真剣な眼差しで。
「1人は、いとっち…あ、コックの伊藤千尋。もう1人は不二子ちゃんだ」
あらら、共通点無いなぁ。
が。
「2人共、聞いた途端に皿落として割ったり、いきなり殴ったりした」
「な―――!?」
誠司が、驚く。聞けば、2人共穏やかで、割合冷静な人間だそうで。確かに、
聞いただけでそうなるとは…怪しい。
「な?おかしいだろ、2人共聞くと同時に後ろから抱き付いてほっぺにちゅーし
たくらいで…」
『それだーーーーーーーーーーーーーー!!!』
真面目にアホな事を言い放つ鈴原に向かって、私も誠司も全力でみかんを投げ
る。ひとつは顔面クリティカルで眼鏡が吹っ飛んだ。
因みにそれをやったのはその2人だけで、反省して後全部は普通に聞いたそう
だ。最初からそうしたれや。気の毒な2人だ。
早々に鈴原を追い出し、なんだか体力を根こそぎ奪われたような気分になった。
間も無くしてごはんの時間になって、食堂へ行くと、今日は浩司しかいなかっ
た。子供3人の食卓だ。今日のメインはロールキャベツだ。しかし、ロールキャ
ベツをナイフとフォークで食うってのは、なんか微妙だ。私が作る時はかんぴょ
う巻いてたけど、伊藤のはベーコンで巻いてある。
…この家に住んでる限り、料理作る事ってもう無くなるのかな。
考えながらも完食し、おなか一杯になって部屋に―――自分の部屋に戻る。
途中、なんか憔悴しちゃった感じの叔父さんとすれ違った。気の無い挨拶され
ちゃって、なんだか、本当に…そうなんだろうかと思ってしまう。
部屋に入ると、なんとなく鍵を掛けてベッドに寝転がった。
「…うううう」
不意に、誠司の事が頭に浮かんだ。
…なんだかなぁ。よく考えれば、結構イケてる、外面のいい金持ちの次男坊に
告白されたんだよなぁ。
これがもし、全然私が普通の家の子だったら…駄目だ、想像もできん。
しかし、これって…酷い話なんだよな。誠司の方からとはいえ、利用してる事
に変わりはないんだし。
誠司を好きになれれば、万事解決なのに、どうして誠司を好きになれないんだ
ろうか?まぁ、日が浅いってのがあるだろうし。
一度会っただけの元婚約者と、紆余曲折あったものの現在は好きだと言ってく
れる従兄弟。頭で考えれば、絶対に好きになるのは誠司だと思う。けど、私自身、
子供作成に励む云々よりもキスどころか男の人と―――
「…あれは、違うよな…」
誠司と―――男の人と、抱き合った。後、お姫様抱っこされた。乳も見られた。
相手は全部…誠司。あ、鈴原に押し倒された事もあったっけ?まぁ、除外除外。
意識は、してる。そりゃするさ。でも、わからない。きっと、近い将来、好き
になると思う。誠司の事。きっと、私の事、大切にしてくれる。私も、大切にし
たい。
誠司は、背負い込むタイプだから。それで、さっきだって結構、怖がって、私
なんかに縋って来たし、私でいいなら、って思うし。
けど、今一生懸命探した『好き』の理由は、わざわざ恋人にならんでもいいん
じゃないかって事だ。それは恋人でなくたって、家族でも友達でもいい訳だ。
…私、どうしたいんだ?
起き上がり、とりあえず誠司の事だけを考える。
好き、だけど、好きじゃない。けど、多分近い将来好きになると思う。だって、
誠司と結婚する事になったんだから。だったら。
ベッドから下りて、杖をつく。ゆっくり歩いて、鍵を外して、戸を開く。
…最終的に、結婚するなら…じゃあ、もう少し恋人らしくすれば、少しはわか
るんじゃないだろうか。
なんとなく、そうすれば万事解決するような気がして、私は誠司の部屋へ向か
った。
「いらっしゃいませ」
いつでも来ていいみたいな事言ってたから、本当に来た。誠司はちょっと驚い
たような感じだったけど、嬉しそうにもしてたから、本当に好かれてるんだなー、
と思った。
「いらっしゃいました」
誠司は何か本を読んでいたみたいで、さっきのこたつの上にお茶と何冊かが置
いてあった。どうぞ、と誠司はさっき私が座った場所に座るよう言ったが、私は
入らなかった。誠司は気付かずに自分の場所に入り、すかさず私も誠司の横に座
ろうとした。
「…狭いですよ?」
「うるさいな」
戸惑いを隠し切れない顔と、声。
「この場所が良かったんですか?」
「誠司の側が良かったの」
自分でも、思わずぞっとするような事を言ってしまう。誠司も、相手が相手だ
けにすっげぇ不審人物見る眼になってるよ。
「熱…は無いですよね」
「お前動揺してる?」
額でなくて頭のてっぺんに手を当てて熱をはかる。
「…千佐子さん、どうしたんですか?さっきから、少しおかしいですよ。」
首を傾げる。さっきから…ってのは、シンゴ云々か。確かに、これは私もおか
しいとおもう。けど、本当にわかんないんだから仕方が無いんだよな。
「…そりゃおかしくもなる状況だとは思うけどな…まぁ、それはいいんだよ。そ
れより、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
やっぱり狭いし、近すぎるけど…まぁ、まぁまぁ。好きにならなきゃいけない
んだから、まずは理解だよなぁ。
「あのさ、お前が私を好きな理由が知りたいんだけど」
じっ、と誠司を見る。誠司はキョトン、とした顔になるけど、次第に赤くなっ
