三橋「俺くん ドロップ…どう、ぞー」

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67思い出 ◆hf2h1o.4Ko
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/eromog2/1249246449/726
※少し未来の話  捏造オンリー注意    すまんが連投する 


おれが小学生にして人間不信気味になったのは三橋さんのせいによるところが大きい。
1週間くらいしてあの人から来た手紙には、ホットケーキがうまくつくれなかったことへ
の詫びと、体に気をつけて暮らしてほしいというようなことが書いてあった。
おれはその手紙をビリビリに引き裂こうとして思いとどまり、何かの本の間に挟んでしま
っておいたが、何度か読み返してそのうちどこに置いたか忘れてしまった。
思い出なんてそんなもんだ。
その時は大切でなくしたくないと真剣に願っていても、時間の経過と共に輝きを失い色あ
せていく。
心の中のどこかにあたたかくてふんわりしたものが残ってはいるけれど、言葉に置き換え
れば楽しかった、幸せだったなんて陳腐な表現にしかならない。
三橋さんが出ていくところをこの目で見なかったのは、かえってよかったのかもしれない
と今は思っている。

中学に上がってから人並みに反抗期を迎えたおれは、親父と一度も口を聞かずにその日を
終えることも珍しくなかったが、何度か学校の内外で問題を起こして保護者に連絡される
という事態を引き起こした。
親父は仕事で来れないと言って、まだ現役バリバリのじいちゃんや美佐枝さん(おばあち
ゃんと呼ぶと怒られた)に来てもらっていたけど、一回だけじいちゃんから電話がいって
親父が学校に来たことがある。
そしてそれが保護者を呼ばれた最後になった。
その時の担任は小心者だったが、親父の2度の離婚歴についてしつこく聞いたりするいや
らしいところもあった。
親父はあのふてぶてしい顔で適当に受け流していたからカチンときたってのもあったに違
いない。
68思い出 ◆hf2h1o.4Ko :2009/08/15(土) 15:57:58
>>67

親父はあのふてぶてしい顔で適当に受け流していたからカチンときたってのもあったに違
いない。
男親が一人だから目が行き届かなくておれのような問題を起こす生徒になるのだとくどく
ど言われて、おれも嫌だったが親父はもっと嫌だっただろう。
「すみません」と「これから気をつけます」と「もうしません」を各々10回くらい繰り
返してようやく解放されたときには、マラソンのあとみたいにぐったり疲れていた。
停学にはならなかったが、その日一日の自宅謹慎と反省文レポート用紙5枚以上の提出を
言い渡されてむくれた顔をしているおれを親父は冷ややかな目で見ていた。
親父もこの頃人生を投げていたので、家の中が荒んでいたのは当然と言えば当然だった。


「あんまり内申悪いと受験に不利だぞ。自分でなんとかしろよな」
おれを昼下がりの寂れたレストランに連れてきて、そんな一言で済ませた親父に見当違い
の怒りが湧いてくる。
「うっせぇよ!てめーがさっさと再婚しないからネチネチ嫌味言われてんだろ!おれがこ
 うなったのも全部てめーのせいだっつーの!」
「……俺は三橋以外いらねー」
69思い出 ◆hf2h1o.4Ko :2009/08/15(土) 16:00:01
>>67>>68

久しぶりに聞いたその名前におれは付け焼刃の虚勢がポロリと剥がれ落ちるのを感じた。
親父は頬杖をついて窓の外をぼんやり見ていた。
忘れようとして、忘れられなかったあの人の名前。
「……なあ、三橋さん元気なのか…?」
「…ん、病気はしてねーみたいだな」
「ほんとに再婚したのか?」
親父は一瞬こっちを見たが、すぐにまた窓の方に顔を向けた。
「…お前、三橋を嫌ってたんじゃねーの?」
「…嫌ってなんか…」
「今だから言うけどさ、お前には悪いことしたかなって思ってんだ」
「え……?」
「俺も仕事が忙しかったから、お前のことも母さんたちに頼りっぱなしだったし、男と再
 婚して近所でいろいろ言われてたみたいだしな」
「…一応気にしてたんだ…」
「どこでもイチャついてみっともねーとか思ってたんじゃねえの?」
「まあね」
「…あれはな、三橋のためにやってたってのもあるんだ」
「どういうこと?」
「あいつなあ、結構難しい性格で、自分にいいところがあるとか全然思ってねえんだよ。
 小さい頃に引っ越ししたり、中学で親元から離れて親戚んちで生活したのも原因かもし
 れないけどな、自分に自信を持てなくてやたらヒクツでさ、元々気弱なタチだったのが
 中学の野球部でイジメみたいなものにあって、よけいひどくなったんだろう」
「…そう言われてみれば、三橋さんてよくビクッてなってたな…」
「中学の時は肝心のキャッチャーに相手にしてもらえなかったらしい。でもあいつはコン
 トロールすげえし、他のピッチャーにはないものをいっぱい持ってた。そんで、あれは
 高1の夏の県大だったかな……結構つええとこと初戦で当たって、何コか三振取ったら
『この三振は阿部君が取ったんだ、ありがとう…』なんて言ってさ、俺もうあん時落ちて
 たのかもしれないな…」
「……へえ」
70思い出 ◆hf2h1o.4Ko :2009/08/15(土) 16:02:16
>>67-69

