http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1065717338/375 の続き。
ガコン ビイイィィンン
「ぐぎゃっ!?」
突然、鈍い音と、ギターの弦が弾ける音が響き渡る。
同時に後頭部に痛みを感じ、間抜けな悲鳴をあげてしまう。
「痛ってえっ! だ、誰………だあ!?」
振り返った俺は叫び声をあげながら、固まっていた。
そこには俺のギターを振り下ろした格好の、見たことも無い女がいたから、だった。
髪は赤く染めたボブカット、服装はデニムのブラとパンツ。腕と足には同色のレザータイツ。
何だか…初対面なはずだけれど、懐かしいような、前から知り合いだったような……。
でも…実際に会ったことはない、よな。………本当に誰だよ、一体。まさか…沙羅の知り合い……か?
そう思って、沙羅のほうを振り返ってみたが、沙羅もまた口をぽかんと開け、彼女を見つめている。
どうやら沙羅にも、心当たりは無さそうだが…すると……何者、だ?
「誰も何も無い、よ。アタシを見捨てて、その女と一緒になる、って言うのかい?」
気の強そうな目で俺を睨みつけ、ゆっくりと喋りだす。…ちょっと待て。どういうことだ?
「ええっと……。あなた…は、まさか…付喪神ですか?」
「ああ、そうだよ!」
沙羅がゆっくりと身を起こし、はだけた衣服を直しながら彼女に尋ねる。
彼女は、顔をしかめながら吐き捨てるように答えた。………ツクモガミ? 何だそりゃ?
「あのですね…。付喪神と言いますのは、年を経て古くなった器物に宿る精霊のこと、ですよ。
ただ、人間の前に姿を現すことは、ほとんど無いのですが、ね……」
事態がよく呑み込めない俺に、沙羅が説明する。
「ふうん、そうなんだ……って、ちょっと待て! 彼女は人間じゃないってことか!?」
「まあ、そういうことです。でも、そんなに驚くようなことですか?」
沙羅は怪訝そうな顔で俺を見つめ返す。
…驚くも何も、平静でいれるほうが凄いと思うのだが。
まさに、○跡○験○ンビリバ○ーも真っ青な体験だな、これは。○原○幸にでも相談するかな。
「ううん……そうすると、私がそのぎたあに触れたから、でしょうかね」
俺の疑問の目を意に介することも無く、沙羅はしばらく考え込んでいたかと思うと、
ぱっと顔をあげ、ツクモガミに向かって言った。
「多分な。………ま、いいさ。アンタがその気なら、もうどうでもいいさ。
いいんじゃない? 芸術の神様である弁天様と一緒なんて、ミュージシャン冥利に尽きるだろ。
こんなしょぼくれたギター担いでドサ周りするよりも、さ」
ツクモガミは肩をすくめながら沙羅の問いに答えたかと思うと、
俺に向かってビシッと指を突きたてながら宣言する。
お、おい…突然そう言われても、な……。ん? ま、待てよ? い、今何て言った?
「な、なあ沙羅よ。もしかして……あんたも人間じゃない、ってこと、なのか?」
「はい。そう言いませんでしたっけ?」
俺の問い掛けに、小首を傾げながらあっさりと答える沙羅。…………何てこったい。
ジャーン
しばらく呆然としていると、突然室内にギターの音が鳴り響く。
仰ぎ見ると、そこではツクモガミがギターを構えている。
彼女は、見つめている沙羅と俺に構う様子も無く、演奏し始めた――
「え…あ……う…」
ツクモガミの演奏が終わり、俺は言葉を出そうとしても、声にならずに単語しか発せられなかった。
「フン、これが最後の餞、さ。それじゃあな」
そんな俺を一瞥したかと思うと、ツクモガミは鼻を鳴らしながらギターをケースにしまいこむ。
俺は反射的に、ツクモガミの手を取った。
「な、何だよ。今さらどうしたってんだ?」
「その…お、俺が悪かった。こんな…こんな素晴らしいパートナーが目の前にいたのに、
全然気がつかないどころか、浮気までしようとしていた、なんて………」
眉をしかめながら、こちらを見返すツクモガミに、俺は謝罪の言葉を述べた。
「いいよ、そんなお世辞なんか言わなくたって。それよりいいのかい? 後ろの弁天様が機嫌損ねちゃうぞ」
俺の手を振り払い、ヒラヒラと手を振りながら、アゴをしゃくって俺の後ろを指し示すツクモガミ。
そこには、顔をほんのり上気させ、呆然とこちらを見守っている沙羅がいた。
「確かに…確かに、沙羅は、いや、弁天様の演奏は素晴らしかった。完璧だった。
正直言って俺はおろか、キミよりも演奏の腕前は上だと思う。だが……」
「だがぁ?」
そこで一旦言葉を切り、ツクモガミをじっと見据える。彼女は、俺を一瞥しながら吐き捨てるように言った。
「だが…キミの演奏を聴いて分かったよ。弁天様の演奏は、俺がもとめているものとはちょっと違ってたんだ。
綺麗すぎる、というか、気がつくと相手に有無を言わせない感動を与えるというか……」
「まあ、アタシは弁天様に比べて、お世辞にも綺麗とは言えないし、な」
「い、いやその…何て言えばいいのかな……相手に感動を叩きつける、って言えばいいのかな?