て来て、眼が泳ぎ始めた。
「…好き、だけじゃ駄目ですか…?」
誠司、頑張って視線は逸らさずに言う。すげぇ恥ずかしがってる。でも、疑問
なんだよ。誠司が私みたいなもんを好きだって言ってくれるの、どうも信用出来
ない。いや、信用出来ないってより…信じられない。真珠られない。
「駄目…だよ。だって、わからないから。私だよ?浩司だって、さっき…」
「兄さんの意見は、別にいいじゃないですか」
「浩司に言われたからじゃなくて、だから、ただ、私があの…私なんか」
結論を言えば、それなんだけどさ。
「…可愛いからですよ」
「うもごっ!?」
嘘だぁ、と言う前に口を塞がれる。今度こそ、嘘だ。あまりにも嘘臭い。
「いいですから、黙って大人しく聞いていて下さい」
せっかく説明してくれるんだから、と大人しくする。誠司は咳払いをして、真
面目な顔になる。
「最初は、失望…というより、何がこの人をここまで変えたのかって考えるばか
りでした」
「お前等だよ」
普通に言って頭をぐぐぐ、と下げられる。すげぇ重力in頭だけ。
「…悪い事をした、という自覚はありました。けれど、交渉した―――まぁ、父
さんから聞いた話だと、家で…その、あー、あまり、幸せではないと、思って…」
んー、まぁ、そういう心配はありがと。おっきなお世話だけど。まぁ、いくら
貧乏でも最近ちょっとすれ違いばっかでも、それでも、いてくれるだけで、私は
幸せだったんだけどさ。あっちからは疎まれてたんだし。まぁ、これは環境と考
えの違いだ。
「本当は、上手く説明出来れば良かったんですが、結局ああいう形にしかなれな
くて…本当に…すいませんとしか…」
まぁ、さらった後に事情言われても絶対信じなかっただろうし…まぁ、これも
すれ違っちゃったけど、私の為を思ってくれてたんだろうしなぁ。
私は、出来るだけ好意的に受け取ってる自分自身に少し驚いてしまう。ま、そ
れだけ自分を守りたいんだろうな、というのもわかるんだけど。
「いいよ、過ぎた事は。それより、脱線してない?」
そう指摘したけど、誠司は首を横に振る。
「昨日も言い掛けましたけど、やはり貴方が落ちた時ですかね。頭が真っ白にな
ってしまいましたよ。まあ、これは理由とは少し違うと思いますが」
まぁ…ね。アレは、正直見てた方も辛いだろうし。
「その後、貴方は身体にも心にも傷を負って、今まで溜めていたものが全て流出
してしまったような…言ってしまえば、凄く弱そうに見えてしまったんです。今
までは素手で熊でも倒せそうな勢いだっただけに」
言いたい事言ってくれるじゃねぇか。ちょっと不満そうな顔をしてやるが、動
じない。
「…でも、熊が倒せそうな時の方が、嘘だったんですよね?」
―――う。
ずびし、とストレートに指摘される。別に、故意にそう見せてた訳じゃないん
だけど。やっぱり、泣き過ぎたのが悪かったんだろうか。
「どちらかと言うと、貴方結構な寂しがりですよね」
…それは、どうなんだろう。自分の事、自分が全部わかっている訳じゃないか
ら。それに、どうして誠司はそんな事思うんだろう。外れてる訳じゃないけど。
「僕は、貴方が悲しそうにしているのを見たくないですし、出来る限り幸せにな
って貰いたいんです。そして、出来れば貴方を守り、幸せにするのが僕でありた
いんです。これが全てという訳ではないですが、大まかな『理由』です」
そう、誠司は言った。少し前までの、丁寧な割に気のちょっと短い坊ちゃん、
という印象は無くて、寧ろ、凄くかっこいい…
「―――可愛いですねぇ、千佐子さん」
ボーっとして、なんだか身体中が熱くなってる私を見て、笑う。いつまでも呆
けていたのが悪かったのか、誠司は眼を閉じて、ちゅ、と軽いキスをして来た。
「…馬鹿」
予想外過ぎて、そんな私が馬鹿みたいな言葉しか出ない。
どうしよう、嬉しい。誠司にかっちり口説かれて、嬉しがってる自分がいる。
やだな、簡単だ。私、すっげぇ騙されやすいタイプかもな。誠司が結婚詐欺だっ
たら、暫く立ち直れそうもない。
「馬鹿…誠司の馬鹿」
さっきから、発した言葉の6割くらい、馬鹿だ。馬鹿は私だよ。
「馬鹿にもなりますよ」
ぽそ、と何故か寂しそうに呟く誠司。なんだか不安そう。考えてみればそうか、
私は未だ何も返事してないし、ときめいてる訳だけど、まだわかんないから。生
殺しなんだよな…
はぁ、とお互い溜息をつく。
「ごめんね、もう少し、待ってくれる?でも、私、多分―――」
「嬉しい結果を待っていますよ」
もう一度、言葉を唇で遮られて、そう言われた。さっきので攻撃しなかったの
いい事に、ちょっと調子乗りやがったな。
「…テレビでも、見るか」
恥ずかしくて、ドキドキして、こたつの上にあったリモコンを取る。チャンネ
ルを変えるけど、見たいような番組は無い。
「なんか、面白いビデオとか、無い?」
「…そうですね、僕、金田一○介しかありませんけど」
「あ、見たい。誠司が見たいのでいいよ」
そう言うと、誠司はこたつから出て行く。ふと、リモコンがもうひとつあって、
それがDVDのものだと気付く。
「…へぇ」
貧乏だから、DVDなんてシロモノ、初めてだ。ちょっと適当にリモコンをい
じると…およ、なんか入りっぱなしだな。なんだろか?