「どれだけ自信を持たせようとしても、ストレートに受け止められないんだよ。みんなの
 おかげで押さえられる、俺がリードするからアウトも三振も取れるんだってカンジ」
「……ふーん」
「そういう奴だから当然俺が昔から好きだったって言っても、そう簡単には信じないワケ。
 だからお前の前だろーがなんだろーが、俺があいつを好きでどうしても必要だってこと
 を常に教えてやらなきゃならなかったんだよ」
「なあ、父さんの方が三橋さんと叶さん、だっけ?その…間柄っていうか、ジャマしてた
 んじゃないのか?」
「…それは多分ないと思う。まだ籍も入ってないし一緒に暮らしてるんでもないらしい」
「なんでわかるんだ?」
「あ?興信所に頼んで調べてもらった」

事もなげに「興信所に頼んだ」と言う親父におれは引くよりも奴の本気を見た思いがした。
もう自分から離れてしまった人をどうしてそんなに忘れずにいられるのか。
いつか三橋さんが戻ってくるとでも思っているのだろうか。
そんなに大事だったのなら誰にも盗られないようにどこかに隠しておけばよかったのに。


この日親父と話したことで何かスッキリしたおれは反抗するのを止めて真面目に学校に行
くようになった。
成績も元々そう悪くはなかったので、素行に問題がなくなったら教師のおれに対する態度
も普通のものへと変わっていった。
そのおかげか、内申ではねられることもなくおれは去年希望する大学に入ることができて、
それと同時に一人暮らしを始めた。
「家を出たい」と言っても親父は反対しなかった。
別にケンカをしていたのではなく、ただ家を離れてみたかっただけだ。
71思い出 ◆hf2h1o.4Ko :2009/08/15(土) 16:04:09
>>67-70

去年は環境が急に変わって人恋しくなったのもあったのか、入ったサークルの先輩の彼女
をめぐって三角関係に陥りそうになったりもした。
結局その彼女はまったく違う人と付き合うようになって先輩もおれもかなりのダメージを
受けた。
最近ようやく吹っ切れてまわりを見回す余裕ができてきたところだ。
恋愛って難しい。見ているだけでは伝わらないし、のめり込みすぎても引かれてしまう。
ふと思ったのは、三橋さんにとって親父は重すぎたんじゃないかってことだ。
あいつのことだから、三橋さんが「参りました」というまで迫りまくったのに違いない。
それでも2人きりならまだよかったのかもしれないが、おれという大きなコブがいるわ近
所では指をさされるわで、気の小さい三橋さんはすっかり疲れてしまったんじゃないだろ
うか。
…だってこんなこと誰にも言えないけど、本気で人を好きになるのはこわいと思う。


春休みが終わって2回生になり、慌ただしく日々を過ごしているうちにすぐゴールデンウ
ィークが来てまた休みが続く。
5月になってから、そう言えば三橋さんの誕生日が17日だったと気づいたおれは、糸を
たぐるように次々と昔のことを思い出していた。
去年は大学に入ったばかりだったというのもあって家には帰らなかったから、親父がどう
やってその日を過ごしたのか知らない。
だがしばらく家にも行ってないし、親父の様子も気になるのでおれは週末家に帰ることに
した。
72思い出 ◆hf2h1o.4Ko :2009/08/15(土) 16:06:51
>>67-71

5月16日、金曜日。
昨日親父に電話して「明日帰るから」と連絡したら、仕事で遅くなるから勝手に入ってい
ろと言われた。
あいかわらずでかえって安心する。
1つ借りていた鍵を使って中に入ると、美佐枝さんが度々きているのかこざっぱりと片付
いていた。
何か飲み物でももらおうかと台所に行ったら冷蔵庫に「17日、ケーキ」と書かれたメモ
が貼ってあってドキリとした。
やっぱり親父は毎年の習慣を変えてはいないようだ。
もういい加減諦めた方が心穏やかに暮らせるんじゃないかと思うが、親とはいえおれが口
出しする問題ではないだろう。
遅くなると言っていた親父はそれでも8時過ぎには帰ってきた。

「お前が来るなんて珍しいな。これから父さんたちのところにでも行くか?」
「いや、いいよ。迷惑だろうし…」
「迷惑なら昔さんざんかけたよなァ」
「今頃やめてくれよ…」
「ふん、明日にでも顔出しとけ。まだお年玉もらってんだろ?」
「…わかった、電話して都合がいいようだったら行くよ。ところでさ、あれ…」
そう言って冷蔵庫を指さすと不思議そうな顔をされた。
「なんかあるのか?」
「ケーキって…」
「ああ、アレか…、そうだな、お前にも言っておいた方がいいか…。実は明日三橋を迎え
 に行こうかと思ってるんだ」
「ええっ!!」
「三橋の家の話、覚えてるか?あれから融資も受けられて持ち直してきたんだよ。随分か
 かったけど、借り入れた分はほとんど返済したそうだ」