そういう力強さがキミの演奏にあって、それが俺がもとめているもの、なんだよ」
「……………本気で…言っているのかよ?」
俺の言葉に、ツクモガミはしばらくじっとしていたが、ポツリとつぶやくように問いかけてきた。
その顔からは、さっきまでの険は消えている。俺は口には出さずにただ頷く。
上手く言葉にすることは出来ないが、二人の演奏を聴き比べた感想は、紛れも無い事実だった。
確かに、沙羅の演奏を聴いた時は、彼女と組んでいきたい、と思ってはいた。
だが、ツクモガミの演奏を耳にした時、その思いは完全に消えていた。
もし、演奏を聴いた順番が逆だとしても、同じ思いを抱いていただろう。
それほど、ツクモガミの演奏は俺の心に焼きついていたのだ。
「ふ〜う。どうやら……私が先程言っていた、『ふさわしい相手』が見つかったようですね」
「え…えっと……」
俺の頷きを待っていたのか、沙羅がゆっくりと立ち上がりながら語りかけてきた。
さらに、何と言っていいのか分からず、しどろもどろになる俺を見て、優しく微笑む。
「ふふっ。これ以上、お邪魔するわけには参りませんね。馬に蹴られる前に、私は退場します」
顔を上気させたままの沙羅は、その優しい笑みを崩さずに襖を開け、部屋から去っていった。
あとには、俺とツクモガミの2人が残ってしまったが……馬に蹴られるって何だよ?
「よ…余計なことを……弁天様が…ったく……って、な、何だよ! ぽかんとした顔して!」
頬っぺたをポリポリと指で引っかきながら、ツクモガミは沙羅が去っていった襖に向かって悪態をつく。
が、俺の視線に気がつき、一瞬ぎょっとした表情をしたが、すぐに大声で食って掛かってきた。
「いや…何だか……今日一日で、今までの人生分よりもややこしい体験をしたな、と思って」
「どういう意味だよ、そりゃあ?」
俺の答えに、じとりとした目で問い掛けてくるツクモガミ。
…分かるハズないよな。この世にそういう存在がある、なんて知った俺の気持ちはさ。
「ん…別に。ところでさ……」
「な、何だよ」
説明しても無駄だろうと思った俺は、答えに関しては適当にはぐらかし、
先程から疑問に思っていたことを、彼女に聞こうと身を乗り出した。
ツクモガミは、何故だかじっと俺を見つめ返してくる。そんな彼女に向かって問い掛けてみた。
「馬に蹴られる、って何?」
「あ……あのなあ……。………………鈍感野郎」
しばしの沈黙ののち、ツクモガミが呆れたようにつぶやく。最後はポツリと、聞き取れないくらいの声で。
「は?」
「…………に……」
俺の質問には答えずに、ツクモガミはブツブツとつぶやいている。
「………仕方ないよな……」
「あ、あのう……」
床を見つめながら、ブツブツつぶやき続けるツクモガミ。……やばいぞ、何があったんだ?
「仕方ないだろ! こんな鈍感野郎だったとしても! 惚れてしまったのは事実なんだからよ!」
ツクモガミは、突然大声を出しながら俺のほうを仰ぎ見る。その目には…涙?
しかも…今、何て言った?