「千佐子さん、珍しい方にします?月曜日の―――」
「……」
誠司も私も、固まった。
入れっぱなしのDVDの中身は『美人教師・由愛子の淫乱性教育―戦慄の生徒
17人レイプ・レイプ・レイプ―』だった。タイトル通り、これが浩司の言って
いた『女教師が教壇の上で生徒17人にレイプされるDVDのヤツ』か。
「ちょ、な、何を…」
「何って、あの、えと、え…」
固まっている間に、始まってしまった。私は妙にムチムチした綺麗な女の人(多
分これが由愛子だろう)が気になる。ううう、胸、でけぇ。
「ち、千佐子さん、あの、止めましょう」
「あ、あの、み、見ようか?」
「はぁ!?」
おいでおいで、とリモコン2つをこたつの中に隠し、誠司を座らせる。
エロビデオ、見た事無いし、誠司がどんな趣味かもわかるかもしれない。まぁ、
興味本位だ。誠司はしどろもどろしながらも、今度は私と違う場所に入る。
…唐突に、婚約者とのエロビデ鑑賞会が始まった。
『あ、あああ、イクぅ、イクのぉおっ!!』
「う、うわああ、あの、誠司、あの、入るの!?あの、お尻って、入れられるも
んなの!?」
「…僕に聞かないで下さい」
眼を逸らしながら、誠司はぼやく。
いやはや、すっげぇな、これ。本当に教壇上で生徒(って割には老けてる)に
レイプされてるよ。ていうか、これ既にレイプじゃない気もするけど。
口から手からもう全部使って一度に5、6人は相手してる。周り囲んでるのが、
なんかアホみたいに見える。
「…うわあああ」
開始、まだ15分。後何分あるんだろ…誠司は黙ったままだし、私もほとんど
うわああしか言っていない気がする。
結局、そのまま全部見てしまった。しかし、凄かった。最後には由愛子は身体
中白くなってた。しかし、おっぱいでかかったな。
「…誠司、こういうの好き、なの?」
私の問いに、やっぱり、誠司は答えない。私も、どうしていいかわからない。
どうしよう、どうすればいいんだ?迂闊に動けもしない。
「あの、あ、私、あの、帰る…った方が、いいよ、ね?」
私自身、後悔していた。こういうの、一緒に見るものじゃないって。後、私も
同じだ、許可無しに日記見るのと、一緒だ。馬鹿、本当に馬鹿だ。
「……」
無言で、誠司が私の腕を掴む。けど、私はおっかなくて、誠司の手を振り払っ
てしまった。誠司は、こたつから出ず、そのまま俯いてしまう。
どうしようもなくなって、私は逃げ出してしまった。
うわあああああああああああああああああああああああああ。
久々のお風呂の中で、私はそう言い続けていた。いや、心の中でなんだけどね。
ぬるめだから、傷にはあんまり染みない。が、今は胃とかの方がきりきり言って
いた。
なんで、こんな事になったんだろう。興味本位でなんかすると痛い目にあうっ
ていうのはよくある事なのに。
きっと、誠司怒ったな。寧ろ、また失望されたかもしれない。せっかく、好き
になってくれたのに。まぁ、こんなアホな女だってのに早めに気付いたのはいい
事かもしれないけど。
…しかし、金っていうのはある所にはあるもんだと、痛感した。
この風呂、私専用なんだもんな…結構広いし…自分の部屋に風呂とトイレがあ
るって、ここは旅館か、と最初は思った。風呂も、バスタブでなくてどう言えば
いいものか…床がへこんで、風呂があるっていう、本当に旅館みたいな風呂。
最初か…逃げ出すって息巻いて、誠司も浩司も嫌いで、ホントは、不安で怖く
て仕方が無かったけど…
こつこつ、とノックをされる。びっくりして『おゎいっ!?』と、返事なんだ
か叫びなんだかわからない声を上げる。
「え、な、だ、ふ、不二子ちゃん!?」
『僕です』
「僕さん!?」
いや、声でわかるけどさ。誠司だ。私は何故か手近にあったタオル(でかい)
を身体に巻いてから、改めて返事をする。
「…さっきは、すいません」
とりあえず、謝った。誠司はこの場にはいないけど、コメツキバッタのように
謝った。
『別に、貴方が謝る事じゃないでしょう』
緊張したような、声。どうしたんだろう。
「あ、謝る事、だよ。ごめん。ああいうの、反則だよ。ごめん。あの、あの…嫌
いに、なった?」
怖くて、聞いてしまった。
なんか、すげぇ間。うわあああ、怖い。怖すぎる。絶対、あの番組の解答者、
こんな気持ちだよ。
『…貴方こそ、僕の事、あの、軽蔑とか、してません?』
震えた声。なんと、質問を質問で返す司会者(?)。
「や、やだな、あの、誠司、聞いたの私だって。私、誠司を軽蔑なんてしない」
びしょっ、と真上に向けて水鉄砲を放つ。当然ながら、水は自分に降り掛かる。
やだな、いつの間に誠司に嫌われるのがこんなに怖くなってんだ?
まぁ、捨てられるって事の怖さは身に染みてるけどさ。
『そうですか。すいません、勝手にこんな所まで来て』
「え、ううん、いいよ、いいよ。よかったぁ」
うん、よかった、とりあえず最悪の事態じゃないみたいだ。誠司も、自分の方
が罪悪感、感じてたみたいだし、嫌われた訳じゃ、ないんだ。
「……」
『……』
会話が、途切れてしまった。よく考えれば、こんな所で長話もするようなもん
じゃないし、けど、でも、このまま別れるのも…うーん、どうしよう。
誠司も、もしかしてなにかあるのだろうか?
―――ふと、さっきまでの自分の事を思い出した。婚約者になったからって、
利用したからって、無理に誠司の事、好きになろうとしてた。けど、今はどうだ
ろう?いつの間にか、嫌われるのが怖くなってる。そういえば、さっきは何しに
誠司の所へ行ったんだっけ―――?―――あ。
お互い理解する、という事にうってつけの言葉があるじゃねぇか。どうせ乳も
半裸も見られた仲だ。日本語って最高だな。誰が考えたんだ『裸の付き合い』。
「…誠司」
『なんですか?』
誠司もどうすればいいのか迷っていたのか、先に声を掛けた私に嬉しそうに返
事をした。
「あのさ、一緒にお風呂、入らない?」
こんなん言ったら、怒られるだろうなぁと思いつつ、それで怒ってくれて出て
行けるならいいなぁ、という事も思ってしまう。来てくれるなら、それはそれで
誠司がそんなに私が好きか、と、嬉しくなってしまう。が。
がらり。
「…早っ」
「詐欺…」
誠司が予想よりも早く服脱いで、腰にタオル巻いて入って着た事に対しての私
の言葉と、多分、誠司のは…私が身体にタオル巻いていた事に対してだろうか。
「詐欺ってお前、ていうか、早いな、お前も」
「早いでしょう、普通そんなお誘いを受けたら」
完全に開き直っているのか、誠司は普通に桶でお湯を掬った。
「お湯、ぬるくないですか?江戸っ子でしたらもっと熱く…」
「お前、どこのじいさんだ。いいの、傷に染みるんだって」
精神的にはともかく肉体的にはゆったりしていたので、身体は結構良くなって
いた。誠司がちゃんと治療してくれたのもあるけど。
「そうですか…そうですよね、すいません」
シャンプーとリンスを一緒に手にとって、がしゃがしゃ頭を洗い、ヘチマにボ
ディーソープをぶっ掛ける。誠司は、意外とガサツな面もあると思う。
「別にどうでもいいんだけど…シャンプーとリンス一緒にするとあんまり意味が
無いって、聞いた事あるよ」
なんだかこういう所を見ると、誠司も可愛く思える。
「そうなんですか」
全然、気にしてなさそうだ。こいつそのくせ髪の毛お綺麗だったような気がす
る。ムキ―。私は風呂から出て、身体を洗っている誠司からヘチマを奪い取る。
「背中、流してあげる」
「…あ、ありがとうございまいたったたたたたた!?」
がっしゃがっしゃ、と、少々力を込めてやる。あ、赤くなった。シャワーのコ
ックを捻って、大分冷たいお水をぶっ掛ける。
「つっ…ぬああああああ」
泡が、一気に落ちる。頭から背中から、泡が落ちて行く。鏡にも掛けたから、
ぐぬあああああああああ、と悶えている誠司の顔が見える。可愛い。
「…こっ…殺す、気、ですか…」
恨み節の入った誠司を無視して、私はまた湯船に逃げる。はぁ、と誠司は溜息
をついて残りの泡をお湯で流した。そんでもって。
「失礼します」
静かに、誠司が湯船に入って来た。
…なんだか、凄く変な感じだった。
「…話、する?」
急に会話が途切れて、どうしようかと思って、そう言った。
「別に、無理してする必要はありませんし」
そう言うと、誠司は眼を閉じた。まぁ、そうなんだけどね。この、何も話さな
い状況が…全然重苦しくない。寧ろ幸せ。ずっとこうしてたいと…思ってしまう。
「…うん」
私も、沈んじゃいそうなくらいに身体を伸ばす。おっきいお風呂って、本当に
気持ちいいな。
「色々落ち着いたら、どこかへ行きません?」
おい、さっきの言葉はどこへ行った。苦笑しながら、いいね、と返す。旅行な
んて、全然行った覚え無いからな。誠司とだったら、どこでも楽しいかも。
「…千佐子さん」
「ん?」
誠司が、笑う。けど、今までと少し違う。どっちかって言うと、悪戯っぽい…
く、と身体が引っ張られる感覚。それもそうだろう、誠司はいきなり私のタオ
ルを―――
「ひゃ…!?」
慌ててタオルを取り返そうとするけど、そんなの、裸で誠司に突っ込むのに変
わりないじゃないか。気付いた時には、誠司に抱き締められていた。
「ちょ、あの、せ、誠司、いや…」
「…嫌も何も、わかってましたけど、普通入浴に誘うって、無いですよ?」
きゅうう、とまるで私の身体を自分に押し付けるみたいに抱きすくめられる。
いや、あの、確かによく考えればそうだけど…でも…
「嫌なら、すぐ止めますけど。その代わり僕、三日は泣き暮らしますからね」
そ、それは、あのもう既に脅迫じゃ…でも、正直断っても私に被害は来ない脅
迫だ。
「…第一、なんで自分の中のレギュラー物を好きな人の隣で見て、その後一緒に
風呂に入らなきゃいけないんですか…」
誠司が抱き締める力をどんどん強くして来る。ああ、ナルホド。
「誠司、あの、発情しちゃったの?」
…言い方、ものっ凄く悪かったかもしれない。誠司はぺし、と私の頭を叩いた。
「しましたよ、ええ、大いにしましたよ」
さっきから、あの、当たってる。誠司の…うわああ。
「…由愛子?それとも…私?」
ちょっとテンパりながら、どえらい事を口にしてしまう。誠司は脱力して、私
の肩に顎をのっける。
「あんまり、由愛子由愛子と連呼しないでいただけますか…そっちは、もう出し
てきましたから…」
「え?…う…ん…?」
言葉の意味を考える間も無く、キスされる。誠司の手が私の胸を包むみたいに
触ると、なんだか鳥肌が立った。嫌なのか、そうでないのか、判断もつかない。
「やぁ…誠司…」
誠司が、私の胸を触っている。こんな事になるなんて、思ってなかった。誠司
が、こんな事、私にするって…どこかで、ぶっちゃけありえないと思ってたし…
「っ…や、やだ、誠司、誠司ってば」
もう片方の胸…てか、乳首を、口に含んだ。変な感触。唇だけで挟むようにさ
れると、本格的にぞわっ、としてしまう。
「千佐子さん、痛いです」