「そうさ! ずっとずっと前からあんたに惚れていた! でも、アタシの姿はあんたにはずっと見えない、
呼びかけても聞こえるハズも無い! だから…だから……今、こうして…いる…の…が………。
奇跡の…よう……で………すごく……すごく…嬉しい…んだよ……」
俺がぽかんとした顔で見つめていると、ツクモガミは顔を伏せ、まくしたてるように話し出す。
もっとも、話しているうちに感情が爆発したようで、後半は涙で声を詰まらせ、途切れ途切れになっていたが。
その姿を見て、胸に熱いものを感じてきた俺は、ツクモガミを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「な、何だよ! い、今さらそんなことしたって……」
「ごめん……ごめんね………麻衣…」
悪態をついて、振りほどこうとするツクモガミだったが、俺のそのひとことを聞いて体の動きを止めた。
「お……おい…今、今何て言った?」
「え? い、今? ご、ごめんって……」
じっとこちらを見つめて問い掛ける、ツクモガミの様子に戸惑いながらも、俺はどうにか答えた。
「そこじゃないよ。アタシのこと、何て呼んだんだ、って。何で…何でアタシの名前を知っているんだよ?」
「えっ? な、名前……そ…それ…は………」
そう、彼女を抱き寄せた時、確かにその名前が頭に浮かんだんだ。
だが、それが何故、と言われると答えようが無かった。
「何で…何でだよ……何でなんだよう………」
涙ぐみながらつぶやき続ける麻衣を、ただ黙って抱きしめ続けた。
あえて俺からは、何か言おうとは思わなかった。
それよりも、麻衣が落ち着くのをじっと待ったほうがいい、そう思っていたから。
「なあ……芳樹…」
「え? な…何? ぐ…ぐうっ?」
麻衣が顔をあげ、俺に向かって呼びかけるのを見て、反射的に返事をしようとして、言葉に詰まった。
いきなり、麻衣が俺のくちびるを奪ってきたから、だ。
「………ん…っ……。今回だけは…許してやるよ……」
「ご…ごめ……ん…」
くちびるを離し、微笑みながらつぶやく麻衣。思わず謝罪の言葉が口から漏れる。
「分かってないなあ。許してやる、って言っただろ?」
ふふっと笑みを浮かべたまま、麻衣は俺のくちびるをそっと人差し指で押さえながら言った。
もう…もう我慢できない!
「きゃっ! ちょ、ちょっと!?」
気がつくと、俺は麻衣を押し倒していた。突然のことに悲鳴をあげる麻衣。
その悲鳴もまた、興奮に拍車を掛ける材料だったのだろう。俺は麻衣のブラに手を掛け――
「!! ☆△○〒×…………」
ボグッという鈍い音が聞こえた、気がする。同時に、目の前が真っ暗になり、意識が飛びかける。
そんな俺に出来ることと言えば、両手で股間を押さえながらゴロゴロ転がることだけだった。
一瞬、潰れてしまったかと思うほどの、強力な一撃だった。
「ば〜っか! 調子に乗るな」
うずくまる俺の背中に、麻衣の罵声がとぶ。答える気力も無く、力なく転がり続ける。
「アンタが弁天様を押し倒したことまで、許した覚えは無いよ。アタシはそこまで心が広くないんだ。
それを許すまでは、アンタに体をあげるわけには、いかないからね」
「ぐ…ぐう……わ…わがり……まぢだあ…………」
容赦なく叩きつけてくる麻衣の言葉に、痛みをこらえながら、振り絞るような声でどうにか答えた。
「ふん……。ま、今日は何もしない、って誓うのなら、添い寝ぐらいはしてやるけど、な。返事は?」
「く……な、何も…ぢまぜん……ぢ、ぢがいまずう……」
「そっか、ならよし………っと」
俺の返事に満足そうに頷いた麻衣は、ゆっくりと毛布を広げた。…いったい、何を?
「こっち見るな! 着替えてるんだからよ!」
「は、はいい……」
刺すような麻衣の声に、すっかり怯えた俺は、振り返りたい衝動を必死にこらえ、反対側を向く。
……よく考えたら、着替えってどこにあったんだろう?