いつの間にか、誠司の髪の毛を掴んでいたらしく、抗議の声が上がった。
「だ…っ、だって、こんな、の…」
おっかない。誠司と、いやらしい事のイメージが、理屈でわかっていても、ど
こか繋がらなくて、なんだか凄く悪い事をしている気分になる。
「こんなの?」
誠司が、少しからかうような声で、聞いて来る。その間にも、私の身体を逃が
さないように押さえ、胸を揉み続けている。
「…嫌ですか?」
身体の奥が、熱くなって来る。誠司の手が身体を這い回る度に、怖いのと、少
し物足りない、という気持ちが強くなって来る。
「千佐子さん、今なら土佐犬にも負けそうですね」
比べるモノが、違う気がする。意地悪だ、こいつは。元々だって、熊なんか倒
せる筈が無いのに。それだって、嘘だって知ってる筈なのに。
「食べる量の割には、あまり出てる訳でもないですし」
「あっ…」
お腹を撫でて、耳元で『胸もですけど』と嫌味を言う。誠司の、ダイレクトな
セクハラは、リアクションに困る。けど、とりあえず胸については由愛子を標準
にされちゃたまんねぇ。
「…小さい方が好きだって、言ったくせに」
回らない頭では、この程度の返ししか出来ない。馬鹿丸出しじゃん、私。
「好きですよ」
笑いを堪えながら、言う。馬鹿にされてるよ、やっぱり。腹立たしい。誠司は
私をお風呂の縁に座らせると、下から私の身体を舐めるみたいに見た。
「ただ、小さいからでなくて、貴方ですから、貴方の小さい胸が好きなんで」
かこーーーーーーーーん、と手近にあった桶で誠司の頭を思い切り殴った。お
前、それは言い過ぎだろうよ。
頭を擦りながら、誠司は涙眼でこっちを見る。
「…容赦無いですよね、千佐子さん…」
「おうよ」
ふん、と誠司を蹴ってやる。
「今のは、僕が悪かったです」
すいません、と謝ってくれるのはいいけど…
「誠司…」
太腿を撫でながら、首筋を舐められる。ぞくぞくして、押し退けようとするけ
ど、その前に唇は少し下に移動する。くっ、と胸を掬い上げると、赤ちゃんの如
く吸って来た。
「あっ…待って、や、そこ、や…」
太腿を擦っていた手が、内腿に移動する。誠司の指が、触れる。
「やっ…あ!?」
逃げようとしたけど、下半身押さえ付けられてたから、そのまま寝そべってし
まう形になる。当然、誠司に見せ付けるような格好になってしまう。
「やだ、や、誠司…!見ないで…」
「…嫌です」
即却下。誠司は脚を閉じないように手で押さえ付ける。明るい中で、私は全部、
誠司に曝け出す格好となってしまう。
「やだぁ…っ…」
恥ずかしくて、怖くて、涙が出て来る。誠司の顔が、見れない。そんな所、自
分だってじっくり見た事なんか無いのに。
「っ…!」
つ、と、誠司の指が触れる。お湯かどうかはわからないけど、そこは濡れてい
て、簡単に誠司の指を受け入れてしまう。
「誠司、やめてぇ…こんなの、や…あっ…ああ」
指が、もう少し奥まで入って来る。
そう思ったら、指が、抜かれる。が、また。音を立てて、誠司の指が私の中を
行き来する。
「あっ…あああっ!?」
不意に、誠司が口を付けて来る。自分でも、触った事あるけど、一番感じる場
所。強く吸われると、誠司の指を締め付けてしまう。それがまた良くて、もっと
刺激を求めてしまう。
「ふぁ…あっ…誠、司…い」
眼の前がぼやけて、明かりだけをみつめてしまう。自分の中から、お尻に伝う
くらい濡れて、それが舐め取られ、また溢れ出す。
「いやぁ…」
快感に負けたくなるのと、恥ずかしいのとがぐちゃぐちゃになって、逃げ出し
たくなる。頑張れば、すぐ逃げれるようなもんだけど、力が抜けてしまって、ど
うしようも無い。
…嫌、じゃないんだけど、でも、やっぱり慣れてない?ようなもんなんだろう
か。不意に、視界が暗くなる。誠司が、私を見下ろしてる。今、私はどんな顔を
してるんだろう。
「千佐子さん…」
ぎゅう、と抱き締められる。どうして?なんで、こんな怖いの?
「―――貴方を、誰にも渡さない」
そう、抑揚の無い声で呟く。声だけなのに、それだけで、抱き締める腕も、体
温も、全てが怖くなった。
「や…あっ、放して、誠司、なんか、怖い…」
誠司が、どっかおかしい。それなのに、誠司自体が何かを怖がってるみたいで、
どうすればいいんだ。このまま、誠司の好きなようにさせれば、収まるのか?て
いうか…
「渡さないって…誰に…」
誰にって…こんな私なんぞ欲しがる奴がいるのか?そういえば…誠司が言って
いたような気が…―――あ。
「…叔父さん?」
もしかして、本当に、そうなのか?てか、誠司、心配性過ぎないか?
「誠司、そうなの?そんな、叔父さんの事―――」
抱き締める力が、緩む。慌てて誠司の顔を覗き見ると、茫然とした顔で、私を
見てた。でもって、その呆然とした顔が、次第に悲しそうな顔になる。もしかし
て、本当に、確証があって…言ってたのかな。誠司がこんなんになるって、相当
だと思うし。
「誠司、もしかして、何かあったの?」
泣く寸前くらいにまでなった誠司を、私は抱き締める。暫く震えていたけど、
観念したように、ぽつぽつと喋り出した。
「―――貴方を地下牢に入れた後、父さんに、経緯を話しました」
うわ。忘れてたけど、私自爆したんだよな。道理で杖ついてたのに、叔父さん
と浩司からツッコミ無かった訳だ。
「先に、貴方の怪我の事を伝えて、それから、説明しようとしたんです」
言いにくそうに、言葉を一生懸命選んで、誠司は言う。
「…その時、父さんは、確かに言ったんです」
誠司の表情が、曇る。じわ、と涙が浮かんだ。誠司が、泣いてる。それだけで
も凄くびっくりしたんだけど、誠司が言った言葉に、もっと驚かされた。
「…理佐子に、何をしたって…」
誠司は、震えた声でそう言った。
叔父さんの様子は、尋常じゃ無かったそうだ。誠司の胸倉を掴んで、本当に、
おかしくなったんじゃないか、と思うくらいの剣幕で。すぐ、戻ったそうだけど。
「僕は、ずっと父さんが何を考えているか、わからなかったんです。父は、ずっ
とお祖母さんに逆らっていたのに、お祖母さんがおかしい事くらい、子供だった
僕にもわかっていたのに、でも、父さんはずっとお祖母さんの側に立って…」
誠司は、私にしがみ付いて、急に話が飛んでしまった。けど、誠司は大分興奮
してしまっている。私は誠司を抱き締めて、とりあえず、全部吐き出させる事に
した。
―――どうやら、誠司も、浩司も、ずっと、それこそ、このくそ厄介な遺言を
残した前当主―――私のお母さんと、誠司達のお母さんのお母さん、即ち私達の
ばぁちゃんに虐げられていたみたいだった。
駆け落ちしたお母さんを、ばぁちゃんはずっと探していた。
その間、お母さんの妹の子供で、身体の弱い浩司と誠司は、ばぁちゃんに、絶
対に当主にさせないと、必要の無い人間だと、言い聞かされていた。
ばぁちゃん―――てか、ババァに謂れの無い貶めを受ける度、具合が悪くなっ
て行った浩司を、いつまでもババァに苦しめられる元の父親、母親を、誠司は小
さい頃から守ろうとしていた。
けど、ある日を境に、父親も身体を壊し、亡くなった。
それから数年経って、今の父親―――叔父さんが入り婿としてやって来た。表
向きは母親を守っていたそうだけど、逆らい続けていた元の父親とは反対に、言
いなりとまでは行かないけど、意に添っていた。
それが、逆に自分達を守る為のものだと思っていたけど、今回の事ではっきり
わかった。叔父さんは、お母さんを―――理佐子を自分の手中に納めたかっただ
けだと。そしてお母さんが死んだ今、私を身代わりにしようとしていると。
だから、そうなるより先に、誠司は私を手に入れようとした。好きだって気持
ちはあるけど―――焦って、関係を持ってしまえば、既成事実さえ作ってしまえ
ば、絶対に手が出せなくなると思って。
「…すいません。でも、これじゃ僕、あの人と何も変わらないですよね」
しゅん、となってしまった。本当は、叔父さんの事に気付きさえしなかったら、
お風呂の誘いだって受けなかったそうだ。もう少し、こういうのに疎そうな私が、
ちゃんと心の準備が出来て受け入れてくれるまで、待つつもりだったそうだ。
…つまり、誠司も、やっぱり浩司の弟で、私の従兄弟。ちょっと考え無しな馬
鹿なんだ。まぁ、私なんかよりは、ずっと優しくて、同じくらい不器用な。
わかってた筈なのに。大切な人を大切にし過ぎて、自分だけが背負い込んでし
まうって、わかってたのに。
―――誠司がこういう奴だから、私も、守りたいって、吐き出して、泣いて欲
しいって思う。ここに来て、やっと、はっきりわかった。私、誠司の事が好きな
んだ。必死になって家族を守りたいと思ってるこいつの事…好きになってたんだ。
「…?」
静かに、泣いている誠司を、私は抱き締めた。誠司は、そんな私に戸惑ってい
るのか、わたわたして手や首を動かしている。
「…好きだよ、誠司。ああいう事しなくたって、私はもう、誠司のものだから」
そう、正直に自分の気持ちを伝える。ぴた、と無駄な動きが止まった。そして、
暫くそのままでいて、それからまた暫くして―――誠司も、抱き締めてくれた。
あー、すっげぇ幸せ。半端なく癒される。が、ひとつだけ、心残りが。
「…あのさ、しよっか?」
ぶっ、と誠司が吹き出した。まぁ、唐突っちゃぁ唐突なんだけど…あの、悪い
けど、私だって、中途半端なままだし…せっかく、素っ裸同士なんだし…何より、
私も出来れば…誠司とのこう、確証が欲しいっつーか。ああいう事言った手前、
なんだけども。
下を見れば、誠司のだって…あの、まだまだ元気だし。青少年の性欲をなめる
なっつー話だ。ていうか、男の人のって、はぁー、こうなってるんだ。うわああ。
「っ…!?」
恐る恐る、触れてみる。熱い、大きい。こんなん…入る、んだよな。モザイク
掛かってたけど、入ってたし。好奇心もあって、由愛子みたいに口を開けて…は
ちょっと怖いから、舌で突付いてみる事にする。
「っちょ…千佐子さん!?」
慌てて、私の頭をがっしと掴む誠司。手はいいのに口は駄目なんだろうか。
「せぇ…じ?嫌?」
なんか、物凄く焦った表情で、本当に舐めさせまい、としてるみたい。
「あ、あの、嫌、な訳は100ありませんけど、でも、千佐子さん無理をしてい
ないですか?貴方、変な所で気を使いますし…」
…うわああああああ。誠司に言われちまったぁ。なんか、情けなくなって来る。
が、同時に大分嬉しい。大事にされてるなぁ、と実感してしまう。が、しかし。
「別に、無理してないよ。さっき、誠司同じ事してたじゃん。だから、私も」
がっしり掴む誠司の手をどけて、再度トライする。見るの自体初めてだけど、
これ自身が誠司だから、不思議とそんな怖くはない。かと言って日常的に出来る
かと言われても困るけど。今は、大分やらしい気分にもなってるからかな。
ちろ、と舐めてみる。しょっぱい…んだかなんだかわからないけど、味云々よ
りも…凄く『自分の意思でで男の人のを舐めてる』って事実が、どうしようもな
くいやらしくて、恥ずかしい。舐めてるだけで、由愛子みたいに口いっぱいまで
入れてる訳じゃないんだけどさ…
それでも、ずっと舐っていると、誠司のが私の唾液と、途中で誠司から出て来
た(とりあえず精液じゃないそうだ)ので、ヌルヌルになって来た。
私も舐めてる事で興奮してきたのか、そっと触ったら、同じくらい濡れていた。
「…千佐子さん」
誠司が、思い詰めたような顔で、キスして来た。こう言うのなんだけど、お前