そんなことを考えていると、毛布が体の上に覆いかぶさってきた。
「ちょっと…やり過ぎたな。痛かったか?」
「あ、ああ……まだ少し、な」
同時に麻衣の優しい声。実際、まだ痛む。俺は、素直にそう答えた。
「ん…分かったよ……。それじゃ、代わりに擦ってやるよ……」
「え!? ええ!? い、いいよ! 大丈夫だって!」
「無理するなよ…いくら何でも、これに関しては、アタシが悪かったんだから、さ」
麻衣は俺の手を振り払いながら、優しく股間を撫で回し始める。
ああ、柔らかい手……おまけに袋だけでなく、モノまで撫でてくれるなんて………
って、ちょ、ちょっと待て…こ、こんなことをされてしまう……と……。
「お、おい麻衣? ……あ」
我慢の限界に達してしまいそうな俺は、思わず麻衣の手を取りながら振り返った。
すると、そこにはすでに、すうすうと寝息を立てている麻衣の姿があった。
さすがに……手を出すわけにはいかないよな……。
ほんの数分前まで、悪態をついていたとはとても思えない、
無邪気な寝顔を見てしまった俺は、残った理性を総動員させて、無理矢理眠りについた。
「はあ……んっ…」
社をあとにした沙羅は、大樹によしかかりながら、自らの手を秘部に這わせていた。
軽く手が秘部に触れただけで、その小さな口から甘えた声がこぼれ落ちる。
「ん…んふうっ……」
指が一本、秘部の合わせ目をこじ開け、中に潜り込もうとしている。
すでに、芳樹の愛撫で滑りを帯びていた割れ目は、難なく指を飲み込んだ。
「あ…ああっ……」
さらにぬちゅ、という湿った音とともに、別の指が秘部の中へと潜り込む。
沙羅の声が少しずつ甲高さを増してきた。その表情は月明かりに照らされ、ぞっとした美しさを見せている。
「くふ…んっ……は…ああんっ……」
割れ目に潜り込んでいた指がうごめきだしている。
それと同時に沙羅の腰がガクンと落ち、前かがみの姿勢になる。
少々不自然なその姿勢は、多分後ろの木が支えてなかったら、簡単に後ろへ転がっていただろう。
「んん…ん……あ…はあ…っ…」
胸元をはだけると、途端に豊満な胸が月夜のもとに晒される。
空いている手で、はだけた隙間からはみ出した乳房を揉みしだく。
「ああ…凄い……凄いよ…二人…とも……」
両手が激しく動くとともに、沙羅の口から喘ぎとはまた違った声が漏れだした。
――この私を、ここまで感じさせてくれるなんて――
芸術を司る神として崇められて久しい沙羅は、魂のこもった音楽が性的興奮の源となっていた。
どんなに技術的に優れた音楽でも、魂がこもっていなければ、こういう感情にはなることはない。
芳樹の演奏は、技術こそ荒削りだが、芯の強さを感じていた。
付喪神の演奏は、芯の強さの裏にある、一人の人間への想いがこもっていた。
それを感じ取った沙羅は、一応、二人に気を遣って場を外していた。
だが、それだけではなく沙羅自身もまた、溢れる衝動を抑え切れなかったのだ。
「ふふっ……二人の…演奏が……楽しみです………く…んっ! はっ! ああんっ!!」
月夜に向かってほくそ笑みながら、沙羅は自らの手の動きを変えた。
ただ激しく動かすのをやめ、秘部でうごめいていた指は、割れ目の上の真っ赤になった豆を弄り始め、
もう片方の胸を揉みしだいていた手は、固く勃立した頂を人差し指と親指とで軽く挟んでいた。
途端に沙羅は、甲高い声で月に向かって喘ぎだし、とうとう刺激に耐えられず、地面に腰をおろしてしまう。
「ああっ! はっ! ああ…ああんっ! あんっ!!」
腰をおろしても、指の動きは衰えを見せず、それどころか喘ぎ声とともに再び激しい動きを見せ始める。
「く…ううっ! あんっ! も…もう! もうっ!!」
ほどなくして沙羅は天を仰ぎながら、絶頂に達する嬌声をあげたかと思うと失神したようで、
それきり動かなくなった――
「ん……。朝…か」
スズメの鳴き声に起こされた俺は、ゆっくりと目を開けた。
昨日は……何だかいろんなことが起こりすぎた、気がする。
社の柱で横になっていると、沙羅と名乗る女性に起こされて中に導かれて、
彼女のギター演奏に感動して、演奏中に思わず彼女を押し倒してたら、頭を殴られ――
そこまで思い出して、俺はがばっと飛び起きた。麻衣、麻衣はどこだ!?