私の数十倍は色っぽいな。ちょっとした嫉妬心を抱きながらも、誠司にしがみ付
こうとする。けど。
「誠司?」
誠司は私の身体をひっくり返して、四つん這いにさせる。
「誠司、こっちがいいの?」
やっぱ、由愛子がちょっと頭にあるのかなぁ。まぁ、由愛子は最初こそこんな
んだったけど、終いにゃもう様々な格好でブチ込まれてたけどな。しみじみ思う。
気配り上手の誠司は下にタオルを敷いてくれている。でも、そうするって事は、
やっぱり、後ろからするんだろうな…
「…痛かったら、言って下さいね」
ぐっ、と腰を掴んで、そう言ってくれる。でも、多分歯医者と一緒で途中で止
める事は無いんだろうなぁ。
「―――っ…」
ゆっくりと、時間を掛けて、誠司のが私の中に入って来る。
…誠司の事、好き。だけど、そういうのとは別物で、なんだか怖い。自分の身
体の中に、誰かを受け入れるってのは…
「っつ…」
眉を、顰めてしまう。ゆっくりだけど、やっぱり、痛いものは痛い。やっぱり、
後ろからよりは…真正面の方が良かったかもしれない。まぁ、後の祭だ。
「誠司…誠司…っ…」
名前を呼ぶしか出来なくて、でも、どこかで受け入れる事に慣れて来て、ひと
つになれて嬉しいとも、思う。痛みの分だけ、なんとはなしに。
「あっ…うぁ…あ」
奥まで、行き届く。痛いのは痛かったけど、まぁ、余裕が全て無くなる程じゃ
あ、なかった。
「んっ…」
誠司が、両手で胸を掴んで来た。両方の乳首を、同じような間隔で摘まれると、
誠司のを締め付けてしまう。少し痛い。もう少しだけ、待って欲しい。
声の調子でわかってくれたのか、誠司はそれから動かずに、じっとしていてく
れた。時折頭を撫でてくれたり、背中にキスしてくれたりした。
次第に、ズキズキしてた入口とかが、痺れるような感覚に変わって行く。はぁ、
と溜息をつくと、誠司がまたさっきみたいに胸を掴んだ。今度は―――
「あ…あぁっ…」
また、締め付ける。けど、今度は痛みは少なく、蕩けるような感覚がした。声
も、甘ったるいものになる。誠司が少しだけ動いて、中を行き来すると、水音と
共に、声も洩れる。少しだけ引き攣るような感覚も、快感の方が勝って、気にな
らなくなっていた。
「いっ…誠司、いいっ…あ…ああっ…ぅ…」
どうしよう、気持ちいい。誠司がする事、全部気持ちいい。ゆっくり、私の事
気遣って、傷付けないように動いてくれる。嬉しくて、気持ち良くて、あられも
ない声を、上げてしまう。それが続くと、腕が身体を押さえきれなくなって、床
に付いてしまう。思い切りお尻を突き上げるような形になってしまう。
「―――て、いい、ですか?」
途切れ途切れに、誠司の声が聞こえて来る。私は頷きながら、また声を上げる。
いやらしい子だと、誠司は思っているだろうか。そんな事を思った瞬間、違和感
を感じる。誠司の指が、お尻の―――
「え…やっ…やだ…あっ、そんな…」
お尻まで一杯濡れてたから、誠司の指も、割合簡単に受け入れてしまう。そん
な所に入れた事が無いから、奇妙な感覚が襲い掛かる。また、きゅっ、て誠司の
を締め付けてしまう。
「やだ…変、変なの…いやぁ…抜いて…」
じたばたするけど、誠司は一向に止めてくれない。
「いいでしょう、許可はいただいたんですし、僕の一杯締め付けてくれてるんで
すから…それに、入るのかと聞いてきたじゃ、ないですか」
くっ、と指を動かし、その度に私は締め付け、腰を動かしてしまう。いや、確
かに聞いたけど、まさか、誠司―――
「今は無理ですけど…その内、試してみます?」
「ひぁ…あああっ!?」
もう片方の指が、感じる所を、痛いくらいに強く擦る。びっくりするくらい敏
感になっている。お尻も一緒に弄られる度に、もっと快感を求めて、声を上げ、
腰を振ってしまう。頭の中が真っ白になって、ただ、快感だけを求めてしまう。
―――最後は。
自分自身の大きい声と、自分の中で何かが弾けるような感覚。
身体中の力が抜けて、同時に物凄い眠気が襲って来た。ここがお風呂だって事
も忘れて、私はそのまま意識を手放した。
『…お姉ちゃん、これ、あげます』
そう言って、誠司くんは私に摘んだお花をくれた。
『ありがとう』
お礼を言うと、誠司くんは真っ赤になって、とても嬉しそうに笑った。
『…誠司様、千佐子様…そろそろお時間です』
後ろから、声がする。誠司くんのお母さんと、一緒に来た人。
『鈴原先生、もうなの?』
がっかりしたような声で、誠司くんは言う。先生という事は、お父さんじゃあ
ないんだろう。
『はい。そうです。ですが…私は千佐子様とお話があります。それまで、そこに
いていただけますか』
『…うん、わかりました』
不服そうな顔。私は、その鈴原先生って人に、茂みの方まで連れて行かれる。
そして。
『いずれ、君は連れ戻されるだろう』
―――え?
意味が、全くわからない。言葉の意味が、理解出来ない。でも、鈴原先生は構
わず、喋り続ける。
『そんな事はどうでもいいんだ。とにかく、葵には気を付けなさい』
―――は?
いきなりそんな事を言われても、凄く困る。誰、アオイって。
『葵は、私と違って賢い。だから、早い内に気付き、眼が醒めるだろう』
意味が、全くわからない。なにが言いたいんだろう。なにをしたいんだろう。
『そして葵は藤乃原の人間を、当主を―――君を憎み、そして、私を憎むだろう』
頭が、おかしいんだろうか。この人は。
『―――私の一番大切なあの子に―――慎吾に手を出させたら、許さない』
え?え?はい?誰?どなたですか?そのシンゴって。
『あの子は、私の掛け替えの無い存在だ。だからこそ、狙われる。だから、身代
わりを用意した。だから、使うなら、その子を使いなさい』
その子?名前がその子?そうなの?
『いいか、その子は道具だ。その子は慎吾の事も、葵の事も全て知っている。君
の味方であり、切り札だ。もしもの時は、その子を差し出せ』
肩を、掴まれる。怖い。この人、怖い。怖すぎて、私は声さえ出ない。
『―――その子の名前は―――』
最後に、それだけ言って、その人―――鈴原先生は笑った。この上ない、怖い
笑顔で。怖くて、怖くて―――それから、記憶が無い。気付いた時には―――
「―――っ!!」
がば、と起き上がる。ここはどこだろう。ベッドの上で、私は寝ていた。
「っ…あ…」
ぼろぼろと、涙が溢れ、流れた。
怖い。凄く、怖い。
「っ…や…」
どうして怖いのか、まるでわからない。それなのに、恐怖で、震えていた。
「…どうしたんですか?」
不意に、横から声が掛かる。心配そうに、私の手を握る人。
「っ誠司くん!!」
ぎゅう、と私は、何故か誠司をそう呼んで、抱き付いた。そして、安心感から
か、思う存分、誠司の胸の中で泣いてしまう。
「…千佐子、さん?」
戸惑いながらも、私を抱き締めてくれる。背中を叩いて、安心させてくれる。
…馬鹿みたい。自分より年下の奴に縋って、泣き喚いている。どうして怖いか
もわからないのに。けど、これだけはわかる。
今、ここで、誠司が側にいてくれて、本当に良かったって。
「…懐かしい呼び方をしてくれたものですね」
泣き止んで、それでもまだ誠司にしがみ付いていると、不意に誠司が言った。
「え…っわた…し、変な呼び方…した?」
鼻を啜って、誠司の顔を見る。苦笑して、頷いた。そして、腫れた瞼と、唇に
キスをしてくれた。
「なんでもないです。もう、これだから貴方を1人にはしたくないんですよ」
頭を撫でて、またぎゅっとしてくれる。心が、楽になる。けど、これだからっ
て…どういう事だ。
「…まぁ、もうこうなった以上は言ってしまいますけど…昨日の夜、貴方が心配
で見に行ったら、畳の上で寝ていたじゃないですか」
―――う。そういえば、そうだ。でもって、誠司が布団に寝かせてくれたんだ
よな…あああ、情け無い。
「それで、出て行こうとしたら、貴方泣いてしまうんですからね。言ってしまえ
ば、僕の好きな理由はアレかもしれませんね、1人にしておけないって」
からかうように、笑いながら言う。うわああ…ん?という事は…
「誠司、もしかして、その時―――」
…キス、したのって、もしかしなくても…
「そうですよ。いいじゃないですか、バイト代ですよ」
そのバイト代という言葉に若干の不満はあるものの…そっか、あの時、私の事
安心させてくれたの…誠司だったんか。
「……」
いいんだろうか、こうやって、誠司に甘えてばかりで。ていうか。
…自分、確か、風呂場で寝た筈じゃ…慌てて自分の身体を確認。あ、バスロー
ブ着てるや。誠司、ナイス。
少し吹き出してしまいそうになりながら、またしがみつく。
「昨日、誠司のおかげで、安心出来た…本当に、ありがと」
その時に、わかられたのかな…寂しかった事…まだ、お父さんに縋ってた事。
誠司は私を抱き締めて、子供をあやすみたいにしてくれる。そして。
「寂しいの、嫌ですか」
そう、聞いて来る。私は、頷く。
「1人は、嫌ですか」
…基本的には同じ事だけど、まぁ、違う事でもあるから、頷く。
「…僕で、いいですか」
「誠司じゃなきゃ、嫌」
頷かず、そう、真正面から、言った。
「―――ありがとうございます」
それは違うんじゃないかなぁと思いつつ誠司は私を抱き締めながら横になった。
「…しっ…かし、これから、結構大変ですよ」
不意に、誠司は呟く。
「そうだろうな…」
ちょっぴしうんざりしながら、私も呟く。
「覚えなければいけない事、しなければいけない事、山程あります」
「苦労するだろうけど、教えてね」
…暫く間を置いて、はい…と死にそうな声で呻きやがった。まぁ、ちょっと考
えれば誠司の気持ちも痛い程わかるけど。
「後、くれぐれも父さんには気を付けて下さい」
「…うん」
今度は、私が死にそうな声。嫌だなぁ、嫌だなぁ…この親子関係。
「あと…」
後はなんだ…これ以上がっかりさせないでくれよ…
「愛してます、千佐子さん」
そう言うと、キスしてくれた。
…こんちくしょう、嬉しい不意打ちじゃねぇか。
「うん、私も…私も、誠司の事…うん、まぁ、そうだよ」
「ありがとうございます」
変な空気が漂う。
「…ふへっ…」
「…あはは…」
つい、笑ってしまう。幸せで、嬉しくて、恥ずかしくて。
いつの間にか、怖いという感情は、無くなっていた。誠司がいてくれるから。
なんだかどえらい事を忘れているような気もするけど…気を付けるべき『葵』
ちゃんとやらが奴である限り…まぁ、大丈夫か。それよりも、気を付けるべきは
…叔父さん。
「…誠司」
「なんですか?」
「私と誠司で駆け落ちしたら、もう誰も追って来ないような気がしない?」
…なんとなく。
なーんとなく、言ってみた。
「…あまり、実の無い話はやめません?」
「そりゃそうだ」
はぁ、とお互い溜息。まぁ、いいや。誠司がいてくれるなら、どこでもいい。
1人にしないでくれるし、寂しくもさせないでくれる。ましてや、それが誠司様
とあれば、怖いもんなんか何も無い。とにかく、これから大変なんだ。たっぷり
睡眠とって、起きたら…
―――明日のごはん、なんだろう?
当座の悩みは、とりあえずそんなもんだった。
終
588 :
377:2005/03/23(水) 16:24:08 ID:qki6P1qa
はい、こんな感じです。
また、新しい話もしくは4周目が出来たら
投下したいと思います。
ウホッ次男坊キター
やはりこの組み合わせは好きです大好きです。
なんか今回の主人公が一番可愛く感じた。
破天荒な部分だけじゃなくて弱い部分も丁寧に
書いてあるからかなぁ…
恋愛の一番幸せな部分が描かれてるようで楽しかったです。
つか普通にストーリーが気になる…!
長編乙!
次男坊の性格が複雑で、まだまだ全部だしてないぞ
みたいな感じが魅力的でした。
エロもGJですた。
続きが読みたいです。
377さんお疲れ様です!
今回の次男編も、楽しく読ませていただきました。
このシリーズ大好きです!
伏線がとても気になりますね。
新作も続編ものんびりお待ちしています。頑張ってください。
たのしかった!
乙!!
このスレ最近見つけたのですが、クオリティ高くて素晴らしいですね。
まとめサイトで楽しませてもらってます。
377氏の館もんは凄いの一言。面白い!
ところでこのスレ的には、他のスレでうpした物の再うpは有りですか
感想、意見聞きたいのがあるのですが、どうでしょう
593ですが
よく考えると、感想くれくれ君みたいだ。
ごめんなさい。スルーしてください。
元スレの名前ださなきゃアリだしょ
SSカモン
>>593 どこかに置いて、ここからリンクするのがよさげ。
そちらに感想掲示板とか捨てメアドとか置いて。
胸がえぐれるような感想が来る可能性もありますが。