辺りを見渡し、俺は呆然としていた。確か…確か社の中で麻衣と添い寝をしていたはず……。
だがここは、俺が最初に野宿をしようと腰を下ろした、社の柱だった。
「そう、だよな。夢に決まってる、よな」
気を取り直した俺は、溜め息をつきながら大きく伸びをした。
何せ、神社の社に触れながら寝てたんだ。そういう不思議な夢を見ても、当然さ。
そう納得しようとはしたが、胸にぽっかり穴が開いたような感覚を拭い去るには至らなかった。
「案外、神社だからキツネにでも化かされたかな?」
そんな独り言をつぶやきながら、後片付けを始める。だが、軽口とは裏腹に、妙に体が重く感じる。
「よう、どうした? 朝から妙にしけたツラしているな。そんなんで一流のミュージシャンになれるのかよ?」
突然、頭上から声がする。見上げたそこには、白い歯を見せて笑う麻衣の姿があった。
「麻……衣…」
「お、おいおい。どうしたんだよ? 今度は涙ぐむなんて?」
思わずかすれた声でつぶやく俺を見て、怪訝そうに顔をしかめる麻衣。
幻じゃない…夢でもない…本当に…目の前に麻衣はいるんだ……!
「わ…な、なんだよ! 朝からさかってんじゃねえよ。おあずけしたのが、そんなに効いたのかあ?」
「麻衣……もう…もう、どこにも行かないでくれ…。俺の…俺のそばにいてくれよ……」
麻衣に駆け寄り、思い切り抱きしめる。麻衣は突然の俺の行動に、悪態をつきながらも目を白黒させていた。
そんな麻衣を抱きしめながら、俺は懇願するようにつぶやいた。いや、実際懇願していたのだが。
「ど、どうしたってんだよ。本当、おかしいぞ。アタシはアンタが捨てようとしない限り、どこにも行かないって」
おずおずと、俺を抱きしめ返しながら、呆れたように答える麻衣。
「あ…ありがとう……ありがとう…麻衣………」
その言葉に、心の底から安堵感を覚えた俺は、思わず泣きじゃくりながら感謝の言葉をつぶやいていた。
「さって。ひとしきり泣いたことだし、出発するか? 泣き虫クン」
「ま…麻衣〜」
荷物をまとめ、俺のほうを見て笑いながら話しかける麻衣。
かあっと顔が熱くなるのを感じ、悔恨の情に支配された俺は、力なく返事した。
「くははっ。あまり気にするなって。せいぜい浮気相手にそれをバラす程度だから、さ」
「ぐ…うっ……」
ウィンクしながら、あははと笑い続ける麻衣を見て、何も答えられずに口ごもってしまう。
「そんじゃ行くとするか。忘れ物無いようにな!」
「大丈夫さ。一番の宝である、麻衣さえいれば、いいんだからな」
「ば〜っか。おだてたって何にもならねえぞ〜」
俺の返事に、麻衣はアカンベーをしながら悪態をつく。ほんのり頬が赤く染まっているが。
「あ、どうも。昨日はありがとうございました。宮司さんによろしく」
「あ、はい。おはようございます」
多分、朝の掃除のためであろう、社に向かう巫女さんと、擦れ違い様に挨拶をしながら思った。
おだてじゃないさ、麻衣。俺にとって、お前が一番の宝物、さ。
――でも、馬に蹴られるって、結局どういう意味なんだろうか?
「な、何やってるんですかあ! 沙羅さま!!」
境内に甲高い叫び声がこだまする。声の主は……いわゆる巫女の姿をしている。
先刻、芳樹と擦れ違った女性だ。おそらくは、ここの本物の巫女、だろう。
「あ…ふわあ〜あ……。あ、朝ですかあ。……そのまま眠っちゃったみたいですねえ…」
「そのまま眠っちゃった、じゃないですよ! 何て格好をされてるんですか!」
巫女の叫び声で沙羅は目を覚ましたようで、大きく伸びをしながらつぶやく。
だが、巫女のほうはそんな沙羅に向かって大声で叫び続けた。
無理も無い。社の脇の大樹に寄りかかって寝てるだけならまだしも、衣服ははだけて胸は露わ、
裾も完全にめくれあがり、下着をつけていない下腹部が丸見えだった。
しかも、巫女が沙羅を目撃したときは、その手を胸と下腹部に当てていたのだから。
「ええっと〜。確かに、少し寒い姿ですね。風邪ひかないようにしないと」
「何言ってるんですか。神様である沙羅さまが、風邪をお召しになるハズが無いではないですか。
それより心配なのは、沙羅さまの操のほうです。昨日私がいない間に何があったのですか?」
はだけた服を着なおしながら、あくまでものほほんとしてる沙羅に、呆れ気味につぶやく巫女。
だが、そこまで言って、あることに気がついたように、はっとした顔で沙羅に詰め寄った。
「ま…まさか、バッカスのヤツ、酒の勢いに任せて沙羅さまを無理矢理……?」
「ああ、結局バッカスさんは急用が出来たとかで、結局お見えにはなれなかったんですよ。
久しぶりだからということで、せっかくたくさんのお酒を御用意していたのに……。
まあその代わり、と言ってはなんですが、これからが凄く楽しみな二人に出会えましたし」
「さ、さっき擦れ違った二人組ですか!? な、なんて罰当たりなことを………」
巫女の問いに、やはり沙羅はのほほんと答える。しかし、その答えを聞いて巫女の顔色が変わる。
「落ち着きなさいな美由樹さん。別にどうこうされた、というわけでは……あったかも」
「な、な、な、なあんですってえ!!」
沙羅の言葉に、美由樹と呼ばれた巫女は、これ以上無いくらいの大声で叫んだ。
その声に、境内に集まっていたスズメが一斉に飛び立つ。
「え〜っと……。そんなに慌てることはありませんですってば。それより…美由樹さんはどうだったのですか?」
「え? な、な、なな、何のことですか?」
美由樹の叫び声にひるむ様子も無く、あくまでのんびりした口調で話しかける沙羅。
逆に沙羅のひとことに、美由樹が目を逸らし、どもり始めた。
「分かってますよ。バッカスさんが飲みに来る時は、いつも社に残るあなたが出掛けるのですもの。
余程、大事な御用があったのでしょう? この前の若者ですか? ……格好、よかったですからね」
「ほ、ほ、ほ、ほうっておいてください! それとこれとは別問題、なのですから!」
微笑む沙羅に、美由樹は耳まで真っ赤に染めて言い返す。
どもり具合からも、明らかに動揺しているのが見て取れる。
「ふふっ。別に隠すこともありませんのに。単に焼きもちを焼きに行くだけ、ですよ」
「そ、それがマズイと言っているのです! まったく…少しは神様としての自覚を持ってくださ……ああ〜!!」
手の平を口元に添えながら悪戯っぽく微笑む沙羅を見て、思わず言い返した美由樹は、
途中で言葉を中断し、叫び声をあげた。見事に沙羅の誘導に引っ掛かってしまったことに気がついて。
「うふふっ、大丈夫ですよ。お互いが本当に相手のことを好いていれば、
私が焼きもちを焼けば妬くほど、その二人は上手くいくのですから」
「ぐ…う……で、でも……」
悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、美由樹に向かってウィンクする沙羅。
そんな沙羅の顔をちらりと見て、美由樹は言葉を詰まらせうつむく。
「んんっ? 相手が人間であることを気にしているのですか? 心配しなくても大丈夫ですよ。
恋愛に境目なんてありません。大切なのは、心が通じ合っているかどうか、なのですから。
たとえどんな相手だったとしても、ね」
「何だか……沙羅さまが何の神様だか、分からなくなってきました………」
肩を落とす美由樹を優しく抱きしめながら、沙羅はゆっくりと、それでもはっきりと言った。
美由樹は、沙羅の豊かな胸に顔を埋めながら、ポツリとつぶやく。その肩は心なしか震えていた。
「そう…ですねえ。芸術の神、とも言われているし、焼きもちを生かして縁切りの神、とも言われるし、
貞晴には、それを生かして恋愛成就の神になってしまえとか言われたし……ちょっと多すぎかな?」
ぽんぽんと美由樹の頭を軽く撫でながら、沙羅は語りだした。その目はまるで、遥か昔を見ているように。
「沙羅様……ありがとう…ございます………」
「あ、そうそう」
ゆっくりと顔をあげながら、沙羅に礼の言葉を述べる美由樹。
頬には涙のあとが伝っているが、何かを吹っ切ったように、明るい笑顔を見せている。
沙羅は、そんな美由樹の顔を見つめながら、先刻と同じく悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「もうひとつ言われているのがありました。弁舌の神、とも言われているんですね」
「さ、沙羅さまっ!!」
沙羅の言葉に、両手を振りかぶって頬を膨らませる美由樹。
予期していたのか、沙羅はぱっと身をかわし、ぺろりと舌を出していた。
「さてさて、そろそろ人々が動く時間です。早いところ境内の掃除を済ませてしまいましょう」
「い、言われなくても分かってますっ!」
パンパンと手を叩いて掃除を促す沙羅に、箒を手に取りながら美由樹は憮然とした顔で言い返す。
迷いの消えた美由樹の表情を見て、沙羅はにっこりと微笑みながら境内の掃除を始めた――
おしまい